山あり谷ありウマ娘 〜気付いたら脱サラしてトレーナーになった話〜 (ギノっち@カマタラル)
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番外編
山あり谷ありウマ娘は1周年!!!


どうも、一年前の今日、pixivに初投稿した者です。
皆様のご愛読のおかげで、山あり谷ありウマ娘は一周年という輝かしい記念を祝うことが出来ました。
ROM専Twitterアカの方もフォロワーが増え、作品のファンと楽しい交流ができ、終いには桜マクというこのシリーズしか通用しないカップリング名称も誕生してしまいました。

あっ、我慢できない。

マックイーン!マックイーン!マックイーン!マックイーンぅぅうううわぁああああああああああああああああああああああん!!!
あぁああああ…ああ…あっあっー!あぁああああああ!!!マックイーンマックイーンマックイーンぅううぁわぁああああ!!!
あぁクンカクンカ!クンカクンカ!スーハースーハー!スーハースーハー!いい匂いだなぁ…くんくん
んはぁっ!メジロマックイーンたんの芦毛ブロンドの髪をクンカクンカしたいお!クンカクンカ!あぁあ!!

失礼、取り乱しました。本編をどうぞ


 

 

 

 きらびやかなセット。部屋の中だけを見渡せば厳かで格式の高い雰囲気を感じるが、人が入ればまた違ってくる。

 賑やかな声と談笑、各々軽いオシャレで身を包み、堅苦しさや作法などは顧みず、それぞれ楽しく過ごしている。

 

 

マック「それにしても、早いものですわね」

 

 

桜木「だなぁ、俺達結構頑張ったよな?」

 

 

マック「あら、まだ物語は続くのですよ?ここで終わるような言い方は良くありませんわ」

 

 

 カジュアルなドレスを着こなす美女は、隣に座る男に笑いながらそう言葉を発する。男はそれに謝りながらも、満更でもなさそうに笑みを浮かべた。

 加速の一途を続ける楽しい空間も、マイクの音が入った事で一瞬、静寂が挟まる。だが、その時間は感じ取れるか取れないかの瞬間であり、次にはもう、そのマイクを手に持った存在の声が空間に響き渡る。

 

 

作者「えー本日お越しいただいた皆様方、並びに、以前から私めを贔屓にしてくださっている方々にまず、深く感謝を―――」

 

 

ゴルシ「おいおいおいおい!!いいからぱっぱとはじめようぜー?堅苦しいのは無しっつったのはオマエなんだからよっ!!」

 

 

 観客席から飛んでくる野次に、作者は少々驚きながらもどこか納得したように表情を弛めた。先程までの雰囲気を取り消し、今度は柔らかく、普段通りのように立ち振る舞う姿があった。

 

 

作者「まぁ、ゴールドシップがそう言うならそれでいいかな?では改めまして!みんなありがとう!!」

 

 

白銀「いいぞー社畜ゥ!!」

 

 

作者「やめて!!!」

 

 

 辛い現実を直視させるような声に耳を塞ぎながらも、作者は席を払い、一旦空気を整える。堅苦しくしなくても良いとは言ったが、する時はした方が良いだろう。無駄に真面目な作者はそう思った。

 

 

作者「こんな素敵な会場まで用意され、僕としても感激です。今思えば一年前の今日。時間的には深夜でしたが、作品を打ち込む指は大変震えました」

 

 

作者「ですが、この作品がどのような評価を皆さんの中で下されているかは存じ上げませんが、僕にとっては、かけがえのない作品であります」

 

 

作者「だから、改めてお礼を言わせてください。マックイーンちゃん、桜木くん。もちろん、他のみんなも!本当にありがとう!」

 

 

 その作者の声と共に、スポットライトが一組の男女が座るテーブルに当てられ、拍手が降り注ぐように贈られる。それを照れたように受け取る少女と、緊張した様子で顔を赤くする男。

 

 

作者「ではまず、お二人にお話でも聞いていきましょうか?」

 

 

桜木「えぇ!!?」

 

 

 係のスタッフが二人、桜木とマックイーンの隣に現れ、マイクを手渡しで渡す。

 どうしようか、というように彼は彼女の方を見たが、やることは一つだ。というように彼女の方は躊躇もせず、マイクの電源をつける。

 

 

マック「ご紹介に預かりました、メジロマックイーンです。お話.........と言っても、大した話はできませんが、よろしくお願い致します」

 

 

マック(.........ほら、トレーナーさん)トン

 

 

 喋り終わった少女は、その手の甲を軽く男の足に当てて、挨拶を催促する。それに慌てて反応し、スイッチを付けたマイクを直前で落としそうになり、周りに笑われる男。だが、その表情はどこか嬉しそうであった。

 

 

桜木「えっと、桜木玲皇です。いーちおう、マックイーンと一緒に主役.........でいいのかな。俺もあまり話すことは出来ないんで、そこんとこよろしくお願いします」

 

 

桜木「.........いやでも、一年って早いよな?」

 

 

マック「そうですね.........気が付けば、あっという間でした」

 

 

デジ「私もお二人のイチャイチャを見てたらコミケが二回も過ぎてましたね.........」

 

 

 近くに座るデジタルの呟きを、睨みつけるように見る二人。その息の合った仕草にやられたのか、デジタルは直ぐにその意識を解脱させてしまう。

 

 

桜木「.........まーその、ここまで来たんだ。これからも一緒に頑張ろうな?マックイーン」

 

 

マック「.........ええ、どうぞこれからも、よろしくお願い致しますわ。トレーナーさん」

 

 

 二人の視線が交差する。その瞳から伸びる一直線の線の上には、これまでの二人の軌跡が、二人の表情を柔らかくする。その姿を、多くの人々がタキオンと黒津木を筆頭に、写真を収め始める。

 それに気がついた二人。今度はマックイーンが恥ずかしそうに顔を赤らめ、空気を整えるように桜木が咳払いをする。

 

 

桜木「.........ようし、挨拶はこれくらいにして、そろそろパーティにしますか」

 

 

マック「あっ、その前に言わなければ行けない事が.........」

 

 

桜木「あ、そうだったな」

 

 

 テーブルに一度置いたマイクを拾い直してから、レザージャケットを整える桜木。今か今かと人々が息を潜め、じっとその時を待った。

 

 

桜木「よし、じゃあ言うぞ.........!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「山あり谷ありウマ娘は!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「今日で一周年!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「今まで本当にありがとうございました!!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「そして、これからもよろしくお願い致します!!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

作者「どうも、作者のギノっちです。pixivの皆さんは第二部コメ返し振り。ハーメルンの皆さんは初めましてですね」

 

 

作者「本日は、pixivで一話を投稿して一年がたった日でございます」

 

 

作者「最初は一年で完結〜なんて、どの口がどの面下げて言ってんのか分かんねぇコメント言ってますけど、そんな奴は忘れてください」

 

 

作者「まぁそんなことはさておき!一周年ですよ一周年!!!飽き性なギノっちがここまで続けられるなんて異常事態です!!!」

 

 

作者「でも〜、最近時間が無いし〜?仕事帰ってきて家事しての一人暮らしの新社会人になっちゃって〜、執筆力が下がってるというか〜?」

 

 

作者「え?早く要件を言えって?仕方ありませんね.........」

 

 

作者「言いますよ?言っちゃいますよ?引かないでくださいね?行きますよ〜?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「コメントで作品に出てきたキャラの中で一番好きなキャラを教えて下さい!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

作者「オリキャラでも、もちろん既存のアニトレやウマ娘ちゃん達でも大歓迎です!!!」

 

 

作者「いや〜、いつか人気投票みたいなこと出来たらなー、なんて思ってたんですよ〜」

 

 

作者「あ!別に無理強いはしません!!みんな好きだよ〜とか、選べないよ〜って人もいると思います!」

 

 

作者「ROM専の人はいつも通りふふっ笑ったり、バーカなこと言ってんなー。って感じでお願いします!」

 

 

作者「それでもコメントしたい〜って人!!!そう!いつもコメントできてないけど今回くらいは.........なんて考えてるそこの貴方!!!」

 

 

作者「作品内の好きなシーンや、キャラへの質問、疑問、裏話が聞きたいとか、このカップリングが良いとか、桜マクの皆さんの妄想とか、果てにはギノっちのあーんな事やこーんな事が渦巻くプライベートの事まで赤裸々に.........」

 

 

作者「あ、別に良い?そうですか.........」

 

 

作者「pixivの方ではいつもの番外編と同じくなるべく丁寧にコメント返信していきます!ハーメルンの方ではいつも通りしていきますね!」

 

 

作者「でも、ギノっちも新社会人なので、返信時間は遅めになります!ご了承を!!!」

 

 

作者「さて!長くなってしまったのでここら辺でお開きにしましょう!人気投票的な奴の集計は後日!pixiv、ハーメルン共に上げさせていただきます!!!」

 

 

作者「では!!!皆さん!!!またどこかでお会いしましょう!!!」

 

 

 

 

 

 (・ω・)ノシ



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マックイーンの誕生日に本を通して静かに愛し合う話

 

 

 

 

 

 4月3日。それは私にとって特別な日であり、多くの人にとってはなんてことは無い、普通の日。

 普段は食べない様な豪華な料理。以前は見飽きる程に見てきたけど、目の前に居る人と食べるのはまだ数えるくらいで、このテーブルや椅子。周りの空間とも齟齬が生まれる。

 

 

 人生で二十数回目の誕生日。子供の頃は大人は自分の歳を数えなくなるなんてデタラメだと思っていたけれど、こうしてなってみると、数えなくなるのではなく、数えたく無くなると言うのが正しい事が分かってきた。人は誰しも、歳を取りたくない。

 

 

 けれど、目の前に居る彼はそうでは無い。私以上に歳は上だと言うのに、毎年毎年、今年は何歳になった。去年より小じわが増えたと嬉しそうに報告してくる。

 その癖して、私と並んだ時にいつ介護をする娘とその父親に間違われるかを怖がって、最近はスキンケアや昔にやっていたトレーニングを再開している。

 

 

 そんな彼との誕生日。一緒に居るだけで毎日幸せだけど、今日という日はそれに合わせて、彼からのサプライズプレゼントが用意されている。

 去年はペンダントを貰った。一昨年はお揃いのマグカップ。今年も何か形に残る物を貰えるだろう。そう思っていた。

 

 

「これは.........本?」

 

 

 彼から渡された物は、一冊の本。その表紙はどこか新しくも、懐かしさを感じる。

 手触り、字体、絵、そして紙の匂い。それを捲る音。最近は忙しい日々を過ごしているから、本なんて全く読んでこなかった。また読み直すには丁度いい機会かもしれない。

 

 

 けれど意外だった。まさか彼から本をプレゼントされるだなんて、思ってもみなかった。サプライズとしては大成功なのだろうけど、そんな得意げな顔で笑顔を向けてくる彼に、私は少し悔しさを感じた。

 

 

「あの、どうして本を?」

 

 

 そう聞くと、彼は恥ずかしそうに話し始めた。自分はめっきりセンスが無いのだと。

 今まで何とか取り繕ってアクセサリーや小物を買っていたが、先日は完全に最早微々たる物しか無いなけなしのセンスが、完全に枯れ切ったと察した。

 結局お店の中をただ徘徊するだけで何も見つけられずに帰ろうとすると、古い書店を見つけたと言う。

 こんな所にあっただろうか?そんな疑問を感じつつも、彼は引き寄せられるようにそこへと足を踏み入れた。

 引かれるようにして踏み入れたその店で、彼は惹かれるように一つの本を見つめた。タイトルは当たり障りの無い物。

 けれどそれは、彼の手をひとりでに伸ばす程の引力を持ち、触れ合うと温かさが広がったと言う。

 結局そのまま、店主にお金を渡し、本を買ったと言うのです。

 

 

「嬉しいです。でも.........」

 

 

「私が独りで読んでも、共感する相手が居ませんわ.........」

 

 

 視線を斜め下に下げながらそう言うと、テーブルに何かが置かれる音がした。

 

 

 その方向を見ると、そこには私の手に抱かれている本がもう一冊、そこに置いてあった。

 

 

「一緒に読む.........?」

 

 

「.........ふふ、そうですね。そうしてくれると私も嬉しいです」

 

 

 そうして、二人の奇妙な生活が幕を開けた.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一緒に居る。けれど、一緒に居るだけ。

 

 

 朝起きて、顔を洗って、ご飯を食べて、歯を磨いて、どちらかは仕事に。或いはどちらも、ある時はどっちも家に居る。

 

 

 そんな毎日が続くけど、彼との会話は減った。

 

 

 本があるから。

 

 

 彼の隣で。時には向かい合って。ある時は別の部屋で。

 

 

 会話も無く、ただ静かに二人で本を読む。

 

 

 切り上げるタイミングはどちらかのお腹の音がなったり、欠伸をしてしまえば、一旦おしまい。

 

 

 それでも、毎日が素敵だった。

 

 

 誰かと時間を共有している。そんな気になれた。

 

 

 でも、普通はもっと話すものでしょう?と人は言うかもしれないけれど、これは私と彼が決めた事。

 

 

 そのお話があまりにも面白すぎて、すぐに感想会を開いてしまう。それをするのは本当に最後。大切な、本を読み終わった後に取っておく最高の楽しみ。

 

 

 朝日でページを日光浴させ、美味しそうな匂いを表紙に嗅がせ、月の光を浴びた菊の栞を挟んで次を温める。

 

 

 そんな毎日が過ぎ去って、栞を抜き取り、本をテーブルに置いたと同時に、彼は別室からリビングへと顔を覗かせる。

 

 

 その手にはいつも持っていたはずの本がなかった。つまり、彼も読み終わったという事なのでしょう。

 

 

「おかえりなさい。どうでしたか?」

 

 

 私の問いかけに彼は、良かったとだけ言って満足そうに笑顔を浮かべました。そしてそのまま私の向かい側へ座り、しばらく見つめ合います。

 

 

「.........では、始めましょうか?感想会」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「念の為聞いておきますけど、ちゃんと内容は読みましたか?」

 

 

 向かいに座る彼に対して、私はしっかり読んだのか問い掛けました。彼は勿論、とすっぱり言ってから、どうして?と逆に質問をしてきました。

 

 

「うふふ、聞いてみただけですわ」

 

 

「でも、貴方が嘘を吐く時はいつも歯切れが悪いですから.........聞いてよかったです」

 

 

 嘘をつく時、彼はいつも視線を泳がせたり、少し間を置いて返事を返します。今回はそれが無かったので、本をしっかり読んだのだと安心しました。

 

 

 そんな彼を疑った私に、彼は怒ることはせずよく見てるね、と感心を抱いて静かに呟きました。

 

 

「!あ、いえ!いつも四六時中見ている訳では.........け、決して無いと言いますか.........」

 

 

「.........え?私が嘘をつく時も歯切れが悪い.........?」

 

 

「.........いじわる」

 

 

 目の前に居る人はイタズラが成功したような笑みで私を見つめてきます。本当、酷い人です.........

 そんな日常的な会話もそこそこに、私は本題の感想の方へシフトさせます。

 

 

「コホン、ではこの本をしっかりと。隅々読んだという事で詳しい事は省きますわね」

 

 

「この本の内容は短編集.........のようでいて、しっかりと読めばそれぞれが繋がっている事が分かります」

 

 

「過去、未来、そして現在。話数も多い上に順序もバラバラですので正しく並べ替えるのは大変ですが、とても良いお話でした」

 

 

「貴方はどのお話が印象に残りましたか?」

 

 

 彼の目を見つめながら私は問い掛けました。少しばかり首を傾げて考えていましたが、その表情からどれも甲乙つけ難いお話だったというのが見て取れます。

 次第に一つのお話に絞る事の出来た彼は、その口から彼なりの答えを導き出しました。

 

 

「登場人物達の姿を見ていた小鳥が飛び立つお話.........ですか?」

 

 

「.........そうですわね。お話の都合上、気が遠くなる時間の経過があるのでそれが比喩なのか、それともあの世界特有の存在なのかは分かりませんが、私もそのお話がとても印象に残っています」

 

 

「人々の成長を見ていた小鳥は最後、自分も彼ら彼女らに憧れを抱き、それに続きたいと願いながら大空を羽ばたいて行く」

 

 

「そして小鳥はやがて、立派な成鳥となり。見る人に憧れを抱かせ、勇気を与える存在になる.........」

 

 

「きっと小鳥は、沢山の勇気と物語を栄養にして、今度は多くの人々にそれを与える存在となったのですね」

 

 

 脳裏にその情景を思い浮かべながら、私は目を閉じました。

 この本には決まった主人公は居ません。主観となる人物は居ますが、話が変わればその主観もまた変わります。

 ですが、その人達の転換期に。そして大きな決断を迫られた時に、その小鳥は姿を現します。

 何かを問いかける訳では無く、そしてその存在を主張する訳でもない。この小鳥が主観になる話以外は全て、お話のディテールとして描写されています。

 その光景を思い浮かべていると、不意に彼から問い掛けられました。

 

 

「え?私の印象に残ったお話ですか.........?」

 

 

「.........やはり、ロケットの太陽。でしょうか」

 

 

「遥か未来。人類は地球の限界を感じて、その原因を調べた」

 

 

「その結果。それが太陽の衰弱だと知った人類は、太陽に燃料を与えるべく、ロケットに膨大な化学反応材を詰め込み、それを打ち上げる」

 

 

「その中で様々な意識や価値観の対立が起き、自然の中で死んで行くのを良しとする者。若者の未来の為に全力を尽くす者が居て.........」

 

 

「最終的にロケットは打ち上げられ、太陽の寿命は大きく引き伸ばされました」

 

 

 その話は、この本の中でも深く考えさせる内容でした。

 

 

 正しさとは、正義とは、未来とは、人間とは.........

 

 

 この本の中では一番未来のお話でしたが、この先もこの世界は続くのだと。読者が知らないでも、この世界は生き続けるのだと言われている様なきがしました。

 

 

 そして何より、人々の対立。どちらも見方によっては正しくあり、間違っても居る。

 人間は自然の一部だと強く思うのなら、星の寿命を受け入れ、それに抗うこと無く運命を共にする。

 今生きる者の未来を強く思うのなら、できうる限りの事をし、自分達の紡いできた物を自分達の手で、納得の行く終わらせ方をする為に運命に抗う。

 妥協と徹底。潔さと悪足掻き。どちらも人間が持つエゴでありながら、美しさと醜さを併せ持つ。

 そしてこの物語はそれを対照的に描きながらも、読者をそれぞれの立場に立たせるお話でした。

 

 

「一つ、よろしいでしょうか?」

 

 

「貴方がこのお話と同じ立場になった時。どちらを選択しますか?」

 

 

「星と共に寿命を全うするのか、それとも。未来の為に運命に抗うのか.........」

 

 

 どちらも難しい選択だと思います。私だったらきっと何日も考えて結論を出しても、少し経てば、きっとまたその答えを変えてしまうでしょう。

 それでも彼は、悩む素振りを一切見せずに結論を出しました。普段見せる優柔不断さなんて微塵も感じさせずに、その答えを私に聞かせました。

 

 

「.........そうですか。星と運命を」

 

 

「それも良いと思います。人間という一種族の意思だけで星の寿命という大きな都合を捻じ曲げるのは、私も気が引けますから」

 

 

「それに、貴方らしい優しさも感じられる.........」

 

 

「.........え?自分一人だったら?」

 

 

「私が一緒に居たら.........運命に抗う?」

 

 

「.........もう、恥ずかしくないんですの?」

 

 

 彼が真面目な表情そんなことを言うものだから、つい呆れてしまいました。けれど、自然に上がってしまう私の口角はきっと隠せていません。

 そんな中で、彼との談笑は続いて行く。あの場面はどうだった。あの時この人はどう思ったのだろうか。何故この人はこんな行動を起こしたのか.........

 その一つ一つの情景にお互いを重ね合わせる。同じ事。違う事。それを擦り合わせて、一つの真っ直ぐとした線にして行くようにしていくそれは、まるで昔に戻った様だと思いました。

 

 

「.........あ、そういえばもう一つ印象に残っているお話がありましたわ」

 

 

「意思と秩序.........このお話はまた壮大なお話でした」

 

 

「一人の少女を犠牲にし多くを救うか、それとも少女を助け、多くを犠牲にするか.........まるでトロッコ問題の様な決断をこの主観の人物に差し迫るこのお話.........」

 

 

「結局彼は、多くを助ける為に、泣く泣く少女を犠牲にし、人々から英雄と呼ばれるようになりました」

 

 

「.........もし貴方だったら。どちらを選びますの.........?」

 

 

 息が苦しい。ただお話の中の人物を彼に置き換えただけなのに、その答えを聞くのが酷く苦しくなります。

 私が少女の立場だったら、彼に私を選んで欲しいというのが本心.........だけど、それをしてしまえば、多くの人が亡くなってしまう。それでは、私が彼に惹かれた優しさが嘘だと言うことになってしまう.........

 酷く残酷な質問をしている。例えそれが、作り物のお話だとしても、その選択次第で私達のこれからの関係が危うくなる。それを考え付いた時にはもう、質問をしてから数秒経ってしまっていました。

 

 

 そんな私の神妙さに、彼は風船が割れた様に笑い始めました。こちらの気も知らず、軽い気持ちで大きく笑い声を上げた後、それを噛み締めて勢いを殺して行きます。

 

 

 徐々に大人しくなっていく彼の笑い声と表情をずっと伺っていると、彼はその手で目の端の涙を拭い、私に優しく微笑み掛けて言いました。

 

 

「.........え?」

 

 

「両方.........助ける.........?」

 

 

「そんなの、無理に.........でも」

 

 

「.........そうね。貴方だったら、きっとそうするわよね.........」

 

 

 小さく呟いた声。それは誰に聞かせるでもなく、ただ自分に確認する為の物。そして次第に、彼の言葉がゆっくりと納得する様に身体に落ちていきました。

 

 

 彼は諦めが悪い。いえ、[諦める事を諦めた]人です。

 

 

 私は現役時代、この脚が治る事の無い不治の病に冒されました。多くの人々。ファンの方々や同じレースを走るウマ娘達。終いにはメジロ家のおばあ様にまで、走るのを辞めた方が良いと言われました。

 

 

 けれど彼は。

 

 

 彼だけは、私に道を選ぶ権利を与えてくれた。

 

 

 辞めろと言う事無く、続けろと言う事も無かった。ただ私の行きたい場所について行かせて欲しい。私の車椅子を、一生掛けてでも押させて欲しい.........と。

 

 

 そして私が進みたい道に進む為、全力を尽くしてくれた.........もう一度、あのターフに立つという選択を受け入れ、それが出来るよう、全力で支えてくれた.........

 

 

「.........でも、今のはこの本の製作者に失礼だと思いますわ」

 

 

「こう言うのはわざと読者を惑わすよう究極の選択にしているのです。そう易々とそれを壊されてしまっては.........」

 

 

「.........なんで笑ってるのですか?」

 

 

 先程の答えは確かに彼らしくはありましたが、それはこのお話を作った作者の方を否定する物です。きっと作者さんはこのお話を読んでもらい、読者に自分だったらどちらを選択するのかを葛藤してもらう為に作ったお話だと私は思いました。

 それを咎めると、彼は何故か堪えるように笑いました。何が面白いのか分からず、彼の様子を睨んで見ていると、不意に懐から一枚のレシートを取り出してきました。

 

 

「なんですか?これ」

 

 

「読んでみて、って.........んん?」

 

 

「.........出版代.........二冊?」

 

 

「え、え、待って。話が見えないわ。なに.........え!!?」

 

 

「ま、まさかこの本って、貴方が.........!!?」

 

 

 そこまで言って、レシートから彼の顔に視線を移した時にはもう確信しました。

 彼は頬杖をつき、優しい顔で「お誕生日おめでとう。マックイーン」と言ったのです。

 

 

 してやられた。溜息を吐きながら頭を押えます。この人は本当、予想も付かない事で私を喜ばせる才能があります。そしてそれは本として形作られ、私と彼の手元に二冊に詰め込まれています。そしてそれに気付くと同時に、彼が私にくれた本当の誕生日プレゼントに気が付きます。

 

 

 彼が贈りたかったもの。それはただの本ではありません。本当のプレゼントは.........この本を一緒に読んで、感想を言い合う時間。

 

 

「.........もう、本当に変な人」

 

 

「なら、さっきの作者さんのお話は不毛ですわね。忘れて下さいまし」

 

 

「.........あら。もうこんな時間。今日はもうお休みしましょう?貴方も私も明日は仕事が.........?」

 

 

 テーブルから立ち上がり、その本を持って寝室に向かおうとすると、彼に突然呼び止められました。何かと思いその方向を見ると、どこか不安げな表情で私の目を見つめていました。

 

 

「え.........?分からない場所がある.........?」

 

 

「.........最初のお話の最後で、二人は本当に幸せだったのかって.........」

 

 

 最初のお話。それは、どこにでもある普通のお話でした。何の接点もない男女があるキッカケで出会い、次第に心を惹かれ、最終的には二人で道を共に歩む.........

 様々な葛藤、困難。そして共に歩む為にお互いに何かを捨てる。最初に読んでいた時、これはどこにでもあるお話なのだと思いました。

 しかし、彼がこの本の作者だと知った今。この物語全てが、私と彼の歩みの様なものだとさえ思ってしまう。どこにでもあるお話が、今になって一番印象的で、一番好きなお話になりました。

 

 

 ですが、おかしな話です。この本は彼が書いたもの。登場人物や展開はすべて彼の頭から出てきた物です。それを何故、彼ら彼女らの幸せを私に問うのでしょう?

 

 

(.........ふふ、本当。心配性なんですから)

 

 

 それはきっと、この二人が私達だから。彼が想像するお互いの物語がこの形で、そして思いがセリフと地の文で構成されている。

 けれどこの話は、彼が一人で作った物。私を喜ばせる為に、一人で来た道を辿り直し、一人で書き上げた物。

 そこに、私の思いは一切無い。この作品は言ってしまえば、彼の独りよがりなのです。

 

 

 けれど.........

 

 

「.........何か、忘れていませんか?」

 

 

「私と貴方が夫婦である前に、愛し合う者同士である前に」

 

 

「そして、苦楽を共にしてきた相棒である前に.........」

 

 

「私と貴方は―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――[一心同体]。ですわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼の手を握り、優しく微笑みかける。すると彼はそうだったね。と言って、私と同じ様に微笑み掛けてくれた。

 そんな姿を見て、つい微笑みが崩れてしまう。だらしのない笑顔を、二人一緒にお互いに見せ合う。

 けれど、そんな時間が。今この瞬間が、何よりも、何よりも愛おしい。その気持ちを胸に感じながら、私は彼が立ち上がる間もその手を包み込んでいました。

 

 

「あの、これからも何か読みませんか?」

 

 

「頻繁にでは無くていいです。三ヶ月とか、半年とか.........一年に一冊。同じ本を読みましょう?」

 

 

「え?一番のオススメ、ですか?」

 

 

「.........また同じ物を読む事になりますわよ?」

 

 

 薄く笑みを浮かべながら彼の表情を伺うと、そこには少し照れる様に頬を染め、面を食らう彼が居ました。

 

 

 二人で手を繋ぎながら寝室のベッドに潜り込む。人から見れば恥ずかしいくらいに子供のような行動。だけど、今ここにそれを咎める人は誰もいません。

 

 

 彼がくれた贈り物。それは一瞬で使い切ってしまう様な物でも、永遠に残る様な物でもありません。思い出でもありません。

 

 

 彼が私にくれたのは、本を通して共有する時間。二人で同じ時を過ごすという事の素晴らしさ。愛おしさを教えてくれました。

 

 

「.........ねぇ、貴方」

 

 

「もう知ってるかもしれないけれど.........」

 

 

 私より先に寝息をたて始め、起きている時に感じさせる大人らしさを感じさせない寝顔を見て、そっと呟きます。

 ゆっくりと彼の頭に両手を伸ばし、優しくその頭を胸の位置で抱きしめました。

 

 

 一緒に過ごす時間は、楽しくて、愛おしくて、何より心地良い.........

 

 

 何かをしていなくてもいい。ただ貴方の隣に居るだけで、私は.........

 

 

「私、今とっても幸せよ.........?」

 

 

 一瞬と言うほど短くは無い。

 

 

 永遠と言うほど長くも無い。

 

 

 人生は主観で見れば恒久的で客観的に見れば変則的。

 

 

 劇的に変わったかだなんて、後になってみないと分からない事ばかり。

 

 

 けれど、貴方と一緒なら。

 

 

 貴方と共に、過ごせるのなら.........

 

 

 きっと、最後の誕生日を迎えても、幸せに過ごせる.........

 

 

「.........おやすみなさい」

 

 

「.........大好きですわ」

 

 

「これからも、ず〜っと.........♡」

 

 

 

 

 

 ―――Fin



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第一部 夢追い人篇
気付いたら流れで脱サラしてトレーナーになった話


「あんた見る目あるなぁ。トレーナーにならないかい?」

 

 

 その一言が全ての始まりだった。俺、桜木玲皇は当時、20歳のフリーターだった。高校卒業と共に、なまじ勉強した人体学を多少は活かせる職に就職した。

 もちろん、自分が興味ある分野で勉強の部分は大きく捗ったが、それはそれ、これはこれだ。職場環境は酷いものだった。

 三年で辞めた後は簡単だ。フラフラしていた中で、特に興味もなかったウマ娘のレース場に足を運んで、パッと見の感想を呟いたら冒頭のおっさんに聞かれてたって訳だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「ムググ.........コンビニサンドイッチとストレートティーの組み合わせは大人臭過ぎやしねえか.........」

 

 

 誰に言うでもない独り言を呟く。トレーナー試験に合格してトレセン学園のトレーナーとしてほっぽり出されたは良いものの、こっちは残念ながら女性が苦手だ。話すのが気恥しい俺にとっては地獄なのでは無いだろうか?

 食事に際して発生したゴミをレジ袋に突っ込み、欠伸をしながら駄菓子をズボンのポケットから取り出す。ココアシガレットは感性をガキの頃に戻してくれる素敵アイテムだった。

 

 

「桜木さーん!」

 

 

桜木「ん?ああ、桐生院さん。どうも」

 

 

 小走りでこちらに走ってくる一人の女性。名前は桐生院葵。同期で俺と一緒にトレーナーになった代々トレーナーの超名門エリートだ。

 試験の日に余りに緊張していたので、駄菓子を分けたら懐かれてしまった。流石に今の子でもそこまでチョロくは無い。

 

 

桐生院「聞いてください!私、晴れてトレーナーとしての第一歩を踏み出す事が出来ました!」

 

 

桜木「え!?じゃあもう担当ウマ娘が!?」

 

 

 嘘だろ?入職して三週間目。未だに暇なのはもう俺だけか!?そう思いながら話を聞いてみると、どうやら彼女はハッピーミークと言う白い髪のウマ娘をスカウトしたらしい。話を聞いているだけでその行動力の高さが伺える。

 

 

桜木「はぁ、凄いなぁ桐生院さん。俺なんかどう行動に移せば良いのか.........」

 

 

桐生院「では、今度行われる選抜レースの結果を見て判断するべきです!桜木さんの洞察力があれば、きっと良い子が見つかる筈です!」

 

 

 そう息巻いて断言する彼女を見て、若干気圧されながらも、その提案に乗る事にした。選抜レースは二日後だ。しっかり見極めるとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「す、凄い.........」

 

 

 選抜レース。公式のレースでは無いのに、その賑わいはソレとは何ら変わらない程の賑わいを見せていた。

 

 

「焼きそばー要らんかね〜?」

 

 

桜木(あの子もウマ娘.........だよな、なんで焼きそば売ってんだ?)

 

 

 しかし、既に小腹が空くにはいい時間。自分の身体に気を回して見落としがないよう、その焼きそばを一つ注文した。一口食べて見て分かったのは、恐らく自家製だ。久しく食べてなかった手作りの焼きそばに胸を打たれながらも、レースの行方を何本も見ていた。

 

 

桜木(うーん.........みんな良い子達ばかりなんだけど、俺じゃなくてもなぁ)

 

 

 焼きそばを食べ終え、暖かいお茶をずずずとすすりながら状況を確認する。みんなトレーナーが着けばそれなりに良い成績を残すであろうと子達ばかりだ。それぞれ上半身の動き、地面に対する足裏の接地面とのアプローチ。詰んでるエンジンやスタミナといった特徴的な武器が見て取れる。しかし、それを見ても未だに俺が誰かの練習を預かると言った予想は出来なかった。

 

 

「なぁあんた。新人トレーナーだろ?」

 

 

桜木「ん?ああ、さっきの焼きそばの.........そうだよ。桜木玲皇、まだ新人で分からない事ばかりだけど、今日は一丁前に担当を探しに来たんだ。君は?」

 

 

「私の名前はゴールドシップ!!気軽にゴルシちゃんとかゴルシ様とか呼んでもいいぜ!!」

 

 

 そう言いながら焼きそば売りのウマ娘はキャピキャピとポーズを決めながら自己紹介した。なんだろう。このうるささ、俺の親友と合致するな。まぁいい、アイツと会うことなんざもう数回くらいだろう

 

 

ゴルシ「んで?誘いたいウマ娘は見つけたのか?!ゴルシちゃんはダメだぜ?あたしはもうスピカっつうチームに永久リーダーに就任してるからなぁ!!」

 

 

桜木「あ、そう。力強いロングスパートが出来そうだと思ったから残念。誘いたい子も居ないし、今日はもう帰るかな」

 

 

ゴルシ「あーー!!ちょっと奥さんさあ!!次のレースで良い子が出てくんだよー。三百円で買った消しゴムの消しカス集めて作った鼻くそフィギュアあげっからさー!!」

 

 

 なんだそりゃ、しかも地味に高級だなおい。しかし、体格の良い彼女の言う良い子とはどうなのだろう。一般的な感覚で言えば、自分のワンランク下〜上の子を良い子とさすが、改めて見ると目の前の相手は明らかに規格外じみている。人間力なら兎も角、ウマ娘のパワー比で独自に編み出した計算式を用いると、ゴールドシップはそんじょそこらの天才が泣くレベルのパワーを持っている。言わば、才能だけでは辿り着けない場所に居るのだ。

 

 

桜木(そんなウマ娘のお墨付き、一体.........)「どんな子なんだ?」

 

 

ゴルシ「見れば分かる。分からなくても、分かるはずさ」

 

 

 んじゃそれ、思わずずるっとづっこける。流石に怒ろうかと思いゴールドシップのいた方向を見ると、彼女はその目を真剣にターフへと向けていた。

 

 

 それにつられて、その方向を見るとゲート準備している場面を見えた。この中に居るのだろうか.........?いや、分かる。

 

 

ゴルシ「お!分かったか!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ、俺の好みだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今度はゴールドシップが派手にずっこけた。良かったな、焼きそば売り切ってて。そうこうしているうちに体制を整え、ゴールドシップは俺の襟を両手で掴んだ。

 

 

ゴルシ「お前さん何しに来たんだよ!!」

 

 

桜木「わ、悪かったよ!でもあの子だろ!?あの芦毛で長髪で背が低い上品そうな子!!」

 

 

ゴルシ「お前マックイーンをなんて目で見てんだーーー!!!」

 

 

桜木「ウマ娘はビジュアルも大事だろ!?そういう記録媒体の写りが良いって意味で好みっつったんだよ!!苦しーーー!!!?!?」

 

 

 流石に近場で座っていた人達も怯え始めた為、ゴールドシップに弁解する。案外楽しかったけどな、地獄のメリーゴーランド。

 ようやく落ち着いたのか、ゴールドシップは丁寧に俺を椅子に座らせた。まだ胸がドキドキする。年甲斐もない、ガキに戻った様な、実家に帰ってきたような感じ.........

 

 

桜木「これが恋.........?」

 

 

ゴルシ「はっ倒すぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いよいよ各ウマ娘の準備運動が終わり、次々にゲート入りをしている中で、マックイーン。彼女が他のトレーナー達から口々に評価されていた。なんでも、ウマ娘界では名門であるメジロ家の出身であり、トレセン学園入学前から、そのステイヤー気質の足を大きく評価されていたらしい。

 

 

 もちろん、普通ならば彼女も俺じゃなくても良い。だが、そう言われる中でも、彼女の目はその才能や素質に見向きもしていない様だった。

 

 

ゴルシ「どうだ?」

 

 

桜木「ああ、話に聞く限りじゃすげえ才能や素質を持ってるけど、本人はそれをちゃんと武器にしている。才能が中心になってない。改めて、凄い子だ」

 

 

 しっかりと芯を持った立ち方をしている。凄い子だ。そう思いながら彼女のゲートインを見守った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それでも、レースと言うのは分からない。彼女はその走りの真価を見せ付けること無く、最終コーナーに差し掛かっていても後方に居た。

 

 

ゴルシ「マックイーン.........!」

 

 

桜木「足に力が入ってない。スタミナ切れにしては早すぎる.........一体どうしたんだ.........?」

 

 

 そう判断を下した俺は周りを見てみる。どうやら、 先程彼女を評価していたトレーナー達も俺と同じ意見の様だ。その目は既に、先頭で先陣を切って逃げているアイネスフウジンに移っていた。

 それが普通だ。弱肉強食に近いこの世界で、強い者を強く育てるのが勝つためのセオリー。先頭を走る者に目を向けるのは当たり前だ。だと言うのに、ゴールドシップのせいか、俺の気質のせいなのか、どうしても、後方で奮闘しているマックイーンから目を離す事が出来ずに居た。

 

 

桜木「頑張れ.........!」

 

 

ゴルシ「!」

 

 

 思わず口に出してしまうほど、彼女に視線を送っていたが、結果は虚しく、七着。入着すらできずに、この選抜レースを終わらせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕日はいつだって綺麗だ。それはガキの頃も大人になった今も変わりはしない。あの後、ゴールドシップがマックイーンはあんなものじゃない。とは言ったが、七着の事実は変えられない為、その後は酷くしょんぼりとしていた。俺の親友の一人はそんな顔しない為、何故か初めて会った彼女にらしくないと思ってしまった。

 学園に戻って、書類を片付けて、後は普通に帰るだけ。それでも、この綺麗な夕日を見るために学園の裏側のトレーニングコースへ行くと、一人で黙々と特訓する。メジロマックイーンの姿がそこにはあった。

 

 

マック「まだ、まだ足りませんわ.........!」

 

 

 選抜レースとは違い、多少は近くなった為、彼女の声が耳へ届いてくる。歯を食いしばりながら足りないと、レースをこなした後の身体で走っていた。

 

 

「あら.........?そちらにいらっしゃるのは、期待の新人トレーナーさんじゃないですか!」

 

 

 俺の背中から声が聞こえる。振り返ってみると、緑の制服が特徴的な駿川たづなさんが立っていた。彼女はここ、トレセン学園の理事長の秘書さんだ。

 

 

桜木「こんにちわ、たづなさん」

 

 

たづな「こんにちは。そういえば、古賀トレーナーさんが歓迎会を開くそうですよ?」

 

 

 うへぇ、あの人飲兵衛だから、めちゃくちゃ面倒臭いんだよな。

 古賀聡さんは、俺にトレーナーとしての道を示してくれた御歳65歳の大ベテランだ。未だに新しい手法を取り入れ、ウマ娘を重賞の勝利へと導くすんげぇ人だ。

 

 

桜木「予定は今埋まりましたよ。残念ですけど」

 

 

たづな「ふふふっ.........桜木さん。選抜レース、誰か気になる子は居ましたか?」

 

 

 それを聞かれ、そう言えばと思い、マックイーンの居る背後のコースを見る。そこには先程までいなかったボーイッシュなウマ娘が来ており、マックイーンのその瞳は、夕日よりも力強い光が宿っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「.........メジロマックイーンです」

 

 

 

 

 

ㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤ……To be continued



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トレーナー「俺この仕事向いてなくね......?」

桜木「あーー.........言っちまったーーー.........」

 

 

 トレセン学園からほど近いボロ屋のアパートの一室。畳まれた布団をクッションに帰ってきたその身でそこに倒れ込んだ。

 あの後、映画のワンシーンの様に何も言わずに走って帰ってきてしまった。例えるならカリオストロの銭形警部見たいな感じで。

 だがそれ自体はどうでも良いのだ。彼女。駿川たづなさんに言ってしまった。メジロマックイーンが気になっていると。まるで告白した時のような高鳴りを感じた。これが恋?

 

 

桜木「ゴルシは浮気を許してくれるだろうか.........」

 

 

 今日初めてあったおもしれぇ(マジモン)女の姿を思い出す。まぁ許してはくれないだろう。今日初めてあったばかりだが。

 何をのたまってるのかと思いながらも、そう思わなきゃやってられない。理事長秘書に気になっているウマ娘を伝えたのだ。次の日にはもう「お、あの子の担当になるんだな」と彼女も理事長も思う筈だ。もう逃げれない。

 

 

桜木「才能をくれ.........女の子とお喋りできる才能を.........」

 

 

 落胆しながらも、流石にこのまま寝るのは不味い。簡単に冷蔵庫に入っている食材で夕食を済ませた後、風呂はボロ屋で付いてないので着替えを持って近くの銭湯へと足を運んだのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「あーーーマックのハンバーガーとコーラはガキっぽくてうんめぇー」

 

 

 学園でやる事は変わらない。書類の整理を粗方終え、隙を見てウマ娘の雑誌を読み、お昼が来れば昼食を食べる。変わった事は二つ。大人臭いメニューから今日は子供に大人気マクドナルドのハンバーガーに変わった事。今まで掛けてこなかったサングラスを朝から掛け続けて居るという事だ。

 あれから作戦を練りに練り上げたのだ。こうなれば無理矢理にでもテンションを上げるしかないと、昔はあまり金銭的理由で食べれなかったマクドナルドのハンバーガーを頬張り、ウマ娘をサングラスというフィルターで視認すれば何とかなる.........筈だ。

 

 

ゴルシ「お?おーーーい!!おっちゃーーーん!!」

 

 

桜木「おー、ゴールドシップ。昨日ぶりだな」

 

 

 声のする方向を見てみると、ゴールドシップが割と勢い任せに走り込んで来た。身体の動きを見てもやはり、特出すべきはその足だろう。

 分析しようと見てみるが、もう既に他のトレーナーさんの元でトレーニングを行っているのだ。あまりそういった事をするのは常識外れだろう。足に移した視線を顔へと戻した。

 

 

桜木「昨日はありがとうな、マックイーンを紹介してくれて(遠目で見ただけなんだけど)。ほれ、お礼にこれやるよ」

 

 

ゴルシ「お?んだこれ、見た事ねえぞ」

 

 

 おー、マジか、見た事ないのか.........駄菓子の中で言ったら割と有名な奴なんだがな、まさか駄菓子自体を知らないんじゃないのか?

 そう思いながら尻ポケットからココアシガレットの箱を取りだし、箱中から取り出した棒を咥える。するとゴールドシップはギョッとする様な表情で隣から離れた。

 

 

ゴルシ「おまままおまおちょま!!!生徒の前でタバコ吸うのかよぉ!?」

 

 

桜木「.........お菓子だよお菓子。よく見ろ、葉っぱなんて詰まってないだろ」

 

 

ゴルシ「へー.........私にも1本くれよーー、これやっからさー」

 

 

桜木「人のあげたもんで取引すな」

 

 

 そう言って断ると、ブー垂れた顔で文句を言ってくる。こうしてみると年相応の反応をしてくる普通の女の子だ。ただデカさとヤバさが彼女の認識を歪ませる。

 拗ねた顔をしながらも、慣れない手つきで俺のあげた駄菓子の袋を開ける。中には小さいハンコの形をしたラムネが出てきた。

 

 

ゴルシ「んだこりゃ」

 

 

桜木「モンスタースタンプ。一般庶民のガキだったら皆買うメジャーなお菓子だ。自分の舌に満遍なく押してみろ。飛ぶぞ」

 

 

 俺がそう言うとゴールドシップはスタンプを一個、口の中に放り込む。コロコロと舌の上で転がしながら怪訝そうな顔でこっちを向く

 

 

ゴルシ「なんか食った事ねえ味がする」

 

 

桜木「駄菓子なんてそんなもんよ。子供に人気の唯一無二さがそこにある」

 

 

 そう、普通の食事でも、お菓子でもスナックでも味わえない味が沢山あるのだ。子供心を満たしてくれる、子供の味方。10円価格の救世主なのだ。

 そうこうしている内に食べ終えた見たいで、はてといった表情で俺を見てくる。

 

 

桜木「舌出して見ろ」

 

 

ゴルシ「?んべーー」

 

 

 パシャッとシャッター音が鳴り響く。もちろん俺の携帯で撮ったシャッター音だ。それをゴールドシップに見せてみる。

 

 

ゴルシ「な、なんじゃこりゃーーー!!!???」

 

 

ゴルシ「す、す、すっっっげーーーーーっっっ!!!!!」

 

 

ゴルシ「おっちゃーん!!やっぱあんたただのデカいだけの奴じゃなかったんだなーー!!」

 

 

ゴルシ「魔法使いここにはいたんだーーー!!!あたしがゴルゴル星でカニとムニエルのサンバを踊ってた時は見つからんかったわけだぜーーーっっ!!!!」

 

 

 やばい。ゴールドシップは俺に向かってジリジリとにじり寄ってくる。テンションと反比例する様に、獲物を見つけた狩人の様に、そのスタンプで変色した舌をベロンと出しながらゆっくり近づいてくる。

 

 

桜木「ま、待て、ゴールドシップ?何するんだ?あ、もしかしてまだ足りない?あ、あげようかシガレット。気が変わっ―――」

 

 

ゴルシ「おいおい、魔法使いを見つけたらやる事は決まってんだろ〜.........?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前をゴルシップ海賊団の副船長にしてスペースアナコンダと惑星メジロで一騎打ちすんだよっっっ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

秋川「確認ッ!!期待の新人トレーナーは確かにメジロマックイーンを望んだのだな?」

 

 

たづな「ええ!それはもう真剣な表情で、理事長が彼に期待を寄せる理由も分かりました」

 

 

 トレセン学園の中にある理事長室。そこには理事長秘書である駿川たづなと、このトレセン学園の理事長である秋川やよいが窓を眺めていた。

 視線の先には先程、理事長が期待の新人と呼んでいた対象が目を煌めかせながら、学園内きっての奇天烈ウマ娘であるゴールドシップに襟を掴まれ、ブンブンと振り回されていた。

 

 

秋川「回想ッ!!彼は幾多の名ウマ娘を育て上げた古賀聡トレーナーに目を付けられてここに来た!」

 

 

秋川「ウマ娘の身体能力は人間とは大きく違いはあれど、構造上は同じ!人体の動きについて深い知識を有する彼の活躍は必至である!」

 

 

 幼い理事長はそう言いながら右手に持った扇子をバッと綺麗な音を立てて開いた。彼女の頭の中では古賀トレーナーが残した数々の奇跡が追想していた。

 

 

たづな「そうですね。ですが彼はそれ以上に、目が良いと感じます。触らずとも動きを視認してウマ娘の状態を把握する観察眼は素晴らしいものです!」

 

 

秋川「確信!!新人トレーナー。桜木玲皇は我がトレセン学園を牽引する中の一人となるだろう!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「サングラスどっか行っちゃった.........」

 

 

 現在、午後四時を時計の針が過ぎた頃。ゴールドシップに振り回されたあれから、サングラスが見つからない。めちゃくちゃ楽しくて放課後のチャイムがなるまでそれに気付く事が出来なかった。

 まぁそれはもう仕方無い。それより早く、メジロマックイーンに会わなければならない。うーん。面倒臭い訳では無いが、酷く億劫だ。

 

 

桜木「せめて俺にもう少し、女の子耐性がついていればなぁ.........」

 

 

 そんな呟きとは裏腹に、この足はどんどんと学園のターフへと突き進んで行く。自分でも分かるほどに、どうやら彼女と会うのが楽しみらしい。

 トレーニングコースへ足を踏み入れると、そこにはやはり、メジロマックイーンが居た。

 

 

マック「はぁ...はぁっ、はぁ.........っ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「はぁ.........ダメですわね、昨日と同じ。足に力が伝わりません.........」

 

 

 身体の調子は悪い訳では無いのに。私はそう思いながら、腹部に感じる若干の空腹感を治めるようにそっと手を置いた。

 

 

「調子悪いのか?」

 

 

マック「へ!?い、いえ.........あの、貴方は.........」

 

 

 横から聞こえた声は、とても優しいものでした。その声の主に心覚えが無く、姿を見ようと振り返ってみても、身体付きの良い、オールバックの男性など、記憶にはありませんでした。

 彼は私の警戒心に気付いたのか、罰が悪そうに後頭部を掻きました。その仕草から分かる事は、見た目より分かりやすい人なのだろうと感じました。

 

 

「桜木玲皇っていう、今年トレーナーになったばかりの新人だよ」

 

 

マック「まぁ!新人トレーナーさん!もしかして、私のトレーニングをご覧にいらしたのですか?」

 

 

 私がそう言うと、彼はうんと頷いた。

 

 

マック「光栄ですわ。ご足労頂き、感謝いたします」

 

 

 新人と言えども、トレーナーさんが来てくださったという事実は、今の私の心を喜ばせるには十分なものでした。

 しかし、そうとばかりは言っていられない。彼が何故、私に目を掛けているのか。それを聞きたかったのです。

 

 

マック「.........あの、一つお聞かせください。なぜ、私に興味を持って下さったのですか?」

 

 

マック「私、先の選抜レースでは、メジロの名に泥を塗ってしまうような情けない走りしかお見せできませんでした」

 

 

マック「だと言うのに、なぜ.........?」

 

 

 純粋な疑問点でした。トレーナーというのは、強いウマ娘を強く育てる事を意識しています。特に、新人であるならば最初から強いウマ娘を育てる事で、やるべき事を覚えるのがトレーナーとして安定して成長する為に必要な行為。二着、三着のウマ娘なら兎も角、入賞にすら届かなかった私に声を掛ける彼の心の内は、私には理解できませんでした。

 

 

桜木「.........うーん。目を引かれたからかな」

 

 

マック「え?」

 

 

桜木「あのレース。確かにアイネスフウジンが注目されたのは間違い無かったんだけど、なんか俺、君から目を離せなかったんだよな」

 

 

 照れた様に笑う彼を見て、私は呆気に取られてしまいました。先頭で走るウマ娘でも、強いウマ娘でも無い。彼は七着だった私に、声を掛けたのだ。

 

 

桜木「なんて言うか、君の立ち振る舞いから、その才能が中心になってないと感じたんだ。君はあくまで、自分の目標の為にその才能を使う」

 

 

桜木「断言出来るよ。君は大化けする。人々の視線を持って行くレベルまで」

 

 

 そう断言する彼の目はおふざけや冗談の色は無く、真剣さだけが残っていました。真面目すぎて、逆にこちらが恥ずかしくなってきてしまう程に。

 胸が高鳴るのを必死に抑え、彼のその言葉に礼を言った。

 

 

マック「コホン、お、お世辞でも嬉しいですわ。お褒め頂きありがとうございます」

 

 

 そう言って、私は彼に頭を下げる。彼はボソッと「お世辞じゃないんだけどな」という声は聞かなかった事にしましょう。

 

 

マック「けれど、私をご担当いただくか否かは、ぜひ、走りを見てご判断くださいませ」

 

 

マック「私には、メジロの名を持つウマ娘として、果たさなければならない、高い目標があります」

 

 

桜木「目標?」

 

 

マック「はい。.........「天皇賞の制覇」という目標です」

 

 

マック「それはもちろん。トレーナーさんとの適切な信頼関係が無ければ果たせないもの」

 

 

桜木「そっか.........確かに、信頼関係が無ければ、お互い信じる事は出来ないもんな」

 

 

マック「ええ、ですから。ただ目を惹かれたという曖昧な理由ではなく。私の走りも認めていただいた上で、ご判断してほしいのです」

 

 

マック「私をメジロの名に相応しいウマ娘として育てていただけるか否かを」

 

 

 そう言いながら居てもたっても居られなくなった私は、トレーニングコースをもう一度、頬にほのかな熱を感じながら走っていきました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「.........褒めすぎたな。完全に」

 

 

 失敗したなと感じながらも、経験浅い自分では仕方あるまいと無理矢理納得させる。そう、仕方が無いのだ。

 はぁっと溜息を吐きながらも、見て判断するようにと言われたメジロマックイーンの走りを見る。まだデビューもしていない筈なのだが、そのフォームは洗練されており、自身のスタミナ消費量のコントロールと、加速に着いてこれる心肺機能は努力の賜物だ。

 しかし、それを無下にするように、今の彼女に足りない物が、彼女の努力を無駄にしている。

 

 

桜木「.........やっぱり力が入ってない」

 

 

 選抜レースでも感じた彼女の弱点。いや、彼女の様子から見るに、恐らく一時的な不調なのだろう。彼女が走り通った後を見ても、その足跡は薄い。

 どうしたものかと考えあぐねていると、聞き覚えのある声が背後から聞こえてくる。

 

 

古賀「お、桜木ーー、久々だなー。髪型で分かったぞーーー」

 

 

桜木「げっ」

 

 

 背後から聞こえた声に、思わず振り返る。そこには俺のお世話になったベテラントレーナー。古賀さんが居た。悪い人では無いんだが、絡まれると大体逃げられない。嫌いでは無いのだが、ちょっと強引なのだ。

 

 

「古賀さん。桜木も困ってるじゃないっすか。誰かのトレーニング見てたんだろ?」

 

 

 だる絡みしようとする古賀さんを止める声もまた、聞き覚えのある声だった。彼もまた、若くして腕のあるトレーナー。俺にウマ娘がどういう存在なのかを叩き込んだ沖野さん。彼も先程まで古賀さんにだる絡みされたらしく、きっちり決まってた筈の髪型がぼさぼさで出てきた。

 

 

桜木「沖野さん。ええ、まぁそんな所です」

 

 

古賀「何ィィ!?あの奥手な桜木がウマ娘のトレーニングを.........?俺は嬉しいぞ〜?」

 

 

 こういう絡み方をする。分かりやすい嘘泣きをかましながら、俺の肩をトントンと叩く。中々失礼じゃないか?この人。

 

 

沖野「まぁそう言われても仕方ねえだろ。お前さん。女の子の扱いはド三流だからな」

 

 

桜木「ぐぎぐぬぬ.........」

 

 

古賀「おめえさんの友達元気か?あの時ウチに突っ込んできた奴らは」

 

 

 うーん。そういえばあったな、そんな事。鬱手前のメンヘラ晒した親友が急にトレーナーになるなんて聞けば、美味い話に騙されたと思うだろう。沖野さんと古賀さんに教えて貰っていた最中で突撃してきた時は肝が冷えた。アイツらもうそういう身分じゃないのに問題起こせばどうなるかとその場で説教したが、気付けば酒を飲んで全員仲良くなっていた。

 

 

桜木「まぁ元気っすよきっと。俺が今元気なんですから」

 

 

古賀「カッカッカッ!違いねぇ!それぞれがそれぞれを好き合ってる仲なんざ早々ねえからな!」

 

 

桜木「.........?待って下さい。沖野さんさっきまでそこに居た筈.........あっ」

 

 

 辺りを見回すと、知らないウマ娘の足をさする姿が目撃できた。次の瞬間には空高く彼が舞う。いい足をしているとは思うが、知らない女の子の足を触るのはド三流以前に、モラルの問題があるだろう。

 

 

古賀「おーーい沖野ーー。お前まぁたセクハラかァ?桜木がド三流ならお前はテクニシャンだなーー!!カッカッカッ!」

 

 

沖野「ハッハッハッ!いやぁウマ娘のいいトモを見てるとつい身体が動いちまうんすよ。本当にトレーナーでつくづく良かったと思います」

 

 

 本当だ。トレーナーならば非常に苦しいが言い訳する事が出来る。一般人ならそういう性癖というだけで認知され、警察に連行されるが、彼。沖野先輩は確かなトレーナーとしての実力を保持している。彼が触って得ている情報の確保量はとてつもなく多い。

 

 

桜木「沖野さん。せめて一言断り入れてから触りませんか?いつか蹴りじゃなくて、その両腕を引きちぎられますよ」

 

 

沖野「ああ、出来ればそうする事にするよ.........」

 

 

 いててと、蹴られた頬を撫でる沖野さん。出来ればは十割出来ないんだよなぁ.........と思いながら苦笑いしていると、もう一度肩を叩かれる。

 

 

古賀「いいか桜木。お前さんはまだ新人だ。人が集まる所にゃ嫉妬や僻みが発生する。トレーナーもそんな所だ。やれアイツの担当が勝っただのアイツの担当がうちのに泥を塗っただのつまらねぇ喧嘩も起こる」

 

 

古賀「走ってんのはウマ娘なのに、自慢すんのは決まってオレ達トレーナーだ。いいか、健全なライバル関係は、健全なスポーツマンにしか発生しない。トレーナーが健全でいるには若さを忘れねえこった」

 

 

古賀「とは言っても、おめえさんはまだ新人。トラブルを起こす事は無いかもしれんが、巻き込まれる事はある。その時は遠慮なく俺達に相談しろ。いいな?」

 

 

 普段のおちゃらけ具合とは打って変わり、年相応の威厳さを見せるように、俺の瞳を覗く。人やウマ娘に話を聞かせる時に古賀さんが使う常套手段だ。

 古賀さんはベテラントレーナーだ。ウマ娘とトレーナーに関する事では他の追随を許さない程に、楽しく仕事をしている。そんな彼だからこそ、真剣な目で語られると不思議と説得力があるのだ。

 

 

桜木「.........分かりました。古賀さんも頑張って下さいよ。チーム[アルデバラン]の活躍。期待してます」

 

 

沖野「馬鹿。期待しててどうすんだ。『こんな爺さん頂点から引きずり下ろしてやる』って気概なきゃ怒られるぞ?」

 

 

古賀「沖野。そりゃ言い過ぎ」

 

 

 ゲラゲラと二人して笑いながら去って行く。本当に嵐の様な人なのだ。古賀聡という人物は。

 去って行く二人を最後まで見る事はせず、もう一度、走っているメジロマックイーンに意識を集中させる。もう既に長い時間走っているはずなのに、彼女はフォームを崩すこと無くまだまだ走り続けている。スタミナも、走り続ける精神力も申し分無い。

 

 

桜木「天皇賞も夢じゃない.........けど」

 

 

 それでも、彼女の付けた足跡の溝は、薄かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「はぁっ......はぁっ.........いかがでしたか?私のトレーニングは?」

 

 

 膝に手を付きながら、私は彼に対して問いました。先程褒めてくれていた時の様な顔とは異なり、考え込むように腕を組み始めました。

 

 

桜木「.........今、足に力入んないでしょ?」

 

 

マック「へ?あっ......そ、それは.........」

 

 

 彼に指摘された部分は、確かに。今の私の走りに足りていない物でした。なぜ分かったのだろう。そう思いながら彼の視線の先を見ると、私の走ってきた足跡が目に留まりました。

 .........あれ、昔走っていた時は、こんなに薄くなかったはず.........?

 

 

マック「.........うぅ」

 

 

 きっと、この足跡を見てそう感じたのでしょう。私自身も、この足跡を見て、気のせいでは無いと今ここで気が付きました。そして、恐らく原因は.........。

 そこまで考え、自然と手が腹部に届いてしまいました。

 

 

桜木「?.........やっぱり、調子が悪いんじゃ」

 

 

マック「あっ.........いえ、そういう訳では.........」

 

 

マック「あの、申し訳ありませんっ!もう一周走って参ります!」

 

 

桜木「待って!!」

 

 

 走り始めようとしたその時。大きな声がトレーニングコースに響き渡りました。トレーニングしていた他の子も彼に一斉に注目しはじめ、彼はそれに気付き、困った顔をしながらも、私に話し始めました。

 

 

桜木「今日はもう止めよう。多分練習不足とかそういうものじゃないんだと思う」

 

 

マック「で、ですが」

 

 

桜木「このままやっても多分。君はずっと納得しないままトレーニングする羽目になる。そんなの嫌だろ?」

 

 

桜木「俺はまだ君のトレーナーではないけど、それでもウマ娘のトレーナーになる人間だ。我慢して走ってる姿は、とても見てられない」

 

 

 そういう彼の目は、私を褒めた時と同じ様な真剣なものでしたが、その表情はとても柔らかいものでした。

 しかし、彼の言っている事は一理ありました。ギクシャクした、思いとは裏腹に力の入らない脚で走るのは、確かに何かを我慢している感覚と同じ物でした。

 

 

マック「.........そうですわね。練習不足では無い物を、練習量で補うのは、多少無理してしまってるのでしょう。トレーナーさんの言う通り、今日はこれで切り上げますわ」

 

 

 そんな彼の言葉に流される形で、私は今日の練習を切り上げる事にしました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕焼け空には既に帳が降り、空は暗さが支配を広げ始める。今日も疲れを感じながら、その手をドアノブにかけ、玄関を開けた。

 

 

桜木「ただいまー」

 

 

「おう」

 

 

 ちょっと待て、いま聞いちゃいけない物が聞こえたぞ。ここに居るべきでは無い人間が.........。

 そう思いながら疲れきった脳みそを回転させ、目の前の光景を分析する。ついてるはずのないリビングの明かり。聞こえる筈のない聞き慣れた声。

 

 

桜木「.........何してんだ。白銀」

 

 

白銀「暇だからきちった」

 

 

 そう、古賀さん所に突撃しに来た親友の一人。今は海外に居るはずの白銀翔也が、一人古めかしい携帯ゲーム機でモンハンをやっていた

 

 

 

 

 

ㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤ......To be continued



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トレーナー「寝不足だ......」

 

桜木「おめぇ米は?」

白銀「おう、ちゃんと炊いたぞ」

桜木「あれ、お前ボウガン使うっけ?」

白銀「は?俺はなんでも使うが?」

桜木「いやいや、防具ないじゃん。作って来いよ」

白銀「やだっ!俺のセクシーさでモンスターを悩殺ゥッ!」

桜木「〇ぬのはてめぇだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「ふわぁ〜.........」

 

 

桐生院「寝不足ですか?」

 

 

 時間と言うのは楽しい中で生きていると早い物で、急な来客でありながらも、奴とのモンハンはとても面白いものだった。

 しかし、就寝時間午前四時。起きれるかどうか不安だったが、徹夜するよりかはマシだと思い、気合いで起きようと覚悟を決め、意識を沈めた。

 お陰で、こうして桐生院さんに心配される羽目になってしまったが、それもこれも全て、白銀翔也って奴の仕業なんだ。

 

 

桜木「まぁ、午後になれば目も覚めますよ。それまでの辛抱です.........」

 

 

桐生院「辛かったら言ってください!桜木さんの業務肩代わりしますから!」

 

 

 それはどうなのだ。目の前の女性は目をキラキラさせながらそう宣言した。とても嬉しい申し出だったが、彼女も俺と同じまだ新人。業務を押し付けて自分が寝れる訳が無い。

 どうすれば楽になるか?簡単な話である。担当がまだ居ない今だからこそ出来る仕事の少なさを利用して、早めに昼休みに入るのだ。

 俺はそうして気合いを入れ直し、若干ぼやけてきた視界のピントをもう一度力を入れて調節した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「はい.........なんでしょうか.........」

 

 

 そんな甘い話無かった。昼休みに入ったのも束の間で、生徒会長に放送で、名指しで、直々に、生徒会室に呼び出しを食らった。もう頭がクラクラだ。

 目の前で立っている女性の名はシンボリルドルフ。知る人ぞ知る無敗の三冠ウマ娘だ。とは言っても、仕事に明け暮れていた社畜マンBLACKの頃の俺は1ミリも知らなかった。少し申し訳なさを感じる。

 

 

ルドルフ「ああ、よく来てくれた桜木トレーナー。実は君に折り入って頼みがある」

 

 

ルドルフ「次回行われる中等部の講話で是非、登壇して欲しい」

 

 

 はい?中等部の講話?不味い。頭が真っ白だ。あのバ鹿のせいでマトモな思考が出来ない。落ち着こう。そしてまず、概要を聞こう

 

 

桜木「中等部の講話とは、具体的に何を?」

 

 

ルドルフ「そうだね。先ずはそこから説明していこうか」

 

 

ルドルフ「本来ならば、学園外部のウマ娘やその指導者が登壇し、自らの成績と担当してきたウマ娘の話をしてもらい、中等部の子達に良い刺激を与えるのが目的だ」

 

 

桜木「?でも今回は俺なんですよね?」

 

 

 何故今回に限って。そこまで口に出そうになったが、明らかにシンボリルドルフ会長の様子がおかしい。まるでその事に関して後ろめたいと言う様に視線を少し俺から外した。

 ほー、なるほどなー。読めてきたぞ.........これは恐らく、理事長の策略だ。可愛い子には旅をさせよとはよく言ったもので、恐らく俺は古賀トレーナーに見つけられた期待の新人。そんな新人の手助けもとい、その考えや技術力を知ってもらい、ウマ娘からの信頼を勝ち取らせようとしているのだろう

 

 

桜木「理事長ですね?」

 

 

ルドルフ「.........その通りだ。毎年講話に招待する講師には理事長と私の手紙を送っているのだが、今回はその指定が無かった。理事長は宛はあると言ったが、二日前である今日まで何も仰ってはくれなかったのだ」

 

 

 お互い困ったものだなと苦笑いを浮かべる会長。それに釣られる様に、俺も苦笑いを浮かべた。

 寝不足と言うのは酷いもので、物事が一つ解決すると回転が緩まる。お陰で、会長が最後に言った発言に気付いたのは数秒だった後だった。

 

 

桜木「.........待って下さい?今日が二日前っておっしゃいました?」

 

 

ルドルフ「.........君には申し訳ないと思っている。どうにかここは穏便に済ませて頂けないだろうか?」

 

 

 穏便に?どうして?俺が?ますます不味い。寝不足のせいで心のキャパシティがかなり余裕が無くなっている。こうなればヤケだ。やりたい事全部やってやる。

 

 

桜木「分かりました。ですが内容は俺が独断で全部決めます。ゲストも呼びます。口出しはさせません。会長には一応報告しますが、理事長には秘密にして下さい」

 

 

ルドルフ「.........幸か不幸か、今この場には君と私しか居ない。普段ならばそんな事は言語道断。だが、君からはあの人と同じ視線を感じるよ」

 

 

 そう言いながら、会長はその表情を軽く緩ませた。今度こそ問題は無くなった。そう思った俺はシンボリルドルフ会長に一礼し、生徒会室を後にした。あのロリっ子理事長め、覚悟の準備をしておくんだな。俺は強いぞ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「なにこれ、豚の餌か?アイツマジで何してんの?」

 

 

 いつも昼食を食べる三女神の噴水広場で弁当箱を開けた。中身は豚の餌と見紛う程の造形的印象は形容しがたい何かだ。分かるのは炊くのに失敗したお粥にも似た何か。

 取り敢えず一口食べて見るが、口に広がるのは懐かしい味。記憶の底に眠っていた離乳食の味、ある意味料理の天才だ。泣いて喜んでいただろう。俺が赤ん坊だったならば。

 

 

桜木「アイツマジで〇す」

 

 

 学園内で言っちゃ行けないような事を思わず口走る。行けない行けない。俺は一人の人間である前に、トレセン学園の職員であり、ウマ娘達の規範であるべき大人なのだ。心を落ち着かせよう。心の中でグラビモスを狩ろう。リオレウスを食べよう。ジンオウガをモフろう。

 待て、本当に不味くないか?この離乳食薬物でも入ってるんじゃないか?有り得そうだ。アイツの立場的にそういう事も有り得てしまう。

 

 

ゴルシ「んお?おっちゃんまたここに居た。いつもここで飯食ってんのか?」

 

 

桜木「やあゴルシ.........そうだ。ちょっとお願いがあってさ.........」

 

 

 意識が残っている内にお願いしてしまおう。何を口走るかわかったものじゃない。表側が正常な内にぱっぱか用事を済ませなければ.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

たづな「理事長っ!?講和の件!正気ですか!?」

 

 

理事長「無論ッ!!彼の力量を証明し!我が学園のウマ娘と彼の接触頻度を増やすのだ!!」

 

 

 そう言いながら理事長がバッと広げた扇子が大きい影を作る。理事長室には黒い影の線が一本入った。その顔は計画通りにイタズラが成功した様な顔をしている年相応の笑顔だった。

 一方、たづなはと言えば、いつも通りの、いや、他人を巻き込んでいる分いつもより質の悪い理事長の暴走を目の前にして、頭をクラクラさせていた。

 

 

たづな「理事長.........勿論、桜木トレーナーには伝えたんですよね.........?」

 

 

理事長「当然ッ!!シンボリルドルフ生徒会長に願い!彼女の口から伝えるよう言った!!」

 

 

たづな「ほっ」

 

 

理事長「今日ッ!!!」

 

 

たづな「」

 

 

 その発言が衝撃すぎたせいか、それとも直前の安心との振れ幅が大きすぎたせいか、たづなはその場に倒れる様に気を失い、理事長のご機嫌な笑い声だけが響いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

沖野「おら、起きろ」

 

 

桜木「んぶ!」

 

 

 口の中に何か突っ込まれるの同時に目が開いた。何が起こったのだと思い、隣を見ると、その様子をゲラゲラ笑いながら腹を抱えるゴールドシップが居た。

 

 

沖野「分かったか?こいつは口に何か入れてる時は寝ないんだよ」

 

 

ゴルシ「なるほどなー、おいおっちゃん!このゴルシ様に感謝しろよ?」

 

 

 そう言いながらゴールドシップの手が伸びている俺の首元を見てみると、ネクタイの根元が掴まれていた。状況から察するに、あまりの寝不足さに意識が飛んで寝ていたらしい。それを噴水に落ちないようネクタイを持っていたのはゴールドシップだ。

 

 

沖野「ったく、うちのチームメンバーに迷惑かけんじゃねえよ」

 

 

桜木「へ.........?という事は、スピカのチームトレーナーって、沖野さん?」

 

 

沖野「あ、言ってなかったか?」

 

 

 うーん。説明不足と言うか、秘密主義というか、この人はあまり自分の事を語りたくない主義だと言うのはトレーナー勉強時代に死ぬ程実感した。自己紹介も何も無くワンツーマン講義を始めた時には度肝を抜かれた。

 それは兎も角、俺はいつまで寝ていたのだろう?そう思い、腕に着けている時計を見てみる。そこにはきっかり3時半を指していた。

 

 

桜木「あっべ.........!」

 

 

ゴルシ「おわっ!気を付けろよ危ねぇなー!!」

 

 

 気が動転して思わず立ち上がってしまった。沖野さんとゴールドシップに一言礼を言っていつものトレーニングコースへ向かって行こうと思ったが、やはり一言だけでは自分の心が許さない。

 今は持ち合わせが無く、仕方ないとスルーしようとしたが、ふとズボンのポケットの中身を思い出し、中に入っているココアシガレットをゴールドシップへと投げて渡した。

 

 

桜木「ちゃんとした借りは今度返すから、今はそれで勘弁してくれーーー!!」

 

 

沖野「.........忙しそうだなぁ、あいつ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 走り慣れたトレーニングコースの芝の上で、両手を膝に着く。以前の様に走れないとしても、そのままでは行けない。そう思いながらも、私は肩を揺らして息を切らしていました。

 

 

マック「はぁっ......はぁっ......!もう少し.........あら......?」

 

 

 誰かが走ってくる音が耳に入り、その方向を見てみると、先日トレーニングを見てくれた桜木トレーナーが息を切らしながら走ってきました。

 私よりも疲れた様子で息を切らしながらも、挨拶するようにその掌を私に見せてくださいました。

 単純なのかも知れませんが、こうして息を切らして私に会いに来てくれたと思えば、嬉しく思ってしまいます。息を整えている彼に対して、私は小さく手を振る行為で挨拶を返しました。

 そして、それと同時に、彼から期待されているのだと感じ、もう一度走り出そうと決意を固めました。

 

 

マック(メジロのウマ娘として.........これ以上の失態は許されませんわ.........!)

 

 

マック(脚に力が入らないだなんて、言っていられません.........!!)

 

 

 息を整え直し、彼の方を見ると、私の方を見て、何も言わずに頷きました。まだ契約も結んでいないのに、何もかも分かったような顔をして.........

 何故かズルいと思いながらも、不思議と悪い気はありませんでした。

 しかし、そんな中で踏み出した次の一歩も、地面を蹴るというには余りにも軽いものでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「.........?力が戻ってきたのか.........?」

 

 

 運動不足のせいでバクバクと未だに大きく脈打つ心臓を労りながら、もう一度走り始めたメジロマックイーンの姿を見る。昨日見た時よりも幾分か力は入っている様だが、彼女の顔は未だに納得が行っていない様だった。

 

 

桜木(やはりトレーニングではどうにも出来ない.........となれば私生活に何か問題が?)

 

 

 生活習慣。個人差は大差あるものの、ひとたび乱れれば大病を患う可能性がある。毎日の暮らしの中で、徐々に彼女のパワーを奪っている可能性は否定出来ない。

 しかし、彼女の綺麗な脚を見てみても、パワーならば平均値よりも大きい値を出せる。そして彼女の様子から、最初から力の出し方が分からないという事は無い。

 何らかの理由で力が出せないのでは無いだろうか?それがトレーニングやストレッチ。休む事で改善されない物だったら?

 

 

桜木(おいおい、流石にそこまでは聞け無いだろ)

 

 

 年頃の女の子の私生活を聞き出すというのは、流石に今の関係性では度が過ぎている。自分はまだ、彼女を気にしているだけのトレーナーであり、彼女もまた。まだ一人でトレーニングしているだけのウマ娘なのだ。

 しかし、ようやく自身の脈打つ鼓動が徐々に意識から外れて行き始めたその時。彼女の様子が一変し始めた。

 

 

桜木「.........?マックイーン?」

 

 

 明らかに変わった。彼女の雰囲気も意識も、朦朧とし始めている。

 不味いのでは?そう思いながらゆっくりと近付きながら、彼女の安否を確認しようとする。もしかしたらトレーニングで疲れただけかもしれない。それはそうだ。自分が来た時からもう疲れ始めていたんだ。何らおかしい事は.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マックイーンッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バカが。最初からおかしかっただろ。昨日はまだこの時点でこんなに疲れてなかったじゃないか。慌てて彼女に駆け寄ろうとすると、フラっと力なく彼女の身体が揺れ始める。

 気付けなかった自分が許せない。しかし、今はそんな事より、彼女が大切だ。やっと落ち着いた心臓は、先程よりも激しく動き、恐ろしい程の鼓動を俺の身体の中で響き渡らせていた。

 

 

桜木「しっかり!マックイーン!!」

 

 

マック「.........」

 

 

 すんでのところで彼女を支える事に成功する。息はしている。血色は良好では無いし、意識も失っているが、それだけ分かれば安心出来た。

 眠っているだけ、眠っているだけだと心の中で自分を落ち着かせる。今しては行けないのは、ここでパニックを起こしたり、下手な行動をしないという事だ。

 

 

桜木(保健室に行くしかないが.........いや、言ってられないか)

 

 

 意識のない彼女に申し訳なさを感じつつも、今のこの体制ではおんぶは出来ないので、お姫様抱っこという形でメジロマックイーンを抱える。一刻を争うかもしれないと言うのに、一瞬躊躇した俺をぶん殴ってやりたい。

 噂になったらごめん、と心の中で謝りながら、彼女の身体を揺らさないよう、学園内の保健室を目指して行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『軽い貧血ですね。原因としては、栄養失調でしょう』

 

 

 お大事に。保健医の先生はそう言いながら保健室を後にして行った。まさか、本当に生活習慣が原因とは恐れ入った。物事を見抜く才能があるんじゃないか?

 

 

桜木「.........そうじゃないだろ」

 

 

 目の前の現実を良く見てみろ。それを本当に見抜けていたなら、今頃彼女はこんな保健室のベッド上じゃなく、まだトレーニングコースのターフの上で気持ちの良い汗をかいていた筈だ。やっていないなら、出来ないと同じ事だ。

 口の中に広がる甘い感触。沖野さんから貰ったキャンディに意識を集中し、落ち着かせる。どうするべきかと思いながら目を閉じていると、慌ただしい足音が近付いて来るのに気付いた。

 

 

「マックイーン!倒れたって聞いたけど、だい.........」

 

 

桜木「しーっ.........」

 

 

 入ってきたのは一人のウマ娘。高い身長と短髪が特徴的な子だ。よく見ると、選抜レースが終わった後に、マックイーンと話していた子であると気が付く。

 

 

「あ、す、すみません......」

 

 

「えっと.........こんにちは、あたしメジロライアンといいます」

 

 

 そう言いながら、彼女は礼儀正しくお辞儀をする。まだ若い学生なのに、きちんと教育が行き届いているのがひと目でわかる。

 

 

桜木「桜木玲皇。まだ新人だけど、トレーナーだ。よろしく」

 

 

ライアン「貴方は、マックイーンのトレーナーさんですか?」

 

 

 うぐ、今一番聞かれたくない事を聞かれてしまった。どうした物かと一瞬考えたが、寝不足の頭で言い訳なんか思い付く訳ない。ここは素直に答えよう。

 

 

桜木「いや、実はまだ正式には担当じゃないんだ」

 

 

ライアン「そっか.........でも、マックイーンを気にかけてくださっているんですよね。ありがとうございます」

 

 

桜木(.........ちゃんと気にかけてたんなら、こんな事にはならなかったと思うけどな)

 

 

 他人事の様に、自分の行いを振り返る。一度目は止めれたのに、何故二度目は止めなかったのだろうか。自分は、本当にマックイーンを見ていたのだろうか?誰にもまだ気付かれて居ない才能だけを見つけて、周りを見ずに手放しで喜んでいただけでは?

 少しの間。静かな時間が流れ始める。居心地は、決して良くは無い。

 

 

ライアン「.........あの、因みに倒れた原因って.........」

 

 

桜木「.........栄養失調による貧血だって言われたよ」

 

 

ライアン「そうですか.........選抜レースが近いからって、無理な制限してるなぁって思ってたんですが.........もっと早く声をかけてあげれば良かった.........」

 

 

ライアン「これでお互い様ですね」

 

 

桜木「!」

 

 

 困った様に笑うライアン。どうやら、気を使わせてしまったらしい。大人として、年下の女の子に気を使われているようじゃまだまだド三流だ。沖野さんにも古賀さんにも反論なんて出来やしない。

 気を張りつめすぎて居るのかもしれない。自分を責めすぎるのは悪い癖だと、親にも親友達にも言われていた。肺に溜まった息を、マックイーンを起こさない様にふーっと吐き出す。

 

 

桜木「悪いな、俺の心配も掛けさせちゃって」

 

 

ライアン「いえ!全然大丈夫です!」

 

 

ライアン「あたしも一応、メジロのウマ娘なんです。マックイーンとは姉妹では無いんですけどね」

 

 

ライアン「.........マックイーンは小さい頃から、責任感が強すぎるっていうか、自分で自分を追い込みすぎちゃうんですよね」

 

 

 そう言いながら、ライアンはその視線を、ベッドの上で静かに寝ているマックイーンへと移す。スヤスヤと寝ているマックイーンをライアンの目は優しく、マックイーンを見つめていた。

 俺もそれに釣られて、マックイーンの姿を見る。確かに、ライアンの言う通りだ。こんなに倒れるまで頑張り過ぎてしまう。小さな身体で頑張る彼女に目を惹かれる。きっと、あの選抜レースでも、彼女のその頑張り続ける姿に、目を惹かれたんだ。

 

 

ライアン「マックイーンは、充分立派にやっているのに.........」

 

 

桜木「.........そうだな」

 

 

 少しは、気が楽になった気がする。これからどうするべきか、それは、マックイーンが起きてから考えよう。そう思っていると、聞き慣れない電子音が、保健室に響き出した。

 

 

ライアン「っと、いけない!もう行かなきゃ.........!」

 

 

ライアン「ごめんなさいトレーナーさん!失礼します!」

 

 

 慌てて出口のドアへと駆け込んでいくライアン。保健室から出て行ったのを確認して、慌ただしい子だったなと思っていた。

 しかし、次の瞬間にはまた、ドアが開く音が聞こえて来る。何事かと思い見てみると、先程出て行った筈のライアンがそこに居た。

 

 

桜木「どうし「あの!」.........?」

 

 

ライアン「マックイーンの事、お願いしますっ!」

 

 

 思いがけない言葉に、思わず面食らって居ると、彼女はそれだけ言ってもう一度保健室から出て行った。

 

 

桜木「.........まいったなぁ、あの目で言われちゃ断れない」

 

 

 真剣な表情だった。もしかして、マックイーンの事を言えないレベルで責任感が強いんじゃないんだろうか。それでも、あんな顔で、あんな真剣な目でそう言われてしまえば、それを断るのは、人として失格だと感じた。

 静かになった保健室の中で、腕を組み、目を閉じる。口に感じる甘さはまだまだ残っている。ゆっくりとした時間の流れの中で、先程の静寂とは違う心地良さを感じていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「.........んん......?」

 

 

 ここは、何処でしょうか.........?そう思いながら辺りを見回そうにも、身体が言うことを聞いてくれません。取り敢えず、何があったかを思い出そうとしました。

 トレーニングの最後に、立ち止まった事は覚えています。今まで感じた事の無い脱力と、お腹が空いている時とはまた違う空腹感が同時に襲ってきて、気付いたら.........

 ここまで来て、私はようやく気付きました。私はあのトレーニングコースで倒れたのだと。今まで朧気だった視界が、急にはっきりしだし、身体にも起き上がる活力が蘇りました。

 

 

マック「っ、トレーナーさん.........?」

 

 

 しかし、私のそれを止めたのは、隣で静かに寝ている彼の姿でした。こくり、こくりと船を漕ぐ彼の姿は、いつもの少年の様な顔とは違う、年相応の、疲れを知っている顔で寝ていました。

 

 

マック(きっと、トレーナーさんがここまで運んでくれたのですね.........)

 

 

桜木「んぁ.........?あぁ、マックイーン.........起きたのか.........おはよう.........」

 

 

 そう言うと彼は、寝ぼけ眼を擦り終えると、身体を逸らして大きな欠伸をしました。何故かその姿に、私は平常心を取り戻す事が出来ました。

 

 

マック「おはようございます、トレーナーさん。あの.........大変なご迷惑をおかけしてしまい.........」

 

 

桜木「いや、いいんだ。昨日会ったばっかしなんだから、なんでも言える訳ないでしょ」

 

 

 そう、彼は優しく微笑みながら言ってくださいました。ですが、それではダメなのです。

 彼は初めて会ったその時から、私の事を全面的に信用している様に感じました。そうでなければ、その、私をあんなに褒められる訳ないのです。

 そんな私の心情を察したのか、彼はまた、優しく微笑みました。

 

 

桜木「俺は、君の走りを見てる。近くでも遠くでも、けれど、君はまだ俺を知らない。実績も経験も無い俺に、何かを話せる程の信頼性なんて、はなから無いんだ」

 

 

マック「そんな事は.........」

 

 

 その言葉を聞いて、私は胸を締め付けられました。目の前のこの人は、さも当たり前だと言うように、悲しい顔も見せてはくれません。私を信じているのに、私はこの人を信じられて居ない。自ら信頼を謳っておきながら、私はトレーナーさんを信じられていませんでした。

 .........今回の原因を言いましょう。遅いのかもしれませんが、それが彼に対する誠意だと思いました。けれど、私がそれを言い出す前に、彼は口を開きました

 

 

桜木「だから、ちょっと話そうか。お互いの事」

 

 

マック「え.........?」

 

 

桜木「お互い、知らない事が多いんだ。だからちょっと話そう。好きな食べ物とか、趣味とか、大切に思っている事」

 

 

 少年の様に笑う彼に釣られる様に、私もつい、微笑みが零れてしまう。まだ会って二日目なのに.........そう思いながら、普段からテイオーにチョロいとからかわれる理由も、分かってきました。

マック(確かに、会って二日目の男の人にここまで心を開いてしまっては.........そう言われても仕方ありませんわね)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「マックイーンから良いよ。質問どうぞ」

マック「え?あ、はい.........あの、最初に会った時から気になっていたのですが、トレーナーさんの髪の毛はどうセットなされてるのですか?」

桜木「あーこれね。実は何もしてないのよ」

マック「え!?でしたら、どうやって毛先が上に向くのですか?」

桜木「うーん。くせ毛だからとしか言いようが無いからねぇ。昔はサラサラだったんだけど.........触ってみる?」

マック「っ!で、では.........失礼します」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「マックイーンの好きな食べ物はなんですか?」

マック「そうですわね.........紅茶と、クッキーでしょうか.........」

桜木「ほんとかな〜〜?」

マック「.........ほ、本当ですわ。因みにトレーナーさんは何がお好きなのですか?」

桜木「俺?まぁ大抵の人間は身体に悪い物が好きだからね。俺もその類に漏れずだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「そう言えばトレーナーさん、今日は眠そうですが、大丈夫ですか?」

桜木「ああ、友人にゲームでずっと火山地帯を延々と走らされてね」

マック「?そうなんですか.........?」

桜木「そうだよ。帰ったらまず今日残した離乳食を顔面に叩きつけてやるんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「特に仲良い子とか居る?」

マック「えぇと、トウカイテイオーさんですかね。クラスで良くちょっかいをかけられるので」

桜木「へー、トウカイテイオー.........かっちょいい名前してんな」

マック「気になりますか?」

桜木「ああ、正直名前がカッコいい奴は注目するな」

マック「そうなのですね.........」

桜木(マックイーンも十分カッケー名前だと思うけどな)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「.........ありゃ、もうこんな時間か。人と話してて時間忘れるのなんて久しぶりだな」

 

 

 気付けば時計の短い針は真下を指し、窓から差し込む外の光は茜色へと変わって居ました。

 

 

マック「ええ、私も楽しませて頂きました。ありがとうございます。トレーナーさん」

 

 

 本当に楽しい時間でした。それももう、終わりを告げようとしています。陽が完全に落ちてしまえば彼は家に、私は寮に帰らなければなりません。

 

 

マック「.........あの、今回の事なのですが」

 

 

桜木「?」

 

 

マック「.........恐らく、私の食事制限が原因だと思うのです」

 

 

マック「えっと、あの.........私の体質なのですが.........少々、太りやすくて......」

 

 

 言っている内に、顔が熱くなっていくのが分かりました。うぅ、人に秘密を打ち明けるのがこんなにも恥ずかしい物だったなんて.........

 

 

桜木「そっか、確かに気になっちゃうもんだし、なかなか難しいよな。体力付けながら太らない食事って.........その、もし良かったら、献立とか見せてもらう事出来る?」

 

 

 彼は私の顔色を伺うようにそう言いました。私がそれを了承すると、メモとボールペンを渡してくださいました。

 普段から調子を安定させるために、特段変わったものを食べる事はしないようにしています。調子の波を作らないよう、食事も常に同じものを、一定の量で摂取していますので、それを事細かく書き記しました。

 

 

マック「.........どうでしょうか?身体を動かす為の栄養量は確保しているのですが.........」

 

 

桜木「......うん。確かに身体を動かすだけならいいんだけどね.........」

 

 

桜木「けど、それはやっぱり成人しきった競技者のデータだから、発育途中の場合は制限かけるのは本当は悪手なんだけど.........」

 

 

マック「うぅ.........」

 

 

桜木「.........まぁ、これから考えて行くしかないね。取り敢えず明日対策立てようか」

 

 

 そう言いながら、彼は椅子から立ち上がりました。時計を見ると、長い針も真下を指し、既に門限まで残りわずかとなってしまっていました。

 

 

マック「.........ありがとうございます。トレーナーさん」

 

 

桜木「いいのいいの、したくてしてるんだから。ほら、もう帰ろう」

 

 

マック「!ええ、そうですわね」

 

 

 使っていたベッドを整え直し、トレーナーさんが待っているドアまで急ぎました。頬にはやはり、若干の暖かさが帯びていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとうございましたー」

 

 

桜木「うっし、これでもうあの離乳食は捨てられるな」

 

 

 コンビニの自動ドアが俺の為に開いてくれる。なんて、昔流行った曲の歌詞と同じような事を思う。

 レジ袋に入っているのはレンチンのご飯。炊飯器に入っている離乳食の事を考えると頭が痛くなる。勿体ないが、これが先進国に生きる者の選択だ。

 

 

マック『ありがとうございます。トレーナーさん』

 

 

桜木「.........」

 

 

 コンビニの駐車場から一歩でた瞬間。マックイーンの顔を思い出す。もし、初めてトレーニングをした時に指摘出来れば、倒れる事なんて無かったのに.........

 俺は踵を返し、もう一度コンビニへと向かう。自動ドアの前を横切り、ゴミ箱を横切り、尻ポケットに入った物を取り出した。

 包装紙から一本、口に咥え、ライターで先端に火を付けた。久々に吸い込む煙の味は、決して美味しいものではなかった。

 社会人時代。好きでもない上司に勧められて始めた。両親が昔から吸ってたし、肺の方の心配もするだけ無駄だと思い、誘いに乗った。

 気付けば毎日の様に吸っていた。理由は簡単。気持ちの整理をするのに、調度良い時間なのだ。

 だから、別に肺に入れようが入れまいが、ニコチンが入っていようが入っていまいが関係無い。ただ火を付けて始まる事と、火を消して終わる事で、気持ちの整理を無理にでも付けさせる事が必要だった、そうでもしなければ、3年も働けなかった。

 

 

桜木「.........っすー......」

 

 

 口から煙が横に広がる。ニコチンのお陰か、心は大分軽くなった。これから、コイツに頼る回数が減る事を祈りながら、もう一度煙を吸ってから、まだ残っているタバコを灰皿ですり潰した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「ただいまー」

白銀「おう、お前あれ食ったか?」

桜木「食えるかバカが」

白銀「だよな」

桜木「あれ?炊飯器カラじゃん。残りはどうしたんだよ。お前が食ったのか?」

白銀「は?お前の弁当の分と捨てる分と分けてお前が起きる前に捨てたよ」

桜木「へ?じゃあお前わざわざ俺に離乳食を作ってたの黙ってたの?残り捨てたのに?」

白銀「だって勿体ないじゃん」

桜木「よーしもう怒った。明日学園に来い。お前にも参加してもらうからな」

白銀「え?」

 

 

 

 

 

ㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤ……To be continued



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トレーナー「理事長のせいでストレスで寿命がマッハなんだが」

 

 

 

 

「厳しい状態ですね。彼の右腕では、普通に生活するのが限界でしょう」

 

 

 .........あれ、何だこれ、懐かしいな.........あの時のお医者さんじゃん.........

 

 

桜木『そんな.........』

 

 

 おいおい、そんな声出すなよ。お前は何とかそれを乗り越えたじゃないか.........って、そう言えば、最初はこんな感じだったっけな.........

 うん。これは夢だな。しかも、昔の思い出だ。懐かしい。腕が動かなくなるレベルの怪我なんてすっかり忘れてた。

 

 

「先輩.........」

 

 

桜木『ああ、悪いな.........柄にも無いけど、夢。諦めるよ』

 

 

 よくかっこつけたなー。本当は叫び散らかしたいほど感情グチャグチャだったのに、

 けど、何だろう。場面が変わらない。俺の記憶ではこの後すぐ彼奴らに振り回されるのに.........

 窓の外は朝日が登り、夕日が沈み、月が顔を出すと言う繰り返しが目に映った。流石に夢と分かっていても、不安になる。ふと思い立ってベッドを出て、洗面台に向かった。

 

 

桜木「っっっ.........!!!」

 

 

 そこには、今の俺と瓜二つの顔が写し出されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「うわぁ!!??」

 

 

 時計もまだ鳴りを潜めているボロ屋のアパートの一室。悪夢を見て飛び起きるのなんて、初めて経験した。

 

 

桜木「.........マジであん時、お前ら居なかったら終わってたのかもな」

 

 

 隣の布団で寝ている寝相の悪い男を見て、そう呟く。傍から見たら分からなかったかも知れないが、俺はあの時、根っこが腐ってたんだ。

 コイツらがゲームで俺を煽らなかったら、きっとヤケになって練習したりはしないだろう。お陰で、リハビリに熱を入れる事も出来た。所謂、奇跡って奴だ。

 

 

桜木「.........いや、割と真面目にこれ理事長のせいだろ。ストレスで寿命マッハなんだが」

 

 

 気持ちの良いとは言えない目覚め。こんな状態で仕事をした所でいい事なんか一つも無い。そう思い、今日はまず風呂から入ろうと思い、銭湯に行く為にまず、ベッドから床へと降りた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「はい、皆さん注目ー」

 

 

 生徒が殆ど居ない学園の体育館。ステージ上に立っているのは俺だけである。ステージの目の前にパイプ椅子に座っている人物は、生徒会長シンボリルドルフ。副会長エアグルーヴ。秘書さん駿川たづな。座ってない奴はゴールドシップとバイクヘルメットで変装している白銀翔也だ。

 

 

ゴルシ「おいっ!学園に不審者が居るぞ!!」

 

 

白銀「不審者じゃねえ!超有名人だぞ俺はっ!!」

 

 

ゴルシ「じゃあ誰だよ!」

 

 

白銀「ふっ.........錦〇圭です!!!」

 

 

 よく分からないポーズを決めて他人の名を使う親友の姿を見て、なんと言えば良いのか分からなくなってしまった。会長も副会長も何とも言えない顔をしているが、たづなさんだけはそうじゃなかった。

 

 

たづな「あの、錦〇さんじゃなくて、白.........」

 

 

桜木「皆さん。コイツが錦〇圭だと言ったのならそうなんです。今はそれ以上でも以下でもないです。お願いします」

 

 

 そう言うと、たづなさんは何も言わなくなったが、ゴールドシップは白銀にプロレス技をしかけている。いい気味だ。

 

 

ゴルシ「身長高くて技掛けやすいなアンタ!!アタシ専属のサンドバッグになってくれ!!!」

 

 

白銀「アァァァ〜〜!!!??痛いっっって!!!玲皇!!友達でしょ!!?義務だよねぇ!!?」

 

 

 なんでこいつは決して助けてまで言わないの?可哀想に、俺は察しても察してやらないからな。大人しくしててくれよな。

 

 

桜木「はい。お手元のプリントでね。書いてある通りに」

 

 

グルーヴ「貴様に一つ質問がある。最後のこの『仕返しイベント』とはなんだ?事と次第によっては、貴様の要望である理事長への秘匿も無くす事になる」

 

 

 あれ、そんな事書いたっけ?慌てて紙を確認してみると確かに書いてるし記憶も甦った。寝不足のまま打ち込んだから仕方ないね。と、前日までの不甲斐なさを全て寝不足のせいにするクソガキムーブで精神を安定させた。

 

 

桜木「今回。俺は理事長に痛い目を会わされてます。このまま何もせずに終われるほど俺は優しくありません。中等部の子達を楽しませながら、理事長に仕返しをする為の準備はしてあります。手伝ってくれませんか?」

 

 

白銀「ぼ、僕はやりたくないw‪w‪w」

 

 

桜木「駄目だ。お前に拒否権は無い」

 

 

白銀「」

 

 

 あっ、首の骨が折れた音が聞こえた。ナイスだゴールドシップ。ジュースを奢ってやろう。

 

 

グルーヴ「そんなくだらん事を講和で行うのか?私は反対だ。それに従う事は出来ない」

 

 

ルドルフ「私は賛成だ」

 

 

グルーヴ「会長!?」

 

 

ルドルフ「良いじゃないか。正直に言えば、私も今回の件に関しては相当参らされた。それに、中等部の子達も楽しめる様に企画してるのだろう?桜木トレーナー」

 

 

 あっちはプロレスでこっちもわちゃわちゃしだしてきている。なんだか騒々しくなってきたが、それも楽しみでこの人選にしたのだ。狙い通りだ。

 会長の目はそんな中でも真剣だ。そして何故か、俺に対して信頼を寄せている気がする。何でだろう。何かしてあげただろうか?

 

 

桜木「ええ、楽しめますよ。ドキドキハラハラのイベント間違いなしです」

 

 

ルドルフ「そうか.........君の口からそれが聞ければ私も満足だ」

 

 

白銀「質問良い?」

 

 

桜木「やだ」

 

 

白銀「放課後でよかったんじゃないか?これ」

 

 

桜木「駄目だ」

 

 

白銀「何で!!?」

 

 

 確かに、コイツの言っている事は一理。と言うより、全部ある。だが、それをひっくり返す程の材料を、俺は今持っている

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マックイーンのトレーニングが見れねえからっっ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ルドルフ「大変だったな、エアグルーヴ」

 

 

グルーヴ「会長.........本当に賛成なんですか?奴の企画に」

 

 

 諸々のリハーサルを終えたのは、時計の針が正午を回った時だ。動きに重きを置いたイベントだったので、大して大変だとは思わなかったが、エアグルーヴは精神的に疲れたのだろう。

 

 

ルドルフ「.........彼の目は、私を見つけ出した人の目に似ているんだ」

 

 

ルドルフ「ただ走りたいだけだった幼い私に、このトレセン学園の道を教えてくれた」

 

 

グルーヴ「.........古賀トレーナーですね」

 

 

ルドルフ「ああ、ウマ娘ある所に彼ありと言われる程、彼は実力や成績、活躍問わず、幅広いウマ娘と関わりを持っている」

 

 

ルドルフ「そんな彼が、今度は人をその目で見い出した。私は、トレセン学園の生徒会長として、新しく吹く風を間近で見てみたい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゴルシ「はぁ〜終わった終わった〜。後は本番頑張れば良いんだろ?楽勝じゃん!!」

 

 

白銀「そうそう!!俺のパンチでお前をKOしてやっから!!!」

 

 

桜木「.........」

 

 

 体育館から外に出て、ゴールドシップ、白銀翔也と共に歩く。コイツら本当にうるさい。出来れば出会わせたくないレベルで化学反応が起きるだろうと予測していたが、好奇心に猫は殺された。

 

 

ゴルシ「ほら!!もう昼なんだからよぉ!カフェテリア行っくぞーーー!!!」

 

 

白銀「え!?俺も行きたいッッ!!!」

 

 

桜木「!?待て!!!お前は駄目だ!!!」

 

 

白銀「お前俺の事バカにしすぎ!!!!!」

 

 

 ゴールドシップを間に挟んで男二人が獣のように睨み合う。仕方が無いのだ。白銀翔也と言うのは男版ゴールドシップ。いや、俺の認識ではゴールドシップは女版白銀翔也と言う様に滅茶苦茶だ。

 さっきもそれで大変だった。プロレスを掛けながらロケットに乗ってバンジージャンプで世界征服しようと白銀が提案し始めたり、ゴールドシップは修学旅行のホテルの枕の中にツナ缶を敷き詰めてフランスでオペラを歌おうと言う提案したりで、もう二人の世界が作りあげられていたのだ。それにもう付き合いたくは無い。

 そしてもう一つ。コイツ、ものすごい女好きなのだ。猫を被ってた甲斐も虚しく、彼女に振られている為、フリーだ。女に対する欲求も高い。コイツは手を出す。

 

 

桜木「手を出すでしょうが!!!しないって言えるんですかーー!!?」

 

 

白銀「言えねーーだろ!!!占い師かてめぇはーーー!!」

 

 

白銀「ジャンケンな!!決着はジャンケンで決めよう!!!」

 

 

ゴルシ「お!!!おんもしれーーー!!!審判は私に任せてくれ!!!!」

 

 

 よし!これで不正は無くなった!!そう思いながら、ジャンケンの構えをしていると、ゴールドシップがサングラスを掛ける。あれ?俺が一昨日無くした奴じゃね?盗まれてたの?

 まぁ良い。これで勝てば良いんだ。勝てばコイツは学園に明日まで追放出来る。そうだ。勝てばいいんだ勝てば

 

 

「「最初はグー!!!」」

 

 

桜木「ジャン!!!」

 

 

白銀「ケン!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「ぽん!!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「え゚!!??」

 

 

白銀「俺の勝ち」

 

 

 なんだ?俺は、幻覚を見てるのか?薬でも飲まされたのか?こいつ。いくら頭おかしいからって、ジャンケンのルールも分からんのか?

 俺の出されたチョキが指し示すもの。それは奴の両手が突き出された構えだ。本来であれば無効だ。ここは審判に委ねるしかない。

 

 

桜木「審判.........?」

 

 

ゴルシ「コイツの勝ち!!!」

 

 

白銀「オッシェェェェイッッ!!!」

 

 

桜木「はァァァァァ!!!??なんでルール守った俺が負けんだァァァ!!!!?」

 

 

白銀「玲皇。かめはめ波には勝てない」

 

 

桜木「くっ.........確゛か゛に゛!!!」

 

 

 悔しい。だが、理解してしまったし、納得してしまった。そう、たかがチョキ如きが、かめはめ波に勝てる訳が無いんだ。

 仕方ないよね、見たいな優しい雰囲気をまといながら慰める白銀翔也。騙されるな。これが猫被りだ。本当のコイツは暴君なんだ。

 

 

ゴルシ「行くぞサンドバッグ!!カフェテリアに眠るお宝を貪り尽くすぜぇぇ〜〜〜!!!」

 

 

白銀「シャァオラァァ!!任せとけよ!!!なんたって俺は白.........錦〇圭だからなぁ!!!」

 

 

 拝啓神様。今日をもって私のトレーナー生活は終わりを告げようとしています。どうかお助け下さい。新人トレーナー桜木より

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 拝啓神様。何とかなりそうです。

 

 

白銀「乗った!!乗ったから!!止めて!!こやし玉投げないで!!!」

 

 

桜木「オラ!!臭いモンスターの上で踊れ踊れ!!!」

 

 

 大分注目を集めてしまっているが仕方あるまい。片や新人トレーナー。片や訪問者のプレートをつけている顔がバイクヘルメットで見えなくなっている男二人が、一昔前のゲーム機で遊んでいるのだ。目立たない訳が無い。

 因みにゴールドシップはこれと同じのを持っているという事で寮に取りに行っていて不在だ。

 

 

白銀「不味い!!助けてれおぱんちょん!!」

 

 

桜木「無理」

 

 

白銀「はぁぁ!力尽きました〜〜」

 

 

 昔から気になっていたが、なんだぱんちょんって。コイツの語学センスは本当にイカれている。そのくせして国語の成績は俺より良かった。意味がわからん。

 だがゲーム機を持ってきていて良かった。これで奴はモンハンに集中出来るだろう。しめしめ

 そう思っていられたのも束の間だった。目の端からカフェテリアに入ってきた人物を見て、通信中のゲーム機を閉じた。

 

 

白銀「あ!!???」ドゴォ!!

 

 

白銀「」

 

 

桜木「ふぅ」

 

 

 ごめん。これは本当に俺が悪いわ。そう思いながら、気絶したかもしれない白銀をゆっくりと机に自然体に見えるようにうつ伏せにさせる。他から見えないよう死角から殴ったから、誰にも気付かれないはずだ。

 

 

「あの.........」

 

 

桜木「ああ、連れを起こさないでやってくれ。死ぬほど疲れてる」

 

 

 心配になって話しかけて来たウマ娘が来てしまったが、コマンドーを履修している俺に死角はない。こう言ってしまえば後は引かざる終えないだろう。

 

 

白銀「あとどれ位突っ伏してれば良い?」

 

 

桜木「無論死ぬまで」

 

 

白銀「おk」

 

 

 まぁ俺の鍛えていないパンチでコイツが気絶するはずが無い。が、空気を読んで大人しくなってくれた。こういう所があるから憎めないのだ。

 

 

桜木「.........さてと、どんな感じだろうか」

 

 

 食事を貰い、空いている席へと座るウマ娘。今日初めて見るメジロマックイーンの姿がそこには居た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 席に着いて黙々と食事を続けるマックイーン。表情から察せられるのは、その食事に決して満足はしていないという事だった。

 皿の上を見ても、巷では当たり障りの無い言葉で健康に良いとしか言われていない食材ばかり。自分の体とろくに相談もせずに考えた食事なのだろう。

 

 

マック「うぅ.........物足りませんわね.........」

 

 

 可哀想に、彼女のその体質が彼女をここまで追い込んでいるというのか。どうすれば良い?正面切って直接太った方が良いと伝えるのは有りか?そう思って白銀を見るも、奴は静かに、机に突っ伏したまま器用に首を振った。

 確かに有り得ない。年頃の女の子にそんな事を言えば、ダメージは計り知れないだろう。

 

 

マック「いえ、いけませんわ!食事は決めたメニューだけに留めなければ.........!」

 

 

桜木(良いんだよマックイーン.........食べても良いんだ.........!)

 

 

 直接言えないならば、せめて心の中で強く思おう。彼女が我慢出来なかった時は思い切り喜んでやろう。そうすれば罪悪感なんて多少は吹き飛ぶ筈だ。

 そう思っていると、白銀の後ろからゴールドシップの声が聞こえて来た。

 

 

ゴルシ「あいつ、まあーだ『ゲンミツ』やってんのか!LOVEが止まらねー甘いモンを我慢かよ。呆れちまう精神力ですわね〜」

 

 

 ピコピコとこれまた古めかしいゲーム機をぽちぽちいじりながら再登場を果たしたゴールドシップ。それ、多分モンハン出来ないぞ。

 とは思ったが、それ以上に気になる事も言っていた。

 

 

桜木「マックイーンって、甘い物好きなのか?」

 

 

ゴルシ「おっと聞こえちまったか?って聞こえちまうわな、この距離じゃな」

 

 

 よっこいせと言う掛け声と共に、俺達の居る丸机の向かい側に座るゴールドシップ。一生懸命ピコピコとやっているが、音的にこれ、マリオUSAじゃないか?実機かよすげーな。俺も子供の頃にやったっきりだぞ

 

 

ゴルシ「自由と平等=ゴルシちゃんなら、スイーツ=マックイーンってレベルで当たり前だからなあ」

 

 

桜木「スイーツ.........ねぇ」

 

 

 横で突っ伏しているコイツを流し目で見る。成程。丁度いい所に、丁度いい立場の、丁度いいスイーツ好きの太りやすい奴がここに居た。

 

 

白銀「何?」

 

 

桜木「いや、今は良い。後で話を聞かせてくれ。兎に角今は、ひと狩りいこうぜ?」

 

 

ゴルシ「あぁぁぁぁあ〜〜〜ーーーッッッ!!?!?よく見たらこれッッ!!!マリオUSAじゃねえか!!!??ちょっともっかい取りに戻る!!!」

 

 

 脱兎のごとく走り抜けるゴールドシップ。あまりの速さに度肝を抜かれたが、こういう滅茶苦茶さもコイツのせいで慣れてると思うと、何故か重い溜め息が吐き出ていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつも通りのトレーニングコース。いつも通りのトレーニングメニュー。いつもと違うのは、今日は彼の姿が見えないという事だけでした。

 

 

マック(.........今日はいらっしゃらないのですね.........)

 

 

 彼が居ない。その一つだけの事実だけで、自分の士気が下がっているのが手に取る様に分かりました。

 行けませんわ、メジロのウマ娘として、例え一つ環境が変わったとしても、強くあり続けなければならないのです。

 そう思いながらも、まだ彼の言葉が頭に過ります。

 

 

マック「.........明日は対策を立てると言ったではありませんか.........」

 

 

 自然と口から文句が出てきてしまう。彼の姿を初めて見てから三日目の夕方。既にその存在が日常と変わっているという事実だった。

 それを振り払う為に、軽く走ろうとした所で、私の視界の端には、心の底ではずっと待っていた彼の姿が写っていました。

 

 

マック「トレーナーさん」

 

 

 決してそんな弱い部分は見せてはならないと、平成を装いながら私は彼に声を掛けました。声のボリュームはいつも通りだったはずです。

 そんな私の声に、彼は静かに手を挙げるだけで答えました。私と違い、余裕そうな挙動で近付いてきます。

 

 

マック「今日は随分と遅いのですね」

 

 

桜木「あ、怒ってる?」

 

 

マック「い、いえ。怒ってる訳では.........」

 

 

桜木「ごめん。ちょっとこれを作ってたんだ」

 

 

 そう言うと、彼はその手に持っていたノートを、私に渡して来ました。

 

 

マック「これは.........?」

 

 

桜木「取り敢えず読んでみてよ」

 

 

マック「分かりました。拝見いたしますわね」

 

 

 ノートの表紙を捲ると、そこには料理の名前と、カロリーが記載されておりました。それだけではなく、料理に使われる材料の名称。身体に及ぼす影響。オススメの食べ合わせも書かれていました。

 

 

マック「献立表.........?これを、トレーナーさんが全て.........?」

 

 

桜木「いや、俺はただ聞いてそれを書いただけだよ。傍に丁度頑張ってる奴が居てくれて助かったんだ」

 

 

 私よりも一回り歳を重ねている筈の彼でしたが、初めて見るその笑顔はまるで、少年の様な表情でした。

 その姿に微笑ましさを感じながらも、献立表を捲っていきました。そして、後ろの十数ページの目次を見て、私は目を疑いました。

 

 

マック「これ.........!スイーツ、ですわよね!?」

 

 

マック「た、食べて、宜しいのですか!?」

 

 

桜木「ああ、その方が頑張れるだろ?鞭打つだけじゃ、身体は動いてくれないよ」

 

 

マック「トレーナーさん.........」

 

 

マック「.........この献立表、しばらくお借りしてもよろしいでしょうか?」

 

 

桜木「いや、あげるよ。元々君の為に作ったんだから」

 

 

 彼は照れる事もせずに、笑って私にそう言ってくれました。本当に、ズルい人です。

 本当に、お優しい方です。まだ担当ですらない私を、こんなにも気にかけてくださるなんて.........きっとそう言っても、彼は少しも照れてはくれないでしょう。以前の様に、好きでやっている事だと言ってくれるのでしょう。今は、その気持ちがとても嬉しく感じました。

 ここまでして頂けたのです。必ず彼の期待に応えなければなりません。私の彼に対する信用は大きく、強固な物になりました。後は、私の実力を、彼に認めて頂くだけです。

 

 

マック「1週間後にまた、トレーニングを見に来て下さい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「メジロの名に恥じぬ走りを、今度こそお見せ致しますわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、マックイーンとは別れ、特に何事も無く帰宅した俺だったが、今は耳に残る音楽が鳴り響くスーパーマーケットにいた。

 

 

桜木「そうだよなぁ.........二日だろうが飯の減る量はブースト掛かるんだもんなぁ」

 

 

白銀「アイスゥ!!」

 

 

桜木「お前、アイスは一つだけだ。6つも食ったら腹やられるぞ」

 

 

 俺がそう言うと、白銀は渋々カゴに入れたアイスの内、5つを戻して来た。昔は目の前で十個食ったのを見た時はバカみたいに笑ってしまったが、コイツの身体は大切だ。文字通り、そこらの一般庶民よりも

 そう思いながら、向こう三日分の食材をどうするか目処を立てていると、急に白銀の雰囲気が変わった。

 

 

桜木「?どうした?」

 

 

白銀「なぁ、明日やっぱ代わるよ。お前の役」

 

 

桜木「なんでさ」

 

 

白銀「いや、腕とか危ねぇよ」

 

 

 あぁ、成程。心配してくれてるのか。そう思うとなんかむず痒い感じがするな。

 

 

桜木「良いんだよ。俺鍛えてねえからへなちょこパンチしか出せねえし。何よりもう痛みはねえんだ。どうなってるかは病院行ってねえから分かんねえけど」

 

 

白銀「.........悪い」

 

 

桜木「謝んなよ。調子狂うわ.........うっし。今日は一本だけ飲むか」

 

 

白銀「マジ!?イェェェーーーイ!!!」

 

 

 その後、俺達二人は帰りながらお酒の歌を歌いながら帰宅して行った。

 

 

 

 

 

ㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤ......To be continued



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テイオー「マックイーンのトレーナーって変わってるよね」

 

 

「マックイーンのトレーナーって変わってるよね」

 

 

 朝の会が終わり、次の授業が始まるまでのインターバル。皆思い思いの過ごし方をしている中、私の後ろの席に居るトウカイテイオーは、急にそんな事を言い始めました。

 

 

マック「急にどうしたんですの?」

 

 

テイオー「いや、思った事を言っただけだよ?」

 

 

 何の悪びれもなく、首を傾げながらそう言うテイオー。彼と接触して日は浅いですが、別段変わった所は無いと思うのですが.........

 

 

マック「.........って、まだ彼は私の担当トレーナーさんではありませんわ」

 

 

テイオー「けどマックイーン。昨日寮に帰ってきた時はルンルンだったよ?」

 

 

マック「うっ、そ、それは.........」

 

 

 確かに、ようやく彼の期待に応えられるかもしれないと浮かれていたかも知れません。でも、他人から見ても分かってしまう程だなんて.........

 

 

テイオー「?マックイーン、ノート潰れちゃうよ?」

 

 

マック「っ、ひゃあ!?」

 

 

 うぅ、メジロのウマ娘ともあろうものがこんな事で動揺し、ノートを落としてしまうなんて.........ここは、平静さを取り戻さなければ

 

 

マック「コホン!良いですかテイオー。ウマ娘とトレーナーの関係は二人三脚。いえ、一心同体と言っても過言ではない物なのです。それは決して人をおちょくる.........って、話を聞いてください!」

 

 

テイオー「ふむふむ。マックイーンのスペシャル献立表.........」

 

 

マック「へ!?か、返してください!!」

 

 

 どうやら、先程落としてしまったノートは、トレーナーさんが一生懸命書いてくださったあの献立表だった様です。一度ならず二度までも.........メジロマックイーン、一生の不覚です.........!

 

 

テイオー「これ、マックイーンのトレーナーが作ったんでしょ?」

 

 

マック「え?ええ、確かにそうですが.........」

 

 

 そう言うとテイオーは、目を細め、「へー」と声を漏らしました。ああ、もしかして、先程の発言も否定した方が良かったのでしょうか.........確かに、「『マックイーンの』トレーナー」と言っておりましたもの。

 

 

テイオー「やっぱり変わってるよー。普通担当でも無いのにここまでしないってー!」

 

 

マック「そ、そうかもしれませんが、テイオーがそこまで言う、彼の変わっている根拠は他にあるのですか?」

 

 

テイオー「もちろん!ボクが証拠もなしに人を変人扱いするわけないじゃん!!」

 

 

 ふふん、と自信満々に胸を張るトウカイテイオー。なんだか嫌な予感がしますわ.........

 

 

テイオー「まず第一にさ、お昼ご飯だいたい一人で食べてるんだよね」

 

 

マック「あら、そうなんですの?」

 

 

テイオー「うん!友達から聞いた話なんだけどね、いつも三女神の噴水で食べてるんだってー」

 

 

マック「.........?おかしな所なんて何一つ無いと思うのですが」

 

 

テイオー「分かってないなーマックイーンは、普通三週間も居たら知り合いの一人や二人できるじゃん!それなのにずっと一人で寂しくお昼ご飯食べてるなんておかしいよ!!」

 

 

 それは個人の勝手では無いでしょうか?大勢で食べるのが好きな方も居れば、静かに食べるのが好きな方も居るはずですし.........

 

 

テイオー「それに!毎日駄菓子を持ち歩いてるんだよ?大人なのに!」

 

 

マック「あら、別によろしいではありませんか」

 

 

テイオー「えー?でもあの見た目で駄菓子ってイメージ湧かないからなー」

 

 

テイオー「他にもあるよ?例えば歩き方とか」

 

 

マック「?歩き方ですか?」

 

 

テイオー「あの人、右腕全然振らないんだよ?癖なのかな?」

 

 

 そうなのでしょうか?あの人と居ると、歩き方まで気がまわる事がありませんでしたので、その姿は想像できませんでした。そうと言えばそうですし、そうではないと言えばそうではないというのが私の見解でした。

 

 

テイオー「まーボクとしては、一番は経歴が分からないって所かなー?」

 

 

マック「経歴.........ですか?」

 

 

テイオー「うん。あの人、急にトレーナーになったんだって!いわゆるぽっと出ってやつ?」

 

 

テイオー「親族にトレーナーも居ないし、前まで普通の会社員だったって話だよ?」

 

 

マック「.........あの、一つ気になったのですが、それは誰の情報なのですか?」

 

 

テイオー「うぇ!?」

 

 

 私は純粋に気になりました。なぜテイオーはこんなにも彼の事を知っているのでしょう?友達の話と言っても、常に一人で居る彼の事をここまで知っているという事は、ストーカー問題になってしまいます。

 仮にもしテイオーが色々な人に聞き回っているのであれば、その理由を確かめなければなりません。

 別に、嫉妬ではありません。ええ、嫉妬ではありませんとも。

 

 

テイオー「うぅ、今日登校する時、か、カイチョーがそうやって褒めてたんだよー。彼は一人でもーとか、歩き方に癖があってーとか」

 

 

テイオー「もう!!ボクと話してる時はボクの事褒めてくれないのに!!」

 

 

マック「そ、そうだったのですね.........」

 

 

 確かに、学園の生徒の管理を行っている生徒会長ならば、トレーナーである彼の詳細を知っていても何ら不思議ではありません。

 

 

テイオー「と、とにかく!これらの情報を元に、ボクは一つの仮説に辿り着いたんだ!!それは.........」

 

 

マック「そ、それは.........?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マックイーンのトレーナーは外国のスパイだっていうこと!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「.........さてと、今日は確か古文の小テストが.........」

 

 

テイオー「えぇぇぇ!!?ちゃんと聞いてよマックイーン!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 現在、午前10時頃。俺は誰も居ないトレーニングコースで、ゴールドシップと共にカメラの設置をして居た。

 

 

桜木「よーし、準備OKだ。操作方法分かるか?」

 

 

ゴルシ「モッチモチのロンに決まってんじゃねえか!!それにしても高そうなカメラだなー。いくら?」

 

 

桜木「三十万」

 

 

ゴルシ「え?」

 

 

桜木「三十万」

 

 

 その言葉を聞いて、俺の顔とカメラを交互に見るゴールドシップ。まぁ、俺の一月分の給料がコイツになったと思えば大したことは無い。飯と違って手元に残るから十分だ。

 

 

ゴルシ「躊躇ねえなアンタ。アタシなんかよりよっぽど命知らずだぜ.........!」

 

 

桜木(ま、下手したら死んでた命だからな)

 

 

 昨日、あの夢を見てからどうも投げやりになってる気がする。行けない行けない。自分を大切にすることこそが、幸せになる為の第一歩だ。

 そう思っていると、ゴールドシップもカメラの設置方法と設定に関して理解が出来たみたいなので、一旦それらを回収して、イベントの最終確認を行っていた。

 

 

ゴルシ「なぁ、所でよ、アイツはどうしたんだ?偽織」

 

 

桜木「.........?え、ああ、アイツなら今古賀さんと沖野さんとだべってるよ」

 

 

ゴルシ「え?アタシのトレーナーとウルトラおっちゃんと?」

 

 

 なんだウルトラおっちゃんって、古賀さんの事か?まぁ、普段俺がおっちゃん呼ばわりされてるし、差別化してくれてるのだろう。嬉しいような嬉しくないような.........。

 白銀の奴は今、久しぶりに会った古賀さんと大分話し込んでいる。変人同士気が合うみたいで、それのストッパーを沖野さんが担ってる訳だ。本当に申し訳ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

古賀「おーーー!久しぶりじゃないかぁ翔也ぁーー!!」

 

 

白銀「おっちゃん!!」

 

 

 細い身体の男を、がっしりとした体格の男が抱きしめる。抱きしめられた男はそれを豪快に笑い、抱きしめる男も嬉しそうに笑う。傍から見ていた男はこれから起きるかもしれない面倒事を想起して、苦笑いを浮かべた。

 

 

古賀「一回戦敗退おめでとう」

 

 

白銀「うっわダルゥッッ!!?」

 

 

 触れてほしくない所を触れられて叫び声を上げる男。細い身体の男はやはり豪快に笑っていた。

 

 

沖野「桜木ぃ.........早く帰ってきてくれぇ.........」

 

 

 傍から見ていた一人の男は嘆き声を上げていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昼をまたぐ様にして空の太陽は頂点から傾き始める。いつもなら何かで腹をこしらえる筈なのだが、どうにも腹が減ってくれない。緊張しているのだろうか、柄にもない。

 

 

ゴルシ「なぁ、今日はお昼食べねーのか?流石にキツいだろ?」

 

 

桜木「.........ああ、緊張してんだろうな。柄にも無く」

 

 

 それでも、何か口にしなければ行けないと思い、ズボンのポケットに手を突っ込んで箱を手に取る。いつも通りのココアシガレットを一本取りだし、口に咥えた。

 

 

桜木「食うか?」

 

 

ゴルシ「いや、アタシ硬いの好きじゃないんだよな。遠慮しとく」

 

 

 それっきり、俺とゴールドシップとの間に何時もの喧騒さは身を潜めた。珍しく静かなゴールドシップだが、やはり、何処かそれに慣れてしまっている自分が居る。

 だから、ついつい口が滑るように動いてしまう。

 

 

桜木「.........なぁ、昔話しても良いか?」

 

 

ゴルシ「.........ああ、アタシで良ければ聞いてやるよ。つまんなかったら紐で括り付けてアタシが引きずってやるからな」

 

 

 俺の笑い声が響く。どこから話そうかなと思索する耳には、絶え間なく流れる噴水の音が聞こえて来る。

 

 

桜木「.........俺にはな、夢があったんだ」

 

 

ゴルシ「夢?」

 

 

桜木「ああ、夢に向かって、ずぅっと頑張ってきた。大っ嫌いだった自分が好きだった、数少ない時間だった」

 

 

桜木「けど、よく分からない内に怪我しちまってな」

 

 

 右の肩をちらりと流し見る。痛みや違和感はもう無い右肩。恐らく、交通事故にでも会ったのだろう。俺にはその日一日の記憶が抜けている。

 そんな俺にゴールドシップは何も言わない。いつも通りの滅茶苦茶さも無くして、ただ俺の独白に耳を傾けている。

 

 

桜木「暫くは、世界から色が消えちまってた。あんなにエネルギッシュだったのに、興味のある物以外、見える景色は全部灰色だ。息が詰まりそうだろ?」

 

 

ゴルシ「.........て言うか、なんで今アタシに話すんだよ。そんな事」

 

 

桜木「お前は茶化さず聞いてくれると思ったから」

 

 

 そう言うと、ゴールドシップは頬杖を着きながらそっぽを向いた。今はそれがありがたかった。

 

 

桜木「.........夢ってのは形を変える。俺は今日、あの日の夢をぶっ壊して、新しい夢を見る」

 

 

桜木「悪かったな、つまらない話に付き合わせちまって」

 

 

ゴルシ「あー、すっげーーーつまんなかったよ。お前の昔話」

 

 

 そう言いながら、ゴールドシップはその場を立ち、ゆっくりと前を歩いて行く。悪態をつく姿も、その後振り返る姿も、やっぱり親友そっくりだ。

 

 

ゴルシ「だから未来の話はせめて面白くしてくれよ?アタシを楽しませるようにな!!!」

 

 

桜木「.........ああ、約束する。お前が退屈しない様な世界を、ちゃんと見ていくよ」

 

 

 腕時計を確認する。長々と話しすぎたようだ。講和まで後一時間。そろそろ行かなくては、そう思い立ち上がった。

するとと、ゴールドシップは俺の方向に振り返り、とても美人がしては行けないような舌出しの変顔をかまして走り去って行った。

 

 

桜木(マジで残念美形な所もそっくり)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゴルシ「まったく、アイツ、アタシの事を友達だと思ってんじゃねーか?」

 

 

 そう呟きながら、アタシは待機場所であるトレーニングコースへと走っていく。

 正直言って、あの話をされて悪い気はしなかった。周りから破天荒だとか、奇想天外だとか、その内大金溶かしそうとか、終いにゃ金も借りてないのにゴルシ金返せとか、色々言われてきた。

 そんなアタシを.........なんて言うか、認めてくれた感じがしたんだ。アタシが多分、偽織と言動とか似てるせいもあるかも知れないけど、普通の奴として接してくれた、

 レースとしての理解者はスピカのトレーナーだけど、アタシの行動の理解者はおっちゃんだ。

 だから、今度ゆっくり話せる時はちゃんと伝えたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 実はマックイーンとは知り合いじゃないって事を

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マックイーン「ご馳走様でした.........ふぅ」

 

 

 食事を終える挨拶をしてから、私はゆっくりとお腹を摩りました。少々はしたなく見えてしまいますが、久々に感じる満腹感に浸っていると、そんな事からも意識が薄くなってしまいます。

 お昼休みのカフェテリア。中等部高等部関係無く、ウマ娘達が昼食をとる為に、ここは毎日満席近くまで席が埋まります。

 

 

テイオー「あ、マックイーン!!一緒に体育館に行こー!」

 

 

マック「あら、そう言えば、今日の五時間目から外部講和の授業でしたわね.........分かりました。一緒に行きましょうか、テイオー」

 

 

 一緒に食器を持ちながら、カフェテリアのカウンターへと向かい、使った食器を戻しました。その際テイオーは気付いた様に、意地の悪い笑顔で言ってきました。

 

 

テイオー「そういえばさ、トレーナーが一生懸命考えた献立って、言っちゃえば愛妻弁当みたいな物だよね♪」

 

 

マック「あいさ.........!?」

 

 

 いえ、行けませんわ。ここは冷静に対処するのです。テイオーの思い通りになってしまうのだけは、なんとしてでも避けなければ!

 

 

マック「テイオー、愛妻弁当は本来。女性が男性に対し、手作りしたお弁当の事を言うのですよ?その場合は、私が彼に作るのでは?」

 

 

テイオー「え」

 

 

 ふふ、どうですかテイオー。何も言い返せないでしょう。人の事をからかっているから仕返しされるのです.........あら?何故でしょう、テイオーの顔がみるみる内に赤くなって.........

 

 

テイオー「そ、そっか。マックイーンとトレーナーってそういう関係だったんだ」

 

 

マック「.........は」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「〜〜〜〜〜〜!!!!?????」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

テイオー「もー、機嫌直してよマックイーン〜」

 

 

マック「嫌です。絶対許しませんわ」

 

 

テイオー「え〜?だってあれは完全にマックイーンの自爆じゃんー」

 

 

 隣の席でニシシと笑うテイオー。あんな辱めを受けたのは生まれて初めてでした。確かに思い通りにはなりませんでしたが、あれでは哀れなピエロですわ。

 はぁっと、胸に溜まった空気を吐き出しました。意地を張っていても仕方がありません。今回の事は確かに、私の配慮が足りなかったせいです。

 

 

マック「.........仕方ありませんわね、今後こういったからかいをやめてくださるなら、考えて差し上げますわ」

 

 

テイオー「ありがとーマックイーン!!」

 

 

 まったく、調子の良い人です。満面の笑みを浮かべているテイオーの単純さに微笑ましさを感じていると、体育館の全体が、若干ざわつきを帯び始めました。

 

 

テイオー「あ!!カイ.........チョー.........?」

 

 

マック「.........?何か頭に着いていませんか?」

 

 

 何でしょう。登壇した生徒会長の頭には何故か、アンテナの様な物が装着されておりました。恐らく、ざわめきの原因は会長の頭に乗っているあの謎の存在なのでしょう。

 しかし、当のシンボリルドルフ生徒会長は、気付かない所か、全く気にしない様子で初めの挨拶を行い始めました。

 

 

ルドルフ「静粛に、これより。中等部外部講和を行う。起立!気を付け!礼!」

 

 

 頭のあれが気になりますが、ご本人の様子は至って普段通りです。ますますあれが何なのか、理解が及ばなくなりました。

 とりあえず、先程まで体育館全体に広がっていたざわめきも、シンボリルドルフ会長の挨拶で霧散し、元の落ち着いた空気を取り戻しました。

 

 

ルドルフ「それでは、今回の外部講師に登壇してもらう。皆、盛大な拍手を」

 

 

 そう言って降壇するシンボリルドルフ会長。よく見えなかったのですが、降りている最中、ニヤリと笑った気がしました。

 

 

テイオー「ね、ねえ.........講師の人出てこないよ.........?」

 

 

マック「え、ええ.........?あら.........?何か音楽が.........?」

 

 

 何なのでしょうか、ファンファーレにも似た管楽器の旋律が静かに、ゆっくりと音量を上げていきます。何かの演出なのでしょうか?

 

 

テイオー(あ!僕知ってる!これドラゴンクエ○トだ!)

 

 

マック(?ドラゴン.........クエ○ト.........?)

 

 

テイオー(マックイーンしらないの?有名なゲームのオープニングだよ!!)

 

 

 そう言われても.........ですが何故でしょう、初めて聞いた気がしません。この音の並べ方、何処かで聞き覚えが.........

 

 

テイオー(中山のレース場の、G1のファンファーレを作った人が作った曲なんだ!!)

 

 

マック(まぁ!!道理で.........)

 

 

 ヒソヒソと話している内に、まばらに拍手が聞こえてきました。行けない、折角講師の方が来て下さっているのに、お出迎えしないなんて。

 そう思い、視線と身体と、意識をステージの方へ向けると、そこにはなんと、重々しい甲冑を来た騎士が立っているではありませんか。

 私は思わず固まってしまいました。他の方も同じ状況なのでしょう。まばらだった拍手も、今ではシンボリルドルフ会長と、たづなさん。そして理事長の分しか聞こえてきません。

 

 

騎士「私は勇者。伝説の悪竜[ダルトムント]を成敗すべく、遥かなる旅を続けている」

 

 

 凛々しく。そして雄々しく勇ましい声が、体育館に響き渡ります。マイクも使わず、ここまで声が響くなんて.........これから一体どうなるのでしょうか?

 

 

騎士「というのは冗談で」

 

 

マック(え?)

 

 

 そんな雰囲気も一瞬で消え去ります。私だけが、その声に心当たりがあります。やめてください。違ってください。もし、騎士の正体が貴方なら、テイオーに朝から言われている事を肯定せざるを得ません。

 しかし、そんな私の悲痛な思いは届いてくれません。彼が兜を脱ぎ、顔を顕にした瞬間。私の中での彼が、音を立てて崩れていきました。

 

 

テイオー「え!?」

 

 

マック「」

 

 

騎士?「えーね、こんな壮大な登場をさせて頂きましたが、勇者では、ありません。期待して頂いた生徒さんには申し訳ないですね。改めまして、トレセン学園でトレーナーをしております。桜木 玲皇(さくらぎ れお)と申します」

 

 

 ニコニコと笑いながら挨拶をするトレーナーさん。私は絶句しながらその姿を見ていました。この講和会、今まで聞かされていたお話とひと味もふた味も違う。そう思いながら、世界で一番、奇想天外な講和会が幕を開けて行くのでした

 

 

 

 

 

ㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤ......To be continued



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トレーナー「夢の跡地を草原に」

 

 

 

 

 遂に始まってしまった中等部外部講和会。開幕のザワザワとした空気も、俺がビシッとキメたスーツ姿になった時は、会場は痛いくらいにシンとして居た。

 

 

桜木(作戦その一、大成功だな)

 

 

 知能のある生物は、目の前で突飛な事が起きれば対処が困難になる。それは知能が高ければ高い程有効である。何故ならば経験則から対処するのが本能レベルで染み付いているからだ。

 だから敢えてあの登場をした。今まで真面目を気取っていた奴らに打って変わって、俺がこの場を支配する。大勢の注目を集めるのは、富や地位でも、名誉でも無い。常識の欠落した人を不快にさせないパフォーマンスだ。

 とは言っても、やりすぎは禁物だ。俺は独裁者になりたい訳では無い。ただ、この講和の中だけは、全員俺の世界に引きずり込まなければ、あのイベントは最大限まで楽しめないのだ。

 

 

桜木「それではね、まず自己紹介の方させて頂きます」

 

 

 手元のノートパソコンを操作して、パワーポイントをプロジェクターでステージの壁に投影させる。よしよし、動きも重くないな。

 

 

桜木「200X年生まれのてんびん座。血液型はOですね。良く漫画の主人公とかもO型が多いと言われてますね」

 

 

 へー、と言ったような声が各所から聞こえてくる。よく見るとうんうんと頷いている子も居る。よほど漫画が好きなのだろう。

 

 

桜木「僕ね、中央生まれではありません。生まれてから高校卒業までは、北海道で暮らしていました」

 

 

桜木「会社は○○という企業で、僕は営業で3年、働いていました」

 

 

 そうそう、頑張って働いてたんだよなー。心は折れたけど。 今思えばそれも無駄じゃなかったって訳だ。

 

 

桜木「この会社は、動けなくなった人の稼働部位の補助機を作る会社で、僕もその身体の動きに興味を持っていたんで、面接して就職しました」

 

 

桜木「すっごい良い企業で、仕事も勉強も楽しかったんだけれど、人間関係が上手くいかなくて、メンタルがおしゃかになったんでね、退職しました」

 

 

 自分でここまで聞いていても、トレーナーになれる要素が全くない。なんならメンヘラになってトレーナーやってるとか狂人すぎるのでは?まぁ、人生何が起こるか分からないのが醍醐味ではある。

 

 

桜木「それでね、やめた瞬間に体調が戻ったんで、どうしたもんかなーとフラフラしてたら、レース場が目に付いたわけですよ。ウマ娘の。『うっわぁこれ逆張りして今まで見てこなかったやつじゃんー』ってなって、いい機会だからどんなもんかと思って会場に入ってね」

 

 

 あの時の大歓声は今でも覚えている。何を知ってる訳でもないのに、涙が出そうになる程の人々の感情の高揚。とても素晴らしいものだった。

 

 

桜木「実はそこにねー、悪魔が居たんですよー。『どうだ兄ちゃん。その様子だとレース見んの初めてだろ?』って尋ねてきたものですからね?『ええ、めっちゃヤバいっすね。足の可動域の限界も見た目の筋肉の比率的にも人間とは対して違わないのに、回転率もパワーも段違いですね。しかもあの一着をもぎ取ったあの子、あれで抑えてますよきっと。必死ではありましたが後ろを焦らすように付かず離れずで走ってました。本気で走ってたら多分もう三人分くらい開いてましたよ』ってもう興奮して捲し立てちゃったんですよ」

 

 

 そう。あれは衝撃的だった。ウマ娘という名前しか知らなかったから、膝とか逆関節なんじゃ無いかとか思ってた。それが実は人間と同じ構成の身体図で、体格も人間サイズ。

 その未知への興奮を誰かに吐露したくて全て吐き出したが、その相手が行けなかった。

 

 

桜木「でねー。もうその人はびっくりして、目を見開いた後に豪快に笑ったんですよ。そしてね『あんた見る目あるなぁ。トレーナーにならないかい?』って言われて。こっちもびっくりですよ。話を聞けばあの一位の子のトレーナーだと言うんですよ?あ、その人古賀さんって言うんですけどね?」

 

 

 その名を出した瞬間。また全体がざわつき始めた。こうして見るとスゲーんだな、古賀さん。

 腕時計をチラ見してみると、まだまだ時間には余裕がある。質問コーナーを設けるのも良いかもしれないな。

 

 

桜木「まぁ、カッコ良くいえばキャリアアップという物ですね。ここまででなにか質問のある生徒さんは居ますかね?」

 

 

 ちらほらと手が上がっているな.........お、エアグルーヴがマイクを持って移動してる。気が利く人だな。

 マイクを渡されて立ち上がる黒髪のウマ娘。前髪に若干の白が特徴立っている。先程の主人公の血液型で頷いていた子だ。

 

 

「ジュニアクラスA組のウオッカです!桜木さんに質問があります!」

 

 

 元気の良い子だな。ちょっと眩しいくらいだ。

 

 

ウオッカ「桜木さんの人生の中で、カッコイイと思った人は誰ですか!!」

 

 

 うわ、もっと眩しくなった。うーん、この子その辺の男子よりハートが燃え上がってるなー。

 

 

桜木「カッコイイ.........そうですね、例えば、平和な世界で、誰もが幸せに生きてる世界で、その平和を乱そうとする人が居たとしますよね?」

 

 

桜木「その人です」

 

 

ウオッカ「え!?」

 

 

桜木「これは完全に持論です。誰もが幸せになれる世界で、それが間違ってると言えるのは簡単じゃないんですよ。皆幸せだから黙ってる、では無いんです。だから僕は主人公サイドより悪役の方が好きになりやすいし、元敵キャラのライバルキャラも好きになりやすいです」

 

 

桜木「誰にも理解されない、その人だけの正義を持っている。それが見えて来やすいのが悪役です。これを持ってるなら主人公も大好きです」

 

 

 納得してくれたであろうか、仕方が無い。昔から俺はそうなんだ。どこかひん曲がってる。勿論、王道のヒーローがヒロインを守る展開も大好物だが、やはり一人で戦う敵キャラも魅力的なのだ。

 

 

ウオッカ「あ、あの。因みにどんなキャラが好きですか?」

 

 

桜木「ベジー○さんです」

 

 

 間髪入れずにそう断言する。あの主人公を超えるタフネスさが最高に魅力的で、悪だった自分と現在の立場に葛藤するシーンなんて、こいつ本当に人間臭いなって思ってしまう。

 とと、行けない行けない。こういう事をしてここに来てるんだから、あまり興奮して二の舞を演じない様にしないとな。

 

 

ウオッカ「あ、ありがとうございました!」

 

 

桜木「はい、他の方は居ますか?」

 

 

 先程座ったウオッカがエアグルーヴにマイクを手渡したのを視認して、質問の有無を確認する。先程と同じようにちらほら居るな.........

 

 

「ジュニアクラスB組!トウカイテイオー!!です!!」

 

 

 お、トウカイテイオーと言えば、この前マックイーンと話してて出てきた子か.........うーん。あの小さい身体から溢れ出る自信が目に見える様だ.........

 

 

テイオー「単刀直入に聞きたいです!!スパイですか!!!」

 

 

桜木「???」

 

 

 お?何だこのクソガキ。質問が突飛すぎるぞ?くぅ、そういうのは本人には言わずに、身内でイジって遊ぶ奴だろ。俺達もそうやって遊んでたんだぞ、怖いもの知らずめ。

 だけど、まぁ理由は推測できる。昔右手が動かな過ぎてスパイみたいだと言われたからだ。多分癖になってるから直らないし直そうとも思わん。

 

 

桜木「あーーー残念だなーーー。スパイだったらスパイだって言えたんだけどなーーー?」

 

 

テイオー「そっか!!!ありがとうございました!!!」

 

 

テイオー「良かったねマックイーン。スパイじゃないって」

 

 

マック(マイク!マイクがまだ入ってますわ!?)

 

 

 残念。がっつり話し声が流されている。と言うよりそこに居たのか、マックイーン。もしかしてマックイーンも俺の事をスパイだと思ってたのだろうか?うーん。受けてみようかな、スパイの試験。

 そんな下らない事を考えながら腕時計を見ると、次に進むには丁度いい時間だ。そう思い、質問コーナーを一旦切り上げ、次の段階へとステージへと話を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 先程の質問は少々肝が冷えました。テイオーはなぜ、あそこで私の名前を出したのでしょう.........隣でまた手を合わせて申し訳なさそうに謝る彼女を見て、また仕方ないとため息を吐きました。

 

 

テイオー「でもちょっと残念だなー。本当にスパイだったら面白いのに」

 

 

マック「テイオー.........」

 

 

 まったく、この人は.........そう思うのも無駄だと思い、意識を講和会へと向け直しました。

 実は、彼の話を聞いていて、驚いていました。彼の勤めていた企業は現在、お父様が運営しております。とは言っても、会社のトップが変わったのはつい先月の事。恐らく面識は無いでしょう。

 何処かで接点があればと夢を膨らませながら、あの人の仕事ぶりを想像してしまいます。見ず知らずの私をあれだけ評価してくださった人なので、想像の中の働く彼も、誰にでも優しく、人の為に働く姿が目に浮かびました。

 そんな妄想をしている間に、前からプリントが流れてきました。

 

 

桜木「これが今回の目次ですね。これから講和の進行はそのプリントを参考にして進ませていただきます」

 

 

 そこには、大雑把に、講和、スペシャルゲスト紹介、休憩、スペシャルゲスト登場、質問と言う順番で並んでおりました。

 

 

テイオー(あの人結構適当なんだね)

 

 

マック(いえ!私の献立表は隅々まで丁寧に.........)

 

 

 そう、きっと時間が無かったのです。仕方がありません。あの人だって暇だから私のトレーニングを見てくれている訳ではなく、無い時間の合間を縫って来てくれているのです。多分。きっと

 

 

桜木「まぁ僕の自己紹介で全部時間を埋めても良いのですが、皆さんの為に、今回は僕の知識を活かして、皆さんの身体の可能性について触れて行きたいと思います」

 

 

桜木「.........はい、準備が整いましたので、ここでスペシャルゲストの紹介を致しましょう!!友達のゴールドシップです!!!」

 

 

ゴルシ「ピスピース!中等部のみんな〜?元気してるか〜?みんなが大好きな?アタシだぞー!!!」

 

 

テイオー(げ、ゴルシ.........)

 

 

マック(?誰ですの?)

 

 

 プロジェクターから投影された映像では、トレーニングコースを背景に、長身で芦毛の、頭には会長と同じようにアンテナを着けたウマ娘が両手にピースを構えてアピールしておりました。

 とても美人な方ですが、テイオーが狼狽えるなんて.........そう思っていると、ヒソヒソと話しかけてきました。

 

 

テイオー(ゴルシ、ああ見えて滅茶苦茶なんだ。奇想天外ウマ娘って学園で言われてるんだよ?)

 

 

マック(まぁ、そうだったんですのね)

 

 

 とてもそんな風には見えませんのに。

 

 

桜木「今回は、このトレーニングコースに計六ヶ所に設置されたカメラを通して、ウマ娘の身体の可能性について触れて行きたいと.........?ゴルシー?どしたー?」

 

 

ゴルシ「なんかやる気無くなってきた。今のあたしは産まれたてのフグだ。どうせ炒められて眼鏡とタンポポのワルツを踊らされるんだ.........」

 

 

 気付けば、映像の中のゴールドシップさんはカメラに背を向けて寝転んでいました。ああ、こういう人なんですのね。

 どうするのだろうと思っていると、トレーナーさんはため息を吐いて、口を開きました。

 

 

桜木「ゴルシのすっげぇ所見てーなー.........?」

 

 

ゴルシ「」ピクッ

 

 

 暇そうに揺らしていたしっぽが止まり、耳を傾けるゴールドシップさん。そんな彼女の機嫌を損ねないように、慎重に言葉を選んで行くトレーナーさん。本当に仲良しなのですね

 

 

桜木「.........みんなが大好きなゴルシの力強くて輝かしい走り、見てみたいなー。みんなに紹介したいなー?」

 

 

ゴルシ「そこまで言うなら仕方ねえなー♪見物料はおめぇの命ではらえよな!!!」

 

 

 そう言った次の瞬間。嬉しそうにルンルンとコースを走り出しました。六つほどに分割された画面では、ゴールドシップさんの走りが綺麗に映し出されています。

 

 

桜木「ゴールドシップはですね、中〜長距離を追い込みに近い差しで走り抜けるウマ娘です。先程の様に非常に気分屋なので、レースの行方を知るのは恐らく大変困難な物になると思いますが.........」

 

 

 そう言いながら、彼は分割された内の一つの画面を拡大し、映像を巻き戻し、教鞭を伸ばして解説を始めました。

 

 

桜木「まず注目して欲しいのは姿勢ですね。前に倒れてはいますが、早くなり過ぎないように角度を保っています。レースを展開していく上で、差しや追い込みをする場合は前を見ながらしっかりと着いて行かなければなりません。その上でもこの姿勢は首に負担を掛けないので、追い込みとしての理想像になりますね」

 

 

 スラスラと出てくるレースへの知識。とても一年前までレースに触れてこなかった人とは思えません。しかし、それだけでは解説は終わりません。

 

 

桜木「次に見て欲しいのは脚の回転率ですね、これは本当に素晴らしいです。彼女はステイヤー脚質であるうえに、その長い脚を活かした歩幅と踏み込むパワーで回転率を大幅に減らし、スタミナが有りながらも更に減少を抑制するという事が出来ています」

 

 

 そう言うと、ゴールドシップさんの全体像が見える様に映像を縮小しました。確かに、回転率が低い分スタミナの消費を抑えられ、後半に追い上げられると考えれば、非常に恐ろしい物です。

 画面が移り変わり、もう一度六つの場面に戻りました。そこにはラストの直線でスパートを掛けるゴールドシップさんの姿が映し出されておりました。

 

 

桜木「最後のスパートも回転率を上げると言うより、地面を蹴る力を強くする感じでスピードを出している傾向がありますね。彼女の前進している最中の浮遊距離が先程の1.107倍ほど増大しています」

 

 

ゴルシ「ゴーーール!!!お前ら見てたか〜〜〜??!ゴルシちゃんの華麗な走り!!!アタシはチームスピカに所属してっから!!興味あったらよってくれよなーーー!!!」

 

 

 パッと両手を広げてのゴール宣言。チームの勧誘もしながら、とても気持ち良さそうに全身に太陽の光を浴びていました。

 

 

テイオー(凄かったねマックイーン)

 

 

マック(ええ、見事な走りでした)

 

 

 トレーナーさんはそんな彼女に対して、お礼の言葉を言うと、投影された画面を切り替え始めました。

 

 

桜木「実はですね。今回のメインはこれじゃないんですよ」

 

 

桜木「先程の走りのデータを元に、pcのソフトを使って力の出力を計算し、3D上で再現出来るのです」

 

 

 ???トレーナーさんが何を言っているのかいまいち分かりませんでした。隣に居るテイオーも首を傾げており、恐らく大半のウマ娘達が首を傾げていると思います。

 

 

桜木「まあ、見てもらった方が早いですねー」

 

 

 何を見せてくれるのでしょうか?そう思っていると、プロジェクターで移され始めたのは白い空間。そこに一本の線が入ると、みるみる内に世界が形成され、先程のゴールドシップさんの姿がありました。

 

 

桜木「このゴールドシップですが、先程の走りをデータとして取っています。なので.........」

 

 

テイオー(わ、走った!!!)

 

 

 体育館では、おーと言った声が響きました。画面の中のゴールドシップさんは、先程の本物の走りと何ら遜色無い走りを見せています。

 それだけではありません。各コースのタイムも緻密に計算し、表示されています。

 360度全てを再現し、走った時に出来た足跡でさえも、数値の上で残せてしまう。ビデオ媒体よりも信用性の高さが伺えます。

 

 

桜木「これはデータです。実際に走っている訳ではありません.........ですから」

 

 

 トレーナーさんがそう言うと、画面の中のゴールドシップさんは、その走り方を変えます。現実の物より前傾に、そして回転率の高い走り方、逃げの走り方へと変わりました。

 するとどうでしょう?コースタイムにも変化が生じ、とても驚異的な物へと数字を変えました。

 

 

桜木「このように、ウマ娘の負担を考えずに、模範的な走り方、各配置の走り方を、 身体能力そのままで見る事が出来ます」

 

 

テイオー(すごいすごい!ボクもやってほしー!!)

 

 

マック(テ、テイオー!静かにしてください!)

 

 

 隣で興奮するテイオーを何とか宥めていると、チャイムの音が聞こえてきました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鳴り響くチャイムの音。本番への合図。あとは宣言するだけで始まる。心臓が高鳴る。まるで開演前のブザーの様に。

 

 

桜木「えー、チャイムがなりましたのでね。これで.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「遊びは終わりだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一瞬の静寂。次に押し寄せて来たのはヒソヒソとした静かなざわめき。舞台に一人立つ男。学校のチャイムは、開演のブザーはもう鳴り終わった。

 右手を挙げ、分かりやすいように指を鳴らした。ステージ以外の照明は落ち、ざわめきは激しさを増していく。

 

 

「な!?は、離せ!!!」

 

 

桜木「御苦労。生徒会長シンボリルドルフ」

 

 

ルドルフ「.........」

 

 

 理事長と共にステージへと上がってくるシンボリルドルフ。理事長もだいぶ焦ってる感じだ。あまり暴れると段取りが面倒くさいが、前持って対策してあるのでそこは問題無い。

 両手を後ろで拘束され、ステージの右側でシンボリルドルフを後ろに登壇する理事長。ふふふ、いい気味だ。もうちょっといじめて良いだろうかと思い、たづなさんの方を見る。うん、いい笑顔だ。

 生徒側からはルドルフの行動に対しての疑問が投げかけられる。喋らない様にお願いしているが、ルドルフは答えたくて堪らない様で、必死に我慢している。まぁ答えたくなるよね。

 

 

桜木「お前ら、おかしいと思わなかったか?ぽっと出の俺が、トレーナー?笑っちまう。点数や知識さえ取って、外面さえ良けりゃ誰でもなれんだよ」

 

 

 うぅ、言ってて心が痛い。このセリフのインパクトの為に今まで優しい口調で話してた分、生徒達の反応が痛々しい程伝わってくる.........

 

 

理事長「そ、相違ッ!!私は君の思いに触れ!真に優しき者だと感じた!!」

 

 

桜木「だから、それが嘘だったんですよ。理事長さん」

 

 

理事長「!?」

 

 

 あ、まずい。言い過ぎたか.........?ルドルフの様子を見ても結構辛そう。俺も辛い。ネタバラシしたい.........

 理事長は既に涙目だ。たづなさんに視線を送ってみると、これ以上はやっては行けないようだ。俺もそう思う。取り敢えずここは安心してもらおう。

 

 

ルドルフ(大人しくしてください。理事長)

 

 

理事長(!シンボリルドルフ.........!)

 

 

 よーし。ルドルフの話に耳を傾け始めたな。これで少しは安心だ。

 

 

桜木「俺はな、キラキラ輝くお前らが許せなかった。ただ走る事が好きなお前らウマ娘が。だからここで、未来への道を叩き潰そうと思う」

 

 

 あーーーー!!!!!なんでこんなに辛いんだ!!!!!いつもお風呂で悪役ごっこしてただろ!?!?!?

 生徒側の方ではあまりの変貌に涙を流し始めた子も出だした。もう無理ぽ。

 しかし、次の瞬間にまた体育館がざわざわとしだした。

 

 

たづな「.........!」

 

 

桜木(ありがとうたづなさん!!!)

 

 

 事前に用意していたパソコンをたづなさんが操作して、プロジェクターに画面を投影させる。そこには全員を安心させられるように、『現在、ヒーローショーとなっております』という文字と、俺の土下座が映し出されている。

 やりすぎです、と言いたいのか、たづなさんは頬を膨らませて俺を見る。ありがとう、命の恩人だよ貴方は

 それを見た生徒は安心出来たのか、涙が引っ込んだ様子だった。ルドルフの方を見てみると、理事長はルドルフの話を聞いていてプロジェクターを見ていない。しめしめ

 

 

桜木「教えてやろう。改造人間の恐ろしさをッッッ!!!!!」

 

 

 ステージの両端からスモークが噴出される。スモークで体全体が浸ったのを確認し、教壇の下に隠したケースから特注怪人スーツを取り出し、それを着用する。

 

 

怪人「クハハハハッ!!!我が名はバッタルメットッッ!!!貴様らウマ娘をォ〜〜〜!!根絶やしにしてくれるゥ〜〜〜!!!」

 

 

 もうネタばらししたからな。心も辛くないし、演技っぽくやっても白けない。ここまで来ればこっちの物だ。ステージから飛び降り、生徒達の間の空いた道の部分をゆっくりと歩く。

 うーん。ちょっぴり怖がってる子もいるけど、ヒーローショーという事で、目がキラキラしてる子も多いなー.........けど、果たして喜んでくれるだろうか.........

 

 

怪人「.........決めたぞ、まずお前から潰してやろう!!その未来を見る目が気に食わん!!!」

 

 

ウオッカ「うぇ!?お、俺から!?」

 

 

 その反応とは裏腹に、その目はキラキラとしている。あー、さてはヒーローの出番がわかってるな?さて、どう喜んでくれるのか?

 

 

「未来を見て、何が悪いんだ?」

 

 

怪人「!?だ、誰だッ!!!??」

 

 

 体育館のしまった入口。ゆっくりと開けられ光が徐々にこの広い空間を満たしていく。逆光でシルエットとなった人影が、ゆっくりと近付いてくる。

 黒いスーツに白い装甲。赤いラインが入った腕と足に、黄色い蛍光色の仮面。ベルトには、特徴的なマシンがあった。

 

 

ウオッカ「ラ、ライダーだッッッ!!!!!」

 

 

 その声と同時に盛り上がりを見せる体育館。俺があの時から欲していたもの。最初で最後の成就だ。しっかりやろう。

 

 

怪人「莫迦な.........!!!!ライダーなどこの世に居る訳ないだろうッッッ!!!!!」

 

 

ライダー「居るさ、お前みたいのが居たら、一人や二人くらいライダーだっているだろ」

 

 

 面倒くさそうにそう答えるライダー。手首のスナップを皮切りにこちらへと走ってくる。覚悟を決めて俺もそのライダーの方向へと駆け出す。

 勢いよく突き出した腕を躱され、右フック、左ボディの二連コンボの後、掴まれて体育館入口側へと投げ飛ばされる。いや、マジで強すぎ

 

 

怪人「おのれライダー.........ッッ!!!」

 

 

ライダー「あ?なんだそりゃ」

 

 

 懐から出したいかにもなボタン。それをその手を突き上げて堂々と周りに見せつける。

 

 

怪人「これは.........爆破スイッチだ。コイツを押せば、あのアンテナを付けられ、俺に服従するシンボリルドルフと、ゴールドシップが爆発を起こす.........!!!」

 

 

理事長「な!?」

 

 

ライダー「卑怯な手使いやがって」

 

 

 そう言って舌打ちをしながらも、ライダーは戦闘態勢を解く。生徒のウマ娘達はその姿に絶望感が漂っていた。

 そのボタンをチラつかせながらゆっくりとライダーに近付いて、一発、二発と殴ってみる。うーん。やっぱりそんなに良い音が出ないな.........

 

 

「負けるなライダー!!」

 

 

「がんばれーーー!!!」

 

 

 お、丁度いいライダーコールが来たな、そろそろ先に進んでみるか。

 

 

怪人「トドメだ。お前の道もここで終わりだな」

 

 

ライダー「うるせえ、お前が前に立ってるだけで、俺の道はまだ続いてんだよ.........邪魔だ。そこは俺の進む道だ」

 

 

 目の前で跪くライダーに対して、装置を持ってない左腕を高く上げる。これが合図だ。

 派手な効果音がなると同時に、大袈裟に体制を崩してボタンを投げ出す。

 

 

ルドルフ「ライダーッッ!!!これを使えッッ!!!」

 

 

ライダー「ッッ!!!サンキューッッ!!!」

 

 

 モデルガンを持ったルドルフは、腰に忍び込ませていたライダーの武器を投げて手渡した。それを手に取り、ベルトのチップを装着させて刀身を振って出す。

 

 

「EXCEED CHARGE」

 

 

 その無機質な機械音声と共に、赤く光る刀身で一閃される。その場に倒れ込むと、生徒のウマ娘達から拍手喝采が巻き起こった。

 だが、 まだ終わりでは無い。

 

 

怪人「ルドルフ.........ッッ!!!何故だ、洗脳は完璧だった筈.........ッッ!!!」

 

 

ルドルフ「.........確かに、貴様の技術は素晴らしい物だ。この皇帝であるシンボリルドルフを、一瞬でも跪かせいようと思い上がれる程にはな」

 

 

ルドルフ「我が名は『皇帝』ッッ!!!!!シンボリルドルフッッッ!!!!!」

 

 

ルドルフ「こんな玩具でその魂と誇りを操ろうとするとは笑止千万ッッ!!!」

 

 

 そう言うと、頭に着けたアンテナを握り潰すシンボリルドルフ。すっごい迫力だ。演技で食っていけそうだなおい。他のウマ娘もその姿には大興奮。やっぱ好きだよね、裏切ったと思ったらちゃんと仲間だったって展開。

 けれどまだまだフィナーレじゃない。

 

 

怪人「ククク.........!!!まだだ、まだ私にはもう一人仲間が居る.........!!!」

 

 

 その発言と共に、またもやウマ娘達に動揺が走る。そう、アンテナを付けた奴はもう一人居るのだ。

 

 

怪人「さあ来いゴールドシップ.........ッ!」

 

 

 体育館の入口の方を向きながら、俺はそう言った。すると、ぬるりと横から、ゆっくりとゴールドシップの姿が見えてくる。逆光でシルエットになっているが、間違いない。

 

 

怪人「クハハハハッッ!!!今度こそ終わりだッ!ライダーーーッッ!!!」

 

 

 タッタッタッと一定のリズムでゆっくり走ってくるゴールドシップ。その表情が露になる。今まで見た事ない様な真剣な表情。視線だけで刺せそうな眼力に、度肝を抜かれた。

桜木(ヒエッ)

心臓の鼓動が全身に伝わる程に強くなる。ゴールドシップのその表情に感化され、少年の様な気持ちを思い出していく。

 最後の一歩の踏み込みで、一気に俺の懐に潜り込んでくる。大丈夫。これはウマ娘に蹴られても良い程頑丈なんだ。比喩では無い筈だ。

 そのまま、ゴールドシップは俺に下から上方向へ飛び上がる様なドロップキックを腹に決めてくる。何とか衝撃を殺せる様にワイヤーを背中に付け、エアグルーヴのタイミングで引っ張りあげられ、蹴られてるフリをしようとするが、ちょっと当たってる。

 ステージの上まで飛んで床に背中を擦る。痛い、痛い痛い痛い痛い。痛いが、幸いライダーが来るまで猶予はある。意識を外して痛みを忘れろ。

 

 

ライダー「お前.........」

 

 

ゴルシ「アタシは楽しい事が大好きなんだ。アンタもそうだろ?」

 

 

ゴルシ「見せてくれよ!!アンタの未来!!!」

 

 

ライダー「.........ああ!!」

 

 

 そんな会話が終わった後、走ってくる音が聞こえる。片手を着いてスタイリッシュにステージに飛び乗るライダー。流石身体能力最強の男。

 そんな男の頑張りに答えなければ。そう思い、何とか力を振り絞り、立ち上がって見せた。

 画面越しからでも分かる。相当心配してくれているが、後はやりきるだけだ。

 

 

怪人「おのれおのれおのれ.........ッッ!!!これで終わりだッッ!!!ライダーッッッ!!!!!」

 

 

 ステージの両控えからスモークが勢いよく出てくる。タイミングを見計らい、ライダーに向かって駆け出した。

 

 

「EXCEED CHARGE」

 

 

 スモークがライダーを覆うのと同時に、プロジェクターがスモークにライダーの姿を移す。機械音声が 喋り追えると同時に、赤い光はアイツの後ろに控えさせた右足に送られる。

 映像は回し蹴りの容量で右足が振られ、赤い線が俺へと向かってくる。地面に貼ったバミリしたテープの上で両手を広げ立ち止まると、そこは丁度、プロジェクターで映されたその線が円錐の形に展開していた。

 

 

桜木(よし、位置的には完璧だ.........ッッ!!! )

 

 

 ステージの壁には、高く飛び上がるライダーの姿。開いた円錐の中に吸い込まれていく瞬間。体育館は暗転し、ライダーの叫び声と、爆発する効果音だけが響いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック(す、すごい.........)

 

 

 ゆっくりと明るくなっていく体育館の中。私は思わず呟いてしまいました。隣で珍しく静かにしているテイオーに視線を移してみると、その目をずっとキラキラとさせていました。

 

 

マック(テ、テイオー?大丈夫ですか?)

 

 

テイオー(うん.........)

 

 

 心ここに在らず、ですわね。返事に身が入っておりません。ですが、そんな風になってしまうのも気持ちが分かります。

 ヒーローショー。実物を見た事はありませんが、小さい頃、お友達だった男の子が、両親と見に行ったと自慢していたのを思い出します。確かに、これは自慢してしまうのも頷いてしまいます。

 

 

テイオー(.........あれ?理事長がステージに上がってきてるよ.........?)

 

 

マック(あら?本当ですわね)

 

 

 しかも、結構な駆け足気味で横の階段を駆け上がって行っています。

 隣で立つライダーをスルーして、そのままトレーナーさんが倒れている場所へと向かい、腕を組みました。

 

 

理事長「ば.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「莫迦者ッッッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今まで聞いた事のない理事長の怒号に、私達、ウマ娘一同はすくみ上がりました。確かに普段から大きい声で、目立つ方でしたが、ここまで感情が乗っている事はありませんでした。

 

 

理事長「なぜこの私に何も言わなかったのだッッ!!!」

 

 

理事長「人に対する慈愛ッッ!!!人体の知識に対する渇望ッッ!!!そしてウマ娘に 対する未来への展望ッッ!!!どれを取っても君から嘘偽りは無かったッッ!!!」

 

 

理事長「こんな.........こんな姿になってしまって.........うぅ.........無念.........!!! 」

 

 

桜木「えっと.........」

 

 

 膝から崩れる様にして座り込む理事長。彼が仰向けに倒れている傍で泣き出してしまいました。

 衝撃的な光景でした。当然、体育館のざわめきは大きな物に変化していきます。トレーナーさんはやりずらそうに困惑しておりました。

 

 

理事長「不満があったのならッッ!!!相談すれば良かったでは無いかッッ!!!」

 

 

桜木「あの、理事長.........」

 

 

理事長「なんだ!!!!!」

 

 

桜木「あれ.........」

 

 

 トレーナーさんは、ステージの壁に向かって指を指しました。それに釣られて理事長が壁の方に向くと、プロジェクターから先程見せられたトレーナーさんの土下座と、『現在、ヒーローショーとなっております』の文字が映し出されておりました。

 

 

理事長「な、え.........きょ、」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「驚愕ゥゥゥッッッ!!!??」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな理事長の今日一番の叫び声と、トレーナーさん。ライダーさん。そして生徒会長とゴールドシップさんの笑い声で、ヒーローショーは幕を閉じました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤ......To be continued



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トレーナー「講演会も終わりかー」

 

 

 

 

桜木「あいててて.........」

 

 

 ヒーローショーは大成功だった。その結果さえあれば、もう夢に悔いは無い。夢の跡地に残骸は無い。あとはもう、どこまでも続く草原だ。

 あれから、理事長は恥ずかしそうに謝ってきたが、すごく申し訳なかった。全体で15分の休憩を貰ったので、体育館のステージの袖で、背中に湿布を白銀翔也に貼らせていた。

 

 

ルドルフ「.........それにしても、まさか白銀選手と知り合いとは.........君の交友関係は実に奇妙だな」

 

 

桜木「俺もそう思いますよ。会長殿」

 

 

白銀「モンハンしたいんだけど」

 

 

桜木「ダメだ」

 

 

白銀「バキャが」

 

 

 罵倒された。まあマッサージされながら唾を吐かれないだけマシだ。コイツは普通にやるからな、普通に。

 

 

白銀「はぁぁ、俺様のライダーキックが炸裂したせいで、ポッチャマはボドボドに......」

 

 

ルドルフ「?」

 

 

桜木「いつも思うがなんで俺がポッチャマなんだ」

 

 

 わざとらしい溜息を響かせながら、白銀はチラチラと何度も俺の顔を見る。こいつアスリート辞めても食っていけそうだ。いつもこのキャラなら。

 

 

ルドルフ「.........そう言えば、触れていい事かどうか分からないが、その腕は大丈夫なのか?」

 

 

桜木「え?あ」

 

 

 疲れすぎててすっかり忘れてた。怪我した事も忘れてたし、でけえ傷跡の事も失念していた。これもう既に認知症では?最近は若年性とかあるらしいから気を付けないとな

 

 

白銀「ダイジョーブ!こいつ丈夫だから!!夢を諦めただけで済んだから!!!」

 

 

桜木「うおいッッ!!!」

 

 

 こいつ、なんで的確に俺の弱点を付いてくるの?本当はこいつ俺の事嫌いだろ。

 

 

ルドルフ「夢.........?」

 

 

桜木「.........役者になりたかった。演技するのが楽しくて、身体の動かし方も勉強してたんだ」

 

 

 普通に生活するのが精一杯。そう言われていた怪我も、コイツらのお陰で楽しいリハビリになったのは確かだ。

 

 

桜木「夢の跡地にゃもう何もない。今はもう、だだっ広い草原が目の前に広がってる感じだ.........ようやく、踏ん切りが着いた気がするよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 六時間目のチャイムが鳴り響き終わり、横の袖からステージの中央にもう一度足を運ぶ。すると、大きく、盛大な拍手が生徒達全員から送られてきた。

 

 

桜木(あーーー...............暖かいな............)

 

 

 俺の夢を受け止めてくれた。自然と目頭が熱くなってしまうが、我慢だ。それは俺の自己満足でしかない。ゆっくり吐息を吸って、言葉を出す。

 

 

桜木「えーいかがだったでしょうか?楽しいヒーローショーが皆さんに届けられたらと嬉しい限りです。それでは、最後のスペシャルゲストに登場して頂きましょう!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 トレーナーさんがそう仰った後、横から人がスタイリッシュに空中側転をしながら登場して来ました。

 

 

「あッッ!!!??」

 

 

桜木「は!?」

 

 

 しかし、着地をした際に勢いを殺しきれず、トレーナーさんを巻き込みながらゴロゴロと転がって行ってしまいました。

 シンと静まり返る体育館。そんな空気を打破する様に、バイクヘルメットを被ったスペシャルゲストさんは一言言いました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「トゥースッッッ!!!!!はァ.........ァ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

テイオー(.........ねぇマックイーン。あの人芸人さんじゃないよね?)

 

 

マック(え?さぁ、その分野に関してはあまり明るくないので.........)

 

 

 実際、実家では走る為のトレーニングに明け暮れていた事もあり、テレビを見ている時間は殆どありませんでした。まぁ、あったにはあったのですが.........あまり、芸人さんが出るような番組を見た事がないのです。

 ですが、辺りからは漏れるように笑い声が聞こえてきています。そんなに面白いものなのでしょうか?

 

 

桜木「邪魔だよお前.........踏むんじゃないよ馬鹿が.........!!!」

 

 

「うるさいヤツメリィッッ!!!」

 

 

桜木「あぶな!!?」

 

 

 先に立ち上がったゲストさんが、トレーナーさんの腹部に向かってパンチを繰り出しましたが、それを何とか転がって回避します。もしかして、ヒーローショーはまだ続いているのでしょうか?

 

 

桜木「えー、話が進まないのでね。さっさとヘルメット脱ぎやがれくださいこの一回戦敗退野郎」

 

 

「ぬわぅぐわ!!!痛いよぉ.........」

 

 

 軽口を叩き合いながら進行するお二人。恐らく親しい友人同士なのでしょう。この様な形で紹介するのですから、もしかしたら私も知っている方かも知れません。

 ゲストさんがその手をヘルメットに掛けました。

 

 

桜木「えーご紹介致します。現在世界ランク.........なんぼだっけ?」

 

 

「今は8位」

 

 

桜木「世界ランク8位のプロテニス選手」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「白銀翔也選手でーす」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そのトレーナーさんの声と共に、ヘルメットから染め上げられた銀色の髪が顕になりました。

 そして、その顔を見て、全員が驚きました。

 

 

「白銀選手ってあの!?」

 

 

「最近企業も設立したって.........」

 

 

「凄い!世界で活躍してる人だ!!!」

 

 

「帰れー」

 

 

 最後の声に全員で振り向くと、口笛を吹いているゴールドシップさんがそこに居ました。

 白銀翔也さんは現在、白銀コーポレーションと言う会社を建て、社長という役職に着いています。私もメジロ家のパーティで遠目から姿を拝見した事がありました。

 品行方正で言葉遣いも丁寧。物腰も柔らかく、紳士な方です。少なくとも、あの様な破天荒な方ではありません。

 

 

白銀「うるせぇ!!バカ女ッッ!!!」

 

 

ゴルシ「あぁ!?アタシのどこがバカ女なんだよ!!!どっからどう見ても見た目IQ564ある知的な容姿してっだろ!?!?!?」

 

 

白銀「見た目だけだッッ!!!このバカチンがァッッ!!!」バシン!

 

 

桜木「痛い!!!」

 

 

 白銀さんとゴールドシップさんのお二人のせいで、講和会はしばらく収集がつかなくなりました。

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「はい、じゃあ質問ある方ー」

 

 

 額の青筋をひくつかせながら、トレーナーさんは白銀さんへの質問を募集しました。

 肝心の白銀さんは両手両足を縛り上げられ、不服そうな表情でした。

 

 

テイオー「はい!!白銀さんはテレビで見ると全然違く見えるのはなんでなの!!!ですか!!?」

 

 

白銀「ふっ.........カメラと言うフィルターが俺様の認識を歪めるから.........」

 

 

桜木「はい、猫被ってるだけでーす」

 

 

テイオー「ありがとうございました!!!」

 

 

テイオー(すごいなー!世界で戦ってるってスケールがすごいよね!)

 

 

 元気の良い声と笑顔でテイオーはお礼を言うと、席に着席しました。無敗の三冠を取ると息巻いている彼女も、やはり世界と言う物に興味がある様です。

 次に手を挙げたのは、C組のダイワスカーレットさんでした。

 

 

ダスカ「あの、質問があります!」

 

 

ダスカ「白銀さんにライバルは居ますか?また、負けた時にどう言った方法で立ち直りますか?」

 

 

桜木「え?お前負けるの?(笑)」

 

 

白銀「ぶっころっそぉ!!?」

 

 

 ゲラゲラと笑うトレーナーさんと、それに釣られて笑う白銀さん。本当に仲が宜しいのですね.........

 そう思っていると、白銀さんは先程までのおふざけとは違う、真剣な表情を浮かばせました。

 

 

白銀「ライバルなぁ.........これは本当に言いたくないんだけど、マジで居ない」

 

 

白銀「俺、勝つのは好きだけど、負けず嫌いでは無いんだよね。勝つ為の努力はなんだってしてるつもりだし、負けたら負けたであっちの力が上回ってただけの話だからな」

 

 

白銀「あんまり負ける事に拘っちゃ行けないと思う。勝ち続ける事は難しいけど、負けをしっかり受け止める事も必要だと思う」

 

 

桜木「因みに一回戦敗退の時何した?」

 

 

白銀「泣いてかんしゃく起こしたし相手選手に殺害予告しかけた」

 

 

マック(滅茶苦茶ですわ!!)

 

 

 言っている事が支離滅裂すぎて、聞いているだけで疲れてきてしまいます。ゴールドシップさんとトレーナーさん、他複数名の方も笑いが止まらない見たいです。

 

 

白銀「まぁ、悔しい気持ち以上に、勝つのが好きだから、あんまし落ち込まねえかな」

 

 

ダスカ「あ、ありがとうございます.........」

 

 

 参考になったのかならなかったのかは分かりませんが、スカーレットさんはそのまま席に着席しました。

 どうしましょう。私も質問したい事があるのですが.........いえ、ここで引いていてはメジロのウマ娘として顔が立ちません!!

 

 

テイオー(あ!マックイーン!)

 

 

マック(ちょっと!うるさいですわよテイオー!)

 

 

 手を挙げた私をニヤニヤとした顔で見てきました。あれほどからかうのはやめて欲しいと言ったはずですのに.........

 そうしていると、副会長のエアグルーヴさんからマイクを手渡されました。うぅ、何故だか分かりませんが緊張してきましたわ.........

 

 

マック「あ、あの!ト.........」

 

 

マック「桜木さんと白銀さんはどういう関係なのですか?」

 

 

 危ない所でした.........いつもの調子でつい、トレーナーさんと言いそうになってしまいましたが、何とか堪える事が出来ました。

 本当に気になる所です。彼らは一体どこで知り合ったのでしょう?

 

 

桜木「あー、まぁこいつとは小学校からの友達ですねー。転校初日で寂しそうだったから声掛けたんだよな?」

 

 

白銀「確かそうだった気がする。昔からお前は変わんねえよダックスフンド」

 

 

桜木「せめて前にレオナルド付けよう?皆わかんないよ?レオナルドダックスフンドが渾名だって」

 

 

白銀「デブレオ・デブレイは昔から面白ぇ奴だから皆仲良くしてやってな!!!」

 

 

桜木「ただの悪口だから。それ地味に傷付いてた奴だからねそれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「トレーナーさん!」

 

 

桜木「うお、マックイーン!」

 

 

 あれから、特に何事も無く講和会は終了した。白銀の奴は理事長と話があると言って居なくなったので、絶賛後片付けをほぼ一人でやっている様な状況だ。

 

 

マック「素晴らしかったですわ!何から話していいのやら.........」

 

 

桜木「ははは、皆に喜んで貰えた様で嬉しかったよ」

 

 

 よっこいせとステージに登る階段に腰を下ろす。すると、隣に何故か座ってくるマックイーン。お?大丈夫か俺?

 

 

桜木(マックイーンは中等部マックイーンは中等部.........)

 

 

マック「.........普段のトレーナーさんは、とても生き生きしていて、男の子の様に感じてしまいますが.........」

 

 

マック「今日のトレーナーさんは、とっても輝いていました」

 

 

桜木「.........ああ、昔置いてきた夢を、空に返したからな」

 

 

マック「夢.........ですか?」

 

 

桜木「ああ、また今度話そう。今はこいつらを.........何とかしなくちゃなー.........」

 

 

 そう言って視線を移した先には、高性能カメラ6台。ライダースーツと怪人スーツ。使用したワイヤーが一箇所にまとめられていた.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「「「「「かんぱーーーい!!!」」」」」

 

 

 賑やかな声が響き渡る店内。辺りには焼かれた肉の音と匂いが充満して、空腹を刺激する。

 あの後、マックイーンが手伝ってくれて作業は早く済んだのだが、トレーニングを見るのは一週間後にしてくださいと釘を刺され、泣く泣く学園から帰還したのだ。およよ。

 現在は午後7時。今回の講和会の打ち上げに参加した白銀翔也、ゴールドシップ、その付き添いの沖野先輩。そして何故か着いてきた古賀さんで焼肉バイキングレストラン『美味美味(ウマウマ)肉天国』で打ち上げをしていた。

 

 

ゴルシ「かーーー!!!疲れた身体にはカルピスが染み渡るぜーーー!!!なんてったってこのカルピスはゴルゴル星の海で生成された砂糖を原料にしてんだ!!!染み渡るのはあたりまえだーーー!!!もういっぱい持ってこよーーー」

 

 

白銀「あの女うるさすぎじゃね?」

 

 

沖野「翔也、あれはもう慣れるしかない」

 

 

古賀「カッカッカッ!ゴルシは面白いウマ娘だからな!!」

 

 

 そう言いながら頭を抱え、オレンジジュースをチビらと飲む沖野さん。学生の付き添いである手前、酒なんて飲めない。

 古賀さんは話しながらも黙々と肉を焼いて行っている。肉は食うより焼くのが好きらしい。面倒見の良さが見て取れる。

 

 

桜木「あ、アイツらに連絡しねえと」

 

 

白銀「お?夢を叶えましたってか?」

 

 

桜木「そんな所だ。お前は何でジャンプ読んでるんだ?」

 

 

白銀「ワンピが今すっげぇから」

 

 

 そう言いながらウーロン茶をグビっと飲んでペラペラと分厚いジャンプを読んでいる。イカれてるのか?肉を焼いてるこの状況で.........

 まぁ、こんな奴の事はほっといて、テレビ通話をかける為に、ちょうど席全体が見えるように携帯を配置し、電話を掛けた。

 

 

白銀「つか、アイツら今仕事中だろ」

 

 

桜木「案外出るだろアイツらなら」

 

 

「もしもし、どしたー?」

 

 

 お、まずは一人目が掛かった。

 黒津木 宗也(くろつぎ しゅうや)。今は海外で働いている高スペックオタク。大学も海外で出ているが、その理由がいつか現れる推しの為に、最短で人生を満喫出来る金を稼いで、早めに隠居して貢ぐと言う、ある意味でかい夢を才能で叩き付けて周りを黙らせた男だ。

 コイツはまだ予想できる。しかし、もう一人の方はどうだろう?

 

 

黒津木「なんだなんだ?トレーナーが辛くなってヘラっちまったか?」

 

 

桜木「ははは、抜かしよる」

 

 

「おいっすー。おまんらどうしたー?」

 

 

 お、二人目も掛かった。

 神威 創(かむい はじめ)。コイツは日本で暮らしてるけど、仕事の都合で各地を転々としている。都合と言っても、コイツが落ち着ける場所が早々ないのが理由だ。携帯の通知を切ってるのでSNSですら反応を寄越さない。

 けれど、揃って良かった。これでようやく報告出来る。

 

 

桜木「俺、ようやく終わらせられたよ」

 

 

黒津木「マ?おめやん」

 

 

神威「お、だから肉食ってんの?羨ましいなおい。俺にも寄越せよ」

 

 

白銀「うわすっげ!!!聞けよルフィが」

 

 

 あ、神威との連絡が途切れた。仕方が無い。アイツ、コミック派だからな。今回報告出来ただけでも良しとしよう。

 そうこうしていると、先程ドリンクを取りに行ったゴールドシップが戻ってきた。

 

 

ゴルシ「よー!!機械のカルピス全部アタシが貰ってきたぜ!!!」

 

 

沖野「何してんだお前!?」

 

 

黒津木「え!?!?!?!?!?!?!?」

 

 

白銀「うるさ」

 

 

 激しい金属音と書類が落ちる音が携帯から聞こえてくる。何をそんなに驚いてるんだ?

 

 

黒津木「なんでウマ娘と一緒に居るんだ?」

 

 

桜木「.........?トレーナーだから?」

 

 

黒津木「え?なんでトレーナーがウマ娘と?」

 

 

 .........?なんだろう、話が良く噛み合わない。まずコイツは何を勘違いしてるんだ?

 

 

桜木「お前、何か勘違いしてるんじゃないか?」

 

 

黒津木「え?え?だってトレーナーって、白銀のトレーナーだろ?」

 

 

二人「?????」

 

 

 何言ってるんだコイツは?俺が白銀のトレーナー?凸してきた時何してたんだ?

 思い返してみる。あの場には確かに黒津木の奴もいた。アイツは何してた?アイツは.........

 べろんべろんに酔い散らかしてたわ、そういや。あーもうめちゃくちゃだよ〜

 

 

桜木「お前は最高のモルモットだァァァァッッッ!!!!!」

 

 

黒津木「え?あ.........ふーん(察し)」

 

 

白銀「乙!!!!!!!」

 

 

 アイツは目からハイライトを消しながら、職場の固定電話でどこかに掛け始めた。

 

 

黒津木「もしもし責任者メン?」

 

 

 英語で電話を掛けながら、アイツは通話をブチ切った。可哀想なことをしたかもしれない。

 

 

白銀「シャンクスごっこしようぜ?」

 

 

桜木「は!?」バシャー!

 

 

 うっわ、カルピス顔面にぶちまけられた。誰に需要があるんだ誰に。

 そんな俺の姿を見てゲラゲラと笑う白銀を、ゴールドシップが技を決める

 

 

ゴルシ「てめーー!!!カルピス畑のおっちゃんが泣いてんぞ!!!それでもお前カルピス畑の隣に住む割り箸メンマ専門店の創設者か!?!?!?」

 

 

白銀「いっっっってーーーー!?!?!?!?」

 

 

沖野「お、おい!!流石にここで暴れるのは不味い!!」

 

 

古賀「カッカッカッ!!やれやれーゴルシ!一回戦敗退野郎を打ちのめせー!」

 

 

 がやがやと周りの賑やかな音に負けない程うるさい宴会は九時まで続き、俺の新たな夢への門出を祝福してくれた様だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 トレーナーのやる気が上がった!!

 『夢への執着』を解消した!!

 『夢追い人』になった!!

 『変人』になった!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤ......To be continued



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トレーナー「たった四度のその先へ」

 

 

 

 

 広い草原の中に大きく身体を投げ出して横たわっている。涼やかな風が頬を撫ぜ、とても心地よい。

 しかし、面倒な事が一つだけあった。

 

 

「たった四度の走りで終わる筈だった伝説の先を、見たくはないか?」

 

 

桜木「お?んだそりゃ」

 

 

 誰の了見を得て人の夢に邪魔してきてんだ?この謎の声は、おちおち夢心地ですら居られない。

 

 

桜木「っっっ.........!!!??」

 

 

 しかし、後ろから感じる横に吹き抜けて行く風は、先程の風よりも、胸を熱くさせた。背中から広がる様に身体全体を燃やす様な熱風が、確かに俺の後ろを横切ったのだ。

 何かを感じ振り返ってみるも、残っている物は何も無い。それでも、謎の声が言わんとする事は分かる。

 

 

桜木「こんな.........こんな凄ぇのが.........たった四回.........?」

 

 

 10では足りない。たった一度でも走って見せれば、必ず万人の目を引く事が出来る。誰も目を離す事が出来ない、胸を熱くさせ、焦がれさせるような速さ。脳裏に浮かぶウマ娘のシルエットが、俺の決意を燃えさせた。

 

 

桜木「.........全く、こっちはマックイーンとの天皇賞があるって言うのに、そんなもの押し付けんなよ。三女神さんよ」

 

 

 恐らく、その類の存在。じゃなきゃわざわざこんな事が俺の夢で起こるわけが無い。俺は夢を見ても結構忘れるタイプだ。

 

 

桜木「けど、良いさ。四回きりなんてさせない。10回も20回も、あの風の様な速さで、全員釘付けにしてやる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「.........んぁ......」

 

 

 鳥のさえずりが聞こえてくる。カーテンの隙間から差し込む日差しが暖かい。さっきの夢をはっきり覚えてると言うことは、そういう事だ。

 ベッドから地面に足をおろし、白銀を踏まない様に移動する。

 

 

桜木「.........そうだ......これ.........消費せんと.........」

 

 

 冷蔵庫を開けて中身を確認すると、昨日届いていた北海道限定炭酸飲料。KIRINガラナが一面に敷きつめられていた。高校時代毎日の様に飲んでたからってこれはねえぞ母ちゃん。

 

 

桜木「.........頑張って飲むか.........」

 

 

 諦めも早々に、顔を洗い、歯を磨く。テレビはどうせ面白い事はやってないので、携帯で天気を確認し、服装を整え、学園へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 学園の職員玄関から入り、右に曲がってすぐあるドアを開ける。学園に三つほどある内の新人トレーナーが集まる職員室だ。俺の仕事場も大抵ここだ。

 

 

桜木「おはようございますー.........早いっすね桐生院さん」

 

 

桐生院「はい!ミークの為にも頑張らなきゃって考えたら早起きしちゃって.........」

 

 

 なんてウマ娘思いのトレーナーなんだ。俺はもう無理だな。社畜根性に全力で身体が拒否反応を起こしているもん。

 

 

桐生院「そう言えば、桜木さんの方はどうですか?」

 

 

桜木「あー、俺も見つけましたよ。メジロマックイーンって言う子なんですけどね」

 

 

桐生院「!!流石です!桜木さんもやはり目を付けましたか!メジロのウマ娘に!!」

 

 

桜木「う、うん」

 

 

 凄いキラキラした目で俺の方を見てくる。買い被りすぎでは?ゴールドシップの紹介があったからともかく、それが無ければどうなっていたか分からないぞ?

 改めて、巡り合わせの運の良さに感謝しなければならないな。

 

 

桜木(.........とは言っても、一週間は見れないしな)

 

 

桐生院「.........?あの、桜木さん。それはなんでしょうか?」

 

 

桜木「うぇ?」

 

 

 リュックから取り出したガラナを指摘される。うーん、まぁ道民以外には馴染み無いしなー.........

 

 

桜木「コップある?」

 

 

桐生院「はい!!」

 

 

 元気よくそう返事をすると、桐生院さんは弁当袋から小さい取っ手の着いたコップを出し、両手で突き出してきた。可愛い。

 ガラナと言う飲み物。細かく言えば違うのだが、湿布っぽい。と言うより、薬品の感じが強い。苦手な人も多いし、桐生院さんがそもそもジュースを飲むのかと思い、ほんのちょびっとだけコップに注いだ。

 

 

桐生院「い、頂きます.........!」

 

 

 意を決してグイッと飲む桐生院さん。そりゃそうだ。見た目が黒い物なんて飲みたくない。大の男でもコーヒーを泥と表現する奴も居る。多分紅茶派なのだろう。

 

 

桐生院「い、今まで飲んだ事の無い味がします.........うぅ.........」

 

 

 どうやら駄目だったみたいだ。万人受けする味では無いのは愛飲してた頃から知っている。

 

 

桐生院「凄いですね、桜木さんは私の知らない事を沢山知っています」

 

 

桜木「俺だけじゃないさ。多分君が知らない事、他の人はもっと知ってると思う。だから偶にはウマ娘だけじゃなくて、他の人とも関わりを持った方がいい経験になるよ」

 

 

桐生院「!わ、分かりました!肝に銘じておきます!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「.........んぁ.........?」

 

 

 どこだここ.........?寝かせられたベッドの上で知らない天井が見える。いや、学園である事には.........間違い、無い。

 

 

「おや、目が覚めたかい?」

 

 

 目の前の視界にぬっと現れた栗毛のウマ娘。

 誰だ.........このウマ娘は.........いや、俺はコイツを知っている.........!!何故かは知らないが.........俺はお前を.........知っている.........?

 

 

桜木「アグネスタキオン.........?」

 

 

 どうして知ってるんだ?いや、名前自体は聞いた事がある、先輩トレーナー達からは才能はあるが、走りたがらないし面倒臭いと言われていた.........女の子にそんな事言っちゃ駄目だろ。

 

 

タキオン「多少の混乱状態にあるようだね。意識を取り戻したばかりなんだ。あまり無理をしない方がいい」

 

 

 ほら、優しいじゃないか。節穴か?リハク共が。賢くトレーナーやってるからって何でもかんでも決めつけるなよ!!

 そう思っていると、ゆっくりと身体を支えられ、 椅子へと座らせられる。

 

 

タキオン「ほら、リラックスすべきだ」

 

 

タキオン「.........さて、自分が何故ここにいるかは?思い出せるかな?」

 

 

タキオン「因みに、ここまで運搬したのは私だよ。故に君が思い出すべきは『何故』『いかにして』気を失ったかだ」

 

 

桜木「.........運んでくれて.........ありがとう.........えっと.........」

 

 

 酷い頭の痛みに意識を割かれる。いつもの片頭痛では無い、痛み。ここに来る前.........確か、凄い事が起きてた気がする.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

白銀「よ」

 

 

黒津木「うっす」

 

 

桜木「は?ここはお前ら一般ピーポーが来ていい所じゃないんだが?」

 

 

 目の前の光景に目を疑った。白銀はもう関係者では無いのに、何故か学園内を我が物顔で歩いてる。黒津木に至っては接点すら無いはずだ。どういう事だ?

 

 

白銀「何か面白そうだからトレセン学園に出資したから俺関係者!!」

 

 

 この前の理事長とのお話はそれか?マジで社長の行動力やばいな。経営全体任されてる副社長が可哀想になってくる。

 だが、問題はそこじゃない。黒津木宗也。コイツは一体なんでここに居るんだ?

 

 

黒津木「ウマ娘の保健室医が丁度募集してたから行けんべと思ったら行けちゃっっったぁぁぁ.........」

 

 

 うっざ。煽るような顔を左右に振りながら言葉尻を伸ばす。海外に行って身に付けてきたのは技術ではなく煽りスキルだったのかもしれない。

 ぶん殴ってやろうかなとも思ったが、俺は生徒の規範でもある大人のトレーナー。暴力沙汰はご法度だ。そう思い、軽く肩パンしてから廊下を進んで行った。

 

 

 今日の昼はどうしようか、カフェテリアで作られてるカレーが美味しそうだから食べてもいいかもしれない。そう思っていた時に、突然響きの良い声が聞こえてきた。

 

 

「こらこらこらーーーっ!!そこのタキオンさん、お待ちなさぁーーーいっ!!」

 

 

桜木「声でっか!!演劇部かよ.........」

 

 

 目の前の東階段から登ってきた二人の少女が現れる。恐らく、後から現れた方が演劇部顔負けの大声の持ち主だろう。

 

 

タキオン「おやおや、バクシンオー君!そんなに慌ててどうしたのかな?君の愛する教室が黒焦げになったわけでもあるまいに」

 

 

バクシン「ハイ、黒焦げにはなりませんでしたともッ!!」

 

 

タキオン「よし、平和平和。では私はこれで」

 

 

バクシン「委員長ストォーーーーップ!!全然平和じゃありませんよ!?」

 

 

バクシン「確かに黒焦げにはなりませんでしたがッ!!その前段階くらいにはたどり着いてましたよッ!?」

 

 

 なんだこれは、俺はコントでも見に来ているのか?質の良いコントだな。エンタの神様見てるみたいだ。

 だが、あの様子からして本当の事なんだろう。教室でボヤ騒ぎとか、元不良校だった高校でも聞かなかったぞ。

 

 

タキオン「教室のほんの一角で、少ーしばかり煙が立っただけだろう?学級委員長ほどの人物が、目くじらを立てるような事かな?」

 

 

バクシン「むぅ!?む、むむむん.........そう言われてしまうと.........」

 

 

 いや、立てるだろ。普通は.........何を迷ってるんだ?この状況で、放火未遂現行犯だろ?

 

 

バクシン「教室全体をもうもうと黒煙が襲った程度、寛大な心で許すべき.........?」

 

 

桜木(ファ!?)

 

 

 声が出そうになり咄嗟に口を抑える。見つかれば面倒事に巻き込まれる事間違いなしだ。

 と言うより、ボヤ騒ぎ。教室全焼一歩手前。黒煙モクモク。結局の所、火事では?

 

 

タキオン「寛大さは美徳だよ、委員長君。それでは、今度こそ私はこれで.........」

 

 

 うおーいッ!!あの言い方的にわざとだろ!!あんなハッキリと抑揚付けて喋ることなんて無いぞ!!

 アグネスタキオンがこちら側に向かって廊下を歩いてくる。ああ、神様仏様。目の前に居る放火魔を見逃す事をどうかお許しください。

 

 

バクシン「.........ハッ、いえ!何を言われてもとりあえず捕まえて来い、と、そういえば先生から8回ほどいいつけられていました.........!!」

 

 

 いいぞサクラバクシンオー委員長!!8回ほど言われた事を忘れた事は完全にA級の戦犯だがこの際捕まえられたらチャラだ!!勝った方が正義!!今ならまだ間に合う!!

 

 

バクシン「というわけで逃がしませんよッ、タキオンさぁーーーん!!」

 

 

タキオン「アッハッハッハ!さすがに誤魔化されないか!!」

 

 

 さぁここから始まる大レース。綺麗なトレセン学園の制服を靡かせ、ここ。トレセン学園三階の廊下で行われます。実況は私、桜木玲皇がお送り致します。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さぁ端から端までを二回ほど往復し終え、レースも終盤になってきました。狭い廊下という事で、何時もより本気で走れていない模様です。

 おっと、サクラバクシンオーとアグネスタキオンとの差が広がり始める!!額を流れる汗が尋常じゃないぞサクラバクシンオー!!ここで終わってしまうのか!!?

 ぐんぐんと突き放すアグネスタキオン!!強い!後方のサクラバクシンオーは追いつく事が出来るのか!??

 

 

バクシン「ハッ.........そこのトレーナーさん!タキオンさんを通さないでくださぁーいいッ!!」

 

 

桜木「え!?!?!?」

 

 

 はっ!?この子本当に大丈夫か!?人が走るウマ娘の前に出るとか自殺志願者しかいないだろ!!?

 しかし、周りをよく見て見ても、アグネスタキオンを止める術を持つ物はなく、この身一つだけを投げ出さなければ行けない状態だった。多分、相手は急に横からぬっと出てきたベジータを岩盤するブロリーみたいな気分になるだろう。

 だが、それでも行かなければ行けない時はある。それが今だ。

 

 

桜木(俺はベジータ俺はベジータ俺はベジータ)

 

 

タキオン「おっと」

 

 

桜木「ふぉぉ!?!?!?」

 

 

 アグネスタキオンは壁に手をついて止まる要領で停止した。一方の俺は空中に身を投げ出されている。おかしくないか?68キロの身体が1m以上、自分の意思とは関係なしに吹っ飛ばされてるんだぞ?

 なんだろう?心臓がバクバクする.........そう、まるで小学校の頃、愛情注いで育てたポケモンが進化した時の様な、身体の神秘に興奮する感じ.........

 

 

桜木「これも恋.........?」

 

 

 しかし、そんな呟きに反応する物はなく、重力で身体が地面に叩き落とされたと同時に、意識をすっかり手放してしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やれやれ、さっき起きた事にどれだけ時間をかけているんだ?この人間は.........。

 そう思いながら、手に持った紐を縛り終え、ゆっくりと立ち上がってみると、目の前の椅子に座っている男はどこかげんなりしていた。

 

 

「うっわぁアイツらと仕事したくねぇ.........」

 

 

タキオン「.........?何を言ってるかサッパリだけど、どうやら事の経緯を思い出したようだね」

 

 

「思い出したけど.........何故教室を黒煙に?」

 

 

タキオン「奇妙なことを訊ねるね君は、そんなモノ、『研究の一環』以外にどんな回答があると言うんだ?」

 

 

 ふふ、こう言っておけば、彼も私の事を不気味だと思うだろう。言わばこれは、脅しのようなモノ。

 彼の服装を見て分かった事は一つだ。それは、トレーナーだと言う事。しかも、私が顔を把握していないレベルの新人という事だ。私の噂を聞いて、しつこく勧誘してくる可能性もある。今のうちに、面倒の種は刈って置かなければね.........

 ん?おいおい、なんでこの男は倒れ込みかけてるんだ?

 

 

タキオン「おっと、気をつけたまえよ?」

 

 

桜木「え!?気付けば縛られ侍ッ!?」

 

 

 まさか、私に支えられるまで気付かずに、私の事を見ていたのかい?ウマ娘に注ぐ情熱は尊敬に値するが、もう少し自分を労わって欲しい物だね。

 

 

タキオン「君、考えごとに没頭すると他に意識が向かなくなるタイプかい?いや私もそこに関しては同類だ。気持ちは分からなくもないがね」

 

 

タキオン「とはいえ、親切心から忠告しておくけれど、自分の状態ぐらいは、常に気を配ることをお勧めするよ」

 

 

タキオン「『健康で元気な成人男性』という被検体を求めてやまない研究者と、いつどこで巡り会ってしまうかわからないだろう?」

 

 自分の体の傾きにも気付かなかったのだ。もう一度脅しておいた方が良いのかもしれない。そう思い、上から圧をかけながら、縛られて身動きの取れない新人トレーナー君を見下ろした。

 しかし、帰ってきたのは意外な言葉だった。

 

 

「おう、次から気をつけるよ」

 

 

タキオン「.........状況がわかってるのかい?今、君が置かれているこの状況が」

 

 

「え?なんかされるんしょ?まぁ大丈夫だべ。今日から天才がここで働いてるんだし、内蔵の一つや二つ潰れても問題ないって」

 

 

 なんなんだ、この男は。これから何かをされるという精神状態では無い。一体、何の事を話しているのか、私は理解が及ばなかった。

 

 

タキオン「.........まぁ、とにかく。私にとっては幸運が二本の足で歩いてきた様なものだ。たまには神様とやらにも感謝しておこう」

 

 

 気を取り直そう。今、優位な状況に立っているのは私だ。縛られている人間がいま出来る事は何も無い。こうなったら、徹底的に恐怖を植え込まなければ、この男は逃げないだろう。

 

 

タキオン「何しろ、私の噂は学園中に知れ渡ってしまったようでね.........」

 

 

「知ってる知ってる!先輩が言ってたぞー?アグネスタキオンはわがままで面倒臭い女の子だって、失礼だよな?」

 

 

タキオン「.........いや、確かにその通りだが、もう少しこう、何かあるだろう?怪しげな薬を作って、近くのウマ娘に片っ端から治験を勧める怪しいヤツとか.........」

 

 

 なんで私が彼のフォローをしなければならないんだろうか?そもそも、彼のフォローをしながら私自身が私の評価を下げてどうする?あーーーもう!調子が狂う!!

 

 

タキオン「というわけでモルモット君!いや、間違えた新人トレーナー君」

 

 

「モルモット!?」

 

 

タキオン「うるさい!!大の男が些末なことで騒ぎ立てるんじゃない!!」

 

 

タキオン「君にはこの三本の薬を飲んでもらおう、ほら。遠慮はいらないぞ?」

 

 

「え!治験じゃん!」

 

 

 なんで彼はそんなに楽しそうに目をキラキラさせているんだ?まさかとは思うが、ぶつかった時の衝撃で頭をおかしくしたんじゃないか?

 そう思ったら途端に可哀想になってきた。悲しく狂うモルモット君にも、普通の人間だった時があると思うと、こんなにも心苦しくなるとは.........

 

 

タキオン「いや.........やっぱり止めておこう」

 

 

「えー?効果次第では喜んで飲むよ?俺」

 

 

タキオン「.........ほー?」

 

 

 いや、やはり先の思いは撤回しよう。今の私にはデータが必要。そんな私の研究に喜んで身を捧げてくれるのならば無駄にするわけにはいけない。

 

 

タキオン「では飲んでもらおうか?言っておくが君が飲みたいと言ったんだ。たとえ数時間両足の皮膚が黄緑色に発光したとしても問題は無いだろう?」

 

 

「うん」

 

 

 頷く彼の目は真剣だった。本当に大人なんだろうか?抵抗するということを知らないというか、あるがままを受け入れようとしすぎていて逆に恐ろしい。

 私とは.........全く違う種類の人間だ。

 

 

「因みになんでそんな効果なの?」

 

 

タキオン「ああ、人間の大腿四頭筋の収縮データの採集のためさ」

 

 

タキオン「ウマ娘と人間の身体構造はほぼ同一であることはよく知られた事実だが、その両方のデータを比較する事によって.........」

 

 

「ああ、それなら計算式の応用で算出できるよ」

 

 

 薬を取り出そうとしていた手を思わず止める。何を言っているんだろう?この男は、そんなわけがない。

 事実、ウマ娘と人間の筋肉比率量はほぼ同一だ。毎日トレーニングしている人間のトップアスリートと筋肉量は同等だ。しかし、そこから生まれるパワーは人間のそれとは違う。

 化学というのは人間の専攻分野だ。故に、どうしても人間中心の考えになる為、ウマ娘の身体がどういう物を持ってして、あのパワーを引き出せるのかがまだ分かっていない。

 この男は、それを計算して出せると言ったのか?

 そんな彼のあっけらかんとした言い方に、呆気に取られてしまい、身体と意識のタイムラグが発生してしまう。

 そして、それが彼の言葉の真意を聞くための時間を削ってしまった。

 

 

「タキオンさん.........またそんなことをやってるんですか.........」

 

 

 保健室のドアを開けられ、一人のウマ娘が入ってくる。私と同学年のマンハッタンカフェであった。

 

 

タキオン「.........おや、カフェじゃないか。どうしたんだい?もしや実験に協力を」

 

 

カフェ「しません。先生が呼んでいるので、伝えに来ただけです.........次の選抜レース参加について.........話が、あるそうですよ.........」

 

 

カフェ「早く.........行ってください。ほら.........すぐに.........」

 

 

タキオン「おっとっと.........わかったわかった、そう睨むなよ!しょうがない.........」

 

 

 彼女がそう睨む時は、大抵私が大切な事をすっぽかしているからだ。これを無視すると、後でもっと面倒臭いことになる。従うしかあるまい、今すぐに.........

 

 

タキオン「モルモット君。実験にはまた今度付き合ってもらうよ」

 

 

 そう言いながら流し見で見た彼は、やはり少年の様な幼さ特有の狂気を秘めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤ......To be continued



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トレーナー「新人って二人以上担当出来たっけ?」

 

 

 

 

桜木「いやー、酷い目にあったー」

 

 

 襲撃、アグネスタキオンとの熱い攻防(防戦一方)を何とか凌ぎ、無事に昼休みを迎える事が出来た。静かな噴水の音を聴きながら、本日二本目のガラナとサンドイッチを手に持った。

 確かにタキオンは噂通り、薬品の開発をしているし、それを他のウマ娘に強要している節もあるかも知れない。けれど百聞は一見にしかずという言葉通り、会って見なければ分からない事もある。彼女から感じる熱意は、本物だった。

 

 

桜木(それにしても、あんな演技っぽかったら逆に怪しいって)

 

 

 色々な噂があるが、アグネスタキオンは敢えてそれを逆手に取り、他人を自らに寄せ付けていない様な気がした。出なければ、わざわざ運びにくい意識を失った成人男性を運び、脅しまがいの事をしていた意味が無い。

 彼女の本心がどうであれ、その真意を確かめなければ行けない気がする。

 

 

「お隣よろしいでしょうか?」

 

 

桜木「どうぞー.........?マックイーン!?」

 

 

マック「はい!メジロマックイーンですわ!」

 

 

 綺麗な芦毛の髪を靡かせながら、笑顔と元気な挨拶を俺にして、隣に座るメジロマックイーン。どうしたのだろう。何時もならばカフェテリアで食事をしている筈なのに.........

 

 

桜木「今日はどうしたんだ?何か悩みでもあるのか?」

 

 

マック「いえ!ただ、トレーニングの時は顔を合わせられないので、せめて昼食くらいはご一緒にと.........ダメ、でしたか.........?」

 

 

 おいおいおいおい、いつの間にそんな必殺技を引っさげてきたんだお嬢ちゃん。男はそう言うのに弱いの知ってるのかい?

 

 

桜木「まさか、むしろ。一週間も会えなかったらどうしようって思ってた所なんだ。来てくれて嬉しいよ」

 

 

マック「!ふふ、そう言っていただけると、私も安心いたしますわ」

 

 

 そう言いながら、マックイーンは膝に乗せたお弁当の蓋を開ける。そこには、カフェテリアのメニューが詰められていた。そのどれもが、しっかりと緻密に計算し尽くしたカロリーと、吸収効率を加味した特性献立表に載っているものだ。

 

 

桜木「ちゃんと実践してるんだな、偉すぎる」

 

 

マック「ええ、私のために、トレーナーさんが頑張って作ってくださった献立表ですもの!」

 

 

マック「それに.........貴方のおかげで、毎日お腹が満たされて、幸せですわ.........ふふ」

 

 

 箸でおかずをつまみ、それを口に運ぶマックイーン。とても幸せそうだ。見ているこっちまで幸せになれる.........それと同時に、昔は飯食ってるだけで幸せだったのに、大人になったと感じさせられる。

 

 

桜木(とは言っても、考えなきゃならないのは、デビューまでの期間だ。猶予は長くて一年。短くて半年だ)

 

 

 二人で静かな昼食を食べながらこれからの展望を考えている内に、一つの不安が浮かび始めた。

 

 

桜木(.........?あれ、新人トレーナーって二人以上面倒見れたっけ?)

 

 

 汗が流れる。どうでしたっけ?何とか言えよ三女神。

 

 

三女神「.........」

 

 

桜木(うっわぁ.........まずいまずい.........)

 

 

 急に美味しい感じがなくなってきた。どうしよう。気分が急降下している。

 

 

マック「?大丈夫ですか?」

 

 

桜木「あ、ああ.........ちょっと聞きたい事があるんだけど.........」

 

 

桜木「新人って二人以上担当できたっけ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木()

 

 

 学園内の廊下を無心でウロウロウロウロ。そんな事をしても解決なんてしないのに。

 

 

マック『あの、トレーナーさん。新人トレーナーは原則三年間、二人以上の担当を認められていません.........』

 

 

たづな『え!?ふ、二人以上担当したいですか.........!?』

 

 

理事長『却下ッ!!』

 

 

 大失態だ。そもそもなんでこんな恥ずかしい事を聞かなければいけない羽目になったんだ?古賀さんに入職式の時に連れ出されたからか?多分それだ、間違いない。

 三女神も三女神だ。何が四度の先を見て見たくはないか?だ。あいつ適当ぶっこきやがって。そんな奴現れてもどうにも出来ねぇじゃねえか。改宗します。

 あの顔を思い出すだけでも顔から火が出る。マックイーンには気を使われ、たづなさんはあたふたするし、理事長は若さがあると盛大に笑った。いや、マジでどうしよう.........

 

 

「ひゃっ......!?」

 

 

桜木「うお!?ごめん!?」

 

 

 そんな答えも見つからないような考えをしているから、階段から降りてきた生徒に気付くことが出来ない。俺は謝りながら尻もちを着いた。

 

 

「大丈夫か?」

 

 

桜木「ありがとう.........?あれ、オグリさん?」

 

 

 ぶつかってしまった子の隣に居た芦毛のウマ娘。オグリキャップが手を伸ばして助け起こしてくれた。

 

 

オグリ「トレーナー研修以来だな、桜木」

 

 

桜木「はい。元気そうでなによりです」

 

 

 芦毛の怪物ことオグリキャップ。現在は古賀さんのチーム[アルデバラン]のサードエースとしてチームを引っ張っていっている。セカンドはタマモクロスの姉御。ファーストは聖母スーパークリークと、とてつもないポテンシャルを誇るチームだ。

 

 

桜木「そっちの子は?もしかして、新しいチームメンバーですか?」

 

 

オグリ「いや、彼女は今自分の走りに迷いが生じている状態なんだ。だから、沖野に頼もうと思っている」

 

 

 え?沖野さん.........確かに適任かもしれない。ウマ娘の本能に人一倍寛容な彼なら、のびのびとトレーニングも出来る.........

 いや、それだけじゃ無い。あの人は様々なトレーニング方法を持ってしてウマ娘を鍛える。その頭脳を借りることさえ出来れば、何とかなるかも知れない。道が見えてきたぞ。

 

 

桜木「それにしても、しっかりエースが板に付いてきましたね」

 

 

オグリ「ああ、私も.........タマやクリークに負けては居られないからな」

 

 

 確かに、あの二人は面倒見の良さで言えばトップクラスだ。きっとオグリさんも同じエースとしてその部分に触発されたのだろう。

 

 

桜木「さっきはごめん、考え事しててさ.........」

 

 

「え?いえ、身体は特に何ともないので.........」

 

 

 改めて、先程ぶつかってしまった子に頭を下げる。アグネスタキオンより明るめの栗毛のウマ娘だ。

 

 

桜木「桜木玲皇だ。俺も沖野さんに用が出来たから、良かったら一緒に行ってもいいか?」

 

 

「はい、構いません」

 

 

 そう言いながら、栗毛のウマ娘とオグリキャップは、ベテラントレーナー達の職員室の扉をノックし、その中へと入って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木(はーーー助かっっったぁぁぁ.........)

 

 

 結論から言おう。何とかなりそうだ。詳細はまた今度説明を受けるが、正直なんとかなるなら安心だ。

 トレーニングコースの端っこの端っこの方に座る。涼しい風が髪を揺らす心地良さを感じさせる。

 

 

桜木(いい天気だな.........)

 

 

 正直もう暑さが支配し始めている中央の四月。北海道に住んでいた自分にとっては、とてもでは無いが快適とは言えない。それでも、風の気持ちよさはどこでも同じだと感じた。

 そんな身体の上を通り抜ける風と共に、遊んでいるだろう少女達の声が聞こえてくる。

 

 

「ウララちゃーん!ボールそっちに行ったよーーー!」

 

 

「うん!任せてーーー!」

 

 

 声的には、中等部くらいの子達だろうか、ボールを投げて遊んでいるみたいだ。

 微笑ましいな、妹や姉貴とああやって遊んでた時も、俺にあったんだよな.........

 と、そんな感傷に浸っている間に、閉じている瞼の裏が暗くなってくる。

 

 

「わわわ!?」

 

 

桜木「いっ!?!?!?」

 

 

 唐突に響く驚いた声に反応し、目を開けてみると、小さいウマ娘がつまづいたのか、背中から俺の方に倒れ込んできていた。

 怪我があっては行けない。そう思い、とにかく今いる場所から一瞬で体を動かし、倒れ込む彼女の下敷きになれる様な形で滑り込んだ。

 

 

桜木「ーーーーーーーっっっ」

 

 

「あれれ?痛くない.........?あーーーーっ!!ヒーローショーの人だ!!!」

 

 

 小柄で桜色の髪をした女の子。そんな子に物理的に尻に敷かれている。いきなり人間並の重さが腹に落ちてきたら、気絶しかけるだろう。ウマ娘の耳はとても繊細だ。大きな声を上げないように何とかこらえる。

 他に視線を移してみると、ボールを投げ合っていたらしい黒髪で長髪の、この桜髪の子と同い年くらいの子が近付いてきている。

 心無しか、遠くでトレーニングしているはずのマックイーンの声も聞こえてくる。

 

 

桜木(うわ、面倒臭い事になりそー.........)

 

 

 ここは抗う事より、意識を失ってしまった方が楽かもしれない。という事で、俺は本日二度めの気絶を果たした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目を閉じたまま意識が覚醒した。ベッドの感触はまたもや、今日二度目に感じる保健室のベッドだ。しかし、それ以外に周りに多くの人間の気配と、何かを焼く音と、そして香ばしい肉の匂いが充満していた。

 

 

「「「「かんぱーーーーい!!!!!」」」」

 

 

桜木「は!?」

 

 

ゴルシ「お!!起きたか新人トレーナー!!!」

 

 

 目の前には俺に視線を向けるゴールドシップ。肉を取り分ける白銀と黒津木の姿。他にも、先程落ちてきた桜髪の子と、黒髪ロングの子に、何故かメジロマックイーンがそこに居た。

 いや、どういう状況?

 

 

桜木「ねぇ、普通気絶してる奴の前で肉焼きする?お前らの提案だろ?」

 

 

白銀「うん」

 

 

黒津木「俺も肉食いたかった」

 

 

桜木「じゃあ仕方ないよな」

 

 

「わーーー!!ありがとう社長!!」

 

 

 そう言われて露骨に嬉しそうな顔をする白銀。まぁ、テレビでも化けの皮剥がれてきてるし、社長なんて呼ばれる機会はそうそう無いしな。

 黒津木も、マックイーンと黒髪の子に肉を取り分けていた。

 

 

マック「あの、身体の方は大丈夫なのですか?」

 

 

黒津木「大丈夫。コイツドMだから」

 

 

桜木「おい、生徒にそんな事を吹き込むな」

 

 

ゴルシ「はぁ!?明らかにコイツの方がドMだろ!!?」

 

 

白銀「いててててて!?!?!?」

 

 

 肉を取り分けている最中に、首をロックされる白銀。

 確かに、ゴールドシップに何度もこんな事をされてるのにわざわざ隣に座るという事はドMだからとしか言い様がないのでは?俺の事を言えないし、なんならアレな気持ちをゴールドシップに感じているのか?

 そんな目の前の状況に、マックイーンと黒髪の子は着いて行けていない。

 

 

桜木「.........なぁ、自己紹介からしない?いきなり肉焼いて食べ合うのは日本人向けじゃない気がする」

 

 

黒津木「行け言い出しっぺ」

 

 

白銀「ロリコン」

 

 

 マジでぶっ〇そうかなコイツ。そんな誤解されそうな事を一番誤解されちゃいけない相手に言うのはどうかと思う。

 

 

桜木「えっと.........桜木玲皇と言います。今年トレーナーになったばかりです。よろしくお願いします」

 

 

 決してロリコンについては触れない。触れたらそれだけで怪しいからだ。否定も肯定しない。

 そうしていると、次に手を上げたのはメジロマックイーンだった。

 

 

マック「メジロマックイーンと申します。よろしくお願いいたしますわ」

 

 

 優雅な挨拶をするメジロマックイーン。名前の知らない二人はパチパチと拍手をする。ゴールドシップは肉を食べる。

 

 

黒津木「俺は知ってるぞ、この子は玲皇と仲良しなんだ」

 

 

白銀「は?マジ?」

 

 

黒津木「うん。俺ぼっちでご飯食べようと誘おうとしたら二人で飯食ってて俺泣いた」

 

 

白銀「ロリコンじゃん.........」

 

 

 断じて違う.........と言いたい。が、正直マックイーンと過ごしたお昼はとても幸せだった。決して恋愛対象ではない筈だが、居心地の良さはトップクラスだった。

 ちらりとマックイーンの方を流し目で見ると、少し顔を赤らめていた。思春期の女の子なのだ。異性と仲良くしていると改めて他者から言われれば恥ずかしくなるに決まっている。

 

 

桜木「あまり人をからかうなよ.........」

 

 

「はい!!次ウララがやるね!!」

 

 

 元気よく手を挙げて宣言する桜髪のウマ娘。と言うよりもう既に名を名乗ってしまっているのだが

 

 

ウララ「わたし!!ハルウララっていうの!!いっぱい一着取るのが目標なんだー!!」

 

 

 まるで太陽の様な眩しい笑顔を振りまくハルウララ。大人になると子供の笑顔が特効薬になるというのは、どうやら本当の様だ。

 自己紹介を終えたハルウララは、隣に居る黒髪の子にバトンタッチするように座った。

 オドオドした様子で席を立つ黒髪の子。思わず応援したくなってしまう。

 

 

「あ、あの、ライスシャワーって言います.........よ、よろしくお願いします!」

 

 

 勇気を出して自己紹介をしてくれたライスシャワー。ハルウララとマックイーンは拍手を送っている。そして何故かアイツらが大人しいと思って視線を送ると、新たに肉を追加し始めていた。

 

 

ゴルシ「おっし!!次はアタシだな!!!」

 

 

ゴルシ「天が呼ぶ!!地が呼ぶ!!レースをぶっ壊せとアタシを呼ぶ!!!天下無敵のゴールドシップ様たぁーアタシの事よーー!!!」

 

 

 思わず笑ってしまう。本当に保健室かここは、そう思っていると、マックイーンの口から驚きの言葉が出て来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「皆さん初めましてですわね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 え?どういう事だ?だってゴールドシップは良い子だって.........

 そう思い、記憶を思い返してみる。言ってはいない。そう、ゴールドシップは一言も、マックイーンと知り合いであると言っていないのだ。

 つまり俺は、何の接点も無い年頃の女の子に話しかけ、褒め殺したという事か?それは所謂.........ナンパでは?

 

 

白銀「お前も食えよ」

 

 

桜木「お.........サンキュー.........」

 

 

 落ち着け。俺はもうトレーナーだ。あれはスカウトだ。ナンパなんかじゃない。立場が違えば正当化される行為だ。くそ、コイツらに動揺を見抜かれてしまうとは何たる不覚。二人ともニヤつくんじゃない。

 

 

桜木「ゴルシは知り合いじゃなかったのか?」

 

 

マック「へ?ええ、ゴールドシップさんの姿を見たのは、講和会が初めてですわ」

 

 

 マジかよ。じゃあゴールドシップはホントに名前だけ知ってた感じじゃねえか。どういう事なんだ一体。

 

 

ゴルシ「あ?なんだよ。知り合いじゃないヤツ紹介したら逮捕でもされんのかよ?いつから法治国家になったんだよゴルシランドトレセン学園はよ!!!」

 

 

桜木「開き直りやがった!!!?」

 

 

白銀「痛い痛い痛いッッ!!!!」

 

 

 またもや首を絞められる白銀。もう隣に座らなきゃいいのに。黒津木は羨ましそうに見てるぞ、変わってやれ。

 とは言っても、確かに走りを見ればマックイーンの優秀さは分かる。そんな子を新人の俺に紹介してくれた事自体は、とても嬉しかった。

 

 

桜木「お前らも自己紹介しろ」

 

 

黒津木「じゃあ俺からいくわ」

 

 

 そう言いながら紙皿を置く黒津木。保険医らしい白衣が無駄に似合う男。

 

 

黒津木「黒津木宗也です、今日から保健室医になりました。三日前くらいまでニューヨークの方で医者として働いてました。よろしくお願いします」

 

 

白銀「国に帰れー」

 

 

桜木「そうだそうだー」

 

 

黒津木「ひっど!?!?」

 

 

 いつも通りの野次を飛ばす。ドMとか何とか俺達のことを言ってるが、暴力を振るう白銀の傍に座るこいつもこいつだ。要は皆似た者同士という事だ。

 

 

白銀「白銀翔也!!世界ランク8位のプロテニス選手.........ッ!!白銀コーポレーション社長!!好きなスポーツはバドミントンッッ!!」

 

 

黒津木「国に帰れー」

 

 

桜木「そうだそうだー」

 

 

白銀「メリィッ!」

 

 

 あ、黒津木が殴られた。懐かしいなこの光景。

 自己紹介も終わった。本当ならばもう一人友人が居るのだが、紹介しても面倒臭いだけだ。機会があればその時にしよう。

 今はまず、目の前にてんこ盛りになってる肉を処理してからにしようか.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 唐突に始められた親睦会は、一時間程度で終わりを迎えました。大量に焼かれたお肉は全て、トレーナーさんとそのご友人の方々が食べて行かれました。

 

 

マック「あんな無理に食べなくても良かったのですのに.........」

 

 

桜木「いやいや.........ただでさえトレーニング盛りのウマ娘なのに、こんな所で身体の調子を狂わせたらトレーナー失格だよ.........ゴールドシップは関係なく食ってたけどね」

 

 

 そう言いながら笑うトレーナーさん。もう少し自分の事を労わって欲しいものです。

 二人で歩く学園の廊下。いつもは外で会う彼とは珍しい状況です。

 

 

桜木「そう言えばなんでマックイーンが居たんだ?いつもとは違うトレーニングコースだっただろ?」

 

 

マック「え!?えーと.........ちょっと気分転換に、コースを変えてみたんです」

 

 

桜木「そっか、大事だからなー、気分って」

 

 

 なるほどなーと言いながら、彼は口元に手を当て始めました。恐らく、気分を損ねない様なトレーニングの仕方を思案し始めたのでしょう。

 ですが、気付かれなくて助かりました。実際先のは苦し紛れの言い訳に他ならなかったからです。

 

 

マック(トレーニングは一週間後と、自分から言っておきながら、彼の姿を無意識におってしまいました.........)

 

 

 そう、あの時彼がいつものトレーニングコースを横切り、端っこの方へ腰を下ろしたのを目撃しました。

 ウマ娘達がトレーニングする為、グラウンドは広大です。私はトレーニングをこなしつつも、トレーナーさんに徐々に、無意識に近付いて行ってしまいました。

 

 

桜木「まあ、あんだけ食っちまえば夕飯の事は考えなくて良いし、偶には早めの食事も良いもんだなー.........」

 

 

マック「そうですわね、初めて合う方々と、ああやって顔を合わせて食事をする機会など、そうそうありませんもの」

 

 

 一時間程度とは言ったものの、体感で言えばもっと早く時間が過ぎて行かれました。

 トレーナーさんのご友人は、トレーナーさんや片方が絡むと様子がおかしくなるのですが、それが無いと基本的に大人しい方でした。

 ゴールドシップさんは講和会で感じた通り、普段から突拍子も無い方で、お肉を食べてる最中も変な顔をして遊んでいました。

 初めて会ったハルウララさんとライスシャワーさんは、どうやら元々お友達らしく、ボール遊びをしている最中にトレーナーさんにつまづいてしまったらしいです。

 そんなこんなを思い返しつつ、他愛も無い話をしていると、階段側の方から急に理事長が現れました。

 

 

理事長「発見ッ!!見つけたぞ桜木トレーナー!!」

 

 

桜木「えっ!?ちょ、痛い!痛いですって!!」

 

 

マック「トレーナーさん!?」

 

 

 トレーナーさんは理事長に、強引に腕を引かれながら階段を上がって行きました。

 頬の温かさをほんのりと感じながらも、私はその彼の姿を見送っていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大きな扉を、その小さな身体で開け、手招きをして理事長室の中へと俺を引き入れた。

 

 

桜木「なんすか?もう面倒事は勘弁すよ?」

 

 

理事長「確認ッ!!君は二人以上の担当をする為に!チームスピカへサブトレーナーとして加入する!!その認識で良いのだな!!」

 

 

 俺の前をズンズンと突き進みながらそう問いかける理事長。そこまで話がいっているのならもう後は早い。

 

 

桜木「ええ、理事長の仰る通りですよ、俺は未来に希望あるウマ娘を、みすみす見捨てるような事は出来ません」

 

 

理事長「では問おうッ!!メジロ家という名家からの出生を持つメジロマックイーンッ!!その子と道を歩もうとしながらッ!!君が願うウマ娘の名をッ!!」

 

 

 生半可な覚悟では許されない。そういう様な表情で俺を見る理事長、秋川やよいはその視線を全て、俺に注いだ。

 当たり前と言えば当たり前だ。俺は新人ながらもトレーナー。一人の人生を生きながら、大切な相棒の人生を少なくとも三年間支えきらなければならない。新人が出来る事など、たかが知れている。

 それでも、俺は諦めきれない。あの夢の中で感じた熱さは、マックイーンとはまた違う、人を惹きつける熱があった。夢から現実に跨いでしまうほどに、次元を超え、俺の胸を燃えさせたのだ。

 それが誰かは確信は無い。だが、ここで複数のウマ娘を担当できなければ、その未来は潰される。そんな事は我慢ならない。

 

 

桜木「.........理事長。たった四度の戦いで、神話に脚を掛けるウマ娘が居るらしいんですよ」

 

 

理事長「.........?」

 

 

桜木「俺は、それを『四度』で終わらせたくないんです」

 

 

桜木「これはその第一歩です。マックイーンを天皇賞制覇に導きながら、俺は.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アグネスタキオンの熱を、俺は信じます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ......To be continued



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マックイーン「トレーナーさんの後を追ってみますわ!」

 

 

 

 

「おはようございます。トレーナーさん」

 

 

 あれ、なんだ。聞きなれた可愛い声が朝から聞こえるけど.........彼奴らのいたずらか?

 そう思い、目を開けて隣を見ると、まだ眠そうに目を細め、微笑んでいるマックイーンの姿があった。

 

 

桜木(あ、そういえば結婚したな。俺達)

 

 

 マックイーンの姿から想起される様々な思い出。付き合い初めて3年目で結婚し、先週壮大に結婚式を挙げたばかりだった。

 

 

マック「さあ起きて下さい。休日だからと言って寝てばかり居ては、勿体ありませんわ」

 

 

桜木「分かったよ.........ありがとうマックイーン.........」

 

 

 上半身を起こし、まだ残る眠気を大きな欠伸をすると共に鎮める。彼女は隣でクスクスと笑う。

 若干の恥ずかしさを感じながら、一緒にベッドから出る。まずは顔を洗い、手早く歯磨きを済ませて、マックイーンが顔を洗っている間に二人分の朝食を準備していた。

 

 

マック「トレーナーさん。ちょっとこちらへ来てくださりますか?」

 

 

桜木「んー?どしたのー?」

 

 

 寝ぼけ眼でマックイーンの居る洗面所へと歩いていくと、強い力で顔を引き寄せられた。突然の事だったので目を見開いてしまう。

 一方、マックイーンの視線の方は、俺の口元へと注がれていた。

 

 

桜木「な、なに?」

 

 

マック「もう!トレーナーさん、歯磨きの時間が短いですわよ?」

 

 

 どうやら、手早く済ませた事に対して怒ったらしい。むー。今度から長めにしよう。

 しかし、いつまで経ってもマックイーンはその手を離してはくれない。

 

 

桜木「マックイーン?」

 

 

マック「仕方ありませんから、私がして差し上げますわ」

 

 

桜木「マックイーン!?」

 

 

 流石に二十歳を超えて誰かに歯磨きしてもらうとか恥ずかしすぎる。そういうプレイだとしても抵抗感は大分ある。

 しかも、それだけでは無い。それは明らかに、君の歯ブラシじゃないかい?さっきまで自分の歯を磨いていた歯ブラシで?俺の歯を?

 

 

マック「あーーーん」

 

 

桜木「.........」

 

 

マック「はやくしてください!!私も、その.........恥ずかしいんですから!!」

 

 

 血色の良い頬を更に赤く染めあげながら、その歯ブラシを俺の口へと運ばれて行く。

 いいのか?相手は学園の.........いや、もう結婚してるからいいのか?いや、でもマックイーンは俺の相棒で大切な............

 そうこうしている内に、マックイーンの小さい口に合わせた歯ブラシの小さい毛が一瞬口の中を擦った。

 目を瞑りながら、自分の理性を強く保とうとする。しかし、いつまで経っても次は来ず.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「.........夢.........」

 

 

 そう、夢だった。目を開ければいつものボロ屋のいつものベッド。

 俺は何を見ていたんだ。そう思い頭を思い切り抱えながら上半身を叩き起した。それでも、見てしまった物はどうしようも無い。力を込めて真っ直ぐにした上半身を、腕をだらんとすると共に脱力させる。

 

 

桜木「あーーー.........クソ、シャレにならんてマジで.........」

 

 

 次に会う時、どんな顔をして彼女に会えばいいんだ。そう思いながら、今度は1人寂しく、いつもより三分近く歯を磨いて身支度を整えて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「はぁ.........」

 

 

 ようやく暖かさを感じる程に日が顔を見せ始めた頃。テイオーに誘われて、商店街に新しく出来たカフェで、ノートを捲っていた手を止め、ため息を吐きました。

 

 

テイオー「?どうしたのマックイーン?」

 

 

マック「.........大人ってなんなのでしょう」

 

 

 目の前で美味しそうにハチミツがたっぷりかかったパンケーキを食べていたテイオーに聞かれ、言おうか言わまいかを迷ったものの、結局、それは口から出てしまいました。

 

 

テイオー「本当にどうしたの?もしかして変な物でも食べた!?」

 

 

マック「違います!!ただ.........トレーナーさん方を見ていると、よく分からなくなってしまうのです」

 

 

テイオー「あーーー.........うん。確かにそうだよねーーー.........」

 

 

 口に含んだパンケーキを飲み込んだ後に、思い当たる節を探すように、テイオーは腕を組みました。

 ハッキリ言いましょう。彼は、少し.........いえ、結構変です。私が思い描いたり、側に居た大人とは、明らかに違う大人です。

 

 

テイオー「そういえば昨日、理事長に怒られてたよ?マックイーンのトレーナー」

 

 

マック「え!?」

 

 

テイオー「保健室で肉を焼いたのは君だろー!!って、流石にそれは.........」

 

 

マック「.........」

 

 

テイオー「.........本当なんだ」

 

 

 アハハと苦笑いを浮かべるテイオー。あの場に同席していた私も、確かに今思えばおかしい話です。きっとあの場の雰囲気に呑まれていたのでしょう。

 けれど、悪い気分に陥る事は全くありませんでした。確かに常識に欠けてはいましたが、それでもあの時のあの空間は、とても楽しいものでした。

 そう思う私も、毒されて変な大人になってしまうのでしょうか.........?そう考えると、空気が自然と胸から追い出されてしまいます。

 

 

テイオー「あれ、トレーナーじゃない?」

 

 

マック「テイオー。そうやって私をからかうのはもう.........」

 

 

テイオー「本当だって!!ほら!!あの髪型!!」

 

 

 そう言われてちらりと、テイオーの指さす方向へ視線を向けました。すると、後ろ姿からでも分かる程に、前髪の先が重力に逆らい、上へと向いている髪型。確かに、トレーナーさんに他なりませんでした。

 その服装はいつものベストとシャツに青いネクタイでは無く、後ろからわかるのはベージュのコートと青いジーパンを身に付けていました。

 

 

テイオー「.........追いかけたら、大人が何か分かるかもよ?」

 

 

マック「え!?い、いえ。人のプライベートに介入するなど、メジロ家のウマ娘としてはしたない行為ですわ!!」

 

 

テイオー「でも自分はガッツリ介入されてるじゃん」

 

 

マック「うぅ.........」

 

 

 突き出された指の先には、先程まで捲っていたノート。トレーナーさんが作ってくださった献立表がありました。いつも持っていると思われるかもしれませんが、仕方ないですわ。だって外食する際の事項もしっかりと書き込まれているのです。今日もこれを見て昼食を選定しましたわ!

 とは言っても、刻一刻と時間は過ぎ、このままではトレーナーさんの姿が見えなくなってしまいます。どうしたら良いのでしょうか.........

 

 

テイオー「あーーーもう!!ウジウジしてても始まらないよー!!行くよマックイーン!!!」

 

 

マック「へ!?ちょっと、テイオー!!?」

 

 

 手をこまねいている私の腕を強引に掴み、テイオーはそのまま会計を済ませ、隠れながら彼を追って行きました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼の後を追っていて分かった事は、意外と商店街の方と関係が築けているという事でした。

 

 

桜木「サンキューなおっちゃん!!また足腰悪くなったら言ってくれよ!!」

 

 

「あー良いんだよ!!いつも優しくしてくれてありがとうな桜木ちゃん!!」

 

 

 ガハハと豪快に笑うトレーナーさんと駄菓子屋のおじさま。他にも商店街の方々からからかわれたり、話し掛けられたりと、良好な関係が築けているようでした。

 

 

テイオー「あ!コンビニに寄るみたいだよ!!」

 

 

 そう言いながらテイオーは指をさしました。木の陰に隠れながら彼がコンビニに入る姿を確認しました。

 

 

テイオー「お昼ご飯でも買うのかな?」

 

 

マック「きっとそうですわ、時間ももうお昼ですし」

 

 

 そんな雑談をテイオーと交わしていると、彼が自動ドアから姿を現しました。その手には、雑誌を入れたビニール袋を持っていました。

 

 

テイオー「あれ、ご飯じゃないんだ」

 

 

マック「もうお家で済ませたのでしょうか?」

 

 

テイオー「.........あ!!タバコ吸い始めたよ!!?」

 

 

マック「本当ですわ!?」

 

 

 その姿を見て驚きました。普段は駄菓子を口に加え、子供の様に笑っている彼の姿から想像出来ないものです。先端に火を付けて、煙を口から出す彼の姿。いつもとは違う気だるげな表情が、また私の中の彼の印象を壊していきます。

 そんな彼の姿を、ボーッと見てしまいます。

 

 

テイオー「.........ックイーン、マックイーン!」

 

 

マック「へ!?な、なんでしょう?」

 

 

テイオー「あれ、グラビアっぽくない?」

 

 

 そう指摘され、袋からはみ出ている雑誌の一部を見ると、確かに水着姿の、しかもウマ娘が特集されている雑誌が目に飛び込んできました。

 

 

マック「な、ななな.........!?」

 

 

テイオー「アハハ、けど良かったじゃん!ウマ娘をそういう対象にしてるんだったらさ!!」

 

 

 何を言っていますのこのテイオーは.........べ、別に私は彼のその、そういう対象になりたいとかでは.........

 そうして身体の芯を熱していると、彼はまた動き出しました。

 

 

マック「あ!!お、追いかけますわよ!!」

 

 

テイオー「マックイーンもすっかりノリノリじゃん♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 先程のコンビニから歩いて五分もしない付近の公園。トレーナーさんはその公園内のベンチに腰を据え、堂々と雑誌を読み始めました。

 

 

テイオー「うわぁ.........完全におじさんだよ.........」

 

 

 休日のお昼という事で、そこではまだ子供達が遊んでおります。そんな中で堂々とグラビア雑誌を広げる姿にまた、大人というのは何かを見失い始めてしまいました。

 しかし、彼の顔をよく観察してみると、何故かとても真剣にその雑誌を読み込んでおられました。

 ですが、私はその目を知っています。彼が注意深く私のトレーニングを見ていた時と同じ目です。

 

 

テイオー「あ!スマホを取り出したよ!?」

 

 

 トレーナーさんは手に持っている雑誌を立てながら隣に置き、スマートフォンを操作し始めました。

 

 

マック「回り込みましょう!!」

 

 

テイオー「え!?あ、ちょっと!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「どうやら、あのページのウマ娘のレースを見ているようですね.........」

 

 

テイオー「ねー、なんで双眼鏡なんか持ってるの?」

 

 

マック「こ、これは.........たまたまです!!」

 

 

 そう言うと、ふーんと言ってテイオーは何も言わなくなりました。どうやら上手く誤魔化せたみたいです。

 ですが、まさかスポーツ観戦用の双眼鏡がこういう場面で役立つとは思いませんでした。購入しておいて良かったですわ!

 

 

テイオー「あ、凄いため息吐いてる」

 

 

マック「あら、本当ですわね」

 

 

テイオー「どうしたんだろう?思ったより走りが良くなかったとか?」

 

 

マック「というより.........集中しきれていないのでは無いでしょうか?」

 

 

 片手に動画が流されるスマートフォン。もう一方にはウマ娘のグラビア雑誌を持つ彼の視線は、青く広がる空に向かっていました。

 おもむろに立ち上がり、コートの中に携帯を仕舞うと、近くで紙束を持った学生達になにかアドバイスをした後、その手に持った雑誌を渡していきました。

 

 

テイオー「もーーーめちゃくちゃだよーーー!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「あーーー.........クソだなホントに.........」

 

 

 どうしてもあの朝の夢が頭を離れない。目を養う為に引退ウマ娘と現役時代のレースを見比べて、おおよその現スピードを割り出す訓練も、身が入らないなら意味が無い。結局、いつもあそこで演技練習している学生に、演技指導をした後、何も収穫なくいつも通り渡してしまった。

 タバコを吸ってもダメ、勉強をしててもダメ、となればあとは娯楽しかない。という訳で、騒音と変わりない音を出しているゲームセンターの入口へと、その足を進めて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「ゲームセンターへ入っていきましたわね.........」

 

 

テイオー「外からじゃ見れないね.........よし!!行こうマックイーン!!!」

 

 

 意を決して、先を行くテイオーに着いて行きました。実を言うと、ゲームセンターに入るのは初めてなんです。

 中に入ると、そこはまるで、音が鳴り止むことのないテーマパークでした。内装も配色も、どこか現実離れしています。

 

 

テイオー「あ!見つけたよ!!」

 

 

マック「あれは.........ハルウララさんと、ライスシャワーさん? 」

 

 

 ぬいぐるみが沢山入っている機会の前で、トレーナーさんは先日顔を合わせたハルウララさんとライスシャワーさんに挟まれ、機械を操縦していました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木(つい声をかけてしまった.........)

 

 

 先日、保健室で肉を焼いた際に自己紹介してもらったハルウララとライスシャワー。二人がゲームセンターのUFOキャッチャーの前で苦戦していた。

 仕方ないでは無いか、片や自信満々にお金を投入し続け、片やその目に涙を浮かべかけている。大人の作りだしたウソに、まんまと引っかかっているのを見過ごせるわけが無い。

 世の中には確率機と言う大人の欲望たっぷりなクレーンゲーム機が存在する。UFOキャッチャーをやらない俺でも、ゲーム好きの大人なら一度は聞いた事がある。明るくは無いが、大抵はお金を入れないとアームが強くならないのだ。

 

 

ライス「そ、そんなに入れなくても.........」

 

 

ウララ「すごーい!!トレーナーお金持ちなんだねー!!」

 

 

桜木「そうそう、こういうのは数打ちゃ当たるんだよー」

 

 

 上手く誤魔化しながらボタンを押して行く。子供は大人になる内に、その純粋さを失う事はあるかも知れないが、それは今では無い。大人がずるいと感じる時は、大抵お菓子を大人買いしたり、ジュースをいっぱい買ってる姿で、今の時期は十分なのだ。

 

 

ウララ「あーーー!!!惜しいー!!!取れると思ったんだけどなーーー」

 

 

桜木「次は取れるさ」

 

 

ライス「.........」

 

 

 既に筐体には千円以上突っ込んでいる。このアーム様もなかなか強情で、一向に強くなる気配は無い。そう思っていると、あっさりとその三本の爪が、アイスクリームをがっしりと掴みあげた。

 

 

ウララ「わわわ!!?トレーナー!!!」

 

 

ライス「トレーナーさん!!」

 

 

 持ち上がるアイスクリームに合わせて二人がガラスに視線を向ける。こりゃちょっとしたヒーローだな。うん。

 俺は勝利を確信した。穴の上で開くアームを見ながら、クソ意地汚い大人に、正義が勝ったのだと思い知らせてやったのだ。

 

 

桜木「ほら、おっきいアイスクリームだぞ〜」

 

 

ライス「ありがとう!トレーナーさん!」

 

 

ウララ「トレーナーありがとう!!!とっても嬉しいー♪」

 

 

 本当に妹を相手してるみたいで可愛い。思わず小遣いもあげたくなってしまうが、それは明らかにライン越え。関係の薄い大人が子供に金を渡す事なんか殆ど無い。この汚い筐体に食われた分をお小遣いとしてあげたかったが、今回は止めよう。

 ハルウララとライスシャワーは上機嫌でゲームセンターを後にして行った。さて、俺も何か遊んでいこうか.........

 

 

桜木「.........ん?これは.........」

 

 

 目に付いたのはこれまたクレーンゲーム。しかもこれは確率機とはまた違う筐体だ。ガラス張りの中には、ウマ娘達を象ったぬいぐるみが大量に入っていた。

 

 

桜木「アイツの推し探しでも手伝ってやるか」

 

 

 普段忙しい黒津木の為に、コインを一枚、その筐体の中へと投資した。別に誰が良いという訳では無い。出来れば、アイツが好きそうなぬいぐるみが良いのだが.........

 

 

桜木「お、捕まえた.........!?」

 

 

 おいおいおいおい、誰でもいいとは言ったがなんでよりにもよってマックイーンなんだ?神は居ない。俺がいま空に消し去った。

 だが無慈悲に、そのぬいぐるみはしっかりとゴールである出口に落とされる。可哀想に、今日はどうやらマックイーンに心を乱される日なのかもしれない。

 

 

桜木「.........マックイーンに罪は無いしな」

 

 

 本物と同じく、可愛らしい見た目をしているマックイーンのぬいぐるみ。頭を撫でながら、コートのポケットに優しくしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「なな、な.........!?」

 

 

 今撫でられました!ぬいぐるみの私が!トレーナーさんに!!優しく!!!

 なんなのでしょう、この感じ.........嬉しいような、嬉しくないような.........。

 

 

テイオー「もしかしてマックイーン、ヤキモチやいてるの?」

 

 

マック「だ、誰が妬くものですか!自分のぬいぐるみ相手に!!」

 

 

マック「私は!!これっぽっちも!!羨ましいなんて!!思って!!いませんわ!!!」

 

 

 ぶんぶんと激しく頭を振りながら、テイオーの言葉を否定しました。

 図星、だったのです。しかも、テイオーに言われて初めて、私は私のぬいぐるみ相手にヤキモチを妬いていた事に気が付いたのです。

 あのぬいぐるみに向ける眼差しが、とても優しいものだったのです。それがどうして、私に向けたことの無いものだったのでしょう。

 そんな事を考えていると、彼はコートのポケットに私を入れたまま、周りに誰も座っていない機械の前に座りました。

 

 

テイオー「アーケードゲームなんかやるんだー!もしかしてマックイーンのトレーナーって、結構通だったりするのかな?」

 

 

 そんな私の考えている事など気にせずに、テイオーは一人で盛り上がっていました。アーケードゲーム?と言うのは、どうやらそんなにやる人が居ないようです。

 

 

テイオー「うわ、なんかすごいコンボ決めてるよ!!すごいじゃんマックイーンのトレーナー!!話しかけちゃおー!!!」

 

 

マック「テイオー!!???」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木(このゲーセンやっばぁ.........)

 

 

 誰も座っていない端っこのアーケード筐体に座る。最近はいくつもゲームが入ってる物が主流になってきているから、人が分散して座る事が殆ど無い。

 それでも、あっちの筐体に座る人数が多いのは配信台が有るからだろう。なんだよ北斗って、なんだよBASARAって、ここは中野TRFだったのか?ユダと赤いジャギが戦ってジャギが勝つ世界なのか?まぁ、そんな事はどうでも良い。

 あんな修羅たちの所に殴り込みに行くのは気が引けるので、こちらの配信台が無く、人気もない場所に座り、ゲームを選ぶ。

 

 

桜木(お、98あるやん)

 

 

 見た目が派手でスピード感があるのは2002umだが、やりやすさなら98umだ。右腕のリハビリにはアケコンが丁度良く、あの怪我の日々を楽しく過ごせた要因はコイツだ。

 

 

桜木(いいゲームだ(^^))

 

 

 主人公が強いこのゲームでクソムーブを連発し、CPUを蹂躙する。本当に俺以外使わないで欲しい。

 楽しく蹂躙していると、急に肩をつつかれる。なんだ?ウララか?また何か取って欲しいのか?

 

 

桜木「あー、悪いけどこれ終わってから―――」

 

 

テイオー「やっほー!マックイーンのトレーナー!!」

 

 

 そこには、この前の講和会でクソ質問をかましてきたクソガキのトウカイテイオーが満面の笑顔で目の前に居た。

 

 

「ウワァー!!」「タノシカッタデス、ハイ」

 

 

 そして気付いたら負けてた。解せぬ。

 

 

桜木「あー、なんか用か?」

 

 

テイオー「ううん、ただ上手いなーって!」

 

 

 当たり前だ。初心者のアイツらにボコボコにされて、一から鍛え直したんだ。三年の経験も怪我の前には無力。夢は諦めたが、せめて好きな物は諦めたくなかったのだ。

 平常心平常心。そうだ。ここにちょうどマックイーンのぬいぐるみがあるじゃないか。頭を撫でて一旦落ち着こう。

 

 

テイオー「?どうして頭を撫でてるの?」

 

 

桜木「ああ、可愛いだろ?本物には確かに劣るが、俺を落ち着かせるには十分なしろ.........もの.........」

 

 

 一度テイオーから目線を外し、ぬいぐるみの方へ向け、可愛さを確認する。うん。問題は無い。そして視線を戻す。マックイーンが居る。詰みである。

 

 

桜木「」

 

 

テイオー「あーそうそう!マックイーンも一緒に来てたんだ!!」

 

 

「コノママデハオワランゾー」「タノシカッタデス、ハイ」

 

 

 50円1プレイのゲームの断末魔なんか気にしては居られない。俺が今気にすべき事は、社会的にこれから先生きていけるかという事だけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「あー.........何処から見てた?」

 

 

マック「えっと.........」

 

 

 私達にジュースを手渡した後、トレーナーさんは無理に笑顔を作っているのか、顔をひきつらせた笑みを浮かべていました。

 

 

テイオー「マックイーンのトレーナーが新しく出来たカフェの前を通った時からだよ?」

 

 

桜木「最初からじゃねーか.........」

 

 

 今度は明らかに肩を落とし、顔を伏せてしまいました。普段はおちゃらけたり、真面目に明るい彼の姿とはまた別の姿に、思わず釘付けになってしまいます。

 

 

桜木「という事はアレか?俺がウマ娘特集のグラビア雑誌買ったのも?」

 

 

マック「バッチリ見ましたわ」

 

 

テイオー「うん」

 

 

桜木「終わったくさい」

 

 

 今度は片手で顔面を覆い初めました。こうしてみると、大きい手をしているのですね.........

 

 

桜木「あー.........あれはな、所謂目を養う為であり、古賀トレーナーから教えられた正当なトレーニングであって、別に卑しいものでは」

 

 

マック「ええ、勿論承知しておりますわ。このメジロマックイーンのトレーナーともあろうお方が、そのようなハレンチな事を想像するなど」

 

 

桜木「死んだくさい」

 

 

マック「トレーナーさん!?」

 

 

 両手で顔を覆い尽くしたトレーナーさん。なぜだか身体も小さく見えてきました。これは、少し可哀想な事をしたかも知れません。

 

 

マック「.........良いのですよ、トレーナーさんも男性です。そういう事はむしろ健全だと、聞いた事があります」

 

 

テイオー「え?誰から?」

 

 

マック「インターネットです」

 

 

 今の情報社会はインターネット無くして語れません。男性について知らない私は、調べるしか無いのです。これは別に、誰かに好かれようとか、そういうものではありません。本当です。

 私はトレーナーさんの背中を擦りながら優しく寄り添いました。なぜだかテイオーがえっという声を上げましたが、気にしては行けません。

 

 

桜木「マックイーン.........ありがとう、落ち着いたよ」

 

 

マック「良いのです!困った時はお互い様ですわ!」

 

 

 優しく笑う彼の視線が、私に向かいます。あぁ、ぬいぐるみの私はこんな良いものを独り占めしていたのですね。

 私はトレーナーさんに恩を感じております。顔を合わせているのは一週間程度ですが、彼は今や私の生活基盤を支えてくれています。そんな彼に、少しでも恩を返せていれば、嬉しい限りです。

 

 

桜木「駄目だなー、大人なのに」

 

 

マック「あ!!そう、それですわ!!」

 

 

桜木「え?」

 

 

マック「トレーナーさんに是非聞きたかったのです!!」

 

 

マック「大人って一体、なんなのでしょう?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カラスが夕日に染められながら、空を飛んでいます。子供達の為に知らされるチャイム音が、午後の六時だと言うことを教えてくれます。

 

 

桜木(好きなものを好きって言える。照れる事を照れずにやる。それが大人だと思う)

 

 

 開けた缶ジュースを片手に寂しそうに、自分に言い聞かせる様に言う彼の姿は、今日初めて見た、また別の彼の姿でした。

 

 

テイオー「良かったじゃん。大人がなんなのかが聞けて」

 

 

マック「ええ.........そうですわね.........」

 

 

 あの人が目指す大人の理想像。誰になんと言われようと、それを貫き通すという意思の表れだと感じました。

 それを言い終わった後、彼は少し照れながら、自分はまだ子供だと仰られておりました。

 

 

テイオー「.........もしかしてマックイーンってさー?」

 

 

マック「はい?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「トレーナーの事好きなんじゃないの?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 テイオーにそう言われた瞬間、私の中で辻褄が全て繋がりました。そうでなければ.........彼の事をここまで気になるはずがありません。

 身体が急に、レースを走った様な熱さを帯び始めました。その熱が、顔の方まで昇ってくるのは自然な事でした。

 

 

テイオー「マックイーン?」

 

 

 そんな顔を見せないよう、私は顔を背けました。そんな事はあってはいけません。

 彼はトレーナーさん、一方の私は、トレセン学園の生徒なのです。お互いの立場を考えれば、こんな気持ちに蓋をしなければなりません。

 私は、頬の熱さを夕日のせいにしました。

 

 

マック「いえ、彼とは一心同体の関係にならなければなりません。彼の事を知ろうとするのは、当然のことですわ」

 

 

テイオー「ふーん.........そっか」

 

 

 それっきり、テイオーと話すことは無く、私達はその足で、寮へと向かっていきました。

 私の胸には、チクチクとトゲが刺さったまま、抜ける事はありませんでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 メジロマックイーンが好きだ。俺は多分。そうなんだろう。けれど、それはよくある感情の一つだ。勝手に好きになってるだけで、終わりだ。

 いつも寝ているベッドの上で、ぼんやりとそう考える。

 けれど、それは許されないし、許しちゃいけない。俺は大人で、彼女はまだ中等部の生徒。犯罪だ。俺は犯罪者にはなりたくない。

 だが、この気持ちを払う方法が一つだけある。

 

 

桜木「.........ファンの一人になるか」

 

 

 この気持ちを、応援する物に昇華して、側で見守れば良い。多くの人間は、そうして居るのだから。

 そんな事を考えながら、俺はゆっくりと目を閉じ、眠りへと落ちて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤ......To be continued



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トレーナー「タキオンが退学勧告されたらしい」

 

 

 

 

 

桜木「.........」

 

 

マック「.........」

 

 

 いつも通りの噴水の音、いつも通りの食事。だが、なぜか居心地の悪い空間。食事もなぜか味がしない。

 

 

桜木(なんで!?昨日決着つけたじゃん!!)

 

 

 自分の心に問いかける。お前さん、結論はつけたんだろ?なんでご飯を食べる手を止める?

 

 

 隣を見なさい、桜木。隣の子も、手を止めてらっしゃるではありませんか。

 

 

 なるほど、では貴様は隣の子が手を止めているから手を止めているのか(?)

 

 

 はい(??)

 

 

 そうか(???)

 

 

桜木「.........何か悩みでもあるのか?」

 

 

マック「あ.........いえ、そういう訳では無いのです」

 

 

 困った様に笑うその姿に、確実に何かがあると思った俺は、マックイーンが開けたまま一口も食べていない弁当を取り上げた。

 

 

マック「ト、トレーナーさん!?」

 

 

桜木「カフェテリア行くぞ!!」

 

 

 慌てふためくマックイーンを後目に、カフェテリアへと直行して行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「あの、私のお昼ご飯は.........?」

 

 

桜木「コイツは俺が食べる」

 

 

 トレーナーさんは獲物を見つけた様な目で私のお弁当を見つめていました。では私は何を食べれば良いのでしょうか.........

 カフェテリアの一つの席、トレーナーさんとは向かい合って座っております。どうしても自分に変な所が無いか気になってしまいます。

 

 

「お待たせ致しました、当店大人気のフルーツましまし特盛りパンケーキパフェでございます」

 

 

マック「え!?」

 

 

桜木「食べてくれ」

 

 

マック「トレーナーさん!?」

 

 

 テーブルに置かれたのは、スイーツと形容していいのか分からない、丼一杯に盛り付けられた甘味でした。

 

 

桜木「サンキューゴルシ」

 

 

ゴルシ「おうよ!!マックイーンの為ならこれくらい寝てても作ってやるぜ?」

 

 

マック「あなたが作ったんですの!?」

 

 

ゴルシ「あ?んなわけねえじゃん。ただの生徒がカフェテリアの厨房使えるわけねえだろ」

 

 

 なんなのですのこの人.........そう思っていると、ゴールドシップさんから長いスプーンが手渡されました。

 と言うより、先程のウェイターさんはあなただったのですね。声の調子に全く気付きませんでしたわ.........

 

 

ゴルシ「.........ハッ、何処かで腹を空かせたウマ娘のアタシを呼ぶ声が聞こえる!!まってろ!!!今すぐ焼きそばを持っていくぜーー!!このスイーツパラダイスゴルシ様がなーーー!!!」

 

 

マック「あ、嵐の様な方でしたわね.........」

 

 

桜木「ああ」

 

 

 微笑みながら肯定するトレーナーさん。そんな姿に気持ちを乱されてしまいます。

 渡されたスプーンも動かさずに、ただただ、目の前にどっしりと存在するスイーツと、彼の意図を読んでおりました。

 

 

桜木「.........なぁマックイーン。俺は君が何を迷っているのか分からない」

 

 

マック「っ.........」

 

 

 それは恐らく、単純に何を迷っているのかが分からないという意味です。決して、分かりきった答えに、今更何を粗探ししているのかという意味では、無いはずです。

 

 

桜木「もし、今は答えが出ない問題に、ずっと悩まされ続けているのなら、一度保留したらどうだ?」

 

 

マック「保留.........ですか?」

 

 

桜木「マックイーンはまだ若いんだ。今は見つからなくても、これから先成長していく上で、きっとその答えを見つける時が来る。」

 

 

 .........良いのでしょうか、今、この気持ちに名前を付けなくても.........

 ですが、彼の提案はとても嬉しいものでした。この胸にある気持ちを否定せず、無理に肯定もしない彼に、心の中で感謝しました。

 

 

「あ!!!おったおった!!!ちょっと来てくれや!!」

 

 

 カフェテリアに響き渡る特徴的な声。その方向に目を向けると、一人の小さい芦毛のウマ娘が、明らかにこちらへと向かってきました。

 

 

「すまん!!!ちょっとおっちゃん借りるで!!!」

 

 

桜木「どうしたんだタマの姉御!?」

 

 

タマ「説明は後や!!!クリークがやばい!!!」

 

 

 それだけ言うと、タマと言われたウマ娘はトレーナーさんの腕を強引に引っ張って行かれました。

 

 

マック「な.........なんだったんですの.........?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タマの姉御。タマモクロスに手を引かれてやってきたのは、チーム[アルデバラン]の使う空き教室であった。

 クリークがやばい。それだけ聞かされてここまで来たが、今までの経験上。どういうことかなんて手を取る様に分かってしまう。

 

 

桜木「溜まってるのか、フラストレーションが.........」

 

 

タマ「そや、お陰でウチを含めたチームメンバーが文字通り赤子扱いされる。けどおっちゃんなら話は別や」

 

 

 そう、俺なら話は別だ。スーパークリークに赤子扱いされれば最後。その聖母ぶりに中毒者が多発し、依存性にまで発展する。笑い話じゃない。実際、古賀トレーナーに勉強させてもらっていた時にその一部始終を見ていたのだ。

 それでも俺が平気な理由。それは俺の実際の母ちゃんがクリーク寄りではなく、どちらかと言えばタマモクロス寄りだった。それだけの話だ。

 

 

桜木「母ちゃん、行ってくるよ」

 

 

タマ「ああ!.........って誰が母ちゃんやねん!!」

 

 

 意を決してその扉を勢いよく開ける。部屋の中央には背を向けたまま静かに座っているスーパークリーク。教室の端々には餌食にならないように他のチームメンバーが震えながらうずくまっていた。

 

 

桜木「俺が来たからにはもう安心だ!!!!」

 

 

「やった!!!赤さんが来た!!!!!」

 

 

「これで勝つる!!!!!」

 

 

クリーク「桜木さん!」

 

 

 俺の声を聞き、振り返るスーパークリークを見て、俺は絶句した。

 普段は掛けない眼鏡姿に?違う。

 母性を遺憾無く発揮するエプロンに?違う。

 その溢れ出るバブみオーラに?違う。

 俺は.........俺は、その手に持っている物に絶句したのだ。

 

 

桜木(は、歯ブラシ.........だと.........!!!??)

 

 

タマ(な、なんや自分、歯ブラシが弱点やったんかい!!?)

 

 

桜木(ああ、つい先日な.........)

 

 

 まさかここに来て俺にとってタイムリーな歯ブラシで攻めてくるとは思わなかった。身体ガチガチに硬直してわなわなと震えていても、スーパークリークはジリジリとにじり寄ってくる。

 まるで、純粋ブウに殺されそうになるベジータみたいに.........

 

 

桜木(こ、殺される.........!!!)

 

 

クリーク「はーい♡いい子でちゅねー♡」

 

 

 そんな俺に構わず歯ブラシを口に突っ込んでくるクリーク。どうやらあちらもなりふり構ってられないらしい。

 わなわなと震える身体に喝を入れるように、右手の拳を思い切り握り、その手を開く。

 

 

桜木(思い出せ、修行の日々を.........!!!)

 

 

タマ(なんや知らんけど手伝ったる!!!)

 

 

 その手の平に対し、とてとてとやってくるタマモクロス。その両手でガシガシと空気を回していく。名付けて[螺旋丸作戦]だ。

 あの木の葉マークに意識を集中し、クリークの攻撃に耐える。原作でも.........あれ?手のひら出してる方ってなんかしてたっけ?

 

 

桜木(た、タマさん?)

 

 

タマ(うっさい!!今集中しとるんや!!!)

 

 

桜木()

 

 

 どうやらタマさんが集中してしまったらしい。ははは、南無三。

 死を覚悟していたその時、誰かがまたその扉を勢いよく開けた。誰だ?背中から多大な圧を感じ「トレーナーさん」.........

 

 

マック「覚悟はよろしいですか?」

 

 

桜木「やれェェェェ!!!!マックイィィィィィーンッッ!!!」

 

 

 差し出した左腕が犠牲になった瞬間であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

タマ「おおきになメジロの嬢ちゃん。お陰でクリークも落ち着いたわ」

 

 

桜木「ああ、俺も意識を持ってかれなくて済んだよ」

 

 

 俺はちゃんと笑顔で居られているか?ちなみにマックイーンから出ている圧は先程のそれと何ら変わりない。

 

 

マック「トレーナーさんはどうしてあのような事をさせていたのですか?学園の生徒に」

 

 

タマ「ちゃうちゃう!!クリークが進んでするねん!!アイツ人を甘やかさないと死んでまう病やから!!」

 

 

 そう言うと、マックイーンの圧もだいぶ収まってきた。ありがとう母ちゃん。今度お土産に夕張メロン買ってくるよ。

 

 

タマ「だから誰が母ちゃんや」

 

 

マック「???」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「全くもう、トレーナーさんは説明が少ないですわ」

 

 

桜木「悪かったって.........お昼からずっと謝ってるしょや.........」

 

 

 方言混じりに謝る彼を見るに、どうやら結構真面目に謝っているようです。

 ですが、あの姿を見た時は流石に目を疑いました。あの丼スイーツを食べ、問題も時間を置くという解決法を提示され、気分が良くなっていた所に、彼の友達である黒津木先生が教えてくれたのです。

 実際、行ってみると、彼は固まりながら右手を横に差し出し、隣にいるタマモクロスさんに何かをさせており、スーパークリークさんには歯磨きをさせていました。

 あの状況で、平静を保てる方がおかしいのです。

 

 

桜木「と言うか、今日はいいのか?トレーニングは」

 

 

マック「ええ、トレーナーさんが変な事をしないよう、今日は見張る事にしましたので」

 

 

桜木「お、俺の信頼が無くなっちったお.........」

 

 

 とほほ、と言いながら、トレーナーさんは肩をがくりと落としました。

 実際、それからの授業は身が入りませんでした。彼がどんなウマ娘と、何をしているのか気が気で無くなり、集中出来なかったのです。ですので、今回くらいはトレーニングはお休みにして、トレーナーさんに着いていく方が良いと思いました。

 

 

桜木「.........お?あれは.........」

 

 

マック「またですの.........?」

 

 

 何かを見つけたように目をこらす彼の視線の先には、またしてもウマ娘の姿がありました。あれは確か.........

 

 

桜木「タキオンガンダムだ!!」

 

 

マック「アグネスタキオンさんですわ」

 

 

桜木「いだだだだ!!?容赦ないねー!?」

 

 

 当たり前です。人の名前を間違えて覚える程無礼な行為は存在しません。痛みを持って覚えてもらいます。

 彼の左手を掴み、捻りあげました。

 

 

タキオン「おや.........君は、あの時のモルモット君じゃないか」

 

 

マック「.........トレーナーさん?」

 

 

桜木「いや、比喩とか暗喩じゃないよ。本当にモルモットだったんだ」

 

 

 それはそれでいいのでしょうか.........?そう思っていると、彼女、アグネスタキオンさんの方からこちらへと近付いて来ました。

 

 

タキオン「実は、退学勧告を受けてしまってね」

 

 

二人「え!?」

 

 

 その言葉を聞いて、驚きました。アグネスタキオンの名を聞いて連想されるもの。それは極端に早いという事と、極端に走りたがらないという事でした。

 隣にいるトレーナーさんも同じ様に驚いています。

 

 

タキオン「まぁ、素質に胡座を掻いて自由にしていたら、このザマさ。いくらウマ娘の自主性を重んじる日本ウマ娘トレーニングセンター学園も、走らない私はどうやら目の上のたんこぶだったらしい。アッハッハッハ!」

 

 

 高らかに笑う彼女の姿は、少し寂しく感じてしまいました。確かに、噂というものは信ぴょう性が無いにしろ、火のないところに煙は立たないとも言います。

 走らない、という分かりやすい噂などと言うものは形を変えづらく、それ自体は事実なのでしょう。

 しかし、そんな私達の寂しい雰囲気を消す飛ばすような言葉が、アグネスタキオンさんの口から飛び出しました。

 

 

タキオン「私は僥倖だと思ったんだが、生徒会長に併走を頼まれてね.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「凄いですわ.........!超高速と言われる末脚を持つタキオンさんと、生徒会長の直接対決なんて.........!!そうそう見られるものではありませんわ!!!」

 

 

桜木「ああ.........」

 

 

 隣で興奮するマックイーンを後目の、レースの条件を確認する。芝2000m。バ場状態は非常に良好だ。勝負をするなら持ってこいだろう。

 

 

ルドルフ「やあ、講和会ぶりだな、桜木トレーナー」

 

 

桜木「ああ会長。その節はどうも」

 

 

ルドルフ「礼を言うのは私の方だ。あれから生徒から相談される回数が増えてね。以前の悩みだった私を取り巻く雰囲気が、君のおかげで長所になった。感謝するよ」

 

 

 俺は別に何もしていない。ただ似合いそうだなーと思っただけで、アドリブであの役をお願いしたのだ。例を言われる筋合いは無い。

 アグネスタキオンは既にコースの方へと入っていっている。念入りに芝の状態を確認している姿が見受けられた。

 

 

ルドルフ「.........」

 

 

桜木「何か気になる事でも?」

 

 

ルドルフ「ああ.........彼女がなぜ、研究を優先しながらも、それを許さないここに居続けたのだろうか」

 

 

ルドルフ「[邪魔者]である[担当トレーナー]からは決して逃れ得ぬ、このトレセン学園に」

 

 

 口元に手を当て、その答えを求めるようにそう呟くシンボリルドルフ。その姿は、生徒の模範でありながら、その生徒を導く若きリーダーの姿だった。

 

 

ルドルフ「君は、どう思う?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゲートインから程なくして、特徴的な扉が開く音が響き渡る。観客席には二人だけ、走るウマ娘も二人だけ。とても静かで、胸に火を滾らせるレースの幕が開いた。

 

 

桜木(流石にシンボリルドルフが頭を行くが.........どうする?タキオン。どこで仕掛けるんだ.........?)

 

 

 どちらに才が多くあるかは把握が出来ない。と言えど、簡単に勝敗を予想するなら、このレースを見る誰もがシンボリルドルフと名をあげるだろう。俺も、その一人だ。

 レースの結果だけを見るならば、日々を走り抜けるシンボリルドルフが有利だろう。単純に、経験値の差がある。データと経験では、脳の演算処理部分までの直接的な距離が遠いからだ。

 それでも、レースの結果だけを見るならばの話だ。

 

 

桜木("タキオン"。確定付けされていない光速で飛び回る仮想粒子。あるものと位置づけられながらも、その存在をきっと誰もが諦めている)

 

 

 その名を冠する少女の可能性を、俺は未だに、諦めてはいない。

 最終コーナーを超え、そのまま直線へと差し掛かる。この時点であのシンボリルドルフへ着いて行ける彼女は素晴らしい。だが、変化は確かに起こった。

 

 

桜木(ッッッ............!!!!!)

 

 

 風が吹いた。熱い風。何よりも、人を立ち止まらせ、胸を打つような衝撃を浴びせてくる風だ。薬品のように刺激的で、一度味わえば忘れられる事の出来ない風の味。

 やはり、その風は次元を跨いで、もう一度俺の側で吹き荒んだ。まるでその存在を誇示するように。

 思わず席から立ち上がり、前へと足を運んでしまう。

 

 

マック「トレーナーさん?」

 

 

桜木「見つけたぜ.........三女神さんよ」

 

 

 俺は今、きっと嬉しそうな顔をしているだろう。目の前のシンボリルドルフを抜き去り、それすら構うことなく、ゴールに向かうでもなく、ただひたすらに早くあろうとする彼女を見て、笑っているだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 勝負の行く末は、シンボリルドルフ生徒会長のハナ差での勝利だった。生徒会長はその脚で勝ちながらも、私に対して全力を尽くしたと言ってのけた。

 

 

ルドルフ「.........しかし君を手放すのは、損失が過ぎるな。心変わりの兆しは?全く無いのか?」

 

 

タキオン「残念だけど、私の心は変わらないよ。生憎、私はこの研究を阻害されてまでここに居続ける気は無いよ」

 

 

 そう言うと、ルドルフ会長はその目を伏せた。

 

 

ルドルフ「そうか.........それは、彼の話を聞いてもなお、か?」

 

 

タキオン「ん?彼.........?」

 

 

 会長はそれだけ言うと、もう心配事は無いと言ったように私の前から離れて行った。一体何の話だろうか。そう思っていると、相手をするのも面倒臭い新人トレーナー君が姿を現した。

 

 

桜木「よっ」

 

 

 立ち振る舞いは以前の通り。何ら変わりはしない。側に居るメジロ家のお嬢様も、変わりは無い。ただ一つ.........おかしな点があるとすれば.........

 

 

タキオン「.........ふぅン?君、どうしたのかなその目は」

 

 

桜木「目?」

 

 

タキオン「随分と.........狂った色をしているが?」

 

 

 そうして指摘してあげると、彼はまず、隣にいるマックイーン君を見つめ始めた。躊躇の無い左腕の関節攻めが始まるが、彼はそれでも気になる様で、彼女に手鏡を要求し始めた。

 

 

桜木「あー.........目の色って言うより、深さかな」

 

 

 隣に居るマックイーン君がきょとんとした表情で彼を見る。だが、その表現である程度は分かってしまう。どうやら彼も、私と同じく速度の果てに魅入られてしまったようだ。

 

 

タキオン「まさか、[スカウトしたい]とでも言うつもりか?」

 

 

桜木「ああ」

 

 

タキオン「おいおいよしてくれ。これ以上研究を遅延させるつもりは無いんだ」

 

 

 鬱陶しいったらありゃしない。こうして走って見せれば直ぐにこういう輩に目をつけられる。私は別に、レースを走りたい訳でも、数いるウマ娘の頂点に立ちたい訳でもないのに、それを強要される。トレーナーと言うのはそういう物だと認識している。今後、改まることは無いだろう。

 そう思っていると、彼はまた、特に考える素振りを見せずに発言した。

 

 

桜木「この間の薬って持ってる?」

 

 

タキオン「ん?あるにはあるが、どうするんだ?」

 

 

 まとめられた荷物を漁り、蓋を付けられた三本の試験管を外の空気に晒す。自分で見てもこれを実験以外で飲みたいとは思えない。

 しかし、それを特に気にした様子もなく、自然な手付きで私の手からそれを奪って行った。おいおい、マックイーン君が困ってるじゃないか

 

 

タキオン「それをどうするんだい?」

 

 

桜木「飲む」

 

 

タキオン「?????」

 

 

 隣に居る彼女は頭に手を当て、大きくため息を吐いた。今彼はなんと言った?飲む?これを?私ですら戸惑う配色をしているこれを?

 なにかの聞き間違いだと思った。そうだと思っていたのに、なんと彼はそう発言してから三秒もせずに器用に三本一気に飲み干したのだ!!

 

 

タキオン「クッ、クク.........アッハッハッハッハッハッハッハ!」

 

 

 思わず笑い声を上げてしまう。類は友を呼ぶと言うように、私の今まで知り合ってきた中には、俗に言う頭のおかしい連中も居た。けれどそれは自分に安全が最低限保証され、そして他人と違う事を生きがいにしかけている奴らだ。

 それが、目の前の男はどうだ?堂々と普通ですと言ったような顔で、得体の知れない私の薬品を一秒も掛からずに飲み干したんだ!!そんなの.........

 

 

タキオン「まるでモルモットじゃないか!君は!!」

 

 

桜木「俺は最高のモルモットなのかもしれない」

 

 

マック「もう着いていけませんわ.........」

 

 

 目の前の二人はコントを繰り広げている様に軽快な会話をしている。呆れながらも、彼女は彼の事を全面的に信頼しているらしく、その言葉に失望は無い。

 

 

桜木「まぁ、それでもいいのかもな」

 

 

タキオン「ふぅン?それは君の人権が、今後一切、私の前では消え去る事を意味しているが、本当にいいのかい?」

 

 

桜木「ええよ」

 

 

タキオン「だからなんで君はそんなに軽いんだ.........」

 

 

マック「こういう人ですわ。諦めて下さいまし」

 

 

 諦めのポーズで彼の隣に立つマックイーン君。どうやら彼は決めた事に従わないと生きていけないのかもしれないね。

 

 

桜木「とにかく!!俺はお前のその速度に対する探究心が気に入った!!」

 

 

桜木「ぜひ担当させてくれ!!」

 

 

タキオン「断る!!」

 

 

桜木「うるせぇ!!行こうッッ!!!」ドン!

 

 

 なるほど、断るとこういう反応をするのか。いやはや、こういう人間は選択肢を考えさせる前にまず、方向性を決めてから詰ませる方が扱いやすいのかもねぇ.........

 

 

タキオン「冗談だよ。じゃあ早速行こうか」

 

 

マック「ええ!トレーニングですわね!」

 

 

タキオン「何を言ってるんだい?退学勧告を受けたウマ娘が最初にやることはまず、職員室に行くことだろう?」

 

 

マック「そ、そんなの知りませんわ!!」

 

 

 確かに真面目に授業を受けているであろう、メジロ家のお嬢様には分からないかもしれないな。存外、彼女はからかいやすいのかもしれない。彼も隣で頷いている。君と意見が合うのは少々癪だがね。

 

 

タキオン「クク、君の扱いはモルモット。あるいはそれ以下だが、それでも良ければ来るといい」

 

 

マック「ではマウスと同等ということでしょうか?」

 

 

桜木「いや、案外教室で飼ってるメダカ並みの扱いはしてくれるかもしれない。確かあれ実験動物扱いだし」

 

 

マック「そうなのですか?」

 

 

桜木「あいや、鮭だったかな?でも鮭だと放流されちゃうんだよな」

 

 

マック「では一年経って帰って来たらよろしいと思いますわ! 」

 

 

桜木「死ぬやんけぇ!」

 

 

タキオン「仲良く漫才しないでくれたまえよ」

 

 

 本当に仲がいいな、この二人は。目の前で一体何回漫才を見せられてるんだ私は、そう思っていると、マックイーン君が露骨に怯え始めた。

 

 

桜木「え?どうしたんだマックイーン?」

 

 

マック「と、トレーナーさんが.........」

 

 

タキオン「ああ、君、発光しているぞ。緑黄色に。最初に言っただろう?」

 

 

 そう言うと、彼はああと言い、片手の平にぽんと拳を置いた。本当に、面白い人間だよ。君は

 

 

タキオン「改めてよろしく頼むよ、トレーナー兼モルモット君」

 

 

桜木「こちらこそよろしく!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「タキオンドラゴン!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう言った彼の腕を、隣に居るマックイーン君が思い切り捻りあげた。夕陽が沈む学園の芝2000mは、彼の大絶叫が響き渡ったとさ

 

 

 

 

 

ㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤ......To be continued



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トレーナー「今日が約束の一週間か」

 

 

 

 

 アグネスタキオンの退学が回避できた翌日。俺はいつも通り新人トレーナーの職員室で書類の整理を行っていた。

 

 

桜木(いやー、コイツらのおかげで身が引き締まるなー)

 

 

 机にいるのは、休日にゲーセンで取ってきたマックイーンのぬいぐるみ。そしてもう一つ新しく、アグネスタキオンのぬいぐるみが可愛らしく寄り添っていた。

 あの日の帰りに頑張ってとってきたのだ。残りは黒津木にあげてきた。俺って優しい。

 そんなこんなで仕事を順調に進めていると、いつも通りの昼休みの時間になる。

 

 

桜木(おっし、今日もマックイーンとお昼食べるぞー♪)

 

 

 休日に感じてた恋心?ああ、それならクリークの歯ブラシで上書きしたよ。他人にブラッシングされるのってあんな感じだったんだね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「.........」

 

 

桜木「.........」

 

 

 空気が重いっ!!一体今日はどうしたの!?ゴールドシップがなんかしたのかい!?真面目に考えるだけ無駄だからね!!アイツは図書館の本を全てヒラメに変える努力をする奴だからね!!

 

 

桜木「き、今日はどうしたんだ?」

 

 

マック「.........なんでもありません」

 

 

 そういいながら、マックイーンはプイっと顔を背けた。一瞬俺の顔を可愛く睨んで。あれ?俺、なんかしちゃいました?

 注意深く思考を凝らしてみる。女の子が怒るという事は多少は理不尽な事があったとしても、大抵は男が悪い。なんなら100:0で男が悪い。

 そしてその原因としてまず、こっちが何かを忘れている可能性がある。なんだろう?約束の一週間以外に何かしていただろうか?

 

 

マック「.........」

 

 

桜木「.........悪い。約束の一週間以外分からないから、教えてくれない?」

 

 

マック「!!い、いえ。覚えていたのなら幸いですわ」

 

 

 おや、どうやら大丈夫だったようです。良かった良かった。そうそう相手からされた大切な約束を忘れるわけ無い。自分から取り付けたどうでも良い約束はすっぽかすけど。

 

 

マック「その、今日が約束の一週間だと思うと、妙に緊張してしまって.........」

 

 

 そう言いながら、また困ったように笑うマックイーン。確かにここで自分の進退が決まると言うなら、大なり小なり緊張はするだろう。だがそれは、決して悪い物じゃない。

 

 

桜木「良いじゃないか、緊張しても」

 

 

桜木「良いものだぞ?なんせ、身体はともかく心は準備を着々と整えている状態なんだ。緊張してくれる自分に感謝しなくちゃな」

 

 

マック「き、緊張に感謝.........ですか?」

 

 

 そう、緊張に感謝する。初代仮面ライダーの人みたいな字面になってしまっているが、これは大切な事だ。緊張がパフォーマンスを低下させると言うのは、付き合い方が悪いからだ。

 野生動物は常に緊張している。特に、サバンナに住んでいる系の動物は、天敵に襲われる可能性が十分高い。それでも彼らが逃げ延び、生き残れるのはその緊張と上手く付き合えているからだろう。

 天敵のいない現代人類は、そうそう緊張する場面に出くわさない。命のやり取りをしないから先があると慢心する。その慢心が緊張の質を鈍らせる。すると、パフォーマンスの低下に繋がってしまう。

 

 

桜木「まぁ、それだけマックイーンは真面目に走ってるんだよ」

 

 

マック「っ、もう!からかわないでください!!」

 

 

 あら、また可愛くそっぽを向かれてしまった。だが、先程まで感じていた重い静寂とは違う、何故か微笑ましい空気が、この三女神の噴水の周りを包み込んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昼休みが終わった後、書類をたづなさんに渡すべく、校内を歩いていると、学園実験室の鍵が開けられてるのを発見し、顔を覗かせた。

 怪しげな薬品がビーカーの中で湯気を出している。それになにやらメモをとりながら色々と投入する白衣を着た栗毛のウマ娘の姿が見て取れた。

 

 

桜木「.........タキオン?」

 

 

タキオン「おや、モルモット君!ちょうど良かった。グッドタイミングってやつだよ」

 

 

 普通の生徒なら授業に出席している筈だ。ちなみにタキオンのクラスは今めちゃくちゃ怖いと学園で噂の数学の先生の授業だ。大丈夫か?担当トレーナーの俺に飛び火しない?

 

 

タキオン「大丈夫だよ。私だってちゃんと卒業出来るよう単位は確保しているさ。そんな心配そうな顔はよしたまえよ」

 

 

 むむむ、どうやら結構顔に出ていたらしい。まぁ仕方が無い。演技は出来ても嘘は下手だ。その性分はこれからも変わることはない。

 目の前のアグネスタキオンは着々と薬品の準備を進めている。大丈夫?薬品提供の資格ちゃんと持ってるのかい?

 

 

タキオン「安心したまえ、私が扱っているのは成分ではなく食品だ。薬品と言うカテゴリでは無いよ」

 

 

桜木「俺もしかしてまた顔に出てた?」

 

 

タキオン「あぁ、君は役者向きだよ。顔でモノが言えるんだからね」

 

 

 気だるげそうな声が耳へと届く。そう言われて悪い気はしない。誰かにそれを褒められるのも久々で、思わず頬を掻いた。

 最後の材料を加熱された液体に投入すると、化学反応が起きたのか、ボンッと大きい爆発音が聞こえ、静かに湯気を立ち昇らせる。

 マッドサイエンティストと言われても否定出来ない笑みを浮かべ、その薬品紛いの食品を隅々まで観察するアグネスタキオン。お前、さては寝てないな?

 

 

桜木「隈がひどいぞタキオン。ちゃんと寝てるのか?」

 

 

タキオン「寝てるとも。自分の体調を崩さない程度にはね.........ほら!飲みたまえモルモット君!!君の大好物の光る実験薬さ!!」

 

 

桜木「いただきます」

 

 

タキオン「いや、本当に躊躇ないね君は.........」

 

 

 味は飲めたものじゃない。喉が焼けるような感じもするし、えぐみのような要素が大部分を占めている。

 

 

タキオン「前回は光が身体全体を包んでいたけど、私が求めているのは局所的な効果。あそこまで全域に広げてしまうと、帰って作用が強すぎてしまうんだよ。私がこれから作ろうとしているものはね」

 

 

桜木「飲み薬で対策するのか?」

 

 

タキオン「ああ、口から摂取するのが手っ取り早い。何より、接触効果のある物を作ろうとすれば、それこそ資格を持たなければ犯罪になってしまうからね」

 

 

 そこは気にするのか。随分と法に則ったマッドサイエンティストだな。まぁ、担当が道を踏み外す事は無いと思うと、安堵のため息が自然と漏れた。

 そしてしばらくすると、ほんのりとした光が右手に宿り始めた。

 

 

タキオン「どうやら、効果が現れたみたいだね。痛みや違和感はあるかい?」

 

 

桜木「無い.........無いが.........」

 

 

タキオン「どうしたんだい?」

 

 

桜木「フフフ.........成程、シャイニングフィンガーとはこういうものか」

 

 

タキオン「?????」

 

 

 一度言って見たかったんだよな。このセリフ。だって明らかに言うしかないじゃないか!こんなの!!こんなモビルスーツみたいな光り方してたら自然と口を突いてしまうだろ!!!突かない?ごめん!!!

 

 

黒津木「うい〜っす。WAWAWA忘れも」

 

 

桜木「ウマ娘がそんなに好きかァァァァァ〜〜〜ッッッ!!!!!」

 

 

黒津木「のうわ!?!?!?」

 

 

 理科室に入ってきた黒津木に一目散にダッシュをカカッとかまし、ハイスラを振る感覚で光る右手の平を突き出した。

 ゴロゴロと一緒に転がり込み、廊下へと飛び出した。

 

 

タキオン「おいおい!!どうしたんだいったい!!薬品に頭がおかしくなる副作用でもあったのかな!?」

 

 

黒津木「うわ!?右手が光って気持ち悪い事になってる!?」

 

 

桜木「ハッハッハ!!俺達はからあげ」

 

 

黒津木「ああ!お酢の役割は俺なのに!!」

 

 

タキオン「ああ、元々おかしかったね」

 

 

 そう言いながらダメだこりゃのポーズを取るアグネスタキオン。なんだそれ、流行ってるのか?マックイーンもやってたが可愛いなおい。

 まぁ、おふざけも程々にし、倒れ伏している黒津木を助け起こす。と言うより結構強く光るな右手。ポッケに入れとこう。

 

 

桜木「んで?忘れ物ってなんだよ宗也」

 

 

黒津木「あー、バカには分かんねぇよwww」

 

 

 は?こいつなんで今バカにしたの?そう思っていると、俺をしっしと手で払い、理科実験室へと入って行く。

 

 

タキオン「彼は何者だい?」

 

 

桜木「ああ、俺の友達。最近人手不足らしくてここに来たんだとさ」

 

 

 そうこうしているうちにお目当ての物品を見つけたのか、何かが入ったシャーレ(ペトリ皿)を持ち出した。

 

 

桜木「なんだそれ?」

 

 

黒津木「ウマムスコンドリア」

 

 

タキオン「ふぅン?」

 

 

桜木「何すんだよそれで」

 

 

黒津木「ああ?論文書くんだよ。創と一緒に作ったウマ娘肉体比例式が医学界に圧掛けられて論文が通らなかったんだよ。可哀想に、アイツは昔から不幸だからな」

 

 

タキオン「なんだって!?」

 

 

黒津木「え?なに?」

 

 

 急に声をあげたタキオン。その目は実験の時よりも更に輝かしいキラキラとした目を向けていた。

 

 

タキオン「ずっと気になっていたんだ!!トレーナー君が言っていた運動性能量を算出する応用式の存在ねぇ!!」

 

 

タキオン「さっき彼が宗也と読んでいたが、まさか君、あの黒津木宗也かい!?」

 

 

黒津木「そうなりますね」

 

 

タキオン「やっぱりそうか!!いやー世界は広いと言うが、ウマ娘を中心とした論文を書く人間は少なくて困るねー」

 

 

 ふーん。そんなに居ないのかウマ娘の論文書くやつって。まぁ人間が大勢居るんだし、二の次だったりついでだったりしちまうんだろうなどうしても。

 良かったな、オタクで。

 

 

桜木「んで?次の論文の内容は?」

 

 

黒津木「これから考える。まぁハッキリした目標地点は、あの能力算出応用式をしっかり完成させて、アイツら黙らせてガッポリ稼ぐ事かな」

 

 

 鋭く目を細めながら何かを思い返す黒津木。どうやら相当ボロクソに叩かれたらしい。覚悟の準備をしておいた方がいい、お偉いさん方。コイツはしつこいしやられた事を絶対に忘れない。

 

 

タキオン「いやー素晴らしい!同じウマ娘の身体の神秘を追い求める同じ視点の同士を求めていたんだ!!君とは実に有意義な議論が交わせそうだよ!!アッハッハッハッハ!」

 

 

黒津木「え!?ちょっ、玲皇!!助けて!!」

 

 

桜木「おう、良い推しライフを過ごせよー」

 

 

 ズルズルと強引に黒津木を引きずっていくアグネスタキオン。残念だがこうなるともう止まらないんだ。あの子は。

 ようやく解放され、ほっと一息着いた。実験室の鍵を閉めてさっさたづなさんに書類を渡そう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後のチャイムがなって二時間。残していた書類を片付け、その足でいつものトレーニングコースへとやってきていた。

 

 

マック「トレーナーさーん!」

 

 

桜木「おう、ちょっと早いけど、約束通り始めようか」

 

 

 そう言うと、彼女ははい!と元気よく返事をした。最近見慣れていた普通の少女の表情から、レースを制するアスリートの表情へと直ぐに切り替わった。

 柔軟体操からでも分かる彼女の身体の情報。力が入り切らないと悩んでいた時とは比べ物にならない。どうやら、しっかりと克服出来たらしい。しなやかでありながら、硬くあろうとするウマ娘特有の脚部の筋肉は、絶好調のようだった。

 

 

マック「ふぅ、次は.........」

 

 

 柔軟体操を終え、今度は走る前の準備へと移行する。ヒートアップは程々にしつつも、確かに身体を暖めて行く。

 

 

桜木(っ.........)

 

 

 徐々に走る雰囲気が作られていく。あの日抱いた彼女への期待もまた、眠りを覚ますようにその存在を大きくして行く。緊張で悩んでいた彼女には悪いかもしれないが、俺は、楽しみで楽しみで仕方がなかった。

 揺れる彼女の芦毛の毛並みに、心を撫でられながらも、ゆっくりとその場に腰を着いた。

 ポケットに手を入れて、ストップウォッチを取り出すと、一緒に入っていたココアシガレットも一緒に飛び出してくる。今は必要ない。今は.........ワクワクが止まらない子供だからだ。

 

 

マック「トレーナーさん!今から3200m走ります!!タイムをお願いしますわー!!」

 

 

桜木「おう!!」

 

 

 3200m。デビュー前に走るような長さではない、マックイーンの夢を掴むまでの距離。同時に走る最大17人の先頭でそのゴールを踏む。それがマックイーンの目標だ。

 俺はレースについては分からない。結局、レースの熱気も、実際に見たあの時以外は全て映像資料で確認しているだけだ。重賞の重みも、G1の凄さも、未だ真の意味で理解は出来ていない。

 それが強みだと古賀トレーナーは言っていた。三冠すら分からない人間が、何に物怖じするのだと、知識を持ちながら、それがどんなに愚かでもまず手を伸ばそうとする者の強さは計り知れないと。

 けれど、今の俺にはその恐れが生まれつつある。なんせ、スタート地点に着いた彼女は、本番さながら、何かに祈る様に手を合わせたのだから.........

 

 

桜木「っ.........」

 

 

 口の中で分泌された唾を飲み込む。学園の 時計の長い針がちょうど真上に来ると同時に、チャイムが鳴り響いた。

 

 

マック「ッッ!!!」

 

 

 それを合図にマックイーンの身体が前方へと駆け出していく。ストップウォッチは規則的に数字を刻んで行く。緊張しているのはマックイーンだけか?俺も、その口だろう。

 レースの展開を頭で想像するならば、マックイーンのペースは悪い物では無い。持ち前のスタミナを生かした先行が、彼女の王道を作り出す走り方だ。それになんと言っても

 

 

桜木(力強い.........!!)

 

 

 柔軟体操の時から分かっていた。身体の調子は非常に良好だと。それでも、これは想像以上だと言っても良い。彼女の走りは間違いなく、今目の前の俺の心を掴んで離す事はしない。

 彼女の姿が小さくなっていく。それでもその走行スピードは変わりなく、遠い先の直線を一人で走り抜けている。フォームも体力も、申し分ないレベルだ。

 一人で走っているというのに、その顔は誰かが側を走っているのか、険しく真剣な物だった。

 

 

桜木(コーナーに掛かるな.........)

 

 

 その身体の重心を器用に傾け、コーナーのインコースをスピードを出しながら曲がった。

 

 

桜木(ッッッ!! !!!)

 

 

 ぐんぐんと伸びる彼女のスピード。目が壊れたと思う程のその足の回転率に、現実を疑った。まさか、これほどまでとは思わなかった。桐生院さんが絶賛していた意味も、ようやく分かってきた。

 3200m。デビュー前の彼女にとっては長いその道のり。そのゴールラインに触れると共に、ストップウォッチを止めた。

 

 

桜木(3.29.3.........)

 

 

 驚異的だ。彼女にはまだ多くの時間が残されている。そして、強くなる余地もまだまだ残されている。ここから早くなる事なんて、まだまだ可能だ.........

 ゴールを超えた地点で膝に手を着くマックイーンにゆっくりと近付く。

 

 

マック「ハァ...ハァ.........トレーナーさん、いかがでしたか?」

 

 

桜木「見違えた.........一週間前とは本当に別人だったよ!マックイーン!!」

 

 

マック「ふふっ、走っている時も身体の軽さを感じました。トレーナーさんと二人で作り上げた身体ですわね」

 

 

 そんな事を嬉しそうに言うマックイーン。恥ずかしくないのだろうか?俺は若干、いや、結構恥ずかしい。

 けれど、嬉しそうに笑うマックイーン姿は、彼女のファンとしては、とても素晴らしいものだった。

 

 

マック「トレーナーさんが作って下さった献立表のお陰で、まだまだ走れそうです!」

 

 

マック「これで.........走りの方も認めていただけたでしょうか?」

 

 

桜木「もちろん!」

 

 

 認めるしかないじゃないか、あんな走り。あんなに必死に走りながらも、楽しさを感じるような走りに、否定をする奴なんてのは世界中探しても何処にも居ない。

 しばらく、二人で笑いあった。この一週間の事を思い返すと、何かを頑張ったなんて感覚はなかった。けれど、何かを頑張ったからこそ、今日を迎えられた。そう思うと、何だか自然と笑いが溢れた。

 一方彼女は、あまりに自信満々に言う俺の姿が面白かったらしい。

 

 

マック「ふぅ.........改めまして」

 

 

マック「私はメジロのウマ娘。華麗に、優雅に、完璧に勝利する事をこの名に義務付けられておりますわ」

 

 

マック「.........私を担当すると仰るのならば、貴方にもまた、メジロ家のトレーナーであるという自覚を持っていただかなければなりません」

 

 

マック「いかがです?.........その覚悟はおありかしら?」

 

 

 改まって自己紹介をかっこよく決めるマックイーン。普段の彼女とは違い、理想の自分を演じようとする彼女と普段の姿が重なり、面白く感じてしまう。

 

 

マック「トレーナーさん?」

 

 

桜木「.........えーと」

 

 

マック「え?」

 

 

 からかいたくて言い淀んでいると、困惑した様に、先程までの自信たっぷりな調子を崩し、あたふたし始めるマックイーン。さすがに可哀想なので、直ぐに応えてあげよう。

 

 

桜木「冗談。これからよろしくな、マックイーン」

 

 

マック「もう!!意地悪な人ですわ!!」

 

 

 そんなふうに顔では怒りながらも、しっぽはブンブンと嬉しそうに左右に動いている。本当に可愛いウマ娘だ。

 そんないつもの空気を打破する様にふぅっと息を吐くマックイーン。どうしたのだろうと思っていると、優しく微笑んだ。

 

 

マック「これから、ご指導ご鞭撻のほど。よろしくお願いいたしますわ。トレーナーさん」

 

 

桜木「お、おう」

 

 

 改めて言われると、なんだか照れてしまう。マックイーンはクスクスと笑っていた。どうやら、今度は俺がからかわれたらしい。まったく、少しは動揺を隠す努力をしなさいよ。俺。

 

 

桜木「さぁ、今日はもう帰ろう。明日からはチームで練習だからな」

 

 

マック「はい!楽しみですわ!"サブトレーナーさん"」

 

 

 すっごいからかってくるじゃん。得意げな顔でそんな事を言い出すから、恥ずかしいを通り越して笑ってしまった。この短い時間で一体何回笑ったことだろう。

 二人で先程走ったコースの上を歩いて行く。そのコースは地面に足を着いた時、バランスを強く保たないと歩けない程、足跡が強く残っていた。

 

 

 

 

 

ㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤ......To be continued



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トレーナー「今日からスピカの一員か」

 

 

 

 

「「「「かんぱーーーい!!」」」」

 

 

 日は沈みきり、夜の街は街頭や店の明かりで人々を安心させる時間になる。

 メジロマックイーンが正式に担当になった夜。お祝いとして親友達と[美味美味(ウマウマ)肉天国]で酒を飲みながら肉を焼いていた。

 

 

白銀「俺の為にありがとう!!」

 

 

桜木「え?お前なんかやったっけ?」

 

 

神威「コイツは日本大会で勝っただろ」

 

 

黒津木「お前なんでここにいんの?」

 

 

神威「ひっでーお前!!」

 

 

 ゲラゲラとした笑いが座敷の個室に響き渡る。最近居ないと思ったら試合だったのかコイツ。

 神威に関しては、実際日本中渡り歩いてるコイツが参加するなんて思っても見なかった。どうやらここ最近はここら辺に住んでいるらしい。今何で生計を立てて居るのかはちっとも教えてくれないが

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「メジロマックイーンが最強だから!!必ず天皇賞連覇してみせるから!!!」

 

 

白銀「うるせェ!!!俺様が世界一位だからひれ伏せゴンザレスッッ!!!」

 

 

黒津木「俺達はからあげ!!」

 

 

二人「ピクミンフィールド!!!!!」

 

 

神威「」

 

 

 宴会会場は正に混沌を極めていた。桜木は酒に酔い、叫びながら宣言をあげ、白銀は一位になる事を宣言し、黒津木はゴロゴロと転がりながら二人に突撃し、神威は酷いアルコールの匂いで酔い潰れ、意識を失っている所を盾にされていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桐生院「あ、あの.........大丈夫ですか?」

 

 

 次の日の朝。職員室の机で二日酔いで突っ伏していると、桐生院さんから心配された。なんであんなに飲んだんだ?最初に白銀が酔ってストッパーの神威が潰れたんだっけか?じゃあもう終わりだ。仕方あるまい。

 突っ伏した衝撃でポテッと俺の頭にぬいぐるみのマックイーンが身体を預ける。可愛い。ぬいぐるみのアグネスタキオンは微動だにしない。可愛い。

 

 

桜木「飲み過ぎたんだ.........久々の友達との飲みだったから、ハメを外し過ぎたんだ.........」

 

 

桐生院「と、友達ですか」

 

 

 なんだい?もしかして俺に友達が居ないとでも思っていたのかい?心外ですな.........

 いつまでも突っ伏している訳にもいかない。あそこまで飲んだのも初めてだし、二日酔いになったのも初めてだ。こんなに辛いものなのか?そう思いつつも、ドラッグストアで買ってきた二日酔いの薬を口に入れ、天然水で身体の奥へと流し込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは、四時間目の授業も終わり、いつも通り昼食を貰って三女神の噴水に行こうとしている最中でした。

 

 

ゴルシ「よっ!マックイーン!」

 

 

マック「あら、ゴールドシップさん。こんにちは」

 

 

 廊下の曲がり角から左半身を出しながら挨拶をする長身で綺麗な芦毛のウマ娘。ゴールドシップさんが目の端から現れました。最近ではこうして、休み時間に顔を合わせる機会が増えた気がします。

 

 

ゴルシ「そだ!!マックイーンも来いよ!!歓迎するぜ?」

 

 

マック「え?一体何の話をしていらっしゃるのですか?」

 

 

 と言うより、どうして半身を隠しているのでしょうか?そう思っていると、その全身が見えてきました。

 

 

マック「.........あの、その人は一体.........?」

 

 

ゴルシ「ああ!桜木のおっちゃんだ!!休憩室でダウンしてたからかっさらって来たんだぜ!!」

 

 

マック「貴方は何をしてるんですの!?」

 

 

 なんと、目の前のゴールドシップさんにずた袋を被せられ、肩に担がれている方は、先日、私と正式に契約を結んだトレーナーさん本人でした。

 あまりに動かないので、安否を心配している私を後目に、ゴールドシップさんはずいずいと、何処かも分からない目的地へと進んでいきました。

 仕方が無いので、それについて行きますわ。

 

 

マック「それで、何処に向かっていらっしゃるのかしら?」

 

 

ゴルシ「どこって、お前らのチームルームに決まってんじゃん!!」

 

 

ゴルシ「トレーナーに伝言頼まれててさぁ、伝えようとしたらこいつ伸びてたんだよー。起きるまでまーた昆布を水にふやかして、伸ばしながら待たなきゃ行けねえのかなって思ってたから、マックちゃんが居てくれて助かったぜ!!」

 

 

 そう言うと、ゴールドシップさんは前を歩きながら鼻歌を上機嫌に歌い始めました。他の生徒から奇怪な目で見られるのでやめて欲しいと思いましたが、彼女の性格を考えれば、期限を損ねる方こそ周囲の目を集めてしまうと思い、指摘するのを止めました。

 そんな周囲の目を無視し続け、歩いていると、ゴールドシップさんはその歩みを止めました。

 

 

ゴルシ「うぃーっす、邪魔するぞ〜」

 

 

 その片手に持った鍵で扉を開けると、そこには新品のソファーとテーブル。そして冷蔵庫と簡単な料理くらいなら出来るキッチンが備わっていました。

 

 

マック「ど、どういう事ですの.........?」

 

 

ゴルシ「じゃ、あとよろしく♪」

 

 

マック「ゴールドシップさん!?」

 

 

ゴルシ「アタシは増えるワカメがどれくらい増えるのか統計取らなきゃ行けねえんだ!!」

 

 

 そう言うとゴールドシップさんは、トレーナーさんをソファーに、鍵を私に投げ渡し、そのまま逃走していきました。

 

 

マック「な、なんだったんですの.........?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゴールドシップさんが去り、お昼ご飯を食べ終え、何もすることが無く、手持ち無沙汰になっていると。

 

 

桜木「.........ん.........ぁ?」

 

 

マック「あら、目を覚ましたのですね」

 

 

 ソファーの上で毛布を掛けて寝かした彼が目を覚ましました。最初よりかは顔色も良くなっており、体調が回復した事が見て取れました。

 

 

マック「おはようございます、トレーナーさん」

 

 

桜木「マックイーン...............?」

 

 

 まだ意識は夢から覚めていないのでしょうか?いつもと違い、目がトロンとしていて可愛いです。そんな風に思っていると、何かを頭に乗せられました。

 

 

桜木「おはよう...............」

 

 

マック「ト、トレーナー.........さん.........?」

 

 

 手です。トレーナーさんの、毛布の下で暖められた手が私の頭を撫でています。冷静になりましょう。そう、寝ぼけているだけです。

 だから頬を熱くしないでください。お願いですから。

 

 

桜木「なんか飲む.........?」

 

 

マック「い、いえ。結構ですわ............」

 

 

桜木「そう.........」

 

 

 そう言いながら、彼はソファーからゆっくりと起き上がり、私の横を通っていきました。何処へ行くのでしょう?そう思って見守っていると、彼はなんと壁に激突してしまいました。

 

 

マック「トレーナーさん!?」

 

 

 反応はありません。膝をぺたっと折り、その場に正座して痛みに震えています。近くまで行った方がいいのでしょうか?そんな風に考えあぐねていると、彼の震えは治まりました。

 

 

桜木「...............マックイーン.........」

 

 

マック「はい.........?」

 

 

桜木「俺は今.........君に何をした?」

 

 

 体制はそのままに、顔だけをこちらに向けるトレーナーさん。彼の目はもう、しっかりと目覚めていらっしゃいました。

 何をされたか、そう言われると同時に、頭に残る暖かさが強調され、頬を熱くしてしまいます。そして、それがどうやらトレーナーさんが何をしたかと言う問いかけへの答えになってしまったようでした。

 

 

桜木「最低だ.........俺って.........」

 

 

マック「だ、大丈夫ですわ!!あ、頭を撫でられただけです!!」

 

 

桜木「セクハラだぁ.........」

 

 

 その大きな両手で顔を覆い隠してしまいました。そこまで気にする必要なんて無いですのに.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 迂闊だった。目に飛び込んでくる家具や物の配置が見事に家と同じだったせいで、冷蔵庫に行こうと無い廊下を目指し、激突してしまった。

 いや、それだけでは無い。それだけでは飽きたりなかった。どうやら俺は、寝ぼけてマックイーンの頭を撫でてしまったらしい。本当にデリカシーが無い。

 

 

桜木「.........」

 

 

マック「.........」

 

 

 重い.........訳では無い。ただ、どう謝れば良いのかとずっと問答している状況だ。何度も何度も目を合わせるが、その度に視線を外されるし、頬を赤くされる。そんな反応されれば溜まったものじゃない。クリーク歯ブラシの効果は薄まっているのかもしれない。

 

 

桜木「その、悪かった。寝惚けていたとはいえ、頭を撫でるなんて」

 

 

マック「き、気にしていませんわ.........」

 

 

 いやいや、嘘でしょうよそれは.........だったらなんでそんな両手を振って否定してるのよ.........

 時間は刻一刻と時を刻んで行く。今は動けない。それが定めだけど、などと、心の中で無理矢理余裕を作っていると、マックイーンの方から切り出してきた。

 

 

マック「あの、普段からあのようなスキンシップを.........?」

 

 

桜木「いやいや、家族以外にあんな事はしないよ.........恋仲でもあるまいし」

 

 

マック「そ、そうですわよね.........」

 

 

 なんでちょっと嬉しそうにしているんだ君は.........いや、これは夢だ。そう思おう。そうじゃなきゃやってられない。

 

 

桜木「あー、なんかごめんな。貴重な昼休みをこんなおじさんの昼寝に付き合わせちゃって」

 

 

マック「ふふっ、構いませんわ。それに、トレーナーさんはそれほど老けておりませんわよ?」

 

 

桜木「ははは、お世辞として受け取っておくよ」

 

 

 そう言うと、マックイーンは「お世辞ではありませんのに」と、小さく呟いた。ありがとうマックイーン。けどお世辞だと思わないとダメなんだよ。それを本気にすると夜の店に入り浸るハメになるからね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後を知らせるチャイムはトレーニング開始のチャイムと同じだ。今日はチームとして初めて活動する為、スピカに顔を出そうとしていた。

 

 

マック「入らないのですか?」

 

 

桜木「き、緊張するぜ.........」

 

 

タキオン「何をしているんだトレーナー君。君らしくもない」

 

 

 いやいや、人間なんだから一丁前に俺だって緊張くらいはしますよ。

 そんな俺の様子にはぁっと息を吐き、アグネスタキオンはその手で強引にドアノブを回した。

 

 

タキオン「失礼するよ」

 

 

「え!?」

 

 

「誰だ!?」

 

 

ゴルシ「お!ようやく来たかーお前らー♪」

 

 

 中に入ると、ただ座っている沖野さんに、講和会で質問してくれたウオッカとダイワスカーレット。そして増えるワカメを10個の皿に入れてノートを取っているゴールドシップがそこには居た。

 

 

沖野「おう、自己紹介してくれ」

 

 

桜木「え、えーっと、桜木玲皇です。今日からスピカのサブトレーナーとして所属します。よろしくお願いします」

 

 

沖野「まぁ、サブトレーナーつっても、コイツは新人で二人も担当したいって言う欲張りを叶える為に入ったんだ。是非とも仲良くしてやってくれ」

 

 

 本当にいい性格してるぜ沖野さん。しっかりと古賀さんの嫌な部分を受け継いでる。その様子にげんなりしていると、まばらに拍手が聞こえてくる。ゴールドシップとタキオン以外は皆苦笑い気味だった。

 

 

マック「メジロマックイーンと申します。目標は、天皇賞の制覇を目指しております。よろしくお願いいたしますわ」

 

 

ゴルシ「よっ!!マックちゃん!!!」

 

 

マック「その呼び方は止めてくださいまし!!」

 

 

 いつの間に仲良くなったんだろうな、あの二人は。先程までの優雅な自己紹介との落差で笑いが漏れてしまう。

 

 

タキオン「アグネスタキオンだ。諸事情でトレーニングに顔を出さない事もあるが、代わりにトレーナー君がトレーニングしてくれる事になっている」

 

 

桜木「は?そんな約束して無いが?」

 

 

タキオン「?何を言ってるんだ?約束などしていないのだから当たり前じゃないか」

 

 

 何を言ってるんだコイツはと言うような顔でこっちを見てくる。いや、お前が何を言ってるんだ。どうやら、俺がトレーニングするのは決定事項らしい。

 しかもご丁寧に持ってきたカバンの中からジャージを取りだし、渡してきやがった。用意周到が過ぎるぜ全く。

 

 

ダスカ「ダイワスカーレットです!新しくトレーナーさんが来てくれるなんて思ってませんでした!!よろしくお願いします!!」

 

 

ウオッカ「.........」

 

 

 元気ハツラツに挨拶をしてくれる栗毛のダイワスカーレット。その様子をうわーっという目で見る。うーん。あの目は本性を知ってる人が猫を被った時にする目だな。俺も良くするよその目。

 

 

ウオッカ「ウオッカだっ!夢は一番カッコイイウマ娘になる事っ!!よろしくな!!」

 

 

ダスカ「.........」

 

 

 こちらも負けじと元気に自己紹介をしてくる。隣のスカーレットはその暑苦しさに若干参っていたようだった。

 

 

桜木「さて、自己紹介も終わった事だし、トレーニングに.........」

 

 

沖野「いや待ってくれ。もう一人来るはずなんだが.........」

 

 

 そう言って腕時計を確認する沖野さん。もしかしてここの場所を教えてないんじゃないか?

 

 

桜木「案内とかってしたんですか?」

 

 

沖野「ああ、この前職員室に来た時にな。オグリキャップに頼んだんだ」

 

 

 あ、ふーん(察し)成程、道理でねぇ。いつまで経ったって来ない訳ですよ。

 

 

桜木「ちょっと迎えに行ってきますね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「サイレンススズカと言います。よろしくお願いします」

 

 

 ぺこりとお辞儀をする栗毛のウマ娘。サイレンススズカ。以前、二人以上担当したいと悩んでいた時に出会ったウマ娘だ。

 先程オグリさんとぐるぐる同じ所を回っていたのを発見し、俺が案内してきたのだ。

 

 

沖野「おっし、これで全員揃ったな。それじゃあ早速トレーニングと行くか」

 

 

タキオン「あー待ちたまえ。モルモット君はこれに着替えてからだよ」

 

 

桜木「あ、結局俺がトレーニングするんすね.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつもの仕事着からジャージへと着替えが終わり、外に出る。アグネスタキオンを沖野さんと挟むようにして立つと、タキオンは顎で「お前はあっちだ」という様に指示される。

 仕方が無いので、前に並んでいるマックイーン達の隣に渋々移動した。これではどちらがトレーナーなのか分からないが、タキオンが満足するなら仕方が無い。

 目の前に居る沖野さんはテキパキと指示を出している。俺も隣にいるマックイーンへと話しかけた。

 

 

桜木「とりあえず、柔軟をしてからスタミナトレーニングと筋力トレーニング。余裕が出来たら脚力を鍛えよう」

 

 

マック「分かりましたわ!トレーナーさん!」

 

 

タキオン「いい指示を出すね。流石はトレーナー君」

 

 

 パチパチと拍手をするアグネスタキオン。俺が持つはずのクリップ付きのボードを腕に抱えている。

 

 

タキオン「では私からも指示を出そう。これを飲んで、マックイーンと同じトレーニングをしてくれ」

 

 

桜木「えー?」

 

 

タキオン「別にいいじゃないか。君の為を思ってマックイーン君の指導も出来るように、私は背に腹を変えて君にこの指示を出したのだよ?本当だったら1400mを2分半で走ってもらう所だったんだからね」

 

 

 おいおい、軽く人間の世界記録を超えさせようするんじゃないよ。まぁ、マックイーンのトレーニングを見れるのは幸いだ。

 

 

桜木「うっし、それじゃあ始めますか.........」

 

 

マック「頑張りますわよ!トレーナーさん!」

 

 

 こうして、チームスピカの端くれとして、まずは二人のメイクデビューを目標にトレーニングを始めるのであった.........

 

 

 

 

 

ㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤ......To be continued



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平和な日々の出来事

 

 

 

 

 

 時計の針が鳴り響くチームルーム。一人で過ごすその時間はとても心地の良いものだが、何だか寂しさを感じてしまう。

 

 

桜木(まさか、移籍してきたスズカしかデビューしてないとはなー)

 

 

 ここ数日、チームスピカで行われたトレーニングは基礎を固められたメニューばかりだった。てっきりゴールドシップはちゃっかりデビューを果たしてそうだと思ったが、そうでも無かったらしい。

 

 

桜木(ウオッカとスカーレットはこのまま順当に行けば活躍は安心できるだろう.........)

 

 

 そう思いながら、白い天井にここ数日の彼女達の姿を投影する。二人の走りは全く逆の走り方だと言えよう。

 先行、逃げ脚質で優位な位置でレースを行い、周りと自分の空間を離し、自分のレースにするダイワスカーレット。

 一方、先行、差し脚質のウオッカは、相手をその気にさせながら、一瞬の隙を突き、相手のレースを自分のレースとすげ替える力を持っている。

 ふと、じんわりと体温が上がっていくのを感じ、冷蔵庫に入れて置いたアイスに手をつける。

 ひんやりとしたソーダ味が口に広がっていくのと同時に、今回の懸念点であるサイレンススズカについて考える。

 

 

桜木(なぜかは分からないが、先行の走り方がそもそもあっていない気がするんだよな.........)

 

 

 もちろん、それをする程の素質と力量は持っている。ただ、それをすると本人の能力が低下する様に感じた。

 その原因を探る為に、沖野さんからビデオを借りた。デビューレースでは、二着のウマ娘に七馬身の差を付けて勝っていた。

 

 

桜木(言うのは簡単だ。けれど、それでまた以前の走りに戻るという確証は無い)

 

 

 中々難しい問題を引っさげてきたものだ。そう思いながらも、今のスズカをどうするべきかという問題の解決法は、これから先も必要になるだろうと感じていた。

 食べ終えたアイスの棒を見る。そこには何も書かれてはいなかった。

 

 

桜木「ハズレかー.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁ聞いたか、例の新人」

 

 

「あぁ、あのメジロ家のウマ娘と、アグネス家のウマ娘の担当してるって言う奴か?」

 

 

桐生院「.........」

 

 

 ヒソヒソと聞こえてくる桜木さんの話。とても気分が良い物とは言えません。彼がこの職員室を拠点としていた時にもこうした話は聞こえてきましたが、彼は気にするどころか、大きな欠伸を立てていました。

 

 

「一体どんな手を使ったんだ?」

 

 

「噂じゃ実験体になる事に抵抗する所か、自分から志願したらしいぞ」

 

 

 それは本当です。私も耳を疑いましたが、彼は嬉々として自らの身体を差し出したと語っていました。正直、普段から彼が何を考えているのか理解出来ません。

 最初に彼に会った時もそうでした。私が、名門である桐生院の名を背負い、トレーナーになろうとして受けようとした試験。あの日、私の緊張は極限にまで高まっていました。いくら自分に大丈夫だと言い聞かせても、足の震えは収まらず、思考は鈍っていました。

 

 

[ん]

 

 

桐生院[え?]

 

 

 そんな私を見兼ねたのか、彼は片手に持った袋の中から、見た事も無いデザインの袋を、私に差し出しました。

 

 

[緊張するのはいいけど、もっと気楽に行こう。無駄に緊張しすぎだって]

 

 

桐生院[あ、ありがとうございます]

 

 

 そう言うと、彼は私の目の前で同じような袋を取りだし、それを開け、中身を食べ始めました。それに倣って同じようにそれを口に入れると、今まで食べた事の無い味が、口の中に広がりました。

 次に会った時は、トレーナー試験に合格し、晴れて学園所属になった時でした。

 

 

桐生院[き、桐生院葵です。よろしくお願いします]

 

 

[え、ああ。よろしくね。桐生院さん.........桜木玲皇って言います。これ、お近付きの印に]

 

 

 隣通しの職員の机で渡されたのは、やはりこれはまた見たことの無い食品でした。彼が言うには、駄菓子と言って、低価格で味わう事の出来る子供のヒーローだと。

 不思議だなと感じました。今までトレーナーになるために、色々な人とお話をしてきましたが、彼の様な人には、会った事がありません。彼の先生である古賀聡トレーナーも、どちらかと言えば、ウマ娘一筋の人でした。

 そう、トレーナーというのは、ウマ娘の事しか考えて居ない人が多いのです。

 

 

 [おい、あの子結構いい走りするじゃないか]

 

 

 [けど良く見てみろ。白毛だぞ?厳しいんじゃないか?]

 

 

桜木[え?白毛だと走れないんですか?]

 

 

桐生院[はい。一般的にはそう言われています.........]

 

 

桜木[え?でも走ってるじゃないですか?あの子も走る為にここに来たんですよね?]

 

 

 その言葉を聞いた時に、私は思いました。この人は、根本的にトレーナー気質では無いのだと。

 ウマ娘の勝利は、担当するトレーナーの勝利でもあります。故に、トレーナーは如何に従順で、扱いやすい子を強く育てるというセオリーに則って動きます。

 ですが、彼にはそのセオリーが無いんです。ただ知識と能力をもちあわせながら、ジンクスを知らない。

 あの日以来。そんなことを言ってしまった彼は、おかしな奴だと言われ始めました。

 

 

桐生院(居心地は良くない.........ですが)

 

 

 彼がここで仕事をする際、彼の陰口なんて言われない程、私が頑張ろう。そう思うとなぜか、目の前の業務に集中出来ました。

 

 

「そういや昨日、メジロの子が頭を撫でられたって」

 

 

 .........早速厳しいかもしれません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「うーん.........美味しくないなー.........」

 

 

 昼休みに入って数分程。自分で入れてみた珈琲は美味しくなかった。というより、市販のものもそこまで美味しいとは感じない。高校の修学旅行で飲んだ沖縄のアイスコーヒーの味は格別だった。

 あの雑な苦味のない味をどうすれば再現出来るのか唸っていると、一階のチームルームの窓を叩かれる。

 

 

桜木「あれ?ウララ?」

 

 

 可愛らしいピンクの髪がぴょこっとでている。イタズラにでもしに来たのだろうか。その窓を開けて返事をする。

 

 

桜木「どうしたんだ?ウララ」

 

 

ウララ「わ!!バレちゃった!!」

 

 

 本人はどうやら上手く隠れていたつもりらしい。可愛いお耳が丸見えだったよ。

 よいしょという可愛い声と共に、その顔を見せてくれる。

 

 

ウララ「あのね!トレーナーが教室に居たのが見えたの!!何してるんだろうなーって!!」

 

 

桜木「おー、じゃあ俺に逢いに来てくれたのか?」

 

 

ウララ「うん!!」

 

 

 あーーーなんて可愛い事を言ってくれるんだこの天使は。母さん。物は相談なんだが、妹を一人増やさないかい?

 本当に妹みたいだ。ちっちゃい頃はずっと俺に付いてきたあの.........いや、今も付いてくるな。流石に高校生になられると知能が半端に着くので鬱陶しくて仕方ない。家族になると弁えるべき壁が無いからな。

 

 

桜木「家の隣に越しておいで」

 

 

ウララ「なんで???」

 

 

桜木「ウララが隣に来たら人生が楽しそうだなって思ってな」

 

 

 声に出てた。何とか誤魔化せたらしい。こういう時に昔の経験が生きるから人生は面白い。アドリブやってて良かった。

 他愛も無い話をしていると、急に遊びたくなったのか、ウララはお客さんが店に入る様に自動ドアを手で表現した。

 

 

ウララ「トレーナー!!これください!!」

 

 

桜木「お!!ウララちゃん目利きだね!!今日は活きの良いのが入ってるんだよ!!ははは.........ども.........」

 

 

 気付かなかった。可愛いご褒美にアイスでもあげようかと振り返った視線の先のチームルームでは、マックイーンがご飯を食べていた。君、最近静かに食べるね。

 

 

マック「こんにちはトレーナーさん」

 

 

桜木「何時からここに?」

 

 

マック「貴方がウララさんに家の隣に越してきて欲しいと言っていたところですわ」

 

 

 1番見られてたら行けない所じゃん。犯罪者として通報されるかもしれない。

 

 

ウララ「あ!!マックイーンちゃーん!!」

 

 

マック「こんにちは、ウララさん」

 

 

 微笑みながらウララに手を振るマックイーン。あぁ、最初はあんな風に俺の前でも優雅に手を振ってくれていたのになぁ。

 

 

マック「日頃の行いですわ」

 

 

桜木「俺やっぱ役者になろっかな!?」

 

 

 そんなにわかりやすいのか?掴み所のないキャラで通ってたんだけどな。

 そんな俺達の様子をじっと見つめるハルウララが口を開いた。

 

 

ウララ「二人ともお父さんとお母さん見たい!!」

 

 

「「!?」」

 

 

マック「ケホッ!ケホッ!」

 

 

桜木「大丈夫か!?」

 

 

 突然の爆弾発言。知っているよ。僕はその展開を色々な作品で見てきたんだ。けどね、しのぎ方は分からない。終わりだよ。

 マックイーンは食べていたお昼ご飯を器官に詰まらせたのか、結構危ない咳の仕方をしていた。背中をさすってあげると少し落ち着いたので、冷蔵庫の麦茶をコップに注いでそれを飲ませた。

 これでマックイーンの方は安全だ。あとはこの話題をそらすだけ。

 

 

桜木「お父さんとお母さんって、ウララのか?」

 

 

ウララ「うん!ウララのお母さんもね!!お父さんと仲良しじゃないフリをするの!!」

 

 

ウララ「でもね!!ウララ知ってるんだ!!お父さんもお母さんもどっちも大好きなの!!お父さん酷い事言われても嬉しいそうにしてるもん!!」

 

 

ウララ「お母さんもね?お父さんの困った様に笑う所が好きだって言ってたの!!」

 

 

 ペカーッと笑うハルウララ。そうかそうか。いい夫婦だなー。俺は自分の恋愛より他人の恋愛の方が好きだから、もっと聞きたいなー。

 

 

ウララ「トレーナーがね!!さっきしてた顔もお父さんみたいだったよ!!なんか嬉しそうだったもん!!」

 

 

タキオン「ふぅン」

 

 

桜木「」

 

 

 あれ、話題そらし、失敗しました?と言うよりタキオンはいつチームルームに来てたんだ?

 そう思って振り返ってみると、赤面しながらも、黙って箸を進めるマックイーンと、数日前から持ち主不明だったミキサーに、何やら色々と食材を詰め込み、それを黙って飲み干し始めたアグネスタキオンがそこには居た。

 

 

タキオン「いやー、実はだねモルモット君。私は自分自身の認識に引っかかっていたのだよ」

 

 

タキオン「あの時仲良く漫才をしていると思ったが、どうやらあれは夫婦漫才だったらしい」

 

 

「「!?」」

 

 

マック「ケホッ!ケホッ!」

 

 

桜木「大丈夫か!?」

 

 

 また先程と同じくだりを繰り返す。大丈夫だろうかと心配していると、こちらを向いたマックイーンの顔は、少々頬を赤らめていた。

 一方の俺はもう我慢の限界だ。次何かを言われたらそのまま外に出てしまうかもしれない。

 

 

タキオン「クククっ、君達のそんな仲良しな姿を見せられたら、誰だって夫婦だと思うんじゃないかな〜?」

 

 

桜木「ウララ、ちょっと横に退いてくれ」

 

 

ウララ「いいよ!!」

 

 

 昔、動画サイトでよく聞いていた懐かしのイントロフレーズ。格ゲーでデカくて筋肉モリモリのマッチョマンが左右に移動している姿を思い浮かべそうなイントロが頭の中で流れる。

 

 

桜木「もう我慢出来ないッッ!!!」

 

 

ウララ「わわ!!すごいよトレーナー!!ヒーローみたい!!」

 

 

 窓は流石に割れないので、ウララと話す為に開けた窓からその身を投げ出す。もう我慢ならん。タキオンのニヤけ面もマックイーンの赤面顔も今の俺には荷が重すぎる。

 しっかりと安全に地面に着地し、ハルウララの方へと振り返る。

 

 

桜木「追いかけっこだ!!」

 

 

ウララ「追いかけっこ!?わーい!!ウララ負けないよー!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スズカ「ハァ.........ハァ.........」

 

 

 脚が重い。以前の様に走れない。息を乱しながらゆっくりと膝に手を着いた。どうしようという焦燥感だけが募っていく。それでも走るしかないと思うとイヤになる。今は、走るのはそこまで好きじゃなかった。

 ふと、先程から視界にチラチラと写っていた存在に視線を向ける。移籍したスピカのサブトレーナーが、ずっと唸りを上げて、あぐらをかいていました。

 

 

スズカ「あの、大丈夫ですか.........?」

 

 

桜木「え?ああ、ちょっと考え事をな」

 

 

桜木「このままタキオンの代わりにトレーニングしてたら、いつか本当にレースを走るハメになるんじゃないかと思って、今の内に名前をな.........」

 

 

スズカ「そ、そうですか.........」

 

 

 もしかして、それでずっと悩んでいたの?サブトレーナーさんは「レオミラクル?レオオクトーバー?」と、思いついた名前を、順に言っていました。

 

 

スズカ「ふふっ.........」

 

 

桜木「え?俺なんかおかしかったか?」

 

 

スズカ「だって、真剣にそんなことを悩んでるなんて、思わないですよ」

 

 

 皆さんが口を揃えて、あの人はおかしいという理由。少しわかった気がします。ですが、不思議と嫌な気分はありません。

 

 

スズカ「あの、そう言えば一人増えて居ませんか?」

 

 

桜木「ああ、あの子はハルウララ。昼休みにかけっこしたんだが、走り方がアレでなー.........ちょっとだけトレーニングに付き合ってやろうと思ってさ」

 

 

 そんな理由でチームに?トレーニング方法もおかしいです。なぜか頭にヘルメットを被せられ、人参が視界を遮るように吊るされています。

 

 

桜木「ウララは集中力が無いんだ.........そこも俺の妹と良く似ている」

 

 

スズカ「そ、そうなんですね.........」

 

 

 片手で顔を覆ってため息を吐き出してしまいました。きっと、妹さんにも手を焼いていたのですね。

 隣に座り込むと、彼は何も言わずにそれを許してくれました。遠くからタキオンとマックイーンの併走を見ながら、静かな時間を過ごしていました。

 

 

桜木「.........そういえば、何か悩んでるのか?」

 

 

スズカ「.........最近、走るのが楽しくないんです。なんだか脚が重くて.........」

 

 

スズカ「分からないんです.........どんなに考えても、作戦通り走った方が勝てる筈なのに.........」

 

 

 まるで、静かな空気が言葉を押し出す様に口が動いてしまいました。けれど、不思議としまったと思ったり、変な事を言ってしまったとも思いませんでした。

 

 

桜木「1+1が2になるのはなんでだと思う?」

 

 

スズカ「え?」

 

 

 二人の併走を見ている最中に、横からそんなことを言われました。振り向いて見てみると、サブトレーナーさんは真剣な様子でそれを聞いているようでした。

 

 

スズカ「えっと.........1と1は、二つだと2になるから.........?」

 

 

桜木「よし。君は考えるより動いた方が良いな」

 

 

スズカ「えぇ!?」

 

 

桜木「頭で考えるより、君はどっちかと言えば直感型だ。レースで逃げてる時も、作戦とかそんな回りくどいことなんて考えてなかっただろ?」

 

 

スズカ「そ、それは.........」

 

 

 確かに、サブトレーナーさんの言う通りでした。私は走ることが好き。前に誰も居ないコースで、自由に、身体を動かすのが好き。

 けれど、それでは勝てない。今は勝てても、いずれ勝てなくなる。いずれ、前の景色を明け渡す事になる。リギルに居た頃に言われた言葉が、私の心も重くします。

 

 

桜木「誰にも抜かされないように逃げる。抜かされそうになったらそこから差すように走る。君にしか出来ない走り方だ。だから、君がやれ」

 

 

スズカ「!」

 

 

桜木「大体おかしいんだよ。才能で戦っちゃいけないなんて、それこそ手加減だ。才能で勝てなくなるのは、それが才能だったんじゃなくて、ただ運が良かっただけなんだよ」

 

 

 俺の親友は才能ぶん回して世界8位だぞと言いながら、サブトレーナーさんはその場に仰向けになりました。

 これで二回目でした。スピカのトレーナーさんにも、好きな様に走ると良いと言われ、この人にも、前と同じように走れと言われました。

 

 

スズカ「好きに走っても.........良いんですか?」

 

 

桜木「何言ってるんだ?好きで走ってるんだろ?」

 

 

 同じように仰向けになりながら、青い空を見上げながら、その言葉を聞いていました。

 好きで走ってる。それは少し投げやりな言葉かも知れませんが、事実です。私は今まで、好きで走ってた。好きで好きで堪らなかった。それは、私が好きに走ってたから。

 

 

桜木「元の様に走れるアドバイスは出来ない。記録媒体の質が良くないからな。そこは 沖野さんに聞いてくれ」

 

 

スズカ「はい。ありがとうございます」

 

 

 寝せてた身体を起こし、ゆっくりと前に歩きます。それだけで、少し身体が軽くなったのを感じました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「随分と的確な指摘ですわね」

 

 

桜木「あらら?マックイーン?」

 

 

 まったく、この人は私たちにトレーニングをさせておいて、話にふけってるなんて。勝手な人ですわ。

 そう思いながら、私もスズカさんと同じ様に、彼の隣に座り込みました。

 

 

桜木「俺は人生で一度も食事制限した事ないから、マックイーンの時は何も出来なくて慌てたけどな.........」

 

 

マック「ふふっ、それでも、今は貴方のおかげで、こうして楽しく走れていますわ」

 

 

 気持ちの良い風が、ターフを駆け巡り、私の頬を撫でました。いつもと同じ風なのに、彼が隣に居るだけで、こんなに特別に感じてしまう。今はその感情に名前はつけません。

 

 

桜木「.........好きな事が楽しくなくなる経験は、死ぬほどしてきたからな」

 

 

マック「.........トレーナーさんの夢の事ですか.........?」

 

 

 [昔置いてきた夢を空に返した]。と、以前彼は講演会が終わった後に、私に話してくださいました。あの時はまた今度と言われてしまい、聞くに聞けなかったのですが、ずっと気になっていた事です。

 

 

桜木「いんや、夢に関しちゃ楽しくなかったなんて事は無かった.........けど、ここに居るって事は、大した夢じゃ無かったんだろうな」

 

 

 ははは、と笑う彼の顔に、哀しさはありません。それでも、そんな風に過去の自分の夢を卑下する彼に、どう反応していいかなんて、分かりませんでした。

 

 

桜木「.........でっけぇ事故にあってな。その時の記憶はないけど、トラックかなんかに跳ねられて、利き腕の肩がイカれちまった」

 

 

マック「!!」

 

 

桜木「夢は諦めた。正直夢の為に必死にリハビリできるのかと考えたら、俺には無理だった。役者で食って行こうって、あんなに周りに言いふらしてたのになぁ」

 

 

 役者.........つまり、彼は演技の道に生きていこうとしていた。それが、怪我で夢を追えなくなってしまった。それは、悲しい事のはずです。少なくとも、もし私がその立場に立ってしまったら、気が狂ってしまうかも知れません.........ですが、彼は笑って言いました。

 

 

桜木「.........けどな、どうしても好きな事だけは諦められなかった」

 

 

マック「好きな事.........ですか?」

 

 

桜木「ああ、ゲームセンターで、誰もいないゲームをいじってただろ?」

 

 

 ああ、テイオーが確か、彼を絶賛していた時にやっていた.........

 

 

桜木「ちっちゃい頃から、クソ親父の影響でゲームが大好きでなー.........車のおもちゃとか合体ロボのおもちゃとかより、ずうっと、コントローラー握ってた」

 

 

桜木「あの時やってたゲームも、中学生の頃に興味を持ったんだ。このコントローラーで、キャラクターを自由自在に動かせれば、楽しいんだろうなって」

 

 

 そんな風に語る彼の目は、とてもキラキラしていました。好きな物を語る目。今までで一番、子供のような幼さを感じる瞳でした。

 

 

桜木「一人で頑張って強くなってな。対人戦なんかした事ないのに、大会に出れるんじゃないかって自惚れるくらい、頑張ったけど」

 

 

マック「トレーナーさん.........」

 

 

 そんな彼の目も、悲しげに変わりました。頭を支えていた両腕のうち、左手を肩へと添え、その上半身を起こしあげました。

 

 

桜木「事故のせいで、初心者のアイツらにボコボコにされた。それが.........何よりも悔しかった。役者になれないなんて思った比じゃないくらい、俺は心底自分の肩を恨んだ」

 

 

桜木「結局、楽しかっただけだ。演技なんて.........辛い事が起こったら、きっとすぐ辞めてたさ」

 

 

マック「.........」

 

 

 彼はそう言いながら、そのターフにもう一度背中を付けました。

 ものすごく穏やかな彼の顔。どこかスッキリしていて、未練も何も無いということを、その身に纏う雰囲気と表情で伝えてきます。

 

 

マック「トレーナーさんも、大人なのですね」

桜木「まだまだだよ.........夢を空に返しただけで、叶えては居ないからね.........今度はしっかり、叶えないとな」

 

 

マック「?」

 

 

 それは一体どんな夢なのですか?そう言おうとする前に、彼はその体を起こしました。両の足を立たせ、私に背を向け、スカーレットさんとウオッカさんの元へ歩いていきます。

 そんな中でちらりと見えた彼の頬は、どこかいつもより、赤かったように感じました。

 

 

 

 

 

ㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤ......To be continued



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トレーナー「変わっていく為に」

 

 

 

 

 

桜木「え?選抜レースにライスが出るのか?」

 

 

ウララ「うん!!」

 

 

 珈琲の匂いが漂う昼休みのチームルーム。コンロの火を消して、卵焼きを可愛いキャラクターがデザインされたお弁当箱に詰め込み、蓋をしていると、お昼ご飯を食べ終わったハルウララが、思い出した様にそう言った。

 

 

タキオン「トレーナー君。お昼のお弁当箱はここに置いておくよ」

 

 

桜木「へいへい。カフェテリアで食えるのにわざわざ俺の手料理なんざ食いてえなんて、相当物好きだな」

 

 

タキオン「カフェテリアは待ち時間がある。私はその時間も研究に回したいんだ。それは持って行ってもいいんだろう?」

 

 

 コイツはなんでさも当たり前の様に俺に飯を作らせているんだろう。コーヒーに砂糖とミルクをふんだんに使い、ずずずと飲む。

 アグネスタキオンはお昼に食べたであろう弁当箱と薬の入ったビーカーを置く。飲むよ、飲みますよ。飲むからちょっと待ってくれ。

 

 

マック「ありがとうございました。トレーナーさん 」

 

 

桜木「そしてちゃっかり君も俺の手料理を食べたがるのね.........」

 

 

 キッチンの洗面台にお皿を下げるマックイーン。彼女の言い分では、トレーナーさんが食事を管理した方が、自分で注文するより確実なのではと、タキオンの弁当を見て思い付いたらしい。

 

 

マック「トレーナーさんの味がしましたわ♪」

 

 

桜木「恥ずかしいからそういう言い方は止めてほしいんだが.........」

 

 

 この子は最近、なにか吹っ切れたのか知らないけどこういうアタックが激しくなった気がする。女性経験が少ないんだ。からかうのはいいが、勘違いするから自重して欲しい。

 そう思いながら一度置いた珈琲に口をつけようとすると、何とも言えない味が口に広がる。

 

 

桜木「タキオンさぁ.........」

 

 

タキオン「さっさと飲まない君が悪いのさ、モルモット君?」

 

 

 彼女の手元には飲みかけの珈琲。してやられたということだ。

 諦めて、手元のビーカーに入った変な色の薬を飲み干した。最近、黒津木の奴とも共同研究しているらしいし、身体に危険は無いだろう。

 

 

タキオン「それにしても、ウマ娘の能力算出計算式が、こうも難解だとは思わなかったよ」

 

 

桜木「ああ、お前はあれに当てはまらないからな.........確実に全てを証明できなきゃ、数式の公式としては扱えないだろ.........これもうちょい美味くならない?」

 

 

 当てはまらない。そう、アグネスタキオンは能力算出計算式の公式に当てはまらないのだ。あの細い足からは弾き出された計算より、格段と早く、そして強い走りが出来る。

 だが、その数式を今解く事が出来る男は一人だけ。そう、親友の一人、神威創だけだ。

 

 

桜木「独学であそこまでやろうとするんだから、狂気の沙汰だよな。昔からアイツのやり込みって怖い所があると思ったんだよ」

 

 

 無双ゲームでは全武器、全キャラ、全パラメータをMAXにして、武器のステータスやら特殊能力やらもMAXにする。もうやることないでしょって思ってたのに変なやり込みを見つけ出す。控えめに言って頭がおかしかった。あんな方天戟を早送り見たいに振るう呂布なんて見たくなかった。

 

 

タキオン「おや!!効果はどうやら脛辺りに出たようだねぇ.........やはり、一人より二人の方が作業の進行量は増えるようだ」

 

 

桜木「程々にしてやってくれよ?アイツ最近徹夜続きだからな.........」

 

 

 黒津木はあのズルズルと引きずられて行った後、案の定人生の推しを見つけたと歓喜し、喜んで実験の手伝いをやり始めた。

 最近では自主的に頼まれていないのに薬を作っているらしい。勝手な事をすると拗ねちゃうかもしれないと言っていたが正解だろう。この前勝手に二本飲んだらトレーニングに三日も来なかった。

 

 

ゴルシ「おいっすーオマエら〜。元気してっかー?」

 

 

マック「あら、ゴールドシップさん」

 

 

ウララ「なにそれなにそれー!!」

 

 

 スケボーに乗りながら登場するゴールドシップ。いつも面白い登場してくるなぁお前も。

 というよりそれ、白銀が自慢してた結構お高い奴じゃない?どうしたの?ボコして奪ったの?

 

 

ゴルシ「目の前で白銀が自慢してたから口にその辺の雑草突っ込んで地面に埋めちまったぜ♪これはその戦利品」

 

 

桜木「仮にも有名人なんだから下手に出てくれ、訴えられたら確実に負けちまう」

 

 

 アイツ金はめちゃくちゃ持ってるからな。友達だろうがそこら辺は容赦しないヤツだぞ。後で俺が返しとくから。

 

 

ゴルシ「え?アタシもう自分の名前書いちまったぞ?」

 

 

桜木「そマ!?」

 

 

ゴルシ「マ」

 

 

ウララ「どういう意味なの???」

 

 

二人「マックイーンまじ可愛いの略だよ」

 

 

マック「ふざけないでくださいまし!!」

 

 

 アッハッハッハッハッハ!という笑い声と俺の背中をしばかれる音が響く。なんで俺だけ?

 

 

ウララ「ま!!!」

 

 

マック「ウ、ウララさんまで.........///」

 

 

 マックイーンの方向を向いて可愛らしい使い方をするウララと、可愛らしい反応をするマックイーンを目に焼き付ける。いやー。眼福眼福。

 

 

ゴルシ「つーかオマエ、気軽に可愛いとか言うんじゃねえよ」

 

 

桜木「俺は昔から好きな物は好きって言うし、可愛い物は可愛いって言おうと決めてるんだ」

 

 

 自分の気持ちに嘘は吐きたくない。演技の為なら頑張れたが、この前の講演会でそれすらも出来なくなったということははっきりと感じた。

 まぁ、問題は無い。普段から正直に生きようとしている俺からすれば、何ら大差ことは無いからだ。

 

 

桜木「.........って、話が大分それたな。折角だから見に行くか!ライスの走り!」

 

 

ウララ「良いなー!!ウララも見たかったー!!」

 

 

 そっか、中等部は授業があるのか。残念だな。皆でワイワイしながら応援出来ると思ったんだがな.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「ズルズルズルズル.........」

 

 

 時間は回って高等部の選抜レースが始まった。レースの展開や力量は中等部と同じ位だ。中等部が凄いのだろうか、はたまた高等部はまた別の要因があるのだろうか。

 まぁ、実力に差があってしまったら、今頃レースの賞は全て高等部のウマ娘が全てかっさらっているだろう。そうなっていないのが何よりの証拠だ。

 だが今はそんな事はどうでもいい.........問題は.........

 

 

桜木「お前らなんで居るんだよ.........」

 

 

タキオン「敵情視察だよモルモット君。データを取るのに、選抜レースはうってつけなんだ。勿論、君の目も頼りにしてるよ」

 

 

ゴルシ「アタシは田舎のじいちゃんのタケノコニョッキッキ会の会費を払ってやらなきゃなんねぇんだ!!焼きそば売りまくんねぇとダメだろ!!!」

 

 

 以前の選抜レースと同じよう焼きそばを売るゴールドシップ。一体いつ、どこでこの量を作ったんだ?

 ソースの匂いが口と鼻に広がり、肉や麺が腹の中へと収まっていく。やっぱり美味いんだよな、コイツの焼きそば。

 

 

タキオン「中々美味いじゃないか。モルモット君の料理といい勝負だ」

 

 

桜木「バカ言え。俺はこんなに美味く焼きそばは作れねぇよ」

 

 

ゴルシ「おいおい♪アタシを褒めたって両足しか出ねぇぞ♪」

 

 

 それはもうドロップキックなんですよゴールドシップの旦那。え?なんだい?君は何か突飛な事をやったり言ったりしないと死んでしまうのかえ?だったらしょうがないねぇ。

 うーん。アグネスタキオンってこんな口調だったかな?雰囲気だけのモノマネなら一番受けると思ったんだけどな、アグネスタキオン。

 

 

タキオン「君、また失礼な事を考えているだろ?」

 

 

桜木「そんなわけないじゃないっすか。被害妄想も甚だしいっすよ」

 

 

タキオン「口調がおかしいのが何よりの証拠だ。本当に嘘を吐くのが下手だね」

 

 

 実験はしばらくお預けだね、と言いながら焼きそばを食べるアグネスタキオン。どうやら俺に対しては実験を敢行するより、実験させない方ががっかりするのがバレたらしい。

 仕方ないだろう。身体が光ったり、筋肉が強くなるなんて言うのは永遠の少年の夢だ。薬だろうがなんだろうが、一瞬でも叶うなら万々歳だ。

 

 

タキオン「それで?ウララの言っていたライスシャワーという子はどの子だい?」

 

 

桜木「えーっと.........確か.........」

 

 

バクシン「ライスさーん!ライスさんライスさんライスさんッ!?どちらにいらっしゃるのですか、ライスさぁーーんッ!!」

 

 

桜木「.........来てないのかな?」

 

 

 目の前をその名に恥じない走りで掛けていくサクラバクシンオーの姿。その様子からして、どうやらライスの事を探しているようだった。

 

 

ゴルシ「うーん。見当たんねえなー。ったく、どこほっつきあるんてんだ?自分が丼物の主役だって事を忘れてんのか!?」

 

 

 ゴールドシップの視力を持ってしても、ライスシャワーは見当たらないらしい。

 周りのトレーナーからは、走りの資質は兎も角、選抜レースのボイコットなどと言われ始めている。

 

 

タキオン「ボイコットか、そう言えば私も以前同じ事をしたよ」

 

 

桜木「お前と一緒にするなよ.........」

 

 

 どういう理由で姿を表さないのかは気になったが、体調が悪いのだろう。仕方ない、今回の応援は見送ろう。

 そう思い、立ち上がろうとすると、シャツの袖を掴まれた。

 

 

タキオン「何をしているんだ。これから有望株が走ると言うのに」

 

 

桜木「えー、俺書類有るんだけど.........」

 

 

タキオン「君は気に入ると思うよ」

 

 

桜木「.........」

 

 

 そう言われ、どうしたものかと思っていると、ゲートが開く特徴的な音が聞こえてくる。慌てて視線をレースへと注いだ。

 

 

桜木「おいおい.........ッ!スプリンターだからって早すぎじゃねえか.........!?」

 

 

 現在行われているのは短距離グループの選抜。これが終われば次に人数の多い長距離を行う予定だった。

 先頭を走るウマ娘。いくら短距離だからってこのペースで飛ばすなんて、普通じゃない。

 短距離のレースはその名の通り、走る距離が短い。相対的に、レースの時間も短くなる。もっと彼女の走りを見て見たかったが、そのウマ娘は影を一度も踏ませる事などなく、ゴールラインへと足を踏み入れた。

 

 

タキオン「驚いただろう?巷では彼女の事をサイボーグだと呼んでいる」

 

 

タキオン「ミホノブルボン。それがあの、超高速の逃げを体現したスプリンターの名前だよ」

 

 

桜木「ミホノブルボン.........」

 

 

 身体が痺れる様な衝撃が落とされる。なんだその.........なに?ウマ娘ってめちゃくちゃカッコイイ名前とかめちゃくちゃ可愛い名前付けないと生きていけないの?

 サイボーグという通り名も男子の心を鷲掴みにしてくる。これはもうスカウトするしかあるまい。そう思い、ミホノブルボンを目で探してみると、一人の男性と何やら話し込んでいた。

 

 

タキオン「ああ、因みに言っておくと、彼女はもうトレーナーが居るんだよ」

 

 

桜木「そ、そんな.........」

 

 

 一足遅かった。普段の俺なら縁がなかったと早々に気持ちを切り替えられるが、あんな面白そうな子はそうそう居ない。これはしばらく引きずるぞと思いながら、ゆっくりと席を立った。

 

 

ゴルシ「あん?どこ行くんだよおっちゃん!!」

 

 

桜木「書類を片付けてくるんだよ.........せっかく面白い子を見つけられたのに.........」

 

 

 ノリが悪いと言うようにタキオンとゴールドシップは去る俺を不服そうな顔で見てくる。ええい、俺は今テンションが低いんだ。職員室に帰らせていただく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「ふぁぁ.........やっと終わったぜ、ったくよ.........」

 

 

 書類の作業は思ったより難航した。気分が乗らなかったというのもあるだろう。そんな日もある。そう思いながら、帳の降りきった学園の敷地内を歩く。

 因みに、今日のトレーニングはお休みにした。マックイーンもタキオンもここ一週間のトレーニングのデータのまとめをさせ、ウララには慣れない事をした疲れを癒してもらう為だ。

 

 

「ぐす.........」

 

 

桜木「!?」

 

 

 何処かで、女の子が泣く声が聞こえる。こんな夜に?いや、時間的にはまだそこまで遅くは無いが、俺はお化けとか幽霊とか、その手の類の存在が大の苦手だ。

 

 

桜木(そ、そっと歩こうか.........)

 

 

「がんばるって.........がんばろうって、決めたのに.........」

 

 

桜木「.........」

 

 

 微かに聞こえてくるそんな言葉が、学園の門へ向いていた俺の足先の向きを変えさせた。どんな存在であろうと、がんばろうとしている者をほっぽって行く訳には行かない。それが泣いている女の子なら、尚更だ。

 声が聞こえてくる茂みにそっと近づいてみると、そこには今日、選抜レースに姿を見せなかったライスシャワーが、小さい身体を更に小さくさせていた。

 そんな姿が、どこかの泣き虫と重なってしまった。

 

 

桜木「大丈夫か?」

 

 

ライス「ふぇ.........?ト、トレーナーさん.........?」

 

 

 俺の姿を見て、驚いた表情を見せたライスは、その後、何かに怯えるような様子で身体を震わせた。

 

 

ライス「ご、ごめんなさい.........それ以上、こっちに来ないで.........」

 

 

桜木「どうして?」

 

 

ライス「だって.........ライスのそばにいたら、また不幸にしちゃう、また迷惑かけちゃうよ.........ライスがだめな子のせいで.........」

 

 

 不幸.........?ああ、最初に会った時のあれか。うーん.........正直あのレベルの不幸だったら、創と一緒に居るだけで発生するから慣れっこなんだよな.........

 

 

ライス「ライスも、だめじゃないライスになりたかったけど.........がんばろうって、レース出ようって思ったけど、結局.........!」

 

 

桜木「ライス.........」

 

 

 目の前に居る女の子はただ、涙を流して居る。この子がどんな努力をして、今この場で泣いているのかは分からない。どれほどの汗を流して、走ってきたのかも知らない。

 けれど、知らないだけだ。知らないだけで、それを否定する事は出来ない。目の前の涙を流している姿は本物だ。

 

 

桜木「.........一人で、頑張ってきたんだな」

 

 

ライス「......うん.........けど、やっぱり、ライスなんか.........!」

 

 

桜木「一人じゃ変われなかったんだな?」

 

 

ライス「!!」

 

 

 目を見開いて、俺の方を見るライスシャワー。その目にはやはり、大粒の涙が溜められていた。

 酷い事を言ったかもしれない。けれど、それは事実だ。生き物というのは突き付けられた残酷な事実を受け入れ、それを克服する為に進化してきた。というのは、明らかな建前だ。

 どこか、この子に俺の昔の妹と同じものを感じた。引っ込み思案で、甘えん坊な妹と同じものを。

 

 

ライス「うぅ.........」

 

 

桜木「泣かなくていい。一人じゃ無理だった。だから、これからは皆で変わろう」

 

 

ライス「え.........?」

 

 

 また泣き出そうと俯かせた顔を、ライスシャワーは上へと上げた。月に照らされ、赤くなった彼女の顔が良く見える。

 

 

桜木「俺は今、チームスピカに居る。けれど、三年後は独立して、新しいチームを作る予定だ。どうだ?俺達と一緒に変わっていかないか?」

 

 

ライス「あわわ.........ら、ライスはその、とってもとっても嬉しいけど、でも」

 

 

ライス「ライス、本当にだめな子だよ?いっぱい迷惑かけるし、まともにレースも出られないのに.........」

 

 

桜木「安心しろ。ライスより今のうちのチームリーダーの方が迷惑かけるし、まともにレースできねぇから!」

 

 

ライス「っ.........!」

 

 

 笑いながらそう言うと、彼女は息を飲んだ。そりゃ、自分よりチームリーダーの方がレース出来なくて迷惑かけまくりって言われたら、何も言えねえよな。

 そう思いながら、彼女の表情を見ると、もう泣いていた女の子はそこには居なかった。

 

 

ライス「凄い.........お兄さまみたい.........」

 

 

桜木「お?ライスに兄ちゃん居るのか?」

 

 

ライス「へ!?ご、ごめんなさい!そういうわけじゃ無いの.........!」

 

 

 慌てふためきながら両手を振るライスシャワー。ふむふむ、俺のお兄ちゃんパワーが炸裂してしまったようだ。自分で言うのもなんだが、結構面倒見の良い兄貴してたからな、俺は。

 そう思っていると、ライスシャワーは立ち上がり、モジモジとしながら口を開いた。

 

 

ライス「えと、あの、それじゃあ.........よ、よろしくね。トレーナーさん」

 

 

桜木「ああ、一緒に変わっていこう!」

 

 

ライス「うん......!ライス、がんばるね.........!!」

 

 

 力強くそう宣言するライスシャワー。ぎゅっと握りしめたその両手に、絶対に変わろうと言うライスシャワーの強い意思が、ひしひしと伝わってきた。

 

 

 

 

 

ㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤ......To be continued



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トレーナー「サイボーグは流れ星では居られない」

 

 

 

 

 

 

桜木「おう、わーってるよ。もう帰るから。そんなに腹減ってんなら自分でコンビニ行けばいいべや!!タコライスがァッ!!」

 

 

 ピッと電話を切り、ウマ娘寮の門から遠ざかる。流石に外も暗いので、ライスを一人で返すのもなーと思い、ここまで送ったのだ。

 電話の要件は簡単で、白銀が腹を空かせて待っているというものだ。もういい大人でプロの競技者なんだから、そこら辺は自分で何とかして欲しい。少なくとも俺はお前のコーチでもトレーナーでも無い。

 そう思いながら今度こそ帰ろうと思っていると、トレーニングコースの近くを通った時だった。

 

 

「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ!」

 

 

桜木(お、熱心な奴が居るなぁ.........って)

 

 

 思わず足を止めた。その理由はただ一つ。もっと走っている姿を見てみたいと思っていた、選抜レースに参加していたミホノブルボンだったからだ。

 行けない行けない。彼女にはもうトレーナーが着いてるんだ。これじゃまるで俗に言うNTRしようとしてる見たいじゃないか。俺はどちらかと言えば純愛系が好きだ。

 そう思っていると、静かな空気のせいで彼女の言葉が伝わってくる。

 

 

ブルボン「はぁっ、はぁっ、1800m通過。残り1200m、タイム2分04秒っ.........目標速度より大幅に低下.........!」

 

 

桜木「.........?」

 

 

 彼女は今、1800mを走りきったのか?スプリンターなら普通は1600m未満のレースを走るはずだ。一体なんの為に.........?

 決してやましい気持ちは無い。ワンチャンあれば行けるか?とかいう格ゲーマー特有のノリはもちあわせて居ないが、それでも興味が湧いたのも事実だ。幸い、俺がここに留まって困る奴は世界8位のアイツしか居ない。

 そう思った俺は、その足をターフへと踏み入れた。

 

 

桜木「うお.........」

 

 

 間近で見るとやはり、走りに関しては凄まじいものを感じる。それが才能によるものなのか、努力によるものなのかは分からないが、凄いと言うことだけはわかった。

 

 

桜木「?.........不味くないか?」

 

 

 どうやら走り終わったらしい彼女は、その手を膝に着いた。その様子が以前のマックイーンと重なり、少しだけ小走りで近くへと向かう。

 

 

桜木「ッ!?まじぃ!!」

 

 

 ふらっと揺れるその仕草までマックイーンとほぼ同じ。こりゃ倒れるなと予測した俺は全速力でその場を駆けた。

 タキオンのおかげで少しは足が早くなったらしく、スライディングをかまして、なんとか地面への激突を防ぐ事が出来た。

 

 

桜木「ウマ娘っつうのは、どいつもこいつもここまで頑張んなきゃ死んじまう生き物なんかな.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ブルボン「適量の水分チャージ。休息により、脈拍、血圧ともに正常値に推移。メンテナンス完了」

 

 

桜木「お、おう」

 

 

 コース外のターフへとミホノブルボンを運び、仰向けにさせた後、自販機で急いで買ってきた水を手渡した。

 目の前の少女と話すのは初めて.........いや、もう口調からして機械的だ。もしかしたら本当にサイボーグなのかもしれない。

 

 

ブルボン「ありがとうございました。それでは、失礼します」

 

 

桜木「ちょちょちょい!!さっき倒れたばっかしなんだから、無茶しちゃ行けねえぜ!」

 

 

 口調が少々タマモクロス味を帯びてしまったが、仕方ないだろう。目の前のこの子はまた走り出そうとしてるんだから。

 そんな俺の気も知らずに、サイボーグと呼ばれているミホノブルボンはキョトンとした顔で見てくる。

 

 

ブルボン「激しいスタミナ消費に一時的な疲労と判断。現在、順調に回復中。つまり、『大丈夫』です」

 

 

ブルボン「残り7分28秒で走行可能範囲内まで回復と解析。呼吸を整えつつ、回復を待ちます」

 

 

桜木「えっと、因みに回復したら?」

 

 

ブルボン「回復後、2000mの走行を予定しています」

 

 

桜木「ダメダメダメダメ!」

 

 

ブルボン「なぜ?」

 

 

 この子やっぱりサイボーグじゃない。限界を超えようとする意思力は正に人のものだ。正規のプログラミングが施されていないか、サイボーグのフリをした普通のウマ娘だ。

 どうしたものかと考えながらも、息を吐いた。これは早々に帰れる問題ではないなとも感じた。

 マックイーンの時とは違うのだ。生粋のステイヤーとして期待され、その期待通りに仕上げられたフォームと肉体とは訳が違う。

 彼女はスプリンターだ。誰がどう見たって、彼女の脅威の走りを見れば、トレーナーなら誰だってそう感じる。とても2000mを走らせられはしない。

 

 

桜木「あー.........あのな?君の身体はまだ、そう走るように作られていない。このまま無茶な練習を続けるなら、本当に身体を壊しちまうぞ」

 

 

 半分、脅しの意味を込めて語気を強めた。しかし、目の前のミホノブルボンはたじろぐ様子すら見せずに、その片手で拳を作り、胸へと掲げた。

 

 

ブルボン「.........しかし、私には到達すべき目標があります」

 

 

桜木「目標?」

 

 

ブルボン「クラシック三冠達成です」

 

 

桜木「ああ、三冠ね」

 

 

ブルボン「.........?」

 

 

 そうかそうか.........三冠か.........確かに、それを目指すのなら、長距離や中距離の克服は不可欠だ。けれど、今の状態のままじゃ、スタミナをつける所か、帰って身体を壊しかねない。

 そう言って唸っていると、ミホノブルボンは少し不思議そうな顔をしていた。

 

 

桜木「ん?なに?」

 

 

ブルボン「いえ、いつもこの話をすると、笑われるか諦めろと言われるので」

 

 

桜木「なんで?」

 

 

ブルボン「スプリンターが三冠どころか、そのどのレースにも勝利した事がないからです」

 

 

桜木「へー」

 

 

 そうだったのか。情熱さえあれば何とかしそうだと思ったんだけどな、ウマ娘って。まぁ、世の中そんなに甘くないし、大体は身の程を弁えて走ってるのか。

 けれど、それが実に惜しい。自分の戦績に傷を付けるのが嫌なのか、勝てないと分かりきってるから挑まないのか.........やってみれば案外、良い線いって何かに目覚めるかもしれないというのに。

 

 

ブルボン「貴方は、何も言わないのですか?」

 

 

桜木「言わん。もし君が勝った時に、君を笑った事を恥ずかしく思って生きていかなきゃ行けんし、君が俺の言葉で勝つ勝負を諦めてしまったら、俺は墓に君への懺悔を切り刻まなければならん」

 

 

桜木「それにな。俺の尊敬する人の言葉には今の君にぴったしのものがある」

 

 

ブルボン「その言葉とは?」

 

 

 目の前に居る少女。愚かしくも、スプリンターとしての才能を持ちながら、その道を捨てようとしている。その道を捨て、自身には無い才能が跋扈(ばっこ)しているステイヤーの道を歩もうとする。

 言葉を借りるならあの言葉だ。絶対的強者、圧倒的エリート、身の程知らずを嘲笑い、バカにする者へと送られた言葉。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『落ちこぼれだって、必死に努力すりゃ、エリートを越えることがあっかもよ』ってヤツだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ブルボン「!!!」

 

 

桜木「勝つか負けるかなんて分からない。レースってそういうものだろ?」

 

 

桜木「それでも、もしウマ娘のレースでお金を賭けられたら君に賭けよう。それくらいして良いほど、君からは熱意を感じる」

 

 

ブルボン「.........それは賭博罪に当たります」

 

 

桜木「知ってるよ。例えばだよ、例えば」

 

 

 ジョークだよジョーク。俺も流石に捕まりたくないからね。

 古賀さんから口を酸っぱく言われたのは金と女関係だ。もう頭が痛くなるくらい言われたし、それをした奴の末路はよく分かっている。しかし、金の方は救いは無いが、女の方は正当な手順を踏めば許されるらしい。まぁそこら辺は色々抽象的でよく分からなかったが

 

 

桜木「とりあえず、君はトレーナーが着いてるんだから、ちゃんと見てもらえ。話は通してるんだろ?」

 

 

ブルボン「.........」

 

 

桜木「.........嘘でしょ?」

 

 

 ここで何も言わない。という事は、つまり今無断で、トレーニングを行っているという事だ。あまりに緊急事態すぎる。

 恐らく、彼女のトレーナーもまた、彼女の目標を笑ったか、諦めろと促した側の人間だろう。トレーナーとしての目線を持つならば、気持ちも分かる。

 え?どうするの?この子の夢を叶える為にまさか本当にNTRするの!?いやいや、ここはしっかりとジャパニーズオハナシ神拳の伝道者としてしっかりと話し合いの大切さをだな

 

 

ブルボン「7分半が経過。体力、走行可能範囲内まで回復」

 

 

桜木「え」

 

 

ブルボン「それでは失礼します」

 

 

 しっかり話し合いしなさいと言う前に、コースを走って行ってしまった。あの子、話聞かないタイプの人間か?

 仕方ない。こういうのはしっかり伝えるのが大人としての責務。そう思い、必死に空鳴る腹の音を意識しないよう、彼女の2000mを見守っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ブルボン「はぁ、はぁ.........っ!」

 

 

桜木「ラップタイムとか意識してみるか?」

 

 

 2000メートルを走り切ったミホノブルボンに、アドバイスを投げかけた.........あれ?俺、何言ってるんだ?お前は何してるんだ!?お腹減ってるんだよね!?

 どうやら、ミホノブルボンの2000mを見ている過程で、アドバイスを送りたくなったらしい。仕方ないね、お腹も空いて思考力も鈍ってるし。

 

 

ブルボン「ラップタイム.........ですか?」

 

 

桜木「そう、常に一定の速度を保ち続けながら走る為には、波を作って走るスピード変えるより、到達地点に対する秒数でアプローチした方が良いかもな」

 

 

 ここまで来たなら仕方あるまい。指導はせん。だが言ってしまったからには責任もって最後までやろう。

 

 

ブルボン「了解しました。情報をインプットしました。体力回復次第、測定を開始」

 

 

桜木(どちらかと言えばウォーズマンっぽいな)

 

 

 ふぅーっと息を吐きながら、身体を満遍なく脱力させるミホノブルボン。力の抜き方もまた的確だ。

 そんなことに感心していたが、先より大切なアドバイスがあった。それを伝えなければ。

 そう思い、ターフにどっしりと腰を下ろしながらアドバイスを送った。

 

 

桜木「それと、まずはマイル距離からだ」

 

 

ブルボン「しかし」

 

 

桜木「千里の道も一歩からだ。焦ると逆効果。回り道もまた道だ。景色でもゆっくり見ていこうぜ」

 

 

 ポケットに入れていたココアシガレットを、空腹を紛れさせる為に一本咥える。

 

 

ブルボン「了解しました。ステータスを『おおらか』に変更。『焦らず、ゆっくり』トレーニングを開始します」

 

 

 しっかりと自分に言い聞かせるように、ミホノブルボンはそう言った。案外、話の分かるやつなのかもしれないな。

 次に備えてストレッチを始める彼女の身体を見ると、まだデビュー前とは言え、やはりスプリンターとしてならば大きな活躍をし、その名を十年先にも残せる戦績を上げられると思った。

 けれど、出来ることと、やりたい事は違う。光の線を残す流れ星は、端からそうなりたいとは願っていないのだ。

 

 

桜木「.........よし、これで今日は最後にしよう」

 

 

ブルボン「了解しました。バイタル状態を『平常』から『高揚』へ変更確認。いつでも行けます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 走り始めたミホノブルボンのペースは、悪くは無いものだった。まだ若干、スプリンターの走り方ではあるが、先程のような無茶している様子はあまりなく、順調にマイル距離を制覇して行った。

 

 

桜木(アドバイスしてみるもんだな.........)

 

 

 ゴールの地面を踏み抜いた彼女の様子に、あまり疲れは見られない。呼吸の状態も、良好そうだ。

 口に咥えたココアシガレットを噛み砕きながら、ゆっくりと彼女に近付くと、キビっとした動きでこちらに振り向いた。

 

 

ブルボン「.........自己ベスト。更新しました」

 

 

桜木「おー、やるじゃんか。日々の努力の成果だな」

 

 

 ただ立っている彼女に拍手を送る。どうやら、指摘した箇所は的確だったらしい。それでも、難なくそれが出来たのは、日々努力を続けてきた彼女の功績だろう。

 それでも、彼女はその顔を変えることはしなかった。

 

 

桜木「嬉しくないのか?」

 

 

ブルボン「.........」

 

 

ブルボン「ステータス『喜び』への推移を確認」

 

 

桜木「へ?」

 

 

ブルボン「効果的なアドバイスにより、三冠達成へと1歩近づきました。感謝しています」

 

 

 やはりどこか機械的だ。そのうち本当に友情パワーとかインプットしだしそうな勢いだ。ウォーズマンより機械超人しているぞ君は。

 しかし、無表情だった彼女の顔には、彼女の言う通り、小さな微笑みから喜びを感じられた。

 

 

桜木(これもまた、恋.........)

 

 

 一人心の中でふざけながらも、家で腹を空かせたアイツの事を思い出し、俺達はそのまま解散したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「って言うことがあったんだよ」

 

 

マック「そうですか、そんなことが.........」

 

 

 彼が用意してくださった紅茶を一口のみ、ティーカップをテーブルへと静かに起きました。

 チームルームには、いつも通りアグネスタキオンさんとハルウララさん。そして、チームに加わったライスシャワーさんがそれぞれ思い思いに過ごしておりました。

 

 

マック「トレーナーさんはどうしてそんなに手が出るのですか?」

 

 

桜木「え?」

 

 

 ゆっくりとトレーナーさんに近づいてみると、彼はたじろぎながら、私より大きい身体の上半身を、逃げるように後ろへ傾けました。

 正直、我慢の限界です。私という担当が居ながら、チームを作り、あの手この手でメンバーを増やす彼を、このまま見過ごせはしません。

 

 

桜木「マ、マックイーン?顔が怖いよ?」

 

 

マック「ええ、怖くしてるんです。トレーナーさんが真面目に答えてくれるように」

 

 

タキオン「トレーナー君。素直に答えてあげるといい。僕は走るウマ娘が何よりも好きな変人ですってね」

 

 

 いつの間にか置かれていた炊飯器に色々と投入しながら、タキオンさんは茶々を入れてきました。何をしてるのでしょうか?

 ですが、今はそんなことどうでも良いのです。今大切なのは、トレーナーさんが何を思って、色々なウマ娘にちょっかいをかけているのかを知ることです。

 

 

桜木「え、えっと」

 

 

マック「早く言ってくださいますか?トレーナーさん」

 

 

桜木「.........その、やっぱり走ってる姿を見ると、いても立っても居られなくなっちゃうというか、困ってたら助けたいと思っちゃって.........」

 

 

マック「そうですか」

 

 

桜木「はい」

 

 

マック「走りを見てどう思いましたか?」

 

 

桜木「.........素敵だと思いました」

 

 

マック「そうですか.........」

 

 

桜木「マックイーンさん.........?」

 

 

 圧を出しすぎてしまったのでしょうか、彼を横切る私に対して、さん付けしてしまう彼は、とても小さく見えました。

 私は彼の両腕の手首を取りました。後ろから、優しく、ひたりと。傍から見れば、恋人に見えてしまうかも知れません。

 

 

ライス「あわわ.........!マックイーンさん大胆.........!!」

 

 

ウララ「トレーナーとマックイーンちゃんが仲良ししてるー!!!」

 

 

桜木「.........マックイーン.........」

 

 

マック「トレーナーさん.........」

 

 

タキオン「.........いや、待ちたまえ、あれは仲良しなんかではなく.........」

 

 

マック「今日という今日は許しませんわーーーっっ!!!」

 

 

桜木「うげぇぇぇぇ!!!?????」

 

 

 触れていた両手首をがっしりと掴みあげながら、彼の背中に乗り上げました。メジロ家に代々伝わる護身術の一つですが、色々なウマ娘に手を出す今の彼にはぴったりな制裁でした。

 

 

桜木「パロスペシャルッッ!!!??昨日のは伏線だったのかよォォォォッッ!!!」

 

 

マック「この手ですの!!!?他のウマ娘に手を出してしまう悪いお手はっっ!!!!!」

 

 

タキオン「さぁ二人とも。今日は図書室にでも行こう。犬も食わない喧嘩を見るより、本を読んでいた方がずっと有意義だよ」

 

 

ウララ「はーい!!」

 

 

ライス「し、失礼します.........」

 

 

桜木「えー!?助けt」

 

 

タキオン「それじゃあゆっくりと楽しんでくれたまえよ。モルモット君、マックイーン君」

 

 

 手を振りながら、タキオンさんはチームルームの扉を閉めていかれました。これは実に、好都合です。

 

 

マック「さあトレーナーさん?まだまだ悪いお手を矯正する秘伝技は沢山あるのです。反省するまでフルコースで堪能させてさしあげますわ.........!」

 

 

桜木「こうなったら覚悟を決めるっきゃねぇ.........ッッ!!!」

 

 

 トレーナーさんは覚悟を決めたようです。もっと大事な場面でかっこよくなってほしいものですわ。

 

 

マック「では、行きますわよ!!!」

 

 

 その日、とあるチームルームにて、昼休みの間、阿鼻叫喚が響き渡ったそうです。

 

 

 

 

 

ㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤ......To be continued



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タキオン「私は見たんだ!!トレーナー君が恋人と電話している所を!!」

 

 

 

 

 

 

桜木「.........?」

 

 

 目を覚ましたのは朝日が照りこみ、眩しさを反射する白のベッドの上。鳴り響く時計の音はいつも不快に感じるが、何故だか今日は、助かった気がした。

 

 

桜木(俺、なんで泣いてんだ?)

 

 

 頬が風に対して敏感に反応する。触ってみると、部分的に乾燥しているのがわかった。

 思い出せる事はただ一つ。夢の中では、雨が降っていたという事だけだった。

 

 

桜木「雨が降ってたな.........」

 

 

白銀「あ.........?雨なんざ降ってねえだろ.........」

 

 

 床下から聞こえてくる親友の声。こいつの事だ。きっと俺の事をバカにしてくるに違いない。

 

 

桜木「いや.........雨だよ」

 

 

白銀「あっそ.........」

 

 

 そう言うと、やつはこの暑さにもかかわらず、タオルを上からかぶり、そのまま二度寝し始めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

タキオン「〜♪」

 

 

 時間は大体、二時間目の授業の後半辺りだろうか。最近では手詰まりかけていた研究が協力者によって急展開を起こし、目まぐるしい急速な発展を遂げ始めている。自然と鼻歌を歌ってしまうのも無理は無いだろう。私だって生物だ。そういう気分の日もある。

 そんなまだ他の生徒が授業を受けている廊下でふと、聞き覚えのある声がチームルームから聞こえてきたんだ。

 

 

タキオン(この声はトレーナー君か。誰と話してるんだ?)

 

 

桜木「うん。うん、ハイハイ。だから元気だって。心配しなくたっていいよ」

 

 

 相手は一体誰なのだろう?彼がこんなにも優しい声で対応しているという事は、親密な関係者に違いない。

 そう思い、扉にピタリと耳を当て、彼の声が聞こえやすいよう、微調整を繰り返した。

 

 

桜木「いつも助かるよ。うん、ありがとう」

 

 

タキオン(ここだけ聞いていれば、普通の会話だねぇ.........何か彼の弱みとかを握ることが出来れば、多少は扱いやすくなるとは思うんだが.........)

 

 

 ここ最近の彼の行動は割と大人しめだが、またいつ、以前のように私の調合薬を躊躇なく飲むような凶行に走るか分からない。

 そう思って耳を立て続けていると、彼は驚愕な一言を放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「またね、『あおちゃん』」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

タキオン「え」

 

 

タキオン(ー!?)

 

 

 あまりに衝撃が強すぎて、ついつい文字の頭が顔を出してしまったが、両手で口を抑えて何とか危機を脱した。

 あまりの急展開に思考が停止してしまっていたが、彼の足音が近付いてくる。

 

 

タキオン(まずい、直ぐにここから離れなくては!)

 

 

 いや、別にやましいことなどは無いんだが、人の通話を盗み聞きしたという事実を知られるのはやはり、どこかバツが悪い。

 私は目の前の階段を、あたかも今チームルームの前を通りましたと言うように登っていく。

 

 

桜木「お?おーいタキオン。まーたサボリンピックかー?」

 

 

タキオン「あ、ああ。トレーナー君。元気そうだねぇ」

 

 

桜木「どうしたんだお前?」

 

 

 まずい、私ともあろう者が、変にテンパってしまっている。何か切り抜けるいいアイデアは.........

 

 

タキオン「実は、新薬の実験を行ってね。し、思考能力低下の副作用があまりにも大きいんだ。失礼させてもらうよ」

 

 

桜木「そうか、あんまし無理すんなよ。お前も大切なチームメイトなんだからな」

 

 

 なんで君はこのタイミングでそんな笑顔を見せるんだ。本当に間の悪い男だな。

 しかし、どうやら上手く言い訳が通ったみたいだ。そのまま彼は私を気にしながらも廊下を通っていく。

 

 

タキオン「さて、これは徹底的に調べた方が良さそうだねぇ.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「.........ぁ......?」

 

 

タキオン「おはようモルモット君。目が覚めたかい?」

 

 

 混濁した意識と目に差し込んでくる光による視界のぼやけによって、世界は俺の認識をずらさせる。

 

 

 ここはどこだ?チームルームだ。

 

 

 今は何時だ?おそらく昼休みだ。マックイーン達も居る。

 

 

 俺はどうなっている?上半身を縛られ、動きの自由は許されない。

 

 

桜木「タキオン.........お前と関わると俺は意識を失うらしい」

 

 

タキオン「あぁそういえば、今回は薬で眠らせたが、最初の出会いも、半ば気絶に近い状態だったねぇ」

 

 

 ククク、と笑いながら目の前のこの少女は、その濁った目で俺を見ながら目の前にある椅子に座った。

 一体どうなってるんだ?ウララはワクワクした様子で見ているが、他の二人は心配そうに俺を見ている。

 

 

桜木「どうなってるんだ?君達、何か知ってる?」

 

 

マック「いえ、私達が部屋に入った頃にはもう既に縛り上げられてましたわ」

 

 

ライス「う、うん.........ライス達がタキオンさんに聞いても、面白い事が起こるってしか.........」

 

 

ウララ「早く!!早く!!ウララ面白い事したーーーい!!!」

 

 

タキオン「さて、ギャラリーも催促している事だし、早速聞こうじゃないか。モルモット君?」

 

 

タキオン「君が二時間目の授業の途中。電話していた相手は誰だい?」

 

 

 唐突すぎる。というか、あれを見られていたのか。結構恥ずかしいな.........

 仕方ない。ここは大人しくゲロるとするか.........

 

 

桜木「.........母ちゃんだよ。母ちゃん。言わせんなよ恥ずかしい」

 

 

タキオン「確かに、君の話し方は家族に対するそれと同じものだった.........が、君は確かに、『あおちゃん』と呼んでいただろう?」

 

 

 そこまで聞かれていたのか、うーん。結構恥ずかしいな.........ママと言うのは飽きたし、母さんと呼ぶのも照れくさいしな.........

 そんな、いつも通り的はずれな思考をしていると、タキオンから特大爆弾が投下された。

 

 

タキオン「ズバリ、恋人だろ?」

 

 

マック「え!!??」

 

 

桜木「?」

 

 

 なんでマックイーンがびっくりしてるんだ?おかげでタキオンの勘違いにびっくり出来なかった。

 立ち上がったマックイーンは、皆の視線を集中させたことに気が付き、顔を赤らめながら着席した。

 

 

桜木「はぁ.........本当に母親だよ。信じてもらうしかないけれど」

 

 

タキオン「いや、証明してみせる。証人も呼んで居るんだ」

 

 

桜木「証人?」

 

 

 誰のことだ?全く分からない。アイツらが来てくれるなら誤解は解けるかもしれないが、天才アグネスタキオンがそんなヘマをするはずがない。自分にとって優位な証言をする奴を連れてくるはずだ。なんだこれ?いつから逆転裁判になったんだ?

 そう思っていると、タキオンはその手を肩の位置まで上げ、二回、大きい拍手を鳴らした。すると、待っていましたと言わんばかりに扉が大きく開かれる。

 

 

ゴルシ「お邪魔するぜー!!」

 

 

タキオン「やぁゴールドシップ君。例のアレは?」

 

 

ゴルシ「おら、コイツらだろ?」

 

 

 登場したのはゴールドシップ。両肩に人を担いで登場した。見たところ、片方はウマ娘。そしてもう片方は人間だ。

 

 

桜木「おい.........その人、桐生院さんじゃね?」

 

 

桐生院「んー!んーん!」

 

 

 ご丁寧にガムテープで口を塞がれている。もう言い逃れ出来ないぞ、アグネスタキオン。

 

 

タキオン「君と同年代の女性で、葵と名のつく人物はその桐生院君しか居なくてね。でも安心してくれたまえ。君達が付き合っているという事をしっかりと証明してみせるさ」

 

 

桜木「.........アグネスタキオン。流石の君でも、何の論理武装していない俺達に議論させようとするほど鬼では無いだろう?」

 

 

 絶えず分泌される唾が、乾いた口内を潤し始める。アグネスタキオンは理論派だ。酷く自分勝手に見えるかもしれないが、その実、結構なフェアプレイを求めてくる。

 隣の桐生院さんをみると、こちらも何が何だか分からないと言ったように、目に涙を溜めていた。誰だってそうなる。俺だってそうなる。

 

 

タキオン「分かったよ。君の言い分も一理ある。じゃあ君達、一旦廊下に出よう。トレーナー君。準備が出来たら呼んでくれ」

 

 

桜木「ああ」

 

 

 終始ニヤニヤとした表情で、ウララ達を連れて行くアグネスタキオン。さっきあった時とは雰囲気がまるで違う。

 そんな中で、振り返るマックイーンの顔が目に入ってくる。目にはやはり、桐生院さんと同じく、目に涙を溜めていた。

 

 

マック「トレーナーさん.........」

 

 

桜木「大丈夫。俺は潔白だ」

 

 

ゴルシ「よし、アタシが解いてやるよ」

 

 

 動きを封じていた縄をゴールドシップに解かれる。まあ多分、なにか取引をしてアグネスタキオンの言う事を聞いていたのだろう。ゴールドシップは約束を守るウマ娘だ。

 桐生院さんの縄も一緒に解いてから、二人は教室を出ていった。

 

 

桐生院「あの、これは一体.........」

 

 

桜木「ああ、作戦会議も兼ねて、一から説明しようか.........」

 

 

 できるかな.........俺もなにがなんだかわからないんだけど.........

 そうは言ってても、やるしかない。こうなったら、とことん徹底抗戦するしかないのだ。

 

 

桐生院「あの、業務が残ってるので、出来れば早めに解放されたいんですけど.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 4月〇日 午前12時20分

 

 トレセン学園1階チームルーム

 

 

 ガヤガヤガヤガヤ

 

 

 コンッ!

 

 

 BGM:逆転裁判・開廷

 

 

ゴルシ「これより、桐生院 葵の法廷を開廷します」

 

 

タキオン「検察側、準備完了しているよ」

 

 

桜木「弁護側。準備完了しております」

 

 

 残っている業務のため、被告人不在の中で裁判が始まろうとしている。

 いやいや、どういう世界観なんだ。先程までキリッと準備完了と言っていたが、どっと汗が流れ出す。

 いくらアグネスタキオンの独断場にしたくないからって、ゴールドシップに裁判長を任せるのはいささか無理があったか?

 いや、一番任せやすかったのはゴールドシップだ。間違いない。なんせモンスタースタンプ三日分で了承してくれたからな。安い審判だぜ。

 

 

ゴルシ「検察側。冒頭弁論をお願いします」

 

 

タキオン「被告人、桐生院 葵は、事件当時、人気の無い踊り場にいた」

 

 

タキオン「検察側は、彼と通話したという証拠と、通話を目撃したという証人を用意している」

 

 

タキオン「被告人並びに、桜木玲皇の有罪に1点の疑う余地もないだろう」

 

 

 なかなか様になってるぞ、アグネスタキオン。俺がこの公開処刑じみた何かの対象でなければ、お前のそのかっこよさに惚れていた所だが、俺は無実だ。

 

 

桜木(どうしよう.........)ダラダラ

 

 

マック「こちらを見ないでくださいまし.........」

 

 

 隣で一緒に弁護人席に居てくれているマックイーンに視線を向ける。確かに、話も分からない彼女に助けを求めても仕方ない。

 でもしょうがないじゃないか。彼女が隣に居てくれるのが一番落ち着くんだから。

 

 

タキオン「夫婦仲が良いのは喜ばしい所だが、恋人がいると言うのにそれをやるというのは度胸があるね」ヤレヤレ

 

 

桜木「こいつ.........」ダラダラ

 

 

タキオン「茶番に付き合ってる暇はない。証人、ハッピーミークに入廷させていただこう!」

 

 

 検察側がそう言うと、ウララ達の居る傍聴席から、一人の白毛のウマ娘が入ってくる。

 真ん中の机の前にその子が立つと、いよいよ裁判が始まる。

 

 

タキオン「証人の名前を伺いたい」

 

 

ミーク「.........ハッピーミークです.........」

 

 

 物静かなウマ娘だ。名前も聞いた事がある。たしか、桐生院さんが担当していたウマ娘だった筈だ。

 

 

タキオン「証人は事件当時、被告人に会おうと探していたようだね?」

 

 

ミーク「はい.........トイレをした後に.........階段に登る姿が見えたので.........はい」

 

 

ゴルシ「ではハッピーミーク。«証言»をして頂きましょう」

 

 

 ついに始まってしまうのか、この逆転裁判じみた狂気の茶番が.........

 だが、真面目にやらなければいけない。誤解を解かなければ、桐生院さんはもちろん。色々な人に迷惑をかけてしまう。

 

 

桜木(少しの隙も見せず、自分の無実を立証する.........やるしかない)フムフム

 

 

桜木(やれやれ、ここに来てから本当に騒がしい毎日だな)ダラダラ

 

 

マック「トレーナーさん!頑張りましょう!」

 

 

 証言開始

 

〜事件発生時、目撃したこと〜

 

 BGM:尋問 〜モデラート

 

 

ミーク「あれは二時間目の授業が始まって、少し経った頃でした」

 

 

ミーク「お腹が痛くて、トイレに行こうとしたんです」

 

 

ミーク「しばらくトイレに居て、出てみると、トレーナーが居たんです」

 

 

ミーク「少し話そうと思って、後をつけてみたんです」

 

 

ミーク「トレーナーは階段を上がると、踊り場でお電話していました」

 

 

ミーク「とても、楽しそうな雰囲気で、話しかけずに教室に戻りました」

 

 

ミーク「多分、恋人だと思います.........はい」

 

 

 .........

 

 

ゴルシ「結論が出たな」

 

 

タキオン「だろう?」

 

 

 コンッ!

 

 

 有 罪 !

 

 

桜木「ちょ!待ってください!!尋問も何もしてないじゃないですか!!」ダンッ!

 

 

タキオン「ええいうるさい!!大体尋問などとのたまっているが、証拠も手元に無いのに、証言を崩せる訳がないじゃないか!!」ダンッ!

 

 

桜木「そんなの今すぐ証明してみせますよ」フフン

 

 

 こっちにはそれを打破する切り札がある。そう、俺の携帯電話だ。電話さえかけられればこちらのもの。そう思い、連絡先を検索し、母親へと電話をかける

 

 

 トゥルルルルル

 

 

 トゥルルルルル

 

 

 トゥルルルルル

 

 

 トゥルルルルル

 

 

桜木「.........」

 

 

タキオン「.........」

 

 

ゴルシ「.........」

 

 

マック「.........」

 

 

桜木「.........」ダラダラ

 

 

 有 罪 !

 

 

桜木「待って!!せめて尋問!!尋問だけでも!!」

 

 

ゴルシ「と、申されていますが?タキオン検事」

 

 

タキオン「仕方あるまい」ヤレヤレ

 

 

 尋問開始

 

〜事件発生時、目撃したこと〜

 

 BGM:尋問 〜モデラート

 

 

ミーク「あれは二時間目の授業が始まって、少し経った頃でした」

 

 

「待った!!」

 

 

桜木「少し、とは具体的にどれくらいですか?」

 

 

ミーク「えっと......時計は見てないですけど......先生は遅れてきて、点呼が終わった辺りの時間帯.........です」

 

 

桜木(先生が遅れてきた.........時計を見てないとしても、そう思える程には遅れたのか?)

 

 

 とは言っても、ここに関して追求しても意味は無さそうだ。時間が惜しい。ここは突き詰めなくても良いだろう。

 

 

タキオン「少し経ったあと、どうしたんだい?」

 

 

 .........

 

 

ミーク「お腹が痛くて、トイレに行こうとしたんです」

 

 

「待った!!」

 

 

桜木「トイレに行った時間は分かりますか?」

 

 

ミーク「えっと.........」

 

 

「異議あり!!」

 

 

タキオン「おいおい、いくら健康管理をするのもトレーナーの役目だと言っても、今のはいささかセクハラじみてるんじゃないか?」ヤレヤレ

 

 

タキオン「君の恋人がいるかどうかよりも、その発言への裁判がしたいのなら質問を続けるといい」ユビサシ

 

 

桜木(うぐ.........周りの視線が冷ややかになった気がする.........)ダラダラ

 

 

ゴルシ「それで、トイレに行ってどうしたんだ?」

 

 

 .........

 

 

ミーク「しばらくトイレに居て、出てみると、トレーナーが居たんです」

 

 

「待った!!」

 

 

桜木「それは本当に桐生院さんでしたか?」

 

 

ミーク「えっと、はい.........私と同じくらいの背丈のトレーナーさんは、あの人しかいません.........」

 

 

桜木(確かに、職員室でも桐生院さんくるいの身長の人は同期ではそうそう居ないな.........)

 

 

タキオン「トレーナーを見つけて、どうしたんだい?」

 

 

 .........

 

 

ミーク「少し話そうと思って、後をつけてみたんです」

 

 

「待った!!」

 

 

桜木「授業中なのにその背中を追ったんですか!?」ダンッ!

 

 

「異議あり!!」

 

 

タキオン「それは証人の思考行動の自由だ!」ダンッ!

 

 

タキオン「それを制限する程の権限を与えられる者は何者も居ないのだよ。モルモット君?」ユビサシ

 

 

桜木(うぐ.........タキオンの言う通りだ)ダラダラ

 

 

ゴルシ「証人、トレーナーを追ったあとは何したんだ?」

 

 

 .........

 

 

ミーク「トレーナーは階段を上がると、踊り場でお電話していました」

 

 

「待った!!」

 

 

桜木「踊り場で電話をしていたのですか?」

ミーク「はい.........確かそうだったと思います.........」

 

 

桜木「わざわざ恋人との電話を、そんな人に聞かれそうな場所でやるでしょうか?」

 

 

「異議あり!!」

 

 

タキオン「事件当時、ハッピーミークは移動教室で1階の視聴覚室で授業を受けている」

 

 

タキオン「そして、現場となった三階の踊り場だが、そのフロアの生徒達は皆、合同で体育の授業があった」

 

 

タキオン「故に、人に聞かれる可能性はほとんど無いのだよ。理解したかな?トレーナー君」

 

 

桜木(ナルホド、確かにそれなら納得だ)フムフム

 

 

タキオン「さて証人。被告人はどのような様子だったかな?」

 

 

 .........

 

 

ミーク「とても、楽しそうな雰囲気で、話しかけずに教室に戻りました」

 

 

「待った!!」

 

 

桜木「それは本当に楽しかったと言えますか!!」ダンッ!

 

 

「異議あり!!」

 

 

タキオン「待ちたまえモルモット君!!それは流石に言いがかりじゃないか!?」

 

 

タキオン「彼女が主観で見て楽しそうだと思った。それが全てだろう?」ヤレヤレ

 

 

桜木(た、確かに.........焦りすぎてしまったみたいだ)ダラダラ

 

 

ゴルシ「なぁ、結局誰だったんだよー?」

 

 

 .........

 

 

ミーク「多分、恋人だと思います.........はい」

 

 

「待った!!」

 

 

桜木「恋人.........そう言えるような証拠があるのですか?」

 

 

ミーク「はい、トレーナーさん。何だかとても嬉しそうだったので.........」

 

 

タキオン「ふふ、どうやら自分の無実を立証するどころか、かえって不利になってしまったかな?」

 

 

 .........

 

 

マック「大丈夫ですか?トレーナーさん」

 

 

桜木「ああ、こっちの手持ちで、何とか崩せそうだよ」

 

 

マック「本当ですか!?」

 

 

桜木(君はなんでそんなに嬉しそうなんだい?)

 

 

 .........

 

 

「異議あり!!」

 

 

タキオン「!」

 

 

桜木「.........いいですか」

 

 

桜木「これは、四月に発売された、期待の新人トレーナー特集の組まれた雑誌です」

 

 

 先程、作戦会議の最中で使えそうだと思い、本棚から取り出した雑誌を見せ付ける。

 もしかしたら俺の事も載ってるかもしれないと思ったが、誰も取材に来ていないのに、載ってるわけが無い。そんな恥ずかしさしか俺に与えてくれなかったコイツが、今は救いの手を差し伸べてくれている。そう思うと嬉しかった。

 

 

タキオン「それが、なんだと言うんだい?」

 

 

桜木「ハッキリ言いましょう。ここに!桐生院さんは!!恋人など居ないと書いているからです!!!」

 

 BGM:成歩堂龍一 〜異議あり!

 

 

タキオン「な、なんだってぇぇぇ!!!?????」グヌヌ!

 

 

桜木「念の為に読み上げましょうか。『私はウマ娘に対して常に、一途でありたい。ですので、現状恋人を作るという考えはありません』。これで分かったでしょう?」

 

 

ゴルシ「これは決定的ですな」

 

 

桜木「以上を踏まえた上で、もう一度この件の結論を出していただきたい!!」

 

 

「異議あり!!」

 

 

タキオン「確かに桐生院 葵に関しては、証拠不十分かもしれない」

 

 

タキオン「けどね、私は君の通話内容をしっかりと、この耳で聞いたのだよ。トレーナー君」ユビサシ

 

 

タキオン「『あおちゃん』と優しくささやく君の声がねぇッッ!!!」ピキーン!

 

 BGM:追求 〜追いつめられて

 

 

桜木「し、しまったーーー!!!????」ガァーン!

 

 

 ここに来て一番難しい問題に直面する。ここに来て、母を母だと言うことを恥ずかしがってきた自分が痛い目を見ている。

 『あおちゃん』。母親の名前から付けた安直なあだ名に、今は相当参っていた。何をどうしても、このことについては言い逃れはできまい。

 

 

桜木(終わり.........なのか.........)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「異議あり!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

タキオン「!?」

 

 

ゴルシ「!?」

 

 

桜木「.........!?」

 

 

マック「ですわ!」

 

 

桜木「マックイーン!?」

 

 

 楽しそうだったのでつい、といいながら、照れるような仕草をみせるマックイーン。そんな可愛らしい姿もすぐに身を潜め、真剣な表情を見せ始めた。

 

 

マック「トレーナーさん。私、思ったのです」

 

 

マック「『桐生院さんとトレーナーさんが恋人ではない事』を«立証»するのよりも」

 

 

マック「『トレーナーさんと桐生院さんが恋人で生じる矛盾』を«提議»すれば良いのでは無いでしょうか?」

 

 

桜木「!!」

 

 

 そうだ。マックイーンの言う通りだ。なにか意固地になって、頑なに恋人では無い事を証明しようとしていたが、それでは限界がある。

 『発想を逆転させる』。一体どこまで逆転裁判をやらされてるんだと思うが、ここまで来れば楽しくなってくるものだ。

 «提議»することで«立証»する。できるかできないかでは無い。それが、俺が学んできた裁判のルールだ。

 

桜木「.........良いですよ。受けて立ちましょう。ミツル.........あいや、タキオン検事」

 

 

桜木「きっちり俺の潔白を証明する為にもねっっ!!!」ユビサシ!

 

 

タキオン「ふぅン?随分と強気だねぇモルモット君。だが、あいにくだけど、私は薬の副作用で思考能力が低下しているんだ。簡潔に頼むよ?『簡潔』に.........ね?」

 

 

桜木「もちろん、『簡潔』に済みますよ」フフン

 

 

タキオン「な!?」

 

 

 会話の内容を盗み聞きしている。その事実には一旦目を瞑り、アグネスタキオンの話を聞いてみると、十分。『逆転』に必要な部分は聞かれている。

 後は、これを突きつけるだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くらえ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

タキオン「それは.........トレーナーバッジかい?」

 

 

 そう、俺達トレーナーに与えられているトレーナーバッジ。しかし、それだけの意味ではない。このトレーナーバッジは、学園所属の、『新人トレーナー』に与えられているバッジだ。

 このバッジが有する権限は、『新人トレーナー職員室での作業及び、業務の認可』だ。このバッジを持つものは、職員室の机を所有する事が出来る。

 

 

桜木「トレーナーはそれぞれ職員室で業務を行います。ほぼチームルームに直行して作業していても、必ず、朝は朝礼の為に、職員室に顔を出します」

 

 

タキオン「それが、一体なんだと言うんだい?」

 

 

桜木「.........会ってるんですよ。毎日のように」テレーン...

 

 

桜木「毎日顔を合わせてるんだから、元気かどうかなんて聞かないでしょッッ!!!」ドンッ!

 

 

タキオン「な.........」

 

 

タキオン「なんだとぉおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!??????」ドシン!ドシン!ドシン!グヌヌ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゴルシ「.........結果が出たな」

 

 

 コンッ!

 

 

 死 刑 !

 

 

全員「え!? 」

 

 

 唐突な死刑宣告。流石にめちゃくちゃやる逆転裁判もこんな事は起こらない。一体どうしたんだゴールドシップよ。

 

 

ゴルシ「だってよー。アタシ話聞いてるだけだったし、人の恋路とか興味ねえもん」

 

 

 美人の側を台無しにするように欠伸をしながらコンコンと木槌を叩く。どうやら裁判に対しての興味を失ったらしい。

 だが、無実の証明をするまで頑張って興味を持ってくれたのだ。そこは感謝しなければならない。

 

 

ゴルシ「んなもんよりさ!海底行こうぜ海底っ!!海底人とサッカーして握手しながら戦争したらぜってぇ面白いぜ!!!?よーしっ!今からレッツ海底探検!!」

 

 

桜木「あっ、サンキューなゴールドシップ!!」

 

 

ゴルシ「いいってことよー!!」

 

 

 大慌てでチームルームを飛び出していくゴールドシップ。あの様子ではまた白銀が連れていかれるのだろう。この前は無人島で宝探しをしたと言っていたし、今度は海底で神殿を見つけてくるかもしれん。

 嵐が去ったなと思っていると、先程まで悔しそうにしていたアグネスタキオンが顔を上げた。

 

 

タキオン「.........待ちたまえモルモット君。君に恋人が居ない証明はまだされていないぞ?」

 

 

桜木「だから、母ちゃんだって」

 

 

 これ以上証明出来る証拠が無い。無いものは無いとしか言い様がないように、存在しない物を存在しないと証明する事は人類の長年の難問だ。

 どうしたら良いだろうか、そう唸っていると、ポケットに入っているスマホが振動し始めた。

 

 

桜木「.........もしもし『あおちゃん』?」

 

 

マック「え!?」

 

 

 だからなんで君が驚くのよ.........そう思いながらスマートフォンのスピーカーをONにして机へと置いた。

 

 

「どうしたのれおちゃん?電話かかって来てたけど」

 

 

桜木「説明するのも面倒だから、そっちで勝手に想像してくれ」

 

 

「うわwwwベジータさんみたいwww」

 

 

 ゲラゲラとした笑いがチームルームに響き渡る。話が脱線する前に、早く終わらせたいところだ。

 

 

マック「あの、トレーナーさんのお母様ですか?」

 

 

「え?トレーナー?ちょっとどういうこと?あたし聞いてないけど?」

 

 

桜木「あっべ」

 

 

 そう言えば、母には言ってなかったな。トレーナーになった事。

 先程まで楽しそうな声色だったが、急に怒気をはらみ始めた。正直すごく怖い。

 

 

「アンタまさか、女の子に変な事させてんじゃないでしょうねぇ!!トレーナーってなにさ!!今何してんの!?」

 

 

桜木「えっと、ウマ娘のトレーナーです.........今年転職しました.........はい」

 

 

「スピーカー切りなさい」

 

 

桜木「はい.........」

 

 

「なんでそんな大切なこと言わないのー!!?」

 

 

 キンキンとした声が耳に響く。キンキンとした声がダイレクトに響いてくる。ありがとう母さん。確かにこの声はマックイーン達には聞かせられない。

 

 

桜木「いや、申し訳ないっス」

 

 

「アンタもいい大人なんだから、ちゃんと報告くらいしなさい!」

 

 

 久々に怒られた。こうしたお叱りは何度も受けたことがあるが、この子達の前だと恥ずかしさが尋常じゃない。今すぐ穴に入りたい。

 

 

「スピーカー付けなさい」

 

 

桜木「はい.........」

 

 

「どうもー、母のあおいです。息子の玲皇がお世話になっております」

 

 

マック「い、いえ!お世話になって居るのはこちらの方です。トレーナーさんには感謝してもしきれません」

 

 

母「あら!あの子真面目に働いてるのねー」

 

 

 マックイーンとうちの母が話し始めている。傍聴席に居るライスに手招きすると、寝ているウララを起こしてこちらへやってきた。

 他愛もない話の中、ふと出口に目をやると、そろりそろりと足音なく出ていこうとするアグネスタキオンが目に映った。

 

 

桜木「おい.........どこに行くんだ?」

 

 

タキオン「ひゃあ!?」

 

 

桜木「まさか.........何もお咎めが無いとお思いで?」

 

 

 皆が楽しんでいる中、それを邪魔しないよう最小音量でタキオンを問いただす。

 耳はシュンとしており、顔もいつものすまし顔とは違い、少し申し訳なさそうだった。

 

 

タキオン「い、いや。君も楽しんでいただろう?」

 

 

桜木「けど桐生院さんに迷惑をかけたし、マックイーンを困らせた。罪には罰だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「よし、もう1セット頑張っていくぞー」

 

 

 放課後のトレーニングタイム。あんな茶番が起きても、トレーニングになると皆真剣な表情をし始める。

 しかし、今日はしょんぼりとした顔をしたウマ娘が一人いる。

 

 

タキオン「モルモット君ー.........もう外しても良いだろ〜?」

 

 

桜木「ダメだ。それで許してやってるんだから、今日は一日それでトレーニングするんだ」

 

 

 首から下げられたホワイトボード。そこには『私は自分の勝手な行動で、チームのみんなに迷惑をかけました。反省していません』と書かれている。

 猫みたいで可愛いだろ?実際しゅんとしながら走るタキオンは国宝級のお宝だと思っている。

 そんな顔を見せながら、アグネスタキオンは仕方なくもう一度コースを走り始めた。

 

 

ゴルシ「よっ」

 

 

桜木「あれ?海底に行ったんじゃないのか?」

 

 

ゴルシ「あ?何言ってんだ?ウマ娘がそんな所に行けるわけねえだろ?」

 

 

 背中を預けていた木の陰からひょっこりと登場を果たしたゴールドシップ。ああ、そのノリはもう終わったのね。

 そう思っていると、ゴールドシップはよっこらせと隣に座ってくる。

 

 

ゴルシ「今日はどうしたんだ?」

 

 

桜木「え?」

 

 

ゴルシ「いや、なんか無理してる感じがしたから」

 

 

 無理、してたのだろうか?思い当たる節は無いが、多分ゴールドシップの目にはそう写っていたんだろう。

 原因を考えてみればすぐに分かる。今朝の夢だ。

 

 

桜木「あー、なんつーか覚えてないんだけど、悲しい夢を見たんだよ」

 

 

ゴルシ「その夢って?」

 

 

桜木「さぁ.........雨が降ってたことくらいしか覚えてないな.........」

 

 

ゴルシ「.........」

 

 

 あれは結局、なんだったんだろう。たまたま何かに心を動かされて、泣いてしまったのかもしれない。

 けれど、申し訳ないがそんな一時の感情を無意識に引きずってしまうほど、俺の記憶力は良くはない。

 そんな考えにふけっていると、ゴールドシップはおもむろに立ち上がり、俺に背を向けた。

 

 

ゴルシ「今考えても仕方ねえんじゃねえか?」

 

 

桜木「.........?」

 

 

ゴルシ「それよりよ!!今度火星人と木星でアルマゲドンごっこすんだよ!!乗っていく船決めなくちゃな!!タイタニックとかよー!!」

 

 

 振り向きながらそう言うゴールドシップの顔は、いつも通りキラキラしていた。つまらない話をしてしまったなと思いつつも、今はその反応に救われた。

 

 

桜木「.........アポロ11号とかどうだ?」

 

 

ゴルシ「お!いいなそれ!!『地球はパスタよりラーメン派だった』が座右の銘なアタシにぴったしだぜ!!」

 

 

 嬉しそうな顔を振りまきながら、タキオンが走って行ったコースを追走する。いつも通りの騒がしい日常。いつの間にか平和と見間違う程にいつも通りになってしまった。

 

 

ゴルシ『今考えても仕方ねえんじゃねえか?』

 

 

桜木「.........いつか分かる時が来るとは思わねえけどなー.........」

 

 

 ゴールドシップのなにか引っかかる物言いに、思考を巡らせたものの、大した収穫は期待出来ない。ジャージのポケットからストップウォッチを取り出し、背後の木から背中を上げ、身体を伸ばした。

 

 

ウララ「トレーナー!!走るよー!!」

 

 

桜木「おう、しっかりと計ってやるから、思っきし走ってこい!」

 

 

 今はそんなことより、コイツらの方が大切だ。俺がしっかりとしないと。

 そう思いながら、気持ちのいい風が駆け抜けるターフへと足を運び、今日もトレーナーとしての一日を始めるのだった。

 

 

 

 

 

ㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤ......To be continued



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マックイーン「やってしまいましたわ.........」

 

 

 

 

 

マック「え.........?」

 

 

 運命というのは、非常に残酷なものです。それを告げられた時、私は心底、自分の体を恨みました。

 

 

マック「嘘.........こんなの、何かの間違いですわ.........!!」

 

 

 それでも、目の前の現実は変わってはくれません。自然と口元に伸ばした手が震え、身にまとっていたバスタオルがしゅるしゅると床へ、重力に従います。

 目に映る数字は、一週間前のそれと違う姿を見せていました。

 

 

マック「うぅ.........トレーナーさんに申し訳が立ちませんわ.........」

 

 

 思い当たる節は多々あります。ここ最近、ウララさんやライスさん。そしてゴールドシップさん達とお食事をする機会が多かったのです。羽目を外しすぎてしまいました.........

 ですが、今日から節制してみせます!トレーナーさんの献立表に誓って!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 春一番という名も聞かなくなり、暖かさがその身をくすぐるような季節になってきた。緑も深さを持ち、夏の季節を予感させている。

 

 

桜木「よし、点呼するぞー」

 

 

 ザザザッ.........と集まるという訳でもなく、それぞれがそれぞれのペースで集まってくる。

 

 

桜木「よーし。まずはチーム[スピカ]。リーダーゴールドシップ」

 

 

ゴルシ「おう!!」

 

 

桜木「元気良いのは嬉しいんだけど、頼むからソイツを離してやってくれ」

 

 

 一番右側に先陣切るは、チーム[スピカ]のリーダー。ゴールドシップ。いつものように白銀にヘッドロックをかましながら登場しやがった。

 

 

桜木「お前いつも嫌じゃねえの.........?」

 

 

白銀「πがあるから良い」

 

 

桜木「殺していいぞ」

 

 

白銀「」

 

 

 そうだった。コイツはおっぱい星人だったな。忘れてた。ゴールドシップに首の骨折ってもらわなきゃ

 それにしてもウマ娘が強くて本当に助かる。普通の女子だったら今頃セクハラしまくってて訴えられてるところだ。こいつの為にもありがたい。

 

 

桜木「ダイワスカーレット」

 

 

ダスカ「はい!」

 

 

桜木「ウオッカ」

 

 

ウオッカ「おう!!」

 

 

桜木「.........ウオッカの方がいい返事だったな」ボソ

 

 

ダスカ「はァァ!!!???」

 

 

 目の前で競り合いを始めたスカーレットとウオッカ。すぐ喧嘩するから煽りあいがあるぜこの二人は。

 出席名簿にはサイレンススズカの枠にチェックが付けられている。これはレース出場のために、沖野さんと遠征しているためだ。

 さてさて、うちのメンバーはっと.........

 

 

桜木「チーム[スピカ:レグルス]。リーダーメジロマックイーン」

 

 

マック「はい」

 

 

 うんうん。落ち着いてて品のある返事。いつ聞いてもいいね。

 そう言えば、ここ最近で変わった事がある。それは俺のチームの名前を付けた事だ。

 沖野さん曰く、分裂したチームは、ファンの反感を買いやすいらしい。この子とこの子を応援していたのに、分けられてしまったら応援しにくいというクレームも少なくない。

 そこで言われたのが、前もってチーム名を持つ事。そうすることによって、分裂しますよー。という事を前もってファンに伝えるのだ。

 因みに、レグルスは小さき王。という意味だ。名付けた理由は簡単。俺は金色のガッシュベルが大好きだからだ。

 

 

桜木「タキオンラボ所長。アグネスタキオン」

 

 

 .........

 

 

桜木「タキオンさん?タキオンさん!!」

 

 

 返事が無い。という事は居ないんじゃないか?全く、来ないなら来ないと言ってくれよ面倒くさい。後でメッセージ送っておくか。

 

 

桜木「切り込み隊長。ハルウララ」

 

 

ウララ「ふっふっふっ.........ウララ抜刀斎ぜよー!」

 

 

 そう言いながらシュルシュルシュルと木刀を引き抜いて見せるウララ。可愛いな。小学生の頃修学旅行の洞爺湖で買って良かった。

 これを見ている諸君。洞爺湖と彫られた木刀は高くなるぞ。俺は彫ってない方を買った。

 

 

桜木「アサシンヘッド。ライスシャワー」

 

 

ライス「えい!」

 

 

 グサッ!と、太ももにナイフを突き立てられる.........とは言っても、押し込むと引っ込むおもちゃだ。1種のメンタルトレーニングとも言えよう。

 

 

桜木「.........見よ。愛はこうして人を狂わせる」

 

 

桜木「愛ゆえに、人は苦しまねばならぬ」

 

 

桜木「愛ゆえにッッ!!!」

 

 

ウララ「ハッ!ならば俺は、愛のために戦おう!!!」

 

 

ウオッカ「あ!!今日は俺が言いたかったのに!」

 

 

ウララ「うっららー♪早い者勝ちだもんねー!!」

 

 

 最近、うちのチームでは漫画がブームになっている。火付け役はもちろん俺だ。ライスシャワーが俺の太ももにナイフを刺してこの流れが始まる。

 まぁ乗ってくれるのはいつもウララとウオッカだけなのだが。

 

 

桜木「今日は沖野さんがスズカの付き添いで不在だ。トレーニングメニューは預かってるから、ゴールドシップ。スピカの方は任せてもいいか?」

 

 

ゴルシ「あ?あったりめえだろ!!アタシに出来ねぇ事なんざひとつもねえんだよ!!」

 

 

 俺の手に持っている紙を奪い取り、その内容を確認するゴールドシップ。破天荒な奴だが、とても仲間思いだ。その点に関してだけは信頼のおけるウマ娘だ。

 

 

桜木「白銀の奴を頼ってもいいぞ。アレでも世界ランカーのスポーツ選手だ。練習の腕も一流なのは間違いないからな」

 

 

ゴルシ「だってよ」

 

 

白銀「カス」

 

 

桜木「は?」

 

 

 そういうところだぞ。お前はなんでそんなに口が悪いんだ。

 中指を立てていたが、ゴールドシップのヘッドロックをもう一度決められ、スカーレット達と一緒にトレーニングコースへと連行されて行った。

 

 

桜木「さて、こっちはデータ収集だ。マックイーンはスタミナ管理に関する情報の収集。ライスはメンタル面にプラスの影響を及ぼす情報の収集。ウララは、集中力を鍛えていくぞ」

 

 

マック「分かりましたわ、トレーナーさん」

 

 

桜木「うっし!図書室まで競争するぞ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ウララ「やったー!!!2着だよー!!!」

 

 

桜木「ゼェ.........ゼェ.........!」

 

 

マック「大丈夫ですか?」

 

 

 流石ウマ娘。速さではやはり敵わない。ウララのライスは先に到着したが、マックイーンは俺の速度に合わせてくれた。優しい。

 それでもやはりびり欠は俺だ。流石にあのレベルの距離じゃ息も乱れないか。

 

 

ライス「おにい.........司書さんいるかなぁ?」

 

 

桜木「仲良いのか?」

 

 

ライス「うん!たまに数学のお勉強を教えてくれるの!」

 

 

 司書さんか。そう言えば、ここに来てから一度も図書室に入ってないな。初対面か、なんだか緊張するな。

 

 

ウララ「コンコン!失礼しまーす!!」

 

 

ライス「ウララちゃん。司書さんいる?」

 

 

ウララ「うん!!新聞読んでるよ!!!」

 

 

「やぁライスちゃんにウララちゃん。おやおや、これはどうもトレーナーさん」

 

 

桜木「.........」

 

 

 貸し出しカウンターの受付に座り、顔全体を新聞紙で覆っている男。俺はその男におもむろに近づいた。

 

 

桜木「おい、それ三日前の夕刊だぞ」

 

 

「知ってる」

 

 

桜木「岩山両斬波ァッッ!!!」

 

 

「あぁ!!三日前の夕刊がビリビリに!!!」

 

 

 目の前でわなわなと手をふるわせる男。三人目の親友。神威創がそこにはいた。薄々なんかそんな感じはしていた。こいつの事だから極端まで俺らと関わらないか、関わっておきながら気付くまで放置するかの二択だ。

 いつもそんなだから、まさかとは思ったが、三日前の夕刊を活字中毒症状を抑える為に読むのはこいつしか居ない。

 

 

マック「えっと、トレーナーさんのお知り合いだったのですか?」

 

 

桜木「知り合いも何も.........親友だ。これで俺達全員キモイレベルでトレセン学園関係者だ。お前いつからここで働いてるんだ?」

 

 

神威「去年からだけど」

 

 

桜木「一番乗りじゃん.........」

 

 

 まさか俺よりも早くここで働いていたらしい。だったら言ってくれればいいのに。

 

 

マック「ではトレーナーさん。私達はあちらでデータを収集していますわ」

 

 

桜木「あ、悪いな。気を使わせちゃって」

 

 

マック「いえ、楽しく強くなる。それがあなたのモットーなのですから、あなた自身も楽しいと思った方へ梶を切れば良いのですわ」

 

 

 本当に、この子は思慮深い子だ。人にここまで言わせておいてそれを無下にすることは出来ない。ここはその言葉に甘えさせてもらおう。

 

 

桜木「ありがとうマックイーン。なるべく早くそっちに行くよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「ふぅ、さてと。調べますわよー......」

 

 

 気合を入れる為に、ジャージの袖を捲りました。目の前には数々の栄光を残したステイヤーの走りについて記された書物が置かれています。目の端には食物エネルギーの消費について書かれた本もありますが、必要な文献です。

 

 

ライス「えっと、メンタルコントロール、不安の解消法、プラス思考の作り方.........」

 

 

 隣に座るライスさんも、トレーナーさんに言われた通りのメンタルトレーニングに関する本をどっさりと机に置きました。

 

 

マック「凄いですわライスさん!この短い時間でもうそんなに見つけられたのですか?」

 

 

ライス「うん!ライスね?本を読むのが好きだから、朝とか放課後のトレーニング前の暇な時間は、ここで過ごしてるの。そしたらね、本の場所も大体覚えたんだよ?」

 

 

マック「まぁ.........」

 

 

 素直に凄いと思いました。私自身。あまり物覚えがいいとは言えないので、ライスさんと一緒の立場だったとしても、恐らくそんなことは出来ないでしょう。

 

 

マック「本が好きなのですね」

 

 

ライス「うん!」

 

 

 元気よくそう答えるライスさんの姿を見て、微笑んでいると、奥からウララさんが大量の本を積み上げながらやって来ました。

 

 

ウララ「前が見えないよ〜〜.........あっ!!!」

 

 

ライス「ウララちゃん!?」

 

 

マック「行けません!!!」

 

 

 視界の前方がふさがっているせいで、ウララさんは椅子の足に躓きました。

 このままでは大怪我になってしまうかもしれません。チームメンバーが怪我をする事態は、リーダーとして何とかして避けなければ!

 そう思い、私は倒れてくる本の横をすり抜けて、ウララさんの体を抱き寄せながら、反対方向へと倒れました。

 

 

マック「ふぅ.........大丈夫ですか?」

 

 

ウララ「うん.........ありがとうマックイーンちゃん!!」

 

 

 マック「ええ、これくらい。チームリーダーとしては当然の.........ウララさん?」

 

 

 彼女の視線が何故か、私の腹部に注がれています。なんでしょう。嫌な予感がします。お願いしますから、何も言わないでください。

 

 

桜木「大丈夫か!?凄い音が聞こえたんだが!?」

 

 

神威「うおーい!!本がぐちゃぐちゃじゃねーか!!」

 

 

 走ってきたトレーナーさんと、その3倍ほどの速度で本を整理し始めた司書さん。慌ただしい中でどう説明しようか迷っていると、ウララさんが話してくださいました。

 

 

ウララ「本をね!たくさん持ちすぎちゃって、前が見えなくなっちゃったの!!」

 

 

桜木「怪我は!何ともないか!?」

 

 

ウララ「うん!!マックイーンちゃんがね!!ビューンって助けてくれたの!!かっこよかったー!!!」

 

 

桜木「ホッ」

 

 

マック(ほっ)

 

 

ウララ「そう言えばマックイーンちゃんがぷにぷにしてたよ!!!」

 

 

桜木「何だって!??」

 

 

マック「」

 

 

 何か、私の中でガラスのような何かが割れた音が聞こえました。なんでしょう。顔が熱いです。今すぐにでも走り出したい。この人の前から消えてなくなりたい.........

 

 

マック「わ、私失礼させていただきますわ〜〜〜〜!!!!」

 

 

桜木「マックイーン!!!!??」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「.........」

 

 

 どうしましょう.........恥ずかしくなってしまい、つい逃げ出してしまいました。トレーナーさんは許してくれるでしょうか.........

 夏を予感させる風が素肌を撫でますが、今はさほど、心地良いとは言えませんでした。

 

 

マック「トレーナーさん.........」

 

 

「大丈夫か?」

 

 

マック「っ!トレーナー.........さん?」

 

 

白銀「よっ、結構似てただろ?」

 

 

 木の影から現れたのは、トレーナーさんのご友人である、白銀翔也さんでした。

 なぜここにいるのでしょう?彼は確か、トレーナーさんにゴールドシップさんの補佐を頼まれていたはずです。

 

 

マック「えっと.........」

 

 

白銀「ゴルシは置いてきた。はっきり言って、俺が付いて行けないんでな」

 

 

マック「そ、そうですの.........」

 

 

白銀「なんか悩み事か?」

 

 

マック「そんな所ですわ.........」

 

 

 私は体育座りのまま、うずくまるようにして顔を伏せました。頭の中ではどう謝れば良いかという思考がグルグルと回ったままで、まとまることはありません。

 白銀さんは距離をとりながら、私の隣に座り込みました。

 

 

白銀「玲皇には言ったのか?」

 

 

マック「いえ.........」

 

 

白銀「なんで、言えばいいのに。アイツ優しいから何でもしてくれるぞ?」

 

 

マック「今の私にはその優しさが苦しいのです.........」

 

 

 そう、彼は優しい。その優しさのおかげで今の自分がいるというのに、私はその優しさを無下にしたのです。それに甘えることは、許されざる行為だと思います。

 しかし、そんな私の思いを感じ取ったのか、目の前の人は、カラカラと笑いました。

 

 

白銀「そんなの気にしなくていいぞ!アイツお前のこと好きだから!!」

 

 

マック「.........えぇ!?」

 

 

白銀「やっべ」

 

 

 目の前の白銀さんは顔を逸らし、口元を手で抑えました。

 いえ、この際この人の所作などどうでも良いのです。問題は.........

 

 

マック「あの人が.........私のことを.........?」

 

 

白銀「あー.........俺が言ったって言わねえでくれ。学生の頃それやってブチギレられたことあっからさ」

 

 

 初犯ではないのですね.........この人にこういう相談事を言うのはやめて起きましょう。

 

 

白銀「まぁ傍から見てりゃ分かるぞ。アイツお前と居ると素になりやすいから」

 

 

マック「そうですの.........」

 

 

 体温が徐々に上がっていくのが分かります。あの夕焼けで誤魔化した熱さが、もう一度蘇りつつあります。

 ですが、好きというのも種類があります。それが友愛なのか、親愛なのか、それとも.........その、恋人の様なものなのか。ハッキリとはわかりません。

 

 

白銀「いやか?」

 

 

マック「い、いえ!嫌というより、むしろ.........」

 

 

 って、私は何を言おうとしているんですの! ?まずいですわ、ここは一度心を落ち着かせなければ.........

 

 

桜木「マックイーン!!!」

 

 

マック「ひゃあ!?」

 

 

白銀「うわ、こんなところ見られたら面倒くさそうだから退散するわ。頑張れよー恋する乙女よ」

 

 

マック「な!?誰が恋する乙女ですか!!?」

 

 

 背を向けてバタバタと走り去る白銀さんに、思わず叫び声を上げてしまいます。そんな私の声が聞こえたのか、トレーナーさんが走ってきてしまいました。

 

 

桜木「ハァ.........ハァ.........マックイーン.........やっと見つけた.........」

 

 

マック「トレーナーさん.........ごめんなさい。私.........」

 

 

桜木「コラっ!」

 

 

マック「っ!!」

 

 

 彼の大きな声が辺りに響き渡ります。怒られる。そう思い、まるで小さい子供のように目を瞑ってしまいました。

 

 

桜木「.........って、言った方がいいかな.........?」

 

 

マック「へ?」

 

 

桜木「いや、人に怒った経験は無いけど、マックイーンは怒られたそうだったから.........」

 

 

 ハハハ、と力なく笑う彼の姿が目に写ります。全く、貴方はどこまで優しいのですか?そんな呆れも混じった素敵な感情が、私の笑いを溢れさせます。

 

 

マック「ふふっ......もう、私に聞かないでください」

 

 

桜木「でもまぁ、今回の件は正直予想はしてたんだ」

 

 

マック「え?」

 

 

桜木「あの献立表はまだ未完成。人伝に聞いた健康志向料理とバランスの良い栄養素の兼ね合いを測っただけのもの。こういう失敗を繰り返して、あの献立表をそれこそ、マックイーン用にカスタマイズしていく予定だったんだ」

 

 

 そうだったのですね.........少し、安心しました。自分の不摂生が原因だったとはいえ、こうなってしまうことが許されると思うと、気が楽になります。

 

 

桜木「.........と言っても、マックイーンはそれでも自分を責めそうだから、提案しよう」

 

 

マック「提案ですか?」

 

 

桜木「ああ、俺と一緒にダイエットする事だ」

 

 

 そう言いながら、トレーナーさんは私の頭に手を起きました。寝ぼけていた時とは違う、今度はちゃんとした意識のある手で、優しく頭を撫でてくださいました。

 

 

マック「と、トレーナーさん.........」

 

 

桜木「マックイーンは責任感が強すぎる。それは今に始まったことじゃないから、俺は別の角度で、お前の責任感を軽くしてやる。まぁ、流石にスイーツ制限は一人でやるのは辛そうだから、俺も一緒にやるぞ」

 

 

 一緒に頑張ろうな!と、元気に笑いかけてくださるトレーナーさんの顔を見ると、胸が苦しくなります。

 けれど、まだです。まだ、この感情に名前を付けては行けません。私にはまだ、それをする勇気も、力もまだ無いのです。

 

 

マック「一緒に頑張りましょう。トレーナーさん」

 

 

桜木「おう!」

 

 

 今は.........この感情を親愛だと思いましょう。大丈夫です。トレーナーさんの言っていた通り、私達にはまだ、時間があるのですから。

 そう思うと、胸を締め付ける何かが、緩まってくれた気がしました。

 

 

桜木「じゃ、明日から作戦開始だな!!」

 

 

マック「えぇ!さしずめ、ダイエット作戦と言ったところですわね!」

 

 

桜木「ハハハ!まんまじゃん!」

 

 

 夏を感じさせる青い風。彼の離した手の温もりを払う様に涼しさを感じさせますが、それが嫌だと思う事はありません。

 なぜ、そう思うのか、理由はまだ見つけようとはしていませんが、いずれ見つけてしまうと思います。その時には私達がどうなっているのか、とても楽しみですわ。

 

 

桜木「よっし!せっかくだからどっちが体重減らせるか勝負しよう!勝った方が負けた方に一個お願いをする!」

 

 

マック「あら、私に勝つ気でいらっしゃるのですか?トレーナーさん。ずいぶんとまぁ、強気ですのね」

 

 

桜木「ったりめえだ!アスリート相手には本気でやんなきゃ勝てっこないからな!ガチでやらせてもらおう!」

 

 

マック「ふふっ、楽しみしていますわ。結果は二週間後.........で、よろしいですわね?」

 

 

桜木「ああ。それで構わない。勝敗はともかく、痩せたという事実があれば俺は満足だからな」

 

 

タキオン「トレーナーくぅーん。なんで君は私を起こしてくれないんだぁ〜」

 

 

 トレーナーさんと二人で笑いあっていると、校舎の方からフラフラと現れたアグネスタキオンさんがこちらへと駆けてきました。

 

 

マック「タキオンさん?今日はどうされたのですか?」

 

 

タキオン「ああ!聞いてくれマックイーン君!そこの木偶の坊だがてんで役に立たないぞ!」

 

 

桜木「ああ!?何言ってんだワガママタキオン!!寮まで起こしに来て欲しいなんて無理に決まってんだろ!!トレーナーは立ち入り禁止!この前それやってガッツリ怒られたの忘れたのか!?」

 

 

タキオン「いや、怒られたのは君だけだろ」

 

 

桜木「お・ま・え・も・だッッ!!!なんならお前と俺7:3位の意識配分だっただろうが寮長も!!お前も何か言ってやってくれマックイーン!!」

 

 

マック「へ!?私がですの!?」

 

 

 目の前で繰り広げられる怒涛の展開に、つい思考を放棄していました.........迂闊でしたわ。

 ですが確かに、タキオンさんのこの堕落具合は目に余ります。ここは一つ。チームリーダーの私がガツンと一言言わなければ!

 

 

マック「コホン!良いですかタキオンさん。私達はアスリートです。トレーナーさんはトレーニングを見てくださっておりますのに、そのうえプライベートまで管理しろというのはいささか酷ではありませんこと?」

 

 

タキオン「えー?起こしてくれよー。減るものなんて君の時間くらいだろー?」

 

 

桜木「信用も減るんですよね」

 

 

 ギリギリと歯を擦り合わせながら受け答えするトレーナーさん。普段の優しい姿とは違うはずなのに、いかにも怒っていますよー。という顔を見せてくれると言うのは、やはり彼の優しさなのでしょう。思わず、笑ってしまいました。

 

 

タキオン「仕方がない。君がそこまで言うのだったら諦めよう」

 

 

桜木「おう、ぜひそうしてくれ。そしてその手に持っている薬を俺によこせ」

 

 

タキオン「君と居ると、どちらが実験しているのかわからなくなるよ.........」

 

 

 嬉々としてあの見た目の怪しい薬を飲み干す彼の姿。もう見なれてしまいましたが、傍から見ると本当にすごい光景ですわね.........

 タキオンさんと二人で引き気味になりながらも、体全身を発光させて満足気なトレーナーさんを見ている。いつも通りの日常の風景が完成していました。

 

 

桜木「さ、図書室に戻るぞ。ウララとライスも待ってるからな」

 

 

マック「そうですわね。行きましょうか、タキオンさん」

 

 

タキオン「そうだね。今行っている実験も割と静かになってきた所だから、今日はトレーニングに付き合うよ」

 

 

桜木「出来れば今日『も』っていう状態になって欲しいんですがね」

 

 

 苦笑いを浮かべながら、図書室へと向かうトレーナーさん。その隣を私達が歩きます。こうした日々が続いてほしい。そう思いながら、図書室へと向かいました。

 

 

「そこの発光しているトレーナー!!直ちに止まりなさい!!」

 

 

桜木「げっ!!エアグルーヴ親衛隊だ!!」

 

 

 .........やっぱり、もう少し光る強さは押えて欲しいと思いますわ。

 

 

 

 

 

ㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤ......To be continued



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マックイーン「ダイエット作戦!決行ですわ!!」

 

 

 

 

 

 規則的な時計の針の音が、痛いくらいに静かに聞こえる。寝息を立てている下のやつの事も気にせずに、今日の出来事を振り返っていた。

 

 

桜木『コラっ!』

 

 

マック『っ!!』

 

 

 大きくはりあげた声。つい感情的になってしまったが、あの時、本当は怒るつもりだった。

 それでも、マックイーンのぴょこっとした耳がしゅんとなるのを見て、その気持ちも霧散してしまった。

 

 

桜木「.........嘘だな」

 

 

 嘘、嘘。うそウソ嘘。全部嘘だ。あの献立表は未完成なんかじゃない。完成品だと思って渡したんだ。それでもあの言葉が口から出てしまった。

 マックイーンはちゃんと反省していた。これ以上俺が怒っても、気を落とすだけで、何のプラスにもなりはしない。そう、思いたくて嘘をついた。

 

 

桜木(だが、ああは言ったものの、俺自身ダイエットなんてしたことないし.........やり方なんて.........?)

 

 

 ボロアパートの一室の、さらに隅っこにある積まれてある漫画。もはや国民的ボクシング漫画とも言ってもいいコミックスが積まれてあった。

 

 

桜木「あ!これかぁ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダイエット一日目

 

 

 

 

 

桜木「.........」

 

 

マック「あの、トレーナーさん。それだけですか?」

 

 

 チームルームのテーブルに置かれているのは、トレーナーさんが作ってくださったお弁当と、トマト、サラダチキンだけです。

 そして、気の所為でなければ、先日の元気な姿とは裏腹に、何故かもう既に気力を無くしかけているトレーナーさんがじーっと自分の食事を見ていました。

 

 

桜木「ああ、実はな。家にちょうど体重を落とす為のノウハウが詰まってる漫画があったんだ.........」

 

 

桜木「それ読んで昨日今日でもう20km近く走ってきたから.........」

 

 

マック「に、20kmですか!?」

 

 

 既に若干痩せてきているトレーナーさんの姿に驚きを覚えつつも、自分も頑張らなければ、そう思いました。

 

 

マック「そういえば、他の方々はどうされたのですか?」

 

 

桜木「タキオンは俺に気を使って、黒津木の奴に飯を作らせてる。ウララとライスには、俺の可哀想な姿をみたら、絶対ご飯あげたくなっちゃうから来ないでって言っといた」

 

 

マック「な、なるほど.........」

 

 

 確かに、今のトレーナーさんを見れば、何かを施してあげようとおもってしまいますわ。現に私も、今こうしてダイエットで勝負していなければ、今食べているものを半分上げているところです。

 ですが、勝負は勝負。敵に施しは一切しませんし、逆に、トレーナーさんがこの勝負にどれほど本気なのか認識することが出来ました。

 

 

 

 

 

 ダイエット二日目

 

 

 

 

 

桜木「ふぅっ、ふぅっ、ふぅっ、ふぅっ!」

 

 

 朝五時の自宅付近にある公園。まだ日が出てまもなく、空気も若干冷えている。

 身体が動く。ベストコンディションと言っても差し支えないほど、人生で一番身体が動けている。

 懸垂をしている鉄棒から手を離し、ベンチに置いた縄跳びを取りに行く。

 

 

桜木「.........あれ?マックイーンか......?」

 

 

 遠くからでも分かる綺麗な芦毛の髪をなびかせながら、ランニングするマックイーンが見えた。近くで見て美しいものは、遠くで見ても美しい。

 そんな日本の古文のような感情を抱きながらも、信号待ちを駆け足で待つその姿と、この早朝の時間帯に走っている姿を見て、改めて凄い子だなと感じた。

 

 

桜木「というより、そんなに俺に言う事聞かせたいのか.........?」

 

 

 

 

 

 ダイエット三日目

 

 

 

 

 

 帳が降りた夜のトレセン学園。目の前のコースを走るサイボーグの特訓に付き合いつつも、自分の身体を動かし続けた。

 

 

ブルボン「視覚的情報から、『疲弊気味』のステータスを確認。大丈夫ですか?」

 

 

桜木「え?ああ.........すまん。減量中だからな。心配しなくても、二週間程度経てばまた元通りになる」

 

 

 どうやらマイル距離を走り終えたらしく、ブルボンは俺の目の前へとやってきていた。いかんな、担当ではないとはいえ、俺はトレーナーだと言うのに、ちゃんと見なければ.........

 

 

桜木「マイル距離はもう懸念点は少ないな。明日からは中距離に向けて、坂路をもう一週追加しよう」

 

 

ブルボン「.........了解しました」

 

 

 俺としたことが、ブルボンを心配させてしまったか?申し訳ないことをしたな.........

 

 

 

 

 

 ダイエット四日目

 

 

 

 

 

テイオー「マックイーン大丈夫?」

 

 

マック「え?何がですの?」

 

 

テイオー「なんかぼーっとしてるから、珍しいなーと思って」

 

 

マック「.........ええ、それはそうですわ。そうでなければ、今この状況を乗り切れませんもの.........!」

 

 

 目の前のテイオーはこれみよがしに、はちみーをたっぷりとかけられたホットケーキを美味しそうに頬張っています。意識をしないようにすれば自ずとそうなってしまいますわ。

 

 

マック「わざわざ、ダイエットをしている者の目の前でする行為とは到底思えないのですが?」

 

 

テイオー「だってはちみーホットケーキ美味しいし」

 

 

マック「食べるのは自由です!!今の私の目の前でする行為では無いと言っているのですわ!!」

 

 

テイオー「あはは!マックイーンおもしろーい!」

 

 

 

 

 

 ダイエット五日目

 

 

 

 

 

マック「スイーツスイーツスイーツスイーツスイーツ.........」

 

 

桜木「メシメシメシメシメシメシ.........」

 

 

 チームスピカのチームルーム。そこでは減量中の桜木とマックイーンが気を紛らわせる(?)為に延々と欲望を呟いていた。

 

 

「あの、これって一体.........」

 

 

沖野「あー、気にしないでくれ。今減量中で心ここに在らずなんだ」

 

 

タキオン「モルモット君。トレーニングの時間だよ」

 

 

二人「.........」

 

 

「あ、トレーニングはするんですね.........」

 

 

 

 

 

 ダイエット六日目

 

 

 

 

 

ウララ「えっほ!えっほ!ゴール.........!」

 

 

桜木「よし、よく頑張ったなーウララ」

 

 

ウララ「うん!トレーナーも頑張ってるから!ウララも頑張らなきゃ!!」

 

 

 ここのところタイムも縮まってきている。レースで一着を取るのも、不可能ではなくなってきたようだ。

 そう思っていると、ウララは何かを思い出したように、置いてあったカバンから何かを取りだした。

 

 

桜木「え、くれるのか?」

 

 

ウララ「うん!ライスちゃんが作ってくれたの!!トレーナーにもあげたいって言ってたから!ウララの分けてあげる!!」

 

 

桜木「ハハ、気持ちは嬉しいけど、今俺は制限中で.........」

 

 

ウララ「大丈夫!お砂糖じゃなくて、お塩で作ったしょっぱいクッキーなんだよ!!」

 

 

 ラッピングされた袋から、クッキーをひとつまみし、それを渡してくる。しょっぱいクッキー。食べたことは無いが、行為を無下にするのも申し訳ない。それをひょいと口に入れてみる。

 

 

桜木「!!美味い.........!中々良い感じだ!!」

 

 

ウララ「でしょー!」

 

 

 口の中の水分が随分と吸われた。最後の脱水にも効果があるかもしれないな.........

 

 

 

 

 

 

 ダイエット七日目

 

 

 

 

 

マック「ゴールドシップさん。このキノコはなんですの?」

 

 

ゴルシ「そいつは毒だ。食べない方がいいぜ」

 

 

マック「なるほど、味の方はどうですか?」

 

 

ゴルシ「は?」

 

 

マック「味です。味」

 

 

ゴルシ「聞いてなかったのか!?」

 

 

マック「ちゃんと聞いてましたわ!でも食べたら美味しいかもしれないでしょう!?」

 

 

ゴルシ「おい!!マックイーンからキノコを取り上げろ!!」

 

 

「は、はい!!」

 

 

マック「な!?か、返してください!!!」

 

 

「あげません!!!」

 

 

マック「そんな........よよよ......」

 

 

ウオッカ「.........」

 

 

ダスカ「.........」

 

 

 あんな風にはならないよう、自分達はしっかり節制していこうと、覚悟を改め直した二人であった。

 

 

 一方保健室の方では

 

 

桜木「よこせ!」

 

 

黒津木「やだ!」

 

 

桜木「グミくれよ!!」

 

 

黒津木「やーだよ!!」

 

 

神威「.........?何やってんだアイツら......?」

 

 

 

 

 

 ダイエット八日目

 

 

 

 

桜木「.........」

 

 

 何をやっても気が紛れない。好きなジュースを飲むことも出来ないのに、自販機の横で座っている。ようやく折り返し、あと一週間なんだ。早くここの誘惑を断ち切ってしまえ。

 そう思っていると、シンボリルドルフ会長が自販機の前へとやってくる。ジュースを買いに来たのか?しかし、その割にはソワソワと周りを見回しているが.........

 

 

ルドルフ「.........拡散するデオキシリボ核酸」

 

 

桜木「.........ハハ」

 

 

ルドルフ「!?」

 

 

 しまった。つい笑ってしまった。どうやら生徒会長さんは俺の存在に気付いてなかったらしく、酷く驚いている。

 長居は無用。それがお互いの為だ。そう思い、ベンチから立ち上がった時に、急に舞い降りてきたフレーズが口から出てしまった。

 

 

桜木「ジャパンの波ジャッパーン」

 

 

ルドルフ「ッッッ!!!!?????」

 

 

 普段なら言いもしないし思い付きもしない洒落を言うと、シンボリルドルフの顔は衝撃が走った様に驚いていた。

 その後、生徒会室では鼻歌交じりに業務を行うシンボリルドルフを見て、生徒会全体の指揮が大幅にアップしたとか。

 

 

 

 

 

 ダイエット九日目

 

 

 

 

 

「あ、マックイーンさんとサブトレーナーさん」

 

 

二人「.........」ポケー

 

 

「トレーニングしてる時はあんなにピリピリしてるのに、休憩中は幸せそうですね」

 

 

ゴルシ「ああ、減量中だけだぜ?あんなピリピリしてんの。ゴルシ様も困ってんだぜー?おっちゃんもマックイーンも負けず嫌いだからな」

 

 

 それにしても、気付いてねーのかなーおっちゃんもマックイーンも。あんだけくっついてたら付き合ってるって言われても文句言えねーぜ?いっちょからかってやろ!!

 

 

「あ!ゴールドシップさん!!」

 

 

ゴルシ「おっすオマエらー!今日もラブラブだなー!」

 

 

桜木「あ、ゴールドシップ.........言ってやってくれ。あの雲メロン見てえだろ?」

 

 

マック「何をおっしゃるのですか.........?ソフトクリームにしか見えませんわ.........」

 

 

ゴルシ「おう!そうだな!アタシ用事出来たから帰るわ!!」

 

 

 無理無理無理無理!!いくらゴルシちゃんがスーパー天才ウマ娘だからってあんな霞がかった雲に食いもんなんて連想できねぇ!!

 

 

白銀「喰らえ玲皇!!!タンクトップタックル!!」

 

 

ゴルシ「そうそう!!コイツとオーストラリアのテニス大会にでんだよ!!アタシがコーチとして頂点に連れてってやっからな!!!」

 

 

 丁度良かったぜ!!白銀のヤツを連行すればおっちゃんもブチ切れねーしアタシも逃げれるし一石二鳥だ!!

 

 

白銀「は!?俺この前帰ってきたばっかしなんだが!?」

 

 

ゴルシ「うっせぇ!!アタシが行くっつったら行くんだよ!!!」

 

 

白銀「じゃあ優勝したらπ触らせてくれ!!!」

 

 

ゴルシ「ああ!!アタシのπで良けりゃな!!!!」

 

 

二人「!!!!!?????」

 

 

マック「?」

 

 

「?」

 

 

ゴルシ「決まりだなぁ!!いっちょブラジルまで飛んでくぜー!!オラァァァァァ!!!!」

 

 

 

 

 

 ダイエット十日目

 

 

 

 

 

桜木(クソ、腹が減って寝れねぇ.........!!)

 

 

 もう腹は空腹になれて、音もならないのに、その飢餓感を持ってエネルギー補給の必要性を誇示してくる。

 勢いよく布団をかぶり込み、体を縮こませた。体を折りたたんで、少しでも内蔵と内臓の間を埋めようと足掻くが、所詮プラシーボ効果。別段空腹感は満たされてくれない。

 

 

 ポチャン

 

 

桜木(ッッッ!!!!!)

 

 

桜木「ーーーーーーッッッ!!!!!」

 

 

 深夜2時を回った暗闇の部屋。蛇口から落とされた一雫の響きで、被っていた布団を蹴り飛ばし、靴を履いて一目散に外へと出ていった。

 

 

桜木(クソ!クソ!クソッ!!)

 

 

 結局、一時間半。ダッシュとランニングを繰り返したが、空腹感が紛れることは無かった。

 

 

 

 

 

 ダイエット十一日目

 

 

 

 

 

「臨時ニュースです。なんと先月、アメリカ大会で優勝した白銀選手が、オーストラリア大会への飛び入り参加を表明致しました」

 

 

桜木「マジかよ.........」

 

 

「なぜこの時期に!!意図を説明してくださいますか!?」

 

 

白銀「そんなの、決まってるでしょ」

 

 

白銀「男の夢を掴むためですよ」

 

 

「後ろにいるウマ娘さんとはどのような関係ですか!!」

 

 

ゴルシ「あ?別に何でもねえだろ。なあ?」ペロリンチョ

 

 

白銀「ああ、ゴルシ誰?」

 

 

ゴルシ「え.........?分かんねぇ.........誰だよゴルシって、怖いこと言うなよ.........」

 

 

「.........」

 

 

桜木「.........なんか、ダイエットするのバカバカしくなってきちゃった.........」

 

 

マック「あの、トレーナーさん。お弁当食べ終わりましたので、ここに置いておきます」

 

 

桜木「あ、ああ。わかったよ」

 

 

 い、行けない行けない。これは勝負なんだ。これだけあっちもヤッケになってるのに、罰ゲームありでわざわざ負けを選ぶなんて自殺行為にも程がある。ここは何としても勝たなければ.........!!

 

 

 

 

 

 ダイエット十二日目

 

 

 

 

 

マック「.........一体どうなっているのですか.........?」

 

 

 目に映る数字。先日の夜と全く変わらない姿が見受けられます。

 ハッとして、備え付けられて時計を見ます。まだ門限には時間がありますわ!

 

 

マック(トレーナーさんがあんなに必死になってるんです.........!信用はしていますが、何をされるか溜まったものじゃありませんわ!)

 

 

 そこまでして私にさせたいことがあるのでしょう。全く!恐ろしい人ですわ!!

 ジャージのスペアを着用し、その日は気が済むまで寮の周りをランニングしました

 

 

 

 

 

 ダイエット十三日目

 

 

 

 

 

桜木「.........マックイーン」

 

 

マック「はい?なんでしょうか?」

 

 

桜木「今日は少し少なめにしよう。見たところ、疲れ気味だ」

 

 

 目の前にいるマックイーンの目は、少し疲労が溜まっている。この状況でトレーニングさせた所で、大した身にはならないだろう。

 そう思って声をかけたところ、マックイーンはムッとした顔で詰め寄ってきた。

 

 

マック「お言葉ですが、それはトレーナーさんも一緒ではありませんの?」

 

 

マック「トレーナーさんが頑張るから!私も頑張ってるんです!」

 

 

桜木「.........俺が頑張ってるから?」

 

 

マック「.........あ、いえ.........すみません。言い過ぎましたわ.........」

 

 

 嫌な空気が流れ始めている。そうか、俺達。二人とも頑張ってたんだな.........

 彼女の耳をシュンとさせてしまった罪悪感と、一人だと思い、一緒に頑張ってきた事に気付かなかった不甲斐なさでいっぱいになる。

 

 

桜木「.........今日は、一時休戦にしよう」

 

 

マック「え.........?」

 

 

桜木「久しぶりに、ピリピリしてないマックイーンが見たいからさ」

 

 

マック「トレーナーさん.........ええ、私も丁度。いつものトレーナーさんとお話したいと思っていましたわ」

 

 

 良かった。いつものマックイーンに戻ってくれたみたいだ。耳も雰囲気も、いつも通りの彼女に戻ってくれた。

 嬉しいな。なんかよくわかんないけど。これも多分ファンとしての感情なんだろう。

 

 

桜木「今日はトレーニングを終えたらすぐ帰るよ。ブルボンにも伝えておく」

 

 

マック「そうですか.........あの、トレーナーさん?」

 

 

桜木「?」

 

 

マック「よ、よろしければ、一緒に帰りませんか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「悪い!待たせた!」

 

 

マック「いえ、もう少し掛かると思っていたので、気持ち的には待っていませんわ」

 

 

 学園の門の前で、そう言いながら、笑いかけてくれるマックイーン。学生時代に経験しておくべきイベントを遅れて体験しているみたいで、なんだか恥ずかしい気持ちになってくる。

 

 

桜木「はは.........それにしても、マックイーンも相当頑張ってるってことは、何か欲しいものでもあるのか?」

 

 

マック「え?トレーナーさんこそ、私にお願いしたいことがあるのでは無いのですか?」

 

 

 キョトンとした顔を見せるマックイーン。多分、俺も同じように首を傾げてるだろう。考えなくても、俺達は互いにすれ違っていたことに気づいて、笑ってしまった。

 

 

桜木「はははっ!どうやらお互い!頑張りすぎてすれ違ってたみたいだ!」

 

 

マック「ふふふっ、ええ、そうみたいですわね.........トレーナーさんと居ると、気持ちよく頑張れますわ!」

 

 

 全く面白い話もあるものだ。お互いの頑張りが、お互いの頑張りに影響を与えつつも、すれ違っている。一つ間違えれば仲違いになっていたかもしれない。

 それでも、お互いがお互いを思い、切磋琢磨し、こうしてすれ違いに気付く事が出来た。一心同体.........とは、また違うかもしれないが、通じあっていると思える程には、面白い出来事だった。

 

 

桜木(グー.........)

 

 

マック「あら、大きい音ですこと」

 

 

桜木「コイツ〜.........ここ2、3日は音を鳴らす元気もなかったのにこんな時に.........!」

 

 

 現金なヤツだ。マックイーンと話して元気が出たからってそりゃないだろう。

 それでも、クスクスと笑う少女の声が聞ければ安いものだと言う俺も、結構危ない。

 

 

桜木「.........なんか買ってくるよ。すぐ戻ってくる!」

 

 

マック「え?トレーナーさん?」

 

 

 目の前にあるコンビニに駆け込む。大人になって久しぶりに、女の子にドギマギしているかもしれない。それを悟られないよう、彼女に背を向けて走った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「トレーナーさん。ダイエットは.........?」

 

 

桜木「言ったろ?今日は一時休戦。俺も休むから、マックイーンも休んでくれ」

 

 

 そう言いながら、トレーナーさんは手に一つだけ持った商品の袋を開けました。中身は、二本の棒が付けられた氷のアイスでした。

 

 

桜木「ダブルソーダは初めてか?」

 

 

マック「ええ、普段。ああいう場所でお買い物をしませんので.........」

 

 

桜木「はは、流石お嬢様だな。スーパーでばったりっていうのも無さそう」

 

 

 どこで買い物してるんだろうなーと、トレーナーさんは視線を空へと剥けました。

 失礼な人です。スーパーマーケットくらい、行ったことありますわ!数回だけですけど。

 そう思って顔を背けていると、不意にひんやりとした空気が頬に触れます。振り返ってみると、先程のアイスが、半分程度の大きさで私の視界に現れました。

 

 

桜木「お疲れ様。マックイーン」

 

 

マック「お疲れ様です。トレーナーさん」

 

 

 優しく笑う彼につられて、私も、表情が緩んでしまいます。初めて口に入れたダブルソーダというアイスの味は、ヒンヤリとしていて、透き通るような甘さが口の中に広がりました。

 

 

桜木「.........飢えなんて、慣れてたつもりだったけど.........どうやら忘れてたみたいだ」

 

 

マック「.........?トレーナーさん?」

 

 

 一口だけ、アイスを食べた彼は、その目に涙を浮かべていました。どうしましょう。この展開は予想外です。

 

 

マック「以前、食事制限はしたことないと.........」

 

 

桜木「ああ、食えるのに食わないってことはした事ない.........食う物が無いから食えないってのは、散々味わったよ」

 

 

桜木「小さい頃、家が貧乏でな。やせ細っててガリガリだった。今思えばアレ、栄養失調だったと思うな」

 

 

 トレーナーさんが?やせ細っていた?正直、そんなことを言われてもピンとは来ません。目の前にいる彼は体格が良く、強そうな男の人です。

 

 

桜木「母ちゃんが頑張ってくれて。女手一つでここまで育ててくれた.........感謝してもしきれないし、 出来れば心配させたくない。親孝行もドンと派手にしたかった」

 

 

マック「トレーナーさん.........」

 

 

桜木「本当はテレビで俺が写ってて『え!?家の息子がなんかテレビで活躍してる!?』みたいな風にしたかったのに」

 

 

マック「ふふっ、それは素敵ですわね」

 

 

 まるでそれは確実に起こると言うようにハッキリとした口調で、トレーナーさんは言いました。これはきっと、私達の活躍を全面的に信じているからだと思います。

 

 

マック「.........凄いです。トレーナーさん」

 

 

桜木「?」

 

 

マック「私には、貴方の苦労を真に理解し、共感する事は難しいですが......それでも、トレーナーさんはそんな苦境の中を生き抜いて、夢を諦めながらもここまで頑張って.........」

 

 

桜木「ああ、正に。『山あり谷ありウマ娘』ってところだな」

 

 

マック「.........?」

 

 

桜木「楽しいことも、辛いことも、全部はこの為にあったと思えば、凄く納得出来る。お前らに教えられることが出来て、助けられることが出来るなら、俺の苦しみも、怪我も、決して無駄にはならない」

 

 

桜木「山登って谷を下った後には、マックイーン達が居てくれた。それが俺にとって最高の幸せだ」

 

 

マック「トレーナーさん.........」

 

 

 優しく、素敵な表情をしながら、そう言ってくださるトレーナーさん。私も、貴方に出会えて嬉しく思っているのですよ?

 でも、私にはいま、それを伝える力も、勇気もまだございません。いつかこの気持ちを伝えられるその日まで.........

 そう思いながら、彼の横顔を見ていると、不意に目があってしまいます。

 

 

桜木「本当に、見つけられて良かった」

 

 

 そう言いながら、彼はいつも通りニカッと笑ってみせます。

 彼の辛さや苦しみは、私には分かりません。飢えを強いられる苦しみも、夢を諦めなければ行けない辛さも、並大抵の物では無いはずです。

 それでも、彼は私達に会えて良かったと。真っ直ぐ言ってくれる。それが、とても嬉しかった。

 紅くなった頬はもう誤魔化せません。夕焼けは出ていませんから、背けて見せないようにするのが精一杯です。

 

 

マック(本当にズルい人ですわ。トレーナーさん)

 

 

 ヒンヤリとしたアイスの甘さも、頬の熱さや、胸の高鳴りを抑えるのは心許無いです。二人で歩いた夜道はなんだか、いつもより短く感じました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダイエット最終日 結果発表

 

 

 

 

 

 

桜木「.........来たな、マックイーン」

 

 

マック「ええ。準備は万端ですわ!トレーナーさん!」

 

 

 いつもより重い空気が支配するチームルーム。いつも騒がしい(良い意味で)ウララとライスも、空気に気圧されている。アグネスタキオンはまた炊飯器で何かやってる。

 

 

タキオン「おー。やはり黒津木君の言う通り炊飯器は万能だねぇ」

 

 

桜木「やめとけ。アイツはアル中信者だぞ」

 

 

マック「???」

 

 

 通りで最近様子がおかしいと思った。まさか、ニコニコ動画でも見せたんじゃないか?アイツ。止めてくれないか!うちのタキオンは少し影響を受けやすいんだ!!主に好奇心がありすぎるせいで!!

 

 

桜木「.........さ、見届け人も居る事だ。俺が先に、結果を出すぞ。その後俺は廊下に出るから、マックイーンはその後に計ってくれ」

 

 

 

 

 

 体重測定中.........

 

 

 

 

 

タキオン「.........まぁ、結果はご覧通りさ」

 

 

桜木「ふぅ.........地獄のダイエットだったけど、何とか勝ったな」

 

 

マック「うぅ、悔しいですわ.........!」

 

 

 開示された体重のマイナス幅は、俺が圧倒的なリードを見せつけ、完勝していた。やれば出来らぁとはまさにこの事。ボクシング漫画様様だぜ。

 

 

タキオン「まぁ待ちたまえ。審査員票がある。勝ち負けはまだ決まってないよ」

 

 

桜木(え?そんなん聞いてないけど.........)

 

 

タキオン「せーので札をあげよう。準備はいいかい?ウララ君?ライス君?」

 

 

 三人が座っている机には、いつの間にか札が置かれている。嫌な予感がするぞ。待て、結構差は着いてるぞ?そんな事しなくても、勝敗は確定的に明らかじゃ.........

 

 

ウララ「せーの!!!」

 

 

 マックイーン

 

 

 マックイーン

 

 

 マックイーン

 

 

ライス「しょ、勝者はマックイーンさん.........!!」

 

 

桜木「うぉぉおおおいいいいい!!!????」

 

 

 申し訳なさそうに席に着くライス。良いんだ。ごめんね?大声出して。でも納得はできん。

 そう思っていると、審査員の一人一人が勝因を語り始めた。

 

 

タキオン「トレーナー君。これはダイエット対決だと言うのは理解しているだろう?」

 

 

桜木「当たり前だ」

 

 

タキオン「確かにマックイーン君はダイエットしていたよ。けれども.........君のそれはダイエットなんかじゃない」

 

 

タキオン「減量だよ。ボクシング選手がよくやる様な奴だね」

 

 

桜木「.........あっ」

 

 

 え?ダイエットと減量って定義が違うのか?いや待てよ.........?

 ダイエット=健康志向。その後も痩せ続ける。その健康体を保つ為の考え方。

 減量=一時しのぎ。計量通過後は元に戻してOK。その場しのぎでも許される。

 

 

マック「トレーナーさん.........」

 

 

桜木「見るな.........!そんな目で俺を見るな.........!」

 

 

 哀れみを帯びた目で見てくるマックイーン。これは勝負だ。そんな情けをかけるような目で見ないでくれ。甘えたくなる。

 そうしているうちに、今度はウララが席を立った。

 

 

ウララ「えっとね、マックイーンちゃんはダイエットする前もした後もね?可愛いんだよ!!」

 

 

ウララ「けどね?トレーナーはダイエットする前の方がかっこよかったな.........」

 

 

桜木「!!!!!」

 

 

 かっこよかった.........?じゃあ今の俺は.........?

 言われてはいないはずなのに、ウララの声が頭に響き渡る。

 トレーナーかっこ悪いよ!という声がエコーを付けて聞こえて来る。

 

 

タキオン「トレーナー君.........」

 

 

桜木「くっ.........!貴様もかアグネスタキオン.........!!」

 

 

 普段お前はそんな目をしないだろ。いつもらしくモルモットを扱うような目で見てくれ。お願いだからバカだと笑ってくれ。

 そして今度はライスが申し訳なさそうに立ち上がる。これで最後だ。穏便に済ませてくれ。

 

 

ライス「あの、ね?ライス。ずっとトレーナーさんのこと。心配だった.........」

 

 

桜木「ライス.........」

 

 

ライス「だからライス.........怒ってるんだよ.........!」

 

 

 なるほど、だからマックイーンの札を上げたのか。納得.........いや、そんな的外れな思考は今すべきじゃない。

 

 

ウララ「ライスちゃん怒ってるの!?ダメだよトレーナー!!ウララも怒ったぞー!!」

 

 

桜木「ご、ごめんなさぁぁぁい!!!!!」

 

 

 成人男性の情けない謝罪がチームルームに響き渡った。今日も[スピカ:レグルス]は平和です。

 

 

 

 

 

ㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤ......To be continued

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オマケその1

 

 

 

 

 

 スピカのチームルーム。

 

 

「おはようございますー!」

 

 

桜木「あれ?新しいチームメンバー?」

 

 

全員「え?」

 

 

 ダイエットを終え、精神的に余裕も出てきた最終日のトレーニング。入ってきた黒髪のウマ娘は今まで居なかった筈だ。

 

 

沖野「お前.........本気で言ってるのか?」

 

 

桜木「え?」

 

 

「そんな.........私、一週間前からチームに入ったのに.........」

 

 

桜木(そマ!!???)

 

 

 一週間前。丁度ダイエットの中でも一番意識がぶっ飛んでいた時期の筈だ。どうしよう。名前も思い浮かばない。けど、名前を、名前を言わなければ.........

 汗をダラダラと垂れ流しながら、必死に名前を思い出そうとするも、身体のどこにも彼女の名前の痕跡は見当たらない。喉にも込み上げてこない。

 

 

ウララ「トレーナー!!この子は」

 

 

沖野「待てウララ。トレーナーならチームメンバーの名前くらい言えるはずだ」

 

 

 クソァっ!マジで性格悪いぞこの人!!ぐ.........こうなったら、奥の手だ.........当てずっぽうしかない.........!

 

 

桜木「レ、レオディセンバー.........?」

 

 

「.........」

 

 

全員「.........」

 

 

 まずい。どうやら違ったみたいだ。どうしよう.........この空気。

 

 

沖野「スカーレット。ウオッカ。やれ」

 

 

二人「はい(おう)」

 

 

桜木「ふ、二人とも顔が怖いぜ?冗談だって、心をおちけつ.........」

 

 

二人「問答無用ッッ!!!」

 

 

桜木「べふぅぅぅっっ!!!」

 

 

 息ぴったりのクロスボンバーが炸裂した。いや、死にますって旦那。タマモクロスの姉御のツッコミもここまで激しくありませんって。

 

 

マック「おはようございます」

 

 

「あ、おはようございます.........」

 

 

 スピカのチームルームに入ってきたマックイーン。名前も知らない(知ってるはずの)ウマ娘に気付くと、おもむろに近づいていく。

 

 

桜木「ま、マックイーン.........助けぶ.........」

 

 

 いやいや!口まで抑えないでよ!!息が出来ないじゃねえか!!不味い。マックイーンからは死角。俺の姿は完全に見えていないぞ.........!!

 

 

マック「初めまして。メジロマックイーンですわ」

 

 

全員「え!?」

 

 

マック「え?なんですの?」

 

 

桜木(マジかよ!!)

 

 

 流石マックイーン!!期待を裏切らない!!

 そしてウオッカとスカーレットが驚いて力が緩んでいる間に拘束を脱出。何とか一命を取り留める事に成功した。

 

 

沖野「マックイーン.........お前もか.........」

 

 

マック「だから!なんなんですの!?」

 

 

「もー!!なんで私の名前が分からないんですかー!!」

 

 

 まずい、名も知らぬウマ娘がもう泣きそうだ。ここは耳打ちしてなんとか状況を知らせよう。大丈夫。マックイーンはちょっとおっちょこちょいだが、やる時はやる子だ。

 

 

マック(み、耳がくすぐったいですわ.........///)

 

 

マック「ええ.........!?だ、だいたい事情はわかりましたわ.........」

 

 

「ぐすん.........」

 

 

マック「申し訳ございません。冗談でしたが、少々タチが悪かったですわ.........」

 

 

 おお、何とか穏便に話がまとまりそうだぞ.........全員、胸を撫で下ろしている様子が見て取れた。

 

 

「じゃあ.........私の名前を言ってください」

 

 

マック「」

 

 

桜木(マックイーンさん!?)

 

 

 固まった。完全にやってしまった。多分マックイーンもわかんないんだと思う。うん。

 

 

マック「.........コホン」

 

 

桜木(!?)

 

 

 だが、それも一瞬だけだった。いつもの優雅なマックイーンに戻った。良かった。彼女はやはり頼りになる。窓からの逃走は必要無いのかもな。

 

 

マック「メジロムーンライトさん」

 

 

桜木「逃げるんだよォ!マックイーン!!!」ガララッ!

 

 

 無理だ!!もう言い逃れ出来ない!!だって完全に目を見て名前を言ってなかったんだもん!!笑顔が引き攣ってたんだもん!!!

 

 

「.........せん.........」

 

 

全員「え?」

 

 

桜木「?」

 

 

「許しませんッッ!!!」

 

 

桜木「な、何ィィィィ!!!?????」

 

 

 名も知らぬウマ娘ッ!脅威の末脚ッッ!!!いや、ウマ娘に逃げ足で勝とうだなんてそもそもが無理なんですけどね。

 

 

「私の名前はッッッ!!!!!」

 

 

桜木「き、君の名はッッ!!!??」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「スペシャルウィークですッッッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後。チームのトレーニングが終わるまで俺とマックイーンはレンガを膝に乗せられ、正座させ続けられた。二人は二度と無理なダイエットはしない。そう誓った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オマケその2

 

 

 

 

 

「白銀選手ッッ!!!まるでアメリカ大会での疲れを感じさせないッッ!!!オーストラリア大会優勝ですッッ!!!!!」

 

 

白銀「ッシャァァアアッッ!!!見たか女ァッ!約束通りπ触らせろやァァ!!!」

 

 

ゴルシ「ああ.........良いぜ。恥ずかしいけど、お前になら触らせてやるよ.........」

 

 

白銀(へへへ、最初はマジかよと思ったが、思えばこの女は約束は破らねぇッ!勝ったな.........あんなデケェのはそうそうお目に......?なんだアイツ、紙とペンなんか出して.........)

 

 

ゴルシ「ほらよ。アタシのπ.........」

 

 

白銀「」絶句

 

 

 それは.........とても、綺麗な綺麗な、まーるい円でした。ゴールドシップの類まれな芸術センス。見る人が見れば、億超の作品になるようなマジックで書かれた円。それは、純粋なπと言っても、差支えはありませんでした.........

 

 

ゴルシ「あ、アタシだっては、恥ずかしいからよ.........は、早く触ってくれよ.........」

 

 

白銀「アア.........オレハコノタメダケニガンバッテキタンダ.........ユックリタンノウサセテクレ.........」

 

 

 そんな柔らかさも感じない平らなπを触った白銀は、あまりのショックにその場に倒れ伏せ、一週間は目を覚ましませんでした.........

 因みに、メディアでは、白銀翔也。失恋という見出しで大々的に報道されたそうな............めでたしめでたし。

 

 

 



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タマモクロス「ええ話持ってきたで!!」

 

 

 

 

 

 

 チームルーム[スピカ:レグルス]にて。

 普段より静かなチームルーム。今は私、メジロマックイーン以外は在室しておりません。ウララさんとライスさんは外へ遊びに行っており、アグネスタキオンさんは研究室で研究に励んでおります。

 いつもならかなり高い頻度でいるはずのトレーナーさんも、今日は外せない用事があるようで、この場にはおりません。

 

 

タマ「おっちゃーん!!邪魔するでー!!」

 

 

 勢い良く開かれたチームルームの扉。そこには平均よりも小柄な芦毛のウマ娘。タマモクロスさんが立っておりました。

 

 

マック「タマモクロスさん?すみません。トレーナーさんは今、用事で留守にしておりまして.........」

 

 

タマ「なんや、せっかくええ話持ってきたっちゅうのに」

 

 

 よっこいせと背中に背負っていた大きな荷物を下ろすと、タマモクロスさんは一息付きながらソファに座り込みました。

 

 

マック「あの、それでいい話とは.........?」

 

 

タマ「一つはコイツや。ようやっとおっちゃん倒せるレベルまで上達したから、今日はボコボコにしたろうと思ったんや」

 

 

 そう言いながら、バッグから出てきたのはなにやら少し大きい機械でした。それをテーブルに置くと、今度はそれと同じほどの大きさの、まだ別の機械。

 ですが、それは以前、トレーナーさんがやっていたアーケードゲームを操作していた物と同じものでした。

 

 

タマ「借りたもんは返さなアカン。ウチはそこんとこはわきまえてるんや」

 

 

マック「そ、そうなんですか.........」

 

 

 目の前に座っているタマモクロスさんからは、燃え上がる炎が幻視してしまう程にメラメラとしていました。どうやら、余程トレーナーさんにイジメられたみたいです。

 

 

タマ「二つ目は.........ウチの最後のトゥインクル・シリーズの出走予定が決まったって事や」

 

 

マック「最後.........ですか?」

 

 

タマ「せや。ウチも長い間走り続けてきて、いい成績も残してきたし、ドリームトロフィーを主軸にして行かないかって誘われててな?トゥインクルシリーズは、次で最後っちゅうことやねん」

 

 

 ドリームトロフィーシリーズ。トゥインクルシリーズの上の階級に存在するレース。そのレースに参加できるの者は、特定の条件を満たしたウマ娘だけです。その条件も、一般には公開されてはおりません。

 

 

マック「凄いですわ.........!タマモクロスさん!!同じ芦毛のウマ娘として、誇らしいですわ!!」

 

 

マック「.........けど、なぜそれをトレーナーさんに?」

 

 

タマ「あー.........ウチがここまで走ってこられたんは、実はおっちゃんのおかげやねん」

 

 

 照れたように頬を人差し指で掻くタマモクロスさん。それでもその顔は、とても嬉しそうでした。

 

 

マック「そういえば、トレーナーさんとはいつ頃知り合ったのですか.........?」

 

 

タマ「せやなぁ.........実は、おっちゃんと会ったのは、言うて一年も無いくらい。そんな古い付き合いちゃうんや」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

タマ『なんでやトレーナー!!このままじゃウチ、勝てへんままや!!なんで同じトレーニングしかさせてくれへんねん!!』

 

 

古賀『タマ。お前さんにはお前さんのペースがある。俺のやり方は、身体に負担の少ないトレーニングで伸び代を上げる方法を提示するしかないんだ』

 

 

 ウチはあの時、スランプ気味やったんや。試験を受けてせっかく入ったチーム[アルデバラン]。同期のオグリとクリークはグングン力をつけてるのに、ウチだけまだ、頭一つ抜けてない。その焦りがさらに、ウチの足を引っ張る悪循環を作ってたんや。

 

 

タマ「何が伸び代や.........伸びを見せんかったらただのチビやないか」

 

 

 その日の練習も終わって、フラフラと力無く寮までの道を歩いてたんや。今月の食費もカツカツで、下手したら何日か飯が食えへんかもしれないなーと思いながら、普段は言わないような自虐を言ってしまった。

 そうやって前を見ないから、人にぶつかってまうんや。

 

 

「うお!?」

 

 

タマ「あ!!?悪いおっちゃん!!大丈夫か!?」

 

 

 身体はチビだろうと、ウチはウマ娘や。少し身体を当てた位でも、人間からしたら強い衝撃がある。ウチは他人にぶつかってもうたんや。

 

 

「いや、大丈夫。それにしても凄いな.........ウマ娘はこんなに小さくても、こんな強さがあるのか.........」

 

 

タマ「なんやおっちゃん?ウマ娘見んの初めてなんか?」

 

 

 おっちゃんは自分の足で立ち上がりながら、手でズボンに着いた汚れを払ってこっちを見たんや。

 え?おっちゃんはおっちゃんや。マックちゃんとこのトレーナーやで。

 サングラスで目は見えへんし、髪はオールバックやし、見た目はちょっと怖いヤンキーみたいやったけど、声の調子も身の回りの雰囲気も優しいヤツやってことはすぐ分かったんや。

 

 

「ああ、今日で二回目だけど、間近で見るのは初めてだよ」

 

 

タマ「そうなんか!!まーここら辺は寮とかあるから、そんな珍しくはないで!」

 

 

 そんな他愛もない会話が、おっちゃんとのファーストコンタクトやった。

 

 

 次の日、チームのミーティングルームに行くと、そこには昨日ぶつかってもうたおっちゃんが居て、滅茶苦茶驚いてまったんや。

 

 

タマ「おっちゃん!!昨日の!!」

 

 

「あれ、君は.........そうか、古賀さんの教え子だったんすね」

 

 

古賀「なんだタマ、お前桜木と知り合いだったのか!!ほら、自己紹介しろ!」

 

 

 面白いなーとは思ったんや。昨日初めて会った人間が、まさかトレーナー見習いになるなんて。けれど、ウマ娘をまだ二回しかその目で見とらんっちゅうやっちゃで?

 おっちゃんがいいヤツなのは分かってるけど、そこら辺、信用出来へんかったんや。

 結局。名前だけ聞いた後はそのままトレーニングに直行してまったんや。

 

 

桜木「おー、やっぱり早いなー。ウマ娘」

 

 

タマ「.........そんなん、当たり前やろ。ウマ娘やし」

 

 

タマ「ちゅうか、なんでさりげなくウチに話しかけとるんや?他にやることあるんちゃうんか」

 

 

桜木「古賀さんの無茶振りだよ。一週間はウマ娘を見て目を養えってさ。指導もしたいなら勝手にしろって.........」

 

 

タマ「ほんまなんやねんあのトレーナー.........」

 

 

 柔軟している横でおっちゃんが話しかけてくる。その視線の先には.........オグリがコースを走っとる姿があった。

 

 

タマ「指導したいんならすればええやん」

 

 

桜木「あれはムリ。走る理屈と言うか理想像をねじ伏せた走り方してる。どこか一つでも下手に弄ったら怪我しそうだ」

 

 

タマ(なんや、身の程は弁えとるんやな)

 

 

 失礼やなーと思うやろ?ウチも思うで。でも、あの時は本当になりふり構ってられんかったんや。

 柔軟も終わらせて、これから走るでーって時にも、まだおっちゃんは居たんや。

 

 

タマ「ウチじゃなくて、他の娘見ればええやん」

 

 

桜木「いや、なんか君の走りを見たくてさ」

 

 

タマ「なんやねんそれ.........」

 

 

 そんな事言われたら無下には出来へん。走りが見たいって言われて喜ばないウマ娘は居らん。ウチ、そこんとこちょっとチョロいねん。

 え?マックちゃんもそうなんか?なんや!ウチらチョロいもん同士仲良くしよや!!

 とりあえず、いつも走ってる通りに走って見せたんや。リズムも身体の調子もいつも通り。なんも変わりない走りを見せたんや。

 

 

タマ「ハァ.........そんで?どうやった?ウチの走りは?」

 

 

桜木「うーん。タイム的にも悪くは無いし、足の回転率も見ていて無理している気配は見られないし.........」

 

 

タマ「.........それでも、今のウチは勝てへんのや」

 

 

桜木「え?」

 

 

タマ「なんでもない!!あっちいっといてや!!」

 

 

 つい声を張り上げてしまったんや。なんかこう、ピリピリしてる時って誰しもあるやろ?え、最近した?まあ共感貰えたからええわ。

 とにかく、その時ウチは勝ちたくて勝ちたくて仕方なかったんや。そう思って、ウチは一歩おっちゃんから背を向けて離れた。

 

 

桜木「視線が低い」

 

 

タマ「.........なんや急に、別に下は向いてないやろ」

 

 

桜木「違う。角度の問題じゃない。視点の話だ」

 

 

タマ「ウチがチビやって言いたいんか?喧嘩売りたいんなら正解や。一番良い売り方しとる」

 

 

桜木「そんなんじゃない。ただ、他の子が気にしなければいけない所を、少しの意識でできる素質があると思ったんだ」

 

 

桜木「それと、あのオグリキャップって子と戦いたいんなら、抜かす勝ち方じゃなくて、隣で競り合う勝ち方の方が良い」

 

 

タマ「!!!」

 

 

 それはもう衝撃やったわ。ウチの強みを見つけてくれるだけならいざ知らず、おっちゃんはウチが誰にも言ってないライバル心を見透かしてアドバイスしてきたんや。

 

 

タマ「だ、誰もオグリに勝ちたいなんて言ってないやろ!!」

 

 

桜木「言ってたさ。君の目はライバルを求めてる」

 

 

タマ「.........おっちゃんは、勝てると思っとるんか?」

 

 

桜木「勝てる。戦い方は千差万別。あの子が走り方で戦うなら、レースのやり方で戦えばいい」

 

 

 そう言いながら、おっちゃんはニカッと笑ったんや。容易に想像できるやろ?

 それから、ウチはおっちゃんと特訓を始めたんやけど、トレーニングの方法は一切変わらんかった。結局今のやり方が一番合ってるって言われて、トレーナーに申し訳ない思うたんや。

 ほんでな?一週間くらい経った後、おっちゃん達見習いとトレーナーが話している所を偶然聞いてもうたんや。

 

 

古賀「それで、お前らの目から見てどうだった。うちのチームは」

 

 

「いやー、さすが古賀さんですよ。練習方法も堅実ながら、昨今のスポーツ科学を取り入れた前進的なトレーニングで.........」

 

 

「器具から何から簡単に用意できるものを工夫次第で生かせることを学べました。これから参考にしたいので.........」

 

 

タマ(ほーん。皆結構勉強したんやなー)

 

 

古賀「お前はどうだ?桜木」

 

 

桜木「.........正直、トレーニング方法とかについては口に出来ません。身体の動かし方はともかく、動かせられるように勉強したわけじゃありませんから」

 

 

タマ(おいおい!!そりゃ無いやろ!!いくらトレーナーがお人好しやからって少しは心象良くせなアカンで!!)

 

 

 いやー、ホンマあん時は心臓バクバクやったわ。あそこで自分の進退決まる言うてんのに、周りに自分は同調せん言うてるもんやで?

 なんちゅうか、頑固やろ?おたくのトレーナー。見つけたもんガッツリ掴んで離さない系男子やろ!!

 

 

桜木「でも、それでも俺が言えることは、あのトレーニングを受けて成長しないウマ娘は居ないという事です」

 

 

タマ(!!)

 

 

古賀「.........」

 

 

桜木「今は伸び悩んでいたり、勝てなかったりしても、強くなりますよ。古賀さんの指導なら」

 

 

古賀「.........一応聞こうじゃねえか、桜木。誰を見てそう思った?」

 

 

桜木「もちろん、決まってるじゃないですか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「タマモクロスですよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

タマ(!!!!!)

 

 

 ホンマ、罪な男やで?ウマたらしにもほどがあるって。

 そういやおっちゃん。芦毛のウマ娘とよう仲良うなるなー。そういう趣味なんかな?

 恥ずかしいけど、ウチはホンマに嬉しかったんや。トレーナーも多分期待はしてくれてたんやけど、やっぱ言葉にして伝えてくれた方が嬉しいやん?

 

 

「タマモクロスって、最近負け続けの.........」

 

 

「てっきりオグリキャップかと.........」

 

 

桜木「なんだ、知らないのかアンタら」

 

 

桜木「稲妻の雷鳴は遅れて聞こえてくる。音に気付いた後にはもう姿は残ってねえんだよ」

 

 

 (何言ってんだこいつ)

 

 

 (何言ってんだこいつ)

 

 

古賀(何言ってんだこいつ)

 

 

タマ(何いってるんやおっちゃん)

 

 

 なーんか上手いこといった思て得意な顔してたで、教室覗いて見てたけど。

 けどなー、ホンマチョロいねん。あんなくっさいこと言われて、一丁前に嬉しくなってまうウチもウチや。心の中ではあんなふうに悪態ついてたけど、顔からは火が出るくらい熱かったんや。

 

 

古賀「.........まぁ、お前さんの気持ちは大体分かった。俺もタマに関しては走ると思っている.........お前さんの素質もやはり、俺の目に狂いはなかったな」

 

 

古賀「ここに居る全員合格ッッ!!!自分の見るべき事を理解している!!明日からは正式にトレーナー見習いとしてきっちり扱いていくから覚悟するように!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

タマ「とまあ、こんな感じで色々あったんや」

 

 

 そんなことがあったのですね.........そう思いながら、ティーカップに入れた紅茶を一口飲みました。それにしても.........

 

 

マック「ふふっ、昔からなのですね、変なところで自信家なのは」

 

 

タマ「せや、自分には自信持てへん癖して、ウチらの事になると100%頭からつま先まで信じてまう。ウマ娘使った詐欺に引っかかるでその内。マックちゃんもおっちゃんに気ぃつけてな」

 

 

マック「ええ、メジロのウマ娘の担当トレーナーが詐欺に引っかかるなど、あっては行けませんから」

 

 

タマ「あー、ホンマ色々あったわあん時。クリークの暴走をおっちゃんが止めてくれたり、オグリンとの大食い対決で気絶するまで食ったんはいいんやけど、結局オグリンには負けるし.........」

 

 

マック「まぁ、あのオグリキャップさんと?それはまた無茶な.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「全く酷い目にあったぜ.........」

 

 

 大切な業務連絡の為に生徒会室やら理事長室やらに行ってきたが、色々と時間を食ってしまった。そのうちの一つは淡々とダジャレに付き合わされるという地獄であったが、あの時笑った俺が悪い。

 

 

桜木「なんだよ、教会に行くのは今日かいテイオー?って、そんなんすぐ思いつく俺が怖いよ.........」

 

 

 着実に親父への一歩を踏み出しつつある俺ではあるが、落ち込んでいる暇は無い。それよりもこの吉報をいち早くマックイーン達に伝えなければ.........

 そう思いながらチームルームの方まで足を運んでいくと、なにやら楽しそうに談笑しているマックイーンと、普段聞かない声が聞こえてくる。

 

 

桜木「邪魔するぜー」

 

 

タマ「邪魔するなら帰ってー」

 

 

桜木「あいよー」

 

 

 開けた扉を閉めると、とててて、と足音が聞こえてくる。その主が扉を勢いよく開けると、嬉しそうな顔をこちらに見せてきた。

 

 

タマ「なんやおっちゃん!!今日はノリええやないか!!」

 

 

桜木「ああ、いい知らせが届いたからな。そういうタスこそどうしたんだ?やけにテンション高いが」

 

 

タマ「いや、ウチはツールアシステッドなんてしてないで、いつも生身や!!」

 

 

マック「???」

 

 

 ありゃ、マックイーンは話についていけないみたいだな。

 うーん、スーパープレイを見せてあげたいけど、あれ、やりこんでるオタクじゃないと面白さは分からないんだよな.........

 

 

桜木「それにしても、珍しい組み合わせだな。他のメンバーは?」

 

 

マック「ライスさんとウララさんは外で遊んでいます。タキオンさんは.........研究室で篭って何かを.........」

 

 

桜木「なるほどなぁ.........」

 

 

タマ「なんや、おっちゃん真面目にトレーナーしとるんやなぁ!!見直したわ!!」

 

 

桜木「惚れ直してもいいんだぜ?」

 

 

タマ「誰も惚れんわ悪人面」

 

 

 締める時は締める。それがタマモクロス。見事な右ストレートのような毒舌がもろにクリーンヒットしてしまった。そこまで言う必要ないじゃない.........

 

 

タマ「あー泣かんでもええやん。お嫁に貰ってくれる人くらい世界中探せば居るで?」

 

 

桜木「俺男なんだけど.........」

 

 

タキオン「おやおや、夫婦漫才してると思ったらモルモット君じゃないか。今日はマックイーン君じゃないのかい?」

 

 

 背中を摩られているその背後からいつも通りのわざとらしい声が聞こえてくる。コイツ、絶対今ニヤニヤしてるだろ.........

 

 

桜木「えーん、タキオンにイジメられるよー」

 

 

タマ「きっしょ」

 

 

マック「ええと、流石にそれはちょっと.........」

 

 

桜木「救いは無いんですか!?」

 

 

タキオン「救いは無いね!!」

 

 

 バサァと白衣を広げてノリに乗ってくれるアグネスタキオン。変わったな、主に黒津木せいで。

 おかげと思っちゃいけない。これ以上変なモノの影響受けさせたくはないが、アイツはモノホンの天才。そばに居ることでいい影響もある。天秤にかけると丁度並行くらい。

 

 

桜木「とにかく、タマの姉御はどうして今日来たんだ?」

 

 

タマ「せやったわ、ウチ。最後の出走予定が決まったねんで」

 

 

桜木「最後.........?」

 

 

タマ「せや、ドリームトロフィーリーグに移籍するんや」

 

 

 ドリームトロフィーリーグ。確かに、ここ最近聞いているタマモクロスの活躍からすれば、移籍の話が来ていてもおかしくは無い。

 あの勝てなくて悩んでいた小柄なウマ娘が.........こんなに笑顔を振りまくようになって.........

 

 

タマ「なんや、もう泣いてるんか!?」

 

 

桜木「いや、あんなにツンツンしてたタマが.........こんなに心を開いてくれるなんてな.........それで、それはいつのレースなんだ?」

 

 

タマ「秋の天皇賞や」

 

 

二人「!!」

 

 

 そのレースの名前を聞いて、俺とマックイーンの二人は気を引き締めた。

 ゆっくりとマックイーンの方に視線を送ってみると、その顔は驚愕に満ちていた。

 

 

マック「あの.........タマモクロスさんは、今年の春の天皇賞も勝利を収めておりますよね.........?」

 

 

タマ「そうや、その前に話が来てな?調整の為に出たんや.........」

 

 

桜木「調整.........?」

 

 

 部屋の空気が、ズシンと一気に重くなる。レースに情熱をかける者の意思が、肌に直接伝わるほどの空気。それがタマモクロスから滲み出ている。それほど、タマモクロスは最後のレースに備えているらしい。

 

 

タマ「最後のレースと同じ名前のレースがあるんや。調整に使わん手はあらへん.........それに、アイツが出えへんレースで負けてたら、ウチはライバル名乗れへんねん」

 

 

桜木「まさか.........!!?」

 

 

タマ「せや.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「最後のレース。オグリも出る」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「オグリキャップさんも.........!?」

 

 

タキオン「つまり、現時点で最強の芦毛対決になる訳だ.........もちろん、見に行くんだろう?トレーナー君?」

 

 

桜木「当たり前だ。こうして話してくれたのも、俺に見に来て欲しいと思ったからだろ?もし、タマが勝てば、ライバルに勝っただけじゃなく、マックイーンより先に天皇賞の制覇の景色を見る事になる。その姿は是非、見ておきたい」

 

 

 俺は.........俺は、喜びに打ち震えた。いつか見てみたいと思っていた対決を、夢を達成する前に見る事が出来るなんて.........

 見ないという選択肢はそもそも存在していない。タマとオグリさんの対決は、必ずコイツらにもいい刺激にもなると思う。

 

 

タマ「.........それで、おっちゃんの方はどうしたんや?」

 

 

桜木「ああ、俺の方も、中々にビッグニュースだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マックイーンとタキオンのデビューが決まった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「まぁ.........!」

 

 

タキオン「おや、思っていたより随分と早い判断だねぇ?」

 

 

桜木「ああ、これを聞いてすぐチームルームにぶっ飛んでいきたかったんだが、あれこれ重なって遅くなっちまった」

 

 

タマ「なんや!!ウチの衝撃発表の威力が弱まったやないか!!」

 

 

 そう言うと、タマモクロスはバシッ!と大きな音を立てるように背中を叩いてくる。見事なツッコミだ。

 

 

桜木「イテテ.........兎に角、応援にはチーム全員で駆けつけるよ」

 

 

タマ「ホンマか!?おおきになーおっちゃん!!せや、ついでにこれも返しに来たんやー!!ウチとやろやぁ♪」

 

 

 そうやって指を伸ばした先には、俺が以前貸したPSシリーズとアケコン。複数の格闘ゲームがとっちらかっていた。

 そうだそうだ、以前、クリークとオグリさんとタマの姉御の三人でゲーセンに行った時に、ボコボコにしてしまったんだった。

 

 

桜木「あー.........もしかして、根に持ってる?」

 

 

タマ「当たり前や♪ウチ初めてやったのに、おっちゃん激しくするんやもん。責任はとってもらわんとなぁ?」

 

 

 かなり語弊があるぞ、その言い方は、なんだ君達、そんな目で見るんじゃないよ!!

 

 

桜木「俺は言ったぞ!!格闘ゲームは手加減できないって!!」

 

 

タマ「あんな強いとは思わんやん!!」

 

 

 そう、ほぼ棒立ち同然のタマをイジメ抜いてしまった。流石に可愛そうだったので50円返したが、それが逆に怒りを買ってしまったのだ。

 だって皆やるでしょ?トレモと同じだよ。

 

 

マック「トレーナーさん.........負けず嫌いもここまでくると、見苦しいと言うかなんと言うか.........」

 

 

桜木「うぐ.........くっ、ゲーム以外で負けてきたんだ。今更ゲームで負けてやれるか.........!!」

 

 

 自分で言っといてなんだが結構なクズだな。どうしよう、謝ったら許してくれるかな.........?

 

 

桜木「けどあの時は本当にすまんかった」

 

 

タマ「許さへんで。はよやろや」

 

 

 その日、タマモクロスの怒りのリベンジが炸裂し、成人男性の苦しい唸り声がチームルームに響き渡ったと言う.........

 

 

 

 

 

ㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤ......To be continued



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桐生院「わ、私に付き合ってください!!」 (前編)

 

 

 

 

 

 

桜木「おい!!!裏取られてんぞ!!」

 

 

黒津木「るせぇ!!!回復が間に合わんのじゃボケェ!!!」

 

 

神威「アァ〜↑↑↑」

 

 

「モザンビークヒア」

 

 

桜木「あ、変なピン刺した」

 

 

 キーン.........

 

 

神威「し、死んだ.........」

 

 

 男三人集まればやることと言えば決まっている。ゲームだ。久々の休み。うまいものをたらふく食ってしこたまジュースを飲んでやるゲームは楽しい。

 とは言っても、完全に仕事との繋がりを断ち切ることは出来なく.........

 

 

 トゥルルルルル

 

 

桜木「あ、悪ぃ電話だ。誰からだ?」

 

 

神威「女だ」

 

 

黒津木「玲皇と仲良しのあの子だ」

 

 

桜木「なわけあるか」

 

 

 マックイーン達との連絡先は交換していない。ハッキリいえば、プライベートに干渉してしまえば、トレーナーとウマ娘のしっかりとした線引きが無くなってしまうからだ。

 これも古賀さんの教え。因みにこれを教えて貰った直後に担当から電話で呼ばれていた。有言不実行。

 

 

桜木「もしもし、桜木です」

 

 

「もしもし、桐生院です」

 

 

桜木「え?」

 

 

 これは予想外の人物だ。隣でチェックマークつけてるコイツらもギョッとしてる。おい、勝手に俺のコントローラーまで弄るなバカ。

 

 

桜木「あの、どう言った要件で?」

 

 

桐生院「そ、その.........私に.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私に付き合ってください!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桐生院「す、すみません。来て貰ってしまって.........」

 

 

桜木「い、いいのいいの。気にしないでくれ.........」

 

 

 あのオフから更に一週間後のオフ。あの電話の直後顔面がめり込んで前が見えなくなるほどタコ殴りにされたが、何とか一命を取り留めた。

 取り留めたのは言いものの、後日ことの詳細を聞くと。別段深い意味は無く、自身の悩みに付き合って欲しいとの事だった。

 

 

桜木「んで、一応連れては来たんですけど.........」

 

 

ウララ「わーい!!ウララの勝ちー!!!」

 

 

白銀「へぇ!?」

 

 

ライス「ナイスだよ!ウララちゃん!」

 

 

黒津木「あれれぇー↑?どうちたのかな翔也くぅーん?丸いの触って下手くそになったんでちゅかー?」

 

 

白銀「メリィッッ!!!」

 

 

神威「俺関係ないッッ!!!」

 

 

桜木「参考になりませんよ。ウララ達は兎も角として、特に俺達の遊び方なんて」

 

 

 桐生院さんの悩み。それは同世代が居ない 環境の中で居続けたせいで友達が居らず、遊ぶという行為を知らないという事。

 このままではハッピーミークとの良好な関係を築くことが出来ない。そう感じた桐生院さんはこうして俺に助けを求めてきたという訳だ。

 

 

桜木(ざまぁみやがれ。お前らも顔面へこましちまえば良いんだ)

 

 

黒津木「翔也さん!アイツ浮気者っすよ!!」

 

 

神威「そうっすよ!!アイツあの女の人に告白されてましたよ!!仲良い子が他に居るのに!!」

 

 

桜木「な!?テメェらァッッ!!!」

 

 

白銀「メリメリメェリメリィッッ!!!」

 

 

 どストレートが腹部に決まる。コイツ。本気か?本気と書いてマジなのか?あったまきたもう許さねぇ。

 

 

桜木「真っ直ぐ行ってぶっとばすッッ!!!右ストレートでぶっとばすッッッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ウララ「わーい!!トレーナーの車だー!!」

 

 

ライス「すごい大きい.........!」

 

 

桜木「ごめんなさい.........僕が悪かったです.........」

 

 

白銀「分かりゃいいんだよタコォッッ!!!」

 

 

 なんで?俺が勝つところでしょ今のは、だって俺は悪くないし。俺は悪くねぇ!!悪くねぇよな.........?

 

 

神威「僕は悪くない」

 

 

桜木「そのふざけた幻想をぶち殺してやっから覚悟してくれ」

 

 

黒津木「お前のブーブか。久しぶりだな」

 

 

桜木「やめてくれない?恥ずかしいわ。お前が何も恥ずかしがらずにそれを言うの友達として恥ずかしいっすわ」

 

 

 助手席に桐生院さんを乗せ、後ろにはウララとライス。その後ろにはうるせぇヤツらを乗せ、車を発進させる。

 

 

白銀「酒は?」

 

 

桜木「あるわけねえだろ。一応保護者なんだぞ」

 

 

黒津木「からあげは?」

 

 

桜木「目の前に居んだろ」

 

 

神威「は?」

 

 

黒津木「俺達はからあげ!!」

 

 

 そう言いながら後ろはもみくちゃになる。パトカーの前ではせめて大人しくしてくれよ?

 そんな光景を楽しそうに見ているウララとライス。傍から見たら面白いに決まってる。

 

 

桐生院「あの、アレは?」

 

 

桜木「ああ、小学生のイツメン泊り会で急に発生したイベントだ。黒津木がお酢になって俺達からあげが寝ている上をゴロゴロと寝回すっていう儀式」

 

 

白銀「しゅうくん一緒に寝る?」

 

 

桜木「もれなく母さんに怒られる」

 

 

神威「もうおやすみ」

 

 

黒津木「」

 

 

桐生院「あ、あれが友達.........」

 

 

桜木「桐生院さん。本っっっ当にあれだけは参考にしないでくれマジで。おじさんとの約束だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ウララ「ライスちゃん待て待てー!!」

 

 

ライス「ひゃあ!冷たいよー!」

 

 

 車で移動してきたのは少し大きめな公園。のびのびと遊ぶのはこういう所だ。ウララとライスも楽しそうに水遊びをしている。来て良かったですよ。本当に

 桐生院さんも初めてなのか、少しソワソワしている。

 

 

桜木「混ざってきてもいいんじゃない?」

 

 

桐生院「い、いえ。私も保護者なので.........」

 

 

神威「いやいや、せっかく汚れてもいい服装できたんですから。遊んでいきましょうよ」

 

 

 おお、さすが上手いな創は。伊達にパワポケ彼女全制覇して居ない。中々のプレイボーイだぜ。

 

 

桐生院「で、ではお言葉に甘えて.........」

 

 

桜木「.........よし、行ったな」

 

 

 二人に混ぜてもらう為にここから離れた桐生院さん。その姿を確認し、コイツらと話を合わせる。

 

 

桜木「いいかお前ら。いつもみたいにやったらドン引きは間違いなし。ヒートアップもそこそこに、程々に楽しむぞ」

 

 

「「「ラジャ」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桐生院「ハァ.........ハァ.........あ、遊ぶのって、結構疲れるんですね.........」

 

 

ウララ「うん!!でも、お姉さんも楽しかったでしょ!!」

 

 

 楽しい.........?確かに、今まであまり感じたことの無い類の感情です。けれど、これが楽しいという物だと気付くのにそう時間も掛からず、また、抵抗もありませんでした。

 そうですか!これが.........これが友達と遊ぶという楽しさなんですね!!桜木さん!

 

 

桐生院「ありがとうございます.........桜木さ」

 

 

黒津木「山形ァッッ!!!」

 

 

桐生院「!?」

 

 

 目の前にいるのは腹部が濡れ、倒れている神威さんを抱き支える黒津木さんの姿。そしてその前の山の上には、先程まで来ていた上着を脱ぎ、何故か赤いマントを付けた桜木さんが居ました。

 

 

桜木「.........ふぅーん」

 

 

白銀「どうしたよォ。揉め事かァ?」

 

 

 頭を振りながら登ってきた白銀さん方を見る桜木さん。白銀さんの片手には見たことも無い物がありました。なんなんでしょう。

 

 

桜木「ああ、でももう終わったんだ。残念だなぁ.........もう少し早ければ見れたのに」

 

 

白銀「俺は心配しちまったぜ?お前がまたべそかいて泣いてんじゃねえかと思ってよ」

 

 

桜木「白銀.........!昔からお前のことが気に入らなかったんだよ。どこにでも出てきてボス面しやがるッッ!!!」

 

 

ウララ「わわわ.........どうしちゃったんだろうトレーナー.........」

 

 

ライス「う、うん.........」

 

 

白銀「テメェもなったんだろ?この公園の人口山場でよォ?」

 

 

桜木「白銀ェェェェーーーーッッッ!!!!!」

 

 

白銀「さんをつけろよデコスケ野郎ォォォッッッ!!!!!」

 

 

桜木「〇ねェェェェッッッ!!!!!」

 

 

 大人が言っては行けないような事を大声で叫び散らかし始めてしまう桜木さん。一体どうしたのでしょう。今までそんな姿を見せたことなんて一度もないのに.........

 と、止めなければ。そう思った次の瞬間。白銀さんの手に持っているプラスチックの何かから、勢いよく水が発射され、桜木さんがゴロゴロと山場から転がっていきました。

 

 

桜木「.........どうだった!?」

 

 

黒津木「歴代三位くらいじゃね?やっぱフラストレーション溜まってねえから本気度が伝わってこねえよ」

 

 

桐生院「え?」

 

 

神威「俺もそんくらいかな。あれはただ単に叫んでるだけだと思う」

 

 

桜木「マジかー。AKIRAごっこの頂点に立つ出来だと思ったんだけどなー」

 

 

 何がなんだかよく分かりません。一体彼らは何の話をしてるのですか?

 

 

ライス「お兄さま、今のってなんだったの?」

 

 

神威「え?ああ、AKIRAっていうアニメ映画のなりきりごっこだよ。玲皇のフラストレーション発散の為に始めたんだ」

 

 

 な、なるほど。映画ですか.........うぅ、あまりそう言う方面の知識もないので、ぜひ教えていただきたいものです。

 そう思っていると、神威さんの周りに桜木さん達が集まってきました。

 

 

桜木「お、おい。お兄さまってなんだ。お前、返答次第じゃアイツらに殺されるぞ.........」

 

 

神威「そんな事ないよ玲皇」

 

 

神威「もう死んでる」

 

 

桜木「創ェッ!逃げろォッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「なるほど、図書室で色々と気にかけてたらいつの間にかそこまで仲良くなったと.........」

 

 

神威「うん.........」

 

 

白銀「あーあ。ボコボコにしたら腹減ってきたわ。どこ行くんだ?」

 

 

 コイツ。自分があんな最悪な目にあったからって女関係に敏感になり過ぎでは?

 とは言っても、アレは本当に可哀想だった。意識を取り戻した後もコイツはπとしか喋れなかったからな。本当に可哀想。

 

 

桐生院「こ、こうですか?」

 

 

ライス「うん!桐生院さん上手だよ!」

 

 

ウララ「わー!!次はウララね!!」

 

 

 桐生院さんは助手席から後ろの席に移動して、ウララ達と一緒にあやとりを教えて貰っていた。中々微笑ましい。こういうのでいいんだよこういうので。

 そう思いながらも、昼食はどうしようかと悩みながら街並みを眺めていると、知っている後ろ姿を見つけた。

 

 

桜木(あれは.........よし)

 

 

 車をその子の隣になるように発進させ、ゆっくりと近づいて行く。隣まで行って減速させると、流石に不審に思ったのか、仲の見えないようコーティングされたガラスを不安そうに見つめてきた。

 その子側のガラス。つまり、助手席側の窓ガラスを開けると、その不安そうな顔も霧散した。

 

 

桜木「どうもお嬢さん。お出かけかい?」

 

 

マック「と、トレーナーさん!?」

 

 

ウララ「あ!!マックイーンちゃんだ!!」

 

 

 そう、俺の担当であるメジロマックイーンが目の前でルンルン気分で歩いていたのだ。これを逃すトレーナーでは無い。

 

 

白銀「なんだ.........あの髪の色を見ると、頭がざらつく.........」

 

 

桜木「可哀想に.........そいつの目潰しとけ」

 

 

白銀「ざらつきが.........止んだぜ.........」

 

 

 おや、どうやら目は潰さなくても良さそうだ。良かった良かった。

 

 

マック「それにしても、珍しい組み合わせですわね.........」

 

 

桜木「ああ、桐生院さんの頼みで、友達との遊び方をな.........マックイーンはどこかに行く予定だったのか?」

 

 

マック「いえ、カラオケに行ってきた帰りですから、この後は特に何も.........」

 

 

桜木「よかったら一緒に遊びに行かないか?」

 

 

マック「よろしいのですか?」

 

 

 手を合わせ、しっぽを揺らしてこちらの提案を聞き喜ぶマックイーン。相変わらず可愛い反応してくれる。

 

 

桜木「ああ、ちょうど一人分席空いてるしな」

 

 

 そう言いながら、空いている助手席を指さしてみせる。マックイーンは少し戸惑いながらも、自らの手でそのドアを開けた。

 

 

マック「失礼しますわ」

 

 

桜木「どうぞ、まぁちょっとボロっちいけど、我慢してくれ」

 

 

マック「いいえ、それにしてもお車の運転ができるなんて、知りませんでしたわ」

 

 

 まぁ、俺自身最近はそこまで運転はしていない。社会人一年目は嬉しくて通勤に使ってはいたが、自分で運転するのも面倒になってきて二年目後半からは電車通勤してた。

 今の職場になって、引っ越したせいもある。徒歩20分圏内で学園に着く近さ最良物件。風呂は付いてないが

 

 

白銀「ああ、コイツん家徒歩20分圏内のボロアパートだから」

 

 

桜木「おい!!個人情報だそれは!!お前も住んでんだからそこに!!」

 

 

 いっけね、といいながら両手で口を抑えるバカ。これで古賀さんとの掟の一つ、担当に家の場所知られるべからずが破られてしまった。

 

 

桐生院「ボロアパート.........徒歩20分圏内のボロアパートと言えば.........」

 

 

桜木「.........[澄麗荘(すみづらそう)]です」

 

 

 まず学園近くのボロアパートはあそこしかない。諦めてその名前を口にするだけで桐生院さんの顔がサーッとなる。どうやら見た事あるらしい。マックイーン達はその名を聞いても何も思い浮かばず、首を傾げている。

 

 

桐生院「わ、私も一人暮らしの為に、一応下見として物件を見たんですけど.........」

 

 

桜木「安心してくれ!!風呂は付いてないがちゃんと入ってる!!仕事終わりと早朝に毎日二回!!」

 

 

マック「お風呂が無い???」

 

 

ライス「マックイーンさん、そのままの意味だよ.........」

 

 

 申し訳なさそうに言うライスの言葉を聞いて、マックイーンも血の気を引かせていた。うん、想像つかないよね、お風呂が付いてないなんて。俺もそんなところ住むヤツ、オードリーの春日くらいだと思うもん。

 けどそこに俺の名前も連なったんだよなぁ今.........どうも、トレーナーの桜木です。

 

 

桜木「学園と反対方向に、爺さんがやってる銭湯があってな。そこ夜は九時まで、朝は五時から空いてるんだ」

 

 

神威「ああ、あの面白い爺さんいる所か?」

 

 

桜木「そうそう、みんな俺の子供みたいなもんだから人参分けてやるって言ってくるジジ様」

 

 

 奥さんが家庭菜園やってるみたいで、若い常連に良く分けてくれる。あれが結構美味しんだよな。

 

 

ウララ「人参分けてくれるの!?」

 

 

桜木「ああそうだ。新鮮で美味しいぞ?」

 

 

黒津木「んで、どこ行くんよ?」

 

 

白銀「カラオケ行こうぜ」

 

 

桜木「マックイーンの話聞いてた?」

 

 

 さっきカラオケから帰ってきたって言ってたでしょ?いつも思うけどなんでコイツは人の話を聞いてくれないんだ。

 

 

桜木「はぁ〜〜〜(クソデカため息)」

 

 

マック「わ、私は良いのですよ?人とカラオケに行くことなんて滅多にないので.........」

 

 

桜木「よし行こう」

 

 

白銀「アイツブッ〇そっかな!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「ここ、カラオケもあったのか.........」

 

 

 やってきたのは以前見つけたゲームセンター。マックイーンとテイオーにぬいぐるみを愛でてる恥ずかしいシーンを見られたゲームセンターだ。良い思い出はそんなに無い。

 

 

白銀「順番待ちだってよ」

 

 

神威「大盛況なこって」

 

 

ウララ「みんなおうた歌うの大好きなんだね!!」

 

 

 まだ何もしていないのに、楽しそうに座っているウララを見ると気分が洗われる。いつもなら俺に暇つぶしでプロレス掛けてくる白銀も大人しくしてくれている。

 

 

黒津木「じゃ、俺クレーンゲームやってくるわ」

 

 

桜木「何狙い?」

 

 

黒津木「タキオン一択。当たり前だよな?」

 

 

桜木「あ、おい待てい(江戸っ子)。お前最近タキオンになにか吹き込んでないか?炊飯器調理にハマってるんだが」

 

 

黒津木「俺が休憩中にニコニコ見てると横からにゅっと顔を覗かせてくるんだよ。俺は見せてねぇ!!」

 

 

桜木「そりゃ仕方ないよな?」

 

 

 なるほど、確かにそれは仕方ない。横から勝手に見てるのを咎めたり、視聴を途中で止めれば不仲になる可能性もある。コイツは正しい事をした。

 

 

黒津木「違う!違うんだ玲皇.........」ガタタ!

 

 

黒津木「俺が悪いんだよ.........タキオンがオタクになりかけてるのは俺のせいだ!!」

 

 

桜木「うるさっ」

 

 

 やめろやめろ、俺たち以外みんな怖がってるじゃねえか。さっきヒートアップしちまったんだからもうやめようって反省しただろ!?

 

 

桜木「ほら、早く行ってこい。取られるぞ」

 

 

黒津木「やっべ、俺行かなきゃ!!」

 

 

ウララ「保健室の先生ってタキオンちゃんの事好きなの???」

 

 

 あ、ズッコケた。聞こえちまったんだな、可哀想に。フォローしてやるから行ってていいぞ。

 

 

桜木「あー、まぁそうだな。アイドルに対する好きって言う感情かな?」

 

 

ウララ「トレーナーにもわかるの!!?」

 

 

桜木「ああ、俺は」

 

 

マック「.........あの、どうしてこちらを?」

 

 

 やばい、なんか向いちゃった。どうしよう.........

 

 

桜木「白銀がプロで活躍し始めてから好きになったからな」

 

 

白銀「へぇえ!?」

 

 

 よかった。丁度奥にいたヤツに気付くことが出来た。ごめんなマックイーン、流石に関係性を考えると素直な気持ちを言うのは難しい。

 

 

マック「ソウデスワ......ワタクシナニヲカンチガイシテ.........」

 

 

桜木「マックイーン?」

 

 

マック「いえ、何でもありませんわ。トレーナーさん」

 

 

 そう言われても、マックイーンの若干赤くなった頬を見て罪悪感が湧いてくる。ごめんよ、乙女心を弄ぶような事をして.........

 まぁ、誰だって好意を持たれてると思ったらドキッとするだろう。こんなおじさんより同年代の男の子の方が話は合うし、せめて遠くで見守らせてくれ。

 

 

桜木「ところで、さっきからライスと桐生院さんが見当たらないんだけど.........」

 

 

ウララ「ライスちゃん達はメダルコーナーに行ってるって!!」

 

 

 そうだったのか、ウララの言った通りメダルコーナーに目を向けてみると、いつの間にか神威、桐生院さん、ライスがメダルで遊んでいた。

 

 

ライス「見て見てお兄さま!ライスお金持ちになったみたい!」

 

 

神威「いいな.........俺さっきつまずいてぶちまけて半分くらい消えた.........俺の300円分.........」

 

 

桐生院「えっと、良ければ私の分けますか?」

 

 

 創はいつも通り創だった。可哀想、早く神社にお祓い行けばいいのに。

 あ、でも今年でもう3回行ってるのか、じゃあもう無理だな。

 すまねぇ、すまねぇといいながらメダルを分けてもらってる姿を見ると涙が出てくる。

 

 

マック「ツイてませんわね.........司書さん.........」

 

 

桜木「いつもの事だ」

 

 

ウララ「いつもなの!!?」

 

 

桜木「ああ、小学校の時、アイツの弁当だけカラスに狙われたし、ガチャは天井まで引かんとだいたい引けない。サイコロ振っても大事な場面で大体ファンブル。ポーカーやっても豚しか揃わない。まぁ、可哀想な奴だよ」

 

 

マック「それは、凄いですわね.........」

 

 

 そう、凄いのだ。こんなレベル光景は日常茶飯事だし、なんなら俺達にも飛び火するので慣れたものだが、コイツの可哀想な所はひとたびいい事が起きれば悪い事がそのツケを返済するように起こる。

 今回は逆のパターンだった。アイツも、楽しそうにメダルゲームをしてる。

 

 

ウララ「トレーナーの友達って面白いね!!」

 

 

桜木「だろ?俺以外みんな個性的だよ」

 

 

マック「ふふっ、トレーナーさんも十分負けていませんわ」

 

 

 そうか?あの面子と比べてもそうとう常識的な人間だと思うんだが.........

 しかし、そんな俺の姿を見て、マックイーンはクスクスと上品に笑う。

 背中にウララの寄りかかってくる軽さを感じながら、談笑に浸っていると、ふとカラオケ側の受付が騒がしいことに気付いた。

 

 

「だぁかぁらぁ!!さっきから言ってんじゃねえかよ!!宇宙人と海底人の将棋VS囲碁が白熱して延長してたって!!!」

 

 

白銀「やめ!やめろ!!お前の言葉は一般人にはハードすぎる!!俺に任せろバカ女ァ!!」

 

 

桜木「何やってんだアイツら.........」

 

 

白銀「店長、ここは一つ。世界8位のサインで許してくれねえか?」

 

 

店長「ダメです」

 

 

白銀「よし分かった表出ろブッ〇してやっからな」

 

 

ゴルシ「何してんだよお前!!仮にも有名人がそんなこと言っちゃダメだろ!!!」

 

 

 さっき抑えられてたヤツが抑えてたヤツを抑えている。本当に何やってんだ.........

 マックイーンは他人のフリをしようとしているが、ウララは正直クビを突っ込む気満々だ。仕方ない、大人として先陣を切るか。

 

 

桜木「あの、どうしたんですか?」

 

 

ゴルシ「あぁ!?どうしたもこうしたもあれもしたもそれもしたもねえよ!!!」

 

 

桜木「多い多い」

 

 

ゴルシ「アタシはただ目の前で繰り広げられていたナスカの地上絵奪還作戦を司令長官として見届けていただけだ!!!」

 

 

店長「このとおり、何故か三日ほどカラオケに滞在していたのですが、その理由を聞いても私共もチンプンカンプンでして.........」

 

 

桜木「あー、すいませんね知り合いが」

 

 

白銀「多分カラオケのメニュー全部注文したらどんだけ過ごせるか試したかったんだろ」

 

 

ゴルシ「はァァ!??!!?アタシはお前じゃねえからそんな事しねぇ!!!」

 

 

 あれ、いつもならめちゃくちゃに乗っかってくるはずなのに、さては当たってたのか?

 グイグイと白銀の顔をこれでもかという程に手で押すゴールドシップ。

 

 

白銀「ええい!!鬱陶しいわ!!!」

 

 

ゴルシ「なんだとぉ!!?お前それがπを触らせてもらった恩人に対する言葉使いかァ!!?」

 

 

桜木「やめろ、知らない人が聞くと誤解するから。ゴールドシップ、俺達これからカラオケするけど、一緒に来るか?」

 

 

 そう言うと、渋々白銀から手を離し、考える素振りを見せるゴールドシップ。

 しかし、顔を見るにこれはどうしようかという迷いというより、行きたくないけど普段良くしてもらってるし無下にしたくない系の顔だ。多分そこまで堅苦しくはないだろうけど俺には分かる。社会人を舐めるな。

 

 

ゴルシ「うーーーん.........悪いけどパスするわ!流石にこんな所にこれ以上居たら頭がおかしくなっちまうぜ!!」

 

 

店長「.........」

 

 

桜木「あ、アハハ、三日間も密閉空間に居たらそりゃ、気も狂いそうになるけどな.........」

 

 

 決して元からだろ。なんてのは言わない。折角ここで話が終わりそうなんだ。油を投下してどうする?

 空き部屋も出来たし、さっさとアイツらを呼ばなければ.........

 

 

白銀「元からだろ」

 

 

 コイツホンマに.........そんないつも通りの愚痴を心で垂れながら、目の前でかなり強めのヘッドロックに死にそうになる白銀と、若干キレ気味なゴールドシップを見ていた。

 

 

 

 

 

ㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤ......To be continued



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桐生院「わ、私に付き合ってください!!」 (後編)

 

 

 

 

桐生院「こ、ここがカラオケ.........」

 

 

白銀「アイツ一人で大部屋貸切ってたのかよ.........」

 

 

 以前、というより、既にもう十年以上前に一度来た以来です。あの時はもう少し落ち着いた感じの内装でしたが、今はこんな風になっているのですね。

 

 

桜木「誰から歌う?」

 

 

神威「ああ?言い出しっぺはお前だろ?お前が歌えよ」

 

 

桜木「え?白銀じゃね?」

 

 

白銀「残念でした〜。俺のカラオケ案は一度却下されてるのでこれはれおきゅんの提案でしゅ〜!バキャが!!」

 

 

 変な声の調子で言う白銀さん。普段は優しい人なのですが.........どうやら、桜木さんが関わるとこうなってしまうらしいです。

 そうこうしているうちに、可愛らしいメロディが流れ始めてきました。すごいです、最近のカラオケは操作しなくても自動で曲を入れられるのですね!桜木さん!

 

 

ウララ「あ!!!ウララ入れちゃった!!!ごめんねトレーナー.........」

 

 

桜木「いいのいいの!俺も何歌おうか迷ってたし!時間がかかるよりウララが入れてくれて良かったよ!!」

 

 

 あれ、どうやら違ったみたいです。よく見ると、ウララちゃんの手元には液晶パネルがありました。危ない危ない。変なところで恥をかいてしまうところでした。

 

 

神威「桐生院さん、曲の入れ方わかる?」

 

 

桐生院「えっと、実は.........カラオケに来たのはもう随分と前の話で.........」

 

 

ライス「そうなの?じゃあライスが入れてあげるね!」

 

 

 優しい人達です。きっと、桜木さんが優しい人だから、こういう人達が周りに出来るのでしょうね.........

 

 

白銀「すいませーん、ウイスキー一本」ガチャリ

 

 

桜木「バッ!!!ウソです!!!ピッチャーに水ください!!!」ガチャン!

 

 

黒津木「あ、唐揚げ下さい」ガチャリ

 

 

桜木「いやそれは頼んでも良い!!」

 

 

ライス「桐生院さんは気にしなくていいよ?いつもの事だから.........」

 

 

 目の前の光景に目もくれず、ライスさんはタッチパネルを操作しています。ウララちゃんの可愛らしい歌声をBGMにして。

 

 

桐生院「その、歌える曲も一つくらいしか.........」

 

 

ライス「大丈夫だよ?お兄さま達が歌ってくれるもんね?」

 

 

神威「歌います」

 

 

マック「お上手ですわ!ウララさん!」

 

 

ウララ「えへへ!ありがとうマックイーンちゃん!!」

 

 

桜木「おう、アニメで聞いてるのと遜色ないぞ」

 

 

ほぼ全員「え」

 

 

桜木「やっべ」

 

 

ウララ「?」

 

 

桐生院「?」

 

 

 なにか行けなかったのでしょうか?桜木さんはダラダラと汗を垂れ流しています。ライスさんとマックイーンさんは意外そうな表情でしたが、桜木さんのご友人達はそれぞれ違う表情を見せていました。

 

 

神威「お前、この曲たまにCMで聞くけど、女児アニメだぞ」ドンビキ

 

 

黒津木「オタクはオタクのまま。ハッキリ分かんだね」ウンウン

 

 

白銀「きっっっしょッッッ!!!!!」ゲラゲラ

 

 

桜木「うるせェ!!言い訳させて貰うがなァ!!姉貴の子供が大好きだから話合わせる為に見てんだよ!!姉貴もその旦那もアニメ見ねぇからなァ!!」

 

 

マック「私もこのシリーズは以前、何度かテレビで見た事ありますわ。女の子達が活躍するお話なんて新鮮で、とても面白かった記憶があります」

 

 

ライス「そ、そうだよ!面白いものに男の子も女の子も関係ないよ?」

 

 

ウララ「トレーナーもプリキュアみてるの!!?」

 

 

桐生院「懐かしい.........今もやっているのですね!」

 

 

 久しく聞いていなかった単語です。初めて見たのは二人組の女の子が変身しているものです。今ではこんなに人数が居るのですね.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「悪い。ちょっとトイレ行ってくる」

 

 

白銀「どっちだ?」

 

 

桜木「帰ってくる時間で察してくれ」

 

 

 歌い終わった桜木さんは、そう言いながら部屋から一度退出されました。それにしても.........

 

 

マック「す、すごい迫力でしたわね.........」

 

 

神威「.........まぁ、俳優志望ではあったけど、演技出来るならなんでもやりたいって言ってたし、ミュージカルの仕事の為に毎日特訓してたからな、アイツ」

 

 

桐生院「は、俳優さん.........」

 

 

 確かに、先程の歌はとても迫力があり、歌っている人の気持ちが伝わる程に強さを感じました。ですが、神威さん達は何故かしんみりしてしまっています。

 

 

黒津木「.........なぁ、アイツ。お前らの前じゃどんな感じなんだ?」

 

 

ウララ「トレーナー?とっても楽しそうだよ!!!いつもね?ニコニコなの!!!ねー!ライスちゃん!!」

 

 

ライス「う、うん。トレーナーさん、トレーニングの時はね?いつもしっかり見てくれるよ?」

 

 

マック「ええ、皆さんの言う通り。変ではありますが、とても誠実な方だと思います.........少し、真っ直ぐすぎるところが気恥ずかしくもありますが」

 

 

 そう、なのですか.........どうやら、彼は私達と接するように、担当のウマ娘達に接している様です。ニコニコしている姿も、しっかり見てくれる所も、誠実で真っ直ぐすぎる所も、よく分かります。

 

 

白銀「何言ってんだよお前ら。もうそんな心配する必要ねえのは、アイツの目を見りゃ分かんだろ」

 

 

神威「いや.........少なくとも心配くらいさせてくれ。俺達はこれから先も、そうする事しか出来ねえんだから」

 

 

 なんだか、空気が悲しくなっている気がします。いつもふざけている白銀さんも、どこか悲しげです。一体、何があったんでしょう.........

 

 

マック「.........心配するな、とは言いません。けれど、安心してください。彼はしっかりと、新しい夢を叶えようとしています。それが何なのかは聞けませんでしたが、ハッキリとトレーナーさん自身の口から言っていましたわ」

 

 

黒津木「.........そか、良かった」

 

 

 一言だけ。黒津木さんから出たその一言だけで、場の雰囲気は悲しい物から、良い物へと変わりました。

 夢、話を聞く限りでは、元々桜木さんはトレーナーになりたかった訳では無かったようです。

 実際、トレーナーになってからもすぐには行動に移さず、三週間も担当が居なかったのは、単に目標が無かったからとも言えるかもしれません。

 

 

桐生院「.........私から見た桜木さんは、トレーナーとしての技術を持ちながら、トレーナーに向いていないと思いました」

 

 

全員「え?」

 

 

桐生院「ウマ娘の勝利は、トレーナーの勝利でもあります。強い者を強く育てる。それが大切で一番であると、私も多くの人からそう言われ続けました」

 

 

桐生院「けれど、彼は言ったんです。目の前で走ってるのに、走れないなんて事は有り得ない。と」

 

 

桐生院「詭弁だと分かっています。長い年月をかけて形成されてしまったジンクスというのは、そう簡単に覆せるものでは無い。けれど、それに縛られてしまえば、見えるはずのものも見えなくなってしまう.........」

 

 

桐生院「だから、決めたんです。私はジンクスなんてものともしないぞ、強いミークを育てるぞ、と」

 

 

 私は言い切りました。場の静かな空気が肌に触れ、何だか恥ずかしくなりましたが、隣に座る神威さんが優しく微笑むのと同時に、黒津木さんも白銀さんも、笑い始めました。

 

 

神威「いやーアイツらしい。昔っからそういう猪突猛進さというか、無謀さというか.........ある意味、話を聞かない奴だったよな」

 

 

黒津木「そうそう、アイツ自分がまともだと思ってるけど、俺達の中でも一番の変わり者だよ.........けど、アイツの言うことは大抵、カッコいいんだ」

 

 

白銀「そうそう、『今の俺は、奇跡だって超えてるんだぜ』とかだろ?俺もカッコいいと思った」

 

 

ウララ「なにそれなにそれ!!?」

 

 

神威「まぁ、アイツが昔考えたヒーローの決めゼリフだそうだ。どんなピンチの時でも余裕そうにニヤッと笑って、このセリフを言うらしい」

 

 

 奇跡だって.........。やっぱり、あの人は面白い人です。奇跡を起こすのも大変なはずなのに、それを越えようと思う人は、そうそう居ません。

 

 

マック「.........ふふっ」

 

 

ライス「どうしたの?マックイーンさん?」

 

 

マック「いえ、彼が居なくなった途端。皆が皆、一斉に彼の話を始めたので思わず.........」

 

 

 そういえば、彼がお手洗いにいってから今の今までずっと桜木さんの話しかしていません。うぅ、思えば私も結構話し込んでしまいました。

 

 

神威「そういやアイツ、迷惑かけてないか?結構声とか大きいだろ?」

 

 

ウララ「そう???ウララは気にならないよ!!」

 

 

ライス「う、うん。静かに話してくれるよ?ね?マックイーンさん.........?」

 

 

マック「.........」

 

 

全員「.........?」

 

 

マック「.........実は、以前タマモクロスさんが、チームルームにいらっしゃった時.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「ずァァァァァ!!!!??????」

 

 

マック「ひっ!?」

 

 

タマ「おっちゃん!!ゲオ行こうやゲオ!!才能ないで!!売りに行こか!!!」

 

 

桜木「ザッケンナッッ!!!ウルIVやってんだぞ!!!なんでわざわざスパIVセス使ってんだよッッ!!!」

 

 

「ソニックブーン!」「ドリャ!」

 

 

タマ「プロゲーマーが言っとったんや!!コイツはクソ!!!!!」

 

 

 他にもありましたわ。

 

 

桜木「シャァァアアアアッッ!!!どうしたァタマモォッッ!!!ピザでも食ってろピザでもォッッ!!!」

 

 

タマ「あァァァァ!!!おっちゃんウソつきやん!!!あんだけ嫌いな技は98の京の鬼焼き言うてたやん!!!」

 

 

桜木「ガーポ付いてるからな。因みに一番好きな技も98の京の鬼焼きだ」

 

 

タマ「なんでやねん!!!」

 

 

桜木「ガーポ付いてるからな」

 

 

マック(よく分かりませんわ.........)

 

 

タマ「まずなんで小足から五割持ってかれんねん!!!理不尽やKOF98!!!」

 

 

桜木「そりゃお前。KOFは展開力が物を言うスピード重視のゲームだからな」(?)

 

 

 他にも

 

 

タマ「おっちゃん、ウチに少しでもスキ見せたら死ぬで???」

 

 

桜木「いや、バチャ2なんて初めてやるし.........」

 

 

 レディー ゴー!

 

 

 オリャー!ドゴン!!!ペチペチペチペチペチハッ!ドゴン!!!

 

 

桜木「?????」

 

 

タマ「言うたろ???」

 

 

桜木「いやいやいやいやwwwそういうゲームじゃねえからこれェ!!!!」

 

 

 ジュウネンハヤインダヨッッ!!!

 

 

 他にも.........

 

 

タマ「おっちゃん!!覚醒!!!覚醒溜まっとるって!!!」

 

 

桜木「あっべ!!!」

 

 

タマ「何落ちとんねん!!!3000コスト乗るのやめーや!!!」

 

 

桜木「前ブして前ブ!!」

 

 

タマ「おっちゃん!!!全覚!!!はよ使えや!!!」

 

 

桜木「クソ!!!当てらんねぇ!!!」

 

 

タマ「何しとんねやアホ!!!着地に合わせろや!!!そんなんやから主人公辞めさせられんねん!!!」

 

 

桜木「シンの悪口はやめろォ!!!」

 

 

 最後には.........

 

 

タマ「おっちゃん!!モザンあるで!!!」

 

 

 モザンビークヒア

 

 

桜木「使うかァ!!!ウイングマンよこせぇ!!!」

 

 

タマ「ウイングマン誰も持っとらんねん!!!多分アプデで削除されたんや!!!一時期センチネルもなかったしな!!!」

 

 

桜木「お前の手に持ってるそれはなんだそれはァ!!!」

 

 

タマ「玩具や!!!実銃やないでホラ!!!」

 

 

 ポヒュン!テキガダウンシタ

 

 

桜木「最近の玩具はすげぇや!!!人も〇せる!!!」

 

 

タマ「マジ???怖なってきたから谷底に捨てるわ.........」

 

 

 ポイ

 

 

桜木「はァァァァァァ!!!??????待ってくれ俺のウイングマン!!!」

 

 

 ヒューン.........

 

 

タマ「ハッハァ!!!おっちゃんも落ちたし本気で行くでぇ!!!」

 

 

桜木「レッツゴージャスティーン!!!」

 

 

タマ「バッ!!!それ死亡フラグや!!!」

 

 

マック(む、無茶苦茶ですわ.........)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「あの時は大変でしたわ.........」

 

 

黒津木「アイツ自分のコンボミスったら自分の名前呼ぶからな」

 

 

桐生院「そ、そうなんですか.........」

 

 

桜木「なんだ?俺の話でもしてんのか?」

 

 

 ドアの方向へ一斉に視線を送ると、お手洗いから帰ってきた桜木さんがそこには立っていました。何故かびちゃびちゃに濡れて.........

 

 

白銀「大きい方だったな」

 

 

桜木「察しろっつったよな?」

 

 

マック「トレーナーさん!?風邪をひいてしまいますわ!!」

 

 

桜木「北国育ちはこんなんじゃ風邪引かないよ。というよりお前ら気を付けろよ。今日は飛び火する日だ」

 

 

白銀「マジか」

 

 

黒津木「おk、気を付けるわ」

 

 

神威「うわ悪ぃ」

 

 

三人「気にすんなって」

 

 

 びちゃびちゃに身体の前面を濡らしてしまった桜木さんは、ソファには座らず、濡れていない背面を壁に着けて、曲の選択をしておりました。

 

 

ウララ「どうしたのトレーナー!!!」

 

 

桜木「ん?ああ、トイレの洗面所の蛇口が壊れたんだよ。店員さんには一応報告しといたけど、お前らも一応気をつけろよ」

 

 

神威「大丈夫だ。経験上お前らにしか不幸は飛び火しないから」

 

 

 飛び火するんですね、不幸って.........

 

 

マック「もう、いくら風邪を引かないとは言っても、少しくらい拭いてください!」

 

 

 そう言いながら、マックイーンさんは備え付きの拭き取り紙で桜木さんの服をごしごしと拭き始めました。流石の桜木さんも、これは恥ずかしそうにしています。

 

 

桜木「マックイーン!いいよ!!自分で拭けるから!!みんなも見てるし!!」

 

 

マック「いいえ!良くありませんわ!!私のトレーナーともあろう者が、こんな濡れた状態なんて示しがつきませんもの!!」

 

 

 そんなマックイーンさんの強い押しに負けてしまったのか、桜木さんは諦めたように苦笑いを浮かべ、お願いします。と言いました。

 騒がしい.........ですが、今までで一番楽しい時間。こんな事なら、ミークも連れてくれば良かったな.........

そんなこんなで楽しい時間を過ごしていると、残り一曲で退出時間になっていました。

 

 

白銀「ハイ!!!桜木玲皇!!!うまぴょい伝説歌います!!!」

 

 

桜木「は?」

 

 

黒津木「あ、思い出した。古賀さんに一発芸として仕込まれてっつってたよな?確か」

 

 

 うまぴょい伝説。それはトレセン学園の.........アレは、うん。なんなのでしょう。代々受け継がれている歌ではあるのですが、校歌では無いです。無いはずです。

 一説には、先代の理事長と親しかった古賀トレーナーが若い頃の酒の席でふざけて作ったと噂されております。確証は得られませんが.........

 

 

桜木「あのな.........アレは、みーんな酒に酔って、何が何だか分からない状態で聞くのが一番面白いんだ。シラフで聞いたって、なんも面白くないだろ?おい、そこ。ルームサービスでアルコールを頼むな」

 

 

白銀「チッ」

 

 

神威「だったらお前、教え子と歌えばいいじゃねえか。マイク二つしかねえから必然的に一人選ばなきゃならねえけど」

 

 

桜木「え」

 

 

黒津木「アイドルの生歌!!???」

 

 

 これは.........とても逃げられそうにはありません。桜木さんはもう誰かに助けを求めたくてこちらにも目線を送りますが、私にはどうにも出来ません。だって私、童謡しか歌えませんし.........

 

 

桜木「くっ.........仕方ない、ウララ.........」

 

 

ウララ「いいよ!!」

 

 

桜木「っしゃあ!」

 

 

ウララ「けどトレーナー。うまぴょい伝説ってなに???」

 

 

桜木「.........」

 

 

 あっ、視線を逸らしました。どうやら歌詞を知らない子と歌うのは嫌みたいですね。

 

 

桜木「ライス.........?」

 

 

ライス「え、あ、あの.........ちょ、ちょっと恥ずかしい.........かな?」

 

 

神威「何ライス困らせてんだお前。正中線四連突きするぞ」

 

 

桜木「ひぇ.........空手の黒帯怖い.........」

 

 

 突然放たれた圧に桜木さんが怯えます。神威さんから燃え盛るような炎が幻視出来てしまうほど、その身体から怒りの感情を感じ取れます。

 

 

桜木「マックイーン.........お願いします.........」

 

 

マック「.........はぁ、なぜ最初から私に頼らないんですの?」

 

 

桜木「いや、恥ずかしいと思って.........」

 

 

マック「全く.........確かに私一人なら断っていたかもしれませんが、貴方と一緒なら大丈夫です。貴方は一番に私を見つけたのですから、一番に頼ってください」

 

 

桜木「め、面目ない.........」

 

 

 申し訳なさそうに謝る桜木さん。ですが、マックイーンさんの耳やしっぽを見るに、そこまで怒っている訳ではなさそうです.........

 二人で歌っていたライスさんとウララさんの方からもう一本のマイクを受け取ると、マックイーンさんは桜木さんの隣に立ちました。

 

 

マック「ちなみに、ダンスの方は?」

 

 

桜木「完璧だ。いつでもステージで踊れるよう手ほどき受けたからな。古賀さんに」

 

 

マック「そうですか、まさか.........初めてのお披露目の場がカラオケボックスで、トレーナーさんと一緒に歌うなんて、思いもしませんでしたわ」

 

 

桜木「ああ、俺ももうちょい騒がしい宴会の席だと思ってたよ。こりゃ一生アイツらに笑われるな」

 

 

マック「あら、良いではありませんか.........一生笑われるということは、その分縁が繋がり続けるということですわ」

 

 

桜木「.........そうだな」

 

 

 .........あれ、なんだかすごい穏やかな顔をしています。桜木さんもマックイーンさんも.........

 どちらも、目を瞑りながら、どこか嬉しそうに微笑みながら歌い出しを待っています。とてもこれからうまぴょい伝説を歌う様子とは思えませんでした。

 

 

アナ「位置について よーい ドン!」

 

 

二人「うーーーー」 (うまだっち!)

 

 

二人「うーーーー」 (うまぴょい!うまぴょい!)

 

 

二人「うーー」 (すきだっち)

 

 

二人「うーー」 (うまぽい)

 

 

二人「うまうまうみゃうにゃ 3 2 1 fight!!」

 

 

 か、完璧です.........マックイーンさんの動きに完全について行っています。その顔に恥ずかしさはありません。ですが、隣で踊っているマックイーンさんは流石に完璧すぎて動揺しています。

 

 

 そんな完璧なライブの中、サビに入る途中で事件は起こりました。

 

 

二人「風を切って 大地けって」

 

 

二人「きみのなかに 光ともす」

 

 

二人「どーきどきどきどきどきどきどきどき」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「きみ(俺)の愛バが!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

三人「は!!!?????」

 

 

桜木「」ダラダラ

 

 

 その歌詞が変わった部分に、桜木さんの友人さん達は食い付きました。

 一方、桜木さんは表情は変わらず清々しいまでの笑顔ですが、どっと汗が溢れ出して来ました。どうやら悪い予感がしているようです。

 

 

 その後は、特に問題などはなく、完璧にダンスと歌をお二人はやり遂げました。

 

 

桜木「ふぅ、終わった終わった。さあもう時間だし、ここから.........」

 

 

マック「誰ですの?」

 

 

四人「え?」

 

 

桐生院「あれ?」

 

 

 この場面、今までの展開であるならば、質問をするのは決まって桜木さんの友人さん達です。ですが、マックイーンさんは桜木さんの袖をガッツリ掴んで離そうとはしていません。正直怖いです。

 

 

桐生院「ま、まぁまぁ、歌詞間違えですよ.........ですよね?桜木さん」

 

 

桜木「あ、ああ!そうだ!」

 

 

マック「有り得ませんわ」

 

 

二人「ヒエッ」

 

 

マック「あの古賀トレーナーが歌詞間違えさせるなんて言う初歩的な練習不足に陥りさせる訳がありません。アレは貴方の中では正当な歌詞.........そうでしょう?トレーナーさん?」

 

 

桜木「はい」

 

 

桐生院(桜木さん!?)

 

 

 もう少し粘るかと思いきや、桜木さんは大人しく観念してしまいました。しかし、その顔には覚悟が宿っていました。

 

 

マック「もう一度聞きますわ。一体、貴方の愛バとは誰のことですの?」

 

 

桜木「メジロマックイーン」

 

 

マック「.........」

 

 

桜木「.........アグネスタキオン、ハルウララ、ライスシャワー、レオディセンバー、メジロムーンライト」

 

 

白銀「オイオイオイ」

 

 

神威「死んだわアイツ」

 

 

 指を折りながら名前を言う桜木さん。中には聞いたこともないウマ娘の名前も入っています。

 顔を伏せたマックイーンさんからは怒りの感情が溢れ出しています。

 

 

ウララ「わわわ.........!」

 

 

ライス「マ、マックイーンさん.........?」

 

 

マック「.........ハァ、仕方ありません。許して差し上げますわ」

 

 

桜木「ほっ」

 

 

 力強く掴んでいた袖を離され、桜木さんはほっと一息着きました。それと同時に、ルームサービスの受話器が音を鳴らします。

 

 

桜木「.........さっ、もう時間だ。明日は平日だし、今日はもう帰ろう」

 

 

 そう言いながら、カラオケの出口の扉を抑える桜木さん。気付きにくいですが、こういう優しさというのが人を楽しませる秘訣なのかもしれません。

 少し騒ぎすぎて散乱していた部屋の中も、黒津木さんと神威さんが手際よく片付け、白銀さんはカラオケマイクをカゴに入れ、それを持ちました。

 

 

桜木「ささ、お嬢様方。お足元にお気を付け下さいませ」

 

 

ウララ「わーい!!お嬢様だって!!」

 

 

マック「ふふっ、中々様になっていますわよ。トレーナーさん」

 

 

ライス「あ、ありがとう。トレーナーさん」

 

 

神威「ほら、桐生院さんも行った行った」

 

 

桐生院「は、はい。ではお言葉に甘えて.........」

 

 

 片付けを手伝おうとした所をまたもや促されてしまいました。うぅ、私も一応保護者なのに.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ウララ「楽しかったねートレーナー!!!」

 

 

桜木「ああ!こんな大人数で過ごした休日は久々だ」

 

 

 最後にこんな団体で遊んだのは、高校時代だったな。懐かしい。アニソンばかりしか歌えない俺でも、今日はみんな楽しんでくれたみたいだ。来てよかった。

 

 

桜木「どうだった?桐生院さん。参考になれた?」

 

 

 助手席に座った桐生院さんに話を振る。今回、桐生院さんの悩みが発端で始まったお出かけだ。 それが解決できたかどうか、聞くくらいしなければ。

 そう思い、問いかけてみると、少し寂しそうな顔でこちらを向いた。

 

 

桐生院「とても楽しかったです.........けれど、わがままかもしれませんが、もう少し遊んでいたいなと.........思いまして.........」

 

 

桜木「ハハハ!その気持ちが分かれば十分だよ!いつまでも遊んでいたい。寝る間も惜しんで遊びたいと思えるのが友達だからね」

 

 

 その気持ちが分かれば、ハッピーミークとの関係は良くなっていくだろう。交差点の上で赤から青に変わる信号を確認し、アクセルを踏んだ。

 その先に見えてくるのは、普段から見ている代わり映えしないいつものアパートだった。

 

 

桜木「.........おっし、お前らは先降りて、飯の支度しててくれ。俺は桐生院さん達を送っていくから」

 

 

三人「ラジャ」

 

 

 迅速に降りて階段を上がっていくアイツら。飯のことになるとこうなるからな。

 ミラーでマックイーンの様子を見てみると、あまりのボロボロさに、ここが人の住むところですの.........?とでも言いたげな表情を俺に向けてきた。そうです。家賃が安いんです。許してください。

 

 

桜木「その寂しさも、次遊ぶ為の原動力だから、忘れないでくれよな」

 

 

桐生院「っ!はい、分かりました!」

 

 

 ウマ娘に対する知識や技術では敵わない。桐生院さんは努力の人だ。ここまで素直に人の言う事に耳を傾けられる人なんてそうそう居ない。

 懐かしいな、一緒に演劇してたアイツら、元気してんのかな.........そう思いながら、夕焼けの中、学園へと向かっていた。

 

 

桐生院「あ!ここでいいですよ、私この近くなので.........」

 

 

桜木「オッケー分かった」

 

 

 ふむふむ、ここのコンビニの近くか、今度待ち合せる時はここを使った方がいいかもな。あまり遠出させるのも気を使うし.........

 そんなことを考えていると、桐生院さんはシートベルトを外しながら、恥ずかしそうにこちらを見てきた。

 

 

桐生院「あ、あの.........もし宜しければ、また次も.........」

 

 

桜木「ああ、いいよ。俺達はもう桐生院さんと友達だから!」

 

 

桐生院「!!.........ありがとうございますっ!!」

 

 

 律儀だなー。そんな頭を下げなくてもいいのに.........けれど、それもこの子のいい所なんだ。同期ではあるけど、まるで後輩を見ているようで嬉しい気分になる。

 扉を開け、ひょいっと降りる桐生院さん。こちらに手を降って別れを告げる。中が見えないよう加工されているが、俺達も桐生院さんに手を振り返し、また学園へと向けて車を出した.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「よーっし、着いたぞー」

 

 

ライス「ありがとうトレーナーさん!楽しかったね?ウララちゃん!」

 

 

ウララ「うん!!ウララ!またトレーナー達と遊びたーい!!!」

 

 

 そう言いながら車の扉を開け、寮の方向へと向かっていくウララとライス。それに続くように、マックイーンも外へと出ていった。

 

 

桜木「.........さて、俺も帰ろうか.........?」

 

 

 大きく伸びをしながら、ハンドルを握ると、窓ガラスをコンコンと叩かれる。見ると、そこにはマックイーンが立っていた。

 なんだろうと思い、スイッチを押して窓ガラスを開いて行く。

 

 

桜木「どうした?なにか忘れ物?」

 

 

マック「いえ、そうではありません」

 

 

マック「本日はありがとうございました。トレーナーさん」

 

 

 そう言いながらぺこりとお辞儀をして見せる。この子も律儀だと思ったが、その姿にどうも、いや、やはり俺は桐生院さんと同じ感情を感じてくれない。

 

 

桜木「いいのいいの!それより迷惑じゃなかったか?結構長い時間拘束しちゃったけど」

 

 

マック「もう、拘束だなんて.........そんな事言わないでください。ちゃんと楽しめましたわ」

 

 

桜木「そか、そりゃよかった」

 

 

 少し、安心した。もしかして気を使って付き合ってくれてたんじゃないかと思ってたから.........

 夕焼けも色落ちしてきた。少し青が濃くなり始めた空を見て、夜の予感が胸をざわつかせる。

 

 

マック「それと.........」

 

 

桜木「?」

 

 

マック「あの時、実は嬉しかったんですの。私の名を、一番にあげてくださって.........」

 

 

 .........あーーー、どうしよう。顔が熱い。夕焼けもないから誤魔化しも効かない。俺は今、普段通りの顔色をしてるか?

 無理もない。目の前に居る少女は、その笑みを、上品で柔らかい笑みを、俺に向けてくれている。これ以上に嬉しいことは無い。

 

 

マック「.........言いたかったことはそれだけです。それでは」

 

 

桜木「.........またな、マックイーン」

 

 

マック「ええ!また明日!」

 

 

 少し離れたマックイーンは、その手を俺に振ってくれた。俺も、窓ガラスを締めながら、俺とマックイーンの間を完全に車という空間が遮断するまで、手を振り続けた。

 誤魔化しなんて無駄だ。所詮、浅知恵。策を弄すれば弄するほど、その無駄に終わった策を飲み込んで、塊は更に大きさをましていく。

 

 

桜木「.........やっぱこれは、恋.........だよな」

 

 

 認めるしか無い。認めざるを得ない。この気持ちを認め、これから先下手な行動を起こさないよう自制するのが最善だ。俺とあの子では、身分が違う。

 

 

桜木「.........帰ろう。今はそれが、一番するべきことだ」

 

 

 ハンドルをもう一度握りしめ、ブレーキから足を離し、アクセルをゆっくりと踏んだ。

 よし、もういつもの俺だ。あとはもう、帰るだけだ.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう思ってたのに.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「おい.........なんで、」

 

 

桜木「アパートが.........燃えてる.........?」

 

 

 明らかに神威の不幸が起こしたであろう目の前の大事件のおかげで、メジロマックイーンに対する恋心をぶっ飛ばしてしまったのであった.........

 

 

 

 

 

ㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤ......To be continued



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トレーナー「新たな仲間と怪しい雲行き」

 

 

 

 

 

 5月も終盤を迎え、太陽の暑さもジリジリと大地を焼き始める時期になった。

 

 

桜木「よーしっ!!点呼もとった!!それぞれ持ち場について渡したデイリーをこなしてくれ!以上!!」

 

 

 夏の暑さが気持ちいいと思うヤツ。それは生粋の中央生まれだ。サンサンと照りつけながらも蒸しらせた空気の暑さのダブルパンチに、北国生まれの身体はガタガタだ。

 汗をひたひたと垂らしながらも、俺もアグネスタキオンに言われたメニューを始めようと準備をしていると、マックイーンが後ろから声をかけてきた

 

 

マック「もし、トレーナーさん。一つよろしいでしょうか?」

 

 

桜木「なんだ?」

 

 

マック「チームメンバー。二人ほど増えているのですが、お心当たりは?」

 

 

 なんだろう、マックイーンの顔に若干影が掛かっている気がする。そして背後からはゴゴゴと言うような効果音も見えてくる。怖い。

 

 

桜木「あー.........テイオーは、知らん。沖野さんも驚いてたし、チーム[スピカ]だし」

 

 

マック「ではミホノブルボンさんも?」

 

 

桜木「それは俺」

 

 

マック「そうですか」

 

 

桜木「はい」

 

 

マック「走りで決めたのですか?素敵でしたか?」

 

 

桜木「.........とても素敵でした」

 

 

マック「そうですか.........」

 

 

 静かにガッカリしたような面持ちと声色でゆっくりと近づいてくるマックイーン。あれ、この状況見た事あるぞ?確かあれもブルボン関係だったような.........

 

 

マック「やはり、この手が行けないのですね」

 

 

桜木「ヒエッ」

 

 

 マックイーンさん?おめめのハイライトが無くなりましたけど?電気ついておりませんけども?どうしよう、電気つけるスイッチはどこにあるんだろう.........

 そんな現実逃避をしながら、次にくるであろう痛みに諦めを感じつつも、次にハイライトが消えた時の為に、スイッチの場所を探していた(?)

 

 

桜木「300円で手を打ちませんか?」

 

 

マック「  」

 

 

桜木「うげぇぇぇぇッッ!!!??た、タワーブリッジィィィィ!!!????」

 

 

 ハハ、どうやらブレーカーごと落としてしまったらしい。南無三。

 ウマ娘の神秘とも言えるパワーに背骨を軋ませながら、その日のトレーニングはまず、呻き声で始まった。

 

 

ブルボン「何をやってるのでしょう、お二人は.........」

 

 

ライス「き、気にしないでいいよ.........?いつもの事だから.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「酷い目にあったぞい.........」

 

 

 まったく、最近マックイーンの攻撃が激しくなってきている気がする。なんだろう、悪いことはしていない気がするのに、悪いことした気になってしまう。

 いやいや、俺はトレーナー。将来有望なウマ娘のサポートをするのが仕事。マックイーンになんか負けてられるか。

 

 

「サ・ブ・ト・レ・ー・ナ・ー!!」

 

 

桜木「なんだテイオー、練習はどうした?」

 

 

テイオー「いやいやー、サブトレーナーの実力をワガハイが直々に見てしんぜよーと思ってさ!!」

 

 

 むむ、どうやら俺の指導力を試したいらしい。テイオーはその小さい身体でめいいっぱい胸を張り、自信を誇示している。

 

 

桜木「いいぞ、今日の俺のメニューは何時もより少なめだしな」

 

 

テイオー「え、トレーナーもトレーニングするの?」

 

 

桜木「え?あぁ.........よく考えたらおかしいよな?でも仕方ない。俺がトレーニングしないとタキオンがトレーニングしてくれないからな」

 

 

テイオー「えぇ.........」

 

 

 なんだ、その顔は、俺がまるで変人ってるみたいじゃないか。仕方ないだろう!?アグネスタキオンはワガママできかん坊なんだからこうでもしないと走ってくれないんだよ!!

 

 

タキオン「フッ!!」ピュン!

 

 

桜木「あっぶな!?」

 

 

タキオン「モルモット君。また失礼なことを考えていただろう?」

 

 

 くっ!なんでこいつはいつも俺の心の内を読んでくるんだ!?いや、ていうかその前にその吹き矢はなんだ。

 そしてそこでなんでバカンスのようにくつろいでるんだ?サングラスをかけるなサングラスを

 

 

タキオン「注文が多いな君は、おや、スカーレット君。調子は良さそうだねぇ。ウオッカ君はもう少し踏み込みをこう.........」

 

 

テイオー「ねぇ、ボク思ったんだけど、トレーナーってトレーナーなの?」

 

 

桜木「僕もわかんない.........」

 

 

 なんだろう、俺の存在意義奪わないでもらっていいすか?

 そんなフランスに住んでる偉い人のような文句を心で垂れながら、話の本筋を戻す。

 

 

桜木「それで、試すって?」

 

 

テイオー「簡単だよ!!講和会の時の、スリーディーなんちゃら?ってやつがやってみたいんだー♪」

 

 

桜木「あー!あれか、いいぞー。テイオーの走りを完全解剖と行こうじゃないか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「それで、なんで私まで付き合わされるんですの?」

 

 

テイオー「だってさー、ただ走るだけじゃつまらないじゃん!!」

 

 

桜木「お願いだマックイーン!君の走りを見せてくれ!君にもいい刺激になると思うから!!」

 

 

 両手を合わせてマックイーンに頼み込む。ついでに膝も着いちゃう。心の中では今ならスイーツもつけちゃうかもしれない。という打算的すぎるお願い。

 十秒ほど経っただろうか、おでこを地面に着けてしまうかもしれないほど顔をずいずい下げていくと、マックイーンの大きいため息が聞こえてきた。

 

 

マック「分かりました。ですが、あくまでトレーナーさんに走りを見せるだけです。テイオーと勝負するつもりはありませんから」

 

 

テイオー「えぇ!?なんでさー!!?」

 

 

マック「貴方、結構根に持つタイプなのを自覚してないのかしら?」

 

 

テイオー「そうかな?ボクけっこう忘れやすいよ?」

 

 

マック「でしたらこの前のテストで負けた時の悔しさも忘れているのかしら?」

 

 

テイオー「うわ、そんな事言うからムカムカしてきたじゃんか!!マックイーンのイジワル!!」

 

 

桜木「ハハ、ウマ娘っておもしれ」

 

 

 

 ギロりと二人が睨みを効かせて俺を牽制してくる。こういうところが良いんだよ。こういうところが。

 .........いかんいかん、マックイーンに虐められすぎて癖になってるのかもしれない。実際マックイーンに触れられること自体.........

 

 

桜木(犯罪者にはなりたくない犯罪者にはなりたくない)

 

 

 心に湧いたなんかやばい願望を理性で叩き伏せる。舐めるな煩悩。こっちは世界チャンプを叩き潰した男の減量を模倣しきった男だ。

 

 

テイオー「よーっし!!マックイーンに勝つぞー!!」

 

 

マック「私の話聞いていましたか?」

 

 

桜木「待ってくれテイオー。これを付けないとデータをパソコンに送れない」

 

 

テイオー「えー.........これ、カイチョーが講演会の時着けてたアンテナじゃん。カッコ悪いからやだなー.........」

 

 

 あれ、結構不評なんだな。シンボリルドルフ会長は気に入ってたんだけど、テイオーの理想像に傷をつける訳にもいかんしな。

 

 

桜木「まぁあの時はダミーだったし、演出のために無理言ってな.........嫌か?」

 

 

テイオー「イヤ.........だけど、カイチョーはみんなの前で付けたんだから、ボクも着けるよ!!」

 

 

 そう言いながら、頭に特徴的なアンテナを付けて、スタートラインに立つテイオー。俺の隣に居るマックイーンに早く来いと目配せしている。

 それに対しマックイーンはやはり、渋々といった感じでテイオーの隣へとスタンバイした。

 

 

マック「距離は2400でいいですわよ?」

 

 

テイオー「ボクの得意距離だけどいいの?」

 

 

マック「ええ、ここまで来たなら、とことん付き合って差し上げますわ、テイオー?」

 

 

テイオー「ふふん♪泣いたって知らないからね!!」

 

 

マック「それはこちらのセリフです。トレーナーさんならきっと慰めてくださいますから、貴方も安心してくださいね?」

 

 

テイオー「いったなー!!」

 

 

桜木(ライバル同士の一本勝負。テイオーの走りも楽しみだけど、マックイーンの走り方も注目だな.........)

 

 

 併走している姿は何度も見ているが、所詮は練習。ハードな事をしないよう釘を指しているし、どちらかと言えば、隣で走っていても自分のペースを保たせる為に俺はやらせている。

 だが、それがライバル相手にもなれば話も別だ。熱の入り方がまた違ってくる。本番通りに走るのもまた、いい練習だ。

 

 

桜木「位置についてー!!!」

 

 

テイオー「!」

 

 

マック「!」

 

 

桜木「よーい!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ドンッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二人「ッッ!! !」

 

 

 手を叩いた破裂音がスタートの合図となり、二人は姿を重ねて走り出した。見たところ、両者出遅れた様子は一切無い。

 

 

桜木(さて、マックイーンとテイオー。共に先行脚質だが、走り方に違いが出てくるな.........)

 

 

 現状、一応マックイーンがテイオーの前を走っている状況だ。フォームと体質からなる強力な武器のスタミナ。それをよく発揮している。

 一方、テイオーの方は2/1バ身ほどの差を付けられているが、その表情は余裕そうだ。ここからまくれるという、確かな自信を感じさせる。

 

 

桜木(全く、これ以上熱くさせてどうするんだ)

 

 

 夏の暑さを上書きするように、レースの熱さが俺の肌に汗を滲ませる。

 もし、二人がこんな観客が俺一人しかいない寂しいトレーニングコースじゃなく、大歓声を浴びながら走ってくれたら.........なんて、そんなことを考えてしまう。

 二人の姿はコーナーを回っていき、向正面に姿を小さくして行く。リードは開きも縮まりもせず、付かず離れずの2/1バ身が二人の空間だ。

 

 

桜木「.........どうみます?沖野さん」

 

 

沖野「おいおい、ここで俺に振るのか?」

 

 

 後ろの方から感じていた気配はやはり沖野さんだった。その目は普段とは違い、真剣さを帯びた本物のトレーナーの目だ。

 

 

沖野「まぁ、はっきり言ってしまえば、テイオーの本領はここからだ」

 

 

沖野「膝の間接と足首の間接の柔らかさ。あれは生まれつきの素質を生かした天然のバネだ。スタミナ勝負ではマックイーンに勝ちを譲るかもしれないが、瞬発力ならテイオーの方が分がある」

 

 

桜木「天然のバネ.........っ!!」

 

 

 遠くに感じていた地響きにも似た足音が近付いてきていた。視線をそちらに向けると、既に最終コーナーに差し掛かっていた。

 マックイーンの加速していく速度に対して、2/1バ身は広がっては行かない。いや、寧ろすごい勢いで縮まって行っている。

 マックイーンの表情は険しい。テイオーの風を受けてその存在を認知しているのか、トップスピード以上の速度を出そうと足掻くが、テイオーはジリジリとマックイーンの隣を競り抜け、ハナ差でゴールを飾った。

 二人とも全力で走ったせいか、マックイーンは手を膝に着き、テイオーは地面を背にして仰向けになった。

 

 

桜木「頑張ったな二人とも」

 

 

テイオー「あ!サブトレーナー!!トレーナーも!!ねえねえどうだった!?」

 

 

沖野「ああ、いい仕上がりだ。デビュー戦もこれなら問題ないだろうな」

 

 

桜木「マックイーンも、今回は負けたけど、最後まで競り合ってたから、深刻に考える必要は無いぞ」

 

 

マック「ハァ......ハァ......相変わらず、すごい走り方をしますわね、テイオー」

 

 

テイオー「へっへー♪でしょー!!」

 

 

 汗をダラダラと垂らしながらも、お互いの顔を見て笑いあっている。正に青春。正にスポ根。俺が学生時代にやっていた仲良しこよしとはまた違う楽しさだ。

 

 

黒津木「差し入れ持ってきたぞー」

 

 

桜木「お、ちょうどいい所に」

 

 

 ガラガラと台車を押しながら、超巨大クーラーボックスを持ってくる保健室医、黒津木がやってきた。

 俺は走って近づき、スポーツ飲料を中から二本持ってくる。

 

 

桜木「ほい。ゆっくり飲めよ」

 

 

マック「ありがとうございます。トレーナーさん.........ふぅ」

 

 

テイオー「あ!!そんなことより早く見せてよ!!サブトレーナー!!」

 

 

 キンキンに冷えたペットボトルを額にあて、先程まで寝ていた状態からぴょんぴょんはねこちらまでやってきた。全く、元気だな.........

 だが楽しみにしてくれているテイオーを見るのは嫌ではない。早速徹底解剖と行こう。そう思っていた矢先に.........

 

 

PC「ERROR」

 

 

桜木「.........?可笑しいな、今までこんなこと無かったんだけど.........」

 

 

テイオー「えー!?壊れちゃったのー!?」

 

 

沖野「いや、そんなはずないだろ.........」

 

 

 パソコンの画面に映し出されたERRORの英単語。それを三人で覗き込むように見る。今までこんな事は無かった。

 

 

テイオー「.........分かった!!僕の走り方が特殊だから、機械が読み取れなかったんだよ!!」

 

 

桜木「そこは大丈夫。オグリさんの走り方も完全に読み取れたんだ.........体質で読み取れないなんてことは無い.........」

 

 

沖野「なんか見落としてないか?機材が足りてないとか.........」

 

 

桜木「うーーーん.........悪いテイオー。完全解剖はまた今度だ.........」

 

 

テイオー「えーーーー!!???」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「ふぅ、今日も一日頑張った!!」

 

 

マック「お疲れ様です。トレーナーさん」

 

 

 学園の門から一歩出る。そしたらもう今日は晴れて自由の身.........とは言っても、もう既に夕焼け色が空を染めているのだが。

 そう思いながら、隣に居るマックイーンの方をチラリと見やる。なぜここにいるのかと言うと、ダイエットのあの日からこうして二人で帰るのが日課になってしまっているからだ。

 

 

マック「新しいお家には慣れましたか?」

 

 

桜木「ああ、銭湯に行く機会が減ってジジちゃんに会えないのは寂しいけど、風呂も着いてて綺麗なマンションだよ」

 

 

 そう、あの澄麗荘(すみづらそう)全焼事件。どうやら放火魔の仕業だったらしく、その三日後に証拠が発見され、無事お縄になった。

 一方、黒津木達の安否が気になったが、全員買い出しに言ってて無事だった。まぁ、不幸中の幸いってやつだ。

 

 

桜木「ハハハ!五体満足なら大丈夫だ!財布も残ってたし、一日寝泊まりするくらいならトレセン学園は設備が豊富だったからな!」

 

 

マック「ふふっ.........トレーナーさんといると、退屈とは無縁になりますわね」

 

 

桜木「ああ!俺もマックイーンといると楽しいぞ!」

 

 

 本当に、日々の成長を傍から見ていて実感出来る。マックイーン達と出会えて本当に良かった。

 しかし、気付くとマックイーンは顔を背けていた。どうしたのだろう.........

 

 

桜木「大丈夫?」

 

 

マック「ええ、平気ですわ。それよりブルボンさんのことなのですが、どういう経緯で私達のチームに?」

 

 

 振り返って見せた笑顔はどこか恥ずかしそうだった。またやってしまったってやつだ。申し訳ない.........女性経験が無いと言うのはこういう所で無難な言葉を選べないのも問題だ。気をつけよう。

 それにしても、ブルボンの話か.........あまり思い出したくはないが.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「君が、ミホノブルボンに勝手に長距離の練習をつけていたトレーナーか」

 

 

 初めて特訓に付き合った日から、いつかはこうなるんじゃないかとヒヤヒヤしていたんだ。ベテランとも名高いブルボンのトレーナーはそりゃもう怖かった。

 

 

桜木「ええまぁ、そうなりますね.........」

 

 

ブルボン「マスター。夜間の自主トレーニングは自己判断で開始したもの。つまりこの方は、関係ありません」

 

 

桜木(そりゃ苦しいですぜ、ブルボンさんよ.........)

 

 

「毎夜居合わせておいて、関係がないわけあるか。おおかた、彼女に同情してトレーニングを見ていたんだろう」

 

 

 あれ?そうなのか?非常に他人事で申し訳ないが、時たま自分の思いに鈍感な時がある。無意識の内にブルボンに同情を寄せていたのだろうか.........?

 しかし、俺の中で同情と呼ぶべきものは存在して居ない。良かった。俺が一番嫌いなのは何も知らない奴の同情だからな。

 

 

「三冠の話は私も何度も話を聞いた。だが、リスクがあることはさせられない。トレーナーの君なら理解できるはずだ」

 

 

桜木「.........」

 

 

 普通の俺ならば、気が済むまでミホノブルボンを応援するだろう。けれど、トレーナーとしての立場があるのなら別だ。それを言われてしまえば、黙ることしか出来ない。

 

 

ブルボン「しかし、私の学園入学の目的は三冠達成のみ、目標変更は受け付けることが出来ません」

 

 

「.........そこまで言うのなら、もう一度だけ適性を見てあげよう。『菊花賞』の3000m。今すぐ走ってみなさい」

 

 

桜木(うせやろ!?)

 

 

ブルボン「了解しました」

 

 

桜木「what's!?」

 

 

 明らかに出来ないことをさせて諦めさせる悪い大人と、何も出来ないことは無いと信じて疑わない子供の対立構成の完成を一瞬で目にした。

 三冠達成はブルボンの夢。それは恐らく、全ての走るウマ娘が追い求める様な理想像なのだろう。危険?リスクがある?それを何とかするのが傍を支えるトレーナーの役割なんじゃないのか?俺はなに怖気付いているんだ。

 

 

ブルボン「あなたを、納得させてみせます」

 

 

 けれど、今3000mを走るとなれば話は別。彼女の体はようやくマイル距離に手が届き始め、中距離をどうするかを話せる時期になっただけだ。 完走出来るかすら怪しい.........

 

 

 その不安は、見事に的中してしまった。2000mを超えたあたりで失速。ゴール前では既に歩くようなスピードで前進していた。

 

 

ブルボン「はぁ.........っ、はぁ.........っ、はぁ.........っ!」

 

 

桜木(.........ミホノブルボン)

 

 

「もう諦めてくれ。出来ないことをしようとするな。君に、長い距離は向いていないんだ」

 

 

桜木(.........確かに、流れ星は短い存在だ)

 

 

 彼女の走りを見ていれば分かる。スプリンターとしての走りは一級品で、その速さは流れ星の様に、まるで線を残すよう。

 けれど、流れ星は、端から流れ星になりたい訳じゃない.........

 

 

桜木「.........ブルボンは、『彗星』なんですよ」

 

 

「.........?」

 

 

ブルボン「.........?」

 

 

桜木「流れ星なんかじゃない。長い距離を長い時間。早いスピードで線を残していく『彗星』です」

 

 

桜木「流れ星に名前は付きません。けど、彗星には一つ一つ名前が付いている」

 

 

桜木「ミホノブルボンという名の『彗星』なんですよ。彼女は」

 

 

 (何を言ってるんだこいつ)

 

 

ブルボン(エラー発生)

 

 

 まだ流れ星なのかもしれない。けれど、彼女の脚は彗星の片鱗を見せている。ここで諦めて下がってしまえば、俺は本当に墓に懺悔を刻まなければならない羽目になる。

 

 

桜木「それに、まだ彼女の思いを聞いていません」

 

 

「.........そうだな、君と話していても埒が明かない」

 

 

「ブルボン。君の気持ちはどうなんだ?走ってみて、身に染みたろう?」

 

 

ブルボン「『私の気持ち』.........」

 

 

 そう、全てはもうブルボン次第だ。彼女がここで諦めるのか、諦めないのか.........それで全てが変わってくる。

 しばしの沈黙。夕焼け空が芝の無い地面を明るく染める中、ブルボンはその重い沈黙を破る為に、口を開いた。

 

 

ブルボン「.........三冠達成だけは、変更不可能です.........申し訳ありません」

 

 

ブルボン「.........お願いします。マスター」

 

 

桜木(勝ったな。風呂入ってくる)

 

 

 いやー、正直勝ちを確信したよね。あんな健気でひたむきな子を無下に出来る奴がそうそう居るわけない。円満解決に導いたってことで、俺の苦労も少しは報われるんじゃね?

 

 

「.........」

 

 

桜木(.........あれ?)

 

 

「.........そこまで決意が固いのなら、好きにしなさい」

 

 

桜木(ほっ)

 

 

「その代わり、私との契約は今日限りで終了だ」

 

 

桜木(はぁ!!???)

 

 

 鬼だと思ったよ俺。存在するんだなー現世に。マジで一瞬その首貰い受けようと思ったもん。十七分割する所だったもん。

 目の前で俺にも何やら色々言っていたが、頭に入っては来なかった。けれど最後の一言だけはよーく聞き取れたね。

 

 

「君がそんなに愚かだったとは、失望したよ。ブルボン」

 

 

桜木()ブチッ!

 

 

 もう本当に大変だったね。あの怒りを抑えるのに相当苦労したもん。久々だったんじゃないかな、あんなに怒ったの。何とかあのトレーナーが早く目の前から消える事を願いながら目を離さなかったからね。俺。

 

 

ブルボン「.........」

 

 

桜木「.........ズゥァァァァッケンナァァァァッッ!!!」

 

 

ブルボン「!?」

 

 

桜木「なーーーにがGI勝率が良いだ!!???笑わせんな!!!テメェ見てえなやりもしねえ夢を否定する奴がイッッッチバン嫌ェなんだよォッッ!!!」

 

 

桜木「適性短距離でぇ???脚が早いから短距離だすぅ???あっっったまわっっっる!!!そら勝てますよ!!!勝てるウマ娘を勝てるよう育ててるだけなんだからなァ!!!」

 

 

 もう獣よ。獣。あの時あのトレーナーが戻ってきてたら暴走してたと思う。オロチとか そこら辺の血で。

 それでそのままブルボンの肩を掴んだのよ。多分結構怖かったんじゃないかな。

 

 

桜木「おい!俺と一緒にこい!!!」

 

 

ブルボン「突然の豹変により、『戸惑い』が発生中」

 

 

ブルボン「.........提示された3000mを走り切れなくてもなお、私は三冠達成を諦められない。契約を破棄されても当然です」

 

 

桜木「そんな訳ねェ!!!アイツはきっと人間じゃねえんだ!!!」

 

 

 もう悪口ってレベルじゃないよな。俺もそう思う。けれど、あの時は確かにそう思ったんだ。だってベテランっていうレベルの人なんだから、そこまでの熱意があるなら仕方ない。保証はしないが、厳しいトレーニングになるぞ?って展開を想像したのに見事に裏切ったんだよ?逆方向に舵切ってきやがったんだよ?

 

 

ブルボン「.........三冠達成は譲れません。しかし私は本当に正しいのでしょうか」

 

 

桜木「正しいに決まってる!!!」

 

 

ブルボン「!」

 

 

 どんなに辛いトレーニングでも、どんなに果てしない距離を走らされても、彼女は弱音一つ吐かずにただひたすらに努力を続けてきた。

 そんなの、気持ちが正しくなきゃ出来るわけないじゃないか。ミホノブルボンは機械じゃなくて、ウマ娘なんだから。

 

 

桜木「君の夢は正しい!!!君の夢に対する姿勢も正しい!!!」

 

 

桜木「自分の夢くらい自分で信じろ!!!」

 

 

 それが出来るのは、自分一人だけなんだから。それが出来るのは、その夢を掲げた人間だけだから。

 それが、夢を追いかけるものの責務だから。

 

 

桜木「だがトレーナーが悪かったな!!!ありゃ三流だ!!!古賀トレーナーも言ってたぜ!!!無理とか無駄とか言われる夢を追いかけた方が楽しいってな!!!」

 

 

桜木「だから俺と一緒にこい!!!俺のチームに!!!」

 

 

ブルボン「.........!」

 

 

桜木「今日からお前の夢は!!!俺の夢だ!!!」

 

 

ブルボン「っ.........!」

 

 

 彼女の瞳が微かに揺れたんだ。けれど、それは俺の本気の思いが伝わってるからだと感じた。

 え?真っ直ぐすぎるって?いやぁ.........やっぱり改めて考えても、変な所で不器用だよなぁ.........

 

 

ブルボン「.........ラップタイム走法を私にカスタマイズしたのはあなたであり、1600mの記録の伸びは、あなたの手腕によるもの」

 

 

ブルボン「私は今たしかに、あなたとならあるいはと感じています」

 

 

ブルボン「.........つまり、これからどうぞよろしくお願いします.........『マスター』」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「今思い出してもイライラしてきた.........」

 

 

マック「ま、まぁまぁ.........」

 

 

 今思い出しても頭に血が上って来てしまう.........

 いかんいかん、今はマックイーンと一緒に居るんだから、少しは自重しなければ。

 

 

桜木「まぁ、あんまり面白い理由ではないけど、こんなところだ」

 

 

マック「いいえ、トレーナーさんの行動にようやく納得致しましたわ!」

 

 

マック「本当に、優しい人ですわね」

 

 

桜木「うぐ.........」

 

 

 そんな俺に、マックイーンは優しく笑いかけてくれた。うぅ、優しくないんだよ.........本当に優しかったらあんな悪口絶対言わないし.........

 落ち着け桜木。相手はまだ中等部の小娘では無いか。こんな子供に翻弄されてどうする!!

 

 

桜木「.........それにしても、マックイーンもタキオンも仕上がってきてるな。メイクデビューの心配は必要なさそうだ」

 

 

マック「あら?慢心ですか?負ける気はありませんけど、足元を掬われますわよ。トレーナーさん」

 

 

桜木「勝ってくれるんだろ?だったらこれは余裕って言うもんだ。マックイーン達の強さが、俺に余裕を作ってくれる」

 

 

マック「もう、ああ言えばこう言うんですから.........」

 

 

 呆れながらも、どこか優しい表情を見せてくれるマックイーン。やっぱり、君と一緒に居ると退屈しない。

 

 

マック「.........あら、もう寮.........ではトレーナーさん!また明日!」

 

 

桜木「ああ!またなマックイーン!夜ふかしするなよ!」

 

 

 いつも通りの日常。楽しく過ぎていくであろう日々の中の一日。普段と変わらず、この後は新しい自宅に帰り、二人分の飯を作って寝るのだろう。

 そんな.........そんな、無責任にも似た投げやりな予想が覆ったのは、その日の夜の出来事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木(寝れん.........)

 

 

 時計の針が煩く鳴り響く。下の布団で寝ているコイツも珍しく、今日は歯ぎしり一つ無い。

 起こし上げた上半身をもう一度ベッドに寝かせる。きっと枕の位置が悪いせいだ。

 頭が枕に当たる。その瞬間。ヤケに周りの音が遅くなった。瞑っていた目を更に瞑り、眠りの奥底へと誘おうとする事に、時間の流れは遅くなり、俺を寝かしてはくれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何か見落としてないか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目を見開いた。体の上に覆い被さっていた布団を蹴り飛ばし、地面で寝ている白銀を飛び越え、ノートパソコンのあるリビングへと一目散にかけた。

 

 

桜木(頼む.........!!!故障であってくれ.........!!!)

 

 

 手に持ったUSBを乱暴にガチャガチャと差し込み、トレーニングで取ったテイオーのデータを転送する。100%に届くまでの間、俺は必死にデータの破損だけを願っていた。

 転送が完了した。USBを抜き取り、ゲームで使っている性能の良い据え置きのパソコンを起動し、差し込む。

 

 

桜木(性能が悪くて助かったかもな!ノートパソコン!)

 

 

 ノートパソコンの性能では、あのソフトは走行モデルを立ち上げ、変化させる程度しか行えない。その場でフォームの確認をして修正するのが関の山だ。

 けれど、このソフトは他の場面でも役に立つ。例えば.........『これから起こりうるであろう故障箇所の特定』だ。

 そんなもの、テイオーの目の前で発生してみろ。泣くぞ。俺が。

 

 

桜木「っ!問題なく立ち上がっちまった.........!」

 

 

 トレーニングの時に目に焼き付けたテイオーの走行フォームが映し出される。ノートパソコンの様なERRORは発生していない。

 情けない。振り上げた拳を、自分の足へと振り下ろした。

 

 

桜木(本当、残酷だよ.........)

 

 

 俺は、ゆっくりと椅子から立ち上がり、寝室からスマートフォンを持ってきた。電話を掛ける指が震える。選択した相手は沖野さん。

 1コール、2コール、3コール。もう出なくともいいとも思った。ここで出てくれなければ、俺はこの事実を夢として無かったことにできるのに.........

 しかし、そんな事は許されなかった。

 

 

沖野「どうした?桜木」

 

 

桜木「ああ.........沖野さん」

 

 

 俺の声の調子は良い.........沖野さんの方はどうやら寝ていたみたいだ。起こしてしまって申し訳ない.........

 そう思いながらも、どう話を切り出していいか分からなく、暫く沈黙を貫いていた。

 

 

沖野「.........用がないなら切るぞ」

 

 

桜木「あの、沖野さんは悪い知らせ.........朝ごはん食べる前に聞きたいですか.........?」

 

 

 さっきまで良かった声の調子なんてどこかへ行った。泣きそうだ。いつもいつも、俺の夢やその周りの夢を尽く、無惨に解体していく悪魔が、俺は心底大っっっ嫌いだ.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目の前に映る画面には、左足首を赤く染め上げた3Dモデルがそこにはいた.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤ......To be continued



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見えないカウントダウンに踊らされて

 

 

 

 

 

沖野「そうか.........」

 

 

桜木「.........アレの精度は正確です。テイオーの足に限界が来るのも、時間の問題です」

 

 

 叩き付けられるような雨の音が室内にも響き渡ってくる。外は、生憎の雨だ。日差しの照りつけとはまた違う暑さが、室内をも支配する。

 ここは沖野さんのトレーナー室だ。こんな話、誰にも聞かれたくはない。

 

 

沖野「お前.........中々良い物作ったな」

 

 

 そう賞賛してくれるが、沖野さんの目は机に肘をついたまま重ねられた両手に遮られ、良く見えてはいない。

 

 

桜木「コネですよ。コネ.........正直。俺はまだテイオーの走りを見たいです.........あの走り方をするテイオーを.........」

 

 

 もし、この事実を知ったトレーナーなら、取るべき行動は一つ。テイオーに真実を告げ、走り方を変えさせると言うのがベストだろう。

 けれど.........けれど、それでもあの走りを極めたテイオーを、俺はまだ見てみたいと思ってしまっている。

 

 

沖野「俺もだ。正直、今回の事が無ければ、俺もあのままテイオーに無茶させる所だった.........まさか、アイツのあの走りが、アイツ自信を苦しめる羽目になるなんて.........!」

 

 

 両手で作った握り拳を、ゆっくりと机に付けた。けれど、走りを矯正しようにも、大きな問題点が一つ存在する.........

 

 

桜木「.........勘づきますよ。テイオーは」

 

 

沖野「そう、だよな.........ああ見えて、成績も良いし、察しも良い.........きっと、フォームを変えて勝って行けるかどうかも、アイツには手に取るように分かるだろう.........」

 

 

 無敗の三冠.........その道を達成するのに必要なのは才能。努力。運。ジャンプ3大原則のようだが、そのどれか一つでも欠けてしまえば勝てる可能性はぐっと落ち込む.........

 その才能を、テイオーは捨てざるを得ない.........

 

 

桜木「.........俺、探しますよ。あの走り方をしても、何とか出来る様な方法.........!」

 

 

沖野「.........だな。俺もテイオーを無敗の三冠ウマ娘にしてみせる。もし、テイオーの足に限界が来てしまったら.........その時はその時だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

黒津木「桜木。3分クッキング」

 

 

 テレビでいつも聞くような音楽が流される。ここはいつもタキオンが実験している理科室だ。黒板前の実験机を隔てた目の前にはタキオンが目を濁らせて座っている。

 

 

桜木「今回紹介するのは、野菜を使ったポトフです」

 

 

黒津木「材料切ります」

 

 

桜木「キャベツ、人参、ジャガイモ、シメジ、ピーマン、ウインナーを切ります」

 

 

 多くの材料を手際良く切っていく。だいたいチーム全員分の食事作るなんて頭がおかしい。人質でも取られてない限り絶対やらない。

 ポトフを作るのに必要な調味料を用意しながら、炊飯器を取り出すと、アグネスタキオンは外人四コマのように歓喜し、BGMはてってってーに変化した。

 

 

桜木「全部ぶち込んで炊飯して完成です」

 

 

タキオン「やっぱり使うんじゃないか!!心配して損したよトレーナー君!!」

 

 

 何の心配をしてたんだ何の。なんで炊飯器一つでタキオンの心は開かれてるんだ?

 

 

黒津木「ふぅ.........」

 

 

桜木「ジョッキで麦茶をカラカラするな」

 

 

タキオン「黒津木君!!私も!!私もやりたいぞ!!」

 

 

 カラカラと氷の音をジョッキの縁に当てながら立てる黒津木を見て、タキオンは手をブンブンと振った。確かにやりたい気持ちは分かるな。

 俺に渡されたジョッキはまだ口を付けてない。あまりにタキオンがやりたそうだったので譲ってやると、普段はしないようなキラキラとした笑みで礼を言ってきた。

 

 

タキオン「ありがとうモルモット君!!これで君たちが私を置いて遊びに行った事を不問にしてあげよう!!」

 

 

桜木「どっからバレた?」

 

 

黒津木「俺」

 

 

桜木「斬刑に処す。その六銭、無用と思え」

 

 

 あれほど口酸っぱく言うなと言っておいたのに、コイツも口が軽い。紙コップに注ぎ直した麦茶を飲みながら、ポトフの完成を待っていた。

 

 

タキオン「.........けどねトレーナー君。もう一つの件はまだ了承していないよ」

 

 

桜木「.........」

 

 

タキオン「テイオー君の脚について、補強案だったかな?そんな生易しいものじゃ無理だ。いずれ来る結末が遠のくだけの話だよ」

 

 

 ズズズっと音を立てて麦茶を飲む黒津木は、心配そうに俺を見ている。視線を一瞬合わせて、麦茶に移る俺の顔に視線を移した。

 

 

タキオン「焼け石に水なんだよ。そうなる事を知っていたとバレた時。君はどうするんだい?沖野君は?」

 

 

桜木「.........そうだな、どんな罰も、文句も、誹謗中傷も受けよう。些細なことだ」

 

 

タキオン「何.........?」

 

 

 頭上の耳をピクリとさせたタキオン。その表情はいつもは読めない。それでも、不穏な何かが彼女の中で渦巻いているのは手に取るように分かった。

 

 

桜木「夢だ。誰かの夢を叶える為なら、俺は何だってする。トレーナーになった時にそう誓ったんだ」

 

 

タキオン「ハンっ!なにを言うかと思えば、人の夢だって?バカバカしい。夢を諦める存在は五万と居る。彼女も、そんな存在だっただけの話だろう?」

 

 

桜木「俺と違って才能がある」

 

 

タキオン「その言い方だとまるで自分が夢を諦めたみたいじゃないか」

 

 

桜木「そうだと言ってるだろう」

 

 

タキオン「!」

 

 

桜木「.........タキオン。君が何を思って行動しているのかは、分かっているつもりだ」

 

 

 視線を、アグネスタキオンの顔から、その足元へと向ける。最初は気が付かなかった。けれど、並走をある程度見て、その薬の効果の内容を聞き、彼女の足から出されるその丈に見合わない超高出力のバ力。数日見て少し考えれば分かる。

 そして、自身のそれに気が付かないアグネスタキオンでは無い。

 

 

桜木「君の自由を許してるのも、君が自分の足に対して、相当のハンデを背負っているからだ」

 

 

タキオン「っっ!!!ど、どうし.........て.........?」

 

 

桜木「悪い。言いたくないと思って黙ってたろうから、知らないフリしてたんだ」

 

 

桜木「お前は頭が良い。俺なんかよりよっぽどだ。だから、俺が気付く前にずっと自分の脚の事で対策してた、何とかしようとしていたんだろう?」

 

 

タキオン「.........」

 

 

 真面目なヤツだ。そして、律儀で、フェアで、そしてちょっぴり優しいヤツだ。俺に心配かけまいと、話さなかったんだろう。まぁ話して騒がれたら面倒臭いっていう側面もあっただろうが、それもアグネスタキオンだ。

 

 

桜木「俺は.........夢を壊される辛さを知ってる。特に、自分の身体の故障で味わう、不甲斐ない辛さはな.........」

 

 

 肩の痛みは覚えてない。それが襲ってくる直前にはもう、意識を手放していた。それでも、夢を語ると違和感が溢れ出す。決して忘れさせない。俺がお前の夢を壊したと言わんばかりに、コイツは違和感を主張してくる。

 

 

黒津木「玲皇.........」

 

 

桜木「無理にとは言わない.........せめて、気にかけてやってくれないか?」

 

 

 頭を下げた。人としてやるべき事は、しなくては行けない。静かな空間が、場を支配する。先程まで楽しかった空間は、どこかに身を潜めてしまった。

 

 

タキオン「.........はぁ、私のデビューを取り消してくれ」

 

 

桜木「っ.........!」

 

 

 そう、言われても仕方が無い。俺は心の中で自分の行いを悔いた。口に出せば、タキオンをもっと怒らせると思ったからだ。謝るなら最初からするなと.........

 彼女がひた隠しにしたかった事実を、盗み見してしまったものだ。けれど、それはいつか、テイオーが怪我した時にも起こる話だ。遅かれ早かれ、こうなる運命だった.........

 楽しかった彼女との思い出を思い返していると、ふと布の擦れる音が聞こえてくる。もしやと思い、顔を上げると、不機嫌そうな顔をしたタキオンが、制服の上に白衣を纏っていた。

 

 

タキオン「私だけの研究ならば兎も角、他人の、しかも走りが特徴的なテイオー君の研究ならば話は別だ。トゥインクルシリーズを奔走しながらそんな芸当できるなら、私はそもそもここで足踏みしていないよ」

 

 

桜木「タキオン.........っっ!!!」

 

 

タキオン「わぁ!?や、やめてくれトレーナー君!!君はそんなボディランゲージが激しい人種じゃ無かっただろ!!?」

 

 

 あ、不味い。思わず抱きついてしまった。これセクハラでは?

 

 

黒津木「嬉しさの余り抱き着いただけなのでセーフです。次やったら殺す」

 

 

桜木「もうしません」

 

 

 伏字を貫通してきやがった。こいつ本気で.........

 

 

タキオン「忙しくなるぞ、黒津木君。なんせあの人を頼らないで有名なトレーナー君から直々のお願いだ。そうそう断れないだろう?」

 

 

黒津木「そうだな。こういう大事な時にしか頼って来ねえから、正直身体が慣れねえんだよ。お前のお願いによ」

 

 

 そう言いながら、黒津木もまた、その白衣を椅子の背もたれから取り、袖を通した。あんなに患者に会う時以外は着たくないと言っていたのに、こんな事をされれば目頭が熱くなる。

 

 

桜木「すまん.........!!!」

 

 

タキオン「トレーナー君。そういう時は謝罪じゃないだろう?」

 

 

黒津木「社会人染み付いてるぞー。古賀さんになんて言われたんだ」

 

 

 ああ、そうだった。常に、若くあること。それがウマ娘達と良好な関係を結べる唯一の状態。だったら、今の俺が言える事は一つだけだ。

 

 

桜木「ありがとう.........!!!宗也.........!!タキオン.........!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 新人トレーナー職員室

 

 

白銀「くぅっ!感動した.........!宇宙人VS海底人2.........オセロとリバーシの大戦争」

 

 

桜木「職員室で何してんだお前.........」

 

 

 思いついた事が一つあり、白銀の事を探していた。最近ではもう自分の庭かのようにトレセン学園を闊歩しているため、日常に溶け込んでしまった。 サインもせがまれなくなったらしい。

 生徒にどことなく居場所を聞いてみると、何と職員室に入って行ったと言う情報を受け、ここまで来たのだ。でもまさか俺の机でタブレットで映画見てると思わないじゃん。ていうかそれ、ゴールドシップがカラオケで過ごしてた時に見てた奴?存在したんだな。

 

 

桐生院「あ、桜木さん。何か忘れ物ですか?」

 

 

桜木「あーいや、コイツが何処にいるか気になってな.........それは?」

 

 

桐生院「ああ!これは白銀さんから貸してもらったんです!!ゲームと言うんですよね?ナスカの地上絵強奪事件という架空の事件から二十年後。今度は見たことも無い地上絵が出現してしまうという設定で.........」

 

 

 いや、そっちもあるんかい。しかも中々面白そうじゃねえか。今度買ってみよう。

 

 

桜木「どこで作ってんの?」

 

 

白銀「ゴールドシップ財団」

 

 

桜木「マ!?」

 

 

白銀「ちなみに映画は塚宝」

 

 

 え、東宝じゃなくて?そんなん.........え、じゃあ何?アイツもしかして三日間で映画とゲームを作ってたって事なの?全メニュー生活の暇つぶしに作ってたの?才能の塊じゃん.........

 そんなことを思っていると、またもやヒソヒソと声が聞こえてくる。眠くなるからやめて欲しいんだよな、小さい声で囁くの

 

 

「おい、知ってるか。アイツメジロ家の子とうまぴょいしたって.........」

 

 

桜木「ん?」

 

 

「信じらんねぇ.........本当に羨ま.........けしからないやつだ」

 

 

桜木「.........」

 

 

 もっと耳を済ませて聞いてみるが、どこもかしこもやれうまぴょいだの未成年なんたらかんたらだのと囁かれていた。しまいには俺はゴム派か生派かとか言う畜生同然の予想にまで発展してやがった。

 

 

桜木「おい!!!なんだうまぴょいって!!!」

 

 

「ひっ!?た、担当のウマ娘と«バキューン!!»することです!!」

 

 

桜木「誰が使い始めたァ!!んな比喩ゥ!!!」

 

 

「こ、古賀さんです!!!」

 

 

桜木「クソジジィィィィッッ!!!」

 

 

 あの人本当に指導者か!!?そんな比喩にしちゃダメだろ!!!仮にも教え子がそれを踊るのに!そんな、«ブキューン!!»に例えるなんて.........なに?踊ってる姿を見てベッドで踊る姿を妄想するの?やかましいわ!!

 

 

桜木「事実無根!!俺はマックイーンとうまぴょいしてない!!解散!!!」

 

 

「なんだ」

 

 

「つまんな」

 

 

「まあそうだよな」

 

 

 囁きが止んだ。

 

 

白銀「でもうまぴょいしてたよ?」

 

 

「「「kwsk」」」

 

 

桜木「上等だテメェッッ!!!」

 

 

 その身に龍を降ろすかの如く怒りに身を任せ白銀を担いだ。なんでなんの動揺もしないだこいつは.........

 こんな所にいても落ち落ち話も出来ない。こうなれば強行突破だ。一階職員室の窓を開け、そのまま外へと飛び降りるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

白銀「海外に居るウマ娘の医者の宛ぇ?」

 

 

桜木「ああ、海外生活送ってたお前ならコネくらいあるだろ」

 

 

 正直、日本だけで対処出来る問題ではない。世界と日本ではやはり、圧倒的に母数が違うのだ。島国だからという理由だけで、可能性が潰されるのは避けたかった。

 まさか、ここに来て世界8位の肩書きが役に立つとは、お前はこの日の為に頑張ってきたんだな。翔也

 

 

白銀「なんかめちゃくちゃ失礼なこと考えてね?」

 

 

桜木「ソナコトナイヨ」

 

 

白銀「みんな聞いてくれー!!!この前コイツカラオケでーーーー」

 

 

桜木「やめろめろめろ!!!!!」

 

 

 下手くそなラップ見たいな言葉が出てきたが、仕方ないだろう。職員室だけで噂流されるなら兎も角、生徒達にまで飛び火されたら俺どころかチーム全体が立ち行かなくなる可能性がある。それは避けたい。

 

 

白銀「.........まぁ、探してやるくらいならできるぞ。主治医探しにはだいぶ奔走したから、顔見知りは大分居る」

 

 

桜木「.........助かる」

 

 

白銀「なぁ、『100%』なのか?」

 

 

桜木「.........そうだ。あのソフトは元々、お前の特殊な身体能力を100%活かす為に作ったソフトを、開発者に無理言って改良した物だ。悪いと言われた物は直せと言われる」

 

 

 コイツの異名。『不可能を可能にする男』。その名の通り、日本人では不可能だと言われている身体能力の差をものともしないプレイスタイルは、文字通り日本どころか、世界中に希望を与えた。

 それ以前は、『可能な事をする男』。世界で活躍する以前は常に日本で常勝していた。その後、調子に乗って世界で叩き潰されたって訳だ。このソフトは資材を投げ打って作り上げた『勝つ為のソフト』。それが不可能を可能にさせた技術だ。

 

 

ゴルシ「へぇ」

 

 

桜木「.........まてお前。どっから聞いてた」

 

 

ゴルシ「テイオーの足がヤバいって所かな」

 

 

桜木「最初っからじゃん.........」

 

 

 一番聞かれたくない奴に、一番聞かれたくない場所を聞かれてしまった。これは、どうするべきなのだろうか.........

 .........いや、正直、ゴールドシップの助けも借りたい。

 

 

桜木「なぁゴールドシップ。この話を一旦聞かなかった事にしてくれ」

 

 

ゴルシ「やだ」

 

 

桜木「『一旦』だ。頼む」

 

 

ゴルシ「.........分かったよ。その代わりアタシにも何かさせてくれよ。このままじゃテイオー三冠取れねーんだろ?」

 

 

桜木「いや、まだいつ怪我するかなんて分かってないから.........」

 

 

 偶に鋭すぎて最早未来予知なんだよな。ゴールドシップ。この前も宝くじの一等番号言い当ててたし。本当に何者なんだ?

 まぁ、ゴールドシップだし。なんか不思議なセンサーでも着いてんだろ。

 

 

桜木「とにかく、テイオーの脚。細かく言えば足首に注目してくれ。異常があればすぐに動く」

 

 

ゴルシ「信用していいんだよな?」

 

 

 そういうゴールドシップの目は、やけに真剣だった。真剣すぎて、怖いくらいだ。

 だけど、それはこちらも同じだ。俺は、本気でテイオーの支えをしたいと思っている。

 

 

桜木「俺は本気だ。それだけは信用してくれ」

 

 

ゴルシ「.........そっか!!分かった!!!ゴルシちゃんが来たからにはもう安心だな!!!大船に乗ったつもりでゲロゲロしてていいぜ!!!」

 

 

桜木「ハハ、船酔いすんのは創だけで十分だよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

神威「コーヒー持ってきたぞ」

 

 

桜木「おう、サンキュー創.........」

 

 

沖野「悪いな、こんな時間まで付き合わせちまって」

 

 

神威「良いんすよ。いつも門限まで一人でいるんで、賑やかで嬉しいっす」

 

 

 お盆に乗せてきたコーヒーを俺と沖野さんの前に置いてくれる。外はもう星が見えるくらいには暗かった。

 夜の図書室。俺達以外にはもう誰も居ない。俺達は過去のトレセン学園で起きた怪我からのレース復帰に関する文献を片っ端から読み漁っていた。

 

 

神威「悪い。俺の記憶力が良ければこんな事にはならなかったんだけど.........」

 

 

桜木「ふざけんな。お前の計算能力の上に記憶力も良かったら、無敵超人だ。普通の人間で居てくれてありがとうな」

 

 

 そう、コイツは少し記憶力が悪い。忘れ物はしないが、物事の記憶と言うのが残りにくい。

 黒津木か白銀に聞いたかは分からないが、俺が奔走しているという話を聞き付けたのだろう。レース復帰の文献で役に立ちそうな物があったという話をしてくれた。

 それだけで良いんだ。本当に、希望があると教えてくれるだけで、動く原動力になる。

 一口、丁度良い苦さのコーヒーを飲み、もう一度書物とにらめっこを始めようとすると、もう暗い廊下から、図書室の扉を開けられた。

 

 

古賀「おう、おめえさんらか」

 

 

沖野「古賀さん.........」

 

 

桜木「どうしてここに?」

 

 

 そこには、いつものクタクタになった赤いアロハシャツを来た古賀聡トレーナーが立っていた。

 

 

古賀「.........まぁ、なんだ。ちょっと外で与太話でもと思ってな.........」

 

 

桜木「.........」

 

 

 どうするべきか、俺だけでは判断出来ない。そう思い、沖野さんの方へ目を向けると、少しため息を吐き、その場から立ち上がった。

 

 

沖野「行くぞ桜木、こうなると。強引に連れてくからな。自分から行った方が早い」

 

 

古賀「分かってるじゃねえか、沖野」

 

 

沖野「伊達に十年以上一緒に居ませんよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 青々と生い茂るターフの上。頭上には多くの星々が描かれた空が俺達三人を見下ろしている。早朝に降っていた大雨も、もうその存在を思い出させるものはターフの雫しか無かった。

 

 

桜木「.........何すか、話って」

 

 

古賀「テイオーの足について」

 

 

二人「ッ!?」

 

 

古賀「そう驚くな。長年走りを見てりゃ大体わかる。あれは脚を壊す走り方だ」

 

 

古賀「.........大した話じゃねえが、長い話になる。桜木、おめえさんのポケットに入れてるヤツ、一本寄越せ」

 

 

 そう言われて、渋々ズボンのポケットからココアシガレットを取り出した。その箱を投げて渡そうとすると、古賀さんは鋭い目つきでそれを牽制してきた。

 

 

古賀「違う、尻ポケットに入ってる方だ」

 

 

桜木「!.........敵わないっすね、古賀さんには」

 

 

 取り出したココアシガレットを、もう一度ポケットの中に戻した。今度は、尻ポケットに入れていたタバコの方を取り出す。

 ライターと一緒に投げて渡すと、古賀さんは慣れた手つきでタバコを取り出し、火を付けた。

 

 

古賀「.........ほら、お前も吸え、沖野」

 

 

沖野「えぇ.........古賀さん、俺が禁煙頑張ってたの知ってるでしょう?」

 

 

 ああ、だからキャンディ舐めてたのか。沖野さんはずっと口に入れていたキャンディを噛み砕いて、投げて渡されたタバコとライターを受け取った。

 

 

古賀「.........意外だな。タバコ吸ってるなんて知らなかったぜ?」

 

 

桜木「そうっすね。最後に人前で吸ったのは社会人二年目に入ってすぐくらいだったから」

 

 

沖野「ああ、そういや、桜木は元々社会人だったな.........」

 

 

 ライターとタバコが戻って来た。これを吸ったのも、マックイーンが倒れて以来だ。口にくわえた所からすぐに、爽やかなミントが鼻を通る。

 

 

桜木「.........すー.........」

 

 

 タバコの先端が赤くなる。夜のターフに立ち上る三つの紫煙。空はどうにも寒そうだ。あんなに光が沢山あるのに、身体は寒さを感じてしまう。

 

 

古賀「.........桜木。あの時、お前さんがレースに来てくれてよかったよ。じゃなきゃ俺ぁ、あそこで止めちまう所だった」

 

 

沖野「.........」

 

 

桜木「.........」

 

 

古賀「.........おめえさんら、いつもの軽口はどうした?」

 

 

桜木「.........大人の話っつったのは、古賀さんでしょ?」

 

 

沖野「真面目に聞きますよ。今日くらいは」

 

 

 俺と沖野さんは二人して笑った。そんな姿にムッとしたが、古賀さんもそれに釣られて笑った。

 タバコに口を付け、一度煙を吐き出すと、古賀さんはもう一度話を始めた。

 

 

古賀「.........マックイーンのトレーニングを見ていたあの時、お前さんに言ったこと覚えてるか?ウマ娘の自慢すんのは、いつもトレーナーだって」

 

 

古賀「俺も.........その一人だった。短距離だろうが長距離だろうが、芝だろうがダートだろうが、俺の手に掛かりゃおちゃのこさいさいだった」

 

 

古賀「だから負けたくなかった。戦うのは、走るのはウマ娘なのに。それをひけらかしてたのは俺の方だ.........」

 

 

古賀「そんな俺を、神様は許さなかったのさ」

 

 

 星空を見上げていた古賀さんの顔が、ターフに向かった。その微笑みは、哀しい雰囲気を帯びていた。

 

 

古賀「負ける事を受け入れられず、勝つ事に執着した俺の指導で、一人のウマ娘はレース中に大怪我した。命には別状はなかったがな.........」

 

 

古賀「.........不幸中の幸いだなんて言葉は使えねぇ。ウマ娘にとっては走る事が命だ。走れない毎日を生きさせちまう事になった」

 

 

古賀「けどなぁ、不思議なもんでよ.........そいつは俺に、恨み言でも無く、悔みでもなく、ただありがとうございますって言いやがった」

 

 

古賀「.........俺があの時、トレーナーを止めれなかったのはその言葉があったからだ」

 

 

古賀「ウマ娘は走る。自分の為に、その先にある未来や夢の為に走る。だが、あの時の俺は、その背中だけを見て、野望だけを乗せて走らせた。だから支える事すら出来ず、転けさせちまったのさ」

 

 

古賀「ウマ娘の怪我との戦いは、必ず来る。俺の気持ちが分かる様になる日も来るかもしれないが、決して分かるな。若さと優しさを持って、ウマ娘や同期と仲良くしてやれ」

 

 

 話.........と言うよりは、どちらかと言えば、独白に近かった。俺と沖野さんは、静かにタバコの煙を吸いながら、古賀さんの話に耳を傾けていた。

 

 

沖野「.........負けませんよ。テイオーは.........トウカイテイオーは、無敗の三冠バになれるウマ娘です」

 

 

桜木「.........ええ、俺達ができるのは、ウマ娘をただ走らせる事じゃない。アイツらの夢を精一杯サポートすることです。そう教えてくれたのは他でもない、古賀さんじゃないですか」

 

 

 俺達は、若い。若いから、生意気だ。だから古賀さんの教えを胸に、前に前にと進むことしかしない。

 夢を支えるという事を、夢を貰うという物を教えてくれた古賀さんに、返せる恩はそれしか無いから。

 

 

古賀「.........そうだったな......」

 

 

沖野「.........よし、図書室に戻るぞ。神威が待ってる」

 

 

桜木「ええ、まだまだ。やれる事は有りますからね」

 

 

 携帯灰皿を取り出し、古賀さんと沖野さんのタバコの火消しをし、中に入れる。先に戻る沖野さんと古賀さんを後目に、もう一回だけ、煙を肺に吸い込んだ。

 今日は人生で初めて.........タバコを美味しいと感じることが出来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の日の朝、先日夜遅くまで起きていたので、いつもより遅めに学園へ向かっていると、マックイーンを中心にした何人かのウマ娘がそこに居た。

 こうしてみると、やはりまだ学生。一番楽しい時期なんだなと改めて感じる。

 

 

桜木(楽しそうだな、邪魔しちゃ悪いし。遠回りして.........)

 

 

「えーー!!?マックイーンさん!トレーナーさんとうまぴょいしたって本当なのー!?」

 

 

桜木「」

 

 

 待て、誰だこの噂を広めた奴は。白銀か?アイツ本当に俺の事嫌いなんじゃないのか?

 頼む、否定してくれマックイーン。多分その子は比喩的な表現で使ってるぞ。

 

 

マック「ええ、本当ですわ。彼本当にお上手でびっくりしました」

 

 

桜木「待てっ!誤解だ!!決してそのような事は」

 

 

マック「あら、トレーナーさん!隠さなくても良いではありませんか!私とあなたの仲の良さを自慢させてください!」

 

 

 最近のブーム。それは担当トレーナーとの絆を深めることで勝利への道が近付くとかいう、なんかこう、そんなオカルトが流行っているらしい。だからこうしてマックイーンが自慢してるのは、何らおかしなことでは無い.........しかし。

 

 

桜木「い、いやね?それだけじゃ収まらないって言うか.........」

 

 

「マックイーンのトレーナーさん!うまぴょいしたって本当ですか!?」

 

 

桜木「いや、してない」

 

 

マック「しましたわ!!カラオケで皆さんが見ている前であんな真剣に.........」

 

 

桜木「」ダラダラ

 

 

 不味い、それは.........もう、犯罪者では?周りにいる子はもう頬を赤らめてキャーキャー言ってるし、君、事態分かってる?

 .........いや、全貌が読めてきたぞ。この噂流してるの、多分マックイーン本人だ.........一緒にカラオケでデュエットして踊ったなんて、そうそうできる事じゃない。仲の良さアピールするのなら打って付けだ.........うまぴょいが悪いんだ.........

 

 

 ピーンポーンパーンポーン

 

 

 『桜木トレーナー。桜木トレーナー。至急理事長室までお越し下さい』

 

 

 ガチャ

 

 

マック「あら、またなにかしたんですか?仕方ない人ですわね.........」

 

 

桜木(マックイーン。今は君のその呆れ笑いが凄くムカつくよ.........)

 

 

 その後、理事長室でがっつり怒られたのは言うまでもない。説教が終わるまで、理事長の誤解が解けることは一切なかったのであった.........

 

 

 

 

 

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マックイーン「一着で待っててくださいね、トレーナーさん!」

 

 

 

 

 

桜木「.........おかしいな。誰も来ない」

 

 

 時計を見やる。既に本来のパーティ集合時間から30分は経過しているというのに、俺の親友やアグネスタキオンはおろか、マックイーンですら姿を見せはしない。

 一体どうする?まさか、この綺麗に飾った飾り付けと作ったご飯を床にぶちまけた方が良いか?巨人の星、した方が良いのか?

 先に空けたアルコール類をチビらと飲んでそう思っていた矢先に、ガラガラっと音を立てて扉が開かれた。

 

 

マック「あら、トレーナーさん?」

 

 

桜木「マックイーン!良かった.........誰も来ないかと思った.........」

 

 

マック「もう、まだ集合時間の30分前ですのに.........」

 

 

桜木「え?」

 

 

 困ったように笑うマックイーンを見て、まさかと思って携帯の方の時間を見ると、集合時間より30分前だった。

 誰だ。うちのチームルームの時計に細工した奴は.........容疑者は多いが、今日来るメンバーの中に六人いる。後で問い詰めよう。

 

 

マック「似合ってますわ。トレーナーさん。新しい服ですか?」

 

 

桜木「え?ああ、服なんか中々買わないけど、メディア露出を考えたら、少しはオシャレしないとと思ってな」

 

 

 自分のセンスを褒められて悪い気はしない。それが女の子で、しかもマックイーンからなら思わず照れてしまう。

 オレンジと白袖のラグランの上に、黒のノースリーブコートという格好。学生時代一番カッコイイと考えていた物だ。よくこの格好をしたヒーローが、カッコよくヒロインを助ける姿を妄想していた。

 

 

桜木「.........君に一番に見せたかった」

 

 

 想定外の寂しさに耐えられず飲んでしまった酒のせいだろう。普段は言わないような恥ずかしい事を口走ってしまった。

 

 

マック「まぁ.........ふふっ、そんなふうに言ってくださるのは光栄ですわ。ありがとうございます。トレーナーさん」

 

 

桜木「礼を言うのはこっちの方さ。デビュー戦一着。本当におめでとう」

 

 

マック「もう何度も聞きましたが.........トレーナーさんから言われるといつも嬉しいです」

 

 

 二人っきりのチームルーム。そういえば最近ではあまりそんな事は無かった。昼休みもトレーニングも、いつも他のメンバーがいてくれてる。

 前までは日課だった放課後の帰り道も、俺が図書室に籠るせいで、最近は一緒に帰って居ない。

 だから、目の前で俺に向けてくれる笑顔への耐性は、尽く下がっていた。

 

 

桜木「て、テレビでも付けようか!」

 

 

「先日行われたビクトリーズ対.........」

 

 

マック「まぁ!ビクトリーズ.........はっ!」

 

 

 テレビに映っていたのは野球の試合だ。それに嬉しそうに反応したマックイーン。もしかして、野球が好きなのだろうか。

 

 

桜木「野球好きなのか?」

 

 

マック「え、ええ.........観戦に行く程度には.........」

 

 

 それは結構好きに入る部類だな.........

 

 

マック「ト、トレーナーさんはどうですか.........?野球.........」

 

 

桜木「さっぱりだ。野球選手の名前を言われてもよく分からん」

 

 

マック「そ、そうなのですか.........」

 

 

桜木「けど、ビクトリーズに居るだろ?結構四球投げちゃう投手」

 

 

マック「ええ。確かにいますわね.........」

 

 

桜木「昔の動画で見た時に投球のキレが半端なくってさ。その人の事は応援しちゃうんだよな」

 

 

マック「本当ですか!?」

 

 

 溢れる興奮を抑えられず、立ち上がるマックイーン。耳はピンと上を向き、しっぽはちぎれんばかりに振られる。

 けれど、その気持ちはよく分かる。好きな物を他の人に好きと言われる気持ちは、凄くわかる。

 

 

桜木「この前球速160km以上出してたし、あとはコントロールだけだよなー.........」

 

 

マック「ええ!ええ!!本当にその通りですわ!!彼のコントロールさえ取り戻せば!!ビクトリーズは常勝間違いなしです!!向かう所敵無しですわ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「かんぱーーーい!!!」

 

 

 複数のグラスがぶつかり合い、甲高い音をチームルーム内に響き渡らせる。

 メンバーはチーム[スピカ:レグルス]の全員。俺の親友達。そして[スピカ]のくじ引きで見事勝利をもぎとり、代表として参加しているゴールドシップだ。

 

 

ゴルシ「遂にマックイーンもデビューかー!!!うぅ、こんなに大きくなっちまって.........!!!」

 

 

マック「あなたは私の母親ですか.........」

 

 

黒津木「んなことより早く!!録画!!録画を見せてくれ!!俺まだ見てないから!!」

 

 

 食い物にも飲み物にも見向きもせず、黒津木は番組の録画放送を催促してきた。偉いな、今日の為にまだ一度も見てないのか。

 

 

桜木「んじゃあ早速流すか!!」

 

 

ウララ「あ!!ウララがつけてあげるね!!」

 

 

 そう言いながらテレビのリモコンを操作し、一番上にある録画再生の一番上を再生させた。

 

 

「メイクデビュー!!華々しい初戦の勝利を勝ち取るウマ娘は、一体誰なのか!!」

 

 

タキオン「いやー、この目でしかと見ていたけど、マックイーン君の走りはやっぱり.........」

 

 

黒津木「やめて!!ネタバレ禁止ッッ!!!」

 

 

ブルボン「マスター。彼から不可解な視線を感じます」

 

 

ゴルシ「何ィ!?」

 

 

白銀「だってπが.........」

 

 

 ガララッ!

 

 

たづな(ニッコリ)

 

 

桜木「いいっすよ」

 

 

白銀「あがァァァァッッ!!!??ダブルアームロックゥゥゥッッ!!!??」

 

 

 ゴールドシップとたづなさんの協力技。ダブルアームロックが炸裂している。これは両腕逝きましたね(確信)

 なぜわざわざたづなさんが駆けつけてくれたかと言うと、それは前もって俺がお願いしたからだ。休みという訳で酒を飲みたいという白銀に飲ませた交換条件。それがこれだ。

 ちなみに、コイツに乱暴していい理由はゴールドシップがいる部屋は必然的に無法治国家ゴルシランドトレセン学園になるため、暴力は許されるらしい。一体どこの北斗の拳なんだ.........

 

 

神威「ほら、お弁当付いてるぞ、ウララ」

 

 

ウララ「んん!ありがとう!!」

 

 

ライス「ウララちゃん、いっぱいあるから。焦らないで?」

 

 

「それでは次に、会見インタビューが行われます!」

 

 

桜木「お、ついに来たな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「メジロマックイーンです。よろしくお願い致しますわ!」

 

 

 マイクを持ち、堂々と自分の名前を言い切るマックイーン。こういう場でも、彼女のその凛としたというか、落ち着いてる態度がとても頼もしい。下手な事は言わなくて済むかもしれない。

 目の前にはテレビの人以外にも、多くの雑誌や新聞記者さん達がメモとボイスレコーダーをその手に持っている。まさか、今更メディア露出をする仕事が出来るとは考えていなかった。

 

 

「メジロマックイーンさんはかの名門。メジロ家のご出身でいらっしゃいます!今後のご活躍も期待してよろしいでしょうか!」

 

 

マック「ええ、勿論です。今回は目標に向けて初めてのレース.........手を抜いたりは致しません。私の走り、ぜひその目に焼き付けてくださいませ」

 

 

「おーーー!!!」

 

 

 多くのカメラのフラッシュが焚かさる。サングラスを付けてきてよかった。

 .........それにしても、長いようで短い時間だったな、デビューまで.........当初の予定より大分時間を巻いてしまったが、マックイーンなら問題なくレースを勝てるだろう。今後の彼女の活躍について目を瞑って妄想していると、脇腹にちょっと強めの衝撃が走った。

 何かと思い、隣を見てみると、マックイーンがこちらを睨んでいる。可愛い.........じゃなくて、一体どうしたんだ?

 

 

「あの、トレーナーさんの方も、何か一言.........」

 

 

桜木「え!?あ、えーっと.........」

 

 

 まずい、俺も何か言わなきゃなのか!?そんなの1ミリも考えてなかった.........どうしょう。

 ええい!こうなりゃヤケだ!!

 

 

桜木「ジャックポットは狙うべきものじゃない。それだけです」

 

 

「.........」

 

 

マック(それでは分かりにくいですわ.........!!)

 

 

桜木(悪い!!まさか何か言うとは思わなくって.........!!)

 

 

 会場はシーンと静まり返った。先程までまるでお祭り騒ぎのような賑わいだったのに、

 

 

 .........す

 

 

 どうしよう。汗が止まらない。泣きたくなってきた。ごめんよマックイーン.........大事な初のインタビューなのに、台無しにしてしまった.........

 

 

 す.........す.........!!

 

 

 滑り出しが肝心だ。それはレースじゃなくてファンに対する心象でもそう。いくら勝ちを続けて行ったって、印象が悪ければ意味が無い。本当にごめ.........

 

 

 素晴らしいですッッ!!!

 

 

全員「!!???」

 

 

「ジャックポットは狙うべきものじゃない!!それはつまり!大当たり、一着を予想するべきじゃないという事!!!」

 

 

「全ての走るウマ娘を平等に愛でてこそ真のファン!!!私、感っっっ服致しました!!!!!!!!!!」

 

 

 最前列に居た記者の一人。ネームには乙名史と書かれた女性が恍惚とした表情でその瞳をキラキラと輝かせていた。

 いや、そんな事はどうでもいい。俺は初めて人に、俺の例えを理解された。いや、口ぶりからしてマックイーンも理解してくれてはいたんだろうが、こんなに全肯定してくれる存在は初めてだ。いけない、これ以上ここに居るとまた変な事を言ってしまいそうだ。

 

 

桜木「自分からは以上です」

 

 

「あ、ありがとうございましたー.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゴルシ「わけわっかんねぇ」

 

 

 お前だけには言われたくない言葉第一位だそれは。ゴールドシップは美人の顔を台無しにするようにベロンと舌を出しながらそう言った。

 他の連中はそれほどまででは無いが、やはり俺の発言がよく分からなかったようで、首を傾げたり苦笑いを浮かべていた。

 

 

ブルボン「提案なのですが、マスターの難解な比喩表現の説明を行った方が、より多数の支持を得られると思います」

 

 

桜木「いやいや、俺が勝手にそう思ってるだけなんだよ。別に他の人に理解されたくて言ってる訳じゃないんだ」

 

 

 わざわざ手を挙げて発言してくれたブルボンには申し訳ないが、理解されたくて発言している訳じゃないんだ。

 これは俺が勝手にそう信じているだけのこと。ブルボンの『彗星』の事もそうだ。俺がそうなると信じ込んでいるだけであって、それを押し付けようとしてるわけじゃない。

 

 

神威「まぁ、玲皇の語学センスに理解を示す人なんて初めて見たけど、見るからに変人だよな」

 

 

黒津木「お似合いってやつだ」

 

 

マック「な!?わ、私ももちろん!!理解していましたわ!!!」

 

 

 ウララとライスの世話をしながらそういう神威。ビールをカラカラさせている黒津木。机を叩き勢いよく立ち上がるマックイーン。場は混沌としてきている。

 

 

桜木「ま、会見インタビューはもれなく大成功だったって訳だ!」

 

 

マック「.........ふふっ」

 

 

桜木「ちょっと」

 

 

全員「?」

 

 

 マックイーンが隠すように笑いを堪えたが、それが思わず漏れだしてしまった。笑った理由はもちろん分かる。だけどそれは言わないで欲しい。

 

 

マック「実は.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「ごめんよぉぉぉマックイーン!!!!」

 

 

 控え室に戻った後、トレーナーさんは私に向かって頭を下げました。

 いえ、これは正しい表現ではありません。土下座です。それは見事で完璧な土下座でした。思わず拍手を送ってしまいたい程に美しい土下座。

 

 

マック「トレーナーさん!!頭を上げてください!!」

 

 

桜木「俺はもう少しで君の晴れの舞台をぶち壊す所だった.........!!」

 

 

 情けない。情けないですわ、トレーナーさん。普段のあなたならあんな事を言っても、堂々としているはずですのに.........

 これでは埒が明きません。そう思った私は未だに顔を地面につけているトレーナーさんの身体を無理やり立たせました。

 

 

桜木「マ、マック.........!?」

 

 

マック「いいですか!!!あの程度で私の評価が正当にならなくなるほど、私は弱くはありません!!!」

 

 

マック「堂々としてください!!!私のトレーナーともあろう方がそんなにオロオロとしていては、逆に迷惑です!!!」

 

 

 私は自身の両手でトレーナーさんの顔を、自分の顔に引き寄せました。最初は酷く泣きそうだった目も、叱っている内に段々といつものトレーナーさんに戻ってきました。

 

 

桜木「.........ごめん。マックイーン」

 

 

マック「謝罪はもう結構です。ピシッとしてくださいまし」

 

 

 もう心配はないと思い、彼から手を離しますと、いつものように優しい笑顔で謝ってこられました。もう、本当にそういう所です。私は逃げる様に彼のネクタイを結び直しました。

 

 

マック「あ、あら?上手く行きませんわね.........」

 

 

桜木「大丈夫?」

 

 

マック「こ、これくらいどうってことありません!メジロのウマ娘として、人のネクタイを結ぶことなんて造作も.........」

 

 

 以前、実家で教えを受けた時は造作も無かったのに、何故だか彼の前だと上手く出来ませんでした。

 そんなこんなで苦戦を強いられていると、彼は片方の手でネクタイを入れる穴を指し、もう片方の手で入れるべき先端を触りました。

 

 

マック(.........本当に、不器用な人ですわ.........)

 

 

 結局、彼は私の不格好なネクタイ結びに付き合ってくださいました。自分でやると言ってしまえば、そんな時間はかからずに済んだのに.........彼は、私のしたいことを尊重してくれたのです。

 

 

桜木「上手だなーマックイーン。ありがとう」

 

 

マック「もう、そんなこと言わないでください.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

白銀「ハッハァ!!教え子に叱られてやんの!!」

 

 

桜木「ぐぅ.........!何も言い返せん.........!」

 

 

 高笑いを教室中に響き渡らせる白銀さんに対して、トレーナーさんは目を背け、持っているグラスを悔しそうに強く握り締めました。

 

 

黒津木「コイツ、外面良くしようとすっからなぁ。遠慮なく堂々としてりゃいいのに」

 

 

マック「本当です。私のトレーナーさんなんですから、しゃんとしてください」

 

 

桜木「面目ない.........」

 

 

 申し訳なさそうにトレーナーさんは頭を下げました。いつも堂々としていれば、カッコいい人なのに.........

 

 

タキオン「それで?どんな感じで怒ったんだい?」

 

 

二人「へ?」

 

 

 思わず拍子抜けした声が漏れてしまいました。トレーナーさんも同じように。タキオンさんの方を見て目を見開いています。

 どんな風にと言われましても、こう.........待ってください。これ、実は結構恥ずかしい事をしてしまったのでは.........?

 

 

マック「こ、こんな感じですわ.........」

 

 

桜木「.........」

 

 

 改めて考えると、殿方の両頬を引っ張って持ってくるなんて、これではまるで.........キ、いえ、考えません。確かこの距離です。私は間違っていません。

 

 

桜木「.........その、非常に言い難いんだが.........」

 

 

マック「な、なんでしょうか?」

 

 

桜木「.........もっと近かったぞ」

 

 

マック「へぇ!?」

 

 

 そ、そんなはずはありません!!現にこれが限界です!!これ以上近付けたら.........

 しかし、記憶を辿ってみると、確かにこれ以上の近さだったかも知れません。お互いの目の虹彩が分かるほどの距離だった気が.........

 ひたり、はて?なんの音でしょう.........?

 

 

桜木「.........おでこまでつけてたぞ、あの時」

 

 

マック「はわ、わわわ.........私.........なんてはしたないことを............!!???」

 

 

 ガララッ!

 

 

桜木「ん?」

 

 

たづな(ニッコリ)

 

 

桜木「うげェェェェッッ!!!??アームロックゥゥゥッッ!!!??」

 

 

タキオン「アッハッハッハ!君達を見ているとこう、何か気持ちを満たされる成分が分泌されるねぇ!」

 

 

 うぅ、メジロのウマ娘ともあろうものが、トレーナーさんと.........と、殿方とそんなに密着してしまったとは.........!

 

 

桜木「レース!!レースが始まるから.........!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「.........」

 

 

桜木「緊張してるのか?」

 

 

マック「ええ、ですが.........良い緊張ですわ」

 

 

 ほの暗い地下バ道。自分の背丈よりも小さい彼女をみると、緊張のせいか、額に汗が滲んでいる。やはり、彼女はアスリートだ。そんな姿も様になっている。

 来ている体操着は見慣れない。普段はジャージで練習しているせいだろう。なんだか慣れないから、じっと見つめてしまう。

 

 

マック「.........心配、ですか?」

 

 

 まさか、そんなわけないじゃないか。目の前の彼女は困ったように眉を八の字にし、笑っていた。

 ジャックポットは、狙うべきものじゃない。そう宣(のたま)った俺が、一番に信じているのはマックイーンだ。発言に責任が持てないとか、そんなレベルじゃない。

 

 

桜木「ははは.........今の君を心配するなら、俺はこれから何を信じればいいんだろうな」

 

 

マック「もう、そういう時は素直に、信じていると一言くださってもよろしいのでは?」

 

 

 こちらを見ながら頬を膨らませるマックイーン。最初に会った時は、もう少しクールなお嬢様かと思ったけど、表情豊かなのも可愛らしい。

 .........そうだな。今日くらい、素直で居よう。神様だって、それくらい許してくれるはずさ。

 

 

桜木「マックイーン。ここから先は、君の戦いだ。俺には君を、応援する事しか出来ない」

 

 

マック「トレーナーさん.........?」

 

 

 隣で歩くマックイーンの両肩を優しく掴んだ。少し驚いた様子で俺の顔を見上げるマックイーン。

 少しだけ、屈んでみる。一度は体験している159cmの目線の世界のマックイーンはやはり、159cmだった俺より遥かに大人びている.........

 けれど、同じ子供だ。子供が掛けられて一番喜ぶ言葉は、きっと通じる筈だ。夢を背負って羽ばたく君には、きっと理解出来るはずだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「勝ってこい、マックイーン」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一着で待ってる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「.........ふふっ」

 

 

 少しの間、見つめ合っていた視線をマックイーンは下に外し、その口元に手を添え、上品に笑った。

 

 

マック「.........ええ、必ず迎えに行きますわ。トレーナーさん.........だから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一着で待っててくださいね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今スタートしました!!」

 

 

ウララ「すごーい!!マックイーンちゃん先頭だー!!」

 

 

ブルボン「分析の結果。コースのバ場状態、天候の状態共に良好。出場者の能力値を参照するとマックイーンさんの勝率はむぐ.........?」

 

 

ライス「ダメだよブルボンさん!保健室の先生がネタバレは良くないって.........!」

 

 

 頬杖を付きながらマックイーンのメイクデビューのレースをもう一度見る。ああ、恥ずかしい事を言ってしまったものだ。けれどここでまた恥ずかしがれば、また怒られる。堂々としていよう。

 マックイーンのレースの展開は先行で行った。これから彼女の王道を切り開いて行く走り方だ。それでも、彼女は先頭集団からひとつ飛び抜けて走っている。逃げてる訳では無いのに逃げてるようだ。

 

 

黒津木「身体の動きが他の子より柔らかい。無理せず動かせてるから、スタミナ消費量は必然的に抑えられてんのか.........」

 

 

タキオン「それだけじゃないよ。それをしながらスピードを出すなんて言うのは並大抵の事じゃできない。ぜひご教授願いたいものだねぇ」

 

 

マック「これも日々の鍛錬の賜物.........トレーナーさんのおかげですわ!」

 

 

桜木「そんなに俺の事よいしょしなくていいよ.........」

 

 

 はははと乾いた笑いをしながら、テレビで走るマックイーンの姿を見る。やっぱり、テレビで見るより実物を見た方が何倍も良く見えるというのは本当らしい。

 

 

マック「.........?なんでしょう、なにか付いてますか?」

 

 

桜木「.........いや、テレビの映りの進化もまだまだだと思ってな」

 

 

マック「?」

 

 

 むぅ、俺はもっとこう、人に気付かれずに見ることが出来ないのだろうか。どうしても人に視線を気付かれてしまう。

 画面の中で走るマックイーンの姿は、やはり記憶の中ともまた少し違う姿をしている。

 

 

桜木(やばい、また泣きそう.........)

 

 

 それでも、想起させられるのはいつだって綺麗な思い出だ。最終コーナーを曲がっても未だに他の子を寄せ付けない。しっぽすら掴ませないその姿は正に、優雅としか言い様がなかった。

 

 

「さぁ直線に入った!!先頭は依然!!メジロマックイーン!!」

 

 

「残り200!!」

 

 

「メジロマックイーン!!脚色は衰えない!!」

 

 

「お見事!!メジロマックイーン!!着差以上の強さを見せた見事な勝利です!!」

 

 

「メイクデビューを制しました!!メジロマックイーンの完勝でした!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「.........」

 

 

マック「あの、トレーナーさん?」

 

 

桜木「ああ、マックイーン.........おかえり。お疲れ様」

 

 

 どうしたのでしょう。普段の彼であれば、もう少し嬉しそうにしてくれるのに.........

 そう思いながら、彼の顔を見てみると、その物静かさの理由が分かりました。

 

 

マック「.........えい!」

 

 

桜木「あ!!」

 

 

 背伸びをして、彼のサングラスに指をかけました。外されたサングラスの向こう側にあったトレーナーさんの目は、涙で濡れていました。

 まるで、そのひた隠しにしようとする姿が子供に見えて、思わず笑ってしまいました。いつもはどこか頼りなくて.........けれど、すごく頼りになるトレーナーさん。自分をダメなように演じているの。本当はバレてるのですよ?本当に、可愛い人です。

 笑ってしまった私に釣られて、彼も恥ずかしそうに笑いました。ふたりぼっちの地下バ道。今度はちゃんと、お互いの瞳で見合いました。

 

 

桜木「一着おめでとう。マックイーン」

 

 

マック「ありがとうございます。トレーナーさん!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「メジロマックイーンさん!!初レース初勝利!!おめでとうございます!!」

 

 

「ええ、祝福の喝采。感謝致しますわ」

 

 

 カメラ写りは良好。バッチリです。これならお祖母様に見せても、何の問題もありませんわね!

 私は手元にある紅茶の入ったティーカップを持ち、一口飲みました。

 

 

ウララ「マックイーンちゃんカッコイイ!!」

 

 

マック「ふふっ、ありがとうございます。ウララさん」

 

 

「コメントありがとうございます!!ええと.........泣いているところ失礼します。トレーナーさん!」

 

 

「泣いてないでず.........」

 

 

 そういえば、会見の時も泣いていましたわね.........ふふっ、本当に困った人です。

 

 

白銀「泣wいwてwんwじゃwねwえwかw」

 

 

桜木「.........グズ」

 

 

白銀「.........え」

 

 

全員「え?」

 

 

 最前列でテレビを見ている彼の後ろ姿から、鼻をすする声が聞こえます。ウララさんが不思議そうな顔でトレーナーさんの方によると、一瞬だけ耳としっぽをピンとはり、彼の頭を撫でて席に戻りました。

 

 

マック(泣いてますわね.........)

 

 

 トレーナーさんのご友人三人は笑いそうになるのを必死にこらえています。いつも思いますが、失礼ではないですか?いくらご友人とはいえ、礼節を持って接するべきです。

 

 

ブルボン「マスター。目から出る水分量により、身体の水分不足が予想されます。早めの水分補給を」

 

 

桜木「うん.........ありがとねブルボン.........」

 

 

ブルボン「いえ」

 

 

 水を汲んだコップを手に持ち、ブルボンさんはトレーナーさんに差し出しました。表情からは読み取れませんが、ブルボンさんはお礼を言われて嬉しそうにしていました。

 

 

桜木「宗也」

 

 

黒津木「あ?」

 

 

桜木「泣くぞ?すぐ泣くぞ?絶対泣くぞ?ほら泣くぞ?」

 

 

黒津木「泣くわけな.........」

 

 

「響けファンファーレ〜♪」

 

 

黒津木「あ」ブワッ

 

 

タキオン「えぇ.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「ふわぁ〜.........」

 

 

マック「あら、大きいあくびですこと」

 

 

桜木「ああ悪い。なんか疲れちゃって.........走って踊ったのはマックイーンなんだけどな.........」

 

 

 彼の運転する助手席で、ミラー越しに彼を見ました。

 彼はそうは言いましたが、ここのところ何故だか働き詰めだったので、仕方ないと思います。最近では図書室に篭もりきりでしたし.........

 

 

マック「.........最近、忙しいのですか?」

 

 

桜木「.........うん。ちょっと調べ物をね」

 

 

 彼の視線と、ミラー越しに交差します。表情は変わりませんが、何かを焦っている。そんなふうに感じ取れました。

 

 

マック「.........トレーナーさんは一人で抱え過ぎです。タキオンさんとの喧嘩も、私達に話してくだされば、もっと穏便に済みましたのに.........」

 

 

桜木「ははは.........相談無くデビューを決めたのが行けなかったんだよ。タキオンには本当、申し訳ない事したなぁ.........」

 

 

 むぅ、トレーナーさんはたまに、自分の事を他人の様に扱います。無責任と言うか、とにかく私はそれが嫌です。

 高速道路を走る車の中は、静かなものです。ですが、不思議と悪い気はしません。なんだか、彼に包まれてるみたいで.........

 

 

マック(って、私は何を考えてるんですの!?)

 

 

桜木「マックイーン」

 

 

マック「ひゃい!?」

 

 

桜木「眠気がすごいから、音楽かけても良い?」

 

 

マック「ど、どうぞ.........」

 

 

桜木「ありがとう」

 

 

 そうお礼を言った後、驚かせてごめんねと彼は謝りました。一々気にせずとも良いのですのに.........

 ですが、なんだか嬉しい気持ちになりました。建前かも知れませんが、眠気を覚ますために音楽を掛けると言われ、決してこの静かな空間が嫌なわけじゃないのかもしれないと思いました。

 流された曲は聞き慣れているのでしょうか、彼は既にイントロの部分で鼻歌を歌い始めていました。

 

 

マック「.........いい曲ですわね」

 

 

桜木「だろ?俺も初めて聞いた時から好きなんだ」

 

 

 自分勝手に思い込んで、裏目に出ること。

 それを繰り返しながらも、今日より明日へ進んでいきたいと歌うこの歌は、歌詞もメロディも、心に優しさを灯してくれます。

 

 

マック「.........」

 

 

桜木「.........」

 

 

 ひとりじゃない。君が夢に変わっていく。

 曲がサビに入っていくと、彼と私の雰囲気も変わりを見せます。

 お互いにもう一度、ミラー越しに視線を交わしました。

 ひとつになろう。ふたり、ここまで来た事が勇気の証だから.........

 ふと、曲を聴いていて気付いてしまったのです.........もしかして、新しい彼の夢というのは.........

 

 

マック「.........ふふっ」

 

 

 嬉しい反応を頂きました。ミラー越しでも十分伝わりました。本当に嘘が苦手なトレーナーさんは、恥ずかしそうに鏡から逃げました。

 態度でそう素直にされると、なんだかむず痒い気分になります。けれど、先程の静けさのように、嫌だと感じることはありません。

 

 

マック(.........言葉にしなくても、こんなに伝わるものなのですね。トレーナーさん)

 

 

桜木「.........レースとライブ。どっちも素晴らしかったよ。本当におめでとう、マックイーン」

 

 

マック「ありがとうございます。トレーナーさん」

 

 

 トレーナーさんはまだ恥ずかしいのか、こちらに目を向けずにそう言いました。もう、何回もそれは聞きましたのに、身体は嬉しさを込み上げさせます。

 

 

マック「ふふっ、本当にありがとうございます」

 

 

桜木「な、なんだよ。礼ならさっき言ったじゃないか.........」

 

 

マック「私も言い足りませんもの、トレーナーさんがおめでとうと言う度に、私もありがとうと言わせていただきますわ!」

 

 

 貴方もそうなのでしょう?トレーナーさん。この歌のように、二人でひとつの思いを胸に秘めているのです。私が言い足りない分、トレーナーさんも言い足りないのでしょう?

 

 

マック「.........あら.........?」

 

桜木「.........眠かったら、寝てもいいんだぞ?着いたら起こすから」

 

 

 眠くなんかありませんわ、まだまだ起きていられます.........そうは思っても、まぶたは急に重くなってきました.........

 今は.........今は、二人きりなのです。最近はめっきりと減ってしまった。特別な時間.........それを無駄にしたくはありません.........

 

 

マック(だと言うのに.........貴方の隣は、少し安心感が強すぎますわ.........)

 

 

 片手で音楽の音量を調整しながら運転するトレーナーさん。なんだか、不公平に感じてしまいます。私ばかり、こんな思いをしている気がしてなりません.........

 

 

桜木「.........おやすみ、マックイーン」

 

 

マック「.........ええ.........おやすみなさい.........トレーナーさん.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 と、車の中ではあんなに静かで可愛い姿で寝ていたんだけどなー.........

 

 

マック「かっとばせー!!!ユ・タ・カッッ!!!」

 

 

白銀「クソッッ!!!負けちまえビクトリーズなんてぇ!!!」

 

 

 戦争が勃発しそうな勢いでお互いの球団を応援し始めた。白銀は最近体育会系バラエティで共演し、物凄く仲良くなった野球選手の球団を、マックイーンはパーティが始まる以前話してくれていたビクトリーズの応援をしていた。

 

 

黒津木「大っ嫌いだ.........!」

 

 

神威「お前まだ泣いてんのかよ.........」

 

 

タキオン「黒津木君。ウマ娘のメイクデビューで一々泣いてたら死んでしまうよ?ほら、深呼吸してー.........」

 

 

黒津木「ハァハァハァハァ!」

 

 

 それでいいのかそれで、仮にも医者なんだから真面目に深呼吸はしてくれ。というより、ゴールドシップがやけに静かだな.........?

 

 

ゴルシ「.........」

 

 

桜木「ゴールドシップ.........?」

 

 

ゴルシ「Zzz.........」

 

 

桜木「.........解散!!!」

 

 

 その身体にピクリとマックイーンが反応する。ごめんよ。けどたづなさんとの契約なんだ。一人でも落ちたら即解散するという制約.........

 まぁ、よく見たらゴールドシップの傍でライスとウララとブルボンが毛布掛けられて寝てたんだけどね。要するにタイムオーバーって訳だ。

 

 

 ガララッ!

 

 

桜木「は!?」

 

 

たづな「制約違反です♪」(ニッコリ)

 

 

桜木「三十六計逃げるに如かずッッ!!!」

 

 

 流石にあのアームロックはもうまずい。本当に腕が死んじゃう。ダブルで受けた白銀が無事な理由は本当にバグだろ?多分ギャグ補正かかってると思う。

 ふふ、だがなたづなさんよ、あんたの時代は終わりだ。タキオンが提示したハードトレーニングの影響で俺の身体能力はアスリート並みだ。一般事務員兼理事長秘書のあんたじゃ俺のセクシー拳法の動きすら捉えられ.........

 

 

たづな「ダメです♪」

 

 

桜木「ナニィィィィ!?」

 

 

白銀「あぁ!?俺様直伝セクシー拳法セクシーポワールが破られたァ!?」

 

 

 川の流れの様な動きに対し、すくい上げるような見事な動作で自然とアームロックに移行するたづなさん。この動き.........トキ!?

 

 

桜木「俺には三人の兄が居た.........」

 

 

神威「トキ」

 

 

黒津木「ジャッカルッ!」

 

 

桜木「そして.........」

 

 

白銀「バイクのエンジン音.........」

 

 

 あーもう僕、満足!酒で酔ってもう頭が働かない!というかもう水のテーマしか流れてない!!

 しかし、いつまでたっても痛みが走らないことに気がつく。何事かと思い、覚悟して閉じていた目を開けると、マックイーンが懇願する様にこちらを見ていた。

 

 

マック「お願いですトレーナーさん!!試合が!!試合が終わるまでどうか!!」

 

 

たづな「.........」ジーッ...

 

 

 なるほど、好きな球団の中継がそんなに見たいのか.........けど、録画したしなー.........終わる時間、門限までギリギリだし、言うべきことはひとつだな。

 

 

桜木「だめです」

 

 

マック「やってくださいまし」

 

 

たづな「えい♪」

 

 

 もはや毎回恒例になっているであろう成人男性の悲痛な叫びが、休日のとある教室の一角で響き渡るのであった。

 

 

 

 

 

ㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤ......To be continued



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ライスシャワー「猫さんだ.........!」

 

 

 

 

 

桜木「あぢぃ〜.........」

 

 

マック「もう.........確かに暑くはありますが、その格好はどうにかなりませんの?」

 

 

 三年間中央で過ごして判明した衝撃の事実がある。皆、聞いてくれ。どうやら六月というのは世間一般では夏らしい。おかしいな.........北海道では7月入るまではそこまで暑くなかったから、てっきり春ら辺だと思ってたんだけどな.........

 地球温暖化とかそこら辺を加味せずとも、恐らく中央で過ごすとこういう、足を氷水が貼ったタライに突っ込み、片手でうちわを仰ぎながらも手元の書類を処理する羽目になるのだろう。

 

 

ウララ「そうめん美味しー♪♪♪」チュルチュル

 

 

ブルボン「そうですね、ウララさん」チュルチュル

 

 

ライス「お、お兄さまも食べる?」チュルチュル

 

 

桜木「暑すぎて食欲も湧かないんだ.........君達で食べきっちゃって.........」

 

 

 ここ最近のこの時期は食欲もめっきり湧かなくなる。どんなに具合が悪かろうが飯を食ってた子供の頃とはやはり、身体の状態が違うのだ。

 こうなったら自費で冷房装置の強化を施そうかな.........

 

 

桜木「それにしても本っ当に暑い.........」

 

 

マック「溶けてますわよ。トレーナーさん」

 

 

桜木「だァ〜〜〜!!暑さで死んしまいそうだーーー!!!」

 

 

 そんなどうにもならない自然あれこれに文句を沢山付けていた。仕方ないだろう?相手が物言わぬ自然なら、ちょっとくらい不平不満を愚痴ったってバチは当たらないんだ。大人しく暑さを享受できるほど俺は強くは無い。

 

 

桜木「くそぉ.........夏の間だけ北海道に戻りてえよ.........」

 

 

タキオン「失礼するよ。トレーナー君、ちょっといいかな?」

 

 

桜木「はいはい.........まず足を拭かせてくれ.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「.........行きましたわね」

 

 

ライス「も、もう出てきても大丈夫だよ.........?」

 

 

「ミャー」

 

 

 ライス達の机の影から出てきたのは、小さい子猫さんだったの。今はお兄さまには内緒で、皆で隠してるんだ。

 

 

ブルボン「猫.........ステータス『癒し』を確認。モフモフします」

 

 

ウララ「ブルボンちゃんいいなー!!ウララもモフモフしたーい!!!」

 

 

マック「それにしても、ウララさんがバラさないかヒヤヒヤしましたわ.........」

 

 

 わ、私もちょっとドキドキしちゃったかな.........目線とかずっと子猫さんに向けてたし.........

 けど、お兄さまは勘違いして、お腹がすいてると思ったのかな?暑い暑いって言いながら、そうめんを茹でてくれたの!

 

 

ウララ「猫ちゃんそうめん食べるかな???」

 

 

ライス「だ、ダメだよウララちゃん!!!猫さんにはちゃんと、猫さん専用のご飯があるから!!!」

 

 

 猫さんにはしょっぱいからあげちゃダメ!って言うと、ウララちゃんは驚きながらその手を素早く手を引いたの。

 その後マックイーンさんも、食堂から持ってきたプリンを食べさせようとしててビックリしちゃった。

 

 

タキオン「私もようやくモフモフできるぞ.........!!」

 

 

ライス「タキオンさん!お兄さまは?」

 

 

タキオン「ああ、実に丁度よく理事長に呼び出されてね。大方、先日白銀君が理事長室で花火をした件で呼ばれたんだろうねぇ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「本当に申し訳ございませんでした」

 

 

やよい「疑問!!頭を上げたまえ!桜木トレーナー!!」

 

 

桜木「え?」

 

 

 下げた頭をゆっくりと上げる。あれ、もしかして怒ってない?だったらラッキーだ。このまま知らんぷりしとこう。

 カツカツと音を立ててこちらにやってくる秋川理事長。俺の頭を下げる様に手招きをして見せた。

 

 

やよい「実はな.........タマの子供が.........」

 

 

桜木「タマの子供ォ!!!??」

 

 

やよい「驚愕ッ!?そこまで驚く必要は無いだろう!!」

 

 

 いやいやいやいや!!驚くでしょうよ!!だって、え?秋の天皇賞控えてるって言うのに、子供?出産してたの?相手は誰だ.........?古賀さんか?古賀さんだろうなぁ!?アイツうまぴょいとか言う変な隠語を流行らせるレベルの変態だからなァ!!

 

 

桜木「クソジジイィィィッッ!!!」

 

 

やよい「捕縛ッ!!急に走り出してどうしたのだ!?」

 

 

 首!!首が締まる!!?見た目の幼さとは程遠い凄まじい力で意識が身体から離れかける。良かった。まだ繋がってる.........

 

 

桜木「いや、タマの子供なんて、そんな大事でしょう?」

 

 

やよい「.........質問!まさか君は、タマモクロスの方のタマを連想したのか?」

 

 

桜木「俺にとってのタマは彼女だけですよ」

 

 

やよい「.........謝罪ッ!!言い方が悪かった!!タマとは私の頭の上に居る猫の事だ!!」

 

 

桜木「あ、お子さん居たんすね」

 

 

「ニャー」

 

 

 なんだ、理事長の猫の事だったのか.........危なく、一人の老人の命を奪う所だった。ジジイ。悪いが俺はマナーを知らねえ。若いからな。

 そんなバッドガイじみた事を思いながらも、疑問が浮かび上がってくる。

 

 

桜木「それで、俺を呼んだ理由って?」

 

 

やよい「.........懇願ッ!!君に仔猫探しを手伝って欲しいのだ!!」

 

 

 はっきりいって面倒臭い.........だが猫.........猫か.........。

 もしやと思い、考えを張り巡らせてみるが、目の前の理事長は酷くやる気だ。このまま断れば、一人でまた何か暴走するに決まってる。勝手に俺の講演会開催を決定した様に。

 

 

桜木「.........分かりました。手伝いますよ」

 

 

やよい「感謝ッ!!では早速行こう!!桜木トレーナー!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゴルシ「お前ら買ってきたぜ〜」

 

 

マック「まぁ!そんなに沢山持ってきましたの!?」

 

 

 ゴールドシップさんは顔が隠れてしまうくらいに、猫さん用のご飯を両手に持ってきてくれた。こういう時は頼りになるって、白銀さんも言ってたんだけど、本当だったんだ。

 どこからともなく取り出した餌皿に、中身を開けると、子猫さんはゆっくりと食べ始めた。やっぱり可愛いなー.........

 

 

ゴルシ「たんと食えよー???お前はゴールドシップ様とタメを張る猫の王国の筆頭騎士団長になる運命なんだからなー!!!」

 

 

ブルボン「猫の王国.........?そんなものがあるのですか?」

 

 

ゴルシ「おうよ!!!」

 

 

ブルボン「何処に???」

 

 

ゴルシ「天の川銀河の遥か彼方に存在する惑星メビウス。それがその国のある星の名だ」

 

 

ブルボン「エラー発生中」

 

 

 大丈夫かな?ブルボンさん。頭から煙出してるけど.........?

 

 

タキオン「うぅ〜ん可愛いなぁー.........日々の疲れがスっと抜けていくようだよ.........」

 

 

 普段はキリッとしているタキオンさんも、ふにゃふにゃしちゃってる。やっぱり、疲れてるのかな.........?

 

 

ライス「タ、タキオンさん.........大丈夫?」

 

 

タキオン「なんだい?藪から棒に」

 

 

ライス「う、ううん!なんでもないの!ただ、疲れてるのかなって.........」

 

 

タキオン「.........ああ、ちょっとね。けど安心したまえ、ライス君。私は無理して倒れるほど愚かではないからね」

 

 

 そっか.........良かった。最近、お兄さまと喧嘩したみたいだったけど、仲直りも出来たみたい。この前、お兄さまが足首を光らせて喜んでたもん。

 

 

ウララ「あ!!!チョコレートなら食べれるかなー!!!」

 

 

ライス「ウララちゃん!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「うぇぇ.........まだっすかー.........?」

 

 

やよい「貧弱ッ!!私程度肩車し続けられないようでは!!ウマ娘を支えられないぞ!桜木トレーナー!」

 

 

桜木(だって普通に重いし)

 

 

 そんなことを思っていると、理事長は足で俺の首を絞めてくる。やめて下さい。それ本当にご褒美です。足は、足だけはダメなんです。

 

 

桜木(くそ、なんで選ばれし女の子の足はこんなに細いんだ?)

 

 

 悟られては行けない。この学園の誰にも、俺が脚フェチだなんてバレた日には解雇通告だ。それだけは絶対に阻止しなければ.........

 ふとポケットにしまっていた携帯が振動する。きっと思い描いている人からではないだろうと思い、携帯を付けるが、やはり違っていた。

 

 

やよい「全く、勤務中に、しかもこんな可愛い美少女と居るのにスマホを見るとは何事か!!近頃の若者は!!」プンスカ

 

 

桜木「理事長の方が俺より若いでしょう。それより、上の方にはいましたか?」

 

 

やよい「否定ッ!!いや全く見当たらんな!!!ハッハッハッハ!!!」

 

 

桜木(このクソガキ)

 

 

 さっきから貴方のせいで生徒から変な目で見られてるんですよこっちは、前のうまぴょい騒動のせいでだいぶ変態扱いされてるこっちの身にもなってくださいよ。

 全く、成人男性が小さい女の子を肩車してるなんていう姿はもう犯罪なんだよ。血のバックボーンが無けりゃそれはもう警察沙汰なのよ。

 

 

「む、オマエ。そこで何をしている?」

 

 

桜木「あれ、ブっさん」

 

 

やよい「な!?」

 

 

「ん?理事長か.........そうか、オマエ。ついに手を出したか」

 

 

桜木「誤解だ。頼まれてやってるだけだ。こんなの俺は願い下げだと言ったんだが.........」

 

 

やよい「疑問ッ!!君はナリタブライアンとも顔見知りなのか!?」

 

 

桜木「え?ああ、と言うか、俺がトレーナーになった理由は彼女のレースっすよ」

 

 

やよい「きょ、驚愕ッッ!!!」

 

 

 目の前にいる凛々しいウマ娘。ナリタブライアンはその目で俺をジロジロと見てくる。勝負服を来ている姿がなんだか侍ぽかったので前田慶次かブっさんどっちで呼ばれたいかと聞いた。

 もちろん前田慶次と答えたのでブっさんと呼んだらそこから先の記憶が二週間ほどぶっ飛んだ。

 

 

ナリブ「そうだ。思い出したぞ、オマエが貸してくれたドラゴンボールの原作」

 

 

桜木「ああ、そういえばブっさんに貸してたんだっけ」

 

 

ナリブ「今姉貴が持ってる」

 

 

桜木「なんだって?」

 

 

ナリブ「たまたまだ。出しっぱなしにしていたコミックスを読んだらしくてな。そこからはもう早かった」

 

 

 ブっさんの姉貴.........と言えば、ビワハヤヒデのビワさんか.........まずいぞ。強さ議論で行くとブロリー厨のナリタブライアンと数値重視のビワハヤヒデ.........喧嘩が起きるに決まってる.........

 

 

桜木(まぁ俺の知ったこっちゃねえしな)

 

 

ナリブ「それについて、今度お前とも意見を混じえたいと思ってるらしい。もちろん私も同席する」

 

 

桜木(死にましたね)

 

 

 クソァ!なんでドラゴンボールになるとコイツも熱くなるんだ!!いつも通り素っ気なくていいんだぞ!?どうせいつも通り気を使って前置きにブロリーを無しにしてとか、結論の最後にでもブロリーが来たら終わるけどねって言わないとすぐ不機嫌になるんだから!!

 

 

やよい「な、何の話をしてるのかさっぱりだが、仲が良さそうで何より!!」

 

 

桜木「.........あ、そういえば、ブっさんは子猫とか見なかったか?」

 

 

ナリブ「子猫.........?いや、見てないな」

 

 

桜木「そうか.........」

 

 

ナリブ「ああそうだ。もう一つあったぞ。オマエのチームルームが賑わってるそうだ。一度見に行くといい」

 

 

桜木「.........ああ、うん。分かったよ」

 

 

 理事長の方をちらりと見ると、仕方ないと言うように態とらしくため息をふぅっとついた。もう少し楽しませてやりたかったけど、どうやらそうにも行かないらしいな.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

テイオー「次ボクに触らせてー!!」

 

 

ゴルシ「なぁ!?ダメだテイオー!!!お前はもう三回以上触ってるだろ!???」

 

 

スペ「はいはーい!!次私が触りたいですー!!」

 

 

マック「じ、順番!!皆さん順番ですわ!!」

 

 

 ワイワイガヤガヤとしている我がチームルーム。今までこれほどまで賑やかだったことがあろうか?いやあるわ。マックイーンが野球の良さを熱く語る会はあれの三倍は賑やかだったぞ。マックイーン一人で。

 

 

桜木「はいはーい。ちょっと失礼させてもらうよー」

 

 

マック「と、トレー......ナー.........さん?」

 

 

桜木「あちゃーやっぱりかー」

 

 

 うわ、流石にわざとらし過ぎ無い?やめてくれ、俺も分かってるんだ。そんな目で見ないでくれ.........?いや、俺と言うより俺の上の方を見てない?

 

 

テイオー「何してるの.........?サブトレーナー.........?」

 

 

桜木「いや、違う。これは理事長にお願いされて仕方なく.........」

 

 

やよい「.........虚言ッ!!」

 

 

桜木「はァ!!???」

 

 

やよい「断じてそのような事は言ってない!!」

 

 

 .........俺はまず、理事長を降ろした。もうこうなればどんな弁解も役に立たないからだ。楽しみかい?やよいちゃん。言っとくけどこれから始まるのは蹂躙だよ。

 

 

マック「トレーナーさん.........?ウマ娘のみならず、人に.........しかも、学園の理事長にそんな破廉恥な事を.........?」

 

 

 恐ろしい。全くもって恐ろしい存在だ。メジロマックイーンは一体何を持ってしてここまでの感情を俺に対してぶつけてくれるのだろうか。逆に嬉しいぞ。

 

 

桜木「む、無駄だと思うけど、一応言っておく.........俺は無実だッッ!!!!!」

 

 

マック「問答無用ですわッッッ!!!!!」

 

 

 終わった。こんな勢いよく抱きしめられるなんて初めてだ。果たして病院通いせずに居られるだろうか、などとそんなことを考えていたが、一向に痛みは来ない。一体どうしたんだ.........?

 

 

桜木「マックイーン.........?」

 

 

マック「どうして.........」

 

 

桜木「うぇ.........?」

 

 

マック「どうしていつもそうなんですの.........?」ポロポロ

 

 

桜木(えええええええええ!!!!!?????)

 

 

 え!?まさかの泣き.........!?いや、そんなこと言ってる場合じゃないだろ!!女の子が.........ましてやマックイーンが泣いてるんだぞ!!

 周りの目も徐々に集まってきてる。マックイーンの為にもここは何とか諌めなければ.........

 

 

桜木「.........悪かった」

 

 

マック「本当ですわ.........!!」

 

 

桜木(.........けどなんでこんな.........ん?あれは.........)

 

 

 マックイーンの頭を優しく撫でながら、テーブルに置かれているチョコレートを見る。あれは、白銀の奴が大好きなアルコールが多量に入ってるボンボンだ.........まさか.........

 

 

ウララ「ヒック」

 

 

ライス「ヒック」

 

 

ブルボン「アルコール検出」

 

 

タキオン「私は食べてないよ」

 

 

テイオー「ヒック」

 

 

スペ「ヒック」

 

 

ゴルシ「Zzz」

 

 

桜木「」

 

 

やよい「.........」

 

 

 こいつは臭い。アルコールの匂いがぷんぷんする。まずい、傍から見ればこれは未成年飲酒なんちゃらかんちゃら法違反だ。しかも俺が責任を取る羽目になるのでは.........?うわ、理事長めちゃくちゃいい笑顔しとりますやん。許してくれる?

 

 

やよい「粛清ッ!!遺言は簡潔にな!!」

 

 

桜木「お待ちくださいッッ!!!」

 

 

やよい「出来ぬゥッッ!!!」

 

 

 結局こうなるのね.........そんなことを思いながら、理事長は今度は腕で俺の首を締めてきたのだった.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「申し訳ございません、トレーナーさん.........」

 

 

桜木「はは、気にするな。あれを置いていったあのバカが悪い」

 

 

 隣で歩くマックイーンの顔はまだ赤い。それがもうアルコールのせいでないということは十分、分かっていた。

 

 

マック「というより、子猫の件。気付いてらしたのですか?」

 

 

桜木「ああ、普段は無い抜け毛があったし、ウララはずっとテーブルの下に視線送ってたしな」

 

 

桜木「隠したいんだったら隠されたままの方がいいかと思ってな。そうする事で自主性が育まれるし、俺自身は気付いてるから、大事になる前には何とかできると思ったんだ。まさか、理事長の猫だったなんてなー.........」

 

 

マック「では、最初から気付いて居たのですね」

 

 

 そういう彼女はクスクスと笑う。いつも思うが、女の子の笑顔を見ると男はこう、何か特別なホルモンでも分泌されるのだろうか?明日も頑張ろうと思える気がする。

 

 

桜木「それにしても、マックイーンは酔うと泣き上戸になるのか」

 

 

マック「え?なんですの?」

 

 

桜木「お酒に酔うと泣いちゃう人の事だよ」

 

 

 そういえば、昔会社勤めしていた時、取引先のお偉いさんも泣き上戸だったなー.........元気にしてんのかな、財前さん。

 ふと、ポケットに入れたスマートフォンが振動したことに気がつくが、どうせ目当ての人物からではないと確認する前から決めつけた。それに、マックイーンと一緒に居るんだ。

 

 

桜木「.........」

 

 

 テイオーは、日々を問題なく過ごしている。まだ、問題は発生していない。水面下ではきっと、本人も気が付かないうちに体を蝕んでいるだろう。

 黒津木とタキオンには、故障が発生する前の事前策。本人達曰く、成功する可能性は極めて低く、期待せずに準備をした方がいいとのことだ。

 沖野さんにそれを伝えると、故障が発生した場合の事後策。つまり、故障後のリハビリについての勉強を始めた。思ったよりこれが楽しいらしい。気に病むよりは、楽しんだ方がいいだろう。

 

 

マック「トレーナーさん?」

 

 

桜木「え?なに?」

 

 

マック「.........いえ、なんでもありませんわ」

 

 

 行けない、彼女を寂しくさせてしまったか?マックイーンは俺を気遣うようになんでもないと言ってくれたが、呼びかけたという事はなんでもない訳が無い。

 

 

桜木「えーっと.........そういえばこの前のビクトリーズの試合だけどさ」

 

 

マック「!」

 

 

 ビクトリーズの名前を聞いて、しっぽと耳をピンと張る。どれだけ好きなのだろう。こんな美人に応援されるなんて羨ましいぜ、ビクトリーズ。

 

 

桜木「ユタカのあのホームラン!かっこよかったよな!!」

 

 

マック「トレーナーさん!!ようやく分かってきましたのね!!野球の良さが!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「.........」

 

 

 寮の前でマックイーンと別れ、彼女の姿が見えなくなるまで歩き、スマホを開いた。通知欄にはSNSのメッセージが届いているという表記だけ。

 期待しないで開いてみると、やはりそこにはアイツらの下らない会話だった。

 

 

白銀「うまぴょいランドとか言う店があるらしい」

 

 

黒津木「〇ね」

 

 

神威「生かして返さん」

 

 

桜木「飯抜きだなっと.........」

 

 

 そう打ち込んでスマホを閉じた。その直後にまた携帯が震える。今度はなんだと思い、開いてみるも、アイツらのトークが更新されていない。

 

 

桜木「.........!!!」

 

 

 来てた。一言だけ送ったメッセージに既読が着いて、その返信も来ている。けれど、現状はよろしくなっていない。

 今どこに居ますか?という一言のメッセージに対し、帰ってきた言葉は、パリ。という一言だけ。

 

 

桜木(.........良かった。メッセージ返す程度にはなったのか.........)

 

 

 人の身体の動きに関する勉強。就職する前は独学で勉強してきたが、会社に入ってからは、開発部に居た先輩に教えて貰った。まぁ、その先輩も俺が入って半年で辞めてしまったが、俺の事をよく見てくれたと思う。

 正直、あの人の知識は素晴らしいものだ。何か意見を聞ければと思ったが、外国に居るならば、そう易々とは行かない。

 二年半ぶりに返事が返ってきたのは嬉しいが、それでは会いに行けそうには無い。当たり障りの無い言葉を取り繕って、その足で自宅へと帰って行った.........

 

 

 

 

 

ㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤ......To be continued



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トレーナー「俺とマックイーンと夏祭り」 (前編)

 

 

 

 

 

 

 夏の暑さが真っ盛りになってきた時期。世間では祭りだ海だと騒ぎ立てているが、中央の暑さにはもうほとほと愛想が尽きてきた。本当に北海道に帰ろうかななんて思ってしまう。

 いつもの休日ならば新しい家の中でクーラーを効かせ、冷たいジュースでも飲んでるはずだが、今日はそうも行かない。話は数日前に遡る。

 

 

桜木「あぢ〜.........」

 

 

マック「最近、開口一番にそれですわね.........」

 

 

桜木「だって仕方ないだろ〜.........?中央の暑さは身体を壊すって死んだばっちゃも言ってたし.........マックイーンは平気なの〜?」

 

 

 グダるような暑さで、チームルームの机に突っ伏していた。最近はおはようとか、こんにちはとかより挨拶に使ってる気がする。

 アイツらとの挨拶もこれ、特に神威は俺と同じで就職するまで北海道暮しだった為に、俺と同じ挨拶だ。生徒にしないだけ俺よりマシだがな。

 

 

マック「私は中央で育ちましたから.........暑さには強いつもりですわ」

 

 

タキオン「ト゛レ゛ーナ゛ーく゛ーん゛」

 

 

桜木「うおびっくりした!?」

 

 

 扉を開けて入ってきたのはアグネスタキオン。正確にはアグネスタキオン夏の姿だ。うだるような暑さの中で萌え袖白衣とか自殺行為じゃないか?そんな全身に保冷剤とか言う救済措置をしてまで着たいか?

 

 

タキオン「なんだこのうだるような暑さは!!?」

 

 

桜木「白衣脱げばいいんじゃないですかね」

 

 

タキオン「くっ、研究者としてこれだけは譲れない.........!!!」

 

 

 なんだその無駄なプライドは、鳳凰院凶真か貴様は。しかし、タキオンには相当世話になってしまっている。今日はそのストレスを俺にぶつけてこないだけマシって奴だろう。

 仕方ないので手にあるミニ扇風機を渡した。仕方ないので。

 

 

タキオン「おや、気が利くねぇ。この暑さの腹いせに君から不快な成分が排出されて生理的に拒絶される薬を試そうと思ったけど止めておこう」

 

 

桜木「なんちゅう薬作っとんじゃ」

 

 

マック「そんなものも作れるのですね.........」

 

 

 最近では俺が飲む薬のグレードがアップし、それを使ってストレス発散を目論んでいる。まあ俺も悪い事をしたと思っているので、罪滅ぼしの為に飲んでる事が多い。けど皆から嫌われるのは嫌なのでそれだけは飲みたくない。

 

 

タキオン「.........そうだ、いい事を思い付いたぞ!」

 

 

 それは本当にいい事か?そんな疑問を抱いてしまったが、それは全くの間違いではなかった.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「何が感情の揺れ動きを計測したいだ?暑さに苦しむ俺を見たいだけなんじゃないのか.........?」

 

 

 タキオンの提案してきたいい事。それはマックイーンと夏祭りに行くことだった。本人曰く、成人男性とウマ娘との感情の揺れ幅の違いを計測し、それが身体能力にどのような影響をもたらすのかという実験データを取りたいらしい。

 マックイーンもすごく乗り気だった。こんな男と一緒に行くより、同世代との祭りの方が楽しいだろうに.........

 待ち合わせ場所はお祭り開催場所近くの銅像。近くで待ち合わせしているのはカップルだろう。既に2、3人は異性と祭りへと向かって行った。自分もそういう風に見られてしまうのかと思うと、誰にでもなく言い訳したくなってしまう。

 

 

マック「トレーナーさーん!」

 

 

桜木「おー、マック.........イーン.........」

 

 

 成程なー。アグネスタキオン、君の憶測はあながち間違いじゃないぞ。なんせ心臓の音がうるさい。やかましいから止めたいくらいだ。

 彼女は俺の姿を見つけると、手を振りながらこちらへ歩いて来た。いつもの私服姿ではなく、夏祭り仕様だ。

 浴衣姿なんて、ベタだし予想もしたじゃないか。けれど、実際のマックイーンが見せる浴衣姿は、とても美しい姿だった。

 

 

桜木(俺、どっちかってーと可愛い系の方が好きだったはずなんだがなぁ.........)

 

 

マック「トレーナーさん?どうかしましたか?」

 

 

桜木「いや、なんでもないよ。早速行こうか」

 

 

 黒をベースとした柄入りの浴衣。髪はいつもと違い後ろで束ねられている。トレーナーになってから俺の趣味趣向がどんどん変えられて行っている気がするのは気の所為ではあるまい。

 

 

桜木「大丈夫?」

 

 

マック「え、ええ.........少々歩き辛いですが何とか.........」

 

 

 確かに、普段がっつり走り回るウマ娘がスピードを制限されるのはとてももどかしいだろう。困った様に笑う彼女の隣をゆっくりと歩く。

 

 

桜木「その、似合ってるよ。浴衣」

 

 

マック「本当ですか?」

 

 

 嬉しそうに、そして自慢するようにその場で回って見せてくれる。女の子ってこういう所が様になるよな。心に来るものがある。

 行き交う人々は皆、彼女に一度は視線を送る。それがなんだか嬉しいような嬉しくないような、複雑な感情を呼び起こす。

 

 

マック「ふふっ、家の者に頼んで着付けた甲斐がありましたわ」

 

 

 口元に手を当てて笑う彼女は可愛らしい。釘付けになっていたいが、今日の目的はマックイーンと夏祭りを巡り、タキオンにデータを送る事だ。いつまでもここにいる訳には行かない。

 

 

桜木「はぐれないようにしような、マックイーン」

 

 

マック「ええ、先導の方、お願いしてもよろしくて?」

 

 

桜木「もちろん、今日くらいはいい格好させてくれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「はい、マックイーン」

 

 

マック「あ、ありがとうございます.........」

 

 

 トレーナーさんは両手に持ったチョコとスプレーでデコレーションされたバナナを片方、私に下さいました。

 

 

マック「あの、本当によろしいのですか?お金なら私.........」

 

 

桜木「いいのいいの。格好付けさせてくれって言ったろ?」

 

 

 もう、この人はそう言って、ニカッと笑うんですから何も言えませんわ.........本当にこの人は.........全くもう!

 先程もそうです!開口一番に言ってくれないから少し面食らってしまいましたわ!ふ、普段なら落ち着いて対応するはずですが、似合ってると言われて舞い上がってしまうなんて.........うぅ、まるで子供です.........

 

 

マック「.........美味しいですわ」

 

 

桜木「え?なんか怒ってる?」

 

 

マック「なんでもありません!」

 

 

 覗き込むように見てくるトレーナーさん。乙女にそんなことをしてはいけません。思わずドキッとしてしまいました。

 ですが、このバナナに免じて許してあげます。初めて食べましたが、とても美味しいです。確か、屋台の前面にはチョコバナナと記載されていました。安直な名前ですが、良いものですね。チョコバナナ。

 

 

桜木「美味しい?」

 

 

マック「はい!初めて口にしましたが、チョコとバナナの味が絶妙にマッチしてて、とても美味しいですわ!」

 

 

桜木「え?初めてなの?」

 

 

マック「あ、ええ.........恥ずかしながら、こういう所に来るのは幼少期以来でして.........」

 

 

 あの時はご飯を何品か食べてお腹いっぱいになってしまったので、スイーツは食べれなかったのでした.........思い出してみれば、食べたかった物の中にはこのチョコバナナも含まれていたと思います。

 

 

マック「.........ふふふ、トレーナーさんは私の知らないことを教えてくれる人ですわ」

 

 

桜木「お、おう.........なんか恥ずかしいな.........」

 

 

 はははと照れ笑いを浮かべながら、彼もチョコバナナを口にしました。食べ歩き.........というのは、少々お行儀の良くないものですが、お祭りでは許されるとトレーナーさんが仰ってくれたこともあり、私もチョコバナナを食べながら彼の隣を着いていきました。

 

 

桜木「お!見ろマックイーン!!わたあめもあるぞ!!」

 

 

マック「まぁ!わたあめですか!?」

 

 

 夏のお祭りといえばわたあめです!!私自身は食べたことがありませんが、やはり、小さい頃の記憶にはあの白いふわふわが印象に残っています。一体どんな味がするのでしょう?

 そんな考えに耽っているうちに、トレーナーさんがわたあめを私の前に突き出してきました。

 

 

マック「え?ト、トレーナーさん?」

 

 

桜木「あ、行儀悪いとか言うなよー?お祭りでは食べ切る前に食べ物買っても良いんだからなー?」

 

 

 まるでイタズラをする様な顔でわたあめに口をつけるトレーナーさん。まるで子供みたいです。

 なので、私もそれに習い、わたあめに口をつけました。大人のトレーナーさんがやっているのです。まだチョコバナナが残っていますが、関係ありませんわ!

 

 

マック「〜〜〜!とっても甘いですわ.........!」

 

 

桜木「ははは!マックイーンにとってはお宝がいっぱいだな!」

 

 

マック「ええ!こんなに素敵なものだったのですね.........!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

タキオン「順調みたいだねぇ.........」

 

 

黒津木「おー、アイツもいい感じにエスコートしてんじゃん」

 

 

 手に持った双眼鏡でモルモット君とマックイーン君の姿を追う。二人の会話の様子に笑顔は絶えていない。私の隣には同じように双眼鏡で二人の後を見る黒津木君が居た。

 

 

タキオン「おっと、見えなくなってきた。そろそろ移動するよ、黒津木君」

 

 

黒津木「えー?まだ後を追うのかぁ.........?」

 

 

タキオン「君が最初に言ったんじゃないか!!すれ違いながらも両者を思い合う姿を見るのが一番感情を揺さぶられると!!」

 

 

黒津木「いや、言ったっちゃ言ったが、あれは少女漫画を見てた俺の言い逃れでしか.........」

 

 

タキオン「君のせいでトレーナー君とマックイーン君の絡みを見てないとオチオチ薬も満足に作れない!!!」

 

 

黒津木「悪かったよー!!!許してくれよー!!!」

 

 

タキオン「ダメだ!行くぞ!黒津木君!!」

 

 

 嫌がる黒津木君の首根っこを捕まえた私は、モルモット君達の後を追うべく、人混みの中を掻き分けて行こうとした。

 

 

黒津木「おいおい、せっかくタキオンも俺も、オシャレしてきたんだから自然体で追わない?下手なことすると職質されて元も子も無いぜ?」

 

 

タキオン「むぅ.........確かにそれは面倒だが.........」

 

 

黒津木「頼むよー大人は一回職質されると顔を覚えられてブラックリストにぶち込まれるんだよー.........」

 

 

 それは本当かい?けれど彼の顔からは嘘をついている感じはないしな.........むぅ、ここは双眼鏡を断念するか.........

 

 

黒津木「代わりと言っちゃなんだが、超高性能盗撮カメラで撮ろう」

 

 

タキオン「なんでそれを早く言わないんだ!!心配して損した!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「〜〜〜♪クレープも格別ですわ♪」

 

 

桜木「だなー。お祭りで食べると美味しさが変わる気がするー」

 

 

 二人でクレープに舌鼓しながら、前へ前へと歩いて行く。結構歩いている気がするが、屋台の並びは途切れる事が無い。

 次は何を食べようかと思っていると、マックイーンの顔が少し曇っているように見えた。

 

 

桜木「なんだ?心配事か?」

 

 

マック「えぇっと、こんなに食べて大丈夫かと思いまして.........」

 

 

桜木「ああ、そのことなら心配ないぞ!!」

 

 

マック「?」

 

 

 肩から下げたバッグに手を入れ、そこから一冊のノートを取り出し、マックイーンに見せ付ける。

 

 

桜木「じゃーん!マックイーンスペシャル献立表パート3!!」

 

 

マック「まぁ!」

 

 

桜木「栄養について勉強してみたけど、どうやら栄養吸収率は人類みな100%。けれどカロリーを消費してくれる遺伝子が違うせいで、痩せにくいって人も居るらしい」

 

 

桜木「そこで運動前に、脂肪を燃焼させるという効果を持つ成分を摂取できるように調整したんだ」

 

 

マック「何から何まで.........ありがとうございます。トレーナーさん」

 

 

 献立表を見せてみると、驚いた様に目を見開く反応を見せるマックイーン。礼を言ってくれる彼女には申し訳ないが、いつまで経ってもドキッとする。

 

 

桜木「あー、申し訳ないな。休日までトレーニングの話しちゃって.........」

 

 

マック「いえ!それだけトレーナーさんが私のことを思ってくださってるという事です!謝る必要はありませんわ!」

 

 

 そういう彼女の目はキラキラとしていた。そんな真っ直ぐな目で見つめられるとすごくむず痒い。

 そんな彼女の目から逃れるように視線を外すと、見知った後ろ姿の三人がそこには居た。

 

 

ゴルシ「焼きそば〜!焼きそば〜要らんかね〜?」

 

 

ウララ「出来たてホヤホヤだよー!!温かいうちにどーぞー!!!」

 

 

ライス「と、とっても美味しい焼きそば!一緒にい、いかがでしゅ.........噛んじゃった〜」

 

 

桜木「うちの子達じゃん.........」

 

 

 前を焼きそばを売りながら歩く三人。動く出店というのはなかなか斬新なアイデアではないか?少なくとも故郷の北海道では見た事がない。

 

 

桜木「よっ、楽しそうだな」

 

 

ウララ「あ!!トレーナーだー!!マックイーンちゃんも!!」

 

 

マック「こんにちは、ウララさん。ライスさん」

 

 

ライス「う、うん!こんにちは、マックイーンさん!」

 

 

ゴルシ「アタシは!?なぁ!!なぁなぁなぁ!!アタシには!?」

 

 

マック「もう!うるさいですわね!こんにちはゴールドシップさん!!これでよろしいですか?」

 

 

 いつものようにゴールドシップとマックイーンは言い争いを始めた。良かった。普段のマックイーンを見てないと今日は非日常すぎていらん事を言うかもしれない。

 そんな二人をほっといて、俺はウララとライスに気になっていた事を質問した。

 

 

桜木「ゴールドシップは分かる(分からない)けど、お前らは何してんだ?」

 

 

ウララ「えっとねえっとね!!商店街のおじちゃんがね?具合が悪そうだったの!!」

 

 

ライス「前の日の準備は大丈夫だったんだけど、夜に腰を痛めちゃったんだって.........!」

 

 

桜木「え?じゃあ出店の方は?」

 

 

ウララ「司書さんと社長とブルボンちゃんが焼きそば売ってるんだよ!!?凄いよね!!!」

 

 

 そういうウララはパーッと花を咲かせるように笑った。可愛いヤツめ、俺の家の隣に越して来て欲しい。

 

 

ライス「けど.........大丈夫かな?お兄さま達.........」

 

 

桜木「大丈夫だろ、翔也はともかく、創の奴は自炊して長いし」

 

 

 右手に持ったフランクフルトを左手に持ち替え、ライスの頭を撫でた。いい触り心地だ。理事長の子猫も潜り込む理由がよく分かる。

 ついでにウララの頭も撫でた。そこに居たから。二人とも可愛いな。妹とはまた違う妹感がある。なんだろう、メロンソーダのメロン味と似た感じ?

 

 

桜木「それにしてもブルボンか.........後で出店の方にも顔出してくか」

 

 

マック「トレーナーさん」

 

 

桜木「ん?どうした?マックイーン.........」

 

 

 つんつんと背中をつっつかれ、その方向に振り返る。あまり脇腹ら辺をつっつくのは止めて欲しいが、俺が反応しなければいいだけの話だ。

 声の主からしてマックイーン。しかし彼女は何故か狐のお面を付けていた。

 

 

桜木「それは?」

 

 

マック「ゴールドシップさんがくれました。いつも付き合ってくれる礼だと.........」

 

 

 狐のお面を右方向にずらし、その顔を見せてくれるマックイーン。その顔はどこか困惑気味だ。突っついた方とは違う手にはりんご飴も持っている。お祭りの定番といえば定番だ。

 

 

ゴルシ「本当は二週間目くらいのテンションのセミをやろうと思ったんだけどよー?見つかんねえからお面と飴にしたんだよー。つまんなくて悪いなーマックイーン」

 

 

マック「結構です。こちらの方が貰って嬉しかったので、見つからなくて良かったですわ」

 

 

 若干身の毛をよだたせたマックイーン。にじみ出る怒りをぐっと堪えている様子だ。空いている方の手で拳を作っている。

 そこでふと人の量の多さに気が付く。昼前はそこまで多くは無かったのに.........

 

 

桜木「休日なのは分かるけど、人がだいぶ増えてきたなー.........」

 

 

ゴルシ「あー、そりゃ花火があるからだろ?去年も見たけどめっちゃ綺麗だぜ?川の方で毎年上げてるんだ」

 

 

マック「花火.........ここで挙げていたのですね.........」

 

 

 ゴールドシップが指さす方向には確か、結構大きめな橋が掛かっていたはずだ。花火の時間帯になれば、その大きい橋も端から端まで人が埋め尽くされるのは容易に想像できる。

 人混みは好きではない.........けれど、今のマックイーンの様子を見れば、それを断れるほど俺は空気が読めない男では無い。

 

 

ゴルシ「.........花火なら大体7時くらいに始まるけど、オマエらどうすんだ?」

 

 

桜木「ああ、それまで祭りを楽しむよ。マックイーンはどうする?」

 

 

マック「!わ、私も見たいですわ!」

 

 

 はち切れんばかりにしっぽをブンブンとさせている。浴衣姿と非日常が相まって、いつも以上に可愛く見える。観念しろ桜木。お前の死に場所はここだ。

 

 

桜木「それじゃあまた、探索の続きと行きましょうかね。隊長?」

 

 

マック「な!?だ、誰が隊長ですか!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「〜〜〜♪チュロスも美味しいですわ♪」

 

 

桜木「〜〜〜♪鶏肉さえあれば他の肉はいらないなぁ.........」

 

 

 私はチュロスを、トレーナーさんは紙コップに入った焼き鳥を食べ、幸せに浸っていました。それにしても、結構歩いてきましたが、まだまだお祭りの道が途切れる事はありません。

 

 

桜木「お、東京ケーキが売られてるぞ」

 

 

マック「あら、聞いた事ありませんわね.........?」

 

 

 前を行くトレーナーさんから離れないように屋台へと近付こうとした時、ふと子供のすすり泣く声が聞こえてきました。

 

 

マック「トレーナーさん、ちょっと.........」

 

 

桜木「ん?トイレか?」

 

 

 トレーナーさんはこういう所でデリカシーがないです。少しムカッとしたので、肘で脇腹を強く小突きました。ここが弱いのはメイクデビューのインタビューで把握済みですわ。

 少し小突いただけですが、トレーナーさんは身体を大きく反応させました。面白いとも感じましたが、今はどこかで泣いている子供の方が先決です。私はトレーナーさんの袖を引っ張り、人混みの中を無理やり連れて行きました。

 

 

桜木「マ、マックイーン!?」

 

 

マック「いいから来てください!!」

 

 

 私のスピードに転けないよう何とか着いてきてくれるトレーナーさん。これも日々の鍛錬の賜物ですわね.........

 そう思いながら子供の泣く声に近付いていくと、ざわめきの中で聞き取れなかった聞きなれた声も同時に聞こえてきました。

 

 

「ぐす.........ひぐ.........」

 

 

テイオー「あわわわわ!ど、どうしよー!!?」

 

 

 祭りの交差点の角で、一人の幼いウマ娘が泣いていました。その前ではワタワタと慌てる私のライバル。トウカイテイオーが居ました。

 

 

マック「テイオー.........貴方まさか.........」

 

 

テイオー「マックイーン!?ち、違う違う!!誤解だよー!!」

 

 

 そう言って必死に弁解するテイオーは少し面白かったです。彼女の言い分では、マヤノトップガンさんとお祭りに来ていて、その道中で親御さんとはぐれたこの子を見つけたそうです。

 

 

マック「.........それで、貴女はこの子と一緒に親御さんを探しているのですね?」

 

 

桜木「偉いなーテイオー」

 

 

テイオー「へへん!まあねー!」

 

 

桜木「さてと、話を聞いちまったらほっとく訳にも行かないし、俺らも手伝うってことでいいよな?マックイーン」

 

 

マック「ええ!もちろんですわ!」

 

 

「あ、あの!」

 

 

 先程まですすり泣いていた幼いウマ娘が声を上げました。そして、その視線は何故か私へと向かっています。

 

 

「マックイーンさんって、あのメジロマックイーンさんですか!?」

 

 

桜木「お、小さいのによく知ってるなー!」

 

 

マック「ええ、私がそのメジロマックイーンですわ」

 

 

「友達がね!!メイクデビューで好きになったの!!ダイヤちゃんに自慢しちゃおー!!」

 

 

 先程までの悲しい空気が嘘みたいに飛んでしまいました。どうやら、デビューを果たすとこういう場面でも役に立つようです。

 そんな時、いつもであれば騒がしいテイオーが静かになったのに気が付きました。振り向くと、ほっぺをぷくーっと膨らませており、私が視線を送るとぷいっと顔を背けました。

 

 

テイオー「ふん!!なにさマックイーンばっかり!!言っとくけど、僕だってちゃんと走れるんだからね!!マックイーンよりびゅーんって走れるんだから!!」

 

 

桜木「ははは、テイオーの走りにも期待してるさ。けど、デビューは来年からって言われただろ?」

 

 

テイオー「そうなんだよー.........トレーナーがさー?もう少し基礎をちゃんとしてからデビューだってー.........この前はデビュー戦も心配ないなーって言ってくれたのにさ?」

 

 

桜木「愚痴はまた今度聞いてやるよ。それより今はほら、えーっと.........」

 

 

「キ、キタサンブラックです.........!」

 

 

テイオー「キタちゃんって呼ばれてるんだって!」

 

 

桜木「よーっし、キタちゃん。親を探したいなら肩車がうってつけだ。どうする?」

 

 

 優しくそう提案するトレーナーさん。彼の凄いところは、見た目は少し怖いのに、それを払拭するように声と雰囲気が優しくなる所です。そのおかげもあり、キタサンブラックさんも最初より、表情が柔らかくなりました。

 

 

キタ「いいんですか?」

 

 

桜木「ああもちろん!あ、言っとくが変なことはしないぞ?何かあればそこの浴衣のお姉ちゃんに絞られるからな」

 

 

マック「今絞ってもいいんですのよ?」

 

 

桜木「え、遠慮しときます.........」

 

 

 私は少女に目線を合わせ、しゃがみ込む彼の隣にしゃがみ、その片腕を両手で掴みました。全く、子供の前でそういう発言は良くないというのが分からないのでしょうか?

 そんなこんなで、キタサンブラックさんを肩車をする形で持ち上げたトレーナーさん。その顔は心做しか、少し楽しそうです。

 

 

桜木「うーっし!!旅は道連れ世は情けってな!目標変更するぞー隊長!!」

 

 

マック「だから!!隊長ではありませんわ!!」

 

 

テイオー「えー!!?マックイーンばっかりずるいよー!!ボクが隊長だーい!!!」

 

 

桜木「喧嘩する子には隊長はさせてあげられませーん!!てなわけでキタちゃん!なんなりとご命令を」

 

 

キタ「え!?え、えっと.........し、出発進行ー!!」

 

 

 トレーナーさんの肩に乗ったキタサンブラックさんの号令に合わせ、片手と声を上げるトレーナーさん。それに負けないよう、私もテイオーも一緒になって、声と手を掲げ上げました。

 

 

 

 

 

ㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤ......To be continued



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トレーナー「俺とマックイーンと夏祭り」 (後編)

 

 

 

 

 

 

 さてやって参りましたお祭りの折り返し地点。中央に陣取るは焼きそば屋台。

 しかしこの屋台、普通の屋台とはひと味もふた味も違う.........それは何故か。

 

 

「やらないか?」

 

 

桜木「やんねえよ。公共交通機関のど真ん中で何流しとるんじゃボケナス」

 

 

 その屋台には『古のオタク焼きそば』という改造が見え見えの看板。そして屋台のBGMとして『やらないか?』が流されていた。決して『バラライカ』では無い。

 

 

白銀「やらないか?」

 

 

「うほいい男」

 

 

 随分とノリのいい客もいるもんで、焼きそばを手渡す時にそう返す奴もいる。ここがまさかゴールドシップの焼きそば売りの拠点?頭おかしすぎるだろ。

 左右を見てマックイーンとテイオーの様子を見ても、この状況についていけないみたいだ。良かった、理解してなくて。

 

 

桜木「お腹すいてない?」

 

 

キタ「だ、大丈夫です!」グー.........

 

 

 お腹は正直だ。正常に動いてるならば、ちゃんと成長出来る証だ。ここは一つ癪だが、あの焼きそばを貰っていこう。

 

 

桜木「焼きそば一つ」

 

 

神威「あいよ.........待て、お前まさか」

 

 

桜木「違う。迷子の子だ。決して誘拐じゃない。それよりなんだお前のその格好は」

 

 

 目の前に居る神威はそれはもう見事な古のオタクだった。チェックのシャツになんだかよく分からない柄のハチマキ。メガネ。どこからどう見ても古の者だ。

 対して白銀は焼きそばを手渡しながらずっとヤラないかを踊っている。そのプロスポーツで培った体力をそんなことで使っていいのか?

 

 

桜木「そして極めつけは.........!!」

 

 

ブルボン「.........?」

 

 

桜木「なんでブルボンも巻き込んでやがる!!!」

 

 

マック「まぁ!?ブルボンさんでいらしたの!?」

 

 

テイオー「うぇぇ!?!?ブルボンだったのー!!?」

 

 

 黙々と焼きそばを作り続けるブルボン。その姿はセーラー服にグルグルメガネと一番分かりやすい姿だが、何故か彼女だと気が付けなかった。俺もここまで近付いてようやく彼女だと分かった。

 

 

ブルボン「集客率、以前の状態から32%上昇しています。つまり、この姿は的確です」キリッ

 

 

桜木「ブルボンちゃん、もう少し自分を大切にしよっか.........」

 

 

 はて?と言うように首を傾げるミホノブルボン。君は余りにも無防備が過ぎるのだ。

 俺はそう思いながらも焼きそばの代金を払い、頭の上に居るキタサンブラックのお嬢ちゃんに箸と一緒に手渡した。

 

 

桜木「つか、翔也は兎も角お前は保護者だろ。このBGM止めろよ」

 

 

神威「いや、俺も止めたんだけどよ.........」

 

 

ブルボン「マスター。このBGMを掛けると何故か道行く人の視線の42%を確保出来るのです。よって集客には適任かと」キリッ

 

 

マック「確かに.........意味はよく分かりませんが耳に残りますわね.........」

 

 

テイオー「え?ボクこれ聞いたことあるよ?きらりんレボリューションでしょ?」

 

 

桜木「うわ、よく知ってんなーお前.........俺でもギリだぞギリ」

 

 

テイオー「へっへーん!ボクのお母さんこういうの好きだからねー!!けど、この曲女の子が歌う曲だよ?」

 

 

白銀「そりゃお前この曲はホ」

 

 

桜木「この曲はオタクが拗らせて歌っちまった黒歴史なんだ!!!だよなぁ!?」

 

 

神威「うん」

 

 

 危ない所だった。間一髪奴の口の中に財布をねじ込んで真実を光から遠ざけた。腐るのはまだ早いし、こんなゲテモノで腐って欲しくは無い。

 そう思っているとBGMがとうとう終わりの時を告げた。良かった。これで解決ですね。

 

 

白銀「何勘違いしてるんだ?」

 

 

桜木「ひょ?」

 

 

ブルボン「私の出番です。焼きそばの作成責任者を移行します」

 

 

「アーイマイサンセンチ!」

 

 

桜木「」

 

 

マック「まぁ.........」

 

 

テイオー「すごーい!!!」

 

 

キタ「モグモグ.........!」

 

 

 屋台の天井に飛び乗り、ノリノリで『もってけセーラーふく』を踊り出すミホノブルボン。いや、セーラー服だけども、

 そう思っているとその姿を見てすすり泣いている若干数の存在が居るのに気が付いた。

 

 

「くそ.........!あのころは良かったなぁ......!」

 

 

「戻りてぇ.........!戻りてぇよ.........!!」

 

 

 可哀想に、昔の景色に取り残されたもの達だ。いつまでも有り得ぬ幻影を追い求めるしかない生きた屍だ。残念ながら深夜アニメに続編が来るかは分からない。僕も待ってます。めだかボックス3期。

 けどな、人は前に進むと決まってるんだ。時は前に進むと決めたのは誰かは知らんが、人は前に進む。希望は前に進むんだ!!

 そんな思いを抱きながらパーフェクトなダンスを見上げていると、何かを落とした様な音が聞こえた。

 

 

ゴルシ「おい.........なんで、アタシの屋台がなんでこんな.........とんでもオモシロサーカスになってんだ.........?」

 

 

桜木「.........まずくね?」

 

 

ゴルシ「ああ.........アタシの、『ゴールドシップの美味しい焼きそば』がなんで.........『古のオタク焼きそば』になってんだ.........?」

 

 

 膝から崩れ落ちるゴールドシップ。あんな顔初めて見た。巨人に仲間でも食われたかの様な絶望感満載の顔。そんな顔もできるんだなーと、感心している場合ではない。というかそもそもお前の屋台じゃないだろ。

 マックイーンは先程から逃げようと俺の裾を引っ張っている。テイオーも逃げの準備は完了している。お前らそこまで得意じゃないだろ。

 

 

ブルボン「ゴールドシップさん。こうすることによって、集客率、販売率、共にゴールドシップさんが焼きそばを作っていた時点より25%ほど上昇しました」

 

 

ゴルシ「アタシはよ.........別に焼きそばが売りてえ訳じゃねえ.........」

 

 

ブルボン「?ではなぜ?」

 

 

ゴルシ「ただ.........純粋にアタシの焼きそばが食いてぇって思われて.........それを食ってもらいたかっただけなのに.........!!」

 

 

桜木(ガチで泣いてね?)

 

 

マック(まずいですわ)

 

 

テイオー(絶対まずいやつだよ)

 

 

キタ「ご馳走様でした!」

 

 

 食べ終わった容器を上から貰い、白銀の奴に投げつけた。コイツはこんな状況でも爪楊枝で歯の隙間を掃除している。余裕だなお前。

 

 

ゴルシ「誰だ.........?こんな店にしたのは.........?」

 

 

白銀「俺」

 

 

三人(やっぱり)

 

 

 流石にそろそろ不味い。俺も逃げようと準備を始めた。因みに神威の奴は持ち前の影のうすさでもう何処にいるのか分からない。前世は忍者だろう。さすが忍者きたない。

 

 

ゴルシ「焼きそばを無礼(なめ)るなよ」

 

 

白銀「.........ペロリンチョ」

 

 

ゴルシ「死ぬかァ!!?消えるかァ!!!土下座してでも生き延びるのかァ!!!???」ダッ!!!!!

 

 

桜木「巻き込まれるぞ!!!関係者だと思われる前に逃げろ!!!」

 

 

テイオー「あいあいさー!!!」

 

 

マック「もう無茶苦茶ですわー!!!??」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「ハッハッハッハ!!!!いやー最高のショーだったな!!」

 

 

マック「もう、こっちは危うく心臓が止まりかけましたわ.........」

 

 

テイオー「うん。あんなゴルシ見た事ないもんね」

 

 

 豪快に笑うトレーナーさんをテイオーと一緒に睨みつけます。彼の上に乗っているキタサンブラックさんは、ご両親が見つからず泣きそうになっています。

 

 

キタ「うぅ.........」

 

 

桜木「大丈夫さ!絶対見つかる!親なんて子供が居なくなったら血眼で探すんだから!!」

 

 

テイオー「なんか知ったふうだね、サブトレーナー」

 

 

桜木「迷子常習犯だったからな俺は。昔の方向音痴具合はオグリさんにも勝るとも劣らなかったぞ」

 

 

マック「そんな所自慢されても困りますわ.........」

 

 

 最長で四時間ほど迷子になったと自慢げに語り始めたトレーナーさんですが、お陰でキタサンブラックさんに笑顔が浮かびました。やっぱり、面白い人ですわよね?

 そう思い、その話に片耳を向けながら微笑んでいると、静かにテイオーが口を開きました。

 

 

テイオー「.........ごめんね、マックイーン」

 

 

マック「?急にどうしたんですの?」

 

 

テイオー「だって、サブトレーナーとデートしてたんでしょ?」

 

 

マック「な!?デ.........!?」

 

 

桜木「?」

 

 

キタ「?」

 

 

 つい大きくなってしまいました。私の声に釣られてお二人がこちらに視線を向けます。ちょっとつまづいただけだと伝えると、心配の言葉を送ってから、お二人はまた話し始めました。

 

 

マック(そんなのではありません.........!これはその.........タキオンさんの実験に付き合ってるだけですわ!!)

 

 

テイオー(え?そうだったの?ゴメンゴメン!ボク勘違いしちゃったよ〜)

 

 

マック(全く、そんな訳ないじゃありませんか............)

 

 

マック(.........そんな、訳.........)

 

 

 目の前で、少女を肩車して歩く彼の姿は、父親のようでした。その隣には、彼の伴侶が居て.........

 それを自分に置き換えると、とても嬉しく思い、逆に他人に置き換えると、とても胸が苦しくなります。

 私は.........私は一体、どうすれば良いのでしょう?

 

 

桜木「あーーーーッッ!!!???」

 

 

三人「!?」

 

 

桜木「運営本部に電話すりゃいいじゃん」

 

 

二人「あ」

 

 

 今までの空気を断ち切る様な声を上げた後、直ぐに電話をかけるトレーナーさん。1コール、2コールと掛けられると、その電話が取られました。

 

 

「こちら運営本部だ」

 

 

桜木「あの、迷子のお知らせなんですけど」

 

 

「桜木.........そうか、遂に手を出したか」

 

 

桜木「ブっさんじゃねえか!!!開口一番最近それだなおい!!!」

 

 

ナリブ「運営本部より直ちに桜木玲皇を捕獲しろ。道理で見当たらない訳だ」

 

 

桜木「は?」

 

 

「ブライアンさん!見つかったのー!?」

 

 

テイオー「マヤノ!?」

 

 

 これは.........また何か大事に巻き込まれそうな気配ですわ.........

 

 

「ハッハッハ!!!!桜木トレーナー!!」

 

 

桜木「理事長!?」

 

 

やよい「観念ッ!!もう助からないぞ♡」

 

 

 電話越しからその声が聞こえた瞬間、ザワっと茂みの方から音が聞こえました。動物ではありません.........音の大きさからして人です。まさか、もうここに.........?

 

 

たづな「ふふっ、トレーナーさん♪」ニッコリ

 

 

桜木「.........へ、へへへへ」

 

 

桜木「スゥー.........悪ぃけど急ぎの用事が出来たんで.........」

 

 

たづな「ダメです♪」

 

 

 そんな楽しそうなたづなさんの声が聞こえた瞬間。今ではもう聞き慣れてしまったトレーナーさんの叫びにも似た悲鳴が響き渡りました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

キタ父「いやー助かりました!!本当にありがとうございます!!」

 

 

たづな「いえいえ♪キタサンブラックちゃんが見つかって本当に良かったです!」

 

 

桜木「ねぇ?俺アームロック掛けられる必要あった?ねぇねぇねぇ?」

 

 

 技を掛けられた方の関節がまだ痛む。事故にあった後でさえこんなに痛むことはそうそう無い。もしかしてたづなさん。俺がぶつかった車両の生まれ変わりか?(?)

 まぁそんな訳の分からない妄想なんかより今は喜んだ方がいいだろう。キタちゃんのお父さんは嬉しそうにキタちゃんを抱き締めていた。

 

 

キタ母「本当にありがとうございます!なんとお礼を言っていいか.........!」

 

 

桜木「いえ!当然のことをしたまでです!それに、キタちゃんの明るさのおかげで道中も楽しかったし、な?」

 

 

マック「ええ!」

 

 

テイオー「うん!」

 

 

 俺の隣で元気に頷く二人。実際、キタちゃんといて雰囲気が沈むことはなかった。明るく居れるということはそう簡単な事じゃない。

 

 

ナリブ「なんだ、オマエも両親を探してたのか」

 

 

桜木「君はどうやら俺の事を犯罪者に仕立てあげたいらしいな?」

 

 

ナリブ「私はまだ前田慶次の件をわすれた訳じゃ無い」

 

 

 えぇ、まだ怒ってんのかよ.........最近はもう諦めて何も言ってこないと思ってたのに.........

 そう思っていると、運営本部のテントからまた一人、栗毛のウマ娘が出てくる。

 

 

「テイオーちゃん!!」

 

 

テイオー「マヤノ!!」

 

 

 タッタッタとテイオーはマヤノと呼んだ少女に駆け寄る。そうか、あれがマヤノトップガンか.........中々走りそうなウマ娘だ。

 そんな事を思っていると、またもや脇腹に衝撃が走る。結構痛いんですよ?マックイーンさん?

 

 

マック「全く、すぐ手を出そうとするんですから.........」

 

 

桜木「いや、出さない出さない」

 

 

マック「あなた最近、ウマたらしと呼ばれてることをご存知ですか?」

 

 

 え!?何それ全然聞いた事がないんだが.........女の子と喋る事が何より不得意な俺が.........?

 と思ったが、思い返せば思い当たる節はある。トレーナーになってからというもの、ウマ娘と話すのが合法的に許されている感があり、片っ端から受け答えや質問をしてるからか?

 くっ、こんな事なら学生時代にもっと青春して女子との会話を堪能しとけば良かった.........

 

 

キタ「あの!」

 

 

桜木「?」

 

 

キタ「あ、ありがとうございました!!」

 

 

 俺たちに向かってぺこりとお辞儀をするキタちゃん。偉いな、見た目からしてまだ5歳にもなってないだろうに.........

 俺はキタちゃんに視線を合わせる為に、ゆっくりとしゃがみ込んだ。

 

 

桜木「こっちこそ、君と一緒に居られて楽しかったよ。今度ははぐれちゃダメだぞ〜?」

 

 

マック「.........はぁ、そういうところですわ」

 

 

桜木「?」

 

 

 え?どういうところだ?まさか、頭を撫でるのってよろしくない.........?おかしいな、妹は喜ぶんだけど.........

 頭から手を離してみると、キタちゃんはトテトテと自分の両親の方へ走って行った。さすがウマ娘。子供のスピードとは思えないな。

 

 

マヤノ「.........」

 

 

テイオー「どうしたの?」

 

 

マヤノ「ねぇテイオーちゃん。あの二人ってもしかして.........」

 

 

 後方に居るマヤノトップガンがこしょこしょとテイオーに話しかける。俺の耳には到底届かない為、俺とマックイーンについての何かについて話していることしか分からない。テイオーは俺とマックイーンを交互に見てニヤニヤとしているが、一体どうした?

 もしかして、チーム入団希望か?だったらいつでも歓迎だ。ぜひうちのスピカ。出来ればスピカ:レグルスに来て欲しい.........

 

 

テイオー「じゃあボク達もう行くから!」

 

 

桜木「ありゃ?」

 

 

マヤノ「バイバイ!マックイーンちゃんとマックイーンちゃんのトレーナーちゃん!」

 

 

 手を振りながら走って行くマヤノトップガン。去り際にテイオーは何やら一言、マックイーンに耳打ちして行った。

 うーん、どうやらチームの入団の相談ではなかったらしい。だったらなんだ?もしかしてうまぴょい疑惑、まだ晴れてないのか?

 

 

桜木「なぁ、テイオーはなんだって?」

 

 

マック「さぁ.........よく分かりませんでしたわ.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「.........」

 

 

テイオー『頑張ってね!マックイーン!』

 

 

 私の耳にひっそりそう告げると、テイオーはいつもの様に笑いかけました。

 一体、何をどう頑張るのでしょう.........?彼女の発言にぐるぐると思考を回します。

 隣を歩くトレーナーさんを見ても、やはり答えはまとまりません。それどころか、更に乱雑に選択肢が散らばり始めます。そんな問答に気を取られていると、不意に足元のバランスが崩れました。

 

 

桜木「大丈夫か?」

 

 

マック「へ?え、ええ.........ありがとうございますわ.........」

 

 

 声も発さなかったのに、トレーナーさんは前に倒れそうになった私を支えて下さいました。ちゃんと見てくれているのですね.........

 ふと、体を支えてくれている彼の手に視線が動きます。手の甲の指の付け根からうっすら見える骨。私のより大きな手。男性にしては細く、綺麗な指.........

 

 

桜木「あ、悪い!」

 

 

マック「あ.........」

 

 

 私の視線に気付いたのか、彼はスっと手を引っ込めてしまいました。もう少し観察したかったのに.........

 

 

マック「綺麗な手をしてますのね」

 

 

桜木「ああ、母さんにも言われてたけど、見た目に反して不器用だからよく笑われた」

 

 

 苦笑いを浮かべるトレーナーさん。確かに、不器用だと思う場面もありますが、それは単に不慣れだからだと思います。書類仕事をしている際のペンを回す行為も軽々とやってのけますし、以前焼き魚定食を食堂で注文した際には、骨以外は残さず、綺麗に食べ切っていました。

 しかし、恥ずかしいので口には出しません。それではまるで、私が四六時中彼を見ているようではありませんか?

 止めていた足を前に進ませようと足を上げると、なんだか足裏が酷く冷たく感じました。もしや.........

 

 

マック「あら、鼻緒が.........」

 

 

桜木「ありゃりゃ、定番っちゃ定番だな.........」

 

 

 そう言いながら、流れるように私の前でトレーナーさんは背中を向けて屈みました。その意図は、分かっているつもりですが、どうしても躊躇ってしまいます。

 

 

マック「あの、お気持ちは嬉しいのですが.........」

 

 

桜木「何言ってんの、大切な夢に使う脚をこんな所で汚せるわけないでしょ」

 

 

 トレーナーさんは、ムッとした口調でそう言い切りました。仕方ないので従いましょう。仕方ないので。

 脱げてしまった草履を持ちながら、彼の背中に寄りかかり、首に手を回します。彼に接着している体の全面がとても熱いです。

 

 

マック「申し訳ございません、トレーナーさん.........」

 

 

桜木「いいのいいの、こういう時は誰にでもあるから」

 

 

 彼の背中に、顔を埋めます。彼の匂いが鼻を通り、脳に直接刺激を与えてきます。なんだか、とても安心してしまいます。

 ウマ娘の耳は、とても良いのです。そのお陰で、背中からでも伝わってくる彼のペースの早い心音を聴きながら、心地よくなって行ってしまいます.........

 

 

桜木「マックイーン」

 

 

マック「はい.........?」

 

 

桜木「ちぎれた草履の鼻緒の代わりになるもの探してくるから、ちょっとだけ待っててくれ」

 

 

 そう言うと、トレーナーさんはベンチに私を座らせ、人混みの中を走っていきました。

 少々心細いですが、ここでしばらく待つことにしましょう.........

 

 

マック「.........」

 

 

 周りのざわめきも、耳にはあまり入ってきません。騒がしい筈なのに、なんだか静かに感じます。まだでしょうか?まだ、帰ってきませんか?

 一分、二分と経つ度に、寂しさが体に染み渡るように広がっていきます。以前はこんなことにはならなかったのに.........全部、あなたのせいですわ!

 

 

「もしもーし?」

 

 

マック「もう!遅いですわよ!トレーナー.........さん.........?」

 

 

ギャル男「おっほ!可愛いウマ娘ちゃんじゃん!」

 

 

チャラ男「先輩!ヤリっすね!!」

 

 

 目の前で私を囲む二人の男性。たまに居るんです。こういう人達が.........ですが、まさかトレーナーさんと間違えるなんて.........申し訳が立ちません。

 普段ならばメジロ家秘伝の護身術でひとひねり出来るのですが、今は浴衣姿で、片方の草履の鼻緒もちぎれてしまっています。

 そんな風に考えあぐねていると、男性の一人が私の手首を掴みあげました。

 

 

マック「なんですか?レディに対する扱いではありませんことよ?」

 

 

ギャル男「お、いいねぇ.........こういう女が一番そそるんだよなぁ?」

 

 

チャラ男「先輩!さっさと連れ込みましょう!!」

 

 

「へー、どこに連れ込むんだ?」

 

 

三人「!?」

 

 

 私の前に立ち塞がる男性二人の肩を握る様に掴む男性。それは紛れもなく、私のトレーナーさんでした。

 ですが、普段の優しい雰囲気はありません。声も普段と同じ通りの筈なのに、優しさは一切感じられず、私も驚いてしまいました。そこには見た目通りのトレーナーさんが立っていました。

 

 

桜木「困るんだよ。俺の連れに手出されちゃな?」

 

 

ギャル男「は、ははは.........冗談すよ、冗談」

 

 

チャラ男「そ、そうそう.........」

 

 

桜木「なら、俺も冗談言うか?さっさと目の前から消えねえと、テメェらの大事なモン握り潰すぞ」

 

 

 そう言いながら、トレーナーさんは肩から手を離しました。その瞬間に、目の前にいた男性二人は一目散に逃げて行きました。

 その様子を見たトレーナーさんは、息をふうっと吐き出すと、元の優しいトレーナーさんに戻りました。

 

 

桜木「怖がらせちゃったか?」

 

 

マック「いえ.........その、かっこよかったですわ.........!」

 

 

桜木「.........はは、そう言われたのは初めてだ」

 

 

 驚いて目を見開いた後、照れる様に笑うトレーナーさん。あの本気の目に少しドキッとしてしまったのは内緒にします。

 

 

マック「ふふっ、あんなに怖いトレーナーさんは初めてです」

 

 

桜木「ああ、高校の頃、ヤクザ役に抜擢されてな。昔取った杵柄ってやつだよ」

 

 

桜木「ほら、代わりの鼻緒を作るから、靴を貸して」

 

 

 そうでした。そのために彼は頑張ったのですわ。私は彼に草履を渡しました。

 彼はその手で手早く鼻緒の作りを済ませると、私の足に手を添え、その草履を履かせてくださいました。

 

 

マック「随分と手馴れてますのね」

 

 

桜木「ああ、毎回妹が草履を履きたがるんだが、毎回鼻緒を千切らすんだよ」

 

 

 彼が顔を見上げるように上げると、私の視線とばったり会ってしまいました。数瞬、見つめあった後、お互いに視線を逸らしました。気まずい空気が場を包みます。

 ですが、先程より明確に周りの音が聞こえます。周りの色がはっきりとします。彼が居ると言うだけで、周りの景色は色合いを良くするのです。

 

 

桜木「.........さ、出来たぞ。立てるか?」

 

 

マック「もちろん立てます。お気遣いありがとうございますわ、トレーナーさん」

 

 

 差し出された彼の手を取り、ベンチから立ち上がりました。その手が離れようとした時、少し名残惜しい気もしましたが、彼の隣で歩き出し始めると、そんな気も紛れました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「あらら、ここが終着地点か」

 

 

マック「随分歩きましたわね」

 

 

 隣にいるマックイーンと顔を合わせ、笑い合う。本当、何時間歩いたんだろうな。

 けれど、その何時間が終わってしまうのは少々名残惜しい。もう少し隣で歩いていたかったなぁ。

 

 

桜木「なんか食べたいもの他にある?門限もまだ全然余裕あるし、戻れるぞ?」

 

 

マック「いえ、もう堪能し尽くしましたわ。後は花火を見るだけですわね」

 

 

桜木「花火、花火か.........」

 

 

 ここから橋の方まで歩いたとしよう、学園の寮からは大分遠くなるし、花火の終わる時間が何時になるか分からない。都会は規模が違うからな。

 それに何より、先程マックイーンに絡んでいた二人組の様に、あの人混みの中ではぐれてしまえば、今度こそマックイーンが危ない。身体能力を考えれば大丈夫だろうと思うかもしれないが、マックイーンは女の子だ。心に傷を負う可能性もある。そんな事で悲しんで欲しくは無い。

 

 

桜木(そういえば、あの神社.........)

 

 

 そうだ。確かあの神社、ちょうど川の方が綺麗に見えたはずだ。そうと決まれば話が早い。

 

 

桜木「あのさ、マックイーンが良ければなんだけど.........」

 

 

マック「?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「よし、着いたな」

 

 

マック「大丈夫ですか?トレーナーさん?」

 

 

桜木「ああ、心配ない」

 

 

 あんだけ歩き回った後だが、不思議とここまで来るのに疲れは無かった。これも恐らく、タキオンのトレーニングのおかげだろう。

 少し寂しさを感じる神社だが、ここの周りは自然がある。散歩の休憩にはもってこいのスポットだ。

 

 

桜木「せっかくだから、なんかお願いしていくか?」

 

 

マック「ええ、そうしましょう」

 

 

 二人で鳥居を潜り、賽銭箱の前に並んだ。二人で同時に財布から五円玉を取り出し、二人で一緒に賽銭箱に入れ、二人で一緒に手を合わせた。

 

 

マック「.........ふふっ」

 

 

桜木「.........ははっ」

 

 

 それがなんだか、くすぐったくて、おかしくて笑ってしまう。そして、きっとそれはマックイーンも同じだろう。

 

 

マック(天皇賞の制覇。必ず成し遂げて見せます)

 

 

桜木(.........とか、思ってるんだろうなー)

 

 

 瞑っている目の片方を開き、真剣に手を合わせているマックイーンの方を見る。おそらく、そう思っているはずだ。彼女の事だから、神に願うのではなく、必ず自分で成し遂げると誓うのだろう。

 

 

桜木(じゃあ、俺は沢山お願いしないとな.........)

 

 

 ウララが楽しくレースを走れますように。

 ライスが変わりたい自分に変われますように。

 ブルボンの脚が彗星であると証明できますように。

 タキオンがスピードの向こう側を皆に見せ付けられますように。

 マックイーンは、必ず勝ちます。俺がしっかり、勝たせてみせます。

 

 

桜木「.........」

 

 

 それにしても、三女神か.........そういうのを祀ってる神社って珍しいよな。大抵は日本神話とか偉人だろうに.........まぁ、ここは競走バ縁の地でもあるから、崇め奉られてるんだろうなぁ.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雨が降っていた気がする。いつものーーーで、心はーーーのようにーーーと沈み込んで、背中はーーーにーーーて冷たく、心はーーー叩かれたように震え、ーーーの中でただただーーーを.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「―――ナーさん!トレーナーさん!!」

 

 

桜木「!」

 

 

マック「大丈夫ですの?あら.........涙が.........」

 

 

 心配そうに覗き込んでくる彼女。気付かずに流したであろう涙を拭うように人差し指が頬を撫でた。

 なんだったんだ。今のは.........いや、この感じ、どこかで感じたことのある感情だ。激情がまるで通り過ぎたように心は風に敏感になる。

 

 

桜木「ははは、いや悪い。なんかよく分かんないけど心が揺れ動かされちゃって.........」

 

 

マック「.........本当に大丈夫ですか?」

 

 

 大丈夫だと言うように、彼女の頭に手を乗せると、それ以上は何も言わなくなった。正直、大丈夫かどうかなんて俺にも分からない。

 全く、こんなことはソルジャーファーストとかにやらせとけばいいんだよ。あんなので泣くとかジェノバ細胞埋めこまれ疑惑発生してんぞ。

 そんな下らない想像で心の波を鎮めていると、不意にマックイーンの顔が明るく彩られた。もしやと思い、川の方を見てみると、尾を引いて垂れて行く線と、胸にまで響くような重々しい破裂音が響き渡った。

 

 

マック「まぁ.........!」

 

 

桜木「.........」

 

 

 隣をちらりと見やると、花火の綺麗さに声を上げているマックイーンがいる。改めて見ても、やはり浴衣姿も、ポニーテール姿も素敵だ。今もそうだけど、将来はもっと美人な女性になるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「綺麗だな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「!」

 

 

 不意に聞こえる、彼の声。いつもいつも、不意打ち気味に仕掛けてくるので心臓に悪いです。

 そんな必要は無いのですが、恐る恐る彼の姿を見る為に、ちらりと横目で見ると、空を見上げながら、その顔を花火の明かりで彩られるトレーナーさんが居ました。

 

 

桜木「.........」

 

 

 苦しい。胸がこんなにも苦しく感じることなんて、今まで無かった。恋に恋するなんて言葉があるように、一人の女の子をこんなに好きになったことは無かった。

 

 

マック「.........」

 

 

 締め付けられる様に、縛り付けられるようにきゅうきゅうと音を立てているように、規則的に発生する痛みにも似た心地の良い、居心地の悪さが今の彼との関係性。

 

 

桜木(だけど.........)

 

 

マック(ですが.........)

 

 

 ((今はそれすら、心地いい.........))

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「.........」

 

 

マック「.........」

 

 

 最後の花火が打ち上がり、俺とマックイーンを強く照らした。長く伸びる影が交わるように重なるが、俺と彼女の距離はまだ、2/1バ身もある。

 

 

桜木「.........終わっちゃったな」

 

 

マック「.........終わってしまいましたわね」

 

 

 楽しい楽しい橋でのお祭り騒ぎも、ここから見ても一目で分かるように落ち着いた。みんながみんな、暗くなった夜の空を怖がるようにして足早に散り散りに去っていく。

 俺達も帰ろう。そんな事は言わない。俺は、帰りたくない。

 けれど、彼女は子供で、俺は大人だ。わがままを言える立場じゃない。階段に向かって一歩踏み出すと、彼女もそれに黙って着いてきた。

 

 

桜木「.........楽しかったな」

 

 

マック「.........はい、とても」

 

 

 下っていく階段を、隣に互いを感じながら過ごした。楽しくて、寂しくて、名残惜しい。そんな時間を感じながら階段を下った。

 このまま彼女を送り届けようと思っていると、神社の前に一台の大きなリムジンが停められる。

 運転席から現れたのは、執事服を来た高齢の男性だった。

 

 

「お嬢様、お迎えにあがりました」

 

 

マック「ありがとうございます。爺や」

 

 

桜木「へー.........なんか別世界の人みたいだな.........」

 

 

 見たままの感想をそのまま呟く。実際執事とかを見た事も無くて、こんな高齢の男性が仕えるなんて事はほとんど無いだろうと思っていたからだ。

 

 

爺や「これはこれは桜木様。いつもお嬢様がお世話になっております」

 

 

桜木「え?なんで俺の事を?」

 

 

爺や「お嬢様のメイクデビューを拝見致しました。いやはや、ジャックポットは狙うべきものでは無い.........素晴らしいお言葉です」

 

 

 そう言いながら、爺やさんは丁寧にお辞儀をした。うーん。面と向かって言われるとなかなか照れくさいな.........

 

 

マック「ふふっ、爺やだけではなく、メジロの者たちは皆感心しておりましたわ」

 

 

爺や「ええ、お祖母様も、マックイーンお嬢様に良いトレーナーが付いたと、心底喜んでおられました」

 

 

桜木「ははは、それは責任重大っすね」

 

 

 そうか、マックイーンの家族が応援してくれてるのか.........だったら尚更、頑張らなきゃ行けないよな。

 そんな事を思っていると、爺やさんは後ろの席のドアを丁寧に開ける。何でも丁寧だなー.........正直カッコイイ。

 

 

マック「.........」

 

 

爺や「.........お嬢様?」

 

 

マック「.........それではトレーナーさん。また明日」

 

 

桜木「おう、また明日な。マックイーン」

 

 

 やはり彼女は礼儀正しくお辞儀をして、別れを告げる。明日からはまた、いつも通りの二人に戻る。今日はちょっと、非日常に酔っていただけだ。

 だから、俺も笑って手を振る。扉を閉められ、窓越しに手を振るマックイーンに、寂しさを堪えるようにゆっくりと手を振り、別れを告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「.........」

 

 

 心地よく揺れる車内の中。今日の出来事をゆっくりと振り返っていました。楽しかった。お祭りという非日常をここまで楽しめたのはやはり、彼のおかげです。

 ですが、彼の事を.........お祭りのことを思い出すと、やはり胸がきゅうきゅうとします。今はそれを抑えるのが精一杯です。

 

 

爺や「.........お嬢様」

 

 

マック「?......なんでしょう爺や?」

 

 

爺や「良いトレーナーを見つけましたな.........」

 

 

マック「.........ええ、素敵な、トレーナーさんですわ」

 

 

爺や「お祖父様を思い出します」

 

 

 お祖父様を.........?その言葉を聞いても、私にはピンと来ませんでした。確かに、お祖父様はトレーナーとしてその腕を奮っていたと言う話は聞いた事がありますが、私の記憶のお祖父様と彼は、全く合致しません。

 

 

爺や「.........大変優秀な指導者でした。かつての古賀トレーナーの師事をしていたと言えば、その敏腕さが伝わるでしょう」

 

 

マック「まぁ.........!」

 

 

爺や「そして.........スケールが大きい。あの娘の脚は重機関車だと言ったり、激流の流れの中を綺麗に泳ぐ鯉と表現したり.........挙句の果てには、宇宙の真理を解き明かすより、彼女らの脚を育て上げる方が自分にとってはノーベル賞だとも言われておりました」

 

 

マック「!」

 

 

 その言葉一つ一つが、何となく理解出来てしまいます。きっと、トレーナーさんなら完璧に理解してしまうのでしょう。

 けれど、理解が出来なくても、それは決しておふざけではありません。走るウマ娘を全面的に信じているから、そう言い切る事が 出来るのです。お祖母様も、素敵なトレーナーさんに出会えたのですね.........

 

 

爺や「.........うかうかしていられませんよ、マックイーンお嬢様」

 

 

マック「な.........!?」

 

 

 バックミラーでちらりと見える爺やの口元は、とても意地悪な笑みでした。偶にこうして、凝り固まった私の思考や心を解してくださるのです。

 

 

マック「.........爺やは、その.........どう、思いますか?」

 

 

爺や「一目で見ただけですが、良き青年だと思われます。ですが少々他の娘に目を向けやすいかも知れません。お祖父様と同じように」

 

 

マック「まぁ.........ではお祖母様は相当苦労されたのですね.........」

 

 

爺や「ええ、お祖父様は毎日、身体の関節のどこかを痛めておりました」

 

 

 その言葉を聞いて、思わず笑い声が漏れてしまいました。若い頃のお祖父様がお祖母様にメジロ家秘伝の護身術にかけられている姿を思い浮かべました。そんなの、笑ってしまうに決まっています。

 運転している爺やも、その姿を思い出しているのか、静かに笑い声を零します。

 

 

爺や「お嬢様。立場というのは常に変化します。今は相応しくなくとも、いつか相応しくなる時が来るはずです」

 

 

マック「.........もし、来なかったら.........?」

 

 

爺や「無理矢理という手もございます。寧ろ、お祖母様は無理矢理お祖父様とご結婚なされましたから」

 

 

 それは.........初耳ですわ。お母様からは昔から仲が良かったとしか聞いていないので、お祖母様の結婚にそんな背景があったとは知りませんでした。でも.........そうですか、最終的には無理矢理.........

 

 

桜木『また明日な』

 

 

マック「.........」

 

 

 いけません。そんなことをしてしまえば、あの優しい笑顔に.........純粋さが失われてしまいます。それだけは.........彼のあの優しさだけは、絶対に利用しては行けません。

 

 

マック(.........早く、大人になりたいです)

 

 

 以前まで分からなくなっていた[大人]になると言うこと。もしトレーナーさんの言う通りになれたら、未だに勇気を持てず、名前を付けられていないこの感情を貴方に伝えることが出来るのでしょうか.........?

 心地の良い揺れをする車体の中で、終わった夏祭りと彼の姿に思いを馳せながら、今日という非日常の終わりを静かに感じました。

 

 

 

 

 

ㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤ......To be continued



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タマ「ウチ、本当は怖いんや」

 

 

 

 

 

 

 秋の肌寒さが支配せんと、その手を日本全土に伸ばし始めた季節。あの夏祭りの事を考えると時間というのは人の思いとは裏腹に、無常に突き進んでいくらしい。

 

 

「ーーーさん、天皇賞・秋。注目すべきウマ娘は誰でしょうか?」

 

 

「やはりここはオグリキャップ選手でしょうかね。タマモクロス選手も良い線まで行くとは思いますが.........」

 

 

桜木「.........天皇賞秋か......」

 

 

 まだ誰も来ていないチームルームで、一人でそう呟いた。タマモクロスは大丈夫だろうか?あの子はあの子で、結構気を張っちゃうタイプだからな.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まずい。タイムが縮まらへん。何を焦っとるんやウチは。こんなこと前にもあったやん。大丈夫、ウチは大丈夫なんや。

 そう思いながら、ウチは走り込みを続けるオグリをチラリと見る。なんやねん、ほんまにアレがウマ娘の走りなんか?

 

 

タマ(嫌や.........ウチは負けたくない!)

 

 

 分かっとる。強がりやって言うのは百も承知や。なんせ、オグリに勝てるビジョンがまだ浮かばないんやからな.........

 けど、後には引けないんや。オグリがようやっとウチをライバルとして見てくれた。それがどんだけ嬉しかったか.........!

 だから、ウチは負けられへん。オグリにも、スランプにも.........!!

 そう心を奮い立たせたウチは、もう一度その脚でターフを蹴ったんや。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「トレーナーさん、少し相談が.........」

 

 

桜木「ん?どうした?」

 

 

 チームのトレーニング切り上げ、解散を言い渡そうとした直前に、マックイーンがおもむろに近付いてきた。一体どうしたのだろう。

 

 

マック「私の事ではなく、その.........タマモクロスさんの事でご相談が.........」

 

 

桜木「え?タマの事で?」

 

 

マック「はい、実は最近、朝に自主練習をしている時によくご一緒するのですが.........どうにも調子が良くないらしいのです」

 

 

桜木「.........そうか」

 

 

 やっぱり、そうなってくるか.........タマは少し、責任感というか、逃げることに対して大分抵抗があるように思える。恐らく、どうしようもないスランプと大きいライバルの存在との板挟みから、逃れられないのだろう。

 

 

桜木「.........わかった。この後話してみるよ.........それと」

 

 

マック「?」

 

 

桜木「マックイーン。頑張りすぎ」

 

 

マック「あ.........」

 

 

 しまった、と言うように口元に手を重ねるマックイーン。彼女の不安を払えるのならとボロを出すまでは泳がせていたけど、ここに来てこうなるのは好都合だ。

 実は、彼女も実際スランプに落ち気味だ。タイムが伸びない。末脚がイマイチ冴えないなど、以前のスズカとはまた違うスランプだ。

 

 

桜木「不安なのはわかるけど、一人で不安になると心細いだろ?だからせめて俺も巻き込んでくれ」

 

 

マック「トレーナーさん.........」

 

 

 まったく、俺はどうやら頼りないらしい。もう少ししっかりしたいが、それが出来ない性分なのだ。申し訳なく思いながら、俺は今度こそチームの練習を切り上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

タマ「.........話ってなんや」

 

 

桜木「まぁまぁ、お茶でも飲もうか」

 

 

 そんな暇無い。ウチには時間が無いんや.........なーんて、おっちゃんと出会った頃ならそう悪態ついてたやろうな。けど、おっちゃんはウチのスランプを脱却させてくれた恩人や。命を救ってくれたと言っても過言やない。

 ウマ娘にとっては全然何ともない季節やのに、おっちゃんはあっつい緑茶を入れてくれたんや。自分は猫舌なのに。そういうとこやでホンマに。

 

 

桜木「調子はどうだ?」

 

 

タマ「.........まぁ、順調やな。なんや?心配してくれるんかいな!」

 

 

桜木「そうだな。相手はあの[オグリキャップ]だからな」

 

 

タマ「っ.........」

 

 

 なんでや、そこは心配なんてしてないって言うところやろ。なんでわざわざオグリの名前を出すねん.........しかも、いつも通りのあだ名じゃなくて、なんでフルネームで.........

 ウチは、カッとなりやすいタイプの性格や。やから、自分でもよく分からん内に怒って、原因も分からんのに喧嘩を始める時もある。けど、ここは.........ぐっと我慢や。

 

 

桜木「.........タマ、強くなるってどういう事か.........分かるか?」

 

 

タマ「.........なんや急に、ウマ娘で強なる言うたら、レースに勝つ事やろ」

 

 

 ウチはソファから立ち上がって、俯きながらそう言った。おっちゃんの顔は、見れんかった。けれど、どんな顔をしてるか分かる。

 まっすぐ見てくるんや。ウチのレースをしろって言った。あの日みたいに.........!

 なんやねんホンマ!!何が言いたいねん!!

 

 

タマ「帰る。ウチはやる事があるんや」

 

 

桜木「強さとは」

 

 

タマ「.........」

 

 

 その声が聞こえて、ウチは足を止めた。背中に掛けられる声は、少し、怖かった。いつもの優しい声やない。見なくても分かる。おっちゃんの身に纏う雰囲気も、優しく無くなった。

 

 

桜木「強さとは、恐怖を感じながらも、何かのために、身体を奮い立たせる事だ。俺はそう学んだ」

 

 

タマ「.........何でや」

 

 

桜木「ドラゴンボールからだ」

 

 

 なんやそれ、そんなシーン。あの漫画には無かったやろ。けれど、おっちゃんは真剣や。何を言ってるか分からない時ほど、おっちゃんは本気なんや。

 

 

桜木「誇りやプライド。それを証明する為に戦う戦士が。いつしか、何かを守るために誇りやプライドを原動力にする。まるで、その為に今までそれを守ってきたようにな」

 

 

桜木「けどそれは、認める事で生まれる強さだ。自分が幾ら強いと偽り続けても、やって来るのは悔しい敗けだけだ。タマ.........お前は」

 

 

タマ「嫌や、それ以上は聞きたくない」

 

 

 聞きたくない.........けれど...............もう、分かってもうた.........気付いてもうた.........ウチは.........ウチは.........!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オグリが.........怖い...............

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なんや、戦う準備が出来てへんかったのは、ウチの方やん.........こんな、こんなんじゃ.........ウチは、オグリに顔向け出来へん.........

 

 

桜木「.........タマ」

 

 

タマ「?.........!?ちょちょちょい!!近いっ!!近いっておっちゃん!!!」

 

 

 俯いて見ていたウチの影が濃くなる。なんやろなー思っとうたら、おっちゃんの身体がもう目の前やった。よく見ると両手がウチを覆おうとしとるし!!!

 なんや!!!何しようとしとるんやこのウマたらし!!!うまぴょいか!!?ウチとうまぴょいしようとしとるんか!!???

 ま、まぁおっちゃんになら?別に許してやってもええけどな?割と良い顔しとると思うし、優しいし.........

 

 

桜木「じゃあなタマ」

 

 

タマ「は?」

 

 

 思わず声上げてもうた。何もせえへんの?なんや拍子抜けやな.........

 そう思っていると、なーんか違和感がある事に気が付いたんや。なんか、いつもと違う感じがする.........

 

 

タマ「.........あ゛ーーーーーッッ!!!??」

 

 

 おっちゃん!!!ウチのハチマキ取って帰ってったんか!!!??

 マジでありえへん!そう思いながらウチはおっちゃんを追いかけるために、おっちゃんのチームルームを後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「.........来たか」

 

 

タマ「クォラァァ!!!どういうつもりでウチのハチマキ盗ったんや!!!返答次第とかそんなもん関係なくタダじゃ置かないでッ!!!」

 

 

 中々の怒り具合でトレーニングコースに登場を果たしたタマモクロス。まぁ、予想はしていた。

 けれど、俺の周りで柔軟や準備体操をしている俺のチームの様子を見て、その怒りも徐々に霧散して行った。

 

 

タキオン「ふぅン。モルモット君。彼女がゲストということで良いのかい?」

 

 

ウララ「わー!!タマちゃんだー!!!タマちゃんも走るのー!!?」

 

 

桜木「いや、今回は走らないぞ。タマが走るのは明日だからな」

 

 

タマ「.........」

 

 

 俺はタマモクロスによく聞こえるようにそう言った。明日は天皇賞・秋。つまり、本番だ。ここで走らせて怪我でもされれば、俺の首が飛びかねない。いくら古賀さんでも、許してくれないだろう。

 

 

ライス「タマモクロスさん、お、応援してるからね!」

 

 

ブルボン「私も、貴方の走りにはどこか惹かれるものを感じます」

 

 

タマ「な、なんやねん!どういう事かはよ説明してやおっちゃん!!」

 

 

 わたわたと慌てながら、ライス、ブルボン、ウララに囲まれるタマモクロス。中々可愛い感じになっている。もっと見ていたい気もするが、そろそろ始めよう。

 

 

桜木「さ、頼んだぞタキオン」

 

 

タキオン「全く、君は本当に人使いが荒いな」

 

 

桜木「いつも俺の事をボロ雑巾みたくしてるだろ。これくらいのワガママ聞いてくれよ」

 

 

タキオン「いや、流石の私もそこまではしてないぞ」

 

 

タマ「あ!!!ウチのハチマキやん!!!」

 

 

 俺は手に持ったタマのハチマキを、タキオンに手渡した。嫌な顔をしながらも、渋々と言った顔でハチマキを結ぶ。

 その足で普段から使っているコースの上に入る。走る距離は2000m。タマモクロスが走る距離だ。

 スタートを切る体制。静けさがアグネスタキオンの周りを支配する。場は静寂して、その姿を空間に意識させた。

 ハチマキの尾が真っ直ぐ伸びる。気が付けばもう、アグネスタキオンはスタートを切っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

タキオン『世紀の頂上決戦。楽しみにしているよ。トレーナー君が応援するんだ。私も君の勝利を願おうじゃないか』

 

 

 なんやねん

 

 

ライス『あ、あの!頑張って勝ってね!タマモクロスさん!』

 

 

 なんやねん.........

 

 

ウララ『タマちゃん!!ウララもね!!1着取るのが目標なの!!一緒だね!!!』

 

 

 ほんまに.........

 

 

ブルボン『勝率は五分五分です。どちらが勝つかは分かりません。ですが、マスターの言葉をお借りするなら。私は貴方の勝利に賭けます』

 

 

 ほんまに.........!

 

 

マック『応援していますわ!タマモクロスさん!勝った暁には是非その景色の感想を教えてくださいまし!!』

 

 

 なんでなんや.........おっちゃん.........

 

 

桜木「ハァ.........!ハァ.........!ほら.........これで、怖くないだろ.........?」

 

 

 息も絶え絶え、足もガクガクになってる。それなのに、その笑顔はなんやねん。なんで笑えるんや.........辛くないんか、苦しくないんか、どうして.........笑ってくれるんや.........

 

 

桜木「ハァ.........2000mを全力疾走はちょっと.........身体に来るな.........ハァ.........」

 

 

 おっちゃんはそのまま、立ち上がって、ウチの後ろに立った。今まで全員がしてきたように、ウチのハチマキを、後ろから回してギッチリ締めてくれた。

 

 

タマ「なんで.........?普通、オグリを応援するやろ.........アッチの方が人気やし.........!」

 

 

桜木「そんなの、俺が主人公キャラより、ライバルキャラを好きになる性分だからに決まってんだろ」

 

 

 おっちゃんは、なんの悪びれもなくそう言いきった。そうやった。おっちゃん、ひねくれとるんやった。けど.........ウチを応援してくれてる気持ちは本物や。

 

 

マック「もう、トレーナーさん。肩をお貸ししますわ」

 

 

桜木「ああ、悪いな.........ああそうだ。あと一つだけ.........」

 

 

タマ「.........?」

 

 

桜木「負けたくないなんて思うな.........常に勝ちたいと思え。それだけだ」

 

 

 ウチを真っ直ぐ見ながら、おっちゃんはそう言いきった。ほんま、このおっちゃんはカッコつけんと生きて行けないんか?

 けど.........ホンマに、ちょろいもんやわ。こんなんで元気になるウチは、甘々の甘ちゃんや。

 ウチはハチマキに残る温もりを感じながら、おっちゃんの言葉を胸にしっかりと刻み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 天皇賞・秋 当日

 

 

 レース会場は大きな賑わいを見せている。まだ選手はパドックに入ってすら居ないのに、既にお祭り騒ぎだ。

 

 

「なぁ、どっちが勝つと思う?」

 

 

「そりゃお前、オグリキャップだろ!」

 

 

「いーや!俺はタマモクロスだと思うね!」

 

 

桜木(人気順ではやっぱりオグリキャップが一枚上手.........まぁ、あんな化け物みたいな走りを見せつけられたら、素人目からも目立つだろうからな)

 

 

 人々の注目を集めるのは常識の欠けた、不快にさせないパフォーマンス。それはオグリキャップの走りにも言える事だ。

 しかし、それはタマモクロスの走りも同じだ。彼女はレースの仕方で走りを魅せる。追い込みで一気に、前の方へと駆け抜けていくレースが彼女の世界を形成する。

 

 

マック「トレーナーさん、インタビューが始まりますわ」

 

 

桜木「お、マジか」

 

 

 先程買った新聞を閉じ、競バ場の巨大モニターに視線を移す。先程までグッズの販売広告が淡々と流れていただけだが、ウマ娘の生インタビューが流れ始めた。

 

 

ウララ「あ!オグリちゃんだ!!」

 

 

タキオン「走りも強ければ人気もある。そして、インタビューの順番くじで一番を引く力も持っている。中々の強敵じゃないか」

 

 

桜木「え?インタビューの順番ってくじなの?」

 

 

ライス「う、うん。そうみたいだよ?」

 

 

ブルボン「.........写りませんね。タマモクロスさん」

 

 

マック「ですわね.........」

 

 

 次々とインタビューに受け答えて行くウマ娘達。その中にはまだ、タマモクロスの姿は映っていない。

 まさかまさかと思っていると、そのまさかだった。彼女はどうやら一番のトリを飾る最後のくじを引いたらしい。

 

 

桜木(さぁ、どうなるかな)

 

 

タマ「なんや!ウチがトリか!!最初は一番最後かいな思ってたけど、考えてみるとウチ追い込みやから最初は最後方や!!出だしは順調やな!!!」

 

 

 その言葉に対し、会場に笑いが起こる。場の空気を掴むのには成功したらしい。マイクをひったくったタマモクロスは、終始嬉しそうな顔でインタビューに受け答えていた。

 

 

「タマモクロスさん!今回、初のオグリキャップさんとの芦毛対決となりますが、意気込みはどうですか!?」

 

 

タマ「.........」

 

 

「.........?」

 

 

 先程まで元気よく喋っていたタマモクロスだったが、その言葉で急にシンとなる。その異様な様子に、会場にも不満が生まれる。悪い空気だ.........だが、そんな物をわざわざ生むタマモクロスではない。

 わざとだろう。オグリキャップが常識を覆すパフォーマンスでフォーカスを集めるなら、タマモクロスはその緩急を持った間を持ってして人の視線を集める。テンポと笑いが何より好きなタマモクロスらしいやり方だ。

 そんな痛い程の静寂の中、次のタマモクロスの言葉を、大勢の人々が待ち望んでいた。

 

 

タマ「.........[稲妻]の雷鳴は遅れて聞こえてくる。音に気付いた後にはもう姿は残らへん」

 

 

桜木「.........!」

 

 

マック「まぁ.........!」

 

 

タマ「ウチの加速は、光より早いで。瞬きしてたら音すら捉えられへん」

 

 

 .........驚いたな。まさか、俺の例えを使われるなんて思ってもみなかった。それに、これを聞かれていたのか.........本人に対して言った訳じゃないから少し恥ずかしいな。

 声を上げたマックイーンの様子を見なくても分かる。他の観客も同じだ。熱が上がってきている。ヒートアップし始めているんだ。

 

 

タマ「ウチはただの[稲妻]ちゃう、[白い稲妻]や。それを今日、ここで証明する為に立ってる.........だから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「勝負や。オグリキャップ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼女のその宣言が、見えなかった火花をバチバチと可視化させた。彼女の内に秘めた熱さを現実の物とした。彼女のその強い眼力の先に見据える者を、もう一度大勢の観衆に意識させた。

 タマモクロスはイタズラが成功したような笑顔で、ひったくったマイクを、今度は押し付けるようにインタビュアーに返した。彼女の声も無い。映像の動きもない。あるのはただ一つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーーーーーーッッッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一拍置かれた二人の芦毛のウマ娘の対決に魅入られた観衆の、空気を裂くような大歓声が響き渡るだけであった。

 

 

 

 

 

ㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤ......To be continued



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タマ「勝負や、オグリキャップ」

 

 

 

 

タマ「.........」

 

 

 大丈夫。ウチは大丈夫や。そう自分に言い聞かせながら、心臓の音をゆっくりと鎮めていく。ゲートの中は、ウチにとっては少し広い。だから他のウマ娘が感じるような閉鎖感とかは、あまり強く感じないんや。

 けれど.........ここに来るとレースに対する姿勢が変わってまう。スランプ気味のウチが出てくるのか。果たして前見たいな快進撃で突き進むウチになるのか.........

 らしくもない。どっちもウチや。弱気になっとんとちゃうで。タマモクロス。アンタのライバルは意気揚々としとるやないか。

 

 

タマ(.........そうや、ウチは.........)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 (負けたくない.........!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この並行列のどこかに居るであろうオグリを意識する。自然とそんな気持ちが溢れ出てくる。そうや、それでいいんや。全部アイツにぶつければええ。

 

 

タマ「勝負や.........!オグリキャップ.........!!!」

 

 

 一番端っこのゲートが締められる。いよいよ始まるんや.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ウチの天皇賞・秋が.........!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「.........」

 

 

 ファンファーレの音は止んだ。ウマ娘達は走る準備を終えている。あとはゲートが開くのを待つだけだ。その待っている時間すら、酷く心をギチギチに縛り付ける。俺もタマを応援する為に、ハチマキのグッズを売店で購入した。準備は万全の筈だ。

 

 

 ガコンッ!!!

 

 

桜木(.........!!)

 

 

 ゲートが開かれると同時に、重々しく聞こえてくるのは彼女達の走る音。その身体に鞭を打つような観衆の声が空気を叩き付ける。そんな重厚感の伴うレースのせいか、耳には上品にバイオリンの旋律が流れ始めていた。

 

 

桜木(これがG1.........!!)

 

 

 ここで初めて、自分が手を伸ばしたものの価値を理解し始めている。周りではそれを楽しみながらも、どこか重さを理解している者達でしか溢れて居ない。

 自分一人では抱えきれなくなり、隣にいるマックイーンに視線をちらりと送ると、その眼差しはレースにただ一点注がれており、胸元に置いた両手をキュッとキツく握っていた。

 

 

桜木(俺がここで気圧されてどうする.........!!走ってるタマモクロスの方が苦しいに決まってるじゃねえか!!)

 

 

実況「先頭から7番!快調に飛ばしています!」

 

 

実況「後を追うように3番と5番!」

 

 

 軽快に聞こえてくる実況の声。レースの展開は良く見える。オグリキャップは差しで挑んでいるようだ。その表情は正に、獲物を食らう様なハンターで、その機会を根強く伺っている。

 

 

桜木(.........!あんのバカ.........!!)

 

 

 一方、一人で殿を務めるタマモクロス。その表情は鬼気迫るものを感じる.........

 しかし、その表情には負けの二文字に支配されているものだ。それではオグリキャップには到底適わない。どうやら、この不自然に聞こえてくるバイオリンの重い旋律に呑まれているのは、俺だけじゃないらしい。

 自分で果たして気が付いてくれるだろうか。それだけが心残りだ。

 

 

実況「一番人気オグリキャップ!まだまだ余力を残しております!」

 

 

解説「これは後半、良い追い上げが見れますよ!」

 

 

実況「一方の二番人気タマモクロス!こちらは殿を務めている!」

 

 

解説「彼女の脚質には合っていますが、焦っているようにも見えます!」

 

 

 解説の言葉がスラスラと耳に入ってくる。恐らく当たりだ。オグリキャップの走りを目の前にしてタマモクロスは恐怖と焦りで冷静さを失っている。視野を広く持ってくれ。そうするだけでお前は勝てるんだ.........!

 

 

桜木「頑張れ.........!!」

 

 

 隣にいるマックイーンの選抜レースの時と同じように声を掛ける。それが届いて欲しいと思いながらも、必死にオグリキャップを見続けるタマモクロスの脚は、未だ目覚めないままでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

タマ(クソ.........!クソ!!やっぱ強いなァ!オグリ!!!流石ウチのライバルやで!!!)

 

 

 ウチの脚は、まだかまだかと声を上げそうな程に熱くなっている。まだや、今仕掛けてしまったら、オグリに勝つどころか、他の奴に負けてまう。そないな事なれば本末転倒や。

 ここは我慢や。負ける訳には行かへん。他の奴に.........もちろんオグリにも!!!

 

 

タマ(ウチは!!!負けたくないんや!!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

タキオン「.........状況は良くないな。どう見る?トレーナー君」

 

 

 いつものように腕を組みながらレースの展開を見ているタキオン。いつもと違う部分は、その表情が普段より険しい所だろう。

 どう見る.........いや、どこをどう見たって問題点はハッキリしている。

 

 

桜木「焦り過ぎだ。あんなんじゃ、スランプは到底脱却出来ない。オグリさんを倒す所か、入賞できるかすら怪しい.........」

 

 

マック「そんな.........!?」

 

 

ブルボン「.........視覚情報から、タマモクロスさんのステータス『焦燥感』を確認されました。マスターの仰っている事は、あながち間違いではないようです」

 

 

 冷静にレースの状況。そしてタマの状態を分析してくれているブルボンだが、その頬を伝う汗が多少の動揺を伝えてくれている。

 甘かったのだろうか、やはりあんな曖昧な励まし方じゃ伝わらなかったか.........?

 自らの焦りと不安でイライラしているタマを見て、俺自身もイライラが高まって行く。クソ、なんで俺はいつもこう詰めが甘いんだ。

 

 

ライス「大丈夫だよ!トレーナーさん!」

 

 

桜木「!.........ライス」

 

 

ライス「あの時のタマモクロスさん、ちゃんと分かってたもん。今はちょっと、周りが見えてないだけだよ.........」

 

 

 .........どうやら、俺が自分を責めていたことを気が付かれたらしい。一体何回このやり取りをすれば気が済むんだ。けれど、おかげで気が楽になった。

 

 

ウララ「応援しよ!!トレーナー!!」

 

 

桜木「.........そう、だよな」

 

 

マック「トレーナーさん.........」

 

 

 向こう直線の半分を過ぎても、タマモクロスは上がって来ない。お前の居場所はそこでは無いと言うのに、いつまで殿に居るつもりなんだ.........ッッ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

タマ(なんでや.........!なんで全然前に行けないんや!)

 

 

 いつものウチならもう、半分くらいの人数は抜かして前に出てる。今日はそれが出来てない。スランプやから?ちゃう。ウチはここに来て、オグリの後ろ姿を見て、また恐怖を感じとるんや。

 負ければ粉々にされる。今までやってきた努力も、成果も、家族の応援も、トレーナーの期待も、おっちゃんの教えも、全部知っとるオグリに壊される。それが怖い。

 

 

 嫌や.........

 

 

 嫌や.........!

 

 

 ウチは絶対.........!!

 

 

 負けたく...............ッ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バッキャロォォォォーーーーッッッ!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 誰やと思う?ウマ娘の激しく地面を打ち付ける足音の中を、大歓声で耳が麻痺してまうくらいの大声の中を、我先にとかき分けて声を届かせたヤツ。

 おっちゃんや。おっちゃんの、今までに聞いたことの無い大声が、ウチの耳には届いた。そんなん、思わずその方向見てまうやろ。レース中のウマ娘の集中を逸らすなんて、只者やないで。

 

 

タマ「.........!!!!!」

 

 

 ウチは、それを見て目を見開いた。おっちゃんは応援の為に買ったであろうハチマキを、親指で指し示した。ウチに見つかりやすいように、観客席の方から身を乗り出して。

 

 

 『世紀の頂上決戦。楽しみにしているよ。トレーナー君が応援するんだ。私も君の勝利を願おうじゃないか』

 

 

 『あ、あの!頑張って勝ってね!タマモクロスさん!』

 

 

 『タマちゃん!!ウララもね!!1着取るのが目標なの!!一緒だね!!!』

 

 

 『勝率は五分五分です。どちらが勝つかは分かりません。ですが、マスターの言葉をお借りするなら。私は貴方の勝利に賭けます』

 

 

 『応援していますわ!タマモクロスさん!勝った暁には是非その景色の感想を教えてくださいまし!!』

 

 

 『負けたくないなんて思うな.........常に勝ちたいと思え。それだけだ』

 

 

タマ(.........そうや、ウチは.........)

 

 

 ほんま、アホなヤツや。心に刻み込んだもん忘れて、どないせいっちゅうねん。けど、おかげで思い出せたわ。忘れてもうたなら、鏡を見ればええだけの話や。おっちゃんは、ウチに鏡を見せてくれた。

 胸が熱い。脚とか、腕とかや無い。そんな表面上の身体の部位じゃなく。心が熱を帯びてる。オグリを怖がってた時は、まるで感じなかった柔らかい温かさ。それが.........真の意味で、ウチの身体を暖めたんや.........!!!!!

 

 

タマ(ウォーミングアップは.........終いやッッ!!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「.........!」

 

 

 今の今まで、桜木の耳に聞こえていたバイオリンの旋律が、止んだ。代わりに、静かなギターの音がゆっくりとフェードインしてくる。

 周りの世界がゆっくりになる。もちろん、それはウマ娘のレースも例外では無い。全てがゆっくりになり始める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

実況「おおおおっと!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 例外は.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

実況「今ここでええええ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二人居た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

実況「二人の芦毛が先頭に躍り出たァァァァッッッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 コーナーの外から来るのは、オグリキャップ。そして、それに並ぶようにタマモクロスががっしりと食らいついていく。

 

 

オグリ「ッッッ!!!??」

 

 

タマ「勝負やァァァァッッ!!!オグリィィィィッッッ!!!!!」

 

 

オグリ「くっっっ.........!!!タマァァァァァッッッ!!!!!」

 

 

 コーナーからの直線。二人の差はほぼ無いに等しい。

 隣で食い付いてくる存在にオグリキャップは直ぐに気がついた。だが、それも瞬間では無い。いつも通りに抜け、誰も居ないと確信した次の瞬間の違和感でようやく気が付いた。見開かれた目には、狙う獲物の標的を目に写したタマモクロスが写っていた。

 この状況。オグリキャップの脚ならばどうという事は無い。だが、何故かタマモクロスを突き放す事が出来なかった。

 

 

タマ(へへっ!!おっちゃんの思惑通りや.........!!!相手が前に居る走り方も、後ろに居る走り方も一級品.........!!!けど、隣でガッツリ居られんのは慣れてへんやろッッ!!!!!)

 

 

マック「凄い.........!あんな最後方に居たのに、一瞬で前に.........!!」

 

 

桜木「.........アレが、タマの強みだ」

 

 

 客席側で、レースの熱さに心を炙られながらも、平静を保つ桜木。タマモクロスの目覚めにひと安心するように、ふうっと息を吐いた。

 

 

桜木「タマモクロスは平均より身長が低い。だから、自然と目線の視点が低くなる。お陰で、隙間を見て潜り抜けなきゃ行けない場面で、視線を下に動かす必要がなくなる。前のレースを見ながら抜け出す隙間を見つけられるのが、タマモクロスの才能だ」

 

 

 大外をぐるりと回り、その驚異のスピードを持ってして先頭に躍り出たオグリキャップに対し、タマモクロスはその身体の特質を理解し、内側から隙間を縫うようにして前へと躍り出ていた。

 

 

桜木「この勝負.........どうなるか分かんねぇ.........!!!!!」

 

 

 満たされながらもまだ足りない。心はまだまだ何かを求めている。その欲望に従うように、桜木は腕組みした手で掴んだ腕を握り込み、不敵な笑み浮かべた。

 

 

タマ(強く、なったんや.........)

 

 

 オグリキャップの隣で走るタマモクロス。その目には既に、隣の存在は写っていない。あるのはゴール。ただそこだけであった。

 

 

タマ(強くなったんや.........)

 

 

 『姉ちゃん頑張ってな!!!』

 

 

 『ウチも応援しとるから!!!』

 

 

 『頑張ってね、辛くなったら、何時でも帰っておいで.........』

 

 

 家族の為に走ってきた。だから、負けたくなかった。負けが続く事が意味する事はつまり、ウマ娘の武器で家族を助ける事が出来ないということだ。

 

 

 『おまえさんは光るものがある。今はオグリやクリークには適わないが、必ず強くなれる』

 

 

タマ(強くなったんや.........!)

 

 

 拾ってくれたトレーナーの為にも走る。だから、負けたくなかった。自分の価値を見出してくれた彼に、恩義を感じていたからだ。

 

 

タマ(強くなったんや.........!!)

 

 

 『タマモクロスですよ』

 

 

 強くなると信じてくれた彼の為にも走る。だから、負けたくなかった。こんなに自分を全面的に信じてくれる存在なんて、家族以外で存在しなかったからだ。

 けれど、今は違う.........今は、別に[負けたくない]わけじゃない。今は.........この隣で、全身全霊を持ってして挑んでくれているライバルに、オグリキャップに[勝ちたい]。

 

 

タマ(ウチは............ッ!)

 

 

オグリ「ッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

タマ「強くなったんやァァァァァッッッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「.........勝った」

 

 

 多くの歓声が、空気を衝くように声を上げる。けれど、掲示板で表示された着位は、なんだか拍子抜けするほどあっさりで、余韻も無かった。

 

 

マック「凄い.........!」

 

 

 隣に居るチームのメンバー達は、それぞれ反応を見せている。マックイーンは口元に手を当て感嘆し、タキオンは素晴らしいレースに対して拍手を送った。一方で、ライスは安心したのか、泣き出してしまったようで、それをウララとブルボンが諌めている状況だった。

 

 

古賀「よう、桜木」

 

 

桜木「古賀さん.........」

 

 

 そんな中で、俺の隣にフラフラと現れたのはタマの姉御とオグリさんのトレーナーである古賀さんだった。

 

 

古賀「どうだった、ウチのチームの走りは」

 

 

桜木「.........そうですね。GIレースを生で見たのは二回目ですが、最高でした」

 

 

 胸が熱くなるようなレース。そうだ、そうだった。これがGIだった。走る彼女達の熱が伝わってくるようなレースが、GIなんだ。

 俺は、隣に居るマックイーンを見る。そうだ、次に見る天皇賞は、彼女の番だ。きっと、タマモクロスに負けないレベルのレースを見せてくれる.........!

 

 

古賀「俺はこれから、オグリとタマを迎えに行くが、おまえさんらはどうする?」

 

 

全員「ご一緒させていただきます!」

 

 

 声を揃えてそう言うと、古賀さんは嬉しそうに、豪快に笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

タマ「!トレーナーや!オグリ!!トレーナー来てくれたで!!」

 

 

古賀「おーどうしたオグリ。そんな落ち込んだ顔して」

 

 

オグリ「うぅ、タマに負けて悔しいんだ.........こんな気持ち、初めてだ」

 

 

 古賀さんの後に続いて、俺達も地下バ道に入る。すると、悔しそうに涙ぐんでいるオグリさんと、ワタワタとするタマの姉御が居た。

 それにしても珍しいな、オグリさんがこんなになるなんて。

 

 

古賀「んなもん、数多くある勝負の内の一つの負けだ。そんなに悔しかったのか?」

 

 

オグリ「ああ、タマの事は近くで一番見てきたから.........生まれてきた中で一番悔しい」

 

 

タマ「オグリ.........」

 

 

桜木「よう、お疲れさん」

 

 

タマ「あっ!おっちゃん!!」

 

 

 優しく頭を撫でられているオグリさんの背中を撫でていたタマの姉御が、とてとてとこちらに寄ってくる。やっぱり可愛いんだよな。芦毛のウマ娘って。

 

 

タマ「ちゃんと見とったか!!?ウチの最強の姿!!!」

 

 

桜木「ああ、見てたぜ?[稲妻]が走る光も、その音も、全部感じた。頑張ったな」

 

 

 目の前で恥ずかしそうに照れ始めるタマモクロス。本当に、表情が柔らかくなったものだ。

 そう思っていると、脇腹に最近恒例の刺激が走る。マックイーン先生が俺のタラシ行動を咎める為の措置だ。毎度毎度申しわけない。

 

 

古賀「おまえさん。よく半年でそこまでになったなー。ド三流って呼んでた昔が懐かしいな!!カッカッカッ!!」

 

 

マック「そうですわね。最近ではトレーナーの立場を悪用して沢山話しかけてるようです。何とかなりませんの?」

 

 

桜木「悪用って.........人聞き悪いぜマックイーン?俺は真面目に受け答えとか、疑問を聞いてるだけなんだけど.........」

 

 

オグリ「ん.........?なんだ、桜木がどうかしたのか?」

 

 

タマ「オグリ!気を付けた方がええで!!おっちゃんは最近、スケコマシらしいんや!特に芦毛は要注意せなあかんで」

 

 

 え、そんなに広まってんのか俺の噂.........真面目に自重しないといけない感じだなこりゃ.........

 そんなこんなで肩を落としていると、ウララが顔を覗き込み、心配そうに見てくる。可愛いやつだ。隣に越しておいで。

 

 

タキオン「さて、タマモクロス君の次のステージはドリームトロフィーカップだが、その意気込みは?」

 

 

タマ「心配せんでええで!!!先に活躍してるイナリよりウチは必ず、でっかい事成し遂げて見せるわ!!!楽しみにしときや!!!」

 

 

古賀「.........あー、そのー」

 

 

全員「.........?」

 

 

 先程までオグリの頭を撫でていた手で、バツが悪そうに頭を搔く古賀さん。なんだろう。なんだか嫌な予感がする.........

 

 

古賀「.........すまん、タマの参加書類。提出し忘れた.........」

 

 

タマ「.........は?」

 

 

ブルボン「.........では、次の勧誘があるまで、タマモクロスさんはシニア級のレースを続けるという事ですか?」

 

 

古賀「うん」

 

 

 質問をしたブルボン。何が何だかよく分かってないウララ。もうお腹がすいて来たオグリさん。それ以外は皆、ギコギコと首を動かし、タマモクロスの方へと視線を送った。

 

 

タマ「.........ははは」

 

 

古賀「.........たはは」

 

 

タマ「どないな落とし前つけてくれんねん、なあ?トレーナー」

 

 

 怖い。普段は可愛い芦毛のウマ娘を怒らせるとこうなるのか.........?俺もマックイーンだけは怒らせないようにしないとな.........

 ゆっくりとジリジリ古賀さんに迫っていくタマモクロス。何故か顔に発生した濃い影の影響で姿はもはやホラー映画と変わりない。

 

 

タマ「あーあ、ほんまようやってくれたわトレーナー。ウチはもうクラスのみんなに言いふらしたで?次のレースからドリームトロフィーカップやってな.........」

 

 

古賀「悪い!その.........すっかり頭から抜け落ちててなー!」

 

 

タマ「なんや?笑えば許されると思っとるんか?だったら精一杯笑えばええ。最後まで笑っとったら、その強さ認めて許したるわ」

 

 

古賀「タ、タマ?」

 

 

桜木「さ、帰るぞ」

 

 

 笑い始めそうだった古賀さんの手を握り締めたタマモクロス。これ以上この空気に耐えられない。そう思った俺は、オグリさん含め、全員をこの暗雲立ち込める地下バ道を後にした。

 その後、意識を失い苦痛の末もがき苦しんだ顔をした古賀トレーナーが三時間後に発見されたらしい。めでたしめでたし。

 

 

 

 

 

ㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤ......To be continued



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ルドルフ「グォレンダァッ!」トレーナー「!!!??」

 

 

 

 

 

 

 秋の季節も中頃に、北風がとうとう人々の格好をモコモコに暖かくさせ始めた時期のこと。

 平和な日々を過ごしている俺、桜木玲皇は、今日も今日とて平和な日々を賛歌しようとしていた.........

 

 

タキオン「済まないトレーナー君ッッ!!!助けてくれ!!!」

 

 

桜木「!?」

 

 

 ここはいつものチームルーム。今日はどういうトレーニングをしようかと考えていると、慌ただしく入ってきたのはアグネスタキオン。おかしい。この子はそんなこと言う子じゃないはずだ。一体どうしたと言うのだ。

 

 

桜木「一体何が.........」

 

 

タキオン「見れば分かる!!!とにかく来てくれ!!!」

 

 

桜木「わちょちょ!!???」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 生徒会室

 

 

テイオー「わわわ!!どどど、どうしよ〜!!???」

 

 

タキオン「テイオー君!大丈夫かい!?」

 

 

テイオー「あ!!タキオン!!」

 

 

 タキオンに強引に連れ飲まれ、勢いよく生徒会室の中へ入ってみると、机に突っ伏しているシンボリルドルフが居る。そんな彼女を心配そうに見ていたテイオーがとてとてとやってくる。

 

 

桜木「一体何が.........?」

 

 

テイオー「うぅ.........実はね?ボク、タキオンに薬を作ってもらったんだ」

 

 

桜木「薬を.........?」

 

 

タキオン「ああ、過去の悔しかった出来事を増幅させ、思い出させる薬さ。以前会長からもテイオー君のその事で相談を受けてね。テイオー君はどうやら、強すぎるが故に、負けへの悔しさが分からないんだ」

 

 

 なるほど.........確かに、今まで負けて来なかった人間が、負けることの悔しさをバネにする事は不可能だろう。それについてはまだ分かる.........だが、それが一体どうしてこうなってるんだ?

 

 

テイオー「それでね?ボク思ったんだ。会長も殆ど無敗だから、あんまり分からないんじゃないかなーって!それで一緒に飲んで欲しいってお願いしたんだ!!」

 

 

タキオン「彼女は了承したよ。テイオー君と一緒に、私の実験室まで来たんだ」

 

 

 お前のじゃなくて、普通の理科実験室だからな。まあこの際どうでも良い。今大事なのは、机の上で未だに寝息もたてずに静かにしているシンボリルドルフだ。

 そう思っていると、先程まで突っ伏していた会長が気だるげな面持ちでゆらりと身体を起こしはじめた。

 

 

テイオー「あ!!カイチョー!!」

 

 

ルドルフ「やだ.........」

 

 

全員「え?」

 

 

 確かにそう聞こえた。聞き間違いでは無い。彼女の顔は前髪で目元が良く見えない。

 しかし、次の瞬間には勢いよく顔を上げ、その執念めいた眼光を顕にした。

 

 

ルドルフ「いやだぁ.........」

 

 

ルドルフ「私は.........!!!」

 

 

ルドルフ「負けたくないィィィィッッッ!!!!!」

 

 

全員「何ィィィィィッッ!!!??」

 

 

 青い線を残すほどの眼光で力強くそう宣言する生徒会長。シンボリルドルフ。

 いやいや、俺はどこかで見た事あるぞ、このキャラクター.........

 

 

ルドルフ「私は飢えている.........乾いている.........!!」

 

 

桜木「何が起きてやがる!!!??」

 

 

タキオン「あわわわわ!!お、恐らく推測だが、あの昏睡中に過去の敗北を思い出したんだ!!!あの時は理路整然とした台詞を言って相手を称えていたんだが.........」

 

 

テイオー「.........カッコイイ」

 

 

二人「へ?」

 

 

 背後でメラメラと青い炎を燃え滾らせ始めたシンボリルドルフを見て、トウカイテイオーはうっとりとした声を漏らした。本気で言ってるな、これは。

 どうしたものかと考えあぐねていると、ヘル化したシンボリルドルフは机の上の書類にその目で嫌悪感を示した。

 

 

ルドルフ「考えてみれば、ウマ娘とはレースを走る為に存在する者だ。こんな事せずとも、レースで決着をつければ良い。強い物は勝ち、弱い者は負ける。正に弱肉強食の世界だ」

 

 

ルドルフ「故にッッ!!!こんなお願い事を聞くなど不要ッッ!!!」バサァ!

 

 

 彼女は大きく手を振りあげると、机の上に重ねられた書類を全て薙ぎ払った。うーん、この子本当にヘル化してしまったなぁ.........

 

 

ルドルフ「願望というのは勝者のみに叶えることが出来る特権だ。弱者が弱者のままで望みを叶えるなど、虫唾が走る」

 

 

ルドルフ「願いを叶えたくばッッ!!!この皇帝.........いや、カイザーを倒して見せろッッ!!!」

 

 

ルドルフ「うん?そうなると、ここで呑気に紙遊びをしている暇は無い。私はトレーニングに行く。君達、あとは頼んだぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「どうすんだよお前.........」

 

 

タキオン「どうしよう.........」

 

 

 トレーニングが始まる時間。二人でターフの上に座り込み、ヘル会長について話し合う。隣に居るタキオンはいつもとは打って変わり、相当落ち込んでいる。まぁ、あんだけ自分を気にかけてくれたルドルフが豹変したらそうなるだろう。

 

 

タキオン「.........認めよう。私は会長に憧れを抱いていた」

 

 

タキオン「どんなレースも凛として譲らず、当然のように勝ち、それでもなお相手をリスペクトし続ける彼女が.........私の憧れだ」

 

 

桜木「タキオン.........」

 

 

 こんなに落ち込んでいるタキオンを見るのは初めてだ。いつもの理屈めいた話をしてくれないので、ちょっと調子が狂う。

 さて、どうしたものかと頭を抱えていると、目の前の影が暗くなっているのに気がつく。

 

 

グルーヴ「おい、貴様が会長に何をしたかはわかってるぞ」

 

 

桜木「ごめんなさい」

 

 

グルーヴ「え?いや、鎌掛けのつもりだったんだが.........まぁ良い。一体会長に何をした?」

 

 

タキオン「何かあったのかい?」

 

 

グルーヴ「.........実はな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ルドルフ「思えば、この生徒会長という役職も、言わば自らを律し、全ての規範としてという下らない理想の為に取った肩書きだ。今の私には不要だろう」

 

 

グルーヴ「は.........?お、お言葉ですが会長。私には何を仰ってるのかが.........」

 

 

ルドルフ「分からないかエアグルーヴ?生徒会長など他人の目を気にした弱き者がなる存在だ。今の私はもう、そんなものなど気にはしない」

 

 

 目の前でそう言い放った会長からは、今まで感じた事の無い強いエネルギーを感じたが、言っている事がおかしい。何かあったのだろうか?兎に角私はそう思い、会長を問いただしてみた。

 

 

グルーヴ「貴方の目指すべき目標は決して下らなくはありません!!お考え直しください!!」

 

 

ルドルフ「断る。他人の意見や立場をリスペクトするなど不要!!言うなれば私は、勝利をリスペクトするッッ!!!」

 

 

 そう言いきった会長は、その言葉を聞いて放心してしまった私と、ブライアンを置いて高らかな笑い声を上げながら、生徒会室を出て行ってしまわれたのだ.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「やべぇよ.........完全にヘルカイザールドルフになっちゃってんじゃん.........!」

 

 

 どっかで見たことあるなぁと思ったらヘルカイザー亮じゃねえか.........今思い出したわそんなキャラクター.........

 まずくないか?あのキャラ確か最後までブレずにあのままだったはずだけど.........

 

 

タキオン「一応、解毒薬はあるにはあるんだが.........」

 

 

グルーヴ「本当か!?」

 

 

タキオン「飲んで欲しいと頼んだらレースで勝てばいいと言われた.........流石にあそこまで勝ちにこだわる会長に勝てる気はしないよ」

 

 

 いつもはうるさいくらいの笑い声も、今は相当覇気がない。そんなタキオンに怒れるはずもなく、エアグルーヴはもう一度唸り声を上げた。

 そこでふと、トレーニングコースの方で騒ぎが聞こえてくる。なんだろう.........行ってみた方が良さそうだな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ルドルフ「敗者は去るといい。次、ゲートに入れ」

 

 

「は、ハイ!!!」

 

 

 ぎこちない動きでゲートインして行くウマ娘。あの子は結構GIでも活躍しているウマ娘の筈だ。ヘルカイザーの気迫に押されているのだろう。

 何が起きてるのだ?俺はそばに居たトレーナーに話を聞いてみた。

 

 

桜木「あの、一体何が.........」

 

 

「えっと.........それが.........」

 

 

ルドルフ『ほう、設備の改築か.........良いだろう。おい、この中で一番それを望んでいるのは誰だ?』

 

 

 『ハイ!!!私です!!!』

 

 

ルドルフ『私とレースで勝負しろ。勝負服も準備するといい。勝てば明日にでも施設を新しくグレードアップさせてやる』

 

 

 『えぇ!?あ、あの資金面とか、非常に苦しいのでは.........?』

 

 

ルドルフ『.........?そんなものは知らん。私の管轄外だ』

 

 

「と言った成り行きで.........」

 

 

 うわぁ.........その感じじゃ完全に片っ端から勝負しかけてんのか.........?ウララじゃないんだからさ。もっとこう、なんかならない?

 しかもなに?走り方おかしくない?なんで逃げてんの?アレか?アレが裏サイバー流ならぬ、裏シンボリ流の走りデッキってこと?ヤバくね?あんな叩き潰すような走りでさっきからポキポキ人の心を折ってるの?

 

 

「因みに、他の子達は外出届けを出しただけでレースをやる羽目に.........」

 

 

グルーヴ「そんな.........」

 

 

タキオン「うわぁ.........」

 

 

桜木「まぁじかよ.........」

 

 

 反応は三者三様だが、頭を抱えたというのは同じ事実だ。学園の外に出る度にあのヘルカイザーに挑むとなれば相当骨が折れる。というより折られる。心がポッキリと。

 一体どうするんだ?マックイーンの月の楽しみである美味しいスイーツ店を探す御褒美が、まず生徒会長に勝負を挑むことから始まるという超高難易度。予想して欲しい。そして出走レースが北海道にでもなってみろ。レースの前にレースをする羽目になるぞ。なんならそのレースの前のレースの方が本番より力を入れなければ行けないかもしれない。本末転倒も甚だしい。

 

 

桜木「バグってんだろ.........」

 

 

タキオン「やはり、ここは私が勝負を挑むしか.........」

 

 

グルーヴ「待てアグネスタキオン。貴様が一人で勝負を挑んだ所で、あの会長に適う訳が無いのは知れてるだろう」

 

 

桜木「.........俺にいい考えがある」

 

 

二人「.........?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「いやー快進撃ですねー生徒会長!」

 

 

ルドルフ「む?桜木か。御託はいい。君も何か願い事があるのだろう?」

 

 

桜木「ええ勿論。貴方にこれを飲んで欲しくてね」

 

 

 目の前で線を残す様な眼光をチラつかせる会長に、ポケットから出した薬品を見せる。闘争本能を常時刺激する成分を分解し、元の状態に戻す解毒薬だ。

 

 

ルドルフ「タキオンにも言ったが、それはレースで.........」

 

 

桜木「レースで!?あのルドルフ会長が俺に!?」

 

 

 わざとらしく騒ぎ立ててみせる。すると、シンボリルドルフは耳をピクリとさせた後に、不機嫌そうに伏せていた目を開けた。

 

 

ルドルフ「なんだ?貴様がやるのか?」

 

 

桜木「ええ、当たり前じゃないですか。これは俺の要望なんでね、他人を巻き込むのも気が引けると思ったんですよ」

 

 

ルドルフ「では聞こう。レースで無ければ何で勝負するのだ?」

 

 

桜木「もちろん、レースと同レベルで得意だと貴方が自負していた。洒落対決ですよ」

 

 

 そう言ってみせると、ヘルカイザーシンボリルドルフはそのギラついた目で俺を睨みつけた。正直死ぬほど怖い。

 だが、ここで物怖じしては行けない。以前の会長をリスペクトしていたタキオンのためにも、理不尽に勝負を挑まれる生徒たちの為にもだ。

 

 

ルドルフ「.........ふふふ、良いだろう。わざわざ私の土俵で決闘(デュエル)しようとするとは、愚かな者も居たものだ」

 

 

桜木(ぃよし!乗ってくれた!!)

 

 

 もうこの際言動は気にしない用にしよう。勝利に取りつかれ過ぎてる会長を何とかすればいいだけの話だからな.........!!

 そう思いながら早速取り掛かろうとすると、彼女は片手でそれを制止させた。

 

 

ルドルフ「待て。今の私はレースモードだ。その対決は後日にしようじゃないか」

 

 

桜木「え、いやあの、今して欲しいんですけど.........」

 

 

ルドルフ「なんだ?普段の貴様の行いを認め、貴様の提案を飲もうと思ったが、レースで決着をつけても良いんだぞ?」

 

 

桜木「イエ、ナンデモアリマセン」

 

 

 怖い。俺は縮こまりながら会長にそう進言すると、満足したように鼻で笑い、彼女はこの場を後にした。

 いや、本当に困った。本当なら今この場で決着をつけて何とかしたかったんだけど、あの眼光には本当に前に出れない。これでチームリギルに完全にルドルフの不具合がバレてしまうという訳だ.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やよい「既知ッ!!知ってた!!」

 

 

桜木「ですよね」

 

 

 後日、対決の場を設けるべく理事長に進言すると、高らかに笑いながら扇子を広げた。どうやらアグネスタキオンの行動によるものだと言うのも把握していたらしい。

 

 

「はぁ.........また、チーム[スピカ]なのね」

 

 

桜木「む、失敬な。[スピカ]じゃなくて、[スピカ:レグルス]ですよ。東条さん」

 

 

 二 度 と 間 違 え る な ク ソ が 。なんて言わない。言ったらあとが怖いからだ。

 先程落胆した声の主は今俺の隣に居るチームリギルのトレーナー。東条ハナさんから漏れ出た声だ。

 

 

東条「同じよ同じ。スピカの名を冠するチームのメンバーは、トレーナーしかり、ウマ娘しかり、なんで問題児しか居ないのよ」

 

 

桜木「あ!!!ちょっと聞き捨てなりませんよ!!!」

 

 

東条「無断で足を触る変態トレーナー(沖野)と桜木玲皇(桜木玲皇)」

 

 

東条「食堂の食料の半分を食い尽くす(スペ)。校庭にミステリーサークルを作る(スズカ)。授業のレースでも激しいバトルを繰り広げる(ダスカ&ウオッカ)。ゴールドシップ(ゴールドシップ)。朝方の校門前にはちみつジュースのキッチンカー常駐未遂(テイオー)」

 

 

桜木「.........」

 

 

東条「学食のモンブランを必ず落とす(マック)。アグネスタキオン(アグネスタキオン)。道場破り(ウララ)。男性職員を数名兄にし始める(ライス)。パソコン授業で進行に支障をきたさせる(ブルボン)」

 

 

桜木「何も言えねぇ.........」

 

 

 北島〇介みたいな言葉が出てしまったが、感情はまるっきり反対だ。何人かの名前が既に問題児の代名詞として使われたが、本当に何も言えない。

 弁解も出来ねぇ。ごめんなライス。多分アイツらが俺はお兄さまだぞとか言いながら親衛隊してるからこうなったんだ。悪い兄ちゃんを許してくれ。

 

 

桜木「とにかく、起きてしまったものはしょうがないんです。テンサイタキオンにも非はありますが、会長が飲むと言ったんです。ならここは痛み分けとして、何も言わない事にしませんか?」

 

 

東条「そう言われると.........弱いのよねぇ.........」

 

 

やよい「面白くないな.........」ボソ

 

 

 不穏な言葉が聞こえてきたがこの際無視しよう。大人の世界でそれは最も重要な選択だ。

 

 

桜木「とにかく、決戦は今日です。絶対に逃がさないよう、策も考えています」

 

 

東条「貴方の策って、どこか頼りないのよね.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バクシン「さぁやって参りました!!!洒落王決定戦!!!司会は私!!全てにおいて優等生な学級委員長ッッ!!!サクラバクシンオーが務めさせて頂きます!!!」

 

 

 舞台は整った。放課後のカフェテラスの使用許可を頂き、頑張って特設ステージを作ったのだ。司会はもちろん学級委員長のサクラバクシンオー。

 

 

バクシン「そこのトレーナーさんが10個の桜餅をPONとくれました!!!気前がいいですねー!!!」

 

 

バクシン「ではでは登場していただきましょう!!!選手の入場です!!!」

 

 

ルドルフ「ふん、我が名はヘルカイザールドルフ。私はレースでも洒落でも求めるものは一つ。ただ勝利だけだ」

 

 

 黒い衣装に身を包んだヘルカイザールドルフ。自分でヘルカイザー名乗るの苦しくない?そして洒落の勝利の基準とは?

 というよりおかしい。昨日まで着ていたあの緑の軍服みたいな勝負服はどうしたんだ?

 

 

バクシン「おー!!!素敵な勝負服ですね!!!以前の物は一体どうしたのですか!!?」

 

 

ルドルフ「あれか、あんなもの、規律を重んじる軍を模した物。言わば、雑兵をまとめあげ、強き隊にする司令を模したものだ。それで得られる勝利など、まやかしに過ぎん」

 

 

ルドルフ「故に捨てた。今朝ゴミ箱に」

 

 

バクシン「ゴミ箱に!!?それはまた.........おや?カンペが.........」

 

 

マルゼン[しっかりとスタッフが回収して洗濯しました]

 

 

 そのカンペを見て会場に居る全員がホッと一息つく。心無しかマルゼンさんが怖い。笑ってるのに。

 

 

バクシン「ではどんどん入場してもらいましょう!!!」

 

 

桜木「ども、桜木です。今回はうちのカワイイタキオンがご迷惑をおかけしました」

 

 

バクシン「本当です!!!ですが桜餅をくれたので私は許します!!!」

 

 

「おいやめろ!!!私は出ないと何度言えば」

 

 

バクシン「さぁさぁ!後がつかえてますよタキオンさん!!!早く出てきてください!!!」

 

 

タキオン「な、ちが!!!トレーナー君が勝手に!!!」

 

 

マック「あの、本当に私達も参加するんですの?」

 

 

ウララ「だってなんか楽しそうだよ!!!皆でやった方が絶対楽しいもん!!!」

 

 

ライス「え、えっと.........ライス、頑張るからね!お兄さま!!」

 

 

 これで参加者は全員だ。うちのチームしか参加して居ないが、仕方ないだろ。参加者が集まらなかったんだ。こうする他ない。

 

 

タキオン「恨むぞトレーナー君.........」

 

 

桜木「今回ばかりはそうしてくれ。そのほうが気も楽になるだろ」

 

 

 審査員席をチラリと見る。そこには三人のウマ娘が座っており、 ナリタブライアン。ゴールドシップ。ミホノブルボンが席に着いてる。公平なジャッジを見せてくれるはずだ。

 

 

ルドルフ「ふふふ.........よく来たな、桜木トレーナー。さぁ見せてみろ。君達の実力を.........!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「め、[メジロ]の商品[目白]押し.........ですわ!」

 

 

ルドルフ「くっ.........!」

 

 

ウララ「[ウララ]が歌ってるよー!!![うっらら]ー♪」

 

 

ルドルフ「ぬっ.........!」

 

 

桜木(よし、効いてるぞ.........!)

 

 

 相手に見えない位置でガッツポーズをとる。どういう基準か分からないが、どうやら俺達の洒落が効いてるらしい。

 

 

ライス「ら、[ライス]のご飯!あ、も、も[らいっす].........!」

 

 

ルドルフ「ぐふっ.........!」

 

 

タキオン「.........アル[ミ缶]の上にある[ミカン]」

 

 

ルドルフ「かはっ.........!」

 

 

 一体彼女の体で何が起きてるんだ?俺達はただ洒落を言っているだけなのに、その場にゆっくりと膝を立てた。この子だけデスゲームでもやってるの?ライフチュッチュギガント要る?

 そんなデュエリスト思考を巡らせていると、彼女は自らの震えを抑えるように、自分の体をギュッと縮こまらせた。

 

 

ルドルフ「嫌だ.........」

 

 

ウララ「え?カイチョーやなの?」

 

 

桜木(げっ.........)

 

 

ルドルフ「やだぁ、私はァ!負けたくないィィィィッッ!!!」

 

 

 己が体を奮い立たせるように立ち上がるヘルカイザールドルフ。その背後には青い炎が燃え上がるような幻覚も見えてくる。風圧も感じる。

 

 

ルドルフ「どんな形でも良い.........私は勝ちたい.........」

 

 

ルドルフ「今やっと分かったぞ.........私は今まで、あの海外遠征の日から誤魔化し続けてきた.........」

 

 

ルドルフ「相手をリスペクトする私のレース、それさえ出来れば勝ち負けはどうでもいいと.........」

 

 

ルドルフ「だが違う.........私は飢えている.........乾いている.........!勝利にッ!」

 

 

タキオン「!」

 

 

 あの会長から発せられる圧に気圧されるアグネスタキオン、その足を一歩後退る。どうやら、あの言葉に思い当たる節があるようだ。

 

 

ルドルフ「どんなものであろうと勝利は勝利.........勝利の為なら私は.........ッッ!!!」

 

 

 なんて気迫なんだ。今回は絶対に面白おかしくなるはずの展開だったのに、どうしてこんなにガチなんだ!?そんなに欲しいのか!?勝利が.........!!

 

 

ルドルフ「次は私のターンだ.........!!このターンで全てのケリをつける!私はァッッ!!!勝ァつッッッ!!!!!」

 

 

 その言葉と同時に、勝負直前までの気迫が完全に戻り、ギャラリーが大いに沸き始める。おいテイオー。元はと言えばお前のせいだぞ、そのうちわをしまえ。

 

 

ルドルフ「ふふふっ.........君達には散々手こずらせて貰ったが、お陰で5人分倒せる洒落を思い付いたぞ!!!」

 

 

マック「何ですって!?」

 

 

ルドルフ「そう、名付けるならば.........!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「洒落バネティック・レザルト・バーストッッッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ルドルフ「グォレンダァッッッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ルドルフ「ほう、中々しぶといな。桜木トレーナー.........流石は、以前の私が認めただけの実力はある」

 

 

桜木「くっ.........!」

 

 

 何とかして立ってはいられるが、冗談ではなくダメージはこれで限界.........これ以上のシャレを浴びれば「ヤバい」って.........体全体で悲鳴をあげているのがわかるぜ.........!

 

 

テイオー「カッイッザーッ!カッイッザーッ!」

 

 

 クソァ!お前後で覚えてろよクソガキィッ!

 周りはもう既にカイザーコールで満杯だ。俺への応援が入る余地は万に一つもありゃしない。終わるのか.........?こんなところで.........

 撃沈している他の仲間を見る。皆、先程の洒落バネティック・レザルト・バーストの五連撃に撃沈して行った。立っているのはもう.........俺しかいない.........!

 

 

ルドルフ「トドメだッッ!!!」

 

 

桜木「ぐっ.........!」

 

 

ルドルフ「[日本]海に[ジャパーン]と飛び込むッッ!!!」

 

 

桜木「づッッッ!!!??グゥゥアアアアアッッッ!!!?????」

 

 

 体の全身を電撃が弾けるような感触でダメージが駆け抜ける。これが今までルドルフ受けていた痛みだと言うのか.........!!

 いや.........こんなものじゃない。笑われる為に日々努力してきた報われない洒落の実力.........そんなルドルフが受けてきた居心地の悪い視線はきっと、これ以上に痛かったはずだ.........!!

だが、今までのルドルフの洒落とは練度が違う。他人の目を気にしなくなったルドルフにとっては、洒落はもはや趣味の境地。つまり.........その先端を尖らせるように特化させたのだ。

 もう.........ダメだ。どういう原理か分からないが、もう身体に立つ気力はない。俺も周りで力尽きてるメンバーと同じように、地べたに這いつくばる運命にあるらしい.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「諦めるなッッ!!!たわけッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 前に倒れそうな寸での所で、両手を前に突き出し、何とかこらえることが出来た。

 声をした方を見てみると、なんとエアグルーヴがこちらに激を飛ばしている。なにも防具をつけていない状況で.........

 

 

桜木「グルーヴ!!防具は!?」

 

 

グルーヴ「貴様らが身体を張っているというのに!調子が悪くなるという理由だけで付けられるか!!!」

 

 

 前もって渡していた耳栓と、読唇しない用に渡したぼやけるメガネを外して、グルーヴはステージの側まで駆け寄ってきている。お前、俺と会長が意見交換していた時には、吐き気すら催してたじゃないか.........!!!

 

 

グルーヴ「立て桜木ッッ!!!会長が認めていた貴様はッ!その程度では無いはずだッッッ!!!!!」

 

 

桜木「.........!!!!!」

 

 

 そうだ、俺は、桜木玲皇だ。俺は認められていたじゃないか.........以前のルドルフに.........共に洒落について切磋琢磨しようと、手を握り会って、友情を育んできたじゃないか.........!!!

 身体に力が戻る。立つ力だけでも戻れば良い。立てればあとはこっちの物だ。なんせ、口を動かすのは一丁前に得意なんだからなこっちは.........!!!

 

 

桜木「.........マックイーン.........タキオン.........ウララ.........ライス.........!」

 

 

桜木「悪いなぁ.........不甲斐ない俺のせいで.........こんな目に合わせちまって.........」

 

 

マック(本当ですわ)

 

 

タキオン(本当だよ)

 

 

ウララ(Zzz.........)

 

 

ライス(スヤスヤ.........)

 

 

桜木「本当は俺もそっちに行きてぇけど.........お前らをこんな目に合わせたコイツをォ.........!!!!!」

 

 

桜木「生かしておくかァ.........ッッッ!!!!!」

 

 

ルドルフ「ッッッ!!!??」

 

 

 気力は戻った。あとは目の前にいるヘルカイザールドルフを打ち倒すだけのパワーを持つワードを召喚するだけだ。

 体はガタガタ。心もボロボロだ。だが、会場の空気は確実に少し味方につけた.........けれど、それではダメだ。それだけじゃ勝てない.........!

 フォーカスの種類が似ているんだ。同じ種類のキャラが居るなら、より魅力的な方に視線が行くに決まっている。味方を付けるには.........ギャラリーを世界に引き込むには、俺の好きな悪役を降りなければならない。

 

 

桜木「.........ハハハ......」

 

 

ルドルフ「.........なんだ、その目は.........!一体何を企んでいるッッ!!!」

 

 

桜木「何も企んじゃいねえよ。次で決まるんだ。気楽に行かせてくれよ」

 

 

桜木「.........ただ一つ、忠告しておくぜ、会長.........!」

 

 

桜木「俺は.........今の俺は.........ッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「奇跡だって超えてるんだぜェッッッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺はそう、力強く宣言する。今この場においては、悪役を張ろうとする気持ちを持つのは止めよう。悔しいが、今ヒールなのは確実にヘルカイザールドルフだ。羨ましい。

 だが、これである程度のフォーカスを集める事が出来た。さすが俺、まだまだ錆びてしまった才能を扱えるだけの技量は残っているか.........!

 辺りの空気は既に熱を留めるだけではなく、まるで自ら熱を放ち始めたかと思える程に熱狂している。血液が沸騰する程の暑さだ。汗が吹き出す。

 

 

桜木「行くぞ............!!!!!」

 

 

ルドルフ「くっ.........!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「[布団]が[吹っ飛ん]だァァァァッッッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 辺りは静けさが支配し始める。どうやら、俺がこのワードを選ぶことを予想だにしていなかったらしい。そして、目の前のシンボリルドルフは、ワナワナと身体を震わせながら、言葉を聞いて伏せた顔を上げた。

 

 

ルドルフ「ククク.........何を言うかと思えば.........[布団]が[吹っ飛ん]だ、だと?何を今更そんな初歩的な洒落を.........!?」ガクン!

 

 

桜木「.........」

 

 

ルドルフ「な、なぜだ.........!?なぜ私は膝を着いている.........!!???」

 

 

桜木「シンボリルドルフ.........いや、ヘルカイザールドルフ。負けたのはお前じゃない。お前自身に眠る、元のシンボリルドルフが、負けを認めたんだ」

 

 

ルドルフ「なんだとっ!?バカなッ!私は私だ!!!何をおかしなことを言っている!!!」

 

 

 片膝を地面につきながらも、その威勢の良さは衰えて居ない。勝利の為の執念も、その策も、まだ彼女は残しているのだろう。

 

 

桜木「お前の敗因は、洒落を楽しむ心を失った事だ」

 

 

ルドルフ「洒落を楽しむ.........心.........?」

 

 

桜木「そうだ。洒落とは本来、相手を、そして自分を楽しませる為に存在する物だ。楽しみたい、楽しませたいという純粋な気持ちが、洒落を生む」

 

 

ルドルフ「.........そうか.........私は、間違っていたのだな.........すまなかった.........私の.........負けだ.........」ガクッ

 

 

 前のめりに倒れ込んだルドルフの身体を肩を持って支える。大きな犠牲は払ったが、これで文句無しに解毒薬を飲ませられるだろう。

 

 

バクシン「それでは審査員さん!!!判定をお願いします!!!」

 

 

桜木「あっべ」

 

 

 そういえばそんなルールだったな、すっかり忘れてた。闇のデュエル化してたからリアルライフポイント制と錯覚してたぞ。

 

 

ゴルシ「Zzz」

 

 

ブルボン「スー.........スー.........」

 

 

ナリブ「シンボリルドルフ」

 

 

バクシン「という訳で勝者はシンボリルドルフ生徒会長さんです!!!!!」

 

 

桜木「うぉぉおおおいいいいいッッッ!!!!!」

 

 

 前にもあったであろう審査員制度での敗北。ナリタブライアンは俺の視線に気付くと、自身の名前の書かれた立て札を反転させ、前田慶次の名前を見せた。お前、どんだけ引き摺ってんだよ.........

 まぁ、審査員のことは知った事じゃない。あちらさんが負けを認めたんだし、都合よく気絶もしているんだ。だったら俺も都合よく薬を飲ませても誰にも怒られないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日

 

 

ルドルフ「済まなかった!!!本当にどうかしてた!!!許してくれ!!!エアグルーヴ!!!ナリタブライアン!!!マルゼンスキー!!!」

 

 

 アレから大丈夫だろうかと思い、生徒会室に顔を出してみると、頭を地面に擦り付けてるレベルの土下座を披露している会長が目に飛び込んできた。みんなそれを止める様に言っているが、会長は聞く耳を持とうとしていない。

 

 

桜木「あの、また後で来ますね.........」

 

 

ルドルフ「いや!待ってくれ桜木君!君にも迷惑を掛けた。是非謝らせて欲しい」

 

 

桜木「いやいや!!会長は悪くありませんって!!」

 

 

 そう、あんなことになるなんて誰が予想できたであろうか?誰にも出来なかったんだから、誰も悪くは無い。あれを止められる人物は唯一も無かったのだ。気に病む時点でお門違いだろう。

 

 

ルドルフ「うぅ、だが.........」

 

 

桜木「そんなに言うんでしたら、今日テイオーと併走してやって下さい。最近、会長と絡んでなくて調子だだ下がりらしいので」

 

 

ルドルフ「.........わかった。それくらいの事なら聞こう。今回の件、本当に済まなかった」

 

 

 しょんぼりとした表情で謝る生徒会長。その姿は正に、ションボリルドルフだ。

 いけない、昨日のアレのせいで頭が若干親父臭くなったか?暫くは脳が勝手に親父ギャグを作り出しそうだ。

 それにしても、この事を伝えたらテイオーは泣いて喜ぶだろうなー。久々の会長と併走できるなんてそうそう無いだろうに.........俺はそう思いながら、生徒会室を後にした。

 

 

 

 

 

  ......To be continued

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オマケ

 

 

 

 

 

 その後、テイオーと併走中のシンボリルドルフ。

 

 

ルドルフ(流石テイオー。すごい成長速度だ.........このままうかうかしていたら、私も抜かされるな.........ん?)

 

 

ルドルフ(抜かされる.........?つまり、私が負ける.........?)

 

 

ルドルフ「やだぁ.........!」

 

 

テイオー「え?」

 

 

ルドルフ「私はァ!!負けたくないィィィィッッッ!!!!!」

 

 

テイオー「キャーーーー♡♡ヘルカイザールドルフだーーーーー♡♡♡」

 

 

 薬を飲んだ後遺症として、負けそうになると度々ヘルカイザーになってしまうという、思ったよりも重い制約を受けてしまったシンボリルドルフだったが、その後、ヘルカイザールドルフファンクラブなるものが立ち上げられ、シンボリルドルフファンクラブと大きな対立抗争が起きたり、両会員ナンバー001がトウカイテイオーとバレたりと色々な事件が起こるが、それはまた別の話.........

 

 

 



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ウララ「ハロウィンだよ!!トレーナー!!!」

 

 

 

 

 

 

 10月も末になり、ようやく誕生日プレゼントで貰ったマフラーにも慣れてきた頃。明日は休み、来週のトレーニングメニューはどうしようかと考えていた所だった。

 

 

マック「トレーナーさん。明日は何かご予定がありますか?」

 

 

桜木「え?無い、とは思うけど.........あれ、なんかあったっけ?」

 

 

ウララ「ハロウィンだよ!!トレーナー!!」

 

 

 机に手を乗せ、ぴょんぴょんと跳ねるウララ。本当に可愛いなこの子。可愛いの権化か?

 それにしてもハロウィン.........?ああ、あの仮装してどんちゃん騒ぎする催しね、知ってる知ってる。

 

 

ライス「皆、仮装して集合するんだよ?お兄さまも来る?」

 

 

 ぴょんぴょん跳ねるウララの隣を、顔を覗かせるようにひょっこり現れたライスとブルボン。仲良し三姉妹見たいで可愛い。

 ハロウィンかぁ、行きたいなぁ。正直言ってしまえばこんなに可愛い子達に囲まれて俺もお祭り騒ぎしたい。けれど、過ぎ去った青春は過去のものだ。今体験しようとしても、心が痛いだけだろう。なにより、大人が居てこの子達が息抜きできるとは限らない。

 

 

桜木「いんや、遠慮しとくよ。君達だけで楽しんでおいで」

 

 

 これが大人の対応だ。どうだい子供たち。君たちは行きたい時は行きたいって言える時に行動するんだよ?こうなった時、喉から手が出る程になる羽目になるからね.........

 そう思いながら、マグカップに残った泥(失礼)みたいなコーヒーをがっぷり飲み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ま!ハロウィンしねえとは言ってねえけどな!!!

 

 

桜木(ハロウィンさいこ〜!)

 

 

 流石中央!!お祭りごとはだいたいみんなやってるおかげで変な目で見られねぇ!!俺がしたい格好ができるなんてマジで最高だ!!

 数週間前からアイツらと遊ぶ為に迷いに迷った仮装。この半年でバキバキに鍛えられた肉体を生かし、俺はとある一子相伝の拳法を扱うヘルメット男のコスプレで街を闊歩していた。こんな日じゃなきゃ出来ねえ格好だ。

 

 

「すげぇ.........」

 

 

「ジャ〇だ.........」

 

 

「筋肉やべぇ.........」

 

 

桜木(ククク、俺様の肉体美に見とれてやがるな.........)ベチャ

 

 

桜木「あ?」

 

 

キタ「あ.........」

 

 

 え?キタちゃんだ。どうしよう久しぶり。元気だった?

 なんて言えるわけねえだろボケ。大人がこんなガチコスプレしてたらドン引きするわ。俺は真面目系で側を通してる男なんだよ。

 足の一部分がヒヤヒヤとする。もしやと思い視線をそこに下ろすと、美味しそうなアイスがべっちゃりとついてた。ここは何とかしてやり通さなければ.........

 

 

キタ父「ああ!す、すみません!!」

 

 

桜木「おいガキ」(激似)

 

 

キタ「!!」

 

 

桜木「まず、俺様になんて言うんだ?」

 

 

 顔が見えにくいよう加工したヘルメットでキタちゃんの顔を覗き込む。ごめんね、コイツはこう言うキャラなんだ。

 

 

キタ「ご、ごめんなさい.........!」

 

 

桜木「よーし、俺ァ素直な奴は好きだ。ボーッと歩いてた俺様にも非はあるからなァ、これでアイス買い直してこい」

 

 

 ポケットに入れていた財布から、1000円札を取り出し、それを握らせる。子供というのはやはり、単純な物なので、先程まで泣きそうだった姿もすっかり収まった。めでたしめでたしって奴だ。

 

 

キタ父「あの、ありがとうございます!」

 

 

桜木「あァ?大人なんだから当たり前だろォ?」

 

 

キタ父「いやー、それにしてもお久しぶりですね、夏祭り以来ですか」

 

 

桜木「.........え?」

 

 

キタ父「ハハ、バレてないつもりかも知れませんが、さっきの貴方のキタちゃんを撫でる仕草で分かりましたよ」

 

 

 うっっっわ............めちゃんこ恥ずかしい奴じゃん.........

 先程まで耳打ちで話してきたキタちゃんのお父さんは笑いながら去っていった。キタちゃんは不思議そうな顔をしていたが、あの子にはバレていないだろう。それだけで良い。

 

 

桜木「.........さ、早く集合場所に行かんきゃな.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 駅前の公園。銅像の前で待ち合わせの予定だ。だから俺はいの一番に来てベンチに座った。

 次に来たのは神威だ。神威はどこか見たことある白髪の痩せこけた拳法使いのコスプレだ。無言で俺の隣に座る。

 次は黒津木だ。風格のある歩き方でゆっくりと近づいてきた奴は、まるで世紀末救世主みたいな奴のコスプレだった。コイツも隣に座る。

 最後は白銀だ。何できたと思う?ゴールドシップだ。彼女が担いできたのだ。俺達の前で投げ飛ばされると、ズサーっと体全体で地面をこする。ヤツは無言で土を払うと、やはり俺達のベンチに座った。因みに髪は金髪に染め直し、格好はその拳で世界を征服しようとした者の姿だ。

 

 

桜木「.........なんでテメェらと思考のシンクロせにゃならんのだ」

 

 

神威「〇ャギ。致し方あるまい。我らは兄弟なのだ。考え方が似ることもある」

 

 

黒津木「み、水.........」

 

 

白銀「うぬ」

 

 

桜木「まァ良いか。ゲーセン行くぞ兄者!ケンシ〇ウッ!」

 

 

神威「あまり無駄遣いするなよ」

 

 

黒津木「み、水.........」

 

 

白銀「うぬ」

 

 

 コイツらこれしか喋らんのか?いや、喋れねえのか。俺と神威は一応全巻読破してるから何とかキャラになりきって会話しているが、黒津木は死あたぁしか見てないし、白銀に至ってはそのキャラが黒髪か金髪か確証が持てていないだろう。神のニブイチで正解を当てたに過ぎない。

 

 

桜木「よし、行くぞォ!」

 

 

神威「ゆくぞ」ナギ!

 

 

黒津木「邪魔だ、どけ」

 

 

白銀「うぬ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「お待たせ致しましたわ」

 

 

タキオン「おや、これは意外だねぇ。まさかゾンビガールで来るなんて」

 

 

 今日は待ちに待ったハロウィン。チームのメンバー全員でという珍しいプライベートですが、とても楽しみしていました。

 そして仮装についてですが、今の私はゾンビです。以前トレーナーさんが、倒れても倒れても立ち上がるからある意味主人公と言っておられました。私も倒れても立ち上がる為に、今日はゾンビとして街を闊歩しますわ!

 

 

ウララ「うらめしや〜!」

 

 

マック「ひゃあ!?う、ウララさん!?」

 

 

ライス「ライスもいるよ!」

 

 

 白くて大きい布から顔を出したのは、ウララさんとライスさん。お二人で一つの仮装をなさっている様です。とても可愛らしい発想ですわ!

 話を聞いてみると、どうやら司書さんからの提案らしく、金銭面で不安がある為、お揃いの仮装をしたいという願いが叶わないかもしれないという悩みを、こういう形で解決したそうです。本当、あの方々は色々とい思いつきますわね.........

 

 

ブルボン「.........あの、タキオンさん。質問してもいいですか?」

 

 

タキオン「ん?なんだいブルボン君?」

 

 

ブルボン「フランケンシュタインとは、どのように喋るのですか?」

 

 

タキオン「自由に喋ればいいじゃないか。君はフランケンシュタインじゃなく、フランケンシュタインの仮装をしたミホノブルボンなのだからねぇ」

 

 

 目の前ではネジの付いた仮装カチューシャを付け、ツギハギメイクをしたブルボンさんと、何時もの白衣を着たタキオンさんが会話をしています。

 恐らく、 ブルボンさんの仮装に合わせたと言うより、ほとんど普段着になっているのでしょう。ですが、お二人の姿は中々様になっております。

 

 

マック「どこから行きましょうか?」

 

 

ウララ「あ!!ウララゲームセンター行きたーい!!!」

 

 

 白い布を畳んでぴょんぴょん跳ねて主張するウララさん。よくトレーナーさんが可愛いの権化と呟きますが、よく分かります。

 しかし、 ゲームセンターですか.........たしか、今日はクレーンゲームのイベントがあったはずです。

 

 

タキオン「他に行きたい所もないし、私は構わないよ」

 

 

ブルボン「私もタキオンさんと同意見です」

 

 

マック「ええ、私も行きますわ」

 

 

ライス「じ、じゃあ決定だね!」

 

 

ウララ「よーっし!ゲームセンターに出発だー!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「おぉらッッ!!!」

 

 

 ナゲタァ!!

 

 

 ホクトラカンゲキィ!

 

 

 マホウノスウジ㉗ァ!!!

 

 

 オモイシラセテヤル!!!

 

 

 チョウガソデフィニッシャシンダァァァ!!!

 

 

 ジャギユウリ!ジャギユウリ!

 

 

 ネェヨ!チョウシノンナ!

 

 

 配信台で繰り広げられる熱き攻防。コスプレしてたら是非と言われ座らされたが、俺は練習は怠らない。最近では野良試合で百裂決めれるレベルまで練習したのだ。

 因みに使用しているキャラもジャ〇。先人のリスペクトを込めて赤い魔法戦士カラーで選択している。

 

 

神威「ラ〇ウ、今は去れ!」

 

 

白銀「貴様の、身体の謎が分からん」パンチラ

 

 

黒津木「それをよこせ.........全部だ、全部だ!!」

 

 

桜木(何やってんだアイツら.........)

 

 

 白銀の奴はさっきから艦これアーケードでパンツを見ようと必死になってる。その姿でやるな、インパクトが凄い。

 黒津木はさっきからクレーンゲームに手こずっている。もう数千円くらい投入してるんじゃないか?というかもうタキオンのぬいぐるみは腐るほど家にあるだろ。

 

 

桜木「けっ、腑抜けたかァ兄者ァ」

 

 

白銀「うぬ」

 

 

神威「退け、ラオ〇。貴方だ.........〇オウ」

 

 

 もう画面を舐めそうな勢いだ。空手黒帯の神威でもさすがに引き剥がせない。やつはフィジカルモンスターだからな。筋力はそれなりにある。

 それにしても良かった。こんな所マックイーン達にでも見られたら死んでたかもしれ.........

 

 

マック「トレーナーさん?」

 

 

桜木「南斗蛇狼撃ッッ!!!」

 

 

白銀「ヌゥワァァ!!!」

 

 

 もう無理矢理にでもぶっ飛ばした。あとが怖いけど、知らない。殴りでもすればいいだろ。俺はこんな奴と友達だという事を知られたくは無い。

 

 

桜木「.........」

 

 

マック「トレーナーさん」

 

 

桜木「あァ?トレーナー?そんな奴ァ何処にも居ねェだろぉ?」

 

 

マック「居ますわ、今目の前に、雰囲気だけは誤魔化せませんわよ?トレーナーさん」

 

 

 それは強すぎませんか?流石の元天才の俺も急に雰囲気まで演じるのは難しいものが感じるのよ。あれ、頑固な油汚れみたいな物だからね。

 にっこりと微笑んでくるマックイーン。ゾンビメイクも似合ってるな.........っていかんいかん、職員モード職員モード.........

 

 

マック「それで、私達の誘いを断ったのは.........これがあったからですか?」

 

 

桜木「いや、その.........」

 

 

ウララ「あ!!マックイーンちゃん!!誰と話してるのー!?」

 

 

 まずい.........ぞろぞろとウチのチームメンバーが集結してきた。早く逃げなければ.........!

 

 

白銀「うぬ」

 

 

桜木「.........退いてくれ兄者。これじゃ逃げれねぇ」

 

 

神威「断る。面白そうだ」

 

 

黒津木「お前の死に場所を選べ」

 

 

 ははは、南無三

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「いつつ.........いくら鍛えても痛みにゃ適わねえや.........」

 

 

 ゲームセンターを出たベンチに座り、トレーナーさんは先程まで極められた肩をグリグリと回しました。まぁ、私がやったのですが。

 

 

マック「全く、予定があるならあると言ってください」

 

 

桜木「いやいや.........夏祭りの時も思ったけど、ジェネレーションギャップを感じるおじさんと一緒にいても楽しくないでしょ?」

 

 

マック「前から思っていたのですが、そのご自身をおじさん扱いするのは止めて下さい。貴方はまだそんな歳ではないではありませんか!」

 

 

桜木「確かに歳じゃないけど、俺の夢はカッコイイジジイになる事だからな。早く歳をとりたい」

 

 

 本当に、おかしな人です。普通そこは、歳はとりたくない〜と、嘆くものだと思うのですが.........

 けれど、そんな彼の思想が優しい雰囲気やトレーニング方法に現れるのでしょう。無理に抗わずに自然体で生きていく。その練習が、今全体で執り行っている自然体フォームでの速度加速とスタミナ節約。かなり画期的だと思われます。

 

 

マック「.........はぁ、仕方ない人ですこと」

 

 

桜木「面目ないぜ.........あっ」

 

 

マック「?」

 

 

桜木「中々似合ってるぞ。マックイーン」

 

 

 彼はその顔を仮面で隠しながらそう言いました。恐らく言い方からして、ものすごく照れてると思います。もう、わざわざ言わなくても良いですのに.........

 

 

マック「ふふっ、ありがとうございます、トレーナーさん」

 

 

桜木「.........あーーー、それと非常に言い難いんだが.........何があった?」

 

 

神威「ある秘孔を付く事で.........身体の痛みは数倍になる」シュッ!

 

 

白銀「うぬ」ドゴァ!

 

 

 トレーナーさんの視線の先には、両手を突き出して攻撃を仕掛けた司書さんを、白銀さんが躱し、背中を叩き付けるように攻撃し、倒れ伏しさせました。

 えっと、確かトレーナーさんの関節を極めている時に.........

 

 

白銀『うぬ』パンチラサイカイ

 

 

ウララ『社長!!何してるの!!?』

 

 

神威『ラオ〇。見えるはずだ。あの死兆星が』サツイノハドウニメザメタトキィ

 

 

 そしてそのまま外へと連れ出す最中、出口のクレーンゲーム付近で.........

 

 

神威『下がっていろケンシロ〇。お前だ、ケンシ〇ウ』

 

 

黒津木『邪魔だ、退け』

 

 

 ブスッ!

 

 

黒津木『俺の知っているト〇は、もっと目が澄んでいた.........』

 

 

マック「.........ということですの」

 

 

桜木「だからアイツ律儀に入口で固まってんのか、パントマイムしてんのかと思った」

 

 

 片膝を着いて固まっている保健室医さんは、特に動こうとせず、その場で固まっていました。

 その隣のゲームセンターの入口から出てきたのは、タキオンさん達です。たしか、景品イベントのためにゲームをプレイしていたはずなのですが、どうやら無事ゲット出来たようです。

 

 

桜木「お、ボウガンタイプのおもちゃ弓か。しかも結構品質が良い」

 

 

マック「ひと目でわかるんですの?」

 

 

桜木「ああ、高くて買うの諦めたからな。最近」

 

 

 キッパリとそう言い切るトレーナーさん。おもちゃ、買うのですね。まぁ、そんな姿は予想できます。子供のように笑いながらおもちゃを振り回す姿もまた.........って、いけません。程々にしなくては.........

 そう思っていると、なにやらタキオンさん達が騒がしくなっています。一体何を話しているのでしょう.........?

 

 

ウララ「いいないいなー!!ウララにも触らせてー!!」

 

 

タキオン「ええい!!安全性を確認するからちょっと待ってくれ!!」

 

 

ブルボン「あの、引き金に指が.........」

 

 

ライス「け、喧嘩はダメだよ!!」

 

 

 カシュン!

 

 

四人「あ」

 

 

 揉み合いあっている内に、タキオンが持っていたボウガンからおもちゃの矢が発射されました。そして、それは運悪く、白銀さんへと向かって行きます。

 

 

白銀「うぬ」パシッ!

 

 

桜木「おーすげぇ、北斗神拳二指真空把だ。流石の身体能力」

 

 

マック「素晴らしいですわね.........」

 

 

白銀「うぬ」シュッ!

 

 

二人「は!?」

 

 

 なんと、白銀さんはそのまま2本の指で止めた矢を、タキオンさん達に勢いを殺さずに返しました。この距離では、流石の私の脚でも間に合いません。立ち上がろうとした瞬間にはもう、おもちゃの矢は既に、タキオンさん達の目と鼻の先でした。

 ですが、そんな間を一人、割り込んできた人物が居たのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「北斗神拳奥義!二指真空把ァッ!」キュポン!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「!!!!!」

 

 

マック「.........ホッ」

 

 

 先程まで固まっていた黒津木先生が間に割り込み、その身体で矢を受止めました。その姿を見て、私はほっと息を吐き、トレーナーさんは声にならない程の笑い声を上げています。

 

 

神威「もう許さねえぞおい」

 

 

白銀「はァ!?そういう技だろ二指真空把ってェ!!!」

 

 

神威「るっせぇッ!危うくアイツらが怪我する所だったんだッ!容赦しねぇッ!」

 

 

桜木「うわ、創怒らせるとかヤバすぎだろ」

 

 

マック「怒らせると不味いのですか?」

 

 

桜木「創は怒らないで有名だからな」

 

 

 先程までの威圧感を感じる争いでは無くなり、もみくちゃになりながら喧嘩を始めるお二人。とても大人とは思いません。

 そんな姿も、以前までの私ならば疑問に思いましたが、こういう姿もまた、大人なのだと納得出来るようになりました。

 

 

ウララ「おじちゃん誰!?マックイーンちゃんと知り合いなの!?」

 

 

桜木「ははは、俺だよ。ほら」

 

 

ウララ「!!」

 

 

 小走りで寄ってきたウララさんは、ワクワクしながら仮面をしたトレーナーさんに話しかけました。彼がゆっくりと素顔を見せると、耳としっぽをピンと張り、驚きを見せたあと、彼に飛び込んでいきました。

 

 

ウララ「トレーナー!!!」

 

 

桜木「うおっとと、びっくりした」

 

 

マック「ふふ、トレーナーさんに会えて嬉しいのですね」

 

 

桜木「俺にぃ?」

 

 

 不可解そうな顔をしながら、トレーナーさんはウララさんの頭を撫でました。いつもの微笑ましい日常です。

 そんな光景を見ていると、先程まで騒がしかった喧嘩の音が静かになっているのに気が付き、視線を動かすと、倒れ伏した二人と、構えをとった黒津木先生が立っていました。

 

 

黒津木「バイクのエンジン音.........」

 

 

マック「今の一瞬で何が.........?」

 

 

桜木「あー、ボルカニックヴァイパーぶっぱなしてた所は目の端に映ってたぞ。アイツソルに憧れて中学の内から筋トレしてるからな」

 

 

マック「ソルさん.........?」

 

 

ウララ「トレーナーの知り合い!?」

 

 

桜木「ゲームのキャラクターだ」

 

 

 時折、彼が何を言っているのか理解できない時もありますが、それもまた彼の魅力だと思います。まぁ、分からなさ過ぎる時もありますが.........

 そんな中、黒津木先生とタキオンさん達が合流し、楽しく話し合っている中で、トレーナーさんもベンチから立ち上がりました。

 

 

桜木「まぁ、こうして合流しちまったわけだし、お菓子でも買ってやるよ」

 

 

ウララ「いいの!!?わーい!!ライスちゃーん!!!トレーナーがお菓子買ってくれるって!!!」

 

 

 勢いよく飛び上がったウララさんは、その勢いのまま、倒れている司書さんと白銀さんの介抱をしているライスさんへと走っていきました。

 私とトレーナーさんはその姿を見た後、お互いに視線を交わして微笑み合いました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「トリックオアトリート(ですわ)!!」

 

 

桜木「.........」

 

 

 コンビニで大量のお菓子を買って出てくると、外では可愛い教え子達がハロウィンの呪文を一斉に唱えた。

 そうか.........これが本来のハロウィンか.........今思えば素晴らしいイベントだ。小さい子と触れ合いのない人でも子供と触れ合える機会を与えられるイベントと考えれば、どこの神が与えたもうた浄土なのだろうと思うだろう。

 だが.........

 

 

桜木(.........イタズラされてみてぇ)モヤン

 

 

桜木「.........俺らの内誰かにイタズラしたらあげるよ」

 

 

友達「は?」

 

 

ウマ達「え?」

 

 

「おっし任せろ!!」

 

 

全員「え!?」

 

 

 その声が聞こえた瞬間、白銀の身体が視界からブレた。怖い。見たくない。だけど白銀がどうなっているかは確認しないと.........

 そう思い、視線をずらすと、倒れ伏した白銀を押し倒すゴールドシップの姿があった。かぼちゃの着ぐるみで仮装した姿で。

 

 

白銀「や、やめろバカ女ァ!!シャツが破れるわァ!!」

 

 

ゴルシ「あァ!?うるせェ!!!オマエのシャツよりアタシのモノになるお菓子の方が大事だろ!!?それでも国際宇宙テニス大会第53回チャンピオンかよッッ!!!」

 

 

白銀「宇宙人とテニスした覚えはねェ!!!」

 

 

 咄嗟に懐にしまったであろう白銀の菓子を取ろうとシャツごと破ろうとするゴールドシップ。放っておこう。ああなってしまった以上、俺達が手を施せることは何も無い。

 諦めて視線をマックイーン達に戻した。

 

 

桜木「選択肢は一人減ったが、どうする?」

 

 

ブルボン「では私からやらせて頂きます」

 

 

 ズイッと並んだ列から一人一歩出てくるミホノブルボン。意外だ。こういうのは結構後の方になると思ったんだけど.........

 そんな俺の考えも気にせず、ブルボンは俺の前へとやってきた。どうやら標的は俺のようだ。何をするんだろう?そう思っていると、彼女は開ききった俺のジャケットのチャックに手をかけジジジと上にあげて行った。

 

 

ブルボン「どうでしょうか?マスター」

 

 

桜木「合格!!」

 

 

ウララ「ブルボンちゃんすごーい!!」

 

 

ブルボン「やりました」

 

 

タキオン「どれ、次は私が行こうか」

 

 

 買ってきたお菓子を何個か渡すと、ブルボンは満足気にしっぽを揺らした。中々可愛い事を思いつくものだが、流石に全チャはダサいので下げさせてもらおう。

 そうしているうちに、今度はアグネスタキオンが前へと出はる。その足取りと視線からして、今度は黒津木らしい。

 

 

黒津木「お、俺!?玲皇じゃなくて!?」

 

 

タキオン「モルモット君は反応が薄いんだ。君に普段そんな事しないから、楽しみだよ」

 

 

 そう言いながら、タキオンはがっしりと黒津木の太い腕を掴んだ。慌てふためく奴を見るのも面白い。

 必死に抵抗してみせるが、ウマ娘には適わない。タキオンは注射器を取り出し、その腕に刺そうとし始めた。

 

 

タキオン「ククク、目を瞑った方が楽なんじゃないかい?黒津木君?」

 

 

黒津木「許して.........許して........」

 

 

 目をギュッと瞑り始める黒津木。俺と同じくらいビビリだからな。仕方が無い。

 しかし、タキオンは注射器を刺さないどころか、それをポケットに仕舞い始めた。

 

 

黒津木「.........?」

 

 

タキオン「.........これでよし、と。目を開けていいよ」

 

 

黒津木「.........『イタズラ』.........?」

 

 

 ポケットから取り出された名前ペンで書かれた文字を読み上げる。なるほど、流石だな、ヒラメキタキオン。

 黒津木の方はしてやられたという反応をした後、笑ってお菓子を与えた。

 

 

ウララ「次はウララとライスちゃんがやるね!!」

 

 

ライス「ええ!?ら、ライス。イタズラなんてした事ないよ.........?」

 

 

ウララ「ふふーん!!大丈夫!!ちゃんと作戦があるから!!あのねあのね?」

 

 

 耳打ちで話し始めるウララと、それをくすぐったそうに聞くライス。本当にこの子ら可愛いな。家の隣に越してきて欲しい。

 あまりの可愛さに感心している俺は、二人がいつの間にか目の前から消えていることに気がついた。どこに行ったのだろう?

 

 

二人「うらめしや〜!!」

 

 

神威「百点満点」

 

 

桜木「異議なし」

 

 

 神威が考案したお化けの仮装で、神威の背後に回り込み、わっと驚かせた。百点満点のイタズラ。もし世界にイタズラ大会が存在したら一発で殿堂入りだ。反則級すぎる。永遠に世界に残すべき世界の秘宝だ。

 その賞品として自身のお菓子をライスとウララに手渡した神威。残りはもう、マックイーンだけだ。

 

 

桜木「さ、マックイーン。誰にイタズラするんだ?」

 

 

マック「もちろん、トレーナーさんですわ」

 

 

 いや、もちろんってなんだもちろんって.........嬉しいけどもさ。流石にそうハッキリと宣言されると、俺もドキッとしてしまう。ジリジリとにじりよってくる迫り方とゾンビメイクのせいで、気分はさながらホラー映画だ。

 

 

マック「ふふ.........トレーナーさんがいけないのですよ.........?」

 

 

桜木「いや.........それはそうなんだが、お手柔らかに.........な?」

 

 

マック「ええ、手加減はしますわ。本気でやれば.........どうなるかわかりませんもの♪」

 

 

桜木「!」

 

 

 まずい、それは本当にまずいぞ俺。何されるか分からないのにマックイーンの表情にときめいてどうする。マゾなのは認めるが時と場所を考えてくれ俺の感性!!

 ジリジリと壁際まで追い詰められる。目の前に居るマックイーンはもう獲物を捉えたような目と、それを自分の楽しみの為に何かをするという宣言のような笑みを浮かべながら、俺との距離を縮めて来た。

 

 

マック「.........えい♪」

 

 

桜木「あはァ!?」

 

 

 両の脇腹を人差し指で突っつかれる。その瞬間、俺の身体は大きな反応を見せた。そして同時に悟った。この子、俺の弱点を知ってる.........?

 

 

桜木「な、なんで.........?」

 

 

マック「あら、あの時のインタビューから気付いてましてよ。バレてないと思っていらっしゃったのなら申し訳ない事をしましたわ」

 

 

 ニヤニヤとしながら俺の顔を見てくるマックイーン。全然申し訳なく思ってないでしょ。

 それにしてもヘルメットを被ってて良かった。たぶん変な気分のせいで変な顔になってる。こんな顔教え子に見せられん。

 

 

マック「まだまだ行きますわよ!!」

 

 

桜木「ご、ごめ!!合格!!合格だから!!!」

 

 

 その後も何故か、マックイーンの執拗な攻撃は続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「も、もう許してくらはい.........」

 

 

 両手と両膝を地面に着けたトレーナーさんは、過呼吸気味になり、ヒューヒューと喉を鳴らしています。少々やり過ぎてしまいましたが、彼の日頃の行いを考えればこれが丁度いいくらいですわ!

 

 

マック「さ、お菓子を分けてくださいますか?」

 

 

桜木「くぅ〜.........いい気になりおって.........!」

 

 

 口では憎らしそうにしていますが、私が両手を出すと、彼は買ってきたお菓子を袋から取りだし、私の手に乗せます。彼はよく私の事を律儀だなんだと言いますが、それは貴方も同じだと思います。

 貰ったお菓子をバッグに詰め込んでいると、目の端にチラチラと何かが映りました。

 

 

マック「.........トレーナーさん?」

 

 

桜木「ん?なに?」

 

 

 あくまでシラを切るのですね。その片手に持っているモンブラン。わざわざ私の目の端に写るようにしておいて、よくもまあ言えたものです。

 そんな気持ちを込めてトレーナーさんを睨むと、その反応を予想していなかったのか、彼は驚くように身体をピクリと反応させ、困ったような笑みを浮かべました。

 

 

桜木「.........悪かったよ。いつもありがとうな。マックイーン」

 

 

マック「え?」

 

 

桜木「俺がいない時とか、よくチームをまとめてくれてるだろ?本当に助かってる。ハロウィンに日頃のお礼を言うのもおかしいかもしれないけど、言いたくなってさ」

 

 

 他の奴には内緒だぞ?といいながら、彼は私のお菓子鞄に買ってきたモンブラン入れて下さりました。ほんとう、そういう所を勘違いさせてしまうんです。トレーナーさん。

 ですが、もうそれに踊らされはしません。私はあの日決めたのです。いつかこの思いに名前を付け、それを必ず告げるのだと。

 

 

マック「本当、わざわざハロウィンに言わなくてもよろしいですのに.........どういたしまして、トレーナーさん」

 

 

桜木「おう」

 

 

 仮面の下でニカッと笑うトレーナーさん。作品を見た事はありませんが、恐らく彼の好きな悪役なのでしょう。悪の何が良いのか分かりませんが、彼と一緒に過ごす内に分かってくるのかも知れません。

 ですが、そんな姿に左右されないほど、彼は優しい人です。

 

 

桜木「さ、ハロウィンはこれからだ。楽しむぞー!!」

 

 

マック「ええ!」

 

 

 気を取り直して、私達は今日というハロウィンを満喫したのでした。

 

 

 

 

 

  ......To be continued

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オマケ

 

 

 

 

 

テイオー「ねえねえマックイーン!ハロウィンの時凄い仮装してた人達知ってる!?」

 

 

マック「いえ.........どういう方々ですの?」

 

 

テイオー「ええ!?知らないの!?ウマッターでその日すごく盛り上がったんだから!!ほら!!」

 

 

マック「.........」

 

 

テイオー「すっごいよね!!マンガの世界から出てきたみたい.........?マックイーン?どうしたの??」

 

 

マック「.........ですわ」

 

 

テイオー「へ?」

 

 

マック「トレーナーさん方です.........これ.........」

 

 

テイオー「.........えぇ.........?」

 

 

 

 

 オワリ



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マックイーン「あけましておめでとうございますわ!」

 

 

 

 

 

 

桜木「ふわ〜.........」

 

 

 大きいあくびで空気を吸い込む。外気は既に一桁台。中央の人々にとってはとても寒く、まさに冬と言っても過言ではなかった。

 

 

マック「あけましておめでとうございます。トレーナーさん。大きいあくびですわね」

 

 

 欠伸をしている最中に、どうやら集合場所の神社前に到着したらしい。目の前のマックイーンに指摘されるが、恥ずかしさなんかよりまず、眠気の方が強い。

 

 

桜木「あけましておめでとう。昨日、運悪く当直当番になってな.........大晦日だっつーから、アイツらと夜通しスマブラやっててな.........」

 

 

 そう、俺の発言からわかる通り、今日は正月だ。雪もちらほら降ってはいるが、やはり北海道のようなどっさりとは程遠い。雪化粧という可愛らしい言葉が似合う様に路面に薄ら白が乗っかっている。

 

 

マック「ふふ、騒がしい姿が目に浮かびますわ」

 

 

桜木「はは、そりゃ、アイツらとスマブラやり始めたら毎度ヒートアップするからな。あの時間だけは小学生に戻った気分になる」

 

 

 本当に騒がしい大晦日だった。年に二回、誕生日と大晦日だけは静かに過ごすという格ゲーのトッププレイヤーみたいなルーティンを今年はぶち壊された。悪い気はしない。

 だが、寝不足で本当に良かった。頭の半分を眠いという言葉で侵されているおかげで、目の前のマックイーンの綺麗な振袖姿の前で何とか正気を保っていられる。

 

 

桜木(ほんと、何着ても似合うよな」

 

 

マック「へ?」

 

 

桜木「.........あ?」

 

 

 前言撤回。寝不足はダメだ。こうやってボーっとしているせいでまた要らん事を言う。そのうちセクハラで訴えられても文句言えねえぞ。

 空気が少しだけ、居心地悪く感じる。まぁあの花火の時よりは軽いが、それでもやはり過ごしにくい。

 

 

桜木「そういえば、マックイーンだけか?」

 

 

マック「え、ええ。私以外はまだ.........トレーナーさん方は?」

 

 

桜木「こっちもだ。モーニングコールはして見たんだが、二度寝決め込んでる可能性が高い」

 

 

 仕方が無い。もう一度電話を掛けてみるか.........神威はたしか、風呂に入ってから来るっつってたから、今寝てる可能性が高いのは黒津木の方だな。アイツに電話を掛けよう。

 

 

 エンサン!シメジ!ヒラメ!デメキン!

 

 

「ひゃあ!?な、なんだ一体!?」

 

 

桜木「.........?」

 

 

 アイツの着信音が聞こえてくるが、そこから聞こえてきた驚いた声は、妙に可愛い。泥棒にでも取られたのかと思い、その方向を見てみると、ヤツのジャンパーを着たアグネスタキオンがしっぽをピンと張っていた。

 

 

黒津木「ま、待って!寒い!!寒いから返して!!」

 

 

タキオン「黒津木君!!こんなトラップを仕掛けていたのか!?酷いじゃないか!おかげでびっくりしたぞ!!ほんのちょっとだけだが!!」

 

 

 冬の寒さに身を震わせている黒津木と、そいつのジャンパーを着て暖かそうにしているタキオンが喧嘩を始めている。

 俺とマックイーンの事を夫婦だのなんだの行ってくるが、自分も人のこと言えないんじゃ?なんて言わない。何故なら、最近またテイオーの研究に行き詰ってストレス貯めてるからだ。これ以上俺に投与される薬がヤバくなることだけは避けたい。

 

 

桜木「タキオン、返してやれ。代わりにほら、カイロやるから」

 

 

タキオン「気が利くねぇモルモット君!!それに比べて、君は.........」

 

 

黒津木「おい!ひとつ言い訳させてもらうが、俺は純粋な道民じゃねえ!!どっちかっつーと愛知県出身だから!!寒さによえー種族だから!!」

 

 

 ガタガタと歯を震わせながら叫び声をあげた。流石にタキオンも可哀想だと思ったのか、せっせと来ていたジャンパーを黒津木に返す。

 ていうかちゃんと中に着てるじゃないか自分のジャンパーを。人のを着るんじゃないよ。

 

 

タキオン「なんだその目は。言っておくが、私は彼のジャンパーを見て私のより暖かそうだと思ったから来ただけだ。他意はないよ」

 

 

桜木「いや、それはいいんだが.........あんまり人の、特に男が着ている物を着るんじゃない」

 

 

 返されたジャンパーを恥ずかしそうに着る友人。可哀想に、今日は一日中悶々とする羽目になるんだろう。

 

 

白銀「おっすー雑魚二人」

 

 

二人「あ?」

 

 

神威「よう強者共」

 

 

 対象的な二人が挟み撃ちの形で合流する。片方は前日のスマブラで1位回数の多い白銀。もう片方は不慮の事故等(アイテム運とかコントローラーの接続悪いとか)で1位回数の少ない神威だ。

 

 

マック「何だか、機嫌が良さそうですわね.........」

 

 

桜木「そらあんだけ暴れて、あんだけ勝ち荒らしたらなぁ。気分も良くなるだろ」

 

 

 隣に居るマックイーンは珍しそうに言うが、逆にあんだけ滅茶苦茶やって不機嫌になられたら困る。

 そんなことを思っていると、背後から強烈な衝撃が飛んできて、俺の身体を押し倒した。何とか反応して地面に手を付け、大事は避けたが、危ないところだった。

 

 

マック「トレーナーさん!?」

 

 

桜木「お、俺は大丈夫だ.........ウララ?」

 

 

ウララ「トレーナー!!」

 

 

 腰に当たった弾丸はやはり、予想通りのハルウララだった。最近なんか、懐かれ方が異常なんだよな。特に何かしてるわけでもないし、皆と同じようにトレーニング見てるだけだしな.........

 

 

ライス「ウララちゃん!後ろからは危ないよ?」

 

 

ブルボン「マスターが怪我をする確率は低いものでしたが、それでもしないとは言えません。今後は差し控える事を推奨します。ウララさん」

 

 

ウララ「うぅ〜.........ごめんなさい.........」

 

 

桜木「そうだな、せめて俺にウララの姿が見えてる時にしてくれ。その時だったらちゃんと受け止めてやれるから」

 

 

ウララ「ほんと!?やったー!!」

 

 

 立ち上がった所に更に抱き着かれる。この子は本当に周りを明るくすることが得意な子だな.........優しく頭を撫でた後、集合するメンバーが全員無事揃った事を確認する。

 

 

マック「全員揃った事ですし、初詣に参りましょうか」

 

 

桜木「おう!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゴルシ「お!!おっちゃん達にマックイーン達じゃねえか!!」

 

 

マック「なぜ貴女がここに.........?」

 

 

 目の前に巫女服姿のゴールドシップさんを見た時、目を疑いましたわ。後ろ姿だけではどこのどなたか全く、皆目見当もつきませんでしたが、喋ってみればそれはもうゴールドシップさんでした。

 

 

ゴルシ「ああ!スピカの連中誘ってバイトしてんだ!!トレーナーケチだからお年玉くれなくてな!!」

 

 

桜木「普通はやらんぞ」

 

 

ゴルシ「あ!後でおみくじ引いてけよ全員!!アタシらの時給も上がるから!!」

 

 

 現金な方ですわ。でも、それがゴールドシップさんです。普段は何を言ってるか分からないし、頭に脳以外になにか詰め込んでる可能性も否定できませんが、彼女。意外とリアリストなんです。

 そのお言葉に甘えてゴールドシップさんの隣を通ると、白銀さんが挑発するように舌を出しました。トレーナーさんは「また要らん事を.........」と頭を抱えて無視しましたが、次の瞬間にはやはり、ドロップキックが炸裂しました。

 

 

マック「彼は学習しないのでしょうか.........?」

 

 

神威「アイツとあの子のコミュニケーションなんだ。案外楽しそうだぞ」

 

 

 司書さんが指さす先には、お互い笑い合いながらじゃれ合っている姿が見えました。なるほど。ああいう形で仲を深める事もあるのですね.........

 

 

桜木「行くぞバカ。いくら金持ちだからってゴールドシップと絡む度にシャツをビリビリにすんなよ」

 

 

白銀「あぁ!?今日はしてねぇだろカスッ!」

 

 

黒津木「チクチク言葉禁止。悪影響だぞ」

 

 

ウララ「むむ!社長!!トレーナーはカスじゃ無いもん!!」プンプン!

 

 

 可愛らしく怒るウララさんにたじろぎながら、白銀さんはトレーナーさんに謝りました。こんな光景は珍しいので驚きましたが、トレーナーさんは「気持ち悪ッ!」とハッキリと拒絶したせいで、鋭いパンチがお腹に突き刺さりました。

 

 

白銀「インパクト頂きッッ!!!」

 

 

桜木「ベポラップッッ!!!」

 

 

マック「トレーナーさん!?」

 

 

黒津木「ははは‪w‪wブチ切れじゃねえか‪w‪w」

 

 

タキオン「いや、笑う場面じゃないと思うんだが.........」

 

 

ライス「と、止めなくていいの!?」

 

 

神威「大丈夫だ。偶に良くある」

 

 

ブルボン「偶に良くある.........?どちらですか?神威先生?」

 

 

 結局、正月もこう騒がしくなってしまうのですね.........私はそう思いながら、胸に溜まる空気をハーっと吐き出しました。

 そんな騒がしい空気のままに、お賽銭箱の前までやってきました。

 

 

桜木「.........思ったけど、なんか静かじゃないか?正月なのに.........」

 

 

神威「ああ、こことは別にもっと大きな神社があるんだよ。あっちの方は健康祈願とかそんな所」

 

 

マック「まぁ、三女神に初詣する人なんて、ウマ娘かその関係者だけですもの。自然と人数は減りますわ」

 

 

 夏祭り以来の神社。トレーナーさんと一緒に投げ入れた五円の思い出が蘇ります。トレーナーさんは少し渋い顔をしましたが、恐らくあの涙を思い出したのでしょう。

 気にはなりますが、今はそれ以上に新年を祝う大事な瞬間です。流石に大っぴらにそれを指摘するのはトレーナーさんも恥ずかしいでしょうから、私は彼の袖を静かに引っ張りました。

 

 

桜木「.........?」

 

 

マック(大丈夫ですわトレーナーさん。私が付いてます)

 

 

桜木(.........はは、そいつは心強いな)

 

 

 誰にも気付かれないよう小声で話し合う私とトレーナーさん。秘密を共有しているようで、周りの人に少し悪く、ドキドキ感じてしまいます。

 用意してきた五円玉を賽銭箱に奉納し、両手を合わせます。誓いは同じ。春の天皇賞を必ず勝ち取る事です。他の皆様もそれぞれ、自分の思い思いの願いを心で唱えているはずです。

 

 

タキオン(テイオー君の実験が上手くいくように.........まぁ、私が神という存在に願うなんて、柄にもないがね)

 

 

黒津木(テイオーがこの試練を乗り越えられますように)

 

 

ウララ(一着たくさんとれますよーに!!)

 

 

ライス(ら、ライスも皆みたいにカッコよく変われますように.........!)

 

 

ブルボン(マスターに提示された長距離克服メニュー。必ず成し遂げます.........?いえ、成し遂げますように.........)

 

 

神威(図書室の本にもっと医学系の本が増えますように)

 

 

白銀(今年こそ世界一位になる)

 

 

桜木「.........」

 

 

 皆様がそれぞれ真剣に願い事をしている中で、一番最初にその場を離れたのはトレーナーさんでした。ここにはやはり苦手意識があるのでしょう。

 

 

マック「お願い事は済みましたか?」

 

 

桜木「ああ、俺はたくさん願わなきゃ行けない立場だからな。手短にさせてもらったよ」

 

 

 流れ星にお願いするわけではありませんのに、心の中で律儀に早口でお願い事をするトレーナーさんを想像するのは、難しくありませんでした。

 そんな彼に続くように、タキオンさん達やトレーナーさんのご友人方。もちろんこの私も、列を成してもう一度来た道を戻っていきました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふんにゃかふんにゃか.........」

 

 

桜木「.........大丈夫かあの子.........」

 

 

 おみくじ売り場でスピカのメンバーに囲まれながら変な呪文を唱えている巫女服で栗毛のウマ娘。なにか危ない宗教でもやっているのか.........?

 

 

ゴルシ「お?なんだ?フクキタルが気になるのか?」

 

 

桜木「いや、そりゃ気になるでしょ。あんな呪文唱えてりゃ.........」

 

 

フク「はんにゃからっき!ふんにゃかはっぴ!」

 

 

 水晶玉に何かを見出すように覗き込みながら呪文を唱え続けるフクキタルというウマ娘。次の瞬間には、バッと勢いよく顔をあげた。

 

 

フク「見えました!!テイオーさんの来年の姿!!まさに破竹の勢い!!無敗でレースを制していきます!!」

 

 

テイオー「ホントー!?やったー!!」

 

 

 両手を上げてぴょんぴょん跳ねて喜ぶテイオー。あの子の占いが当てになるのか分からないが、相当喜んでいる。目標に一歩近付けるとお墨付きを貰えれば、誰だってそうなるだろう。

 

 

桜木「楽しそうだな」

 

 

テイオー「あ!サブトレーナー!!」

 

 

スペ「いらっしゃいませ!サブトレーナーさん!!」

 

 

 先程まで占いに熱狂していたテイオーとスペがようやくこちらの存在に気が付く。スペもどうやら占いの結果が良かったようで嬉しそうだ。

 

 

桜木「スズカとかはどうしたんだ?」

 

 

テイオー「えっと、スズカとスカーレット達は占いの結果が良くなくて、神社の掃除をすれば多少は良くなるって.........」

 

 

 要は使いっ走りじゃないか.........可哀想に、まぁしかし、あの三人の事だ。慌てふためく様子が目に浮かんでくる。

 

 

フク「初めまして!マチカネフクキタルです!!」

 

 

桜木「桜木玲皇だ。さっきの呪文みたいなのはなんだ?新手の宗教か?」

 

 

フク「シラオキ様に祈りを捧げていたのです!!シラオキ様はいつも私達を見ていてくれています!!」

 

 

四人「お、おう.........」

 

 

 悪い子.........では無いんだが、得体の知れない存在を崇拝しているせいで、結構引いてしまった。だが、この子の口ぶりからして、そう悪い存在では無さそうだ。

 しかしまぁ、三女神にシラオキ様。不思議な神社もあるものだと思いながら、俺達はそれぞれおみくじを引いて行った。

 

 

神威「.........」

 

 

桜木(アイツは大凶か。いつも通りの無反応から最速柱縛り。俺でなきゃ見逃しちゃうね)

 

 

桜木「さてと.........お、小吉か.........」

 

 

 開いた紙に書かれた運勢は小さな物だが、良しとされる物だ。喜んでも良いだろう。仕事運も上場。健康運は気をつけなきゃ行けないらしいが.........恋愛運はと言うと.........

 

 

桜木(近くにいる.........ねぇ?)

 

 

 誰だろうか?桐生院さん?いやいや、彼女はどちらかと言えば後輩に近い存在だ。可愛いと思う場面もあるがやはり、それは世話焼きの対象に過ぎない。

 じゃあたづなさん?うーん、ありっちゃありだが、そうなると俺の学園での立ち位置が危ぶまれる。結構ファンが多いからな、あの人.........

 まさか理事長!?ありえん!!あの見た目ロリっ子権力ヤクザの暴走乙女に付き合える程俺は強くねぇ!!

 

 

桜木(ま、所詮はランダムセレクト。的外れな指摘もあるだろう)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック(吉ですか.........)

 

 

 悪くはありません。ですが、大吉には一歩及びませんわ。むぅ.........なんだか少し歯がゆい感じがします。

 ですが、書いている内容はとても良いものです。仕事運に関しては、闇を抜けると書いています。恐らくではありますが、今陥っているスランプから脱却できるという解釈であっていると思います。

 そして同時に、気になる部分もあります.........

 

 

マック(しっかり繋ぎ止めること.........?)

 

 

 恋愛運.........なのですが、書いている意味が少し分からないのです。初詣やおみくじ等は引いてきましたが、今までこのような事が書かれていた事はありませんでした。

 

 

マック「.........」

 

 

桜木「.........?どうした?」

 

 

マック「いえ.........なんでもありませんわ」

 

 

 思わず彼の顔をじっと見てしまいました。彼とは良き信頼関係を築けていると思っております。そう.........例えば、私や皆様の前から消えるなど、決して無いと思います。

 でも、先程の賽銭箱の光景が脳裏に過ります。何故か分かりませんが、一人先に離れていくトレーナーさんの姿に、不安を覚えてしまったのです。

 

 

マック(そんな事、ありませんよね?トレーナーさん.........)

 

 

 胸に残る不安を押さえ込みながら、今年はトレーナーさんに注意していこうと思いました.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、それは新学期早々に起きてしまう事になりました.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ......To be continued



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マックイーン「さようなら!!!トレーナーさん!!!」

 

 

 

 

 

 

マック「〜〜〜 ♪」

 

 

 新年も開けて、春の風が吹く季節となりました。新入生も沢山迎えたトレセン学園。私は今日も[スピカ:レグルス]のエースとして精進していかなければ.........!

 そんなことを思いながら、移動教室の合間にトレーナーさんに挨拶しようと考え、チームルームの前へ行くと、耳に彼の声と、それとは別の男性の声が聞こえてきました。

 

 

桜木「.........だから、さっきから言ってるじゃないですか。彼女はウチの所属です。俺も必要としているし、彼女も望んでここにいる」

 

 

男「だが、その割には最近成績が奮って無いじゃないか。映像媒体でも分かる。あれはスランプだ。彼女だけの問題じゃない」

 

 

マック(私のことでしょうか.........?)

 

 

 聞こえてくる話の内容からして、私。メジロマックイーンの事だと気が付くのは、そう難しいものではありませんでした。

 もう少し、詳しく聞かなければ.........!そう思った私は、自身の耳を扉にピッタリと付けました。

 

 

桜木「それは.........彼女の目標の為に調整しているだけの話です。彼女が勝ちたいと思うレースに、必ず勝てるように」

 

 

男「だから他のレースは捨てても良いと?」

 

 

桜木「っ.........それは」

 

 

男「これだから素人は.........やはり、君の噂は本物だな。[トレーナーもどき]君?」

 

 

マック(!!!)

 

 

 悪意のあるその名を聞いた瞬間、激しい感情が心を支配しました。今すぐこの教室に入り込んで、その名を口にした男を成敗したい気持ちが溢れ出しますが、迷惑を被るのはトレーナーさんです.........!

 ここは我慢が必要。そう思った私は、扉に近付いてくる足音を聞いてその場から急いで離れました。

 

 

男「君が彼女の事を思うのなら、移籍をオススメするよ。君の私欲が無ければの話だが.........ね?」

 

 

桜木「っ.........」

 

 

マック(どうして.........何も言ってくれないんですの.........?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「.........今日のトレーニングはこれで終わりだ。お疲れさん。みんな頑張ったな」

 

 

マック「.........」

 

 

桜木「それと、マックイーンは残ってくれ」

 

 

マック「!」

 

 

 今、呼ばれたのでしょうか.........?顔を上げてみると、タキオンさん達はもうチームルームから退出して行かれました。どうやら、周りの音も聞いていなかったようです.........

 

 

桜木「.........」

 

 

マック「.........あの、何か.........?」

 

 

桜木「.........最近、スランプだろ?」

 

 

 その言葉を聞いて、私は息を呑みました。今朝の話です。彼の.........トレーナーさんの深刻そうな表情を見れば嫌でも分かります.........

 

 

桜木「マックイーンは凄い才能を持っている。だから、春の天皇賞は絶対勝てるんだ」

 

 

マック「.........」

 

 

桜木「けど.........その道中負けっぱなしなのは.........俺も良くないと思っててさ.........だから.........」

 

 

マック「そう.........ですか.........」

 

 

マック「それが.........貴方の出した.........答え.........なのです、ね.........」

 

 

 膝の上で握りしめた手の甲に、雫が落ちます。聞きたくなかった.........!!知りたく、ありませんでした.........!!!

 彼とは、一心同体。そう思っていたのは、どうやら私だけだったようです.........!!

 

 

マック「さようなら!!![桜木]さん!!!」

 

 

桜木「っっ............」

 

 

 背中から聞こえてくる制止の声も聞かずに、私は勢いよく、チームルームから出ていきました.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「.........」

 

 

「ありがとうございましたー」

 

 

 無機質な自動ドアが開き、俺の身体を外の空気へ晒す。久しぶりのコンビニ飯だ。今日、こんな日まで自分の為に自炊はしたくない。

 

 

マック『さようなら!!![桜木]さん!!!』

 

 

桜木「っ.........」

 

 

 まただ。あの顔が何度もフラッシュバックを繰り返す。引き金なんてどこにもないし、どこにでもある。全てがトリガーだ。

 スイーツ、芦毛、敬語、野球、ウマ娘、全てが目に入る度にあの子の涙が思い出されてしまう。

 

 

桜木(.........仕方、ないだろ.........天皇賞だけ勝っても、それじゃ.........)

 

 

 身分が、違う。ただの勝利じゃ意味が無いんだ。勝ててる中で天皇賞に勝ってこそ、純粋な目標達成の気持ちが溢れるんだ。スランプ脱却の喜びと、履き違えちゃいけない。

 今日はコイツの世話になるしかない。そう思い、尻ポケットに入っているタバコを取り出そうとすると、指に引っかかった何かがヒラヒラと地面へ落ちた。

 

 

桜木「.........はは、何が仕事運は上場だ.........神様にも冗談が言えるなんてお笑いだぜ.........」

 

 

 いっそここで燃やしてしまおうかなんて思ったが、これも、大切な思い出の一つだ。あの子がこれからいなくなる.........そう思うと、こんな紙切れ一枚でも、家族写真みたいな温かさを帯び始める。人間拗らせると、こすいことをするもんだ。

 半年ぶりであろうタバコの味.........あの時よりは大人になった気がするが、その代わり、タバコの煙は陳腐な味がした.........

 

 

桜木「.........あの子に先に惚れたのは、俺なんだけどなぁ.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

テイオー「マックイーン大丈夫?調子悪いの!?」

 

 

マック「へ.........?いいえ.........大丈夫ですわ」

 

 

 ここは.........教室.........?良かった。ちゃんと学園には来れたのですね.........昨日は、あれから寮に帰ってから泣いていた記憶しかありません.........我ながら、脆いものです。

 うぅ.........いけませんわ.........あの人の顔を思い出しては行けませんのに、生活のあらゆる物が彼を想起させます。

 食事も、スイーツも、この献立表も、太陽を眩しく感じる時はいつも羨ましかった彼のサングラスを思い出し、授業に至ってはチョークを見る度にいつも彼が咥えていたココアシガレットを思い出させます.........!

 

 

マック(これは寝不足.........!寝不足のせいですわ.........!!)ジワッ

 

 

テイオー「.........」

 

 

 とにかく、今日を必ず乗り切らなければ.........後ろで何やら無言でウマフォンを操作し始めたテイオーを後目に、私は次の授業の準備を始めました

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

タキオン「全く、キミも人使いが荒いねぇ。まるで、どこぞのモルモット君みたいだよ。それで?話とはなんだい?」

 

 

タキオン「.........ふぅン?なるほど、昨日のあのご指名は関係ありそうだねぇ.........カメラをチェックしてみるよ」

 

 

タキオン「ああそれと、昨日渡したアイジング用スプレーだが、βとは違って使用後は普段と同じ体温になるよう調整したよ。キミが余りにも神経質だから、暴れられても困るんだよ。安心して使ってくれたまえ」

 

 

タキオン「.........はぁ、これが解決したら、モルモット君に新薬の実験に付き合ってもらわなくてはねぇ。例えば.........そう、独占欲が強くなる薬とか.........ククク、第二のヘルカイザーが誕生してしまいそうだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木(.........美味しくない)

 

 

 噴水の音が綺麗に流れる三女神の像の前。最近はもうめっきりここに来なくなってしまった。口に入れたサンドイッチは、パサパサするだけで美味しくない。

 

 

ゴルシ「おい」

 

 

桜木「.........ゴールドシップ」

 

 

 地面に向けた視線。不意に影が被さる。顔を上げてみると、それはいつにも増して無表情なゴールドシップが、そこには立っていた。

 

 

ゴルシ「何やってんだよオマエ。それでもトレーナーかよ」

 

 

桜木「.........トレーナー[もどき]、だ」

 

 

ゴルシ「っ、アタシは自分の事を紛い物扱いするヤツに、マックイーンを紹介したわけじゃねぇ」

 

 

桜木「そりゃ残念。お前のお眼鏡の度が合ってなかったんだ。眼科に行って、もう一度視力を計ってこい」

 

 

ゴルシ「アタシの視力は10.0だ」

 

 

桜木「そりゃマサイ族だろ.........」

 

 

 もう一度、顔を下げる。今日は誰の顔も見たくない。社会人になってからは初めてのこの感情に振り回される。今は子供より、子供っぽい。

 しかし、俺のワイシャツにゴールドシップの両手が伸びてきて、一瞬にして引き寄せられる。今までにない真剣な表情で、怒りの感情も感じられていた。

 

 

ゴルシ「いいか、アタシはおっちゃんだからマックイーンを頼んだんだ、他の奴じゃなくて、オマエにだ」

 

 

桜木「.........買い被りすぎだ.........現に俺は、マックイーンのスランプを脱却させる事が出来てない」

 

 

ゴルシ「そんなのどうでもいい。アタシは目先の勝ち負けより、[未来]の事を思っておっちゃんにマックイーンを託したんだ」

 

 

桜木「未来.........!?」

 

 

 間近だった美人の顔が急に遠のく。どうやら、 ゴールドシップが俺を突き飛ばしたらしい。

 体が地面に着く前に、冷たいという感覚が全身に浴びせられる。手に持っていたパンも、ポケットに入れていた携帯もいつの間にか彼女の手に収まっていた。

 

 

ゴルシ「いつまで燻ってんだよ。アンタはもう、行先は決めてんだろ」

 

 

桜木「っ!.........ああ、そうだった.........」

 

 

 冷たい水に包まれたおかげで、頭が冷えた。どうやら、周りが見えていなかったらしい。

 行先は決めてる。それは天皇賞の制覇というゴール。けど、今俺のしようとしている事は、その特等席を譲るという事だ。あの男に、そんな上等な物は譲れない。

 指し伸ばされた手を思い切り掴む。この手を取ったからには、もう俺は、メジロマックイーンを移籍させるという事は出来なくなったという事だ。

 

 

ゴルシ「目ぇ覚めたか?おっちゃん」

 

 

桜木「ああ、お陰様でな.........一つ、教えて欲しいことがある」

 

 

ゴルシ「なんだよ、アタシはそんなホイホイ情報を教える程安いウマ娘じゃないぜ?」

 

 

桜木「悪かったよ、これから何があっても、メジロマックイーンを諦めない。これでどうだ?」

 

 

ゴルシ「あと1ドルと20ペリカ欲しいけど、おっちゃんだから負けてやるよ。それで?何が欲しいんだ?デーモンコア?」

 

 

桜木「そんなバカ高ぇもんじゃねえよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マックイーンの連絡先、教えてくれないか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「.........」

 

 

桜木「.........よう」

 

 

 昨日まで、私が居たチームルーム。もうここに来る事は、ないと思っていましたのに.........

 目の前にいるその原因を作った男性は、少し悪びれるように眉を上げました。

 

 

マック「なんでしょう、もう貴方との契約は打ち切れた筈では?[桜木]さん」

 

 

桜木「はは.........手厳しいな、けど。それくらい言われないとダメだ」

 

 

 そう言いながら、彼は笑います.........その笑顔を見るのが、とても苦しい.........

 どうして?なぜ、今そんな顔を見せるのですか?まさか、私が苦しむと分かってて.........そんな顔を.........?

 

 

桜木「ごめんな、マックイーン」

 

 

マック「っ、今更謝られても困ります。用というのはそれだけですか?」

 

 

 送られてきたメッセージには、「昼休み、チームルーム」とだけ。彼とは連絡先を交換してはいないと言うのに、どうやって送ってきたのかは分かりませんでした。

 これ以上は.........耐えられません。私はきびすを返し、扉に手をかけようとしました。

 

 

桜木「.........怖かったんだ」

 

 

マック「.........!」

 

 

 トレーナーさんから初めて聞こえる、怯えた様な震える声。扉に掛けようとした手が、引っ込んでしまいました.........

 

 

桜木「マックイーンは、メジロの名を背負ってるだろ?けれど、ここ最近は負け続きでさ.........それでも、天皇賞だけはと思って、今の練習メニューにしたんだ」

 

 

 そう、自然な身体のフォームで、流れる動作で走れるようにする為のトレーニング.........その理屈は素晴らしく、全ウマ娘が目指すべき理想系でもあります。ですが、理想と言うのは逆に言えば、届き難いから理想と呼ばれるのです。私も.........この走りをまだ、習得できていません。

 

 

桜木「けどさ.........やっぱ分かんなかったんだよ、[トレーナーもどき]って言われるまではさ.........」

 

 

マック「.........」

 

 

 そう言いながら、トレーナーさんは、困った様に笑いました.........笑ったのです.........!!

 バカです。おバカ。おバカさん.........!!そんな苦しそうに笑われても、困るのはこっちなんです.........!!

 

 

桜木「.........だから、今すぐ勝てて、天皇賞も勝てるようトレーニング出来る人に頼めば.........良いかなってさ」

 

 

マック「良いかなって.........!!!そんなの!!無責任ではありませんか!!!」

 

 

マック「どうしてですか!!!?辛いなら辛いと!!!ハッキリと言えばよろしいでは無いですか!!!」

 

 

マック「こちらは負担ばかりかけてしまって申し訳ないと思っているのに!!!そんなの.........!!![嘘]ではありませんか!!!」

 

 

桜木「!」

 

 

 溢れ出る熱さを、絶え間なく出続ける熱さを止めることが出来ず、私はそのままはしたなく床へとへたりこんでしまいました。

 そんな私に.........申し訳なさそうに近付いてくるトレーナーさん。嫌です。こんな顔.........貴方に見られたくないのに.........

 

 

マック「バカ!!本当におバカさんなんですから!!」

 

 

桜木「マックイーン.........」

 

 

 両膝着いた彼の胸元に身体を任せ、彼を優しく叩きました。彼のブレない身体に、私の 身体を預けながら、彼の胸を叩き続けました。

 

 

マック「私は悔しかったです!!!トレーナーさんはしっかり.........!!!私達の事をきちんと見ていると言うのに.........!!!」

 

 

マック「トレーナーさんはもう立派なトレーナーです!!![もどき]なんかでは決してありませんわ.........!!!」

 

 

桜木「っ.........!」

 

 

 あの方々は普段のおちゃらけたトレーナーさんしか見た事ないからそんな事が言えるのです.........!!

 彼の並々ならぬ努力があってこそ成立するのが今のチームのトレーニング。彼考案のトレーニングは独特で、安全確認をする為にまず、彼がしっかりと実践します。そして、それをPCの3Dモデルに投影し、どの部位にどれくらいの力が働いてるかを計算させます。

 それだけではありません。不測の事態に備え、敢えて可動域の限界まで身体を動かすこともあります。不慮の事故や不注意によって引き起こされる事故からの損傷をなるべく避ける為にです。

 これほどまで.........私達の為に手を施してくれているのに.........!!私のせいで.........!!

 

 

マック「申し訳ございません.........!私が.........不甲斐ないばかりに!!!」

 

 

桜木「.........マックイーンが気に病むことは無いよ。スランプは一流にしか訪れない。この言葉はよく知ってるだろ?つまり、君は立派なウマ娘だ」

 

 

 そう言いながら、もう心配する事はないと言ったように彼はニカッと笑ってくださいました。もう.........!!本当にその笑顔に弱いんですから私!!

 しばらくの間、会話はありませんでした。もう溢れ出ていた熱さはなく、内から来る熱さで赤くなった頬を隠す為に、彼の胸に顔を埋めました。鍛え抜かれた男性の身体.........衣服越しでも硬さが分かります.........

 

 

桜木「マックイーン」

 

 

マック「ひゃあ!?な、なんですか.........?」

 

 

桜木「明日にはもう、解決してるからさ。もう一度、エースになってくれないか?」

 

 

マック「.........!ええ、もちろんです.........また、お願い致します。[トレーナー]さん!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「.........うぅ、緊張しますわ.........!」

 

 

ゴルシ「安心しろよマックイーン!おっちゃんは絶対大丈夫だ!」

 

 

タキオン「全く、トレーナー君も隅に置けないねぇ、まさか彼女を手放しかけてたなんてさ」

 

 

テイオー「ホントだよね。これが終わったらサブトレーナーにお説教しなきゃ」

 

 

 次の日のチームルームの扉の前。昼休みではありますが、中には以前来た男性と、トレーナーさんが二人だけいます。

 実は今日、アグネスタキオンさんから連絡があり、今から始まるとメッセージが来たのです。うぅ、自分の事ではありますが、対処するのは彼なのに、何故か緊張しますわ.........!!

 

 

男「それで?答えは出たのか?」

 

 

桜木「ええ、すんなりと。契約書です」

 

 

全員「な!?」

 

 

テイオー(ちょっとゴールドシップ!?どういうことなのさー!!?)

 

 

ゴルシ(アタシだってわっかんねぇよ!!どうなってんだ一体!?)

 

 

タキオン(落ち着きたまえ!!今はそんな事より.........)

 

 

マック「.........」ホロリ...

 

 

 ふふふ.........何故でしょう。涙が溢れてきてしまいます.........私は.........!!信じていましたのに.........!!!

 男性は、驚きながらもトレーナーさんから契約書を受け取ると、その身体を震わせました。

 

 

男「ははは.........!!!コイツはとんだ傑作だ!!!まさかプライドまで[もどき]だったとはなァ!!!」

 

 

桜木「.........」

 

 

男「これでメジロマックイーンは俺のもの.........!!俺の出世は確定だ.........ばっかだなァ!!スランプなんざ早々簡単に脱せられる訳ねぇだろうがァッッ!!!」

 

 

 耳をつけなくても聞こえてくる不快な笑い声。嫌ですわ.........こんな男に、トレーニングを見て欲しくなんてない.........!!

 もう、裏切られた悲しさと、トレーナーさんをバカにされた悔しさと怒りで、感情がごちゃ混ぜになってしまいました。

 テイオーもゴールドシップさんも、私を慰めるように背中を摩ってくれました。

 

 

テイオー「アイツ、後でとっちめるから」

 

 

ゴルシ「任せろテイオー。アタシも久々にムカついた」

 

 

タキオン「.........いや、その心配はなさそうだよ」

 

 

三人「.........?」

 

 

 一人だけ中の様子を見続けていたタキオンさん。一体、どういう事なのでしょう.........?そう思ってもう一度耳を傾けると、先程の男性の声がまた聞こえてきました。

 

 

男「これでメジロマックイーンは俺のもの.........!!俺の出世は確定だ.........ばっかだなァ!!スランプなんざ早々簡単に脱せられる訳ねぇだろうがァッッ!!!」

 

 

男「これでメジロマックイーンは俺のもの.........!!俺の出世は確定だ.........ばっかだなァ!!スランプなんざ早々簡単に脱せられる訳ねぇだろうがァッッ!!!」

 

 

男「これでメジロマックイーンは俺のもの.........!!俺の出世は確定だ.........ばっかだなァ!!スランプなんざ早々簡単に脱せられる訳ねぇだろうがァッッ!!!」

 

 

桜木「中々良い声してるじゃねえか。今から養成所通えよ。ここより合ってると思うぜ」

 

 

男「テメェ.........っつッッ!!!??」

 

 

 窓から様子を伺ってみると、片手に携帯を持ち、片手にライターを持って契約書を燃やしたトレーナーさんの姿が見えました。その顔は正に、彼の憧れる悪役そのものでした。

 

 

男「テメェ.........こんな事してタダで済むと」

 

 

桜木「飯代よりは安い。俺にとっちゃな.........けど、お前は違う」

 

 

 地面に落ちた契約書の煙を、火災報知器が感知しました。次の瞬間には警報が鳴らされ、上からシャワーのように水が拡散されて行きました。

 

 

桜木「もうじき理事長が突っ走ってくる。どうせまた室内で花火でもしたんだろうと結論付けしてくるだろう」

 

 

男「くっ.........!」

 

 

桜木「お前らに[トレーナーもどき]って言われる前から俺は[問題児]だ。頭に入れておくべきだったな。元先輩」

 

 

男「ふざけるな.........ッッ!!!」

 

 

桜木「授業料は取らねぇ。アンタの先を思うと可哀想だからな」

 

 

 いつもの優しい微笑みでも、ニカッとするような明るい笑顔でも無い。そこには、まるでイタズラが成功して喜ぶように不敵な笑みを浮かべるトレーナーさんが居ました。

 

 

マック(素敵ですわ.........///)

 

 

 今まで以上に皮肉的な言い回しも、今では演出を良くするスパイスです。うぅ、本当にズルい人です.........!!

 そんな事を思っていると、流石にマズいと思ったのでしょう。男性はドアを開けて逃亡を図ろうとしましたが、そうはさせません。四人のウマ娘がしっかりと扉を塞ぎました。

 

 

男「クソっ!なんで開かねぇ.........!!!」

 

 

桜木「.........はぁ、まさかあの子らか?来るなって言ってたのになぁ.........」

 

 

「危機ィィィ〜〜〜ッッ!!!」

 

 

男「早すぎやしねぇか!?」

 

 

桜木「五回目にもなると着替えも早くなる」

 

 

 そう、トレーナーさんの言う通り理事長が飛んできました。まるで消防士の様な格好をして。勢い良く私達の抑えている扉を蹴破りました。着替えも早くなるとは、きっとその姿の事でしょう。

 

 

男「が.........ッッ!!!??」

 

 

やよい「要求ッ!!説明してもらうぞ!!桜木.........トレーナー.........?」

 

 

 普段より大きな声を発しながら登場を果たした理事長。しかし、その言葉を発している間に、自分の乗っている扉の下敷きになってしまっている存在に気が付きました。

 けれど、トレーナーさんはお構い無しに、不敵な笑みをさらに深め、自分の携帯を理事長にチラつかせました。

 

 

男「これでメジロマックイーンは俺のもの.........!!俺の出世は確定だ.........ばっかだなァ!!スランプなんざ早々簡単に脱せられる訳ねぇだろうがァッッ!!!」

 

 

男「っ、テメェ.........ッッ!!!」

 

 

桜木「先輩、悪いが俺はマナーを知らねぇ。若いからな」

 

 

やよい「.........詳しく聞かせてもらおうか、東トレーナー?」

 

 

男「っ.........」

 

 

 理事長はそう言うと、その小さい身で倒した扉を片手で持ち上げ、東と呼んだトレーナーを引きずりあげました。

 

 

やよい「後で君の話も聞こう!!今は、この後片付けをすると良い!!」

 

 

 失礼した!!と大きい声で宣言した理事長は、男を連れて教室を出ていかれました。彼はすれ違いざまに憎らしそうに私の顔を見ましたが、私は多分、彼以上に憎しみを込めて睨んだと思います。

 ですが、そうもしてはいられません。今はトレーナーさんの方が先決です!!そう思い、教室に入ろうとすると、彼は何も言わず、片手で制止しました。

 

 

桜木「.........ちょっと一服させてくれ」

 

 

タキオン「.........意外だね、喫煙者だったのかい?」

 

 

桜木「ああ、今年二回目の喫煙だ.........」

 

 

 濡れた身体もそのままに、彼は窓際まで歩いていき、外に向けてタバコを吸い始めました。

 

 

桜木「.........俺は来るなって言ったんだけどなぁ」

 

 

タキオン「それを黙って聞けるほど、優等生の集まりじゃない事はキミがよく知ってるだろう?」

 

 

桜木「はは、でも。マックイーンにだけは見られたくなかったよ。嘘でも裏切りみたいなもんだからな」

 

 

マック「本当.........心臓が止まりかけましたわ.........」

 

 

 まさか、あんなに契約書をすんなり渡すとは思いませんでしたもの。今思い出したら少しムカムカしてきましたわ。

 

 

マック「えい♪」

 

 

桜木「ひぅ!?」

 

 

 ゆっくりと気付かれないよう彼に近付き、彼の弱点を人差し指で一突きしました。可愛らしく体をピクンと反応させた彼は、恨めしそうに私の方を振り返りました。

 

 

桜木「マックイーン.........タバコ吸ってるから.........」

 

 

マック「あら、あんなにひどい仕打ちをしたのに、私の事を邪魔者扱いするのですか?」

 

 

桜木「いや、そんなつもりは.........」

 

 

マック「うぅ.........ひどい、ひどいですわトレーナーさん.........およよ.........」

 

 

 わざとらしく嘘泣きをしてみます。あの時私は本当に困っていたのです。これくらいしても許されると思います。

 本当、今考えてみると変なチームです。まず、こんなに水浸しになるチームルームなんて、何処を探してもありはしませんわ。

 

 

桜木「.........悪かった」

 

 

マック「.........それだけですの?」

 

 

桜木「許して欲しい」

 

 

マック「態度で示してください」

 

 

桜木「.........これで良い?」

 

 

 いつもよりぎこち無い撫で方で、私の頭を撫でました。まぁ及第点です。許して差し上げましょう。

 そんな満足感と言うか、充足感に浸っていると、トレーナーさんは不自然にずっと目をそらしていることに気が付きました。

 

 

マック「.........トレーナーさん?どうしたのですか?」

 

 

桜木「いや、みんな見てるからさ.........」

 

 

マック「.........はっ!い、いえ!これは違くて.........」

 

 

ゴルシ「違うって、何が違うんだよ?」

 

 

テイオー「いいなー。ボクもヨシヨシして貰いたーい!!」

 

 

タキオン(黒津木君にいいお土産が出来たな)

 

 

 うぅ、私ったら、皆様の前でなんてはしたない姿を.........!!顔が熱くなってしまっているのが手に取るように分かりました。

 ゴールドシップさんは不思議そうな顔で、テイオーは羨ましそうにしっぽを振っていました。タキオンさんは白衣の内から何か光が反射しましたが、なんなのでしょう.........?きっと気の所為ですわ。

 

 

ゴルシ「それにしても、いい度胸してんじゃねえか!!惚れ直しすぎてもうおっちゃんの事思い出せねぇ!!」

 

 

桜木「そりゃすまねえな。これから新しく知ってってくれ」

 

 

テイオー「でもさ、なんであんな事したのさ!別に普通に断っても良くない!?」

 

 

桜木「まぁ、アイツがただマックイーンの事を思っての行動だったらそうしてたんだが、最初から俺の事を見下してたし、独占欲で動いてたからな.........」

 

 

桜木「悲しい話でさ。貧乏長く続けてると、手段と目的でしか道のりを測れなくなる。こだわりを持つということは、その分手間暇と確実性を潰す事になるからさ」

 

 

桜木「ゴールドシップに言われて気付いたよ。あっちが私欲なら、こっちも私欲で勝負してやるってな」

 

 

 ゴールドシップさんが.........?まさかと思い、彼女に視線を送ると、彼女は恥ずかしそうに私から視線を逸らしました。

 むぅ、さては貴女ですわね、連絡先を教えたのは.........

 

 

ゴルシ「わ、悪かったよ。勝手に連絡先教えたのは謝る!!けどさ、アタシとしては、おっちゃんとマックイーンには仲良くしていて貰わなきゃ困るんだよ」

 

 

二人「.........?」

 

 

ゴルシ「あ!!いっけね、鯛でエビを釣るために漁船予約してたの忘れてたわ!!じゃな!!」

 

 

テイオー「あ!ちょっと!!?」

 

 

 何かに駆り立てられる様にチームルームから走り去るゴールドシップさんは、まさに脱兎のごとく、という言葉がお似合いでした。テイオーの声も届かなかったんですもの。やはり素晴らしい才能を感じますわ。

 ですが、その反応がなぜか、何かを隠している気がしてなりませんでした。まぁ、謎の多い彼女の事です。隠し事をされたとしても、彼女の抱えているブラックボックスがひとつ増えるだけですわ。

 

 

タキオン「.........それで?君達はどうするんだい?」

 

 

桜木「俺はあんなこと言ってしまった手前、とても言えた義理じゃないんだが.........マックイーンは俺にとっても、チームにとっても必要だ。一緒に頑張って行きたいと思っている」

 

 

テイオー「わわわ、いつにも増して真剣だね!サブトレーナー!!」

 

 

桜木「今日くらい素面で居させろ。マックイーンは.........どうしたい?」

 

 

 そう聞いてくるトレーナーさんの表情は、とても真剣な眼差しでした。初めてではありません、選抜レースが終わったあの時から見え隠れしていた、彼の本心です。

 彼の言いたい事はもちろん分かります。メジロの名を背負っている以上、なるべく出るレースには勝って行きたい。

 ならば、彼の言う通り移籍してしまえば良い。ですがそれでは、[メジロマックイーン]では無く、ただのウマ娘となってしまいます。

 メジロの名を背負うのは私のこだわり。そして、このチーム[スピカ:レグルス]で勝つのも私のこだわり。私は、彼と[勝ちたい]。

 そのこだわりに誇りを持ち、レースに望むことでようやく、私は[メジロマックイーン]になるのです。

 だから.........答えはもう、とっくのとうに出ています。

 

 

マック「.........これからも、騒がしくなると思うと、何だか安心します」

 

 

桜木「!」

 

 

タキオン「.........はぁ、本当に世話が焼けるね、君達二人は」

 

 

テイオー「やったー!!マックイーンが戻ってきたー!!」

 

 

 離籍していたのはほんの一瞬でしたのに、テイオーは喜びを抑えきれず、私に抱きついて来ました。ちょっと苦しいですが、悪い気はしません。

 

 

桜木「.........喜んでるところ悪いんだが.........」

 

 

ウララ「わー!!!教室がびちゃびちゃだー!!!」

 

 

ライス「も、もしかしてライスのせい.........!?」

 

 

ブルボン「いえ、72%程の確率で、マスターの行動による結果かと」

 

 

 ウララさん達の後ろを、面白そうなことを嗅ぎ付けた様な表情でトレーナーさんの友人方が入ってきました。教室の惨状具合も相まって、ゴチャゴチャとした酷い光景なのに、なんだかここが自分の居場所だと感じて、心地好くなりました。

 

 

桜木「.........片付け大作戦、決行するか.........」

 

 

マック「こういう時は元気よく行きましょう?トレーナーさん!」

 

 

桜木「.........片付け作戦!決行だ!!」

 

 

 その掛け声と共に、私を含めた何人かの方が、おーっ!と声を上げました。まぁ、他の方は批判気味な声を上げましたが、仕方ありません。必要経費でしたので。

 

 

神威「ほら、雑巾とモップだ。あとお前、タバコ吸っただろ。ちょっと臭いぞ」

 

 

桜木「一瞬だけだ。今年はもう吸わん」

 

 

黒津木「誓約書にサインしろ」

 

 

白銀「俺に誓え」

 

 

桜木「ぜっっったい嫌だ」

 

 

マック「.........ふふ、あはははは!」

 

 

 安心したせいか、いつもとは違う大きな笑い声を上げてしまいました。ですが、それに気を留める人は誰もいません。先程より更にしっちゃかめっちゃかになっていく教室の中で、追いかけ回されるトレーナーさんを見て、みんなで笑いました。

 

 

 

 

 

  ......To be continued



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トレーナー「マックイーンにデートに誘われた」

 

 

 

 

 

 

実況「メジロマックイーン!!抜け出した!!」

 

 

実況「後続も後に続く!!その差およそ2バ身!!」

 

 

実況「メジロマックイーン!!今一着でゴールインッ!!」

 

 

実況「スランプを感じさせない走りッ!!今ここに!!メジロ家の名を背負うに相応しいウマ娘が再起を果たしましたッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「〜〜〜♪」

 

 

タキオン「おや、ご機嫌だねぇ、マックイーン君」

 

 

マック「ええ、お陰様で」

 

 

 先日行われたレース。私はそこでようやく、スランプを脱却することが出来ました。あの最後の末脚は正に、以前の私のものです。

 テレビから流れるニュースの映像を見ながら、私とタキオンさんは紅茶と洋菓子に舌鼓を打ちました。

 

 

マック「それにしても、時間というのは早いものですわね」

 

 

タキオン「そうだね、気がつけば、もう太陽の暑さが強くなってきている。トレーナー君がうるさくなる時期が来るって訳だ」

 

 

 それは貴女も同じ事ですわ.........なんて、口が裂けても言えません。この前トレーナーさんが変な薬を飲まされていました。たしか、今日のお前はカワイクナイタキオンだな と口を滑らせたのが原因です。私はそんな失敗しません。

 

 

マック「仕方ありませんわ.........北海道というのは、それほどまで過ごしやすい場所なのでしょうね.........」

 

 

 確か、幼い頃に一度だけ行ったことがあります。とても素敵な場所を巡りました。もう一度.........そう、今度はチームのメンバーと一緒にトレーナーさんが案内して欲しいです。

 そんな事を思っていると、番組は終わり、通販の様子が映し出されました。

 

 

「ぽっこりお腹、気になっていませんか?」

 

 

タキオン「おや、ダイエット用品のCMか」

 

 

マック「ダイエット.........?」

 

 

 ダイエット。その言葉に何故か引っ掛かりを感じます。何故でしょう?今の私の体重は適正になっている筈です。これもトレーナーさんとの.........

 トレーナーさんとの?待ってください.........すぐそこまで出て.........!!!

 

 

マック「あーーー!!!!!?????」

 

 

タキオン「うわぁ!?なんだい!?新手の音響兵器か!?」

 

 

マック「私.........あの時の罰ゲームの事をすっかり忘れてましたわ.........!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「.........」

 

 

マック『トレーナーさん!!罰ゲームの事をすっかり忘れていました!!ですから次の休日!!私に付き合ってください!!』

 

 

 罰ゲーム(※マックイーン「ダイエット作戦!決行ですわ!!」参照)の存在をすっかり忘れていた彼女のお申し付けは、休日にデートをする事だった。俺は忘れていた訳では無い。罰ゲームを受ける方が催促するってなんか可笑しくない?

 因みにデートというのは本当だ。家に帰った後、交換した連絡先を使い、彼女から「これはデートですのでエスコートをお願いします!(*´∇`)ノ」という可愛らしいメッセージを受け取った。つまり俺先導のデートだ。

 

 

桜木(童貞にゃきびいって.........)

 

 

 彼女いない歴=年齢という訳ではないが、俺は立派な恋愛初心者だ。どれくらい初心者かと言うと、ひのきのぼうを装備しただけの勇者がいない歴=年齢ならば、俺は装備を買えるだけの資金を集めたものの、ゲームソフトをなくしたせいで進行不可能になっている。もうなんかのバグだろ。

 そんな悶々と自分の経験の無さと不器用さに苛立ちを感じていると、行き交う人混みの中から、一人の綺麗な毛並みをしたウマ娘。そう、メジロマックイーンが現れた。

 

 

マック「おはようございます、トレーナーさん」

 

 

桜木「おう.........それじゃあ「待ってください」.........?」

 

 

マック「まず、私に言う事があるのでは無いですか?」

 

 

桜木「えー、この度は本当に僕の無責任な発言で」

 

 

マック「違います!!その事についてはもう許したではありませんか!!」

 

 

マック「そうではなく!!こうやってレディがおめかしして居るのに、何も仰らないのは紳士としてあるまじき行為ですわ!!」

 

 

 ああ、そっちか.........てっきり俺はまた、以前の移籍問題に付いての謝罪を求められてんのかと思った。テンパリすぎだぞ。玲皇。

 

 

桜木「けどさ、その.........いっちゃ悪いけど。俺はもう今までマックイーンに言ってきた言葉しか言えないよ?」

 

 

マック「それでも、伝える事が大切なんです。トレーナーさん、早くお願いしますわ」

 

 

 ツン、と目を閉じながら不機嫌そうに顔を背けるマックイーン。こういうやっぱりお嬢様なんだなと思い出させる言動と仕草が、俺の心を男の子にする。カッコつけるのは慣れてないが、俺をカッコつけたくさせる彼女は唯一の存在だろう。

 

 

桜木「.........似合ってるよ。マックイーン」

 

 

マック「.........ふふ、ようやく、スタートラインに立てましたわね」

 

 

 いつものように上品に笑う彼女の姿が、心を撫でる。からかわれてるだけだ。最近の中学生は生意気だからな。きっとマックイーンも例に漏れないだろう。

 そうだ。きっとそうに決まってる。そう思わなきゃやってられないし犯罪者になるぞ。俺は絶対になりたくない。

 

 

マック「.........トレーナーさん?」

 

 

桜木「ああ、悪い悪い。じゃあ行こうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック(やりましたわ!!ようやく彼を意識付けさせることができました!!)※既にしています

 

 

 ふふふ、先日は寮ではなく実家の方に帰って正解でした。まさか、家の書物に恋愛指南書があるとは思いませんでしたわ!!

 これで彼のハートをゲットできます!!そして、あわよくばあんな事やこんな事を.........///

 

 

マック「.........ふふ」

 

 

桜木「.........なんだ、なんか面白いものでもあったか?」

 

 

マック「い、いえ!!なんでもありませんわ!」

 

 

 隣で運転するトレーナーさん。本当、気配り上手です。片手間で運転しながらも、私が話しかけれるよう、常に緩い雰囲気を出してくださいます。大人の余裕というものでしょうか?ちょっぴり羨ましいです。

 

 

マック「因みに、今はどちらに向かってるのですか?」

 

 

桜木「俺のよく行くご飯屋さん」

 

 

マック「まぁ.........!」

 

 

 トレーナーさんが良く行かれる.........ということはつまり、トレーナーさんの好きな食べ物が分かるという事ですわ!!

 以前、好きな食べ物を質問した際には、身体に悪い物とはぐらかされてしまいましたが、今日は遂に、その身体に悪い物の正体が掴めるというわけです!!燃えてきましたわ!!

 

 

桜木「.........はは」

 

 

マック「.........?トレーナーさん?」

 

 

桜木「いや悪い。初めて会った時から、随分印象が変わったなって思ってさ」

 

 

 彼はそう言いながら、横目でチラリと私を見ました。その仕草に、ドキッとしてしまいます。ちょっぴりだけです。本当です!!

 

 

マック「.........幻滅、しましたか?」

 

 

桜木「んー、確かに、俺の中のお嬢様っていう固定概念は崩されたね」

 

 

桜木「けどその分、マックイーンの事がわかった気がしたよ」

 

 

マック「!」

 

 

 信号待ちをしているので、トレーナーさんはそう言いながら私に顔を向けました。うぅ、本当、そういうところですわ.........

 思わず顔を逸らしました。そんな事を言われてしまえば、誰でも照れてしまうに決まっています!

 ですが.........そうですか、私の事を.........

 

 

マック(.........ふふふ)

 

 

 一人でこっそり、今度はトレーナーさんに気付かれることがないように笑を零しました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 車を停めた所は、商店街より少し賑やかな街の、庶民的な食事屋さんでした。

 

 

桜木「.........」

 

 

マック「.........?」

 

 

 降りてお店に向かおうとすると、何やら彼が自身の車に対し何かを呟きながらその車体を撫でていました。

 不思議そうに見ていましたが、トレーナーさんはそれを直ぐに辞め、私の隣へと来られました。

 

 

マック「トレーナーさん?さっきのは.........」

 

 

桜木「え?ああ、運転するの久々だったからな。今日はよろしくって」

 

 

マック「!.........ふふ、トレーナーさん、そういうのを[律儀]というのですよ?」

 

 

 そう言って笑いを零すと、彼は恥ずかしそうに後頭部をかきました。ああやって物に対してもお礼やお願いを言ったりするあたりは、本当に面白い方です。

 そんな彼の背中に着いて行きながら、彼が食事屋さんのドアを開けると、カランカランと音を立てた呼び鈴がなりました。

 

 

「いらっしゃ.........うわ、本当に来た」

 

 

桜木「来ちゃ悪ぃか」

 

 

 カウンターに腰掛けながら、トレーナーさんはお店の女性と親しげに話し始めました。一言二言ほど軽い会話を弾ませると、女性は奥の厨房へと入って行きました。

 

 

桜木「.........どう?ウチの姉貴」

 

 

マック「へ.........?トレーナーさんのお姉さま.........?」

 

 

 そう言われて、厨房で準備をしている女性の顔をもう一度見ました。確かに、どこかトレーナーさんと同じ面影を感じます.........

 

 

桜木「旦那さんがここで店やっててな。姉ちゃんは嫁いで、一緒にここを切り盛りしてるんだ」

 

 

「どうも、姉の美依奈(みいな)です。うちの弟がお世話になってます」

 

 

マック「い、いえ!お世話になってるのは私の方で.........」

 

 

美依奈「全く、珍しく連絡よこしたと思ったらアンタ、昼に行くから用意しとけって何様よ!!」

 

 

桜木「いやー、洒落た店なんて知らないからさ、外食っつっても、ジャンク以外だとここしか来たことないし、一度も行った事ない飯屋に連れてくのも、ほら、エスコートとは言えないだろ?」

 

 

 たはは、と笑いながらトレーナーさんはそう言いました。対するお姉さまは、溜息を吐きながらも、持ってきた料理をカウンターの方へ置きました。これは.........

 

 

マック「カレー.........ですか?」

 

 

桜木「ああ、実家のカレーだ」

 

 

美依奈「実家のって言っても、ただのカレールー突っ込んで作ったカレーだけどね。いつも思うけど、自分家で食えばいいじゃん」

 

 

桜木「そう言うなよ。他人が作って家の味になるカレーなんてそうそう食えないんだからさ」

 

 

 トレーナーさんは自分の前に置かれたカレーを見て、目を輝かせました。本当に好きなのですね.........うぅ、実は私、あまり辛いのは得意では無いのです.........実家や学食で出るカレーは少し、辛いと言いますか.........

 目の前に出されたカレーをパクパク食べ出したトレーナーさんを見て、意を決しました。せっかくトレーナーのお姉さまが作ってくださったのです。口から出る火を押さえ込んででも完食しなければ.........!!

 

 

マック「.........?辛くないですわ.........」

 

 

美依奈「あら、もしかして辛口派?ごめんなさいねぇ、ウチのレオ。辛いカレー好きじゃないのよ」

 

 

桜木「辛いカレーって不味くね?」

 

 

美依奈「アンタぶっ殺されるよ」

 

 

マック「.........美味しいですわ!」

 

 

 いつものあのヒリリとした感覚がありません!!これならいっぱい食べられます!!じゃがいもは噛むことをせずに口の中で崩れて行きますし、ニンジンも辛くないカレーの美味しさとニンジンの甘さ相まって美味です!

 お肉はどうやら鶏肉を使っているらしく、とても食べごたえがあります!そして何より、その全ての具材にこの辛くないカレーの味が染み込んでいてとても美味しいです!!

 

 

マック「こんなカレー、生まれて初めて食べましたわ.........!!」

 

 

美依奈「.........マックイーンちゃんて、ちょっと大袈裟じゃない?」

 

 

桜木「そりゃあ、俺達とは違う暮らしをしてきたんだ。カルチャーショック位あるだろ」

 

 

 二人とも、困ったように笑っています。やはり血の繋がった家族。その笑顔はとても似ていました。

 美味しいカレーを食べながら、私達は他愛もない会話をしました。

 

 

美依奈「それにしても、カレーを食べてお酒を飲まないなんて、珍しい日もあるわね」

 

 

桜木「今日は車で来たからな、飲みたいのは山々だけど、連れに迷惑かける訳にも行かん」

 

 

美依奈「車.........ああ、アンタの青チャリンコと同じ名前を付けた.........確か[ブルーエンペラー]!!」

 

 

桜木「バッッッ!!俺の恥ずかしい趣味を暴露すんじゃねぇっ!!」

 

 

美依奈「あっはは!!恥ずかしいの自覚してんじゃん!!」

 

 

マック「あら、素敵な名前でしてよ?」

 

 

桜木「だ、だよなぁ!?」

 

 

マック「それにしても、そこまで言われるほどお酒を飲んでると言うことは、好きなのですか?」

 

 

桜木「まぁ、たしなむ程度には大好きだな」

 

 

美依奈「!」

 

 

マック「ふふ、それではどちらか分かりませんわ」

 

 

 楽しい一時でした。トレーナーさんと出会ってから、食事が楽しい物だと再認識出来た気がします。あの時の私は、この風景を切り捨てようとしていたのですね.........

 そうして素敵な食事の時間を過ごしていると、不意に彼が立ち上がりました。トイレに行ってくると言い、そのまま店の奥の方へと歩いて行かれました。

 

 

美依奈「.........ねぇマックイーンちゃん」

 

 

マック「はい、なんでしょうか?」

 

 

美依奈「アイツの事好きでしょ」

 

 

マック「!!???」

 

 

 ニヤニヤしながら、トレーナーさんのお姉さま。美依奈さんがわかりきった表情でそう聞いてきました。うぅ、トレーナーさんと言い美依奈さんと言い、なぜ普段優しそうなのに.........イジワルです!!

 

 

美依奈「ホント、分かりやすくて助かるわー。アイツと違って」

 

 

マック「.........?トレーナーさんはわかりやすい方だと思うのですが.........」

 

 

美依奈「ありゃりゃ、それはまだまだ付き合いが浅い証拠ですよお嬢様。騙されちゃ行けませんって」

 

 

美依奈「.........アイツが何考えてるかなんて、あたしにもさーっぱり。すごいよねー、十数年間一緒に暮らして来て、何にも分からないんだよ?妹と違ってさ」

 

 

 そう言いながら、お手上げです。と言ったように肩を竦めて見せた美依奈さん。分かりにくい.........でしょうか、たしかに、考えが読めない事もありますが.........

 

 

美依奈「.........昔っから、頭が良くてね。ああやって馬鹿なフリしてんのは、楽しいからだって。賢く生きれば生きるほど、目の前の素敵な現実より来るかも分からない未来を想像する羽目になる。だから、中途半端に頭が良いのは損するだけって、昔あの子に言われたよ」

 

 

美依奈「けどね、アイツが、マックイーンちゃんの事を相当信頼.........?うーん、ちょっと違うけど、うん。信用してるのは分かるよ。たしなむ程度には大好きなんて意味わからん事言うレベルにはね」

 

 

マック「そう、ですか.........」

 

 

美依奈「そう。頭も柔らかそうに見えて、結構頑固だし、クソ親父の一件で決まりを守りたがるから難しいかもだけど、あたしは応援してるよ。よかったらほら、連絡先」

 

 

マック「あ、ありがとうございます!」

 

 

 思わぬ収穫がありました。ここに来たのはどうやら、大大大正解だったみたいです。それにしても、トレーナーさんのお姉さま.........これは、どうしても聞かなければ.........!!

 

 

マック「あ、あの.........子供の頃のトレーナーさんはどのような.........」

 

 

美依奈「.........はぁぁぁ.........」

 

 

マック「?」

 

 

美依奈「ああ、ごめんね。何をどうしたらあんなツンツン頭になるんだろうかと思ってさ.........」

 

 

マック「昔は違ったのですか?」

 

 

美依奈「もう別人!!女の子みたいで可愛くってねぇ、赤ちゃんの頃は良く間違えられてたの。髪もサラサラのおかっぱヘアーでさー。ホント、何がどうなって、あーなっちゃったのかねぇ.........」

 

 

 顔を覆って酷く落胆してしまった美依奈さん。そんなに違うのでしょうか.........気になってしまいます。

 見たことも無い彼の幼き姿を妄想していると、視界の端にふと黒い影が動くのが見えました。

 

 

マック「お、おかえりなさい」

 

 

桜木「ああ、仲良さそうで安心したよ。妹と違って」

 

 

美依奈「それどういう意味?」

 

 

桜木「毎日の様に怪獣大戦争起こしてたの俺は知ってるぞ」

 

 

 普通だったら喧嘩している様な口調ですが、トレーナーさんとそのお姉さまの顔は、とても楽しそうに笑っていました。

 気が付けば、お皿に残っていたカレーを全て食べ終え、あとは会計するだけとなりました。

 

 

桜木「よし、ここは俺が」

 

 

マック「割り勘ですわ」

 

 

桜木「いやいや」

 

 

マック「わ・り・か・んっ!」

 

 

 そう強めの口調で言うと、トレーナーさんは困った様な笑いを浮かべ、折れました。全く、ご自身だけが格好をつけたいと思っているなら大間違いですわ。

 

 

美依奈「まいどどうも。次はしーちゃんが居る時に来なよ」

 

 

桜木「無茶言うな。ほとんど外で遊ぶ人間の行動をインドアの俺が図れるわけないだろ」

 

 

 そう言いながら、トレーナーさんは外に出ようと歩きました。私も美依奈さんにごちそうさまの一言と、一つお辞儀をしてトレーナーさんに付いていこうとすると、お店の入口がガチャりと開きました。

 

 

桜木「あ」

 

 

白銀「ん?」

 

 

ゴルシ「あんだよ、入んねえのか?お?どした?」

 

 

 お店から出ようとした時、目の前には白銀さんとゴールドシップさんが現れました。これは.........嫌な予感がします。

 トレーナーさんは白銀さんとゴールドシップさんを交互に、白銀さんは、トレーナーさんと私を交互に見ました。

 

 

「「ふーん、デートかよ」」

 

 

桜木「あ?」

 

 

白銀「は?」

 

 

ゴルシ「あ!?おっちゃんとマックイーンじゃねえか!!」

 

 

マック「行きますわよ、トレーナーさん!!」

 

 

 こんな所でいつもの騒ぎを起こされても困ります!!私はそう思い、彼の手を引っ張っていきました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「いやー悪い悪い。アイツの顔見るとついな......」

 

 

マック「全く!騒ぎを起こされるこちらの身にもなってくださいまし!」

 

 

 助手席で俺の行動に対して怒るマックイーン。申し訳ないと思いつつも可愛く見えてしまう。なるほど、ドライブデートはこういう醍醐味もあるのか。

 

 

マック「.........やはり、付き合ってるのでしょうか?」

 

 

桜木「んー、アイツもゴールドシップも距離感近いからなー。案外親友だと思ってんじゃないか?」

 

 

 先程から妙に静かだったが、どうやら白銀達を見て思うところがあったらしい。まぁそういう年頃か。

 しかしアイツ、俺と違って女性の扱いを心得ている。俺らと違って陽キャなのだ。女友達も沢山いる。そう思うのはやや早計だ。

 

 

マック「.........そう言えば、ゴールドシップさんから私の連絡先を聞いたと言われましたが、私いつの間にあの人と連絡先を交換したのでしょう.........?」

 

 

桜木「気にするな、頭が痛くなってくる」

 

 

 ゴールドシップの心理を考えるだけ無駄だ。最近は取ってきた虫の写真とかイタズラの共犯の誘いとかしてくる合間に、開く事の出来ないファイルを添付してきやがる。本人曰く俺の自撮りらしい。そんなもの撮った覚えないんだが。

 

 

桜木(本当なんなんだあのファイル)

 

 

 送られてくるのは決まって同じファイル。意味が無いものかもしれないが、やはり無性に気になるのが男子の性だ。破損してるのか分からないが、 スマホでもパソコンでも開かさんない。

 

 

マック「トレーナーさん、次の目的地は?」

 

 

桜木「デートの定番!水族館っ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「トレーナーさん!お魚さんが泳いでいますわ!」

 

 

 そりゃ水族館だからな、とは言わない。きっと彼女にとっては初めての事だろう。

 以前彼女が言っていた俺が初めてを持ってくるというのは、あながち間違いでは無いようだ。

 

 

桜木「おー、見ろマックイーン。タコだ」

 

 

マック「ええ、こうして見ると、意外と可愛いものですわね.........」

 

 

 ガラスに張り付くように自身の赤を主張するタコ。そんな存在を可愛いと言う彼女とはやはり気が合うようだ。家族で一度見た時は俺以外恐怖の対象にしていた。寿司で食うのに。

 

 

桜木「.........お?」

 

 

マック「如何なされました?」

 

 

桜木「いや、桐生院さんとミークが居たからさ。俺ちょっと声掛けてくるわ」

 

 

マック「あっ.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 行ってしまわれました.........手短に済ませるつもりなのでしょう。彼は小走りで桐生院さんの元へと駆け寄って行きました。

 けれど、その姿はまるで、私より彼女を優先したようで、気持ちよくはありませんでした.........

 

 

マック(.........トレーナーさんのバカ)

 

 

 以前までだったら、そんな事思いもしませんでしたのに、自然と愚痴にも似た吐露を心の中でしてしまいます。その分、彼と親しくなった証だと思うと同時に、今のこの距離がもどかしく感じます。

 目の前で泳ぐ魚も、今ではただの背景。彼と一緒に過ごすはずの景色は全て、色を抜かれてしまいました。

 

 

「おや、奇遇だね」

 

 

マック「っ!た、タキオンさん!?」

 

 

 聞きなれた声が後ろから掛けられました。振り返ってみると、そこには私服姿のタキオンさんが口元に手を添えて、私の方を見ていました。

 

 

マック「な、何故ここに.........?」

 

 

タキオン「え!?あー.........さ、魚が最近マイブームなのだよ!!あ、アハハハハハ.........」

 

 

マック「?」

 

 

 いつもの自信満々な高笑いではなく、何かを取り繕うように身振り手振りを激しくして誤魔化していました。

 どうしたのでしょう、普段の彼女なら一人でこのような場所、来るはずは無いのに.........

 

 

マック(.........あら?)

 

 

 しかし、それはやはり思った通りでした。目の端に写ったサメの水槽を見続けている男性。その後ろ姿が、保健室医の黒津木先生と被りました。

 

 

マック「へー.........」

 

 

タキオン「.........なんだその目は、言っておくがこれも実験に必要なデータの採集であってだね.........」

 

 

マック「人のこと言えないのでは無いですか?」

 

 

タキオン「くっ!中々痛いところを突いてくるなキミは.........」

 

 

 彼女が黒津木先生にどのような感情を抱いているかどうかは別として、彼とこうして行動を共にしている時点で私達の事をどうこう言える立場では無いと思います。

 そう思っていると、やはりわざとらしい咳払いをして、タキオンさんは私に提案してきました。

 

 

タキオン「良いかい?君が思っている以上にトレーナー君は厄介だ。たまには強引に行った方が良いぞ?」

 

 

マック「うぅ、それは少々はしたなくありませんこと.........?」

 

 

タキオン「ああ勝手にしたまえ、私のアドバイスを聞かずに彼が別の女と過ごす運命を指を咥えて見ていたいならね」

 

 

マック「!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

タキオン「ふぅ、やっと行ったか.........しかし、感情というのは時に厄介だな。あそこまで強いはずなのに行動に直結しないなんて.........あ!!おい黒津木君!!ダメじゃないか!!あそこで待ってろと言っただろ!!」

 

 

黒津木「いや、だってサメが.........」

 

 

タキオン「君のせいでマックイーン君にデートと勘違いされたんだ!!予定変更を申請する!!私の憂さ晴らしに付き合ってもらうぞ!!」

 

 

黒津木「ま、まって!!せめてサメのぬいぐるみを」

 

 

タキオン「却下する!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「ごめんなマックイーン.........」

 

 

マック「知りません!デートの最中に他の女性の方に行くなんて、マナー以前に常識がなっていませんわ!!」

 

 

 今日は失敗続きだ。車の助手席でまたぷりぷりと怒ったマックイーンを見て苦笑いを浮べる。

 特にマナー以前にという所は、俺が前に若いからマナーを知らないと言った事に対する返しだろう。マックイーン相手にそんな事を言うつもりは毛頭ないが、これは一本取られてしまった。

 

 

マック「.........ですが、このぬいぐるみに免じて許してあげます」

 

 

桜木(.........そりゃ反則ですぜ、お嬢様よう)

 

 

 水族館で買ってあげたサメのぬいぐるみを、愛おしそうに抱き締めるマックイーン。破壊力ばつ牛ン。

 少し傾いてきた日の中で車を走らせていると、恥ずかしい事に車のオーディオから洋楽が流れ出してしまった。

 

 

桜木「げっ」

 

 

マック「あら、QUEEN.........お好きなのですか?」

 

 

桜木「分かるのか?」

 

 

マック「有名ですもの、存じ上げております。ですが意外ですわ。トレーナーさんは邦楽しか聞かないと思っていましたのに.........」

 

 

 まぁ、普段はアニソンしか聞かないし、今の俺が洋楽聞いてるなんて、中学生より前の俺が聞いたらびっくりするだろう。

 だが、不思議と心が落ち着く。遺伝子に組み込まれたかの様に、この音楽の音が全身に染み渡る。たまに聴くと元気になるんだ。それは間違いない。

 

 

桜木「洋楽聞いてるなんて、意識高いと思われても恥ずかしいだろ?俺が好きな食べ物を母ちゃんのカレーじゃなくて、体に悪いもんって答えるのと一緒だよ」

 

 

マック「あら、そうなんですの?では、二人だけの秘密ですわね.........」

 

 

桜木「!」

 

 

 ぬいぐるみに半分顔を埋めながら、彼女は目を細めて微笑んだ。魔性の女の子だな。サングラスがなければ即死だった(致命傷)

 オーディオから流され続ける音楽は[Show must go on]。意味は[それでもショーは続く]だ。今から行くところにはピッタリな歌である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ブーーーーー。

 

 

マック「.........!」

 

 

 幕がゆっくりと上がっていきます。真ん中にはスポットライトが照らされ、そこには円型の高いテーブルと、封がなされている封筒が置かれておりました。

 

 

 トゥルルルルル

 

 

 トゥルルルルル

 

 

 ガチャリ

 

 

「はい。こちら、遺言管理局です」

 

 

「ええ、はい。登録番号1774-DEZのお客様ですね。はい、今すぐデータをそちらに転送しますので、はい」

 

 

「この度はお悔やみ申し上げます。では、失礼致します」

 

 

 ガチャ.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「マックイーン、ほら。涙吹きな」

 

 

マック「うぅ、ありがとうございますわ.........」

 

 

 侮っていました.........高校演劇と言うのはこれほどまでに心を揺さぶってくるものなのですね.........完全に虚をつかれました。

 最初はなぜここなのだろうと思いましたが、役者のキャストを見ると、合点があいました。

 昨年、トレーナーさんを付けていた時に見た学生の方が役者として出ていたのです。それにしても.........うぅ、思い出すだけでまた泣けてしまいますわ.........!

 

 

マック「家族の前で泣けない電話の主が、管理局の新人さんと電話をし、最後は遺書を読みながら泣くシーン.........思わず釣られてしまいました.........」

 

 

桜木「ははは、あのシーンは特に気を付けたからなぁ。中々リアルにできたと思う」

 

 

マック「.........まさかその口ぶりは」

 

 

桜木「そう、脚本家は俺。ネットの海に流した張本人」

 

 

 まるでイタズラが成功したような笑顔でこちらを覗き込んでくるトレーナーさん。してやられましたわ.........!!

 

 

マック「もう!!貴方は何が出来ないのか教えて欲しいくらいですわ!!」

 

 

桜木「デートかな」

 

 

マック「そこはちゃんとしてくださいまし!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「.........それにしても、あのレベルの表現が出来るということは、トレーナーさんもあのような思いを.........?」

 

 

桜木「.........ああ、婆ちゃんが死んじまった時にな」

 

 

 車の中へ戻っても、話題はやはり、あの高校演劇の事だった。映画を語り合うという経験はしてないから、良くある恋愛模様に意見交換を出されても、俺はピンとは来なかった。そんなの、ただ楽しいだけじゃないかと思っていた。

 だが、演劇で置き換えると俺にとってはまた違う。そこに、真剣さが加わるからだ。楽しいからやっていただけとばかり思い込んでいたが、多少の情熱はやはりあったらしい。

 

 

桜木「死んだ時には泣けなかったよ。母ちゃん達の方が辛いからさ。俺が姉ちゃんに連絡して、妹の学校に連絡して、父さんにも連絡してさ.........」

 

 

桜木「そのおかげで心は晴れなくてさ、この脚本を書いたんだ。学生時代に完成させる事は出来なかったけど、コツコツ描き続けてさ」

 

 

マック「.........」

 

 

桜木「トレーナーになる前に完成させて、俺もあのシーンで勝手に泣いて。勝手に吹っ切れた」

 

 

 .........これはデートなのだろうか、独りよがりの独善なんじゃないのか?そうは思ったが、動き出した口は止まらない。アイツらにも言ったことの無い事を言うなんて、らしくない。

 

 

マック「.........本当に、律儀な人ですわね、トレーナーさん」

 

 

桜木「.........むぅ」

 

 

マック「ですが、貴方の感情は貴方のものです。時としては譲る必要がある場合もありますが、基本的には優先した方がよろしいですわ」

 

 

桜木「そうは言ってもな.........難しいだろ?」

 

 

マック「簡単です。私に先程してくれたではありませんか。思いの吐露ほど、自分を優先する事はありませんわ」

 

 

 うわちゅうがくせいじょしつよい。どうしよう、マックイーンが説法を唱える仏様に見えてくる。一体どこで培ってくるんだその発想は.........

 

 

桜木「あー、なんか腹減ってきたなー」

 

 

マック「まぁ!では夕食は私にお任せ下さい!」

 

 

桜木「えぇ.........あまり高い所は止めてよね?」

 

 

マック「大丈夫です!!トレーナーさんならただですから!!」

 

 

桜木「.........?」

 

 

 一抹の不安が残り続ける中、マックイーンの先導に従って俺はハンドルを切り続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「.........」

 

 

マック「トレーナーさん、失礼しますわ」

 

 

桜木「いやいやいやいや」

 

 

マック「まぁまぁまぁまぁ♪」

 

 

桜木「ちょいちょいちょいちょい!」

 

 

マック「さぁさぁさぁさぁ!」

 

 

 うわウマ娘つおい!!?先程から何をやってるのか分からないかもしれないが、車を止めた瞬間、マックイーンが光の如き勢いで降り、そのまま運転席のドアを開け、俺を引っ張ってくるのだ。

 

 

桜木「ちょっと!!きびぃ!!流石に厳しいって!!」

 

 

マック「観念してください!!皆さんお待ちになられてますわ!!」

 

 

桜木「まさかの計画的犯行!?見損ない.........はしてないが、少し君の認識を改めることにしたぞマックイーン!!」

 

 

マック「.........うぅ」

 

 

桜木「!?わ、分かった。降りる。降りるからその顔はやめてくれ.........」

 

 

 そう言うと、彼女は泣きそうだった表情をぱっと明るめた。所詮は嘘泣き、されど泣き。女の子を泣かせる男は誰だろうと最低だ。

 諦めてシートベルトを外し、エンジンを切って、ドアに鍵を掛けた。

 

 

桜木「.........一応聞くけど、ここは何を置いてるんだ?」

 

 

マック「えーっと、強いて言うなれば、色々な賞のトロフィーや盾を置いていますわね」

 

 

 キレの悪い皮肉に、彼女はしっかりと返してきた。そりゃそうだ。なんせここは.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 メジロマックイーンの実家なんだから

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ......To be continued



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トレーナー「メジロ家従者はコント集団だ!!!無礼るなよッッ!!!」

 

 

 

 

 

桜木「デケェ.........」

 

 

 少年は皆、大きいものが好きと言われる。それは多分、五人一組の男女混合の特殊部隊の最終兵器が全長50メートル位のビルと同じ高さのロボットの影響も多大にあるだろう。

 現に、俺はこうしてあまりにデカすぎるマックイーンの実家に恐怖を覚えている。

 

 

マック「トレーナーさん?早く参りましょう?」

 

 

 そんな俺とは対照的に、マックイーンは何も気にせず玄関への階段を上がる。このお嬢様め、ここがお前のハウスか!!

 

 

桜木「.........よし」

 

 

 こんな所で食事をして、果たして俺は味を感じる事が出来るのだろうか?だが、女の子からのお誘いを蹴るのは愚か者のする事だ。

 覚悟を決めろ。ここがお前の正念場だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック婆「初めまして桜木トレーナー。マックイーンの祖母です」

 

 

桜木「は、ははは、はじはじま初めました」

 

 

マック「緊張しすぎですわ.........」

 

 

 隣で苦笑いを浮べる彼女に最初に案内されたのは、彼女のおばあちゃんの書斎だった。威厳のある風格でオーラも凄いが、どこか可愛らしいおばあちゃんだ。

 玄関に入ってから感じていたが、やはり別世界だ。ドアを開けたら異世界。うーん、ラノベじゃ在り来りだけど、現実からしたら異質な話だ。

 

 

マック婆「あの古賀トレーナーのお弟子さんだとお伺いしましたが、あの言葉も彼の仕込みですか?」

 

 

桜木「?」

 

 

マック(メイクデビューのあの時の言葉ですわ)

 

 

 なんの事かさっぱりだったが、マックイーンが耳打ちしてくれたお陰で理解ができた。まぁでも、完全におばあちゃんにはバレてるよ。俺は屈んでたしマックイーンは若干背伸びしてたし、それなら普通に教えてくれても良かったんじゃないかな?

 

 

桜木「いえ、あれは俺の本心ですよ。でなきゃぶっつけ本番であんなこと言えないじゃないですか.........」

 

 

マック「あの後心底後悔してましたわ!」

 

 

桜木「言わないで!!」

 

 

 恥ずかしい。自分で言ったことだろと言われるかもしれないが、じゃあ君達は自分の寝言に責任を持てるのか?いや関係ないか、俺はその時起きてたんだから。

 そんな俺とマックイーンのやり取りを見て、おばあちゃんはやはり、上品に笑う。マックイーンが普段から尊敬するおばあちゃんの笑い方は、マックイーンに少し似ていた。

 

 

マック婆「やはり、彼にそっくりですね.........マックイーンのこと、くれぐれもよろしくお願いします」

 

 

桜木「!も、もちろんです!プロですから!」

 

 

マック「おばあ様!今日の食事はお祖母様も来られますか?」

 

 

マック婆「いいえマックイーン。実はこれから〇〇商事の会長と会食をしなければいけないのです。久々にゆっくりと話したかったのですが、ごめんなさいね」

 

 

 そう言いながら優しく微笑むおばあちゃん。なるほど、お偉いさんになると自分の家で食事をするのも一苦労なのか、大変だな.........そう思っていると、机の下からデカいトランクをドンッ!と持ち上げた。

 

 

マック婆「では行って参ります」

 

 

二人「今(ですの)!!???」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「なぁマックイーン?」

 

 

マック「.........なんでしょうか?」

 

 

桜木「メジロ家って凄く格式の高いお家だと思ったんだけどさ.........」

 

 

マック「止めて下さい。それ以上言わないでください」

 

 

桜木「メジロ家ってコント集団だったんだな.........」

 

 

マック「トレーナーさんっっ!!!」

 

 

 隣で食事をとるマックイーンに話しかける。あれから色々挨拶をしていたがそう言われてもおかしくないくらいにはおかしかった。

 まず爺やさんだ。マックイーンが呼んだら屋根裏からロープで降りてきた。ヤバすぎだろ。前世は忍者。

 そしてシェフ。俺たちが話しかけてても料理を止めない。たぶん俺があった中で一番のサイコパスだ。料理の為なら人も殺せる。

 他にも色々やばかったがそれでも群を抜いてやばかったのが主治医だ。右手に注射器を持っていたが、理由を聞いてもマックイーンの主治医だからとしか言わなかった。

 

 

桜木「.........」

 

 

「おや、食事が進んでないようだね。遠慮せずに食べたまえ、桜木くん」

 

 

桜木「たはは.........柄にもなく緊張しておりますゆえ、それにしても、こんな形で会えるとは思いませんでしたよ。財前さん」

 

 

マック「まさか本当にお知り合いとは思いませんでしたわ!お父様、テレビを見ていた時は何も言ってくださいませんでしたもの」

 

 

 少し怒った雰囲気を出しながら、名前も分からない料理を口に入れるマックイーン。やっぱり、親子なんだな.........

 

 

財前「それにしても、会社をやめてトレーナーを始めただけでなく、家の娘の担当になるなんて.........やはり君には何か縁を感じるよ」

 

 

桜木「そう言えば、財前さんの会社に営業しに行った時もそう言われましたね.........」

 

 

 その時は何かのお世辞かと思ったが、こうなってくるとそういう話では無くなってくる。

 社会人時代。財前さんの会社に営業として訪問した時、受け答えしてくれたのが財前さんだ。ハッキリとした求める理想像と、こちらが提示できる限界を見極めて話を進めてくれる彼に憧れたものだ。

 

 

財前「君のような人材が沢山いると思い、君の会社を買収してみたが、やはり君が居ないと思うと寂しくてね」

 

 

桜木「いやいや、俺なんかあそこにいても何も出来ませんよ」

 

 

財前「いいや、君は誠実だ。出来ないことを出来ると言わない。私が求めた理想の為に、他社の製品を勧めただろう?あれこそ、人の目指すべき理想像だ」

 

 

桜木「ですが、会社が求める理想像ではありません。利益を産まない存在は必要ありませんからね」

 

 

 気が付けば、いつの間にか会社の事について話してしまっていた。先程から会話に入ってこないマックイーンはさぞつまらないのではと思い、ちらりと横を見るが、その予想と反して目を輝かせていた。

 

 

マック「お父様、トレーナーさんはどのような人でしたか?」

 

 

財前「どのような.........と言われると難しいね.........少なくとも、ジャックポットを狙わないなんて事を言う人間ではなかったかな」

 

 

桜木「あ、アハハ.........」

 

 

財前「とにかく、彼はリアリストだったよ。上に登るためにはダメージを最小限にしなきゃ行けない。足を引っ張るものは全て切り捨て、前進を助けるものだけを背後に置く。そんな感じかな?」

 

 

桜木「[俺はお人好しだからそんな事は出来ない]と言う発言が抜けてますよ」

 

 

財前「ハハハ、そう言えばそうだったね」

 

 

 別に、出世したいとか言う欲があった訳では無い。ただこの知識を深めて行ければ良いと思っていた。まぁそれも、嫌な上司のせいで思えなくなったのだが.........

 

 

桜木「.........大きい幸せを持っている人がよく、小さい幸せに気が付かないと言う話がありますが、あれは嘘ですよ」

 

 

桜木「大きい幸せという比較対象が自分の元にあるからこそ、小さい幸せに気が付ける。逆に、幸せが無い人間は、大きい幸せを追いかけて、小さい幸せを見逃すんです」

 

 

桜木「俺は後者の人間です。幸せとは程遠い暮らしをしてきました。人はコップとは違います」

 

 

桜木「コップだったら、さっきと違う飲み物を飲みたければゆすげば良い。けれど、人は中身を無くすことは出来ても、ゆすぐ事は出来ないんです」

 

 

二人「.........」

 

 

桜木「.........あ」

 

 

 先程まで楽しかった食事のはずが、俺のせいで静かになってしまった。どうしよう、申し訳ない事をしてしまった。

 うぅ、居心地が変に良すぎるのが行けないんだ。自分の声に出してこういう哲学にも満たない想像をするのが好きなのだ。

 そんな事を思っていると、急にシンとした静寂が、財前さんの笑い声で掻き乱された。

 

 

財前「はっはっはっはっ!!中々面白い考え方をするな桜木くん。だが、それはあながち間違いでもないし、絶対でも無い」

 

 

財前「人は変わる。私が妻に出会ったように、雷に打たれたように一瞬で変わる事もあれば、変わった事に時間をかけて気が付くこともある」

 

 

財前「それはきっと、コップがゆすがれたんじゃなく、元々何が入っていたかも気にせずに自分の飲みたい物を入れて飲んでくれる人が居たからだ」

 

 

桜木「何が入っていたのかも.........気にせずに.........」

 

 

 目の前で微笑みながらそう説いてくれた財前さん。やはり、憧れはまだ遠い存在だ。それに、俺はまだそんな人を気にすることは出来ない。

 

 

財前「桜木くん、君が何を迷っているのか、私には分からない」

 

 

桜木「.........」

 

 

 違う。これはきっと、俺がマックイーンに大して抱いている気持ちの分かりきった対処法についてでは無い。財前さんは心の底から、俺が何に迷っているのかが分からないんだ。

 

 

財前「こんな食事の時にあんな事を言うんだ。何かを迷っているんだろう、だがこれだけは言っておく。君は一人じゃない」

 

 

マック「そうですわトレーナーさん!私も、チームの皆さんも着いています!!」

 

 

桜木「.........はは、そりゃ心強い。確かに一人で悩む内容としては、経験不足が祟っています」

 

 

 少し、肩の荷が降りた気がする。自問自答を続けるのと、他人と討論することではやはり、議論の進み方が違ってくる。

 とは言っても難しい問題だ。相談するとしても、生徒には言えないし、教職員はもっての外だ。ここは一つ、外で味方を作るしかないか.........

 そう思っていると、メイドさんが財前さんに静かに近付き、そっと耳打ちした。

 

 

財前「.........む、もうそんな時間か。分かった。食事を終えたら直ぐに行くと伝えてくれ」

 

 

マック「お仕事ですの?」

 

 

財前「ああ、明日福岡で国際会議があってね。ゲストとして呼ばれているんだ。今日は桜木くんが来ると聞いてここに残っていたんだが、良い話を聞けて良かったよ」

 

 

桜木「俺も財前さんとまた会えて良かったです。出来ればまたお話したい」

 

 

財前「いつでも連絡するといいじゃないか!マックちゃんの事も聞きたいしな!」

 

 

マック「!?お、お父様!!その呼び名は止めて下さい!!」

 

 

 マックちゃんと呼ばれ、恥ずかしそうに慌てふためくマックイーン。家ではそんなふうに呼ばれてるのか。

 そんなマックイーンを尻目に、財前さんは最後の一口を食べ終えると、ご馳走様と食事を終え、急いでスーツの上着を羽織って部屋を出て行った。

 

 

桜木「.........かっこいいよなー」

 

 

マック「!と、当然です!!私のお父様なのですから!!」

 

 

 自分の父親を褒められて嬉しそうに尻尾を振るマックイーン。彼女にとってもやはり、自慢の父親のようだ。

 .........俺も、自分の子供が誰かに自慢出来るような存在で居たいものだ。そう思い、進んでいなかった食事を食べ進める。先程は感じなかった上品な味わいが口の中に広がって行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「「「あーーーー............」」」カポン.........

 

 

 声が反響する。日本人というのは身体をお湯に付けると声を発する生物だ。どういう原理かは未だに謎だとアメリカではそう発表されてるとかされてないとか.........

 まて、なんで俺は風呂に入ってる?そこを整理しろ、えーっと確か.........?

 

 

爺や『大変です。ゲリラ豪雨でメジロ家の庭と駐車場が水没しました。今日は帰れません』

 

 

桜木『は?』

 

 

桜木「よし、思い出したな」

 

 

 いやいやいやいや、明らかな嘘だけどね?その後従者の人、急いでカーテン閉めてたけど、星空満点だったの、俺見えてたから。

 まぁ従者の圧がすごいんで、とりあえず今日は泊まっていくことにしよう。なーに、泊まる事くらいこの桜木、どうって事ないで.........

 

 

主治医「主治医です」

 

 

桜木「待て、ツッコミが追いつかん.........なんでここに?」

 

 

主治医「それはお嬢様の主治医だからです」

 

 

桜木「ワケガワカンナイヨー!!」

 

 

 身の危険を感じ、思わず立ち上がってしまった。誰だって某グラップラー漫画に出てきそうな人相の人物が隣に来たら驚くだろう?

 

 

桜木「まず!!なんでアンタはまだ注射器を持ってんだ!!ここ風呂だぞ!!後もうマックイーンの主治医だは禁止だからな!!」

 

 

主治医「では趣味です」

 

 

桜木「ライダー助けて!!!」

 

 

 ガララッ!

 

 

シェフ「シェフです」

 

 

桜木「ファ!?」

 

 

 次にやってきたのはシェフ。手には特製ダレに漬け込んだ鶏肉の入ったジップロック。意外と家庭的。

 いやいやいやいや!!待ってくれ!!この様子だと.........

 

 

療法士「医学療法士です」

 

 

パティシエ「パティシエです」

 

 

桜木「あわわわわわ............」

 

 

 ゾロゾロと勢揃いをし始めるメジロのコント集団。不味い.........そう思っていると、背後に気配を感じ始めた。そうだ。まだ真打が残っていた.........

 

 

爺や「爺やです 」

 

 

桜木「」

 

 

 気を失いそうだ。頭がくらっときたがまだ何とかなっている.........上がろう、もう十分風呂は堪能した.........今は一分一秒でも、この場を離れたい.........

 そう思っていると、爺やさんから何かを手渡された。うーん、形状からしてこれは.........

 

 

桜木「マイク.........ですかね」

 

 

爺や「今のお気持ちを歌でどうぞ」

 

 

桜木「.........」

 

 

桜木「気ーがー狂ーいーそう!!!!」

 

 

全員「なななななー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「トレーナーさん、電気を消してもよろしいですか?」

 

 

桜木「ああ.........もう煮るなり焼くなり.........」

 

 

 そう言いながらトレーナーさんは布団の中へと潜り込みました。それも仕方ありません、ここに来て苦労の連続だったのですから。

 お風呂からのぼせた様子で上がってきたトレーナーさんに、爺やが突き付けたのはとんでもない事実でした。

 

 

爺や『お嬢様の部屋以外の鍵をなくしてしまいました』

 

 

桜木『外で寝ます』

 

 

爺や『ゲリラ豪雨なので玄関は塞ぎました』

 

 

桜木『』

 

 

 無表情で涙を流し始めたトレーナーさんを見た時は可哀想だと思いましたが、私としては結果オーライですわ。

 何故かいつも寝ているベットは撤去されており、代わりに布団が用意されていました。これで彼の隣で寝ることが出来ます。

 

 

桜木「.........近くないか?」

 

 

マック「あら、分かるのですか?」

 

 

桜木「気配でな」

 

 

マック「では気の所為ですわ。トレーナーさんは鈍いので」

 

 

桜木「そう.........」

 

 

 枕の方へ顔を出すと、やはり近いというふうに顔を顰めましたが、私がキッと睨むと何も言わなくなりました。一々細かいんです。もっと違う所に意識を割いてください。

 私も掛け布団を身体にかけ、目を瞑りました。

 

 

マック(.........寝れませんわね)

 

 

桜木「.........」

 

 

マック「あの、トレーナーさん.........起きていらっしゃいますか?」

 

 

桜木「起きてるよ」

 

 

 その声に少し喜んでしまう自分が居ます。思えば、今この状況、私が考えている以上に凄いことなのでは.........?

 いけません、そんなことを考えればますます寝れなくなってしまいますわ!!

 

 

マック「.........今日は本当にありがとうございました。トレーナーさん」

 

 

桜木「こんな俺の話に付き合ってくれたんだ。こっちこそありがとう。マックイーン」

 

 

 彼は布団の中に潜り込ませていた両手を、頭の下に置きました。しばらく、時計の針が響く音を中心に世界が回ります。

 

 

桜木「.........そう言えば、なんか不公平だな」

 

 

マック「.........?何がですの?」

 

 

 そんな静寂の中で、ふとトレーナーさんはそう言いました。表情も目線も変えずに、天井を見上げたまま、彼は続けました。

 

 

桜木「いや、俺ばっかりさらけ出してる感じがしてさ。一個くらい、マックイーンのこと聞いても良くない?」

 

 

マック「あら、レディの過去を知りたいなら、もう一つくらい話して頂かないと釣り合いませんわ」

 

 

桜木「えぇ〜?俺結構話したんだけどなぁ〜」

 

 

マック「ふふ、もう一つですわよ。トレーナーさん♪」

 

 

 私がそう言うと、トレーナーさんは表情を変え、うーんと唸りを上げ始めました。ふふ、これでもう少しお話出来そうですわね.........

 そう思っていると、唸りを上げていた彼は閃いたように声を上げ、私の顔を見ました。

 

 

桜木「そういえば、どうだった?今日のデートは」

 

 

マック「そうですわね.........68点、といった所でしょうか」

 

 

桜木「ありゃりゃ、ちょっと低いなー.........」

 

 

マック「高い方ですわ!あんなにトラブルばっかり起こして!!」

 

 

 うぅ、今思い出してもムカムカしてしまいますわ.........!私が目の前に居たのに、なぜ挨拶なんて.........!あの方もプライベートで来ていたのですし!別に良くありませんこと!?

 そう布団を被って悶々としていましたが、そう言えばとふと思い、トレーナーさんに質問しました。

 

 

マック「.........あの、一つよろしいですか?」

 

 

桜木「?」

 

 

マック「トレーナーさんは、今日のデート。初めてでしたか?なんだか妙に慣れてる感じが.........」

 

 

桜木「あーーー.........うん、初めてじゃないかな。久しぶりだけど」

 

 

マック「!!」

 

 

 その一言だけで、私は酷くショックを受けます。勝手に初めてだと決めつけていた私の方が、彼に失礼だと言いますのに.........

 では、彼は恋人とどこまでしたのでしょう.........?そんな、はしたない想像をするのに、そう時間は掛かりませんでした。

 

 

桜木「.........キスもなく、別れちまったけどなー」

 

 

マック「!そう、なのですね.........」

 

 

 その言葉を聞いて、内心ホッとする私。嫌な女ですわ.........こんなの、彼を好きになる資格なんてありません.........

 しばらく、自分の悪い所に嫌悪を抱きながら、静寂な空間の中で反省を繰り返しました。そんな静かな時間を変えたのは、やはり彼でした。

 

 

桜木「.........えっと、話してもいいかな。彼女の事」

 

 

マック「!!え、ええ.........」

 

 

 咄嗟に肯定の返事をしてしまいましたが、直ぐに後悔が押し寄せました。聞きたくない、彼が.........他の女性と仲良くしてる話なんて.........そう思いながら、自身の身体に視線を向けました。

 

 

桜木「.........まぁ、よくある話でさ。学祭の打ち上げで、幼馴染に告白したんだ」

 

 

桜木「好きでも何でもなかったのに、周りに流されてさ.........お互い知った口だし、軽く別れればいいやと思った」

 

 

桜木「デートは何回かした。その頃にはお互い本気で好きになったんだけど、俺が事故っちゃってさ」

 

 

マック「あ.........」

 

 

 事故.........トレーナーさんの、彼の夢を奪った元凶.........ここでも、その影を見せるのですね。どこまでも、トレーナーさんに取り付いている気さえしてきます。

 ですが、彼はもう気にした様子は見せません。吹っ切れているのでしょうか.........?その目は、何ともないように天井を見上げていました。

 

 

桜木「本来、コイツは私生活を送るのに限界を感じるレベルでズタボロだった。これから先一緒に生きてくには、ハンデがありすぎたんだ」

 

 

桜木「記憶には無いが、どうやら俺から振ったらしい。泣きながら病室を出てったってアイツらから聞いたよ」

 

 

マック「トレーナーさん.........」

 

 

 悪いことしたなーと、彼は心底申し訳なさそうに呟きました。なんだか、ここに来てから少しくらいお話ばっかりです.........

 そう思って彼の顔を見ていると、ふと視線が合いました。

 

 

桜木「ほら、マックイーンの番」

 

 

マック「あ、そう言えばそういう事でしたわね.........」

 

 

 えーっと、何を話せば良いのでしょう。いざ話そうとしてみると、思い浮かばないものなのですね.........うーん、うーーーん.........

 

 

マック「.........私がここに来た時の話.........などはいかがでしょう.........?」

 

 

桜木「俺に聞かなくていいよ。マックイーンの話したい事を話してくれ」

 

 

 うぅ、ここで優しい微笑みは反則ですわ.........!私は身を捩らせ、掛け布団をはしたなく巻き込みながら、布団の上に座りました。こうした方が、しっかり話せると思ったからです。

 

 

マック「実は、このメジロのお屋敷に来たのは、私が3歳位の頃なんです.........お父様の仕事の都合、住居を転々としていた為、今回もそうなんだと、子供心ながらに悟りましたわ」

 

 

マック「ですが、いつもならマンションの一室に引越しをするのですが、その日は違いました。荷物を運搬するトラックが無く、お父様がいつも運転していた車ではなく、リムジン車だったのです」

 

 

マック「あの、面白いですか?」

 

 

桜木「面白いよ。物語みたいだ」

 

 

 そう言ってくださるトレーナーさんは、私と同じように、布団の上で座って居ました。暗い部屋の中で電気も付けずに、彼とお話する。今までに無いシチュエーションです。少し胸がドキドキしてきました。

 

 

マック「えっと、その頃の私は.........その、お恥ずかしいのですが、幼かったこともあり、口調も今とは違い、普通の女の子でした」

 

 

桜木「へー!ちょっと聞いてみたいかも」

 

 

マック「い、今は無理です!!その当時だけですわ!!」

 

 

 私のその声に反応するように笑い声をあげるトレーナーさん。もう、人の気も知らないで.........酷い人です。

 

 

マック「コホン、続けますわよ?」

 

 

桜木「どうぞ」

 

 

マック「.........最初は馴染めませんでしたわ。こんな大勢に囲まれて生活するなんて、今までありませんでしたから.........」

 

 

マック「ですが、それを見兼ねた爺や達が遊んでくれたのです.........その当時は、その。嬉しかったのですが.........あのノリが今でも続いてると思うと.........」

 

 

桜木「あれマックイーンのせいだったのか!?」

 

 

マック「違います!!いえ、違くは無いのですが.........と、とにかく!私のせいではありませんわ!!」

 

 

 彼がメジロ家の従者はコント集団だと言いましたが、あながち間違いではありません。現にあの頃の私は、どこで爺やを呼んでも現れる姿に笑い、どこでも料理をするシェフを笑い、いつも注射器を持っている主治医を笑っていました。

 うぅ、今思うと、なぜ笑っていたのでしょう.........不思議でなりませんわ.........

 

 

マック「.........ですが、やはりおばあ様はあの時の私にとって、怖い存在でした」

 

 

桜木「まぁ、ちょっと目付き怖い所もあるけど、優しそうだったぞ?」

 

 

マック「ええ、今ならよく分かりますわ.........」

 

 

 風邪で寝込んだ時に、よくおばあ様は白いお汁粉を作って下さいました。とても優しい味で、心細くなった時も安心して寝ることが出来ました。

 

 

マック「.........私がこの言葉遣いになったのも、天皇賞の制覇を目指すのも、そして.........おばあ様を好きになったのも、おばあ様のレースをビデオで見てからです」

 

 

 今でも忘れもしません。天皇賞・春。おばあ様が勝ち取った栄光.........インタビューで受け答える姿と言葉遣い。そして、おじい様との信頼関係。その全てに、憧れを抱きました。

 それで.........私は............

 

 

マック「あら.........?」

 

 

桜木「.........続きはまた今度な」

 

 

 話を続けようとすると、トレーナーさんは私のまとった掛け布団を体から離し、私を布団へと寝かして下さいました。

 まだお話していたいのに.........まだ、貴方に聞いて欲しいのに.........ですが、続きはまた今度と言われ、嬉しくなったのも事実です.........また、聞いてくれるのですね.........

 

 

マック「トレーナーさんも.........寝てくださいね.........?」

 

 

桜木「はは、善処するよ」

 

 

マック「ふふ、おやすみなさい.........トレーナーさん.........」

 

 

桜木「ああ、おやすみ。マックイーン」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「あの、本当に朝食はよろしいのですか?」

 

 

桜木「ああ、遠慮しとくよ」

 

 

マック「ですが.........」

 

 

 朝日が昇り、キラキラと照りつける太陽。路面はゲリラ豪雨など端からなかったように干からびていました。

 車の扉まで歩くトレーナーさんの後ろを着いて行きます。迷惑かもしれません、そう考えると、これ以上何も言えませんでした.........

 彼が車のドアを開けた時、目が一瞬合います。どうやら、私はあまりいい顔をしていなかったようで、彼は困ったように後頭部をかきました。

 

 

桜木「.........マックイーン」チョイチョイ

 

 

マック「?はい.........!?」

 

 

 彼に手招きされたので、近付いていくと、彼の体が接近してきました。すごく、近いです。彼の首元と私の鼻はもう、5cmもありません。刺激が強すぎます。

 

 

桜木(マックイーン)

 

 

マック(ひゃ、ひゃい!)

 

 

桜木(コイツはマジのトップシークレットなんだけど.........)

 

 

マック(.........?)

 

 

桜木(俺、朝飯食うとお腹壊しちゃうんだ)

 

 

マック(!)

 

 

桜木「だから、マックイーンの申し出は滅茶苦茶嬉しいんだけど、今日はここで帰らせてもらうよ。次こうなる時までには克服しとく!!」

 

 

 私の耳から遠ざかった彼の顔は、いつもの様な少年の笑顔で、そう言い切りました。そうですか.........次、ですか.........

 

 

マック「.........ふふ、あんなに苦労したのに、もう次を考えていらっしゃるのですか?」

 

 

桜木「ああ、また聞かせてくれ。マックイーンの事」

 

 

マック「そうですわね.........またトレーナーさんの事を沢山聞かせていただければ、一つくらい教えて差し上げますわ」

 

 

桜木「それ等価交換か〜?」

 

 

マック「乙女の過去は高くつきましてよ?」

 

 

桜木「.........ははっ」

 

 

マック「.........ふふっ」

 

 

 こうして彼と笑い会う回数も、なんだか日に日に増えて行っている気がしますが、それにいつも慣れません。笑った後は、心臓が高鳴ってしまいます。彼と通じあっている。嬉しさとは違う何かが、込み上げてきてしまうのです。

 

 

桜木「それじゃあ、またな。マックイーン」

 

 

マック「.........ええ、また明日。トレーナーさん」

 

 

 別れたくありません。ですが、それは私のわがままです。それを押し通せるほど、私は強い力を持ってはいません。

 また明日。明日会えると思っても、今日のような非日常はありません.........またいつも通りの、騒がしい素敵な日常が、彼との非日常を上書きしてしまうと思うと、なんだか悲しくなります。

 発進した車に、小さく手を振りました。彼はそれに気付いて、窓を開けて手を出し、振り返します。本当、そういうところです。

 

 

爺や「.........行ってしまわれましたな」

 

 

マック「ええ、ですが。今日はお互いの事を知れましたわ。生きた年数がない分、彼に沢山話してもらいましたが、これを続けていけば或いは.........?」

 

 

 懐から取り出した恋愛指南書。以前は気が付きませんでしたが、今パッと見た時に、作者の所に目が行きました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 作者 爺や&おばあ様

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「.........あの、爺や?これは正規の本ではありませんの.........?」

 

 

爺や「おや、それはおばあ様がおじい様を無理矢理落としたメジロの兵法ですぞ」

 

 

マック「メジロの兵法っ!?」

 

 

爺や「いやはや、バレてしまっては仕方ありませんな」パンパン

 

 

主治医「主治医です」

 

 

マック「.........あの、何故今注射器を.........?因みに、私の主治医だとか趣味だとかのたまったら、蹴りますわよ」

 

 

主治医「では生まれつきです」

 

 

マック「.........わ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ワケガワカリマセンワーーー!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日、特に理由も無い注射針が、メジロマックイーンのお腹を襲ったと言う。余談ではあるが、その後、若干太り気味だったお腹周りが痩せたとか痩せていないとか.........

 

 

 

 

 

  ......To be continued



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「夏だ!海だ!合宿だ!!」「地獄の始まりですわ.........」

 

 

 

 

 

 

 さんさんと照りつけていた日差しとビーチに別れを告げる様に、俺達を乗せたバスは走り出した。気持ちよさそうに揺れるバスの車体はまるでゆりかご。疲れた身体を眠りに落とすには丁度良かったのだろう。そこらかしこで寝息が聞こえる。

 

 

桜木「色々あったなー、夏合宿」

 

 

マック「.........色々あったなー、ではありませんわ.........!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「色々ありすぎでしたわ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さんさんと照り付ける中央の夏。アイスがおいしい季節になったと、チームルームに常蔵してある棒アイスを舐めながら、私は誰にでもなくそう思いました。

 

 

桜木「夏は合宿ッッ!!!」

 

 

 ガララッ!と、勢いよく開けられた扉の先にはトレーナーさんが仁王立ちしておりました。いえ、そんな事はどうでも良いのです。問題は、彼の言った言葉にあります。

 

 

マック「あの、トレーナーさん?チームでの合宿参加ならば、優秀な成績を収めてなければ行けないのでは.........?」

 

 

桜木「安心しろマックイーン!!!俺が生徒会長に話を付けてきた!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 生徒会室のドアを開けた。合宿申請の用紙を机に向かって放り投げながら、スライディングで土下座をかました。

 

 

桜木「よろしくお願いしまーーーーーすッッッ!!!!!」

 

 

ルドルフ「すまない桜木トレーナー。それは出来ない相談なんだよ」

 

 

桜木「じゃあ良いです」

 

 

 土下座する勢いで畳んだ体を飛び上がって立ち上がらせる。一個目の要件はこれで終わりだった。

 

 

ルドルフ「.........それで、二つ目の要件とは?」

 

 

桜木「会長。最近また生徒とのスキンシップが図れなくて悩んでましたよね?」

 

 

 そう言うと、生徒会長シンボリルドルフの耳がピクリと動く。どうやら図星らしい。わかりやすく食いついてくれるものだ。

 俺はゆっくりと歩き、彼女の前の机に肘を置く。嫌な予感がしたであろうエアグルーヴが止めに入ろうとするが、先日コンビニのくじで当てたブロリーのA賞のフィギュアで買収したナリタブライアンに止めさせる。

 

 

桜木「.........指スマって言うゲームなんですけど、知ってますか?」

 

 

ルドルフ「いや、初めて聞いたな」

 

 

 トレーナー説明中.........。

 

 

ルドルフ「なるほど、そういう遊びか.........試しに一度やって見ても良いだろうか?」

 

 

桜木「.........勿論です」ニヤリ

 

 

 両手を握りしめ、親指を上に机に手を置いた。頑張れ桜木。あとはお前の運にかかってるんだ。

 

 

ルドルフ「指スマ1!」

 

 

桜木「.........ふぅ」

 

 

ルドルフ「むぅ、外したか」

 

 

 しめしめ、どうやら生徒会長は単なるゲームだと思って指スマをやっているらしい。エアグルーヴの方をちらりと見やると、流石副会長。俺の魂胆が分かったらしいが、やはりナリタブライアンに止められる。ブロリーのフィギュア強し。

 

 

桜木「指スマ3!!!」

 

 

ルドルフ「おお!やるじゃないか桜木トレーナー!!」

 

 

桜木「.........このままだと、会長負けちゃうなー.........」ボソ

 

 

ルドルフ「.........何?」

 

 

桜木「良いのかなー.........負けちゃうよー?」

 

 

ルドルフ「.........」ブルブル

 

 

 神経をさかなでるように猫なで声でそう呟くと、シンボリルドルフ会長はその身を寒そうに震わせた。

 俺は確信する。勝った。俺は指スマに負けて、合宿を勝ち得たのだと。

 

 

ルドルフ「嫌だァ.........!!」

 

 

ルドルフ「私はァ.........!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「負けたくないィィィィッッッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 青白い炎のようなオーラをまとい、勝利への執着を見せ始めるシンボリルドルフ、いや、ヘルカイザールドルフ。彼女の執着を利用しない手は無い。

 

 

桜木「そんな貴方に朗報!!今ならなんと合宿の許可を得るだけでこの指があなたが宣言する度に起き上がる機械になります!!」

 

 

ルドルフ「乗った!!!」

 

 

グルーヴ「会長ッッ!!?」

 

 

ルドルフ「勝利は勝利ッ!私は勝利をリスペクトするッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「と、言う訳だ」

 

 

マック「どういうわけですの.........?」

 

 

 私には彼が何を言っているのか理解が追いつきませんでした.........一体、どうしたと言うんでしょう?普段の彼ならもっとスマートなはず.........

 そう思いながら、保冷剤で白衣を満たしているタキオンさんを見ると、あれを見ろと言うように顎を動かしました。その方向に視線を傾けるとそこには31℃と表示されていました。

 なるほど、つまり彼は暑さに頭をやられてしまったのですね.........可哀想なトレーナーさん

 

 

ウララ「皆で海に行けるのー!?やったー!!!」

 

 

ライス「水着、何着てこうかな?」

 

 

ブルボン「これは合宿です。遊びではありませんよ、二人とも」

 

 

桜木「何はしゃいでんだ!!!」

 

 

全員「!!???」

 

 

 その瞬間、人生で一番大きい声が聞こえました。あのトレーナーさんが、本気で怒ってる.........?

 

 

桜木「俺達はこれから勝ちに行く為に行くんだ!!遊びに行くわけじゃねえんだぞッッ!!!」

 

 

全員「.........あの」

 

 

桜木「なんだ!!!」

 

 

全員「鏡みてから言ってくれる(ますか)(かい)?」

 

 

 そう、まさか。既に短パンにパーカーだけ来て浮き輪とシュノーケルを付けたトレーナーさんに言われるとは、とても思いませんでした.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後もその合宿の噂を聞き付けて、様々な方がやってきました。

 

 

神威「泣きました。僕はお兄さまでお父さんで商店街です」

 

 

桜木「ダメだ。暑さで頭がやられてらぁ」

 

 

 それは貴方です。と口からついて出て行ってしまいそうになりましたが、何とか我慢出来ました。私を褒めて欲しいですわ。

 次に来たのは白銀さんと黒津木先生でした。トレーナーさんは横から文句を言われながらも、約束していたらしいカードゲームを白銀さんとやり始めました。

 

 

桜木「夏は遊戯王ッッ!!!」

 

 

白銀「遊戯王ルール忘れた」

 

 

桜木「適当にやりゃいいじゃねえかよ」

 

 

白銀「ーーー(早すぎて聞き取れませんでしたわ)」

 

 

白銀「トリシューラシンクロ召喚!!」

 

 

桜木「一ターンでトリシューラ出てきたぁ.........」

 

 

神威「ルール的にありなん?」

 

 

黒津木「誰も知らねえんだ。やったもん勝ちだろ」

 

 

 それはルールとしてどうなのでしょう?酷く疑問に思いますわ。

 そして先程からトレーナーさんと白銀さんが首振り合戦をしています。フリフリ、フリフリと首を振り続ける様は少し面白かったです。

 痺れを切らしたのでしょう。白銀さんはトレーナーさんをひっぱたきました。

 

 

マック「トレーナーさん!!?」

 

 

白銀「除☆外ッ!」ビリッ!

 

 

桜木「俺のアイズがッッ!!!」

 

 

 白い龍のイラストが描かれたカードが破かれました。トレーナーさんは悲しそうにそのカードを付けたり離したりしました。

 

 

桜木「.........んなに行きてぇんだったらデュエルで決着つければいいべやァッッッ!!!!!」

 

 

黒津木「その言葉を待っていた」

 

 

神威「玲皇死す!デュエルスタンバイ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ウララ「トレーナー!!負けちゃうよ!!!」

 

 

ブルボン「ウララさん.........残念ですが、マスターの勝利確率はもう.........」

 

 

桜木「トラップカードオープン!!!ラストバトル!!!」

 

 

三人「何ィ!?」

 

 

 もう既に他のチームメンバーの興味が他のものへと移っていた時。どうやら動きがあったようです。仕方なく視線を彼らの展開するカードゲームに向けました。

 

 

桜木「カードの効果は忘れたから好きなモンスター出せ」

 

 

ゴルシ「効果読めよ」

 

 

桜木「ありがとうゴールドシップ。アイツのカード1枚ちぎっていいぞ」

 

 

白銀「はァ!?」

 

 

 そう言われたゴールドシップさんは躊躇せず、白銀さんの積まれたカードの中から吟味し、1枚をひきちぎりました。

 

 

白銀「俺の相棒が!?」

 

 

 悲痛な嘆きも届かず、ビリビリに引きちぎられたカードは既に修正不可能でした。と言うより、いつの間にいたのでしょうか、ゴールドシップさんは.........

 

 

桜木「決めたな。よし!俺の相棒クリボー召喚!!!」

 

 

神威「クリッター」

 

 

黒津木「封印されし、エグゾディア」

 

 

白銀「俺」ドンッッ!!!

 

 

マック(着いて行けませんわ.........)

 

 

 机の上に乗り上げた白銀さんの猛攻撃により、トレーナーさんはご友人方の同行を許可したのでした.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ウララ「大型バス〜に乗ってます〜!」

 

 

沖野「いいぞーウララー。そのまま車内の空気を浄化してくれー」

 

 

 所変わってここは大型バスの中。ひんやりと効いたクーラーのお陰で俺の頭はだいぶ冷やされた。だが、周りはどうやらそうではなかったらしい.........うん、ここは一応言っておこうか。

 

 

桜木「夏はポケモンッッ!!!」

 

 

黒津木「俺はプラチナに連れてきたユンゲラーを逃がしたコイツを絶対に許さない」

 

 

白銀「ずっと謝ってんだろ!!?」

 

 

ゴルシ「何だこの厨パ!?」

 

 

 揺れ動く行きのバスの中で、それぞれが時間を潰している。マックイーンは読書。テイオーは俺とモンハン。スカーレットとウオッカは喧嘩。タキオンは暑さに苛まれながら永遠とクーラーボックスの保冷剤と冷たくなくなった保冷剤を交換している。

 スズカは外の景色をずっと見てるし、スペはずっと旅行雑誌で宿泊先の食事を見ている。ウラライスブルボンの三姉妹はカラオケで場の空気を和ませているという訳だ。

 そして一番意外なのは、神威がゴルシの相手をしているという所だ。

 

 

神威「600族で手堅いダメージと特殊と物理の二打点を狙える俺の二刀流ガブリアス。そこにポケルス感染させて更に性能アップ.........勝ったな。俺ポケモン大好き」

 

 

ゴルシ「あ、ハサミ入った」

 

 

神威「だから嫌いなんだよポケモンはよォッッ!!!」ボンッ!

 

 

 カバンの中にゲーム機を投げ込んだ。可愛そうに、確かに手塩に育てたポケモンが頑丈もちの旅パに殺されたら世話ないわな。今日も神威の不幸は健在だった。

 

 

テイオー「ねぇサブトレーナー。ハチミー無くなっちゃったー。分けてくれない?」

 

 

桜木「ごめんテイオー。俺もくまの○ーさんに渡してもう無いんだよ」

 

 

テイオー「えー!?嘘だー!!何処にいるんだよそんなのー!!」

 

 

桜木「あそこ」

 

 

白銀「ん?」

 

 

テイオー「あー.........」

 

 

 どうやら察してくれたらしい。因みにその蜂蜜はどうなったかと言うと、全部売られた。アイツマジでゴミカス。

 そんなこんなで騒がしくしていると、前の席のマックイーンが大きなため息を吐いて本を閉じた。

 

 

桜木「お、読み終わったのか?」

 

 

マック「こーんな状況で読めるものですか!!勘弁してくださいまし!!」

 

 

タキオン「ト゛レ゛ーナ゛ーく゛ぅ゛ーん゛」

 

 

桜木「あーはいはい!どうしたのタッちゃんは!?」

 

 

タキオン「私の為に冷たい紅茶を入れてうちわを仰いで扇風機を担いでくれたまえよ.........君は私のモルモットだろ.........?」

 

 

黒津木「ハイハイハイハイ!!!俺がやります!!!やらせていただきマース!!!」

 

 

スペ「サブトレーナーさん!」

 

 

桜木「スペチャン!!!(裏声)」

 

 

スペ「私お腹がすきました!!」

 

 

桜木「あともうちょっとだから!我慢しようなカイセンポセイドン」

 

 

スペ「スペシャルウィークです!!!」

 

 

 さっきバッグのお菓子を上げたばかりなんだが、やはり腹に来なかったらしい。ごめんな、今君を満足させられるものは無い。

 

 

ウララ「トレーナー!!!」

 

 

桜木「今度はどうしたのー!?」

 

 

ライス「お兄、トレーナーさんも歌って欲しいなって.........」

 

 

ブルボン「私も、マスターの歌を聞きたいです」

 

 

三人「うまぴょい!うまぴょい!」

 

 

桜木「やってやろうじゃねえかコノヤローッッッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「これ、まだ目的地に付いてませんのよ?」

 

 

桜木「改めて振り返ってみると滅茶苦茶だな.........」

 

 

 隣に座るマックイーンの話を聞いてみるが、どうやら相当やばかったらしい。中央の暑さは身体を壊すと死んだばっちゃが言ってたが、頭もイカれるようだ。

 

 

桜木「けどさ、俺だけじゃないと思うぜ?あの時の運転手爺やだったじゃん。素通りしようとしたら悲しそうな顔するし、思わず反応しちゃったよ.........」

 

 

マック「仕方ありません、爺やですもの」

 

 

桜木「そう.........」

 

 

 その身内はノーカンみたいな態度はなんだかやり切れないなぁと思いつつも、ツンとした態度を見せるマックイーンは少し可愛かった。

 

 

桜木「許しておくれよ。皆で夏を過ごせると思って舞い上がってたんだ」

 

 

マック「.........それならまぁ、許して差しあげてもよろしいですわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「もっと足に力入れろー!!砂浜でもフォームを意識しろー!!」

 

 

マック「はい!!」

 

 

桜木「ウララはもう一本泳いでこい!!」

 

 

ウララ「うぅ、疲れたよ〜.........」

 

 

桜木「ライスはタイヤ引きだ!!ここからあそこまでちゃんと引くんだぞ?」

 

 

ライス「う、うん!!が、頑張るね!」

 

 

桜木「ブルボンは引き続きフォームの修正だ。スタミナの消費の仕方に意識しつつ、まずは坂路を二本」

 

 

ブルボン「分かりました。マスター」

 

 

桜木「タキオンは.........?」

 

 

タキオン「」

 

 

桜木「と、溶けてる.........」

 

 

 それぞれが持ち場に着いている時、筋力トレーニングを行っていたはずのタキオンが砂場で溶けていた。可哀想に、この暑さにキミもやられてしまったのだろう。

 足元に置かれたクーラーボックスから一本、スポーツドリンクを取りだし、タキオンの腕を持って浅瀬へと引きずった。

 

 

タキオン「はぁぁぁ〜〜〜.........助かったよトレーナー君」

 

 

桜木「ほら、水分もちゃんと取れ」

 

 

 引いたり押したりを繰り返す波にありがたみを感じながら、タキオンは水分を補給していた。その顔には若干疲れが見えている。

 

 

桜木「.........大丈夫か?」

 

 

タキオン「この顔がそう見えるのかい?生憎だが、私は人造人間ではないのだよ。モルモット君」

 

 

タキオン「.........タイムリミットが分からないのに、それに追われる人間の気持ちは.........君にはわからないだろ」

 

 

桜木「.........」

 

 

 波のさざめきが響き渡る。空はこんなに晴れてるのに、なんだか心は重く沈んだまんまだ。

 遠くでトレーニングをしているチーム[スピカ]を見る。テイオーの足はまだ、大丈夫そうだ。

 

 

桜木「.........悪いな、本当に」

 

 

タキオン「それを言わないでくれ。私が何のために頑張ってると思っているんだ」

 

 

タキオン「.........最初に話したとおり、所詮は一時しのぎだ。必ず怪我をする時は来る。けどねトレーナー君。最悪の事態を避ける為に打つ手段は何しも、それを起こさない事だけでは無いのだよ」

 

 

 そう言いながらその場に立ち上がったアグネスタキオン。飲み終えたペットボトルを彼女から受け取ると、その頼りがいのある濁った目をこちらに向けて来た。

 

 

桜木「期待はしてないが、頼りにしている」

 

 

タキオン「ああ、期待はするな。だが、頼りにされるのは嬉しいね」

 

 

桜木「.........うっし、タキオンにまた倒れられても困るからなー。ウララと一緒に水泳トレーニングだ」

 

 

タキオン「おや、それは嬉しい提案だ。それと君への新薬はクーラーボックスに入れてある。自分の好きなタイミングで飲みたまえ。あと、感想も聞かせてくれよ?」

 

 

桜木「へいへい.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ウララ「お昼だー!!」ウッララー

 

 

 合宿初日の昼ごはん。割と楽しいという気持ちが上昇を抑える時間帯だ。現に俺は少し落ち着いてきた。

 やってきたのは合宿所の厨房。人間節約が大事なのだ。特にうちは大食らいが沢山いる。外食なんかしていたらキリがない。

 

 

ゴルシ「おーっし!!なぁブルボン!!アタシが伝授した焼きそばの作り方!!忘れてねえだろーなー!!?」

 

 

ブルボン「任せてください、ゴールドシップさん。貴方の焼きそば作りのノウハウは、完全にインプットされています」

 

 

 大きい鉄板の上で素早く材料を調理する二人。息はピッタリとあっている。流石ゴールドシップ印の焼きそば。既に美味しそうだ。

 

 

ダスカ「すごいですタキオンさん!!こんなに簡単に解けちゃうなんて!!」

 

 

タキオン「公式と言うのは応用してくださいと言ってるようなものだからね。あと、この問題はこれも使えるんだよ」

 

 

マック「勉強になりますわ.........!」

 

 

スペ「よ、よく分かりませんでした.........!!」

 

 

スズカ「スペちゃん.........」

 

 

 中等部の子達は出された課題を四苦八苦しながら解いている子が多いが、テイオーとウオッカはスラスラと自分で解いている。

 そういえば、先程から料理の完成を待っているウララとライスはどうなのだろう?

 

 

桜木「お前らはやったのか?」

 

 

ウララ「うん!!司書さんに教えて貰ったの!!」

 

 

ライス「うん!あのね?お兄さま、わかりやすく教えてくれたんだ!」

 

 

桜木「そりゃ良かったな」

 

 

 しっぽをフリフリしているライスとウララの頭を撫でる。こんなに可愛らしいのだ。撫でない方が人間じゃない。

 正直、今のこの子達がやっている問題を解けるかどうか、俺には分からない。多分やってるうちに思い出してくれるだろうが、ノー勉で期末テスト学級1位を取ってくれた頭になるかは分からない。

 

 

桜木「暇だなー.........」

 

 

沖野「ならこっち手伝ってくれないか?ちょうど人手が欲しくてな」

 

 

桜木「.........?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「なるほど、それが後日のあのサプライズになったのですね.........」

 

 

桜木「そゆことそゆこと。そういえばあの後なんか面白いことあったか?」

 

 

 まだまだ揺れるバスの中。隣の彼はまだ話し足りないようです。あの後は.........うぅ、思い出すだけでも頭が痛くなってきますわ.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゴルシ「あ!!!アタシ火星に残してきたきゅうりのことすっかり忘れてた!!!爆速で取りに行ってくっからブルボン任せた!!!」ボコォ!

 

 

ブルボン「了解しました。ゴールドシップさん」

 

 

 そう言いながら外へと突撃していくゴールドシップさん。ドアの横に彼女の型をした穴が誕生しましたが、気にしないことにしました。

 課題は順調に進んでいます。後は2ページ程やれば、今日の範囲は終わることになるのですが.........

 

 

ウララ&ライス

「「ごっはん!ごっはんー!」」

 

 

テイオー「わわわ、ハンマーじゃ戦いにくいよ〜」

 

 

ウオッカ「よーっし!オレのチャージアックスでぶちかましてやるぜー!!」

 

 

スペ「ご飯.........ご飯.........」シュコー.........

 

 

ダスカ「スペ先輩!!口から白い煙が出てます!?」

 

 

タキオン「ん?配合した薬を間違えたかな.........?」

 

 

マック(その2ページが全く進みませんわ.........!!)

 

 

 周りの喧騒が段々と規模を増していき、勉学どころではなくなってしまいます。ここは集中するには少々うるさすぎますわ。

 このままでは範囲を終える事など到底できません。ここは静かに退散するのが吉ですわ.........!

 

 

マック(そろりそろりですわ.........)

 

 

ゴルシ「大変だッッ!!!」ボゴォ!

 

 

マック「ひゃあ!?な、なんですの!!???」

 

 

 今度は先程開けた穴とは反対方向の壁に、ゴールドシップさんの型が出来上がりました。彼女のその緊迫した表情は、何か緊急事態を知らせてる気がします。

 

 

ゴルシ「トレーナー達がカレー作ってやがんぞ!!!」

 

 

全員「何ィ!?」

 

 

マック(着いて行けませんわ!?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

沖野「これでよしっと.........ありがとうな桜木。お陰で助かった」

 

 

桜木「いやいや、アイツらのためならどうって事ないっすよ」

 

 

 トラックの荷台に、明日の為に使うサプライズの素材を詰め込む。きっとみんな驚くだろうし、喜んでくれるだろうなー.........

 そう思いながら合宿所に戻ると、砂浜でアイツらが何かをしてた。

 

 

桜木「.........何作ってんだお前ら」

 

 

神威「ウ○コ」

 

 

黒津木「チ○コ」

 

 

白銀「○○コ」

 

 

桜木「覇気脚ッッ!!!」ズバァ!

 

 

神威「俺のウ○コが!?」

 

 

黒津木「ひっでぇ!!最高傑作だったのに!!」

 

 

白銀「そうだそうだ!!芸術作品だぞ!!?」

 

 

神威「ウ○コォォォォォッッッ!!!!!」

 

 

「「「うるせェッッッ!!!!!」」」

 

 

 絶対アイツらにバレないように証拠の一つも残さず踏み潰す。こんなものあの子らに見せられるわけないだろ!!!

 そう思いながら一息ついてると、ふと近くからいい匂いが漂ってくる。この匂いは.........

 

 

沖野「お、カレーじゃねえか!」

 

 

神威「その暇潰しにウ○コ作ってたのに.........」

 

 

「「「これからウ○コ食うってのにカレーの話してんじゃねぇよッッ!!!」」」

 

 

沖野「逆だ逆ゥッッ!!!」

 

 

「おーーーい!!!」

 

 

 遠くから聞こえてくる大きな声。思わずふりかえってみると、あの合宿所からここまで走ってくるゴールドシップが見えた。

 

 

白銀「お!バカおんn」

 

 

ゴルシ「エクスカリバーッッ!!!」バゴォ!

 

 

白銀「ゲポァッッ!!???」

 

 

 えぐいスピードで飛び込み、ドロップキックを白銀に叩き込んできたゴールドシップ。普段だったら普通に白銀を助け起こすところだが.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「山形ァッッ!!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「.........フゥーん」

 

 

 ポーズをとって首を振る。直前のセリフと俺の行動を見て、ゴールドシップは何をしようとしてるのか悟ったらしく、イタズラな笑みで当たりを見回し始めた。

 

 

ゴルシ「どうしたよォ、揉め事かァ?」

 

 

桜木「ああ、けど。もう済んだんだ(お前が済ませた)。残念だったなー。もう少し早ければ見れたのに」

 

 

ゴルシ「アタシはまた心配しちまったぜ?おっちゃんがまたピーピー騒いでんじゃねえかと思ってよぉ?」

 

 

桜木「ゴルシ、前からお前の事が気に入らなかったんだよ.........どこでも突然現れていつもボス面しやがる.........!!!」

 

 

ゴルシ「おっちゃんもなったんだろぉ?このメジロ家のプライベートビーチでよぉ?」

 

 

桜木「ゴルシィィィィィッッッ!!!!!」

 

 

ゴルシ「ちゃんを付けろよデコスケ野郎ォッッ!!!」

 

 

マック「何をしてるんですの.........?」

 

 

 言い争いごっこをしていた俺達を呆れた表情で見るマックイーン。違うんだ。決してこれは喧嘩していた訳ではなく.........

 

 

ウララ「AKIRAごっこだー!!」

 

 

マック「いえ、AKIRAは分かるのですが、何故今それを.........?」

 

 

桜木「コイツらが白銀が倒れたところを山形なんて言うから.........」

 

 

 意外だ。AKIRAなんて知ってたんだなマックイーン。俺は割と怖いシーン多めでちゃんと見れてないんだよ実は。

 因みに指を指した二人は、割とガチめにダウンしている白銀を介抱していた。ゴールドシップも流石にやりすぎたと思ったのだろう、慌てて白銀に駆け寄っていく。

 それにしても、先程まで全員合宿所で勉強していたはずなのに、どうしたのだろうか。

 

 

スペ「カレーの美味しそうな匂い.........我慢出来ないべ〜.........」

 

 

桜木「ちょすなちょすな、完成したら合宿所に持っていくから!それまで辛抱してくれタイタンスペシャル」

 

 

スペ「スペシャルウィークです!!!」

 

 

 焚き火カレーの前で屈んでその香りを堪能し始めたスペ。何とか正気を保っているが、暴走寸前まで来ている。エヴァ初号機かな?

 そんなスペに注意しながら鍋の蓋を開ける。もう充分良さそうだ。

 

 

桜木「沖野さーん!カレー出来てまーす!!」

 

 

沖野「おーっし!!引き上げるぞーお前らー!!」

 

 

ウマ娘「はーい!!!」

 

 

 撃沈している白銀を神威と黒津木が肩で支える。俺は火消しを行い、カレーの入った鍋を持ち、ゾロゾロと帰っていく集団の中へと入って行った。

 

 

ダスカ「それにしても、焼きそばにカレーってどうなのかしら?」

 

 

ウオッカ「だよなー、どっちも主食だろ?」

 

 

桜木「それタマにも言ってみろ。『あ゛あ゛!?焼きそばはおかずや゛〜!!』って怒られるぞ」

 

 

 まぁ実際言ってたのはうどんだが、ご飯が着いてくれば焼きそばもおかずになるだろう。俺も事実それをしていた時期はあったし。

 

 

ダスカ「.........はぁ、トレーナーもそうだけど、サブトレーナーって本当に変人よね」

 

 

ウオッカ「くぅ.........こんな奴とカッコイイ趣味が合っちまうのが辛いぜ.........!」

 

 

桜木「はっはー!伊達に22年も生きてねえわ!」

 

 

 二人に何故か貶されたが、これは俺の気質だ。仕方あるまい。しかしウオッカのセンスはとても良い。そこら辺の男子中学生にも負けないカッコイイを見つけるセンスがある。

 

 

ウオッカ「くっそー.........絶対サブトレーナーが見つけたバイクより良いバイク見つけてやっからな.........」

 

 

桜木「おー、是非そうしてくれ。俺もゴールドウィングなんてゴールドシップみたいな名前のバイク乗り回したくねえよ」

 

 

ダスカ「今ゴールドシップ先輩は関係無いでしょ」

 

 

ゴルシ「あああァァァァッッッ!!!??」

 

 

全員「!!!??」

 

 

 唐突に響き渡るゴールドシップの叫び声。思わずその声の方に振り返ってみると、深刻な表情で、両手で頭を抱えたまま立ち尽くす彼女がそこにはいた。

 

 

ゴルシ「火星において来ちまったきゅうりのこと.........忘れてた」ポロポロ

 

 

ゴルシ「アタシはお前らのこと、ぜってぇに許さねぇ.........」

 

 

桜木(ボーボボかな!?)

 

 

 明らかに俺たちは悪くないはずなのに、その怒りの矛先は俺に向かっていた。沖野さんに視線を送ってみるも、悲しそうに、余命申告を告げる医師のように首を静かに振った。

 そうだ。アイツらに助けて貰おう。そう思って振り返ってみると、居なくなってた。そうかそうか、神威の影の薄さは味方に隠密効果をつけるのか。前世は忍者。さすが忍者きたない。

 ジリジリとにじり寄ってきたゴールドシップ。その表情は憤怒に包まれていた。

 

 

桜木「いやいやいやいや!!!!!考え直せ?????冷静なれ、クールに徹しろ!!!???」

 

 

ゴルシ「うっせぇ!!!じゃあアタシはこの行き場のねぇ子羊みてぇな怒りをどこに送りゃいいんだよッッ!!!」

 

 

桜木「そんな子羊とか可愛いもんじゃねぇだろッッ!!???」

 

 

 背に腹は変えられねぇ。こうなったら教え子に.........そう思って振り返った瞬間。そこにはもう小さくなったあの子らの姿が。気が付けば手に持っていたカレーの鍋も消えている。

 どこに行ったと思う?その小さくなったチームメンバーの中の一人、スペシャルウィークが俺の気付かないうちにカレーを鍋ごと奪っていったのだ。恐るべし、カレーへの執着.........

 唯一スズカが俺の方を振り返ってくれたが、救出不可能と見ると、その視線を元に戻した。

 

 

桜木「ははは.........スゥー、フーーー............」

 

 

ゴルシ「覚悟しろおっちゃん!!!鼻食いしばれッッッ!!!!!」

 

 

桜木「鼻は食いしばれな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「あの時のトレーナーさんの叫び声。遠く離れた所まで響いて来ましたわ」

 

 

桜木「お恥ずかしい.........」

 

 

 これでまだ一日目の昼というのが驚きだ。なんせ、まだまだ話せる事は沢山ある。一日目の大まかなイベントはこれで終了を見せた。

 

 

マック「.........二日目も二日目で、酷かったですわ.........」

 

 

 そう文句を呟くマックイーンだったが、その表情はとても嬉しそうに笑っていた。

 

 

 

 

 

  ......To be continued



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「夏だ!海だ!合宿だ!!」「サプライズ.........ですか?」

 

 

 

 

 

 

 夏合宿 二日目の朝

 

 

「.........ーナーさん!トレーナーさん!」

 

 

桜木「んあ.........?」

 

 

マック「もう!こんな所で一夜を過ごしたんですの!?」

 

 

 割と本気で怒り始めているマックイーンに言われ、周りを渋々と見る。散乱しているミーティングルーム。海の家は割と大きめで、トレーナーはウマ娘とは別に、ここの二階の部屋で寝る事になっている。

 だが昨日はそこで寝ること無く、ここでバカ騒ぎして寝落ちしたんだった。

 

 

桜木「アイツらが悪ぃよアイツらが.........」

 

 

マック「まぁ!この期に及んで人のせいにするんですの?自分の事くらい自分で管理してください!!」

 

 

桜木「ごめんよマックイーン.........」

 

 

 まるで母親だ.........これ以上は怒らせないよう気をつけよう。

 さて、テーブルの上に散乱したデッキに手をかけようとすると、その手を掴まれた。感触からして男の手だ。間違いない。ゆっくりと手を上げると、昨日一人だけ早々に部屋で寝ていた神威が居た。

 

 

神威「今なら俺でも勝てる」スッ...

 

 

桜木「遊戯王飽きた」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

四人「デュエル(!).........」

 

 

 無理やり叩き起された二人。機嫌はめちゃくちゃ悪い。神威は気付いてないかも知れないが、空気は一触即発だ。

 嬉しそうな顔で自分のカードをシャッフルする神威。それを睨みつけながら自分のデッキを二人はシャッフルした。

 

 

四人「ジャンケンポン(!).........」

 

 

神威「うっし、一人勝ちで俺が先行!!着いてるぜ!!」

 

 

 ガッツポーズを掲げた神威。その時確実に何かがキレる音が聞こえた。隣で静かに見ていたマックイーンも察したのだろう。少し怖がっている。

 

 

「「「俺のターン!!ドロー!!」」」

 

 

「「「創にダイレクトアタック!!」」」

 

 

神威「何ィ!?」

 

 

 「「「ゴッドハンドクラッシャーッ!!!」」」ドガァ!

 

 

 俺を含めた三人の鉄拳制裁が神威の鍛え抜かれた身体にねじ込まれる。朝ではあるが、コイツにはおやすみと言った方が良いだろう。

 神威。お前の敗因はたった一つだ。可愛げもないお前がデュエルしたいという下らない気持ちで俺達を叩き起した。それだけだ。

 

 

桜木「行くぞマックイーン。用事は済んだ」

 

 

マック「は、はい.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「あの時のトレーナーさん、本当に怖かったです.........」

 

 

桜木「あの時はたまたま寝起きの悪いアイツらに触発されただけだから.........」

 

 

 隣に座るマックイーンはあの時の事を思い出したのか、少し目を潤ませた。まぁ大の大人3人、本気の殺意を滲み出させる姿は中等部の彼女にはショックが大きかったかもしれない。

 

 

マック「本当ですか.........?」

 

 

桜木「ほんとほんと!!もうあんな顔見せないから!!安心してくれ、マックイーン」

 

 

マック「.........な、なら許して差しあげます!」

 

 

 良かった。どうやら彼女を安心させられたようだ。それにしても、一日目も中々すごかったが、二日目も今思えばやばかったよな.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

沖野「全体のトレーニングに関する指示は以上だ。なにか質問のある奴は居るか?」

 

 

ウマ娘「ありませーん!!」

 

 

桜木(皆頑張ってるなー.........ん?)

 

 

ゴルシ「.........」ガクガクブルブル

 

 

 皆ジャージから水着に着替え、これからトレーニングを始めようとした所。一人だけ異様に怯えているゴールドシップが居る。

 俺がそこに視線を送っていると、他の皆も気付き始めたようで、段々とゴールドシップを心配する声が上がり始める。

 

 

テイオー「大丈夫!?ゴルシどうしちゃったのさ!!?」

 

 

ゴルシ「い、言えねぇ.........練習に支障をきたしちまうだろ?」

 

 

沖野「.........よし、お前ら先にトレーニングしててくれ。ゴールドシップ、どうしたんだ?」

 

 

 挙動不審なゴールドシップを心配しながらも、沖野さんに言われた皆は、それぞれ渡されたメニューをこなす為に持ち場に着いた。

 とにかく今は、ゴールドシップが最優先だ。寒気を感じているのかもしれない。傷を隠すために来ているパーカーをゴールドシップに着させる。

 

 

桜木「どうしたんだ?なんか嫌な事でもあったのか?」

 

 

ゴルシ「.........実はよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゴルシ「夏と言えば肝試し!!アタシは絶対ここに眠る大海賊を叩き起して決闘してやるんだ!!!」

 

 

マック「勝手にしてくださいまし」

 

 

 午後10時を回ったくらいの気がする。アタシは課題を再開させたマックイーンを誘って肝試ししに行こうと思ったんだ。

 けれど結果はこれだ。結局アタシは冷たくあしらわれた心を慰めるために一人で肝試ししようと思った。

 

 

ゴルシ「ちぇっ、別にいいじゃねえか肝試しくらい!!減るものなんかSAN値くらいしかねえってのによお!!」ドガァ!

 

 

 アタシは扉の横の壁を通ったんだ。え?なんでそんなことをしたかって?だって扉を通るなんて事、ゴルシちゃんらしくねえって思ったからさ。

 なんだよその顔。海に浮かすぞトレーナー!!

 とにかく、アタシは少し先を行った浜辺で見ちまったんだ.........!!

 

 

ゴルシ「.........お?」

 

 

 ギコギコギコギコ.........そんな音が聞こえてくる。六分の恐怖心と四分の好奇心が天秤にかけられたけど、アタシの好奇心は金で出来てるし、恐怖心は発泡スチロール製だ。絶対に引くという選択肢はなかった。

 

 

ゴルシ「お.........!!!??」

 

 

 そこには.........ノコギリを持って仮面を被った三人の男と一つの光が、竹を延々と切り続けてたんだ.........!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゴルシ「アタシは必死にその日の日付を思い出した。もしかしたら13日の金曜日なんじゃねえかって.........」

 

 

沖野「.........あー、ゴールドシップ。大丈夫だ。幽霊とか怪しいヤツではない」

 

 

 そう、沖野さんは答えた。この人のその視線は俺の方へと向けられている。犯人は.........そう、俺たちだ。多分竹という単語が出てきた瞬間察したんだろう。

 

 

ゴルシ「嘘だッッ!!!アタシは本当に身の危険を感じたんだよ!!!」

 

 

桜木「スマン!!!それ俺達だ!!!」

 

 

ゴルシ「はァ!!!??」

 

 

 これ以上話がややこしくなっては行けない。そう思った俺は素直に謝った。ごめんな。暑さで頭がおかしくなってたんだ。

 竹を切っていたのは俺達三人だ。神威は早めに就寝したためそこには居ない。朝の不機嫌はそれもあわさった結果だった。

 

 

ゴルシ「なんだよそれ、アタシは驚いた損しただけじゃねえか!!?」

 

 

桜木「ごめんよぉ!!暑さで気もおかしくなってたし!!何よりあのメンバーで何かやるっつったら普通に出来るわけないだろ!!???」

 

 

ゴルシ「確かに!!」

 

 

沖野「悪いなゴールドシップ。実は今日のサプライズに必要だったんだ。まぁアイツらの奇行は関係ないんだが.........」

 

 

ゴルシ「それって面白いことか?」

 

 

 そう言うゴールドシップの目は真剣だ。そうじゃなければただでは置かない。そう言うように俺と沖野さんを見つめてくる。

 ゴールドシップは変な奴ではあるが、楽しい事や興味のある事、仲間の為になることなら全力でやる。それを今まで続けてきたから、人が本気になる瞬間が分かるのかもしれない。

 

 

桜木「ああ、めちゃくちゃ楽しい。ただサプライズだからさ、皆にはもうちょい黙っててくんねえか?」

 

 

沖野「お昼頃には完成してるはずだ。その時になったら必ず教えるから、な?」

 

 

 俺と沖野さんは二人で口元に人差し指を当てた。ゴールドシップは割と口が軽い。サプライズは黙っててなんぼ。せめて移動の時までは黙っていて欲しい。

 

 

ゴルシ「.........分かった!!!」

 

 

桜木「っシャォラッ!」

 

 

沖野「ほっ.........」

 

 

 ニカッとした笑顔を見せたゴールドシップ。俺は片手を引いてガッツポーズをし、沖野さんは胸を撫で下ろした。

 もう心配事は無いというように調子を戻したゴールドシップは着ていたパーカーを俺に返してくれた。

 

 

ゴルシ「あんがとなトレーナー!おっちゃん!」

 

 

桜木「元々俺達のせいだったんだけどね.........」

 

 

沖野「全くだ。俺のチームメンバーに迷惑かけんじゃねえよ」

 

 

 パーカーを着ている所に、沖野さんは少し強めに押してくる。そう言われても文句も言えない。よろけている所を見られて、二人に笑われる。

 

 

ゴルシ「おっしゃァァァ!!!そうと分かったら逃げちまったやる気が子供作って帰ってきたぜェェェッッッ!!!!!」ダダダダ!

 

 

沖野「いつも思うがあのテンションには着いて行けん.........」

 

 

桜木「大丈夫っすよ。俺もたまに着いてけません」

 

 

沖野「たまになのかよ.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「そんな事が.........あのゴールドシップさんも、お化けが怖いのですね」

 

 

桜木「そうかー?多分お化けと言うよりジェイソンが怖かっただけだろ」

 

 

 そう言いながら、トレーナーさんは考え込むように腕を組み、バスの天井を見上げました。

 

 

マック「.........トレーナーさん?」

 

 

桜木「.........いや、あの日雰囲気出す為に、光は付けなかったんだよな」

 

 

マック「.........あの、それって.........」ビクビク

 

 

桜木「まぁ帰ったらお祓いにでも行くさ」

 

 

 こ、これが大人の余裕というものなのでしょうか?トレーナーさんは平然としていらっしゃいます。

 

 

マック「私が同じ立場でしたら、そんな落ち着いていられませんわ.........」

 

 

桜木「俺だって怖いさ、けどもう取り憑いてるかもしれないって思ったら手遅れだろ?変に騒がない方がいいぜ」

 

 

 幽霊とかってのは怖い思いに敏感だからな、とトレーナーさんはおっしゃいました。なるほど、怖いと思うと行けないのですね.........!

 

 

桜木「.........あと極力俺を肝試しだとかに連れてかないでくれよ?腰が抜けちゃう」

 

 

マック「!.........ふふ、さぁどうしましょう。そう言われるとそうしたくなってしまいますわ♪」

 

 

桜木「そんな殺生な!?」

 

 

 割と本気で嫌がる顔を見せるトレーナーさん。本当、からかい甲斐のある方です。こんなに色んな表情を見せてくれるんですもの。冗談も言いたくなりますわ。

 けれど.........えぇ、やっぱり。楽しい表情を見る方が良いですわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

テイオー「もートレーナー!!どこに向かってるのさー!!」

 

 

ダスカ「そうよそうよ!!そろそろ教えてくれてもいいんじゃないの!?」

 

 

 二日目のお昼が回った頃。早めにトレーニングの切り上げを伝えられた私達は、水着からジャージへと着替えた後に、延々と山道を登らされ続けていました。

 確かに、ここに来て既に一時間は掛かっています。

 

 

ウオッカ「なぁ、せめてどこに何しに行くかくらい教えてくれてもいいんじゃねえか?」

 

 

沖野「はぁ、しゃあねえなー。ゴールドシップ」

 

 

ゴルシ「言っていいのか!!?じゃあ言うぞ!!!これはなぁ!!サプライズだ!!!」

 

 

ウマ娘「サプライズー!?」

 

 

 そう宣言したゴールドシップさんは、嬉しそうに山を登っていきます。どうやら相当言いたかったようです。私はトレーナーさんの方をチラリと見ました。

 

 

桜木「.........ん?どうした?」

 

 

マック「いえ、これもトレーナーさんが?」

 

 

桜木「いやいや、今回は沖野さんだよ。普段頑張ってるからってさ」

 

 

スズカ「.........けれど、サプライズってなにかしら.........?」

 

 

ウララ「あ!!ウララも気になるー!!」

 

 

沖野「バーカ。それこそ言っちまったらサプライズにならないだろ」

 

 

ライス「そうだよウララちゃん!楽しみにしてよ?」

 

 

ブルボン「サプライズ.........これは想定外です」

 

 

タキオン「そんな事より、まだつかないのかい.........?」

 

 

ダスカ「タキオンさん大丈夫ですか!?」

 

 

スペ「お腹がすきました〜.........」

 

 

 この暑い中でも、山の道の中を歩き続けました。すると、この坂の終着点が見えてまいりました。恐らくですが、トレーナーさん達の様子からして、あそこがゴールです。

 

 

沖野「ほら、ゴールが見えてきたぞー」

 

 

ウマ娘「ゴール.........!!!!!」

 

 

桜木「危ないからあんまり.........って、聞いてないか」

 

 

 ゴールがある。そしてそれが目の前にあると、どうしても走りたくなるのがウマ娘の性です。いつもは引っ込み思案のライスさんやスズカさんも、走る集団を形成しました。

 誰が一番か、というのは置いておいて、私達は全員、坂を登り終え、開けた広場へと到着しました。そこにはなにやら、竹で作られた何かと、何かの準備をしている白銀さん達がいました。

 

 

桜木「よっし!!最下位回避ッ!」

 

 

沖野「お、お前.........早いって.........」

 

 

桜木「伊達にタキオンのトレーニング積んでないんすよ」

 

 

 後ろからは、私達に着いてくる為に走ったであろうトレーナーさんと、それに頑張って着いてきたスピカのトレーナーさんの声が聞こえてきました。

 

 

マック「あの.........これは一体.........?」

 

 

沖野「ふふふ.........これはなぁ.........!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「流しそうめんだッッッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ウマ娘「流しそうめん!!!??」

 

 

 そう力強く宣言するスピカのトレーナーさん。あれが流しそうめん.........噂には聞いておりましたが、まさか、これがサプライズ.........?

 

 

テイオー「わーーーい!!流しそうめんだぁー!!」

 

 

ウララ「やったー!!ウララね!!?流しそうめん初めてなんだー!!」ウッララー♪

 

 

ゴルシ「ひゃー!アタシもじいちゃん家でやって以来だぜ!!」

 

 

スペ「わーい!!!そうめんだー!!!」

 

 

 セッティングされた竹の中を見てみると、既に水が流れています。この中をそうめんが.........昔の人は、本当に面白いことを考えるのですね。

 そう思っていると、箸とつゆの入ったお皿が渡されました。そちらの方向をふと見てみると、やはりトレーナーさんです。

 

 

マック「ありがとうございます。トレーナーさん」

 

 

桜木「どいたまして。どうだ?サプライズにはなったか?」

 

 

マック「ええ!とっても楽しみですわ!」

 

 

 流しそうめん、傍から見れば食べ物で遊んでいるとも思われてしまうかもしれませんが、これはれっきとした日本文化です。厳しく育てられてきた私ですが、文化なら仕方ありません。そう、仕方ないのです!

 そう思っていると、上からそうめんが一口分流されていきます。スペシャルウィークさんがその箸で最初のそうめんをゲットしました。

 

 

スペ「うぅ、美味しいです〜.........」チュルチュル

 

 

テイオー「いいなー。ボクも取るぞー!」

 

 

 その宣言通り、今度はテイオーが流れるそうめんをゲットしました。うぅ、中々ここまで流れてきませんわね.........!

 

 

ライス「やった!取れたよウララちゃん!!」

 

 

ウララ「わー!!ライスちゃんすごーい!!」

 

 

ブルボン「ナイスです。ライスさん」

 

 

 次はライスさんにウララさん、ブルボンさんまで.........負けてられませんわ!!

 とは言っても、列の後ろの方になるとやはり取れる確率は減ってきてしまいます。ですが、彼の隣を誰かに譲るのも.........うぅ、神様は残酷ですわ.........

 

 

マック「私だって.........!」

 

 

桜木「.........」

 

 

 待ち続ける事数分。たかが数分かと思うかもしれませんが、ずっと目の前でお預けをされてる状態ですので、待ち時間の効果は増幅されています。

 ですが、ようやくチャンスが巡ってきました。なにやら皆さん私の方を見て汗を流していますが、多分暑さのせいですわ。仕方ありません。

 

 

マック「.........!あ、あら?」

 

 

桜木「よっと、意外と早いもんだな」

 

 

 私の箸の間をスルスルっと抜けて行くように、そうめんは私の二本の箸を避けて通りました。意外と早いのですね.........

 うぅ、これでまたお預けですわ.........そう思っておりましたのに、私のつゆの入ったお皿の中には、何故かそうめんが入っておりました。

 

 

マック「.........もう、情け入りませんわ」

 

 

桜木「さすがに見てられなくてな、迷惑だったか?」

 

 

マック「.........いいえ、嬉しいです」

 

 

 私はトレーナーさんが取ってくださったそうめんをチュルチュルっと音を立ててすすりました。ひんやりしていて、とても美味しいです。

 全く、自分で取ったものを渡してくるなんて、お人好しがすぎます。ですが、それを密かに喜んでしまう自分もいるのも事実で.........

 

 

マック「!!そこですわっ!」

 

 

桜木「おー!やったなマックイーン!」

 

 

マック「ふふん!これくらい当然ですわ!」

 

 

 ようやく掴み取った一口。自分で取れたものです。さぞ美味しく感じることでしょう。周りの皆さんは暑さが引いてきたのか、ほっと一息を着きました。

 .........でも、これを私が食べるのは、なんだか違う気がしました。

 

 

桜木「マックイーン?」

 

 

マック「さっきのお返しですわ。トレーナーさん」

 

 

 私がそう言うと、彼は少し恥ずかしそうにしました。ですが、[いや]とも[でも]とも言いはしません。彼は私が取ったそうめんをすすりました。

 

 

マック「美味しいですか?」

 

 

桜木「うん、夏って感じ!」

 

 

マック「ふふ、それは良かったです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「あの時マジで恥ずかしかったんだから!」

 

 

マック「あら?そうなんですの?」

 

 

 隣に座るマックイーンはキョトンとしている。このお嬢様め、少しは周りの視線を気にして欲しいものだ。あの時のテイオーの顔を見せたいものだ。あのニヤけ面を。

 

 

桜木「.........まぁ、美味かったのは事実だ」

 

 

マック「ふふ、そういう素直な所がトレーナーさんの良い所ですわ」

 

 

マック「.........あの後、何人かは徒歩で帰りましたよね?」

 

 

桜木「ああ、そうだったな」

 

 

 そう、先に広場で準備していたアイツらの乗ってきた乗用車で全員帰る予定だった。

 しかし、やはり許容人数の問題もあり、俺とアイツらが徒歩で帰ろうとしたのだった。

 

 

桜木「大変だったぜ?また創が遊戯王しようとしてさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

沖野「.........大丈夫かアイツら?」

 

 

 騒がしい車内の中。スピカのトレーナーさんの一言で静まりました。一体何を心配しているのでしょう.........?

 

 

マック「あの、大丈夫とは.........?」

 

 

沖野「いや、道の整備が済んでる所は良いんだが、けもの道はクマに遭遇するらしいんだよ.........」

 

 

ウマ娘「クマァ!!???」

 

 

 その生物の単語が出た瞬間。血の気が引きました。クマと言えば、とても強靭な肉体を持つ哺乳類です。とても生身の人間が遭遇して何とか出来る程、甘くはありません。

 

 

テイオー「.........ま、まあ!サブトレーナーの事だからなんか対策はしてるでしょ!!」

 

 

ゴルシ「そうそう!!そう簡単におっちんじまうヤツらじゃねえって!!!」

 

 

 そう、ですよね.........それに、クマに必ず遭遇するとも限りませんし、きっと無事に帰ってきますわ!

 

 

沖野「そうだなー。まぁ!出会うと決まったわけじゃないしな!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ((((出会っちまった.........!))))

 

 

クマ「やあ(^^)」

 

 

 ひょっこりと現れた全長2mはある成人済みのクマ。現時点でこのメンバーの中のダイヤグラムの頂点に君臨しているだろう。

 大自然デュエルがしたいという神威の要望に答え、木々が生い茂る森の中でデュエルしてたらこれだ。どうやら今日は不幸が飛び火する日らしい。

 

 

桜木(とりあえず、デッキを片付けよう.........)

 

 

三人(ラジャ)

 

 

 俺達はオブジェだ。人体の臭いがついたただの置物。そう思いながらデッキを片付けている時に更に不幸が起こった。

 

 

 アイガッタビッリーブ ホウジョウエムゥ!

 

 

黒津木(俺のスマホが!!???)

 

 

クマ「死にたいらしいな(^^)」

 

 

桜木「逃げろォォォォォッッッ!!!!!」ダッ!

 

 

 着信音に反応したクマはもう叫び声を上げながらこちらに向かってくる。回収できる分のカードを回収して俺達は山を下って行った。

 

 

桜木「あーもう早えーよッッ!!!」

 

 

黒津木「下手すりゃウマ娘よかはえーぞ!!!」

 

 

三人「それはねェッッッ!!!!!」

 

 

クマ「クマダヨー(^^)」

 

 

 非常に温厚なクマなのかは知らないが、捕食すると言うより、追いかけっこをしているのかもしれない。速いは速いが、追いつくか追いつかないかくらいのスピードで追いかけてくる。

 だが追いつかれれば終わりだ。轢き殺される。その恐怖心は本物だった。

 

 

桜木「クッソ!!!俺はァ!!手札から速攻魔法ッッ!!!超融合を発動ッッ!!!」

 

 

クマ「何ィ!?」

 

 

桜木「融合すんのはクマと俺達のデッキだァァァァァッッッ!!!!!」ポイッ!

 

 

 恐怖心でおかしくなった俺達の行動は、結果的に功を奏した。投げたカードケースがクマの額にあたり、少しだけビビらせた。

 固体的にビビりだったのか、その後クマはその場から動こうとはしなかった。神威はそれを見てデッキを取りに行こうとした為、ぶん殴って気絶させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「.........」

 

 

桜木「い、生きてる!!ちゃんと生きてるから!!な!?」

 

 

マック「う、うぅっ.........もしあれが最後のトレーナーさんの顔かもしれないと思ったら.........」

 

 

 話を聞いてる最中に泣き出してしまった。クマのくだりの辺りからマックイーンの顔は血の気が引いていた。

 そうか、もしあそこで獰猛な個体だったら、もうマックイーンに会う事もなかったし、合宿を大団円で終わらせる事も出来なかったと思うと身の毛もよだつ。

 

 

桜木「.........大丈夫だ。ほら?ここに居るだろ?」

 

 

マック「うぅ、トレーナーさん.........!」

 

 

 それでもやはり、溢れる涙は止まらないらしく、マックイーンは俺に抱き着いて来た。静まれ俺の下心。TPOを弁えない男は嫌われるぞ。

 揺れるバスの中。しばらく周りの寝息とマックイーンの静かな嗚咽が響きわたる。助かった後は割と笑いあっていたが、今思えばあれ、命の危機だったんだな.........今になって実感する。

 

 

桜木「.........あの」

 

 

マック「嫌ですわ」

 

 

 まだ何も言ってない。だが、マックイーンは俺が何を言いたいのか察したのだろう。不機嫌そうに頬をふくらませた顔を見せた後、もう一度俺の体に顔を埋めた。

 

 

桜木「俺暑いし汗臭いしオジサンだぞ?」

 

 

マック「私は暑くありませんし汗臭いとは思いませんしトレーナーさんはまだ若いと思いますわ」

 

 

桜木「.........」

 

 

 顔を埋められながらそう言われたら、もう何も言えない。困ったぞ.........非常に困った事になった。蓋をした下心よ。そのままもう少しじっとしていてくれたまえ。

 

 

桜木「.........」

 

 

マック「.........トレーナーさんは気にせず、このまま続きを話してください」

 

 

桜木「.........分かったよ。お嬢様のおっしゃる通りになさいますね」

 

 

 そう、従者の真似事をするようにおどけて言うと、彼女は期限を良くしたようにしっぽをフリフリとした。もう十分な気もするが、彼女の気が済むまでこのままにした方がいいだろう。

 なにより、俺自身が離れたくないとすら思っている。本当、神様と言うのは造形主としては大変優秀らしく、同じ形をしている筈の人体なのに、女の子の身体というのは触れていて楽しい。困った制作をしてくれたものだ。

 

 

桜木「.........まぁ、二日目は、夜の方がメインイベントだったよな」

 

 

 そう、サプライズやクマに追いかけられたのは所詮、お昼の時間帯だけの話だ。二日目のメインイベント.........それは、理事長に言い渡された『盛り上がる配信イベント』をする事であった.........

 

 

 

 

 

  ......To be continued



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「夏だ!海だ!スマブラだ!!」「もう着いて行けませんわ.........」

 

 

 

 

 

 

やよい『了承ッ!!君達の合宿計画を許可しよう!!』

 

 

 そう元気よく宣言した理事長、秋川やよいは、バッと広げた扇子の影を床に作った。その顔からは良い感情しか伝わってこない。どうやら俺がシンボリルドルフを陥れた事実は伝わってないようだ。俺は正直ほっとした。

 『但しッ!!』という言葉が聞こえてくるまでは.........

 

 

やよい『条件ッ!!合宿中に配信イベントを行って欲しい!!それもうんと盛り上がるやつだっ!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「.........はい!始まりましたーチームスピカの最強は誰だ!!スマブラ王決定戦ー!!」パチパチパチパチ

 

 

ウマ娘「いやいやいやいや!!!」

 

 

 本日のトレーニングのミーティングを終えてすぐ、俺は配信の準備を始めた。配信をするという事は合宿の前に事前に言っていたので、準備している最中は特に何も言われなかった。

 ネットで告知もしてカメラもセッティングしてゲームもセッティングした。配信の準備もできている。最初の後は台本を作るだけとなったが、そこでまさかの出演者からストップがかけられた。

 

 

テイオー「なんで!!?なんでスマブラなの!!?訳わかんないよー!!!」

 

 

ダスカ「そうよ!!大体ウマ娘と何にも関係無いじゃない!!!」

 

 

桜木「そうは言われてもなー。もう外も暗くなってきたし、練習風景見せるのもつまらないし、沖野さんとの協議の結果だしなぁー.........」

 

 

 そう、合宿前に相談して決めた事だ。決めたと言うより、俺はそういう事に疎いから桜木がやってくれ。得意だろ?というパワハラ紛いの提案を受けたのだ。酷い大人もいたものだ。

 

 

マック「あの、そもそもゲームという物をあまり遊んだ事がなく、どうすればいいのか.........」

 

 

桜木「普通に楽しめばみんな喜んでくれるよ」

 

 

 そう、女の子がゲームで楽しんでる姿を見るのが好きな奴が沢山いるんだ。インターネットというのは面白い。

 しかし、やはり乗り気にはならないらしい。一人いそいそとコントローラーを差し込んでいるのはゴールドシップだけだ。

 

 

桜木「.........仕方ない。スペシャルゲストを呼ぶか」

 

 

ウマ娘「スペシャルゲスト.........?」

 

 

 本当は配信中に呼びたかったけど、こうなれば背に腹は変えられない。スマートフォンである人物に電話をかける。皆の視線が俺に集まる中、1コール、2コール、3コール目に差し掛かる頃に、その電話は取られた。

 

 

「なんや、どうしたんやおっちゃん?」

 

 

桜木「おータマの姉御。今暇してる?」

 

 

ウマ娘「タマモクロス(さん)!?」

 

 

タマ「なんやねんそのナンパみたいな誘い方。ええ度胸しとるやないか」

 

 

桜木「.........あれ?」

 

 

 なんだ、タマモクロスの口調が妙に不機嫌だ。いや、もしかしたら口調だけかもしれない。ビデオ通話にしたらめっちゃ笑顔かもしれない。

 

 

タマ「.........」ムッスー

 

 

桜木「いや滅茶苦茶不機嫌!!」

 

 

タマ「あったりまえや!!何が合宿や!!あんなんただの勝ち逃げやん!!ずるっこい!!ずるっこいでホンマ!!」

 

 

 ビデオ判定もしっかりと行った結果。タマモクロスは不機嫌だった。どうやら合宿前の対戦結果が気に食わなかったらしい。まぁ相手からすれば勝ち逃げみたいなものか。

 

 

桜木「仕方ないだろー?スマブラXなんて俺達のゲームみたいな所あるし、素直にスペシャルやっとけば良かったんだよ」

 

 

タマ「うっさいわ!!あーーーもう!!!せっかく皆に対策教えて貰ってたのにパーになったやん!!」

 

 

 うがぁー!という声を上げながら頭を掻きむしるタマ。何ともまぁ騒がしいウマ娘である。

 ちなみに、タマモクロスの言う皆とは、タマが運営しているウマチューブチャンネルの視聴者の事である。暇な時間に動画投稿しているらしい。最近は稲作ゲーを細々とやっている。あのゲームは本当に神ゲーだと思う。

 生放送も行うが、いつもゲリラ的だ。だが俺はある程度把握出来る。なぜなら、それを行う時は必ずと言って良い程、俺がゲームでタマをボコった時だ。配信開始のお決まりの挨拶は[み゛んな゛〜お゛っち゛ゃんに゛ボコられ゛た゛〜]だ。視聴者からは[またか]と言われたり[今日は何対策するの?]と書かれる。

 一部のコメントでは[ありがとうおっちゃん]や[タマが苦しむ声でしか摂取できない栄養素がある]というコメントがチラホラ書き込まれている。俺もそう思う。ネコエンジンならぬタマエンジンだろう。

 

 

タマ「.........ほんで、要件はなんや?」

 

 

桜木「いやー、実はさ.........」

 

 

 トレーナー説明中.........。

 

 

タマ「.........ほーん、成程なぁ。ええけど、ウチXの解説しか出来へんで?対策したのXやし.........」

 

 

桜木「.........分かった。準備してくるからちょっと待っててくれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「確か、あの後トレーナーさんが白い箱のようなものを持ってきましたわよね?」

 

 

桜木「.........」

 

 

マック「.........トレーナーさん?」

 

 

 そっか.........もう、Wiiの事を白い箱って呼ぶ時代なんだな.........はは、昔はあんなに売れてたのになぁ、任天堂史上最高売上だった据え置きゲームハードが.........白い.........箱.........

 

 

桜木「俺も歳をとったもんだぜ.........」

 

 

マック「?」

 

 

 まさかこんなところで夏に感じるノスタルジーに浸れるとは思わなかった。いかんいかん、引っ付いているマックイーンがキョトンとしているではないか。

 

 

桜木「あ、ああ.........あれは部屋でアイツらがスマブラやってたから、線引っこ抜いて来たんだ」

 

 

マック「.........通りで機嫌が悪かったはずですわ.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「.........はいっ!始まりました!チームスピカと愉快な仲間達の!最強は誰だ!!スマブラ王決定戦ー!!!」

 

 

 カメラの前のマックイーン達は拍手でそれに答える。配信に流れるコメントも、888の連続だったり、嬉しい感情の表れだったりしている。

 

 

桜木「えーまず、参加者の皆様からご紹介させて頂きます!まずはチーム[スピカ]!!」

 

 

テイオー「いえーい!!やるからには勝っちゃうもんね!!」

 

 

 チームスピカと書かれたカンペを持ち上げ、堂々と勝利宣言をするテイオー。ノリノリなご様子だ。

 対してゲーム慣れしていないスペ、スズカ、スカーレットは少し緊張しているかもしれない。まぁパーティゲーだし。ガチャガチャしてても勝てる時は勝てる。

 

 

桜木「お次に紹介しますのはチーム[スピカ:レグルス]のみなさんでーす!!」

 

 

マック「ゲームは初めてですが、テイオーには負けませんわ!!」

 

 

テイオー「言ったなー!!」

 

 

桜木「早くも熱いデッドヒートを見せております!!」

 

 

 胸の位置でカンペを持つマックイーン。そこには[スピカ:レグルス]の文字。うちのチームは初心者の集まりだ。ゲームなんて触ったことない子達ばっかりだ。

 

 

桜木「えー最後に、スピカのトレーナーである沖野晃司と、スピカのサブトレーナーこと私、桜木玲皇。+αで形成された愉快な仲間達チームでーす」

 

 

沖野「待て待て!!俺は参加するとは一言も」

 

 

テイオー「トレーナー参加しないの.........?」

 

 

スペ「トレーナーさん参加しないんですか.........?」

 

 

スズカ「.........」

 

 

沖野「参加します」

 

 

 どうやら少女達のいたいけな瞳攻撃には耐えられなかったらしい。配信コメントからも[それでこそ男だ][勝てるわけが無い!!][ホモで助かった]など書かれてる。

 

 

桜木「そして解説のタマモクロスです」

 

 

タマ「みんなー!今日はウチ解説にお呼ばれしたんや!偉いやろ!!」

 

 

 [偉い][偉い][エロい][おへそみして][タマさんが解説するスマブラという事はXですよね?]と言ったコメントが散見する。事前の告知で参加を発表していたため、スタンバイしていたタマの視聴者も沢山来ていた。

 

 

桜木「.........さぁ皆さん初めての方も多いので、ここからキャラ決めをして行きたいと思います。参考材料はこちらのタマモクロスさんのキャラ紹介動画を使っていきたいと思います」

 

 

タマ「あ!!それみんなから集めた情報をもとに作ったやつや!!改めてありがとうなみんな!!」

 

 

 [お礼が言えて偉い][こちらこそいつもありがとう][ちゅき][おへそみして][タマちゃんの笑顔が眩しい]

 うーん、やはり人気だなぁ.........こんな子をボコしてるとバレたら何されるか分からん。ボロは出さないようにしなければな.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「ではキャラ選択を行っている間、タマモクロスさんにゲームの解説をしていただきましょうか」

 

 

タマ「おっしゃ!任せとき!!」

 

 

タマ「ええか?スマブラっちゅうんは、相手を場外に弾き飛ばした奴の勝ちや。その為なら何してもええ」

 

 

 [場外乱闘もありなの!?]

 

 

タマ「アホ!!んなもん無しに決まっとるやろ!!」

 

 

タマ「話を戻すで。スマブラはもう有名やからある程度みんな知ってると思うけど、Xは従来のシリーズと滅茶苦茶違うんや」

 

 

 [へーまじか][知らんかった。さすがタマ][なんでも知ってるんだね][おへそみして]

 

 

タマ「64もDXもForもSPも競技性があるんや。なんちゅうんやろなぁ.........スピード感とか、有利不利の付き方っちゅうんかなぁ.........とにかくストイックやねん」

 

 

タマ「けどXは完全にパーティゲーやから、バランスが崩壊しとる。なぁおっちゃん?」

 

 

 [え!?][おっちゃん!?][いつもありがとう][今日はタマちゃんをボコしてくれますか?][タマをボコす瞬間が1番性を実感する人だ]

 

 

桜木「.........はい、おっちゃんこと桜木です。今日はタマはボコしません」

 

 

タマ「帰ってきたらきっと滅茶苦茶にされるんや.........♡」

 

 

 [エッッッ][DVじゃん][通報した][へそを見せろ]

 

 

桜木「えーXは世代的に俺達のゲームですので、バランスの崩壊具合はハッキリと分かります。特に顕著なのがメタナイトとスネークですね。クソです。ただどっちも初心者向けでは無いので、強く使うには知識と練習が必要です」

 

 

 [Xメタナイトとかいうゴミの名前を出すな虫さんが走る][殺虫剤でも撒いてろ][亜空間強上のスネークさんちっすちっす][亜 空 の 使 者 (強上)]

 

 

タマ「ウチは好きやで」

 

 

 [Xメタナイト好きギャラクシアしゃぶらせて][チョコをまいて差し上げろ][やっぱスネークなんだよなぁ][愛 北 者]

 

 

桜木「見事な手のひら返しですね。さて、どうやらキャラ選択が終わったみたいです。意外と早いですね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「さて、まずは一回戦第一試合の選手。スペシャルウィークさんとサイレンススズカさんはこちらへ来てください」

 

 

 [可愛い!][いきなりチームメイト対決か!][初心者同士のスマブラって初めてみるわ][おへそみして]

 

 

桜木「ではスペシャルウィークさん。使用キャラと意気込みをどうぞ」

 

 

スペ「はい!私はカービィを使います!!理由はお母ちゃん家でカービィのゲームで遊んだことがあるからです!!」

 

 

 [あ][スペちゃん.........][まだ分からない][0% 0% 0%][スーファミやめろ][弱キャラ]

 

 

スペ「いきなりスズカさんと試合になるとは思わなかったんですけど、精一杯頑張ります!!」

 

 

 [その一言が偉い][勝ったな飯食ってくる]

 

 

桜木「中々いい意気込みですね。それではサイレンススズカさん。お願いします」

 

 

スズカ「えっと、サイレンススズカです.........キャラクターは、青い.........その、早いキャラを使います」

 

 

 [あ][スズカさん.........][まだ分からない][70 53 79][やめたれ][早すぎて自滅しそう]

 

 

スズカ「スペちゃんと戦うとは思ってなかったけど.........全力でやるわ」

 

 

 [その一言が偉い][勝ったな先頭の景色見てくる]

 

 

桜木「では両者コントローラーのセッティングをしてください」

 

 

タマ「お、二人ともWiiリモコンや。オーソドックスやな」

 

 

桜木「タマさん、どうみますか?」

 

 

タマ「正直上級者は皆クラシックコントローラーとか、おっちゃんみたいなゲームキューブ使うんやけど、まぁ今回はお互い初心者やし大丈夫やろ!!」

 

 

桜木「では初めて行きましょう!!」

 

 

 3 2 1 Go!

 

 

桜木「さぁ最初にしかけたのはスズカのソニックだ!」

 

 

タマ「ソニックの特徴はスピードの速さや。スズカはちゃんとそれを理解しとる。見てみぃ!ウチがオススメしたダッシュ攻撃とダッシュ投げの二択やってるで!!」

 

 

 [本当に初心者か?][大逃げするスズカは賢いなぁ.........][やりたい事しっかりやってんじゃん]

 

 

桜木「コメントでも散見していますが、普段レースでも自分のやりたい事を押し通すやり方で勝っているので、そこら辺の力が働いてるのかも知れませんね」

 

 

スペ「め、目が追いつかないべ〜.........」

 

 

桜木「.........」

 

 

タマ「.........スズカの勝ちやないか?これ」

 

 

 一方的な状況が続いて行く。スズカはただただ投げとダッシュ攻撃との二択で翻弄する中、スペはどうすればいいのか分からず、ただガードを張る。しかし、雲行きが傾いてきたのは、スペの%が100を超えたあたりだ。

 

 

スペ「た、退散します〜!!」

 

 

スズカ「ふふ、逃がさないわよスペちゃん!」

 

 

 ドォーン!

 

 

桜木&タマ

「...............おや?」

 

 

スズカ「あら.........?」

 

 

 [おっとー?][希望が見えてきましたねぇ][スペ!!空に逃げるんだ!!]

 

 

タマ「.........空中戦は苦手みたいやな」

 

 

桜木「ああ、もう3ストック犠牲に.........」

 

 

スズカ「うぅ、酷いわスペちゃん.........私から逃げるなんて」

 

 

スペ「えぇ!?だってスズカさん怖いんですもん!!」

 

 

 [確かにあのソニックは初心者からしたら怖い][しっかり二択してくるの偉いと思うわ][可愛いから良いよ]

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「うぅ、今思い出しても悔しいですわ.........テイオーに負けるなんて.........!」

 

 

桜木「テイオーは経験者だからなぁ.........ディディーコングなんて特に戦いにくいだろ」

 

 

 今思い返しても割かし上手だった。マックイーンのゼルダが初心者だったのもあるが、仕方ない部分もある。

 だが、初心者同士の対戦ではあったものの、配信は思いのほか盛り上がった。

 

 

桜木「スカーレットのマリオとウオッカのキャプテンファルコンは激戦だったなー」

 

 

マック「ええ、特にスカーレットさんは初心者とは思えませんでしたわ」

 

 

 恐らく、他人の対戦を見て動きを学習していたのだろう。直前が白銀のシークとゴールドシップのドンキーだったのもあって動きは相当良かった。思ってたより器用なんだな。

 

 

マック「ですが、トレーナーさんはもう少し、褒める時の言葉を増やした方がいいですわ」

 

 

桜木「確かに.........」

 

 

 そうだ。俺はゲームを褒める時、しきりに偉いとしか言えない男だ。だからすごい場面が連続すると偉い!偉い!としか言わなくなる。タマもちょっと引いてた。

 なんだろう、IQが多分低くなるんだろうな。スマブラやってると。チンパンジー以下の脳みそになっちゃうんだろうなぁ.........

 

 

桜木「.........だからあんな事もするんだろうなぁ.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

タマ「.........えー、現在の最下位を発表するで、おっちゃん、保健室の先生、社長、司書さん。そしてマックちゃんや」

 

 

 キャラクター画面の前で正座する。流れてくるコメントからは[自業自得じゃね?]とか[盤外戦術に長けてる]とか言われてしまっているが、正しくその通りだ。

 因みにだが、沖野さんはちゃっかりタキオンのリュカに勝ってた。リンクのB技系しか使ってなかったが、勝ちは勝ちだ。最下位は確実に免れている。

 

 

マック「うぅ、まさかこんな事になるなんて.........」

 

 

 そして一番かわいそうなのがマックイーンだ。彼女もライス相手に勝ちを上げたが、見ている視聴者がライスのコントローラーの異変に気付き、白星はなくなってしまったのだ。つまり同率最下位が五人いる事になる。

 

 

白銀「本気でやんね?頭来たからぶちのめすわ」

 

 

タマ「物騒な発言が出てるで!!これは期待や!!おもろい事になるのは間違いないやろ!!!」

 

 

神威「盤外戦術は?」

 

 

黒津木「勿論有りだろ」

 

 

桜木「泣いても知らねぇぞ.........」

 

 

 頂上決戦はテイオーディディーとゴルシドンキーの一騎打ちだった。最高に盛り上がった試合だが、最底辺を決める戦いはまず、俺達愉快な仲間達が順位を決め、最下位がマックイーンと戦う流れになっている。

 一見マックイーンが不利では?と思うかもしれないが、手の空いた三人から盤外戦術を受けるのだ。勝てるものも勝てない。俺達が一勝もしてないのもそのせいだ。

 

 

タマ「おっちゃんはー.........ガノンドロフか!!ずっと使っとるやん!キャラ変えせーへんの?」

 

 

桜木「俺はDXから生粋のガノン使いだ」

 

 

タマ「先生はスネークかい!本気モードっちゅうことか!!」

 

 

黒津木「そうなりますね」

 

 

タマ「社長はなんや、ワリオ使うんかいな!!隠れクソキャラやからなーワリオ!!」

 

 

白銀「お前らをハァミハミしてやるぜ.........!」

 

 

タマ「司書さんはメタナイトかいな!!怪獣大戦争やんけ!!」

 

 

神威「唯一の対抗手段を行使します」

 

 

 [怪獣しかいないね][ん?][一人だけミジンコがいますねぇ][オッサンのこと魔王って言うのやめろよ!]

 

 

テイオー「本気の本気でやるの!?どんな感じかなー!!」

 

 

ゴルシ「そりゃお前!!おっちゃん達なんてプロフェッショナルだからよ!!すっげぇド派手な戦いをするに決まってんだろ!!?」

 

 

 スマブラ経験者は息巻いて試合を見ようとしている。未経験者はお手本を見ようとしっかり見ようとする。当たり前だろう。こっちはなんせ十年やってると公言しているのだ。邪魔する相手も無く、邪魔してくる奴も居なければ本気でやる。そう思ってくれたのだろう。

 だが、その期待はすぐ裏切られることになった.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 3 2 1 Go!

 

 

白銀「どけェッッ!!!」

 

 

神威「べふぅッッ!!???」

 

 

 [は!?]

 

 

タマ「なんとぉ!!!いきなり社長が司書をぶん殴ったァ!!!そのままの勢いで三人は部屋から退散していくゥッッ!!!」

 

 

テイオー「訳がわかんないよーーッ!?」

 

 

タマ「遅れて何故かガノンを突き落とした司書が出ていった!!!」

 

 

 [期待を裏切らない][今までで一番やばくないか?][全員ずた袋もってきて目隠しし合いながらやんのか?][←ありそう]

 

 

タマ「オォォォット!!!一着は社長やァ!!!手にはなんかもってるでぇぇ!!!」

 

 

白銀「死ねぇぇぇッッ!!!玲皇のコントロォォォラァァァッッッ!!!!!」

 

 

タマ「なんとぉ!!!ハサミやァァァ!!!!おっちゃん曰く20年連れ添ってきたGCコンの線をぶった切ったァァァ!!!間違いなく絶交案件やァァァ!!!!」

 

 

 [ヤバすぎる][予想を上回るな][これ炎上しない?][20年使ってる相棒再起不能にさせるのはエグいてぇ!!!][これがテニス.........?]

 

 

白銀「.........あァ!!?よく見たらこれ俺のじゃねェか!!!」

 

 

タマ「アホやァァァァ!!!!」

 

 

 [ア ホ く さ][良かった。これで解決ですね][出ていく前にすり替えたんか。おっちゃん頭ええな][この行動を読んでたとしたら桜木トレーナーはモナド使いでは?]

 

 

桜木「ハハハハハ!!すり替えておいたのさッッッ!!!!!」

 

 

白銀「ホいつの間に!?」

 

 

 [スパイダーマ!!?][生きていたのか][なんか持ってね?]

 

 

桜木「俺も許さねぇしこのトミーガンも許さねぇぇぇぇッッッ!!!!!」

 

 

白銀「伏せろォ!!!伏せろォォォォッッ!!!」

 

 

 [良い子は真似しないように][エアガンにしては威力強くね?][志村!!後ろ後ろ!!]

 

 

黒津木「ガトチュゼロスタイルッ☆!」

 

 

桜木「ほぁっぶな!!???」

 

 

 [斎藤一!!???][久々に聞いたわそれ][これは余裕とYOU揉んだ☆][避けれて偉い]

 

 

桜木「背中から狙うとは誉はどうしたァ!!!」

 

 

黒津木「誉は浜で死んだ!!!」

 

 

桜木「誉が死んだ!!???」

 

 

 [この人でなし!!!][ニコニコからタイムリープしてきましたか?][間違いない、十年前のノリだ]

 

 

神威「俺も仲間に混ぜてくれよ」

 

 

タマ「.........はっ!!!悪いみんな!!!あまりに展開が早すぎて気絶してもうてたわ!!!」

 

 

 [可愛い][画面に写ってる唯一の癒し][さっきからキャラ動いてなくて草][人は醜い生き物です][人じゃなくて良かった][これはラスボスも人類抹殺しようとしますわ.........]

 

 

タマ「あーーーもう!!!せっかくの配信が台無しやぁ!!!誰か原因突き止めてあの連中の暴走止めてくれやぁぁ!!!!」

 

 

ゴルシ「おっし!!!ここはゴルシちゃんの出番だな!!!」

 

 

 [あ][まずい][やめろ][頼むから動かないでくれ][1番来ちゃいけないやつが来た]

 

 

ゴルシ「アタシが思うに!!原因はアレだァァ!!!」

 

 

タマ「.........スマブラ?」

 

 

ゴルシ「ああ!!!ちょっくら世界救ってくる!!!」

 

 

 [あ][あ][あ][まずい][は?][何もしないでくれ][絶対炎上する奴では?][今からダークソウルやろう!!クリアするまで起きてよう!!!そっちの方が絶対平和だよ!!!!!][やめろめろめろゴルシめろ!!! ]

 

 

タマ「あァ!!?ゴルシの奴線引きちぎってWii持ってってもうたー!!!」

 

 

沖野「おい!!!喧嘩してる場合じゃねえぞ!!!アレお前らの私物だろ!!!」

 

 

四人「ああん!!???」

 

 

四人「.........あれ、無い」

 

 

全員「だからゴールドシップが持ってったって!!!」

 

 

四人「持ってかれたァァァァァァッッッ!!!!!」

 

 

 [おバカの錬金術師][これは禁忌犯してますね.........][Wii持ってかれてて草][早くしろぉ!!間に合わなくなっても知らんぞぉ!!!]

 

 

沖野「おい!!機材持ってアイツ追いかけるぞ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜の海

 

 

ゴルシ「こんなもんあるからおっちゃん達が喧嘩するんだァァァァァッッッ!!!!!」

 

 

四人「テメェェェェェッッッ!!!!!何してんだァァァァァッッッ!!!?????」

 

 

 [時既に時間切れ][あのポーズはもう終わりでしょ][ゴルシはなんで海の方向いてるの?なんで片手にWii持ってるの?][今北産業][三分前見てくれ。それしか言えん]

 

 

ゴルシ「海に帰れェェェェェッッッ!!!!!」

 

 

黒津木「俺のWiiが!!!?????」

 

 

桜木「俺のGCメモリーカードが!!!?????」

 

 

白銀「俺のスマブラが!!!?????」

 

 

神威「痛くも痒くもねえわ」

 

 

ゴルシ「あとついでにこれも」

 

 

神威「俺のWiiリモコンが!!!?????」

 

 

 [お疲れ][可哀想に][一つ大人になったな][これはウマ娘ですか?]

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「.........今思えば、この合宿で得たものより、失ったものの方が多いかもしれない」

 

 

マック「普通にしていれば何も無くなりませんでしたわ。自業自得ではありませんの?」

 

 

 呆れたようにそう言い放つマックイーン。流石にもう引っ付いては来なかった。俺もクマへの恐怖心が無くなっている。

 得たものと言っても、それはマックイーン達のものだ。俺が得たものは何一つ無い。失ったものと言えば。

 俺のデッキと、俺のGCメモリーカードと、思い出の詰まったWiiと、社会人としての尊厳だ。大分捨てられたな、今俺達は空っぽなのかもしれない。

 

 

桜木「.........まぁ、それでも良い思い出って言えるんだから、夏は面白いよな」

 

 

マック「ふふ、そうですわね」

 

 

 お互いの顔を見合って笑い合う。あんだけハチャメチャした筈なのに、こんな俺に笑いかけてくれるんだ。こんなに嬉しい事は無い。

 

 

桜木「それにしても、最後の最後でまさかのなぁ.........」

 

 

マック「.........ええ、代替案とはいえ、まさかあんな事になるとは.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

タマ「最下位はおっちゃんと マックちゃんや」

 

 

 突きつけられた残酷な結末。それは最下位は あの中で俺になってしまったと言うこと。理由を聞いてみれば、俺のガノンドロフだけストックが一つ減っていたらしい。

 アイツらは意気消沈してしまったのか、部屋の隅で体育座りしている。俺も仲間に入れてくれよ。

 

 

テイオー「.........けどさぁ、スマブラはもう出来ないんでしょー?サブトレーナー達が騒いだせいでさー?」

 

 

桜木「申し訳ないぜ.........」

 

 

 俺に送られる視線が酷く冷たい。どうやらゴールドシップ以外の期待を全て引きちぎってしまったみたいだ。子供は期待を裏切られて大人になる。今日はみな、その階段を登ったのだ。

 

 

ゴルシ「ダンスで決めればよくね?」

 

 

桜木「.........だんすぅ.........!?」

 

 

マック「それは.........どうなのでしょう?」

 

 

 何気ないゴールドシップの一言で頭がショートする。悪い事は立て続けに起こる。それはもう立証済みだ。

 視線をタマと繋いでいるスマホに戻すと、腕を組み、唸りながらその案をどうしようかと考えていた。

 

 

タマ「.........そや、せっかくウマ娘がこんなに居るんやし、二人で踊って審査してもらえばええやん!!!」

 

 

桜木「は!!!??」

 

 

マック「トレーナーさん.........手強い相手ですわ」

 

 

タキオン「うん?踊れるのかい?トレーナー君」

 

 

桜木「踊れません」

 

 

ウララ「踊れるよ!!!ねぇライスちゃん!!」

 

 

ライス「うん!トレーナーさん、マックイーンさんと一緒にうまぴょい伝説踊ってたよ!!」

 

 

桜木「」

 

 

 終わった。配信のコメント欄も見とうない。だが一つだけ見なくても分かる事は、冷たかった視線が鋭さを帯びてグサグサと俺に刺さってくるという感覚だけだ。

 

 

タキオン「うわぁ.........」

 

 

ブルボン「マスターの気持ちが理解出来ません」

 

 

ダスカ「流石にちょっと.........」

 

 

ウオッカ「.........何も言えねぇ.........」

 

 

テイオー「マックイーンのトレーナーって変わってるよね」

 

 

タマ「きっしょ」

 

 

桜木「」グニャァ〜

 

 

 え?女の子に気持ち悪がられるのってこんなに辛いことなの?よく見る創作物ではご褒美扱いなのに?そんな事を思いながらグニャグニャに歪む表情を無理矢理にでも叩き直し、皆に問いかけた

 

 

桜木「あの、需要がないと思うんですよ(笑)見た目も良くない20代のオジサンが可愛い女の子と踊ったってね?」

 

 

タマ「ウチにあるで。いい気晴らしや」

 

 

桜木「あ、はい.........」

 

 

 圧が怖い。こんな事なら普段からタマに優しくしておけば良かった。コメント欄も[いつもイジメてるから.........]とか[Sっ気タマちゃんにイジメられたい]とかいう声が散見している。

 ここでウジウジしていても仕方が無い.........俺は諦めて正座を解き、ゆっくりと立ち上がった。

 

 

桜木「.........それで、何を踊れば良いのでしょう.........?」

 

 

全員「[うまぴょい]」

 

 

桜木「」

 

 

 同時だった。コメント欄もここに居る連中も全員口を揃えてうまぴょい伝説を支持してきやがった。マジで許さん古賀聡トレーナー。お前には地獄すら生ぬるい。

 

 

マック「うまぴょい伝説.........うぅ、これを放送で乗せるのは、少し恥ずかしいですわ.........」

 

 

桜木「.........やるぞ、もうどうせ逃げれないんだ。踊って、見世物になって、審査で負けてやる.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「んで、俺は結局審査で負けて、見事スマブラ最弱の称号を貰ったと.........」

 

 

マック「あはは.........災難でしたわね.........」

 

 

 あの光景を思い出すと、彼に対して哀れみの情を抱いてしまいます。隣で割と真面目にへこんでしまっているトレーナーさんを言葉で慰めることしか出来ませんでした。

 

 

桜木「.........俺もうネットが怖くてスマホを付けらんないよ.........」

 

 

マック「私もですわ.........」

 

 

 昨日のあの配信、どこまで盛りあがったのか分かりませんが、あの異様な光景。恐らく知る人ぞ知る配信となってしまうのは間違いないでしょう.........

 ですが、あの時のあの日の空間は、確かにハチャメチャでおかしな事も沢山ありましたが、とても魅力的な時間でした。その感情だけは本物です。

 

 

マック「.........確かに、印象に残る二日目でしたが、私としては三日目も捨て難いです」

 

 

桜木「三日目ェ!?お、俺もしかしてなんかやらかしてた!?すっげぇ大人しくしてた気がするんだけど.........」

 

 

マック「[印象]に残ったと言ったのです。トレーナーさんが騒ぎを起こした訳ではありませんわ」

 

 

 そう言うと、彼は目に見えてほっとしました。全く、そんなリアクションを取るなら、最初から大人しくしてくだされば済むことですのに.........

 そう思いながら、揺れるバスの窓に浮かぶ夕日を見て、昨日の出来事をゆっくりと浸るように、思い出していました。

 

 

 

 

 

  ......To be continued



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トレーナー「花火と決意とこれからと」

 

 

 

 

 

 

 夏合宿三日目。朝のミーティングが始まる十分前。数人集まったミーティング室の中で、私は一人課題に手をつけていました。

 そんな中、何時もなら顔を出しても「寿司握る為に握力鍛えてくる」だとか、「エビのタイちゃんをタイのエビちゃんに食わせねぇと!!」とか、意味不明な事を言い続けて顔を見せなかったゴールドシップさんが、私の前にしょんぼりと現れました。

 

 

ゴルシ「ごめんなぁマックイーン.........」

 

 

マック「き、急になんですの.........?」

 

 

ゴルシ「昨日の配信母ちゃんが見ててさ.........マックイーンをいじめるなって.........」

 

 

マック「ああ.........大丈夫ですわゴールドシップさん。気にしてませんから」

 

 

ゴルシ「本当か!!?いーやービビったぜー。なんせあの様子じゃ二週間は口聞いてくれないなんて言われっからさぁ!!」

 

 

 う、なぜそうしようとした事がバレたのでしょう。侮れませんわね、ゴールドシップさんのお母様.........

 ですが、それくらいの事をしても宜しいのではなくて?聞けばあの一連の動き、初心者どころか、経験者ですら打開不可能なほどに強いらしいのです。絶対確信犯ですわ。

 

 

マック(.........でもまぁ、珍しい事もあるものですね)

 

 

 あのゴールドシップさんが謝るなんて、思っても見ませんでした。「あ、沸騰させたお湯キンキンに冷えたか見てこなくちゃ行けねぇ!!」なんて言って何処かへと消えていきましたが、今日は見逃してさしあげます。

 そう思っていると、肩に何やら二回ほど何かが当たりました。誰でしょうと思い、振り返ってみると、そこには何やら勝ち誇った顔で片手にペンを持ったテイオーが居ました。

 

 

テイオー「ねぇマックイーン!!知ってる!?」

 

 

マック「いいえ、まず何を知ってるかという主語を話してくださいます?私、エスパーではございませんのよ?」

 

 

テイオー「へー、ボクにそんな態度とっちゃうの〜?せっかくマックイーンに教えてあげようと思ったのになぁ〜?」

 

 

マック「ウララさん、知っていますか?」

 

 

テイオー「あ!!ちょっと!!」

 

 

ウララ「言っていいの!!?」

 

 

 先程から私とテイオーの会話をうずうずと聞いていたウララさん。テイオーの反応からして、わざわざ口止めをしていたのでしょう。

 

 

ウララ「えっとねえっとね!!さっき海でかき氷屋さんが来てたの!!そしたらね!!」

 

 

 『お嬢ちゃんたち、今日の夏祭りは来るのかい?すごいぞ〜、中央に負けないくらいデカイ花火が打ち上がるんだ!!』

 

 

ウララ「.........って!!」

 

 

マック「夏祭り.........」

 

 

 楽しそうに話し始めた二人から視線を外し、その言葉を一人復唱しました。

 そうですか.........もう、あの夏祭りから一年経ってしまうのですね。本当に、時の流れというのは早い物ですわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『綺麗だな』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「.........?、!?」カァァァ

 

 

 何故かこのタイミングで、昨年の記憶が鮮やかに蘇ります。情景も、横顔も、あの日抱いた居心地の悪い心地良さも、全部がごちゃ混ぜになってまた生まれます。

 顔は伏せたので誰にも見られる事はありませんでしたが、胸を打つ鼓動の強さは、ウマ娘の耳をもってすれば気が付かれてしまう程に早くなってしまいました。

 

 

マック(な、なんで今このタイミングなんですの.........!?)

 

 

 熱くなった顔を、夏の暑さのせいにしてハタハタと手で扇ぎます。ほんと、こういうところですわ!

 と、今は居ないトレーナーさんをいつも通り心の中で叱りつけます。だって、こうでもしなければ私はこの感情に殺されてしまいます。仕方ありません。ええ、仕方ないことなんです。

 ですが.........

 

 

マック(.........誘ったら、来てくれるでしょうか.........)

 

 

 そんな理想にも近い願望を胸に落としました。去年の景色を思い出し、赤く染めてしまった顔もそのままに、私は夏の暑さで誤魔化しきれなくなった緊張を、見て見ぬふりをしました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「ごめん、今年は無理だ」

 

 

マック「え.........?」

 

 

 しかし、突きつけられたのは酷い現実でした。お昼の休憩にデータをまとめようとしたトレーナーさんを何とか捕まえ、勇気を出して夏祭りに誘ったのに.........

 ですが、理由は聞かなければ行けませんわ。下らない理由で断られたとしたら、レディに対する扱いがなっていない証拠。メジロ家秘伝の護身術で今すぐに.........

 

 

桜木「みんな行くんだろ?明日の午後にはもうここから出発しないと行けないからさ、あと片付けしないと」

 

 

マック「そ、それなら全員でやれば.........」

 

 

桜木「ダメだ。そんな事したら、 花火は見れてもお祭りは楽しめないだろ。今は羽目を外すべきだ。特にマックイーンはな」

 

 

 そう言いながら、彼は私の頭を軽く撫で、ミーティングルームへと入って行ってしまいました。最近なんだか、子供扱いをされているみたいです.........

 トレーナーさんの言いたい事も分かります。この合宿を終えれば神戸新聞杯。そして、比較的天皇賞・春に近い条件の菊花賞があります。彼の言う事も、分かっているつもりです.........

 

 

マック(.........トレーナーさんのバカ)

 

 

 こんなに自分のメンタルが弱いとは思いませんでした。彼は優しく断って下さったはずのに.........その優しさが、今は少し辛い。

 優しく針で貫かれた心がチクチクと痛み出すように、胸に何かを詰まらせながら、私はその場を後にしました.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「沖野さーん!!コイツはこっちでいいっすかー!!」

 

 

沖野「ああ!!頼んだ!!」

 

 

 使った食器とフライパンを消毒に浸し、学園の貸し出し物であるドライヤーや配信機材を諸々片付けている。これが意外と強敵で、なかなか手間と時間を取られてしまう。

 

 

白銀「.........本当に良かったのか?お前だけでも行きゃ良かったのに」

 

 

桜木「バカ、ここいらで大人しとかないと、流石に信頼失っちまうぜ?それだけは勘弁だ」

 

 

白銀「バカ」

 

 

桜木「は?」

 

 

 何故か罵倒されたので振り返って見ると、スリッパで頭を思いっきり引っぱたかれた。俺は何かしただろうか?この雰囲気のコイツはただ暴力を振るってる訳では無い筈だ。

 

 

桜木(なんだったんだアイツ.........)

 

 

 そんな思索も、直ぐに目の前から姿を消したアイツのお陰で無駄になる。こっちは頑張って分かろうとしてんだぞ。

 ため息を吐きながら、叩かれた頭を右手でさする。うーん、やっぱりマックイーンとは.........

 

 

桜木「.........懲りないなぁ、本当」

 

 

 いつの間にスキンシップ多めな男になったんだ。手のひらを見ながら戒める。だが、やはりあの髪のサラサラ感は.........

 ダメだ。すんでのところで手をバシンと叩き、あの感触を痺れで上書きする。反省も何もまるでしていないじゃないか。

 

 

桜木「はぁ.........流石に嫌われるぞー.........」

 

 

 誰にでもなく、自分の無意識に対してそう忠告する。こうでもしないと、コイツはまたやるからだ。だからと言って、じゃあ言ったからやらなくなるのか?という話になるが、そういう訳でもない。いわゆる、体裁を保つと言うやつだ。

 

 

桜木「.........俺より絶対、同世代で楽しんだ方が思い出にもなるって」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

テイオー「元気だしなよーマックイーン!」

 

 

マック「何を言ってるんですの?私はいつも通りですわ」

 

 

 揺れ動く電車の中。チームメンバー達は夏祭りを楽しむべく、その開催地へと向かっておりました。

 車内では、楽しみに心を躍らせながらも、周りに気を使い、声を小さくしたひそひそ話が盛り上がっていました。

 その中でもテイオーは気にせず割と大きな声で話してきます。目立ってしまうのでやめて欲しいものです。

 

 

テイオー「そんなにサブトレーナーとデート出来ないのが悲しいの〜?」

 

 

マック「.........テイオー?次何か余計な事を言えば、口を縫いますわよ」

 

 

テイオー「ごめんなさい」ピェッ

 

 

 隣に座るテイオーは、謝りながら縮こまるように体を小さくしました。謝るなら最初から言わない方がいいに決まってますのに.........

 

 

マック(.........ですが、あながち間違いでも無いかもしれません)

 

 

 デート.........ではありません。結局彼にとっては、私の予行演習に付き合ってる感覚なのでしょう。あのデートの日から日にちを置いて、私はそう感じました。

 今度こそ、彼に意識される為にと思い、勇気を出しましたのに.........彼の優しさが私と彼の楽しい時間を奪ったのです。

 

 

マック(.........せめて花火だけでも一緒に見れたらと思いましたのに)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「ふぅ.........これで全部か.........」

 

 

 あらかた片し終えた合宿道具。持ってくる時に苦労して詰めたんだ。そりゃ持って帰る時に詰めるのも苦労する。外を見てみると、もう海に夕陽がゆっくりと沈んでいく姿が見えた。

 

 

桜木「今頃、楽しんでるだろうな」

 

 

 お祭りは楽しい。家族で行こうと一人で行こうと。だが、やはり親しい友人と行くのが一番だ。気兼ねない、なんでも言い合える友人と。

 俺自身、長ければ十数年の付き合いになるアイツらと行ったお祭りの回数は、一回くらいだ。けど、その一回はどんなお祭りよりも楽しい一番の思い出だった。

 

 

桜木(.........だったんだけどな)

 

 

 夏祭りになると、去年を思い出す。度々現れるこの苦しい気持ちを真正面から迎え撃てるほど、俺は強くは無い。

 砕ける事に脅え、見つかる事に恐怖を感じる臆病者の恋心。とても男らしいとは言えない。

 そんな心と夕日に気を取られていたから、背後の気配に気が付かなかった。

 

 

沖野「よう」

 

 

桜木「うわっ!?」

 

 

沖野「おいおい、流石に傷つくぞその反応は.........」

 

 

 少しだけ落ち込む様子を見せた沖野さん。悪い事をしてしまった。とりあえず、申し訳ないと謝っておこう。

 しかし、どうしたんだ?沖野さんわざわざここまで来るということは、何か用があるはずだ。それを聞くと、沖野さんは親指で部屋の出口を指さした。

 

 

沖野「ああ、花火でもしようと思ってな」

 

 

桜木「!」

 

 

 そう言いながら笑う沖野さんは、いつも見せる年長者の顔ではなく、俺達が何時もするようなガキの様な笑顔だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夏祭り・現地

 

 

ウララ「見て見てー!!人参焼きだってー!!おいしそー!!」

 

 

ブルボン「ウララさん、これで既に28食目です。合宿後の減量トレーニングの事を考えるとここでやめて置いた方が.........」

 

 

ウララ「そっか.........」シュン

 

 

ブルボン「食べましょう」

 

 

ライス「ブルボンさん!?」

 

 

 ウララさんのしょんぼりとした顔を見て、ブルボンさんは我先にと人参焼きの屋台の行列に並びました。先程からそれで5食ほど買ってしまったことに、果たして彼女は気づいているのでしょうか.........?

 

 

マック「ええっと、見やすい位置は聞いた所によると.........」

 

 

ゴルシ「ああ、それならあそこの橋の向こう側だ!!けど人もいっぱい居るから、気を付けた方がいいかもな」

 

 

スペ「見てくださいスズカさん!!また当たりました!!引き換えに行きましょう!!」

 

 

スズカ「待ってスペちゃん!!流石に食べ過ぎよ??あとの減量が辛く.........ああ、どうしたら私の話を聞いてくれるのかしら.........」

 

 

ウオッカ「くっそ!!あのぬいぐるみ硬ぇぞ!!」

 

 

ダスカ「ふふん!!グラッとした時は肝が冷えたけど、次はアタシの.........あれ、弾がもうない.........」

 

 

 スペシャルウィークさんは当たり付きのお菓子を食べ、ウオッカさんとスカーレットさんは二人で射的に興じていました。

 そんな中で、私達はテイオーに勧められたハチミーを飲みながら地図を広げていました。

 

 

テイオー「それにしても、残念だなぁ。トレーナー達も来れば良かったのに」

 

 

マック「テイオー」

 

 

テイオー「な、なんだよう!本当の事言っただけじゃん!!これはボクの本心で、マックイーンをからかいたいわけじゃないよぅ!」

 

 

 そう慌てふたむくテイオー。その様子からして、いつものからかいではなく、彼女の言うとおり本心から出た言葉だと理解しました。

 慌てた様子が段々と怒る様子に変わってくる頃には、私も罪悪感を感じ始めました。申し訳ないと彼女に謝ると、渋々と言った様子で許してくださいました。

 

 

タキオン「だが、この人数でやれば終わりそうなものだと思うが.........」

 

 

ゴルシ「どーせ、ひと夏の思い出に友達と遊んでこいとか言う大人臭いこと思ったんじゃね?」

 

 

テイオー「えー!?トレーナーはともかく、あんなにはしゃいでたサブトレーナー達がそんなこと言うのー!?」

 

 

ゴルシ「言うな」

 

 

マック「言いますわ」

 

 

タキオン「言うだろうねぇ」

 

 

 全く.........どうしてあの人達は自分だけでやりたがるのでしょう?少しは頼ってくださっても、罰は当たらないと思います。

 楽しんでこい、と優しく笑いかけるトレーナーさん。今はその顔が、少し嫌いです。

 目の前の道を行き交う人々を見ながら、去年のあの夏祭りを思い出しながら、私は一人、そう思っていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜の海

 

 

桜木「まさか、この年でお前らと花火するとは思わなかったわ」

 

 

神威「何気に初めてじゃね?このメンバーでやんの」

 

 

白銀「沖野っティーは生まれて初めて?」

 

 

沖野「俺をなんだと思ってるんだ?花火くらいしたことはある!」

 

 

黒津木「ウマ娘一辺倒だから言われても仕方なく無い?」

 

 

 こんな楽しげに会話をしているが、沖野さん以外は皆目が死んでる。なんでこんな男と手持ち花火を囲わなきゃ行けないんだ?

 夕日も沈み、あっちではもう花火が始まっている時間。あちらは打ち上げこちらは手持ち。貧富の差を嘆いていた幼き頃を思い出す。

 

 

白銀「ずァァァァシャラくせェェェッッ!!!」ポイッ!

 

 

神威「あっぶな!!?」

 

 

白銀「こんなちゃちぃ花火楽しかねぇだろうがァッッ!!!」

 

 

黒津木「だってお前高校の頃花火には順番があるって力説.........」

 

 

白銀「そりゃヤリてぇ女がいる時の雰囲気作りする時だけだッッ!!!」

 

 

「「「最低だコイツッッ!!???」」」

 

 

沖野「はははっ!!お前ら本当に面白いわ!」

 

 

 手持ち花火を神威に投げつけられた。一人笑う沖野さんを尻目に、俺達三人は白銀を止めようと引っ付いてみせる。

 しかし、腐っても世界を経験している男。そんなものは物ともせず、奴が合宿に持ってきたバッグを漁り始めた。

 

 

白銀「俺様もなんでテメェらに定価3万もした花火を使わなきゃなんねえのかと思ったが、これの為だと思えば納得だァ!!」

 

 

「「「で、デケェ.........!!!」」」

 

 

白銀「見ろ。白銀花火。別名をジョンだ」

 

 

 直径幅約20cmの円筒。長さは白銀の腕ほどに長い。それを股間の位置まで持っていき腰を振る姿を見て、沖野さんは更に笑い声を張り上げた。

 笑い転げる沖野さんを尻目に、白銀はそうそうに花火に着火した。

 

 

桜木「おい、このレベルの花火使うの、資格必要なんじゃないか?」

 

 

白銀「こまけぇこたぁいいんだよ!!」

 

 

黒津木「いや良くはねぇだろ!!!」

 

 

白銀「爆発するぞォォォーーーッッ!!!」

 

 

神威「無茶苦茶すぎんだろォォォッッ!!!」

 

 

 羽交い締めをしていた俺達三人と白銀はその場に伏せる。しかし、いつまで経っても衝撃も音も聞こえなかった.........まさか

 

 

桜木「ジョンってED!?」

 

 

白銀「立てぇぇぇッッ!!!立つんだジョンッッ!!!」

 

 

黒津木「ワロタ」

 

 

白銀「笑い事じゃねぇ悪魔共がッッ!!!」

 

 

白銀「ジョン.........お前は女をヒィヒィ泣かせる為に生まれてきたのに.........こんな事になっちまって.........」

 

 

神威「いや、その大きさならどっちみち使い物になんねぇだろ.........」

 

 

白銀「しゃぶれば治るかな.........?」

 

 

「「「地獄でやってろ」」」

 

 

白銀「あァ!!俺の花火が!!???」

 

 

 流石に勢い付いてやりかねなかったのでジョンを蹴飛ばした。アイツは本当にしゃぶろうとするからな、ノリで。頭が吹っ飛んでもこっちが困る。

 沖野さんの所に戻ると、息も絶え絶えだった。先程のやり取りを見て息もできない程笑ったんだろう。案外下ネタ好きな事が分かった。

 

 

沖野「はぁー、死ぬかと思った。お前ら毎日こんな感じなのか?」

 

 

桜木「慣れたら鬱陶しいだけですよ」

 

 

神威「まあな、ほら、お前も飲めよ」

 

 

 そう言われて、手渡された缶の酒を特に躊躇もなく開ける。沖野さんからパシられたのだろう。神威のパシリは様になっていて少し面白く感じた。

 

 

沖野「それと、ほら。コイツも」

 

 

桜木「.........禁煙してたんじゃないんすか?」

 

 

沖野「別にいいだろ。アイツらも居ないしな」

 

 

 一本の紫煙が天へと登っていく。潮の匂いに焼けた葉の臭いが鼻を突く。何も上がりはしない夜の空を、俺達はただただ見上げていた。

 

 

桜木「.........っふー、吸うやつ居るか?」

 

 

黒津木「じゃあ貰うわ」

 

 

神威「俺も吸おうかな」

 

 

白銀「ジョンの線香代わりだ.........」

 

 

 一本から二本、二本から三本と、天に昇る紫煙は数を増やす。志を共に持つように、一緒に天へと登っていく。

 静かな海の波の声が反響する。とても静かで、心地良い海の音が、世界の雰囲気を形成する。アルコールもタバコも、今日は酷く美味しく感じた。

 

 

沖野「.........まぁ、今日誘ったのは、俺の気晴らしだ。最近頑張り詰めでな。アイツらに怒られちまったんだ」

 

 

黒津木「見れば分かりますよ。責めて睡眠くらいしっかりとってください」

 

 

白銀「そうだそうだー」

 

 

神威「ケホッ!ケホッ!よく吸えんなお前ら.........」

 

 

 確かに、沖野さんの顔は最近疲れ気味だった。日々の無理が祟ったのだろう。それでも、その顔はまだ懲りてはいないようだった。

 

 

沖野「.........俺は必ず、テイオーを[無敗の三冠バ]にして見せる。アイツの夢、目標を叶えて見せる。そう今一度、お前らに宣言したいと思ってな.........お前らはなんか無いのか?」

 

 

 そう言いながら、置かれた灰皿にタバコを擦り消す沖野さん。火で灯された光が一つ暗闇から消えた。

 宣言したいこと.........なんだろうか、今この場で言っておかなければならない事.........

 

 

桜木(.........いや、流石に言えないな)

 

 

 胸に秘めた思いを吐露するには、関係が有りすぎる。もう少し見知らぬ人に相談したいものだ。そう思い、俺は無言でパスを回した。

 

 

神威「えっと.........取り敢えず、俺はあの子達が目標を達成できるまでここに居たいと思ってます」

 

 

黒津木「俺はタキオンがスピードの果てを見つけるのを手伝いたいかな?推しだし」

 

 

桜木「お前は?」

 

 

白銀「.........これって別に、今年の目標とかじゃなくて、いつか達成したい事でもいいんだろ?」

 

 

沖野「ああ、好きにしてくれ」

 

 

白銀「じゃあ」

 

 

 ああ、どうせまた下らない事言って、ゲラゲラ俺達を笑かせてくれるんだろうなぁ、と密かに期待していた。

 どうせコイツの事だから、[宇宙にテニスを普及して玲皇を生贄にクトゥルフを召喚する]とか[テニス引退した後にバドミントン協会の会長暗殺して成り代わる]とか、そこら辺だと思ってた。

 けれど、星を見上げるアイツの目は酷く真剣で、冷たくて、欲しい獲物を取ろうとするオオカミみたいで、滅茶苦茶男らしかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ゴルシに告白する」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「.........は?」

 

 

白銀「ゴールドシップに好きだって想いを伝え.........」

 

 

桜木「いや!!聞こえなかったって意味のは?じゃなくて!!俺達はお前の正気を疑ったんだが!!???」

 

 

「うんうん」

 

 

 あまりに唐突な爆弾発言。酒を飲んでいる事も忘れて男達は激しく首を縦に振った。

 たまには真剣にテニスに向き合うのかと思えば結局女絡みか。昔からコイツの女好き。女体好きとも言うべきだろう。それで起こしたトラブルは数知れない。

 

 

桜木「お前、いつからだよ.........」

 

 

白銀「おっぱいに一目惚れした」

 

 

沖野「お前.........流石にそれは.........」

 

 

白銀「だけど、一目惚れしたのはおっぱいだけだ。あとから全部惚れた。身長高ぇスタイル良いケツも申し分ない性格面白い顔も良い。惚れねぇ奴の方がおかしいだろ」

 

 

白銀「つか気付けバカ。俺は好きでもねぇ女に暴力振るわれ続けるほど穏やかじゃねえだろ」

 

 

 頭を抱えた。コイツ、本気だ.........今までコイツから感じた事の無いほど本気。セクハラしようと袖口の広い服に手を潜り込ませ、制裁されたあの頃と何にも変わっては居ないだろうが、下心は一切感じられない。

 人って面白いもんだなぁと、白銀の言葉を聞いて深く感じる。性欲お化けのコイツが[性格面白い]と、見た目以外の部分を褒めたのは意外だったからだ。

 

 

白銀「お前らもバカ女に感謝しろよ?」

 

 

三人「は?」

 

 

白銀「アイツが居なけりゃ、俺は玲皇ん家に二日くらい泊まって、お前ら拉致して飯食った後、現役引退するまでこの国とはおさらばする予定だったんだ」

 

 

三人「.........」

 

 

 海に足を入れるように前へと進む白銀。背中を見るに、嘘は吐いていない。ゴールドシップが居なければ、今頃コイツと喋る事すら無かったと思うと酷くゾッとする。

 静かな空気に促されたように、俺は手に持った酒を煽った。今日は中々、美味しく感じる。

 しかし、おもむろに振り返ってきた白銀の真剣な表情に、またもや嫌な予感がしてしまう。

 

 

白銀「お前はマックちゃんどうすんだよ」

 

 

桜木「ブーーーッ!!!」

 

 

神威「あっぶな!!?」

 

 

 突然の爆弾発言パート2。飲んでいた酒を吹き出してしまう。酒の匂いでダウンする神威にかけそうになるが、何とか回避出来たようだ。運がいいなお前。

 いや、今はそんな事どうでもいい!!俺が聞きたいのは.........!!

 

 

桜木「い、いつからだ.........?」

 

 

白銀「お前が献立表作る時にはもう察した」

 

 

 嘘だろ.........?コイツ、俺が自分の気持ちに気付く前にはもう俺の気持ちに気付いてたのか.........?

 恐る恐る後ろへ振り返る。事実を聞かれ動揺している様を見せたのだ。他の三人がどのような反応を見せているかが気になった。

 

 

三人「.........」ニヤニヤ

 

 

桜木「」

 

 

 頭を抱えた。一番知られては行けないであろうめんどくさい職場の人間に聞かれたのだ。これから先どうなるかなんて考えも付かなかった.........そう、次の発言ですらも

 

 

二人「知ってた」

 

 

桜木「はァ!?」

 

 

沖野「おいおい、俺だけ仲間外れかよ」

 

 

黒津木「俺はお前があの子と噴水で昼飯食ってるのを見た時からそうかなって感じた」

 

 

神威「俺はここに入職した時からお前が好きそうだと一目見て思った」

 

 

桜木「」

 

 

 コイツら揃いも揃って俺より俺の事を理解してやがる.........

 そんなニヨニヨと気持ちの悪い笑顔を見せる奴らにゲンナリとしていると、不意に沖野さんから肩をポンと叩かれた。

 

 

沖野「まぁなんだ。ある意味職場結婚の激しい職業だから、あまり気にするな。ただ節度は守れよ」

 

 

桜木「い、いや!!第一生徒と結婚なんて出来るわきゃないじゃないですか!!古賀さんとの約束三ヶ条だって.........」

 

 

沖野「古賀さんは初担当の子とちゃっかり結婚してるし、あの三ヶ条はその時やられた外堀の埋め方を理解して同じような事にならないようにしたもんだ。つまり暗黙の了解ってこった」

 

 

桜木「.........っ」ゴクリ

 

 

 .........アレ?不味くないですか?それは、暗に僕の逃げ道が仕方ないで塞がれてしまうという結末を予想出来るものなんですが.........?

 いや、良くない。相手は名家の生まれのご令嬢。俺みたいなぽっと出一般市民トレーナーが隣を務まるわけが無い、ふさわしい訳が無い。そうやって慣れた惨めさがにじみ出てきたのを感じながら諦めようとしたんだ。

 

 

桜木「いや!!でも相手はあのメジロマックイーン「あら?」.........」

 

 

マック「私がどうしましたの?」

 

 

桜木「.........」

 

 

 聞こえる筈の無い声が聞こえてきた。幻聴だ。そうに決まっている。それ以外ある筈が無い。そう思ってもそう結論付けれる証拠など無い。なら見てしまえばいい。ハッキリと彼女が居ない空間を見て、何も無いとしてしまえばこれが幻聴だと確定させる事ができるのだ。

 .........そう思い、振り返ってみると、居ないであろうと思っていたマックイーンが、キョトンとした顔で、その場に立っていた。

 

 

 

 

 

  ......To be continued



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マックイーン「花火と決意とこれからも」

 

 

 

 

 

 

ゴルシ「アタシやっぱ帰るわ」

 

 

 これから花火が始まると言う時に、突然。ゴールドシップさんが言いました。その言葉を聞いたこの場にいる全員が振り向き、驚愕していたと思います。

 

 

テイオー「な、なんで!?」

 

 

ゴルシ「いや、なんか寂しくなっちまって」

 

 

マック「さ、寂しいとは.........?」

 

 

ゴルシ「うーん.........上手く言えねーんだけど。やっぱおっちゃん達のどんちゃん騒ぎが居心地良いって言うか、なーんか静かな空気で花火見るの、すっげームズムズすんだよなぁ!」

 

 

 そう頭の後ろに手を回しながら、駅の方角へ視線を送るゴールドシップさん。その姿に釣られて、ようやく楽しめるようになった心も寂しさを思い出しました。

 そしてふと、先程まで心地良い騒がしさを出していたウララさんが静かなことに気がつきました。どうしたのだろうと思うと、モジモジしていた姿から、何かを決心したようにこちらに顔を剥けました。

 

 

ウララ「.........ウララも帰る!!」

 

 

全員「え!?」

 

 

ウララ「トレーナーも寂しいかもしれないもん!!」

 

 

 一番楽しみにしていたと言っても過言ではありませんのに、ウララさんのその決心は既に硬いようでした.........

 行けませんわね、チームのエースは私ですのに.........こういう事は、私が率先して言うべきですが、正直。助けられました。

 

 

マック「.........では、帰りましょうか」

 

 

テイオー「だね♪トレーナー達もボクらがいなくて寂しがってるよ!!」

 

 

ゴルシ「おーっし!!そうと決まれば花火大量に買ってくぞー!!目指せ3万発ゥゥーーーッッ!!!」

 

 

タキオン「急いだ方がいい。次の電車を逃せば、来るのは二時間後だ」

 

 

スペ「ま、待って下さい!!まだ当たり棒がこんなに.........」

 

 

スズカ「帰りましょう?スペちゃん。トレーナーさんが待ってるわ」

 

 

スペ「そんな〜〜〜!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 電車の中を揺られながら、私達チームメンバーは、それぞれ買ってきた花火について盛り上がっていました。

 

 

ウララ「マックイーンちゃんは何を買ったの!!?」

 

 

マック「ええと、実はあまり、こういう類の花火をした事はなくて、店員さんに1番買われている花火はどれか聞いたのです.........」

 

 

 その際、お友達とやるならこれが一番いいと言われました。少しその言葉に不満を感じましたが、理由は何か分かりませんでした。

 ウララさん達はどうやら、お家でよく買っていた花火を持ってきたようです。

 

 

マック「それで、テイオーは何を?」

 

 

テイオー「ふっふーん!花火といえばやっぱ、打ち上げ花火だよね♪見てよこれ!!奮発して1番たっかーいやつ買ったんだから!!!」

 

 

 そう言いながら、テイオーは取り出した巨大な筒を頭の上に乗せました。そういう物もあるのですね.........

 

 

テイオー「ゴルシは何にしたの!!?」

 

 

ゴルシ「蛇花火」

 

 

テイオー「それでどうやって3万発目指そうとしたの.........?」

 

 

 なんだか、夏祭りに行く電車の中より、断然賑やかな気がしてきます。目玉である花火を見ずに帰るのは、かき氷屋さんに申し訳ありませんが、私達にとってはやはり、彼らはかけがいのない存在なのです。

 

 

タキオン「私はこの回転花火が気になってね。聞いたところによると、すごい勢いで回るらしいじゃないか!!」

 

 

ライス「た、タキオンさん。火傷しないようにね.........?」

 

 

タキオン「.........まて、これはそんなに危ない代物なのかい?」

 

 

ブルボン「マスターとそのご友人方に点火させる方針を推奨します。タキオンさんでは失敗し、負傷する確率が2.73倍ほど上昇すると確認できます」

 

 

スペ「見てください!!ニンジン花火です!!」

 

 

スズカ「スペちゃん?食べ物から一旦離れましょ?」

 

 

ウオッカ「なんでオレと同じ奴買ってんだよ!!!」

 

 

ダスカ「アンタがアタシの真似っ子してるんでしょ!!!??」

 

 

 .........少々賑やかすぎるのかもしれません。ですがやはり、その騒がしさに不快感を覚える事はありません。

 この素敵な日常とも言える騒がしさが、いつまでも.........そう、トレーナーさんと彼の親友方のように、ずっと続いてくれたら、それ以上に嬉しい事はありません。

 

 

ゴルシ「んあ?何笑ってんだよマックイーン。まさか!!電車の窓にお笑い芸人でもはりついてたのか!!???」

 

 

マック「どうしてそうなるんですの!!?違います。私はただ、貴方がいつも通り滅茶苦茶で呆れていただけです」

 

 

ゴルシ「ああ!!?仕方ねえだろ!!!自分を騙すと人生楽しくなくなるって爺ちゃんからの教えなんだ!!ウマ娘王にアタシはなる!!!!!」

 

 

 そんな意味不明な事を口走りながら立ち上がるゴールドシップさん。なんだか、調子が戻ってきたみたいです。やはり、彼女はこうでなければ。私の調子が狂ってしまいます。

 賑やかな街の様子を見送り、これから賑やかになっていくであろう未来を想像しながら、私達は楽しく揺られて行きました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「な、成程な.........」

 

 

 持ってきた花火を着々とセッティングしているアイツらを見ながら、浜に腰を下ろし、マックイーンの話を聞いていた。

 

 

マック「トレーナーさん、顔が赤いようですが.........」

 

 

桜木「お酒飲んだからな。アルコールのせいだ」

 

 

 マジマジと首を傾げながら覗き込んでくるマックイーン。そう、お酒のせいだ。断じて彼女が好きで、隣に居るから顔を赤くしてるとかいう子供みたいな理由ではない。俺はもう二十歳だぞ。俺はもう大人なんだぞ!!?

 

 

神威「着火したぞーーー。それぞれ見たいところで見ろよなーーー」

 

 

桜木「ありがとな創ーーー。助かったぜーーー!!」

 

 

 そうアイツに声を掛けると、軽く片手を上げてその声に答えた。

 普段皆頑張ってるからという理由で、神威は着火担当を申し出た。お前も相当頑張ってるだろうに。

 こういう所で気を回せるのに、なんでモテないんだろうなぁ。

 他のメンバーはそれぞれ違う場所で花火を見ている。チーム[スピカ]は沖野さんを中心に見ているが、ゴールドシップだけは白銀と一緒に、一番高い所で花火を見ている。バカと煙はなんとやらとはよく言ったものだ。

 ウララ達は走って寄ってきた神威を労うように歓迎した。気が付けばタキオンも、黒津木の側まで歩いて行っていた。

 

 

マック「そういえば、トレーナーさん方は何を話していらしたんですの?」

 

 

桜木「あー.........今後の目標かな」

 

 

 当たり障りの無い受け答え。歯切れの悪い解答をした自分に苛立ちを覚えながらも、彼女を見て微笑んだ。

 

 

マック「.........ふふ、夜の海で、お酒を片手に目標を語り合ったのですか?」

 

 

桜木「ああ、そうなるな.........」

 

 

 そうなるとは言ったが、俺自身は何も言えてはいない。結局、何を言えば良かったのだろう.........?臆病者の恋心は未だ、発破をかけられても口から出ては来てくれない。

 そんな中、導火線に着いた火が消えるのを確認し、もう一度花火がセットされた方向を見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヒューーー.........ドン!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「まぁ.........!」

 

 

桜木「おー。市販のヤツなんて見た事ないけど、案外バカに出来ないな.........」

 

 

 空に打ち上げられた花火。お祭りで見るようなものとは大きさも規模も違うが、この近さで見るなら十分だ。

 

 

マック「綺麗ですわね.........」

 

 

桜木「ああ.........そうだな」

 

 

 去年もしたであろう会話。規模や大きさは違えど、見える景色に大差はない。不思議と、遜色は無い。

 ふと気になって、隣に居るマックイーンの方を見た。

 

 

 胸を打つ、とは程遠い花火の音が聞こえました。しかし、胸の高鳴りは、あの時と同じように感じます。不思議と、劣化を感じさせません。

 ふと気になって、隣に居るトレーナーさんの方を見ました。

 

 

桜木「!」

 

 

マック「!」

 

 

 花火のほのかな灯りで彩られる彼女の正面。何でも似合う彼女の私服姿も、綺麗に彩られていた。以前と比べて、苦しさは紛れている。変わりに、もどかしさが強く現れる。

 

 

 花火で明るく見えるトレーナーさんの顔。あの時とは違い、同じ目線で彩られました。きゅうきゅうと縛り付けるような痛みも、その時と比べて緩くなったと思います.........変わりに、臆病になったと思います。

 

 

桜木「.........あれから、もう一年か」

 

 

マック「早い物ですわ。気が付けば.........目標まであと一年.........」

 

 

 他愛もない会話だ。苦し紛れに言った、中身も伴わない嘘にも似た言葉。それを返してくれた彼女に、何と礼を言えばいいだろうか.........

 

 

 他愛もない会話です。ですが、大切な物です。彼と私の最初に掲げた目標.........それがあと一年で挑戦する事になる。ここまで来れたのはひとえに彼のお陰です.........

 

 

マック(あれから少しは.........)

 

 

 あれから.........あの夏祭りから、思い返して見れば、たくさんの事が起こりました。少なくとも.........テイオーに指摘され、ある感情の芽生えに気がついたあの日からは、少しだけ.........

 

 

桜木(あの日から少しは.........)

 

 

 あの日から、あの夏祭りから考えれば、すごい成長ぶりだ。隣に居るマックイーン。彼女との差はまだ2/1バ身。けれど、その影は俺の影と交差するように交わる。少なくとも、一人自覚したあの日からは、少しだけ.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ((私(俺)達は歩み寄れたのでしょう(だろう)か.........))

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「.........天皇賞春。頑張ろうな」

 

 

マック「気が早いですわトレーナーさん。まずは神戸新聞杯。そして菊花賞もあります.........ですが、トレーナーさんとなら、何とかなってしまう気もしてきますわ」

 

 

 淡い恋心、なんて言うつもりは毛頭ない。この気持ちは、そんな表現で等身大になるほど、薄い物じゃない。もっと大きくて、苦しくて、辛いものだ。

 けれど、それを表に出しては行けない。俺自身がそれを許さない。それを望みながら、同時に、望んでいない。その思いを 、目標にぶつける。

 それなのに、彼女はその静かな微笑みで俺の心をかき乱す。酒も入っているせいか、頭が酷く混乱する。

 

 

マック「さぁ、戻りましょう?いくら夏でも、夜は身体を冷やしますわ」

 

 

桜木「.........ああ、そうだな」

 

 

 立ち上がって手を伸ばしてくれる彼女の手を、自分の気持ちを誤魔化しながら掴んだ。きっと、彼女も何とも思ってない。

 なら俺も、気持ちを切り替えなくては行けない。いつもの俺ではなく、トレーナーの俺として、彼女を支えて行こう。

 

 

桜木「.........絶対。君を勝たせてみせる」

 

 

マック「.........!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 星空を見上げ、輝く星を見据えながら、彼はそう言いました。その姿はどこか覚悟を決めた様子で、素敵に写りましたが、なぜだが、寂しさを感じました.........

 

 

桜木「.........?」

 

 

マック「トレーナーさん?」

 

 

 しかし、そんな真剣な顔もすぐに霧散しました。トレーナーさんは何かが引っかかっているのか、すぐに思案を始めました。

 

 

マック「どうかなさったのですか.........?」

 

 

桜木「いや、何か忘れてるような.........」

 

 

 .........シュボ.........

 

 

桜木「.........皆ァァァァッッッ!!!!!」

 

 

全員「!!!?????」

 

 

桜木「浜から離れろォォォォォォッッッ!!!!!」ガバァ!

 

 

 突然叫び声を上げたトレーナーさん。驚く暇もなく、彼の腕に引き寄せられ、砂浜に身を伏せられました。何事かと思いましたが、体の上をスレスレで通る物体の熱を感じた瞬間、血の気が引きました。

 

 

桜木「おいッッ!!!誰も近付くなよ!!!あれはもう花火じゃねぇッッ!!!ガンタンクだッッ!!!」

 

 

ブルボン「!!が、ガンタンクはどこですか!!?」

 

 

ライス「ブルボンさん!?」

 

 

沖野「全員とりあえず海の家に避難するぞ!!!バラバラに逃げるんだッッ!!!」

 

 

マック「ど、どういうことですの!!!??」

 

 

白銀「白銀ジョン復活ッッ白銀ジョン復活ッッ」

 

 

三人「言ってる場合かッッ!!!」

 

 

 三方向から同時に、白銀さんからツッコミが入りました。ジョンとは誰なのでしょう?検討も付きませんが、恐らくあの花火に名付けられた名前です。

 

 

桜木「マックイーン!」

 

 

マック「!は、はい!」

 

 

桜木「今からお前を抱いて走る!!」

 

 

マック「?????」

 

 

 彼は今なんと言ったのでしょう?私の耳がおかしくなったのでしょうか?ええ、恐らくそうです。こんな真剣な顔をして、奥手な彼がそんなことを言うはず.........

 

 

桜木「しっかり捕まってくれ!!!」

 

 

マック「えええええぇぇぇぇ!!!!??????」

 

 

 どどど、どういうことですの!!!??そんな、まさか聞き間違いではなかったなんて.........!!そ、それにお姫様抱っこなんて.........!!!!

 

 

マック「ととと、トレーナーさん!!!??私、自分で走れますわ!!!」

 

 

桜木「それじゃあ的が増えて当たる可能性が上がるだろ!!!いつものスピードより遅いかもしれないが、我慢してくれ!!!」

 

 

 さっきからビュンビュンと飛んでくる花火の砲弾。トレーナーさんに当たるスレスレを通っていきます。た、確かに.........いくら早く走れても、当たってしまう可能性がありましたわ.........

 

 

桜木「安心してくれ!!!俺は命がかかってる時なら運はいい方だッッ!!!」

 

 

マック「今命がかかってるんですの!??」

 

 

桜木「当たり前だ!!!お前の身体に何かあってみろ!!!俺は一生、俺を恨む.........ッッ!!!」

 

 

マック「!!!」

 

 

 お酒を飲んで辛いはずなのに、トレーナーさんは早いペースで浜を駆け抜けています。その表情は先程よりも真剣で、必死な事がうかがえました.........こんな顔も出来るのですね、トレーナーさん.........

 そんな彼の表情に見とれていると、横方向から今回の騒動の原因である白銀さんが走って寄ってきました。

 

 

白銀「見たかァ!!!これが白銀花火だァッッ!!!」

 

 

桜木「おい!!!これ後何発入ってんだよ!!!」

 

 

白銀「知らねェ!!!詰め込めるだけ詰め込めろって発注したかんなァッッ!!!」

 

 

桜木「白銀ェェェェッッッ!!!!!」

 

 

白銀「さんをつけろよデコ助野郎ッッ!!!」

 

 

マック「今はAKIRAより走るべきですわ!!!」

 

 

ゴルシ「おーーーい!!!」

 

 

 いつものふざけあいをこんな状況でもやり取りするトレーナーさん達。そこへゴールドシップさんが合流を図ろうとしてきました。

 しかし、その顔はどこか聞き迫った様子でこちらへ向かってきています。

 

 

ゴルシ「白銀ェェェェ!!!伏せろォォォォッッ!!!」

 

 

白銀「バッ!!!オマエの方が危ねェッッ!!!」

 

 

 ゴールドシップさんの忠告通り、白銀さんはその場に伏せようと飛び込む形で伏せようとしましたが、彼はどうやら彼女にも危機が迫っていると視認したようです。彼の虚しい叫び声がビーチに響きわたります。

 あともう少しでゴールドシップさんの頭部に花火が当たるといったところで、一瞬にしてしゃがみ込んだ彼女は、この危機を脱しました。

 

 

マック「ほっ.........?」

 

 

ゴルシ「ドリャァ!!!」バチコーンッ!

 

 

白銀「ズビズバァッッ!!!」

 

 

桜木「雷神拳!!?」

 

 

 飛んできた花火をしゃがみこんで避けたゴールドシップさん。そこから何故かこちらに向かって一回転し、無防備に飛び込んできた白銀さんの顎を跳躍しながらのアッパーカットを叩き込みました。

 

 

ゴルシ「ああ!!?オマエちゃんとアタシの言う事聞いて避けてたのかよ!!!てっきり逆張りして仁王立ちしてたかと思ったぜ!!!」

 

 

桜木「あーーもう!!!とにかくソイツを担いで避難してくれ!!!目的地は海の家だ!!!」

 

 

ゴルシ「分かった!!!!!」ダダダダッ!

 

 

桜木「どこ行くねェん!!!」

 

 

 海の家とは全く逆の方向へ走って行ったゴールドシップさん。それにツッコミを入れるだけで、付き合ってられないと判断したのか、トレーナーさんはそのまま海の家まで目指して走り続けました.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「ふふ、あの時のトレーナーさんの真剣な表情。初めて見ましたわ」

 

 

桜木「.........」

 

 

マック「.........?どうかしましたか?」

 

 

桜木「いや、なんでも」

 

 

 夕焼けも綺麗に空を彩り始めた時間帯。今の話を聞いてて強く感じた事は、マックイーンが完全に俺達に染まってきた事だ。

 やらかしてるんよな。完全に。酒が体を回り切ったせいで曖昧だったけど、今完全に思い出したわ。大人しくなんてしてなかったんだが?

 .........けれどまぁ、彼女が問題ないというのなら、それで良いのだろう。

 

 

マック「そういえばあの後、結局ゴールドシップさん達は朝まで帰ってきませんでしたわ」

 

 

桜木「あー。なんか森の方まで行って、目を覚ました白銀と3万発分の蛇花火やってたらしいぞ」

 

 

マック「ほ、ほんとうのことですの.........?」

 

 

 困惑気味にゴールドシップが寝ている方を見るマックイーン。俺も真実の部分は知らない。聞いたのはゴールドシップではなく、虚言癖気味の白銀に聞いたからだ。因みに告白はまだできていないらしい。

 

 

桜木「っっっ.........くぁぁぁ.........!」

 

 

マック「ふふ、お疲れ様です。トレーナーさん」

 

 

桜木「ああ、久々に夏を満喫できた.........こんなに大勢で楽しんだのは初めてだ」

 

 

 隣で微笑んでいる彼女に釣られて、俺も顔を緩ませた。全く、お酒の力という物は凄いもので、ポジティブにもなれるしネガティブにもなれる。酒の力を借りるという言葉も、今になって理解出来る。確かにあの力は強大だ。

 けれど、ほのかな残り香が少し胸を締付ける。これはちゃんと、あの日自覚した恋心だ。酒の力で膨れ上がった醜いものなんかじゃなく、等身大の気持ちだ。淡くはないが、ドロドロしくも無い。あの日から変わったことと言えば.........

 

 

桜木(.........まぁ、今はまだいいかな)

 

 

 心に少し、余裕が出来たことだ。

 

 

桜木「明日からまた、いつも通りのトレーニングだ。頑張ろうな!マックイーン!」

 

 

マック「ええ!目標に向けて、誠心誠意我が身を鍛え抜いてみせますわ!!」

 

 

 本当に頼もしいものだ。隣でそう息巻く彼女を見ながら、俺はそう思った。これから暫くは、暇なんて出来ないだろうな.........

 

 

爺や「学園に着きました。皆様お疲れ様でございます」

 

 

マック「ありがとうございます。爺や。長時間の運転、お疲れ様です」

 

 

爺や「ありがたきお言葉です、マックイーンお嬢様。桜木様とのご歓談は如何でしたかな?」

 

 

マック「!そ、それは.........!」

 

 

桜木「.........?大丈夫か?」

 

 

マック「え、ええ。なんでもありませんわ」

 

 

 本当だろうか?少しだけほんのりと顔が赤いような気がしたが、その後すぐ顔を逸らされたのでよく分からなかった.........まぁ、大丈夫と言える内は大丈夫だろう。

 

 

桜木「.........さあ、さっさとアイツら起こして、今日は解散だ」

 

 

マック「.........トレーナーさん」

 

 

桜木「ん?どうした?」

 

 

 アイツらを起こそうと思い、通路を通っていると、後ろから声をかけられる。

 .........どうせまた、中学生女子相手にドキドキさせられるんだろうなぁと、心の中で溜息をつきながら、覚悟を決めて振り返った。

 

 

桜木「.........マックイーン?」

 

 

マック「また、行きましょうね。夏合宿」

 

 

桜木「.........ああ、また行こう」

 

 

 たったそれだけ。たったそれだけの会話なのに、彼女の方から次を約束してくれた。それだけが嬉しい。

 全く、こんなことで喜んでいたら、いつまでたっても先には進めないのかも知れないな.........そう思いながら、もう一度。アイツら起こす為に通路を通る。

 

 

桜木(.........ゆっくり、慣れていけばいいか)

 

 

 それでも、こんな事を思えるようになる程度には、成長できた夏合宿だったらしい.........

 夏の夕日に当てられたのとは関係の無い赤さが、顔へと浮かび上がりながら、次の合宿をもう待ち遠しく思ってしまった。

 

 

 

 

 

  ......To be continued

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 後日談

 

 

 

 

 

ウララ「トレーナー!!!」

 

 

桜木「うお、どうしたんだウララ?」

 

 

 ガララッ!と勢いよく開けられた扉。チームルームの扉の開け方はいつからそう義務付けられたのだろう。

 そんなくだらない事を思いながらも、にらめっこを続けていたパソコンを閉じ、入ってきたウララの方へ視線を向ける。

 

 

ウララ「あのねあのね!!これを見てほしいの!!じゃーん!!!」

 

 

桜木「っ、それ、は.........」

 

 

ウララ「テイオーちゃんがね!!余ったのくれたんだー!!トレーナーも持ってるでしょ!!ウララとやろうよ!!デュエル!!!」

 

 

 突き出された手の中にあるのは、もはや見慣れた遊戯王カード。恐らく頑張って構築してきたのだろう。40枚ほど既に束になっている。

 だが、ウララには申し訳ないが、それをする事は今は、出来ない.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クマ『やあ(^^)』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「」ゾワッ

 

 

桜木「わ、悪いウララ.........俺合宿でデッキ無くしちゃってさ.........アハハ.........」

 

 

ウララ「えーーー!!!??そうなのーー!!!??」

 

 

ウララ「うーん.........テイオーちゃんは、デッキはデュエリストの命だから、ちゃんと管理しなきゃ行けないって言ってたよ???」

 

 

桜木「俺リアリストだから.........」

 

 

 申し訳なく思いながらも、ウララにはご退出をお願いした。うぅ、心苦しいぜ.........

 

 

 合宿中、デュエル中のクマとの遭遇で遊戯王をしているとクマの姿が思い浮かぶというトラウマが発生した四人。理事長やたづなさんは、騒がしい種が一つ減ったと喜んでいたが、今回の合宿許可を下ろした通称[ヘルカイザーグリッチ]。彼女の姿も間接的になぜかクマを連想させるため、桜木達は今後の使用を控えるようになり、学園には平和が訪れたという.........

 

 

 

 

 



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マックイーン「あと少しで菊花賞.........!!」

 

 

 

 

 

 

 夏の照りつけるような暑さも終わりを告げ、秋の涼しさが暑さに晒された肌を労わるように優しく包んでくれる。

 現在、トレセン学園のトレーニングコース上で、俺はメジロマックイーンのタイムを測っていた。

 

 

マック「はっ、はっ、はっ、はっ、はっ.........!」

 

 

桜木「3.09.8.........仕上がりは上々か。マックイーン!!少し休憩だ!!」

 

 

マック「!はい、分かりましたわ!!」

 

 

 乾いたタオルを手渡しながら、彼女に指示を出す。様子を見るに、調子は良さそうだ。ゴールを設定したラインの付近にベンチがあり、マックイーンはそこに座った。

 今走ってもらったのは3000m。神戸新聞杯を快走で走破し、少しの休日を挟んだマックイーンの次の目標が菊花賞だ。ジュニア級クラシックの三冠の一つとして数えられる。強敵は多い。

 そして特筆すべきなのは、彼女にとってこれが初めてのGIということだ。けれど、不思議と悪い緊張はしてないように見える。どうやら、以前俺の言った緊張との付き合い方をマスターしたのかもしれない。

 そんなことを思っていると、背後から視界の端にぬっと現れた白衣に袖を通したウマ娘。アグネスタキオンが俺の横に立つ。

 

 

タキオン「調子は良さそうだね、これなら菊花賞も順当だろう」

 

 

桜木「俺もそう言いたいな。マックイーンのトレーナーという責務がなければ、手放しにそう褒められるんだが.........」

 

 

タキオン「そうも言ってられないか、なんせ、クラシック三冠の一つの要だ。三冠自体は狙っていなかろうと、その冠を欲するものは必ずいるだろうからねぇ」

 

 

マック「ふふふ、確かに。以前までの私なら、不安で不安で仕方なかったかと思います.........」

 

 

タキオン「ん?まるで今は違うと言っているふうに聞こえるが.........」

 

 

 そうか.........あの何かあれば、不安そうに困ったように眉を下げていたマックイーンも、成長してるのか.........なんだか、そう思うと目頭が熱くなってくるな.........

 そんな歳の都合で脆くなった涙腺を必死に抑えていると、なにやら置いてあったバッグから自らのスマートフォン(これをウマ娘に言う度に訂正されるが、実の所ウマホンというらしい。違いが全くわからん)を操作し、その画面を自信満々に見せつけてきた。

 

 

タキオン「これは.........?」

 

 

桜木「.........あー、そういう事ね.........」

 

 

マック「ええ!!これは先日行われたビクトリーズの試合です!!三得点無失点の大勝利ですわ!!!」

 

 

マック「この前の試合も!!その前も!!全て勝ってきているのです!!これは私も乗るしかありません.........!!このビッグウェーブに!!!Vの余波に!!!」ブイデスワ!

 

 

 通りでね、調子が良いわけですよ。野球ファンは推し球団が活躍するとすぐ調子が良くなるんだから.........扱いやすいんだか面倒なんだか.........

 そんな呆れにも似た感情を抱いていると、自分の乱れぶりを今更認識したのか、はっ、と気付いたマックイーンは咳払いをひとつした。

 

 

マック「コホン、も、もちろん!それだけではありませんわ。GIレースでは、ウマ娘は特別な衣装を着ることになっているんです」

 

 

タキオン「勝負服、何の因果関係が存在しているのか不明だが、勝負服を着ることで、ウマ娘はその身体能力を飛躍的に増幅させる。まぁ衣装と言うより、着用者の筋力、知力、精神力を上げる.........」

 

 

桜木「餌なのよ」

 

 

「「餌じゃない(ですわ)!!!」」

 

 

 うお、怖い怖い。マックイーンはともかく、タキオンまで怒ってくるとは思わなかったな.........下手なモノマネも気をつけよう。うん。

 

 

桜木「しかし、なるほどなぁ、マックイーンの勝負服かぁ.........」

 

 

マック「な、なんですの.........?」

 

 

 あ、まずい声に出てたのか.........うーん、独り言が激しいとこういう時に痛い目に見るのか.........独り言も直していこう。

 しかし、言ったからには続けなければならない。ここで黙ってしまえばあらぬ誤解を産む可能性がある。もう言うしかないぞ、桜木。

 

 

桜木「えっと.........どうせ俺は似合ってるとしか言えないんだろうなってな.........」

 

 

マック「.........そういうところですわ」

 

 

桜木「あだだだだだッ!?久々の関節攻め.........!!!」

 

 

タキオン「久々だねぇ、この夫婦喧嘩を見るのも」

 

 

「「夫婦じゃない(ではありませんわ)!!!」」

 

 

 うっ、そ、そんなに強く否定されると若干傷付くな.........いや、俺も強く否定しちゃったし、おあいこか.........

 

 

「「はぁ.........」」

 

 

タキオン「君たちは本当、見ていて飽きがこないよ」

 

 

 溜息を重ねながら、マックイーンの勝負服姿を今一度夢想する。うーん、やっぱりいつも着ているような緑を基調としたものだろうか.........?さぞ可愛いんだろうなぁ.........

 

 

桜木「.........」ボーッ...

 

 

マック「.........コホン、そこで妄想しているトレーナーさんは置いておいて、私の調子がいい理由は主にこの二つですが、もう一つ。レースに向けて思う事がありますわ」

 

 

タキオン「ほう?それは一体なんだい?」

 

 

マック「菊花賞。ジュニア級クラシック三冠の一つを担うレースです。そしてそこには必ず、私と同じメジロである、ライアンも出走する筈ですわ」

 

 

タキオン「なるほど.........同門のライバルと言った訳だ。去年の芦毛対決と言い、トレーナーくんと一緒に居ると、データ収集には事欠かなくて助かるよ」

 

 

桜木「いやーそれほどでも」

 

 

 何か知らんが褒められたぞ。中々こんな機会ないからな、大人になると。

 それにしても、ライアン.........メジロライアンが相手になるのか.........

 

 

ライアン『マックイーンの事、お願いしますっ!』

 

 

桜木(.........彼女のお眼鏡に適うかどうかは分からないけど)

 

 

 約束は守っているつもりだ。あの真剣な表情とその目を思い出しながら、今までの行いを振り返ってみる。

 

 

マック『かっとばせーーっ!!!ユ・タ・カッ!』

 

 

マック『トレーナーさん?お米というのは洗剤で洗えば良いのでしょうか?』

 

 

マック『見てください!!新作スイーツですわ!!あの、次の週に頑張りますので、き、許可を頂きたいのですが.........』

 

 

 ごめん、ライアン。俺はマックイーンを大切に育てるどころか、どうやらいつの間にか、パンドラの箱をこじ開けてしまっていたらしい。

 急に頭を抱え始めた俺を、二人は覗き込むように心配してくれたが、ライアンにもしかしたら怒られるかもしれないと思うと、気が気ではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「うーん.........」

 

 

 トレーニングを終えた自宅で一人、唸り声を上げてベッドの上で自分のスマホと睨めっこを続けている。

 

 

白銀「.........なぁ玲皇。行けると思うか?」

 

 

桜木「厳しいだろ。映像で見る限り、まだあのスマッシュに追いつけないと思う。やっぱり展開で勝負した方がいいんじゃないか?」

 

 

白銀「それこそ無理だろ。あっちは同い年でも人生をテニスに捧げてるような頭のイカれた奴だぞ?経験則が物を言う展開力で戦ったら俺泣いちゃう」

 

 

 知るか、勝手にしろ。と思いながら、俺は練習試合の録画を見ている白銀から、もう一度自分のスマホに視線を移す。

 何があったか知らないが、夏合宿から帰ってきていきなりトレーニングを真面目にやりだしたのだ。気でも狂ったのか知らないが、真面目に練習するコイツを見たことなんて無い。

 どうやら、本当に本気で世界一位を取るつもりらしい。

 

 

桜木(相手はお前以上のバケモンだ。せいぜい頑張れよ)

 

 

 心の中でエールを送り、スマートフォンの画面をスライドさせる。何を見ているのかと言うと、小さく質素な王冠を象ったアクセサリーを見回っている。

 応援だけでは物足りない。何か、チーム[スピカ:レグルス]の象徴となるアクセサリーでも全員身につけられないだろうか?という、まぁタマモクロスの時と似たような考えだ。

 

 

桜木(.........お?これなら良いんじゃないか?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 チームルーム

 

 

ウララ「わくわくするね.........!」

 

 

ブルボン「そうですね、ウララさん」

 

 

ライス「ライス達が着るわけじゃないのに.........ドキドキしちゃうね.........!」

 

 

タキオン「楽しみな気持ちは分かるよ。なんせ、あの超名門メジロ家のご令嬢の勝負服だからねぇ。そんじょそこらのウマ娘とはきっと格が違うだろう」

 

 

マック「あの、そんなにハードルを上げられても困りますわ.........」

 

 

 菊花賞まであと一週間を切り、身体と精神の状態を整える時期がやってきました。トレーナーさんに指示されたスイーツ禁も順調に進んでおりますし、なにより、ここ最近のビクトリーズの調子のいい事.........!

 い、いけませんわ、平常心、平常心です.........相手はあのライアン。気を抜けばすぐに抜かれてしまいます。気を引き締めなければ.........!

 

 

桜木「うーっし!今帰還したぞー!!」

 

 

全員「トレーナー(さん)(くん)!!!」

 

 

 綺麗に包装された箱を持って登場したトレーナーさん。その箱の中身は見るまでもなく、私の勝負服だと分かります。

 それを丁寧にテーブルの上に置くと、トレーナーさんはいつも通り、ニカッと笑ってこちらを見ました。

 

 

桜木「さぁマックイーン!!ご希望の勝負服だ。俺は教室出るから、着たら教えてくれ」

 

 

マック「い、今着るんですの!?」

 

 

桜木「当たり前だろ?本番で心が落ち着かなくなったらどうするんだ?服装って言うのは慣れが大事だ。いつ舞台の上で、普段着と違う影響が出るか分からないからな」

 

 

 そう力説しながら、うんうんと頷くトレーナーさん。あの様子では、過去にそれ関連の何かがあったのでしょう.........た、確かに、経験者からのお言葉なら、説得力は強いと思います.........

 

 

マック「わ、分かりましたわ.........」

 

 

 私がそう言うと、トレーナーさんは満足そうにチームルームから退出してかれました.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いやー、楽しみだなー。それにしても、どんな服なんだろうか?やっぱりお嬢様なんだから、優雅なドレス系か?いや、もしかしたら斜め上のスーツ系?うーん.........夢がひろがりんぐってやつだな。

 そんな事を扉の横の壁に背を持たれながら考えていると、扉の方からコンコンと音が聞こえてくる。どうやら着替えが終わったらしい。

 

 

桜木「入っていいか?」

 

 

「どうぞ」

 

 

 一応、確認はとる。何かの間違いでノックしたかもしれないからな。俺はたまに意味もなく理事長室のドアを叩きたくなる。

 聞こえてきた声はマックイーンの声だ。良し、意を決して入るぞ。どうせ似合ってるとしか言えないんだから、しっかり伝えるんだぞ、俺。

 

 

桜木「失礼しま.........す.........」

 

 

マック「ど、どうでしょうか.........?」

 

 

 目の前には、ウララ達に囲まれながら、困ったように笑う勝負服姿のマックイーンが居た。

 正直、度肝を抜かれた。今まで見てきた姿の中で、ダントツで似合っている。黒いアウターの内側に、裾をはみ出るようなフリフリのレース。中のストライプ柄の涼し気なシャツからチラチラと見えるへそ。反則だぞ、こんなの。

 

 

マック「トレーナーさん.........?」

 

 

桜木「かっこいい.........」

 

 

マック「へ!?」

 

 

 くっ.........!はっきり言おう。マックイーンは今まで俺が練りに練ってきたカッコイイ服装ランキングを一枚も二枚も上手だった.........!

 

 

ウララ「マックイーンちゃんいいなー!!ウララも勝負服欲しいー!!」

 

 

桜木「ウララはまず、選抜レースで結果を残そうな。前回は三着だったけど、まだ満足してないだろ?」

 

 

ウララ「うん!!一着とるまでがんばるぞー!!」

 

 

 そんな片手を振り上げるウララの姿に、チームの全員は笑みを浮かべる。速度は遅いが、確かに成長してきているウララ。このまま頑張って行ければ.........来年?いや、再来年にはデビューできるだろう。うん。

 

 

タキオン「.........ところでトレーナーくん?さっきからその手に持っているものはなんだい?」

 

 

桜木「あ、忘れてた。コイツはな.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「アクセサリー.........ですか?」

 

 

 トレーナーさんから渡された包装を綺麗に取ると、中にはキラキラと光る王冠を象った平たいアクセサリーが、静かに入っていました。

 

 

桜木「ああ、[レグルス(小さき王)]って感じだろ?俺はずっとそばにいられないからさ。なにかチームの証みたいなのが欲しいなって」

 

 

マック「トレーナーさん.........」

 

 

 団結。それは、トレーナーさんが最も大切にしていると言っても過言ではない、チームの一つの要素。一人では出来ないを、二人で出来るにする。それがチームの利点だと、神戸新聞杯の際、疑問を呈した私に教えてくださったのです。

 恥ずかしそうに頭を掻きながらも、私がそれを付ける様子を静かに見守る彼と、チームの皆さん。そう見られると、中々恥ずかしいです.........

 

 

マック「.........如何でしょうか?」

 

 

ライス「すごい.........!綺麗だよ!マックイーンさん!」

 

 

ブルボン「マスターの言語センスは難解ですが、装飾センスは素晴らしく思います」

 

 

 ウマ娘の為にカスタマイズされているのか、リボンを着けた耳に掛けるようにすると、特に違和感もなく、その王冠は私の頭の上で小さく存在を誇示し始めました。

 心がなんだか、暖かく感じてきます。胸にほのかな暖かさが、伝わってくるようです。タマモクロスさんも、こんな気持ちだったのでしょうか.........

 一体、彼にいくつのことを教われば良いのでしょう。そんな自分に呆れにも似た嬉しい感情を感じながら、彼を見ていると、何かを思い出したように、トレーナーさんは慌てました。

 

 

桜木「あ!勿論皆の分もあるぞ!!」

 

 

全員「.........」

 

 

桜木「.........え?どうしたのん?」

 

 

 いえ、この人はそういう人でしたわ.........私、一体何を浮かれていたのでしょう?プレゼントは素敵でしたが、これはチームの証。勿論、皆さんの分もちゃんと用意されていて当然.........ですが、やはりため息が溢れてしまいました。

 

 

全員「そういうところ(です)(だよ)」

 

 

桜木「?、!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「何か知らんが怒られちったぞ.........」

 

 

 アイツらのトレーニングを終え、いつもの通り図書室での収穫の得られない調べ物を終えた俺は、一人反省をしながら帰路につこうとしていた。

 

 

桜木「.........また、真面目なウマ娘が一人」

 

 

 遠くに聞こえる強い足音。もしやと思い視線を移してみると、やはり、ウマ娘が真面目に走り込みを行っていた。

 俺はもうミホノブルボンの一件で身に染み染みしたぞ。こういうのはほっといたら倒れるまでトレーニングするのがウマ娘だ。これは止めなければ.........

 

 

桜木「おーい!!あまり無理して根詰めると.........?」

 

 

「あ、すいませーん!!もうやめ.........あ」

 

 

 近くまで近寄って声を掛けてみると、そのウマ娘は見た事のある顔.........いや、そんなレベルの知り合いじゃない。彼女こそ、次の菊花賞でマックイーンと激しいぶつかり合いを見せるであろう、メジロライアンその人であった。

 

 

ライアン「桜木さん!お久しぶりです!」

 

 

桜木「いやいや!こっちこそ!頑張ってるみたいだな、ライアン」

 

 

ライアン「それを言うなら、マックイーンもですよ。私もうかうかしてられませんから!」

 

 

 気持ちよさそうに汗をタオルで拭いながら、ベンチへと座るライアン。これから戦うであろう彼女と過ごすのは、一種の裏切り行為と受け取られかねないが、俺はどうしても、彼女と話をしてみたかった。

 

 

桜木「隣、失礼してもいいか?」

 

 

ライアン「構いませんよ!あ、ちょっと汗臭いかもしれませんけど.........」

 

 

桜木「大丈夫だ。一年もここで過ごせば嫌でも慣れる」

 

 

ライアン「それ、マックイーンに言ったら嫌われますよ?」

 

 

桜木「うぐっ.........またやってしまったか.........」

 

 

 そんな少しダメージを受けた俺を見て、ライアンは笑った。ため息と苦笑いをしながら、彼女が寄せて空けてくれたベンチのスペースに腰を下ろす。

 水分補給をし始めたライアンは、何かに気がついたのか、俺の首元に視線を注いでいた。

 

 

ライアン「.........オシャレですね、それ」

 

 

桜木「お、やっぱり気が付いたか?ウチのチームのシンボルマークだ。今日皆に同じのを渡してきた」

 

 

 そう言いながら、首にネックレスのように着けた王冠のアクセサリーを見せる。派手すぎず、かと言って地味でも無い。普段のファッションにも使える様に見つけてきたアクセサリーだ。

 

 

ライアン「.........ありがとうございます。桜木さん」

 

 

桜木「え?」

 

 

ライアン「私のお願い、聞いてくれて」

 

 

桜木「お願いって.........」

 

 

 そこまで口から出てきて、その内容を察した。どこまで行っても、本当に真っ直ぐな子達だ。見ているこっちも、清々しくなるほどに.........

 果たして、自分にこれだけ真っ直ぐだった時期が今まであっただろうか?仮にあったとして、それはいつまで真っ直ぐだっただろう.........

 

 

桜木「.........君も大概、責任感が強いよな」

 

 

ライアン「あ、あはは.........」

 

 

桜木「.........あと、さっきの最後の踏ん張り、もう少し体の姿勢を上げた方がいい」

 

 

ライアン「!」

 

 

 いつまでもこんな真っ直ぐな目に、この身を晒していたら惨めになる。そうそうに退散するのが精神衛生上の為だろう。そう思って、アドバイスを一言送り、ベンチを立ち上がった。

 

 

ライアン「あの!」

 

 

桜木「.........?」

 

 

ライアン「.........勝ちますから、絶対」

 

 

桜木「.........走んのは俺じゃないから、あんまり言いたくはないんだが.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「負けないぞ、うちのマックイーンは」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ライアン「.........」

 

 

桜木「.........はは」

 

 

 キッと睨みを効かせて威圧をかけるライアン。馴れ合いタイムはもう終わりを告げた。ここからは一人のアスリートとして、全力を尽くしてレースに望むのだろう.........

 それで良い。競技者の心情はなったことがないから分からないが、勝負の世界というのは、そういうものだ。身内だからと言って、いや、身内だからこそ、より厳しくなるのかもしれない。

 俺に.........トレーナーに出来る事はただ一つ。練習を手伝う事だけだ。それだけに全力を注ぎ、あとはもう、見守るしか無いのだ。

 

 

桜木(.........もっとも、それが嫌でこんなのものを思いつくんだがな)

 

 

 自分でも女々しいと思いながらも、少しでも力になりたい。そう思っての行動が、この王冠のアクセサリーに現れた。この王冠が少しでも、彼女達の心を楽に出来れば幸いだ。

 

 

桜木「またなライアン。菊花賞で会おう」

 

 

ライアン「はい!さっきアドバイスしたこと!後悔させてあげますから!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「ということがあってだな」

 

 

マック「.........はぁ、もう何も言いませんわ.........」

 

 

 いつものようにチームルームにて、食後のティータイムを楽しんでいましたが、彼の話を聞いて呆れてしまいました。全く.........本当に敵に塩を送る方が居るとは思いませんでした。

 

 

マック「なぜアドバイスを?ことと次第によっては.........首が360度回りますわよ?」

 

 

桜木「あ、あはは.........いやぁ、ああやって困ってる若者を見ると、おじさん放って置けないんだよね.........」

 

 

マック「.........」

 

 

桜木「ゴメンチャイ」

 

 

 手を合わせて、本当に申し訳なさそうにするトレーナーさん。謝るのなら、最初からしなければ良い話なのです。

 .........ですが、そういうところが彼の良いところです。私も万全を期したライアンとレースがしたかったので、丁度良かったですわ。

 

 

マック(.........もしかして、私は俗に言う、『チョロい』ウマ娘なのでしょうか?)

 

 

 最近また、テイオーにからかわれるのですが、度々そう言われるのです。それは最初こそ心外だと思っていましたが、彼の事を考えると、一概に的を外しているとも思いません.........

 うぅ、これも全部貴方のせいですわ.........!!

 

 

マック「.........」プイ

 

 

桜木「どうした?マックイーン?」

 

 

マック「なんでもありません!!」

 

 

 少々キツく当たってしまいましたが、仕方ありませんわ。トレーナーさんは自分が悪くないと思っているのです。でなければあんな風に顔をのぞきこんできたりするはずありませんわ!!

 そんなこんなで、いつも通りの日常を満喫?していると、不意に扉がガラリと開け放たれました。

 

 

ゴルシ「おいっ!!!おっちゃん居るか!!!」

 

 

桜木「うわぁびっくりした!!?」

 

 

マック「ゴールドシップさん!?も、もう少し静かに入ってこられませんの.........?」

 

 

ゴルシ「無理!!!」

 

 

二人「そう.........」

 

 

ゴルシ「そんなことより見てくれよ!!!ほら!!!アタシのスマブラが鉄拳になっちまった!!!」

 

 

マック「?????」

 

 

 そういいながら、ゴールドシップさんが突き出した手の内にある液晶には、沢山の人が写っていました。確か、合宿でやった覚えがありますが.........それとは違う機械ですわ 。

 

 

桜木「おー。ついに買ったのかDLC。今まで逆になんで買わなかったのか不思議だったが」

 

 

ゴルシ「だってカズヤが居るっておっちゃん言ってたけど絶対嘘だと思ったし」

 

 

桜木「俺も当時はそう思ってたぞ」

 

 

ゴルシ「あとこの6体目のキャラも」

 

 

桜木「ゴールドシップ。それ以上は触れるな。タイムパラドックスが起きるぞ」

 

 

マック「?????」

 

 

 よく分からない事を彼は言いましたが、ゴールドシップさんは何かを理解したように口を塞ぎました。なんですか?私だけ仲間外れにして!!

 

 

マック「私はお邪魔みたいですので、これで失礼しますわ」

 

 

桜木「まぁまぁ!もうちょい見てけよマックイーン!!ゴールドシップがCPUにボコボコにされる姿をさ!」

 

 

ゴルシ「あぁ!?アタシは生まれた時からプロゲーマーになる定めを背負ったウマ娘だぞ!!!こんな奴に負けるなんて有り得ねぇし!!!」

 

 

 そんな事を叫びながら、ゴールドシップさんはいつの間にかセットされた特殊な台座にその機械を入れ、コントローラーを接続しました。

 その後、普段とはまた違う叫び声が、昼休みのチームルーム付近の廊下に木霊しました.........

 

 

 

 

 

  ......To be continued



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ライバル対決。夢に向かって

 

 

 

 

 

 

桜木「.........」

 

 

マック「.........」

 

 

 外の歓声が、控え室であるここにまで響き渡ってきます。あの日から数日が経ち、ついに菊花賞のその日へと来てしまいました。周りには、チームの皆さんが来てくださっています。

 ひしひしと伝わってくる重い空気.........飲み込まれては行けないと思いつつも、その空気が私の体を包み込みます。

 

 

テイオー「マックイーン大丈夫?緊張してるの?」

 

 

マック「ええ.........ですが、いくらか緊張しなくては、張合いがありませんわ」

 

 

 そんな強がりも、明らかにわかってしまうほどに、自分の身体は昂りを感じさせます。冷静にならなければ、そう思えば思うほど、身体はこの人々に熱せられた空気に当てられ、昂りを感じてしまいます.........これが、GIの重さ.........!!

 

 

桜木「.........」

 

 

ゴルシ「なんでおっちゃんがそんな緊張するんだよ」

 

 

桜木「いやー、するでしょ緊張くらい。今格好つけられるほど余裕ないぜ?」

 

 

 壁に背を押し付け、腕を組みながらも、トレーナーさんの纏う雰囲気はピリピリとしています。彼も私と同様に、この空気に当てられた一人なのでしょう.........

 

 

テイオー「えー?そうならない為のこれなんじゃないのー?」

 

 

タキオン「そのはずなんだけどねぇ?」

 

 

二人「うぐっ.........」

 

 

 全員のじとっとした視線が、私達二人に注がれます。うぅ、仕方ありませんわ.........この状況で緊張してしまうのは不可抗力。トレーナーさんの素敵な贈り物を付けていたとしても、決して和らぐものではありません。

 彼が首にかけた王冠も、本来の役割を果たしてはいないようでした。

 

 

ウララ「それにしても、お外すごいねー!!」

 

 

ライス「うん、ずっと声が聞こえてくる.........」

 

 

沖野「まぁ、それだけ大勢の人が、世紀のメジロ対決に目を向けている訳だ」

 

 

マック「.........」

 

 

 そう、このレースにはライアンも居ます。ここで周りの空気を気にしてる場合では無いというのに.........

 そんな事を思い詰めていると、それを察した様に、テイオーがこちらまで歩いてきました。

 

 

テイオー「大丈夫大丈夫!!マックイーンが負けちゃっても!!来年にはきっとボクの三冠で持ち切りだから気にしなくてもいいよ!!」

 

 

マック「な、なんですって〜!!!」

 

 

 にんまりといつもより明るげな笑顔を見せたと思いきや、彼女の口から出てきたのはその言葉でした。こっちは真剣になっているというのに、負ける事を考えるなんてありえませんわ!!

 

 

テイオー「あっはは!!マックイーンが怒った〜!!」

 

 

桜木「お、おい。レース前にあんまはしゃぐなよ?」

 

 

 レースが始まるまで、既に一時間は切りました。いつも通りのチームの騒がしさを取り戻しつつも、私の心はまだ、焦る様な熱を帯びたままでした.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地下バ道

 

 

マック「.........」

 

 

 薄暗い地下バ道の中を、ゆっくりと前を歩くマックイーン。平静を装ってはいるが、明らかに無理をしている。やっぱり、俺のやった事は無駄だったのだろうか.........

 そんな俺の横を元気そうに、勢い良くパッと躍り出たのは、ピンクの髪をしたハルウララだった。

 

 

ウララ「頑張ってね!マックイーンちゃん!!」

 

 

ライス「ら、ライスもいっぱい応援するからね.........!」

 

 

ブルボン「ぜひ、マックイーンさんの走りを参考にさせてください」

 

 

 いつもの三人組の応援が聞こえてくる。それに背中で反応を示してみるも、やはりマックイーンの調子は良くならない。

 どうしたものか.........そんな事を考えていると、次々とチームメンバーが言葉をかけ始める。

 

 

タキオン「おいおい、そんな調子ではライアンくんには勝てないだろう?もう少しリラックスしたまえよ」

 

 

テイオー「そうだよー!!いつものマックイーンらしく、堂々とすればいいじゃん!!」

 

 

スペ「そうだ!!勝ったら何か食べに行きましょうよ!!」

 

 

スズカ「それはスペちゃんが食べたいだけのような.........?」

 

 

ダスカ「頑張りなさいよ!!なんてったって!初めてのGIなんだから!!」

 

 

ウオッカ「そうだぞ!!気合い入れてけよ!!」

 

 

沖野「おいおい、余計緊張しそうなこと言ってどうする.........自然体で行けよ。自然体でな」

 

 

 そうやって沖野さんが声を掛ける頃には、マックイーンもだいぶ落ち着いたようで、深呼吸が少し、この薄暗い中を反響する。

 そんなマックイーンの様子を見守っていると、右腕を少し強く小突かれた。そちらを見ると、沖野さんが肘で俺を押していた。

 

 

沖野(おい、こういう時に何か言うのがいい男のポイントだぞ?)

 

 

桜木(い、いや。別に好かれたい訳じゃ.........)

 

 

沖野「いいから行けって!」バシン!

 

 

桜木「どァら!?」

 

 

マック「!」

 

 

 破裂音にも似た音が辺りに響き渡る。背中を強く叩かれた俺は、日々鍛え上げてきた肉体など頼りにならず、前にたたらを踏むようにマックイーンに対して躍り出た。

 何を言えばいいのだろう?詰まった空気は言葉にならず、ただただ出口へと出ていくだけで、音も鳴らさない。

 

 

桜木「え、えっと。お、終わったらスイーツでも食いに行こうか!!」

 

 

マック「.........」

 

 

桜木「野球!!マックイーンビクトリーズ好きだろ!!?見に行くのもいいかもな!!」

 

 

マック「.........」

 

 

桜木「あはは.........映画とか、息抜きとか.........さ?」

 

 

 反応は、無い。むしろ、どこか寂しさを感じるような佇まいで、俺をじっと見てくる。俺は一体、何をやってるんだ.........

 

 

桜木「.........なぁ、マックイーン」

 

 

マック「はい.........?」

 

 

 ゆっくりと、今度はしっかりとした足取りで、彼女の目の前へと立つ。目線を合わせるように膝をおり、両手をその綺麗な衣装を着た肩の上へと置く。

 もう、着飾る必要なんてない。緊張も、するだけしていい。勝っても負けてもマックイーンだ。負けたら一緒に泣いて、勝てば一緒に笑えばいい。

 最初から、無理に相手を変える事なんかしなくて良かったんだ。俺の思いを、伝えるだけで良い。

 

 

桜木「俺は、ライアンの事は少ししか分からない。頑張り屋な事くらいしかな」

 

 

桜木「けど、マックイーンの事は沢山分かる。君は超超超頑張り屋だ。俺が.........俺達が保証する」

 

 

マック「.........ふふっ、買い被りすぎですわ」

 

 

 ようやく、彼女がいつも通りの笑顔を取り戻した。やれば出来るもんだな、俺も。

 けれど、伝えたい事はそういう事じゃない。マックイーンが全力で、いつも通りのパワーで戦えるようにするのが、トレーナーとしての.........俺としての仕事だ。

 

 

桜木「.........マックイーンなら勝てる」

 

 

マック「!」

 

 

桜木「絶対にな。だから.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「勝ってこい。マックイーン」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一着で.........待ってる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どこかで言ったであろう同じ台詞。俺はボキャブラリーが少ないから、同じ事しか言えない。

 けれど、どこかのいつかとは違い、彼女はあの日から少し、大人びていた。顔を伏せながら背を向ける彼女。どうしたのだろうと重い、手を伸ばしてみると、そのしっぽではたかれてしまった。

 

 

桜木「マックイーン.........?」

 

 

マック「もう.........ずっとその言葉が欲しかったのに、遅いですわ!!」

 

 

 そう言いながら、怒っている様子を見せつけてからターフへ向かうマックイーン。それでも、その後ろ姿は中々に嬉しそうではあった。

 

 

桜木(.........申し訳ないな。遅くなっちまって)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「.........ヒュ〜♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「.........は?」

 

 

 一人寂しさを感じながら、マックイーンの背中を見送っていると、後ろから突然聞こえて来る口笛を真似たような声。それに振り返ると、チーム[スピカ]+アグネスタキオンが声を上げていた。

 

 

沖野「やるじゃねえか桜木!これでお前も三流から卒業だな!」

 

 

タキオン「全く!そんなことが出来るんだったらなんでさっさとやらないんだ!痺れを切らして私は君に格好をつけないと死ぬ薬を打つところだったぞ!!」

 

 

桜木「な.........」

 

 

 ニンマリとした笑みを浮かべる沖野さんと、なんだか少しキレ気味のタキオン。その二人を見てたじろいでいても、猛攻はまだ続く。

 

 

テイオー「サブトレーナーも良いこと言うよね♪」

 

 

ダスカ「そうよねー♪一着で待ってる.........ですってー♪」

 

 

ウオッカ「お、俺はまだ顔が熱いぜ.........」

 

 

桜木「お、お前ら.........」

 

 

 上機嫌に話し始める二人と、暑そうに顔を扇ぐウオッカ。俺は今、危惧している。視線を送る先はウラライスブルボンの三姉妹だ。この三人にバレたら終わる気がする.........

 

 

ゴルシ「つか、おっちゃんマックイーンのこと好き過ぎだろ」

 

 

桜木「おぉぉうぅいいぃぃぃッッ!!!」

 

 

 何を言ってるんだこの面白ぇ(マジモン)女は!!???わざとらしく口を抑えやがってやってる事は白銀と同じなんだよこのっバカ女がァッ!

 ギコギコギコギコ、そんな音が首から聞こえてくる錯覚に陥りながら、視線を危惧していた三人に送ってみる。

 

 

ライス「お、おおお、お兄さま、マックイーンさんのこと.........」シュー...

 

 

ブルボン「なんでしょうか、不思議と胸の辺りが暖かい感触が.........」ポカポカ

 

 

ウララ「トレーナーマックイーンちゃんのこと好きなの!!???」キラキラ

 

 

桜木「こんの野次ウマ娘共がァァァ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全員「...」ニヤニヤ

 

 

桜木「クソ.........酷い目にあったぜ.........」

 

 

 それもまぁ、現在進行形な訳だが。所変わって、現在は菊花賞が行われる京都レース場の観客席。ゴール付近で彼女の姿が見られる特等席だ。

 しかし、今なおほかのメンバーはニヤニヤとした笑いや、暖かい視線、そしてキラキラとした目を俺に向けてくる。色恋沙汰ある所にウマ娘ありと言うのは、一体どこのベテラントレーナーが言ったところだろうか。

 

 

ゴルシ「なぁ知ってるか?リポDって昔タコから作られてたらしいぜ」

 

 

桜木「今要るかそれ!?」

 

 

 観客席の熱など気にしないかと言うように今必要なさそうな雑学を教えてくるゴールドシップ。お前は絶対に許さないぞ。お前の大好きな爺ちゃんをあの世から引きずり出してやるからな。

 ギリギリと歯を軋ませてそのバカを睨んでみるが、効果は一切無い。それどころか、にらめっこと勘違いし始めて舌をベロベロと出てきやがった。

 

 

桜木「上等だテメェッッッ!!!!!」ガッ!

 

 

ゴルシ「なんだァ!!?やる気かァ!!!オラァ!!来いよッ!テメェら全員ッ!みじん切りにしてやるぜェ!!!」グルルッ!

 

 

沖野「おい!!こんなとこで騒ぐな!!出禁になるぞ!!」

 

 

桜木「ぐぬぬ.........!」

 

 

 二人とも怒られたと言うのに、アイツは気にせずに俺に挑発をしてくる。無敵か?コイツ。

 そんなゴールドシップを睨んでいると、その後ろ側の人混みの中にふと、目に止まる人影が見えた。

 

 

桜木「.........」

 

 

 綺麗な黒髪。整った顔立ち。手すりに頬杖をつきながら、しっぽを優雅に揺らしている。ゴールドシップも口を開かなければ、あんな大人のウマ娘の様に綺麗に見えるのだろうなと思っていると、そのウマ娘と視線が合った。

 まずい、なんていえば言い逃れできる?いや、しかし時既に遅いかもしれん。沖野さんは俺の視線に気付いてその方向を見たし、そのウマ娘は一瞬驚いたように目を見開いた後にこちらへとゆっくりと近付いてくる。

 

 

沖野(お前の知り合いか?)

 

 

桜木(いや、ただ目に止まったからじっと見てたら視線が合っちゃって.........)

 

 

沖野(おい!お前はどうしてそうトラブルを起こすんだ!!?)

 

 

桜木(沖野さんに言われたくないっすよ!!さっきもセクハラしかけて俺が慌てて止めたんじゃないっすか!!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その声に戦慄が走る。他の子達は誰だろうと首を傾げるが、俺と沖野さんは冷や汗ダラダラだ。イナバウアーの形で真顔でダラダラと汗だけが地面に落ちていく姿はそんじょそこらのギャグ漫画より面白いだろ。

 どう謝る?どう言い訳する?そんなことをグルグルと頭で考えていると、我関せずのままルービックキューブを組み立てていたゴールドシップが騒ぎに気が付いた。

 

 

ゴルシ「げっ.........母ちゃん.........」

 

 

桜木「.........マジ?」

 

 

ゴル母「マジもマジ。おおマジよ。それにしても.........ほーん.........」ガシッ!

 

 

 ポカーンという言葉が合うように、俺以外の皆は口をあんぐりと開けてゴールドシップの母を見て居る。

 俺はと言うと、沖野さんに襟を掴まれていた所を引き離され、そのゴルシの母にマジマジと見られている。

 

 

ゴルシ「何やってんだよ」

 

 

ゴル母「いや、若ぇなと思って」

 

 

桜木(弱ったぞ。こんな美人にマジマジと見られるなんて思わなかった.........!!)

 

 

 先程とは違う汗がダラダラと地面に垂れて行ってしまう。仕方ないだろう。社会人経験豊富と言っても、こんな美人と接近する機会なんて一度もないぞ。チェリーボーイを舐めるな。

 そんな俺への観察が終わったのか、ジロジロと見ていたのを止めて、ゴールドシップの母はその姿を誇示するように仁王立ちで見せつけた。

 

 

ゴル母「アンタ、名前は?」

 

 

桜木「さ、桜木玲皇と申します.........」

 

 

ゴル母「おーっし、改めて.........アタシはそこの優秀ウマ娘、ゴールドシップの母。超優秀ウマ娘!!キンイ.........」

 

 

ゴルシ「トマトハイッテナイパスタだ」

 

 

トマ?「そうそう、トマトハイッテナイパスタ.........っておい!!違うだろ!!!」

 

 

ゴルシ「ああ!!?違わねえだろ!!?母ちゃんが古墳にスプレーラクガキして近所のクソガキに擦り付けたの反省してねえから、爺ちゃんからの罰で改名したんじゃねえか!!!」

 

 

 とんでもねえ母親じゃねえか。見た目のルックスに騙されちゃいけねえって目の前にお手本が居たのに、なんでそれに気が付かなかった?

 そのお手本の母親がまともなはずが無い。俺は今日抱いた幻想を打ち壊された。割と好みに近いルックスだったのに。

 

 

トマト「.........チッ、可愛くねえガキだぜ」

 

 

ゴルシ「母ちゃんに似たんだぜ。それにしても珍しいじゃん。レースなんて見に来る柄じゃ無いだろ」

 

 

トマト「いやー。なんかさぁ?菊花賞位は見に来た方がいいかと思ってよぉ。なんてったって三冠だろ?アタシ結構ドラマ好きなんだよ」

 

 

 目の前の残念美人は先程遠目で見た時と同じように手すりに肘を乗せ、頬杖を付く。ゴールドシップと同じく、不思議な雰囲気のあるウマ娘だ。

 

 

トマト「アンタらはチームメイトの応援かぁ?ご苦労なこったな〜」

 

 

桜木「え、ええ。うちのチームのエースの晴れ舞台なんでね」

 

 

トマト「ほぉーん、どこのどいつか知らないけど、応援くらいはしてやろっかなぁ?」

 

 

桜木「ええ、ぜひうちのマックイーンをお願いします」

 

 

トマト「.........お、始まるみたいだぜ?」

 

 

 心無しか、少し不機嫌そうな顔をするトマトさん(でいいのかな?)。ファンファーレの音が会場に鳴り響き始めた。タマモクロスの時もそうだったが、この重さに慣れる事は無さそうだ。

 

 

桜木「っ.........」

 

 

 走るのはマックイーンだ。俺が緊張してどうする?観客はただただ行く末を見守るだけ。ここに立ったなら、俺はもうレースに何も干渉する事は出来ない。

 それでも、と。そう思いながらも俺は首に掛けた王冠のアクセサリーに手を伸ばし、それを手の内に握り締めた。

 

 

桜木(大丈夫。あの子はもう、心配しなくていいくらいに強くなった。あとはもう、祈るだけだ.........)

 

 

 祈るだけ。何に祈るかすらも分からないまま、会場に響き渡る歓声と、聞こえてくる実況の声を背後にし、俺はただただ、彼女の全力を見守ろうと決意した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック(.........どうしたことでしょう)

 

 

 困りました。ええ、本当に困ってしまいましたわ.........トレーナーさんに、あの言葉を掛けられてから、ずっと体の調子が良いみたいです.........

 行けませんわ。浮かれていては、ライアンに勝てません。ですが、この身体の落ち着きに反して高まる気分の高揚は.........

 

 

マック(いつの間にか、手綱を握られていたのですね、私は.........)

 

 

 嫌な気分はしません。彼になら、それをされても、特段不満はありませんわ。そう思いながらもやはり、彼に対しての信用がありすぎると言いますか、心を開きすぎている気もしてきます。

 大事なレースの前。しかも、GIであり、三冠の一つとしても数えられる菊花賞です。心を引き締めなければなりません.........

 

 

マック「.........ふふ」

 

 

隣(この子、笑ってる.........?)

 

 

 ゆっくりと手を合わせ、こぼれてしまった笑みにすら気を回すこと無く、私はただ、明確になった祈る対象。今まではただレースに集中する為の行為が、この右耳に掛けられた王冠に注がれます。

 いつの間にか、信じる物がこの王冠になってしまいました。チームの証というのは、あるだけで役に立つものなのですね.........!

 

 

マック(さぁ、勝負です.........!ライアン!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

実況「各バ一斉にスタートを切りました!!」

 

 

桜木「よし!スタートは完璧だ!!」

 

 

テイオー「コースも内側を付いてるよ!!」

 

 

 ゲートが開き、入り乱れる様に走り行くウマ娘達。その中を我関せずと言ったように一人、内側を着いて走るメジロマックイーン。

 彼女の王道を作り出す先行策だが、現在7番手と、少しバ群に飲まれそうな展開も予想されるが、それも想定済みで訓練を積んである。隙間と自身の体格差を瞬時に見極めて走り抜ける練習を、この日の為に仕上げてきたのだ。

 

 

桜木(けど.........)

 

 

沖野「ライアンは、その二つ後ろか.........!」

 

 

ウオッカ「あっちも中々いい位置付けてんじゃねえか.........!!」

 

 

 一人のウマ娘を挟み、ライアンは9番手でこのレースの行く末を見守っている。データで見る限り、彼女は差しを得意としているウマ娘だ。あの位置は絶好のポイントだと言っても過言ではない.........!

 

 

実況「さぁ一周目のホームストレッチに入って行きます!!」

 

 

ウララ「頑張れーーー!!!マックイーンちゃーーーん!!!」

 

 

ライス「頑張ってーーー!マックイーンさーーーん!」

 

 

桜木(5から6番手に付けてる.........!!それにフォームも自然体でスタミナ消費状況も良いはずだ.........ラストスパート。ライアン次第だが何とかなりそうだぞ.........!!)

 

 

 最初のコーナーをカーブし、ウマ娘全員の走る姿が一番近くに見えてくる。マックイーンが絶好調なのは巨大スクリーンに映し出される姿でも分かったが、肉眼で見れば恐ろしいほどにその好調が伝わってくる。

 

 

トマト「気張ってけー」

 

 

ゴルシ「母ちゃんもっと応援に腰を入れろよっっ!!!」

 

 

トマト「気合い入れろー」

 

 

スズカ「さっきと何も変わってないような.........」

 

 

 やる気のなさそうな応援が隣から聞こえてくる。トマトさんは頬杖を止め、その顎を手すりに乗せ、やる気なくマックイーンの応援していた。

 

 

実況「2番メジロマックイーン!!絶好の手応え!!」

 

 

実況「おおっと外からメジロライアンがいい感じで上がって来て参っています!!」

 

 

スペ「ああ!!あの位置はマズイです!!」

 

 

沖野「ああ、絶好の差し込みポイントだ.........!!」

 

 

桜木「ぐっ.........!」

 

 

 やはり、彼女も勝ちに来ているという事だ。未だ先頭集団に属しているマックイーンと、後方集団の先頭を走るライアン。順位は今見れば優勢だが、位置はどうだろう?

 マックイーンは先行で内側を通る展開でスタミナ消費を抑え、最後の直線で引き抜こうとしている。打って変わってライアンは、外めに着く差し走行でストレス無く集団を追い抜こうとしている。

 

 

ブルボン「現状、マックイーンさんの勝率は高いとは言い難いです.........」

 

 

ダスカ「そ、そんな.........!!???」

 

 

タキオン「さて、この内弁慶が吉と出るか凶と出るか.........」

 

 

桜木「マックイーン.........!!!」

 

 

実況「いよいよ菊花賞の正念場!!菊花賞の第3コーナーの坂でありますが!!メジロライアン!!ちょっとずつ差を詰めていきます!!」

 

 

 首に掛けた王冠に、自然と手が伸びる。頼む。俺達に、マックイーンに力を貸してほしい。そんな縋るような思いで、王冠の質素に輝く美しい光に手を伸ばし、握り締める。

 第3コーナーを曲がり終え、その姿を見せようとした瞬間。その王冠の輝きが、大きく煌めいたのを感じたのと同時に.........時間がまた、止まり、現実を俺に知らしめようとゆっくりと加速付けさせてきた。

 

 

桜木「ッッ!!!先頭だっ!!!マックイーンの前にもう誰も居ないッッ!!!」

 

 

実況「メジロマックイーンが先頭に立ちました!!!ホワイトオーシャンも真ん中から抜けて参りました!!!」

 

 

全員「行けェェェェッッッ!!!!!」

 

 

 風を感じる。どこまでも広がる様なターフに吹くような心地の良い風を、心は風通しを良くするように窓を開けた。彼女の強く走る姿に、優雅さを映し出すようなビジョンを思い浮かべながらも、その走る様子を。俺はただ、この王冠と共に見守り続けた。

 

 

実況「メジロ両バの争いか!!?その一角を崩したかホワイトオーシャン!!!」

 

 

実況「ホワイトオーシャン崩した二番手に上がって参りました!!!マックイーン先頭だ!!!!!」

 

 

 この日。あの日彼女に見た何かを、俺は改めて認識した。間違いでは無かった。あの選抜レースで7着に沈んだ彼女に、何かを感じた俺は、正しかったのだと。

 同時に、彼女の隣で、彼女が夢を叶えるであろう舞台の隣で、同じ様に呼吸をしていたいと、この、いつかの日に捨てかけた特等席に座りながら、そう強く願った.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マックイーンだマックイーンだ!!!メジロでも、マックイーンの方だーーー!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

テイオー「.........凄い」

 

 

 自然と、ボクの口から溢れ出たのはそんなありふれた言葉だった。けれど、この気持ちはそんな簡単に現れる程単純じゃない事は、ボク自身が分かってた。

 マックイーンが.........菊花賞を勝った。初めて挑むGIで、ボクより先に、この大舞台で一着を取っちゃったんだ。それが何よりも誇らしいし、羨ましかった。

 

 

テイオー「来年はボクも.........この舞台で.........!!」

 

 

沖野「.........ああ!!お前も、ここで走るんだ!!テイオー!!」

 

 

 そう、隣でキラキラとした目をしたトレーナーが、ボクにその目を向けて言ってくれた。

 なんだか嬉しく思っちゃったけど、それがなんか恥ずかしくなって、走り終えたマックイーンの居るターフに目を向けたんだ。

 観客に手を振って、その声に答える姿を見せた後、ライバルとして戦ったライアンに握手をしたマックイーン。

 

 

桜木「.........来年にはもう、世紀の対決は過去の事にされちまうんだろうな」

 

 

テイオー「そうだよ!!来年にはボクが無敗の三冠バとして君臨しちゃうんだからね♪」

 

 

 ボクの目標。それは、シンボリルドルフ会長と同じ様に、無敗の三冠バになる事。そうなる事だけを願って、ボクはトレセン学園に来たんだ。

 けど.........今はそれと同じ位に、ううん。それ以上に、やりたい事を見つけてしまったんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 (ボクは、マックイーンとも戦いたい.........!!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 奥の方に居る、サブトレーナー。桜木トレーナーの方を見つめる。トレーナーだけど、トレーナーっぽくない人と言えば良いのかな?そんな人が、あの走り方を作り上げたと思ったら、凄く興味が湧いてきた。

 一体、今のマックイーンと一緒に走ったら、どうなっちゃうんだろう?って.........

 

 

桜木「それにしても、来年は大忙しっすね」

 

 

タキオン「そうだねぇ。マックイーン君は天皇賞春。テイオー君は三冠。ライス君とブルボン君はデビュー。暇じゃなさそうだ」

 

 

ダスカ「えー!?ちょっと!!タキオンさんはー!?」

 

 

桜木「い、いや。ちょろ〜っとまだ様子見が良いかな〜.........?なーんて.........」

 

 

ダスカ「もーー!!!アタシはタキオンさんの走りが見たいのにーーー!!!!」ブンブン!!!

 

 

桜木「分かった分かった!!!絶対再来年にはデビューさせるから首引っ掴みジェットコースターは止めてくれ!!!!!苦しい〜〜〜!!!!?????」

 

 

ゴルシ「母ちゃんライブは見てくのか?」

 

 

トマト「見ねぇ。大体昔から思ったけどなんで走ったら踊るんだ?観客が踊るべきだろ。競走バを讃えろ」

 

 

沖野「いやいや、走った後の踊りもウマ娘達が楽しむ為に始めた事ですから.........」

 

 

桜木「これが恋.........?」

 

 

ダスカ「はっ倒すわよ」

 

 

トマト「お、皇輝着いたらしいから帰るわ。頑張れよ我が娘」

 

 

ゴルシ「父ちゃんによろしくなトマトハイッテナイパスタ」

 

 

トマト「ファッキン」

 

 

ゴルシ「ファッキンガード」

 

 

ブルボン「うっ、流れ弾が」

 

 

全員「ブルボン(さん)!!?」

 

 

ブルボン「.........サイボーグジョークです」

 

 

 普段、あまり騒ぎに入って来ないようなブルボンが混ざってきてびっくりしちゃったけど、みんな面白くてすんごく笑ってたん。

 こんなに楽しく過ぎてく日常を感じながら、もう一度、みんなが走り終えたレース場を見ていると、メラメラとボクの闘志が燃えたぎる様に勢いをまして、三冠バになる決意を、また新たに胸に刻み込んだ。

 

 

 

 

 

  ......To be continued



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ウララとチャンバラごっこしていたら、いつの間にかガチで身の危険を感じた話

 

 

 

 

 

 秋の風がようやく吹き始め、年の暮れも感じてきた時期。菊花賞も制し、晴れて重賞を勝ち取ったトレーナーとして一躍名を挙げた俺であったが.........

 

 

桜木「.........っ」ゴクリ...

 

 

 ゆっくりと息を飲む音が、静かな教室。アグネスタキオンの根城。理科実験室に木霊する。体全身に感じる気配は正に殺気そのものであり、身を縮み上がらせながら机の下に隠れていた。

 

 

桜木(クソっ、コイツが本当にタキオンの言う超即効性筋力ウマ娘化薬かどうか判別が効かねェッ!けどここでたたら踏んでたらそれこそ.........)

 

 

「桜木さーん♪居るのは分かってるんですよ?」

 

 

 迷ってる暇は無い。噂によれば、この声を発している栗毛の怪物であるグラスワンダーはみみぴとによる盗み聞きが得意らしい。

 あぁ、今更ながら、なんでこんな事になってしまったのだろう.........?そう。あれは確か、数日前の昼休みの出来事であった.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ウララ「頼もー!!!」

 

 

 ガララッ!もうそんな音が染み付いたうちのチームルームの扉。バンッとその身を大きく見せるのはうちのチームの癒し役。ハルウララが仁王立ちしていた。

 

 

桜木「おー。どうしたウララ。外に遊びに行ったんじゃないのか?」

 

 

ウララ「うん!!!実はね!!面白そうな遊びを教えて貰ったの!!ねぇトレーナー!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「チャンバラごっこって知ってる!!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その言葉を聞いた時。俺は心がワクワクした。久々に聞いたその単語はどうやら、俺を大人としてではなく、かつて子供の頃だった時と同じ様に扱われる言葉遣いだった。つまり、誘われている。

 

 

桜木「.........丁度いいぞ。玩具なら、沢山あるからな」

 

 

ウララ「ほんと!!?」

 

 

桜木「ああ!明日持ってくるから遊ぼうな!!ウララ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ウララ「くっ!父上の仇ー!!!」ワー!

 

 

桜木「ククク.........どうしたハルウララ丸ッッ!!!貴様のニッポー流忍術はその程度かァ!!!」カキンカキン!

 

 

 逆手に持った玩具の刀で、忙しなく振り回されるウララの刀を軽くあしらう。その様子を呆れたように見るマックイーン。羨ましそうに見るライスとブルボン。

 この遊びを始めた当初はまるで我が子を見る優しい目をしていたマックイーンも、三回目となればもう呆れてくる。ここで仮眠を取っていたタキオンももれなくそんなことは出来なくなり、体調を崩して授業を休んでいる。

 

 

桜木(.........あ、やっべ〜.........今日会議あるのすっかり忘れてたぞ)

 

 

 いっけねぇ。これじゃ魔封波の時に札忘れちまうどこぞのサイヤ人じゃねえか。けど、ウララはこういう熱中してる時に中断されると、ちょっと調子崩しちゃうからなぁ.........

 そんな事を考えていると、ウララの猛攻に押し切られてしまい、窓際まで追い詰められてしまう。しめた。これはチャンスだ。そう思い、以前イタズラ用に買っていた煙幕を机から取り出した。

 

 

桜木「くぅっ!中々やるな.........だが、俺はここで死ぬ訳には行かんのだ.........どろんッッ!!!」ボフン!

 

 

ウララ「あー!!!逃げたー!!!」

 

 

 そんなウララの声を遠くに聴きながら、上履きのまま外へと脱出を図ったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これがそもそもの間違いだった事に気付かずに.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「ふぃー。今日は短縮授業で器具点検の日だからトレーニング無し。久々にアイツらと.........いぃッッ!!!??」

 

 

 廊下を歩いていると、横から一瞬にして現れる一本の棒。それは壁に当たると、上下にその棒の柔らかさを知らしめるビヨヨンと動く。

 しかし、それには見覚えがあった。そう。俺がウララに使いたい武器を聞いた時に見せた玩具のうちの一つ。弓矢のものの一本であった。

 恐る恐る、換気のために開けている廊下の窓の外に視線を送ると、木の上に座りながらこちらの様子を伺う短髪芦毛のウマ娘が居た。

 

 

「あちゃー。外しちゃったかー」

 

 

 その声を聞いた瞬間。俺はすぐさま前方向にステップを踏み、回避行動をとりながら後ろへと振り向いた。あんな遠さで声がこちらまで届ける必要なんて無い。端っからあれは当てるつもりなどなく、ブラフだったのだ。

 そして、その予想は怖いほどに的中した。

 

 

ウララ「あー!!!セイちゃんおっしー!!あともうちょっとだったのにー!!!」

 

 

桜木「う、ウララ!!?な、なんの真似だ.........?」

 

 

ウララ「もう!!違うよ!!ハルウララ丸だよ!!トレーナー.........じゃなくて、悪の使者!邪郎丸!!」

 

 

 後ろを振り向くと、突撃する気マンマンだったウララが居た。どうやら、まだまだお遊びは続いているらしい。だが妙だ。いつもタイマン勝負で、順番にライスとブルボンと交代交代で遊んでいたのに、今更になってなぜ俺一人を.........?

 そう思っていると、ウララの口から出てきた言葉に酷く納得した。

 

 

ウララ「わたし見たんだー!!邪郎丸が仲間を集めて何か言ってたの!!たぶんウララを倒すために、いっぱい人を集めたんだ!!」

 

 

桜木(今日の会議の事ガッツリ勘違いしてらっしゃるーーー!!!!!)

 

 

桜木「あのウララさん?違うんですよ。あれはトレーナー報告会っていう定例のー」ヒュン!

 

 

 今度は背後から頬を掠める様に何かが飛んできた。咄嗟に顔を逸らして避けてみると、少し先の地面で柔らかい玩具ナイフが地面に落ちた。

 

 

「あら、意外と反射神経がよろしいのね」

 

 

ウララ「キングちゃん!!!」

 

 

桜木「次から次へとまぁ.........ご苦労なこって.........」

 

 

 ウララから目を離すことは出来ない。何故なら隙を見て突っ込んでくるからだ。この子。案外ヒートアップすると加減を忘れる。

 このキングちゃんと呼ばれた子にも注目をせざるを得ない。先程の投げナイフ。腕は超一流だ。

 そしていちばん厄介なのが、今もあの木の上で弓を引き続けるセイちゃんと呼ばれた子。その気になれば、俺にあの矢を当てるのも簡単だったろうに.........

 

 

キング「さぁ観念なさい。ウララさんを寄って集ってイジメようとした愚か者に、裁きの千本ナイフを下すわ!!」

 

 

桜木「くっ!!何か誤解してないか!!あれはトレーナー定例会議であって!!悪の秘密結社なんかじゃ.........チィッッ!!!」カキン!

 

 

 注意をしていたセイちゃんと呼ばれた子から早速弓矢が引かれた。間違えて持ってきてしまっていた玩具刀を鞘から息抜き、下から上へと切り上げる事で難を逃れる。

 それを開戦の合図と判断を下したのか、ウララは突撃してきて、キングちゃんと呼ばれた子は更にナイフを取り出した。

 

 

ウララ「邪郎丸覚悟ー!!!」

 

 

キング「逃げ場なんて無くてよ!!!」

 

 

桜木「けっ!だったら作りゃ良い話だろうが.........よぉッッ!!!」

 

 

 上に弾いた矢を落ちてきたタイミングで掴み、キングの方へと投げる。想定していなかったのか、目を丸くしたキングはそれに当たらないようその場からぎこちないステップ避ける。

 突撃してくるウララの玩具刀を、玩具刀で下から受止め、絡めるようにして弾き飛ばし、その隙に横から逃走を図ったのだった.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこから隠れながらもチームルームへと戻り、武器という武器を全て押収した後、狙撃されない様に階段を昇った咲の廊下で充満するプレッシャーに押し負けてしまいここに居るということだ。

 

 

グラス「桜木トレーナーさ〜ん?そろそろ出てきてくれないと、手加減してあげませんよ?」

 

 

桜木(よく言うぜ。俺がスペの名前を呼び間違えるのを良い気してない癖しやがって.........)

 

 

 事実、一度その類の忠告を紙で受けた覚えがある。スペと親しくしている友人の一人で俺にあんな殺気を当てられるなら十中八九本人だろう。

 

 

桜木(飲むべきか、飲まないべきか.........)

 

 

グラス「今から3つ.........数えますね?」

 

 

桜木(クッソ!!頼むぞ玲皇ちゃんの引き運!!!ここで危険度最高レベル要保管の嫌われ薬を引いたら本当に滅多刺しにされちまうからなッッ!!!)

 

 

グラス「ひとーつ.........」

 

 

 怪しげなドクロが脅しのように表記されているビンの蓋を、不器用ながらも急いで開ける。今は薬による副作用なんかより、廊下から溢れ出る殺気の方が恐ろしい。

 

 

「ふたーつ.........」

 

 

桜木「.........ゴクンっ!」

 

 

 喉を通った瞬間に接触面から成分が入っていくのか、効果は直ぐに現れ始めた。身体に迸る熱を逃がすように机の下から飛び出し、実験室出口の扉の前までわずかな時間で到達する。

 

 

グラス「みーっ「ドゴォアッッ!!!」.........つ♪」

 

 

桜木「おいッ!!明らかに数え終わる前に姿見せただろ!!」

 

 

 手で空ける時間がもったいないと蹴りつけてまで出てきたのに、これでは全く意味が無い。目の前の栗毛のウマ娘は悪びれる様子も無く、その両手に先端に刀を括り付けた棒。即席の薙刀を手に持ちながら穏やかに笑っている。

 

 

グラス「私も最初はそう思ったんですけど.........その様子なら、手加減して負ける可能性があるので♪」

 

 

桜木「.........けっ、こんな事なら。薬は飲むべきじゃなかったな.........!」

 

 

グラス「どうしたんです?その頭の上に生えた耳とおしりのしっぽ」

 

 

桜木「んなもん、アグネスタキオン特製のお薬の副作用に決まってんだろ。ちなみに聞くけど、俺ご所望の手心は?」

 

 

グラス「真心込めて打ち込むことなら出来るんですけど.........」

 

 

桜木「OK。聞いた俺がバカだった」

 

 

 背中に背負った荷物の中から、一本の玩具刀を引き抜き、鞘を廊下に乱雑に投げ捨てる。

 その様子を見て、彼女もその両手に持っていただけの薙刀を握り締め、その瞳に青白い炎を宿した。

 

 

桜木(ヘル化.........しやがった.........!)

 

 

グラス「桜木さん?一つ、お願いがあります」

 

 

桜木「.........聞くだけ聞くぞ」

 

 

グラス「私が勝ったら.........スペちゃんの名前。もう間違えないでください」

 

 

 勝ってもそうしよう。俺はすぐにそう思った。このプレッシャーは耐えられない。タキオンのまとめたヘル化レポートに記載されていた事。それはどんなくだらない勝負も精神的ダメージが入る程に空間を歪める力を発揮するらしい。

 普通なら鼻で笑うところだが、恐ろしい事に実体験は済ませている。原理を簡単に説明すると、ウマ娘がレース中に一瞬だけ生み出す本気の瞬間を常に引き出している状態らしい。

 それを、アグネスタキオンの薬なしに引き出してくる目の前の存在に対処する方法は一つ。ひとまず真面目に付き合う事だ。

 

 

グラス「では、行かせていただきます」

 

 

桜木「うおっ.........!?」

 

 

 薙刀の強みであるリーチを生かし、素早く的確な突きを繰り出される。それは正に見事としか言い様がない突き方で、有効打と無効打を散りばめてくる。

 無効打を避けると有効打が避けた先の硬直に重ねられる。それを玩具刀で弾くと次に来る無効打を、先程より大袈裟に避ける羽目になる。

 こんなことをして居たら埒が明かない。そう思った俺は、突き出された薙刀を弾き上げ、薙刀の届かない位置まで下がった。

 

 

桜木「クソッタレが!誰だよ薙刀は女の武器っつった奴ァ!出てこいよォッ!ぶっ〇してやるよ俺がァッッ!!!」

 

 

グラス「凄いです桜木さん♪まだまだ元気ですね♪」

 

 

 この栗毛モンスターめ.........!こちとら生身のヒューマンだぞ!!!まぁ半分人外化してるのは、さっきから敏感に反応する頭の上の何かが物語っているのも事実だが。

 とにかく、この状況を打破するべく、持ち方を逆手に変え、塚の端っこをもう片方の手で添えるように持って前へと突っ込む。

 

 

グラス「あら?」

 

 

桜木「取ったァ!!」

 

 

 突いてきた薙刀を最小限の動きで横に逸らし、最大威力で迎え撃つためにその勢いで飛び上がり、落下と体のひねりによる回転エネルギーを合わせてぶつけようと思ったが.........

 

 

 バキャッ!

 

 

桜木「いぃッッ!!???」

 

 

グラス「ふふ、捕まえましたよ♪」

 

 

 気付けばその刀をパシリと掴まれ、へし折られた。そして体を引き寄せられる。あれ?さっきまであなたの手元にあった薙刀は?と思うと、すぐ側にほっぽり出されてた。

 普通、土壇場で武器を捨てる戦士はそう居ない。この状況でそれをしたという事は、このグラスワンダーという少女。いや、少女の皮を被った戦士は世が世なら戦う者として大成していただろう。

 

 

グラス「投げますね。桜木さん!」

 

 

桜木「ウッソでしょ!!?」

 

 

グラス「アニメじゃないですよ?」

 

 

桜木「それはジュドーーー!!!??」

 

 

 さすがはウマ娘。成人男性+‪αの重さなど軽いと言うようにポイッと投げ捨てやがる。最近ブルボンとやるようなやり取りまでしてくる。アメリカ育ち日本文化好きは伊達では無い。ガンダムなんて履修済みのようなものだろう。知らんけど。

 

 

桜木「あっぶ.........!?」

 

 

グラス「ッッ!!!」

 

 

 何とかギリギリ空中制御に成功し、ふらつきながらも地面に着地するが、グラスの方を向こうとすると荷物から余った玩具刀を引き抜かれ、そのままズバッと.........鮮血の舞うイメージを脳に染み込ませるレベルの睨みを効かせて、プラスチック製の刃が上から下へと切り伏せられた。

 

 

グラス「.........私の勝ち。ですね?」

 

 

桜木「参った。俺のプライドズタズタにされちゃったよ.........」

 

 

 先の迫力のせいで尻もちをつき、そのままの状態で両手を挙げて許しを乞う。グラスワンダーは目に宿るヘル化の炎は鎮火され、超戦士から普通のウマ娘へと雰囲気を戻した。

 乗せる役者が乗せられる。つまり、演技の技量で負けたという事だ。初めての経験だったが、プライドが傷付いた以上に、楽しかった。

 

 

グラス「やっぱり、ヒーローショーの時から凄い人だと思ったんです。手合わせ出来て光栄でした」

 

 

桜木「そりゃどうも.........」

 

 

グラス「つぎの公演も楽しみにしてますね?」

 

 

桜木「もうしないから.........」

 

 

 まぁ理事長の気まぐれにもよるが、もうそんなことも起きないだろう。いや、俺が起きさせない。そんな決意を固めた。

 目の前に立ふさがるグラスワンダーは、その手に何故か長いロープを持っている。その姿に気を取られて、俺は気が付くことが出来なかった。暗躍する二つの影に.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「oh!!グラスデース!!」

 

 

グラス「ほら、きりきり歩いて下さい」

 

 

桜木「くぅ.........!ここまでされるとは.........!」

 

 

スペ「えー!?サブトレーナーさん捕まっちゃったんですかー!?私もこの玩具使いたかったのにー!」

 

 

桜木「悪いなサラm「桜木さん?」.........スペ」

 

 

スペ「?はい、スペシャルウィークです.........?」

 

 

 体をロープで縛られながら、階段を降りていくと、ウララの友達が全員集まっていた。何故か鎖鎌をチョイスしたスペの名前をいつも通りわざと間違えかけると、背中で手綱を持つようにロープを手に握るグラスワンダーにヘル化の殺気を当てられた。その技術を頼むから会長に教えてやってくれ。

 

 

「うぅ、エルも桜木さんとヒーローごっこ。したかったデース.........」

 

 

 仮面をつけたエルというウマ娘は残念そうに嘆いた。その手には何も持っていないが、まさか徒手空拳で戦う気だったのだろうか?

 そんな二人の様子を見ていると、何故かしょんぼりとしたハルウララが目の前までやってきた。

 

 

ウララ「トレーナー.........」

 

 

桜木「ウララ.........?」

 

 

ウララ「もう、チャンバラごっこ終わりなの.........???」

 

 

 ああ、そうか。今まで数日間。ストーリー仕立てでチャンバラごっこをしていたのだ。何かと理由をつけて、次の日に遊ぶ口実を作っていた。

 けれど、捕まってしまえばそれも終わりだ。ウララが本当にしたかったのは仇討ちなんかじゃなく、チャンバラごっこだったのだから.........

 

 

桜木「.........」

 

 

グラス「.........」コクリ

 

 

 後ろで手綱を引くグラスに視線を送ると、頷いて、その握る力を少し緩めた。それを確認出来ただけでも充分だ。

 

 

桜木「.........ハルウララ丸」

 

 

ウララ「!!」

 

 

桜木「.........まだまだ甘いわァッッ!!!」

 

 

ウララ「わぁ!!!」

 

 

 ウマ娘の筋力とは本当に素晴らしいもので、多少縛られていてもいとも簡単にロープを引きちぎることが出来てしまった。

 離れる最中、グラスの方へ視線を向けると、グッとサムズアップを小さく見せる。どうやらお互い、ウララのしょんぼり顔は見たくないらしい。

 

 

桜木「決着を付けたくばグラウンドへ来るが良い!!そこで相手をしてやろうッッ!!!」

 

 

エル「ワオ!!宣戦布告デース!!」

 

 

スペ「ど、どうするのウララちゃん!!?」

 

 

ウララ「.........ウララ行くよ!!父上の仇!!絶対とるもん!!」フンス!

 

 

グラス「その意気ですよ。ウララちゃん」

 

 

桜木「ではサラバだッッ!!!」

 

 

 キラキラとした笑顔を取り戻したウララを後目に、俺は一足先に猛スピードでグラウンドへと向かって行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「.........来たか」

 

 

 土埃が舞うグラウンド。ウララを先頭に、先程俺に対峙してきた面々がゾロゾロと集まってきている。

 

 

ウララ「みんな!!手は出さないでね!!これはウララがやんなきゃ行けないことだから!!」

 

 

キング「.........そう言われては、仕方ないわね」

 

 

スペ「キチッとやっつけてね!!ウララちゃん!!」

 

 

セイ「ねぇねぇ。なんでウマ耳生えてるんだろうねー?」

 

 

エル「Why!?今の流れで聞きマスか!?」

 

 

グラス「なんでも、アグネスタキオンさんの薬の効果だとか.........」

 

 

 おー。すごいな。後ろでヒソヒソと話している子達の声も聞こえてくるぞ。聴力もウマ娘化するのか。

 それにしてもこの距離であれが聞こえるんだ。道理でタキオンに対する文句が尽くアイツに通ってる訳だよ。これからは心の中で呟こう。

 

 

ウララ「今度こそ!!父上の仇ー!!!」

 

 

桜木「来い!!!その手で決着をつけて見せよ!!!」

 

 

 先程グラスワンダーと交わしたような激しさはないチャンバラごっこ。しかし、凄く幸せに感じる。ああ、殺気を当てられてないだけでこんなに幸せなんだな.........

 

 

ウララ「うぅぅ.........!」

 

 

桜木「ぐぬぬ.........!!」

 

 

 いつもは一方的に押し負ける為、敢えてやらない鍔迫り合いも、今は筋力ウマ娘化のおかげで軽々とやってのけることが出来る。それを見守るギャラリーからは関心の声が挙げられる。

 

 

ウララ「っ!とりゃあ!!!」

 

 

桜木「なっ!?しま.........」

 

 

 ここで決めにかかろうと思ったのだろう。ウララが一層の力を込め、俺の刀を上へと押し上げた。俺はそれに対して大袈裟に、体を後方へと下げる。

 タッタッタッと、それを追いかけるようにやってくるウララ。もう、物語に決着を付けるのだろう。その走りに、迷いはない.........

 そして、ウララの姿が近づいた瞬間。身体の隙間を何かが通る感触を感じた.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 背中側から。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ウララ「え.........!?」

 

 

全員「な!?」

 

 

桜木「っ、き、貴様.........!!?」

 

 

「あァ〜〜〜.........やっと出てこれたぜェ.........これはそこのガキに礼を言わねェとなァ?キヒヒッ!」

 

 

 ゆっくりとそのまま後ろを振り返ると、そこには妙に気合を入れて、肌を白くメイクした白銀が、俺の背中から光るソードで脇の隙間から貫いた。

 

 

「くっ、遅かったか.........!!!」

 

 

桜木「っ!ゴールドシップ.........!!」

 

 

 息切れをしながら、グラス達の後ろに現れたゴールドシップ。その姿はいつもの学生服とは違い、白いローブを纏って現れた。

 どうやら、ウララを含め、他の子達は展開についていけてないらしい。かく言う俺もついていけてない。

 

 

白銀「おうおう、ゴルスマスターがおいでなさるたァ......随分大事だなァ?」

 

 

ゴルシ「気をつけろ!!アイツは地球に封印されていた死の来訪者だッ!」

 

 

ウマ娘「死の来訪者!?」

 

 

ゴルシ「ああ!!アタシのかつての友、ハルウララ丸の父親が封印してたんだが.........どうやら、さっきの戦いで寿命が.........もう.........」

 

 

 ゴールドシップは俺を一瞬、寂しく見つめた後。悲しそうに目を逸らした。それを見たウララは、ゆっくりと。何かを察するように俺の方へと視線を動かした。

 

 

ウララ「.........ウソだ、父上は.........お父さんは邪郎丸にやられちゃったんだ!!!ウララ見たもん!!!」

 

 

ゴルシ「バカヤローッッ!!!」

 

 

ウララ「!!?」

 

 

ゴルシ「ソイツに生えてる.........ウマ耳としっぽが.........何よりの証拠じゃねえか.........!!!!!」

 

 

ウララ「.........!」

 

 

 悔しそうにそう言い切った後、握りこぶしを作り、彼女は目を伏せた。演技力あるな、お前。

 一方、ウララは悲しそうに座り込み、倒れ伏した俺の頭と背中を抱えた。その目にはもう物語に入り込んでいるせいか、目に涙が溜まっている。

 

 

ウララ「本当にお父さんなの.........???」

 

 

桜木「.........ごめんな、ウララ」

 

 

ウララ「.........なんで.........???どうして言ってくれなかったの!?言ってくれたら!!ウララお父さんにあんなことしなかったのに!!!」

 

 

 言葉を紡ぎながら頬を撫でると、目に溜めた涙がゆっくりとその頬を伝って行った。そのまま頭にゆっくりと手を回し、俺の顔まで近付け、ほっぺ同士をこすり合わせた。

 

 

桜木「お前に殺されるつもりなんて.........毛頭なかった。嬉しかったぞウララ.........あんなに強くなってるなんて、思ってもみなかった.........お前はもう、立派なニッポー流忍術伝承者だ.........」

 

 

ウララ「やだやだやだ!!!ウララもっと教えてもらいたいこと沢山あるもん!!人参ケーキの作り方!!教えてよ!!!」

 

 

桜木「ハハハ.........食い意地は、昔のまんまか.........ウララ、これをお前に.........」

 

 

 会議で使った大事な書類を、丸めてウララに手渡した。良いんだ。美しいドラマには多少の犠牲は付き物だ。

 

 

桜木「これは.........この地球から約三万光年離れた惑星.........ゴルゴル星に行く時空間移動忍術が記された巻物だ.........」

 

 

ウララ「な、なんで.........???」

 

 

桜木「良いか.........地球は.........はるか昔から、悪に狙われる宿命にある星だ.........兄弟星である月は.........それ故に.........地上から水を失った.........」

 

 

桜木「私は.........そんな干からびた地球は見たくない.........若かりし頃の私と同じように.........ゴルゴル星で、友と共に.........強くなれ.........」

 

 

 いつの間にか、腹部に乗せられたウララの手を取り、それをギュッと握りしめた。小さく、暖かい手だ。この子の優しさと明るさを象徴していると言ってもいい。それを、ウララの目の前までゆっくりと持ってくる。

 

 

桜木「私はこれからも.........お前の事を.........ずっと見守っている.........ぞ.........」ガクッ

 

 

ウララ「お父......さん.........?お父さん、お父さん!!」

 

 

 力なく、腕と首をゆっくりと脱力させ、相手に死を悟らせる。死んだフリも演技をする上で必要な練習法だ。基礎として訓練する時もある。

 ウララは俺の身体を何度も揺さぶった。それが気が付くと止まったので、薄目で様子を確認すると、ゴールドシップが悲しそうにウララの肩に手を置いた。

 

 

ゴルシ「.........お前の父親を殺したのは、今この宇宙を混沌に沈めようとしている邪龍[デス・ゴルシ].........その手先、蛇窯 総牙(じゃがま そうが)だ」

 

 

白銀「お?ようやくオレ様ちゃんに注目が集まったって訳だァ.........けどよォいいのかァ?テメェらが呑気にお涙頂戴している間に、オレ様ちゃんはお情けで倒してる所を倒してないんだぜェ?」

 

 

ゴルシ「知らねぇよんなもん。こっちはな、おっちゃんをお前に殺されて、テンションは子犬が産まれたばかりの野良犬なんだよ.........ブォン!!」

 

 

桜木(ンフ.........‪w)

 

 

 何事かと思いきや、白銀と同じ形状をした玩具をローブの内側から取りだし、口で効果音を言いながら光を着けた。

 

 

ゴルシ「良いかオマエらッ!体内に流れる、ウマエネルギーの循環ッ!それを感じとり、さらに一段階上の領域に達させる事でッ!この世の法則に対して常にマウントを取る事が出来るッッ!!!」

 

 

ゴルシ「その力の名は.........ッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「[ゴルス]ッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「素晴らしいですわ.........」ツー...

 

 

桜木「.........」

 

 

 ハンカチで溢れ出る涙を上品に拭いながら、マックイーンはその言葉を零した。いつの間にか取られていたチャンバラのやり取りの一部始終。それを黒津木が編集を掛けて映画風にした手上げやがった。

 

 

マック「これ!!ライアン達にも見せましょう!!」

 

 

桜木「待て待て待て待て!!?」

 

 

マック「止めないでくださいまし!!これは世紀の作品になりますわ!!メジロの力を使い映画化してシリーズを作りましょう!!私早く続きが見たくて仕方ありませんわ!!!」

 

 

 チームルームの外に走り出そうとするマックイーンを止める為に肩を掴んだ。この子、本当に俺達のノリで麻痺ってきた気がするぞ。

 

 

桜木「マジで待てマックイーン!!創作物には続編はともかく、三作目は駄作になるってジンクスが.........」

 

 

マック「それは3と名前がついてるからですわ!!事実上の続編であってもタイトルが変わってしまえばジンクスなどなんともありませんとも!!」

 

 

桜木「ええいこの子はなんでこんな時に限ってグイグイ行けるんだ!!」

 

 

 それを頼むからレース前にも発揮してくれ!!そんなことを思いながら、メジロの秘蔵っ子と一進一退の工房を繰り広げていると、チームルームの扉がいつも通り勢いよく開け放たれた。

 

 

ウララ「トレーナー!!!」

 

 

桜木「ウララ!!?」

 

 

 俺とマックイーンの視線が、ウララにへと集中する。まずい。どうしよう.........この感じからして、チャンバラごっこの催促だろうか?しかし、その手に玩具刀は持っていない。

 そんなことを思いながらことの行く末を見守るよう、ウララの出方を伺っていた。

 

 

ウララ「さっきね!!面白そうな遊びを教えて貰ったの!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ガンマンごっこってしってる!!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「も、もう勘弁してくれぇぇぇ〜〜〜!!!」

 

 

 そんな事言うウララと、その後ろをゾロゾロと付いて来たウマ娘達を見て、俺は今までで一番悲痛な叫び声を上げたのだった.........

 

 

 

 

 

  ......To be continued



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マックイーン「年末の特別番組ですわ!!」

 

 

 

 

 

桜木「.........」

 

 

 荒れ狂う海の上。届くことは無いだろうと思いつつも、瓶に手紙を書いて詰める事しか出来ない。揺れ動く船の上から無情に、機械的に瓶をポイポイと投げ捨てて行く。

 

 

桜木「宗也も死んだ。創も死んだ。翔也ももう居ない.........残りは俺だけ.........」

 

 

 今頃、マックイーン達は頑張っているだろうか.........?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スタッフ「本番5秒前ー!」

 

 

 セットの外側にいる一人が声を上げた。その後は声を発さず、指を折る事でカウントダウンをする。

 その手を下ろした時、セットの中に居るウマ娘達と一人の男性が拍手をし、真ん中のセットから一人の女性が出てくる。

 

 

司会「さぁ始まりました![あそこのトレーナーさん]!年末特番ー!!」

 

 

司会「司会は私、丸子が努めさせていただきます!さてそれでは本日は生放送!!今回の主役は、チーム[スピカ:レグルス]のトレーナー!!桜木玲皇さんでーす!!」

 

 

 カメラの視点が切り替わり、桜木が居るであろう場面に移り変わるも、あるのはただの空席だった。

 

 

司会「.........その予定だったのですが、なんと現在彼はマグロ漁船に乗っているようです。何があったのかは知りませんが、予定を変更して!彼の親しい人達に登場していただきましょー!!」

 

 

沖野「どうも、スピカのトレーナーの沖野です。今日はスピカのメンバー共々よろしくお願いします」

 

 

司会「はい!あちらのひな壇にはスピカの皆様が座っておりまーす!」

 

 

ウマ娘「よろしくお願いします!!」

 

 

司会「それにしても、桜木さんは一体どうしてマグロ漁船なんかに乗ってるのでしょう?」

 

 

ゴルシ「ああ、それならアタシが予約したんだ。レース当日だったからキャンセルすんのめんどくせえしおっちゃん乗せたんだけどな」

 

 

マック「あなたの仕業でしたの!!?」

 

 

司会「衝撃的な事実が飛び出したところで、今回は予定を変更して!本人が居ないからこそ言える彼の事を聞いていきましょう!!」

 

 

 [桜木トレーナーのいい所!]

 

 

司会「直球で来ましたねー!皆さん御手元のフリップにお答えください!!」

 

 

沖野「これ俺もやるんですか!?」

 

 

司会「当たり前じゃないですか!!同じチームで働くトレーナーだからこそ気付ける視点!!ぜひお願いします」

 

 

沖野「くぅぅ、絶妙にハードル高いこと言いやがって.........」

 

 

司会「さて!!桜木トレーナーと言えば、直近の活躍ではGIである菊花賞を、担当ウマ娘であるマックイーンさんが制したことで話題は持ち切りとなっています!!ですので、今この場にいる方々だけではなく、事前に学園の方々に様子を伺ったVTRがありますので、そちらをどうぞ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ※プライバシー保護の為、名前と顔を伏せさせていただきます

 

 

「桜木トレーナーについて、思うことはありますか?」

 

 

一般理事長「明快ッ!うるさいのがネックだな!!」

 

 

一般事務員「仕事はちゃんとこなしてくれはするんですが.........なんて言えばいいんでしょう?おふざけのノリがちょっと.........」

 

 

「桜木トレーナーについて知ってる事は?」

 

 

ウマ娘1「あんなベジータが好きな奴の事なんざ知らん」

 

 

ウマ娘2「ヒーローショーの人!!とってもマーベラス!!」

 

 

ウマ娘3「ターボ分かるよ!!この前はちみつジュースターボにくれた人!!」

 

 

ウマ娘4「あー。桜木トレーナーさんねー.........この前商店街で見たけど、おもちゃ屋さんのガラスに張り付いてたわー。アハハ.........」

 

 

ウマ娘5「桜木トレーナーか。優秀なトレーナーだ。ただ少し他のトレーナーと違う部分を感じるが、変人というわけでは.........うん。すまない、変人だ」

 

 

ウマ娘6「奴は会長の洒落に着いて行ける数少ない人物だ。頼るのは癪だが、アレが居ないと会長のストレス発散の手段が一つ減るのも事実だ」

 

 

ウマ娘7「桜木さんですか......?タキオンさんの実験に喜んで付き合う.........モルモット.........?」

 

 

ウマ娘8「おっちゃんはな!!いっつもウチをいじめるんや!!この前も98やった時に発生3Fの」

 

 

ウマ娘9「桜木トレーナーさんですか!!?いい人だと思いますよ!!!以前私がタキオンさんを追っている時に手伝ってくれましたから!!!ええ!!!バクシンですとも!!!」

 

 

一般社長「バカ。自分に向けられた好意にも気付かないほどのバカ.........あ、すんません。ちょっとバカ女から矢文が.........」

 

 

保健室医「優しい奴だな。俺の推しのフィギュアわざわざとってき.........なんだコイツ!?やめろ〜ナイス〜」

 

 

「あ、窓から入ってきた芦毛のウマ娘連れてかれましたね.........」

 

 

「図書室は.........閉まってますね。何かあったのでしょうか?」

 

 

「えー。トレセン学園にて情報収集した結果。よく分かりませんでした!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「.........はぁ」

 

 

ゴルシ「お???ため息かマックイーン?幸せが逃げるっつうけどあれ実は迷信なんだぜ?ため息には自律神経のバランスを」

 

 

司会「それでは皆さん!!書き終えたようですので御手元のフリップをオープンしてください!!.........おー。では気になる所から行きましょうかー.........スズカさんのおかしい所という直球な物がいいですねぇ!具体的にどのような??」

 

 

スズカ「えっと、アレは確か.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「見届けてくれスズカ。この酸っぱい当たりガムをどっちが当てるのかをな」

 

 

神威「勝負だライス」

 

 

ライス「ま、負けないよ......!」

 

 

スズカ(なんで自分が当たらないと思ってるのかしら.........?)

 

 

桜木「勝負は3Rだ。俺はこれにする.........」スッ

 

 

スズカ(当たったのね.........)

 

 

桜木「まだだ。あと二つある.........」スッ

 

 

神威「お前.........」

 

 

ライス「お兄さま.........」

 

 

桜木「今日飛び火する日じゃねえかあったま来たちょっと理事長室で花火してくる」

 

 

スズカ「ウソでしょ.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「帰ってきたらお仕置ですわね」

 

 

司会「ちなみにどのような?」

 

 

マック「メジロ百手の48の護身技の一つ。五所蹂躙絡み。またの名をメジロバスターですわ」

 

 

司会「おー。怖いですねー。それと気になってる物がもうひとつあるのですが、スペシャルウィークさんの、名前を間違えるところとは一体.........?」

 

 

スペ「あの、サブトレーナーさんが名前を間違えて、私がそれを訂正することで!私は私がスペシャルウィークだと確認できるんです!!」

 

 

司会「???よ、よく分かりませんが。深い意味があるのですね.........では次に、ウララちゃんとライスちゃん。ブルボンさんに聞いていきましょうか!」

 

 

ウララ「はーい!!トレーナーのいい所はね!!いっぱい遊んでくれる所! !この前もね!!バレーボールで遊んだの!!楽しかったー!!」

 

 

ライス「えっとね?お兄......じゃなくて、トレーナーさんは、ライスと朝ごはんを食べてくれるんだよ......?最近、頑張って食べてるんだって!なんでかは分からないけど.........」

 

 

マック「.........ふふ」

 

 

テイオー(なんでマックイーンが笑ってるんだろう?)

 

 

ブルボン「マスターは趣味が広いです。なので、私との会話も長く継続して下さるので、会話のトレーニングになります。例えば.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昼休みのチームルーム

 

 

ブルボン「.........」カチッ、カチッ

 

 

桜木「お、ガンプラか?」

 

 

ブルボン「はい、マスター。ご存知なのですか?」

 

 

桜木「作った事ないけどな。一回初心者用ガンダム買ったけど、初っ端角無くして諦めた」

 

 

ブルボン「ご愁傷様です」

 

 

桜木「.........?ザクにしては細くないか?」

 

 

ブルボン「ドアンザクです」

 

 

桜木「ウッソだろお前」

 

 

ブルボン「アニメでは無いです」

 

 

桜木「それはジュドー」

 

 

ブルボン「ステータス[高揚]を確認。話が通じて嬉しいです。マスター」

 

 

桜木「俺もまさかガンダム好きだったとは思わんかった」

 

 

ブルボン「マスターは何シリーズが好きですか?」

 

 

桜木「.........ちなみにブルボンは?」

 

 

ブルボン「私はSEED系列です。機体のデザインが私は好感を感じています」

 

 

桜木「.........悪い。Gガンが好き。拳で戦うから.........」

 

 

ブルボン「良いですよね、Gガン。私もあの機体は神々しくて好きです」

 

 

桜木「マジ?俺この話してガノタと三回戦争したんだけど.........気分いいからマックイーンに買ってきたプリンあげちゃう」

 

 

ブルボン「やりました」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「お仕置にメジロドライバーも追加しましょう」ギリギリ

 

 

司会「あ、アハハ.........き、気を取り直して、ゴールドシップさんとウオッカさん。お二人とも漫画を沢山持ってる事と書いていますね!!」

 

 

ウオッカ「ああ!サブトレーナーのチームルームには漫画が沢山置いてあるんだ!!オレは最近呪術廻戦読んでるぜ!!」

 

 

ゴルシ「えーっと、アタシが今読んでんのはからくりサーカス、NARUTO、ジョジョ、金色のガッシュ、鋼の錬金術師、遊戯王、北斗の拳.........」

 

 

ダスカ「どんだけ読んでんのよ.........」

 

 

ゴルシ「一週間に一度だけ読む奴らの気持ちを味わってんだ!!爺ちゃんは言っていた。ドラゴンボールはDVDで見ても焦らされて辛い。リアタイで見てた奴はドMだってな!!」

 

 

沖野「どんな爺さんだよ.........」

 

 

司会「えーと、ダイワスカーレットさんは経験則を頼りにしない所ですか?」

 

 

ダスカ「はい!サブトレーナーさんはデータを元にしたトレーニングもしてくれますが、意見があれば言って欲しいと言ってくれます!」

 

 

ダスカ「最初は自分のトレーニングに自信も確証も持てないからそうなんだと思ってたんですが、レースは自分を押し通した者からゴールして行くという言葉と、トレーナーとウマ娘は常に対等な立場であると言っていて、すごく印象が変わりました!!」

 

 

ウオッカ(滅茶苦茶猫かぶんじゃねえか.........)

 

 

司会「なるほど〜!いやーようやくトレーナーらしい良い所が聞けましたね!」

 

 

全員「うぐっ.........」

 

 

司会「えーっと、アグネスタキオンさんは好奇心旺盛なところ.........?これはまた詳しく聞きたいところですね」

 

 

タキオン「ああ、彼のいいところの一つでもあり、悪癖でもあるんだが.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

タキオン「うーん.........蹄鉄の整備というのは、なかなかどうしてこうも手間がかかるものなんだろうねぇ?」カンカン

 

 

桜木「.........」ジー

 

 

タキオン「なんだいトレーナーくん?.........まさか、これをやりたいと言いたいのかい?」

 

 

桜木「...」コクコク

 

 

タキオン「一言くらい喋ったらどうなんだ」

 

 

桜木「一言」

 

 

タキオン「そうだそうだ君はそういう奴だったよ」

 

 

桜木「楽しそう!俺にやらせて!」

 

 

タキオン「おいおい!ウマ娘の走りを支える大事な物だ!!いくらトレーナーでもそれを触らせる訳には行かない!!」

 

 

桜木「分かった!!じゃあ俺も蹄鉄貰おう!!」

 

 

タキオン「くっ!この前ゴールドシップくんに壊されたせいで電気椅子も無い!!待てトレーナーくん.........行ってしまった」

 

 

 翌日

 

 

桜木「うーん、よく分かんねえや」カンカンカン

 

 

タキオン「だろうね」

 

 

桜木「.........これ足に着けて早くなんの?」

 

 

タキオン「ならなかったらそもそも付けないだろ」

 

 

桜木「.........」カンカカカン!カンカカカン!カンカカカカカカン!

 

 

タキオン「もう飽きてるじゃないか.........」

 

 

桜木「だってさー。みーんな手際良くカンカンしてるのかっこよかったんだもん.........そだ、俺も足に着けよ」

 

 

タキオン「いやいや、普通の人間が着けたところで大した変化は「ダガ!アグネスタキオンノカガクリョクハセカイイチィィィッ!デキンコトハナイィィィ!!!」うるさ!?.........待ちたまえトレーナーくん?その薬はなんだい?「ミンナニハナイショダヨ」え?私の研究室からくすねた?なんでいつもそう勝手に.........あっ!!思ったより早いぞ!!待ちたまえトレー.........一体どこへ何しに行ったんだ.........?」

 

 

 ショルイモシャレモドウデモイイ!!オレトレースシロォォ!!

 

 

 キュウニドウシタンダサクラギトレーナー!?キミトレースナンテスルハズ

 

 

 ホウ、ミズカラマケヲミトメルノカ!

 

 

 マケ?イヤダァ...ワタシハァ!!マケタクナイィィィ!!!

 

 

タキオン「」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「これはもうマックイーン版メジロスパークの出番ですわ。これ以上このチームの名を失墜させない為にも彼の息の根を.........」ブツブツ

 

 

司会「いやぁ、噂にはお聞きしていましたが、本当に問題児なんですねぇ.........」

 

 

タキオン「本当になんで未だに学園に居られるのか不思議になるくらいだ。私は最後通告を受けたのにあまりに不公平じゃないか?沖野くん?」

 

 

沖野「俺に振らないでくれ。そんな事実今知ったんだから」アタマダキカカエ

 

 

司会「あらら.........完全に塞ぎ込んでしまいましたね。ではトウカイテイオーさんのゲームが得意な所というのは?」

 

 

テイオー「えっとねぇ、もうなんのフォローにもなんないと思うけど、サブトレーナーって結構ゲーマーなんだよね!!」

 

 

テイオー「最近はゴルシのドンキーに勝つために対策してるんだー!!」

 

 

ゴルシ「はぁぁぁ。ご苦労様だなー?アタシにゃ無理だ!!アタシの嫌いな言葉は!一番は努力で、二番目は頑張るなんだぜー!!?」

 

 

沖野「そうだよなぁ.........お前はそんな奴だよなぁ.........」

 

 

司会「おや!!復活しましたね!!では沖野さんの.........ゴールドシップさんを乗せられる所ですか?」

 

 

沖野「そうなんですよ.........アイツがゴールドシップを乗せてくれるから.........トレーニングできるんすけど.........ハハ、ストレスで胃が.........」

 

 

司会「ご、ご愁傷様です.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 賢さトレーニング Lv4

 

 

沖野「だがゴールドシップは姿を見せなかった.........」

 

 

桜木「電話掛けます?連絡先持ってますよ?」

 

 

沖野「頼む」

 

 

 トゥルルルル

 

 

 トゥルルルル

 

 

 ピッ

 

 

ゴルシ「オッスオッス。アタシゴルシ。どっひゃー久しぶりじゃねえかおっちゃん!!」

 

 

桜木「ああゴルシ。久々だな!早速だけどビデオ室で幽遊白書みるけど来ないか?」

 

 

ゴルシ「おんもしろそうだなぁ!!アタシワァクワクしてきたぞぉ!!」

 

 

ゴルシ「次回!!ゴルシボールX!!学園の危機!!ビデオ室爆発まであと五分!!ぜってぇ見てくれよな!!」

 

 

沖野「ゴールドシップー!!早く来てくれぇぇぇー!!!」

 

 

 五分後.........

 

 

ゴルシ「ようトレーナー!!おっちゃん!!ミーティングぶりだな!!」

 

 

沖野「なんでミーティングに顔だして練習サボれるんだ?」

 

 

ゴルシ「え?アタシ今怒られてんの?」

 

 

桜木「褒めてんだよ。ね?沖野さん」

 

 

沖野「あ、ああ.........」

 

 

ゴルシ「じゃあもっとサボろ!!!」

 

 

桜木「俺達と幽遊白書見たらもっと褒める」

 

 

ゴルシ「幽遊白書見る!!!!!」

 

 

沖野(マジで見ようとしてんのか?)

 

 

桜木「大人買いしたブルーレイボックスだ。みんなで見よう」

 

 

沖野「お前.........」

 

 

 数分後.........

 

 

「各バ一斉にスタートしました!!」

 

 

ゴルシ「.........あれ?幽遊白書は.........?」

 

 

桜木「幽遊白書.........?何それ、これは賢さトレーニングLv4だが???」

 

 

ゴルシ「あっそう.........」

 

 

沖野「.........」

 

 

桜木「.........」

 

 

ゴルシ「.........」

 

 

ゴルシ「待て、アタシ騙されてんのかこれ?」

 

 

桜木「そんな訳ないだろ?」

 

 

ゴルシ「おっちゃんはアタシに何を見るっつった?」

 

 

桜木「幽遊白書だね」

 

 

ゴルシ「このパッケージは?」

 

 

桜木「.........幽遊白書だね」

 

 

沖野「.........」

 

 

ゴルシ「もひとつ質問いいか?中身のブルーレイディスクどこやった?」

 

 

桜木「君のような勘のいいウマ娘は嫌いだよ」

 

 

ゴルシ「もうあったま来た後で覚悟しとけよおっちゃん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

沖野「.........待て、まさかわざわざマグロ漁船予約したのこの為か!?」

 

 

ゴルシ「あ?当たり前だのゴルッシャーだろ!!」

 

 

マック「今回は自業自得ですわ」

 

 

司会「ええ、今まで良い所を打ち消す様に悪い所が出てきているのですが、皆様不満は無いのでしょうか.........?」

 

 

テイオー「そこは、まぁ.........マックイーンが一番分かるんじゃないかな?」

 

 

マック「な!!?こ、ここで私に振るんですの.........?」

 

 

司会「おやおや?やはり最後はチームのエースであるメジロマックイーンさんにお伺いするべきでしょう!!ズバリ、桜木トレーナーさんのいい所は!!」

 

 

マック「彼のいい所.........やはり、信じてくれる所でしょうか.........?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「マックイーン。フォームの確認したいんだけど、今大丈夫か?」

 

 

マック「ええ。構いませんわ」

 

 

 確かに、彼は普段からおふざけがすぎる機雷があります。しかし、それ以上に彼は真面目なのです。こうして走りを見てくださる時の目は、どんな書類に目を通している時よりも、真っ直ぐになります。

 

 

桜木「よし、だいぶ自然になってきてる!スタミナも大分楽になっただろ?」

 

 

マック「はい!余計な力を加えること無く走れるので、大した消費はありませんでしたわ!これなら、最後の直線を仕掛ける時も.........!」

 

 

桜木「.........うっし、ならそっちのフォームも変えて行くか!!天皇賞春!!皆の目をかっさらってくぞ!!マックイーン!!」

 

 

マック「はい!!」

 

 

 疑いの無いあの眼差しが、とても嬉しく思うのです。私の.........いえ、私達の全てを信じていると言っても過言では無い彼の目。もちろん、私以外にも向けられます。

 

 

タキオン「トレーナーくん、少し良いかい?」

 

 

桜木「んお?どうしたんだ?」

 

 

 ある時のチームルームでは、アグネスタキオンさんがウマフォンを片手にトレーナーさんを訪ねてきました。その画面には、レースの模様が映し出されています。

 

 

タキオン「彼女のこの加速した時の走り。私の見解としてはこの足の部分がバネとして強く機能していると感じる。君の意見を聞かせて欲しい」

 

 

桜木「.........それで間違いはないと思うけど、もう一つの要素は天気じゃないか?」

 

 

タキオン「天気?」

 

 

桜木「ああ、晴れの日だろ?この子。前の資料で見たがその時もこんな加速をしていた。きっと太陽の光が目に当たっていても他の子より恐怖を感じて居ないんだ」

 

 

タキオン「なるほど.........太陽光に屈せずに前に進むことができると.........参考になったよ。いつもその調子でお願いしたいんだがね」

 

 

桜木「?お前らの事ならいつも真剣にやってるぞ?え、もしかしてなんか無意識にしてたか.........?」

 

 

タキオン「日常生活を振り返りたまえ」

 

 

 言葉は確かに彼を咎めるものでしたが、タキオンさんは出ていく時、確かに嬉しそうな顔をしていたのを覚えていますわ。

 

 

桜木「良いかウララ?絵で説明するぞー?」

 

 

ウララ「はーい!!」

 

 

 ある日はダートコースの脇で、ホワイトボードをわざわざ持ってきてウララさんに説明していました。彼女にも分かるようにと言う、彼の優しさです。

 

 

桜木「よーっし、例えばレースが始まって、バーッと皆前に行くだろ?」

 

 

ウララ「うん!!皆ね!!すっごく速いの!!ウララ最初は後ろなんだ〜。どうしてだろ〜?」

 

 

桜木「それはなウララ。皆せっかちなんだよ」

 

 

ウララ「そっか!!」

 

 

桜木「んで、取り敢えずここまで行くだろ?そしたら隣で走ってる子が.........」

 

 

ウララ「隣で走ってる子!!?だれだれ!!?」

 

 

桜木「え!?えーっと.........き、キングちゃんじゃないか?ウララがよく言う.........」

 

 

ウララ「そっかー!!.........あれ???でも、キングちゃんはここで走らないよ!!」

 

 

桜木(しまった、そういやあの子ターフだったわ.........)

 

 

桜木「じゃあキングちゃんによく似ているキングジャナイヘイローちゃんって事で良いか?」

 

 

ウララ「わー!!二人目のキングちゃんだー!!なんて呼べばいいかなー!!?」

 

 

桜木「ヘイローちゃんってのは?」

 

 

ウララ「うん!!そう呼ぶ!!ヘイローちゃんが隣で走ってくれるの!!?」

 

 

桜木「そうだ!それで、ここをズギュギューンって感じだ!!分かるか!!?」

 

 

ウララ「分かんない!!!」

 

 

桜木「ドドドーンは!!?」

 

 

ウララ「うーん.........」

 

 

桜木「ググググッ!!!」

 

 

ウララ「えーっと.........」

 

 

桜木「バァーン!!!」

 

 

ウララ「それだー!!!力がバーンって感じ!!!」

 

 

桜木「よーし!!!ここでグゥーンって行ってバァーン!!!だっ!!!いいな!!?」

 

 

ウララ「おー!!!じゃあじゃあ!!ここはギューンって感じでいいの!!?」

 

 

桜木「いや!!!そこはズババババーンだ!!!」

 

 

ウララ「なるほどー!!!ありがとートレーナー!!!ウララやってみるね!!!」

 

 

 難しくて伝わりにくい時は、相手に伝わるように、伝わるレベルまで噛み砕いて教えてくれます。特にウララさんに教えている時は、身振り手振りも、ウララさんに負けないくらいに大きくなります。

 

 

ライス「えっほ、えっほ.........ふぅ.........」

 

 

桜木「おっ、頑張ってるな!ライス!」

 

 

ライス「あ!お兄さま!!うん。ウララちゃんも頑張ってるから!ライスも頑張んなきゃ!!」

 

 

桜木「.........けど、頑張りすぎはダメだぞ?頑張れる量は人によって違うんだから、人に合わせて頑張っても意味ないんだぞ?」

 

 

ライス「で、でも、ライス。ダメな子だから.........は、早く変わらないと.........」

 

 

桜木「ダメな子でいちゃ悪いのか?」

 

 

ライス「え?」

 

 

桜木「結構良いぞ?朝寝坊できるし、朝ごはんゆっくり食べても良いし、授業サボっても良いし、夜遅くまでゲームしても良いんだ」

 

 

ライス「.........ふふ、ダメだよお兄さま。ちゃんとしなきゃ」

 

 

桜木「あらら、俺が怒られちゃった.........ま、つまりライスは少なくとも俺よりいい子だから、そんな気にしなくていいんだよ」

 

 

ライス「そ、そうかな.........?」

 

 

 時には、自らを悪者として扱う事も躊躇しません。以前から悪役が好きだと公言していたトレーナーさんですが、それでも、あの姿を見たら、彼の優しさが滲み出ていると感じます。

 

 

ブルボン「マスター。提示された坂路二本の走行。完走しました。次の指示をお願いします」

 

 

桜木「.........笑顔の練習かな?」

 

 

ブルボン「笑顔、ですか?レースに必要ないと思われます。身体能力の向上に何の影響も及ぼさないかと」キリッ

 

 

桜木「それはそうだけど.........じゃあインタビューの練習するか!」

 

 

ブルボン「え」アワワ

 

 

桜木「皆さんご覧下さい!!皐月賞!日本ダービー!菊花賞を制し!!見事三冠バ達の一員となったミホノブルボン選手です!!!」

 

 

ブルボン「あの」アタフタ

 

 

桜木「ミホノブルボンさん!!今のお気持ちを!!!」

 

 

ブルボン「うっ.........その、嬉しい、です.........?」アセアセ

 

 

桜木「ほら、表情が硬いぞ。トレーニングするだけじゃなくて、筋肉は柔らかくしないと!カチコチ笑顔じゃインタビューでファンの心の三冠は取れないぞ!!」

 

 

ブルボン「いつも通り難解な表現ですが、確かにマスターの言う事も一理あります。オペレーション[笑顔の練習]を開始します」

 

 

桜木「一人じゃ難しいだろうから助っ人も呼ぼう。ちょうどコントができるエリート集団の知り合いが居るからな.........」

 

 

 レースの事だけではなく、不安があればそれを指摘し、そのトレーニングもつけて下さります。あの時は何故爺や達が来たのか分かりませんでしたが、理由を聞いて納得しました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「まぁ、あの後結局ブルボンさんを笑わせられず、全員落ち込んでしまいましたが.........」

 

 

ブルボン「何が面白いのか分かりませんでした」ショボン

 

 

マック「ですが、彼がどんなに突拍子もなく、常識のない事をしても、それ以上に彼は私達の事を親身に考え、行動に移し、助けてくださるのです。それを、悪く言うことは出来ませんわ.........」

 

 

スタッフ一同「おー.........」

 

 

 苦笑いを浮かべながらも、様々なトレーナーの悪行もとい、奇行を許すような発言をするマックイーンは、傍から見てもチームを支えている大切な要だと気が付く。スタッフ一同はその姿に気品と気高さを覚えていた。

 

 

司会「桜木トレーナーさんのいい話も聞けたというところで!!次の.........え?はい、はい.........え!?」

 

 

全員「?」

 

 

司会「えっと、急きょ予定を変更して、お手紙を読みましょうか.........マックイーンさん?これを声に出して読むことは出来ますか?」

 

 

マック「え?えぇ.........!?と、トレーナーさんから!?」

 

 

全員「えぇぇぇぇ!!???」

 

 

マック「と、とにかく読ませていただきますわね.........、コホン.........」

 

 

マック「マックイーン達、司会者さん、スタッフの皆さん、視聴者の皆さん、お元気にしておりますか?

 

 

 姿をスタジオでお見せできず、申し訳ございません。私は今、マグロ漁船でマグロを釣りに行っているのですが、南極に居ます。どうして?南極でマグロって釣れるの?なんて思いましたが、居なきゃ釣りに行きませんよね?ハハハ。頼むから居てくれ。

 

 

 皆さんの暖かい応援のお陰で、無事、マックイーンは菊花賞を勝ち切ることが出来ました。これも一重に、彼女の努力と、その努力を応援し、支え続けてくださったファンの皆様が居てくれたからこその成功だと思います。本当に、ありがとうございました。

 桜木 玲皇より

 

 

 .........あら?もう一枚ありますわね。

 

 

 ゴールドシップへ。君の予約のお陰で素敵な世界を見せてくれてありがとう。お前のお陰で神威は船酔いで寝たきりだし、気が狂った白銀はパンツ一丁で南極の海に飛び込んだし、黒津木は船の中でアグネスタキオン教を広め始めました。

 

 

 あんなの死んだも同然です。あんなのにすがってしまったらそれこそくたばった方がマシです。アレらは既に俺の中で死に絶えました。マグロは釣れませんが、アザラシと仲良くなれました。良かったですねゴールドシップ。執行猶予を与えます。

 

 

 彼らは一足先に白銀が手配したヘリで帰りましたが、私だけ置いてかれました。アイツらが学園に姿を現したらこれから釣るであろうマグロで叩き潰すので覚悟しとけと伝えておいてください。これが本当のマグロの叩きってな。ハハハ。まあ俺がお前に言いたい事は一つだけです。

 

 

 貴方を詐欺罪と器物損壊罪で訴えます。理由はもちろん。お分かりですね?貴方がエデンへ行けると俺を騙し、白銀達を破壊したからです。

 

 

 覚悟の準備をしておいて下さい!!近いうちに訴えます!!裁判も起こします!!裁判所にも問答無用で来てもらいます!!慰謝料の準備もしておいてください!!

 

 

 貴女は犯罪者です!!刑務所にぶち込まれる楽しみにしておいてください!!良いですね!!

 桜木 より

 

 

マック「.........」

 

 

司会「.........」

 

 

ウマ娘「.........」

 

 

ゴルシ「www」ケタケタ

 

 

 手に持った手紙から感じ取ったもの。一枚目からは丁寧な字で書かれた本心が感じられたが、二枚目は明らかに怒り任せに書きなぐった痕跡が多々あり、メジロマックイーンは酷く自らのトレーナーを哀れんだ。

 一方対照的にゴールドシップは、椅子から転げ落ちるレベルで笑っている。なんなら、床で横になり、脚をばたつかせても居る。彼女を怒らせるとこうなる。この場にいる全員がその事を痛感した。

 

 

司会「え、えー.........そ、それではCMを挟んで次のコーナーに行きましょうか.........」

 

 

全員「はい.........」

 

 

ゴルシ「www」ケタケタ

 

 

 カメラが引いていく画面。皆が口を閉じて静かになり、BGMも止んだ中、ゴールドシップの笑い声だけが響き渡っていた。

 

 

やよい「.........なんだこれはァ!!!??」

 

 

 そして、それをたづなと焦げ焦げになった理事長室で見ていた秋川やよいは、あまりのめちゃくちゃさに普段の三倍以上の声量で叫び声をあげ、その瞳にヘル化の炎を宿したと言う。

 余談ではあるが、その後なぜか終始にこにこ顔であったたづなを不審に思い、叩いてみると、そのまま後ろに倒れ込んだという.........

 

 

  ......To be continued



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テイオー「スケートに行こうよ!!!サブトレーナー♪」

 

 

 

 

 

 

 一月の冬の寒さが顔を出し始めた今日この頃。やはり時間の流れというのは早い。中央でも偶に雪が降るので、その度に故郷の北海道を思い出してしまう。まあここまで暖かくは無いのだが.........

 そんなことを思いながら珈琲をすすっていると、いつもより優しくチームルームが開かれた。

 

 

タキオン「トレーナー君.........」ガタガタガタガタ

 

 

桜木「どうしたーガタガタタキオン」

 

 

タキオン「さ、寒さで死んでしまいそうだ.........!」

 

 

桜木「そりゃお前.........理科室勝手に使ってるだけなんだから、暖房なんて入らないだろ」

 

 

タキオン「違うんだよ!!!経費が掛かると言って黒津木君が付けてくれないんだ!!!」

 

 

 身体を震え上がらせながらそう訴えてくるタキオン。確かに、アイツの性格上、お金の無駄使いは経費でもしたくないのだ。その気持ちはよく分かる。

 

 

桜木「けどなー、俺もカイロとか渡せればいいんだけど、生憎学園行く時には使わねえからな.........」

 

 

 残念ながら、バッグの中を探してみるが、身体を温めるようなアイテムは入っていない。申し訳なく思っていると、不意にチームルームの扉が(ry

 

 

テイオー「サブトレーナー!!」

 

 

桜木「あら珍しい」

 

 

 この時間帯に見るのは本当に珍しい。スピカのメンバーは大体漫画を借りに来るウオッカとゴールドシップくらいしか来ないはずだ。テイオーも以前までドンキー対策に精を出していたが、ゴルシがDLC購入以降カズヤ使いになった為、半分萎えて来なくなっていた。

 

 

マック「あら、何か持ってますわね.........?」

 

 

テイオー「ふっふーん♪この前駅前で配ってたんだー!!ねぇサブトレーナー!!」

 

 

 目の前にトテトテとやってくるトウカイテイオー。そんな妹チックな可愛い仕草をされたらいちお兄ちゃんとしては答えない訳には行かない。ライスやウララがメロンジュースのメロン味感なら、テイオーはオレンジジュースのオレンジ感だ。

 はいはい。と、そんな声を発する前に、目の前でバッと見せつけるように開いたチラシを見て、その気持ちは霧散した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「スケート行こうよ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「.........はっ!夢か」

 

 

マック「夢じゃありませんわ.........もう、フラフラとした足取りで、スケートリンクに着いた途端これです。本当に体調はよろしいのですか?」

 

 

 そう言いながら彼に詰め寄ると、体調は大丈夫だと、やけに[体調]の部分を強調してきました。まぁ、そこまで言うのなら大丈夫なのでしょう。

 ベンチに座る彼の隣に座りながら、あの日の事を思い出します。

 

 

テイオー『スケート行こうよ!!!』

 

 

桜木『はえ』

 

 

 あの時、否定とも肯定とも言えない返事を持ち前のポジティブで肯定と捉えたテイオーは、その返事を聞いてチームルームを飛び出して行きました。

 その後、その事を忘れたようにトレーナーさんはいつもの調子を取り戻しましたが、駅に集合した時にはもう心はここに在らずという様子でした。

 

 

桜木「えっと、俺とマックイーンだけで来たんだっけ.........?」

 

 

マック「!?い、いえ。ちゃんと他の方たちも居ますわ.........今はスケートシューズを取りに行って貰っています」

 

 

桜木「なんで?」

 

 

マック「さっきまでの自分の姿を想像してくださいまし」

 

 

 そう言いながら顔を背けると、彼はごめんごめんと謝りました。一体どこまで心が出掛けていたのでしょう?私と二人きりでスケートなんて.........そんなのまるで、で、デートではありませんか.........!!

 はっ!行けません。こんなところでそんなものを想像してしまえば顔が赤くなるのは目に見えています。そんなところをテイオーに見られでもしたら後が恐ろしいですわ.........

 

 

テイオー「やっほーサブトレーナー!!お、元気戻ったみたいじゃん♪さすがマックイーンだね♪」

 

 

マック「わ、私はなにもしていませんわ!!」

 

 

桜木「いや、正直本当に意識無かったから傍に居てくれて助かった.........サンキューマックイーン」

 

 

マック「い、いえ、私は当然の事を.........」

 

 

「起きたのか、桜木」

 

 

 顔の熱を自覚しながらも弁解しようとすると、背後から声が聞こえてきました。振り返ってみると、そこには私より若干白い芦毛のウマ娘。オグリキャップさんが立っていました。

 

 

オグリ「ずっと心ここに在らずだったからな。マックイーンにありがとうは言ったのか?」

 

 

桜木「ああ、さっき言わせてもらったよ.........え、もしかしてオグリさんも同行者?」

 

 

 完全に困惑したトレーナーさんは手のひらでオグリキャップさんを指します。そういう所はちゃんとしてるのですね.........

 仕方が無いので、同行メンバーについて教えて差し上げましたわ。

 

 

桜木「えー.........ウチのチーム全員。スピカからテイオー、スペ、ゴールドシップ。俺の友.........そして、オグリさんとルドルフ.........」

 

 

桜木「なんで後ろ二人を呼んだの?」

 

 

テイオー「え?だってスケート滑れそうだったし.........」

 

 

桜木「うっ、頭が.........」

 

 

マック「だ、大丈夫ですか.........?」

 

 

オグリ「やはり具合が.........」

 

 

桜木「いや、安心してくれ。[体調]は大丈夫だ.........」

 

 

 目元を抑えながらそう言うトレーナーさん。本当に大丈夫なのでしょうか.........?流石に心配になってきます。

 そんなことを思っていると、スケートシューズを履いているテイオーから、私に質問が来ました。

 

 

テイオー「そういえばマックイーンってスケート滑れるの??」

 

 

桜木「!!」

 

 

 その言葉を聞いて、何故かトレーナーさんがキラキラした目で私を見て来ました。

 これは.........期待されている?悪い気はしません。ならば、その期待に応えるのがメジロのウマ娘としての責務でありますわ!!

 

 

マック「ええ、幼い頃はスケート教室にも通っていたので、バッチリですわ!!」

 

 

桜木「そっか.........」

 

 

マック「ええ!!?」

 

 

 明らかにガックリと肩を落として彼を見てビックリしてしまいました。も、もしかして滑れない方が好都合でしたか.........?

 そんなことを思っていると、トレーナーさんは既にスケートリンクで滑っている皆さんに目を向けました。

 

 

スペ「わわわ!!あ、足を動かしてないのに動いていきます〜!!!?」

 

 

ウララ「わー!スペちゃん待って〜!!!」

 

 

ライス「か、壁を使えば滑れるよ!」

 

 

ブルボン「転倒確率、通常地面と比較して30%ほど上昇しています。気をつけて行きましょう。ライスさん」スッテーン!

 

 

ルドルフ「大丈夫か!?」

 

 

 仰向けに倒れたブルボンさんを、生徒会長が手を伸ばして助け起こしました。説明しながら転ぶ姿を見て、思わず笑ってしまいそうになりましたが、何とかこらえました。テイオーは笑っていますが.........

 

 

テイオー「しょうがないな〜!!ボクがスケートを教えてあげるぞよ〜!!」スイー

 

 

桜木「おー.........テイオーも上手いな.........」

 

 

 靴を履き替えたテイオーは、そのままスケートリンクの上を難なく滑って行きました。早速先生として皆さんに滑りを教えていますが、生徒会長にも教えてる姿を見ると、いつもと立場が正反対になったようで、思わず笑ってしまいました。

 

 

オグリ「おお.........!!す、少し怖いが、何とかなりそうだ.........!!」

 

 

桜木「.........オグリさんも行ってしまった.........」

 

 

マック「ええ、皆さん初めてのようですが、中々筋が良いですわ」

 

 

 ゆっくりと壁に手を触れながら、綺麗なリンクの上を滑って行くオグリキャップさん。やはり皆さん普段走っているおかげなのか、視線が動く事への恐怖があまり無いようです。

 

 

マック「さぁ!私達も参りましょう!!トレーナーさん!!」

 

 

桜木「えっ!?い、いやぁ.........俺今スケートシューズ無いし「おらっ」.........?」

 

 

白銀「持ってきたぞ。お前用のスピードスケート用シューズ」

 

 

桜木「」

 

 

 後ろを振り向くと、白銀さんがその片手に持ったスケートシューズを投げて渡してきました。トレーナーさんは放心していたので、私が身を乗り出してそれをキャッチしました。

 そんな白銀さんの後ろから、ひょこっと顔を出してきたゴールドシップさんも、一足のスケートシューズを持って現れました。

 

 

ゴルシ「マックちゃんはこっちでいいよな?」

 

 

マック「ええ、そちらで結構です。それとマックちゃんではありませんわ」

 

 

白銀「お前滑れんの?」

 

 

ゴルシ「さぁ?やった事ねえから分かんねー。爺ちゃんはなんか連れてってくんなかったし」

 

 

黒津木「お前、いつも爺ちゃんと一緒なのな.........」

 

 

 いつも通り話し始めたトレーナーさんの親友方。しかしその足取りはリンクへと着実に進んで行っています。

 うぅ、私も久々に滑りたくなってきました.........おや?もうトレーナーさんもシューズを履けたようですわね.........

 

 

マック「参りましょう!!トレーナーさん!!」

 

 

桜木「しまった!!意識無くして脳死で履いてた!!!??」

 

 

 いつまでもモタモタしているトレーナーさんが悪いのです!!彼の手を引きながらスケートリンクに入ると、半ば強引に私の引っ張る手を、彼は払い除けました。

 

 

マック「.........トレーナーさん?」

 

 

桜木「い、いや.........これは俺流のスケートの準備体操だから.........マックイーンは皆と滑って来てくれ.........」

 

 

 もしかして、やりすぎてしまったかも知れません。謝ろうと思い振り返ってみると、そこには両手を前に突き出し、足を肩まで開いて腰を落とすトレーナーさんの姿がありました。

 彼の顔から滲む汗を見て、準備体操に真剣になっている所を邪魔しては行けないと感じた私は、先にテイオー達と合流しました。

 

 

マック「テイオーーー!!」

 

 

テイオー「あ!!マックイーン!!遅かったね!!」

 

 

 氷上での身体の動かし方についてレクチャーしていたテイオー。既に何人かは普通に滑れるようになるレベルになっていました。彼女、結構ものを教えるのが得意なのかもしれませんわね。

 私も負けては居られません。まだ滑りなれていないスペシャルウィークさんとオグリキャップさんにお教えしましょう。

 

 

マック「良いですか?身体の重心は前足の真上に常にある状態です。足が前に出てから体重を乗せるのではなく、体が前に出てから足を真下に運んで下さい。これがスケートの基本ですわ!!」

 

 

オグリ「なるほど、ありがとうマックイーン。早速実践してみようか」

 

 

スペ「はい!!ありがとうございます!!マックイーンさん!!行きましょう!オグリさん!!」スー

 

 

 まだまだおぼつかないながらも、あの様子なら二人とも、滑っている間に動きを覚えそうです。

 そう思いながらテイオーの方を見ると、何故か違う方向を見て固まっていました。

 

 

テイオー「.........」

 

 

マック「テイオー?どうしたのですか?」

 

 

テイオー「あれ.........」

 

 

ゴルシ「.........」プルプル

 

 

桜木「.........」プルプル

 

 

マック「.........何してるんですのあの二人は.........」

 

 

 なんと、トレーナーさんは先程のあの体制から全く動いていません。それどころか、隣に居るゴールドシップさんも同じような体制で固まっています.........これはもしや.........

 声をかけ、助け舟を出そうと思った矢先、視界の端からトレーナーさんの親友方がやってきました。

 

 

白銀「へっへー!!なまっちょろいぞ宗也ァァッ!創ェェッ!Aクラスの根性見せろオラァ!!」

 

 

黒津木「ざけんなッ!こちとらスケートなんざ小6以来だわ!!!」

 

 

神威「あ!!玲皇!!ゴルシ!!危ないぞ!!」

 

 

二人「ひっ!!?」

 

 

 そんな忠告を受けた二人は、じたばたと足を動かし、何とか三人の進行方向上から抜け出していきました。

 そして、倒れ込んだその先で、その三人の風を切る勢いにも到達するスピードを肌に感じていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木&ゴルシ

「.........」ズーン.........

 

 

マック「あの、お二人とも.........?」

 

 

 リンクの隅っこで仲良く並んで体育座りをして背を向けているお二人に声を掛けると、ゆっくりと顔だけをこちらに向けてきました。

 

 

桜木「.........ハハ、笑えるだろ.........?これでも小学校六年間、スケートやってきたんだぜ.........?」グスン

 

 

ゴルシ「ハハ.........氷の上も滑れねえようじゃ.........おばあちゃんに顔向けできねぇ.........こんなの、伸びきったラーメンよりやる気でねえぜ.........」グスン

 

 

マック(思ったより重症ですわ.........)

 

 

 どうしようかと頭を抱えていると、ついにお二人は感情のダムが決壊してしまったのか、抱き合って泣き出してしまいました。

 

 

桜木「ゴールドシップゥゥゥ!!!俺達はスケートの才能をママのお腹の中に置いてきちまったんだァァァ!!!」ウワーン

 

 

ゴルシ「うおォォォ!!!アタシはきっとトマトハイッテナイパスタに食われちまったんだァァァ!!!アイツレースの時周りが食い物に見えちまうからァァァ!!!」オーイオイ

 

 

桜木&マックイーン

「なにそれ怖い(ですわ).........」

 

 

 誰でしょう、トマトハイッテナイパスタ。そんなウマ娘居ましたでしょうか?いえ、ゴールドシップさんの事です。ウマ娘かどうかも怪しいところですわ。

 とにかく、このままでは周りのお客様に迷惑をかけてしまいます。こうなれば私が一肌脱ぐしかありませんわ!!

 

 

マック「大丈夫ですわお二人とも。このメジロマックイーンがしっかり手ほどきして差し上げますので!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゴルシ「ヒィィィ!!!??怖ーよマックイーン!!!」

 

 

マック「しっかり手を繋いでおりますので大丈夫です。それよりしっかり目を開けないと、いつまで経っても怖いままですわよ?」

 

 

 あのよく分からない体制のゴールドシップさんの手を引きながら、ゆっくりと後ろ向きに滑ります。もちろん、進行方向にしっかりと気を向けているので、壁に当たったり、誰かと衝突したりなどはありません。

 

 

マック「全く、いつもこれより早い速度で走っているではありませんか.........」

 

 

ゴルシ「だってよー!!!足が動いてねぇのにすげぇビュンビュンすんだろ!!?アタシ怖くてたまんねーよ!!!」ガクガクブルブル

 

 

 どうやら、彼女はスケートが苦手と言うより、滑ることに恐怖を感じているようです.........一体この恐怖をどうしたら.........

 そんな事を考えていると、先程外周をビュンビュンと走り抜けていた白銀さんがゆっくりと近づいてきました。

 

 

白銀「よっ、順調か?」

 

 

マック「ええ、今の所は.........」

 

 

ゴルシ「なんだよ白銀!!オマエもアタシを笑いに来たのか!!?」

 

 

白銀「いや、どっちかっつーと玲皇を笑いに来た」

 

 

ゴルシ「オマエ絶対嫌われるぞ.........」

 

 

 本当、どうしてこんな意地悪な人と仲良く出来るのでしょう?不思議でなりませんわ.........

 しかし、よく考えてみると、ゴールドシップさんも私にいつも変な嫌がらせをしてきます。もしかしたら、彼らはそう悪いと思ってないのかもしれませんね。

 

 

マック「トレーナーさんは後で私が教えるので心配は無用です。白銀さんは皆さんと遊んでてもよろしいのですよ?」

 

 

白銀「いんや、一つくらいアドバイスを送ろうと思ってきたんだ。それだけさせてくれ」

 

 

マック「?.........分かりました」

 

 

 ゴールドシップさんからゆっくりと手を離し、少しだけ離れて様子を伺います。白銀さんはやはりプロとして活躍しているだけあって、身体の動かし方やメンタル面での指導がお上手です。聞いている私もいくつか参考になる話を聞かせてくださいました。

 

 

ゴルシ「お.........おお?おおお!!!」

 

 

マック「まぁ.........あんなにスイスイと.........」

 

 

ゴルシ「すっっっげーーー!!!!!スケートってなんかそうめんみてー!!!!!」

 

 

白銀「分かる(?)」

 

 

マック「は?」

 

 

 思わず声が漏れてしまいましたわ.........だって仕方ないではありませんか。あんな発言を理解できる人間がこの世に居るとは思いませんでしたもの。

 さて、ゴールドシップさんはもう水を得た魚のようにスケートを楽しんでいます。後はトレーナーさんだけですわね.........

 

 

桜木「裏切ったのか!!?俺を売ったのか!!?」

 

 

ゴルシ「へへ、アタシは満足だぜ。おっちゃん」

 

 

桜木「この裏切り者ォォォーーーッッ!!!」クワッ!

 

 

マック「はいはい。行きますわよトレーナーさん」

 

 

桜木「やだぁ!やだぁ!!小生怖いぃ!!」

 

 

マック「最近自我崩壊が激しいですわ!!!もっとシャンとしてくださいまし!!!」

 

 

 最近顕著になってきたトレーナーさんの自我崩壊。初めてお会いした時は、まさかこんな方だとは思いもしませんでした。

 ですが、この人が私のトレーナーなのです。嘆いていても仕方ありませんわ.........

 

 

マック「ほら、しっかり立って。私の手を掴んでください」

 

 

桜木「お、おおおおお願いします.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ウララ「見て見てライスちゃん!!スイー!!」

 

 

ライス「上手だねウララちゃん!ら、ライスも一緒に頑張るぞー!」

 

 

ブルボン「あ、あ、あ、ライスさん。待ってください。今貴方に離れられると.........」

 

 

ルドルフ「大丈夫か?ブルボン。いいか、重心を前足にかけるんだ」

 

 

テイオー「おー!!さすがカイチョー♪もうスケートもバッチリだね!!」

 

 

 彼の手を引きながら右手側を見ると、テイオー達が楽しんで滑る様子がみてとれました。

 

 

スペ「わー!!スケートってこんなに楽しいんですね!!もっと早くやりたかったなー!!」

 

 

オグリ「ああ、走ってるみたいで気持ちいいな.........」

 

 

神威「ゼェ......ゼェ......もう無理.........」

 

 

タキオン「おや、司書くんはもうダウンしたのかい?黒津木くんを見習いたまえ!!まだまだ滑ってるぞ!!」

 

 

黒津木「テメェだけにはぜってぇ負けねェッッ!!!」

 

 

ゴルシ「次はアタシと勝負だ!!!負けたら蛸壺買ってくれよ!!!」

 

 

白銀「はァ!!?ぜってェ負けねェからッッ!!!」

 

 

桜木「もうアイツらと渡り合えてんのか.........アスリートってすげぇ.........」

 

 

 左手側では、トレーナーさんの親友方が楽しそうに競争していました。

 しかし、そう言いながらも、トレーナーさんはまだ恐怖を感じているのか、目を少し半開きにしてるだけです。これでは、滑れるものも滑れませんわ。

 何かいい方法は無いかと模索しましたが、既にここにちょうどいい目印が、彼の目の前にあると気が付きました。

 

 

マック「トレーナーさん?しっかりと前を見てください」

 

 

桜木「うぅ、と、苦手意識がね.........」

 

 

マック「安心してください!!私の姿に視線を集中すれば恐怖はきっと和らぎますわ!!」

 

 

桜木「えぇ!?」

 

 

 我ながらいいアイディアですわ!!彼は少々滑ることに意識を割き過ぎているのかも知れません。滑れない事から来るコンプレックスのせいで、より一層滑ることに無意識に固執している場合も考えられます。

 初めから何もかも上手く行くなんて有り得ません。何事も根気強くやらなくては!!そんな思いを秘めながら彼の目を見ていると、戸惑いながらもその目をようやく、普通の状態まで開ききってくださいました。

 

 

マック「ふふ、その調子ですわ」

 

 

桜木「う、だいぶ楽になってきた.........ありが」

 

 

マック「.........?」

 

 

 いつものように彼がお礼を言いかけた時。不意にそれが途切れました。彼の意識が無くなった訳ではありません。しっかりとその二つの目で、私の事を.........

 待ってください。これ、けっこう大胆なことをしてるのでは無いですか?と、ととと、殿方と手を繋いで、見つめ合って.........し、しかも私の方から、私を見て欲しいなんて.........!!!

 

 

マック(か、顔が!!顔が熱いですわ.........!)

 

 

桜木(やっぱ綺麗な顔してるよなぁ.........)

 

 

 こ、ここで引いては行けません!!私から見て欲しいと言った手前、ここで目を逸らせばなぜか負けたような気がしてきます。目を、目をそらすことだけは絶対.........!!

 

 

マック(けど.........)

 

 

桜木「?」

 

 

マック(ど、どうしてそんなに目を合わせてくるんですのォォォ!!!??)

 

 

 目を逸らしては行けないと心に決めてしまったため、もう彼の目からは逃げれません。

 しかし、そのトレーナーさんの目はがっしりと私の目を見てきます。ズルい、ズルいですわトレーナーさん!!

 

 

桜木「な、なんか怒ってる?」

 

 

マック「な、何も怒ってなどいません!!」

 

 

桜木「嘘だぁ!?だって目付き怖いよ君ぃ!!」

 

 

マック「生まれつきです!!目付きがキツくて申し訳ございませんでした!!!」

 

 

桜木「いや俺は綺麗だと思うけど.........」

 

 

マック「え?」

 

 

桜木「.........!!?マックイーン後ろ後ろ!!!」

 

 

マック「後ろ.........?あぁ!!?」ドンガラガッシャーン!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「大丈夫か?マックイーン」

 

 

マック「ええ.........申し訳ございません、貴方に教えるどころか、帰って危険に晒してしまうなんて.........」

 

 

 ベンチに座りながら、私は彼に頭を下げました。まさか、壁に激突してしまうなんて.........しかも、その後その弾みで、と、トレーナーさんを押し倒して.........///

 

 

マック(こ、これ以上は考えないようにしましょう.........!!)

 

 

 彼が自動販売機から購入してきてくださったココアを受け取りながら、先程の光景を思い出してしまいます。

 壁に激突した後、はしたなくも仰向けの彼にまたがる形で押し倒してしまったのです。それだけなら良い.........いえ、良くは無いですね。ただ、それで終わればよかったのです。

 そのまま私は、彼の上に乗ったまま前に倒れ込んでしまったのです。何とか寸でのところでリンクに手を付き、事なき事を得たのですが.........

 

 

マック(.........あの時の表情は、なんだったのでしょう.........?)

 

 

 急接近した私の顔を見て、彼は息が詰まったような、苦しそうな表情をしながらも、私の肩に手を当て、ゆっくりと上半身を起こしてくださいました。あの時ようやく、彼が視線を私から外し、そのまま優しく私の肩を押して体制を整わせてくださいました。

 

 

桜木(はぁぁぁ、マジで焦ったぁ.........あんな顔が数cm先にあるって割とヤバいぞ。息感じてたし)

 

 

マック(もしや、ようやく意識してくださったのでしょうか.........?だ、だとしたら嬉しくはあるのですが.........)

 

 

 あんなことが起こった後で、とてもなにか行動に移すことなど出来るはずがありません。今日のキャパは完全に超えてしまいましたわ.........

 そう思いながらココアの容器の蓋を開けると、私の隣に彼が座りました。彼とは一切触れ合っていないのに、確かに隣に、彼を感じることが出来ます。

 

 

桜木「.........スケートがこんな楽しいと思ったの、生まれて初めてだわ」

 

 

マック「楽しかったのですか?」

 

 

桜木「ああ、怖がってばっかだったけど、結構楽しめたぞ?マックイーン教えるの上手いしな!」

 

 

マック「ふふ、トレーナーさんには敵いませんわ.........」

 

 

 彼から視線を外し、両手で持ったココアを一口飲みます。温かさが口の中で広がり、甘さがゆっくり身体を解します。彼もまた、片手で持ったココアを一口飲みました。

 今日の出来事で改めて、他人に何かを教えることの難しさを認識しました。トレーナーという存在はウマ娘に撮って必要不可欠.........ですが、いくら必要だと思っていても、適当に選んでいいわけではありません。

 

 

マック(まぁ、そのことに気がついたのはごく最近なのですが.........)

 

 

桜木「本当.........楽しかったぁ.........」

 

 

マック「.........?トレーナーさん.........?」

 

 

 いつもよりふにゃふにゃになった彼の声が聞こえてきました。もしかして、眠くなってしまったのでしょうか.........?

 無理も無いかもしれません。普段慣れないことを、手ほどきを受けながら身につけていくというのは想像以上に疲労が溜まるはずです。それでなくとも、普段の業務で疲れているはずですのに.........

 

 

マック「.........今だけは、ゆっくりとしていてください。トレーナーさん.........」

 

 

桜木「んぅ.........Zzz.........」

 

 

マック「.........私も、少し休ませてもらいましょうか.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オグリ「ということがあったんだ!!」

 

 

タマ「ほーん。良かったやんオグリン。スケートは楽しかったんか?」

 

 

 目の前にいるウチと同じ芦毛のウマ娘に聞くと、もう首がちぎれるレベルで縦に振りよった。どんだけ楽しかったっちゅうねん。

 全く.........なーんで風邪で寝込んでる時にわざわざおっちゃんとマックちゃんがベンチで寄り添って寝てた話すんねん。こちとら人肌恋しいタイミングやのに。

 

 

タマ「.........んで、具体的にどこが楽しかったんや?」

 

 

オグリ「そうだな、一番はやはり、ルドルフと滑ったことだろうか」

 

 

タマ「.........待てオグリン。ウチ嫌な予感しかせえへん.........」

 

 

オグリ「あれは.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ルドルフ「中々いい物だな!!スケートというものは!!」スイー

 

 

テイオー「カイチョーカッコイイ!!やっぱりスケートしたら似合うんじゃないかってずっと思ってたんだ♪」

 

 

 確かに、無駄な動きもないシンボリルドルフのスケート捌きは見事なものだった。あんな短時間で見事に滑れるようになったものだ。むぅ.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私も負けていられないな.........」ボソッ...

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ルドルフ「え」

 

 

全員「あ」

 

 

オグリ「.........?」

 

 

 誰にでもなく呟いてみると、気がつけばみんなの視線が私に注がれていた。一体どうしたのだろう?みんな汗をダラダラと垂れ流しながら、私を見守っている。

 そこでふと、生徒会長の様子がおかしい事に気が付いたんだ。彼女はまるで極寒の雪山に居るように、その身を激しく震わせていた。

 

 

オグリ「だ、大丈夫かルドルフ!?風邪でも引いたのか!!?」

 

 

ルドルフ「な、なぁオグリキャップ.........?これはまさか.........勝ち負けが存在するのか.........?」

 

 

全員(オグリキャップ.........!!)フルフル

 

 

 あまりの不測の事態に過敏になっていた私の耳には、彼らの私を呼ぶ声が届いた。そこでそちらに一旦振り返ってみると、全員が横に首を振っていた。

 なるほど.........意図が掴めてきたぞ.........!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 遠慮は要らないということだな!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オグリ「心配するな、シンボリルドルフ」

 

 

ルドルフ「オグリキャップ.........?」

 

 

オグリ「やるからには.........私は勝つぞ」

 

 

ルドルフ「」

 

 

全員「」

 

 

オグリ「.........?」

 

 

 生徒会長の肩に手を置いてグッと親指を立てて言ったんだ。よくトレーナーが落ち込んだ時はこうして励ましてくれるからな!

 けれど、明らかに周りの空気が凍りついている。氷の上だけに。あ、これを言えばルドルフは喜ぶかもしれない。洒落というのはこういうものだとトレーナーに「いやだぁ.........」.........?

 

 

ルドルフ「私はぁ.........!!」

 

 

オグリ「る、ルドルフ.........?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「負けたくないィィィッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オグリ「な、何ィィィッッ!!!??」

 

 

ルドルフ「私はァ!勝ァつッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

タマ「うわ、ネットで検索したら映像が出てきよった」

 

 

 会長のヘル化はもう学園では日常的になってきてるんやけど、外では多分、一回もなってないはずや。そこは生徒会長の意地とかプライドで何とかしてたんやろうなぁ.........

 でもなぁオグリン.........

 

 

タマ「なんでフィギュアスケートなん???」

 

 

オグリ「ああ、あの後成り行きで勝負を挑んだは良いものの、私はそこまでスケートが上手じゃなかったんだ。転びそうになる度にそこを彼女に支えてもらったら自然とそうなってた」

 

 

タマ「そうはならんやろ」

 

 

オグリ「.........は!なんでやねん!」

 

 

タマ「ちゃう!!使うタイミングちゃうで!!どっちかっちゅうと今のウチが言いたいわ!!なんでやねん!!」

 

 

オグリ「ははは!タマは面白いな.........」

 

 

タマ「はたから見たらアンタの方がお笑いや!!!あ〜.........アカン、ぶり返してきてもうたわ.........」ボフン

 

 

オグリ「ダメだぞタマ。ちゃんと安静にしてなきゃ」

 

 

タマ「アンタのせいや.........!!」

 

 

 ウチは布団に包まりながらも、ウマフォンから流れる映像を何となく見てた。これがなんか不思議なもんで、割と綺麗なフィギュアスケートになってたんや。

 まぁ話題になるわ、公共の場でこんな事をしてたら.........と、ウチはそのまま寝落ちしてもうた。

 

 

 後日、朝のニュースが流れる寮のフロントでは華麗に滑るオグリキャップと青白い炎の線を引きながらオグリキャップを支えて滑るシンボリルドルフが映し出され、世間では大きく取り沙汰される事になるのだった.........

 

 

 

 

 

  ......To be continued



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一心同体の覚悟

 

 

 

 

 

桜木「.........」

 

 

 時計の針が鳴り響く。やけに静かで、やけに落ち着かない。広がる青い草原の中で静かに横たわる。これが夢だと言うことは、誰に言うでもなく、独り言をつぶやくまでもなく、すぐに理解した。

 

 

 遠くに見えるのは雷雨ひしめく、暗雲立ちこめる空気。今はまだ晴れ晴れとした太陽の元に晒されているが、俺はきっと、あの中をここで過ごさなければならなくなる。

 

 

 そんな事を考えながら、静かに起床を待っていた.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二月を迎えたトレセン学園。開催レースは少ないものの、春に向けてピリピリとした空気感は漂ってくる。

 春の天皇賞も、皐月賞も近付いてきている。どちらもどデカいGIレース。勝ちに来るのは俺たちだけではないだろう。

 そんなことを思いながら、チームルームの扉を静かに開けた。

 

 

桜木「.........あら?」

 

 

「あ!!ご無沙汰してます!!桜木トレーナーさん!!」ペコリ

 

 

マック「おはようございます。トレーナーさん」

 

 

 扉を開けると、そこにはチームのエースであるメジロマックイーンと、チームメイトではないメジロライアンが座っていた。

 

 

桜木「いらっしゃい!菊花賞ぶりだなぁライアン!!」

 

 

ライアン「はい!!桜木さんも元気そうで!!」

 

 

マック「あら、そんな仲でしたの?」

 

 

 がっしりと握手を交わしていると、マックイーンは困惑したようにこっちを見てくる。ああ、そういえば、マックイーンの前で話した事はなかったな。

 

 

桜木「マックイーンが倒れた時にな、保健室で知り合ってたんだよ。まさか、知り合いでもない子に菊花賞前に話し掛けられるわけないだろ?」

 

 

マック「いいえ、トレーナーさんならやりかねませんわ」トンッ

 

 

桜木「うぐっ.........」

 

 

 ソファーに座っていたマックイーンがおもむろに立ち上がり、片肘で握手を交わしている俺の脇腹を優しく攻撃してきた。まぁウィークポイントなので強く反応してしまうが.........

 そんな様子を、ライアンは苦笑いしながら見ていた。

 

 

ライアン「アハハ.........なんだか安心しました」

 

 

二人「え?」

 

 

ライアン「いや、二人とも仲が良さそうで!」

 

 

マック「.........そ、そう言われると.........」

 

 

桜木「悪い気は.........しないよな?」

 

 

 目の前にいるライアンの苦笑いが伝染するように、お互い苦笑いしながら顔を見合った。仲が良くなっているのは自覚しているが、他人に指摘されると照れてしまう。マックイーンもその頬を染めて反応した。

 しかし、そんな様子も一瞬で、俺の目を見たマックイーンはすぐに咳払いをすると、足早にチームルームの扉に手を掛けた。

 

 

桜木「マックイーン?」

 

 

マック「私は失礼させていただきますわ、『なんでもライアンは、トレーナーさんと«二人っきり»で内緒のお話をしたい』とのことですので」

 

 

 自然と声が大きくなるマックイーン。括弧の中に更に一つ二つ使われたような強調した喋り方をしているの、彼女は気付いているのだろうか?少なくとも、俺とライアンは笑いを抑えるのに必死だ。

 

 

マック「邪魔者はとっとと退散させていただきます。ええ、どうせ私は邪魔者ですからっ」

 

 

桜木「そうカッカすんなよマックイーン」

 

 

マック「別に怒っていませんっ。ライアンと貴方がどんな内緒話をしようが、私には関係ありませんし」

 

 

マック「ですから!どうぞごゆっくり!!」

 

 

 そう言い切ると、彼女は逃げるようにチームルームを出て行った。そして扉は今日も乱暴に開けられてしまった。ごめんな?最近休んでないだろ?

 

 

扉「ええんやで」

 

 

桜木「ありがとう、ありがとう」

 

 

ライアン「誰と話してるんですか?」

 

 

 最近酷使している扉を撫でていると、ライアンに疑問符を持たれた。ああごめん。普段みんな何も言わないけどこれ異常行動だったね。家だといつもこんななんだよ.........ここは職場ここは職場.........よし。

 

 

桜木「.........それにしても、どうしたんだ?マックイーンは.........」

 

 

 気持ちを切り替え、先ほど出て行ったマックイーンについて考える。怒った彼女は見たことあるが、今日はまた一味違う雰囲気だった。

 顎に手を当てて考えながらソファーに座ると、クスクスとした笑いがチームルームに響いた。その声の主はライアンだった。

 

 

ライアン「きっと、私がトレーナーさんを取ろうとしてるって思ったんでしょうね」

 

 

桜木「おいおい、俺は別に景品じゃないぞ?れっきとした人間だからな」

 

 

 俺と同じようにソファーに座りながら笑いを零すライアン。やはりメジロ家のウマ娘で、その上品な笑い方からはマックイーンを彷彿とさせる。

 むぅ、少し寂しいな.........けれど、二人きりで話をしたいとはなんだろう?は!!!まさかチームに移籍!!?有り得る。有り得るぞこれは!!!

 

 

桜木「チームに入りたいなら「マックイーンのことです」あ、そう.........」

 

 

 ミホノブルボンが丹精込めて作り上げたプラモデルをじっくりと見ながらそう切り返したライアン。ごめん、めちゃくちゃ恥ずかしいわ.........

 しかし、マックイーンのこととはどういう事だろうか.........?

 

 

ライアン「多分桜木さんは気付いていると思いますけど、今のあの子、すごく無理してますよ」

 

 

桜木「.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「.........クソ、こっちにも載ってねぇ。白銀から送られてくる医者リストもここ暫くは打ち止めで、連絡しても話を聞くだけ聞いて断るのが大半.........!!」

 

 

 イラつきを覚えながら、夜の図書室を後にする。医学に関する本はあれからだいぶ入ってきたが、それでもピンポイントでこれだと言うものが殆ど無い。テイオーの皐月賞は四月。マックイーンの天皇賞よりも早い.........

 

 

「はっ......はぁっ.........はっ.........」

 

 

桜木「.........マックイーン.........?」

 

 

 遠くからでもわかる彼女の姿。綺麗な紫がかった芦毛の長い髪が、彼女の後を追いかける。俺は隠れる必要なんてないのに、木の影から彼女を見ていた。

 これ以上は無駄なトレーニングだ。効率的ではないし、成長途中の身体に強い負荷が掛かってしまうのはアスリートとして正しくない。声をかけようと思うのと同時に、その考えにブレーキをかける。

 

 

桜木(けど、正しさが人を救うわけじゃない.........)

 

 

マック「ここからはもう少し早いペースでっ.........!」

 

 

 成長途中だから?アスリートとして正しくない?そんなこと、知識あるメジロのウマ娘なら、とっくのとうに理解しているだろう。けれど、それで安心してその日を迎えられるほど、レースというのは甘くはない。

 安心出来ない心を落ち着かせる為のトレーニング.........言い方は悪いが、やった気になれるトレーニング。ここまでした。こんなにした。その気持ちや過程が自信を産む、一種の薬物のようなものだ。

 

 

桜木(.........ごめんな)

 

 

マック「春の『天皇賞』!私は絶対に勝たないと行けないのですから!」

 

 

 作った拳を胸に掲げ、そう決意する彼女。俺にもっと力があれば、俺にもっと実績があれば.........俺に、俺にもっと。君を安心させられるような言葉をかける事ができたら良かったのに.........!!!作った拳は掲げることなく、隠すように下へと向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「.........夜の自主練の事か?」

 

 

 目を背けていた現実に、目だけを向ける。そうすれば、ダメージは少ないからだ。けれど、目の前の彼女からなんて言われるだろう?

 知ってるのに止めないのは、トレーナーとしてどうなんですか?それでも本当に、メジロマックイーンのトレーナーなんですか?

 そう言われても仕方ない。マックイーンは俺のメニューが物足りないと思っているが.........一番、本当にそれでいいかと思っているのは俺自身だからだ。

 けれど、帰ってきた言葉は俺を罵倒するものでは無かった。

 

 

ライアン「やっぱり気付いてましたね。うんうん、マックイーンの言っていた通りです」

 

 

桜木「.........?どういうこと?」

 

 

 そう聞いてみると、ライアンはソファーからおもむろに立ち上がった。そのままプラモデルのところに移動していき、触ってもいいかと聞かれたので、壊さないなら良いと許可を出した。

 

 

ライアン「『ちょっと頼りないけど、ウマ娘の事をよく見ていて、誠実に寄り添ってくれる人』」

 

 

ライアン「マックイーンは桜木さんの事。いつもそういう風に言ってるんですよ」

 

 

ライアン「.........『だから、どんなことがあっても私は最後まで付いて行こうと思ってる』って」

 

 

 プラモデルの背中側をじっくりと見ながら、ライアンはそう話した。そんなことを言っていたのか、マックイーンは.........

 

 

桜木「.........買い被りすぎだ。現に俺は、学園のトラブルメーカーだ。噂は響いてるだろ?」

 

 

ライアン「それ以上に、トレーナーとしても優秀だと理事長も言ってました。マックイーンも信頼しまくりです」

 

 

桜木「.........」

 

 

 信頼、あの日、特等席を手放そうとしたあの日に失った信頼を、俺は取り戻していたのだろうか?もし、本当に100%信頼が帰ってきていたとして、じゃあ誰がこの状況を作り出している?

 彼女か?俺か?天皇賞か?いずれにしても、彼女を駆り立てている物を何とかしない限り、彼女はきっとまた倒れてしまうだろう。

 

 

ライアン「.........誰も悪くはないんです。ただ、『天皇賞』にはそれをさせてしまう理由があるんです」

 

 

 ゆっくりとプラモデルを元の位置に起きながら、その場で俺と向き合うライアン。先程とは打って変わって、楽しそうな表情から少し悲しげな表情になってしまった。

 

 

ライアン「私たちメジロのウマ娘は、適正によって期待されているレースが定められていまして.........」

 

 

桜木「マックイーンは.........天皇賞だった」

 

 

ライアン「それだけじゃないんです。『天皇賞』はメジロの大黒柱であるおばあ様とおじい様の思い出のレース.........すごく特別なものなんです」

 

 

 それを言うライアンの表情は、先程より少し優しくなっていた。メジロのおばあ様の事は、どうやらみんな大好きらしい。

 それにしても......期待か.........それがマックイーンを苦しめるものだとしたら、俺はどうしてやれるだろう?

 不安に違いない。マックイーンは責任感が強いだけのウマ娘だ。メンタルの作りも、感じ方も、普通の子と何ら変わりない。ただ強くあろうとしているだけだ。期待されているレースをして、チームのエースとして期待されて.........

 

 

ライアン「あの」

 

 

桜木「.........?」

 

 

ライアン「前にした約束、まだ覚えてますよね?」

 

 

桜木「.........『マックイーンのこと、よろしくお願いします』。だろ?」

 

 

 膝に手を着いて、ソファーから立ち上がる。時計の針は気付けば昼休みの終わりを告げるように真上へ向いて、何事も無いような顔で時を刻む。結局人間は、 タイムリミットには逆らえない。

 

 

ライアン「無理しすぎる前に、マックイーンのこと止めてください」

 

 

桜木「.........約束はできない」

 

 

ライアン「桜木さん!!!」

 

 

 社会人生活で学んだこと。それはできないことを約束しないことだ。相手に期待させるな、相手を失望させるな。無理なら無理とはっきり言うこと。それがたとえ口約束でも、相手が期待をかけているなら尚更守らなければならない。

 この後は定例会議がある。俺は扉をいたわる様に優しく手をかけて、ゆっくりと開けた。

 

 

桜木「.........やるだけやってみるさ。俺に何ができるか、分からないけど」

 

 

ライアン「.........!」

 

 

 約束はできない。だが、それではトレーナーとしての責任は果たせない。社会人に必要なのは折り合いをつける能力だ。擦り合わせや整合性をとり、辻褄を合わせる。

 目の前のびっくりさせてしまったライアンに申し訳ないと思いつつも、俺はチームルームを後にした。

 

 

ライアン「.........マックイーンが好きになっちゃう理由。わかっちゃうなぁ」アハハ...

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一通りのチームトレーニングを終え、最後のまとめを終えた俺はトレーニングコースへと向けて歩を進めていた。何ができるかなんてまだ分からない。けど、やらなきゃ前に進むことは出来ない。

 道中たづなさんと出会い、軽い会話をしながらも、その心は既に、今もトレーニングを続けているであろうメジロマックイーンの元にあった。

 

 

「はっ、はぁっ......はっ、はぁっ......」

 

 

桜木(やっぱり居るか.........)

 

 

 もう皆、ベッドですやすや寝息を立てているだろうに、目の前のメジロマックイーンは疲労の感じる中で尚も走り続けていた。

 身体の動きも悪く、自然ではない。疲れた気になってやった気になるトレーニングのリスクは計り知れない。これもまた、薬物と一緒だ。

 

 

マック「......はっ、はっ......ん、あっ......ぁあっ!?」

 

 

桜木「っ!!?マックイーン!!???」

 

 

 日頃の無理が祟ったのだろう。彼女は体力切れを起こして、トレーニングコースの上に倒れ込んでしまった。

 そう.........前なら、倒れる前に支えられていたはずなのに、こんな所で隠れていたから、彼女の綺麗な髪を地面に付けてしまった。

 

 

桜木(くそっ.........!!何ができることをやるだ!!!こんな.........こんなになるまで見てる事しか出来ねぇなんて.........ッッ!!!)

 

 

マック「.........」

 

 

 急いで彼女を抱き上げてみても、反応は何一つ帰ってこない。ただ静かな寝息が、俺の不甲斐なさを改めて認識させる。

 何がトレーナーだ、何が大人だ、一人の女の子に、こんなに無理させることが俺の目指したかったものなのか?そんなのただのクズじゃねぇか.........!!

 俺はクソ親父みたいにはならない。そう心に決めた筈なのに、こうして人を苦しめている。

 

 

桜木「ごめんな.........!!!」

 

 

 早く保健室に連れていかなければならない。その筈なのに.........涙が止まることなく溢れ出る。彼女にかかることないよう、少し身体を離し、片手で彼女を支えながら、もう片方の手は力を入れる気力もなく、地面に指先を擦りつけていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「.........?」

 

 

「お、気が付いたか」

 

 

マック「ここは.........?え、トレーナーさん?どうして.........?」

 

 

桜木「保健室だ。横になってた方がいいぞ。熱もまだ引いてないから」

 

 

 そう言いながら、トレーナーさんは私の肩を掴み、起こした上半身を戻すようにしました。

 

 

「.........?」

 

 

 優しく触れた手が、どこかよそよそしく感じてしまう。きっと気の所為なはずなのに、なんだか放っておけない。そんな空気を、彼から感じました。

 

 

マック「.........思っていた以上に、疲労が溜まっていたようですわね.........」

 

 

マック「小さい頃、はしゃぎまわった後に、よく熱を出していたことを思い出しますわ」

 

 

桜木「はは、頑張りすぎたみたいだな」

 

 

マック「ふふ、そうみたいですわね.........」

 

 

 月明かりが差し込む保健室。彼は呆れもせず、優しく笑ってくださいました。そんな.........そんな、私に優しくしてくれる彼に、つい笑い声が零れてしまいます。

 

 

マック「.........って、気付いていましたの!?私が自主トレをしていることを.........」

 

 

桜木「.........気付いたのは、最近だけどね」

 

 

マック「.........トレーナーさん?」

 

 

 また、彼の雰囲気が寂しい物へと変わりました。その原因は一つ、私の自主トレのせいだと、勝手ではありますが.........理解しているつもりです。

 正直、いつもの彼らしくありません。楽しい事や面白い事が大好きな、いつものトレーナーさん。ニカッとした笑顔が似合う彼なのに、今の彼の寂しく笑う姿も、様になっています。

 

 

桜木「.........二つ、道がある」

 

 

マック「道、ですか.........?」

 

 

桜木「一つ、[自主トレを止めて、天皇賞・春まで俺の元で調整する]こと」

 

 

桜木「そして二つ目は.........」

 

 

マック「.........!!!??」

 

 

 彼は一度、座っている椅子の下から鞄を取りだし、中からクリアファイルを出してきました。そして、その中にある一枚の紙。

 そこには、こう書かれていました.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「特別移籍申請書.........!!???」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「二つ目は、[自主トレを止めて、天皇賞・春までベテラントレーナーの元で調整する]ことだ」

 

 

マック「ま、待ってください!!!以前言ったではありませんか!!!エースになって欲しいと「俺はッッ!!!」.........!!」

 

 

桜木「俺は.........強くないんだよ.........」

 

 

マック「トレーナー.........さん.........?」

 

 

 張り上げられた悲痛な叫び声。今まで聞いたことも無いような、辛さを世界に叩き付けるような、そんな声を、トレーナーさんは吐き出しました。

 不意に、私は視線が動きました。落ちていくそれを見て、目を丸くしました。彼の握り締められた手の甲に落ちたそれは、雫となり、彼の手の甲の上を歪に濡らしました。

 

 

桜木「.........実績もない、経験もない.........親も親戚も、トレーナーじゃない.........!!マックイーンッ!お前が自信が持てないのはッッ!!!俺自身が俺を信頼してないからだッッ!!!」

 

 

桜木「ごめん.........!ごめんね.........!!!」

 

 

マック「っ.........」

 

 

 子供のように、何度も謝り続ける彼を見て、私はようやく、実感しました。今までのは全部、[皆が望んで作り上げた桜木玲皇という役]なのだと。

 彼は優しい。それこそ、人が言った事が嘘にならないようにするほどのお人好しです。人が苦しむならそれを分かち、人の喜びを分けないようそっとその場を去る.........まるで、何かを償うように.........

 今まで、ほとんど誰にも見せたことが無い彼の素顔が晒されています。彼のしていた仮面の糸が切れたのか、画面が割れてしまったのかは定かではありません.........

 ですが、私がやるべきことはただ一つです。

 

 

マック「.........では、選ばせていただきます」

 

 

桜木「.........」

 

 

 彼の手にある紙を引っぱると、何も抵抗が無いようにスルスルと引き抜かれました。嫌だ、という素振りを見せないのは少しムッとしましたが、彼の性格を考えれば、自分で持ってきた手前、そんな態度は取れないと踏んだのでしょう。

 

 

マック「.........」

 

 

桜木「.........」

 

 

マック「特別移籍制度。最近新たに設けられた制度で、新人トレーナーからベテラントレーナー。その逆や、同期のトレーナー同士でウマ娘の担当を取っかえ引っ変えするという.........」

 

 

桜木「言い方がちょっと.........」

 

 

 本当のことです。こんなもの、責任も取れない人が使う制度です.........けれど、彼自身、彼のやり方を信頼できず、他のトレーナーに私を預けようとするほど、追い込まれていたのも事実。

 そして、そんな風に私が追い込んだのもまた事実でした。彼の必死に作ったトレーニングメニューを侮辱したと言っても.........過言では無いのです。

 ですが、これだけは言えます。私は彼以外の元で、指導を受けるつもりは、一切ありません。

 

 

桜木「あっ!!」

 

 

マック「.........こんなもの、必要ありません」

 

 

 彼から奪った書類を縦に裂き、横に裂きを繰り返し、小さな紙くずにして宙へとばら撒きました。トレーナーさんは、酷く驚いた顔をしています。私はこんなものに、絶対自身の名を書いたりする訳ありませんのに。

 

 

マック「.........答えは一つ。自主トレを止め、貴方の指導の元。春の天皇賞まで調整しますわ」

 

 

桜木「どうして.........!!?」

 

 

マック「.........まず、謝らせてください。貴方のトレーニングに満足していなかったわけではないのです.........」

 

 

桜木「そう、だったのか.........?」

 

 

 彼は赤くした目で、私を見つめてきました。そんな彼を見ると、申し訳ない気持ちでいっぱいになります.........

 .........ですが、伝えたい事はそれではありません。今まで、誠実に私に向き合ってくださったトレーナーさんに伝えたい事は、そうでは無いのです。

 

 

マック「トレーナーさん。貴方は確かに、トレーナーとしてのセオリーから逸脱しています。7着だった私をチームのエースとして引き入れ、退学寸前のアグネスタキオンさんをスカウトし」

 

 

マック「走ることが好きで、一着の取れないハルウララさんを教えたいという気持ちだけでチームに入れ、変わりたいと思っているライスシャワーさんと共に変わろうとし、スプリンターでありながら三冠を狙うミホノブルボンさんを、その手で拾いました」

 

 

マック「.........ほとんど、居ないのです。『強いウマ娘を強く育てる』が根強く残る中央のレースでは.........そんな私達を育てようとするトレーナーなど.........」

 

 

 そう、いくら古賀トレーナーが偉大でも、中央のトレーナーはそのセオリーを名家が立ち上げたトレーナー訓練施設で受けます。そちらの方が、古賀トレーナーが指導するより、人が多くなります。故に、どうしてもその教えが多くのトレーナーに根付いてしまうのです。

 ですが、一番問題なのはそこではありません。その理論でいつまでも勝ててしまうのが、現実の恐ろしい所です。非常に残酷なまでに、その実力差を理解させてきます。

 .........だから、あの時。貴方がトレーニングコースで名を名乗ってくれた時。本当に嬉しかったんですのよ?

 

 

マック「私は、貴方を信頼しています。貴方が、貴方を信頼していなくても.........」

 

 

桜木「.........マックイーン」

 

 

 それでも、先程よりましになったとはいえ、彼の表情はやはり、まだ悲しげな面持ちでした。

 一体どうすれば.........そう思った時、一つ、良い案が浮かんできました。彼の目を真剣に見つめると、少したじろぎながらも、私のその真剣さに答えるように、見つめ返してきました。

 

 

マック「.........一つだけ、一つの覚悟だけで、貴方の不安が解消されるものがありますが.........?」

 

 

桜木「.........っ」

 

 

マック「.........一つの心を、二つの器で分かつ事。それ即ち.........」

 

 

桜木「.........『一心同体』.........?」

 

 

 その言葉が聞こえて、すこし驚きました。思っている事が伝わってしまうなんて、それでは本当に一心同体みたいではありませんか。

 私のこの信頼も、言葉にせずとも伝われば楽になりますのに.........けれど、その楽では無い道を彼と歩くのも、楽しいかもしれせん。

 

 

マック「.........貴方にはありますか?私と共に、メジロ家の使命を共に背負い、『一心同体』になる覚悟が.........?」

 

 

桜木「.........俺は、出来ない約束はしないようにしてる」

 

 

 彼は椅子に座り、目を伏せていました。不安も、期待もありません。ただ次の彼の言葉を待つのみです。仮面を捨てた。彼の声を.........

 

 

桜木「.........だから、覚悟を決める」

 

 

マック「.........!もう、言ったからにはしっかりと守ってくださいね?トレーナーさん」

 

 

 月明かりが差し込む保健室。ようやく見せてくれた優しく微笑む顔。大人らしさも、子供っぽさも感じない、本当の彼の素顔。やっぱり、どんな仮面をつけていても、滲み出ていた優しさは本物だったようです。

 そんな.........そんな彼に私は、恩義以上の感情を.........

 

 

桜木「ああ、不安にさせて.........ごめんな」

 

 

マック「ですから、それは私のせいで.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ!」

 

 

桜木「.........」

 

 

 彼女が倒れて二週間が経った。身体の調子もようやく本調子に戻り、あの日胸につかえていた何かも、気にならなくなった。

あの日はあの後謝罪合戦が繰り広げられて、門限を過ぎてしまいしこたま怒られてしまった。俺の母親以外に口喧嘩で勝てなさそうだと思ったのは初めてだ。

 

 

ウララ「マックイーンちゃんはやーい!!」

 

 

タキオン「うーん、成長傾向が明らかに以前より上向いているね.........何かしたのかい?」

 

 

桜木「いんや?止めさせたくらいかな?」

 

 

 あれから、マックイーンは夜の自主トレは行っていない。直接見たり釘を刺したりしてるわけではないが、俺と彼女は一心同体の覚悟を決めた。彼女を信じるだけだ。

 そう思っていると、隣にやってきたアグネスタキオンは目を細めて俺を笑った。

 

 

桜木「な、なんだよ.........」

 

 

タキオン「いやー?一体どんな魔法を使ったのかと思ってねー?」

 

 

 ヤレヤレという様に手を広げて見せたタキオン。言いたいことがあるなら言えばいいのに。

 そう思っていると、遠くでダイワスカーレットが手を振っているのが見えた。あの子ホントにタキオン大好きっ子だな。名誉ファン一号にしてあげよう。

 

 

タキオン「それでどうなんだい?春の天皇賞は、乗り越えられそうかな?」

 

 

桜木「乗り越えるんだよ。それが、マックイーンの夢なんだから」

 

 

 夢、時に人に活力を与え、時に人を縛り付ける物。どこぞの夢の守り人のようになれる訳では無い。けど俺は、目の前に居るこの子達の夢くらい。守って行きたいと思っている。

 

 

マック「はぁっ、はぁっ............トレーナーさん!フォームはどうでしょうか?」

 

 

桜木「問題ない。程よく力も抜けてるし、加速も付いてる。見違えたぜマックイーン」

 

 

マック「ふふ、では天皇賞に出る頃にはもう別人になってしまいますわね」

 

 

 目の前でクスッと笑う彼女。溢れる自信が手に取るように分かる。彼女の不安を何とか払えたらしい。

 俺は.........ウマ娘じゃない。トレーナーだ。彼女の真の苦悩を理解する事も、隣で走り、その悩みの答えを出す事もできない。自分に無いものを、役者は引き出せないのだ。

 それでも、俺はトレーナーだ。彼女の隣で一緒に悩むことならできる。答えが見つかるまで支えることが出来る。弱くても、それくらいは出来るはずだ。

 

 

桜木「よし、10分休憩しよう。ウララはライスとブルボンを呼んできてくれるか?デビューの調整メニューを考えたい」

 

 

ウララ「うん!!いいなー!!!ウララもデビューしたーい!!」

 

 

桜木「もう少しトレーニングしような。ウララも早くなってきたし、本当にあと少しだ」

 

 

ウララ「ホント!!?わーいわーい!!!ウララもライスちゃん達と走りたーい!!!」

 

 

 ピョンピョンと楽しげに跳ねたハルウララ。頭をひとなでしてやると、嬉しそうな顔をしたあと、ライス達を呼びに行った。気付けばタキオンも、スカーレット達のトレーニングに付き合っている。この場にいるのは.........

 

 

桜木「隣、失礼するよ」

 

 

マック「ええ、構いませんわ」

 

 

 ベンチで休むマックイーンの隣に座る。冬の寒さが若干身体を触れていくが、北海道ほどの寒さはない。

 寒いのは好きだ。特に、死ぬほど寒い北海道の寒さは。肌の表面上は氷のように冷たくなっても、自分だけが感じる内側の熱さが、自分を生きている事を知らしめてくれる。自分の身体に、自分は生きていいと無意識に告げられているみたいで、いつもありがたかった。

 

 

マック「.........トレーナーさん」

 

 

桜木「.........?」

 

 

マック「必ず、勝ってみせます」

 

 

 隣で、そう力強く決心して見せたマックイーンの表情は、とても綺麗で、強くて、なんだか素敵に思えた.........俺にはない、全てを持っている彼女。羨ましいとは思えないほどに、押しつぶされそうになるほどに持っている彼女を見て、俺は、フワフワとした頭の中で、改めて思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(俺には、まだ.........分からないんだ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(俺の夢が本当に、本物なのか)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(そんなの.........知る術なんて、どこにも無かった)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「.........?」

 

 

桜木「.........あ」

 

 

 まずい、思ったより長時間見つめていてしまった。なにか顔についてるんじゃないかと心配になり始めたのか、彼女は俺の視線を頼りに顔を触り始めた。

 

 

桜木「ごめんごめん、別に何か付いてた訳じゃないんだ」

 

 

マック「あら、ではどうしてそんなに私の事を見てらしたのですか?」

 

 

桜木「うぐ.........」

 

 

 まさか、彼女の瞳の中に世界の意味を見出していました。なんて言えるわけが無い。なんて言い訳をしよう.........

 

 

桜木「マックイーンってゴールドシップと似てるよな」

 

 

マック「は?」

 

 

桜木「やっべ」

 

 

 明らかにヤバいことを言ってしまった。思ってもないことではないが、本人に言うことではないだろう。現に、マックイーンは凄い形相でこちらを睨んできている。

 

 

マック「.........ふふ」

 

 

桜木「マックイーン.........?」

 

 

マック「トレーナーさんのことです。どうせ苦し紛れの言い訳に決まってますから、聞き流して差し上げますわ」

 

 

 俺の心を見透かしたようにそう言ったマックイーンは、どこか嬉しそうだった。そんな彼女にまた視線が釘付けになりそうだったが、何とか視線を逸らした。綺麗すぎるんだよな、本当。

 けれど、それでも本当に、今自分がここに立っていることが奇跡だとも思っている。あの日、競バ場に行かなければ、古賀さんが居なければ、熱い想いを伝える恥ずかしさを先に察してしまったら、そう思うと。こうして出会った人達に喜びを感じるし、出会えたであろう人達に申し訳なく感じる。

 

 

 だからこそ

 

 

桜木「.........勝ちに行くぞ。マックイーン」

 

 

マック「.........はい。必ず勝ちます」

 

 

 小さく煌めく王冠に思いを乗せ、出会えた人達、出会えたであろう人達の為に、全力を持って尽くす。

 天皇賞・春まで残り二ヶ月。時間はそう無いが、焦りはない。彼女なら.........マックイーンなら乗り越えて行ける。乗り越えた先で、俺の掴めなかった夢を、彼女は掴んできてくれる。

 

 

桜木(知る術がなかったなら、そのまま、幻想の中で良い。少なくとも、二分の一で本物なら、シュレディンガーの猫理論で全て本物だ)

 

 

 生きているのか、死んでいるのかも分からない夢。それに触れるまで分からない。けれどきっと、彼女はその夢を持ってきてくれる。その時、その夢の生死を確認すれば良い.........

 それになんだか、悪い結果にはならないような気がする。

 

 

桜木「.........さっ、休憩を切り上げよう。今日はこのままスタミナトレーニングだ」

 

 

マック「はいっ!」

 

 

 青く広がるターフと空。その上に存在するマックイーンと、一つの太陽。虹色の輪っかを目に残しながら、ターフを駆ける彼女を、俺はただ、トレーナーとして見守り続けていた.........

 

 

 

 

 

  ......To be continued



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貴顕の使命を果たす為に

 

 

 

 

 

 春の風が駆ける季節。新学期を迎え、誰しもが駆け抜ける風と共に、自らの歩を進めていく。

 現在、京都競バ場の選手控え室。勝負服に着替え終えたマックイーンは、静かにその呼吸を整えていた。

 

 

桜木「.........ハハ」

 

 

全員「.........?」

 

 

 そんな静かな空間で、つい笑い声を上げてしまった。興奮を抑えきれない自分がいる。なぜ笑ってしまったのかは分からないが、そうなってしまった。

 

 

桜木「.........すまん、なんか抑えきれなくて.........」

 

 

沖野「.........まぁ、気にするな。笑えるのはレースが始まる前までだからな」

 

 

 観客席のざわめきが、こんなところにまで聞こえてくる。その全てではないにしろ、マックイーンのことも話題に上がっているはずだ。

 そのざわめきを糧に、心を落ち着かせていると、先程まで座って足をブラブラさせていたトウカイテイオーが隣に来ていた。

 

 

テイオー(大丈夫かな?マックイーン)

 

 

桜木(心配するな。お前だって乗り越えたんだ。マックイーンができないわけが無い)

 

 

テイオー(むっ、それってボクよりマックイーンの方が強いみたいじゃん!!)

 

 

桜木(そうだが???)

 

 

テイオー「フン!!!」ドスッ!!

 

 

桜木「カタパルトタートルッッ!!!」ドンガラガッシャーン!!!

 

 

タキオン「.........君は静かに出来ない病気なのかい?」

 

 

 そんな病気あってたまるか.........と言いたいところだが、実際のところ、静かにしろと言われて静かにできた試しがない。おかしいな、学校の授業は大人しく聞けてたのに.........

 と言うより俺は悪くないだろ。今の。テイオーの肘打ち(斬影拳スタイル)がウィークポイントにクリーンヒットしたんだ。仕方あるまい。

 

 

ウララ「シー!トレーナーうるさいよ!」

 

 

桜木「うっ、面目ない.........」

 

 

 ウララに怒られると泣きそうになる。普段より幾分か声のボリュームを下げ、人差し指を立てていた。

 よりにもよってこんな時に.........そう思い、はぁぁっと大きめなため息を漏らし、手でズボンの汚れをはらいながら立ち上がった。

 

 

ライス「だ、大丈夫?お兄さま.........」

 

 

ブルボン「外的損傷軽微。マスターの内部的損傷に関する申告を待機します」

 

 

桜木「大丈夫だ。強いて言うなら心が痛い.........」

 

 

テイオー「悪いのはサブトレーナーだからね!!!」フン!!

 

 

 頬を膨らませてそっぽを向くテイオー。仕方ないだろう。俺は本気で思ってるんだ。

 春の皐月賞。最も早いウマ娘が勝つと言われているレースで、テイオーは余裕綽々で一着をもぎ取り、その一本指を天高く掲げた。その姿は、その帝王の名に相応しいかった。この目にその姿は焼き付いている。

 スペやスズカと話している沖野さんの目は、あの時。探し求めていた何かを見つけたようにキラキラと輝いていた。多分、俺はあんな目、したことないと思う。

 

 

桜木「.........なぁマックイーン。終わったら何かしたい事とかあるか?」

 

 

マック「スケート」

 

 

桜木「出来ればそれ以外でお願いします.........」

 

 

マック「ふふ.........冗談です。今度また、みなさんでカラオケにでも行きませんか?」

 

 

 的確に弱点を突いてくるマックイーン。スケートの言葉を聞いてゴールドシップも少し嫌そうな顔を見せた。滑れたとしてもまだ苦手意識はあるらしい。裏切り者め。

 それにしても、カラオケと言えばあの桐生院さんとの付き合い以来だ。もう2年も前の話になるのか.........

 

 

桜木「.........そうだな。今度は、スピカ全員で行くのはどうだ?」

 

 

全員「行きたーい!!」

 

 

沖野「はは、騒がしくなるぞぉ。言ったからにはお前がまとめろよ?桜木」

 

 

桜木「うっ......急に胃が痛くなってきたぞ.........」

 

 

 背中を叩かれてまとめ役を促されるも、想像するだけで体調を崩しそうだ。そうだ、アイツらも呼ぼう。こうなったらできるだけ巻き込んで自爆してやる.........

 そんなことを思っていると、レース開始まで残り30分の放送が流れ、出場選手はターフへの移動を放送で言い渡される。

 

 

マック「.........ふぅ」

 

 

ゴルシ「お、もうそんな時間経ってたのか.........」

 

 

桜木「.........さぁ、行こう、マックイーン」

 

 

マック「はい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ほのかな薄暗さが、嵐の前の静けさのように感じてしまう地下バ道。出口からは外の光が栄光のようにその存在を知らしめています。

 春の天皇賞.........この日のため、この日の為だけに、私は今まで走ってきたのです。その前のレースは言わば、全て通過点.........だと言うのに、その通ってきた道が、今や自信となって、私の背中を押してくれます。

 

 

マック「.........」

 

 

沖野(ヒソヒソ)

 

 

桜木(イヤイヤ)

 

 

 バシンッ!

 

 

桜木「アダッ!!?」

 

 

マック「ひゃ.........!?」

 

 

 何かを叩いたような音と、トレーナーさんの叫びを聞いて振り返ってみると、彼が体勢を崩してこちらへ数歩近寄ってきました。

 背中を擦りながら、彼はスピカのトレーナーである沖野さんに目を向けました。

 

 

マック「と、トレーナーさん.........?」

 

 

桜木「その、人に言われて言うんじゃ格好もつかないし、気持ちも伝わらないと思うんだけど.........」

 

 

マック「.........ふふ、格好をつける必要なんてありません。それに、私達は覚悟を決めたではありませんか、月明かりの下で.........」

 

 

 そう、月明かりの差し込む、青白い空間の保健室。あの日に決めた覚悟は『一心同体』になること.........伝わりきらない事など、あるはずがありません。

 そう思っていると、肩に手を.........彼の手が、肩に置かれました。予想もしていませんでしたので、小さく驚いてしまいました。

 

 

マック「え.........!?」

 

 

桜木「.........ごめん、俺が落ち着かないんだ」

 

 

マック「.........もう、大丈夫ですわ.........」

 

 

 両肩に置かれた彼の片方の手に触れ、ゆっくりと胸の前へ持ってきます。綺麗な見た目とは裏腹に、ちゃんと男性と言えるような硬さを持っている、彼の手.........

 人差し指、中指、薬指、小指、最後に親指をゆっくりと曲げ、彼の拳を包むように、私は両手を添えました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「勝ってきます。トレーナーさん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一着で.........待っててください」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつも、レースの前に言ってくださる彼の言葉を、そのまま返します。彼の目を見ていると、次第にいつもの仮面が剥がれるのが、手に取るように分かります。

 照れくさそうに、私の掴んでない腕で顔を隠そうとする仕草は、少し可愛く見えてしまいました。

 

 

桜木「.........ありがとう、落ち着いた」

 

 

マック「これくらい、お易い御用です。良ければ次もして差し上げますが?」

 

 

桜木「次は無い。多分.........」

 

 

マック「あら、では次を期待しながら待ってますね♪」

 

 

桜木「うぐっ.........」

 

 

 あの様子では、またいつかありそうな気がしてなりません。私的には、可愛いトレーナーさんが見れて嬉しいので別に構いませんが.........

 

 

マック「では.........行って参ります。トレーナーさん」

 

 

桜木「ああ、一着で待ってる」

 

 

 仮面を外したトレーナーさんの優しい顔。前まではわからなかったのに、今ではこの顔が、彼の素顔だと分かります。以前、白銀さんがおっしゃっていた素のトレーナーさんだと、ようやく分かりました。

 勝ってみせます。メジロ家の貴顕の為にも、おばあ様の思い出の為にも、そして.........ここまでそばで支えてくださった、トレーナーさん達の為にも.........!!

 確かな光が差し込むその栄光、その出口に向かい、私はその歩を進めていきました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「はぁ.........」

 

 

沖野「どうした桜木?元気出せよ」

 

 

 観客席について、肺に溜まっていた嫌な空気を吐き出した。諸悪の根源はなんの悪びれも見せず、不思議そうな顔で見てきやがる。アンタのせいだぞ、アンタの。

 けれど、ため息を吐いた理由はまだある。

 

 

トマト「おー。もう天皇賞の季節かー。はえーなマジで。蹴っていいか?」

 

 

桜木「やめて下さい死んでしまいます」

 

 

ゴルシ「なんで居るんだよ母ちゃん」

 

 

トマト「いやなー。誰だっけ?めじょまっきーん?「メジロマックイーンです」そうそう、んでそのめじょがな.........」

 

 

 あ、この人覚える気ないな.........そう思いながら何故か居るゴールドシップの母親。トマトハイッテナイパスタ(偽名)さんを見た。相変わらずルックスは良い。ルックスは。

 

 

トマト「この前のレースですっかりファンになっちまってよ」

 

 

全員(だったら名前くらい覚えようよ.........)

 

 

 本人は楽しそうにしっぽを振ってレースが始まるのを待っている。こちらとしても、名前は覚えてもらって欲しいものだ。

 そんなことを思いながら、あと少しで始まるレースに思いを馳せていると、不意にズボンがした方向に引っ張られる感触を感じた。

 

 

桜木「ん.........?」

 

 

 その方向を見ると、小さい女の子が俺を見上げていて、その子と目が合った。その顔を見て、俺は心底驚いた。まさかこんなところで会うとは思ってもみなかったからだ。

 

 

キタ「あ.........!」

 

 

桜木「キタちゃん!!?」

 

 

テイオー「えぇぇ!!?」

 

 

 人の間をすり抜けるようにテイオーがここまでやってくる。俺の足元にいるのは確かに、二年前の夏祭りで迷子になっていたキタサンブラックだった。

 

 

キタ「お、お久しぶりです!!」

 

 

桜木「ハハハ!!大きくなったなぁ!!今日はちゃんとお父さん達と来たのか!?」

 

 

キタ「はい!!あと、ダイヤちゃんも来てます!!」

 

 

 ダイヤちゃん。たしか、マックイーンのファンだとキタちゃんが言っていた子だ。こうしてファンが居るということを知ると、マックイーンも人気になったんだなと嬉しく思う。

 そして、なぜだか分からないが、それと同時に、少し寂しく思った。

 

 

タキオン「もしもしポリスメン?」ピピピ

 

 

桜木「待て、断じて事案ではないぞ」

 

 

 スマホを耳に当て話し始めたアグネスタキオン。よく見るとスピカのほかのメンバーの顔も凄いことになってる。特にスカーレットなんてゴミムシを見るような目だ。

 何とか知り合いであることを弁解してみると、その場は収めることは出来た。まだまだスカーレットとウオッカの顔は疑い深かったが、ゴールドシップの耳打ちのお陰でホッと一安心していた。一体何を言ったんだ?

 

 

「キタちゃん!!先に行っちゃ.........あ!桜木さん!!」

 

 

桜木「あ!お久しぶりです!キタちゃんのお父さん!」

 

 

キタ父「この前の特番見ましたよ!!桜木さん居ませんでしたけど!!」

 

 

桜木「あ、アハハ.........あの時はちょうどエデンを探してたんですよね.........」

 

 

 そうだった。去年の年末の特番。ゴールドシップに騙されてマグロ漁船に乗せられたんだ。漁船の人に聞いたら頭おかしいのかって言われて笑った。俺もそう思うよ急にそんな事言われたら。

 そんな事を思い出していると、ふと下の方から視線が俺に集中しているのに気が付いた。

 

 

「あ.........えと」

 

 

 キタちゃんのお父さんの足元に居たのは鹿毛の、キタちゃんと同じくらいの背丈のウマ娘だった。

 もしかして、この子がキタちゃんの言っている、マックイーンのファンの子だろうか?

 

 

桜木「初めまして、おじちゃんはマックイーンのトレーナーをしてる桜木玲皇って.........」

 

 

「.........」ブワッ...

 

 

桜木「」

 

 

タキオン「...」ピピピピピピ!!!

 

 

桜木「いやその行動は至極真っ当!!!」

 

 

 しゃがみこみ、目線合わせて自己紹介をしていると、目の前の子は突然泣き出してしまった。スカーレットは養豚所の豚を見る目でこっちを見てくるし、タキオンはウマフォンで急いで通報しようとしてる。

 そんな中でもなんでゴールドシップとトマトさんは悠長にターフに目を向けてられるんだ???とにかくここは謝らなければ。

 

 

桜木「ごめん!!顔が怖かったか!?声が大きい!!?ハイエースで子供誘拐してそうな 雰囲気滲み出てた!!???」

 

 

トマト「いつも出てんだろ」ボソッ

 

 

桜木「あ?」

 

 

トマト「桜木くんは裏表のない素敵な人です」

 

 

 なんの悪びれる様子もなく、取り繕うようにそう言うトマトさん。いや、トマト。お前はトマトだ。これからそう呼ぶ。この人は俺の何を知ってるというのだ?今日会ったのも二回目だぞ?

 俺は無礼なトマトを睨みつけていると、またズボンの裾を下に引っ張られてしまう。その方を見ると、泣いている子の手を引っ張っているキタちゃんがいた。

 

 

キタ「ほら!ちゃんと言わないと!!」

 

 

「さ、サトノダイヤモンドです.........!」

 

 

ダイヤ「わ、わたし!マックイーンさんのファンで.........デビューから応援してて.........!」

 

 

ダイヤ「ご、ごめんなさい.........!!わたし、感動しちゃって.........!!」

 

 

 え?じゃあこの子、この年で感動して泣いちゃってるの?あ、やばい俺も泣きそう.........

 けれど、それでは大人として示しがつかない。非常に面倒なものだが、恥も外聞もなく泣けるのは、子供の特権なのだ。俺はもう一度、鹿毛のウマ娘。サトノダイヤモンドと目を合わせるためにしゃがんだ。

 

 

桜木「ありがとうな、ウチのマックイーンを応援してくれて。今日はあの子にとってめっっっちゃ大事なレースなんだ.........だから、かっこいい姿が見れるぞ!!」

 

 

ダイヤ「!!」

 

 

 今日のレース。彼女にとってはどんなレースよりも負ける訳には行かない。ならば必然的に、今までのどのレースよりも本気のマックイーンが見れるという事だ。それをいつも通り、ニカッと笑いながら言うと、ようやく目の前のダイヤちゃんは目を輝かせてくれた。

 その様子に、タキオンは呆れたように息を吐いたのが聞こえてくる。すごい目で見てきた他の子達も安心したようにその目をターフに向けだした。どうやらちゃんと誤解は解けたようだ。

 

 

テイオー「いいなーマックイーン!!ボクもこんな熱心なファンが居てくれたらなー.........」

 

 

キタ「あの!!」

 

 

テイオー「え?なにキタちゃん!」

 

 

キタ「この前の皐月賞!!私見ました!!」

 

 

テイオー「えええ!!!??ホントー!!???」

 

 

 少し離れたところでは、テイオーとキタちゃんがすごいヒートアップを見せ始めていた。どうやらキタちゃんもデビューからテイオーを追っていたらしい。

 キタちゃんがその熱を全てテイオー本人に伝えると、テイオーはその目に涙を貯め始めていた。

 

 

テイオー「うぅぅ、人に応援されるのってこんなに嬉しいんだね.........」ズビィ

 

 

桜木「だな.........」グスン

 

 

沖野「まだレース始まってねえぞお前ら.........」

 

 

 沖野さんに指摘されてようやく気づく。そうだった、まだマックイーンはゲートインすら済ましていないんだった。

 慌てて手すりの方まで出ると、まだまだ時間はあるそうで、俺はホッと一息ついた。

 

 

スズカ「それにしても.........3200メートル.........」

 

 

ウオッカ「めちゃくちゃ長いっすよね.........」

 

 

ダスカ「本当、マイルを走る私達にとっては未知の距離よね.........」

 

 

 そう言う三人の顔には、汗が滲んでいる。この中ではスカーレットが一番走れる方だが、やはり得意な距離では無い。

 栄光を掴むまでの距離は、途方もないほど遠く、菊花の栄光までの道のりより遥かに長い。だが、マックイーンは.........彼女は今日この日のために、努力を続けてきたんだ。

 

 

スペ「大丈夫です!!マックイーンさんはサブトレーナーさんのトレーニング!ずっと頑張ってきたんですから!!」

 

 

ウララ「そうだよ!!マックイーンちゃんもトレーナーもうがーってなって練習してたの!!ウララ知ってるもん!!!」

 

 

 そんな三人の心配を振り払うように、二人が自信満々にそう答えてくれた。他人がそう評価してくれると嬉しく感じる。

 そうだ。マックイーンがスランプに陥っても、この日の為にトレーニングのメニューを変えてこなかったんだ。彼女ならやれる。彼女なら.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺の中で確かに存在する夢を、見せてくれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「.........」

 

 

 ゲートインの最中でも、ウマ娘が入場を果たした時点で歓声が大きく盛り上がりを見せています。いえ、もしかするといつも通りかもしれません.........私の、この天皇賞に対する思いが、いささか体に強く現れている可能性があります。

 

 

 走るウマ娘の中には同じメジロのウマ娘。ライアンとパーマーがいらっしゃいます。ですが、勝ちを譲る訳には行きません。これは、私に託された使命なのです。天皇賞を取ってこいと仰せつかった私の.........!!

 

 

 閉ざされたゲートの中で、ゆっくりと息を吸い、重りを外すように全てを吐き出します。緊張が空回ることのないよう、しっかりと意識を持ちます。

 

 

マック(トレーナーさん............)

 

 

 何かに祈るでもなく、何かにすがるでも無く、その両手を合わせます。金色煌めく王冠は、菊花賞でもその輝きを確かにしました。

 それに頼るでもなく、願うのでもなく、私はただただそれに誓いを立てます。今日の日の為に、今日という運命の為に、彼と.........彼ら彼女らと切磋琢磨をしてきたのです。

 私はただ、走るだけです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ただ、貴顕の使命を果たす為に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「.........っ」

 

 

 ファンファーレが止んだ。歓声も止んだ。聞こえてくるのは実況者と解説の声だけだ。心は静かな高鳴りを見せ、肌には汗がひたりと溢れてくる。あそこに立っている彼女は、この空気の中、どう過ごしているのだろう。

 

 

桜木(.........?何かに、祈っている.........?)

 

 

 いや、彼女の性格的に有り得ない。神に祈るより、神に誓うのが彼女だ。となれば、あれは何かに誓いを立てているのかもしれない。

 

 

桜木(.........そういうの、好きだよな)

 

 

 覚悟だの、誓いだの、生きるのに必死になってきた俺にとっては無縁のもので、触れたり関わったりした事など一度もなかった。強いて言うなら、アニメや漫画で好きになるキャラクターが、だいたいそんな事をのたうち回っていた気がする。

 けれど、今は違う。彼女と出会って、『一心同体』の覚悟をし、そして今、何かに誓う彼女を見て、俺は首にかけた王冠を握りしめている。

 彼女に釣られて、俺もいつの間にか好きになっていたのかもしれないな.........

 

 

桜木(俺も、全力を持って君を応援する.........!!)

 

 

 そう思いながら、王冠を握りしめると、その手の中にやはり、その煌めきを強く感じた。

 そしてそれと同時に、意識がようやく現実世界へと戻ってくる。数多の歓声が耳に入ってくるのに応じて、ようやくレースが始まるのだと理解した。

 

 

 ガコンッ!!

 

 

実況「今スタートしましたッ!!」

 

 

 飛び出していく無数のウマ娘。その中にいる黒い勝負服に袖を通したマックイーンを探す。

 四番手の位置で先行する彼女。その姿を、この目で認識した瞬間.........

 

 

桜木「ッッッ.........!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数多の歓声がフェードアウトしていき、実況と解説の声が頭に響いてくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それと同時に、重々しいくらいに響き渡るバイオリンの旋律が、おおよそ二年ぶりに、この耳に帰ってきた。

 

 

 

 

 

  ......To be continued



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貴顕の使命を果たす時

 

 

 

 

実況「今スタートしましたッ!!」

 

 

桜木「っ!位置は良いぞ.........!!」

 

 

沖野「ああ......!!これなら何とか.........!」

 

 

 バイオリンの重々しい旋律の中、それをものともしないように4番手を走りゆくマックイーン。身体の動きも今まで以上に軽やかで、自然体で走っていることを見て感じる。ここに来て、彼女はひとつの壁を超えたということだ。

 

 

ゴルシ「先頭はパーマーか.........!!」

 

 

トマト「おー。やっぱ逃げてる奴がいると走りがいあるよなー」

 

 

 先頭を走るのはマックイーンと同じメジロ家の一人、メジロパーマーだ。常に頭を上げた状態で走る走法は、まるで人間が長距離走っているようにも見えてくる。だが、彼女ももちろんウマ娘。普通のそれとは訳が違う。

 

 

タキオン「.........ライアンくんは、どうやら少し後ろに着いてるらしい」

 

 

ブルボン「ですが、油断は出来ません。あそこから巻き返せる手筈はまだ残されています」

 

 

桜木(いくらマックイーンが好調でも、外的要因が侮れないか.........っ!)

 

 

 ポケットから取り出したシガレットを噛む。ターフを走るウマ娘の群勢。その三分間の内容で、彼女のこれまでが肯定されるのか、否定されるのか、それが酷く、心の負担になっていた。

 

 

ウララ「.........?トレーナー!!」

 

 

桜木「!?な、なんだ!!?」

 

 

ウララ「それタバコじゃないよ!!!」

 

 

桜木「.........げっ」

 

 

 そうウララに指を指され、その方向を見てみると、俺はどうやらココアシガレットにライターで火をつけようとしていた。

 焦りすぎだ。隣に居る沖野さんも苦笑いを浮かべてるじゃないか。

 

 

ダイヤ「マックイーンさん.........」

 

 

桜木「っ、大丈夫。マックイーンはこの程度じゃない.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『メジロマックイーン』は、伊達じゃない.........ッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック(なんでしょう、この感触.........)

 

 

 レースを走っている最中。私は今まで感じたことの無い何かが、身体の中で生きている事を感じました。

 そして、それが身体の歯車を調整し、完璧な自然体走法を作り出していることも、何となく、理解することが出来ました。

 

 

マック(身体が軽い、それに.........その先も.........)

 

 

 まるで、ようやく身体が目覚めたような感触です。今日この日を持って、メジロマックイーンが生まれ落ちたのだと、 そう言われても過言ではありません。

 まるで翼が生えてきたような軽さで、地面を蹴ります。そして、まだまだ身体は余力を残しています。こんなこと、初めてです.........!!

 

 

マック(まるで、どこまでも飛んでいけそうな.........!!!)

 

 

 今まで感じてこなかった自信。そしてそれは、確かな翼へとなる。そう確信した私は、最終コーナーで貴顕の使命を果たすべく、この翼を最大限まで開こうと決意しました。

 最初の一周目。トレーナーさん達がいてくださっている客席の近くまで来ました。

 

 

マック「っ!ふふ.........!」

 

 

ウマ娘(えぇぇ!!?この子笑ってるーー!!???)

 

 

 もう!!なにしてるんですのあの人は!!?ココアシガレットに火をつけようとするなんて、焦りすぎですわ!!

 そんな心配はないと、すぐにでも伝えに行きたい。必ず勝ってくると言ったのだから、それを信じて欲しいです。

 .........そもそも私は行く前に言ったはずですよね?必ず勝つと、何故それを信じないんですの?普段はあんなに私達を信じきってると言っていいほど断言してますのに、レースになった途端これですか?

 

 

マック(少しムカッとしてきましたわ.........!)

 

 

 決めました。いえ、もともとそうするつもりではありましたが、ここで勝利をもぎとって、彼を問いただしましょう。

 そのためにも.........この四番手で内側というポジションをなんとしてでも死守しなくては.........!!

 

 

マック(皆さんに知らしめて差し上げます.........!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(この『メジロマックイーン』の名が、伊達ではないことを.........ッッ!!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「っ.........!」

 

 

ライス「.........?お兄さま?」

 

 

 伝わってくる。ここに居ても、マックイーンの調子の良さがビンビンに肌に触れるように伝わってくる。目の前を走り去る彼女を見て、安心感を覚えるなんて、よっぽどだ。

 それを悟られないよう、組んだ腕の二の腕を握りしめたが、ライスを心配させてしまった。

 

 

桜木「.........大丈夫だ。ただ、楽しみが確かになっただけだ」

 

 

 春の天皇賞。春一番も吹き終えて、暖かな空気が眠気を誘う時期。そんなことなど露も気にさせないように、目の前のレースは身体の内側を一層熱くさせる。

 彼女は言った。必ず勝ってくると。それならばそれは絶対なのだ。有り得ない。一体俺は、彼女の何を信じて地下バ道から彼女を見送ったんだ。

 

 

テイオー「すごい.........!!ずっとあの位置キープしてるよ!!」

 

 

キタ「これなら!!きっと勝てますよね!!?」

 

 

 二人の熱視線がこちらを貫く。そう言ってやりたい。だが、いかんせんレースと言うのは何が起こるか分からない。嘘は吐きたくない性分だ。

 どう答えれば良いかと思い、沖野さんを見ると、呆れたように鼻で笑い、肩をすくめられた。答えなんて、とっくのとうに分かりきっているだろ、と言うように。

 

 

桜木「.........勝てるさ」

 

 

全員「!!」

 

 

 これで勝てなかったら、いつ勝てるんだ?目の前の彼女を信じず、俺は何を信じる?神に祈るのはお門違いだ。勝利をもたらすのはいつも、日々のトレーニングと彼女の足だけ。

 そのトレーニングと足を、ずっと見てきたのは俺自身だ。俺がその日々を信じないでどうする?疑ってどうする?

 

 

桜木(一心同体、だよな。マックイーン)

 

 

 首に掛けた王冠に手を伸ばす。何かに祈るでもなく、何かにすがるでも無く、その手の内に煌めく王冠を握る。この煌めきは確かに、今まで俺達を導いてきてくれた。

 それに頼るでもなく、願うのでもなく、俺はただそれに誓いを立てる。今日の日の為、今日という舞台の為に、この子達と.........マックイーンと1歩ずつ進んできた。

 彼女は必ず、一着を獲る。そしてこの胸がつかえるなにかの正体も、顕にしてくれる。その時、俺は絶対、逃げ出したりしない。

 

 

桜木(.........遅くなっちまったな)

 

 

 本来であれば、彼女が出走する前にするべきだった覚悟、その誓いだ。多分、終わったら怒られるだろうなと心で思いながら、俺はその行先をただ見守っていた。

 

 

実況「おーーーっと!!!ここでメジロライアンッッ!!!ペースを上げてきたァァァ!!!前を行くマックイーンとの差が徐々に縮まって来ていますっっ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック(っ、やはり来ましたね.........!!ライアンッッ!!!)

 

 

ライアン(マックイーン!!菊花賞では負けたけど、天皇賞は譲らないよ!!!)

 

 

 見なくても分かります。ライアンの重苦しい圧が、私の背中にのしかかっているのを感じますから。彼女も、負けられないレースだと言うことです。

 

 

マック(ですがそれは.........!!私も同じことッッ!!!)

 

 

 何を背負っているのか、何を背負わされているのか、メジロとしての使命か、私自身の願いか、それは分かりません。ですが、この願いを叶えることで、喜ぶ人がいるのなら、私は走ります。

 コーナーは既に最終に差し掛かっています。思い描いたとおり、この四番手という位置、内側というポジションを奪われず死守できたのは、私の今のコンディションを見ても最高だと言っても過言ではありません。貴顕の使命を果たすべく、私は全力を尽くしますッッ!!!

 

 

マック(参ります.........ッ!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(お覚悟ッッ!!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

沖野「コーナーに差し掛かるぞ!!!」

 

 

ダスカ「頑張れー!!!」

 

 

ウオッカ「負けんじゃねー!!!」

 

 

 向こう正面の直線から最終コーナーに行くまでの間に、歓声は三倍ほど大きくなる。そんな中でも声を出さず.........いや、俺は声を出せず、ただマックイーンの姿を見ていた。

 

 

 とても綺麗だった。その走る姿は、俺の心を掴んで、離そうとはしてくれない。トレーニングで見ているはずなのに、今日はなぜか、いつもと違った。

 

 

桜木「っっ.........!!!??」

 

 

 コーナーに差し掛かった。菊花賞と同じように、時が止まったように感じた。けれど、あの時とは全く違う。あの時より、時が止まって、彼女の髪の毛一本まで、毛先まで見えてしまうほどに長い。

 

 

 ここまで、とても長かった。けれど、思い出すのは一瞬だ。思い出巡りは綺麗で楽しいが、今のこの一瞬には到底適わない。目の前で走っている彼女に、全てを持ってかれている。

 

 

スズカ「すごい.........あそこから加速してる.........!」

 

 

スペ「ライアンさんとの距離!!開いてないですか!!?」

 

 

 ああ、綺麗だ。とても綺麗で、素敵で、清々しくて.........

 

 

実況「メジロマックイーンリードを1バ身!!2バ身と広げて行きます!!!」

 

 

ゴルシ「行っけェェェェッッ!!!マックイィィィィーンッッ!!!!!」

 

 

トマト「.........!」

 

 

 誰よりも早く走り抜け、誰よりも強い君の走りを見て、羨ましく思った。おこがましいだろ?俺はただの人間だ。それなのに、羨ましいと思ったんだ。

 こうして、夢の舞台に立って、夢の為に全力を尽くせるマックイーンを見て、心底羨ましいと思った。

 

 

 けど、それは俺も同じだった。

 

 

桜木「ッッ.........!!!!!」

 

 

実況「一着はメジロマックイーンッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは、透明だった。だから今まで分からなかった。こうしてようやく目の当たりにして、その透明に色があることを知り、そしてそれは、透明よりも綺麗な輝きだった。

 見様見真似で塗りたくった色が、ようやく輝きを取り戻した。いや、前までとは比べ物にならないほど、全てが輝きを放っている。

 羨ましいなんて、すぐに霧散した。あそこは彼女が居るべき場所だ。そして、俺の居場所はここだ。わかった気がしていただけで、今ようやく、理解した。ここが俺の.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 特等席だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

沖野「.........ほら、泣いてないで、手でも振り返してやれよ」

 

 

桜木「え.........?あ...」

 

 

 そう言われて、ようやく頬を伝う熱さに気が付いた。こんな泣き方したの、生まれて初めてだ。

 

 

ウララ「トレーナー!!!どこか痛いの!!?」

 

 

桜木「い、いやこれは.........」

 

 

タキオン「.........ウララくん、そっとしておこう。一番戸惑っているのは、彼自身だからね」

 

 

 ずいっと身体をこっちに寄せてくるウララ。タキオンはその肩を引き、優しい目でそう言った。今はその、なんでも分かりきったような口調がありがたかった。

 

 

ゴルシ「.........どうだ。ここが、アンタの特等席だ」

 

 

桜木「っ!ああ.........!!!!!最っっっ高の............!!!!!今まで見てきた中で一番の眺めだよ.........!!!!!」

 

 

 蛇口を閉め忘れた様な勢いだった涙が、そのゴールドシップの言葉のせいで、勢いをました濁流になる。

 手を振る彼女にも分かるよう、大きく手を挙げて振り返す。彼女は俺の様子を見て、呆れたように優しく微笑みながらも、その手を、少し大きく振り返してくれた。

 

 

桜木「なぁ.........!ゴールドシップ.........!!」

 

 

ゴルシ「.........?」

 

 

桜木「未来の話は.........!!面白かったか.........?」

 

 

ゴルシ「.........!!」

 

 

ゴルシ『だから未来の話はせめて面白くしてくれよ?アタシを楽しませるようにな!!!』

 

 

 彼女がそう言いながら、ニカッとした笑顔を見せて振り返ったあの日。約束した訳では無いが、ずっと心に残っていた。俺は果たして、こいつを楽しませられているのだろうか.........?

 

 

ゴルシ「.........足りねぇ、まだまだ足んねぇぞおっちゃん!!!マックイーンがこのレース三連覇するレベルじゃねーとなァッッ!!!」

 

 

桜木「ハハハッ!そいつぁ良いやッッ!!!」

 

 

トマト「おま!勝手なこと言うな!!!」

 

 

 どこまでも行ける。実際は限度があって出来ないかもしれないけど、俺がそう思える。それだけで十分だった。

 なぜか始まったトマトとゴールドシップの取っ組み合いを見ながら、俺は.........俺はこの特等席を、今後、誰にも渡さない事を一人、静かに決意した.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ガヤガヤガヤガヤ.........」

 

 

マック「もう、ここまで聞こえてくるなんて、ご近所迷惑にも程がありますわ.........」

 

 

 外の風に当たりながら、私はそう呟きました。天皇賞という、私にとって人生の大きな節目を迎えた今日。皆さんはいつものチームルームでどんちゃん騒ぎをしていました。

 まるで、今日私が成し遂げた事を自分の事のように.........

 

 

マック(.........こうして、喜んでくださる方が居るなんて、あの時は想像も付きませんでした.........)

 

 

 あの時、選抜レースで走っていた時は、そんな人が居るなんて.........爺やと家の者はきっと喜んでくれると思っていましたが、あんなに大勢の人が、喜んでくれていたと思うと、嬉しくて仕方がありません。

 

 

マック(.........ここで、トレーナーさんと出会ったのですね)

 

 

 三年前。ええ、ちょうど。四月も三週ほど過ぎた時です。選抜レースで7着という、とても褒められるような着位でなかったにも関わらず、声をかけてくださった方が居ました。それがトレーナーさんです。

 

 

マック(.........トレーナーさん)

 

 

 頭の中で、こちらに振り返りながら笑う彼の姿を思い浮かべます。そんなことをしてしまえば、自分の胸は苦しくなる一方だと分かりきっているのに、それでも、どうしても考えてしまうのです。

 

 

「よう」

 

 

マック「ひゃあ!!?」

 

 

桜木「うお!?びっくりした.........」

 

 

マック「び、びびびっくりしたのはこちらの方ですわ!!」

 

 

 いきなり後ろから声をかけられたら誰でもびっくりするに決まってるではありませんか!!ま、ましてや貴方の事を考えていたのに.........!!

 そんなふうに悶々としていると、彼は隣に居てもいいかと私に聞きました。仕方ありません。ズルい人ではありますが、彼のおかげで今日の天皇賞を制覇したと言っても、過言ではありませんから。

 私がどうぞと言うと、彼はターフの上に腰を下ろしました。

 

 

マック「.........お疲れ様です。トレーナーさん」

 

 

桜木「え?俺よりマックイーンの方が疲れただろ」

 

 

マック「あら、あんなに沢山泣いたのにまだ元気なのですか?」

 

 

桜木「それは言わないお約束」

 

 

 恥ずかしそうに笑いながらも、その人差し指を口に当てる彼を見て、心臓が跳ね上がります。最初の印象からは分からないほど、彼はお茶目な方です。

 .........隣に、彼の隣にゆっくりと腰を下ろします。彼の体がピクリと反応を見せましたが、それ以上は何も言っては来ませんでした。

 

 

桜木「.........悪いな、静かに出来なくて」

 

 

マック「今更です。気にしないでください.........ですがまさか、ライアンやパーマーも呼んでパーティなんて、思っても見ませんでしたわ」

 

 

 ライブが終わったあと、トレーナーさんはお二人を私の友人だからという理由でお誘いしました。先程レースで敵だと言うことを認識していたのに、そう言われたら誰だって戸惑うに決まっています。

 ですが、トレーナーさんの人柄を知っているのか、ライアンは諦めた様子で、パーマーは面白そうだと言いながら快く参加を決めて下さいました。

 

 

マック「それと、一人見なれないウマ娘の方が.........」

 

 

桜木「ああ、ありゃゴールドシップの母さんだな。トマトハイッテナイパスタ」

 

 

マック「あっ、あの方が.........」

 

 

 以前名前だけ聞いて誰かと思いましたが、彼女の母親だと知ってなぜか納得してしまいました。いえ、失礼ではあるのですが.........

 ガヤガヤとした喧騒が響くチームルームですが、それは決して不愉快なものではなく、逆に、私の心を穏やかにしてくれます。こうして離れていても聞こえてくるそれに、身を預けます。

 

 

マック「.........白銀さん、お酒飲んでましたね」

 

 

桜木「まぁアイツはなんでも自分の事のように喜ぶからな。毎回祝い甲斐がある」

 

 

マック「黒津木先生も、普段より笑っていました」

 

 

桜木「あれはタキオンの笑い薬のせいじゃないか?」

 

 

マック「司書さん、うるさいのは嫌いかと思いましたが、嬉しそうでしたわ」

 

 

桜木「ああ見えて賑やかなのは大好きだからな。じゃなきゃ俺達と親友できないだろ?」

 

 

 確かに、トレーナーさん方とお友達でいるならば、そうでなければ厳しいかもしれません。テンションが高い彼らを見ていると、アレに付き合うのは相当至難の技です。

 

 

桜木「それにしても、今日は星が綺麗だな.........」

 

 

マック「ええ.........トレーナーさん?」

 

 

桜木「うん?」

 

 

マック「貴方はどれがレグルスか、分かりますか?」

 

 

桜木「え!!?」

 

 

 驚いた顔を見せたトレーナーさんは、指を星空の天井に向けて、あっちを見たり、こっちを見たりしました。大人としての尊厳を勝手にかけてるのでしょう。そんな彼が、可愛く見えてしまいます。

 そしてそれを、なんの知識も根拠もない中でさんざん悩んだ挙句、自信がなさそうに選び抜きました。

 

 

桜木「あ、あれ?」

 

 

マック「.........ふふ、あれはスピカです!」

 

 

桜木「何い!?く、くっそ〜.........」グヌヌ

 

 

マック「レグルスはあそこですわ。獅子座のちょうど胸の位置です」

 

 

 私が指を指してみせると、おーっと声を上げましたが、すぐに顔をしかめ、首を曲げました。どうやらどれにどう線を引けばいいのか、分からないのかも知れません。

 

 

マック「.........小さき王の意味を持つレグルス。トレーナーさんはなぜ。そんな名をチーム名に付けたのですか?」

 

 

桜木「え?俺の好きな漫画と被ったから?」

 

 

マック「な!!?そんな理由で付けたんですの!!???」

 

 

 思わず立ち上がってしまいます。その様子を見てトレーナーさんは笑いましたが、笑い事ではありません!!そんな理由で大切なチームの名前を付けるなんて言語道断です!!

 そう思い、いつも通り彼を叱り付けようとしました。しかし、それは彼の問いかけによって遮られます。

 

 

桜木「なぁマックイーン」

 

 

マック「.........なんですか?」

 

 

桜木「意味なんて、先に考えたら意味無いんだよ」

 

 

マック「.........?」

 

 

桜木「だって、中身なんて作るものじゃなくて、できるものなんだから。先に作ってたらそれは意味じゃなくて、単なる型なんだよ」

 

 

 最初は、また変な事を言っていると思いました。ですが、彼の言うことに理解を示してしまう自分も居ます。

 意味は作るものではなく、できるもの。それは最初からそうあるべきと決められてる訳ではなく。そうあると、ある時点で決めた時に意味になる。

 きっと、彼はそう言いたいのだと思います。本当、難しい言い回しが好きな人ですわ。

 そう思いながら、私はもう一度彼の隣に座りました。

 

 

マック「.........〜〜〜♪」

 

 

桜木「.........ご機嫌だな」

 

 

マック「ええ、メジロ家に私の盾が飾られるのです。トレーナーさんは機嫌はよくありませんの?」

 

 

桜木「もちろん良いに決まってるだろ?」

 

 

マック「ではなにか一曲歌ってください♪」

 

 

桜木「君、最近押しが強いね.........」

 

 

マック「でしたら、トレーナーさんの影響ですわね♪」

 

 

 今日はそういう気分なのです。私だって、 たまには誰かの歌をご褒美に聞きたい時もあります。それがたまたまトレーナーさんだっただけです。

 渋々と言った様子のトレーナーさんでしたが、声の調整をしているうちに、そんな雰囲気は無くなり、ゆっくりと歌いだしました。

 

 

桜木「.........自分勝手に、思い込んでー、裏目に出るーことー♪」

 

 

マック「まぁ.........!」

 

 

 以前、彼が好きだと言っていた曲を歌い始めました。あの日以来、私もこの曲をたまに聞いて、彼の事を思い出します。

 彼の優しい歌声を聴きながら、この三年間を振り返りました。

 

 

 私は一人で何でも出来る。そんな独りよがりな考えで節制し、体調を崩した時期もありました。

 

 

 けれど、トレーナーさんが現れてそれが間違っていた事に気付かされ、考えを改めました。あの日から、彼と共に歩んで行きたいと思ったことも、鮮明に覚えています。

 

 

 最初にあった時こそ、素敵な人だと思いました。けれど、蓋を開けてみれば、彼は普通とは違います。その癖、かっこいい時はかっこいいのです.........そんなの、ズルいではありませんか?けれど、彼に普通を求めることはしませんでした。

 

 

 もちろん、彼も人間で、間違いをすることもあります。彼の言葉に傷つけられ、涙を流したことも.........

 

 

 ですが、言葉にしなければ伝わりません。言葉にするのをおざなりにすれば、孤独をさまよう事になります。

 

 

「「.........ひとりじゃない〜♪」」

 

 

 それでも、私と彼は覚悟をしたのです。決して、二人で一人とは言えないレベルで彼と同じところはほとんどありませんが、だからこそ、隣に歩く彼の事を強く認識できます。

 .........そんな彼だからこそ、天皇賞が終わってしまった今では、貴方の事で頭がいっぱいになってしまいます。夢を無事、叶えることができた安心感のせいなのか、その場所を完全に彼に取られた気がしてしまいます。

 

 

 彼とならば、どんな困難も.........それこそ、道の途中で転んでしまったとしても、気兼ねなく手を伸ばせてしまいます。その時、きっと彼は泣きそうな顔をすると思いますので、すぐに立ち上がって強がりましょう。私は貴方の笑顔が好きですから。

 

 

 本当に、あの日の私に教えたらどう驚くでしょう?こうして彼と『一心同体』となり、天皇賞を制覇する事が出来るなんて.........きっと、空いた口も塞がらないと思います。

 

 

 不安も、焦りもありません。彼の隣にいるだけで、それらは全て霧散してしまいます。あの天皇賞の盾は、メジロの栄光を示すのと同時に、彼との勇気の証なのです。あの盾がある限り、これからも私の心に勇気を灯してくれる.........そう思いました。

 

 

マック「.........トレーナーさん」

 

 

桜木「ん?」

 

 

マック「あの、こ、これからも.........よろしくお願い致しますわ.........」

 

 

 改めて思っていた事を口に出そうとすると、凄く恥ずかしくなってしまいました。そんな私に、彼は優しく微笑みを返してくださるので、余計に頬の熱が高まります。

 

 

桜木「.........ああ、よろしく頼む」

 

 

マック「.........!!」

 

 

 彼はそう言いながら、ニカッとした笑顔を見せてくださいました。普段のあれとは違う、仮面を外した状態で.........

 月も満月のターフの上。私達はふたりぼっちのまま、夜の風に頬を撫でられながら、今はただこれからを考えず、今この時に思いを馳せました.........

 

 

マック(.........傍にいてくださいね。トレーナーさん)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

山あり谷ありウマ娘

 

 

第一部 夢追い人編 完

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 5月26日

 

 

沖野「ここで勝てば.........テイオーも無敗の2冠目か.........!!」

 

 

スペ「もう!!はしゃぎすぎですよトレーナーさん!!」ガツガツムシャムシャ!!!

 

 

スズカ「スペちゃん。あなたは食べ過ぎよ.........」

 

 

マック「.........」

 

 

 東京優駿。日本ダービーとも呼ばれる。日本で一番大きいレースと言っても過言ではありません。ウマ娘にとって、一生に一度しか参加出来ないレース。私の夢であった天皇賞と違い、二度目はありません。

 

 

タキオン「元気がないね、何か心配事かい?」

 

 

マック「へ?い、いいえ.........ただ」

 

 

 私が、『その方』に視線を向けると、タキオンさんは納得したように頷きました。そんな私に、他の[スピカ:レグルス]のメンバーも集まってきます。

 

 

ブルボン「マックイーンさん。今は応援に集中しましょう」

 

 

ライス「そ、そうだよマックイーンさん!今は、テイオーさんを応援しなきゃ.........!!」

 

 

ウララ「あ!!!始まるみたいだよ!!!」

 

 

マック「.........!」

 

 

 それぞれ、一生に一度の晴れ舞台。その姿が見れるのは一度きり。全ての観客がその姿をその目に焼き付けようとして、必死に応援の声を上げます。

 まだスタートを切ってはいないと言うのに、歓声は既に、雌雄を決し、勝者を称えるほどの大きさになっています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だと言うのに.........!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガコンッ!!!

 

 

実況「各バ一斉にスタートしました!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(貴方はどこに居ると言うんですの.........!!?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

男「.........」

 

 

ダスカ「ちょっと!!アンタも応援しなさいよ!!」

 

 

ウオッカ「そうだそうだ!!」

 

 

ゴルシ「.........」

 

 

 本来、彼が居るはずの場所を見て、どうしようもない憤りをぶつけました。その場所に立つ『あの男』は、物静かに、ただただ腕を組んで居るだけでした.........

 

 

 

 

 

  ......To be continued





これにて某所に投稿している分は終わりました!これからは同時並行して投稿していきます!!2足のわらじってやつですね!!!

あとついでに図々しいのですが、Twitterでゴールドシップに次回予告をさせております。次回がいつ来るのか気になる人はぜひ見に来てください!!

https://twitter.com/VpgEcYR2RfOxh2w?s=09


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第二部 夢守り人編
気付いたら流れでトレーナーやってて三年経ってた話


 

 

 

 

 

「メジロマックイーンっ!!!その見事な末脚で見事!!!天皇賞を制覇しました!!!」

 

 

 そうやって、彼女が称えられてからはや数週間。俺は菊花賞を取った時より遥かに忙しくなり、ようやくトレーナーとしての自覚が持てるようになった気がする。

 この職に就いて、今ではもう三年目。三回目の桜が咲き散っていくのを見ても、その色はまやかしではなく、本物であることなんて、考えなくても分かるようになっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「カレーパンと午後のストレートティーは割と合う」

 

 

「そうなんですか?」

 

 

桜木「ええ、今度試して見てください.........って、俺より健康に良さそうなもん食ってんじゃないっすか」

 

 

 俺はそう言いながら、もう一口カレーパンにかじりつき、ストレートティーを飲んだ。うん。おいしい!

 ここは以前、俺の昼食を食べる場としてよく来ていた三女神の噴水前。最近では皆が居るチームルームで食事を取っていたが、今日は誰も居ないのだ。

 

 

「それにしても、桜木さんから食事に誘われるなんて、思ってもみませんでしたよ」

 

 

桜木「いやー.........お恥ずかしい話なんですが、誰かと食事するのに慣れちゃうと、寂しくなっちゃって.........あ、迷惑でしたか?」

 

 

「いえ!沖野さんが羨ましいと思ってたんですよ。同じ古賀先生の教え子なのに、桜木さんと接する機会。あまり無かったじゃありませんか」

 

 

 そう言ってさわやかに微笑む男性。彼もまたこの学園に所属しているトレーナーであり、俺の一年先輩。つまり神威の同期であり、同じ古賀さんの教えを受けた人だ。

 名前は南坂さん。現在はカノープスという名のチームを運営している敏腕トレーナーだ。

 

 

南坂「それにしても、すごいですね桜木さんは.........僕も頑張らなければ行けませんね」

 

 

桜木「いやいや!アレはマジでマックイーンの才能ですよ!!俺はただそれを手助けしただけで.........」

 

 

南坂「その才能を伸ばすのだって、一筋縄では行かないんですよ?桜木さんは立派にトレーナーをしていると思います」

 

 

 手作りであろうお弁当を箸でつつく南坂さん。同じ職員室で働いている人だから、俺が あそこでなんて言われているのかも分かっているはずだ。

『トレーナーもどき』。かつてそう言われていた俺は、その言葉に自信をなくし、彼女を手放そうとした。それでも、俺を信じてくれた彼女には頭が上がらない。それに、この人にそう言われると、少し安心する。

 

 

桜木「ありがとうございます。南坂さん」

 

 

南坂「いえいえ、大したこ「お腹すいたぁ〜〜〜.........」.........この声は」

 

 

 力の籠っていない声。その声のする方向へ振り返ってみると、青くて長いツインテールをしたウマ娘。ツインターボがバタリと地面に突っ伏していた。

 

 

南坂「あーターボさん!!お昼ご飯食べなきゃダメじゃないですか!!」

 

 

桜木「.........仕方ない」

 

 

 そう言いながら、俺は先程コンビニに寄った際に見かけたキッチンカーで買ってきた物を取り出す。幸い、まだそれに口は付けていない。

 

 

桜木「ポップアップを発見。ターボチャージャー」

 

 

ターボ「ターボチャージャー!!???」ガバッ!

 

 

桜木「ほら、これあげるから元気だしな」

 

 

南坂「すみません桜木さん。ターボさんご飯食べるか心配なんで、カフェテリアに連れて行きますね.........」

 

 

桜木(それはごもっともです)

 

 

 俺は二回ほど、深く頷いた。一度ギアを入れれば減速することは無いと言われるツインターボ。こうしてご飯の時間に倒れそうになるのも日常茶飯事だ。

 彼女は俺のあげた固めはちみーを頑張って吸い上げ、南坂トレーナーと手をつなぎながらカフェテリアへと向かって行った。

 

 

 ハァァァ...トウトイ......♡

 

 

桜木「.........?」

 

 

 なんか声が聞こえた気がするが、多分気のせいだろう。多分三女神だな。うん。僕もそう思います。

 最後の一口を頬張り、ストレートティーも飲み干して一息つく。最近はやれ取材だの、テレビの出演だので大忙しだった。とはいえ、続けられてるのが凄いことだ。昨日のペースを保っていけば続けられる。

 そう思い、いつも通り立ちながらココアシガレットを咥えると、下方向にズボンを引っ張られる感触に襲われる。

 

 

キタ「.........あ」

 

 

桜木「あら!!来てくれたのキタちゃん!!」

 

 

キタ「はい!!きちゃいました!!」

 

 

 彼女の目線に合わせるようにしゃがみこんでから、脇の下に手を入れ、上に持ち上げる。

 女の子にこういうのも失礼かもしれないが、あれからだいぶ重くなっている。だがこれは順当に成長しているということだ。

 

 

テイオー「キタちゃーん!!急に走っちゃ.........あ、どうも桜木さん」ペコリ

 

 

桜木「やめて!!悪かったから!!許して!!」

 

 

キタ「?」

 

 

マック「あら、桜木さんいらしたのですね」

 

 

桜木「ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛!゛!゛!゛」

 

 

ダイヤ「?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 話は数日前にさかのぼる。

 

 

沖野「.........えー。残念なことに、今年のオープンキャンパスの案内役を、チームスピカが、公正なくじ引きによって担当することが決定されました」

 

 

全員「えぇぇぇぇ!!!??」

 

 

桜木「」ダラダラ

 

 

 絶え間なく汗が吹き出る。というのも、マックイーンとタキオンの視線が酷く鋭く尖っているからだ。他の子達もそれほどでは無いにしろ、やはり鋭さを帯びている。

 

 

マック「トレーナーさん」

 

 

桜木「ごめんなさい.........」

 

 

タキオン「おかしいな、フクキタルくんに頼んで、一時的に運気を上げてもらったんじゃないのかい?当日にそう息巻いて居たじゃないか」

 

 

桜木「.........ッスー......実はですね.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 くじ引き会場。

 

 

桜木「トイレに行きたくなっちゃった」

 

 

 突然の排泄感。それに大きい方だ。生理現象というのは空気を読まないもので、いつなんどきでも、万人に訪れるものだ。

 しかし、あともう少しでくじを引く時間だ。今トイレにこもってしまえば、明らかにまずい。どうするべきか.........

 

 

桜木(やっべー。まぁじで腹の調子悪くなってきたぁ.........!!)

 

 

 腹部に痛みが走り出した。もう耐えられそうにない。そう思った時、廊下の方を見ると、見慣れた奴がスッと一瞬だけ目に映った。

 

 

桜木「しめたっ!!!」ダッ!

 

 

桜木「創俺の代わりにくじ引いて良いよありがとうこの恩は絶対忘れない良いってことさ!!!」

 

 

神威「は?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「で?」ギリギリ

 

 

桜木「.........創がね?」

 

 

神威『なんか当たった』

 

 

桜木『』

 

 

桜木「」ダラダラ

 

 

 鋭さ?そんなもんじゃないよ殺気だよ。特にスカーレット。君なんか俺に恨みでもあるの???ウオッカも若干引いてるぞ。

 沖野さんは呆れてため息を吐いた。おい、アンタのくじ運の悪さも引けを取らないぞ。そこはホッと胸を撫で下ろせ。

 

 

タキオン「スカーレットくん」

 

 

ダスカ「はい」

 

 

桜木「は?」

 

 

「「フンッッ!!!」」ドゴォ!!!

 

 

桜木「ゆでたまごッッ!!!??」

 

 

 見事なコンビネーションと讃えよう。このクロスボンバーはリングの上で披露したらたちまちファンが急増するだろう。今この首が繋がってることが奇跡的だ。

 俺がその場に倒れ伏すと、もう話す事は無いというように沖野さんはミーティングルームからため息を吐きながら去っていった。

 

 

テイオー「ねぇ。もうサブトレーナーって呼ぶのやめない?」ゲシッ!

 

 

桜木「ぐえっ!」

 

 

タキオン「実にいい提案だ。施錠は任せたよ。[桜木]くん」グリッ!

 

 

桜木「あがぁっ!」

 

 

マック「ではまた今度、[桜木]さん」グイッ!

 

 

桜木「いでぇっ!!」

 

 

 ほとんどが俺を踏み台にしてチームルームを帰って行った。ウララ達とスズカだけ俺を少し心配して出て行った。優しい.........

 

 

桜木(くそぉ.........!俺はただお腹痛くてトイレ行っただけなのによぉ.........!!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「.........背中の蹄鉄痕が疼くぜ」

 

 

マック「何カッコつけてるんですの?」

 

 

 全く、この人はご自分のしたことを棚に上げているのではありませんか?.........まぁ、そのおかげでこうしてキタサンブラックさんと、サトノダイヤモンドさんを案内出来ていますので、良かったのですが.........

 

 

桜木「.........あれ?というか、マックイーンはダイヤちゃんと初対面じゃないか?もう仲良さそうじゃないか」

 

 

ダイヤ「は、はい!初めましてです!」

 

 

マック「ええ、サトノ家とはメジロ家全体でお付き合いがありますので、私自身は彼女の事を聞いておりましたわ」

 

 

桜木「はえー.........色々あんだなーお嬢様って.........ねー」

 

 

キタ「ねー!」

 

 

テイオー「あーずるいサブ.........桜木さん!!!ボクもキタちゃんと仲良くするんだー!!!」

 

 

桜木「わざわざ言い直しやがったぞこのクソガキッッ!!!??」

 

 

 そう言いながらも、彼は渋々と言った様子でキタサンブラックさんを降ろしました。そのままテイオーに駆け寄るよって行く姿を見て、嬉しそうに目を細めました。

 

 

桜木「.........すっかりテイオーもヒーローだな」

 

 

マック「そうですわね。今ではデビュー二年目にして、私の名も霞んでしまうほどです」

 

 

ダイヤ「ま、マックイーンさんも負けてません!!!」フンス!

 

 

 怒ったように頬をふくらませてそう言うサトノダイヤモンドさん。そんな姿にトレーナーさんは笑い声を上げます。

 それに対して、トレーナーさんは目線を合わせるようにしゃがみこみ、サトノダイヤモンドさんの頭を撫でました。

 

 

桜木「君みたいなファンが居てくれたから、マックイーンは天皇賞を勝ち切る事が出来たんだ。ありがとう」

 

 

ダイヤ「え、えへへ.........」

 

 

マック「ふふ、ありがとうございます。サトノダイヤモンドさん」

 

 

 嬉しいながらも恥ずかしいのか、サトノダイヤモンドさんは頬を赤く染めて笑っていらっしゃいます。とても可愛らしいです。

 しばらく撫でた後、トレーナーさんは満足したのか、その手を彼女の頭から離し、ゆっくりと立ち上がりました。

 

 

桜木「さっ、オーキャンの続きに行ってきな。まだまだ学園には面白いところがあるぞ!」

 

 

テイオー「あ、その事なんだけど〜。マックイーンはここで休んでていいよー?」

 

 

マック「えぇ!?ど、どういうことですの!!?」

 

 

テイオー「だって〜、ボク案内ほとんどマックイーンに任せちゃってたじゃん♪ボクだってキタちゃんやダイヤちゃんにカッコイイところ見せたいんだい!!行こ!!2人共!!」

 

 

二人「えぇぇ!!?」

 

 

マック「あっ!!ちょっとテイオー!!?」

 

 

 二人の手を強引に引っ張って行きながら、テイオーはこの場を後にしてしまいました。残ったのは彼と私の二人だけです。

 

 

マック「ど、どうしましょうか。トレーナーさん.........」

 

 

桜木「んー.........久々に、二人きりで話でもしようか?」

 

 

 そう言いながら、彼は三女神の噴水の縁へ腰をかけました。確かに、天皇賞を取ったあの日の夜。パーティを抜け出して二人で歌いあったあの日から、彼とこういう時間は取れていませんでした。

 私自身、取材やテレビで忙しい日々を過ごしていますし、彼も同じ様な環境。その上、チームを運営する為にトレーニングも組んでくださっているのです。

 

 

マック「.........では、失礼します」

 

 

 心の中でテイオーの余計なお世話に礼を言いながら、私は彼の座る噴水の隣に、ゆっくりと座りました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

テイオー「おー!!さっすがマックイーン♪」

 

 

 ボクはそう言いながら、あの三女神の噴水から少し離れた茂みの中で、マックイーンとサブトレーナーの様子を見守っていた。

 え?キタちゃんとダイヤちゃんのオープンキャンパス?だってもうほとんど紹介するとこないよ?強いてあげるなら、なんか勝手に張り切ってるトレーナーのレッスンくらいかな?

 

 

キタ「えっと、テイオーさん?」

 

 

ダイヤ「なんでお二人の様子を隠れて見てるんですか?」

 

 

テイオー「それはね.........二人の関係がこうなりそうだからだよ♪」

 

 

 キタちゃんとダイヤちゃんにしっかりと見えるように、ボクは小指をピンと伸ばした。すると、二人はみるみるうちに顔を赤くしてったんだ。面白いよね!

 

 

キタ「えぇぇ.........!!そ、そうだったんだー.........!!」

 

 

ダイヤ「な、なんだか物語みたい.........!!」

 

 

???「ウマ娘ちゃんとトレーナーとの禁断の恋.........!!はぁぁぁ.........尊すぎてご飯もいらない.........♡」

 

 

テイオー「.........?うわ、居たんだアグネスデジタル」

 

 

 声を出してくれるまですっかり気が付かなかった。デジタルはしっかりと隠れられるよう迷彩服とギリースーツでサブトレーナーとマックイーンを観察してるみたい。きたちゃんとダイヤちゃんが怖がってるからやめてくれないかな?

 

 

デジタル「はっ!!デジたんとした事が愛しのウマ娘ホープちゃんを怖がらせてしまいました.........!!ですがこれは偵察。同志たんとの取引の為、致し方ない事なのです!!」

 

 

テイオー「どうしたんー???」

 

 

二人「???」

 

 

デジタル「そう、 あれはほんの数日前の出来事でした.........!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこはそう、ありとあらゆるウマ娘が不調を感じた時にお世話になると言われる伝説の場所。宝賢膝.........!!

 

 

テイオー「保健室だよね?なんで最後膝(ひざ)なのさ」

 

 

 こ、細かい事は良いんです!!同志たんはそう言っていたので!!!

 

 

 コホン。兎に角、話を続けましょう。その場所でありとあらゆるウマ娘に完璧な治療を施す存在。そう!!かの名医!ゴッドハンド黒津木先生が居るのです!!!

 

 

テイオー「え?でも普通の医者でしょ?」

 

 

デジタル「そもそも医者は普通じゃないんですよ 。テイオーさん」

 

 

テイオー「それもそっか」

 

 

 その中でも普通じゃないんですよ!!?なんと病院をやめて数日でウマ娘の身体について勉強し直して!!中途試験で見事一発合格面接不要の満々点!!!しかも問題の訂正と逆にその部分の見解について話したいと解答欄に書き出し終いには問題製作者を泣かせたという

 

 

テイオー「問題児じゃん。やっぱサブトレーナーの友達だね」

 

 

デジタル「デジたんもそう思います。でも同志たんは凄いのです!!保健室医さんになった後!!ウマ娘の本を執筆しました!!!じゃん!!!」

 

 

テイオー「え?ウマ娘の身体の描き方?」

 

 

デジタル「デジたんすっごくお世話になってます!!あ!!!同志たんみてますか!!!デジたんは同志たんのおかげでイベントの後のご飯を美味しく食べられます!!!」

 

 

テイオー「うるさ!!?」

 

 

デジタル「あ、話が脱線しましたね」

 

 

テイオー「し過ぎだよ。二人も退屈し始めちゃってるから端折ってよ」

 

 

デジタル「分かりました!!!」

 

 

黒津木『なぁデジタル。俺の事同志たんって呼んでもらうことできるか?』

 

 

デジタル『できるわけないじゃないですか!(笑)』

 

 

テイオー「は?」

 

 

デジタル「ヒィィィ.........怒ってる顔も素敵.........♡それだけでデジたんはもう.........♡♡♡」ウットリ

 

 

テイオー「いいから早く!!!ほら早く!!!ハリー!!!ハーリー!!!」

 

 

 仕方ありません。吹き出た鼻血は後で何とかしましょうか.........では会話の続きをしてきましょう!!!

 

 

黒津木「デジタル。いつも君の洞察力のお陰で、学園生徒の怪我率がみるみるうちに下がってるぞ!!」

 

 

デジタル「はぁぁぁぁ!!!何たるありがたいお言葉.........!!黒津木先生にそう言われると、デジたん.........涙が溢れ出そうでございまする!!!」

 

 

 同志たんは前年度の事後処置頻度と、今年度の事後処置頻度を比較した紙を見せてくださいました。

 デジたんは立派にファン活している一般ウマ娘なのですが、ある日推しが怪我で引退しそうになったのです.........黒津木先生がそれを助けたと知った時、デジたんは自分で出来る事。ウマ娘ちゃんを見守り、不調を報告する事にしたのです!!!

 

 

黒津木「そんなデジタルにお願いがある.........もちろんタダでとはいはない」スッ

 

 

デジタル「なナナナントォ!!?そ、そそれそれはぁ!!!??」

 

 

 同志たんが胸ポケットから取り出したのは、なんと!!ウエハースチョコカードのシークレットレア!!!

 ですがタダのシークレットレアではありません!!!実は今回の弾のそれは、ウマ娘ちゃんのキャラクターッ!!しかも、同志たんの推しであるアグネスタキオンさんにそっくりなのです!!!

 

 

デジタル「いいいいいんですかかかか!!?こここ、こんなもの貰ってしまって!!!??」

 

 

黒津木「ああ、余り物ですまないが、ちゃんと保存用、観賞用、布教用の三つを用意した」

 

 

デジタル「同志たん.........!!」

 

 

黒津木「っ!?呼んで.........くれるのか.........?」

 

 

デジタル「.........」コクリ

 

 

黒津木「俺を.........同志たんと.........!!」

 

 

 その日、私達は保健室で泣きながら熱い握手を交わしました。あぁ.........!!なんと素晴らしきオタクの友情!!正に東方は赤く萌えておりますともッッ!!!

 

 

タキオン「私の目の前で私と似たような存在で取引されるのはなんとも言えない気分になるね」

 

 

黒津木「悪い。あ、所でどうだお昼ご飯、ちゃんと上手くできてるか?」

 

 

タキオン「ああ、何一つ文句も無いよ。トレーナーくんと違って、黒津木くんは融通が聞いてすごく助かる!なんなんだあの頑固さは!!お米の量くらい多くしても別にいいだろ!!!」バン!!!カラカラ...

 

 

デジタル「でゅふふふ.........タキオンさんの可愛らしい一面ががが.........!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

デジタル「という話です。どうでしたか?」

 

 

テイオー「え!?いやいや!!ボクはなんで偵察してるかの理由が聞きたいんだけど!!」

 

 

デジタル「え?だって端折って欲しいって.........」

 

 

テイオー「そこじゃない!!!」

 

 

 全く!!どういう神経してるのさ!!!理由を端折るウマ娘なんて初めて見たよ!!!ゴールドシップくらいじゃないかな!!?

 そう言って攻め寄ると、デジタルは恍惚とした表情で説明したんだ。

 どうやら、さっきのウエハースチョコのカードの取引で、サブトレーナーとマックイーンのイチャイチャをカメラに収める任務を請け負ったらしいんだ。それならそうと早く言ってよね!!!

 

 

デジタル(もちろんテイオーさんの事もちゃんと見てますよ.........でゅふふ♡)

 

 

テイオー(なんだろう、寒気が.........)ゾワゾワ

 

 

二人「.........?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「それにしても、今思えばあっという間の三年間だったなー」

 

 

マック「ええ、トレーナーさんと出会って、もう三年も経つなんて.........時の流れは本当に早いものですわ」

 

 

 何かを振り返るように、彼女は空を見上げてそう言った。俺もその視線を追うように、一緒に青い空へとその目を向ける。

 噴水の音が静かに後ろで流れて行く。あの日、天皇賞が終わったあの日から、思い出がなんだかよりいっそう綺麗になった気がする。息を飲む綺麗さだ。思い返したく無くなるほど、切なくなる。

 

 

桜木「.........三年前は、毎日どんちゃん騒ぎする生活になるとは、思ってもみなかったなぁ」

 

 

マック「私のセリフですわ。全て貴方が持ってくるではありませんか」

 

 

桜木「ハハハ!いやー。しっかし、そんなどんちゃん騒ぎしてたアイツらも、どんな風の吹き回しか真面目になっちゃって」

 

 

 そう、ここ数週間でアイツらの勤務態度はすこぶる変わった。まぁ白銀の奴は去年の夏合宿が終わってから躍起になってトレーニングしているが、何かがアイツに火をつけたのだろう。

 

 

マック「そういえば、白銀さんも大会が近いとか.........」

 

 

桜木「そうだな、八月のイギリス大会。まあ優勝は無理っぽいかな」

 

 

マック「もう、冗談も程々にしてください。あんな運動神経の持ち主、世界ひろしと言えど彼しか居ませんわ」

 

 

 彼女はそう、俺がおかしい事を言っているかのように言った。確かに、世界ひろしと言えど、アイツより強い奴なんて想像すら出来ない。

 ゴリラと呼ぶには細いが、その筋肉の密度は限界に達している。ブルース・リーの再来とも言える筋肉を持ち、その一つの身体でいくつもの伝説を打ち上げてきた白銀翔也。テニス以外であれば、大成していただろう。

 

 

桜木(けど、居ちまったんだよな。同じ[白銀翔也]が.........)

 

 

 現在、怪我を負い、長い治療に専念していたプロテニスプレイヤー。イギリス人のケインズ・マーカーが次のイギリス大会で復帰する。その身体能力は白銀翔也そのものと言っても、過言ではない.........違いがあるとすれば、一つだけ。

 

 

桜木(生まれてからずっとテニスやってるって、相当やばいでしょ)

 

 

 そこまで考え、頭を振って先を散らす。俺だってアイツの勝ちを信じたい。それだけはさせて欲しい。

 それにしてもアイツ、ゴールドシップの事はどうするのだろう?この前遊びに行ったとか言ってたけど、遊びに行きすぎてもうデートなのかわかんねぇんだよな。

 

 

マック「トレーナーさん?大丈夫ですの?」

 

 

桜木「え?ああ悪い。ゴールドシップと飯食いに行ったら飯屋の店主がゴールドシップだった話思い出したわ」

 

 

マック「は?」

 

 

 何言ってるんだこいつ、みたいな顔をしながらマックイーンは疑問をぶつけた。俺だってぶつけたかったよ。でも白銀の奴は気にせず話を進めやがったんだ。SAN値バリバリ持ってかれてんだろナンバーワン。

 

 

マック「.........まぁ、ゴールドシップさんなら仕方ありませんわね」

 

 

桜木「.........だな」

 

 

 彼女が隣に居る。それだけで景色の色が違って見える。もしかしたら本当に、彼女が夢に変わったのかもしれない。

 .........そう、夢だ。だからこの気持ちに蓋をしよう。もう十分じゃないか。ここまで一緒に来れて、相棒としての立ち位置を確立したんだ。これ以上は欲張りだ。

 

 

マック「あっ、そういえば私もこの前、ゴールドシップさんに映画を見ないかと誘われましたわ」

 

 

桜木「......へー。何を見たんだ?」

 

 

マック「えーっと.........たしか、頭が九つに別れた、サメの映画で.........」

 

 

桜木(クソ映画じゃん)

 

 

 マックイーンは思い出そうにも、内容がめちゃくちゃ過ぎてよく分からないのか、なんとも言えなさそうな顔で言葉を探している。サメ映画は当たり外れが多いからな。

 そんな事を考えていると、不意に学園のチャイムが耳に届いてくる。お昼休みの終わりを告げる音だ。彼女との心が落ち着く時間も、今日はおしまいだ。

 

 

マック「.........では、私は行きますわ。トレーナーさん、放課後にまた」

 

 

桜木「ああ、それと.........アレも連れてってくれ」

 

 

「えっ!!???」

 

 

 何の変哲もない茂みの方を指さしてそう告げると、ガサガサと音を立て、声を上げた。どうやら先程キタちゃんとダイヤちゃんを連れていったテイオーが居るらしい。

 観念したのか、両手を上げながらトボトボと投降してきたテイオー。それに続くように、オーキャンに来た二人も目の前まで来た。

 

 

桜木「レンズの光がチカチカ当たってたぞ」

 

 

テイオー「うっ、それはデジ.........あっ!!!居なくなってる!!!??」

 

 

マック「テぇーーイぃーーオぉーー?」

 

 

テイオー「ぴえっ.........」

 

 

 指を鳴らすポキポキと音を響かせながら、マックイーンはテイオーに近づく。多分ニッコリとした怖い笑みをしながらだ。彼女の背中からはどす黒いオーラのようなものまで見えてくる。

 

 

キタ「あわわわわ.........!!」

 

 

ダイヤ「マックイーンさん!お、落ち着いて.........!!」

 

 

桜木「さぁ二人とも、今度はおじさんが案内して上げよう。スピカトレーナーの特別ダンスレッスンにご案内!!」

 

 

二人「わぁ!!?」

 

 

 流石にこんな場面を子供には見せることが出来ない。二人の手を引いて足早にその場を去ろうとした。

 ドメスティックなバイオレンスを見るには少々刺激が強すぎるお年頃だろう。ここは俺が手を引いて退散せねば.........そう思ってそのままマックイーン達を背にし、前へ歩くと、不意に茂みから見覚えのある奴が飛び出してきた。

 

 

ゴルシ「あ」

 

 

桜木「やっべ」

 

 

二人「?」

 

 

 出会っては行けない奴にあってしまったのだ。正に目と目が逢うと言うやつだ。好きだと気付くことはないと思う。

 あ、ほら見ろ。ゴールドシップの顔!!!ドス黒い太陽みたいな!!!にっっっちゃ〜.........って顔し始めたぞ!!!

 

 

ゴルシ「なぁおっちゃん?」ニッッッチャ〜...

 

 

桜木「な、なんだよ.........俺はこれから二人をレッスンに「お!いたいた!!」.........」

 

 

沖野「探したぞー。せっかくレッスン室借りたのに来ないからな。ほら二人とも、次はダンスレッスンだぞー」

 

 

キタ「は、はい!!ありがとうございました!お兄さん!!」

 

 

ダイヤ「おじさま!!楽しかったです!!」

 

 

 二人は沖野さんに手を引かれ、俺に振り返りながら手を振ってくれた。あれ?詰んでませんか?この状況.........?

 俺は振り返ることはせず、背中に感じる嫌な予感を感じながら、離れていくあの子達に手を振り続けた。

 

 

桜木「ば、ばいばーい.........ッスー.........悪いけど急ぎの用事が出来たんで.........」

 

 

ゴルシ「ああ!!そうだよなおっちゃん!!!アタシとこれからウマ娘チャンバラウォーズの映画を作る用事が出来ちまったんだもんなぁ!!!」ガシッ!

 

 

桜木「なっ!!?は、離せ!!!そうだ、マック」

 

 

マック「さぁテイオー。ここで何をしていたかご説明願えますか?」

 

 

テイオー「せ、説明したら許してくれる.........?」

 

 

桜木「.........」

 

 

 あっちはあっちでお取り込み中らしい。どうしたらこの状況を打開できるだろうか。いや無理だ。あの様子じゃ助けを求めれば俺にも飛び火する。いじめられるのは好きかもしれないが、自ら飛び込むほどドMじゃない。

 

 

ゴルシ「ほらほら!グラスの奴もスタンバイしてるしよ!!!」

 

 

桜木「はァッ!!???まさかあのチャンバラシーンを再現すんのかァ!!?やめろっ!!!使い回しでいいだろあんなのっ!!!」

 

 

ゴルシ「おいおい!そんなんじゃ子供には通用しないだろ!!!シネマ王にアタシはなるッッ!!!」

 

 

 冗談じゃないッ!あんなのともう一度対峙しろってのか!!?無理だ!断らせてもらう!!

 そう言おうと思ったのもつかの間、がっしりと両腕で俺の肩をホールドしていたゴールドシップは、流れで俺を担ぎ上げ始めた。

 

 

ゴルシ「オッシェェェェイ!!!行っくぞー!!!ビバ!!!カンヌ国際映画祭!!!」ダダダダダ!!!

 

 

桜木「くっっっそーーー!!!!!!ガチで狙ってんじゃねェェェェェッッッ!!!!!」

 

 

ゴルシ「思えばカンヌってダッセーからよ!!!この際ゴルシ国際映画祭にしようぜ!!!」

 

 

桜木「カンヌに謝れェェェェェッッ!!!!!」

 

 

 悲痛な叫び声を上げながらも、俺は心のどこかで、こんな騒がしい日常に居心地の良さを感じていた。こんな日々が、ずっと続けば良いと.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが、現状を変えるのはいつだって、その場から飛び出し、冒険をする者だけだ。その場に留まっていたって、何かが変わる訳じゃない.........それに気がついた時にはもう、残り時間は限りなく残っていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ......To be continued



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マックイーン「トレーナーさんが倒れた!!?」

 

 

 

 

 それは、あのオープンキャンパスから数日が経った日の寝起きの出来事であった。

 

 

桜木(.........あれ、身体が起きん)

 

 

 目を覚ましたはずだが、身体はまるで眠っているかのように重かった。何とかベッドの上で動いてみようと試みるが、もがくことすら叶わなかった。

 原因は恐らく、最近の多忙なスケジュールのせいだろう。トレーニング以外の時間には取材や、その取材の時間を開ける為の調整のために動いている事が多く、心が少しも休まらない。

 しかも、記者と言っても色々な人が居る。正直全員が乙名史さんみたいな人だったら助かるのにな、適当言ってても理由付けしてくれるし。

 

 

桜木(弱ったなー。動けるようになったら休みの連絡入れるかー.........けどまだ働きたいなー)

 

 

桜木(マックイーンに会いたいし、タキオンの薬飲みたいし、ウララの成長を感じたいし、ライスの頑張り見たいし、ブルボンを坂路でイジメ抜きたい)

 

 

桜木(ブルボンを、坂路で、イジメ抜きたい.........!!)

 

 

桜木(よし!仕事行くか!!)

 

 

 ここは大人しく寝坊したと答えよう。怒られるのには慣れてるからな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「.........」

 

 

桐生院「あの.........大丈夫ですか?」

 

 

 朝礼から30分ほど遅れて学園に到着した。たづなさんから怒られることは無く、逆に心配されたし、理事長からも休んだ方が良いのでは?と言われた。優しくて泣きそう。

 隣席の桐生院さんに今朝の連絡事項を伝えられ、チームルームで作業しようと立ち上がると、彼女から心配の声がかけられた。

 

 

桜木「ええ、ちょっと昨日夜ふかししすぎたんです。だから「桜木さん」.........?」

 

 

桐生院「それ、私のバッグです」

 

 

桜木「.........ごめん」

 

 

桐生院「本当に大丈夫ですか?やっぱり休んだ方が.........」

 

 

桜木「いいえ!あの子達が頑張ってるんです!!俺はしっかり、その頑張りを見届けないと!!」グッ!

 

 

 自分の中で大きくなる使命感が支えとなり、体に芯が入った様に力が湧く。その様子を見て、桐生院さんは納得したのか諦めたのか、それ以上何かを言ってくることは無かった。

 俺は間違って持ってしまった彼女のバッグを返し、そのままチームルームへと向かったのだった.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

デジタル「デージたん♪デジたんたん♪」

 

 

 さぁさぁやって参りました!!!お昼休みの時間.........♪色々なウマ娘ちゃんがその可愛いお口を開けてご飯を食べたり.........♡ウマ娘ちゃん同士と遊んだり.........♡

 

 

デジタル「はぁぁぁぁ.........♡考えただけでも鼻からファン汁が溢れ出そう.........♡♡♡」

 

 

 そんな事を考えながら廊下を歩いていますと、ふと、同士たんに依頼されていた桜木トレーナーさんのチームルーム前に来ていました。

 ふむ.........問題児で有名な彼です。ウマ娘ちゃんと一緒にいる時は誠実な彼ですが、裏はどうなのかと言われれば話は変わってきます.........!!

 

 

デジタル「ウマ娘ちゃんの素敵な未来.........!!デジたんが必ずまもりゅ!!!」

 

 

 そうデジたんは決心しました!!決心をしてチームルームの窓からゆっくりと中を覗きます.........。

 流石にデジたん。顔見知りでない人の教室に勝手に入るほど非常識ではありません。まぁ資料収集の為にフィルムに収める事はありますけどね.........でゅふふ。

 

 

デジタル「それにしても静かですねぇ。チーム[スピカ:レグルス]といえば、お昼休みは騒がしいと常識になってるはずですが.........皆さん用事でもあるのでしょうね」

 

 

 なら尚更、デジたんにとっては好都合です。誰も居ないということは自分を取り繕う必要は無いと言うこと.........!!桜木トレーナーさんの正体見たり!!です!!

 

 

デジタル(.........ですが、人の気配がどこにも「ガララ...」......鍵は空いてますし.........?)

 

 

 デジたん。こう見えても立派なウマ娘です。人間より感覚が鋭いので、姿形は見えなくても、何かが居ることは分かります。

 開けた扉の先に足を進めると、確かに誰かが居る事をデジたんの本能が感じとります。ですが人の姿はどこにも「グニ.........」.........?

 

 

桜木「」

 

 

デジタル「...............ギョ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ギョエエエエエエエエッッッ!!!??」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「と、トレーナーさんが意識不明.........!!?」

 

 

 その知らせを聞いたのは、今日の授業が全て終了し、これからトレーニングを始めようとした時でした。

 チームルームで待っていたのは、トレーナーさんではなく、彼の親友である保健室医の黒津木先生でした。

 

 

マック「そ、それで容態は!!?」

 

 

黒津木「さあな、気が動転したアグネスデジタルが病院にそのまま運んでっちまってな。第一発見者だから責任感じて付き添うって言って行ったが、このとおり音沙汰なしだ」

 

 

 彼の突き出したウマフォンに映し出されているのは、メッセージ通信用のアプリの画面です。そこには、トレーナーさんが倒れている、どうしよう?と言ったようなやり取りが買わされていますが、アグネスデジタルさんという方がとりあえず病院に連れていきますと書かれた後、黒津木先生のメッセージに既読はつけられていませんでした。

 

 

マック「.........行きましょう」

 

 

黒津木「え?別に行かなくても俺の見立てでは.........」

 

 

マック「行きますわ!!!!!出てきなさい!!!!!ブルボンさん!!!!!」パチンッ!!!

 

 

ブルボン「しゅごー。お呼びでしょうか?マス.........?マックイーンさん?」

 

 

 指を弾いて鳴らし、彼女の名前を叫ぶ。これをする事で、ミホノブルボンさんを確実に学園内で召喚できると、トレーナーさんは仰っておりました。

 彼曰く、こうすることでブルボンさんのユニークさを他のウマ娘達にアピールし、友達を作りやすくしようという策略らしいのです。

 最初はそれは必要なのかと思ってしまいましたが、こういう時に役に立つのです。感謝しなければなりませんわ。

 

 

マック「ブルボンさん!!今すぐチームメンバーを集めてくださいまし!!トレーナーさんの危機ですわ!!!」

 

 

ブルボン「!!?ま、マスターの危機.........!!!」ビュン!!!

 

 

 そう言ったブルボンさんは、目にも止まらぬ早さで駆け抜けていきました。その足は彼の言う[彗星]というより、[流れ星]という表現が正しい程に素早い行動でした。

 

 

マック「くっ!爺やに連絡して、今すぐ移動用車の準備をしなければ.........!!」

 

 

爺や「お呼びですかな?」

 

 

黒津木「うわっ!!?どっから現れたこの爺さん!!?」

 

 

マック「ちょうど良かったです!!爺や、今すぐ自家用車の準備を「マックイーンさん」.........?ブルボンさん!もう皆さんを」

 

 

ブルボン「増えました。どうしましょう?」

 

 

 そう言うブルボンさんは、開けた扉の前でたっていました。私はその言葉の意味を理解する事が出来ず、彼女の側まで寄って行ったのですが.........

 

 

タキオン「いやー。いつか倒れると思ってたんだよ。あんな休む暇もなく動いてたらね」

 

 

ウララ「うわぁぁぁぁん!!!トレーナーが倒れちゃったよぉぉぉぉぉ!!!!!」

 

 

ライス「ライスのせいだぁ.........!!ライスが居るからお兄さまが倒れちゃった.........うぅ.........!!」

 

 

テイオー「サブトレーナーが倒れたってホント!!?」

 

 

スペ「早く!!早くお見舞いに行きましょう!!」

 

 

スズカ「心配だわ.........無事だといいのだけれど.........」グルグル

 

 

ゴルシ「大丈夫だ!!アタシの焼きそばを食べればおっちゃんは復活する!!!そんな気がするんだ!!!」

 

 

ダスカ「全員で行ったら、迷惑掛かるわよね.........」

 

 

ウオッカ「じゃあお前は留守番してろよ!」

 

 

ダスカ「はァ!!?アンタが留守番してなさいよ!!!」

 

 

沖野「おい、桜木が倒れたってのは本当なのか!!?」

 

 

タマ「おっちゃん倒れたんか!?い、いや。別に心配してないんやけど?い、いつも遊んでもらってる日頃のお礼っちゅうか.........」

 

 

オグリ「タマは桜木と仲が良いからな。心配なんだろう」

 

 

クリーク「ふふ、嬉しいわ.........なんだか子供の成長を見てるみたい」ウルン

 

 

古賀「カッカッカ!トレーナー業ってのは、倒れてから本番だからな!!」

 

 

桐生院「私が!!あの時無理にでも止めていれば.........!!」

 

 

ミーク「トレーナー。たらればは良くない.........です」

 

 

マック「」

 

 

 思わず言葉を失いました。廊下の先には、これまでトレーナーさんにアドバイスを貰ったり、仲良くしてきたであろうウマ娘の方々や、トレーナーの方々が集まってきていたのです.........

 

 

マック「.........爺や」

 

 

爺や「はっ、お嬢様」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「バスにしましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ザワザワザワザワ.........

 

 

マック「.........」

 

 

 私を先頭に、病院の中を歩いて行きます。こういう場面を医療ドラマで見た事があります。正に病院で、私達が白衣を纏っていたのならドラマの回診のようになるのですが、残念ながら私達は部外者です。

 黒津木先生は事情を説明しに一旦列から離れ、病院の関係者に謝罪をしておりました。大変申し訳ないですが、仕方ありません。トレーナーさんの危機ですもの。

 

 

タマ「おっちゃん、三回の308号室に居るらしいで。はよ行くで」

 

 

マック「ありがとうございます。タマモクロスさん」

 

 

テイオー「大丈夫かなサブトレーナー.........もしかして、なんかおっきい病気だったりして.........!」

 

 

ウララ「え......?トレーナー死んじゃうの.........?そんなの.........やだぁぁぁぁぁ!!!」ウワーン!

 

 

タキオン「あーもう!!テイオーくん!!!せっかく泣き止んだんだから!!!滅多なことを言うんじゃない!!!」

 

 

テイオー「で、でもさー!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 パシン.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「ここは病院です。他の患者様もいらっしゃるのです。こんな大勢で来ている手前、騒がしくしては行けません。いいですね?」

 

 

 私が自らの手を叩き、テイオー達にそう言うと、彼女達は頷きながら口を抑えました。

 テイオーの気持ちも確かに分かります。ですがみんな不安なのです。その思いを口にしても解決するどころか、帰って増長を促してしまいます。

 

 

オグリ「この人数でエレベーターは使えないだろう。階段に行こう」

 

 

ライス「そ、そうだね。オグリキャップさん!」

 

 

オグリ「そんなに固くならなくていい。オグリと呼んでくれ。みんなそう呼んでくれてる」

 

 

ゴルシ「分かったぜ旬!!!」

 

 

オグリ「.........?なんだ、ゴールドシップの知り合いも来てるのか?」キョロキョロ

 

 

ブルボン「マックイーンさん。早く行きましょう。このままでは私のキャパシティが限界を迎えてしまいます」プシュー...

 

 

 ああ.........ブルボンさんが天然のオグリキャップさんと意味不明なゴールドシップに挟まれて大変可愛そうなことになっていますわ.........早いところ移動してしまいましょう.........

 

 

 ですが、階段を登っている最中。お恥ずかしい話ですが、私自身、テイオーのあの言葉に感化されてしまいました。

 もし、トレーナーさんの身体が大きな病に蝕まれていたら?病室に着いたら、呼吸器を付けられて寝ているトレーナーさんがいるかも知れません.........

 

 

マック(トレーナーさん.........)

 

 

 もし、もしですよ?これが手術を行なえば、あとは何も心配いらないような病気ではなく、もし.........が、ガンのような重い病気でしたら.........

 

 

マック(トレーナーさん.........!)

 

 

 もしこのまま意識が残らず、彼と何気なく交わした会話が、もし.........最後のものだったら.........!!!

 

 

マック(トレーナーさん!)

 

 

 そんなの.........!!そんなのっ!!たまったものではありません.........!!!!!

 私はそう心で激しく思いを、噴火させるように溢れださせながら、308号室の部屋の扉を勢いよく開け放ちました。

 

 

マック「トレーナーさんっ!!」

 

 

桜木「だから太ぇって!!!」バンバンバン!!!

 

 

デジタル「太くねぇですってッッッ!!!!!」カキカキカキカキ!!!

 

 

マック「.........」

 

 

 目の前に広がっている光景に、少々頭が追いつきませんでした。ここは病院のはずなのに、床の上には色々なイラストが書かれた紙が散乱しており、それを生み出しているのはアグネスデジタルさんだと分かります。現在進行形でそれを生み出しているので。

 そして、それを見てトレーナーさんが怒りの表情で机を叩いていますが、それに反論するデジタルさんもそれに負けないほど怒りに満ちた表情をしています。

 

 

桜木「良いかァッ!オタクの悪い癖は好きな所を誇張する所だッ!見ろこれぇッ!タキオンの足は細いの!!!もう折れそうなレベルで!!!ポキッと行きそうなレベルで細いの!!!」

 

 

デジタル「はぁぁぁ!!???本質を見れてないんですね桜木トレーナーさんは!!!デジたんはみえますよ!!?タキオンさんのあの足はバ力という力でこの太さを体現してるのです!!!!!」

 

 

桜木「アァ!!?さっきから聞いてりゃ何だバ力って!!!そんなの普及しねーぞ!!!ワンピースみたいになるのが落ちだぞ!!!」

 

 

デジタル「残念でしたー!!!もう全宇宙に普及した常識です〜!!!道力みたいにはならないんですよ!!!!!」

 

 

桜木「あ、ようマックイーン」

 

 

マック「.........」

 

 

 私に気付いたのか、彼はキョトンとした顔をし、片手を上げて挨拶をしました。そんな私の存在が気にならないのか、彼はまた、デジタルさんとの議論に入っていきましたわ.........!

 

 

マック「何が.........ようマックイーン、ですか.........!!!」

 

 

ウララ「トレーナー!大丈夫.........?」

 

 

桜木「だから太いっつってんだろッッ!!!」

 

 

デジタル「うがァァァァァァッッ!!!創作は人の自由ッッ!!!口出ししないでくださいィィィ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「いやー悪い悪い。わざわざ集まってもらっちゃってな」

 

 

 居心地のいいベッドの上で、俺は後頭部を掻きながら笑ってそう言った。実際、凄い人数の人が集まってきている。

 まあうちのチームのメンバーはだいぶ睨みを効かせて俺の方を見てきているが、それが俺のした事だ。仕方あるまい。

 

 

マック「.........では、検査の結果を言って頂きましょうか」

 

 

桜木「えー?せめてアイツら外に出してくんない?」

 

 

白銀「そんな要望通るとお思いで?」

 

 

 一番出口に近い所で固まっている親友達を指差す。アイツらは多分めちゃくちゃ俺の事をバカにしてくるから聞かれたくない。

 そう思っていると、不意にウララがゆっくりと俺に近付いてくる。

 

 

ウララ「トレーナー.........」ウルウル

 

 

ゴルシ「言っちまった方が.........楽になるぜ?」コトン

 

 

桜木「.........分かったよ」

 

 

 さすがに、ウララにそんな顔されてしまったらおふざけは出来ない。俺はテーブルに置かれたカツ丼をゴールドシップに返して、なんて言おうか迷っていた。

 だが、いくら迷っていても結論は言うしかあるまい。怒られたとしても、話していればいずれ悟られるのだ。結論から言おう。

 

 

桜木「.........医者からはな」

 

 

全員「.........」ゴクリ

 

 

親友「.........」ワクワク

 

 

桜木(マジでぶっ殺そうかなアイツら)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「過労だって言われた」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう言い切ると、部屋の中は静かな空間となった。皆、身体から布を擦る音すら響かせてはくれない。視線が俺へと集中するのは慣れてはいるが、心臓に悪いのは変わりなかった。

 暫くして、息をハーっと吐く音や、一息つくように溜息を吐き出す者。そして、心配して損したと言うようにそばに居る子に話し始める子もいる.........問題は.........

 

 

神威「か、過労.........w」

 

 

黒津木「サボリンピック12年連続金メダリストのあの桜木君が過労で倒れたって!!???」

 

 

白銀「バ‪wカ‪wす‪wぎ‪wワ‪wロ‪wタ‪‪w‪w‪w‪w‪w」

 

 

桜木「だァァァァクソッ!だァから言いたかなかったんだよ!!!」

 

 

 ゲラゲラとした笑い声が部屋の中で響き渡る。そう、コイツらは俺がどういう奴か隅々まで知っている。

 たぶん小中学校に留年制度があったら俺は毎年留年してたと思う。それぐらいサボり魔だったのだ。自分でも身体にここまで疲労を貯めたのは初めてだ。社会人時代もなんだかんだ言ってサボってたからな。

 

 

桜木「.........身体の疲労は指摘された。だが倒れた原因は他にある」

 

 

沖野「そうなのか?」

 

 

桜木「ええそうですよ?そこに居るゴールドシップくんに飲まされた薬のせいでね?」

 

 

ゴルシ「あ?」

 

 

 俺が返したカツ丼をかっ食らっていたゴールドシップが顔を上げる。顔面に米粒を散りばめながら、見てくる全員の顔を視線だけ動かして威圧した。

 

 

ゴルシ「あんだよ。アタシはおっちゃんのためを思ってタキオン印の睡眠薬を飲ませたんだぞ!!!」

 

 

タキオン「また私の研究室から勝手に持って行ったのか!!?」

 

 

桜木「飲ませたァ!!?混入の間違いだろ!!!俺はお前に出された変な味のコーヒーを飲んだだけだ!!!」

 

 

タキオン「コーヒー!!?君はあの泥水を飲むのか!!?」

 

 

桜木「うるせぇ!!!今に始まったことじゃねぇ座ってろ!!!黒津木ッ!お前無線会話集見せたな!!!??」

 

 

黒津木「勝手に見てくんだよ!!!お前もう飲み薬作るの禁止な!!!!!」

 

 

タキオン「そんな殺生な!!!元はと言えばゴールドシップくんが勝手に持ち出し!!服用したのが原因だろッッ!!!」ビシッ!

 

 

ゴルシ「ごめん!!!!!」

 

 

三人「あ、うん.........?」

 

 

 まさか謝るとは思っても見なかった。俺たち三人のこの行き場のない勢いに任せた感情は自分の中で衝突事故を起こして霧散した。不完全燃焼とも言う。

 さて、そんなやり取りを複数名の溜息と、こんなに俺が元気なのにも関わらずまだ心配そうに見ている数名。はっきり言っておかなければダメか.........

 

 

桜木「.........とにかく、今日の夜にはもう退院する。明日からはいつも通りの日常だ」

 

 

テイオー「ホント!!?僕のダービーも、ちゃんと見てくれるんだよね!!」

 

 

桜木「.........」

 

 

ウララ「トレーナー!ウララもトレーニング頑張るよ!!」ピョンピョン!

 

 

 .........さて、どうしたものだろう。目の前で飛び跳ねるハルウララと、静かに俺を見るトウカイテイオー。思えばこの三年間で、多くの人に出会ったものだ。病室に入ってからは静かだが、その出会いを繋げてくれた古賀さんには感謝しないと行けない。

 それと同時に、俺には果たさないと行けない仕事がある

 

 

桜木「.........その事で、古賀さんと沖野さんに、ちょっと相談したい事があります」

 

 

古賀「お、桜木から相談とは、珍しいな」

 

 

桜木「相談とは言っても、確認だけですよ。ですが.........」チラリ

 

 

マック「.........」

 

 

 俺は静かに、マックイーン達の方を見た。これから先の、自分たちの進退に関わる事かもしれない。だから聞きたくなっても仕方が無いが、俺は正直、この話は誰にもしたくない。

 だが、それでは大人は出来ないのだ。しっかりと伝える事。それをすることで、やりたいことを始めてできる。

 そんなことを考えていると、不意に病室のドアが開く音が聞こえた。その方を見ると、アイツらが先に出て行く姿が確認できた。

 

 

桜木(本当、そういう所だけ察しが良いな)

 

 

 いつも助かる。なんて口が裂けても言えない。言ってしまえば茶化されるのがオチだ。

 そんなアイツらに釣られるように、他のウマ娘や桐生院さんがぞろぞろと病室を抜けていった。

 残っているのは.........

 

 

桜木「.........マックイーン。頼むよ」

 

 

マック「.........はぁ、隠し事は信頼関係にヒビを作りますわよ?」

 

 

桜木「多少のミステリアスは日常にスパイスが掛かるだろ?」

 

 

マック「私、辛いのが苦手なのをトレーナーさんはご存知でしょう?」

 

 

 そう言い切る彼女に、俺は手も足も出せない。どうしても口の勝負になると、口先だけは達者で、どうにも勝てる見込みが無くなってくる。昔からそうだった。

 しかし、マックイーンは溜息を吐いて、座っていた椅子から立ち上がった。

 

 

マック「.........トレーナーさん。万に一つもないと思いますが、今回の件でチームを離れたり、私達の担当を降りたり、トレーナーを辞めたりすることはしませんよね?」

 

 

桜木「しない。俺は、自分で掴んだ手を二度と離さないって決めたんだ」

 

 

マック「.........ふふ、それを聞いて、ようやく安心出来ましたわ」

 

 

 彼女は静かに微笑みながらそう言い残し、この病室を去って行った。残っているのは、道の果てが見えている老人と、まだその道の途中である男と、ようやくその道を見つけた俺だけであった。

 

 

桜木「.........長くなると思いますが、聞いてください」

 

 

沖野「ああ、いつになく真剣な話みたいだ。それくらいはする」

 

 

古賀「桜木。何があった?」

 

 

 真剣に鋭さを帯びた目が、俺を貫くように見てくる。この時ほど、俺は二人が頼もしいと思った事はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「.........」

 

 

古賀「.........なんの冗談だ。桜木」

 

 

桜木「冗談?ここまで啖呵を切って、そんなので済ませられるほど俺は強かじゃないですよ」

 

 

 そう言う、桜木の目は強い意志が宿っていた。馬鹿げている。そう、コイツの言い分を蹴ることは容易かったが、俺のトレーナーとしての勘が桜木に感化していた。

 隣に居る沖野を見ると、頭を抱え、桜木の言った事を必死に受け入れようとしていた。

 

 

古賀「もし、それが本当に起こるとしよう。お前さんは何を確信している?」

 

 

桜木「確証はありません。けれど俺は.........宗也とタキオンが最大限まで繋いでくれた道程を、沖野さんの未来への思いを、無駄にしたくない.........ッ!」

 

 

沖野「.........分かった。お前のチームの事は、俺が見る」

 

 

 ようやく、会話に加わった沖野の目は、すっかり覚悟をし終わったようで、その瞳の中で炎が静かに揺れていた。

 だが桜木は、それに待ったをかけるようにその手のひらを沖野の奴に向けた。

 

 

桜木「沖野さんはテイオーを見ていて下さい。正直、そうなる可能性があるってだけで、時期が早まる事もあります。俺のチームの事は、適任がいますのでその人に任せます」

 

 

沖野「そうか.........悪い。本当なら俺自身が行かなきゃ行けないんだが.........」

 

 

桜木「何言ってるんすか、チームスピカのトレーナーは沖野さん以外居ないでしょう?こういうのは、雑用係の俺に任せときゃいいんですよ」

 

 

古賀「.........カカッ、変わらねぇな。桜木」

 

 

 俺がそう言うと、桜木の奴はキョトンとした表情で俺を見やがる。コロコロと表情が変わる面白い奴だが、中身はまるで変わっちゃいねぇ。

 始めてコイツに出会った時。俺はピンと来た。コイツはピースさえ揃えば、凄い奴になる。ここで逃せば、俺は歴史を変えちまう可能性がある。本気でそう思った。

 だが逆に、この男を逃すこと無く歴史を変える可能性もあった。あの日、レースを.........いや、ウマ娘をただ見ていたコイツの目に、歴史を変える可能性を、俺は見た。

 

 

古賀「.........面接試験。お前さんは何故トレーナーになるかと、やよいちゃんに聞かれて、咄嗟にこう言った」

 

 

古賀「[夢を、諦めさせたくないから]」

 

 

 どこにでも転がってるような言葉だ。言葉っつうのは恐ろしいもので、言葉にした瞬間に力が分散する。本心がそうかなんて、分からなくなるんだ。

 けれど、あの時のお前さんの目は、顔は、姿勢は、本物だった。あの日お前さんは確かに、本物のトレーナーだったんだ。

 

 

古賀「.........もう、俺からは何も言わねえよ。好きなようにやれ」

 

 

桜木「っ!ありがとうございます。古賀さん」

 

 

古賀「.........帰ったら、アイツらに謝れよ」

 

 

桜木「そうします。特に、マックイーン達とテイオーには.........」

 

 

 力なく笑う桜木を見て、俺と沖野は目を合わせて呆れたように肩を竦めた。すっかりチームのエースに尻に敷かれちまってる姿は、若い頃の俺を見ているようで思わず同情してしまった。

 だが、分かった事が一つだけある。それはどんなに嫌そうでも、桜木は逃げようとはして居ない。少なくとも彼女達の事は好いているようだった。

 

 

桜木「それじゃあ、また明日」

 

 

沖野「おう、明日会ったら、暫くは会えなくなるのか」

 

 

古賀「お?なんだ沖野ぉ?桜木がいなくなるからなって寂しいのかぁ?」

 

 

沖野「ええ、丁度いい雑用係が居なくなるんでね」

 

 

桜木「沖野さん。それ言い過ぎ」

 

 

 一拍間を置いて、三人の笑い声が病室に響く。桜木以外入院していなくて本当に助かったが、病院の人達には迷惑かけてしまった。後で謝らなければな。

 .........こうして、笑っている姿は見た目よりずっと若く見える。だがそれは、コイツがそう見せてるに過ぎねぇんだ。コイツは何かを抱えている。今だっていい顔してるが、それがいつ、バランスを崩して何かに呑まれる可能性は否定出来ない。

 

 

古賀(それでも、格好付けたいんだろう?男の子だもんな)

 

 

 病室を出ようとして、桜木の方を振り返る。そんな俺に気が付かず、奴はずっと窓の方を見ていた。

 桜木が見せるその背中は、どこか寂しげではあったものの、大きい男の背中をしていた.........

 

 

 

 

 

  ......To be continued



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トレーナーが学園から居なくなった日

 

 

 

 

 

 

 夏の暑さが顕著になってきた今日この頃。既に時期は5月の中盤を迎えており、いつも通りであるならば、トレーナーさんがうるさくなる時期でもありました。

 トレーナーさんが倒れたあの日。病院に運ばれた日から1日経ったお昼休み。彼はすぐに姿を学園に見せました。

 ですが.........

 

 

桜木「悪い!ちょっと今日は理事長室に用事あるから、昼飯は各自で取ってくれ!!」

 

 

マック「?はい。分かりましたわ」

 

 

 それを言う為だけに、彼はチームルームに残っていたのでしょう。鍵を私に渡して、彼はその扉を静かに開け、廊下へとキビキビ歩いていきました。

 

 

ウララ「忙しいのかな?トレーナー......」

 

 

ライス「どうかな......?無理しないと良いんだけど.........」

 

 

マック(.........)

 

 

 胸の中に感じる不安。彼のその後ろ姿に、何とも言えない感情を持ってしまいます。別に、何かがあるという訳では無いのに、まるで彼が、どこか遠くへと行ってしまうような.........

 

 

マック「.........きっと大丈夫ですわ。トレーナーさんですもの」

 

 

 彼と共に、苦難を乗り越えてきたのです。きっと、これからも.........そう思いながら、チームルームのテーブルに置かれた彼のお弁当に、手を付けました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「では、失礼いたします」

 

 

やよい「.........」

 

 

 彼の一礼を見送り、私は目を伏せた。ドアがしまった音が、理事長室の中に響き、私の耳の中へ彼が出ていった事を伝える。

 平静を装っていたが、私はすぐに頭を抱えた。一体.........桜木トレーナーは何を考えているというのだ!!?

 

 

やよい(確かに彼の勤務日数から言えば、十日間の有給は受けることは出来る!!)

 

 

やよい「だが一週間後には、トウカイテイオーの日本ダービーが控えているんだぞ!!?」ダンッ!!!

 

 

 彼のその行動に、私は訳が分からなかった。彼もトレーナーの端くれなら、そのレースの大きさは身に染みているはずだ。なぜ、わざわざこの時期に有休を取ろうとしたのか、理解が追いつかなかった。

 私は立派なだけの机を、悔しさにも似た感情に任せて叩いた後、内線を繋いでたづなに連絡をした。

 

 

やよい「私だ。今から『ㅤㅤㅤㅤㅤ』を、至急こちらへ呼んでくれ。あ、くれぐれも放送はするな。手数を掛けて済まないが、直接呼んでくれ!」

 

 

 彼女も、訳が分からないのだろう。電話の向こうで喚き散らしている声が聞こえるが、私もそうしたいのだ。恐らく文句を言いながらもやってくれる。私はたづなの声を聞くことなく、内線を切った。

 

 

やよい(.........だが、協力者はもう一人必要だな)

 

 

 この秋川やよい、このような小さき子供のようななりをしてはいるが、分不相応なりにもこの理事長の椅子に座らせてもらっている。

 彼にも、桜木トレーナーにもなにかの事情があるのだろう。私に言えない事があるのだろう。だがそれを甘んじてしまえば、この椅子の価値は下がってしまう。私のでは無く、この理事長の椅子の、だ。

 

 

やよい(後悔するなよ、桜木トレーナー.........!この秋川やよい!ただでは起きんぞ!!)

 

 

やよい「ぬぅおおおおおお!!!!奮起ッ!!ハーッハッハッハッハ!!!!」ババッ!

 

 

 頑張れやよい。挫けず進め。そう自分を鼓舞するように、私はいつもの様な高笑いと、先代から受け継いだ扇子を大きく広げ、自分を大きく見せつけるように、自分が大きいと錯覚するように務めた。

 そして、もう一度その椅子に座り、今度はこの学園の理事長として、内線をかけた。

 

 

「はい、なんでしょうか?」

 

 

やよい「依頼ッ!!君に頼みたいことがあるッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「お疲れ様です。桐生院さん」

 

 

桐生院「はい!お疲れ様です、桜木さん!」

 

 

 様々な業務を終え、学園の放送には授業の終わりを告げるチャイムがなっています。彼も新人トレーナー職員室の机を片付け、自らのチームへと向かおうとします。

 

 

桐生院「あの、休むのですか.........?」

 

 

桜木「.........え、俺言ったっけ?」

 

 

桐生院「ああいえ!桜木さんのカバンから、その.........有給届けの文字が見えていて.........」

 

 

 そう言うと、一度立ち上がった彼は頭を掻きながら、どうしたものかという表情して椅子に座りました。

 うぅ、いくら理事長の指示であっても、嘘をつくと言うのは心苦しいです.........ですが、私自身聞きたいこともあります。

 

 

桐生院「やはり身体の方に不調が?」

 

 

桜木「いや!そういう訳じゃないんです!ただ.........やるべき事をやる為に.........」

 

 

桐生院「やるべき事.........?」

 

 

 そう言った桜木トレーナーの視線は、先程まで手に持っていた書類。今は机の上に置かれているそれに向けられていました。

 そこには、英語なのか他の言語なのか、よく分からない単語が並べられていて、その隣の欄には〇や×、△など、記号が並べられています。

 

 

桐生院(.........!日本語、しかも、人の名前.........?という事はこれは、全て人物のリスト.........!?)

 

 

桜木「桐生院さん?」

 

 

桐生院「ひゃ!?ご、ごめんなさい!ぼーっとしてました.........アハハ......」

 

 

 危ない所でした.........何とか誤魔化すことが出来たのは、彼が人を疑うことをしない性格だからです。本来ならば、今ので何かを探っているのがバレてしまっていました。気をつけましょう.........!

 ですが、いい収穫です。幸い、日本語名の方の名前は頭に入れる事が出来ました。後で理事長に報告しなければいけません。

 

 

桐生院「.........あ、そういえば!」

 

 

桜木「え?」

 

 

桐生院「どうするんですか?桜木さんのチーム。私も良ければお手伝いを.........ああいえ、そう言えばチームスピカには沖野さんが居ましたから、そんな心配しなくても良さそうですね.........」

 

 

桜木「.........」

 

 

 私が気になったのは、その一点だけです。確かに、メジロマックイーンさんは天皇賞を制覇し、ここから大きいレースに出場する予定も、今は白紙だと聞きました。

 ですが、今年は彼のチームのメンバーであるミホノブルボンさんとライスシャワーさんがデビューを果たす年でもあります。

 非常に申し訳ありませんが、今回の彼の無責任な行動に、私は少し.........いえ、大変軽蔑してしまったのです。

 誤解があるのなら、それを解いて欲しい。私に彼を、尊敬する人だと胸を張らせて言わせて欲しい。そう思いながら、私は彼を見つめ続けました。

 

 

桜木「.........悪いけど、君にも沖野さんにも頼まない。他にもう決めてるんだ」

 

 

桐生院「その人は桜木さんにとってどのような人ですか?」

 

 

桜木「一番信用出来るトレーナーだ」

 

 

桐生院「.........!!」

 

 

 彼は、真っ直ぐと私の目を見て、私の問いかけから悩む暇すらなくそう言い切りました。

 普段、優柔不断な姿をよく見る彼です。カフェテリアで昼食を頼む時はいつもメニューと10分ほど格闘している彼が、そう言いきったのです。

 桜木さんは、このことは内密に、と念を押して、トレーナー職員室を後にしていかれました。私はと言えば、理事長に内線を繋ぐことも忘れ、ただただ彼の行く先を見ていただけでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「はぁっ、はぁっ、トレーナーさん!スタミナトレーニングを終えました!次の指示を!」

 

 

桜木「おっ!早いなマックイーン、うんうん.........見た感じ、足の状態もいい具合に鍛えられてる。少し休憩にしよう」

 

 

マック「はい!」

 

 

 私がベンチに座ると、彼はタオルとスポーツ飲料を渡してくださいました。それの蓋を開け、口をつけながら視線を彼の方へと移しました。

 今日のトレーナーさん。少し変です。なぜか、彼の姿を見ると不安に駆られてしまう.........今この時も、ウララさんの走りを見ている時も、まるでそれを目に焼き付けるかのように真剣になっています。

 

 

マック「.........トレーナーさん、何か隠していませんか?」

 

 

桜木「.........敵わないな、一心同体だから分かったのか?」

 

 

マック「からかわないでください」

 

 

桜木「.........」

 

 

 ピシャリと、私が語気を強めて言いました。ですが、彼はそれにいつもの様に動じること無く、私に申し訳なさそうな目を向けて、もう一度、ウララさん達の方を見ました。

 

 

桜木「なぁマックイーン。いつかバレるけど、今隠したいって時.........どうすれば良い?」

 

 

マック「.........トレーナーさんは、今は言いたくない。と?」

 

 

桜木「ああ、出来れば誰にも言いたくない」

 

 

マック「.........では、バレた時の罰を、文句を言わず、甘んじて受け入れることです」

 

 

 .........言いたくないのでしょう。知られたくないのでしょう。隣にいらっしゃるトレーナーさんには、 仮面が張り付いている気がしてしまいます。それが、少し悲しい.........

 行けませんわ、こんなことで泣きそうになってしまっては、私はメジロのウマ娘。強く生きなければ行けないのです。そう思い、手に持ったタオルにたくさんのシワを作るように無意識に握りしめていると、不意に頭に何かが乗ります。

 

 

桜木「チームの事。よろしく頼む」

 

 

マック「あ.........」

 

 

 彼の手です。彼の優しく、大きな手が私の頭を撫でました。ですがそれは、いつもの彼の無意識による癖のようなものではなく、丁寧にその一本一本の髪の毛を感じ取るように、ゆっくりと触っていかれました。

 

 

桜木「.........さぁ、休憩は終了だ。何か身体に気になる所はあるか?」

 

 

マック「いいえ、むしろ絶好調な方です。ではトレーナーさん。次の指示をお願いしますわ」

 

 

 頭から離れていく彼の手に、今は寂しさを感じません。ですがきっと、少し時間を置いてからじわじわと溢れ出すようになるでしょう。

 トレーナーさん。貴方が何をしようとしているのか、私達には分かりません。ですが、私達には、チーム[スピカ:レグルス]には、貴方は必要不可欠な存在なのです。

 私は胸にしみしみと広がりつつある寂しさを実感し、押さえ込みながら、もう一度走り込みを始めました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「.........なんか、今日は一日が早かったな」

 

 

 誰にでもなく、一人で呟く。トレーニングを終え、必要なものを全て片付けたあとの空はもう、帳がおりきっていた。

 目の前の三女神の噴水を見ながら、今日一日を振り返る。理事長には突然の申し出で、迷惑を掛けたのかもしれない。まぁ偶に二人でめちゃくちゃな事をする仲だ。笑って許してくれるはずだろう。

 桐生院さんには悪い事をしたかもしれない。自分の担当の子も居るのに、ああして立候補をしてくれたんだ。無下にしてしまうのはやはり違っただろうか。

 マックイーンには.........うん、今は考えないようにしよう。十日も会えないなんて考えただけでも辛い。

 十日間はマックイーンに会えないし、タキオンの薬飲めないし、ウララの成長を見れないし、ライスの頑張りを見れないし、ブルボンを坂路でイジメ抜けない。

 

 

桜木(それでも、俺は.........)

 

 

 あの日。俺がゴールドシップに薬を飲まされ、倒れたあの日。あの時俺は、夢を見た。タキオン印の睡眠薬は悪夢を代償にその効果を発揮するが、あれを夢とするには、ショックが強すぎた。

 

 

 鳴り止まない、ウマ娘が走り抜ける地響きにも負けない歓声。レースが終わったそのターフの上で、『トウカイテイオー』は手を振り、その二本目の指を掲げ挙げた。

 

 

 その、左足のぎこちない僅かな動きに、レースを見ていた俺は一人、地獄に叩き落とされていた。

 

 

桜木(悪夢と言うには十分だ、正夢だけには絶対にしたくねぇ.........)

 

 

 そう思いを込めながら、俺は財布から五円玉を取り出す。あの神社には、嫌な思い出があるから行きたくは無い。だが、同じ三女神ならここに居る。

 多くのウマ娘を傍で見守ってきた三女神像なら、ここに居る。

 

 

桜木(.........)

 

 

 俺は逃げる。あんなの、見たくないからだ。けれど、逃げた先で必ず、打開策を見つけてやる。

 俺はそう、決心を込めながら五円玉を握りしめ、噴水の水の中へそれを投げ入れた。

 

 

桜木(帰ったらきっと、こってり絞られるんだろうなぁ.........)

 

 

 さて、どちらの地獄が身を焼くかという展開に陥ってしまっているが、決めた事はやらなければ行けない。

 そんな事を考えていると、俺がここに居る理由である待ち人が、ようやく姿を現した。

 

 

桜木「.........来ないと思ってましたよ。お陰で待ちくたびれた」

 

 

「.........何の用だ」

 

 

桜木「それについてはこれから話しますよ。どうです?席なら空いてますよ?」

 

 

「ふざけろ。お前の隣なんざ真っ平御免だ」

 

 

 そう言いながら、目の前に立った男はタバコに火を付けた。その様子を見て、元気そうな事は間違いなかった。

 相手からの好意は一切感じられない。それどころか、俺に対する敵対心しかない。悲しいな、俺はこんなにアンタのことを良く思ってるのに。

 

 

桜木「.........茶番もそこそこに、本題に入りましょうか」

 

 

「.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

???「.........」

 

 

 自分は、木の影から桜木と、男のやり取りを見ていた。自分の耳には、全て交わされている言葉が入ってきてはいるが、そのぶっ飛んでる内容に、頭が追い付いてはくれなかった。

 男が何個か文句混じりの疑問を呈したが、桜木はそれを聞いて、[だからこそ、俺はアンタを一番信用している]と言い、その男を黙らせた。

 舌打ちを大きく響かせながらも、男は恥ずかしそうにその場を去っていった。桜木の頼みに、了承も拒否もしていない筈なのに、桜木はどこか嬉しそうにしていた。

 

 

桜木「.........出てこいよ、[ゴールドシップ]」

 

 

ゴルシ「っ.........よく、分かったな。アタシだって」

 

 

 急に出てこいと言われ、名前を呼ばれた。正直なんでバレたのかアタシには分からねぇ。きっと、おっちゃんにはレーダーが備わってるんだと思う。

 

 

桜木「うわ、本当に居た」

 

 

ゴルシ「はぁ!?当てずっぽうだったのか!?」

 

 

桜木「いや!視線はずっと感じてたけども!!別に!!?お化けが怖くってゴールドシップのせいにしよーなんて!!?一ミリも考えてなかったし!!!」

 

 

 自分で言ってて怖くなってきたのか、おっちゃんはくねくねしながら口笛を吹き始めた。正直気持ち悪い。

 けれど、アタシは確かめないといけない事がある。それを聞かなきゃ、可哀想だけどおっちゃんを帰す事はできねぇ。

 

 

ゴルシ「なぁ、本当に見ねえのか?日本ダービー」

 

 

桜木「見ねぇ。[菊花賞]で良いだろ?」

 

 

ゴルシ「っ!!その菊花賞だって!見れねぇかもしれねぇんだぞ!!!」

 

 

 いつものおふざけじゃない。アタシは本気でおっちゃんの襟首を掴みあげた。ウマ娘の力は強力だ。それこそ人一人持ち上げる事くらい、簡単にやってのける。

 けれど、おっちゃんはいつもの動揺は見せてくれない。アタシが有利な立ち位置に居るはずなのに、おっちゃんは見透かすような目でアタシを見下ろした。

 

 

桜木「なんでぇ、知ったような口を聞くじゃねえかゴールドシップ?まるで、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 [全部知ってる]ように言いやがって」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゴルシ「っ、それ...は.........」

 

 

 アタシは、おっちゃんの目から逃げるように目を逸らした。いつも優しいおっちゃんが、怖くて怖くて、仕方がなかった。

 けれど、アタシのそんならしくない姿を見て、おっちゃんは笑った。おかしくておかしくて、仕方が無いと言うように、大きな声で笑ったんだ。

 

 

桜木「この際、お前がニュータイプで未来予知が出来るとか、実は未来から来たウマ娘型ロボットだとか関係ないと思ってる」

 

 

ゴルシ「.........アタシが、怖くねえのかよ」

 

 

桜木「ああ、俺にとってお前は、ただの[スピカのリーダー]である。ゴールドシップに他ならないからな」

 

 

ゴルシ(.........やっぱり。[桜木玲皇]は[桜木玲皇]なんだな)

 

 

 ニカッとした笑顔を向けられる。こんな胸倉掴まれて、持ち上げられてる状況でそれをされたら、アタシの負けだ。何にもする気が起きなくなっちまう。

 おっちゃんを地面に下ろしてやると、やっと地面に足が着いて、安心した様に息を吐いた。

 そして、おっちゃんはおもむろに片手をアタシに向けて伸ばしてきた。

 

 

ゴルシ「な、なんだよ.........?」

 

 

桜木「いつも悪いな。マックイーンのこと、よろしく頼む」

 

 

ゴルシ「やめろ!!調子狂っちまうだろ!!」

 

 

桜木「ハハハ!お前に調子の概念があるなんて初めて知ったぜ!」

 

 

 そう言いながら、おっちゃんはアタシの横を通り、この場を去っていく。その背を見せながら、片手を上げて振るおっちゃん。なんだか今日は、そんな格好つけた姿が様になってた。

 頭にはまだ、おっちゃんの手の感覚が残っていた。頭を撫でられたのなんて、いつぶりだろう.........昔は良く、じいちゃんに撫でてもらったもんだ。それが凄く、何だか悔しかったんだ。

 

 

ゴルシ「おい!!!本当に出来んのかよ!!!おっちゃん!!!」

 

 

 アタシはおっちゃんを困らせる為に、わざと大声でそう聞いた。この男は大事な場面でこう言えば、決まって自分の選択を思い悩むからだ。

 背中を向けながら、おっちゃんはピタリと止まった。その姿はまだ、頼もしい背中をしていて、アタシの予想を裏切ったままだった。そして、その頼もしさを連れたまま、おっちゃんは振り返りながら声を上げた。

 

 

桜木「出来るっ!!!」

 

 

ゴルシ「.........!?」

 

 

 予想もしていなかった。おっちゃんは確かに、ニカッと笑う。けれど、目に映った男の顔は、これから成功するであろう悪巧みに、期待する様な悪ガキの笑顔で、アタシは酷く驚愕した。

 そんなアタシの驚きに対して、おっちゃんは説明も求められていないのに、大きく声を上げた。

 

 

桜木「なんてったって今の俺はッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「奇跡だって超えてるんだぜッッッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゴルシ「.........はは、流石にカッコつけすぎだっつーの」

 

 

 おっちゃんは昂った身体の熱のままに、走ってその場を去っていった。その背中はやっぱり、初めて見たあの選抜レースの会場で見た時のように、アタシの希望になってくれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

沖野「すまないな皆。今日はトレーニングの前に、話しておかなくちゃ行けない事がある」

 

 

マック「.........」

 

 

 トレーナーさんの様子がおかしいと感じ、一日が経ちました。今日、あの人の姿を一度も見ていません。ただ一つ分かる事は、彼は今、学園に居ないという事です。

 トレーニング前のミーティング。普段ならそれは、トレーナーさんの役目です。ですが、こうしてスピカのトレーナーさんが目の前に居ると言うことは、つまり、そういう事なのでしょう。

 

 

ウララ「トレーナー、居ないのかな...?」ヒソヒソ

 

 

ライス「どうだろうね......?」ヒソヒソ

 

 

沖野「話というのは、もう分かっているだろうが、この場にいない桜木についてだ。アイツは今訳あって、有給を取っている」

 

 

タキオン「な、なんだって!!!??」ガタッ!

 

 

 椅子を後ろに倒しながら、アグネスタキオンさんが音を立てて立ち上がりました。皆さんの驚いた視線が、彼女に集まります。かくいう私もその一人です。

 彼女もその視線に一呼吸置いて気付き、申し訳ないと謝罪をしてから後ろに倒した椅子をもどし、座り直しました。

 

 

タキオン「一体何を考えているんだ......!トレーナーくんは.........!!」

 

 

 呟くようにそう文句を言うタキオンさん。彼女もまた、トレーナーさんを信頼している一人なのだと、改めて認識することが出来ました。

 

 

ブルボン「あの、マスターは今どこに?」

 

 

沖野「.........さぁな、それは俺も分からない。ただ、[やるべき事]をやるってだけ聞かされてる」

 

 

 そこまで聞かされて、ミホノブルボンさんは質問する為に上げた手を、表情を変えずに下げました。ですが、そのしっぽと耳は残念そうに垂れてしまっています。

 

 

テイオー「ねぇ、ボクのダービーは見てくれるんだよね.........?」

 

 

沖野「.........ダービーは一週間後だ。アイツは、十日間の有給を取った。恐らくは.........」

 

 

ダスカ「ちょっと!!どういう事よ!!」

 

 

ウオッカ「有り得ねえだろ!!!テイオーの晴れ舞台だぞ!!!」

 

 

スズカ「お、落ち着きましょう?二人とも.........」

 

 

 スカーレットさんとウオッカさんは、立ち上がってスピカのトレーナーさんに抗議をします。それを抑えるように、座りながらスズカさんが両手を前にします。

 

 

スペ「き、きっとサブトレーナーさんにとっては大事な事なんです!!!考え無しで動くような人じゃないって!!!私は思います!!!」

 

 

 俯きながら、自分に言い聞かせるように声を上げるスペシャルウィークさん。その姿を見て、スカーレットさんもウオッカさんも、ようやく座りました。

 空気が、とても重く感じられます。ですが、気がかりが一つだけありました。

 

 

マック「あの.........一つ、質問してもよろしいでしょうか?」

 

 

沖野「なんだ?」

 

 

マック「私達のトレーニングは一体誰が.........」

 

 

沖野「.........そろそろ、来るはずなんだがな」

 

 

 そう言いながら、沖野トレーナーは腕時計を見ました。どうやら、誰かが来る事にはなっている様です。

 恐らくそれも、トレーナーさんが根を回したのでしょう。本当、気を回すのが得意な方です。

 

 

ウララ「うぅ.........トレーナー......」ウルウル

 

 

マック「ウララさん、大丈夫ですか?」

 

 

 隣に座るウララさんの目が、次第にゆらゆらとその姿を揺らし、光を増やします。せっかく退院したのに、トレーナーさんと遊べなくなって寂しいのでしょう。

 頭に手を乗せ、彼がするように撫でて上げました。せめて、寂しさが紛れるように.........

 ですが.........

 

 

ウララ「.........グス」

 

 

マック「ウララさん.........」

 

 

 それがどうやら、逆効果だった様です。今の彼女にトレーナーさんを思い出させるような事は、しては行けなかったのかも知れません。彼を思い出す事で、今ここに彼のいない事実を、突き付けてしまっている。

 ですが、上に置いた手をもう戻すことは出来ません。ポタポタと彼女の制服のスカートの上に落ちていく涙に目を背けず、彼女の寂しさを何とか紛らわせるよう、その頭を抱き寄せました。

 

 

ウララ「ごめんね.........?マックイーンちゃん.........」グス

 

 

マック「困った時は、お互い様ですわ.........」

 

 

 しばらくして、彼女の寂しさを少し解消する事が出来たのを感じました。ゆっくりと私から離れ、ウララさんは零れた涙をその手で拭います。

 そして、ウララさん以外のレグルスメンバーは目を合わせました。こんな良い子であるウララさんを泣かせたのです。帰ってきたら、相応の罰は必要でしょう。

 

 

マック(覚悟してくださいね?トレーナーさん.........!!)

 

 

 そう、ある意味彼への復讐を誓い、その両手を膝の上で握りしめていると、扉の方からノックをする音が聞こえました。

 それに沖野トレーナーが応え、入室を促します。

 

 

桐生院「失礼します」

 

 

マック「桐生院さん?」

 

 

ウララ「わぁ.........!桐生院さんが見てくれるの!?」

 

 

ライス「し、知ってる人で良かった.........!」

 

 

ブルボン「はい。マスターと親しい事はデータにインプットされています。安心してトレーニングできるかと」

 

 

タキオン「よろしく頼むよ。桐生院くん」

 

 

 彼女が担当してくださるなら、安心してトレーニングすることが出来ます。桐生院さんの生まれは代々トレーナーの名家です。もしかしたら、何か身になる事があるかもしれません。願ってもいないチャンスだと、私は思っていました.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桐生院「ご、ごめんなさい、私はただの案内役で.........」

 

 

ゴルシ「.........」

 

 

マック「.........?」

 

 

 そう謝る桐生院さん。そして、もう開く事は無いであろう扉をじっと睨みつけるゴールドシップさん。その異様な光景に、汗が一つ、重力に任せて顔に線を描きます。

 ですが、それは開いたのです。そうならないと思っていた扉が開き、入ってきたそれに、私は口を開きました。

 

 

マック「な.........っっ!!???」

 

 

タキオン「は.........?」

 

 

テイオー「うぇぇぇぇぇ!!!?????」

 

 

ゴルシ「.........」

 

 

「うるせぇな.........」

 

 

 男は小さくそう呟きながら、口が塞がらない私の傍を素通りしていかれます。なぜ、この男がここに?

 何かの間違いです。あっては行けない.........ここに居てはいけない存在のはずです。ですが、彼が沖野さんの隣まで行き、口を開いた時.........それは、認めざるを得なかった.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日から桜木トレーナーが帰ってくるまで、このチーム[スピカ]のサブトレーナー。そして、チーム[スピカ:レグルス]のトレーナーを務めることになった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「東 颯一郎[あずま そういちろう]だ。よろしく頼む」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「な、なんですって.........!!???」

 

 

 確かに、彼はチームを担当すると言いました。彼を知らない者は首を傾げ、彼を知る者は、有り得ないという表情で彼を見ました。

 

 

マック(トレーナーさん.........!!貴方は一体、何を考えているんですの.........!!?)

 

 

 私は、窓の外に描かれた一本の飛行機雲を見ながら、抱えそうになる頭を必死に働かせながら、彼の思惑に振り回されながら、彼を理解しようと務めました.........

 

 

 

 

 

  ......To be continued



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マックイーン「新しいトレーナー!?」

 

 

 

 

 

マック「東.........トレーナー.........!!」

 

 

東「.........お前らの言いたいことは分かる」

 

 

タキオン「.........」

 

 

テイオー「.........」

 

 

 腕を組みながら、彼は静かにそう呟きました。彼自身、ここに居るべきでは無いということを少なくとも理解はしているようでした。

 彼は一度、心無い言葉でトレーナーさんを傷付け、そして私と彼の関係を引き裂こうとしました。そんな彼がなぜ.........?

 

 

東「俺はアイツからこの話が来た時、こう思った」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「脅されてるな、と.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 思わずズッコケました。ええ、文字通り椅子の上から複数名ほど。仕方ないではありませんか、真面目な顔でそんなすっとんきょうなことを言われてしまえば、誰だってそうなります。

 

 

タキオン「冗談じゃない。こっちから願い下げだ。私は帰らせてもらうよ.........退きたまえ、桐生院くん」

 

 

桐生院「話を聞いてください、アグネスタキオンさん。彼は、桜木トレーナーが[最も信頼しているトレーナー]です」

 

 

 扉の前に立ちはだかる桐生院さんのその言葉で、あの事件を知っている人達は驚きの表情を浮かべます。恐らく、私も.........

 あの事件。今この場にいない彼が私の担当になり、一年が経過した春、東トレーナーは私を担当する為に、トレーナーさんに近付きました。トレーナーさんに、酷い言葉を浴びせ.........!!私と彼との契約を破棄寸前にまで追い込んだ張本人なのです.........!!そんな彼を.........

 

 

マック「最も信頼している.........?」

 

 

東「笑っちまうだろ?俺自身、聞いててびっくりしちまった」

 

 

ゴルシ「頬も赤らめてたぜ」

 

 

東「な、お前見てたのか.........!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「単刀直入に言います。十日間。俺の代わりにチームのトレーナーをしてもらいたい」

 

 

東「断る、と言ったら?」

 

 

桜木「そういう時点で断る気が無いのはバレバレですよ。[先輩]」

 

 

 フッ、と笑い、肩を竦めて見せる桜木。目の前に居るコイツに、俺は自然と苛立ちを覚えた。

 そもそも気に入らなかった。なぜこんないい加減な奴がチームを持てたのか、野心も野望も持たないコイツに、なぜ人々は.........俺は惹かれるのか、理解出来なかった。

 

 

東「.........なぜそこまで言える?」

 

 

桜木「貴方が、沖野さんの同期で、史上最年少でベテラントレーナーに登り詰めた男だからです。ただ野心家なだけじゃ、絶対そこまでは行けない。ウマ娘の事をしっかり考えなければ、勝利は有り得ないからです」

 

 

 そういう奴の顔は、さっきよりも腹の立つ顔で、俺を見てきた。まっすぐとした目で、その目が、何よりイラついた。

 咥えたタバコに手を伸ばし、携帯灰皿で鎮火する。灯りが無ければ、少しは奴の顔が見れなくなるかもしれない。そうは思っても、暗闇の中でもアイツの顔は、ハッキリと分かった。

 

 

東「なぜだっ!!俺がお前にしたこと忘れたのか!!?」

 

 

桜木「忘れてないっすよ。忘れるわけ.........ないじゃないっすか」

 

 

東「じゃあ.........!!」

 

 

 奴の目が、桜木の鋭い目が、それ以上言うなと牽制する。俺は勢いのまま言おうとしたことを飲み込み、その体を硬直させた。

 辺りには、噴水の流れる綺麗な水の音が響き渡る。この、綺麗とは形容出来ない奴との関係性を明るみにするBGMとしては、この上ない仕事をしてくれている。

 

 

桜木「社会人はね、例えその人とどんな事があっても、仕事しなきゃ行けないんすよ。トレーナー一本でやってきた人達には分からないかも知れませんが、業績争ってた同期とも、企画を作れと言われれば手を貸すんです。会社の為に、人の為に」

 

 

 奴の言葉に、俺は納得した。だから奴に、トレーナーらしさを感じなかったのか.........

 心から奴に掛けていた霧がかったフィルターが晴れていく。気持ち悪いとすら感じていた違和感が、ようやく消え去って行ったのだ。

 そう思っていると、奴はどこか嬉しそうに目を伏せながら、口を開いた。

 

 

桜木「.........それに俺は、この機会に感謝してるんすよ」

 

 

東「感謝.........?」

 

 

 俺がそう、困惑気味に言葉にすると。桜木の奴は恥ずかしそうにぽつりぽつりと語り始めた。

 

 

桜木「.........あの燃やした契約書は、マックイーンと話し合う前に、俺が迷いに迷って名前を署名したものなんです.........」

 

 

桜木「俺はアンタだったら、マックイーンを任せられると思ったんです」

 

 

東「.........ふざけるな......!!あん時の俺はッ!!ただ野心に心を燃やしてただけだ!!「それでもッッ!!!」.........!!」

 

 

桜木「俺にはアンタが.........カッコ良く見えてたんだよ.........!!!」

 

 

 まるで子供の駄々のように、手に拳を作りながら、桜木は叫び声を上げた。ゆっくりと上げた顔は、暗闇の中でも分かるくらい、悲しげであった。

 

 

桜木「アンタは.........!史上最年少でベテランになって!GIを最初の担当の子で勝ち抜き!チームも運営して!!俺が目指すトレーナー像そのものだった!!」

 

 

東「.........」

 

 

桜木「確かに野心に駆られてたのかもしれない!!けどアンタが言うならって......!!マックイーンに言われて気付いた。俺がどれだけ無責任な事をしてるのか.........」

 

 

桜木「あの時の俺は、自分で座った特等席をアンタに開け渡そうとした。今思うと、バカな事をしたと思うよ.........」

 

 

 タハハとその時の事を思い出し笑う桜木。それでも、その目で、強い目で俺の方を見てきやがった。

 

 

桜木「俺はもう夢を掴んだ。今度はアンタが、夢を追う番だ。俺に胸を張らせてくれ、俺が一番尊敬しているのは、アンタだって」

 

 

東「.........何言ってんだよ......!!俺はお前に!![言ってはいけない事]を言ったんだぞ!!!」

 

 

 俺は奴の胸倉を勢いのまま掴みあげた。本来なら、こうされるのは俺の役目の筈だ。けれど、この時は俺も混乱して、謝らなければいけない相手に、こんな事をしてしまった。

 だが.........奴の口からは、とんでもない事実が飛び出した。

 

 

桜木「先輩、俺はアンタのそのキャラが好きなんだ」

 

 

東「は.........!!?」

 

 

桜木「確かに、職員室じゃあ俺の悪口は常に聞こえてくる。けど、面と向かって言ってくるやつなんて居なかった」

 

 

桜木「だがアンタは、マックイーンのスランプに乗じて、自分の野望の為なら俺の心に傷付けようが、今スランプに陥ってるマックイーンを抱え込もうが関係無しに迫った。俺は心底思ったよ。アンタは俺の好きな悪役なんだって.........」

 

 

 訳が分からなかった。コイツが今、何を口走っているのか.........俺に何をされたのか、本当に理解してないんじゃないのか?記憶でも消されたんじゃないのか?それとも、誰かに脅されてんじゃねぇのか?

 そんな事を考えても、奴の目を見ればその真剣さが伝わってくる。その目が.........俺を更に混乱の渦に叩き落としてくる。

 俺は、胸倉掴んだ奴を両手で突き飛ばしたが、奴は軽くよろけるだけで、尻もちを着くことすらしなかった。

 

 

東「.........バカバカしいっ、大体俺は信用に値すんのかよっ」

 

 

桜木「.........スランプに陥ったマックイーンを、わざわざ引き取ろうとしてきたんだ。少なくとも、俺にサインさせるという手段を用いてね」

 

 

桜木「アンタは自分が思っている以上に、真っ直ぐな人なんだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だからこそ、俺はアンタを一番信用している」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東「っ.........勝手にしろ!!!」

 

 

 アイツは、ニカッと笑ってそう言ってのけやがった。明かりなんて無いのに、その顔は嫌に頭に残った。太陽を直接見て、その光の跡が視界に残るように、俺の脳裏にチラついてきやがる。

 

 

東(クソ、クソっ、クソッ!)

 

 

 俺が奴の頼みを聞くだろうと確信している事もムカつく、あんな事をしたのに、まだ俺をベテラントレーナーとして尊敬し、先輩と呼ぶアイツの事もムカつく。

 だが、それ以上に.........奴の頼みを聞いて、さっきの言葉を聞いてムカついているのに、断る理由が自分の中で見つからない事が、一番ムカついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東「結局俺は、奴の頼みを断る材料を、自分の中で見い出せなかったのさ」

 

 

マック「.........」

 

 

 そう言って、彼は自分に呆れたようにため息を吐きました。それに釣られて、私もタキオンさんも一緒にため息を吐いてしまいます。

 あの人のお人好しも、今に始まったことではありません。ですが、あれだけの事をした人を、まるでなんとも思ってないようにこんな事を頼むなんて、三年連れ添ったパートナーではありますが、神経を疑ってしまいます。

 さて、彼になんて言葉をかければいいのかと迷っていると、思ってもみない所から言葉が飛んできました。

 

 

白銀「えっちじゃん」

 

 

黒津木「エッッッッド」

 

 

神威「江戸とは、東京の旧称であり、1603年(慶長8年)から1868(慶応4年)まで江戸幕府が置かれていた都市である」

 

 

タキオン「黒津木くん!?何故ここに!!?」

 

 

 出口の扉の横に、腕を組みながらズラっと並ぶトレーナーさんの親友方。その皆々様がタキオンさんの声に反応すると、トレーナーさんのように、片手を立てて挨拶しました。

 

 

ライス「そ、そういえばおにい.........司書さん。お昼休みに居なかったような.........?」

 

 

タキオン「黒津木くんもだ!!一体何処にいってたんだ!!お陰で私はお昼ご飯を食べ損ねたぞ!!」ガタッ!

 

 

黒津木「許せる!!!」

 

 

タキオン「許す訳ないだろバカっ!!!」バンバン!

 

 

沖野「一気に騒がしくなったぞ〜.........」

 

 

 頭を抱え始めた沖野トレーナー。私もそう思いますが、やはり、この騒がしさには一人欠けています。

 しかし、このお三方が同時に現れたと言うことは、一緒に行動していた可能性が高いということです。どこに行っていたかを聞けば、もしかしたらトレーナーさんの行方も.........

 

 

マック「あの、先生方はどちらにいらしたのですか?」

 

 

黒津木「ああ、デジタルを連れて空港に」

 

 

神威「俺は空港のラーメンが食べたくて同行した」

 

 

白銀「ポッチャマ狩り」

 

 

ゴルシ「アタシも連れてけよ」

 

 

白銀「バカ女」ナカユビピン

 

 

ゴルシ「は?」

 

 

東「沖野、お前のチームまさかいつもこんな感じか?」

 

 

沖野「桜木が関わるとこうなる」

 

 

 目の前でゴールドシップさんと白銀さんの 取っ組み合いが始まりましたが、直ぐに白銀さんの衣服がビリビリに裂かれ始めます。彼も負けじと抵抗を見せますが、その努力も虚しく、現代日本では見られないようなファッションに成り果ててしまいました。

 そんな彼に視線を向けていると、不意にまた、開くことは無いであろう扉が勢いよく開かれました。そこには、あのアグネスデジタルさんが仁王立ちで立っていらっしゃいました。

 

 

デジタル「デジたん!ただいま職員室から書類提出を完了し!帰還しました!!」

 

 

黒津木「ご苦労」

 

 

デジタル「同志たんにそう言って頂けると心までマッサージされてしまいますぞ.........!!」

 

 

桐生院「それで、なぜ空港に.........?」

 

 

「うんうん」

 

 

 全員が桐生院さんの問いかけに同調するように頷きました。それに対し、デジタルさんはキョトンとした顔で口を開きました。

 

 

デジタル「え、ポッチャマ狩り」

 

 

ゴルシ「マジでポッチャマ狩ってたのかよ!!?」

 

 

黒津木「後それと玲皇にデジタルのレグルスのマネージャーにする為のハンコをもらいに」

 

 

マック「そっち!!!重要なのはそっちの方ですわ!!!!!」ビシッ!

 

 

 聞き捨てならない単語が二つほど飛び出し、思わず先生を指さしてしまいました。まず彼らはトレーナーさんと会っているという事。そしてもう一つはこのチームにデジタルさんが加入するという事です。

 ああもう!!頭がクラクラしてくるこの感じ!!!まるでトレーナーさんが騒いでる時のような感覚ですわ!!!

 

 

マック「とにかく!!!彼は今空港に居るんですのよね!!?」

 

 

神威「いや、もう飛び立った」

 

 

マック「どこに行ったのですか!!?大阪ですか!!?九州ですか!!?沖縄はありませんわあの人暑いのは苦手なはずですので!!!まさか北海道!!!??こうしては居られませんわ!!!!!」

 

 

 私は椅子を倒しながらも、今からトレーナーさんの後を追おうとしました。日本に居るのなら、どこまでも彼を追えます。メジロ家の力は侮っては行けないのです!!!

 そんな私の体を、タキオンさんはがっしりとホールドする形で押さえ付けました。

 

 

マック「離してくださいまし!!タキオンさん!!!」

 

 

タキオン「落ち着きたまえマックイーンくん!!君はどうしてトレーナーくんの事になると脳筋になるんだ!!!第一さっき君が挙げた場所に、彼が居るとは限らないだろ!!!」

 

 

マック「そんなことやってみないと分かりませんわ!!!」

 

 

ゴルシ「やって見せろよマックイーン」

 

 

東「.........ナントデモナルハズダ(ボソッ」

 

 

ブルボン「?」

 

 

白銀「ああ、さっき言った中には居ねぇよ」

 

 

マック「では何処に!!!!!」

 

 

 恐らく、私は今まで生きてきた人生の中で最も大きな声を張り上げたでしょう。その証拠に、この場にいる皆さん。あのゴールドシップさんですら、驚きの表情で私の姿を凝視しています。

 ですが.........私が視線を注いでいる人物。白銀翔也さんは、そんな私のことなど気にもしないで、大きな欠伸をひとつして、ポケットからスマートフォンを操作し、数秒たってようやく答えました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今海超えてんじゃね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「.........は?」

 

 

白銀「今海外行ってんの、アイツ」

 

 

 衝撃的な解答、その言葉に頭は処理を拒否しますが、今現在まで進化してきた高度な知能は無意識の内にそれを正しく噛み砕いしてしまいます。それはもう、本能と言っても差し支えはないでしょう。

 彼は、日本には居ない。その事実が明らかになってしまった瞬間.........私は声を掛けてくださるタキオンさんの支えですら意味が無いほど、私は意識を失ってしまいました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東「よし、休憩が終わったら全員タイヤ引きトレーニングだ。それまでは自由にしてくれ。準備が出来たらまた呼ぶ」

 

 

ウララ「うぅ.........疲れたよー......」チュー

 

 

ライス「お疲れ様、ウララちゃん.........」

 

 

 ベンチに座り、ストローでドリンクを吸い上げるウララさん、その顔からは既に疲労困憊の様子がみてとれます。

 それも無理もありません。トレーナーさんより厳しいトレーニングを、東トレーナーは行っているのです。メニューの質は彼と同じものですが、その指導方法は全く違います。

 それでも、注意力散漫気味なウララさんをここまで集中させるのは、やはり東トレーナーの手腕と言っても差し支えないでしょう。認めたくないものですが、彼もまたベテラントレーナーだと言うことです。

 

 

マック「お隣、失礼しますわ」

 

 

ウララ「どうぞー!」

 

 

ライス「マックイーンさん、大丈夫?倒れたばかりなんだから、無理しちゃダメだよ?」

 

 

ウララ「マックイーンちゃんも寂しかったんだね.........」

 

 

マック「わ、私は別に!!」

 

 

 うぅ、思わず慌てて否定してしまいました。誰があんな無責任な方の事なんか.........知りません。ええ、もう知りませんわ!ウララさんを泣かせた上、私にこんな恥ずかしい思いをさせて!!

 

 

 大体あの人は何も言わないのがカッコイイとでも思ってるのでしょうか?帰ってきたら真っ先に否定します、絶対。有り得ませんわ、チームメンバーをこんなにも不安にさせておいて、自分は知らぬ顔で海外?ふざけるのも大概にしてくださいまし」

 

 

デジタル「どうぞ」

 

 

マック「ありがとうございます.........ぷはっ、本当に有り得ません、今も一体どれだけこの胸が張り裂けそうな思いで貴方を思ってるのだと.........あら?」

 

 

全員「.........」

 

 

 皆さん、ベンチに座りながら私の方をじーっと凝視しています。なんでしょう、私心の中で呟いていた筈ですのに、記憶にはちゃんと私の声が入っています。まさか.........

 

 

タキオン「.........ごちそうさま。マックイーンくん」

 

 

マック「〜〜〜〜〜〜!!!???わ、忘れて下さい!!!!!」

 

 

 ベンチから立ち上がり、アグネスタキオンさんの肩を揺すりますが、彼女は気にした様子は見せません。他の方も顔を赤らめたり、口元に手を当てたり、しっぽを振ったり、よく分からないという表情を見せたり、鼻血を出したりしています。

 

 

マック(うぅ.........恨みますわよ......!トレーナーさん!)

 

 

 そう思いながら、もう一度ベンチに座り込みました。もう彼の事は考えないようにしましょう。きっとまた墓穴を自分で掘る羽目になります。

 そして手元のスポーツ飲料に口をつけ、飲み込むと、遠くから何故か恥ずかしそうにしている東トレーナーがやってきました。

 

 

マック「.........さぁ、休憩は終了ですわ。行きますわよ、皆さん」

 

 

ウララ「うん.........ウララ、がんばる!」

 

 

タキオン「それで、次はあっちのトラックに移動すればいいんだろう?」

 

 

東「あー.........その事なんだが、今日はもう終わりだ。悪い」

 

 

全員「え?」

 

 

東「その、恥ずかしい話なんだが.........張り切りすぎた.........本当はもう少し早めに切りあげるつもりだったんだが.........」

 

 

 この人、本当にトレーナーさんに迫り、酷い言葉を浴びせた方ですの?よく似たそっくりさんではありませんか?いいえ、ウマ娘の事ならば周りが見えなくなるタイプなのかもしれません.........きっとそうなのでしょう。

 あんなことが無ければ、私達も彼とわだかまりもなく、仲良く出来たかも知れません。そう思っていると、可愛らしいお腹の音がなるのが聞こえました。

 

 

ライス「わぁ!ごめんなさい!うぅ、お昼ご飯いっぱい食べたのにぃ.........」

 

 

ウララ「そうだ!!ねぇねぇ!みんなで何か食べに行こうよ!!」

 

 

 お腹を押さえ、その音が漏れないようにしていたライスさんも、ウララさんのその声に反応します。この場にいる全員が、その提案に対して良い感情を持ちました。

 

 

ブルボン「良いですね。私も、東トレーナーの事を知らないので、彼の同行の許可を貰いたいのですが.........」

 

 

東「は?俺と一緒に居ても楽しく.........」

 

 

ウララ「来ないの.........?」ウルウル

 

 

東「.........行きます」

 

 

 目の前で中々の葛藤する姿を見せてくれましたが、東トレーナーは結局諦めて、一緒に夕飯を食べる選択を取りました。

 よく頑張った方ですわ。トレーナーさんも沖野トレーナーも、あの目で見られると直ぐに返事をしますので.........。

 

 

マック「.........ふふ」

 

 

ウララ「あ!マックイーンちゃんやっと笑った!!」

 

 

マック「だって、仕方ないではありませんか。思った以上に彼が面白いんですもの.........」

 

 

東「クソ、カレーで良いか?美味い店知ってんだ」

 

 

全員「えー?」

 

 

 彼の提案に、全員が反対の意見を示すように声を上げました。カレー.........お店で食べるようなものはやはり、私達ウマ娘にとっては辛く感じてしまうのです。

 しかし、彼はスマホを操作しながら私達が上げた声に対する解答をしました。

 

 

東「安心しろ。そこの店のカレーは甘口だ。行く前に予約しないと行けないっていうめんどくさいオプションが着いてるけどな」

 

 

黒津木「へー。俺も食いてぇ」

 

 

神威「一緒に行こう」

 

 

東「まて、どっから現れた」

 

 

 音も無く東トレーナーの隣にやって来たお三方。もしかしなくても暇なのでしょうか?いつも通りのおふざけをお供に、東トレーナーに近づいて行きます。

 

 

白銀「三人追加で」

 

 

東「あの、あんまり話したことありませんよね?」

 

 

白銀「はぁ?何話しかけてきちゃってんの?」

 

 

東「おい。コイツぶん殴っていいか」

 

 

全員「どーぞ」

 

 

 その場にいる全員がそう答えました。ええ、もちろん黒津木先生と神威先生もご一緒に。本当にお友達なのでしょうか?彼らを見てるとその疑問がいつも湧いてきます。

 

 

白銀「俺世界的なプロテニスプレイヤーなんだが暴力振るわれるの?」キョトン

 

 

東「歯を食いしばれ!修正してやる!!!」

 

 

ブルボン「.........!」

 

 

デジタル「バ、バイオレンス!!今後の資料に役立ちそうなので、もう一度お願いします!!」スッ!

 

 

黒津木「やめなさいデジタル。君の作品に暴力は似合わない。純愛の甘々を書くんだ。特にサクマクな」

 

 

デジタル「バ力もわからん人を描きたくありません」

 

 

 カメラを構えながらふいっと顔を逸らすデジタルさん。あんなに仲が良いのに、言うことを聞かない時もあるのですね.........

 というより、サクマクというのはなんでしょう?なにかの隠語でしょうか、とても引っ掛かりを覚えますが、まぁいいでしょう。

 

 

タキオン「甘口なら私も大丈夫そうだ。最もトレーナーくんのカレーが一番美味しいがね」

 

 

黒津木「俺のは?」

 

 

タキオン「君は辛党すぎる」

 

 

ウララ「私も!!トレーナーのカレー大好きー!!」ピョンピョン!

 

 

東「そんなに美味いのか、機会があったら食わせてもらおうかな.........」

 

 

 一人そう思案しながら、東トレーナーはお店に電話をかけていました。そして、律儀にもお三方を加えた人数を報告して、電話を切りました。こういう所、トレーナーさんにそっくりな気がします。

 

 

三人「ゴチになりまーす」

 

 

東「コイツらの分だけだ。お前らは自腹で払え」

 

 

白銀「玲皇は払ってくれるのに」ボソッ

 

 

東「あ?もう一発行くかコラ」

 

 

白銀「切れてなーい」

 

 

東「俺はもうブチ切れてんだよォォォッッ!!!」

 

 

デジタル「おー!まさにチームレグルスって感じですね!」

 

 

マック(私達、傍からはああ見られているのですね.........)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ウララ「カっレー!カっレー!」

 

 

 東トレーナーの運転する一番後ろの席で、ウララさんの楽しそうな声が聞こえてきます。そういえば、トレーナーさんが倒れてから、私達は各自で食事をとっていたので、これが久々のチーム揃っての食事となります。彼女も、それが嬉しいのでしょう。

 

 

マック(それにしてもこの通り.........どこかで見たような.........?)

 

 

タキオン「黒津木くん。大体日本人は甘いもの好きが大半なんだ。現に私もその一人だ。だったらその私に合わせるべきだろう?」

 

 

黒津木「中辛は甘口だろ」

 

 

タキオン「Do you understand Japanese?」

 

 

 隣で繰り広げられるタキオンさんと黒津木先生の夫婦漫才のせいで、浮かんだ疑問も直ぐに見失ってしまいます。

 その光景を見ていると、思わず顔がニヤついてしまう感覚に襲われてしまいます。もしかして、いつもタキオンさんが私達を見ている時も、このような感じなのでしょうか?

 

 

マック(.........って、行けませんわ。私ったらまたトレーナーさんの事を.........!!)

 

 

 やめましょう。せめて、晩御飯を楽しく食べている時くらいは、この寂しい気持ちに蓋をしましょう。そんなことを考えていると、東トレーナの運転する車が停止しました。どうやら目的地に着いたようです。

 

 

ライス「わぁ......美味しそうな匂い.........!」

 

 

ブルボン「そうですね。カレー以外の料理を匂いから感知しましたが、そちらも大変美味しそうです.........?」

 

 

マック(やっぱり、この通りはどこかで見た覚えがありますわ.........あっ)

 

 

東「ここが俺の行きつけの店だ」

 

 

 自信満々に答える東トレーナー。その背に、目的地であろう飲食店があります。そこは商店街より賑やかな街にある、庶民的な食事屋さんです。

 そう.........『商店街より賑やかな街にある、庶民的な食事屋さん』なのでした.........

 

 

マック「.........ウソ......」

 

 

タキオン「マックイーンくん?早く行こうじゃないか」

 

 

マック「!」

 

 

 私はタキオンさんの声で我に返り、慌ててお三方の様子を確認しました。残念な事に、ここがどこか気が付いてはいらっしゃる様子でしたが、考えるのが面倒なのか、全員の目が点になったまま、何も考えずに店の中へ入って行っています。

 

 

マック(貴方はどうやら、この場に居なくても面倒なトラブルを引き起こす天才なのかもしれませんね.........!!!)

 

 

 静かに目を閉じながら、身体の底から昂ってくる憤りを何とか鎮めます。世間は狭い、という事で済ませてしまえば良いのでしょう。残念ながらそんな当たり障りのない定型文で済ませてあげられるほど彼を甘やかす事はこれ以上できません。

 

 

マック「.........申し訳ございません、少々立ちくらみが」

 

 

タキオン「いや、結構しっかり立って「立 ち く ら み で す わ」.........そういうことにしとこう」

 

 

 そう言って、私はこの美味しそうな匂いを漂わせているお店の中に入っていく決意を固めます。そう.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 トレーナーさんのお姉さんが切り盛りするお店に.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ......To be continued



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トレーナー「世の中狭いってレベルじゃねぇぞッッ!!!」

 

 

 

 

 

美依奈「いらっしゃ.........あら!マックイーンちゃん!!」

 

 

マック「お、お久しぶりです.........」

 

 

 お店の中に入ると、カウンター席にはもう既に、私とタキオンさん以外の方が座っていました。全員が美依奈さんの言葉に反応し、私の方を見てきます。

 

 

タキオン「なんだ、マックイーンくんの行きつけの店だったのかい?」

 

 

マック「いえ、来たのは一回きりですわ.........」

 

 

東「だったらここのカレーは食ったことないだろ。常連しか頼まないからな」フフン

 

 

美依奈「マックイーンちゃんは食べてったよ。なんせウチの」

 

 

マック「あーーー!!!なんだかとってもお腹がすきましたわー!!!」

 

 

「???」

 

 

 慌ててカウンター席に座ります。なかなかの力技で会話を遮断しましたが、タイマーの音が鳴り響き、美依奈さんは厨房の方へと回っていきました。

 

 

マック(なんとかなりましたわね.........?)

 

 

子供「.........」ジーッ

 

 

 視線を感じて、カウンターの奥の下を見ると、小さい女の子が下から私を凝視していました。

 なんでしょう。嫌な汗がじっとりと頬を伝っていく感覚がありますわ。

 

 

子供「.........テレビより綺麗!!」

 

 

マック「へ?」

 

 

ライス「わっ、ビックリした.........!!」

 

 

 他の方からはこの子の姿は死角になっており、突然響いた声にたいへん驚いた様子を見せていました。

 カウンター側から扉のロックを外して、店内へとその子が出てきます。

 

 

子供「しいちゃん!!よろしく!!」

 

 

マック「ええ、よろしくお願いします。メジロマックイーンと申しますわ」

 

 

しい「知ってる!!」

 

 

ウララ「私!ハルウララ!!よろしくね!!」

 

 

しい「ハルちゃん!!ここから知らない!!」

 

 

 大きな声でそう言うと、しいちゃんはウララさんに抱きつきました。それをウララさんは満面の笑みで受け入れ、ぎゅっと抱き上げました。

 

 

デジタル「マ゛ッ゛(絶命)」

 

 

ライス「えっと、私、ライスシャワーって言うの.........よろしくね?」

 

 

しい「シャワーちゃん!!」

 

 

ブルボン「ミホノブルボンです。よろしくお願いします」

 

 

しい「ミホちゃん!!」

 

 

タキオン「アグネスタキオンだ。よろしく」

 

 

しい「アグネスちゃん」

 

 

タキオン「うん、とりあえずそれはやめてくれるかい?」

 

 

 そう訂正するようにタキオンさんが促すと、しいちゃんは仕方が無いと言うように、わざとらしくため息を吐いてそれに応えました。

 

 

しい「この死んでる人は???」

 

 

タキオン「ああ、彼女はアグネスデジタルだ。よくこうなるから気にしなくてもいいよ」

 

 

しい「デジちゃん!!」

 

 

デジタル「はっ!可愛い声で蘇生されました.........!!!よろしくお願いします!!」

 

 

 先程まで椅子の背もたれにぐったりと意識を失っていたデジタルさんですが、しいちゃんの声で復活したようです。ウララさんに抱き上げられたしいちゃんと握手をしてました。

 しかし、彼女はまだ誰かを探すようにキョロキョロと周りを見渡し始めます。そして、今この場で私が危惧していた言葉を発しました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「れおちゃんは???」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「あ」

 

 

「.........!!???」

 

 

 先程の言葉に、一瞬理解が追いつかなかった皆さんですが、すぐにそれを理解します。私自身もう巻き込まれたくないので、ここでもう一度、自分が座ったカウンター席に静かに戻りました。

 

 

ウララ「トレーナーの事知ってるの!!?」

 

 

しい「テレビで見るよ!!」

 

 

タキオン「け、けど君のような子がトレーナーに興味を持つのは珍しいな.........」

 

 

東「.........待てよ、確か美依奈さん所の弟もトレセンでトレーナーしてるって.........まさかな」

 

 

マック(ドキっ)

 

 

 その言葉に反応して心臓が跳ね上がります。他の皆さんは無い無いと言うように手を振って否定しました。世間はそんなに狭くない、と。

 狭いのです。ええ、それはもう窮屈なほどこの上ないレベルです。

 以前、ここで出会った白銀さんも知らんぷりをするように空を見上げていました。ですが、彼は目の前に出されたカレーを見て、それの礼をしようと顔を上げて絶句しました。

 

 

「あん?その通りだけど?」

 

 

白銀「」

 

 

マック「」

 

 

東「.........本当?」

 

 

しい「うん!!」

 

 

 世間は狭い。狭すぎます。息も付けないほど狭いのではありませんか?ポカンと口を開けている私達に、次々とカレーをよそい、並べていくその方は、以前ここに来た時、白銀さんとご一緒に来ていたゴールドシップさんその人でした。

 

 

東「お、俺は恩人の弟に迷惑を掛けたのか.........?」

 

 

白銀「お前何してんの!!?」

 

 

ゴルシ「なんだよ、ゴルシちゃんだってバイトくらいするぞ!!」

 

 

マック「なんでよりにもよってここなんですの!!?」バンッ!

 

 

 カウンターを叩きながら立ち上がると、特に驚いた様子も無く彼女は私の方を見ます。なんでしょう?彼は居ない筈なのに、彼のせいで頭が痛くなるほどトラブルが起こっている気がします。

 そして、そんな頭痛にも似た気だるさに参らされてる私に、ゴールドシップさんは意気揚々と経緯を語り始めました。

 

 

ゴルシ「フッ、アタシがここで働いてんのはな、味噌ラーメンのスープのように深く、そしてギガトン級パフェよりも高い理由が有るんだ.........!」

 

 

マック(.........後でそのパフェについて詳しく聞きましょう)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アタシの料理の基本は、大体じいちゃんのレシピに沿って作られてんだ。アタシの作る自慢の焼きそばだって、じいちゃんが長年の苦労に苦労を重ねて編み出した製法なんだ。

 アタシは昔、そのレシピをじいちゃんに貰ってから肌身離さず持ってたんだ。けどだからと言ってその全てをマスターしてる訳じゃねぇ。一年前。ようやくじいちゃんの全ての料理をマスター出来ると思ってた所で.........!!

 

 

ゴルシ「な、無い.........!!!」

 

 

 そう、カレーのページが無かったんだ。これじゃあ.........!!じちちゃんと(勝手に)誓った(自称)全宇宙お料理コンテストウマ娘部門ルーキーチャンピオン三連覇を成し遂げることが出来ねぇ!!!

 けど、じいちゃんのカレーの味は覚えてる。じいちゃんの得意料理で母ちゃんも父ちゃんも好きだったし、何よりじいちゃんも一番好きな料理だったから、よく食べさせてもらってたんだ。

 だから、アタシはこっちに来て食べてきたカレーの味の比較をハイパーAIコンピューター[GOLUSI]を使い算出した。その間僅か0.0000112秒。アタシじゃなきゃ見逃しちゃうね。

 

 

ゴルシ「っ!!見えた.........!!見えたぞ!!待ってろおっちゃんの姉ちゃん!!今アタシが行くゥ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゴルシ「というわけなんだなこれが」

 

 

東「何言ってんだコイツ」

 

 

マック「なるほど、そういうことでしたのね」

 

 

東(コイツら、理解出来るのか.........!?)

 

 

 メジロマックイーンはホッと胸を撫で下ろすようにため息を吐いた。いや、この場にいる全員がそれを聞いてどうやら納得したらしい。全くもってふざけてやがる。まともなのは俺だけか?

 とにかく、ここはひとまずカレーを食って落ち着こう。スプーンでルーをすくい上げ、白米の上にかける。良く煮込まれた豚肉と一緒に、ルーのかかった白米を口に入れた。

 うん、いつもの味だ。ここのカレーは本当に美味い。毎日通いたいくらいだ。そう思っていた時、マックイーンが不思議そうな顔をしているのに気が付いた。

 

 

東「どうした?何かあったか?」

 

 

マック「いえ、以前来た時は鶏肉だったので.........」

 

 

ゴルシ「え!?アタシレシピ間違えたか!!?」

 

 

 鶏肉?そんなの今まで入ってた事なんて.........そう思っていると、その声が聞こえたのか、美依奈さんが厨房から笑いながらでてきた。

 

 

美依奈「ああ、アイツ鶏肉好きだからね。来た時にだけ入れてんの。マックイーンちゃんにだけ教えるマジのトップシークレットだけど、あの子鶏肉あげときゃだいたい機嫌直るからね」

 

 

マック「た、確かに夏祭りの時も見た事ないほどニコニコして焼き鳥を食べていましたわ.........」

 

 

 その時の事を思い出すように、マックイーンは優しく微笑みながら、豚肉のカレーを口に入れた。他の連中も、それを見てようやくカレーに手が伸びる。

 最初にカレーに手を付けたのはミホノブルボンだが、その表情は変えずとも、耳が驚いたように上に張った。

 

 

ブルボン「.........やはり、店の外の匂いから感じましたが、マスターの料理と同じ味がします」

 

 

ライス「ほんとだ.........お兄さまのカレーの味がする.........!!」

 

 

ウララ「おいしー!!!」パクパク

 

 

東(.........どうやら本当に、弟みたいだな)

 

 

 信じたくはなかった。だが、目の前に突きつけられた現実は、俺の意識を目の前のカレーから罪悪感へと向けさせる。酷い話もあるものだ。謝らなければ、俺はそう思い、美依奈さんに頭を下げた。

 

 

東「美依奈さん.........すいません!この前迷惑かけたトレーナーなんですが.........」

 

 

美依奈「あ、ウチの弟だったんでしょ?察してたから別にいいよ。どうせヘラヘラ笑って許したでしょ?」

 

 

東「へ!?」

 

 

 あっけらかんとした様子でそう言ってのけた美依奈さん。俺は思わずポカンとしてしまった。

 なんなんだ、アイツの周りにいる奴らは皆こんな感じなのか?そう感じながら思案を巡らせていると、ふと数人の視線が俺に集まってきていた。

 

 

ブルボン「申し訳ございません。マスターに迷惑を掛けた.........というのは?」

 

 

ライス「ら、ライスも聞きたいかな.........?」

 

 

ウララ「東さん!!聞かせて聞かせて!!」

 

 

東「.........聞いてても、気持ちのいい話じゃないぞ」

 

 

 そう思いながら、俺は俺自身の口で、あの日の事件を思い返しながら言葉を繋いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 新人のトレーナーで、訳の分からない奴が居るって話自体は耳にしていた。けど俺自身、直接面識があった訳じゃない。噂程度だ。

 その中でも、新人のウチから頭角を表すと、いい噂なんて殆ど流れない。大体が派閥に所属している新人トレーナーの、根も葉もない噂話だ。

 

 

東(嫌なところだよな。この職場の唯一のダメなところだ)

 

 

 ウマ娘の面倒が見られる。それだけで給料を返済してもいいくらいの儲けもんだ。けど実際多くの人間はそうでは無い。強いウマ娘を強く育てる。それはつまり、自分の出世に直結した考え方だ。俺自身、そう教育機関に叩き込まれた。

 最初はもちろん信用してはいなかったさ。けど、ある出来事がヤツの印象を、俺の中で最悪にした。

 

 

「なぁ、知ってるかよ例の新人.........」

 

 

「ああ、比嘉さんの担当バを無理やり取ったんだって?」

 

 

「ああ、確か[ミホノブルボン].........とか」

 

 

東(.........マジかよ。じゃああの噂は、あながち間違いじゃ無いのかもしれないな.........)

 

 

 もちろん、その噂を否定する者も、肯定する者も居ない。だから余計に、その噂には拍車が掛かった。どういう訳か、誰も、それを否定しないのだ。

 そして、俺はある日チームトレーナーの解約を言い渡された。理由は、厳しいトレーニング方法と、メンタルケアの仕方が悪い、という物だった。

 

 

 生徒の自主性を重んじる学園機関だ。俺もそれに則って行動をしている。事実申し訳ない事に、[強いウマ娘を強く育てる]トレーニング方法を、そうではないウマ娘に課していると感じている節は、俺自身にはあった。

 だが、それでは先は細くなっていくだけだ。現に今のウマ娘のレース界隈では、名前を聞かない者達の活躍を耳にしない。いつも何処らかしこで、強さに名前を売り、デビュー前でも少し名前を調べれば出てくるレベルの者達しか居ない。

 強さに固執してしまえば、この世界はダメになる。そう思って行動しても、上手くは行かないのだ。俺はこの時、それをようやく学習した。

 

 

 そして、途方に暮れている中で美依奈さんに相談したのだ。すると、こんな答えが帰ってきた。

 

 

美依奈「そういえばさ、前にトレーナーで酷いのが居るって言ってたじゃない?ソイツの担当取っちゃえばいいのよ!」

 

 

東「えぇ!!?」

 

 

美依奈「男は度胸!!どうせ悪いやつなんでしょ?大丈夫大丈夫!!なんならウチの弟協力させるよ?」

 

 

 そう、恐らくそんな噂が流されている程の人物なのだから、担当も酷い目に合っているのだろう。そしてそれを救い、いずれはチームを奪い、その新人を成敗して一件落着。勧善懲悪の出来上がり.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東「本当にすまなかった!!」

 

 

 そう言って、本当に申し訳なさそうな顔で東トレーナーは頭を下げました。これでは、責めるものも責められませんわ.........

 そう思い、彼に頭を上げてもらうようお願いしました。納得は出来ないようですが、今はご飯時です。穏やかにしましょう。

 ですが、汗をダラダラと垂れ流しているデジタルさんは手を挙げています。タキオンさんは察しているのか、何度もさりげなく手を下ろさせていますが、何度も手が上がり、終いにはタキオンさんが折れました。

 

 

デジタル「.........あの、デジたん思ったんですけど、この事件の黒幕って.........」

 

 

美依奈「アタシだけど?」

 

 

全員「.........はぁ!!?」

 

 

 思ってもみない敵兵に、ほぼ全員が声を荒らげました。因みにお三方も含まれています。タキオンは話の途中で察したのか、 片手で目を覆い、東さんは申し訳なさそうに顔を伏せました。

 一方の美依奈さんは何か面白いものを見たかのように笑い声を上げています。有り得ません。全てはこの人の手の上だったのでしょうか?

 そんなことを考えていると、笑いすぎて出てきた目尻の涙を拭う美依奈さんが口を開きました。

 

 

美依奈「いやねぇ?あの後まさかって思ってあの子に電話したわけよ。アンタ職場でどうなのーって。そしたら、[知らない]って帰ってきたのよ!!もう確信したわ、コイツだって」

 

 

美依奈「発破も掛けちゃった手前、アタシは止めれなくてねぇ。まぁアイツが本気出せばなんとかなるでしょって思ったわけ。何とかなったしょ?」

 

 

タキオン「そのせいで危うくトレーナーくんとマックイーンくんのラブコメが見られなくなるところだったんだぞ!!!」ガタッ!!!

 

 

マック「タキオンさん!!?」

 

 

ゴルシ「他人の恋路を邪魔する奴はァッ!ウマに蹴られて地獄に落ちろォォォォッッ!!!」

 

 

マック「ゴールドシップッ!!!!!」

 

 

 お二人が大声を上げたせいで、店内が大きく賑わいを見せ始めました。というより、なぜ平然と私が隠していることをこんな所でぶちまけるのですか?神経を疑います。

 そんな二人に憤りを感じていると、ふと東トレーナーから視線を感じました。そちらを嫌な予感をしながらチラリと見やると、この世の終わりかのような顔で私を見てきました。

 

 

東「ごめ、ほんとにごめん.........俺最低だよな.........そんな関係を引き裂こうとしてたのか.........俺、本当に悪役だ.........」

 

 

マック「あぁぁぁぁ!!!やめて下さいッッ!!!そんな事言われたらもう許す他無いじゃありませんか!!!!!」

 

 

 両手で顔を覆い初めてしまった東トレーナー。もう既に地獄絵図と化してしまっています。ああもう.........!!そんな中でなぜ私は心地良さを感じてるんですの!!???

 全部、全部全部全部!!!あれもこれも全てトレーナーさんのせいですわ.........!!!

 

 

マック「トレーナーさぁん.........」ジワ

 

 

 段々と騒がしさが増していく店内。勝手に心を明かされた焦りと憤り、ようやく感じることのできたいつもの騒がしさへの安心感。東トレーナーに対する感情の急激な変化。その全てが一気に私の心を揺らしてきます。

 こんな時、一番頼りたい貴方が居ない。その寂しさは確かに胸にあります。どんな大きな感情が起こっても、それだけは確かに存在するのです。どうしようもなくなってしまった私は、混乱して泣いてしまいました.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

美依奈「落ち着いた?」

 

 

マック「はい......ご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ございません.........」

 

 

 少し赤くなった目元をハンカチで押さえ、迷惑を掛けた皆さんに謝罪します。なんだか最近、タキオンさんの言うように彼のこととなると、理性が働かなくなる傾向にあると感じます。

 

 

美依奈「それにしても、アイツも罪な男よねー。こーんな可愛い子達を置いて自分一人で有給取って、海外旅行なんて」

 

 

 その一言で、この場にいる全員が顔を伏せます。実際、彼がこのタイミングでなぜ海外へ行ったのか、よく分からないからのです。

 もしかしたら、なにか思い出の地とか、そういう縁のある土地でもあるのかと思い、美依奈さんに問いかけてみましたが、その首は横へと振られました。

 

 

美依奈「残念だけど、ウチは貧乏だから海外なんて行けなかったのよ。多分パスポートも成人してから作ったものだと思うし、前に行ってたらめっちゃ自慢すると思うのよね、アイツ」

 

 

黒津木「そもそも、アイツそんな外国語好きじゃないからなぁ」

 

 

マック「そう.........ですか......」

 

 

タキオン「.........これで、振り出しに戻ってしまったね」

 

 

 ため息と共にそう呟いたアグネスタキオンさん。行けませんわ、こういう時こそ、いつも頼りになっていたトレーナーさん。居なくなって初めて、彼を頼っていたのだと実感します。

 悲しいのは嫌いです。寂しいのも嫌い。今の私は.........貴方が傍に居なくて、悲しくて、寂しいです。

 そんな悲しさを必死に耐える自分の顔を、食べ終えたカレーのお皿は写していました。そしてふと、鼻をすする声が店内に静かに響きます。

 その方向を見ると、ウララさんが目に涙を溜めながらも、それを何とか我慢している姿が見えました。

 

 

ウララ「トレーナー.........ウララが早く走れないから.........居なくなっちゃったのかな.........?」グズ

 

 

マック「ウララさん.........」

 

 

ウララ「トレーナーに.........会いたいよぉぉぉぉぉ.........!!」ヒッグ

 

 

 悲しみが限界に達してしまったのか、ウララさんは声を上げて泣き出してしまいます。普段、底抜けの明るさと言っても過言ではないほど、生き生きとしているウララさんが、声を上げて泣いています。その姿に、私も胸を締め付けられてしまいます。

 そんな彼女の背中を、ライスさんとブルボンさんが優しい表情でさすっています。それでも、ウララさんの涙が止まることはありません。

 

 

マック「.........大丈夫です。ウララさん」

 

 

ウララ「グス.........マックイーンちゃん.........?」

 

 

マック「彼は、自分で決めた事はやり通す人です。ウララさんをチームに入れて面倒を見ると言った彼が、貴方を嫌いになるはずがありません」

 

 

ウララ「本当.........?」

 

 

 顔を上げたウララさん。ポロポロとその目から大粒の涙が、重力に従って地面へと落ちていきます。

 確かに不安です。心配です。悲しいし寂しい。ですが、彼は必ず帰ってくる。それだけはハッキリと、なぜか断言出来てしまいます。根拠の無い自信ですが、そう言えてしまうのです。

 

 

美依奈「マックイーンちゃんもようやく、アイツのことが分かってきたみたいね♪安心してウララちゃん。アイツは貴方達が手を離さない限り、絶対に手を離さない。それだけはアタシが保証してあげる」

 

 

ウララ「.........うん!!」

 

 

美依奈「なんかあったらうちに来なさい?いつでもとっちめてあげるから!!」

 

 

 ウララさんの涙をハンカチで拭い、片腕の袖をまくって見せる美依奈さん。なんだかその姿から、力強さを感じます。

 ようやく、元の明るさを取り戻したウララさんは、少し覚めてしまったカレーを口いっぱいに詰め込み始めました。

 

 

ライス「ウララちゃん!喉詰まらせちゃうよ!!」

 

 

ウララ「もいひー!!」

 

 

ブルボン「ウララさん。お水をどうぞ」

 

 

 ごくごくと食べたカレーを流し込むように、ブルボンさんから受け取ったお水を飲み干しました。ご馳走様と言う彼女の声はようやく、元の明るさを取り戻したと言っても過言ではないようでした。

 

 

東「.........本当、迷惑かけました」

 

 

美依奈「良いの良いの!それよりいつも通り来てよね?お客さん一人減るとこっちも死活問題だからさ!」

 

 

東「お代、ここにちょうど置いときますね。さっ、送ってくから帰るぞ」

 

 

 そう言って、彼はお金をテーブルの上に置いて行かれました。その金額は、あのお三方も合わせた分置いてかれてます。やはり、悪い人ではないようです。

 

 

マック(.........少しは信用しても、良さそうですわね)

 

 

 そうやって、自然に頬が緩んでしまう自分に驚きを感じましたが、あの人の人を見る目が確かだと言う証拠なのです。ここは素直に笑っておきましょう。

 しかし、そうして皆が席を立ち、美依奈さんにお礼を言っている中、一人だけカウンター席に座ったままの人物がいました。

 

 

マック「.........?タキオンさん?」

 

 

タキオン「ああ、私はちょっと、ゴールドシップくんに用がある。ここから学園までなら門限前には帰れるから、先に帰るといい」

 

 

マック「.........?分かりましたわ.........」

 

 

 彼女は、私の方など一度も見ず、鼻歌を歌いながら手際よく厨房でお皿を洗って居るゴールドシップさんを、睨むように凝視し続けていました.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゴールドシップ。以前から不思議に思っていた。彼女は並外れた身体能力を有している。だが、学園へ所属する前の情報が、これと言ってないのはおかしい。

 いや、そんな事今に始まった事ではない。私が聞きたいのはそれではない。

 

 

タキオン「.........楽しそうだね。ゴールドシップくん」

 

 

ゴルシ「ああ!皆がアタシの料理食ってくれっからな!!楽しくない訳ないだろ!!」

 

 

 屈託の無い笑顔を向ける彼女。その彼女に疑いを向けるのは、少々罪悪感を感じる。だが、それは『私達の知っているゴールドシップ』に対してだ。私達は、彼女について知らなすぎる。

 最も、こんな罪悪感を感じるなんて、トレーナーくんや彼らに出会わなければ、恐らく無かっただろう。私は、彼女が淹れてくれた妙に上品な紅茶に少し、驚きを感じながらもそれに視線を送る。

 

 

タキオン「.........普段から紅茶も淹れるのかい?」

 

 

ゴルシ「.........いや、それはばあちゃんに教えて貰ったんだ」

 

 

タキオン「名前は?」

 

 

ゴルシ「は?」

 

 

タキオン「ウマ娘は身体能力を両親、又は祖父母から受け継いで強くなる性質がある。君ほどのウマ娘だ。さぞ名の通ったウマ娘なんだろう?」

 

 

ゴルシ「.........」

 

 

 何も言えない。それを表すように、ゴールドシップくんはその顔を見せないように背を向けた。

 彼女の正体を探るのは二の次だが、分かるのならここで分かった方がいい。私はそう思い、彼女を問いつめたのだが.........

 

 

ゴルシ「.........いや、淹れ方教えてくれたのは人の方のばあちゃんだ。悪いけど、ウチの家族で強いウマ娘はアタシだけだぜ」

 

 

タキオン「.........そうか、それはすまないことを聞いてしまったね」

 

 

 随分と歯切れの悪い答えだ。恐らく彼女は嘘をついている。だが、ここで追求しても答えは出てこないだろう。結論を急いでも、良い事は無いだろう。

 

 

ゴルシ「いやー悪いなぁ、ゴルシちゃん突然変異ウマ娘だからよ!!サンプル取りたいなら事務所通してくれよな!!」

 

 

タキオン「ハハハ、その時がきたらそうさせてもらうよ」

 

 

 もう一口、紅茶を口に含んだ。上品な香りが喉を通る際、鼻腔にも挨拶するようにノックする。こんな紅茶、そう飲めたものでは無い。

 紅茶に気を向けていると、ゴールドシップくんが頬杖を付きながら、私の方を見ている事に気が付いた。

 

 

タキオン「なんだい?」

 

 

ゴルシ「そんな事聞きに来た訳じゃねーだろ」

 

 

 彼女のその真剣な声にハッとし、顔を上げた。そこには、全てを見通してるような彼女の目が、私を射抜いていた。

 これでは、どちらが攻めているのか分からないでは無いか。私は本来の目的を思い出し、その手に持った紅茶を、ソーサラーの上へと、特に理由もないが音を立てないよう注意して置いた。

 

 

タキオン「.........君は、トレーナーくんが倒れた日、私の薬を飲ませたと言ってたね」

 

 

ゴルシ「ああ、そうだけど?」

 

 

タキオン「可笑しいねぇ、私が保管してる薬品に増減はなかったのだよ」

 

 

ゴルシ「タキオンの勘違いじゃねーのか?」

 

 

 そう言う彼女は、面倒くさそうな顔で私の方をじっと見てきた。

 .........確かに、以前までの私であれば、薬一つ一つに対し、神経質に増減を気にする事は殆ど無かっただろう。あったとしても、どこか床に落としてしまい、紛失してしまった場合だ。誰もそんなもの口に入れまい。

 だが彼が現れて状況が変わった。彼は端的に言ってしまえば狂っている。以前、頼んでも無いのに薬のレポートを提出してきたのだ。飲めと言われてないのに、効果も分からない薬を勝手に飲んだ事もあった。

 

 

タキオン「君は知らないようだが、私はトレーナーくんのせいで薬の在庫チェックを行わなければならなくてね。危険な薬を勝手に飲まれたり、効果が分からないものに手を付けられると困るんだよ」

 

 

ゴルシ「.........」

 

 

タキオン「.........単刀直入に聞こうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゴールドシップくん。君、トレーナーくんに一体何を飲ませたんだい?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ......To be continued



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トレーナーの居ない日常

 

 

 

 

 

タキオン「.........」

 

 

 帳が降り切った夜の街中。私は学園へと向かう帰路。上り坂を歩きながら、何とも言えない感情を押し出すように、溜め息を吐いた。

 先程、店内でゴールドシップくんに言われたことを思い返しながら.........

 

 

ゴルシ『悪い、言いたくない』

 

 

タキオン『おいおい、私がそれで納得しないのは君もよく知ってるだろう?』

 

 

ゴルシ『それでもだ。一つ確かなのは、アレはちゃんとお前の睡眠薬だってことだ。安心してくれ』

 

 

タキオン(.........全く、それで引き下がる私も、お人好しという訳か)

 

 

 そう、ああやって強く断言された私は、おめおめと引き下がってしまったのだ。その言葉を信用する。という、以前までの私だったら言わなかったであろう言葉もつけ加えて.........

 

 

タキオン(人というのは、関わりの中で大きく変化していく。かくいう私も、君に変えられた一人だ。早く帰ってきたまえよ、トレーナーくん)

 

 

 綺麗な深い青にも似た暗い空で、その存在を小さく誇示する一つの星を見上げながら、私はその足で、学園へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東(確か、一階の職員トイレを真っ直ぐ行った所だったよな)

 

 

 美依奈さんのところでカレーを食べた次の日の学園の昼休み、俺は職員室から借りてきた鍵をズボンのポケットに忍ばせ、俺はあの事件以来の[スピカ:レグルス]のチームルームへと赴いた。

 正直、いい思い出なんてない。あるのは奴に対する罪悪感と、あの時濡れたシャツの感触の記憶だけだ。

 それでも、俺はここに来なければいけない理由がある。それは、ヤツから送られてきたメッセージによるものだ。

 

 

東(練習メニューがあるなら最初からそう言えよ。ったく、結局昨日は俺手動で勝手にやっちまったじゃねぇか)

 

 

 鍵が上手く噛み合わず、ガチャガチャと無理やり音を立てながら押し込む。この扉相当酷使されてるな。泣き声が聞こえてくるみたいだ。

 

 

扉「ひぃん」

 

 

東「.........何も聞こえない。聞こえない」

 

 

 気のせいだ。うん、そうしよう。全く物は大切に扱うべきだ。可哀想に。

 そんな一時の気の迷いを振り払いながら、静かに扉を開ける。中は以前来た時と同じように、普通に人が生活出来る空間が成り立っていた。

 

 

東「.........!?こ、コイツは.........!!」

 

 

東「ガンプラだと!!?」

 

 

 以前来た時は存在していなかった。一体誰の手によって作られたのだろう。一目見ただけで分かる。これを作った製作者は、ただならぬ愛を持って作り上げている。

 

 

東(い、いかん。勝手に触れば怒られるかもしれん.........し、しかし.........)

 

 

 頭を左右に振り、背後に迫る誘惑を何とかして払い除ける。ええい、手違いが発生すればただでさえない信用がガタ落ちだぞ!

 でもRX-78-2.........触りてぇ......!!メインカメラと左腕の無いボロボロのRX-78-2!!!

 ダメだ、深呼吸しよう。一旦落ち着いて、なにか書いてあるホワイトボードを見よう。

 

 

 妥当リギルッッ!!!

 ↑

 やって見せろよマフティー

 ↑

 なんとでもなるはずだ!!

 ↑

 ガンダムだと!!?

 ↑

 QRコード

 

 

東「.........まぁ一応な」

 

 

 スマホからアプリを起動して、紙に印刷されたQRコードを読み込むと、全世界に普及している動画サイトへと飛ばされてしまった。

 そこでは、カボチャのマスクをした男が背景にガンダムの主題歌を流しながら妙に腹立つ踊りを踊っていた。

 

 

東(やっぱり神経が苛立ってくるな、これ.........ん!?)

 

 

 不意に、部屋の扉が大きな音を立てて開けられた。まずい、こんないい年こいた大人がガンダム好きなんて笑われてしまう。

 いや、そもそもこれがガンダムなのかなんて分からないかもしれない、とにかく、今の俺に出来ることは入ってきた人物が誰かを確認することではなく、今この音楽を止めることだ。

 

 

ブルボン「こんにちわ、東トレーナー」

 

 

東(うっわぁ〜.........ウマ娘だった〜......絶対聞かれてたぁ〜.........)

 

 

 嫌な汗がダラダラと背中を伝う。何だかここ最近トラブル続きな気がする。まさかとは思うが、桜木の奴に関わるとろくな事がないのではないか?

 違う、違うんだミホノブルボン。俺はただQRコードを読み取っただけなんだ。そう弁解しようとして振り返ってみると、そこにはなんと驚いた事に、テーブルの上に新聞紙を引き、プラモデルを作り始めた彼女が居た。

 

 

東「.........ガンダム、好きなのか.........?」

 

 

ブルボン「はい、東トレーナーから感じる感情から、貴方も私と同じだと察知しています」

 

 

東「ほ、他のメンバーは?」

 

 

ブルボン「マックイーンさんとウララさん、ライスさんはカフェテリアに、タキオンさんとデジタルさんは理科実験室にいらっしゃいます」

 

 

東「そ、そうか.........」

 

 

 俺に目を向けず、自分の作るガンプラに目を向けながら彼女はそう答えた。その手つきからして、相当プラモデルを作ってきた事が伺える。

 

 

東「.........これも君が作ったのか?」

 

 

ブルボン「はい。あ、Gガンダムだけはマスターが頑張って作っていました」

 

 

東「ハハ、確かにちょっと粗が目立つな」

 

 

 所々、切り離しが甘い部分があったり、少し歪になっている部分がある。相当苦労して作ってる桜木の姿が難なく想像出来た。

 .........この部屋は、本当に賑やかだ。一目見れば分かるじゃないか。こんな賑やかな部屋の雰囲気を作り出す奴が、悪いやつなんかじゃないって.........

 

 

東(.........このトレセン学園に蔓延る腐った定石を崩す。そして新たに、『どんなウマ娘でも強く育てる』という意識の改革をする。その野望はまだ、終わっちゃいない.........けど)

 

 

東「なぁ、ミホノブルボン」

 

 

ブルボン「はい、なんでしょう?」

 

 

東「.........お前はここに来てから、チーム[スピカ:レグルス]に入ってから、楽しんでるか?」

 

 

 そうやって背を向けながら、さっきまでとは違う真剣な声で尋ねると、彼女はプラモデルを作る時に出していた音を止めた。

 少しの間、お互い黙ったままで、時計の針は進んで行った。それでも、この空間の空気は相変わらず、家主に似てたるんでいるのか、ちっとも緊張した空気にはならない。

 そんな柔らかい空気の中で、ミホノブルボンは表情を変えず、口を開いた。

 

 

ブルボン「私は、感情表現や、その自身の機微に疎い傾向があります」

 

 

ブルボン「それでもマスターは、私にも、多くの友達が出来るよう、会話の練習に付き合ったり、笑顔のトレーニングもしてくれます」

 

 

ブルボン「.........『楽しい』という感情に私が気付いているのか甚だ疑問ではありましたが」

 

 

ブルボン「マスターが姿を見せなくなり、『寂しさ』を感じている今なら、あの日常は『楽しかった』と、私は断言できます」

 

 

 彼女はそう言って、どこかに視線を送った後、もう一度プラモデルを黙々と作り始めた。

 一度、彼女が視線を送った場所を見ると、そこにはよく売られているお菓子の箱に、割り箸を突き刺して顔が描かれたおもちゃが、棚の上で壁にもたれるようにして飾られていた。

 

 

東「.........そうか、楽しい日々を送ってたか」

 

 

ブルボン「.........気になりますか?」

 

 

東「ん?ああ、これもアイツが?」

 

 

 そう言って指を指すと、ミホノブルボンはまたプラモデルの製作をやめ、腰を上げた。相変わらず表情は変わらないが、その雰囲気からは、優しさを感じる。

 俺の真横で、そのおもちゃを手に取ると、それを愛おしそうに、そして大切そうな手つきで掴みあげ、両腕で優しく包み込んだ。

 

 

ブルボン「これは私にマスターが作ってくれたお友達。『Battle Reborns Cancel Natural』。通称[バルカン]です」

 

 

東「お、おう.........」

 

 

 言葉の意味は想像出来ないが、彼女の嬉しそうな顔を見ると、そんな事はどうでも良くなる。

 しかし驚いた。サイボーグだとまで言われた彼女の事をここまで解きほぐすとは、ヤツの滅茶苦茶加減も、時には功を奏するらしい。

 

 

東(.........さて、机の中のマニュアルをとって、俺は職員室に戻ろうか)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

黒津木「いちゃラブが足りない」

 

 

デジタル「どうしたんです急に」

 

 

 白衣をまとった黒津木先生。まるで何処かの秘密組織の司令の様に机にひじを着き、口元を隠すように両手を組んでます。デジたんちょっと引き気味。

 助け舟を出してもらおうと、アグネスタキオンさんの方を見ると、新薬を試していた様で、何やらぽわぽわとした様子で中をあちらこちら見ていました。それ大丈夫です?合法なんですか???

 

 

黒津木「これはな、誰でもそうなるんや」

 

 

デジタル「何とかしてくださいよ先生」

 

 

黒津木「くっ......!デジタルが同志たんと呼んでくれさえすれば!!」

 

 

デジタル「あの日、アグネスデジタルを右にした黒津木先生なんかもう同志たんじゃありません」プイッ

 

 

 そうです。空港に行った日、黒津木先生はどうしようもなく物理法則に従って飛んでくしか無かったデジたんを受け止めませんでした。

 反射とかなら分かりますよ?でもデジたんはちゃんと聞きました。「アグネスデジタルを右に」って言いながら、黒津木先生は左手で私を逸らしたんです。考え直せばあれはもう同志たんじゃありません。

 

 

デジタル「.........でも、ラブコメ不足は同感ですねぇ......今一番燃えてるの、桜木トレーナーさんとマックイーンちゃんだったじゃないですか」

 

 

黒津木「お、やっぱり分かる?あの二人の良さ」

 

 

デジタル「勿論です!!世間知らずの庶民派お嬢様×平民出の一般家庭トレーナー.........!!そうそう見つけられる逸材じゃありません!!」

 

 

 そう、お二人はデジたんすら唸らせるラブコメを展開するポテンシャルを有しているのです!!だと言うのに.........!!

 

 

デジタル「ラブコメのラの字もありません〜!!!」ワーン!

 

 

黒津木「泣くなよぉ、俺だってアイツをおちょく.........じゃなくて、応援出来なくて寂しいんだから」

 

 

デジタル「黒津木先生って性格悪いですよね」

 

 

黒津木「ニューヨークで鍛えられたからな」

 

 

 たまにこの人が本当に人なのか疑うレベルで性格が酷いタイミングがあります。桜木トレーナーさんが関わってると特にです。お友達だからと言っても限度があると思うんですが.........

 

 

黒津木「.........どこで何してんだろうなぁ、アイツ」

 

 

デジタル「.........ですねぇ」

 

 

 窓の外へ顔を向ける黒津木先生。その顔はやっぱり、親しい友達が居なくなってしまったせいなのか、すごく寂しそうな顔をしていました。

 そして、そんな顔に釣られるように、デジたんも、ぽわぽわとしたままのタキオンさんが麦茶と氷の入ったジョッキをカラカラ言わせる音に風情を感じながら、一緒に寂しくなってしまいました.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「.........」

 

 

ライス「マックイーンさん、我慢しなくていいよ.........?」

 

 

マック「あっ......すいませんライスさん。では遠慮なく.........はぁぁぁ.........」

 

 

 お昼時のカフェテリア。ガヤガヤという騒がしい喧騒の中では、今日何回目かも分からない大きい溜め息も、その存在感が薄れ去っていきます。

 いえ、我慢しようとしてはいたのですよ?ただライスさんが遠慮しなくても良いと仰ったので、つい.........

 

 

ライス「お、思ったよりおっきかった.........!」

 

 

マック「す、すいません.........」

 

 

ライス「ううん、マックイーンさんも、お兄さまが居なくて寂しいんだもんね.........」

 

 

 そう言いながら、かなり大きいサイズに切ったハンバーグの一切れを、ライスさんは一口で食べました。彼女、見た目より結構食べる人なのです。

 未だに席に戻らないウララさんを探すように周りを見ると、ビュッフェ形式の学食が他生徒で溢れかえっている中、一番外側に彼女がおりました。

 

 

マック「.........そういえば、時折疑問に思っていたのですが.........」

 

 

ライス「?」

 

 

マック「ライスさんはいつからトレーナーさんのことを、『お兄さま』と呼ぶようになったのですか?」

 

 

ライス「え!?」

 

 

 酷く驚いた顔をしたライスさん、私そんなに唐突でしたでしょうか?ですが、実際に気になっていたことではあります。

 確か最初の頃は、トレーナーさん。と、私と同じような呼び方でしたのに、いつの間にやらお兄さまなんて.........

 

 

ライス「えっと、確かね.........?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

白銀「羨ましくね?」

 

 

三人「は?」

 

 

ライス「.........?」

 

 

 うん、確か翔也お兄さまがそう言いながら急に現れたの。ライス、その時は休憩中で、お兄さまと、黒津木先生。トレーナーさんとお話してたの。

 えーっと、翔也お兄さまの言い分は、やっぱり創お兄さまだけそう呼ぶのはずるいって事だったんだ。

 

 

桜木「可笑しいだろ」

 

 

黒津木「可笑しくないね」

 

 

神威「妹が居たこと無いからわかんないだろうけど結構面倒臭いぞ」

 

 

白銀「うるせぇカス」

 

 

桜木「黙れ末っ子ォッ!だいたいワガママなんだよいつもテメェはッ!ちったァ協調性を持てよタコライスッ!」

 

 

白銀「.........?お前らが俺に合わせればいいのでは?」

 

 

 その言葉がきっかけで、お兄さま達はライスの目の前で、取っ組み合いの喧嘩に発展しちゃったの。

 しかも.........

 

 

黒津木「あぁん!!?ホイホイチャーハンッ!?」ガシッ!

 

 

神威「そのふざけた幻想をぶち殺すッ!!」ベシッ!

 

 

白銀「親指を目の中に突っ込んで!殴りぬけるッ!」ドゴァッ!

 

 

桜木「我がアグネスタキオンの科学力は世界一ィィィッッ!!!出来んことはないィィィッッ!!!」デュクシッ!

 

 

ライス「あわわ、大変.........!どんどん激しくなっちゃってる.........!!」

 

 

 本当は関わりたくないから、こっそり抜け出そうと思ったんだけど、みるみるうちに激しさを増してったから、ライス。抜けるに抜け出せなかったんだ。

 それに、気付いたんだけど、ライスがお兄さまって呼べば、トレーナーさん達の喧嘩が収まると思った。だから、ちょっと恥ずかしかったけど、勇気を出したの。

 

 

ライス「し、翔也お兄さま.........?」

 

 

四人「.........」

 

 

 さっきまですっごく騒がしかったのに、急にピタッとその騒がしさがなくなりました。うん、本当にピタッと時間が止まったみたいで、少し怖くなっちゃったんだ。

 そしたらね?翔也お兄さまはゆっくり立ち上がって、ライスにこう言ってくれたの。

 

 

白銀「ありがとう.........!」

 

 

ライス「う、うん.........?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ライス「でね?翔也お兄さまだけをそう呼ぶのは、ライス不公平だと思ったから、皆そう呼ぶようにしたの」

 

 

マック「.........あの、もっとこう、良い話をかってにきたいしてたのですが.........」

 

 

 どうしたことでしょう、蓋を開けてみればいつもの騒ぎにライスさんが巻き込まれてしまっただけの話でした。

 全く、そんなのライスさんが可哀想です。トレーナーさんは今この学園にいないので出来ませんが、他の方には制裁を加えられる.........

 そんなことを考えていると、私の雰囲気から伝わってしまったのか、ライスさんが慌てて否定しました。

 

 

ライス「あ、あのね?翔也お兄さまもいい所あるんだよ.........?」

 

 

ライス「ライス、ドジだから変なところで転びそうになるけど、最近は翔也お兄さまが助けてくれるの!」

 

 

ライス「宗也お兄さまも、トレーニング中に怪我は無いかってよく聞いてきてくれるし」

 

 

ライス「創お兄さまは図書室に入れてくる本、ライスが読めそうなのを多めに入れてくれるの」

 

 

ライス「トレーナーさん、お兄さまも、ライスのお話、楽しそうに聞いてくれるし.........えへへ」

 

 

 彼女はそう言いながら、嬉しそうに笑いました。少し恥ずかしいのか、頬を紅く染めながら彼女は、可愛らしかったです。

 確かに、彼女を妹扱いしたい気持ちはよく分かります。あわよくば、私もお姉さまと呼ばれてみたいものですが.........お願いすると呼んでくれるでしょうか?

 そんな事を真剣に考えていると、テーブルにトレーが二つほど乗せられました。

 

 

ウララ「お待たせー!!思ったより時間かかっちゃった!!」

 

 

神威「よっ、俺も相席いいか?」

 

 

ライス「大丈夫だよ!マックイーンさんは?」

 

 

マック「ええ、構いませんわ」

 

 

 ビュッフェで好きなものをお皿に乗せてきたウララさんとは違い、神威先生は和風定食を注文してきたそうです。お味噌汁の美味しそうな匂いが鼻をくすぐります。

 彼が箸に手をつけ、鮭の切り身をその2本の箸で骨を分けます。ですが、少し苦戦しているようです。

 けれど、それが普通ですわよね?誰しもがトレーナーさんの様にあんなスイスイと.........

 

 

マック「.........はぁぁ」

 

 

神威「お、溜め息吐いても時間はブーストしてくれないぞ?」

 

 

マック「.........むぅ」

 

 

 何ともないようにそういった彼に、思わず声を上げながら睨み付けました。別に、溜め息を指摘された事に対してそうした訳ではありません。この溜め息の理由を、意図も簡単に把握し指摘してきた事に対しての睨み付けです。

 それに取り合うことも無く、神威先生は魚の身を箸で解して口に入れました。

 

 

神威「.........まっ、アイツと仲良くなると一回くらいはこうなるのかもな」

 

 

三人「え?」

 

 

神威「何も言わずに消えるの、俺達にとっちゃこれで二回目」ピースピース

 

 

三人「えぇぇ!?」

 

 

 自慢をするように二本の指を立ててみせる彼。いえ自慢することではありませんわ!!なんでそんな誇らしげな顔をしてるんですの!!?

 ウララさんもライスさんも同じように驚いた顔で彼を見ますが、何も気にした様子は見せずに彼は自分の食事を進めています。

 

 

マック「.........昔から、変わってないのですね」

 

 

神威「そうそう。急に道外で就職なんて言い出すんだもん。びっくりしちまったよ。その時の事を問いただしたらなんて言ったと思う?」

 

 

ライス「な、なんて言ったの.........?」

 

 

神威「『お前俺が桜木玲皇だからって桜木玲皇の全てを知ってると思うなよボケ、3秒以内に電話切らねぇとテメェ死ぬまで呪うからな3 7 2 5 6 4 8 9 4 4 4 6』.........って」

 

 

マック「む、無茶苦茶ですわ.........」

 

 

ウララ「電話切っちゃったの?」

 

 

神威「流石に意味わからんくて怖くなって切った。後から聞いたら営業先だったらしい。ちょうどトイレ行ってて助かったんだとさ」

 

 

 知っていました。ええ、彼がそう言うよく分からないキャラだと言うことはこの3年間で身をもって知っていましたわ。私の知らない過去であろうとそれは変わらないなんて、考えてみなくてもわかるはずです。

 思わず、ため息が溢れてしまいます。一体私は、彼のどこに惹かれたのでしょう.........?そんな事を、最近はつい何度も思ってしまうのです。

 

 

神威「.........けどな、そんな電話を切って最初に感じたのは、不思議と嬉しいって気持ちだったんだよ」

 

 

マック「.........?嬉しい......ですか?」

 

 

神威「ああ、その時俺がちょうどトレセン学園に入職して一ヶ月くらいでさ、色々職場に不慣れなもんで、安心したかったってのもあるんだけど」

 

 

神威「アイツ、二年ぶりに話しても態度変わってなくて、すっごく安心したし、嬉しかった。まだ俺はアイツにとって、親友なんだなって.........あっ、アイツに言うなよ。おちょくられて終わるんだから」

 

 

 慌ててそう念を押す神威先生。少し照れくさそうにしてはいますが、彼のことを.........トレーナーさんのことを話している神威先生は、どこか嬉しそうでした。

 .........きっと、彼が帰ってきたとしても、いつも通り片手を上げ、気軽に挨拶をしてくるでしょう。こっちの気も知らないで、呑気に『よう』、なんて言ってくる彼の姿が難なく思い浮かんでしまいます。

 そう考えただけで、寂しさと共に、なぜだか暖かい気持ちも溢れてきます。本当、いつの間にか人の心に居座る、悪い人ですわ。

 

 

「では次のコーナーに移ります!今週の教えて!トレーナーさん!!」

 

 

「本日から一週間に渡って、天皇賞を制覇したメジロマックイーンさんのトレーナー。桜木玲皇さんのインタビューを放送します!」

 

 

マック「あら、あれは確か五時間ほど収録に時間の掛かったと言っておられた.........」

 

 

 カフェテリアに備え付けられている大きめのモニターには、今は不在であるトレーナーさんのインタビューが映し出され始めています。

 今ではすっかり見分けることができるようになってしまった彼の仮面。そんな無理して笑った姿でも、今は寂しさも紛れてしまいます。

 

 

「まず初めに、トレーナーという職業の第一印象を教えて下さい!」

 

 

桜木「え!?マジのやつ言っちゃって良いんすか!!?」

 

 

「はい!」

 

 

桜木「えーっと、俺まずウマ娘のこと名前しかなんも知らなくて、足が逆関節かもっていう偏見持ってた時代があったんすけども」

 

 

マック「.........ふふ、なんですかそれ」

 

 

桜木「古賀さんが初めて会ったトレーナーの方で、職業としての第一印象は、『あっ、スーツ着なくていいんだ』っていう感じでした(笑)」

 

 

 テレビに映る方々の笑い声とともに、それを見ているカフェテリアの人も笑う声を上げます。

 彼と共に駆け抜けてきた三年間。たとえ、彼がここから離れたとしても、ここが彼の帰る場所だと言うことは変わりありません。まぁ、ウララさんを泣かせた罰は必ず受けてもらいますが、それでもここが帰ってくる場所です。

 

 

ライス「一週間は寂しくならないね。ウララちゃん」

 

 

ウララ「うん!!けれどテレビで見ると少し違うね!!」

 

 

マック「ええ、普段よりずっと可愛らしいですわ」

 

 

 大人しい雰囲気を感じさせる彼の姿。そのテレビに映る猫を被った姿に、失礼ながらも面白さを感じてしまいます。いつもこれくらいでしたら、こちらも気が楽ですのに。

 

 

「では、お話の続きまた明日の放送で!!」

 

 

ウララ「あ......終わっちゃった.........」

 

 

マック「また明日、みんなで見ましょう?」

 

 

ライス「そうだよウララちゃん!明日もあるから!」

 

 

 そうやってしょんぼりとしてしまったウララさんを二人で慰めると、そうだった!と元気よく声を出しました。やっぱり、ウララさんは元気な姿が一番似合っていますわ。

 お昼の昼食は、トレーナーさんが居なくなって初めて、比較的明るく過ごすことが出来ました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゴルシ「うーん.........」

 

 

 トレーニングが始まる直前。アタシはまだ誰も来てないミーティングルームで一人、唸り声を上げていた。

 

 

マック「失礼します.........あら?珍しいですわね、ゴールドシップさん」

 

 

ゴルシ「あんだよマックイーン。アタシだってスピカのメンバーだぞ!!」

 

 

マック「普段はトレーニング前のミーティングに顔を出さないではありませんか、言われても仕方ありませんわ」

 

 

 ぐうの音も出ない。アタシだってそういう時はある。いつもは出ないぐうの音を捻り出してはいるけど、今日はそんな気分じゃない。

 そんなアタシに気付いたのか、マックイーンは心配そうな顔でこっちに近づいてきた。

 

 

マック「考え事でもあるんですか?」

 

 

ゴルシ「へ?あ、ああ......因数分解ってなんで分解されっぱなしなんだろうと思って」

 

 

マック「は?」

 

 

ゴルシ「抵抗すれば良いだろ!!寄って集って分解しやがって!!任天堂に修理させて貰えねーぞ!!」

 

 

マック「ゴールドシップ」

 

 

 いつものように、いや、今日はちょっと無理していつも通りを振舞ったけど、マックイーンはそれを咎めるように私の名前を呼んだ。まるで、アタシの婆ちゃんみたいだ。隣から少し圧を感じる。

 

 

ゴルシ「.........冗談だよ。アタシが悩んでるのは、コイツだ」

 

 

 アタシはそう言って、カバンの中から自分のウマフォンを取り出して、トークアプリを開き、会話の内容を見せた。

 

 

マック「.........?これが何か?」

 

 

ゴルシ「え!?分かんないのか!!?」

 

 

マック「だって、普通に白銀さんとの会話でしょう?いつもどこか出掛けてるではありませんか」

 

 

 そう、マックイーンは知っている。アタシと白銀の奴は結構な頻度で色んな所に行ってるんだ。金は殆どアイツ持ちだし、車は運転出来ないけど、移動してる最中とか暇しないっていう理由で誘ったり誘われたりしてんだけど、今回は訳が違う。

 

 

ゴルシ「.........良いか、マックイーン。アイツは何があろうと、アタシと遊ぶ時は午後五時前には解散を選ぶんだ.........これ、なんて書いてある?」

 

 

マック「.........『天体観測用の望遠鏡を買った。一緒に見ようぜ!』.........と」

 

 

 ああくそッ、なんでそれ聞いてて顔が熱くなるんだよっ!おかしいだろ!!まだそうと分かった訳じゃないのに!!

 マックちゃんはそれだけじゃまだ分かんないように首を傾げてる。これじゃあアタシだけはしゃいでるみたいじゃねーか。

 

 

マック「これが何か?」

 

 

ゴルシ「.........分かんねーのか?」

 

 

マック「はい?」

 

 

 目の前に居るラブコメ常習犯は何もわからないと言ったように、バカ真面目な顔をアタシに見せ付けてくる。

 言わなきゃいけないのか?言わなきゃ分かんない?いや分かんないだろうな三年間ずっと進むことの無いラブコメをおっちゃんと二人でやってんだから。だんだんイラッとしてきたぞ。

 でも、相談したのはアタシだ。そうしたからにゃ言わんといけない.........正直恋愛よわよわマックちゃんに見つかったのが運の尽きだな。うん。

 

 

ゴルシ「良いか?普段とは違う時間帯。普段はしないような『天体観測しよう』なんて誘い。ただの遊びの誘いじゃねー.........これはつまり」

 

 

マック「つ、つまり.........?」ゴクリ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「デートって事だ.........!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 誰にも聞かれることが無いよう、アタシはマックイーンに耳打ちする形でそう伝えると、まるで全身から湯気を発するような形で熱が上昇していくのがマックイーンの身体から感じ取れた。

 いや、他人の恋愛話でこれならおっちゃんとの進展具合も納得だな。逆に冷静になれたぜ。ありがとうなマックイーン!!

 

 

マック「でで、デートですって!!?」

 

 

ゴルシ「な!!?バカ声がデケェッ!誰かに聞かれたらどうすんだよ!!!」

 

 

マック「バカとはなんですかバカとは!!それよりそれが本当にデートか確認した方が良いですわよ!!独りよがりで終わる可能性もありますから!!」

 

 

ゴルシ「お前ひっでぇこと考えんな!!?なんでそんなこと言うんだよ!!」

 

 

マック「そんなもの私が経験したからに決まってますわ!!!」

 

 

ゴルシ「よしっ!!おっちゃん帰ってきたらまずボコすからな!!!」

 

 

 とりあえずこの件に関しちゃまだ何も分かってないけど、おっちゃんの処刑は確定した。帰ってきたら覚悟しろよマジで。学園中のSwitchとブレワイ集めて全部100%クリアさせるまでRTAさせてやっからな。

 そんな事でメラメラと闘志を燃やしていると、不意に自分の手の中にウマフォンがねぇことに気が付いた。冷や汗が背中に伝う中、恐る恐る振り返ると、マックイーンがちょうど一仕事終えたように一息ついていた。

 

 

ゴルシ「お前.........何送ったんだ.........?」

 

 

マック「これがデートかの確認を」

 

 

ゴルシ「マックちゃん!!!!!」

 

 

マック「安心してくださいまし。ちゃんと貴方の口調で書き込みましたわ!」

 

 

 胸を張ってそう言い切るマックイーンからアタシのそれを取り返すと、メッセージには『それデート?はっきり言わないと髪の毛チリチリにすんぞ』と言ったメッセージが追加されてた。

 マックイーン、おっちゃんと居るせいでもしかして思考が伝染ってきてんのか.........?いやそんな事はどうでも良い!!!

 

 

ゴルシ「お前何してくれちゃってんの!!???」

 

 

マック「お黙りなさい!!いつも滅茶苦茶するお返しですわ!!!」

 

 

ゴルシ「くっそ何も言えねーけど覚えてろよマックイーン!!!」

 

 

 マックちゃんのほっぺを引っ張り、マックちゃんの両手でほっぺを潰されていると、ウマフォンを持っている手に突然、振動が走った。

 アタシの一瞬の動揺に気が付いたようで、マックちゃんはアタシより先にその視線をウマフォンの方に向けていた。

 正直、アタシの独りよがりであって欲しい。あんな事一人で考えてるだけで顔が熱くなって、胸がバクバクしてくんのに、現実になったらどうなっちまうんだ.........?

 そんな胸の高鳴りと共に、アタシは現実から目を逸らせるよう、片目を開けてその画面を覗いた.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゴルシ「」バタッ

 

 

マック「ゴールドシップさん!?ゴールドシップ!!?」

 

 

 その後、アタシは意識を取り戻した後、高鳴る心臓と共にしっかりとデートに行く決断を決めたのだった.........

 

 

 

 

 

  ......To be continued



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ゴールドシップ「天体観測ゥ?」

 

 

 

 

ゴルシ「うーん.........」

 

 

 現在、白銀の奴から連絡来た日から数日が経った午後の六時過ぎ。トレーニングは終わって、アタシは今寮の自室のベッドの上で、ウマフォンを前に起きながらあぐらをかいて唸ってる。

 それと言うのも、あの白銀の奴がデートなんて言うせいで、何を着ていけばいいのか全く検討も付かねーからだ。

 そもそも普段何着てってたっけ?記憶にねーな。流石のゴルシちゃんも裸で外は歩けねーしなー。

 

 

ゴルシ「あっ!こういう時こそマックちゃんの出番だろ!!!」

 

 

「.........お掛けになった電話番号への通話は、お繋ぎできません」

 

 

ゴルシ「そうだマックイーンの連絡先で色んなスイーツ店ツケにしてたからブロックされてんだった」

 

 

 あーもう!!何してんだ過去のアタシッ!!その顔見せたら絶対ブッコロしてやる!!!

 .........いや、そんな八時間後のドラえもんみてーなこと言ってる場合じゃねー!!悪かったよーマックイーン!さすがに減量中に有名スイーツ店からひっきりなしに電話掛かって来るなんてキツかったよな?なんせ電話で冒頭に「〇〇店の□□ですけども」なんて言われたら嫌でもスイーツ想像しちまうもんな?いやそうする嫌がらせだけどよ。

 今から心を入れ替えました。もうそんな事はしません。代わりに有名スイーツ店の電話番号をマックイーンに教える嫌がらせをするので許してください。

 

 

ゴルシ「あぁぁぁ!!!しゃらくせェェェッッ!!!こうなったらどうとでもなりやがれってんだッッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゴルシ「へ、変じゃねーよな.........?」

 

 

 あれからしっかりとデート用の服に着替えて、待ち合わせ場所に向かっている。

 しかし、行くところ行くところで見えてしまう自分の姿。別に今まで気にしたことなんてなかったのに、今更になって前髪が気になるなんて思いもしなかった。

 そもそも、アタシはアイツに一体どんな感情を抱いてんだ?サンドバッグ?丁度よくビリビリに破けそうなTシャツ着てる奴?

 いやいや、冷静に考えても見ろ。相手は世界トップレベルのテニスプレイヤーだぞ?そんな奴とよく普通につるんでるなアタシ.........

 

 

「何してんのオメェ」

 

 

ゴルシ「うるせぇ、今必死こいて前髪直してんだよ.........って!!?」

 

 

白銀「おっす。オラ悟空」

 

 

 なんともないと言った表情で、白銀の奴は背中に長いケースを背負い、片手を上げてアタシに挨拶した。

 つい、必死に前髪を直している所を見られてしまったせいで顔の熱が熱くなっていくのを感じる。アタシは白銀に対して一瞬で背を向けながら、自分の頬の熱を両手で感じとっていた。

 

 

ゴルシ(なんでここにいんだよぉぉぉ!!もぉぉぉ!!!!!)

 

 

ゴルシ「オマエ!!待ち合わせ場所はここじゃねーだろ!!!」ビシッ!

 

 

白銀「そうだけどよ。そこに向かってる最中にお前の姿が見えたんだよ。いちいちガラスの前で止まってたから、つい声掛けちまった」

 

 

 はァっ!?じゃあ全部見られてたってことじゃねーのか!!?マズイ、このままじゃマックちゃんのことバカに出来ねー.........アタシもそんな事で身体を熱くさせちまう恋愛よわよわウマ娘だったなんて.........!!

 良いかゴールドシップ。深呼吸だ。別になんてことねーだろ?いつもリフレッシュに付き合ってもらってんだ。そんときと同じ感じで.........

 

 

白銀「つうか結構似合ってるな、デートだっつっといて良かったぜ」

 

 

ゴルシ(オマエェェェェ!!!こっちは必死こいて平常心保とうとしてんのにそりゃねーだろォォォォッ!!!)

 

 

 隣でまたもやなんともない様子でそういう白銀に、危なく本気で手をあげるところだった。誰か、この振り上げかけた手をコンクリートに突き刺して事なきを得たアタシを褒めてくれ。

 そうだ。これはデートだ。誰がなんと言おうと誘ったアイツがそう肯定したんだ。アタシが喚こうが騒ごうが、それはどうにもならない。

 落ち着けゴールドシップ。人は短い時を生きる。人生を充実する為に常になりたい自分を想像するんだ。じいちゃんにそう教えて貰っただろ。

 

 

ゴルシ「......お前はいつも通りなんだな」

 

 

白銀「はん?そりゃデートなんだからお洒落してくるだろ普通」

 

 

ゴルシ(待て、それ遠回しにいつものアレはデートだったって言ってねーか?)

 

 

 これまたキョトンとした顔でアタシの方を見てくる白銀。一体この男にどれだけ振り回されればいいんだアタシは.........!

 気がつけばいつの間にか前を歩いてるアイツ。親指で目的地の方向を指すようにアタシを急かすアイツの姿に、アタシは何だか、心臓が跳ね上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

白銀「ようし、レジャーシートは敷けたぞー」

 

 

ゴルシ「なんでお前望遠鏡のセット出来ねーんだよ!こういうのは普通男の仕事だろ!!?」

 

 

 アタシの後ろでレジャーシートの上でくつろぎ始める白銀。アタシは望遠鏡を載せるための3脚を固定し、その上に望遠鏡を乗せた。

 普通こういうのって逆なんじゃねーのか?普通、スタイリッシュに男がそういう事をして、後ろで女がその姿を見て地味にトキメいちゃうシーンなんじゃないか?

 

 

白銀「素敵よーゴルシちゅわーん♡」

 

 

ゴルシ「きっしょ!?」

 

 

 気持ち悪い裏声の猫なで声が後ろから聞こえてくる。流石のゴールドシップ様もチキン肌ブルブルだぜ。

 腹を抱えてレジャーシートの上で転げ回るヤツを見ると、なんだか少し安心する。デートだなんだと言っておきながら、結局はいつもと変わりはなさそうだと思ったからだ。

 そんなこんなで、望遠鏡のセットを終えてみせると、白銀は感心したような声を上げた。

 

 

白銀「ほえー、手際いいな。天体観測慣れてんのか?」

 

 

ゴルシ「ああ、ここに来る前は実家の近くでよく見てたんだ」

 

 

白銀「それもじいちゃん譲りか?」

 

 

ゴルシ「アタシだって何でもかんでもじいちゃんの真似してる訳じゃないぞ!!それに、じいちゃんは星とかよく分からない人種だったからな!」

 

 

 望遠鏡を覗き込みながらそう言うと、白銀はそっかと言って、それ以上は何も話さなかった。

 それにしても、こうして星を見るのは久しぶりだ。こっちに来てからは全然見れてなかった。単に望遠鏡が無いってこともあったけど、暇じゃなかったのもあった。

 

 

白銀「.........なんか、面白いもんでも映ったか?」

 

 

ゴルシ「おう、今ちょうどお月様が隕石にぶん殴られた跡が見えてるぜ!」

 

 

 アタシの隣に移動してきた足音が聞こえてくる。それだけで、胸が少しだけドキドキしてくる。視線を少しだけずらして、隣に立つ男の顔を見上げると、いつもより間抜けな顔して月を見上げている。

 そんな横顔が、月に照らされて良いものに思えてしまう。こんななんともない姿に絆されてしまっては、アタシもいよいよチョロいウマ娘の仲間入りだ。これ以上はさすがに持たない。アタシはもう一度、その望遠鏡で月を覗いた。

 

 

白銀「.........色々とサンキューな」

 

 

ゴルシ「え?」

 

 

 思わず、アタシは視線を隣に戻した。月を見上げる白銀の顔は優しく微笑んでいて、月明かりも相まってカッコよく思えちまう。

 その姿に釣られるように、アタシはまた、頬の熱さを思い出した。

 

 

白銀「お前が居なかったらきっと、玲皇はあんなに笑えてなかった」

 

 

ゴルシ「.........大切なんだな。おっちゃんのこと」

 

 

白銀「ああ。大切な奴らの一人だ」

 

 

 そう言いながら、白銀は自分の掌を月にかざす。月の明るさを確かめるような手で、その光を撫で始める。

 その姿に、アタシは何も言えなくなってしまう。普段の姿とは違う、見るだけで深さが分かってしまうその仕草に、見惚れてしまう。

 

 

白銀「この歳になるまで大切なものを沢山見つけてきたけど.........やっぱり親友は特別だな」

 

 

ゴルシ「へぇー.........意外だな。オマエにもそういう所あるんだな」

 

 

白銀「おいっ!!一言余計だぞ!!」

 

 

 そう言って声を荒らげた白銀に対して、アタシはケラケラと笑った。どんな雰囲気になったとしても、コイツとの関係はそうそう変わりはしないだろう。その証拠に、アタシはこうして笑い飛ばせている。

 そうしている中で、白銀の奴はそんなアタシに、いつもはしない微笑みを向けて、静かに話し始めた。

 

 

白銀「.........俺、アイツと会ったのは小5の時でさ。引越しした転校先で会ったんだ」

 

 

白銀「それが初めての環境変化でさ、友達できるか不安だったのに、アイツ、俺が後ろの席だったから滅茶苦茶話しかけてきやがった」

 

 

白銀「面白い奴でさ、たまーに何言ってんのか分かんねぇけど.........一緒にいるとそれが心地好くて、それに、分かんないなりに伝わるんだ」

 

 

ゴルシ「.........」

 

 

 思い出に耽る白銀の姿は、アタシの記憶には存在しない姿で、少し違和感を感じた。過去は振り返らない奴だと思ったけど、それはどうやらアタシの偏見みたいだった。

 高鳴る胸の音はもう静まって、アタシはただ、白銀の話を聞いていた。

 

 

白銀「.........アイツが事故にあって、夢を諦めた時。アイツの目から色が失ってる事に気付いた。なんて言うか、楽しくなさそうなんだ。いつも楽しそうなフリをしてる」

 

 

白銀「見た目じゃ分からない。声でも気付かない。ただ、そんな気がしただけだ。けれど、それは俺達皆が気付いてて、ちゃんと気のせいじゃなかった」

 

 

白銀「お前のお陰だよ。アイツが今、人生楽しんでんのは」

 

 

ゴルシ「.........!」

 

 

 そう言って、白銀はアタシの方へと顔を向けた。その表情は、おっちゃんの笑顔みたいにニカッと歯を見せた笑いをしてたけど、その眉は困ったように寄せられていて、凄く悲しそうだった。

 

 

ゴルシ「なんで.........そんな悲しい顔すんだよ.........」

 

 

白銀「.........アイツが夢を諦めた時、お前らは夢を諦めるなって言われた」

 

 

白銀「俺は身体を使った仕事。宗也は才能を使った仕事。創は本と関わる仕事に就いた」

 

 

白銀「他の二人は知らないけど.........俺は玲皇から逃げたんだ」

 

 

白銀「あんな目をした玲皇を見たくない。だから次会った時、その目が酷く黒ずんでたら、俺はそれきりで、日本には居なかった」

 

 

 アタシは、自分の口から言葉が出てこなかった。自分の知っている人が、自分の知らない姿で、その心情を吐露している場面で、アタシは言葉を失っていた。

 声を掛けてやりたい。けれど、それじゃあコイツが今言葉を吐き出している意味が無くなっちまう。こういう時、人間ってのは最後まで聞いてやるのが一番慰めになるんだ。

 

 

白銀「.........逃げたんだよ。俺は」

 

 

ゴルシ「.........」

 

 

白銀「弱って、もがいて、それでもどうにもならないアイツを、見たくないってだけで見捨てようとしたんだ」

 

 

白銀「だから―――「違う」.........?」

 

 

 思わず、声を上げてしまった。最後まで聞いてやるのが慰めになるとか言っておきながら、アタシもコイツの弱い姿を見ていられなかった。

 ようやく、白銀の目がアタシの方へと向いた。不思議と今は、しっかりと顔を見れてる気がする。

 

 

ゴルシ「怖いから逃げる。それは別に悪いことじゃねーとアタシは思う」

 

 

ゴルシ「生き物が長く生き続けるには必要な事なんだ。少なくとも人類は臆病だからこそ今の今まで生きてきた」

 

 

ゴルシ「それに、昔の偉い人も言ってただろ?『三十六計逃げるに如かず』ってよ」

 

 

白銀「.........ははッ、本当。救われてばかりだ」

 

 

 そう言い終わると、レジャーシートに仰向けになって寝っ転がった。その顔はさっきとは違って、ようやくスッキリしたような顔をしていた。

 やっぱり、コイツがしょぼくれてるのは落ち着かない。そんな顔が似合わないってのもあるけど、なんだかそれ以外の理由もある気がする。よくわかんねーけどな!!

 

 

白銀「.........おっ!流れ星だぜっ!」

 

 

ゴルシ「マジか!!ドーナツの穴が三個増えますように!!」

 

 

白銀「なんだよそれ‪w‪w‪w」

 

 

 頭の下に両手を枕替わりに、白銀は星空を見上げていた。アタシも一度、望遠鏡から目を離して空を見上げた。

 今日は雲ひとつない綺麗な黒の上に、宝石のようにちりばめられた世界が、地上の遥か上に存在している。

 そこにはスピカやレグルスと言った星々がちゃんと存在していて、そこにはちゃんと、アタシ達の知らない物語が何億年とも紡がれている。アタシの知らない物語が、そこら中に点在している。

 

 

ゴルシ「.........やっぱ、好きだな」

 

 

白銀「ん?」

 

 

ゴルシ「.........あっ!!星!!星のことな!!?」

 

 

 慌てて、つい口から出てしまった事を補足する。いや、別にコイツの事は嫌いじゃねーけど.........この先どうなるかなんて分かんねーし.........

 いや、うん。やめよう。これ以上考えたら、胸がもっと苦しくなる。

 .........望遠鏡で星を見るより、アタシは雲ひとつない、星空を見上げるのが好きだ。そこらかしこに点在する星には、手が届かない。星の物語を紡ぐ星達は、その輝きによって、多分。その全てを語ってると思う。

 その物語を知るには、その光を見るしかなくて、けれどそれじゃあ物足りなくて、手を伸ばしたくなる。それでもその手は光を撫でるだけで、ちっとも胸の締め付けを解消することは無い。アタシはそれも含めて、星は好きな筈だ。

 けれど.........この、胸の苦しさだけは。どうにも好きにならないんだ。

 

 

ゴルシ「.........」

 

 

白銀「おっ、また流れてきたな。今日流星群だっけか?」

 

 

 知らんぷりすんなよ。普段うるさいアタシが、こうして黙ってんだぞ?アタシが流れ星に黙って願い事言うキャラじゃないの、知ってんだろ?

 コイツと居ると、そんなワガママが、つい口をついて出そうになる。そんな自分が、なんだからしくなくて、好きじゃない。

 けれど、それでもアタシはゴールドシップのままだから、きっとそのワガママはいつか顔を覗かせる。今まで、アタシが見てきたアタシの中身が、外に出ていかなかった試しがなかったんだ。

 

 

白銀「.........なぁ、流れ星に願ったら叶う可能性って、どれくらいあるんだ?」

 

 

ゴルシ「知らねーよそんなの.........勝手に願えば良いだろ」

 

 

白銀「どうしたのゴルシちゃん!!急にママに冷たくして!!」

 

 

ゴルシ「うるせェー!!アタシはオマエから産まれた覚えはねェー!」

 

 

 急に不機嫌になったように見えて、白銀の ヤツはきっとびっくりしてるだろう。アタシは地面に生えてる草を引っこ抜いて投げ付けた。一本もアイツには届きもしなかった。

 反抗期は怖いわーなどと茶化していた白銀も、アタシの様子がおかしいのに気付いたのか、静かになってしまった。居心地が悪い筈なのに、その静けさがなぜか、今はありがたかった。

 星が降る夜は、いつもワクワクして胸が踊る。あの星の破片達は、どんな物語を持っていたのか、アタシは気になる。

 けれど、今日は胸が踊ると言うより、心臓がバクバクする。すっごく切なくて、苦しく感じるのは、全部この星達のせいだ。

 

 

白銀「.........そろそろやめるか」

 

 

ゴルシ「あ.........うん」

 

 

 レジャーシートから立ち上がって、アタシの隣にある望遠鏡を手に取った。やったことないとか言いながらも、その望遠鏡をしまう手つきは戸惑いを感じさせなかった。

 こんなに苦しいのに、切ないのに、終わりたくない。帰りたくない。そんな思いが急に湧き上がってくる。

 今日ほど、アタシは自分の事をワガママだと思ったことは無い。苦しみたいのか苦しみたくないのか、自分でも分からなくなってくる。

 

 

白銀「おい」

 

 

ゴルシ「っ、な...なんだよ.........?」

 

 

白銀「そんなしょぼくれた顔すんなよ。天体観測はやめっけど、まだ帰んねぇぞ?」

 

 

ゴルシ「は.........?」

 

 

 レジャーシートと望遠鏡をバックに詰め込んで、白銀はアタシの事を催促するように、また親指で目的地を指し示した。

 なんだか今日は、アタシが振り回されてる気がする.........そんな面白くない展開とは裏腹に、アタシを引っ張るコイツの事を見ていたいと思ってしまった.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

白銀「到着っと、疲れてねぇか?」

 

 

ゴルシ「あー、うん......大丈夫」

 

 

 あの天体観測をしていた場所から少し歩いたとある神社。三女神を祀ってるとか言う珍しい神社で、一度白銀達もここに初詣に来ている。アタシらはそんとき、巫女のバイトをしてたから覚えてる。

 正直、いつもより大丈夫じゃない。トレーニングを一通りした時だって、こんなに心臓がドキドキする事なんてねーのに、一体アタシの身体はどうしちまったんだ?

 

 

ゴルシ「.........つーか、何しに来たんだよ?なんかお願いしに来たのか?」

 

 

白銀「バカ言え、俺は初詣とイタズラする時以外神社には来ねぇ」

 

 

ゴルシ「アタシが言うのもなんだけどオマエヤベーな」

 

 

白銀「よく言われる」

 

 

 一体アタシの目の前に寂しくそびえる神社に、どんな酷いことをしようと言うのだろう。そう警戒しながら白銀のことを見ていたけど、アイツが財布を取りだした瞬間を見て、奇行に走ることは無いと感じて止めた。

 

 

ゴルシ「イタズラじゃねーのかよ」

 

 

白銀「気が変わったんだよ。気分屋だからな、俺」

 

 

ゴルシ(自分で言うかっつーの)

 

 

 心の中で突っ込んでみても、全然モヤモヤは晴れてくれない。五円玉をぶっきらぼうに投げ入れて、律儀に両手を叩くコイツを直視出来なくて、アタシは星空に目を逸らした。

 胸の苦しさも、この晴れないモヤモヤも、全部星が連れてきてくれたものだったら、そのせいに出来たのに.........

 

 

ゴルシ「.........そもそも、なんでここに来たんだよ」

 

 

 アタシは、ここに来た時から抱いた疑問をぶつけてみた。白銀はしっかりと神社に意識を向けていたから、返答はすぐには返って来なかった。

 手を合わせて縮こまった背中、下を向いているのか、後頭部は見えない。そんな姿から、白銀はゆっくりと普段通りの張った背筋と、何かを見上げるように顔を上げながら、返事を返してきた。

 

 

白銀「.........ウマ娘の事なら、ウマ娘に頼るのが一番だろ」

 

 

ゴルシ「.........!!」

 

 

 そう言って、白銀はアタシの方に振り向いてきた。今日見せてきた表情の中で.........いや、今まで見せてきた中で、一番真剣な表情で.........アタシの姿をその目に捉えている。

 

 

白銀「ゴールドシップ.........」

 

 

ゴルシ「ひゃ.........な、なんだよぅ.........?」

 

 

 近づいてきた白銀は、アタシの肩に手を置いた。

 いつもは意識しない体格の差。人間というのは、ウマ娘より見た目の筋肉が発達しやすい。それでもプロで大きな活躍見せてるコイツの姿が、ようやくアタシにも理解できた。

 正直、そんな経験はほとんどねーけど、今まで触った男の手の中で、一番硬かった。

 けれど、その手つきはとても優しく、アタシの両肩を包み込むように掴んだ。その気になれば振り解けるのに、アタシは全く、その気が起きないみたいだ。

 

 

ゴルシ(なんだよ.........これ.........)

 

 

 映画のワンシーンみたいな展開だ。心をときめかせる女と、真剣な表情の男が向かい合って、満点の星空の下.........。

 そんな現実逃避をしても、目の前にいるのは白銀で、ここに居るのはアタシ、ゴールドシップだ。コイツの目に映るアタシの姿が、それを実感させる。

 苦しい。耐えられない。離れて欲しい。けれど、それが寂しくて、切なくて、そばに居て欲しい。そんなチグハグな思いが混ざりあって、泣きそうになってしまう。

 

 

白銀「俺、お前に伝えることがある」

 

 

 その言葉を聞いて、今までで一番心臓が跳ね上がった。コイツと出会ってからじゃない。アタシがこの世に生まれてから、一番。

 

 

白銀「.........俺さ―――」

 

 

ゴルシ「.........」

 

 

 行き場の無い感情が暴走するように、アタシの心が狭い部屋の中の壁をバウンドするように、アタシはこの身体の外に今すぐにでも飛び出したかった。

 そんな想いが、胸を抑えていない手に現れる。何かに頼りたいようにそれを伸ばすが、アタシの揺れ動く視線と連動するように、その手を引っ込める。

 

 

 コイツは何を言おうとしてるんだろう?

 

 

 そんな事はもう分かる。

 

 

 そして

 

 

 アタシもきっと.........同じ気持ちだ。

 

 

 ギュッと目を瞑った。

 

 

 コイツの声をしっかり聴く為に、耳を立てた。

 

 

 揺れ動く心を無視して、白銀のシャツに手を伸ばしたんだ.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 けれど.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――8月の世界大会。出ようと思ってる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その手は、シャツ握る前に、引っ込んでしまった。

 

 

ゴルシ「は.........?」

 

 

 耳を疑った。苦しさも、モヤモヤも、全部消えてなくなって、けれど、涙が出そうなのは変わりなくて、悲しみが溢れ出した後、口から突いて出てきたのは、怒りの感情だった。

 

 

ゴルシ「なんで.........!?どうしてだよッッ!!!白銀ェッッ!!!」

 

 

ゴルシ「アタシ言ったよなァッ!?去年の夏合宿の時ッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「イギリスで開かれる世界大会には、絶対出るなってッッッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 静かな木々に囲まれた神社の境内に、響き渡るアタシの怒声。シャツ掴もうとしたても、胸の高鳴りを抑え込んでいた手も、今はコイツの胸ぐらを両手で掴みあげている。

 

 

ゴルシ「なぁ!!足りなかったか!!?オマエが次に出る大会の全員の戦績言うくらいじゃッッ!!!アタシの事を信用出来なかったのかよ!!!」

 

 

 去年の夏合宿。コイツを連れて、森の奥で蛇花火をしたあの日。アタシはコイツに忠告した。来年開かれるであろう、イギリス大会には絶対にでるな、と.........

 出てしまえば、白銀はもう、皆の知ってる白銀にはならないからだ。そうならないように、アタシは[頼まれた]んだ

 

 

白銀「っ、したさ.........流石に、ネットにはじかれたボールがどっち側に落ちるのか分かるやつなんて、この世に居ねぇからよ.........!!」

 

 

ゴルシ「だったら―――「けどよ」―――?」

 

 

 そう言って、白銀はアタシに掴まれて苦しいはずなのに、ニヤッと笑って見せた。その姿が、あの日から姿を消したおっちゃんと重なって見える。

 そして.........また、心臓が少しだけ跳ね上がった気がした。

 

 

白銀「それこそ、[逃げ]なんじゃねぇか.........?」

 

 

ゴルシ「っ!逃げることのどこが悪いんだよッ!さっきアタシが言っただろッッ!!!逃げることは別に悪いことなんかじゃねぇってッ!!!」

 

 

 この男は、一体何を言ってるんだ?アタシは一体、何を期待していたんだ?そんな自問自答で生まれる苦痛が、何よりも辛くて、ついそれをぶつけるように、目の前のコイツを更に地面から離れるように掴み上げてしまう。

 それでもそのニヤケ面は消えてはくれなくて、その顔が何よりも辛くて、アタシはそれからまた、目を逸らした。

 

 

白銀「.........なぁ、ケインズ・マーカーに挑んだ俺が、[負けて]、俺は人が変わっちまうから挑まない。確かにいい方法だ。けどよ」

 

 

白銀「勝負から[逃げ]ても、俺は多分、俺じゃ居られねぇよ」ニヘラ

 

 

ゴルシ「っ.........!?」

 

 

 力無く、柔らかく笑う笑顔。そんな笑顔に、アタシはただ、力が抜けてしまった。

 もう、コイツの胸ぐらを掴みあげることも出来ない。ゆっくりと白銀を地上に下ろしていくアタシの手に、視線を送った。

 

 

白銀「.........[負けない]。そして、[逃げない]。要するによ。[勝つだけ]だ。簡単だろ?」

 

 

 生意気な笑顔で、そう言った。

 

 

ゴルシ「.........それが出来ないから忠告したんだろ.........」

 

 

 人を小馬鹿にするような態度で.........

 

 

白銀「俺、原因分かってるぜ、それ」

 

 

 それでも、その笑った顔はどこか優しくて.........

 

 

ゴルシ「.........なんだよ」

 

 

 アタシは―――

 

 

白銀「.........多分、そこにお前が居なかったから」

 

 

 大っ嫌いだ.........

 

 

ゴルシ「っっっ.........!!勝手にしろよッッ!!!もうッ!!!」

 

 

白銀「あっ.........またなぁぁ!!!ゴルシッッ!!!8月の世界大会ッ!一緒に行こうぜェーーッッ!!!」

 

 

ゴルシ「うるせーッッ!!!野球誘うノリでそんなとこに誘うんじゃねーッッ!!!」

 

 

 大っ嫌いだ。大っ嫌いだ。大っ嫌いだ。頭の中でアタシはその文字を反復させる。身体が熱いのは全力で走ってるから。胸が苦しいのも全力で走ってるから。

 目から涙が溢れてんのも............多分、全力で走ってるから。

 心臓のドキドキも、モヤモヤも全部無くなったのに、胸が締め付けられる様な苦しさも、怒りを吐き出す前に溢れ出た悲しみも、アタシの身体の底から止まらなくなる。

 

 

ゴルシ「バカ.........!!もう知らねー.........!!!」

 

 

 そんな言葉を使っても、結局考えるのはアイツの事ばかりで、苦しさも涙も、溢れ出るばかりだった。

 

 

 結局、その日は気付いたら寮のベッドで布団にくるまって寝てた。フジキセキに怒られた記憶もなかったから、多分門限前には帰ってたと思う。

 次の日、アタシはいつも通りに振舞って生活してたけど、周りの視線は、そんなアタシをどこか心配したものだった.........

 

 

 

 

 

  ......To be continued



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見えないカウントダウンは知らぬ間に

 

 

 

 

 

 5月も20日を過ぎて、もうあと少しで6月になりそうになってきた頃。ボクはベッドの掛け布団から出している顔に、強めの暖かい日差しが当たっている事に気がついて、身体を起こした。

 

 

テイオー「うーん.........っ!」ピーン

 

 

 伸びをして確認する身体の調子は好調で、特に問題は無いみたい。ベッドの傍の壁に貼ったカレンダーは、過ごした日々のバツがいっぱい並べられている。

 そして、バツが敷きつめられて居る隣の日にちは丸で囲まれてる。そう、今日はボクにとって大切なレースがある日.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日本ダービーがある日だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「では改めまして、本日の最も注目されているウマ娘であるトウカイテイオーさんの解説を安田さんにお伺いしていきたいと.........」

 

 

マック「.........」

 

 

東「.........どこもかしこも、テイオーコールだな」

 

 

 時刻としては、お昼を過ぎた辺りでしょう。東トレーナーが運転する車内には、本日行われる東京優駿の期待を大きく語る解説者の声が聞こえてきます。

 

 

タキオン「仕方ないだろう。なんせ、彼女はブライアンくん以来の無敗皐月賞バだ。誰しもがその次を求めるさ」

 

 

 後ろでノートを取りながら、アグネスタキオンさんはそう言い切ります。車の中ではありますが、彼女は忙しそうにウマフォンにマイクとイヤホンを差し込み、誰かと会話をしながらノートを取り続けています。

 東トレーナーは「そういうものだな、悲しい事に」と、ため息混じりに呟きました。

 

 

ウララ「つぎっ!デジタルちゃんの番だよ!!」

 

 

デジタル「ひょえ〜.........♡ウマ娘ちゃんとこんな幸せな時間を過ごせるなんて.........デジたん[スピカ:レグルス]に入って良かったよぉ〜.........!!」ヒンッ

 

 

ライス「ただのババ抜きだけどね.........!」

 

 

ブルボン「.........上がりました」

 

 

 そんな車内の空気を洗浄するように、いつものウララさんメンバーにデジタルさんが加入する形で、和気あいあいとトランプをしています。凄い顔を見せている人が一名いらっしゃいますが。

 

 

東「.........無理して助手席座んなくても良かったんだぞ?」

 

 

マック「いえ、お気になさらず」

 

 

東「そ、そうか.........」

 

 

 手持ち無沙汰な空気をどうにかしようと、東さんは私に声をかけてくださいました。申し訳ないとは思いつつも、私はその会話をすぐに終わらせました。

 正直、未だ心には彼のした事が残っています。彼の発言で、トレーナーさんの心は本当に傷付いて居たのです。それだけは、どうしても許せません。

 

 

マック「.........」

 

 

 窓に映る高速で写り行く景色。目の前のビルの群勢から抜け出して視界が広がると、その景色が記憶のある部分と合致します。

 ある時感じた緊張。ある時感じた安心感。ある時感じた自信。この景色は、そのいくつかに見事に重なってしまう。この、斜めに動いていく街の風景が、彼を思い出させてしまう.........

 

 

東「.........な、何か曲でもかけるか」

 

 

ウララ「あっ!!わたしアレ聞きたい!!トレーナーが好きなお歌!!」

 

 

デジタル「桜木トレーナーさんの好きな曲.........果たしてマトモなものなのでしょうか.........?」

 

 

 気付けば、後部座席の方ではトレーナーさんが好きな曲で盛り上がってしまっています。

 私が不安な時、気が付けば蘇っているあのフレーズが、また彼の姿を想起させます。ですが、隣に居るのは彼ではない。そう考えてしまう自分が何よりも嫌で、運転して下さっている東さんに申し訳がたちません。

 しばらくすると、後方からあの音楽が実際に聞こえてきます。どうやら、ライスさんが流してくださったようです。

 

 

ライス「た、確かこれだったよね?ウララちゃん」

 

 

ウララ「うん!!ありがとう!ライスちゃん!!」

 

 

東「へー、アイツDEENなんか聴くのか.........意外だな」

 

 

デジタル「まともすぎてちょっと面白くないですね」

 

 

 窓の外の景色はなぜか少し、歪んで見えてきてしまいます。ですが、その理由はもう既に分かりきっています。

 たった一週間。たった一週間だけでも、彼がいないだけでこうなってしまう。彼の好きな曲を聴いているだけで、見て見ぬふりをしていた寂しさを無視できないほど、それが込み上げてしまう。

 

 

マック(.........トレーナーさん)

 

 

 一言くらい、何かあっても良かったはずです。彼に送ったメッセージに既読すら付かない。その小さくとも、確かな事実は、私の肩を震わすには十分すぎるほど大きなものでした。

 

 

東「.........マックイーン」

 

 

マック「っ.........分かっています。メジロのウマ娘として、こんな程度の事で.........泣いてなど.........」

 

 

 たかが十日。彼が居ないと言うだけでこれ程弱さを露わにしてしまう。それはメジロのウマ娘として、あっては行けないものです。

 レースを制する上で、心の強さは必要不可欠.........こんな事で乱されてしまうとなれば、勝利も危うい。私はそう思っていました。

 ですが、隣の運転席でハンドルを握る東トレーナーは、静かに口を開きました。

 

 

東「俺は、そうは思わない」

 

 

マック「.........?」

 

 

東「.........誰かを思って泣く涙は、特別だ。人への強い思いがなければ、そんなことは起きない。そして、それが出来るのは、強い心を持つ者だけだ」

 

 

東「.........羨ましいな、全く」

 

 

 .........彼はそう言いながら、優しい微笑みを浮かべました。あの人とは似ても似つかないそんな姿が、あの人の安心感を想像させてしまいます。

 

 

マック「.........グス」

 

 

 車内の優しい空気に包まれながら、私達は目的地であるレース場。東京優駿の舞台へと向かっていきました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いっちにー、さんしー!」

 

 

 控え室のドアノブに手を掛けてみると、元気なトウカイテイオーの声がよく聞こえてきた。後ろに続くマックイーン達にも聞こえてきたみたいで、嬉しそうに笑いあっていた。

 

 

東「入るぞ」

 

 

沖野「おっ、やっと来たか。遅かったな東」

 

 

東「日本ダービーが始まるんだ。日本中どこも渋滞だっての」

 

 

テイオー「やーやー!!よく来たねー皆の衆♪ワガハイも嬉しいぞよー♪」

 

 

 床に前屈をしていた体勢から、ピョンっと跳ねるように立ち上がってみせるテイオー。身体のコンディションはどうやらバッチリのようだ。

 

 

東「調子、良さそうだな」

 

 

テイオー「あったりまえだよ!!今日はなんてったってー!ボクが無敗の二冠バになる日だからね!!」

 

 

ダスカ「まだそうと決まった訳じゃ無いでしょ?」

 

 

 何とも生意気そうな声の方に視線を移すと、そこには他のスピカのメンバーが揃っていた。

 

 

スペ「こんにちは皆さん!!」

 

 

ウララ「スペちゃーん!!」タタタ!

 

 

ゴルシ「おーおー!!元気いっぱいだなー!!」

 

 

 勢いよくスペシャルウィークの方向へ走っていったハルウララ。そのままの勢いで抱き着いたのを見て、なんとも微笑ましい気持ちになる。

 俺も随分、絆されてしまった。たった一週間居ただけなのに、このチームは、人をダメにするソファ見たいに俺の固い決意をフニャフニャにしてきやがる。これがアイツの狙いだとしたら、全くもって食えない。

 

 

マック「.........」

 

 

東「.........?どうした?」

 

 

マック「い、いえ.........」

 

 

 隣に居るマックイーンから戸惑いを感じている様子が見て取れる。一度聞いてみるも、やはりはぐらかされてしまった。

 トレーナー業は体当たりだ。いざとなれば、学園外から自分の見出したウマ娘をスカウトする事もある。もし誰かにそんなことが出来るのかと聞かれれば、その答えはYESだ。トレセン学園の理事長の名前はと問われれば、そいつは納得した様に去っていくだろう。

 そんな初心を思い出し、もう一度マックイーンに話を聞いた。

 

 

マック「.........実は、ゴールドシップさんが泣いていたという話を聞いて.........」

 

 

東「あー.........」

 

 

 確かに、あの時泣いてたな。あのゴールドシップもそういう所があるのかと以外に思ったりもしたが、まぁ女の子だしな。うん。

 それにしても、今朝の出来事がもうこんなに広がってるなんて思っても見なかったな.........

 

 

マック「フジキセキさんが夜遅くに帰宅したので、注意しようとして、両手で目元を拭う姿を見て、何も言えなかったと.........」

 

 

東「あれ?俺の知ってるのと違う.........」

 

 

 そんな深刻な問題だったのか。知らなかった.........一体彼女に何があったのだろう?そう思っていると、マックイーンの方から俺に問いかけてきた。

 

 

マック「あの、貴方の知ってる話というのは.........?」

 

 

東「知ってるっつうか、見てたっつうか.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

白銀「グス......ヒグ......」

 

 

東「.........」

 

 

 時間帯としては今朝。俺が学園に出勤して職員室に入ってみると、本来そこには誰もいないはずの机に、明らかに突っ伏して泣いているバカ(マジでバカ。会社倒産して欲しい)が居た。

 

 

東「.........」

 

 

沖野「.........さて、テイオーの評価でも見るか」

 

 

 向かいの机に着いている沖野は新聞から目だけを出して様子を伺っていたが、俺が来てわざとらしく咳払いをして、新聞に目を移した。

 

 

白銀「.........どうしたのって聞いて」

 

 

東(いやそこ俺の机だから聞くつもりだったけど.........)

 

 

東「ど、どうしたの.........?」

 

 

白銀「こんな所で話せるわけねぇだろぉぉぉぉぉ!!!!」

 

 

東「ねぇコイツマジでブッコロしてもイイカナァ!!?」

 

 

 大声を張り上げて更に泣き始めたそいつに、俺は頭を抱えた。周りから奇怪的な目で見られ始めている。

 

 

東条「東君。今は貴方が桜木君の代わりなんだから、貴方が何とかしなさいよ」

 

 

東「ぐぬぬ.........」

 

 

 確かに、そう言われるとこいつの対応をする明確な理由が俺には存在してしまう。実際に、俺は今桜木の代わりとして[スピカ:レグルス]のチームのトレーナーをやっている。今はいない桜木の代わりを全力で遂行するのが理にかなってしまうのだ。

 そう頭を抱えていると、机に突っ伏していた白銀の姿がいつの間にか消えていた。

 

 

白銀「お姉さんおっぱい大っきいですね」

 

 

東条「護身用のスタンガンどこにしまってたかしら」

 

 

白銀「気絶する前に触っていいですか?」

 

 

東条「ダメに決まってるでしょ」バチチチ!!

 

 

白銀「うっ」バタ

 

 

 後頭部から意識を失って倒れて行った白銀。一般人なら駆け寄っていただろうが、こいつは規格外。身体の頑丈さは桁違いだ。助けに行かなくてもいい。ていうか行きたくない。

 

 

沖野「連れていけ東」

 

 

東「仕切るな沖野」

 

 

東条「お願い東君。職員室に平穏をもたらして」

 

 

東「俺に指図するな東条」

 

 

 こんな滅茶苦茶な奴だが、ひとたびラケットを握れば人々を沸かすスーパースターだ。流石にこのままにしては置けない。俺はそのままコイツの肩を担ぎ、桜木のチームルームへと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東「.........ゴールドシップを泣かせたぁ?」

 

 

白銀「うん.........」

 

 

黒津木「涙とは無縁だろ」

 

 

神威「お前、やってたとは思ってたけどマジで薬物やってる?」

 

 

 グズりながらも話をした白銀。途中で合流したバカルテットの黒津木と神威と一緒に話を聞いた。

 事の顛末はこうだ。デートに誘い、世界大会に出場する旨を伝え、それに同行してもらい、そこで告白する予定だった。

 しかし、ゴールドシップと別れる際、目元から雫が落ちるのを見て、顔が青ざめたようだ。だからといって俺の机で泣くな。

 

 

白銀「あーもう俺パチンコしに行こっかなぁ!!!もう創の隣でエヴァのパチスロやっちゃお!!!」

 

 

神威「やめろォッ!ただでさえ運がない俺の隣で豪運を発揮すんじゃねぇッッ!!!」

 

 

白銀「代わりに俺が金出してやるよ!!!俺優越感に浸りたいだけだからッ!!!」

 

 

神威「マジで!!?やりますねぇ!!!」

 

 

黒津木「何言ってんだこいつら.........」

 

 

 一瞬でまた騒がしくなった。というより神威はもっとこう大人しいキャラしてなかったか?もっと理屈っぽくて落ち着いてるもんだと.........

 

 

黒津木「東っち。創は見た目雰囲気ともに常識人だが、中身は俺達と何ら変わりない狂人だ。騙されるなよ」

 

 

東「もうやだこの職場.........」

 

 

 そう言って抱えた頭を上げてみると、今度は先程まで騒いでいた二人がいない。黒津木の方を見ると、顎でその方向を見ろと言うように指図を受ける。

 扉が空いている。まさか出ていったのか?本当に自分勝手な奴らだ。一体どこまで人をバカにすれば気が済むのだろう。

 

 

東「.........鍵、閉めるぞ」

 

 

黒津木「あいよ」

 

 

 ため息を吐きながら鍵を閉める。意気揚々と前を歩いていく二人はこの世で一番幸せそうだった。

 

 

白銀「せっかくだからよっ!動画も撮ろうぜッ!」

 

 

神威「良いねェッ!俺とお前ッ!どっちが先に沼るか当たるか競走な!!」

 

 

東「黒津木。お前はあんな下品な娯楽に浸るんじゃないぞ」

 

 

黒津木「パチンコは好かん。俺は見返りが欲しいんじゃなくて推しの笑顔が欲しいからな」

 

 

 それも果たしていい金の使い方かどうかは甚だ疑問ではあるが、少なくともギャンブルよりかは明確な目的がある分良いのかもしれない。

 そして何より、目の前で二人並んであの機械のノブを嬉しそうに回してる姿を見ると、人はあんな風に成れてしまうのかと悲しく思ってしまっていた。

 

 

二人「ダァァーーーブルパ」グリグリグリィ!!!

 

 

 しかし.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 むにん.........♡

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゴルシ「.........あ...?」

 

 

東「」

 

 

黒津木「」

 

 

神威「ヒエッ」

 

 

白銀「.........〇ンコ」

 

 

 二人の片手が角を曲がってきたゴールドシップの、その。健やかに育っている身体。そしてそれの特に育っている部分に手をうずめた。

 一瞬にして二人の顔は、この世で一番幸せそうな顔から、朝日が二度と拝めない程の絶望を味わう様な表情になっていた。

 

 

東(終わったな.........?)

 

 

 しかし、その時はいつまでも来ない。少しの沈黙の後、それを破ったのは鼻をすする音だった。

 

 

ゴルシ「.........グス」

 

 

白銀「あ、えと、わ、悪い。こ、これはわざとじゃ.........」

 

 

ゴルシ「分かってるよ...ヒッグ......ただな.........?あんだけ、グス......期待してたデート.........最後は滅茶苦茶な気分にされて.........どう謝ろうかと思ってたアタシに.........こんな仕打ち.........」

 

 

神威「ま、不味い.........!」

 

 

 両腕で拭う目元。相当ショックを受けている。しかし、そんな鼻すする音もしなくなり、徐々に言葉がスムーズになり、怒気を孕んでくる。

 両腕を下げて行くと、ゴールドシップのその顔は般若の面の様な恐怖の象徴として、俺達四人の前に現れた。

 

 

ゴルシ「もう許さねェ.........ッ!三人まとめてェッッ!!!おでんの具材にしてやらァァァァァッッッ!!!!!」

 

 

白銀「ごめェェェェんッッ!!!」

 

 

神威「ぉぉおおおお俺おれオレも謝るからッ!ゆゆゆ許してくださいィィィィッッ!!!」

 

 

 白銀は首根っこを。神威は足首を掴まれ、ブンブンと身体が分裂しそうな勢いで振り回されていた。あれで無事なのが奇跡だというレベルで勢いが激しい。

 よく木の棒とか細い鉄の棒とかを思いっきり振ると「ぶんっ」というような音が鳴るが、人間サイズの音は聞いたこと無かった。子供が質問してきたら答えられる。人生の心配事が一つ減った。

 だが、心配事は一つ増えた。

 

 

黒津木「怖いなぁ、戸締りしとこ」

 

 

東(.........三人?)

 

 

 ブゥンッッッ!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東「白銀はダートに頭から埋められ、神威は壁に巨大ネジで磔(はりつけ)にされ、黒津木はヒソカみたいな死体になった」

 

 

「うわぁ.........」

 

 

 話を聞いていた人達全員のそんな声が耳に入ってくる。それがドン引きなのか同情なのかは定かでは無い。

 一つ確かなのは、目の前でウララ達と話しているゴールドシップの姿は、その出来事を引きずっていないように思えるという事だ。

 

 

沖野「.........お前、ちょっと丸くなったんじゃないか?」

 

 

東「何言ってんだ。俺はこう見えてもちゃんと体重管理を.........」

 

 

沖野「そういう所だよ。ちょっと前までのお前だったら今の所、鼻鳴らして不機嫌になってた所だぞ?」

 

 

東「.........フン」

 

 

 痛い所を突いてきやがる。そういう鋭い所はあの師匠譲りと言っても良い。俺自身、そうなっているとは感じていた。あのチームは、雰囲気が良すぎる。

 

 

「これより入場を始めます。レースに出場するウマ娘は.........」

 

 

テイオー「あっ!!ボクもう行かなきゃ!!」

 

 

 話を聞きながら、念入りにストレッチをしていたテイオー。最初来た時と同じ様に、ピョンっとはね飛んで立ち上がった。

 

 

東(コンディションは良い。身体の具合も良いだろう.........だが)

 

 

 横を通り過ぎるトウカイテイオー。マックイーンやスカーレット達と会話をする姿を見て、不安を覚える。

 一体どこにそんな要素がある?確かに、日本ダービーは最も運のあるウマ娘が勝つと言われているレースだ。だからと言って、異常とも言えるこの拭いきれない不安はどこから湧いてくる?

 

 

テイオー「よーっし!!楽ぅ〜に勝っちゃうからねっ!!サブトレーナーの耳に入るくらいぶっちぎりに勝っちゃうからっ!!」

 

 

マック「ふふ、そんな事を言っていたら、足元をすくわれますわよ?」

 

 

 そんなマックイーンの言葉すらものともせずに、トウカイテイオーは堂々と、太陽のようなニカッとした笑顔を見せながら、ピースサイン掲げた。

 

 

テイオー「大丈夫っ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「絶対勝ってくるからねっ♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東「.........」

 

 

 人々の歓声が、この東京レース場に響き渡る。待ちに待った年に一度のレース。ウマ娘にとっては一生に一度の晴れの舞台だ。

 なのに、先程控え室で感じた不安は拭えてくれない。

 

 

実況「各バ一斉にスタートしました!!!」

 

 

 ゲートが開かれる音と同時に、綺麗なバ群が前へ前へと形成されていく。いつもならば俺もその観客に呑まれるように、身体から熱さを感じ、それに興じていた筈だ。

 それが出来ないのは恐らく.........

 

 

東「.........」

 

 

ダスカ「ちょっと!!アンタも応援しなさいよ!!」

 

 

ウオッカ「そうだそうだ!!」

 

 

ゴルシ「.........」

 

 

沖野「っ.........」

 

 

 後ろ姿からでも分かる、沖野とゴールドシップの雰囲気。今この場にそれがそぐわないと言うのは、人生経験からだろう。

 レースの行く末を心配している訳では無いことは、何となく分かってしまった。

 

 

東(桜木、お前もまさか、これを見越して行動したのか.........?)

 

 

 スカーレット達と沖野の間に割り込むように、俺も最前列でトウカイテイオーの姿を追う。人々の目を奪うには十分な迫力が、レースを走るその姿から感じ取れる。

 なのに、それなのに不安は拭えない。沖野の不安も、ゴールドシップのなんとも言えない表情も、この先に起こる何かを俺に嫌でも予想させてきやがる。

 

 

デジタル「ひょわぁ〜.........♡♡♡テイオーさん......やっぱり素敵で力強い走りをしましゅぅ.........」

 

 

「デジタルさんも分かっちゃう!!?テイオーさんの凄さっ!!」ピョンピョン!

 

 

「た、確かにテイオーさんも凄いです!けれど長距離なら、マックイーンさんも負けてませんっ!!」

 

 

 一際騒がしいアグネスデジタルの方を見ると、双眼鏡を片手に、二人の小さい鹿毛のウマ娘と話し込んでいた。あれは確か、以前オープンキャンパスに来ていた子達だった筈だ。

 

 

デジタル「フフフ、キタちゃん。いえ、キタサンブラックさん。その歳でテイオーさんの凄さに気付くとは.........やはり天才ですか.........!!」

 

 

キタ「えぇ!?そ、そうなんですかね.........えへへ」

 

 

デジタル「そしてダイヤちゃん。いえ、サトノダイヤモンドさんっ!この話に着いてきながらマックイーンさんを推していく貴方もまた天才.........!!」

 

 

ダイヤ「ほ、本当ですか?ありがとうございます!アグネスデジタルさん!!」

 

 

デジタル「あぁ......!将来有望なウマ娘ちゃんに囲まれて.........♡デジたん幸せすぎて今から日本ダービーゲートインしそう.........♡」

 

 

 今にも昇天しそうな恍惚とした表情を浮かべ始めるデジタル。こういう時はほっとくのが良いとこの一週間で身に染みた。下手に巻き込まれた方が面倒事に発展する。

 .........って、また空気を和まされている。このチームと絡んでいると本当に気を緩まされる。シリアスとは無縁と言っても過言じゃないぞ。

 

 

東「お前も、頬を緩ませてる場合じゃないぞ」

 

 

沖野「あっ、スマン.........つい、な」

 

 

 先程まであんなに嫌な予感がしているような顔をしていたのに、沖野もこの子らのやり取りを見て微笑みを見せていた。

 

 

東(何がそんなに不安だ。対策もトレーニングも万全なんだろう?)

 

 

沖野(.........)

 

 

 周りに聞こえないよう、俺は小声で沖野にそう言った。だが、半分は自問自答であった。 俺自身、スピカのサブトレーナー代理としてトウカイテイオーのトレーニングは見てきた。不安な要素など、何処にも無いはずだ。

 

 

沖野(.........それは......)

 

 

ウララ「あっ!!!テイオーちゃんが一番前になったよ!!!」

 

 

二人「!!」

 

 

実況「トウカイテイオーが外から来るッ!!!早くも先頭争いッッ!!!」

 

 

「ワァァァァァァーーー!!!!!」

 

 

 風を割くような走りで先頭を走り抜けるトウカイテイオー。その姿に、観客は皆空が割れんばかりの声を張り上げている。

 俺自身も、感じていた不安など空に消え去り、その全てを抜き去る走りに興奮を覚えた。やはり、練習とはまた熱の入り方が違ってくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「圧勝ですッ!!!無敗のまま二冠を達成したトウカイテイオーッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

沖野「うおおおおおっっ!!!やったぞぉぉぉおおお!!!テイオーが無敗の二冠バになったああああああっっ!!!」

 

 

東「こんな瞬間に立ち会えるなんて.........っ!!!俺達ツイてるな!!!」

 

 

 場内に響き渡る数多の人々により出される歓声。その声は正に、空を割る勢いで、トウカイテイオーの走った後を駆け巡って行く。場内はムードは完全に、トウカイテイオーの物になった。

 皐月賞。あの時テレビで見た時と同じように、その片手を高くかかげ、トウカイテイオーは今度は一本増やしたピースサインを人々に見せ付けた。

 

 

デジタル「うっひょぉぉぉぉぉ♡♡♡こんなのぉ〜♡デジたんのマイブレインフォルダー永久保存行きです〜.........♡♡♡」

 

 

 恍惚とした表情でまた双眼鏡を除くアグネスデジタル。その視線の先には俺達の方に手を振ってくれているトウカイテイオーが居る。

 ファンサービスも熟知している故に、巷では異性からも同性からも、はたまたライバルであるウマ娘からの人気も高い。テレビでも頻繁に取り上げられている訳がよく分かる。

 

 

沖野「全く.........いくら嬉しいからって、あんましはしゃぐなよ〜?デジ.........タ、ル......?」

 

 

東「.........?」

 

 

 保護者として、羽目を外しすぎないよう注意を促そうとしたのだろう。沖野は向けていた視線を、テイオーからデジタルの方へと向けながら言葉を発した。

 だが、最後の方はどこか困惑した様子で、先程見せていたふざけた感じは微塵も感じ取れない。俺も、アグネスデジタルの方を恐る恐る振り返った。

 

 

デジタル「.........」

 

 

 その顔は、先程の恍惚とした表情から一変し、なにか行けないものを見てしまったのか、血の気が引いて青さを帯びていた。

 嫌な予感が蘇る。背筋に走る悪寒が、頬を伝う汗が、今自分が代理としてここに居る非日常感が、ひとつの物語の結末を予感させる。

 

 

タキオン「.........デジタルくん、具合が悪いんだろう?少し離れようか」

 

 

マック「だ、大丈夫ですの......?」

 

 

 そのデジタルの変化に皆気が付き始める。ウララが優しく揺すってみせるが、デジタルは一向に反応を示さない。見兼ねたアグネスタキオンが彼女の肩を持ち、会場を後にしようとする。

 

 

タキオン「.........東くん、申し訳ないが着いてきてくれたまえ。今頼りになるのは、君くらいだ」

 

 

東「っ、わかった」

 

 

 こんな時、アイツならどうするだろう。この結局拭いきれなかった不安に、どう立ち向かって行っただろう.........?

 そんな事を考えながら、俺はアグネスタキオンの後を、情けないと自責しながら着いて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

デジタル「.........」

 

 

タキオン「話せるかい?」

 

 

 デジたんは.........私は、タキオンさんに外のベンチに座らされて、そう尋ねられました。

 気が付いたら、会場からは離れていて、傍には私をここまで運んでくれたタキオンさんと、東トレーナーさんが心配そうに覗き込んできました。

 

 

デジタル「い、言え......ま、せん.........!」

 

 

デジタル「わ、わた、デジたんの見間違えかもしれないしっ!!勘違いでした〜ってなっちゃったら、い、嫌だな〜って.........」

 

 

東「.........デジタル」

 

 

 より一層、心配そうに覗いてくる東さん。そう、私の、デジたんの勘違いなんです。

 双眼鏡で覗いたっていっても、見てたのはテイオーさんの全体像。その一部分を見た訳ではありません。だから、勘違いかもしれないというのは、 あながち嘘ではありません。

 

 

タキオン「.........では、こうしよう。キミは、はいかいいえで答えるだけで良い」

 

 

デジタル「.........っ」

 

 

 ベンチに座る私の両肩に手を置いて、下から覗き込むタキオンさん。構図としては小さい子の駄々こねを説き伏せる親のように見えるかもしれません。

 .........ですがそれも、あながち間違いではないんです。話したくないのは、私の、ワガママなんです.........!!

 いつになく真剣な眼差しで私を見てくるタキオンさん。いつもだったら鼻血とか出しちゃうかもだけど、今はそんな空気ではありません。

 

 

タキオン「.........キミは」

 

 

デジタル「っ.........!」

 

 

 もう、逃げられません.........!!次にアグネスタキオンさんが口を開いて、発される言葉を肯定する事になる.........まだそれを聞いてないのに、私はそう、予感しました。

 

 

 そしてそれは.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「テイオーくんの足が、壊れたのを見たのだろう?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

デジタル「っ、う...あ.........」

 

 

 言われて......しまいました。優しく置かれた手が、私を逃がしてはくれません。逃げたいという思いはもう、目から溢れ出る何かと共に逃げて行きました。

 

 

デジタル「て、テイオーさんが手を、振った時に.........あ、足の様子がお、おかしくて.........」

 

 

東「.........見間違いって可能性もあるんじゃないか?流石にそこだけ集中して見た訳じゃ「私もッ!」.........」

 

 

デジタル「.........そう、最初は思ったんです.........!!」

 

 

『マックイーン達とテイオーの事。よろしく頼むな』

 

 

 綺麗な空港で、背中を向けて手を振る姿と一緒に蘇る桜木トレーナーさんの言葉。最初は、何も気にも留めませんでした。テイオーさんは今年、目標だった三冠レースがあったので、その事だろうと勝手に想像してたんです。

 けれど、一瞬だけ、テイオーさんの様子のおかしい足が見えたあの時。気のせいだと思えば思うほど、その言葉の意味はなんだったのかと、私の中でその存在を、強く認識させます。

 

 

デジタル「トレーナーさんから.........そう、言われて.........頭がだんだん、真っ白になっちゃって.........!!」

 

 

タキオン「.........よく言ってくれた。ありがとうデジタルくん」

 

 

 そう言いながら、タキオンさんは優しく背中を撫でてくれました。私自身、失礼なんですけど、もっとドライな人だと思っていたので、その優しさに少し驚いてしまいました。

 

 

東「だが、その話が本当なら、アイツはこうなる事を知っていて海外に行ったことになる.........一体何のために.........」

 

 

 なぜ、トレーナーさんがそう言ってきたのか、私自身も確かな事は分かりません。でも、東さんが言うように、こうなる事を知っていた可能性が高いと、デジたんも考えてしまいます。

 そんな時、ライブの音樂に乗ってくる歓声を上書きする着信音が、東トレーナーさんから聞こえてきました.........

 

 

タキオン「.........出た方がいいと思うよ。東くん」

 

 

東「あ、ああ.........」

 

 

 そう、アグネスタキオンに言われた俺は、その場で電話に出た。スイッチを押すと、呼吸の乱れた音と、外から聞こえるライブの音が遅れて聞こえてくる。

 

 

東「もしもし。どちら様ですか?」

 

 

沖野「ハァ......!ハァ......!沖野だ......!今、トイレで電話掛けてる.........!!」

 

 

東「っ!お前、ライブの途中じゃ「テイオーが.........!!」.........っ!!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まだ、そうと決まった訳じゃない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 けれど、それは確かに、夢を崩れた音を奏でていたのが、ハッキリとわかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「テイオーが.........骨折してる......っ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 綺麗なガラス玉に、ひびが入るように、聞こえてくる人々の歓声が、その音に聞こえてくる。

 神さまっていうものは、人の思いつかない物語を綴るのが好きな癖に、それを悟られたいのか、不安という形で、俺達を突き動かしてくる。

 

 

東「っっっ.........!!」

 

 

『俺はアンタを一番信用している』

 

 

東(俺は.........お前の尊敬をまた、自分で踏みにじってしまった.........っっ!!!)

 

 

 胸を締め付けるような苦しさ。また、人の期待を裏切る罪悪感が身体を駆け巡る。目の前に座る二人も、電話を受けた俺の様子から内容を察したように、デジタルはまた、顔を青ざめ、タキオンは何かにガッカリしたように、息をゆっくりと吐いていった。

 

 

タキオン「.........こうも現実を叩きつけられると、いくら覚悟していたとはいえ、多少は傷付くね」

 

 

 どこかで知っていた結末だと言うように、しれっとそう言ってのける彼女の表情は、その言葉とは裏腹に、悔しさに涙を滲ませているようであった.........

 

 

 

 

 

  ......To be continued



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パンドラの奥底

 

 

 

 

 

 

 気分が重い。今まで、こんなに重く感じた事なんて、一度もありませんでしたのに.........

 

 

マック「.........」

 

 

 ベッドから何とか上半身を起こしてみせます。昨日は、何時に寝たのでしょう?そんな事を思うほど、意識と無意識の狭間を暗闇の中で過ごしていました。

 人の気配を感じ、ハッとしてその方向を見ると、同室であるイクノディクタスさんが、少しビックリした様子で私を見ました。

 

 

マック「す、すみません......お、起きていらしたのですか......?」

 

 

イクノ「はい。あの、体調の方は?」

 

 

マック「.........私は大丈夫ですわ」

 

 

 そうやって口から出てきた物は、言葉とは裏腹に、芯は通っておりませんでした。今にも崩れそうな声が、自分の耳に入ってきてしまいます。

 

 

マック「.........」

 

 

イクノ「.........ゆっくりしていてください。あんなことがあった手前、多少休んでしまっても、誰も責めることは無いと私は思います」

 

 

マック「お気遣い感謝します。ですが、そういう訳にも行きませんわ。生徒の本分は学業。それを疎かにしていては、私自身のしたい事が出来なくなります」

 

 

 そう言いながらも、自分の表情が今、どんなに酷いものになっているのかが手に取るように分かってしまいます.........イクノさんはそれ以上は言わず、辛かったら言って欲しいとだけ伝え、先に部屋から出て行ってしまいました。

 

 

マック「.........顔、洗いましょうか」

 

 

 気持ちは億劫なまま幾許かの時間を過ごした後、ベッドから降り、私も歯ブラシとコップを持参し、部屋を出て洗面所へと向かいます。

 多くの鏡とドライヤーが備え付けられた空間ですが、そこに人影は見当たりません。ふと、今何時なのかが気になった私は、壁に付けられた時計に目を向けます。

 午前6:20。丁度朝練に向かったウマ娘達がウォーミングアップを終わらせた位の時間。そして、朝練が無いウマ娘はまだ、寝ている時間です。

 

 

マック(正直言って、助かりましたわ)

 

 

 鏡で見てしまえば、明確になってしまう酷い顔。その理由は、思い出したくもありません。

 日本ダービーから一日経った先日。その日教室にテイオーの姿は、朝からありませんでした。いつも元気いっぱいな彼女です。レースがあって疲れたから休むなど、今まではありませんでした。

 いつもの通りに始まると思っていたトレーニング。しかし、ミーティングで告げられた事実が、私達を大きく動揺させます。

 

 

「トウカイテイオーが、骨折した」

 

 

 そのあまりにも大きい衝撃は、短い人生を生きてきた中で、一番の物でした。それを告げる東トレーナーの姿も、非常に苦しそうでした。

 

 

マック(.........こんな時、貴方だったら)

 

 

 そして、無意識に頼ってしまう彼の笑顔。心配ないと言うように無責任に笑ってみせる彼の笑顔に、こんなにすがってしまう事になると思っていませんでした。

 けれど、そんなものは何にもなりません。彼が今この学園に居たところで、きっと私達と同じように落ち込む筈なのです。彼の仮面を求めては、行けない。

 

 

マック(トレーナーさん.........)

 

 

 握った手のひらの中に、彼が渡してくれた王冠がキラリと輝きを見せます。今はこれだけが.........彼と私達を繋いでくれる唯一の存在です。

 顔を洗い、髪を整えたあと、耳飾りと一緒にその王冠をいつものように身に付けます。いつものように制服に着替え、いつものように靴を履き、いつものように振る舞う.........

 これではまるで、私の方が仮面を付けているようです。ですが.........

 

 

東『.........今日は、解散でいいだろう。とてもトレーニングに励める精神状態じゃない』

 

 

全員『.........』

 

 

 .........それはきっと、皆さんも同じように思われます。いつも通りでいることこそ、今は一番楽になれるのです。いつも通りの日常で居ることこそ.........

 

 

『マックイーン!!』

 

 

マック「.........っ」

 

 

 こうして、いつも騒がしい人達が居なくなってしまうと、その有難みが身に染みる程分かってしまう。

 いつも通りで居ようとすればする程、二人の声はエコーがかかった様に私の名前を呼びだす。

 そんな、今は苦しみしか産まない声を唇を噛み締めて耐え抜き、その足で学園へと向かいました.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 白衣の袖から伸ばしはみ出た手が、チームルームのドアへと触れる。中から物音は何一つしない。だが集合時間はとっくにすぎてしまっている。誰も集まっていないはずなど、無い。

 

 

タキオン「.........失礼するよ」

 

 

マック「.........タキオンさん」

 

 

ウララ「ち、遅刻だよ......??タキオンさん.........」

 

 

ブルボン「.........」

 

 

ライス「.........」

 

 

デジタル「.........ど、どうも......」

 

 

 教室を開けてみれば、中には全員が揃っているものの、その空気は完全にいつも通りのものではなかった。皆、少なからずテイオーくんの骨折に対して、ショックを受けているのは明白だ。

 だが、マックイーンくん達は姿を見せているのに、肝心の招集をかけた彼が居ないのは問題だ。

 

 

ブルボン「.........実験はいいのですか?タキオンさん」

 

 

タキオン「生憎、黒津木くんもモルモット代理の神威くんも、来客に何かを要望されてるらしくてね。ずっと図書室奥のパソコンとにらめっこしてる最中さ。実験したくても、被検体が居なければね」

 

 

 やれやれといつものように両手を広げて見せる。何やら重要な用らしく、学園にいるにも関わらず有給届けを出し、彼らは業務をしないという驚きの行動に出たらしい。

 真面目と言うべきかズレていると言うべきか、ひとつ言えるべき事は、彼らは何かに熱中すると周りが見えなくなるという事だ。

 

 

東「すまんっ!遅くなったっ」

 

 

タキオン「遅刻だよ東くん。私より遅いなんて、ちゃんとトレーナーとしての自覚はあるのかい?」

 

 

ウマ娘(タキオンさんも遅刻した癖に.........)

 

 

 冷ややかな視線を背中に受けるけど、そんな事は些細な事だ。慣れている.........だが、どこか懐かしさすらも感じる感覚だ。思えば、チームに入ってからはどちらかと言えばもっと優しい視線を感じていた。

 

 

タキオン(.........まぁ、あの問題児トレーナーのチームに居るって知られれば、多少は同情もされるだろうね)

 

 

 急いでここまで来たのか、東くんはゆっくりと息を整えている。その間の静かな空気が心底居心地悪い。この部屋は、こんなに狭苦しい空間だっただろうか。彼が居た時は、そんな事思わなかった筈だ。

 

 

東「......言うことは一つだけ。暫くトレーニングは軽めに行う。その後は各自自由時間だ」

 

 

全員「!!?」

 

 

マック「ま、待ってください!!わ、私達はどこも悪くありません!!彼女のようには.........」

 

 

 勢いよく立ち上がり、反論して見せたマックイーンくんだが、その後の言葉はしりすぼみしていった。恐らく、テイオーくんの姿を思い出したのだろう。

 しかし東くんは、そんな彼女に悲しそうな目を向けた。

 

 

東「.........気持ちは分かる。だが、今お前らのメンタル状況は過去類を見ないレベルで最悪だ。ここで無理にでも身体を動かせば、かえって支障をきたす」

 

 

タキオン「だがそれは君が何とかするべきだ。代理とはいえ、担当バのメンタルコントロールも少しは担うべきだ。特にデビューを控えているライスくんとブルボンくんの為にも「すまん」.........!」

 

 

 不安そうな表情で俯く二人に目を向けながら話を進めようとすると、東くんから弱々しい声が聞こえてくる。その方向を見ると、彼は頬に汗を垂らしながら、苦虫を噛み潰したような顔で私達から目を逸らした。

 

 

東「.........俺自身。あまりショックを和らげることが出来ていない」

 

 

タキオン「それ、は.........済まない.........配慮が足りなかった」

 

 

東「.........話は、以上だ。残る者がいなければ今日はもう集まりはない。鍵を閉めておいてくれ」

 

 

 そう言って、彼は私達の真横を通って行った。なんて苦しそうな顔をするんだ。こんな事で一々そんなダメージを受けていたら、この先やっては行けないだろう。

 ウマ娘は人より力が強い。強い筈であるのに、その肉体の構造は、人のそれと全く同じだ。耐久力も大した差は無い。車にはねられれば、もれなく命の危機に関わる。

 そんな人と同じ脆さを持つ生物が、片やターフやダートでは自動車の速度と同じくらい出せてしまう。ひとたび事故が起きれば、いや、今回の様に何も起きなかったとしても、怪我に陥る可能性は高い。

 私の中で、彼の評価は悪どいトレーナーから、何もかも不器用なトレーナーに変化して行っていた。

 

 

タキオン「.........残るかい?」

 

 

全員「.........」

 

 

 テーブルの上に乗っている鍵を拾い上げ、それをチラつかせながら今この場にいる全員にそう確認する。数瞬の沈黙の後、黙りこくった全員は打ち合わせしたように同時に首を横へと振った。

 普段ならば、誰かしらがここに残っていただろう。テレビのスポーツニュースを付けたり、炊飯器で適当に何かを作ったり、昼寝をしたり、絵本を呼んだり、プラモデルを作ったり、その様子をただ見ていたり.........

 だが、今こうして、私たちは部屋の外に出てきた。今この部屋の空間には、かつての賑やかさの残滓すら残っていない。あるのはただ、居るだけで寂しさを透かすような彼を思わせる残り香だけ.........

 

 

 鍵を閉める音だけが、私達の間で鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東『おいっ!一から全部説明しろッ!沖野ッッ!!!』

 

 

沖野『.........っ』

 

 

 人気の無い学園の三女神を象った噴水前。俺は一週間前、桜木にした時と同じように沖野の襟首を両手で掴み上げた。

 だが、奴の表情は.........あの時のどこか余裕のあった真っ直ぐな目をした桜木とは違い、後ろめたく申し訳ない気持ちが行き場を失い、目を逸らして黙り込んだ。

 

 

東『今お前はなんて言ったッッ!!!あァッッ!!?』

 

 

沖野『.........テイオーが、いずれこうなる事は.........っ、分かってた.........ッ!!!』

 

 

 どこまでも苦しそうな顔をしてそう言う奴に、俺は反吐が出そうだった。分かっててした事だ。苦しむ顔を見せるくらいならいっそ止めておけば良かったんだ。

 

 

 奥歯がギリギリと軋んでいく音が聞こえる。

 

 

東『ふざけんな.........ッッ!!!お前が招いた結果だろッッ!!!そんな顔すればテイオーの脚は治ってくれんのかよッッッ!!!!!』

 

 

沖野『こうするしか無かったんだッッッ!!!!!』

 

 

東『っ!?』

 

 

沖野『こう......するしか.........アイツの夢を叶える為には.........見て見ぬふりを.........して、っやるしか.........!』

 

 

 その言葉を聞いて、俺はゆっくりと、その掴みあげた手を下ろした。沖野は地面に足がつくと、その場で尻もちを着き、乱した息を整えた。

 

 

沖野『.........俺も、桜木も、テイオー独自の走法が、あいつ自身の脚に多大な負担をかける事を.........デビューの一年前から知ることが出来た』

 

 

東『.........それを知ってて、黙ってたのか.........?』

 

 

沖野『.........今までその走り方でレースを勝ってきたテイオーだ.........頭も良い。走り方を変えて三冠に手が届くのかなんて.........きっと走らなくても分かる.........俺は.........っ』

 

 

沖野『俺は自分の手でっ.........アイツの夢を終わらせるのがっ.........怖かったんだっ』

 

 

東『......沖野.........』

 

 

 苦しさと、罪悪感と、無力感が、沖野の全てを支配している。俺には分かる。俺がこうして.........沖野をここに呼び出した原動力も、苦しさと、罪悪感と、無力感だからだ。

 正しいと言うのは正しいだけで許される。けれど、人を救うのは正しさじゃない。いつだって人を救い続けてきたのは人の心だ。

 

 

東『.........俺も、きっと同じ事を、してたと思う』

 

 

東「.........」

 

 

 そうして、あの日は沖野の消え入る様な謝罪と共に解散となった。今、こうして噴水の音が聞こえてくる三女神の像が立つ広場は、俺しか居ない。

 

 

東(.........桜木。お前は一体、何をしようとしてるんだ.........?)

 

 

 神様しか知らない。いや、アイツの事だ。もしかしたら神様すら知らないのかもしれない。二度目の対面で気付いた。アイツは滅茶苦茶だ。やると決めたらとことんやる男だ。

 だが、奴のやろうとしている事が全くと言っていいほど分からない。誰が、誰の掌の上で何をしているのか、目の前でただ水を流し続ける三女神は、何も教えてはくれない.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「......来て、しまいましたわ.........」

 

 

 トレーニングがなくなり、放課後は自由となった私は、道路を挟み、向こう側にそびえる大きな病院を見て息を飲みます。ここには.........テイオーが入院しているはずです。

 .........テイオーと顔を合わせるのは、彼女が無敗の二冠を制したあの日本ダービー以来です。

 

 

マック「.........よしっ」

 

 

 あのテイオーの事です。これしきの事であの明るく底抜けな笑顔が消えるとは到底思えませんし、今にも動きたくて仕方が無いはずです。

 .........そうやって、そうあればいいと何度も願いを胸で明かしても、この道路を渡るまでかれこれ十分は経過していました.........

 

 

 ここまで来た意味を自分に問いただし、ようやく道路を渡った私は、病院の自動ドアを通り、中の受付へと向かおうとしましたが.........

 

 

マック「これは.........」

 

 

 多くの人が行列を作った先にあるのは、私が行こうとしていた受付でした。こんな光景は見た事無いのです。何が起きているのか、私は理解が及びませんでした。

 ですが、看護師さんの小さい会話が、私のウマ耳へと入ってきました。

 

 

「それにしても、どこからマスコミに漏れたのかしら。テイオーさんがここに入院してるって.........」

 

 

「もうっ、十中八九今来てるトレーナーさんでしょう?あの人チームスピカのトレーナーなんだから.........」

 

 

マック(.........沖野トレーナーもここに居らしたのですね)

 

 

 病室へと向かう廊下の方を見て、私は彼に思わず同情してしまいます。テイオーの三冠という目標は、彼にとってもまた、大切な物だったはずです.........それが、今失いつつある。

 もし、私も天皇賞の盾を取る事が出来なかったとしたら.........どれほどの人が苦しんだのでしょう。

 

 

マック(この行列が収まるまでは、待った方が良さそうですわね)

 

 

 そうでもしなければ、ゆっくりと彼女と話す事など出来ないかもしれません。私は待合室の椅子にゆっくりと座り込みました。

 

 

マック(.........あら?)

 

 

 ふと、座った際になにか違和感を感じた私は、行列の並んでいる受付から、椅子の周りに視線を動かしました。

 すると、椅子のクッションとクッションの隙間に、手のひらサイズ程のメモ帳が奥に入り込んでいるのを見つけてしまいました。

 

 

マック(.........これは、受付の方にお伝えした方がよろしいですわね)

 

 

 正直、あのレベルの行列をみるとげんなりしてしまいます.........別にスイーツを食べに来てる訳ではありませんのに、どうしてこの私があんな列の最後尾に並ばなければなりませんの?

 ですが、このメモ帳を無くして困っている人がいるかもしれません。仕方ありませんので、この長い列の最後尾に並ばせて頂きました。

 

 

 10分、20分と、私が想定していたより長い時間列に並んでいますが、私の後ろにはもう人は並んでは来ません。どうやら、マスコミ関係の方々は今目の前にいる方が全てのようです。

 怪我をしていても、マスコミに対して真摯に対応する彼女の姿が目に浮かんできます。やはりそこには、暗さとは無縁の彼女の表情を思い浮かべてしまうのです。

 

 

マック(.........それでも、暇な事には変わりませんわね)

 

 

 このメモ帳の持ち主には申し訳ありませんが、中身を見て身元を確認しておいた方が良いかも知れません。大切な商売道具を勝手に見るのは不躾かも知れませんが、それをこんな所に置いて行ってしまう方が悪いのです。

 メモ帳の表紙をめくると、そこには簡素な字で、こう書かれていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『誕生日プレゼント』と

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「.........?」

 

 

 まさか、このメモ帳が誕生日プレゼントなのでしょうか.........?どこからどう見ても、何の変哲もないメモ帳です。

 そこまでメモ帳に詳しくないので、これがブランド品かどうかも判別がつきません。ですが、誕生日プレゼントとして贈るレベルのものです。名前くらいは書いてあると思います。

 目の前の列は残り三人。受付の方に渡す前には、身元が分かる箇所を見つけなければ.........そんな、どこか使命感にも似た何かに駆られて、そのページを一枚、捲ります。

 

 

 

 

 こちらっ!どこにでもある100円ショップで売られているやっっっすいメモ帳っ!クソ野郎共のクソみたいな落書き付きです!!!うっひょ〜〜〜〜〜殺すぞ〜〜〜〜〜!!!!!

 

 

 

 

マック「!!???」

 

 

 めくったページの一番上には、荒々しい筆でそう書かれていました。百円のものを誕生日プレゼントとして渡すなんて、いくら心が籠っていても失礼にあたる気がします。

 

 

 でも、その失礼さに、どこか既視感を覚えてしまいます。

 

 

 

 

 

 なんで?なんで三人合わせて100円ショップでかったメモ帳渡してくるの?3等分して割り切れないお金だよ?一人一円多く払ってるけどいいの?あ、消費税あんのかそれなら納得ぅ......... するわけねェだろッッ!!!もうあったま来た。これはとりあえず演技で食って行けるようになってサインが一枚300万円で取引されるようになった時の為のサイン練習用にしときます。

 

 

マック「.........」

 

 

「お待たせ致しました!本日はどうなされましたか?」

 

 

マック「.........私、メジロマックイーンと申します。チームメイトであるトウカイテイオーのお見舞いに来たんです。どこの病室に入院してるか、教えてくださいますか?」

 

 

 丁寧な受け答えによって病室の場所を教えてくださった受付員さん。彼女に、メモ帳を渡すことはしませんでした。

 ゆっくりと、カバンの中に拾ったメモ帳を忍ばせ、彼女が待つ病室へと向かいます。

 

 

マック(.........一言、言わせていただきましょう)

 

 

 自分の顔が、険しくなっている事にすぐ気付きます。傍から見れば、私が怒っている事は明白だと思います。ですが、そうは思っていてもこの憤りは抑えられません。

 病院の階段。ほとんどの人がエレベーターを使っているので、ここはあまり人は居ませんでした。

 

 

マック(いえ、やはり一言では足りません。この一週間の鬱憤を晴らさなければ.........)

 

 

 自然と身体が強ばります。今までの短い人生の中で、これほどまでに怒りを感じたことはありません。ゴールドシップさんにやられたダイエット中にスイーツ店から電話がかかってくるイタズラの時にすら、私は彼女に容赦するよう心掛けましたが、今はそれすらありません。

 

 

マック(もうこうなったら一発痛いのをお見舞して差し上げますわ!!!)ブンッ!

 

 

 あまりにも収まらない怒り。しまいには腕を横に振って空気を叩く音を出してしまいます。

 .........勝手に居なくなって、勝手に現れて、本当に嫌な人です。この九日間で私は彼の事を、心底嫌いになってしまいました。そうなっても、誰も文句は言えないはずです。

 

 

マック「あ.........」

 

 

「それでねー!!!」

 

 

 耳に入ってくる彼女の楽しそうな声.........そんな声を出せる彼女が、今は羨ましく感じてしまう。気が付けば私は病室の前に立ち止まっていて、手に掛けたドアノブを、引けないでいました。

 逃げてしまいたい、消えてしまいたい.........気が付けば怒りという感情は何故か、恐れとなって私の内側から身体の熱を冷やす様に溢れだしてきます。

 それでも、一歩踏み出す勇気は自ずと前へと独り歩きしてしまいます。そんな覚悟すら、まだ出来ていないというのに.........

 

 

マック「あっ.........」

 

 

 その座っている姿を見て、思わず声を上げてしまいます。黒いレザージャケットに濃紺のジーパン。今まで見た事のない服装でしたが.........間違えるはずもありません。彼の逆立った天然の髪型の後ろ姿が見えます。

 その私の声に反応するように、彼はゆっくりと、顔を向けました。その顔はとても嬉しそうで、嬉しそうで、たまらないと言った表情でした。

 ゆっくりと、立ち上がって、私の方へと歩いてきます。いつもと変わらない仕草で、いつもと変わらない、優しい表情で.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 じわり、と目の表面を熱いのが覆い始めます。やがてそれは目という狭い範囲では抑えきれなくなり、頬に線を描いていきます。

 あんなに抑えられなかった憤りも、身体を冷やす程の恐怖心も霧散し、ただただ、彼に会いたかった思いが、身体を震わせます。

 

 

マック「何、が.........よう、ですか.........!!!」

 

 

桜木「.........ただいま」

 

 

マック「何がただいまですか!!!勝手にフラっと居なくなって!!!勝手にフラっと姿を見せて.........!!!どれだけ心配したと思ってるんですの!!?」

 

 

 ここが病院だと言うことも忘れ、私はただただ、彼に思いをぶつけてしまいます。もう必要ないはずの寂しさが込み上げ、どうしようも無いほどに彼を感じたくなってしまいます.........

 そんな私の頭を、彼は私達の目の前から去っていく前日と同じように、ゆっくりとその手を私の頭を置きました。

 

 

桜木「悪かった。今回のことは、今の今まで手をこまねいてた事が原因.........俺の行動力不足が招いた事だ。どこか暇な時間見つけて行っときゃ、こんな事にはならずに済んだ」

 

 

マック「ではなぜ私達に何も言わず行ってしまったのですか!!?」

 

 

桜木「最高に居心地が良いからだよ。あのチームに一旦さよなら言うのは.........ちょっと自信がなかった。目を見て顔見たら、絶対行きたく無くなる。勢いのまま飛び出したままで行きたかったんだ。どうしてもな」

 

 

桜木「『夢を追う』だけじゃダメなんだ。俺達大人は、未来ある奴らの為に、『夢を守る』事をしなきゃ行けない」

 

 

 俺の尊敬してる守り人みたいになれるかは分からないけど.........と後頭部を掻きながらそういうトレーナーさん。その姿はどこか以前より、少し痩せた印象があります。

 ですが、私自身、まだ許せない事が有るのです。それは.........

 

 

マック「.........だったら、あちらで一言くらい連絡してくれれば良かったではありませんかっっ!!!」

 

 

 トレーナーさんは酷い人です。送ったメッセージには既読をつけずに、よくこうして私の目の前に何の気なしで居られますわね!!!

 彼の手によって絆されかけた思いを何とか戻し、彼をそのまま睨みつけます。

 

 

マック「既読くらいつけてもよろしいのではないですこと!!?」

 

 

桜木「既......あー。すまん.........これには訳があってだな.........」

 

 

 そう言ってトレーナーさんは、レザージャケットの内ポケットから、あるものを取りだしました。そして、それを見て私とテイオーは目を丸くして驚きの声を上げてしまいました。

 

 

マック「なっ.........!!?」

 

 

テイオー「うぇぇぇぇ!!???」

 

 

桜木「こういう事になっちゃってさ.........」

 

 

 彼が取りだし、私達に見せたのは、彼がいつも使っているスマートフォンでした。

 しかし、それは既に形以外の機能を保ってはいない事を悟ってしまいます。何故ならそこには.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 中心に大きな窪みがありました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「みんなが来た時に、全部話すよ」

 

 

 彼のその表情には、何故か呆れた感情が読み取れてしまいます。しかし、私自身、彼のトラブル体質に関しては酷いものだと感じていたので、きっと同じような表情をしたと思います。

 

 

テイオー「.........良かったね、マックイーン」

 

 

マック「へ?」

 

 

 視界の外から聞こえてくるテイオーの声に反応して、なんとも間の抜けた声が出てしまいます。

 慌てて彼女の方へ振り向くと、そこには久々に見た彼女のニヤついた表情がありました。

 

 

テイオー「サブトレーナーが居なくなってからずっと元気なかったのに、すっかり元通りだね♪」

 

 

マック「なっ!?て、テイオーっ!!!」

 

 

 さ、寂しかったのは事実ですが!!!それをわざわざ本人がいる前で言うなんて酷すぎませんこと!!!?

 この性悪テイオーをどうしてあげましょうかと怒りに身を燃やしていると、ふと肩に手を置かれました。この手の感触も、何だか久しぶりで、嬉しかったり恥ずかしかったりもしましたが.........

 

 

桜木「寂しかったのか.........?」

 

 

マック「......... 」

 

 

 そうでした。この人はそういう人でしたわ.........察しはいい人ではある筈なのに、こういう所で鈍い人なんです.........ええ、九日間も居なかったのですっかり忘れていましたわ.........!!

 階段を昇っていた頃の怒りがまた蘇ってきました。肩に置かれた手を払い除け、一歩彼へと近付くと、彼はたじろぎをみせました。

 にこり、と私が彼に対して微笑んでみせると、彼は照れるように顔を少し赤らめました。こんな状況でも無ければ私もその反応に少しは喜びましたが、これから行う行為を考えれば、私の神経を逆撫でるものです。

 

 

マック「.........っ!」キッ!

 

 

桜木「え!!?」

 

 

マック「誰のせいだと思ってますのッッ!!!」バッシーン!!!

 

 

桜木「いっっったァァァァァ!!!!!???」

 

 

 微笑みから一転、渾身の睨み付けでトレーナーさんを動揺させ、その内に右手を引き、全ての怒りをトレーナーさんの左頬にぶつけました。まさか階段で行った素振りが役に立つとは思いませんでしたわ。

 .........そんな、どこかスッキリとした気持ちと共に、室内で響き渡ったトレーナーさんの叫び声は、実に久しぶりに聞くもので、私自身、ようやく彼が目の前に帰ってきてくれたのだと、安心してしまいました.........

 

 

 

 

  ......To be continued



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トレーナー「ナリタブライアンって名前は海外でも通用するよな」

 

 

 

 

桜木「.........全員、揃ったな」

 

 

全員「.........」

 

 

 とある病院の個室。テイオー以外の患者は居ないこの部屋で、頬がジンジンと紅葉型の痛みを発している中、チームメンバーと沖野さん。そして東先輩が俺に対して視線を注いでいた。

 皆、俺がぶっ叩かれてから一時間もせずに集まりやがった。その理由は、テイオーが病室の俺とマックイーンの写真をグループに貼ったからだろう。

 

 

沖野「.........手酷くやられたな、それ」

 

 

桜木「ほぼ死にかけました」

 

 

全員「.........」ジー...

 

 

マック「なっ、私は何も悪くありません!!!」

 

 

 恥ずかしそうに顔をぷいっと背けるマックイーン。久しぶりにそんな仕草が見れたせいか、とても嬉しく感じてしまう。

 

 

ウオッカ「あっ、そういえばよ。サブトレーナーのダチは呼ばなくてよかったのか?」

 

 

東「あー。今ちょうど来客中らしくてな、手が離せないらしいんだ」

 

 

桜木「そこら辺もおいおい話すよ.........今は」

 

 

 疎らに散り始めた視線をもう一度集め直す。人の視線を誘導する。その技術がまだ俺の中に残っているのに驚くが、使えるものは使っておくべきだ。

 腕を組み、足を組んで座った俺に、周囲の空気は一瞬にして変容した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「話をしよう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「あれは確か36万.........いや、一週間と二日前だったか.........まぁいい」

 

 

桜木「俺にとってはつい昨日のような出来事だが、お前らにとっては多分、これからの出来事だ」

 

 

ゴルシ「なんでエルシャダイなんだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 九日前 ナリタ空港

 

 

デジタル「.........」ジュー...

 

 

 入口近くのフードコートの一角でジュースを飲みながら座って待つデジたん。

 私デジたんは急に同志たんに連れられて、ここまでやってきました。

 

 

デジタル「.........あの」

 

 

三人「あ?」

 

 

デジタル「ヒェッ...」

 

 

 こ、怖いっっ!!!?いつもは面白くて怖さの欠片も感じないのにこの圧.........ッ!つ、潰される?デジたん今日ここで心の臓潰されちゃうんですか!!?

 フードコートの片隅でカタカタ震えるデジたんを尻目に、御三方はそれぞれイライラしながらスマートフォンをいじったり、分厚い本を読んだり、.........えっと、なんかカードをビリビリ破いたりしてました。

 

 

黒津木「お前何してんの?」

 

 

白銀「アイツの二軍デッキ破いてる」ビリビリ!

 

 

神威「一軍デッキはどうしたんだよ」

 

 

白銀「俺達森の中でクマに投げつけただろ」

 

 

二人「あっ」ゾワゾワ

 

 

 え、話に着いて行けません。よくデジたんが話し相手を振り切る事はありますが、ここまで突き放される事ありますか?ドンッて感じですよ?もう突き飛ばされてます。

 クマ?森の中?カードを投げつけた?なんで生きてるんです?どういう事なんですかそれェ!!?て言うよりなんでデジたんここに居るんですか!!?授業は!!?え!!?

 

 

デジタル「な、なぜデジたんはここに?」

 

 

黒津木「あー。ほら、もっと間近でウマ娘ちゃん達を見守りたい〜って言ってたろ?コネを使ってレグルスでマネージャー契約結ばせてやろうと思ってな」

 

 

デジタル「同志たん.........!!」

 

 

神威「やっぱ最近のラーメントレンド知るには若者連れてきた方がいいと思ってな」

 

 

デジタル「ラーメン!!デジたんラーメンにはちょっと煩いですよ!!!」

 

 

白銀「ポッチャマ狩り」

 

 

デジタル「え!?ポッチャマが居るんですか!!?」

 

 

白銀「いる訳ねぇだろハゲ」

 

 

デジタル「この人ぶん殴って良いですか!!!??」

 

 

白銀「俺イケメンなんだけどぶん殴られんの???」

 

 

 無意識に立ち上がって手を振り上げましたが、何故か同志たんと司書さんに抑え込まれてしまいました。え?さっき頷いてませんでした?て言うかデジたんだってれっきとした女の子なのにハゲってなんですか!!!ハゲって!!!

 そう思っていると、お二人の視線がフードコートの外に向けられているのに気が付き、デジたんもその視線を追いました。

 

 

デジタル「.........あっ!!!」

 

 

桜木「.........」

 

 

 気が付けば、フードコートから少し離れた場所で、腕時計をチラチラと見ている桜木トレーナーさんが居ました!!よく気付きましたね!!

 

 

黒津木「良かったな。ポッチャマ居たぞ」

 

 

白銀「そろそろ狩るか.........♠」

 

 

神威「そういや再開された?」

 

 

二人「まだ」

 

 

神威「じゃあまだ死ねないな」

 

 

デジタル(テンポが早すぎませんか?)

 

 

 またしても突き放されてしまいました。こんな事があるんですね.........デジたんももう少し他の子に分かりやすく話したいと思いました。まる。

 そして、何度か同志たん達が結構大きな声で桜木さんに呼びかけますが、反応を見せません。よく見ると、ワイヤレスイヤホンを耳に指しています。

 

 

白銀「試しに呼んでみろ変態女」

 

 

デジタル「それデジたんのことです?」

 

 

白銀「そうだよ」

 

 

デジタル「これからあなたの事をミスタークレイジーと呼ばせて頂きますね。憎しみと憎悪を込めて」

 

 

白銀「まぁ呼ぶだけならタダだしいいぞ」

 

 

 寛容!!これがプロスポーツ選手の器!!?じゃないですよこの人本当に酷い人です!!!割と最初から見損なってましたけど見損ないました!!!

 .........まぁ、渋々とトレーナーさんの名を呼んでは見ましたが、結局反応はしません。デジたん声は大きくありませんので。

 期待外れと言ったようにため息を吐くミスタークレイジー。本当に人をムカつかせるのが上手な人です。今度は自分が声をあげようと息を吸います。最初から自分で呼べば済む話だったのに.........

 

 

白銀「おいッ!玲皇ッ!!」

 

 

桜木「.........」

 

 

 ミスタークレイジーが桜木トレーナーさんの名前を呼びますが、反応はありません。そのままコロコロとキャスターを転がして歩いて行っています。

 このままではまずいです!!デジたんマネージャーになれません!!え!?今までのお話は!!?桜木さんが居なくなってから作られた六話分のデジたんは!!!??タイムパラドックスですよ!!!未来を変えては行けないんですよ!!!??

 

 

デジタル「聞こえてないんじゃないですか!?」

 

 

黒津木「いいや、アイツは性格悪いし耳は良いから絶っっっ対聞こえてるね!!!」

 

 

神威「くっ!白銀ジョンさえ居れば!!」

 

 

デジタル「誰です!!?」

 

 

 その人が居ればこの状況が打開できるのでしょうか?デジたんは考えます。でもでも、白銀と言っている時点でミスタークレイジーの関係者である事は確定です。信用できません。

 そうやってどうするか、デジたん達が唸っていると、白銀さんは何か思いついたように 拳を作って手のひらをポンっと叩きました。

 

 

白銀「あっ、居たわ、ジョン」

 

 

二人「マジ!!?」

 

 

デジタル「ど、どこです「ガシッ!」.........か......... ?」

 

 

 目の前に迫ってきたミスタークレイジー。いえ、白銀さん。デジたんの頭を鷲掴みにして怖いくらい満面の笑みを向けて来ています。

 

 

白銀「変態女。お前ジョンになれ」

 

 

デジタル「ヘェァ!!?まずジョンさんを知らないのに!!?なんなんですか白銀ジョンって!!???」

 

 

三人「花火の事だよッッ!!!」

 

 

デジタル「終わったァァァァッ!デジたんの人生ここで詰んだァァァァッッ!!!こんなことならトレセン学園入学分岐前でセーブデータ作っとけばよかったァァァァァ!!!!!」

 

 

 デジたんの身体がまるで物のように持ち上げられ、このままでは白銀さんに片手で投げられてしまいます。流石プロスポーツ選手。侮れない肉体!!!

 

 

白銀「死ねェェェェ玲皇ォォォォォッ!ジョン・バズーカァァァァァッッッ!!!!!」ググッ ズバァン!

 

 

桜木「だァァァァァッッ!!!うるせェェェェェッッ!!!ここどこだと思ってんだ公共機関だぞテメェ「アァァァァァァッッ!!!デジたん走ってないのに凄く早い速度出てりゅゥゥゥゥッッ!!!」はァ!!!??」

 

 

 頭からきりもみ回転して桜木トレーナーさんに突っ込んでいくデジたんの体。空気を裂く音がビュンビュン聞こえるんですが、まさか自分がそんな音を出す時が来るなんて思っても見ませんでした。

 そしてやっぱり聞こえていたのかも、桜木トレーナーさん。すごい剣幕で騒いでる音に振り向いて怒鳴りましたが、多分デジたんを見て驚いてます。

 

 

デジタル「止めて止めて止めて下さいィィィィィィッッッ!!!!!」

 

 

桜木(熱血パンチはさすがにダメだよな)

 

 

デジタル(熱血パンチが何かしりませんがやめてください死んでしまいます)

 

 

桜木「ぐぅぅおおおおおぉぉぉぉぉッッッ!!!!!ブゥァアアアアアニングゥゥゥゥッ!キャァァアアアァッチィィィィッッッ!!!!!」ダキィッ!

 

 

 きりもみ回転がかかったデジたんをなんとその両手で受け止めてくださった桜木トレーナーさん.........!!素敵です!!カッコイイ!勢いは殺しきれずに軸足先が回転し続けてコンパスみたいになってますが、いずれ止まるでしょう。

 

 

黒津木「すげぇ!日本でクソザコブロッコリーとクソしか使えねぇバーニングキャッチをここで見られるなんて!!」

 

 

神威「待て!!!玲皇はバーニングキャッチの発動派生が有るんだぞ!!!」

 

 

白銀「ナンダッテェ!!!?」

 

 

デジタル「助かりましたぁ〜桜木トレーナーさぁ〜ん.........「何勘違いしているんだ?」ひょ?」

 

 

桜木「アンドォォォォォォォォッッッ!!!!!」ギュルギュルギュルギュル!!

 

 

 先程からトレーナーさんの回転が弱まってません。それどころかさっきよりもすごい音と回転が掛かっています。これもしかしてもしかしたりします?

 そんな裏切られたい期待を胸に桜木トレーナーさんの表情をチラリと見ると、まるでイタズラがこれから成功するような子供の笑みを浮かべ、デジたんと目を合わせてきやがりました。

 

 

桜木「リリィィイイイイイスゥゥウウウッッッ!!!!!」

 

 

デジタル「ひょわひょわひょひょわぁぁああぁぁあぁぁあああああ!!!!!?????」

 

 

 コイツッ!?ぶん投げやがりましたよ!!!!??見た目はいたいけな女の子であるデジたんを投げ飛ばしやがりました!!!この世に居るはずがないと思っていた人間を今日二人も見つけてしまいました!!ダブルショックっ!!

 いや!!!ここは冷静に助けを求めるべきです!!!さっき投げ飛ばされた時より回転具合も速度も早いですけど助けを求めるしか.........

 

 

神威「俺は悪くねェッ!」スクッ

 

 

デジタル「まだ何も求めてないんですけど!!!!???」

 

 

白銀「汚ェぞ鉄雄ォッ!素手で勝負しやがれェッッ!!!」ヒョイ

 

 

デジタル「金田さァァァァァァんッッッ!!!!!」

 

 

 酷いッ!司書さんは自己肯定しながらしゃがみこんで!!!ミスタークレイジーは身体を横に逸らしてなんか急にAKIRAみたいな事を言い始めました!!!もう頼りになるの同志たんしか居ません.........ッ!

 

 

デジタル「同志たぁぁぁぁぁんッッ!!!」

 

 

黒津木「フッ......アグネスデジタル」ニコッ

 

 

デジタル「同志たん.........!!!」

 

 

 ああ.........!!あんな優しい微笑みをデジたんに向けてくれるなんて.........!!素晴らしい同志たん!やはり頼るべきは貴方しか居ません!!!さぁ!!!その片手で.........

 

 

 ん?片手?

 

 

黒津木「アグネスデジタルを右に」

 

 

デジタル「ゲェェェメストォォォォォッッ!!!」ドンガラガッシャーンッ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「はい。これハンコね」

 

 

デジタル「ありがとうございます.........」

 

 

白銀「うんめぇぇぇ!!!」ズルズルズルズル

 

 

 あんな騒ぎを起こしましたが、今は司書さんが行きたがっていたラーメン店に来ています。

 どう何とかしたのかと言うと、黒津木先生は周りにミスタークレイジーが仕掛けたドッキリだと言ったら、集まった警官も納得して散り散りになっていきました。変な所で人望ありません?

 

 

デジタル「用事は済みましたよね?黒津木先生」

 

 

黒津木「ごめんて」

 

 

 もう同志たんじゃあありません。あの状況でアグネスデジタルを右にするなんて裏切り行為に等しいです。応急処置してくれた事だけは感謝します。

 

 

桜木「ったく、俺も忙しいんだぜ?」ズルズル

 

 

デジタル「そのくせラーメンは食べるんですね」

 

 

桜木「道民のソウルフードよ。目の前で食われたら食べるしかねぇ」

 

 

神威「どういうことだってばよ?」

 

 

桜木「殺すぞ」

 

 

神威「分かるってばよ.........」カタカタカタカタ

 

 

「へいっ!味噌ラーメンお待ち!」

 

 

 脅しに屈しましたね。ですがこのラーメンの匂い.........抗いがたいのも事実です!デジたんもいただきましょう!!

 

 

デジタル「いただきます!」チュルチュル!

 

 

 ふぉおお.........!凄い!濃厚な豚骨ベースのスープがよく絡んだ中太ちぢれ麺っ!中々口の中が楽しい事になっています!!スープが具材にも染み込んででこれも素晴らしい!!チャーシューがホロホロしてます!

 そんなこんなで隣で一心不乱に食べてる司書さんを見ると、何だか負けたくなくなってきました!デジたんもファインモーションさんがオススメしている食べ方で応戦しましょう!!

 

 

白銀「.........本当に行くのか?」

 

 

桜木「この格好見て、言う言葉はそれか?」

 

 

 .........隣でラーメンに夢中になっているデジタルと神威を確認し、白銀は箸を置いて俺にそう問いかけた。

 本当、気が狂ってるのにこういう所がまともなせいで酷く頭が混乱する。いつまでも思考停止にはさせてくれないらしい。

 俺は今の自分の格好を見せた。キャリーバッグは既に荷物でパンパンで、どうにかこうにか閉じることが出来た。こんだけ苦労してきたのに、今更引き返せるわけが無い。

 そう思っていると、背中を何かでつつかれる。振り返ってみると、黒津木がA4サイズの封筒を持っていた。

 

 

桜木「なんだよそれ」

 

 

黒津木「保険だ。お前の旅が無駄足にならない為の、な」

 

 

桜木「お前.........嫌なこと言うなー」

 

 

 最初は結構俺のことを考えてくれてるのかと思ったが、黒津木が発した言葉の意味を深く考えると、げんなりしてくる。

 無駄足になる。それはつまり、テイオーが怪我した際の足を見てくれる医者が、最終的に見つかる事は無いという事だ。まだ始まってすら居ないってのに、そう言われると気が滅入ってくる。

 

 

黒津木「良いか。ウマ娘は人体と同じ肉体を持ちながら、怪我の仕方は複雑で、俺達人間のそれとは違う。だから、走ってるだけで一生治らない怪我も起きる」

 

 

黒津木「それには、俺が知りうる最もウマ娘を治してきた医者の資料が入ってる。エディ・ファルーク。誰も見つからなければその人を宛にしろ」

 

 

 そう言われて、俺は封筒を少し見つめた後、その場で見ることはせず、キャリーバッグのポケットに突っ込んで入れた。

 .........だが、今はそれ以上に気になることが出来た。

 

 

桜木「.........治らない怪我って、例えばどんな.........?」

 

 

黒津木「そうだな。一つ例をあげるとすれば『繋靭帯炎』。一度発症すれば、治療をしたとしてもその痛みに一生付き合わなきゃ行けなくなる症状だ」

 

 

桜木「もし、テイオーの怪我がその......『繋靭帯炎』だったら.........」

 

 

黒津木「玲皇。今は治らない怪我の事より、テイオーの事を考えろ。流石のエディ先生も繋靭帯炎は治したとは聞かないが、いい方向へは持って行ってくれる筈だ」

 

 

 どうやら世界にはやはり、ブラックジャック先生も大門未知子先生も居ないらしい。分かっていた事だが、こうして現実を語られると嫌になってくる。

 人間とウマ娘の総数は圧倒的に人間の方が母数が多い。故に、医学の発展も化学の進歩も人間が基準で、ほとんど同じ見た目のウマ娘については二の次だ。

 俺はトレーナーだ。彼女達と隣で走る存在じゃない以上。走れなくなった時の苦痛を分け合えるほど分かり合えるとは到底思えない。

 .........それでも。

 

 

桜木(疑うより、信じてみる.........か)

 

 

 そんなフレーズが、気付けば頭の中で流れ始める。そうだ。単身海外に行くのなんて、嵐の中に飛び込んでいくのと同じことだ。何も迷わずに良く決断したものだ。

 そう考えながら、残ったラーメンのスープを飲み干す。地元北海道を彷彿とさせる味噌スープが口の中に広がっていく。この味とも、暫くはお別れだ。

 

 

桜木「これで払っといてくれ。それじゃ、またな」

 

 

黒津木「おう。お釣りはこっちで好きに使わせてもらうぜ?」

 

 

桜木「ああ.........あ、そうだ。すまんデジタル」

 

 

デジタル「?」...チュルチュルン

 

 

 耳をピクンっと反応させた後、そのままこちらへゆっくりと振り返るアグネスデジタル。そうとうラーメンにご執心だったようで、恥ずかしそうに頬を染めながら今食べている分を全て啜りあげた。

 

 

桜木「マックイーン達とテイオーの事。よろしく頼むな」

 

 

デジタル「.........?はい!おまかせされましたよ!!」

 

 

 意気揚々と敬礼まで見せてくれるデジタル。俺は酷い大人だ。どんな結果が待っているのか知っているのに、それから逃げるようにそれを伝えずに、ただのお願いとして重荷を背負わせている。

 酷い事をしている。帰った時には、謝らなければ行けないだろう。そう思いながら、チケット関係の作業と身体検査を手早く済ませ、人生で四度目の飛行機に乗り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「.........」

 

 

 上品な声のアナウンスが機内に流れ、それに意識を向けるわけでもなく、気が付けば離陸は既に行われていた。

 灰色に近い色をした世界は、どうにも時間の流れが早い。こんな世界で過ごしていれば、あっという間におじいちゃんになってしまう。

 

 

桜木(それは、なんか嫌だな.........)

 

 

 昔はそれが夢でもあったのに、今はそうなりたくない。雲の上を走りゆく飛行機は素晴らしく快適で眠気を誘う。夢を見るならば最高の環境だろう.........

 

 

 窓から見える空の青さに視線を移す。これから足を踏み入れるであろう外の世界に胸を踊らせられるほど、今回の旅は気楽なものでは無い。

 視線は窓の外に向けられるが、意識は既に自身の思考に向けられていた。

 

 

 やるしかない。俺は今、そのためにこの飛行機に乗り込んだんだ。『夢を追う』だけじゃ、俺は誰かに自分の二の舞を舞わせることを止めることは出来ない.........

 あの日。あの春の天皇賞を見たあの時。久しく感じていなかった世界の色を、俺は感じた。透き通った透明色に近い光。あれは正しく、夢の色だ。あれを俺は一度、失っている。

 

 

 誰かが言った。夢を持つと、時々すごい切なくなって、時々すごい熱くなる.........

 

 

 今、彼女の姿を思い浮かべれば、どうしようも無く会いたくなる。もし面と向かって別れを告げていたら、どうにかなってしまっていただろう。

 彼女が走る姿を思い出せば、あの日と同じ気持ちが込み上げてくる。もう既に、俺の夢は彼女なのだ。これをもう一度失うとなれば、想像を絶する苦痛を味わう事になるだろう。

 

 

 そして、それはテイオーも同じことだ。

 

 

桜木(.........俺にも夢はある。それでも、誰かの夢も、守ってみせる)

 

 

 首元に静かに光る王冠に、俺は静かに手を添えていた.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 トレーナーの根性が5上がった!!

 『夢守り人』になった!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木(来て.........しまわれた.........)

 

 

 飛行機が到着、身体検査や検問など諸々終え、デトロイトにある空港のロビーに立っていた。俺は今、アメリカンドリームの大地に立っている。

 待って?今思えば凄いことしてない?初めての海外でガイドもつけずに低辺校で習った学習知識とQUEENを聞きかじっただけの日本人がこの地でやって行けるの?

 足がガクガクしてきた。本当にどうしよう、あっ、行く人来る人皆髪の色が違うし男の人はデケェし女の人はボンキュッボンだ。本当に日本じゃない!!!

 

 

桜木(なんか吐きそう.........)

 

 

 考えても見てほしい。もしここで俺が日本語で何か言ったとしても、その殆どは彼らに通じることは無い。そう思っただけで身体は拒絶反応を起こし、心は鎖国を推し進めようとする。

 心はやはり、げんなりとした気持ちのままコロコロとキャリーバッグを引きずって前へと歩く。こうして周りを見渡してみると、日本というのは清潔なんだなと改めて感じる。

 そんな根本的な日本との違いに、これから対面するであろうカルチャーショックに、俺は不安を隠せないでいた。

 

 

桜木(トイレ大丈夫かなぁ.........別にウォシュレットとか便座暖めろとは言わないけど、せめて綺麗であって欲しいし、消臭はしといて欲しいよなぁ)

 

 

「おい」

 

 

桜木(ご飯とか食えんのかなぁ、俺たまに日本食でも味濃いとか思っちゃう時あんのに、味覚ぶっ壊れたりしないだろうか.........?嫌だなぁ、帰った時にあの子らに料理作れないよ.........)

 

 

「聞こえてないのか?」

 

 

桜木(あっ!日本じゃないから盗難とかも気をつけねぇとなぁ.........俺外では大丈夫だけど、家じゃしょっちゅう財布とか携帯無くすし、ちゃんと管理を.........)

 

 

 「チッ」

 

 

桜木「いざとなったら飲み込んででも.........うげっ!!?」

 

 

 突然、後ろ側の襟を物凄い力で引っ張られる。思考に耽っていた最中だったので、完全にその人に気が付くことが出来なかった。

 怖い。もしかしたらなにかしてしまったのだろうか?遠い異国の地で、何かマナー違反をして怒られてしまうのだろうか?

 相も変わらず強い力で引っ張られたまま連れ去られていくと、更にそこからもう一段階強くかかる力で振り投げられてしまう。

 

 

桜木「なっ!?」

 

 

 投げ飛ばされた事に驚いてしまったが、相手の優しさなのか、ジャストでベンチに座る体制になった。しばらく自分の身体の無事を確認していると、目の前に一人の人物の後ろ姿が見える。

 

 

桜木(探検家か?創作物でしか見た事ないぞ.........)

 

 

 投げ飛ばした俺の事なぞ露知らず、謎の探検家、しかも背丈や体のラインからして女性は、自分の大きいバッグを漁っている。

 人生で初めてが多いこの光景に、なんと言って伺えばいいのか分からず、俺はただそれを眺めているだけだった。

 暫くすると、お目当てのものをやっと掴めたのか、彼女はしゃがみこんだ姿勢から、その姿をゆっくりと立たせた。

 

 

桜木(.........?ウマ娘なのか.........)

 

 

 探検家でウマ娘、これまた珍しい。目の前をユラユラと揺れる尻尾に、俺はようやく気が付いた。

 こんなこともあるんだと思いながら見ていると、彼女はバッグから取り出した二つの物をセットしている。

 あれは.........カメラと三脚だ。しかも、どこかで見覚えが.........

 

 

桜木(あっ!あれ確か講演会で使った後寄付したカメラと同じタイプのやつだ!本気で探検家してるんだ!!!)

 

 

 久々だった。男の心をくすぐるには十分な素材だ。今はほとんど見ないステレオタイプの探検家で、しかもウマ娘で、一個30万円するカメラを買うほどに本気になっている人。その実態を知れば誰でも惹かれてしまうだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう、その声を聞く時までは.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「遣米使先遣隊隊長の」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ナリタブライアンだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「ナリタ.........ブライアン.........?ブっさん......!?ブっさんンンンんッッッ!!!?????」

 

 

 その日、俺が記念すべき海外で初めて張り上げた声は、彼女のあだ名になってしまったのであった.........

 

 

 

 

 

  ......To be continued



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ナリタブライアン「デトロイトは結構ビカムヒューマンしていたぞ」





 前回までのあらすじ
 ズン!ズン!ズン!チャ!ズン!ズン!ズン!チャ!
 テーレレ!テーレレ!テッテーレレー♪(親の声より聞いたBGM)


 親友に別れを告げ、アグネスデジタルにチームを託した玲皇。


 (俺にも夢はある。それでも、誰かの夢も、守ってみせる)


 空を飛び立つ飛行機の中で、自らの居場所の鍵となる王冠を握りしめた。


 そして、たどり着いたその場所で


「遣米使先遣隊隊長の、ナリタブライアンだ」


「ブっさんンンンんッッッ!!!?????」


 果たして、どのような冒険が待ち受けているのか












 

 

 

 

 あの日、俺の驚愕は人生のピークへと達した気がした。そしてそんな俺を異常者を扱うような目で、目の前でビデオを撮っているナリタブライアンは見てきやがった。

 

 

ナリブ「うるさいな......そんなの見れば分かるだろう?」

 

 

桜木「分かるよ?俺が言いたいのは君が誰なのかって話じゃないの!!なんでここに居るかなの!!!Not who!! Yes why!!」

 

 

ナリブ「コイツが鉄砲玉の桜木だ。いざとなればハジキも何とかする」

 

 

桜木「Do itッッ!!!」グッ!

 

 

 不意にカメラの存在を意識させられて、思わず両手を振り下ろした。昔よく真似していた癖でついついやってしまう。

 いやいや!今それどころじゃあないんだよ!!こまけぇ事だが俺にとっちゃ良くねぇの!!

 そんな眼差しが通じたのか、ブライアンは舌打ちしてから(なんで?)喋り始めた。

 

 

ナリブ「アンタが有給を取ると宣言した後、私は理事長に呼ばれたんだ。同行して何をしようとしてるのか教えて欲しいってな」

 

 

桜木「そんなバナナ」

 

 

ナリブ「正直呼ばれた時は生徒会業務サボりすぎて怒られると思った。本当に怖かった」

 

 

 何言ってんだこの子、冷静な顔してそんな事言われると反応に困るぞ。ていうかそれは100%自業自得でしょ?100%中の100%。

 海外に来てようやく「あっ、俺も忙しくてシリアスな姿を見せることが出来る!」的なことを思い描いてたのに一気に悟ったよ。海外編はきっとギャグマシマシになるんだ.........

 

 

ナリブ「さっさとカメラに向けて何をしようとしてるのか説明しろ。アンタも忙しいんだろ?」

 

 

桜木「わぁったよ .........」

 

 

 正直俺自身、理事長に何も言わずに出てきた事には多少なりとも罪悪感は有った。俺を心配してのことか、それとも滅茶苦茶しないよう見張るためかは存じないが、答えるのが誠実だ。

 そして、俺はカメラの前でありのままを伝えた。テイオーの足が危ない.........という事を。

 

 

ナリブ「お前.........」

 

 

桜木「みなまで言うな、トレーナーとして、当たり前の事を「頭がおかしいのか?」え!?」

 

 

ナリブ「テイオーが怪我をするというデータは確証出来るものだとして、なんで夢を見ただけでそう行動的になれるんだ?」

 

 

桜木(確かに)

 

 

ナリブ「今学生の私から客観的に見て、アンタに足りないものがある」

 

 

 ゴクリ、と唾を飲み込む。静かに目を閉じたナリタブライアンが何を言うのかは分からない。だがその姿は、大人であるはずの俺が気圧されるものであった。

 

 

ナリブ「自制心だ」

 

 

桜木「カハァ.........!?」

 

 

 カッと見開かれたナリタブライアンの両目。眼力が凄く、見るもの全てを殺す様な圧を感じる。その全てが俺に注がれてるのだが.........

 一方の俺はと言うと吐血した。痛すぎて。言葉のナイフで滅多刺しっすねェッ!なんてモンじゃねぇ!

 くそう!俺も超高校級のナンタラカンタラだったら言い返せてロンパ出来たのに!何も言えねぇし気持ち良くねぇ!

 

 

ナリブ「.........ともかくだ。ここまで来たのなら早々行動に移した方がいい。アンタもそれが最善だと思うだろう?」

 

 

桜木「当たり前だ。一体誰のせいでここで時間食ってると思ってんだ」

 

 

ナリブ「アンタだが?」

 

 

桜木「お前だぞ」

 

 

 そう言って指さすと、ナリタブライアンははて?と言った顔で首を傾げた後、俺を煽るように自身の背後を覗いた。俺は怒りが有頂天になった。

 

 

桜木「お前だよお・ま・えッッ!!!ナから始まってンで終わる名前してるウマ娘で前田慶次が好きな通称ブっさんだッッ!!!」

 

 

ナリブ「失敬な、私は前田慶次という名前の響きが好きなだけで、別に前田慶次が好きという訳じゃない。勘違いするな」

 

 

桜木「ムキィィィィィッッッ!!!!!イライラするぅ〜〜〜ぅうう!!!」ガシガシガシガシ!!!

 

 

 自分の身体からこの短時間で尋常じゃないほどのストレスが検出されている。なんだ?俺は今世界にいじめられてるのか?ふざけんじゃないよ。こっちはこれから言葉が通じきるか分からないあちらのお医者様と交渉しにゃならんと言うのに。

 両手で激しく頭を掻きむしった後、俺はカメラの方に視線を回した。

 

 

桜木「.........Justッ!D」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「.........これが、その時の映像だ」

 

 

全員「.........」ポカーン

 

 

 俺は持ってきたカバンから取り出したカメラに保存されたムービーを見せた。俺自身これを見たのは初めてだが、アイツ俺のジャス、ドゥウィッ!の途中でカメラを止めやがった。渾身の出来だったのに。

 

 

デジタル「で、でもこれで分かりましたよ!桜木トレーナーさんがちょっと痩せた理由!ずばりストレス痩せっ!」

 

 

マック「私もそう思いますわ.........」

 

 

 ビシッと立ち上がりながら、アグネスデジタルは俺を指さした。他の人達も、マックイーンの言葉に同調するように首を縦に振る。

 あながち間違いではない。正直言ってブっさんと一緒にいたせいでストレスは多少感じてはいたが、俺が痩せたのには、もっと他の要因がある。

 

 

桜木「.........俺の痩せた理由を話す前に、まずはこのアメリカ旅行での結果を発表しよう」

 

 

テイオー「.........」

 

 

沖野「.........っ」

 

 

全員「.........」ゴクリ...

 

 

 皆が皆、固唾を呑んで俺の言葉を待つ。特に、この旅の理由となったテイオーと、それを知ってて俺を送り出した沖野さんは、他の誰よりも真剣な目で俺を見てきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「成果は、無かった」

 

 

沖野「.........そう、か」

 

 

 目に見えて落ち込んだ表情を見せた沖野さん。それはそうだろう。こうまでして、海外にまで行ったと言うのに、テイオーを治す手段を、俺はアメリカで見つける事が出来なかったのだ。

 

 

桜木「.........そしてここからは、コイツがどうして、こんなになっちまったかって話をするとしよう」

 

 

全員「.........!!!??」

 

 

マック「.........うぅ、何だか、聞くのに勇気がいりそうなお話になりそうですわ.........」

 

 

 胸ポケットから、背面の真ん中が窪んだ携帯を取り出して、皆に見せた。やはり、コイツはそれなりの衝撃はあるらしい。

 俺自身、大変驚いた出来事ではあったが、面白い出会いがあったのも事実だ。まぁ、おかしな事も沢山あったにはあったのだが.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アメリカ 四日目

 

 

 デトロイトのとあるホテルの一室。

 

 

桜木「」ドサッ

 

 

 俺は一人、ベッドへと倒れ伏せた。精神的疲労と肉体的疲労、そしてこれからの絶望感がこの心を包み込んでいた。

 

 

桜木(神様なんてどこにいんだよッッ!!!)

 

 

 自暴自棄にもなっている。振り上げた拳は、そのまま力を失い、ゆるゆると柔らかいベッドの上で眠るように横たわった。

 どこまで行ってもふざけている。話を聞くと言ったリストの医者は、そのほとんどが、あれは冗談だったとか、患者もほとんど来ていない病院では忙しいから無理だと突っぱねられた。話を聞いてくれたのは、ほんの2、3人だ。

 

 

 俺はスーツを脱ぎ、下着姿のままベッドの上で寝転んだ。この疲労感をどうにかしなければ、動けるものも動けないからだ。

 

 

 そうこうしている内に、時間は既に五時過ぎになっていた.........

 

 

桜木(.........お、眠くなってきたぞ〜.........)

 

 

 俺は昔から超絶的に寝つきが悪い。半端じゃないレベルで酷い。目を瞑って三時間経過していたとかざらにある。俺はそんな時間が好きじゃなかったが、何も考えたくない今は、とても有難かった。

 そして、その夢の中で.........

 

 

桜木『ウワァァァァァァァ!!???』

 

 

桜木「ハァ!ダメダァ!オデハァ!アノコタチヲトレーニングサセナケレバ!オデノカラダハ!」

 

 

 粉々に散っていく自分の身体。ストレスのせいで悪夢でも見たのだろう。そしてさっき口走ってた言葉はよく分からない。ニゴリエースでも封印したくなったんじゃないか?

 時計を見ると、朝の六時だ。ブっさんのトレーニングを見る時間まではあと三十分ある。なんで旅行に来て普段より早起きする必要があるんだろうか?

 そんなことを思っていると.........

 

 

 ―――ドンドンドンッ!

 

 

桜木(はっ!?ブっさんか!?まだ時間じゃねえぞ!!開けるわけねぇだろタコッ!)

 

 

 気配を悟られないよう、布団を深く被る。なんでわざわざいつもの早起きより早く起きなきゃ行けないのだ。俺は少しでも寝たいんだ。寝かせてくれ。

 しかし、扉を叩く音は止まない。

 

 

 ―――ドンドンドンッ!開けろッ!デトロイト市警だッ!

 

 

桜木「すいません今開けますんでお命だけはお助け下さい」

 

 

 流石に警察官となれば話は変わってくる。一体何があったのだろう。俺はここに来て品行方正な態度で過ごしてましたわよ?それは勿論、日本語を喋る時はマックイーンみたいな口調で

 なんて言ってる場合では無いが、さすがに下着姿で出るのも恥ずかしい。急いで俺は私服に着替えた。

 

 

 ―――ツインモルガン、下がってろ

 

 

桜木「早く開けなきゃ」

 

 

 ジャスト40秒。ラピュタに出演できるレベルの早着替えだ。アイツらの前だったら拍手喝采が起こっていただろうが何、それはさして重要ではないんだ。俺は少し突っかかりながらも、前のめりで部屋の入口へと向かって行った。

 

 

 ―――ドガァッッ!!!

 

 

桜木「ビカムヒューマンッッ!!!??」

 

 

 そうだ。靴を脱ぐ習慣がない外国のドアは内開きだったんだ!!俺は強いタックルで開け放たれたドアに当たり、少し頭をフラフラとさせてしまう。

 .........そのせいなのか、この世のものとは思えない声が聞こえてくる

 

 

ようこそ、デトロイトビカムヒューマンへ。

 

 

桜木(ファ!!?)

 

 

 自分がよぉーく知ってるゲームのナレーションが聞こえてくる。あれ?ここ、現実だよね?いや、さっき警官が言ったセリフもゲームで.........

 もしかしてと思い警官の方を見てみるも、ポンコツアンドロイド(≠うさみん)もスモウ大好き中年も居ない。代わりに、ウマ娘の婦警さんが二人で俺の前に立っていた。

 

 

ここからは、あなたの選択が未来を切り開くことになります。自分の可能性を信じてください.........

 

 

桜木(スゲェッ!まるでゲームの世界みてぇだッ!早速この場を切り抜ける選択肢を見せてくれ!!)

 

 

 そう言われたら誰だって期待する。俺だって期待する。見せろと言われてどう出てくるのか謎だったが、それは目の前にスゥーっと現れた。

 

 

 ?

 ?

 ?

 ?

 

 

桜木(俺の可能性閉ざされてんだけど!!?どうしてくれんの!!?ねぇ!!!)

 

 

うるさいわね......今回だけ特別に開けてあげるわよ。

 

 

バリィーンッ!

 

 

桜木(なんかハンマーでカチ割られた音聞こえたけどまぁいい!!この場を打開できる策を.........)

 

 

 △ 捕まる

 □ 捕まる

 ○ 捕まる

 × 捕まる

 

 

桜木(ダメみたいですね)

 

 

これもうおわりよね?

 

 

婦警1「さっきからブツブツブツブツと、立て。お前には署まで来てもらうからな」

 

 

 そう言われて、地面に手を着いていた所を無理やり起こされ、手錠をかけられそうになる。しかし、それに待ったを掛けるようにもう一人のウマ娘がその手を掴んだ。

 

 

婦警2「待てツインモルガン。情報によればコイツは二人組で行動していた。もう一方も捕まえるぞ」

 

 

モルガン「はっ!承知致しました!レインズゲート警部補!」

 

 

レインズ「全く、『このホテルを立てた日本人』と同じ国から来たと言うのに、病院で怪しい行動をしていると通報があったぞ」

 

 

 .........どうやら、手当たり次第に病院に行っていたのが不味かったのだろう。ここはアメリカだ。日本じゃない。それをそうとは思わずに軽率に行動していた俺も、悪いのかもしれない。だが.........

 

 

桜木(俺は.........悪くねェッ!)

 

 

 身に覚えのないカルマを背負わされて黙っていられるほど、俺は大人しくは無い。だがここは一旦、この人らの言う通りにしよう。弁解は、同じウマ娘であるブっさんの方がしやすい可能性もあるだろうからな.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ナリブ「.........」

 

 

モルガン「〜〜〜!」

 

 

レインズ「〜〜〜...」

 

 

桜木(助けて...助けて...)ウルウル

 

 

 .........なんだ、この状況は。何が一体どうなっている?この二人のウマ娘警察官はなんだ?桜木はなんで捕まってる?分からない。早くトレーニングがしたい。

 そんな時だった。私の耳に何かが触れた後、誰かの声が耳に聞こえてきた。

 

 

 ようこそ、デトロイトビカムヒューマンへ。

 

 

ナリブ(なんだそれは?と言うより誰だ?)

 

 

 そんなことは聞いても、この声の主はそれに反応することは無い。一方的に私に話しかけてきてるようで、少し腹が立った。

 

 

 ここから先、貴方の選択により物語が大きく変化します。

 

 

 △ 人違いだと弁明する。

 □ 名前も知らないと言い張る。

 ○ とりあえず殴る

 ?

 

 

ナリブ(.........最近の、なんだ。ホテルは凄いな。こんな職質の対応もしてくれるのか)

 

 

 すごいな、デトロイトは.........日本よりハイテク化は進んでいるとは思ったが、こんなにも先進的だったとは思わなかったぞ。姉貴にも帰ったら教えてやろう。きっと喜ぶ。

 しかし、あの最後の選択肢は気になるところだ。一体何が選択出来るのだろう.........?

 

 

 それは、貴方が今現在持ち合わせている可能性.........それを導き出せば、自ずと正解に辿り着けるはずです.........

 

 

ナリブ(誰だか知らないが、ありがとう。おかげで思い出せたぞ。私は確か机で寝落ちした会長から英語メモを取ってきたんだった)

 

 

 私は一旦、ドアを閉じて部屋の隅に置いたリュックを漁った。クリアファイルの中を覗いてみると、何十枚か束になった英語のメモを見つけることが出来た

 

 

 ―――パリン!

 

 

 × 英語のメモ

 

 

 よし、これでこのトラブルを切り抜ける事が出来る。正直私は英語が分からん。キャンキャンうるさい政府の犬には即刻帰ってもらうとしよう。

 

 

桜木「助けて!前田慶次助けて!!」

 

 

 ドアを開けると、もう手錠をつけられてバシバシと叩かれている桜木が居た。可哀想に。大人しくベジータなんかじゃなくてブロリーを好きだと言っておけばこんな事にはならなかったんだ。それにしても.........

 

 

ナリブ(正直打算見え見えすぎて助ける気も失せるが、仕方あるまい。英語でなんて書いてるか分からないが、適当に言えばいいだろう)

 

 

ナリブ「I won't die ...

As long as I feel this shining moment, the darkness of death will not come to me ... the moment will be eternal!」

 

 

桜木「は?」

 

 

ナリブ「I hate ... I ...! do not want to lose!

I'm hungry! I'm thirsty! To win!

Even if you take the victory in your pocket! I am! !! !!

You said, if you put a button on this turn! I am! win! !!」

 

 

桜木「」

 

 

 ふぅ、なかなか良い発音ができたな。よく分からんが身体の底から溢れるような感情に身を任せて吐き出すように喋ってしまったが、見ろ。二人の警官も桜木も私の力の籠った演説に見惚れている。

 

 

―――ザザザッ!

 

 

ナリブ(ん?今一瞬ノイズのような音が.........)

 

 

 × ヘルカイザー

 

 

ナリブ「」

 

 

 もう一度、メモに目を通してから、私はゆっくりと婦警達の方を見た。汗は沢山出るし、正直怖い。権力というのは時に、暴力に勝る恐怖を感じる。

 二人はもう、私を逮捕する気満々だった。もうどうする事も出来ない。そう思っていた所で.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「地面を殴れッッ!!!ブっさんッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ナリブ「なっ.........!!?」

 

 

 その言葉に耳を疑ったが、次に桜木から聞いた言葉で、それはいい案だと考えた。

 

 

桜木「地面を殴って地震を起こせッ!アイツらは耐性ないしッ!この建物は日本人が作ってるッ!耐震性は信頼出来るッッ!!!」

 

 

ナリブ「くッ!アンタはたまに悟空みたいな機転が効く、なァッッ!!!」ドゴァ!!!

 

 

 言われるがままに地面を殴り付ける。幼い頃、やんちゃなウマ娘達の間で流行る遊びと言えばこの地震ごっこだった。

 もちろん、育ちきってないウマ娘の力では近くの者でも震度を感じるか感じないかだ。だが、あまり不謹慎でトラウマを持っている子もいたので、私は一人の時か、姉貴に頼み込んで観てもらったものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だから.........私は地面を叩くことに関しては、他のウマ娘より自信がある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地面が揺れる。ハッキリと体感できるほどの揺れが、座っていても分かってしまう。俺は改めて、目の前のナリタブライアンと言うウマ娘の凄さを実感した。

 

 

モルガン「こ、怖いぃ〜!!」

 

 

レインズ「何よこの揺れぇ〜!!」

 

 

 頭を守るように手を回しながら、二人のウマ娘は地面に倒れていた。やはり、外国人にとっては未知の体験だったのだろう。

 

 

桜木(悪い、他の階にいる人達.........)

 

 

 出来ることなら一人一人に頭を下げたい気分だが、そうは言ってられない。今はこっちも大変なのだ。

 胸ポケットに入れたアラームがなる。いつもの曲ではない、英語で歌われる曲が流れ始める。

 

 

桜木「くっ!止めたいけどコイツが!」

 

 

ナリブ「手を出せ!桜木!」

 

 

 そう言われてびっくりした俺は、反射的にナリタブライアンに手を差し出した。

 すると、さっき地面を殴った時と同じモーション。今度は手刀で俺の手と手の間を、上から下へと下ろす。手錠はハズレはしなかったが、両腕は大分自由を取り戻した。

 だが、アラームを止めようとしたが、動かした視線の先で、婦警が頑張って立ち上がろうとしたのを見て、その油断を解いた。

 

 

桜木「あの子らが起きるまで時間がある!走るぞッ!」

 

 

ナリブ「なるべく全速力で頼むぞ!相手はウマ娘だからなッ!」

 

 

桜木「こっちは毎日ワガママタキオンの特性トレーニングをみっちり受けてたんだッ!せいぜい足掻いてやるさァッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「そ、それでトレーナーさんは.........?」

 

 

 話の途中で、そうマックイーンの声が聞こえた。目を向けてみると、よっぽど心配だったのか、その顔はもう泣きそうだった。

 俺は安心させるために、両手を広げ、自分の姿が無事だと分かるように見せる。

 

 

桜木「おいおい、今俺がここに居るんだから、それが答えだろ?」

 

 

タキオン「それにしても心外だ。私よりトレーナー君の方がよっぽどワガママだと思うけどね」

 

 

桜木「まま、それはお互い様って事でさぁ?」

 

 

 そう言うと、アグネスタキオンは不満気に鼻を鳴らした。お前のそれを聞くのも、だいぶ久しぶりだ。

 

 

ライス「け、けどどうしてブライアンさんのメモで怒っちゃったのかな......?」

 

 

桜木「あー.........後で見返したけど、アレの一つ前の文章。途中で終わってて、その最後の単語が『make』だったんだよ.........」

 

 

全員「.........あっ」

 

 

 多分、makeで頑張って親父ギャグを言おうとして自爆したんだろうな.........青白い炎を背景に筆を動かし続けている姿が目に浮かんでしまう。

 ここまで来ると、ヘル化の概念はもう既にシンボリルドルフ固有のものとなっている気がする。偶に模擬レースの際に出遅れるとどうしても変身してしまうらしい。困ったものだ。

 そう思っていると、ゴールドシップが腕を組みながら不思議そうな顔で尋ねてきた。

 

 

ゴルシ「けどよ、結局まだ撃たれてねーじゃんか」

 

 

桜木「まぁまぁ、話はまだ、ここからなんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 デトロイト生活、五日目

 

 

「へいブラザー!他に何かいい曲は無いのか!」

 

 

桜木「焦んなよボブ」

 

 

「俺はジミーだよ」

 

 

 運転席で流暢な日本語を話す外国人の男。筋肉はムキムキだ。俺は助手席でその男に、自身のミュージックアプリで、アラームにしてる音楽をかけた。『heavy day』という題名が、今の俺達を表している。

 

 

 あの逃走劇を繰り広げたあと、しばらく体調が悪くなってしまい、それを見兼ねたジミーと、もう一人の外国人。しかもウマ娘であったクレセントパールさんが、わざわざ車に乗せてくれたのだ。

 しかも、二人とも大学で日本語を専攻して尚且つ、トップクラスの成績を収めていたらしい。

 片や筋肉もりもりマッチョマンの男、もう一方は金髪ブロンドで碧眼のウマ娘。思い描いたような外国人像が目の前で俺達と会話している。

 

 

パール「貴方凄いのね!!三冠なんて!!」

 

 

ナリブ「い、いや、私としてはただ強い奴と走りたかっただけで.........」

 

 

パール「もう!!三冠なんてそんなスケールじゃないの!!貴方の周りの評価も関わるんだから!!そこは素直にアリガトウ!!日本人の悪い癖よ!!」

 

 

ナリブ「む......わ、悪かった」

 

 

 後部座席では、あのブっさんがタジタジにされている。正直可哀想だと思い、俺は苦笑いを浮かべた。ここの人達は、思いを直接ぶつけてくる。その分傷付く事もあるが、その分その温かさを感じることもある。一長一短だ。

 

 

ジミー「それにしても災難だったな、多分アンタら、怪盗『クレシェンテルーナ』に巻き込まれちまったんだろうな」

 

 

桜木「へ?クレ、なんだって?」

 

 

ジミー「クレシェンテルーナ。今アメリカを騒がせてる大泥棒さ!!」

 

 

パール「そうよ!!悪い人から物を取り上げて!!成敗するの!!カッコイイでしょ!!」

 

 

 そんなことを言われても、俺はあまり実感が湧かなかった。この現代社会。しかも、日本より進歩しているアメリカでそんな義賊まがいな事をするなんて、まるでルパン三世だ。

 

 

桜木「はぁ......それに巻き込まれたってんなら、俺は相当ツイてないよな.........」

 

 

ナリブ「アンタはよく司書のアイツに不幸の原因をなすり付けるが、アンタも人のことが言えないレベルの不幸体質だぞ」

 

 

桜木「社会人になってから薄々そう思ってたよ.........」

 

 

 憂鬱気味になりながらもそう答える。実際あのブラック企業に入ったのだって自分の不幸が原因だが、それに気付かずに邁進した俺も悪い。

 それでも、あそこで精神を病ませて居なければ今が無かったと考えれば、この不幸もいつか奇跡に繋がる。そう思えてしまうものだ。

 そんな思いに耽っていると、ふとパールさんからの視線を感じた。

 

 

パール「貴方、結構良いアクセサリーつけてるわね!!」

 

 

桜木「え?ああ、これですか?」

 

 

 あの時、警官の対応をしようと着替えた時に運良く付けれた王冠のアクセサリーを掴む。今はこれだけが、唯一俺とレグルスを繋げる存在だ。

 

 

桜木「.........コイツは、俺が俺で居られる、大切な物です」

 

 

ナリブ「.........」

 

 

パール「そう、そういう物が一つでもある人間って、結構強いのよ?」

 

 

 そう言いながら、パールさんは胸にかけていたネックレスに優しく手を添えた。そこには、黒い色の、三日月のアクセサリーが確かに存在していた。

 

 

パール「私もね?母国......あ、私イギリス出身なんだけど、娘を置いてここに来てるの。私と同じウマ娘なんだけどね」

 

 

桜木「それは.........?」

 

 

パール「.........これは、私の母。クレセントダイヤの形見なの。三日月の意志。やるべき事をやり抜くと誓った私の、大切な母としての証.........今はこれだけが、私をあの子の母として証明してくれる唯一なの」

 

 

三人「.........」

 

 

 優しく微笑みながら、撫でるように三日月に触れる彼女の顔は見覚えがある。やんちゃして泥だらけになった服を見て、俺を怒ったあとの母の顔と、そっくりだった。

 時折、本当に女性には敵わないと思い知らされる時がある。うちの母親もそうだが、こうして心の強さを見せられると、すぐ不安に陥ってしまう自分が恥ずかしくなる。

 

 

ジミー「.........お、そろそろスーパーマーケットに着くぞ!」

 

 

桜木「ようし、流石に何か食い物を買わないとやってけないからな、サンキューブルーノ」

 

 

ジミー「Who is it!?My name is Jimmyっ!!!」

 

 

 心地の良い大声が車内で響き渡る。俺は笑いながら車の扉を開けて、外へと降りた。空気の味がやはり日本のそれとは全く違うが、不味くは無い。

 久々に甘えられる大人と行動できて、思ったよりもそれが表に出てきてしまう。流石アメリカクオリティ。ビッグなものが好きな分懐もビッグだぜ。もうジャックは「ジミーだ」そう硬いこと言うなよ元ジャック。結構嬉しそうに笑ってんの分かるんだぜ?

 そんな俺にため息を吐きながらも、車を降りて着いてくるナリタブライアン。目指すはスーパーマーケット。いざと言う時の切り札を作る為に訪れた場所だ。

 

 

桜木「よーっし!生き残るぞ!デトロイトっ!!!」

 

 

ナリブ「全く、いつまでもうるさいやつだ.........」

 

 

 やれやれと言った様子でそういうナリタブライアンではあったが、俺が振り向いて文句を言おうとした時に見た顔は、どこか満更でもなさそうであった。

 

 

 

 

 

  ......To be continued



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トレーナー「家庭教師ヒットマンってあったよな」ナリブ「目の前に居るのは本職だぞ」

 

 

 

 

 

桜木「.........」ガクガク

 

 

ナリブ「.........」ブルブル

 

 

 現在、道路の中を割と早いスピードで走行する車の中。俺とナリタブライアンは肩を寄せあって結構怯えに怯えちらし、ビビりにビビり散らかしていた。

 それと言うのも.........

 

 

「お前ら、少しでも動いたら殺す」

 

 

二人「!」ブンブンブンブン!

 

 

 車を運転する男からの圧が半端ないからだ。スキンヘッドで黒手袋したスーツの男なんて、ろくなものじゃない。スーパーで買い物した後、何が起こったのか。話は数十分前に遡る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「いや〜、あるでしょ〜とは思ったけど、ここで必要なもの全部揃っちまったなー」

 

 

ナリブ「何の話をしてる.........日本じゃ見慣れないものしか置いてなかったぞ.........」

 

 

 スーパーから出てきた俺達は、それぞれ対称的な表情をしていた。俺は探し物が全てこのスーパーで見つかった事の驚き。そしてナリタブライアンは野菜尽くしの品ぞろえにげんなりとしていた。

 

 

桜木「とにかく、指名手配されてんだろうから今空港にいくのは悪手だろう、クレシェンテルーナとか言うリアルルパン三世が銭形警部に捕まるまでは、デトロイトでゆっくりと.........」

 

 

ナリブ「.........?どうし.........あっ」

 

 

 俺達が乗ってきたジミーの車には、見覚えのある二人組。そう、ホテルで撒いた二人のウマ娘婦警さんの姿がそこにはあった。

 思わず俺達は身体が固まる。助けを呼ぼうにも、その相手は今、職務質問という形で行く手を阻まれてしまっているのだ。

 

 

ジミー「〜〜〜.........!」

 

 

パール「m9(・∇・)」

 

 

婦警ズ「〜〜〜.........!」

 

 

二人「(*;ω人)」

 

 

 俺たちに気付いたらしいジミーとパールさん。その方向を指さし、婦警さんは渋々振り返ると、俺達の存在を補足し、ゆっくりとした足取りで向かってくる。婦警さん達の後ろの車内から二人して日本人の様に手を合わせ、申し訳なさそうにぺこりと謝った。誰だってそうする。俺だってそうする。

 

 

桜木「OH MY GOD!!」

 

 

ナリブ「おいっ!!さっさと逃げた方が良いんじゃないのか!!?」

 

 

桜木「お前この距離からあそこまで地面揺らせる!!?」

 

 

 僅かな希望を持って俺はナリタブライアンにそう尋ねるが、首を瞬時にブンブンと横に振った。自分の出来る事を瞬時に判断できるのは素晴らしい。俺も無駄な期待をせずに済んだ。

 20メートル、10メートルと近付いてくる警官に、俺達はただ気持ちの悪いジットリとした汗を背中にまで滲ませる事しか出来ない。

 捕まる。そう思った次の瞬間、甲高い騒音が右方向から強制的に耳へと入ってくる。耳の良いウマ娘達はそれに思わず耳を塞いでしまう。

 

 

ナリブ「くっ、なんだ.........!!?」

 

 

桜木「車だッ!!!」

 

 

 さっきの甲高い音は、ドリフトによるタイヤと地面との摩擦音だった事が察せられる。俺達の目の前で婦警寄りにスリップする大型車。

 誰だ?何のために?どうして?そんな考えが過って行動が固まる前に

 

 

「乗れ」

 

 

桜木「ッ!行くぞッッ!!!」

 

 

ナリブ「おいっ!自制心はどうした!!?」

 

 

桜木「動けなくなって捕まりましたじゃ笑い話にもなんねェだろッッ!!!」

 

 

 黒い色でコーティングされたガラスからは見えないが、隙間から漏れ出た声は確かに聞こえた。俺達は後部座席のドアを乱暴に開け、素早く車へと乗り込んだのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フフ、ジャパニーズと言うのは聞いていた通り、平和ボケした種族らしい。見ず知らずの人間が運転する車に乗り込むとは、臓器を売られても文句は言えまい」

 

 

桜木(怖ぇ〜.........マジで生きた心地がしねェって.........)

 

 

 車に乗って、かなりのスピードが出てはいるが、走行音は非常に静かだ。ハンドルが右にあるのを見るに、日本車らしい。あまり車種には詳しくない為、よく分からないが、ハイエースではないことは確かだ。

 車内には先程からQUEENが流れている。キラークイーンだとかバイツァダストだとか、物騒な曲が流れている。

 

 

ナリブ「な、なぁ、私達は今どこに向かっているんだ?」

 

 

桜木「.........俺達はどこに向かってる?」

 

 

「我々の隠れ家、アジトだな。まさかとは思うが、自分たちのした事の大きさを理解してないのか?」

 

 

 そういいながら、スキンヘッドの男はニヒルな笑みを浮かべた。俺はそれをミラー越しに見て、唾を飲む。

 何個目かの信号待ち。そこで男はようやく、俺達を捕まえた理由を話し始める。

 

 

「実は、我々がひた隠しにしていたあるダイヤが盗まれた。その犯人は、ある情報を渡せばそれを返すと宣ったが、肝心の交換場所には姿を見せなかった」

 

 

桜木「なんの事だ.........?一体何を―――」

 

 

「惚けるな、『クレシェンテルーナ』。並外れた身体能力を持つ男と、人間が疑わしい女.........フフ、ピッタリだ。ボスが提示した奴らの特徴と一致している。これで俺も晴れて、ヒットマンの仲間入りだ」

 

 

 そう言いながら、車を発進させた男。俺はその言葉に身体全体の体温が全て氷点下に下がっていく感覚があった。そして、ナリタブライアンもヒットマンという単語が聞こえたのだろう。恐怖に言葉を失ってしまっている。

 

 

桜木「.........タバコ、吸ってもいいか.........?」

 

 

「構わん。興味本位で聞くが美味いのか?今日ようやく酒が飲める年になったが、身体の為に止められててな」

 

 

桜木「俺は美味くて吸ってるんじゃない.........が、美味いと感じる奴が居るのも確かだ.........」

 

 

桜木(どうする.........?どうしたらっ、良い.........!??)

 

 

 こうして話してみれば、意外と普通に話せるヤツなのかもしれない。だが、ヤツは結局そういう輩だ。ヒットマンという事は、ファミリーに所属してるのだろう?家庭教師ヒットマンは見た事あるからそれくらいは知っている。

 奴は、流れている音楽に乗るように軽快な鼻歌でハンドルを切る。その光景と、俺達の内に沸き立つ恐怖がギャップを生み、更に世界を狂気的に見せる。

 恐怖に震える手を必死に落ち着かせながら、胸ポケットからタバコ、普段は吸わないマルボロとライターを取り出すと、隣に居るブライアンがギョッとした。

 

 

ナリブ「こ、ここでタバコなんて吸うな!!煙が―――」

 

 

桜木「っうるせぇ!!一服くらいさせろッッ!!!こっちはストレス溜まりっぱなしなんだッ!!!ガタガタ言うなッッ!!!」ギリィッ!

 

 

ナリブ「っ!!?」

 

 

 一番吸っちゃいけない理由で今、初めて俺は煙草を吸った。ストレス発散の為に吸えば、それに依存する様になる。だが、今はそれに頼るしか冷静になる方法も、俺自身の精神が救われる方法も思いつかなかった。

 煙草を口に咥え、片手でライターを持ちながらウィンドウを叩いて、開けるように指示をする。それが伝わったのか、男はスイッチを押して外の風を中へ入れた。

 

 

桜木「っ.........ケホッ!ケホッ!クソっ」

 

 

 比較的軽めのタバコしか吸ってこなかったが、見知った銘柄はコレしか売って無かった。舌の根元が痺れるようにチリチリするし、喉は少し煙を吸い込んだだけでイガイガする。それでも、今はそれにすがるしかなかった。

 ふと静かだと思い、隣を見ると、いつもムスッとしている筈のナリタブライアンが少し涙目になっていた。一瞬驚いたが、この状況で見知った顔にあんな対応されれば、女の子は誰でもそうなる。余裕が無い時に余裕の無い対応しか出来ないのが、俺の悪い所だ。

 

 

桜木「.........ヤツらのアジトだってよ。どうするブっさん」

 

 

ナリブ「!......ど、どうするも何も、こうなったら大人しく、付いて行くしか.........」

 

 

桜木(何か......っ、何かないかッ!?この状況を完璧に無傷で何の犠牲もなしに切り抜けられるパーフェクトでイケメンな策は.........!!!??)

 

 

 涙が滲み溢れて滴り落ちる汗、その背景に鼻歌が混じりながらも、この車は、刻一刻とアジトへと連行される。そうは考えても、頭の中は今目の前の男が銃を持っているという米国では確定的な要素が、全ての択を撃ち抜いて黙らせられる。

 そんな、奇跡の様な物はどこにも存在はし得なかった。

 

 

桜木「.........アンタ、名前は.........?」

 

 

「.........ニコロ・エバンス。今夜初めて人を殺すヒットマンだ」

 

 

桜木「ニコロ.........提案、がっ、ある」

 

 

 非常に苦しい。煙草のせいじゃない。一瞬で車内の空気が一変した。飯を食ってなくて良かった。胃に何か入れてたら、危なく車内を汚していた所だった。

 美味しくない。こんなに美味くない煙草は初めてだ。胸の内に広がる煙を追い出すように吐き出した後、俺は言葉を絞り出した。

 

 

桜木「た、助けてくんない.........?」

 

 

ニコロ「嫌だ。俺の初仕事をみすみす失敗させるような事をする訳ないだろう」

 

 

桜木「だ、だよね.........ハハ」ポイッ

 

 

ナリブ「お、おま、ポイ捨てはダメだろ」

 

 

 空いてる窓から吸いかけの煙草を捨てた。そんなもう、人間としての常識とか、大人としての体裁とか考える余裕もなく、これから死ぬ。その事実が、俺の心を酷く打ちひしがらしたのだった.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「.........」

 

 

 そこまで話し終え、トレーナーさんは息をふぅっと吐き出しました。その顔には、今もその緊張感が生きている事を示す様に汗が滲んでいます。

 周りで話を聞いているだけの私達も、とても生きた心地がしません。周りの視線や耳を向ける彼の特技も、今この場では重苦しい空気を生み出している一つの要因になっています。

 

 

ダスカ「い、生きてる.........のよね?」

 

 

桜木「生きてる。でなきゃここでこうして話せる訳が無いだろ?」

 

 

ウオッカ「いや、理屈では分かってるけどよ.........」

 

 

 どうやら、その話を聞いて誰もトレーナーさんが生きて帰ってこられる状況を見いだせなかったのか、中には泣きそうになりながらトレーナーさんを見る方も居ました。かく言う私も、お恥ずかしい話ですがその一人です。

 そんな中、一人おもむろに立ち上がった方が居ました。サイレンススズカさんです。

 

 

スペ「スズカさん!!?」

 

 

スズカ「大丈夫よ皆。足はあるから、お化けじゃないわ」モミモミ

 

 

桜木「う、うん......ありがとうスズカ.........?」

 

 

 彼のふくらはぎを確認するような手つきで両足を確認すると、スズカさんは座っていた場所に戻ってかれました。何とも珍妙な方法ではありましたが、確かにそれを確認できて、皆さんが安心した事は、空気に乗って伝わりました。

 

 

マック「.........ですが、よく無事に帰ってこられましたわね.........」

 

 

テイオー「そ、そうだよ!!あんまりこういう事言いたくないけど!!サブトレーナーし、死んじゃうところだったんだよ!!?」

 

 

 今まで珍しく黙って聞いていたテイオーが、ようやくベッドの上で声を上げました。病室に響き渡る彼女の声が、私達に事の重大さを再認識させます。

 死んでしまう。この場にいる誰もがその一言で凍り付きます。この先の話、出来れば心臓に悪い部分は聞きたくありません。

 それでも.........目の前で優しく笑みを浮かべる彼の話からは、それ以上に良い話が聞けると、それを見て思ってしまいます。

 

 

桜木「.........まぁ、マックイーン以外は知らないと思うけど」

 

 

全員「......?」

 

 

桜木「俺は、命が掛かってると運が良くなるんだ」

 

 

マック「.........あっ...」

 

 

 その、どこかで彼から聞いた言葉が聞こえ、その記憶を頭の中で模索しました。そう、あれは確か、夏合宿の最終日。背中に迫る花火が飛び交う中、彼が私を抱え、走り抜けた時の言葉でした。

 それを思い出して、思わず彼から視線を外してしまいます。気がつけば、身体が少し熱くなってきたように思えます。

 

 

ウララ「マックイーンちゃん!!顔赤いよ??」

 

 

マック「な、なんでもありませんわ.........」

 

 

ブルボン「マスターも、体温の急激な上昇が見られます」

 

 

ライス「えぇ!?だ、大丈夫?」

 

 

 視線を彼に戻してみると、自分で言っておいて恥ずかしくなったのか、少し照れ臭そうにしていました。別に、言わなくてもよろしかったですのに.........

 

 

東「.........ま、まあこの際、お前とマックイーンの間で何があったかは聞かん」

 

 

沖野「そ、そうだな」

 

 

桜木「ん゛っんん、兎に角、奇跡なんて起こりえなかった状況だった。だがそれは、ある要素が『定数』だと思ってたからだ」

 

 

全員「定数.........?」

 

 

 トレーナーさんが発した言葉の概念。確か、確定された数字であると、数学の授業で教えられました。実際、数字が不透明であったり、代数を使われたりしますが、実際、定められれば以降、その問題の定数はそれ以外有り得ません。

 .........トレーナーさんは、ゆっくりともう一度、お話を始めました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺は、とあるビルの一室に閉じ込められ、それは丁寧に尋問を受けていた。約六時間。気がどうにかなりそうだったが、命を繋げるため、ありもしない嘘を吐き続けた。

 

 

ニコロ「おい、そろそろハッキリさせろ。ダイヤをどこに隠した?」

 

 

桜木「.........そうだなぁ、例えば、木を隠すなら、森の中.........とか?」

 

 

ニコロ「宝石店か?」

 

 

桜木「誰も、そんなことは言ってないが?まぁ信じたいなら信じれば良い。嘘は言ってない」

 

 

 そう言って、俺は自由にされている両手を使い、煙草を吸う。これで本日五本目だ。自己記録更新中である。

 コイツらは俺を殺さない。ダイヤの在処を知っていると思い込んでいるからだ。俺がヘマしない限り、ブっさんも無事で居られる。

 

 

桜木「.........それにしても、随分楽しそうに仕事するじゃないか、ニコ」

 

 

ニコロ「その名前で呼ぶな。腹立たしい」

 

 

 俺の煙草の煙から逃げるように隅へと逃げるヒットマン。身体の健康には相当気を使っているらしい。面白い話もあるものだ。

 しかし、一つ疑問点がある。この男、どうにも楽しみすぎている節がある。そこがどうも怪しい。いくら初めての仕事とはいえ、ここまで楽しそうにするだろうか?

 まるで仮面をつけているみたいだ。付け入る隙があるならばそこだろう。実際、仮面の付け方なら俺の方が一枚上手だ。

 

 

桜木「羨ましい限りだ。そんな四六時中ニコニコしながら仕事できる職場に就けるなんてな」

 

 

ニコロ「.........お前は、楽しくないのか?」

 

 

桜木「.........」

 

 

 だいぶ慣れ始めた12ミリのマルボロを一息吸い、煙を吐いた。楽しい.........そう言われてしまえば、そう、ハッキリ言ってしまえば、高校時代のあの部活よりは、刺激的ではないだろう。だが.........

 

 

桜木「充分だ。あまり楽しすぎると刺激に慣れて味気なくなる。トレーナーって職業は、噛めば噛むほど味の出る良い職場だよ。煙草と同じだ」

 

 

ニコロ「.........トレーナーではなく、怪盗だろう?」

 

 

桜木「.........そうだった。聞かなかった事にしてくれ」

 

 

 ボロを出してしまったが、それを相手は上手く逃げるための口実だと思ったらしい。どうやら散々怪盗では無いと言った序盤のアレが効いている。あんなに嘘ついて怪盗じゃありませんでは命に関わる。

 煙草を吹かしていると、ふとヒットマンのズボンの携帯に電話がかかって来る。相当のQUEEN好きなのか、着信音もそれだ。俺も嗜む程度ではあるが、本当に普通の人間だったら仲良くやれていた筈だ。

 

 

ニコロ「.........分かった。直ぐに向かおう」

 

 

桜木「.........!」

 

 

ニコロ「お前のあの妙に鍛えられた連れだ。他の連中は手を焼いてるらしい」

 

 

ニコロ「すぐに代わりのものが来る。俺と違って、気は長くない連中だ。無駄な抵抗はするなよ」

 

 

 そう言ってドアノブに手をかけて出ていこうとするヒットマンの顔は、酷くつまらなさそうであった。

 

 

 俺は.........俺は、そこに何故か、同情と言うべき感情が湧き上がってしまう。あんな、四六時中付けたくもなさそうな仮面を、俺は付けたくない。

 だから.........

 

 

桜木「おい」

 

 

ニコロ「.........?」

 

 

桜木「.........向いてないぞ。この職場」

 

 

ニコロ「.........余計なお世話だ」

 

 

 酷く不満げな顔をようやく見せて、奴はこの部屋を名残惜しそうに去って行った。奴にも奴の都合がある。そう思っても、首を突っ込まざるを得なかった。

 

 

 時計の音もしない静かな空間。自分の息する音だけが聞こえてくる世界で、ようやく扉が開く。今度はせいぜい、イラつかせないよう足掻かなければ.........

 そう思いながら開いて行く扉を見ると、そこには一瞬、人間と形容すべきかどうか分からない化け物じみた奴が居た。

 

 

桜木「.........マフティー・ナビーユ・エリン!!?」

 

 

「誰よ!!私は怪盗クレシェントルーナよッッ!」

 

 

桜木「っ!その声!!?」

 

 

 イギリス訛りの英語で発せられたその声。あの二人組の婦警と出会った時に聞こえた天の声にそっくりだった。黒いピッチリとしたタイツにカボチャマスクと言った素っ頓狂な格好をしているが、確かにその声はあの天の声だった。

 

 

ルーナ「ごめんなさいね!!私達のせいで警察にもマフィアにも目をつけさせてしまって!!」

 

 

桜木「いや、大丈夫だ。それより連れが居るんだ!!何処にいるか分かるか!!?」

 

 

 そうやって聞いてみると、怪盗は腕に着けた時計のスイッチを押す。すると、近未来的なホログラムが現れ、マップが構築され始める。下の部分には一つのシンボル、少し上に二つ、そして上の方に一つあるのが分かる。

 

 

ルーナ「発信機の信号よ。下は私の相方、上の二つは私と貴方。一番上が貴方の連れである三冠バよ」

 

 

桜木「発信機!!?そ、そんなのどうやって.........痛っ!?」

 

 

 おもむろに近づいてきた怪盗は、俺の耳に着いているカサブタを剥がした.........ように思えたが、実際それは小型のチップなようなものだった。

 

 

ルーナ「貴方、本当に運がないわよ。だって私達と同じような行動ルートを通るんだもの。待ち伏せしてこれ付けといて良かったわ」

 

 

桜木「ぐぎぐぬぬ.........」

 

 

 そんなもの、こっちは嫌という程既に分からされてる。こういう分からせって女の子が様になるんじゃないの?なに?昨今は成人男性がそんなに需要高いの?まずいぞ腐のオーラを感じる。

 .........とまぁそんなふざけた事を考えつつも、耳にはタタタと聞こえる複数の足音が入ってくる。どうしたものかと言われても、ここにはダクトも窓も抜け道も無い。正面突破するしか無い。

 

 

ルーナ「流石にクレシェントだけじゃダメかー.........貴方、腕っ節に自信はある?」

 

 

桜木「経験は無い。けど殺陣の経験は実戦形式でたんとあるぜ」

 

 

 一時期、リアリティを追求した殺陣に挑戦する為に、白銀とガチタイマンを何度か張った試しがある。勿論寸止めルールではあったが、止めるまではマジで攻撃してくるから本当に怖い。

 だが、そのお陰で学園祭で上映したカンフー風アクション映画は大好評だった。あの経験がまだ俺の中で生きているのならば、この場を切り抜けることに役立つだろう。

 

 

ルーナ「ちょっと心もとないけど、自信がある事はいい事ね!!それじゃあ頑張って!!」ピトッ!シュー!

 

 

桜木「はァッ!?」

 

 

 さっき剥がされた発信機をもう一度耳に付けられると、怪盗は上にお馴染みワイヤー銃を打ち込み、引っ張った。

 まぁ酷い話もあったものだ。近付いてくる一つの足音、開かれる扉の側面へと回り込む。上手く行けば、この先やりすごせる何かがある。

 

 

「どこだッ!いるのは分かってるんだぞッ!俺をコケにしやがってッ!」

 

 

桜木(入ってきたのは一人、あの丸いのに気を引かれて真ん中まで行くぞ.........!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

組員1「見つかったか?」

 

 

組員2

(桜木)「影も形もないぞ」

 

 

組員3「くそ、こんな事ボスに知られたら.........」

 

 

 部屋に入ってきた組員を気絶させた後、俺はそいつの服とサングラスを奪って変装をした。

 なに?それだけじゃバレるって?安心してくれ。逆だった髪を下ろして生活してたら一週間誰も俺に気が付かなかった事は学生時代に経験済みだ。髪を下ろすのに多大な労力はかかるが、やってみる価値はこうしてあった訳だ。

 

 

桜木「それより、上の階にいるあの女も危ないんじゃないか?」

 

 

組員1「確かにな、だが安心しろ。ニコロは生まれた時からこちら側の世界で生きてきた人間だ。何とかするさ」

 

 

組員3「待て、うちのファミリーに居るならニコロを知らないなんて事はないだろう。何故わざわざそんなことを言った?」

 

 

桜木(ギクッ)

 

 

 痛い所を突かれる。ていうかあのヒットマン、そんな頃からこの道を歩いてたのか。そりゃ他の道歩けなくてつまんなくなるよ。才能あるけど向いてない。

 さて、ここからどう弁解すれば収まるだろう?二人の組員は俺の顔を見ながらゆっくりと近付いてくる。一か八か、切り抜けるしかない。俺はマフィアの一員だ。そしてあの男の仲間である女が、怪盗の手を借りて逃げ出さないようにしなければ行けない。

 

 

桜木「考えても見ろ。相手は怪盗、しかも男は既に逃がされている。奴らがニコロの対策をせずここに来ている訳が無い。うちの今後を考えても、何かの手違いでニコロを失ったり、他ファミリーから怪盗に出し抜かれたとか言う舐められる様な事を起こす訳には行かないだろう?」

 

 

組員3「た、確かに.........」

 

 

組員1「う、疑って悪かった。俺達はこのフロアでもう少しあの男を探してみる。お前は、女の様子を見てきてくれ」

 

 

 そう言って男達は申し訳なさそうな顔で、そそくさとこのフロアの探索を続け始めた。一難が去ってほっと一息を吐くが、こんな事で一々安心してはいられない。奴らは銃を持っている。それを忘れてはならない。

 俺も、出来れば使いたくないと思いながら尻ポケットに忍ばせた奪った銃に意識を向ける。気絶させる際、発砲されかけたが何とかなった。しかし、壁に思い切りぶつけてしまった為壊れてる可能性もある。どんなに固くてもコイツは精密機械の類だ。

 

 

桜木(.........さて、俺は俺で、ブっさんを探しに行かなきゃな。だが、味方の数が変動するとは思わなかったぜ)

 

 

 ひやりとした汗を頬に感じながら、切にそう思った。もしあそこで来てくれなければと思うとゾッとする。

 目の前のエレベーターのボタンを押して、俺は束の間の静寂を人生最後の休息だと思い、じっくりと考えを巡らせる。

 

 

 それは、今一人捕まっているナリタブライアンの事ではなく、これからどう脱出しようということでも無い。突然現れた怪盗も勿論、[桜木にとっては]都合のいい存在の為、今それについて考える必要は、どこにも無かった。

 

 

 エレベーターが到着し、ドアを開く。束の間の休息だと分かりきっていたが、身体はまだまだそれを求める。

 

 

桜木(.........よし)

 

 

 覚悟を決め、奪ったネクタイを締め直し、サングラスで遮断される蛍光の光を隙間で視認し、目を慣らす。

 ゆっくりと閉まっていく自動ドア、行き先は最上階。今度は休息などと言う優しい静寂ではなく、死という怪物が最終車両に乗っている夜間列車に乗車しているという覚悟を、今一度改める時間だ。

 祈りも、懺悔も必要ない。桜木にあるのは一つの誓いだけ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『.........では、バレた時の罰を、文句を言わず、甘んじて受け入れることです』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木(.........そうだよ。じゃなきゃ、不公平だもんな)

 

 

 エレベーターの壁に背をもたれかけ、ゆっくりと呼吸する。今はそれだけが精一杯だ。怖いのも、辛いのも、等しく苦手だ。

 けれど、やり遂げなければ行けない。俺には帰る場所がある。これ以上嬉しいことは無い筈なんだ。だから、俺はその為に頑張れるはずだ。

 

 

 エレベーターが最上階に着く。扉が開く事で、覚悟の時間は終わりを告げる。後は、階段を降りて、ブっさんを探すだけだ。

 

 

桜木(待ってろよ.........今行くからな.........!)

 

 

 そう、心に強く思いを抱きながら、ビル最上階の階段を、細心の注意を払い、ゆっくりと降りていくのであった.........

 

 

 

 

 

  ......To be continued



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トレーナー「ジャッキーとブルースリーってどっちが」ナリブ「それ以上言うな!!!」

 

 

 

 

桜木「おいおい嘘だろ.........?」

 

 

 エレベーターを降り、3階程階段を降りたフロア。何やら激しい音が聞こえてきたと思った俺は、ゆっくりとそのオフィスフロアに顔を覗かせた。

 

 

「ヘイブラザーッ!筋肉こそが正義ッ!そうは思わないか!!」

 

 

ニコロ「くっ、パワーバランスの整っていないバカが.........ッ!」

 

 

 そこにはカボチャマスクを付けた一人の筋肉モリモリマッチョマンの変態が、ヒットマン相手に善戦していた。

 というのも、あのマッチョマン。割と避けにくい攻撃を当てつつも、それをガードの上からダメージを重ねるとか言う凄いことをやってのけている。素晴らしく脳筋だ。机も椅子も、何もかもがぐちゃぐちゃになっている。

 

 

桜木(これってウマ娘だよな......?)

 

 

 そんな天から湧いた疑問をぶつけつつも、俺は二人の激闘の行く末を、ただ見守っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ナリブ(.........なんでこんな事になってしまったのだろう)

 

 

「くっ!早く侵入した怪盗を見つけ出せ!!」

 

 

「ダメですっ!ニコロが何処にいるか連絡が付きません!!」

 

 

 慌ただしく組員が入り乱れて居る様子が、私の目の前の状況を何となく察せさせる。どうやら、本物の怪盗がこのビルにやって来たらしい。

 さてどうしたものか、この騒ぎに乗じて逃げる事は出来そうだが、一手間違えればあの奴らの腰に備わっている拳銃で撃ち抜かれるだろう。それだけは勘弁だ。

 そう思っていると、ホテルに居た時に聞こえてきた[日本語]が、私の耳にもう一度響いてきた。

 

 

「無事かしら!小声で良いから返事をお願い!」

 

 

ナリブ(!ああ、私は大丈夫だ。それより誰だ?)

 

 

「私は怪盗クレシェンテルーナ。片割れのルーナよ。三冠バガール」

 

 

 .........私も有名になったものだ。三冠バとしての評が海すら渡って海外にも響いているらしい。あのパールに言われたことも、念頭に置かなければ行かないかもしれん。

 

 

「ようやく通信が繋がったのはいいけど、組員がかなり多いわ.........貴方、何か出来る事はある?私が助けに来といてなんなんだけど」

 

 

ナリブ(.........近くまで来たら教えてくれ。後は、私が何とかする)

 

 

「あら!頼もしいわね!」

 

 

 目の前の状況をさりげなく確認しながら、私は怪盗からの合図を待つ。目の前にいるヤツらは、私が何もしないよう見張りながら、出口がいつ開くかを警戒している。

 

 

 耳にまた、微かな音が聞こえてくる。今度は声では無い。上の方から微かな軋み、それこそ、ウマ娘の耳でなければ捉えられないほど小さな音が聞こえる。

 なるほど、怪盗と呼ばれるだけの事はある。私はそう思いながら、椅子からゆっくりと立ち上がった。

 

 

組員「な!?何をしているッ!座っ.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「揺れるぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目の前にある机などさも気にせず、私はそのまま拳を下に振り下ろした。材質的には金属で作られているであろう長机も、ポッキリと折られ、私の拳は地面に到達すると同時に、英語で何やら訴えてきた組員を筆頭に、振動で黙らせた。

 そして、見事なタイミングで天井をくり抜いた円が降ってきて、上からかぼちゃを被った怪盗が手を差し出してくる。

 

 

ルーナ「捕まって!!」

 

 

ナリブ(うわ、正直関わりたくないな)

 

 

 腰が抜けている奴らを尻目に、怪盗の手を掴むと、ワイヤーを射出している拳銃の引き金を引いて、私達は天井裏へと登った。

 なんともまぁ拍子抜けしてしまうほどあっさりと脱出できてしまった。そして、特に会話もなく、目の前の怪盗について行く形でこのビルの脱出を目指す。

 そんな中で、ふと疑問に思った。外国人なのに、あの振動の中で動けるとは思えない。私はダクトの中を進む怪盗に向かって、質問を投げかけた。

 

 

ナリブ「それにしても、よく腰を抜かさなかったな」

 

 

ルーナ「こう見えても昔、日本に何年か住んでたの。地震にはもう慣れたわ!!けど.........」

 

 

ナリブ「.........?」

 

 

ルーナ「私の相方、地震慣れしてないのよねぇ.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「うおっ、地震か.........!?」

 

 

 目の前で繰り広げられるバトルに気を取られ、余震すら感じなかった。ちょっと大きめだぞこれ.........

 そんな事を思った次の瞬間、耳には人のものとは思えないほどの大絶叫が響き渡り始める。

 

 

「NOOOOOOoooooッッ!!!??」

 

 

桜木「ッ!?」

 

 

 頭を守ろうと抱えながら地面にうずくまろうとするが、ニコロは地震にビビっていない所か、その隙を逃さずにボコボコにし始める。

 怪盗の膝が地面に着く前に懐に潜り込み、右肘で顎をかち上げ、その勢いのまま体をひねり、遠心力と捻りから戻る力でその上がった顔を横に蹴り倒す。

 

 

ニコロ「.........何が筋肉だ。バランスが崩れれば一瞬で死ぬ。そういう世界だ」

 

 

 今の一瞬で分かった。ニコロは半端じゃない。それが努力によるものか、才能によるものかは知らないが、体の動かし方にどこか白銀めいたものを感じる。

 奴は怪盗の目の前で、腰から引き抜いた拳銃を、まるで視線で舐めさせるように見せる。これが最後だと言わんばかりに。

 

 

桜木(こ、ここで出るのは得策じゃない!!じゃないにしてもよぉッ!)

 

 

 何かないか、そう思考をめぐらせながら、辺りを見回す。何でもいい。奴に当てられるもの、当てられないのならせめて音を大きく出せるもの。それが見つかる事を切に願った。

 今こうしている間にも、怪盗に向けられた銃口から弾が発射される様に、そのトリガーに指をかけられている。

 

 

ニコロ「こんな呆気ない人殺しを初めてにしたくは無いが、仕方あるまい.........」

 

 

「.........っ」

 

 

 

 

 

 

 ―――目の前の男に対して指を掛けた引き金だが、それを引くことは無かった。

 

 

ニコロ「.........っ!!?」

 

 

 完全に視界の外から投げられた何かに、正確に、ハンドガンを持った手を当てられた。暴発こそしなかったものの、手に持っていたソレは、完全に弾き飛ばされてしまった。

 俺は、何かが飛んできた方向を見た。するとそこには、うちのファミリーのスーツを着た奴が、何かを投げた状態からゆっくりと直立になり始めた。

 

 

ニコロ「.........なんの真似だ。ここは奴らの押収した荷物置き場だ。ダイヤの事なら心配せずとも.........?」

 

 

 大方、俺に加勢に来たへっぽこ新人だろう。ハンドガンを使えば済む話だ。そう思っていたが、状況が変わった。

 奴は机の上にある二つの荷物を一瞬確認した後、俺から視線を外すことなく、男の方から奪った荷物に手を付ける。

 そこにはパスポートは無く、財布と、買い溜めされた野菜、サプリメント、携帯調理器具、そしてミネラルウォーターが入っており、奴は何も見ず、あたかも知っていたかのように、ミネラルウォーターを引っ張り出してきた。

 

 

ニコロ「.........ッ!!!貴様.........!?」

 

 

怪盗「what'sッッ!!?」

 

 

「こうでもしねぇと、誰も俺だって気付かねぇんだからな」

 

 

 奴は整った髪に、大量の水を被り、前髪をかきあげた。奴の髪質のせいか、その髪は水を浴びながらも硬さを保っており、奴の頭の上で重力に逆らい始めた。

 間違いない。例のジャパニーズだ。俺の心に、何の気なしに入ってきて、我が物顔でいる奴だ。心底腹が立つ。

 

 

「どうしたよ。揉め事か?」

 

 

ニコロ「.........今それを、済ませる所だ」

 

 

「本当に人が殺せるのか?お前に、俺には無理してるように見えるぜ?」

 

 

ニコロ「貴様.........!!さっきから一体何なんだッッ!!!俺の事など知るはずないのにッッ!!!どうして知ったような口を聞くッッ!!!」

 

 

「お前にだってわかるんだろう?俺も被ってんだよ。仮面をよ」

 

 

ニコロ「平和ボケしたジャパニーズがッッ!!!」

 

 

 俺がそう言って、目の前に居る日本人を罵ると、奴は怒るでも無く、申し訳なさそうにするでも無く、不敵に笑みを浮かべた。

 そして、今まで以上にハッキリとした英語で、奴は言ったんだ。

 

 

「I'm not the name Japanese(俺はジャパニーズなんて名前じゃない)」

 

 

「My name is Reo Sakuragi. and―――(俺の名前は桜木 玲皇だ。それと―――)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――That's Mr.Sakuragi to you, punkッ!!(―――さんをつけろよデコ助野郎ッ!!)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「.........んで、そこから俺とニコロの一騎打ちが始まった訳だ」

 

 

東「待て待て待て待て!!」

 

 

 思わず、俺は桜木の話を止めてしまう。それを不思議そうな顔で見ているのは桜木だけで、他の連中は俺と同じような心境なのか、ダラダラと汗を垂れ流していた。

 

 

東「なんで逃げない!!?明らかに穏便に済みそうだっただろ!!?説得してチャンチャンじゃ無いのか!!?」

 

 

桜木「ならないっすよぉ〜、ヒットマンすよ?そりゃもうカンフー映画だったらそこからもう怒涛のバトルシーンに入るじゃないですか!!」

 

 

マック「ジャッキーチェンじゃ無いんですから!!!」

 

 

 立ち上がりながらそう抗議するマックイーン。他も同調するように首を縦に振る。しかし、それを見ても桜木は困ったように眉を下げるだけだった。

 

 

桜木「確かに、生きて帰ることも大事だけど、誰かの命のお陰で帰って来れたっていう体にはしたく無かったんだよ。あそこで立ち向かわなきゃ、確実に腰抜かしてた怪盗の一人は、あの後すぐ殺されてたよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ニコロ「ッ!」

 

 

桜木「くッ!」

 

 

 拳が届くか、届かないかの間合い、奴は一息にも満たない呼吸を吐いて前へ詰め寄りながら右手を突き出し、その手が軽く顔にヒットする。そうして俺の意識を削いでから左手で仕留めに来る。

 こめかみに届き掛けたその手を、右の前腕部分で弾き、その流れのまま左ハイキックでカウンターを仕掛けた。

 

 

 それを肘で防がれながらも、俺はもう一度、今度は膝を曲げて伸ばすことで同じ部分に攻撃をする。それも、奴は上体を反らす事で難なく避け切ってしまう。だが、俺が白銀から学んだ物はまだある。

 その空振りの勢いを利用し、その場で小さく飛び、軸足を変えて後ろ回し蹴りを仕掛ける。先程よりも少し前進してるため、当てれる筈だ。そう思ったが.........

 

 

桜木「ウッソだろ.........!!!??」

 

 

 奴はその場でしゃがみこみ、俺の軸足を蹴って転ばせて来た。地面に背中をつけるのはマズイ。このルールもクソもない世界で背を地面につければ、待っているのは永久に回ってこないターンだ。

 考えろ。才能を活かせ。白銀ならどうする?アイツなら何をする?演じろ。白銀翔也になりきるんだ。

 

 

桜木「ッッ!!!」

 

 

ニコロ「な.........!!!?」

 

 

 地面に背を向けて宙に漂っている状態から、何とか体を曲げ、尻から頭にかけて勢いをつけられるようにした後、その場で跳ね起き、今度こそ一撃、奴の側頭部に蹴りをお見舞して見せた。

 

 

 だが、流石はこの道を生きようとするプロだ。倒れる事はなく、よろけながらも俺に踵を返し、直ぐにファイティングポーズをとる。

 

 

桜木「.........血が出てるぞ」

 

 

ニコロ「.........お互い様だ」

 

 

桜木「?.........あっ」

 

 

 どうやら最初の一撃。かなり強く入ったらしく、鼻から血が出ていた。それを掌で拭った後、ワイシャツで拭う。流石に人のスーツに血を塗るのは抵抗があった。

 

 

 ジリジリとにじり寄る様にして、俺と奴は距離を詰める。奴の腕の動きを見て咄嗟に反応するが、出てくるのは布の擦れる音だけ。奴の顔を見ると、まるで引っかかった俺をバカにする様に笑みを浮かべる。

 

 

ニコロ「ッ!」

 

 

 奴から突き出された右手。それを防ぎ、左右の順で繰り出される攻撃を防ぐと、奴は俺のネクタイを引っ張りながら、俺の背中にぐるりと乗り上げる。

 そんな体重を支えられるわけはなく、押し出される形でたたらを踏むが、俺はすかさずニコロの方を向いた。

 

 

桜木「っ.........!!?」

 

 

ニコロ「フィナーレが近いぞ。ジャパニーズ?」

 

 

 奴は、乗り上げた俺の背中から降りる一瞬で、尻ポケット入れた拳銃の銃口を向けてくる。それで指さすように俺の右腕、左腕に照準を合わせ、顎でそれを上げろと言うように示される。

 

 

ニコロ「素晴らしい身のこなしだ。全く持って想像も出来なかった。普段の重心の動きとはまるで違う」

 

 

桜木「.........はは、当たり前だ。これは俺じゃなくて、俺の[尊敬]する奴を演じてるだけだ」

 

 

桜木「俺にとっては、『どんなとんでもない事が起きても、必ず何とかしてくれる』.........そんな、孫悟空みたいな存在なんだよ」

 

 

 いつだってそうだ。何が起きても、ケロッとして帰ってくる。そう思わせるような存在なんだ。

 だから、俺もそれにあやかりたい。ここで俺の人生終わって、アイツらの顔を、あの子らの顔を二度と見ないままなんて、俺はそんな事絶対に認めない。

 『奇跡を超える』。その言葉は、白銀の様に突出した身体能力も無く、黒津木の様に才能をフルに行かせるブレインも無く、神威の様に高い知能も知識も無い、仮面を被ることしか能の無い俺を、唯一奮い立たせることの出来る言葉だ。

 

 

 ―――そんな、妄言にも近い言葉を実現するかのように、先程より一際強い揺れが、このフロアを襲った。

 

 

ニコロ「ッ!?」

 

 

桜木(締めたッ!)

 

 

 この大きさは流石に予想外だったのだろう。体感震度4程の揺れが、このフロアを襲う。流石のヒットマンも、その手を地面に付けた。

 傍にあるオフィスの椅子を思い切り突き飛ばし、奴の視線を塞いだ後、俺はそのまま、このフロアの他の部屋へ移動した。

 

 

 ただひたすらに走り、目星をつけた部屋に入ると、先程の場所より一際酷く荒らされていた。割れた窓ガラスを見るに、どうやら怪盗はここから侵入を果たしたらしい。

 ここなら身を低くすれば、遮蔽物で身体を隠す事が出来る。欧米人に合わされて作られたオブジェクトと、日本人平均くらいしかない身長のお陰で、出入口からは完全に身体を隠すことが出来る。

 

 

 足音がゆっくりと聞こえる。段々とクリアになって行くその音が、一番綺麗に聞こえた所で止まる。アイツもどうやら、ここに目星をつけたらしい。

 

 

ニコロ「.........出てこい。今なら気絶させて、ゴミ置き場に投げ捨てて置く優しさなら残っている」

 

 

桜木「.........へっ、そのままアンドロイドからヒューマンに変わってくれりゃ、こっちも嬉しいんだが.........なァッッ!!!」

 

 

 机に散乱している物を掴み、奴に投げ付ける。驚いて弾丸を消費してくれればと思ったが、流石に難なく避けたのだろう。銃声どころか、地面に落ちた音しか聞こえない。

 奴の足音と気配を頼りに、ノールックで手当たり次第に投げ付ける。

 

 

桜木(くそッ!みっともねえし埒もあかないッ!!この頑丈そうな机盾にして突っ込むっきゃあねェッッ!!!)

 

 

 

 

 

ニコロ「.........!?」

 

 

 奴は唸り声を上げながら、机を持ち上げ、身を隠しながらこちらに突進を仕掛けてくる。判断としては中々良くて、そしてそのパワーも見張るものがある。

 だがここはジャパニーズでは無く、USAだ。残念ながらお前の相手しているのは棒切れを振り回すサムライでは無く、全てを貫く弾丸を持つヒットマンだ。

 

 

ニコロ「さよならだ。ミスター桜木」

 

 

 トリガーに掛けた指を引く。幼い頃から何度も聞いていたその音に、俺は何の思いも抱かない。次の瞬間には、奴が横たわる。

 しかし.........

 

 

ニコロ(何だ.........?弾丸が見えるぞ.........!!?)

 

 

 普段であれば、どんなに動体視力が良くても見えないはずの弾丸が、見えるレベルまでのスピードに落ちている。動揺して銃を持つ手が震えるが、カラカラとした音が聞こえてくる。

 壊れている。明らかに、それは紛れもない 事実だ。しかしだからどうだと言うのだ。ハンドガンである事には変わりは無い。実際にその弾丸は.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 奴の左胸があるであろう位置に、机に穴を空けたのだから.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゴルシ「なんで生きたんだよ!!?」

 

 

 その声に思わず耳を塞いだ。全く、これから面白くなる所なのに、止めるなんてもったいないだろう。

 そう思いながらゴールドシップの方を見ると、俺の存在が信じられないというような目で俺を見てきている。

 

 

ゴルシ「お、おおおおお前!!おっちゃんの皮を被ったヒットマンじゃねーのか!!?」

 

 

桜木「待て待て、一旦落ちつ痛゛痛゛痛゛痛゛痛゛い゛ッッ!!?」

 

 

 一瞬にして頬が引きちぎれるような痛みが神経を走る。ていうか、現在進行形で引きちぎられようとしている。

 まずい、ゴールドシップは本気でやろうとしている。俺の頬を引きちぎろうとしている。

 なんでみんな止めてくれないの?そう思い、痛みに耐えながら見渡してみると、全員がいつの間にか片隅に逃げていた。

 アレ?俺、死んだ?みんなの中で死んだと思われてる?いや、まずい本当に死にそうだ。自分でこの状況をなんとかするしかない。

 

 

桜木「ごーふほひっふ(ゴールドシップ)」

 

 

ゴルシ「なんだッ!!!おっちゃんの偽物ォッッ!!!今更命乞いかァッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「落ち着け」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゴルシ「ッ!?お、おおおおおぉぉ.........?」ゾワゾワ!

 

 

 少しだけ[あの時を思い出し]、声に気持ちを込める。すると、防衛本能が働いたのか、ゴールドシップはその手を直ぐに引き、サササッとみんなが固まっている片隅に避難した。

 その姿を見て、はぁっとため息を吐いたものの、客観的に見ればあの時死んだも同然。なんせ、あのブっさんが「たわけ」と言うエアグルーヴの気持ちを理解してしまう程に無茶をし続けたのだ。その事実も受け入れて、俺は頭を押さえた。

 

 

桜木「あー.........その、大丈夫。俺は正真正銘、桜木玲皇だ。ほら、トレーナーバッジもちゃんと持ってる」

 

 

沖野「ほ、本当なんだな?」

 

 

東「そ、それ桜木から剥ぎ取ってるとかじゃ.........」

 

 

 やばい。全然信じてくれない。信用がないと言うかなんと言うか、とにかく、話を進めなければ行けない。片手で押さえた頭を、今度は両の手で抱え込み、俺は事実を噛み締めながら、ゆっくりと話をする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ニコロ「.........ッ!?」

 

 

 突如として、予想だにしない強い衝撃音が鳴り響いたと思ったら、目の前に立てられた机が、思い切り俺の方へ飛んできた。慌てて地面に伏せることで事なきを得たが、俺の思考は既に、一つの結果を導き出していた。

 

 

桜木「よう」

 

 

ニコロ「な.........にぃ......ッ!!?」

 

 

 奴はその冷たい目で、ゆっくり吐息を整えながら俺を見下ろす。その場で、俺に何をするでもなく、ただただ、俺を見下していた。

 うつ伏せの状態から立ち上がる。目の前の光景があまりにショックなのか、フラフラと足取りがおぼつかない。そんな俺を奴は、確かにその目で捉えていた。

 

 

桜木「なんで生きてるんだ?って、顔だな」

 

 

ニコロ「.........」

 

 

桜木「それ、振ってみろ」

 

 

ニコロ「.........(カラカラ)......っ、破損しているのか」

 

 

 手に持った拳銃を意識して振ると、聞いたことの無い音が聞こえてくる。これが恐らく、弾丸の射出に影響を与え、威力を弱めた原因だろう。

 だがそれでも、奴が今立っている理由にはならない。いくら威力を弱めた所で、殺傷能力は十分だったはずだ。

 

 

桜木「.........壊れた拳銃、硬い机、そして、[胸ポケットに入れてたスマホ]。全部が全部、偶然。奇跡の産物だ」

 

 

 奴はそう言いながら、胸ポケットからスマホを取り出してみせる。そこには先程俺が打ち出した弾丸が有り、止まった時間が動き出したように、そこから地面に向かって落ちていった。

 

 

ニコロ「.........問題ない。次は当てれば貴様は終わる。降参するなら「それだよ」.........?」

 

 

桜木「お前、本当はやりたくねぇんだろ?ヒットマンなんて」

 

 

 .........俺はゆっくりと奴に銃口を向けた。

 

 

桜木「仮面の付け方、間違ってるぜ。そいつは自分の心を隠す為じゃなくて、なりたい自分になる時に使うものだ」

 

 

 .........俺は、その指を引き金に掛けた。

 

 

桜木「お前は殺せない。仮面で素顔隠してやってるうちはな.........」

 

 

ニコロ「.........黙れ」

 

 

 それでも奴は、怖気付く事は無い。またゆっくりと腰を落とし、臨戦態勢へと移って行く。その顔は、この緊迫した雰囲気とは裏腹に、無性に腹が立ってくる程の、自信に満ちた笑みを浮かべてくる。

 

 

桜木「さぁ来いよ。付けたくもねェお面をずっと付け続けてるチキン野郎」

 

 

桜木「今の俺は文字通り」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「[奇跡]だって超えてるんだぜ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木(さて、とは言ったものの、あとは突っ込むしか出来ねぇんだけどな.........)

 

 

 奴の精神に揺さぶりを掛けることには成功した。後は、奴から放たれる弾丸に当たらないようにするだけだ。

 

 

桜木(けどどうやって.........?)

 

 

 無理だ。できっこない。神威を真似て弾丸の射出角度を計算してギリギリを通ってみるか?それとも、黒津木のような揺さぶりを掛けてもっと動揺させてみるか?いや、それより白銀の反射神経に頼る方が.........

 しかし、そのどれもこれもが希望的観測が多く、とてもじゃないが命を預けられない。四苦八苦しながらこの命、どこにどう預けるのかを考え続ける。

 

 

ニコロ「.........」

 

 

桜木(.........!そうか.........っ!)

 

 

 居るじゃないか。一人。弾丸の射出場所、精神の弱さを見ることが出来て、尚且つ反応速度は狂人。今目の前にいるコイツに頼ればいい。命が握られてるんだったら、俺の方から預けてやる。

 

 

桜木(悪いなぁ......!あの日置いてきちまった俺の才能.........!!!最初で最後の、魂の演技して行こうじゃねェかッッ!!!)

 

 

 役者。その人生の歩みで得た物を武器に、他人の人生を表現する者達。俺もかつてはその名に恥じない生き方をしてきたつもりだ。

 一度捨てたそれをもう一度拾い直す。それは決して、簡単な事ではない。恥を知りつつ、捨てた物を拾い直す行為は褒められたものでは無い。

 

 

 それでも.........

 

 

桜木(自分の歩んできた道を辿り直してッ!捨てて来たもの全部拾い直すッッ!!!目の前にいる奴の人生を辿ってッ!自分の持ち物全てと照らし合わせるッッ!!!)

 

 

 たった半日の奴との関係から、奴の人生を全て辿る。それが出来る才能を、俺はあの事故の日から拾い直したんだ。

 あの時よりも苛烈で、過激的で、どうしようもない程光り輝く物を、俺は今、この身体に取り戻した。

 

 

 

 

 

 ―――奴が走り出そうとした瞬間、俺はその一歩先を予想しながら指をかけた。止まることの出来ないタイミングで、今度こそ仕留める。そう考えた。この男は、今の俺を脅かす最大の存在だ。

 フィジカルの強さでもない。メンタルの強さでもない。奴は俺と同じ目線で居ながら、俺に違う道を示す存在だ。同じ仮面を被る存在ながら、その在り方を否定する存在だ。

 

 

 それに、縋りたくなってしまう自分を殺す為に、俺は引き金を引いた。

 

 

ニコロ「.........ッッ!!!??」

 

 

桜木「へへ.........ッ!」

 

 

 結果的に言えば、奴は死ななかった。その場所まで数センチ程届かなかった。偶然ではない。奴は狙って、わざわざそこまで歩を進めなかった。その証拠に、シャツの下潜り込ませていたであろう王冠のアクセサリーが、その慣性に従って姿を見せる。

 

 

 

 

 

 ―――俺はそのまま、奴の思考を考えながら距離を詰める。奴の出方を考え、奴の思いを考え、奴の答えを考える。

 

 

桜木(出来るだろッ!お前なら.........ッ!小さい頃からッ!考える事しか出来なかったじゃねェかッッ!!!)

 

 

 三発目、四発目の弾丸も考え通りの場所に撃たれ、避ける事が出来た。奴の表情は苦虫を潰したように苦しそうで、焦りが見え始めている。

 だが、それでも避ける事の出来ない状態は起きる。奴の懐に潜り込めばもう、俺は飛んで火に入る夏の虫の如く、その銃口からは逃れられない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だから俺は、ここで初めて命を[賭ける]。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガチンッッ!!!

 

 

ニコロ「なッッ!!!??」

 

 

 奴の手に持った銃から、射撃音とは違う大きい金属音が鳴り響く。それが弾詰まり(ジャム)の音だった。

 今までで一番大きい奴の動揺。この機会を逃す手はない。俺は奴の懐にさらに潜り込んで、奴が怪盗にやった様に、身体の捻りから戻す力で右肘を顎にぶち当てた。

 

 

ニコロ「ぐっっっ.........!!!」

 

 

桜木(それで倒れねぇのは経験済みなんだよッッ!!!)

 

 

 身体の捻りから戻す力。その力を止めることはせず、今度は体を回転させ、右足を振り上げることでその回転の力を更に高める。

 左足だけで支えている身体を限界まで回転させ、勢いが最高潮になった時に、その左足で奴の方向に飛ぶ。

 そして、倒れまいと必死に踏ん張っている奴の胸に、回転の力が100%乗った左足が、鞭のようにしなって叩き落とされる。

 

 

桜木「こっちだぜェッ!!」

 

 

 そんな何度も聞いた事のあるようなセリフを吐いて、俺はニコロを蹴り倒した。それでも奴はまるでゾンビのように立ち上がってくる。そう、[ゾンビのように].........

 

 

桜木「.........はっ、フラフラだな」

 

 

ニコロ「.........ッ!!」ギリィッ!

 

 

 明らかにもう、お互い体力は残り少ない。普段連続では吸わないタバコのせいで、俺もだいぶ体力を奪われている。

 奴は俺を殺す勢いで睨みつけながら、歯を食いしばっている。その意志力で、どうして命令だけ聞くアンドロイド見たいに居るんだ。

 

 

桜木「おい、踏ん切りは付いたかよ。痛い思いはもう良いだろ?この仕事続けんなら、これより痛い事が待ってるかも知れねぇんだぞ」

 

 

ニコロ「黙れ.........ッ!お前に何が分かるッ!俺はレールの上をただ歩いているだけだッッ!!!邪魔をするなァッッ!!!」

 

 

桜木「チッ!頑固者のアンドロイドがッ!だったら俺がこの[デトロイト]でッ!テメェを[ビカムヒューマン]させてやらァッッ!!!」

 

 

 

 

 

 ―――奴はそう言ってまた、俺に向かって距離を詰めてきた。最早手にハンドガンは残って無い。奴の繰り出す攻撃を受け止め、カウンターをするしか無い。

 今の奴は[俺]だ。どういう訳か、俺の思考を考え、行動に移すことが出来る。だからあの弾丸を避ける事が出来たのだ。伊達に仮面の被り方を教授する存在じゃない。

 だがそうとなれば話は簡単だ。結局奴は、俺の想定した全ての攻撃をして来ると言っても良い。ならば、一度それを防いでしまえば良い。

 

 

ニコロ(来いッ!糞ジャップがッ!)

 

 

 

 

 

 ―――分かる。奴の思考が、手に取るように伝わってくる。ならば、こちらとしてはもうやる事は一つだ。

 この仮面を外す。そして、奴の知るはずの無い仮面を付け直しす。だが、次の一撃で決着を付けたい。

 

 

桜木(今までの人生で受けてきた一番重たい一撃を思い出せ.........ッ!)

 

 

 白銀の腹パンか?黒津木のアッパーカットか?神威の投げ技か?そう重い記憶を辿るも、そのどれもこれもがどうも衝撃が弱い。それはつまり、受けてきた攻撃の中で一番ではないということ。

 そしてそれはつまり、奴ら以外の暴力を、この身で受けて一番痛いと感じたという事だ。それが意味する物。それは[トレセン学園に入ってきてからの記憶]だと言う事だ。

 

 

桜木(.........ッ!!!これしかねェ.........ッッ!!!)

 

 

 一歩、先程のエルボーより深く踏み込み、そして低く姿勢を落とした。そして俺はそのまま、[下から上方向へ飛び上がるようなドロップキック]を、奴のガードの上からお見舞してやった。

 

 

ニコロ「ッッッ!!!!!???」

 

 

桜木「おっしぇぇぇぇぇぇいッッッ!!!!!」

 

 

 身体の浮遊感が無くなり、地面に背中から落ちる。息が詰まるような感覚が抜けると同時に、咳が勢いよく喉から出ていく。

 大きい衝撃音が辺りに反響する。どうやら、奴は吹っ飛んだ勢いで壁に背中をぶつけたらしい。布のこすれる音がした後はもう、静寂しか残らなかった。

 

 

桜木(.........生きてる......)

 

 

 安心が身体の力を解していく。ゆっくりと吐いた息に寂しさを覚える。シャツの胸ポケットからタバコを取り出してみるも、今は上半身すら起こす事が出来ない。

 

 

桜木(.........まぁ、今言える事は一つだけだ.........)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「サンキュー。ゴールドシップ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの講演会の日に受けたアレの感触を思い出しながら、俺は静かな散乱したオフィスの中、身体を仰向けにしてそう言った.........

 

 

 

 

 

  ......To be continued



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トレーナー「夢って伝染病みたいだよな」ナリブ「今その話は危ないだろ」

 

 

 

 

 

ニコロ「.........」

 

 

 ゆっくりと目が覚めるように、意識が覚醒した。身体のあちこちが痛くて仕方がないが、なぜだかどこか清々しかった。

 

 

桜木「.........ふぅぅ......お、気が付いたか」

 

 

ニコロ「.........何故、まだ居る?」

 

 

桜木「話くらい聞かせろよ。別にやりたくもねぇ仕事なんでやってんのか、知りたいだけさ」

 

 

 そう言って奴は、タバコを口に咥えた。その姿を見ていると、俺が羨ましがってると思ったのか、パッケージから一本のタバコとライターを渡してきた。

 

 

ニコロ「.........」

 

 

桜木「火ぃ付けながら吸うんだ。あ、初めてだからあまり肺に入れない方がいいぞ。これマルボロだから重めだし」

 

 

ニコロ(そんな事を言われても分からないんだが.........)

 

 

 そう思いながらも、上半身を起こし、俺は口に咥えたタバコに火をつけ、肺に入れないよう舌を引いて空気を吸った。

 

 

ニコロ「.........不味い」

 

 

桜木「ハハハっ!流石のヒットマン様も、初喫煙は失敗談になったか」

 

 

ニコロ「初仕事がそもそも失敗だ」

 

 

桜木「ああ、確かに。言われてみればそうだ.........ふぅぅ......」

 

 

 タバコの煙の味は、美味しくない。肺に入れてみようとしてみるが、途中まで吸って息が止まる。これ以上入れるのは、厳しいかもしれない。

 それでも隣にいる男はスパスパと吸っている。よくこんな物が吸える。だが、そんな姿が何故か、羨ましく思えた。

 

 

ニコロ「.........俺は、この世界で生きていくと定められた存在だ」

 

 

ニコロ「両親もヒットマン。俺が物心着く前に死んだが、割と良い人格者だったとファミリーから聞いている」

 

 

ニコロ「娯楽も外の世界も知らずに、ずっと身体を鍛えさせられていた。殺せば戻れなくなる。そう思っていたから、俺はこの仕事をしたくなかったのかもしれない」

 

 

 スラスラと、今まで無かったほどに言葉が溢れ出す。今日初めて会った人間に、これ程まで自分の感情が軟らかい物だとは気が付かなかった。

 そんな中でも奴は何も言わず、短くなった煙草を吸い、何かを思い出すようにオフィスの天井を見ながら、その目を細めていた。

 

 

 

 

 

桜木(.........レール、か......)

 

 

 その一つの単語が、俺の古い記憶を掘り起こす。それは俺がまだ、クソ親父の事が好きで、尊敬していた頃の事だった。

 その記憶を忌みながらも俺は、その思い出の情景を、何処か懐かしんでいた。

 

 

桜木「.........確かに、一直線に進むレールの上を歩くように、俺達の人生や運命ってのは、誰かに決められてんのかも知れない」

 

 

桜木「けどな、レールっつうのも結局、神様じゃなくて、色々な人が多くの困難の中で作り上げた人類の叡智だ」

 

 

桜木「行きたい場所にレールを敷いたり、方向をシフトしたり、それこそレールに乗らない選択もできる」

 

 

ニコロ「.........」

 

 

 何故、電車は好きな場所に行けないのだろう。そう聞いた時、クソ親父は困った顔で言った。

 電車は決められた場所にしか行けない。だが、そのレールを敷くのも、その電車に乗って遠くに行くのも人間だ。だから、好きな場所に行ける。

 だが、 コイツが何処に行くのか、それに関しては干渉しない。それをしてしまえば、他人の人生に介入してしまえば、俺は俺を守れなくなる。だから、俺は釘を刺した。

 

 

桜木「言っておくが、ヒットマンを続けるなら俺は止めないぞ。と言うより、もうあの手の事は二度と出来そうに無い。俺の才能が、アレで枯れ果てちまった」

 

 

 身体の奥底から、一つの情熱が鎮火する感覚が分かる。あの講演会で俺の夢は終わり、そして、この一連の出来事で、俺の才能は俺の身体から成仏するように消えて行った。

 演技をしろと言われれば出来るだろう。今日より平凡で、怠惰で、つまらないそれに、俺はもう楽しさを感じることはない。

 そんな寂しさを覚えるような感触を感じながら、俺は肺に煙を入れる。その時、待ち望んでいない声が聞こえて来た。

 

 

ニコロ「俺は、分からない.........」

 

 

桜木「.........」

 

 

ニコロ「辞めて、何が出来る?この道しか見てこなかった。この道以外見れなかった俺が今更、どこをどう歩ける?」

 

 

 下手くそな奴だ。仮面はまだ外せていないのに、苦しいのが痛いほど伝わってくる。そんなの、俺には関係―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『トレーナーにならないかい?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「.........」

 

 

 同じだ。苦し紛れに外に出たあの時の俺と、同じなんだ。もがいて、あがいて、必死に手を伸ばした手を掴まれて、俺は今の俺になれたんだ。

 コイツも必死に今、手を伸ばしてるんじゃないのか?俺がやるべき事は、あの日俺がされた様に、その手を掴むことなんじゃないのか.........?

 

 

桜木「.........そうだなぁ」

 

 

ニコロ「.........?」

 

 

桜木「まず、身体の動かし方を知っていて実践できる。そして、熱くなりながらも冷静に分析できる頭もある。それに何より、[目が良い]。だから.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁお前、トレーナーにならねぇか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの日、俺の人生が変わった一言を、俺の口から投げ掛ける。

 俺に他人の人生を変える事なんて出来ない。トレーナーとして、あの子達のトレーニングを見ているのも、あの子達が自分で自分の人生を変える為に強くなる手助けをしているだけで、俺と言うひとつの要素で変えたいなどと思ったことは無いし、それが怖い。

 内に秘めた想い、辿り着きたい場所、ただ早くなりたい、自分が変わりたい、夢を叶えたいという意思を、ただ手助けしたいだけなんだ。

 

 

ニコロ「.........トレーナーとは、一体なんだ?」

 

 

桜木「そうだなぁ.........」

 

 

 奴の疑問に答えようとした時、俺の耳にまた[イギリス訛りの英語]が聞こえてくる。

 内容としては簡素なもので、屋上に来い、隣のビルに居るという物だった。声の様子からして、どうやら急いでいるらしい。

 

 

桜木「.........まぁ、それはここを出た時に人に聞くなりネットで調べるなりするんだ。お前はもう、自分で歩けるんだから......よっと」

 

 

ニコロ「.........?どこに連れていく気だ?」

 

 

 満身創痍のヒットマンの肩を担いで、歩を進める。かなり困惑気味のようだが、これはチャンスだ。こいつに夢を見せる。最大のチャンスを、俺は逃したくない。

 

 

桜木「ちょっと屋上までな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ナリブ「まさかアンタ達だったとは思わなかったな」

 

 

パール「ごめんなさいね。本当はあの時警察で保護するつもりだったんだけど、状況がね.........」

 

 

 そう言って、目の前のイギリス生まれのウマ娘、パールは申し訳なさそうに謝った。先程までカボチャを被っていたあの怪盗だったのだが、私は全く予想もしていなかった。

 彼女達が言うには、どうやらICPOの捜査官でありながら、全く新しいおとり捜査の実施をしていたらしい。勿論、怪盗という名で通っているので、警察も本気で捉えてくる。マスクを外している時だけが、警察として扱われるらしい。

 

 

パール「.........それにしても、いつまで隠れてるのよ。ジミー」

 

 

ジミー「地震、怖い」

 

 

ナリブ「.........心配しなくても、あんな真似は二度としない」

 

 

ジミー「ほんと?」

 

 

二人「ほんとほんと」

 

 

 二人でそう言うと、ジミーは恐る恐るその姿を見せた。私が地震を起こしたという話を聞いた瞬間から必死に遠ざかる姿は中々面白かった。

 

 

ナリブ「.........!来たみたいだぞ?」

 

 

パール「あらほんと.........って」

 

 

ジミー「Wow!?He is crazy!?」

 

 

 奴は何ともないような表情でヒットマンに肩を貸しながら、私達に向けて「よう」というように手を上げる。いや、ようじゃないが?

 そして渋々ワイヤーを射出する奴を出すが、それを見て桜木は大振りな身振り手振りで中止を促す。

 

 

ナリブ「何を考えてるんだ.........!?」

 

 

パール「待って、なんか調理し始めたわよ!!?」

 

 

ジミー「Crazy?Yes crazy」

 

 

 何故かスーパーで購入していた携帯調理器具で、桜木は野菜とサプリメントを煮詰め始めた。隣にいるヒットマンはそれを嫌そうに見てるし、私達も嫌だった。笑っているのは桜木だけだ。どういう神経してるんだ?

 暫く待っていると、不意に遥か地上の方からサイレンの音が無数に聞こえてくる。もしやと思いみてみると、完全に隣のビルがパトカーに占拠されていた。

 それだと言うのに、その音を聞いて青ざめているのはヒットマンで、楽しそうに笑っているのは桜木だ。これではどっちが常識人か分かった物じゃない。

 

 

パール「貴方電話とか出来ないの!!?」

 

 

ナリブ「そ、そうか!!!」

 

 

 私はすぐさま、外国に来て交換していた連絡先に電波を飛ばす。しかし、桜木は電話を手に取らないどころか、それに反応すら示さない。まさか、壊れてしまったのだろうか?

 見かねたパールが自らの携帯を取り出し、長いアンテナの様なものを伸ばした。それをヒットマンに向けてボタンを押すと、やつはびっくりした様子でその電話に出た。

 パールは英語で何か言った後、私に電話を預けた。そして向こうも桜木に電話を渡す。

 

 

ナリブ「何をやってるんだアンタは!!?」

 

 

桜木「ハハハっ!!いやーもうこの状況が楽しくて楽しくて!!」

 

 

三人(何言ってんだこいつ)

 

 

 酒でも飲んだんじゃないのか?いや、この状況に酔っているのかもしれない。ともかく、奴をさっさとこっちに来させなければ.........

 そう思っていると、奴は調理器具の火を止め、そこに大量の水を入れ始めた。

 

 

パール「な、何をする気なの.........?」

 

 

ナリブ「.........まさか」

 

 

ジミー「ooorrrrrrrrrrr」ゲロゲロ

 

 

 事の顛末を予想したジミーはビルの谷に吐瀉物を降らせた。そしてそれは見事に的中し、桜木はそれを一気に飲み干したんだ。控えめに言って頭がおかしい。

 

 

 そして、身体にはみるみるうちに変化が現れた。奴の身体からは蒸気が溢れるようにして出現、天へと昇っていく。そして.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 頭には、私達にはとても身近な物が存在していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ナリブ(アグネスタキオンの薬か......!!?)

 

 

 力を確かめる様に手を開いたり握ったりしている桜木。そしてそれをなんの前触れも無く地面へと振り下ろす。微弱な振動がここまで伝わってくる。ジミーは気絶した。

 

 

ジミー「」

 

 

パール「ちょっと、ヒットマンを担いだけど!!?まさかそんなことないわよね!!?」

 

 

ナリブ「有り得るぞ!!あのバカは正真正銘何でもやらかす問題児で有名だ!!!」

 

 

桜木「跳ぶぞォォォォォォッッッ!!!!!」

 

 

二人「馬鹿野郎ォォォォォッッッ!!!!!」

 

 

 奴は60mのビルの幅を一瞬で走り抜き、ギリギリで跳躍したのだ。横から見れば月をバックに、男二人。まるでET見たいな展開になったであろう。それは正に感動的な名シーンに他ならない。

 ところがどっこい、これは現実。正直私は心臓が死にそうだった。と言うか変な口調になるくらい動揺していた。

 ちなみにヒットマンはと言うと、青ざめを通り越して真っ白になってた。あまりに不遇でちょっと可哀想だった。

 そしてその時、今この場で一番聞きたくない言葉が、この夜のデトロイトに響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっ!!!これ届かんわッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ナリブ「」

 

 

パール「」

 

 

ニコロ「Hey!?What do you mean!!?」

 

 

桜木「We die」

 

 

ニコロ「」

 

 

 あと三分の二の距離という所でそんな会話が聞こえてくる。あんな無表情でも気絶しながら涙は流せるのだと私はこの時初めて知った。

 それでもあのバカは笑顔を止めない。正直気が狂ってる。奴は担いだヒットマン思い切り、私達のいるビルの方向へと投げ飛ばした。

 

 

桜木「ブっさんッッ!!!」

 

 

ナリブ「!?なんだッッ!!!」

 

 

桜木「助けてッッ!!!」

 

 

ナリブ「たわけッッッ!!!!!」バッ!

 

 

パール「あっ!!!ちょっと!!?」

 

 

 私はパールの手に持っていたワイヤーを射出する奴を奪い取り、今自分のいる場所から桜木に向かって飛んだ。飛んできたヒットマンは、パールが何とか抱きとめたようだ。これで一つ不安材料は無くなった。

 

 

 等速直線運動の法則に逆らうこと無く、どんどん身体は地面へと向かって言っている。このまま行けば2人ともぺしゃんこ。翌日にはデトロイトの新聞に大々的に取り上げられることになるだろう。それだけは絶対に避けたい。

 必死に伸ばされた桜木の手を掴み、力を込めて握る。痛そうな声が聞こえたが知らん。自業自得だ。私はそのまま、パール達のいるビルに向けてワイヤーを射出した。

 落下が止まる。それだけで安心する程、生きた心地がようやく感じることが出来た。

 

 

桜木「ふぅ.........サンキューブっさん」

 

 

ナリブ「.........たわけというエアグルーヴの気持ちが、今初めて分かった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「その後、パールさん達に服買ってもらって、デトロイトを出立したってわけ。ほら、かっこいいだろ?背中の三日月のデザインが特にさ」

 

 

全員「.........」ポカーン...

 

 

 無茶苦茶です。ハッキリ言って、まだ映画の方がリアリティがあります。事実は小説よりも奇なりとか、そんな次元ではありません。

 そんな彼になんと声を掛ければいいでしょう?頑張りました?身体は何ともありませんか?本当に人間なんですか?おバカ?きっと、そのどれもが正しくありません。

 

 

マック(うぅ......だと言うのに、なぜこんなに帰ってきて嬉しいんですの.........?)

 

 

 意外と単純なのかもしれません。自分のそういう部分に嫌になりながらも、それでも彼にかける言葉を探しました。

 ですが、私やチームの皆さんが声をかける前に、ゴールドシップさんが言葉を発しました。

 

 

ゴルシ「足りなくね?」

 

 

全員「え?」

 

 

ゴルシ「日数だよ。五日間でそんな事あって、帰ったとしても六日目だろ?三日足んねぇぞ」

 

 

マック「た、確かに.........」

 

 

 ゴールドシップさんに向かっていた視線が、一斉にトレーナーさんへと向けられます。当のトレーナーさんはどうかと言うと、先程から何故かソワソワし始めて居ます。

 まさか、何か知られては行けないことが.........?う、浮気?いえいえ!!そもそも誰かと付き合ってる訳ではありませんし!!

 ですが、今のこの彼の反応が私の不安を煽ってしまいます。違うなら違うと仰ってください.........!

 

 

桜木「あの、非っっっ常に言い難いんだけど.........」

 

 

全員「.........」ゴクリ

 

 

桜木「.........タバコ吸ってきて良い?」

 

 

全員「.........はぁぁぁ」

 

 

 .........呆れました。まさか、それで先程からソワソワしていたのですか?本当、なんでこの人の事を私は.........

 アグネスタキオンさんがしっしっ、と言うように手で出ていくように促すと、申し訳なさそうにしながらも笑って彼は病室を退室して行きました。

 

 

テイオー「有り得ないよね、本当に人間なのかな?」

 

 

タキオン「そのうち辞めると思うよ」

 

 

ウオッカ「だよな!?サブトレーナーおかしいんであって、話について行けない俺達は悪くないよな!!?」

 

 

 そのウオッカさんの言葉に同意するように、皆さんは首を縦に振ります。私も正直、所々お話が飛躍しすぎていて付いて行けませんでしたわ。

 

 

東「なんか俺、アイツの事が怖いよ......」

 

 

沖野「俺もだ。次は何をしでかすか分かった物じゃない.........」

 

 

 お二人は頭を抱えて今後について考えていました。私も考えた方が良いのでしょうか.........?

 いえ、あの人はあれでもカッコイイ時は凄くカッコイイんです。レースをする前の地下バ道の時だって.........

 

 

マック(うぅ.........本当にずるい人です......トレーナーさん.........)

 

 

全員「.........」ジーッ

 

 

マック「.........?な、なんですか?」

 

 

 ふと、皆さんの視線が私に集まっているのに気が付きました。ただ私の方を見ていたり、ニヤニヤしていたりと、その反応は様々でしたが、しっかりと私だけを見てきます。

 

 

テイオー「マックイーンって、やっぱ変わったよねー?」

 

 

ダスカ「そうよね、入学式の時なんてあんなツンツンしてて肩肘張ってる感じ凄かったのに」

 

 

マック「な!?」

 

 

ウララ「そうなの??マックイーンちゃんトレーニングしてる時もニコニコしてるよ!!!」

 

 

スペ「や、やっぱりサブトレーナーさんが好きなんですね.........!!」

 

 

マック「な、なな.........!!?」

 

 

 気が付けば病室内では、私とトレーナーさんがどんなに仲良しかという話に発展して行きました。先程まで静かに彼の話を聞いていた静寂さも、今はその存在をすっかり潜めています。

 

 

ゴルシ「いやぁ〜、やっぱチョロかわマックちゃんだなぁ〜」

 

 

マック「そ、それを言うなら貴女だってそうではありませんか!!!デートだなんだとなった途端!!!急に空気が抜けた風船のようにふにゃふにゃになって!!!」

 

 

ゴルシ「バカッ!アタシのトラウマを抉るなよ!!!」

 

 

テイオー「ゴルシ!!!」

 

 

ゴルシ「やめろォ!!!」

 

 

 あっという間に、いつもの.........いえ、トレーナーさんが帰ってくる前の空気が、彼と共に帰ってきました。少し騒がしくて嫌になるほどだったのに、なぜかいつも以上に心地よい空間が形成されていました。

 

 

マック(.........本当、ずるい人です)

 

 

「騒がしいな」

 

 

全員「.........!!?」

 

 

 そして、その空間にいつもは聞きなれない声が聞こえてきました。その方向へ振り返ってみると、お話の中で大活躍していたナリタブライアンさんがそこに立っていました。

 もし、この人があの場に居合わせて居なければと思うと、彼がこの場に二度と姿を表せなかった可能性が脳裏を過ります。気付けば私は、声を大にして、ブライアンさんの名前を呼んでしまいました。

 

 

マック「ブライアンさん!!!」

 

 

ナリブ「!?な、なんだ?急に大声出して」

 

 

マック「トレーナーさんを助けて頂き本当に感謝申し上げます!!!もう私、なんて言ったらいいか.........!!!」

 

 

ナリブ「おい、頭を上げろ!!感謝を言われる筋合いはないが!あの男の事はこってりと搾っておけ!!!あの男あの時助けた礼を駄菓子一つ寄越して終わりにしやがった!!」

 

 

全員(うわぁ...)

 

 

 [うまい棒]と書かれた包装紙に包まれたお菓子が、ブライアンさんの手に思い切り握られていました。今も怒りに手をプルプルとさせています。流石のゴールドシップさんもドン引きしているようです。

 

 

ゴルシ「いや、アタシだってもっとまともな礼すんぞ.........焼きそばご馳走するとか.........」

 

 

ナリブ「.........はぁ、ところで、肝心のあのたわけはどこだ。ここに行くと連絡は来てたが.........」

 

 

「え、なに?玲皇居ねぇの?」

 

 

 そんなどうしようもない程力の抜けた声が、廊下の方から聞こえてきました。そして、次の瞬間には保健室医の黒津木先生と図書室司書の神威先生が、顔をにゅっと出してきました。目の下に大きな隈を作って。

 

 

タキオン「おや、黒津木くん。それにモルモット代理くんじゃないか。彼なら一服しに外に出て行ったよ」ヤレヤレ

 

 

白銀「なんだよ。せっかく玲皇に二軍デッキビリビリドッキリしようと思ってたのによ」

 

 

デジタル「いや、実際ビリビリにしてたのにドッキリにはならなく無いですか?」

 

 

白銀「うるせぇぞ変態女」

 

 

デジタル「ミスタークレイジー。そう、ミスタークレイジーです。すっかり忘れていました」

 

 

 二人の成人男性を病室内に投げて飛ばす白さん。本当に人間なんでしょうか?

 二人は倒れた後即座に立ち上がり、椅子に座りました。ウトウトしながらも何とか意識を持とうと努力する姿が見られます。

 

 

黒津木「寝たら死ぬからな、創(ボソッ」

 

 

神威「わぁってらぁ、あの話した後これ飲んですぐ退散、だろ?(ボソッ」

 

 

ライス「な、何の話.........?」

 

 

二人「こ、こっちの話!!!」

 

 

 慌てて両手で否定するお二人。どこか怪しさを感じます。後で追求した方がよろしいかも知れません。

 取り敢えず、何故ここに来たのかを聞こうと口を開きかけたその時、また廊下から声が聞こえてきました。

 

 

「えー?なに?桜木くん留守?」

 

 

全員(お、女の人の声.........!!?)

 

 

白銀「外でタバコ吸ってるらしいっすよ」

 

 

「そっ、じゃあお話しといてくれる?私は桜木くんとお話してくるわ☆」

 

 

 そう言った後、その女性は姿を見せず、遠ざかる足音と病院内がざわつく声が聞こえてきました。

 まさか.........ほ、本当に浮気を.........!?い、いえ、まだそうと決まった訳ではありません!!!

 そう悶々としていると、気が付けばナリタブライアンさんは目の前の椅子に腰を下ろして居ました。

 

 

ナリブ「それで?桜木はどこまで話した?」

 

 

ブルボン「デトロイトでヒットマンを撃破し、ビルを飛び越え損ねた辺りまでです」

 

 

ナリブ「.........一番肝心な部分を話してないじゃないか」

 

 

スズカ「嘘でしょ.........?」

 

 

沖野「い、一番肝心って.........?」

 

 

 そう、その言葉が意味することは、今までの話は全て前座だったということです。

 全く、トレーナーさんもさっさと話せば良いのに、あんな勿体ぶらなくても宜しいではありませんか.........

 大きいため息を吐いたあと、ブライアンさんはゆっくりと話し始めました。

 

 

ナリブ「確かに、[アメリカでテイオーを見てくれる医者]は居なかった.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「[アメリカ]では、な.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 七日目 デトロイト空港

 

 

桜木「お世話になりました。パールさん、ジミーさん」

 

 

ジミー「呼び捨てで構わない。俺達はトモダチ、だろ?」

 

 

 そう言って、ジミーは桜木に対して笑顔で握手をした。その様子を、パールは微笑みながら見て、本来ならば居るはずの無い[元ヒットマン]、ニコロ・エバンスは無表情で見ていた。

 

 

桜木「お前も、あの時いい夢見たって聞いたけど?」

 

 

ニコロ「ふざけるな。あの時見た夢は、よく分からん凱旋門近くで、そこのよく分からん耳の生え方した様な奴の隣で、大勢にカメラのシャッターを切られたんだ。あんなの二度とごめんだ」

 

 

桜木「良いのかー?トレーナーになったら、あんなのいくらでもあるぞー?」

 

 

ニコロ「くっ.........」

 

 

 心底嫌そうな顔をするが、どこかバツが悪そうに顔を背けるニコロ。コイツも結局、桜木に振り回される事になるのか.........

 それにしても、凱旋門.........それは私達頂点を求めるウマ娘にとっては、喉から手が飛び出でる程に欲しい物がある場所だ。それは.........

 

 

桜木「凱旋門賞」

 

 

ニコロ「.........?」

 

 

桜木「恐らくお前が見た夢の舞台だ。あの地で、多くの日本のウマ娘の夢が散っていった。夢だろうとなんだろうと、あの舞台に立てたなら羨ましい」

 

 

ナリブ「.........」

 

 

 そうは言っているが、桜木の目は憧れと言うより、どちらかと言えば挑戦的であった。

 愚直で、直線的で、迷いの無いその目。その目に当てられてしまえば、誰もがその気になってしまう、そんな桜木の目を、私は初めて見た。

 

 

ニコロ「.........お前も来い。今度は勝つ」

 

 

桜木「おいおい、まだトレーナーにもなってねぇのに凄ぇ自信だなぁ」

 

 

桜木「.........けど、それが強さだ」

 

 

桜木「重賞の重みも、GIの凄さも真に理解していない人間は、物怖じする事が無い。ただひたすらに強くなって、目の前の壁を壊せ。自分の殻を破ったように.........今度は、目の前の壁を」

 

 

ニコロ「.........!」

 

 

 そう言って桜木は、右手で作った拳をニコロの鍛え上げられた胸に押した。まるで夢を与えるように.........

 別れの言葉はそれきりで、何も無かった。ジミーもパールも手を振って、ニコロもその目で私達を見送った.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ナリブ「.........なぁ」

 

 

桜木「ん?どうした?」

 

 

ナリブ「あのヒットマンに言った言葉、アンタにしてはやけに芯が通ってたが、何かの受け売りか?」

 

 

 飛行機を待っている間、暇に暇を重ねていた私は、つい桜木に疑問を問いた。別に、それを聞いてどうこうするわけではなかったが、どういう真意であの言葉が出てきたのかが気になった。

 ゆっくりと懐かしむ様な目で空を見た後、照れくさそうに笑いながら、桜木はその口を開いた。

 

 

桜木「.........俺がトレーナーになった時、説明会をサボらされたんだ。古賀さんに」

 

 

桜木「あんなくだらない説明より、もっと有意義な事を教えてやる.........ってさ」

 

 

ナリブ「.........」

 

 

桜木「.........恐れるな。前を見ろ。常に壁を壊せ。仲間を信じて、お前の道を歩け」

 

 

桜木「.........俺はそうやって、あの人の意志を分けてもらった。だから、俺もあの人を見習ってそうしただけさ」

 

 

 握りしめた王冠のアクセサリーに、信じる仲間の姿を思い出したのか、桜木は少し寂しげに、飛び立つ飛行機のその雲を見ていた。

 信じる仲間を置いてまで、いや、信じているからこそ、置いていけたのだろうか?私には到底理解出来ない。そして、真似もできないだろう。人の夢の為にここまで出来る男を、私は知らない。

 

 

ナリブ「.........もう一つ聞きたいことがある」

 

 

桜木「今度は何!!お母さん気が短いんだからいっペに言って!!!」

 

 

ナリブ「誰が母さんだ.........なぜ[日本]行きじゃなくて、[フランス]行きなんだ?帰るんじゃないのか?」

 

 

 降って湧いた疑問ではなく、今度はチケットを購入した時点で気になっていた事を聞く。すると奴は、自信満々に警察に保護されていた荷物から、一冊の本を取り出してきた。

 

 

ナリブ「?これは.........?」

 

 

桜木「エディ・ファルーク。ウマ娘に関しての知識は黒津木の上を行く唯一存在。そして、その人が院長務めてる病院が、[フランス]にある.........!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「行くぞ.........![パリ]へっ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 力強くそう宣言をする桜木。ここ、デトロイトでは見れなかった自信を、ようやく取り戻したのだろう。期待に胸を膨らますように、奴は息巻いていた。

 かく言う私も、飛行機に乗り込んでからは、よく分からない期待を胸に、未だ見ぬ地、[パリ]への憧憬を胸に、二度目の空の旅を迎えたのであった.........

 

 

 

 

 

  ......To be continued



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奇跡の境界線はすぐそこに

 

 

 

 

 

 七日目 パリ、シャルル・ド・ゴール国際空港

 

 

桜木「.........」

 

 

 デトロイトの空港に比べ、それなりに綺麗な雰囲気があるフランスの空港。俺はそこで、ブっさんのトイレを待つ傍ら、ある人物へメッセージへと送っていた。

 それは以前、会えるかどうかの相談をした以前の職場の先輩に対して送ったものだ。(※ライスシャワー「猫さんだ.........!」参照)

 

 

 ブーッブブ!

 

 

 [ごめんなさい、明日は用事があるから厳しい]

 

 

桜木「.........そっか、まぁ、仕方ないよな」

 

 

 正直、期待半分、諦め半分ではあった。先輩にも先輩の人生がある。せっかく日本を飛び出して、フランスでの生活を謳歌しているのだ。わざわざこんな話をして、あの人の軌道を揺らがせる訳には行かない。

 それに.........

 

 

桜木(一応、アポは取れたしな)

 

 

 デトロイトで行き詰まったある日。俺は試しに、会う事はエディ先生に会うことは出来るかという話を、病院に電話を掛けて話してみた。

 相手は何だか言い淀んでいたり、困惑していたりしたが、アポはアポだ。テイオーを見てくれとまでは言わないし、アドバイスか何かを貰えればそれで良い。

 

 

ナリブ「すまん、待たせた」

 

 

桜木「いや、構わない。取り敢えず今日はもう遅いから、どこかホテルに泊まって、明日病院に向かおう」

 

 

 俺はブっさんにそう言ってから、先輩にメッセージを返した。また、当たり障りの無い事を書いて.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっと!!!どういう事なのよ!!!」

 

 

 書類に埋もれた部屋。廊下や他の部屋とは違う、どこか威厳を感じさせるような雰囲気のある、この建物唯一の部屋の中で、私は目の前の、かつて[院長秘書]だった彼に声を荒らげた。

 

 

秘書「いいですかボス」

 

 

「ボスじゃない!!!私の事は前の様に.........」

 

 

秘書「そうは行きません。先代の院長が失踪した際に発見した手紙に、代理は貴女だとそう書かれておりました」

 

 

「ぐぬぬ.........」

 

 

 私には似つかわしくない、院長の椅子に気が引けながらも腰を下ろし、上に書類が散乱しつつも、どこか厳かな机の上で頭を抱えた。

 だって有り得ないじゃない!!!私を通さずに!!!勝手に!!!先代の院長名義で!!!アポを取るなんて!!!

 

 

「いいからさっさと断りなさい!!!こんな格好で人に出れるわけないじゃない!!!」

 

 

秘書「至って普通の格好ですが?」

 

 

「私には私の正装があるの!!!初対面の人とこの格好でどう話せって言うのよ!!!」

 

 

秘書「あの格好は些か変質者じみていますが」

 

 

「私が安心して話せる格好があれなの!!!文句ある!!?」

 

 

秘書「ええ、我が病院の信頼に関わりますね」

 

 

「じゃあ私を院長から下ろしてよ.........」

 

 

 長いブロンドに染めた髪が視界に入る。最近は診察も無いし、人前に出ることもなかったからあの格好をする必要も無い。

 そう思っていたのに、今全てが壊された.........一体誰なのよ、今日来たっていう、[居ないはずのエディ先生]に会いたい来客って.........

 

 

秘書「ほら、もう行きますよ。良かったじゃないですか、わざわざ同じ日本人に変質者だと思われなくて」

 

 

「日本人なの.........?そう、じゃあ.........まだ安心ね.........」

 

 

 私はため息を吐いてから、ウォーターサーバーから出てくる冷えた麦茶を一気に飲み干した。

 .........思えば、エディ先生の居た頃は、お茶くみばかりさせられていた気がする。男って、どうして女の子にお茶を汲ませたがるのかしら?理解に苦しむわ、自分で取りに行った方が確実で手間は掛からないのに、それでお給料が一人分出てくるなんて、非合理的よ。

 

 

(.........彼のお誘い、こんな事なら受けとけばよかったかも)

 

 

 変に真面目な所が災いして、久々に会う後輩の話を断ってしまった。院長とは言っても代理、世間ではまだエディ先生はこの病院に務めている事になっている。私が受け持っている患者に呼ばれれば診察もするし、治療もする。手術はまぁ、他の人が居るし、私はしないけども。

 

 

「.........分かったわ、行きましょう?相手を待たせちゃ、失礼だものね」

 

 

秘書「その通りです。ボス」

 

 

「ボスはやめて」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「.........」

 

 

ナリブ「.........」

 

 

 時計の針が痛々しい程に響いてくる静かな部屋。会議室なのだろう。そこにはフリップボードやらプロジェクターやらが備えられている。

 

 

桜木(懐かしいな、営業してた頃を思い出す)

 

 

 あんな日々、思い出したくもないが、この知識の貯留ができたのは、本当に運が良かったのかもしれない。あの開発部の[先輩]に会えなければ、それさえ無かった。

 あぁクソ。それ以外はタバコを吸ってた記憶しか無い。吸いたくなってくるじゃねえか、ここは病院だ。我慢しねぇと.........

 

 

「〜〜〜!!!」

 

 

「.........」

 

 

ナリブ「.........?揉め事か?」

 

 

桜木「さあな、フランス語は分からん。あんなに巻舌出来る人種他に居んのか?」

 

 

ナリブ「なんだ?出来ないのか?試しにやったら出来るかもしれないぞ?」

 

 

桜木「.........らーーーらららららら」

 

 

ナリブ「フン」

 

 

 鼻で笑われた。酷い。やれって言われたからやったのにこの仕打ち。まぁ俺もデトロイトで散々滅茶苦茶して迷惑かけたし、仕方も無いか.........

 そう思っていると、ドアノブが不意に回される。

 その時、極度の緊張のせいか、時間が止まったように感じた。それでも時計の針が進む音は痛々しくて、鉛のように重い唾を飲み込んでしまう。

 その扉が開かれた時、あの書物の著者であるエディ・ファルークの写真には無かったブロンドの長髪に目を引かれた。

 

 

桜木(エディ先生じゃない.........?)

 

 

「ごめんなさいね、エディ院長は今.........え?ウソ.........!!?」

 

 

桜木「え.........?アレ.........?」

 

 

 そこに立っていたのは、いや、佇んでいたのはブロンドの長い髪をした、女性.........メイクこそしているものの、その姿はどこか、俺の世話をしてくれた[先輩]に似ていた。

 いや、似ている所ではない。あの時は分厚いレンズのメガネをしていて、光が当たれば茶色に見えた髪ではあったが、顔のパーツは先輩そのものだ。

 .........他人の空似だろう。いくら会いたかったからとは言っても、こんな所で私情を挟んでは行けない。そう思っていた。

 

 

 次の彼女の一言までは.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「桜木くん.........!!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「っ!!???嘘だろ.........!!?」

 

 

ナリブ「な、なんだ急に立ち上がって!!?知り合いか.........!!?」

 

 

 あまりにも劇的な、そして有り得ない筈の再会。それが有り得てしまった。座っていた椅子を後ろに倒した事も、ここに来た目的も一瞬ですら忘れてしまう程の、そんな衝撃的な再会であった.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ナリブ「.........まぁ、出会いはこんな所だ」

 

 

テイオー「.........あー」ダラダラ

 

 

ナリブ「?どうした.........?」

 

 

マック「ドウイウコトデスノ?カレハタシカコイビトハオサナナジミトイッテイテデートノケイケンモソコカラデキスモシタコトナイト、マサカウソ?ウソヲツカレマシタノ?」ブツブツ...

 

 

 自分の口から、まるで呪詛のような負の感情が溢れだしてしまいます。分かってはいても、それを止める事は出来ません。これが嫉妬がどうかすら判別がつかない程、余裕がありません。

 

 

ナリブ「なんだあれは、新手の特急呪霊か?」

 

 

ゴルシ「ああ、恋の病っつう呪いに狂い踊らされちまってんだ。おっちゃんも隅に置けな「ゴルシ!!!」やめろっつってんだろォ!!!」

 

 

沖野「どうしてアイツが絡むとこううるさくなるんだ.........」

 

 

マック「.........はっ!」

 

 

 ようやく、周りの喧騒が耳に入ってきて我にかえりました。ああ.........なぜあの人の事になるとこう、周りが見えなくなってしまうのでしょう.........

 ウララさんもライスさんも心配そうに、私の方をじっと見ています。それがなんだかとても申し訳なく思います。直ぐに大丈夫だと伝えました。

 ようやく話の続きを.........そう思った時、ブライアンさんの様子が少し変でした。難解なパズルを解いてる時のように、何かを考え抜いた末、恐る恐る、口を開きました。

 

 

ナリブ「恋って、誰が誰に?」

 

 

マック「え」ダラダラ

 

 

ゴルシ「そりゃお前マックちゃむぐむぐ」

 

 

 私は慌ててゴールドシップさんの口を塞ぎました。えぇ、危ない所でした。確かに彼の事になると周りが見えなくなる節があるのは自覚していますが、これが恋心がどうかは、実の所分からないのです。

 彼に対して、どのような好きの感情か、まだ名前をつけていない以上、下手に誤解を招くような表現をされるのは溜まったものじゃありません。これで危機は去りました。

 

 

白銀「その子と玲皇に決まってんじゃん」

 

 

マック「」

 

 

全員「あ」

 

 

 そうでした。この人、こういう事を言いふらす人でした.........あぁ、また変に誤解されて、からかわれるか生暖かい目で見られるかのどちらかの対応をされてしまう.........

 そう思っていましたが、今尚、ブライアンさんは腕を組んで、難解なパズルがひとつ増えた様な顔でポツリと呟きました。

 

 

ナリブ「れ、恋愛.........と言う奴らしいな、分からない」

 

 

全員「え」

 

 

ゴルシ「オメーピッコロか?」

 

 

 今までに無い反応をされましたが、正直助かりました。からかわれるのも生暖かい目で見られるのも、あまり好きでは無いので。

 とは言っても、まるで見たことの無い生物を見られるようにじーっと観察されるのは頂けませんわね.........

 

 

マック「あの、そうじーっと見られると、こちらも反応に困ります.........」

 

 

ナリブ「あぁ、悪い。私の周りで恋愛してる奴なんて居なくてな。しかし、表面上は余り変わらないな」

 

 

テイオー「サブトレーナーが来たらすぐ分かるよ♪」

 

 

マック「テイオー!!!」

 

 

 思わず声を張り上げてしまいましたが、テイオーは悪びれる様子もなく、きししと笑って楽しんでいました。こっちは楽しくとも何ともありませんのに.........

 こほん、とブライアンさんから咳払いの音が聞こえてきます。どうやらようやく、話の続きが聞けそうですわ.........

 

 

マック(もう.........許しませんわよ、トレーナーさん.........!)

 

 

 心の中で、半ば八つ当たりであることを知りながらここには居ない彼に対して、私は行き場のない怒りをぶつけました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

先輩「そう、そんな事が.........」

 

 

桜木「いや、こっちこそそんな事があったなんて知りませんでしたよ。会社辞めて単身フランスなんて.........」

 

 

 あの後、積もる話もあるものの、掻い摘んでお互いの状況を話した。

 先輩は会社を辞めたその後、妹が居るというフランスのパリへ飛び込んだらしい。元々付き合いで習わされたフランス語のお陰で、言語の壁は無く、大学で取得していた医師免許も相まって、この病院で下働きから再度医師免許を取得し、医者になったと言うのだから驚きだ。

 

 

桜木「そっかぁ.........そんな先輩が、今やブロンドの髪をなびかせて院長かぁ.........」

 

 

先輩「だぁかぁらぁ!!!名義はエディ先生なの!!!常にあの人が行動するような事を想定しながら病院の方針考えるのもしんどいのよ!!?」

 

 

桜木「けど、会社に居た時より楽しそうだ」

 

 

先輩「はぁ、そりゃそうよ。多くの人の手助けが出来る。そう思ってあの会社の開発部に居たのに、結局はお金儲けの事しか考えてないんだもの。お金なんて、後からついてくる物なの」

 

 

 本当、人生とは分からないものだ。俺は彼女の秘書(先輩は頑なに否定していた)に出された麦茶を一口飲む。久々に、日本を感じた気がして心が休まった。

 

 

ナリブ「.........話を咲かせている最中にすまないが、ここに来た理由をさっさと話した方が良いんじゃないか?」

 

 

桜木「あぁ、そうだった。本当はエディさんに話が伺えればと思ったんだけど、元々先輩にも相談しようとしていた事なんだ」

 

 

先輩「わ、私に.........?何かしら.........」

 

 

 さっきまで和やかな雰囲気だったが、その空気が一変する。それは、俺個人が感じているものかもしれないし、ここにいる全員が感じている事かもしれない。

 俺は.........ここに来た理由。テイオーの足についての相談を、先輩に打ち明けた。

 

 

桜木「.........という事なんです」

 

 

先輩「.........そう、そういう事.........」

 

 

 俺の話をひとしきり聞いた後、先輩は深く考え込んだ。次に出てくる言葉でこの先が変わる。運命の瞬間だ。今まで俺を.........そして、これからテイオーを弄ぶ運命を、俺が壊す。

 時計の針の音すら耳に入ってこないほど、俺は次の言葉に、集中していた。

 

 

先輩「.........私は、貴方の力になりたいと思っている。たった一人の良い後輩だもの」

 

 

桜木「先輩.........!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「でも、力になれそうも無いわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「え.........?」

 

 

 [なぜ]も[どうして]も、喉をつくことすらしなかった。それほどまで、ここまで来て裏切られるとは、思ってもいなかったからだ。目の前の現実の飲み込みを拒否する理性も、人間が今まで積上げてきた知性という名の本能が、自動処理をし始める。

 ようやく、時計の針の音が聞こえてくる。その一回、一回にこれまでの苦難と困難の全てが想起され、燃やされて灰にされていく。俺は結局。運命には打ち勝てなかった.........

 

 

先輩「.........この病院にも、エディ先生が居た頃は、ウマ娘の治療や診察、手術を行ってきたわ」

 

 

先輩「けどね、世間には彼が高齢で、診察する事もままならないと伝えてからは、彼女達を診ることはしてないの。何故だかわかる?」

 

 

二人「.........」

 

 

先輩「[分からない]のよ。彼が、どうやって、何を基準に診断して、治療して、手術したのか、そのデータが、この病院に務めている私達に公開されてないの」

 

 

桜木「て、手伝った人達は!!?」

 

 

先輩「居るわ、エディ先生に詳細は伝えられず、ただ経過の報告や手術の指示に従っただけ。どういう理由でそうしたのかも、伝えられてないの」

 

 

桜木「そんな.........」

 

 

 俺は今、どんな顔をしているだろう。少なくとも、あの子達に見せていいものでは無い事くらい、理解出来る。ここまで来て、無茶までして.........一体、何をしにここまで来たんだ。

 

 

先輩「.........ごめんなさいね」

 

 

桜木「.........っ」

 

 

 俺は結局、人を苦しませただけだ。目の前の人を、テイオーも、そして.........マックイーン達にも、ただ無駄に、苦しませた。

 医者を連れて来るどころか、アドバイスすら貰えない。俺は.........ただひたすらに、無力だった。

 

 

ナリブ「.........日本はもう、日本ダービーの日か」

 

 

先輩「.........じゃあ今日が、運命の日って訳ね」

 

 

桜木「.........」

 

 

 部屋に備え付けられた時計は午後六時を指し示す。日本より8時間遅れているフランス。向こうではもう、東京ダービーの日だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人々の歓声

 

 

 熱狂的な空気

 

 

 二本の指を掲げる少女

 

 

 ぎこちなく僅かに動く左足

 

 

 夢の崩れる音、時計の針と共に聞こえてくる。

 

 

 神様によって敷かれたレールの上をただ歩くその物語に何も抵抗も出来ないまま終わる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それでいいのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 子供(ウマ娘)の夢を守らずして、何が大人(トレーナー)だ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「諦めきれません」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

先輩「.........桜木くん?」

 

 

 俯いた彼から聞こえてきたのは、私の知っている彼からは到底想像出来ない程、粘り強く、そして、気迫に満ちていた言葉だった。

 

 

桜木「俺は、あの時.........トレーナーになった時に決めたんだ。誰にも、俺と同じ様な思いをさせないって.........!!!!!」

 

 

桜木「ここで逃げたら.........ここで終わったら.........ッッ!!!」

 

 

桜木「死んでも死に切れねェ.........ッッッ!!!!!」

 

 

先輩「.........っ!」

 

 

 伏せていた顔、彼はその顔を上げて、私を真っ直ぐ見てきた。その目はギラギラとした両目、いえ、双眸と言った方が正しいのかも知れない。

 獣の様な何かを追う者。そして、自分に近しいものを守る者の目。そんな彼の目が、私の心を射抜くように、真っ直ぐ私の目を見てきた。

 

 

ナリブ「.........私からも、頼む」

 

 

先輩「貴女.........」

 

 

 今まで黙っていた彼の隣座るウマ娘も、私に向かって頭を下げた。まるで、受け持つ患者の家族が、その命を医者に預けるように.........

 

 

ナリブ「アイツは鬱陶しいが、スゴい奴だ。会長や私と、並び立てるかも知れない、本当に強い奴なんだ」

 

 

ナリブ「それが.........!こんな怪我なんかで終わっていい筈が無い.........ッ!!」

 

 

先輩「.........」

 

 

 二人とも、その目で私の方を見た。誰よりも真っ直ぐで、誰よりも直線的。そして、誰よりも素直。そんな目、今どきの子供ですらしないのに、いい歳してそんな目をされたら、こっちは揺さぶられるに決まってる。

 .........特に、桜木くん。彼はこんな子じゃ無かった。諦めきれないなんて言う子じゃ無かった。上からの指示を仕方ないでこなして、理不尽に怒られればヘラヘラ流す。それが.........私が彼に対する、五年前で止まっている印象。

 

 

先輩(.........そうよ。たまにはギャンブルするのも悪くないわ)

 

 

先輩「.........分かった、こっちの出す条件をクリアすれば、私がついて行って上げる。ちょっと待ってて」

 

 

二人「!!ありがとうございます!!!」

 

 

 たった一欠片の希望ですら、彼らは喜んでそれに手を伸ばす。そんな姿に、私は少しだけ、[賭けてみる]ことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「.........これは?」

 

 

先輩「エディ先生が残したノートパソコンよ。これは全部彼が私に使っていいと伝言が記されていたわ。見て欲しいのはこのファイルよ」

 

 

 先輩はマウスのカーソルをあるファイルに合わせてクリックをする。その中にはもう一つフォルダがあって、その下にはExcelのデータがあった。

 

 

先輩「彼が残した物は全て目を通した。けれど、ウマ娘に関するものだけは見つからなかったの。この、パスワードで保護されたファイル以外からは.........」

 

 

ナリブ「っ!!じゃあこれが.........!!!」

 

 

先輩「ええ、ウマ娘に関する診察、治療、手術のデータに違いないわ。問題は」

 

 

 そう言いながら、先輩はExcelのデータをクリックする。そこには、数字の羅列だけが存在しているだけで、特に何も、ヒントも言葉も記されては居なかった。

 

 

先輩「この謎の数字の羅列。尋常じゃない量よ。これがパスワードの手がかりだと私は感じたわ」

 

 

ナリブ「数学、か.........あまり好きじゃないが.........やるしか「待て」.........なんだ」

 

 

桜木「.........似てる」

 

 

二人「へ.........?」

 

 

 似ている。確かに、この数字の羅列。特に最初の数字の並びに、記憶の片隅にある何かに引っ掛かりを覚える。俺は確かに、この羅列を知っている。

 数字.........数学.........それに関わりがあるとすれば、神威、神威創だ。確かに、この数字の羅列とアイツとの思い出に、なにか関連性を感じる。

 だとすればいつだ.........?確かに高校の頃、アイツから難しい数学の話を聞くのは割と好きだったが、こんな数字だけの羅列で教えられた覚えは無い。なんなら面倒くさがりだったから言葉だけで教えて貰った記憶しかない.........

 じゃあ卒業してからか?卒業してからなんてトレーナーになって出会うまで一度も.........

 

 

桜木(.........いや、会ったな、一回だけ)

 

 

 そうだ。アイツらにメンタル壊して仕事辞めたって連絡した後何も送らずに、トレーナーになるってだけ連絡した後だ。あの後古賀さん所に突撃しに来た後、良い感じに酔った神威が紙に書いて説明し始めたんだ。

 それだ.........!!正直難解すぎて理解も及ばなかったが、完全にそれだ!!!間違いねェ!!!だとするならば.........

 

 

桜木「そのファイルって、丸ごとコピーとか出来ますか?」

 

 

先輩「え?え、ええ、一応出来るけど.........」

 

 

桜木「じゃあメールで俺の親友に送ります」

 

 

先輩「は?」

 

 

 軽く体を押すと、先輩は流れるようにそこを退いてくれた。よし、後は神威にメールを.........いや待てよ。アイツLINEとか見ねぇしメールも見ねぇだろ面倒くさいしマジくたばれよバカ(でも好き)

 あーあ、どうする〜?誰に送る〜?正直白銀は口が軽くすぎてこれが大事な極秘資料だって事を口外しそうで怖い〜。じゃあもう黒津木しか居ない〜。

 

 

先輩「ちょ、ちょっとちょっと!!!これ一応だけど病院のデータなのよ!!?ダメに決まってるでしょ!!!」

 

 

桜木「良いからテーピングだァッ!!!」

 

 

先輩「えぇ!!!??」

 

 

ナリブ「また始まった」

 

 

桜木「言っときますけどねェ!!!この場に居ない人しか見られないデータなんて存在しないも同義なんですよ!!!存在しないデータを流して何になるんですか!!!死ぬんですかそうですか!!!じゃあ僕死にマース!!!」

 

 

先輩「そんなガンダムみたいな事言う空気じゃないでしょ!!!」

 

 

 勢いで喋ってしまったが、それでもどうやら俺の言った事に一理あるらしく、それからは大人しく椅子に座って事の顛末を見守ろうとしていた。

 そして見守ろうとしていた矢先に俺が変な文章打ち込んでるの見てまた止めに来た。

 

 

先輩「ちょっと!!!これで本当に読んでくれるの!!!??」

 

 

桜木「読む!!!」

 

 

ナリブ「どこからその自信が湧いてくるんだ.........?」

 

 

桜木「知りたいかッ!それはアイツが.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オタクだからだッッッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

黒津木「ブフォwwwエペ楽しすぎて寝れないwwwFPS止められないんだけどwww」

 

 

 時計の針がそろそろ深夜一時を指す頃合い。普通の社会人、ましてや学校勤務の奴は寝てるって?甘いぜ、甘ちゃんが。

 知らない奴に教えてやる。学校ってのはな、寝るところなんだよ(バカ)

 正直、最近は俺の保健授業に、如何に怪我が今後の人生に響くかを解いたお陰で、そこまで保健室を利用する生徒は居なくなってきた。偶に寝に来るやつとか居るけど、残念だったな。そこは俺のベットだ。

 

 

黒津木「あァ!!?クソァ!!!まぁだレヴオク使ってるバカいやがんのかよッ!!!あーはいはい!!終わり終わり!!!ダクソして寝るわ!!!」

 

 

 そう思ってエペを終了させ、パソコンのホーム画面に戻ってみると、メールの方に通知が来ているのに気が付いた。宛先は.........フランス?しかも病院か.........

 

 

黒津木「おっかしいなぁ.........こういう応援系はもう参加しないって公言したんだけど、手に負えない患者でも来たかぁ?まぁ有給使って飛んでいくしか.........ん?」

 

 

 そのメールを開く。そうして俺の目に飛び込んで来たのは、慣れ親しんだ言語の羅列であった。その言葉を眠気に浸された脳みそで必死に読み砕いていく。

 

 

 

 

 

 俺だ。機関のエージェントからの追っ手を何とか振り切る事が出来た。奴らを壊滅させる手をようやく掴んだが、俺の力だけではどうにも出来ない。

 そこでお前に白羽の矢が立った。黒津木宗也。俺と一番付き合いが長いお前に、このファイルを託す。お前が世界の命運を握っている。お前だけが、世界を覆す手段を持っている。

 その発想力と、神威の数式を用いて、この暗号を解いてくれ。健闘を祈る。

 

 

 エル・プサイ・コングルゥ

 

 

 

 

 

黒津木「.........ハハ、なんだよアイツ。元気そうじゃん」

 

 

 懐かしい。シュタインズ・ゲートかぁ.........そういや、アイツの影響で見たんだっけか。本当、お前は人を乗せる天才だよ。

 

 

黒津木「世界の命運ねぇ.........そうだよなぁ、俺達にとっちゃ、今生きている場所が世界なんだもんなぁ.........あークソ。夜中だってのにやる気が湧いてきちまったぜ」

 

 

 そのファイルをダウンロードしながら、俺は傍で充電していたスマホを手に取り、電話をかける。相手は勿論.........

 

 

神威「もひもひ.........」

 

 

黒津木「起きろぉ創ぇ。朝だぞー」

 

 

神威「マジ!!?(タッタッタ!シャッ!タッタッタ!)お前ェェェッッッ!!!!!」

 

 

黒津木「アッハ!!!ざまぁwwww」

 

 

神威「切るぞ」

 

 

黒津木「まぁそう言うなよ.........」

 

 

 俺はそう言いながら、ゲーミングチェアから立ち上がった。そして、暫く何も喋らなかった。いや、喋れなかった。何を言えばこいつが付き合うか、分からなかったからだ。

 あの 、メールに送られてきた文章。あの書き方は明らかに悪ふざけだ。俺達の間でしかまかり通らない、そんな悪ふざけ。でも、それは結局ただの飾りだ。

 きっと、あの内容自体は、玲皇から送られてきた言葉は、本物の言葉だ。電子の文章だが、今思えばそれは、ハッキリと伝わってくる。

 

 

 アイツはきっと、助けを求めてる。アイツの乗っちまった不幸なレールの行き先を、変えようとしている。世界を変えたいと、本気で願っている.........だから、俺は

 

 

黒津木「なぁ、今から変えようぜ、俺ら二人で」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「玲皇の世界をさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

神威「.........乗った。面白そうだ。今からそっち行くから待ってろ」

 

 

黒津木「おう、さっすが元ブラック企業勤め、深夜出勤はお手の物か」

 

 

神威「やめろ」

 

 

 それが最後の一言で、それっきり電話は切られた。俺は創の到着まで、先にファイルの中身を見ようと、ゲーミングチェアに座った。

 

 

黒津木「.........お客様が乗り込んだ列車は、途中下車が不可能な車両になります。忘れ物、失くし物、全て手に持って、安全確認を怠ること無く、ご乗車下さい」

 

 

 深夜テンションは最高潮。さっきまで感じていたゲームの充実感は比にならない。本当にアイツは、人を乗せるのが上手い。

 だから、俺も乗る。今度は失わないように、忘れないように、壊れないように、俺も、創も、翔也も、同じ列車に乗る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺達が乗った列車は、途中では降りられない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

黒津木「.........はっ、FF7かよ」

 

 

 そんな一つの言葉で、これからの状況はひっくり返る。深夜一時を回った時間にそう、俺はそう思った.........

 

 

 

 

 

  ......To be continued



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世紀の大レースのその裏で


お知らせがあります。現在作者のTwitterでこのような企画をしております。興味のある方は是非覗いて見てください!

https://twitter.com/VpgEcYR2RfOxh2w/status/1457989028163121153?t=d7jAs-DxD_lFVU3V_Eyfaw&s=19


 

 

 

 

 

神威「.........」

 

 

黒津木「.........」

 

 

 現在、朝九時を回った図書室の司書室。俺、神威創は現在、この迫っ苦しい部屋でこの黒津木宗也という男と二人っきりであった。正直罰ゲームにも程がある。

 

 

「あれ?今日は神威先生居ないのかしら?」

 

 

黒津木「.........呼ばれてんぞ」

 

 

神威「ざけんな、こっちは有給取って来てんだぞ。社畜時代を思い出させる行為をするな、虫さんが走る」

 

 

黒津木「トコトコwww」

 

 

 こうしてふざけてはいるが、二人とも既に限界に近しい状態だ。ただの一徹では響かないほど徹夜は慣れてるが、頭を働かせているなら話は別だ。常に150%くらいエネルギーが消費されている感覚に陥ってしまう。

 

 

黒津木「んで?そっちの文献は.........?」

 

 

神威「ダーメだ。この資料のウマ娘とは一致しねぇ.........」

 

 

「おやおや、流石の司書くんもお手上げかい?」

 

 

 人を小馬鹿にするような声が黒津木の電話から聞こえてくる。こっちは真剣にやってるのに、ちょっと酷いんじゃないか?もう少し優しくしてくれても神様は怒らないんじゃないか?

 

 

黒津木「そう言うなよタキオン。そっちは?」

 

 

タキオン「こっちの方は順調だが悪い知らせだ。彼の行動範囲、イギリス、フランスと来て日本まで広がったよ」

 

 

神威「まじぃ!!?死ぬ!!!死んじゃう!!!」

 

 

黒津木「マジでこのまま行くと創が過労死で死んじまう.........他に誰か、数字に強ぇ奴探さないと不味いぞ.........」

 

 

 そう言いながら、黒津木は小型冷蔵庫から栄養ドリンクを一本取りだして俺に渡してきた。なんですか、まだ働けって言うんですか?

 

 

黒津木「24時間働けますか?」

 

 

神威「働ける訳ねーだろ死ねボケカスこら」グビ

 

 

 ようやく半分消化しきった資料に、ここからまた更に日本のウマ娘の資料が増えるってことは、それはつまり俺の死と引き換えという意味に等しい。何でわざわざブラックから転勤した先で過労死せにゃならんのでしょう。これが全く分からない。

 

 

黒津木「だから言ったろ?一人で資料探して、公式当て嵌めてたった一人のウマ娘を探すなんて。俺は無理だと思ったよ?お前が『出来らァ!!!』って叫び声を上げた瞬間から無理だと悟ったよ?」

 

 

神威「うるせェェェッッ!!!」

 

 

 テンションは深夜を超えて朝テンション。天井を突き破るくらいにボルテージが膨れ上がっていた。そろそろ落ち着かなければたづなさんにアームロックされるのも時間の問題だ。

 

 

黒津木「だーから、正攻法じゃダメだって。ハッキングツール使って割り出した方が楽に.........」

 

 

神威「お前、それで言い逃れできんのか?警察やらなんやらに絡まれた時、しっかり相手の方から頼んできたって言い逃れ」

 

 

黒津木「バカ、サツなんか出したらもうお天道様の元で歩けねぇよ!!!」

 

 

 そうだった。コイツ割とチキンだった。すっかり忘れてた。だがこれで行き詰ったも同然.........一体どうしたものか.........

 

 

タキオン「.........ああ、そういえば一人、数字に強い知り合いがいたなぁ、紹介するかい?」

 

 

二人「いいの!!?」

 

 

タキオン「その代わりと言ってはなんだが、研究費の方を.........」

 

 

二人「払う払う!!!」

 

 

タキオン「交渉成立だねぇ。じゃあ、少し待っててくれたまえよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「.........ここか?オレの力を借りたいって奴らが居るのは.........」

 

 

タキオン「その通りさ、図書室に入って司書くんを呼ぶといい」

 

 

 くつくつと笑い声が聞こえる通話を切って、オレは図書室の扉を開けた。いつもであればこの時間でも割と盛況な様子がみてとれるが、今日は以前と同様、人っ子一人居ない。

 

 

「.........おーい」

 

 

 貸し出しカウンターのその奥の部屋から、何かが崩れた音が聞こえたのと同時に、扉がゆっくりと開く。オレはそれに少しだけ恐怖心を煽られるが、その恐怖はすぐに払われた。

 

 

神威「ああ.........君、数字に強いんだって.........?」

 

 

「あ、ああ。大丈夫か?目の隈が酷ェぞ」

 

 

神威「ハハ、心配してくれたのは君が初めてだよ.........」

 

 

 そう言って、扉を開けていた神威創、ここの司書はオレに手招きをして来た。カウンターの扉を開け、オレは自分の埃臭いと思っていたイメージとは違う奥の部屋へと入る。

 

 

黒津木「お、助っ人登場か?良かったな創。24時間から12時間労働になったぞ」

 

 

神威「キレそう」

 

 

タキオン「ようこそシャカールくん。この素晴らしき研究空間へ」

 

 

シャカ「.........それで、オレは何すればいいんだ?」

 

 

 そう言いながら、オレは空いていたパイプ椅子に腰を下ろした。司書と何故か居る保健室医が顔を見合わせると、見ていたデータを閉じて、違うデータを開き、それを印刷し始めた。

 

 

神威「とりあえず、これを覚えてもらう。えーっと.........」

 

 

シャカ「.........エアシャカールだ」

 

 

神威「釈迦」

 

 

シャカ「やめろ」

 

 

神威「.........エアシャカールには、このウマ娘の肉体比例式の公式を覚えてもらう」

 

 

シャカ「.........は?」

 

 

 この男は一体、何を言っているんだ?ウマ娘の肉体比例式?単語だけを聞いても、それが何を意味するのか全く理解が及ばない。オレをからかってるのか?

 そんなオレの心境を見透かしたように、保健室医の電話からタキオンが得意げに語り始めた。

 

 

タキオン「ウマ娘の肉体の力量を見た目から算出する計算式さ、最も、例外は居るけどね」

 

 

シャカ「そんなこと出来るのか?力はともかく、オレ達は人と何ら変わらない姿だぞ?」

 

 

黒津木「出来ちゃうんだなぁそれが。そこに居る司書は一晩でその計算式を作り上げちまった数学のスペシャリストだ」

 

 

 こいつが?今目の前で死にそうになりながら資料を漁っているこの司書が?全く想像が出来ない.........

 第一、司書なんて言う職業はどちらかと言えば数学が絡まない。オレとは無縁の存在だ。そう思っていた奴が、こんな計算式を.........?

 

 

シャカ「なんでここで司書なんかやってるんだ?別に、これが作れるんだったら研究者にもなれただろ」

 

 

神威「やってたけどこき使われてボロ雑巾にされたんでねぇ、本に囲まれて過ごせるここの方がうん千倍も幸せなんだわ」

 

 

シャカ「.........分かんねぇな」

 

 

 プリントに羅列された数字の数々。生半可な知識や学では到底たどり着けないその領域に、流石のオレも少し気圧される。こんなもの、一晩で作れるわけがねぇ。

 .........だが、どんな所にも伏兵ってのは居るもんだ。レースでも日常でも、思いもよらねェ奴が、思いもよらねェ力を持っている事もある。

 

 

シャカ「それで?これを覚えた後は何すりゃいいんだ?」

 

 

神威「簡単。俺の探し出したウマ娘にその公式を当て嵌めてみてくれ。動画の資料は宗也が見つけてくれる」

 

 

黒津木「オタク舐めんな。公式だろうが一般人だろうが片っ端から動画漁るぞ俺は」

 

 

 いや、何も侮ってないが.........それに少し怖い。恐らく寝てないせいで出される気だるげな雰囲気も相まってそう思わせるのだろう。

 だが、これはまたとないチャンスだ。この公式を覚えれば、オレのデータも素晴らしく充実して行くだろう.........タキオンの奴も、偶には役に立つらしい。

 

 

シャカ「.........乗った。報酬はもう貰っちまったもんだしな。仮に成果は出せなくても、返せっつっても返せねェぞ」

 

 

神威「出すんだよ。アイツに貰った恩を少しでも返す為にもな」

 

 

 そう言って、司書は山積みになった資料の上にもう一つ、大きな山を作り上げてそこに座った。

 ペラペラと捲られる紙の音と、キーボードのタイピング音が絶え間なく連続する部屋の中で、オレはもう一度、その公式の全てを自分のものにする為に、目を落とした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 八日目 パリ

 

 

先輩「それじゃあゆっくり寛いでて良いから、私はちょっと妹に電話してくるわ」

 

 

桜木「あ、はい。ありがとうございます!先輩!」

 

 

 現在、パリにある先輩のお家にお邪魔している。俺達はホテルに泊まると言ったのだが、お金がもったいないとのことで、先輩の厚意に甘えている現状だ。

 俺はゆっくりと部屋に備え付けられたウォーターサーバーの水をコップに入れて、テーブルに持ってくる。

 

 

桜木「あ、ブっさんも飲む?」

 

 

ナリブ「.........よく落ち着いていられるな。外から見ても圧巻されたが、家の中も相当広いぞ」

 

 

桜木「そうだなぁ、何でも、実際は妹さんのお家でファッションデザイナーらしいからなぁ」

 

 

 確かに、一人の人間、いや、二人が住んでるにしても大きいと言える住宅なのだろうが、俺は一度、これより大きい人の住む家に入った事がある。その時は.........

 

 

桜木(.........やめよう、寂しくなっちまう)

 

 

 一口、コップに入った水を飲む。やめようとは思っていても、流れ出した思い出はもう、止まることは無い。

 あのデートの日は、年甲斐も無くはしゃいだ気がする。アイツらが関わっていないのに、心の底から楽しめた。

 あぁ、会いたいなぁ.........アイツらに、あの子達に、マックイーンに.........心底会いたい.........

 そんな滲み出てきた寂しさに見て見ぬふりをしていると、不意に悩み続けていたブっさんが口を開いた。

 

 

ナリブ「.........それにしても、あのパスワードが解読できるのか?」

 

 

桜木「.........出来るさ」

 

 

ナリブ「.........どこにそんな確証がある?」

 

 

 確証、確定的な証拠。そんな絶対的なものはどこにも無い。絶対的な足場ほど、崩れた時の被害は甚大じゃない。

 危ない橋を渡っている。そんなことは百も承知だ。だがこれは、俺の義務なんだ。今までずっと黙ってテイオーを走らせてきた、俺の義務。ここで渡らなければ、俺はあの子達の元へ帰ることは出来ない。

 

 

桜木「いいか、渡らなければ行けない橋ほど、脆くて、不安定で、落ちそうなんだ」

 

 

桜木「けれど、魅力はある。落ちない橋ほど、落ちた時の衝撃はデカいんだよ」

 

 

ナリブ(何言ってんだこいつ)

 

 

 若干冷ややかになった視線を浴びながら、俺はふかふかのソファーにゆっくりと座り込んだ。

 大丈夫だ。アイツらは俺と違って、何でも出来るやつなんだ。心配する必要なんざ、どこにも無い。

 そう思いながら、窓から差し込む月の光に誘われる。目に映る月の形は、満月だった.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

黒津木「.........クソっ、行き詰まりだ」

 

 

 画面に映るレースの動画。その素晴らしさは口に出す事でもないが、今はそれに意識のリソースを割いてるほど時間は無い。

 次から次へと神威から書き出されるウマ娘の名簿。古今東西、あらゆる地域からよく見つけてきたと言うものまで、よく働いてくれている。

 極めつけは、このエアシャカールというウマ娘。数字に関する扱いはピカイチだ。公式を手渡され、はいそうですかというように難なく式の算出をする。今までこの数字という概念に対して、疑いを持たずに崇拝してきた事が見て取れる。

 

 

神威「休憩しろ。目に悪いぞ」

 

 

黒津木「.........だな、ちょっとタバコ吸ってくる」

 

 

神威「おう、ゆっくりチルチルしてこい」

 

 

 隣で一心不乱に計算しているエアシャカールの方を見るが、彼女も何も言わず、さっさと行ってこいと言うように、その頭を扉の方へ振った。

 辛気臭い司書室から出て、図書室から出る。たった二つの隔たりを超えただけであるのに、空気が美味く感じるのは恐らく、行き詰まっていたからであろう。

 

 

黒津木(くそ、MSFしてた時を思い出すわ)

 

 

 紛争地域や医療施設が整って居ない場所での医療は想像を絶する程に苦しい。物資や医療器具に限りのある中で、多くの患者と向き合わなければならない。

 患者を生かす過程で俺は、生きた心地を感じた覚えは、たったの一度も無い。

 思い浮かぶ情景を振り払い、途中の自販機でブラックコーヒーを買い、喫煙室の扉を開けた。

 

 

黒津木「あっ」

 

 

古賀「おう。酷ぇ顔だな」

 

 

 喫煙室の先客。ベテラントレーナー。今やレジェンドの領域に片足を突っ込んでいる古賀トレーナーがゆっくりとタバコを吸っていた。

 

 

古賀「なんだ宗也、お前さんも吸うのか?」

 

 

黒津木「医者にも色々居るんすよ。アッチにはストレスに耐えきれなくて法整備されてない薬に手を出す輩も居ましたからね」

 

 

 備え付けられたベンチに腰を下ろして、俺は古賀さんの隣でタバコ。メビウスの6ミリのパッケージから一本取り出し、フリント式ライターを利き手で持った。

 

 

 ジリっ、ジリっ、ジリッ!!

 

 

黒津木「.........ふぅぅ」

 

 

古賀「.........考え事か?」

 

 

 一息入れた所に、不意にそんな事を問われる。考え事と言うより、悩み事に近いだろう。

 だが、気持ちで言えば、悩み事と言うより、考え事だと思った方が良い方向に転がる可能性もある。何事もポジティブに行こう。

 

 

黒津木「まぁ、そんな所です」

 

 

古賀「桜木関係だろ」

 

 

黒津木「なんでそう思うんです?」

 

 

古賀「ただの勘だ」

 

 

 そう言いながら、古賀さんはニヤリと笑って見せた。隠し事は出来ない。伊達にこの歳まで現役でトレーナーをやっては居ないのだろう。

 .........ウマ娘が彼を頼る理由もよく分かる。現に俺も、その安定感に身を委ねそうになってしまう。

 

 

黒津木「.........俺は昔、一人の友人の行く末を見守っていました」

 

 

黒津木「好きだったんです。そいつの頑張ってる姿を見るのが.........一人で黙々と、ただひたすらに夢に向かい続ける姿が、好きだった」

 

 

黒津木「.........俺は、推しの為に金を貯めました」

 

 

黒津木「もう二度と.........ッ!!アイツと同じような事を.........ッ!!推しを無くすことが無いように.........ッ!!」

 

 

古賀「.........」

 

 

 暫く、沈黙した時間だけが過ぎて行った。その空気が熱を覚まし、自分の言った言葉がようやく自分に返ってくる。俺は何を言ってるんだ.........こんなこと言った所で、何も変わることなんて、ある筈ないのに.........

 そうして、古賀さんは何も言わずに立ち上がり、火のついたタバコを灰皿ですり押してその時間を終わらせた。

 

 

古賀「何が出来るかなんざ知ったこっちゃねえ」

 

 

黒津木「.........!!!」

 

 

古賀「やれること、やるべきこと、やりたいこと、全部やりきってから弱音吐け。お前が諦めようとしてても、桜木の奴ぁ多分。一人で突っ走ってくぞ」

 

 

 背中を見せながら、古賀さんは怒るでもなく、叱るでもなく、ただ淡々と事実を述べるようにそう言った。

 そうだ.........玲皇は後先考えずに行動するバカなんだ。だから就職する時に、何も言わず道内から姿を消したし、俺達に何も言わずに居なくなる。

 アイツは結局。どの道に転がって行ったとしても、このクソみてぇな集まりを作った張本人だ。それに引っ張られちまうのは、仕方の無い事なんだ。

 

 

古賀「boys be ambitious。少年よ。大志を抱け.........って奴だ」

 

 

 結局、古賀さんは顔を背け、立ち上がってから俺に目を合わせること無く去っていった。玲皇と同じように、手を挙げ、挨拶するように去っていった。

 

 

黒津木「.........やれること、か」

 

 

 そうだ。俺は結局一人の人間だ。やれることの範囲でしか、やりたい事とやるべき事をこなすことが出来ない、ただの人間。

 あの時とは違う。知識がある、技術がある。それが自信や背中の支えになっている。俺は今度こそ、アイツの走っている姿を見続ける。

 タバコの火を灰皿に押し付け、俺は自分のスマホで電話を掛けた。相手は勿論、アグネスタキオンだ。

 

 

タキオン「もしもし」

 

 

黒津木「移動中に悪い。今頼みたい事があるんだが良いか?」

 

 

タキオン「.........良いよ。ただ、車の中だ。出来ることには限りがあるよ?」

 

 

黒津木「構わない。お前がどういうルートでエディ先生の行動経歴を洗い出したか、教えて欲しい」

 

 

 簡潔にそう伝えると、タキオンはいつものようにふぅン、と声を出しながら、暫く沈黙を作った。

 車の揺れる音、賑やかな声と共に、何やら紙にペンが走る音が聞こえてくる。どうやら、タキオンが今まで検索した行動を思い返してくれているようだ。

 

 

タキオン「まず、私はWikiで彼の情報を探した後、訪れた国、その年代のウマ娘を一通り見てその数式と合致出来るかを調べた」

 

 

タキオン「だから、イギリス、フランス、そして日本はその対象に入っている」

 

 

黒津木「.........だけど」

 

 

タキオン「ああ、あの計算式は間違いなく、[デビュー前のウマ娘]の身体能力だ。それをパスワードにして残すほど思い入れがあるんだろうね」

 

 

 そうだ。そこがネックなのだ。デビュー前のウマ娘に関する資料は数える程しか無い。いくらネットが発達しているからと言っても、動画という宛が無ければ無いに等しい。

 現に、それで何人か弾かれているウマ娘も居るには居る.........

 考えろ。この難解なパズルさえ解ければ、奇跡は起こる。希望は前に進み出す。レールはシフトをするんだ。

 

 

黒津木(思い入れ.........だとすれば、医者になる前の行動も洗い直さなきゃならなく.........ん?)

 

 

黒津木(.........そもそも、なんでエディ先生はウマ娘の身体を見つつ、人の身体を見るような病院の院長を務めているんだ?)

 

 

 引っかかる。突起物を見つけた、というより、飲み込んだ魚の骨が喉に刺さるような感覚に陥る。気持ちの悪い引っ掛かり、そんな感触がある。

 ここにいても仕方が無い。俺は喫煙室から出て、廊下を歩きながら話を整理した。

 

 

黒津木「なぁタキオン。エディ先生はなんで、ウマ娘の医者をしてるんだろう?」

 

 

タキオン「君と同じウマ娘オタクだからじゃないのかい?私は彼と直接会ったことはないからね、彼の趣味趣向まで把握は出来ないよ」

 

 

黒津木「.........レースは見ない、なのに練習方法に口を出す。地元のトレーナーからの評価はそうだと、記事で見た事がある」

 

 

 そう、記憶の片隅にあるエディ先生の批判記事が浮かび上がってくる。レースを見ない。それはまだ良いだろう、ウマ娘という存在が好きなだけで、レースはあまり、という人は一定数居る。

 しかし、トレーニング方法に口を出す。という事は、それなりにトレーニングの知識を持っていなければ行けない。相手がトレーナーであるならば、それ相応の知識が要求される。相手がプロならば、尚更だ。

 明らかな不安を残しつつも、俺はタキオンとの通話を終わらせた。

 

 

黒津木(.........クソっ、わっかんねぇな)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁ、最近アイツ見ないよな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

黒津木「.........あ?」

 

 

 割と大きめな声で、そんな言葉が聞こえて来た。そしてそれは十中八九、玲皇の事だ。

 またアイツは自分の悪口を放置して.........そう思いながらも俺は、その嫌な声に耳を傾け始めた。

 

 

「噂では海外に行ってるらしいぜ?お気楽だよな」

 

 

「俺もそう思う。担当してるウマ娘が今年、二人もデビューするっつうのによ。責任感が無えよな」

 

 

黒津木(好き勝手言いやがって.........)

 

 

 お気楽、おちゃらけ、おふざけの三拍子揃ったアイツの素顔は、俺達ですら分からない。アレが素顔では無いということは、分かってはいる。

 だからアイツは、そんな事を言われても仕方が無いって割り切って放置する。そんな意味も必要も、どこにもないのに。

 

 

「あーあ、俺らも行きてぇよなぁ。海外旅行」

 

 

「そうだよなぁ、元企業務めだから、そういうスケジューリングとか出来るんじゃないか?」

 

 

黒津木(.........なんだ、ちょっとは評価されてんじゃん)

 

 

 それから聞こえてくる声からは、嫌なニュアンスは伝わって来なかった。俺は安心して、その足をまた、図書室に向けた。

 

 

黒津木(.........ん?)

 

 

 安心?何に?この魚の骨が喉に刺さったような状態で?有り得ない。あの会話の要素のどこにこの不安を解消するものがあった?

 しかし、事実どこか安心している自分がいる。そして、直感的にあの会話の中に、パズルのピースを揃えるヒントがある。

 

 

『そうだよなぁ、元企業務めだから、そういうスケジューリングとかできるんじゃないか?』

 

 

 先程の言葉を思い出す。明らかな安心を覚えた場所は、ここだ。ヒントがあるとするならば、ここにしかない。

 

 

黒津木(スケジューリング.........?いや、違う。そんなもののどこに安心する要素がある?)

 

 

 見え透いたブラフだ。わざわざ踏み抜くほどのものじゃない。だとしたら、前半のあの短い文言の中で、何がある?元企業務めか?

 いや、エディ先生は確かに二十代後半から医者になったと自分で答えてるデータもあるが、元々企業に務めていたとは.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 [元].........?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

神威「ラムネ美味しい」

 

 

シャカ「クソ、オレのラムネ半分も食いやがった.........」

 

 

 口に広がる懐かしい味。疲れた時には甘いものとよく言うが、丁度いい甘さだ。ついでに睡眠も補給出来ればバッチリだ。文句のしようも無い。

 エアシャカールのラムネを半分食べ尽くしながらそんな事を思っていると、誰かが走ってくる音が聞こえてきた次の瞬間、司書室の扉が思い切り空けられた。

 

 

黒津木「分かったぞ!!!!!」

 

 

シャカ「〜〜〜!!!??」

 

 

神威「あっ!!!ちょ、大丈夫!!???」

 

 

 予想外の登場により、残っていた半分のラムネを一気に食べようとしていたエアシャカールの喉にラムネが詰まってしまった。本人は苦しそうに首の下の胸を必死に叩いている。

 すかさず俺と黒津木とで背中を摩ってやると、だんだんと落ち着いた様子を取り戻して行った。

 

 

シャカ「.........殺す気か!!!??」

 

 

黒津木「わ、悪い。でも分かった事がある。創!」

 

 

神威「お、終わりを迎えそうか?」

 

 

黒津木「ああ!上手く行けばな!!」

 

 

 そう言って、黒津木の奴は俺の後ろに積まれた本、しかも俺の解読し終えた物の内、イギリス関連の本を片っ端から引き抜き、本を開いて発行年数の確認をし始めた。

 

 

神威「何を知りたいかせめて教えてくれ!こっちは何が何だか.........」

 

 

黒津木「エディ先生は[元トレーナー]だ」

 

 

二人「!!?」

 

 

黒津木「確証は無い。だが、そうじゃないと言いきれる物も無い。エディ先生が成人してから医者になるまでに発行された本を探して、もう一回調べ直そう」

 

 

 調べ終えて積んでいた資料から、また一つ大きな山を作り、それを長机に置かれる。だが、不思議とその行為に対して嫌悪感や倦怠感は無い。

 これで全てが終わる。いや、違う。これで全てが変わる。世界の運命、チームスピカの運命、テイオーの運命、そして.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 玲皇の運命も.........!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

神威「.........やってみせるさ」

 

 

シャカ「なんだよ、さっきまで死にそうだったのに随分元気になったじゃねェか」

 

 

神威「金の発生する仕事より、ダチの為になにかする方がやる気が上がるんだよ」

 

 

 そう言って、俺は長机の傍の椅子に座って、積まれた資料をもう一度隅々から読み進めた。エアシャカールは俺の言葉を聞いて、不思議そうな顔もしていたが、どこか納得したのか、向かいの椅子に座って一緒に資料を漁り始めた。

 

 

黒津木「.........申し訳ないけど、もう公式を使う機会はないから帰ってもいいんだぞ?」

 

 

シャカ「こんな所で帰れるかよ。運命が変わるんだろう?オレはそんなもの信じちゃいねェけどよ。それが変わるってアンタらが言ったんだ。最後まで付き合う価値はある」

 

 

神威「.........案外、お節介焼きなんだな」

 

 

シャカ「.........チッ」

 

 

 舌打ちをした音が部屋に反響するが、それが照れ隠しであることは、そっぽを向いたシャカールの頬を見ればよく分かる。

 

 

 そして、会話も無いまま時計の針は進んで行き、遂には垂れ流しにしていたラジオから日本ダービーの始まりを告げるファンファーレが響き始めた頃。

 

 

神威「.........三人にまで、絞り込めたな」

 

 

黒津木「ああ、後は.........一人ずつ名前を打ち込むだけだ」

 

 

 息を飲む音。心臓が脈打つ鼓動の音を耳が拾う。一人目のウマ娘の名前、[シュガーヘンゼル]の名が、英語で画面に打ち込まれていく。

 しかし、その名は違うというように、パソコンの画面は読み込みに時間を掛けに掛けた挙句、パスワードは違うと言い始めた。

 

 

黒津木「っ、大丈夫。まだ2人いっから.........!!」

 

 

シャカ「.........」

 

 

 そうは言いつつも、溢れ出る焦りを隠すことが出来ていない。一人目が通らなかった。だがあと二人いる.........この展開が、俺達の精神に大きな揺さぶりを掛けていた。

 もし、この中に正解がなかったら、運命を変える事が出来なかったら.........そんな嫌な考えが頭を過る。

 けれど、それこそ行けないことなんだ。あってはならない結末を引き寄せる要因となってしまう。

 

 

神威「宗也」

 

 

黒津木「あ.........?」

 

 

 俺は、今目の前で座っている宗也の肩に手を置いた。よく見れば、少し手が震えている。怖がっている。この先を見れば、答えなど無いと言われる場合もある。

 それでも、この気持ちのままそれを迎える事は、絶対にしたくない。

 

 

神威「俺達はさ、普通の人間なんだ」

 

 

神威「どんなに身体能力おばけだろうが、超絶凄腕の医者だろうが、世界の真理を解けそうな数学者だろうが、普通の人間だ」

 

 

神威「アイツの為に動いてる間は、[普通]の親友なんだ。だからさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「[普通]に助けようぜ?カッコつける必要なんて、どこにもねぇんだからよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう、俺たちはみんな、普通なんだ。確かに、突出した何かがある。特別な力を持っている。

 けれど、それを軸にした集まりなんかじゃ決してない。俺達はどこにでも居る、平凡な親友四人組なんだ。

 見知らぬ誰かを助ける事。それは確かに、特別な思いが無ければ嘘に見えてきてしまう。けれど、親友を助けるのに、理由なんて要らない。必要無い。そんなカッコつける必要は、どこにも存在しないんだ。

 

 

 宗也の目からは、ようやく怯えが消え、徐々に活力が戻ってくるのが見て取れた。何も言わず、俺から目を離して、文字を打ち込む。そこにはもう、さっき見たいな切望は無く、希望だけが原動力になっていた。

 

 

「トウカイテイオーが外から来るッ!!!早くも先頭争いッッ!!!」

 

 

 そんなラジオの緊迫とした実況を背に、二人目の名前、[ブルーライン]の名がパスワードによって弾かれる。

 

 

シャカ「これで最後か.........」

 

 

神威「ま、弾かれりゃまた探し直すだけさ」

 

 

黒津木「.........だな」

 

 

 絶望的な状況。そんな中で居るはずなのに、顔は自然と緩んでいた。何故か俺は、笑っていたんだ。

 宗也も、どこか諦めにも似た笑みを浮かべて、付き合いが短いながらも、シャカールも鼻で笑った。どこか変な空気だった。

 

 

「トウカイテイオーが先頭に立った!!!」

 

 

 ラジオから流れる激戦の最中、俺達は不安も闇も振り払い、最後の名前を打ち込んだ。 今、暗闇の中を走っている原動力はただただ、希望を、夢を、未来を守りたいという思いだ。

 

 

黒津木「頼む.........!!」

 

 

シャカ「.........!!」

 

 

神威「通ってくれ.........!!」

 

 

 エンターキーに、手が伸びて行く。誰も押したくはない、誰も開けたくはないシュレディンガーの猫。もうそれを無視する事は出来ない。死んでいるのか、生きているのか、それを確認しなければ、俺達はまた、傍観者のまま夢見る者を殺すだけだ。

 じっとりとした汗が滲み出る。額に、背中に、手のひらにじわりと染み込むそれの嫌悪感すら感じる余裕は無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――そして、そのパスワードは.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「そ、それで.........?」

 

 

テイオー「どどど、どうなっちゃったの!!?」

 

 

 話を聞いている人達は皆、固唾を飲んでその話に聴き入っていました。その先の展開を、私達はどうしても、自分の耳に入れ、逃したくなかったのです。

 そう、先を催促していると、黒津木先生も神威司書も、面白いものを見たというように笑い声を上げ、その先の言葉を紡ぎました。

 

 

神威「[通ったよ]。俺達の戦いは、勝ちで終わったんだ」

 

 

黒津木「ああ、本当、あの時ほどほっとした事は無かったぜ.........」

 

 

白銀「あーあ!!!俺もなぁーんか手伝いたかったなぁ!!!」

 

 

 その言葉を聞いて、ほっと胸を撫で下ろす者、凄いと賞賛する者、そして、それがあの世紀の大レースの裏で行われていた事に、驚く者まで居ました。

 

 

スペ「あ、改めて考えると凄いですね.........!」

 

 

スズカ「本当、小説でも読んでるみたいなお話.........」

 

 

ダスカ「.........でも、その肝心のサブトレーナーがタバコ休憩で居ないんだもの。締りが悪いったらありゃしないわ」ヤレヤレ

 

 

 そう言って、首を振るスカーレットさんの意見に賛同するように、皆さん首を縦に振りました。勿論、私も含めて。

 全く、この場にいない筈なのに、すぐにでも怒りたい筈ですのに、なぜこんなにも彼の顔を見たくなってしまうのでしょう?そんな自分に、少し呆れてしまいます。

 そして、噂をすれば廊下の方から何やら騒がしい声が聞こえてきます。その声に、先程姿を見せなかった女性の物も混じっていました。

 

 

桜木「だァかァらァッ!!知らねェっての!!!アンタみてぇな変質者の知り合いッ!!俺には居ないねッ!!!」

 

 

先輩「もう!!!これが私の正装よ!!!こうじゃなきゃ知らない人と喋れないんだから私ッッ!!!」

 

 

桜木「前みたいにすればいいじゃん!!!瓶底メガネみたいな奴!!!」

 

 

先輩「あんなの恥ずかしいに決まってるでしょ!!?」

 

 

桜木「俺としてはそんな姿で隣歩かれんのが恥ずかしいんだが!!???」

 

 

 そんな騒ぎを黙って聞いていると、中心に居るはずのトレーナーさんが、まるで逃げるように病室へと戻ってきました。

 その表情からは、まるでこの世の終わりを見てきたかのようで、絶望に染っていました。

 

 

ウオッカ「い、一体何が.........」

 

 

桜木「最悪だぁ.........あんな地味っ子だった先輩が、変態趣味的な格好するようになっちまうなんてぇ.........お前らは海外に住んでもあんなになるなよぉ.........?」

 

 

全員「は、はい.........?」

 

 

 目に涙を貯めながらそう懇願するトレーナーさん。一体何を見たのでしょう?さすがに可哀想でしたので、彼の背中を摩ってあげると、またポロポロと泣き出してしまいました。余程ショックだったのでしょう.........

 そうしていると、廊下の方からまた、ハイヒールの特徴的な足音が近付いてきました。ようやく、彼の言う[先輩]という人物とご対面できる.........そう思い、期待に胸を膨らませていましたが.........

 

 

マック「え!!?」

 

 

タキオン「うぅん.........?」

 

 

ゴルシ「嘘だろ?」

 

 

テイオー「.........え?ボク今からこの人に治療されるの.........?」

 

 

 その奇抜な姿に、この場にいる全員が度肝を抜かれてしまいました。あのゴールドシップさんですら引き気味で、テイオーの言葉も最もです。

 ブロンドヘアー。これはトレーナーさんから聞いていましたから予想は出来ました。次にサングラス。普通のデザインではなく、フレームが鳥の羽のようになっていて、仮面ともいます。極めつけに、白衣の下は.........赤のボディコンスーツでした。

 

 

先輩「ワォ、皆さん歓迎してない様子.........?」

 

 

桜木「.........せよ」

 

 

全員「え?」

 

 

桜木「返せよッ!!俺の社会人時代ッ!!たった半年間だけだったけど唯一の心の拠り所だった先輩をッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺の安心沢先輩を返せェェェェェッッッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな悲痛な叫び声を上げながら、ポロポロと落とす様な涙を、今度は濁流の様に流しながら、彼はうずくまってしまいました。

 いたたまれない彼の背中をさすりながら、私達は彼の調子が戻るのを、今ただ、待つだけでした.........

 

 

 

 

 

  ......To be continued



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マックイーン「おかえりなさい!!!トレーナーさん!!!」

 

 

 

 

桜木「.........」

 

 

安心沢「えっと、その.........ごめんなさいね?」

 

 

 手を合わせて謝るトレーナーさんの社会人時代の先輩、安心沢さん。しかし、トレーナーさんはそれをふいっと顔を背けて知らないフリをしました。そうされた彼女は地味に傷付いています。

 トレーナーさんが.........彼が病室に戻り、過去と現在の安心沢さんの変わり様が余程ショックだったせいか、暫く嗚咽が病室内に響き渡っていたその後、今は椅子に座って、見た事ないほど不機嫌な顔を晒していました。

 

 

マック「と、トレーナーさん?ほら、安心沢さんも謝ってる事ですし.........」

 

 

桜木「嫌だ。絶っっっ体許さない。先輩は半年間だけとは言え、あの会社で唯一の心の拠り所だったんだ.........もしまた同じ事が起きたら俺は.........」チラッ

 

 

マック「.........!!?わ、私はあんな風にはなりませんわ!!!」

 

 

安心沢「あんな風ってなによ!!!」

 

 

マック「あーーーもう!!!話がややこしくなりますわ!!!」

 

 

 きっ!と口を挟んだ彼女に睨み付けると、少し驚いた様な顔をして、立ち上がった椅子から座り込みました。

 そこから何か考えるような顔を見せましたが、やがてなにか納得して、それから口を挟むことはしませんでした。これでようやく彼を落ち着かせ.........

 

 

黒津木「おい」

 

 

桜木「.........あ?」

 

 

 目に酷い隈を作った黒津木先生が、トレーナーさんの前に立ちはだかる様にして麺と向かいます。その顔はどこか不敵な笑みを浮かべていました。

 

 

黒津木「ふふ「止めないかッ!」まだ何も言ってないだろ!!?」

 

 

 笑いの後、何かを言おうとした黒津木さんはビンタという制裁を受けました。正直、今の黒津木先生が何を言おうとしたのか分かりませんが、なんだか一波乱起きそうでしたので、私はそっと胸を撫で下ろしました。

 

 

 

桜木「じゃあなんて言おうとしたんだよ」

 

 

黒津木「十日間もイチャラブしてたんだね.........ナリタブライアンとかってさ」

 

 

桜木「.........俺の右手が「ホントのことだろッッ!!!??」」

 

 

東「カミーユ・ビダン.........」

 

 

 隣に座っている東トレーナーから聞き慣れない人物名が聞こえて来て振り返りましたが、皆さんの視線を受けて、彼は咳払いをしました。

 その声に、襲われかけている黒津木先生と、右手をその彼に押し当てようとするトレーナーさんが振り返りました。

 

 

東「説明、してもらおうか」

 

 

桜木「.........」

 

 

東「皆に、少なくとも、何も聞かずに協力した俺に、それを聞く権利は発生するんじゃないのか?」

 

 

 その東トレーナーの言葉に、取っ組み合いをしていたお二人は顔を見合せました。その目は決意.........ではなく、どうするべきかをお互いに問い掛けあっている様子でした。

 五秒程そんな時間が経った時、不意に何かを叩く音が、お二人の視線を動かします。その視線の先は、神威司書が椅子の座る部分を叩いた後で、お二人の視線の先が自分に来たと分かった瞬間。人差し指を下に向け、動かします。座れ、という合図を、口に出す事無くお二人に出したのです。

 

 

黒津木「.........へへ、助かっち(ボソッ)」

 

 

桜木「.........それはどうかな?」

 

 

 先に、椅子に着いたトレーナーさん。次に黒津木先生が座ろうとしましたが、その一瞬で彼は先生の椅子を後ろに引いて、転ばせました。

 

 

桜木「.........まず、今回の事。謝らせて欲しい」

 

 

全員(あ、続けるんだ.........)

 

 

 後方に思い切り倒れ込んだ先生が怒鳴りつけようとしましたが、場の空気が変わったせいか、先生も空気を読んでその顔を見せかけた怒りを無理やりしまい込み、椅子をしっかりと手で固定して座りました。

 

 

桜木「.........俺の身勝手のせいで、皆に凄い迷惑を掛けた。本当に.........ごめん」

 

 

ウララ「トレーナー.........」

 

 

 彼は深々と頭を下げました。優しいウララさんが声を掛けますが、それに答えることは無く、暫くの間、沈黙が流れました。

 

 

テイオー「.........頭、上げてよ」

 

 

桜木「.........」

 

 

 この騒動の、話の中心であるテイオーがそう声を掛けると、彼はゆっくりとその頭を上げます。その表情からは、しっかりと話す決意を固めたという様子が見て取れました。

 

 

テイオー「まずさ、なんでボクが怪我することが分かったの?」

 

 

沖野「っ、それは」

 

 

桜木「良いですよ沖野さん。俺が話します」

 

 

 何かを話そうとした沖野トレーナーを遮り、彼は深く息を吸い、吐きました。何を言われても仕方が無い。そういう様に彼はどこか諦めた表情をし、話を始めました。

 

 

桜木「.........俺が、テイオーの骨折の可能性を知ったのは、あのアンテナを付けてマックイーンと並走した夜だ」

 

 

テイオー「え!!?」

 

 

マック「ま、待ってください!!だって、あの時はデータが読み込まれず、エラーが.........」

 

 

桜木「それはあのノートパソコンが一部の機能しか使えなかったからだ。家に帰った後、俺は不意に、自宅にあるパソコンにデータを移して、その詳細を見た.........その結果が、テイオーの足には、骨折の可能性があると言う物だった」

 

 

 淡々と事実だけを述べる彼の表情は、まるで氷のように冷たいものでした。優しさも、私情も一切挟むこと無く、彼は彼の見てきた事実だけを伝えています。

 皆さんは、その言葉に衝撃を受けました。なんせ、その出来事は私がデビューする以前の話です。その時から、彼はテイオーの足について、知っていたと言ったのです。

 

 

ゴルシ「.........そういう事かよ」

 

 

マック「.........?ゴールドシップさん.........?」

 

 

ゴルシ「いや、こっちの話だ」

 

 

 彼女はどこか納得したような表情をしていました。そして、その隣にいるタキオンさんも、まるでそれを知っていた様に振舞っています。

 ですが、それ以外は.........テイオーですら、その事実については、どうやら知らされていなかったようです。

 

 

沖野「.........俺も、知っていた」

 

 

テイオー「えぇ!!?トレーナーも!!?」

 

 

沖野「それが分かった次の日の朝、桜木は相談してきた。お前のデビューを、どうするかを.........」

 

 

マック「.........なぜ、何も言わなかったんですの?」

 

 

桜木「テイオーはああ見えて、察しもいいし頭も良い。走り方に問題があると言われて修正した上で、三冠を取れるかなんて、すぐにでも分かると思ったからだ」

 

 

 確かに、トレーナーさんの言い分は分かります。それを悟らせること無く、解決法を見つけられれば良い。それ以上の最善は無いでしょう。

 私もきっと、同じ立場だったら.........

 

 

マック(黙っていた.........でしょうね)

 

 

 自分の言葉で、誰かの夢や目標への道を閉ざす。それほど軽々しく、そして重々しい事はありません。他の誰かならともかく、テイオーはそれが有り得てしまった。

 .........ですが、テイオーはどうやら、言わなかったという部分より気になる所があったらしく、ゆっくりとその口を開きました。

 

 

テイオー「あの、さ.........?[走り方に問題がある]......って.........?」

 

 

桜木「.........お前ももう、薄々感づいてるだろ?」

 

 

全員「.........」

 

 

 重々しい空気。それを肌で感じとれてしまうほど、今この空間はそれに支配されています。それは恐らく、誰も聞きたくない、そして、誰も言いたくない事。

 それを、彼は臆する事はせず、しっかりとした強さで、言い切りました。

 

 

桜木「[テイオーステップ]だ。あの走法が、お前の足に負担を掛けている」

 

 

全員「.........!!」

 

 

テイオー「あ......はは...そっか.........」

 

 

 彼女はそう言って、顔を伏せました。普段の明るさは身を潜め、彼女の不安や恐怖が、明らかに見て取れてしまいました。

 

 

マック(テイオー.........)

 

 

 明らかに、夢が壊れる様な音が聞こえて来ます。一度も聞いたことなど無いはずなのに、一瞬でそれだと分かってしまいます。

 .........それでも、彼は.........トレーナーさんは止まりません。立ち上がった彼はその足取りで、テイオーが居るベッドの側まで近付きました。

 

 

桜木「まだ終わりじゃねえぞ」

 

 

テイオー「え.........?」

 

 

桜木「お前の夢は、まだ終わってない」

 

 

 そう言った後、見下ろす様な目線から膝を曲げ、テイオーと同じ目線になるトレーナーさん。その声からは、覚悟と厳しさと共に、彼の優しさが混じっていたような気がします。

 

 

桜木「俺達がお前の足について黙っていたのは、お前を傷付けたくなかった訳じゃない。お前の夢が叶う可能性を、一つでも潰したくなかっただけなんだ」

 

 

テイオー「っ、でもボク.........トレーナーやサブトレーナーに迷惑掛けて―――」

 

 

桜木「迷惑なんて誰でも掛ける。俺だってお前より沢山の人に迷惑掛けた。それはお前のせいじゃなくて、俺がやりたかった事をやった代償だ」

 

 

桜木「それでも大人は子供の夢を守るものだし、子供は大人の背中を見て憧れるもんだ。後悔はしてない。反省もしない。だからもし、迷惑を掛けたお詫びをしたいってんなら―――」

 

 

 次の言葉を言う直前。彼は先程までの真剣な表情を変えました。その、私の目に映る横顔は、まるで全てを覆せてしまう.........そう、まるで奇跡のような、[何でも乗り越えてくれそうな]、あのニカっとした笑顔で、彼はテイオーに言い切りました。

 

 

桜木「お前が大人になった時、子供達にカッコイイ背中を見せてやってくれ」

 

 

テイオー「.........!」

 

 

桜木「約束だ」

 

 

 トレーナーさんは小指を出して、それをテイオーに向けます。前々から思っていましたが、彼は本当に、人を乗せるのがお上手です。先程まで暗かったテイオーも、徐々にその顔に明るさを取り戻していきました。

 無言のまま、お二人は指切りを終えると、彼は自分の席へと戻って行きました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「.........んで、肝心の治療法だけど」

 

 

 話を一つ進めようと思い、俺は安心沢先輩の方を見ながらそう問いかけた。俺のその視線に気付いたのか、彼女は堂々と立ち上がり、声高らかに宣言した。

 

 

安心沢「安心して!絶対治るわ!!」

 

 

全員「ほんとう!!?」

 

 

安心沢「多分☆!!!」

 

 

 先程までとても頼りがいのある雰囲気であったが、最後の一言で一気に胡散臭くなった。なんでこうなってしまったのだろう.........

 俺はまた悲しくなって頭を抱き抱えた。

 

 

ゴルシ「おい!!!話が違ーだろ!!!」

 

 

安心沢「お黙りウマガール!!!良い!!?これでも譲歩に譲歩を重ねて出した言葉なのよ!!!断言なんてして見なさい!!!裁判になったら即一発アウトよ!!!医者はどんなにリスクが無くても100%は使わないの!!!」

 

 

黒津木「うんうん」

 

 

 そんな情けなさを感じる力強い発言に、隣にいる黒津木は首を大きく縦に振った。まぁ確かに、どんな簡単な手術でもミスがあれば大変だ。特に人の命に関わる事。断言は出来ないだろう。

 しかし、先輩はその発言の後、昔のような柔らかい表情で言葉を繋いだ。

 

 

安心沢「けど、全力は尽くすわ」

 

 

安心沢「あの桜木くんが、あそこまで必死になるんだもの。可愛い後輩の為に頑張るのが、先輩の努めよ」

 

 

桜木「先輩.........」

 

 

 その姿は正に、社会人時代で見せてくれたあの時の姿と同じだった。頼もしく、そして時に厳しい先輩。なにより、身体の動きに関しての情熱は、とても目を惹かれるあの時と全く同じ姿だった。

 そうだ。いくら見た目が変わって、変質者になっても、根っこの部分は変わらない。あの人は俺が尊敬している先輩の一人で、立派な人なんだ。

 

 

スペ「な、なんかカッコイイですね.........」

 

 

ライス「う、うん」

 

 

沖野(変な影響受けなきゃ良いけど.........)

 

 

 周りの安心沢先輩に対する視線が少し変わった。どうやら、少しは信頼してくれたみたいだ。俺はほっと胸を撫で下ろした。

 安心沢先輩は俺の方にチラリと視線を動かした後、テイオーの居るベッドの方へと歩き、身体の調子や怪我の状態についての確認をし始めた。

 

 

桜木(.........もう、安心だな)

 

 

 確証は無い。それでも、これでようやく地獄行きのレールがシフトした気がした。レースに出る事が一番の目的ではあるが、テイオーの心が救われたのならば本望だ。

 これで、ようやく俺も休め―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まだ終わってませんわよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「え?」

 

 

 ようやく、この疲れともおさらばできる。そう思った矢先に、不意にそんな声が聞こえてきた。

 伏せていた顔を上げ、その声の主。マックイーンの方へと視線を動かすと、そこにはニコニコと笑っているが、明らかに怒っているマックイーン.........いや、マックイーン[達]がそこに居た。

 

 

マック「確かに、トレーナーさんは動かなければ行けなかったのかも知れません。それについて咎めるつもりはありませんわ」

 

 

マック「けれど、いなくなる直前に私は言いましたよね?」

 

 

桜木「な、何を.........?」

 

 

 離れる直前。確かに、何かを話した気がするし、現にそれのお陰であの時大分気が楽になった。だが、あの時マックイーンは何を.........

 俺の思考が及ばないのが分かったのか、マックイーンは仕方ないと溜息を吐き、答え合わせをするようにその言葉を強調した。

 

 

マック「[バレた時の罰を、文句を言わず、甘んじて受けること].........そう言いましたよね?」

 

 

桜木「え?あっあ.........」

 

 

 そうだ。そう言えばそんなことを言われた気がする。確かその時俺もそれで納得した気がする。

 だがそれはあの一時の感情だ。見ろ。ウララやライス、ブルボン以外は皆それぞれの怒りで俺を見ている。受けなければならないのは分かるが、受けなくても良ければ俺はそっちに流れたい。

 

 

桜木「お、おおお俺だけか!!?コイツらも同罪だろ!!!」

 

 

白銀「はァ!!?」

 

 

黒津木「言うと思った」カポッ

 

 

神威「この瞬間を待っていたんだ!!!」ゴクゴク

 

 

 俺が慌ててアイツらに指を指す。すると、神威と黒津木は自分で持ってきたであろう水筒の中身を飲み干した。

 因みに白銀はその中身がなんなのか察したらしく、半分ほど飲んだ神威の水筒をぶんどって自分も飲んだ。相変わらずの暴君さに安心すら湧く。

 

 

白銀「うおおぉぉぉ!!!力が!!!湧いてくるッ!!」

 

 

神威「バカ!!!すぐずらかるぞ!!!罰を全部玲皇に押し付けんだ!!!」

 

 

黒津木「バーカバーカ!!!」

 

 

桜木「俺を裏切ったのか!!?俺を売ったのか!!?」

 

 

「「「俺達の満足は!!!これからだッ!!」」」

 

 

桜木「この裏切り者ォォォォォッ!!!」

 

 

 奴らは若干身体を光らせながら、急いで病室から抜け出した。恐らくアグネスタキオンのウマ娘化薬だろう。これで、今この場で罰を受ける対象は俺一人になった訳だ。

 俺は廊下に向けた顔を、ギコギコと音が鳴るような動作で首を皆の方へ向けた。どうやら見た感じ、アイツらを追うより、今この場にいる俺への罰を優先させる気らしい。

 

 

マック「トレーナーさん?」

 

 

タキオン「覚悟は」

 

 

ゴルシ「良いか?」

 

 

桜木「.........」

 

 

 それじゃあダメだ.........それじゃあ結局.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 元通りのまんまだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつもであれば、ここで彼の悲鳴が響き渡り、今日という日は終わりを迎えたでしょう.........しかし、彼は抵抗を見せず、その場で頭を垂れました。

 

 

桜木「僕は!!悔いているんだ!!今までの人生を.........!!」

 

 

マック「あ、あの......トレーナーさん?」

 

 

桜木「バカな事をしでかしたよ.........!!!」

 

 

全員「.........」

 

 

 その姿は、本当に悔やんでいるようでした。今までならば、どこか抵抗を示してもおかしくはないのに、今回はその様子は一切ありません。

 一人、二人と、怒りの感情が鞘に戻っていく空気が感じられます。本当に反省しているのならば、今この場で許して差しあげても―――

 

 

「信じるなよ。ソイツの言葉を」

 

 

桜木「.........!!」

 

 

マック「ぶ、ブライアンさん!!?」

 

 

ナリブ「私はコイツと十日間行動を共にしてきた。だから、コイツの性質は何となくわかる.........ゲロ以下の性悪さが鼻につくレベルの悪人だぞ」

 

 

 その一言で、ブライアンさんのその言葉で、鞘に戻りかけていた感情が元に戻ります。その空気を肌で感じとったのか、トレーナーさんは立ち上がり、自らが座っていた椅子に戻りました。

 どこか諦めたように、そして仕方が無いというように、彼は溜息を吐きました。

 

 

桜木「.........タキオン」

 

 

タキオン「.........?」

 

 

桜木「人間ってのは、能力に限界があるな.........」

 

 

 そう言いながら顔を上げた彼の表情は、何か憑き物が落ちたような顔で、どこか柔らかさを感じました。諦めて罰を受ける気になったのでしょうか.........?この異様な雰囲気に、また不安を感じてしまいます。

 

 

桜木「人間は、策を弄すれば弄するほど、予期せぬ事態で、策が崩れさるってことだ」

 

 

桜木「人間を超えるものにならなければな.........!」

 

 

タキオン「なんの事だ.........?何を言っている!!?」

 

 

 それを聞いた瞬間、彼は顔を伏せました。チラリと見えた口元は、優しさとは無縁の笑みで、彼の大好きな[悪役]に似た表情でした。

 そしてそれは.........あながち間違いではありませんでした。

 

 

桜木「俺はァ!!人間を辞めるぞ!タキオォォォ―――ンッ!!」

 

 

全員「なっ!!???」

 

 

桜木「お前の薬でだァァァ―――ッッ!!!」

 

 

 彼はそう言って、自身のジャケットの内側から取り出したビンの中身を飲み干しました。

 侮っていました。迂闊でした。油断していた自分が情けないです。彼は可能性さえあればそれに賭けるずるい人です。そんなの、初めて会った時からそうだったではありませんか。

 呆気に取られていた私達を尻目に、彼は廊下へと飛び出して行きました。

 

 

マック「に、に.........!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「逃がしませんわよ!!!トレーナーさん!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「カス共ォォォォォッ!!」

 

 

「「「げっ!!?玲皇ォ!!?」」」

 

 

 病院から全速力で約三分。アイツらは自分達にはもう関係がないと言うように公園でノンビリしていやがった。いや、そんなことさせんが?

 

 

神威「お前!!罰はどうしたァ!!」

 

 

桜木「逃げてきたに決まってんだろッ!!捕まる時はてめぇら全員道ずれにしてやらァッ!!」

 

 

黒津木「クッソ!!!逃げるぞ!!!玲皇の後追ってきてる奴らが尋常じゃねェ!!!」

 

 

白銀「ヘェェ!!?待って!!!俺のジュース!!!」

 

 

「「「うるせぇ早く行くぞッッ!!!」」」

 

 

白銀「俺のジュースが!!!」

 

 

 自販機で買ったであろう白銀のジュース。一回も白銀の手に触れることなく、あの落ちてくる場所へ寂しそうにポツンと缶ジュースはそこにあった。

 だがそんな事は関係無い。後ろを見ればマックイーンを筆頭に俺達を追うウマ娘達が血眼になっている。白銀の首根っこを掴んで逃げてる分ありがたいと思え。

 

 

マック「そこのトレーナーさん方!!!止まりなさいッッ!!!」

 

 

黒津木「今どういう状況!!?」

 

 

桜木「だまくらかして逃げてきたんだよッッ!!!捕まったら殺されるぞ!!!」

 

 

 四人一列になって逃げる姿はさながら訓練を受けた戦闘機のようだが、そんな雄々しいものでは無い。狩られるものと、狩るものの縮図そのものであった。

 あぁ、あんなに会いたい会いたい、聞きたい聞きたいと思っていたマックイーンの声も今は別。どうにかこうにか明日までは絶対に聞きたくない。

 そう思いながら、俺達は長い長い弱肉強食のレースを行う事になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ウマ娘「待てーーー!!!」

 

 

桜木「逃げろォォォォォッ!!!」

 

 

タマ「あ?なんや今の.........おっちゃんか!!?」

 

 

 ウチらの目の前を横切って行った二つの集団。姿は確認できへんかったけど、声からしておっちゃん達とマックちゃん達や。海外から帰ってきてすぐの筈なのに、元気やなぁ。

 

 

イナリ「た、タマ」

 

 

タマ「なんやアホイナリ」

 

 

イナリ「お、オグリが.........」

 

 

 なんや、いつもなら突っかかってくるはずのウチの軽口に、何も言わずにオグリの名前を出して.........

 まさか!!さっき買った食いもん全部食って喉に詰まらせたんか!!?

 そう思って振り返ってみたけど、オグリはなんともあらへん。何かを探るように手を開いたり閉じたりしてるだけや.........ん?

 

 

タマ「お、オグリ?まさかさっき買った食いもん、全部食ってしもうたんか!!?」

 

 

オグリ「た、食べてない.........」ウルウル

 

 

オグリ「食べてないのに.........無くなった」ブワ

 

 

 いや、食ってないのに無くなったなんて有り得へんやろ。それもうあれやで?夢遊病で飯食ってるレベルの話やで?

 あーもうあれや、無意識下に食ってた!!そういう事にしよう!!なんか面倒臭い予感が―――

 

 

クリーク「オグリちゃん。アレ.........」

 

 

神威「なんか拾った」

 

 

二人(あんのアホ[バカ]―――!!!)

 

 

 多分、イナリも思ったで、だってウチと同じ顔してたんやもん。そして次にウチらは恐怖したんや。

 何にって?そんなん、オグリが次にどう行動するかに決まってるやん!!オグリはなぁ!!食いもんはくれるで!!優しいからなぁ!!けど、[あげる]んと、[奪われる]んは根本的に違うんや!!だから.........

 

 

オグリ「.........コロッケ、フライドチキン、焼き鳥、ささみ揚げ、カレーパン、焼きとうもろこし.........」

 

 

タマ「お、オグリ?アカンて、また買えばええやろ?な?」

 

 

オグリ「みんな、商店街の人達が丹精込めて私の為に作ってくれたんだ.........」

 

 

イナリ「き、気持ちは分かる!!けど冷静になった方が.........」

 

 

オグリ「皆の思いを無駄にする奴を.........!!生かしておくかぁ.........ッッッ!!!!!」

 

 

二人(アカン[ヤバイ])

 

 

 目の色が変わったオグリは、その目に青白い炎を灯してしもた。これはもう、ヘルカイザーならぬ、ヘルオグリや。もう誰にも止められへん。

 

 

オグリ「追うぞッ!!」

 

 

二人「お、おう!!!」

 

 

クリーク「楽しくなってきました〜♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「はァっ!はァっ!桂ァ!今何キロォ!!?」

 

 

黒津木「1キロ走りきったくらい!!!」

 

 

白銀「追いつかれる!!追いつかれる!!」

 

 

神威「増えてない!!?ねぇ四人増えてない!!???」

 

 

 そんな切羽詰まった神威の声に釣られて後方を確認してみる。居る。ヤバいのが一人。ヘル化の炎を瞳に宿した芦毛が一人。オグリキャップが増えてる。更に後方にはタマの姉御。クリークママ。そして江戸っ子イナリだ。地獄地獄

 

 

オグリ「私の食べ物を返せェェェ―――ッ!!」

 

 

黒津木「食い物!!?さっき神威が拾ったって奴は!!?」

 

 

桜木「僕が全部、食べちゃいました.........」

 

 

黒津木「食べたァ!!?この(走ってる)中の中でェ!!???」

 

 

桜木「腹減ってたんだよ!!!やっぱ飯は日本に限るよなぁ!!?うんめぇぇぇ!!!!!」

 

 

神威「不幸だァァァ―――ッ!!」

 

 

 某有名不幸系主人公の口癖を聴きながら、この状況をどう打破すれば良いかを考える。はっきり言ってこのまま逃げ続ければ捕まってしまうのは目に見えている。流石に走りのプロに、走りで勝とうだなんて到底考えられない。

 で、あるならば、その一つの要素にもう一つ足してしまえばどうなるだろう?走るだけではなくなってしまえば、少しは可能性は出てくるかもしれない。俺達[三人]はそう思った。

 

 

桜木「創ェ!!」

 

 

神威「あァ!!?」

 

 

桜木「俺はァ!手札からァ!速攻魔法!スケープ神威を発動ッ!」

 

 

 その宣言で察したのか、黒津木と白銀は息ぴったりに神威を追ってくるマックイーン達に蹴りつけた。え?死ぬって?安心しろ。アイツは俺と同じで死なない程度に豪運だ。

 そして思った通り、それに驚いたマックイーン達はその足を止めた。

 

 

ライス「お兄さま!!?」

 

 

神威「いっっっつ.........おい!!俺を裏切ったのか!!?俺を売ったのか!!?」

 

 

三人「創.........」

 

 

 悪いと思うさ.........!今もこうして苦虫を噛み潰して、お前との別れを悲しんでるんだ!俺達はそれぞれ、片手を握り締めて別れを惜しんだ。

 言葉は、要らない。俺達にそんな野暮なものは必要無いんだ.........生きているならば、またどこかで.........そんな思いを込めて、俺達[三人]は同じ掛け声とポーズを発した。

 

 

「「「デュエッ!!」」」

 

 

神威「こんの裏切り者ォォォォォッ!!」

 

 

 

 

 

 ―――司書さんは叫び声を最後に、ガックリと頭を下げました。そして、トレーナーさん方はまたもや逃走を続けます。

 

 

マック「彼には悪いですが拘束して置いていきましょう!!」

 

 

ブルボン「マックイーンさん。ここはスピカトレーナーに連絡を取って連行した方が良いかと思われます」

 

 

ウララ「疲れたよぉ〜.........トレーナー早いぃ〜.........」

 

 

 あぁ、可哀想に.........ウララさんからみるみる元気がなくなってきています.........それもこれも全て、トレーナーさんのせいです!絶っっっ対に許せません!!!

 

 

マック「分かりました!ウララさんと司書さんは沖野トレーナーの到着を待ってて下さい!他に残りたい方はいらっしゃいますか!!?」

 

 

タキオン「私も残るよ。正直長距離を走るのは向いてないんでね」

 

 

ダスカ「もしもしトレーナー!!」

 

 

東「今沖野は運転中だ!!俺が変わりに要件を聞く!!」

 

 

 流石スカーレットさん!!行動が早いです!!すっかり助かりました!!私は彼女からウマフォンを貸してもらい、すぐさま要件を伝えました。

 

 

マック「現在一人確保しました!!場所は〇〇店の前です!!ウララさんとタキオンさんが疲れてしまってますので一緒に乗せてあげてくださいまし!!!」

 

 

東「お、おう.........いつになく必死だな」

 

 

タキオン「彼女、桜木トレーナーの事になると周りが見えなくなるんだよ」

 

 

マック「タキオンさん!!!」

 

 

 私のお咎めも難なくひらりと身を躱すように、タキオンさんには何も応えていません。私はむぅっと声が出そうになるのを抑えつつ、ウマフォンをスカーレットさんに返しました。

 

 

マック「さぁ!!先に行ってしまわれたオグリキャップさん達を追いますわよ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

白銀「はぁくそ.........創が死んじまった」

 

 

黒津木「悔いるな、必要な犠牲だったんだ」

 

 

 そう言いながら、俺と宗也は二人で息を整えていた。一方玲皇はと言えば、今目の前のコンビニで奥の手を購入している最中だった。

 

 

桜木「戻ったぞ!!」

 

 

白銀「何買ってきたんだ!!打開できるんか!!?」

 

 

桜木「にっくまーん!!残金28円!!」

 

 

黒津木「バカ返品して来い!!!」

 

 

桜木「ダーメだ俺ァ腹ぺこなんだムグググ!!!!!」

 

 

 ダメだこいつ、早く何とかしないと.........

 そんな事を思いながらさぞ美味そうに肉まんを貪り食う玲皇を見ていると、俺達の背後から地響きに似たような振動と音が感じ取れた。

 恐る恐る振り返ってみると、そこはやべー奴らの大群になってて、間違いなく捕まれば蹂躙コース間違いなしの魔境だった。

 

 

白銀「逃げんぞバカ共ォ!!!」

 

 

黒津木「言われなくても分かってるよ!!!」

 

 

桜木「ムググウム!!!」

 

 

「待て白銀ェ!!!」

 

 

 あのバカ女の声が聞こえてくるが、走り出した手前止まることは出来ない。申し訳ないと思いつつも、俺は走りながら振り返ることで話を聞く姿勢を見せ付けた。

 

 

白銀「なんだバカ女ァ!!!要件なら手短にしてくれ!!!取り込み中だ!!!」

 

 

ゴルシ「これなーんだ???」

 

 

白銀「」

 

 

桜木「白銀のスケボー!!!??」

 

 

 あのバカ女が背中の袋から取り出したスケボーの一部分。間違いねぇ!!!アイツの名前の落書きが俺の記憶と一致してらァ!!!間違いなく落札に2000万円賭けた俺のスケボーだ!!!

 

 

ゴルシ「お前が止まらねーと叩き割っちまうぞ!!!」

 

 

白銀「ザッケンナァ!!!」

 

 

桜木「乗るなエース!!!戻れェ!!!」

 

 

黒津木「エースゥ!!!(裏声)」

 

 

 乗るなァ!!?戻れだとぉ!!?ふざけんのもいい加減にしろよ!!!コイツらにはあのスケボーの真の価値が分かってねぇ.........!!!

 あれに掛けた金とか、あれに乗った思い出とか、あれに乗ってた選手の事とかそんなちゃちぃ理由はねぇんだ。

 あれは.........あれは、俺とあのバカ女が唯一共有している.........!!!大っっっ切な繋がりなんだよォ!!!

 

 

白銀「あばよガキ共ッ!!一生妄想の中でちゅぱちゅぱしてろォッ!!」

 

 

桜木「死んで欲しい」

 

 

黒津木「なんでアイツ的確に俺達を殺す言葉を放ってくるの?」

 

 

 泣きそうになりながらアイツらは反対方向に走り始めた俺を見た。そんなのお前らのオタク加減が気持ち悪いからに決まってんだろ カスチキンが。

 だがこれでこのスケボーは守られた!!!俺とバカ女の繋がりはこれで.........ん?

 

 

ゴルシ「よう」

 

 

白銀「あっれれー?落書き以外何も合ってないぞ〜?」

 

 

 おかしい。落書きは記憶に一致するのに、スケボーの種類が違う。目の前でニコニコと笑うゴールドシップに悪寒が走る。

 ハメられた。俺はこのバカ女にハメられたんだ。いや、性的なほうじゃねえぞ。断じてねぇ。そんな嬉しいことめったに起こるはずがねぇ。

 次の瞬間。ゴールドシップが俺の事を落としに掛る。その両腕を持ってして俺の首を絞め落とそうとする。あ、背中にあの柔らかいのが.........いやいや!!!ここは純粋に助けを呼ぶべきだろ!!!

 そう思い、声をかけようとした瞬間、玲皇から声が聞こえてきた。

 

 

桜木「翔也ァ!!受け取れェッ!!!」

 

 

白銀「っ!!!サンキューッッ!!!」

 

 

 玲皇から投げられた袋が、放物線を描きながら俺の手に納まった。アイツが投げて寄こしたんだ。打開策が入ってるに決まって―――

 

 

白銀「石と.........中華まんのゴミ.........?」

 

 

桜木「それ捨てといてぇ?」ニヘラヘラ

 

 

 俺に投げて寄こしたゴミ(本物)を指さして笑う玲皇と宗也。首を絞めるゴールドシップも残念でしたと言うように、にへらとした笑みで俺を挑発した。

 

 

白銀「ご、ご、ご」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゴミカスゥゥゥァァァアアアアッッッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「はァっ!はァっ!」

 

 

マック「いい加減諦めたらどうですの!!?」

 

 

桜木「断る!!!」

 

 

 ご友人がお二人も捕まった筈なのに、トレーナーさんも保健室医さんも、その足を止めることはなく、徐々に学園へと向かって行ってしまっています。このまま行けば、多くの方々にご迷惑を.........!!!

 いいえ、もうそんな甘い事を考えている余裕はありません。迷惑なんて掛けてしまえばいいのです。彼らを捕まえるのに、妥協は一切考えられません!!!

 

 

スペ「サブトレーナーさん!!!そんなに罰を受けるのが嫌なんですか!!!」

 

 

桜木「嫌だね!!!なんなら俺の代わりに受けてくれてもいいんだぞスロットルブラスト!!!」

 

 

スペ「スペシャルウィークです!!!!!」

 

 

「今スペちゃんの名前間違えましたか?」

 

 

黒津木「やべぇまた増えたぞ!!!!!」

 

 

 トレーナーさんが久々にスペシャルウィークさんの名前を間違えたせいで、お出かけ中であったグラスワンダーさんが参戦。そしてお連れのエルコンドルパサーさん、セイウンスカイさん、キングヘイローさんもこの追いかけっこに参加をし始めました。

 

 

エル「ヘイ!!?グラス!!落ち着くデス!!」

 

 

スカイ「なんか面白い事になってるね〜」

 

 

キング「思わず追いかけたけどこれ着いてきた意味あるの!!?」

 

 

桜木「はっはー!!!なんだ現役乙女たち!!!おじさんを追い抜かす気にはならないのかい!!?」

 

 

全員「イラッ」

 

 

黒津木「バカお前!!!挑発なんざすんじゃねぇ!!!」

 

 

 トレーナーさんの要らない挑発のせいで全員が怒りを刺激され、うち何人かは掛かってしまいます。なんの理由も無く、彼が挑発するなんて有り得ません。恐らく、これは彼の作戦です.........!!

 

 

マック(釣られてしまったのはブライアンさん、スカーレットさん、ウオッカさんですか.........!)

 

 

桜木「ははッ!行くぞ宗也ァ!パルクール作戦だ!!!」

 

 

黒津木「クソ!!怖いもの知らずめ!!!」

 

 

 あともう少しで手が届き、トレーナーさんが掴めそうな所で、彼は前方に跳躍しました。目の前にある塀にジャンプで飛び越そうとしたのでしょう。ですが、明らかに飛び越えられてはいません。

 数人程、掛かってしまったせいで心配でしたが、何とかなりそうです.........そう思っていた矢先でした。

 

 

桜木「無駄無駄無駄無駄ァ!!!」

 

 

ウマ娘「嘘でしょ!!?」

 

 

 なんと、彼らは塀に向かってさらに足を突き出すことで、反対方向にも跳躍したのです。そしてそれだけでは飽き足らず、街頭に手を伸ばし、それを利用して飛距離を伸ばしてしまったのです。

 それのせいで、掛かり気味だった三人と、長距離が得意では無い方々はダウンしてしまいました。

 

 

ウオッカ「悪い.........オレ.........もう.........無理ぃ.........」

 

 

スズカ「わ、私も.........」

 

 

ナリブ「くっ.........あんな見え透いた挑発に乗らなければ.........!」

 

 

ダスカ「あ、アタシ.........ちょっと疲れたかも.........」

 

 

 これは.........少し緊急事態かもしれません。早くしなければトレーナーさんに逃げられてしまいますが、この方達を放っておくのも.........そう思っていると、目の前に一台の車が、綺麗なカーブを掛けて止まりました。

 

 

安心沢「はーい☆」

 

 

マック「安心沢さん!!!」

 

 

(なんだあの変質者)

 

 

 流石に安心沢さんの格好がおかしいせいか、皆さん困惑気味でした。せっかく来てくださったのに、これでは.........

 そう思っていた矢先に、後部座席側の窓が開き始めました。

 

 

テイオー「みんなー!早く乗りなよー!」

 

 

全員「て、テイオー!!?」

 

 

 困惑する皆さんに身振り手振りを大きく加えて説明すると、事情を知らない方々は渋々といった様子で車に乗り込んでいきました。

 これは、良いチャンスです......!!

 

 

安心沢「勢いで乗せちゃったけど、どこに迎えばいいかしらん?☆」

 

 

マック「ではトレセン学園へ向かってくださいまし!!トレーナーさんの行先も恐らくそこですわ!!!」

 

 

 理由は分かりません。ですが、なんとなくそうな気がするんです。彼の帰巣本能か、トレーナーとしての性なのかはわかりませんが、彼はきっと、そこに行く.........!!

 

 

マック「走れない者は車に!!まだ動ける方々は私と彼を追いましょう!!!」

 

 

タマ「凄い頼もしいやんマックちゃん.........こんな姿初めて見たで.........」

 

 

ナリブ「.........なるほど、これが恋、か.........」

 

 

 後ろで何やら黄色い声が聞こえ始めましたが、今はそんな事にかまけている暇はありません。ここで彼を逃してしまえば、明日には溜飲が下がって罰が軽くなる可能性があります.........!!それだけは、絶対に避けなければ.........!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

たづな「お待ちしていました!樫本さん!」

 

 

樫本「お久しぶりです。たづなさん」

 

 

 目の前の緑の制服に身を包む女性に、私は懐かしみを抱いた。以前、ここでトレーナーを勤めていた私にとっては古巣のような場所.........校舎を見ても、以前と変わりない様子が私の心に光をともすと同時に、仄暗い闇を浮き彫りにします。

 

 

樫本(.........何も、変わっていないようですね)

 

 

 トレーナーを勤めていたのも今は昔の話。私の立場はURA職員の一人として、ここに視察に来ただけです。なるべく私情を挟むことは無いように―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「帰ってきたぞぉぉぉ―――ッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

樫本「!!???」

 

 

 平和という言葉が何より似合うトレセン学園に、怒号にも似た声が外から響きわたります。あまりの珍事に反応出来ず、少し遅れて振り返ってみると、そこには二人の男性、しかも走行速度はウマ娘に匹敵する程のスピードで門を通り、学園内へと無事侵入を果たしていました。

 

 

樫本「.........今のは?」

 

 

たづな「桜木.........さん達ですね」

 

 

 あまりの出来事に、たづなさんも困惑しているのでしょう。その顔を伏せながら、走ってきた二人うちの片方の名を言いました。

 別にそんな事が聞きたい訳ではありません。正直面倒事は避けたいですが、学園にいるウマ娘に危害が発生するならば、それを見過ごす訳にも行きません。

 

 

樫本「あの、不審者ですか?警察に通報した方が.........」

 

 

たづな「......ナー...です」

 

 

樫本「.........はい?」

 

 

 たづなさんにしては小さい声で、あまりにも聞き取りづらかった私は、ついその言葉を聞き直してしまいます。

 いいえ、この場合、察してしまった私が一番悪いのです。何も聞かず、そしてそれを胸の内に閉まっておけば、この事実をなかった事にできたかもしれません.........

 ですが、伏せていた顔を上げ、怒りのせいか顔を真っ赤にさせながら目に涙を貯めたたづなさんは、断言してしまいました。

 

 

たづな「トレセン学園!!専属の!!トレーナー!!さん!!ですっ!!!」

 

 

樫本「」

 

 

たづな「ああああもう!!!寄りにもよってなんで今日!!!しかも!!!騒ぎを起こして帰ってくるんですかあのトレーナーは!!!」

 

 

 珍しく怒りを爆発させているたづなさんに呆気、その事実に絶句と二つの強い情報がぶつかり合い、私は頭の中が真っ白を通り越して宇宙になりました。

 

 

たづな「ちょっっっとお灸を据えてきますね!!!!!」ダダダッ!

 

 

樫本「えっえっ.........え?」

 

 

 私の目の前を走り去るたづなさんは、まるでウマ娘のような速さで走っていってしまい、伸ばした手は結局、何も掴まずに終わりました。

 そして、そんな私の隣を大勢のウマ娘が早いスピードで走り抜け、私の長い髪を風圧でなびかせました。

 

 

樫本(.........ウマ娘を管理する体制を作る前に、あの桜木というトレーナーを管理する方が先決かも知れませんね)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やよい「ナァーハッハァ!喜悦ッ!やはり名バの残した数々の栄光を飾る時が一番充実するなぁ!!!」

 

 

ネコ「ミャー」

 

 

 頭に乗っているタマ(ネコの方だぞ!)もご満悦そうに鳴き声をあげた。お主もそう思うか!ここまで二人三脚、いや、たづなを入れたら三人四脚でやってきた仲だ!!理解してくれる者が増えるのならそれだけでうれしい!!

 それにしても.........

 

 

やよい「特にこの、歴代の名バが残した蹄鉄の中でも、シンザンが付けていたとされるこれを見ていると、身体から炎が燃え上がる様な気持ちに.........!!うぅ.........もっと早くに生まれていれば、その勇姿を拝めたものを.........!!」

 

 

ネコ「ミャー…」

 

 

 おー!お主も理解してくれるか!!やはり日本中を魅了してきたその走りとダンスを直に見れないのは悔しくて仕方が無い!!

 だが、残っているのはこの蹄鉄と、トロフィーと、荒い映像だけ.........せめてこの宝を皆と共有.........ん?

 

 

やよい「不審.........!嫌な予感がするぞ!!」

 

 

ネコ「ミャ?」

 

 

 私のこのやよいイヤーが微かに反応している.........!そして間違いなく、その音は鮮明に、そしてこの私との距離を縮めている!!

 私はお宝を、どこの輩とも分からん奴に盗まれる事が無いよう!!!抱き抱えてうずくまることで危機を脱しようとした!!!

 

 

やよい「鉄壁ッ!!お宝だけは守り抜く!!」

 

 

桜木「うおおおおお!!!!!ただいま戻りました理事長ォォォォォ!!!!!お腹痛いんすか!!!!!また後で挨拶に伺いますね!!!!!」

 

 

ネコ「ミャ!!?」

 

 

 うぅ.........何事かと思えば、桜木トレーナーが帰ってきていたのか.........ナリタブライアンに直接同行を頼んだ故、事の顛末は知っていたが、まさか帰ってきて有給も消化し終えていないのに、学園に足を運んでくれるとは.........!!私は彼をどうやら見誤っていたかもしれない.........!!

 そこまで.........!!有給があったとしてもウマ娘の為に学園に顔を出すとは!!!その心意気!!!賞賛に値する!!!

 こんなところで伏せている場合ではない!!!今すぐにでも彼を手厚く迎え入れなければ!!!

 

 

やよい「提案ッ!!すぐに彼のおかえりなさい会を.........んン!!?」

 

 

ネコ「ミャ?」

 

 

やよい「無い.........!!?あのシンザンが残した蹄鉄が!!!無い!!!.........まさか」

 

 

桜木「ぉぉおおおお!!!なんか拾ったァァァァァ!!!!!」

 

 

やよい「」

 

 

ネコ「」

 

 

 走り去っていく桜木トレーナー。その両手に持っていたのは間違いなくシンザンの残した蹄鉄そのもの。

 え?なんで?マジックなのか?桜木トレーナーはマジシャンなのか?いや、そんな事はどうでもいい.........!!!

 

 

やよい「.........決意ッ!!タマ、暫しここで待っていてくれ!!」

 

 

ネコ「ナァ?」

 

 

やよい「宣言ッ!!秋川やよい!!ここにシンザンの蹄鉄を飾ると同時に!!桜木トレーナーの謝罪文も掲載する!!!」

 

 

ネコ「ヤベーヨヤベーヨ」

 

 

 そうと決まればこうしてはいられん!!!私は桜木トレーナーを追うウマ娘達に混ざるよう、久々にこの肉体を疾走本能に任せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「クッソァ!!!んでさっきから追っ手が増えんだよォォォォォッ!!!??」

 

 

黒津木「ウルセェェァァア!!!元はと言えばテメェが年中無休で大殺界なのが悪ィんだろうがァァァァ―――ッッ!!!」

 

 

 そんな大絶叫とともに廊下を風のように疾走する俺達男二人。後ろには先程から増え続けているウマ娘がその存在を誇示するように、地響きの様な足音を響かせている。

 生贄だ.........!!もうここまで来たら生贄を捧げてウマガミ様の溜飲を鎮めるしか方法はねェッッ!!!

 

 

桜木「宗也ァッ!!」

 

 

黒津木「んだテメェ!!!」

 

 

桜木「これなぁーんだ!!!」

 

 

黒津木「ファ!!?それタキオンのシークレットぱかプチ!!!??」

 

 

 俺は懐から、アグネスタキオンを模したぬいぐるみを取り出した。どうして今手に持ってるのかだって?分からん。今日の俺はなんか磁石みたいで物を良く引き寄せる。

 このぬいぐるみは未だタキオンがデビューを果たしていない中で極秘に作られていたファンメイドのぱカプチだ。多分デジタルがせこせこと手作りしたのだろう。

 

 

デジタル「アイエー!!?デジたんの自作ぱかプチ!!?自作ぱかプチナンデ!!?」

 

 

桜木「Go To!!!」

 

 

黒津木「それを捨てるなんてとんでもない!!!」

 

 

桜木「Hellッッッ!!!!!」

 

 

 勿論、俺にだって良心はある。可愛いぬいぐるみを投げるなんてしたくはない。だから上にポスン、とあげただけだ。取らないなら俺がもう一度その手に持っていた。

 だが黒津木は取った。期待通りにそれをバスケ選手のような跳躍で飛び、見事リバウンドを取る花道の如く綺麗にその両手で包み込んだ。

 まぁ、着地した際の慣性運動に身体を上手く適応できず、そのままゴロゴロと進行方向に転がして行ったが、身体は鍛えられている。無事だろう。俺は無視してそのまま走りさろうとした。

 

 

黒津木「ま、待て.........!!」

 

 

桜木「あァ!!?」

 

 

黒津木「待って.........くれ......!!」

 

 

 倒れ込んだ体制のまま、黒津木は顔を上げた。その表情は真剣な眼差しで、その目は俺を真っ直ぐに射抜いていた。思わず俺は立ち止まった。そして、追ってきたウマ娘達も.........

 

 

黒津木「.........思えば、四人の中で一番長い付き合いなの、俺とお前だよな.........」

 

 

桜木「どうした急に」

 

 

黒津木「.........せめて、エールを送らせてくれ.........」

 

 

 その目には、徐々に涙が溜まって行った。その姿を見て、俺も涙を流しそうになる。

 あぁ、そうだ.........俺達四人の親友も、始まりは俺と黒津木だった.........

 二人しか居ない俺の自宅でスマブラで騒ぎ、外から聞き付けた白銀が大声で俺達の名を呼び、三人になった。学校で読書している神威に白銀がしつこく話しかけて、いつの間にか四人になったんだ.........!!

 あぁ.........!!俺は親友達になんて酷いことを.........!!悔やんでも悔やみきれない!!謝っても謝りきれない.........!!

 

 

黒津木「フレェェェ!!!フレェェェ!!!玲ェェェ皇ォォォォォ!!!」

 

 

桜木「宗也ァ.........!!」

 

 

黒津木「がんばれがんばれ玲皇ッ!!負けるな負けるな玲皇ッ!!」

 

 

 熱い。身体のそこから迸るような熱さを感じる.........!!これが友情!!これが友!!!今俺は正に!!正しさの中に居る!!!

 だが.........その熱さに比例するように、背筋が冷めていく感覚に陥る。一体何が起きている?そしてなぜ黒津木は負けるなコールからずっと負けるなコールを続けてる?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 マケ…?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「」

 

 

 遠くから聞こえる呟くような声。背筋を冷ましたであろう原因のその根本。後ろで固まっていたウマ娘達全員が道を開ける。

 そこには.........書類をまとめたクリップボードを片手に、先程まで設備の点検でもしていたのであろうシンボリルドルフが、プルプルと身体を震わせて静かに立っていた。

 

 

桜木「宗也ァ.........!!」

 

 

黒津木「ククク.........俺はお前との逃亡の最中、ずっとこの機会を狙っていたのさ.........いつ裏切られても良いようになァ.........!!!」

 

 

桜木「宗也ァァァァァッッッ!!!!!」

 

 

黒津木「またまたやらせていただきましたァン!!!」

 

 

 俺は憎悪に任せて叫び声を上げた。その声で覚醒したのか、シンボリルドルフの震えは止んだ。その変わり、その身体から蒼白い炎にも似たオーラを纏い、ギラギラとしたその目で俺をロックオンした。

 

 

ルドルフ「私はァッッ!!!んン負けたくないィィィィィッッッ!!!!!」

 

 

グルーヴ「貴様ァ.........!!また会長をヘル化させたなァ!!!」

 

 

桜木「クッソ!!!付属品のエアグルーヴ(激昂)も着いてきやがった!!!」

 

 

 もうこれ以上この場には留まっていられない。俺はもう一度.........今度は一人だけでこの学園内を逃げる孤独なレースが始まろうとしていた.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

南坂「今日の模擬レース、見事でしたね!ネイチャさん!」

 

 

ネイチャ「いやぁ〜、模擬レースで勝ってもGIに勝てなきゃねぇ〜」

 

 

 そう言いながら、ゼッケンを付けたウマ娘。ナイスネイチャさんは困ったように涼太を広げました。

 

 

乙名史(素晴らしいです!トレセン学園の模擬レースはやはりレベルが高い.........!!その上今回はレースの実況が有り、臨場感も演出!!更にはこの後ライブまで.........!!)

 

 

 私はメモ帳に今回の要点をまとめながら、実況席の方をチラリとみました。あぁ!実況を務めた赤坂さん!!彼女は実際のレースでも的確な情報を伝えるプロフェッショナル!!やはりトレセン学園はレースに対する姿勢そのものが違います!!

 

 

ターボ「良いなぁ!!ターボも模擬レースしたい〜!!」

 

 

南坂「ターボさんはまた今度の模擬レースで出れますから.........」

 

 

ネイチャ「そうだよターボ。今度は出れるよう、補習受けないようにねー」

 

 

 今回、中距離の模擬レースで大金星を取ったネイチャさんの隣で、ツインターボさんが地団駄を踏みます。大逃げが得意なターボさん。彼女の走りにはいつもドキドキさせられます!

 

 

T1「そういやこの後のライブ何踊るんだ?」

 

 

T2「何って、うまぴょい伝説に決まってるだろ?」

 

 

 あぁ!プログラムにはお楽しみとしか書かれていなかったライブをネタバレされてしまいました!!ですが問題ありません!!むしろ楽しみです!!彼女達の磨かれたダンスを余念なく観察する事が出来る.........素晴らしいです!!

 

 

ネイチャ「じゃ、ライブあるからぱっぱと準備しましょうかね〜」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 本能に任せた疾走。駆け抜けて身体に触れる風よりも、身体を駆けさせるエネルギーの循環熱量の程は尋常では無い。

 遠くから聞こえてくるラッパの音。大きくなってきているとはつまり、それは進行方向で何かがあるのだろう。だが、そんな事などは関係無い。何があろうが突っ走る。出なければ死ぬ。それだけが答えだ。それだけが生きる意味だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『位置について』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その声が明確に聞こえてくる。目の前にはあのウマ娘がレースで最初に居るゲート。扉は閉まっている。周りの喧騒は徐々に高まって来ていて、身体の血の巡りの興奮を増長させる。

 

 

「お、おいなんか足音が聞こえてこないか.........?」

 

 

「っ!!おい!!アレ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『よーい』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 構うもんか、扉が閉まってる?だったら、蹴り開ければ良いだけの話じゃねぇか.........ッッ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(ドガァ!!!)『ドン!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

赤坂「な.........!!なんですかアレは.........!!?」

 

 

 ライブが始まろうとしていたその時、実況席からは一人の男性を先頭に、後ろから並々ならぬ人数のウマ娘が大群で押し寄せてきました。

 それだけならばいざ知らず、その後方集団の先頭には.........

 

 

 シンボリルドルフ

 オグリキャップ

 エアグルーヴ

 グラスワンダー

 エルコンドルパサー

 ゴールドシップ

 タマモクロス

 スーパークリーク

 スペシャルウィーク

 ライスシャワー

 ミホノブルボン

 駿川たづな

 秋川やよい

 

 

赤坂(な、なんてメンバーなの.........!!?)

 

 

 自然と握られてしまった手には、汗がじっとりと滲み出す。ここで常識に則り、追われているであろう彼を止めるのが普通でしょう。

 しかし、この私の実況者としての魂の火が燃えたぎるこの情景を、果たして自分の手で潰せるだろうか?否、そんな事は出来ない。気付けば私は、その手に実況マイクを握りしめていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「7枠1番!!桜木トレーナーが飛び出して行ったッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「ヅゥゥゥァァアアアアッッッ!!!!!」

 

 

 焼けるような速度で身を焦がしながらも、ただひたすらに前に向かっていた。それでも、距離を離すことは出来ていない。それどころか―――

 

 

「続くシンボリルドルフッ!!ライスシャワーッ!!オグリキャップッ!!桜木トレーナーを捕まえようとその手を必死に伸ばすッ!!」

 

 

ルドルフ「言っただろう!!私はァッ!!勝ァつッ!!」

 

 

ライス「創お兄さまに酷い事した!!絶対に許さない!!!」

 

 

オグリ「GRRRROOOOOOッッッ!!!!!」

 

 

桜木「三人ともヘル化しやがってッッ!!!」

 

 

 その瞳に、その肉体に蒼白い炎が宿る三人。それだけならばまだ良い。後ろで差しを狙うグラスワンダーもその炎を自在に操ることが出来る。もし三人を引き離す為に全力を出せば、その隙を突かれる。

 そんな事が起きればまず間違いなく捕まる。捕まった先にはこんな大事件を起こした責任を先ず取らされる。絶対にあの病室で逃げなかった方が良かった。そう思わされる。

 

 

桜木「くっ.........ククク」

 

 

三人「.........!!?」

 

 

 だが、それは『レースをしているならば』の話だ。俺がしているのは逃走劇であって、勝ち負けだけのレースでは無い.........!!

 

 

桜木「なぁ会長殿ォッ!俺は以前蹄鉄をはめ、薬を飲んで君に勝負した際完膚無きまでに叩きのめされたなぁ!!」

 

 

ルドルフ「なんの事だ!!何を言っている!!?」

 

 

桜木「その敗因は俺がレースに拘ったからだ!!!」

 

 

全員「っ!!?」

 

 

 俺のその言葉に、今走っている全員が驚愕する。レース場の四分の三ほどを走りきりそうな所で、俺は策を繰り出す。

 

 

桜木「今の俺にそれは無いッ!!勝利して逃げ切る!!それだけよ!!それだけが満足感よッ!!」

 

 

桜木「過程や.........方法なぞ.........ッ!!」

 

 

桜木「どうでも良いのだァァァッ!!」ガバァッ!

 

 

「おおおおおおおっと―――!!!桜木トレーナーが内側での走行中!!!なんと柵に手をかけ!!!レース場の真ん中を横断して行ったァァァァァ!!!!!」

 

 

 どうだァ!!!この掟破りの地元走りはァァァ!!!いくらお前達が優秀なウマ娘と言えど!!レースのルールを破ることなど到底出来る訳が―――

 

 

ルドルフ「これが生きる為の私の足掻きだァァァァァッッッ!!!!!」ガバァッ!

 

 

桜木「何ィィィィィ!!!!!?????」

 

 

 あ、有り得ない!!!ありのまま今起こった事を話すぜ!!ルールを守ると思ったら問答無用で生徒会長がルールを破りやがった!!!何を(ry

 いやそんな事はどうでもいい!!会長の他にもう一人ルールを破っている奴がいる!!!

 

 

「ゴールドシップ!!!ほぼシンボリルドルフと同じタイミングで柵を飛び越えたァァァァァ!!!」

 

 

ゴルシ「ゴォォォォォラァァァァァァッッッ!!!!!」

 

 

ゴルシ「テメェェェェッッ!!!マックイーンの事が好きなら素直に罰くらい受けやがれェェェェェッッッ!!!!!」

 

 

桜木「うううおおおおおいいいいいいいッ!!何俺の悩みを公共の場でカミングアウトしてやがんだァァァァァァッッッ!!!!!」

 

 

 くっ!!流石に追いつかれそうにもなる!!!あのゴールドシップが本気で俺を追いかけてきてるんだ!!会長殿にも引けは取られてねぇ!!!

 つかっ!!!視界に映る走る場所の端っこに誰かいんだけどぉ!!!

 

 

「たづなさん!!!なんとあの事務員のたづなさんです!!!これはどういう事なんでしょう!!?」

 

 

黒津木「ニャメロン!勝てるわけが無い!!たづなさんは伝説のスーパー事務員兼スーパー理事長秘書なんだどぉ!!」

 

 

白銀「ふーん。伝説って?」

 

 

神威「ああ!」

 

 

東「頼む沖野。コイツらを黙らせてくれ」

 

 

沖野「裁判で死刑になるレベルの事しなきゃ行けなくなるから勘弁してくれ」

 

 

 いつの間にか実況席が賑やかになってやがる!!!

 だがちらほらとリタイヤしてる子達が続出している.........!!!賭けるっきゃねぇッッ!!!

 

 

桜木「身体持ってくれよッ!!三倍タキオン薬だァ!!!!!」グビグビィ!!

 

 

グルーヴ「な!!?眩しッ!!」

 

 

たづな「しかも早い!!!??」

 

 

 流石アグネスタキオンの薬!!!即効性抜群!!!しかも発行したお陰でグルーヴが怯んだ!!!これで何と煙に巻ける可能性が増してきたぞ!!!

 

 

「桜木トレーナー早い!!他のウマ娘達も追いすがる!!」

 

 

「桜木トレーナー今一着でゴール.........いや、これは.........!!!」

 

 

「2週目!!!2週目です!!!桜木トレーナー止まることなくそのまま走行を続けております!!!」

 

 

 実況の言う通り、俺はゴールを踏んでも走る事は止めなかった。それはこれがレースではなく、俺が逃げ切る戦いだからだ。

 後ろを見るに、他のウマ娘達は既にバテバテ、グラスワンダーも俺の横断戦術にバカ正直に挑んだせいで、ヘル化させずに済んだ.........!!!あとは、逃げ切るだけ.........!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『今日の勝利のめーがみはー♪』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 くそっ!なんてプロ根性だ!!こんな時でも声を乱さず歌えるなんて!!だが、これは俺にとっての勝利のファンファーレだ!!!

 

 

ルドルフ「くっ.........負けたく.........な、い」

 

 

ライス「うぅ.........お兄さま.........」

 

 

オグリ「お腹.........すい、た.........」

 

 

 三人のヘルシスターズもヘロヘロだっ!そんな周りが死に体の状態でも俺の三倍タキオン薬に着いてこれるとは中々やるなぁ!!ゴールドシップゥッ!!

 

 

ゴルシ「はっ!はっ!はっ!はっ!」

 

 

桜木「そろそろ諦めたらどうだ!!俺は逃げ切るぞ!!誰がなんと言おうとも!!」

 

 

ゴルシ「.........へへへ」

 

 

桜木「.........?」

 

 

 後ろにピッタリとへばりつくように俺の後ろを走るゴールドシップ。付かず離れずの距離を保つだけでも辛いはずなのに、彼女は不敵に笑って見せた。

 

 

ゴルシ「お前、アタシがなんで走ってんのか分かるか.........?」

 

 

桜木「は.........?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『風を切ーって大地蹴ーってキーミのなーかにひーかりとーもす♪』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 言っている意味が分からない。ゴールドシップの事だ。意味が無い事もあるだろう。だが、俺の勘はそうでは無いと告げる。次に備えろ。逃げる為に脚を溜めろと告げる。

 バカ言うな。こんな所で溜めてみろ。ゴールドシップに捕まるのがオチだ。それに見ろ。次で二週目のゴールだ。三週目を走り切ればもう俺を追う者などどこにも居ない。

 現にマックイーンも―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ドーキドキドキドキドキドキドキドキ♪』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 待て、まさか.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(ガコンッ!!)『君の愛馬が!!♪』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 思わず、その耳に残る特徴的な音がした場所を振り返る。そこにはもう、あの不敵な笑みをしたゴールドシップは居ない。してやったりとした顔をしながら、ゴールドシップはターフの上で仰向けになって居やがった。

 

 

ゴルシ「お膳立てはしてやったぜー!!!さっさとおっちゃん捕まえて今までの鬱憤晴らしちまえ!!!」

 

 

「なんとおおおおおお!!!ここでまさかの登場!!!桜木トレーナーと苦楽を共にしてきた名実ともに最強の相棒ッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マックイーンだマックイーンだッ!!メジロマックイーンが今しがた!!ゲートから飛び出したァァァァァ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「やぁァァァァァァァ!!!!!」

 

 

 どうやら間に合ったようです!!これで寄り道が無駄にならずに済みました!!ゴールドシップさんには後で沢山礼をしなければ気がすみません!!

 

 

桜木「マックイーンだとぉぉぉぉぉ!!!?????」

 

 

マック「トレーナーさァァァァァァァんッッッ!!!!!」

 

 

 これで一体、何回目の人生で一番の大声の更新でしょう。彼が居なくなってからその間隔は無いに等しい程狭まった気がします。

 

 

桜木「な、なんで今出てきたんだ!!?」

 

 

マック「そんなの決まってるではありませんか!!!貴方の考えてる事など手に取るようにお見通しですわ!!!」

 

 

 あのずる賢いトレーナーさんの事です。あの手この手で機転やトンチを効かせて追手を煙に巻くだろうと考えられました。

 私があの集団を離れる際、ゴールドシップさんに小声で頼みました。もし彼が手を打ち、学園からも逃げそうになった場合は、頑張って持ちこたえて欲しい.........と

 そしてこの一体一で彼と走り抜けている状況。考える隙は与えません。間髪入れない質問で彼の本心を聞き出します。

 

 

マック「そんな事より!!!なぜ逃げるんですか!!!私達の事が嫌いになったんですか!!!」

 

 

桜木「!!?違うッ!!」

 

 

マック「では何故!!!」

 

 

桜木「怖かった!!!!!」

 

 

マック「!!?」

 

 

 走り抜ける彼の背中に、私は少し寂しさを覚えました。彼の居ない寂しさとは比較にならないほど小さいのに、無視できない。そんな寂しさでした。

 

 

桜木「罰を受ければ確かに元通りだったさ!!!けどそれが怖かったんだ!!!」

 

 

桜木「本当に!!!!!俺なんかが君達を引っ張っちまって良いのかって!!!!!」

 

 

マック「!!!」

 

 

桜木「自分勝手した事に後悔はしてない!!!反省もしてない!!!けど責任は取るべきだ!!!」

 

 

 責任を取る。その言葉と同時に、彼から感じた寂しさが一気に膨れ上がり、胸を締め付けます。

 あぁ.........十日間も会わないうちに、私は貴方の仮面をつけた姿も、その素顔も忘れてしまっていたようです.........

 

 

桜木「今日皆に会えて本っっっ当に良かった!!!!!マックイーンはまたスタミナが伸びたよな!!!!!」

 

 

 いや。

 

 

桜木「タキオンは人を気遣えるようになってた!!!!!成長してる!!!!!」

 

 

 ダメです。

 

 

桜木「ウララあんなに走れるようになったんだな!!!!!一着も夢じゃないぞ!!!!!」

 

 

 そんな事.........

 

 

桜木「ライスも大分押しが強くなった!!!!!デビューが楽しみだ!!!!!」

 

 

 そんな事.........!!!

 

 

桜木「ブルボンも表情が柔らかくなってたぞ!!!!!三冠インタビューが楽しみだ!!!!!」

 

 

 言わないで.........!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺が居なくてもやって行ける!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「.........!!!」

 

 

桜木「マックイーン達が短期間で成長できたのは!!!!!全部東さんのお陰だ!!!!!俺が居たらこうはならなかった!!!!!だから―――」

 

 

マック「バカァァァァァァァァッッッ!!!!!」

 

 

桜木「―――!!???」

 

 

 この人は.........!!!この人は本当におバカです!!!そんな.........!!!どうしてそうなれたかも知らないで.........言いたい放題自分は好き勝手に言い散らかして.........!!!

 

 

マック「私達が変わったのは!!!!!貴方が居なくなった[お陰]ではありません!!!!!貴方が居なくなった[せい]です!!!!!」

 

 

マック「確かに私はスタミナが着きましたわ!!!!!ええ着きましたとも!!!!!お陰で体重が増えましたわ!!!!!なんせ貴方が作る献立料理がありませんもの!!!!!カロリー増し増しですわ!!!!!」

 

 

マック「タキオンさんが気遣えるようになったのは貴方という支柱が居ないせいでいざと言う時好き勝手出来なくなったせいですわ!!!!!でなければ今頃学園中あの人が作った薬品のせいでゾンビだらけです!!!!!そうに違いありません!!!!!」

 

 

マック「ウララさんが走れるようになったのは貴方が何も言わず姿を消したせいで自分が遅いから嫌われたと感じたからです!!!!!知っていますか!!???彼女は貴方に嫌われたと思って泣いてしまったんですのよ!!!??」

 

 

マック「ライスさんについてですが!!!!!あれは貴方に対する怒りの感情ですわ!!!!!彼女は溜め込みやすい質ですから!!!!!貴方への鬱憤が滲み出てただけです!!!!!」

 

 

マック「ブルボンさんの表情が柔らかくなったのは楽しいという感情を覚えたからで す わ!!!!!貴方がいる日々が楽しい事を貴方が居なくなってから知ったんです!!!!!」

 

 

 身体から熱が巡る。普段、レースでは感じることの出来ない熱。勿論、春の天皇賞でもそれを感じる事はありませんでした。

 それでも、その熱の源は何かを私は知っています。今、目から頬に流れる熱と同じ熱さです。

 

 

マック「責任を取るべきとおっしゃいましたよね!!!!!」

 

 

桜木「.........!!!」

 

 

マック「貴方が取るべき責任は!!!!!チームを変えられなかった!!!!!成長させる事が出来なかった!!!!!だから自分は身を引く!!!!!そんなものではありません!!!!!」

 

 

 たったの十日間、彼が居ないだけでチームは変わりました。いえ、変わってしまいました。それは、良くも悪くも、と言った所でしょう。ウマ娘としてならば、強くなれる環境に身を置く方がその先幸せかも知れません。

 ですが.........!!!私達は違うのです!!!私が居たいのは!!!強くなれる場所ではありません!!!選抜レースで7着だった私を見出してくれた彼の傍なんです!!!

 

 

マック「貴方が取るべき責任は!!!!!変わってしまったチームを元に戻すことです!!!!!」

 

 

マック「私の体重を減らし!!!!!タキオンさんの気遣いを止めさせ!!!!!ウララさんをのびのびと走らせ!!!!!ライスさんをニコニコさせ!!!!!ブルボンさんに表情トレーニングを付けさせる!!!!!」

 

 

マック「それが.........!!!!!貴方の取るべき責任です!!!!!!!!!!」

 

 

桜木「.........」

 

 

 徐々に彼の走行スピードが緩やかになっていきます。ウマ娘並のスピードから、人間の全速力、ランニング、歩くスピードへと落とされ、遂に彼は、逃げる事をやめました。

 取りたくない責任を、彼は取ろうとしていたのです。態々悪役にまで成り下がって、久々に仮面をつけて。

 

 

桜木「.........良いのかな」

 

 

マック「.........良いに決まってます」

 

 

桜木「.........また、振り回すよ?」

 

 

マック「たまになら良いです。いつも振り回してしまってるお詫びですわ」

 

 

 ようやく、彼の素顔が見えてきました。いつもは乱暴な言葉使いですが、彼の本心は人を傷付けられない言葉だけです。

 背中を向ける彼。その立ち姿のまま数瞬、肩を震わせた後、鼻をすすりながら腕で目元拭いました。

 

 

桜木「.........ありがとう」

 

 

マック「.........おかえりなさい。トレーナーさん」

 

 

 そう、私は彼に言葉を掛けました。小さい反応が彼の身体に現れ、少しの沈黙が流れました。彼はまだ、迷っているのでしょう.........

 そんな彼の迷いを吹き飛ばす様に、彼への言葉が多くの方々から届きます。

 

 

タキオン「モルモットくんッ!!君は最高のモルモットだー!!!私から逃げられると思うなー!!!」

 

 

ウララ「トレーナー!!!ウララ!!!トレーナーと一緒に頑張りたいよー!!!」

 

 

ライス「ら、ライスも!!!お兄さまと一緒に変わりたい!!!」

 

 

ブルボン「私もです!マスター!!まだマスターとZガンダムを買いに行くというオペレーションが遂行されてません!!!」

 

 

デジタル「私まだ桜木トレーナーさんがどんな人か分かりません!!!分からないのにさよならなんてあんまりです!!!」

 

 

桜木「.........っ」

 

 

 小さかった反応は、小さな震えに

 

 

スペ「私も!!!サブトレーナーさんのおすすめのラーメンが食べたいです!!!」

 

 

ダスカ「そうよ!!!アンタのせいで今日のショッピングが台無しになったんだから!!!荷物持ちくらいしなさいよね!!!」

 

 

ウオッカ「おおお、オレも何か言わねーと.........あ!!今度オレと一緒にバイクの免許取ろーぜサブトレーナー!!!それで今日の事はチャラだ!!!」

 

 

テイオー「そうだよ!!!このままチームトレーナーやめちゃってどうすんのさ!!!ボクの菊花賞.........はまだ分かんないけど、出れた時経費で入場出来ないよ!!?」

 

 

 小さな震えは、やがて大きな嗚咽に変わっていきます。

 あんなに居なくなった事に対して、不安や文句を言っていた皆さんも、彼に対して言葉をかけて居ました。

 不意に、私の隣に誰かの気配を感じました。振り返ってみると、ゴールドシップさんが任せろと言うように私に対してウインクをします。

 

 

ゴルシ「.........なぁおっちゃん」

 

 

ゴルシ「みんなああ見えて、おっちゃんの事が好きなんだ。勿論そこにはアタシも居る」

 

 

ゴルシ「みんな、おっちゃんの居るトレセン学園が大好きなんだ」

 

 

桜木「.........っ、っ!」

 

 

沖野「桜木ー!!!お前が居ないとチームの雑用係が当番制になっちまうー!!!チームルームが滅茶苦茶にされちまうぞー!!!」

 

 

東「俺もまだお前に謝れてねー!!!今じゃなくていい!!!今度面と向かって!!!お前とお前のチームに謝らせてくれー!!!」

 

 

黒津木「お前の悪いところだぞー!!!一人で抱え込んでんじゃねー!!!俺達にもお前の苦しみを感じる権利はあるはずだー!!!」

 

 

白銀「悪いと思ってんなら最初っからやんじゃねー!!!お前に悪役は端から向いてねーんだよー!!!」

 

 

神威「玲皇ー!!!奇跡を超えるんだろー!!?奇跡ってのは常識が通用しねーから奇跡なんだぜー!!!」

 

 

 ああもう.........あんなに声を抑えて.........この場にいるのはもう、貴方の事が好きな人ばかりですのに。涙を堪える理由も、どこにも.........!ありませんのに.........!!

 そう思いながら涙を我慢する私もきっと、彼と同じなんです。いつもは手を引いて、知らない場所や景色を教えてくれるトレーナーさん。今回は、私が手を引いてあげましょう。

 

 

マック「おかえりなさい.........!!!トレーナーさん!!!」

 

 

 声がしっかり出ずに、震えてしまいます。もう、涙を止める理由も、それを我慢する必要もありません。

 溢れ出る涙を拭おうとせず、止めようとせずに、私は、彼にもう一度。[おかえりなさい]と伝えます。

 それでも彼は、みんなの前だから、溢れ出る涙を拭い続けます。止めようとします。けれどもう、その姿に不安はありません。

 彼はやがてその手を止め、ゆっくりと息を吐きます。溜息にも似た、諦めにも似た、力を抜くような吐息。そうして、彼はようやく、私の方へと振り返りました。

 

 

桜木「.........ただいまっ!」

 

 

 振り向いたその顔は涙で濡れ濡れで、でも笑っていて、けれどいつも通りのニカッとした笑いじゃなくて、本当はどこにでもある、ありふれた幸せそうな顔。初めて見せてくれた本当の笑顔。

 私はようやく、彼の心に触れられたのだと気付きました.........

 

 

 初夏の風が吹くトレセン学園のターフの上。その後、迷惑を掛けたお詫びにと、今度はしっかりと一人一人に罰を言い渡されるトレーナーさんの嬉しそうな顔は、とても印象的でした。

 

 

 

 

 

  ......To be continued



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トレーナー「マックイーンに避けられてる.........」

 

 

 

 

 

マック「〜〜〜♪」

 

 

 夜の帳も既に降り、外は街頭が点っている頃でしょう。時計の短い針は既に寮の門限を指しており、私達トレセン学園に所属しているウマ娘は皆それぞれ、自分達の部屋で明日を迎える準備を整えます。

 私、メジロマックイーンもその一人です。ですが、今日はここ最近はなかった鼻歌を奏でながら、 櫛で髪をとかしていました。

 

 

イクノ「.........上機嫌ですね」

 

 

マック「あっ.........も、申し訳ございません。少々うるさかったでしょうか......?」

 

 

イクノ「いえ、ここ最近落ち込み気味だったマックイーンさんしか見られなかったので、私としても嬉しいです」

 

 

 ベッドの上で小説を読んでいた同室のウマ娘。イクノディクタスさんが微笑みながら私に顔を向けてくださいました。

 うぅ、少々恥ずかしいですが、これも仕方ないことなんです.........

 

 

マック『もう逃げる事はないと思いますが.........タバコを吸うならここで吸ってください』

 

 

桜木『.........わざわざ持ってきたのか?』

 

 

マック『貴方を捕まえた時、最後に逃げる口実を作るならこれかと思いましたから』

 

 

 あの時、私がした寄り道はトレーナー専用職員室でした。理由としては、彼を捕まえた際、最後の砦としてタバコを口実にするだろうと思ったからです。

 ですが、思ったよりも難航しました。なんせ学園でタバコを吸う場合、喫煙室を使う為、そもそも灰皿を持っている方は多くはありませんでしたから。

 柄にもなく祈りながら最後のトレーナー職員室。ベテラントレーナーが集まる場所へ赴き、訳を話すと、古賀トレーナーが快く貸してくださいました。

 

 

桜木『......本当、敵わないなぁ』

 

 

 ターフの上に座り込み、風の流れを確認したトレーナーさんは私達に背を向けてそう言いました。呆れたようで、どこか嬉しそうな声色が、今でも耳に残っています。

 

 

イクノ「良かったですね。トレーナーさんが戻ってきて」

 

 

マック「ええ♪明日からまた、元通りの毎日ですわ♪」

 

 

 私はそう言って、とかしおえた髪を確認し、ベッドの中へ入りました。そう言えば、イクノさんと談笑したのも久々だと感じます。明日からはきっとまた、元通りの毎日が.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「グス.........ヒグ.........」

 

 

東「.........」

 

 

 元通りの毎日が始まる。そんな事を思っていた時期がこの俺、東 颯一郎にもありました。

 桜木が起こしたあの大騒動とも言える逃亡劇。大規模な模擬レースが行われた会場であんな事をしたせいで、コイツの名前と凶行は大々的に記事にされた。それも、感動物語として。

 そんな日からもう一週間。なんのトラブルも無く、皆いつも通りの日常に戻っていた筈だった.........

 

 

東「.........」

 

 

沖野「.........さっ、今日のテイオーのリハビリメニューでも組むか」

 

 

 俺の机の向かいに座る沖野は自作のノートの上半分から視線を覗かせていたが、俺が出勤し、俺の机で突っ伏して泣いている桜木を、俺が視認したのを確認してその顔を引っ込めた。

 大の大人が泣いてるほどいたたまれない状況は無い。耐えきれなくなった俺はデジャブを感じながらも、自分から声を掛けた。

 

 

東「.........どうしたんだ?」

 

 

桜木「.........グス......イー......避け.........ぅぅ」

 

 

 会話もままならない。俺は沖野に視線を移すが、奴はお手上げのポーズを取って見せた。お前んとこのサブトレーナーだろ何とかしろ。

 そうは思いつつも、こうなった桜木を見捨てる訳には行かない。俺は桜木の肩を叩き、一緒に移動するよう促した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東「.........で、どうしたんだ?」

 

 

桜木「.........マックイーンに避けられてる」

 

 

東「.........はぁ?」

 

 

 喫煙室のベンチ。俺と桜木は隣り合わせで座るように会話をする。そして返って来たのはその言葉の意味も内容も伝わるはずなのに、何故か理解ができない物だった。

 これじゃあ埒が明かない。俺は胸ポケットからフィリップモリスの6ミリパッケージを取りだし、タバコを口にくわえ火を付けた。

 

 

東「.........吸わねぇのか?」

 

 

桜木「ブルボンからの罰で禁煙中だから.........」

 

 

 落ち込み気味の桜木はそう言いながら、尻ポケットからココアシガレットを取り出し、悲しそうに口を咥えた。

 

 

東「まず、状況を説明してくれ。じゃなきゃアドバイスもできん」

 

 

 正直、並大抵の事では避けられる事は無いはずだ。何せ、マックイーンと桜木は噂に聞くと両片思い状態。どっちもくっつきたくて仕方の無い状態の筈だ。

 

 

桜木「.........俺が避けられ始めたのは」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「はぁぁ.........やっぱり日本の飯は最高だなぁ.........」

 

 

 カフェテリアでライスと朝食を終えた俺は、復帰一日目としてまず、自分のチームルームがどうなっているか確認しようとした。

 鍵を持ち、廊下を歩いてると、向こう側から見知った姿が見えた。マックイーンだ。俺は挨拶しようと声を掛けた。

 

 

桜木「マックイーン!おはよ―――」

 

 

マック「!!」ドキン!

 

 

マック「.........!」ペコリ!

 

 

マック「.........!」サササ!

 

 

桜木「.........え?」

 

 

 俺が挨拶するまで上の空だったが、俺に気付くと酷く動揺を見せて、何も言わずお辞儀をし、そそくさと目の前を去っていった。

 調子でも悪いのだろうか?トレーニングに支障でもきたさなければ良いのだが.........最初はそう、軽く思っていた.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東「.........それが物の見事に1週間続いてる、と?」

 

 

桜木「うん」

 

 

 まずい。アドバイスどころかなんも分からん。というよりこれ桜木悪くないんじゃないか?マックイーンに根本的な原因があると思われる.........

 うーん、うん。そうだな。それがこいつの為だ。俺も鬼になろう。

 

 

東「桜木」

 

 

桜木「?」

 

 

東「直接聞け。忙しいから俺は職員室に戻る」

 

 

桜木「は?」

 

 

 俺はベンチで硬直する桜木を残し、喫煙室の扉を開ける。床になんか力強い足跡みたいなのがあるが、知らん。東 颯一郎はクールに去るぜ.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「むぐぐ!!?むぐぐうむ!!?」

 

 

 ここはどこでしょう.........?教室でない事は分かりきっています。なんせ、HRの後廊下に出た瞬間に拉致されましたから。

 あぁ、視界が完全に塞がれています。目隠しでもされたのでしょうか?あまりに突然でそれすら把握ができません。しかし、これをした犯人など既に分かりきっています。

 

 

マック「むーぐぐむっぐ!むぐぐむぐぐぐぐ!(ゴールドシップ!早く解きなさい!)」

 

 

ゴルシ「あー?なんだよー。すぐアタシだってバレんじゃん。今度からブルボンに頼もー」

 

 

マック「むむむむむうむむぐぐぐむんむむむむんむむむむ!!?(私のチームメイトをなんだと思ってますの!!? )」

 

 

マック「劇団メジロのコント集団」

 

 

マック「.........」

 

 

 否定できませんわ.........なんせ一癖も二癖もある方々の集まりですもの.........トレーナーさん含めて.........って!なんで言葉が通じるんですの!!?

 そう思っていると、不意に視界が急にクリアになります。暗い所から急に明るくなったせいで、ちょっと目が痛いです.........

 そして気がつけばいつの間にか、椅子に座らされ、目の前には案の定ゴールドシップさん、単独犯という予想に反してスカーレットさん、スペシャルウィークさん、それに、ウマフォンのテレビ通話で繋がっているテイオーさんの姿が目に飛び込んできました。

 

 

マック「あ、あの.........これは.........?」

 

 

ゴルシ「単刀直入に言うぞ」

 

 

ダスカ「サブトレーナーの事、避けてるみたいじゃない」

 

 

マック(ギクッ)

 

 

 うぅ.........今一番触れられたくない話題に躊躇なく足を踏み入れましたわね.........!

 わ、私だって避けたくて避けてる訳ではありません!!あんな.........!あんな夢さえ見なければ.........!!

 

 

スペ「変ですよ!!!」ダンッ!

 

 

マック「へ、変!!?」

 

 

スペ「だってマックイーンさん!!サブトレーナーさんの事が好きなんですよね!!!」

 

 

マック「声が!!!声が大きいですわ!!!」

 

 

 私の目の前にある机。その向かい側にいるスペシャルウィークさんが体重を掛けるようにその両手で音を出すように突き立てます。

 あぁ.........! またあらぬ誤解が!!好きではないんです!!ただ彼を見ていると我を忘れてしまったり!!考えているとぼーっとしてしまうだけですわ!!!

 

 

テイオー「あーあ〜、せっかくサブトレーナーが帰ってきたのにさー。このままじゃ誰かに取られちゃうよ〜?」

 

 

マック「べ、べべ、別に?彼は私のものではありませんし?第一彼を取ろうとする物好きなんて、この学園には.........?」

 

 

 自分でもわかりませんが、視線を泳がせて弁解していると不意に、皆さんの視線が刺さりました。それに気がついて目を移すと、皆さんの人差し指が私の方向を指しています。

 いえ、そんな.........まさか、えぇ?私が彼を狙っているとでも?いえいえ!彼は確かに良きパートナー(トレーナーとして)ですが!流石にそんな仲には.........

 

 

ゴルシ「ゲロっちまった方が、スッキリするぜ.........?」

 

 

マック「電気スタンドとそのカツ丼を退けなさい」

 

 

ダスカ「こわ、もしかして減量中?悪いことしちゃったわね.........」

 

 

スペ「いただきまーす!!」

 

 

テイオー「うわ!!カツ丼じゃなくて海鮮丼じゃん!!いいなー!!ボクも食べたいよ〜!!」

 

 

 あぁ.........なんだか頭がクラクラしてきましたわ.........こんな空間に居たらまともで居られません.........次の授業もありますし、ここはさっさと退散しましょう。

 そう思い、溜息を吐きながら立ち上がりましたが、誰もそれを止める方は居ませんでした。きっと皆さん飽きたのでしょう。巻き込まれるこっちの身にもなって下さい。

 私は今日こそはと思いながら、ドアに手を掛けました。

 

 

ゴルシ「なー」

 

 

マック「.........なんでしょう?」

 

 

ゴルシ「このままでいいのかよ」

 

 

マック「.........良いも悪いも、私の問題です。時間が解決するしか―――」

 

 

ゴルシ「ビビってるだけじゃ前に進めねーぞ?」

 

 

 .........私はゴールドシップさんのその言葉に、言葉で何かを返すことは出来ず、扉を思い切り閉めて返しました。なんだか、負けた気分です.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「.........はぁ」

 

 

 直接聞け.........って、言われてもなぁ。避けられてるんじゃ話も出来ないよ.........

 俺、なんか悪いことしたかなぁ。もしかしてちゃんと許されてないのかなぁ.........

 

 

桜木(.........考えてても仕方ないよなぁ)

 

 

 暫しの間、喫煙室で噛み砕いたココアシガレットを口の中で転ばしていても、何も答えは出て来ない。それどころか、帰って深みにハマるばかりだ。とにかくここを出よう。

 そう思い、俺は転がしていた破片も噛み砕き、飲み込みながら外へ出た。そこへ―――

 

 

「きゃっ!?」

 

 

桜木「うお!?ごめ.........!!?」

 

 

 左右の注意を怠ったせいで、体を廊下に出した瞬間、生徒であろうウマ娘と激突してしまう。まぁ倒れたのは俺の方だが。

 慌てて不意に出たことを謝ろうと顔を上げると、そこには今まで避けられてきたマックイーンが冷や汗を流し、俺をじっと見てきていた。

 

 

 

 

 

 ―――ああ、どうしましょう。謝らなければ、流石にここで謝罪をしなければメジロのウマ娘として.........いいえ、人として落ちぶれてしまいます。そ、そうです。謝れば良いのです。謝れば.........

 

 

「「あ、あの!」」

 

 

「「あ!先にどうぞ!」」

 

 

「「じゃ、じゃあ.........え?」」

 

 

 まるで鏡合わせのように、同じセリフ、同じ動作で行動します。彼とこうして何気ない会話をするのは久しぶりのはずですのに、何故か息が合ってしまいます。

 

 

マック「その、ごめんなさい.........不注意でした.........」

 

 

桜木「い、いや、俺の方、こそ.........」

 

 

「「.........」」

 

 

 お互い頭を下げ、暫くの間沈黙が入ります。何を言えば、何を話せば良いのでしょう?私は、彼と今まで一体何を話してきたのでしょう.........?

 

 

マック「で、では授業がありますので!私はこれで!」

 

 

桜木「待って!!」

 

 

マック「.........!」

 

 

 彼の力強い言葉の制止が、そのまま逃げようとした私の足を止めました。恐る恐る振り返り、彼の顔を見ると、そこには怒りや不安などの感情はなく、優しさと温かさを感じる笑顔がそこにはありました。

 

 

桜木「お昼休みに.........いや、トレーニングが終わった後でもいい。言い難いかも知れないけれど、俺を避ける理由を教えてくれないか?」

 

 

マック「.........」

 

 

 そう言いながら、彼はゆっくりと、私が怖がることがないように近付いてきます。そんな事、ある訳ありませんのに。

 ですが.........そう、思いながら、何故か心臓の鼓動は徐々に高まりを見せています。彼が一歩近づく度に、ドクン、ドクン、と、それは静まりを忘れたように大きく、強くなって行きます。

 そして、彼が手を差し伸ばしてきた時.........

 

 

マック「!い、いや!」パシン

 

 

桜木「へ?」

 

 

マック「.........はっ!も、申し訳ございません!!失礼致します!!」

 

 

 私は廊下を走りながら、我に返りました。あぁ、私は彼になんて酷いことをしてしまったのでしょう.........いくら半分無意識だったとは言え、彼の手を払ってしまった自分が憎い。

 彼の様子を見るべく、視線を動かして後方を確認すると、彼はあまりの出来事に固まってしまっていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「」

 

 

桐生院「.........」

 

 

 お昼休みのチャイムが鳴るトレーナー職員室。いつも通りならば、桜木トレーナーは自分のチームルームへとご飯を食べに行くはずです。

 しかし、今私の隣の席にいる彼は、まるで長時間絶句しているような表情で椅子に座っていました。

 

 

桐生院「め、珍しいですね.........」

 

 

桜木「」

 

 

桐生院(な、何か!!何か話題を.........!!)

 

 

 彼が居ない職員室に慣れてしまったせいか、彼と何を話せばいいのか分からなくなってしまいます。

 ここは.........そうだ!彼と担当の子について話せばいいんだ!私と彼はトレーナー!ウマ娘について話すことは何よりも自然な話題です!そこから彼のことを聞けば!

 

 

桐生院「最近マックイーンさんとはどうですか?」

 

 

桜木「」…ポロポロ

 

 

桐生院「え」

 

 

 い、意外!桜木さんは絶句した表情のまま涙を悲しそうにポロポロと流し始めました。まさか、悩んでいたのは担当について.........?

 うぅ、この桐生院葵、一生の不覚です.........彼の悩みの元を解決してあげるどころか、それを刺激して泣かせてしまうなんて.........

 いいえ!ここでへこたれてる場合じゃない!恩人に対してできることは何でもしなければ!

 

 

桐生院「な、悩みがあるならなんでも聞きます!マックイーンさんとの事で何かあったんですか!!?」

 

 

桜木「.........実は」

 

 

 そこから、彼は途切れ途切れで話を始めました。どうやら理由もわからずマックイーンさんに避けられ、先程手を払いのけられたようです。

 うーん.........私はあまりマックイーンさんと関わりがないですが、理由もなくそんな事をする子ではないと思います。彼の話を聞いている限りでは、その理由も分かりません。

 .........でも、あのアドバイスが役に立つかも

 

 

桐生院「桜木さん」

 

 

桜木「?」

 

 

桐生院「直接聞きましょう!」

 

 

桜木「.........だからそれは」

 

 

 私の提案に対して、期待外れというような表情を見せて、彼はそのまま言葉を繋げようとしました。それを掌を勢いよく彼の顔に突き出し、止めます。そんなもの、彼の話を聞いていればとっくに理解しています。

 颯一郎さんが直接聞けと言ったのは、それが手っ取り早いという事もありますが、私達トレーナーがまず初めに教わることでもあります。

 直接聞くこと。そして、聞けなければまた聞く機会を見つける事。それがウマ娘との絆の作り方だと、私も色々な人に教わりました。それが功を奏し、今ではミークが私の担当です。

 

 

桐生院「トレーナー業と言うのは半分はデータや経験、そしてもう半分は体当たりです」

 

 

桐生院「自分の目で信じたものを疑わず、ただひたすらに突き進む。それがトレーナーであり、桜木さんの足りない部分です」

 

 

桜木「俺の......足りない部分.........」

 

 

 そう、彼はトレーナーでありながら、トレーナーらしくない。違うと思われればすぐに切り替えが効く。その考え方が、今では多くのトレーナーに広がる程、彼は知らない所で風としての役割を果たしています。

 ですが、絆の作り方は変わりません。傷付く事を恐れてしまえば、そこで終わりです。転んでしまっても、手当やケアをしっかりすれば、傷は塞がるものです。

 

 

桐生院「桜木さん。当たって砕けろ。です!」

 

 

桜木「.........ありがとう。頑張ってみる」

 

 

桐生院「その意気です!桜木さん!」

 

 

 ようやく悲しげな空気を振り払い、話をしようと決心をする桜木さん。やっぱり彼は強引で、自分勝手でなければ、そう思いながら、彼との久々の昼食を楽しみました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

タキオン「なるほどねぇ。通りで最近二人の様子がおかしかった訳だ」

 

 

 後ろで今までの二人の経緯を話すゴールドシップくん御一行。私はそれに目を合わすことなく、茂みから高性能盗撮カメラ(黒津木くんの私物)で噴水の方を取り続ける。

 

 

イクノ「それにしても、マックイーンさんのトレーナーが帰ってきた時はあれほど上機嫌だったのに.........一体何が?」

 

 

ゴルシ「おいおい〜、それを知りたいからイクノも呼んだんだぞー!」

 

 

ダスカ「八方塞がりって訳ね.........」ハァ

 

 

 私は後ろで騒ぎ始めた彼女たちに人差し指を立て、静かにするよう促す。それを見て先程まで喋っていた子達は口元を抑えた。

 見たまえ、スペシャルウィークくんを。こんなに静かにしてるじゃないか!

 

 

スペ「お腹が空きました.........!」

 

 

テイオー「さっき海鮮丼食べたじゃん.........」

 

 

 あぁ、無駄なエネルギーを消費したくなかっただけか。まぁいいさ、私の邪魔さえしなければね。

 そう思いながら私は好機を待っていると、不意にイクノディクタスくんが何かを思い出したようにあっ、と声を上げた。

 

 

イクノ「もしかして、アレになにか関係が.........?」

 

 

全員「あれ?」

 

 

イクノ「.........あの、マックイーンさんには内緒にしてあげて下さい」

 

 

 そう言うと彼女は、どうやら彼が帰ってきた日の、マックイーンくんの就寝後について話し始めた。

 

 

イクノ「マックイーンさん。偶に野球の夢を見るのか、『かっとばせー!ユ・タ・カ!』と声を上げ、パッと目を覚ます時があるんです」

 

 

ゴルシ「ヤベー奴じゃん」

 

 

イクノ「その日は酷くうなされていて、私もその苦しそうな声で起きたんです。そしたら.........」

 

 

 わざとらしく作られた間に、私達は皆唾を飲んだ。一体何があったというのだろう?まさか、彼女の夢の中で、トレーナーくんがマックイーンくんに酷いことでもしたのだろうか?だったら納得が―――

 

 

イクノ「『かっとばせー!!!トレーナーさん!!!』.........と、いつもならその声で起きるはずなのですが、そのまま夢心地のまま.........」

 

 

全員(.........ん?)

 

 

 待って欲しい。今の要素でどこに彼を避ける要素がある?普通ならば夢に出てきてくれたのだから、喜ぶなり彼との話題の一つにするなり出来ただろう。これは多分違うだろうね。

 あまり有益では無い情報にため息が出そうになるが、私の右耳と左耳に、それぞれ違う種類の足音が聞こえてくる。

 そしてそれは、他の子達も一緒だったらしい。一瞬にしてザワザワしてる空気がしんと静まり返った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「あ.........」

 

 

桜木「.........よう」

 

 

 学園の三女神が模された噴水の前。彼の手を払った先日の傷は、まだ私の中で癒えていません。

 それなのに、彼にそれを謝ることは出来ず、余計に避けてしまっている気がします。今日だって、お昼ご飯すら食べずに、こんな所をフラフラと.........

 ですが、彼はそんな私を見て、嫌そうな顔一つせず、優しく微笑みかけてくださいます。

 

 

マック「.........失礼します」

 

 

桜木「まぁまぁ、そう言わずに」

 

 

マック「と、通してください!」

 

 

桜木「やーだよ!」

 

 

 私が、彼の横を通ろうとすると、通せんぼするように私の前へと両手を広げます。こうされると、私は何も.........

 そう思っていると、彼は不意にその通せんぼを止め、噴水の方へと歩き出しました。この隙に逃げてしまえば良かったのに、私は彼を視線で追ってしまいます。

 

 

桜木「カフェテリアに居なかったからさ。ここかなって思ったんだよ」

 

 

マック「.........」

 

 

桜木「『一心同体』ってのも、悪くないな」

 

 

マック「!」

 

 

 そう言って、彼はまたニカッと笑います。いつもであれば、私の専売特許の様なものですのに、今日はどうやら、トレーナーさんが一枚上手なようです。

 彼は手に持った包みを私に見せるように揺らしてから、彼の座る隣へと置きました。

 

 

マック(.........そういう所、お上手なのね)

 

 

 つい、心の声が素に戻ってしまう程、力が抜けてしまいました。どんなに拒絶されても仕方が無い事をしたはずですのに、彼はそれを気にせず、また私とこうして関わってくれる。

 

 

マック「.........お隣、失礼します」

 

 

桜木「どうぞ。見たところご飯まだそうだったから助かった。お弁当無駄になるところだったよ」

 

 

マック「わ、わざわざ作ってくださったんですの?」

 

 

桜木「ああ、居なくなる前はこれが普通だったから、普通通りの方がマックイーンも過ごしやすいかなって」

 

 

マック「今日会えるとは限らなかったのではありませんか.........」

 

 

桜木「言っただろう?『一心同体』だって、今日は会える気がしたんだ。お弁当も食べてくれるって」

 

 

 .........本当、この人は私を喜ばせる事に長けている気がします。この人を避ける理由なんて些細なものですのに、今までなんで.........

 そう思いながら、彼から手渡されたお箸でお弁当を食べ進めます。日数にして見れば、ざっと二週間以上はご無沙汰だった彼のお弁当。どんな料理よりも、美味しく感じられます。

 

 

桜木「.........多分、期間が開きすぎたんだ」

 

 

マック「?」

 

 

桜木「十日なんてあっという間だし、大した長さじゃない。マックイーンも、そう思っただろ?」

 

 

 確かに、トレーニングをしている日々は早々に過ぎていくことが多く、ひと月もふた月も、気付けばあっという間に過ぎていることもあります。

 ですが、彼の居ない十日間は、とても寂しく、この短い人生の中で、酷く長い十日間でした。

 

 

桜木「.........俺もさ、案外寂しがり屋だから、行く前に覚悟を決めてたんだけど.........すっげぇ寂しかったんだ」

 

 

マック「トレーナーさん.........」

 

 

桜木「多分、それのせいでまた、マックイーン達との心が離れちゃったんだと思う」

 

 

 そういう彼は、寂しいであろうはずの心を、笑って誤魔化しました。けれど、その眉は悲しそうに寄せられていました。

 謝らないなければ、今までの事を.........その気持ちが前に出ると共に、焦りと、不安と、そして恥ずかしさが現れます。

 そして、そんな私に、彼は優しく声をかけてくださいました。

 

 

桜木「だから、ちょっと話そうか。お互いの事」

 

 

マック「.........!」

 

 

『だから、ちょっと話そうか。お互いの事』

 

 

 それは、私が彼の前で倒れ、保健室で言われた言葉と同じもの。

 あの日と違うのは、 彼とすごした年月と、日々積み重なって行った彼への信頼と、そして.........私の、彼に対する感情。

 あの日と同じように、少年のような笑顔でそう言った彼に、私はまた釣られて微笑みを零しながら、焦り、不安、恥ずかしさが私の中から霧散し、まだ、名前の付けていない感情が溢れ出しました。

 

 

マック「.........ええ、私も久しぶり、貴方とゆっくりお話したかったんです」

 

 

桜木「決まりだな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「あの、思ったのですが、やはり整髪料などは付けてないんですか?」

桜木「え、まだ疑ってる?匂いなんてしないでしょ?」

マック「そ、そうですけど、やっぱりその髪型は無理がありますわ」

桜木「よし、一本抜いて確かめてみるか!」

マック「えぇ!?」

桜木「......っ、ほら!指で弾いても元通りの形だろ!!?」

マック「け、形状記憶してますわね.........」

桜木「よく知ってるなそれ。習ったの高校の時だったんだけど.........」

マック「実験の時は貴方を呼びますわね♪」

桜木「いや、たづなさんに連行されるからやめてね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「好きな食べ物はなんですか!!!」

マック「そ、それは以前紅茶とクッキーだと」

桜木「好きな食べ物はなんですか!!!」

マック「.........す、スイーツです......///」

桜木「やっと言ってくれた.........」ホッ

マック「もう.........貴方が好きな物はお母さんの手作り料理だと、お姉さんから聞きましたわ」

桜木「げっ、姉ちゃんバラしたのかよ。恥ずかしいな.........」

マック「ふふ、良いではありませんか。私も母の手料理が好きですもの」

桜木「.........じゃあ俺の料理で好きな物は?」

マック「.........お豆腐で作ったハンバーグです」

桜木「.........ははは」

マック「な!!?そ、そこは笑う所ではありません!!!」

桜木「いや、マックイーンの為に作る料理の中で一番手間暇かけてるんだよ」

マック「そ、そうだったんですの?」

桜木「うん。それを一番好きだって言ってくれて嬉しい」

マック「うぅ.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「そう言えば、十日ぶりの学園はどうですか?」

桜木「なーんも変わってないなぁ。強いて言うならなんか理事長が忙しそうな事くらい?最近ずっと悩んでるみたいだし」

マック「.........もしかしたら、新しいレースの提案でも考えているのでしょうか?」

桜木「ありそー。あの人の事だからバカでかい奴をポンっと出してきそうだなぁ」

マック「長距離でしたらお任せください。初代勝者に君臨してみせますわ!」

桜木「自信満々だなマックイーン。やっぱその顔見なきゃ帰ってきた気がしないよ」

マック「!もう、それではいつも私が一番だと思ってるみたいではありませんか!」

桜木「まぁ、流石にスカーレットほどじゃないけど」

マック「あの人の1という数字への固執は、目を見張るものがありますからね.........」

桜木「二進数とか嫌いそう」

マック「ふふ、確かに、どこか悶々として解いてる姿が目に浮かびますわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「テイオーとは連絡取ってるのか?」

マック「ええ、先日は確か、安心沢さんの足つぼマッサージを受けたようです」

桜木「え、足つぼ?」

マック「はい。聞いていたより痛みくなかったらしく、安心沢さんも驚いておりました。健康体そのものだと」

桜木「いっっったいぞ〜?身体の悪い部分突かれると悶絶するからなぁ」

マック「あら、ではトレーナーさんもマッサージしてくれます?私どこが悪いのか確かめたいですわ」

桜木「遠慮しとく」

マック「する側ですのに?」

桜木「男にはな、特殊な人種が居るんだよ。俺は女の子の足を触っちゃいけない.........近くに居ちゃ、行けない.........」

マック「トレーナーさんですのに?」

桜木「良いかいマックイーン。この話は無かったことにしよう。オールフィクションだよオールフィクション」

マック「?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「ご馳走様でした」

 

 

桜木「お、お粗末さまでした。美味しかった?」

 

 

マック「ええ、久々に、貴方の味がしましたわ♪」

 

 

 私がそう言うと、彼は照れたように頬を掻いて濁します。そんな姿を見ていると、やはり申し訳なさが出てきてしまいます。

 言いましょう。言って楽になってしまいましょう。そうすれば、明日からはまた元通りの日常です。今度こそ、待ちに待った.........

 

 

マック「.........トレーナーさん」

 

 

桜木「え?どったの?」

 

 

マック「その、今更ではありますが、今まで避けてきた謝罪と、その理由をお話したくて.........」

 

 

桜木「お!ついにか!!!」

 

 

 ずいっ、と私の方に顔を寄せてくるトレーナーさん。その顔はどこかワクワクというか、ウキウキしたような表情でした。

 

 

桜木「いやー、普段から自分勝手と言うか、普通のトレーナーらしい行動なんてしてこなかったからさー。嫌われても仕方ない所を、笑って着いてきてくれただろ?」

 

 

桜木「そんなマックイーンが俺を避けるなんて、よっぽどすごい理由なんだなって思うとワクワクしてきちゃってさ!」

 

 

マック(.........全くもう、この人は.........)

 

 

 呆れてしまうほど能天気といいますか、彼のそのなんでも楽しもうとする姿勢は、尊敬すら値します。私もこれほどゆったりしていれば、こんなことで悩まずに済んだのかも知れませんのに.........

 ですが、そんな呆れて漏れそうになった声には、嬉しさが混じっている。まだどこかで、拒絶されるかもしれない恐怖があったのかもしれません。そんな恐れを、彼はまた、その持ち前の明るさで払ってくれました。

 

 

マック「.........実は―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 気が付いた時、私の耳には割れんばかりの歓声と、熱狂的な空気に包まれながら、スタンドの方でビクトリーズの試合を観戦していました。

 掲示板を見ると、九回裏で2-1と、攻撃側のビクトリーズが一点負けておりました。

 

 

マック(だ、大丈夫!いつもの夢ですわ!きっとユタカがここでホームランを.........!)

 

 

 見たところによると、現状はノーアウト一塁といい状況でした。ユタカがバッターボックスに入る姿を見て、この試合の勝ちを確信しました。

 

 

 ですが.........

 

 

 コンッ!

 

 

マック「なっ!!?」

 

 

マック(そんな!!?夢の中でのユタカの戦績は100%!!!何故そこでボール球に手を!!?)

 

 

 現実世界ならばまず手を出さない初球のボール球。しかし、今回の夢の世界でのユタカはそれに手を出してしまい、ピッチャー側に返したゴロのボールをそのまま取られてしまいワンアウト。

 そして、打つだろうと思っていたのか、大きく走り出していた一塁の選手も差され、形成は一気に狂い、逆転とは程遠い状態になってしまいました.........

 

 

マック(まずいですわ.........次の打者はノザキ。ユタカがホームランにならず長打した際のカバーは一級品ですが、出塁者が居ない場合の彼の打率は厳しいもの.........)

 

 

 今日の目覚めはさぞ悪いものでしょう。そう思っていました。

 しかし―――

 

 

「代打。『桜木』背番号27番」

 

 

マック「.........へ?」

 

 

 私の聞き間違いでしょうか?ですが、確かにアナウンスは代打を『サクラギ』と呼んでおりました。

 .........まぁ、割と珍しめな苗字ではありますが?トレーナーさんとは限りませ―――

 

 

「うおっ!ここで桜木玲皇かよぉ!!」

 

 

「行けぇぇぇ!!!ビクトリーズに奇跡を起こしてくれぇぇぇ!!!」

 

 

マック(トレーナーさん!!?本当にトレーナーさんですの!!?)

 

 

 思わず、前のめりになりながら自前の双眼鏡でバッターボックスに入ろうとする選手の顔を覗きこみました。そして間違いありません。あれは正真正銘、トレーナーさんでした。

 

 

マック「か、か、か.........」

 

 

マック「かっとばせー!!!トレーナーさん!!!」

 

 

 思わずそんな声を出してしまうほど、私は興奮が昂ってしまいました。この状況で打ったらきっと、夢の世界とは言えトレーナーさんは一躍代打の神様として名乗りを上げます.........!どうしても私は、その瞬間が見たかったのです。

 

 

 そして―――

 

 

 カキンッ!

 

 

マック(な、内角低めの変化球を初球で!!?)

 

 

 ゾワゾワとした感覚が背中を走ります。今までにないほど、身体の感覚が昂るのを感じます。

 その打球はファールにならず、あと一歩でホームランというところでフェンスに当たりました。

 ですが、それが逆に功を奏したのでしょう。トレーナーさんは二塁まで走り込みを決め、この流れを途切れさせない感じでした。

 そして、それはまだまだ続きます。

 

 

マック(次はハタナカ。ホームランを打つには打ちますが、あまり期待をかけてはいけません。堅実に行きましょう.........!)

 

 

 いつしか、夢であることを忘れて夢中で展開を読んでしまいます。そしてその初球。なんとトレーナーさんは二塁から三塁までの盗塁を図り、成功させてしまいます。

 

 

マック「〜〜〜!!!!!」

 

 

 次のヒットで確実に一点が入ります。夢の中ではありますが、やはりトレーナーさんは人を流れに乗せるのがお上手だと思いました。

 そしてその予想は見事的中し、ハタナカは無事ヒット。続くイブチも、長打のヒットを出し、堅実な逆転劇を見せてくださいました。

 

 

マック(ああ.........すごい!!こんな試合を夢とはいえ見られるなんて!!!)

 

 

 しかもこの展開。いつも通りであれば何故かヒーローインタビューにお邪魔して、私がユタカに質問攻めをしてしまう展開です。

 あぁ、何を話せばいいんでしょう!待っている間はそれをずっと考えてしまいます。大丈夫。彼は逃げません。落ち着いて、深呼吸を.........

 

 

マック(!き、来ましたわ.........!!)

 

 

桜木「どうも」

 

 

マック「.........え、あっ」

 

 

 その、彼の顔を間近で見た瞬間、考えていた事は全て真っ白に塗りつぶされてしまいました。いつもは.........ユタカにインタビューをする時はあんなに喋れますのに、何故かトレーナーさんには、それが出来ませんでした。

 ただ、嬉しい気持ちと、恥ずかしい気持ちにも似た、とても切ない.........そう、まるでトレーナーさんと初めて夏祭りに行った時の感情が膨れ上がったような感覚を感じながら、私はそこで目を覚ましました.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「.........良かったぁ」

 

 

マック「え?え!?」

 

 

 私の夢の話をして、長い沈黙の後、帰ってきた言葉は安堵の言葉でした。正直、それが帰ってくるとは予想していなかったので、酷く驚いてしまいます。

 

 

桜木「嫌われてなかったんだなぁ.........」

 

 

マック「.........嫌いになんて、なるはずありません」

 

 

 あそこまでして、貴方を追いかけましたのに、今更嫌いになんてなれるはずがありません。いえ、何も言わず居なくなった時は確かに、いっそ嫌いになってしまえばとも思いましたが.........

 隣に座ってほっとため息を吐く彼を見て、私も安心して、つい顔が緩んでしまいました。

 

 

マック(.........それにしても、この人と一緒に居る時に顔を覗かせるあの感情は、一体何なのでしょう.........?)

 

 

 暫しの間、心地の良い居心地の悪さの中で、ゆっくりと思考を凝らしてみます。こんなこと今まで.........いえ、彼と出会うまでは、一度もありませんでしたのに.........そう思いながら、また彼との楽しい談話を再開させました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

タキオン「.........」

 

 

ゴルシ「.........」

 

 

テイオー「.........アレだったね」

 

 

ダスカ「.........そうね」

 

 

 殆どが口をポカンと開けて、マックイーンくん達の様子を見守っていた。いや仕方が無いだろう。まさか違うと思っていたものがまさかの原因だったのだから。

 

 

タキオン「まっっったく回りくどい!!どうしてこうも素直じゃないんだ!!!」

 

 

ゴルシ「ホントだよなー!!?ハラハラさせてくるこっちの身にもなれよな!!!」

 

 

ダスカ「ゴールドシップも人のこと言えないでしょ!!!」

 

 

ゴルシ「今はアタシの事は関係ねーだろ!!!!!」

 

 

テイオー「ゴル」ピッ

 

 

 喋りかけていたテイオーくんとの通話を切ったゴールドシップくん。その顔はどこか赤らんでいて恥ずかしそうだった。

 そしてその後すぐに彼女の携帯にかかってくる。電話を取って聞こえてきたのは甲高いテイオーくんの声だった。

 

 

テイオー「ナンデキッチャウノサー!!!」

 

 

ゴルシ「次何か言ったらマックイーン達が話してる間電源切るからな」

 

 

テイオー「ゴメンナサイ」

 

 

 ひと仕事終えたように、ゴールドシップくんは溜息を吐いた。いやいや、私も彼女らと同意見だよ。

 隣で空腹で横たわっているスペシャルウィークくんとトレーナーくん達が来る一時間前から死んでるデジタルくんの様子を見ていると、不意に後ろから声が掛かった。

 

 

「何してんだ?」

 

 

ゴルシ「あ?決まってんだろー!おっちゃんとマックイーンの逢引を―――」

 

 

白銀「マジ?警察案件じゃん。通報しとこ」

 

 

ゴルシ「」

 

 

 おー。みるみるうちに顔が赤くなっていくねぇ。これはマックイーンくん達とは違う反応が見れそうだ.........黒津木くんにも連絡しておこう。

 

 

ゴルシ「お、おま!!!おまえ!!!なんでここにいんだよ!!!」

 

 

白銀「俺は実質筆頭株主だぞ!!!トレセン学園は全て俺のもんだァァァ!!!」

 

 

デジ(「」)

 

 

タキオン(おー。死んでるはずのデジタルくんが更に死んだぞ!!実験器具を持ってきていないのは残念だが、この条件ならいつでも起きそうだねぇ)

 

 

 私とスカーレットくんとテイオーくんは自然と頬を緩ませながら、トレーナーくんと白銀くん達を交互に見やる。手のかかる被検体だなぁ全く.........

 

 

「何をしてるんですか?」

 

 

白銀「決まってんだろ!!玲皇とお嬢の逢引シーンを撮って黒津木にお願いして俺の持ってるAVコレクションの一つと合成編集して楽しもうと―――」

 

 

 待て待て待て待て、この男は何を言っているんだ。スカーレットくんやテイオーくん分からずに首を傾げているのが唯一の救いだが、ゴールドシップくんの顔からは湯気が出ているぞ。

 というより誰だい?さっきから私の後ろから圧を掛けているのは.........

 

 

タキオン「.........や、やぁマックイーンくん。今日は皆で呑気にキャンプでも洒落こもうと思ってねぇ」

 

 

マック「道具が見当たりませんが?」

 

 

タキオン「え、エアキャンプさ!!流石に学園の敷地内で火をつけるのは危ないだろう!!?」

 

 

マック「その手に持っているカメラ、見せてもらっても?」

 

 

タキオン「」

 

 

 終わった。このカメラには先ほどのマックイーンくん達のやり取りが詰まっている。見られてしまえば即終了だ.........!

 

 

ダスカ(ど、どうするんですかタキオンさん!!)

 

 

タキオン(ひ、一つだけ!方法なら残っている!!!)

 

 

タキオン「逃げるんだよォ!スカーレットくん―――!!!」ダッ!

 

 

 私は脱兎のごとくその場から逃げ出した。このアグネスタキオン。デビューは未だしていないとはいえトレーニングはこう見えて真面目にしている!!いくらマックイーンくんとも言えども追いつける訳が―――

 

 

タキオン(ん"ン"!!?何故かは分からないが妙に身体が重いぞ!!!)

 

 

スペ「私に黙って食べ物を食べに行くんですか!!!ずるいです!!!」

 

 

タキオン「逃げると言っただろう!!?」

 

 

 まずい!!!まずいまずいまずいまずいまずい!!!非っっっ常にまずいことだよこれは!!!まさかスペシャルウィークくんが背中に張り付いてるだなんて!!!

 だがこれだけは.........!!!私の余生を楽しませる為の感情を解き明かすためのツールは!!!死んでも離さないぞぉ!!!

 ウマ娘一人くらい乗っけて走ってみせる!!アグネスタキオンは伊達じゃない!!!

 

 

 

 

 

桜木「.........何やってんだあの子ら」

 

 

 突如始まってしまった追いかけっこに困惑しながらも、ようやくいつも通りのチームレグルスに戻ったと感じた俺は、目の前で首をゴールドシップに締め上げられている白銀を尻目に、今日のトレーニングを楽しみにしながら、噴水から去っていったのだった.........

 

 

 

 

 

  ......To be continued



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ライスシャワー「うぅ、インタビューって緊張するなぁ.........」

 

 

 

 

 

 雨が降っていた気がする。いつものトレーニングコースで、心は冷えた鉄のように深い沼の中へと沈み込んで、背中は酷く、滝打つような雨に晒され、打たれて冷たく、心は鈍器で叩かれたように震え、そんな雨の中でただただマックイーンを.........俺は.........

 

 

桜木「.........大丈夫!何とかなる!」

 

 

 そんな中で、ニカッと、笑いかけていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「.........」

 

 

 あの世紀の大騒動から早二週間。春の温かさは既に夏の暑さへと切り替わっており、ライス、そしてブルボンのデビューが綺麗に決まった週。

 鳥のさえずりが聞こえてくる程の早朝。時計を見ると、いつもアラームをセットしている時間帯より1時間も早く起きてしまった。

 

 

桜木(.........何だよ、今の)

 

 

 夢の中で、泥だらけのマックイーンが泣いていた。何が起こったのかは分からないけど、いつも整っている顔を酷くくしゃくしゃにして、俺の顔を見て泣きじゃくっていた。

 そんな中で、俺は笑っていた。大丈夫だと、何とかなると、無邪気に笑っている俺はまるで.........

 

 

桜木(.........悪魔じゃねぇか)

 

 

 狂っている。あの夢のような事は、俺には到底真似できない。あれはきっと、俺が求めた俺の成れの果てなんだろう。

 どんなときも笑顔で、人を助ける人になろうとした成れの果て。悲しみを悲しもうとせず、ただ喜びだけを求め、根拠の無い自信を生み出す悪魔。

 

 

桜木(俺には.........無理だ)

 

 

 あんな風に、笑う事なんて出来ない。あの子の前で、仮面を付けることなんて出来やしない。

 吐き出す空気は中身が無い。そう思えるほど虚しく感じる。珍しく垂れ下がった前髪を掻き上げると、いつもの様にその毛先を天へと向けた。

 

 

桜木(一緒に笑いたいし、一緒に泣きたいんだ。俺は)

 

 

 もしそうなったとしたら、俺は一緒にマックイーンと泣きたい。一緒に立ち上がりたい。あの子の前で自分を偽り、誰かの為であろうとしたくない。

 そんなわがままを胸に、俺はいつもより早くベッドから起き上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ライス「うぅ......緊張しちゃう.........」

 

 

 授業が終わって、マックイーンさん達がトレーニングをしている頃、ライスとブルボンさんは、いつものチームルームで、お兄さまと一緒にデビュー戦の後のインタビューを受ける事になったの。

 今は、ブルボンさんと一緒に着替えてからチームルームまで向かってるところなの。

 

 

ブルボン「ライスさん。そういう時は深呼吸が効果的だとマスターに教わりました」

 

 

ライス「あ、ありがとう。ブルボンさん!.........スー.........ハー.........」

 

 

 .........うん。ちょっと落ち着いたかも。それにしてもすごいなぁ。ブルボンさん。少しも緊張してないもん。ライス、もう心臓さんがバクバクしてて凄いもん.........

 

 

ライス「ぶ、ブルボンさんは緊張しないんだね.........」

 

 

ブルボン「緊張?確かに、そのような身体のステータスは今の所検出されていません。ですが、少し高揚しています」

 

 

ライス「え!!?」

 

 

ブルボン「私の作り上げたコレクションが学園外の方に見られると思うと、気分が高まります」

 

 

 コレクション.........ブルボンさんがお昼休みに来て作ってたプラモデルさん達のことかな?た、確かにちょっとカッコイイけど.........誰かに見られても誇れるなんて、羨ましい.........

 そんな事をお話してると、ライス達はインタビューを受けるチームルームまで着いちゃった.........けど、お兄さまも記者さんも来てないし.........

 そう思ってると、ライスたちが来た方向とは違う方から、お兄さま達の声が聞こえてきた。

 

 

桜木「おっ、もう来てたのか。呼びに行こうかと思ったけど、手間が省けた」

 

 

乙名史「本日はよろしくお願いします。ライスシャワーさん。ミホノブルボンさん」

 

 

 今日は珍しくスーツを着ているお兄さま。その隣に居るスーツの女の人は、ライス達にぺこりとお辞儀をした。たまに、お兄さまみたいに何を言ってるのか分からない人だけど、凄くいい人だと思う。最近はお兄さまのチームの練習を見に来ることがよくあるんだ。

 

 

ライス「よ、よろしくお願いしましゅ!」

 

 

ブルボン「よろしくお願いします」

 

 

 あぅぅ〜.........また噛んじゃった.........ライス、大事なところでいっつも噛み噛みなの、どうにかならないかなぁ〜.........?

 

 

桜木「立ち話もなんですし、どうぞ入ってください」

 

 

乙名史「ふふ、確かにそうですね。思わず勢い余ってここでインタビューしてしまう所でした」

 

 

桜木「ほら、ライス達も」

 

 

 そう手招きするお兄さまに促されて、ライスとブルボンさんは、いつものチームルームだけど、今日は記者さんがいる非日常的な空間に入って行きました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

乙名史「改めまして、ライスシャワーさん。ミホノブルボンさん。デビュー戦勝利。おめでとうございます」

 

 

 そう言って、乙名史さんは椅子に座りながらライスやブルボンに向かってもう一度、その頭を深く下げた。

 二人の反応は対照的で、ライスは頭を下げた乙名史さんに慌てふためき、ブルボンはありがとうございます、と言い、軽く頭を下げる。

 

 

桜木(.........二人共、デビュー出来たんだよな)

 

 

 最初は、不安で仕方がなかった道のりだった。片や臆病なライスに、片や適正距離を走らないブルボン。どうなるかなんて、誰にも分からなかった。

 だからこそ、信じられたのかもしれない。根が捻くれ者だから、人が信じるものを信じようとしない俺にとっては、信じやすかったのかもしれない。

 

 

乙名史「デビュー戦を勝利したお二人ですが、今後の目標などはありますか?」

 

 

ライス「え、えっと.........」

 

 

桜木「そうですね.........」

 

 

 助けて欲しそうな表情で、ライスは俺の方を見た。確かに、ライスはこれといって出たいレースは無い。今の自分を変える為に、この舞台に降り立ったのだ。目標と言うならば、自分を変える事だろう。

 あの日、暗い夜の中で出会った小さな少女。懸命に一人で変わろうとして、変われなかった少女が、今こうして、勝者としてインタビューを受けている。

 彼女にとっては些細。もしくは、変わってないと思っているかもしれないが、彼女は確かに変わった。

 花の種が根を張るように、誰も知らない水面下で、その美しい身体をいつか人に見せようと、頑張り続ける彼女。まだ花開かない彼女の為に、俺の出来ることは.........

 

 

桜木「.........ライスは、今の自分から変わりたいと強く望んでいます。それを叶えられるなら、彼女が望むレース全てに出させてあげたいです」

 

 

乙名史「す、す、素晴らしいです!!!」

 

 

乙名史「つまり貴方は!!ライスシャワーさんが出たいと言ったレース全てに出られるよう!!あらゆるスケジュールの調整やトレーニングの方法!!果てには海外遠征まで.........!!感服致しました!!!」

 

 

 うん。そこまで言ってないんだよね。だが世の中には偉い人が言った言葉がある。過大評価なんて存在しない。その人がそう評価しただけで、全ての人が同じな訳では無いと。

 まぁ、平均的になると言ってしまえば、この人のせいで他の人の評価は相対的に下がってしまっていると言っている事にもなるだろう。だって俺の言ってる事なんて誰も理解してくれないし。

 

 

乙名史「はっ!失礼しました。ではミホノブルボンさんは.........?」

 

 

ブルボン「はい。私の目標は三冠達成です。その為に今までマスターとトレーニングを積んできました」

 

 

乙名史「.........?資料によれば、ミホノブルボンさんの脚質の適正距離は短距離なのでは.........」

 

 

 これまた痛いところを突かれた。この人さては俺を試しているのか?いいだろう、受けて立ってやる。

 なんて、心の中で躍起になって言い訳を考えるにも、どうも見つからないし、それがそもそもかっこ悪いように思えて来た。仕方あるまい。ここは素直に喋った方が良いだろう。

 

 

桜木「確かに、今まで多くの人に、彼女はスプリンターの素質があり、瞬く間に人を魅了する選手になると言われました」

 

 

桜木「.........けれど、ブルボン自身はそれを望んでないんです」

 

 

 そう。ブルボンは.........あの日出会ったサイボーグは、流れ星としての宿命を背負いながらも、その実、懸命に彗星になろうともがいていた星だった。

 流れ星であれば早く、そして瞬く間に人を魅了するだろう。しかし、その輝きは一瞬で、人の記憶に残るのもまた一瞬だ。

 だが彗星はどうだろう?彗星ならば、一度通っても消えることは無く、周期で空を走る彗星ならば.........ましてや、天然物ではなく、[機械仕掛けの彗星]ならば、その姿は人々の記憶に残り続けるであろう。

 勿論、そんなことは本人は望んでないかもしれない。ただ三冠を取りたいという気持ちでしかないのかもしれない。けれど俺は.........

 

 

桜木「見たいんです。ただ純粋に。このブルボンが、果たして中長距離で、どんな走りを見せてくれるのか」

 

 

乙名史「す、す、す、素晴らしいです!!!」

 

 

乙名史「生まれ持った適性や素質に安易に目を向けることはせず!!!ただひたすらにウマ娘の夢を追いかけさせるその覚悟!!!感服致しました!!!」

 

 

 うお、圧がすごい。見てくださいよ、ライスはもう魂抜けてるし、ブルボンはちょっと怖いのか耳を伏せてますよ。

 それに気付いたのか、乙名史さんはまたライスとブルボンに頭を下げて謝った。周りが見えなくなるのは、きっと俺と同じ人種だからであろう。

 

 

乙名史「では、ここからはレース当日について聞いていきたいと思います」

 

 

 興奮気味であった彼女はまた、いつも通りの記者の顔に戻った。そして、その言葉で、俺はあの日の事を鮮明に思い出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「では今回!メジロマックイーンさんを支えた桜木トレーナーさんが新たにデビューさせるお二人について聞かせていただきます!」

 

 

三人「よろしくお願いします!」

 

 

 俺を真ん中に、ライスとブルボンが挟む形でデビュー戦前のインタビューを受ける。目の前には以前と同様、多くの記者達がメモ帳を手に、俺達の一挙手一投足を逃さまいとその視線を集中させる。

 

 

「お二人は今回のデビュー戦、どのような気持ちで望みますか?」

 

 

ブルボン「デビュー戦。言わば通過点です。ゴールではありませんので、ここで満足せず、次に繋げられるような走りをしたいと思います」

 

 

ライス「ら、ライスはいっぱいいっぱいかも.........で、でも!勝てるように頑張ります!!」

 

 

 二人共、司会の人に対して一生懸命に質問に応える。子供を持つ父親の気持ちっていうのは、きっとこういうものなのだろう。

 そう思って感傷に浸っていると、不意にこの場にいる全員が俺に対して視線を送っている事に気付いた。

 

 

ライス「お、お兄さま!トレーナーさんの一言が欲しいって.........!」

 

 

桜木(うわ、またやっちまった)

 

 

 どうやら、マックイーンの時のようにまた聴き逃してしまっていたらしい。どうにもデビュー戦のインタビューの場に立つと、教え子の成長を目の当たりにして意識を潜らせてしまう。

 しゃんとしよう。そう思いながら、俺もマイクを握った。

 

 

桜木「.........夢を追う者。信じるべきはその背中だけです」

 

 

「.........」

 

 

 またあの時のように場がシーンと静まり返る。残念、俺はもう動揺はしない。この静けさにももう慣れた。

 

 

ライス(何言ってるんだろうお兄さま.........)

 

 

ブルボン(エラー発生)

 

 

(何言ってるんだこの人)

 

 

 そんな事を言いたげな目が、会場に居るたった一人の記者を除いて、俺に訴えかけてくる。俺ももうあの時と違って若くは無い。説明する余裕くらい持ち合わせた方がいいだろう。

 もう一度マイクを手に取り、言葉の意味を分かりやすく説明する。

 

 

桜木「人は、短い時の中で生きる生き物です。積み上げられる過去でもなく、延々続く未来でもなく、一分一秒の現在を生きる存在です」

 

 

桜木「その中で夢を追う。なりたい自分になるならば、常に最高の自分を演じ続けなければ行けません。本質的に刹那主義であるからこそ、その夢を追っている背中だけは、無条件で信じる事ができるんです」

 

 

 夢を追う背中。今までずっと自分がその位置で走ってきた。気付けばそこから引きずり下ろされ、どこかも分からない暗闇で、座っているのか立っているのか、歩いているのかもすら分からない状態だった。

 その中で、ふと見えた背中が、もう一度辺りを照らしてくれた。灯りがついていなかっただけで、あの時より周りは随分華やかで、とても綺麗だった。今の俺は、その背中を追う一人のファンだ。

 

 

「.........あ、ありがとうございます.........」

 

 

 俺が説明したのが予想外だったのか、しばらく放心状態だった司会の人がようやく口を開く。他の多くの記者さんも、拍手をくれたり、メモを書いたりと忙しそうであった。

 

 

桜木「.........さっ、行くぞ。なるべくウォーミングアップには時間をかけたいからな」

 

 

ブルボン「!」

 

 

ライス「は、はい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「その後、いつもレース前にやる準備運動をして、ブルボンが走り、その後でライスが走りましたね」

 

 

乙名史「ええ!存じております!デビュー戦でありながら、次に期待を持てる走りを見せてくださいました!」

 

 

 キラキラとした視線をブルボンとライスに向ける乙名史さん。二人とももう慣れたのか、その視線を怖がらず、むしろライスは嬉しいやら恥ずかしいやらで顔を赤くしていた。

 先程までの会話の内容をメモに走らせる乙名史さん。その姿に、俺はいつもどこか嬉しさを感じてしまう。

 

 

桜木(.........こんな純粋な人も、記者には居るんだな)

 

 

 正直、自分はメディア。特に、ジャーナリストの類に対し、あまり好感が持てなかった。偏見ではあるが、その一方的な圧力に、誠実さが一切感じられないからだ。

 だが、この人は違う。周りが見えなくなる事はあるが、決して人を傷付けるような人では無い。本来ならば何社か取材を受けていた所だが、乙名史さん以外の所は全て蹴った。

 

 

乙名史「.........では次に、ライスシャワーさんとミホノブルボンさんにお伺いします」

 

 

ライス「は、はひ!!」

 

 

ブルボン「よろしくお願いします」

 

 

 質問に答えようとする二人の姿は余りにも対照的で、思わず笑いが零れてしまう。

 そして、それはどうやら乙名史さんも同じだった様で、優しく笑った後、緊張しなくても良い事を、ライスに伝えた。

 

 

乙名史「では、今回なぜ、お二人が勝てたのかという事を、ご自身の言葉でお聞かせ願えますか?」

 

 

ライス「え、えぇ!!?な、なんで勝てたか.........?」

 

 

ブルボン「.........日々積み重ねたトレーニング。と言ってしまえば簡単ですが、それは他の方々も同じ事。これと言って特別な事は.........」

 

 

 どうやら、二人とも難航しているようであった。ここは助け舟を出してあげたいが、自分の強みは自分で見つけなければならない。流石のトレーナーも、人の内まで見透かせないのだ。

 長考が始まってしまった二人であったが、驚いた事に、先に声を上げたのはライスの方であった。

 

 

ライス「あっ!!」

 

 

「?」

 

 

ライス「あっ、えっと、た、大した事じゃないかも知れない...けど.........」

 

 

ライス「ら、ライスね?地下バ道でトレーナーさんに、言葉を貰ったの。それが嬉しくて、多分。それのお陰なんじゃ無いかな......って」

 

 

 たどたどしくありながらも、そう言いきって見せたライス。昔だったら、なんでもないですと言っていただろう。やっぱり、彼女も変わりつつある。ちゃんと成長しているんだ。

 

 

乙名史「桜木トレーナーさんのお言葉.........ぜ、ぜひお聞かせください!!」

 

 

ライス「う、うん!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ライス(す、凄い.........!流石ブルボンさん!)

 

 

 控え室で映し出されたレース。ライスの出番の前に走っていたブルボンさんは、涼しい顔で一着を取っていた。

 実はライス、ブルボンさんが短距離向きの脚質で、お兄さまの前のトレーナーさんとはその路線で行こうとしてたという話を知ってたの。だから、今こうして中距離を走り切ったブルボンさんを見て、感激しちゃった。

 

 

ライス(次は.........次は、ライスの番.........だよね?)

 

 

 この時、本当は怖くて怖くて仕方がなかった。もし、レースに出ても変わらなかったら.........誰かを不幸にしてしまう、ライスシャワーのままだったらどうしようって.........ずっと頭の中がグルグルしてたの。

 

 

 それは、レースに出る前の地下バ道の道でも変わらなかった。

 

 

ライス(頑張れライス......頑張れライス.........!)

 

 

 そう思っていても、足はどうしても震えてきちゃう。怖くないと思っても、怖いと思っちゃう。

 ああ、ライスは結局、ダメな子のまんまなんだ.........変わる事なんて、出来ないんだ。そう思っていたの。

 

 

桜木「.........ライス」

 

 

ライス「!な、なに?お兄さま.........?」

 

 

 できるだけ、お兄さまが心配しないように、いつも通りの反応をしようと思った。けれど、お兄さまはそれを見透かしたように微笑んでから、ライスの肩に手を置いてくれたの。

 

 

桜木「大丈夫。誰だって緊張くらいする。安心して緊張してくれ」

 

 

ライス「で、でも.........ブルボンさんは全然.........」

 

 

桜木「ああ見えてしてるさ。自分で気付いてるのか分かんないけど、いつもよりちょっとだけ静かだったろ?」

 

 

 確かに、今日のブルボンさんはいつもの無口より、無口だったかも.........けれど、それって緊張してるって事なのかな?

 不安が段々、頭の方から身体の方へと流れ込んでくる。そんな感覚を覚えても、それを止めようとすればするほど、それはライスの中で勢いを増して行って、身体の震えは大きくなって行った。

 

 

桜木「.........真剣になるには、緊張は必要経費なんだ。誰もが絶対、真面目にやろうとすればするほど、身体が準備をしてくれる」

 

 

桜木「俺もそうなんだ」

 

 

ライス「!」

 

 

 そう言って、お兄さまはライスの両肩に置いた手を離して、頭の上にぽんっと、手のひらを置いてくれた。

 びっくりして閉じた目を開けて、お兄さまの顔を見る。いつも何とかしてくれそうな、明るい太陽みたいな笑顔で、ライスを見てくれている。

 

 

桜木「ライスは今、真面目に変わろうとしてる。そのための準備を、身体はもうとっくに始めてるんだ」

 

 

桜木「だから、今度はライスの心が準備を終わらせるだけだ」

 

 

ライス「う、うん!ライス、頑張る......!」

 

 

 安心する。お兄さまにはどこか、そういう力があるのかもしれない。そう思ってたら、お兄さまはライスの頭から手を離した。

 そして、今度は両手で、ライスの両手を包み込んでくれた。今まで、ライスには見せたことのない真剣な表情で、眼差しで、期待を持って、ライスの事を、見てくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「変わってこい。ライス」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「花が開くまで、待ってる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ライス「.........!」

 

 

 お兄さまは、いつもマックイーンさんに言っているような言葉を、ライスに言ってくれた。ライスのために、ライスのためだけの言葉.........

 その言葉だけで、何だか力が湧いてくる気がする.........マックイーンさんも、こんな気持ちだったのかな.........?ち、ちょっと羨ましいかも.........

 その時、少しだけ、お花の耳飾りと一緒に着けた王冠のアクセサリーが、輝いたような気がした。

 

 

ライス「.........うん。変わってくるね!お兄さま!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

乙名史「素晴らしいです!!!」

 

 

桜木「.........」

 

 

 もう聞きなれた感が凄いセリフを、乙名史さんはまた叫びあげた。ライスの話聞いてる最中も何度も言ってたからな。耳も慣れてきた。

 それにしても、こういう裏側を聞かれるのは相当恥ずかしいな.........

 

 

乙名史「どこまでもウマ娘の事を信じ続けるその姿勢!!!最早崇め奉っていると言っても過言ではありません!!!感服致しました!!!」

 

 

桜木「は、ハハハ.........」

 

 

 ここまで褒めちぎられると笑いしか出てこない。誰か俺を穴に埋めてくれ。

 とは言っても今ここにマックイーンも居なければタキオンも居ない。いっそいじってくれれば楽になるのだが、こうして持ち上げられるのは何だか慣れていない。

 ライスはともかく、せめてブルボンがいじってくれればなぁ.........そう思いながら黙りこくっていたブルボンの方を見ると、何か決心したような表情で乙名史さんの方を見ていた。

 

 

ブルボン「分かりました」

 

 

三人「え?」

 

 

ブルボン「私がレースに勝てた理由。それは―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ブルボン「.........」

 

 

 高鳴る鼓動。いつも通り。レース前はいつも身体を動かす為に、心臓が普段より脈打ちます。想定内です。

 気分も、体調も、全ていつもと変わりはありません。楽屋で出番直前のレースを見ながら、私は自分の調子を確かめていました。

 

 

桜木「.........」

 

 

ブルボン「.........」

 

 

 ですが、普段は賑やかなマスターも、ここではその口を閉じ、静かにモニターを直視しています。その感情がなんなのか、私には把握できませんでした。

 

 

 そして、そんな状態のまま、私とマスターは地下バ道までの道を歩きました。

 

 

桜木「.........調子はどう?」

 

 

ブルボン「良好です。不安要素は何一つありません」

 

 

桜木「.........そうか」

 

 

ブルボン「?」

 

 

 一体、彼が何を言いたいのかが理解出来ません。普段からマスターが言っている事や行動は理解に苦しむところがありますが、彼がご友人と遊んでいるときを除いて、それらは全て人の為であると言うのは理解ができます。

 そう思っていると、彼は少しだけ屈んで、私の目線と同じくらいの高さまでその目を合わせました。

 

 

桜木「俺は、ドキドキしてる」

 

 

ブルボン「それは何故ですか?」

 

 

桜木「楽しみだから」

 

 

 思ってもみない言葉でした。いつもより静かなだったため、何か彼なりに不安になる要素が感じられたと思っていましたので、私は少し、目を見開きました。

 

 

桜木「だってそうだろ?[流れ星]が[彗星]に生まれ変わる瞬間を、俺は見ることが出来るんだ」

 

 

ブルボン「.........!」

 

 

『ミホノブルボンという名の[彗星]なんですよ』

 

 

 以前、マスターに言われた言葉が記憶から蘇ります。あの時確かに、彼は私の事を[彗星]だと揶揄しました。

 あの時、私はその言葉に対してなにかの感情は抱くことは無く、理解不能という状態に陥った経験があります。

 ですが―――

 

 

ブルボン(.........?)

 

 

 高鳴っていた鼓動が、落ち着きを取り戻しました。調子が崩れたのかと思いましたが、気分も、体調も、変わりはなく、コンディションは良好なまま、高鳴る鼓動だけが落ち着いしまいました。

 こんなこと、今まで無かったはずです。経験したことの無い感覚に戸惑いを覚えましたが、そんな不安を感じさせないよう、マスターはそのまま、私の肩を両手で押さえ、言いました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「証明してこい。ブルボン」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「みんなを驚かせる姿を、待ってる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ブルボン「.........」

 

 

 待っている。私の走る姿を、彼は待っててくれる。今までそれを望まれなかったから、それだけでなんだか、胸が暖かくなりました。

 

 

ブルボン「.........デビュー戦は通過点に過ぎません。マスター。必ず勝ってきます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

乙名史「素晴らしいです!!!」

 

 

桜木「.........どうも」

 

 

 ここまで来るともうなれる。恥ずかしさも無くなってきた。ライスもブルボンも特に気にした様子は見せず、落ち着いて椅子に座ってる。

 

 

乙名史「メジロマックイーンさんの時と言い、やはり桜木トレーナーさんのお話は聞いてて気持ちがいいです!」

 

 

桜木「そ、それは有難いですね.........」

 

 

 ここまで期待を持たれると、こっちとしては正直荷が重い。こんな青臭いパフォーマンスいつまでもやり続けなけりゃ行けないの?

 そうは思っていても、目の前のこの人の喜びようを見ていると、それに応えたくなる。お人好しも行き過ぎれば身を滅ぼすと言うのは、今まで何度も経験してきたはずだ。

 それでも、人の期待に応えたい。[人の想像通りの桜木]で居たいという気持ちは、いつまでも俺の心にあり続けてしまう。

 目の前にいる彼女はメモ帳にペンを走らせ終えると、一息つく。そんなに疲れたのだろうか?そう思い時計を見てみると、インタビューは既に二時間を超えていた。

 

 

乙名史「本日はありがとうございます。桜木トレーナーさん」

 

 

桜木「いえ、貴方を満足させるお話が出来て良かったです」

 

 

乙名史「.........あの、最後に一つだけよろしいですか?」

 

 

 先程とは打って変わって。いや、今までと同じような真剣な表情に、更に期待を込めた表情を見せる乙名史さん。

 俺はそれに動じる事はせず、どうぞと短く返事を返した。

 

 

乙名史「貴方にとって、チーム[スピカ:レグルス]とは.........一体なんですか?」

 

 

桜木「.........」

 

 

 その質問は、以前に一度だけ、乙名史さんから貰ったことがある。あの時も確か、デビュー戦後のインタビューだった。

 あの時、チーム名は適当で、尚且つメンバーは俺が見たいと言ったいわば寄せ集めの状態。エゴで固まったチームだった。

 そんな質問に、ただ楽しそうだとはとても言えなかった俺は、その質問を保留してもらった。

 

 

桜木「.........そうですね」

 

 

 窓の外に目を向ける。多くのウマ娘達が、そのターフの上で切磋琢磨している姿の中で、一人の少女に目が向かう。

 メジロマックイーン。その綺麗な芦毛に目を惹かれる。その吸い付きは、あの選抜レースの時から劣化していない。

 思えば、あの子と出会わなければチームは無かったかも知れない。あの時、あの子から何かを感じ取れなければ、どこか抜けたまま、トレーナーをしていたかもしれない。

 だから―――

 

 

桜木「.........中心です」

 

 

乙名史「中心.........ですか?」

 

 

桜木「星のレグルスが、獅子座(レオ)の胸にあるように、桜木玲皇の中心は、このレグルスなんです」

 

 

 色々変えてくれた。色々教えてくれた。多くの人との出会いや触れ合いを通して、俺は少しずつ変わって来れた。

 けれどそれはきっと、俺だけじゃない。気付いているかどうかは分からないけど、それはみんなも同じなんだ。少しずつだけど、変わってる。

 

 

桜木「あの時は分からなかったけど、今はハッキリと言えます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここが俺の、居場所なんです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時折、ここに居るべきでは無いと強く感じる事がある。それが本来のあるべき場所に戻れというなにかのお達しなのかは分からない。

 それに無意識に導かれていた節もある。だから、あの大騒動の時、俺はチームのトレーナーを辞めようとした。この子達の傍から離れようとした。

 けれど、あの時俺は泣いたんだ。居るべき場所では無いと感じながら、みんなに引き止められて、ここが俺の居たい場所なんだと分かって、こうして戻ってきたんだ。

 

 

乙名史「.........素晴らしいです。素敵なお話を沢山伺うことが出来ました。今回も、良い記事が書けそうです」

 

 

桜木「楽しみにしてます。乙名史さんの書く記事には、いつも楽しませてもらっているので」

 

 

乙名史「ふふ、そんなの、当たり前じゃないですか」

 

 

 彼女はそう言って、メモ帳とペンをバックの中にしまい込んだ。どこが当たり前なんだろう?その言葉に、どこか引っ掛かりを覚える。

 彼女は椅子から立ち上がった。教室を出るのだろうと思い、俺も立ち上がるが、彼女が向かったのは扉ではなく、俺に向かって歩を進めた。

 

 

桜木「?」

 

 

乙名史「私が人を楽しませる記事を書く理由は、[ここが私の居場所]だから、それだけです」

 

 

 そう言って微笑む乙名史さんの目は、楽しそうではありながらも、その内の赤い炎がメラメラと燃えている様子が、見て取れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

乙名史(.........)

 

 

 桜木トレーナーさん達とのインタビューを終え、トレセン学園の職員用駐車場から車を発進させた私は一人、今までの彼への思いを振り返りました。

 

 

乙名史(最初は、こんな事になるとは思わなかったのですけどね.........)

 

 

 一般からのぽっと出のトレーナー。その情報が舞い込んできた時、私はまず不安を覚えました。

 トレーナーとは技術や知識だけではない。これまでの過程で如何に、ウマ娘と触れ合ってきたかが重要視される職種です。なので、家族や親戚にトレーナー、又はウマ娘が居る者の方が成果を出しやすい世界です。

 

 

乙名史『桜木トレーナー.........ですか?』

 

 

編集長『ああ、なんでも、一般企業からトレーナーになったそうだ。面白そうじゃないか?』

 

 

 正直、私はどうかと思いました。この苛烈とも言えるレースの世界に、果たして彼のようなアスリートとはかけ離れた存在が、ウマ娘を勝たせるようになるとは思えませんでした。

 そして、彼が古賀トレーナーの元で知識を蓄え、正式にトレーナーになった際、それは私の中で一度、確固たるものへと変わったのです。

 

 

乙名史『三週間も経って未だに担当が居ない.........?遅くても、新人は二週間程で担当を探す努力をするはずですが.........』

 

 

 新しく入ったウマ娘が、一体どんなトレーナーの元でトレーニングを積むことになるのか、その情報は私達の元へも入ってきます。

 ですが、彼の事は三週間も話題に上がらず、私は一度見切りをつけたのです。

 しかし―――

 

 

桜木『.........メジロマックイーンです』

 

 

 多くのウマ娘ファンも注目するトレセン学園の選抜レース。勿論そこに、私もおりました。多くのスターを排出する学園の、新たなスターが見れるかもしれないまたとないチャンスですから。

 .........ですが、周りの記者やトレーナーは、一着になった者達にしか目を向けません。二着や三着を狙う方達も、その一着に尾を引かれつつも、仕方が無いという妥協の元にそちらを選んだ方が多いです。

 そんな中、いつも通り色々なトレーナーに取材をして、夕陽が空を山吹色に染め上げた時間。帰ろうと思い、最後にウマ娘達が練習姿を見ようと、ターフに足を運びました。

 そこには、私の中で評価が固まった桜木トレーナーと、事務員のたづなさん。行けないと思いつつも、つい私は、聞き耳を立ててしまいました。

 そして、ターフの彼からは、思いがけない名が聞こえたのです。

 

 

乙名史(あの日、七着だったメジロマックイーンさん。あの子のどこに目を惹かれたのか知りたいですが.........それはまた、今度にしましょう)

 

 

 私の想像を壊し、編集長の仰ったように、面白いことをやってのける彼に、私はどうやら虜になってしまったようです。

 次に取材する楽しみを覚えつつも、今回の記事を早く完成させる為に、私はそのまま、車で編集社へと向かいました。

 

 

 

 

 

  ......To be continued



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ゴルシ「さっさとマックちゃんに告白しろよ」トレーナー「しないが?」 (前編)

 

 

 

 

 

 7月。それはスポーツに精を出す者達にとっては大切な月。それはもちろん、ウマ娘にも同じことが言える。

 普段であるならば、トレセン学園所有の合宿所でトレーニングを積む日々に励むであろう。しかし、今年は一味違った.........

 

 

桜木「が、合宿所を台風が直撃.........?」

 

 

沖野「ああ、このまま行けば進路的には夏合宿真っ盛りの時期に到達する予想らしい」

 

 

 お昼休み、沖野さんから話があると言われ呼び出されてみれば、合宿所を台風が直撃するという話だった。

 沖野さん曰く、彼のトレーナー人生でも初めての出来事らしい。今まで何度も台風や災害はあったが、合宿所のある場所は尽く無事。喉元を過ぎれば安心してトレーニングに励めるという神に愛された土地であった。

 

 

桜木「どうするんすか?うちは今年は合宿するかわからないですけど、リギルとか毎年の様に行ってますよね?あとアルデバランも.........」

 

 

沖野「朝礼聞いただろ?今日この後、理事長直々にトレーナーとウマ娘を集めての学年集会だ.........今から胃が痛い.........」

 

 

 そう言えばそうだ。今日は朝から理事長直々に朝礼で、集会があるから楽しみに!と念を押されたのだった。

 怖い、あのロリっ子権力ヤ〇ザの恐るべき所はブレーキが内蔵されていないということだ。誰だあれの開発者は、さっさと出てこい!

 

 

桜木「鬱だ.........」

 

 

 この先の不安を、身体は敏感に感じとったのか、今までの良い気分が無くなり、重だるい症状が現れる。

 そして、その不安は俺の期待をぶち壊して、実現する事になったのだ.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「えー。合同練習三日目となりました。今回は私、桜木玲皇がリーダーを努めます。よろしくお願いします」

 

 

ウマ娘「よろしくお願いします!!!」

 

 

 グラウンドに集められたウマ娘達の前で、朝礼台に立ち挨拶をする。見た目は真面目を取り繕っているが、完全に萎え萎えだ。

 理由を知りたいか?まずこの合同練習。ここの参加チームはスピカ、スピカ:レグルス、リギル、そして複数の個人トレーナーで固められている。

 そして、一日目の日程は沖野さんが組んだトレーニングだ。やってる内容は傍から見れば遊びにも見えるが、その実、しっかりと身体の鍛えられるメニューになっている。

 二日目はリギルの東条トレーナー。見るからにトレーニング。誰がどこから見ても立派なトレーニングだ。データの管理もしっかりとしていて、各々のウマ娘の改善点をその子と担当トレーナーに渡すほどキッチリしていた。

 そこまではいい。そこまでは.........

 

 

ライアン「いやー!桜木トレーナーのトレーニング!楽しみだなー!」

 

 

桜木(期待するな期待するな期待するな)

 

 

 俺のトレーニングを期待するものが若干名居る。メジロライアンにナリタブライアン、マンハッタンカフェ等、俺の滅茶苦茶さを知っている者達の視線が期待に満ちている。一体どんなトレーニングを付けてくれるのかという視線.........

 

 

桜木「えー今回はですね。筋力トレーニングを重点的に鍛えていきたいと、思いますんでね。ジムルームに早速移りましょうか」

 

 

ウマ娘「はい!!!」

 

 

沖野「.........クク」

 

 

東条「ちょっと、笑ったら失礼でしょ.........フフ」

 

 

 なんだあの二人。俺をコケにしてるのか?こんな事似合わないのは百も承知だ。笑わないで居てくれてるのは東さんだけだぞ。なんて聖人なんだ!!!

 桜木は心の中で、彼への信頼度を高めていた一方、東はぼーっとしながらこんなことを考えていた。

 

 

東(今日美依奈さんのカレー食いに行こうかな)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 トレーニングルームまでの道のりの廊下。俺を先頭に、ガヤガヤとした空気が辺りを支配し始める。まるで医療ドラマでよくある回診みたいな感じだ。こんな気持ちを経験出来るとは.........

 

 

「先生!!!」

 

 

 そうそう、丁度こんなふうに看護婦さんから声をかけられて.........って

 

 

桜木「へぇ!!?」

 

 

 思わず歩きながらその声に振り向く。そこには目をキラキラとさせた栗毛のウマ娘。頭には王冠を乗せているリギルの一員。テイエムオペラオーがそこには居た。

 いやいや、なんだ先生って、俺は教員になった覚えはないぞ。

 

 

オペ「以前の公演!!とても感動しました!!ぜひ演技の御指導もお願いしたいです!!」

 

 

桜木「あ、あ〜.........アレね、うん。ま、また今度でいいかい?」

 

 

オペ「はい!!いつまでも待ちます!!!」

 

 

 うっわぁ〜.........厄介な事になったなぁ。あのヒーローショーを見てどこに感銘を受けたんだろう?こっちとしてはもうそれをする気は無いんだけどなぁ.........

 そう思っていると、話を終えたオペラオーは列へと戻って行く。その際同じリギルのフジキセキに話を聞かれて俺のヒーローショーを語り始めたが.........うん、無視しよう。

 

 

マック「人気者ですわね」

 

 

桜木「嬉しいやら面倒いやら.........」

 

 

マック「ふふ、私のトレーナーさんが人気者なのは、悪い気がしませんわ♪」

 

 

 俺の隣で嬉しそうにしているマックイーン。それはいいんだがね、面倒事は面倒なんだよ(?)できればやらない方が良いんだ。もし話を持ち掛けられても頑張ってブッチしよう。

 

 

ゴルシ「けどよー。あんまし実感わかねーなー、おっちゃんがこんな大人数の先頭歩くなんてよー」

 

 

桜木「え?」

 

 

ゴルシ「どっちかってーと、集団が縦になってるところの真ん中を横切るイメージじゃん?」

 

 

タキオン「確かにねぇ、彼に引っ張られてどこに行くんだろうか.........栄光への道かい?それとも深く暗い海の底かい!?崖の先かもしれない!!はたまた宇宙の先までも」

 

 

カフェ「タキオンさん.........静かにしてください.........」

 

 

 恨めしそう.........ではないが、ジトっとした目でそういうマンハッタンカフェに、タキオンは不服そうにしながらも口を噤んだ。

 ようやくうるささがマシになった.........俺ははぁっと息を吐きながら、目の前のトレーニングルームの扉を開けた。

 

 

黒津木「オラオラァ!!その筋力じゃあそこら辺のボディビルダーに負けんぞ創ェ!!!」

 

 

神威「るっせぇぇぇ!!!俺はハードゲイナーなんじゃボケぇぇぇ!!!」

 

 

白銀「なんでウマ娘用のデッドリフトやらせてくれないんですか」

 

 

たづな「死にますよ?」

 

 

 なんでアイツらが居るんだ。なんでここでわざわざ筋トレしてるんだ。意味が分からない。

 俺は慌てて踵を返した。うん、あの子達には器具は全部何者かによって壊されてたと伝えよう。今日はターフとダートで根性トレーニングでも―――

 

 

黒津木「玲皇ッ!お前も言ってやれ!!ハードゲイナーを言い訳にするのは甘えだって!!!」

 

 

神威「お前それでも医者か!!?個人の体質を甘え認定するなんて最低すぎるぞ!!!」

 

 

白銀「え、ハードゲイ?」

 

 

三人「やめれ」

 

 

 思わず反応してしまった。が、仕方ないだろう。その普段でも危なかったしい話題はここでは3倍の危なっかしさになる。

 そう入口でげんなりしてると、突然、俺の背中を誰かに蹴られて地面へと這いつくばった。

 

 

ナリブ「ん?なんだ、アンタらか」

 

 

桜木「前から思ってたけどなんで俺にだけそんな乱暴なの.........?」

 

 

ナリブ「ブっさんはやめろとあれほど言ったのに聞かないアンタが悪い」

 

 

 身から出た錆。完全に自業自得でした。身体も痛いし心も痛い。やっぱり女の子に虐められて嬉しくなる奴なんておかしいよ!!

 着用していたジャージの汚れを払うように両手でほろいながら立ち上がると、もう既に殆どがジムの中へと入っていってしまった。

 

 

マック「ドーベル?大丈夫ですか?」

 

 

ドーベル「た、ただでさえ苦手なのに.........三人も増えた.........」

 

 

 それは申し訳ない事をした。が、一度現れれば日が暮れるまで一緒に居ることになる。アイツらはきっと生まれ変わりなんだ。あのマリオUSAの鍵もってたら追ってくる奴の。

 まあでもいいんだ。俺には仲間がいる。何か困った時はマックイーンに相談が―――

 

 

「すいませーん、メジロマックイーンさん居る?」

 

 

マック「え?せ、先生?どうされましたか?」

 

 

先生「ああ良かった!実はさっき親御さんから電話があってね、その、ここでは言い難いことなんだけど.........」

 

 

マック「.........?ああ、あの件ですか.........」

 

 

 なんの事だか分からない、という顔から何かを納得したような表情に変わったマックイーン。

 良くない、良くないぞ〜この流れは.........頼むからここで話をつけてくれないかな.........?そうは思いながらも、俺の方に振り向いた彼女は申し訳なさそうに頭を下げた。

 

 

マック「すみません、少々離れさせて頂きます.........」

 

 

桜木「良いの良いの、お家の事はなんも出来ないから、仕方ないさ」

 

 

マック「ありがとうございます、トレーナーさん」

 

 

 礼を言った彼女は足早にトレーニングルームを去っていった。本当は行かないで欲しかった。ツッコミ役が一人いなくなるだけでやって行けなくなるんだあの連中は。

 

 

ルドルフ「落ち込み気味の所申し訳ないが、今日はどういうメニューだろうか?桜木トレーナー」

 

 

桜木「あーうん、今日はねー.........」

 

 

 そうだ。落ち込んでいる暇はない。今の俺はこの大所帯を引っ張るトレーナーなんだ。しっかりしなくては.........

 そう心に喝を入れながら、今回のトレーニング。前回の東条トレーナーからのデータで分かった筋力的部位の弱点の補強をするメニューを個人に作り、それを渡して行った.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゴルシ「よーテイオー!!今暇かー?」

 

 

テイオー「うん!ちょうど今日のリハビリが終わった所なんだ〜♪」

 

 

 ビデオ通話でウキウキとした表情を見せるテイオーは誰かを探すように、その視線を画面の端から端まで動かす。

 相変わらずだなーと思いながら、アタシはスマホを持ってランニングマシーンで軽く流している会長様の姿を映した。

 

 

テイオー「きゃーーー!!!カイチョーだーーー♪♪♪」

 

 

ルドルフ「ん?ああ、テイオーか。そう言えば今日はまだ話してなかったな」

 

 

 テンション爆上がりのテイオーが映るアタシのウマフォンをルドルフの前に置くと、生徒会三人組と今日あった事を話し始めた。こういう所でアイツのストレス発散が出来るならお易い御用ってもんだぜ。

 

 

ゴルシ「さーってと、アタシもトレーニングすっかなー」

 

 

タキオン「おや!珍しいじゃないかゴールドシップくん!君が真面目にトレーニングに取り組むなんて!」

 

 

ゴルシ「失礼なやつだな!!アタシはいつだって真面目だぜー!!?真面目に不真面目してるっつーの!!!」

 

 

 全く、タキオンの奴も困ったもんだぜ。アタシはやる時はやるウマ娘なんだ!!

 とりあえず今日はサンドバッグにスープレックスかける練習でもすっか!!!

 そう意気込みながら、アタシはデジタルが運んでるサンドバッグを一つ拝借しようと抱き抱えると、ルドルフと話していたはずのテイオーが声を上げた。

 

 

テイオー「ゴルシーーー!!!」

 

 

ゴルシ「ああ!!?なんだよ!!アタシはこれからプロレスでビバメヒコするんだよ!!」

 

 

テイオー「マックイーンの姿が見当たらないけど、どうしたの?」

 

 

ゴルシ「あー、なんか家の事で先生に呼び出されてたぞー?」

 

 

 疑問を抱いていたテイオーに、アタシは的確な回答を投げて解決した。よし!これでルチャリブレの練習が出来るぜ!!

 そう思っていたら、今度は別の問題を、テイオーが出してきやがった。

 

 

テイオー「あー、もしかしてアレかも.........」

 

 

ゴルシ「アレ?」

 

 

 少し、不穏な空気が漂い始めた。なんせ、いつも明るく元気なテイオーが、心配を帯びたような声でそう言ったからだ。 アタシだけじゃなくて、傍に居るウマ娘は全員、テイオーが映るアタシのウマフォンへと集まっていた。

 

 

テイオー「実はね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゴルシ「医者の跡取り息子と婚約ゥ〜!!?」

 

 

テイオー「わ!!声が大きいよゴルシ!!」

 

 

 いっけね、思わず声を上げちまった。おっちゃんにはバレてねーよな.........?

 後ろに振り返って様子を見ると、縄跳びでぴょんぴょんと身体を慣らしている様子が見えた。大丈夫、見た感じバレてねー。

 アタシと他の連中はホッと胸をなで下ろした。

 

 

ゴルシ「ライアン知ってたか?」

 

 

ライアン「い、いや!!あたしも知らなかったよ!!マックイーンがこ、婚約なんて.........///」

 

 

ドーベル「あ、アタシもそういう事は聞かなかったかも.........聞いてたら、マックイーンに直接聞いてたし.........」

 

 

 ありゃりゃ、どうやらここに居るメジロ家のお嬢様達は全員予想だにしてなかったっぽいな.........つーか、テイオーはどこからその情報仕入れて来たんだよ!!

 

 

テイオー「いやー。よくマックイーンお見舞いに来るんだけど、その時ポロッと口に出しちゃってたからさ〜。それかなーって」

 

 

タキオン「けど、あながち間違いでは無さそうだ」

 

 

カフェ「婚約.........まだ中等部なのに.........」

 

 

 そうそうそうそう!!そうなんだよ!!まだマックイーンが結婚すんのは早すぎんだよなー!!

 それに、おっちゃんと結婚してもらわねーと困っちまうんだよアタシとしても!!なんでかは言えねーけどな!!

 

 

ナリブ「.........聞いた事があるな、その佐枝という名前」

 

 

ルドルフ「佐枝大病院という名は聞いた事があるだろう。なんでも、とある海外の医者に憧れてウマ娘の研究に専念し、最近ではトレーナー資格も取ったそうだ」

 

 

グルーヴ「とある海外の医者.........ですか」

 

 

黒津木「.........?」

 

 

 エアグルーヴの言葉を聞いたのと同時に、アタシ達はこの学園に来る前、ウマ娘について研究していた物好きな元ニューヨーク在住の医者の方を見た。

 コイツだ。間違いねー。なんでおっちゃんの周りにはトラブルを起こすやつしか居ねーんだよ!!

 

 

白銀「あった事あるぞソイツ」

 

 

ゴルシ「おわっ!!?」

 

 

 こ、コイツ.........!!いつの間にアタシの隣に.........!!?

 やべー。ドキドキする。別に何とも思ってねーけど!!コイツの事なんて!!とりあえず一旦離れよ。

 

 

デジ「な、なんですか?デジたんを盾にして.........」

 

 

ゴルシ「しばらくアイツからの盾になってくれ」

 

 

デジ「デジたん昇天案件のシチュですね」

 

 

 くっそー.........まさか会話に混ざってくるなんて思わねーじゃんか!!ずるい奴だぜ全くー!!

 そう思いながら、アタシはデジタルの肩から頭の上半分だけ出して、白銀の様子を伺った。

 

 

白銀「医学の分野の精通はもちろん、半年でトレーナー資格を取れる熱量、オマケにスポーツ万能でハンサムだったぜ」

 

 

ウマ娘「ほえー.........」

 

 

 聞くだけ聞いてみると、高スペック人間そのものじゃねーか。人類のいい部分いいとこ取りしたような人間.........

 

 

ゴルシ「病院の一人息子でハンサムで、トレーナーっつーと.........モテモテだな」

 

 

タキオン「モテモテだね」

 

 

白銀「ま!!!ゴルシは気にしねぇような面だったけどな!!!」ケラケラ

 

 

黒津木「まゴルシは良いとして」

 

 

神威「ゴルシは置いといて」

 

 

白銀「な、なんで.........?」

 

 

 置いてかれた。アタシは結構ほっぺ熱くしてんのに。まーでも誰も気付いてないからラッキーっつったらラッキーだけどな!!

 

 

ゴルシ「まーでも!!そんだけすんげー所ばっかだとよー!!」ニタニタ

 

 

桜木「.........ん?なんだどうした、なんか問題でも―――」

 

 

タキオン「マックイーンくんも婚約をしてしまうかもしれないねぇ!!!!!」ニタニタ

 

 

桜木「ファッ!!!??」

 

 

 

 

 

 ―――え、なになに!!?婚約!!?どういう事なの!!?君達一体なんの話をしてる訳!!?

 いや落ち着け、ここは大人の余裕だ。それが必要だ。そう思いながら、俺は背中を向けるゴールドシップに声をかけようと近付いた。

 

 

桜木「き、君達?一体なんの話を―――」

 

 

ゴルシ「完璧超人トレーナー対おっちゃんか.........普通だったら完璧超人の方だが」

 

 

桜木「」

 

 

タキオン「安心したまえ!!!年月を考えたなら君の方に軍杯が上がるよ!!!」

 

 

 お、おお、何とも珍しいタキオンのフォロー。普段からロジカル的な理詰めをしてくれる彼女のフォローによって安心したのか、自然と息が漏れる。

 しかし、その隙を突くようにタキオンは間髪入れずに俺に不安の種をまいた。

 

 

タキオン「まぁメジロ家の繁栄を願う場合は勝ち目がないが」

 

 

桜木「へ?」

 

 

ゴルシ「考えても見ろよ」

 

 

 そう言いながら、ゴールドシップは俺の方に振り返った。いつものようにからかう様なニタニタ顔だったならば冗談で済んだだろう。

 しかし、その顔には汗が浮かんでおり、ゴールドシップ自身も相当焦っている様子が見て取れる。

 

 

ゴルシ「もしこのままマックイーンが卒業して見ろ。おっちゃん、マックちゃんは婚約者出来てんぞ」

 

 

桜木「そ、そんな.........い、いやいや!!誰だって結婚はするだろうし!!?第一俺とマックイーンはそんな関係じゃぶぐ!!?」

 

 

 額に痛みがビリリと走る。ゴールドシップが俺の喋っている間に一瞬で近付き、俺の襟を掴んで頭突きをかまされた。

 

 

ゴルシ「まーだそんなこと言ってんのかコノヤローッッ!!!おっちゃんのそのウジウジウジウジウジウジした態度が前から気に入らなかったんだ!!!!!」

 

 

 ひ、酷い.........!!!昔から優柔不断だと言われる節はあったけど、そこまで言われるのは初めてだ.........正直泣きそう.........!!!

 

 

ゴルシ「好きなら好きでハッキリしやがれーッッ!!!」

 

 

桜木「き、嫌いじゃないけど.........」

 

 

ゴルシ「嫌いじゃないだー?じゃあ好きでも無いんだなァッッ!!!??」

 

 

桜木「い、いや、どちらかと言えばだな―――」

 

 

ゴルシ「あーーーもうウジウジしやがってッ!おっちゃんの気持ちなんざ皆分かってんだよォッッ!!!」ドカッ!ドカッ!

 

 

 い、痛いッ!ゴールドシップの怒りに任せた頭突きが俺の額を襲う。それも一回や二回ではない。何度も等間隔で浴びせられる頭突きに、何か脳に問題が発生するレベルの衝撃を与えられる。

 

 

ゴルシ「くっつきそうでくっつかないラブコメヤローにッッ!!!うんざりしてんだよォッッ!!!」

 

 

ゴルシ「言えェ!!言っちまえェ!!マックちゃんに好きだってよォッ!!!佐枝に取られても良いのかァ!!?」

 

 

桜木「さ、佐枝って誰.........!!?」

 

 

 は、話の流れが分からない。なんで俺は今頭突きされてたの?なんで好きだと伝えることを強要されなきゃならないの?佐枝って誰?

 分かんない、わっかんないよ!!!ゴルシちゃんの言ってること全然わかんないよ!!!ラブコメしてて何がダメなの!!?ウジウジしたっていいじゃん俺の性格だよ!!!

 それになんで誰も止めてくれないの!!?ウマ娘の力で頭突きされてたんだよ!!?パンチドランカー確定だよ!!?来いよデジタルッッ!!!オメェだよォッッ!!!なんでさっきから深く頷いてんだよッッ!!!

 

 

 そんな誰も止めてくれない状況に涙を流しそうになるが、ここで一人、尻もちを着いた俺とゴールドシップの間に立つ人物が現れた。

 

 

「まあ確かに強引ではあるが、ゴールドシップくんの言う事も一理ある」チッチッチ

 

 

桜木「ミツルギタキオン.........」

 

 

タキオン「君は今や有名トレーナーだ。マックイーンくんの悲願、いや、メジロ家の悲願を達成したんだ。どこへ出ても一人前の男として胸を張れる.........とりあえず、いい頃合じゃないかい?」ユビサシ

 

 

 .........まずい、助け舟かと思いきや、これは敵国行きの密輸船だったかもしれない。その先の言葉が何かを察しつつも、俺はそれが何かを目で訴えかけた。

 すると、ミツルギタキオンはやれやれ、と言うように両手を広げて首を左右に振ったあと、言葉を発した。

 

 

タキオン「告白のね」トゥルーン...

 

 

桜木「」ゴクリ

 

 

 黙ることすら出来ない。俺は思わず唾を飲み込んだ。苦しい、今までこんな苦しい空間は経験した事がない。息を吸う事もままならず唾を飲み込むなんて、相当ストレスがかかっている。

 とにかく、ここは言い訳しなければ行けない。俺はなるように口を動かした。

 

 

桜木「け、けど俺は他の子のトレーニングも見なきゃだしマックイーンだってレースが、ぃぃ.........!?」

 

 

 俺の身体の前面に大きな影が重なる。まさかと思い視線を向けると、そこには冷たい表情のゴールドシップが立ちはだかっていた。

 

 

ゴルシ「トレーナーだろうがウマ娘だろうが、現役でいる内はいつだってレースは控えてんだぜ.........?」

 

 

ゴルシ「それに婚約決定になってからじゃ思い伝えてもなんもいい事無いじゃねーか」

 

 

 た、確かにそうだ.........もし仮に、マックイーンが婚約を受ける形になってしまえば、俺のこのファンとしての気持ちにして誤魔化してきた感情は、どこに出しても受け取られなくなってしまう。

 だが.........それでも俺にはそんな勇気は無い。そうだ!!ここで俺の親友だ!!白銀の奴はともかく他の二人はチキンだ!!俺の気持ちもわかってくれ―――

 

 

「「こっくはくっ!!こっくはくっ!!」」

 

 

 ダメだ、アイツら完全に自分達に火の粉が掛からねぇと思ってこの状況を楽しんでやがる.........!!こうなったら自分で弁解するしかねぇ.........!!

 俺は尻もちを着いた状態から正座に座り直し、考えを練った。

 

 

桜木「け、けどな?その〜......えっと〜.........」

 

 

ゴルシ「アタシがおっちゃんのスマホで電話掛けてやらァッッ!!!」タッタッタッ!

 

 

桜木「アァ!!?」

 

 

 ゴールドシップは俺の目の前で踵を返し、出口へと向かって行った。ジャージの裾を掴んだが検討虚しく引き剥がされてしまった。もうこの際アイツらじゃ無くていい!!デジタル!!いやスペ!!頼りになるのはお前らしか―――

 

 

「「「こっくはくっ!!こっくはくっ!!」」」

 

 

桜木「おっおーい!!野次ウマ娘どもォッッ!!!」

 

 

 ダメだ。デジタルもスペも、ついでにスカーレットもワルツを踊るように腕を組んで楽しんでいやがる。踊ってない子達は手を叩いて音頭をとっている。

 

 

桜木(まずい.........この流れは非常にまずい.........!!!)

 

 

ゴルシ「電話持ってきたよぉ〜ん♪♪♪」タッタッタッ!

 

 

 ノリが軽い。軽いからこそ、俺の足では到底追いつけない所まで走りきってしまっている。このまま行けば俺は、勝算のない勝負に挑む羽目になる.........!!それだけは.........それだけは絶対に避けたい.........!!

 

 

ゴルシ「さー!!」

 

 

タキオン「さぁ!!」

 

 

テイオー「さぁ♪♪」

 

 

 それぞれが手を差し出して、俺に告白を催促してくる。ゴールドシップに至っては俺のチームルームに置いてきたスマホを持ってきている。鍵かけた筈なのにどうやって入ったんだ。

 いや、そんな事はもはやどうでもいい。些細な事だ。重要なのは、今この場の空気が完全に、俺を告白させるような流れになっている事だ。ここは.........!!何かで決着を付けるしかない.........!!

 

 

桜木「.........ウララ」

 

 

ウララ「!なになにトレーナー!!」

 

 

桜木「ちょっとチームルームから、机を持ってきてくれ.........」

 

 

 意気消沈気味になりながらも、俺は地面に滴り落ちる汗を見て気を落ち着かせる。ウララは俺の言った言葉に疑問を持つ事はなく、直ぐにチームルームへと向かって走って行ってくれた。ここにいる連中と違って優しい子だ。ライスも優しいな、ブルボンも優しい。

 

 

スズカ「大丈夫かしら、サブトレーナーさん.........」

 

 

グルーヴ「.........あれが心配が必要な目に見えるか?」

 

 

 ゆっくりと息を整えて、俺はその場に立ち上がって見せた。堂々と、怖気付くこと泣く。立って見せた。

 その姿に若干気圧されたのか、ゴールドシップとタキオンはその身を少し引いた。テイオーは楽しそうな事が起こりそうな予感を感じとってウキウキしてやがる。

 

 

桜木「俺は逃げない。例えこの先が、地獄の道だったとしても.........!!必ずこんなふざけた空気をぶち壊し!!俺は、俺の平穏を掴んでみせる!!」

 

 

ゴルシ「はァ!!?オマエ!!この期に及んで告白しねー気でいんのかよ!!」

 

 

桜木「それはお前ら次第だ.........!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「腕相撲で俺に勝ったらッッ!!!告白でもなんでもやってやらァッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その宣言の後、若干の静寂と共に、皆の熱気が最高潮に達したのか、全員が声を上げて、この後起こる大激戦の熱を高めさせて行った。

 

 

 

 

 

  ......To be continued



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ゴルシ「さっさとマックちゃんに告白しろよ」トレーナー「しないが?」 (後編)

 

 

 

 

 

 ザワザワとした喧騒の中。一つの机を中心にして、それは巻き起こっている。

 俺のあの大宣言から三分。ウララに頼んだ机が運び込まれ、その上には座布団をクッション代わりにして置かれている。

 

 

ナリブ「三対一の腕相撲対決か.........」

 

 

ルドルフ「この勝負、見物だな」

 

 

グルーヴ「私としては早くトレーニングに戻りたいのですが.........」

 

 

 見物人も三者三様、この状況を楽しんでいる者、どっちが勝つか予想している者、興味が無いものと別れている。

 しかし、普段であれば見向きもしない子達も、俺の告白の行方を見たいがために、かじりついている者もいる。

 

 

ドーベル「このシチュエーション.........次のネタになるかも.........」ボソ

 

 

デジ(おや?同志の信号をキャッチしましたよ.........?)

 

 

 だが、そんな事は関係無い。誰が来ようが容赦しない。目の前に来る者全てをひねり潰す。それだけだ。

 

 

ゴルシ「おーっし、アタシが独断と偏見でチームを決めるぜ。黒津木センセと白銀と.........あとデジタル。お前行け」

 

 

デジ「へ?」

 

 

 私?と言うように自分を指さすデジタル。普通であるならば、人間とウマ娘が戦って人側が勝つ事は無い。だがこちらにはタキオンの筋力ウマ娘化薬がある。本人にちゃんとサインもしてある。

 

 

カフェ「あの.........この順番なら、司書さんが行くべきでは.........」

 

 

神威「良いかカフェ。俺は確かに空手は黒帯だし武術の心得はこの中で一番持ってる自信はある」

 

 

神威「だがある人は言った。技を超えた純粋な強さ。それがパワーだと.........筋肉を比べてみろ。歴然の差だ」

 

 

 そう言いながら、神威は恥ずかしそうに腕をまくった。うん、細い。これが武術を嗜むものの腕か.........?と言われるぐらいには細い。

 可哀想に、人生の通算で言えば俺らより筋トレしているであろうに、その腕に力強さは余り感じられない。

 ていうか君たち距離近くない?そんな仲良しだったの?初めて知ったわ.........

 

 

黒津木(けっ、この三年間、タキオンのトレーニングで鍛えたみてぇだが、俺はともかくとして翔也の奴に勝てるわきゃねぇだろ)

 

 

 

 

 

 ―――余裕なのか落ち着きを装っていやがるのか、玲皇の奴は準備運動すらせずに俺達に背を向けている。

 それに比べて、翔也はデッドリフト(人間用)をやったにも関わらず、腕をほぐすように回して調子を確かめている。こんな勝負、やらなくても分かりきってんだろ。

 

 

黒津木「まずは、俺からやらせてもらおうか」

 

 

桜木「ああ、よろしく頼む」

 

 

全員「!」

 

 

 おいおい、右腕のTシャツそんなめくっちまったら、事故の傷が見えちまうぞ.........いや、それほどまでに本気なんだろう。このチキン野郎。

 全く、なんでさっさと告白しやがらねぇんだ.........!!こっちはもうテメェのそのどっちつかずの態度にウンザリなんだよ!!!

 

 

タキオン「やってしまえ黒津木くん!!容赦はしなくていいぞ!!」

 

 

カフェ「タキオンさん.........静かにしてください.........」

 

 

タキオン「な!!?お、応援くらい別に大きい声でしても構わないだろう!!!」

 

 

 うわ、超恥ずいなコレ。応援されるって嬉しいけどこんな気持ちなんだな。

 だが、玲皇の手を握れば伝わってくる。一筋縄では行かないぞ、この勝負。

 

 

桜木(考えても見ろ。もし告白なんかして、マックイーンにその気がなかったら.........考えただけでもゾッとする)

 

 

桜木(諦めるんだ桜木.........!!お前には高嶺の花だったんだ.........!!今のままでもう十分だろ!!)

 

 

 

 

 

 ―――当たり前の事実を心の中で反復させていると、どこか悔しさにも似た感情が溢れ出して来る。そんな気持ち、俺が持つ資格は到底ないのに。

 俺と黒津木が握りあった右手を、ゴールドシップが上から包むようにして手を置く。ゴングは直ぐに鳴る。今この一瞬で、最高の力を振り絞るんだ。

 

 

ゴルシ「お互い力抜いてー.........よーし、このまま.........」

 

 

ゴルシ「レディー!!!ゴーッ!!!」

 

 

 掛け声と共に、ゴールドシップの置かれた手が離される。目の前に居る黒津木の事は考えず、俺はこの手を左側に倒す事だけを考えた。

 ドンッ、という強い音がこの広いトレーニングルームで反響する。それに数瞬遅れて、取り巻きのウマ娘達が感心する様な声を上げた。

 しかし、思ったより頑丈だ。抵抗感は余り感じなかったが、コイツの腕を壊すことは無かった。幸いだった。

 

 

桜木(よし!まずは一人.........!!)

 

 

黒津木「いっつ.........想像以上に強いぞアイツ」

 

 

白銀「任せろよカス。俺がアイツの腕へし折ってやっからよぉ!!」ポイッ!

 

 

 倒した方の手首の様子を見るように回しながら退場する黒津木。それと入れ替わるように、白銀は着ていたジャージの上着を投げ捨て、タンクトップ姿で現れる。

 圧巻だ。やはりコイツの筋肉はもはや芸術品と言っても差支えは無い。無駄のない美しさだ。正直、コイツの前腕だけで飯は三杯食える。

 

 

桜木(だが.........!!)

 

 

 負けられない。負ける訳には行かない。ここで負けてしまえば、俺が今まで努力してきた経緯が水の泡だ。マックイーンとは今のままで充分なんだ.........!!!

 そう思いながら、もう一度机の上のクッションに肘を乗せた。

 

 

白銀「へへ.........よろしこ」

 

 

桜木「じゃあな」

 

 

白銀「.........は?」

 

 

 半分本気、半分揺さぶりの声をかける。その意味を白銀が問う前に、組んだ手の上に手が乗せられる。

 アレ?タキオン?ゴールドシップは?と思ったが、何故か今までお互いがいた位置と綺麗に入れ替わっている。変わり身の術だろうか?

 

 

タキオン「レディー、ゴー!!!」

 

 

白銀「ヅゥァァァアラァァァッ!!!」

 

 

桜木「死ねェェェェェェェッッ!!!」メキメキメキメキッ!

 

 

白銀「.........はァァ!!!??」

 

 

 力んだ結果も虚しく、白銀はその腕が本来曲がらない方向に曲がってしまった。折れた訳では無い。肩を外しただけだ。脅しが効いたおかげで、奴を力ませることが出来た。

 

 

ブルボン「か、肩が外れてます.........!!」

 

 

ライアン「だ、大丈夫ですか!!?」

 

 

 先程、神威の奴が技に優る純粋な強さこそパワーだと言っていた。それは確かにあるだろう。戸愚呂弟が言っていた言葉だ。

 だが物事には必ず法則がある。力を入れるべき場所は定められており、それが正しくなければ力は入らない。最悪、怪我をする場合もある。今回、俺はそれを利用して奴の腕をぶっこ抜いてやった。

 コレで二人目だ.........!!あと一人倒しちまえば俺の勝ちだ.........!!

 

 

黒津木(し、翔也が負けた.........!!?こ、コイツは誤算だ.........)

 

 

 

 

 

 ―――さすが玲皇と言ったところだろうか、その幾度も苦難を乗り越えてきたコイツの爆発力を侮っていた。

 

 

桜木「デジタルッ!」

 

 

黒津木(ダメだぁ.........)

 

 

タキオン(デジタルくんじゃ勝てない.........)

 

 

 俺は恐る恐るタキオンとアイコンタクトを取る。首を虚しく横に振られた。薬を飲んだ場合の勝率は、かなり低いらしい。

 ―――終わった。俺達はそう、思っていた.........

 

 

桜木「来いよデジタルゥッ!オメェだよ―――」

 

 

デジ「」

 

 

桜木「ァ...ガ.........!!? 」

 

 

 

 

 

 ―――血。顔の中心部分に空いてある人が人として生きる為に必要な器官の部分。その二つ。その両方から、アグネスデジタルは血を吹き出していた。

 暴力でも振られたか?いや、そんな音はしなかった。なら一体何が.........?それは、デジタルの周りに散りばめられた写真が物語っていた。

 俺とマックイーンがお昼ご飯を食べる写真。スケートに行った時。一緒に眠ってしまった写真。砂浜で二人、市販の打ち上げ花火を見ている後ろ姿の写真と、俺達の道のりを示したいつ撮られたのかも知れない写真が、デジタルの周りに散乱していた。

 その時、背を向けていた勝負のリングに、ポスンと何かが乗る音が聞こえて来た。俺は最悪な予感がしながら、振り返るしか無かった。

 

 

ゴルシ「よろしく」

 

 

桜木「」

 

 

 絶句した。なんせそこにはゴールドシップが居たからだ。しかもただ居た訳じゃない。何故かジャージから着替えて、レースをする為のあの赤い勝負服に着替えていやがった。

 

 

桜木「テメェッッ!!!最初に言ったチーム分けはどうしたァ!!?」

 

 

ゴルシ「デジタルは鼻血が出てリタイヤだ.........ま力不足かもしんねーけど、よろしく頼むわ♪」

 

 

桜木「そんなバカな.........!!」

 

 

 仕方ない、と言うような声の調子でそういうゴールドシップ。ふざけるな。誰がお前みたいな怪力ウマ娘と腕相撲せにゃならんのじゃ。

 逃げよう。そう思ったのも束の間、周りはたちまち、熱気が最高潮に達して声を上げ始めた。

 

 

スペ「わー!!ゴールドシップさんだー!!」

 

 

桜木「え」

 

 

ウオッカ「こりゃ見物だー!!!」

 

 

桜木「え゜ぇ゜!!?」

 

 

 会場は既に勝負をする雰囲気になっている。先程まで早くトレーニングを.........と言っていた筈のエアグルーヴとその他も、どっちが強いのかを予想し始めている。

 

 

タキオン「一口ニンジン一本からにしよう!!!」

 

 

ナリブ「ゴールドシップに二本!!!」

 

 

ルドルフ「私は桜木トレーナーに一本!!!」

 

 

桜木(し、商売が成り立つほど盛り上がってる.........)

 

 

 賭けの倍率はどんどんと跳ね上がって行っている。これでは逃げれる勝負も逃げれる訳が無い。だが、相手はあのゴールドシップだ.........正直、勝てる保証はどこにも―――

 

 

ゴルシ「どうした.........?」

 

 

 すっとぼけやがってこの奇人が.........!!割と本気で心配そうな声掛けてんじゃねえよ!!クソ、なんて理不尽な奴なんだ.........!!

 

 

ゴルシ「さぁ.........」

 

 

 なんだよその顔は.........!!いつもの舌ペロ舐め腐り顔の方がよっっっぽど可愛らしいぞ.........!!!!!

 きっと、この状況もコイツの計算の上で成り立っているのだろう。さぞ楽しそうだ。人を貶めてその姿を嘲笑う楽しみ方を、コイツは知っている.........!!!

 

 

桜木(野郎.........!!!覚悟しやがれ.........!!!)

 

 

ゴルシ「ンン.........?はやくやろうよぉ.........?」

 

 

桜木()ブチッ!

 

 

 俺はタキオンが持ってきたカバンに手を突っ込み、中にある筋力ウマ娘化薬(+あとなんかよく分からん薬多数)を一気に飲み干した。タキオンは絶句してたが、知らん。コイツは俺を怒らせた。

 

 

ゴルシ「はやくぅ〜.........」

 

 

桜木「やってやろうじゃねぇかこの野郎ォォォォッッ!!!」ガンッ!!!

 

 

 身体の内から炎が燃え上がる感触がある。それなのに、何故か頭はヒンヤリとして来ている。これが俗に言う、ゾーンと言うやつか。初めて体験した。

 だが.........これならば勝てる。間違いなく、この目の前の大人を舐め腐ったクソガキを成敗する事が出来る.........!!!

 

 

黒津木「お、おい.........アイツが一緒に飲んだ薬って.........」

 

 

テイオー「ぼ、ボクあの薬の容器見た事あるよ.........」

 

 

タキオン「.........ヘル化の薬だね。通常人体には影響を及ぼす事は無いんだが、成程。ウマムスコンドリアが体内に存在している事が条件として―――」

 

 

カフェ「二人とも.........力を抜いて.........」

 

 

 また審判が入れ替わっている。だがそんな事は気にしない。今は目の前の悪たれを成敗しなければならない。俺には俺の信念がある。こんなおふざけでそれを壊されてたまるか.........!!!

 

 

カフェ「レディー.........ゴー」

 

 

ゴルシ「ドリィャァァア!!!」

 

 

桜木「ヌゥァァァアアア!!!」

 

 

 手が離された瞬間、ゴールドシップの余裕そうな表情も、俺の焦った表情も同じ仮面を被ったように、等しく険しくなった。

 二人とも、相手を負かそうと一気に体重移動と腕力でケリを付けようしたが、俺の手が机に触れる感覚も、倒す方向に曲がる感覚も無い。

 

 

「「ぬぅ.........!!?」」

 

 

 互角。一本の柱がそこに立っているように、机から垂直方向に二人の手は存在している。

 

 

フジ「う、動いてない.........!!」

 

 

オペ「ピクリともしない.........!!」

 

 

スズカ「い、一体どうなるの.........!!?」

 

 

 周りの喧騒すら耳には入らない。目の前の悪を倒す為に、俺はただひたすらに集中を緩めず、力を込める。

 

 

ゴルシ(こ、コイツ.........!!マジで強ェ.........!!?)

 

 

桜木(気を緩めると.........一気に持ってかれちまう.........!!!)

 

 

 そう思いながらも、形成は一瞬、ゴールドシップの方へと傾いてしまう。いつもなら弱気になって一気に畳まれただろう。だが、ここで.........!!!

 

 

桜木(諦めるもんかァァァァァ!!!!!)

 

 

ゴルシ(な、何ィィィ!!???)

 

 

 不利になった形成をもう一度イイブンまで戻す。表情は変わらないが、ゴールドシップの焦りが手に取るように分かる。

 

 

桜木(まだまだ.........!!!)

 

 

ゴルシ(その腕もう一度スクラップにしてやる.........ッッッ!!!!!)

 

 

桜木(負けられねェんだよ.........ッッッ!!!!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桐生院「ではみなさん!!今日は先日の古賀トレーナーの指摘された部分と、過去のウマ娘の映像を見比べましょう!!」

 

 

ウマ娘「はい!!!」

 

 

ミーク「トレーナー.........カッコイイ.........」

 

 

 くぅ〜.........!!これです!!チームトレーナーの醍醐味と言えば、この全体を引っ張っている感じ.........!!

 はっ!行けません。つい彼が羨ましいあまり、チームを作りたい欲求が高まりつつある中、こんな事でも幸せに感じてしまいます.........!!

 私にはミークがいる、私にはミークがいる.........よし!落ち着きました!!

 

 

グラス「.........」

 

 

セイ「あれー?グラスちゃんまだ落ち込み気味なのー?」

 

 

マルゼン「仕方ないわよ〜。うちって中途半端にチーム多いからくじ分けしないと〜」

 

 

 列の後ろの方で、落ち込み気味のグラスワンダーさんを励ますセイウンスカイさんとマルゼンスキーさん。今回リギルは、チーム人数の多さでくじ引きで合同グループ分けをされたらしいです。

 そういえば、スピカも相当多い気がしますけど、なぜチーム分けしないんでしょう.........?気になりますね。今度彼に聞いてみましょう!!

 

 

桐生院(このトレーニングルームを超えれば、後は突き当たりを―――)

 

 

「「デリィィィヤァァァアアアッッッ!!!!!」」

 

 

全員「!!!??」

 

 

 トレーニングルームの扉の前を通った瞬間。熱い鉄の扉で隔てられている筈なのに、ものすごい声量の声が耳に届いてきます。

 しかも、この声.........どこかで聞き覚えが.........?

 

 

タマモ「おっちゃんの声やないか.........?今の.........」

 

 

オグリ「確かに、言われてみればそうかもしれない.........」

 

 

クリーク「桜木トレーナーさんと.........ゴールドシップちゃん.........?」

 

 

 .........えぇ?彼は一体この壁の向こうで何をやっているのでしょう.........?ひ、非常に気になってしまいます.........!!

 私は恐れながらも思わず、そのドアノブに手をかけようとしました。しかし、その手を誰かに遮られます。その方を見ると、古賀トレーナーが、悲しそうな表情で首を横に振ります。

 

 

古賀「桐生院さん。俺ァアンタのお父さんの友達だから、特別に教えておいてやる。あの状態のあのバカには関わるな。滅茶苦茶にされる」

 

 

桐生院「な、何を.........?」

 

 

古賀「キャラ」

 

 

 私はその言葉を聞き、唾液を飲み込みました。キャラという事はつまり.........その人の性格が滅茶苦茶されるという事です。そ、そんな事があるのでしょうか.........?

 いえ、ベテランで最年長の古賀トレーナーの言う事です。きっとそれは正しいでしょう。ならばここは引くのが安全.........そう思いながら、私はドアノブから手を引きました。

 その時、列の後ろの、その奥側から溜め息が聞こえてきました。

 

 

「はぁぁぁ〜〜〜.........」

 

 

桐生院「あれは.........メジロマックイーンさん!」

 

 

マック「!あ、あら。桐生院さんに古賀トレーナーさん.........他にも.........あ、あはは.........お見苦しい所をお見せしましたわね.........」

 

 

 どこか疲れた様子のマックイーンさん。一体どこに行っていたのでしょう。そう思っていると、タマモクロスさんが何かをからかおうとして近付きましたが、一瞬で身を引きました。

 

 

タマモ「アカン。マックちゃん何があったんか知らんけど、めっちゃ不機嫌や」

 

 

全員「え」

 

 

 傍目から見れば分からない様子でしたが、どうやらタマモクロスさんはしっかりとマックイーンさんの機嫌を読めたそうです。

 あ、危ないのでは.........?その状態で、今この扉の向こうを覗いてしまったら、爆発してしまうのでは.........?

 

 

マック「失礼します」

 

 

桐生院「あ!!!待っ―――」

 

 

 私の静止も間に合わず、マックイーンさんはその手でドアを開けてしまいました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 勝負は拮抗していた。このままでは俺達の勝敗が着く前に、机が壊れてしまう。そう思えるほどに、ミシミシと嫌な音を立て続ける机。

 しかし、次の瞬間.........

 

 

ゴルシ「はァ!!?」

 

 

桜木「ッ!ズゥァァァラァァァァッッ!!!」ダンッ!!!

 

 

ゴルシ「あ!!!やっちまったァァァ!!!」

 

 

 何故かよそ見をしたゴールドシップ。その一瞬の隙を突いて、俺は一気に勝負を決めさせてもらった。

 あぁ.........!!勝ったんだ!!俺は勝ったんだ!!!こんなに自らの勝利を渇望した事も!!喜んだことも無い!!!

 

 

桜木「おらおらァ!!!どうしたァゴールドシップゥ!!!」

 

 

ゴルシ「い、いや、その.........」

 

 

桜木「あんだよ!!!言い訳かァ???ピザでも食ってろピザでもォ!!!」

 

 

ゴルシ「う、後ろ.........」

 

 

 そう言いながら俺の背後を指さすゴールドシップ。その顔には今日一番の大量の汗を流し、どこか恐怖している顔を見せている。

 周りを見れば、他もどこか似たような顔をしている。一体どうした?変質者でも現れたか?全く、安心沢先輩にも困ったものだ。学園に来るならもちっと普通の格好を―――

 

 

マック「御機嫌よう」ニコ

 

 

桜木「」

 

 

マック「私が居なくなった今の今まで.........一体何をしてらっしゃいましたの?」

 

 

 汗が吹き出す。まるで今まで身体を動かしていた燃料が抜けて行くみたいに、闘志が全く無くなる。

 

 

桜木「あ、ああ!!!き、気分転換にな!!!皆ストレス溜まってるだろうから!!!腕相撲で発散してたんだ!!!ハハハ!!!」

 

 

マック「あら、でしたらちょうど私も機嫌が悪いので、お手合わせ願えますか?[トレーナーさん]?」

 

 

桜木「.........ハハ」

 

 

 乾いた笑いがこだました。滴り落ちる汗の音すら拾えそうな静寂。マックイーンは腕相撲をやるはずなのに、何故か椅子を持ってきて座り始めた。

 

 

マック「さっ、早く始めましょう?」

 

 

全員(こ、怖い.........!!!)カタカタカタカタ

 

 

 震える身体を抑えつつ、俺は唾を飲み込みながらマックイーンの手を握った。柔らかい。綺麗な手だ.........じゃなくて!!!

 

 

桜木「だ、誰か初めの合図を.........」

 

 

ゴルシ「お、おう!!アタシがやるぜ!!」

 

 

 いの一番に手を挙げて宣言してくれては居るが、ゴールドシップも戦々恐々だ。俺とマックイーンの組んだ手の上にその手を乗せながら、横目で俺を見てくる。

 諦めろ。骨だけは拾ってやると言うような目で俺を見てきた。お前はマックイーンをなんだと思っているんだ。

 

 

ゴルシ「行くぞー!!レディー!!ゴー!!」

 

 

桜木「ズェアリャ!!!」

 

 

マック「.........」

 

 

 いくら相手が相棒のマックイーンだとしても俺は手を抜かない。勢いで畳み掛けるように体重移動で負かせようとするが、ゴールドシップの時と同じく、手が動いている気がしない。

 

 

桜木(う、動けん.........!!バカな!!?)

 

 

マック「.........力だけですのね」クイッ

 

 

桜木「へ?」クルン

 

 

 手の甲が机に着いた。それだけじゃない。どういう力が働いたのか、俺は床の上でひっくり返っていた。

 な、何が起きたんだ.........?俺はマックイーンに何をされた.........!!?

 ま、まあ勝敗は着いた。俺はこれでお役御免という訳で―――

 

 

マック「次」

 

 

桜木「.........?」

 

 

マック「このままでは機嫌が収まりません。あと十回程お相手をお願いしますわ」ニコリ

 

 

桜木「」

 

 

 怖い。今まで感じたことの無い圧がマックイーンから発せられる。本当はこの勝負。受けたくない。

 だが、そんなことを今のマックイーンに言える訳が無いので、地獄の腕相撲大会は延長戦へと突入した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「」ボロ...

 

 

マック「んーー.........スッキリしましたわ」ノビー

 

 

 あの後、トレーナーさんと十回腕相撲をして、十回勝ちました。最後は思わず机を叩き割ってしまいましたが、仕方ありませんわ。私だってそういう時くらいありますもの。

 

 

ゴルシ「あ、あー、ところでよ。何の話だったんだ?」

 

 

マック「.........まあ、もう話は着いたのでお話しても支障はありませんか」

 

 

 私がそう言うと、皆様はゴクリ、と唾を飲みました。どうしたのでしょう。そんなに気になる話ではないでしょうに.........

 

 

マック「実は先程、婚約に着いての話をしておりましたの」

 

 

桜木「」ガタッ!

 

 

白銀「死体が動いた!!?」

 

 

 婚約、と言う単語に反応したのか、トレーナーさんは気を失いながらもその場にすくっと立ち上がりました。まるでゾンビです。

 

 

テイオー「そ、それで!!?」

 

 

タキオン「受けたのかい!!?」

 

 

マック「そんなわけないでしょう」

 

 

 私は溜息をはぁっと吐きながら、傍にあった縄跳びを手に持ち、軽く身体を動かしました。

 これでこの話はおしまいです。そう思っておりましたが、ゴールドシップさんが凄い形相でこちらに近づいてきました。

 

 

ゴルシ「なんで!!?どう考えても玉の輿だろ!!?」

 

 

マック「お金には困ってませんから」

 

 

ゴルシ「いや!!!夫が医者だとメジロ家でも割と顔は立つだろ!!?トレーナー資格も持ってるし!!!」

 

 

マック「ゴールドシップ」

 

 

ゴルシ「.........!」

 

 

 この人、先程の電話で言われた言葉と同じ事を言いました。おかげで少し、あの時感じた不快さが蘇りましたわ。

 それにしても、どこから話が漏れたのでしょう?誰も相手はお医者様だと言ってはいないのですが、この際良いでしょう。

 夫が医者だから。それがなんだと言うのです?職業や立場で結婚相手が決められて幸せになれるほど、私は従順ではありません。

 .........行けない、思わず睨みつけてしまいました。仮にも彼女は年上です。私は申し訳ないと謝りながら、言葉を続けました。

 

 

マック「結婚をする上で必要な物は、お金でも、立場でも、職種でもありません。信頼関係です」

 

 

マック「本当の笑顔も分からない相手と、貴方は心から笑って自分の事を話せますか?」

 

 

ゴルシ「.........いや、悪かった。これはアタシが悪い」

 

 

 .........全く、誰も彼も、私をなんだと思っていますの?自分の立場くらい自分で良くしていきます。他人や結婚相手までステータスにするつもりは毛頭ありません。

 今度こそ、邪魔される道理はありません。皆さんもそれぞれの持ち場に着きましたが、また私に、誰かが近付いてくる。そんな気配を感じます。

 

 

桜木「本当に良かったのか?」

 

 

マック「.........はぁぁ」

 

 

 .........本当、優しい人のか酷い人なのか、この人は時によく分からなくなります。どうしてこんな人に私の心を掻き乱されなければいけないのでしょう?

 私はせっかく持った縄跳びをそばにあった机に置き、彼に圧をかけるように近づきました。

 

 

マック「先程も申し上げた通り、私は顔も声も知らない人と結婚する事はありません」

 

 

桜木「だ、だけど婚約って親が持ってきたものだろう?あんまりこっぴどく振ったんじゃ―――」

 

 

マック「あちら側からの力押しでお話だけでもと言う事でしたので、[お話]だけさせて頂きました。もう金輪際会うこともありませんし、その人の話題ももう挙げませんので、ご理解ください」

 

 

マック「そもそも、メジロ家は代々レースに関係する一族です。トレーナー資格を持っていようとその仕事をしてないのならば意味はありません」

 

 

桜木「で、でもマックイーンのお父さんの財前さんだって―――」

 

 

マック「父と母は特別です」

 

 

 私がそう言うと、それ以上何も言えなくなったのか、トレーナーさんは少し唸って、ごめんと謝りました。

 .........別に、謝って欲しかったわけではありませんのに.........でも何故でしょう?先程電話越しで謝られた言葉と同じですのに、あの時と違って、この人のこの言葉はあまり耳に入れたくありませんでした。

 

 

マック「.........悪いと思っているなら、いつも通り私にトレーニングを付けてください。私のトレーナーさんは、貴方しか居ないんですから」

 

 

桜木「.........わかった。マックイーンにはまだトレーニングの予定を渡してなかったから、これを参考にしてくれ」

 

 

 そう言って、彼は私にトレーニングの内容を記したプリントを渡してくださいました。そこには、私の身体状況と課題点。それをどう解決するかという内容が書かれていました。

 .........やはり、こういう方でなければ結婚は難しいでしょうね.........って

 

 

マック(と、トレーナーさんと結婚するのも悪くないなんて、何を考えていますの私!!?)

 

 

 必死に頭を振り、考えを逃がします。いいい、いくら天皇賞を共に勝ち取ったトレーナーさんとはいえ!!それは流石に行き過ぎています!!

 ふぅっと息を吐き、自分を落ち着かせようとしていると、なにやらドーベルと電話越しのテイオーが話していました。

 

 

ドーベル「ねぇ、もしかしてマックイーンって.........」

 

 

テイオー「うん!多分自分じゃ気付いてないけどそうだよ!!」

 

 

ドーベル「えぇ.........?見た感じあまり仲良さそうには見えないんだけど.........」

 

 

テイオー「けどこの前みんなでカラオケ行った時のデュエットはノリノリだったよ?なんだっけゴルシ?」

 

 

ゴルシ「三年目の浮気」

 

 

 曲名を言った瞬間、周りの人が黄色い声を上げ始めました。普段の私ならば、慌てふためき、弁解と否定をしていた事でしょう。

 ですが、一つ学んだ事があります。ここで無理して否定するより、無視してしまえば火も鎮火するのです。ここは大人しくするのが安定で―――

 

 

ダスカ「動画ならここにあるわよ!」

 

 

デジ「あ、お二人のデュエット姿を加工したポスターもありますよ」

 

 

マック「」

 

 

 前言撤回です。止めましょう。今すぐに。

 動画はともかく!!なぜポスターまで作られてるんですの!!?ありえませんわ!!!

 と、止めなければ!!!今すぐこの凶行を止めなければ少なくとも今この場にいる方達全員にデュエットポスターが配られてしまいますわ!!!

 

 

マック「トレーナーさん早く.........トレーナーさん!!?」

 

 

白銀「玲皇ならさっき創と一緒に槍持った栗毛の子に追いかけられてったぞ」

 

 

マック「何故!!?」

 

 

カフェ「し、司書さんもですか?」

 

 

黒津木「当たり前だろ。アイツ不幸だし」

 

 

 ひ、非常事態です.........こ、この人数を止めるとなれば彼の力も必要不可欠.........い、一体どうすれば良いのでしょう.........?

 

 

ウララ「わー!!マックイーンちゃんとトレーナーのポスターだー!!お部屋に飾っちゃおー!!」

 

 

ライス「ら、ライスも欲しいかも!」

 

 

ブルボン「この動画の音声をCDにして抜け出せますか?スカーレットさん」

 

 

ダスカ「難しいこと言うわね」

 

 

黒津木「お、それなら俺の得意分野だぞ」

 

 

 ガヤガヤとしたいつものような喧騒。実際にはこの場にいませんが、やはりその中心はトレーナーさんです。

 そして、それをいつも収めるのが私の役割です.........!!ならば、やることはたったひとつだけ.........!!!

 

 

 ダンッ!!!

 

 

全員「!!?」

 

 

マック「.........」

 

 

 大量のポスターを置いている机の隣に、私はもう一つ机を持ってきました。その上には、先程まで使っていたクッションがあります。私はそこに、肘を乗せました。

 

 

マック「.........ポスターもCDも大いに結構。持って行ってくださいまし」

 

 

マック「ですがこの、メジロマックイーンに腕相撲で勝った方から差し上げますわ」ニコ

 

 

全員「.........」ゴクリ

 

 

 その後、ポスターとCDの受け渡しされる数を何とか限界まで抑え込むことに成功し、これ以上変な噂が流れる事がないと思った私は、ホッと一息つきました。

 

 

 

 

 

  ......To be continued.........?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゴルシ「はー、楽しかったなー合同練習!!明日からは普通のトレーニングだからちっと物足りねーけどなー」

 

 

 両手を頭の後ろで組みながら、アタシは寮へと向かっていた。ウマフォンに映し出されるニュース記事を見ると、合宿所の周囲は台風の被害で大変になっている。今年はどこのチームも行けねーだろーなー。

 そんな事を考えていると、ふと前に人が立っていることに気付いて、アタシは顔を上げた。

 

 

白銀「よう」

 

 

ゴルシ「.........んじゃ」

 

 

白銀「おいおい、最近避けまくってんじゃん!!」

 

 

 誰のせいだと思ってんだよ誰の!!!オマエが天体観測に誘った日からアタシはもうオマエとあまり関わらねーって決めてんだよ!!!

 そう思ったけど、アタシはそれを口に出さず、白銀の横を通る形で無視しようとした。そこに、アイツはアタシの肩に手を置いて止めてきた。

 

 

白銀「頼みがある」

 

 

ゴルシ「.........なんだよ、藪から棒に」

 

 

白銀「.........ここに、二枚のチケットがある。イギリス行きの航空チケットだ」

 

 

 ズボンのポケットから取り出した二枚の紙切れ。それを見た時、アタシはあの時白銀に言われた言葉を思い出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『8月の世界大会ッ!一緒に行こうぜェーーッッ!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゴルシ「.........!!」

 

 

白銀「俺は負ける気は毛頭ねぇ、けど、そこにお前が居なきゃ意味がねぇんだ。頼む」

 

 

 そう言って、白銀はアタシの肩から手を離した。身体の正面をしっかりとコイツに向けて、その目を見る。その目は、とても真剣だった。

 

 

白銀「俺と一緒に.........!もう一度海外に来てくれねぇか.........!!」

 

 

ゴルシ「白銀.........」

 

 

 普段は、とても滅茶苦茶なヤツだ。本当にプロのスポーツ選手なのかと疑うレベルに酷いヤツだ。金遣いは荒いし、口はすこぶる悪いし、髪も最初は金髪に染めてたけど、最近は白に染めてるし、嘘吐きだ。

 

 

 あーあ、けど.........なんでかなー.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「.........分かった。一緒に行く」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

白銀「!!ホントか!!?」

 

 

 顔を上げて見せたその目は、今まで見た事ないほどキラキラしてた。まるで、それが叶うなら何も要らないと言う子供のような顔。アタシだって、そんな顔した事ねーと思う。

 .........アッチでボロボロに負けちまっても、アタシが慰めてやればいい方向に向くかもしんねー。そう思って言ったけど、こんな顔されるなんて思っても見なかった。

 

 

ゴルシ(ただアタシが着いてくってだけなのに、何考えてんだ?わっかんねー.........)

 

 

 取り敢えず、アタシは白銀が手に持っているチケットの一枚をぶんどって、寮に急いで帰った。寮の前にいるフジキセキに嬉しそうだとか言われたけど、そんな訳ねー。

 そんな訳ねー筈なのに.........なんだか今日は、あまり寝つきが良くなかった.........

 

 

 

 

 

  ......To be continued



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ゴルシ「世界の頂点が目の前で決まっちまうぜー!!!」


※タイトル詐欺っぽいです。ゴルシは今回こんなハイテンションじゃありません


 

 

 

 

 

 日本特有の蒸し暑さがピークに達する八月。普段であるならば、その暑さの気にやられて思考を乱し、チームに迷惑を掛けていただろう。

 だが、今年は違う。

 

 

「白銀選手!!遂に決勝戦ですね!!」

 

 

 テレビから流れるインタビュー。準決勝を楽々制し、記者達がその視線を俺のよく知っている顔に浴びせる。

 それでも奴はいつも通り、ヘラヘラとした調子で頭を下げていた。

 

 

「決勝戦では二年前、自身を一回戦敗退に追い込んだケインズ選手との対戦ですが、具体的な対策や意気込みはありますか?」

 

 

白銀「えー。ブリカスは基本口が悪いので、俺も頭を悪くして戦います。徹底的にコートの上で叩き潰してテニスのネットにハンガー引っ掛けて干すつもりでペタペタにしてTwitterに投稿して炎上するんでそこんとこよろしこ」

 

 

桜木「.........」

 

 

 何言ってんだこいつ。頭イカれてるのか。テレビにはピースで下卑た笑顔の白銀が写っている。

 .........もう寝よう。今日はインタビューで本戦は明日だ。時間的にも昼。しかも休日だ。皆で見る余裕はあるだろう。そう思いながら、俺はテレビの電源を落とし、部屋の電気を消して布団の中に寝落ちして行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『あの日本人かい?確かに凄かったさ。けれど、その凄みを感じたのも、最初に対戦した時だけ。その二年後の世界大会の時はもう、普通の人間だったね』

 

 

ゴルシ「.........」

 

 

 いつか見たドキュメンタリーのインタビュー。そこでソイツは、世界二位にまで登り詰めた奴の事を、普通の人間だと嘲笑っていた。

 その再現映像では、世界二位の男は真剣な顔で「Glad to see you」と呟き握手を交わしていたと思う。けれど、世界一位の男はその手を握って、こう思ったそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『僕はこう思った。[easy operation]。だってね』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの何ともいけ好かない顔が、アタシは嫌いだ。あの自分以外の人を凡人だと思ってる奴の顔が、一番ムカつく。

 .........そんな奴に負けて、かつて世界二位の男は壊され、堕落して行った。

 

 

ゴルシ「.........なあ」

 

 

白銀「ん?」

 

 

 試合が始まる直前の控え室。試合に出ねーアタシがこんなに心配してんのに、目の前に居る男は応援に貰った饅頭を口に詰めてやがる。世界の頂点を決める戦いだってのに、どうしてそんな澄ました顔出来んのか、アタシには理解ができない。

 

 

ゴルシ「なんかあんだろ。もっとこう、緊張.........みてーなさ」

 

 

白銀「.........なんで?」

 

 

ゴルシ「っ、これからオマエが戦う相手は!!!世界最強なんだぞ!!!」

 

 

 アタシは座っていた椅子を、立った勢いで後ろに倒してしまう。それに気を取られることは無く、アタシはいつまでも悠長に居る白銀の前に躍り出た。

 

 

ゴルシ「怖くねーのかよ!!!苦しくねーのかよ!!!アタシがあんだけ散々脅したんだぞ!!!」

 

 

白銀「怖くねー。苦しくねー。むしろ俺は今日を待ちわびてたんだ」

 

 

 そう言いながら、白銀の奴はティッシュで饅頭の粉まみれになった口をゆっくりと拭った。まるで、これから友達ん家に遊びに行くみてーな感覚で、余裕な表情を見せた。

 

 

白銀「俺はな、お前とあの.........なんだ、 名前忘れたけど、ウマ娘の学校で出会う前、世界大会を一回戦で敗退したんだ」

 

 

ゴルシ「.........トレセン学園な」

 

 

白銀「今日はその雪辱を晴らすついでに、この舞台を借りるんだ。アイツなんか二の次だ。あんな雑兵に構ってる暇はねェ」

 

 

 そう言い終えると、白銀は丸めたティッシュをゴミ箱に投げて捨てた。ど真ん中に入って行ったそれを見て、どこか満悦そうな顔で立ち上がる。

 .........気に食わねー。大っ嫌いだ。イライラしてくる。なんでアタシがこうも忠告してやってんのに、言うこと聞いてくんねーんだ.........!!

 

 

ゴルシ「.........勝手にしろよ、もう」

 

 

白銀「.........チッ」

 

 

 お互い、イライラが最大限にまで高まってるのがよく分かる。空気はピリピリしていて、肌が痛くなってきちまう。

 .........こんなこと、別に言いたくなかった。アタシだって、お前はすげーんだぞって、世界で1番つえーんだぞって.........送り出してやりたかったのに.........

 なんでか分かんねーけど、泣きそうになりながらアタシは白銀に背を向けた。けれど、いつまで経ってもドアが開く音が聞こえない。早く、行って欲しいのに。

 

 

白銀「おい」

 

 

ゴルシ「.........なん―――!!?」

 

 

 視界が、暗くなった。顔の表面には何かが力強く当たっている。頭になんか乗っかってる。一瞬ですげー量の情報が流れてきて、流石のアタシの頭もパンク寸前だった。

 

 

白銀「どうだ、聞こえるか?」

 

 

ゴルシ「.........うん」

 

 

 ゆっくり、ゆっくり、大きくなったり小さくなったりを繰り返している音が、アタシの耳を通して伝わってくる。

 そっか、アタシ今、コイツに抱きしめられてるんだ.........なんか、悪い気はしねー。

 

 

白銀「.........悪い、怖くねぇなんて言ったけど、あれ嘘だ」

 

 

ゴルシ「え.........?」

 

 

 アタシは思わず顔を上げた。そこには、余裕そうないつもの白銀は居なくて、ちょっと焦った顔のコイツが、そこには居た。

 始めてみる顔だ。ちょっと汗が滲み出てるのが、なんだか面白く感じちまう。

 

 

白銀「今までずーっと、アイツに負けてから怖かった。けどよ、玲皇達がダイエットしてた時、一緒に海外まで来てくれただろ」

 

 

白銀「.........あの時、すっげー安心した」ニヘラ

 

 

ゴルシ「.........あ、アタシはなんもしてねーけど.........」ゴニョゴニョ

 

 

 な、なんかそういう事言われると恥ずかしいんだよな.........いや、褒められんのは嬉しいけど、なんかコイツに言われんのはちげー感じがするっつーか.........

 そう思っていると、アイツはアタシからその手を離しちまった。.........ん?この言い方じゃ話して欲しくなかったみてーになるんじゃ.........い、今の無し!!!誰かアタシを救急車で轢いてくれ!!!(?)

 

 

白銀「なあ」

 

 

ゴルシ「キラークイーンッッ!!!」

 

 

白銀「ハハ、ジョジョ知ってんのかよ!戻ってきたら何部が好きか語り合おうぜ!!!」

 

 

 アタシ渾身の誤魔化しが空を切った。いや、この際逆に誤魔化せたのか?なら良かった。

 そう思って、柄にもなくホッと胸をなでおろしていると、白銀はドアの方であたしに背を向けて、その手を挙げて、アタシに言った。

 

 

白銀「んじゃ、サクッと勝ってくるからよ。最後に言いたいこともあっから、締まりの良いようにしてくるわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだ!!ここはケインズ様の―――」

 

 

「あ?何言ってんだこいつ、俺高校の時英語の評価2だったから何言ってんのか分かんねぇからよ。日本語で喋ってくれや」

 

 

 控え室の外が何やら騒がしい。これでは精神が乱されてしまう。そう思い、俺は控え室のドアまで歩き、外の様子を見ようとゆっくりとドアを開けた。

 するとそこには、俺のボディガードを軽々と持ち上げる男。これから戦う日本人であるシロガネショウヤという男が居た。

 

 

白銀「.........あ?なんだよ。世界一位っつうのも、案外小心者なんだな」

 

 

ケイン「.........何の用だ」

 

 

 俺の視線に気づいた奴は、持ち上げていたボディガードの襟首を離し、そっとドアの開いている縁に手を添えた。

 ムカつく奴だ。以前と何も変わっていない。まるでこのスポーツを冒涜する様な男を、俺は許す事は出来ない。そう思いながら、そのドアを思い切り開けた。

 

 

白銀「宣戦布告って奴だよ。あ、漢字分かる?小学生で習う奴なんだけどよ」

 

 

ケイン「知らん。第一先程英語が分からないなどと言っていたが、君は話せているじゃないか。脳みそを母親のお腹の中に置いてきたのか?」

 

 

白銀(何言ってんだこいつ)

 

 

 そう心の中で思ったのだろう。奴は俺をバカにするような目で見てきた。先に仕掛けてきたのはそっちだ。なぜ俺が変人扱いされなければ行けないんだ。

 

 

白銀「テメェの事。待ってたぜ、怪我から復帰の初大会、ここがテメェの墓場になっからよ。良かったな、二万人も参拝客が来てくれてんだぜ。通夜にするのは勿体ねェよな」ニヘラ

 

 

ケイン「.........黄色い猿が」

 

 

白銀「へへ、まあそういう訳だからよ」

 

 

 そう言いながら、奴は手を差し伸ばしてきた。握手のつもりだろうか?今更こんな男に、スポーツマンシップがあるとは思えない。

 そう思いながらも、それに反応しないことこそスポーツマンシップに欠ける。俺は苦虫を噛み潰したような思いで手を差し伸ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「.........よろしこ」ニヘラヘラ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ケイン「―――っ」

 

 

 奴は、シロガネショウヤは、俺の差し出した掌を握る事はしなかった。握る直前にまで行った瞬間、奴は開いた手の平の親指、薬指、小指を閉じ、ピースをするような形で取り、その場から去っていった。

 どこまでも、俺の神経を逆撫でる奴だ。ここで必ず、奴の選手人生に終止符を打たせてやる。

 だが、同時にこう思った。今の奴を負かす。それは、今までのどんなプレイヤーに勝つことよりも.........

 

 

ケイン「.........[It's a difficult mission]」

 

 

 思わずそう呟いてしまうほどに、奴の滲み出るオーラは酷く、洗練されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全員「.........」

 

 

 テレビを前に、全員が固唾を飲んで見守るチームルーム。テーブルの上に散乱したお菓子など気にも止めず、皆が今か今かと白銀の姿を待っていた。

 

 

スペ「き、緊張してきちゃいますね.........」

 

 

桜木「ああ、なんせ相手はアイツと同じ身体能力を持つ男だ.........どう勝ちに行くか」

 

 

 マグカップに入れたカフェオレを口に含みながら、俺もテレビの中継を見守る。アイツは一度、完膚無きまでにケインズに叩きのめされている。どういう対策をしたのか、その一点だけが気になっていた。

 

 

マック「で、出てきましたわ!!」

 

 

ブルボン「.........いつもと同じようですが」

 

 

 テレビに映る奴は、特に緊張した様子を見せては居ない。それどころか、少しふざけたように観客に手を振る始末だ。これから世紀の大接戦.........いや、公開処刑にも似た蹂躙が行われるかもしれないというのに。

 

 

デジ「ゴールドシップさんは大丈夫ですかね〜」

 

 

黒津木「心配いらんでしょ。あー見えてあの子はしっかりしてるし」

 

 

神威「そうそう、今はゴールドシップよりアイツの方が心配だな.........」

 

 

 いよいよ試合が始まろうとしている。余裕そうに見える白銀の心の内は、俺にも分からない。だけど、その内心が穏やかでは無いことは、手に取るように分かってしまう。

 

 

桜木(頑張れよ、翔也)

 

 

 心の中で応援しながら、そのテレビを齧り付くように見入っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゴルシ「.........」

 

 

 テニスボールがラケットによって弾かれる独特な音。それと、コートに居る二人の呼吸音が耳に聞こえてくる。どちらも、似たような感覚で息している事が分かる。

 けれど、差は付いている。ゲームは現在2セット目。白銀の奴はまだ一点もボールを入れられてねー.........でもそれが、本来の世界だ。

 

 

ゴルシ(そうだ、この後三回ラリーが続いた後、2セット目も.........)

 

 

 5セットある内の3セットを取る事で、この大会の優勝者が決まる。1セットを取るには2ゲーム差をつけた上で6ゲームを取らなきゃいけねー。

 けど、そんなまどろっこしい計算が必要ねーほど、相手は白銀のコートにボールを入れてきやがっている。

 

 

ゴルシ「.........」

 

 

 .........そんなの、見たくねー。アイツがボロボロにされて負ける姿なんて、アタシは絶対に見たくねー。だからホントは、着いていきたくなんてなかった。

 なのにどうして、あの時軽い気持ちで行くなんて言っちまったんだろう.........

 そう思っているともう三回目、ラリーを終えてケインズにボールが渡る。アイツの強烈なスマッシュが、白銀の空いているコートに打ち込まれた。

 あぁ、結局。このゲームも.........そう思って、アタシは目を瞑った。アイツの負ける姿を見たくねー一心で.........

 

 

 けれど.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ポコンッッ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゴルシ「え.........!!???」

 

 

 本来耳に入ってこねーはずの音が鳴り響いた。その時、観客が一気に歓声を上げた。思わず目を見開いて見ると、白銀は.........相手の空いているコートにボールを打ち返して、一点奪い返していやがった。

 

 

ゴルシ「な、なんで.........!!?」

 

 

 思わず、観客席から身を乗り出して、アイツの姿を確認した。その点を取った姿に、嬉しそうな様子は見えねー。けど、振り返ってアタシの姿を見たアイツは、ニヘラと笑って手を振りやがった。

 

 

ゴルシ「〜〜〜!!???」

 

 

 顔が熱い。胸が苦しい。あの天体観測の時より、それは強くなってる。それがなんでか、全然アタシには理解出来なかった。アタシの事なのに.........

 けれど、それ以上にワクワクした。アタシの知らねー世界を、もしかしたら見せてくれるかもしれねー。アイツはアイツ自身の力で、このどうしようもねー逆境を切り抜けられるのかもしれねー。そう思ったら.........もう、どうでも良くなってた。

 

 

ゴルシ「行けー!!!白銀ーーー!!!!!」

 

 

 アタシが間違ってた。勝てないから逃げるなんて、そんなの、負けたのと同じじゃねーか。頑張れ白銀。負けちまったとしても、オマエのカッコイイ姿はちゃんと、アタシが見てやる.........!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

白銀「.........」

 

 

ケイン「.........」

 

 

 4セット目の最初のサーブ。2セット目は結局取られちまったが、なんとか3セット目を奪い返すことができた。お互い、譲れねぇ戦いをしてることが分かる。

 ボールと、身体の調子と、ラケットの機嫌を確かめながら、俺は奴の顔を見た。やっぱしいけすかねぇ顔してやがる。

 

 

白銀(真面目にスポーツマンしてますって顔しやがって.........自分の本性出せねェ様な奴が勝てる訳ねェだろうがよ)

 

 

 俺は、勝つことが好きだ。負けることが嫌いな以上に、だから、いつもガンガン攻める展開を作っていく。

 だが、今回はそうじゃねぇ。俺は今、[負けらんねぇ]んだ。俺の全てを尽くして、今目の前にいるコイツに勝たなきゃ、意味がねぇんだ。

 

 

 俺自身、スポーツマン気取って、律儀に言葉遣いや行動を気にした時期もあった。

 楽しかったさ、勝った時は色んな人に喜ばれて、負けた時は色んな人に慰めや激励を貰った。

 けれど俺は、そんな言葉を貰えるような聖人じゃねぇ。心の内じゃ相手をボロカスに言っちまう人間だ。そんな言葉を貰う資格なんざ微塵もねぇ。

 だから、そんな品行方正な態度は止めた。勝ったら調子のいい俺をバカにして、負けたら俺の悪口を言ってくれた方が、俺自身の気が楽だし、何よりそっちの方が面白い。こんなプロ、どこにも居ねぇからな。

 

 

白銀(テメェはどうなんだよブリカス。そんな猫かぶって楽しいか?あ?)ニヤ

 

 

ケイン「.........っ」

 

 

 俺もテメェも同類なんだよ。ただ人より身体を動かせるだけのバカだ。

 けどよ、品行方正な態度とって、自分の印象良くするより、バカはバカなりの立ち回りってもんがあんだろ?

 例えばよォ.........!!!

 

 

白銀(世界中の奴らに指さされながら笑われたりとかなァッッ!!!)バコンッ!!!

 

 

ケイン「くっ.........!!」ポコンッ!

 

 

 懇親の力を込めたサーブを奴が弾き返す。想定よりボールがずっと重かったのだろう。顔を歪ませて打ち返す姿がいい気味だ。

 

 

白銀「オッラァブリカスァ!!!漢字も読めてねェだろぉからなァッッ!!!白銀翔也って書いてなんて読むか知らねェだろッッ!!!」

 

 

 奴の跳ね返したボールを懇親の力でまた返す。どうやら俺の強さが予想外すぎて、身体のギアを上げきれてねぇらしい。

 押すならここだ。コイツからセットを取るためには今ここしかねぇ。

 

 

白銀「良いかァッ!白銀翔也と書いてッッ!!!『なんでも出来る』って読むんだッッ!!!」

 

 

ケイン「なっ.........!!?」

 

 

 俺のスマッシュが奴のラケットすら弾いて、相手側のコートにバウンドした。一点、大きな一点だ。

 

 

ケイン「.........盗人が」

 

 

白銀「おいおい、責めて[要領がいい]って事にしてくれよ」

 

 

 この2セットで奴の動き方も大分覚えてきた。身体の動かし方なんざ見るだけでなんとでもなる。

 

 

 そして、セットは遂に5セット目を迎えた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「すげぇ.........!!」

 

 

ウララ「社長カッコイー!!!」

 

 

 テレビに映し出される白銀の試合。最初こそやられっぱなしではあったが、今は破竹の勢いで世界一位を圧倒している。

 行ける。そう思える程に、白銀はこの試合で異常な成長を遂げていた。

 

 

タキオン「彼の身体の可能性.........興味深いね。机上の空論を常に最速、そして精密に出している様にすら見えてくるよ」

 

 

黒津木「それが[不可能を可能にする男]の本領だ。可能性さえあれば机上の空論だって何とかしちまう奴なのさ、白銀翔也って奴は」

 

 

 そう言って麦茶を口に含み、味わうように飲む黒津木。タキオンはその言葉を聞いてどこか納得したように、そして楽しみができたような顔でテレビに視線を戻した。

 と言うより君たち距離近くないか?距離を取れ距離を、仮にも教職者と学園生徒だろう。

 

 

桜木(全くけしからんな)

 

 

デジ(同感ですな)

 

 

桜木(俺の脳内に直接入り込むな、ニュータイプか)

 

 

 思考に若干の介入を感じながらも、最後のセットが行われるテレビをもう一度見る。そこには先程の様な余裕そうな表情をした白銀は無く、焦りを感じているアイツ。

 そして、このような勝負事にはもう欠かせないと言っていいほど見慣れた、蒼い炎のようなオーラを纏ったケインズ・マーカーがそこに居た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

白銀(けっ、ようやく本性見せてきやがったな.........!)

 

 

 現在、5セット目の2ゲーム目。さっきまで苦虫を噛み潰したような顔してやがった癖に、今じゃケロッと忘れたようにしかめっ面してやがる。

 

 

ゴルシ「白銀.........!」

 

 

 バカ女の声が聞こえてくる。観客席に居るはずなのに、すぐそばに居るみてーに耳に届いてくる。

 心配すんな、お前が考えてるような事は負けようが起きやしねえよ。コイツに負けちまっても、意気消沈して廃人紛いになったりする訳ねぇ。お前が居てくれるだけで俺は.........

 

 

白銀(.........クソ、何弱気になってんだよ俺は.........!!)

 

 

 過ぎった考えを振り払うように頭を振る。こんな所で負けらんねぇって決めたのは俺だ。他の誰でもねぇ。いいのか白銀翔也。お前の欲しいもん、手に入んねぇぞ。

 

 

 そうは思っていても、時が過ぎれば既に点は0-40。次奴が点を取れば、この勝者は運命のまま、奴になってしまう。

 

 

ケイン「.........」

 

 

 

 

 

 ―――認めたくはなかった。だが、奴は天才だ。1セット目、2セット目と俺の動きを盗み、3セット目でそれを実践させてきた。俺ですら、そんな芸当は出来ない。

 それでも、勝敗は別だ。慣れない動きの中で動いてきた貴様の体力はもう、底を付いている。勝負はありだ。このサーブを打った後、ラリーを数回続けてしまえば終わりだ。

 

 

ケイン(いい加減に眠れ.........!!盗人が!!!)

 

 

 強めのサーブを打ち出す。今までの選手人生で一番と言ってもいいほど強いサーブを打てた。そう思える程に、ボールは風を斬る音を出しながら奴へと向かっていく。

 

 

 一回目。俺から盗んだ動きでサーブを打ち返す。想定済みだ。俺もそれに応え、スライスで打ち返す。

 

 

 二回目。俺のスライスを見て反応した奴は前へと詰め寄り打ち返す。逆方向に回転を掛けられた玉はバウンド直後の推進は弱い。奴はドロップショットでネット際へ落としてくる。俺はそれを見てパッシングショット。ネット際にいる奴の横を撃ち抜く。

 

 

 三回目。よく反応出来たものだ。奴は横に抜けていくボールに手を出してきた。そして、それを俺の方に返してきた。賞賛に値するだろう。シロガネショウヤ。貴様は、俺の人生の中で一番強い選手だった。他の誰よりも.........!!

 

 

 だが、これで終わりだ。ウイニングショット。 つまり、俺の切り札をここで使わせてもらう。かの有名な日本人選手、ニシコリケイも使ったと言われるジャックナイフを、俺は奴のコートに叩き込んだ。

 

 

白銀「しま―――っ、チィッ!!!」

 

 

 いい反応だ。だが、追いつくことは無いだろう。これで、お前の負けは確定だ。シロガネショウヤ。その名を永遠に、俺は忘れることは無いだろう.........

 

 

 

 

 

 ―――負ける。間違いなく、俺は奴に負ける。最初から決まっていたように、神様がメモ帳の端っこに書いていたように、雑に決まっちまう。

 悔しい。けれど、そう思う程に自分を褒め称える自分がいる。よく頑張ったと、あそこまでバカ女に結末を言われて、よく互角まで渡り合えたと.........

 

 

白銀(.........ホント、よく頑張ったよ)

 

 

 言いたいことも言えない。けれど、それは俺の頑張りが足りなかったからだ。バカ女に伝えることの出来なかった心の内は、死ぬまで墓に―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――なよ.........!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「諦めんなお前ェッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

白銀「ッ!!?この声.........!!?」

 

 

 その時、よく知っていた声が、観客席の方から聞こえてきた.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゴルシ「.........白銀」

 

 

 聞こえてくるアイツの息遣いが、どんどん苦しいものになってきてる。それなのに、あのケインズは寧ろ落ち着いた様子で玉を打っている。しかも、身体にはあの青白い炎見てーなオーラを出して.........

 やっぱ、無理だったのかもしれねー。けれど、ここで負けたとしても、白銀の奴はきっと廃人になったりしねーだろう。アタシは頭ごなしにそう、無理やり自分を納得させていた。

 その時だった。

 

 

「お嬢さん、もしかして翔也のお知り合い?」

 

 

ゴルシ「.........?誰だおっちゃん」

 

 

「僕はあの子のテニスの先生さ!もしかして、諦めようとしてる?」

 

 

ゴルシ「!?」

 

 

 図星だった。隣に座ってきた顔も名前も知らねーおっちゃんは、一目でアタシの考えている事.........いや、アタシですら気付かなかった自分の考えを、一発で看破してきやがった。

 

 

「そうだよね。皆そうなんだ。無理だなぁ、勝てないなぁって思うでしょ?」

 

 

「けどさ!!そういう時こそ!!ガッツなんじゃないか!!」

 

 

「ほら!!!君も応援して!!!翔也にパワーを送るんだ!!!」

 

 

 何言ってるんだこのおっちゃん.........なんて、最初のうちはそう思ってた。けれど、不思議とこの人の熱に、アタシも当てられたみたいで、自然ともう、負ける気なんて起きる気配はなかった。

 

 

「よし!!俺と一緒に翔也を応援しよう!!!合言葉は!!ネバーギブアップッ!!!」

 

 

ゴルシ「っ!!!おっっっしゃーーーーー!!!!!なんかわっかんねーけど!力が腹の底から湧いてきたぜー!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうしてそこでやめるんだそこでェ!!!」

 

 

「もう少し頑張ってみろよ!!!」

 

 

「ダメダメダメダメ諦めたら!!!」

 

 

「周りのこと思えよ!!応援してくれてる人達の事思ってみろって!!!あともうちょっとの所なんだから!!!」

 

 

 昔から変わらない大きな声が、俺の耳に入ってくる。その声のお陰だろうか、届かないと思っていたボールに、ラケットの端が引っかかる所まで到達する。

 ここまで来れば十分だ。ここからボールを打ち返すことはもう、今まで散々やってきた。

 

 

白銀「ッッ!!!」ポコンッ!

 

 

ケイン「っ!!?なにィィィ.........!!?」

 

 

白銀「へへ.........これで、アドバンテージに一歩近づいたな.........!」

 

 

 観客席を振り返ることはしない。そこに誰がいるかなんて、もう分かり切っている。

 何より、今の若干疲れちまったような格好悪い顔、バカ女には見せたくねぇ。

 

 

白銀「.........テメェは、大切な人とか、先生とか居るか?」

 

 

ケイン「.........何を言うかと思えば、そんなものはテニスに必要ない。強いて言うならば、計算を出すコンピュータが私の先生だ」

 

 

白銀「へへ.........なるほど、じゃあ俺の勝ちは安寧だって事だな」ニヘラ

 

 

ケイン「っ.........」

 

 

 このセットに入って、奴はようやく表情を崩した。仮面の内側にある素顔をようやく、俺は歪ませることが出来た。

 それでも、まだ足りねぇ。今のこの瞬間は、[奇跡]が見えただけなんだ。俺はまだそれを掴んじゃいねぇ。

 俺は腰から垂らした汗を拭くための手拭いを頭に巻いた。かつて、先生がそうして試合をしていたように、気を昂らせるために。

 

 

 そして俺は、いつも何となくで掴んでいた[奇跡]を、がっしり掴み取るために、言い放った。

 

 

白銀「さぁ来いよ。誰がテメェの応援してるかも分かんねぇ自己陶酔野郎.........!!」

 

 

白銀「今の俺は.........いや、俺達は.........ッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「奇跡だって超えてるんだぜェッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日。イギリスのオルダニー空港

 

 

ゴルシ「.........これでよし、っと」

 

 

 飛行機を待つ傍ら、アタシはウマフォンの充電器を差し込む部分にある機械を差し込み、ある人物にメッセージを送った。これで一つ肩の荷が降りた。

 そう思っていると、アタシの前を日本人の団体客が横切ろうとする。そのうちの一人の女性がアタシに気付いて、近寄ってきた。

 

 

女性「あらゴルシちゃん!!昨日は美味しい焼きそばありがとうね!!」

 

 

ゴルシ「良いってことよ!!また食いたくなったらトレセン学園に来てくれよな!!顔パスで通すぜ!!アタシが!!」

 

 

 そう言うと、その人は明るい笑顔でお願いするわねと、アタシに頭を下げた。

 白銀の奴が最後のポイントをスマッシュで制した時、丁度近くにいた団体客が今の人達だ。祝勝会をやるだかなんだか言ってたから、せっかくだからアタシが焼きそばを作ってやるって言うと、滅茶苦茶喜んでくれんたんだ!!

 

 

女性「それにしても悪いわぁ、買出しに行ってたせいで勝者インタビュー見れなかったでしょ?」

 

 

ゴルシ「いいんだよ!!どーせアイツのことだからろくな事言わねーって!!」

 

 

 そう、アタシは白銀の勝者インタビューを見てねー。買い出し行ってたからな。けれど、祝勝会の時はなんかこう、皆の視線が変だった気がする。

 別に嫌な感じとかじゃねー。優しいような、申し訳ない様な視線だった気がする。

 

 

女性「私たちは次の飛行機で帰るけど、ゴルシちゃん暇ならこの動画みて!!それじゃあまたね〜!!」

 

 

ゴルシ「お、おう.........?」

 

 

 すげー嵐みてーな人だったな.........手を振りながら帰っていくあの人たちに向かって、アタシも手を振った。

 どーすっかなー.........パズルも飽きちまったし、見ても良いんだけど、どーせヒヤヒヤさせるようなことしか言ってねーんだろー?

 そう思いながら、アタシはあの人と交換した連絡先から、動画のURLを開いた。

 

 

「白銀選手!!!優勝おめでとうございます!!!」

 

 

白銀「ありがとうございます」

 

 

ゴルシ「ぷふっ!なんだよコイツ.........猫かぶってんじゃん.........」

 

 

 マイクを前に、深々と今居る人達全員に向けて頭を下げる白銀。なんか、試合する前より.........っつーか、試合の時より緊張してねーか?

 そういえば、勝った時ちょっとしか居なかったけど、コートの上で色々な人にお辞儀してたな。アイツ。意外といい所あるかも.........って

 

 

ゴルシ(なんでそういう方向に行っちまうかなー!!!もう!!!)

 

 

 落ち着け、相手はあの白銀だぞ!!?アタシはどっちかってーとアタシに振り回されても動じなかったり、色んな所に連れてってくれたり、シャツをビリビリに引き裂かれても文句言わねー奴の方が.........

 

 

ゴルシ(.........あれ?)

 

 

「白銀選手!今大会の優勝で世界ランクが一位になりました!!その勝因はなんだと思いますか?」

 

 

白銀「.........奴はテニスを愛した。俺は、一人の女を愛した。ただそれだけです」

 

 

ゴルシ「は.........?」

 

 

 その言葉を聞いて、頭が真っ白になった。まるで頭からロードローラーを落とされた見てーな衝撃だった。

 なんだよ、ちゃんとアタシ以外に相手が居るんじゃねーか。良かった、安心した.........流石にあんな変な奴を好きになっちまったら身が持たねー所だったぜ!!!

 だからよ.........

 

 

ゴルシ(止まってくれよ.........!!!)

 

 

 苦しい。切ない。寂しい。寒い。居て欲しい。居て欲しくない。そんなどうにもならない感情が、全部溢れ出すように、アタシの目から何かが止まらなかった。

 あの時なんかより比にならないくらい、何かが胸を締め付けた。けれど、それなのに中にある物はぽっかり、ドーナツみてーな空洞で、スカスカになっちまった気分だ。

 

 

「で、では次にケインズ選手と対戦する機会は.........」

 

 

白銀「ない!俺は今日を持ってテニスを引退する!!!」

 

 

「「「「「えぇぇぇぇ!!!??」」」」」

 

 

ゴルシ「な、はァァァァァ!!!??」

 

 

 そんな気分すらぶっ飛ばしちまうくらいの、大胆発言を白銀は会見でぶちかましてた.........いや、ヤバすぎんだろ!!!

 .........でも、どうしてあの女の人はアタシにこれを見せたかったんだ.........?そう思っていると、画面の白銀はマイクを持ち上げて、コートの方まで走って行きやがった。

 

 

白銀「聞こえっかーーーバカ女ァァァ!!!」

 

 

ゴルシ「!!?」

 

 

白銀「オマエのお陰で!!!俺はアイツに勝つことが出来たーーー!!!これから言うことを聞いてたら!!!そこから返事してくれーーー!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「好きだーーー!!!!!結婚を前提に!!!俺と焼きそば専門店を切り盛りしてくれェェェェッッッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゴルシ「」

 

 

ゴルシ「.........え?」

 

 

ゴルシ「そ、は?嘘だろ.........!!?」

 

 

 思考が一瞬、止まった。次に動き出したのは、感情だった。嬉しい気持ちがどんどん身体の底から湧いて溢れて来て、アタシの身体だってのに、まるで制御が聞かないみてーに、身体に力が入らなかった。

 涙が溢れてくる。さっきまでとは違う、嬉しくて嬉しくて、どうしようもねー時に出てくる涙。そんな涙がポロポロと、頬から自分の服に落ちて行く。

 

 

ゴルシ(.........なんか、ムカつく)

 

 

 アタシは自分勝手だ。そんなの、アタシ自信がよく知ってる。だから、人に振り回されるのは好きじゃねー。

 面倒臭いのは自分でも分かってる。けれど、今この告白を全部受け取る事はアタシの負けだ。

 

 

白銀「.........あれ?」

 

 

「.........反応、ありませんね」

 

 

白銀「.........」

 

 

 だから、この告白は受け取らねー。

 

 

ゴルシ「.........そろそろだな」

 

 

白銀「ごめん!!!今の引退!!!やっぱなし!!!編集で消して!!!」

 

 

 画面の中で記者たちがズッコケる姿を見収めてから、アタシはウマフォンの画面を暗くした。

 オマエの告白は凄かった。けれど、アタシはまだそれを受け取れねー。こんなデケーことしたんだ。アタシもそれなりの事しなきゃ気がすまねー。

 

 

ゴルシ(.........ぜってーアタシから告白し返してやる)

 

 

 そう決意を胸に、アタシは自分の乗る帰りの飛行機に乗り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ......To be continued



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タキオン「そうかそうかつまり君はそういう奴だったんだな!!!契約破棄も辞さない!!!」

 

 

 

 

 

 暑さも厳しい8月を何とか乗り越え、既に時期は過ごしやすい10月の季節。俺は今しがた、パワートレーニングを終えたマックイーンにタイムを測りたいと申し出た所だった。

 

 

マック「ええ、構いませんわ」

 

 

桜木「ありがとう。このタイムを参考に秋の天皇賞までのトレーニングを組むつもりだから、走った時の体調も意識して後で教えて欲しい」

 

 

マック「分かりました。では、行って参ります」

 

 

 トレーニングコースに入り、走る体勢を整えたマックイーン。腕を振り下ろすのと同時に彼女は走り出し、ストップウォッチも動きを見せる。

 

 

桜木(.........心配だな)

 

 

 つい最近行われた記者会見、分かっていたことではあったが、彼女は大きな期待を背負っている。意識していたのかどうかは分からないが、それを浮き彫りにされ、直視せざるを得ない状況に立たされた際、彼女はなんとも言えない顔をしていた。

 彼女が緊張で失敗する事はないだろう。だが、舞台というのは想定外が必ず起きる。練習を何百回、何千回としても、本番は一回きり。本番で起きる失敗は、本番でしか起こらない。俺はそれをよく知っている。

 

 

桜木(.........って、今俺が悩んでも仕方ないよな)

 

 

 悩みに霞む思考の陰りを振り払いながら、俺は走りきったマックイーンのタイマーを止めた。

 

 

桜木「.........うん。この調子を保てばトレーニングで何とか行けそうだ。マックイーンは?どこか体調に違和感とかある?」

 

 

マック「いえ、特にはありません。それよりトレーナーさん。もう一本走りたいのですが.........」

 

 

タキオン「おやおや、精が出るねぇマックイーンくん」

 

 

 俺がマックイーンと話している所を、背中側からストップウォッチを覗き込むようにして出てくるアグネスタキオン。今日はそのねじ曲がった根性を叩き直すためにタイヤ引きをお願いしたんだが.........

 

 

桜木「お前、トレーニングは?」

 

 

タキオン「いやぁ、私がタイヤ引きをしていると、ウララくんがどうしてもやりたいと言うんでね。変わってあげたんだよ」

 

 

桜木「見張りのデジタルは?」

 

 

タキオン「不意に人肌恋しくなって抱きついたら昇天したよ」

 

 

桜木「なんてことを.........」

 

 

 優しいだろう?と言うような顔を見せてくるタキオン。タイヤ引きのコースを見てみると、ウララがライスやブルボンと一緒にタイヤを引いていた。因みにデジタルは跡形もなく消え去っていた。

 おかしい.........あの子達、今日はスタミナトレーニングで沖野さん達と一緒にプールに行ってた筈なのに.........

 

 

タキオン「プールの温度管理システムを誤ってブルボンくんが触ってしまったみたいなんだ。治るまではスタミナトレーニングは出来ないよ」

 

 

桜木「なんてことを.........」

 

 

 マジでブルボンのマシンキラー特性は何とかしなければいけない。今はいいかもしれないが、社会に出た時にパソコンも触れないようじゃ大変だ。それに今やお料理もIHとかいう電子化で機械が主流になりかけている。

 どうしたものかと考えあぐねていると、ふと耳に空腹を伝える音が入ってくる。俺は思わずマックイーンの方を見た。

 

 

マック「.........」

 

 

桜木「.........」

 

 

マック「.........なぜ、私の方を?」

 

 

桜木「い、いや、こういう時は大体マックイーンかなってででででで!!??」

 

 

 手首をひねりあげられた。久々の彼女からの攻撃。嬉しいやら痛いやら。しばらくして離された手を解しながら、今度はタキオンの方を見た。

 

 

タキオン「お腹が空いたね」

 

 

桜木「お前.........女の子なんだから恥じらいを持ちなさいよ」

 

 

タキオン「トレーナーくん、因みに今日は晩御飯を用意する予定はあるのかい?」

 

 

桜木「お前のせいで今出来たよクソが。俺は出前館じゃないんだぞ」

 

 

 この子、俺が断れない性格なのを知った上でこう聞いてくるからタチが悪い。まぁ、マックイーンの天皇賞も近い事だし、俺が用意できるのなら好都合だ。今回はその話に乗ることにしよう。

 

 

タキオン「最近寒いからねぇ。今日は洋食の気分だよトレーナーくん」

 

 

桜木「じゃあシチューだな」

 

 

マック「シチュー!!」

 

 

二人「.........」

 

 

マック「.........ハッ!コホン」

 

 

 嬉しそうな声を上げたマックイーンの方向を二人で見ると、慌てて冷静を取り繕うマックイーンの姿が見えた。別に今更キャラ作らんでも君が美味しいもの好きなのは皆にバレてるのに.........

 取り敢えず、いつも通り体調不良の子が居ないかクーラーボックスを代車で運びながら見回っている黒津木からドリンクを貰い、マックイーンに渡して上げた。

 

 

タキオン「シチュー.........良いね。この少し肌寒い季節にピッタリだよ」

 

 

桜木「だよな、ご飯にかけて食うとさらに美味い」

 

 

タキオン「は?????????????」

 

 

 うわ、お前マジ?みたいな顔してますけど、なんすか?まるで俺がたい焼きを頭からでもしっぽからでもなく腹から、しかも餡子を手でほじくり返して食べるという誰がどう見ても意思の無いものを可哀想に思える食べ方をしてるみたいな目で見てきた。そんな食べ方球磨川くんしかしないんだよ。

 

 

タキオン「君は!!!ご飯の上にシチューをかけるのか!!?非常識も甚だしいぞ!!!契約破棄も辞さないッッ!!!」

 

 

桜木「えぇぇ!!!!??」

 

 

 あまりに大事になってきたぞ.........!!お前がそんな大声で叫びあげるからウチのチームどころか、他のトレーニングしている人達にまで聞かれてるじゃないか.........!!

 ザワザワとしはじめた中で、俺の肩を誰かにトントン、と叩かれる。振り返ってみると、そこには仏頂面のダイワスカーレットが腰に手を当てて立っていた。

 

 

ダスカ「ちょっと!!!アンタタキオンさんに何したのよ!!!!!」

 

 

桜木「いや、俺はただご飯の上にシチューをかけると言っただけで.........」

 

 

ダスカ「.........へ?」

 

 

タキオン「あまりに非常識だろトレーナーくん!!!いや、桜木くん!!!シチューと!!!ご飯は!!!別で食べるんだ!!!カレーライスとはわけが違うんだよ!!?」

 

 

マック「す、少しは落ち着いて.........」

 

 

桜木「っ!!お前はかけて食うよなァ!!?宗也ァ!!!」

 

 

黒津木「ただいまを持ちましてご飯にシチューかけない教に改宗しました。二度と話しかけるな異教徒」

 

 

桜木「クソァッ!コイツはタキオンの手先だ頼った俺が間違いだった!!!」

 

 

マック「収拾がつかなくなりましたわ!!!」

 

 

 こうなったらコイツらに聞いていくしかない!!!そう思った俺はまず手始めにタイヤを引いているウララの方へ出向いた。

 三人はビックリしたような顔で俺の方を見る。当たり前だ。全力疾走で来たんだから何があったのかと思うに決まっている。

 

 

桜木「ウララ!!ご飯にシチューかけるか!!?」

 

 

ウララ「かけたことない!!!けど美味しそー!!!」

 

 

桜木「どっちだー???」

 

 

タキオン「やろうとしなかったんだ。彼女は常識を守ったに過ぎない。つまりこちら側だ」

 

 

黒津木「ようこそ、ご飯にシチューをかけない教へ」

 

 

 掴んだウララの肩をタキオンに引き離され、よく分からない顔をしたウララとニンマリとした笑みを見せるタキオン。黒津木はもうなんかよく分からないキャラになっている。

 

 

桜木「ライスは!!?」

 

 

ライス「か、かけないかな?」

 

 

桜木「出ろぉぉぉぉ!!!ブルボーーーーンッッ!!!」パチンッ!

 

 

ブルボン「シチューはパンの方が美味しいです」

 

 

 まさかの新たな宗派が誕生してしまった。シチューはパン教。意外にありというか普通にありだ。俺もそっちに改宗しようかな?

 そう思っていると、着いてきたスカーレットにタキオンは質問を投げかけていた。

 

 

タキオン「もちろん、スカーレットくんはご飯にシチューなんか、かけないよねぇ???」

 

 

ダスカ「.........ごめんなさい!!!」

 

 

タキオン「えーーー!!!??」

 

 

桜木「いや、別に対立してるわけじゃないんだから、わざわざこっちに来なくても.........」

 

 

 俺の背中に隠れるようにスカーレットはこちら側へとやってきた。完全な味方だと思い込んでいたタキオンはそれを見てショックを受けていた。

 

 

黒津木「あ、うちの宗教は掛け持ち可なので」

 

 

桜木「どういう事???」

 

 

 宗教で掛け持ち可って何?オマエのその優しさが過去の人にあったら今ある戦争は半分くらい無くなると思うな俺。

 いや、そういう事を考えている場合ではない。これは戦いだ。シチューをご飯にかけるかかけないかを天秤にかけた熱き戦いなのだ。

 

 

桜木「マックイーン!!!」

 

 

マック「ひゃ!!?な、なんですか.........?」

 

 

タキオン「君はどっちだい!!?もちろんメジロのお嬢様である君はご飯にシチューなんかかけないよねぇ!!?」

 

 

黒津木「かけててもいいよ」

 

 

 優しいフォローをマックイーンにかける黒津木。チームに軋轢が生じないためだろう。わかったから俺にサムズアップを向けるのをやめろ。

 しばらくどうしたものかと言うように悩んでいたマックイーンだったが、意を決した様な表情をすると、俺とタキオンの間から俺の方へと移動してきた。

 

 

桜木「マックイーン.........!!」

 

 

タキオン「そんな.........」

 

 

マック「も、申し訳ありません.........実は幼い頃、カレーライスの様に食べたら美味しいと思い.........今も、偶に.........うぅ」

 

 

 恥ずかしそうに手で顔を隠す仕草をして、マックイーンは俺の後ろに着いた。これでかける派三人、かけない派四人、パン派一人に別れた。

 

 

桜木「.........取り敢えず、今日はシチューだ。かけるのが嫌なら別の皿に「―――だ」え?」

 

 

タキオン「.........まだ終わってない」

 

 

 俯いたままそう口走るタキオン。表情はここから見えないが、その声の感じから穏やかでは無いことは確かだった。

 ちょっと心配だな.........そう思って近づいてみると、タキオンは勢いよく顔を上げた。その表情は納得のいかないという感情を全て詰め込んだような不機嫌な顔だった。

 

 

タキオン「ここまで拮抗しているのはおかしい!!!」

 

 

タキオン「よってこれから全生徒にシチューをご飯にかけるかかけないかを聞くべきだと私は思う!!!」

 

 

全員「な、なんだってーーー!!???」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 トレーニングコースにて、ボクことトウカイテイオーは、菊花賞に向けて筋力トレーニング!!ゴルシも手伝ってくれてるんだ!!

 今日、トレーナーに出されたトレーニングの半分がやっと終わって一息ついてたら、遠くでなんか騒がしい音が聞こえた。その方向を見ると、サブトレーナー達がまた何かやってた。

 

 

テイオー「あれ、何やってんだろ?」

 

 

ゴルシ「さーなー。どーせおっちゃん達の事だからシチューを飯にかけるかかけないかで揉めてんだろ」

 

 

テイオー「もー!!そんなわけないじゃ「シチューをご飯にかける生徒はモルモットくんに自分の名前を書いた紙を渡したまえ!!!」.........」

 

 

 ボクは思わずゴルシの方を見た。すると、言った通りだったろ?って言うみたいに、フンって鼻で笑ってきた!!

 もう!!そんなことしてるなんて誰も分からないじゃん!!そう思ってると、タキオンの方に名前を書いて紙を出した白銀社長が見えた。これはもう、からかうしか無いよね♪

 

 

テイオー「ゴルシ!!!」

 

 

ゴルシ「あ?なんだよ?」

 

 

テイオー「.........あれ?」

 

 

 どうしたんだろう?いつもだったら顔を赤くして動揺するのに.........

 そんな事を考えてると、ゴルシはどこから出したのか分からないけど、紙に自分の名前を書き始めてた。もしかして.........

 

 

ゴルシ「おっし!!アタシもあのジハードに飛び込み参戦してくるぜ!!!カレーはご飯にかける派としてなー!!!」

 

 

テイオー「ううぇぇ!!?それは逆に普通.........あ!!!待ってよゴルシー!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 体育館。

 

 

桜木「おお.........ぎょうさんいらっしゃる.........」

 

 

タキオン「将棋トレーニングやパワートレーニングに励んでいる子も居るからね。手間が省けて助かるよ」

 

 

 いや、それはもちろんそうだが、大半はスタミナトレーニングが出来ないせいもあるだろう。ブルボンは察しているのか、表情は変わらないまでも、耳やしっぽが心做しかしゅんとしている。

 

 

ライス「あっ!スズカさんやスペシャルウィークさんも居るよ!」

 

 

スペ「うぅ.........何回やってもグラスちゃんに勝てない〜.........」

 

 

エル「フッフッフ.........スペちゃんがグラスに勝とうなんて百年早いデスね!!」

 

 

グラス「エルもそれくらいかかりそうですけどね」フフ

 

 

 怖いなぁあそこ。特にグラスワンダー。この前の合同練習の時なんで追いかけ回されたのか分からないし、聞いた時も何か悪い事をしてそうとかそういう思い込みだったし.........いや、実際トレーニング中に腕相撲とか言うトレーナー失格行為はしっかりとしていたけども.........

 まぁとにかく今はまだ大丈夫だろう。不穏な時は無双OROCHIのキャラ選択画面のBGM聞こえるし、怒ってる時は呂布のテーマ聞こえてくるから。

 ホッと息を吐きながら、パワートレーニングに励んでいる子達の方を見る。

 

 

「見てくださいキングさん!!こうすると楽に雑巾がけができますわ!!!」

 

 

キング「カワカミさん?ち、ちょっと力をセーブした方が良いと.........」

 

 

 そんなキングヘイローの制止も空しく、カワカミと呼ばれた子は雑巾がけの体制で地面を一蹴りした。

 その瞬間、まるでロケットが点火したような爆音と共に、気がつけば端まで到達しているカワカミの姿があった。

 

 

桜木「」

 

 

タキオン「ふぅン。彼女からは並外れたパワーを感じるねぇ、今度被検体として―――」

 

 

桜木「やめろォ」

 

 

 エクスクラメーションマークすら付ける気力も湧かない。なんなのだあのパワーは、体育館の床が焦げ付いているぞ。

 いやよく焦げ付きだけで済んだな。あの音からしたら床が抜けて無くちゃおかしい.........でも良く考えればウマ娘が運動する為に建てられた体育館。心ゆくまで身体を動かせるよう作られているのは当たり前で、あれくらい耐えきらなければ機能しないのかもしれない。

 そう思っていると、もう一度爆発音にも似た音が傍で聞こえた。

 

 

「ほんとだぁー!!カワカミちゃんの言う通りこれなら楽だねー!!」

 

 

カワ「フフフ!アケボノさんも素敵なお姫様になれますわね!!」

 

 

 向かい側の壁では小柄なカワカミと言う子とすっごくでかい(マジででかい)アケボノと呼ばれた子がハイタッチしてた。衝撃波が飛んでくるんじゃないかと身構えたが、そんなことは無かった。

 

 

「い、いくら魔法を使ってもあれはムリよ.........」

 

 

「私達は普通にやりましょうね.........スイープさん.........」

 

 

 まだ俺達の傍の壁に居る二人は、冷や汗を流して二人を見ていた。俺も言葉には出さないがそれをオススメする。

 焦げ付いた体育館の床を見ていると、不意にライスが二人を見て声を上げた。

 

 

ライス「あ!ロブロイさんとスイープさん!」

 

 

桜木「?知り合いか?」

 

 

ライス「うん!図書室でよく会うの!ロブロイさんは図書委員なんだよ?」

 

 

ロブ「ライスさん!どうしたんですか?」

 

 

タキオン「実はある重要な統計を取ろうと思っていてね。君達も協力してくれるかい?」

 

 

 ずいっと前に躍り出るようにして登場するタキオン。二人ともギョッとしたように身を引いたが、大切な事だと思ったのだろう。話を聞くような体制に入る。

 因みに将棋や雑巾がけしている他の子達も集まって来た。そんな大袈裟な話では無いんだけど.........

 

 

ロブ「ま、まず自己紹介からした方が良いですよね?ゼンノロブロイって言います」

 

 

スイ「スイープトウショウよ!!」

 

 

ボノ「あたしはヒシアケボノって言うの!!」

 

 

プリ「カワカミプリンセスと申しますわ!!」

 

 

桜木「情報量が!!情報量が一気に!!!」

 

 

 頭を抱えて必死に名前と顔を一致させる。実は俺、人の名前を覚えるのは苦手な方なんだ。顔を覚えるのは得意なんだが.........

 

 

グラス「グラスワンダーです♪」

 

 

桜木「はじめましてですね」

 

 

 ドゥルルルルルルン♪

 やばい、ちょっとふざけたらすぐ無双OROCHIのBGM流してくる。他の子は反応してないから多分俺しか聞こえてない。怖いよグラス。

 

 

エル「それでどうしたんデスか?」

 

 

桜木「いや、非常に言い難いんだけど、シチューをご飯にかけるかって言う話で.........かける人は俺の所に名前を書いた紙を渡して欲しいんだ」

 

 

タキオン「かけない崇高な者達はぜひ私の元へ!!!」

 

 

黒津木「あ、別にかけてもかけなくても良いからね?統計だから」

 

 

 相変わらずフォローがありがたい。とりあえず俺はそれぞれに紙を渡して少しの間待つことにした。

 

 

セイ「キングー、ご飯にシチューかけるー?」

 

 

キング「私はかけないけど」

 

 

プリ「え!!?か、かけないんですか.........?」

 

 

 うーん.........変な軋轢を産まないか本当に心配になってくる.........大丈夫だろうか.........

 そう思っていると、一番最初に名前を書いたスペシャルウィークが、俺の元にやってきた。

 

 

桜木「あー。スペはそうだよな」

 

 

スペ「ちょっと!!私をなんだと思ってるんですか!!?」

 

 

グラス「...」ニコリ

 

 

 キュイ〜〜〜〜〜ン♪

 やばい。呂布のテーマ特有のあのギターの音が聞こえてきてる。取り敢えず早めに弁解しなければ.........!!

 

 

桜木「い、いや!スペは俺と同じ北国育ちだろ?冬場とか水で洗い物するの大変だし、ご飯と分けたら洗い物も増えるわけで.........」

 

 

スペ「そうなんですよ!!お母ちゃんに教えて貰った生活の知恵です!!らいふはっく?って言うんですよね!!」

 

 

桜木「.........」チラッ

 

 

グラス「そうなんですかー。大変なんですねー。北海道って♪」

 

 

 ニコニコと俺に向かって話しかけてくるグラスワンダー。呂布のテーマからoptic lineに戻ってきた。何とか首の皮一枚繋げることが出来た.........

 そう思っていると、タキオンの方に一枚髪を渡した子がこちらに向かってくる。マスクを着けたエルコンドルパサーだ。

 

 

エル「フフン!やっぱりスペちゃんは田舎者デスね!!」

 

 

スペ「えぇ!!?ひ、酷いよ〜.........」

 

 

エル「ご飯は確かになんでも合いますが、流石にシチューかけるのはナンセンスデース!!」

 

 

タキオン「どうだいトレーナーくん?話の分かる子がこっちに来てくれたみたいだが?」

 

 

桜木「.........いやタキオン。こっちはどうやら三国志最強の存在が来てくれたみたいだぞ」

 

 

 ちょっと離れた所で言い合うスペとエル。その視線を奪うような形でグラスが俺とタキオンの方へと向かってきた。

 その紙をどちらに委ねるのか、そう考える時間もこちらには与えさせず、躊躇なく俺の方に紙を置いた。

 

 

桜木「意外だな。てっきりかけない派かと思ってた」

 

 

グラス「フフ♪桜木トレーナーさん。日本文化は昔から掛け合わす事で誕生してきました。私もそれに習うだけです♪」

 

 

 .........なるほど。ただの日本大好きオタク、という訳では無いらしい。このグラスワンダーという少女。日本の文化がどう成り立ったのかを本質的に理解している。

 米。それは日本人の芯、心と言っても過言では無い。その存在は、日本人の在り方をそのひとつで示している様に思えてくる。

 美味い米を作りたい。病気に強い米を作りたい。北海道でも育つ米を作りたい。それは元ある米よりいい物を作りたいという願いだ。そしてその為に、今ある米を掛け合わせる事から始まる。

 試行錯誤、何が良くて、何がダメなのか。その絶妙な掛け合わせを日本人は太古の昔から続けてきた人種なのだ。

 

 

桜木(.........まぁ、日本人ですら引くほどに掛け合わせてしまう魔改造も世の中には沢山あるが)

 

 

グラス「エル〜?貴方にも日本文化をちゃんと体感させてあげますよ〜?」

 

 

エル「ケッ!?な、なんか甲高いギターの様な音が.........」

 

 

 おー。聞こえるのか?それ、呂布のテーマだから相当キレてるぞこの子。

 さて、どこからともなく納豆を取り出してエルを追いかけ回し始めたグラスの事は置いといて、票が集まって来たこっちに気を回そう。

 

 

桜木(ふむ。カワカミとスカイはこっちで、あとはタキオン側か.........ん?)

 

 

ボノ「ええっと.........うーん.........」

 

 

タキオン「おや?どうかしたのかい?」

 

 

 今体育館に居る全ての人が俺達に票を渡した。残っているのは今目の前で悩んでいるヒシアケボノが最後だ。

 どちらにしようか、と言うよりかは、この票は俺に入れていいのだろうか?と言うように悩んでいるようにも見える。タキオンはそれを見て、その疑問を問いかけた。

 

 

ボノ「その、ご飯にかけるって言うより、あたしは鍋にそのまま入れて煮込む方が好きなの.........」

 

 

桜木「.........シチュー雑炊かー.........」

 

 

タキオン「ふぅン.........これは厄介だねぇ」

 

 

 まさかその手があったとは.........これはなかなか難儀な.........いや?案外簡単な問題かもしれん。

 

 

桜木「シチュー鍋に入れて煮込む.........って事は、カテゴリー的には具材扱いみたいな所あるから、タキオンの方じゃないか?」

 

 

タキオン「良いのかい?私の方がリードを広げてるが?」

 

 

桜木「日本国憲法に則って信仰の自由を元に行動してんだよ俺は」

 

 

 アドバイスを出すと、ヒシアケボノはスッキリした表情でルンルンと紙をタキオンの方へ出してトレーニングへと戻って行った。

 ふむ。割と雲行きが怪しくなってきたな.........

 

 

マック「案外居ないものですわね.........」

 

 

桜木「美味しいんだけどなぁ.........」

 

 

ダスカ「本当よね.........」

 

 

 三人で一緒に溜息を吐く。タキオンがなんか申し訳なさそうな顔で俯いた。まさかスカーレットがここまで着いてくるとは思っても見なかったのだろう。

 だがまぁとりあえず乗りかかった船だ。片っ端から当たろうではないか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 体育館を後にした俺達は、とりあえず廊下でブラブラと宛も無く歩き回っていた。

 そうしていると、前方に三人組のウマ娘が歩いてきた。

 

 

桜木「お!そこの3人組さん!ちょいとアンケートにご協力お願いできます?」

 

 

「うむ。いいだろう.........おや?桜木トレーナー?」

 

 

桜木「.........?はい」

 

 

「ビワハヤヒデだ。妹のブライアンが世話になってる」

 

 

桜木「え、あっスー.........」

 

 

 髪がモフモフのビワハヤヒデはそう言いながら笑顔でその手を出してきた。握手のつもりなのだろう。

 一方俺の心境としては世話しているどころかこちとら命を助けてくれた恩人だ。そんな事で握手を求められても応えることは出来ない。

 

 

桜木「貴方の妹さんが生まれてきた事を心から感謝致します.........」

 

 

ビワ「?面白い人だな」

 

 

「なになにー!!ハヤヒデの知り合い!!?」

 

 

「チケット、うるさい」

 

 

 三人グループの中で中くらいの背丈のウマ娘が、俺の事を興味津々に見てくる。あまりに素早く俺の全身をくまなく見ようとしてくる為、顔を合わせるのは難しかったが、一番小さいウマ娘にジャージを引っ張られ、ようやく離れてくれた。

 

 

桜木「俺は桜木.........って言えば多分通じるよな」

 

 

チケ「あーー!!知ってるー!!この前模擬レース走ってた人でしょー!!?」

 

 

「いや、あれは模擬レースの後だから」

 

 

ビワ「あっ、そう言えばブライアンから借りたドラゴンボールのコミックスだが―――」

 

 

 おお、話が飛ぶな随分と。ていうかそう言えばブっさんに貸したドラゴンボールの原作。ビワさんに又貸しされてたんだよな。ようやく戻ってくる訳か―――

 

 

ビワ「今タイシンに貸している」

 

 

桜木「なんて?」

 

 

「え、あれこの人のなの?」

 

 

 グループで一番小さいウマ娘に指を指される。そうかそうか、君がタイシンか。どうやら俺のドラゴンボールが色々な人の手に渡っているらしい。知らない所で布教活動に貢献してるんだな。

 

 

タイシン「アレ、コイツが凄くオススメしてきて、うるさいから借りたんだけど.........ちゃんと読んでから返すから」

 

 

桜木「え、チケットも読んでたの?」

 

 

チケ「.........」ジワッ

 

 

全員「え」

 

 

 ニッコリと満面の笑みで笑っているチケット。しかし、その目からはじわりと何故か涙が溢れ出し始めた。まるで逆転裁判の2に出てくるアクロバティックの人みたいだ。

 

 

チケ「うわぁぁぁぁぁん!!!ドラゴンボールは感動したよぉぉぉぉぉ!!!」

 

 

桜木(えぇ!!?アレに泣く要素ある!!?)

 

 

チケ「悟空が一人で生活してる姿が感動したぁぁぁぁ!!!」

 

 

全員(そこ!!?)

 

 

 序盤も序盤だな!!!もっとあるでしょ!!!ピッコロ大魔王に登場人物殺されたりとか!!!じっちゃんと悟空の再会とか!!!もっと色々!!!

 .........ま、まあこの話は置いとこう。長くなりそうだ。俺もドラゴンボールは好きではあるが、大人だ。切り替えよう。

 

 

桜木「.........聞きたい事は一つだけだ。君達、ご飯はシチューにかける?」

 

 

三人「.........?」

 

 

タキオン「大切な事なんだ!!この紙に名前を書いて欲しい!!」

 

 

 三人は顔を見合わせてから、紙に名前を書き始めた。票が結構膨大になってきた為、かける派かけない派と書いたボックスを俺と黒津木、それぞれが持っている状態だ。そこに一人と二人、別れた状態で並んだ。

 

 

タイシン「は?」

 

 

二人「え?」

 

 

黒津木「あ、大丈夫ですよ。ただのアンケートなんで別に戦争とかする訳じゃ.........」

 

 

ゴルシ「おい皆!!!今やってるアンケート結果でシチューとカレーが判別つかない軍とシチューをシチューとしか見れねー奴ら軍に別れて戦争するみてーだから!!!投票してねー奴はさっさと投票しろよな!!!」

 

 

全員「.........」

 

 

 なんてタイミングで校内放送をかけて行くんだゴールドシップ。いやどうやって放送室をジャックした。それに遅れてテイオーの声も入ってくる。どうやら色々連れ回されているらしい。

 構内に設置されているスピーカーから視線を戻すと、またチケットが目に涙を貯め始めていた。

 

 

チケ「うぅ.........ごめんねタイシン.........アタシかけないから.........」

 

 

ビワ「タイシン.........」

 

 

タイシン「いや、アタシいざとなったら逃げるし」

 

 

 その言葉にホッとしたのか、二人はボックスの中に紙を入れた。それを見届けて、タイシンも紙を俺のボックスに入れる。

 

 

桜木「.........なんか、今更ながら結構大事になってきたな」

 

 

タキオン「いや、私もこうなるとは予想してなかったよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「つ、疲れた.........」

 

 

タキオン「中々均衡を保ってるけど、あと一人だけ残ってるね.........」

 

 

 ボックスの中身は丁度、1:1の割合で紙が入れられている。生徒会にも顔を出したし、図書室もビデオルームも顔を出した。

 最後の一人は今、カフェテリアに居るという情報通の関西ウマ娘から聞いた。ここでお昼を取り損ねた分を補給しているらしい。

 俺達は意を決して、その扉を開けた。

 

 

桜木「.........居た」

 

 

オグリ「.........?」モグモグ

 

 

 食べ物に関してはこのトレセン学園に彼女以上の重鎮は存在しないだろう。食べ物は彼女の為に存在していると言っても過言では無い。食べられている食材も心做しか嬉しそうに見えてくる。

 

 

食べ物「ありがとう」

 

 

桜木(うわ、声まで聞こえてきた)

 

 

 わざわざ食べられる食材の方から感謝を伝える声が聞こえてしまう程、いまカフェテリアの真ん中に座っているオグリキャップは、食べ物を愛してやまない存在だ。最早食事という行為は彼女にとって、食材を愛でていると言ってもいいだろう。

 

 

桜木「オグリさん。正直に答えてくれ。オグリさんの回答次第で俺達の勝敗が決まる」

 

 

オグリ「いつになく真剣だな。一旦ごちそうさまをした方が良いか?」

 

 

タキオン「構わないよ。ご飯の話題だからね」

 

 

 ご飯、という単語に耳を反応させるオグリさん。やはり、食に関しての話には目がないらしい。

 俺は慣れた手つきで白紙の紙を一枚取り出し、ペンと共にオグリさんの居る机に置いた。

 

 

桜木「オグリさんはシチューをご飯にかけるか?」

 

 

マック「.........」ゴクリ

 

 

オグリ「.........難しい質問だな」

 

 

 ナイフとフォークを一旦皿に置き、ペンを持って長考し始めたオグリさん。その真剣な姿。俺はあまり見た事がない。

 俺とタキオン、両方を交互に見て、静かに目を瞑るその姿は正に、戦略を考える軍師そのものだろう。

 

 

オグリ「.........よし」

 

 

ダスカ「!」

 

 

 意を決したのだろう。オグリさんは声を上げた。その声に期待するようにスカーレットは目を見開いた。

 だが.........オグリさんがとった行動は、予想だにしないものだった。

 

 

黒津木「ペンを.........」

 

 

タキオン「置いた.........!!?」

 

 

オグリ「.........私は普段。ご飯にシチューをかけないんだ」

 

 

桜木「っ、だったら―――」

 

 

オグリ「けれど、偶にかける。美味しいからな」

 

 

 ペンを置いたオグリさん。その両手にはもう一度ナイフとフォークを持ち、鉄板の上にある大きな人参ステーキを切り、口いっぱいに詰め込んだ。

 

 

オグリ「ゴクン.........食事の仕方は色々だ。どれが正しいかでは無い。どの食べ方が一番自分に合っていて、どの食べ方が一番食材を愛するかを探すのも食事の楽しみだ」

 

 

全員「.........!!!」

 

 

 .........侮っていた。今目の前に居る芦毛の怪物を、俺達は見くびっていたのだ。

 白いナフキンで口元を拭くオグリさん。その姿を見て、俺は自分が恥ずかしくなった。大人になる、という事は周りを気にするという事だ。俺はいつの間にか、自分の集めた常識という名の偏見を、人に押し付けていたのかもしれない。

 タキオンの方を見ると、アチラも同じ事を思ったのか、その目はどこか申し訳なさそうに俺の方を見ていた。もう、争う必要は無い。お互い手を取り合って、美味しいシチューを―――

 

 

 ぐぅぅううう.........

 

 

オグリ「.........シチューの話をしていたら食べたくなってきたな」

 

 

桜木「ああ、悪い。邪魔しちゃって。俺らはもう出て―――」

 

 

オグリ「待て」

 

 

 背中を向けたところで、オグリさんに呼び止められる。なんだろう。凄く嫌な予感がする。どんなものかと言われれば、いつもの様な大事に巻き込まれそうな.........そんな予感。

 

 

オグリ「実はマックイーンや他の子達から、桜木のご飯は美味しいと聞いていたんだ。ぜひその料理を食べてみたい。私にシチューを作ってくれないだろうか?」

 

 

桜木「.........ホッ」

 

 

 なんだ、そんな事か。そんな事だったらお易い御用だ。今回はどうやら、この百発百中の予感も宛が外れたらしい。

 

 

桜木「いいっすよ。食事の楽しみ方を思い出させてくれましたし、オグリさんの為なら―――」

 

 

 カランカラン.........

 

 

スペ「お腹がすきました〜.........あれ?サブトレーナーさん?」

 

 

桜木「」

 

 

 だいぶ疲れた様子のスペシャルウィークがカフェテリアに入ってくる。嫌な予感はこれだったか.........いや、うん。大丈夫。大食らいが一人増えたところで、結局やることは変わらな―――

 

 

スズカ「スペちゃん。まだご飯の時間じゃ.........」

 

 

チケ「シチューの話聞いてたらお腹すいちゃったー!!」

 

 

スイ「野菜は嫌いだけどシチューは好きよ!!」

 

 

 ガヤガヤガヤガヤ.........

 

 

桜木「」ダラダラ

 

 

 続々と集まってくるウマ娘達。しかもその声を聞いている限り、どうやら全員がシチューをご所望らしい.........

 俺は出口に向けた視線を、ギコギコと音を鳴らす様に首を曲げ、オグリさんに戻した。

 

 

オグリ「?作ってくれるんだろう?シチュー」

 

 

 [シチュー]。その単語が出た瞬間、酷く周りが静かになった。そして、全員の視線がもれなく俺に突き刺さる。

 まさか.........作れというのか.........?この人数を.........?俺が?

 無理だ。できっこない。だが、オグリさんに作ると言った手前、オグリさんには作らなければ行けない。そしてそれをしてしまえば全員にやってあげなければトレーナーとして、いや、人として失格になってしまう。

 

 

桜木「や、や.........!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やってやろうじゃねぇかこの野郎ォォォォォッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日、カフェテリアでは虚勢にも似た絶叫が響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「.........」

 

 

 秋の夜空と落ち葉が広がるトレーニングコース。赤と黄色が色めくこの地面も、朝になれば綺麗に掃除されると思うと、少し寂しくなってしまいます。

 

 

桜木「ここに居たのか、マックイーン」

 

 

マック「!.........トレーナーさん」

 

 

桜木「隣、良いか?」

 

 

 そう聞いてくる彼に、私は頷くことで肯定を示します。それを見て、ゆっくりと近付いてくる彼は、手を伸ばせば触れられる距離で止まります。

 二人の吐息が白く染められ、天へと昇っていく。それを見ているだけでなんだか、不思議と満たされてしまうのは何故でしょう?

 

 

桜木「美味しかった?シチュー」

 

 

マック「ええ、やっぱり貴方のご飯が無ければ頑張れませんわ」

 

 

 あの味を思い出すと、自然と頬が緩んでしまいます。彼の優しさが溶かされたような、そんな味です。

 カフェテリアでの食事は、いつもより賑やかで、あまり話した事が無い方ともお話をすることが出来ました。

 

 

ビワ『春の天皇賞、見事だった。秋も出るんだろう?期待している』

 

 

マック「.........っ」

 

 

桜木「.........?マックイーン?」

 

 

 .........行けませんわ、彼の前だと言うのに、不安になるような事ばかり考えて.........ああ見えて心配性なのは、今までの経験から分かりきってるでしょう?

 

 

マック「.........なんでもありませんわ」

 

 

桜木「.........」

 

 

 ああ、どうしましょう。上手に笑えている気がしません。どうして、彼の前では上手く取り繕う事すら叶わないのでしょう.........?

 そう思っていると、真っ直ぐこちらを見てくるトレーナーさんが、口を開きました。

 

 

桜木「.........なあマックイーン」

 

 

マック「は、はい」

 

 

桜木「無理して、ないか.........?」

 

 

 .........やっぱり、心配させてしまいました。私の事を憂いた様子で、トレーナーさんはこちらを見てきます。そんな顔、させたくありませんでしたのに.........

 

 

マック「無理など、していません」

 

 

桜木「.........そっか」

 

 

 ここで、弱音を吐けてしまえば.........きっと楽になれましたのに、彼の前でも私は、メジロ家として.........[メジロマックイーン]として有ろうとしてしまう。

 そう、自分の情けなさに嫌悪していると、ふと彼の強く真っ直ぐな視線が、柔らかくなっていることに気が付きました。

 俯いた顔を上げ、彼の方を見ると、そこにはやはり、優しく微笑んだ彼が、私を見つめていました。

 

 

桜木「.........どんな事があっても、俺はお前を支え続ける。それだけは.........忘れないでくれ」

 

 

マック「.........トレーナーさん」

 

 

桜木「.........さっ、もう帰ろう。俺はまだそうでも無いけど、秋も本番。夜の寒さは風邪をひくぞ」

 

 

 そう言いながら、トレーナーさんはヘトヘトになった身体をピシッとさせて、私に背を向けました。

 けれど、彼は一向に進もうとはしません。私が隣に来るのを、どうやらずっと待っているようです。

 

 

マック(.........本当、ずるい人)

 

 

 背を向けながらも、顔をこちらに向けてくる彼に、未だ名前も知らない感情が溢れながらも、思わず笑みを零してしまいます。

 きっと大丈夫.........そんな、根拠の無い安心を胸に抱きながらも、秋の寒空の下。彼の隣を歩きました。

 

 

 

 

 

  ......To be continued



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貴顕の使命は果たせずに

 

 

 

 

 

 

桜木「.........」

 

 

 雨が降っていた。曇天の空に敷き詰められた鼠色の雲は、これから起きることの不吉さを予兆するように存在していた。

 10月27日。秋の天皇賞が始まる早朝。窓の外から見え、耳に入ってくる音はやけに、俺の心を酷く騒がせた。

 

 

桜木(俺が支えるとは言った。勿論そのつもりだ。けど.........なんなんだ.........?)

 

 

 いつも通り身支度を整え、暇な時間を心を落ち着かせる為に使う。けれど、溢れ出すのは不安ばかり。

 まるで、この雨がこの先も俺に付きまとうような感覚だ。

 雨は別に、マックイーンに撮って悪い条件ではない。彼女の走りには、降ってくる雨の影響も、悪化したバ場のターフもものともしない力強さがある。

 だと言うのに.........俺はこの好きでも嫌いでもない雨に、一体何をざわめいている?

 

 

桜木「.........そろそろ行くか」

 

 

 荷物を持って、玄関へ行く。靴を履いて試しにドアを開けると、雨は思った以上に強く降っており、水が地面を叩きつける音が絶え間なく耳に入ってきた。

 雨は嫌いではない。嫌いではないと言うのに、いつも以上に憂鬱なそれにため息を吐きながら、俺は傘を手に取り、自宅を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「.........」

 

 

 大丈夫、いつも通りに走れば、負けることは無いはず.........そう、自分に言い聞かせながら、見えない何かに締め付けられる胸を、ゆっくりと落ち着かせます。

 現在、レースに出走する前の控え室。チームの方々やトレーナーさんも、一緒にその時を待ってくださいます。それに.........

 

 

黒津木「おー、すげぇ歓声だな」

 

 

神威「レースも始まってねぇのにな」

 

 

白銀「ゴルシ焼きそば売りに行かね?」

 

 

桜木「まて、どうしてお前らがここにいる」

 

 

 いつもの方々が、何故かいらっしゃいます。聞き耳を立てていると、どうやら黒津木先生と神威司書は有給をとって、白銀さんは何となく.........だそうです。

 ですが、今まで来ていなかった人がここに居る。という事は、それほど私のレースに期待していてくださっているということ.........必ず、勝利して見せなければなりません。

 

 

マック(.........そろそろ行きましょうか)

 

 

 いつもの騒がしさを見せ始めた彼らを尻目に、私は一人、地下バ道へと向かいました.........

 

 

 

 

 

桜木「〜〜〜!.........あれ、マックイーンは?」

 

 

 こんなヤツらと言い争ってる場合じゃない。そう思い、マックイーンが居た鏡の前に視線を送ったが、もうそこに彼女は居なかった。

 

 

ウララ「えっとね?さっき、黙って出て行っちゃった.........」

 

 

桜木「.........そうか」

 

 

 シュン、と落ち込んだ様子を見せるウララ。ライスもブルボンも、声を掛ける事が出来なかったのだろう。二人も同じように、耳が前に萎れたように倒れていた。

 普段のマックイーンなら、そんな事は無かったはずだ。どんなレースの前であろうとも、優雅に、余裕を持って、誰かが話しかけてきても、笑ってそれを受け入れられていたはずだ。

 やっぱり.........今日はなにかが起こってしまうのだろうか?朝の不安がまた、鈍い痛みのように顔を出してくる。

 

 

桜木「.........マックイーン」

 

 

 王冠のネックレスを握りしめる。今日のコイツは.........少しも煌めいてはくれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「ふうぅー.........」

 

 

 ゆっくり、胸につかえるような空気を吐き出すように、息を吐きだします。それがため息なのか、それとも深呼吸のそれなのか、自分でも判別が付きません。

 外の雨の音が聞こえてくる地下バ道。出口の陽の光が無い分、薄暗さがいつもより際立っています。

 

 

マック(メジロ家のウマ娘としての期待、応援してくださるファンの方々への期待)

 

 

 心の中で言葉を紡ぐ。脳裏には、その方々の顔が見えてきます。その方達は決まって笑顔で、私の天皇賞制覇を喜び、次を期待してくださっていました.........

 

 

マック(そして―――)

 

 

マック「私を信頼してくださるチームメンバーと、トレーナーさんからの期待.........」

 

 

 そんな方々の笑顔より、鮮明に浮かび上がる人達の表情。目尻のシワや頬にできる窪みまで、ハッキリと脳裏に写し出せます。

 

 

マック「.........っ」

 

 

 .........だからこそ、怖い。勝てずに、その笑顔を歪ませる結果になってしまったらと思うと.........私は、怖くて仕方がありません。

 けれど.........

 

 

『一着で待ってる』

 

 

 彼の声が脳裏に響きます。そうです、待っている彼の為にも、勝たなければ行けません。誰もが.........皆さんが、私の勝利を待ってくれているのです。

 それを.........無下にすることは出来ません。私は、走らなければ行けないのです。

 

 

マック「皆さん、必ず勝ってみせますわ」

 

 

 近づく出口から聞こえてくる歓声。その声が大きく聞こえる度に、不安も恐怖も溢れだしそうになります。

 お願いです。お願いですから、今この時だけは.........どうか不安を出さないで欲しい。

 そう、自分の心にお願いしながら、私は出口から外へと向かって、歩みました。

 

 

 ―――しかし、髪飾りと一緒に付けた王冠は、決してその光を、私に見せてくれる事はありませんでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あいにくの天気の中、秋の『天皇賞』に臨む18人がゲートへ入りました」

 

 

桜木「.........」

 

 

 実況の声が響く観客席。きっと、彼女らにも届いている事だろう。ゲートの中で、険しい表情をしているマックイーンが、ここからでも見える。

 

 

桜木(外を回ると、宝塚の二の舞になる.........きっと彼女も、そう考えてるに違いない)

 

 

 内側先行。前を塞がれることがなければ、逃げを打たれたとしても最終コーナーで必ず抜ける事が出来る。その練習も、宝塚の教訓を生かし、何度もしてきた。

 その為には.........最初のコーナーまでにはいい位置に付かなければならない。

 

 

ウララ「大丈夫かな?マックイーンちゃん.........」

 

 

ライス「だ、大丈夫だよきっと!」

 

 

ブルボン「マックイーンさんのステータスを考慮した場合、勝つ確率は高いです。安心して大丈夫ですよ。ウララさん」

 

 

 雨の中、レインコートを着て応援する三人。他の子達や沖野さん。アイツらも同じように雨具を着てマックイーンのレースの行く末を見守っている。

 ただ、二人ほど険しい表情をして.........

 

 

テイオー「ねぇサブトレーナー.........」

 

 

桜木「.........どうした?」

 

 

テイオー「ボク、嫌な予感がする.........」

 

 

ゴルシ「.........」

 

 

 耐えきれなくなった不安をぶつけるように、テイオーは静かに俺に言った。ゴールドシップも、マックイーンの方を見ながら少し、焦っている気がする。

 

 

桜木(.........大丈夫とは、言いきれないな)

 

 

 彼女の担当である俺が100%安心しきれていない中で、大丈夫とは言えない。何度も裏切ってきた大人の様に、俺はなりたくない。

 何も言わない俺に察したのか、テイオーはそれきり何も言わず、これからレースが行われるターフに視線を移した。

 

 

桜木(頑張れ.........!)

 

 

 そんな、選抜レースの時に発した言葉と同じものを心の中で祈るように思いながら、ゲートが開く時を、俺はひたすらに待っていた.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「盾の名誉を目指して.........」

 

 

 雨の音と共に耳に響く実況の声。その声に合わせて、私を含めゲートに入っているウマ娘達は、その体勢を、走るためのものへと変化させます。

 

 

 ガコンッ!

 

 

「―――今、スタートです!」

 

 

 ゲートが開いたのと同時に、そのまま直線を曲がること無く、真っ直ぐ走っていきます。出走ゲートは外側だった為、焦って内側に行こうとすれば順位を落とす事になります。それだけは避けなくては行けません.........!

 

 

マック(.........よし、このタイミングでッ!)

 

 

 走っている最中に出来たインコースへの空き。そこを縫うように外側から位置を動かし、コースの内側へと着くことが出来ました。

 

 

マック(後はポジションをキープしていけば.........!!)

 

 

 順調にレースを運べています。これなら、皆さんの期待に応えられる.........!!

 前方で逃げている二人のコースを視認しながら、走りながらレースプランを練り上げます。

 レース展開は縦長。後ろの人達に関しては、私の後ろ三人に気を配れば、差される心配は無さそうです。それに、この不良バ場に慣れてない様子も垣間見えます。

 

 

マック(流石に内側は開きませんか.........なら、外から抜け出すまで.........!!!)

 

 

 大欅の前。この後は最後の直線が待っています。もう内側にこだわる必要はありません。

 ポジションは理想的。脚もまだこの直線を全力で走る程に残っている。このレース。勝てますわ!!

 

 

「マックイーン、動いた!」

 

 

 実況の声のとおり、私は三番手から動きました。大欅を超えたあたりで二人を抜き、先頭に躍り出ます。

 空から降る雨が身体にかかろうと、私は全力で走ります。皆さんの期待に応えられるならば.........こんな雨など、造作もありません。

 

 

マック(ここから.........!!)

 

 

 直線の途中。まだ残っている力を奮い立たせ、全力を振り絞ります。身体にかかる雨の量も増し、まるで豪雨に晒されている感覚に陥ります。

 ゴールまでもう少し.........!!ここを超えれば.........!!私は、皆さんの望む[メジロマックイーン]に.........!!

 

 

 そう、心の中で、誰が求めているかもしれない私になれると思いながら、私は、そのゴールを誰よりも早く、走り抜けました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「メジロマックイーン!今ゴールイン!!」

 

 

桜木「やった.........!!!」

 

 

 俺達の目にはしっかり、この雨の中走り抜けたマックイーンの姿があった。彼女はこちらに満面の笑みを向けながら、大きく手を振っている。

 

 

沖野「やったな桜木!!」

 

 

桜木「はい!!沖野さんやトレーニングに付き合ってくれたみんなのお陰です!!」

 

 

 腕を伸ばし、俺の頭を巻き込むように抱き寄せてくる沖野さん。胸に残る不安を全て打ち消してくれた彼女に、俺は深く感謝した。

 並大抵の事じゃない。やっぱり、あの子は俺にとって夢そのものだ。どんな困難な暗闇の中でも、必ず辿り着く場所に居てくれていて、行くべき場所を照らしてくれる。確かな存在だ。

 俺も、沖野さんから身体を離し、大きく彼女に向けて手を振った。テイオーも、他の皆も、同じように彼女に手を振り、健闘を称えた。

 

 

桜木「ハハハ!!どうだみんな!!うちのマックイーンは強いだろ!!なぁゴールド.........シップ.........?」

 

 

ゴルシ「.........まだ、終わってねー」

 

 

桜木「.........?何言って―――っ.........!!?」

 

 

 一番人気に応えた。その言葉が、実況の声に乗って耳に入ってくる。誰がどうみたってマックイーンがこのレースを制した。そう.........思っていた。

 レースの着順を示すはずの掲示板には、順位は表示されていない。普段ならば、赤い背景に確定と白く書かれた文字が浮かび上がる箇所に、青い背景に白い文字で、『審議』と文字が映し出されていた。

 

 

桜木「.........マックイーン」

 

 

 不穏そうな表情をしていたゴールドシップから目を離し、走りきったマックイーンの方を思わず見やる。

 消えた.........いや、沈んでいた不安が海面から顔を出すように、俺の胸の内からまた、その暗い感情が表に出始めていた.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「第1位に入線したメジロマックイーンは、他のウマ娘の進路を妨害したため―――」

 

 

「18着に降着といたします」

 

 

桜木「嘘だろ.........!!?」

 

 

 有り得ない。トレーナー資格の勉強の為に、色々と多くの失格や反則事例には目を通してきたが、1着から降着して18着になるなんて、前代未聞だ。

 沖野さんも、掲示板の方を見上げながら、その顔を驚き一色に染め上げていた。その掲示板には、赤い背景に確定と文字を映し出しながら、1着の番号は、本来2着であった子の番号が映し出され、マックイーンの番号は、最初からなかった事のようにされた。

 

 

桜木「くそ.........っ」

 

 

神威「.........お、俺のせいかな〜?あ、あはは.........」

 

 

黒津木「バカ、今回に関してはマジで運が悪かったんだ。火に油を注いでんじゃねぇ」

 

 

神威「.........悪い」

 

 

 場の空気を和ませようとした神威も、黒津木にそう詰められて顔を俯かせる。今、この空気を打開できる者は、誰一人として居ない。

 .........彼女は、マックイーンはどうしてるだろうか?あんなに満面の笑みで手を振り、俺達の期待に応えてくれたあの子は、一体どうなる?俺はどう声をかけてあげれば良い?

 

 

桜木(.........神様、これがアンタが用意した俺達の試練ってんなら.........)

 

 

桜木(相当.........ひねくれてるぜ.........!!)

 

 

 どうにもならない。力差で負けた。技術で負けた。ならばそこからどうやって勝ちに行くか、思考する楽しみは存在する。そして、確かにそれらを超え、それらを掴んだ時、大きな喜びに打ち震える。

 だがこれはどうだ?力を出した。技術を使った。そのうえでルールとして負けてしまったのなら、それはもう.........どうしようもない状況ではないか.........

 

 

桜木(.........ごめん)

 

 

ウララ「.........?トレーナー.........?」

 

 

 悔しい。目の前の観客席とレース場を仕切る柵に、拳を作った両手を乗せて、歯を食いしばった。今回は明らかに.........俺の采配ミスだ。迂闊だった。

 勝ちに近道なんて無い。そんなの、今の今まで何度と経験してきたはずだ。俺の浅はかさが露呈した内側先行、勝てたはずのレースに、真実だったあの笑顔に、俺は泥を塗ってしまった。

 

 

桜木(ごめんね.........!!)

 

 

 雨が降っていた。背中にのしかかるその雨粒は、酷く重く感じた。それが俺の責任であるかのように、重く、苦しく、そして悔しさを募らせるように、その雨は俺の背中を打った。

 周りの声は、聞こえなかった。目の前の景色も、見えなかった。あるのはただ一つだけ。彼女の笑顔だけだった。彼女の笑顔が、泥の中に消えていく姿だけだった.........

 

 

桜木「っ.........!」

 

 

 冷たい雨の中で、温かさを感じた。けれどその温かさは、ちっとも優しくは無い。音もなく、押し寄せる感情から押し出される様に出てきた温かさだ。意識しては行けない。

 だから.........それを雨のせいにして、頬に感じた一筋の温かさはそれきりにして、俺は.........俺達は、レースを終えたマックイーンを迎えに行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「.........」

 

 

 あのレースから一日が経ち、私達は元通りの、トレーニングの日々へと戻りました。

 .........勿論、他の方々から暖かい言葉を沢山頂きました。そういう事もある、一大事にはならなかったから今度から気を付ければ良い、あの場面は自分も同じようにしていた、などと、共感や激励の言葉を数多く貰いました。

 .........今はその優しさが、とても苦しく感じます。

 

 

ライアン「.........マックイーン、大丈夫?」

 

 

マック「えっ!?ええ、もちろんですわ」

 

 

 そうでした。今は心配したライアンとドーベルがトレーニング前に、チームルームを訪れていたのでした.........

 目を向けると、お二人とも心配そうな表情で私の顔を覗き込んでいました。

 

 

マック「多くの方の期待に応えられず、一緒に出走した方々を危険な目に合わせてしまったのは事実です」

 

 

 あの日のレース。私は一番人気という、ありがたいファンの方々からの声援がありました。そんな中で、こんなことをしてしまった自分が恥ずかしい.........

 そして何より、共にレースを作り上げていく仲間であるはずのウマ娘を危険に晒すなんて.........メジロ家のウマ娘として、恥ずべき行為です。

 

 

マック「でも、だからこそ下を向いてなんていられません」

 

 

マック「レースの失態は、レースで取り戻してみせます」

 

 

 次のレース。具体的に言ってしまえば、[有馬記念]。今度のレースで、今回の失態を必ず取り戻さなければ.........

 そんな思いが伝わってしまったのか、ドーベルはまた心配そうな顔をして口を開きました。

 

 

ドーベル「ちゃんと反省もしてるんでしょ?必要以上に自分を責めることないから」

 

 

桜木「そうそう、今回の事はしっかり頭に残して行こう。そうすればレース中のプランの幅が広くなるはずだ」

 

 

マック「っ、トレーナーさん.........」

 

 

 私を気遣い、先にタキオンさん達にミーティングとトレーニングメニューの受け渡しを済ませてきた彼が、扉を開けました。

 少しビックリした様子のドーベルと、ゆっくり頷くライアンを見て、少し落ち着きます。

 

 

桜木「にしても、予防策張った俺のトレーニングが、まさか仇になるなんてなぁ.........マックイーンにとって大事なレースだった手前、本当申し訳ないことしたなぁ.........」

 

 

ドーベル「アンタもよ。二人揃って責任感強すぎ」

 

 

桜木「社会人は責任種族だーー!侮るなーー!」

 

 

 いつも通りにふざけてみせる彼に、ライアンは苦笑いを、突然の大きな声にドーベルは驚きの表情を見せました。

 .........やっぱり、二人にはただいつも通りにふざけてるだけの彼が見えているのですね.........

 

 

マック(そんな事、全くありませんのに.........)

 

 

 苦しんでいる。彼もまた、今回の事で悔やみ、考えているはずです。でなければ、あんなにわざとらしく取り繕う必要ありませんもの。

 ですが.........その、彼が苦しんでしまう状況を作ってしまったのは、他ならない私なのです。私の存在が、存在そのものが彼を苦しめている.........本当、自分が嫌になりますわ

 

 

ゴルシ「オッスぅ〜。ゴルシちゃん通信の時間だぞ〜」

 

 

桜木「なんだこいつ!!?」

 

 

ゴルシ「レーダー反応には外にカメラを持った変質者がいっから気ーつけろよー?まっ!アタシが死んでから蘇生したセミ紹介したら飛んで逃げてったけどな!!」

 

 

 唯一変わっていないとすればこの人だけです。一体どういう神経してるのでしょうか?全く理解に苦しみます。

 ですが.........カメラを持った方と言われれば十中八九、私の取材に来た記者さんです。

 

 

マック「.........私の取材に来た方々です。くれぐれも今後はそのような対応はしないでください」

 

 

ゴルシ「おいおい、学園にまで来るようなヤツらだぞ?降着して負けちまったマックちゃんの写真が出回るならともかく、関係ないヤツらのあられもない写真が出回ったらどうすんだよ」

 

 

マック「貴方中々良い度胸してますわね?」

 

 

桜木「どうする?コイツがここまで言うんだから今日はトレーニング控えておくか?」

 

 

 .........全く、この人もゴールドシップさんも、私を甘く見すぎです。何かを聞かれればその都度私が誠心誠意応えるだけです。それが、今回騒動を起こしてしまった私の責任なのですから.........

 

 

マック「その必要はありませんわ。何かを聞かれれば、その都度応えるまでです」

 

 

マック「.........それよりも、今度はちゃんと勝利して、明るい話題の取材を受けないとですわね」

 

 

桜木「.........マックイーン」

 

 

 ああ、何故でしょう。上手に笑えません。この人の前だと、特に上手く表情を作ることが出来ないんです.........

 貴方のそんな心配した表情なんて、見たくないんです。お願いですから、そんな顔はやめてください。

 

 

マック「.........さあ、体を動かしたい気分ですわ!行きますわよ、トレーナーさん!」

 

 

桜木「あ、ああ.........」

 

 

 

 

 

 ―――無理をしている。彼女は、大丈夫では無い。そんな事はとっくのとうに分かりきっている。レースが終わった後も、今も、彼女はずっと苦しんでいる。

 なのに、かける言葉が見つからない。彼女を安心させる為の言葉も、行動も、俺の引き出しには何も無い。

 一人、チームルームを出ていくマックイーンに遅れて着いていくように、俺はこの場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日のトレーニングはいつもと違い、軽いものでした。先日レースに出走したので、その配慮だと思われます。

 彼が優しい人柄だと言うのは、この三年間で身に染みて分かっています。でも、だからと言って.........

 

 

マック「寮は目の前ですのよ?別に送っていただかなくても平気ですのに.........」

 

 

桜木「俺がそうしたいんだ。ダメだった?」

 

 

マック「べ、別にダメという訳では.........」

 

 

 本当、過保護な人です。こうは言っておりますが、結局の所、私が記者に質問攻めされるという事態を避けたいのでしょう。

 こんなに甘やかされてしまっては、自分が弱くなってしまいます。自分の事はしっかり、自分でできますのに.........

 そう思っていると、学園の門を出た辺りで誰かが走ってくる足音が聞こえてきます。数からして、一人ではありませんでした。

 

 

「あっ、マックイーンさん!秋の『天皇賞』についてコメントをお願いします!」

 

 

「あのような危険な走りはどうして起きてしまったのでしょうか!?」

 

 

 やはり、そう質問されてしまいますか.........無理もありません。私も彼らと同じ立場であれば、きっと同じような質問をし、同じように記事を書いていると思います。彼らの仕事は、それで成り立っているのです。

 胸に残る空気を入れ替えるように気持ちを切り替え、彼ら彼女らにしっかりと身体を向けます。

 

 

マック「この度は、レースに関係する方々にご迷惑をおかけし、まことに申し訳ございませんでした」

 

 

 取材に来た方々に対し、深く頭を下げ、謝罪をします。その際、横目で彼の顔を見ましたが、その顔は、何とも言えない表情でした。

 

 

マック「私が未熟であったばっかりに、周りに気を配ることができず、あのような事態を招いてしまいました」

 

 

「妨害を受けたウマ娘には、どのような対応を取られましたか?」

 

 

マック「おひとりおひとり、お詫びをさせていただきました」

 

 

 脳裏に過ぎるのは、私が頭を下げたウマ娘達です。彼女達は被害者であったにも関わらず、笑って私を許してくださるどころか、私の降着を残念に思ってくださっておりました。

 今思っても、本当に事故が起きなくて良かったと、本当に感じております。

 質問はもう、終わったのでしょうか?そう思い、一息付けると思った時。思ってもない言葉が出てきました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『強引に内側に入れ』と言う、トレーナーの指示があったともされていますが?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「.........トレーナーさんの指示!?」

 

 

 一瞬、彼が何を言ったのか理解が出来ませんでした。しかし、その言葉は次第に、私の中で意味を形成していきます。

 それが完全に形作られた時。私は思わず声を上げてしまいました。反論の言葉すら思いつかず、喋る内容も整ってないままに、その言葉を否定しました。

 

 

マック「そんなことありませんわっ!!あれは私の判断で行ったことです!トレーナーさんはなにも関係ありません!!」

 

 

 そうです。今回のレースは、私だけの問題。彼は私のトレーニングに付き合ってくださっただけなのです。これ以上彼に.........余計な心配をかけさせたくなんかありません.........

 その時、私と記者の方々を線引きするように、一本の腕が私の前に躍り出ました。それは.........他でもない、トレーナーさんのものでした。

 

 

桜木「.........」

 

 

マック「.........トレーナーさん?」

 

 

 一際険しい表情を見せる彼の顔。その顔に、記者さんたちは恐れるように一歩引きました。

 私も.........少し、怖い。こんな表情をする彼を今まで見た事はありません。一体、どんな言葉が飛び出すのでしょう。私はその時を、不安を抱きつつ待っていました。

 

 

桜木「.........今回の件。責任はトレーナーである俺にあります」

 

 

マック「な.........!!?」

 

 

桜木「宝塚の敗因を、内側を先行できなかった事などという自分の浅はかな分析に、マックイーンを付き合わせてしまいました」

 

 

マック「トレーナーさん!!」

 

 

 頭を深く下げ、謝罪をするトレーナーさんの服を思わず引っ張ってしまいます。違うんです。こんなこと、貴方が謝ることではありませんのに.........!!

 

 

桜木「まことに、申し訳ございませんでした」

 

 

「.........」

 

 

桜木「.........これで記事のネタには困らないでしょう?一般出のトレーナーが采配ミスをした。ゴシップ好きなら飛びつくでしょうね。さあ、行こうマックイーン」

 

 

 鳩が豆鉄砲を食らったような顔で立ち尽くす記者の方々を置いて、トレーナーさんは私の腕を引っ張り、寮までの道を歩きました.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「.........」

 

 

桜木「.........」

 

 

 お互い、無言のまま帰路を歩きます。私達二人の空気は完全に、居心地の悪いものになってしまっています。

 彼の責任ではありません。それを、ハッキリと彼に伝えられれば.........そう思っていても、今回問題を起こしたのは私自身。何かを言う資格などどこにもありません。

 

 

マック(.........ごめんなさい)

 

 

 罪悪感に押し出された言葉が、心の中で唱えられます。謝られても彼が困るだけなのは、知っていましたから.........

 あともう少し歩けば、寮に着きます。いつもなら名残惜しい彼とのこの時間も、今は、早く開放されたい.........そう、思っていました。

 

 

マック「.........あら?」

 

 

桜木「ん.........?あっ」

 

 

「あっ!マックイーン!サブトレーナーも!どうしたのさー二人ともー!もしかしてデート〜?」

 

 

 寮の門から現れたのは、ジャージを着ていたテイオーでした。おかしいです。今日の彼女はもう、トレーニングは終わったはずですのに.........

 そんなものじゃない、とトレーナーさんが手を振って応えると、つまらなさそうにテイオーは口を尖らせていました。

 

 

マック「あの、今日はもうトレーニングは終わったはずですが.........」

 

 

テイオー「うん!『トレーニング』はね♪」

 

 

 そう嬉しそうに、私達の目の前でストレッチをしながら答え始めるテイオー。その姿に、今までの悪い空気を忘れ、私とトレーナーさんは顔を見合わせて笑ってしまいます。

 

 

桜木「.........『菊花賞』まで、落ち着けないのか?」

 

 

テイオー「当ったり前じゃん!!出れないかもって言われてたのに、ちゃんと出れるんだもん!!」

 

 

マック「.........テイオー」

 

 

テイオー「見ててよねマックイーン。ボクが三冠を取る所.........!!」

 

 

マック「.........!!」

 

 

 その両の眼には、熱い闘志が宿っていました。その溢れんばかりの熱気が、私にも飛び火するように、体を熱くさせます。

 .........羨ましい。彼女はきっと、沢山の方々の期待に応えることができる。そう思うと、同時に悔しさも滲み出てきます。

 

 

桜木「軽めにしとけよ。何かあったら、止めなかった俺が沖野さんに怒られるからな」

 

 

テイオー「もちろんだぞよ〜♪」

 

 

 私達に手を振りながら、ランニングへ出ていったテイオー。その後ろ姿を、私達は手を振って見送りました。

 私も.........テイオーに負けてなんて居られません。

 

 

マック「.........トレーナーさん」

 

 

桜木「ん?どうしたの?」

 

 

マック「次のレース。予定していた『有馬記念』より先に『ジャパンカップ』へ出走したいのです」

 

 

桜木「.........」

 

 

 前のレースの疲労が溜まっているだろう。そう言われるかと思いましたが、トレーナーさんは何も言わずに、私の目を見ました。彼は、どんな時でも私達の意見を尊重してくださいます。

 

 

桜木「.........分かった。『ジャパンカップ』に出よう」

 

 

マック「!ありがとうございます.........!」

 

 

 今度こそ、期待するファンの方々の為、そして支えてくださったチームメンバーの為、ここまで一緒に着いてきてくださったトレーナーさんのために、一着を取らなければ.........!

 

 

マック(必ず.........必ず勝ってみせますわ.........!!!)

 

 

 新たな決意と悔しさを胸に、私は『ジャパンカップ』への出走を決めました.........

 

 

 

 

 

  To be continued



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テイオー「ボクと菊花賞と三本目」

 

 

 

 

 

『トレーナーさんは何も関係ありません!!』

 

 

桜木「.........何も関係ない、か.........」

 

 

 家のベッドの上で、その言葉が頭に酷く響いてくる。マックイーンが記者に対して言ったその言葉だけが、俺の中で反響し続けている。

 

 

桜木(関係ないわけないじゃん.........)

 

 

 俺は彼女のトレーナーだ。レースを頑張るのが彼女の仕事なら、それに降りかかる火の粉を全て払うべきは俺なのだ。

 『一心同体』.........そう誓いを交わしたはずなのに、彼女は俺を信用してくれてはいないんじゃないだろうか、そんな猜疑心が溢れ出してくる。

 

 

桜木(マックイーンがあんな事、心配する必要なんてないんだ)

 

 

 そうだ。レースに集中してくれれば良い。その他の事は俺がきっちりと何とかしてみせる。それが、トレーナーとしての責務だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その時は、それこそが『一心同体』である自分のすべき事だと.........そう、思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 絶え間なく聞こえる水が流れる音。両手に溜めた水を顔に近づけて、ボクは顔を洗った。

 なるべく飛び散らないように注意して、冷水で寝ぼけた頭を起こす。身体の反応はまだ眠いままだけど、大丈夫。これからすぐ起きてくれる。

 共同洗面所の一番乗りはボクだったらしく、この空間の中は掃除したてみたいでピカピカだ。あまり汚すとフジキセキに怒られちゃうし、エアグルーヴまで耳が届いたら後が怖い。

 タオルで顔を拭く前に、しっかりと水を止めて、自分の顔を、新品の真っ白いタオルで拭いた。

 

 

テイオー「.........」

 

 

 タオルから顔を上げて、鏡を見る。いつもと同じような顔だ。そういえばタキオンは鏡は人の目と違って、80%位で、人からどう映るかはあんまり当てにならないんだって。

 けど.........今はこれで十分。今のボクがどんな顔をしているのか分かるだけで、それで十分だったんだ。

 

 

『トウカイテイオーさん。折れてます。骨折です』

 

 

 今の自分の顔を見ながら、あの時言われた言葉を思い出す。あの時は確か、菊花賞に向けて早くトレーニングしなきゃー.........なんて、軽く考えてたっけ。

 復帰は来年の春。そう言われた時、ボクは頭が真っ白になっちゃった。だって、今まで三冠を取るために頑張ったんだもん。それが出来ないなんて.........考えたくもなかった。

 あの時トレーナーは何も言わなかったけど.........やっぱりかって感じだったと思う。だって、ボクの足がそうなるって前から分かってたんだもん。サブトレーナーも.........

 

 

テイオー(.........そうだよねー)

 

 

 まだ、トレセン学園に入学する前の頃。ボクはその時から凄く早かった。同じ学年の子にも負けないくらい、ずっと早かった。

 そんな中で、言われた言葉がある。その走り方を辞めなさい、貴方の為に言ってるのよ.........って。

 理由は、最近ケガをして分かった。こんな走り方誰もしないんだもん。ケガをするしない以前に、怖いよね。急に走れなくなりましたなんてさ.........ボクも周りも、きっと。

 

 

 けど.........

 

 

『お前の夢は、まだ終わってない』

 

 

 その言葉が、あの時本当に嬉しかった。ボクの無茶を許して、支えてくれる人が居てくれるんだって、心底思った。

 それはサブトレーナーだけじゃない。トレーナーも、東さんも、サブトレーナーの親友、マックイーン達に安心沢さん。皆、ボクを支えてくれた、大事な人達.........

 

 

テイオー「.........辛かったなー」

 

 

 目を閉じて、治療の日々を思い出す。退院してすぐには走れなくて、安心沢さんの治療を受けながら、イメージトレーニングの日々。

 別に、針なんか使わなくて良くない?なんて思ったけど、データや資料に基づいてるからなんて言われたら、何も言えないよね。

 

 

テイオー「けど.........うん。楽しかった」

 

 

 トレーナーが居て、マックイーン達が居て、サブトレーナー達が居る。へこたれてる暇なんかないぞって、そんな姿を見せてくれる。

 ボクは鏡から視線を外して、洗面所を後にした。今日のボクは、ひと味違う。ボク自身もそれを、ハッキリ感じとっていた。

 

 

テイオー(見ててよね。マックイーン)

 

 

 寮の廊下を歩きながら、ボクは誰に言うでもなく、自分の心の中で、勝手にライバルにしているマックイーンに告げる。

 この前の天皇賞は本当に惜しかったし、やっちゃいけないことしてたから仕方ないんだけど.........それでも、あのレースはマックイーンが勝っていたと思う。

 昨日の夕方、寮を出た時に見た時、ちょっと様子が変だったから、結構気にしてたかも。そういう所あるよね。マックイーンって。

 .........けどさ、ボクはそんなマックイーンが.........そんなマックイーンが見せた菊花賞が、未だに忘れられないんだ.........!!!

 でも、それって不公平だと思う。ボクだけこんな気持ちを味わうなんて、勿体ないよ。だからさ.........

 

 

テイオー(ボクの菊花賞を、絶対に忘れさせない.........!!!)

 

 

 廊下の窓から差し込む日差しに気付いて、その方向を見る。やっぱり夏より日の出が遅い。

 こんな太陽みたいに、ボクの菊花賞がマックイーンの光になってくれれば嬉しいな。

 なんて、そんなことを思いながら、ボクは朝のランニングに出る為に靴を履いて、冷たい空気を肌に感じさせるように外を走った.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 テイオーは『ユメカケビト』になった!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

テイオー「いっちにー♪さんしー♪」

 

 

沖野「‎‎.........元気だなー。お前はいつも」

 

 

 いつも通り待機室でストレッチをしてたら、後ろのトレーナーからそんな声を掛けられた。

 そう言われても、ボクは元気な所がトレードマークみたいなものだからね!トレーナーにはにっこり笑顔で返してあげた!

 けれど、周りのみんなはすっごく静か。なんかボクよりキンチョーしてない?ボクが走るんだけど!!!

 

 

桜木「.........なぁ、思ってたことを聞いていいか?」

 

 

テイオー「なにさサブトレーナー?」

 

 

 部屋の壁に背中をピッタリつけて腕を組んでるサブトレーナーがボクにそう問いかけた。なんだろう。あんな真剣な顔して.........

 も、もしかしてボク、久々すぎてなんか忘れ物しちゃった!!?どどど、どうしよう〜!!!

 

 

桜木「勝負服ってこの時期寒そうじゃない?」

 

 

テイオー「フンッ!!!」

 

 

桜木「スクラップフィストッッ!!!」ドンガラガッシャーン

 

 

 まぁそんな事だろうと思ったよ。サブトレーナーだしね。と言うよりボクより寒そうな服着てる子居るじゃん。ライアンとか。

 サブトレーナーがこうなるのは日常茶飯事だし、ライスも視線を送って無事を確認した後にボクの方を見てたから、もういつも通りだよね。マックイーンなんかぶっ飛ばされても見てなかったし。

 

 

デジ「ウラヤマ...」

 

 

テイオー(なんか聞こえてきたけど無視しよう)

 

 

 うん。ヨダレ垂らしてサブトレーナーを見てる所を見ると、本当に怖い。その羨望の眼差しでサブトレーナーを見るのはやめた方がいいよ。

 けれど、懐かしいなぁ.........前はこんな光景も当たり前だと思ってたけど、これはきっと、ボク達にしか見ることの出来ない、ボク達にしか作ることが出来ない光景なんだ。

 そんな込み上げる嬉しさを、なんだか恥ずかしいから隠しながらストレッチしてると、不意に控え室の扉がから音が聞こえた。

 

 

テイオー(?誰だろう.........)

 

 

 ゆっくりと開かれる扉。そこからメンコをつけた耳が最初に見えてきた時。ボクはもう誰だか分かっていた。

 その全体像がハッキリと見えてくる。後ろにいる彼女のトレーナーも、ここからは見えた。

 

 

ネイチャ「テイオー」

 

 

テイオー「やっほーネイチャー♪」ブンブン!

 

 

 手を大きく振って、ストレッチから立ち上がったボクは、ネイチャの方に駆け寄った。トレーナーの方はボクのトレーナーとサブトレーナーの方に話しかけに行ったみたい。

 

 

テイオー「ボク。走るよ。菊花賞」

 

 

ネイチャ「うん。知ってる」

 

 

テイオー「.........にしし♪」

 

 

 自分で言ってて、自分で嬉しくなるなんておかしいかな?けれど、ボクにとっては最初で最後の.........無かったはずの菊花賞なんだ。

 目の前に居るネイチャも、嬉しそうに微笑んでボクを見た。やだなー.........これからボクらレースを競うっていうのに、そんな顔されたら調子狂っちゃうよ。

 

 

ネイチャ「今日は.........ありがとうを言いに来たの」

 

 

テイオー「え?なんで.........?」

 

 

ネイチャ「テイオーが諦めなかったから。アタシも諦めずに、菊花賞に出る事が出来たから」

 

 

 そういうネイチャの目は、真剣だった。自分の思いを真っ直ぐにボクに向けてきて、ビックリしちゃった。

 だって、今までそんな姿、見たこと無かったし。他の子からもそんなものを向けられた覚えはなかったから.........

 

 

テイオー「.........正直。諦めそうにもなったけど.........ボクにはいっぱい、待ってる人が居るから」

 

 

マック「.........!」

 

 

 

 

 

 ―――待ってる人がいる。その言葉が彼女から聞こえた時、私は息を呑みました。

 ネイチャさんと話すテイオーの横顔は、今日が復帰して最初のレース。その上G1.........極めつけには、彼女の適正距離ではない3000mの長距離。普通であるならば、少し不安そうな顔を見せるはずです。

 ですが.........彼女は違った。待っている人の期待を背中に乗せて、彼女は何ともないように、いつも通りの自信に満ち溢れた顔を見せています。

 

 

マック(テイオー.........)

 

 

 胸の内から湧き上がってくる感情。決して、綺麗なものではありません。期待や心配をおしのけて顔を見せる嫉妬は、良くない気持ちで私をいっぱいにさせます。

 どうして、多くの人の期待を背負ってそんな顔が出来るのですか?どうして、貴方はそんなにも前を向けるのですか.........?

 どうして.........?

 

 

ネイチャ「それと、もう一つだけ」

 

 

テイオー「?」

 

 

ネイチャ「.........絶対勝つから」

 

 

テイオー「.........負けないよ」

 

 

 

 

 

 ―――ボクがそう言うと、ネイチャはまた安心した様に笑った。

 「じゃ、もう行くから」と言った後、ネイチャは自分のトレーナーに話しかけた後、一緒にボクの控え室を後にした。

 

 

テイオー(.........そっか、もしかしたらネイチャとも走れなかったかもしれなかったんだよね)

 

 

 そう言えば、今年はネイチャも怪我をしてレースに出れなかった時期があった。きっと、辛かったと思う。

 そんなネイチャの励みになれたんなら、ボクも怪我を治せて良かった。

 そう思ってると、不意に出走準備のアナウンスが聞こえてきた。ゲートに入る準備は万全。走る覚悟もバッチリ決まってる。

 ボクは自分の顔をもう一度、朝と同じように鏡で確認してから、控え室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

テイオー「ふうぅー.........」

 

 

 薄暗い地下バ道。出口から差し込んでくる外の明るさが栄光への道を示しているみたい。

 ここに立つのも、久しぶり。何もかもが久しぶりで、懐かしいはずなのに、ボクの心はあの頃と何も変わらず熱を発している。

 

 

ゴルシ「頑張れよ。テイオー」

 

 

ダスカ「応援してるからね!」

 

 

ウオッカ「勝てば三冠かー!!スゲーカッケーじゃん!!」

 

 

 皆、ボクの事を応援してくれてる。スペちゃんやスズカも、同じようにボクに声を掛けてくれた。

 

 

ブルボン「頑張ってください。テイオーさん」

 

 

ライス「ファイト!だよ?」

 

 

ウララ「ウララもいっぱい応援するからね!!」

 

 

 三人はいつも見たいに元気に声を掛けてくれる。そう言えば、ブルボンはボクと同じ三冠バになりたいんだっけ?

 だったら、カワイイ後輩の為にも、勝たなくちゃね♪

 

 

タキオン「骨折前の実験の影響で、君は以前と遜色なく走ることが出来る。だが気をつけたまえよ。以前と同じようにという事は、以前と同様、骨折する可能性もあるからね」

 

 

 そうやって怖い事を言いながらくつくつと笑うタキオン。でも、ボクは知ってる。タキオンのその目は、ボクの走りを見たいって事を。何も言わなくても、その目が言ってる。

 

 

マック「テイオー.........」

 

 

テイオー「.........心配しないでマックイーン。ボク、絶対勝つから♪」

 

 

 ボクのライバル。勝手な決めつけだけど、そんなライバルが不安そうな顔をしてるのが、ボクは好きじゃない。

 マックイーンは、いつも自信満々で、カッコよくて、強くあって欲しい。

 何が不安なのか、ボクには分からないけど.........ボクがマックイーンの菊花賞に勇気づけられた様に、ボクもこの菊花賞で、マックイーンを元気付けたい。

 

 

桜木「俺から言う事は何もねぇよ。お前の夢は、お前だけのものだからな」

 

 

テイオー「.........うん。ありがと♪サブトレーナー♪」

 

 

 ここに立てるのも、ここで走れるのも、サブトレーナーが命を懸けてくれたお陰だ。もしサブトレーナーが居なかったらなんて、考えたくも無い.........けど、多分走れなかった。

 そろそろ時間だ。そう思って皆にお礼を言って背を向けると、後ろからヒソヒソした声がボクの耳に入ってきた。

 

 

桜木(ヒソヒソ)

 

 

沖野(イヤイヤ)

 

 

 バシンッ!

 

 

沖野「痛てぇッ!!?」

 

 

テイオー「わわわ!!?」

 

 

 大きい破裂音にも似た音が地下バ道に響き渡った。何かと思ってると、ボクのトレーナーがバランスを崩したみたいな足取りでボクの方に何歩が出てくる。

 背中を擦りながら、トレーナーはサブトレーナーの方を強く睨み付けたけど、サブトレーナーはニヤニヤしていた。

 

 

桜木「天皇賞のお返しっすよ。『トレーナー』?」

 

 

沖野「.........ホント、古賀さんの悪い所ばっかり受け継ぎやがって.........」

 

 

 げんなりした表情でボクを見た後、トレーナーは曲げてた背をのばし、軽く咳払いをした。

 

 

沖野「コホン、まぁその......なんだ。俺から言える事は一つだけだ。テイオー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ユメを叶えろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「その姿を、俺達に見せてくれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

テイオー「.........!!!」

 

 

 なんだろう。背中がゾワゾワする.........けれど、嫌な気分じゃない。今すぐ走り出したくて、仕方がないって感じのゾワゾワ.........

 そっか。これがユメを背負うっていう感触なんだ.........皆のユメが、ボクの背中に乗ってて、その重さを感じるはずなのに、それがボクの身体を軽くしてくれている。

 ボクのユメを応援してくれた。ボクの走り方を認めてくれた。ボクのユメを.........諦めないでいてくれた。

 

 

テイオー「.........ボク、絶対勝つよ」

 

 

テイオー「絶対.........!!勝つから.........!!!」

 

 

 まだ走り終わってもいないのに、涙が出そうになる。皆、ボクに微笑んでくれる。サブトレーナーも親指を立てて、ボクを見送ってくれる。

 勝つんだ。ボクのユメの為にも、諦めないでくれた皆の為にも.........!!!

 熱い心はまるで燃え上がる様に、ボクの意志を固く、確かなものへとして行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 感性沸き立つ観客席。順番に菊花賞を出走するウマ娘達がゲート入りをしていく様を、今か今かと観客達がひしめき合っている。

 

 

桜木(そりゃそうだよなぁ.........)

 

 

 テイオーの骨折は大々的に報じられた。菊花賞に出られる可能性も低いと言われた。それでも今、ターフに居るトウカイテイオー本人は、観客達に手を振って挨拶している。

 本当、人気者なんだな.........なんて思いながら、俺達はいつもの場所でレースを見ようと観客席の中を移動していると、既に先客が一人.........いや、一人に肩車され二人ほど、その背中を見せていた。

 

 

沖野「お、おい。アレって.........」

 

 

「ん?よう」

 

 

「あ!!おじさん!!」

 

 

 黒鹿毛の大人のウマ娘が、鹿毛の子供のウマ娘を肩車している。二人とも見知った顔だ。特に片方はテイオー大好きな女の子で、今回のレースは楽しみにしていたはずだ。

 

 

桜木「久しぶりだね、キタちゃん。トマト」

 

 

トマト「呼び捨てかよ」

 

 

 人を変質者扱いする奴を敬うと思うか?否、そんな事はしない。俺は降りかかる火の粉はバットで打ち返すタイプの男だ。俺が社会経験豊富な大人で良かったな。社会経験豊富な大人でなかったらお前はもう死んでるぞ。

 と、牙を剥き出しにして威嚇すると、流石にドン引きされた。ゴールドシップも若干引いてた。俺は悪くない。

 

 

ゴルシ「んで、なんで母ちゃんとブラックサンが居るんだよ」

 

 

桜木(そのキングストーン埋め込まれてそうな呼び方はやめて欲しいな)

 

 

キタ「お家がご近所さんなの!!」

 

 

トマト「なぁ〜」

 

 

 意外だ。こんな人と近所だなんて.........悪い影響受けなければ良いんだけど.........

 そう思っていると、トマトは俺のその失礼波をキャッチしたのか、キッと俺を睨みつけた。正直怖い。

 そう言えばキタちゃんが居るという事はと思い、マックイーンの方を見てみると、一生懸命彼女に話しかけているダイヤちゃんの姿も確認できた。

 

 

トマト「.........まぁアタシが居んのはこの子の子守りだ。父ちゃんが仕事で手を離せないっつうからな」

 

 

沖野「な、なるほど.........」

 

 

 そう言った後、トマトはその目をターフに向けた。その表情は何故か、今まで見た事も無い様なものを見るかのように、少しウキウキした様子が感じ取れた。

 

 

ゴルシ「.........母ちゃん」

 

 

トマト「.........なんだよ」

 

 

ゴルシ「走るんだぜ?テイオー。最高におもしれーだろ?」

 

 

トマト「.........ああ、何とかなるもんなんだな」

 

 

 二人とも、何故か同じように微笑んでテイオーの方を見る。テイオーはこちらに気付いたのか、俺達に向けてその手を振ってきた。全員、その手を振り返す。

 .........不思議だ。皆こんなに興奮しているのに、この二人だけはやけに静かだ。けれど、確かにテイオーの出走を嬉しがっている。

 

 

「隣、失礼するよ」

 

 

桜木「ああどうぞ.........って」

 

 

沖野「えぇ!!?し、シンボリルドルフ.........!!?」

 

 

 驚いた。ここにいる全員が沖野さんの声を聞いて振り返り、その顔を驚愕一色に染め上げる。俺自身もその一人だ。

 普段の彼女であるならば、二階のVIP室でレースを参観している筈だ。その言葉が顔に現れていたのか、彼女は少し笑った。

 

 

ルドルフ「君は分かりやすいな。桜木トレーナー」

 

 

桜木「こう見えても、分かりずらいで生きてきた質なんですけどね.........」

 

 

ルドルフ「.........テイオーの走る姿を、間近で見たいと思ってね」

 

 

 そういう彼女も、ゴールドシップやトマトの様にフッと笑うような笑みでターフの方を見やった。

 そうか、皆.........楽しみにしてたんだ。今日という日が来るのを。テイオーが走るであろう今日という日を、誰もが待ち望んでいた。

 観客のざわつきに耳を傾けてみる。そこらかしこで、スマートフォンや新聞で情報を見ながら皆、予想を立てていた。

 

 

「誰が勝つと思う?」

 

 

「そりゃお前!トウカイテイオーに決まってんだろ!!」

 

 

「けど怪我から復帰して初めてのレースだし、距離も適性じゃ.........」

 

 

「俺達を悔しがらせた天才が、距離如きで勝てない訳がねぇ!!!」

 

 

 そんな熱い声が耳に入ってくる。二人組の男性はそれきりで口を閉じ、じっとターフの 方に熱視線を向ける。

 そうだ。アイツはこんな所で終わる奴じゃない。確かに一度弱気になった。だからなんだ、夢っていうのは叶えた奴が勝ちなんだ。どんなに諦めようが転ぼうが、最終的に叶えた奴が偉いんだ。

 

 

桜木(諦めた側の人間が言うのもなんだけどよ.........!!ここで負けるのは無いぜ神様!!!)

 

 

 ファンファーレの音が響き始める。それぞれのウマ娘達がゲートに入る中、俺はただ、誰も予想だにしない物語を書くのが好きな神様に、強く願いを込めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全てのウマ娘がゲートに入りました」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「菊花賞―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――ガコンッ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 特徴的なゲートの開く音が耳に到達する前に、ウマ娘達がそれぞれ前へと走り去っていく。各々がゴールを目指し、その足で己の道を突き進んで行く。

 

 

沖野「.........始まったな」

 

 

桜木「.........ですね」

 

 

 興奮がオーバーフローを起こしたのか、身体の内の昂りはやけに静けさを帯びていた。言葉も、応援する声すら出せない程に、この瞬間を体全身で体感していた。

 誰もがその目を輝かせた。誰もがその行方を追い求めた。誰がゴールしようとも、きっと誰も文句は言わないだろう。

 テイオーが、トウカイテイオーが菊花賞に出場し、そのターフを足で駆る。それ自体に何か意味があると言うように、ここにいる全員。走りゆくウマ娘達ですらも、レース自体を楽しんでいた。

 

 

デジタル「いつものテイオーさんなら!!!ここで中段に来ますよ!!!」

 

 

キタ「そうですよね!!!私もそう思ってました!!!」

 

 

沖野「デジタルの言うように中段に着いたぞ!!!」

 

 

「トウカイテイオー!!!中段に着いて様子を見ている!!!」

 

 

 レース場の大きなモニターには、ダービーで競っていたであろうウマ娘の姿も確認できる。テイオーはその隣を、余裕の表情で走っていた。

 ナイスネイチャはその後方。テイオーを追うようにその後ろにピッタリと.........

 

 

タキオン「第三コーナーに差し掛かってきたぞ!!!」

 

 

マック「ここから先は坂になっています!!!ここをこのまま超えることが出来れば.........!!!」

 

 

ルドルフ「テイオー.........!!!」

 

 

 走るウマ娘達は群れで行動するかのように、後ろにも、先頭にも離れる者は居ない。第三コーナーを曲がっても、テイオーの位置は変わらない。

 

 

ゴルシ「テイオー!!!ガッツで乗り切れー!!!」

 

 

ダスカ「三冠までもう少しなのよー!!!」

 

 

ウオッカ「根性見せろー!!!」

 

 

 その声が届いたのか、テイオーは最終コーナー。スピードのギアを一段階上げたようにそこから前へと躍り出た。

 けれど、その顔には余裕は感じられない。当たり前だ。適性距離を走ってる訳じゃないんだ。テイオーの走れる距離はもう、とっくのとうに過ぎている。

 

 

ライス「テイオーさーん!!!」

 

 

ウララ「頑張れー!!!」

 

 

スペ「あともうちょっとです!!!」

 

 

スズカ「諦めないでー!!!」

 

 

 それでもテイオーはスピードを落とさない。ダービーで競り合ったあの子が隣に居ても、ネイチャが後ろから差し迫ろうとも、ただゴールを目指して走り続けている。

 

 

トマト「.........なぁアンタ」

 

 

桜木「.........?」

 

 

 そんな中で、不意に隣にいるトマトが話しかけて来る。その顔は真剣で、いつものようなふざけた軽薄さは感じられなかった。

 

 

トマト「夢ってのは、呪いと同じと思わないか?」

 

 

桜木「.........」

 

 

トマト「叶えられなかった未練や後悔を背負ってその先を生きる事になる。アンタも.........分かるだろう?」

 

 

 .........夢。それの正体が分かったのは、つい最近だ。形も、色も、何も分からずに追う不確かなそれは、確かに手を伸ばせる距離にあった。

 そんな物が、指先に触れた途端、シャボン玉のように弾けて消えてしまった時.........人は壊れる。その感覚は、ここにいる誰よりも知っている。

 けれど.........

 

 

桜木「.........知らねぇのか?夢ってのはな、時々すっごい切なくなるが、時々すっごい熱くなるんだぜ?」

 

 

 それを知るには、この子達はまだ幼い。子供の頃の思い出なんて、楽しい事ばかりで十分なんだ。辛い事なんて、大人になってから死ぬほど体験すれば良い。

 ヘラヘラ笑って、痛みを隠して、そんな生き方しか出来なくなる大人になる必要なんてどこにも無い。

 そう言われる事を、どこか分かったように、彼女は心配事が減ったように鼻で笑った。

 

 

トマト「.........その言葉を聞いて、安心した」

 

 

桜木「.........行っけェェェェッッ!!!テイオォォォォォッッッ!!!!!」

 

 

 誰もが待ち望んだ瞬間。それを途切れさせない為に、俺は身を乗り出して声を上げた。栄光の距離は3000m。徐々にその差は縮まりを見せている。

 だけど、それでも彼女はハナを譲らない。先頭の先にあるユメの為に、彼女はがむしゃらに走っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「トウカイテイオー!!!一着はトウカイテイオーです!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

テイオー「.........」

 

 

 掲示板が、数字を出した。一番上は5番.........ボクの、番号だ。ボクは実感がないまま、そのまま疲れてたことも忘れて、ただ呆然とターフに立ち尽くしていた。

 

 

テイオー「.........」

 

 

 静かだ。誰も、何も言ってくれない。まるで何かを待っているかのように、色とりどりの紙吹雪だけが宙を待っている。ボク、頑張ったよ?もっと、声を上げても良いんだよ?

 そう思っても、客席からは声が上がらなかった。まるで、何かを待っているかのように.........

 

 

 そんな様子で頭が真っ白なまま困惑していると、ようやく一人が声を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

沖野「テーーーイーーーオーーーーーッッッッッ!!!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

テイオー「あ.........」

 

 

 その声を上げたのは、トレーナーだった。ボクの名前を叫びあげるのと同時に、手を挙げたんだ。三本の指を、空高く、堂々と。

 

 

「テーイーオーーーッッ!!!」

 

 

テイオー「え.........?」

 

 

 トレーナーを筆頭にして、一人、また一人と声を上げながら、三本指を掲げ始めた。気が付けばサブトレーナーも、マックイーン達も、カイチョーやキタちゃんも.........そして、レースを走っていたネイチャ達も.........みんな、三本の指を掲げていた。

 気がついたらもう、掲げてないのはボクだけになってた。

 

 

「テーイーオーーーッッ!!!」

 

 

テイオー「っっ.........!!!」

 

 

 視界が歪む、腕が上がらない。ピシッと立てない。頭がクラクラするほどの歓声。まるで皆が、ボクのためにライブをしてくれてるみたいだ。

 それでも、奇跡を起こしてくれた皆の為にも、この手は掲げなきゃ行けない。涙を流しても、腕が真っ直ぐ上がらなくても、倒れちゃいそうになっても、ボクが始めた事だから.........!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ボクはッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「.........!」

 

 

テイオー「.........ボクは、怪我をした。怪我をして、自分の中で全部グチャグチャになっちゃって、どうしようって.........」

 

 

テイオー「けど.........そんなボクを、走れるって.........!走って欲しいって言ってくれた皆が.........!!!嬉しかった!!!」

 

 

 自分でも、何を言ってるのか分からないくらいめちゃくちゃになっちゃったけど、多分、皆には伝わってると思う。

 だから、それだからこそ、伝えなくちゃ。全部を伝え切ることが、一番大切だから。

 いつの間にか出てた涙を拭った。ゆっくり上がらないなら勢い良くつき出そう。倒れそうになったらネイチャに支えてもらえばいいや!!

 

 

 ボクの後ろにそびえるバックスクリーン。そこにはもちろん、ボクの姿が映し出されている。皆にその姿を誇示するように、ボクは最後の言葉を繋いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「みんなーーーーーっっっ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ボクは最強無敵のウマ娘っ!!!トウカイテイオーだぁぁぁーっっ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その言葉と共に掲げられた三本の指。ようやく掲げられた。待ちに待った。誰もが望んだ。その三本指が掲げられた瞬間。レースの 決着が着いた静けさを覆すように.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ワーーーーーーーッッッッッ!!!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 会場の歓声は、空を割らんばかりに響き散らしていた.........

 

 

 

 

 

山あり谷ありウマ娘

第二部 夢守り人編 完―――?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(やっぱり、凄い.........)

 

 

 割れんばかりの歓声の中、掲げた三本の指を下ろし、その手を胸に置きました。

 彼女は.........この多くの期待が背負っているプレッシャーの中を一人で、跳ね除けてしまったのです。きっと、誰の記憶にも残る菊花賞となったことでしょう.........

 

 

(私も.........強くあらねば.........!!!)

 

 

 強くある。それこそが、私に課せられた使命。そうあることで、皆さんの道標になることが出来る。

 そして.........『一心同体』を誓った彼と、ようやくもう一度、並んで歩くことが出来る。

 レースの事も、メディアの事も、何も気にならないように.........私が強くあれば良いだけの事なのです。

 そう思いながら、私はその強い気持ちを胸の内に閉じ込めました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その時は、それこそが『一心同体』である私のすべき事だと.........そう、思っておりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ......To be continued



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貴顕の使命は果たせずとも

 

 

 

 

 

『最強無敵のウマ娘っ!!!トウカイテイオーだぁぁぁーっっ!!!!!』

 

 

マック「.........」

 

 

 気持ちの良い風が流れるように吹く学園のターフの上。私はそこで、菊花賞のテイオーの姿を思い浮かべておりました。

 .........いいえ、それでは語弊があります。正確に言えば、忘れられないと言った方が正しいでしょう。あの日から、テイオーのあの姿と、あの声が、脳裏から離れてくれません。

 トレーニングの最中ですら、彼女のあの姿が頭から離れてくれないのです。その理由も、分かっています。彼女は.........多くの方々の期待に応えて見せた。私は、それに応えることが出来なかった。

 羨ましい。気を緩めてしまえば、その言葉が口について出てしまう程に、私は彼女にそのような感情を抱いて居ました。

 

 

桜木「.........大丈夫か?マックイーン」

 

 

マック「っ、大丈夫です。少し.........考え事をしていただけですわ」

 

 

 私の様子があまりにも上の空だったのでしょう。近くで見ていたトレーナーさんが、私の方に心配そうな顔で近付いて来ました。

 ジャパンカップまで、もう時間はありません。彼に余計な心配を掛けたくは無いのです.........

 そう思っていると、不意にトレーナーさんのポケットから音楽と共に振動音が聞こえてきました。

 

 

マック「.........出た方がよろしいのでは?」

 

 

桜木「.........ああ、少し待ってて」

 

 

 そう言って、彼は携帯を取り出し、耳に当てながら私から少し遠ざかって行きました。

 ですが、彼が口を開くことは一切ありません。どうしたのかと思っていると、突然彼は私の方を見て、両耳に人差し指を入れるジェスチャーを見せてきました。

 耳を塞げ.........という事でしょうか?なんなのか分からずに、彼の指示に従い、私は自身の耳を前に折り畳み、両手で覆いました。

 その姿を確認した彼は、大きく息を吸い込み始めます.........もしかして.........

 

 

桜木「ダァァァァァァァァァァッッッ!!!!!」

 

 

マック「〜〜〜!!!?????」

 

 

 やはり、予想していた通り彼は自分の携帯に向けて大きな声を出しました。耳を塞いでいても、ビリビリと身体が痺れるほどの大声です。

 そのまま余韻を見せず通話を切り、不機嫌そうにこちらに戻ってきました。

 

 

桜木「ごめん、驚かせた?」

 

 

マック「それはもう.........一体誰から.........?」

 

 

桜木「知らない」

 

 

マック「えぇ!!?知らない人にあんな事をしたんですの!!?」

 

 

 そう言うと、彼はバツが悪そうに頭を掻きました。言っていいのかどうなのかという様子で悩んでおりましたが、やがて彼はその口を開きました。

 

 

桜木「最近、イタズラ電話が来るんだよ。どっから俺の番号漏れたのか分かんないけど.........」

 

 

マック「それって.........」

 

 

桜木「大丈夫大丈夫!!マックイーンはそんな事心配しないでさ!!次のジャパンカップに集中してくれ。もう時間無いだろ?」

 

 

 そう言って、彼は次のトレーニングメニューを伝えようと私の側まで来ました。ジャパンカップまでの日数欄に、今後のトレーニング予定を詰め込んだ紙を、私に見せてくださいます。

 .........けれど、そんな紙なんかより私は、彼の表情に注目してしまいました。よく見れば、その目の下はうっすらと隈が出ています。それだけで、彼が最近眠れていない事が分かってしまいます。

 

 

マック(.........私のせいです)

 

 

 きっと、あの記事のせいです。トレーナーさんが去り際にあんな事を言ったせいで、記事は酷い事を書かれておりました.........

 私を守る為.........私に心配をかけさせない為.........そう、全部.........私のせいで.........!!!

 

 

マック(ごめんなさい.........!!)

 

 

 彼の言葉すら、まるで環境音の様に耳から入って抜けていく。口からこの言葉が出てきてしまえば、きっと楽になる。

 けれど.........これ以上、彼に心配を掛けさせたくない。彼の期待を、裏切りたく無い。

 胸を締め付ける様な痛みを抱きながら、私は今度こそ、完璧な勝利を遂げてみせると、『一人』誓いました.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ジャパンカップ当日。

 

 

 空模様は生憎の曇りではあるが、幸い、雨は降ってはいなかった。

 この日、マックイーンは嬉しくも一番人気で出走している。皆、前回の事を気にせず応援してくれているのだと分かり、少しほっとしていた。

 

 

 そう。俺はこのレース。『勝てると勝手に思っていた』............

 

 

桜木「っ.........」

 

 

沖野「おいおい.........!!伸びが苦しいんじゃないか.........!!?」

 

 

 最終コーナーを回った直線。マックイーンは調子が悪いのか、いつものスタミナを活かした走りが出来ていない。

 どうしてだ.........!!どうしてなんだマックイーン.........!!!

 

 

テイオー「あっ.........」

 

 

スズカ「.........抜かされちゃった」

 

 

 先頭から離され、二番目で走っていたマックイーン。一人、二人と抜かされて行き、ゴール直前ではもう四番目になっていた。

 分からない。なんで負けたんだ。何が行けなかったんだ。何が余計だったんだ。そんな迷いが頭の中でグチャグチャに掻き回されて、何も分からなくなってくる。

 それを見つけるのが.........俺の役目なのに.........!!!

 

 

「一番人気メジロマックイーン、四着に破れましたーっ!」

 

 

桜木「っ、マック......イーン.........」

 

 

 その実況の言葉を聞いて、俺はハッとして頭を上げた。見ていなかった。彼女のレースを.........自分の事ばかり考えて、一体俺は何をしているんだ.........

 .........切り替えよう。切り替えなくちゃ、俺は大人で、彼女のトレーナーなんだ。

 そう、悔しさや不甲斐なさで満たされた心を見て見ぬふりをした俺は、彼女の姿を目で追った。

 その姿は言葉に表せられない、何とも言えない表情をしたマックイーンが、順位を表す掲示板をじっと眺めていた.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「.........」

 

 

 思い空気を背負っている様な感覚に陥る控え室。それを感じているのは、私だけかも知れません。

 勝負服から制服に着替えた後、チームの皆さんが入ってきてくださいましたが、今の今まで、私は何も話せないでいます。

 .........謝らなくては。期待を無駄にした事を、皆さんの応援を、無下にしてしまった事を.........

 

 

マック「皆さん、申し訳ありません。不甲斐ない結果となってしまって.........」

 

 

タキオン「謝る必要は無いよ。マックイーンくん」

 

 

ライス「うん!ジャパンカップって、世界から色んな人が来るレースなんだよね!マックイーンさんカッコよかったよ?」

 

 

 そう言って下さるタキオンさんやライスさん。それに同意するように、ここにいる方々が首を縦に振ってくださいます。

 本当に優しい方々です。そんな人達の期待に応えられない自分が.........本当に情けない.........!!

 

 

ゴルシ「そんな過ぎたことよりよ!レースも終わったしなんか食いに行こうぜ!おっちゃんの奢りでよー!!」

 

 

桜木「えっ、あ、ああ!!何でもいいぞ!!パフェだろうとパンケーキだろうとドンと来いっ!!」

 

 

 元気に答えるトレーナーさんですが、その表情からはやはり、残念という感情が伝わってきます。彼もやはり、私の勝利を待っていたに違いありません。

 そんな、人の期待に応えられもしない自分が、人に甘えられるわけがありません。答えはとっくのとうに決まっております。

 

 

マック「私は.........その、遠慮しておきますわ」

 

 

全員「.........え?」

 

 

マック「『有馬記念』だって控えておりますし、走ったばかりでお腹も減っていませんから」

 

 

 皆さんに言葉を掛けているうちに、その目が徐々に悲しみを帯びてきます。そんな顔にさせたかった訳では無いのです。

 早く.........早くここから立ち去りたい。そんな事が頭に浮かび上がると同時に、どうしようもない嘘が口からついて出てきてしまいます。

 

 

マック「あっ、私、おばあ様に電話をしないと、お先に失礼しますわね.........」

 

 

 溢れ出しそうな何かを抑え込みながら、私は皆さんの顔を見渡します。本来であるならば、笑顔で溢れていたはずの空間。それが悲しみに包まれているのは、私が勝てなかったから。

 そう、思うと、抑えていた感情が徐々に隙間から漏れ出してきてしまいます。早く、ここから出なくちゃ.........

 

 

マック「皆さん、本当に.........本当に申し訳ありませんでした.........っ」

 

 

桜木「っ、マックイーンっ」

 

 

 

 

 

 ―――彼女は頭を下げた後、そのまま流れるように控え室を出て行った。彼女が走った後には涙だけが残され、光に当てられてキラキラと光っていた。

 

 

桜木「.........」

 

 

ゴルシ「.........おっちゃん演技下手すぎ」

 

 

桜木「.........うるへぇ」

 

 

 そんな事言われなくても分かってる。そうでなければ、こんな皆の見ている前でマックイーンに対して手を伸ばす様な恥ずかしい姿は晒していない。

 どうしても、彼女の前では取り繕えない自分が居る。それが何故かは分からないが、少なくとも、彼女に対して嘘など付けないのは確かだ。

 そんな中でも、今彼女を追いかけるべきなのか、それとも時間を置いてあげるべきなのか、判断がつかない。こんなの、 指導者失格だ.........

 

 

タキオン「大体君は腐っても元役者だろう。彼女を元気付けるくらいしてみたらどうなんだ!!」

 

 

桜木「っ、それが出来るんだったら最初から!!!」

 

 

 やっている。そう言おうとした瞬間、控え室のドアがコンコンと叩かれる音が聞こえてきた。

 一体誰だろう?今は取り込み中である上、今回の主役のマックイーンが居ない。その場で帰ってもらった方が良いだろう。

 そう追い返す類の声をかける前に、その扉は、特徴的な声の挨拶と共に開かれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「邪魔するで」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「た、タマの姉御.........!!?」

 

 

タマ「.........なんや、この辛気臭い雰囲気.........邪魔するなら帰ってくらい言ったらどうなんや?!!」

 

 

 意外な人物だ。みんなは突然のタマモクロスの登場に呆気に取られながらも、徐々にその眼差しを憧れや好意的なものへと変えて行った。

 

 

ウララ「タマちゃんだー!!」

 

 

ブルボン「タマモクロスさんも、マックイーンさんの応援に?」

 

 

タマ「そうや?ウチの応援、みんな来てくれたやろ?そのお返しにと思うて来たんやけど.........」

 

 

 キョロキョロと辺りを見回すタマモクロス。どうやら廊下でマックイーンと会っていないらしい。入れ違いになったというのが事実だろう。

 

 

桜木「ちょっと、な.........」

 

 

タマ「.........どうやら、この辛気臭い雰囲気と関係あるみたいやな。話してみ?」

 

 

 皆の顔が、タマモクロスと会えた事の嬉しさから、先程のマックイーンとのやり取りをした時のような、何とも言えない悲しい表情になる。

 こんな時ですら、俺は話していいものかと思っていると、沖野さんから肘で押される。お前が話せと言うように、俺に促してくる。

 .........情けない。こんな事すら他人に委ねてしまう自分が、本当に情けない。そう思いつつも、マックイーンの為にと.........本当はこの状況を何とかしたい自分のエゴだと自覚しながら、俺は全てを.........目の前のタマモクロスに話した。

 天皇賞・春から、今日までにかけて狂い始めた、俺と彼女の歯車の事を.........

 

 

タマ「.........分かるで、おっちゃんの気持ちも、マックちゃんの気持ちも」

 

 

 腕を組み、目を閉じながら話を聞いてくれていたタマは、そのまま俺の話を聞き終えてから口を開いた。

 話してどうにかなる問題では無いと思った。けれど俺は、その言葉を聞いて、解決の糸口を見つけられると感じた。

 どうにか、彼女がレースだけに集中出来るようになる糸口を.........

 

 

タマ「多分やけど、皆の期待に応えた過ぎるんや。マックちゃん、頑張り屋やからな」

 

 

テイオー「皆の.........期待に.........?」

 

 

タマ「.........そや。ウチにもそんな時期があった。おっちゃんは良く知っとると思うけどな」

 

 

 そう言って、タマはその視線だけを俺に移してくる。俺はそれに応えるように、タマと初めて出会い、そして話した事を思い出す。

 

 

タマ「トレセン学園に入ったからには、結果出さなアカン。けどウチは最初、ホンマ勝てんかったんや」

 

 

タマ「周りはそんなウチに期待し続ける。ウチは期待に応えられない.........発散出来へん期待が、ウチの中で積もって行ったんや」

 

 

タマ「皆口には出さへん。けど目が言うんや。お前に期待しとるで.........ってな」

 

 

 懐かしそうにそう話し始めるタマモクロスの目は、少し悲しげだった。きっと今でも、その期待と戦い続けてるのかもしれない。

 発散出来ない期待は、その人の中に消化される事無く、積もり積もって行く.........それが心の中で足の踏み場も無いほどの障害物になり得るのかもしれない.........

 

 

 俺はバカだ。次なんてどこにも存在しないのに、その次を彼女に求め続けた大バカ者だ。悔やんでも悔やみきれるものでは無いし、俺はきっと、これからも同じ事をしてしまうだろう.........

 何故かは分からない。けれど、どうしても[期待]してしまう。彼女の次を、彼女の勝利を、彼女の走りを、必ず[期待]してしまう。

 

 

ダスカ「あの.........タマモクロスさんはどうやってそれを乗り越えたんですか.........?」

 

 

タマ「そやなぁ.........『なんも知らへん素人の一般人が言った言葉』が、ウチを救ってくれたんや」

 

 

タマ「『言葉にしない期待』なんかより、『信じてくれる言葉』の方が.........頑張り屋さんには丁度ええねん」

 

 

 恥ずかしそうに頬を掻きながら、目の前のタマは笑う。それでも心なしか、彼女はどこか嬉しそうであった。

 どう乗り越えたのか、どう、そのどうしようもない期待に打ち勝てたのか、俺は知りたい。そう思って俺は.........

 

 

桜木「頼む.........」

 

 

全員「え.........!!?」

 

 

桜木「それがなんだったのか.........教えてくれないか.........!!!」

 

 

 俺は、彼女に向かって、地面に頭を着けた。もう、周りの事など気にしては居られなかった。

 .........空気が変わった。けれど、それは俺が変えたものでは無い。この空気の流れは、明らかにタマモクロスから出ている。そう思える程に、先程まで温かさも感じた彼女の雰囲気が、一気に冷めた。

 

 

タマ「.........別に、教えてやってもええで?」

 

 

桜木「っ!ほんと「ただし」―――?」

 

 

 俺は、その言葉に、藁にもすがる思いで頭を上げた。けれど、そこにいる俺より小さい.........いや、ここにいる中で誰よりも小さい彼女の表情は、酷く冷たい物だった。

 そして、その言葉は.........俺を酷く、躊躇させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「トレーナー辞めてもらうで」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「え.........」

 

 

タマ「トレーナーとウマ娘は『一心同体』みたいなもんや。そんな他人から貰った言葉で関係治っても、どうせ同じ事繰り返すやろ」

 

 

タマ「マックちゃんのとこにも行かせへん。ウチからそれ聞いたらそれ胸にしまって、トレセン学園も辞めてもらうし、二度とトレーナー.........いや、ウマ娘と関わらんといてや」

 

 

 空気が冷たい。肺に入ってきた空気が内側から身体を凍りつかせる様に、俺の身体は小刻みに震えを見せる。

 怖い、けれど、それを知らない事には、だが、それを知ったら俺はもう.........

 

 

ブルボン「タマモクロスさん!それは.........」

 

 

沖野「ブルボン.........」

 

 

 抗議を入れようとしたミホノブルボンの前を塞ぐように、沖野さんはその手を横に広げた。その目は、俺の答えをじっと待っている目だった。

 

 

桜木「......俺には、分からない.........!!」

 

 

桜木「あの子がどうして欲しいのかもっ!!どうしたら心配かけさせ無いのかもっ!!俺にはっっ!!!何もっっっ!!!!!」

 

 

タマ「.........」

 

 

 誰も、何も言ってはくれない。誰も、正解を教えてはくれない。俺の悲痛な叫びも次第に空っぽになって行き、空間は静寂になって行った。

 だが.........次第に空気は、温かさを取り戻して行った。気が付くとタマモクロスは、その表情を冷たさを感じる物から、温かさを感じる微笑みに変えていた。

 

 

タマ「.........それでええ」

 

 

桜木「.........?」

 

 

タマ「おっちゃんとマックちゃんの事なんて、アンタら以外誰も分からへん。正解はこれから、おっちゃんとマックちゃんで探すんや」

 

 

 そう言いながら、タマは俺の両肩を包むように掴み、無理やり俺をその場に立たせた。土下座をした際に着いたズボンの汚れを文句を言いながら払うとタマは今日一番の笑顔でこう言った。

 

 

タマ「じゃ!!そういう訳やからさっさとマックちゃん探しに行きいや♪!!」

 

 

桜木「へ.........?」

 

 

タマ「ボサっとせんでッッ!!!駆け足ッッ!!!」バシィンッ!

 

 

桜木「は、はいィッッッ!!!!!」

 

 

 思いっ切り背中を引っぱたかれた俺は、訳も分からず走り出した。まだ答えは見つかっても居ない。なのに.........もう動きだしたら、それすらどうでも良くなっていた。

 控え室に残る皆の顔を一瞬だけ見ると、全員鳩が豆鉄砲くらったような顔をしていた.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

タマ「.........はァ〜......ホンマ世話が焼けるトレーナーやで、おっちゃんは.........」

 

 

 これでようやっと腰を落ち着かせられるわ。ウチは近くにあった椅子を持ってきて、その場にドカッと座り込んだ。

 けどなんや静かやなぁ思うてると、ウオッカが口を開いたんや。

 

 

ウオッカ「お、オレ達も追った方が.........」

 

 

タマ「かまへんかまへん。むしろ邪魔や」

 

 

スズカ「じ、邪魔って.........」

 

 

 ちょっち言い方キツイかも知らんけど、ホンマの事や。ここで下手に人増やしても逆効果。こういう時は一体一の方が、お互い集中出来てええ。

 ゴールドシップもなんやソワソワしてるけど、心配ないと思うで。おっちゃんやる時はやる男や。ウチはそれを知っとる。

 

 

タキオン「それにしても.........気になるねぇ」

 

 

タマ「だァかァらァ!!大丈夫言うてるやろぉ!!!」

 

 

デジ「しゅ、しゅごい!!タマモクロスさんの声が直接.........あぁ〜ビリビリしゅりゅ〜♡」

 

 

 なんや気持ち悪い声を出したデジタルが壁にもたれかかってもうた。心なしか色も無くなった気ぃする。まぁ誰も心配しとらんし平気やろ。知らんけど。

 そんな中でも、タキオンの方は同じアグネスやのにホンマしつっこいわ〜.........あんな声出してもそのねちっこい目でウチの事をようみとくる。おっちゃん気になっとる言うてたけどホンマはウチを気にしとるんちゃうんか?なぁ〜んて.........

 

 

タマ(.........いや、割とあるで)

 

 

タキオン「タマモクロスくんがさっき言っていた『信じてくれる言葉』!!俄然気になるねぇ!!!」

 

 

タマ(やっぱし!!!)

 

 

 アカン、さっきまで辛気臭い.........なんならミカンにカビ生えるレベルの空気やったのに、今はアサガオ咲いてまうくらい空気が澄み渡り始めおった。

 口々にみんな「確かに〜」とか、「聞きたい〜」とか、そんなおもろい話でもないで!!?

 

 

沖野「俺も気になるな」

 

 

タマ「アンタもかいっ!!?」ビシィ!

 

 

 .........まぁ、チームトレーナーであるおっちゃんを追い出してもうたんや。コイツらのご機嫌取りはウチがやるしか無い。

 ウチはおっちゃんとマックちゃんの仲直りを願いつつ、前にマックちゃんに話したおっちゃんとの出会いを、レース場の係員が叱りに来るまで延々と話してやったわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「はぁ......!はぁ......!」

 

 

 あれから、走り続けていました。ずっと、ずっと、ゴールの場所すら分からず、脇目も振らずにただただ走っていました。

 レースと違い、スパートを掛けずに走り続け、目的地も定めず、ただ走る。この胸にある何かが無くなるまでは、止まれませんでした。

 

 

マック(......けれど.........!!)

 

 

 その何かは無くなることはありません。代わりに、走り続ける事で彼ら彼女らに対する申し訳なさや、自分の弱さに対する不甲斐なさが絶え間なく自分の心の中で発掘されていきます。こんなことをしていても何も意味は無い、そう思っても、この足は.........止まってくれそうにはありません。

 

 

マック「はぁ......!はぁ......!」

 

 

 レースの疲れすらも忘れ、目から零れ落ちる雫すら気にせず、私は走らされていました。もう.........!!自分では.........!!『私一人』ではどうすることも出来ないんです.........!!!

 その時ふと、入った道の光景にある日の思い出が重なります。そこで私はようやく、足を止めました。

 

 

マック「はぁ......ここは.........?」

 

 

 ここは.........そう、彼と歩いた道。彼と二人きりで、並んだ道。美味しい物や、知らない人に絡まれた思い出よりも先に、隣を歩く彼の横顔が浮かび上がりました。

 

 

マック(.........思い出に浸るのも、悪くありませんわね)

 

 

 彼との事を思い出している内は、申し訳なさや不甲斐なさは一切、その顔を出す事はありませんでした。

 この道を歩けば.........彼との思い出を辿っているうちは、この苦しみから解放される.........そう思った私は、夏祭りの会場であったこの誰も居ない道のりを一人、歩きました.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「はぁ......!はぁ.......!クソっ、どこまで行ったんだ.........!!?」

 

 

 脇目も振らずただ走った。人である俺が、走り去る彼女に追いつける訳も無いのに、それでも止まることも、歩くことも出来なくて、俺はただただ、ひたすらに走り続けた。

 何が悪かったのか、どうすれば良かったのかまだ分からない。けれど、それでも彼女に会わなければ行けない。間違いを見つけるのはそこから.........

 

 

「だから!ここはこうだって!」

 

 

「もう!さっきからそうやってるじゃない!」

 

 

桜木「はぁ......?なんだ.........?」

 

 

 帳も降り始める時間帯。この時間に一体どうしたのだろう?そう思っていると、がむしゃらに走っていた時には入ってこなかった景色がようやく、頭に情報として入ってくる。

 間違いない。この声は公園からする。しかもここ.........俺が休みの日に利用する公園だ。

 そう思った俺は、マックイーンに申し訳ないと思いながらも、その男女の喧嘩を止める為に公園を目指して走った。

 

 

「っ、何回言えば.........あれ?」

 

 

「あ!桜木さんだ!アドバイス貰いに行こ?!」

 

 

桜木「はぁ......お前ら.........」

 

 

 公園の塀から上半身だけ出ている俺を見つけて、その若い二人は俺に駆けてくる。近くの学校で演劇をしている子達だ。俺もたまに、演技指導している。

 

 

「桜木さん!聞いてください!俺達全国大会に行けるんですよ?!」

 

 

桜木「あ、ああ.........知ってるよ。地区大会見れなかったけど、他の子が教えてくれたから.........」

 

 

「私達、どうしても全国で金賞取りたいんです!アドバイスくれませんか?!コイツマジで伝えるの下手くそなんですよ!!」

 

 

 そう言う二人はキラキラとした眼差しで俺を見てくる。正直付き合いたいのも山々だが、俺には時間が無い。今回は止めておこう.........

 なんて、思っている内に二人は俺の意見すら聞かず、目の前で演技を始めだした。

 

 

「行かないで......!」

 

 

「.........俺だって行きたくないよ。けど.........これが来たらさ、俺達。行かないと.........」

 

 

 後ろから抱きつく少女。その子に顔を見せず、悲しそうな抑揚でそう言い放つ少年。時代背景は戦争時代だろうか?白紙の紙をチラリと見せる様にすると、少女は後ろに、ワザとバランスを崩しながら後ずさった。

 

 

「酷いよ......!貴方はいつもそうやって私から離れてく!せっかくまた会えたのに......!どうして.........!!」

 

 

「.........心配してくれて、ありがとう」

 

 

桜木(.........?)

 

 

 はにかむ様な微笑みで少年は言った。少女はその顔を見て、わぁっと泣き崩れる。演技としては、この上ないほど素晴らしいものだった。

 だけど.........その、少年が放った言葉が何故か引っかかる。心の中で、罪悪感と共に疑問が浮かぶ。

 そんな俺の事なんて知らない二人は、演技を続けた。

 

 

「待ってる......から.........!!」

 

 

「うん」

 

 

「信じてる......から.........!!」

 

 

「俺も......お前を信じてる。俺も、お前を心配するから」

 

 

桜木(.........そうか)

 

 

 二人は面と向かって抱き合った後、しばらくの間お互いを感じる様に強く抱き締めていた。少年はしばらくしてピクっと身体が反応する。恐らく、何かの音響がここで入るのだろう。

 

 

「俺、行くよ」

 

 

「.........うん」

 

 

 少年は、ぎこちなさそうに少女に敬礼をする。三秒ほどその姿を見せた後、少年は振り返らずに少女の反対方向へと歩いて行った。

 少女は、名残惜しそうに手を伸ばすが、伸ばしきりはしなかった。その伸ばそうとした手を片方の手で包み込んで、胸の位置まで持ってくる。

 

 

「.........どうでした!!?」

 

 

「今の最っ高!!舞台で出来たら絶対金賞取れるよ!!」

 

 

桜木「.........うん。何も言うことは無いかな」

 

 

 そう言うと二人は年相応に嬉しそうな顔を見せてくれる。そんな姿が.........彼女を思い出させる。

 思っていたより俺は頑固だったのかもしれない。一つの正解を追い求めて、他のやり方を見落としていた。『一心同体』にも、他の形があるはずだ。

 

 

「.........あ、そう言えば言った方がいいのかな?」

 

 

桜木「え?」

 

 

「さっきね!マックイーンさんみたいな子が走ってったよ!あっちの.........神社の方!」

 

 

 そう言う少女の指さす方向は、夏祭りで花火を見た神社の方角であった。

 俺は二人に礼を言ってマックイーンを追いかける.........事はせず、公園の水場で、頭を冷やす為に冷水を被った。

 

 

「うわ、冷たそう.........」

 

 

桜木「助かったよ。演技も良かった。大会、頑張れよ。今のが出来れば、必ずいい結果になる」

 

 

「「っ、はい!!」」

 

 

 タマモクロスの言葉を意識し、二人を信じているという言葉を送る。この年でお互いぶつかりあえる程真剣にやっている頑張り屋さんだ。返事をしたその顔は、やはり、嬉しそうだった。

 

 

 俺は、また走り出す。今度はゴールに向けて、居なければ電話をしてでも呼び出してみせる。そんな勢いのまま、俺は神社を目指して行った.........

 

 

桜木(待っててくれよ、マックイーン.........!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「変わりませんわね.........ここは」

 

 

 記憶よりも冷たい風が頬を撫で、木々をザワザワと揺らします。金木犀の赤や黄色で敷き詰められた地面に、秋の季節を感じます。

 神社の近くにあるベンチの上に積もった葉っぱを払い、そこに座ります。階段を登りきった鳥居を見ていると、あの日の私達の後ろ姿が浮かび上がるように思い出されます。

 

 

『綺麗だな』

 

 

マック「っ、違う.........!」

 

 

 まるで、今呟いたかのように鮮明に聞こえてくる彼の声と、後ろ姿。それを見てようやく、気付きました。

 ここが変わっていないのではありません。私が.........変わってしまったのです。あの時より、臆病に、奥手に、卑屈になってしまった.........

 そう思ったらもう.........あの頃のようには戻れないと思ってしまった。あの頃のように、あの人の隣を歩く事は出来ないと.........当然です。私のせいで、彼は明らかに、誰かしらに嫌がらせされているのです.........

 もう、終わりにしなければ行けないのかも知れません。私にはもう、彼の隣で歩く事は許されないのかもしれません。彼を悲しませる私を、私は決して、許しはしないでしょう.........

 

 

マック(ごめん......なさい.........!!!)

 

 

 膝の上で握った両手に雫が跳ね、小さい水たまりが出来上がります。今まで顔を見せてきた悔しさや、申し訳なさや、不甲斐なさではありません。明確な悲しみが、突然込み上げてきました。

 けれど、私はもう自分で決めてしまった。心の中でそれが一番良いと思ってしまった.........ならば、大切な人の為にそうするしかありません。

 .........綺麗な思い出だけ。もう少し、その記憶に慰めて貰おうと涙を拭うと、今まで聞こえてこなかった小さな音が聞こえてきました。

 

 

マック(ち、近付いてきますわ.........!?)

 

 

 階段を上る音。そして徐々に近付いてくるその小さな音はやがて、荒々しい呼吸音だという事が分かりました。音の間隔からして、相当早く登って来ております。

 ま、まずいですわ.........きっとランニングをしている男性です。こんな所を見られたらきっと、心配をかけてしまいます.........!

 そう思いながら私は、慌ててベンチから立ち上がり、木々を観察していると装えるよう階段から神社にかけての道に背を向けました。

 

 

「はぁ......!はぁ......!」

 

 

マック(早く......!早くどこかへ.........!!)

 

 

 ここじゃない場所に行って欲しい。そんな事を思いながら、私はひたすらに目を閉じて居ました。

 それでも、その男の人は全速力で走ってきたのか、いつまで経っても呼吸が整う事はなく、吐く息に混じった糸のように細く高い音も聞こえてきます。

 

 

 一分ほど、経ったでしょうか。呼吸を落ち着かせたその姿も分からない男性は、ゆっくりと歩きだします。最初は神社の方へ向かわれるのかと思いましたが、違いました。

 道から外れ、多くの落ち葉が落ちているこちら側に歩いてくるのが分かります。この時間に一人、女の子が居たから心配してくださったのかも知れません。

 声をかけられたら、笑って大丈夫ですと言いましょう.........それくらいの余裕は、作れましたから.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「.........よう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「っ!!?トレーナー.........さん」

 

 

 振り返った目の前には、何故か雨に打たれた様に頭を濡らしたトレーナーさんが居ました。いつものつんつんとした髪型ではなく、前髪が下りきっています。

 それでも私は、振り返らずとも彼であると分かりました。優しい声で.........それだけで彼だと.........

 

 

マック「どうして.........?」

 

 

桜木「何となく.........って、カッコつけたいところだけど、走っていく君を見たって聞いたんだ。情けないよな」

 

 

 私の疑問に対して、彼はそうどこか悲しそうな笑みで答えました。最近はもう、そんな顔しか見ていないような気がしてしまいます。

 

 

マック「.........けれど、貴方はこうして来てくれました.........来て欲しい時に必ず来てくれる。貴方はいつもそうです」

 

 

桜木「.........」

 

 

マック「でも、もうおしまいにしましょう?こんな勝てなくなった私など抱えていても、迷惑しか掛けられませんわ」

 

 

 ああ、自分で言っている内に、身体がどんどん冷え込んで行きます。まだ冬にもなって居ないのに.........まるで、氷の中に居るような、そんな気持ちになってしまいます。

 .........これでいいんです。これが最善なんです。この人に迷惑をかけるくらいならいっその事.........!!

 そう思いながら、私は彼の側を横切ろうとしました。これでもう.........綺麗な思い出ともさよならしてしまうと思うと、またあの悲しみが胸に込み上げてきます。

 

 

桜木「.........待ってくれ」

 

 

マック「っ.........離して、ください.........!」

 

 

 私の左手首を右手で包み込むように、彼は掴みました。振り払おうと思えば、振り払える筈なのに.........それを無意識に拒んでしまいます。

 だから、彼の方から離して欲しかった.........!!彼の方から諦めて欲しかった.........!!なのに、彼は何も言わず、私の目をじっと見つめるだけ.........

 

 

桜木「.........」

 

 

マック「離して!!!」

 

 

桜木「嫌だッッッ!!!!!」

 

 

マック「っ.........!!!」

 

 

 私の声よりも数倍大きい声で、まるで発言を掻き消すかの様に彼は重ねてきました。その目や表情は、私に今まで向けた事の無い、初めての物でした。

 

 

桜木「勝てなくなったから、俺が期待しなくなるとでも思ったのか?」

 

 

マック「.........」

 

 

桜木「レースであっちゃいけない事したから、皆期待しなくなるとでも思ったのか?」

 

 

マック「.........っ」

 

 

 真っ直ぐ、その目は私の心を見透かす様に、私の目を見つめてきます。真剣な表情から一切、彼の顔は変わることはありません。

 そんな表情で、そんな事を言われてしまえば.........まるで、私が全部間違っているみたいではありませんか.........!!

 彼の優しさが、そんな私をダメにしてしまう様な優しが.........!!私は嫌いなんです.........!!!

 

 

マック「だって.........!!そうではありませんか.........!!?」

 

 

マック「私は斜行という一歩間違えてしまえば大惨事になっていたかもしれない行為をしました!!!」

 

 

マック「そのせいで貴方やチームの皆さんに多大な迷惑を掛けたのも事実です!!!」

 

 

マック「それなのに.........!!どうして.........!!!」

 

 

 せっかく我慢していた悲しみが、また溢れ出して来ます。今度は手の甲という受け皿のない涙は、地面へとただただ流れるままに落ちていきます。

 それなのに.........!!目の前のこの人は表情一つ変えず.........!!私の事をその目で真っ直ぐ見つめてきます.........!!こんな私を.........!!

 しばらく、木々の揺れる音も、風が吹く音もありませんでした。あったのは、私の嗚咽だけ。けれど、それも落ち着いた頃にようやく、彼はその口を開きました。

 

 

桜木「変なこと言うかもしれないけど.........マックイーンはさ、ユタカなんだよ」

 

 

マック「え.........?」

 

 

 急に、ユタカの名前を出されて全てが真っ白になります。そして、その言葉の意味もよく分かりません。そんな事が顔に出ていたのか、トレーナーさんは困った様に笑いました。

 

 

桜木「例えばさ、ユタカが全打席奪三振取られたとするだろう?」

 

 

桜木「マックイーンはもうユタカの応援はしない?」

 

 

マック「!!そんな事!!.........あっ」

 

 

 有り得ません。そう、頭ではなく、つい反射で答えそうになってしまいました。そして、それと同時に気付いたのです。

 きっと、彼にとっては私が、そういう存在なのです。何があっても、次に期待してしまう.........私にとっての、ユタカと同じ存在。

 そんな私の様子を見て、分かったのでしょう。彼は掴んで居た手首を、ゆっくりと離して下さいました。

 

 

桜木「.........それと、もう一つだけ」

 

 

マック「なんですか.........?」

 

 

 そう言って、彼は一歩、私に歩みを進めてきました。以前ならばよく見ていた彼の姿.........そういえば、こんなに近くに感じるのも、久しぶりの気がします。

 おもむろに伸ばされた手に、私は頭を撫でられると思いました。またいつものように、優しい手つきで心地よくなってしまう.........そう、勝手に.........

 

 

マック「え...あ......?」

 

 

 冷え込んでいた身体が、急に暖かさを感じ始めました。それだけではありません。等間隔に脈打つ音が、私の耳に強く響いて聞こえてきます。

 抱きしめ.........られている......。それに気付くのに、時間はそう掛かりませんでした。

 

 

桜木「.........なぁマックイーン。俺達今まで二人とも、『一心同体』だと思って頑張ってきたよな」

 

 

マック「.........はい」

 

 

 彼の言葉と共に、彼と共に歩んできた道のりを思い返します。その道のりは、先程まで私を慰めていた記憶とは違って、血が通っている様な暖かさを感じられました。

 

 

桜木「.........お互い、無駄な心配かけないように、無理して取り繕って、実際無理して.........」

 

 

桜木「今日、タマが来てたんだけどさ、アイツに言われて気付いたよ.........それは間違ってるって」

 

 

 彼は優しい声で、私に静かに語りかけてきました。そしてそれは、私にとっても、決して無関係な事ではありませんでした。

 無駄な心配を掛けたくない。彼にはトレーナーとしての仕事だけ集中して欲しい.........それが、一番幸せだと思っていたから。

 今、それを否定されてしまった私は、酷く動揺してしまいました。

 

 

桜木「それからずーっと考えてた『一心同体』って、なんだろうって.........」

 

 

マック「.........」

 

 

 少し、抱きしめている彼の腕が強ばる感触を感じとりました。彼もまた、苦しんでいたのだと思うと、それに気付けなかった自分が情けなく思ってしまいます。

 

 

桜木「俺はずっと、心配事や考え事を減らして行く為のものだと思ってた.........けどそれじゃ、成長しない。成長できない」

 

 

桜木「それは、相手を束縛して、把握するだけなんだ。相手の考えを狭めて、心配事を一蹴して、その場で留まらせる」

 

 

桜木「.........やめよう。こんなこと」

 

 

 しばらくの沈黙の後、彼はそう言いました。その言葉は.........私との関係を終わらせるのと同じ意味を持っていました.........

 離れて行ってしまう。この温もりが、優しさが、無邪気さが、そして.........隙間から溢れるような、未だ名前を付けていない感情が全て.........私の傍から消えてしまう.........そう思うと、怖くて怖くて、仕方ありませんでした.........

 声をあげて泣き出してしまいたい衝動を抑えながら、私は.........恐れつつも、大粒の涙を地面に落としつつも、彼の意志を聞きました.........

 

 

マック「っ.........では、もう.........『一心同体』は、おしまいですのね.........!!」

 

 

桜木「ああ.........独りよがりの『一心同体』はもう。やめにしよう.........」

 

 

マック「っ、ぅぁあ.........ああぁ.........!!」

 

 

 もう、抑えられない.........止める事はできない。押さえ込んでいた蓋はどうやら、どこかへ飛んで行ってしまったように、悲しみは今まで抑圧してきた分を勢いよく上へと押し上げてきます。

 彼との道は、これでおしまい.........そう思うと、私はもう.........自分で立つことすら叶いませんでした。

 .........けれどその分、立てない私を支えるように、彼は力強く、私を抱き締めました。

 

 

桜木「.........だから、今度は二人でちゃんと、『一心同体』になろう」

 

 

マック「え.........?」

 

 

桜木「心配事は共有して、考え事は一緒にしよう。相手と共有して、信頼する.........」

 

 

 彼が何を言っているのか、もう頭の中がぐちゃぐちゃで、何が何だか分からなくなっていました。そんな混乱の中でも、彼の腕が震える程力も入れていないのに、振動している事に気が付きました。

 そして.........時折、彼の身体が跳ねるような感触を感じ取りました。もしや、彼の身に何かあったのでしょうか.........?

 彼の身を案じ、安否を確認する為に顔を上げた瞬間。頬に暖かさを感じる何かが落ちてきました。そして、それがゆっくりと私の頬を通った後.........その後を追うように、私の目からもその線を沿う涙が溢れ出しました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺達は.........!ひとりじゃないんだから.........!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼はそのまま、私を強く、強く抱き締めました。私も、彼の背中に手を回し、力強く抱き締めながら、ただひたすらに泣きました。

 彼の鼓動.........彼の温もり.........彼の優しさ.........その全てが、私を守るように包み込んでくれる。

 苦しい、切ない、離れて欲しい、もっと感じていたい、傍に居て欲しい、暖かい、心地良い.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(ああ.........)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(やっぱり.........好きなんだ.........)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今、ようやく気付きました。

 

 

 気付いてしまいました。

 

 

 好き。

 

 

 好きなんです。

 

 

 どうしようもないくらい優しいこの人が。

 

 

 どうしようもないほど.........好きなんです

 

 

マック(好き.........!!)

 

 

マック(大好き.........!!)

 

 

 こんなに自分の為に泣いてくれる人の事を、好きにならない人は居ません。背中に回した手に自然と力が込められます。彼の衣服の匂いも、先程より身体に取り込もうとしているのか、強く感じてしまいます。

 名前の付いていない感情は、やはり[恋]でした。親愛や友愛ではなかったのです。テイオーやゴールドシップさんが言っていたように.........私は、この人の事が.........異性として、大好きなんです.........

 

 

 その日、会話はあれきりで、私達二人は抱き合いながら泣き続けました。流石に彼は恥ずかしくなってきたのか、最後には抱擁を解きましたが、正直名残惜しい気分でした。

 彼は私を抱きしめていた手で、私の流れる涙を拭いた後、ただ笑って、私の手を引っ張って行きました.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「ここは.........」

 

 

桜木「入ってくれ、皆待ってる」

 

 

 そう言って、トレーナーさんは扉の横の壁に背をもたれかけました。そこは、私達がよく知るチーム[スピカ:レグルス]のチームルームでした。

 中の明かりが、扉の窓から見えるに、この中でチームの皆さんが待っているのでしょう.........私は意を決して、その扉を開けました。

 

 

マック「あの......ただいま戻りましたわ.........」

 

 

ゴルシ「おっ!?帰ってきたか!!」

 

 

 一番最初に反応したのは、ゴールドシップさんでした。嬉しそうな顔をする前に一瞬だけ、寂しそうな顔をしていましたのに、私を見た途端に、そんな事無かったように振る舞います。

 

 

ウララ「マックイーンちゃん.........!!」

 

 

マック「う、ウララさん.........!!?」

 

 

 次に、ウララさんがこちらまで駆け足で近付き、抱きついて来ました。その目には、大粒の涙が溜まっており、私を心配してくれたのだと一目で分かりました。

 そんなウララさんを落ち着かせるように、泣かせてしまった事を償うように、私はその頭を優しく撫でました。

 

 

ライアン「おかえり、マックイーン!」

 

 

ドーベル「メジロ家のウマ娘が夜遊びだなんて、おばあ様が知ったら大変だよ?」

 

 

 いつも通りの元気さを見せてくれるライアンと、注意しつつも、嬉しそうにしてくれるドーベル。

 周りを見渡すと、皆さんの嬉しそうな顔が見えました。タキオンさんやライスさん、テイオーさんやスズカさんも、優しい表情で私を出迎えてくださいます。

 みんな.........期待してくれている。それは私の勝利ではなく、私を、一人のウマ娘として期待してくれている。そう思ったら、心の中にあった足の踏み場の無い空間も、綺麗な装飾の施された空間に様変わりしていくのが分かりました。

 

 

「なんや!全然心配なさそうやん!」

 

 

マック「タマモクロスさん.........!!?」

 

 

タマ「材料買ってきたで!!今日は粉もんパーティや!!」

 

 

 私が入ってきた入口から、タマモクロスさんがホットプレートとビニール袋を持ってきてやってきました。

 手際良く準備をしている傍ら、タキオンさんやスカーレットさんに、私が居なくなってからの事を聞きました。

 

 

マック「そんな事が.........」

 

 

ダスカ「本当ビックリしたわよ」

 

 

ウオッカ「急に土下座しだすんだもんなぁ」

 

 

スペ「けど、その分サブトレーナーさんの本気が伝わりました!」

 

 

 まさか、あの人がそんな事を.........そうさせてしまった事に申し訳ないと思うのと同じくらい、何故だか嬉しくなってしまいました。きっと、彼が好きなんだと自覚したせいでしょう.........

 覗き込んでくるテイオーとタキオンさんに悟られないために、頬の紅潮を抑えようとしていると、不意に視界が広がりを見せました。何かと思い下を見てみると、イタズラが成功したような笑顔のゴールドシップさんが、私を見上げています。

 

 

ゴルシ「ほら!!今日の主役だぞー!!」

 

 

マック「な、やめてください!!恥ずかしいですわ!!」

 

 

ライス「良かったぁ.........ライス、マックイーンさんが帰ってこなかったらって考えてたから.........」

 

 

 泣きそうになりながらそう言うライスさん。今度はウララさんが、彼女を慰める為に背中を撫でました。

 .........確かに、ここから居なくなろうとしました。ここに居るべきでは無いと.........一人で勝手に、そう結論付け、危うく皆さんと離れる所でした。

 けれど、それはもう絶対にしません。彼に会い、ここに立った事でようやく気付いたのです。ここが.........この場所こそが、私の『居たい場所』なのです。

 

 

マック「.........心配をかけさせてしまい、申し訳ありません」

 

 

マック「私はもう、逃げたりはしません。勝っても、負けても、チーム[スピカ:レグルス]のエースとして、走り続けてみせますわ!!」

 

 

デジ「ひょわぁ〜〜〜.........マックイーンさん美しカッコイイです〜.........♡」

 

 

テイオー「これならもう、心配要らないよね♪」

 

 

 そこまで言い切って見せると、ゴールドシップさんは満足したのか、私をその場におろし、わしゃわしゃと頭を撫でてきました。彼と違って乱暴ですが、不思議と嫌な気分ではありませんでした。

 

 

タキオン「.........それにしても、もう一人の主役はどこに行ったんだろうねぇ?」

 

 

マック「.........はっ!!私呼んできますわ!!」タッタッタッ!

 

 

 身体が軽い。それだけではありません。心も晴れやかで、空を飛んでしまいそうなほどに軽いのです。

 それも全て、彼のお陰です。こんな素敵な人達を集めてくださった、トレーナーさんのお陰なのです。ここに彼が居なければ、何も始まりません。

 そう思い、私は勢いよく扉を開け放ちました。

 

 

マック「トレーナーさん!!!.........?」

 

 

桜木「.........」

 

 

 先程まで彼の顔があった位置に視線を動かしても、そこにあったのは壁だけでした。しかし、彼の気配はしっかりとここにあります。

 そこからゆっくり視線を動かして行くと、壁にもたれかかったまま、座り込んでうずくまっている彼がそこにはいました。

 

 

マック「トレーナーさん.........?」

 

 

タマ「.........多分、疲れたんやな」

 

 

桜木「.........Zzz」

 

 

 タマモクロスさんの声に返事をするように、彼は寝息を立てました。その姿がなんだかおかしくて、愛おしくて.........私は思わず、笑ってしまいました。

 彼の寝ている姿に視線を合わせるようにかがみこんで、私は彼の下がった前髪を優しく、後ろに戻しました。

 

 

マック「.........ありがとうございます、トレーナーさん」

 

 

 本当は、ここで抱きしめてしまいたかったのですが、人目がありますので止めました。チクチクとした彼の髪質が手に攻撃をしてきますが、それも何だか、嬉しいです。

 そうしていると、廊下の方から何やら騒がしい音が聞こえてまいりました。彼から慌てて手を離し、振り向きました。

 

 

沖野「だから!!ここ学園だから!!酒は飲めねぇんだってェッッ!!!」

 

 

白銀「うるせェ!!俺は大株主だぞッッ!!!」

 

 

神威「水で良いだろ」

 

 

黒津木「ナメック星人乙」

 

 

東「今日はカレーの気分なんだが.........」

 

 

 そこにはいつもの皆さんと、沖野さんと東さんの姿がありました。しかも両手に、沢山の飲み物が入ったビニール袋を携えております。

 

 

マック「トレーナーさん」

 

 

桜木「んん.........」

 

 

マック「トレーナーさーん」

 

 

桜木「.........Zzz」

 

 

マック「もう......仕方の無い人.........」

 

 

 こんなに疲れるまで、走ってくださったのですか?こんな所で寝てしまうまで、私の事を探してくださったのですか?そう考えると、胸が少し、締め付けられます。

 ですが、それは今まで感じてきた痛みよりも、むしろ心地良さが感じられます。私は彼の頭をもう一度人撫でして、後は男性陣に彼の起床をお願いしました.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「あぁ〜.........寝不足」

 

 

桐生院「だ、大丈夫ですか?」

 

 

 既にしっぽの方まで出ていた欠伸を噛み殺しながら、俺は桐生院さんと廊下を歩いていた。朝礼が終わり、仕事をしようかと思っていた俺達は理事長室に来いと言われたのだ。

 

 

桜木「昨日は結構パーティしたからな.........帰った後アイツらと酒飲んだし.........」

 

 

桐生院「ふふ、本当に仲がよろしいんですね」

 

 

 どこかだ。昨日なんて後半悪口大会になったんだぞ。まぁ事の発端は俺が白銀の事をS〇X大魔神なんてあだ名つけたせいなんだけど。

 けどさぁ!流石に酷くない!!?なに芦毛ロリマニアって!!!俺もう絶句しちゃったよ!!!

 

 

桜木「アイツらとはもう縁を切った」

 

 

桐生院「えぇ.........」

 

 

テイオー「あれぇ?サブトレーナーじゃん!」

 

 

 廊下を通っていると、これから移動教室なのか、マックイーンとテイオーが二人で向こう側から歩いて来た。テイオーは俺に気付いて小走りでやってきたあと、マックイーンは慌てず、ゆっくりとこちらに歩いて来た。

 

 

マック「おはようございます、トレーナーさん」

 

 

桜木「お、おう.........おはよう」

 

 

マック「.........///」

 

 

桜木「.........///」

 

 

二人「.........?」

 

 

 彼女の顔を見ると、昨日の事が思い出されてしまう。つい勢い余って彼女の体を抱きしめてしまった。直前で見たあの演劇に影響を受けたのだろうが、それでもやりすぎだろう。

 女の子の身体をあんなふうに力強く抱き締めた事はなかったと思う。少なくとも、俺の記憶にはあんなに気持ちのいい感覚は存在して居ない。

 そして、目の前にいる彼女も俺と同じようにあの日の事を思い出しているのか、いつものクールな表情の上に、赤色が乗り始めていた。

 

 

マック「.........さ、行きますわよ、テイオー」

 

 

テイオー「うぇぇ!!?ち、ちょっとマックイーン!!何があったのさー!!」

 

 

 この空気に耐えきれなくなったのか、マックイーンはテイオーの手を引いてさっさと行ってしまった。彼女は振り返ってこちらを見ると、ニコリと微笑んでくる。本当にやめて欲しい。

 

 

桐生院「.........元気ですねー」

 

 

桜木「ああ、本当.........怪我が治ってよかったよ」

 

 

 きっと、桐生院さんはテイオーの怪我の事を言っているのだろう。そう思った俺は、彼女の後ろ姿を見えなくなるまで見送っていた。

 そして.........俺は、あの日の事を。黒津木達がパスワードを解析し、それを送ってきた日の事を思い出していた。

 

 

桜木『.........マジなんだな』

 

 

黒津木『ああ、大マジだ』

 

 

 病院の電話に掛かってきた奴からの電話。俺はその内容を聞いて、驚愕した。その名前は、聞いた事があるからだ。

 

 

桜木『パスワードは本当に!!![クレセントダイヤ]で間違いねェんだなッッ!!!』

 

 

ナリブ『っ!!?なんだと!!?』

 

 

黒津木『な、何そんなに怒ってんだよ.........入れりゃあ良いだろ?俺はもう仕事終わらせたんだから寝るぞ、おやすみ』

 

 

 アイツはそれきりで、電話を切ってきやがった。その名前はあの時、俺を助けてくれた恩人の一人である[クレセントパール]さんの、母親の名前だった。形見のアクセサリーを自慢げにしていたからよく覚えている。

 エディ・ファルーク.........これからまた、その名をどこかで聞く気がする。

 

 

桐生院「―――さん?桜木さん!」

 

 

桜木「え?」

 

 

桐生院「ボーっとしてどうしたんですか?」

 

 

 どうやら、結構長い時間物思いにふけっていたらしい。寝不足も相まって、もう誰もいない廊下をじーっと見つめていた。

 俺は桐生院さんに謝りながら、理事長室を目指した。その間、お互いの担当の事や、最近出かけた場所などを話し合った。なんだか最初の頃より、桐生院さんは遊び方を学んでいる気がする。

 そうこうしているうちに、目の前に大きな扉のある理事長室までたどり着く。俺は心を落ち着かせて、ノックを響かせた。

 

 

「了承ッ!!入ってきたまえ!!」

 

 

二人「失礼します」

 

 

 煌びやかな内装の理事長室。華やかさを感じると同時に、厳かな雰囲気も感じ取れる。

 その中でも、目の前の机と椅子は別格だ。座るべき者だけが座れるのだと、肌で感じとれる。

 そして、そこに彼女。トレセン学園理事長の秋川やよいは座っていた。

 

 

やよい「歓迎ッ!!よく来てくれたな!桐生院トレーナー!桜木トレーナー!」

 

 

桜木「あの、要件は.........?」

 

 

 そう伺うと、理事長は一瞬キョトンとした顔をした。一体どうしたのだろうと思い桐生院さんを見てみると、こっちは何故か俺の方を見て驚愕していた。

 

 

桐生院「み、見てないんですか.........!!?」

 

 

桜木「何を!!?」

 

 

やよい「.........ま、まぁ桜木トレーナーは多忙ゆえ致し方無し!!」

 

 

やよい「配慮ッ!!ここにもう一度宣言する!!」

 

 

 何が何だかわからない状況で、俺は頭が酷く混乱していた。そんな中でも理事長はその椅子からひょいっと飛んで降り、逆光を作るように窓の前まで移動した。

 

 

やよい「桜木トレーナー。君は今、多くのウマ娘を同時に育成している」

 

 

やよい「その中で感じたはず.........この子達が距離や適正に関係なく、正当に評価されて欲しいと.........!!」

 

 

桜木「っ.........!!!」

 

 

 その通りだった。理事長の言う通り、距離や適正なんかで、あの子達が評価が決まるなんて、俺は耐えられない。

 

 

 マックイーンも

 

 

 タキオンも

 

 

 ウララも

 

 

 ライスも

 

 

 ブルボンも

 

 

 マネージャーとして居るアグネスデジタルだって、俺にとっては大切な教え子だ。距離や適正なんかで、優劣を付けられたくは無い。

 そんな俺の滲み出るような思いが伝わったのか、理事長はニカッと笑みを作り上げ始めた。

 

 

やよい「そこで―――ッッ!!!」

 

 

 大きくその場を踏み締め、扇子を広げて見せる彼女の姿は、幼ないながらも、大人になんて負けないくらいの迫力であった。

 

 

やよい「[全ての距離][全てのコース]を用意した新たな大レース.........その名も―――ッッ!!!」

 

 

 俺は.........もう、その言葉だけで全てを悟った。この人は本当に.........ウマ娘の為なら何でもやってしまう、出来てしまうんだと.........

 そして、偉大なレースの名が響き渡る。過去も現在も未来も、全てを巻き込む大レースのその名が、この部屋の中で響き渡ったのだった.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「[URAファイナルズ]ッッッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そのレースの名こそ.........後世に語り継がれるであろう伝説を、開催第一回目にして発現させた物になることを.........今は誰も、知る由もなかった.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

山あり谷ありウマ娘

第二部 夢守り人編 ―――完―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 点滅するような光が沢山発生する。その光全てが、まるでライスのことを責めてるみたいで.........ライスは泣きそうになった。

 

 

ライス(やっぱり.........ライスは勝っちゃダメだったんだ.........!!)

 

 

ライス(変わらず.........!!弱虫のままだった方が.........!!)

 

 

 今は色んな人がいるから、我慢しなくちゃ.........そう思って、握りこぶしをお膝の上に作った。

 そんな中.........ブルボンさんはライスの背中をさすってくれた。ライスはそんなブルボンさんに、ごめんなさいとしかずっと言えなかった.........

 

 

司会「他に質問のある方.........居なければ本日は―――え?」

 

 

桜木「.........」

 

 

ライス「お兄......さま.........?」

 

 

 今までずっと、記者さん達の質問を淡々と受けていたお兄さまが手を挙げた。普通は記者さんが挙げる所なのに、司会の人も慌てて、お兄さまに発言を促してた。

 けれど.........手を真上に挙げながら、お兄さまはじっと辺りを見回している。その目は鋭く尖ってて、針みたいで.........ちょっと、怖かった。

 そして、記者さん達の顔を一人一人見た後、お兄さまはその手を思い切り.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「冗談じゃねぇ.........ッッッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目の前のテーブルに、思い切り振り下ろしたの.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次回 山あり谷ありウマ娘

 

 

第三部 夢探し人編

 

 

coming soon.........



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第三部 夢探し人編
マックイーン「実は、トレーナーさんの事が好きみたいで......」テイオー「遅いよ!!!」


 

 

 

 

 

 冬の寒さがそろそろピークに向かい、その折れ線グラフを下に向けて進行してくる一月の初め。

 大晦日や正月、三賀日と言ったイベントも終わりを告げた一月四日。私はメジロ家のダイニングルームにて、お客様と紅茶を嗜んでおりました。

 

 

マック「.........ふぅ、美味しい......」

 

 

テイオー「えぇ〜?砂糖入れてもにがにがだよ〜.........ハチミーはないの〜?」

 

 

タキオン「この苦味が良いんじゃないか!!」

 

 

ゴルシ「そんなに砂糖入れて苦味感じるんだったら逆に才能あるぜ!!味覚ソムリエになれよ!!」

 

 

 ええ、予想はしておりましたがとても騒がしいです。ですが一番騒がしくなると思っていたゴールドシップさんですが、紅茶を飲んでいる時はとても落ち着いていて.........とても悔しいですが、私より淑女らしい振る舞いでしたわ.........

 

 

テイオー「.........ところでさー、そろそろボク達を呼んだ理由を聞きたいんだけどー」

 

 

マック「うっ.........そ、そうですわ!最近借りてきた映画が面白かったんですの!」

 

 

ゴルシ「いや本題に.........」

 

 

マック「そんなもの映画を見てからでも話せますわ!!!」

 

 

タキオン「そう言っておきながらもう午後なんだよマックイーンくん?私達はもう九時からここに居るんだけどねぇ?」

 

 

マック「.........ぐぬぬ」

 

 

 時計の針を見ると、確かに短い針は1の数字を少しばかり過ぎております。タキオンさんの言う通り、彼女らを招集してからかなり時間が経ってしまっております.........

 で、ですが.........これを言うのは少し、いえ、かなり勇気がいる事です.........落ち着いて、深呼吸して、覚悟を決めて.........

 .........よし、言いますわ。言います、絶対言えます。言えます。言えるはず。言える.........かも.........

 

 

ゴルシ「.........なんもねーなら帰るぞ。アタシはじいちゃんの料理レシピ発展で忙しいんだからな!!」

 

 

マック「!言います!!言いますから......待って.........」

 

 

 席を立とうとするゴールドシップさんを呼び止めると、渋々席に着いてくださいました。もう時間稼ぎは出来ません.........は、早く言わなくては.........!!

 

 

マック「その.........」

 

 

三人「うんうん」

 

 

マック「実は.........」

 

 

三人「はいはい」

 

 

マック「わ、わわ私.........トレーナーさんの事が.........」

 

 

三人「うん?」

 

 

マック「す、好き.........みたいで.........」

 

 

三人「.........」

 

 

 うぅ.........じ、自分で言っていて恥ずかしい.........あ、穴があったらそこに入ってしまいそうなくらい、きっと今の自分の顔は酷く紅潮していると思います.........

 .........だと言うのに、先程まであった彼女らの反応が全くありません。恐る恐る瞑っていた目を開けてみると、三人ともポカーンと、同じような表情で口を開けておりました。

 

 

三人「お.........」

 

 

マック「お.........?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「遅い(おせー)よっっ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「はァ!!?」

 

 

ゴルシ「今頃気づいたのかよ!!!マックちゃんの心が大豆だったら今頃納豆できちまうくれーにおせー!!!」

 

 

マック「なっ!!?」

 

 

 まるで猛犬のごとく、ゴールドシップさんは私に噛み付いてきました。飼い犬は居ませんが、がぶりとされた気分です.........

 

 

テイオー「本当だよ!!!どうすんのさ!!!サブトレーナーなんて最近雑誌で取り上げられてて一般人から見た素敵なトレーナーランキングで上位にランクインしてるんだよ!!?」

 

 

マック「そんなことが!!?」

 

 

テイオー「ボクもうてっきりそんな感情無いんだって思い込んでそこら辺の女の子にサブトレーナーの落とし方とか教えちゃったんだよ!!?」

 

 

 な、何をしてるんですのこの人は!!?私の気も知らないで!!!.........いや、実際私も三年間私の気を知らなかったのです。仕方ありません.........

 

 

タキオン「あぁぁぁぁ焦れったい!!!もういっその事告白してしまえばいいだろう!!?三年間連れ添ったんだ!!!お人好しの彼ならOKは確実だろう!!!」

 

 

マック「そ、それは.........」

 

 

タキオン「何を迷う必要があるんだい奪い取れ!!!今は悪魔が微笑む時代なのだよ!!!」

 

 

 今ってそんな世紀末みたいな時代でしたの!!?そんな野蛮なこと出来るわけないではありませんか!!!

 .........ですが、それ自体は考えた事があります。優しい彼の事ですから、私から言い出せばお付き合いを始めることはそう、難しいことではないのかも知れません.........

 

 

テイオー「何が不満なのさ?」

 

 

マック「.........それではまるで、お情けで付き合って貰っているみたいではありませんか」

 

 

 私が彼の事が好きなのと同じくらい、彼には私の事を好きでいて欲しい.........そんなの、ただのわがままだと自分でも分かっております。ですが、私達は『一心同体』を誓い合った者同士。その気持ちだけは譲れません。

 そう思っていると、御三方はそれぞれの反応を示しました。タキオンさんは興味深そうに、ゴールドシップさんは肩を竦め、テイオーは呆れたようにため息を吐きました。

 

 

テイオー「ところでさ、サブトレーナーのどこが好きなの〜?」

 

 

マック「え、えぇ.........っと〜.........か、カッコイイ.........ところ.........とか.........///」

 

 

テイオー「どこが!!?いっつもおっちょこちょいじゃん!!!」

 

 

 む、確かに普段の彼は少しばかり間抜けな所もありますが、そこも可愛いところですわ!!全く、彼の良さがわからないなんて.........

 なんて思っていても、それはきっと恋は盲目という言葉のとおり、私だけに当てはまる事でしょう。ここはひとつ例をあげてみないことには認められませんわ

 

 

マック「誰がなんと言おうと、私は彼はかっこいいと思っております!有馬記念の地下バ道の時です!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マックイーン」

 

 

 薄暗い通路の後ろ側で、彼から自分の名前を呼ばれた時、何故だか酷く嬉しく思いました。振り返ると、そこには以前のように、チームの皆さんが居てくださいます。

 

 

マック「なんですか?」

 

 

桜木「いや、まだ緊張してるみたいだからさ」

 

 

 まるで彼の掌に居るように、私の全てを知られている気分になってしまいます。確かに彼の言うとおり、私は緊張しておりました。取り繕っているつもりでしたが、彼にはお見通しの様です。

 

 

桜木「今からマックイーンは、今まで見られなかったものを、レースの中で見つけると思う」

 

 

桜木「俺はそんな中で、お前に勝ちを求めるほど気の利かない男じゃないと自分でも思っている」

 

 

マック「トレーナーさん‎.........」

 

 

 彼は今、確かに私の勝ちを求めていないとおっしゃられました。そして、それは私の勝利を、今回は期待していないと言っているのと同じ事です。

 だと言うのに、私はその言葉に鼓動が高鳴りました。以前の私でしたら、もっとつっけんどんな反応を見せていたはずですのに.........素直になったものだと自分でも感じます。

 

 

桜木「だから、そのワクワクの赴くままに―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「見つけてこい、マックイーン」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺達は.........ここで待ってる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私の肩に両手を乗せ、彼は優しく微笑みながらそう言ってくださいました。その言葉に、高鳴る鼓動の間隔が狭まっていきます。

 本当.........ずるい人です。私の喜ぶことを全て分かっているように、彼は素知らぬ顔でそれをしてきます。それでも、私は彼の事が好きなんです。

 

 

マック「あ、ありがとうございます.........///」

 

 

桜木「ようしっ!!有馬終わったら皆でスイーツ食べ放題に行くぞー!!!」

 

 

全員「やったー!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「ふふ.........あの時食べたメロンパフェ.........とても美味でしたわ.........♪」

 

 

三人「.........」

 

 

 あの蕩けるような口溶けのよいメロン.........そうそう食べられるような物ではありません。メロンの旬と言えば初夏ですが、冬場であのクオリティを頂けるとなると、楽しみがまた一つ増えてしまいましたわ.........

 

 

タキオン「.........ま、まぁ君が如何にトレーナーくんに心酔しているのかは分かったが、私達を呼んだ理由はなんだい?惚気を聞かせるだけじゃないんだろう?」

 

 

マック「の、惚気って.........その、アドバイスをして欲しくて.........」

 

 

テイオー「アドバイスってなんの?」

 

 

 その言葉を皮切りに、三人は私をその目でじーっと見つめてきました。うぅ.........心で思うだけでこんなにも恥ずかしいですのに、言葉にするなんて.........

 いいえ!日和っていては行けませんわ!ここは思い切って言わなければなりません!!

 

 

マック「その!か、彼ときょ、距離を縮める.........アドバイスを.........///」ゴニョゴニョ

 

 

テイオー「抱きつけば?」

 

 

タキオン「惚れ薬なら作れるが」

 

 

ゴルシ「告白する」

 

 

マック「の、脳筋すぎませんか.........?」

 

 

 こ、この方達は一体何を言ってるんですの!!?抱きつくなんてそんな、はしたない真似出来ません!!!

 それに惚れ薬ってなんですか!!?そんなもので愛する人の心を独り占めにしても何も嬉しくはありません!!!ええ!!!嬉しくありませんとも!!!気になりはしますが!!!

 そしてゴールドシップさん!!!それはもうゴールですわ!!!私の求める最終的な目的地です!!!それが出来れば苦労はしません.........それに.........

 

 

マック「その、非常に申し上げにくいのですが.........トレーナーさんの方から告白して欲しいのです.........」

 

 

ゴルシ「マックちゃんもへたれなのかよ.........」

 

 

マック「だってだって!仕方ないではありませんか!!?私から告白したら、その.........お情けで付き合っていないかどうかなんて.........分かりませんもの.........」

 

 

 頭の中では、何度も私から告白するシーンが夢想されますが、そこに居る彼が了承してくださる際、仮面を付けていないのか、素顔なのかは五分五分の確率なのです.........

 で、でも!彼から告白してくださる場面の時は絶対素顔なんです!!!私はへたれではありません!!!これは確実な方を選ぶ堅実さですわ!!!

 そんな事を心の中で悶々と考えていると、ダイニングルームの入口の扉が開く音が聞こえてきました。

 

 

「あら、マックイーン。今日はお友達を呼んでいるのですね」

 

 

マック「は、はい。少々うるさかったでしょうか?」

 

 

「いいえ、こんな広いお家ですもの。少しくらい賑やかな位が丁度いいのです。テイオーさん、タキオンさん、ゴールドシップさん、ぜひ寛いで行ってくださいね?」

 

 

三人「はーい!」

 

 

 三人は元気な声を上げて見送りをしました。まさか、隣の部屋まで声が届いていたなんて.........気を付けなければ行けないですわね.........

 

 

テイオー「綺麗な人だったねー!!マックイーンのお母さん?」

 

 

マック「?いいえ、母ではありませんけど.........」

 

 

タキオン「ライアンくんかドーベルくんの母親かな?」

 

 

マック「おばあ様ですけど.........」

 

 

二人「.........え?」

 

 

 ああ、そういえば本日はメイクをしていなかった見たいですし、気付かないのも無理はありませんわ。

 先代のメジロ家を支えていたおばあ様はウマ娘ではなく人間でしたので、それはもうすごい貫禄だったらしいのです。私も写真でしか見た事ありませんが、フィルムから凄味が伝わる程でしたわ。

 

 

マック「おばあ様はメジロ家の威厳の象徴でもありますから、人前に出る時は特殊なメイクをしているのです。貴方達のお母様も、今も現役時代とそう変わらないでしょう?」

 

 

テイオー「た、確かに.........」

 

 

タキオン「思えば、私の祖母は人だったからねぇ.........それにしても、今でも走れそうな雰囲気すら感じたよ」

 

 

マック「最近は1000mを全力疾走するのがやっとらしいです。ですが、貴方は驚かないのですね」

 

 

ゴルシ「お?おう。ウマ娘はあんま歳とんねーの母ちゃんで実体験済みだからな」

 

 

 確かに、数回ほどしか会ってはいませんが、ゴールドシップさんのお母様はとても美人な方でした。諸々の事情で皆さんにトマトさんと呼ばれていたり、中身はゴールドシップさん以上の暴れん坊だと言うことを除けば.........

 というより、脱線してしまいましたわ。私が欲しいのはアドバイスです!彼と距離を近付けつつ、彼に私を異性として意識をさせる方法が知りたいのです!

 

 

マック「それで、何か方法はありますでしょうか.........と、トレーナーさんから、告白してくる.........ような.........」

 

 

タキオン「.........それこそデートに誘うしかないだろう?君の携帯で連絡を取りたまえ」

 

 

 で、デート.........以前誘った時は罰ゲームという口実がありましたが、急に誘っても断れられないでしょうか.........?

 そんな不安が顔に現れていたのでしょう、タキオンさんはそんな私を見て、はぁっとため息を吐きました。

 

 

ゴルシ「まぁ、確実なのはやっぱ胃袋を掴む事だな!!!」

 

 

マック「胃袋を!!?」

 

 

ゴルシ「.........何勘違いしてんのか知らねーけど、アタシが言ってんのは美味しいご飯作って食わせるだけだぜ?」

 

 

マック「はっ.........も、勿論そちらのつもりでしたわ!!!」

 

 

 そう言う私を疑り深い目でじーっとゴールドシップさんは見つめてきます。うぅ.........彼女に見つめられていると、なんだか変な気分になってしまいますわ.........

 だ、だって仕方ないではありませんか!!!あのゴールドシップさんですよ!!?本当に胃袋を掴む事だと思ってしまうではありませんか!!!

 

 

テイオー「.........あっ!!ボク良い事思いついちゃった♪」

 

 

三人「え?」

 

 

 突然、天啓が舞い降りたかの様に閃いたテイオー。その顔はどこか、イタズラを思いついた子供のような表情で、いつもの様ににしし♪と、笑い声を上げていました。

 

 

テイオー「あのさ.........サブトレーナーにメッセージで嘘の心理テストして、マックイーンの事どう思ってるか聞けばいいんだよ.........♪」

 

 

マック「な、なんて素晴らしい作戦を.........!!!で、でも私から聞くと、彼も答えづらいかと.........」

 

 

ゴルシ「アタシが聞けば問題ねーだろ!!」

 

 

 自身の胸に拳を当てながら立ち上がるゴールドシップさん。この時ほど彼女が居てくださって良かったと思う日はありませんでした。

 

 

マック「さ、早速お願いしますわ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「だァァァァクッソッッ!!!2002UMなんて猛者しかもうやってねぇのかよッッ!!!」ブチッ!

 

 

 白熱した激戦の末負けた俺は、対戦ロビーを出てからゲーム機の電源を落とした。スリープじゃないぞ、コンセントから引き抜いてやった。

 あんな土壇場でまさか十割どこでもコンボ決めてくるなんて思っても見なかった。多分台湾勢か何かだろう。

 

 

桜木「アイツらに殺害予告送ってふて寝しよ.........あれ、なんかゴールドシップから来てる.........なんだろう?」

 

 

 コンビニのトイレで身体中の穴という穴に小銭詰め込んで絶命させるという類の殺害方法をいつものバカどもに送ろうとアプリを開くと、ゴールドシップからのメッセージが届いているのが確認できた。

 またどうせ突拍子も無い事やってんだなと思いながら開いてみると案の定、心理テストを始めると言った簡素な文章が送られてきていた。

 

 

桜木[なに?]

 

 

ゴルシ[貴方は今マックイーンと一緒に居ます。彼女と何をしたいですか?]

 

 

 なんだこれ、心理テストにしては状況が限定的すぎるだろ.........俺を罠にでも陥れようとしているのか?

 まぁここで既読無視を決め込んでもいいが、休み明けのトレーニングが地獄と化さない保証はどこにもないため、真面目に考えた。

 うーん.........マックイーンと何をしたいかか.........もう少し状況を絞り込みたいな.........

 

 

桜木[他のみんな呼ぶとか?]

 

 

ゴルシ[ダメです。マックイーンと二人っきりで何をしたいか考えてください]

 

 

 うわ、完全にふたりきりだ。考えただけでも緊張してくる。ただでさえ可愛いのにふたりきりになんてなったらもう爆発するぞ。

 いや.........俺はトレーナーだ。そんな気持ちを持つ事は許されない。最近先輩トレーナーが卒業するウマ娘と結婚するだのどうだの言ってたが、俺は違う。公私混同はしないタイプ.........のはずだ。

 自覚している恋愛感情に蓋をして、とりあえず考えてみよう。マックイーンとふたりきりになる。どうせなら、彼女の喜ぶ顔がみたいところだ。彼女が喜びそうなこと.........

 

 

桜木[食べ歩き]

 

 

 そうメッセージを送ってみるが、既読は着いたものの、三分程返信は帰ってこなかった。まぁ、いつも通りの気まぐれだろうと思っていると、携帯が通知を知らせる為の振動を発生させる。

 

 

ゴルシ[マックイーンと食べ歩きをしたいと言った貴方は欲求不満です。何か我慢してる事はありませんか?誰かにその言葉を伝えたり、或いは本人に伝える事で解消されるかも知れません]

 

 

桜木「こ、コイツ.........」

 

 

 心理テストと称して、実は俺の事をただ虐めたいだけなんだろう?えぇ?いい度胸してんじゃねぇかこの黄金ペンキ船娘が

 今日の俺はちょっとバイオレンスだ。なんせ直前に負けられない戦いで負けちまったからな。許されなくていい。だが俺はこの長い人生の中で優しいと言われた人種だ。そんな人達を嘘つきにしない為に、自分は優しくないとは言わない。

 

 

ゴルシ[では次に貴方はマックイーンの好きな所を三つ答えて下さい]

 

 

桜木「ゴールドシップになァッッ!!!人の心に寄り添うなど!!!出来るわきゃねェェェだろォォォォォッッッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「き、来ましたわ!!」

 

 

ゴルシ「[上品な所]、[素直な所]、[一緒に居て落ち着く所]かー。なんかパッとしねーなー」

 

 

マック「これだけ聞き出せれば十分です!」

 

 

 あの人から挙げられた私を好ましく思う部分。思ったより良い収穫でした。普段一緒に居ても、自分のどこに魅力を感じるのか分かりませんもの。

 私がそうやって喜んでいる隣で、タキオンさんは興味深そうに唸り声を上げました。

 

 

タキオン「それにしても的確な心理テストをしたねぇゴールドシップくん」

 

 

三人「え?」

 

 

タキオン「これは深層心理に基づいたかなり的確な質問方法だよ。前の二つは、まぁ本人も思っている事だとは思うが、本心は三つ目の[一緒に居て落ち着く所]だろうねぇ」

 

 

 なるほど.........さすがタキオンさん。心理的な分野にも精通しているだなんて、驚きましたわ.........

 あれ?でも待ってください?一緒に居て落ち着く所なんて、これから先どう伸ばして行けばいいんですの!!?

 

 

マック「ど、どうしましょう.........一緒にいても喋らなければ良いのでしょうか.........?」

 

 

テイオー「またトンチンカンなこと言ってるよ」

 

 

マック「こ、こっちは真面目に考えてるのです!!!」

 

 

 また呆れた様子でため息を吐いておりますが、私は至って真面目です。考えても見てください。一緒に居て落ち着くという彼の本心から感じている私への魅力を、これからどう高めろと言うのです?

 いえ、方法はありますわ。まず彼が落ち着くという所作から身につけ、その後は彼が落ち着いて話せる聞き方、そして服装、立ち振る舞い.........最後に彼の落ち着く住居を提供すれば良いのです!!!さすが私!!!出来ないことなんて何にもありませんわ!!!

 そんなことをしていると、不意に携帯を操作する音が聞こえてきます。またゴールドシップさんが心理テストをしているのでしょう。そう思い、私は彼女の手に持っている携帯を覗きこみました。

 

 

マック「.........ん!!?これ私のウマフォンですわよねェ!!?」

 

 

ゴルシ「ふぅー!良い事したなー!」

 

 

マック「何してくれてるんですの貴女ァァァ!!!」ブンブンブンブン!!!

 

 

ゴルシ「いや心理テストも飽きちまったしマックちゃんの代わりにデートに誘ってやっただけだろー!!?苦しーーー!!!!!!」

 

 

 力強くゴールドシップさんの背中を掴みながら、彼女の全面で空気抵抗を受けさせるように振り回します。

 彼女が操作していたのは私の携帯でした。そしてちゃっかりトレーナーさんをデートに誘っておりました。私への仕返しですか?貴女がデートに誘われた時勝手に返信した?

 くっ.........なにも言えませんわ.........!彼女にはそれをする権利がありますし、私はそれを受けるだけの事をしてしまいました.........!悔しいですが、彼女を解放して差し上げましょう.........

 

 

テイオー「マックイーンってだんだんサブトレーナーに似てきたよね」

 

 

タキオン「確かに」

 

 

マック「ぜぇ......ぜぇ.........」

 

 

ゴルシ「これが恋.........?」バクバク

 

 

マック「はっ倒しますわよ」

 

 

 慣れないことはするものではありませんね.........実戦で使用経験の無いメジロ護身術48ある先手技の一つ。風林火山の風まで出してしまいました。危うく彼女をマットに沈めてしまう所でした。

 さて、どんなメッセージを送ってくれたのか期待せずに確認して見ますと、そこには[実は最近、気になるスイーツ店があるのですが、自分一人では節制が難しそうなので、トレーナーさんと一緒に行きたいのです]と言った違和感のない文章を送っておりました。

 

 

マック(たまには役に立ちますのね)

 

 

ゴルシ「あっ!!アタシそういやエイシンフラッシュと創作料理対決する予定だったんだ!!わりーなマックイーン!!!結果は今度聞かせてくれ!!!」

 

 

マック「え!!?あの、ちょっと!!!」

 

 

 私の制止を聞かずに、ゴールドシップさんは部屋を出ていかれました。その後、廊下側から自分の手だけを見せるようにして手を振ると、彼女の力強さを感じる足音が私達の耳に響いてきました。

 私は嫌な予感がして、残っているお二人の方を見ると、テイオーもタキオンさんも、お互い顔を見合わせてから悪い笑みを浮かべておりました。

 

 

タキオン「実はこれから私もデェートの約束なんだよぉ♪悪いがマックイーンくん。この後の対応は君でやってくれたまえよ」

 

 

マック「えぇ!!?」

 

 

テイオー「ボクもこれからデートなんだよねぇ♪それじゃーねマックイーン♪」

 

 

マック「はァ!!?あ、相手は誰です!!?それを言わない事にはお二人共ここから一歩も出しませんわよ!!!」

 

 

 に、逃げようたってそうはさせません!お二人共良い言い訳を思いついたような感じでしたが、墓穴を掘っておられます。デートには勿論一人では行けません。嘘であるならば相手が誰であるかなんて.........

 

 

タキオン「そんなの黒津木くんと水族館に行くに決まってるじゃないか」キョトン

 

 

テイオー「カイチョーとハチミー飲むに決まってるじゃん」キョトン

 

 

マック「な、あ.........」

 

 

 あっけらかんと、そうおっしゃる二人に対して、私は言葉を失いました。絶句しました。

 よ、よくそんな恥ずかしげも無くデートなんて言えたものです.........こ、これはもう私の完敗です.........

 お二人は固まっている私を放って、この部屋から出て行ってしまわれました。薄情な人達です.........私はこんなに真剣に悩んでおりますのに.........

 

 

マック「うぅ.........なんでそう簡単にで、デートにこぎつけられるんですの〜.........?」

 

 

 テイオーは兎も角、タキオンさんですらあの積極性.........私も見習うべきだとは思っておりますが、如何せんその勇気が出てこないのです.........

 そう.........あの人の顔を思い浮かべているだけで、もう私はいっぱいいっぱいで.........

 頭の中の思考が全て彼に割かれているそ時、突然。手に持っていた私のウマフォンが振動しました。

 

 

マック「ひゃあ!!?」

 

 

 思わず両手を思い切り上に振り上げてしまい、危うく自由落下による地面との衝突で携帯が壊れてしまう所でした。

 うぅ.........なんともみっともない.........こんな姿、メジロ家の誰にも見せることは出来ませんわ.........

 高鳴る鼓動を自覚しつつ、心臓があるであろう部分を手で押さえつけながらその通知を確認すると、やはり彼からのメッセージでした.........

 意を決して、トークアプリを開きますと、そこには想像していたより好意的な文章が送られてきておりました。

 

 

桜木[俺も最近頑張ってるマックイーンになにかしてあげたいと思ってたし、丁度いいな。いつ行く?]

 

 

マック「.........はぅ」

 

 

 もう.........全くもう!!!この人はどうしてこんなに私の心に直接触れてくるような優しさを持っているんですの!!?

 が、我慢です.........!どうせ彼と会ってしまえばこの気持ちを伝える勇気なんて微塵も湧いてこないんですから.........

 そう思いながら、私は送りかけていた[そういう所が好きなんです]と言った告白紛いなメッセージを消し、[急で申し訳ありませんが、明日はどうでしょう?]と打ち込みました。

 

 

マック「こ、これなら断られる可能性もありますわ.........」

 

 

 もったいないと思いつつも、何故かそんな残念な行動を取ってしまいます。実際には来週にも時間はあるのですが、リスクとリターンが合っていないこの行動が一番安心するのです。

 これが恋.........?なんて、ゴールドシップさんのような事を考えてしまいますが、実際そうなのでしょう。彼に会いたいと言う思いと、ドキドキしたくないと言う思いが入り交じってしまいます。最近になって、私はこういう事に弱いのだと自覚しました。

 そうして暫くしている内に、また私のウマフォンに通知を知らせる振動が起きます。果たしてどちらに転ぶのでしょう.........私はドキドキしながら、瞑っていた目をゆっくりと開き、その内容を確認しました。

 

 

桜木[良いよ。誘ってくれてありがとう]

 

 

マック「〜〜〜!!!」

 

 

 声にならない声を上げながら、私はその場でぴょんぴょん跳ねたい気分を押さえつけました。本当にずるい人です。でも、そんな所が.........

 暫くして正気を取り戻した私は、彼に目的地と集合場所、時間を指定したメッセージを送り付けました。

 

 

 そしてデート当日、私はトレーナーさんと気になっていたスイーツ店へと足を運びましたが、味や雰囲気などを堪能している余裕は無く、一連の記憶がありませんでした。

 唯一覚えている事と言えば.........彼が抹茶アイスやチョコミントアイスを好んでいて、意外に女子力の高い、可愛い一面があったと言う事だけでした.........♡

 

 

 

 

 

  ......To be continued



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トレーナー「ここが未来の世界か.........」

 

 

 

 

 

 一月の後半。寒さのピークはようやく過ぎてくれはしたが、その寒さはまだ健在であり、人々の肌を強く攻撃する季節。

 しかし、北海道生まれの自分にはそんなもの関係無いと言えるほどに寒さには自信があった。それでも.........

 

 

桜木「な、何が起こったんだ.........!!?」

 

 

 体全身が水浸しになってしまえば、丸裸も同然の寒さであった。

 兎に角、何がどうしてこうなったのか考えてみよう.........俺は、朧気になった先程までの記憶をなんとか思い起こしてみる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう。確か昼休みだった。今日は誰もチームルームに集まらなかったんで、久々にあの噴水で食事をとっていた。

 献立は購買のサラダチキンロールパンとカフェオレだった。忙しいトレーナーの味方この上ないし、何より美味かったのを覚えている。

 問題は.........この後だ。 視界の端っこから、いつぞやの巫女をしていたウマ娘、マチカネフクキタルと、それを必死に追うゴールドシップが現れた。

 

 

ゴルシ「あっ!!悪いおっちゃん!!フクキタルを止めてくれ!!」

 

 

桜木「えぇ!!?」

 

 

 いつもは問題を起こす方であるはずのゴールドシップではあるが、そう言われてフクキタルの方へ視線を移してみると、その手には何やら目覚まし時計がこれまた大事そうに抱えられていた。

 今どきあんな目覚まし時計売ってんのか.........電子以外死滅したもんだと勝手に思っていたが、察するにあれはゴールドシップの私物なのだろう。

 

 

フク「き、今日の占いでアンティークな目覚まし時計がラッキーアイテムだったんです!!今日だけ貸してください〜!!」

 

 

ゴルシ「ダメだ!!!ソイツはじいちゃんがくれた大切な―――あっ」

 

 

フク「ア゛ッ゛!!!」

 

 

 転けた。これまた見事に何の変哲もないこの舗装された道で、見事に前のめりになってフクキタルは転けた。

 それと同時に、祖父から貰ったというゴールドシップの時計も空中に投げ出された。ここは俺が取るしか無いだろう。

 

 

桜木「いよっ.........と、ととと!!?」

 

 

 力いっぱい跳躍し、片手を伸ばしてなんとか目覚まし時計を手に収めた。そこまでは良かった。

 この時計、やけに重い。そのせいか身体のバランスが後ろ側に崩れ、俺は着地と同時に後ろに数歩、たたらを踏んだ。

 そして、噴水の縁へと突っかかり、背中から水にドボンしたという訳だ。花に入ってくる水の感触と同時に、水の中で重々しくなる目覚ましの音がようやく、記憶に甦ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「へ.........へちっ!!!クソ.........それにしてもアイツらどこ行った.........?折角必死に取ってやったのに、薄情な奴らだぜ.........」

 

 

 思い出したは言いものの、ゴールドシップもフクキタルも、まるで最初から居なかったように忽然と姿を消していた。

 古めかしい時計は見た所壊れては居ないものの、時計の針は止まっている。変なボタンがあるが、迂闊に押さない方が身のためだろう。

 取り敢えず、この辺りを見回してみる。特に変わった事は無いが、一つ気になる事があった。

 

 

桜木(これ、こんなに寂れてたか?)

 

 

 噴水の中心にある三女神の像。手入れはきちんとされているものの、記憶より少し古くなっている気がする。

 とにかく、移動した方がいいだろう。そう思っていると、誰かがこちらに歩いてくるような足音が聞こえてきた。

 

 

「あれ.........大丈夫ですか?」

 

 

桜木「あ、ああうん.........ちょっとドジっちゃって.........君は?」

 

 

「え?私の事知らないんですか?」

 

 

 若干不思議そうな.........いや、それ以上に不審者を見るような目付きに変わったウマ娘の子。そんな事言われたってちっとも分からん。

 そう。俺自身三年以上トレーナーを続けているが、この学園じゃこんな子は居なかったはずだ。人の名前を覚えるのは苦手な方だが、顔の方は得意だ。なんだろう。すごく不安になってくる。

 俺の方をじーっと、そのなんとも言えない目で俺を見てくるウマ娘。本当になんとも言えない。ジト目というより、ネコ目と言った方が正しい目で俺を睨んでいると、仕方が無いというようにはぁーっとため息を吐いた。

 

 

「これでも、世界レート1位だったこともあるんですよ?」

 

 

桜木「へぇー!そりゃ凄い!!」

 

 

「見た所、バッジが割と新品なので新人さんだとお見受けします。ジャスタウェイと言います。よろしく」

 

 

 そう言いながら、彼女は俺に手を差し出してきた。ジャスタウェイ.........やはり知らない子だ。そんな名前、聞いた事すらない。

 嘘をついているという訳でも無いだろう。こんな堂々と世界一位ですなんて、仮にもトレーナーに対して言える訳が無い。

 何がどうなっているのか分からないが、とにかく話を合わせよう。俺は差し出された手が濡れないよう、取り敢えず乾いている衣服の部分で手を拭いて、彼女の手を取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ジャス「へー。その歳でチームを?」

 

 

桜木「そうなんだよー。これが中々大変でさー」

 

 

 学園内部の廊下を歩きながら、俺はジャスタウェイと話をしてみる。彼女の話のリアリティさからやはり、嘘は着いていない。

 俺は彼女から振られる質問をのらりくらりと躱しながら、彼女の話を聞いていた。

 

 

ジャス「チーム名はなんと?」

 

 

桜木「レグルスって言うんだけど.........」

 

 

 俺は彼女の様子を伺いながら、その名を出してみた。ここの廊下を歩いていて、いの一番に確認してみたかった事だ。

 ジャスタウェイは一旦立ちどまりながら、深く長考する仕草を取ってみせるが、次第に申し訳なさそうな表情をし始めた。

 

 

ジャス「.........すいません、聞いた事ないです」

 

 

桜木(.........だろうなぁ)

 

 

 学園校内に入る為の入口。そこにはチームメンバーを募集をする為のポスターなどが張り出されている。

 しかし、そこにレグルスのポスターは貼っていなかった。こういう時、普通だったらもっと慌てふためくのであろう。典型的なパターンは、今の年代や、今の有名人。テレビの広告を見て唖然とするであろう。

 だが、妙に地頭の良さがある俺は、察してそれをスっと受け入れてしまった。戻れる保証などどこにも無いのに、対して焦りが出てこない。俺も、あの生きてきた時代に執着しない、薄情な奴なのかも知れない。

 そんなことを考えて歩いていると、隣に居るジャスタウェイがずっと俺の顔を見ていた。また先程と同じようなネコ目ではあるが、そこには不信感や疑いという感情ではなく、何かを探るようなものであった。

 

 

桜木「えっと.........な、何か着いてるかな?」

 

 

ジャス「いえ、ああ言ってしまった手前聞きにくいんですけど、どこかで会ったことあります?」

 

 

桜木「無いよ!!仮に君みたいな子にあったら多分一生忘れられないくらい印象的だよ!!?」

 

 

ジャス「えぇ!!?私親友に良く印象が薄いって言われるんですけど!!?」

 

 

 どこかだ。あんなすぐネコ目になる子なんて印象爆アドじゃないか。全く誰がそんな事を言ったんだ.........?

 兎にも角にも、ここは俺の生きてきた世界では無い。ほら見ろ。事務室からチラッと見えるカレンダー。年数みたら俺の時代から40年くらい経ってる。流石にびっくりしたわ。思わず声上げそうになったもん。

 

 

ジャス「あーあ、一緒に凱旋門賞出た事もあったのになー。私より名前が知れてるのは妬けちゃうなー」

 

 

桜木「凱旋門賞!!?すげぇじゃん!!!出るだけでも勲章もんだよ!!!」

 

 

ジャス「ですよねぇ!!?ほーら見たことか!!!なーにが[ゴルシ様にとっては凱旋門賞なんて旅行のついでにファンサービスするレースだぜ]さ!!!こーんなに私の苦労を分かってくれる人も居るのに!!!」

 

 

桜木「あはは.........ん?」

 

 

 目の前でヒートアップを見せ始めたジャスタウェイ。普段大人しめで頭良さそうな子ではあるが、親友の事となると熱くなるらしい。そこは共感する部分である。

 しかし、明らかに知っている名前が出てきた。[ゴルシ様]だ。恐らく本人が自分でそう言ったのだろう。そうやって自分の名前を略す奴も、自分の名前に様付けする奴も、そうそう居ないだろう。

 それはもしかしてゴールドシップの事だろうか?思わずそう聞きそうになった瞬間。急に身体が前方向に引っ張られた。

 

 

桜木「いぃ!!?」

 

 

ジャス「あっ、理事長」

 

 

「む、すまんなジャスタウェイ!!この男は特殊な手続きが必要なのだ!!!」

 

 

 拒否権は無い。そう言うかのように、その理事長と呼ばれた女性は俺の腕を掴み、力強い前進で前へと進んで行く。

 新しい理事長であろうか?俺の知っているやよい理事長より、明らかに背が高いし、声に幼さも無い。未だ後ろ姿しか見えないが、別人であろう。

 無駄だとは思いつつも、助けを乞おうと後ろを振り返ると、ジャスタウェイはあのネコ目で半笑いしながら手を振っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、話を聞かせてもらうぞ。[桜木トレーナー]」

 

 

桜木「っ.........!」

 

 

 ここに来て初めて、自分の名を呼ばれる。そして、トレーナーである事を認識させられた。

 未だ後ろ姿しか見せていない女性。彼女が理事長室の椅子に腰を掛けると、その顔をようやく拝める事が出来た。

 

 

桜木(ウマ娘って老けないんだな.........)

 

 

 そんな呑気な事を考えてしまうが、致し方あるまい。あれから四十年と経っているはずなのに、彼女からは成長を感じはすれど、老いそのものは感じさせない。

 そんな俺のへにゃへにゃな思考が読み取れたのだろう。秋川やよい理事長は、その目を強く細めた。

 

 

やよい「何の真似だ?」

 

 

桜木「.........と、申しますと?」

 

 

やよい「あくまで白を切るつもりか?では切れなくなるまで切るといい」

 

 

 風格、とでも言えば良いのだろうか。彼女からはあの頃感じていた幼さと厳格さのギャップが感じられなくなっている。あの可愛らしい容姿であの凄みであったから、とっつきやすかったのかもしれない。

 目の前に居るのはただの怖い女性だ。ため息を吐かれると本当に怖い。俺が何をしたって言うんだ。

 

 

やよい「君は、[トレーナーを辞めた筈だ]」

 

 

桜木「.........はァ!!?」

 

 

やよい「そんな君が何故、返却した筈のトレーナーバッジを、あの頃と同じような格好で付けて学園に居る?」

 

 

 白が切れたのなら切っていたであろう。しかし、それは目の前の理事長の一言目で既に木っ端微塵にされた。

 理解が出来ない。俺がトレーナーを辞めた?何のために?明らかに天職そのものだろう。

 辞めた理由を知りたい。だが、俺の事だ。辞めた理由は絶対、誰にも教えない筈だ。理事長に対しても、必ず.........嘘を吐く筈だ。あんなに良い人になのに、自分が嫌いになってくる。

 

 

桜木「.........そうですね。俺としては[まだ]、辞めるつもりは無いはずなんですけどね.........」

 

 

やよい「.........と、言うと?」

 

 

桜木「.........まぁ、全部話しますよ。ここに来た経緯を」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やよい「.........成程、そういう事だったのか.........」

 

 

桜木「ず、随分物分り良いっすね.........」

 

 

やよい「それはお互い様だろう?」

 

 

 全く、通りでどこを探しても見つからなかった訳だ。ゴールドシップ.........まさかとは思っていたが、過去に行っていたとは.........

 そして、この男もだ。こうして姿を見せたと思ったのでもしやと思ったが.........どうやら私は些か、希望的観測が多いらしい。

 もう子供では無いんだ。実現出来そうにない絵空事を振り回す事はもう、今の世の中では通じない。

 

 

やよい「事情はわかった。暫くはトレーナー寮を貸すとしよう。くれぐれも他のトレーナーと鉢合わせるなよ?君は多少ではあるが、今もその名と顔が通っているからな」

 

 

桜木「え?俺なんかやったんですか?」

 

 

やよい「ああ、やってくれたよ.........良い意味でも、悪い意味でもな.........」

 

 

 私は桜木トレーナーに部屋を出るよう促すと、彼は戸惑いながらも、この部屋から頭を下げ、出て行った。

 .........全く信じられん。あれが[過去の桜木トレーナー]だと?あれが、[桜木玲皇]だと?冗談も甚だしい。私の知っている彼は少なくとも、あんな生気が籠った目をしては居なかった。

 彼の目の前で、恐らく多くのウマ娘が夢に敗れる姿が晒されたのだろう。だから、彼は[最初の担当一人を除いて]、ウマ娘と関係を持つ事は無かった。

 

 

やよい「.........本当、信じられんよ。君のあの様な姿を、私も見てみたかったものだ」

 

 

 私は、この理事長室に飾られているトロフィーを見る。その視線の先には今も開催されているURAファイナルズの第一回目の中距離優勝トロフィーが静かに存在している。

 .........そこに刻まれている名は、[アグネスタキオン]。彼にとって、最初で最後の担当ウマ娘だった存在だ。

 

 

『辞めます。トレーナー』

 

 

『.........早計ッ!!理由を話してはくれないか!!不備があるなら私から―――』

 

 

『耐えられないんです。誰かの夢が壊れる姿を見るのが』

 

 

 あんな、最早死んだも同然の目でそう言われてしまえば、引き下がるしかあるまい。結局彼は、バッジとトレーナーの身分を証明する物全てを返却し、また一般企業へと戻っていってしまった。

 そして何より.........

 

 

やよい「全く、文句の一つも言わせてくれないとは、本当に意気地無しだな.........」

 

 

 彼の実際の姿を見たのはそれきりで、次に再開した時はもう、彼はフィルムの中の存在でしか無かった.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 理事長室を後にした俺は取り敢えず、学園を出て真っ先にコンビニへと向かった。とにかく、この時代に関する情報が欲しかったからだ。

 自動ドアを通り、新聞を手に取ってレジへと持っていく。何故か店員に不機嫌そうな顔をされた。良く見ると、セルフレジが併設されている。自分でバーコードを読み取るタイプだ。コンビニも随分進化を遂げたものだ。

 俺は店員にお礼を言って外を出た。行く宛はないが、とりあえずいつもの公園でいいだろう。

 

 

桜木「それにしても.........綺麗になってたなぁ、理事長.........」

 

 

 可愛らしい、という言葉がベストマッチしていた理事長が、時間が経つと美しいという言葉がマッチする。素晴らしいものだ。やはり可能性というのはこうでなくては。

 

 

 そんなルンルン気分で歩いていた俺は、背後から近付いてくる存在に気付くことが出来なかった。

 

 

桜木「ッッ!!?」

 

 

「おぉっと.........!!中々抵抗するじゃないか!」

 

 

 ハンカチで呼吸する器官を塞がれる。必死に抵抗しても離れない所を見るに、相手はウマ娘だろう。タキオントレーニングの成果が通用しない時はだいたいウマ娘だ。

 しかも、段々と瞼が重くなって行く。恐らく、このハンカチの濡れた部分から漂ってくる匂いの元だろう。そして、この声にも聞き覚えがある.........

 

 

桜木「何の真似だ.........?アグネス.........タキ......オ...ン...............」

 

 

タキオン「.........一分か。ウマ娘ですら三分と持たない筈のクロロホルム量だが.........彼の助言を受けといて正解だったよ」

 

 

 思考が働かない。彼とは?なぜ俺を眠らせたのか?それって人体に悪影響を及ぼすレベルの量なんじゃないか?

 そんな疑問は一つも解決されること無く、俺は暗闇の中をただ一人、堕ちて行った.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 砂嵐のようなヴィジョン。小さい虫が景色全てに飛んでいるかのような中で、俺は夕日が見えた。どこか、懐かしさを感じる。

 

 

「――に―わ、たづ―さ―」

 

 

 勝手に口が動き始める。その声もなんだが、ノイズ混じりだ。

 そして気が付くと、目の前には見覚えのある顔があった。砂嵐にまみれながらも、それが誰かは辛うじてだが分かる。事務員兼理事長秘書であるたづなさんだ。

 .........そうだ。ここは、あの日の思い出の中だ。俺の人生が変わった、あの日だ。目の前のたづなさんは、俺に向かって微笑み、あの時と同じように、古賀さんが飲み会を計画している事を伝えて来た。

 それを断るのも、また記憶通りだった。けれど、この身体の重だるさはなんだ?この胸から湧き上がってくる、自分に対する嫌悪感は.........?

 

 

「――ふっ.........桜―さ―。選抜―ース、――気―なる子―居―――か?」

 

 

 その質問も、記憶通りだった。けれど、その言葉に反応して身体の内から湧いて出てくる感情は、記憶に反して虚無だった。

 そして.........何故か身体は、彼女の方へは向いてくれない。耳には微かに聞こえてくる筈の、嬉しい声。それに対して、俺はちっとも応えようとはしない。

 仮面を着けた。あの日、つけた覚えのない筈の仮面の感触が、ハッキリと分かってしまう。耳鳴りのようなノイズも、見る景色全てを阻害する砂嵐も消えた。

 辺りは、記憶に反して、灰色に成り下がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すいません、お腹すいちゃって良く見れませんでした」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「.........おや、目が覚めたかい?」

 

 

桜木「.........ここは......?」

 

 

 中々嫌な夢を見た。あれはなんだったのだろう.........?とりあえず、俺は聞き慣れた声に応える為に、身体を起こそうとした。

 だが、それは叶わなかった。身体が、硬いテーブルのようなものの上で拘束されている。

 暫くそれに反抗して起き上がろうとすると、これまた見知った顔が、俺の顔を見る為にぬっと俺を覗き込んだ。

 

 

桜木「やっぱ、タキオンだったのか.........」

 

 

タキオン「素晴らしいね。ウマ娘ですら8時間ほど睡眠するのに、君はたったの16時間で目を覚ました。常人だったら丸一日寝ているはずなんだがね」

 

 

 嫌味ったらしい笑顔で、タキオンはくつくつと笑った。コイツはこの時代でも変わりなさそうでどこか安心したが、同時にこの性格で世の中をちゃんと渡って行けているのか心配した。

 

 

桜木「質問に応えろ。何故俺を拉致して、こんな拘束したんだ」

 

 

タキオン「君がこの時代に来たのは私達が原因だからだ。よって、私達の手で君を返す」

 

 

桜木「そうだよな、お前がそう簡単に教えて.........なんだって?」

 

 

 聞き捨てならない言葉が聞こえた。この目の前にいる存在は、俺が過去から来たことも、そして、その戻り方も知っているらしい。

 一体何がどうなっているんだ.........?寝ぼけた頭はすっかりとその言葉で意識を覚醒させたが、如何せん言葉のインパクトが強すぎてその先に進めなかった。

 

 

桜木「くっ、なんでだ!!!普通に接触してくれれば良いだろう!!?」

 

 

タキオン「そうは行かない。今の私は海外で研究者として働いているという言わばエリートのレッテルを貼られている。この上なく鬱陶しいがね」

 

 

タキオン「そして、もう一人は既に死者として扱われている。籍は完全に鬼籍に入ってるんだよ」

 

 

 鬼籍.........つまり、この日本においては死んでいる事を表している。そんな人間がなぜここに居るんだ?リビングデッドの呼び声でも使ったのか?

 そんな思考がまとまらない内に、耳に鼻歌が流れてくる。俺の好きな.........そして、マックイーンとの思い出の詰まったあの曲のイントロが、段々と近付いてくる。

 自動ドアが開く音が聞こえる。首すら固定されている為、顔を上げることも出来ない。それが誰かすらも、俺には想像つかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう、次の言葉を聞くまでは.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「......嘘...だろ.........?」

 

 

 決まりきった挨拶、決まりきった抑揚、そして、決まりきった雰囲気.........その全てが、俺にその存在を、肯定してしまう。

 

 

「タキオン、順調か?」

 

 

タキオン「今起きた所だよ。私は準備に取り掛かるから君が説明したまえよ。[トレーナーくん]?」

 

 

「人使いの荒い奴だ」

 

 

タキオン「それはお互い様だろう」

 

 

 目の前のタキオンとその存在の会話には、一切感情が篭っていないのか、酷く冷たい物だった。正直、こんなタキオンは今まで見た事がないほど、その冷たい目をその存在に向けていた。

 足音が聞こえてくる。段々と近付いてくるそれに、恐怖を感じている自分がいる。それを見てしまえばもう.........後戻りは出来ない。その存在を、認めてしまう。

 だが、それは無慈悲にも俺の顔を覗き込んできた。若干老け顔になったそれは、酷く俺を、悲しみに打ちひしがせた。

 

 

「初めまして.........いや、鏡の前を含めるとそうでも無いな。気分はどうだ?[鏡の道化師(桜木玲皇)]君?」

 

 

桜木「.........お前が、俺にとっての鏡の存在だ。[鏡の道化師(クソッタレ野郎)]」

 

 

 その軽口を軽くいなすように、目の前の男は笑って見せた。楽しくないのに、楽しく振舞っている。そんなことが、手に取るように分かってしまった。

 

 

桜木「お前は誰だッ!!?死んでる事になってるってどういう事だ!!?」

 

 

「転落事故だよ。公演からの帰り道、バスが崖から転落してね。もれなく全員、一時的に死んだ事になった」

 

 

「だが、後に発覚した。彼らは全員生きていた。勿論、俺を含めればな」

 

 

 俺が縛り付けられている机の隣の椅子に座り込んだ男は、俺の寝ているテーブルの余った部分に腕を置いた。

 俺は、コイツの事が嫌いだ。もし縛られてなかったら、今すぐぶん殴ってやりたいくらいに、無性に腹が立ってくる。

 

 

「聞きたいことはそれだけか?」

 

 

桜木「他にもあるぞ.........!!なんでトレーナー辞めたッッ!!!ウララはどうした!!!」

 

 

「有馬記念、残念だった。可哀想だと思ったよ」

 

 

桜木「ライスは!!!」

 

 

「多くの人に祝福されたよ。彼女が幸せだったかは知らんが」

 

 

桜木「ブルボンは!!!」

 

 

「惜しかったな。三冠をライスに阻まれてしまってね。俺も応援してたんだがなぁ」

 

 

 自然と歯が食いしばった。この男はそんな事を言いながらも、何にも気にした様子では無い。全てを取り繕っている。こんな男が、本当に俺なのか.........?

 泣き叫びたい気持ちを押さえ込みながら、俺はもう一度、最後と思い声を上げた。

 

 

桜木「マックイーンはッッ!!!」

 

 

「.........」

 

 

 マックイーン。その名前に反応する様に、コイツは口を噤んだ。その仮面が一瞬、外れかけたように思えたのは、気の所為だろうか?

 そう思った次の瞬間、突然胸ぐらを力一杯掴まれた。

 

 

桜木「カハッ.........!!?」

 

 

「お前は少し知りたがり過ぎる。シュレディンガーの猫を確実に生かしたいなら蓋は閉じておくべきだ。そうだろう?」

 

 

 胸ぐらを捕まれ、引き寄せられる影響で首を固定している鉄器に気道を塞がれる。理想とは程遠い見つめ合うような形で奴の目を見ると、それは黒く、歪み、淀み、そして濁りきった泥のような目をしていた。

 奴は無表情で俺にそう言い潰した後、冗談だと言うように微笑んで見せた。そしてようやく、その手を離し、俺を苦しさから解放した。

 

 

桜木「ケホッ!ケホッ!」

 

 

「実際の所、彼女達がどう感じ、どう道を進んだのかは分からない。[担当ではないからね]」

 

 

桜木「はぁ......はぁ.........?」

 

 

 担当ではない.........?どういう事だ。俺は確かに、あの子達とチームを作っていた筈だ。現に、マックイーンは天皇賞・春を制覇して、そのチームの名は世に―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『すいません、聞いた事ないです』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「―――.........」

 

 

「気がついたか?ここは、君の生きている世界とは別なんだよ」

 

 

 そうだ。最初から、違和感はあったんだ。俺の道のりを否定したくなくて、それを無意識にほっぽり出していたんだ。

 チームの名前を聞いた事がない?そんな訳は無い。マックイーンは強さを見せた。そのお陰で、[強すぎて退屈]なんて言う言葉を貰った。そんな子がいるチームが、聞いた事ないなんてありえない。

 

 

桜木「.........お前は、何者なんだ.........?」

 

 

「そうだな。強いて言うなら」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「運命に導かれるまま動いてしまった、[操られた人形(マリオネット・バインド)]だよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自分を自嘲するように、奴は笑って見せた。その悲しげで、何かに対しての憎しみすら感じ取れるその表情からはようやく、仮面の気配は感じ取れなかった.........

 

 

 

 

 

  ......To be continued



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report『二人の道化師』

 

 

 

「皆さんは、桜木玲皇という男をご存知だろうか?」

 

 

 男はスポットライト真ん中で、椅子に座りながら堂々と寛いで見せている。観客が居るかも分からない。スタッフすら存在しない、キャストが居るのかもすら、定かでは無い。

 

 

 桜木玲皇。人がその名を聞けば思い浮かべるものは一つだけ。能面という言葉だ。ピッタリと張り付いた感情のないその仕草から、人々は彼をそう渾名付けた。

 

 

 彼にも夢はあった。それが空に掻き消えたように内から存在しなくなった。燻った火が微かに燃え上がろうとも、その味を知ったその男は、愚かにも自分でそれを鎮火し続けた。

 

 

 灰皿の中で煙草ですり潰す様に、炎は鎮火した.........筈であった。

 

 

「.........一人語りも飽きた。そろそろ話に戻るとするか」

 

 

 仮面を着けた道化師は、今もフラフラと[夢を拗らせ]続けている.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、お前がここに来てしまった理由を話そう」

 

 

 振り向いた奴の表情は、ここに来て初めて、ようやく真剣な物になった。見えはしないが、奴が散乱した机の上の物を退けている音が聞こえてくる。

 その音が止み、今度は足音が近付いてくる。奴は手に持ったそれを見せびらかすように、まるで、子供をあやす様に俺に降って見せた。

 

 

「良いか?俺が今から質問するが、今は答えなくてもいい。次に質問した時、俺が質問するより先に同じ質問をしろ。[俺はバカである。〇か✕か]」

 

 

「.........?」

 

 

 話の意図が見えそうにない。答えなくても良いと言われた為、俺はその質問を無視した。

 そして、奴の手に持っているあのゴールドシップが持っていた物と同じ目覚まし時計に目を向ける。

 

 

桜木「それは.........?」

 

 

「ゴールドシップに持たせた物だ。見た目は何の変哲もない目覚まし時計.........だが」

 

 

桜木「待て、アイツは確かじいちゃんから貰ったとか「俺がそのじいちゃんだ」.........なんだって?」

 

 

 サラリと明かされた衝撃の事実。頭が酷く混乱してくる。俺がおかしいのか?それ、受け入れなきゃダメか?いや、到底受け入れられる事実ではない。なんせ俺はまだ結婚どころか、恋人すら居ないのだから。

 そう思っていると、奴は何かを耳煮つめたあと、目覚まし時計を俺の胸の上に置いた。

 

 

「話を続けよう。これは特定の操作によって人の意識を過去の肉体へと送る物だ。試しに鳴らしてみよう」

 

 

桜木「っ!!?待っ―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 チリリリリリリンッッ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もやがかかった様な意識から一瞬にして頭が活性化する。その感覚はまるで、夢から覚めたような感覚だった。

 水の中に居るような音の感覚から少し経ってようやく鼓膜が正常に機能をし始めた頃。隣に座る存在は真剣な顔でこう言った。

 

 

「良いか?俺が今から質問するが、今は答えなくてもいい。次に質問した時、俺が質問するより先に「俺はバカである。〇か✕か」.........正解は〇だ」

 

 

 奴は手に持っていた目覚まし時計を、俺の身体の隣に置いた。せめて別の所に置いてくれ。落ちたりしたら大変だ。

 それにしても.........信じられない。まさか本当に過去に戻ってきたのか?そんなSFチックな事が現実に起こり得るなんて.........

 

 

「信じられないか?」

 

 

桜木「.........ああ、お前が結婚して子供作って、孫ができるくらいにはな」

 

 

「全くだ」

 

 

 奴は全く悪びれる様子も無く、もう一度椅子から立ち上がった。今度は何をする気なのだろう.........?

 また、あの机の上でガサガサと何かを漁る音が聞こえてくる。こんなものがあるのになぜ整理整頓をしないんだ?地面に落ちたらどうなると思っているんだ?

 そう思っていると、奴は今度は何やら宝石の様な物を手に持ってやってきた。

 

 

「これが、時を超える仕掛けの正体だ」

 

 

桜木「この宝石が.........?」

 

 

「操作していない車が坂の上を登るのをテレビで見たことがあるだろう?」

 

 

 そう言われた俺は、すぐにその光景が目に浮かんだ。その映像は俺が見てきた仰天映像の中で最も好きなものだ。

 確か原理としては、特殊な磁場によって形成されたものによる超常現象であると一説には噂されている。

 

 

「その磁場によって形成された地中深くで作られた石だ。見た目とは裏腹に、中身の空洞は大きくなっている」

 

 

「俺が助かったのも丁度この石が落下地点に大量に発生していたからだ」

 

 

 見た目はなんてことは無い普通の石。だが、この石には時を超える力が備わっている。言わばロマンの塊のような存在だ。

 そんな俺の心中を察したのだろう。奴は嬉しそうな顔で、目覚まし時計の説明を続ける。

 

 

「この石は与える衝撃の強さ、種類によって過去、そして未来に飛ぶことが出来る。だがまぁ.........この目覚まし時計に内蔵されている物はせいぜい三回が限度だ」

 

 

「身体に近ければ近い程、飛ばすものの大きさも変わる。手が届く範囲からコイツのボディまでが、意識を飛ばせる距離だ」

 

 

桜木「.........?過去に飛べるんだったら、石の耐久度も戻るだろ?」

 

 

「コイツは時を記憶する。難しいかもしれないが、それは事実だ。納得しろ」

 

 

 なんてことだ。そんな事を言われてしまえば納得せざるを得ないだろう。流石自分自身と言った所か、俺の飲み込みの良さを良く把握している。

 

 

「応用すればデータや思考すら時を超える。ゴールドシップから送られてくるメッセージファイルが有るだろう?あれは俺が送ったものだ」

 

 

桜木「あれお前だったの!!?めちゃくちゃ送られてきてるからゴールドシップの通知普段切ってんだけど!!!」

 

 

「うるせぇ!!!恨むんなら今どき7Gのスマホを使ってる物持ちの良いうちの孫を恨め!!!」

 

 

 逆ギレされた。しかも何だよ7Gって、俺の時代じゃ未だ5Gは人体にどーのこーの〜って言ってる奴らも居るんだぞ?大丈夫?人体に影響とかでないの?

 .........いや、今気にするべき事はそこじゃない。もう目覚まし時計の説明は聞き終えたんだ。今一番聞きたい事は、その孫についてだ。

 

 

桜木「なんでそもそもゴールドシップが俺の時代に居るんだ。元はこっちの存在なんだろ?」

 

 

「俺が愛した女を救う為だ」

 

 

桜木「ふざけんなよ」

 

 

「俺は至って真面目だ」

 

 

 その言葉を聞いて、俺は頭を抱えたかった。縛られていたから出来ないが、もし今身体の自由が聞いたのなら、目の前のコイツを殴り倒して、空いた椅子に腰を落とし、ため息を吐きながら頭を抱え、恥ずかしさに悶え苦しんでいただろう。

 こんな悪人が、孫を自分の為に過去に送り付けるような奴が、愛する者の為だと言う。それが他人や、アニメの中でならカッコ良く思えただろう。だが、目の前のコイツは正真正銘の桜木玲皇。俺自身だ。

 

 

桜木「.........んで、その肝心の愛する者って誰だ?まさかタキオンか?」

 

 

「誰があんな実験大好きマッドサイエンティストの元海外機関のエリートのDr.ミキサー渾名はハイパー目が濁ってるを愛するか」

 

 

桜木「待て待て待て待てもう俺の中の俺が壊れつつある」

 

 

「武藤遊戯か?」

 

 

 コイツ、本当に俺らしい。このノリはアイツらと一緒にいる時と同じものだ。否定したいと思いたくなる度にそれを肯定する羽目になる。最悪だ。

 そう思っていると、先程まで席を外していたアグネスタキオンがようやく戻ってきたのか、自動ドアの開く音が聞こえてきた。

 

 

タキオン「随分酷い言い草じゃないか、これでも君と三年間共に歩んできた仲だろう?」

 

 

「お前俺が嫌だって言っても薬投与するじゃん」

 

 

桜木「え、嫌なの?」

 

 

「「え?」」

 

 

 正気か?というような目で俺の方を見てくる二人。いや、この男がその目を向けるならわかる。お前はなぜそんな目を俺に向けるんだアグネスタキオン。渾名はハイパー目が濁ってる。

 

 

タキオン「.........はぁ。トレーナーくんにもこんな優しさがあったらねぇ。そう思うだろう?桜木くん?」

 

 

桜木「僕もそう思います」

 

 

「うるへぇ」

 

 

 不貞腐れた様に頬杖をつく隣の存在。なんだよ、案外人間らしい所もあるじゃないか。

 だが、気がかりな所もあった。タキオンでないのならば誰なのだろう?そう思って観察してみると、奴の薬指に光る指輪に目が行った。

 

 

桜木「.........奥さんか?」

 

 

タキオン「Congratulation。見事正解した桜木くんにはことの詳細を教えてあげよう。さ、トレーナーくん?」

 

 

「勝手に話を進めるな.........はぁ」

 

 

 ため息を吐きながら、奴はどうしたものかと長考を見せ始める。早く話して欲しいものだと思いつつも、楽しみは後に取っておきたい気もしてくる。

 そうしていると、さささっと奴とは反対方向からアグネスタキオンが俺に耳打ちするように近付いてくる。

 

 

タキオン「彼、君から見てどう思う?」

 

 

桜木「齢60超えてなお厨二病の末期患者」

 

 

タキオン「アッハッハッハ!!君は彼と違ってユニークだねぇ。あの頃の彼にも見せてあげたいよ」

 

 

 腹を抱えて笑い声を上げたタキオンはその回答に満足したのか、俺の元から離れ、先程奴が漁っていた机とは別の机で、実験をし始めた。

 何をしているのだろうと思っていたが、隣の奴がようやく決心ついてのか、ぽつりと声を出した。

 

 

「.........俺の奥さんは」

 

 

桜木「ほうほう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「.........マックイーンだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「.........はぇ?」

 

 

「メジロ.........マックイーンだ」

 

 

 俺の漏れ出た声がよく聞き取れなくて出てきた声だと勘違いしたのだろう。実際にはなんの意味も持たない、ただ出てしまった声だ。

 そんな声に追い討ちをかけるように、奴は奥さんの名前をフルネームで読んだ。どういうことだ?コイツの担当は、タキオンだけじゃなかったのか.........?

 

 

「俺はトレーナーを辞めた後、財前さんの誘いで元の会社に戻ってきた。それなりの役職を貰ってな」

 

 

 財前さん.........その人は俺の相棒、メジロマックイーンの父親その人だ。彼女と会う前に、トレーナーになる前に一度営業先で、彼と話をした事がある。

 たしか今は、会社が合併して財前さんがトップになっているはずだ。財前さんから誘われたのなら、無理の無い話ではない。

 

 

「普通の幸せ、普通の暮らし、勝負事とは無縁の世界で、俺は幸せに暮らしていたはずだった.........」

 

 

「ある日突然、財前さんからお見合いの話を頂いてね。断るのも悪い手前、引き受けてしまった」

 

 

桜木「.........まさか」

 

 

「ああ.........彼女だったよ。思わず一目惚れしてしまった」

 

 

 気持ち悪い。じじいの恋の話ってこんなに生々しい物だったのか?俺はもっと儚い青春をイメージしていたはずなのに、なんか、うん。キモい。

 

 

「だが、彼女は酷く冷たくてね。心も身体も.........まるで氷のようだった」

 

 

「何故か分かるか?」

 

 

桜木「.........どうして......?」

 

 

 本当は.........怖かった。これを聞いてしまったら、結末が分かってしまうような気がしたからだ。

 それでも、聞かずには居られなかった。彼女の身に何が起こるのか、知っていれば回避出来るかも知れないと思ったからだ。

 

 

 だが、それはあまりにも無慈悲で、無作法で、理不尽極まりない結末であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「繋靭帯炎だよ」

 

 

「知っていたさ」

 

 

「彼女の事はニュースでやっていたからな」

 

 

「だがその当時の俺はそんな事見向きもしなかった」

 

 

「タキオンの足もやばかったんだ」

 

 

「他人を気にしてる余裕なんて無かった」

 

 

「人一倍努力はした」

 

 

「だがURAファイナルズが最後だった」

 

 

「そこでタキオンは走れなくなった」

 

 

「他人の夢を潰し続けた俺にはお似合いの末路さ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「なん、ぇ.........?」

 

 

 言葉を挟み込む余地は、無かった。思考を挟む余裕も、無かった。ただただ目の前に出された言葉という料理を飲み込むように、その情報を脳に取り込むことしか出来なかった。

 希望もない、夢もない、奇跡なんて、あるわけない。そう悟るまでに、時間は掛からなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「.........だがマックイーンの足は治した」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「ッッ!!!??」

 

 

 あと一歩。あと一歩で絶望の穴の中へ落ちて行けそうだったのに、目の前の男は希望という名のちょうちんで俺を釣った。

 いったいなぜ、どうやって?何をして?繋靭帯炎を克服させたんだ。そんな前向きな言葉が口を突いて出ようとしたが、代わりに出てきたのは.........

 

 

桜木「.........嘘だ」

 

 

桜木「冗談なんだろ?」

 

 

桜木「ありえない」

 

 

桜木「繋靭帯炎になんかならない」

 

 

桜木「タキオンだってずっと走れるに決まってる」

 

 

桜木「なるとしても俺が絶対―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「他人の夢にすがるのはやめろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 上に向けていた視線を、その声の方向に向けた。悲しみもない、怒りすらない、呆れも感じさせないその表情と声は、正に能面のようだった。

 他人の夢。そう言われて、俺は初めて気が付いた。今までやってきた事は全て.........夢を追いかける他人の背中を、追いかけていただけだという事だ。

 苦しみが湧き上がって来た。悲しみが胸を突いてくる。それを抑えることが出来ないのはきっと.........目の前のコイツが、俺の仮面を全て盗ってしまったからだろう。

 

 

桜木「ぅ...ぁあ.........!!!」

 

 

「.........泣きたければ泣けばいい」

 

 

「それが出来るのならそれをすればいい」

 

 

「お前も嫌だろう?何もせず、出来ないまま奪われていくのは」

 

 

「お前のやり方でやるんだ。ずってでも這ってでも、泣き喚いて、抗って見せろ」

 

 

 俺を見るその目は酷く真っ直ぐで、素直で、何よりも先を見ていた。溢れ出る涙すら障害にならないほど、奴の姿は印象に残った。

 

 

桜木「けどどうやって.........」

 

 

「繋靭帯炎は治せる」

 

 

 そうハッキリと口に出され、俺は一瞬だけ、希望を感じた。だがどうせ未来の技術だ。どうすることも出来ないだろう。

 だが、現実は違った。奴はまとっている白衣のポケットから、USBメモリーを取り出して見せてきた。

 

 

「これはとあるバカな医者が、ありとあらゆる損失をかえりみず導き出した手術の術式だ。自分の命と引き換えにな」

 

 

「このデータを、俺はゴールドシップと共に過去に送っている」

 

 

桜木「っ!!!それは今どこにッ!!?」

 

 

「さあな、悪いが遺書に先約が居たんだ。あの時はもう抜け殻のような爺さんだったが、お前の時代なら約束は果たせそうだったからな」

 

 

 それを探し当てなければ行けない。しょうもないほど途方も無い道のりだ。この目の前の男は、希望をチラつかせて俺を釣ろうとしている。

 だが.........それでもそれにすがるしかない。それを支えにしなければ行けない。今大切なのは、前に歩くことだ。

 そう考えを改めていると、奴はおもむろにその場から立ち上がった。俺にその背中を見せながら、ゆっくりと話し始めた。

 

 

「.........お前は今、他人の夢を追っている状態だ」

 

 

「そんな状態でつまづいてしまえば、自力で起き上がることは出来ない」

 

 

「だから.........夢を探せ」

 

 

桜木「夢を.........?」

 

 

 夢を探す.........思えばずっと、トレーナーになってから、ただ目の前に現れた夢を追う背中を追い続けていただけだった。

 その前も.........ただ目の前に現れた得体の知れない輝きに惹きつけられ、それに向かって走っていただけだった。

 今なら、少しだけわかる気がする。夢の正体が何か掴みかけている今なら、自分の夢が何なのか.........

 

 

タキオン「.........準備できたよ」

 

 

「そうか」

 

 

 静かな空気が一変するのを感じ取るのは、それほど難しいことではなかった。先程まで実験していたアグネスタキオンは、その産物であるだろう薬品を手に持ち、もう片方の手には注射器を持っていた。

 

 

「最近予知夢を見ることは?」

 

 

桜木「.........最近はめっきり無くなった」

 

 

「いい傾向だ。俺の予想は正しかったな」

 

 

 この男は一体、俺についてどこまで知っているというのだろうか?得体の知れない不安と恐怖。しかし、それとは裏腹に、これから起こる何かに、どこか好奇心を働かせている自分が居る。

 

 

「俺もそうだった。夢で見るレースは夢が壊れる音を毎日のように奏でていた。俺がトレーナーを辞めたのはそれが原因だ」

 

 

桜木「.........?俺はそんな夢.........」

 

 

タキオン「私の睡眠薬の効果だ。それとはまた違うイメージを刺激し、夢の中で反映させている。ゴールドシップくんに飲まされただろう?」

 

 

 その話を聞いた俺は、ゆっくりと過去を思い出していた。確かに、ゴールドシップに薬を盛られた経験がある。

 あまりに疲れていた時に、コーヒーに盛られたんだ。暫くは大丈夫だったが、チームルームでぶっ倒れた俺は、アグネスデジタルに病院まで運んでもらったんだ。

 

 

タキオン「予知夢が見れなくなったという事は幸いだ。今後それが起こることは無いよう、解毒剤を投与する」

 

 

「ああ、だが注意しておけ。稀に見る神秘性の高い夢はこれからも見る事になる。あれこそお前を運命に縛り付けるものだ」

 

 

 神秘性の高い夢。その言葉と薬品を注射器に入れるタキオンの顔を見て、彼女と初めてあった日に見た夢を思い出す。

 あれがそうなのだろうか?では俺は、最初から間違っていたのか?そんな思いが顔に出ていたのであろう。二人とも、俺を見て笑い声を上げた。

 

 

タキオン「ハハハ.........君は本当にあのトレーナーくんかい?分かりやすくて可愛いじゃないか」

 

 

「全くだ。ここまで変わったのなら、ゴールドシップを送って良かったと思うよ」

 

 

桜木「.........」

 

 

 確かに、今の俺が居るのはゴールドシップのお陰だろう。彼女がマックイーンを紹介してくれたから。彼女が白銀のお気に入りにならかったら。彼女が打ち上げでビデオ通話に顔を出さなかったら、今こんな事にはならなかった筈だ。

 そして、この男はきっとそれを見越したんだろう。こんな考えが思い浮かぶのなら、歳を取るのも悪くないと考えられる。

 

 

タキオン「さぁ、実験開始だよ。モルモット二号くん?」

 

 

桜木「.........ああ、遠慮なくブスっとやってくれ」

 

 

 固定された俺の右腕に手を添え、血管の位置を確認した後、タキオンは慣れた手つきで注射針を俺の身体の中へと侵入させた。

 意外と痛みはなく、感じるのは薬品を注入される異物感だけ。これであの夢ともおさらばだと思うと、少し寂しさを感じる。

 だが、そんな俺に更に追い討ちをかけるように、隣に居る男は突然言葉を発した。

 

 

「その薬品には記憶を失う作用も含まれている」

 

 

桜木「は.........?」

 

 

「この未来での出来事は全て忘れもらうぞ」

 

 

桜木「!!?なんでだよ!!?」

 

 

 思わず声を上げてしまう。身体が自然と起き上がろうとしてしまい、自ら首を固定する鉄器に気道を塞ぐようにしてしまう。

 我ながらマヌケな姿だと思いながら咳き込んでいると、今度はタキオンが口を開いた。

 

 

タキオン「未来を知って行動に移すなんてずるいだろう?」

 

 

桜木「っ、未来を変えるようなズルをしてんのはお前らだろ!!!」

 

 

「その通りだ。ズルをするのは悪役だけで良い。ヒーローは正々堂々戦うべきだ」

 

 

 クソ.........何がヒーローだ.........俺が好きなのは悪役だ。そんなの、他の誰かがやればいいだろ.........

 不味い.........また眠くなってきやがった.........嫌だ、忘れたくない.........この記憶さえあれば.........すぐにでも.........行動......に.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「.........あとは座標をセットしてボタンを押せば」

 

 

タキオン「ああ、過去に戻せるよ」

 

 

「必要な物も一緒に入れたか?」

 

 

タキオン「勿論だ。新品の目覚まし時計も、ついでにゴールドシップくんの家のポストに入っていた差出人不明の手紙も一緒だよ」

 

 

 私の目の前に居る男は、ひと仕事終えた様にマグカップに口を着け、ため息を吐いた。

 甘い匂いが鼻腔を通り、私の脳に少しだけ安らぎを与えてくる。それが彼のマグカップから漂ってくるものだとは想像にかたくない。

 

 

タキオン「.........ココアか、君がそんなものを嗜むなんて、知ったのは最近だよ。思えば私は君の事を知らなすぎる」

 

 

「当たり前だ。当時は周りの大人に目をつけられないようコーヒーを飲んでいたんだ。あんな不味いもの二度と飲まん」

 

 

 彼は吐き捨てるようにそう言うと、桜木くんが入っている装置から離れ、彼が先程まで拘束されていたテーブルの隣の椅子に座り込んだ。

 そして、彼の孫であるゴールドシップに手渡した筈の時計を、労わるように手で撫でる。その姿はどれも、現役時代には見せてこなかった姿だ。

 

 

タキオン「.........君はもう少し素直になった方が良い」

 

 

「これでも奥さんの前では素で居られたんだ。今の俺にとっては十分な幸せだ」

 

 

 そう言った彼の表情は、とても穏やかなものだった。桜木くんが過去の彼だと言うのは、あながち嘘では無いのだろう。

 私も、大人になったものだ。当時はただレースに出るための舞台装置だと思っていた彼に、興味が湧いて出てきてしまった。テーブルを間に挟み、私も紅茶の入ったティーカップを持って椅子に座った。

 

 

タキオン「.........その装置を使えば、君は過去に戻れたはずだ。何故わざわざこんな回りくどいことをする?」

 

 

「怖かったのさ」

 

 

タキオン「怖い.........?」

 

 

 帰ってきた言葉は、珍しく弱気な発言だ。今まで彼に見てきた冷たさとはまた違う、少し肌寒いような冷たさを、彼から感じ取れてしまう。

 

 

「この進んできた道を否定するには、俺は歩きすぎた。それを否定する勇気も、彼女と歪ながらも歩いてきた道を引き返す覚悟も、俺には無かった」

 

 

「それにこいつは.........俺とは違う」

 

 

 彼の視線の移動につられて、私はその方向を見た。そこには、今はまだ眠っている桜木くんが居た。

 彼の寝顔は、まるで子供のようだった。まだまだ、出来ることと出来ないことの境目がつかない、そんな子供。

 そんな彼を見る男の表情はどこか、羨ましそうだった。本当であるならば、彼もそこに行きたいのであろう。

 

 

「分かりやすい幸せには、分かりやすい悪役が必要だろう?」

 

 

タキオン「.........意気地無しだね」

 

 

 私のその言葉を受け入れるように、彼はふっと笑いを零した。どれもこれもが、彼がトレーナーをやっている間は見れなかったものだ。

 だが、それでも疑問は残った。この男も、彼には運命を変えて欲しいと思っている筈だ。あの敵を見るような態度は少し、やりすぎている気がする。

 

 

タキオン「それにしても、君は何がしたいんだ?進んで悪者になるなんて気が知れないね」

 

 

「.........俺はなタキオン、悪役が好きなんだよ」

 

 

 悪役が好きだ。そう言った彼の表情は少し、羞恥心が感じ取れた。何が好きか嫌いかも分からないなんて、私は彼と一緒に三年間走ってきたのだろうか?

 そう思いながらも、彼は思いの内を吐露する様に、話を続ける。

 

 

「世の中の正しさや他人を気にせず、自分や大切な人を救う為に生きる事は正義ではないとされる」

 

 

「何が正しいかで人が救われるのならば、この世に悪はのさばらない」

 

 

「.........この悪役の席は俺が座った。もう誰にも譲りはしないさ」

 

 

 

 

 

 ―――この胸の内で消し続けた炎が、慢性的な炎症を引き起こしたのはいつ頃だろう。それはきっと、あの繋靭帯炎の手術術式を見つけた時だ。

 

 

 黒津木宗也は死んだ。わずか35歳にして、この世を去った。自殺と言われていたが、恐らく他殺だろう。奴の能力は高すぎた。病を長引かせて治療で金を貪り尽くす亡者から狙われたのだろう。

 最後に残された遺書に、世話になった人に恩を返せなかった思いが綴られていた。これがもっと早く完成していれば、その人が生きている内に未練を果たせた筈だという、あまりにも在り来りな未練の連鎖を書き残していた。

 

 

 白銀翔也も、自らその命を絶った。世界戦で二度同じ相手に負けた奴は、あの日から他の選手にも勝てなくなって行った。

 風の知らせで、黒津木が死んだことを聞いたのだろう。その後を追うように、彼は自らその歴史に幕を下ろした。

 

 

 神威創は、きっと恐らく生きているだろう。葬式以来一度も、顔を合わせた事はなく、あの日は一言も話さなかった。

 きっと、死んで行った者達の未練を勝手に背負い込みながら、後悔と共に生きている。もう一度、アイツらと揃えると行動しなかった事に.........

 

 

「.........さぁ、そろそろ時間だ」

 

 

 俺は椅子から立ち上がった。若さとは無縁のこの身体は、その動作をするだけで痛みが発生するようになっている。老い先の短さを痛感する年齢まで生きる事になるなんて、誰も想像できないだろう。

 ゆっくりと、しかし確かな足取りで、俺は奴が眠る装置の前まで歩く。今までの自分の道のりを、歩き直すように。

 

 

「お前はお前の夢を見つけろ」

 

 

「運命の掌で踊る[操られた人形(マリオネット・バインド)]になるか」

 

 

「それとも、運命を掌で弄ぶ[鏡の道化師(ミラージュ・クラウン)]になるかは、お前次第だ」

 

 

 強化ガラス越しに見える男の姿に振れるように手を伸ばすが、それを拒むように、そして本来交わる事は無いと言うように、冷たい感触をしたガラスは、奴とこの世界を隔てている。

 それでも構わない。俺はその冷たいガラスを撫でるように指の腹で触れた。別れの時が近い。久々に会った友人の様に愛おしさすら感じてしまう純粋なままの自分に、心の中で改めて別れを告げた。

 

 

タキオン「.........後悔は無いのかい?」

 

 

「無い」

 

 

 後悔なんて、自分にはもったいないほど素敵な感情だ。日々を普通に過ごそうとした男の日常は、全て灰色に染まっていた。

 だが、そんな景色すら彩りを与えてしまう彼女に出会えたのだ。俺はさぞかし幸せ者だろう。この[特等席]は、俺だけのものだ。

 

 

タキオン「未来を変えたいという君がそう言うのは、矛盾していると思うがね」

 

 

「別に、何もおかしくは無いさ」

 

 

 そろそろ目の前の男が目を覚ます時だ。俺は装置から離れ、操作盤のある場所まで移動する。

 おかしい事など、何一つない。確かに彼女の足を治すことは出来た。冷たさや荒さは多少、消えてくれた筈だ。

 だが、それでも遅かった。彼女はもう現役を退いた身だ。あの時、この技術が確立されていたらと、何度も想像した。

 レースを見る彼女の目は、いつも羨ましそうだった。足が治ってからは尚更、その傾向が強く感じられた。

 これはきっと、俺の燻り続けた火が、鎮火に鎮火を繰り返してきた煙が天を超え、[奇跡を超えた]産物なのだろう。俺のたった一つの想いが、たった一度だけ、死という運命を跳ね除けたのだ。

 

 

「.........男ってのはな、この世で誰よりも強くなる瞬間があるんだ」

 

 

タキオン「.........一応、聞いておこうか」

 

 

 どこか分かりきったような表情でそう聞いてくるタキオン。その顔は嬉しげであった。

 ガラス越しに見える男の表情が動く。そろそろ目が覚めていくだろう。俺はそう思いながら、ボタンに指を乗せた。

 これからきっと、この男には多くの困難が待ち受けているだろう。この言葉が届くことは決してない。だが、この俺がゆっくりながらも歩いた末に見つけた物だ。すぐに見つけてくれる。

 そう、思いながら.........俺は初めて、留まることを知らない口角の上がりを経験しつつも、言葉を発した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「好きな女の子の笑顔は、いつなんどきでも見ていたいものだからな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なんだろう.........身体が暖かい。

 

 

 何が起きてるんだろう.........?

 

 

 思い出せない。

 

 

 けど

 

 

 探さなきゃ.........

 

 

 何を?

 

 

 どうやって?

 

 

 分からない.........

 

 

 身体が落ちて行っているのか、はたまた上に飛んでいるのか判断が付かない。今がいつ、どこで、自分が何者なのかすら分からない。

 もう一度、目覚めかけていた意識が沈み込んでいく。次目覚めた時は、きっと何を探せばいいのか思い出してくれる.........

 まどろみの中、ただその流れに乗って、俺はそのまぶたを閉じた.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『夢探し人』になった!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゴルシ「おっちゃん!!大丈.........あれ?」

 

 

フク「あァ!!桜木トレーナーさんが私のせいで!!!」

 

 

 アタシはすぐに噴水に落ちちまったおっちゃんを助けようと手を伸ばした。けれど、それは目視で確認する前に分かってしまう。ここにおっちゃんは居ねー。

 水の中に突っ込んだ手が、おっちゃんに触れることなく底に着いた。有り得ない。この深さじゃ漂って移動することも、おっちゃんの大きい身体じゃ音を立てずに移動することも出来ねーはずだ。

 心配になったフクキタルも覗き込んできたけど、やっぱりフクキタルにもおっちゃんの姿は見えてねー。

 一体どうなってんだ?そう思って頭を掻こうとすると、不意に後ろの方から、大きな音と衝撃が伝わって来た。

 

 

フク「はみゃ!!?た、祟りです〜〜〜!!?」

 

 

ゴルシ「いや!!!あれは.........」

 

 

桜木「いっつつつ.........なんだここ.........?トレセン学園.........?何だこの時計?」

 

 

 そこには、葉っぱまみれになったおっちゃんが尻もちを着いて居た。しかも、胸の位置にアタシの目覚まし時計が縛られて固定されている。

 多分、あの木から落ちてきたんだろう。体には木の葉っぱ以外にも、枝やら何やらが色々着いている。

 

 

フク「うぅ〜ん.........中々いわく付きそうな目覚まし時計です.........別の人から借りましょうか.........?」

 

 

ゴルシ「最初っからそうしろよ!!!」

 

 

桜木「.........?よく分からんけど、これゴールドシップのか?」

 

 

 立ち上がったおっちゃんは、身体に着いた葉っぱを払ってからアタシの目覚まし時計を何とか身体から離した。

 その後、寝て起きたばっかりみたいに身をよじらせて、大きくあくびをして見せた。

 

 

桜木「な〜んか.........記憶ねぇんだよなぁ.........今何日の何時?」

 

 

フク「はい!!一月〇〇日です!!因みに先程占ったところ桜木トレーナーさんのアンラッキーアイテムはアンティークな目覚まし時計です!!!」

 

 

桜木「.........だから記憶ねぇのか」

 

 

 そう言って、自分の不幸さにため息が漏れ出たおっちゃんにフクキタルはお節介焼きが出たのか、ラッキーアイテムを一緒に探そうと何処かに行っちまった。

 全く、騒がしい奴だぜ。コイツはじいちゃんがアタシに託した大切なもんだからな!!

 

 

ゴルシ「へへへ.........戻ってきて良かったぜ.........ん?」

 

 

 ようやくアタシの元に戻ってきた時計に頬をスリスリしてると、時計の裏側になんか貼ってある事に気が付いた。

 こんなもの、アタシが今日起きた時は着いてなかったはずだ。どうなってんだ?

 

 

ゴルシ「.........剥がれた!なになに?」

 

 

 折りたたまれた紙を一枚開いて見ると、そこには『シップへ』と字が書かれていた。その字は、良く見覚えがある。

 一体何が書かれているんだろうか、そしておっちゃんはさっきまでどこに行っていたんだろうか?そんな事を思いながら、アタシは秘密を探るような手つきで、その紙を全部開いて見せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バーカ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゴルシ「.........上等じゃね〜か......あんの世界一位.........   」

 

 

 書いていたのは、その一文だけだった。それでも、アタシを怒らせるには十分なものだった。

 アタシが不在で手が出せねーからって舐めやがって.........帰ったら覚えておけよジャス!!!

 

 

 取り敢えずこの怒りを抑える為に、この紙を滅茶苦茶にちぎちぎした後、偶然白銀の奴が通りかかったんで、アタシは背後から膝カックンしてその場を去ったんだ。

 

 

 

 

 

  ......To be continued



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ブラック企業辞めてトレーナーになったのにそもそもトップがブラックだった話

 

 

 

 

 前略 お母さん。お元気にしておりますか?玲皇です。二月に入り、真冬の北海道の寒さは体にこたえると思います。

 私は今、トレセン学園にて日々忙しい毎日を過ごしております。本当に忙しいです。

 どれくらい忙しいかと言われると、普段は書類業務という名の暇つぶしをして、昼になったら担当達のご飯を作ったり、放課後に向けてトレーニングの予定を練ったりしている毎日が突然、以前退職した企業より忙しくなったのです。

 この手紙が読まれている頃、僕は死んでいるかもしれません。もし僕が死んでしまっていたら、実家の部屋に残してある黒歴史ノートはかならず燃やして下さい。

 あとこっちのアパートにある食材を全部消費してください。

 あと貯金が沢山あるので、全部そちらの通帳に移してください。

 

 あと

 

 あと

 

 あと.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「やべぇ!寝坊した!!!」

 

 

 地獄が始まる当日の朝。思えば、その予兆は朝からあったのかもしれない。普段使っている目覚まし時計がイカれていたのだ。慌てて着替え初めて時計を見ると、七時三十分。弁当の具材を詰めてギリギリ間に合うレベルだ。

 

 

桜木「くっそ!!!いつも使ってるバッグが見つからねぇ!!!」

 

 

 辺りを見ましても、普段愛用しているビジネスバッグが姿をくらました。仕方が無いので、リュックサックに弁当を詰め込み、俺は外に出ようと靴を履いた。

 

 

桜木「くっ.........紐が結びにくいぞ.........!!!」

 

 

靴紐「マジックするね?」キュポン

 

 

桜木「は?」

 

 

 靴紐を引っ張っていた所、急に身体が後ろ方向に倒れ込む。まさか切れたのか?そう思い手を確認してみると、そこには一本の紐。そして、何故か靴紐が通されていない靴が存在していた。

 

 

桜木「どうなってんだマジで.........!!!」

 

 

 不幸は勿論、それだけではなかった。

 

 

 靴紐を結び直し、もとい、通し直して居たら遅刻は確定的になってしまった。こうなったら早く行っても意味は無い。ギリギリまで遅刻しよう。

 そう思い俺は、ルンルン気分で太陽の元を歩いていた。

 

 

桜木「今日もいい天気だなー.........」

 

 

カラス「こんにちわー^^」

 

 

 歩いていると、目の前にカラスが降り立ってきた。そして、挨拶するように頭を下げてきたので、俺もそれに習ってその鳥類に向かって挨拶を交わした。

 すごいな.........頭が良いとは聞いていたが、まさか挨拶みたいな事もしてくれるのか.........もしかしたら人類が亡びた後、台等するのは鳥族なのかもしれないな.........

 そう思った次の瞬間、バッグの方に重みが追加されるのを感じた。先程のカラスが降り立ったのだ。挨拶すれば友達。人間もこれくらい楽に関係築ければ良いのに。

 

 

カラス「いただきまーす^^」

 

 

桜木「は?」

 

 

 そのカラスはなんと翼で器用につまんでジッパーを開けた後、これまた器用に弁当を取りだし、箸を使って食べ始めた。

 なんだ、これは。目の前で何が起きてるんだ?コイツもしかしてUMAなんじゃないのか?

 思わず固まっていると、どうやら全て食べ終えたのか、カラスは俺の弁当箱を地面に投げ捨てた。弁当箱は壊れた。因みに顔に唾も吐かれたし、知らない内にカバンの中にうんちされてた。うんち!(笑)

 

 

桜木「いや笑い事じゃないんだけど.........」

 

 

カラス「32点(笑)」

 

 

桜木「は?(怒)」

 

 

 あのクソ鳥点数つけて飛んでいきやがった。俺の弁当に対する評価か?普段どんだけグルメなもん食ってんだ。鳥のくせに。

 とにかく、こんな状態じゃ学園には行けない。仕方なく家に戻ってバッグを捨てようとした所、何故かゴミ箱にビジネスバッグが入ってた。どうして?

 因みに遅刻理由を諸々の不幸にして伝えたら、そんな訳ないだろとたづなさんに怒られた。本当なのに.........

 

 

 昼休みに入り、廊下ですれ違ったマチカネフクキタルに占ってもらおうとした。

 

 

桜木「へいフクキタル!!今日の俺の運勢は!!?」

 

 

フク「死相が出てます!!!」

 

 

桜木「アァァァァァァ!!!」

 

 

 即答された。水晶玉を取り出すまでも無かったらしい。フクキタルは俺の顔も見ずにそそくさと離れようとしていた。

 

 

「救いは無いのですか〜?」

 

 

桜木「アァ.........!!?」

 

 

フク「無いです」

 

 

 背中側からにゅっと現れてきてくれたウマ娘の助力も虚しく、俺は運という運に全て見放されてしまっていた。

 俺は今日殺される。間違いない、分かっているんだ.........

 

 

 そして、月に一度の全校集会が行われた。その日はどうやらこのトレセン学園の学園祭に当たる、ファン感謝祭についての集会だったのだが.........

 

 

やよい「選定ッ!!公正な審査の上!!ファン感謝祭運営委員長に!!桜木玲皇を任命する!!!」

 

 

 背景 お母さん。僕が過労死する日は近いです.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「.........」

 

 

 あの日から数日経ち、死を感じる程の凶運は流石にその顔を見せなくなった。その代わりに、過労死という名の身構えている上でやってくる死神がその鎌を俺の首に掛けている。

 感謝祭実行委員長を務めることになった俺は、お昼休みの間、チームルームとは別の教室で待機を命じられていた。

 

 

マック「大丈夫ですか?」

 

 

桜木「う、うん.........何とかね。マックイーンこそ、皆でご飯食べてて良いのに」

 

 

 お昼に入り、俺の座っている机の隣でご飯を食べているマックイーン。心配そうに見つめてくるその瞳に心を奪われかけるも、死神の鎌が俺の理性を取り戻してくれる。

 しかし、当のマックイーンは俺の言葉に、返答する言葉を探しているのか、何か言いあぐねているようであった。何か言いずらい理由でもあるのだろうか?チームのメンバーと喧嘩しちゃったとか.........

 

 

桜木「.........もしかして、喧嘩とかした?」

 

 

マック「い、いいえ!そんな訳ありませんわ!!」

 

 

マック「た、ただ。貴方がこうして頑張っていらっしゃるのに.........何も知らずにご飯を食べるなんて、出来る訳ありません.........」

 

 

 そうもじもじとしながらも、ハッキリ伝えてくれる彼女の優しさに触れると、何故だか少し疲れが取れたような気がした。

 ありがとうと伝えると、彼女はそれに反応して、何故だかそっぽを向いてしまった。

 

 

マック(ふ、二人きりになるチャンス.........!!みすみす逃す手は有りませんわ!!)

 

 

桜木「.........マックイーン?」

 

 

マック「ひゃぁあ!!?」

 

 

 心配になって声をかけると、マックイーンはしっぽをピンと張りながら壮大に驚きの声を上げた。

 その後、こちらをじとっとした目で睨んでくる。あれ?これ俺が悪いの?

 そんな事を思っていると、彼女はコホンっと咳払いをして、空気を切り替えた。

 

 

マック「良いですか?私達は『一心同体』を誓い合ったふたりです。貴方が無理して倒れる事の無いようサポートするのも、私の役目ですわ」

 

 

桜木「.........ありがとう、マックイーン」

 

 

マック「.........もう、自分の身体なんですから、しっかり労わってあげてくださいまし」

 

 

 そう言いながら、彼女は俺の手に両手を重ねて、ゆっくりと包み込んでくれた。困ったように微笑む彼女を見て、何故か暖かい気持ちが溢れ出してくる。

 ああ.........もう、相当惚れ込んじゃってるんだなぁ.........いっその事、気持ち伝えちゃった方が楽なのかもしれないなぁ.........

 

 

「.........イチャイチャさせる為に役職につかせた訳ではないぞ」

 

 

二人「ひゃあ(うわぁ)!!?」

 

 

 突然、教室の扉側の方から声が聞こえてきた。驚いた俺達は二人してその方を見ると、そこには秋川やよい理事長がいつもの様な自信満々な仁王立ちをしながら、怪訝そうな顔をして立っていた。

 

 

桜木「.........あの、何か御用で?」

 

 

やよい「憂慮ッ!!あの集会でなぜ君が実行委員長に起用したか話してなかった故!不満に思ってると感じてな!!」

 

 

 閉じている扇子で俺の方を指さす様にして、やよい理事長は力強くそう言った。

 確かに、不満に思ってはいたが、生徒達の要望を聞くのは案外楽しかった。別に気にしなくても良いとは思ったが、話を聞いてみると、どうやら結構重大らしい。

 

 

やよい「私は先日、『URAファイナルズ』の開催を発表しただろう?その宣伝も兼ね、今回のファン感謝祭は過去類を見ないほど盛大に開催したいのだ!!」

 

 

桜木「な、なるほど.........」

 

 

マック「.........?あの、それではトレーナーさんが委員長をやる理由にならないのでは?」

 

 

やよい「否定ッ!!桜木トレーナーは元企業勤めという事もあり、コミュニケーション能力や管理能力が高い!学園外部と連携を取った時、事が円滑に運ぶだろうと考えてな!!」

 

 

 なるほど、確かにそう考えれば割と納得のいく話だ。レースの宣伝を兼ねたイベント開催となれば、並の教職員、トレーナーではとてもでは無いが大成功を収めるのはキツイだろう。

 俺は以前、無理な納期を能力をフル活用して何とか収めたことがある。ちなみにそれをしたせいで毎回それを要求された結果、うつ病になった。自分で自分の首を絞めているとはまさにこの事だ。

 

 

やよい「桜木トレーナー!!君には期待しているぞ!!.........それと」

 

 

二人「.........?」

 

 

やよい「いつまで手を握ってるつもりだ?」

 

 

二人「!!?」バッ!

 

 

 理事長に指摘された俺達は、咄嗟に手を離した。俺もマックイーンも両手を上に挙げている。傍から見れば滑稽だろう。

 出ていく際、距離が近いのも程々にしとけと釘をさしながら、理事長はこの教室から去っていった。嵐がようやく過ぎ去ったか.........

 

 

マック「あの.........」

 

 

桜木「え?なに?」

 

 

マック「ごめんなさい.........」

 

 

 え、なんで俺急に謝られてんの?なんでマックイーンそんなに悲しそうな顔してるの?

 またなにかしてしまったのだろうか、そんな不安に駆られていると、マックイーンが口を開いてくれた。

 

 

マック「いくら『一心同体』を誓い合っているとはいえ、少々馴れ馴れしかったですね.........」

 

 

桜木「.........そんな事ないさ。今のマックイーンは、これくらいの距離が一番居心地良いんだろ?周りの目はあるかもしれないけど、辞める必要は無いよ」

 

 

マック「ほ、本当ですか.........?」

 

 

桜木「ああ、少なくとも、俺から止める事は無いから」

 

 

 しょんぼりとしていた顔が、少し恥ずかしそうで、それでも嬉しそうな顔へと変わった。やっぱり、悲しそうな顔は誰であっても見たくは無いものだ。

 少し喉に乾きを覚えたので、俺は席から立ち上がり、自前で持ってきた湯沸かし器の前まで歩く。教室は好きに使って良いと言われていたので、その言葉通り好きに使わせてもらっている次第だ。

 

 

桜木「マックイーンも飲む?ココアだけど」

 

 

マック「ええ、いただきますわ」

 

 

 食べ終わったお弁当の蓋を閉め、包みに入れたマックイーンは、俺の隣へとやってくる。相談者用にマグカップを用意しておいて助かった。

 二人分のマグカップにココアの粉末を沢山入れ、お湯を少しだけ入れる。粉末が熔けたのを確認して、また自前で持ってきた冷蔵庫の中から牛乳を取りだし、なみなみ注ぐ。

 

 

マック「ふふ、いい匂い.........」

 

 

桜木「火傷しないように気をつけてな」

 

 

 完成したココアをその手に持って、先程座っていた席にもう一度座るマックイーン。一口ココアを口に入れると、彼女の表情はまた、幸せそうなものになって行った。

 すごいな、すぐに飲めるなんて。いつも湯気がたってる紅茶飲んでる時も思ってたけど、熱くないんだろうか?

 そう思いながら俺も椅子に座ると、彼女から疑問の言葉を投げ掛けられた。

 

 

マック「今日はコーヒーでは無いんですのね」

 

 

桜木「ああ、うん。カフェから教えられて大分マシになったけど、そもそもコーヒーは甘くないと飲めないんだよね」

 

 

マック「あら、そうなのですか?」

 

 

桜木「そうなのよ。どちらかと言えばココアの方が好きなんだ。子供っぽいけどね」

 

 

 周りの大人に合わせてコーヒーを嗜んでみていたが、やはりお店の様に美味しいコーヒーでなければ飲めたものでは無い。ブラックは特にだ。飲めない訳では無いが、好きでは無い。

 湯気立つココアに一口つけてみるものの、やはり熱い。甘さより先に熱さによる痛みにも似た刺激が舌に走り、すぐに口を離した。俺が猫舌であることは、マックイーンにももう知られている。

 

 

マック「.........こうして二人で居るのも、何だか久々な気がしますわね」

 

 

桜木「だなぁ。最近はみんな活躍してくれてるお陰で、俺も色々忙しくなってきちゃったし。嬉しい悲鳴だな」

 

 

 最近、マックイーンに引き続きライスやブルボンもレースで良い成績を収めてくれている。その取材やテレビの出演で時間が取られているのは事実だ。大変だが、やりがいはある。

 だが、忙しい理由は他にもある。それは目の前の彼女の事だ。これは風の噂で聞いたのだが、どうやら彼女はURA最優秀シニア級ウマ娘として選出されるかもしれないのだ。

 まぁ、降着騒ぎがあったとはいえ、今年は天皇賞・春を含めた一着4つ。強豪が走った宝塚や有馬記念で二着と、すごい成績を残している。それほど人々の記憶に残っているということだ。

 

 

マック「.........?私の顔になにか着いておりますか?」

 

 

桜木「うん。口の端にココアが着いてるよ。はいティッシュ」

 

 

 危ない危ない。思わず彼女の顔を見つめすぎてしまった。問い詰められたら嘘はつけない性格だ。本当に口の端にココアが着いていて助かった。

 恥ずかしそうにお礼を言いながら、上品に口元を拭くマックイーンを見ていると、教室の扉をノックされた。

 

 

桜木「どうぞー」

 

 

「失礼する」

 

 

 そう言って入ってきたのは、これまた綺麗な芦毛のウマ娘。ビワハヤヒデであった。その後ろにウイニングチケットやナリタタイシンも着いて入ってくる。

 

 

桜木「適当に椅子を出して座ってくれ。今日の要件は?」

 

 

ビワ「ありがとう。実は.........」

 

 

チケ「感謝祭でアタシ達三人で何かやりたいなーって!!!」

 

 

タイシン「チケット、声大きいから」

 

 

 いつも通り仲良さそうにやり取りをする三人を見て、心が温まる。こういうところが実行委員長の役得な所だろう。来年はここをプッシュして他の人に押し付ける。

 しかし、そんな事を考えているだけでは話は進まない。具体的な案は何個か思いついたが、本人達の意向を聞かなければそれも全て無駄だ。

 

 

桜木「具体的に、これをやりたい.........とかは?」

 

 

ビワ「特に無いな。私達に出来るもので、何か思い出に残りそうな物が良い」

 

 

チケ「今年は生徒の好きな物でファン感謝祭をやるんでしょ!!?こんなチャンス滅多にないよー!!!」

 

 

タイシン「アタシにとっては面倒臭いだけなんだけど.........」

 

 

 ふむ.........思い出に残る何かか.........確かに、ファン感謝祭とは銘打っているものの、今年はどちらかと言えば学園祭に近いだろう。生徒の主体性を重視し、能力や個性を見せるというより、のびのびと楽しむ姿を見せ、URAファイナルズの宣伝をする.........

 全く、ファン感謝祭と言っておきながら、今回はその実、ファンを大量に作ることになりそうなイベント事だ。あの理事長には頭が下がる。

 さて、解決案は思い付いた。それにそれを実行するだけの期間や機材も揃っている。それを提示すれば良いだろう。

 

 

桜木「バンドとかどうだ?」

 

 

四人「バンド(ですか).........?」

 

 

桜木「ああ、トレセン学園のウマ娘としてでは無く、学生生活を謳歌する生徒として思い出を作りたいなら打って付けだ」

 

 

ビワ「待ってくれ。仮にそれにしたとして、ギターとかはどうする?」

 

 

桜木「うちの大株主は金遣い荒いから大抵の物は持ってる。貸せと言えば快く貸してくれるぞ」

 

 

 そう言うと、ハヤヒデは考え込むように手を顎に当て始めた。恐らく、この二人がそれを出来るほどの能力があるのかを考えているのだろう。人前でやるからには良い物にしたいと思っている筈だ。

 そうしていると、そのハヤヒデの隣に座っているチケットが勢いよく手を挙げた。

 

 

チケ「しつもーん!!アタシ楽器弾けないけど練習どうすればいい!!?」

 

 

桜木「黒津木と神威に任せる。ああ見えて多趣味だ」

 

 

タイシン「曲はどうするの?二ヶ月でオリジナル曲とか、時間ない気がするけど」

 

 

桜木「コピーで良い。心を込めて歌えばその人の歌になる。バンプとかどうだ?メロディとか歌詞とかカッコイイぞ」

 

 

 二人とも納得したような顔を見せると、ようやくハヤヒデが顔を上げた。どうやら決心は着いたようだ。

 俺はマックイーンの方をちらりと見ると、彼女もこちらを見ており、少しだけ微笑んで見せた。俺もそれに釣られるように頬が緩くなる。その顔のまま、彼女達三人に視線を向けた。

 

 

桜木「やるか?一応時間をくれれば案は考えられるけど」

 

 

ビワ「いや、この案で行こう。感謝するよ桜木トレーナー。私達はウマ娘であると共に、学生生活を謳歌する生徒だ。生徒としての思い出作りを提案してくれてありがとう」

 

 

チケ「わーい!!!バンドだー!!!名前何にする!!?」

 

 

ビワ「そうだな。ここはコピー元に敬意を評し、『バンプオブタイシン』にしようか?」

 

 

タイシン「ちょっと、なんでアタシがリーダーなの?」

 

 

 そんな楽しそうな会話をしながら、彼女達は教室を去っていった。理事長とはまた違う種類の嵐が一つ、通り過ぎて行った。

 ふぅっと、一息付き、ココアに口を付けると、程よい温かさになっており、甘さがようやく口に拡がってくれた。

 

 

マック「お疲れ様です。トレーナーさん」

 

 

桜木「いやいや、これくらいじゃ疲れてられないよ.........まだまだやることは沢山あるからね.........」

 

 

 そう。まだまだやること、やれることは沢山ある。休んでなんかは居られないのだ。あの頃と同じように、企業務めをしていた時の記憶がチラついてくる。

 だが、あの頃とは全く違う。できるだろうという期待も、 振られる無理難題も、暖かさを感じる。みんなが本気で、この感謝祭に打ち込んでくれているのがハッキリと分かるからだ。

 それに.........彼女が隣に居てくれる。それがなんだか、すごく心強く感じてしまう。そんな恥ずかしさを誤魔化すように、俺はまた一口、ココアを口に含んだ。

 

 

 

 

 

  ......To be continued



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T「ファン感謝祭ってそういう名前のファン増幅イベントだよね?」マック「止めなさい」

 

 

 

 

 

 まだまだ二月という季節の寒さを思い知る今日この頃。俺、桜木玲皇は今日も今日とて、ファン感謝祭実行委員長として、昼休みを忙しく過ごしていた。

 

 

桜木「日本文化の素晴らしさを再確認させたい?」

 

 

グラス「はい♪」

 

 

 こんな要件だったり

 

 

桜木「トレセン学園にいるウマ娘達の出身地の名物を出店にして食べたい?」

 

 

オグリ「そうだ」

 

 

 こんな実現不可能に近い要件も

 

 

桜木「ウオッカに負けないような出し物?」

 

 

ダスカ「そうよ!!」

 

 

 ふざけるな。俺もその要件でウオッカから頼まれてるんだよ。

 というような調子で、着々と無理難題やほとんど責任放棄といった言葉が正しいような要件が舞い込んでくる。俺はなんでも相談センターではない。

 

 

桜木(くっそ〜.........宣伝方法も一任されてて、それも考えなきゃならんのに.........)

 

 

マック「どこへ行かれるのですか?」

 

 

桜木「気分転換に学園を歩くよ.........来る?」

 

 

マック「ええ、お供致しますわ」

 

 

 二人で一緒に席を立ち、廊下へと出る。教室の扉につけている吊るした看板を反転させると、不在という文字が姿を現す。用があるなら職員室で放送がかかるはずだ。

 何故か鍵を閉める時、マックイーンが自分が閉めたいと言い出したので、鍵を預けると、どこか幸せそうな表情でその鍵を回した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「〜〜〜♪」

 

 

桜木「.........かなり上機嫌っすね」

 

 

 廊下を歩いている際、無意識の内に鼻歌を歌っていると、彼からそう指摘されました。正直、彼にそう言われるまで自分が鼻歌を歌っている事にも気付かない程でしたので、すごく恥ずかしかったです。

 ですが、仕方ないではありませんか?彼から鍵を受け取り、彼と共に出た教室の鍵を閉める.........そんなの、幸せ以外何も感じる訳ありませんわ。

 あ、あわよくば、彼のお家の鍵もこうして.........〜〜〜///

 

 

桜木(うわ、なんか急に悶え始めたぞ.........)

 

 

マック「.........はっ!」

 

 

 彼からの心配そうな自然に気づき、私は背筋をピンと張り直しました。こんな姿、とても淑女とは言えませんわ。

 自分の腑抜けた気を切り替えるべく、コホンっと咳払いをし、何とかなかった事にして見せると、目の前にある喫煙室から、白銀さんが出てこられました。

 

 

桜木「あ?」

 

 

白銀「お?」

 

 

マック「待ってください。なんでそんなお二人共喧嘩腰なんですの?」

 

 

 目と目があったその瞬間、そのお二人の視線の間をバチバチとした火花が可視化されるほどの険悪ムードが漂ってまいりました。

 まぁ、普段から大体50%の確率でこうなってしまうのですが、流石に白昼堂々と喧嘩されても困ってしまいます。

 

 

桜木「.........あれ、お前手に持ってるタバコどしたの?」

 

 

白銀「捨てる」

 

 

二人「なんで.........?」

 

 

 彼の手には、大量にタバコのカートンが詰められた袋が握られておりました。噂によると、喫煙所でタバコを持ち歩かずに吸うために常備しているらしいのですが、まさか本当だとは思いませんでしたわ.........

 しかも、トレーナーさんの話によると、彼の吸っているPeaceという銘柄は、酷く強い物らしいのです。何が強いのかはわかりませんが、あんなものを吸い続けるなんておかしい、とトレーナーさんは申しておりましたわ。

 

 

白銀「そりゃお前、ゴールドシップにタバコ臭いって言われたら辞めるっしょ」

 

 

桜木「お前が禁煙???無理無理‪w」

 

 

白銀「愛のパワーを舐めるな」

 

 

 酷く真面目な顔でそう仰られた後、白銀さんは私達の横を通って行かれました。あの人の事です。きっと難なくやり遂げてしまいますでしょう。

 とりあえず、聞きは去りましたわ。お散歩の続きをしましょう。そう思って歩を進めていると、彼が隣に居ない事に気が付きました。

 

 

マック「.........トレーナーさん?」

 

 

桜木「.........」

 

 

 振り返ってみると、先程白銀さんと会話をした所から一歩も動いていない彼が居ました。白銀さんが歩いて行った方向を見るように、体をそちらに向けております。

 気になって彼に近付いてみると、なにやら考えを巡らせている様子で、心ここに在らず。という言葉が似合うほど、意識を全て内側に向けているようでした。

 

 

マック「.........何か、気になることでも?」

 

 

桜木「っ、ああ.........悪いけど職員室に寄って戻ろう。いい宣伝方法を思い付いた」

 

 

 そう言って彼がこちらに向けた顔は、いつもの様なイタズラを思い付いた顔.........と言うよりは、真っ直ぐ成功しか見えていない、明るい顔でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「さて、それで君達を呼んだわけなんだけど.........」

 

 

「えっと、どうしてカレン呼ばれたの?」

 

 

「ファル子もわかんないかも.........」

 

 

白銀「翔子も分かんない.........」

 

 

 うーん。一人は余計だったかも〜.........なんて、今更言える訳も無い。なんせこの三人は放送で名指しで呼んできたのだ。何もせず帰す訳にも行かない。

 そう思っていると、隣にいるマックイーンが急に顔をこちらに近付けてきた。ちょっとドキッとしてしまう。

 

 

マック(あの、どういう事なんですの?)

 

 

桜木(これからの話の流れで理由は分かるから、ちょっと見守っててくれる?)

 

 

 そう言うと、マックイーンは渋々と言った感じで乗り出していた身を正常な状態に戻した。

 以前であればこういう事は上司や同僚に確認してからやっていたが、今はトレーナー。思い付きで行動しても咎められないし、なんならあらゆる工程に確認が無くなり、スピーディに事が進むようになる。

 

 

桜木「君達に頼みたいのは他でもない、それぞれのSNSで感謝祭の宣伝をして欲しいんだ」

 

 

カレン「え〜?でもカレン、最近はずっと感謝祭の準備の事あげてるよ?」

 

 

ファル子「うんうん!ファル子もウマッターで発信してるよー!」

 

 

白銀「感謝.........祭.........?」

 

 

 ダメだコイツ、早く何とかしないと.........仮にも出資者の中で一番トレセン学園に貢献しているはずだ。なのに何だこの体たらくは、見ろ。あって間もないけど隣にいる二人が恐らく普段見せないであろうドン引き顔を見せてるぞ。

 先程、意図を聞いてきたマックイーンも合点が言ったようで、どこかスッキリとした顔をしていた。意外と表情豊かなのが最近のファン急増の理由だろう。

 

 

桜木「ただ宣伝して欲しい訳じゃない。『学園公認の宣伝者』として、宣伝して欲しいんだ」

 

 

三人「.........?」

 

 

桜木「難しい事じゃない。次に写真投稿をする際、これを一回だけ付けて、学園公認になったと言って欲しいんだ」

 

 

 そう言って、俺は紙袋に入れた三本のタスキを机の上に置いた。そこには、ファン感謝祭宣伝大使と銘打ってある。これを作ったのは良いものの、どこの誰に渡せばいいかを四苦八苦していた訳だ。

 

 

カレン「それだけでいいの?」

 

 

桜木「ああ、それだけでいい」

 

 

ファル子「ホント〜!?アカウントとか乗っ取られたりしないー!?」

 

 

桜木「そんな事はせん」

 

 

白銀「プロレス技も柔道も掛けてこない!!?」

 

 

桜木「お前にはやる」

 

 

 悲痛な叫びを上げている白銀をよそ目に、二人はそれを手に取り、目の前で付けてくれた。うん。なかなか良い感じだ。

 白銀もそれに手を伸ばし、掴んだ所で、二人は挨拶をして廊下へと出て行った。恐らく、もう次のネタが出来上がったのだろう。楽しそうな笑顔を浮かべていた。

 

 

白銀「俺どうすりゃいい?一応SNSしてっけど全部で発信は出来んぜ?」

 

 

桜木「お前は動画投稿で宣伝して見てくれ。ゴールドシップと何かやる口実は出来ただろ」

 

 

 そう言うと、白銀は何か思いついたのかジャンプしてから走って廊下に駆け出して言った。その様子を俺とマックイーンは同じような心境で見送っていた。

 

 

マック「.........大丈夫でしょうか」

 

 

桜木「ああ、俺もたった今人選ミスったなと思ったよ.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからも、学園祭でやりたい要望は溜まって行った。

 

 

桜木「成程、オペラをしたい.........と」

 

 

オペラ「はい!!是非とも先生に稽古をお願いしたいのです!!!」

 

 

「わ、私からもお願いします〜.........」

 

 

 以前、俺をヒーローショーで見てからその憧景の目で見つめてくるテイエムオペラオー。そして、その付き添いに来た子。名はメイショウドトウだ。先程弱々しい声で自己紹介された。

 さて、となると台本やステージ、小道具や大道具。衣装も必要になってくるはずだ。今すぐに出来るとは即答出来ない。

 

 

桜木「.........わかった。それをやるには準備が必要だが、そもそも準備が出来るかどうかも定かじゃない。とりあえず待っててくれるか?」

 

 

オペラ「はい!!!いつまでも待ちます!!!」

 

 

 なんなんだ、どうしてそんな俺に眩しい目を向けてくれるんだ。止めてくれ。俺はそんな目で見られる様な大人じゃないんだ。

 いつまでもそんなキラキラとした目で身を乗り出して見つめてくるオペラオー。そんな彼女はドトウに引っ張られ、廊下へと連れていかれた。その間も視線を外してくれなかった。

 

 

桜木「.........はぁぁ、なんなんだあの子は」

 

 

マック「あら、良いではありませんか。貴方はもっと人に尊敬されるべき人だと思いますわ」

 

 

 あの子の気に当てられたのか、マックイーンも変な事を言い出し始めたぞ.........どうやらあの子、周りを自分の流れに乗せる天性の才能があるのかもしれない。全く、俺がそれを習得するのにどれほど時間をかけたのか分かっているのか?

 とは言っても、こんなものは老いた者が若者に向ける羨ましいという気持ちだ。あの子が将来どんな道を行くのか、今から楽しみでもある。

 

 

 その後も.........

 

 

桜木「.........つまり手品のショーがしたいと?」

 

 

スイ「手品じゃないわ!!魔法よ!!」

 

 

フジ「この通り、魔法を皆に見せつけたいと言い出してキリが無くてね.........君なら何とかできるんじゃないか?」

 

 

 弱ったぞ。確かに舞台上での経験は豊富な方ではあるが、マジックだの芸だの、そんな物を扱った試しはほとんど無い。

 なんだ?音源にオリーブの首飾りとか、ジャズとか流せば良いのか?そもそも台本いる?小道具は?そこら辺はめっきり弱いぞ.........?

 待て、この子は手品がしたいんじゃなくて、魔法のショーがしたいんだよな?だけどどうすればいい?魔法なんてそんなのハリーポッターとかサリーちゃんとかしか知らないぞ。

 

 

桜木「う〜ん.........それは良いんだけど〜.........万が一観客が危ない目にあったら大変だから、フジキセキにアシスタントしてもらえる?」

 

 

スイ「.........分かったわ、折角の機会よ!!アタシの魔法を間近で見せてビックリさせてあげるわ!!」

 

 

フジ「アハハ、それは楽しみだね」

 

 

 そう言ってスイープトウショウは椅子から降りて教室から出る為に扉へと向かって行く。フジキセキもそれに付き添うように後ろを着いて行った。

 フジキセキと言えば、たまにボランティアで手品やマジックのショーを披露していると聞く。彼女がアシスタントになれば、スイープにバレずに手品が出来るだろう。傍から見れば魔法である。

 これで肩の荷が降りた.........そう思っていると、先程出て行ったフジキセキが顔をひょっこりと覗かせ、声は出さずに「ありがとう」と口を動かし、今度こそこの教室を後にした。

 俺はその思いやりに胸がキュン、としてしまい、思わずマックイーンの方を見た。どうやら彼女もあの攻撃をもろに食らった様である。

 

 

桜木「.........なぁ」

 

 

マック「.........えぇ」

 

 

桜木「俺、フジさんがモテる理由、わかったよ」

 

 

マック「私もですわ.........」

 

 

 これができる男.........あいや、ウマ娘という事なのだろう。同性のファンが多いというのも頷ける。

 はぁ.........俺にもそんなスキルが備わっていれば、今頃可愛い女の子と付き合えてたのかもしれない.........なんて、そんな事を思っていたら出来るはずもない。持たざる者は持つ者を恨まず、日々研鑽するしか無いのだ。

 

 

マック(まぁ、トレーナーさんの方が素敵ですけど.........)

 

 

 

 

 

 ―――彼の方をちらりと見ると、思っていた以上にショックを受けていたようでした。大方、あのスキルを身につけてさえ居ればなんて考えていたのでしょう。そう言う浅はかさも可愛らしいです。

 .........あぁもう。最近はめっきり彼を否定する事が無くなってしまいましたわ.........これでは依存しているのと変わらないではありませんか。

 ですが、本当にあんなスキルを彼が持っていなくて助かりましたわ。あんなもの振り回してしまえば、彼が通った後はもう女性で溢れかえるに決まっておりますもの。

 それに.........

 

 

マック(しっかりと「ありがとう」と言ってくださる方が、貴方らしいですから)

 

 

 どんな状況であろうと、しっかりと目を見て、その声で伝えてくれる方がトレーナーさんらしいです。あんな風にしなくても、貴方には貴方の良さがあるのです。

 そう思っていると、またもや教室の扉がノックされました。

 

 

桜木「どうぞー」

 

 

「失礼します!!」

 

 

 

 

 

 ―――耳に響いてきた声は、とても元気な声だった。今まで出会った事の無い声.........ということはつまり、初対面のウマ娘であるという事だ。

 扉を丁寧に開け、その子は入ってくる。ショートヘアーで栗毛のウマ娘。確かに、初めましてで間違いなかった。

 

 

桜木「ではお名前と相談の内容について教えてください」

 

 

「はい!!ビコーペガサスです!!」

 

 

 ほう。ペガサスですか.........あの伝説上の生き物と同じ名を冠するウマ娘。中々カッコ良い名前をお持ちですな.........

 っと、いけないいけない。今は職務中。しっかりとお話を聞かなければ.........そう思い、彼女の相談内容に耳を傾けた。

 

 

ビコー「実はアタシ!!桜木さんのファンなんです!!」

 

 

桜木「.........ん?」

 

 

 なんだろう。この流れ、嫌な予感がしてくる。そしてこの子の目、よく見てみるとあのオペラオーと同じようなキラキラとした眼差しで俺の方を見てきている.........

 助け舟を出してもらおうと、マックイーンの方を見てみるが、彼女はその言葉にすっかり気を良くしていたみたいだった。

 

 

マック「まぁ!!トレーナーさんのファンですの?」

 

 

ビコー「はい!!講演会の時から!!」

 

 

マック「ふふ♪私としても嬉しい限りですわ♪」

 

 

 はい出ましたー講演会ね。うんうん、アレを見てファンになったって、それもうアレでしょ?相談内容ってヒーローショーがしたいんでしょ?

 クソァ!!なんでみんなステージを使いたがるんだ!!!時間割どうすんの!!?出店とか催し物している子達も見れるように調整かけたいんだけどこっちは!!?

 

 

ビコー「その、相談なんですけど!!桜木さん!!」

 

 

桜木(はいはい。どうせヒーローショーでしょ?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヒーローショーが見たいです!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「.........んん〜???」

 

 

 あれ、聞き間違いかな?ヒーローショーが『したい』んじゃなくて、『見たい』って言ったのかな?どういうこと?耳でも詰まってたのかな.........?

 

 

桜木「ごめん、もう一回言ってもらっていい?」

 

 

ビコー「ヒーローショーが見たいです。桜木さんの」

 

 

桜木「」

 

 

 絶句した。そしてこの世の全てに絶望した。聞き間違いでは無かった。なんなら名指しで指名されてしまった。逃れようは無いのだろうか?

 いや、断れば良い話だろう。俺にだって日本国に住む日本国籍を持っている日本国民だ。この国は人権という最強の武器がある。決定権は俺にあるのだ。

 

 

桜木「も、申し訳ないけど、今回は見送り―――」

 

 

ビコー「ダメ、ですか.........?」ウルウル

 

 

桜木「やります」

 

 

 Q.そんな決定権がお前にあるのか?

 

 

 A.無いです。

 

 

 即答だった。なんせ隣に居るマックイーンも少し引くほどの速さだ。自分でもびっくりしてしまう。

 でも仕方ないじゃないか。あんな目で言われてしまえば誰だって折れるに決まってるだろう。ウララといいこの子といい、俺はこういう小動物系に弱いのかもしれない。

 

 

マック「.........ちなみに、どういうご算段が?」

 

 

桜木「そんなの無いよ.........とりあえずやるから、安心していいよ」

 

 

ビコー「やったー!!ありがとうございます!!」

 

 

 頭を下げた後、廊下へと出ていくビコーペガサス。その姿が見えなくなるまで手を振った後、俺はすぐさま頭を抱えて机に突っ伏した。

 

 

桜木「ど゛お゛し゛て゛だ゛よ゛お゛ぉ゛お゛お゛お゛ぉ゛!!」

 

 

マック「いくらなんでも優しすぎます。いつか身体を壊しますわよ?」

 

 

桜木「うぅ.........助けてマックイーン」

 

 

 救いの手を伸ばそうとするが、それを振り払わうようにパシッと叩かれてしまう。傷付いた。深く。グッサリと傷ついてしまった。

 身から出た錆だとは分かってはいても、これが自分の性分だ。仕方あるまい。じんじん痛む心に手を添えながら、俺は顔を上げた。

 

 

マック「.........あら」

 

 

桜木「どうしたの?」

 

 

マック「今私のウマフォンに通知が来て.........カレンさんとファルコンさんがSNSを更新したようです」

 

 

 マジか、まだ一日も経ってないってのに.........若者って言うのは行動力の化身みたいなところがあると常日頃から感じてしまう。

 彼女が見ているスマホの画面を隣で覗き込んでみると、あのタスキを付けて宣伝してくれているみたいである。しかも、公認となった事でコメント欄では喜ばれている。狙った通りだ。

 

 

桜木(これで今後の情報が注目されるな.........ん?)

 

 

桜木「お、翔也の奴も動画投稿したみたいだぞ」

 

 

マック「本当ですか?」

 

 

 今度はマックイーンが俺のスマホの画面を覗き込んでくる。近いしちょっといい匂いがしてくるなんて口が裂けても言えない。

 気を取り直して動画のタイトルを見てみると、そこには[報告]とだけタイトルが付けられており、サムネは何故か土下座している物であった。どこに謝罪する要素があるんだ?

 とにかく、一度動画の中身を見てみよう.........そう思い、俺は画面をタップしてその中身を見た。

 

 

白銀「練習サボってたせいでランクが8位になりました」

 

 

二人「嘘でしょ.........?」

 

 

 マジか、本当にマジかよアイツ。やりやがった。全世界で真面目にスポーツ取り組んでる奴らを敵に回しやがった。

 しかもあのタスキを付けてるのに、最後まで動画みても全然説明とか一切しやがらねぇ。アイツの頭おかしいんじゃねーの?

 

 

桜木「.........あっ、ゴールドシップからコメント来てる」

 

 

マック「[今度からお前の事はハチってよぶわ].........ですって」

 

 

 うわー。距離が遠くなったなー。あんな盛大に告白したのに、マジかわいそー。というよりゴールドシップから聞いたけど付き合ってる訳では無いらしい。本当に可愛そう。

 まぁ学園祭前にちょっとした大会あるし、そこで挽回できんだろ。せいぜい5位くらいまでしか行かないだろうけど。

 

 

桜木「本当に人選ミスだったかなぁ.........」

 

 

マック「ま、まぁ気長に待ちましょう。彼はああ見えてすごい人ですから」

 

 

 そうだといいんだけど.........なんて言いながら、俺は先程来た要望をまとめようとノートパソコンを開いた。

 今日の放課後、会議が開かれる中で感謝祭に関する事が取り上げられる。その中で生徒からの要望。感謝祭の宣伝方法。そして今までになかった盛大なイベントを議論するらしい。

 それを有意義な物にする為に、俺はこうした地道な努力を強いられている訳だ.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「.........という訳なんですけど、ここまでで何か質問はありますか?」

 

 

 トレセン学園会議室。そこにはやよい理事長やたづなさん。生徒会長のシンボリルドルフを含む数名の者達が皆、俺の言葉に耳を傾けていた。

 

 

ルドルフ「一つ良いだろうか?」

 

 

桜木「なんでしょう?」

 

 

ルドルフ「何故マックイーンがここに?」

 

 

マック「.........?」

 

 

 いや、俺もそう思ってたんだよ?トレーニングはまだ有馬の疲れがあるから休み休みでいいけど、先に行っててって言ったんだよ?

 そして君はなんで首を傾げてるの?居てはいけませんの?みたいな感じだけどそうだよ。居ちゃいけないんだよ。

 皆からのそんな視線を受け取ったマックイーンは、察したらしく、溜息を吐いて口を開いた。

 

 

マック「私は彼のチームのエースです。勿論お仕事が大切なのも重々承知しております」

 

 

マック「ですが、そのせいでトレーナーとウマ娘間との信頼関係が崩れる事にならないとは言い切れません。ですから私がこうしてしっかり仕事をしている姿を見て、そのような事がないようにしているのです」

 

 

ルドルフ「な、なるほど.........」

 

 

 すごい。あのシンボリルドルフが下がった.........普段なら有無を言わさずに論破して見せるのに。マックイーン、メンタルが強いと言うより、図太い。

 だが、マックイーンの言い分もよく分かる。俺も学生時代、部活に精を出していた学生だった。だがその顧問は生徒会も兼任しており、大会時期は文化祭と重なっていて、練習したくても通しが出来ない。そんな中で他の部員達は不満が募って行ったものだ。

 そのケアをしてくれるのだったら、これほど嬉しいことは無い。やはり彼女が居ると心強いと思うのは、思い違いではなかったのだろう。

 

 

桜木「.........他に質問は?」

 

 

やよい「.........本当にこれだけか?」

 

 

桜木「はい?」

 

 

 先程まで資料とにらめっこを続けていた理事長が目を落としたままそう呟いた。今まで見てきたハイテンションとは違う、落胆にも似た声だ。

 なんだ、この人は一体俺に何を求めていたんだ?そう思っていると、理事長はそこからガバッと顔を上げて、声を上げた。

 

 

やよい「不全ッ!!これではいつもの感謝祭と全く変わらない!!」

 

 

桜木「.........!!」

 

 

やよい「私が君に頼んだのはッ!!今までの常識や概念を打ち破るだろうと見込み!!この任を任せたのだ!!」

 

 

 なんて横暴、なんて無茶振り。ここに来て今まで掛けられてこなかった強い圧の数々。だが、不思議と嫌な気分は無かった。あの日々との決定的な違いは、彼女と.........いや、この学園に居る人達と築いてきた信頼関係のおかげだろうか。

 だから、その言葉が掛けられた瞬間。無意識に掛けていた思考の鍵が開けられた。今まで散々悩んで来たのが嘘だったかのように、まとめて体に流れてくる。こんなにもやが晴れたのはいつぶりだっただろうか.........

 

 

マック「.........トレーナーさん?」

 

 

 

 

 

 ―――その時の彼の横顔は、叱咤激励を受けているものとは思えないほど、破顔しておりました。いつもであれば、しゅんとした表情を見せるはずです。

 

 

桜木「.........勿論、用意しておりますよ」

 

 

マック「え!!?」

 

 

 そんなはずがありません。彼に事前に確認したところ、今のところはこれが最大限に出来ることだと仰っておられました。私自身、これ以上やる事を増やしてしまえば、彼の体力が心配になってしまいます。

 それでも、そう言いきったのです。この強い圧、静かな圧、期待の圧が掛かる中、彼はいつもの様な[なんでも乗り越えるようなニカッとした笑顔]で、言ってのけたのです。

 

 

桜木「正直、頭の中で作り上げていたので、企画の段階ですらありません。それでも聞きたいですか?」

 

 

やよい「是非ッ!!君の考えを聞かせてもらおうではないか!!桜木トレーナー!!」

 

 

 そんな大それた嘘を、彼は何ともない様子で言ってのけました。私にあんなに眠れない程悩んでいると言っていたのが嘘だったかのように言葉を発したのです。

 .........けれど、何故でしょう?そんな彼の 行動に、ドキドキにも似た.........どちらかと言えば、ワクワクという感情に近いものを自分の中に感じます。

 きっと、いつもの様な大胆で、私達の予想を大きく裏切る事になるでしょう。ですが、それも今ではもう、楽しみの一つとなってしまっているのです。

 そして、彼は静かに口を開きました.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ネットでファン感謝祭を中継する特別番組をやります」

 

 

「中継を担当するリポーターのは学生から募集します」

 

 

「そして映像映えするようイベントや催しの調整を行います」

 

 

「番組の最中にURAファイナルズに関する情報も上げていきます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全員「.........」

 

 

 怒涛の展開でした。今まで彼の口からも、そして資料からすらも確認できない情報、彼の構想が初めて、表に現れました。ここに居る全員が、その勢いに唖然と言うように、目を見開いたり、先程までの圧を引っ込めてしまいました。

 ですが.........一つ、気掛かりがあります。それは、この彼の思惑が果たして上手くいくのかと言うものです。きっと、ここにいる皆さんも、この案に魅力を感じながらも、そう思っていることと思います。

 私は、彼に対し失礼だと思いつつも、問いかけました。

 

 

マック「あの.........本当に実現出来るのですか?」

 

 

桜木「.........へへ」

 

 

 私にそう聞かれたトレーナーさんは、私の方へ顔を向け、しばしの間は無表情でした。しかし、次第にその顔は今まで彼が見せてきたもう一つの笑顔。イタズラを思い付いたような悪い子供の笑顔で、笑いました。

 そして、声高らかに宣言したのです.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「出来らァッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その声と、彼の表情を見て、私は納得しました.........

 

 

 この人は、全く、これっぽっちも、無責任と言っても差し支えない程、何も考えていないのだと。今この場で、思い知りました.........

 

 

 

 

 

  ......To be continued



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安心沢「催眠療法って興味ある☆?」T「(無くは)無いです」

 

 

 

 

 

『出来らァッッ!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その声を会議室で響かせた後、俺は直ぐに壁紙を学園中に貼り出した。内容は至って簡単。ファン感謝祭での中継リポーター兼カメラマン募集中というものだ。

 そして次の日、その課題はいとも簡単にクリアされた。

 

 

桜木「本当にいいのか?」

 

 

タマ「もちろんや!!おっちゃんには世話なっとるしなー!!」

 

 

 新人トレーナー職員室。俺の机には、計六人分の応募用紙が乗っけられていた。そして目の前には、その人数のウマ娘の生徒。タマモクロスを筆頭に、俺に姿を見せていた。

 

 

桜木「ま、まぁタマの姉御は良いとして.........ファルコン達は?」

 

 

ファル子「本当は逃げ切りシスターズ単独ライブがしたかったんだけど.........スズカちゃんが恥ずかしいって言うから.........」

 

 

スズカ「嘘でしょ.........?話し合いで決めた時多数決だったのに.........」

 

 

 そういうスズカの目は虚ろであった。なんだろう。とても不憫だ。一応サブトレーナーしてるチームのメンバーだ。蔑ろにはして欲しくない。

 後ろには生徒会役員のマルゼンスキー、うちのチームのミホノブルボン。そして、俺の記憶には関連付けによって強く記憶されているアイネスフウジンが居る。

 

 

フウ「.........?あたしの顔になにか着いてるなの?」

 

 

桜木「いや、そういう訳じゃないよ.........それより、マルゼンスキーさんは良いんですか?生徒会大変じゃないです?」

 

 

マルゼン「良いの良いの!!あたしも青春したいの!!モーレツにね♪!!」

 

 

 う〜ん。どこはかとなく漂うて来る死臭。何とも苦しゅうございまする。この人はこの年でどうして死語を多用するんだ?ネクロマンサーなのか?インディグネイションでも使えるのか?

 まぁ懸念材料は一つ無くなった。勝手をされてその許可を下ろしてしまえば責任は俺にある。だがあの妙に変な所で緩い生徒会の事だ。これも許してくれるだろう。

 だが、問題はまだある.........

 

 

桜木(ブルボンんんんん.........お前の事だぁぁぁ.........!!!)

 

 

ブルボン「.........?マスターからの視線を感知。どうされましたか?」

 

 

 どうしたもこうしたもねぇ!!!君は機械類に触れない人種だろう!!?タキオンから聞いたぞ!!!お前から機械をダメにする微弱な生体電流が流れてるってなぁ!!!

 どうしよう.........これを解決しないことには、この子を.........いや、この逃げ切りシスターズ達をカメラマン兼リポーターにする訳には行かない.........

 

 

桜木「う〜ん、実は結構応募が来ててねぇ〜.........選考する時間が必要かな〜.........?」

 

 

六人「じーっ.........」

 

 

 うっ、我ながら苦しい言い訳.........昨日の夜貼り出したポスターでそんな人数が来る訳ないだろう。取り敢えず、この件を最優先に解決した方が身の為だ。己の信頼の為にも、心の為にもだ。

 とにもかくにも、ここは一旦帰ってもらうしかあるまいて.........そう思い、俺は彼女達を職員室から退室させた。

 

 

桐生院「大変そうですね。桜木トレーナー」

 

 

桜木「そうですね.........本当、大変ですよ.........アハハ」

 

 

 乾いた笑いしか出せない。現状楽しい事はいっぱいなのだが、疲れているのは事実だ。

 う〜ん.........とは言ってもまた前のように倒れてしまうことは避けたい。ここは検診ついでにダメもとであの人に相談して見る事にしようか.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

安心沢「ちょっと疲労が溜まってるかもねー.........仮眠も取れないかもしれないけど、楽な姿勢でぼーっとするだけでも効果あるから、そうした方が良いわよ☆」

 

 

桜木「.........はい」

 

 

 その日の午前。仕事があまり無い時間帯、俺は学園の保健室に来ていた。目の前にはいつもの様にあの変な格好をした俺と同じ企業に勤めていた先輩、安心沢刺々美さんが居る。

 テイオーの件で連れてきて以降、彼女はこの保健室でウマ娘の保健室医として、黒津木と一緒に働いているのだ。

 だが流石にこの格好は今でも目に毒だ。あの頃のように普通の格好と普通の喋り方で接して欲しいと言うのは俺のわがままだろう。実際、彼女はこれで人見知りを解消したらしい。

 

 

安心沢「それと、それだけじゃないんでしょう?」

 

 

桜木「アハハ.........そんなに分かりやすいです?」

 

 

安心沢「昔よりわね。素直な子は好きよ☆」

 

 

 あぁ.........せめてこれを普通の格好で言ってくれたらときめいたかも知れないのに.........その変な格好が俺の恋感知レーダーを阻害している。悲しきかな.........

 そんな悲しみを背負いながら、俺はとりあえず、ブルボンの事を話してみる事にした。話を聞きながら、彼女は真剣にメモを取ってくれている。

 

 

桜木「.........という事なんです」

 

 

安心沢「なるほどね〜.........桜木くん?これはほんっっっとうに賭けと同じような方法なんだけど.........知りたい?」

 

 

 勿体ぶるようにそういう安心沢先輩。書けと同じような方法という事は、効くかどうか分からないということだ。

 だが今は藁にもすがりたい気持ちだ。正直方法があるならば聞きたい。俺のそんな態度が伝わったのか、安心沢先輩はその口を開いた。

 

 

安心沢「.........催眠療法って興味ある?」

 

 

 その言葉を聞いた時、体に雷が落ちたような感覚が走った。俗に言う、矢木に電流走る、である。

 思い付きもしなかった。確かに、無意識下で発せられる身体的なものには、無意識下に問いかけるような催眠が手っ取り早いのかもしれない.........俺はその激流のように発現した感情の赴くまま、その口を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ありますねェ!!!ありますあります!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スペ「なまら美味いべ〜!!」ムシャムシャ!!

 

 

桜木「ほうあな(そうだな)!!」ガツガツ!!

 

 

 午前中の検診を終え、昼休みを迎えた俺は、カフェテリアで昼食を取っていた。その理由は、ブルボンにいち早く会うためだ。最近では感謝祭の生徒同士の打ち合わせのために、カフェテリアで俺の弁当を食べているらしい。

 目の前に居るスペシャルウィークは山盛りのご飯とトンカツを一気に食べている。俺も負けじと味噌ラーメン、チャーハン、小籠包を大盛りにして食べていた。

 

 

桜木「ごくん.........あっ、そういえば感謝祭の出店、北海道の名物の沢山出るぞ?」

 

 

スペ「へぇ!!?な、なんでですか!!?」

 

 

桜木「オグリさんの無茶ぶりの案が通ってな。なるべくその土地にいたウマ娘の知り合いの飲食店さんに片っ端から連絡したんだ。見様見真似の出店祭りにならなくてほっとしたよ」

 

 

 そう。なんとあのオグリさんのウマ娘の出身地の名物を出店にして食べ尽くしたいという要望が実現できることになったのだ。ダメ元で連絡して良かったと思う。なんせみんなその子に会えるとなると、即答で行くと言ったのだ。

 因みに余談ではあるが、俺がこの日本から離れる際立ち寄ったラーメン屋の北海道本店の人も来てくれる事になった。こんなに嬉しい事は無い。あの味をもう一度楽しめるなんて思っても見なかった。

 

 

スペ「楽しみですね.........!!!」

 

 

桜木「ああ.........!!!」

 

 

 同じ北海道で過ごした同士、スペシャルウィークも嬉しそうに.........いや、我慢出来ないようにそのよだれをダラダラとたらし始めた。北海道はグルメの聖地だ。大阪の食い倒れとはまた違う美味いものが沢山ある。

 楽しみだ.........集客効果で言えばそれだけでも莫大だろう。あの推しのウマ娘が愛した食を自分たちも食べられるのなら足を運ぶ人は沢山いるはずだ。

 まぁ、あの遠巻きでウマ娘が頼んだメニューを真似て食べてるデジタルよりはまともだと思うが.........

 

 

「あっ、桜木さん。珍しいですね」

 

 

桜木「んお?グラスか、どうしたの?」

 

 

スペ「グラスちゃん!!」

 

 

 声を掛けてきたのはグラスワンダー。先日俺に対して今の人々に日本文化の良さを再確認する出し物は無いかと責任を投げてきた張本人だ。

 その彼女はスペに呼ばれて嬉しそうに手を振っていた。片手には食べ終えた食器の乗ったトレーを持っている。この姿だけを見ればやまとなでしこだと言われても誰も疑いは無いだろう。

 

 

グラス「桜木さん!実は私、あの後自分で考えたんです。日本文化を、今の若い人達に良い物だと理解させる出し物を!」

 

 

桜木「.........なに?」

 

 

グラス「落g「却下で」なんでですか!!?」

 

 

桜木「グラス.........良いか、落語と言うのはただ[落ちを語る]ものじゃない。それぞれの登場人物になりきりながら、語り部をしなきゃ行けないんだ」

 

 

 目の前に居る少女。グラスワンダーは確かに凄い少女だ。一点集中というスキルに関しては他に類を見ないほど卓越しているとも言えよう。

 だが、それはこの演技においては仇となる。ある程度速度を緩めなければ、ハンドルは簡単に切れないのだ。

 

 

桜木「.........とにかく、落語はダメだ。第一素人がやった所で眠りを誘う会に昇華されるだけだ。お前の優しい声は特に、人を心地よくさせるからな」

 

 

グラス「.........むぅ」

 

 

スペ「わわわっ!ぐ、グラスちゃんがほっぺを膨らませてます.........!!!」

 

 

 頬を膨らませているグラスだが、不本意ながらも納得してしまったのだろう。落語をやるにはあまりにも時間が無い。セリフを覚えるだけでは意味が無いのだ。

 とりあえず、その解決案も今模索中だ。案が浮かべば直ぐに知らせてあげよう。彼女のしょんぼりとした後ろ姿を見ながらそう思っていると、ようやくお目当てのウマ娘が姿を現した。

 

 

桜木「よーっすブルボン」

 

 

ブルボン「.........?マスターと、スペシャルウィークさん?珍しいですね」

 

 

スペ「こんにちはー!!!」

 

 

 たくさんご飯が盛り付けられた食器をトレーに乗せながら、ブルボンは現れた。彼女が席に座れるようにスペの隣に席を詰める。

 

 

「お隣失礼しますわ」

 

 

桜木「え」

 

 

 その僅かな隙間に差し込むように、マックイーンが入ってきた。あれ、君は今日イクノさんと食べるって言ってなかったっけ?

 

 

マック「イクノさんでしたら、先程カノープスの皆さんがお食事に誘っておられましたから」

 

 

桜木「嘘.........俺そんなにわかりやすい?」

 

 

スペ「はい!!!」

 

 

 すごい。スペシャルウィークに全肯定された。ということはつまりそういうことなのだろう。とても嬉しくない。

 俺はこの変な状況を自分に無理やり納得させ、ブルボンの方へと向き直った。

 

 

桜木「あのなブルボン。お前今日、カメラマン兼リポーターになりたくて応募してきたよな?」

 

 

ブルボン「はいマスター。何か問題が?」

 

 

桜木「.........お前、カメラ触れる対策持ってる?」

 

 

ブルボン「.........あっ」

 

 

 あっ、て言ったよあって、つまりこの子ノープランだったわけだ。本当に危ない所だった。

 そして目の前のブルボンは失念していたショックで耳を残念そうに垂らしていた。あぁミホちゃんよ。別にそんな顔をして欲しかったわけじゃないんだ。対策が用意されていたなら杞憂で済ませられたのだ。

 しょんぼり度合いが高まっていくのと同時に、ナイフのような鋭い視線がゆっくりと身体に突き刺さってくる。恐怖を感じ、首をギコギコと音を鳴らすようにその方を向くと、マックイーンが目を見開き、瞳孔を搾って俺の顔を見ていた。

 表情を変えずに、俺はまたギコギコと視線を戻した。汗すらかけないってなに?仲間意識強すぎない?まぁウマ娘は習性的に群れで行動するとは聞いてたけど。

 

 

桜木「いや、いじめたかったわけじゃないんだ。もし対策を用意してたら杞憂で済ませられたからさ」

 

 

マック「あら、まるで何か対策を用意してきたかのような言い草ですわね」

 

 

桜木「そうですわお姉様」

 

 

マック「誰ですか貴方」

 

 

 流れるようなツッコミを喰らいながらも、雰囲気が何とかマシになったのを感じた。俺は自分の足元に置いてある紙袋から、紙と道具を取りだした。

 

 

スペ「な、なんですかこれ.........?」

 

 

桜木「催眠術を掛けるための「破廉恥ですわ!!!」はぇ?」バチーンッ!!!

 

 

 え、なんか視界が急に乱回転してんだけど。どういう事?さっきの音何?俺飛んでるの?

 あ、急にほっぺめちゃくちゃ痛くなってきた!!!俺打たれたんだ!!!痛い!!!でも凄い!!!こんな思いは初めて!!!

 地面に着いても勢いは止まってくれず、そのまま顔面を擦り付け、頭のてっぺんを隣のテーブルの足にぶつけてようやく前進が止まった。

 ええい!!!こんな事をしてる場合では無いのだ!!!俺には時間が無い!!!呻き声や痛がっている余裕は無いんだ!!!

 そう思い、何事も無かったかのように立ち上がり、服やズボンに着いた汚れを払い、俺はマックイーン達の方へ向き直った。

 

 

マック「や、やるなら私だけにしてください!!!///」

 

 

スペ「ひゃぁあ〜〜〜!!?そ、そんな〜〜〜!!!マックイーンさん大胆だべ〜〜〜///」

 

 

ブルボン「?」ポカーン

 

 

 そこには何故か顔を赤らめながら声を上げるマックイーンと、それを恥ずかしそうにしながらもしっかりと見ているスペ。そして目の前の状況が何一つ分かっていない口を開けたブルボンが目の前に居た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「そ、そういう事でしたの.........私てっきり.........」

 

 

桜木「俺は今年25だぞ!!!犯罪者にはなりたくない!!!それよりどこでそんな知識身に付けて来たの!!?」

 

 

マック「も、黙秘権を行使致しますわ!!!///」

 

 

 先程座っていた場所に戻り、経緯を説明した。最初は酷く聞く耳を持ってくれなかったが、何とかなった。

 マックイーンの隣のスペから溜息が聞こえてきたのは気の所為だろう。この子は一体何を望んでいるんだ。

 

 

桜木「.........さて、早速試したいんだが「待ってください」.........今度は何?」

 

 

ブルボン「マスター。催眠など効く訳がありません。他の対策を探した方が効率が良いかと」

 

 

桜木「手袋履いても壊すんならもう手に靴はめるしかないよ?」

 

 

 そう言ってやると、ブルボンはそれに反論すること無く、その口を閉ざした。このミホノブルボン。手袋を履こうとも機械に触れた瞬間壊してくる。本当に酷いマシーンキラーだ。ドラクエのパーティで居たら絶対採用している。

 

 

桜木「まぁ掛かりやすさを確かめる為にも、まずブルボンを寝かせよう」

 

 

ブルボン「だから―――「貴方はだんだん眠くな〜る」Zzz.........」

 

 

マック「.........即落ちですわね」

 

 

 そう呟くマックイーンの顔を思わず見てしまう。だって仕方ないだろ。あの時の勘違いのせいでそういう意味に聞こえてしまうんだから。

 彼女と視線が合った瞬間、少しは疑問に思っていたが、自分が言った意味を理解したのだろう。直ぐにその両手で口元を抑え、顔を赤く染めあげた。

 

 

マック「違います!!!違いますからね!!?」

 

 

桜木「いやだって、即落ちって.........」

 

 

スペ「即落ちってなんむぐぐ!!!!!」

 

 

二人「しーっ!!!!!」

 

 

 やたらおだってる(はしゃいでる)スペの口を二人で抑え、静かにするよう促す。周りを見るに、あまり気にされていないのだろう。

 だがグラス。エルと話しながらも耳が確かに動いたのを視認したぞ。今回は俺の胸の内に秘めておこう。

 .........まぁ、女の子と言っても年頃だ。そういう下なアレにも興味が出てくる頃だろう。しかもトレセン学園なんか完全に女子校だ。そういう話題とか頓着が無くなると通っている妹からも聞かされている。

 まだ恥ずかしがっているマックイーンはマシな方なのだろう。うちのエースがまともで何よりだ。

 

 

桜木「.........今回は追求しないぞ。時間が惜しいからな」

 

 

マック「.........助かりますわ」

 

 

桜木「とりあえず催眠を解こう。確か手を叩けば良いんだっけか.........」パン

 

 

ブルボン「んん.........?」

 

 

 俺の手を叩く音に反応したのか、彼女は耳をピンッと上に張った。そして、寝ぼけているのか彼女は普段聞かないような声を上げている。

 見た感じどうやら催眠にかかっていた自覚すら無いらしい。これでどうやら、ミホノブルボンの催眠の耐性がよわよわであることが露呈されてしまったのである。

 

 

桜木「成功だな」

 

 

ブルボン「.........メモリー検証。不明なログアウトを確認。説明をお願いします」

 

 

スペ「なんか即落ち?らしいですよ?」

 

 

ブルボン「.........?」

 

 

 二人とも何が何だかわかってないようだ。スペは首を捻り、ブルボンはやはりポカーンとしている。二人が純粋で助かった。

 まぁ、今日はそういう日なのだろう。俺自身下ネタが止まらない時とか昔はあった。触れてこなかった分野が面白く感じてしまうのであろう。

 軽く咳払いをして何とか場の空気を変える。なぜならもうマックイーンが限界そうだからだ。案外物知りさんなのかもしれない。可愛いもんだ。

 

 

マック(うぅ.........私としたことが.........)

 

 

 

 

 

 ―――なんとも間抜けなことをしでかしてしまったのでしょう。本当、穴があったらそこに入り、上から土を被せて欲しいです.........

 だって!!!し、仕方ないではありませんか!!!私も年頃ですし、そ、そういう物事に関心が向きますわ!!!.........ま、まぁ実際にそのものは見た事はなく、あくまで刺激の薄いと言われている官能小説の内容ですが.........

 本当、インターネットとは恐ろしいものです.........対して深くも無い用語を調べた瞬間、関連に色々出てくるんですもの.........しかも、そのどれもが想像が及ばないものばかり。少し覗いてしまうのも無理はありませんわ.........

 そう自分の中で自分を納得させているうちに、トレーナーさんはまた、ミホノブルボンさんに催眠を掛け始めました。 今度は先程より念入りに掛けております。

 そして、それと同時にカフェテリアがだんだん盛況になっていき、ガヤガヤとして参りました。

 

 

マック「あの、トレーナーさん?場所を改めた方が.........」

 

 

桜木「待ってくれ!!!これを成功させないと一台30万のビデオカメラがお釈迦になるんだ!!!」

 

 

 周りの声や喧騒すら耳に入っておらず、彼は私の顔すら見ずにそう言いました。カメラというのはおそらく、彼が講演会で使用し、学園に寄付した物でしょう。

 先程より意識が混濁してきているブルボンさんの様子を見て、彼は意識を集中させ、口を開きました。

 

 

桜木「貴方はだんだん、機械を壊さなくなる.........」

 

 

ブルボン「.........」?

 

 

 傍から見ると、催眠は順調に進んでいるように見て取れます。ですが、何だか妙な胸騒ぎがするのです。彼が何かをする際、トラブルが起こらなかった試しはありませんでした。

 

 

桜木「貴方はだんだん、機械を壊さなく.........」

 

 

「『可愛いアイドルになる』にはどうすればいいんだろう〜?」

 

 

マック「あっ」

 

 

 その瞬間、喧騒の中でも一際大きい声が聞こえてきます。大きい、と言っても、ウマ娘の耳を持ってしなければ聞こえてこない物です。しかし、それが問題でした。彼は催眠を続けていきます。

 

 

「そういえば.........『語尾にニャンって付けるようになる』薬を、この前タキオンさんが作ったらしいですよ.........」

 

 

「えぇ.........そんな薬何に使うんだ.........?」

 

 

 今度は違う方向から声が聞こえてきます。あれは.........マンハッタンカフェさんと司書の神威先生でしょうか?

 

 

「お前も『辛党になる』ような薬作ればいいのに」

 

 

「断る!!!」

 

 

マック「あぁ.........!」

 

 

「なぁハチ!!!『ドモンカッシュになる』にはどうしたらいいと思う!!?」

 

 

「『情緒不安定になる』」

 

 

マック「あぁ.........!!!」

 

 

 私はこの身を震わせながら、手を口に添えました。もう、止めることは出来ません。だって、トレーナーさんは既に自分の世界に入ってしまって居られます。

 その間にも、様々な情報がブルボンさんに入って行きます。主に、あそこに座って話しておられるゴールドシップさんと白銀さんのせいで.........

 

 

桜木「貴方はだんだん、機械を壊さなくなる.........よし」

 

 

ブルボン「.........」?

 

 

 よし、ではありませんわ。この人はこの先に起こる災厄を予想出来ておりません.........い、一体何が起ころうと言うのでしょう.........私は、ブルボンさんが口を開くのをただただ待ちました。

 

 

桜木「調子はどうだ?」

 

 

ブルボン「.........キュピーン☆」

 

 

三人「え?」

 

 

ブルボン「私!!『ドモン・カッシュ』!!『可愛いアイドル』を目指す『辛党』の女の子だ『ニャン』!!!」ダバー!!!

 

 

 あぁ.........恐れていた事が怒ってしまいました.........目の前に居るブルボンさんは可愛らしいポーズを取りながら、何故か号泣しております。

 隣に居るトレーナーさんを見ると、完全にその姿を見て思考停止されてました。

 

 

桜木「.........ぶ、ブルボン.........?」

 

 

ブルボン「うぅぅぅるさいッッ!!!」

 

 

桜木「」

 

 

 なんと、あの従順なはずのブルボンさんがトレーナーさんを拒絶しました。あまりの光景に彼も絶句した様子で固まっております。因みにスペシャルウィークさんもお口元まで運んでいたご飯が箸からこぼれ、お皿の上に乗りました。

 

 

ブルボン「あっ!!私ダンスの練習しなくちゃニャン!!!超級覇王ッッ!!!電影ェェェ弾ァァァァんッッッ!!!!!」

 

 

マック「トレーナーさん!!!手!!!手!!!!!」

 

 

桜木「.........はっ!!!」パチパチパチパチ!!!

 

 

 カフェテリアに響き渡るほど大きい拍手が何度も響きわたりますが、身体をまるで台風のように回転させ(何故か顔は回転していませんでしたわ)ブルボンさんは出ていってしまわれました。

 

 

マック「追いかけますわよ!!!」

 

 

桜木「でもマックイーン!!!お前まだご飯食べてないよな!!?」

 

 

マック「こんな時に言ってる場合ですかおバカ!!!私の空腹よりチームの体裁ですわ!!!」

 

 

 もう!!!この人はこんな時ですのになんで私の事を心配するんですか!!!それに反応して顔を赤くする私も私です!!!今は抑えなさい!!!

 そう自分の心を押さえ付けながら、私とトレーナーさんは二人でカフェテリアを後にしました.........

 

 

スペ「.........あ、あれが即落ち.........?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「くっ!!ブルボォォォン!!!」

 

 

ブルボン「うるさいですよ!!!学園では静かにするのが常識ニャン!!!」

 

 

桜木「ごめぇぇぇん!!!」

 

 

 誰もいない廊下を割と早いペースで歩くブルボンさん。ですが、人であるトレーナーさんは少し走るのを強要されるスピードです。

 そして尚且つ、普段のブルボンさんには見られない反抗的な態度がどんどん彼の心を痛め付けています。身から出た錆ではあるのですが、正直少しだけ可愛そうです。

 

 

マック「ここからじゃその手の音は届きませんの?」

 

 

桜木「それが反射的に耳をキュってするんだよ.........誰かに押えてもらえれば.........ん?」

 

 

 彼が不意に何かに気づいたように視線を動かしました。私も、それに釣られるようにその目の先を追います。

 すると、廊下の曲がり角からテイオーの姿が見て取れました。チャンスです。彼女に協力してもらえれば.........?

 

 

マック「何か様子が変では.........?」

 

 

桜木「た、確かに.........」

 

 

テイオー「.........」ブツブツ

 

 

 何かを考えているのか分かりませんが、彼女は下を向き、何かを呟いておりました。普段の彼女とかけ離れた姿で、とてもではありませんが声をかける気にはなれません。

 ブルボンさんが横を通り過ぎても、お構い無しに彼女は自分の世界へ入り浸っておりました。

 

 

桜木「て、テイオー.........?」

 

 

テイオー「.........そうだよ。それが、愛し合うってことなんだね.........♪」ニタァ

 

 

二人「ひぇ.........」

 

 

 お、恐ろしい.........一体全体何がどうなっているんですの.........?私達に気付いているのか居ないのか、彼女は他の世界など意に返すことはせず、廊下を歩いて行きました。

 そうこうしているうちに、ブルボンさんはライブ練習をするためのレッスン室に入って行ってしまわれました。早く催眠を解かなければなりませんのに、トレーナーさんはその扉の取っ手を掴んだまま固まってしまわれております。

 

 

マック「トレーナーさん?」

 

 

桜木「.........ダメだ。多分、逃げられる」

 

 

 珍しく弱気な発言ですが、私もその言葉に少なからず共感してしまいます。今のブルボンさんは、どこか彼を避けている節すら感じられます。

 それはきっと、いつも変な事をしている彼を肯定している反動なのでしょう。心のどこかで、それをやめて欲しいという願いがあるのだと思います。

 どうしたものでしょう.........そう思っていると、不意に後ろから声をかけられました。

 

 

「どうした?何かあったのか?」

 

 

桜木「東先輩.........」

 

 

マック「いえ、特に何かあったわけでは.........」

 

 

桜木「マックイーン、正直に話そう。この際体裁なんて気にしてられない」

 

 

東「?」

 

 

 私の言葉を遮ったトレーナーさんは、今まで起きた事を東トレーナーに話しました。彼もまた、チーム[スピカ]の沖野トレーナーと同じベテラントレーナーの一人です。

 トレーナーさんから一通り聞き終えたあと、彼は少し考えた後、何も言わずにレッスン室に入って行かれました。

 そこには、備え付けられていた音響を起動させ、一生懸命ダンスをしているブルボンさんが居ました。

 

 

東「ブルボン。いるか?」

 

 

ブルボン「あっ!!東トレーナー!!お久しぶりです☆」キュピーン!

 

 

 その催眠にかかった姿を実際に見て、彼は少したじろぐ様子を見せますが、直ぐに気を持ち直しました。その安心感を感じさせる姿を見て、トレーナーさんが一番信用していると言うのは嘘では無いことが分かります。

 一息、気合を入れるように息を吸い込んだ東トレーナー。その緊張がこちらにまで伝わってきます。閉じた彼の目がカッと見開かれたのと同時に、彼は拳を前に突き出しました。

 

 

東「流派ッ!!東方不敗はァ!!!」

 

 

二人「!?」

 

 

ブルボン「っ!!王者の風よッ!!!」

 

 

二人「!!?」

 

 

 先程までの可愛らしい反応とは打って変わり、ブルボンさんは腰を深く落とし、まるで武闘家のような構えを見せ始めました。

 東トレーナーは首を少し回し、後ろに居る私達に視線だけ送ります。これは、黙って見ていろ.........という事でしょうか?

 戸惑っていると、彼は次に、強烈なラッシュをブルボンさんに叩き込み始めました。

 

 

東「全新ッ!!!」ババババッ!

 

 

ブルボン「系烈ッ!!!」シュシュシュシュッ!

 

 

「「天破侠乱ッ!!!」」ドゴォ!!!

 

 

二人「」

 

 

 激しいラッシュを捌ききったブルボンさんは、そのまま拳を前の方へと突き出しました。それに合わせるように、同じポーズで東トレーナーも拳を突き出し、ブルボンさんの出した拳とピッタリ合わせました。

 もう何が何だか分からないです.........驚く体力も有りませんわ.........私もトレーナーさんも、二人並んで呆然としてしまいます。

 

 

「「見よッ!東方は紅く燃えているゥッッッ!!!!!」」

 

 

東「今だァァァ!!!」

 

 

桜木「.........はっ!!!」

 

 

 赤く燃え上がって見えるような幻覚を背景に、目の前のお二人は声高々に声を発しました。その後、東トレーナーはそれがチャンスだと言わんばかりにトレーナーさんに声をかけます。

 呆けていた彼も、その声と共に意識を元に戻し、1回、2回と手を叩きます。その数が10を超える頃、ブルボンさんは体に入っていた力が抜けるようにその場で膝から崩れ落ちました。

 

 

東「おっとと.........大丈夫か?」

 

 

ブルボン「.........?東トレーナー.........?ここは.........?」

 

 

 何とか東トレーナーが抱える形で倒れる所は防ぎましたが、私は安心して足の力が抜けてしまいました。

 倒れそうになった所を何も言わず、そして気にもとめない様子で支えて下さるトレーナーさん。この人は一体、どこまで人の事を考えているのでしょうか?

 

 

桜木「すまんブルボン.........こんな事になるなんて.........」

 

 

ブルボン「.........いえ、マスターの対策は完璧のようです」

 

 

三人「.........?」

 

 

 支えられている所から一人で立ち上がり、ブルボンさんは指を指します。その方向は、今も音楽を流し続ける音響機械でした。

 確かに.........この機械を操作したのはブルボンさんに間違いありません。それは、先程まで一人で踊っていたという事実がそう示しております。

 

 

ブルボン「マスター。私からお願いがあります」

 

 

桜木「.........?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ファル子「やったー!!これで晴れて逃げ切りシスターズ!!全員リポーターになれたね!!」

 

 

 職員室で嬉しそうにそう声を上げるファルコン。カメラを難なく操作してみせるブルボンを囲むように円が出来上がっていた。

 その様子を遠くから俺は見守る。初めて触れる機械類。ブルボンはどこか嬉しそうな顔でカメラを撮っている。

 

 

ブルボン「マスター」

 

 

桜木「ん?どうした?」

 

 

ブルボン「ピース」

 

 

 おもむろに近付いてきたブルボンが、ピースサインを見せてきている。だが、一向にそのポーズを解く気を感じない。

 もしや、俺にそれをさせたいのだろうか?可愛い所もあったものだ。サイボーグだなんだと揶揄された割には、この子も普通の女の子なんだ。

 

 

桜木「おいおい.........それ写真じゃなくてビデオだぜ?」

 

 

ブルボン「問題ありません。思い出にはピースが付き物だとお父さんに教わりました」

 

 

 苦笑しながらも、俺はブルボンと向けられたカメラに向かってピースを作る。彼女の父親が言っている事も最もだ。

 日本では平和の象徴でもあるピースサイン。思い出はいつだって心を穏やかにさせる素敵なものだ。

 たとえ.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――雨が降っていた.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「.........」

 

 

 たとえ、その雨が、全てに絶望をもたらしても、本当に穏やかにさせてくれるのだろうか?

 その雨が、頬を濡らしても、俺は笑っていられるのだろうか。そんな疑問が、頭をよぎる。

 

 

ブルボン「.........マスター?」

 

 

桜木「っ、悪い悪い。ちょっとぼーっとしてた」

 

 

 心配そうに覗き込むブルボンの顔を見て、ようやく意識が現実に向く。そうだ。今考えたって仕方ないじゃないか。

 俺は、心の中で生まれた得体の知れない焦りを見て見ぬふりをし、ブルボン達からカメラを回収した。

 元気に職員室去っていくブルボン達を見送りながら、俺は砂嵐に埋もれた雨の匂いと、そこに何故か混じるココアの微かな甘い匂いに戸惑いながら、ココアシガレットを口にくわえた。

 

 

 

 

 

  ......To be continued



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テイオー「それが愛し合うってことなんじゃ無いかなぁ?」T「違うと思う...」

 

 

 

 

 

 二月の中旬。世間はやれバレンタインだの節分だのとハチャメチャに賑わっているイベント事の季節である。

 俺、トレセン学園所属のトレーナーである桜木玲皇はそんなイベント事とは無関係のイベントに振り回されていた。

 

 

バクシン「ではこれより!!第73回!!バトルキングダム、お料理対決の始まりです!!」

 

 

ルドルフ「くっ.........!負ける気はサラサラないが、料理だと.........!!?」

 

 

テイオー「訳が分からないよ.........」

 

 

桜木(俺のセリフなんですけど!!!)

 

 

 何故こんなことになってしまったのか、話は数日前まで遡る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「テイオーがヘル化してる〜!!?」

 

 

タキオン「.........」ダラダラ

 

 

 普段、傍若無人。無遠慮。厚かましさ満載の態度でいる筈のアグネスタキオンが、珍しく汗をダラダラと垂れ流しながら職員室へやってきた。

 話を聞けば、数日前テイオーに頼まれて薬を渡した結果、ヘル化してしまったというものだった。

 

 

桜木「.........なんで今更?」

 

 

タキオン「会長と違い、普段の様子と大差なかったからだよ。あの変な青白い炎も出さなかったからね.........」

 

 

 その事が起きたのは一週間前。薬を飲んでシンボリルドルフと走った際、負けかけてヘル化した会長に触発されて一瞬だけその兆候が見れたが、その後は至って普通だったらしい。

 杞憂かと思っていたが、最近の様子のおかしさにようやく一大事だと気付いたと言う。この前すれ違った際おかしかったのはこれのせいか.........

 

 

桜木「.........んで?どうすんだ?」

 

 

タキオン「何とか取り押さえて薬を打つしかあるまい.........」

 

 

桜木「.........お前なぁ、相手はあの注射嫌いで有名なテイオーだぞぉ?」

 

 

 俺がそう言うと、タキオンは唸り声を上げて思考を凝らした。どうやらその事は頭になかったらしい。

 そう。テイオーは学園一の注射嫌いウマ娘で有名だ。かく言う俺は学園一の注射嫌いトレーナーだ。正直それを見ただけで身震いしてしまう。昔は平気だったはずなのに、何故か今。特にタキオンが注射を持っていると嫌な気持ちになる。

 .........考えていても埒が明かない。俺は重苦しい肺の空気を吐き出してから、椅子から立ち上がった。

 

 

桜木「行くぞ、とりあえずルドルフ会長に相談しに行かないと」

 

 

タキオン「そう、だね。彼女が頼み込めば或いは.........」

 

 

 そう上手くいくもんかと疑問を抱きながらも、俺は若干落ち込み気味から立ち直ったタキオンを引き連れ、生徒会室を目指した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「分かっているよ.........カイチョーは本当に、負けることに関しては悔しくなかった」

 

 

「.........ううん、薬の効果で、ヘルカイザーが現れちゃうくらいには、悔しかったのかなぁ?」

 

 

桜木「やばい、なんか聞こえてくる」

 

 

 生徒会室の扉の前。いつもであれば慌ただしい様子が浮かび上がるほど紙の擦れる音やペンを走らせる音が外にまで聞こえてくるはずだ。

 だが、その扉の奥からはそんな音など一切聞こえてこない。嫌に静かな生徒会室を前に、扉を開ける勇気など湧いてこず、俺とタキオンは扉に耳を当てて中の様子を聞いていた。

 

 

「でも、本当の意味で欲しかった訳じゃ無かった。カイチョーは一方的に勝ち続けただけで、カイチョーは何時からか、勝利じゃなくてその内容を選んだんだ.........」

 

 

「だからカイチョー自身は傷付いていない、苦しんでいない.........」

 

 

「.........痛がっていない」

 

 

タキオン(トレーナーくん!!!この扉を早く開けるんだ!!!)

 

 

桜木(バカ言うな!!!お前が行け!!!俺は怖い!!!)

 

 

タキオン(意気地無し!!!)

 

 

 扉の前で小競り合いをしていると、不意に机を叩きつける音が聞こえてくる。まさか、俺達が盗み聞きしているのがバレたのだろうか?

 恐怖に身を縮み込ませていると、耳に入ってくる荒々しい息が聞こえてくる。これは.........シンボリルドルフだろうか?

 

 

ルドルフ「テイオー。なにが言いたいんだ?」

 

 

テイオー「.........フフ、ンフフフ.........」

 

 

テイオー「ぅ、うぅ、ひぐっ.........」

 

 

「((!!?))」

 

 

 薄気味悪い笑い声が聞こえてきたと思ったら、今度はすすり泣く声が聞こえてきた。

 一体全体、テイオーはどうしたって言うんだ。普通のそれとはまるで違う。ヘル化と言うのは、勝利や追い求める物に愚直になる状態になるんじゃないのか.........?

 

 

テイオー「ボクは.........傷付いたよ、苦しんだよ、痛かったよ.........だから、カイチョーにも同じ痛みを味わってもらうんだ!」

 

 

テイオー「それが!勝利を得るって事なんじゃ無いかなぁ!!」

 

 

二人(違うと思う.........)

 

 

 断じて違う。そう声を大にして言いたいが、正直今のテイオーと関わりたくない。今すぐ裸足で逃げ出してしまいたい。

 なんなんだ。テイオーはヤンデレなのか?夜も眠れないのか?こんなになるまでどうしてテイオーを放っておいたんだ!!!

 

 

ルドルフ「テイ......オー.........!!」

 

 

テイオー「.........アッハハ♪そろそろ我慢の限界なんじゃない?早くヘルカイザーになっちゃいなよ.........勝利しか眼中に無いヘルカイザーにさ.........♪」

 

 

テイオー「そしたら、ボクがヘルカイザーの勝利そのものになってあげる.........そうしたら、もうボクの事しか頭に無くなるでしょ?」

 

 

テイオー「ずっと一緒にいられるように.........全部すすりとってあげる.........♪」

 

 

二人(ヒェッ.........)

 

 

 恐ろしい。もう俺はテイオーと仲良くお話出来ないかもしれない。モンハンではちみつを要求された合宿時代が懐かしい.........

 そう悲しみに浸っていると、不意に扉の方から聞こえてくる足音が大きくなってくる。まずい、恐らくテイオーが出ようとしている。早く逃げなければ.........

 

 

テイオー「じゃあねカイチョー♪明日のイベント.........ちゃんと出てよね」

 

 

テイオー「.........あれ?サブトレーナーにタキオン?どうしたのさー!こんなところでー!」

 

 

桜木「あ、ああ.........ちょっと会長に、感謝祭の相談事がな.........?」ガクガク

 

 

タキオン「そ、そうなのだよ!私の愛用する炊飯器の魅力をファンに伝えようと思っていてねぇ.........?」ブルブル

 

 

 ニコニコとしたいつものような笑顔で問いかけてくるテイオー。その日常が逆に怖い。今もこのテイオーはヘル化しているのだ。こんなもの、誰にも見分けられる訳が無い。

 咄嗟に吐いた嘘だが、テイオーは興味無さそうに返事をした後、この場から去っていった。俺は壁によりかかり、タキオンは地面にへたり込んだ。

 

 

桜木「俺、ホラーより苦手なものが出来たかも.........」

 

 

タキオン「私は、結構行ける質なんだが.........あれは心底恐怖を感じたよ.........」

 

 

 ため息一つ、それが重なり合う。しばしの休息を挟み、俺達は先程の騒動があった現場。生徒会室の中へと足を踏み入れる。

 中に入ると、机に突っ伏しながら、青白い炎を根性で押さえ込んでいるシンボリルドルフが居た。

 

 

ルドルフ「っ、やぁ.........桜木トレーナー。タキオン.........用件はテイオーの事かな?」

 

 

桜木「あ、あぁ.........ちょっと辛いかもだけど、テイオーと何があったんだ?」

 

 

ルドルフ「.........全く、不甲斐ない話なんだが.........」

 

 

 そう言いながら、荒々しい息を整えようと肺に溜まった息をふぅっと吐き出すルドルフ。それでも苦しいのか、その額には汗が滲み出している。

 そんな中でも、話さなければ行けないという責任艦が打ち勝ったのだろう。彼女は払い切れない辛さの中で、静かに口を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ルドルフ「私と並走がしたい?」

 

 

テイオー「うん!!」

 

 

 一週間程前。いつも通りテイオーと雑談していると、不意にそう言われた。以前であったなら、毎日.........いや、毎時間のようにそう言われていたが、その言葉を聞いたのは久々な気がした。

 

 

ルドルフ「.........急だな。最近はめっきり言わなくなったじゃないか」

 

 

テイオー「うん。カイチョーも忙しいと思ってさ。ボクだって大人だもん!ハイリョくらいできるよ!!」

 

 

ルドルフ「ハハ、そうか。流石は無敗の三冠バになったウマ娘だ。精神面でも成長が早いな」

 

 

 そう言ってテイオーの頭を撫でると、擽ったそうな声を出しながらも、その表情は嬉しげであった。こうして見れば、彼女もまだ子供だ。

 だが.........どうしたものか、最近は感謝祭のあれこれでトレーニングも軽く(一般ウマ娘と同じ量)しか出来ていない。果たしてテイオーと並走に値する走りが出来るだろうか.........

 

 

テイオー「.........出来ないなら良いよ?また今度で良いから.........」ショボン

 

 

ルドルフ「よしやろう」

 

 

テイオー「っ!やったー!!!」ピョンピョン!

 

 

 あんな顔をされてしまえば断れないだろう。コンディションは決して良いとは言えないが、それでもなんとか乗りきって見せる。

 そう思い、私は書類仕事を終わらせ、彼女と共に学園のターフへ赴いた。

 

 

 

 

 

ルドルフ「こっちは準備できたぞ。テイオー」

 

 

テイオー「オッケー!ちょっとまっててねカイチョー♪」

 

 

 そう言いながら、テイオーは持ってきたバッグから何かを取りだした。

 あれは.........タキオンの薬だ。以前私も飲んだことがある。私は慌ててテイオーの手を掴んだ。

 

 

ルドルフ「て、テイオー!!?それはあの薬じゃないのか!!?」

 

 

テイオー「わっ!ビックリした.........もー違うよー!あんな薬怖くて飲めるわけないじゃん!!!」プンスコ!

 

 

 あの薬。以前テイオーに頼まれて口にした感情を爆発的に飛躍させる薬。通称[ヘル化薬]。あれを摂取して以降。不治の病の様に私はことある事に勝利に執着するようになってしまった。

 だが、話を聞けばそれとはどうやら違う薬らしい。彼女は菊花賞を走った際。あの時は勝てたは良いものの、後ろから感じる勝利への渇望を強く感じたそうだ。

 シニア級になれば、あの時以上に苛烈なレースをする事になる。ならば、ヘル化はしないまでも、少しでも自分も勝ちにこだわりたい。そう思ったテイオーは、タキオンに頼んで弱めの感情刺激薬を作ってもらったらしい。

 

 

ルドルフ「.........何か問題があれば、直ぐにやめるんだぞ?」

 

 

テイオー「うん!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ルドルフ「.........そして、その後の並走の記憶がないことから、私はヘル化してしまったのだろう」

 

 

桜木「それで、テイオーは勝利じゃなく、ヘルカイザーに執着するようになったと.........」

 

 

 さて、厄介な事になったものだ。ああなってしまった手前、おめおめと見過ごすことも出来やしない。それに何より、ルドルフに対するあの態度。いつしか問題になるだろう。

 そうなる前に、なんとしてでもテイオーを正気に戻さなければ.........そう思っていると、不意にルドルフの呼吸が苦しげなものに変わり始める。

 

 

タキオン「大丈夫かい?」

 

 

ルドルフ「っ、いや.........どうやらもう、抑え込むことが出来ないらしい.........」

 

 

タキオン「分かったよ。今すぐ鎮静剤を「待ってくれ」.........?」

 

 

ルドルフ「.........テイオーと、は......この状態、で.........勝負、する」

 

 

 火の燃えるところに油が滴り落ちるように、ルドルフの青白い炎は今か今かともえ上がろうとしている。

 それを力をふりしぼり、何とか会話を終わらせるまで吹き荒れないようにする彼女を見て、タキオンはカバンから取り出した鎮静剤を持つ手を下ろした。

 

 

ルドルフ「彼女、の......目、的.........は......ヘルカイザー.........だからな.........」

 

 

ルドルフ「ヘルカイザーが.........犯し、た......失態.........は、ヘルカイザーに.........拭わせる.........っ」

 

 

タキオン「.........分かったよ」

 

 

ルドルフ「.........感謝する」

 

 

 そう言いながら、ルドルフはその顔を机に向け始めた。恐らく、いつもの様な中途半端なヘル化ではなく、最初の頃と同じように、鎮静剤を打たなければ解除されないヘル化だろう。

 だが、俺はまだ聞きたい事を聞けていない。俺は悪いと思いながら、机に向け倒れゆく彼女の上半身を止めるべく、肩を押さえた。

 

 

桜木「最後に教えてくれ。テイオーの言ってたイベントってのはなんだ?」

 

 

ルドルフ「.........それについては、デジタルか、黒津木保健室医に聞くと、良い.........」

 

 

桜木「.........分かった。悪かったな、途中で止めちまって.........」

 

 

ルドルフ「構わないさ.........しばしのお別れだ.........桜木トレー......ナー.........」

 

 

桜木「.........またな」

 

 

 机の上で、まるで休息をとるかのように寝息を立て始めるルドルフ。しかし、次に目が覚めた時に、彼女は正気を失っているだろう。

 なるべく、明日のそのイベントとやらまで問題を起こさなければ良いのだが.........そう思いながら、俺とタキオンは、眠る会長を背に、生徒会室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

デジ『イベントですか?口では説明できないのでデジたんが直接案内しますよ?』

 

 

桜木「なーんて言われたけど、お前も知らんの?」

 

 

タキオン「初めて聞いたよ。ただ時折彼女が部屋に帰ってくるのが遅い理由が分かったけどね」

 

 

 翌日の放課後。トレーニングも終え、日は完全に沈みきっている中、俺とタキオンはカフェテリアの前でデジタルを待っていた。

 同じチームメイトであるため、トレーニング後すぐ行けるかと思ったが、どうやら準備が必要らしく、俺達はそれに待たされている形だ。

 

 

デジ「おまたせしました〜」

 

 

桜木「おう、じゃあ早速―――」

 

 

 俺は声がした方向へと振り返ると、そこには完全オタク装備のデジタルがそこに居た。さっきまで普通のジャージだったのに。うちわもハチマキもペンライトも所持している。

 もしかして俺達はこれからとんでもないところに行くんじゃないのか.........?そう思いながらタキオンの方を見ると、そちらも汗を流し、焦りの表情をしながら俺の方を視線で見ていた。

 

 

デジ「では行きましょう!!ビバ!!バトルキングダム!!」

 

 

二人(ば、バトルキングダム〜!!?)

 

 

 そう言いながら、デジタルはカフェテリアの中へと進んで行く。一体、この先に何が待ち受けているというのだ.........?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あーごめんなさいねぇ。きょうはもう注文受付終わっててー」

 

 

デジ「人参ハンバーグ、人参抜きの大根おろしトッピング。ソースはオニオンソースでたっぷりを三人分ください」

 

 

桜木「おいおい、ご飯はもう出せないって.........」

 

 

「かしこまりました。こちらへどうぞ」

 

 

二人「え」

 

 

 受付の人がそう言うと、カウンタードアを開けて、俺達を通してくれる。なんだ、まるで映画の世界じゃないか.........

 言われるがまま、俺達はデジタルを先頭にカウンターの内側を歩くと、スタッフさんが壁を手探りで触り、何かを見つけたのか、それを人差し指で強く押した。

 すると、強い力で押されたそこは正方形の窪みを作り出し、目の前の地面がスライドしていき、なんと地下室への階段があらわになった。

 

 

タキオン「これは.........」

 

 

デジ「イベント会場の入口ですよ。以前桜木トレーナーさんがヘル化した会長と対決しましたよね?」

 

 

桜木「.........」

 

 

 そう言われ、あの日の記憶が鮮明に甦ってくる。話を聞けば、あの時偶然その様子を見ていたあのスタッフさんが、どうしても定期的にあういうものを見たいと思ったらしく、理事長と生徒会長に打診し、黒津木がカフェテリアの地下を開拓、改造したらしい。

 いやアイツ万能すぎだろ。天才と言っても限度があるぞ。

 

 

デジ「週一回開催されるんです。因みに先週はペン回し大会でスズカさんが優勝しましたぞ〜」

 

 

二人「嘘でしょ.........」

 

 

 どうやら、俺の知らない水面下でそのような面白そうな催しをしていたらしい。なんで俺を呼んでくれないんだ。立役者だぞ。

 そんなこんなで階段をおりていると、目の前に扉が見えてくる。 スタッフさんが妙にハイテクなパネルに手のひらを押し付けると、認証確認、と機械的な声が響いてくる。一体黒津木はどこに金を使っていると言うんだ。

 中に入ると、奥にある巨大なステージの周りを囲むように、想像以上に多いウマ娘達が、まるで有名アーティストのライブのようにひしめき合っている。

 

 

桜木「なぁにこれぇ?」

 

 

バクシン「むむ!!これはこれは桜木トレーナーさん!!!貴方が来たということは参加するという事ですか!!?」

 

 

桜木「いぃ!!?」

 

 

 超スピードという表現が的確だろう。彼女はどこからともなく俺の目の前に現れ、俺達の姿をその目にしっかりと認識させる。

 

 

バクシン「みなさーん!!なんとイベント創設者の桜木トレーナーさんも参加してくださるそうです!!!ハッハッハー!!!盛り上がってきましたねー!!!」

 

 

「わー!!!」

 

 

桜木「なっ、ちがっ!!!バクシンオーが勝手に!!!」

 

 

 そんな俺の抵抗も虚しく、バクシンオーはその強い力で俺を引っ張りステージへと上げていく。なんでこの子はいつも人の話を聞かないんだ。そして何故手を伸ばした俺を無視するんだアグネスシスターズ。手を振るなタキオン。サムズアップするなデジタル。

 なんでこんな事に.........そう思いながらも諦め気味にステージに登壇すると、バクシンオーはマイクを手に取り、ステージの端っこに立った。

 

 

バクシン「おまたせいたしましたー!!ただいまより!!第73回!!バトルキングダムを初めさせていただきます!!」

 

 

「わー!!!」

 

 

バクシン「では今回の出場者に出てもらいましょう!!まずは桜木トレーナーさん!!」

 

 

桜木「ど、どもー.........」

 

 

「.........」

 

 

 静かだ。まるで波紋すら作らない水面の様な静けさ。いや、さっきまで喜んでくれてたよね?何?あれはその場の勢いとノリで、どちらかと言えば興味無い感じ?

 傷付いた。深く。傷心した。そんな俺のことなど露知らず、バクシンオーは次々に参加者を呼んでいく。

 

 

バクシン「特徴的な帽子がチャームポイント!!初出場のスイープトウショウさん!!」

 

 

スイ「ちょっと!!アタシは人参ハンバーグ人参抜き大根おろしオニオンソーストッピングが食べたかっただけなんだけど!!!」

 

 

 うわ、あんな合言葉を運悪く注文しちまったのか。可哀想に、本人は食べれると思ったんだろうなぁ.........

 

 

バクシン「私のお友達!!ミホノブルボンさん!!!本日初出場です!!!」

 

 

ブルボン「.........?」ポカーン

 

 

 ミホちゃん。なんでここに居るの?どこからどう来たの?そんな宇宙の背景が似合う表情しても状況は良くならないよ?というよりセキュリティがガバガバ過ぎないか?

 

 

バクシン「走りはバクシン的!!でも他はどうでしょう!!!オグリキャップさん!!!本日初出場です!!!」

 

 

桜木「お前ん家初出場ばっかやんけェ!!!」

 

 

オグリ「おかしい.........この時間帯ならば特別メニューが食べられると聞いたはずなのに.........すまないスイープ」

 

 

 あの子を巻き込んだのはあんただったのかオグリさん。というか本当に合言葉変えた方がいいと思う。食べ物にすると場所がカフェテリアな分勘違いされる事があると思うんだが.........

 そう思っていると、隅っこに居るあのスタッフさんと目が合った。得意げな顔をしているという事は織り込み済みなのだろう。趣味が悪い。

 

 

バクシン「得意技は華麗なステップ!!身軽さを生かせる勝負が来るのでしょうか!!!トウカイテイオーさん!!!」

 

 

テイオー「やっほー!!みんなダンスバトル以来だね♪」

 

 

桜木(テイオーは初出場じゃないのか.........)

 

 

 見た感じ、いつも通りのテイオーに違いない。ハキハキとしている姿からは何ら変わりない彼女が見て取れる。

 だが、その姿も彼女。シンボリルドルフの姿が出たことで一変する事になる。

 

 

バクシン「最後はこのお方!!桜木トレーナーさんとの激闘以来の登場です!!シンボリルドルフ生徒会長さん改め、ヘルカイザールドルフさん!!!」

 

 

ルドルフ「.........」

 

 

テイオー「.........♪」ニヤ

 

 

 彼女が纏う雰囲気がいつものほのぼのさから、ひんやりとした冷たく、固いものへと変質する。その事実から、彼女がヘル化したという事を納得せざるを得ない。

 

 

バクシン「ではこれより!!勝負するお題をくじ引きで決めますよー!!」

 

 

 そして、冒頭の場面に戻っていくのであった.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「なぁブルボン?」

 

 

ブルボン「はい、なんでしょうかマスター」

 

 

桜木「.........俺達、サポートに回ってやった方が良いんじゃないか?」

 

 

「オミソシルナンテツクッタコトナイワヨ!」「ムググ…?レイゾウコニモウナイノカ?」「ナニコレホゾンショク!!?ワケワカンナイヨー!!!」「メガイタイ…」

 

 

ブルボン「.........」

 

 

 俺とミホノブルボンは料理慣れしているおかげで、案外手際よくことが進んでいる。俺はとりあえず作りなれているカレーを煮込んでいる最中だ。

 どうやら勝負は多数決で決まるようで、今来ている人数分くらいは作らなければ行けない。

 対するミホノブルボンは餃子を作っている。餃子のタネを手早く皮に包んでいる。

 

 

桜木「.........ここは一時休戦にしないか?このままじゃ火事が起きそうで怖い」

 

 

ブルボン「.........了解しました。スイープトウショウさん。まずは具材を切りましょう」

 

 

スイ「え.........て、手伝ってくれるの.........?」

 

 

桜木「オグリさん。俺の余った具材使っても良いんで、これで作ってください」

 

 

オグリ「桜木.........ありがとう」

 

 

 手際よく俺はオグリさん。ブルボンはスイープのサポートを果たし、後は簡単な作業をするだけになった。

 問題は.........

 

 

テイオー「八宝菜って何!!?発砲すればいいの!!?訳わかんないよー!!!」

 

 

ルドルフ「まさかハンバーグがこんなに玉ねぎが必要だったとは.........」

 

 

桜木「.........」

 

 

 二人は他に比べて結構壊滅的だった。まず料理初心者に八宝菜を作らせる方がおかしいが仕方がない。公正なくじ引きの結果である。

 助けに入ろうとするブルボンを手でさえぎり、俺は目で彼女に意思疎通を図る。彼女には餃子作りに専念してもらいたい。ただでさえ、この人数を作るのは大変だからだ。

 

 

桜木「会長さん。玉ねぎは俺が切りますよ。他の作業を進めてください」

 

 

ルドルフ「くっ、しかし.........」

 

 

桜木「本来料理って、人の笑顔を作るものです。勝負事とは何ら関係ありません。こだわるのは後にして、まずは作ってみません?」

 

 

 俺の言ったことに一理あると感じたのか、ルドルフはひとしきり考え込んだ後、弱々しく俺に頼むと言ってくれた。流石のヘルカイザーもお料理に関しては無力だったらしい。

 だが、手をこまねいていたのは玉ねぎを刻む行程だけで、他はテキパキと手際よく手を進めていた。

 

 

桜木(玉ねぎっつうのは、目とか鼻に刺激を与えるんだよな。一応変装用のサングラス持ってきてて正解だったぜ)

 

 

 サングラスをかけ、なるべく鼻呼吸をしないようにして大量の玉ねぎをみじん切りにしていく。普段からあの子らに料理を作っているおかげでだいぶ俺も手際が良い。やってて良かった。

 あらかた切り終えた俺はルドルフの様子を見て、大丈夫そうだと感じると、 今度はテイオーの方に足を運んだ。

 

 

桜木「大丈夫か?」

 

 

テイオー「うぅ.........サブトレーナー.........」ウルウル

 

 

 どうしていいか分からず、もう既に泣きそうになっているテイオー。これでは本当にヘル化しているのかすら危ういが、今はそんなことを気にする時ではない。

 とりあえず、目の前に並べられた材料に目を配らせると、下ごしらえは整っていた。どうやら最初からこの状態だったのだろう。

 

 

桜木「泣かなくていいぞ。ちゃんと手伝ってやるから、な?」

 

 

テイオー「.........ありがと」

 

 

桜木「まず、ごま油をフライパンに入れて強火で熱して、豚肉を入れるんだ。そこから.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バクシン「皆さんどうやらお料理が完成したようですねー!!では実食と参りましょう!!どなたからでも構いませんよー!!食べたいものから食べて言ってください!!」

 

 

 あれから時間が経ち、何とかほとんどの料理が人に食べさせられるレベルにまでになった。なかなか頑張ったものである。

 しかし、それは『ほとんど』。つまり全てではない。現に俺のカレーは.........

 

 

桜木(あーあ.........ほとんど溶けちまってる.........)

 

 

 そう。溶かした。あの失敗することは無いという事で有名なカレーの具材を溶かしたのである。実際、こんな経験は初めてで、本当に食べられるのかすら危うい。

 形を残しているものと言えば肉だけ。残りは固形物と言っては行けない硬さの人参や玉ねぎ。そしてもうカレーのルーに溶けきったじゃがいもだった形容しがたい何かだ。

 無論、そんな食い物を好き好んで食べようとするやつなんて居ない。見ろ。タキオンもデジタルも俺がほとんど指示して作ったテイオーの八宝菜に飛びついてる。

 

 

桜木「はぁ.........なんか、惨めだなぁ」

 

 

「すみません、そちらのカレーをくださいますか?」

 

 

桜木「!!!オッケーオッケー!!もうどうせみんな食ってくれないだろうし全部食べてもらっちゃっても.........」

 

 

 思ってもみなかった声に、柄にもなく嬉しくなってしまった。溶かすバカ居れば食す女神ありと言うのは正にこのことだろう。

 そんな俺の嬉しさという感情を大きく揺るがすほど、目の前のウマ娘には酷く見覚えがあった。

 

 

マック「まぁ!!全部食べてしまっても良いんですの!!?」

 

 

桜木「.........なんでここにいるのマックイーン」

 

 

マック「タキオンさんから連絡が来たのです。このような催しがあるなんて知りませんでしたが.........中々楽しそうですわね」

 

 

 用意された大量の電子ジャーのひとつの蓋を開け、皿にご飯を盛り付けてから俺のカレーをかけていくマックイーン。失敗しているのは目に見えているはずなのに、彼女はこれから食べるカレーを見て嬉しそうな表情をしてくれている。

 なんとも情けない事に、そんな事で涙が出そうになる自分が居る。だって、普通失敗した他人の料理なんて進んで食べようなんてしないでしょ?

 

 

マック「〜〜〜♪やっぱり、トレーナーさんのカレーが一番ですわね♪」

 

 

桜木「.........」

 

 

 カレーがかかった白米をスプーンですくい、それを口に運ぶマックイーン。その表情からは、とてもお世辞を言ってくれている様子はない。彼女は本当に、俺の失敗したカレーを美味しそうに食べてくれている。

 

 

テイオー「.........」

 

 

 

 

 

 ―――マックイーンとサブトレーナーが二人で居る。その様子を、ボクはボクの八宝菜を食べに沢山来てくれている人達の隙間から覗いてた。

 .........あれ?ボク、何がしたかったんだっけ?

 

 

タキオン「.........どうしたんだい?」

 

テイオー「タキオン.........う〜ん、上手く言えないんだけど、なんか二人の事見てたら、どうでも良くなっちゃったんだ」

 

 

 ボクは隣に来たタキオンに、言葉に出来ない思いをそのまま伝える。どうしてかは分からないけど、ヘルカイザーとの勝負が、なんか間違ってる様な気がしたんだ。

 本当はボク、カイチョーと真剣勝負がしたかったんじゃなくて、あんな風に楽しく過ごしたかったのかも.........

 

 

テイオー(.........あっ、そっか)

 

 

 そうだ。きっと負けたくないって気持ちで走ってたカイチョーが、一番楽しそうだったのが嫌だったんだ。そんなのカイチョーじゃないって、勝手に決め付けてたんだ.........

 

 

テイオー「.........ごめんね、タキオン。ボク正気に戻ったよ.........迷惑かけちゃったよね」

 

 

タキオン「.........迷惑はしたが、構わないさ。チームメイトとはそういうものなんだろう?」

 

 

 そう言って、タキオンは微笑んでくれた。サブトレーナーと絡む前は、結構怖い噂しか流れなかったけど、ボクは断然。今のタキオンの方が付き合いやすくて良いんだよね。

 

 

タキオン「ま、それはそれ。これはこれだがね」ブスッ

 

 

テイオー「え」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぴゃああああああ!!!??」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――瞬間、大きな叫び声が耳に入ってくる。思わず耳を塞ぎ、その方向を見ると、タキオンがテイオーに注射を差していた。なんてやつだ。この状況でそんな事が出来るなんて、マイペースにも程があるだろう?余韻という物を知らないのか.........?

 

 

桜木「あ、ショックで倒れた.........」

 

 

マック「.........何だか怖いので、何が起きてるかは聞かないことにしますわ」

 

 

桜木「それが良い」

 

 

タキオン「さらにもう一本ッッ!!!」

 

 

ルドルフ「ぴゃああああああ!!!??」

 

 

 特に理由のある注射針が生徒会長を襲う。まぁ勝負内容が微妙だった故に、あまりヘル化の恩恵は受けていなかったが、あのまま放置するのもダメだろう。

 

 

桜木「.........俺もカレー食べよ」

 

 

デジ「あ、デジたんも食べたいです」

 

 

オグリ「私も桜木のカレーを食べてみたい。お願いできるか?」

 

 

桜木「失敗したので良いなら、いくらでもあげますよ.........っと」

 

 

 カレーを人数分盛り付けて、それをそれぞれの目の前に置いてやる。デジタルもオグリさんも、両手を合わせ挨拶をしてから、そのカレーを口に運んでいく。

 やはり、食べてくれる人が居るというのは嬉しいものだ。口に広がるカレーの味をしっかり味わいながら、俺は今日この日の出来事を良い思い出として残して行った。

 因みに今回のイベントの優勝者はミホノブルボンであった。やはり中華。中華料理は全てを解決する.........長年の経験から得た俺の結論は、この結果によって更に強く自分の中で肯定されるのであった。

 

 

 

 

 

  ......To be continued

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オマケ

 

 

 

 

 

テイオー「はぁ.........まさかあんなことになるなんて思わなかったよー.........」

 

 

 廊下を歩きながら、ボクは大きめの溜息を吐いた。サブトレーナーやタキオンの話を聞いたけど、ほとんど数日間の記憶が無いんだ。保健室で目を覚ました後はすっかり調子は良くなったんだけどね。

 

 

マック「あら、珍しいですわね。いつも元気な貴方が溜息だなんて」

 

 

テイオー「マックイーン.........あっ!そうだ!!ボクマックイーンに聞きたい事があったんだった!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マックイーンはサブトレーナーの事を愛してるんだよね.........?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「.........は?」

 

 

テイオー「タキオンから聞いたよ?わざわざ失敗したサブトレーナーの料理をいの一番に食べに行ったんでしょ?ボク。それは愛し合うって事だと思うんだよね.........♪」

 

 

マック「.........!」ゾワゾワ

 

 

 

 

 

 ―――2月〇〇日。被検体レポート。トウカイテイオー。

 

 

 処方薬。感情弱刺激薬。

 

 

 症状。ヘル化。

 

 

 要因。普段からプラス思考な彼女にとって、嫉妬や極度の焦りと言ったマイナスな思考の耐性がなく、ヘル化を発症。その際、強い執着を確認するのと同時に、前例(シンボリルドルフ)とは違う高い潜伏性を確認。

 その後、前例と同じように薬品投与によって強制的にヘル化を鎮火させたものの、ヘル化特有の青白い炎を出さないことから、再燃を見抜けることは困難であると推測される。

 今後も被検体の動向を観察を続け、暴走しないよう対策を講じる。

 

 

 ㅤㅤㅤㅤㅤㅤアグネスタキオン

 

 

 



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T「この忙しい時こそ雑談だ」マック「それが賢明ですわ」

 

 

 

 

 

桜木「.........ぁぁぁ」

 

 

 トレセン学園のグラウンド。そこに備え付けられているベンチに腰を掛けていると、日頃の疲れか今日の疲れか、声になるかならないかの音が喉から漏れ出る。

 二月も終わりを迎えようとしている。俺はその実感を、手に持った冊子の中身を見ながら湧かせている。傍から見れば俺の目は死んでいるだろう。

 

 

桜木(オペラに手品にヒーローショー.........めんどくせぇから全部ごちゃ混ぜにしてやったけど.........何とかなるのかぁ?)

 

 

 開かれた冊子の中身はト書き(演劇用語で地の文の事)や台詞の羅列がびっしり書き込まれている。我ながらよくここまで台本を書き上げたものだ。

 既にこれらはオペラオーやスイープに渡してある。しかも、魔法のショーをしたいスイープには他の人とは違う特別な台本と言って渡してある。手品のタネが適当に変えられた物だ。

 

 

桜木(まぁ、後はフジさんが上手く立ち回れば機嫌よく終わってくれるでしょ)

 

 

 問題は、ヒーローショーだ。果たして誰が、何の役をやるかが問題になってくる。勿論、俺は悪役がやりたい。そう考えながら台本を作成していたのだが.........

 

 

マック『勿論、トレーナーさんは正義の味方ですわよね?』

 

 

桜木『え』

 

 

桜木「.........あんなこと言われちゃなぁ〜」

 

 

 前科があるとはいえ、まさか釘を刺されるとは思わなかった。まぁたしかに、いくら演技とは言っても、自分のトレーナーが悪役をやっている姿なんて見たくないのかもしれない。ウララとか泣いちゃいそう。よし。やめよう。

 

 

桜木(やだなぁ.........動きたくないなぁ.........観客席でのんびり観させてくれよぉ.........俺は人が真剣に演技してる姿を粗探しすんのが好きなんだよぉ)

 

 

 まぁ別にそんなこともないが、悪あがきにそんな性格の悪いことを考えてみる。この多大なストレスをかけてくる環境へのせめてもの抵抗だ。

 まぁ幸い、脚本自体はよく出来ていると見てくれた子達は褒めてくれた。上手く行けば成功はしてくれるだろう。

 そんな半ば皮算用の様な思考を張り巡らせていると、不意に隣に座ってくる者が居た。

 

 

マック「お疲れ様です。トレーナーさん」

 

 

桜木「マックイーン.........最近近いね」

 

 

マック「!き、気のせいですわ!!!」

 

 

 そう言いつつも、その場から一切離れようとしないマックイーン。本当、最近はトレーニング以外も彼女の顔を見ない日は無いと言うほど顔を合わせている。

 まさか、俺は尾行されているのか?こんな素敵で可愛らしいセレブリティなお家のお嬢様に.........?

 

 

桜木(いやいや、ないでしょそれは)

 

 

 どこの世界にこんな一般庶民以下の出身の男を好きになるお嬢様が居るんだ。そんなもの創作物のなかでしか無いだろ。

 一人心の中の平穏を保とうとしている俺だったが、今度は軽い足音が聞こえてきた。その方を見てみると、タマモクロスがこちらへと歩いて来ていた。

 

 

タマ「よーマックちゃんにおっちゃん。調子はどうや?」

 

 

桜木「ボチボチでんな」

 

 

マック「嘘をつかないで下さい。すっかり過労気味ではありませんか」

 

 

 隣にいる彼女にそう言われると、流石の俺も痛い。だがね、過労気味という理由だけで大人は休めないんだよマックイーン.........

 そんなやり取りを見ていたタマはケタケタと笑い声を上げた。

 

 

タマ「なんや二人とも!!あれから随分仲良うなったな〜!!これはもうアレか!!?結婚まで行くんちゃうんか〜???」

 

 

マック「な、けっ.........!!?」

 

 

桜木「タマの姉さんよぉ.........ちょっち親戚の面倒臭いおじさんっぽいぜ?」

 

 

タマ「え?おっかしいなー.........ウチはどちらかと言えば、近所のお節介焼きのオバチャンのモノマネやったつもりなんやけどなー」

 

 

 いや、そこで変なボケプライドを見せつけられても困るんだが.........とは言っても、タマモクロスの言った通り。あのジャパンカップに出走した日から彼女との距離は以前より格段に縮んだと思う。精神的にも、物理的にも.........

 隣をチラリと見やると、マックイーンは両手を頬に添えながら顔を赤らめている。少々真に受けすぎではないだろうか。

 

 

桜木「あんましからかわないでやってくれよ?思春期は当事者含め面倒臭い時期なんだから.........」

 

 

タマ(.........まぁ、それだけで片付けられる問題やないと思うんやけどな)

 

 

マック(結婚.........と、トレーナーさんと、けっこん.........///)

 

 

 どんどん現実から意識が切り離されていくマックイーン。その様子を見て嬉しくない訳が無い。なんせ俺と結婚している様子を想像しているのだ。

 だが、俺は指導者。彼女は生徒。妄想先の関係性はもはや犯罪的。俺は犯罪者にはなりたくない。可愛らしい彼女の姿が、俺の中で葛藤を次から次へと産み落としていく。

 何とかこの状況から抜け出したい。願わくば話題を変え、二度とこんな話をしたくない。そう思っていると、遠目にまた見知った顔のウマ娘が見えてきた。

 

 

桜木「!おーい!!ブっさーん!!!」

 

 

ナリブ「ん?桜木と、マックイーン.........それとタマモクロスか.........」

 

 

ビワ「なんだブライアン。私の知らない内にそんなに友達が出来たのか?」

 

 

ナリブ「茶化さないでくれ姉貴」

 

 

 クスクスと笑うビワハヤヒデと共に、溜息を吐きながらこちらへ近づいてくるナリタブライアン。よーし。これで何とか話題が変わってくれるぞ。

 

 

ナリブ「何の用だ?」

 

 

桜木「いや、見掛けたから呼んだだけ」

 

 

ナリブ「アンタと私はそんなに仲良くないだろ」

 

 

桜木「なんだよ〜。二人で海外行った仲だろ〜?」

 

 

二人「え」

 

 

桜木「.........え?」

 

 

 ギョッとした表情で俺の顔を見てくるタマモクロスと、妹と俺の顔を交互に見やるビワハヤヒデ。これはまさか、酷い失態を犯したのではないか?

 そう思っていると、酷くにこやかだが優しさとは無縁の雰囲気を放つハヤヒデがこちらに近付いてくる。

 

 

ビワ「私の妹に何をしたんだ?」

 

 

桜木「な、なんもだよォ!!?なぁブっさん!!!」

 

 

ナリブ「くっ、あまり人に話せないことだ」

 

 

ビワ「.........ほう?」

 

 

 あぁぁぁ!!!確かに話せない!!!マフィアに捕まって殺されそうになったなんて普通は言えない!!!笑い話にすら昇華できない!!!

 

 

桜木「ち、違うんだってェ!!!有給取って海外行った時!!!勝手に着いてきたんだってェ!!!」

 

 

タマ「おっちゃん‎.........流石に見苦しいわ、素直に話さんと命ないで?」オドオド

 

 

桜木「見苦しいも何も真実なんですが!!?というか助けてタマさん!!!そろそろぶん殴られる!!!」

 

 

タマ「いやクラーク堕ちしたおっちゃんを助ける義理は無いで?」

 

 

 くそァ!!!こんなことならタマモクロスを格ゲージャンキーになんかしなけりゃ良かった!!!死ぬほど後悔してらァ!!!

 仕方ないだろ〜?だって強いんだもん投げキャラ.........アーマー付きと一フレと無敵の三択投げできて、足払いから受身されたらほぼ確で一フレ投げ通るんだよ.........?使うでしょ。そりゃ。

 こうなったらもう最後の砦に頼るしかない!!!俺は必死に声を上げてその人に助けを乞うた。

 

 

桜木「マックイーン助けて!!!」

 

 

マック「.........」

 

 

桜木「.........マックイーン?」

 

 

マック「けっこん.........えへへ......トレーナーさんと.........けっこん......///」

 

 

桜木「」

 

 

 き、キャラ崩壊を起こしてらっしゃる.........マックイーン。君は一体どこまで俺の心を揺さぶるつもりなんだ.........?

 そして、その姿を目視で確認したビワハヤヒデは、確信めいた口調で俺に行った。

 

 

ビワ「自身の担当に対してここまでスケコマシだと、気分が悪くならなくて助かる」

 

 

桜木「ま、待ってくれ!!!そ、そうだ!!!昔当たった悟空のA賞のフィギュアあげるから!!!パーツ着いててスーパーサイヤ人化する奴!!!」

 

 

ビワ「いらん」

 

 

桜木「GTのDVDは!!?全部もってるよ!!?見た事ないでしょ!!?」

 

 

ビワ「しつこい男だ.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全て持っているに決まってるだろう!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ビワ「なるほど......そういう事が.........」

 

 

桜木「分かって頂けましたか.........?」ボロ

 

 

 あの後、一発ぶん殴ったお陰か、ハヤヒデは一種の賢者タイムの様な落ち着きを取り戻し、俺の話を聞いてくれた。せめて殴る前に聞いてくれ。せめて。

 

 

タマ「なんや、話的にはおもろいけど展開的にはおもろくないな」

 

 

桜木「おたく渋いね」

 

 

タマ「やめてや」

 

 

 クラークの勝利ゼリフを言うと、タマは拒絶反応を起こすようにゲンナリさせた。俺が相当イジメ抜いたからな。反省もしてないし後悔もしてない。なんならもう少しいじめ抜きたい。

 

 

マック「.........ハッ!わ、私。今まで一体.........?」

 

 

桜木「楽しそうに旅行してたよ」

 

 

 ようやくトリップから帰ってきたマックイーン。人が増えている事に驚きの声を上げている。

 なんともまぁ珍しい集まりになったものだ。全員俺の顔見知りではあるが、見事にあまり接点がない。

 

 

ビワ「ああ、そう言えば君に借りたドラゴンボールの原作だが.........」

 

 

桜木(おっ、ようやく戻って来るか.........)

 

 

ビワ「今生徒会長が持っている」

 

 

桜木「なんて???」

 

 

 予想外の展開が過ぎる。一体何がどうなってそんなことになってしまったんだ.........?全く理解が追いつかない。俺のドラゴンボールは一体どこに向かっているというのか.........?

 

 

ナリブ「私が生徒会室で暇つぶしに読んでいたら興味を持たれてな。譲った」

 

 

桜木「本来俺のものなんですけど?」

 

 

マック「ドラゴン.........ああ、確かトレーナーさんの好きなお話でしたわね 」

 

 

タマ「なんやマックちゃん、ドラゴンボール知らへんのか?」

 

 

 いやー。知らないでしょう。あんな今でも作品展開してはいるものの、既にあの作品は35年以上前に連載開始されたものだ。特にマックイーンはそういったサブカルチャーに触れる機会も無かったんだろう。

 

 

桜木「やめてくれよ?どうすんだよ今度ヘル化した時。手から気功波打ってきたらもう太刀打ち出来ないぞ」

 

 

ビワ「大丈夫だ。会長が読み終わった後はエアグルーヴに貸す予定だ」

 

 

桜木「どういう事!!?何が大丈夫なわけ!!?」

 

 

 エアグルーヴに布教したからどうしたというのだ?まさか、クレヨンしんちゃんよろしくスーパーサイヤかあちゃんにでも変身してくれるのか?

 一体俺のドラゴンボール原作はいつになったら帰ってくるのだろう.........?これならいっそ学園の図書室に寄付して買い直した方が早い気がする。神威もドラゴンボール見た事ないらしいし丁度いいかも知れない。

 

 

マック「そ、そんなに面白いものですの.........?」

 

 

ナリブ「面白いものなんてものじゃないぞ」

 

 

ビワ「あれは最早聖書に近い物だと思っている」

 

 

桜木「まぁ、ある意味バトル漫画を描く人にとっては聖書みたいなものだな.........」

 

 

 実際、鳥山明(ドラゴンボール、Dr.スランプ)大友克洋(AKIRA)以前と以後では漫画の歴史は大きく発展を遂げたという話はとても有名である。

 特にドラゴンボールのサイヤ人編からはAKIRAの影響を多大に受けているという話もある。ベジータのモデルが鉄雄だったりとか.........

 って、俺は一体何の話をしているんだ。こんな所で無駄話している場合ではないだろう。

 

 

マック「それにしても意外ですわ。ナリタブライアンさんがそういう物に興味を持たれるとは思っていなかったので.........」

 

 

タマ「あー、ウチもそれは思ったわ。ドラゴンボールのどこが良いんや?」

 

 

桜木(あれ、まだこの話続くの?)

 

 

 そんな俺の思いとは裏腹に、この話はどんどんと発展していく。興味の対象がドラゴンボールそのものから、 ナリタブライアンへと移ったのだ。

 その興味を持たれた当の本人は、少し考えつつも、静かにその口を開いた。

 

 

ナリブ「.........あの作品は、登場人物がどんどん強くなっていくからだ」

 

 

ナリブ「血反吐を吐くようなトレーニングや、戦いの最中で覚醒したりしても、次の話に行く頃にはそれすら上回る敵が現れる」

 

 

ナリブ「.........私も、その展開を夢見ながらレースを走っているんだ」

 

 

桜木「.........いつか、自分の力を軽く上回る奴が出てきて、そいつとレースを走る事をか?」

 

 

 俺がそう問いかけると、ブっさんは照れているのか、恥ずかしそうに顔を逸らした。

 .........確かに、この作品はどんなに強くなっても、次に出てくる敵はそれを上回ってくる。その中で、味方陣営はどう力をつけて、どう戦うのかが醍醐味だ。

 それを、ブっさんは望んでいる。例えどんなに強くなったとしても、それを超えてくる強敵との戦いを望んでいる。そんな彼女がこの作品に心を引かれるのは当然と言えば当然なのかもしれない。

 

 

ナリブ「姉貴はどうなんだ?」

 

 

ビワ「ん?私か?第一巻の表紙の悟空が可愛かったからな。もう既に心は掴まれていた様なものだ」

 

 

桜木「まぁ、ちっちゃい悟空は女の子にも人気出てたからなぁ」

 

 

 うちの母親が事実そうだった。大人になった姿も好きだが、やはり子供の頃の姿の方が子育てする親にとってはとても可愛く映るのだろう。自分の子供が目の前に居ながら、小さい頃は可愛かったと言うのと同じ感覚だ。

 

 

タマ「おっちゃんはどこが好きなんや?」

 

 

マック「私も気になりますわ。親友の方達ともいつも盛り上がりますわよね?」

 

 

桜木「も、盛り上がるっつっても。好きなキャラの話してるだけだぜ?」

 

 

 弱ったな。たまに話すアレが見られてたのか。結構恥ずかしいぞ。今度からは控えた方が良いかもしれないな.........

 だけどまぁ、俺があの作品を好きな理由は大体検討が着いている。そこに関しては深く考えなくとも良いだろう。

 

 

桜木「ストーリーかな。やっぱ今でも人気ある作品だし、ゲームに出来る要素が沢山あるだろ?」

 

 

ナリブ「確かにそうだな」

 

 

桜木「俺毎回買っちゃうんだよね。ストーリーなんて飽きる程見たから知ってるのに」

 

 

マック「し、知ってるのに買ってしまうんですの.........?」

 

 

桜木「買うさ。好きだからな」

 

 

 ある意味、勝手に感じている恩を返していると言っても良い。あの作品のおかげで、俺は多くの人達とコミュニケーションを撮ることが出来たのだ。その勝手に感じている恩を、俺は勝手に返している。

 

 

桜木「まぁ正直、ゲーム難易度もそう高くないし、サクッと遊べるのがいい所だよ。ゲームは子供のものだってわかって作られてる」

 

 

ナリブ「ゲームか.........気になるな」

 

 

桜木「.........あげるか?」

 

 

 俺がそう提案すると、ブっさんは明らかに目を輝かせて俺の方を見てきた。そんなに反応することか?

 実際、もう手につけていないゲームが何本かある。さすがに機種そのものを譲ることは出来ないが、ソフトくらいなら軽い物だ。全クリしてるし。

 

 

ナリブ「姉貴。一緒にやろう」

 

 

ビワ「ああ。ふふ、随分嬉しそうだな。ブライアン」

 

 

タマ「ええなぁ。ウチも欲しいわぁ」

 

 

桜木「ドラゴンボールじゃないけどやるよ。古めで配信映する奴」

 

 

タマ「ホンマか!!?どういうのや!!?」

 

 

桜木「クラッシュ・バンディクーとかジャック&ダクスターとか怪盗スライクーパーとか」

 

 

タマ「クラッシュ以外知らへんわ.........」

 

 

 確かにクラッシュ以外知名度は低めだが、どちらも面白い作品だ。だが残念な事にどちらも続編の3からは日本未発売。まっこと悲しい話である。

 そんなこの世に憂いを感じていると、ふと隣からこちらを見てくる視線を感じ.........いや、視線が刺さっている。刺してくる人物がいる。

 

 

桜木「.........どうしたのマックイーン?」

 

 

マック「.........ずるいです。私も何か、トレーナーさんのおすすめを知りたいです」プクー

 

 

桜木「んん、んぅ.........」

 

 

 弱ったぞ。ゲームに触れてこなかった人。しかも女の子にオススメできるゲームなんて俺は知っているのか.........?

 

 

タマ(出たで!!アレが恋する乙女の必殺技!!嫉妬や!!)

 

 

ビワ(れ、恋愛と言うやつらしいな.........)

 

 

ナリブ(分からない.........)

 

 

 聞こえてんだよ野次ウマ娘とナメック星人二人。あんまし人をおちょくってると痛い目を見るぞ。

 そう思いながら、意識の方をマックイーンに向けてみる。どうやら先程の声は聞こえてないらしく、可愛い膨れた顔を見せてくれている。

 さて、どうしたものか.........正直ゲームは面白いものではあるが、危険なものではある。ハマってしまえば、際限なく出来てしまうのだ。特にマックイーンはそういう時、抑制する理性が少し心もとない。と言うより、ハッキリ言って弱い。

 

 

マック「.........なんにも無いんですの?」

 

 

桜木「い、いや!あるよ!あるある!!」

 

 

桜木「一緒にカービィやろう?簡単だから初心者向けだし、二人プレイできるからサポートもしやすい!」

 

 

 慌てて口を突いて出ていった提案だが、我ながら良いと思ってしまった。確かにカービィなら他のゲームより簡単だし、女の子に人気あるし、何よりゲームを沢山やってる俺でも面白い。飽きずに出来る。

 我ながら天才的な提案をしてしまった.........そう思っていると、タマの方からクスクスとした笑い声が聞こえて来た。

 

 

タマ「おっちゃ〜ん.........まさかマックちゃんがカービィみたいな食欲やからってそんなこと言ったんか〜?」

 

 

マック「.........トレーナーさん?」

 

 

桜木「い、いやいやいやいや!!!何言ってるんだよ!!?そんな訳ないべや!!!」

 

 

マック「貴方、焦ると訛るってちゃんと分かってます?」

 

 

桜木「分かってるよ!!!命の危機だよ!!?焦るに決まってんじゃん!!!」

 

 

 ヤバいって。身体はもうハヤヒデのパンチを食らって既に限界。悲鳴をあげてるぜ.........

 そこから更にいつもより強めのマックイーンの制裁なんて受けた日にはもう立てない。ここは何としてもしなければ.........

 

 

タマ「けど我慢出来ずにスイーツ食べちゃうマックちゃんは?」

 

 

桜木「.........まぁ、可愛いとは思うけど」

 

 

マック「.........ふぅん」

 

 

桜木「.........あれ?」

 

 

 熱を感じる。隣に座るマックイーンから。ただならぬ熱と恐怖が出てくる。俺はそれを感じながら、恐る恐る彼女の方向を見た。

 怒ってる。彼女から怒りの感情を感じ取るのはそう難しい事ではなかった。おかしい.........俺は言葉を選んで慎重に褒めたつもりだったのに.........

 

 

桜木「ま、マックイーンさん?なぜ怒っていらっしゃるのか、私まったく想像つかないんですが.........?」

 

 

マック「人前でそんな堂々と『可愛い』なんて、しかもそれ。先程のタマモクロスさんの発言を肯定していますよね?」

 

 

桜木「.........あっ」

 

 

 俺は一つ。重大なミスを犯していた。褒める前にまず、否定しておけばよかった。それをしなかったお陰で、カービィ並の食欲を持っていると肯定し、それをほめてしまったのだ。

 その怒りには恥ずかしさも混じっているのだろう。キッと睨みつけてくる彼女の頬は赤くなっていて、少し涙が滲んでいた。

 

 

マック「私が一番気にしている事を.........!苦労も知らずに褒めるなんて.........!!!」

 

 

桜木「へ、へへへ.........」

 

 

 知っているよ。などとは言えない状況だろう。彼女の苦労は俺が一番良く理解している。彼女のご飯を作るのにどれだけ俺が苦労していると思っているんだ。

 だが、そんなことを言っても今は火に油を注ぐ行為でしかない。どちらも苦労をしているのだ。それでいいじゃないか.........

 いや、良くない。このまま行けば俺は彼女にメジロ家秘伝。メジロ殺法百手。48ある護身技の一つ。一本背負いで地面に沈められる。

 逃げよう

 

 

桜木「スゥー...悪いけど急ぎの用事が出来たんで.........」

 

 

マック「あら、逃げられると思ってるんですの?」

 

 

桜木「そんなの!やってみなくちゃわかんねぇ!!!」

 

 

ナリブ「無駄な事を.........今楽にしてやれ」

 

 

ビワ「努力だけではどうやっても越えられん壁もある」

 

 

タマ「グッバイ、おっちゃん!」

 

 

 全員が全員俺の逃げ切りを応援するどころか、制裁を食らう前提で話しかけてくる。まだだ.........まだ希望はある.........!!

 タキオンが作った身体筋力ウマ娘化薬は手元にないが、チョロ可愛いマックイーンだ。適当に騙せばなんとかなるだろう!!!

 

 

桜木「あっ!!UFO!!!」

 

 

「何(ですって)!!?」

 

 

桜木「今だァァァ!!!」ガシィッ!

 

 

 俺は一生懸命足を動かした。だがあの走っている特有の空気抵抗は一切感じず、代わりに何故か首が締まる苦しみと靴底がすり減る感覚だけだった。

 

 

マック「.........変わりませんわね」

 

 

桜木「」

 

 

マック「まさか、こんな古典的な方法で逃げれると思われるなんて.........心外です」

 

 

 不味いことになった。完全に火に油を注ぐ結果となってしまった。適当に騙すとかじゃなく、普通に考えて騙せば「今、ちゃんと考えて騙せば良かったと思ってます?」.........「はい」

 俺のその素直な返事に、マックイーンは呆れるようにため息を吐いた。

 

 

マック「ハァ.........折角手をひねるだけで許して差し上げる所でしたのに。おバカな人」

 

 

タマ「でもそういう所が〜?」

 

 

マック「もちろんおしt.........タマモクロスさん?」

 

 

タマ「お〜おっかないで.........あんましからかうのはこの辺にしてズラかろうや」

 

 

 俺に向けていた怒気を少しだけタマの方に向けるマックイーン。そしてそれを機敏に感じ取ったタマは、ブっさんやハヤヒデに手招きしてその場から立ち去って行く。

 ああ、俺はこのままこの場で痛い目にあうんだなぁ.........と、乙女心に理解を示せない自分に情けなさを感じつつ、現実を受け入れようとしていた。

 

 

マック「.........さっ、休憩も終わりましたし。トレーニングに行きますわよ」

 

 

桜木「.........へ?」

 

 

マック「良く考えれば、悪いのは私ですわ。ただちょっと.........恥ずかしかったものですから、あんな反応をしてしまったんです」

 

 

 そう言って申し訳なさそうに謝るマックイーン。いつもだとこの後きっちり制裁を食らうはずなのだが、彼女の大人になった部分が垣間見えた瞬間であった。

 だが、そんな安心と同時に、気になる事が一つ出てきた。

 

 

桜木「なぁ、さっきなんて言おうとしたんだ?」

 

 

マック「はい?」

 

 

桜木「ほら、タマにからかわれた時、何か言いかけてたでしょ」

 

 

マック「あ、あーーー!」

 

 

 そう問いかけると、目の前を歩き始めていた彼女は突然動揺を見せ始めた。なんだ、もしかして悪口か?普段俺に言えないような本音なのか?

 

 

桜木「なんでも言ってくれマックイーン。遠慮する必要なんて無いんだぞ?」

 

 

マック「.........お」

 

 

桜木「お.........?」

 

 

マック「お、推して参る!!そう!!そう言いたかったんです!!さっ!早く行きましょう!!?」グイッ!

 

 

桜木「わっ!ちょ、引っ張んないで!!?」

 

 

 なんとも強引な誤魔化し方。しかし、それで誤魔化されてしまう俺も俺だろう。事実、その行動に不快感が無いどころか、嬉しく感じてしまっている自分もいる。

 いつか、彼女の俺に対する嫌な気持ちも直接聞けるようになりたい。それと同時に、このどうしようも無い渦巻く葛藤から開放されたい。

 そんな事を考えながら、引っ張り寄せられるシャツの袖に恥ずかしさを感じつつ、今日のトレーニングをこなそうと、気持ちを入れ替えたのだった。

 

 

 

 

 

  ......To be continued



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T「三年間ありがとうな、マックイーン」マック「ええ、そしてこれからも......」

 

 

 

 

 

 三月の終わり頃。新たな始まりを予感する事が多いこの時期。振り返る事もあるが、今はそんな感傷に浸る時間はなく、誰かの出会いが別れになろうと、誰かの喜びが悲しみになろうともそれを感じる暇すらない。

 そんなアンニュイな気持ちを辛うじて引き締めている新品のスーツに身を包み、なれないワックスで後ろに固めた髪の毛を触っていると、不意に声を掛けられる。

 

 

沖野「おいおい、そんな堅苦しい格好しなくても別にいいんだぞ?」

 

 

桜木「いやいや、逆になんでそんないつも通りでいられるんすか?」

 

 

 パーティ会場には似合わないスピカのトレーナーである沖野さん。サブトレーナーをしている俺の立場から見れば先輩であり、上司でもある。

 この人はどんなに周りの人が着飾ろうとも、関係ないと言うようにいつものベストと黄色いシャツ。挙句の果てには蹄鉄キャンディを口に入れている。

 

 

桜木「見てくださいよ。アイツですらあんなにピシッとスーツきてんのに.........」

 

 

白銀「お姉さん。ウマ娘の調教のついでに、俺も調教してみませんか?月給300円で」

 

 

沖野「.........待て、なんでさも当たり前のように居るんだアイツは」

 

 確かにそう言われてしまえば疑問である。なんでここに居るのだろう?いや、アイツだけでは無い。黒津木も神威も、このパーティに出席している。

 トレセン学園の出資者としてならば名目上、ここに居ても何ら不思議では無いだろう。他二人は何故いるんだ?

 .........いや、あまり深くかかわらないでおこう。ここで質問してキレられたりしたら、折角のパーティが台無しになる。

 

 

沖野「それにしても.........」

 

 

桜木「.........?」

 

 

沖野「似合わねぇなぁ.........その髪形」

 

 

桜木「うっさいっすよ.........」

 

 

 軽く笑い声を発しながらそういう沖野さんに、反抗するように悪態をついてみる。俺だって自分でも似合わないと思っているんだ。

 場の雰囲気を壊さないよう、溜息を堪えていると、不意に肩に手を置かれる。その方向を見ると、多くの見知った顔がそこには居た。

 

 

東「よう、調子はどうだ?」

 

 

南坂「なかなか似合ってるじゃないですか、桜木さん」

 

 

古賀「おう、やっぱ社会人してただけあってスーツが似合うなぁ、おめぇさんは」

 

 

桜木「あ、あはは.........ありがとうございます。こうして顔合わせるのは、何だか久々な気がしますね」

 

 

 振り返った先には、声を掛けてくれた三人を含めた桐生院さんがそこには居た。古賀さん以外、いつもよりキチッとしたスーツやオシャレな格好でパーティに参加している。

 そういえば、最近俺が忙しいのもあるせいか、顔を合わせるのも、こうして他愛もない話をするのも久々な気がする。ストレス解消の為にも、こうした場は必要なのかもしれない。

 

 

桐生院「桜木さん!本日は本っ当に!!おめれとうございます!!!」

 

 

桜木「き、桐生院さん?ちょっと飲み過ぎなんじゃ.........」

 

 

桐生院「何言ってるんれすか!!そんなに私は飲んれないれすよ!!」

 

 

 いやいや、明らかにそんなワイン片手に顔を赤くしてたら誰だって飲み過ぎだと思いますって.........

 そう思いながら、未だにグイグイと顔を近づけようとしてくる桐生院さんをこれ以上近付けさせないよう、肩に手を当てて何とか接近を食い止める。

 

 

東「おいおい、桜木が困ってんだろ?あんまし迷惑かけんなよ」

 

 

桐生院「颯一郎さんに言われたくないれす!!!」

 

 

東「それ言われちゃあ何も言えねぇけど.........ほら、な?この後表彰もあるんだし、この辺にしとこうな」

 

 

 そう言いながら東さんは桐生院さんの身体を掴み、俺から引き離してくれた。それについてはありがたいと思っている。

 だが、問題はあの距離だ。妙にあの距離感の桐生院さんの扱いにどこか手馴れている感じがみてとれる。

 そう思っていたのが分かったのだろう。古賀さんがまた俺の肩を叩き、話をしてくれた。

 

 

古賀「ああ見えて、アイツは桐生院家の遠縁なんだ。昔からの幼なじみなんだとよ」

 

 

桜木「え!!?そうなんすか!!?」

 

 

古賀「ああ、今は大分マシになったが、昔はコンプレックスの塊でなぁ、桐生院本家てききゃ、良い顔はしなかったわなぁ」

 

 

 そう言って古賀さんはカッカと声を上げて笑っていた。先程より遠くに離れた二人の方、特に東さんの顔を見る。とても古賀さんが言ったようには思えない。

 きっと、どこかで踏ん切りがついて乗り越えられたのだろう。やっぱり、あの人は俺が好きなタイプの人間だ。

 

 

古賀「それにしても、でかくなったなぁ、桜木」

 

 

桜木「え?」

 

 

古賀「俺ぁ、お前さんがやる男だと思ってた.........けどよ、そこまでどう歩くかは正直見通せてなかった」

 

 

 その話を聞いた時、最初に湧いて出てきたのは驚きだった。この人は、俺に対して一体、どれほどの期待を浴びせてくれていたのだろうと。

 そして、次に嬉しくなった。その期待に、俺はしっかりと答えられたのだと。そんな恥ずかしさにも似た嬉しさを隠すように、自分の考えを吐露した。

 

 

桜木「.........そりゃそうっすよ」

 

 

桜木「目的地は皆に見えているもの。けど、そこへの行き方はみんな違うんです」

 

 

桜木「レールに乗るヤツも居れば、車に乗ったり、歩いて行ったりするヤツも居る。道程の楽しみ方なんて、人それぞれじゃないっすか」

 

 

 人が通った場所。そこには必ず道が出来上がる。それは実際に歩く道も、人生の道もそう変わりは無い。

 誰かが一度歩いた道は、困難もあるが解決策が存在する。それを手探りながら道を往くのが人生だと、俺は思っている。

 

 

古賀「桜木.........」

 

 

桜木「.........へへ」

 

 

古賀「お前ホント何言いてぇか分かんねぇな」

 

 

桜木「へぇ!!?」ズコォ!!!

 

 

 思わずずっこけてしまった。そんな俺の様子を見てまた古賀さんはカッカと笑う。沖野さんも手を差し伸べてくれてはいるが、笑い声を抑える気は無く、そのまま手を伸ばしている。南坂さんやこっちに戻ってきていた東さんと桐生院さんも、笑い声を漏らしていた。

 

 

桜木「.........でもまぁ、俺は本当に何もしてないっすよ。全部マックイーンが頑張ってきた成果です」

 

 

東「ハハハ、ここまで来てそれを言えるってことは、もう相当沖野に毒されちまってんな」

 

 

沖野「バカ言うんじゃねぇよ。コイツは元々毒されてんだ」

 

 

桜木「人を劇物扱いしないでくださいよ」

 

 

 全く、失礼な人達だ。俺を一体なんだと思っているのだろうか?

 ぐぅ.........最近ようやく俺の言ってる事が伝わってきてると思ったのに、もう変な事言うの辞めようかな?理解者なんて多分乙名史さんしか居ないだろうし.........

 

 

「桜木さん。お久しぶりです」

 

 

桜木「うお!!?びっくりした.........来てたんですね乙名史さん」

 

 

乙名史「当たり前じゃないですか!!!今日は歴史に名を残すウマ娘が表彰される日なんですから!!!」

 

 

 突然、背後から声をかけられて驚いてしまったが、その姿を見ると安心のため息が出てしまった。

 彼女もスーツに身を包んではいるが、やはり今日も取材の為に来たのだろう。いつも通りのスーツ姿だ。

 やや興奮気味な彼女に苦笑いをしていると、不意にその後ろから近付いてくる人物に気が付く。これまた黒いスーツを来たロングヘアーの女性だ。

 誰だろう.........?どこかで会った気がするんだけど.........

 

 

「初めまして。桜木トレーナー」

 

 

桜木「あっはい。初めまして。えっと.........?」

 

 

乙名史「桜木さん。この方はURA職員の樫本理子さんです」

 

 

 ゆ、URA職員?という事はつまり、レースを運営企画している大元の団体および会社の社員ってこと.........?

 すごいな、裏を返せば俺達トレーナーやレースに参加するウマ娘。なんならトレセン学園の存在意義を担っている所の人って事じゃないか!粗相のないようにしないと.........

 

 

桜木「アハハ.........こういう場合名刺を交換するべきだと思うんですけど、トレーナーになってからそういうものはいらないと教わってしまって.........」

 

 

樫本「構いませんよ。そのような部分がトレセン学園の良い部分でもあり、悪い部分でもありますから」

 

 

桜木「え.........?」

 

 

 何故か彼女の言葉から、敵意にも近い何かを感じとってしまう。いや、それだけじゃない。目だ。彼女の俺を見るその視線が、決して良い感情のものでは無いと分かってしまった。

 やばい、俺もう何かしちゃったのかもしれない。しかもそれ多分誤解じゃない。絶対なんかやってる気がする。謝った方がいいのだろうか?いやでも理由も分からないのに謝られたらムカつくって人居るし.........

 そんなどっちつかずの問答を自分の中でぐるぐるとしていると、古賀さんが間に入って空気を中和してくれた。

 

 

古賀「まぁまぁ、理子ちゃんも思う所はあるかも知らんが、今日はめでたい席だ。今日くらい、良い気持ちでいようじゃないか」

 

 

樫本「.........そうですね。今日は大変名誉ある賞を受賞する日です。今日だけは、私も信念を忘れましょう」

 

 

樫本「おめでとうございます。桜木トレーナー」

 

 

 彼女から差し伸ばされる手。少々萎縮しながらも、俺はその手を取った。その人の温もりからは、敵意や怒りと言ったマイナスの感情は伝わってこない。

 俺はその手から視線を離し、彼女の目を見る。その目は先程とは違い、俺の頑張りや苦労を理解し、褒めてくれているような優しい目で俺を見ていてくれた。

 

 

桜木「.........さっきも言ったんですけど、俺がやった事と言えば彼女達を見ていただけです」

 

 

桜木「怪我をしないよう、危ない事がないよう、のびのびとレースが出来るようにしただけなんです」

 

 

樫本「.........確かに、言ってしまえば簡単に聞こえ、そして当たり前に聞こえてしまう事ですが」

 

 

樫本「それが徹底できない者も居ます。貴方は、立派なトレーナーです」

 

 

 そう言った彼女の姿は、どこか悲しげであった。何かあったのだろうか、それを問うには俺は勇気が無い。

 離れていく彼女の背中を、俺はただ見つめる事しかできな.........

 

 

白銀「そこのお姉さん。この翔也とテニスの練習をしませんか?」

 

 

樫本「テニス.........?すみません、私そのようなスポーツはあまり.........」

 

 

桜木「喰らえェッ!!!」バゴォ!

 

 

白銀「ヒポポタマス!!?」

 

 

 危ないところだった.........危うく樫本さんがコイツの毒牙にかかる所だった。本当に油断も隙もない。お前はゴールドシップが好きなんだろうが、他の人にちょっかいかけんな。

 身体を捻り、回転させながら一歩進んでの大振りのフック。遠心力と推進力がヤツの頬にぶち込まれた。周りの人は何事かとこちらを見たが、なんだ白銀かと言うように視線を戻して行った。

 

 

桜木「すんません。コイツは悪いヤツなんで話しないでください。穢れます」

 

 

樫本「えっえっ」アタフタ

 

 

沖野「さぁさぁ理子さん。積もる話もあるでしょう。こちらへどうぞ」

 

 

 ナイスだ沖野さん。持ち前のさり気なさで樫本さんをこのゴタゴタから見事救出してくれた!!!

 ホッと胸を撫で下ろしていると、背後で白銀が立ち上がってくる気配を感じとる。俺は溜息を吐きながらヤツへと振り向いた。

 

 

桜木「お前さぁ?ゴールドシップの事が好きなんだろう?どうかと思うぜああいうのは」

 

 

白銀「だってOK貰ってねぇし、付き合ってねぇんだから保険かけといた方が良いだろ」

 

 

桜木「お前の事はこれっぽっちも信用も信頼もしてねぇけど見損なったぞ!!!」

 

 

 俺はそう言いながらもう一度白銀を叩いた。先程のような本気の殴りではなく、ヤツの鍛え上げられた胸部をペチンと鳴らした。

 そうされるとヤツは嬉しそうにヘラヘラと笑って小走りで去っていった。コイツ本当にプロスポーツ選手なのか?と誰もが思うだろうが、それを狙ってやっているのだと思うと何故か安心する。

 結局、コイツは猫を被ることが出来ない性格なのだ。どんなに凄くても、コイツは聖人扱いと言うか、超人扱いされるのを嫌う。一時期はもてはやされたこともあったが、それを嫌ってこのような行動を取るのだ。憎めない所もある。

 

 

「全く、騒がしいと思ったらまたトラブルですの?」

 

 

桜木「あ、アハハ‎.........騒がしくしてごめんな、マックイーン」

 

 

 また俺の後ろから声を掛けてくる人が居る。今日はやたらと背後を気にしないと行けない日らしい。

 振り返らなくても声でわかるが、俺はマックイーンの方へと振り返った。しかし、そこには彼女の姿だけではなく、俺のチームメンバー全員がおめかしやオシャレをして立っていた。

 

 

桜木「おっ、今日は皆美人さんだな」

 

 

ライス「び、美人さんなんて.........///」

 

 

ブルボン「ありがとうございます。マスター」

 

 

 照れるライスと素直に礼を言うブルボン。この様子を見ていると、いつもの日常だと錯覚してしまう。

 だが、それは直ぐに違うと思わされる。二人とも普段は着ないドレスに身を包み、ここが大切なパーティの場なのだと思い知らせてくる。

 

 

ウララ「トレーナー!!ウララもね!!お化粧したんだよー!!」

 

 

桜木「おー!!可愛いなウララー!!自分でやったのか?」

 

 

ウララ「ううん!!デジタルちゃんがやってくれたの!!すごいんだよ!!?シュバババーって感じなの!!」

 

 

 大きい身振り手振りでそう俺に伝えてきてくれるウララ。フリフリのドレスが忙しなくその装飾を主張してくる。

 しかし、デジタルにそんな特技があったのか.........全く気付かなかった。デジタルが居てくれるならこの先こんなパーティがあっても安心だろう。特にウララなんてお化粧の仕方分からないだろうし。

 

 

桜木「ありがとうなデジタル。今度コミケ行こうな」

 

 

デジ「えっへん!デジたんはやればできる子なので!」

 

 

タキオン「私もやって貰ったが、中々の手際だったよデジタルくん。私専属のメイクにしたいくらいさ」

 

 

桜木「君はもう大人になるんだから自分でしっかりしなさい」

 

 

タキオン「えぇー!!?」

 

 

 どうして?というような声を大きく上げるタキオン。当たり前だ。俺はてっきり珍しく自分でちゃんとメイクしたんだと思ってたんだから。

 全く、何でもかんでもデジタルにやってもらおうとするのはダメだと思うぞ。デジタルが居なくなったら何も出来なくなるじゃないか。

 

 

桜木「.........まぁ、今日は耳の痛い話はこの位にして、皆本当に変わったなぁ」

 

 

タキオン「.........それを言うなら」

 

 

マック「トレーナーさんもですわ.........フフ」

 

 

 

 

 

 ―――まるで分かっていないように、彼は首を傾げました。以前も時々スーツを着る事はありましたが、今日は黒色のスマートなスーツで、中のシャツはグレーのストライプ。ネクタイは紫と、普段とは違うおしゃれが見て取れます。

 

 

「カッコイイね。マックイーン」

 

 

マック「ええ、本当にそう.........ちょっと!何言ってるんですのテイオー!!!」

 

 

テイオー「にしし♪マックイーンが怒ったー!」

 

 

 いつの間にか横で誘導をしかけてくるテイオーにまんまと引っかかってしまいました.........トレーナーさんも、少し恥ずかしそうにしてらっしゃいます。

 ど、どうしましょう.........!私までなんだか恥ずかしくなってきましたわ.........!!!

 

 

マック「あの!違くて、あいえ、違くはないのですが.........うぅ」

 

 

桜木「ふ、フォローありがとうな.........けど、この髪型だけはどうにも好かん.........」

 

 

マック「そ、そうですか?私はなんだか、家の若い使用人の様で素敵に思えますが.........」

 

 

 いつものような重力に逆らった髪型ではなく、後ろにペタンとなった彼の頭。普段生え際の真ん中辺りから顔にかかるように何本か出ていた髪も、今はぴょこんと一本だけでています。

 

 

マック(本当に、使用人みたいね.........)

 

 

 照れる彼の顔を見ながら、私は想像を働かせます。もしも、彼が使用人.........願わくば、私の執事であったならば.........などと、有り得もしない妄想を繰り広げてしまいます。

 

 

桜木『お嬢様、本日のお茶はイギリス王室から取り寄せたダージリンになります』

 

 

マック『まぁ!それは素敵なお茶会になりそうですわ!さっ、貴方もご一緒に!』

 

 

桜木『い、いえ!自分はお嬢様の使いでございますゆえ、一緒にお茶をするなど.........』

 

 

マック(.........ああ、トレーナーさんは変なところで遠慮するのでした。やっぱり、今の関係性が一番好ましいわ)

 

 

 心の中で一人、そう納得しながらも、その意見に否を唱える自分も中には居ました。その彼女に『今は』と伝え、何とか鎮まってもらいます。

 

 

「お集まりの皆さん。ご多忙の中御足労頂き、誠にありがとうございます」

 

 

「これより、今年度のURA賞受賞会を行わせていただきます」

 

 

桜木「お、ついにか」

 

 

マック「発表会場に参りましょう、トレーナーさん」

 

 

テイオー「ほらほら!トレーナーも行くよー!」

 

 

沖野「お、押すなよテイオー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さぁ、今年度のURA賞もいよいよ最後の表彰となります」

 

 

桜木(いよいよ、か.........)

 

 

 ステージの真ん中で立つ二人の少女。トウカイテイオーと、メジロマックイーン。確かに、今年の二人の活躍を見れば、誰もがその賞を受賞する事に、意義を唱えることは無いだろう。

 

 

「登壇していただいているのは、こちらの二人です」

 

 

「奇跡の復活を遂げ、見事無敗のまま三冠を手にして見せました。134票を集め、見事、年度代表ウマ娘に選ばれました。トウカイテイオーさん」

 

 

テイオー「いえーい!」

 

 

 ステージを見ている人達に向け、三本指のピースサインを突き出すテイオー。その笑顔には、どこか力強いものを感じてしまう。

 こうしてみると、あの菊花賞は夢ではなかったんだと思い知る。

 『夢を追っていた多くの人間』が、『一人の少女の夢を守る』為に奔走した10日間。正に物語の中で展開されるようなトラブルを乗り越えた先に掴んだ夢。彼女は、その夢をちゃんと掴むことが出来たんだ。

 

 

マック「おめでとうございます。けど、来年はきっとこうは行きませんわね」

 

 

テイオー「なに〜?」ピクピク

 

 

 自信満々なテイオーをおちょくる様に強気な笑みでそう呟くマックイーン。それに反応するテイオーはいつも通り、子供のようだった。

 その変わらない姿が、どこか安心してしまう。

 

 

「春の天皇賞を初め、年間3勝。2着2回。貫禄の強さを見せつけ、最優秀シニア級ウマ娘に選ばれました。メジロマックイーンさん」

 

 

マック「とても光栄ですわ」

 

 

 優雅な微笑みでそう答えるマックイーン。その姿は、初めてであった頃のようで、何だか懐かしく感じてしまう。

 .........いや、別に今のマックイーンがどうとかじゃない。本当はちょっとドジで好きなことに理性が効かなくて突然一つの物事に関してバクシン的な行動力を持っているのも彼女のいい所だと思ってる。本当だ。桜木嘘つかない。

 

 

テイオー「さっすがマックイーン♪でも有馬記念惜しかったけどね〜」

 

 

マック「なんですの.........?」ピクピク

 

 

沖野「お前ら.........お互い素直に褒めれば良いだろ〜?」

 

 

 チーム全体のトレーナーである沖野さんがそう言うと、ステージを見ていた人達が一斉に暖かい笑い声をあげる。

 それを見ているだけで、何だか不思議と嬉しく感じた。違和感の感じる喜びが、俺の中で不安とともに反響している。

 

 

 今でも時折、ふとここは自分の『居るべき所』では無いと感じる。ここにいては行けないと、見て見ぬふりをするしかないその感情が、時折その目だけを壁から覗かせる。

 あるべき場所に帰るべきだと何かに囁かれ、それに従って行動したこともある。その時はマックイーンや色んな人達のおかげで良い所に収まった。だけど、それだけなんだ。

 そんな自分の居場所一つ見つけられない。そんな不甲斐なさと情けなさが混在する中でも、一つだけ、明確に違うものが存在している。

 決して綺麗なものでは無い。かと言って、決して汚れきっているものでもない。姿形もまだ分からない。無色透明な執着心。それが何なのかは、未だによく分かっていない。

 

 

桜木(けれど.........)

 

 

 それを突き動かす何か。それを突き動かす言葉を、俺は知っている。

 記憶の片隅に存在する、消えかけたノイズのかかった誰かの言葉。

 『夢を探せ』という、誰かでいて、誰でもない人の言葉。

 その言葉が、俺をこの、『今一番居たい場所』に居させてくれている。今の俺にとっては、この言葉だけが頼りなんだ。

 

 

「―――さん」

 

 

 今思えば、この三年間、たくさんのことがあったと思う。学生生活を送っていた頃には、想像もできなかった。

 驚くだろうなぁきっと。今の俺が教え子とはいえ、可愛い女の子に囲まれて仕事してるなんて。

 

 

「―ーナーさん」

 

 

 今でも正直夢なんじゃないか思っている。だって考えても見なさいよ。鬱で完全にやられた自分がここまで社会復帰できるなんて正直思ってなかったもん。まぁ病院行って診断受けてないし、なんなら会社辞めた瞬間楽になったけど。

 もうこれはあれだ。生きてりゃ勝ちって奴だ。この人生をヒントにすれば本でも書けるんじゃないか?自己啓発本とか体験談とか。

 ようし老後の心配はなさそうだな。印税でどっぷり稼いでや.........

 

 

「トレーナーさん!!!」

 

 

桜木「うぇ!!?ど、どうしたマックイーン!!?」

 

 

 突然、声をかけられて動揺を見せてしまう。どうしたのだろう。ステージの上という誰もが注目する中だと言うのに、彼女はいつもの様な様子で俺のことを呼んでいる.........

 いや、よく見ると周りの人全員が俺の事を見ている気がする。一体どうしたと言うのだ?何があったと.........?

 そう思っていると、不意に視界の下にマイクが差し出される。そのマイクを手に取り、戻っていく手の方を見ると、沖野さんが苦笑いをしていた。

 

 

沖野「なんだ桜木、またお得意の妄想か?」

 

 

桜木「.........否定したい気持ちはたっぷりありますが、それと近い状態だったんすよね.........何も言えねぇ」

 

 

マック「本当、こういう場では締りが悪いですわね.........」

 

 

 本当にそう思う。これで一体何度目の失敗なんだ。俺には学習能力というものが備わっていないのだろうか?

 いや、無い。そう言えてしまうほど、こういう場でこういう失敗はもう嫌という程経験している。マックイーンのデビュー戦しかり、ライスとブルボンのデビュー戦しかり.........

 

 

マック(.........全く)

 

 

 

 

 

 ―――思わず漏れ出そうになってしまう溜息を、何とかこらえます。やはり彼は、どこかこういう所で抜けていると感じてしまいます。

 

 

マック(.........けれど)

 

 

 マイクを持ち直し、司会の方から何を言えば良いかを聞いた後の彼は、しっかりとした表情になっていました。抜けている後の彼は、何故かかっこよく見えてしまいます。

 

 

桜木「えー、皆さん大変ご迷惑お掛け致しました。チーム[スピカ]のサブトレーナー及び、チーム[スピカ:レグルス]のトレーナー。桜木玲皇と申します」

 

 

古賀「おう!迷惑したぞー!」

 

 

桜木「すいません」

 

 

 彼がそう言って頭を下げると、こちらを見ている方々から暖かい笑いが溢れ出てきます。こういう所も多くの人々に受け入れられているのだと思うと、何だか嬉しく思ってしまいます。

 

 

桜木「今日までの経験を踏まえてこれからに繋げていけること.........まだ新人の俺は、まだ分からないことばっかりです」

 

 

桜木「おんぶにだっこで、俺をこの上に立たせてくれたマックイーンに恥じないよう努めようと思っています」

 

 

 まるで自分は、そんな器じゃないというふうに、自虐にも似た謙虚さを彼は見せました。そんなこと、全くありませんのに。

 むしろ、おんぶにだっこなのは私の方です。一人では節制も、立ち直ることも出来ない私を、ここまで走らせてくださったのは他でもない。トレーナーさんなんです。

 話はこれで終わり.........そう思っていましたが、彼はそのまま、話を続けました。

 

 

桜木「勿論、マックイーンだけじゃありません。俺が担当させてもらっている子達や、スピカの皆。その皆のお陰で、今の俺が居ると思っています」

 

 

桜木「.........以前。彼女に、マックイーンに言った言葉があります」

 

 

桜木「.........『山あり谷ありウマ娘』」

 

 

マック「.........!」

 

 

 しっかりとした声で、真っ直ぐな目で、背筋を伸ばした姿勢で、彼はそう言いました。その言葉は確かに、一度彼の口から聞いた事のあるものでした。

 あれは確か、節制に失敗し、彼とどちらが痩せられるか対決した時の事です。ピリピリとした空気が嫌になり、一時休戦をした私と彼は、アイスを片手に一時をすごしていた時です。

 

 

桜木「たくさんの事がありました。苦しい事も、楽しい事も、たくさん」

 

 

桜木「けれど、その先に必ず居るんです。どんなに挫けそうな時も、頑張って立ち上がろうとする時も、必ずその先で、待っていてくれているんです」

 

 

桜木「坂道を登っていようと、下り坂を下っていようと.........あの子達が居てくれる」

 

 

桜木「あの子達の走る背中が、俺は何よりも好きなんです」

 

 

 それを聞いた時、今までのどんな言葉よりも、心に貫くような感覚が走りました。彼の奥底に眠る、信念の核にも近い本音。いつもは照れて誤魔化すような彼の、真剣な言葉。

 その顔を見ていると、その声を聞いていると、胸がきゅーっと締め付けられます。何故か最近、恋を自覚する以前よりも、それが強く感じられてしまいます。

 

 

テイオー(ねぇねぇマックイーン)

 

 

マック(?な、なんですの?)

 

 

テイオー(.........カッコイイね)

 

 

 

 

 

 ―――ボクは思わず、隣にいたマックイーンに耳打ちしちゃった。マックイーンはちょっと顔を赤らめて、当たり前ですわ、なんて言ってる。

 だって、いつものおっちょこちょいなサブトレーナーじゃないんだもん。ちゃんと誰にでも伝わるような言葉で、説明してくれてる。

 それに、ボクはこの背中を知っている。

 

 

『大人は子供の夢を守るものだし、子供は大人の背中を見て憧れるもんだ』

 

 

 きっと、あの言葉を掛けられたボクにしか気付けない。今サブトレーナーは、皆が頼りにするような、大人の背中をしてる。

 大人ってなんだろう?って、マックイーンと悩んだ時期がある。あの時はサブトレーナーが言ってた事に、納得してた。ううん、それが多分、その時の正解に近かったから、妥協してたんだと思う。

 でも、あの時。夢が叶わないかもって挫折しかけた時、あの人の言葉で分かった。ボクのなりたい大人は、皆が頼りにしてくれて、目標になれるような人に。ボクはなりたい。

 

 

沖野(.........立派になりやがって)

 

 

 

 

 

 ―――初めて会った時は、ウマ娘のウの字も知らないド素人だった。なんせ、人体と同じ構造でそんな早く走れるわけは無い。何か特別な器官とか、骨格がある筈だ。でなければうさぎみてぇな逆関節出なけりゃおかしい.........

 俺は正直びっくりしたよ。この世にウマ娘を知らないで、今まで生きてきた人間がいるなんてな。

 けれど.........今やこうして、コイツはここに立っている。人の夢を傍で支えたいと言っていた時のまま、良くも悪くもまぁ、代わり映えのしない心のまま。

 

 

『二人以上担当したいんです。何とかなりません?』

 

 

沖野(はは、なる訳ねぇだろんなもん.........俺が無理言って理事長に頼んだんだよ.........お前は知らねぇだろうけどな)

 

 

 あの日。スズカとオグリキャップと一緒に来たコイツは、そんなことを言いやがった。つい二つ返事で何とかしてやるって言っちまったが、その後はもう後の祭りだ。

 その日の内に理事長に相談した。まぁ、かなり熟考してたけど、なんとか許可を出してくれた。あの人も懐が深い所があると思うが.........きっと、俺と同じように、コイツに期待していたんだろう。

 トレーナーでありながら、トレーナーらしくないコイツが、トレセン学園にどんな風を吹かせてくれるのか.........

 

 

沖野(なぁ桜木、俺の選択は、間違いじゃなかったぞ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「き、緊張した〜.........」

 

 

マック「素敵なスピーチでしたわ!トレーナーさん!」

 

 

 俺の目の前にずいっと身体を前進させて、マックイーンは言った。そんな彼女はどこか嬉しそうに、その耳をぴょこぴょこさせている。

 おかしい。俺はそんな喜ばせるような事言った記憶はないと思うんだが.........

 そう思い、心当たりを探ろうと思考をこらす寸前で、目の前にいつものメンバーが現れる。

 

 

黒津木「中々決まってたぜ。やるじゃねぇか」

 

 

神威「いや〜、中々の名言だったな〜。お前の決めゼリフに追加しとけよ〜」

 

 

桜木「アホ、使い所が無さすぎるわ」

 

 

 どこの場面で使えばいいんだどこの場面で、目の前にいるコイツらはどこか俺を小馬鹿にするようなニヤつきで俺を見てくる。それを見て、イラつきと同時に日常を感じ取ることが出来た。

 

 

白銀「まぁよ、昔は考えられなかったよなぁ、大人になっても俺達四人で同じ所に居るなんてよ」

 

 

桜木「.........だな、正直お前とは顔合わせたくなかったけど」

 

 

白銀「えぇ!!?」

 

 

 信じられない。というような表情を見せる白銀。コイツはさっきまでの自分の行動を振り返られないのだろうか?

 漏れ出た苦笑の声が隣から聞こえてくる。見ると、そこには口元に手を当て、笑っているマックイーンの姿があった。

 

 

桜木(.........頑張ったよな、三年間)

 

 

マック「.........?」

 

 

 そうだ。もう彼女がトゥインクル・シリーズの舞台に上がり、3年が経った。苦しかった事も、辛かった事もあったはずなのに.........思い起こされる情景は、いつも楽しそうな彼女の顔と、楽しいという感情だった。

 

 

桜木「.........三年間、ありがとう。マックイーン」

 

 

マック「トレーナーさん.........ええ、そして、これからも.........」

 

 

 優しい微笑みを浮かべ、彼女はそう言った。そう、言ってくれた。これからも、俺と共に歩んでくれる事を、暗に伝えてくれた。

 

 

 少し照れくさそうにしながら、彼は笑ってくださいました。まるで、私の思っている事に、返事をするように.........

 

 

桜木(これからも.........)

 

 

マック(変わらず、一緒に.........)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ((歩いて行きたい.........))

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 新たな始まりを予感させる三月の末。二人は秘めたる思いに心を馳せながらも、今はまだその時ではないと言うように、その言葉を飲み込むのであった。

 

 

 

 

 

  ......To be continued



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T「ファン感謝祭開催!」マック「楽しみますわよ!」

 

 

 

 

 

 春の温かさを感じる四月の中央。北海道からこっちに来て五年経ち、この暖かさにもようやく慣れてきた。

 身体を包み込むような風が、桜の花弁を巻き込みながら袖をまくった腕を撫でていく。少しだけ冷ました紅茶を楽しみつつ、俺は幸せを噛み締めた。

 

 

桜木「.........久々のoffだ〜」

 

 

 そう。かれこれもう体感二ヶ月ぶりの休息日であった。やれファン感謝祭実行委員だの、やれ年度代表バ、最優秀シニア級ウマ娘のインタビューだの休まる日は無かった。

 そして尚且つ、今日はファン感謝祭予行日だ。普段のファン感謝祭とは違い、大勢の来客が予想されるため、生徒や職員が楽しむ為の日だ。

 

 

「こちら、特性オムライスですわ〜」

 

 

桜木「お!待ってました待ってました!」

 

 

「マックイーンさまのトレーナーさまですもの〜、しっかりおもてなししませんと〜」

 

 

 テーブルの上に綺麗なオムライスを持ってきてくれたのは、マックイーンと同じメジロ家のメジロブライトだ。言葉遣いはマックイーンのようにきっちりとしているのだが、身にまとう雰囲気とその喋り方がすごくふわふわしている。

 

 

桜木「いただきまーす!」

 

 

ブライト「まぁ〜!一口がおっきいですわ〜!」

 

 

 何故、彼女がウェイトレスをしているのか、話は少し前まで遡る.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「マックイーン達の出し物は.........確か、喫茶店だったよな? 」

 

 

 ファン感謝祭の地図を頼りに、広大な学園の土地を練り歩く。周りを見るに、もはやそこら辺の学園祭レベルではない。屋台とかそんな次元ではなく、軽くプレハブ小屋まで建てられている。

 まぁ、それができるように俺が頑張ったのだが。

 そんなことを考えながら歩いていると、ひときわ立派な建物が見えてくる。看板に喫茶[メジロティー&カフェコーヒー]と言う文字が書いているのが見えてくる。

 

 

桜木「ここか.........」

 

 

 かなり気合いの入った扉を押すと、カランカランと音が鳴り響く。中の様子はまだ少し余裕があるように見え、この時間帯に来て良かったと改めて感じた。

 しかし、普通の喫茶店とは作りが少し違う。まるでファミレスのような受付に、一人のウマ娘がカウンターに座っている。俺はとりあえず、その子に近付いてみる。

 

 

桜木「あのー」

 

 

「あら、お客様ですね!本日はご来店、ありがとうございます♪」

 

 

 物腰の柔らかく、その仕草や声から清楚さが漂う。もしかして.........いや、もしかしなくても、お嬢様なウマ娘なのだろう。

 そんな事を考えていると、彼女の方から話しかけられる。

 

 

「いつもマックイーンさんがお世話になっています」ペコリ

 

 

桜木「い、いやいや!俺の方がいつも.........君もメジロの.........?」

 

 

「はい、メジロアルダンと申します♪」

 

 

 やっぱり.........このお嬢様感、一朝一夕で作れるものでは無い。彼女は生粋のお嬢様なのだろう。もしかしたら、マックイーンが目指しているのは彼女のようなお嬢様なのかもしれない。

 

 

アルダン「本日はメジロティーのお客様ですか?それとも、カフェコーヒーのお客様ですか?」

 

 

桜木「マックイーンがこっちに居るって聞いてて.........」

 

 

アルダン「ではメジロティーへのご来店ですね♪男性のお客様、一名メジロティーの方へお願いしますー♪」

 

 

「はーい!」

 

 

 元気の良い声が奥側のカウンターから聞こえてくる。人数的には一人ではないが、その中にマックイーンの声も聞こえてきた。彼女もあの中でお仕事しているのだろう。

 そう思い、俺はアルダンに礼を言ってからカウンターを通った。

 

 

カフェ「あっ.........タキオンさんのトレーナーさん.........」

 

 

桜木「え?ああ!カフェコーヒーってそういう.........」

 

 

カフェ「いい名前が思いつかなかったんです.........誰が何をやっているのか......分かりやすくしなくちゃ行けないので.........」

 

 

 さっきからカフェコーヒーって変だなとは思っていた。だが蓋を開けてみれば、マンハッタンカフェがコーヒーを入れてくれる喫茶という事だ。これ以上わかりやすい店名は無い。

 鼻をくすぐる芳醇なコーヒーの匂いに惹かれつつも、今回はマックイーンの様子を見に来たのだ。俺は後ろ髪引かれる思いで更に奥へと進んだ。

 

 

ブライト「いらっしゃいませ〜。あら〜、桜木トレーナーさま〜」

 

 

桜木「ど、どうも.........(誰だっけ?)」

 

 

ブライト「最近はどうですか〜?」

 

 

桜木「ま、まあまあですかね〜?(やばいわかんない.........)」

 

 

 あまりにも気さくに話しかけてきたので、最初は会ったことのある子だと思っていたが、実際には初対面だった。この後、マックイーンが来て名前を教えてくれた事で、自己紹介のことを思い出したくらいだ。相当マイペース。

 話を聞くに、いつもこの調子らしい。まぁ、変に萎縮されるよりかはマシだ。そう思っていると、マックイーンはテーブル席からメニュー表を持ってきてくれた。

 

 

マック「トレーナーさん。メニュー表になりますわ」

 

 

桜木「結構あるな.........オススメとかってある?」

 

 

マック「そうですわね.........私としてはやはり、ファーストフラッシュのフランスの農園で取れたダージリンなのですが、トレーナーさんがお好きなのは確か、ミルクティーでしたわよね?」

 

 

桜木「ああ、けどそれペットボトル飲料とか紙パック飲料だからね。やっぱ本場の味は一回体験したいし、それお願いしてもいい?」

 

 

 そう俺が言うと、彼女は嬉しそうな顔で了承してくれた。そして、目の前で実際に紅茶を作っている姿を見せてくれる。衣装も相まって、本当にお店みたいな雰囲気だ。

 本当にどんな味なのだろうか、こっちはリプトンとか午後ティーとか紅茶花伝とかしか知らない庶民だ。非常に楽しみである。

 

 

桜木「.........お腹もちょっと空いたし、ちっちゃいサイズのオムライスでも貰おうかな?」

 

 

ブライト「かしこまりました〜」

 

 

 メニュー表を見ながら呟くと、さっきまで隣にいたブライトがカウンターの奥へと消えて行った。

 意外だ、あの子はお料理ができるのか.........とてもそんな風には見えないが、それは偏見なのだろう。心の中で彼女に謝っていると、彼女はひと仕事終えたようにこちらに戻ってきた。

 

 

ブライト「ふぅ〜」

 

 

桜木「えっ、えっ!!?もう出来たの!!?」

 

 

ブライト「?まだですよ〜?」

 

 

マック「ブライトさんのお仕事はウェイトレスなので、注文を聞いて、品を運ぶだけですから」

 

 

 な、なるほど.........?いや、だからと言って俺の隣に座る必要は無いんじゃないか?いや、立ってろとも言ってないけども.........

 ど、どうしたらいい?彼女としては一生懸命働いているのかもしれないが、傍から見れば明らかにサボタージュを満喫していらっしゃる.........

 

 

マック「.........お一人で来たお客様とお話する仕事もあるんです。何か話してあげてください」

 

 

桜木「なんと言う無茶ぶり!!!」

 

 

ブライト「マックイーンさまとはどう知り合ったのですか〜?」

 

 

桜木「君は君で遠慮がないねぇ!!?」

 

 

 思わずタキオンのような口調でツッコミを入れてしまう。あれよあれよという間に根掘り葉掘りと掘り返される過去の話。ほわほわとしながらもブライトは中々良い反応を示してくれる。

 そんな話を間近で聞いていて恥ずかしくなったのか、マックイーンは黙々と紅茶を作っている中、声を上げた。

 

 

マック「あ、ああ!そういえばトレーナーさんの為に特別な席をご用意したんでした!!ブライトさん!テラスの方へご案内して差しあげてもよろしくて!!?」

 

 

ブライト「!.........はい〜。分かりましたわ〜。どうぞこちらへ〜」

 

 

 そして、ふわふわながらも、何かを察したブライトにテラス席へと案内され、今に至る.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ブライト「卵がふわふわですわ〜」

 

 

桜木「君も食べるんだ.........」

 

 

 俺の目の前で向かい合うように同じオムライスを口に運ぶ。唯一違う点があるとするならば、大きさだろう。俺の肩幅くらいはある。

 聞くところによれば、これはどうやらドーベルが作っているらしい。案外世話好きな彼女の事だ。料理ができても何ら違和感は無い。

 

 

ブライト「この後はマックイーンさまとどこをまわられるのですか〜?」

 

 

桜木「え?なんで?」

 

 

ブライト「.........あ〜」

 

 

 しまった。というように口を押さえる仕草を見せてくる。これはつまり、秘密をバラしたという所だろう。

 聞かなかった事にしよう。そう思い、最後の一口を飲み込み、紅茶を味わっていると、喫茶の中から声が聞こえてくる。

 

 

「ちょ、ライアン!!?これからお客様が来ると言いますのに休めるわけが―――」

 

 

「良いから良いから!!紅茶ならあたしも作れるし!!今年はいつもと違って一緒にまわれないんだからさ!!」

 

 

ブライト「あら〜、マックイーンさまとライアンお姉さまですわ〜」

 

 

 喫茶店から出てきたのは、ライアンと、彼女に背中を押されて無理やり出されているマックイーンだった。

 先程の衣装から普通の学生服に着替えた.........いや、恐らく着替えさせられたのだろう。少し着崩れている気が否めない。

 

 

マック「そ、それはそうですけど!まだ休憩には早(キュゥ〜...).........」

 

 

ライアン「けど、マックイーンのお腹はご飯食べたいって言ってるよ?」

 

 

ブライト「可愛らしいですわ〜」

 

 

 今か、今なのか、というように拳を握りしめ、自分のお腹を見るように俯いて頬をふくらませるマックイーン。これで言い逃れは出来なくなってしまった。

 プルプルと怒りを抑えながら、ゆっくりと俺の方へと近付いてくるマックイーン。彼女からは何も言わない。きっと、俺から言って欲しいのだろう。

 そんな彼女の姿がおかしくて、面白く感じてしまうが、それも申し訳なく感じてしまい、つい苦笑いのような笑い方をしてしまう。

 

 

桜木「.........一緒に回る?」

 

 

マック「.........ええ、そうですね!!トレーナーさんが!!誘ってくださったので!!無下にはできません!!」

 

 

 仕方なく、仕方なーくと言う事を強調し、何とか取り繕うマックイーン。それを分かっているのか、ブライトもライアンもクスクスと笑い声を立てる。

 

 

ライアン「という訳で桜木トレーナーさん!マックイーンの事誘ったんですから!しっかりエスコートしてあげてくださいね!」

 

 

桜木「ああ、地図ならここにあるからな!」

 

 

ブライト「あら〜、準備がよろしいですわ〜。これならマックイーンさまも安心ですわね〜」

 

 

 こうして、急遽休憩になったマックイーンと一緒に、感謝祭を見て回る事になったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 メジロ家のウマ娘やカフェさんが出している喫茶店から少し離れた広場。そこでは、トレーナーさんが招待した飲食店を経営する方々の出店が多く並んでいました。

 その光景はいつか見た、夏祭りの出店のようで、少し胸が弾んでしまいます。

 

 

マック「色々ありますわね.........」

 

 

桜木「色々見てこっか。俺もまだお腹すいてるし」

 

 

 トレーナーさんが先導する形で、屋台の方へと歩いて行きます。少しその方向へ進むと、お昼ご飯を食べに来たウマ娘達で埋め尽くされております。

 鼻をくすぐるいい匂いと、彼の背中を頼りに前へと進んでいきます。

 

 

桜木「あ、あれだよ。俺が空港で食べたラーメンを出してる出店」

 

 

マック「ではあそこにしましょう!」

 

 

 彼の提案に乗り、多くの方々に圧倒されながらも、しっかりその出店へとほを進めていきます。近づくにつれ、味噌や醤油、塩にとんこつといった匂いが濃厚になっていきます。

 ちょうど、二人のウマ娘がラーメンを食べ終わり、お店の方にお礼を言って席を立ちました。その席に二人で腰を下ろします。

 

 

「美味しいべ〜」チュルチュル

 

 

マック「あら、スペシャルウィークさんもお昼ですの?」

 

 

スペ「あ!マックイーンさんにサブトレーナーさん!ここのらーめん美味しいですよ!!」

 

 

桜木「だろ?空港にお店出してた本店の人を呼んだんだ。美味くないわけがない」

 

 

 本当に美味しそうに麺をすするスペシャルウィークさん。彼女の目の前には既に二杯の空になった丼が重ねられており、そこに今しがた食べ終えた食器を重ねました。

 

 

スペ「醤油も塩もとんこつも美味しかった〜!最後は味噌でお願いしますー!」

 

 

桜木「それじゃあ俺も味噌チャーシュー大盛りで!!」

 

 

マック「で、では私もそれで.........!」

 

 

 メニュー表に表示されているカロリーは、普段の食事よりとても多いものに見えます。し、しかし、私も今日の為に.........あ、いえ、レースの為に節制を続けてきたのです。今日くらい、ちょっと羽目を外しても怒られないはずですわ!

 

 

店主「いやー!桜木さんのお陰でいい経験が積めましたよ!わざわざ俺みたいな若造連れてきてくれてありがとうございます!」

 

 

桜木「何言ってるんすか!十分良く作れてますよ!修行頑張ってください!」

 

 

 見事な手際でラーメンを作りながら明るく話す若い店主。トレーナーさんの話を聞くと、どうやら彼はまだ修行中の身らしく、今回の出店に関して自ら名乗りを上げたそうです。

 どこの世界にも、目標に向かって走り続ける方が居るのだと思うと、親近感が湧いてきてしまいます。

 

 

店主「はい、味噌チャーシュー大盛り二人前!こっちは普通の味噌ラーメンね!」

 

 

三人「ありがとうございます!」

 

 

 目の前に出された丼からは、スープが見えないほどのチャーシューが乗っかっています。こ、これはカロリー以上に満足感がありそうな食事ですわ.........!

 そう思っていると、横からチャーシューがつままれた橋が伸びてきて、私のラーメンの上にそれを置いていきました。

 

 

桜木「一枚あげるよ。ほら、スペも欲しいだろ?」

 

 

スペ「いいんですか!!?わーい!!ありがとうございます!!サブトレーナーさん!!」

 

 

マック「ありがとうございます、私も何か.........こちらでよろしいですか?」

 

 

桜木「えぇ!!?ダメダメ!!!卵なんて貰えないよ!!!それ食べる為にラーメン食ってるようなもんなんだから!!!」

 

 

 し、少々大袈裟すぎではありませんか?そう思いながらも、すごい剣幕の彼に気圧されてしまい、箸でつまんでいた卵を自分の丼の上に戻しました。

 彼にあげる物は他にあるかと探しますが、見つけて箸でつまもうとする度に横から威嚇されてしまいます。貴方はいつからわんちゃんになったのですか?

 

 

マック「.........本当に頂いてよろしいんですの?」

 

 

桜木「ああ、最近節制も順調だしな。ちょっとしたボーナスって感じ?」

 

 

スペ「わぁ!!ボーナス!!流石サブトレーナーさん!!会社員さんってたしか貰えるんでしたよね?」

 

 

桜木「貰い始めたのはトレーナーになってからだけどね」

 

 

 どこか冷たく言い放つように、彼は淡々と言いました。ボーナスが無い.........そんな所で働いていたのですね.........私はメジロ家ではありますが、お父様は会社の役員。幼い頃はよくボーナスが入った時に、旅行や観光に連れてってもらっておりました。

 もちろん、 今でも年一回で海外旅行にも行きますが、それはメジロ家全体の旅行ですので、思えばここ最近、家族だけ.........という事は無かったと思います。

 そんな懐かしい事を思い出しつつ、私は自分のラーメンに手をつけます。左手に持ったレンゲでスープをすくい、一口ふくみました。

 

 

マック「.........!!!」

 

 

桜木「どうだマックイーン、本場の札幌味噌は違ぇだろ?」

 

 

マック「ええ.........!濃厚な味噌の、深みのある味わい。それでいて、どこか優しく、後味も丁度良い所で抜けていくので、手が止まらなくなってしまいます.........!!」

 

 

 鼻をぬけていく香りも相まって、ご飯を食べているはずなのに、どんどんお腹が空いてきてしまう錯覚に陥ってしまいます。こ、こんな.........こんなもの、犯罪ですわ!!!どうして警察はこんな中毒性の高いものを野放しにしているんですの!!?

 そんな八つ当たりを目の前のラーメンにぶつけながらも、今度は麺を食べようと、箸で具材の下から掴みあげます。それは確かに麺でしたが、ゴールドシップさんやウララさん達と食べに行ったラーメンとは、印象が違いました。

 

 

マック「真っ直ぐじゃありませんわ.........」

 

 

スペ「ちぢれ麺ですよ!!マックイーンさん!!この食感が癖になるんです!!」チュルチュル!

 

 

 豪快に麺を啜り上げる音を立て、幸せそうな表情で味と食感を楽しむスペシャルウィークさん。な、何度かラーメンをご一緒に食べた事もありますが.........こんな顔をしているのは見た事はありません.........

 意を決して、私はその麺を食すためにレンゲの中に麺をスープが跳ねないようゆっくりと啜ります。

 

 

マック「.........!!?.........〜〜〜!!!」

 

 

スペ「マックイーンさん.........」

 

 

桜木「welcome.........to,Hokkaido」

 

 

 こ、こんな素敵な物が存在していただなんて.........!!ストレート麺とは違う弾力のあるコシと、その太さからは想像もできない程のモチモチ感.........!!!

 口の中のものが喉を通り、その場所が空いた隙にすかさず、彼が下さったチャーシューを入れます。長時間煮込まれた分厚いチャーシュー.........食感を確かに残しながらも、それは口の中でトロンと溶けていくようで.........

 そこから先はもう、一心不乱にそのラーメンを堪能していました.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「警察が太刀打ち出来ないはずですわ.........」

 

 

桜木「何言ってるの君は.........?」

 

 

 ラーメンを食べ終わり、店主の方に礼を伝えて少し歩いていますと、つい心の声が外に漏れ出てしまっていました。

 

 

マック「だ、だって!!仕方ないではありませんか!!あんなものが食べられるなら毎日!!そう!!エブリデイ食べてしまいます!!これはもう国を揺るがす大事件なのですよ!!?」

 

 

桜木「マックイーン、ステイステイ」

 

 

マック「ふー!ふー!」

 

 

 落ち着け、というように両手を私に見せてくるトレーナーさん。ですが、私の言い分は正しいと思います。あんなもの、毎日食べた時の健康被害を考えれば、絶対に規制した方が国の為です!!

 そんな私の様子がおかしかったのか、トレーナーさんは堪えきれない笑い声を、必死に抑え、ですが微かに漏らしておりました。

 

 

マック「トレーナーさん!!」

 

 

桜木「悪い悪い.........うちの地元の料理をそんなに気に入ってくれて嬉しいよ」

 

 

マック「.........んもう!!」

 

 

 こっちは真剣に言っていますのに、そんな事を言われてしまえば気が抜けてしまいます!

 .........けれど、これが彼の育ってきた、北海道の味なのですね.........あちらの方はなんでも美味しいとは聞いていましたが、まさかここまでとは思っても居ませんでした。こ、今度はスイーツの方も.........

 

 

桜木「あれ、また喫茶店だ.........えーっとここは?」

 

 

マック「.........ああ、こちらの喫茶店は生徒会が運営してる様です。それにしても.........とても繁盛してますわね.........」

 

 

 恥ずかしながらも私欲の塊のような想像をしていると、気付けばその喫茶店の前まで歩いてきてしまっていました。

 ここから窓を見ていても分かるように、私達の喫茶店より大盛況の様子です。こちらはカフェさんからの要望で、少し外れた静かな喫茶店というテーマで運営していますので、お客様が少ないのは想定内でしたが、それを差し引いても.........このお客さんの入りは異常です。

 そう思っていると、喫茶店から二人の生徒が出ていきました。私達とすれ違った時に、その二人の会話が聞こえてきます。

 

 

「凄かったねー!執事喫茶!!」

 

 

マック「.........」

 

 

「だよねだよね!!ブライアンさんかっこよかったなー.........///」

 

 

桜木「.........」

 

 

 執事.........喫茶.........。その言葉に反応するように、私の耳も、トレーナーさんの耳もぴくりと動きます。

 き、気になる.........とても気になりますわ.........!!

 

 

桜木「マックイーン。行こうブっさんの執事姿が見たい」

 

 

マック「し、仕方ありませんわね!私も丁度デザートが食べたかったので!!」

 

 

 まるで免罪符のように、彼からの誘いにそう乗りました。彼は意地悪そうな笑みを浮かべ、私から視線を外します。

 全く.........あぁどうして、以前までは呆れてしまっていたはずの彼のその態度に、今となっては少し、ときめいてしまうものを感じてしまいます。

 恋というのは噂以上に、自分を弱くしてしまうのだと思い知らされながら、私は彼の後ろを着いていきました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ナリブ「.........注文のミルクティーだ」コト

 

 

桜木「.........あの、紅茶花伝なんですけど」

 

 

ナリブ「冗談だ」スッ

 

 

 びっくりした。マックイーンの方にはちゃんとしたティーカップ置いてるのに、俺の方だけペットボトルで出てきやがって.........やめてよ!!ただでさえマックイーンは紅茶をカップ以外で飲むの見るのも嫌がるんだから!!

 今度はちゃんと出されたミルクティーを飲みながら、マックイーン達の喫茶店と内装を比べる。特にこれと言って変わった点はない。強いて言えば.........

 

 

マック「お似合いですわね、ブライアンさん」

 

 

ナリブ「褒め言葉は有難く受けとっておくが、中々息苦しい」

 

 

桜木「ははは、そんなもんだ。けどネクタイが締まりすぎてるぞ。ちょっと貸してみろ」

 

 

 渋々、と言った様子でネクタイを解き、俺の方へと渡してくる。結び目の部分を見たところ、一番楽な結び方を調べて実践したのだろう。一般的なそれより一回り小さく、ゆとりがないために傍から見ても苦しそうな感じがしてしまう。

 最近着る機会が多くて助かった。そう思いながら、俺はなるべく結び目が大きくなるような結び方でネクタイを締め、それを首から外した。

 

 

桜木「ほら、だいぶ苦しくなくなるはずだ」

 

 

ナリブ「ん、感謝する」

 

 

 少し楽になったのだろう。ブっさんから先程よりは苦しそうな雰囲気は無くなったように見える。

 ただまぁ、やはりスーツというのは息苦しいことこの上ない。俺も出来れば着たくはないものだ。

 そう思い、一口ミルクティーを飲もうとカップを持った瞬間、電話の着信音が近くで鳴り響いた。俺の設定している音ではない。マックイーンの方を見るが、彼女も首を振って否定した。

 

 

ナリブ「すまん、私だ.........もしもし?」

 

 

ナリブ「............分かった。ちょうど実行委員の奴がいる。慌てずに来るんだぞ」

 

 

桜木「.........?」

 

 

 何かを了承したブっさんが、チラリとこちらを見てから電話を切った。一体何があったのだろう.........?

 ま、まぁ俺が直接何かを手伝うことは無いだろう。この場でミルクティーを楽しみながらゆっくりとトラブルに対応し―――

 

 

ナリブ「ちょっと来い」

 

 

桜木「えぇ!!?ちょ、腕引っ張んないで!!!マックイーン助け―――」

 

 

マック「ここで待っていますから、トレーナーさん。お仕事頑張ってください」フリフリ

 

 

 あぁ!!!マックイーンがもうこの手のトラブルに慣れちゃってる!!!優雅に手を振って俺の事を見送るまでになっちゃってる!!!

 悲しきかな。確かに、当日のトラブルや相談は実行委員会へお問い合わせくださいという文言のプリントは配布した.........だがまさかこんな直接的にトラブル解決に駆り出されるなんて.........

 そんな事を思いながら、俺はバックヤードの方へと引きずられていくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「.........ほぅ」

 

 

 彼が連行されて数分。出されたミルクティーのクオリティの高さに驚きと安心を感じながら待っておりました。

 彼の執事姿.........以前の妄想がまるで具現化したようです。一体どんな姿で来てくれるのでしょう?

 やはり王道のオールバック系でしょうか?それとも、ドーベルが読んでいた本に出てきた、俗に言う俺様系でしょうか?今からもう、楽しみで仕方ありません。

 

 

ナリブ「おい、最終チェックだ。マックイーンに見てもらうぞ」

 

 

桜木「わかった!!わかったから引っ張んなって!!!」

 

 

マック「まぁ.........!」

 

 

 そこには、以前の授賞式のようなオールバックではなく、それでいていつもの髪型ではない彼がそこに居ました。

 霧吹きで髪を濡らし、下ろしたのでしょう。いつもとは雰囲気が異なり、近寄り難さが無くなっています。

 

 

ナリブ「どうだ?」

 

 

マック「問題ありません。さっ、お仕事してください♪トレーナーさん♪」

 

 

桜木「簡単に言ってくれちゃって.........」

 

 

 げんなりとした様子で肩を落とすトレーナーさん。ですが、注文が入るその時、彼はピシッと背筋を伸ばし、表情を柔らかくして呼ばれた席へと向かっていかれました。

 優しい声色、気遣いの伝わる目付き、優雅な仕草.........どれをとっても一級品と言っても過言ではありません。まぁ、私の思いの補正も乗っていると思いますから、定かではありませんが.........

 

 

ナリブ「それにしても、髪を下ろせばもう少し他の奴も接しやすくなるだろう」

 

 

マック「幼い頃はサラサラで下ろしてたと、彼のお姉さんから聞きましたが.........なぜ上げているのかまでは.........」

 

 

 注文を取り終わり、バックカウンターの方へ行く彼を見ながら、紅茶を飲みます。こう、一度気になってしまうと最後まで気になってしまいます.........何故わざわざあんな髪型なのでしょう.........?

 

 

ナリブ「.........それにしても、随分雰囲気が変わったな」

 

 

マック「.........?そうですか?トラブルに巻き込まれる所は相変わらずかと.........」

 

 

ナリブ「アンタの事だ」

 

 

 その鋭い指摘に、思わずドキッとしてしまいます。流石ナリタブライアンさん。レース事以外にも察しの良さは健在ですのね.........

 

 

マック「.........最近、ようやく彼の事が好きだと分かりましたから.........」

 

 

ナリブ「.........遅いな」

 

 

マック「お恥ずかしながら.........」

 

 

 やはり、傍から見ても一目瞭然だったのでしょう。それだと言うのに、当の本人である私自身が気付かなかったのですから、間抜けと言われても反論は出来ません。

 最近はようやく、この気持ちに整理が着いたのか、彼の事を考えても冷静で居られるようになりました。

 ふふん、今なら何をされようと平然としていられます!彼が以前のように抱き締めてこようが.........

 

 

桜木「マックイーン」

 

 

マック「☆Σ♭♯!!?な、なんですの!!?」

 

 

桜木「い、いや、もう少し時間かかりそうだし、追加の注文でも受けようかと.........」

 

 

 全然平気じゃありませんでした。むしろピンチでしたわ。私さっきどんな叫び声を上げたのでしょう?ちょっと、ブライアンさんも笑わないでください!

 ふぅ、と一息つきながら、私はメニュー表からフルーツ盛りを彼に頼みました。先程の呼び掛けの時とは違い、彼は今完全に執事として入り切っています。

 

 

マック(.........)ポッ

 

 

桜木「.........?以上で宜しいでしょうか?お嬢様」

 

 

マック「へ!!?え、ええ!!よろしくてよ!!」

 

 

 お、お嬢様!!!ふ、普段と呼び方が違うだけなのに!!!そ、それに普段より少し距離を感じてしまう呼び方なのに!!!

 む、胸が!!!張り裂けそうなくらいに心臓が!!!高鳴っていますわ!!!

 こ、これが執事喫茶.........お客さんがこんなに入ってくる理由も.........頷けますわ.........

 

 

「ワー!!オクレテゴメンー!」カランカラン!

 

 

 そんな声と来店を知らせるベルの音が聞こえてきます。そちらの方を振り返る前に、大急ぎでバックヤードの方へと走っていくテイオーが、私達の前を横切って行きました。

 

 

桜木「あー、トラブってたのはテイオーだったのか」

 

 

ナリブ「テイオーだけじゃないぞ」

 

 

ルドルフ「すまない!!すぐに準備する!!」

 

 

マック「会長まで.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

テイオー「ありがとね!サブトレーナー♪」

 

 

桜木「いやいや、何事もなくてよかったよ」

 

 

マック「えぇ、並びの待ち時間が長くなっただけで良かったです」

 

 

 あの後、お二人に事情を聞いたところ、お化け屋敷の順番がなかなか来なかったと言うことでした。お化け屋敷と言えば、イクノさん達の出し物だったはずです。

 

 

ルドルフ「世話になったな、桜木トレーナー。似合っていたのだからここで働いててくれても良いんだぞ?」

 

 

桜木「冗談でしょう?」

 

 

ナリブ「冗談なものか、あのエアグルーヴが重宝してたんだ。また客が多くなったら呼ぶからな」

 

 

桜木「えぇ.........」

 

 

 これまたげんなりとした様子で肩を落とすトレーナーさん。少しだけの執事でしたが、仕事はテキパキと丁寧で、対応も素晴らしかったです。

 .........贅沢を言うなら、もう少し見ていたかったのですが、致し方ありません。

 頑張れよ、というトレーナーさんが会長さん達に激励し、背を向けました。私もそれに続こうとしたその時、不意に制服のシャツが引っ張られました。

 

 

テイオー「マックイーン、耳貸して」

 

 

マック「な、なんですか.........?」

 

 

テイオー(頑張ってね.........♪)

 

 

マック「.........考えておきます」

 

 

 彼女はそう耳打ちした後、私から体を離し、太陽のようにニカッと笑いました。その笑顔は、夏祭りの時とは違い、からかう要素は何一つ感じられません。

 今はまだ、そのときでは無い。そうは思いつつも、素敵な夢想に後ろ髪を引かれてしまいます。そうなれば、そうあれば、どれほど嬉しい事か.........

 ですが、やはり彼は大人で、私は子供。せめて彼と同じ立場になるまで、しっかりとアピールをしていかなければ行けないのかも知れません。

 

 

桜木「.........?どうしたー?忘れ物かー?」

 

 

マック「なんでもありませーん!今そちらに向かいますわー!」

 

 

 テイオーと生徒会のお二人に頭を下げ、私も背を向けました。彼の隣に近づくにつれ、 安心感が胸の奥でじわりと拡がっていきます。

 今までは、小さくて気付かなかった安心.........もしかしたら、これに気付いたからこそ、彼の事が好きだと自覚できたのかもしれません。

 

 

桜木「次、どこ行く?」

 

 

マック「そうですね.........お化け屋敷でもどうですか?」

 

 

桜木「.........気乗りはしないけど、マックイーンが行きたいなら」

 

 

マック「ふふ♪では決まりですわね!」

 

 

 桜が舞い、頬を撫でる風の匂いが、春が来たことを教えてくださいます。今年は一体、彼とどんな一年を過ごすのでしょう?

 そんな事を考え、桜の花びらがふわりと落ちる道を歩きながら、私達は学園へと目指して行きました。

 

 

 

 

 

  ......To be continued



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T「ファン感謝祭開催!」マック「お化け屋敷に行きますわよ!!!」

 

 

 

 

 

 ファン感謝祭予行日。俺は休憩をとった(とらされた)マックイーンと一緒に外の屋台や喫茶店を周り終え、学園内へと足を運んでいた。

 

 

ゴルシ「もし、そこのお方」カタカタカタカタ

 

 

桜木「うおびっくりした!!?ゴールドシップ?どうしたんだ、おばあちゃんみたいな話し方して.........」

 

 

 まるで俺達を待っていたかのように現れたゴールドシップは、腰をまげ、顔をしわくちゃにして角からにゅっと現れてきた。

 

 

ゴルシ「私はゴールドシップですじゃ.........」

 

 

二人「知ってる(知ってますわ)」

 

 

ゴルシ「旅のお方や.........老い先短いワシを、若返りの薬を作ると言われる少女の元へ連れてってくれたもれ.........」

 

 

桜木「無視しよう」

 

 

マック「そうですわね」

 

 

ゴルシ「あぁぁぁぁぁ腰がッッ!!?腰がァァァァァァッッ!!!」

 

 

 壁に張り付いてわーぎゃーと頭を振り、喚き散らし始めたそれを見て、俺達は元気じゃん.........と思った。もう無視してもいいんじゃないのか?このまま置き去りにして行っても許されるんじゃないか?そう思い、俺達は素通りしようとした。

 

 

ゴルシ「.........マックイーンの好きなひ―――」

 

 

マック「さぁさぁさぁさぁゴールドシップおばあちゃん!!!私がおんぶして連れて行って差し上げますわ!!!」

 

 

桜木「うわ!!?さっきまで隣歩いてたのに!!?」

 

 

 気がつけば先程までゴールドシップが居座っていた場所で、マックイーンがキメ顔で彼女をおんぶしていた。若干、額に汗が滲んでいる気がする。

 一体、何が彼女をそこまでつき動かしているのだろうか?

 

 

桜木「マックイーン、お化け屋敷は.........?」

 

 

マック「そんなの後からいくらでも堪能できます!!!おばあちゃんの生死が掛かってるんですのよ!!?」

 

 

ゴルシ「掛かってんのはマックちゃんじゃね」

 

 

マック「誰のせいだと思ってるんですの!!!だ・れ・のッッ!!!」

 

 

 不機嫌そうな顔でゴールドシップを背負い、俺の隣で歩くマックイーン。背負われている方は何だか嬉しそうな感じだ。

 ゴールドシップの身長が高いせいか、マックイーンが若干屈んでいるのもあって足がつくかつかないかの感じになってる。

 

 

桜木「.........んで?どこに行きたいって?」

 

 

ゴルシ「タキオンがよー!なーんか面白そうな事やってたんだよー!おっちゃん達も連れてこーかとおもってさ!!」

 

 

桜木「そりゃまた.........ありがたいことで」

 

 

 いつも通りの明るさで何ともないように言うゴールドシップ。だったら降りてあげなさいよ。君の体はマックイーンにとっては割と辛いと思うよ?いくら鍛えてるとは言え。

 

 

桜木「タキオンの出し物は.........二階実験室か」

 

 

マック「すみません。元気そうなので降りてもらえますか?」

 

 

ゴルシ「いーやーだー!!ん〜じいちゃん家の畳の匂い.........」スゥー

 

 

マック「え.........私、そんな年寄りの住んでるご自宅の匂いがするんですの.........?」

 

 

 酷くガッカリとしたマックイーンが、俺に何かを訴えかけるような目で見てくるまでそう時間はかからなかった。

 どうしろと言うんだ俺に、そうアイコンタクトを取ろうとしたが、マックイーンはなりふり構って居られないのか、催促するように顎で俺に命令してきた。いいからやれ、と。

 

 

桜木「.........失礼します」スンスン

 

 

マック「ん.........」ソワ...

 

 

桜木「え.........別にそんな変な匂いはしないぞ?普通にシャンプーの匂いくらいしか.........」

 

 

ゴルシ「.........」

 

 

 俺はそう言いながらゴールドシップの方に視線を移したが、マジかよ、と言うような表情で俺の顔を見ている。完全にドン引きされてしまった。いや、仕方なく無い?これしか方法は思いつかなかったんだが?コンボイ司令でも隣に居てくれたら違ったか?

 つうかなんなんだよお前の爺さん。人の匂いがする畳で生活してるってとんだ変態野郎じゃねえか。畳にシャンプーでもぶちまけてんのか?しかもマックイーンの匂いの?

 ダメだ、なんか無性に腹が立ってきた。どこの誰かも知らんがうちのマックイーンに変な印象与えやがって。会う機会があったらぶちのめしてやる。

 

 

桜木「とにかく!マックイーンから畳の匂いなんかしてない!!!お前の爺さんが頭おかしいだけ!!!」

 

 

ゴルシ「何も言えねー.........」

 

 

マック「否定しないのですね.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「なんだここは.........」

 

 

 ゴールドシップに促され入った実験室。タキオンの根城であり、本来であるならばそこで何やらいかがわしい実験をして俺に提供してくれる薬を作ってくれているのだが、今は違う。

 

 

桜木「ケ〇ズデンキかな?」

 

 

ゴルシ「〇マダ電機だろ」

 

 

マック「ビッ〇カメラの可能性も捨てきれませんわ」

 

 

タキオン「やぁやぁよく来たねぇ!」バサッ!

 

 

 袖がダルダルな白衣の両腕を広げ、音を鳴らすタキオン。中を見るにそこにはありとあらゆる家電が配置されていた。

 一体どういう事だ?お前こういう時は大体、実験教室みたいなことやって子供を楽しませるキャラだろ?

 それが、こんな、家電大好きウマ娘に、いつの間に.........

 しかもスーパーで良く流れてる曲も聞こえてくる。お前は何を目指しているんだ?

 

 

ゴルシ「面白そうだろ?」

 

 

桜木「面白いか面白くないかでいったらハチャメチャに面白い」

 

 

マック「あの、なぜこんな企画を.........?」

 

 

タキオン「良いかい、人類というのは、己を進化させず、周りの物を環境に適させ、高度にし続ける事で発展を遂げてきた生き物だ」

 

 

 うわまずい、なんか急に真面目に語り始めたぞ.........こういう時の顔はキリッとしていて見栄えは良いのだが.........それをもう少しトレーニングの時に見せてくれればなぁ.........

 

 

タキオン「つまり!!人類の進化=家電の活躍なのだよ!!マックイーンくん!!」

 

 

マック「な、なるほど.........!!」

 

 

 何がなるほどなんだマックイーン。君は少々流されやすい節があると思うぞ。

 まとりあえずは、色々と見てみることにしよう。どこか納得している彼女を尻目に、ゴールドシップと共にタキオンの選別した家電を見ていく。

 

 

桜木「掃除機かぁ.........俺もそろそろ変えようかと思ってんだよなぁ」

 

 

ゴルシ「.........お?これとか良いんじゃねー?」ブォー

 

 

タキオン「ほう!お目が高い!これは最新技術の詰まった掃除機でねぇ!この軽さにして従来の吸い込み力!容量共に開発企業の過去製品を軽く超えているものなのだよ!」

 

 

桜木「おかしいな.........タキオンが家電量販店の制服着てるように見えてきた.........」

 

 

 普段は買わない物を宣伝してきてウザったらしいことありゃしない店員だが、ここまで顔がいいと買ってしまうこともあるかも.........

 いや、顔じゃねぇな。タキオンみたいにねちっこく宣伝されたら買った方がダメージないだろ。顔も知らない一般人ならともかく、顔見知りを相手にしたコイツは本当に面倒だ。

 

 

桜木「おいくらですか?」

 

 

タキオン「君、ここを家電量販店か何かだと思っているのかい?」

 

 

桜木「あ、ごめん」

 

 

 やばい。ナチュラルにもうお店に来てる感覚になってた。呼び込み君が悪いよ呼び込み君が。

 それにしても、こんな量の家電。どこで用意してきたのだろう?まさか自前?こんな量のあれやこれやを?

 

 

タキオン「.........顔に出ているよトレーナーくん。言っておくが、これは一応黒津木くんが連絡取って企業から借りているものだからねぇ。壊さないでくれたまえよ?」

 

 

桜木「はぇ〜。コミュ障も推しの為なら動けるんすねぇ」

 

 

ゴルシ「みろよマックイーン!!この炊飯器パンも作れるぞ!!」

 

 

マック「え、炊飯器でそんな事する必要あります?」

 

 

 パンを食べたければパンを買えばいいでは無いか。そんなことを言いたげなマックイーンに呆れるゴールドシップと、確かにと言うような顔を向けるタキオン。立場が反対ではないか?

 

 

タキオン「まぁ、人間というのは過剰なものを好む傾向にある。使わない機能も着いていればそれが欲しくなるものさ」

 

 

桜木「お前は炊飯器で調理出来れば良いだけだもんな.........」

 

 

 彼女が炊飯器調理に目覚めてもう三年は経つだろうか.........以前のままだったなら、正直付きっきりでご飯だのなんだのを世話しなければ行けない状況に陥っていたが、正直助かっている。

 ありがとう黒津木。お前のお陰でタキオンは自立への一歩を踏みだした。健康?知らん。サプリで何とかするでしょ()

 

 

タキオン「ああ!実演映像もあるぞ!そのモニターの下のボタンをおしたまえ!」

 

 

三人(炊飯器の実演ってなに?)ポチッ

 

 

モニター「テーン!テテンテンテテテー→テー↑テー↓テー→テー↑テー↓テー!!!↑↑↑」

 

 

桜木「うわ」

 

 

 てってってーをBGMに映し出された物は炊飯器でもなく、ましてや料理に使う食材でもない。ジョッキと、氷と、業務用ウイスキーだ。そこから横に流れるように出てくる文字には生存報告だの、畳が汚ぇ!だの、酷いものだ。

 

 

「う゛ー☆」

 

 

ゴルシ「文字が横から流れてくっけど、なんだこれ?」

 

 

タキオン「えぇー!!?君は日本が誇る動画サイトである[ニコニコ動画]を知らないのかい!!?」

 

 

ゴルシ「知らねー」

 

 

マック「あの、この人は一体.........?」

 

 

桜木「奴の名はwawawa。人々は奴をアル中カラカラと呼ぶ」

 

 

 次々と疑問が生み出されるこの映像。肝心の炊飯器は30秒たっても現れない。心做しか、タキオンがハイボールをカラカラさせる音に反応している気がする。

 その後も、タキオンの眠くもならない程の情報量の入った家電説明を、延々と聞かされた.........

 

 

タキオン「さて、一通り説明も済んだが、君達はどうするんだい?」

 

 

マック「一応、お化け屋敷の方に行きたいと考えていますが.........」

 

 

タキオン「ああ、あのお化け屋敷ね。気をつけたまえよ?黒津木くんと一緒に回っていたが、私は暗闇の中で急に耳を触られて泣いた」

 

 

 泣いちゃったの.........?あのタキオンが?どうしよう.........すんごい行きたくなくなっちゃった.........怖いの苦手なんだよね俺.........

 

 

ゴルシ「だったらよー!そこ行く前にアタシの所来いよ!!このゴールドシップ様が宇宙の神秘をねっちりみっちょり叩き込んでやっからさー!!!」

 

 

マック「いえ、間に合っ「行こう!!!」―――トレーナーさん?」

 

 

 静かにこちらに振り返って俺を見るマックイーン。余計なことを言うなと、そのにっこりとした表情はそう言っている。だが俺も引く訳には行かない。お化け屋敷は怖い。タキオンが泣いたのなら俺も泣く。

 

 

ゴルシ「来いよーマックイーン.........アタシだって、真面目に準備してやったんだぜ.........?」

 

 

マック「.........はぁ、仕方ありませんわね」

 

 

 その言葉を聞き、俺は心の中で小さくガッツポーズをした。その瞬間ギロッとマックイーンに見られた。何故だ。俺は表の顔では苦笑いで済ませたはずだ。

 

 

ゴルシ「おっしぇーい!!そうと決まったら早速出発だー!!」ガバッ!

 

 

マック「え!!?ちょ、ちょっと!!おろしてくださいまし!!!」

 

 

桜木「おー!!!こりゃ楽ちんだなー!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゴルシ「到着ーーー!!!」キキーッ!

 

 

マック「だ、大丈夫ですか?トレーナーさん?」

 

 

桜木「.........ウップ」

 

 

 彼女が企画したイベントが開催されている教室の前。止まった瞬間、彼は投げ出されましたが、私はゆっくりと地面に下ろされました。

 両手を着いて無事に着地した出来たものの、そこから動かない彼に声をかけましたが、どうやら中身は無事では無かったようです。

 

 

桜木「ホンマごめん。ゴルシ叱る」

 

 

ゴルシ「なんで!!?」

 

 

マック「.........まぁ、それが嫌なら今後乱暴に運ぶのはやめた方が賢明ですわ」

 

 

 ため息を吐きながら、騒ぎ始めたお二人を後目に教室の扉を開けました。そこには、思っていたより真面目な空間が広がっておりました。片隅の一角を覗いて。

 

 

マック「星座.........でしょうか?」

 

 

ゴルシ「おうよ!!アタシは星座の良さを伝える為の伝道師だからな!!!アタシと言えば.........星、だろ?」

 

 

 全くそんなイメージなんて持ち合わせておりませんけど?またいつものように焼きそば店でも開いているのかと思っておりましたわ。

 私は教室に足を踏み入れ、丁寧に星と星の間に線を書かれた写真の前に立ちます。この写真をゴールドシップさんが.........そう思い、隅々までその写真を見ていると、[提供者 アドマイヤベガ]という文字が書かれていました。

 

 

マック「.........貴方が撮ったのでは無いのですか?」

 

 

ゴルシ「お?あたりめーだろ?冬に見れる星座が今見れる訳ねーしよ。写真に収めてる奴居ねーかなーって探したら居たんだよ!!丁度良い奴がさ〜!!!」

 

 

桜木「お、顔写真もあるぞ。どっかの野菜売り場みてぇだな」

 

 

 彼がそう言って指を指した先には、ゴールドシップさんに強く頬を寄せられ、若干顔が押し潰されながらも嫌そうにピースサインをしているウマ娘の姿がありました。恐らく、彼女がアドマイヤベガさんなのでしょう。

 

 

ゴルシ「因みにそこに居るぜ」

 

 

白銀「あと何球続ける?」

 

 

「1000球」

 

 

 あぁ.........目に入れまいとしていたファンシーな一角で、フサフサの何かを延々と投げ付けられているウマ娘と、白銀さんが居ましたわ.........

 そして、それを投げられている方は明らかに、先程嫌そうに写真に取られていたアドマイヤベガさんその人でした。

 

 

マック「なぜこんな事に.........?」

 

 

ゴルシ「いやさー!手伝ってくれた礼になんかさせてくれって言ったらよー!フワフワを提供してくれって言われたんだよ!!だから提供した。白銀が」

 

 

白銀「お前らも触るか?一個五万円のもふもふボール」

 

 

桜木「たっっっか」

 

 

マック「す、凄い触り心地ですわ.........!」

 

 

 これは.........よくあるぬいぐるみのような毛並みとはまた違う、上質な.........まるで、そう!ワンちゃん!生き物の生きた毛並みのようです!!

 こ、こんなものがあっただなんて.........世界にはまだまだ、私の知らない事があるのですね.........!!!

 

 

白銀「ああそうだ。ついでにこれも見てけほら」

 

 

桜木「.........?なんだ、望遠鏡の先っちょになんか付いてんぞ」

 

 

ゴルシ「ソイツも白銀が用意したんだ!!特性VR装置!!覗いたら星座が見れちまうんだ!!」

 

 

 そ、そんなものまで用意しているとは.........もはや、一学生の出し物と言うより、企業の技術披露のような物になっていますわね.........

 

 

桜木「へー.........俺星座興味ねーから良いや」

 

 

白銀「あ?やんのかデコ助野郎ォ?」

 

 

桜木「悔しいか?だったらどうすんだ?おい!白銀!!!どォすんだよォォォッッ!!!」

 

 

マック「AKIRAは良いですから!!全く、困った人達ですわ.........」

 

 

 顔を合わせればすぐこれです。仲はよろしいはずですのに、なぜこうも喧嘩のような会話しか出来ないのでしょう?そう思いながら、私は彼の手から取った望遠鏡を覗きこみました。

 

 

マック「まぁ.........!本当にそこに星空があるみたいです.........!」

 

 

ゴルシ「すっげーだろ!アタシも初めて見た時度肝抜かれたぜ!!因みにこのスイッチを押すと.........」

 

 

マック「.........!季節が変わりましたわ!!」

 

 

 先程まで、春の星空が見えていましたが、画面が切り替わり、今度は夏の星空が浮かび上がってきました。これは普通に商品化しても大ヒット間違いありません!!

 

 

ベガ「これのお陰で、好きな時に大三角形が見られるの。季節や夜を待つ必要ないから素晴らしいわ」

 

 

桜木「子供の勉強にも役立ちそうだな。商品化すれば良いのに」

 

 

白銀「俺が投資してないとお思いで?」

 

 

桜木「ムカつく」

 

 

 口ではそうは言っていても、あまりそんな感情は感じとれません。きっと適当に返事をしたのでしょう。

 まぁ、これでゴールドシップさんの催しも一通り確認できたでしょう。次はいよいよ、お化け屋敷です!

 

 

マック「さぁ行きますわよトレーナーさん!お化け屋敷です!!」

 

 

桜木「え゚」

 

 

 私がそう言うと、彼はすっとんきょうな声を出し、身体を強く硬直させました。一体どうしたので.........あっ

 

 

マック(そ、そう言えば.........夏合宿の際、怖いのは苦手だと言っていたような.........)

 

 

 すっかり失念していました.........ど、どうしましょう.........ここでやっぱりと言うのも、気を使った事に気付かれ、失礼にあたるかもしれません.........

 何とかして興味が無くなったということを伝えなければ.........いえ、先程まであんなに行きたがっていたのに、やはりそれは不自然かしら.........?

 そんなことを思っていると、トレーナーさんの首を刈り取るように、白銀さんの見た目は細く、筋肉が敷き詰められた腕が伸びました。

 

 

白銀「なんだなんだ?お化け屋敷デートかよ?羨ましいなおい。行くぞゴルシ」

 

 

ゴルシ「は、はァ!!?お化け屋敷なんかぜってー行かねーぞアタシは!!!」

 

 

白銀「怖いの.........?」シワァ

 

 

ゴルシ「怖くねーし!!!そんな言うんだったら行ってやるよ!!!なぁおっちゃん!!!」

 

 

桜木「ぴぅ.........」

 

 

 今まで聞いたことも無い情けない声が彼から聞こえてきました。助けて、というように私の方をチラりと見ましたが、もう知っているでしょう。彼と彼女はもう止まりません。

 それを次第に理解して行ったのでしょう。彼も白銀さんと同じように顔をシワシワに.........どこかで見た事あります。確か、以前映画をやっていた名探偵―――

 

 

白銀「決まりィッ!おら行くぞバカと屑と暴食獣!!!」

 

 

桜木「ラノベで流行りそ〜」

 

 

マック「.........待ちなさい!!まさか暴食獣って私の事ですの!!?」

 

 

ゴルシ「そーだそーだ!!!マックイーンは確かにポップコーン早食いしちまうけど可愛い小動物系だぞ!!!」

 

 

マック「ゴールドシップ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

イクノ「おや、マックイーンさんに桜木トレーナーさん」

 

 

 順番待ちの最前列。白銀さん達は先に行かれましたが、トレーナーさんに逃げたら今までコレクションしたゲーム全部焼き払うと言って牽制してきました。

 その時のトレーナーさんの顔と言ったら、もう阿修羅でした。怖いのが苦手と言うことすら忘れてしまう程の怒り具合。そこから分かるのは、白銀さんは冗談でそんなことを言わないということです。本当に恐ろしい人ですわ.........

 

 

桜木「先にバカとゴールドシップが入ってったけど、どう?」

 

 

イクノ「そうですね.........白銀さんの方は楽しそうでしたが、ゴールドシップさんは入る前から強がっていました」

 

 

マック「彼女にも弱点があったのですね.........」

 

 

「ゴルシ!!!」

 

 

「やめろォ!!!」

 

 

 中から聞こえてくる彼女の怒号にも似た悲鳴。先程聞こえてきた白銀さんとの声と比較しても、とても大きな声でした。

 大丈夫でしょうか?そんな心配をした瞬間、教室の中で大きい衝撃音が鳴り響き、私とトレーナーさんを含めた全員が身体を硬直させました。

 少しの静寂。その静寂を奥側の扉から出てきたゴールドシップさんが終わらせ、次のざわめきを、白銀さんがうつ伏せで引き摺られる姿で始まらせます。

 

 

桜木「しッ.........白銀ッッッ」

 

 

マック「なっ、なにが.........」

 

 

白銀「.........」

 

 

 その時、白銀は思い出した。あの衝撃音が鳴り響いた中で、一体お化け屋敷で何が起こったのかを.........

 

 

ゴルシ『.........ッッッ!!!!!』ガバッ!

 

 

白銀『え』

 

 

 声もあげずに、ウマ娘の本能で感じとった暗闇の中の気配に、ゴールドシップは反射的に白銀に抱き着いた。それが全ての原因であった。

 どこがとは言わない。いや、言えないと言った方が正しいであろう。白銀はその一瞬、 宇宙の全てを理解できるほどの思考スピードでそれが何かをつきとめた。

 

 

白銀(や、柔らけェ.........!!!俺が今まで触ってきたどのπよりも.........!!!しかもそれだけじゃねェ!!!張りも弾力も、制服の上からでも分かっちまう程のポテンシャル!!!死―――)

 

 

 それが、彼の最後の思考であった。

 

 

白銀「.........」スクッ

 

 

桜木「うわ、鼻血やば」

 

 

マック「い、一体何が「マックちゃん」―――?」

 

 

ゴルシ「それ以上。言わねーでくれ.........」カァ〜

 

 

 そう言いながら、ゴールドシップさんは顔を抑え、火で炙られたような熱さを感じる程の紅潮を見せました。

 一方、トレーナーさんは何も言わず、彼にポケットティッシュを渡しました。その姿から、何があったのか察したようです。

 

 

桜木「.........フッ、まさかテメェが、鼻血を出しちまうなんてな、恋愛マスター?」

 

 

白銀「ああ.........こんな気分、初恋ですら感じなかった.........こりゃ正しく、[恋]。って奴だぜ.........」

 

 

 鼻に栓を詰めながら、どこか誇らしげな表情をする白銀さん。彼はその後、優しくゴールドシップさんをエスコートして元来た道を戻っていきました。

 

 

マック「.........人って、一瞬で変わるものですのね」

 

 

桜木「ああ、結局性格とか人格ってのは綱渡りみたいなもんで、何かあって踏み外しちまったら、もう別人みたくなっちまうものさ」

 

 

 わざとらしく悲しそうな顔を見せるトレーナーさんの姿からは、何故か本当の悲しみを感じてしまいました。先程まであんなにシュールだった空気が、今は少し、肌寒く感じてしまいます。

 

 

イクノ「次はマックイーンさん達の番ですよ」

 

 

マック「あ、どうしますトレーナーさん?ホラーは苦手だったでしょう?」

 

 

桜木「えぇ.........今気付いてくれたの?もうここまで来ちゃったし行くよ.........学生のお化け屋敷、怖気付いてたら笑われるし」

 

 

 そうは言いつつも、それでも若干怖そうにしているトレーナーさん。ようやく話を切り出せてほっとしました。これで心置き無く、彼とお化け屋敷.........

 あ、あわよくば、彼に自然に抱き着いて、私を意識させることが出来たなら.........!!

 そんな、私欲を滲み出しつつも、私達はお化け屋敷へと入っていきました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなこと全くありませんでしたわ.........

 

 

桜木「マックイーン!!!今どこら辺!!?いつ終わる!!?」

 

 

マック「.........まだ三歩しか進んでいませんけど」

 

 

 どうしましょう.........ここまで苦手だったとは.........私も怖い話やホラーの類は苦手だと自覚していますが、流石にここまでではありません。まぁ、今も少し怖いですけど。

 

 

「ひっひっひっ!ターボに追いつかれたら食べられちゃうぞ〜.........?」ペタペタペタペタ

 

 

桜木「う、動けん.........!!!バカなっ、金縛りだと!!?」

 

 

マック「ただすくんでるだけですわ.........はぁ」

 

 

 もっとこう、頼りになると思っていましたのに。そう思いながら、私は彼の手を探るように手を伸ばし、ゆっくりとその手を握りました。

 

 

マック(.........心地の良い温かさね)

 

 

桜木「ねぇ!!!これマックイーンの!!?マックイーンのおててなの!!?」

 

 

マック「ああもう!!!雰囲気が台無しですから!!!少し静かにしてくださいまし!!!」

 

 

 机で作られたバリケード。その外側を裸足で行ったり来たりしているのでしょう。ツインターボさんの足音が遠くへ行ったり、近づいてきたりしてきます。

 

 

「一枚.........二枚.........」

 

 

桜木「今度はなに!!?目ぇ瞑ってるから分かんない!!!前に居るよね!!?」

 

 

マック(白装束を着たナイスネイチャさんなのだけど、少しからかってみようかしら)

 

 

マック「そうですよ、あれは買ってきた折り紙が一枚足りなかったせいで未練を残してしまった、女の子の幽霊です」ヒソヒソ

 

 

ネイチャ「いやいや、変な設定付け足さないでくれます?」

 

 

 私が彼の耳に近づいて、そう囁くように言うと、硬かった彼の体の硬直が更に増しました。まるで鉱物のようです。これは.........なかなか楽しいかもしれません♪

 

 

ネイチャ「だ、大丈夫.........?」

 

 

桜木「ヒッ!?ええい!!!折り紙なんていくらでも買ってやる!!!成仏してくれ!!!臨!兵!闘!者!皆!陣!烈!在!前!」

 

 

 目を強く瞑り、片手で王冠のネックレスを握り締めながら胸に十字を一心不乱になぞり続けるトレーナーさん。

 わ、笑っては行けませんわ.........!だ、だって彼は、本当に成仏させようと.........ひ、必死に.........!

 

 

マック「.........くっ、フフ」

 

 

桜木「誰!!?今の誰!!?」

 

 

マック「あっ、あ〜。もしかしたら、悪霊が寄ってきたのかも知れませんわねぇ〜.........」

 

 

桜木「じょ、冗談はよして「むん!!!」(絶句)」

 

 

マック「な、ちょ―――」

 

 

 彼の後ろから突然、力強い声が聞こえてきたと共に、彼は私に倒れかかってきました。これは完全に、想定外の出来事です.........いえ、最初から想定外ばかりの出来事でしたが.........

 彼の身体を支えつつ、私はその声の主であろう人物の姿をその目で捉えました。それは正しく、ゾンビメイクをしたマチカネタンホイザさんその人でした。

 

 

マチタン「わー!!ねぇねぇ!!私もしかしてお化け屋敷の才能があるのかも!!!」

 

 

ネイチャ「そ、そうかな?アタシとしては、この桜木トレーナーさんが怖いの苦手すぎって思うんだけど.........」

 

 

マチタン「ふっふっふ.........普通普通と言われ早十余年。私も遂に!!!個性派ウマ娘に転身を「あの.........」え?どうしたの?」

 

 

 お二人で盛り上がりを見せている所に割って入るのも気が引けたのですが、それでも私は声を掛けました。

 なんせもう、トレーナーさんはほとんど死に体でしたから.........

 

 

マック「出口まで一緒に引っ張っていってくれませんか.........?」

 

 

桜木「出してぇ.........ここから出してぇ.........俺のザビーゼクター.........返してくれよぉ.........」

 

 

二人「.........うん」

 

 

 その後、奇しくも先程の白銀さんと同じように教室の外まで彼を連れ出すことは出来ましたが、その後は白銀さんのように立ち上がることは無く、彼を保健室へと預けました。

 あとから聞いた話では、意識を取り戻した時は既に、学園公開日は終わり、あとはお客さんや配信イベントが中心のファン感謝祭本番が間近だったそうです.........

 

 

 

 

 

  ......To be continued



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T「ファン感謝祭生放送開始!」マック「ここからが本当の地獄ですわ......」

 

 

 

 

 

桜木「ふぅ.........」

 

 

 肺から押し出されるように、空気が口から外へと出ていく。体内の温度で生ぬるくなった息と交換するように、周りの空気を取り込んで行く。

 存在ごとは無い。台本も準備できた。中継するウマ娘達とのコミュニケーションもばっちり。スーツも洗濯してきた。死角はない。

 あるとするならば.........この緊張感だけだ。

 

 

南坂「本番五秒前ですー!」

 

 

 機材管理や尺周りの担当をしているチームカノープスのトレーナーである南坂さん。カンペの桐生院さんもバッチリそうだ。

 忙しすぎてあまり記憶はないが、この人達と働くのはとても楽しかった。この機会以降も、是非とも協力していきたいところだ。

 そうこうしている内に、指を折るカウントダウンが0を迎える。スタジオの外側には、待機画面が映し出されているが、コメントで埋め尽くされている。

 やがて、俺のスーツ姿が映し出された。

 

 

桜木「おはようございます」

 

 

桜木「本日は待ちに待った、トレセン学園ファン感謝祭当日となっております」

 

 

桜木「司会は私、トレセン学園お抱えの問題児トレーナー桜木玲皇がお送り」

 

 

桜木「カメラ止めろ、誰だ台本差し替えたやつ」

 

 

 思わずその場から立ち上がる。突然の放送事故にコメントは祭りのように騒ぎ始めた。お前らはそんなに他人の不幸が好きか?

 周りをじっくり見てると、スタジオカメラマンの黒津木達が笑いを堪えてやがった。アイツらだ、間違いねぇ。

 

 

桜木「.........まぁいいでしょう。大目に見ますよ私も」

 

 

桜木「気を取り直しまして、今年のファン感謝祭は事前に告知をしていた通り、例年とは大きく違っています。まずはその様子をご覧頂きましょう。出店通のタマモクロスさーん!」

 

 

タマ「おう!!タマモクロスや!!」

 

 

 その声と共に、配信に映し出される映像が切り替わる。カメラとマイクを手にしたタマモクロスが自撮りのような形で撮影しているため、ファンにとっては近距離のガチ恋勢殺人事件案件だ。

 

 

タマ「出店の方はもーえらいこっちゃで!!ぎょーさん人来てもうたまらんわ〜!!!」

 

 

タマ「しかも、さっきからいい匂いがずーっと鼻に入ってくるんやわ!!大阪の食い倒れ道楽なんか可愛いもんやで!!!ホンマに!!!」

 

 

桜木「お、おう.........」

 

 

 なぜか若干キレ気味のタマモクロスに気圧されてしまうが、一旦気を取り直そう。きっと彼女にとっては嬉しい悲鳴に似たような状態なのだろう。知らないけど。

 

 

桜木「ではタマモクロスさん、何かイチオシの出店はありますか?」

 

 

タマ「おっちゃ〜ん、難しいこと聞いてくんなや〜。それが出来れば楽やね〜ん。けど全部美味しいんや〜.........反則や今年は〜」

 

 

タマ「まっ!!聞かれたからには答えるんやけどな!!!やっぱここは大阪名物!!!イカ焼きやろ!!!」

 

 

 でたなイカ焼き。大阪特有の粉物料理。俺達の想像するそれとはまた違うフォルムのイカ焼きがニュっと画面の方に現れた。いや、用意してたんかい。

 

 

タマ「このイカ焼きな?ウチがちっちゃい頃によくおやつで食べてたんや!!このお店のじいちゃんから買ってたんやからもう地元の味そのもんや!!!」

 

 

爺「タマちゃん!!久々やな〜!!今も変わらんちっこさやけど、ぎょーさん食べようなったわ!!!太り過ぎには気をつけるんやで?」

 

 

タマ「へへへ!ウチはまだ大丈夫や?現役で走っとるし!!トレーニングすれば痩せるやろ!!!」

 

 

 そう言ってタマは俺の地雷を踏み抜いた。トレーニングで痩せられるなら楽な事は無い。

 マックイーンの食事を作るのは楽しいし、美味しいと言ってくれるのも嬉しいが、やはり料理は手間がかかる。どうせなら楽な方が良い。

 

 

タマ「ゴクン、そや!!そろそろイベントが始まるで!!大食い選手権や!!」

 

 

桜木「は?」

 

 

タマ「投票で上位やった三人がどれだけ食べれるんか勝負するんや!!!」

 

 

 なんだそれ、俺は何も聞いてないぞ?一体誰がそんな企画を立案し、俺を飛ばして通しやがった?

 とにかく内線だ。理事長に確認を取ろう。俺は急いでスタジオから離れ、カメラの後ろ側へと回る。おい、そんな俺を撮るなバカ共。

 

 

桜木「理事長!!?俺の知らない企画があるんですが!!?」

 

 

やよい「奏功ッ!サプライズだ!!桜木トレーナー!!」

 

 

桜木(クソガキ)ガチャン

 

 

 何がサプライズだ。一体俺がアンタの無茶振りに何度振り回されたと思っているんだ?両手じゃもう足りないレベルだぞ。

 しょんぼりとしながらトボトボと元の場所まで歩いて戻る。南坂さんも桐生院さんも同情の目を俺に向けてきた。

 

 

タマ「.........おっ!集計結果が出たで!!!」

 

 

桜木「.........誰だった?」

 

 

タマ「シンボリルドルフ!トウカイテイオー!オグリキャップや!!!こんなもんオグリの圧勝やなー!!!」

 

 

桜木「」

 

 

 絶句した。なんでその人選なんだ。なんでわざわざ勝ち負けが関わるイベントにルドルフを出した。絶対に許さん。マジで。

 放送事故待っただなしであろう中、配信コメントではそんなことも露知らずに和気あいあいと文字が流れる。羨ましい。俺もそっち側に周りたい。

 

 

 数分の準備の後、ステージの上に上がった三人の戦士(内二人は狂戦士になる可能性大)。周りは盛り上がりを見せ始めている。

 

 

ルドルフ「私の得意分野ではないが、誠心誠意、期待に応えるとしよう」

 

 

テイオー「大食いって決まったものばかりで飽きちゃうかなーって思ってたけどー!ここにある料理好きに食べていいのー!!?」

 

 

オグリ「私はご飯が美味しく食べれればそれで良い。けど、こんな機会を用意してくれてありがとう、桜木」

 

 

桜木(俺じゃないんだよなぁ)

 

 

 若干の嫌な予感と罪悪感を孕みつつ、俺の心は覚悟を決めた。この先は何があっても傍観者で居よう。そう腹を括った。

 

 

 会場の合図とともに、三人はそれぞれバイキングのように並ぶ料理の方へと一斉に走っていく。

 テイオーはスープから手を付けるのか、中々いい判断だ。いきなり固形物を大量に詰め込んでも胃が拒否反応を起こしかねないからな。

 ルドルフもここは手堅く、豆腐料理の方へと手を伸ばす。やはり同じ三冠ウマ娘。胃の活性化を促し、この先の展開を読むことには長けている。

 だがオグリさん。アンタはなんだって言うんだ。いきなりステーキはどうかと思う。あっ、違うぞ?店名を言ったんじゃない。本当にいっきなしステーキを5枚も皿の上に載せて行ったんだ。

 

 

桜木「じ、順調に食べ進めていますね........」

 

 

タマ「せやなー。まぁ暫くは接戦やな」

 

 

 彼女の言うように、暫くは接戦であった。しかし、使った皿が五枚、十枚と重なっていくと、その勝敗にも予想がよく分かるようになってくる。

 食べるスピードが確実に、最初の時よりも落ちてきているのだ。テイオーもルドルフも、一方のオグリさんは全くペースが落ちない。さすがオグリさん。以前俺をドカ食い気絶に追い込んだ怪物だ。

 

 

テイオー「うぅ.........苦しいよ〜..........」

 

 

ルドルフ「私も、少し辛くなってきたな.........」

 

 

 そんな二人の様子を見て、俺は性格が悪いと思ったが、安心してしまった。良かった、ヘル化なんてしなかった。ここでこのまま終わってくれれば、トレセン学園の評価は保たれたまま..........

 

 

スペ「あー!!!テイオーさんも会長も負けちゃいそうです!!!」

 

 

桜木「あっ」

 

 

 突如、カメラの横から聞こえてきたスペの声。お前.........なんてことを.........

 

 

ルドルフ「.........嫌だァ.........!私はァ.........!!負けたくないィィィッッ!!!」ダッ!

 

 

テイオー「.........あはは♪やっぱり、会長は勝つことしか考えられないんだね.........いいよ、ボクがその勝利を横から取りあげて、ボクしか見られないようにしてあげる.........♪」シュンッ!

 

 

桜木「」

 

 

 言葉を失うというのは正に、こういう事だろう。ヘルカイザーが出てくるということは同時に、ヘルテイオーも出てくるという事だ。どういう事だ。フィールドにヘルカイザーが出てきたら手札からお前が出てくるのか?

 青白い炎をまといながら、新たな食料を取りに行こうと立ち上がった二人。ルドルフは食べ物を。テイオーは飲み物を片っ端からかっさらっていく。食べ物に集中しているオグリさんは、まだ事態を把握していない。

 

 

タマ「おもろくなってきたなーおっちゃん!!!」

 

 

桜木「でもよジャングズ!!!胃がッッ!!!」

 

 

黒津木「泣くなッ!トレセン学園が賑わうんだ!!!安いもんだろ!!!内蔵の一個くらい!!!」

 

 

 安くないんだが?最近病院に行ってきて通院費に二千はかかるくらいの価値はあるんだが?

 

 

オグリ「さて、今度はエビフライを.........」

 

 

ルドルフ「これが生き残るための私のあがきだァッッ!!!」カサァッ!!!

 

 

 状況が変わってから初めて、俺はまともにモニターを見た。オグリさんがバイキングから食料を取ろうとした所、ヘルカイザーに全てを取られた。

 

 

オグリ「.........そうだ。ハチミーがあったんだ。あれを飲むのもひさび―――」

 

 

テイオー「ごめんねオグリ。これは全部、ボクがいざと言う時の為に取っておいた.........ボクの保存食なんだよ.........♪」ペロ...

 

 

 普段の底抜けた明るさのテイオーはそこには居ない。全てのハチミーを両腕に抱えつつ、舌を出して相手を挑発する姿は正に悪魔だった。普段のヒーローさとはかけ離れてしまっている。

 滅茶苦茶だ.........確かにある程度のトラブルや放送事故は覚悟していたさ.........でも、初っ端からこんな酷い事になるなんて.........

 

 

タマ「.........アカン」

 

 

全員「え?」

 

 

 レポーターのタマの呟きに対して、スタジオに居る俺達は疑問の声を上げた。一体どういうことだ?先程まで楽しんでいただろ?お前。

 

 

タマ「オグリンは、自分から食べ物を分け与えてくれることはするんやけど、奪われる事に関しては容赦せぇへん.........目覚めるで、オグリの中の覇王が.........」

 

 

桜木「そ、それって一体―――「カレーライス.........」.........?」

 

 

 静かな声。普段物静かなオグリさんから聞こえてくる声の調子に、何ら変わった様子はない。だが、そこから感じ取れるのは怒り、悲しみ、痛みが、真っ直ぐに伝わってくる。

 

 

オグリ「寿司.........天ぷら.........お好み焼き.........人参ハンバーグ.........」

 

 

オグリ「みんなが丹精込めて作ってくれた食事.........それをただ、食い潰すだけの王達など.........!!!」

 

 

オグリ「生かしておくかァ.........ッッ!!!」

 

 

胃「爆発しますッッ!!!」

 

 

桜木「やめろ!!!そんなことしちゃいけない!!!」

 

 

黒津木「ッ!緊急手術開始の宣言をしろ!!!タキオン!!!」

 

 

タキオン「手術開始ィィィ!!!」ガチャッ!

 

 

 大変なことになってしまった。モニターに映る彼女の瞳はもう、純粋で綺麗なものでは無い。怒りに汚れ、苦しみに塗れた強くも、悲しい目をしていた。

 一方俺の胃は限界を迎えた。黒津木が居てくれて助かった。さすがニューヨークで腕を振るい、病魔を取り去る[ゴッドハント]と呼ばれた男だ。黒津木の呼び掛けと共にタキオンと白銀の奴がスタジオに入ってくる。

 

 

ルドルフ「ふん、残念だがオグリキャップ。もう君の食べる物は何も―――」

 

 

オグリ「黙れ皇帝。私は、何を食べても、食べても!食べてもッッ!!!お前達が取っていった物はもう.........食べられないんだ.........!!!」

 

 

テイオー「つ、付け合せのソースをドレッシングを直で.........!!?ソンナコトシタラオナカコワシチャウヨー!」

 

 

黒津木「メス」

 

 

白銀「はい」

 

 

黒津木「.........あの、これメスじゃないんですけど?強いて言うなら、雌と楽しい事する時に安心する為に使う物の箱なんですけど?」

 

 

白銀「中身見てみ?」

 

 

黒津木「.........カードカーD!!?何これ!!?いつ使うの!!?」

 

 

白銀「使いたくなった時に、手札に加えな」

 

 

黒津木「最低なバンデットキースだな」ポイッ

 

 

 この世で一番汚い物を見るような目で黒津木は白銀を見た。そして女の子と楽しい事をする時に安心出来るものの箱をその場に投げ捨てて行った。

 因みにカードカーDは押収してた。馬鹿野郎だな。絶対に許せん。早く俺の胃を何とかしてくれ。

 

 

タマ「白熱してきたでぇおっちゃん!!!」

 

 

黒津木「でもよジャングズッ!血が!!!」

 

 

タキオン「バイタル低下!!!」

 

 

白銀「泣くなッ!トレセン学園が賑わうんだ!!!安いもんだろ!!!トレーナーの一人くらい!!!」

 

 

 規模が!!!規模が大きいよ白銀!!!お前の目線はもう友達じゃなくて会社経営者だよ!!!

 あぁ〜意識が遠くなってきたなぁ〜。流石に今回は助かりそうにないかもしれん。ヒットマンと戦った時は何とかなりそうだったけど、病気には勝てんか〜.........

 

 

桜木「ゆ、遺言頼んでいい.........?」

 

 

黒津木「うるせぇ!!!俺は今手術で忙しいんだよ!!!せめて患者が死んでからにしてくれ!!!」

 

 

桜木「一人で死ぬの寂しいから創殺しといて.........」

 

 

白銀「おう!!!」ニカッ!

 

 

タキオン「あぁぁぁっはっはぁぁぁぁ!!!トレーナーぐぅ゛ぅ゛ぅん゛!!!」ズビー!

 

 

 あぁタキオン.........そんなに泣いてくれるなんて.........嬉しいなぁ、お前の事は実験大好きマッドサイエンティストの実はノリが良くてよくネット通販で失敗してるDr.電子ジャー渾名はハイパー目が濁ってるとしか思ってなかったけど.........

 

 

桜木「お前と居た三年間.........わ、悪くなかったぜ.........」

 

 

タキオン「私は勝手に薬飲まれて気が気じゃなかったよ」ケロリ

 

 

桜木「うっ」

 

 

 ピーッ

 

 

黒津木「.........死んでしまわれた」

 

 

タキオン「あぁぁぁぁうそうそうそ!!!もちろんジョークさ!!!キミがいなくなったら誰が私の薬を飲むんだい!!?欲しいなー!!!薬飲む人がー!!!」

 

 

桜木「呼んだ?」

 

 

白銀「うわ」

 

 

 切実なるタキオンの願いが俺を復活させた。どうやら彼女の涙には病気を治す効果があるらしい。今度から疲れた時はいぢめようそうしよう。

 

 

桜木「皆さん誠に申し訳ありません。放送事故ですけどこのまま放送を続けさせていただきます。タマモクロスさん?そちらはどうですか?」

 

 

タマ「制限時間はあと30秒!!!中盤リードを作ったトウカイテイオーとシンボリルドルフに追いつくペースでソースやドレッシングを入れていくオグリキャップ!!!差し込んでいくんか!!?」

 

 

 白熱した実況と共に届けられる映像。そこには三人の、もはや生物とは思えない神話上の存在のような威圧感があった。

 その中でも顕著なのがオグリさんだ。もはや食べるものがないはずだったのに、付け合せの漬物やガリ、ソースやドレッシングなどを体に流し込んでいた。

 そして終いには、残っているスープを寸胴鍋ごと持ち上げ飲み干し始めている。あんな食べ方をしているということは相当怒っているに違いない。

 

 

タマ「タイムアップや!!!お箸を置いてカロリー計算の時間やで!!!」

 

 

ルドルフ「くっ.........差し切られたか.........!」

 

 

テイオー「うぅ.........お腹がちゃぷちゃぷいってるよ〜.........」

 

 

オグリ「GALLLLL.........」

 

 

 食べ物の恨みは恐ろしい。もはや人を忘れたオグリさんは獣のように威嚇している。集計係がそれぞれが食べた物の計算を行っている間ずっとだ。本当に怖い。

 

 

タマ「.........あっ!集計結果が出たで!!!勝ったんはオグリンや!!!」

 

 

桜木「だろうね」

 

 

ルドルフ「うっ」バタッ

 

 

テイオー「か、カイチョー!!?」

 

 

 結果を聞かされた瞬間。ルドルフはその場に倒れ伏した。そこまでヘルカイザーに寄せなくていいのに.........

 唯一の救いはテイオーのヘル化は持続が短いところだ。びっくりするような事があれば直ぐに解除される。他二人と比べれば本当に可愛い物だ。

 これで悲しい大食い対決(デュエル)は終わりを告げた。

 

 

桜木「.........えー。ここでCMの代わりに、リポーター休憩室の映像を映します。次の中継は学園内の出し物になります。チャンネルはそのまま」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「う、上手くいった〜.........」

 

 

 何とか乗り切った。学生時代に演劇して置いて良かった。昔から思い込むのは得意分野だ。

 あの大食い大会、俺を飛ばして理事長に話が行ったと言ったが、半分は嘘だ。その後相談を受け、しっかりと俺に通っている。

 だが、人の目を引くのはいつだって人を不快にさせない、非常識なパフォーマンスだ。放送事故を装い、それを放送する事で注目を集める。

 ネットで拡散され、次の放送事故を楽しみにして放送を見始める人間は必ず居る。次がないなんてありえない。だって俺だぞ?

 

 

桜木(それに.........マジで俺に話来てない企画ありそうなんだよなぁ.........)

 

 

 あの理事長の事だ。絶対に現実にそれをやってくる可能性は充分ある。それにこれからどう対処していくのかが問題だ.........

 そう思っていると、不意に休憩室の扉が開けられる。その方向を見ると、先程一芝居打ってくれたタキオンがそこに居た。

 

 

タキオン「やぁトレーナーくん。私の演技はどうだったかな?」

 

 

桜木「完璧だったよタキオン。本当に助かったわ。突然のハプニングもあったけど」

 

 

タキオン「あぁ、まさか白銀くんまで来るとは思わなかったねぇ」

 

 

 白銀の乱入はまさかだった。何とか指摘せずに何とか演技できたが、本当に危なかった。

 だが、おかげで日本史上最高の放送事故を起こせただろう。スマホでネットを確認してみたが、話題はやはり、ファン感謝祭配信についてだった。

 

 

桜木(うっし、この調子で.........頑張ってくか)

 

 

 俺はそう思いながら、さりげなくタキオンが置いた薬に手を伸ばし、口の中へと流し込んで行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「はぁ.........」

 

 

 カウンターに両肘をつき、両手で顔を覆いながらため息を吐きました。その理由はただ一つ。いつも通り、私のトレーナーさんがハチャメチャな事をしでかしたからです。

 

 

「どうしたのマックイーン?ため息なんかついちゃって」

 

 

マック「パーマー.........彼がいつも通りの調子で、映っていただけですわ」

 

 

 横から話しかけてきたのは、お客さんを呼び込む為に外に出ていたはずのパーマーでした。メジロ喫茶と書かれた看板の上に、両手と顎を乗せて私の話を聞き始めました。

 

 

パーマー「あー。マックイーンのトレーナーって大分変だからねー。でもそこが良いんでしょ?」

 

 

マック「良いって.........ま、まぁ別に悪いということもないですけど、やはり全国にあの姿を放送.........しかも、聞いた話によると録画も残すという話です。私のトレーナーとしてはもう少し真面目になって欲しいのですが.........」

 

 

パーマー「えー?あれくらいの方がマックイーンにも他の子にも良いと思うんだけど」

 

 

 その言葉を、私は理解が出来ませんでした。アレが私達に取って良いと言うのは、一体どういうことなのでしょう?

 そんな事が顔に現れていたのか、パーマーは私の顔を見て、静かに笑いました。

 

 

パーマー「そういう所だよ。昔だったらマックイーン、ずっとムスッとしてたじゃん」

 

 

マック「そ、そうでしょうか.........?」

 

 

パーマー「そうそう。メジロの誇りだ使命だって、一人で背負い込もうとしてさー」

 

 

 ま、私はそれが嫌で一回家出したんだけど。と、頬を掻きながら苦笑いを浮かべるパーマー。

 その時私はまだ幼かったのですが、記憶には鮮明に残っています。パーマーはライアンと共に、まだメジロ家に慣れない私と仲良くしてくださった人です。そんな人が急に居なくなってしまい、家の者を困らせたのも、よく覚えています。

 

 

パーマー「可愛かったなー。あの時マックイーン、私の顔みてわんわん泣いちゃって」

 

 

マック「わ、忘れてください!昔の話ですから!!!」

 

 

パーマー「へー。じゃ、今だったら泣かない?」

 

 

 意地悪そうな表情で、パーマーはからかってきました。いつもの意地悪だと分かっていますのに、それを想像した時。私は少し悲しくなってしまいました。

 大切な人が.........自分の身近で、居て当たり前だと思っていた人物が姿を消す。それはどんなに年齢を重ねても.........いえ、年齢を重ねたせいで、昔より心に来てしまいます。

 

 

マック「.........そういう冗談、嫌いです」

 

 

パーマー「アハハ、ごめんごめん!でもさ、マックイーンがトレセン学園入った時のままだったら多分、お好きにどうぞって言われてたと思うよ」

 

 

マック「そ、そんなこと!」

 

 

パーマー「言ってたよ。メジロの誇りや使命が命より大事なマックイーンのままだったら、それを果たせない私の事なんて、意にも介さない」

 

 

 そう、強く彼女に断言され、私はそれ以上反論することは出来ませんでした。

 そんなこと、私は絶対に言わない。けれどそれは、今の私。昔の.........トレーナーさんと出会う前の私のまま、力をつけていたら.........それに気付かされた時、先日彼に言われたことを思い出します。

 

 

『人格ってのは綱渡りみたいなもんで、何かあって踏み外しちまったら、もう別人みたくなっちまうものさ』

 

 

 おふざけの中で出てきたあの言葉。きっと、私は綱渡りをしている最中に、背中を押され、落ちてしまったのでしょう。

 そしてそこは、フラフラとバランスを保つ必要なく、自分を律し続ける必要も無い、ちゃんとした大地。どこまでも広がる地平と、素敵な方々が周りにいる場所.........

 

 

マック「.........そうですね、きっと。言っていたと思います」

 

 

パーマー「でしょ?」

 

 

マック「でも、今は違います。今度は勝手に居なくならないでくださいね?次もちゃんと、周りを困らせるくらいに泣きますから」

 

 

 私がそう、力強く言うと、パーマーは一瞬びっくりしたような表情をしたあと、大きく笑い声を上げました。

 

 

パーマー「アハハハ!そっか、じゃあ今度から、お出かけする時はマックイーンにまず連絡するね」

 

 

マック「そ、そこまで言っていません!私は独占欲の強い夫ですか!!!」

 

 

パーマー「いやー強いでしょ、ライアンも呼ぶ?ちっちゃい頃のマックイーンの独占欲の強さ聞いたらすぐ頷くよ?」

 

 

 そんなことを言われてしまっても、私は昔の思い出を振り返れば思い当たる節が沢山あります。反論することも出来ないほど、彼女達は私に付き合ってくださいました。

 うぅ.........どうして他の人には優しいですのに、パーマーは私に対してそんなに意地悪なんですの.........?

 

 

マック「もう!パーマーはいつも意地悪です!」

 

 

パーマー「ごめんね?マックイーンが可愛いからつい.........」

 

 

 全く、いつもいつもパーマーは私を弄んできます。そんな笑いながら謝られても、全然心に来ません。

 そんな事を思っていても、私は結局、彼女の事を許してしまうのでしょう。彼女が家出をし、帰ってきた日の夜のように、どんなに怒っていても、最終的には許してしまう。

 

 

マック(.........あぁ、これも、好き。という感情なのですね.........)

 

 

 そう思いながら、私は喫茶店の壁に付けられたモニターに目を移しました。そこに映されているのは、スマートファルコンさんが次のリポーターであるブルボンさんに催眠をかけている姿です。

 どんなに突拍子の無いことも、非常識な事や異常事態を引き起こしたとしても、結局は彼を許してしまう。それもまた、一つの好きという感情なのだと悟ります。

 

 

パーマー「.........それでー?どうなの?トレーナーさんとはさ」

 

 

マック「!!?ど、どどど、どうとは?」

 

 

パーマー「あーうん。いいや、今の反応で大体分かっちゃったから」

 

 

マック「どういうことですか!!?私はまだ何も.........ちょっと!!!パーマー!!?」

 

 

 彼女の肩に掴もうと手を伸ばしましたが、彼女の軽い身のこなしにより、ヒョイっと軽くそれを避けられ、その手は空を切りました。

 看板を持ちながら、ニタニタとした笑みを浮かべつつ、声に出さずに口だけでガンバ、と。最近ヘリオスさんに教えてもらったという言葉を発しました。

 カランカラン。扉に付けられた鈴の音が鳴り響いたあとの静寂、私は頭を抱えました。今更、それをからかわれる事には慣れています。 ですが.........

 

 

「マックイーンさんってもしかして.........」

 

 

「いや、私も実は前から.........」

 

 

マック「〜〜〜!パ〜マ〜.........!!!」

 

 

 まだ周りにお客さんが居ることに、私も失念していました。もちろん、こちら側にも非はあります。しかし、分かっててあれをやるということは相当意地悪です。

 次、次にあった時は今度こそ、絶対に許しません。人の恋路を邪魔する輩は〜などという言葉があります。邪魔をされた訳ではありませんが、私には私のペースというものが存在するのです.........!!!

 

 

桜木「えー皆さん、おまたせしました。学園内の中継準備が整いましたので、放送を再開致します」

 

 

「でも、こうして見るとちょっとかっこいいかも.........」

 

 

「確かに〜!」

 

 

 うぅ.........懸念材料が、また一つ増えてしまいました.........そうなんです。彼は本当はとても魅力的な方なんです。普段の言動や行動が滅茶苦茶で隠れてしまっていますが、それに気付かれてしまえば.........

 彼を取られないようにしなければ。そう、結果的に彼女に発破をかけられる形になりながらも、私は自分を奮い立たせました。

 ふ、ファン感謝祭中、いえ、夏の間.........や、やっぱり今年中に.........

 

 

マック「.........はぁ」

 

 

 そんな先延ばしに先延ばしを重ねる自分に悶々としながらも、今はやるべき事をしようと。彼の声に耳を傾けながら、紅茶の茶葉を補充し、ポットを沸かし直しました。

 

 

 

 

 

  ......To be continued



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T「ファン感謝祭という名の地獄」マック「自業自得ではありませんか?」

 

 

 

 

桜木「.........」

 

 

 ファン感謝祭。それは普段であるならば単なるお祭り騒ぎで幕を開け、そのまま幕を閉じるイベントだ。

 だが、今年は違う。URAファイナルズの宣伝やマンネリ防止のため、理事長から直々にファン感謝祭実行委員会に選ばれた俺は、それはもう地獄のような忙しさに身を投じた。

 そして、それは配信イベント中もお構い無しだった。

 

 

理事長「注目ッ!これより!グラスワンダー考案のトレセン笑点を始める!!」

 

 

桜木「あの、俺もやるんです?」

 

 

理事長「勿論ッ!!!」

 

 

 何故、俺が大喜利をしなければ行けないんだ。せめて司会席だろう?なんであんたが歌丸師匠なんだ。

 それにグラスが怖いのなんの。大喜利なのに笑っちゃいけないってなんなの?

 

 

理事長「説明ッ!皆は動物園にいるとするッ!なにか動物を見つけッ!指を指して[あっ!]っと言うのだ!そしたら私が[なんだ?]と言う!それに続いて話してくれ!」

 

 

エル「ハイ!」

 

 

理事長「エルコンドルパサー!」

 

 

エル「あっ!」

 

 

理事長「なんだ?」

 

 

エル「グラスかと思ったら!豚デース!!!」

 

 

 あの時、本当に生きた心地がしなかった。だって俺、隣に居たのに笑っちゃったもん。グラス。めっちゃ怖かった。

 そしてこれだけでは無い。その後は何故か二人羽織で熱々おでんを早食いするという地獄の詰め合わせのような企画をやらされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「.........いつものメンバーが食う係と」

 

 

理事長「うむ!二人羽織で手を担当する四人はこの子達だ!!!」

 

 

 そう言われ、紹介されたのはサクラバクシンオー。メジロブライト。ゴールドシップ。アグネスデジタルだった。

 正直誰を選んでも地獄を見る羽目になるのは確定している。何故なら俺は猫舌だからだ。ゴールドシップとか何してくるか定かじゃないしそこ以外なら.........

 

 

理事長「勿論ッ!くじ引きで決めさせてもらうぞ!!!」

 

 

桜木「」

 

 

黒津木「玲皇.........」

 

 

神威「可哀想.........」

 

 

 哀れみの目を向けられながら、俺達はくじを引いた。黒津木はデジタル。神威はブライト。白銀はゴールドシップ。当たり前だよなぁ?と言いながら彼女に振り返っていたが、興味無さそうにそっぽ向いてて可哀想だった。

 因みに俺はバクシンオー。何とかなりそうだ。

 

 

理事長「注釈ッ!途中で冷めないよう、ガスコンロで沸かしながらやるぞ!!食べる時はよそってな!!!」

 

 

桜木(くそ、俺の浅はかな作戦が.........!)

 

 

 見事に秘策を粉砕されながらも、ちゃんちゃんこを着込む。うーん。この懐かしい感じ、死んだばあちゃんを思い出すぜ.........

 

 

バク「よろしくお願いします!桜木トレーナーさん!」

 

 

桜木「よろしくな」

 

 

ブライト「はわ〜.........殿方の背中というのは、がっしりしてるのですね〜」

 

 

神威「大丈夫?なんかもうのぼせたみたいな喋り方なんだけど.........」

 

 

デジ「なんか、凄いことやってますね.........」

 

 

黒津木「俺もそう思うよ.........」

 

 

 それぞれ会話を交わしながら、ゆっくりと席に座り、おでんが来るのを待つ。各々のテーブルの上にガスコンロがセットされ、おでんが入っているであろう鍋が下ろされ、蓋をあけられる。

 湯気が顔に当たった瞬間。いい匂いとか、美味しそうとか、そんなプラスな思考は存在せず、ただ単に汗が溢れ出た。苦しい時に出る汗だ。気持ちが悪い。

 そう思っていると、おでんの熱を感じとったゴールドシップのテンションが爆上がりし始めた。

 

 

ゴルシ「なーなー!!アタシがいただきますの挨拶していいか!!?」

 

 

桜木「ど、どうぞご自由に.........」

 

 

ゴルシ「この世の食材に感謝を込めて!!!」

 

 

「「「「いただきます!!!」」」」

 

 

((((トリコかな?))))

 

 

 背中にいるウマ娘の手が合わさり、いただきますの合唱が始まる。食べる係の俺達はそれを聞いて、とあるジャンプ漫画の事を思い出した。

 

 

白銀「うんまそぉ〜〜〜!!!」

 

 

黒津木「ひとり立派なグルメ細胞を埋め込まれた奴が居ますね.........」

 

 

 それを思い出したのだろう。一人は完全に一瞬にしてグルメ細胞を埋め込まれた人間が居た。正直、関わりたくない。

 

 

白銀「決めたァ!!!俺はこいつら一品一品をフルコースにしてやるぜ!!!これで俺のフルコースは完成だァ!!!」

 

 

神威「ハハ、随分食卓に並ぶ頻度が高いフルコースだなぁ」

 

 

 本当だ。これがフルコースに設定されたならもうグルメ界とか行かなくていいんじゃないか?GODとか食べたら死ぬでしょ。こんなどこにでもあるおでんがフルコースなんて.........

 

 

白銀「お前はココ?」

 

 

桜木「オレハココジャナイヨ」

 

 

 なんだコイツ、俺がどこかの毒使いに見え始めたのか?薬でもやっているのだろうか?そう思っていると、不意に頬に熱い空気が当たり始める。もしやと思いその方向を見ると、俺はギョッとした。

 

 

バク「桜木さん!!お口はどこですか!!」

 

 

桜木「待って!!今むくから!!よし向いた!!」

 

 

バク「分かりました!!!バクシーン!!!」

 

 

桜木「あ゛ぁ゛ぁ゛ぁぁぁッッッつぁッ!!!」

 

 

 こ、コイツ!!!大根丸々一個俺の口に突き入れてきやがった!!!せめて箸で切り分けてよ!!!もしや俺一番ダメな人材を引いてしまったのでは!!?

 い、いや!!!ほかのやつらもきっと同じことになってるはずだ!!!絶対口とか火傷して.........

 

 

ゴルシ「おい、ふーふーしたか?」

 

 

白銀「した」

 

 

ゴルシ「よし、あーん」

 

 

白銀「あーん.........ん〜、んま」

 

 

 なんだアレ、一番健全じゃねぇか。納得いかねぇ.........ゴールドシップが真面目に二人羽織してるなんて.........

 

 

ブライト「司書様は〜、おでん、お好きですか〜?」

 

 

神威「す、好きだよ?美味しいし.........あの、そろそろ食べさせてくれる?」

 

 

ブライト「かしこまりましたわ〜」

 

 

神威「.........おー、割と冷まされてる」

 

 

 くっ、なんて画期的な方法を取ってるんだ神威のやつ.........確かに、橋で持って外気に触れさせれば、少しは冷ませる.........俺もブライトと組めばよかったかも.........

 

 

デジ「あの、ふぅふぅは?」

 

 

黒津木「要らないからいいよ。遠慮しないで」

 

 

 くそァ!!!これだから北海道外出身のやつは!!!俺の苦しみも分からないで!!!熱いものふぅふぅもしないで食べるとかありえない!!!

 そう思っていると、不意に背中側から不穏な気配を感じ始める。やめろバクちゃん。勝ち負けとかもう関係ないから.........美味しくおでん食べさせて.........

 

 

バク「桜木さん!!悠長な事をしてる場合ではありませんよ!!このままでは負けてしまいます!!鍋から直接食べましょう!!」

 

 

桜木「はァ!!?ざっけん「バクシーン!!!」なア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そのイベントが終わった後、今度はちゃんと俺に告知されていないイベントが始まった。

 名付けてカラオケタッグバトル。ゴールドシップが主催のイベントだ。ふざけるな、お前はもういきなりお笑い決勝戦(※pixivのファン感謝祭で一番盛り上がることがしてぇ!!!参照)をやっただろ。欲張りさんめ。

 

 

ゴルシ「まーそんなカッカすんなよおっちゃん♪銀河がひとつ消えちまうぞ♡」

 

 

桜木「禿げる以上にリスクでかいな」

 

 

ゴルシ「という訳でもうおっちゃんが居ない間に準決勝までやっちまったぜ!!」

 

 

桜木「はやない!!?」

 

 

 思わずへんな言葉遣いで突っ込んでしまった。いや、ゴールドシップだからと言われれば納得できるが、流石にこれは酷い。なんせ準決勝に進まなかった人達はその自慢の声を放送に載せれなかったのだ。可哀想に。

 

 

ゴルシ「因みに敗退してった奴らの歌はアタシのパカチューブで見てくれよな♪」

 

 

桜木「そういうところ本当上手いよな、お前」

 

 

 そう言うと、隣でゴールドシップはにへへと笑った。こういう素直さが人に好かれる所なのだろう。白銀のやつもこれにやられたのか.........

 

 

ゴルシ「うっし!じゃあ準決勝第一試合!!チーム[エンカ]の!!キタサンブラックとそのじーちゃんだ!!!」

 

 

桜木「え!!?一般の人も参加すんの!!?」

 

 

 俺がそう聞くと、隣にいるコイツは何言ってるんだ?当たり前だろ?と言うふうに首を傾げた。お前のそういう所があのバカに似てんだよ。言ってないことをさも言ったように振る舞うな。

 

 

キタ「よ、よろしくお願いします!」

 

 

キタ爺「えーキタちゃん共々、頑張らせていただきます」

 

 

桜木(.........おい、俺あの人テレビで見た事あっぞ)

 

 

ゴルシ(おん?あったりめーだろ?大物演歌歌手だぞ?)

 

 

 突然衝撃的事実に雷が落とされる。知らなかった.........キタちゃんのおじいちゃんって、演歌歌手だったのか.........そう思ったらなんかお父さんの方も見た事あるな.........

 あ、あー.........なんか着物着て演歌歌ってた姿見た事あるわ。今なんかパズルのピースがハマった。実は凄い家の子なんだな、キタちゃんって.........

 そう思いながら、俺は二人のこぶしと思いの乗った歌に聞き惚れていた。この年でこの声量.........すごい人材だ。ぜひ歌手デビューをして欲しい。

 

 

ゴルシ「凄かったなー!!対戦相手が可哀想なくらいだぜー!!」

 

 

桜木「だなー、よし対戦相手の人を.........え?降参した?流石に大物演歌歌手は倒せない?」

 

 

 まぁ、妥当だな。流石にあの歌唱力の後で出てきても、あまりいいコメントは残せない。それにしてもすごい人を呼んできたなキタちゃん。

 

 

ゴルシ「という訳でチーム[エンカ]決勝進出だー!!」

 

 

キタ「やったー!!一緒に温泉旅行行こうね!!おじいちゃん!!」

 

 

キタ爺「ハハハ!そうだな!」

 

 

 軽快に笑いながら颯爽と去っていく二人の後ろ姿を見て、この先の勝ちを確信した。きっとこの二人よりすごい人は居ないだろう.........そう、思っていた。

 

 

ゴルシ「次の準決勝第二試合はこの二人からだー!!チーム[サターン]のサトノダイヤモンド!!」

 

 

ダイヤ「よろしくお願いします!!」

 

 

桜木(.........ん?)

 

 

 ゴールドシップに促されて登場したのはサトノダイヤモンド。しかし、俺が疑問に思ったのはそこではない。彼女の後ろに着いてきた男性だ。

 誰だ.........?知らない、はずなのに.........何故か俺は、この男の人を知っている気がする。

 

 

ゴルシ「二人はどういう関係なんだー?まさか、そこら辺の人を拉致ってきたのか!!?」

 

 

ダイヤ「ら、拉致だなんて!!違います!!私のお父さんの会社の部下さんです!!お歌がとっても上手なんですよ?」

 

 

「はは、お恥ずかしい限りです」

 

 

 んー、この声もどこかで聞き覚えが.........ま、まぁ、歌い始めたらきっと分かるだろう。

 そうこうしている内に歌が始まるイントロが流れ、俺は彼の声に耳を傾けた。

 

 

「きーおくのなーかに〜♪」

 

 

桜木(あっ、あああああああああ!!!!!!!!!!???????????)

 

 

 知ってる!!!ぜっっったい知ってる!!!この人あれだろ!!?日本一歌が上手いサラリーマンの人だろ!!?うーわ一時期曲聴き漁ってたわ!!!

 つーか何!!?ダイヤちゃんもしかしてSEG〇の人なの!!?ちょっと要望言おうかな、最近のSEGAのゲームのロゴの言い方気に食わないんだよね。

 なに?あのセ〇ッって、違うだろ!!?セ〜〇〜だろ!!!なーんでカッコつけちゃうかなー!!!

 

 

 そんな悶々としている内に、曲は終わってしまった。す、素晴らしかった.........一ゲームファンとして、今ここに生きてて本当に良かった.........

 

 

ゴルシ「凄かったなーおっちゃん!!こりゃ対戦相手も「すいません......」お?」

 

 

桜木「あの、一瞬だけで良いんで、DAYTONA歌ってくれません?」

 

 

「良いですよ?」

 

 

「スゥー.........デイトォォォ〜〜〜ナァァァ〜〜〜〜〜!!!Let’s Go Away!!!」

 

 

ゴルシ「おおおおお.........!!!すっげー肺活量だなー!!!肺に植物でも栽培してんのか!!?」

 

 

桜木「ありがとう...ありがとう...」

 

 

 最高に嬉しかった。嬉しすぎてせがた三四郎になりかけた.........

 もうこれだけでゴールドシップに文句を言う気も失せてしまった。ダイヤちゃん。君の会社のゲームはあまりやった事ないけど、ソニックヒーローズの新作かリメイク、待ってます。あ、それとPS〇2もう少し何とかしてください。

 そしてやはり、対戦相手は降参してしまった。どうやら先程の歌声に胸を打たれたらしい。商品は要らないからサインが欲しいと言い出したそうな。

 

 

桜木「.........つか、優勝賞品ってどこの経費だ?まさか俺の知らない間に口座番号抜かれてんじゃ.........」

 

 

ゴルシ「いや?白銀が出してくれたぞ?面白そうだからって」

 

 

 アイツ.........また無駄遣いしやがって、金遣い荒いのは前々からだけど、大富豪になってから磨きがかかってやがる。

 さーてと、次は決勝戦。きっと白熱した戦いになるんだろうなぁ.........そう思いながら、俺は二人のチームをステージに呼んだ。

 しかし.........

 

 

キタ「.........グス」

 

 

ダイヤ「.........ヒグ」

 

 

桜木「えぇ!!?この手の放送事故はキツイんですけど!!?」

 

 

 なんと、二人ともまさかの泣きながらの登場。流石のトラブルに強い桜木さんもてんやわんやで大混乱。

 大人が慌ててどうする、そう叱責するように背中をゴールドシップにはたかれた。思わず彼女の方を見ると、そこにはいつも通りの笑顔があった。

 

 

ゴルシ「おいおいおい!!どうしちまったんだー!!?まさかおじいさんはスペースサイドにエイリアンを滅ぼしに!!部下は人体実験を繰り返す悪の組織を壊滅させに行ったのかー!!?」

 

 

キタ「う、ううん。おじいちゃん、急にお仕事が入っちゃったの.........」

 

 

ダイヤ「ぶ、部下さんは、急にばーちゃろん?の新作?がって.........」

 

 

 なるほど、二人ともそれぞれ同じ様な理由でパートナーが居なくなってしまったわけだ。せっかくここまで来たのに、不戦敗、という訳には行かない。

 かと言ってここでそれぞれソロで歌うとなれば、それは真新しさが無い。やっている事は普通のカラオケだ。ならば、やることは一つだけだ。

 

 

桜木「さて、このトラブルをどう乗り越えるのでしょう。注目の展開は、休憩室中継の後!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「.........それで、私が呼ばれたのですね?」

 

 

 ごめん、と言って、彼は頭を下げその両の手を擦り合わせました。まぁ、今回に関しては致し方ありません。説明さえ受ければ、今回の事は十分許せる物です。

 

 

ゴルシ「ま、まさかおっちゃんが自分から進んでマックちゃんとデュエットするなんて.........!!」

 

 

桜木「俺だって嫌だったよ!!」

 

 

マック「.........その言い方では、まるで私と歌うのが嫌だと聞こえるのですが?」

 

 

 そう聞こえたのならごめん、と素直に謝る彼の顔を見るに、どうやら本当にそう思っての発言ではなかったようです。少し安心しました。

 しかし、彼とデュエットをするのも今回で何回目でしょう、今度こそ。まともな曲で歌いたいもの―――

 

 

南坂「桜木さん!もうそろそろこちらにカメラ回ってしまいます!」

 

 

桜木「まずい!マックイーン!裏に回ろう!」

 

 

マック「ちょ、ちょっと!歌う曲はどうするんですの!!?」

 

 

桜木「ゴールドシップ頼んだ!!!」

 

 

 その言葉にギョッとし、彼に強く手を引かれながら、私は後方にいる彼女の方に首をまわし、目を向けました。

 そこには、酷くニヤついた様子の笑顔をで、半目のゴールドシップさんが手をユラユラと振っていました.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゴルシ「おーっし!!オマエらー!!チャンネルはそのままだったかー?数分ぶりに会えたゴルシちゃんのご尊顔はどうだ?嬉しくなっちまうだろ!!?」

 

 

 ステージ裏の配信モニターから見える彼女は、どこか先程より嬉しげであった。隣にいるマックイーンはソワソワしながら、これからの展開に不安を感じている。

 

 

桜木「.........不安か?」

 

 

マック「.........だって、あのゴールドシップさんですのよ?絶対、まともな選曲じゃありませんわ」

 

 

 そう言いながら、彼女はため息を吐いた。確かに、彼女の言うことも最もだ。アレがまともな選曲をしてくるはずがない。

 だが、それでも.........

 

 

桜木「なぁマックイーン。それでも俺達二人は、あの子達を泣かせたままに出来なかった。だろ?」

 

 

マック「.........本当、お人好しな人です」

 

 

桜木「.........お互い様だ」

 

 

 二人で微笑みを交わしながら、俺達はモニターに目を向ける。彼女との距離は、手が届くか届かないかの距離だ。きっと伸ばせば、すぐにでも指が触れ合う。

 だけど、俺達にそれは必要ない。例え手を繋いでいなくとも、言葉を紡いでなくとも、心には一直線に伸びる想いが伝っている。

 どんなにくだらない日常でも、どんなに心を打ち負かす非日常でも、俺達二人は、この繋がりを断ち切られる度、それより強い想いで繋がってきたと思っている。

 

 

ゴルシ「今回は特例で!!決勝に上がってきた二人がタッグを結成だー!!そして!!それに対抗するタッグは!!チーム[平均身長]だー!!」

 

 

キタ「えぇー!!?」

 

 

ダイヤ「お、おじ様とマックイーンさん!!?」

 

 

 ステージに出てくると、用意された椅子に座っていた二人が勢い良く立ち上がった。こういう反応されると、期待に応えたくなるものだ。

 しかし、チーム平均身長は中々いい名前だ。俺もマックイーンも男女の平均身長ピッタリの背丈だ。

 

 

キタ「お、お二人の胸を借りるつもりで!!」

 

 

ダイヤ「頑張って歌います!!!」

 

 

 二人はもうやる気十分、先程までの悲しみはもう吹っ飛んだようだ。これならば、俺達が体を張って出てきた甲斐が有る。

 

 

ゴルシ「よーし!!そんじゃあ先行はおっちゃん達な!!アタシが選曲した曲を流してやるよ!!」

 

 

 そう言って、ゴールドシップは南坂さんに合図を出す。それにしても手際が良いなあの人.........何かやってたんだろうか?カラオケ音源を機材に差し込み、音が会場、そして配信にクリアに乗るように操作をする。

 やはり、トラブルというのは一人で何とかしようとするから苦しいのだ。頼もしい仲間さえ居れば、何とかなる.........ありがとう、ゴールドシップ。

 

 

 パーヤ♪パーヤ♪パッパヤッパヤ♪パッパッパヤッパー♪

 

 

桜木(三年目の浮気じゃねぇかッ!!!)

 

 

 そのイントロを聞いた瞬間、俺はマックイーンの方を見た。彼女も困惑した様子で、俺の顔を見るように視線を向けた。

 椅子に座った二人はよく分からない曲のようで、どうして俺達が困惑しているのか分からないらしい。だが、ゴールドシップと配信のコメント欄は分かっているように俺達をおちょくってくる。

 絶対に許さんぞ.........これが終わったらどうなるか.........なんて、思っている暇も無い。俺はとにかく、三年目に浮気をした亭主関白の夫だ。そうなりきるんだ.........!

 

 

桜木「っバカ言ってんじゃないよ〜♪お前と、俺はぁ〜?喧嘩もしたけど一つ屋根の下暮らしてきたんだぜ〜?♪」

 

 

桜木「馬鹿言ってんじゃないよ......♪お前の事だけぇは〜♪一日たりとも忘れた事など無かった俺だぜぇ〜♪」

 

 

 

 

 

 ―――最初は困惑気味でしたのに、歌い出した途端、彼はノリノリで歌い始めました。それは正に、浮気で開き直る夫のような物です。

 なんでしょう.........?別に、彼とはそういう間柄ではありませんのに、ムカッとしてきました。

 

 

マック「よく言うわ〜♪いつも騙してばかりで〜♪私が何にも知らない♪とでも思っているのね〜♪」

 

 

 そうよ!本当にいつもいつも終わった頃に事の顛末を言うの!!自分一人で何とかしようって!!いつもいつも!!

 それだけじゃないわ!!今思えば新人の時だって!!いきなりアグネスタキオンさんとも契約したいだなんて!!!アレは今思えば浮気だわ!!!契約したのは私が後だけど!!!

 

 

 

 

 

 ―――えぇぇ!!?な、なんか怒ってらっしゃる!!?歌声に怒りが乗っかってきているのが伝わってきますけどマックイーン様!!?

 え、ええい!!まだ二十年も生きていない小娘に気圧されてたまるか!!!俺は昭和の亭主関白だぞ!!!

 

 

桜木「よく言うよ〜♪惚れたお前の負けだよ〜♪もてない男が好きなら♪俺も考え直すぜぇ〜〜〜♪」

 

 

マック(な、なんですって〜〜〜.........!!!)

 

 

 

 

 

 ―――こ、この人は.........まっっったく悪びれる様子も無く、惚れた私が悪いですって!!?ゆ、許せないわ.........!!ここまで心を掻き乱されたのは初めてよ.........!!!

 次から次へと.........!!タキオンさんだけに飽き足らず!!ウララさんにライスさん!!他のトレーナーさんが受け持っていたブルボンさんに!!!マネージャーとしてデジタルさんまで!!!もう許せない!!!

 

 

マック「バカ言ってんじゃないわ!!!♪」

 

 

桜木「(語気が強い!!?)バカ言ってんじゃないよ〜.........♪」

 

 

マック「遊ばれてるの分からないなんて可哀想だわ〜♪」

 

 

 

 

 

 ―――なんだろう、俺、なんかしてしまったか?君を怒らせるような事、ここ最近は本当に大人しくしてたつもりなんだけど.........

 怖すぎてもうビクビクしながら歌ってる。きっと浮気がバレた男ってこんな気持ちなんだろうなぁ.........

 

 

桜木「三年目〜の浮気ぐら〜い多めに見・ろ・よ♪」ビクビク

 

 

マック「開き直〜るその態度〜が気にいらないのよぉ〜!!!♪」

 

 

桜木「三年目〜の浮気ぐら〜い多めに見・て・よ.........?♪」グスン

 

 

マック「両手をつい〜て謝ったって〜許してあ・げ・ない!!!!!♪」プイ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゴルシ「いやー凄かったなーオマエら!!視聴者投票の公正な審査の結果!!勝ったのはチーム[平均身長]だー!!!」

 

 

桜木「.........」メソメソ

 

 

マック「あの、えっと.........」オロオロ

 

 

 勝ちました。ええ、それは良いです。どんな物事でも、勝利というのは心に気持ちの良い物を与えてくれる物です。

 しかし、代償があまりにも大きすぎます。まさか彼にここまでダメージが入ってしまうなんて.........役に入り込みすぎる、というのも考え物ですわね.........

 

 

キタ「す、凄かったね。ダイヤちゃん.........!」

 

 

ダイヤ「うん!なんか、本当の夫婦喧嘩みたい.........!」

 

 

 そ、そう思われるのは悪い気は.........というより、良い気しかしませんが、今はそんな事にうつつを抜かしている暇はありません。ここ最近頑張り尽くしだった彼に、酷い事をしてしまいました.........

 

 

マック「そ、その、ごめんなさい。役に入り込んでしまい、あんなに強く.........」

 

 

桜木「!そ、そうなの.........?凄いな.........役者の才能あるよそれ」

 

 

マック「そう、でしょうか?」

 

 

桜木「うん!あんな一瞬であそこまで心情を作り上げるなんて、そうそうできることじゃないからね。レース引退しても、テレビで沢山見れるんだろうなぁ」

 

 

 先程まで悲しそうに静かに泣いていた彼でしたのに、訳を話した瞬間からはケロリと切り替えていました。その上、私の事まで褒めて.........

 全く、本当にお人好しな人です。私のせいで悲しい思いをしたのに、あわや褒めるだなんて.........

 

 

ゴルシ「終わりよければすべてよしって事で!!優勝賞品の「待った!!!」―――んだよー!!」

 

 

桜木「俺達二人が貰っても正直使えん。だよな?マックイーン」

 

 

マック「.........そうですわね、まさかトレーナーさんと行く訳には行きませんから」

 

 

 まぁ、行きたい気も山々ですが、まだその時期ではありませんし、そもそも気が気でありません。温泉に行った所で、楽しめる気がしません。

 それに、今でなくても機会と関係があればいつかは行けます。今、このなんとも言えない男女の関係のまま行くより、ハッキリさせてからの方が楽しめます。

 

 

桜木「俺から白銀にもう一組追加で言っとくから、それはキタちゃん達にあげようと思う」

 

 

マック「ええ、その方がきっと良いです。そういう訳でお二人共。こちらはお渡ししますわ」

 

 

 私は額縁に入った温泉旅行券をお二人に渡すと、彼女達はその目を輝かせ、お互いの顔を見合った後、私達の方へ満面の笑みを向けてくださいました。

 

 

二人「ありがとうございます!!!」

 

 

ゴルシ「っかー!!勝負に気を取られて子供の笑顔を守る事を忘れちまってたー!!これじゃあスペースゴルジャー失格だぜ.........」

 

 

ゴルシ「まーでもよー!!二人が優勝した事は変わりねーからトロフィーは受け取ってくれよな♪」

 

 

 そう言いながら、彼女はどこからともなく巨大なマイクを模したトロフィーを持ち上げ、私達の方へと歩いてきました。

 それを、彼と一緒に手を伸ばし、受け取りました。それにしても、中々の重さです.........

 そうしていると、視界の端の方に動く何かが見えます。何かと思い見てみると、それは桐生院さんが動かしたカンペでした。それには、「トロフィーを二人で挟むようにしてカメラ!!」と書かれていました。

 

 

桜木「マックイーン、笑顔でな」

 

 

マック「それはこちらのセリフです。なるべくカメラ写り良く笑ってくださいね?」

 

 

桜木「ハハ、善処するよ」

 

 

 桐生院さんの指示通り、トロフィーを挟むようにしてカメラに笑顔を向けました。トラブルはありましたが、これもいい思い出になったと感じました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「つ、疲れた.........」

 

 

南坂「お疲れ様です。桜木さん」

 

 

 配信休憩室。まさか歌うとは思っていなかった為、体力消費がとても激しかった。いくら歌の練習もしていたとはいえ、年月が経てば歌い方もその筋肉も劣化してくるものだ。

 

 

桐生院「それにしても、南坂さんの手際。すごい良かったです」

 

 

桜木「あっ!そうですよ!昔なんかしてたんですか?」

 

 

南坂「あはは、いやー。高校時代、大学の入学費とか払うのに色々バイトしてたんです。機材とかもいじる機会があったので.........」

 

 

 どこか恥ずかしそうにそう喋る南坂さん。そうか、この人も苦労してトレーナーになったんだな.........今じゃこんな、トレーナー業とは関係の無い仕事をやらされて.........

 いや、指名したのは俺だから実質俺が悪いじゃん。理事長が悪いよあの権力ヤクザロリっ子が。

 

 

桜木「そんな過ごし方してたら部活とか出来なかったんじゃないですか?」

 

 

南坂「まぁ、部活は出来ませんでしたけど、友達とバンドしてましたよ」

 

 

桐生院「へー!!じゃあ!ぎたー?とかも、こう......ジャーンってできるんですか!!?」

 

 

 この質問もまた照れながら彼は答える。ポジション的にはギターだったらしい。さぞ学生時代はモテただろう。この優しいルックスでギターも引けるなんて完璧すぎやしないか?

 

 

南坂「桜木さんはどうです?音楽とか歌い方とか聞く限り、やってたイメージはあるんですけど」

 

 

桜木「あー、高校時代に白銀が言い出しっぺでやろうとしたんですけど、創が楽器買った瞬間みんな飽きましたよ」

 

 

 あれは酷かった。金欠で一人だけ楽器買えなかったので、白銀のキーボードを借りて練習してたが、買った瞬間にみんな飽きたんだ。俺も飽きた。

 バンド.........そういえば、次の大きいイベントと言えばナリタタイシン達のバンドコンサートだろう。まぁコピーバンドだが、クオリティは練習を見ていた黒津木が保証している。期待は出来る。

 そんなことを考えていると、休憩室の扉をノックされる。俺が反応する前に南坂さんが反応し、入室を促した。流石の反応の速さ。これがモテる秘訣か.........

 

 

「失礼しまーす!!」

 

 

桜木「あら、ウララじゃんか!他のみんなもどうしたの?」

 

 

 入ってきたのはウララを筆頭に、ライスとブルボン。そしてデジタルであった。1体どうしたのだろう?もしかして何か困ったことでもあったのだろうか?

 しかし、入ってきたみんなの表情はそんな俺の予想に反して、ポジティブなものであった。

 

 

ウララ「あのねあのね!!トレーナーが頑張ってると思ってね!!休み時間にクッキー作ったんだよ!!」

 

 

ライス「こ、今度はちゃんとお砂糖で作ったから、しょっぱくないよ?」

 

 

ブルボン「皆さんの分もあるので、食べてください」

 

 

 そう言いながら、ブルボンはその手に持っていた紙袋を俺に渡してきてくれた。中身を見ると、確かにたくさんのクッキーが入っていた。

 これはありがたい。休憩室のテーブルに皿を置き、そこにクッキーを乗せる。

 

 

桜木「ありがとうなわざわざ、忙しかったろ?」

 

 

デジ「ふふふ.........トレーナーさんがいい物を見せてくれたおかげでどうにかなりましたよ.........!忙しさなんて!!」

 

 

 いい物.........?一体、俺はデジタルに何かしてやったのだろうか?とても気になるな。

 そう思い、俺が何をしたのかをデジタルに聞いてみると、同じアグネスの名を冠するタキオンの様な薄気味悪い笑みを浮かべ、スマホを取り出した。

 

 

「バカイッテンジャナイヨ〜♪」

 

 

桜木「おっ、お前.........」

 

 

デジ「いや〜〜〜!!まさかあの伝説の三年目の浮気がもう一度!!!しかもアーカイブに残るだなんて.........!!!ありがとうございます!!!トレーナーさん!!!」

 

 

桜木「ヅァァァァァァッッ!!!そうだあれ永久保存確定だァァァァァァァ!!!!!」

 

 

 抜かった。そうだあれアーカイブ残るんだ.........その場でうずくまりながら絶望に付す俺とは対照的に、デジタルは嬉しそうな足取りで休憩室を出ていった。

 他の子達も俺を心配しつつも、自分の出し物があるから出ていってしまった。俺はしばらくうなだれながら、何とかテーブルの方まで這いずって行き、椅子に座り込む。

 

 

桐生院「えっと.........」

 

 

南坂「.........ドンマイです。桜木さん」

 

 

桜木「また.........アイツらにからかわれる.........」

 

 

 これから先に待ち受ける地獄を想像しながら、クッキーを皿から取り、口へと運ぶ。サクサクとした食感に味覚から感じ取れる糖が脳の疲れを癒してくれる.........

 このまま、俺の将来も癒してくれればいいのに。そんな事を思いながら、俺は一時の安らぎを噛み締めるのであった。

 

 

 

 

 

  ......To be continued



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T「ロックとオペラとヒーローショー」

 

 

 静まり返るステージを中心とした世界。そこでは今から、ナリタタイシン達が今日の為に練習してきたバンドを披露することになっている。

 トラブルの予兆は無い。正直、彼女達に関しては心配する事はないだろう。きっと、このライブを成功させる事ができる。

 

 

南坂「配信音響準備出来ました。会場の演出はどうですか?」

 

 

「すいませーん!このライトってサビで使うんでしたっけ!!?」

 

 

南坂「.........すいません、僕ここから離れてしまっても大丈夫ですか?」

 

 

 無線でのやり取りをしていた南坂さんであったが、演出の方が心配なのだろう。俺もさっきの声を聞いていて不安になってしまった。ここに残っていてくれるより、行ってくれた方が気が楽だ。

 

 

桜木「構いませんよ。配信ペースは体内時計で何とかなりますから」

 

 

南坂「ありがとうございます!」

 

 

 そう礼を言った後、彼は足早にここを去って行った。ライブが始まるまで後十分ほど、ここからなら充分間に合うペースだ。

 残すイベントはこれと、ヒーローショーだけだ。それが終われば、俺のこの大役ともおさらばになる。寂しい気持ちが無い訳では無いが、それでも楽になる気持ちの方が幾分か高い。

 

 

桜木「.........頑張ってくれよ」

 

 

 青春。俺の最も熱かった時代。そして、最も絶望した時代。あの日得た物と失った物を天秤にかければ、一体どちらが傾くのだろう。あの頃は、きっと失った物の方が多かった気がする。

 だが、時が経てばあの経験が、俺の人生を培い、多くの体験や人を巡り合わせてくれた。今考えればきっと、得た物の方が多いのだろう。

 失ったのは一時の利き腕の感覚と、正体を見誤った夢の存在。得た物は、死を本能で感じとり、自然を悟った経験と、かけがえのない者達。今天秤にかければ、どちらが重いかなんて明白だ。

 

 

黒津木「.........羨ましいか?」

 

 

桜木「バカ言え。俺ぁもうとっくのとうに、青春を忘れちまったおじさんだよ。テメェらとバカ騒ぎしてた事しか覚えてねぇ」

 

 

黒津木「ハハ、アルツハイマーの疑いがあるから腕の良い動物病院紹介しとくね」

 

 

桜木「せめて人用にしてくれ」

 

 

 軽口を叩き合いながら、盛り上がりをようやく見せ始めた会場を映すモニターに視線をやる。ステージ上には、どうやら始まる為の演出のスモークが撒かれ始めた。

 いよいよ、ライブが始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「いよいよですわね.........」

 

 

テイオー「ボク、こういうバンドのライブとか見るの初めてだからドキドキしてくるよ〜.........♪」

 

 

 薄暗い会場。普段ならば、その暗さに少し恐ろしさを感じている所ですが、今は多くの観客の熱に当てられ、私も思わずソワソワとしてしまいます。

 まだかまだかと言うように、多くの人がざわめきを小さくも、確かに発していると、徐々にステージに光を灯し始めました。

 そこでは、センターのスタンドマイクの前でギターを持ち、堂々と立つナリタタイシンさん。ドラムを前に座るビワハヤヒデさん。キーボードを触りたそうにしているウイニングチケットさん。そして、正体不明の黒子の方がもう一台のギターを持っていました。

 

 

タイシン「.........」

 

 

 三本の指を頭上にあげ、ひとつずつ折り曲げていくのに合わせ、会場は徐々に静まりを見せていきます。いよいよ、ライブが始まるのです。

 指が全て、タイシンさんの手の内に入ったその瞬間。その手をギターに掛けましました。

 大きな音が来る。その予想に反して聞こえてくるのは一つの音だけ。それを追うように、もう一つ音が響いた瞬間。ようやくギターのメロディが流れ始めました。

 

 

テイオー(わー!!これ知ってるー!!トレーナーが車でかけるやつだよ!!)

 

 

マック(た、確かにそうですわ.........!)

 

 

 隣にいる彼女にそう言われ、あの曲のタイトルを思い出そうと必死に捻り出します。しかし、イントロの間にそれが出てくる事はありませんでした。

 歌が始まる。最初の演奏で声を上げていた方達も、歌を聞かなければ始まらないと思ったのか、ざわめきは一旦収まりました。

 ギターに目を向けていたタイシンさんが、その目を会場に、ここにいる人々に向けました。

 

 

「午前二時。踏切に。望遠鏡を担いでった」

 

 

 静かな声でありながら、芯のある歌声。それは歌うと言うより、人の心に語りかける様な静かさでした。

 それとは対照的に、人々は大きくざわめきを起こします。きっと、彼女がここまで歌える事に驚いたのでしょう。現に私も、今のこの状況に驚いております。

 

 

「ベルトに結んだラジオ。雨は降らないらしい」

 

 

「二分後に君は来た。大袈裟な荷物しょってきた」

 

 

「始めようか、天体観測。ほうき星を探して」

 

 

 徐々に声に強さがこもってきました。それに心が振るわされるような感覚になっていきます。きっと、彼女の声がこの歌と親和性があるのでしょう。

 

 

「今まで見てきたものは全部。覚えている」

 

 

「君の震える手を、握ろうとしたあの日は.........!」

 

 

 サビへと入る直前。語りかける声は、もうその声を世界に届ける様な力強い物へと変わっていました。チケットさんのキーボードやハヤヒデさんのドラム。黒子さんのベースも、最初の頃より力強さを帯びている気がします。

 

 

「見えてる物を見ようとして!!!」

 

 

「望遠鏡を覗き込んだ!!!」

 

 

「静寂を!切り裂いて!幾つも声が産まれたよ!!!」

 

 

「明日がボクらを呼んだって!!!返事もろくにしなかったァ!!!」

 

 

「今という!ほうき星!!今も二人追いかけている!!!」

 

 

「uh year! aha♪」

 

 

 サビを歌い切り、そのまま二番.........とは 行かず、そのままCメロに行くための間奏になりました。

 既にここで観客の人達は私を含め、曲のクオリティの高さに圧巻されていました。これはもう、プロと言っても差し支えないのでは無いのでしょうか?ここまでにする為に、たくさん練習した事が伺えます。

 

 

「背が伸びるにつれて、伝えたい事も増えてった」

 

 

「宛名のない手紙も、崩れるほど重なった.........!」

 

 

「ボクは元気でいるよ?心配事も少ないよ?!」

 

 

「ただ!一つ!!今も思い出すよ!!!」

 

 

 彼女の思い。その全てが乗るように、それが誰かに伝わるようにしっかりと声が響いてきます。彼女は一体、この気持ちを誰に伝えているのでしょう?

 その歌詞に心を重ね、その歌に想いを乗せた歌い方は、最後まで私達を彼女の世界に引き寄せました。

 

 

「予報はずれの雨に打たれて、泣き出しそうな」

 

 

「君の!震える手を!!握れなかったあの日を.........!!!」

 

 

「見えてる物を見落として!!!望遠鏡をまた担いで!!!」

 

 

「静寂と!暗闇の!!帰り道を駆け抜けた!!!」

 

 

「そうして知った痛みが!!!未だにボクを支えている!!!」

 

 

「今という!ほうき星!!今も一人追いかけているっ!!!」

 

 

「もう一度君に会おうとして!!!望遠鏡をまた担いで!!!」

 

 

「前と同じっ!!!午前二時っ!!!踏切まで駆けてくよぉ!!!」

 

 

 ウイニングライブのそれとは違う歌い方のせいか、彼女の声は既に枯れ始め、声の裏返りも目立ち始めています。

 しかし、そんな事すら気にならないほど、彼女の熱に当てられ、熱くなる観客。私もそれに釣られ、胸が暑くなってしまいます。

 

 

「始めようか!天体観測!!二分後に君が来なくとぉもっ!!!」

 

 

「今というっ!ほうき星っ!!」

 

 

「今も二人追いかぁけているッッ!!!」

 

 

「uh year! aha♪ah... aha year year!!!♪」

 

 

 ステージの周りを埋め尽くすほどの観客。その全てが、きっとこの歌声に衝撃を受け、そして聞き惚れていた。

 汗を振りまきながら、彼女が最後にギターに手を振り下ろした余韻。それを全員感じ終えると、拍手喝采が巻き起こりました。

 

 

「うおおおおおおお!!!タイシーーーン!!!最高だったぞーーー!!!」

 

 

タイシン「ちょ!!?」

 

 

 会場に響き渡る男性の声。それに反応するように怒った顔を見せるタイシンさん。どうやら、彼女のトレーナーさんみたいです。怒った顔を見せつつも、その裏には嬉しさが込み上げているのを隠しきれていませんでした。

 

 

マック「素晴らしかったですわね.........」

 

 

テイオー「いいないいなー!ボクもあんなふうにギターとか弾いてみたいよ〜!」

 

 

マック「あら、ではまず練習しなくては行けませんわね」

 

 

 あの姿を見て、彼女もバンドに興味を持ったのか、羨ましそうに口を開きます。その後も、タイシンさん率いるバンドは、他のバンドのコピーを5曲。アンコール8曲を歌いきりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「すげぇな。ありゃすぐプロなれるぜ」

 

 

黒津木「だろ?あとは歌い方のセーブの仕方だけだなー」

 

 

 モニターに映し出されるライブ様子。そこはもはや、フェスと言っても過言ではないほどの盛り上がりを見せていた。

 しかも、それに見合う実力もある。あの歌唱力は本物だ。俺もアドバイスした手前、練習に顔を出したり、ボイストレーニングを教えたりしたが、あそこまで自分の声を扱えるようになるとは.........

 

 

黒津木「.........おっ、最後のアンコールはBelieveか」

 

 

桜木「男と生まれたからには」

 

 

黒津木「少年漫画の海賊の方だよ」

 

 

 ああ、そっちか。ニコニコ暮しが長いから神イントロの方かと思ってしまった。

 .........それにしても、いい曲しか歌わないものだ。ここまでこのレースの世界にマッチした曲をアンコールに持ってくるとは.........

 

 

桜木「.........誰にも似てない、夢の背中。か」

 

 

黒津木「.........どうだ?お前も、新しい夢の背中。追えてるか?」

 

 

 夢。その正体。その真実。俺はその言葉に一瞬思考を向けたが、すぐに黒津木の方を向いた。

 

 

桜木「.........さあな、まだ。他人の夢を追いかけてる背中を、追いかけてるだけだ」

 

 

黒津木「.........そか」

 

 

 未だに俺の夢は見つからない。誰かの声が囁くように、俺に自分の夢を探せと言い聞かせる。それに抗う抵抗感と、何故かそれに従わなければ行けない焦燥感がせめぎ合う。

 天皇賞も、スピードの果ても、多くの一着を取るのも、変わる事も、三冠も、全て人の夢だ。それを失った時、俺はきっと一人では立てなくなる。

 あの日、テイオーが骨折したあの日。俺は逃げた。夢が崩れる音を、直接聞かなかった。聞いていればどうなっていたであろう。中途半端な地頭の良さが、ありもしない未来を夢想し、いつ来るかも分からないいつか誰かの未来に苦しんでいたであろう。

 だから、俺は見つけるんだ。自分だけの夢を.........

 

 

桜木「.........さっ、そろそろカメラが戻るぞ。ピシッとしなきゃな。お前もさっさとスタジオから出て、カメラ操作に集中しろよ」

 

 

 残すイベントはヒーローショーだけ。これを成功させれば、俺は晴れて元のトレーナーとしての生活に戻ることが出来る。お昼休みは安泰だし、家に持ち帰ってトレーナー業務以外の仕事をする必要も無い。

 俺はその時を、少しずつ待ち続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 開演のブザーが鳴り響く。先程までフェスの熱気でザワついていた観客ももう、次に始まるなにかに期待し、その熱をまた、体の奥へと溜め込んで行く。

 だが、幕は上がらない。その変わり、綺麗な声のナレーション。ライスシャワーの声が、 会場全体を、これからの世界に案内し始める。

 

 

「ここは、とある時代の、とある王国」

 

 

「この国では、毎日毎日、朝から夜まで、楽しいオペラが繰り広げられていました」

 

 

「そして、オペラが一番上手な人が王様になって、食べきれない程のご飯や、呼ぶと直ぐに来てくれる召使いさん。そして、凄くカッコイイ魔法を、手に入れることが出来る世界.........」

 

 

 まるで、子供に絵本を読み聞かせるような声で語りかけるその声に、観客達は息を呑んだ。これから、想像している以上のものが見られる。そんな期待を胸に、目の前の膜が上がっていく。

 ステージの上には、まるで豪華絢爛な城の一部屋を想起させるようなセットが組まれており、壁の窓には、禍々しい城が描かれていた。

 そのセットのクオリティに感心する暇もなく、上手側から今回の主役である、テイエムオペラオーが歩いてくる。

 

 

 

オペ「王になってはや一週間。ボクは既に、全てを手に入れたも同然だ!♪」

 

 

 どうやら話は、オペラの上手い一人の存在が王になる成り上がりストーリーではない。そう観客に伝えるように、彼女は大きくセリフを歌う。

 勿論、他のキャラが主役で、オペラオーから王の座を奪う事も考えられるが、今回の公演はオペラオーの企画だと言うのは、みなが知っている為、それは無いとされた。

 

 

オペ「だけど、心配事はある。あの隣の城に住む魔女が、ボクを良く思っていないらしい!♪」

 

 

オペ「それでも、ボクには信頼できる友と!♪魔法がある!♪なんとでもなるさ〜!♪ハッハッハッハー!!」

 

 

ドトウ「お、オペラオーさん!♪お食事の用意がで、できました〜?♪」

 

 

 自信の無い歌声と共に、袖の方から顔を出すメイショウドトウ。その声に返事をするようにオペラオーはもう一度笑い声をあけ、袖へと消えていく。

 ステージは暗転し始め、セットを動かす車輪の音と、数人の足音が聞こえた後、また明かりが灯ると、そこには先程の絢爛さとは違う、禍々しい部屋のセットが存在しており、窓にはきらびやかな城が描かれている。

 

 

スイ「くぅ〜〜〜!!!悔しい悔しい悔しい!!!なんでアタシはあの綺麗なお城じゃなくて!こんな廃墟みたいな城に住んでるのよ!!!」

 

 

フジ「仕方ないよスイープ。オペラの練習サボりすぎて追放されちゃったんだから」

 

 

スイ「うるさいわよ!!!だって嫌だもん!!!なんで必要も無いのに四六時中歌わなきゃ行けないの!!?近所迷惑じゃない!!!」

 

 

 ご最もな指摘をしてみせるスイープの発言に、会場に笑いがチラホラ起きる。フジキセキはその姿に苦笑しつつも、スイープが目配せしたのを合図に、袖へと消えていった。

 

 

スイ「フン!!いいわよ別に!!アタシには最っ高の魔法があるんだから!!!歴代最強の王様だかなんだか知らないけど!!これであの王様もおしまいよ!!」

 

 

スイ「水晶玉を用意しなさい!!この目で王の最後を見届けてあげるわ!!」

 

 

 そう宣言するスイープの自信満々な声の後、フジキセキは水晶玉を手に持ち、その後ろからは黒子が現れ、部屋のセットを半分隠れるように袖へと動かした。

 それと同時に、オペラオーの城のセットが半分、反対方向から現れる。オペラオーとドトウも一緒に現れた。

 

 

スイ「さぁ!!私の消滅魔法の時間よ!!」

 

 

 水晶玉をフジから受け取り、隣の机へと置いたスイープは、袖から大きな鍋を持ってくる。

 そこに、トカゲの尻尾(おもちゃ)。悪魔の目玉(おもちゃ)。カラスの羽(おもちゃ)を投入する。

 

 

フジ「.........コホ」

 

 

スイ「!ちょっと!魔法が失敗したらどうするのよ!!キセキ!!」

 

 

フジ「いやーごめんごめん、でも成功してるみたいだよ?」

 

 

 鍋を指差し、そう伝える彼女に反応してスイープは鍋に目をやる。そこには、先程の咳で仕掛けを作動させた鍋が、スモークを吹き出していた。

 

 

スイ「ふ、フン!!もちろん!!こんな程度で失敗する大魔法使いじゃないわ!!ここからもっと凄いことになるんだから!!」

 

 

オペ「ん?何だか嫌な予感が.........」

 

 

ドトウ「ふ、ふぇ〜!!?ど、どこからともなく煙が出てます〜!!?」

 

 

 魔法の準備の最中、オペラオーサイドの方にも動きが見られる。家事ではないか?そうパニックに陥る二人を尻目に、スイープはどんどん魔法を続けていく。

 

 

スイ「まずは金縛りの魔法よ!!」ポイッ!

 

 

オペ「っ!!?か、身体が動かない〜〜〜!!?♪」

 

 

ドトウ「わ、私もです〜.........!!?♪」

 

 

 何かのキューブを鍋に入れた瞬間。オペラオー達は金縛りにあったかのように微動だにしなくなる。若干ドトウがフラフラとしているが、遠目からは分からない。

 

 

スイ「次に!!棺の魔法!!」ポイッ!

 

 

オペ「ど、どこからともなく棺が.........!!?♪」

 

 

ドトウ「たたたた、大変です〜!!!♪」

 

 

 あまりにも危険な状態。それでもオペラを止めないのは、観客にこの世界の常識を知らせているのだろう。

 

 

スイ「次に引き寄せの魔法!!」

 

 

オペ「ひ、棺に呼び寄せられる!!?♪」

 

 

ドトウ「お、王様〜〜〜!!!♪」

 

 

 仕掛けが作動し、自動で開かれた棺の中に収まるよう入ったオペラオー。そして、両足がその中へ収まった瞬間、まるで意思を持ったように、棺の蓋は閉められる。

 

 

スイ「仕上げよ!!最後に消滅ぅ〜.........」

 

 

フジ「.........あっ!!!」

 

 

スイ「えっ!!?」ポチャン!!

 

 

 突然、声を上げるフジキセキに驚き、手に持っていたかき混ぜ棒を鍋の中に落としてしまう。

 その瞬間。棺の足元の隙間からスモークが溢れ出し、ドトウの金縛りが解ける。

 

 

ドトウ「お、王様!!!」ガチャ!!!

 

 

ドトウ「えっ.........?」

 

 

スイ「何よキセキ!!魔法が失敗しちゃったじゃない!!」

 

 

フジ「そういえば、今日の晩御飯どうするか決めてなくてね。何が食べたい?」

 

 

スイ「も〜〜〜!!!そんな場合じゃ.........あれ、居なくなってる?」

 

 

 オペラオーが姿を消し、ドトウもスイープもアワアワと慌て出すステージの上。唯一慌てていないのは、未だに夕飯の心配をしているフジキセキだけだろう。そのまま、ステージは暗転して行った.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「オペラパートとマジックショーは無事成功したな.........」

 

 

 ホッと胸を撫で下ろしながら、二つの難関を何とか突破することが出来たことに安堵する。

 

 

「ひぃ.........黒子って意外と忙しいのな.........」

 

 

 役目を終え、その黒い布を顔に垂らした帽子を取る神威。今回、大活躍してくれた一人だ。タイシンのライブの黒子も、この神威だ。

 

 

桜木「ああ、サンキューな創。ゆっくり休んでてくれ」

 

 

 ようし。あとは俺が頑張るだけだ.........そう思いながら、光が灯り始めたステージの方へと目を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オペ「うぅ.........こ、ここは.........?」

 

 

 天からの照明が、ステージ上に伏していたオペラオーを照らす。ゆっくりと起き上がりながら、周りの様子を伺っている。

 

 

「みんなーーー!!!こーーんにーーーちわーーー!!!なのー!!!」

 

 

オペ「!!?」

 

 

 スポットライトがステージの端に灯ると、そこには装着型マイクをし、勝負服を着たアイネスフウジンが大きな声で挨拶していた。

 それに驚いたのはオペラオーだけではない。観客全体も、突然のことに驚きを隠せないでいる。

 

 

フウ「あれ?誰かいるなの?」

 

 

オペ「き、君は.........?」

 

 

フウ「あたしはアイネスフウジンって名前なの!!今日はヒーローショーの司会のお姉さんなの!!」

 

 

 ヒーローショー。オペラオーはその言葉に疑問を感じ、観客はその言葉に更に混乱を極めていた。先程までオペラをしていたのに、次はヒーローショー?一体この舞台の脚本家は何を考えているのだ?頭がイカれているのか?

 その脚本を作った人物はと言えば.........

 

 

桜木(あっ、オペラオーその動きは違うな.........フウジンも今セリフ忘れかけたな?)

 

 

 自分の平静を保つ為に素人では気付かない粗を探していた。とても普通の人間ではない。

 

 

フウ「けど.........もう時間なのに、裏にヒーローもヒールも居ないなの.........」

 

 

オペ「役者が居ないのかい?それは大変だ!!だったらこのボクが!!皆を照らすヒーローに「その必要は無いよ」っ、どこからか声が.........!!!」

 

 

 狼狽えるステージ上の二人。その視線はやがて、ステージ奥の壁の方へと向かう。すると、 そこにスクリーンが映し出され、ツギハギのメイクをしたアグネスタキオンが映り込む。

 

 

タキオン「やぁやぁ、どうやら。ヒーローショーのボイコットは成功したようだねぇ」

 

 

フウ「あ、アナタは!!?」

 

 

タキオン「私を知らないのかい?だったら教えてあげよう。私の名はアグネスタキオン。表向きにはトレセン学園の一生徒であるが、その実、日々怪人研究に専念している悪の博士さ」

 

 

 そう言いながら、彼女は自分で用意したフリップで説明をする。そこには学生服の横に矢印が書かれ、その先には白衣が集中線とともに書かれていた。

 

 

フウ「ど、どうしてボイコットなんか!!?」

 

 

タキオン「私は先祖代々から、悪の使命を受けていてね。一生に一度は悪事を働かなくては行けないのだよ」

 

 

オペ「あ、あのウマ娘は!!?」

 

 

 フリップを捲ると、彼女が一番下に来る相関図が出てくる。その頂点にはなんと、先程オペラオーをこの世界へ追いやったスイープトウショウの似顔絵があった。

 

 

オペ「こ、ここは未来の世界だったのか.........!!?」

 

 

タキオン「それともう一つ。このトレセン学園に潜入させた一人の怪人が、どうやら私を裏切り、のうのうとトレーナーをしているらしくてねぇ。そのお仕置も兼ねているのさ」

 

 

フウ「か、怪人がトレーナーを!!?」

 

 

 驚きの声を上げつつ、もしかしたら観客の中にその人物がいるかもしれない。アイネスフウジンは辺りを見回してその人物を探してみるが、そんな見分けなど着くわけもない。

 その姿を見て静かに笑うタキオンだったが、そのまますぐモニターの画面が写り変わる。

 

 

桜木『おい!!マジでどうしようもねぇ放送事故だ!!早くカメラ止め.........あぁ!!?なんでモニターに俺が!!?』

 

 

『ふふふ、我らから逃げられるとお思いで?』

 

 

 突然現れた怪人にカメラを向けると、そこには紫色の鎧のような外骨格を持つ存在がいた。

 そしてそれは、桜木の体を掴むと、スタジオの外へと連れ出して行く。

 

 

オペ「ま、まさか彼が.........」

 

 

タキオン「そうとも、裏切り者さ」

 

 

フウ「う、嘘なの!!桜木トレーナーさんは真面目な人じゃないけど!!立派なトレーナーさんなの!!!」

 

 

 モニターの画面がタキオンに戻り、嘲笑うような笑顔を全てに向ける。走行している内に、下手側からバランスを崩しながらも登場する桜木が現れた。

 

 

桜木「クソっ!!どうなってんだマジで!!!」

 

 

タキオン「随分久しぶりだねぇ。[トレーナー]くん?」

 

 

桜木「っ、アグネス.........タキオン.........っ!」

 

 

 投影されたそれを、膝をつきながら見上げる桜木。その顔は観客からは見えないものの、その声から想像にかたくないものだと思える。

 実際、彼は苦虫を髪潰すような顔をしていた。それを見て、タキオンはその目を細め、冷酷な表情を浮かべる。

 

 

タキオン「何故、私を裏切ったんだい?」

 

 

桜木「.........なんのことだ?」

 

 

タキオン「とぼけても無駄だよ。証拠は上がっているんだ」

 

 

 彼女がそう言うと、またモニターの画面が写り変わる。今度はなんだ?観客がそう思っていると、そのスクリーンにはスマホで撮影されたような映像が出てきた。

 そして、そこはこの舞台。体育館と同じ場所で、舞台の教壇には、桜木の姿があった。

 

 

桜木『遊びは終わりだ』

 

 

フウ「えぇ.........?」

 

 

桜木「くっ.........」

 

 

 その映像は以前、桜木が講和会をした際の映像であった。彼が注目を集め、生徒を楽しませたヒーローショーであった。

 その一部始終が映し出され、彼が怪人に返信した際には最早、言い逃れは出来ないものであった。

 

 

タキオン「理解していただけたかい?つまり、彼こそ私の。トレセン学園を乗っ取るという計画の裏切り者であったと言うわけなのだよ」

 

 

タキオン「そんな君がなぜ、私を裏切り、のうのうと、トレーナーの真似事をしているんだ?」

 

 

桜木「.........へっ、決まってんだろ?そっちに居るより、こっちの方が楽しいんだよ」

 

 

タキオン「そうかいそうかい。その楽しい生活に終止符を打つことになるとは、可哀想だが、裏切った罰は与えないとねぇ?」

 

 

 フリップを机から退け、その指を鳴らすタキオン。それを合図に、上手側下手側からわらわらと溢れ出す怪人。遂に桜木達一行は、その怪人達に囲まれてしまった。

 

 

オペ「くっ、どこか知らない場所に来たと思ったら、今度はよく分からない者に囲まれてしまっている!!」

 

 

桜木「災難だったなアンタ、正直同情.........」

 

 

オペラ「ああ!!これも全て!!ボクという美しい存在を輝かせる為の髪の試練!!というわけなんだね!!」

 

 

桜木「.........元気そうでなによりだよ」

 

 

 背中合わせで桜木とオペラオーは、囲んでくる敵に相対する。アイネスフウジンはおろおろとしながら、巻き込まれないようキョロキョロと様子を伺っていた。

 桜木を連れてきた敵の親玉らしき存在が手を振りかざすと、一斉に中心に向かって行く。そのシーンに観客はまさに、息を呑んだ。

 

 

桜木「チッ、こなくそぉッッ!!!」

 

 

オペ「ボクは愛を持って戦おう!!戦奏序曲!!ウーノ・カンツォーネッッ!!!」

 

 

 合図を皮切りに次々と押し寄せてくる手下達。桜木はそれを荒々しく、オペラオーはまるでオペラをするように歌を歌い、踊りを踊るような動きで捌いて行く。

 手下の一人を持ち上げ、ジャイアントスイングの容量で周りの敵をぶっ飛ばした後、オペラオーが杖を地面に突き、歌声を上げると、魔法の演出が壁に映し出され、手下達は袖へと帰って行く。

 

 

「フン、やはり雑魚ではダメか」

 

 

桜木「あとはお前さえ倒せば、俺の平穏は戻ってくんだな?」

 

 

「倒せればの話だ」ブンッ!

 

 

 親玉怪人は背中に生えた突起物を引き抜いた。それは持ち手の先に鋭利な刃が着いた剣であった。流石の桜木も、それには声を詰まらせる。

 

 

「変身しないのか?」

 

 

桜木「バッキャロー、俺ァ人間だっての!!」

 

 

「怪人としてのプライドも失ったか!!」

 

 

 相手を真っ二つにするのに躊躇はない。傍から見てもそう思わせるほど、怪人はそれを思い切り縦に振った。桜木はそれを避けつつ、距離が離れないよう重心を調整し、足を運んで元の距離を保つ。

 

 

「ほう、なかなかやるな」

 

 

桜木「お褒めに預かり光栄ですよ.........っと!!!」

 

 

「っ!!?」

 

 

 姿勢を屈みつつ、上半身を振り子のように下から上へと動かす推進力の力と地面を蹴る足の力を使い、相手に向かって跳躍しながら、片足をまるで鞭の様にしならせながら蹴りつける。

 

 

桜木(へっ、どうだ黒津木。本場のヒットマンにも通用する蹴り技だぜ.........!!)

 

 

黒津木(うおおマジか!!?ここでアドリブ攻撃かよ!!!即興殺陣ごっこしてなかったら真面目に終わってたぞ!!!)

 

 

 間一髪、怪人側はその蹴りを喰らわずに済んだものの、その蹴り技を見た観客は度肝を抜かれていた。

 

 

桜木「けっ、埒があかねぇ.........アイツの言う通りにするのは嫌だが、怪人になるっきゃねぇな.........!!」

 

 

オペ「くっ、嫌な気配が彼の身体から.........」

 

 

フウ「どうなっちゃうなのー!!?」

 

 

 突如としてスモークが発生する舞台。またもや現れたスクリーンには桜木が怪人へと変貌していく過程が映し出され、人々はそこに注目を集める。

 その間、ステージの中央で堂々ながらも、静かにスーツを装着する桜木。スクリーンが消え、怪人。バッタルメットが再びこの世界に姿を見せた。

 

 

桜木「この姿になったからには.........容赦は出来ねぇぞ」

 

 

「それで良い。「こちらも本気で行かせてもらう」」

 

 

三人「なっ.........!!?」

 

 

 途中からエコーのように声が重なる親玉の怪人。もう一方の声に振り向いてみると、なんともう一体。瓜二つの姿をした怪人が、反対方向から現れた。

 

 

「「我が名はニドキリマル。貴様の命とその一生。切らせてもらう」」

 

 

桜木「くっ!!」

 

 

 二体の怪人に追い詰められる桜木。何とか刃は避けているものの、その先に拳や蹴りを放たれ、徐々に体力を奪っていく。

 その攻撃に巻き込まれないよう、二人は少し遠巻きでその戦いを見守っていた。

 

 

フウ「あわわわ!ま、負けちゃいそうなのー!!」

 

 

オペ「ぱ、パワーが違いすぎる.........ボクの出る幕じゃ.........いや.........?」

 

 

フウ「な、何かあるなの!!?」

 

 

オペラ「ボクがオペラの王になった際。究極オペラ魔法として教えられた魔法がある。今はもう、祭壇に捧げる為だけの物と風化してしまっていたが、もしかして.........」

 

 

 深く考えをめぐらせ、どうするかを思考するオペラオー。そうしている間にも、桜木は二人のニドキリマルに攻撃されていく。

 そして、敵の怪人にぶっ飛ばされ、奥の壁に激突し、倒れ伏した桜木の姿を見て、オペラオーは一か八かの賭けにでた。

 

 

「「終わりだ。裏切り者よ」」

 

 

オペ「やるしかない.........!!天演十奏ッッ!!!レリナト・カンツォーネッッ!!!」

 

 

 そう宣言しながらステージの中央へと躍り出るオペラオー。その美しい歌声と共に、神々しい楽器の演奏がどこからともなく聞こえてくる。

 何かが起きる。観客にそう予感させるほど、ステージ上は静かに、そして確かに、その危機的な雰囲気を徐々に移し替えて行った。

 その歌が終わる頃。またもやスモークが張られ始める。ステージ全てを包み込み、全ての役者の動きを止める。ただ一人を除いて。

 

 

桜木「.........」

 

 

 フラフラと立ち上がりながら、足取りの覚束無いまま、彼もまた、ステージの中央前へと出てくる。しかし、その怪人の外装の一部分が一つ、また一つとはげ落ちていく。

 だが、その部分から見えるのは皮膚ではなく、また別のスーツであった。黒を基調とし、身体の、関節の節々に筋肉のような筋を見せる黒き存在。

 スモークが晴れたその時、ステージ上にいるもの全員が、徐々に変貌していく姿に驚く

 

 

「「な、何が起こっている.........!!?」」

 

 

オペ「お、大きな赤い目.........!!?」

 

 

フウ「ひ、左胸に何か書いてあるなの.........!!?」

 

 

 怪人としての外側が全て外れ落ちたその時。今度はその桜木の纏った黒い外骨格からスモークが吹き出される。

 その姿は、正しく、日本男児ならば誰もが知っているであろう、ヒーローの姿そのものであった。

 

 

桜木「.........っ!」グッ!

 

 

 右手で作った拳を、顔の横に移動させ、手刀を作った左腕で、右腕の前腕と前からクロスさせる。

 

 

桜木「仮面ライダーッッ!!!」シュパッ!

 

 

 手刀を作った左手を拳にし、腰の横に移動させるのと同時に、今度は右手を手刀にし、斜めに切り下ろす。そして、もう一度元の位置に切り上げながら、その戦士の名を、高らかに叫んだ。

 

 

桜木「BLACKッッ!!!」グッ!

 

 

「「.........ククク、何を言うかと思えば、仮面ライダーだと?笑わせるな。怪人であるお前が、ライダーなんぞになれるものか!!」」

 

 

桜木「なんだ、知らねぇのか.........?」

 

 

「.........?」

 

 

 唐突な問いかけ。その突然の問いかけに、この場にいる誰もが首を傾げる。さもそれは常識のように、彼が口を開いたからだ。

 だが、その答えは誰からも出てこない。それを鼻で笑いながら、桜木はその答えを提示した。

 

 

桜木「日本男児は皆、生まれた時から仮面ライダーなんだぜ?」

 

 

「「貴様は.........何を言ってるのだ.........!!?」」

 

 

桜木「分からないなら分からないまんまでいいんだよッ!とぅあッッ!!!」

 

 

 怪人達の方へと跳躍し、接近する桜木、もとい、仮面ライダーブラック。戸惑いながらも距離を取る怪人達だが、やらなければやられる。そう思ったのだろう。せっかく取った距離を自ら縮めに行く。

 剣を見事なコンビネーションで繰り出してみせるも、片方には持ち手にフック。もう片方には足裏で蹴るようにして弾く戦士は、正に子供たちを熱狂させるヒーローそのものであった。

 

 

桜木「そんなものッ!俺゛に゛は゛通゛用゛し゛な゛い゛ッッ!!!(絶対的説得力)」

 

 

「「くっ!図に乗るなァ!!!」」ブンッ!

 

 

 先程の連携が聞かなかったはずだが、怪人達は凝りもせず同じように剣をライダーに向けて振りかざす。それに応えるように、ライダーも構えをとり、迎撃の体制に入った。

 今度は片方の手を掴み、攻撃を受け止めながら、突っ込んできた片割れの腹部に蹴りを入れる。それが後ろに下がったのを見てから、掴んだ方の怪人に拳を浴びせる。

 よろけている隙を突き、もう一度中央の奥へと軽快に移動するライダー。それを追うようにして怪人達は二手になるも、ライダーは観客側に向けて、ベルトに両手を添える。

 

 

桜木「キングストーンフラッシュッッ!!!」

 

 

「「か、身体が.........!!?」」

 

 

オペ「凄い!!二人の身体の動きを止めてしまった!!」

 

 

 天井から赤いレーザー照明が照らされ、怪人達は身動きが取れなくなる。ライダーはそこからまた真横に移動し、高く跳躍してみせる。

 

 

桜木「ライダーッ!パンチッッ!!!」

 

 

「ぐぬぉ!!?」

 

 

 普通では考えられない、頭を下に、足を上にしながらの落下。その先に突き出された拳には、落下の速度と全体重が乗せられている。

 しかし、ニドキリマルは体を間一髪で動かし、剣を犠牲にしその身を何とか守る。

 

 

桜木「くっ!ライダーッ!キックッッ!!!」

 

 

「させるかッ!」ズバッ!

 

 

桜木「うおぉ!!?」

 

 

 飛び上がり、重力の力と蹴り出す力の作用が働く飛び蹴りを喰らわそうとしたその時、攻撃していない方のニドキリマルが動き出し、ライダーの身体を切り付けることでその攻撃を阻止する。

 体制を崩しながらも、受身を取りながら体制を立て直すライダー。その顔は仮面で分からないながらも、苦虫を噛み潰しているのが観客にも分かる。

 

 

桜木「倒せそうではあるが、あの剣をどうにかしなくちゃな.........武器が欲しいところだぜ.........!」

 

 

オペラ「!ならばこれを使うといい!ボクが 王座に着いた際、先代から譲り受けた魔法の杖だ!!」ポイッ!

 

 

桜木「っ!でかした!!!」

 

 

 きらびやかな装飾が施された地面から腰の高さまである長い杖。よくある魔法の杖のような先端になにか着いているようなものではなく、持ち手の部分に魔力を貯めるような宝石が内蔵されている。

 その杖を試すように一振りし、充分戦えると感じたライダーは、怪人達へと突撃していく。

 

 

桜木「リ゛ボル゛ケ゛イ゛ン゛ッッ!!!」

 

 

「「な、なにィ!!?」」

 

 

 今できる必殺技ではないが、観客達は特に違和感を感じてはいない。この世界観の勢いのせいなのか、それともBLACK特有の可能性のせいなのか。

 怖気ながらも、二人の怪人はまたコンビネーションでその剣を振るう。それを王の杖できり払いながら、二人の怪人を一列に並べさせた。

 

 

桜木「っ!0.1秒の隙がある!!!そこだァァァ!!!」

 

 

「「ぐぉぉぉぉ.........!!?」」

 

 

オペラ「や、やった!!!」

 

 

フウ「す、すごいなの!!!」

 

 

 観客が横から見れるよう、二人をまとめてその杖で貫くように見せるライダー。その後、激しく抵抗を見せるものの、ブラックはそれを許すことなく、二人をステージの奥へと追いやって行く。

 観客に背を向けている状態でスローモーション気味に杖を引き抜き、振り向きながら下から上へと切り上げる。その後、杖を回転させながら両手を上の方でクロスさせ、先程の切り上げと逆方向に切り下げる。

 その軌道はアルファベットのXを人々に想起させながら、彼は一度見れば、誰もが忘れないポーズを取った。

 

 

 一欠

 

 

「「ぐおぉぉ.........ら、ライダー.........!!!」」バタッ!

 

 

 二人の怪人が倒れ伏したその瞬間。場面は暗転し、爆発音だけが辺りに響く。

 しばらくの間、その轟音の余韻を観客は感じながら、暗転が開けるのを待った。

 爆発音の余韻すら無くなったその時、ステージは光を取り戻す。そこには変身を解いた桜木、オペラオーとフウジン。そして、モニターに映るアグネスタキオンの姿があった。

 

 

桜木「どうだ!俺はもう戻らねぇぞ!!」

 

 

タキオン「ふぅン。非常に残念だが、今の君を連れ戻すには少々骨が折れるねぇ。一族に課せられた一世一代の大悪事もやり終えた事だし、私はもう君には関わらないようにしよう」

 

 

桜木「困ったら電話しろよ」

 

 

タキオン「分かった」

 

 

 先程までの空気とは打って変わり、シュールな空気が場を包む。そのやり取りに、観客は静かに笑い声を漏らした。

 モニターは消え、タキオンはステージから姿を消す。ようやくひと段落した。そう感じた桜木はため息を吐き、手に持った杖をオペラオーへと返した。

 

 

桜木「サンキューな、お前のおかげで何とかすることが出来た」

 

 

オペラ「別に構わないさ!!ボクの時代に戻った暁には!君の存在を伝説に刻もう!」

 

 

フウ「ヒーローショーは出来なかったけど、桜木トレーナーさんのお陰で、子供達も喜んでくれたはずなの!!そうだよねー!!」

 

 

「はーい!!!」

 

 

 視界のお姉さんであるフウジンが返事を促すと、観客達は肯定の声を上げた。それを見て、桜木達は嬉しそうに笑顔を向ける。

 その時、黒子が袖から、棺桶を押しながら登場してくる。それを見て、ステージにいる者はギョッとした表情を見せた。

 

 

桜木「な、なんだアレ!!?」

 

 

オペラ「あ、あれはボクがこの世界に飛ばされた時に吸い込まれた棺桶だ!!!」

 

 

フウ「えぇ!!?」

 

 

オペラ「くっ、また吸い込まれてしまう〜〜〜!!!」

 

 

 咄嗟に手を伸ばした桜木だったが、間に合わずに棺桶へと吸い込まれていくオペラオー。またもや自動的に蓋が閉じられ、黒子がそれを袖へと運んで行く。

 その様子を静かに見ながら、桜木とフウジンは唖然としていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オペラ「んん.........?また飛ばされてしまったのか.........?」

 

 

ドトウ「王様〜〜〜!!!良がっだでず〜〜〜」ズビー

 

 

オペラ「ど、ドトウ!!?という事は.........!!!」

 

 

 うつ伏せで倒れていたオペラオーが、ドトウの声を聞いて勢いよく飛び起きる。辺りを見回すと、そこはきらびやかな城の一室であった。

 

 

オペラ「だ、だけどどうやって?」

 

 

ドトウ「悪い魔法使いさんは私がお説教しました〜〜〜」フェーン!

 

 

スイ「ご、ごめんなさい.........」グスッ

 

 

オペラ「あ、あぁ.........」

 

 

 部屋の端っこで涙を拭うスイープ。それを見て、ドトウの秘められた行動力の高さに若干恐怖を感じたオペラオーではあったが、自分を心配してくれた彼女に対して、そして普通では体験出来ないようなことを体験させてくれたスイープに対して、感謝の言葉を贈る。

 

 

オペラ「そうだ!!ボクが見てきた世界の事をオペラにしよう!!」

 

 

スイ「えぇ!!?い、嫌よ!!歌も踊りも疲れちゃうんだから!!」

 

 

フジ「そうは言うけど、実際の所はみんなとやりたいんじゃないの?夜に一人で台本読んでるの知ってるよ?」

 

 

スイ「っ!!?そ、それは.........」

 

 

 今まで隠していたことが明るみになり、顔を赤くするスイープ。その姿を見て、最初に笑ったのはオペラオーだった。それを皮切りに、舞台に上がっている子達が笑い声を上げる。

 スイープの手を引き、最初の明るい雰囲気のまま、袖へと出ていく四人。そのまま幕は下ろされ、終了していく。観客は皆そう思っていた。

 

 

「こうして、王様は無事、元の世界へと戻ることが出来ました」

 

 

「恥ずかしがり屋さんだった魔法使いさんも、これからはお友達と楽しく、平和に暮らしました」

 

 

「そして、この国に一つ。伝承が増えました」

 

 

「どんなに悪者でも、変わることが出来れば、正義の味方になることが出来る」

 

 

「そんな人を、この国の人達は[仮面ライダー]と呼ぶのでした」

 

 

「めでたし、めでたし.........」

 

 

 最後に、ライスシャワーのナレーションで締められた劇。観客側の方の照明が着く前に、彼ら彼女らはその手の叩く音を、出演者に向けて放ち始めた。

 そして、それはあかりが着いてからも鳴り止まないほど、多くの人々が、この世界観に魅入られていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「いぃぃぃぃやったァァァァァ!!!!!!!」

 

 

黒津木「お疲れ様よほんと」

 

 

 ファン感謝祭用に設けられたスタッフ休憩室で、俺は飛び跳ねながら歓喜に心を震わせた。

 やっと.........!!!やっと開放されたんや!!!ワイは自由や!!!ここが家だったらもう服とかパンツとか脱いでまうところやった!!!

 と、心の中でエセ関西弁を操りながら、ベンチにどっしりと体重を任せる。

 

 

桜木「っ.........づぁぁぁぁ.........」ヘト

 

 

白銀「ういぃ、おつかれちゃん」

 

 

神威「おら、ジュース買ってきてやったぞ」

 

 

 壁に背中を貼り付けていると、空いた扉の先にいつもの奴らが現れる。こうして俺の日常は帰ってくるわけだ。

 長いようで短かった。苦しくもあったが、まぁ楽しかったとでも言っておこう。そう思いながら、俺は神威が手に持っているコーラに手を伸ばした。

 

 

白銀「そういや、閉会式の時なんかやんのか?」

 

 

神威「さぁ?」

 

 

桜木「ああ、タイシン達が最後また歌ってくれっからよ。これは、ファン感謝祭大成功と言っても間違いなしだな」

 

 

黒津木「.........んー、最後になーんか、トラブりそうな予感が.........」

 

 

 ないない、そう言いながら、俺はペットボトルの蓋を開け、炭酸特有の気の抜ける音を聞いてから口を着けた。ヘトヘトの体に糖分が染み渡る感触。なるほど。これは確かにマックイーンが甘さを求める欲望にもうなずける。

 

 

桜木「っぷは、大体よぉ?お前ら俺の事年中大殺界とか言っちゃうわけだけど?現にこうして跳ね除けてますから?ナメてんじゃねぇぞ」

 

 

白銀「腕のいい詐欺師紹介しとくわ」

 

 

神威「占い師じゃねぇのかよ」

 

 

黒津木「.........おっ、玲皇。内線で電話来てる」

 

 

 いつものような軽口の言い合いに発展する前に、俺の尻からカノンのメロディが流れてくる。まぁ、せいぜい迷子の連絡だろう。俺はそう思い、その電話に出た。

 

 

桜木「もしもし桜木です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その時、俺は嫌という程思い知った。年中大殺界などではない。俺は、一生大殺界なのだと.........

 

 

桜木「えぇ.........!!?」

 

 

 電話の先から聞こえてくる大きな泣き声。涙と嗚咽が混じりながら流れてくるそのトラブルの情報に、俺はもう、平常時の自分の運を信用しない事を固く、胸に誓った.........

 

 

 

 

 

  ......To be continued



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T「トラブル転じて大成功と成す!」マック「まぁ、意味は伝わりますが......」

 

 

 

 

 

南坂「10秒後、カメラ回ります」

 

 

 

 撮影セットから一歩離れた所から指示を飛ばす南坂。俺はもう一度、目の前に置かれた台本の方に目を落とす。

 クソ、なんで俺がこんなことしなきゃ行けねぇんだ。それもこれも全部あの年中大殺界サブトレーナーのせいだ。

 カウントダウンの掛け声が消え、指を折ることでその秒数を知らされる。指が全て手の内に収まるのと同時に、カメラが回った。

 

 

沖野「えー、ここからは司会は変わりまして、私。沖野が努めさせていただきます」

 

 

沖野「桜木トレーナーですが、急遽トラブルの対応に追われてしまいまして、こういった形になってしまうことをご了承ください」

 

 

 本来であるならば、桜木がやるはずであったURAファイナルズの最新情報告知。心の中で溜息を吐きながら、俺はコーナーを紹介し続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 三十分程前

 

 

桜木「ハァっ、ハァっ!」タッタッタッタッ

 

 

 息を乱しながら、トレセン学園の廊下を走り抜ける。普段であるならば注意する側の人間であるが、そんな事すら気にしていられないほど、この状況は切羽詰っていた。

 

 

黒津木「玲皇っ!行き過ぎだ!!保健室はここだっての!!」

 

 

桜木「うおっとと!!!」キキーッ!

 

 

 ダッシュから急ブレーキを掛け、慣性に抗いつつUターンしたその勢いで、俺は目の前の保健室の扉を大きく開けた。

 

 

桜木「タイシンっ!!!」

 

 

チケ「あああああ!!!桜木トレーナーさあああああん!!!」ダバー!

 

 

タイ「.........」

 

 

 保健室の中に入っていくと、そこには椅子に座るナリタタイシン。彼女の調子を見ているビワハヤヒデ。ただ立ち尽くして泣いているウイニングチケットの姿があった。

 

 

桜木「.........見た所によると、無事そうだな」

 

 

チケ「無事じゃないよおおおおお!!!」

 

 

桜木「ええい!!元はと言えばねぇ!!要件言わずに君がタイシンが〜タイシンが〜を繰り返したせいじゃない!!一体どうしたっていうの!!!」

 

 

白銀「玲皇、ママになってる」

 

 

 いっけね、そう思い片手で口元を抑える。最近ウマ娘に囲まれてて、せっかく治した女の子言葉が自然と出てきてしまう。

 そんなやり取りをしていると、不意に後ろからその問の答えが帰ってきた。

 

 

「声が出せないのよ」

 

 

桜木「っ!先輩!!?マジすか!!?」

 

 

安心沢「ええ、まぁ、喉を使わないようなボイストレーニングを受けてたとしても、プロでもないのに十曲以上休憩も挟まずに歌ったら、誰でもそうなるわよ」

 

 

 いつも通りの変質者.........ではなく、ファン感謝祭という日なだけあって、今日は普通の格好で出てきた安心沢先輩。

 保健室医の机に向かい、その椅子に座った先輩は、今のタイシンの状況から判断し、メモにペンを走らせた。

 

 

安心沢「正直、普通の声も出ないでしょう?」

 

 

タイ「.........」コクコク

 

 

安心沢「.........マスクに保湿剤挟んで、一週間は安静。優秀な人はいるけど、設備は無いからちゃんとした病院に後日行く事」

 

 

神威「マジかよ.........」

 

 

 静かになんともないように彼女は頷いたが、どことなく残念そうであった。どうやら、閉会式のサプライズライブも歌う気満々だったらしい。

 さて、どうしたものやら。今更何もやらないと言うのは有り得ない。トラブル続きのイベントの最後は必ず、期待に応えて予想を裏切らなければ拍子抜けしてしまう。

 白銀が取り出したマスクに赤ペンでバッテンを書く姿を見ながら、俺は必死に考えを張り巡らせた。

 

 

白銀「ほら、これで一々返事しなくて済む」

 

 

タイ「.........」

 

 

神威「ついでに首からフリップボードも下げてやろう」

 

 

 おいおい、至れり尽くせりじゃねぇか。対応完璧だなおい。タイシンも意外と満更じゃ無さそうだ。

 

 

チケ「.........ごめんねタイシン」

 

 

タイ「.........」...カキカキ

 

 

タイ[別に、アンコールに応えたのはアタシだし]

 

 

チケ「!!!タイシ〜〜〜ン!!!」ガバ!

 

 

タイ「!!!??」

 

 

 

黒津木「今、今目の前に、素敵な花園が.........」

 

 

桜木「やめろ。デジタルを呼ぼうとするんじゃない」

 

 

 すぐさま黒津木のスマホをとりあげ、増援の発動を無効にする。こんなところ見られれば次のコミケはチケタイの健全本が出されていたことだろう。二人のトレーナーに申し訳ない。

 

 

神威「けど、どうすんだ?お前サプライズ諦めてねぇんだろ?」

 

 

桜木「.........んんぅ」

 

 

 確かに、神威の言う通り今のところ諦めるという選択肢は俺の中には無い。だが、それはつまり、他の人を巻き込むという事だ。俺一人でできるならばまだしも、最後のライブは他の人の力が必要になる。

 その時、俺は背後に回ってくる白銀の気配に気付くことができなかった。それに気付いたのは、奴の類まれなる身体能力から繰り出されるチョップを後頭部に受けた時だった。

 

 

桜木「いっで!!!??」

 

 

白銀「バカ、素直になれよ」

 

 

桜木「は.........?」

 

 

 一発喰らわそうかと思い、振り返ってみると、そこには予想に反して真面目な顔をした白銀が立っていた。

 そしていつも通り、言葉の使い方がおかしいコイツの意図を汲み取れず、俺は疑問の声を漏らした。それを聞いて、やはりいつも通り、白銀はわざとらしいため息を吐く。

 

 

白銀「諦めらんねぇんだろ?捨てきれねぇんだろ?だったら頼れよ。テメェの目の前にいる三人は、知らねぇ道ですれ違っただけの仲か?」

 

 

桜木「.........翔也」

 

 

黒津木「今回ばかりは俺もコイツと同意見だ。どうなんだ玲皇。周りを巻き込む覚悟は出来てんのか?」

 

 

桜木「.........宗也」

 

 

神威「そうそう、まっ、出来てなかろうと、俺達はお前を勝手に引きずり回すぜ?」

 

 

桜木「.........誰」

 

 

神威「よし殺す」

 

 

 そこからはもう取っ組み合いの喧嘩が勃発する。保健室だとか関係ない。俺達は時と場所と場合をわきまえない健康優良不良少年だ。

 チケットが止めようと動き出すが、ハヤヒデに肩を抑えられ止めている。安心沢さんももう慣れたのか、呆れながら首を振るだけだ。でも、ようやく日常になった気がする。

 .........いや、違うな。

 

 

神威「テメェ!!!いつまで俺の影が薄いのをネタにする気だ!!?あぁ!!?」

 

 

桜木「.........ククク」

 

 

全員「.........?」

 

 

桜木「ハハハハハハ!!!」

 

 

 どうしようもないくらい、笑いが込み上げてくる。とめどないほど、大人としての体裁や仮面ではせき止められないほど、身体の奥底から溢れだしてくる。

 日常だ。どんなに欲しくっても、もう体験できないと思っていたあの日の日常。煽りあいや悪口が飛び交っていた、子供の頃の日常。

 自分達が最高だと、自分達以外は全て必要ないとすら感じていたあの日にまるで、戻ったようだった。

 

 

桜木「.........お前らはよぉ、そうやって人に火ぃつけんのがうめぇわ」

 

 

神威「はっ、鏡みてから言えよ」

 

 

黒津木「この集まり。誰から始まったと思ってんだよ」

 

 

白銀「ガキの頃からの腐れ縁。今の今まで捨てずにとっておいた火付け役のテメェだけには言われたくねぇわ」

 

 

 散々な言われようだ。それでも、それが心地よく感じるのはきっと、他でもない親友だからだろう。

 落ち込んでいる暇も、迷っている暇もない。俺は周りを巻き込む事に覚悟を決め、このファン感謝祭の成功のために動く。

 

 

桜木「.........頼む。俺のわがままに付き合ってくれねぇか?」

 

 

三人「やだ」

 

 

桜木「え」

 

 

白銀「なんでテメェの言う事聞かなきゃいけねぇの?俺らがしたいだけなんですけど」

 

 

 何言ってんだこいつは、というような顔でそう言ってのける白銀。そうだった。コイツら、俺とつるんでる時は自分勝手な奴だったんだ。

 だったら、言う事は一つだけだ。

 

 

桜木「勝手に着いてこい。俺と同じ景色が見てぇんだったらな」

 

 

神威「はっ、最初からそう言やよかったんだよ」

 

 

 そうだそうだ、このノリだ。このノリなら、いくらハチャメチャが押し寄せてきても、なんとでも出来る。現に俺は、波乱万丈をこれで何とか乗り越えてきたんだ。

 

 

ビワ「.........滅茶苦茶ではあるが、これが彼等の友情か」

 

 

チケ「うん!!とっても仲良しって感じだねー!!アタシ達も大人になったらあんな感じになるのかなー?」

 

 

タイ[アタシとハヤヒデはともかく、アンタは騒がしいからああなりそう]

 

 

 俺の後ろで楽しそうに談笑を始める三人。チケットの様子を見るに、もう心配事は無さそうだ。安心沢さんも、俺の様子を見て、微笑んだ顔を浮かべている。

 

 

桜木「と、いうわけだ。サプライズの件は任せとけ。悪かったなタイシン、君のトレーナーには後で俺から謝っとくから」

 

 

タイ「.........」

 

 

桜木「さっ!!時間も惜しい!!司会はとりあえず沖野さんに頼んどく!!カメラマンは東さんで良いだろ!!俺達はリハだ!!あと一時間しかねェ!!」

 

 

 拳と手のひらを打ち付け、身体に気合いを入れ直す。対策は打てる。練習時間も、昔の感覚を思い出す分はある。後は、成功するかどうかだ。

 そう思いながら、俺達はまた、保健室から出て廊下を走ってダンス室へと向かうのだった。

 

 

安心沢「.........本当、変わっちゃったわ。嵐みたいな人よ?今の貴方.........☆」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「んん.........閉会式ももう終わりですわね」ノビー

 

 

ゴルシ「お?なんだよマックイーン、ファン感謝祭は終わっちまうけど、これからゴルシ様感謝祭だぜ?疲れてる暇はねーぞ!!」

 

 

 グラウンドの中央に特設ステージが設けられ、そこからはたずなさんや理事長の閉会の言葉が響き渡ります。

 隣にいるゴールドシップさんのよく分からない言葉は無視します。どうせ、彼女への日頃の感謝を彼女に伝えるようなイベントですから。

 

 

タキオン「おや、こんなところに居たのかい?」

 

 

マック「タキオンさん?お疲れ様です。見事な博士役でしたわ」

 

 

カフェ「本当......悪いことしてそうな感じでした......」

 

 

ゴルシ「おっ!ウエスタンビールじゃねーか!」

 

 

カフェ「マンハッタンカフェです......」

 

 

 人混みを掻き分け、後ろからやってきたのは同じチームメイトのタキオンさんと、そのお友達であるカフェさんでした。タキオンさんとは正反対の彼女ですが、いいコンビだと思います。

 そう思っていると、先程まで静かに話していた理事長が、急に声を大きくし始めました。

 

 

理事長『注目ッ!!私の長い話もそろそろ生徒来場者共々飽きてきただろう!!そこで!!』

 

 

理事長『献上ッ!!今日という日にわざわざこのイベントを作り上げた者達!!そしてそれに参加した人々に対し!!サプライズを送ることで、私ッ、秋川やよいの閉会の言葉を締めくくる!!』

 

 

 そう言って、ステージから降りていく理事長と共に、辺りからはあかりが消えていきます。一体これから、何が始まるのでしょうか.........?

 

 

マック「.........?今、弦の音のようなものが.........?」

 

 

タキオン「ドラムの音も聞こえたねぇ.........」

 

 

カフェ「では、先程ライブをした......タイシンさん達では.........?」

 

 

ゴルシ「おー!!また天体観測が聞けんのかー!!?楽しみだぜー!!」

 

 

 隣でテンションがMAXになったゴールドシップさんは、その両手をバッと上に上げました。そういえば、先程のライブが終わった後も酷く感銘を受けていた様子でした。

 ですが、私自身、楽しみにしているのも事実です。またあのような歌声が聞けるなんて.........

 しかし、ステージはその後明るくなる事はなく、遂に音が流れ始めました。

 

 

タキオン「.........機材トラブルでもあったのだろうか?」

 

 

ゴルシ「あん?んだよー!!アタシはこれだけを楽しみにマグロ漁船からレーダー引っこ抜いてきたってのによー!!」

 

 

マック「まだ始まったばかりです。タイシンさん達の演出による可能性も.........あら?」

 

 

 その時、私は彼女の、ゴールドシップさんの顔を見ながらそう言っていたのですが、視界の端に見覚えのある顔がありました。本来であるならば、ステージにいるべきはずの方々。

 しかも、そのうち一人はマスクにバッテンと、まるで喋れない事を暗示しているかのような状態です。い、一体何が.........?

 ですが、それも一瞬にして解決されました。ギターの音がなった瞬間。その音を出す人にスポットが当てられたのです。

 

 

タキオン「えぇー!!?え、えっ!!えぇ.........!!?」

 

 

カフェ「.........驚きすぎでは?」

 

 

タキオン「驚くだろ!!?だって、あれ、黒津木くんじゃないか!!?」

 

 

ゴルシ「アタシこの曲知ってんぞ!!確か[アカシア]だろ!!バンプの!!」

 

 

 もう既に、ステージの上に誰がいるのかは想像が着きます。そして、それを知った上で、呆れや不安は無く、むしろ得体の知れない高揚感が体の内から湧き上がります。

 ゴールドシップさん、タキオンさん。カフェさんも、そのステージにいる誰かを知りつつも、その目をステージに釘付けにさせます。

 

 

ゴルシ「っっ!!!おい!!!アレ!!!白銀だよな!!?ドラム叩けんのかよ!!!すっっっげー!!!」ギューピョンピョン!

 

 

マック「ひゃあ!!?だ、抱きつくか跳ねるかどちらかにしてくださいませんか!!?」

 

 

カフェ「!司書さんです.........ベース、弾けたんですね.........!」

 

 

 ギターのリフが一つ奏でられる事に、一人にスポットライトが当てられます。しかし、真ん中の、センターにはまだ明かりは付けられていません。ここまで来れば、誰が来るのかなんて、分かっているはずですのに.........少し、寂しくなります。

 けれど、彼はしっかりと、その歌声と共に、光に照らされました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「透明よりも、綺麗なあの輝きを、確かめに行こう」

 

 

「そうやって、始まったんだよ。たまに忘れるほど強い理由」

 

 

 初めてそれに触れた時、俺は確かに、それに色や形を感じた。それ以外の何物でもないと、信じて疑わなかった。

 そう邁進して進んだ結果、それはまやかしだった。歩く道の先を少し塞がれただけで、見えなくなり、それは壊れた。結局それはその正体でもなんでもなかった。

 だから俺は、それがなんなのか、余計に知りたくなった。

 

 

 最初は、ただの憧れでした。人づてに聞いた話、記録に綴られた言葉や姿。おばあ様の姿。それを現代にもう一度、再現することこそが、私の使命であると。信じて疑いませんでした。

 けれど、深く考えれば考えるほど、それが本当に、自分がしたかったことなのか、分からなくなったのです。同じ事をすることが果たして、私の夢だったのか。

 

 

「冷たい雨に、濡れる時は足音比べ、騒ぎながら行こう」

 

 

「太陽の代わりに唄を、君と、僕と、世界の声で」

 

 

 それが壊れた時、一緒に壊れそうになった。まるで、冷たい雨に打たれたように、身体は冷え込んで行った。

 それでも、完全に死ぬまでには行かなかった。アイツらのおかげで、何とか心は生きていたんだ。人の声が、俺を生かしてくれたんだ。

 

 

 思えば、彼と出会ってからは騒がしい日しかありませんでした。どこで何をしていたって、気が休まらないほどの日常。

 けれど.........それが、たまらなく心地よかった。私が勝手に背負っている荷物を、彼は勝手に持つのです。メジロとしての誇りも、使命も、そう。勝手に.........

 

 

「いつか君を見つけた時に」

 

 

「君に僕も見つけてもらったんだな」

 

 

 君に初めて出会ったのは、ここに来て三週間目の時だった。他の新人はもうほとんど担当を持っていたのに、俺だけまだ誰かを見る覚悟が出来ていなかった。

 そんな時、君と出会った。遠目で見た時、武器とも言える才能が、中心となっていなかった君に、あの日、7着だった君に、俺は.........

 

 

 彼と初めて会ったのは、選抜レースを明けた次の日、レースの結果を練習不足と決めつけた私を、彼は優しく指導し、一緒に悩んでくれさえしてくれた。

 体調管理でさえままならず、倒れてしまった私を介抱までしてくれた。どうしようもないほど優しい貴方に、そう、あの日から変わらず、優しい貴方に、私は.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 惚れていたんだな(ですね).........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今、目を合わせれば笑うだけさ、言葉の外側で」

 

 

桜木「...!.........♪」ニカッ

 

 

マック「!.........♪」フフ

 

 

「ゴールはきっとまだだけど、もう死ぬまで、居たい場所に居る」

 

 

『メジロマックイーンです』

 

 

 そう言葉が出てしまったあの日。俺の全てが、何かに決められたレールから外れたように思えた。

 居るべき場所じゃない。そこは、俺の居場所なんかじゃない。けれど、そこは確かに、俺にとって心地の良い場所で、離れ難く、そして俺が居たい場所だった。

 

 

『断言出来るよ。君は大化けする。人々の視線を持って行くレベルまで』

 

 

 その言葉が聞こえた時、私を縛り付ける、何かが少しだけ、緩んだような気がした。

 どんなに結果が悪くても、彼はその目で見て、そう伝えてくれた。それは、おふざけやお世辞でも無いことは、その真剣な眼差しが物語ってくれた。

 だからきっと、私の事をどこまでも許してくれそうな彼の隣が、私の居たい場所だった。

 

 

「隣で、君の傍で、魂がここがいいと叫ぶ」

 

 

『貴方にはありますか?一心同体になる覚悟が』

 

 

 月明かりに照らされた保健室。そこで俺は覚悟を決めた。彼女と共に歩む事を。彼女の心の隣に、俺の心を置く事を。

 

 

『一着で待ってる』

 

 

 薄暗い多少の照明がある地下バ道。そこで彼はいつも決まって、この言葉を私にくれる。それが何より心地好くて、どんなトレーニングや、実績より自信をくれる。

 

 

「泣いたり笑ったりする時、君の命が揺れる時」

 

 

 思い起こされるのは、彼女の笑っている顔。初めて会った時に感じた、身の丈に合わない気高すぎる意志と、メジロとしてのプライド。そんなものを感じさせない彼女の笑顔が、何よりも好きだ。

 

 

 思い起こされるのは、彼が涙を流した保健室。仮面が外れ、本来の彼自身の姿を初めて見たあの日。なれないなりにも、大人として、そして、周りと同じく頼れるトレーナーとして頑張ってきた彼の本心。それに触れた時、名前を付けていなかった好きという感情が一層、強くなった気がします。

 

 

「誰より」

 

 

 そう。誰よりも近い、貴方の隣で。

 

 

「特等席で」

 

 

 そう。君の姿がよく見える、特等席で。

 

 

「僕も同じように」

 

 

 息をしていたい.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

古賀「.........」

 

 

 目の前にあるステージを中心にして、観客達は皆、桜木のパフォーマンスに熱狂している。かく言う俺も、年甲斐もなく、身体の熱を高ぶらせている。

 

 

沖野「すげぇな、アイツ」

 

 

東條「本当、どんなトラブル起こしても、結局成功させちゃうんだから」

 

 

 後方から聞こえてくる見知った声に振り向いてみると、沖野、東條。そして東と南坂。桐生院もその場に居た。

 

 

古賀「おら、お前さんらもこっち来て見ろ。次が始まるぞ?」

 

 

南坂「いやー。桜木さんの歌は今日聞きましたけど、ライブとなるとやはり迫力が違いますね」

 

 

桐生院「そうですね!一緒にカラオケに行った時を思い出します!」

 

 

 楽しそうな表情でステージを見ながら、彼女は言った。俺も視線をステージに戻し、桜木の姿を見る。

 

 

古賀(.........人って、変わるもんだな)

 

 

 俺が奴さんをトレーナーに誘ったのは、内に秘める熱さを感じ、それを信じたからだ。だが、それを見せたのはあのレース場っきりで、その後色々教えていた時は、あまりそれを感じなかった。

 懸念材料は有った。トレーナーになっても、それを表に出せなければ、アイツは人々の中に埋もれる。実績を残せたとしても、この場を去っていただろう。

 .........だがそれでも、俺とやよいちゃんは、アイツを信じた。

 

 

やよい『断固ッ!!いくら古賀トレーナーの頼みであろうとも!!この男を我がトレセン学園に受からせる訳には行かない!!』

 

 

古賀『そこを何とかしてくれないか?な?俺が取ったトロフィー全部やよいちゃんに譲ったっても良いからさ』

 

 

やよい『.........いやッ!!トレーナー試験でトレーナー規則問題を、基礎問題以外全滅しているものをトレーナーとして扱うわけには.........』

 

 

 それを聞いた時、俺は笑っちまったよ。勉強しとけっつっといたのに、アイツ。トレーナーとしての義務や責任を一切勉強してきやがらなかった。

 

 

古賀『.........それでも、アイツの身体の動きに対する情熱は、誰にも負けていない。トレーニング法の問題。見たのか?』

 

 

やよい『否定ッ!!だがそれを見た所で合格点には.........』

 

 

古賀『良いから、見てくれよ』

 

 

 理事長室の机の上に置かれた紙束。その上の一枚を捲り、下の紙を見る。ちらりと見えたが、やよいちゃんの手に持っている捲った方の紙は、俺も学生時代取ったことがない点数が書かれていた。

 

 

やよい『.........これは』

 

 

 ありえない点数が書かれていた用紙を離し、その答案用紙を両手で掴みあげる。それを見た瞬間、徐々に目を見開いて行き、隅々まで目を通していく。

 

 

やよい『.........質問ッ!!彼に一体どのような教育を施したのだ!!古賀トレーナー!!』

 

 

古賀『ウマ娘との付き合い方』

 

 

やよい『追求ッ!!そんなことでは無い!!それだけでは.........こ、この難問を全て解決出来る訳ないだろう!!』

 

 

 彼女は怒りにも似た、驚愕の表情を俺に向け、その答案用紙を、来客用のテーブルに叩き付けた。

 俺自身、アイツの身体の動きに関する知識は買っていた。だが、それを見せられた時は流石に驚いた。なんせ、全問正解していたのだから。

 

 

古賀『.........アイツの知識は人間用だ。ウマ娘にそれが全て通用するかは、定かじゃあない』

 

 

古賀『だが、だからこそ。ウマ娘という、俺達トレーナー。増してや彼女たちですら得体の知れない存在を解き明かすに相応しい男だと、俺は思っている』

 

 

やよい『.........』

 

 

古賀『.........賭けてみねぇか?やよいちゃん。自分のなるべき物のルールもわかんねぇバカに、俺達。トレセン学園の未来を』

 

 

古賀(.........まさか、ここまで変えちまうとはな)

 

 

 過去の回想を終え、周りに居るトレーナー達の姿を、視線だけ動かして見る。少し前まで、奴さんを[トレーナーもどき]だの、[素人野郎]だの言っていた奴はもう居ない。

 

 

「桜木ー!次はウルフルズ歌ってくれー!!」

 

 

「いーや!!ここはアジカンだろー!!」

 

 

「間をとってサカナクション歌えー!!」

 

 

「「なんで!!?」」

 

 

 向かい風すら追い風に変えちまう。アイツの起こすトラブルはいつだって、こうしてアイツの背中を押す力に変わっていくんだ。

 そう思いながら、俺は桜木の姿を見ていた。

 

 

東「.........アイツ、そういや元気してっかな?」

 

 

東條「え?.........ああ、多分大丈夫よ。案外海外のファッションスタイルとか楽しんでそうじゃない?」

 

 

沖野「えぇ?嫌ですよ俺?海外かぶれになって帰ってくんの。ただでさえ強面なんですから.........」

 

 

 俺の隣で急に、東から話が始まる。そういえば、コイツらも四人組で、研修生の時はいつもつるんでたなぁ.........

 沖野達四人組の一人、そいつは今、海外出張って事で、アメリカのトレセン学園支部でトレーナーを育てている。レース文化は日本より長いが、あちらさんはよそから多くの事を取り入れる。あの中で一番真面目で柔軟性もある奴に、白羽の矢が立った訳だ。

 

 

沖野「それにしても、5年かぁ.........」

 

 

東條「電話もしてないわね、そういえば」

 

 

東「そろそろ帰ってくるんじゃないか?理事長も4、5年前くらいで帰ってくるって言ってたし」

 

 

 四人、というのは何とも奇妙な数字だ。何かをやるにはうってつけの人数。少なすぎず、多すぎもしない。心から信頼の出来る仲間が居れば、離れていても、その繋がりを感じることが出来る。

 

 

南坂「その人がどのような人かは分かりませんけど、今帰ってきたらきっと驚くでしょうね」

 

 

桐生院「ですね!!」

 

 

古賀「カッカッカッ!!違いねぇな!!」

 

 

桜木「南坂さーーーん!!!」

 

 

南坂「うぇ!!?」

 

 

 懐かしい顔を思い出し、談笑に浸っている最中。突然ステージの方から声が聞こえてくる。しかもそれは、ここにいる南坂を呼ぶ声だった。

 流石の南坂も、これにはびっくり。素っ頓狂な声を出して驚いていた。

 

 

桜木「ちょっと喉キツいんで俺の代わりに一曲歌って!!!得意でしょ[さあ]!!!」

 

 

南坂「えぇ!!?い、いや!!!アレは学生時代に調子良い時に歌えてただけで!!!今歌えるかは.........」

 

 

沖野「ハハ!いいから行け、よっ!!!」バシン!!!

 

 

南坂「あいた!!?」

 

 

 前に出る事を渋る南坂の背中を叩いて送り出す沖野。どういう曲は分からねぇが、まぁ難しいんだろうな。

 心配しなくても、ここにいる連中はもう盛り上がりゃなんでも良くなってんだ。どこをどう間違えたって気にする連中は一人として居ない。

 

 

古賀「行ってこいよ。俺達はここで待ってるからよ」

 

 

桐生院「南坂さんのギター!楽しみです!!」

 

 

東「という訳だ。腹括って行け」

 

 

 俺達の言葉を聞いて、覚悟が決まったのか、その足で南坂はステージへと上がって行った。桜木からギターを貰い、ストラップを肩に掛ける。なんだ、結構様になってんじゃねぇか。

 

 

古賀「.........今夜は、全員いい夢が見られそうだな」

 

 

東條「そうですね.........明日からまた、いつもの日常の始まりです」

 

 

沖野「大変ではあったが、こうして振り返ってみると、今年の感謝祭は楽しかったなぁ」

 

 

 この時間が終わりを告げようとしている。それに少し、名残惜しさを感じつつも、俺達はそのステージを見守っていた。南坂のギターも歌声も、普通に良く聞こえてくる。

 周りのトレーナー。ウマ娘。そして観客達を大いに巻き込みながら、今年のファン感謝祭は無事。終わりを告げた。

 

 

 

 

 

  ......To be continued.........?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「いよいよ、か」

 

 

 チームメイトは居ないミーティングルーム。そこで俺は、カレンダーを見ながらそう呟いた。

 4月26日。その日は、奇跡を起こした三冠バ。トウカイテイオーと、うちのチームのエースであるマックイーンが直接対決する、春の天皇賞が開催される。

 

 

桜木「.........ああ、お前。日本に来るのは初めてだから分かんねぇか」

 

 

「.........知っているさ。それくらい」

 

 

 目の前の長机でレポートを黙々と書いて行く海外から来た研修生の男。そのぶっきらぼうな返しに苦笑いを浮かべつつも、俺はターフの上に居る彼女を思い出していた。

 

 

「.........勝てるのか?お前は」

 

 

桜木「さあな、俺だったら負けてるよ」

 

 

 その俺の言葉に静かに反応しつつも、男からの返事は無かった。時間の無駄だったかと言うように、先程よりその心持ちを残念にしながらペンを走らせている。

 

 

桜木「.........けどな」

 

 

「.........?」

 

 

桜木「あの子は勝つぞ。俺はそう、感じている」

 

 

 俺は、先の見えないことは信じない。何故なら裏切られた時、ショックを受けるからだ。そして、勝つとも思わない。それは結局、俺の思い込みに過ぎないからだ。

 けれど、確かに感じている。勝利の予感を。これまでの努力をどれだけ引き出せるかが鍵だ。

 .........そう。俺はその自分の感じた直感を、他の誰でもない。未来とか経験とかでもない。それを、煌めく時を待っているこの王冠を、信じているだけだ。

 

 

桜木「見とけよ。[世界の門]に挑戦する前に、この日本で起こる頂上決戦をな」

 

 

「.........」

 

 

 身体の底から湧き上がる強い何か。今までにないこの感覚は、まだ正体が掴めていない。それでも、それが悪いものでは無いことは分かっていた。

 高ぶる心と、決戦前夜。それを胸に、俺は最後の、不安要素を潰して行った。

 

 

 

 

 

次回 山あり谷ありウマ娘

 

 

 天皇賞頂上決戦篇。

 

 

 

 

  ......To be continued



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理事長「紹介ッ!海外出張から帰ってきたトレーナー及び、研修生だ!!」T「なん...だと...?」

 

 

 

 

 

桜木「.........」

 

 

 広い広い草原の上。どこまでも行けそうで、どこにも行きたくない気持ちにさせる程の涼やかな風が頬をそっと撫ぜた。

 

 

「諦めなさい」

 

 

桜木「は.........?」

 

 

 唐突に頭に響いた声。それは、女性の声であった。まるで、全てを包み込む聖母。異常なのは、それが声だけで伝わってきたという事だ。

 数瞬遅れて、疑問に思う。諦めるとは、一体どういうことだろう?気が付けば草原の風は心地良さを失い、突風と雨風の予感を鼻腔で感じ取る。

 

 

「それが、世界にとっての最善なのです」

 

 

桜木「世界って.........なんだよ.........?」

 

 

 徐々に虚ろになっていく視界。その世界。ぶらりと揺れる目に映る世界に自分の体を支えようと手を伸ばす。

 だが、その手は何も掴めなかった。まるで、今の自分には、支えられる何かが無いとでも言うように.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 四月の風が温かさを帯び始める中頃。この季節になると、本州の方で生活している俺は若干の眠さを感じ始める。

 

 

桜木「おはようございま〜す.........」

 

 

桐生院「おはようございます!桜木さん!」

 

 

 新人トレーナー達が集まる職員室の扉を開け、欠伸を噛み殺しながら挨拶すると、俺の隣のデスクに座っている桐生院さんが元気よく挨拶を返してくれる。この子は本当、いつも元気だな.........

 

 

桐生院「桜木さん、今朝理事長から集会があるって来ましたよ」

 

 

桜木「今朝って.........今8時半だよ?桐生院さん何時から居るの?」

 

 

桐生院「7時にはもうここに座ってました!」

 

 

 なんて人だ。朝弱い俺とまるで正反対じゃないか.........若さって羨ましい.........まぁ、一個か二個下くらいだと思うけど、そう思えるほど彼女から感じるバイタリティは若々しいのだ。

 

 

桜木「.........それじゃあ、午後の授業は集会になるんすね」

 

 

桐生院「そうなりますね。今度は一体何が始まるんでしょう?」

 

 

 純粋にキラキラとした目で先を予想し始める彼女を見た俺は、もう自分には無い物を見ている感覚に陥る。

 いや、確実に無いな。俺はもうあの権力ヤクザロリっ子理事長の突発的な集会はトラウマでしかない。また俺に何か押し付けてくるんじゃないかと今からビクビクしている。

 

 

桜木「.........何も無い事を祈るしかない、か」

 

 

桐生院「?」

 

 

 呟いた言葉に祈りを込めながら、俺は職員室でやる事を済ませ、いつも通り自分のチームルームへと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「.........」

 

 

 そして迎えた午後の集会。トレセン学園は普通の学校と同じように、座学や大抵の体育等、一般常識を学ぶ為の時間割がある。

 だが、レースに参加する者、そして今回の様に理事長の突然の思い付きによる集会で、単位が取れない場合も多い。

 大学と同じようなカリキュラムのシステム故、最短で中等部は三年。高等部も三年で卒業出来るようになっているが、まだ設立されてそれをした子は居ないらしい。

 

 

桜木(最低単位取れりゃ何年居ても大丈夫らしいけど、こう集会が多いとめんどっちいよなぁ)

 

 

「おい」

 

 

桜木「.........はい?」

 

 

 唐突に隣から声を掛けられる。その声には少々嫌悪感が感じ取れる為、俺は嫌々ながらそれに返事をし、視線を向けた。

 

 

ナリブ「なぜアンタが私の隣なんだ」

 

 

桜木「知らんよ。また理事長のわがままでしょ」

 

 

 本来であれば、クラスでまとまって座っているウマ娘と、トレーナーでまとまって座っている者。しかしこの場においては何故か、そこから離れた所に二人まとめてパイプ椅子に座らされている。

 当たって欲しくない予感はいつも当たるものだ。ブっさんのため息を聴きながら、俺も心の中で文句を垂れ流す。

 

 

桜木「それにしてもブっさんよぉ」

 

 

ナリブ「その呼び方はやめろと言ってるだろう」

 

 

桜木「今日何やるか聞いてる?生徒会なんしょ?」

 

 

ナリブ「全く.........そんな話は聞いていない。第一、生徒会が関わる集会なら会長もエアグルーヴもクラスから外れているだろう」

 

 

 これまた不機嫌そうに顎で指し示すブっさん。その先を見ると、高等部クラスの列に並び、着席している二人が見えた。そう考えると、前もって無茶振りを覚悟する事が出来ないと悟ってしまう。

 そして遂に覚悟の瞬間がやってくる。理事長がステージの上に上がったからだ。また何か無茶振りを振られるかもしれない。その恐怖が俺の身を縮み込ませる。

 

 

やよい「宣言ッ!!これより、特別集会を行う!!礼ッ!!」

 

 

 その一言に合わせ、生徒トレーナー共々席に座りながら、頭を垂れる。三秒ほど下げた後、合図もなく一斉に頭を上げる。

 憂鬱だ。死刑宣告なら早くしてくれ。俺は早く楽になりたい.........

 

 

やよい「皆に集まってもらったのは他でもないッ!!先日、海外へ出張に出ていた我が学園のトレーナーが帰国した為だ!!」

 

 

桜木(はぇー。海外にもトレーナー派遣するんすねぇ)

 

 

 いつか俺にも下されそうな出向ではある.........いや待てよ。まさか入れ替わりで行け。なんて言われないだろうな?怖くなってきた.........

 

 

やよい「登壇ッ!!今回はそのトレーナーを紹介しようと思う!!懐かしいと感じる者も、新しく顔を見る者も是非!!仲良くしてやって欲しい!!」

 

 

桜木(一体どんな.........うわ)

 

 

 そのトレーナー。男がステージの階段を上がっていく。その時は別に何も感じなかった。 唯一思ったのはカッコイイ服着てるなー。という感じだった。

 だが、彼が正面を向いた時に度肝を抜かれた。上着のチャック全開は別にいい。俺も普段からそうしてる。だが中に何も着てない。どうして?その屈強に鍛え上げられた肉体を見せつけたいのか?これが分からない。

 

 

「紹介に預かった、黒沼だ。5年前まではここでトレーナーとして職務を全うしていたが、出張で今までアメリカの方に行っていた」

 

 

桜木(こ、怖ぇ〜.........)

 

 

 強面の容姿に低い声。男らしいと言えば聞こえはいいが、正直とてもトレーナーには見えない。誓って殺しとかはしなそうだが、それでも怖い。

 

 

桜木(黒沼さんだってよ、知ってるか?)

 

 

ナリブ(ああ、だが昔はもっと普通の感じだったぞ)

 

 

黒沼「そこォッ!!!」

 

 

二人「!!?」

 

 

 片手にマイクを持ち、空いている方の手で俺達を勢いよく指を差す黒沼さん。恐らく私語を咎めてきたのだろう。見かけ通り、かなり厳しめな人だ。

 

 

黒沼「人が喋っている時に私語を挟むな」

 

 

ナリブ(.........アンタのせいで怒られたぞ)

 

 

桜木(ごめんなしゃい.........)

 

 

 これは完全に俺が悪い。ごめんよブっさん。でも近くにいたお前が悪い(ガードベント)

 そんなこんなで、黒沼トレーナーのありがたいお話は進行を進める。アメリカで学んだことや、新しいことに挑戦する事。

 そして、俺が最も共感する部分。精神は、肉体を超えることが出来るということ。彼のその信念を聞いたお陰で、俺は彼に対する苦手意識は既に無くなっていた。

 

 

黒沼「以上で、俺からの話は終わりにしたい。だが、ここにいる皆にもう一人。俺から紹介したい奴がいる。俺が出張していたデトロイトトレセン支部でやる気のある奴だ」

 

 

桜木(へー。海外にもトレセンってあるんだ.........)

 

 

 今度は怒られないよう、一人心の中で言葉を零す。流石に心の中にまで指摘はされないだろう。タキオンやマックイーンと違って。

 だけど.........デトロイトか。懐かしいな。あそこに行ったのももう一年も前になるのか。いやはや、時が過ぎるのも早いものだ。当時はいい思い出とは言えなかったが、今思えば、いい経験ができたと思う。

 

 

桜木(元気にしてっかな。パールさん達)

 

 

黒沼「上がってこい。自己紹介もしてくれ」

 

 

「.........初めまして」

 

 

 目を瞑りながら、過去の回想に浸る。なんか隣から少し脇腹を押される感覚があるが、今俺は思い出に花を咲かせているのだ。邪魔しないで欲しい。

 

 

「デトロイトから来ました。日本に来るのは初めてで、とても緊張しております」

 

 

 それにしても、悠長な日本語だな。きっとここに来るまでに勉強してきたのだろう。全く違和感を感じない。姿はまだ見てないが、きっと真面目な―――

 姿も見ず、勝手な憶測で判断していると、不意に隣から強い衝撃を感じ、横にぶっ飛ばされる。 2mほど先にあった壁に背中を打ち付けてから、俺は思考を張り巡らせた。

 誰?ブっさん。何故?分からん。どうした?全然分からん。

 

 

アキネイター「もしかして。ジャガー(けものフレンズ)」

 

 

桜木(お前は誰だ?)

 

 

 どうやら頭に強い衝撃を受けたせいでよく分からない存在が頭に入り込んだらしい。ここから出ていけ。

 だが、奴のお陰でだいぶ正気に戻ってきた。俺はぶっ飛ばしてきたブっさんの方を見て怒ろうと思ったが、様子が明らかにおかしい。

 顔は青ざめ、身体は怯えるように小刻みに震えている。周りの人達も何事かと言うように俺達の方を見ている。一体どうしたというのだ?

 

 

桜木「あ、あはは.........すいません。持病のバカが発作しました.........」

 

 

全員「.........はぁ」

 

 

 なんでだ、なんでそれで納得したように全員ため息を吐いたんだ。俺が何をしたって言うんだ?流石に自分から壁に激突する程変態じゃない。どちらかと言えば人からやられるのが好きだ()

 頭を抑えながら椅子をもどし、ブっさんの隣に座る。一体どうしたと言うのだ。

 

 

桜木(びっくりしたわ.........どうしたのよいきなり)

 

 

 そう小声で聞いても、ブっさんは答えない。言葉を発しない。代わりにその人差し指を、ステージの方へと静かに伸ばした。仕方なく、俺はそちらの方向へと視線を送る。

 

 

桜木「.........」

 

 

桜木(.........)

 

 

桜木「()」

 

 

 絶句も絶句。それはもう大絶句だった。マイクを手に持ち、流暢に日本語を話す外国人の姿を見て、俺もブっさんと同じように、身体を恐怖で強ばらせた。

 

 

「.........申し遅れました。私、デトロイトから来ました。リッティン・シュナイダーと申します」

 

 

 その名に覚えはない。そして、それだと言うのにそれが嘘だと言うことがすぐに理解出来る。目の前にいる男はリッティンなんかでは無い。そいつは.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(こ、殺し屋来ちゃったァァァァァ.........!!!?????)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう。俺がデトロイトで対峙した、ニコロ・エバンスであった。

 

 

ニコロ「実は、私にはトレセン学園の知り合いが二人います。それは、ミスター桜木と、ナリタブライアンです」

 

 

ニコロ「彼らの存在が無ければ、今私はこの場にいません。なので、私は彼らに感謝したいです」

 

 

 いやいやいやいや!!?要らないんですけど!!?こっちは久々にお前の顔みて生きた心地しないんですけど!!?

 あれ、おかしいな.........別れ際は結構普通に話せてたのに、しばらく経つと耐性なくなっちゃってるな。

 

 

桜木(.........どうするよブっさん)

 

 

ナリブ←いやいやというジェスチャーを静かに、だが必死にした後に、お前だけ行けと指を差す

 

 

桜木(そんな殺生な!!?)

 

 

 何だこの子。あまりのストレスに喋れなくなっとるやんけ。おもしろ(脳死)いや全くおもしろくないが?(手のひらくるくる)こいつ何言っちゃってる訳?(おめぇだよ)

 やばい。精神が二つに別れ始めてる.........俺も相当ストレスが掛かってるってことか.........

 

 

やよい「招致ッ!!ナリタブライアンと桜木トレーナーは登壇してくれ!!」

 

 

ナリブ「今、私は人生で一番身体が動かない.........」

 

 

桜木「ブっさん。それが鬱だ。一つ大人になったな」

 

 

 俺も重い腰を何とか上げ、無限に続いて欲しいとすら思うステージへと上がる階段を昇る。本当に無限に続いて欲しい。ケツワープとかしないから。お願いします。

 そんなふざけたことを思いつつも、ステージへと上がり、あの元殺し屋。ニコロ・エバンスと再び向き合う。あの時のような威圧感こそ感じないものの、正直怖い。

 

 

ニコロ「.........久しぶりだな。ミスター桜木」

 

 

桜木「.........おう。頑張ってんだな。正直ここで会うとは思ってなかったぜ。ニ―――」

 

 

ニコロ「.........」ニコ

 

 

桜木「.........リット」

 

 

 彼の名を口にしようとした瞬間。命の危機を感じた俺は、何とか留まり、奴が口にした名前をあだ名にして呼んだ。

 なんだアレ、ただ笑っただけなのになんでこんな怖いんだ。お前実はあれだろ。俺の事を抹殺しに来たんだろ?ターミネーターなんだろ?

 

 

桜木「ま、まぁ、ここで学べる事は多いぞ。なんせ中央のトレセン学園だ。トレーナーウマ娘共に優秀な人材が揃っている。頑張れよ」

 

 

桜木「俺からこのくらいだ。ブっさんは?」

 

 

ナリブ「体調が悪い。立っているだけでやっとなんだ。何も言えん」

 

 

 本当に具合が悪そうだ。心做しかげっそりとしている気がする。あのブっさんが。まぁ、それも仕方が無いだろう。俺も今は多少マシになったとは言え、やはり辛いものを感じる。

 .........だが、それでも、ここまで来た奴に対して、俺は少なからず、嫌な気持ちは抱いていない。

 身体が先か、心が先か、或いは同じ速度で答えを出したのかは、自分でも定かではない。それでも俺は、目の前の男に対して、手を差し出していた。あの日、コイツの伸ばした手を、思わず掴んでしまったように。

 

 

桜木「俺が言うのも変なんだが」

 

 

ニコロ「.........?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ようこそ。お前の夢が見つかる。日本のトレセン学園へ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ニコロ「.........ふっ、変わらないな。貴様は」

 

 

 呆れたような、それでいて、どこか嬉しそうな顔でそういう奴も、あの日と同じ様に、俺の伸ばした手を、しっかりと掴んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「と、言うわけで。今日からデトロイト帰るまでニコが俺のチームでサブトレーナーとして配属された!よろしくぅ!」

 

 

全員「ちょっと待って(ください)!!!」

 

 

 あの理事長が急遽開いた集会から一時間ほどたった、学園のグラウンド。トレーナーさんから、今日はここに集まる様に言われて来てみれば、そんな事を言われました。

 いえ、別にいいのです。彼がそういう所で突拍子もないのはいつもの事ですから、気にしていません。気にしているのは、その彼の隣でペコリと頭を下げる男性の存在です。

 

 

マック「あ、貴方いま!!ニコと言いませんでしたか!!?つ、つまりそれって.........」

 

 

桜木「あー.........ほら、ニコッとした笑顔が素敵だろ?つまりそういうことだ」

 

 

マック「どういうことですの!!?」

 

 

タキオン「マックイーンくん.........私は頭が痛くなってきた.........今日のトレーニングは休ませてもらうよ.........」

 

 

ウララ「えー!!?ダメだよタキオンさん!!ウララと一緒にデビュー出来ないよ!!」

 

 

 彼の隣に居る男性。それは先程の集会でナリタブライアンさんの様子を見る限り、明らかに彼から聞いていた、元ヒットマンの方です。元とはいえ、以前命を狙われていた方にどうしてそう、易々と隣に置けますの?

 

 

デジ「ひょわー.........元本職の方なんですね.........つ、つかぬ事お聞きしますけど、武術の方とかって.........」

 

 

ニコロ「シューティングだ。日本では確か、しゅうと?と呼ばれているらしい。日本の有名プロレスラーが設立した格闘技だ」

 

 

デジ「うわーお!!デジたんも知らないくらいマイナーなお陰で真実味がありますねぇ!!」

 

 

 どうやら彼女は先の質問で、彼が本物だと理解した様です。興奮と恐怖で変な反応を見せていますが、そのうち収まるでしょう。いつもの事です。

 

 

桜木「プロレスならマックイーンも出来るぞ」

 

 

マック「話を振らないでください!!」

 

 

ニコロ「ミスター桜木。俺はもしや嫌われているのか?」

 

 

桜木「当たり前だろ。俺は殺されかけたんだぞお前に」

 

 

 目の前でコミカルなやり取りを見せるお二人。私も何だか頭が痛くなってきました.........もうツッコミを入れる気力もありません.........

 そんな話の終わりを感じ取ったのか、トレーナーさんは瞬時に雰囲気を切りかえ、トレーニングを見る顔へと切り替わりを見せます。

 

 

桜木「よし、今日のトレーニングについて話すぞ。まずライス」

 

 

ライス「!は、はひ!」

 

 

桜木「この前の皐月賞は惜しかったな。けど、課題点も見えてきた。今日からは以前のマックイーンと同じように、スタミナを重点的にトレーニングしてもらう」

 

 

 そう言いながら、彼はライスさんに対して、前回の皐月賞の敗因と、その改善案を話し始めました。どうやら、彼は彼女の事を生粋のステイヤーだと感じているようです。

 

 

桜木「ブルボン。皐月賞一着おめでとう。目標に一歩前進したけど、油断するなよ」

 

 

ブルボン「はい。マスター。トレーニングのプログラムをお願いします」

 

 

桜木「確かに中距離は走れるようになってきた。それでもやっぱり得意な子と比べれば荒はある。完全に体を慣らす為に、今日から東さんと黒沼さんに指導をお願いしてある。仲良くしろよ」

 

 

 その言葉を聞いて、ブルボンさんは耳をピンと一瞬張ったあと、直ぐに返事を返していました。トレーニングに他のトレーナーの方を付けるのは初めての試みですが、彼女は楽しみにしているように思えます。

 

 

桜木「タキオン、お前はデビューが近い。スピードスタミナ共に及第点ではあるが、サボり癖が祟って調子がガタつくと走りもガタつく。本気で走らなくていいから今日から流す程度に.........」

 

 

タキオン「分かっているよトレーナーくん。走れば良いんだろ?全く、私はウマ娘だよ?走らないなら一体何をすると言うんだい」

 

 

桜木「今日から流す程度に死ぬ気で走れ」

 

 

タキオン「.........???」

 

 

 彼の話を遮ったせいで、怒りをぶつけられるタキオンさん。まぁ、普段からトレーニングを休みがちでしたし、この反応は仕方ありません。身から出た錆。自業自得です。

 

 

桜木「ウララ!!」

 

 

ウララ「はーい!!」

 

 

桜木「さっき俺が皆に言ったこと!!復唱!!」

 

 

ウララ「うぇー!!?えっと、えっと.........ライスちゃんはスタミナ!!ブルボンちゃんは、他のトレーナーのところ!!タキオンちゃんは走る!!」

 

 

桜木「ようし。レースに関する集中力が着いてきたな。今日はいつも通り、身体をめいいっぱい動かして、気になるもの全部追いかけるんだ。外に出たっていい」

 

 

ウララ「ええ!!?良いのー!!?やったー!!!」

 

 

 ピョンピョンと飛び跳ねながら、その嬉しさを身体全体で表現するウララさん。このチームを癒す存在です。是非メジロ家に住んで欲しいくらいです。頑張れば人参で来てくれるでしょうか?

 

 

桜木「最後にマックイーン」

 

 

マック「っ!はい」

 

 

桜木「この前渡した超重量の蹄鉄を付けて、ウララについて行ってくれ」

 

 

マック「.........え?そ、それだけですか?」

 

 

桜木「ああ」

 

 

 彼はそれだけ言って、その顔を私から背けました。以前まででしたら、こんな事一度も無かったのですが.........一体、どういう風の吹き回しでしょう?

 流石にその意図を聞こうとした時、彼は思い出したようにあっ、と声を上げ、もう一度私の方へと向きました。

 

 

桜木「そうだ、今自然体で走るフォームは完成されてるから、それが本当に自分に合っているのか考えてくれ」

 

 

マック「え、あっ.........はい」

 

 

桜木「ようし。俺はここに居るから、困ったら呼んでくれ。各自しっかりトレーニングすること!解散ッ!!」

 

 

 皆さんの意識を切り替える為、その両手を叩き、空気を振動させます。それが伝わったのか、皆さんはそれぞれ言われた事をやる為に動き始めました。

 私も彼に言われた通り、ウララさんの傍で、彼女の動向を見守ります。

 

 

ウララ「よろしくね!!マックイーンちゃん!!」

 

 

マック「え、ええ.........よろしくお願い致します。ウララさん」

 

 

 彼の意図を掴みきれないまま、私は目の前で蝶を追いかけ始めたウララさんとはぐれないよう、併走を始めました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ニコロ「.........見なくて良かったのか?トレーニング」

 

 

 学園のグラウンドの整備された芝の上。風が吹けば、まるで波のように波紋の広がりを見せる緑の海に腰を下ろした。

 コイツの言う事も最もだ。トレーナーである人間がトレーニングを見ないというのは、仕事をしていないと言われても仕方ない。だが、これが俺のやり方だ。

 

 

桜木「俺は、学生時代の役割はその後の人生の歩き方の勉強だと思っている」

 

 

桜木「組織で生きていても、自分で考えて行動し、その場の状況でどう判断するかが大切だ。俺はあの子達に、その判断力をつけて欲しいと思っている」

 

 

ニコロ「.........だが、あの芦毛のウマ娘は少々いたたまれなかったぞ」

 

 

 腕を組みながら、俺をその目で睨みつける元ヒットマン。やめたとはいえ、その気迫はやはり凄まじいものを感じる。

 とはいっても、今のマックイーンにしてやれることはひとつも無い。彼女に今必要なのは、心の底から生まれた、自然に対する疑問なのだ。

 

 

桜木「.........お前さんには、俺のトレーニング法を教える必要があるな」

 

 

 頬を撫でる風に、少々寂しさを感じながらも、俺はそこから立ち上がる。背中を張り、伸びをしながら大きな欠伸を零す。

 ストレッチをしながら、自分の中にある仮説を引っ張り出す。正直、これが正しいとはまだ言えない。だが現に、マックイーンは既にその論理の三分の一を体得している。不安はあるが、疑いはない

 

 

桜木「良いか、日々生きる俺達人間の動きは、野生だった頃に比べて無駄が多すぎる」

 

 

桜木「その無駄は習慣、食事、睡眠、全てが影響している。身体を動かす上で無駄は完全に邪魔な物だ。だからまず、無駄を取っ払う」

 

 

ニコロ「.........」

 

 

 口元に手を当て、俺の仮説をゆっくりと噛み砕くニコロ。だが、理解にはまだ程遠い。俺自身、机上の空論だと思っていたものだ。彼女がいなければきっと、そのまま終わっていた。

 

 

桜木「自然体で走る。無駄な体力消費を無くし、最小限で走る事が出来る。勿論、体に負担もそうかからんから怪我の確率も低い」

 

 

桜木「そしてその状態で全力疾走ができるようになる。これが第一段階。今マックイーン.........芦毛の子が居る段階だ」

 

 

 昨年の春の天皇賞。この技術のおかげで勝てたようなものだ。先行で逃げに圧力を掛け、後方とっては遅いタイミングで仕掛ける事によって、温存した体力でレースを踏破する。

 正に、長距離を走る彼女にとっては天から与えられたスタミナだと言っても過言ではない。だが、初めてあった時はそれをフルに扱うにはまだ、彼女は気を張りすぎる節があった。

 

 

桜木「そして今言った次の段階。なぜ、そう走らなければ行けないのかを考え、自分で答えを出すこと」

 

 

桜木「今の走り方が答えでも、答えじゃなくてもいい。誰かに言われてとかじゃなく、しっかり自分で納得した走りになれば、何があっても自分の走り方を疑うことは無い」

 

 

桜木「.........絶対勝てるという自信を持ったあの子は、強いぞ?」

 

 

ニコロ「.........!そうか」

 

 

 俺の言う事に納得したのか、ニコロはようやくしかめ面から、いつもの仏頂面へと戻った。その顔はどこか、安心したようにも見える。

 正直、走り方じゃなくてもいい。何故走るのか、なんで走らなければならないのか、その心の持ち方を確かにするだけで、第二段階はいい方向に向くと思っている。

 精神は肉体を超えられる。今日聞いたその言葉が、俺の行動を強く肯定してくれている。

 

 

桜木「.........次の天皇賞ももうすぐだ。急ピッチでやっていくぞ」

 

 

 二週間後に控えた大決戦。その日までの時間は残り少ない。俺の切り札が、奇跡を起こしたテイオーにどれだけ通用するのか、楽しみだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「.........」

 

 

ウララ「お魚さーん!!待て待てー!!」

 

 

 バシャバシャと音を立て、トレセン学園のジャージを全て濡らしていくような勢いで川の中を楽しそうに進むウララさんを見ながら、ぼんやりと考えを巡らせます。

 今の走り方。それが果たして本当に自分に合っているのか。そんな事、分かるわけもありません。彼と作りあげたこの走りが、間違いなわけがありません。

 

 

マック(腕をもう少し強く.........?いえ、それでは身体から上手く力が抜けないわね.........)

 

 

ウララ「マックイーンちゃん!!」

 

 

マック「!!?ど、どうしましたか?ウララさん?」

 

 

ウララ「なんだか、怖い顔してるよ??」

 

 

 気付けば彼女は、魚を追いかける事を止め、ズボンの裾から水を垂らしながら私の顔を覗き込んでいました。

 先程の私の顔を真似しているのでしょうか?眉間に力強くシワを作る姿が、大変愛おしいです。

 

 

マック「フフ、ごめんなさい。ちょっと考え事を.........」

 

 

マック「.........ウララさんは、何故。走るのですか?」

 

 

ウララ「えー?楽しいから??」

 

 

 その答えは、概ね予想通りのものでした。彼女にとって走るという事は、心の底から楽しいもの。それは、普段のトレーニングを見ていても、よく分かることです。

 現に、ここに来るまでの間も、追いかけるものをころころと変えながらも、その方法は全て走るだけ。回り込んだり、追い込んだりではなく、ただその背に向かって駆けて行く。

 ふと、自分は何のために走っているのだろうと、答えが出ないとわかりつつも、何となく考えてしまいます。

 今までは、メジロの為。おばあ様の為に、この身を、レースに投じてきました。昨年の天皇賞の時だって、その思いは変わらなかったはずです。

 

 

ウララ「.........?マックイーンちゃんは走るの楽しくないの?」

 

 

マック「え?も、勿論楽しいですわ!でなければあんな.........」

 

 

 .........あんなに、自分の身を削り、倒れながらも、鍛錬することは無い。けれどそれを言ってしまえば、今までの私を否定することに繋がります。

 メジロの使命。誇りに掛けた誓い。おばあ様への憧れ。そのどれをとっても、楽しいとは程遠い、自分に課した義務の様なもの。

 

 

マック(.........私にとって、走るとは一体。なんなのでしょう.........?)

 

 

 これが彼の思惑か、それとも、私が勝手に嵌ってしまっただけなのか、定かではありません。ですが私はここに来て、自分がどうして走るのかという理由を、見失ってしまうのでした。

 

 

 

 

 

  ......To be continued



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新しい平和な日々の出来事

 

 

 

 

 

マック「はぁっ、はぁっ!」

 

 

 放課後のチャイムが鳴り響く夕方のグラウンド。既に冬は終わったとは言え、まだ夏の感触は感じられない薄暗さが、空を覆います。

 何故走るのか、何故、走らなければならないのか。それを見失い、不安に駆られた私はこうして一人。誰も居ないトレーニングコースで、走り込みをしていました。

 

 

マック(どうしましょう.........もう天皇賞まで、残り少ないのに.........!!)

 

 

 天皇賞には、テイオーが出る。あの三冠を取った、奇跡を起こした、トウカイテイオーが。もし今のまま戦えば、勝てないかもしれない。その不安が更に、私の自己満足のトレーニングに拍車をかけます。

 

 

マック(もう一度.........!!?)

 

 

 もう一度、今度は姿勢を少し逸らして.........そう思い、三歩ほど走り出そうとすると、不意に身体のバランスが崩れました。どうやら、地面の凹凸に気づくことが出来なかったようです。

 ですが、身体は地面に当たることなく、一人で立つには有り得ない傾きから、体勢を戻されました。

 

 

「よう」

 

 

マック「っ、トレーナーさん.........すみません、また勝手な自主トレを.........」

 

 

 私のお腹辺りを、その手で支えて。何とか体勢を戻して下さったのは、トレーナーさんその人でした。

 変な人です。トレーニングが始まる頃はあんな素っ気ない感じでしたのに.........なんだか今日は、彼にいつも以上に振り回されている気がします。

 

 

桜木「構わないさ。不安なんだろ?」

 

 

マック「ですが.........」

 

 

桜木「大丈夫。マックイーンはもう自分が倒れるまでしないって分かるし、今は俺が着いてる.........今度はちゃんと、倒れる前に支えられただろ?」

 

 

マック「.........!」

 

 

 彼はそう、満足そうな顔で、優しい笑顔でそう言いました。その姿にまた、胸が締め付けられる。それでいて、どこか悪くない気持ちになってしまいます。

 私は彼の前で二度、倒れています。それも、意識を失い、支えられた後は、自分の足で立っていられないほどのオーバーワークをしていました。

 あの頃から考えれば、私も、そしてトレーナーさんも、成長したのかも知れません。

 

 

マック「.........トレーナーさん」

 

 

桜木「.........?」

 

 

マック「私は、テイオーに勝てるのでしょうか.........?」

 

 

 彼の前で思わず、不安を口にしてしまいます。そんなつもりなど、毛頭なかったのに。どうやら思っていた以上に、追い詰められてしまっていたようです。

 ですが、彼は何も言ってはくれません。静かに、それでいて、真剣な眼差しで私の目をじっと、離さず見つめてきます。

 

 

桜木「.........さぁな、先の事は、誰にも分からない」

 

 

マック「っ.........」

 

 

桜木「だからこそ、考えるんだ。俺達にはそれしか出来ない代わりに、それが出来る、この地球に居る唯一の生物だ。だから、最後まで悩んでみろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「最後まで悩み抜いて、[奇跡(テイオー)を超えて]見せろ、マックイーン」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「.........!」

 

 

 その言葉には、何よりも信頼が込められていました。私ならば、きっと乗り越えられるという信頼。彼にそう、言われたのならば、私も応えざるを得ません。

 それがメジロとしての.........彼と共に歩んできた、メジロマックイーンとしての果たすべき.........誓いなのです。

 

 

マック「.........分かりました。きっと超えてみせます。彼女が起こした奇跡を、きっと.........!!!」

 

 

 私はそう、彼に言いました。今はこれ以上、弱気な姿を見せる訳には行きません。

 トレーニングコースの端に座る彼の存在に支えながら、私は空が暗くなるまで走り込みを続けました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ニコロ「.........」

 

 

神威「.........」ペラ

 

 

 日本のトレセン学園、そこはアメリカにあるそれと同等、いや、それ以上の設備が取り揃えられている。正直、ここまでとは驚いた。

 俺は今、資料室の一つであるビデオルームで、とあるレースの記録を観察している。俺の夢に現れた、門にゆかりのあるレースだ。隣には、この学園のデータの番人とも呼ばれている男が居る。

 

 

ニコロ「.........なぁ、このウマ娘は―――」

 

 

神威「アレッジド。アメリカ生まれのアイルランドで活躍したウマ娘で競走成績は10戦9勝。今見てるやつの翌年の凱旋門賞も連覇してる」ペラ

 

 

ニコロ「.........」

 

 

 本を読みながらも、映像資料に目を向けずに今先頭を走っているウマ娘の名と、その戦績を語る。この男の頭にはきっと、ここにある資料全てが頭に入っているのだろう。

 

 

ニコロ「やはり、記憶力が鍵か......」

 

 

神威「?んなもん必要ないだろ。やりゃ覚える。覚えたら忘れないようにするだけだぞ」

 

 

ニコロ「.........それが出来れば苦労はしないだろ」

 

 

 さも当然と言うように、目の前にいる男はそう言ってのける。桜木と言い、この神威創という男と言い、日本のトレセン学園には規格外が多すぎる。

 俺は隣にいる男に、ある種の恐怖を覚えながらもビデオを巻き戻そうとリモコンを手に取った。その時、突然。入口のドアが勢いよく開け放たれた。

 

 

「おいっ!!玲皇から聞いたけど殺し屋来てんだってェ!!?」

 

 

ニコロ「」

 

 

神威「うっせーなそうだよ!!翔也やめろ刺激すんな!!殺されんぞ!!」

 

 

白銀「うるせェッッ!!!お前を今すぐこの場で屠ってやらァ!!!創がッッ!!!」

 

 

神威「んで俺なんだよォォォォッッッ!!!!!」

 

 

 目の前に現れた二人の男。うち片方は俺の方を指差し、宣戦布告とも取れる発言をする。どうやら俺の正体がバレてしまっているらしい。

 所属していた組織はあの後壊滅した為、身の危険は無くなったが、ゴタゴタに巻き込まれるのは面倒だ.........この場で始末してしまった方が.........

 そう思っていた時、不意に肩に手を載せられる。その方向を見ると、部屋に入ってきたもう一人の男の方だった。

 

 

「do you like nattou?」

 

 

ニコロ「no」

 

 

「oh......sorry,I kill you」

 

 

ニコロ「.........?」

 

 

 何故だ。なぜ目の前の男は俺を殺そうとしている?ダメだ、全く訳が分からない。一体俺はどこに来てしまったんだ?お前は一体何者なんだ?

 

 

白銀「テメェ宗也ッッ!!!抜けがけしてんじゃねっぞ!!!俺がぶっ殺すんだからテメェ引っ込んでろ!!!スクラップにすんぞォ!!!」

 

 

神威「かっくいい!!!惚れちゃいそうだぜ世界ランカー!!!」

 

 

黒津木「I am the bone of my sword」

 

 

三人「なんて?」

 

 

 なんなんだ本当にこの白衣を着た男は、文法がめちゃくちゃじゃないか。全く意味がわからない。

 そしていつの間にか目の前では俺をそっちのけで取っ組み合いの喧嘩が始まってしまった。アメリカでも見た事ないぞ、このレベルの大人の喧嘩は.........

 

 

ニコロ(.........夢への足取りは、また今度調べるか.........)

 

 

 そっとビデオルームを抜け出した俺は、そう思いながら廊下を歩く。途中にこやかな事務員の女性とすれ違ったが、ビデオルームに入って行ったのを見かけたが、俺はそれ以上関わり合いたくないため、その場を直ぐに去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「最近、変な夢を見るんです」

 

 

ゴルシ「ほえー。なんでアタシに言うんだよ」

 

 

 昼過ぎ頃のターフの上で座りながら、アタシはおっちゃんと将棋を打ってた。おっちゃんはルールも知らないど素人だけど、案外楽しめた矢先に、急にそんな話を振られた。

 いや、アタシはお医者さんじゃねーから。なんでそんなこと言われなきゃいけねーんだよ。純粋にただ怖ーよ。

 

 

桜木「だってなんか宗也含めた三人たづなさんにダートに埋められてるし、そもそも安心沢先輩はそこら辺専門外だし」

 

 

ゴルシ「いや、それでも仕方ねーなってなんねーけど?」

 

 

 何したんだよ黒津木のおっちゃん。そのうちほんとにトレセン学園首になっちまうぞ.........

 とまぁ、あのアタシが本心から心配するレベルで、おっちゃんを含めたイツメンはマジで頭がおかしい。正直ボケに回ってる暇なんてねーんだよな。

 

 

桜木「で、どうなんですか先生」

 

 

ゴルシ「いや、先生じゃねーから、普通に精神科に行った方がいいんじゃねーの?」

 

 

ゴルシ「.........特に、アンタに諦めろっつってくるんだ。アタシにどうこうできる問題じゃない.........っての」パチン

 

 

桜木「.........あれ、もしかして詰み?」

 

 

 おっちゃんの大将のコマを、これ以上動かせない位置に追いやった。全く。一人将棋詰めてる所に対面座ってくるなんてなかなか肝が座ってるぜ!

 

 

ゴルシ「さー帰った帰った!アタシはテイオーとこれから友情トレーニングすんだ!!敵国レグルスにくれてやる塩はひとつまみもねーぜ!!」

 

 

桜木「ちぇっ、あわよくば沖野さんの作戦を盗み聞いてやろうと思ってたのに.........」

 

 

ゴルシ「マックイーンが聞いてたら泣いてるぞ.........」

 

 

 全く。油断も隙もありゃしねーぜ!!このトレーナーは!!勝てりゃいいのかよ!!そういう所が良いんだけどな!!

 .........でも、あのおっちゃんが相談してきたんだ。割と追い詰められてんのかもしんねー。正直アタシにどうにかできる問題じゃねーけど、一応相談してみるか.........

 

 

ゴルシ「えっと.........あったあった!これをウマフォンに差し込んで.........」

 

 

 アタシは収納ケース型将棋盤を開けて、中にある物の一つを取り出して、ウマフォンに差し込む。

 そうすると、画面は一度暗転してから立ち上がり、アタシにとって見知った画面に切り替わる。

 そういえばあのアプリどうなってんだろ.........?じいちゃんに相談する前に開いてみっか!!

 

 

ゴルシ「.........あれ、サ終してやがる.........嘘だろ......?アタシ、このゲームに三分も費やしたのに.........」

 

 

 貴重なアタシの三分を費やしたゲームが終わってる.........まだチュートリアルもやってねーのに.........

 ショックのあまり、アタシはウマフォンを将棋盤の中に詰め込んでふて寝した。そしてテイオーとの並走があるまで、アタシは夢の中でアナコンダが掘った土の中で映画を見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「.........」

 

 

 ほのかな温かさが照りつける太陽を避けるように、木の葉で作られた影に身を置き、そしてその幹を背もたれにして体を投げ出す。

 ゴールドシップに追い払われた姿を見られれば、ふて寝だと思われるだろう。実際、半分はそれだ。

 少し涼し気な風が身体にあたり、故郷の北海道を思い出し、少しだけ。感傷に浸る。

 誰にも、何も言わずに飛び出したあの日よりかは、自分は大人になったのだろうか?或いは、あの日に少しだけ、戻れたのだろうか?そんな答えの出ない問答をしていた。

 

 

黒沼「.........こんな所にいたのか、桜木」

 

 

桜木「あぇ?ああ、どうもっす」

 

 

 眠らない程度に閉じていたまぶた。若干太陽の光を感じていたが、その光を遮る様に、黒沼トレーナーが姿を見せた。最初は怖い声だと思っていたが、こうして聞いてみると、落ち着いてくる。

 

 

黒沼「まだ昼だ。職務怠慢と言わざるを得んな」

 

 

桜木「はは、ぐうの音も出ませんね。ブルボンの様子はどうです?」

 

 

黒沼「.........中々いい脚を持っている。東に聞いたが、あの娘は元々、スプリンターだったそうだな」

 

 

 それを聞いて、俺は久々に思い出した。あの子がまだ、違うトレーナーの元にいた頃を。

 スプリンター。短い距離を、短い時間で、流星の如く走る存在。彼女の脚も、流星になれる素質があった。

 だが彼女が望んだのは三冠。どんな近道よりも、人よりも遠く、険しい道程を彼女は自ら望んでいた。

 

 

桜木「.........人は、忘れる生き物です」

 

 

桜木「数ある流れ星の名前なんて覚えてない。けれど、何度も地球圏の近くを通る彗星の名前は、ずっと覚えているもんなんですよ」

 

 

黒沼「.........そうか。ミホノブルボンは、彗星か.........」

 

 

 その言葉は、いつもの周りの反応とは違い、俺を肯定してくれている物だった。きっとこの人も、俺と同じことを、ブルボンに対して思ってくれているはずだ。

 けれど、黒沼さんは先程までの優しい雰囲気を一変させ、厳しい空気を俺に浴びせ始める。

 

 

黒沼「お前のトレーニング方法は今までに無いほど革新的だ。だが、あれを放置するのはどういう了見だ」

 

 

ウララ「あっ!ちょうちょー!!待て待てー!!」

 

 

ライス「えぇー!!?う、ウララちゃん!並走中だよー!!?」

 

 

 そう指を差す先には、並走中にも関わらず、蝶に気を取られてコースをはずれるウララの姿があった。

 確かに、傍から見ればあれは欠点だ。トレーナーであるならば、誰がどう見ようと、それはそれにほかならない。

 だけど、彼女の強みは[そこ]にある。見方を変えればそれは、強い武器になることだってある。

 

 

桜木「黒沼さん。例えば仕事に集中している時、部屋の明るさがいつもより少し暗かったり、温度が少しだけ変わっている事に気付きますか?」

 

 

黒沼「.........どういう意味だ?」

 

 

桜木「.........気付くんですよ。ウララは」

 

 

 ウララは良く周りに、集中力が無いと言われる。確かに俺も最初はそう思っていた。彼女の集中力を高める事が、勝ちに繋がる物だと。

 だが、それは少し違った。確かに集中力は高くなったが、以前とは変わらない。気になるものがあれば、ウララは追いかけてしまう。

 

 

桜木「どんな些細な事でも気付くんです。いつもと違えば、例え集中していたとしても彼女は気付く。そう―――」

 

 

ウララ「そういえばライスちゃん!!今日いつもより!!こう.........ぐわー!!って強い感じだったよね!!」

 

 

ライス「う、うん!!ライス、長い距離を走るのが得意かもって、お兄さまに言われたから.........その、マックイーンさんの真似をしたんだ.........!」

 

 

桜木「.........他の娘の、些細な変化とかにもね」

 

 

 彼女は決して、集中力が無い訳では無い。彼女は、気付く力が強すぎるのだ。知識がない分、それは今レースに活かす事は出来ないが、それさえ身に付けば彼女は勝つことが出来る。

 .........まぁ、あまり速くは無いが、それでもビリを獲る回数はぐっと減るだろう。幸い自信はいつも満々だ。メンタルケアももちろんするが、そこまで手を焼くことは無いと思う。

 

 

桜木「.........っと言う訳なんで、俺はここで見守りを―――」

 

 

黒沼「ダメだ。お前がしっかりしないことで迷惑を被る奴もいる。自覚を持て」

 

 

桜木「相変わらず手厳しい.........はいはい。桜木さんもしっかりトレーナーしますよっと」

 

 

黒沼「.........全く、なんなんだアイツは」

 

 

 

 

 

 ―――ようやく奴はその重い腰を上げ、木陰から陽の光を身体に浴びせた。こんなやる気のないトレーナーは今までで初めてだ。

 

 

黒沼(.........だが、実力は本物だな)

 

 

 奴の観察眼。間違いない。そこら辺に居る、いや。ここに居るトレーナーより一歩も二歩も先を見据えている。でなければ、スプリンターであるミホノブルボンに三冠を取らせようなどとは思わない。

 

 

「どうだ?うちのサブトレーナーは」

 

 

黒沼「.........沖野か」

 

 

沖野「おう。久々の日本の空気はどうだ?」

 

 

黒沼「ここは平和でいい。身の危険を感じずに居れるからな」

 

 

沖野「おいおい.........あっちで一体何があったんだよ.........」

 

 

 ウララの方へと歩いていった桜木を見送っていると、背後から沖野に声をかけられる。この顔も声も、五年ぶりだ。

 

 

黒沼「.........正直、今はまだ熱意を感じられん。あの男が本当にG1を獲ったのか?」

 

 

沖野「.........今は、感じられねぇだろうさ。だけど二週間後。きっとそれがお前にも分かる」

 

 

黒沼「.........天皇賞か」

 

 

 俺は視線を沖野から、ウララ達の方にいる桜木に移す。先程まで手ぶらだったはずだが、いつの間にやら虫あみや虫かごを携え、蝶を真剣に追いかける奴の姿があった。

 奴は優秀だ。それは認めよう、だがそれでも、今の俺には目に映る奴の姿が、勝負に向いている奴の姿ではない。

 

 

沖野「ああ、担当を信じきった時のアイツは、強いぞ」

 

 

黒沼「.........!」

 

 

 俺は、そう断言する沖野を見て驚いた。普段ウマ娘にしか目がないという程、人に関してはあまり関心がないコイツが、ここまで言うんだ。それはきっと、本当なのだろう。

 

 

沖野「まっ、お前の前でやる気がなさそうに見えんのは、もしかして父親だと思われてんじゃねぇか?」

 

 

黒沼「バカを言うな。俺はまだ二十代だ」

 

 

沖野「見た目や声の感じからして、俺からも歳上に見えちまうからな」

 

 

 どこか面白そうに俺を見る沖野に、俺はささやかな抵抗として鼻息を立てる。だが、少々反抗的な息子を持つ親はきっと、こういう気持ちなのだろう。

 いつか見れる、奴の本気を楽しみにしながら、俺は学園の中へと足を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何故、ウマ娘は走るのでしょうか?

 

 

 自分の為?人の為?

 

 

 自分の栄光の為?それとも、他人の期待の為?

 

 

 そんな考えがぐるぐると、行き場のない。ゴールのない問いを続けながら、私はそのコースを走り続けます。それでも、答えなど一向に分からないまま、まるで、灯もない道をひたすら進んでいるかのようにさえ思えてきます。

 

 

マック(っ、これではテイオーには到底.........!)

 

 

「ちょっといいかしら.........?」

 

 

 勝てない。そう心が決めつけてしまう直前。不意に後ろから声を掛けられました。振り向いてみると、そこには沖野トレーナーが担当するチーム[スピカ]。サイレンススズカさんが立っていました。

 

 

マック「スズカさん.........?私に何か.........」

 

 

スズカ「ここじゃなんだから、少し離れましょう?」

 

 

マック「.........?はい」

 

 

 彼女はしっかりしているようで、どことなく掴めない感じがします。トレーナーさんとはまた違う、純粋にふわふわしている感じです。

 私は彼女の意図が掴めないまま、そのままその後ろを着いていきます。トレーニングコースから外れ、良くトレーナーさんが休んでいる木の幹へと連れてこられます。

 

 

スズカ「喉、乾いてない?」

 

 

マック「お、お気遣いありがとうございます。喉は大丈夫ですわ」

 

 

スズカ「そう、誰かの背中を追い掛けるなんてあまり無かったけど、悪くないわね」

 

 

 その彼女の言葉から察するに、偶然私の傍に居て声を掛けた。ということでは無いようです。どこかの場面で私を見て、追いかけてきた.........ということでしょうか?

 木陰に座り始めたスズカさんを見て、私もその隣に座ります。どこか、安心感と言いますか、張り詰めた空気が肺から抜けていく感覚がありました。

 

 

スズカ「.........何か、悩んでる?」

 

 

マック「っ.........なぜ、そう思ったのですか?」

 

 

スズカ「だって、マックイーン。最近なんだか考え詰めてるようだったから.........違った?」

 

 

 どこか抜けているようで、どこが鋭い。メリハリが効いている、とでも言うのでしょうか?他の人から指摘されるより、なんだか衝撃が強かった気がします。

 言うべきか、言わないべきか、そんな考えを頭に過ぎらせていると、彼女は私の顔をのぞき込み、その瞳で私を見ました。何故か彼女には、言った方が良い。そんな考えが頭を巡りました。

 

 

マック「.........実は」

 

 

 私は、彼女に話しました。彼に言われた事。自分の走りが合っているかという事。それを考えている内に、なぜ走っているのか、わからなくなってしまった事。

 聞いている間、スズカさんは真剣に私の話に耳を傾けてくださいました。

 

 

スズカ「そう、そんなことが.........」

 

 

マック「自分でも、分かっています。こんな大切な時期に、考えるべきことではないと.........」

 

 

スズカ「ううん、きっとそれは、貴方にとって、そしてあの人にとって、大切なことだと思うわ」

 

 

 微笑みを私に向け、木から広がる葉の外側。青い空が広がる先へと目を向け始めた彼女。その姿は、今の私にとって、どこか達観したように見えました。

 

 

スズカ「私もね。どう走ればいいんだろう?って、悩んでた時期があったの」

 

 

マック「スズカさんが.........?」

 

 

スズカ「ええ。貴方達と同じ時期にチームに入ったでしょ?あの時。私は色んな人に言われたの」

 

 

スズカ「[大逃げなんて賭けみたいな事せずに、セオリー通りに走れ].........って」

 

 

 そんなことを言われていたなんて、今まで知りませんでした。私の知っているスズカさんはずっと、レースの先頭に立って、それを譲ることなくゴールへと向かう。

 正に、我が道をゆくという言葉がふさわしいほど、彼女の走りは、彼女の全てを形成しているものだと思っていました。

 

 

マック「そ、それで.........?どうしたのですか?」

 

 

スズカ「もちろん。その通りにしたわ。けどね?何だか身体に力が入らなくなったの」

 

 

スズカ「走ってて楽しくない。レースで一着になれない.........ああ、私。何の為にここにいるんだろう.........って。その時はずっと思ってた」

 

 

スズカ「だけど、ある人が言ってくれたの」

 

 

 楽しそうな表情で。それでいて何かを思いついたように彼女はハッとし、私の方を向きました。突然の事でしたので、私はびっくりして、少し身を引きました。

 ですが、彼女はその引いた分を積めるように私に向かって体を前に倒します。一体、何を言われるのでしょうか.........?

 

 

スズカ「1+1が2になるのはなんでだと思う?」

 

 

マック「え、えぇ!!?」

 

 

 唐突な問いに、頭が混乱します。しかも、算数.........いえ、何故ということは証明問題ですから、数学に該当するでしょう.........うぅ、苦手な分野ですが、このメジロマックイーン!完璧に答えてみせますわ!!

 

 

マック「.........コホン、一本の指を出して、もう片方の手で一本の指を出します。これをふたつ合わせると.........どうですか!!?2になりますわ!!」

 

 

スズカ「ふふっ、マックイーンは考えるより体を動かした方が良いわね♪」

 

 

マック「な、えぇ!!?」

 

 

 な、何故ですか!!!私はちゃんと証明して見せましたわ!!!だって、1が2つあったら2に.........あら?そもそも、1とは?2って一体.........?

 ますます訳が分からなくなってきた私に対して、スズカさんは静かに笑いを漏らします。私がこんなに困っているというのに.........

 

 

スズカ「ふふふ、ごめんなさい.........あの時の私と全く同じような答えだったから......つい.........ふふふ」

 

 

マック「もう!わ、笑いすぎです!!」

 

 

スズカ「.........ふぅ。それでね、その人は作戦とか勝ち方とか、回りくどい考え方は私には合わないって言ってくれたの」

 

 

 先程の笑顔とは打って変わり、今度はどこか懐かしむような顔でそう言うスズカさん。その表情はやはり、嬉しそうです。

 

 

スズカ「[誰にも抜かされないように走る。抜かされそうになったらそこから差すように走る。君にしか出来ない走り方だ。だから、君がやれ].........その人はそう言って、私の出来ることを肯定してくれたの」

 

 

マック「.........素敵な方ですのね」

 

 

スズカ「あら?貴女もよく知ってる人よ?」

 

 

 私の顔を見ながらどこか不思議そうな表情で、彼女はそう言いました。私のよく知っている.........?そんなこと言う人なんて、私の周りに.........いえ。そんな.........

 

 

マック「まさか.........」

 

 

スズカ「ええ。多分貴女の想像してる人よ」

 

 

マック「.........はぁ」

 

 

 そのまさかがあってしまいました。全く。彼は一体その優しさをどこまで振り撒けば気が済むのでしょうか?そんな悪態を心の中でついていても、その行動に嬉しさを感じている自分がいます。

 困っている人を見たら、放っておけない。悩んでいる姿を見たら、優しくしてしまう。そんな姿に惹かれてしまったんです。嬉しくないはずがありません。たとえそれが、自分以外の誰かであっても。

 

 

スズカ「.........貴女はすごいわ」

 

 

マック「へ.........?」

 

 

 唐突に、彼女から私を褒める言葉が飛び出しました。本当にいきなりでしたから、それがなんのことか、さっぱり分かりませんでした。

 けれど、それがどういうことなのか。彼女が次に口を開いた時。理解することが出来ました。

 

 

スズカ「誰かの為やお家の為に走る。私にはきっと真似出来ない」

 

 

スズカ「ふふ、私はね、誰かの為に走るって事は出来ない。多分、そういう性分だと思うの。先輩としてダメよね?」

 

 

マック「そ、そんなことは無いと.........」

 

 

 彼女はそう。軽く自虐のように言いました。けれどそこには卑屈さは無く、寧ろどこか誇りのような物が感じ取れました。

 

 

スズカ「けどね?それが私なの。きっとみんなもそう。誰かの為に走れないけど、自分のために走れる。逆の人も居る」

 

 

スズカ「なんのために走るのか、走らなければならないのかは、私にも分からないわ。けれど、走れない理由と、走りたい理由はあるの」

 

 

マック「走れない理由と.........走りたい、理由.........?」

 

 

 そんなこと、思いつきもしませんでした。ずっと、何の為に走るのかしか考えていなかった私にとって、それはある意味、光のような考え方。

 自分の中で、何かが掴めそうな感触を感じていると、不意にスズカさんがその場から立ち上がり、体を気持ちよさそうに伸ばし始めました。

 

 

スズカ「貴女も、そんな難しく考えないで?走ってきて、何が嬉しかったか、何が辛かったのかを思い出して?」

 

 

マック「ありがとう、ございます。スズカさん。おかげでなにか分かりそうですわ」

 

 

スズカ「うふふ、お礼なら.........」

 

 

マック「.........?」

 

 

桜木「.........!〜〜〜♪」

 

 

 彼女が指し示した方向には、こちらをしっかりと見ていた彼の姿がありました。必死に視線を逸らして口笛を吹き始めましたが、誤魔化し方が下手っぴです。

 全く。どうやら最初から彼が仕組んだことのようです。心配なら心配ですと、私にハッキリ伝えればよろしいですのに.........

 

 

マック「申し訳ございません.........わざわざトレーナーさんの言う事を聞いてもらって.........」

 

 

スズカ「良いのよ。貴女の事を気にしていたのは本当だから。力になれたなら嬉しいわ」

 

 

 私も立ち上がり、スズカさんと向き合います。思えばこうして、彼女と真剣に走りについて話すのも初めてな気がします。これからももっと、こういう機会が増えるかもしれません。

 そう思っていると、彼女の視線が私の後ろ。トレーナーさんの方に向いた事を感じました。その方向を見ると、先程まで居た彼はもう、姿を消していました。

 一体何を気にしたのでしょう?彼女の行動に首を傾げる暇もなく、不意に彼女の口元が、私の耳に近づいて来ました。

 

 

スズカ「そっちの方の相談も受けるから。一人で悩まないでね?」

 

 

マック「そっち.........って?.........!!!」

 

 

スズカ「ふふふ、高等部の子にはそういう子も多いから何となく聞いてみたけど、当たってたみたい♪」

 

 

 どこか緩くてふわふわなサイレンススズカさん。けれど、時折。レースの時のような鋭さを持つ勘は、侮れないものだと知りました.........

 どこか面白い話の種を見つけたのか、彼女は嬉しそうに私の前から去っていきました。一方の私はと言うと、先程立ち上がったにも関わらず、へなへなとその場に座り込んでしまいます。

 

 

マック(す、スズカさんにもバレてるだなんて.........一体、誰なら隠し通せるのよ.........)

 

 

 他人にバレバレな自身の恋心。一番バレて欲しい彼には伝わらず、周りにばかりもてはやされる。そんな現状に一向に進展する気のない彼との間柄.........

 彼女の提案も良い物かもしれない。そう思いつつも、今はまだと気合いを入れ直ます。まだ、やるべき事はあるのです.........

 でもいつか、この思いを告げられる時が来たのなら.........そう思いながら、私はもう一度走り込みを始めます。

 その時は何故か、少しだけ。いつもより身体が軽くなったように感じました.........

 

 

 

 

 

  ......To be continued



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マックイーン「私、怖いんです......」

 

 

 

 

 

マック「.........ふぅ」

 

 

 多くの記者の方々が集まる会場。その袖で、私は緊張を吐き出すよう、肺から空気を抜きます。

 これまで、ここには幾度となくたってきた気がしますのに、なぜか今日はいつも以上に緊張してしまいます。けれど、その理由は既にわかっています。

 

 

テイオー「ねぇマックイーン!!こうやってみんなが話題にしてると、なんだか本当に対決する実感が湧いてくるよね♪」

 

 

マック「.........えぇ、本当に、そうですわね.........」

 

 

 彼女が居る。今回の天皇賞には、三冠を無敗で制覇したトウカイテイオーが居る。そのプレッシャーが、何よりも大きい理由だと分かります。

 世間の期待。どちらが勝つか負けるか、正に世紀の大決戦だと、嫌でも思い知らされます。

 

 

マック(それでも、私は負けられない.........!)

 

 

 自分の中に存在する弱さに見て見ぬふりをして、自らを奮い立たせる。そうしなければ、彼女に勝つことは出来ない。そんな事を思ってしまうほど、今の私は不安定でした。

 

 

桜木「.........なぁ、マックイーン」

 

 

マック「!.........トレーナーさん.........」

 

 

 背後から掛けられた彼の声。それに振り返ることはせず、私は彼を呼ぶことで反応を示します。

 怖かったのです。彼の今の表情がもし、不安で覆われてしまっていたら.........折角作り上げた虚勢が、全て取り払われてしまう。

 本当、彼のおかけでもあり、彼のせいでもあると思います。ここまで私が本心を顔に出せるようになってしまいました。

 

 

桜木「肩の力、抜けてないぞ」

 

 

マック「.........ご指摘。ありがとうございます」

 

 

桜木「.........不安、だよな」

 

 

 その言葉を聞いて、私は視線を少し、テイオーの方にずらします。彼女は今。集まっている人達に意識が向いているようでした。

 .........正直。助かりました。虚勢を張るだけでもう、精神が疲弊しているのを感じていたからです。

 

 

マック「不安です。けれど、やってみなければ分からない事もあります。幸い距離は私の適正。いくらテイオーと言えども.........」

 

 

桜木「俺が聞きたいのはそうじゃない。君は今。怖いか?」

 

 

 .........酷い人です。そんなの、貴方が一番分かっているのではありませんか?その怒りを伝えようと彼の顔を初めて見ました。

 そこには、不安そうな顔は一切ありません。そこにあるのは、強い意志を感じる、彼の真面目な顔。そんな顔をされると、何も隠せなくなってしまいます。

 

 

マック「.........怖いに、決まってるじゃありませんか.........」

 

 

桜木「.........」

 

 

マック「.........笑ってください。いつもの私らしくないと、言えばいいではありませんか.........!!」

 

 

 私は彼に、そう、自分を責めるよう言いました。普段であるならば、どんなレースだろうと関係なく、勝つ気持ちでそれに臨みます。

 でも今回は.........そう行かないんです。心がもう、怖気付いているのです。彼女の立ち上がった姿を見たあの日から。あの、三本指を掲げた、あの日から.........!

 それでも彼はその表情を崩すことはありません。最近はもう慣れてきた、彼の厳しさが、私の背筋を正してきます。

 

 

桜木「俺は、トレーナーだ」

 

 

マック「知っています」

 

 

桜木「チームのトレーナーではあるけど、君のトレーナーだ」

 

 

マック「.........存じて、おります」

 

 

桜木「俺は君の隣を走ることは出来ない。レース中に君に出来ることは、信じることしか出来ない」

 

 

桜木「それでもレースの前ならなんだってできる。だから、遠慮せずに頼ってくれ」

 

 

 .........本当、不思議な人です。優しいと思ったら厳しくなって、厳しいと思ったら優しくなる。まるで、飴と鞭で躾られているようです。

 けれど、その飴のような甘さも、鞭のような苦さも、とても安心してしまう。それはきっと、彼が本心で私とぶつかってくれるから.........

 彼のことを考えている内に、自然と肩の力は抜けていました。スズカさんと話し終えた時に走ったあの時と、まるで同じように身体が軽く感じてしまいます。

 

 

「トウカイテイオーさん!メジロマックイーンさん!そろそろ時間です!」

 

 

テイオー「はーい!!ほら行こ!マックイーン!!」

 

 

マック「ありがとうございます。トレーナーさん。どうしても辛くなったら言いますから、その時はお願いしますわね」

 

 

桜木「ああ!どんとこいっ!」

 

 

 彼は胸を張りながら、作った拳をそこに叩きました。その表情は私を安心させるように、ニカッとした、なんとでもしてしまうような笑顔でした。

 彼女に対する恐怖心も、勝てないかもしれないという弱い自分も、気付けば小さくなっていました。

 ずるい人です。いつだってその笑顔と強引さで、私達を連れ回して、事情を引っ掻き回して、有耶無耶にして、往くべき道を綺麗にしてしまうとんでもない人。

 そんな彼に.........いつも助けられっぱなし。気がつけばそんな彼に決して小さくない感情を抱いている。それが弱さかどうかはまだ、定かではありません。

 けれど.........一つだけ確かなことがあります。それは、その感情は決して、悪いものでは無いと言うこと。そして、いつか私を支える、強さになるという予感がありました。

 

 

マック「.........では、言って参りますわね、トレーナーさん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

メジロ婆「.........」

 

 

「トウカイテイオーさん、初めてのTM対決ということで日本中盛り上がっておりますが、意気込みを聞かせて貰えますか?」

 

 

 春の天皇賞を迎える季節。年の始まり、出会いの始まり、新たな挑戦の始まり。色々な門出の時期。それは、日本に住んでいる者ならば例外なく、誰にでも感じられる物です。

 ここ、メジロ家では今しがた執り行われている春の天皇賞のインタビューを、家の者と見ていました。

 

 

テイオー「ボクは今までに負けた事が無いからね♪マックイーンが相手でも、絶対に勝つよ!♪」グッ

 

 

 テレビに映る二人の少女。私から見て右側にいるのは、昨年。骨折という大きい壁を乗り越え、見事無敗の三冠に輝いたトウカイテイオーというウマ娘。

 誰がどう見ても、彼女が出走する天皇賞。マックイーンにとっては一筋縄では行かない。去年のように、一着だけに意識を向けることは出来ないでしょう。

 もし、テイオーという子が、同じタイミングでデビューを果たしていたのなら、勝利はできたかも知れません。

 マックイーンにとって初めての天皇賞ということもあり、意識はレースに勝つことだけに向いたでしょう。

 ですが、一度勝ってしまっているレース。無意識の内に、彼女を意識してしまっている可能性もあります。

 

 

爺や「.........お嬢様」

 

 

 彼女の付き人である爺やが、不安そうな声を出します。レースに知識がある者達は全員、どうやら私と同じ心境のようです。

 

 

「メジロマックイーンさん!前回の春の天皇賞も勝っています!今年はどうですか?」

 

 

マック「.........」

 

 

 その言葉に対し、彼女は普段通りの落ち着きを見せ、そのマイクを口元に近付けました。もしかすると彼女は、私達が考えているような状況に陥っていないのかも知れません。

 

 

マック「正直に言ってしまえば、どうなるか。私にも分かりません」

 

 

マック「それでも全力を尽くすまでです。[ジャックポットを狙う]様な一つに絞ることはせず、全てを掛けて。テイオーや他のウマ娘達に勝ちに行きます」

 

 

メジロ婆「.........!」

 

 

 そう、力強く宣言する彼女の姿は、一年前の春と同じく、才能や力が中心となって居ない彼女が居た。

 もし、ここでトウカイテイオーと張り合うようなインタビューをしていたのなら叱ろうとも思っていましたが.........要らぬ心配だったようです。

 

 

爺や「.........おじい様を、思い出されますな」

 

 

メジロ婆「えぇ、彼女は私と似ている。そんな彼女に、おじい様に似ているトレーナーが付いてくれて、安心しました」

 

 

 そう思っていると、今度は二人のトレーナーにインタビューのマイクが回っていきました。

 先程と同じ質問を記者からされるお二人。この桜木トレーナーも沖野トレーナーも、どちらも面白い方です。どんな言葉が聞けるのでしょう―――

 

 

沖野「テイオーは地の果てまで走って行けるぞ!!!なっ!!?テイオー!!!」

 

 

テイオー「え、う、うん.........」

 

 

桜木「だったらこっちは天まで翔けちゃうもんね!!!そうだろマックイーン!!?」

 

 

マック「え、え、えぇ.........」

 

 

桜木「はい!!!空走れるマックイーンの方が凄いからマックイーンの勝ちね!!!沖野さんの負けー!!!」

 

 

沖野「はァ!!?負けてないんだが!!?」

 

 

爺や「.........おじい様よりかは、いささか若すぎる気もしますが.........」

 

 

メジロ婆「.........」

 

 

 まるで、あの子達の代わりにと言うようにお互いに意識し合うトレーナー達。あまりに大人気なさすぎて、逆にあの子達が引き気味ではありませんか。

 .........でも、そういう変に子供のような所が、あの子に良い影響を与えているのかもしれません。

 

 

「「マックイーン(テイオー)が絶対勝つぞ!!!」」

 

 

 みっともない意地の張り合いを、全国に向けて発信されていると思うと、思わず笑いが零れてしまいます。それはどうやら、他の者達も同じようで、一種の緊張状態であったメジロ家は無くなり、普段の暖かさが感じられるようになりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「はァっ、はァっ!」

 

 

桜木(身体の動きが以前より自然的な物から離れてる.........けど、加速力も持久力もあの頃よりは上がっているな.........)

 

 

 ターフが広がる学園のグラウンド。そこでは先日のように、夕方の自主トレーニングをしているマックイーンの様子を、静かに見守っていた。

 試行錯誤の中、彼女は彼女なりの走り方を見つけて行く。問題があればそれを訂正し、進む方向性を教えていくを繰り返した結果だ。俺の力もあると思うが、それを見つけて行くのは彼女の力だ。

 

 

桜木(.........ライスやブルボンはクラシック級。ウララとタキオンはデビュー。俺のチームも、随分大きくなったもんだ)

 

 

 思い返せば、俺のしてきた事は微々たる物だ。それでも彼女達は、その俺の小さな力を十二分に吸収し、成長して行ってくれている。

 人に夢を聞かれれば、俺は彼女達の行く末を見ることと言うだろう。だがそれはきっと、俺の夢なんかじゃない。俺だけの、夢じゃない。

 多分、これは人の夢だ。他の誰かの夢に勝手に乗って、自分で走った気になっているだけなんだ。彼女達の行く末が見たいというのもきっと、彼女達の夢があってのことなんだ。

 

 

「考え事か」

 

 

桜木「.........ニコ、レポートは書いたのか?」

 

 

ニコロ「これからだ。お前はどうなんだ」

 

 

 海外研修生としてやってきたニコロ。彼はここでみにつけた技術や知識をレポートにし、本国のトレセン学園に提出するよう義務付けされている。

 天に広がる晴天に目を向けながら、俺は考えた。俺の方は果たして、なにか進んでいるのだろうか?自分の中から出てきた答えは、否定であった。

 

 

桜木「.........さあな、走ってる感じはするのに、何故か前に進んだ気がしない。ランニングマシーンに乗せられてるみたいだ」

 

 

桜木「.........お前、夢はあるのか?」

 

 

ニコロ「.........」

 

 

 俺は先の見えない、周りが変わらない景色にうんざりしていた。なんど自分の中で問答しても、帰ってくる答えはどうも他人行儀の他人事。そんな事を繰り返せば、いつしか自分が偽りだらけになってしまう。

 俺もだいぶ、弱くなってしまったようだ。こんな所で人に頼るだなんて、昔の俺が見たらかっこ悪いと思っただろう。実際、俺もそう思っている。

 それでも俺は、また手を伸ばしてしまった。どうしようもない程気が付けば追い詰められていて、手を伸ばしてきたアイツに、今度は俺が手を伸ばしていた。

 

 

ニコロ「.........[門]だ」

 

 

桜木「門.........?」

 

 

ニコロ「世界の扉であろうその門に。俺は用がある。夢で見た景色の意味を問う為に」

 

 

 ターフに一つ、風が吹いた。その風は、アグネスタキオンの熱を感じた、あの夢の中の熱風とは少し、違っていた。

 その風は俺を撫でた。磨くように、身体の表面を撫でて来た。鼻をくすぐる匂いは、どこまでも広がる草原のようで、心が踊った。

 奴が言った門とは、恐らく。俺の知っている門だろう。日本にいる誰しもが待ち望みながらも、未だ一人として、辿り着いたものは居ない栄光。

 

 

桜木「.........」

 

 

マック「ふぅっ.........?」

 

 

 その栄光までの道のりは果てしなく遠い。一人では、いや、きっと二人でも苦しいに違いない。

 それでも俺は彼女を見た。見てしまった。受け取った視線に少し困惑しながらも、手を振って反応してくれる彼女を見て、それは確信に変わった。

 

 

桜木(ああ.........やっぱり、夢なんだな)

 

 

 いつしかひとりではなくなった。いつしかもう一人が夢に変わっていた。ただそれだけだった。ただ、それはあまりにも大きな変化だった。

 二人でも辛く、険しい道のり。だがそれは、[普通の二人]。普通のトレーナーと、ウマ娘であったのならの話だ。

 [一心同体]。俺と彼女がその二つの身体に、一つの想いを重ねている。そんな彼女に、俺は強い期待。願望を抱いてしまっている。

 

 

ニコロ「.........貴様はどうなんだ」

 

 

桜木「.........フフ」

 

 

 目の前にいる男に言葉を言おうとして思わず、その出かけた言葉に笑ってしまった。これでは本当に、あの子の事しか見てないじゃないか。

 けれど.........それが事実だ。俺にとってあの子は、そう。それ以外の何物でもないんだ。

 

 

桜木「.........あの子だよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの子が、メジロマックイーンが、俺の夢そのものだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今思えば、最初から予感はあったのかもしれない。ただ気になっただけで、いつものお人好しで声を掛けた。そう思っていた。

 けれど蓋を開けてみればどうだ?彼女は強かった。俺が何かをするまでもなく、彼女は強くなり続けた。

 そのひたむきな、目標に対する努力が、誇り高きメジロのウマ娘であろうという姿が、いつしか俺の中で、憧れに近しい何かになっていた。

 

 

桜木「あの子が居るなら、俺は頑張れるのさ」

 

 

 その憧れという感情をいつしか、理解にする為、彼女の凛々しい立ち姿の隣に居ても、様になる為に、俺は頑張ることが出来る。

 

 

桜木(.........そうか)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(俺.........ちゃんと[トレーナー]になりたいんだ.........)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ようやく、胸の内にあった焦燥感が、その存在を消した。俺はやっと、自分の夢に気付く事が出来たんだ。

 誰かが叶える夢。その夢を叶えた誰かの隣に居ても、見劣りしない、自分を卑下しない様な男になりたい。

 例えそれが、誰であろうとも、彼女であろうとも、誰かと共に歩んだトレーナーであると、自信を持って、虚勢ではない胸を張りたい。

 

 

桜木「.........俺もいつか、お前の夢に辿り着く」

 

 

ニコロ「!」

 

 

桜木「俺が、俺で良かったと思う為に、紛い物なんかじゃねぇって、証明する為に」

 

 

 誰かが俺に言った。[トレーナーもどき]という言葉。今それを使う人は、ここには[俺以外]には居ない。

 俺は今でも、自分はトレーナーを出来ていないと思っている。それは、俺が胸を張って彼女達を育てていると言えないからだ。

 俺はきっかけを与えているだけ。そんな事を思う必要が無いほど、自分を肯定出来るだけの材料が欲しい。

 俺は卑屈だ。誰がなんと言おうと、世界で一番要らない人間は俺だって言うし、泥の中無惨な姿で死んでいようと、誰も気にかけやしないとすら思っている。

 そんな人間が自分を肯定できる唯一の物なんて決まっている。[世界で一番]。それがあれば、俺はようやく、俺の期待を裏切り続けてきたこの存在を認める事が出来る。

 

 

桜木「けれどよ、その前に先ず。二つ目の盾を取らなくちゃな.........」

 

 

ニコロ「.........フッ、期待している」

 

 

 身体の昂りの鎮静を表すように、風は止んだ。それから言葉を交わすことなく、奴は一人レポートを仕上げに学園の中へと戻って行った。

 奴からの期待、それは果たして、天皇賞であろうか?それとも、先にある、栄光で相見える事だろうか.........?

 どちらにせよ、今は目の前の事をやるべきだ。マックイーンと共に、勝つ為に.........!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

???』のヒントLVが1上がった!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

???』の影が忍び寄る.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれから数日経ち、時はついに天皇賞当日を迎えた。勝負服に着替えている彼女達を待つ為、俺達は控え室の前で待たされている。

 来てしまったこの日に、俺は緊張を隠す事が出来ず、ついついシガレットを口にくわえてしまっている。懐かしい癖がまた顔を見せるとは思わなかった。

 

 

テイオー「いや〜!いつもの勝負服もいいけどさ♪こっちもこっちでかっこいいよね〜!!♪」

 

 

ウオッカ「いいな〜。オレも勝負服二着目貰いて〜」

 

 

ダスカ「何言ってんのよ。アタシらまだあの勝負服で成し遂げてもないのよ?先ずはそこからでしょ」

 

 

 売り言葉に買い言葉。スカーレットの言葉に反応したウオッカはすぐさまメンチを切り、スカーレットもそれに乗っかる。

 それを見て沖野さんは大きいため息を吐いた。

 

 

沖野「おいおい.........ここに来て喧嘩はやめろよ.........」

 

 

二人「トレーナー(アンタ)に言われたくない(わよ)!!!」

 

 

桜木「お〜怖.........それにしてもホントカッケーな。ソルバッドガイみたいで」

 

 

テイオー「そ、なに.........?」

 

 

 いや、まぁ知らねぇよな。格ゲーのキャラクターなんて.........名前を出した俺がバカだった。

 しかし、いつまで経ってもマックイーンの方は出てこない。一体どうしたのだろうか?

 

 

タキオン「案外、恥ずかしがってるのかも知れないねぇ」

 

 

桜木「え?なんでさ?」

 

 

 俺が疑問をそのままぶつけてみると、タキオンは俺を小馬鹿にするように大きくため息を吐き、どうしようもないと言いたげにその首を横に振った。

 なんなんだ、俺がお前に何かしたか?最近は勝手に薬飲んでねぇぞ。

 全く、いくら俺が察し悪くたって言ってくれなきゃわかんねぇこともあるでしょ。

 不貞腐れそうになりながら心の中で弱音を吐いていると、ついに、待ちに待ったその扉が音を立てて開いてくれた。

 

 

マック「ど、どうでしょうか.........?」

 

 

桜木「.........」

 

 

 

 

 

 ―――おずおずとした動きで、私はその扉を開け、初めて人の前で、この勝負服を披露します。

 うぅ.........普段の勝負服とは違い、白を基調にした派手目な装飾.........これほど造形美が追求されている服だと、少し着させられている感があるのではと思ってしまいます。

 

 

ゴルシ「なんだよマックイーン!!似合ってんじゃねーか!!」

 

 

ウララ「マックイーンちゃんかわいいー!!!」

 

 

 最初に声を出してくださったのはゴールドシップさんでした。その後に、ウララさんが私に触れるように近さに接近してきます。

 そんな事に驚いていると、今度はライスさん達から声を掛けてくださいました。

 

 

ライス「マックイーンさん!く、黒い勝負服の時は、ライス、キリッとしててカッコイイなーって思ってたけど!白い服も素敵だと思う!」

 

 

ブルボン「マックイーンさんのステータスにも非常に合致している勝負服です。端的に言うと、似合っています」

 

 

デジ「あばばばばば!!?い、今思えば!!!勝負服が二つって!!!二度楽しめるってことでしゅか!!?爆発しゅる!!!爆発してデジたん星になりゅ!!!」ウガー!!!

 

 

 それぞれ、私の勝負服に関しての感想は悪いものではありませんでした。スピカの方々も、沖野トレーナーも、この服に対しての印象は良いと言ってくださいました。

 ただ.........ひとりだけ、未だにうんともすんとも言わない人がひとり。

 

 

タキオン「.........はぁ、君。少しは彼女の担当だという自覚を持ちたまえよ」

 

 

桜木「へ?あ、ああ.........!!!悪い!!!その.........」

 

 

マック「.........?その、なんです?」

 

 

 なにか弁解しようとした彼は、その次に言おうとした口をつぐみ、その目を泳がせました。なにか、言い難い理由でもあるのでしょうか.........?

 も、もしや.........前の勝負服の方が好みだったのかも知れません.........!!い、いえ!私だって一アスリート。ただ一人の趣向で勝負服という大事な物をコロコロと変える訳にも.........

 そう思っておりましたが、気付けば彼は決心を固め、私の前へ一歩。ずいっと近付いて参りました。

 

 

桜木「えっと.........」

 

 

マック「は、はい!」

 

 

桜木「なんて、言うか.........」

 

 

ダスカ「早く言いなさいよ!!!」

 

 

桜木「っ!すごい似合いすぎててなんも言えませんした!!!すんません!!!!!」

 

 

マック「......へ.........?」

 

 

 スカーレットさんに責められた勢いで理由を言い切り、そのままの勢いで頭を下げる彼を、私ただ呆然と見ていました。

 .........なんでしょう?彼にそう言われたのは初めてではありませんのに、何だか、胸の、心臓の部分から全身に熱が渡っていく感覚があります.........

 ですが、ただ熱いわけでは無いんです。なんといいましょうか、こう.........温もり、温かさが身を包むような、そんな感触が。彼の言葉だけで形成されていきます。

 

 

桜木「.........あの、マックイーンさん?そろそろ頭を上げても「ダメです」.........はい?」

 

 

マック「.........少し汗をかいてしまったのでお化粧を直してきます」

 

 

 今、彼の顔を見たらきっと大変なことになってしまいます。こんな程度の事で嬉しくなってしまうなんて.........本当、恋というのは厄介なものです。

 そう思いながら、私はその扉をもう一度閉め、彼等彼女等の前から姿を消しました。

 

 

桜木「.........不味かったかなぁ」

 

 

沖野「.........はぁ、見てるこっちがドキドキしてきやがる」

 

 

 

 

 

 ―――ため息の声が聞こえたのでそっちの方へ振り向くと、ウララとブルボン以外、皆暑そうに手で顔を仰ぎ始めていた。

 

 

桜木「な、なぁ?やっぱり言わなかった方が.........」

 

 

テイオー「いや、サブトレーナーはもっとマックイーンに伝えた方がいいと思うよ?そういうの」

 

 

桜木「なんで?」

 

 

 俺が本心からの疑問を聞こうとすると、テイオーはドキッとした様子で体を強ばらせた後、背中を向けて口笛を吹き始めた。なんだ、お前は一体何を知っているんだ?

 それを問いただそうとテイオーに近付こうとすると、おもむろに俺の肩から何かが触れる感触を感じた。振り返ってみると、そこには満足気な沖野さんの顔が、そこにはあった。

 

 

沖野「まぁ、なんだ。こうして気も休んだ事だし。もう一度張り直していこうじゃねぇか」

 

 

桜木「.........沖野さん」

 

 

沖野「俺とお前は敵同士。天皇賞出走が決まった時、そう言っただろ?」

 

 

 そう言われて、その日の事を鮮明に思い出す。いつものいい加減な沖野さんはその日からキッパリ姿を見せず、今の今まで、俺と敵対する事を徹底してきていた。

 

 

 初めての事ばかりだった俺に、ウマ娘のウの字も知らない俺に、親切に教えてくれた人が、最高のライバルになるなんて、思っても見なかった。

 だから.........

 

 

桜木「.........沖野さん、例え足場が見えなくとも、俺は突き進みますよ」

 

 

沖野「.........そいつは、勝ちに行くってことで解釈していいか?」

 

 

桜木「どうぞ、ご自由に」

 

 

 自分の言葉に理解に近しい感情を持たれるのは、悪い気分ではない。今まで理解されてこなかった分、その喜びはひとしおだ。

 後ろの方でまた勝負服について何故か喧嘩し始めた仲良しを後目に、俺達は出走準備の放送が掛かるのを、静かに待った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「間もなく出走準備になります。選手の方々はレース場に集合下さい」

 

 

テイオー「.........いよいよだね、マックイーン」

 

 

マック「.........ええ」

 

 

 出走準備のアナウンスが響く地下バ道。テイオーは私の隣でそう、楽しげにその口を開きました。きっと彼女は、今日という日を心待ちにしていたのでしょう。

 対する私は、やはり.........いえ、姿を消したはずの恐怖心がまた、顔を見せ始めました。先の事など分からないと、自分でも言っていたはずなのに.........

 

 

テイオー「!.........それじゃあボク!先行ってるね!!マックイーンにも負けないから!!」

 

 

マック「え?ちょ、ちょっと―――」

 

 

 彼女は突然、後方にいる皆さんに向かって、そう声を上げました。突然の事でしたので、私は思わず、彼女を引き留めようとしてしまいます。

 ですが、それを言い切る前に、彼女は私にこっそり、その場を離れる前に耳打ちをしてきました。

 

 

テイオー(頑張ってね♪マックイーン)

 

 

マック(は、はい?)

 

 

 その言葉の意味が分からず、それを聞き返そうとしても、彼女は直ぐにここから走って行ってしまいました。本当、どこまでも真っ直ぐなんですから.........

 そして、これからどうするべきか、何が出来るのか、答えは出ません。私が出来ることは、全てやり尽くした筈です。

 身体が冷え込んで行く。まるで雨に打たれてるみたい.........でも、これ以上のことは何も―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『遠慮せずに頼ってくれ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「―――.........」

 

 

桜木「.........?マックイーン?」

 

 

 どうしようないと思ったその時、その言葉を思い出しました。その記憶が蘇る事を感じ取った身体は自然に、そう。彼とのトレーニングで、自然に動けるようになってしまった身体は、踵を返して皆さんの方へと歩いてしまいました。

 

 

マック「.........まだ、怖いん......です.........」

 

 

桜木「.........出来ること、あるか?」

 

 

 困惑しながらも、自分の出来る事を探してくださる彼を見て、私は少し安心してしまいました。これでは、メジロのウマ娘失格かもしれません。

 それでも、強がる事を拒絶するようになってしまった心と身体は、彼を求めてしまいます。彼にして欲しい事。私が、テイオーを恐れずに走れるようになれる事.........

 

 

マック「.........て、ください」

 

 

桜木「え?」

 

 

マック「あの、秋の天皇賞の時と同じ事.........」

 

 

桜木「.........っ!!?え、えぇ.........あー.........」

 

 

 ここに居る誰もが知らない、彼と私だけの出来事.........雨に打たれた様な寒さが、あの日の辛さと、心強さを思い出させてくれる。きっともう、それしか無いのです。

 彼もそれに気付いたのでしょう。アレと同じ事を、今度はこの場でやるのかと言うように見渡しています。

 

 

桜木「.........それしか、ないんだな?」

 

 

マック「.........」...コクリ

 

 

桜木「.........っよし」

 

 

全員「.........なっ!!?」

 

 

 私の背中に、彼の両手が優しく触れ、彼の方へと引き寄せられていきます。私の身体の前面が、彼の前面とピッタリ、密着するようにくっつきました。

 自然と、ため息が出て行きます。まるで恐怖心が急いで逃げ出すように、肺の中から冷たい空気が出て行きました。

 彼の抱き寄せてきた右手が離れ、ゆっくりと私の頭を優しく撫でながら、抱きました。彼の心臓の鼓動と、私の鼓動が、だんだん一つになるように一体化していきます。

 

 

桜木「.........怖いよなぁ、相手はなんせ、無敗で三冠取っちまったトウカイテイオーだしなぁ」

 

 

マック「はい.........」

 

 

 彼の慰めるような手つきで、私の心はどんどん解されて行ってしまいます。強がりも、見栄も、何も張れなくなってしまう。そんな優しさ.........

 

 

桜木「人気もよぉ、テイオー一番マックイーン二番。おまけにぁTM対決と来た。いくらそう羅列しちまう日本人特有の気質だとしても、普通MT対決だろ?」

 

 

マック「.........」

 

 

桜木「.........そりゃ、そんなにすげー。しかも目の前で思い知らせてきやがったテイオーから、逃げたくもなるわ.........な」パシッ

 

 

マック「っ.........!」

 

 

 彼の両手が、私の背中から離れました。そして、その両手で、私の肩を押さえるように力強く掴みました。

 私から一歩離れ、彼が私の顔を見るようにかがみ始めます。きっと、弱気になっている私を怒る為です。私は思わず、目を瞑ってしまいました。

 

 

桜木「.........」

 

 

マック「.........?」

 

 

 それでも、思っていたような言葉は聞こえてきません。彼の説教も、叱咤激励も、待っていても待っていても、それは来ませんでした。

 思わず、目を開けてみると、そこにはやはり、厳しい顔をした彼の表情。ですが、それはすぐに、優しい物へと変化していきました。

 

 

桜木「.........それでも、だ」

 

 

マック「え.........?」

 

 

桜木「日本中を巻き込んだ大決戦。例え、人口の半分がお前の一着を望んでいなくても.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「勝ってこい、マックイーン」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「勝って、[奇跡(テイオー)]を超えてこいッ!マックイーンッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前の一着を.........俺は待ってる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは、彼の願いでした。私の一着を待ち望む、彼の本心でした。熱さしか無い言葉な筈なのに、それは妙に暖かくて、とても安心してしまう.........そんな言葉。

 

 

マック「......はい.........!!!」

 

 

 その言葉に、彼に、耳飾りと共に付けた王冠のアクセサリーに、私の全てを一人誓います。

 走りたい理由も走れない理由も、今はまだ何も分かりません。けれど、今は少なくとも、これだけで[走れる理由]になります。今はそれだけで、十分です。

 

 

桜木「.........もう、心配ないな」

 

 

マック「ご迷惑、お掛け致しました」

 

 

桜木「気にしないでよ。これくらいしか出来ない」

 

 

 彼は何の気なしにそう言ってのけますが、それでも、出来ることを全てしてくれるという彼の姿勢が、私の心を安心させてくれるのです。

 

 

マック「では、行って参ります」

 

 

桜木「おう!」

 

 

マック「.........[必ず]、勝ってみせますから」

 

 

 私が力強く宣言すると、彼はそれに対し、いつもの様に[なんとでもしてくれるような笑顔].........いえ、この場合は、[なんとでも出来るような勇気をくれる笑顔]で応えました。

 もう、心の内に恐怖はありません。テイオーに対するコンプレックスもありません。あるのは.........もう一度、春の盾を取る勇気と覚悟。それだけです。

 

 

 私は、右耳に付けた王冠の眩しい煌めきを肌に感じながら、大決戦の舞台。二度目の春の天皇賞が行われるターフへと、歩を進めていくのでした。

 

 

 

 

 

  ......To be continued

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「.........ふぅ」

 

 

 外の光が入ってくる出口。逆光で影が見える程の眩しさの中を歩いていく彼女の背中を見て、自分の出来る事を果たした達成感とともに、緊張の糸が少し解ける。

 

 

 しかし、そんな安堵の時も束の間で、ふと意識を戻すと、拍手の音がまばらに聞こえてきた。

 

 

タキオン「おめでとう」

 

 

桜木「へ?」

 

 

ゴルシ「おめでとう!!」

 

 

ウララ「なんかよくわからないけど!!おめでとうトレーナー!!!」

 

 

ライス「おめでとう.........!!」

 

 

ブルボン「おめでとうございます」

 

 

デジ(ダイイングメッセージでおめでとうと残されている.........)

 

 

スペ「おめでとーです!!サブトレーナーさん!!」

 

 

スズカ「おめでたいわね」

 

 

ダスウオ「おめでとう!!!」

 

 

沖野「おめっとさん」

 

 

 何故かみんなに祝われ始める俺。一体どうしたというのだ、まだマックイーンは勝ってないし、沖野さんに至っては敵宣言したままだ。

 どういう事かと困惑していると、スカーレットが俺の脇腹を肘でつついてくる。

 

 

ダスカ「もう!!そこまで行ってんなら言いなさいよね!!」

 

 

桜木「は?な、何言っちゃってんの!!?俺状況理解できないんですけど!!!」

 

 

ウオッカ「な、何言ってんだよ!!あんなことした癖に!!!し、したんだろ!!?そ、その.........こ、こく.........」ダラー

 

 

沖野「おいおい!!鼻血出てんぞ!!?」

 

 

 まずいぞ。俺は察してしまった。これはおそらく全員、何か勘違いしてるんじゃないか.........?こ、ここはマックイーンの名誉のため!!弁解しなければ!!

 

 

桜木「か、勘違いしてる所悪いけど!!そういうんじゃねぇから!!!」

 

 

全員「.........は?」

 

 

 俺のその一言で、全員の、ウララ以外の表情が一気に険しくなった。言ったら殺される。言わなければ世間に殺される.........い、言うしかない.........!!犯罪者としてのレッテルを貼られる前に!!未成年なんちゃら法に触れていると国から疑われる前に!!!

 

 

桜木「あ、あれはその、秋の天皇賞ん時、あまりに落ち込んでてさ.........俺もその、そんなマックイーン見たくなかったし?」

 

 

全員「.........」

 

 

桜木「んで、ついあのような事を.........たはは.........?」

 

 

全員「.........この......!!!」

 

 

桜木「へ.........?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「芦毛ロリマニアがァァァァァッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「えぇぇぇぇぇ!!!??」

 

 

 まさか、弁解という行為がこのような事態を引き起こすなど考えても居なかった.........天皇賞が始まる直前、俺は怒り狂う者達にもみくちゃにされ、既に体力の九割ほどを奪われるのであった.........

 

 

 

 

 

  ......To be continued



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貴顕の使命を無くしてでも

 

 

 

 

 

「―――ッッ!!!」

 

 

 空を割らんばかりの歓声。まるで、レースが始まったことを告げるような騒がしさが、ここ、京都レース場の多くの人々によって形成されている。

 

 

桜木(.........一年、か)

 

 

 あれから、マックイーンがその宿命を果たして一年。そして、彼女が走り続けてきた使命を果たしてから一年になる。

 夢は原動力だ。その力は、若ければ若いほど身体の隅々まで巡るのに時間が掛からない。だが、叶えてしまえば話は別だ。人は、見知った景色に振り向きはしない。

 

 

タキオン「.........心配かい?」

 

 

桜木「はっ、そりゃそうだ。無敗か連覇か、どちらかが途切れる。本人たちゃ気にしてねぇだろうけど.........」

 

 

沖野「.........俺たちは、そうじゃねぇんだよなぁ」

 

 

 二人揃って溜息を吐く。どちらかの偉業がどちらかの手によって妨げられる。真剣勝負をしている本人達には気持ちの良い経験ではあると思うが、勝手に夢を乗せてきた大人達はそうは行かない。

 そう重い事実を改めて突きつけられながら、俺は胸ポケットからココアシガレットの箱を取り出そうとする。

 しかし、俺の手に掴んだはずのシガレットは更に上から抜かれるようにするりと手を離れ、隣に行く。

 

 

トマト「おっ、頂いてくぞー」

 

 

ゴルシ「あっ、母ちゃん」

 

 

 通称トマトハイッテナイパスタ。明らかに偽名であるが、ゴールドシップの母親が俺達の前に現れる。いつも大きいレースになると、こうして目の前に現れるのだ。

 そういえば去年の菊花賞以来な気がするな.........どうしてこう、ピンポイントで大決戦というか、ドラマが生まれる舞台を見に来るんだろうか?

 

 

トマト「あいよ。お前らも食えよ」

 

 

「あ、キンちゃんありがとう」

 

 

タマモ「えぇ?悪いなぁホンマに!!ありがたく受け取っとくで!!」

 

 

ニコ「これは煙草じゃないのか?」

 

 

黒沼「先端を見れば分かる。そういう菓子だ」

 

 

東「あ、俺駄菓子好きじゃないんで」

 

 

 頭が痛くなってきた。オールスターほとんど勢揃いしてる.........一体どうしたというのだ。トマトに気を取られてすっかり気付かなかったぞ.........

 というより、一人見慣れない男性が居る。トマトの事をキンちゃんと言っていたが、まさか.........

 

 

ゴルシ「あれ、今日は父ちゃんも一緒なのか?」

 

 

「ああうん!!なんてったって今日はあの母さん―――」

 

 

トマト「おい」

 

 

「―――が好きで好きで仕方がないって言うメジロマックイーンさんの二度目の天皇賞ですからね!!是非現地で!!ビデオを取らなきゃと!!」

 

 

 ニッコリと満面の笑みでそう言い切る男性。何故かトマトが彼にガンを飛ばしている。何故なのだろう。そしてそんな滅茶苦茶怖い彼女に恐れを抱かずに居られるあたり、流石ゴールドシップの父親とも言える。

 そう思っていると、彼は何かを思い出したかのように反応をみせ、俺達の方へと近付いてきた。

 

 

「申し遅れました。僕の名前は桜.........」

 

 

桜木「さ、桜.........?」

 

 

トマト「.........」ギロッ

 

 

「桜庭 皇奇(さくらば こうき)と申します。ゴールドシップがいつもお世話になっております」ペコリ

 

 

沖野「あ、あぁ、どうも.........」

 

 

 これから世紀の大決戦があると言うのに、どうにも締まらない。その空気が先程まで締めたはずの糸を弛め、逆に緊張してしまう。

 

 

ウララ「タマちゃん達はどうしてここに来たの?!!」

 

 

タマ「ウチはマックちゃんの応援や!!秋ん時は負けレースやったからなー。ここいらで勝つとこしっかり拝みたいんや!!」

 

 

ニコロ「コイツの育てたウマ娘がどれほどか見に来た」

 

 

黒沼「リッティンの付き添いだ」

 

 

 なるほど.........タマはマックイーンの勝ちを、二人は強さを見に来たのか。だったらある程度納得出来る。

 そう思っていると、不意に会場にどよめきが走り始めた。何事かと思い、モニターを見てみると、そこには靴に嵌めているはずの蹄鉄を持つマックイーンの姿があった。

 

 

「メジロマックイーンが落鉄した為、打ち直しにより発走時間が遅れます」

 

 

桜木「なっ、落鉄.........!!?」

 

 

 思わず、ターフと観客席を仕切る鉄柵から身を乗り出し、彼女の姿を肉眼で追ってしまう。今この状況での落鉄、完全に不意をつかれてしまった。

 

 

デジ「こ、この前のレースの一番人気の子も、落鉄があって負けちゃったのですが.........」

 

 

桜木「どうすりゃいいんだ.........!!」

 

 

 その言葉を聞き、俺の心は完全に掻き乱されてしまう。もっと彼女に注意を向けていれば良かったのだろうか?しっかり者の彼女に、甘えづくしの自分が嫌になる。

 居てもたってもいられない、それでも今の自分はどうすることも出来ない。その苛立ちをどこかにぶつけようと思い、俺は無意識の内にその手を振りあげていた。

 その時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「トレーナーが慌ててどうするんですか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「.........!!!」

 

 

皇奇「信頼関係というのは信じ合えて初めて生まれるもの。一度疑ってしまえばやり直しです。ここで彼女の勝ちを信じることこそが、トレーナーとしての役割です」

 

 

 今日、初めて出会った男性に強く、しかし丁寧に叱責される。その言葉は最もだと、俺の理性と感覚でハッキリと分かってしまう。

 一度疑えばやり直し。酷い話だ。ここまでの道程を振り出しに戻る事になれば、彼女は今度こそ勝ち目が無くなる。それだけは.........絶対に避けたい。

 

 

桜木「マックイーン.........まだ、大丈夫だぞ」

 

 

 それは、彼女に対して言ったのだろうか?それとも、信じる力が弱まった自分に言い聞かせたのだろうか?どちらか分からないそんな中で、俺はひたすら、彼女の蹄鉄がうち終わる時を待っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「.........」

 

 

 全く、どうやら今日は、ツキがないようです。こんな晴れやかな舞台だと言いますのに、天から見放されている気分になってしまいます。

 .........だと言うのに、気持ちはとても静かで、少し冷たい。蹄鉄を打ち付ける金具の音が、私の耳に聞こえてきます。

 

 

マック(それにしても、落鉄など誰にでも有り得る事なのに.........何故こんなにも、恥をかかされた気に.........)

 

 

 パーマーに蹄鉄を見つけてもらった時は、あまり気にしませんでした。ですが、それが人々の注目を集めた事で、少しずつ、それが大きくなり、自覚が出るほどに膨れ上がりました。

 蹄鉄がようやく靴に付く。その所まで何とか持ち直した時、不意に気付いてしまいました。何故、自分が恥ずかしかったのかを。

 

 

マック(.........あぁ、成程。普段天から見放されたような運を持つあの人と一緒に居るのに、どうなるか分からないなんて、運に身を任せていたのに気付いたからね.........)

 

 

 勝つか分からない。それは、今でもはっきりと言葉に出来ます。ですが、それは事実であり、心の持ちようとは関係ありません。

 勝とうとしているのか、負けを恐れているのか、その理由に運は必要ないのです。

 天を頼る事が出来ないのなら.........この身をただ、突き動かすのみ。それが、あの人の.........トレーナーさんの背中を見て教わった事です。

 

 

マック「.........貴重なお時間を無駄にしてしまい、申し訳ありません。もう、大丈夫ですわ」

 

 

 蹄鉄の付け直しが終わり、ハプニングは去りました。ですが、心はようやく、根本を治すことが出来ました。後は.........走りきるだけです。

 私は皆さんに頭を下げた後、彼が居る観客席に視線を向けました。彼の願いと共に、温もりと共に、ここを走り抜けるために.........!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『???』を覚えた!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ひと時のハプニングは過ぎ、ようやくレースの始まりを告げるファンファーレが聞こえてくる。これを聞くと、いつも口の中がカラカラになる。

 

 

桜木「.........?あれ.........?」

 

 

 各バがゲートの中に入っていく。俺はその中で一人、ただマックイーンの方に視線を向けていた。だが、そこに居るのは、まるで別人だ。この前までの.........彼女じゃない。

 

 

デジ「.........お祈り、しませんね.........?」

 

 

桜木「あ、あぁ.........」

 

 

 普段の彼女であれば、走る前に必ず、何かに祈るように手を合わせていた。いや、直接聞いた訳じゃないから、別に祈ってたとかじゃないのかもしれない。ただ、そう見えたから俺達が勝手にそう言っているだけだ。

 

 

沖野「.........っ、こりゃ―――」

 

 

東「どうなるか、分からねぇな」

 

 

 行先を見通せない。ベテランの二人が冷や汗を流しながら、じっとゲートの方を見守る。二人からみても、今のマックイーンは異常なのだろう。

 

 

「十四人のウマ娘がそれぞれのプライドを賭けて―――」

 

 

 実況のアナウンサーはそう言った。走る体勢に入った彼女達の姿を見て、賭けられているのはプライドだけじゃないと悟った。

 そこにあるのは、人々の夢だった。この舞台に対するそれぞれに勝手に乗せた、乗せてしまった夢と希望も、一緒に賭けられている。

 全身に興奮と熱狂が渦巻き、今にも暴れだしそうな最高潮。それに達しそうになるその瞬間―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――スタートしました!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦いの火蓋は、切って落とされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「各ウマ娘、まずまず揃ってスタートしました。出遅れはありません」

 

 

沖野「始まっちまった.........」

 

 

 その声を聞いて改めて思った。ここまで、来てしまった。ここに来てしまったのならもう、勝つか負けるか、二つに一つしかない。

 

 

桜木「......っ...大丈夫、大丈夫」

 

 

 自分の弱さが嫌になる。中途半端に良い地頭は、悪い結果ばかりを予想する。それを押し殺すよう、しっかり念入りに、自分を偽る。今は、この弱さは邪魔でしかない。

 そう思っている内に、レースではメジロパーマーが突然速度を上げ、先頭に躍り出る。この3200m。一体何を考えて.........

 

 

タキオン「ここのレース場はペース変化が激しい。スタミナ自慢だけでは、到底勝ち目は無いよ」

 

 

桜木「.........何が言いたい?」

 

 

タキオン「今逃げているウマ娘も、それに釣られる子も勝ち目はあまりないって事さ。あのスピードであのまま走れるなら、話は別だけどね」

 

 

 そう興味深そうに、彼女はいつも通り鼻で笑うような声を出しながら、先頭に出たパーマーの姿を観察しはじめる。一瞬、マックイーンの事かと思ってヒヤヒヤした。

 

 

スペ「正面スタンド!!回ってきますよ!!」

 

 

沖野「っ!」

 

 

桜木「っ.........」

 

 

 正面スタンド。ここから先、レースのバ場は違うレースかと言う程に様変わりを遂げる。先程走った影響で地面は抉れ、走り方を変えなければ勝利は掴めない。

 けれど.........俺は、気付いてしまった。多分。沖野さんも気付いたと思う。マックイーンだけじゃない。テイオーからも感じる、異変とも言える異常.........

 

 

ダスカ「嘘.........!!?」

 

 

タキオン「っ、まさか、このタイミングで[ヘル化]するなんてね.........!」

 

 

スペ「テイオーさん.........!!」

 

 

 マックイーンの後ろに着けていたテイオー。そして、スリップストリームを表すかのように、空気の流れに蒼白い炎が入り交じり始めた。

 

 

皇奇「これは.........」

 

 

トマト「こうなっちまったらもう、距離適性も関係ねぇ。わかんなくなっちまったな、コウ」

 

 

 その言葉を発した彼女が実際、どこまで予想していたのかは分からない。だけど、確実に言えることは、一つだけある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 このままでは、マックイーンは負ける.........という事だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「くっ.........!!!」

 

 

 先程まで感じられなかった圧が、背中に当てられています。今まで何処にいるか、レース中全く分かりませんでしたが、今だけハッキリと分かってしまいます。

 彼女が.........トウカイテイオーが、背中に居ると。肌で感じとれてしまいます。

 

 

マック(.........!!?足が.........!!?)

 

 

 ゆっくりと、徐々にですが、確かにその速度を落として行ってしまいます。身体で感じていた風を切る感覚も、弱々しいものへと変貌していきます。

 

 

マック(こんな所で.........!!!私はメジロマックイーン.........!!!メジロのウマ娘として貴方には絶対.........!!!)

 

 

 それでも、そう意気込んでみせても、身体はそれをハッキリと強がりだと見破ります。そんなものでは、もうこの身体は、力を貸してはくれないようです。

 万事休す。いえ、絶体絶命と言った方がいいでしょう。実際もう、打つ手は完全になくなったと言っても.........過言では、無いのです.........!!!

 

 

マック(ここまで.........来たのに.........!!!)

 

 

 メジロとして、メジロに最もふさわしいウマ娘として、気高く生きようとしてきました。ですが、もうその誇りでも、使命でも、私の走る力とはなってはくれないようです。

 

 

 悔しい、辛い、勝ちたい、負けたくない、泣きたい、叫びたい、そんなレースには必要ない感情が次から次へと現れる最中でも、背中の足音は遂に側面へと回ってきます。

 今、彼女を視界に入れてしまえば.........私はもう、彼女に勝つ事は.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『何故、走ってるのかしら?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突然、テイオーが、いえ、世界の時間が止まったかのように、その疑問が湧き上がると共に、全てが動きを止めて行きます。

 そんな事は分かるのですが、今自分がいるのは何故か、こことは違うどこかの庭園だということに気が付きます。

 そして、鳥のさえずりが響くそこにはティーテーブルとチェアが置かれ、お茶も用意されておりました。

 ですが、そんなことに疑問など抱かず、私は問いかけられた質問に、心で答えます。

 

 

 何故走るのか、決まっています。メジロのウマ娘として、走りによってその本願を―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『じゃあ、なんで力を貸してくれないのよ?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 .........何故、でしょう.........?今まで、その為に走ってきましたのに、今ではもう、それで身体に力が入る事も無くなってしまいました。

 それは.........その疑問は、私の全てを打ち壊すように、少しずつ、ゆっくりと身体を砕いていきます。全て壊されてしまえばもう、走ることが出来なくなってしまう。

 走る理由は分かりません。どうして今、自分が走っているのかなんて、自分でも分からないんです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『誰かに走って欲しいって言われた?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そういうわけでは.........無い、と。思います。走ること自体は私から始めた事だと、自分でも記憶していますから。

 でも.........なんのために走っていたのかさえ、もう分からなくなってしまいました.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『だったらもう、やめたらどうかしら?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック(.........そう、よね。ここまで来たんだもの。誰も文句なんて早々―――)

 

 

 心の中で、貯めに貯め込んだ弱気を吐露してしまいます。ただでさえ、身体は重いのに、 これ以上重くなってしまうと本当に勝てなくなってしまいます.........

 いえ、仕方ないのです。そもそも、走る理由も分からない自分に、無敗で、しかも三冠バである テイオーに勝とうだなんて、思い上がりも甚だしいです。

 負けて当然.........仕方の無い事。

 

 

 そう。そんな弱りきった心に、誰も文句なんて言ってこないでしょう。そう、普通はそうなのです.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マックイィィィィィーンッッッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「.........!!!!!」

 

 

 その声が聞こえた瞬間。砕かれ散っていった筈の身体が何故か、再生を始めました。身体もなんだか、軽くなった気もします。

 辺りを見渡しても、彼の姿はどこにもありません。だと言うのに、身体は何故かはっきりと、彼の存在を感じ取っています。

 

 

桜木「諦めてんじゃねェぞッッ!!!」

 

 

桜木「たとえ.........!!!日本中がお前の一着を望んで居なくともッ!!!」

 

 

桜木「たとえ!!!つまらない強さだと言われてもッッ!!!」

 

 

桜木「俺はッッ!!!俺だけは.........!!!お前の勝つ姿が見たいんだ.........!!!」

 

 

 その言葉は、私の弱った心に喝を入れると同時に、新しい私に気付かせてくれました。身体は冷たいはずなのに、何故か完璧に動かせる。そんなコンディション。

 

 

桜木「さぁ.........!!!覚悟決めろよ、メジロマックイーン.........!!!」

 

 

マック「っ!」

 

 

 四肢から末端から中心にかけ、ゆっくりと熱が伝わっていきます。まるで、彼から何かを受け取っているような感触です。

 徐々に声だけだったはずの彼の存在が、ゆっくりと私の中に形成されていきます.........

 

 

桜木「今の[お前]は.........いや、[俺達二人]はッッ!!!」

 

 

 あぁ.........そうなんですね。きっと、この何よりも近くて、離したくない彼との関係が.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「奇跡だって超えてるんだぜッッッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私にとって、[走りたい理由]なのでしょうね.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『共鳴』のスキルを獲得した!!!

 

 

桜木「っ、はぁ......!はぁ......!」

 

 

 どっと疲れが溢れ出す。倒れそうになる体を何とか鉄柵に両手をつき、支えてみる。何故か運動した後のような気持ちの良い汗が、 全身から溢れ出している。

 彼女の姿は無い、どこか不思議な安らぎを感じる空間。それでも、そこには確かに彼女の存在を感じ、彼女に語り掛ける何かが居た。

 一体、何が起きたと言うんだ?俺はいまさっき、どこにいたんだ.........?それに、マックイーンに語りかけていたあの声は.........?

 

 

「トウカイテイオー見事な追い上げを見せる!!!メジロマックイーン苦しいか!!!」

 

 

桜木「っ!マックイーン!!!」

 

 

 疲れてる場合じゃない。今は、マックイーンのレースの最中だ。俺はもう.........!!ジャパンカップみたいな.........!!!過程を見逃す失敗だけはしたくない!!!

 

 

ダスカ「ま、不味いんじゃない.........?このままじゃマックイーン.........」

 

 

ウオッカ「お、お前!!どっちを応援してんだよ!!?」

 

 

ダスカ「!!わっかんないわよ!!もう頭がぐちゃぐちゃで!!ああもう!!!どっちも頑張んなさいよ!!!!!」

 

 

 レースではまだ、マックイーンは先頭を走り抜けている。テイオーと同時に飛び出し、首位争いは二人のものだった。けれど、テイオーはヘル化の影響で現実を捻じ曲げる力を持っている。距離適性による敗北は、無いものと言っても良い。

 それでも.........!!!

 

 

桜木(頼む.........!!!奇跡を.........超えてくれ.........!!!)

 

 

 彼女に言った言葉。果たして届いているのか定かではない。けれどもう、そんな些細な事なんて、考えるバカな事はしない。

 きっと、彼女に声は届いた筈だ。受け取ってくれた筈だ。だったら後は.........信じてやるしか、無い。

 その時だった。首にかけた王冠のアクセサリーが、一際強い輝きを放つのを感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『共振』のスキルを獲得した!!!

 

 

マック(.........)

 

 

 身体の調子は、まるで先程のことなど無かったかのように、絶好調になりました。それに今なら、限界以上まで、いえ。奇跡以上の力を出せる気さえしてきます。

 

 

マック((わたし)の、走りたい理由.........)

 

 

 今まで出てこなかったその答え。ようやく、答え合わせが出来そうです。レースの最中となってしまいましたが、何とか間に合わせることが出来ました。

 

 

マック(終われない。こんな所で、彼と歩んできた道のりを、絆を、想いを.........!!)

 

 

 息を飲む音が隣から聞こえてきます。今はそこに居たのですね。前に居なくて助かりました。

 身体はウォーミングアップをようやく終えたと言っていいほど、心地の良い熱を保温しています。

 

 

 もう、この際ハッキリとさせてしまいましょう。私は既に、誇りのために走る事は出来ません。既に果たしてしまったメジロの使命もまた、同じことです。

 体の奥底から引っ張り出したとしても、役目を終えたそれらが見せてくれるのは思い出だけ。決して、今の私に力を与えてくれる産物では無いのです。

 けれど.........あの時から、変わらない[心]があります。それだけが、私の[走る理由]なのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『断言出来るよ。君は大化けする。人々の視線を持っていくレベルまで』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私を信じてくれた彼。7着という不甲斐ない始まり方をした私の物語を、彼はその心全てで肯定してくれた.........!!!

 

 

マック(だったら.........!!!)

 

 

マック(そんな事、言われてしまったなら.........!!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(奇跡を超えるしか!!!無いじゃないッッ!!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

タキオン「っ!!?あれはまさか.........彼女も!!?」

 

 

 隣にいるタキオンが、やや興奮気味にそう声を上げる。俺もまさかと思い、身を乗り出してその姿を視認した。

 確かに、マックイーンもあの青白いを、徐々にだが体から溢れ出している。その姿に驚きを感じつつも、どこかこれで終わりではない事を感じていた。

 

 

ニコロ「っ.........」

 

 

黒沼「.........よく見ておけリット。これが、頂点を決める戦いだ」

 

 

 頂点。それは確かに、そうかもしれない。今目の前で走っている彼女達は、正にこの時代に生きるウマ娘として、最強を謳われている。

 もし、同じ時代に生まれなければ、もし違う時期に生を受けていれば、この様な心苦しい事は起こらなかったかもしれない。

 神様は残酷だ。そして、それ以上に人間は残酷だ。どちらかの夢が、目標が潰えるレースでさえ、その熱を無意識にあげてしまう。

 

 

タマ「.........なんや、可愛そうやと思っとんのか?」

 

 

桜木「.........まぁ、な......」

 

 

タマ「別に、今に始まった事やないやろ。マックちゃんの夢を叶える為にもう、多くの子が夢を潰されたんや。そう思うてるんなら、マックちゃんも、他の子も可愛そうやで?」

 

 

 俺を諭すような優しい口調で、タマモクロスは言った。夢を潰す感覚。潰される感覚は、自分が一番よく知っている。だからそんな思い、誰にもして欲しくないと思っていた。

 けれど、そんな俺の気持ちに反して、今走っている彼女達の表情は、真剣ながらもどこか楽しそうであった。

 それはきっと、目の前で走る彼女達の姿が新たな夢に、新たな目標になっているのかもしれない。走る事でようやく、舞台に立つことでようやく、見られる景色があるのかもしれない。

 

 

タマ「それに.........おっちゃんの夢はまだ、終わりそうにないで?」

 

 

桜木「っ.........!!?」

 

 

 どこか不敵な笑みを浮かべながら、彼女は俺の胸元を指した。そこには、王冠のアクセサリーが静かに揺れている。だが、そこからは微かに、彼女に向けて光が放たれているのを感じられた。

 

 

 それを見た時、俺は自分の目を疑った。マックイーンから出現した、あの[ヘル化]特有の蒼炎のようなオーラが、王冠の耳飾りに吸われていく様に無くなって行った。

 

 

桜木「一体.........何が.........!!!??」

 

 

 目の前で想定外が起こり続けるレース。こんなの、生まれて初めてだ。柔軟な理解を得意とする俺の脳が、その現実を拒もうとしている。正直、パンクしそうだ。

 

 

タキオン「っ!!?白いオーラがマックイーンくんの身体を包み込んだぞ!!!」

 

 

 そのタキオンの言葉通り、マックイーンから.........いや、[ヘル化]のオーラを吸い取った王冠から、白いオーラがマックイーンを優しく包み込むように放出される。

 そこからはもう、誰も言葉を発することは出来なかった。テイオーは先程以上に蒼いオーラを燃え上がらせているが、マックイーンはそれを徐々に突き放していく。

 勝利を求めるそれに、圧倒的な力量で突き放していく。彼女は今、何を思っているのだろう?勝利以上の何かを、勝ち負けの先にある何かを、見出したのだろう?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マックイィィィィィーンッッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼女の、テイオーの叫び声が、先程息を飲む声が聞こえてきた位置より、後方から聞こえてきました。

 その声から、私に勝ちたいと言う。メジロマックイーンに勝ちたいと言う意思が、嫌という程伝わってきます。

 

 

マック(.........でも)

 

 

 その彼女の全力も、人々の声も、今はもう関係ないんです。勝ちや負けも、今私が走る理由にはなっていない。

 まさか、以前まで己の生きる意味としていた天皇賞でこんなことを思うなんて、[メジロ]のウマ娘として失格だと自分でも感じます。

 

 

マック(それでも.........!!!)

 

 

 それでも良い。それすら、今は考えなくて良い。今はただ.........あの人が信じてくれた自分の走りを.........!!!

 [ただ一人のウマ娘]である、メジロマックイーンとしての走りを!!!私は信じるだけです!!!

 

 

マック(貴顕の使命なんて、今は要りません.........!!!)

 

 

マック(ただ、貴方の隣に居る事を、私が私の居たい場所に居る事を、私自身が許せる資格をッッ!!!)

 

 

 あの日。秋の天皇賞を降着により盾を逃したあの日。私は、多くの人々から非難を、そして私も、私自身に非難を浴びせました。

 それでも、彼は私の傍に居てくれる事を選んでくれた。どんな大舞台で、[メジロ]としての期待に答えられなくとも、[メジロマックイーン]という、一人のウマ娘を期待していると言ってくれた。

 それでも私はまだ、彼の隣を歩いても許せる資格を自分が持ち合わせているとは思っていませんでした。

 その為に、私はあの線を、一番最初に駆け抜けなければなりません。[勝利]はその為の条件にほかならないのです。

 

 

マック(その為に、勝ちを譲ることはできません.........!!!)

 

 

 今まで身体に力が入らなかった事がまるで嘘だったかのように、私の期待に応えるべくその速度を、限界の先まで上げてくれます。

 この思いは、強がりでも何でもない。これこそ、今の私が[走りたい理由]なのだと、その身体も理解し、ようやく力を貸してくれます。

 例え、日本中の半分が私の一着を望んでいなくとも、例え、世界中の誰もが私の勝利を望んでいなくとも、私には、私の一着を待ってくれている大切な人がいる.........!!!

 

 

マック(参ります.........ッッ!!!)

 

 

 自然体のフォーム。彼が作りあげてくれた、私にとって一番効率的であり、そして尚且つ速度の出せる走り方。

 走り方を疑え。そう言われた時、私はずっと[否定]する事だけを考えておりました。しかし、それは自分の本心には無い行為。明らかに壁に当たる行為です。

 でも、疑うという事は決して、[否定]することだけでは無い。[肯定]する為に、それを出来るだけの信じられる根拠を集める事だと、今になって理解しました。

 身体の重心、足の運び、息を吸うタイミング、それを吐く量。その全てを、自然と一体にして行きます。

 今までは、彼の言う通りに走っていただけ。でも今は、その一つ一つの行程の意味をしっかりと理解しています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だから.........!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私は.........!!!もう一度ッッ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(あの人の隣でッッ!!![ただのメジロマックイーン]としてッッ!!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(テイオーッッ!!!貴方を超えますッッ!!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「.........すっげぇ......」

 

 

 口から溢れ出たのはそんな、どこにでも有り触れた称賛。だけど、その胸中は、今まで感じた事の無い感情の高まりであった。

 ぐんぐんと速度を上げ、テイオーを突き放していくマックイーン。その姿に、憧れにも似た、何か別の感情が溢れてくる。

 

 

「強い走りだッッ!!!メジロマックイーンッッ!!!テイオーの追い上げをものともしない!!!」

 

 

「その勢いのまま今!!!栄光のゴールを踏み切りましたッッ!!!」

 

 

レグルス「やったぁぁぁぁ!!!」

 

 

 うちのチーム全員が、マックイーンがゴールを踏み締めたのを見て声を上げた。ウララ達はハイタッチを、タキオンとデジタルはその走りを目に焼き付けていたようであった。

 

 

桜木「.........ほんと、よくやったよ。マックイーン」

 

 

 色とりどりの紙吹雪が舞う中を、彼女は来てくれた観客に対して手を振っていた。以前までの彼女とは違う.........とは言っても、やはりレースに対する敬意は変わらないようだ。

 

 

沖野「.........そりゃお前もだ。ここまで良く、マックイーンを育てたな」

 

 

桜木「いや、俺は.........うん。そう、ですね。頑張ったと、思います」

 

 

 俺は何もしていない。もしそう言ってしまったら、きっと一生懸命走った彼女に怒られる。そう思った俺は、一歩踏み出すことにした。

 彼女の為に在りたい、それでも、それをひけらかす事はしたくない。自分の中では矛盾する二つに折り合いをつけて、何とか肯定してみる。

 

 

トマト「いやぁ、それにしても。アンタのウマ娘はいつもドラマを作るな.........ん?」

 

 

桜木「え?」

 

 

 先程まで何故か上機嫌でにこやかだったトマトが急に、マックイーンの方に視線を向け、疑問の声を出した。俺もそれに釣られ、つい不安になってしまう。

 

 

桜木「あ、あの、どうしました.........?」

 

 

皇奇「どうしたのキンちゃん?」

 

 

トマト「いや、マックイーン.........つうかさ、テイオーもそうなんだけど.........」

 

 

 そう言って、トマトはマックイーンの方を指さした。だが、不自然な事に、彼女が指したのはマックイーンの身体ではなく、地面の方に向いている気がする。

 嫌な予感がする。この場にいる全員が、その言葉を聞きたくない一心で、待っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「足、折れてね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「え.........嘘だろ.........!!!??」

 

 

皇奇「有り得ないでしょ!!?だってそれはむぐっ.........」

 

 

トマト「さー帰るぞー。空気悪くなっちまったし、ここいらでとんずらだー」

 

 

 何かを言いかけた皇奇さんの口を塞ぐようにして、そそくさと退散していくトマト。一体誰が悪くしたと思っているんだ?

 とは言っても、今心配なのはマックイーンだ。普通に見れば特に様子は変わっていない。だが、よく見れば彼女の左脚の動きが少々ぎこちないようにも感じられる。

 

 

桜木「.........大丈夫、トレーナーが慌ててどうすんだ、だろ?桜木.........!!!」

 

 

 内心、焦りと不安でいっぱいだった。それでも、ゴールドシップの父さんに言われた言葉を反復して、平静を取り繕う。

 それでも、彼女の顔を流れる汗が、レースによる物ではなく、痛みを耐えている物かもしれないと思うと、どうしようもなく.........気が気で無かった.........

 

 

 

 

 

 ......To be continued.........?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皇奇「いででででっ!!?もう車だから!!離してもいいでしょ!!?」

 

 

トマト「ダメだ。お前は口が軽すぎなんだよ。今日だけはっつうから連れてきてやったのに」

 

 

 耳を強く引っ張られながら、僕は彼女と一緒に乗ってきた車の前まで連れてかれる。流石ウマ娘。現役を退いたとは言え、やはりパワーは人間のそれとは違う。

 そんな呑気な事を考えていると、不意に身体全体が振られ、車のフロントに全身を叩きつけられた。正直痛い。生まれつき頑丈だとか、彼女からのそういう攻撃に耐性が着いているということを抜きにしても痛い。

 

 

皇奇「もう.........それで、さっきの折れてるって.........?」

 

 

トマト「あん?言葉通りの意味だけど?アタシが嘘ついてるとでも言いてーのか?コウ」

 

 

皇奇「いやだって.........骨折するのは.........宝塚前でしょ.........?」

 

 

 頭を擦りながら彼女の方へ振り向こうとすると、もうそこにキンちゃんは居なかった。もしやと思い、車の中の助手席を見てみると、不機嫌そうな顔で早く乗れと催促してくる。

 これ以上はたまらない。そう思った僕はいそいそと運転席側の扉を開けて、シートベルトをつける。待たせた罰として軽く肩パンされるけど、結構これも痛い。

 

 

トマト「.........まぁ、いい感じに歴史がズレてるってこった。トウカイテイオーも菊花賞出走。オマケに無敗の三冠バと来たもんだ」

 

 

皇奇「.........父さん、乗り越えられるかな」

 

 

トマト「さぁな、こればっかりは、クソジジイの信じる可能性って奴に、賭けるしかねーよ」

 

 

 いいから早く発進させろと言うキンちゃんに気圧されながらも、僕はキーを差し込んでエンジンを掛ける。

 その時ふと、両親と姉の顔を思い出した。どこにでも居る、普通の家族の表情。

 でも、彼はそうなれないかもしれない。ここまで踏み込んで、僕の父さんの様になってしまえば.........未来はもっと、暗くなるかもしれない。

 

 

皇奇(.........それは、嫌だな)

 

 

皇奇(父さんも母さんも、家族でいる時は幸せそうだったんだ。その幸せすら無くなるなんて.........)

 

 

皇奇(.........恨むよ。神様)

 

 

 年甲斐もなく、心の中で神様なんて言っちゃって。そう後から茶化してみても、滲み出た怒りを抑えることは出来ない。僕は隣にいるキンちゃんにバレない程度に、ハンドルを強く握りしめた.........

 

 

 

 

 

  ......To be continued



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マックイーン「骨折してしまいましたわ......」

 

 

 

 

 

桜木「先生.........!!マックイーンは!!マックイーンはどうなんですか!!?」ガシッ!

 

 

「おおおちおちおちついてくだだだ」

 

 

マック「トレーナーさん.........揺らしてしまったらお医者様も喋りにくいと思いますわ」

 

 

 私がそう指摘すると、彼はそこから一瞬で身体の動きを無くし、ストンっと元々座っていた椅子に座り直します。

 ここは以前、テイオーが入院していた病院。ライブが終わった後、彼に手を無理やり引かれ、ここに連れてこられました。

 勝負服のまま連れていかれそうでしたので、慌てて学生服に着替え直しましたが、良い判断だったようです。

 

 

「端的に言うとですね。マックイーンさん」

 

 

マック「はい」

 

 

「折れてます。骨折です」

 

 

マック「え「ええええぇぇぇぇぇ!!!??」.........」

 

 

 まさか骨折していたなんて.........という驚きの声をあげようとした所、彼はそれに被せるように声を上げました。しかも、私が上げようとしていた声の数段上の驚き具合です。

 

 

「あの」

 

 

桜木「どどどどうしようマックイーン!!?これからの予定が!!!あいや、割と白紙だったんだけどね!!?天皇賞終わったらなんて考える暇もなかったんだけども!!!」

 

 

「えっと」

 

 

桜木「いやでもさぁ!!?流石に流石にじゃんねぇ!!?ここから勢いよく破竹の快進撃って、そんな感じだったじゃん!!?どうするの〜!!?これからー!!?り、リハビリの本とか俺買っとかないとだよね!?ね!!?」

 

 

マック「.........フフ」

 

 

桜木「え.........?」

 

 

 ダメです.........笑ってはいけません。彼だって一生懸命なんです.........笑ったら、可愛そう.........

 けど.........もう、限界です.........!!!

 

 

マック「アハハハハハっ!!!」

 

 

桜木「ど、どうしたのさ!!?」

 

 

マック「だ.........だって......私が怪我してるのに.........ふふ、自分の事みたいに.........!!」

 

 

 お医者様も見ていると言いますのに、私は笑い声を抑えることが出来ませんでした。優しい表情だった彼も、気付けば少し不機嫌そうにムスッとした顔をしています。

 ひとしきり笑い終えた後、笑い過ぎたせいで出てきた涙を指で拭い、溜息を吐きました。

 

 

マック「はぁぁ......お腹痛い.........」

 

 

「.........えっと、復帰の話なのですが、六ヶ月は安静にして下さい。ただ、元通り走れるようにしたいのなら、それ以上掛かります」

 

 

桜木「マジ.........っすか」

 

 

 がっくり。という音が聞こえてきそうな程に、彼は目に見えて落ち込みました。私の活躍を確信していた、という現れだと思うと少し気恥しいですが、いつまでもそう下を向いて居られたくはありません。

 

 

マック「全く、たかが骨折です。しっかり治せばまた走れるようになりますから」

 

 

桜木「だ、だってさ.........」

 

 

マック「だってもヘチマもありません!!幸い、今年はライスさんとブルボンさんはクラシック。ウララさんとタキオンさんはデビュー。私が走れない分のお給料は賄えるでしょう?」

 

 

桜木「そういう話じゃないんだけど.........」

 

 

 先程よりやや不機嫌そうな顔で、彼は私を見てきました。こうしてみるとやはり、長い時間をかけたおかげでお互い本心を見せあえる様な関係になったと思います。

 私はそんな彼に一言謝罪すると、べつに。なんて素っ気ない返事を貰ってしまいました。言葉とは裏腹に、ちょっと傷付いたみたいです。

 

 

桜木「.........いやホント、どうしようか」

 

 

マック「そうですわね.........いっそのこと、一緒にバカンスにでも行きましょうか?」

 

 

桜木「マックイーンさん。僕、チームトレーナーなのよね。一応」

 

 

マック「あら、すっかり忘れてましたわ」

 

 

 こうして会話を繰り返していくと、トレーナーさんもいつも通りの調子を取り戻して、明るい感じに戻ってきます。やっぱり彼はこうでないと。

 そう思っていたのもつかの間、不意に咳払いの声が聞こえてきました。

 

 

「もしかして、私の存在。忘れてます?」

 

 

二人「あっ.........///」

 

 

 少々咎めるような口調でお医者様にそう言われた私達は、ただその顔を赤くするしかありませんでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゴルシ「アタシのターンッッドロー!!!うっしゃー!!!スキップ3枚でまたアタシのターンだー!!!」

 

 

白銀「ああ!!?何言ってんだお前頭いかれちゃってんの!!?これどうみたって通行止めの標識なんですけど!!!自分ルール作るのやめて貰えますか〜???」

 

 

ゴルシ「いや、自分ルールはお前だろ.........?大丈夫か?」

 

 

桜木「いや、なんで職員室にいんの?なんで俺のデスクでウノやってんの?」

 

 

 マックイーンの骨折が診断された翌日。朝の朝礼の為に新人職員室に入ると、俺のデスクでUNOしてるバカ共が居た。

 コイツらの姿を見てるとうじうじしてるのがバカらしくなってくる。俺はため息を吐きながら、荷物をデスクの上に置いた。

 

 

桜木「おら、用がないならさっさと帰れよ。ここはトレセン学園トレーナーの職員室。ウマ娘はともかくとして、お前はほぼ部外者だろ」

 

 

白銀「.........俺ぁ、テメェがぴぃぴぃ泣いてんじゃねぇかと思ってよ」

 

 

桜木「あ.........?」

 

 

 一瞬、煽られたと思いガンを飛ばすように白銀の顔を見てみる。だがそこに居たのは、ぎこちなく頭を搔く男の姿であった。

 

 

ゴルシ「こう見えてコイツ、おっちゃんの事心配してんだぜ?愛しのマックちゃんが骨折しちまったからなー」

 

 

桜木「そのマックちゃんの前部分は必要無い。見ての通り俺は普段通りだ。分かったらお前らは骨折しちまった張本人の所まで行って慰めてこい」

 

 

二人「へーい」

 

 

 俺が叱りつけるようにそう言うと、奴らは渋々と言った様子で引き上げて行った。自分勝手そうに見えて、実は他人の事を一番考えている。二人共、そういう奴だ。

 俺は仕方がないと許すように、鼻を鳴らすように空気を抜く。朝礼まであと少し。時間を潰そうと、レース資料を見る為にデスクに座った。

 

 

桜木「.........後片付けくらい、しろよな」

 

 

 カバンを退けてみると、UNO以外にも沢山のボードゲームが俺のデスクの上に散乱していた。

 今度は呆れの溜息を吐きながら、俺はとりあえずそれらをデスクの引き出しへとしまっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「チャンスですわ」

 

 

イクノ「どうしたんです急に」

 

 

 車椅子の肘掛に肘を立て、顔の前で手を組みます。今、このお昼休みのチームルームには私と同じように骨折したテイオー、炊飯器で何か調理してるタキオンさん。煽りに来たのか慰めに来たのか分からないゴールドシップさんに、それに着いてきた白銀さん。そして、私の車椅子を押してくださるイクノさんが居ました。

 

 

マック「今、私はとんでもない好機に巡り会っているのです」キラーン

 

 

テイオー「えっと、話が見えないんだけど.........?」

 

 

タキオン「ふふん、大方。『アレ』だろ?」

 

 

マック「!.........ええ、『アレ』。ですわ」フフン

 

 

 やはり彼女もチームメイト。私の考えを理解してくださっているみたいです。長い年月を掛けて一緒にトレーニングをしていると、こうして彼女とも分かり合えるのですね.........!

 高まった高揚感の中、私は声を上げようとしました。それに合わせるように、彼女もその声を上げます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「トレーナーさんと距離を急速に縮めますわ!!!」

「スイーツをとことん貪り食べるということだろう!!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

タキオン「えぇ!!?」

 

 

マック「ちょっと!!!流石に身体を動かせない中そんな暴挙に出れるわけないではありませんか!!!」

 

 

 どうやら、通じあっていたというのは勘違いだったようです.........うぅ、中々ショックが大きいです.........

 タキオンさんと同様に、周りの皆さんも大きく驚きを見せています。ふふふ、そうでしょうそうでしょう。なんせ、相談した時はあまりの私のヘタレっぷりに怒りを露わにしていましたから。

 .........自分で言ってて、何だか悲しくなってきました.........

 

 

イクノ「あの、一つ聞いても良いですか?」

 

 

マック「?はい」

 

 

イクノ「マックイーンさんと桜木トレーナーはもう既に、トレセン学園一、固く強い絆で結ばれていると言っても過言では無いです。これ以上は必要ないかと」

 

 

 .........あら?もしかして私、イクノさんにまだ相談していませんでしたっけ?や、やってしまいましたわ.........!!ど、どう言い訳したら.........

 

 

ゴルシ「何言ってんだよアイアンメイデン!!「イクノディクタスです」どっちでもいいだろ!!!大して変わんねーよ!!!」

 

 

ゴルシ「今以上に仲良くなりてーって言ってんだから!!!これしかねーだろ!!?」コユビピン!!!

 

 

イクノ「.........?.........!.........!!?」

 

 

マック「あぁ.........///」カァ〜

 

 

 最初は、ゴールドシップさんの小指の意図に理解が及ばなかったイクノさんですが、徐々に理解を示し、驚愕と恥ずかしさで表情を覆いながら、私の顔とその小指に視線を行ったり来たりさせていました。

 また.........また一人、しかも今度は、私の失態でまた.........本心を知られてしまいました.........!!!

 

 

白銀「.........?いや、赤くなってる所悪ィけど俺も居んぞ?」

 

 

マック「貴方は良いんです。私より先に私の恋心に気付いてましたから」

 

 

ゴルシ「良いのかよ」

 

 

白銀「フッ.........恋愛マスター翔也様は、迷える子羊をLoveという地獄に叩き落としちまうのさっ」ファサ

 

 

 そう言いながら、そこには無いはずの髪をまるであるように片手で払う白銀さん。まぁ、この人はいつもこの様な感じなので無視でいいでしょう。

 

 

タキオン「いやはや、まさかマックイーンくんから、『トレーナーさんと距離を縮めますわ!!!』なんて事を、その口から聞けるなんてね〜!!?」ニヤニヤ

 

 

マック「うぐっ.........」

 

 

ゴルシ「奥さ〜ん、聞いてるこっちが恥ずかしくなってきちゃいますことよ〜?」ニヨニヨ

 

 

マック「うぅ.........」

 

 

テイオー「ボクソウイウノスキー!!」

 

 

マック「み、見世物ではありませんよ!!!///」

 

 

イクノ「お、応援します!頑張ってください!」

 

 

マック「い、イクノさん.........!」

 

 

 あぁ、こんなにも頭数はいらっしゃいますのに、まともに応援してくださるのはイクノさんだけですのね.........まぁ、前回の事がある為、さほど期待はしていませんでしたが.........

 そう思っていると、私に向けられたテイオーの視線が面白い物を見る物から、興味のある物へと変わっている事に気が付きました。

 

 

マック「.........何か?」

 

 

テイオー「ううん、恋って凄いんだねって」

 

 

全員「.........?」

 

 

テイオー「だってだって!!レースしながら意識できるってことはさ!!それとはまた違うドキドキなんでしょー!!?どんな感じなんだろー!!♪それに早くなれるじゃん!!」

 

 

 一人でキャイキャイと声を出しながら楽しそうにしているテイオー。その姿を見て、イクノさん以外、私を含めた全員がため息を吐きます。そんな単純なものでは無いのです。

 

 

マック「全く.........そこまで行くのに苦労するんですのよ?」

 

 

ゴルシ「そうそう。これで早くなんならアタシはもう銀河一超特急ゴルシちゃんプレスだぜ?」

 

 

タキオン「ゴールドシップくんの例えばよく分からないが、通常ならば、身体が思うように動かない。思考がまとまらない、感情をコントロール出来ないとレースにとってはハンデに他ならないからねぇ」

 

 

白銀「そうだぞガキんちょ。せめて俺レベルまで強くならねぇと」

 

 

全員「それは今は無理」

 

 

 あっけらかんとそう言ってのける彼ですが、ああ見えてもテニスのプロ選手。しかも、世界一を取った人物です。流石に、一学生の身分である私達が今到達できるほどのものではありません。

 そう思っていると、不意にタキオンさんが思い出したかのように発言しました。

 

 

タキオン「.........そう言えば、白銀くん。君は去年の世界大会、決勝戦の最後のセットのアドバンテージ。君は一つ壁を越えたような強さだったが、どういう感じだったんだい?」

 

 

白銀「あ?ああ.........」

 

 

 唐突な質問。テレビのインタビューで散々聞かれるような質問ですが、タキオンさんが聞きたいのはきっと、そういう事ではありません。彼女は分かりきった事は聞かないですから。

 そして、その質問の意図を理解した彼は、思い出すようにして頭で考えます。やはり普段はあんな感じですが、地頭はよろしいようです。

 次第に頭だけでは限界が来たのか、その場から立ち上がり、少し離れて素振りを始めました。きっと、頭のイメージでは最終セットの様子が映し出されているのでしょう。

 

 

 その時でした。

 

 

白銀「.........ッッ!!!」ブワッ!!!

 

 

全員「!!?」

 

 

マック「.........!!?い、今何か、白い物が.........!!?」

 

 

 彼の体から、白いオーラが吹き荒れます。テレビで拝見した際は、体の表面の汗が水蒸気になっているのではと考えていましたが、今ここで見ると、それは確かにオーラと言って差し支えないものでした。

 

 

白銀「あー思い出した。なんかよ、俺に必死で語りかけてくるバカみてェでヒステリックな声が聞こえたんだよな」

 

 

マック「えぇ!!?」

 

 

タキオン「そ、それで!!?どうしたんだい!!?」

 

 

白銀「あ?んなもん決まってんだろ?テニスコートじゃねぇ事は分かったから素っ裸になって踊ってたら黙りこくったから死ねっつってやったよ」

 

 

全員「うわぁ.........」

 

 

 や、やっぱりおかしい.........この人、おかしいに輪をかけておかしい人です。なんであの人はこんな人とお友達なのでしょう.........?理解に苦しみます。

 

 

白銀「けどよ。そしたら身体の奥底から力が湧いてきてな、ありゃ正に。[奇跡を超える]って感じだったぜ?言葉にしてみるもんだよな」ケラケラ

 

 

マック「.........!」

 

 

『[俺達二人]はッッ!!!奇跡だって超えてるんだぜッッッ!!!!!』

 

 

 その奇跡という言葉に触発されたのか、私の脳裏にあの時響いた声がもう一度再生されました。

 あの時のあの言葉。彼の心に根差す、全てを覆す気になれる言葉。あの日確かに、私と彼の心は、一つになった。そう、感じております。

 

 

イクノ「そう言えば、テイオーはあのレースで無敗記録が途切れてしまいましたね.........」

 

 

テイオー「あ、そう言えばそうだったね」

 

 

ゴルシ「そう言えばって.........悔しくねーのかよ!!?」

 

 

 これまた、今更思い出したようにあっけらかんと言い放つテイオー。それに対し、ゴールドシップさんは至極真っ当な指摘をします。

 ですが、テイオー本人は少し考えた後、照れるようにその頬を人差し指で掻きます。

 

 

テイオー「えへへ.........最初はボクも、悔しかったよ?マックイーンに負けるかもーって思ってさ、カイチョーみたいになっちゃったし」

 

 

テイオー「でも.........初めて負けた。ちゃんとしたレースで、しかもマックイーンに。これはちゃんと受け止めなきゃなーって思ってさ」

 

 

テイオー「逆にマックイーンじゃなきゃ、悔しくて泣いてたかも!!」

 

 

 満面の笑みを見せながら、彼女は私の方を見ました。全く、その太陽みたいな顔をこちらに向けられると、少し恥ずかしくなってしまいます。それではまるで、私が特別みたいな感じではありませんか。

 

 

イクノ「マックイーンさんでなければ.........どうしてですか?」

 

 

テイオー「うぇ!!?え、えっと〜.........」

 

 

 少々聞きにくい気がした疑問を、イクノさんは気にせずズバッと聞いてきます。困惑したテイオーはチラチラとこちらを伺うように見てきますが、私の方を見られても困ってしまいます。

 次第に、イクノさんの視線が耐えきれなくなった彼女は白状するように言いました。

 

 

テイオー「.........もー!!マックイーンはボクのライバルなのー!!全力で戦って負けちゃったらさー!!逆にスッキリするもんでしょー!!?」

 

 

マック「ら、ライバル.........?」

 

 

テイオー「そうだよ.........今まで勝手にボクがそう思ってただけだし.........マックイーンはそんな事気にしないで、レースしてそうだし.........ボクだけ恥ずかしい人みたいじゃん!!」

 

 

 彼女から時々、並々ならぬ思いが込められた視線を感じられる事はありましたが、まさかライバル認定されていただなんて.........そんな事、思ってもいませんでした。

 私は、ただ彼女を恐れていた。無敗で三冠を取った彼女を、普段ならばいざ知らず、レースの時は自分ではどうしようもないほど、彼女の事が恐ろしかった。

 そんな彼女は、私をライバルだと思ってくれていた.........そんなの、申し訳が立つはずがありません。

 

 

マック「.........私は、貴女の事が怖かった」

 

 

テイオー「え.........?」

 

 

マック「無敗で三冠。それを取るための実力、努力、そして奇跡のような運命力。その全てをぶつけられてしまえば、私は粉々になってしまうのではないかと。そう思っておりました」

 

 

 では、私が取るべき行動は一つだけ。彼女の為に、隠していた心をさらけ出すこと。それしか、彼女に対する罪悪感が拭えないと考えました。

 

 

マック「気が気ではありませんでした。だからあの時は、貴女を見ないよう必死でした。けれど.........そんな事を聞かされれば、話は別ですわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「また戦いましょう。今度はお互い、ライバルとして」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

テイオー「!.........うん!!」

 

 

 そう強く頷いた後、彼女は照れるように笑顔を振りまきました。そんな姿を見ていると、私も自然と笑みが零れてしまいます。

 ライバル.........今まで、考えたこともありませんでした。思えば、誰かに勝つために走るのではなく、レースに勝つ為に走っていた私にとって、未知の存在。

 その存在がまた新たな、[走りたい理由]になってくれるやも知れません。

 

 

タキオン「.........まぁ、意気込むのは良いが」

 

 

白銀「まず足を何とかしろよな。一流のスポーツマンは怪我に気をつけるもんだぜ?」

 

 

二人「.........はい」

 

 

 まさか、ここで彼に指摘されてしまうとは思ってもいませんでした。反論できる余地は何も無く、ただただ気の抜けた返事をテイオーと共にすると、チームルームにはささやかな笑い声が響きました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

沖野「良いかぁ?担当が怪我した時こそ平常心っ、トレーナーっつうのは、いわば女房役だ。相手がどうしたいかを常に気に留めつつ、相手から言ってくるのをひたすら.........聞いてんのか?」

 

 

桜木「?もひほんひいへまひはお。ははえ、ほほおおひふえっひゃうあいんふお!!!うんめー!!!(もちろん聞いてましたよ。ただね、ここのお肉めっちゃ美味いんすよ!!!うんめー!!!)」

 

 

東「.........まぁ、なんだ。 肉焼きに来てんだ。そういう話する場所じゃないって事だ。沖野」

 

 

 油が熱されることで出すパチパチとした音。それが人の数より多いならば、普通に話しているだけでは勿論音が掻き消される。

 ここ、焼肉チェーン店[美味美味(ウマウマ)肉天国]で、俺は春の天皇賞の勝利祝いだかマックイーンの骨折の慰めだかよく分からない会を開いている。

 メンバーとしては、面識のあるトレーナー達が殆どだ。リギルの東条さんも誘ってみたらしいけど、資料をまとめなきゃ行けないらしくパスされたっぽい。大手のチームは大変ですな。

 

 

「特上カルビ三人前なのー!!」

 

 

沖野「はぁ.........あのなぁ、俺は長い間トレーナーしてっから何とかけろっとしてられるけど、お前さんは違うだろう?」

 

 

桐生院「ま、まぁまぁ。桜木さんも色々あって大変ですから.........あっ、ビール注ぎますね」

 

 

 ああ、桐生院さんの優しさが心に染みる.........本当、喜んでいいやら悲しんでいいやら分からない状態だ。せめて、整理を付けるまで待って欲しい。

 俺はジョッキに注がれたビールを一気に三口ほど飲み、肉の油で濡れた喉を潤す。やはりビールは店飲み。缶ビールなぞ邪道じゃい。

 

 

桜木「ぷはーっ、ほんっとう神様ってぇのは酷いやつだわ。元々良かれと思って白紙にしてた予定をよぉ、わざわざ余計なお世話で強制的にホワイトアウトさせてきやがってよォ!!!」

 

 

東「おい!まさかもう酔ってんのか!!?」

 

 

桜木「くっそー!!!酔ってねぇって言いてぇけど言ったら酔っ払い認定なんだろ!!?じゃあこれしかねぇ!!!アタシ、酔っちゃった♡」

 

 

黒沼「気色悪い。肩から手を離せ」

 

 

桜木「ちぇっ、いけずぅ」

 

 

 せっかく場を盛り上げようと思ってたのに、黒沼さんったらホントにお堅いんだから!!!やんなっちゃうわ!!!

 .........なーんて、おふざけに浸る事が出来たら、俺も楽になれたんだけどなぁ。

 

 

桜木「.........ゴク」

 

 

 さっきみたいに豪快に飲むことはせず、ちびらと一口ビールに口をつける。普段は苦くて飲みたくないものだが、今はこの苦味に意識を割ける分、都合が良い。

 

 

南坂「それにしても、この時期に怪我は大変ですね.........」

 

 

沖野「お前さんとこはあんまし怪我とか縁がないよな?」

 

 

南坂「お陰様で。大きい怪我はネイチャさんが初めてでしたので、少し不安でしたが、まぁなるようになりましたしね」

 

 

 そう言えば、南坂さんの所のナイスネイチャも、皐月賞前に割と大きな怪我をしていた。クラシック三冠も、最後の菊花賞に出場するだけだったが、彼女の存在はそれ以上に大きい気がする。

 

 

桜木(.........怪我、ねぇ)

 

 

 なんとも忌まわしいものだ。俺の夢だと思っていたものも諦めさせたのも他でもない、怪我だ。俺の場合はまぁ、不幸な事故とでも言うべきだろう。

 なんせ、話を聞いた所によるとトラックにぶち当てられたらしい。しかも利き腕の根元の肩だ。お陰で当時の一日分の記憶はぶっ飛んでるし、未だに古傷が痛む時がある。

 不幸中の幸いは、俺がまだ生きてて、異世界転生などと言う俺の知っている、俺を知っている人が居ない中で繰り広げられる虚しい物語にならなくて済んだ。という事だ。

 

 

東「骨折ならまだ治る。そう気を落とすなよ、桜木」

 

 

桜木「.........そうっすね」

 

 

沖野「まぁなんにせよ、愛しのマックイーンが怪我してる中だ。お前はしゃんとしとけよ」

 

 

桜木「うるへぇ」

 

 

 突然の言質トラップに引っかかるような事はなく、俺は沖野さんを睨みつけてそう言った。

 全く。俺は別にそんなんではない。ただ、あの子が初めての担当で、初めての重賞を取った子で、初めて一緒に目標を達成できた子だからだ。これから先も、色々な初めてを体験出来ると思っていたのに.........

 

 

桜木「.........?」

 

 

黒沼「お前が暗いと、それが担当にも移る。今は精神の為に、食え」

 

 

 目の前に焼かれた肉を大盛りに乗せられた皿がずいっと横から現れた。最初は何かと思ったが、黒沼さんからの言葉で、この人の気遣いだということが分かった。

 

 

桜木「.........んじゃ遠慮なく♪いただきまーす!」

 

 

沖野「おいおい、それじゃあ本当に父親みたいだぞ?」

 

 

黒沼「沖野は気遣いが出来ないからな。俺がするしかないだろう」

 

 

沖野「んだとぉ!!?」

 

 

 焼肉屋の狂騒さは、普段過ごすような食事処とは比較にならないほど騒がしい。特に、人が集まる今の時間帯ならば、人の声も、肉を焼く音も一層強くなる。

 だが、今俺の周りの音は、とても楽しげだ。そんな楽しげな空気に包まれながら、宴は夜遅くまで続いて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「.........んあ?」

 

 

 ゆっくりと意識が覚醒に近づく。頭が妙にずっしりと重く、そして鈍痛がする。さては、昨日飲みすぎてしまったのか?

 全く.........記憶が無くなるまで飲むなんて、アイツらと飲む以外でそんな飲み方するなんて思ってもみなかった.........今後気を付けるとしよう。

 

 

桜木「.........?」

 

 

 ベッドから足を横にずらし、地面に足をつける。だと言うのに、普段ならば感じるはずの冷たさが感じられない。

 だがそれもすぐに原因は分かった。まだ目が覚めきっていないのだろう。覚醒に近付いてるだけで、完全にと言う訳では無い。

 

 

桜木(.........顔、洗うか)

 

 

 二日酔いをしているはずなのに、何故か足は真っ直ぐ歩く。洗面所に行くまでの道のり。そこで、ようやく異変に気付く。

 .........あれ、洗面所。こんなに遠かったか?それに、家具の配置、違くないか.........?

 その疑問と共に、記憶が溢れ出す。模様替えした記憶だ。だがそんなもの、実際に起きた事は無い。

 

 

桜木(なんだ、夢かよ.........)

 

 

 結局、これは夢だと結論づいた。だったら話は簡単だ。起きるまでこの夢を見ればいい。少々不気味な夢だが、最近はもう普通の夢は見れなくなってきてる。堪能するのも良いだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう、思っていた。その洗面所の鏡を見るまでは.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「っ......なんだよ...これ.........!!?」

 

 

 その鏡に映っているのは、身体は確かに自分の物であった。来ている服も、背丈も、その特徴的な髪も、すべて自分のものだ。

 だが、一つだけ。致命的に違う物がある。それは、[鏡の中の存在が仮面を被っている]事だ。

 

 

「諦めろ」

 

 

桜木「っ!!お前.........!!!」

 

 

桜木「今更そんな事できっかよ!!!ここまで来ちまってんだぞッッ!!!」

 

 

「諦めなさい」

 

 

桜木「っ、テメェ.........!!!」

 

 

 鏡から聞こえてくる声。それは確かに俺の物だった。だから俺は真っ向から否定した。それを自分だと認めたくはないから。

 そして、背後から聞こえてくる謎の声。春の天皇賞の時に聞こえてきた時と[違う声]だが、この声は、今年に入って俺の夢に現れてくる。

 

 

桜木「誰なんだよッッ!!!諦めるとか何とか言ってさッッ!!!」

 

 

桜木「俺はどうなるんだよ!!!また諦めて!!!そうなったら.........今度こそ.........!!!」

 

 

 惨めな気持ちが、心の底にじわりと生み出されていく。もし。もしまた、諦めてしまったら。ようやく見えた綺麗な景色からまた、色が抜けてしまったら.........今度こそ、折れたまま、立ち直れなくなる.........

 

 

「貴方の物語は、ここじゃない。ちゃんとした役割に徹しなさい」

 

 

「それが世界の為であり、未来の為だ」

 

 

桜木「.........俺にどうしろってんだ!!!そうやって頼むだけ頼んできやがって.........!!!」

 

 

 惨めさはやがて、自分の無力さに対する悔しさや怒りへと変わる。俺はついに、その拳で鏡を叩き割った。

 

 

 無数に散らばる破片の一つ一つに、俺の姿があらゆる角度から映し出される。その全てに、俺の顔には仮面が張り付いている。

 

 

「ここで諦めれば、苦しみは無い」

 

 

「ここで止めれば、絶望も無い」

 

 

桜木「やめ...ろ.........!!」

 

 

「「さぁ.........」」

 

 

 二つの声が重なり合う。俺の身体はまるで、地球の重力を一点に集中させたように、地面へと伏せられる。そして不意に、家全体を揺れ動かす風の音が聞こえてくる。

 

 

 全てが吹き飛ばされ、豪雨や暴風が俺の体を襲う。まるで、この先に待っている困難を暗示しているかのようなその地獄の中でさえ、俺は変わらず重力に縛り付けられている。

 

 

「「諦めなさい(るんだ)」」

 

 

桜木「俺......は.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当に、それでいいわけ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「っ.........!」

 

 

 その時だった。気が付けば、いつもつけている王冠のアクセサリーから、光が溢れ出していた。まるで、何かが起きるレースの時のように.........

 そして、声が聞こえた。それは確かに、春の天皇賞の時に聞こえた物と[同じ声]であった。

 

 

「まだその時も来てないのに、呆れるわ」

 

 

桜木「ざっけん.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「なぁぁぁああああああッッ!!!」ガバッ!

 

 

 勢いよく、重力なんかに負けないよう、一呼吸の間に立ち上がろうとした。しかし、気が付けば既に夢の中ではなくなっていた。

 

 

桜木「はぁ......はぁ......?」

 

 

 気持ちの悪い汗がどっと溢れ出す。汗で濡れている額を拭うと、不意に外から鳥たちのさえずりが聞こえてきた。

 時計を見ると、時刻は午前の四時半。まだ起きるにはだいぶ早い時間帯だ。だが、あんなものを見てしまった手前、今からまた寝るのは抵抗がある。

 

 

桜木「っ、クソッタレめ.........頭いてぇのは夢じゃねぇのかよ.........」

 

 

 ようやく意識が覚醒しきるのと同時に、今度は本格的な二日酔いが襲ってきた。ズキズキとした鬱陶しい痛みこの上ないが、眠気を覚ますのには丁度良かった。

 

 

桜木(一体、これから何が起きるってんだ.........?)

 

 

 最近見る、夢。それは普通の夢とは違い、俺に何かを諦めるよう問いかけてくる。最初はなんなのか分からなかったが、今はようやく、わかってきた。

 きっと、マックイーンの事だ。彼女に抱いている期待を、捨てろと言ってきている。そんなこと出来る訳が無い。する.........訳が、無い。

 だと言うのに、この胸の内に生まれる焦燥感は本物で、何かが起こるという予感もまた、本物だった。

 

 

桜木(夢の存在は確かに掴んだ.........けれど)

 

 

 自分の右手を握りしめ、そこに視線を向ける。確かに、夢を掴んだ感触を感じている。だと言うのに.........この夢は、するりと手の間を抜けそうで、何より.........

 

 

桜木(俺は、マックイーンの手を、ちゃんと掴んでるのか.........?)

 

 

 『一心同体』。その言葉には不安などでは到底崩れる事がないほど、言葉以上に、俺達二人にとっては大切な物だ。

 でも.........この先、それが崩れることがあるとしたら.........そう思うと、怖くて仕方が無かった。

 

 

 だが、だんだんと重さを増していく頭痛により思考は一旦リセットされる。これ以上考えるのは、健康体でも毒になる。体調を崩している今は、尚更だろう。

 そう思い、俺は頭痛薬を取りに、そのままリビングへと向かって行った.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

???』の足音が聞こえてくる.........

 

 

 

 

 

  ......To be continued



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マックイーン「トレーナーさんが辞める......!!?」

 

 

 

 

 

桐生院「おはようございます!」

 

 

 職員室の扉を開けて、私はいつも通り挨拶をしました。この時間帯はレースを控えている子が担当に居たり、たまたま早く起きてしまった人や、新しくスケジュールを組むトレーナーの方々は居るのですが、やはり少ないです。

 ですが.........

 

 

桜木「あ、おはようございます。桐生院さん」

 

 

桐生院「あれ、今日は早いですね!桜木さん!」

 

 

 彼がこの時間帯に居るのは初めての事でした。普段から朝は弱いとどこか愚痴のように言っていた筈ですが、いったいどうしたのでしょう?

 

 

桐生院「どうしたんですか?こんな時間に居るなんて、珍しいですね」

 

 

桜木「あーうん。昨日理事長に呼ばれてね。その返事を考えてて.........」

 

 

 自分のデスクに荷物を下ろし、座りながら彼に問いかけると、どこか言いにくそうにそう答えました。

 まぁ、桜木さんの事です。また変な事をしてお叱りを受けたのでしょう。そう思い、私はバッグから資料を取り出しました。

 しかし、しっかりとその手に持っていた筈なのですが、ファイルに束ねた紙が一枚、地面へと向かって落ちていきます。

 

 

桐生院「あっ!」

 

 

桜木「ああ、自分取りますよ」

 

 

桐生院「!ありがとうございます!.........?」

 

 

 彼が席から立ち上がり、私に背を向けその資料を拾ってくれました。私は彼にお礼を言って視線をパソコンの方に戻そうとしましたが、その際、気になる物が視界に写りました。

 

 

桐生院(.........!!?)

 

 

 寸でのところで、声が出そうになりましたが、何とか堪える事が出来ました。まだ朝の早い時間帯です。大きな声は周りの人を驚かせてしまいます。

 私は視線をその気になった所に移しました。そして、見てしまったのです.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 資料の下敷きになった封筒に、『退』という文字が書かれ、真ん中から折られた封筒が.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全員「嘘ぉぉぉ!!?」

 

 

桐生院「わ、私もそう思いたかったんですけど.........」

 

 

マック「そんな.........」

 

 

 朝のホームルームが始まる前。私達チーム全員と、彼のお友達。そして東さんが桐生院さんのトレーナー室に招かれました。

 重々しい空気の中、彼女は先程あった事を話してくださいます。まさか.........そんなこと、ある訳がありません.........!!!

 

 

ダスカ「ふ、ふん!どうせいつものサブトレーナーの事なんだから!趣味の悪いイタズラに決まってるわ!」

 

 

ウオッカ「だ、だよなぁ!!?」

 

 

 ここに居る方々の殆どが、その話を信用してはいませんでした。勿論、沖野トレーナーや東トレーナーもその内に入っています。

 ただ、一人だけ。異常に焦っている人物がこの場にいました。

 

 

ゴルシ「.........」ブツブツ

 

 

マック「ご、ゴールドシップさん.........?」

 

 

 顔を俯かせ、片手で額を抑える彼女はぶつぶつと何かを確認するように、一心不乱に独り言を呟いていました。

 耳に入ってきたのは、時期がズレたのか、なにか影響させてしまったのか、という何ともよく分からないものばかりです。

 

 

スペ「あの、直接聞くって言うのは.........?」

 

 

沖野「.........それが出来りゃ、苦労はしねぇんだけどよ」

 

 

スズカ「聞き、にくいわよね.........」

 

 

 皆さんがあまりの難問に唸り声をあげます。いくらなんでもこのタイミング。唐突すぎて、そんな可能性無いと思っておりました。

 ですが、考えても見れば、多忙なスケジュールに加え、私の骨折.........無理は無いのかもしれないと思うと、可能性が出てきてしまいます。

 そんな時、彼の友人達が声を上げました。

 

 

神威「いや、流石に有り得んしょ」

 

 

黒津木「俺もそう思う。だってアイツ滅茶苦茶楽しんで働いてるし」

 

 

白銀「ここは直接聞くしかないべや!!!」

 

 

全員「お、おぉ.........!!!」

 

 

白銀「東っちが!!!」

 

 

東「なんで俺なんだよぉぉぉぉぉ!!!??」

 

 

 突然の抜擢により、東さんは怒りを露わにして白銀さんの襟を両手で掴みます。そんな事は気にせず、掴まれている彼は人をバカにするような表情をします。

 

 

マック「わ、私からもお願いします!!こ、こんなの絶対何かの間違いに決まってますわ!!」

 

 

東「マックイーン.........そ、そうだよな。誰も行かねぇんだったら、俺が行くっきゃねぇよな.........」

 

 

 彼が自信がなさそうにそう言うと、レグルスのチームメンバーは皆さん力強く首を縦に振りました。やはり、ありえないとは言っても不安なのでしょう。

 

 

桐生院「すみません.........こんな話持ってきてしまって.........」

 

 

タキオン「仕方あるまいさ。一人で抱えるより、こうして話してくれたお陰で事実確認が取れるんだからね」

 

 

ウララ「うぅ.........トレーナー、疲れてるのかなー.........?」

 

 

ライス「き、きっとそうだよ!お兄さまが辞めちゃうなんて.........」

 

 

 まだその話を信じきれていないとは言っても、疑い切ることも出来ていません。皆さん、半信半疑という状態です。

 ブルボンさんも口には出しませんが、その耳は悲しそうに萎れています。デジタルさんも、焦る様に周りの皆さんの反応を伺っておりました。

 そんな事、絶対有り得るはずがありません。そう思いながら、私は焦る気持ちを抑えました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東「おっ、来たか」

 

 

桜木「もー。話ってなんすか?これでも忙しいんすよ?新米トレーナーだからって」

 

 

マック「き、来ましたわ.........!!!」

 

 

 視界に映るのは、トレセン学園の噴水広場。時間帯で言えば昼休みに入った所です。

 私達は近くの茂みに身を隠し、彼の口から答えが聞ける時をただ待ち続けます。

 

 

東「あー.........その、辞める.........のか?」

 

 

桜木「.........?ああ、もうそこまで話行ってるんすね」

 

 

 彼の表情は最初、なんの事か分からないというような感じでしたが、次第に彼の中で合点が行ったのか、どこか納得したような表情になりました。

 その表情に、嫌な予感をしてしまいます。

 

 

桜木「まぁ、仰る通りです。俺には荷が重すぎますから」

 

 

マック「.........そんな」

 

 

東「!.........そうか」

 

 

桜木「?そんな悲しい顔しないでくださいよ。いつでも会おうと思えば会えるじゃないっすか」

 

 

 私は愕然としました。否定の言葉が聞こえてこない事に、全てを否定してしまいたくなってしまいました。

 で、でもまだ彼の趣味の悪いイタズラかもしれません。まだ信じきる訳には.........

 

 

神威「やべぇな.........マジっぽい」

 

 

マック「え.........?」

 

 

黒津木「おい!言葉を慎めよ.........」

 

 

神威「.........言っとっけど、この状況でおふざけに付き合えるほど余裕ねぇからな」

 

 

黒津木「すまん。雷避け行ってくる.........」

 

 

神威「行ってらっしゃい。あっ、因みにシンはジェクトだから気をつけろよ」

 

 

 隣から聞こえてくるそんなやり取りも、今は何も感じません。彼らは私の反応を伺ってきましたが、あまり変化は見られなかったため、少し申し訳ない雰囲気を漂わせていました。きっと、彼等なりの気遣いなのでしょう。

 

 

タキオン「.........全く、黒津木くんも司書くんも空気が読めないのかい?」

 

 

二人「ごめん.........」

 

 

ゴルシ「.........まー、こうなっちまったら仕方ねー!どうやっておっちゃんを引き止めるか作戦会議だ!!」

 

 

マック「ひゃぁ!!?き、急に立ち上がらないでください!!」

 

 

 隠密行動に伴い、私は車椅子ではなく、ゴールドシップさんの背中に乗っていました。移動する際に音が出る物ですから、この場にはそぐいません。

 ですが、急に立ち上がられるとびっくりしてしまいます。茂みに隠れていたせいで、頭には葉っぱが何枚か着いてしまっています。せめて、何か一言くらい言ってくださってもよろしいと思いますのに.........

 

 

スペ「ひ、ひとまずチームルームに戻りましょう!!」

 

 

テイオー「わー!!?き、急に立たないでよー!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「ふぃ〜。急に呼び出されて何かなって思ったけど、マジでなんだったんだ.........ん?」

 

 

ゴルシ「ようおっちゃん!!」

 

 

 おかしい。俺は確かに、チーム[レグルス]のルームに帰ってきたはずだ。[スピカ]と間違えたか?

 そう思い、一度出て扉の表札を見てもちゃんと[レグルス]と書かれている。俺は安心して中に入った。

 

 

桜木「ゴールドシップ。今度はなに?」

 

 

ゴルシ「いやよー。最近悩んでんのかなって思ってさ!!アタシなりにおっちゃんを元気づけようと考えて作ってきたわけよ!!」ドンッ!

 

 

桜木「.........あー」

 

 

 机に置かれたのは、大きな鍋であった。しかも音の大きさ的に、中に何か食べ物が入っている。

 彼女の顔をチラリと見ると、どこか自慢げな顔のままその蓋を開けた。そこから漂ってくるのはほのかな香辛料の匂いと、様々な具材の匂い。中身はすぐにわかった。

 

 

ゴルシ「おっちゃんカレー好きだろ!!」

 

 

桜木「うん。好きだよ?でもねゴールドシップ。俺さっきカフェテリアで食べたの。ご飯。嘘じゃないよ?ライスと一緒に食べたから。なんなら呼ぶ?」

 

 

ゴルシ「おう。このカレーを食うかこの場で死ぬかどちらか選べよ」

 

 

 いや。なんでそんなバルバトスみたいなこと言うん?なんですか、僕はトレセン学園で一定期間働くと貴方に遭遇するシステムの元生まれてきたんですか?

 それに流石にこの量を食うのは空腹時でも中々厳しい。ここはタッパに移して分割させてもらおう.........

 

 

桜木「あのー。タッパに移して後日食べるって言うのは.........」

 

 

ゴルシ「今食えッ!!すぐ食えッ!!骨まで砕けろゥ!!!」

 

 

桜木「最後の何!!?」

 

 

 結局、その鍋の中のルーを食べ切るまで俺が解放されることは無かった。好きな物がこんなにも苦しみを味わわせてくるとは思ってもみなかったが、これも経験の内だと、ポジティブに捉えることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後も、訪問者は沢山来た。

 

 

ウララ「トレーナー!!遊ぼー!!」

 

 

桜木「おう!何して遊ぶ?」

 

 

ライス「お兄さま!ライス、絵本読んであげるね!」

 

 

桜木「お、おう!」

 

 

ブルボン「マスター。ガンプラを作りましょう」

 

 

桜木「お、俺不器用だからお手柔らかに.........」

 

 

 まぁ、この位なら可愛い方だ。まだ俺の身体が持ってくれる。

 

 

タキオン「今日はマッサージでもしようじゃないか!」

 

 

桜木「えぇ.........俺そういう身体に触る系はちょっと.........」

 

 

タキオン「私が君にするんだよ」

 

 

桜木「え」

 

 

デジ「トレーナーさん!!今日はウマ娘ちゃんに抱く妄想を語り合いましょう!!」

 

 

桜木「.........」

 

 

 ここまで来ると、何か異変すら感じてきてしまう。一体彼女達に何があったと言うんだ?恐らくではあるが、まさかアイツらだろうか?

 そう勘繰ってしまう程には、日常にしてはややぎこちない彼女達が目の前に現れてくる。

 

 

マック(.........どれもこれも、決定打にはならないわね)

 

 

 

 

 

 ―――あれから作戦会議で出てきた案を全て実行に移したものの、彼を引き止めるまでの物になっているかと言われれば、確信はありません。

 こうしてタキオンさんの実験室にあるモニターで様子を伺ってみていても、やはり分かります。彼の意思は硬い。この日常を見ていても、揺らぐ様子は全くありません。

 

 

白銀「なぁ、これは流石に俺達の出番じゃね?」

 

 

黒津木「だなっ、あと頼んだ!!行くぞ創!!!」

 

 

神威「はァ!!?何やるかくらい言えよ!!!」ズリズリ

 

 

 突然、そう言ったや否や、司書さんを引きずって彼らは実験室を後にしてしまいました。

 タキオンさんはため息を吐いて、何も言いませんでしたが、呆れ果てたのでしょう。現に私も、この状況であそこまで元気で居られる彼らの気を疑ってしまっています。

 

 

スズカ『走りましょう。サブトレーナーさん』

 

 

桜木『それは君達の役目でしょ!!?』

 

 

マック「スズカさんも.........ダメみたいですわね」

 

 

タキオン「ま、まぁ、彼女は走る事に何か付け加えて楽しむ傾向にあるから、まず走らなきゃ行けないのがネックだね.........」

 

 

 山を登ったり、景色を楽しむと言うのが以前スズカさんから聞いた趣味でした。一見普通のように思えますが、その行為には必ずと言っていいほど走るという事が併合されています。

 ウマ娘と言うのは走るのが好き.........とは言っても、流石に限度があると思います。

 

 

スペ「つ、次は私が行きます!!」

 

 

テイオー「うん!!頑張ってね!!スペちゃん!!」

 

 

マック(.........なぜおしゃぶりを手に?)

 

 

 不安を拭えないまま、次々と打ち立てた作戦がこなされていく。彼が思いとどまったのかさえ確信がない中、時間ばかりがすぎていきます。

 

 

スペ『サブトレーナーさん!!クリークさんから強くなる為の秘訣を聞きました!!試したいです!!』

 

 

桜木『今度はスペ.........?あぁ、うん。でちゅねでも何でもいいから.........』

 

 

マック「.........羨ましぃ」ボソッ

 

 

タキオン「ンん〜〜〜!!?今のは彼とそういうことがしたいという解釈で良いのかな〜〜〜!!?」

 

 

マック「はいはい。どうぞご勝手に」

 

 

 彼がスペシャルウィークさんに膝枕をされている映像を見て、つい本音が漏れだしてしまいましたが、頬杖をつきながらタキオンさんを軽くあしらうことで事なきを得ます。

 .........本来であれば、彼の枕になっているのは私の膝であるはず。なんて支離滅裂な思考も一瞬で、次にはもう、彼が辞めてしまった後の事を考えてしまいます。

 

 

タキオン「.........おや、廊下からニコロくんが来てるね」

 

 

マック「あっ、開けましたわ」

 

 

タキオン「.........静かに閉めたねぇ」

 

 

桜木『待てッ!誤解だ!!これはスペが早くなりたいって言うから!!!』

 

 

ニコロ『ふざけるなァッ!!!学園の生徒に手を出すなど、そこまで性根が腐っているとはなッッ!!!』

 

 

 彼は全速力でニコロさんを追い掛け誤解を解こうとしますが、元殺し屋から放たれる拳一閃が彼の頬にねじ込まれます。

 きりもみに回転して壁に激突し、痛みに悶えながらも誤解を解こうとしますが、うじ虫を見るような目付きで一蹴されます。

 

 

ニコロ『消え失せろッ!二度とその面を見せるなッッ!!!』

 

 

桜木『酷い.........俺が、俺が何をしたって言うんだ.........』

 

 

タキオン「いや、うん.........これは可哀想だ」

 

 

 彼の不運にも磨きが掛かっているような気がするのは気のせいでしょうか?最近はもう哀れみを感じることしか無くなってきました。

 これでは、埒があきません。ここはもういっその事、直接聞くしか無いようです。

 

 

マック「.........チームの皆さんで乗り込みましょう」

 

 

タキオン「ああ、私も丁度、それしかないと思っていた所さ」

 

 

 隣でそう呟く彼女の表情は、いつもと違い、鋭さを帯びた真剣さがありました。彼女もどうやら思う所があるそうです。

 そうと決まれば、話は早いです。傷心気味にチームルームのあと片付けをし、職員室に戻って行ったトレーナーさんを追う為に、私達は準備を整え、彼の向かった職員室へと向かいました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「ひ、酷い目にあった.........」ボロッ

 

 

 今日は何故か来客が多い。しかも、ただの来客ではなく、俺と何かしたいという物だったり、俺に何かしたいという感じの提案をしてくる。

 なんだ、今日は母の日ならぬトレーナーの日なのか?日頃の感謝を伝える祝日にあの権力ロリっ子ヤクザ理事長が制定したのか?大いに有り得る。

 

 

桜木(それにしても、な〜んか視線感じんなぁ.........?)

 

 

 職員室に戻り、席に着いたは良いものの、最近は感じることの無かった視線圧。いや、以前は一般出の素人トレーナーというレッテルが貼られていた為、それは嫌悪感であったが、今のそれから感じ取れるのはマイナスの物ではない気がする。

 今日は不思議な事が多いもんだ.........そう思いながら、今年のダービーやデビュー戦に向けての資料を作ろうとキーボードを近付けると、職員室の扉がノックされた。

 

 

「失礼します」

 

 

桜木(あれ、マックイーンの声?)

 

 

 彼女の声だ。そう思い、耳だけを向けていた意識を、視線と身体全身で向けてみる。扉を静かに開け、車椅子で入ってくるマックイーンの姿が見えてくる。

 .........いや、彼女だけじゃない。チーム[スピカ:レグルス]のメンバーが勢揃いしている。一体、どうしたというのだろう?

 

 

マック「トレーナーさん」

 

 

桜木「ど、どうしたの?今日ってもしかしてなんかの記念日?みんな俺に優しいなと思ってるんだけど.........」

 

 

 目の前までタキオンに押されて来たマックイーンに、そう問いかけてみる。帰ってきたのは沈黙だった。これがハンター試験ならばそれは肯定となろう。

 だが、ここは日常。沈黙は沈黙以上の意味を持たず、そして、それに意味自体は存在していない。黙りたいから、黙っているだけなのだ。

 

 

マック「トレーナーさん.........」

 

 

桜木「う、うん」

 

 

マック「.........トレーナー、さん......」ジワ...

 

 

桜木「え」

 

 

 徐々に震えを帯び出す彼女の声。しっかりと俺の方を見てくる彼女の目には、見慣れることは無い涙が溢れ出し始めていた。

 

 

桜木「だ、大丈夫!!?おおお俺なんかした!!?」

 

 

マック「うぅぅ.........トレーナーさん.........!!!」

 

 

タキオン「えぇ.........?」

 

 

 遂に本格的に泣き始めてしまったマックイーン。その姿を見て、他の子も感化されたのか、ウララもライスも泣き始めてしまう。ブルボンは声を出さないまでも、静かに直立不動で泣き始めてしまった。

 涙を流していないのは、我慢しているデジタルと、この唐突な状況に引き気味なタキオンだけだった。

 

 

桜木(ま、不味い.........ただでさえスペのでちゅねがバレかけてんのに、担当全員泣かせてたらマジでクビになる.........!!!)

 

 

桜木「お、落ち着こ?な?なんだみんな〜?俺は、別にやましい事も、隠し事もしてないぞ〜?」

 

 

「嘘だッッ!!!」

 

 

 唐突に張り上げられた声。その声にはあまり、馴染みというか、聞き覚えはない。誰が声を上げたのか、それを確認するために視線を移してみたが、やはりそれは、知らないトレーナーだった。

 

 

「隠し事してないなんて........デタラメだ!!!」

 

 

桜木「え」

 

 

「そうだ.........!!!どうして辞めちゃんだよ!!!せっかくお前の事、素直に認められるようになってきたのに!!?」

 

 

桜木「え゚ぇ゚!!?」

 

 

 何!!?うちの子だけじゃなくてここに居るトレーナー全員泣き始めたんですけど!!?何が始まるんです!!?いや、なにか始まってるんですか!!?皆もしかして千の風になってがリアルタイム幻聴してる訳!!?

 

 

桜木「ち、ちょっと桐生院さぁ〜ん。みんなおかしいよねぇ?急に泣き始めちゃったり.........」

 

 

桐生院「ぅうっうぅっ.........桜木さぁ〜ん.........!!!」

 

 

桜木(この子が一番ひどい泣き方してるぅ〜!!?)

 

 

 もうどうにもならないと言うように、片手で口元を抑えながら涙を流す桐生院さん。泣いていなかったデジタルもついに涙を流し始め、泣いていないのはついに俺とタキオン二人だけになった。

 どうするべきかなんて言う、次の行動の為の思考すら生まれない。どうして?何故?が常に反復横跳びの状態で俺の中に現れる中、勢いよく職員室の扉が開け放たれた。

 

 

東「.........」

 

 

桜木「あっ、東先輩!!?お願いします!!!助けて下さい!!!」サササッ!

 

 

 新米トレーナー職員室に入ってきたのは、ベテラントレーナーである東さんだ。正直この状況、俺の手にはとても負えない。ここは彼に任せ、俺はちょっとトイレにでも行ってこよう。

 そう思い、俺は職員室の中心に彼を連れてきた。皆が注目する中、どうにかして彼から誤解を解いて欲しいというか、打開して欲しい。そう思い、口を開いた。

 

 

桜木「みんな!!!落ち着こう!!!」

 

 

「.........!!!」

 

 

桜木「なんで皆泣いてるのか分かんないけど!!!多分俺がなんかしちまったんだと思う!!!正直、何したのか分かんないし、誤解かもしれない!!!だから、東さん。お願いします!!!」

 

 

 自分でもよく分かる。雑な振りだ。だがもう、頭が働いてくれなかった。この変な空気に当てられて俺もおかしくなっていたんだ。

 そうこうしている内に、皆の視線が東さんへと向く。これで良し。後はトイレにでも行っていれば自然と元通りになっているはずだ。

 そう思い、俺はこの場から離れようとした。

 

 

「.........違う」ガシッ

 

 

桜木「.........へ?」

 

 

 歩みが止まった。俺にとって、ヴァルハラへ向かう為の前進が今、止められたのだ。他の誰でもない、東さんに。

 一体どうしたのだろう?そう思い、俺は初めて東さんの様子をちゃんと伺ってみた。一言で表すなら、不穏だ。いつもの様子と違う彼が、ここに居る。

 そんな不穏な空気の中、俺は動けずに居る。その中で動いたのは目の前に居る男だ。だが、動いたと言っても、その両膝を地に付かせただけだった。

 それでも、この場の注目を一点に集めるには十分なものだった。

 

 

東「違うんだ皆.........!!!お前らやマックイーンの骨折なんかじゃなくて.........桜木が辞めちまうのは俺のせいだッッ!!!」

 

 

桜木「えええぇぇぇぇぇ!!!!!???」

 

 

 何だこの人!!?いきなり全ての罪を一身に背負い始めたぞ!!?一体本当にどうしちまったんだ!!?あの事を俺は許してはいないけどもう気にしちゃいないぞ!!?

 慌てて周りを見ても、未だに涙しか流さない。誰も、東さんの奇行を止めてくれる人は誰もいない。タキオン、お前は笑ってないで止めてやれ。そして俺のデスクに隠してたおもちゃのライフルを出すんじゃない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いや辞めるってそもそも何!!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さっきからなんかチラホラ聞こえた来てたけど、 敢えてスルーというか!!!なんかミュートしてましたけど!!!なんすか!!?俺辞めるんすか!!?

 も、もしや.........俺、マジモンのクビ?俺に話行ってないだけで、秘密の集会かなんかで可決された?理事長から?権力ヤクザロリっ子から?

 こ、ここは確かめなければ.........!!!

 

 

桜木「ち、ちなみにその話はどこから.........」

 

 

全員「.........」スッ

 

 

 その指の向かう先は二つ。一つは桐生院さんに向かってだった。チームメンバーと東さんは彼女を指していた。

 そしてもう一つは.........窓の外の方であった。遠目で見れば、いつものメンバーが盛大に何かの紙をばらまいている。

 俺は、窓を開けて確認して見た。

 

 

黒津木「おぉぉぉぉい!!!玲皇が辞めるぞぉぉぉぉぉ!!!」

 

 

神威「署名にサインを!!!あとアイツの住所をトレセン学園に変更して辞めたくても辞めれない環境作りに御協力を!!!」

 

 

たづな「こ、困りますから!!!一般生徒やトレーナーの方々を巻き込まないでください!!!」

 

 

白銀「うるせェッッ!!!玲皇が辞めるっつってんだろォッッ!!!」

 

 

桜木「何やってんだアイツら.........」

 

 

 思わずそんな事を口に出してしまうくらい困惑してしまった。本当に何やってるんだ.........あと神威、お前はブラック勤務のせいで辞めさせない方法がそれになってるぞ。

 白銀に至ってはあの学園の悪は絶対に許さないたづなさんをうろたえさせている。どういう事なんだ一体.........

 もう既に機能を果たしていない思考回路を無理やり働かせようとした所、またもや職員室の扉が開けられる。その方向を見ると、沖野さんと、何故かユニフォームを着てサッカーボールを抱えたゴールドシップがそこに居た。

 

 

沖野「みんな聞いてくれ!!!桜木は辞めない!!!さっき理事長に確認してきたからな!!!」

 

 

全員「え.........?」

 

 

ゴルシ「いや、なんでおっちゃんも驚いてんだよ」

 

 

 俺も思わず驚いてしまった。もしかしてワンチャン理事長に辞めさせられるんじゃないかと思ったから。いや、でも良かった。これで外部的要因は無くなっ.........

 

 

黒津木「あァァァァァ!!!玲皇が辞めちまうゥゥゥゥゥ!!!」

 

 

神威「クッソ!!!辞める前に俺が殺してやる!!!アイツの最後の職業はトレーナーだって白銀と賭けちまった!!!負けたら俺の本全部燃やされちまう!!!」

 

 

白銀「あ!!!それ今思い出した!!!絶対辞めさせてやっから!!!玲皇ォォォォ!!!創に殺される前に退職届にサインしろォォォォ!!!」

 

 

桜木「.........」

 

 

 いや、まだ残ってた。俺の周りの環境を最悪にしてくる原因。それを取り除かねば、俺の平穏は訪れる事は決してない。

 俺は内にふつふつと湧いてきた怒りを原動力に、ゴールドシップに近付いた。

 

 

桜木「悪いッ!!サッカーボール借りるわ!!」

 

 

ゴルシ「な、はァ!!?これはおっちゃんと皆の親睦を深める為に超次元的なサッカーを.........」

 

 

桜木「ウマムスイレブンはまた今度なッ!!!」ダッ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「テメェェェらァァァァッッ!!!」

 

 

三人「げっ!!?玲皇!!?」

 

 

 上靴から外靴に履き替え、学園の正面玄関から奴らの前へと躍り出る。アイツらの事だ。最初は皆と同じように勘違いしてたと思うが、絶対後からそうじゃないと気付いた筈だ。

 だがバカは高い所と同じくらい祭り好き。どんちゃん騒ぎができるのならどうでもいいバカだ。俺はそれを粛清しなければならない。

 

 

桜木「覚悟は良いなァッッ!!!」ズバァンッ!

 

 

白銀「ドワッ!!?」

 

 

 抱えたサッカーボールから手を離し、重力による自由落下を与える。地面に着き、バウンドした頂点。最も外部的影響を受けない位置で渾身のシュートを繰り出し、白銀の顔面にぶつける。

 

 

桜木「トドメェッッ!!!」ドスッ!

 

 

神威「ゴエッ!!?」

 

 

黒津木「ま、まさかアレは.........伝説の.........!!!??」

 

 

 白銀の顔面に当たり、跳ね返ってきたボールを、今度はその右手で殴りつけるようにして打ち返す。その先には神威。流石に顔面は眼鏡をかけているので、溝らへんに向けて放つ。俺は優しいから。

 だが、ボールは先程のように俺の方へ戻ってくること無く、空高く、上空へ舞い上がってしまった。そこまで天高く一飛び出来るほど、俺は人間離れしていない。

 それでも方法はある。俺は背後にある学園の壁に向かって跳躍し、そこから更に壁を蹴って上へと上がる。

 身体を地面に対して徐々に平行にしていき、フィギュアスケートの様に腕を閉じ、回転させる。足を伸ばせば届く位置まで来た俺は、そこから身体を広げ、地面に向けてシュートを放った。

 

 

桜木「終わりッッ!!!」ズバババァン!

 

 

黒津木「ジェクトシュートォォォォッッ!!!」ズサァッ

 

 

 俺の渾身のシュートが炸裂したのを見て、俺は自由落下を始めた身体を、今度は地面に対して平行から垂直にし直す。

 タイミングさえ掴めれば、この程度の高さなら無傷で着地できる。足が地面に着く瞬間、なるべく力を入れず、かと言って入れなさ過ぎずに着地し、膝を折り曲げ、手を付き、前転する。

 

 

桜木「.........あのボール良いな」

 

 

 頭の中で勝利のファンファーレが流れる。目の前に倒れ伏す三人を後目に、俺はゴールドシップから借りたボールを持ち、何事も無かったかのように学園内へと帰って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全員「ベテラントレーナーの承認を蹴ったぁ!!?」

 

 

桜木「おう!」

 

 

マック「な、なぜですか.........?」

 

 

 あの後、しっかりと彼から話を聞く為にチームルームへと集まりました。そして聞いた所によると、彼は理事長からベテラントレーナー昇任の案内を蹴ったという話でした。

 桐生院さんが見たのも、『退職届』、ではなく、『辞退届』だったそうです。全く、紛らわしいにも程がありますわ。

 

 

桜木「なぜって.........俺がベテランって言う風貌してるか?」

 

 

テイオー「た、確かに.........」

 

 

沖野「おいおい、普段の行いは目に余る部分もあるが、お前さんはちゃんと結果を残してるじゃねぇか」

 

 

桜木「だとしても、この曲者揃いのチームで振り回されてる姿や、俺が好き放題してる姿を新人が見たら.........なんかこう、やる気無くさないですか?」

 

 

東「.........一理あるな」

 

 

 トレーナーさんの仰ることも最もだったそうで、ここに居る大人の方達は皆、納得しつつも、その行動を惜しんでいました。

 

 

桐生院「で、でも!ベテラントレーナーになればお給料も上がりますよ!」

 

 

桜木「それなぁ、理事長にも言われたけど.........俺お金が嫌いなんだよなぁ。あるのもないのも好きじゃない」

 

 

ダスカ「どっちよ.........」

 

 

桜木「程々でいいの程々で。俺は今の稼ぎが丁度いいと思ってるし、なくて苦しんだり、あって驕り高ぶることもないからね」

 

 

 やれやれ、という仕草を取る彼。この分なら本当に心配はなさそうです。最初はどうなる事かと思いましたが、何とか解決することが出来ました。

 

 

タキオン「それにしても、まさか職員室で泣くとはねぇ」

 

 

マック「なっ、あれはその.........ほ、他の方も泣いていたので、釣られてしまっただけですわ!!!」

 

 

桜木(いや、思いっきし一番乗りで泣いてたけどね。マックイーン.........)

 

 

 

 

 

 ―――いやぁ、あの時は本当にびっくりした。状況を改めて教えられたけど、それでも泣くまでとは思えない。

 まぁ、彼女にとって俺がそれくらい大きい存在になったと言うのは、嬉しい事なのかそうじゃないのか.........

 お昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り、殆どの人達は皆チームルームを出ていく。勿論、沖野さんや桐生院さん。東さんと言ったトレーナー陣もだ。

 

 

桜木「.........お前、授業は?」

 

 

ゴルシ「あん?ゴルシちゃんはこう見えてスーパーエリートウマ娘だからな!!たまに他の奴らの為に出ないでやんないと!!」

 

 

 なんだその理屈は、成績は良さそうだが態度が良くなさそうだからちゃんと出席しなさい。

 とは言っても、コイツは聞き入れないだろう。ゴールドシップと言うのはそういうウマ娘だ。

 

 

ゴルシ「いや〜、それにしても安心したぜ〜!!辞めねぇんだろ?トレーナー」

 

 

桜木「当たり前だ。天職みたいなこの職を辞めることなんて絶対―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『―――他人の夢にすがるのはやめろ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「っ、いっ.........!!?」ズキンッ

 

 

ゴルシ「っ!!?おっちゃん!!?」

 

 

 ノイズ混じりの音声が頭の中で再生される。まるで、鍵が掛けられたものを無理矢理こじ開けられたように、激しい頭痛が俺を襲う。

 思わず、しゃがみこんでしまった。吐き気を伴う程の頭痛は体験した事があるが、それも徐々に強さを持つもので、ここまで唐突に来るのは初めてだった。

 

 

ゴルシ「おい!!大丈夫か!!?救急車呼ぶか!!?」

 

 

桜木「っ、大丈夫っ.........だ。悪いけど、デスクの引き出しに頭痛薬あるから.........それ取ってくれ.........」

 

 

 正直、それで何とかなるとは思えないが、今はそれに頼るしかない。俺の背中をさすっていたゴールドシップが、それを取るために離れる最中、俺はその声に注意を凝らしてみた。

 

 

ゴルシ「クソっ、どこだよ.........!!!」ガサゴソ

 

 

桜木(.........最近見る、夢では無いな.........)

 

 

 ぼんやりとだが、朧気に想起させられる情景。不確かな空間ではあるが、夢と言うには説得力のある物の配置だ。

 だが、どうやっても思い出せない。鍵はこじ開けられたはずなのに、俺の無意識がそれを拒絶している。今がチャンスなのに、これを知る機会はもう、無いかもしれないのに。

 手を伸ばすんだ.........ずってでも、這ってでも.........もがいて―――

 

 

ゴルシ「おっちゃん!!水入れたから!!飲めっか!!?」

 

 

桜木「あっ.........あぁ、悪いな.........」

 

 

 あと少しだと思った。ようやくノイズやぼやけが消え出した記憶に手が掛かった。その瞬間、俯いていた視線を、顎に優しく手を添え、視線を彼女の顔に持ってかれる事で中断される。

 

 

桜木「.........」

 

 

ゴルシ「.........?な、なんだよ?」

 

 

桜木「.........いや、なんかお前の顔見てると落ち着くなって.........な」

 

 

 何故かは分からないが、彼女の顔を見てほっとする自分が居る。彼女は照れ臭そうにしながらも、コップと薬をテーブルに置き、俺を椅子に座らせてくれる。

 ここ最近、頭痛薬に頼りっぱなしだ。自己管理がどうとか思うが、完全に不可抗力だ。自分ではどうしようもない。

 

 

ゴルシ「.........出てった方がいいか?アタシ」

 

 

桜木「気遣いは嬉しいけど、俺は寂しがり屋なんだ。授業サボるってんなら、ここに居てもいいぞ.........」

 

 

ゴルシ「おいおい、とても学園で働いてる奴のセリフじゃねーな」

 

 

桜木「サボリンピック12年連続金メダリストを舐めるな」

 

 

 薬を飲み込み、一息つく。これからやることも沢山あるのに、こんなのが続いたら大変だ.........なんて、先の見えない未来を憂う。

 今はそんな事を気にしても仕方が無い。かと言って、それを対処する準備も今は体調が悪くて出来ない。

 俺の隣に座る事でサボるという意思表示をしたゴールドシップと他愛も無い会話をする事で、俺はこの不安を、何とか見て見ぬふりをすることが出来たのであった。

 

 

 

 

 

......To be continued



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タキオン「デビューのインタビューねぇ」T「頼むから大人しくしてね......」

 

 

 

 

 

マック「.........ふぅ」

 

 

桜木「だ、大丈夫か?あまり無理しない方が.........」

 

 

マック「いいえ。メジロのウマ娘として、この程度の怪我でへこたれる訳には行きません。せめて、自分の足で立っている姿を皆さんに届けなければ.........」

 

 

 6月の初夏を迎えたトレセン学園。既に一年の半分が過ぎてしまったと言うのに、未だにその実感が湧かないのはきっと、この怪我のせいでしょう。

 来る日も来る日も、車椅子に乗り、授業と皆さんのトレーニングのマネージャー。まぁ、得ることも多くありましたが、やはりアスリートとしては、身体を動かすメリハリが無ければ、心も体もなまってしまいます。

 今は放課後のトレーニング前のミーティング。普段であるならば、手短に用件をそれぞれに伝え、各々トレーニングをしていく筈ですが、今日は違いました。

 

 

タキオン「インタビューだからと言っても張り切りすぎじゃないかい?」

 

 

ライス「マックイーンさん?大丈夫?い、痛くない.........?」

 

 

マック「お気遣い感謝致します。ですが、これは必要なことなのです.........!」

 

 

 そう、本日はタキオンさんとウララさんのデビュー。そして見事ダービーを走り切ったブルボンさんとライスさんへのインタビューです。是非、チームの皆さんで取材をということらしいのです。

 私が骨折してからというもの、ファンの皆さんから暖かい言葉を多く頂きました。それに応えるため、今日のインタビューではしっかりと、自分の足で立っている姿を見せたいと思ったのです。

 それでも.........うぅ、彼からの提案とは言え、車椅子で生活しているせいで痛みは無いにしても足が重い.........筋肉量のバランスを崩さないで居られるお陰で、なんとか立つことはできますが、まるで産まれたての小鹿みたいで.........

 

 

マック「っひゃぁ!!?」ガタンッ!

 

 

全員「あっ!!?」

 

 

桜木「どうわっ!!?」ドシーンッ!

 

 

 どうやら、椅子の足に自分の健康な方の足を引っ掛けてしまったようです.........こんな程度、怪我さえなければ.........と言うより、そもそも引っ掛かる事すら無かったのに.........想定よりも鈍っている自分の身体に、少々焦りが生じます。

 .........でも、おかしいです。倒れて地面に身体を打ち付けている筈なのに、あまり痛みが.........

 

 

ウララ「マックイーンちゃん大丈夫!!?」

 

 

マック「え、えぇ.........痛みはありませんわ.........」

 

 

ブルボン「恐らく、マスターが下敷きになった影響で身体へのダメージに補正が入ったのでしょう。良い判断だったと思われます。マスター」

 

 

マック「え.........?」

 

 

 マスターが下敷き。その言葉に私は最初、理解が及びませんでした。でも、私の下に何かがある事は分かります。恐る恐る視線をそちらへ向けると.........

 

 

桜木「.........どうも」

 

 

マック「.........」...ポンッ///

 

 

 え.........なんでトレーナーさんが下に居るんですか.........?と、と言うより、顔がちか.........!!?

 は、離れなければ!!!し、心臓が壊れそうな勢いで急に動き出してきました!!!このままでは身が持ちません!!!

 

 

デジ「あっ!!!今丁度いいポージングなのでお二人共動かないで頂けます!!?すぐ資料にしますので!!!」

 

 

二人「え」

 

 

 こ、この状態で動かないと言うことは.........こ、こんな鼻先が触れ合ってしまう距離を保つという事ですか.........!!?

 し、しかし。いつもチームに献身的に貢献しているデジタルさんの珍しい頼み.........む、無下に断ることは出来ません.........

 うぅ.........彼の吐息がくすぐったい.........わ、私の鼻息は大丈夫でしょうか?か、彼に不快な思いをさせてなければよろしいのですが.........

 

 

たづな「桜木トレーナーさん!乙名史記者が来まし.........た」

 

 

全員「あっ」

 

 

乙名史「失礼しま.........!!?こ、これは.........!!?」

 

 

 私達の姿を見て固まっているたづなさんの背後から、記者である乙名史さんが教室の中へと入ってきてしまいました。

 先程まで、心臓が痛い程に鼓動を繰り返していましたが、今では別の意味で心臓が壊れそうな程、この胸を叩いています。

 血の気が引く私達。感情の昂りを思わせるような震えを見せる乙名史さん。静かに怒りをあらわにしているたづなさん。この状況は非常にまず―――「素晴らしいですッ!」.........い?

 

 

乙名史「見た所によると!メジロマックイーンさんの歩行練習の際!倒れた所をトレーナーである桜木さんが下敷きになる事で彼女を無傷で救ったと見えます!!」

 

 

乙名史「きっと!!多くの心配するファンに答える為の歩行練習だったのでしょう!!マックイーンさんも素晴らしいです!!そしてその様子を後世に残そうとアグネスデジタルさんはスケッチを.........!!!」

 

 

乙名史「私、感服致しました.........!!!」

 

 

全員「.........」ポカーン

 

 

 あ、当たっています.........事の顛末が全て、彼女の言う通りに当てはまっています。まぁ、デジタルさんの部分は少々違うと思いますが.........

 それにしても、彼から乙名史さんの事を聞いた時は、超極大誤釈による評価上げによって自然と評判にはなりますが、それが事実になる確率は多分天文学的数字になると言っていましたのに.........

 もしや、私達は今、とんでもない歴史的瞬間に立ち会ったのではありませんか?これこそスクープになるような.........

 

 

たづな「.........事情はわかりましたが、その、マックイーンさん?」

 

 

マック「?はい」

 

 

たづな「そこから離れてくれないと.........学園的にも、風紀に関わる事に.........」

 

 

マック「え?あっ.........」カ〜...///

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

乙名史「ではこれからインタビューを始めさせていただきます」

 

 

レグルス「よろしくお願いします!」

 

 

 俺達は元気良く挨拶をする。一時はどうなるかと思ったが、まさかまさかの乙名史さんの飛躍解釈により事なきを得た。

 だが、一息つく余裕は無い。俺は今、とてつもない不安に駆られているのだ.........

 

 

乙名史「いつも通りのレース関連のお話もしたい所ですが、今回は読者の方々の質問もありますので、そちらも混じえて聞かせてください!」

 

 

タキオン「構わないよ。どんな質問にも答えて見せようじゃないか」

 

 

桜木(タキオンんんんん.........お前のことだぁぁぁぁ.........!!!)

 

 

 妙な胸騒ぎがする。このアグネスタキオン。どうしてかは知らないがこの場でなにか爆弾的な何かを落とす気がする。

 まぁ、気の所為ならいい。俺の不幸によって鍛えられた嫌な予感センサーの誤作動であるならばそれでいいのだ。

 

 

乙名史「まずは、ミホノブルボンさん。見事無敗の二冠達成、おめでとうございます!」

 

 

ブルボン「ありがとうございます。これも全て、トレーニングを見てくれるマスターと、切磋琢磨出来るチームメンバーのおかげです」

 

 

乙名史「ライスシャワーさんも、惜しい所でした。結果は負けてしまいましたが、良いレースだったと思います!」

 

 

ライス「!えへへ、ありがとうございます.........!」

 

 

 .........やっぱり、この人は他の記者とは違う。インタビューが始まってまだ最初だが、 俺のその思いは改めて強まった。

 ブルボンがダービーを取った。それはまだ事実だから良い。だが、その華やかな結果だけを写し、他の努力を積んできた子を無視するような記者が多すぎる気がする。

 ただ、ろくでもない奴が多いと言うのはマックイーンの秋の天皇賞の時に身を持って理解した為、今更期待もしないが、それでも悲しいものである。

 

 

乙名史「そういえば、ライスさんは関東、特に東北方面では中々人気がありますが、何か理由をご存知でしょうか?」

 

 

ライス「あっ.........!お、お兄さま!しーっ、だよ?」

 

 

 ぐいっ、と俺の袖を引きながら、ライスは その人差し指を自分の口の前まで持っていく。どうやら、恥ずかしいから秘密にして欲しいらしい。

 だけど、俺はトレーナーだ。ウマ娘の為になるのなら、俺はどんなことだってやる!それが例え、ライスが恥ずかしいと思っている事だとしてもだ!!

 

 

桜木「.........実はですね。ここにある一本の動画がありまして.........」

 

 

ライス「わ、わー!!やめてよお兄さまー!!」

 

 

乙名史「は、拝見させて頂きますね.........!!」

 

 

 よっぽどそれを見られるのが嫌だったのか、手を伸ばして俺のスマホを取ろうとする。だけど少し身長が足りなかったな。ライス。俺がちょっと手を伸ばすともう届かないぞ?

 そんなライスの可愛らしい抵抗も虚しく、俺のスマホは乙名史さんへと渡される。動画は既にセットしている為、タップするだけで再生される。

 

 

ライス『スペシャルウィークさん!北海道の人って、話す時に[べや]って言うよね.........?』

 

 

スペ『はい!北海道弁です!』

 

 

ライス『ふふふ♪ライスね?最初は熊さんの事かと思ったんだー♪がおー!』

 

 

スペ『ああ![べあー]って事ですね!今まで全然気付きませんでした!』

 

 

桜木「これがバズりにバズって、今では東北のライスのファン名称は熊さんになってます」

 

 

 そう。たったこれだけの動画がバズったのだ。タキオンから急に送られてきたと思ったらこれだったから俺は正直昇天しかけた。因みにデジタルは今初めて見せたので塵になった。

 

 

乙名史「なるほど.........確かに、これはファンが増えても納得できます!」

 

 

ライス「うぅ.........恥ずかしい.........///」

 

 

桜木「まぁまぁ、ファンが増えるのは良い事だからな?ライス」

 

 

 その小さな両手で顔を覆ってしまったライスに優しく言い聞かせる。頭から湯気が出ているのが幻視してしまうほど可愛らしい仕草を見せてくれるが、これもトレーナーの務めだ。

 

 

乙名史「ではお二人に読者からの質問です。性格が正反対のお二人ですが、それとはまた違う性格の桜木トレーナーに振り回されて大変では無いですか.........という質問が来ています」

 

 

三人「え」

 

 

 え、え、何その質問。答えずらすぎじゃない?視線だけズラして二人の様子見てみたけど、明らかに困惑してますよ?

 い、いや。俺はトレーナー。彼女達の内に秘めた評価を聞き、それを改めるのも役目という物.........俺自身、常識がない部分が多々ある。きっと心底思う所があるだろう。全部、あいや、半分.........三分の一くらい真に受けて見ようじゃないか!

 俺は、打ち壊される前提で彼女達の話を聞こうと思った。だって仕方ないだろう?こんな周りを巻き込んでハプニングやトラブル起こすトレーナーなんて、もっとしっかりして欲しい以外の感想なんて出てきやしない。

 けれど、最初に口を開いたブルボンの様子からは、怒っていると言うよりも、なんというか、優しい気持ちが伝わってきた。

 

 

ブルボン「.........私は良く、表情の変化が乏しいと言われたり、機微がないと言われます」

 

 

ブルボン「トレセン学園に入ってからの私は、走る事以外には勉学以外の事をせず、友人と呼べる人達も居ませんでした」

 

 

ブルボン「ですが、マスターはそんな私に、『楽しい』という感情をその存在を持って教えてくれました」

 

 

 彼女が口を開いたと思ったら、突然シリアスチックな真面目な空気に様変わりする。まさかそんな事を言われると思っていなかったから、思わず泣いてしまいそうな程に衝撃を受けている。

 

 

ブルボン「確かに思う所はありますが、マスターが楽しんでいる姿を見ていると、私も安心して楽しめるんです」

 

 

ライス「ら、ライスもそう、かな?」

 

 

ライス「いつも大変な目にあってて、可哀想って思うんだけど、おに.........トレーナーさんはそれでも、楽しそうにしてるの」

 

 

ライス「そんなトレーナーさんを見てると、ライスもなんだか、何でも楽しめる気持ちになるんだ.........!」

 

 

 彼女も、俺に不平不満を言う事はなく、その心全部で俺の事を肯定してくれる。正直、涙が出そうになった.........こんな子達がチームになってくれて、本当に良かった.........!

 

 

乙名史「素晴らしいです.........!桜木トレーナーの良い影響を皆さん受けているのですね!」

 

 

桜木「い、良い影響だなんて!俺はいつも、こんな大人にならないか心配で.........」

 

 

全員「それは無い!!!」

 

 

桜木「あ、あはは.........」

 

 

 思いっきり否定されてしまった。まぁ、こんな滅茶苦茶な大人なんて探そうとしてもそうそう見つからない自信はある。俺個人としては普通なのだが、トラブルやハプニング、そしてあのゴミカス(控えめ表現)共が居ると混沌を極めてしまう。

 そうしている内に、インタビューは次第に、デビュー戦を終えたタキオンとウララの話へと移っていく。

 

 

乙名史「ではここからは先日、デビュー戦を終えたアグネスタキオンさん、そしてハルウララさんにインタビューをしていきたいと思います」

 

 

ウララ「よろしくお願いしまーす!!」

 

 

タキオン「お手柔らかに頼むよ」

 

 

 俺がお手柔らかにお頼みしたいのはお前の方なんだが.........なんて口が裂けても言えない。後で拗ねられても手に負えないからだ。

 とにかく、爆弾発言だけは避けてもらいたい.........

 

 

乙名史「ではお二人にまず、レース直前、桜木トレーナーからなんと声をかけられましたか?」

 

 

桜木「.........質問が随分と具体的ですね」

 

 

乙名史「ええ!貴方のレース前の言葉!とても好評なんです!!次はどのような言葉を掛けるのかを楽しみにしてる人もいるんですから!」

 

 

桜木「えぇ.........?」

 

 

 どうやら、毎度デビュー戦恒例の声掛けが好評らしい。俺自身、新たな門出である為、本人と同じように期待している事を伝えているだけなのだが.........

 まぁ、そんな青臭いパフォーマンスも喜ばれると言うのは身を持って知っている。日本人男性はいつも男子心を持ち合わせている。突っ走る様な勢いのある青さが皆大好物なのだ。

 

 

ウララ「えっとねー!!トレーナーが走る前に言ってくれた事はねー!!」ブンブン!

 

 

桜木「う、うん。思い出すのは良いけど、一旦落ち着こうな.........?」

 

 

 腕をぶんぶんと音が出る程の勢いで振るウララ。何がそこまで楽しいのか、はたまた嬉しいのかは分からない。

 だが、彼女にとっては良い思い出なのだろう。そんな楽しげな感情を引連れたまま、彼女は嬉しそうに話してくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ウララ「デービユー♪デービユー♪」

 

 

 あのねあのね!!走る前の、チカバドウ?だっけ!!あそこでね!!わたしもう走りたくて仕方が無かったんだー!!

 走りたくて走りたくて、うずうずーって感じなの!!学園で皆と走ってた時と違って、こう.........ふいんき?が違ったの!!

 

 

桜木「ウララ」

 

 

ウララ「!!なになにトレーナー!!」

 

 

 それでねそれでね?トレーナーがゆっくり、ウララの名前を呼んでくれたんだー♪ウララと遊んでる時もたまにこういう風に呼んでくれるの!!

 でもね?トレーナーがウララの肩に手を置いた時に思ったんだ!いつものトレーナーじゃない!って!

 優しいんだけど、優しくない?そんな感じ!!だからちょっとびっくりしちゃった!!

 

 

桜木「楽しみか?」

 

 

ウララ「!うん!!ウララ!!皆といーっぱい走りたいんだー♪」

 

 

桜木「.........そうか、ウララが楽しんでくれるなら、あまりアドバイスとか緊張解しとかは、返って邪魔になるな」

 

 

 トレーナーはたまに、難しいお話をする時もあるけど、ウララ頑張って聞いてるの!!でも、レースの前はしてこなかったんだー!!

 それでね?トレーナーはウララの肩に手を置いたまま、ゆっくりしゃがみこんだの!!ウララと同じくらいの大きさになってくれたんだよ?

 でねでね!!トレーナー、どんなお話してくれるのかなー♪って楽しみにしてたの!!ワクワクがだんだんいっぱい広がってくのがわかったんだー♪

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「楽しんでこい、ウララ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前の楽しそうな話、待ってる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ウララ「.........!」

 

 

 その時、わたし初めて思ったの。レースで力いっぱい走るのも楽しいけど、トレーナーにそれを見てもらいたいって!!

 それでそれで!!わたしのレースしてる時の話!!たーっくさん聞いて欲しいって思ったの!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ウララ「それでねそれでね!!レースで1着になったからー♪トレーナーその後、ご飯屋さんに連れてってくれたんだー♪」

 

 

桜木「次も期待してるからな、ウララ」

 

 

ウララ「うん!!」

 

 

 その時の事を思い出しているのだろう。ウララはしっぽを嬉しそうに振りながら可愛く笑っている。思わず頭を撫でてしまったが、問題は無いだろう。

 

 

乙名史「素晴らしいです.........!ウララさんの性格を読み、楽しむ事を決して邪魔しないお言葉.........!!それが彼女にとって最も走る理由になると熟知した上でのアドバイスや緊張解きを敢えてしない姿勢!!感服致しました.........!!!」

 

 

 メモにペンを走らせながら、徐々に息巻き、ついには立ち上がって天を仰ぐような仕草をする乙名史さんに、俺を含めたチーム全員は苦笑いをする。

 彼女はそこから何事も無かったかのように席に座り直し、今度はタキオンの方へと振り向く。

 

 

乙名史「では今度は、アグネスタキオンさんのお話をお聞かせ願えますか?」

 

 

タキオン「そうだねぇ。まぁ、トレーナーくんの言葉も印象に残ってはいるが.........」

 

 

 そう言いながら、タキオンはチラリと俺の方に視線を流して来た。恐らく、思っている事は同じだろう。

 あの日、タキオンのデビューと同等の大きな出来事が、起こったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「後は.........タキオンだけかぁ〜」ノビー

 

 

タキオン「随分気が抜けてるじゃないか。ここで負けてしまう可能性も、万に一つくらいはあると言うのに」

 

 

 私のレースが始まる直前。地下バ道で彼は隣でその身体を気持ちよさそうに伸ばした。ここが日常ならきっと、間抜けなあくびもその行為にオプションとして追加されていただろう。

 

 

桜木「お前が負ける?ないない、お前自身がそう思ってねぇのに、俺が心配する必要なんて無いだろ?」

 

 

タキオン「.........全く、お陰で余計に負けられなくなったよ」

 

 

 どこまでも破天荒、どこまでも向こう見ず、そして、どこまでも愚直。だから、成長した分を疑わず、そのまま先に進む事が出来る。以前の彼であったなら、きっと心配であたふたしていた所だろう。

 しかし、このお陰で心配事は一つ減った訳だ。マックイーンくんの時の様に慌てふためく事は無いだろう。そう思い、私は静かに笑った。

 

 

 その時だった。

 

 

「流石に、今回のデビュー戦は易々と勝てねぇと思うぜ?」

 

 

桜木「あ.........?」

 

 

タキオン「おや.........?」

 

 

 背後からの突然の声。それは明らかに、私達二人に話しかけているものだと感じた。彼と同じタイミングで、その声に振り返る。

 そこには、私達にとって、見知った顔がそこにあった。

 

 

タキオン「君は.........!!?」

 

 

桜木「な、何でここに居んだよ.........!!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「創!!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

神威「なんでって、これ見りゃ分かんだろ?」

 

 

タキオン「それは.........なるほど、おめでとう、といった所かな?」

 

 

 目の前で不思議そうな顔をして、片手にはパンフレットを、もう片方の手はその襟に付けた光り輝くバッジを見せつけるように服を掴む司書くん。私は以前から、彼の動向については知っていた為、驚きは直ぐに納得へと変わっていった。

 だが、彼らの悪い所は自分の事を人に言わない事だ。トレーナーくんは私が納得までに至った根拠を知らない。彼は司書くんが付けたバッジを間近で凝視し、疑いの目を向けている。

 

 

桜木「お前.........嘘つきは泥棒の始まりっつうけど、本当に泥棒になんなよ.........」

 

 

神威「盗んどらんわ!!!こちとら真面目にせこせこ図書室司書しながらトレーナーの勉強してたんじゃ!!!」

 

 

桜木「トレーナーってよぉ、第一。見た限りお前そんなスカウトとかしてねぇじゃん。担当はどこだよ担当は?トレーナーになったからってレースに走れる訳じゃねぇんだぞ?種族変えてから出直せ?な?」ポンポン

 

 

神威「本当.........人をイラつかせるのが上手い奴だ.........」ピキピキ

 

 

 可哀想なものを見る目で司書くんの肩を叩くトレーナーくん。知らないと言う事は人を滑稽にするものだと思っていたが、まさかこれほどまでに酷いものだとは思っていなかった。私も気をつけよう。

 そう思っていると、司書くんの袖をグイッと引っ張る存在が現れる。その存在も、私がよく知る一人のウマ娘であった。

 

 

カフェ「何をしてるんですか......レースが始まりますよ.........?」

 

 

神威「.........ん!!!」

 

 

 そのカフェの存在に硬直する二人。司書くんも驚き固まっていたが、トレーナーくんより先に硬直が解け、その掌で指し示すようにカフェの存在を誇示する。

 

 

桜木「え、え、マジで言ってる?」

 

 

神威「あぁ〜あ、ひっさびさに黒帯の実力を試したくなってきたなぁ〜.........?」ポキポキ

 

 

桜木「へいへいへーい!!俺達地球人!!皆友達!!!」

 

 

 流石空手段位黒帯に達している司書くんだ。圧力も半端なものでは無い。トレーナーくんは如何に自分の正中線を守り抜くかという思考に移ってしまっている。

 まぁ、このノリもいつもの彼らの物で、司書くんも慣れっこだ。彼はトレーナーくんを解放するように手で追い払うようにして彼を遠ざけると、トレーナーくんは難を逃れたように息を吐いた。

 

 

桜木「ふぅ、死ぬかと思ったぜ.........」

 

 

タキオン「友人だからと言って、そんな煽りを毎回の様にしてたらそれはそうなるだろう?」

 

 

桜木「俺は煽らなきゃ生きて行けねぇ」

 

 

タキオン「せめて君の親友だけにしておいてくれたまえよ?」

 

 

 はぁ、とため息をつけながら、彼にそう忠告する。職業柄ストレスを貯めやすい為、こういった所で発散出来るのなら発散するべきだ。命を脅かさない程度にだが.........

 そうこうしているうちに、入場のアナウンスが耳に入る。どうやらそろそろ時間らしい。

 

 

タキオン「それじゃあ行ってくるよ、トレ―――「待て」.........?」

 

 

桜木「お前にとって新しい舞台だ。そこに立つには、相応しい始まりが必要だろう?」

 

 

 彼は私の肩に手を置いて、そう言った。その顔は、いや、正確には目だが。最初に見た時と同じように、私は狂っていると思った。

 .........だが、それはきっと、私が狂っているからだろう。自分を基準にして物を考えれば、大抵のものには狂気が篭っている。そう考えれば、彼は世間一般で見れば、[普通]の枠組みから外れることは無い。

 けれど、私はそれでも彼は[狂っている]と思う。この世界のどこに、一人ならいざ知らず、可能性だけを秘め、それを表に出さなかった者を五人も集めてチームを作るトレーナーなんてどこにいると言うんだい?

 

 

桜木「お前の信じている物、お前を疑っている者。全部ひっくるめて来い。その走りで―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「魅せつけて来い。タキオン」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

速度(スピード)を超えた先を、俺は待ってる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

タキオン「.........君って奴は、前から思っていた事だが、見かけによらずロマンチストだねぇ」

 

 

 彼の口から出てきた言葉に、思わず笑ってしまった。別に、それが特段面白かった訳では無い。ただ、その言葉にあまりにもこの身体が反応を示してしまった自分に笑っただけだ。

 あの日。退学勧告を受け、私が生徒会長と併走をしたあの時。彼の目の色を狂っていると言った。そして、それを彼は完全に否定することはせず、[深くなった]だけと言った。

 その深さが深まる程、彼はきっと、私達を信じている事になる。今はそう、私は結論付けた。

 

 

桜木「ダメか?」

 

 

タキオン「ダメなものか、こうして君にそう言われる立場になって分かったよ。言葉の[重み]ってやつがね」

 

 

 気分が高揚する。この表現がしっくり来るだろう。たった一つの言葉だけで、私は現に、今までに無い好奇心が駆り立てられている。

 人を乗せるのが上手いとよく言われる彼だが、こうしてこの身に実感すると、それが良く分かる。

 

 

カフェ「.........私には無いんですか?」

 

 

神威「えぇ.........俺恥ずかしいからパスしたいんだけど」

 

 

カフェ「.........意気地無し」

 

 

桜木「そうだぞ創ぇ〜?これくらいのパフォーマンス、トレーナーたるもの士気を上げる為に.........ん?」

 

 

 またからかうように司書くんに近付くトレーナーくんであったが、その彼が手に持っているパンフレットに目を移す。

 何事かと思い、不安になりながらもその様子を見ていると、トレーナーくんは彼の手からパンフレットを奪い取り、一部分を凝視した。

 

 

桜木「.........創」ダラダラ

 

 

神威「.........なに?」ダラダラ

 

 

桜木「お前のレース.........来週だぞ.........」

 

 

カフェ「え」

 

 

タキオン「.........ぷふっ、アッハッハッハッハッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

タキオン「いやぁ〜、あの時笑いすぎたせいで、負けるかと思ったねぇ」

 

 

桜木「嘘つけ、ぶっちぎりだったじゃねぇか.........あんなデビュー戦初めて見たぞ.........」

 

 

 目の前でひょうひょうとうそぶくようにそんな事を言うが、実際タキオンのレースは凄かった。デビュー前の運営に送るデータではあまり良い物が取れなかった為、それはを元にした人気は三番人気であったが、どうやら本番で調子を取り戻してくれたらしい。

 だが、これで肩の荷が降りた.........結局振り返ってみれば、爆弾発言などなかった。無事にインタビューは終わってくれるのだ.........

 

 

乙名史「素晴らしいお言葉に素晴らしいレース.........!!そしてライバルの登場.........!!これからの桜木トレーナーの邁進、行く末が楽しみです!!」

 

 

乙名史「あ、お話は変わりますが、読者の方からの質問に、休日はどのように過ごすのかという質問がお二人に来ております!ご回答お願いできますか?」

 

 

 休日?休日か.........ウララはきっと、皆で遊んだりして過ごしているのだろう。そんな様子が見て取れる。タキオンは.........

 待て、コイツのプライベートなんも分かんねぇぞ?まさか爆弾ってこれか!!?クソァ!!!こんな事になるなら爆弾解除しときゃあ良かった!!!いつからこの世界はときメモ方式になっちまったんだ!!?

 

 

桜木(タキオンっ!)

 

 

タキオン(?)

 

 

桜木(喋るな!!!)

 

 

タキオン(.........♪)ニヤリ

 

 

桜木()

 

 

 終わった。何が終わったかは知らないが、とにかく何かが終わった。乙名史さんはウララの話を聞き、嬉しそうにペンを走らせている。

 あぁ.........その目をタキオンに向けないでくれ.........その質問をこいつにしないでくれ.........なんかもう、嫌な予感がする.........

 

 

乙名史「ではタキオンさんも、休日の過ごし方を教えてください」

 

 

タキオン「そうだねぇ.........」フゥン

 

 

 やめろぉぉぉぉ!!!どうせ人体実験とかしてんだろぉぉぉぉ!!!国で禁止されてるみたいな人体錬なんちゃらとか!!!人語を理解し話すキメなんちゃらとか作っちゃってんだろぉぉぉ!!?

 

 

タキオン「実験だねぇ」

 

 

桜木(終わった.........)

 

 

乙名史「なるほど.........因みにどのような?」

 

 

タキオン「最近は感情がウマ娘の走りに対してどのように作用し、相乗効果をもたらすかを研究しているのさ。この前は.........映画を見に行ったねぇ」

 

 

桜木(.........お?)

 

 

 話を聞いてみるに、どうやら俺の考えていたようなことでは無かったらしい.........良かった。ここで素直に自分のトレーナーで実験薬の治験してます!なんて言った日には印象が最悪になる。下手すりゃ警察の出番だ。流石にそれは何とか避けたい。

 だが、蓋を開けてみればなんてこと無かった。彼女も普通のウマ娘だったという訳だ。マッドサイエンティストだの目が濁ってるだの散々言われてきたが(俺に)プライベートは普通だった訳だ。

 

 

乙名史「ふむふむ、それは誰かとご一緒に?」

 

 

タキオン「あぁ、黒津木くんとだ」

 

 

桜木「え」

 

 

タキオン「先週も先々週も彼と出かけたねぇ。海外暮らしをしていた経験もあって、知識も豊富で退屈しないよ」

 

 

乙名史「.........」

 

 

 その言葉一つで空気が一変する。乙名史さんもペンをスラスラと走らせていたが、それがぎこちなくなり、やがて動きを止めてしまった。

 .........いやいや、そんなわけないだろう?だってあの、チキンで通ってるような男だぞ?黒津木という男は。確かに顔はイケメンの部類で俺達の中で一番整ってはいるが、性格はアレだぞ?

 それに腐ってもこの学園の教員だ。そんなことある訳が無い

 

 

乙名史「その.........タキオンさんは黒津木さんとは、お付き合いをしている関係.........なのですか?」

 

 

桜木「そ、そんな訳ないよなぁ!!?タキオン!!?」

 

 

タキオン「アッハッハッハッ!何をそんな慌てふためいているんだいトレーナーくん?確かに世間一般で考えれば、休日にそのようなことをしていれば恋愛関係にあると言ってもおかしくは無いが.........」

 

 

 その言葉を聞いて、俺はほっと一息を着いた。そうだよな、いくらなんでもそれは有り得ん。一人の人間、一人の男だとはいえ、流石にモラルに反する事はしない。

 それに、あの理論詰めしてくるタキオンが否定に入ったのだ。これは安心して良いだろう。俺はそう思い、浅く座っていた椅子を深めに座り直そうとした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まぁそうなるねぇ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「」ドンガラガッシャーン!!!

 

 

全員「えぇぇぇぇぇ!!!??」

 

 

 思わずそのまま地面に尻もちを着いてしまった。というか椅子が壊れた。椅子の脚が一本ぽっきりお逝きになられた。ご逝去されてしまったのだ。

 .........いやいやいやいや、いやいやいやいや!!!ありえないでしょ!!?だって、仮にも教員よ!!?なにしてんのアイツは!!?

 

 

乙名史「こ、告白は一体どちらから!!?」

 

 

タキオン「そんなものないよ。気が付いたらそういう関係になっててね。確認したら「そうかも」、って返ってきただけさ」

 

 

桜木「お、おっとなぁ.........」

 

 

 ごめん。割と大人な恋愛関係だったみたいだ.........だったら言うことは無い。成り行きでそうなってしまったなら仕方ない。どちらかがアクションを働いたのなら問題だが、流れでそうなったならどうしようも無い。川の流れは自然の内は止めることは出来ないものだ。

 だが、これで予感は当たってしまった.........次回の雑誌にはきっとスキャンダルみたいな記事が出来上がってしまっている事だろう。

 最悪だ。こんな事なら非人道的な人体実験してる方がまだキャラ立ての面で言い訳効くから楽だったのに.........

 

 

桜木「.........」ブツブツ

 

 

マック「ち、因みにその、恋人らしい事は何を.........?」

 

 

タキオン「.........?どういう事だい?」

 

 

マック「そ、その。手を繋いだり、とか.........き、きき、キス.........とか.........///」キャー

 

 

 結局。その後のインタビューはタキオンに対する色恋の話へと移り変わっていった。俺はファンからの怒りの矛先の行く末に気が気で無くなったのと、黒津木の野郎に先越されたショックで、意識を手放したのであった.........

 

 

 

 

 

  ......To be continued

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 おまけ

 

 

 

 

 

タキオン「時に黒津木くん」

 

 

黒津木「んお?なんすか?」

 

 

 俺の家のソファーは全て私の物だ。と言うように身体を投げ出し、今週発売されたレース雑誌に読みふけていたタキオンが突然、俺に話を振ってきた。

 一体何なのだろう?そして出来ることなら足を退けて欲しい。俺も座ってるんだぞ。俺の太ももは君の足置きではない。

 

 

タキオン「世間一般では、私達はどうやら付き合っているという判定らしい」

 

 

黒津木「.........マジ?」

 

 

タキオン「大マジだよ」

 

 

 そういうタキオンの表情は、よく分からない。雑誌で顔全体を隠すようにして居るのか、はたまた偶然そのようになっているのかは分からない。

 だが、せめて紅茶を飲みたいならちゃんとそっちに視線を向けた方がいいのと寝っ転がって居ないで欲しい。こぼすぞ。

 

 

タキオン「考えても見たまえよ。休日は一緒にどこかに出かけるか、こうして君の家に来ているんだ。そうじゃないのかい?」

 

 

黒津木「.........ふむ」

 

 

 さて、どうしたものか。ここで肯定したならば、俺はめでたく教員生活卒業、そして晴れて世界の全てに感謝を告げたくなる規則正しい獄中生活が待っているかもしれない。

 

 

タキオン「いや、違うなら違うと言ってくれたまえ。私もデビューを果たす身だ。そろそろ身の振り方もきちんとしておかなければと思ってね.........」

 

 

黒津木「デビュー.........デビューかぁ」

 

 

 そういえば、そろそろそんな時期になってしまうか.........一時は事態も事態だったため、自らその道を断ったが、ようやく彼女が、その実力を人々の目にお披露目できる様になる。

 そう思うとなんだか.........いや、うん。覚悟くらい決めた方が良いよな。それがお互いにとって良い事だ。

 

 

黒津木「.........分かった。なぁタキオン」

 

 

タキオン「っ.........」ピク

 

 

 俺が彼女の名前を呼ぶと、雑誌からはみ出たその耳が微かに反応を見せる。心做しか、少し静かな気がする。雰囲気と言うか、彼女の思考というか、いつもの彼女では無い。

 もしかして、怖いのだろうか?答えを聞く事が?答えがあるのならば、それを求めずには居られない性を持つ研究者である彼女が?

 勝手な想像だ。だけど、そう思うと尚更、この気持ちを伝えたくなった。

 

 

黒津木「.........このままで良いさ」

 

 

タキオン「っ!そ、それって.........」

 

 

黒津木「ああ、これからもよろしくな」

 

 

タキオン「.........うん、ふふ」

 

 

黒津木「あっ、でも公にするなよ?一応俺学園の関係者なんだから。保健室使ってくれる生徒減る可能性あるし.........」

 

 

 そう釘を刺すと、彼女は分かっているよ、と言った。その耳はいつもよりパタパタと忙しなく動いており、なんだかとても可愛く思えた。

 そして数週間後。何故か発売された雑誌には俺とタキオンの事が掲載されており、この関係性が白昼の元に晒された。理事長のお叱りも勿論。今までで一番の大目玉であったのだった.........

 

 

 

 

 

  ......To be continued





神威創が急にトレーナーになったみたいで着いていけてない方もいるかもしれませんが、現在pixivにて連載されている僕の友人が書いている外伝の内容によるものです。気になった方は是非ご覧下さい
https://www.pixiv.net/novel/series/7779335


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T「海外研修生のホームステイ先にいくぞ!」マック「この展開、どこかで......?」

 

 

 

 

 

 七月。世間は既にサマーシーズン。海や山に遊びに行く事を国家レベルで推奨されるこの季節。残念ながら道北生まれのトレーナーである俺にとって、この暑さは体感出来る死以外の何物でもない。

 だが、それでも楽しみはある。それは何かと言うと.........

 

 

桜木「そういやニコ。お前寮に入ってないらしいけど、どこに寝泊まりしてんの?」

 

 

ニコロ「ホームステイだ。飲食店を経営してる家で、出てくる飯も美味い」

 

 

桜木「はえー.........遊びに行ってもいい?」

 

 

ニコロ「ああ、事前に連絡をしておけば大丈夫だろう」

 

 

 というような具合でトントン拍子で話が進んで行き、週末にはメンバーを揃えて、コイツのホームステイ先に行く事になった。

 

 

テイオー「ね、ねぇ?やっぱりやめにしない?どうするのさ〜!!こ、殺し屋の.........アジトダッタラ.........」

 

 

ゴルシ「あーんしんしろってテイオー!!殺し屋の一人や二人!!おっちゃんが何とかしてくれっからよ!!」

 

 

 いや、流石に二人は無理だ。あの時は意表を突くようなやり方が運良く何度も通っただけに過ぎない。

 なんて、そんな事を思いながら、休日の街中を集団で闊歩する。目の前には以前大々的にその関係を白日の元に晒された黒津木とタキオン。そしてそれをからかうようにしてちょっかいを掛けるバカ二人。そして何やらタキオンにこちらに聞こえないように何かを聞いているマックイーンが居た。

 

 

桜木「えーっと、確かこの辺で.........おっ、おーいニコーーー」

 

 

ニコロ「.........全く、うるさい奴だ」

 

 

桜木「お生憎様、声の大きさだけが自信の男だ」

 

 

 携帯を確認し、ニコロが待っていると言った場所に視線を向けると、そこには静かに柱に対して背を預けている奴が居た。

 会話も交わさず、俺達を目視で確認した後、黙って先導するように前へと歩いて行く。

 

 

桜木「.........ったく、少しくらい愛想良くしろよな。トレーナーだぞ?」

 

 

ゴルシ「けどよ、愛想良いヒットマンなんて恐怖以外の何物でもないだろ」

 

 

テイオー「う、うん.........ニコニコ笑いながらもし、銃とかパンってしてきたら.........ピェ」

 

 

 うわ、何それ怖。なんでそんな悪魔みたいなこと思いつくの君?そしてなんで自分で考えて自分で怖がってんの?可愛いやつだな。

 まぁしかし、考えすぎで美味しいご飯も喉を通らなくなったら可哀想だ。ここは話題を変えよう。

 

 

桜木「なぁテイオー。足の調子はどうだ?」

 

 

テイオー「え?うん。普通に歩く分には問題ないよ。走ったり、負荷を掛けたらダメだけどね」

 

 

桜木「それにしても、不思議なもんだよなぁ。見た目は全快してるように見えても、走れないなんてなぁ?」

 

 

ゴルシ「ウマ娘の身体は確かに、おっちゃん達人間より早く走れるし、力もあっけどよー。コケたら膝擦りむけるし、車に当たったら死んじまうんだ。脆さは一緒くらいなんだぞ?」

 

 

 頭の後ろで手を組みながら、ゴールドシップは面倒くさそうに言葉を発した。確かに、人より卓越した力を持っているのに、耐久力は人並み。おいそれと力を使えば怪我をするなんて、面倒臭いにも程がある。

 

 

桜木「.........はぁぁ、神様ってのはなんで、こうも自分の造形物に弱点ってのを付けたがるんかねぇ」

 

 

 目の前を歩く集団。その一人であるマックイーンに視線を向け、不貞腐れるようにそう呟いた。別に、怪我をした彼女を責めている訳では無い。ただ、それをケアしたり、助ける事が出来ない自分に、腐っているだけだ。

 話題を変えようとしたら、自分の気分が若干沈んだ。まるでミイラ取りがミイラになった様な気分を味わいながらも、俺達は奴の先導の元、奴のホームステイ先へと進んで行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「.........何だか、この通り。いえ、この展開、知っている気がします」

 

 

タキオン「.........奇遇だね。私もだ」

 

 

 海外研修生のニコロさんを先頭に形成された集団ですが、どうやらその事に気付いているのは私達二人だけの様でした。テイオー以外は気付く筈なのですが、皆さん、談笑に夢中になってしまっているようです。

 

 

マック「ま、まぁそんなことそうそうありませんわね.........きっと」

 

 

タキオン「そうともさ、そこまで世間は狭くないよ.........多分」

 

 

 足を進める事に、街の景色は妙に見慣れて行きます。あの道を曲がり、突き当たりまで進み、左を向いて信号を渡ってしまえばそれこそ直ぐに.........

 

 

二人「あっ」

 

 

ニコロ「ここだ」

 

 

桜木「.........ヒョエ?」

 

 

全員「.........」ダラダラ

 

 

テイオー「?」

 

 

 目の前にある飲食店。そこが目的地だと言うのは、目の前に立つニコロさんの表情と雰囲気で分かります。分かってしまいます。

 そこは商店街よりも賑やかな街中で、そのお店は庶民的な風貌をした建物の飲食店.........

 ええ、そのまさかです。まさかがあってしまったのです.........

 

 

テイオー「ねぇねぇ!!入らないの?ボクもうお腹ペコペコだよ〜.........スンスン、ほら!!カレーのいい匂いもするよー?」

 

 

桜木「っ!!!」ダッ!!!

 

 

全員「え!!?」

 

 

 皆が手をこまねいて立ちすくみ、テイオーが来店を催促していたその時、突然トレーナーさんは店の方へと駆け出しました。その表情は鬼気迫る、という表現が正しいと思います。

 そして、その勢いのまま、その店のドアを大きな音を立てて開けました。

 

 

桜木「何やってんだ姉貴ィィィィィッッ!!!」

 

 

美依奈「!!?」

 

 

 ドアを開け放ち、その姿を店の中の人全員に見せながら、彼は叫びました。そう、その店は正に、彼のお姉さんが切り盛りしている飲食店だったのです。

 店のカウンター内で驚きつつも、徐々に冷静さを取り戻し、沈黙を保つ美依奈さん。その無表情のまま、彼女はカウンターから出て、彼へと近づいて行きます。

 

 

美依奈「.........何やってんだはこっちのセリフじゃァァァァワレェェェェッッッ!!!!!」

 

 

桜木「グエッ!!?」

 

 

美依奈「アンタ海外行ってたんだってェ!!?事の顛末をあたしに言わない所か、一年以上連絡も顔も寄越さないのはどういう了見じゃコルァァァァ!!!!!」

 

 

マック(あっ、そこで情報が止まってますのね.........)

 

 

 どうやらトレーナーさんのお姉さんは、彼がこの日本を去った情報から何も更新されておらず、その怒りをぶつけるように彼の首を絞めあげていました。

 

 

美依奈「こっちはねェ!!!アンタが何も言わずにフラっと帰ってきて!!!心底腹が立ってたのよあたしゃ!!!一体!!!どれほど今日という日を待ち望んでいた事か.........!!!」

 

 

桜木「ギブ.........っ、ギブギブギブギブ!!?」

 

 

美依奈「知るかァァァァ!!!」ギチギチギチ

 

 

テイオー「ね、ねぇ?これどういう状況.........?」

 

 

 首を絞め挙げられ、遂には泡まで吹き始めたトレーナーさん。正直この事に関しては自業自得なので、止める気はありませんが、事情は説明した方が良いと思われます。テイオーの為にも、美依奈さんの為にも.........

 

 

マック「とにかく、説明しましょう.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

美依奈「へぇ、そんな事があったのねぇ。テイオーちゃんも大変だったわね」

 

 

テイオー「う、うん.........」

 

 

 ボクの目の前にカレーを置いて、サブトレーナーのお姉さんはニコリと笑いかけた。でも、さっきのやり取りが印象に残ってるせいで、ボク。ちょっと怖いかも.........

 

 

美依奈「あはは、ごめんなさいね?今のアイツにはアレくらいしないと、自分責めちゃいそうだからさ」

 

 

マック「自分を.........?」

 

 

 そのマックイーンの言葉に対して、ボク達全員は、ソファーの上に気絶しているサブトレーナーの方を見た。さっきまで凄い剣幕で気絶してたけど、今は普通に寝てるみたいな顔をしてる。

 

 

美依奈「昔っから、自分だけに厳しくてね。それが自分に対する期待なのか、それとも自分が嫌いなのか分かんないけど、ああでもしないと自分で自分を傷付けちゃうのよ」

 

 

白銀「.........まぁ、俺達に付き合ってる時点で、滅茶苦茶優しいのは分かってたけどよ」

 

 

 頬杖を着きながら、白銀はどこかふてぶてしそうに言った。そのイライラがなんか、サブトレーナーに向いているのは分かっちゃったけど、それがなんでかは分からなかった。

 

 

美依奈「.........さぁっ、湿っぽい話は終わり!!これからは楽しい話をしましょう?例えば.........」

 

 

マック「.........?私に何か.........?」

 

 

美依奈「.........マックイーンちゃんの恋の進展とか♪」

 

 

マック「!!!??」ボンッ

 

 

 じーっとカレーを食べるマックイーンの顔を見た後、美依奈さんは楽しそうにそう言ったんだ。

 でも!ボクも気になるかも!!いまマックイーンがサブトレーナーとどんな感じなのか、ボク達知らないし!!!

 

 

マック「し、進展なんて!!そそそ、そんなもの.........まだ、何も.........」シュン

 

 

タキオン「.........どちらも奥手だと、大変だねぇ」

 

 

黒津木「俺達みたいに大人っぽい訳でもないし.........やっぱ告白ありきだよなぁ、そうなると」

 

 

マック「.........うぅ」

 

 

 告白って言葉を聞いて、マックイーンは顔を伏せちゃった。やっぱり恥ずかしいんだと思う。ボク、まだそういうの分かんないけど、もし好きな人が出来て、好きって伝えるってなったら、きっと凄い恥ずかしいとおもうなぁー。

 そんな事を考えてると、保健室のセンセーとタキオンに、美依奈さんは熱い視線を浴びせてる事に気が付いた。

 

 

美依奈「なになに貴方達〜!!もしかしてアベック〜!!?」

 

 

タキオン「まぁそうなるね」

 

 

マック「あ、アベック.........?」

 

 

ゴルシ「ゴクン.........男女の二人づれ、要するにカップルってことだぜ!!マックちゃん!!」

 

 

 へー。そうだったんだ。でもそれなら普通にカップルって言ってくれた方が伝わるよね。絶対。

 でも、本当にゴルシってなんでも知ってるよねー。びっくりしちゃうくらいにさー!!

 

 

美依奈「カップルさんには限定デザートあるよー!!はいッ、抹茶パフェかモンブラン、どちらか選んでねー!!」

 

 

黒津木「うわ、微妙な二択ゥ〜.........」

 

 

白銀「俺も食いたい」

 

 

ゴルシ「一人で食ってろよ」

 

 

美依奈「相手は居るの?」

 

 

白銀「隣に居るかもしれないし居ないかもしれない」

 

 

 う〜ん、一応あってはいるんだよね。その表現。白銀、ゴルシに告白したけど返事は貰ってないらしいから、恋人と言えば恋人だし、そうじゃないって言ったらそうじゃない.........うぅ、頭がこんがらがってきちゃったよ〜.........

 

 

マック「.........そもそも、彼の心境の変化があまり見られないのです。これでは進展してるかどうかなんて.........」

 

 

美依奈「.........よっし!!ここはお姉さんが一肌脱ぐとしますか!!!」

 

 

全員「.........え?」

 

 

 そう言って、カウンター内にいる美依奈さんは力強く、自分の腕を見せるように袖を巻くって見せてきた。なんかこう言う突拍子もない行動力って言うのかな?サブトレーナーにそっくりだと思う!

 

 

美依奈「.........けどその前に、マックイーンちゃんがアイツの事どう思ってるか聞かせてくれる?」

 

 

マック「い、今この場でですの!!?」

 

 

 大きな声を出して、マックイーンはカウンターに両手を着いて立ち上がった。それから周りのボク達の視線に気付いて座った後、しばらくモジモジしてたんだけど、決心したみたいに、その顔をキリッとさせた。

 

 

マック「.........好きです」

 

 

マック「時折感じる兄らしさに対する親愛ではなく」

 

 

マック「関わりやすい、話しやすい友愛でもなく」

 

 

マック「一人の、素敵な.........この世にたった一人の異性として、好き、なんです.........」カァァァ

 

 

 そう行ってる間に、マックイーンはまた顔を赤くさせちゃった。皆でしばらく見てたら、両手で顔を隠し始めた。ボクから見てもこんなに可愛いのに、なんでサブトレーナーは勇気出さないんだろ〜?不思議だな〜。

 

 

美依奈「うふふ、嬉しいわ〜♪こんな可愛い子がもしかしたら、[妹]になるかもしれないって考えると♪」

 

 

マック「なっ、い、いも.........///」

 

 

美依奈「さぁさぁ!恥ずかしがってる暇はないわ!!マックイーンちゃんは一旦外に出て貰って、アイツの話を聞かないと!!!」

 

 

 恥ずかしがるマックイーンの背中を押して、店の外へと出していく美依奈さん。こ、これからどうなっちゃうんだろう.........!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「.........んあ?」

 

 

神威「お、目ぇ覚ましたぞ」

 

 

 賑やかな声の数々が徐々に音の輪郭を形成し、現実世界へと連れ戻してくる。起き上がってみると、喉に空気が通って咳き込む。

 強く締めすぎだろ.........泡吹いて倒れるなんざ初めて経験したぞ.........俺はそう思い、喉を擦りながらカウンターへ座った。

 

 

桜木「.........あれ、マックイーンは?」

 

 

ゴルシ「アタシがマックイーンのカレーにわさび入れたら怒って出てっちまった」

 

 

桜木「そりゃそうだよ!!!なんで誰も止めなかったの!!?」

 

 

美依奈「いや、突然なんの前触れもなくそんな事されたら身体固まっちゃって」

 

 

 その情景を頭の中で思い浮かべてみる。どこからともなく取り出したわさびチューブを突然、マックイーンのカレーに入れ始めるゴールドシップ.........うん。急にやられたら止められねぇな。これは言った俺が悪いわ。だけど.........

 

 

桜木「飯、粗末に扱うんじゃねぇぞ」キッ

 

 

ゴルシ「お、おう.........」

 

 

全員(ごめんね、ゴールドシップ.........)

 

 

 流石にこれは怒らないと行けない。ご飯というのは俺達の口に入れる為だけに作られているのだ。それを食べずして無駄にするということはつまり、それを作った人に対して無礼を働くということ。それは絶対に許しちゃいけない。

 .........まぁ、過ぎたことだ。仕方あるまい。今日はこのカレーを食べに来たんだ。久々に堪能するぞ〜.........!

 

 

桜木「.........!」

 

 

美依奈「どう?久々の実家の味は」

 

 

桜木「.........鶏肉がいかった」

 

 

美依奈「わがまま言うな」ポコン

 

 

 頭をグーで殴られる。まぁ、殴られるとは言ってもそれほど強くはない。

 .........面白いもんだ。昔は泣き虫で引っ込み思案だった姉、それこそ、俺がしっかりしなければと無理していた時もあったが、今ではちゃんとお姉ちゃんをしてくれる。そう思うと何だか、ちょっと嬉しかった。

 

 

美依奈「.........あっ、そう言えば気になることがあるんだけど〜?」

 

 

桜木「.........むぐ(なに)?」

 

 

美依奈「マックイーンちゃんにいつ告白するの?」

 

 

桜木「ブーーーっ!!!??」

 

 

 俺は壮大に口の中で咀嚼していた途中の、かつてカレーだった何かを放出した。オマケに飲み込み食道に入り、胃の底にこんにちわしかけていたカレーも勢い余って出てきた。4/3はゲロである。お食事中のみんな、申し訳ない。

 でもさぁ!!!そこで今お節介お姉さんし始める!!?こっちはもう成人男性なんですけど!!!もっと早くにしてよ!!!俺ぁもう魔法使いになりかけの男なんですけど!!!25?なんですけど!!!(本当)、トレセン学園所属のトレーナー?なんですけど!!!(本当)

 

 

桜木「.........あのさァ!!?俺トレーナーよ!!?学園の職員なの!!!生徒とそういう関係になっちゃダメなのよ!!!」

 

 

白銀「黒津木はどうなんだよ」

 

 

桜木「コイツは犯罪者」

 

 

黒津木「おっおーい!!!成り行きでなっちまったんだからどうしようもねぇだろぉ!!!」

 

 

神威「ウマ娘に手を出す保健室医なぞ所詮、犯罪者じゃけぇ!!!」ドンッ

 

 

 隣で喧嘩がおっぱじまる始末。神威と黒津木は熱いカードだ。ガチの喧嘩が割と起きやすい組み合わせである。因みにタキオンは意外と笑っていた。怒ってもいいところだぞここは。

 しかし、これで意識がそちらに向くだろう。そう思い、俺は落ち着いてカレーを食べ直そうとスプーンで一口分をすくい上げた。

 

 

ニコロ「.........だがそれは立場の問題であって、お前がどうしたいかは関係ないだろう」

 

 

桜木「.........テメェもか、ニコロ」

 

 

 まさかの伏兵の登場に、俺は思わず手を止めた。すくい上げたカレーを皿の上に戻し、スプーンを手から離して肘を着いた。

 

 

美依奈「そうよ。何に拘ってるのか知らないけど、アンタがどうしたいかをこっちは聞きたいの。今はトレーナーとかそういうの抜きにして―――「うっせぇよ」.........え?」

 

 

桜木「昔は頼りなかったのに、今は姉貴面してよ。いい迷惑だ」

 

 

ゴルシ「おいおい!そんな言い方.........っ」

 

 

 言葉を繋げようとしたゴールドシップを一睨みし、黙らせる。この問題に口を出せる奴なんて、今この場には、俺と姉ちゃんの二人しか居ない。

 

 

美依奈「.........なによ、こっちはアンタの為を思って!!!」

 

 

桜木「それがいい迷惑だっつってんだよッッ!!!」ダンッ!!!

 

 

全員「!!?」

 

 

桜木「前からそうだ!!!俺の考えも知らねぇでお前ら好き勝手に言いたい放題っ、俺とそんな関係になって.........良い事なんて一つも無いんだ」

 

 

 そこまで言って、怒りの感情が弾けていた心の中に惨めさがじわりと広がってくるのを感じる。まるで、子供の頃に戻ったみたいだ。あの時はまるで、隣人の様な存在だった惨めさが、今ではもう、耐性が無くなっている。

 

 

桜木「.........もう良いだろ、俺は一生独り身で良い。あんな思い。家族にさせるくらいだったら俺は.........」

 

 

美依奈「.........!アンタまさか」

 

 

桜木「悪い、ちょっと外の空気吸ってくるわ.........ついでにマックイーンも探してくる.........ごめんな」

 

 

 何かを察したであろう姉に危機感を覚え、俺はこの場から一旦離れる事を選んだ。それは、姉が察したであろう何かが十中八九、俺の問題に当てはまっていると思ったからだ。

 説教はゴメンだ。なんで俺があの時支えてやった奴に、あの時の事を説教されなきゃ行けねぇんだ。だったらもう少し.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺に子供させてくれれば良かったのに.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

テイオー「.........行っちゃったね」

 

 

ゴルシ「.........ああ」

 

 

 良かれと思ってやった事が裏目に出る。そんな事、アタシにとっては日常茶飯事だし、その誤魔化し方も知ってる。けれど、あんなおっちゃんを見たのは初めてだし、何より.........上手くいくって、勝手に最初から思ってたんだ。

 

 

ニコロ「.........そういえば、何か美依奈さんは察していた様だが?」

 

 

美依奈「.........言っちゃって良いのかしら。家族の問題だし.........」

 

 

ゴルシ「.........うーん」

 

 

 家族の問題。そう言われちまったら、流石のパーソナルスペース破りの達人であるゴルシちゃんも頭を抱える。アタシも出来れば、そういう事には触れられたくない時もある。

 皆、頭を抱えた。聞くべきか聞くまいか、ただそれだけを考えていた所で、とりあえず目の前に出されたカレーを食べ終えたテイオーが最初に口を開いた。

 

 

テイオー「.........聞こうよ」

 

 

全員「え?」

 

 

テイオー「だってさ!!サブトレーナーなんてもう家族みたいなもんじゃん!!チームってそういうものでしょ!!♪」

 

 

ゴルシ「.........確かにそうだ!!アタシはなに悩んでたんだ!!?」

 

 

 アタシらしくもねぇ!!そういうのはアタシが一番得意じゃねーか!!テイオーに先にやられてどうすんだ!!全く!!

 でも、おかげで決心は着いた。後はおっちゃんの姉ちゃんが、話してくれるのを待つだけだ。

 

 

美依奈「.........そうね。それなら、聞いてもらった方が良いのかもね」

 

 

 そう言って、おっちゃんの姉ちゃんは静かに話し出した。時折、悲しそうな表情を浮かべたり、体を震わせたりしながら.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 おっちゃんの親父は、ハッキリ言ってクソ野郎だった。同じ仕事は長く続かねぇし、稼ぎも少ねぇ。お陰で、おっちゃんと姉ちゃん。そしてその妹は、毎日三食食えるかどうか怪しい生活をしていたらしい。

 おっちゃんの母ちゃんなんて、子供に食わせる為に何日も食ってねぇ時もあったらしい。それでもおっちゃんの親父は働く所か、母ちゃんの心を傷付けていた。

 

 

 そして、 それは時折、姉ちゃんやおっちゃんにも向けられたらしい。悪い事をしたら罰が待っている。それは分かる。けれど、それは躾と言うには暴力的すぎた。

 けれど、それでもおっちゃんはまだ、そのクソ野郎が好きだったらしいんだ.........ある事実を知るまでは.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

美依奈「.........あたしらが食べてたご飯。偶に盗んできた物だったらしいの」

 

 

 その言葉に、アタシらは全員絶句した。いくら飯が食えねぇからって、それは最低だと思った。しかも、一回や二回じゃないらしい。生きる為には仕方ない事だと、母ちゃんは割り切っていた。

 けれど、それは生きる為の事。悪い事は他にもしていた。友達に万引きさせたりとか、詐欺をしていたりだとか.........本当、聞けば聞くほど、反吐が出てくるレベルの物だった。

 

 

美依奈「.........本当、別れられて良かったわ。ただ.........あの子がもう少し幼くて、あたしがもう少し、強かったら.........」

 

 

テイオー「.........知ってた?」

 

 

白銀「.........知らねぇよ。俺が会ったの、小5の時だからな」

 

 

黒津木「俺が一番付き合い長いけど.........知らなかった」

 

 

 白銀達の反応を見るに、どうやら皆知らなかったみたいだ。でも、仕方ないと思う。普段のおっちゃんの姿を見て、こんな人生歩んでたなんて、想像も出来ねぇ。

 

 

タキオン「.........問題が分かった時点で、離れる事は出来なかったのかい?」

 

 

美依奈「良くあるのよ。こういうのを受けていると、自分が悪いって思い込む母親。母さんもそうだったってだけ。洗脳されちゃうの」

 

 

ニコロ「.........だとしたら、解決するには難しい問題だな」

 

 

 洗脳って言葉に反応したのは、流石元ヒットマンって所だろう。そして、コイツにとってもその問題を解決するのも難しいらしい。

 .........楽しい話になると思ってたのに、まさかこんな事になるなんて夢にも思っても見なかった。これは到底、マックちゃんには言えねーな.........

 

 

美依奈「あの子、良く犯罪者って言葉を使うけど、きっと.........悪い事したらそうなって欲しいと思ってるのよ」

 

 

全員「?」

 

 

美依奈「だって、捕まってないんだもん。あのクズ」

 

 

全員「.........」

 

 

 .........そうか、そりゃ、悪い事した奴の事、許せなくなるもんな。なんも間違ってねーと思う。

 .........けれど、多分それだけじゃない。マックイーンと一緒になろうとしない理由がそれだけじゃ、ちょっと納得がいかねー。

 

 

ゴルシ「それでも、マックイーンが好きだったら行動に移すだろ。そんな程度で止められる程、やわな気持ちじゃ.........」

 

 

美依奈「.........血よ」

 

 

ゴルシ「血.........?」

 

 

美依奈「あのクソ親父の血を、繋ぎたくないのよ。アイツはきっと.........ようやく、アイツの考えてる事が一つ分かったわ」

 

 

 そう言いながら、姉ちゃんは悲しく笑った。ふと後ろを向いて、カウンターに飾られた家族写真を持ち上げると、それを大事そうに抱き締めた。

 

 

ゴルシ「.........んだよ、それ」

 

 

白銀「.........?ゴールドシップ?」

 

 

ゴルシ「なんなんだよ.........!!!ざっけんなよっっ!!!!!」ダッ!!!ドゴォン!!!

 

 

テイオー「あっ!ちょっと!!?」

 

 

 アタシは、いてもたっても居られなかった。あんな事言われたら、アタシは黙っていられねぇ。それはつまり、アタシの存在を真っ向から否定された事になっちまうからだ。

 テイオーの静止を振り切って、アタシは外に出た。外に出て、おっちゃんに柄にもない説教を垂れるために.........無我夢中でおっちゃんを探し回った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとうございましたー」ティロリンティロリン

 

 

桜木「.........1年振り、かな」

 

 

 一人でそんなことを呟きながら、俺はコンビニ横の灰皿に近寄った。壁に背を預け、先程買ったタバコを吸うために、ライターを取り出す。

 新品のそれは、特になんのストレスもなく炎を出す。その炎にタバコの先端を近づけ、一息吸い込むと、独特の苦さとメンソールの爽快感が口に拡がった。

 

 

桜木(.........らしくねぇな、人に当たるなんて)

 

 

 原因は分かってる。タキオンと黒津木の存在だ。二人の関係の進展は喜ばしい事ではあるが、同時に、俺の心を大きく揺るがせている。

 .........俺は、マックイーンのことは好きだ。だけど、それはあってはならない感情で、それと同時に、表に出しては行けないものだと思っている。

 

 

桜木「.........ふぅぅぅ」

 

 

 消えてしまいたい。楽になりたい。この吐き出した煙のように、空に昇って薄く広がり大気に混ざり切ってしまえば、こんな事で悩む事なんて無いのに.........

 

 

桜木(.........そうだよなぁ)

 

 

桜木(俺に、あの子を幸せにする力なんて、ねぇもんなぁ.........)

 

 

 そう思いながら、もう一口。完全に思考を切り替えようとした所で、声を掛けられた。

 

 

「おい」

 

 

桜木「.........よう」

 

 

 全く、相変わらず変なタイミングで現れる奴だ。このゴールドシップというウマ娘はどうやら、俺の都合なんてお構い無しの様だ。

 流石に、彼女の前でタバコなんて吸えない。アスリートにとってこれは、毒以外の何者でもない。せっかく着けたタバコだが、俺は一口だけつけたそれの火をすり潰し、水の張られた灰皿の中へと落として行った。

 彼女からの言葉は無かった。いつもならありがたい展開の動く言葉が来なかった。その空気に耐えられなかった俺は、自嘲するように笑いながら言葉を発した。

 

 

桜木「.........聞いたんだろう?」

 

 

ゴルシ「.........」

 

 

桜木「.........まぁ、そういうこった。俺と一緒に居ても幸せにできる保証はねぇし、俺の子供が.........アレみたくならない保証もねぇんだ」

 

 

 正にお手上げ状態。それを表すようにポーズをとっても、ゴールドシップはその真顔を崩さない。

 それでも、その中でも、何故という疑問を目で俺にぶつけてくる。どうやら、俺に全てを話させたいらしい。それも、俺自身の口で。

 

 

桜木「.........俺も本当に普通の家庭の生まれだったら、そういう気は起きたさ」

 

 

桜木「でも生憎、あんな人生辿れば価値観なんてまるっきり違う」

 

 

桜木「コップは綺麗にすれば別の飲み物を飲める。人間はそうじゃない。それでも気にせず残った物を飲む奴も居るだろうさ」

 

 

桜木「けど.........俺の中身は毒だ。そんなもの、飲ませられるわけねぇだろ」

 

 

 価値観の違いなんて関係ない。なんて、甘っちょろい考え、俺には無い。結局それが違ってしまえば、それを理解するのに時間が必要になる。その時間は、ただただ苦痛を産むものだ。理解出来ないことを理解しようとする行いほど、人間にとって苦痛な事は無い。

 そしてそれは、きっと彼女も同じ事だ。そんなに苦労するって最初から分かっているなら、俺は身を引く。それが俺が彼女を幸せに出来る唯一の.........

 

 

桜木「.........なんだよ、その手」

 

 

ゴルシ「.........」

 

 

 一瞬、息苦しさで思考を止められる。何事かと思えば、ゴールドシップが俺の襟首を掴み、持ち上げていた。その表情は伏せている為、分からない。そして彼女が今抱いている感情も、読み取れずに居た。

 

 

ゴルシ「.........気ぃ付けろよ」

 

 

ゴルシ「アタシ今、プッツンしてっから」

 

 

桜木「.........ああそう、マジギレってやつか?」

 

 

ゴルシ「.........」グイッ

 

 

桜木「っ.........」

 

 

 足は地面に着いている。だと言うのに、彼女に引き寄せられ、真っ直ぐ立つことが出来ず、気道を少し締められる。

 彼女の顔が目前にある。でことでこが密着し、彼女の呼吸がハッキリと感じられた。

 

 

ゴルシ「.........アンタ、だせぇよ」

 

 

桜木「あ.........?」

 

 

ゴルシ「っ、最っっっ高にだせぇ!!!」

 

 

 何かがちぎれたように、ゴールドシップの勢いは完全に振り切れた。俺の顔に唾がかかる事も配慮することなく、ただひたすらに言葉を並べ立てた。

 

 

ゴルシ「アンタの親父がどんだけクソだったかは知らねぇ!!!けどなァ!!!それはソイツの問題であって!!!アンタの問題じゃねぇだろ!!!」

 

 

桜木「.........」

 

 

ゴルシ「ようやく分かったぞ.........!!!アンタが嫌いなのはアンタじゃねェ!!![ソイツから生まれちまったテメェ]が嫌いなだけだッッ!!!」

 

 

 .........全く、痛いところを突いてくる。言われて始めて気付いたが、その通りかもしれない。

 俺は.........クソ親父の子供だ。ソレから生まれちまったからには、それのした事を責任もって償わなきゃ行けない。人の為に、何かをしなければならない。

 

 

ゴルシ「けどよぉ.........!!!んなもん関係ねェんだって!!!アンタはアンタで!!!ソイツはソイツだろ!!?今はもう、血しか繋がってねェじゃんか!!!」

 

 

ゴルシ「いつまで縛られてんだよ!!!オマエは.........!!!終わっちまった話をいつまで引き摺るんだよ!!!なァ!!?」

 

 

桜木「っ、そんな単純な話じゃねぇんだよ.........!!!こんな俺がどうやって!!!あんなお嬢様を幸せにできんだよッッ!!!」

 

 

 無理だ。俺には、出来ない話だ。俺ができるのは精々、あの子が幸せになる為の道を作ることしか出来ない。その隣を歩く為の力なんて.........有りはしない。

 彼女からの言葉は帰って来ない。俯いたまま、体を震わせるゴールドシップ。後味は悪いが、話は終わりだ。そう、思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「自惚れんなバカッッッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「っ!!?」

 

 

 また、彼女の顔がドアップで視界に映る。今度は、額に強烈な痛みのオプション付きだ。

 けれど、他にも違いはあった。それは.........ゴールドシップの目に、涙が溜まっていた事だった。

 

 

ゴルシ「良いかッ!人間に!!!誰かを幸せにする力なんざはなっからねェんだよッッ!!!」

 

 

ゴルシ「ソイツの為に何かをしてもソイツが幸せになる保証はねェし!!!逆にソイツの為にしたことじゃ無くてもソイツが幸せになる可能性はある!!!」

 

 

ゴルシ「人を狙って幸せにする事なんか無理なんだよ!!!ソイツが幸せになろうとしない限り!!!一生!!!」

 

 

 力強く、そして涙を流しながら彼女にそう言われる中で、自分の中で変化が起きた。その通りかもしれない、と思ってしまった。

 だったら自分はどうすればいい?いままでこれを胸に生きてきたのに、今更どう生きればいい?その疑問をぶつける前に、彼女は言い切った。

 

 

ゴルシ「結局!!!人間ってのは自分が幸せになるだけで精一杯なんだよ!!!」

 

 

桜木「自分だけで.........?」

 

 

ゴルシ「だってそうだろ!!?夢追っかけてんのに!!!人の事気にしてる程余裕なんて無いんだ!!!」

 

 

ゴルシ「おっちゃんの幸せはおっちゃんが勝手に何とかしろ!!!マックちゃんは勝手に幸せになってっからよ!!!」

 

 

 衝撃だった。今まで、俺の中の中心になってたものが、見事に打ち砕かれた。嗚咽混じりに涙を流す初めて見る彼女の姿に、何か感じる所もあり、申し訳ないと思いつつも、頭を撫でた。

 

 

桜木「.........悪かった」

 

 

ゴルシ「.........頭、冷やして戻ってこい。マックイーンにはアタシから連絡すっから」

 

 

 不機嫌、とはまた違う何とも言えない表情を見せ、彼女は俺の襟首からようやく手を離した。

 頭を冷やす。そんな事を言われても、もう先程までのやり取りのお陰で、決心は着いた。遠くなっていくゴールドシップの背中を見ながら、俺はポケットに手を突っ込んだ。

 

 

桜木「.........今はまだ、コイツは要らねぇな」

 

 

 大人ぶってカッコつけて、切り替えるためだなんだと言っておきながら、俺は結局逃げてただけだ。答えを出すのを先送りにして、テストの回答を空欄に出す奴ほどダサいものは無い。

 俺は六百円するタバコの入れ物を中身ごと、コンビニのゴミ箱へと投げ捨てた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

美依奈「.........っ、玲皇!!」

 

 

桜木「.........ごめん」

 

 

 特に意を決することも無く、俺は姉貴の店の扉を開けた。そこには、昔と変わらない、泣きそうな姉貴の顔と、神妙な面持ちの奴らが揃ってる。

 

 

桜木「.........ガキだった。もう大人しなきゃならねぇのにな」

 

 

神威「.........あんなの聞いちまったら、誰も責めはしねぇよ」

 

 

 そう言って、神威を含めた全員は俺に対して、どこか優しい視線を送る。昔はこういう、同情紛いの感情を貰っても、腹が立っていただけなのに。

 .........俺も変わった。一人で生きては行けないことを知り、そして、人は変われることを、夢を追えば。どんな理想にも辿り着けることを知った。

 ならば、今の俺がやるべき事は一つだけだ。

 

 

桜木「俺、決めた」

 

 

全員「.........!」

 

 

桜木「考えて考えて、何が最善かを考えた!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マックイーンに[告白しない]!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全員「.........えぇぇぇ!!!??」

 

 

桜木「いや、俺も考えに考えを.........ゴールドシップ?」

 

 

ゴルシ「どうやらおっちゃんにァ.........一発ぶちかました方が良いのかもなぁ.........?」ゴキゴキ

 

 

 カウンター席からふらりと立ち上がり、指の間接を鳴らして近寄ってくるゴールドシップ。そして周りは同調する様に、首を縦に振る。

 ま、まずい.........流石にこの展開は予想外だ.........!は、早く弁解しなくては!!!

 

 

桜木「待て待て待て待て!!!話は最後まで聞いてくれ!!!まだだ!!![まだ]!!!」

 

 

タキオン「.........まだ、という事は、いつかはするという解釈で良いのかな?トレーナーくん?」

 

 

桜木「ああ.........流石に、トレーナーと生徒の関係性で恋人になったら、切り替えが上手くいかないだろう?」

 

 

桜木「[卒業]だ。それまで耐える」

 

 

 俺がそう言うと、目の前に居る全員はまるで一安心したかのように、ホッと一息ついた。なんなんだお前らは、俺の親か何かか?

 全く、勝手に保護者ヅラされるのも気分は良くない。そう思いながら、俺はカウンター席へどかっと座った。

 

 

桜木「.........あれ?マックイーンまだ帰ってきてないの?」

 

 

ゴルシ「あっ、いやー。連絡したはしたけど、既読つかなくてよ〜」

 

 

桜木「ふぅーん.........」

 

 

 頬杖を付きながら、俺はとりあえず。マックイーンからの返事を待った。しかし、待てども待てどもそれは無い。本当に彼女の連絡先に送ったのだろうか?

 そんな思いが募っていくと不意に、テイオーから話を振られる。

 

 

テイオー「思ったけどさーサブトレーナー?」

 

 

桜木「ん?」

 

 

テイオー「[卒業]まで待つって、サブトレーナーは待てるかもしれないけど、マックイーンは待ってくれる確証あるのー?」

 

 

桜木「.........え」

 

 

 その言葉に思わず、だらけさせた体を真っ直ぐ正し、硬直させた。そう。完全に失念していたのである。

 俺は待てる。いや、待つ。しかし、彼女がそうであるかは別なのだ。俺が渋っている間に、誰か好きな人が出来てしまえば、それはゲームオーバー他ならない。

 残念、君の幸せは終わってしまった。と言うやつだ。

 

 

桜木「.........」サァァァ...

 

 

テイオー「今の内に♪カッコイイ所沢山見せといた方がいいんじゃない?例えば、今から探しに行って見つけてあげるとか.........♪」

 

 

 血の気が引いて思考が定まらなくなった俺に、テイオーはそう囁きかけてきた。そうだ、もうそれしか方法は無い。告白が出来ないのだ。せめて他の行動で彼女への好意を示すしか無い.........!!!

 

 

桜木「俺!!!探してくるわ!!!」

 

 

全員「行ってらっしゃーい!」

 

 

 勢いよく飲食店のドアを開け、外へとバランスを崩しながらも出て行ってみる。彼女のゆく宛など知る由もないが、探さなければ始まらない。そう思い、俺は周りを走り始めた。

 

 

テイオー「.........出来ると思う?」

 

 

タキオン「やるさ。トレーナーくんの事だ。言った言葉に責任を持つくらいの大人らしさは持ち合わせているよ」

 

 

ゴルシ「まぁちーっとおせーと思うけどな!!アタシは!!」

 

 

白銀「確かにな!」

 

 

 

 

 

 ―――そう言って、今度はさっきとは違う雰囲気で出ていったサブトレーナーを、またさっきとは違う空気で話題にする。

 きっと、あの人の事だから、ちゃんと告白するんだろう。そして、マックイーンはそれを受けてくれるだろう。そんな他愛も無い話を、マックイーンに連絡を入れながら話していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だから、今この場にいる誰しもが、マックイーンも、勿論。サブトレーナー自身も、[卒業]を迎える前に、この関係が成就する事になるなんて、夢にも思っていなかった。

 

 

 

 

 

  ......To be continued



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T「すいません、鋼の意志ください」桐生院「え!!?」

 

 

 

 

 

マック「.........ふふふ♪」

 

 

 午後9時半を回った寮の一室。私はベッドの掛け布団に体全身を覆いながら、寝ているイクノさんに聞こえないよう、声を漏らしました。

 今日あった事。それは、トレーナーさんのお姉さんである美依奈さんの提案で、彼からの私に対する印象を聞いてくれたのです。

 そ、それがなんと.........!!!かなり好意的だったんです!!!思ってもいませんでした!!!ま、まさか。彼がそんなに私の事を意識してくださっていただなんて.........!!!

 

 

マック(はぁぁぁ.........♡トレーナーさん.........♡)モジモジ

 

 

 自分の中で生まれでた感情のはずなのに、それが心をくすぐるようにして私を刺激してきます。このままでは身体が壊れてしまうかも.........そう思った私は、はしたないと思いながらも、身をよじらせて眠りにつきました.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「.........」

 

 

 ニコロのホームステイ先に訪問してから一週間。七月も中半を迎えたトレセン学園。そしてその新人トレーナー職員室の俺の席。俺はパソコンをただひたすらに凝視していた。何もせず、ただ、ひたすらに、デスクトップ画面とにらめっこをしていた。その理由はなぜか?そんなもの決まっている。

 

 

マック『トレーナーさん』

 

 

 最近、俺の担当であるメジロマックイーンが可愛い。

 

 

 いや、可愛いのは最初から分かっていた事だ。今に始まった問題ではない。問題があるとするならば.........

 

 

マック『トレーナーさん♪』

 

 

桜木「っ.........」

 

 

 俺自身だ。良いか桜木?マックイーンはこんな楽しそうに俺の事を呼んだことは無い。全てお前の妄想だ。男子高校生の日々は既に過ぎ去った。お前はもう大人なのだ。

 大人なのだから、お前は自分で取り付けた誓約を守れ。[卒業]まで待つと。そう心に決めたでは無いか。そう、これこそ誓約と制約―――

 

 

マック『トレーナーさん.........♡』

 

 

桜木「どぅぅぇええきぬぅぅぅあああああいッッッ!!!!!」ダバーッ!

 

 

全T「!!!??」

 

 

 俺の脳内に、耳元で愛おしそうに俺を呼ぶマックイーンの妄想が現れる。無理だ.........こんなの我慢出来るわけが無い.........

 俺は涙を重力に逆らわせながら、その頭をキーボードに叩きつけた。キーが全て飛んで行ったが知らん。そんなもの、俺の管轄外だ。

 だがしかし、俺には一人心強い味方がいる.........!!!

 

 

桜木「助けてぇぇぇ.........!!!桐生院さんたしゅけてぇぇぇ!!!」

 

 

桐生院「えええぇぇぇ!!?い、いきなり過ぎませんか!!?」

 

 

 そう、ウマ娘との距離を量れそうなトレーナー部門第一位に輝いた事のある桐生院さんである.........!!彼女の教えを乞さえすれば.........!!!なんとかなるやもしれん!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桐生院「な、なるほど.........それは中々難しい問題ですね.........!」

 

 

ダスカ「ていうかそんなの気にせずにさっさとすれば良いじゃない!!!」

 

 

桜木「待て、なんで君達も居る?」

 

 

 場所は学園の小さい会議室。最初は確かに俺と桐生院さんしか居なかったはずだ。気が付けばマックイーン以外居る。

 

 

ゴルシ「もうしちまえよ告白。足踏みしてるだけじゃ前には進めねーぞ!!」

 

 

桜木「俺は英雄になる気は微塵もねぇ!!」

 

 

ウオッカ「こ、こくは.........っ、し、してもいいけどよ!!オレの前ではすんなよな!!!」

 

 

桜木「するかァ!!![卒業]まで待つっつっとるだろうがァ!!!」ガタッ

 

 

 さっきから聞いていれば、何勝手に方向性を決めているんだこやつらは!!?俺は決めたんだ!!!マックイーンが学生している間はしっかりあの子のトレーナーするって!!!俺の決心を鈍らせるな!!!

 そう立ち上がりながら声を上げてみるものの、そんな心とは裏腹に、妄想は更にオタクと童貞力に磨きをかけて行く。やめろ、歯ブラシはやめろ歯ブラシは.........!!!

 

 

沖野「けどよぉ、そんな関係、昔ならともかく今はそんな問題になんねぇぞ?同期でそうなってるって奴もいるしなぁ」

 

 

東「そういやこの前、スカウトした子の両親に会うために外国まで行った奴も居たな」

 

 

ニコロ「.........お前の行動力なら」

 

 

桜木「ぜっっったいやらん!!!」

 

 

 全く、うちのトレーナー陣もまともじゃない!!!俺がもし経験豊富な25歳の男なら心配は無いだろうが!!!残念ながらキスすらした事の無い情けない男だ!!!年齢=恋人なしじゃないだけまだマシだ!!!でも無い方が良かった!!!これじゃ中途半端野郎だ!!!

 

 

白銀「まぁとにかくよ、我慢出来れば良いんだろ?」

 

 

桜木「あ?」

 

 

黒津木「とりあえず実践出来るものを試していこう」

 

 

神威「おう、やってるうちに時が来るべ」

 

 

 そう言いながら、いつものバカ共は楽観的に過ごしていた。だが、それは確かに一理ある。

 我慢出来なくなってしまえば、他の方法で我慢すれば良いのだ!!!お前ら天才か!!?たまには役に立つんだな!!!

 そう思っていると、まずトップバッターに立ったのは白銀なのだろう。会議室の黒板の前に立ち、チョークで対策を書き込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その1 性の喜びを知る

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「おいィ?」

 

 

ウオッカ「カハッ」ブシャー

 

 

タキオン「ウオッカくんが死んだ!!?」

 

 

黒津木「この人でなし!!!」

 

 

 鼻血を出して後ろへと倒れ込むウオッカ。これがリアル(絵とか)じゃなくて良かったな。リアル(映像とか)だったらお前死んでるぞ。

 いや、何?性の喜びを知るって。そんな突拍子も無い解決方法ある?頭イカレポンチか?

 

 

白銀「お前が我慢をする方法。発散する。以上」

 

 

桜木「やれ、ゴールドシップ」

 

 

ゴルシ「でりゃァ!!!」スパコォン!

 

 

 黒板の前に立っていた白銀は、ゴールドシップの雷神拳を喰らい、天井へと突き刺さった。地面に落ちなくて良かったな。地面に落ちてたら俺のついげきのグランドヴァイパで更にダメージは加速していた事だろう。

 

 

桜木「ふざけた事言う奴はゴールドシップの制裁が待ってるぞ。俺は本気なんだ」

 

 

黒津木「んじゃあ次俺行こう」

 

 

 ほう、お次は黒津木か。コイツは期待できる。なんせ奴は俺達の中でも唯一告白せずに彼女が出来るという大人な恋愛をしているからだ。我慢の方法は先程よりも現実的だろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その2 芸術的な目で見る

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「ほう.........?」

 

 

黒津木「古来より女体と言うのは、芸術的な側面を持っている。例えば、ビーナスの誕生。これは歴史的価値のある非常に素晴らしい芸術作品であり、今なお評価の一途を辿っている。これを見れば、美しい物を見るだけで満足する身体に「えっちだが?」.........ん?」

 

 

桜木「いや、えっちだが?」

 

 

 何を言うとるんだ貴様は。こんな絵どっからどう見てもエロなんだが?18禁なんだが?こんなドデカい貝の上ですっぽんぽんなんて有り得ないだろ?俺は割とそういうアブノーマルな状況に興奮する事もある。

 ていうか割と雑食に近い。何でも食べちゃう。流石にモナリザの手に興奮する事は無いけど、うん。普通にえっちだと思うぞこの絵。

 

 

テイオー「うわぁ.........」

 

 

桜木「えぇ!!?ちょ、ちょっとえっちっぽいよねぇこの絵ぇ!!?」

 

 

スズカ「た、確かに。何も着てない恥ずかしい絵だと思うけど.........」

 

 

スペ「お母ちゃんが男の人に気をつけろって言っていた意味、何となく分かった気がします.........」

 

 

 え、むしろ健全では.........?お、男と生まれたからには的な奴では?仕方ないじゃん.........逆に良く今まで表に出てこなかったよ俺の本能.........

 

 

スペ「仕方ないです!ここは私が一肌脱ぎましょう!!!」

 

 

全員「えぇ!!?」

 

 

スペ「.........あっ、ち、違います!!!サブトレーナーさんのお悩みを解決するって意味ですよ!!!もう!!!」

 

 

 全員がその意味を勘違いして声を上げたが、スペは別にそういうことではないと憤った。正直ごめんなさいって感じだ。頭ピンクで。

 しかし、スペの対策か.........生徒から教えてもらうのは大人としてどうかと思うが、この際なりふり構っている場合ではない。何とかその対策を教えてもらおう。

 

 

 その3 いっぱい食べ「却下で」

 

 

スペ「なんでですか!!?」

 

 

桜木「対策になってない。告白したくなる度に飯食ってどうするんだ。しかもマックイーンの目の前で.........」

 

 

 考えても見ろ。マックイーンは体質的に太りやすい事を気にしている。そんな彼女の前で沢山お腹いっぱいご飯を食べてしまった日には.........

 

 

マック『トレーナーさん!』プクー

 

 

桜木「俺ちょっと出かけるわ」

 

 

デジ「え、どこにです?」

 

 

桜木「マックイーンに告白してくる」

 

 

タキオン「そうはさせないぞ!!!ブルボンくん!!!早急に取り押さえたまえ!!!」

 

 

 扉を開けた瞬間。強い力で引っ張られ、外への道のりが遠のく。そして俺の行先を塞ぐように、ライスがその扉を強く閉めた。

 

 

桜木「離せ!!!俺がマックイーンを幸せにするんだ!!!ご飯とかスイーツとか沢山食べさせるんだァァァァァ!!!!!」

 

 

テイオー「この前言ってた事と全然違うよー!!?」

 

 

 もう地位も名誉も富も名声も女も男も要らねぇから告白する!!!それが彼女を幸せにするための第一歩ならそれしかない!!!

 それに、かつてとある学級委員長のウマ娘が言っていた。「思い立ったがバクシン」.........と。

 

 

桜木「今ァァァがそォォォのと・き・だッッ!!!」

 

 

ブルボン「くっ!!!ゲッターに浮気したのですかマスター!!!その生涯をガンダムに捧げると言った私との誓いは!!?」

 

 

桜木「しとらんわァ!!!そんな誓い!!!」

 

 

ライス「だ、ダメだよお兄さま!!!」

 

 

桜木「止めるなライス!!!」

 

 

ライス「っ、だ、だって今のお兄さま.........怖いもん!!!」

 

 

桜木「な、ア.........!!?」

 

 

 そう言われながら、ライスはメイク用のミラーを俺に見せてきた。そこには、緊張に緊張を重ね、顔が強ばった俺がそこにはいた.........

 .........そう、だよな。こんな顔で告白されても、こ、断られるに、決まってるよなぁ.........

 

 

桜木「は、ははは.........」ヘニャヘニャ

 

 

東「.........とりあえず、危機は去ったな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック(はぁ.........なんだか、毎日が素敵ね)

 

 

 休み時間の教室で、次の授業の予習をしながら、自分の状態を省みます。まぁ、予習と言っておきながら、教科書を開いて窓の外を見ているだけなのですが.........

 

 

マック(.........トレーナーさん♡)

 

 

マック「.........!」ハッ

 

 

 い、行けない!気付けば四六時中彼のことばっかり!!!しっかりしなさいマックイーン!!!昨日もそのせいで先生に当てられても、大声でトレーナーさんと叫んで大恥をかいたじゃない!!!

 .........でも本当、どうしようもないくらい頭の中では彼のことばかり.........食べたくて仕方が無いスイーツの事を考えても、最近調子の良いユタカの事を考えても、気が付けば隣に、正面に彼が居ます.........

 

 

マック(そ、そうよ。モンブラン!和栗二種のモンブランがどんな味が想像すれば、彼なんて出てくるはずないわ!!!)

 

 

 そう思い、目を閉じ、モンブランに集中してみます.........感じる。今、目の前にモンブランがあります.........これをスプーンですくい、一口食べれば.........

 ほ〜らマックイーン?美味しい美味しい栗の風味が、口に広がって、ほんの〜り甘い匂いが鼻に抜けていくでしょう?そうよ。そのまま、彼の事なんて忘れて.........

 .........あら?さっきまで手に持っていたスプーンがないわ。落としてしまったのかしら?一体どこに―――

 

 

桜木『マックイーン、あーん』

 

 

マック()

 

 

 .........嘘。嘘ウソうそ!!?い、今。彼が私にあ、あーんを.........!!?す、好きで止まないモンブランを、大好きで大好きで止まない彼にあーんをしてもらいながら食べられるんですか.........!!?

 

 

マック(あ、あーん.........♡)

 

 

 あーーーもう.........モンブランの味なんて消え失せちゃう.........でも、さっきより美味しいって思う自分が居る.........こ、こんな.........こんなの.........!!!

 

 

マック(幸せすぎて爆発しちゃうわ.........!!!)キャー!!!

 

 

「.........なんか、最近マックイーンさん変じゃない?」

 

 

「ふふ、あれが恋って奴よ.........ま、あたしもした事ないからよく分からないけど」

 

 

 周りの声なんて入ってこない。心の声は普段心掛けているお嬢様らしい口調に戻らない。そんな事すら気にならない程、私は妄想の中で一人、楽しんでおりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その121 人体錬成

 

 

タキオン「えー。数々の対策を講じて来たが、一番手っ取り早いのはこれだと思う。異論はあるかい?」

 

 

「ありませーん」

 

 

 全員が声を揃えてそう言う。傍から見ればツッコミどころ満載だろう。

 だが考えても見てほしい。皆さんがもし、誰かに告白したいが、今がその時ではない。しかし我慢ができないという対処法に[自己催眠]やら、[走る]やら、挙句の果てには[死ぬ]なんて出された日にはもうこれが正解に思えてくるのだ。

 

 

ライス「で、でも、本当に良いのかな?マックイーンさんと同じ人が出来て、その人と一緒になったら、マックイーンさん怒らない?」

 

 

ウララ「えー??でも、マックイーンちゃんができるんでしょー??」

 

 

ライス「う、うん。だから、マックイーンさんはそのマックイーンさんに怒るかもしれないし、怒られたマックイーンさんは怒ってるマックイーンさんを.........あれ?」

 

 

 自分で言っていて何が何だか分からなくなったのだろう。安心してくれライス。俺ももう全てが分からない。

 もうこれしかないのか、そう思いながらため息を吐く。他になにか案が出ることも無いだろう。そう思い、立ち上がろうとした時。一人手を挙げる者が居た。

 

 

桐生院「.........よろしいですか?」

 

 

桜木「え、あっはい。どうぞ」

 

 

桐生院「.........これは桐生院家に代々伝わる極意なのですが.........」

 

 

 そう言いながら、彼女は黒板の前へと歩き、その手にチョークを持つ。今までに無いこの場の雰囲気に気圧されながらも、俺達は静かにそれを見ていた。

 チョークが黒板に設置する音と、滑る音。それだけが支配するこの空間の中で、彼女は真剣にその対策を書き上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その122 鋼の意志

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桐生院「本来であるならば、これはレースを走るウマ娘に対して施すメンタル術です」

 

 

桐生院「レースの最序盤。後方で前が塞がれ、選択肢を制限された中でも諦める事無く、活路を開く為に精神を落ち着かせる技術.........」

 

 

桜木「それが.........鋼の意志.........?」

 

 

 俺達の方に身体と顔を向け、そう言い切る桐生院さん。その姿は、普段の後輩のような可愛らしさを感じる彼女は無く、一人の立派なトレーナーとしての彼女がそこに立っていた。

 

 

東「.........聞いた事がある」

 

 

沖野「知っているのか東」

 

 

東「かつて、逃げが得意なウマ娘が出遅れした際、絶望的な状況から逆転し、G1を勝ち取った子がいる」

 

 

東「そしてその子のトレーナーは、桐生院家の者だった.........」

 

 

桜木「マジっすか.........」

 

 

 逃げを得意とするウマ娘が後方で前を塞がれる。これ以上絶望的状況は無いはずだ。なのに、それをものともしない鋼の意志というメンタル術.........

 

 

桜木「桐生院さん.........!」

 

 

桐生院「はい!」

 

 

桜木「お、俺に!!!俺にしてください!!!鋼の意志を獲得するトレーニングを!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「ふぅ、ようやく放課後ですわね」

 

 

 何とか今日を乗り切る事が出来ました。以前のような大きな失敗は無いと思われます。ええ、きっとないはずです。

 教科書とノート。筆記用具を鞄に入れていると、不意に窓の外を見ているテイオーが気になってしまいました。

 そういえば、今日のお昼休みはチームメンバーと会うことがなかった気もします.........一体、どこで何をしていたのでしょう?

 

 

マック「テイオー?」

 

 

テイオー「え?な、なにマックイーン?」

 

 

マック「いえ。今日の昼休みに姿を見なかったので、何をしていたのかを.........」

 

 

テイオー「え!!?べ、別に〜?なーんにも、マックイーンに隠し事なんて.........シテナイモンニ」

 

 

 むぅ.........怪しいです。別に何も無いなら普通にしていればよろしいはずですのに.........

 ま、まさか、私に黙って何か、スイーツでも食べていたのでしょうか.........!!?うぅ.........今はあまり身体を動かせない為、太りやすい体質の私はトレーナーさんに止められていますのに.........!

 一言文句を言おうと、彼女の隣に立ち、口を開きかけました。

 

 

マック「.........え」

 

 

 文句を言おうとした瞬間、一瞬だけ視界に流れた外の景色がそれを止め、見事な二度見を窓の外に向けました。

 そこには.........

 

 

桜木「ハァ......!ハァ......!」

 

 

マック「と、トレーナーさん.........!!?」

 

 

 いつもの様にジャージを着たトレーナーさんが、外で膝に手を付き、苦しそうに空気を吐き出していました。状況を察するに、理由は不明ですが、走り込みをしていたのだと分かります。

 そして、それを見るように、グラウンドの端っこには桐生院トレーナーが彼に何か言葉を飛ばしているのを見受けられました。

 

 

マック「こ、これは一体.........」

 

 

テイオー「えっとー.........ま、マックイーンの為のトレーニングを皆で考えてたんだよぅ!!ほ、本当は秘密だったんだけどー、バレちゃったら仕方ないなぁー!!!あは、あはは.........」

 

 

 隣で慌てたようにそういうテイオー。その姿を見て、私は自分の卑しさに嫌気が差しました.........皆私の為を思って行動していたのに.........スイーツを食べていただなんて.........最低な妄想です.........

 こうしては居られません。そう思った私は、勉強道具を詰めた鞄も忘れ、廊下へと走っていきました。

 

 

テイオー「あっ!!!ちょっとー!!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桐生院「桜木さーん!!絶対諦めない事が肝心でーす!!」

 

 

桜木「ゼェ......ゼェ......」フラフラ

 

 

 息も絶え絶え、気力も底付き足もフラフラ。そんな状況でも、俺は今の状況を打破したい一心でその足で前へとゆく。

 そうだ.........考えなければ良い。考えるレベルの体力さえ残さなければ、妄想なんてそうそうしないだろう。

 顎をつたい、地面へと落ちて行く汗の感覚を感じながら、俺は確かな力を身につけて行く感触を掴んでいた。

 

 

桜木(へっ.........このまま物にして、[卒業]まで我慢してや―――)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「トレーナーさーーーん!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「あっ、ガ.........」

 

 

 その声に反射的に反応し、振り返った。振り返ってしまった。今、彼女の姿を見たらどうなるのか、そんなの、分かり切っているのに.........

 

 

 彼女の姿は、トレーニングの時に来ているジャージ姿だ。ここ最近走らせる事はしておらず、体力と身体能力を戻す訓練を行っているだけだ。そのせいで、既に彼女の額には汗が滲んでいる。

 しかし、それでも彼女は俺に手を振ってこっちに駆け寄ってくる。そしてその姿に刺激され、俺の妄想は.........

 

 

マック『トレーナーさ〜ん♪待ってくださーい♡』

 

 

 爽やかな汗、駆け寄る彼女、嬉しそうに振られる手。それだけを残し、俺の妄想は視界をジャックし始める。

 グラウンドの芝は踏みにくい砂に、コンクリートの校舎は木製の建物に、生い茂る杉や松と言った樹木はヤシの木に.........

 そして、彼女はそのプロポーションを遺憾無く発揮する水着と麦わら帽子という姿になり始める。

 

 

桜木(や、ヤバいって!!!)ダッ!

 

 

マック「え!!?な、なんで逃げるんですの!!?」

 

 

 情けない話だが、危機感とか使命感以上に、彼女の姿を見て元気が出てきた。その元気を彼女から逃げる為に使うのは申し訳ないが、今は仕方ないだろう。許しておくれ.........!マックイーン!

 

 

マック「むぅ.........!そう露骨に逃げられると追いかけたくなってきますわ.........!」

 

 

 

 

 

 ―――背中を見せて逃げる彼。先程まで疲れていらっしゃったはずなのに、その速度はまるで体力満タンと言っても差し支えがありません。

 そんな彼を追いかけるべく、久々にこの身体を走らせて見ます。まぁ、怪我をしたてまえ、もちろん全力で走る事はせず、ランニング程度に収めます。

 

 

桜木「ハァ......!ハァ......!」

 

 

マック(.........大丈夫かしら?水分補給に何か持ってきて上げた方が良かったわね)

 

 

 走る彼の姿と、聞こえてくる間隔の狭い呼吸音に心配してしまいます。彼の事になると、こういう事にも気が回らなくなるのは欠点です.........せめて、彼の熱を逃がせるような雨でも降ってくれれば.........

 その時でした。不意に頬に水が弾ける感覚を感じます。その時私は、雨だと思ったのです。このささやかな願いが、天に通じたのだと思いました。

 けれど、実際には.........

 

 

マック(.........!!こ、この匂い.........!!?)

 

 

 そう。雨ではなく、汗でした。しかも恐らく、彼の.........

 その匂いが引き金となり、今日やっと収まりを見せていた妄想が、私の視界を乗っ取り始めます。

 

 

 まだ顔を見せている太陽は沈む夕日に、風が奏でる草のこすれる音は波の音に、靴から感じる地面の熱さは、砂の熱に.........

 気づけば、彼は、タキオンさんのトレーニングの日々によって鍛え上げられた上半身を露わにし、その素肌を夕日で光らせていました。

 

 

桜木『アハハ!捕まえてみろー!マックイーン!!』

 

 

マック(!!?だ、ダメダメダメダメ.........!!!♡)

 

 

 心臓の高鳴りが際限を忘れた様に、一回打つ度に、人生の最大を更新していきます。レースですら、こんなに息苦しくなることなんてありませんでしたのに.........!

 

 

マック『トレーナーさん♡捕まえました.........♡』

 

 

桜木(やめろォ!!!)

 

 

桜木『捕まえたマックイーンには、ご褒美をやらないとな.........♡』

 

 

マック(だ、だめぇ.........♡)

 

 

マック『ご褒美はもちろん.........♡♡♡』

 

 

桜木(そんな顔を.........あっ♡)バタッ

 

 

桜木『勿論、これだよな.........♡♡♡』

 

 

マック(か、彼の口がもうすぐ.........はぅ♡)バタッ

 

 

 

 

 

 ―――学園のグラウンド。二人はそこで電池が切れたおもちゃのように、唐突にその場に倒れ伏した。

 

 

沖野「マックイーン!!!桜木!!!大丈夫かー!!?」

 

 

テイオー「うわわ!!?す、すごい熱だよぉ〜.........」

 

 

ゴルシ「.........こりゃ多分、妄想のし過ぎで頭がオーバーヒートしちまってんなー」

 

 

二人「ば、バタンキュー.........」グルグル

 

 

 目をグルグルと回しながら、熱によって気を失いながらも、二人はどこか嬉しそうな顔をしている。その顔を見たチームメンバー全員と桐生院はどこか幸せな気持ちになりつつも、彼らを保健室まで連れて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日のミーティング。おっちゃんとマックイーンの熱は昨日の内に完治して、今日はもう普通通りだった。

 

 

マック「あっ、トレーナーさん。ブルボンさんのトレーニングに関して気になる点が.........」

 

 

桜木「え?どこどこ?」

 

 

テイオー「.........なんか、戻った?」

 

 

 普通に話をしているマックイーン達を見て、テイオーは言った。それはここにいる全員感じてる事だと思う。それこそ、おっちゃんとマックイーンが出会ったばっかりの距離感見てーな感じだ。

 でも、確実に違う所が確かにある。それは.........

 

 

桜木(好きだ)

 

 

マック(好きです)

 

 

スズカ「.........なんか、心の声が聞こえてくるんだけど」

 

 

ウオッカ「き、聞いてない。オレは何も聞いてないぞ.........」タラー

 

 

ダスカ「鼻血出てるわよアンタ.........」

 

 

 クッソー!!!なーにちゃっかり鋼の意志習得してんだおっちゃんは!!!ついでにおめーもだマックイーン!!!オマエら隣に居るだけで好き好きオーラが半端ねーんだよ!!!

 

 

沖野「だ、ダメだ.........このままじゃ胃もたれする.........ウプ」

 

 

デジ『だ、大丈夫ですか!!?.........あれ、身体がすり抜ける.........?』

 

 

タキオン「なんだこの紅茶は!!?甘すぎるぞ!!!誰が淹れた!!?」

 

 

ライス「た、タキオンさんです.........!」

 

 

タキオン「今すぐカフェを呼んできたまえ!!!」バンバンバン!

 

 

 だ、ダメだ.........このままじゃ、おっちゃんとマックイーンにチームが破壊されちまう.........か、かくなる上はもうこれしかねぇ.........!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桐生院「んー.........!昨日は大変だったけど、今日もミークのトレーニング、頑張るぞー!」

 

 

 コンコン

 

 

桐生院「?はーい。今開けまーす!」

 

 

 ガチャ

 

 

スピカs「すいませーん。鋼の意志くださーい」

 

 

桐生院「.........え?」

 

 

 トレーナー室のドアを開けると、そこにはチームスピカのウマ娘とトレーナー。そしてその後ろにはスピカとは関係の無い方までずらりと並んでいました.........

 

 

桐生院「あ、あはは.........わ、私で良ければ喜んで.........」

 

 

 苦笑いをしながら頼みを聞く桐生院。余談ではあるが、いつか出るであろう恋愛指南書。[鋼の意志の教え]は老若男女幅広い世帯層に受け入れられ、最終的には学校の教育として扱われる書物になる。

 その本を出すのは十年後の桐生院葵本人であるが、その事をまだ、本人含め誰も知らない.........

 

 

 

 

 

  ......To be continued



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ライス「ライス!自信満々さんになりたい......!」

 

 

 

 

 

 初秋の九月。秋、という名を冠してはいるものの、先月の照りに照った太陽光がまだ地上を支配しているこの季節は、先月以上に精神的暑さを感じさせる。

 それは一年の半分が過ぎたという焦りか、それとも、若者のバイタリティに当てられて熱くなるのかは定かでは無い。

 

 

ニコロ「.........もうすぐだな」

 

 

桜木「ああ、11月8日.........大勝負の日だ」

 

 

 チームルームのカレンダーを見ながら、俺はそう呟いた。そう。その日こそ、俺が受け持つ担当ウマ娘の一人。ミホノブルボンの最終通過点。菊花賞が開催される日だ。

 ここまで彼女は頑張ってきた。だがそれでも、レースというのは何があるか分からない。特に、今回は.........

 

 

桜木(.........心苦しいな。夢ってのは)

 

 

 手に持つのはミホノブルボンのデータ。そして、このレースに出る、もう一人のチームメンバーのライスシャワーの物だ。ステイヤーとしてのトレーニングを重ねたことで、彼女は以前とは大きく変わった。

 どちらかが勝つ。どちらかが負ける。夢と言うのはそういうもので、特に、レースと言うのは残酷なものだと知っている。

 

 

ニコロ「.........浮かない顔だな」

 

 

桜木「.........生憎、俺も勝ち負けに一喜一憂していたバカの一人だ。不安なんだよ。どっちが勝っても負けても」

 

 

 俺は彼女達を支えられるのか.........そんな弱気になる言葉が出かけたが、それは逃げだ。そんな事を言っても、現状が変わる訳がない。

 それでも、やらなければ行けない。そう思いながら、俺はココアシガレットを口に咥えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ライス「タキオンさん.........は、話ってなに.........?」

 

 

 どこか怯えを感じる彼女の表情と仕草を感じながら、私は彼女の方へ身体を向ける。彼女を呼んだのは他でもない。彼女が[菊花賞で勝てる可能性を高める]為だ。

 

 

タキオン「そんなにオドオドしなくていいよ。もっとリラックスしたまえ」

 

 

ライス「は、はひ!!」ピーン!

 

 

タキオン「.........気を張れとも言ってないんだよ?」

 

 

 そう言うと、彼女は申し訳なさそうに伸ばした背筋をまた、怯えを感じさせるような雰囲気を出す体勢に戻す。

 私が懸念しているのは[これ]だ。彼女の素質.........いや、トレーニングで得た賜物だ。これは能力と言おう。

 とにかく、彼女のこの[緊張]するか、[怯える]かの二極化された行動が、その能力を阻害し、勝利までの道のりを邪魔しているように思える。

 

 

タキオン「ライスくん。一つ質問だが、今度の菊花賞、勝つ見込みはあるのかい?」

 

 

ライス「え.........?」

 

 

タキオン「.........ああ、言い方を変えよう。根拠は無くても良い。ただ、[勝てる自信]はあるのかな?」

 

 

 私は、前から気になっていた事を聞いてみた。レースに出場するという事は当然、少ないながらも勝てる見込み、勝てる自信があるという事だ。それさえあれば、小さな可能性を拾うことが出来る。

 だが.........彼女の示した答えは、涙であった。

 

 

ライス「ご、ごめんなさい.........!」

 

 

タキオン「あ、あああ!!別に責めてるわけじゃ無いんだ!!ただ、私としてはブルボンくんと同じくらい、君にも勝って欲しいからね!!」

 

 

ライス「.........うぅ」

 

 

 少し気恥ずかしいが、これは私の本心だ。チームという他の者とは少し近しい存在。いくら私と言えども、多少の情は移る。

 だが.........これは難問だ。どうやら彼女には、勝ちたいという意思はあっても、勝てる自信や見込みはほぼ無いに等しい。それは、このやり取りで分かってしまった。

 

 

タキオン「.........こういう問題は、彼らの方が得意だねぇ」

 

 

ライス「?」

 

 

 普段ならば、この実験室に人を入れるような真似はしたくは無いが、この際背に腹は変えられない。彼女の為に、私は応援を呼んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「なるほどねぇ.........」

 

 

マック「確かに、ライスさんは少々自信が足りない気がしますわ」

 

 

 突然、タキオンからの呼び出しに応じてみると、それはライスの事についてだった。確かに言われてみれば、彼女の自信の無さは、出会った時から変わってない気もする。

 

 

桜木「.........ていうかなんでマックイーンもいるの?」

 

 

マック「貴方がコソコソとどこかへ向かう姿を見たので、また何か企んでいるのかと.........」

 

 

桜木「お前がなるべくこっそり来るようにっていったのが裏目に出たぞ」

 

 

タキオン「いや?計画通りだが?」

 

 

 如何にも予想通りと言ったような口調で、そして何を言っているんだという表情で俺の方を見るタキオン。全てお前の手のひらの上だったわけだ。全く、油断も隙もありゃしない。

 

 

桜木「作戦は考えるが.........時間稼げよ。そんなポンポン思いつく程頭は良くない」

 

 

タキオン「.........はぁ、仕方が無い」

 

 

 そう言いながら、彼女はこの実験室の机に置いてあるウマ娘のぬいぐるみ。恐らく黒津木の私物だろう。それを持ち、ライスの前で自分の顔を隠すようにそれを手で持った。

 

 

タキオン「私!ミニタキオン!(超絶裏声)」

 

 

桜木「な、え.........」

 

 

マック「まぁ.........」

 

 

 俺は絶句し、マックイーンは驚きの表情を浮かべる。なぜなら、普段の彼女からは考えられない程の超高音の声が聞こえてきたからだ。いやでも、どこかで聞いたことあるな.........?

 

 

タキオン「私はタキオン博士の研究で生まれたスーパーウマ娘なの!!」

 

 

タキオン「そうともさ!お砂糖、スパイス、素敵なものいっぱいかき混ぜた所に、間違えてケミカルUが混入してしまってねぇ!」

 

 

桜木「あっ、パ〇ーパフガールズかぁ.........」

 

 

 何ともまぁ懐かしい話だ。幼い頃にハマった作品だが、それに出てくる三人組の女の子の一人に声が似ている。まぁ天下のカー〇ゥーンネットワークだ。彼女も昔に嗜んでいたのだろう。他の二人は分からないと言うような顔を見せているが.........

 

 

タキオン「貴女はとってもすごい!!その気になればどんな相手でもレースで勝てる力があるの!!」

 

 

ライス「ほ、本当?」

 

 

タキオン「もちろん!!」

 

 

ライス「じ、じゃあ!生徒会長さんにも勝てるかな?」

 

 

タキオン「.........あー、うん!!ゴール手前の競り合いになったらね!!」

 

 

 少し困ったようにタキオンはそう言うが、実際。今の会長殿に勝つにはそれしかないだろう。なんせヘル化持ちだ。大きく引き離した際にどうなるかなんて知りたくもない。

 

 

ライス「.........ち、ちょっと自信湧いてきたかも.........!」

 

 

タキオン「.........ふふん」ドヤァ

 

 

 どうだい?なんて声が聞こえてくるようなドヤ顔。実際、彼女は良くやってくれた。あんな事を恥ずかしがりもせずにやってのけるとは思っても無かった。彼女は案外、手があるならなんでもやるタイプなのかもしれない。

 しかし、まだ足りない。ちょっとではまだ、彼女が安心して実力を出し切れるほどでは無い。

 

 

桜木「.........よしっ、思い付いたぞ!対策方法が!」

 

 

タキオン「本当!!?」

 

 

桜木「.........あー。タキオン、もう裏声は良い。耳がキンキンする」

 

 

タキオン「おや残念。こう見えても昔は超音波のプリンセスとも呼ばれていたのだが、試しに聞いてみるかい?」

 

 

全員「結構(です)!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ブルボン「それで、チームの皆さんにライスさんの良い所を聞こうという事ですか?」

 

 

 そう言いながら、椅子に座り首を傾げるブルボン。全くその通りだと肯定するように、俺は首を縦に振る。目の前にはブルボン以外にも、ウララ、デジタルが座っている。

 

 

ライス「き、急に言われても、出てこないよね.........」

 

 

ウララ「そんな事ないよ!!ライスちゃんの良い所!!たーっくさんあるよ!!」

 

 

 晴れやかな笑顔を見せつつ、ウララは勢い良く立ち上がった。優しい所、遊んでくれる所、お話を聞いてくれる所、長く走れる所.........その一つ一つを指を折り曲げて教えてくれるウララに、不覚にも涙がこぼれそうになる。

 

 

マック(.........貴方が泣いてどうするんですの?)コソコソ

 

 

桜木(ごめん.........年取ると涙脆くなるんだ.........)ヒソヒソ

 

 

マック(気持ちは分からなくも無いですが.........)

 

 

タキオン「んっん゛ん゛!!」

 

 

二人「!」ピシッ!

 

 

 マックイーンとヒソヒソと内緒話をしていると、背中を見せているタキオンから明らかに俺達に向けた咳払いの声が聞こえてきた。それを聞いた俺達は二人同時に、背筋をピンと張り、真っ直ぐ立つ。

 

 

タキオン「今はライスくんの大事な話なのだよ?分かってるのかい?え?」

 

 

桜木「はっ!承知しております!タキオン閣下!」ピシッ!

 

 

マック「この度は誠に申し訳ありませんでしたわ!」ピシッ!

 

 

 両かかとをしっかりと着け、敬礼して謝罪をする。何故かマックイーンも同じように敬礼して謝罪していた。なんなんだ。一心同体ってそういう事なのか?

 まぁとにかく、疑り深いタキオンの目がようやくいつもの様に気だるげな濁った目になり、二人で安堵する。

 

 

ライス「あ、ありがとうウララちゃん!」

 

 

ウララ「えっへへ〜♪良かった〜!!」

 

 

デジ「ふわぁ〜.........ライスしゃんの良い所は、こういうやり取りを目の前で見せてくれることでしゅ〜.........」

 

 

 液状化を果たしつつも、自分の役割もしっかりとこなすデジタル。お前のそう言う姿勢がチームにも貢献されているのだぞ、我がチームマネージャーよ。

 そんな優しい雰囲気が漂いつつも、一人真剣な表情で考えている人物が一人いる。それは、ライスと共に菊花賞を走る事になっているミホノブルボンだ。

 自らの顎に手を添え、静かに目を閉じているその姿に、場の雰囲気はやがて、彼女と同じように静かになっていく。

 

 

ブルボン「.........私が思うに、ライスさんの素晴らしい点は、常に上を見ている所だと感じます」

 

 

 そう言葉を口にしたブルボン。その静けさは彼女が真剣であると言うことを感じさせる。ここに居る誰もが、彼女が嘘偽りなく、ライスの良い所を褒めていると感じた。

 しかし、ライスの表情は浮かない。きっと、彼女が言ったことを理解しきれていないのだろう。その感情はやがて、疑問となって口から出た。

 

 

ライス「上を見ているって.........?」

 

 

ブルボン「ライスさんは常に、何があったとしても自分に非があると思い込みます」

 

 

ブルボン「それはつまり、自分が何とか出来ればという上昇志向の現れだと、私は思っています」

 

 

桜木(.........なるほど、よく見てるな)

 

 

 流石、菊花賞をこれから走る.........いや、このクラシック級のGIを共に走り抜いた仲。ライスの事を良く知ってくれている。二人の事はきっと、お互い俺以上に理解しているだろう。

 

 

ライス「.........ありがとう!ブルボンさん!」

 

 

ブルボン「私の言葉が力になるのなら、いつでも言いますよ。ライスさん」

 

 

マック「成長しましたね.........二人とも」グスン

 

 

 友情が確かに感じられる場面を目の前にして、俺の隣に居るマックイーンは流れそうになる涙を人差し指で拭う。

 二人とも、最初の頃とは大違いだ。片や臆病、片やサイボーグだった二人が、今はこうして、笑っている。

 チームというのは良い物だ。それを教えてくれたのは他でもない、隣にいるマックイーンだ。彼女が居なければ、この集まりは無いと言ってもいいかも知れない。俺はそんな彼女を労わるように、背中を撫でた。

 

 

桜木「.........ようしっ!見たところ、あともう少しってとこだな!!」

 

 

タキオン「おや、その様子だと、また何か案が思い付いたようだね」

 

 

マック「ふふ、期待していますわね、トレーナーさん」

 

 

 期待の眼差しを一身に受ける。今この場にいる皆が、俺の次に期待してくれている。そう思うだけで、その案が成功すると確信した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ニコロ(なんだ、これは.........)

 

 

 今、俺がこの身を置いている状況に疑問を抱く。場所はトレセン学園の体育館であるが、今俺が立っているのはマットの上であり、そのまわりを囲うようにバレーボールのネットが張られている。

 もしかしてなくても、これはリングなのだろう。ヘッドギアとグローブをつけ(つけられ)、角の方で待機させられている俺と、真正面には同じように待機しているウマ娘。ライスシャワーが居た。

 

 

桜木「赤ァァコーナァァァ.........ライィィィスゥシャゥワァァァ!!!」

 

 

ライス「むん!」グッ

 

 

 名前を呼ばれ、それに応えるように力を入れるライス。ガッツポーズのつもりなのだろう。しかし、その力強い上半身とは裏腹に、足は子鹿のように震えている。

 

 

桜木「青ォォコーナァァァ.........ニコォォrrrrrrオーエッブァァァァンス!!!」

 

 

ニコロ「.........」スッ

 

 

ライス「ひあっ.........」ビクッ

 

 

 大丈夫なのだろうか?こっちは構えをとっただけなのだが、反応が明らかに大袈裟だ.........本当に俺は一体何をやらされているのだ?

 

 

桜木「レディ!ファイトッ!!!」

 

 

タキオン「良いかいライスくん!!?一発当てれば良いんだよ!!!一発だけで良いんだ!!!軽くね!!?」

 

 

マック「貴方!!!ライスさんに手を出したら承知しませんわよ!!?いくら元ヒットマンだかなんだか知りませんがメジロ特殊部隊の前では手も足も出ませんわよ!!!大人しくサンドバックになりなさい!!!」

 

 

 なんなんだ。あのウマ娘は、初めて会った時は年齢に合わないほど大人びた少女だと思っていたが、今は俺に手を出すなと言う一言を言うだけで聞いてもいない情報がぽんぽんと口から出てくるぞ。メジロ家と言うのはそれほどまで凄い家なのか.........?

 

 

ライス「え、えっと。ぱんちってどうすれば良いんだろう.........!」

 

 

ニコロ(.........そこからか)

 

 

ニコロ「まず、両手で拳を作ってから、自分の胸の前で固定する」

 

 

ライス「こ、こうかな.........?」

 

 

 俺は一体何をやっているんだ。これからスパーリングをする相手に、パンチの方法を教えるなんて、人生で初めて体験したぞ.........

 しかも、いくらアスリートとは言えそこら辺は素人。ポーズはしているが、はっきり言って弱々しいの一言に限る。

 

 

ニコロ「.........そのまま利き手を前の方に真っ直ぐ突き出す。やってみろ」

 

 

ライス「う、うん!.........えい!」

 

 

ニコロ「.........!!!こ、これは.........」

 

 

 驚いた。まさかこの世にこんな存在がいるとは思いもしなかった。俺とこの子とでは、住む世界がまるで違う.........このパンチ。明らかに―――

 

 

ニコロ(弱すぎる.........!!?)

 

 

 なんだこれは!!!こんなもの止まっている蚊さえ仕留められないぞ!!!虫も殺さないなどという慣用句は日本でよく使われると聞くが、それはあくまで例えだと思っていたが、まさか本当に虫も殺せない存在が居たとは.........!!!

 あまりにも予想外すぎた為、俺は思わず視線を桜木の方へ送る。奴は声は出さずにジェスチャーで大袈裟にやられろ。という指示を俺に送ってきた。

 

 

ニコロ「.........ぬぅぅぉぉおおおおおお!!!!!???」ゴロゴロゴロゴロ

 

 

ライス「ひゃっ.........!!?」

 

 

マック「っ!!!今助けますわよ!!!ライスさん!!!」

 

 

全員「え!!?」

 

 

 奴に指示された通り、大袈裟に痛がった後、俺は元の隅っこの方へと転がりながら後退した。後退した。後退したはずだ。後退したんだ。

 だと言うのに、何故かメジロマックイーンはライスシャワーの怯えた声に反応し、その身でリングへと上がり込んできた。

 

 

マック「メジロ殺法48ある護身技の一つ!!![五所蹂躙絡み]ッッ!!!」ガシッ!

 

 

ニコロ「なにィィィィィ!!!!!???」

 

 

桜木「やめろめろメジロめろ!!!」ガバッ!

 

 

マック「離して!!!絶対許さないわ!!!ライスさんを怖がらせるなんて!!!」ジタバタ

 

 

桜木「マックイーン口調!!!変な風になってるから!!!」ギュー

 

 

マック「ふーっ!ふーっ!」

 

 

 あ、危ない所だった.........両足首を掴まれて視界が逆さになった時はもう終わったと思ったが、なんとか桜木が助けてくれた.........

 まぁ代わりにその桜木が先程俺がやられるはずだったプロレス技の様なものを受けてマットに倒れ伏しているのだが.........まぁ、仕方ないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ライス「.........えへへ」

 

 

 トレーニングが終わって、寮へ帰る支度をしている途中で、今日あったことを思い出して思わず笑っちゃった。

 みんな、ライスの為に色々してくれた。みんなのお陰で、少しは勝てる.........ううん、勝ちたいって思いが強くなった。

 

 

ライス『ねぇねぇお兄さま.........?ライス、菊花賞勝ったら、みんな喜んでくれるかな.........?』

 

 

桜木『あったりまえだ!俺たちだけじゃないぞ〜?きっと、ライスのファンもみんな喜んでくれるに決まってるさ!』

 

 

 今までずっと、勝てたらいいなぁ、変われたらいいなぁって、そんな思いでレースに出てた。でも、きっとそれだけじゃダメなんだ。勝ちたい、変わりたいって思わなきゃ、きっと何も変わらない。

 

 

「まだ残ってるのか?」

 

 

ライス「あ、ご、ごめんなさい!すぐ帰るね!ニコロさん!」

 

 

ニコロ「構わない。本国に送るレポートを書かなきゃいけないからな。ゆっくりして行くといい」

 

 

 うぅ.........ライスのにやけた顔、見られてなかったかなぁ.........?ち、ちょっと恥ずかしい.........

 でも、この一年過ごしてみて、この人は良い人だって分かったから、ちょっとは大丈夫!最初は怖かったけど.........

 

 

ライス「.........あ、あの」

 

 

ニコロ「?」

 

 

ライス「し、質問しても良い、ですか.........?」

 

 

ニコロ「ああ、構わない。それと敬語も良い。いつも通りに話してくれ」

 

 

 そう言われて、大丈夫かな?って少し考えたけど、思い切ってやってみようと思った。まだ少し怖いけど.........

 

 

ライス「.........ライスね?ずっと変わりたいと思ってたの。レースに出るのも、今までのライスから、変われるかなって.........」

 

 

ライス「.........変われる......かな.........?」

 

 

ニコロ「.........」

 

 

 言いながら少し、怖くなってきたけど、ライスはそう言った。するとニコロさんは、書いていた本国へのレポートの作業を、一旦止めたの。

 何を言ってくれるんだろう?そう思いながら、少し考える素振りを見せるニコロさんの表情を、ライスは見守った。

 

 

ニコロ「.........変わらない」

 

 

ライス「え.........?」

 

 

ニコロ「と、[昔の俺]だったら、何も考えずに言っていただろう」

 

 

 最初は、険しい表情だった。でも、直ぐにそれを訂正した彼の顔は、なんだかとても嬉しそうで、優しい物だった。

 

 

ニコロ「例え道が定められていたとしても、行くべき所があったとしても」

 

 

ニコロ「人間の足は自由だ。どこにだって行ける」

 

 

ニコロ「.........奴は、俺にそれを教えてくれた」

 

 

『この[デトロイト]でッ!テメェを[ビカムヒューマン]させてやらァッッ!!!』

 

 

 

 

 

 ―――自分の頭に聞こえてくる声はまるで、つい先程聞いたばかりのような鮮明さを帯びながら、記憶の奥底から呼び起こされた。

 あの日、奴に言われた通りに、[デトロイト]で俺は[人間になった]。いや、[人間にされた]。

 

 

ニコロ「.........だが俺は、変わる事はあまりおすすめしない」

 

 

ライス「え!!?」

 

 

ニコロ「面倒な事が山ほどある。明確な道の上から外れ、獣道とも呼べない場所を歩き、見えない物を追い求める程過酷なものは無い」

 

 

 最初は、そうだ。後悔の連続だ。俺はクリーンな存在では無い。足を洗う為に、組織を壊滅させる為の情報を警察に渡し、名前を変え、一般常識を身に付けてきた。

 だが、そのどれもこれもが苦痛に等しかった。今まで何も知らずに生きてきた。そして、そのまま生きていたらこれ程楽な事は無いと思った。

 結局、どこも同じだと思った。自分は駒で、組織に良い様に扱われ、使えなくなったら捨てられる。そんな匂いが、何処からでも感じ取れた。

 それでも.........

 

 

ニコロ「.........ああ」

 

 

ライス「.........?」

 

 

ニコロ「変わらない方が[楽な人生]だとは思うが.........変わった方が、[良い人生]だと思えるのは間違いないな」フッ

 

 

ライス「!」

 

 

 夜空に浮かぶ[三日月(クレセントムーン)]に、あの日出会った人々の姿を思い出す。あまりいい思い出ではないと思っていたが、こうして自然に頬の変化を感じ取れるということは、あながちそうでも無いということだろう。

 視線を小柄な少女に戻し、その姿を改めて見る。明らかに子供だ。桜木に教えてもらった実年齢より遥かに幼く見える。

 それでも、彼女は俺達人間より強く、なんならそこら辺のウマ娘より高いポテンシャルを持っている。そんな彼女が.........何故か、昔の自分と重なってしまう。

 

 

ニコロ「変わりたいのなら、その為の覚悟と、努力をする事だ」

 

 

ニコロ「変わる為の努力を、変わる事で生じる壁を超える覚悟を.........」

 

 

ライス「覚悟と、努力.........!」

 

 

 力強く、まるで自分に言い聞かせるようにそう呟くライスシャワーの姿にはもう、あのスパーの時に感じた弱々しさや、迷いは無くなっていた。

 これで、彼女は殻を破り、多くの人々にその名の通り、祝福されるだろう.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その時はそう、本当に思っていたんだ.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木(.........遂に、決戦か)

 

 

 静かに物思いにふけながら、瞼の裏側に記憶をゆっくり投影する。時計の針を逆回転させれば、景色はいつでもあの頃へと戻っていく。

 菊花賞。それは三冠と呼ばれる栄光に辿り着くための、最後の旅路。その旅路を一番早く終えた者だけが、その栄光を掴み取る事が出来る。

 片や臆病者。片やサイボーグ。そんな第一印象を持った彼女達は今や、この大舞台で拮抗した実力を見せ、更にはこのレースの主役にまで上り詰めた。

 

 

桜木「.........正に、[山あり谷ありウマ娘]だな」

 

 

ブルボン「.........?」

 

 

ライス「お、お兄さま.........?」

 

 

 しまった。心配そうに声を掛けてくる彼女達の呼び声で、思っていた事が口から出ていた事に気がついてしまった。

 .........ダメだな。こんなんじゃ。俺がしっかりしなきゃ、二人とも安心して走りきれないだろう。

 

 

桜木「いや、何でもない。昔を思い出してただけさ.........」

 

 

桜木「さぁ、そろそろ始まるぞ。気合い入れてけよ」

 

 

 薄暗い地下バ道。出口から差し込んでくる光は、彼女達の栄光を表すように、二人の背中を照らしている。ここまで来るのに、これほどまでにするのに、俺は.........いや、俺達は努力をしてきた筈だ。

 泣いても笑っても、これが彼女達にとって最初で最後の、クラシック級における最後のレース.........

 

 

ブルボン「.........では」

 

 

ライス「行ってくるね!」

 

 

「マスター(お兄さま).........!」

 

 

桜木「!.........ああ!」

 

 

 光を浴びていた背中を、今度はこちらに向け、彼女達はその一身に、光を享受する。眩しくて、綺麗で、切なくて、ちょっと苦しい光。

 .........そんな彼女達に掛ける言葉が、今の今まで見つからなかったけど、今ようやく、見つかった。

 

 

桜木「.........二人とも!!!」

 

 

二人「.........?」

 

 

 俺の声に反応して、その道の出口まで歩いていた二人は、ゆっくりと振り返った。その顔に迷いはなく、どちらも、強い決心によって揺るぎない物になっていた。

 

 

桜木「.........頑張ってこい」

 

 

桜木「例え、どっちかが勝って、どっちかが負けてしまっても.........!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺はお前らを、誇りに思う.........!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だから帰ってこい。俺達は、いつもここで待ってる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺の本心。熱された鉄のように熱くなった心の本音。それを肯定するように、俺の隣にいるマックイーンとタキオンは返事をした。そして、ウララとデジタルはその手を彼女達に振った。

 そんな俺達を見て、二人は笑顔を浮かべてから、もう一度背中を向けた。この大決戦。きっと日本中は、その結末に大きく熱狂するだろう。あの、マックイーンとテイオーの天皇賞の様に.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺は、その時が来るまでは、そう思っていたんだ.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ......To be continued



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望まれぬ勝利。その代償

 

 

 

 

 

 炎天下は既に過ぎ、秋の涼やかな風が身体を撫でながらも、あたりの空気は熱狂に包まれている。

 [菊花賞]。その舞台となる京都の大舞台。そこは季節や温度など関係なく、ただ人の熱気だけで、汗をかく程に熱くなっていた。

 

 

マック「.........どうやら皆さん、ブルボンさんの三冠が目当てのようですわね.........」

 

 

タキオン「仕方あるまいさ、なんせ。[スプリンター]かつ[無敗の三冠バ]になる可能性がある。歴史に名を残す所か、歴史をひっくり返してしまう様なものだからね」

 

 

 歴史がひっくり返る。確かに、タキオンの言う通りかもしれない。今この場にいる誰もが、その瞬間を見たがっている。それ以外の瞬間など、受け付けないと言うような程の熱狂ぶり.........

 

 

「アグネスタキオンさんの言う通りです」

 

 

桜木「.........?」

 

 

 突然、そんなタキオンの言葉を肯定する声が聞こえてきた。俺達はその声に振り返ってみると、そこにはワイシャツがキッチリとした男性が立っていた。

 その男性は自分の身分を証明するために、名刺を俺に丁寧に挨拶をしながら渡してきた。それをじっくり見てみると、彼が記者であること。そして、乙名史さんと同じ会社の人だと言うのがわかった。

 

 

桜木「.........[真壁 総悟(まかべ そうご)]さんで、合ってます?」

 

 

真壁「はい!初めまして桜木さん!貴方の事は、自分の先輩である乙名史から伺っております!」

 

 

 成程、言うなれば彼は、彼女の部下になるという事だ。しかし、そうとなると肝心のその乙名史さんが姿が見えない。マックイーンも気になったのだろう。俺が居ると分かれば一目散に駆け寄ってくる彼女がこうも現れないと、逆に不安になってくる。

 その不安を感じたのか、目の前にいる真壁さんは少しバツが悪そうに申し訳なさそうに頭を下げた。

 

 

真壁「すいません.........先輩なんですが、インフルエンザにかかってしまって.........」

 

 

桜木「ありゃ.........」

 

 

マック「まぁ.........」

 

 

 インフルエンザ.........運悪くこの時期にかかってしまうとは、乙名史さんもお気の毒だ。世紀の大勝負は自分のその目で見たかったであろうに。今はベッドの上で安静にしていて欲しいものだ。

 

 

真壁「.........頑張ってください。応援してますよ!」

 

 

桜木「え?あ、あぁ.........あの―――」

 

 

真壁「それでは自分はこれで!あまり記者が個人と仲良くしていると変な噂が流れてしまいますから!」

 

 

 若さという溢れ出るバイタリティ。それを感じさせるように、彼はその躍動感のままこの場を去って行った。俺の質問が出かけた言葉も、聞かずに。

 応援している。それは一体、何を?[三冠を夢見るミホノブルボン]か?それとも、[GIをまだ勝ったことがないライスシャワー]か?

 疑問は尽きて止まない。それでも、時間は刻一刻と流れて行き、気が付けば、開始のファンファーレが響き始めていた.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ライス「すぅ.........はぁぁぁ」

 

 

 ゆっくりと息を吸って、綺麗な空気を肺に溜める。大きく息を吐いて、緊張と一緒に不安を身体の中から抜いて行く。

 地面はどこまでも広がる緑色のターフ。まるで、海みたいに広がっている。顔を上げると、鉄で出来たゲートが、ライスを待っているように、その空いた空間を意識付けさせる。

 

 

ライス(.........ブルボンさん)

 

 

ブルボン「.........」

 

 

 何も心配ないって感じで、ブルボンさんはゲートの中にスーって入って行った。けれど一瞬だけ、その視線はライスの事を見ていた気がする。

 それは何だか、レースで戦う敵.........って感じより、ライスの走りを期待してくれてる。そんな目だって思った。

 

 

ライス「.........頑張るぞ〜......!」グッ

 

 

 いつもみたいに.........やるのは、ちょっと恥ずかしいから、声は小さめに、握った右手も空に向かって突き出さずに、ライスの胸の位置で止める。

 きっと、ここで勝てば。ここで変わる事が出来たら.........ライスは、[ライスシャワー]になれる。皆を笑顔にするような、[祝福の雨]に.........!

 そこから一歩踏み出すと、世界の景色は、さっきと少し変わった。どこまでも広がって、どこにでも行けそうな世界から、真っ直ぐ、ここからゴールまでの道しかない世界に.........

 

 

「クラシックレース最後の栄誉をかけて。[菊花賞]が今―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「スタートです!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「.........縦長の展開か」

 

 

タキオン「ブルボンくんは逃げの二番.........いい位置に着いているよ」

 

 

マック「ライスさんも抜けさえすれば可能性は大いにありますわ.........!」

 

 

 ターフを駆けるウマ娘達。その集団は縦に伸びており、誰でも、何処からでも抜けて行くことが出来る形を形成している。

 だが、それは決して楽という訳では無い。どのタイミングで、誰が、どう出てくるのかを見極めなければ、良い様にされて終わりだ。特に、このGIという強豪揃いのレースでは.........

 

 

桜木(さて、周りの声は.........)

 

 

「いけーっ!!ミホノブルボンーーー!!!」

 

 

「俺達に世紀の瞬間を見せてくれー!!!」

 

 

「今のお前なら!歴史だって越えられるんだぜー!!!」

 

 

桜木(.........やっぱり、そうだよな)

 

 

 大方予想通り。観客の声のほとんどがブルボンの三冠へと降り注ぐ。そして、その期待に応えるように、ブルボンもギアを上げ、先頭へと躍り出てきた。

 一方のライスはまだ抜け出せてはいないものの、いい位置に確実に着けている。距離もそこまで離れてはいない。勝てる可能性はある。だが.........

 

 

マック「ライスさん.........」

 

 

タキオン「.........ふぅン」

 

 

 やはり。どう言うべきだろう。皆、ミホノブルボンの勝利を信じて疑っていない。暑さによる本能的な発汗とは違う、嫌な汗が頬を伝い始める。

 .........いや、そんなことあるはずがないよな。ここに居る皆、全員大人だ。そりゃもちろん、子供も混ざって観戦してるけど、大半の大人はそれでも、ライスの勝利を喜んでくれる筈だ。

 

 

桜木「っ!来るぞ!!!」

 

 

ウララ「頑張ってー!!!ライスちゃーん!!!ブルボンちゃーん!!!」

 

 

 坂を登って第三コーナーに差し掛かる。全力で声援を飛ばすウララの声を隣に、俺達はレースの展開を改めて分析する。

 ブルボンはまだ二番手、ライスシャワーは五番の位置に未だに居る。どちらも仕掛けず、かと言って気を抜いている訳では無い。体力を温存しながら、お互いにその時を待っている様子だった。

 

 

桜木(.........?なん、だ.........?)

 

 

 身体が暖かい、太陽の熱や、人の熱気による物では無い。それはハッキリとわかった。しかし、それが何なのかは分からなかった。

 ただ分かるのは、俺の首から下げた王冠が、煌めきを発しているという事だけ.........いつもの様なただの光ではない、マックイーンの時のような、白い光でもない.........それはまるで.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 虹色のような.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「.........?」

 

 

 瞬きをした瞬間。世界は、その姿を変え、黒一色に染まったように思えた。実際には、小さい明かりが、360度に敷き詰められたような、まるでプラネタリウムの世界に飛び込んだみたいだ。

 そんな中で、浮かぶ一つの母船。カタパルトからなにか射出されるのだろうか?ハッチの横にあるランプが赤から青に変わった後、徐々にそれを上げていく。

 

 

桜木(.........ブル、ボン......?)

 

 

 ここから見るその姿は、正に米粒程度の大きさ。だが、それでも彼女であると気が付くことが出来た。

 カタパルトの上にあるスラスターに足を乗せ、固定される。宇宙空間であるはずだが、スラスター射出の大きい音が聞こえてくるということはつまり、ここは空想の世界なのだろう。

 

 

「おっと!ここでミホノブルボンが仕掛けたっ!三冠ウマ娘に向かってミホノブルボンが一気に前へと躍り出たー!!!」

 

 

 そんな実況の声が聞こえてくると共に、宇宙空間に居る彼女の方も、その身をスラスター射出によって大きく飛び出して行く。

 

 

 彼女の顔が目前へと迫り来る程の至近距離。視界に広がる世界は徐々に白に染め上げられていく。きっと、現実世界に戻るのだろう。そう思った俺は、ゆっくりと瞬きをした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次に目を開いた時、俺は見慣れない教会に居た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目に飛び込んできたのは、ステンドグラスから差し込む光。様々な色を通して、そこに描かれた模様が光によって地面へ投影される。

 不意に、真横を通る足音が聞こえてきた。静かな教会に響き渡るそれと、人の気配が無いことを察するに、今は俺と、その足音を出す存在しか居ない。

 俺は、思い切ってその方向に首を動かした。

 

 

桜木「.........ライス?」

 

 

ライス「.........」

 

 

 そこには、 青い薔薇の花束を大事そうに抱きしめつつ、バージンロードからそのステンドグラスの元までゆっくりと歩く、儚げな彼女がそこに居た。

 目的の場所まで辿り着いたのか、彼女は光が差し込むその一歩手前まで足を運んだ。儚げだった表情は一瞬にして、どこか悔しさを感じる物になり、大切に持っていた花束の根を、音が出る程にギュッと握りしめた。

 

 

ライス「ライスだって.........!」

 

 

桜木「.........!!!」

 

 

 勝負服に着いている短剣。飾りかと思っていたが、どうやら着脱出来たらしい。彼女はそこに手を掛け、持っていた花束を放り投げ、元きた道を、今度は駆け出すように前のめりになった。

 そしてまた、視界は白に染っていく。今度こそ、現実世界に戻ってくるだろう.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「その後ろからライスシャワー!ライスシャワーが迫ってきた!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 [共鳴]が発動した!

 

 

桜木「っ、.........ふぅ」

 

 

 心地の良い汗が、今までの汗を上書きする。目の前のレースを見るに、どうやら今度はちゃんと戻ってこれたらしい。

 

 

マック「トレーナーさん.........?」

 

 

桜木「あ、ああ。大丈夫.........流石に、暑いな」

 

 

 溢れ出る汗を、何とか熱気のせいにして誤魔化してみる。それを聞いたマックイーンは俺にハンカチを渡してくれた。少し、罪悪感を感じる。

 

 

タキオン「.........おかしい」

 

 

桜木「.........?何が?」

 

 

 唐突に呟かれた疑問。その疑問に質問をぶつけると、彼女は視線だけこちらに移した後、もう一度レースの方に視線を移した。

 

 

タキオン「ここまでの実力があるのなら、以前のマックイーンくんの時と同様、[原点回帰]が起こるはずだ」

 

 

桜木「.........まて、原点回帰?」

 

 

 突然、聞いた事はあるが、この場においてそれがどんな意味を指すのか分からない言葉が彼女の口から飛び出てくる。彼女は面倒くさそうにため息を吐いたが、結局、渋々説明を始めた。

 

 

タキオン「あの[白いオーラ]の事だよ。出てないんだ。[ヘル化]の兆候もない」

 

 

桜木「はは、何言ってんだよ。それならしてるじゃ―――」

 

 

 先程見たあの世界。あれは以前、マックイーンが[白いオーラ]を出す前に見た世界によく似ている。だとするならば、二人は今頃、その身を白いオーラに包んでいる筈だ。

 そう思って視線を移しても、何もおかしなことは無い。ただ至って普通の彼女達が、普通に走っている。

 

 

タキオン「.........そういえば、あれが起きる前、君は随分急に疲れていたね?」

 

 

桜木「そ、そりゃ疲れるだろ.........じ、GIだぞ!!?」

 

 

デジ「え?でももうそこまで緊張する程新人でも無くないです?」

 

 

 くっ、このアグネスの片割れめ.........急に会話に参加してきたと思ったら意外と痛い所突いてきやがる.........

 疑問が確信に変わる。そんな変化が手に取るように分かるタキオンの表情の移り変わりを目の当たりにし、俺はその頭を両手で掴み、視線を強制的に移す。

 

 

桜木「ほら、俺のつまんねぇ顔なんかより。今はGIのレースに集中しろ」

 

 

タキオン「.........後でたっぷりと、聞かせてもらうよ?」

 

 

桜木「好きにしろ.........そろそろ、決まるぞ」

 

 

 既にレースは残り100メートルを切った。数秒間の先頭を走るのは、ミホノブルボンと、ライスシャワー。その鬼気迫る二人の表情は正に、追うものと、追われる者。そう表現するしかない程、二人の表情は必死さが敷き詰められていた。

 

 

「嘘だろ.........?」

 

 

「三冠が.........!」

 

 

「ミホノブルボン.........!」

 

 

桜木「っ、頑張れェェェェッ!!!二人ともォォォォッッッ!!!!!」

 

 

マック「トレーナーさん.........これが終わったら!!!メジロ家のパティシエにスイーツを作らせますわァァァ!!!」

 

 

 俺が身を乗り出して応援する。そして、それに釣られるように、マックイーンも俺の隣で身を乗り出して、必死に声を出していた。

 最後の直線。ブルボンの必死な表情に、苦しさが紛れ始めたその瞬間。ライスはその隣を意図も容易く抜け出して行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間が止まった。それが、決定的瞬間であったからだ。しかし、それは必ずしも嬉しい時に起こるだけのものでは無い。それは、周りの様子を見れば明らかだった。

 ガラスの割れる音。シャボン玉のように、脆く儚い、今まで割れなかった事が不思議に思うくらいの、綺麗なそれは、割れる時に奏でる音も、また綺麗だと思った。

 そんな呑気な考えが出来るほど、余裕があった訳では無い。それでも何故か、その音に心が惹かれた。いや、[引き摺られた]と言った方が正しいだろう。まるで、無意識に鎖を付けられ、ズリズリと足の裏を地面に擦り付けるように、意識はそちらに傾いていく。

 皆の顔が、失意の底に沈んでいくのが、手に取るように分かった.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ミホノブルボンさん。本日は残念でした」

 

 

「惜しかったですね。ミホノブルボン選手」

 

 

「貴方の三冠、日本中が期待しておりました」

 

 

 そんな言葉が、記者さん達が手を挙げて、立ち上がる度に聞こえてくる。その度に、ブルボンさんは丁寧にごめんなさいと、ありがとうの言葉を伝えて行った。

 

 

ライス(.........っ)

 

 

 ライスは.........そんなブルボンさんの顔も見れないで、俯いているだけ。皆、ライスの事なんか気にしていない。ライスが勝ったことに、喜んでない.........

 結局。ライスは[祝福の雨(ライスシャワー)]になれなかった.........皆を笑顔にするどころか、こんな悲しい気持ちにさせてしまった.........

 点滅するような光が沢山発生する。その光全てが、まるでライスの事を責めてるみたいで.........みんなの悲しい顔が、怒ってるように見えて、ライスは泣きそうになった。

 

 

ライス(やっぱり.........ライスは勝っちゃダメだったんだ.........!)

 

 

 [菊花賞]が始まる前に、お兄さまに掛けられた言葉。ライスが勝ったら、多くの人が喜んでくれる.........そんな素敵な言葉を、お兄さまは掛けてくれたのに、ライスがそれを[嘘にしてしまった]。

 隣に座るお兄さまは、黙って、記者さん達の言葉をただ聞いて、ブルボンさんに回答を促しているだけ.........もしかしたら、お兄さまも.........!

 

 

ライス(こんな事なら.........変わらず.........!!弱虫のままだった方が.........!!!)

 

 

 膝の上で作った拳に、ポタリと何かが落ちる。それは、ライスが我慢していた、涙だった。泣いちゃいけない所なのに.........ライスが泣いちゃ、行けないのに.........

 

 

ブルボン「!.........ライスさん」

 

 

ライス「......ごめん、なさい.........」

 

 

ライス「ごめんなさい.........!」

 

 

 そんなライスに気付いて、ブルボンさんは背中をさすってくれた.........本当は、三冠を取りたかったブルボンさんが、一番辛いはずなのに.........

 息がだんだん、詰まったように苦しくなって、身体は、ライスの言う事を聞かずに、震えだして.........心は、もう。雨に野ざらしになって.........このまま、消えちゃいたかった.........

 

 

司会「.........他に質問のある方は―――.........え?」

 

 

ライス「え.........?」

 

 

 もう、記者さんは誰も、手を挙げてなかった。それでも、この時間は続いちゃう。ライスはもう。早く逃げたかった.........

 けれど、隣にいるお兄さまが手を挙げた。その姿に、ブルボンさんも少し、驚いていた。

 

 

桜木「.........ありますよ。質問」

 

 

ブルボン「マス、ター.........?」

 

 

桜木「.........―――ッッ!!!」

 

 

 

 

 

 ―――それは、衝撃音だった。この記者会見の場に、隙間なく響き渡るほどの、強い衝撃音。この場に居る全員が、その音を逃さないように。

 そして.........俺のこの怒りを、散らさせないように。俺は挙手した手を、思い切り振り下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「冗談じゃねぇ.........ッッッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 怒号では無い。だが、それは尋常じゃない程の怒気が込められているのは、この場に居る全員が、理解している。

 先程まで、失意や落胆の表情を浮かべていたクソッタレな大人達も、そして、隣で精一杯走り、結果を出した二人も、同じように驚愕と、恐れが表情に表れていた。

 

 

桜木「.........残念でした」

 

 

桜木「惜しかったです」

 

 

桜木「期待してました」

 

 

桜木「.........他に言うことねぇのか?なぁ?」

 

 

 俺のその言葉を聞き、数人はしまった。という表情をした。しかし、それだけだ。それ以外は、何故俺が怒り散らしているのかを理解していない。

 

 

「.........と、いうと?」

 

 

桜木「黙れ。その揚げ足取りに特化した口を開くな。テメェらはただ大人しく、俺の言った事をメモしときゃ良いんだよ。ダボハゼ共」

 

 

「!!?」

 

 

桜木「やっぱジャーナリストつうのは、取り扱うジャンルは違えど気質は似てんだな。類は友を呼ぶってか?だったらもっといいコンテンツあんだろ。芸能人の不倫でも追っかけてろよ」

 

 

 ぐつぐつとマグマの様に煮えたぎった怒り。それは言葉にすればするほど、冷めていく所か温度を更に上昇させて行く。

 .........期待していなかったと言えば嘘になる。だが、以前のマックイーンの事があって、未だに期待を抱いた俺がバカだったんだ。

 

 

「その言葉は問題発言かと」

 

 

桜木「だったら取り上げろよ。一般出のトレーナー素養悪しって見出しにすりゃ、ゴシップ好きは寄り付くだろうよ」

 

 

「その言葉、取り消せませんよ?」

 

 

桜木「あぁあぁ、勝手にやれよ。芸能人の尻追っかけるより、俺の尻追っかけんのが性に合ってんなら止めさせねぇよ」

 

 

 そんな俺の熱に釣られ始めて、一部の記者には怒りが見え隠れし始める。なんだ。一丁前に怒れる程の誇りは持ってんのか。そこだけ上出来なんだな。

 

 

「貴方は何がしたいんですか?」

 

 

桜木「知らねぇよ。テメェらが勝手に通夜にしたんだろうがよ。身内で慰めりゃ済む話を、ここまで大っぴろげにしやがって。はた迷惑なんだよ」

 

 

「わ、私達はただ、この国の方達の悲しみに寄り添おうと.........」

 

 

桜木「っ!!!テメェらはそうやって今目の前に居ねぇ奴らを盾にして他人事を大事にすんのが好きだよなァッッ!!!」

 

 

 いつもそうだ。コイツらは、目の前にいる人を取り上げる癖に、その人達には目を合わせない。いつもいつも、顔を見せない大勢の顔色を伺っている。

 .........改めて集まっている面子を見ても、普段仲良くしている人達は居ない。殆どの人が関わりのない人達だ。今までがきっと、恵まれすぎていたのかもしれない。

 

 

桜木「.........アンタらは、残酷だよ」

 

 

「.........」

 

 

桜木「夢が叶うのなんて一握りで、別に叶わなくたって、本人が悲しい思いすれば良いだけのはずだ」

 

 

桜木「それなのに、勝手にそれを大々的に取り上げて、多くの人を悲しませて、本人に更に重荷を背負わせて.........!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この子らはまだ子供だぞッッッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「責任も!!!義務も!!!存在していない自由な子供だ!!!」

 

 

桜木「それに枷かけてんのは!!!アンタらじゃねぇのか!!!」

 

 

 声を張り上げて、椅子を後ろに倒して、きっと俺の顔も、凄い怖い顔をしているだろう。他人事の様に、そう思った。

 まるで自分の身体が言う事を聞かない。怒りと言葉だけが原動力で、他は全部、身体の外に切り離されたみたいだ。

 

 

桜木「そんなんでアンタらは.........!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「子供に胸張ってその姿見せられんのかよッッッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 怒り。怒り。怒り。その一点だけだった身体の中に、違う感情が芽生える。それは、この現状を変えられず起こしてしまった。そして、俺も彼らと同じ大人だという、悲しみにも似た悔しさだった。

 いや、本当は.........怒りなんかじゃなかった。最初は、悲しかったんだ。いい大人が、俺と同じ。大人達が.........子供の夢に自分の思いを勝手に乗せて、寄り添おうともせず、被害者ヅラして.........

 

 

桜木「.........帰ろう」

 

 

二人「え?」

 

 

桜木「これ以上.........俺達大人のワガママに付き合わせたくない」

 

 

「.........」

 

 

 倒した椅子を戻し、俺はここに集まっている人達に向けて、頭を下げた。大人として、最低限の礼儀を示さなければならないと思ったからだ。

 会場を後にするように、俺は足早に歩を進めた。その後を慌てて、二人が着いてくる。

 .........結局。これも俺のワガママだ。彼女達の為に、なんにもなっていない。二人の為に出来る事なんて.........今の俺には、全く分からなくなっていた.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どんよりとした空気が、それぞれ個々人にまとわりつくように張り付く。

 

 

桜木(あんな事があっても、ファンレターはしっかり届くから嬉しいよなぁ)

 

 

 それぞれの足取りに、重い枷を付けながら、それでも尚、歩かなければならない。

 

 

黒津木「軽い捻挫だな。走るのはしばらく休んで、メンタルと学習トレーニング中心にしなさい」

 

 

 歩いていく先に、何があるのだろうか?

 

 

神威(.........)

 

 

カフェ「.........司書、さん?」

 

 

 そこに辿り着いたとして、一体何が出来るというのか?

 

 

ゴルシ「.........禁煙、したんじゃねーのかよ」

 

 

白銀「バカ言え。これは吸いたくて吸ってんじゃねぇ」

 

 

白銀「.........吸わなきゃ、やってらんねぇんだよ」

 

 

 そんな事は、誰にも分からない。

 

 

桜木「.........ッ!!?クソッタレ.........ッッッ!!!」ダンッ!!!

 

 

桐生院「!!?桜木さん.........血が.........?」

 

 

 誰が正しくて、誰が間違っているのか、たとえ明白だとしても、それを一つ一つ元の形に戻すのは容易ではない。

 

 

ニコロ「.........ここに居たのか、ライス」

 

 

ライス「!」

 

 

 それこそ、[青い薔薇]を咲かせるような[奇跡]を起こさない限りは.........

 

 

桜木(.........クソ)

 

 

 

 

 

 ―――手から溢れ出る赤色。それをこれ以上溢れさせないよう、手首を握って廊下を歩く。

 .........人間がここまで腐っている存在だなんて、思いもしなかった。手紙にカミソリを仕込むなんて、今まで創作物の中だけの話かと思っていた。

 けれど、これは現実だ。俺は今、その刃に傷を付けられた。まるで、先日した事が間違っていると、世界から否定されているみたいに.........!

 

 

「.........!!?トレーナーさん!!?血が.........」

 

 

桜木「.........なぁ、マックイーン.........?俺は―――」

 

 

 力が出ない。立っているのがやっとだ。泣きそうになってくる.........心と体はそんな状態なのに.........表面はまるで、仮面を被っているみたいだ。

 廊下でばったりと出くわした彼女は、心配そうに駆け寄ろうとしてきた。けれど、俺の様子を見て、それを止めた。自分でも分かってる.........今の俺は、変だ。必死に.........笑おうとしてる。そして、それに抗おうとしてる。

 笑っちゃいけない。笑ってしまえば、もう戻って来られない。仮面を外すことが出来なくなる。

 けれど.........もう、笑うしか無かったんだ.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「間違ってたのかなぁ.........?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 [???]が全てを包み込もうとする.........

 

 

 

 

 

  ......To be continued



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祝福の少女はその名を拒む

 

 

 

 

 

「間違ってたのかなぁ.........?」

 

 

マック「.........っ」

 

 

 彼は、笑ってそう言いました。けれどその表情は悲しそうで、もう、そんな顔しか出来ないような必死さが、現れていました。

 彼に一歩、近付きます。それを繰り返す度に、彼の心の痛みや、苦しみが肌で感じ取れてしまう.........私自身が、泣きそうになってしまう.........

 

 

マック「.........トレーナーさん」

 

 

「.........?」

 

 

マック「何が間違っているのかなんて、私には分かりません。大人では.........ありませんから」

 

 

「.........そっか、そうだよね」

 

 

 彼の微笑みが、私に向けられる。普段であるならば、嬉しい感情が渦巻き、思考すらまとまらないはずなのに.........今は、そんな嬉しさすら湧き上がらない。

 張り付いた[仮面]。誰もが求める、[桜木玲皇]という理想像。でも今は、既にヒビが入り、所々割れてしまっている。そして割れた所には、彼の顔はどこにも無い。虚空で埋め尽くされています。今の彼は.........[誰でもない]。

 

 

「ごめんね。こんなこと言っても、困らせるだけだよね」

 

 

マック「.........待ってください」

 

 

「?」

 

 

 今、彼はとても危険な状態です。肉体的な意味ではなく、精神的に、危ない。そんな事が、何故か分かってしまいます。

 きっとこのまま歩き続ければ.........この人は強がりだから、壊れるまで.........いいえ、壊れたとしても、きっとそれに気付きつつも歩いて行ってしまう。

 

 

マック「屈んでください」

 

 

「え?」

 

 

マック「良いから!!!早く!!!」

 

 

 彼の目の前まで行き、要求します。それに疑問を抱いた彼に捲し立て、無理やりそれを飲み込ませます。

 彼の顔が、私の腹部の位置まで下がりました。後は.........私が覚悟を決めれば、それで解決です。

 ゆっくりと、緊張のこもった息を吐き出します。覚悟を決めなさい。マックイーン。今まで彼がして来てくれたことを、ほんの少しだけお返しするだけです。そんな事も出来ないほど.........貴方は恩知らずではないでしょう?

 

 

「.........?マック―――」

 

 

マック「.........トレーナーさん」

 

 

「.........!」

 

 

 彼の後頭部に両腕を回し、包み込むようにして抱きしめます。彼は驚いたように身体を一瞬跳ね上がらせ、硬直させますが、徐々に柔らかくなっていきます。

 .........私が勇気を出せない時、彼は求める時も、そう出ない時も、こうしてくれた。だから今度は、私の番。

 

 

「.........」

 

 

マック「.........一人で行くな、とは言いません。貴方には、貴方にしか出来ないことがきっとありますから、ついて行っても足でまといになるだけです」

 

 

マック「けれど、頼ってください。貴方が、いつも決まった場所で待っているように.........私も―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「待っていますから.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「.........」

 

 

???「.........」

 

 

桜木「.........うん。ありがとう」

 

 

 彼の雰囲気がようやく、元の優しい彼に戻ってくれました。その頭を一撫でして、彼を私の腕から解放します。

 

 

桜木「.........恥ずかしいけど、結構元気出るものだね」

 

 

マック「ええ。私も、貴方がこうしてくれる事で、身体の奥底に引っ込んでしまった勇気を出すことが出来ます」

 

 

マック「.........また辛くなったら、頼って下さい。貴方は、チーム[スピカ:レグルス]の中心なのですから」

 

 

 ゆっくりと背筋を伸ばし、いつもより少し自信の無いような笑みを私に向けてくれる彼。そんな姿にようやく、胸のときめきを思い出しながらも、それを何とか隠します。今は.........そんな事に現を抜かして居られるほど、楽しい時間ではありませんから。

 

 

桜木「.........とりあえず、ライスを何とかしよう。落ち込むのは.........」

 

 

マック「ええ。その後ですわ」

 

 

 そう言って、私達は二人。ライスさんを探そうと学園を歩き回りました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ニコロ「.........」

 

 

 学園の廊下。俺はそこを一人で歩く。上靴の底が地面にあたる度に、虚しい程に音が鳴り響く。生徒は授業中。そこには誰も居やしない。

 .........誰かが居てさえくれれば、良かったと思うのは、弱さなのだろうか?

 

 

ニコロ『ライス―――』

 

 

ライス『やめてっ!!!』

 

 

ニコロ『.........?』

 

 

ライス『その名前で.........呼ばないで.........!』

 

 

 悲痛な叫び声が、何度も頭の中でループする。その声を止める手段なんて無くて、彼女を慰められる物なんて持っていない.........俺は、無力だった。

 彼女は拒絶した。俺を、周りを、そして、自分が自分である為の名前ですら、彼女は目を背けた。彼女の勝利に目を背けた、多くの人々と同じように.........

 

 

ニコロ「.........喫煙室か」

 

 

 気が付けば、その部屋の前へ立っていた。そう言えばと思い、俺は胸ポケットを漁ってみる。

 そこには、奴と二度目の挑戦の為に買っていた煙草が入っていた。最も、奴は知らない内に禁煙していて、断られてしまったが.........

 

 

ニコロ(.........この際だ。一人だろうと、気が紛れるのなら―――)

 

 

白銀「.........あ?」

 

 

ニコロ「.........」

 

 

 喫煙室の扉を開けると、目に飛び込んできたのはあの、頭のおかしいという情報しかない奴だった。そんな奴が、気だるげに座りながら、煙草を吹かしている。果たして、関わって良いものだろうか。

 

 

白銀「.........吸いに来たんだろ?」

 

 

ニコロ「あ、ああ.........」

 

 

白銀「座れよ。今ァバカみてぇなノリ出来るほど、空気に酔えてねぇんだ」

 

 

 そう言って、奴は天井を見上げた。俺はそんな奴の言葉に甘えるように、その隣に座り、煙草に火を付けた。

 

 

ニコロ「.........ふぅぅ」

 

 

白銀「なぁ」

 

 

ニコロ「?」

 

 

白銀「.........世界ってもっと、人にとって都合が良いと思ってたけどよぉ」

 

 

白銀「世の中って、残酷なのな」

 

 

 意外だった。いや、コイツと関わりあってまだ長くない。こういう部分もあるのだろう。しかし、普段のコイツからは、他人の悲しみに寄り添う様な人間ではないと感じた。

 

 

白銀「.........意外だったか?」

 

 

ニコロ「.........お前は、そんな顔をするような奴ではないと、勝手に思っていた」

 

 

白銀「はは、よく言われる」

 

 

 いつもより覇気のない笑い声。それが消えた後、煙草の先端の火を燃え上がらせるように煙を吸う。

 そして肺に溜まった嫌な感情と共に煙を吐き出すように、奴は........白銀は、息を吐いた。

 

 

ニコロ「.........俺は、どうすればいい」

 

 

ニコロ「俺はあの子に、変わる為の努力と覚悟を[押し付けた]。あんな事になると知っていたなら、そうは言わなかった」

 

 

白銀「.........俺や玲皇、アイツらだったら、どうしてたか知りたいか?」

 

 

ニコロ「!.........ああ」

 

 

 柄にも無い。まるで、それしか方法は無いと知っているように、俺は奴にすがった。もう自分では、どうしようも無い程に打ちのめされていた。

 そんな俺の様子を見て、奴は笑った。その笑いは、優しい物ではなく、嘲笑う様なもの。だが、それはなぜだが、奴自身にも向けられている気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「.........テメェと同じ事したよ。知ってても」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ニコロ「.........!!?」

 

 

白銀「あんな事になるのを知ってても、きっと俺達は背中を押す。それが大人の在り方で、道の進み方は子供自身が考える事だ」

 

 

白銀「けどな、知ってて押したからには覚悟を決めなきゃなんねぇ。転ぼうが道から外れようが、しっかりと助ける方法をな」

 

 

白銀「.........今は、それを必死こいて探してる最中だ」

 

 

 そう言って、白銀はもう吸う所がない煙草を灰皿に押し当て、にじりにじりとすり潰した。ため息を吐いて、だるそうに立つその姿は、とても前向きには見えない。

 だが.........何故だろう。その背中は、あの日俺を引き上げた奴の姿と重なった見える。満身創痍になりながらも立ち上がり、俺に説教と鉄槌を下し、道を指し示した奴に.........

 

 

白銀「出来ることがあんならやる。無ければ探す。悩んだり、落ち込むのはその後でも出来んだろ。後の祭りで愚痴った方が盛り上がらァ」

 

 

ニコロ「.........フッ、それもそうだな」

 

 

 俺に背を向け手を振る白銀は、その足取りは重いながらも、前へと進みここを出た。俺も、それに倣おう。だが、今はもう少し、物思いに耽りたい気分だ。

 鉛のように重い灰の中の空気に、煙草の煙を混ぜながら、ようやく見つけたこの美味さに、俺は思考を落として行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

タキオン「.........いつまでそうしているつもりだい?」

 

 

黒津木「.........」

 

 

神威「.........」

 

 

 普段であるならば、平和な空気と緩やかな時間を感じられる図書室。それが今や、黙りこくった成人男性二人がにらめっこを続け、五分は経過している。

 そんな二人を後目に呑気に本を読んでいるカフェも、私の頭を悩ませている原因だ。

 

 

タキオン「はぁ.........答えが出ないのなら話題を変えるなり、帰るなりすればいいだろう。とても賢い時間の使い方とは思えないねぇ」

 

 

黒津木「賢くなくていい。それで解決するなら俺はいくらでもバカになってやる」

 

 

タキオン「大体、ライスくんはトレーナーくんのチームメンバーであって、晴れてトレーナーになった司書くんは兎も角、黒津木くんは関係ないだろ!」

 

 

神威「あるぞ。俺達四人にとっちゃ、切っても切れない関係だ」

 

 

 酷く真剣な面持ちで、彼は立ち上がりながらそう言った。それに賛同するかのように、黒津木くんもゆっくりと立ち上がる。

 一体、どんな言葉が口から飛び出すのだろう?私は期待はしないまでも、少し不思議な気持ちでそれを待っていた。

 

 

二人「俺達四人がライスの.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お兄さまだからだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

神威「それ以上の、それ以外の理由なんて必要無い。兄貴は困ってる奴を助けてやるもんだ」

 

 

神威「それくらいの事は.........俺も出来るはずだ」

 

 

 .........意外だった。彼はいつも、事が起きれば傍観者の立ち位置にいる事を好んでいた。近付いてきたとしても、それは通行人のような存在で、居ても居なくても.........あいや、場の空気を整わせるくらいの役割はしてくれていた。

 そんな彼が強い語気でそう言ってのけた。私は、そんな彼に意外だと思ったんだ。

 

 

カフェ「.........あの」

 

 

三人「?」

 

 

カフェ「休憩......しませんか?あまり根を詰めて考えても......本当にライスさんの為になる事になるかは......分かりませんし.........」

 

 

 ここに来て初めて発言したカフェの提案に、彼ら二人は顔を見合せた。そして、ホッと溜息を吐く。

 どうやら、あんな真剣な表情をしていたものの、心の底ではこの空気に耐えかねていたらしい。トレーナーくんといい彼らと言い、心を露わにするのを嫌いな節がある。彼等もトレーナーくんの事を言えないでは無いか。

 

 

タキオン「.........決まりだね。ブレイクタイムとしよう。ああカフェ、私は紅茶が―――」

 

 

「ライスッ!!!」

 

 

 扉の開く音と共に、その声が響き渡る。その方向を見ずに、私は溜息をまた一つ、この場に落とした。それが誰かなんて、振り向かなくても分かる。

 だけど、振り向かなければ話は進まない。気は進まないが、私は彼の顔を見る為に身体の前面を、図書室の扉の方へと向けた。

 

 

タキオン「申し訳ないが、ここには居ないよ。トレーナーくん」

 

 

桜木「そ、そうか.........どこに行ったんだ?」

 

 

マック「もう止めましょう。お昼休みも残り短いですし、きっと放課後には会えますから」

 

 

 彼の袖を引き、そう言うマックイーンくん。いつも思うのだが、君達はセットになって現れる事が多いね。私をスカウトした時もそうだったが、最早一生徒と一トレーナーの範疇に収まっているとは思えない。

 だが.........そんな彼、彼女に期待しているのも事実だ。なんせ、この私を、私が自覚できてしまうレベルにまで変えた存在だ。今回もきっと、乗り越えてくれる。

 

 

タキオン(.........?)

 

 

 その自分の思考に、疑問が生じる。[乗り越えてくれる]?私は一体何を言っているんだ?それではまるで他人事だ。自分にはそれをする責任も義務も無いと言っているようなものでは無いか。

 いや、実際には存在していない。私はまだ学生で、トレーナーくんはチームを指揮する大人だ。義務と責任があるとするならば、彼であろう。

 だが私はさっき、[権利]を[放棄]した。乗り越えるべき壁を前にして、彼と彼女に任せようとした。

 これでは変化ではなく.........

 

 

タキオン(腑抜けただけじゃないか.........?)

 

 

 図書室を去っていく二人の背中を見ながら、私は胸の内に嫌な気分がぶわりと沸き上がる。

 いつだって困難を乗り越えてきた彼と彼女に、無条件に、反射的に託そうとする自分自身に妙な危機感を抱きながらも、今はまだ、そうする事しかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ライス「.........」

 

 

 身体が重たい。今まで嫌な事なんて沢山あったと思ってたけど、今思うと、それは本当に嫌な事じゃなかったのかなって思う。だって、息をするだけで辛くて、みんなが.........ライスの事を、嫌ってるみたいで.........

 

 

ライス「.........っ」

 

 

 身体の奥底から込み上げてくる、気持ち悪い感覚。風邪を引いたわけじゃない。熱を出した訳じゃない。それでも、みんなに嫌われていると想像すると、それを拒絶するみたいに、お腹の中の物を上へ上へと押し上げてくる.........

 

 

ライス(.........ミーティング、行かなきゃ)

 

 

 ガヤガヤとしている廊下。でも、そう考えると身体が持たないから、誰も居ないって思い込んだ。そうしないと、また悪い考えが浮かんできちゃいそうだったから。

 真っ直ぐ歩けない。ちゃんと前に、壁に手を添えて歩いている筈なのに、まるで視界が安定しない。もし、皆がブルボンさんに勝って欲しいと思ってたら.........

 もし、ライスに、勝って欲しくなかったら.........そんな悪い考えを振り払いながら、ライスは、チームルームの扉を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おめでとー!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 聞こえてきたのは、クラッカーの弾ける音と、祝福の言葉だった。チームの皆も、お兄さま達も、黒沼さんや東さん。ニコロさんも、そこにはいた。皆、パーティグッズを身につけて。

 

 

桜木「おめでとう!ライス!あん時は言えなかったけど、凄かったぞ!」

 

 

黒津木「ああ!大したもんだ!初のGI勝利がクラシック級限定、しかも三冠最後の菊花賞と来たもんだ!」

 

 

白銀「ほんとすげぇと思う。どれくらいすげぇって言うと、俺がすげぇって言うくらいすげぇ」

 

 

神威「どんくらいだよ.........」

 

 

 そう言って、お兄さま達はライスを取り囲んで、褒めてくれた。突然の事でびっくりしちゃったライスの肩を掴んで、トレーナーさんは、空いている席にライスを座らせてくれた。

 

 

沖野「ほいっ、パーティグッズ」

 

 

東「タスキもあるぞ」

 

 

黒沼「今日の主役.........言葉通りだな」

 

 

ニコロ「この鼻と髭が着いたメガネは?」

 

 

三人「それは要らん」

 

 

 ガサゴソって大きい箱から、三角帽子とキラキラが着いたタスキを出して、ライスに付けてくれた沖野トレーナーさん達。皆、本当に楽しそう。

 

 

マック「パーティですから!勿論ケーキもありますわよ!」

 

 

タキオン「無論紅茶も用意しているが、ジュースもあるから遠慮せずに言いたまえよ。ライスくん」

 

 

ウララ「わーい!!パーティだー!!」

 

 

ブルボン「おめでとうございます。ライスさん」

 

 

デジ「はわわ〜.........こ、こんな狭い部屋に、大勢のウマ娘ちゃんと居られるなんて.........パーティ最高〜〜〜っ」

 

 

 みんながみんな、楽しんでる。和気あいあいとした表情で、ケーキを切り分けたり、ご馳走をお皿に分けたりしてる。

 

 

スペ「ライスさん!!いっぱい食べましょう!!」

 

 

テイオー「そうそう!!こういう時はパーッとしなくちゃ!!ね♪」

 

 

ゴルシ「食いてーもんがねーならアタシが作ってやろうか!!?たいてーのもんなら作れっからよー!!!」

 

 

ダスカ「本当!よくやったわよ!!3000mなんて、私でも一着になれるか怪しいってのに!!」

 

 

ウオッカ「本当だよなぁ、オレもあんなとこ走ったら、2000m後半でバテちまいそうだぜ.........」

 

 

 みんな、褒めてくれる。ライスの事を認めてくれる。それが、それが何より.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう止めてよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 場の空気が、変わっちゃった。ライスが、変えちゃった。本当はこのまま、我慢してここに居れば、いつもみたく、みんな楽しい一日を過ごせたかもしれないのに.........ライスは、我慢できなくなっちゃった。

 

 

桜木「ライ、ス.........?」

 

 

ライス「もう良いよ.........!!こんな事しても、意味無いよ.........!!!」

 

 

神威「い、意味無いなんて言うなよ。みんな―――」

 

 

ライス「ライスが落ち込んでたから?元気づけようと思ってた?じゃあ、ライスが落ち込んで無かったら、どうしてたの?」

 

 

全員「.........」

 

 

 やっぱりだ。やっぱりみんな、こんなパーティをしたくてやった訳じゃないんだ。ライスが落ち込んでて、それを元気づけたいからやったんだ.........

 そう思ったら、自然と手を、力いっぱい握っちゃってた。

 

 

ライス「.........みんなには分からないよ」

 

 

ブルボン「っ、ライスさ―――「ブルボンさんにもッッ!!!」.........!」

 

 

ライス「マックイーンさんにもウララちゃんにもッッ!!!チームのみんなにもトレーナーさんたちもみんなみんなッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お兄さま達にだって.........ッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 身体の奥底から込み上げてくる。けれどそれは、少し前に感じた、胃の中のものが上がってくる感覚じゃない。それは、ちゃんとした感情だった。

 今まで何度も感じた事のある感情。けれど、今まで感じた事の無いような、大きさと激しさ。普段だったら、声を詰まらせて、泣き声を上げてるはずなのに、今は.........そんな事すらできなかった。

 

 

ライス「ライスの気持ちなんて.........ッッ!!!分かりっこないッッッ!!!!!」

 

 

ニコロ「っ!」

 

 

桜木「あっ!ライス!!!」

 

 

 

 

 

 ―――つい咄嗟に、手が伸びた。だけどそれは、何も掴むことは出来ずに終わった。当たり前だ。たかが人間の反射神経と瞬発力では、走っていくウマ娘の初動すら捉えることは出来ない。

 けれど、俺はそれをすべきだった。それを成し遂げるべきだった。たとえどんな無茶をしたとしても、彼女を今この場に留めておくべきだった。

 

 

マック「トレーナーさん」

 

 

桜木「っ!マック―――」

 

 

マック「貴方のやるべき事、分かっていますか?」

 

 

桜木「―――!」

 

 

 彼女の呼ぶ声に振り向き、彼女の名を呼ぶ。その間に、彼女は凛とした顔付きで、俺が何をすべきかを悟らせた。

 あの時と同じだ。逃げる少女に、立ち尽くす者達。涙の描く光の筋を見ながらも、何かをしようとはしなかった自分。

 ならば、やることは一緒だ。今度も、走って必ず、見つけ出してみせる。

 

 

桜木「.........分かってるよ。それが、みんなが[求める]、[俺の役割]だからな」

 

 

 そう。それが俺の役割だ。トレーナーとしての責任であり、義務なんだ。今度はちゃんと、迷うことなく、俺はここから走って、ライスの元へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺は、学園中を駆け回った。けれど、彼女を見つけることはできなかった。教室も、図書室も、保健室も、食堂も、彼女の姿は無かった。

 もしかしたら、寮に帰っているかもしれない。そう思い、美浦寮の寮長であるヒシアマゾンに確認してもらったが、どうやら帰ってきては居ないらしかった。

 

 

桜木(.........クソっ)

 

 

 外はもう、暗さを帯びる前の黄昏時だ。こんな時間を掛けても、女の子一人見つけ出すことなんざできやしない。俺は、相変わらず探し物が下手くそだ。

 そう思いながら、俺は学園の入り口から出口へとゆっくり歩いて行く。

 

 

桜木(.........そういえば)

 

 

[ぐす.........]

 

 

 脳裏に、すすり泣く少女の声が蘇る。確か、彼女をスカウトしたのもこの辺りだったはずだ。変わりたいと願っていた、我慢しいな少女の、堪えきれない涙を見たのは、この場所だった。

 

 

桜木「.........ライス」

 

 

桜木「居たらでいいから、姿を見せてくれないか?」

 

 

 俺のその声に、帰ってくる声は無い。変わりに、風が一つ強く吹き、枯葉を舞わせて返事をする。けれど、それでは居るのか居ないのかなんてハッキリしない。

 為息を吐きたい気持ちを抑え、一歩足を進めようとする。その時、背後の茂みの方から小さく、葉を擦り合わせる音が聞こえてきた。

 

 

ライス「.........見つかっちゃった」

 

 

桜木「.........ああ、見つけた」

 

 

 それは、彼女だった。あの日とは違い、その顔に涙は無い。変わりにあったのは、笑顔だった。

 それでも、俺には理解出来た。彼女の笑顔は、悲しげだった。あれは.........どこか、受け入れ、諦めた表情だった。

 

 

桜木「.........悪かった。お前の気持ちも知らないで、軽率だったな」

 

 

ライス「ううん、ライスも、怒っちゃってごめんなさい.........なんだか、抑えきれなくて」

 

 

ライス「ごめんなさい.........」

 

 

 彼女は、笑っていた。今までであったなら、その表情に安心していたであろう。心の底から、ホッとしていたであろう。

 だけど今は、泣いていて欲しかった。子供らしく、悔しさとか、悲しさとか、抑え込まずに、ワガママに表に出して欲しかった。

 

 

ライス「.........ライスは悪者なのに、勝っちゃったから」

 

 

桜木「っ.........違う」

 

 

ライス「せめて、お兄さまの大好きな悪者さんになれたら良かったのに」

 

 

桜木「違う」

 

 

ライス「これじゃあ、周りの人を幸せになんて―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「違うッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 気が付けば、俺は声を張り上げていた。そこに理性なんてのは存在しない。あるのはただ俺の本音と、衝動だけだった。

 

 

桜木「良いか!!勝ち負けを競う夢物語に敗者は付き物だ!!!勝った方が正義で負けた方が悪だ!!!俺はずっとそう思って生きてきた!!!」

 

 

桜木「だけど、ウマ娘のレースは違う!!!」

 

 

桜木「勝ったライスは正義だ!!!負けた娘も!!!もちろんブルボンも正義だ!!!悪いのは.........本当に悪いのは.........!!!」

 

 

 握った拳を、更に握りしめる。爪が手のひらの皮膚へ食い込み、肉を傷付けているのが分かる。それでも俺は、いや、そうしないと俺は、ここから先の言葉が、苦しくて出てこなかった。

 

 

桜木「.........俺達大人だ.........!!!」

 

 

桜木「お前らの勝ち負けに夢を乗せて.........!!!勝手に自分の私利私欲を賭ける.........大人達なんだ.........!!!」

 

 

 記者会見で見た大人達の顔がフラッシュバックする。その誰もが、一人の少女の勝利[だけ]を信じ、盲信し、過信し、そして共倒れして行った。[ジャックポット]を狙ってしまったのだ。誰が勝つかも分からない世界で、自分の夢を一点賭けした。醜い大人達。

 俺は、彼女の表情を見るのが怖かった。その顔に一体、どれほどの絶望が敷きつめられているのかと思うと、怖くて怖くて、仕方が無かった。

 

 

ライス「.........お兄さま」

 

 

桜木「っ、ライ―――!」

 

 

ライス「.........」

 

 

 優しい声に、俺は安心した。悪いのは彼女では無い。そう、ライスも少しは思ってくれたのだと思い、期待していた。

 だが、現実はどうだ?彼女はまだ、笑っている。先程の笑顔と、何も大して変わってなど居ない。俺はもう.........どうしていいか、分からなくなっていた。

 

 

ライス「.........ライスがなんで、みんなには分からないなんて言ったか、分かる?」

 

 

桜木「え.........?そ、それは.........」

 

 

桜木「.........苦しい思いをして、勝ったのに、それを受け入れられなかった、から.........?」

 

 

 思考に思考をめぐらせて、俺は答えを出した。普通に考えれば、至極単純な話だ。普通は、その理不尽な思いに対して、何かを思うはずだ。

 それでもどうやら.........俺は答えを誤ったらしい。彼女は、困った様に笑って、首を横に振った。それはやはり、どこか[諦め]めいていた。

 

 

ライス「.........皆、すごい」

 

 

ライス「チームの皆も、トレーナーさん達も、お兄さま達も」

 

 

ライス「そんな凄い人達だから、きっと、ライスの気持ちなんて、分かりっこない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ライスの.........[変わりたい]って気持ちなんて」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「っ.........!!!」

 

 

『一緒に変わっていこう!』

 

 

 初めてあって、彼女をスカウトした時の言葉。彼女と交した、約束の様なもの。俺は最初から、一緒に変わっていくつもりだった。

 けれど、きっと彼女から見たら違っていたのであろう。

 

 

ライス「.........ライス、もう帰るね」

 

 

桜木「っ、待っ―――」

 

 

 手を伸ばそうとした。けれど、伸ばすことが出来ない。足を進めようとした。けれど、進めない。声をかけようとした。けれど、その声は途中で止まった。

 今の俺が、彼女にどんな言葉をかけるんだ?彼女にとっては、[最初から凄かった]俺が、何を言えば、彼女の考えを変えることが出来る?

 遠のいていく背中に、俺はただ、視線を投げかけていた。注いでいた。何かを探していた。

 けれど.........それは、今の俺では、到底見つける事は出来ないのだと悟ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう、[今の俺]では.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

タキオン「.........本当に良いのかい?」

 

 

桜木「ああ」

 

 

 私の目の前で、彼は書類にサインをしながら了承した。その彼の手元に視線を流す。そこには、私が用意した同じ紙が三枚ほど重なっており、その全てに、彼の名前が書き込まれていた。

 あのパーティから一日経った早朝、彼は、私の実験室に居た。そう、私が来る前から、私を待って居座っていたのだ。

 

 

タキオン「念の為もう一度説明するよ。あの薬は不確定要素が大きすぎる」

 

 

タキオン「黒津木くんの理論によって、脳内のブラックボックスの一つである記憶情報を一時的に過去の状態にし、細胞内のDNA情報から成長過程を読み取り、細胞分裂を起こす各細胞に伝達する事で―――」

 

 

桜木「御託はいい。早く出すんだ」

 

 

 .........狂っている。彼は今、どうしようも無いほどに追い詰められている。その目に、何かを強く信じる物は無い。あるのはただ、やるべき事を果たそうとする執念だけだ。

 私をスカウトした時に感じた狂気はそこにはなく、今あるのは、陳腐な狂気だ。どこにでも、ありふれた、探せばそこにあるような狂気さが、彼を突き動かしている。

 これ以上、何を言っても無駄だろう。そして、これ以外、方法は無いのだろう。そう感じた私は、三つ並んだ金庫の内、一番右の金庫のダイヤルを回し、そしてロックを解除した。

 

 

タキオン「.........それにしても、これだけは飲みたくないと言っていたのに、そうまでしてライスくんを立ち直らせたいのかい?」

 

 

桜木「.........ああ、[今の俺]があの子の気持ちがわかるなんて言っても、嘘だと思われて終わりだからな.........」

 

 

 彼女を助けたいと願う彼の真っ直ぐな思い。その真っ直ぐさが、今は危うく感じる。大人が持っていてはいけないその愚直さに、私は目を背けそうになる。

 このままでは、いつか本当に壊れてしまう。起きる出来事に真っ直ぐぶつかって行くにはもう、君は空っぽじゃない。外側が壊れてしまえば、詰まった中身が弾け出てしまう。

 けれど.........悔しい事に、私も解決策が思い浮かばない。こんな事なら、もっと他人に興味を持ち、慰めの言葉や行動を取れるような人間になっておくべきだったと、今更ながらに後悔を重ねる。

 

 

桜木「.........熱くなってきたな」

 

 

タキオン「細胞の活性化が始まったみたいだね。原理は筋力ウマ娘化薬の応用だ。ただし変化が大きいから、身体の変動、精神の変化の安定性を図り、睡眠効果も入っている。時期に眠くなるだろうから、ソファーに横になるといい」

 

 

桜木「分かった.........ありがとう、タキオン」

 

 

 彼は私に礼を言って、席を立ってソファーへと寝転ぶ。追い込まれていても、どうやらそこは変わらないらしい。初めて会った際も、意識を混濁させながらも、彼は私に礼を言っていた。

 効果が完全に現れるのは、一時間後。それまで私は、そうなった時の準備をしなければならない。暫しのお別れとなる[今の彼]の姿に、心の中で餞別を送りながら、私は実験室の扉を、外から閉めたのであった。

 

 

 

 

 

  ......To be continued



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マックイーン「トレーナーさんは今何歳ですか〜?」とれーなー「3さい......」

間違えて消してしまいました.........おバカな作者です.........


 

 

 

 

 

 憂鬱とした気分で廊下を歩きながら、溢れ出そうになる溜息を何とか我慢している朝のトレセン学園。

 先日、ライスシャワーさんを慰める為にパーティを開いたものの、それは物の見事に失敗してしまいました。その後、トレーナーさんは何とかライスさんを探し当てたものの、解決する事は出来ませんでした。

 もちろん、それを責めるつもりはありません。彼なら何とかしてくれるという勝手な期待をして、彼一人に任せてしまった自分が情けない。そう思いながら、廊下を歩いていました。

 

 

マック(.........それにしても、一体どうしたのでしょう?タキオンさん)

 

 

 先程頭を悩ませていた問題をひとまず置き、今は新たに発生した問題を解決するべく、頭を働かせます。

 早朝、普段であるならばトレーニングがある筈なのですが、本日は無くなり、代わりに実験室に来るようにと、タキオンさんから連絡が来たのです。トレーナーさんからではなく.........

 一体何があったのでしょう?あの人から連絡が来るなんて、あまり滅多のことではありませんから、ついつい悪い方向に考えてしまいます。

 そんなことを考えながら歩いていると、不意に廊下の横の扉が開きました。

 

 

黒津木「うお、もう来たのか.........」

 

 

マック「へ?.........ああ」

 

 

 そこから出てきたのは、保健室医である黒津木先生でした。彼の言葉に首を傾げましたが、その部屋を見て納得します。目的のアグネスタキオンさんの実験室です。

 

 

マック「他の皆さんは.........」

 

 

黒津木「まだだ。マックイーンが一番乗りで、ある意味助かったよ.........」

 

 

 そう言って、彼は私に対してその体を横にし、部屋に入るように促しました。私も恐る恐る、その部屋の中へと足を踏み入れます。

 電気からの光が照らされ、部屋の雰囲気は実験道具で喧騒的な.........感じがあった以前とは程遠く、少し殺風景になりました。

 ここで待っていればいいのでしょうか?その考えが過ぎった時、私の耳に微かな物音が聞こえてきました。

 

 

マック「.........誰かいるんですの?」

 

 

黒津木「あ〜.........まぁ、な?」

 

 

 とても答えにくそうに、出来ればはぐらかしたいと言うような口調で、彼はこの場を乗り切ろうとします。

 だったら、こちらが見つけるまでです。音がしたのは、棚の隣。確かそこには、ダンボールがあったはずです。実験用具をまとめてあるそこもきっと、片付けられて空になっているはず。

 恐らく、小動物の類でしょう。タキオンさんはああ見えて、カラスのお世話もしていましたから。

 

 

マック(子猫か子犬当たりでしょうか.........)

 

 

「.........?」

 

 

マック「え.........?」

 

 

「.........」シクシク

 

 

 そこに居たのは、子猫や子犬、ましてや、カラス等の鳥類ではありませんでした。

 いえ、小動物と言えば小動物です。こんなに小さかったら、そう思っても無理はありません。ですが、これは列記とした.........人の子供、女の子でした.........

 

 

マック「.........ゆ、誘拐.........?」

 

 

黒津木「.........言いたい気持ちも分かる。けど、とりあえずみんな揃ってから話すから.........あやしててくれ、俺じゃ手に負えん」

 

 

 そう言って、両手を上げてお手上げのポーズを取る彼。視線を子供にしては静かに泣くその子に向け直し、恐る恐る抱っこをしてみます。

 

 

マック(.........あったかい)

 

 

「.........?」

 

 

マック「ふふ、どこから来たんですの〜?お名前は〜?」

 

 

「.........れお」

 

 

マック「ふふふ、そうですかそうですか、れおちゃんですか〜.........ん?」

 

 

 その名前を聞き、思わず顔を埋ませていた胸から離します。良くじっくり見てみると、その可愛らしい少女のような容姿から、その名から連想される姿の面影がある事が認識されます。

 私はギコギコと音が鳴るように首を動かし、黒津木先生の方を見て見ます。彼は何の変哲もない無表情から徐々に汗を流し、口笛を吹き始めました。

 

 

マック「ど、どういう事ですの.........?」

 

 

「.........///」テレテレ

 

 

 もう一度、その子の顔を見ようとすると、可愛らしい反応で恥ずかしがりました。この子がまさか.........いえそんな.........でも.........

 そんな否定に肯定を重ね、その上から否定を繰り返しながら、時間は過ぎていきました.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この子がトレーナー(さん)!!?」

 

 

タキオン「ええい!だからそう言ってるだろう!!!大声を出さないでくれ!!!私は彼の奇行でもう頭が痛いんだ!!!」

 

 

 チーム全員が揃ったタキオンさんの実験室。一通り説明されて、分かったことがあります。

 それは、トレーナーさんが自ら進んで子供になったこと。そして、それはライスさんを説得するためだと言うことです。

 その点に関しては、責めるつもりは全くありません。これはきっと、彼の決断力と行動力でしか導き出せない物でしたから。

 

 

れお「.........ぱっ」

 

 

全員(うっ、可愛い.........)

 

 

 突然、両の手のひらをこちらに向けて開きました。全く.........!!!この子は可愛すぎます!!!なんでこんな女の子みたいな子があんな男性になるんですか!!?こ、この世の法則は乱れています!!!

 

 

ウララ「れおちゃん可愛い〜♪」

 

 

れお「.........みゃぅ(*´︶`*)」

 

 

マック(だ、ダメよマックイーン.........!相手は子供よ.........!)

 

 

 くぅ.........小さいからと言って油断はできません.........この天然由来の破壊力.........成長しきった彼とはまた違うときめきを感じてしまいます.........!

 

 

ライス「お、お兄さまにも、こんな時があったんだ.........」

 

 

ブルボン「とても可愛らしいですね、手とかもこう、柔らかくて.........」

 

 

れお「?.........」ギュ

 

 

ブルボン「!!?」

 

 

れお「.........(*´ ˘ `*)」スリスリ

 

 

 ああ.........なんということでしょう。あのミホノブルボンさんが、突然の出来事にオーバーヒートを起こしています.........まさか、手を掴んでそこに頬ずりするだなんて.........やはり油断なりません.........

 

 

テジ「あの〜、まず自己紹介からしません?記憶も小さい頃のままでしたら多分、デジたん達の事知らないでしょうし.........」

 

 

マック「そ、そうですわね.........コホン、私はメジロマックイーンと申します」

 

 

れお「?.........お名前?」

 

 

マック「はい。お好きに呼んでください、トレ.........じゃなくて、れおちゃん」

 

 

 未だに彼の事を名前で呼ぶのは少々慣れませんが、この際仕方ありません。それと、名前を呼ぶように仕向けている風に見えるかもしれませんが気の所為です。

 決して、今の彼に名前を呼んでもらいたいなどという下心はありません。ええ、そんなもの微塵もありませんとも。

 

 

れお「お.........」

 

 

マック「お?」

 

 

れお「おねえちゃんじゃ.........ダメ?」テレテレ

 

 

全員「な、ぁ.........」

 

 

 な、なんという破壊力を持っているのですかこの子は.........こんな子が成長したら.........って、それが今のトレーナーさんなのでした.........本当、一体何がどうなったらあんな朴念仁に.........

 

 

タキオン「お姉ちゃんでは、ここに居る皆の区別がつかないだろう?」

 

 

れお「.........マックイーンおねえちゃん?」

 

 

マック「はうわ!!?」

 

 

 ウルウルとした瞳で上目遣いをしながら、この子は私を、[マックイーンお姉ちゃん]と呼びました。その瞬間、今まで感じた事の無いような幸福感と、安心感で心が埋め尽くされます。

 気が付けば、私はこの子を抱きしめていました。

 

 

マック「今、ようやく分かりました.........」

 

 

マック「これが、母性なのですね.........ふふふ♪」

 

 

全員「えぇ.........」

 

 

れお「?」テレテレ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゴルシ「これが.........おっちゃん.........!!?」

 

 

マック「[おっちゃん]ではありません!![れおちゃん]です!!ね〜♪」

 

 

れお「?ね〜」

 

 

マック「はぅ.........♡」

 

 

 何やってんだこの親バカウマ娘.........自分で促してダメージ受けてんのかよ.........鋼の意思はどうしたんだ一体、ぶっ倒れるレベルで必死に習得したんじゃねーのかよ.........

 アタシは頬杖を着きながら、マックイーンの膝の上にいる幼い子供を見た。最初はどっからこんな女の子連れてきたんだよ。誘拐か?なんて思ったけど、蓋を開けてみればタキオンの禁薬を飲んだおっちゃんだった。頭がどうにかなりそうだった。

 

 

沖野「それにしても.........これが本当にあの桜木かぁ〜?」

 

 

テイオー「だよね〜。サブトレーナーって言えばさ、逆立った髪と、ちょ〜っと目に力入れたらヤンキーに見えちゃうくらい強面なのに.........」

 

 

マック「誰がな〜んと言おうと、れおちゃんはれおちゃんですもの。ね〜?」

 

 

れお「ね〜」

 

 

マック「ひぅ.........♡」

 

 

全員(この親バカウマ娘.........)

 

 

 目の前に居る親バカに頭を抱えては居るけど、アタシ達はこの行動は直ぐに正解だと思った。あのおっちゃんが、こんなだったなんて、誰もわかんねーだろ?これなら、ライスも説得出来ると思ったんだ。

 

 

ゴルシ「知ってたか?白銀」

 

 

白銀「いや?俺会った時は小5だし、そん時はもうスーパーサイヤ人だったし」

 

 

神威「俺も仲良くなったのは小6だかんな〜」

 

 

黒津木「俺も知らなかったわ。会った時はもう変な奴だったし」

 

 

 とまぁ、こんな具合に皆知らなかった訳だ。おっちゃんの思惑は晴れて成功って事になる。

 スピカのチームルームでそんなおっちゃんを取り囲んで、皆がほっぺやら手やらを触りまくる。おっちゃんも恥ずかしそうだ。

 

 

ゴルシ「つーかよー?どう説明したんだよこの状況。記憶ねーんだろ?」

 

 

タキオン「本人からの意向でそのまま説明したら、鵜呑みにしたよ。理解力と言うか、受け入れ力はこの頃からあったらしい」

 

 

スズカ「嘘でしょ.........」プニプニ

 

 

 おっちゃんのほっぺをムニムニこねながら、スズカはいつも通りショックを受けてた。けど絵面がシュールだぞ。せめてその手を離したらどうなんだ。

 

 

ウオッカ「まぁでもよー。男だったら車とか好きだろ?寮からなんか持ってくっかなー」

 

 

ダスカ「良いわねそれ!!丁度新しいインテリア置きたかったからアンタのおもちゃ全部あげちゃいなさい!!」

 

 

ウオッカ「はぁ!!?やれるわけねーだわろ!!!」

 

 

 そして予定調和のように始まるスカーレットとウオッカの喧嘩.........アタシ達はそれを見て、ため息をつこうと思った。

 けれど、それをする前に、先に行動した奴が居たんだ。

 

 

れお「.........」ムスッ

 

 

二人「な、なんだよ(なによ).........?」

 

 

れお「けんかはダメよ!!!」

 

 

 二人の間に割って入って、泣きそうな顔でそういう小さい頃のおっちゃん。その姿を見て、流石にいたたまれなくなったのか、二人はお互いに謝って離れた。

 正直、びっくりした。おっちゃん自身、友達と喧嘩すんのが楽しいって感じてた節もあったし、小さい頃も同じかと思ってた。けど実際は、喧嘩のけの字も嫌いなくらいだった。

 

 

タキオン「.........ああ、さっきのウオッカくんの提案だが、苦労に終わると思うよ」

 

 

全員「え?」

 

 

タキオン「本人曰く、興味なんて存在しないって言っていい程の無頓着さだったらしいからね。それも、自分にすら興味が湧かないような、ね」

 

 

マック「.........トレーナーさん」

 

 

れお「?」

 

 

 とてとてと自分で歩いて、マックイーンの膝元まで戻ったおっちゃん。そんなおっちゃんを、皆悲しむような目で見ていた。

 物心を着いた頃なんて、覚えちゃ居ない。けどアタシは結構、ワガママとか言ってた筈だ。今に比べちゃ可愛い方だけど、それでも、言ってた方だ。

 [自分]が存在して居ない。だから、他人の存在をより強く肯定する。そうしなきゃ、誰も自分を見つけてくれない。おっちゃんが優しい理由が、何となく分かった気がする。

 

 

タキオン「.........まぁ、彼にとっても遠い記憶の話だからねぇ。違う部分もあると言いたいが.........」

 

 

れお「.........?」

 

 

タキオン「この、他人に簡単に懐いてしまう所を見てしまうと、全てを否定は出来ないかな」

 

 

 確かに、人懐っこい。けれど、それ以上に人見知りで、なんだかとても不安定に思えてくる。近付くけれど、自分の存在を認識したら、それだけで嬉しくなって.........

 もっとこう、抱っこして欲しいとか、遊んで欲しいとか、あるんじゃねーのか?おもちゃ買って欲しいとか、ご飯食べさせて欲しいとか、自分のして欲しい事は言わないで、人がニコニコしてればそれで.........

 

 

マック「.........もしかして」

 

 

全員「?」

 

 

マック「彼が役者を夢見ていたのも、そういう事なのかも知れませんわね.........」

 

 

全員「.........」

 

 

 [役者]。他人が存在して、ようやく成り立つ存在。自分一人だけでは成り立たず、役と自分だけでも成り立たない。見てくれる誰かが居て、初めて成り立つ存在。

 結局、どこまで考えてたのかは知んねーけど、おっちゃんは最初から今まで、人の事ばっかみたいだ。

 その時だった。皆がどこか悲しみに浸っている静かな時間に、いきなり轟音が鳴り響いた。地震とか天変地異を疑うレベルの大きさだったけど、不思議と周りの景色はいつもと変わらなかった。

 

 

スペ「.........えへへ、お腹が空いちゃいました.........」テレテレ

 

 

全員「.........はぁ」

 

 

 シリアスな空気が一瞬で和んじまった。まー、実際助かったんだけどよー。今考えた所で、この暗い気持ちを解決する方法なんて思いつかねーし。大人のおっちゃんは明るいから、べつに考えなくても良いだろ!

 

 

ゴルシ「うっし!カフェテリアでおっ.........じゃなかった。れおに美味いもん食わせてやるぞ!!!」

 

 

全員「おー!」

 

 

れお「?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

れお「けぷ.........」

 

 

マック「沢山食べましたわね〜♪」

 

 

ゴルシ「いや、お茶碗一杯分しか食ってねーだろ.........」

 

 

 小さいこの子を抱っこして、背中をとんとんしておくびを促します。普段の彼から考えて食事量を調整しましたが、明らかに少なかったです。

 この頃はこんなに少食だったのですね.........この子があんなに大きく、そして立派に成長するだなんて.........

 

 

マック「ママは嬉しいです.........」グスン

 

 

ゴルシ「いつからママになったんだよ.........」

 

 

 先程から横でちゃちゃを入れてくるゴールドシップさんを一睨みします。全く、人が我が子の成長に一喜一憂しているというのに、そういうのは無粋だと思います。

 

 

マック「楽しかったですか?れおちゃん」

 

 

れお「うん!ごはんいっぱいでてきた!あんなにいっぱいなのはじめて!」

 

 

マック「.........そうですかそうですか」ヨシヨシ

 

 

れお「♪」

 

 

 無邪気に笑う彼の頭を撫でると、彼はくすぐったそうにその目を細め、顔をすりすりと私にしてきました。そんな彼に嬉しさと恥ずかしさと同時に、やはり不憫さを感じてしまいます。

 この頃の彼は、無口であまり喋りません。そんな彼がこんなに喋るほどに、あの料理量はすごく感じたのでしょう。

 実際は、カフェテリアのシェフに無理を言って、三歳児の通常の食事量に、大人の頃の彼の食事量を参考に調整した物でした。この子供の頃の彼が、どんなに貧乏だったのかが目に見えて、感じてしまいます。

 

 

ライス「.........」

 

 

マック「?.........ライスさん?」

 

 

ライス「あっ、ご、ごめんなさいマックイーンさん!ちょっと、考え事してて.........」

 

 

 彼を撫でる私を、じーっと見つめて居たライスさんに声を掛けました。彼女は慌てたように取り乱しましたが、言っているうちに、その表情に影を落としました。

 

 

ライス「.........ライス、お兄さまに酷い事言っちゃった」

 

 

ライス「皆の事、最初からすごいって決めつけて.........変わった事が無いなんて勝手なこと言って.........」

 

 

マック「.........本当、こんな小さくて、若干無口で、何に興味を持つのか分からないこの子が」

 

 

マック「あんなにハチャメチャで、子供の様な好奇心と、凛々しい大人らしさのある男性に変わるなんて、誰にも分かりません」ナデナデ

 

 

れお「?」

 

 

 彼の頭をまた、優しく撫でます。今度は、哀れみの感情ではなく、愛おしみの感情だけで、彼のまだ、発達しきっていない心に触れるような手つきで、そっと撫でます。

 

 

マック「.........貴女がどう変わるかも、きっと誰にも、貴女自身にもわからないです」

 

 

マック「だから、なりたい自分に、精一杯頑張りましょう?」

 

 

ライス「.........うん!」

 

 

 まだ少し、不安が残りますが、彼女は大きく頷いて 私の言葉を受け入れました。彼のこの姿が、大きく影響した結果だと思われます。

 そんないつもの日常と、子供の姿の彼というちょっと非日常が混ざったこの時間は、あっという間に過ぎていきました.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ウララ「今日も疲れた〜.........」

 

 

ライス「お疲れ様!ウララちゃん!」

 

 

 いつも通りのトレーニング。今日はトレーナーさんがこのような状況なので、沖野トレーナーに見てもらっていましたが、特にトラブルも無く、何とか終える事が出来ました。

 

 

れお「.........ん」

 

 

マック「あら?私にくれるのですか?」

 

 

 彼が差し出してきたのは、水の入ったプラスチック製の水筒でした。無口で、普段より感情の起伏は見受けられませんが、その優しさに、いつもの彼を思い出してしまいます。

 

 

『お疲れ様、マックイーン』

 

 

マック(.........この姿も素敵で可愛らしいですけど、やっぱり大人の貴方の方が良いです)

 

 

 ずっとこの姿を享受し、悶えていた自分が何を言っているんだと私は私にツッコミを入れてしまいます。大人の彼が居ない寂しさを感じつつも、私はこの少年から水筒を受け取り、お礼を言いました。

 

 

ブルボン「.........そういえば、マスターはいつ元の姿に.........?」

 

 

タキオン「解除薬は人体遡行薬とは違い、飲み薬では効果を発揮しないからねぇ。恐らく、寝た所に注射を打つしか無いだろう」

 

 

デジ「.........でも見た所、寝そうな雰囲気はありませんよ?」

 

 

 皆さんがれおちゃんを取り囲みながら、そのような相談をしています。確かにデジタルさんのように眠そうでは.........と言うより、朝の時より何故か動きが活発なように感じられます。

 私は嫌な予感がし、思わず彼に問いました。

 

 

マック「れ、れおちゃん?いつも何時に寝てますか?」

 

 

れお「.........?10じ?」

 

 

マック「え」

 

 

タキオン「.........これは、チームルームで寝かせて薬を打つ作戦は使えないねぇ」

 

 

 一体どうしたら.........そんな事を考えていると、皆さんの視線が私の方へと向きました。その目は真剣とも、おふざけとも取れない真顔でしたが、不意に皆さん、どこか示し合わせたように立ち上がりました。

 

 

マック「あ、あの.........?皆さん?」

 

 

タキオン「.........マックイーンくん、後は頼んだよ!!!」ダッ!!!

 

 

マック「え!!?あの、ちょっと!!?」

 

 

 突如、チームルームの外へと走り出す皆さん。タキオンさんは分かります。あの人はそう言うことする人ですから。

 でもまさか、デジタルさんやブルボンさん。果てにはライスさんとウララさんまで私に押し付けるとは思っても居ませんでした.........

 

 

れお「.........おねえちゃんたち、かえっちゃったの?」

 

 

マック「ええ.........どうやら、そのようです。はぁ」

 

 

れお「さみしいの.........?」ナデナデ

 

 

マック「.........ふふ、ありがとうございます。れおちゃん」

 

 

 最早、この子を寮へ連れて行くしかありません。どうにか寮長であるフジキセキさんに頭を下げて、彼の事を許してもらいましょう。

 そんな事を、彼に頭を撫でてもらいながら、考えておりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

フジ「うーん.........そういう事なら、仕方ないね.........うん。君がしっかり面倒見るなら、今日だけ特別に良いよ」

 

 

マック「ありがとうございます.........」

 

 

 秋の寒さが強さを帯びる、帳の降りた夕暮れの寮前。何とか寮長であるフジキセキさんの了承を得て、本日限り彼の寮への立ち入りを許して貰えました。流石に、こんな幼い子を放っては置けないと感じたのでしょう。

 ホッと安堵のため息を吐いていると、目の前の彼女の視線は私から、私の抱える幼い彼へと移っており、ゆっくりと近付いてきました。

 

 

フジ「見ててねぇ?」

 

 

れお「?」

 

 

フジ「.........はいっ」ポンッ

 

 

れお「.........」

 

 

フジ「.........アハハ、ここまで無反応だと、流石にちょっと傷付くなぁ」

 

 

 彼女は得意であるマジックを、この子に見せました。何も無い手のひらを少しこねた後、そこからまるで生まれたように、綺麗な花が姿を見せました。

 けれど、彼はうんともすんとも言う事は無く、それをただ無表情で見ていただけでした。

 

 

れお「.........すごいね?」

 

 

マック「.........そうですわね。ありがとうは言いましたか?」

 

 

れお「!.........ありがとう!」

 

 

フジ「ふふ、そういう真っ直ぐな所は変わらないんだね。どういたしまして」

 

 

 彼女が出した花を受け取り、この子はそのお礼を言いました。その姿を見届けて居ると、学園のチャイムが響いて来ます。時間を見ると、そろそろ門限です。

 

 

フジ「さぁ、そろそろ良い子は帰る時間だよ。悪〜い狼さんに食べられちゃうから、お布団に入ろうね」

 

 

れお「!ま、マックイーンおねえちゃん!はやくねよ!」グイッ

 

 

マック「怖いのが苦手なのも、変わらないのですね.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゆっくりとした時間が黙々と過ぎ去って行く布団の中、抱いているこの子の呼吸が、時折くすぐったさを感じて、睡眠に入ろうとするのを邪魔してきます。

 

 

れお「.........おねえちゃん」

 

 

マック「.........?はい?」

 

 

 唐突に呼ばれ、何かあったのかと思い、彼の顔を見ました。薄暗い上に布団の中でしたから、良くは見えませんでしたが、少なくとも、嫌な表情はしていませんでした。

 

 

れお「おとなのぼくって、どんなの.........?」

 

 

 それは純粋な疑問でした。不安も期待も無い、ただ降って湧いた様な疑問が、この子から私にぶつけられます。

 その疑問に対して、私は、彼との思い出を振り返りました。

 

 

マック「.........そうね」

 

 

 目を瞑ってみると、そこに居るのは大人の彼でした。いつもいつも、大人とは思えない軽率さと、無責任にも感じる滅茶苦茶さ。そして、誰彼構わず巻き込む彼の行動。決して良い所では無いはずなのに、それを最初に思い出して、そしてそれを.........素敵に感じて。

 

 

マック「.........今の貴方より、お喋りで、顔に現れて、皆が手を離せば、すぐどこかに行ってしまうような行動力のある人」

 

 

マック「それなのに、真っ直ぐで、心の内は読めなくて、どこかに行っても、きっと帰ってきてくれると思わせるような人かしら.........」

 

 

 真剣に考えて、言葉を選んで、気が付けば、心の中でも使うよう心掛けていた言葉遣いも忘れて、この子にそれを言ってしまいました。

 けれど彼は私の回答で満足したのか、私の顔を見るのを止め、その顔をもう一度私の身体へと埋めました。

 

 

れお「.........楽しかった」

 

 

マック「.........ふふ、そうですか」

 

 

れお「うん.........お姉ちゃん達も、お兄ちゃん達も好き」

 

 

 その言葉を聞いて、思わず笑ってしまいました。だって、普段の彼なら私達には言うと思いますが、あの方達には絶対口が裂けても言う事なんてありませんもの。

 

 

れお「でもね.........?」

 

 

マック「.........?」

 

 

れお「マックイーンお姉ちゃんが.........一番好き///」

 

 

マック「.........そうですか」モソモソ

 

 

れお「.........?どこ行くの?」

 

 

マック「ちょっと御手洗に.........すぐ戻ってきますから」

 

 

 ベッドから出て、その足で立つ事が出来ました。彼の頭を撫でて、少々おぼつかない足取りで部屋から退出します。

 

 

 扉を閉め、その扉に背を預けて何とか体勢を保とうとします。何とか身体の状態を平常にしようと努力します。それでも.........

 

 

マック「うぅぅぅ.........///」ヘニャヘニャ

 

 

 もう足に力が入りません。身体はいつもの体温から急激に熱を上げます。私ははしたなくその廊下に、へにゃりと座り込んでしまいました。

 

 

マック(子供の姿とはいえこの威力.........)

 

 

マック(彼の方から告白されたいとは言え.........大人の姿で言われたらどうなっちゃうの.........?)

 

 

 頭のてっぺんから蒸気が登っていく感覚を確かに感じながら、私は両手を頬に添えました。うぅ.........絶対、人に見せちゃ行けない顔をしている気がします.........

 今日はもう、寝れる気がしません.........そう思いながら、私は少し時間を置いて、部屋へと戻りました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「.........んぁ?」

 

 

 ふとした瞬間に、意識が覚醒する。久々に起きたような感覚だ。鳥のさえずりと朝日が、俺の身体に気持ちの良い朝だと言うことを伝えてくる。

 ゆっくりと起き上がって見ると、かけられたタオルケットの下からおはようしているのは自分の肌。しかも全身分。何が何だかよく分からない。

 

 

桜木「.........チームルームか、ここ」

 

 

 部屋の状況を察するに、ここはチームルームだと結論づいた。しかし、未だに何故自分は裸で、こんな所で寝ていたのか検討も付かない。

 不意に感じた眠気に欠伸の予感がし、促されるようにそれに流される。その時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『マックイーンお姉ちゃんが.........一番好き///』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「」

 

 

桜木「う、うわぁぁぁぁああぁぁあああっっっ!!!!!?????」

 

 

「トレーナー君!!?何が(ガチャ)「開けるな!!!俺はまだ裸だ!!!」失礼した!!!(パッ)」

 

 

 突如蘇る記憶。幸い、開けようとしてきたアグネスタキオンの行動を止める事は出来た。よくやったぞ桜木。

 それにしても何ともまぁ都合の良くない薬だ。ガキの頃の感性のまま口に出した言葉が、大人になった翌日にも覚えてるだなんて.........ハイパークソ喰らえだクソ。

 

 

桜木(.........いや、今は最新の黒歴史なんかどうでもいい)

 

 

 ため息を吐きたくても吐けない。それはとある事実が、それをする程の体力を奪っているという事だ。俺はもうどうしようもなくて、片手で頭を抱えた。

 

 

桜木(あん頃の俺の感じからして、三歳児だ。色恋覚えてた感覚は当時なかった筈だ.........だからはっきり言えちまう.........)

 

 

桜木(初恋が.........塗り変わっちまった)

 

 

 それが何時の頃で、相手は誰だったのかは覚えては居ない。だがそれでも他人に自分の存在を認識し、それで自分を肯定していた上で、他人に興味を抱かなかったという矛盾を抱えていたあの当時に、そんなものは無かった。

 だが、今、それが、できてしまった。あの薬のせいで、感性も記憶も身体も何もかもあの頃に戻った上で、俺は.........

 

 

桜木「.........これが、恋」

 

 

 久方ぶりに呟いたそのセリフに乗せたのは、呆れにも似た諦めだった。もう、これはどうしようも無い。最近そのつもりになっていたものがより強くそうなりたいとなっただけだ.........

 俺は億劫になりながらも、まずは寝ていたソファーの傍にあった着替えに目を付けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「.........なんか、迷惑掛けたな」

 

 

タキオン「いやいや、存外楽しめたよ。そうだろう?マックイーンくん?」

 

 

マック「.........?」ポワポワ

 

 

 ホームルームが始まる前の時間帯。俺は何とかチームメンバーくらいには謝罪をしようとみんなを集めた。

 だが、マックイーンはどう見ても寝不足だ。もしかしたら、昨日俺が言った事が効いているのかもしれない.........申し訳ない。

 

 

桜木「その、昨日言った事は気にしなくていいからな?マックイーン」

 

 

マック「はあ.........れおちゃんがそう言うのなら.........あっ」

 

 

桜木「〜〜〜!!?」グニッ

 

 

 悶えちぎれそうになりながらも、俺は二の腕をつねって何とか耐え忍ぶ。マックイーンはどうやら、頭が働いていない状況らしい.........

 

 

ウララ「トレーナー!!とっても可愛かったー!!」

 

 

ライス「う、うん!!ちっちゃい頃のお兄さまって、あんな感じだったんだね!!」

 

 

ブルボン「あんな小さい子が、今のマスターに.........ステータス、[感傷]を確認」

 

 

桜木「勘弁してくれ.........」

 

 

 あの頃の俺が可愛いと言われるのはまだ良い.........ああ、それはまだ良いさ。俺が写真で見ても可愛いなって思える位には別の存在だ。

 でも、可愛らしさで言えば頂点なこんな子達に、あの小さい頃の俺に向けていた目で今の俺にそれを言ってくるのは、耐えられない物がある。

 そんな俺を静かに笑いを噛み殺しているのが一人居る。お前だタキオン。今回は自業自得ではあるがその反応は酷いぞ。

 

 

デジ「お疲れ様ですね。トレーナーさん。デジたんは労わってあげます」

 

 

桜木「ありがとうデジタル.........」

 

 

 そんな俺を哀れんでくれているのはデジタルだけだ。その心遣いに思わず涙まで出てきてしまう程にだ.........

 はぁっとため息を吐き、気持ちを切り替えてから、少し早いが今日のトレーニングの予定を伝えようと顔を上げる。目の前にはチームメンバーの皆が揃って居るが、その中で一人、この季節にそぐわない仕草をする者が一人居た。

 

 

桜木「.........マックイーン?暑いのか?」

 

 

マック「ええ.........何だか急に体温が.........」

 

 

タキオン「.........ん?マックイーンくん、君ここに来る前に何か飲んだかい?」

 

 

 手をパタパタと自分の顔に扇ぐマックイーンの口元を見て、タキオンはそう指摘した。確かに、若干口元が濡れている様な気がする。

 

 

マック「ええ.........ここに来る直前、ゴールドシップさんに眠気覚ましに飲み物を渡されて.........」

 

 

桜木「ゴールド.........」

 

 

タキオン「シップ.........」

 

 

 嫌な予感がする。その名前の存在が、俺の身に起こった昨日の状況を踏まえて、何をしでかすのかという可能性に汗が止まらない。

 いやいや、流石にあのゴールドシップでもそこまではしないだろう。いくらなんでもこの隣にいるマッドサイエンティスト炊飯器マスターあだ名は目が濁ってるが禁止にしてる薬を、そんな了承も得てない人間に.........

 

 

デジ「.........あの、因みにどこでそれを調達したとか.........?」

 

 

マック「.........?ああ、金庫がどうとか.........」

 

 

桜木「ゴールド.........!!!」ビキビキ

 

 

タキオン「シップ.........!!!」ギリギリ

 

 

 間違いない。あの薬だ。金庫に入ってるなんて言ったらもうそれしか無い。折角土から悩みの種を掘り起こしたと思ったら、隣でバカ深い穴にバカでかい悩みの種を埋めていきやがった。

 

 

マック「ふわぁ.........何だか眠くなってきました.........」

 

 

桜木「.........幸い、ホームルームまで時間あるから、ちょっと寝てても良いよ」

 

 

タキオン「それが.........最善だね」

 

 

マック「.........?では、お言葉に甘えさせて頂きますわね.........」

 

 

 そう言いながら、彼女は先程まで俺が寝ていた場所に寝そべった。ウララ達はそんな彼女に枕替わりのクッションと、掛け布団替わりのタオルケットを渡している中で、俺とタキオンはチームルームの外へ出た。

 

 

タキオン「.........私は、幼児化した時に着る洋服を取ってくるよ.........」

 

 

桜木「俺、マックイーンの担任に諸事情説明して休みにするわ.........」

 

 

 お互いため息を吐きながら、タキオンは着替えを取りに寮へ、俺は電話をかけるべく一旦学園の外へと向かう。

 一体、幼い頃の彼女はどのような感じなのだろう。以前聞いた話では、今のようなお嬢様をしようとしている感じではなく、普通の女の子として暮らしていたと言っていた。

 

 

桜木(.........なんか、ちょっと楽しみになってきたけど、マックイーンには悪いよな)

 

 

 少しニヤついてきた口元を片手で解し、何とか真面目を装いながら、俺は学園の校舎から出て、マックイーンの担任の先生に電話を掛けたのであった。

 

 

 

 

 

  ......To be continued



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T「マックイーンは今何歳かな〜?」まっくいーん「3さい!!!」

 

 

 

 

 

「.........?ふぇ?じいや.........?」

 

 

 目を覚ましたのは、黒い髪にチラホラと白い色が目立つウマ娘の少女。目元を擦りながら、大きなあくびを見せ、ゆっくりと上半身を起こす。

 

 

桜木「よ、よう.........」

 

 

「ひっ.........だれ......?だれなの?」

 

 

 俺の顔を見て、強い恐怖を抱く少女。無理もない。彼女からしてみれば、いつも寝ている筈の家から、今は記憶にないチームルームで目を覚まし、目の前には知らない俺と、ある程度大人のウマ娘達が居る。

 目に見えて怯え、後ろに後ずさる姿を見るのは結構心に来るものだ。それが、苦楽を共にした彼女であるならば、尚更だろう。

 さて、なんと伝えようか.........俺は後ろの子達を見て答えを仰ごうとするものの、皆それぞれ困った表情でそこに居た。普通は、こんな状況を受け入れる訳ない。俺がおかしいだけだ。

 

 

桜木「あー、その。俺は「じいやあああ!!!(ウワァーン!)」「お嬢様!!!(ドガァ!!!)」うちのドアが!!?」

 

 

「グスッ......じいやあああ!!!」

 

 

爺や「お嬢様ご無事ですか!!!お怪我は......あり.........ません...............か」

 

 

 説明しよう。まず、うちのチームルームの入口である扉が爆発した。破壊じゃない、爆発だ。そこを間違われたら困る。そして煙の中から颯爽と爺やさんが現れた。どっから現れたとか言わない。メジロ家従者はニンジャ。それは以前ハッキリと体験している。

 そしてその爺やさんはと言うと、想定していた彼女が抱きついて来た腕の位置と、実際のその場所の誤差を感じ、それを視認し、現実を疑い始めている。俺は額に音を立てて手を当てた。

 

 

桜木「さよならタキオン」

 

 

タキオン「ちょ!!!ちょっと待ちたまえ!!!なんで私がさよならなんだ!!!さよならは君だこの問題児トレーナー!!!」

 

 

桜木「うるせェ!!!マックイーンがあんなになっちまってんだ!!!お前はこれから警察に突き出されて実験室隈無く捜査されて薬見つかって晴れて薬事法違反で逮捕だ!!!ついでに宗也もだ!!!」

 

 

黒津木「呼んだ!!?」

 

 

二人「呼んでない!!!捕まりたくなかったら帰れ(帰りたまえ)!!!」

 

 

 まるで獣のような唸り声を上げ、ドアがあったはずの場所から横に顔を出す奴に警告する。すると奴は静かに顔を出した方からスライドして消えていった。

 

 

爺や「こ、これは一体.........?」

 

 

桜木「.........タキオン、せめて説明はお前がしてくれ.........予測不可の事態だったとはいえ、アレはお前の所有物を飲んだ結果だ」

 

 

タキオン「分かっているよ.........ゴールドシップくんには頭痛薬の領収書を後で切る事にする」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まっく「はなして〜!!!」

 

 

桜木(くぅ〜!!?なんだこの子は.........!!!マジでマックイーンなのか!!?本当にそこら辺に居る駄々っ子な女の子じゃないか!!!)

 

 

 爺やさんに状況を説明した後、彼は事実を何とか自分に納得させ、その時のマックイーンを何とか泣き止ませた。そして物の見事にどこかの映画の設定を用い、マックイーンは未来に来てしまったと説明したのだ。流石メジロ家。説得もどこかぶっ飛んでいる。

 

 

桜木「子供とは言え流石ウマ娘.........!!!縄で縛って連れてってもまさかここまで苦戦を.........うおぉ.........!!!」

 

 

まっく「わたしはとれーなーさんにあいたいのおおお!!!」

 

 

 未来の世界、彼女はその世界でトレセン学園に入ったと爺やさんに聞かされた。という事は、自分にはトレーナーが居ると気付くのは時間の問題だった。

 ではなぜ、俺がそのトレーナーだと進言しないのか?それについては理由がある。それは、爺やさんが言っていたとある事だ。

 

 

爺や『くれぐれも、マックイーンお嬢様にご自身がトレーナーであると伝えないで下され』

 

 

桜木『え?なんでですか?』

 

 

爺や『この頃のお嬢様は.........非常に、その手の事に、手がかかりまして.........』

 

 

 苦笑いと汗混じりの表情が強烈に印象に残っている。あの人があんな顔をするんだ。相当に違いない。

 

 

まっく「どこにいくのおおお!!!」

 

 

桜木「今トレセンに居るメジロ家の皆のところだよぉぉぉぅぅうわっ!!?」ドシンッ

 

 

 突然抵抗する事を止めたマックイーンのせいで、尻もちを着いた。中々大きな音がなった気がする。痛みで顔を顰めていると、心配そうに顔を覗き込んできた。

 

 

まっく「だ、だいじょうぶ.........?」

 

 

桜木「お、おう.........」

 

 

 流石はウマ娘。どんなに幼かろうがその美しさは変わらない。まるでお人形さんみたいだ。しかも庶民には手が出せないくらいのやつ。

 って、いかんいかん。相手がいくらいつか告白しようとしている相手で、しかも先日初恋を塗り替えられた相手だとしても、今はまだ子供、そんなのに恋愛感情なんざ抱いたら本当に犯罪者だ。それに確実に俺の妹より年下.........ん?

 

 

桜木(ちょっと待てよ、普段のマックイーンから既に俺の妹より年下では.........?)

 

 

まっく「?あたまいたいの?」

 

 

桜木(鬱だ。死のう)

 

 

 父さん、あおちゃん。姉ちゃん。そして最近会っていない妹よ。どうやら俺は気付かぬ間に妹より年下の女の子に恋しちまうような気持ちの悪い男になっていたらしいです.........

 そんな事を思いながら、俺はしばらく、幼いマックイーンに見られながら身体を縮こまらせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まっく「ふわぁぁぁ.........!!!」

 

 

 キラキラとした目で、目の前にいるウマ娘達を見るマックイーン。その目を向けられている者達は、その視線に汗を流したり、苦笑いを浮かべたり、キョトンとしていたり、びっくりしていたり、嬉しそうにしていたり.........まぁ、色々だ。

 

 

ドーベル「ちょっと.........これマックイーン?」アセアセ

 

 

ライアン「うわぁ.........あの頃のマックイーンそのものだね.........」タハハ

 

 

ブライト「マックイーン様.........?少し見ない間に随分お姿が.........」キョトン

 

 

アルダン「も、もしかして、バックトゥザナンチャラーという事でしょうか.........?」オドオド

 

 

パーマー「うわぁ〜!あの頃のマックイーンだぁぁ〜!!」ギュ〜

 

 

まっく「ぱ、パーマ〜.........苦しい〜」

 

 

 目の前の状況に、最近疲れ気味だった疲労と現実を見る目が癒される。やはり、可愛いものは全てを救うと言うのは過言では無い。

 マックイーンを抱きしめながら、その頬に強く頬擦りをするパーマー。どうやら相当、この頃のマックイーンが大好きだったようだ。

 

 

桜木「あー.........取り込み中悪いんだけど、今日一日マックイーンの子守り的なアレを頼める?」

 

 

全員「え」

 

 

桜木「.........え?」

 

 

 それを聞いた瞬間、皆の顔から血の気が引いた気がした。なんだ、なんだなんだ。皆この頃のマックイーンに何かしらトラウマでも抱いているのか?さっきまで嬉しそうに抱きしめてたパーマーも遠慮気味にマックイーンを降ろしたぞ.........

 

 

ライアン「す、すみません。今日はトレーニングが.........」アセアセ

 

 

ドーベル「アタシも」アセアセ

 

 

ブライト「わたくしもですわ〜」アセアセ

 

 

アルダン「私も少し、トレーニングが.........」アセアセ

 

 

パーマー「右に同じくってやつです」ダラダラ

 

 

桜木「マジかよ.........」

 

 

 俺はそのまま視線を、未だにその目をキラキラさせて彼女達を見るマックイーンの方へと向ける。無尽蔵の体力を持つウマ娘達がこぞって御遠慮するこの状況.........一体この頃のマックイーンはどういう子なんだ.........?

 

 

まっく「みんなきれいになってる.........!!!わたしもきれいになってるよね!!!」

 

 

桜木「そ、それはもちろん!!!」

 

 

まっく「みんなみたいにおむねもおっきくなって!!!おおきくなってる?!!」

 

 

桜木「ああ!!!(大嘘)」

 

 

 やばい、つい勢い余って肯定してしまった。普通のマックイーンは別にその、胸は慎ましやかだし、身長も.........ドーベルとブライトより若干は高いが、平均だ。少なくともライアンよりかは無い。

 だがこうしてみるとおかしい。実におかしい。なぜ彼女だけ.........その、一部分が他の子と違い、発達していないのだろう?いや、俺はどちらかと言えばスレンダーな子が好きではあるが.........

 

 

まっく「あっ!そうだ!みんなわたしのとれーなーさんのことしってる!!?」

 

 

桜木「.........あー。実はなマック―――んむ!!?」

 

 

 もうこの際どうなってもいい。彼女が大人しくしてくれるのならバラしてしまっても問題は無い。そう思っていたが、不意に口元を無理やり押さえられ、発言を途中で止められる。

 誰がやったのだろうと見てみれば、ライアンが酷く焦った状況で俺の発言を止めていた。

 

 

まっく「?らいあん?」

 

 

ライアン「あ、アハハ.........そ、そうだマックイーン!!未来のこと、アルダンさんとブライトから聞いてみなよ!!」

 

 

まっく「!そ、そうしてみる!!」トテトテ

 

 

 そう息を巻きながら、彼女は二人の手を引いて、椅子へと座った。その様子を見て、今この場にいるメジロ家のウマ娘達は全員、ホッと一息ついた。そして、そのまま俺を一睨みする。

 

 

ドーベル「ちょっと!今のマックイーンにアンタがトレーナーなんて言ったら大変な事になるわよ!!」

 

 

桜木「いぃ!!?た、大変な事って.........?」

 

 

ライアン「そ、それは.........た、大変な事は大変な事ですよ!!!///」

 

 

 顔を酷く紅潮させ、捲し立てるようにそう言い切るライアン。それだけでは何が起こるか分からないが、まぁとにかく大変な事になるというのは分かった。だが、それでも納得出来ていない俺を見たのか、パーマーはヒソヒソと耳打ちをしてくる。

 

 

パーマー「ああ見えてマックイーン、嫉妬深いって言うか、独占欲強いからさ.........」

 

 

桜木「ああ〜.........そういえば天皇賞前にライアンが来たら、怒ってチームルーム出てっちゃったなぁ.........」

 

 

 懐かしい思い出が蘇る。あの時のマックイーンは確かに、この時の子供のような雰囲気を感じ取れた。やっぱり、この子はマックイーンで、本人なりに努力して成長した姿が今のマックイーンだと察せられる。

 

 

桜木(やっぱり、頑張り屋さんなんだな.........)

 

 

ブライト「マックイーンさんのトレーナーさんは〜」

 

 

ライアン「ブライト!!?」ガシッ!

 

 

アルダン「貴方のトレーナーさんですけど、実は」

 

 

パーマー「アルダン!!?」ガバッ!

 

 

まっく「ええ〜!!?いいところだったのに〜!!!」プクー

 

 

 知らぬ間に俺がトレーナーであると暴露しようとしていた二人を見て、呆気に取られる。何をやっているんだと思っていたが、その時の二人の表情はどこか必死に笑顔を作っているようで、なんかそれも許せてしまうくらい可哀想だった。

 

 

ブライト「も、もう無理です〜!マックイーン様のお話は大好きなのですが〜、この頃のマックイーン様の想像はお砂糖が口から溢れ出てしまいます〜!!」

 

 

アルダン「ごめんなさいみんな.........もう、無理なの.........うぅ」サトウダバー

 

 

桜木「口から砂糖が!!?」

 

 

ドーベル「早くマックイーンを連れてここから出て!!!幼い頃ならよく分かんなくて耐えられてたけど今の大人になったアタシ達には耐えられないの!!!」

 

 

 ものすごい剣幕で俺に迫ってくるドーベル。男性恐怖症だとマックイーンから聞いていたが、そんな事すら忘れさせる程に接近し、そう言葉を強く発する。

 目の前で砂糖を吐く(物理)アルダンの姿を見て、この子のただならぬ想像力というよく分からない力に恐怖を抱きつつも、俺は急いで、メジロ家のウマ娘達を救う為にこの場を離れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

沖野「へー、これがマックイーンの小さい頃かぁ.........」

 

 

まっく「は、はじめまして!メジロマックイーンです!」

 

 

 ピシッと背筋を伸ばし、頑張って敬語を使うマックイーン。その姿を見て、この場に居る大人達は微笑ましい表情を浮かべる。

 メジロ家を招集した教室から離脱した俺は、とにかく人の目の届く場所へと思い、ベテラントレーナーの職員室へと足を運んだ。

 

 

まっく「わ、わたしのとれーなーさんはいますか!!!」

 

 

沖野「ん?何言ってんだ?マックイーンのトレーナーならそこに.........」

 

 

桜木「.........?居ないじゃないっすか」

 

 

沖野「.........お前」

 

 

 呆れたような表情で俺を見る沖野さん。だって仕方ないじゃないか。俺は砂糖を吐きたくない。あのおしとやかでこの学園で本物のお嬢様と言えばアルダンとまで言われる程お嬢様力のある彼女が俺の前で砂糖を吐いた。その事実が俺の演技力を取り戻したのだ。

 そんな俺のただならぬ反応に察したのだろう。沖野さんはため息を付いて、嘘をついてくれた。

 

 

沖野「今マックイーンのトレーナーは.........そのぉ、そう!海外!!今のマックイーンと一緒に海外に行ってる!!!」

 

 

まっく「ほんとう!!?」

 

 

沖野「ああ!!!栄えある凱旋門賞を取りにフランスに行っててな!!!レースは終わったんだが.........」

 

 

桜木「.........」

 

 

沖野「.........今は、ハネムーン旅行中だ」

 

 

 なんてこと言ってんだこの人は。そんな無茶苦茶な話、子供じゃなかったら信じてないぞ。もっとマシな嘘は付けなかったのか?

 だいたいなんだハネムーンって、今のマックイーンは普通に学生だし、なんなら中等部だ。止めてくれ沖野さん。その話は今の俺に効く。

 

 

沖野「.........ああもう!!!大体だなぁ桜木!!!お前はトレーナーなんだから!!!そこら辺の説明くらいしてやれ!!!」

 

 

まっく「え!!?とれーなーさんなの!!?」

 

 

桜木「君俺の事今まで何の人だと思ってたの!!?」

 

 

まっく「た、たびげいにんさん.........?」

 

 

桜木「た、旅芸人.........」

 

 

 ショックだ。まさか学園の職員ですらないと俺は思われていたのか.........周りから吹き出したような笑い声や、静かな笑い声が聞こえてくる中、窓の外から一際デカい笑い声が聞こえてきた。

 

 

白銀「どっひゃ〜〜〜www旅芸人さんだってよ〜www」

 

 

黒津木「いつの時代だよwwwお前にはお似合いだなぁ玲皇ォ!!!www」

 

 

神威「」(笑いすぎて失神)

 

 

ゴルシ「だ〜っはっはー!!!www良い身分になったなぁおっちゃん!!!www」

 

 

 コイツら.........人が黙ってりゃ好き放題笑いやがって.........!!!調子に乗りやがってよォ!!!

 俺は怒りを静かに滲ませながら、ゆっくりと窓の方へと近付き、笑いすぎて涙をうかべた三人。笑いすぎて地べたとキスしてる一人に向かって声を上げた。

 

 

桜木「なんだァ!!!!!マックイーンちゃんからの主観的な俺の評価がそんなにおかしいか!!!!!」

 

 

白銀「まぁまぁそう怒んなよ.........旅......w芸人......wさんwww」

 

 

ゴルシ「あぁぁぁぁwwwww」

 

 

黒津木「ドwwwラwwwクwwwエwww9wwwかwwwよwww」

 

 

神威「」(返事が無い。ただのしかばねのようだ)

 

 

 マジでぶっ殺してやろうかなコイツら.........特にゴールドシップ。お前今度という今度は容赦しねぇぞ.........今まで何度も親近感と言うか変な感じがして許してやってたが、今度という今度は許さん.........!!!

 

 

桜木「.........マックイーンちゃ〜ん?」

 

 

まっく「な、なぁに.........?」

 

 

桜木「このお姉ちゃんが、マックイーンちゃんのお話をた〜っくさん聞きたいんですって〜」

 

 

ゴルシ「お?おう!!!アタシで良ければ幾らでも聞いてやるぜ!!!」

 

 

桜木「へへへ.........砂糖を吐いて苦しめゴールドシップ」ダキッ

 

 

ゴルシ「.........?」ダキッ

 

 

 了承したゴールドシップに天誅が下る姿を思い浮かべながら、俺はマックイーンを抱き上げ、窓からゴールドシップに手渡した。以前感じたいい匂いのシャンプーと共に、子供特有のふわりとした柔らかい匂いが鼻をくすぐる。

 

 

桜木「.........んでぇ?お前らはどうする?死ぬか?消えるか?土下座してから火山から叩き落とされるか?」ボキボキ

 

 

白銀「旅芸人にそんな力あっかよwww」

 

 

黒津木「ファーーーーwwwwwww」

 

 

神威「」(若者に未来を託し息絶える)

 

 

桜木「ドォォォラグォンインストォォォ―――ルッッ!!!」レディオー!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まっく「いっぱいおはなしできてたのしかった〜!!!」

 

 

桜木「そうかそうか〜、俺も久々に格ゲーごっこ(学園の壁使ってDループ)して楽しかった〜」

 

 

 あの後、ゴールドシップは目論見通り、というより目論見を通り越して全身砂糖に埋もれた存在へと成り代わっていた。ウマ娘は甘味が好きで、角砂糖をおやつ代わりにしている子も居る。しばらく学園は安泰だろう。

 そしてあのバカ共はDループでSLASH!!した。黒津木と白銀はDESTROYされ、神威は寝ていたので丁寧に捕まえて壁端に位置変えし、バーストしそうだったのでそれを読んでからコンボを決めてやった。気分はさながらウメハラだ。

 

 

まっく「つぎはどこいくの?」

 

 

桜木「ああー、ビデオルームとかどう?結構前のレースとかならあるし、暇潰しには持ってこいだと思うよ?」

 

 

まっく「まえの.........おばあさまのレースもある!!?」

 

 

桜木「そりゃもちろん。ビデオがある時代に現役してたら、ここの学生じゃなくてもあるからね」

 

 

 俺の言葉を聞いて、ウキウキしながらマックイーンはその足取りを軽やかにしていく。こうしてみると、この時からメジロのおばあちゃんの事が大好きだったのが分かる。

 そんな彼女に微笑ましい視線を送っていると、階段の踊り場で電話をしているニコロを見つけた。

 

 

ニコロ「だから.........俺は今トレーナーであって、ヒットマンでもなければお前達の犬でも無いんだ。小遣い稼ぎになる?ふざけるな。ちょっとの小遣いと、俺の命と隠した経歴を天秤にかけられるかっ!!!」ピッ!

 

 

桜木(うわぁ、誘ってやろうと思ったけど、今ピリビリしてっし、やめとくかぁ.........)

 

 

 声を掛けようと思ったが、もう既にめんどくさい事に巻き込まれてそうな奴を見て、それは止めた。こっちも相当面倒だからだ。

 

 

まっく「.........かっこいい」

 

 

桜木「だろ〜?外国の人は日本人と違ってスタイリッシュだからな〜」

 

 

まっく「わたしのとれーなーさんもきっとあんなひとなんだ〜!!!」

 

 

桜木「.........たはは」

 

 

 もし、彼女が俺の正体を知ったらどう思うだろうか?そんな事が脳裏に過ぎった瞬間、しつこい汚れのようにそこにへばりつく。何がどうなったって、戻れば変わらない関係が続くのに、どうしても不安になってしまう。

 俺がニコロの様にミステリアスで、白銀の様に身体能力抜群で、黒津木の様に天才で、神威の様に頭脳明晰で.........なんて、自分に無いものを指で数え、口を結ぶ。そんなことをしても、無いものは無い。どれか一つでも、俺は持ち合わせては居ない。

 

 

桜木(.........結局、俺は[誰かになりたがってた]から、こんな演技力を身につけちまったのかな)

 

 

 今の彼女を見ると、ありのままでいて、それが外側の形を変えても、芯は今のマックイーンのままだと感じる。

 対する俺はどうだ?他人に興味を持たず、それでいて自分を自分だけで肯定することは出来ないガキが、何とか取り繕って立っているだけだ。

 今のこの子の方が.........よっぽど大人らしい。

 

 

まっく「.........?どうしたの?」

 

 

桜木「.........いや、なんでもない。さぁ、ビデオルームに着いたぞ〜」

 

 

まっく「!!はやくみよ!!おにいさん!!」

 

 

 そう言って、子供とは思えない強い力でまた引っ張られる。そんな彼女に、どこか感謝を感じながら、俺達はそこに入って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「メジロアサマ先頭ッ!!他二人も懸命に追い上げるッ!!メジロアサマが更に抜け出すッ!!メジロアサマ優勝―――ッ!!!」

 

 

まっく「.........!」キラキラ

 

 

桜木(すげぇな.........ずっと先頭集団をキープしながら最後に抜け出すなんて.........)

 

 

 ビデオルームにて鑑賞しているのは一本のビデオ。DVDやブルーレイでは無いが、画質の荒さを超えるような熱気が、今ここに居ても伝わってくる。

 そして何より、あのメジロのおばあちゃんの姿が、今のマックイーンの様だった。レースを走る姿、その走り方や顔の険しさも、正に走る彼女と瓜二つであった。

 

 

「おめでとうございます!メジロアサマさん!!」

 

 

アサマ「ありがとうございます。これも偏に、皆様の声援と、私の我儘を支えてくださったトレーナーさんのお陰ですわ」

 

 

桜木(っ!!?マックイーン.........!!?)

 

 

 場面は移り変わり、先程のレースを終えてインタビューに受け答えるおばあちゃん。アサマさんの姿が大きく映し出された。それを見れば、最早マックイーンと見紛う程に、喋り方や所作までが、彼女であった。

 

 

アサマ「天皇賞は、我がメジロ家にとって特別な物です。勿論、この場で全力を尽くした彼女達も人並み以上の思いを込めて走っておりましたが、今回は私の思いが勝ちました」

 

 

まっく「おばあさま〜!!すてき〜!!」

 

 

桜木「俺もそう思うよ。こんな子が担当出来たらなぁ〜」

 

 

まっく「お、おにいさんはとてもいいひとだから、きっとできるよ!!」

 

 

 そう強く俺を肯定してくれる少女。とても可愛らしい彼女の頭を思わず撫でてしまった。彼女は恥ずかしそうにそれを受け入れてくれる。

 ふとおもむろに彼女は椅子の上で立ち上がり、俺の方を見た。

 

 

まっく「じ、じつはわたし!おばあさまみたいになれるようれんしゅうちゅうなの!!みててね!!」

 

 

まっく「すぅー.........はぁー.........わ、わたくし!!メジロマックイーンと申します!わよ?」

 

 

桜木「くふふ.........あはは!」

 

 

 最初は割と上手く出来ていたのに、最後でそれが崩れてしまった。緊張もしていたのか、声も若干震えていた。

 そんな彼女に思わず笑いが溢れてしまった。ムスッとほっぺをふくらませた彼女はぷいっとそっぽを向いてしまったので、慌てて頭を撫でてご機嫌をとる。

 

 

「なるほど!では坂間 雄一(さかま ゆういち)トレーナーにもお話を聞かせてもらいたいです!」

 

 

 ご機嫌取りに忙しい中、テレビのナレーターの人がそう言うと、今度はカメラの視点が、アサマさんの隣に居る少し背の高い。俺より高そうな男性に切り替わった。その姿に、俺とマックイーンは先程のやり取りを忘れ、釘付けになる。

 

 

坂間「そうですね.........彼女は、アサマは出会った当初から、この天皇賞を目標に日々のトレーニングを積み重ねてきました」

 

 

坂間「私から言える事は一つだけです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「[山あり谷ありウマ娘]」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「え.........?」

 

 

 その言葉に、俺は耳を疑った。それは、受け売りでも何でもない、俺の口から出ていた言葉だったはずだからだ。それが、名前も顔も知らなかったアサマさんのトレーナーから出てきた。

 その瞬間、脳裏に過ぎるのは、今までの思い出だった。春を越え、夏を越え、秋も冬も越えて過ごしてきた、大切なチームとの.........マックイーンとの思い出が、一瞬にして過ぎ去って行った。

 

 

坂間「彼女だけではありません。私達のこれまでを支えてきたのは他でも無い、チーム[シリウス]の皆の協力と、ファンの声のお陰です」

 

 

まっく「はぁぁ.........おじいさまもすてき.........」ポワポワ

 

 

桜木「.........うん、かっこいいね」ナデナデ

 

 

まっく「♪」

 

 

 憧れの眼差しをテレビに向ける彼女に手を伸ばし、その頭を撫でる。くすぐったそうに目を細め、その撫でられる感触が気に入ったのか、俺の身体にスリスリと小さい身体を一生懸命擦り寄せる。

 ほっぺと顎先を指でくすぐってあげると、子供らしい笑い声を出して反応してくれる。本当、可愛らしい。

 

 

桜木(.........けれど)

 

 

 このマックイーンも、確かに可愛くて、素敵な女の子だ。なのに、そんな彼女を見て、寂しさを覚える自分が居る。やっぱり、ちょっと成長してる彼女が俺は好きなんだ。

 そう思っていると、流石に撫ですぎたのか、彼女は俺の手から離れるように少し離れた。先程とは違う寂しさが指先から滲み出てくる。

 

 

まっく「こ、こんどはこれみる〜!!」

 

 

桜木「.........?へぇぁ!!?ま、待って!!!それは―――」

 

 

まっく「ううぃ〜ん」ディスクノミコミ

 

 

桜木「ああ.........」

 

 

 彼女の照れ隠しの行動が、俺がひた隠しにしていた事実を白日の元に晒す物になる。そんなこと誰も分からないだろ.........常識的に考えて.........

 入れてしまったのなら最早仕方あるまい。今止めてしまえば逆に不審がられてしまう。もうこうなれば、野となれ山となれと言う奴だ。

 

 

「―――メジロマックイーンリードを1バ身!2バ身と広げていきます!!!」

 

 

まっく「え.........?」

 

 

 見てしまった。彼女の為に築き上げてきた嘘が、一気に崩壊してしまった。そう、彼女が想像していた大きいお胸も、身長も、本当は無いんだ。普通の子より、胸は特に、本当に無いレベルなんだ。

 .........でも、そんな彼女に、惹かれる人間は確かに存在する。そんな彼女の、才能が中心になっていない頑張り屋さんの内面に惹かれて、スカウトした人間が居る。それだけは、どうしても伝えたいと思った。

 けれど.........

 

 

まっく「......すっごく、かっこいい.........!」

 

 

桜木「!.........そうだね。この時代の君は、とってもかっこいいんだ.........」

 

 

桜木「それこそ、人々の視線を持って行っちゃうレベルくらいね」

 

 

 初めて、彼女と顔を合わせた時の事は今でも印象に残っている。最初はお互い、取り繕って着飾った、服と仮面を付けての対面。普通は、それを着崩したり、仮面を外すのはマナー違反だ。

 けれど、俺は彼女に何かを感じた。だから、本心を全て吐露してしまった。それが、彼女の仮面を少しずらした。それに気付いた俺も、仮面が少しずれていた。

 お互いまだ、素顔で話すのにはちょっと慣れてなくて、照れ臭いけれど、それでも仮面を付けて話すより、ずっと居心地が良い。

 

 

「メジロマックイーンさん!!悲願となる天皇賞の勝利!!おめでとうございます!!」

 

 

マック「ありがとうございます。この勝利は、現当主のお祖母様。そして、私のお母様が繋ぎ、そして、私が次に紡ぐ事の出来た勝利ですわ」

 

 

まっく「!!お、おばあさまみたい!!」

 

 

桜木「はは、練習の成果、出てよかったね」

 

 

まっく「うん!!」

 

 

 今までよりも、強い憧れの眼差しを、その画面へと向ける。未来の自分が、一番の憧れになると言うのは素晴らしい事だ。それは、なりたい自分になれていると言う証拠だからだ。

 そんな彼女に頬杖を付いて、見守っていた。キラキラしている宝石に魅入られている彼女に、俺は魅入られている。

 だから、気が付かなかった。

 

 

「では次に!!メジロマックイーンさんをここまで育て上げた桜木トレーナーさんにお話をお伺いしましょう!!!」

 

 

桜木「やば!!?」ガタッ!!!

 

 

桜木[.........どうも]

 

 

まっく「え.........!!?」

 

 

 俺の泣き腫らした顔が、テレビの画面で大アップになり、マックイーンは俺の顔とテレビを何度も見る。俺は思わず、その手で顔を押えてしまった。

 

 

「桜木トレーナーさん!!マックイーンさんがここまで強くなった秘訣はなんでしょう?!! 」

 

 

桜木[.........あの子が、頑張ったからです]

 

 

桜木[使命も、期待も、プレッシャーも、その一身に背負って、それでも尚減速することなく、今日まで走り続けてきた彼女の頑張りが、今日実を結んだ]

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

[これで、多くの人に[メジロ]の[マックイーン]は伊達ではないと証明できた筈です]

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なんともまぁ、よくもこんな青臭いセリフを素面で言える物だ。いや、今でもノリに乗ったらこんなふうにしれっとこういうセリフを吐くことは出来るのだが.........

 そんな自分の声に具合を悪くしながらも、現実を直視しようと俯いて手で防いでいた視線を少し上にズラした。

 

 

まっく「.........」

 

 

桜木「え.........」

 

 

 そこに居たのは、ただただ俺を放心状態で見ているマックイーンだった。テレビの画面など気にする様子はなく、ただ俺の顔を、姿を、じーっと見つめている少女がそこには居た。

 

 

桜木「あっ、えっと.........サプラ〜イズ.........的な?」

 

 

まっく「.........グスッ」

 

 

桜木「えっえっ」

 

 

 鼻をすする音と共に、その目には大粒の涙が溜められる。そしてその表情はくしゃ、くしゃ、と等間隔で崩され、遂には決壊してしまう。

 

 

まっく「.........うえぇぇぇええぇぇぇん!!!」

 

 

桜木「あああああ!!!ごめんね〜こんな冴えない男がトレーナーさんで〜!!!俺も出来ればもっと美男子に成長したかったんだけどね〜〜〜?なんか気付いたらちょっと強面のおじちゃんになっててごめんね〜〜〜!!!」

 

 

 そんなに声を上げて泣く程嫌だったとは、思いもしなかった。だけど、理想と違って それを受け入れるには、今のマックイーンは幼すぎる。

 抱っこをしながら身体ごと縦に振動し、どうにか泣き止ませようとするが、その涙な止まる気配を感じられない。

 

 

まっく「うっ、うっ.........ちがうの.........」グスッ

 

 

桜木「え?」

 

 

まっく「たびげいにんさんなんていって.........ごめんなさい.........しつれいなこといっぱいいって.........ごめんなさい.........!!!」ヒッグ

 

 

桜木「.........マックイーン」

 

 

 その言葉を聞いて、俺は焦るように揺らしていた自分の体を、今度はちゃんと落ち着かせるよう、抱いているこの子を思いやる様に、身体を揺らす。

 背中を優しくトントンとしてやると、次第に安心して行ったのか、彼女はゆっくりと嗚咽を潜ませて行った。

 

 

桜木「.........こんなのがトレーナーでごめんなぁ」

 

 

まっく「.........ううん、おにいさんがとれーなーさんでうれしい.........」

 

 

桜木「なんでぇ?あの外国のお兄さんの方がカッコイイし、他の兄ちゃん達の方が面白い人よ?」

 

 

まっく「だって.........[はくばのおうじさま]みたい.........」

 

 

 はく.........なに?王子様だって?そんな出自とは縁遠い一般家庭所か貧困家庭出身の男なのですが.........

 

 

桜木「は、[白バの王子様]って.........?」

 

 

まっく「しらないの?じゃあおしえてあげる!!」

 

 

 そうして、マックイーンは時折興奮気味に、そして、時折うっとりとした表情で語ってくれた。

 [白バの王子様]。それは、ウマ娘の家庭では聞かないという事は無いほど有名な御伽噺のようで、白毛のウマ娘と、それを愛する遠い昔の一国の王子様のお話だった。

 二人は平和な日常を楽しみ、将来は結婚を誓いあっていた。そんな最中、隣国から宣戦布告され、このままでは負けは確実だった。

 ある日、魔女と名乗るウマ娘が現れ、この国が勝つ方法が一つだけあると言った。それは、魔法で世界中のウマ娘を全て、獣に変えるという物だ。

 魔女は実際、白毛のウマ娘を獣の姿に変えた。それは四本足で、人より大きく、その背中に乗れる程の屈強な肉体を持つ獣であった。

 しかし、王子は選択した。そんな物は要らないと。争いも起こさないと。それを聞いた魔女は女神へと変身し、ウマ娘の姿を戻して、平和へと導いた.........そんなお話だった。

 

 

まっく「そのおうじさまは、らいおんさんのように髪がたっていたそうです!」

 

 

まっく「そのらいおんさんのこころにかんどうしためがみさまは、そのひとを[ししおうしんをもつもの].........?と、いいのこしていきました!めでたしめでたし!!」

 

 

桜木「.........[獅子王心(ライオンハート)を持つ者].........ねぇ」

 

 

 つくづく、その獅子とかいう動物には縁がある様に思える。このチーム名の[レグルス]という星があるのも、獅子座であり、しかも胸の位置だ。偶然とは思えん。

 そして俺の名前も玲皇(れお)。母親は外国でも通用するような名前と言っていたが、実際はジャングル大帝が好きだったらしい。漢字の方はとてもいい意味ではあるのだが。

 そしてこれまたアイツらと出会った時のあだ名がライオン。安直すぎる。これは偶然。はっきり分かる。

 

 

桜木「王子様っつったって、どこ見てそう思ったのよ?顔を見たら、悪役の方がお似合いよ〜?」

 

 

まっく「ちがうもん!!おにいさんはたしかにおかお、ちょっとこわいけど。やさしいひとだもん!!」

 

 

 精一杯俺の発言に対して否定を見せる少女。ポカポカと俺の胸に両手を叩き付けられ痛みを感じるが、それ以上に嬉しい気持ちになる。

 そう思って彼女の白混じりの髪を撫でる。

昔も変わらず、サラサラとしていて触り心地は良い。そんな彼女は、俺の顔をチラチラ見ながら、ソワソワモジモジとし始めた。

 

 

桜木「どうしたの?もしかしてトイレ?」

 

 

まっく「ち、ちがうもん!!う、うん。たぶんそうだよね.........?」

 

 

桜木「?」

 

 

 まるで自分に言い聞かせるようにひそひそと語気を弱めるが、俺の耳にはしっかりと届いている。

 しかし、それを指摘することは無い。彼女がどうするか見守り、それを見届けるのが保護者として、そして俺としての今の役割だ。

 そして、徐々に覚悟を決め、その顔を俺に向けた。

 

 

まっく「とれーなーさん!!!」

 

 

桜木「なあに?」

 

 

まっく「わ、わたしのとれーなーさんなら.........!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わたしのこいびとさんってこと!!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「.........ん!!?」

 

 

 余りに予想だにしない言葉に思わず面を食らう。どうしたらそう飛躍的な発想になるんだ。

 どうにかこうにかこの子を傷付けないよう、それを否定する言葉を探している内に、段々とヒートアップを見せていく。

 

 

まっく「さいしょはがくえんのターフでこえをかけられて」

 

 

桜木「うん」

 

 

まっく「やさしくはしりかたとか、たおれたときにはおひめさまだっこではこんでくれて」

 

 

桜木「うん.........うん?」

 

 

まっく「おほしさまのしたでふたりでおうたうたったり!おやすみのひにおでーとしたり!!」

 

 

桜木「.........」

 

 

 キラキラと瞳を、今まで以上に一層に輝かせ、自分の想像を語るマックイーン。たしかに、これを聞いてたら砂糖が口から溢れ出すのも目に浮かぶ。

 だが、それは第三者だったらだ。俺は実際.........それやっちゃってる.........

 

 

まっく「おまつりとかすいぞくかんとか!!たーっくさんいくの!!」

 

 

桜木「.........一つ良いかい?マックイーン」

 

 

まっく「.........はっ!ご、ごめんなさい.........はしることがいちばんだいじなのに.........うかれちゃって.........」

 

 

桜木「それ全部やってる」

 

 

まっく「.........へ?」

 

 

 苦しい話だ。これが全て彼女の妄想の中だけの話なら良かった。だが、実際にそれは起こっているのだ。否定をすれば嘘をつく事になる。

 抱っこをしている彼女の身体が、腕を通してどんどん熱くなっていってるのがよく分かる。瞳のキラキラとした星は徐々に混乱を表すぐるぐるとした模様に変わっていき、顔は真っ赤っかになって行った。

 

 

まっく「.........ふしゅ〜〜〜」ポテ

 

 

桜木「え!!?マックイーン!!?ちょっとマックイーンさん!!?」

 

 

まっく「えへへ.........とれーなーさんとこいびとさん.........とれーなーさんのおよめさん.........♡」

 

 

 既に意識は昏睡状態。それでもその頭の中ではトレーナーさんである俺との妄想が未だに繰り広げられている。

 俺は溜息をゆっくり、静かに吐きながら、ビデオルームから出るようその扉を開ける。廊下の窓からは、夕焼けの日差しが差し込んでくる。

 

 

桜木(明日の事は.........考えたくねぇなぁ)

 

 

まっく「しゅき.........とれーなーさんしゅき〜.........」

 

 

 今のこの発言を、意識のない状態でしてくれて助かった。俺と同じ症状だったら、戻った時に記憶は残るからだ。流石に、この告白紛いの言葉をそのまま残すのは可哀想が過ぎる。

 俺は自然に緩んだ頬を実感し、寝込んだ彼女の頭を撫で、寮へと送り届けた.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「.........?ん、んん〜.........!」

 

 

 意識の微睡みの中、何かをきっかけにした訳ではなく、唐突に自我が発生します。顔に当たる暖かさを頼りに、寝ている身体を上半身だけ起こし、伸びをしました。

 

 

マック「.........え?や、やだ!!!なんで裸なんですの.........!!?」

 

 

 スルスルと落ちて行った掛け布団の下から現れたのは、下着も付けていない自分の姿.........辺りを見回して状況を確認すると、ここはどうやら寮の部屋のようです。

 助かりはしましたが、いくら自分の部屋とも言えど、流石に生まれたままの姿と言うのは恥ずかしさを覚えます。私は急いで、着替えを取り出し、迅速に制服に着替えます。

 

 

マック「それにしても.........今日はいい天気ですわね.........」

 

 

 制服に袖を通し、朝日を全身で浴びる為に、カーテンをゆっくりと開けました。朝日の暖かな日差しとその眩しさが、私の意識をより一層、強く覚醒させます。

 

 

マック「.........ふふふ」

 

 

イクノ「んん.........?マックイーンさん.........おはようござい.........?」

 

 

マック「本当.........良い、天気.........」

 

 

 その日差しは、私の意識が眠っている間に起きた出来事を全て呼び起こしました。お陰で今日始まるであろう素敵な一日が、素敵では無いものに様変わりを遂げるのに、そう時間は掛かりませんでした。

 

 

イクノ「あの、マックイーンさん.........?今日はお休みですよ?こんな朝早くにどこへ.........?」

 

 

マック「.........ええ、少し用事を片付けに」

 

 

 ベッドから手を伸ばし、メガネを掛けるイクノディクタスさんにそう笑顔で告げました。ですが、流石に心の底から燃え上がる激しい感情までは押さえ込める事は出来ず、彼女に何かを察せさせてしまいました。

 私の気迫に押されたのか、彼女は即座にメガネを机の上に戻し、布団をもう一度その身に掛けました。まるで、今の私を見た事を忘れるように.........

 それに感謝をしつつ、私は寮の部屋の扉をゆっくりと開け、寮の廊下を全速力で駆け抜けて行きました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

タキオン「うわぁぁぁぁぁ!!!!!やめろおぉぉぉぉマックイーンくん!!!!!」

 

 

マック「離しなさい!!!こんな場所!!!残してはおけません!!!」

 

 

 学園の中にある一つの教室。それは、ウマ娘の可能性を求め、多くの薬品や実験記録があるとされる実験室。

 私がそれを爆破しようとしたところ、タキオンさんに見つかり、背後から羽交い締めを受けておりました。

 

 

マック「こんな.........!!!悲劇しか生み出さない場所を!!!私は到底許してはおけません!!!」

 

 

タキオン「気持ちは分かる!!!私もあんな事になるんだったらと後悔したよ!!!反省の気持ちもある!!!その私に免じてどうかそれだけは!!!」

 

 

マック「出来ますかァそんな事ォ!!!今すぐこの実験室にある全ての記録と薬をこの世から抹消します!!!」

 

 

タキオン「君最近行動どころか口調まで彼に似てきてないかい.........?うわぁ!!?」

 

 

 私はついさっきまで極限に力を込めていた身体の力を抜きました。その理由は、彼女の口から彼という言葉.........つまり、トレーナーさんの存在が示唆されたからです。

 そうです。この世には消すべき存在が三つあります。まず一つ目はこの実験室。そして二つ目はあの記憶の元凶である私自身。そして三つ目は.........それを他の方とは違い、真正面から受け止めた挙句、実際にしたと言った彼自身.........!!!

 

 

マック「もう耐えられません.........!!!こうなったら私が死んで!!!あの人も殺します!!!」

 

 

タキオン「物騒な事を言うんじゃない!!!第一その順番じゃどう頑張ってもトレーナーくんを殺せないだろう!!!」

 

 

マック「思いの力を見くびらないでくださいませ!!!今の私の思いならきっと届きます!!!」

 

 

タキオン「それはもっと別の場面で聞きたかったセリフだよ!!!」

 

 

 それでもなお、私を拘束するその手を緩めることは無い彼女。随分と印象が変わったものだと感じつつも、今はやるべき事があります。まずは目の前の部屋を爆破しなければ.........!!!

 

 

タキオン「良いかいマックイーンくん!!!昨日の事はあまり知っている人物は居ないし!!!アレは過去の者だ!!!今の君とは違うとしっかりと区別も着いている!!!そう早まるな!!!」

 

 

マック「貴方には分からないでしょう!!!あんな.........!!!自ら捨てた黒歴史のノートに無理やり自分の手で続きを書かせられるような感覚なんて.........!!!」

 

 

タキオン「トレーナーくんと共有すれば良いじゃないか!!!良かったねぇ話のネタが出来て!!!」

 

 

マック「ふーっ!!!ふーっ!!!」

 

 

タキオン「あぁぁぁぁ!!!ごめんよごめんってごめんなさい!!!別に煽った訳じゃないんだよぉぉぉぉ!!!」

 

 

 私は頂点に達した怒りの勢いで身体を音が出るようなレベルで振り、彼女の拘束を解こうとします。なんでか知りませんけど、彼女の口調が私をおちょくっているように感じられるのです。

 

 

タキオン「そ、そうだ!!!トレーナーくん!!!彼から話を聞こうじゃないか!!!」

 

 

マック「出来るわけないでしょう!!?今更どうやってあの人と会えって言うのよ!!!」

 

 

タキオン「マックイーンくん!!!口調口調!!!」

 

 

 感情の昂りが激しすぎて、つい思わずいつもの言葉遣いを忘れてしまいました。こ、ここはそろそろ一旦落ち着いた方が懸命かも知れません.........

 私は溜息を吐きながら、精神を落ち着かせていきます。その様子が分かったのか、タキオンさんもその拘束をようやく解きました。

 

 

マック「.........そうですわね。昨日のアレを聞いて、彼がどう思っているのかを聞く事が、結果はどうあれスッキリしますわ」

 

 

タキオン「決まりだねぇ。いやぁ、爆弾を持ったマックイーンくんが実験室の前で振りかぶっている姿を見た時は、生きた心地がしなかったよ。因みにそれはどこで?」

 

 

マック「?学園校舎の近くに砂糖の山があったので、そこに手を入れたら取れましたわ」

 

 

タキオン(そもそもなぜそれに手を入れようと思ったんだい?)

 

 

 私に向けられる疑問の視線が少々刺さってきますが、今はそれほど重要なことでは無いので無視します。今は、彼からの話を聞く事が重要です。実験室の爆破はその後でもゆっくり出来ます。

 そう思っていると、制服のポケットに入れていたウマホンが振動します。私がそれに気付き、取り出すと同時に、タキオンさんも同じような動作をします。どうやら、チームのグループにメッセージが送られてきた様です。

 

 

マック「.........今日のトレーニングは急遽休みにする、ですって?」

 

 

 それは、トレーナーさんから送られてきた一文。いつもの彼なら、もう一言二言、世間話や謝罪の文言が添えられて柔らかく感じられますが、これにそれはありません。

 同じメッセージを見たタキオンさんの方を見て見ますが、彼女は肩を竦め、首を振りました。どうやら、彼女も皆目見当もつかない様子です。

 

 

マック(.........ああなるほど、私から逃げようとしているのですね.........!!!)

 

 

 勝手に勘繰って、勝手に怒りを湧き上がらせて、普段の自分であれば自己中心的だと自身を蔑んでいた所ですが、昨日まで幼児の頃だったせいか、それを自制する気が湧いてきません。

 

 

マック「.........行きましょう、タキオンさん」

 

 

タキオン「へ?い、行くってどこにだい.........?」

 

 

マック「決まっているではありませんか.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一人で逃げようとする彼の所に.........!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「なんだよ.........これッ!!!」

 

 

 中々強い衝撃音が、どこにでもある喫茶店に響き渡る。周りの人の事など気にせず、目の前に居る人の事を気にせず、俺は手に持った[出版前の雑誌]を、そのテーブルに叩き付けた。

 別に今更、俺の事をどう書かれようが知らない事だ。俺の熱愛報道だとか、汚職だとか、あることないことを書いて記者の人が食って行けるのなら、それでも良い。

 だが、その記事にはこう書かれていた―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 [菊花賞、八百長レース疑惑]、と.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ......To be continued



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T「出版社襲撃するぞ!!」ゴルシ「ビ〇トたけしかよ!!」 前編

 

 

 

 

 

 賑わいを見せるトレセン学園から少し離れた都会の街中。そんな人々と喧騒に溢れた世界の中にあるとある喫茶店。そこは繁盛しているのかと言われればそうではなく、逆に閑古鳥が鳴いているのかと言われれば、別にそういう訳では無い喫茶店。

 

 

マック(.........どうやら、上手に変装できているようですわね)

 

 

タキオン(そうだね。私はともかく、マックイーンくんが声を掛けられなかったと言うのが大きい。この遠さなら、彼もきっと気付かないだろう)

 

 

「ご注文のシナモンティーとアップルパイです」

 

 

マック「あ、ありがとう.........♪」ニコ

 

 

「!で、ではごゆっくり.........」

 

 

タキオン「.........君、普段と違う態度を演じるのは良いけど、もう少し距離を遠ざけた方がいいよ」

 

 

マック「えっ」

 

 

 どこか慌てた様子でカウンターの方へと急いで戻って行ったウェイターさんの姿を見送り、目の前に居る彼女に視線を向けると、じとっとした目付きでそう言われました。

 そ、そんなに近しい距離感だったでしょうか.........?で、ですが、敬語にすると途端に私だとバレてしまう可能性だってありますし.........って

 

 

マック「い、今はそんな事より彼の事ですわ.........!誰か待っているのでしょうか.........?」

 

 

タキオン「そうだろうねぇ.........時計を先程から気にしているし、何度もスマホを確認しているのを見るに.........」

 

 

マック「.........ああ、何度も確認している筈なのに、時間通りに自分が来ているのか不安になっているのですね.........」ハァ

 

 

 そういう所がどうも抜けているというか、不安症というか、どうしてか気になるのが彼の悪い所です。

 .........まぁ、そういう所も含めて彼であるという事は分かっておりますので、今更私の中での彼の印象を左右する程のものではありません。

 他の人が聞いたら呆れて溜息が出てしまうような考えを思考していると、不意に喫茶店の来店を知らせるベルが鳴り響きました。そして、その方向を見ると、乙名史記者とその部下である男性、真壁総悟さん。そしてもう一人、今まで会った事が無いような.........

 いえ、思い出す事はできませんが、以前あったことのあるような男性。その三人が来店し、トレーナーさんの姿を見つけると、その席へと移動して行きました。

 

 

マック「どうやら、あの方達と会うためにここまで来たようですわね.........」

 

 

タキオン「そのようだねぇ.........帽子をとって聞き耳を立てよう。幸いこの距離なら、声を小さくされても集中さえすれば拾えるからね」

 

 

 彼女の提案に対し、私は小さく頷き、ウマ娘である事を隠すための帽子を外し、聞き耳を立てました。私達の正体がバレる可能性は跳ね上がりますが、喋り方さえ気をつければバレる事はないでしょう。

 そう思い、耳を澄ますと、まずは軽い世間話から。乙名史さんのインフルエンザの完治を労い、最近の調子は.........などと、当たり障りのない会話。

 しかし、それは一人の男性が、テーブルに頭を思い切り付ける事で、突然終わりを迎えました。

 

 

真壁「申し訳ありませんでした.........!!!」

 

 

桜木「え.........?」

 

 

真壁「ずっと.........謝りたかったんです.........!!!私は、ウマ娘という存在に助けられている一人の記者でありながら.........!!!ライスシャワーさんの勝利を.........!!!純粋に喜ぶ事が出来ませんでした.........!!!」

 

 

 その声は、最初は力強いものでした。しかし、次第に震えを帯びていき、鼻水を啜る音が聞こえてきます。正直、ここから聞いているだけでも、とても心苦しい物を感じられます。

 ですが、それでも彼は.........トレーナーさんは、その表情を険しくしました。今まで人に対して優しい姿しか見せなかった彼。謝れば、笑って許してくれると勝手に思ってしまう程、優しい彼が、黙って頭を下げる真壁記者に、鋭い視線を突き刺し続けました。

 

 

桜木「.........謝る相手、間違ってねぇか?」

 

 

真壁「っ.........!」

 

 

桜木「アンタ達大人が、俺達大人がした事は、決して子供に見せては行けない姿勢だった」

 

 

桜木「その姿勢を謝るのは同じ大人の俺じゃなくて、本来守るべきだった子供であるあの子達に.........ライスとブルボンにしてやるべきじゃねぇのかって聞いてんだ」

 

 

 その、氷のように冷たい、怒気を孕んだ静かな声が、前にいる三人を、そして、ここに居る私達の緊張を最大限にしていきます。

 普段のおふざけで怒る様に、叫び声をあげることはなく、淡々と事実と、正しさを突き付ける彼は正に、非情そのものでした。

 そんな彼が、その自ら作った緊張を解くように、ふぅっと息を吐ききりました。

 

 

桜木「.........でも、謝ってくれるんならそれでいいです」

 

 

真壁「え.........!!?」

 

 

桜木「大人になったら、素直に謝るなんて出来る人はそう居ませんし、俺は[謝った奴は許す]って決めてるんです」

 

 

 彼がようやく、優しい表情に戻り、そう言葉を発しました。真壁記者はその言葉に感謝と頭を下げ、その会話を終わらせます。

 一つの緊張を終え、ほっと一息をつかぬ間に、直ぐに彼はまた、真剣な表情にシフトし直しました。

 

 

桜木「.........今日は、そんな事を言いに来た訳じゃないでしょう?乙名史さん」

 

 

乙名史「はい。それについては彼の方から.........」

 

 

「お久しぶりです。と言っておきましょう。桜木トレーナー。私の事は覚えていないでしょうが―――「覚えていますよ」.........」

 

 

桜木「.........[『強引に内側に入れ』と言う、トレーナーの指示があったともされていますが?]」

 

 

マック「―――あっ」

 

 

 彼のその発言を聞き、ようやく思い出せました。今彼の目の前に居る男性は、私が秋の天皇賞にて斜行をしてしまった際、学園にまで取材しに来た記者の一人でした。

 

 

「.........光栄、とはまた違いますが、覚えていて頂きありがとうございます」スッ

 

 

桜木「.........信楽 京治(しがらき きょうじ)さん。合っていますか?」

 

 

 名刺を渡され、その名前に間違えが無いかを問うトレーナーさん。それを静かに肯定するように、男性記者。信楽さんは頷きました。

 

 

信楽「今日ここに来たのは、今度我が出版社から出される雑誌についてです」

 

 

桜木「?雑誌なら今度乙名史さんから.........」

 

 

信楽「彼女達とは、別会社ですから。記事の内容は違います」

 

 

乙名史「.........違う、程度で済めば良かったんですが」

 

 

 先程までトレーナーさんから感じていた怒り。今度は、乙名史記者から発せられる展開になりました。今度はその怒りに呑まれること無く、スムーズに信楽記者はビジネスバッグから、分厚い雑誌を取り出しました。

 

 

信楽「.........87ページを見てください」

 

 

桜木「.........!!!!!???」

 

 

 促されそのページを開いた彼。最初は、何の気なしに見ていた様子でしたが、直ぐに目を見開き、その部分を食い入るようにして覗き込みました。

 

 

マック「ここからでは全く分かりませんわ.........」

 

 

タキオン「安心したまえ、こういう時の為に、黒津木くんからハッキングのノウハウを教えて貰ったんだ」

 

 

 そう言って、彼女は普段は絶対に邪魔だからと言って持ってこないリュックサックの中からノートパソコンを取り出し、手早く操作を始めました。

 一体何をするのでしょう?その疑問が顔に浮かびつつ、彼女の様子を見守っていると、顎で視線を彼の方へ向けろと指示され、それに従いました。

 

 

マック「.........!!?か、彼のスマホのカメラが.........!!?」

 

 

タキオン「ライブモニターでこの画面から雑誌が見れるよ.........っ、これ、は.........」

 

 

マック「い、一体何が―――」

 

 

 その画面を覗き込んだ時、私の感情を生み出す器官が一旦、強制停止されました。その後、湧き出てきたのは[怒り]や[憎しみ]と言った憎悪のそれだけでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだよ(なんですか).........これッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 柄にも無く、私は声を荒らげてしまいました。彼に見つかると言った心配すらせず、ただ衝動のままに、思いのままに声を上げていました。

 幸い、彼の方が大きい声で、雑誌を叩き付けた衝撃音と立ち上がってくれた事で、注目はこちらへと向く事はありませんでしたが.........これは、早急に手を打つべきです。

 

 

マック「.........行きましょう、タキオンさん」

 

 

タキオン「行くってどこへだい?まさか出版社に突撃なんてバカげた真似は―――」

 

 

マック「それは彼に任せます。あの様子ではどうせ、いてもたってもいられないでしょうから」

 

 

マック「ただ、一人で行かせることは無いよう、手を打つだけです.........」

 

 

 メラメラと自分の中で燃えたぎる炎を、今は静かに小さくし、狼煙が見える程度に留めます。今はまだ.........その時ではありませんから.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「社長、来週発売の雑誌の件なのですが」

 

 

「修正せんでいい。バカは群がり金を落とすだけだ」

 

 

 とある出版社の社長室は、煌びやかな装飾に、アンティークなデスクやテーブルと言った華やかさを彩る家財の数々。

 そのデスクに座る男の名は、八木 宗明(やぎ そうめい)。決して一般人では手が届かないようなスーツを着込み、一年掛けて飲む価値のある一杯のワインを水の様に飲み干す。

 

 

八木「見ろ。人というのは対面で見れば大きく見えるものだが、こうして、高台で見れば虫ほどの大きさだ.........」

 

 

「.........」

 

 

八木「.........君は、ウマ娘をなんだと思っている?」

 

 

「何、と申しますと?」

 

 

 その言葉を聞き、男は口元を歪めた。下卑たその笑顔は、もはや見なれているのか、秘書であろうその者は、もはや何も感じていないようだ。

 男は、大きく息を吐き、吸った。待ちに待った瞬間が今、訪れようとしている。それを表すかのように、そして、それを口に出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「金の成る木だよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

八木「人々は夢を追う、守る、そして探す。潰えれば次へ、潰えれば次へとその手を伸ばす」

 

 

八木「そして、夢のためならば努力は惜しまない、そこに注ぎ込む金も同様だ」

 

 

八木「ウマ娘と言う木だけでは金は生まれん」

 

 

八木「人という虫が居てこそ、我らジャーナリストは儲かるのだ」

 

 

八木「美味しい夢という樹液を吸った虫の養分は.........まるで蜜のようだ.........」

 

 

 男のニヤつきは下卑を超え、醜悪を顕にし始める。そんな時、秘書の懐にある携帯に通知が入り、目配せをして男に対応を選択させる。

 男は何も言わずに、咳払いをした。それを肯定と受け取り、その電話に出る。

 

 

「.........はい、はい。え?」

 

 

八木「どうした?」

 

 

「それが.........ゴールドシップというウマ娘が動画の為に、インタビューをと.........」

 

 

八木「ほう.........通せ」

 

 

「は?」

 

 

八木「あの記事が出てしまえば、少なからず我社には逆風が吹く。今の内に、クリーンな姿を見せなければな.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「.........」

 

 

 憤りを通り越した憎しみを抱きながら、俺は車を走らせる。あの後、昼前には乙名史さん達とは解散した。そして俺は一度家へと戻り、準備を整えていた。あのクソみてぇな出版社に乗り込んで、記事の修正を命令するつもりだ。

 そして今、俺はそこに向かって車を走らせている.........見知った奴らを何故か乗せて。

 

 

桜木「.........なんでテメェらもいんだよ」

 

 

黒津木「あ?別にいいだろ。俺らの勝手だ」

 

 

神威「そうそう。流石に俺も黙ってられねぇしさ」

 

 

白銀「.........」

 

 

 いつもとは違う、ひりついた空気がまとわりつくこの集まり。それは直感でもそうだし、コイツらの見た目もそうさせる。

 黒津木は昔、修学旅行の時に洞爺湖で買った木刀を手にしている。勿論、持ち手には洞爺湖と掘られている。それが掘られてるだけで高くなるから俺は掘られていないのを買った。

 神威は久々に、道着姿だ。高校の時に道場は辞めたらしいが、最近また自己流で鍛え直したらしい。筋力も相まって確実にあの頃よりも強くなっている。

 白銀は.........うん。いつも通りだ。深緑のタンクトップに灰色のスウェットパンツ。しまいにはビーチサンダルと来た。普段と代わり映えはしないその格好だが、この中で一番気が荒立っている。

 まぁ、そこまではいい。どこから聞き付けたかは知らないが、割と予想通りだ。予想出来なかったのは.........

 

 

ニコロ「あとどのくらいで着く」

 

 

ゴルシ「あー?ゴルシちゃんナビによりゃーあと二秒と六光年くらいってとこだなー」

 

 

桜木「.........実際距離と体感距離はそんくらい感じてるよ。こんちくしょう」

 

 

 苦虫を噛み潰しながら、俺は運転を何とか続ける。運転中で無ければ即刻退場させるところだったが、俺はゴールド免許だ。善良なる市民としての証を手放したくは無い。

 聞けばニコロはこの件とは別に、俺達が向かう出版社に用があるらしい。

 ゴールドシップは知らん。なんか急に目の前に現れてトランク開けてなんか詰められたと思ったら気付けば助手席に居た。何を言ってるのか分からねーと思うが、俺も何をされ(ry

 

 

桜木「.........っと、到着〜」

 

 

ゴルシ「おっ!!着いたのかおっちゃん!!」ガチャッ

 

 

桜木「は?」

 

 

 この殺気立った空間の中で一番最初に動いたのは、何故かいつも通りのゴールドシップだった。鼻歌を歌いながらトランクを開ける彼女を呆気に取られながら見ていると、彼女はコンコンと窓を叩いた。

 

 

桜木「なんだ?忘れもんか.........?」

 

 

ゴルシ「.........アタシが注意引き付けてっから、あと二、三周してから来い」

 

 

桜木「.........わーったよ」

 

 

 窓の縁側で彼女の輝かしい程の笑顔が隠れ、次にその姿を見た時は、ここに居る者達と同じ様に、熱が篭っていた。

 彼女の言う通り、その方が懸命かもしれない。ここで全員で行って強行突破するよりかは、彼女を陽動に、速やかに目的を果たした方が安全だと思ったからだ。

 

 

桜木「.........異議のある奴は?」

 

 

白銀「はい」

 

 

桜木「はい翔也」

 

 

白銀「俺も行きたい」

 

 

桜木「死んで、どうぞ」

 

 

白銀「お前が死ね。どうぞ」

 

 

 こうして異議のある奴は居なくなり、俺は窓を閉め、もう一度この車を走らせていくのであった.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゴルシ「いや〜悪いなーほんとっ!!丁度動画のネタを競りで落札出来なくってよー!!」

 

 

八木「ははは、構わんさ。それにしても、インタビューをこんな麗しいお嬢さんから受けるのは、私としても嬉しい限りだ」

 

 

 派手なスーツに身を包んだ腹の出てるジジイは、アタシの対面に座りながらご機嫌そうに声を弾ませる。

 アタシはここに来るまでに、部屋の構造を把握して、白銀の奴にメッセージを送った。変な事しかしねー奴だけど、頭はキレるから、きっといい作戦を思い付いてくれる筈だ。

 

 

ゴルシ(.........アタシはアタシで、やれる事をきっちりやっておかねーとな)

 

 

ゴルシ「実は前から気になっててよー!!記者の奴らって.........ヒマジン?」

 

 

八木「はっはっはっ!!まぁ、普通に過ごしてる君達や社会の人達にとっては暇人に違いない。なんせ、頑張れば仕事で海外にまで行けるんだからね」

 

 

ゴルシ「うわまじかよー!!すんげーじゃねーか!!アタシもジャーナリストになりてーぜ!!」

 

 

 ほんと、今自分のしてる事に嫌気がさしてくるレベルでコイツのご機嫌取りをすんのは最悪なんだけど、後からおっちゃん達に問い詰められて顔を青くする姿を考えると、それも苦じゃなかった。

 アタシは、おっちゃん達がここまで来るまで、コイツが逃げねーよう見張ってる。それが、今アタシがするべき最優先事項だ.........!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「さぁて.........そろそろ三週目なんだが、作戦を思いついた奴は?」

 

 

 俺はバックミラーで後ろの席の奴らを確認する。全員それぞれ、違う挙動と表情で、そんなものは無いと言う意志を伝えて来た。

 ついでに隣に座るニコロに視線を送るも、鼻で笑われて終わりだ。お前はちゃんと用意しとけよ。元ヒットマンだろ。

 

 

白銀「あ、悪ィ、窓開けろ」

 

 

桜木「開けて[ください]だろ?」

 

 

白銀「開けてください死にたくねぇならさっさとしろ殺すぞボケカスコラゴミ」

 

 

桜木「すいませんでした.........」ウィーン

 

 

 今まで聞いた事の無い量の暴言と殺意を当てられてすっかり借りて来た猫になる。そんな猫が車を運転してんだぞ。もっと労れよ.........

 仕方なく、窓を開けてやる。まぁ大方、タバコでも吹かしたいのだろう。そう思っていた俺は次の瞬間、度肝を抜かれた。

 

 

白銀「あらよっと」ガシッ

 

 

全員「はァ!!?」

 

 

 奴はなんと、ロックを掛けて開かないようにした取っ手に足を引っかけ、身体を車外へと乗り出させた。呆気に取られながらも、俺達はその様子を見守る。

 ガチャガチャと聞こえてくる音から察するに、恐らくトランクを開けているのだろう。これ、大丈夫?通報されない?俺のゴールド免許剥奪案件じゃない.........?

 しばらくすると、目当ての物を手に入れたのか、奴は身体を揺らした反動でこの車内へと戻ってきた。マジでバケモン。本当に同じ人間か?実はウマ娘でしたって言う方が納得出来る。

 

 

白銀「このままクソ邪魔くせぇ会社の正面まで行け」

 

 

桜木「.........あの、ひとつ聞いていいですか?」

 

 

白銀「なんだ特命係」

 

 

桜木「杉下右京じゃないよ.........その手に持ってるバズーカみたいなの、何.........?」

 

 

 奴がその手に持っている物を見て、この場に居る全員が戦慄する。コイツ、まさかやるのか?それ、俺のゴールド免許剥奪所か、刑務所行きの片道切符を公職の方から貰う羽目になる事をするんじゃないか.........?

 しかし、白銀の奴はその言葉を聞いて、嬉しそうにテンションを上げて語り始めた。

 

 

白銀「おう!!コイツは[ハイメガ・ジョン・バズーカ]だっ!!」

 

 

全員「なんだよそれ!!?」

 

 

白銀「テメェらと夏合宿行った時の花火を改良して作ったんだよ!!」

 

 

 あ、あ〜.........なるほど。つまりこれを囮に使って、注意を引くわけだ。まぁそれにしてもコイツもよく考えてくれてる。確かにそれをすれば前門に注意が向くわけで、裏口から「コイツをそこにぶっぱなす」.........ん?

 

 

白銀「聞こえなかったのか?コイツぶっぱなして再起不能してやるっつってんだよ」

 

 

神威「Wow.........(わぁ)」

 

 

ニコロ「He is crazy(コイツ頭オカシクナイ)!!?」

 

 

黒津木「Don't worry, He is Always this mode(心配すんな、いつもだ)」

 

 

桜木「We are die socially(皆社会的に死ぬ)」

 

 

 そんな騒ぎの中、俺達が向かうべき会社が見えてくる。俺は決断を迫られる。テロリストになるべきか、正義の味方を演じるか。

 いや、後者だろ。どう考えたって、常識的に考えて、爆破はマズイだろ。今まで割とギリギリの事して捕まらなかったんだから、今ここで捕まったら大変だ。

 俺はそう思い、ブレーキに足を掛けることなく、アクセル全開で通り抜けようとした。

 

 

白銀「それで良い」カチャ

 

 

桜木「は?」

 

 

 次の瞬間。法定速度を完全に無視して走り出した車から身を乗り出した白銀が、バズーカをぶっぱなしやがった。普通、当たる訳が無い。

 だが、俺達は知っている。俺達の中で、反射速度も、AIM精度も、キル率もコイツが一番高い。アホか、なんでそんなんでテニスしてんだ。

 法定速度を破ったお陰で、俺達はその会社の姿を見る事は無かった。無かった.........無かったが、明らかに壮絶な爆発音が耳に痛いほど響いてきた。俺が放心していると、シートの背中を思い切り蹴り付けられる。

 

 

白銀「裏に回れ」

 

 

桜木「え、マジで言ってる?」

 

 

白銀「分かった。次はフロントガラスに向けて撃つ」

 

 

桜木「やめろ!!!わかったよ!!!ふざけんなよ俺のブルーエンペラーを人質に取りやがってよォッッ!!!」

 

 

 俺は涙を堪えながら、しっかりと前を見ながら運転をし続ける。コイツは俺が社会人なりたての頃に買った戦友だ。出社も営業も、コイツと一緒だったから行けたのに.........こんな所でさよなら出来るもんか!!!

 俺は会社の裏口に回れるよう、最短距離を曲がって、曲がった。割とでかい会社のお陰で、前方の被害はこちらに来ておらず、社内の人が慌ただしく前の方に流れて行ってるのが分かる。

 

 

桜木「.........さっ、気を取り直して裏口を」

 

 

白銀「アクセル踏め」

 

 

桜木「W h y ( な ぜ )?」

 

 

白銀「可哀想にな、明日にはお嬢が犯罪者がトレーナーしてたって事に」

 

 

桜木「あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!!」ブゥゥゥン!!!

 

 

 俺はもう気が気じゃなくなってた。傍から見れば俺の目には狂気のグルグル模様が浮かんで.........いや、刻まれていたことだろう。それほど、この状況に俺は呑まれていた。もう何をしても犯罪者なのに。

 俺はアクセルをベタ踏みした。教習所で教えて貰う前に既に「あっ、やったらやばいな」ってなって、自ら危険でやっては行けない行為をしている。

 

 

桜木「白銀さぁん!!!ブレーキはいつ踏みますか!!?」

 

 

白銀「俺が良いって言うまで」

 

 

桜木「いま良いって言いました!!?言いましたよね!!?踏みますね!!!」

 

 

白銀「あーフロントガラスにぶっぱ」

 

 

桜木「やってやろうじゃねェかこの野郎ォォォォォッッッ!!!!!」

 

 

 マックイーンを出汁に脅され、ブルーエンペラーを人質に取られた俺にもはや退路は無い。こうなったらコイツがブレーキの指示を出すまで踏むんだ。前を見ると怖いからもう目を瞑るんだ。合図があったら俺はブレーキを踏むだけでいいんだ。

 

 

白銀「.........良し」

 

 

桜木(キタ!!!踏むぞーーー!!!)

 

 

白銀「シートベルト外せ、コイツはシートも倒せ」

 

 

桜木「えぇぇぇぇぇ!!?」

 

 

 ブレーキを踏もうとした瞬間。俺の身体を預けていたシートの背もたれが倒され、見当違いの場所に足を叩きつけた。そしてもう壁にぶつかる直前。俺の首根っこを掴み、白銀は外へと脱出した。

 

 

 スローモーション。世界の動きは緩やかに、絶望へと向かって落ちて行く。俺の愛車が、無慈悲に、主の制止を最後まで待っていた蒼き皇帝は、衝突と共に真っ赤に燃え上がりを見せ始める。

 

 

桜木「.........あは、アハハ」

 

 

白銀「良し。踏んでいいぞ」

 

 

桜木「ああ.........そうだ、ブレーキ踏まなきゃ.........あれ?おかしいね.........ブレーキ、無いね.........アハハ」クイ、クイ

 

 

 目の前の光景を受け入れられない俺は、必死に左足の足首を曲げていた。白銀に首根っこを掴まれ、未だハンドルを持っているかのように手を上げ、宙ぶらりんになった二本の足の内一本が抵抗も無く、動く様は見ていて面白いに違いない。

 

 

黒津木「あちゃー。こりゃどう見てもおしゃかだなぁー」

 

 

神威「ご愁傷さま、玲皇」

 

 

ニコロ「だがこれで、入口は出来た。ここからが鬼門だぞ」

 

 

白銀「つうかよ、 俺達テメェも居る理由が検討つかねぇんだけど?」

 

 

 放心状態の俺を地面におろし、少しはストレスをリフレッシュできた白銀が疑問の目を向ける。確かに、コイツが居る理由を俺もまだ聞いてはいない。

 未だ覚束無い足で何とか立ち上がり、ニコロの方へ視線を向ける。全員から同じ物を向けられた奴は、諦めるように溜息を吐いた。

 

 

ニコロ「.........実はな、日本のある出版社が、裏組織に繋がってるという情報が出された」

 

 

白銀「情報源は?」

 

 

ニコロ「ICPOだ。信用は出来る」

 

 

 その言葉で、先日マックイーンが幼くなった時に聞いたコイツの通話を思い出す。そうか、アレはこの話だったのか.........

 それでも、まだ引っかかる事がある。それは、あの時渋っていたコイツが、急にこんな乗り気になったかだ。普段慎重なコイツが、俺達が乗り込むってだけで着いてくるとは思えない。

 

 

桜木「なんで来たんだよ。俺達に任せて、最後だけかっさらえば良いだろ」

 

 

ニコロ「.........」

 

 

神威「.........?」

 

 

 俺のその言葉を聞いて、奴は俺達に背を向けた。言いたく無いのだろうか?ならば、そこに踏み込まないのが大人のルールだ。そう思い、俺達はこの話を終わりにしようとした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「見てられなかったんだろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

三人「え.........?」

 

 

ニコロ「.........」

 

 

白銀「.........へっ」

 

 

 してやったり、と言うような表情で、ニコロの方を見る白銀。対するニコロは、また諦めの溜息を吐く。どうやら、白銀の指摘は図星だったらしい。

 

 

ニコロ「.........今ようやく、彼女が立ち直ろうとしている」

 

 

ニコロ「それを、薄汚い亡者共に、邪魔されて良い訳が無い」

 

 

桜木「っ.........!!!」

 

 

 奴の見せるその表情からは、力強さを感じた。あの日、デトロイトで会った時には感じられなかった、強い信念を、今のコイツからはしっかりと感じられる。

 俺は気付いたら、笑っていた。さっき見たいな、現実を見れなくなった笑いじゃない。 熱くて、熱くて、どうしようもない時に出てくる笑い。

 

 

桜木「.........どうする?」

 

 

神威「いや〜、これは歓迎するしかないよね〜」

 

 

黒津木「まぁ、後からあの子に言えば困惑するだろうけど、受け入れてくれるでしょ」

 

 

ニコロ「?、!!?、な、何の話だ.........!!?」

 

 

 突然、隣に立ち始める俺達に困惑を見せるニコロ。まぁ、無理も無い。さっきまで散々疑いの目を向けていたのに、今では全幅の信頼を寄せている。

 でも、仕方が無いだろう?俺も、コイツらも、皆同じ思いでここに来ている。今、頑張って苦難を乗り越えようとしているあの子の為に.........ライスの為に、ここに居る。

 訳が分からず、まだ不審な様子を見せるニコロの背中を、白銀が張り手をかまし、大きな音をたてた。

 

 

ニコロ「っ!!?」

 

 

白銀「認めてやるって言ったんだよ。お前も」

 

 

桜木「そうだ、俺が.........[俺達]がッッッ!!!!!」

 

 

 騒ぎを聞き付け、やってきたのだろう。警備に当たっていた制服の男達が、ゾロゾロと俺達の目の前に集まってくる。

 だが、そんなものはもうどうでも良い。俺達のこの思いをどうすることも出来やしない。

 次第に全員、表情から柔らかさを無くし、鋭い刃の様に目をギラつかせる。今この場に置いて必要な物は、肉体の強さじゃない。ましてや、権力でもない。今俺達に必要な物は、ただ一つ―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「お兄さまだ.........ッッッ!!!!!」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――立ち上がろうとする妹を見守る、お兄さまの心だけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ......To be continued



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T「出版社襲撃するぞ!!」ゴルシ「ビ〇トたけしかよ!!」 中編

一週間投稿が1年連続の称号がpixivの方で確定したので、これからは出来次第投稿します


 

 

 

 

 

八木「な、なんだ!!?一体何が起こった!!?」

 

 

 少し離れた間隔で聞こえてきた二つの衝撃音に、アタシの目の前に居る男は立ち上がって狼狽えを見せ始めた。

 どうやら、おっちゃん達が暴れ始めたらしい。アタシの見立て通り、あの四人はやっぱ揃っちまうとこうなっちまうんだ。

 

 

八木「くっ、君はここに居なさい!今すぐ状況を―――」

 

 

ゴルシ「うおっとー!!そうは問屋とゴルシちゃんが卸さねーぜ!!」サッ!

 

 

 出口のバカデケー扉を開けようとした男の前に、仁王立ちで通せんぼする。アタシの役割は、コイツを逃げねーようにする事だ。

 最初は何がどうなってるか分かんねー様子のコイツに、流石のアタシもイライラが募ってきた。久々に、マジギレゴルシちゃんモードに勝手に移行しちまってる。

 

 

ゴルシ「.........テメェには、たっぷりと聞きてェことがあっからよぉ」ギリッ

 

 

八木「な.........」

 

 

ゴルシ「アンタなんだろ?今おっちゃん.........桜木玲皇を追い詰めてる奴は」

 

 

 アタシが静かに怒気を込めてそう言うと、目の前の男は合点が合ったらしく、一瞬驚いた様子を見せてから、今度は豪華なデスクの傍にある椅子に腰を下ろした。

 

 

八木「.........なるほど、まんまと嵌められたという訳だ」

 

 

ゴルシ「そういう事、言っとっけど、このカメラの前で聞かせてもらうぜ?なんでおっちゃんを執拗に悪く書きやがるのかをな」

 

 

 男はその言葉に大きく笑いながら、デスクの棚を開け、その中に手を入れた。ガサゴソと何かを探すように手を動かしながら、奴はそのアタシの問いに、簡潔に答えた。

 

 

八木「邪魔だからだよ」

 

 

ゴルシ「は.........?」

 

 

八木「あの男は、人々を[夢から覚めさせる]力を持っている上に、その夢を[現実に変えてしまう]力がある」

 

 

八木「そうなると.........金の回りが悪くなるんだよ」

 

 

ゴルシ「そんな理由で―――!!?」

 

 

 アタシが扉から男に向けて一歩目を踏んだ瞬間。耳に何かボタンを押すような音が聞こえて来た。

 何かが起こる。そう察して辺りを見回すと、部屋の天井の四つ角から何か銃身のような物が現れ、ガスを噴射させ始めた。

 もしやと思い、男の方をもう一度見ると、奴は用意周到にガスマスクを装着している。どうやらこの場合、嵌められたのはアタシの方みたいだった。

 

 

ゴルシ「.........へっ、ウマ娘に毒は効かねぇんだよ」

 

 

八木「勿論知っているとも。人ならばしばらく吸ってしまうと寝てしまう程度の物だが.........それでも、身体の変化は感じるだろう?」

 

 

ゴルシ「.........クソッタレめっ」

 

 

 どうやら、アタシの強がりは看破されちまってるみたいだ。目の前の男の表情が、ガスマスク越しでも分かるくらいにニヤついているのが雰囲気でも分かる。

 

 

ゴルシ「それでも、そこら辺のパンピー女子並の力は残ってるぜ.........?」

 

 

八木「そうなると、ここから出るのも一苦労だ。では君が弱るまで、インタビューを続けるとしよう」

 

 

八木「.........さぁ、何が聞きたい?何でも答えよう。カメラなど、君にガスを吸わせ終えた後でどうとでも出来る」

 

 

 さっきまでの慌てた感じと一転、奴は余裕な足取りでまた、部屋の中央に置かれた椅子に腰を掛けた。深々と、休むよう態度で背もたれに背を預ける。

 流石のゴルシちゃんも、絶体絶命ってやつ.........らしいぜ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「んでェ!!?俺達はどこ向かえや良いんだニコロッ!」

 

 

ニコロ「最上階の社長室だ!!俺達は騒動の張本人を取り押さえる!!!」

 

 

桜木「そうかいそうかい!!こらまた随分な大役を[俺]に任せたなァ!!!」

 

 

 熱い血潮の流れに身を任せ、建物の通路を力の限りに飛ばして走る俺達[二人]。そう、今この場に居るのは、俺とニコロだけだ。

 黒津木と神威は、ニコロの協力を仰がれ、それぞれデータ保管室、資料保管室に向かっている。

 では、後の一人。白銀はと言うと―――

 

 

ニコロ「.........おい」

 

 

桜木「あ?」

 

 

ニコロ「良かったのか?アイツ一人を残して。警備の格好はしていたが、雰囲気や佇まいを察するにアレは―――」

 

 

桜木「ああ、[前のお前]と同じ、とてもカタギには見えなかったよ」

 

 

 走りながらも、落ち着いて俺に問いかけるニコロ。確かに、普通であるならば最もな質問だ。白銀は今、俺の車が突っ込み、正規の警備会社の者とは思えない奴らがうようよ集まった場所に一人居る。

 

 

ニコロ「だったら「だからこそ」.........?」

 

 

桜木「今のアイツには[丁度良い]」

 

 

 今思い出しただけでも、寒気がしてくる。普段と同じように見えるのは、アイツがキレやすいと思ってる関係の浅い連中だけだ。

 だが実際は、自分がバカで、それを指さされて笑われるのを自ら狙う位の器を持っている。いつものブチ切れは、パフォーマンスに他ならない。

 けれど.........あの時のアイツは、後ろ姿からでも分かる。集まってきた連中が走り抜ける俺達に意識が向けられないのを見れば、それは俺の、俺達の中で明白になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ブチギレてる、今のアイツには。あれくらいが丁度良い」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

白銀「.........」

 

 

「.........っ」

 

 

 玲皇の奴の車が燃え盛る背景をバックに、仁王立ちを決め込んでもう時間が経つ。だと言うのに、目の前の連中は竦んでんのか燻ってんのか知らねぇが、俺には向かって来ねぇ。

 

 

白銀「おい」

 

 

「!」

 

 

白銀「死にてぇ奴だけ前に出ろ」クイッ

 

 

 人差し指で挑発する。それでも、大半が、俺の前に来るどころか、後ずさりする始末だ。これでは、とてもでは無いが俺のストレスは発散できない。

 そう思っていたが、度胸のある奴が一人だけ。そう、一人だけ前に出てきた。

 

 

「.........白銀翔也。プロスポーツ選手が、一体何の用だ?」

 

 

白銀「うるせェ。俺が質問する時以外口を開くんじゃねェ」

 

 

「っ.........」

 

 

 それでも、俺が全神経を集中して視線をぶつけると、ソイツは怯み、それ以上口を開く事は無かった。拍子抜けだ。これならまだ、アイツらの方がこの状態でも軽口は言ってくる。

 

 

白銀「テメェ、この中で一番強ェのか?」

 

 

「.........ああ、この制服を来ている中では、一番だ」

 

 

白銀「じゃ、一番って呼ぶぜ.........ハハ」

 

 

一番「.........何がおかしい?」

 

 

白銀「いやァ?楽しみが出来たんだよ―――」

 

 

 地面を蹴った。傍から見れば、一瞬飛んでいるように見えるかもしれない。俺は目の前に立ちはだかった男との距離を一瞬で詰める様に、たったの一歩でそれを済ませた。

 目の前の男の表情に変わりはない。それでも、身体の硬直を見れば分かる。俺の動きに、理性も、感情も、思考も着いていけていない。今あるのは、本能的な理解だけだ。

 ―――だが、今はその時では無い。

 

 

白銀「―――ッッ!!!」

 

 

「あが.........ッ!!?」

 

 

一番「な.........!!!??」

 

 

 俺は、男の身体のスレスレで跳躍し、その身長を飛び越え、後ろに大量に居る内の一人の頭に、落下と体重と筋肉の動きが合わさった拳骨を叩きつけた。

 手を着くことすら出来ず、顔から床に激突し、鮮血を垂れ流しながらバウンドする様は、見ていて気持ちが良かった。

 

 

白銀「.........死にたくなくなったらいつでも教えてくれ」

 

 

白銀「そうしたら.........ぐちゃぐちゃにしてやっからよぉ」ニヘラ

 

 

一番「.........!」ゾワッ

 

 

「う、うわぁぁぁぁぁ!!!??」

 

 

 身の危険を感じ始めた有象無象がようやく、俺に向かってやって来やがった。その遅さがまた、俺の神経を逆撫でしてきやがる。

 目の前に迫ってきた奴に膝蹴りを一発、横から来る奴には、膝蹴りして顔がこちらに来た奴の頭を掴み、顔面キッスをお見舞する。勿論、壁に叩き付けて、ぐったりするまで繰り返す。

 

 

「や、やめろぉぉぉ!!!」バチチ!

 

 

白銀「うおっと.........へぇ、スタンガンか.........」

 

 

「あ、あれ.........?」

 

 

 間抜けな声を出して、俺に無防備な状態を晒す。ソイツの持っているスタンガンの手首を掴んで、すんでの所で受け止める。

 

 

白銀「そういやよぉ、昔っからドラマとかゲームで見てて疑問に思ってた事があったんだよなぁ」バキッ!

 

 

「〇※□△‪×※〇!!!??」

 

 

 手首を掴みながら横に回り、手首を回して関節が上に曲がらないようにし、思い切り膝を上げる。文字にも表せない奇声を発する目の前の存在にイラついた俺は、奪ったスタンガンのスイッチを押しながら、こめかみに向かって思い切り振り抜いた。

 

 

白銀「あぁ、これ脆いのな。納得」

 

 

一番「い、イカレている.........殺すつもりか!!?」

 

 

白銀「あ?ああまぁ、俺運いいから、大丈夫っしょや」ケラケラ

 

 

 粉々になったスタンガンの破片を払いながら、俺はヘラヘラと有象無象に笑い掛けた。全員、完全に戦意を喪失し掛けている。

 そう。俺は運がいい。と言うより、世界が俺の味方みたいなものだ。俺に都合の悪いことはとことん起きないように出来ている。だからきっと、コイツらも再起不能になってるだけで生きてはいる筈だ。コイツらも人間だし、生きたい気持ちはあるだろう。頑張って生きろ。俺のためにも。

 

 

白銀「さぁて.........まずは手っ取り早く、座って一服する用の人山でも作るかァ」コキ

 

 

 首を回して、音を鳴らす。大抵の快楽と言うのは、初回の効果は絶大であり、回数や時間を掛けなくても満足できる筈なのだが、未だに俺のイライラは晴れはしない。

 まぁ、当たり前か。コイツらは俺を兄だという女子を痛めつけ、それで産まれる金で生活してんだ。言わば、俺の妹に唾付けたようなもんだ。

 

 

白銀「覚悟しろよ、テメェら.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺ァ今回が初のマジギレモードだからよぉ.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

黒津木「さぁて、ちゃっちゃとデータを回収しましょうかねぇ.........」カチッ

 

 

 もぬけの殻になった事務所の、一番大きい机に乗っているデスクトップPCを起動させ、持参したUSBを差し込む。大抵こういうのは足で稼ぐ奴らの親玉がデータを持っている物だ。

 中身を見ている暇は無い。兎に角今は、全てのデータを回収する事に専念する。

 そんな中で、シンと静まり返った部屋の中に、微かではあるが空気の変動が起こる。俺は全神経を臨戦態勢モードに切り替え、そこから出口の方に姿を見せた。

 

 

「貴様!!何をしている!!」

 

 

黒津木(やっばぁい.........)

 

 

 見つかってしまった。一瞬アイツらかと思って甘えた行動を取ってしまった。そんな事あるわけないだろう。頭が良く働いて居ない証拠だ。

 逃げたい。今すぐここから逃げて、俺は無関係だと安全地帯に逃げ帰りたい。だが、そんな弱気を打ち消す様に、俺の中からふつふつと何かが湧き上がってくる。

 

 

「何をしているのかと聞いているんだッ!」

 

 

黒津木「っ、うるせェよカス.........邪魔すんじゃねェ」

 

 

「なにィ.........!!!」

 

 

 恐怖で冷え切った思考が、奴の一言で一気に熱くなった。俺が何しに来たかだって?そんなもの決まってる。俺の大切な一人の[推し]のためだ。ようやく立ち上がって、また綺麗な花を咲かせてくれる筈のあの子のためだ。

 

 

「まだ状況が分かっていないようだな.........貴様の目の前に居るのは、この会社の中でも四本指に入る程の力を持っている」

 

 

黒津木「四本指だァ?くだらねェ指遊びなんざしてねェでまともに働けやクズ。折角だからテメェの事は指遊びって呼ぶぜ」

 

 

指遊び「.........!!!」

 

 

 実力がどうだとか、腕っ節が強いだとか、そんな物は現代社会で何の役にも立たない。普通に働く上で必要なのは、相手を傷付けない思いやりと、誰かを喜ばせたいという気持ちだ。それで食って行きたいのなら格闘家にでもなれば良い。

 結局、そんな力に過信して、人を傷付けても問題は無いと思うバカは一定層居る。それがたまたま、ここに集まっているだけの話だ。

 

 

黒津木「片道二時間、週四回」

 

 

指遊び「.........?」

 

 

黒津木「俺がニューヨーク勤務時代に剣道場へ通ってた頻度だ」

 

 

 ベルト通しに通していた木刀を引き抜き、大きく息を吐く。精神を統一しながら、目の前に居る、これからぶちのめすべき相手をもう一度見る。

 するとどうだろう?先程まで昂っていた感情も、次第に萎えを見せていき、怯えに変わって行く。情けない話だ。怖がりで臆病な性分は、ここに来ても変わらないらしい。

 

 

黒津木(まだ.........一人で覚悟決めるには力不足か.........)スッ

 

 

 懐に手を伸ばし、内ポケットから写真を取り出す。元気が無い時、やる気が出ない時、顔が見れない場合はいつもこれに助けられた物だ。そして、今回も力を借りてしまっている。

 それは、彼女[も]写っている集合写真。チームレグルス全員が写っている集合写真だ。トレセン学園に来た時は、推しはただ一人だけだった.........でも気が付けば、あのチームの存在が、俺の心を支えてくれていた。

 皆、大切な存在だ。なんせ、俺の親友の仮面を、とっぱらっちまう位の子達だ。俺達が出来なかったことを、やってのけてくれた。

 今は、その力をこの写真越しに、少し分けて貰う。

 

 

黒津木「.........我は空、我は壁、我は木」

 

 

黒津木「我はこの一つの身にて全ての推しを愛し、悪を退ける.........!!!」

 

 

指遊び「何を.........言っている?」

 

 

 写真をもう一度懐に忍ばせ、木刀の切っ先を奴の方に向け、空いている手を持ち手の底に添える。

 覚悟は決めた。推しへの愛も込めた。だったら後は勝つだけだ。俺のQOL向上の為にも、推し達の心や道筋を踏みにじる悪は、今この場で潰す。

 

 

黒津木「エクストリーム剣道二段、黒津木宗也.........!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「[推し]を推してから参る.........!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

神威「あ〜クッソ!!!裏帳簿の一つや二つ出てこいよクソ会社!!!ほんっとこういう会社って管理だけは上手ェよなァ!!!」バサァ!

 

 

 普段ならば喜ぶであろう活字が眠る資料室。だが、埃と薄暗さによるダブルパンチで俺の環境適性能力の低い身体は若干悲鳴を上げつつある。

 この様子じゃあ、あまりこの部屋に出入りをしている者は居ないらしい。悪態をつき、机の上に広げた資料の数々を全て薙ぎ払い、裏帳簿を見つけようと棚に手を伸ばした時、不意に扉が開いた。

 

 

神威「.........へっ、どうやらいつもの不幸がようやく起こってくれたか.........逆に安心したぜ」

 

 

「そんな所で.........って言っても、何を探してるかなんて一目瞭然だけどね」

 

 

 妙に若い声が聞こえてきて、俺は警戒心をそのままに振り向いた。そこには、先程まで集まっていた警備の奴らより一回り若い男が立っていた。

 

 

「そう警戒しないでよ。俺は取引しに来たんだ」

 

 

神威「は.........?」

 

 

「アンタを見逃す。その代わり、仲間が何をしようとしているのか、今どこに居るのかを教えて欲しいんだ」

 

 

 余裕ぶった表情と声で、この場のパワーバランスは自然とコイツが優位になったことを俺は察する。

 癪に障る奴だ。俺はそう思い、その顔を睨みつけるものの、男は軽く笑ってテーブルに腰を掛けた。

 

 

「簡単だろ?アンタからは俺と同じ匂いを感じる」

 

 

神威「同じだって.........?」

 

 

「そう」

 

 

 どこかだ。俺は善良なる一般学校図書の司書だ。どこにでも居る人間なんだ。それを目の前の、目が据わっている奴と同じだなんて心外も甚だしい。

 

 

「自分は中心じゃない。だから、裏方に回ってそつなくのうのうと、惰性のまま生きていたい」

 

 

神威「.........」

 

 

「違う?」

 

 

 俺の心を見透かしたように、奴は脚を組み、俺を見下すように顎を上げる。分かりきったように、実際分かりきって、コイツは俺に取引を持ちかけている。

 確かに、俺は中心じゃない。良くてエキストラのような存在だ。居ても居なくても、対して変わりない。それはアイツらがいようがいまいが、関係の無い話だ。

 

 

「まぁ、それも仕方ないよねぇ。なあなあで済ませた方が楽だしさ。人生難しい事ばっかりだし」

 

 

神威「.........そうだな」

 

 

「でしょ?」

 

 

 コイツの言いたい事は、痛い程によく分かる。俺の親友達はそれぞれ、別方向に強い力を持っている。一人は身体能力、一人は才能、そしてもう一人は.........良くも悪くも、運命力。とでも言っておけば良いか。

 物語を動かすには十分な力だ。そんな力を持っている奴らが傍に居ると、力の無い人間は誰しも、その力に憧れるし、その力を妬むし、その力を.........恨む。

 そんな俺が、心を穏やかにしてアイツらの隣に居れるのは、[諦めた]からだ。力の無い自分には、物語を動かす事も、ましてや登場人物になる力量も無い。良くてせいぜい、そこら辺の通行人Aくらいの存在だ。

 主要人物じゃないからドラマなんて起こす必要は無い。あらゆる物事を疎かにしても、俺は俺を許せる。そう思って生きてきたんだ。

 そう。[トレセン学園に来るまで]は.........

 

 

「だからさ、受けてよ取引。俺はこう見えても期待のルーキーって言われてるし、痛いのも嫌でしょ?」

 

 

神威「なるほど.........悪くない考えだ」

 

 

「はは、交渉成立だね―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だが断る」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「は.........?」

 

 

 最初は俺が上げた疑問の声。今度は目の前のコイツが余裕の表情と声を崩して、もう一度この場に再生する。いい気味だ。どうやら本当に、俺がその取引に応じると思ったらしい。

 先程までのパワーバランスは今、完全に逆転した。俺は人の行動や心理を読むのが好きだし得意だが、読まれるのは嫌いだし苦手だ。

 だが、同じことをすれば、相手と同じレベルになってしまう。それだけは避けたい。だから俺は奴が懇切丁寧、[俺が同類]だとお話してくれたのを、今度は俺が[テメェとは別物]だと教授してやろう。

 

 

神威「兄貴ってのがなんで先に生まれてくるか知ってるか?」

 

 

「は?い、いや。それが取引を断る理由にならないでしょ?知らないよそんなの」

 

 

 目の前の男の発言を聞いて納得する。なるほど、一人っ子か。だったら自分のわがままが共感と同意だけで通ると思うもんだ。

 

 

神威「後から生まれてくる弟や妹を守るためだ」

 

 

 今も偶に読み返す漫画のセリフを目の前の若造にぶつける。それを聞いても尚、俺が取引を断った理由がどうやらピンとこないらしい。

 現代人は読解力が無い。まさかこんな状況でそんな事に憂う事になろうとは思っても見なかった。 俺はため息を吐き、道着の帯をキツく結び直した。

 

 

神威「つまりはよぉ、アイツらの個人的な弱み握られたのを怒ってここに来てんだったら、ルーキー君のそれに乗ってたと思うぜ俺も。バカバカしいしな」

 

 

神威「けど今回は.........俺達の可愛い妹が関わってんだ。申し訳ねェけど―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「最初っから交渉決裂してんだよ。バーカ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「止まれッ!!!」

 

 

ニコロ「面倒な奴らだ!」バッ!

 

 

桜木「ホントに.........なァッ!!!」ズサァ!

 

 

 こちらに向かって走ってくる二人の警備服を来た男達。それを飛び越えるようにニコロは跳躍した。

 そして、それを視線を動かし、俺からマークを外したのを確認してその二人の間をスライディングで抜けながら両手を広げ、転ばせる。

 跳躍で着地したニコロに手を伸ばすと、その手を掴み上げ、スライディングの勢いを殺すことなくまた走りに移行することが出来た。

 

 

ニコロ「少しは疲れると思ったが、まだまだ元気そうだな」

 

 

桜木「はん、あの駄々っ子タキオンのトレーニングで毎日しごかれてんだ!テメェと会った時より体力は着いてるっての!」

 

 

 縦だけではなく、横にも広い建物の中、しかも間取りはよく分かってはいない。そんな中では階段一つ探し当てるのも一苦労するものだ。

 こういう大きい所ではエレベーターが備え付けられているのが常識ではあるが、それを使用するのは避けたいとニコロに言われた。俺もそれには同感だ。出待ちされる可能性がある。

 そして今は、ようやく階段を登り終え、後は社長を室を目指すだけとなっている。

 

 

「見つけたぞ!」

 

 

ニコロ「くっ!もう少しだと言うのに.........!」キキィ!

 

 

桜木「ひぇ〜。あんまし暴力沙汰は起こしたくねぇんだけどなぁ〜.........」

 

 

 目の前に現れた一人に、先を走るニコロが対応する。相手の攻撃を躱し、ストレート二発。とてもそんなものでは倒れないような身体付きをしている相手だが、やはり元ヒットマン。力の使い方は衰えておらず、男は倒れ伏した。

 

 

桜木「ヒュ〜♪やるねぇ!」

 

 

「この先には行かせん!!!」

 

 

桜木「あっ!!?やっべ!!!」キキィ!

 

 

 ニコロの方に視線を向けていると、曲がり角から不意に敵が現れる。何とかブレーキを掛けてみるものの、慣性の法則に従い、俺の体は敵に向かい、敵は俺のボディに向かってストレートを放ってくる。

 

 

桜木「うぐぁ.........!!!」

 

 

「フン.........っ!!?」

 

 

桜木「.........なんてなぁ?」

 

 

 相手はもろに攻撃が入ったのだと思ったのだろう。口の端をニッと広げた。当たり前だ。俺の身体は横向きになり、身体は相手の攻撃によって少し後退している。

 だが、俺はその攻撃を関節を曲げることで、肘で挟み込む。そのまま足を大きく上げ、前へと強く踏み込み、縮み込んだ身体を大きく開く。

 

 

桜木「ボディが、甘ェぜ?」

 

 

「ぐぬぁっ.........!!?」

 

 

 俺の身体が前進する一方で、敵は大きく身体を見せる。そこに振り被ったボディフックが、普通ならば鍛えることの出来ない横腹辺りに捩じ込まれた。

 

 

桜木「そらっそらッそらァッ!!!」

 

 

 俺は間髪入れずに、もう一歩前進して下がった顎をアッパーでかち上げ、右足で相手の頭を捉えた回し蹴り。俺の力で回転した敵の背中に対して、今度は左足を突き出しながら前進することで壁に叩き付けた。

 

 

「ァが.........」

 

 

桜木「歴史が違うんだよっと」パッパッ

 

 

ニコロ「中々やるな。ヒットマンになった方がいい」

 

 

桜木「ふざけるな。それを言うならお前だって衰えてないぞ。復帰をおすすめする」

 

 

ニコロ「それこそ冗談じゃない」

 

 

 軽口を叩きながら、俺達はまた走る。目的の場所までもう少し。そう、思っていた.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お遊びが過ぎるな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「うぇ.........強そうな奴が来ちまったな.........」

 

 

ニコロ「.........!」

 

 

 目の前に現れたのは、警備服は着ておらず、普通の格好をした巨漢だった。しかも、ただの巨漢じゃない。その肉体には脂肪のしの字すらないほどの筋肉で埋め尽くされており、その顔には日常生活に支障をきたす(人付き合い的な意味で)程の傷があった。

 げんなりしながらどうするべきかと、俺は隣に居るニコロに視線を移そうとしたその瞬間。奴は突然、男に向かって走り出した。

 

 

ニコロ「ッッ!!!」

 

 

「フンッ、向かってくるか.........?」ブンッ!

 

 

ニコロ「くっ.........!!!」

 

 

 なりふり構わず、と言った表現が正しいように、ニコロは駆け出したが、その男から放たれるストレートの速さと圧により、手を出すことなく、背中を反り屈む事で回避に専念する。

 

 

「がら空きだ―――「テメェがなァ!!!」―――!!?」

 

 

 パンチを避け、無防備になったニコロを上から叩き潰すように、またパンチを繰り出そうとした奴に対して、俺は背中を反り、胸を張っているニコロのその胸に手を付き、男の顔面を蹴りつける。

 たたらを踏み、後ずさっていく男だが、ダメージが入っている様子は無い。

 

 

「.........仲間を台の様に扱うとはな」

 

 

桜木「へっ.........コイツの体感の良さは、俺が一番分かってんだよ」

 

 

 そう言って、俺は親指でその存在を指し示す。そして案の定、ソイツは倒れること無く、体勢をゆっくりと戻した。

 しかし、その額にはじっとりと汗が滲んでいる。俺の隣へとゆっくりと近付き、こっそり耳打ちをしてくる。

 

 

ニコロ「気を付けろ」

 

 

桜木「.........?」

 

 

ニコロ「奴は.........アメリカで指名手配中の男だ」

 

 

「ほう。俺を知っているのか?では生かして帰す訳には」

 

 

桜木「うるせぇよ犯罪者。俺ァ今大事な話してんだ.........話の腰を折る奴はモテねぇぞ」

 

 

 そう圧を掛けながらも、軽く受け流すように肩を竦める指名手配犯。それでも尚、ニコロの様子に不可解な点がある。

 そんな俺の視線に気づいたのか、奴は隠しきれないと思い、ため息を吐いてから話す予定の無かった続きを口に出す。

 

 

ニコロ「奴は、俺の正体を知っている」

 

 

桜木「へぇ.........んじゃあ、お仲間ってことだ」

 

 

ニコロ「元、だ。それを付け忘れるな」ポイッ

 

 

桜木「うおっと.........?」パシッ

 

 

 懐から何かを探し当て、手に取ったそれを俺に投げて寄越す。何とかキャッチできたが、出来なければ無くす所だった。それほどに小さい、丸い物体。

 

 

ニコロ「お前のチームに居る栗毛のウマ娘から貰ったものだ。ピンチになれば使えと」

 

 

ニコロ「時間が惜しい。早く飲め」

 

 

桜木「.........へいへい。注文の多い研修生様ですこと」

 

 

 改めて手に持っている球体。恐らくアグネスタキオンが作ったであろう丸薬を一目見て、口に放り込んだ。

 流石に小さいと言えど、丸呑みできるサイズでは無いので奥歯で噛み砕き、破片から身体の中へと流し込む。

 全身に駆け巡る熱が昂りを見せ始め、それは次第に身体表面に蒸気として姿を見せ始める。久々の感覚に、どうやら自ずと興奮してしまっている。

 

 

「なんだ.........あれは.........?」

 

 

桜木「気を付けろよ.........こうなったら俺はテメェどころか、奇跡だって超えちまうぜ?」

 

 

ニコロ「うっ.........気持ち悪い.........」

 

 

 顔を青くして、口元に手を当てうずくまるニコロ。どうやら、この姿を見てデトロイトでのあのシーンを思い出してしまったらしい。可哀想に。

 このまま放っては置けないので、背中をさすろうとしたその時、普段は存在しない頭の上にある耳が音ではなく、空気の振動をキャッチし、脳に危険信号を送る。

 身体を本能の赴くままに動かしてやると、案の定、奴は俺に対して攻撃をしてきていた。

 

 

「.........!!?」

 

 

桜木「.........ウスノロ」ニヤ

 

 

 それを難なく手で掴み、軽く挑発をする。それに乗るように奴は手を引こうとするが、筋力が人間のそれではなくなった俺の力に、全く歯がたたなくなっていた。

 

 

桜木「ふふふ.........」

 

 

「なっ.........何がおかしい.........!!!」

 

 

桜木「悪ぃなァ.........テメェのパンチが、お遊戯会のお遊びみてぇな威力だったもんでよぉ.........っ!!!」

 

 

 その場から動かずに、目の前の男の顎を捉え、なるべく加減して蹴りあげる。それでも威力は十分。一瞬両足が地面から離れ、身体が伸び切ったところに右ストレートを腹部にねじ込んだ。

 呻き声を上げ、身体をくの字に曲げる巨体。少し遊んでやっても良いが、あのゴールドシップが今の今まで大人しくしているというのは考えられない。

 何かがあったのだと言う考えに至り、俺はその場で少し飛び上がり、遠心力と筋力を使って、下がった顔に後ろ回し蹴りを決めた。

 

 

桜木「ふぅ.........流石に死んでねぇよな?」

 

 

ニコロ「安心しろ。あんなので死んでるなら今の今まで生きちゃ居ない。そういう世界だ」

 

 

 元本職のお墨付きを頂いたことで、俺達は安心してもう一度走り出す。今度こそ邪魔が入ることないよう祈りながら、社長室を目指した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「ええ、はい。お願いします。私も現地で合流しますから」

 

 

 そう言って、私は先程まで通話をしていたウマフォンの電源を落とします。最後に慌てたような声が聞こえてきましたが、聞かなかった事にして無視をします。

 

 

タキオン「誰に電話していたんだい?」

 

 

 机の上に置いたパソコンに視線を向けながらも、私にそう聞いてくるアグネスタキオンさん。さて、どう答えたものでしょう?あまりこの事は公にしないで欲しいと言われておりますが.........

 

 

マック「.........あまり、チームメイトに隠し事をするのは好きではありませんから、正直に話します」

 

 

マック「メジロ家には、代々からその身を守る為に護身術が存在します。かく言う私も、その心得がありますわ」

 

 

 そう。いくらウマ娘と言えども、家の権力が大きいものならば、普通の人間と同じように攫われたり、人質に使われる可能性は出てきます。

 そうなった際、一人でも抵抗、或いは相手を無力化させる事の出来る技が、メジロ家に代々伝わる護身術です。一般の方にも講習を開いておりますので、その名を聞けば、誰もが理解を示すでしょう。

 

 

マック「ですが、それはあくまで護身術。歴とした武術はしかと存在します。私も護身術としてではなく、武術として手ほどきを受けましたわ」

 

 

マック「.........今電話しましたのは、メジロ家に配属されている特殊部隊の隊長。そして私に厳しくも、優しく丁寧にそれを教えてくださった―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私のお母様ですわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ......To be continued



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T「出版社襲撃するぞ!!」ゴルシ「ビ〇トたけしかよ!!」 後編

 

 

 

 

 

桜木「おっ?ここがそうっぽくねぇか?」

 

 

ニコロ「当たりだな。こんな派手な扉など、社長室以外取り付けまい」

 

 

 目の前にそびえるのは、なんともまぁ派手な装飾が施された扉だ。この奥に、今回の主犯とゴールドシップが居ると思うと、なぜだか気が気ではない。

 この扉がもし、トレセン学園の理事長室に付けられているものなら、俺はいい気持ちで居ただろう。だが、この奥に居るのは、俺の大切なチームメイトの心をいたぶり、それで発生した金で私服を肥やしている奴だ。悪趣味にも見えてくる。

 

 

桜木「さぁってと。中がどうなってるか分からねぇ以上、素直に扉開けるのは危険だ.........」

 

 

ニコロ「.........?なぜ下がる?」

 

 

 俺は目的地である扉に対して背を向け、そこから少し歩く。ニコロの疑問も最もだが、それの答えはすぐに分かる。

 俺は、その扉から対角線上にある突き当たりの壁に近付き、もう一度その扉に身体を向ける。今の俺は正に、地上最強の生物、ウマ娘なのだ。

 

 

桜木「―――ッッ!!!」

 

 

 身体は疾走する本能に身を任せるように、その一歩目から、人間には到底生み出せない速度を発生させ、俺の身体を空気にぶつけていく。

 風を切る、などという表現が良くなされるが、そんなものでは無い。その場に留まる空気はまるで水のように、抵抗を徐々に感じさせていく。

 それ用に作られていない靴底は摩擦ですり減り、衣類に隠れていない晒された皮膚は、空気にぶつかり波紋を作る。

 

 

桜木「はッ―――!!!」

 

 

 勢いを殺さぬよう、扉の近くでその場で跳躍し、ゆっくりと身体を曲げながら、背中を後方の壁から、徐々に地面へと向けていく。

 ジャンプの最高到達点にたどり着いたそのとき、俺は曲げていた身体を一気に伸ばしつつ、その足裏を扉に向け―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「でいやァァァァァ―――ッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――その扉を付け根から思い切り、その両足で貫き飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

八木「さて、そろそろ全身にガスが回ってきた頃だろう?」

 

 

ゴルシ「.........っ」

 

 

 やっべぇ.........目の前の男が、どんどんアタシに近付いてきやがる.........そんなやべぇ状況だってのに、アタシはもう立つだけで精一杯だっての.........こんな事になるなら、ゴルシちゃんもあのメンバーと暴れ回ってやったら良かったぜ.........

 手に持ったスイッチを押して、奴は部屋の空気を入れ替える様に、吸引、そして新鮮な空気を吐き出す機械を起動させた。

 付けたガスマスク嬉しそうに外し、まるでアタシの身体を値踏みするように、男はその視線で舐め回してくる。こういうの、マジで嫌いなんだけどな.........

 

 

八木「やはり、ウマ娘と言うのは身体付きが素晴らしい!これは.........そのカメラを回収する前に楽しませて貰わなければな.........」

 

 

ゴルシ「っ!や、やめろ.........!!」パシッ

 

 

 その視線を顕現させたような指の動きをした手が、アタシに近付いてくる。本気で振り払おうとした筈なのに、マジで普通の女の子みてぇな力しか出てこねぇ.........

 一度払われたその手を見て、男の顔に気持ちの悪い笑顔が張り付い始める。どうやら、アタシの今の力がどれくらいかこれで分かっちまったらしい.........

 

 

八木「さぁ、先ずはその上着を脱いでもらおうか.........!」

 

 

ゴルシ「!や、やだ.........!!!」

 

 

ゴルシ(ごめん.........白―――)

 

 

 正直、もう。どうにもならねぇと思った。アタシ自身、諦めちまってたんだ。ここまで粘って来なかったんだ。こんなタイミングで誰も来る訳がねぇって。

 アタシの上着に手を伸ばされて、片腕が脱がされ、もう片方も.........そう、思った瞬間だった.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドガァッッッ!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

八木「な!!?」

 

 

ゴルシ「え.........?」

 

 

 突然、あの入口のドアが窓の方にぶっ飛んで行きやがった。窓はかなり頑丈そうだったのに、そんなこと気にせずに、飛び出た扉はまるで鳥みてぇに外へと羽ばたき、落ちて行った。

 それに続くように、一人の男が、足を前に放り出して、勢いを殺すようにブレーキを掛けながら着地する。アタシと男の間だったから、男は慌ててそれを避ける。止まった音が聞こえたのは丁度、アタシらの真後ろだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゴルシ「おっ......ちゃん.........?」

 

 

八木「き、貴様.........!!!」

 

 

 

 

 

 ―――背中を向けて、俺はそう声を発した。そこに居るのは、たった二人の存在だ。それでも、今この俺にとって、それらは大きい存在だ。

 片方は、俺の物語の始まりを示したウマ娘。俺の[居場所]を.........俺の[居たい場所]を、作る事ができた。恩人のような存在。

 そしてもう片方は、俺の大切なチームメイトを傷付け、それどころか、俺の親友にとっても大事なその恩人を傷物にしようとする奴がそこに居た。

 それを振り返って確認したら、次の動きは思考が働く前に、勝手に決まっていた。身体はもう、動いちまっていた。

 

 

桜木「.........」グイッ

 

 

八木「うぐっ.........」

 

 

 間抜けた姿で倒れ込んでいる男の胸ぐらを掴み、その体を持ち上げる。苦しそうな声を出してくるが、俺の耳に、俺の心に響き渡るものは一切存在しない。

 

 

八木「き、貴様がやったのか.........!!!」

 

 

桜木「だったらどうする?テメェが、テメェのケツを拭かねぇまんま生きてきた結果だ。受け入れるんだな」

 

 

八木「こ、こんなのテロと同じだ!!!貴様はテロリストだぞ―――っ!!?」

 

 

 胸ぐらを掴む力を上げ、更に持ち上げる。地に着く程度だった奴の足が、完全につま先すら立てないほどにその身体を持ち上げてやった。

 その瞬間。俺の身体から蒸気が発生する。筋力が常人に戻ったのだ。だと言うのに、身体にほとばしる力は、留まることを知らない。

 

 

桜木「.........テメェが先だ」

 

 

八木「は.........?」

 

 

桜木「テメェが、俺の[居たい場所]を滅茶苦茶にしようとしたんだ。テメェもそれをされる道理は、ちゃんと出来ちまってんだよ」

 

 

八木「.........はっ、何を言うかと思えば.........!そんなもの許される訳が無い!」

 

 

桜木「なんだ?自分が正義だって言いてえのか?」

 

 

八木「そんなものでは無い!必要悪だ.........!」

 

 

 必要悪。そんな言葉を聞いただけで虫唾が走る。コイツのどこが[悪]なのだ?コイツのどこに、俺の好きな[悪役]の要素がある?そんなもの、コイツの中には何処にも存在していない。

 

 

桜木「はっ、んなもん、テメェが許される為の、ただの言い訳だ」

 

 

桜木「良いか、悪ってのはな。正しくない事でしか、救われない奴、或いは救われない者を救う為に悪い事をする奴だ」

 

 

桜木「アンタは十分.........正しい事して救われる人間だったはずだろう?」

 

 

桜木「テメェは、救われる為じゃなく、ただ私利私欲の為に悪い事する―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「単なる外道だ。クズ野郎」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目の前の男の目には、ゆらゆらと不規則に揺れ、歪な俺の姿が見える。俺は今まで、小さい幸せなんか気付くことの出来ない人間だった。

 不幸で、不幸せで、不出来な人生を歩んできた俺には、道端に転がる綺麗な形をした石ころなんかに、興味を持つことが出来なかった。

 でも、俺は今、幸福で、幸せで、上出来な人生を歩んでいる。一人だったのが、不相応にも、隣に歩いてくれる人達がそれに気付いて、俺にそれを見せてくれる。

 コイツは最初っから.........そんな人が一緒に歩いてくれていた筈なんだ。

 男の目の端から、溜めきれなくなった水が流れ落ちそうになったその時、複数の足音が慌てたようにこの部屋に向かってくる。

 

 

「動くな!!!警察だ!!!」

 

 

八木「.........クク、これで貴様もおしまいだな?桜木[元]トレーナー殿?」

 

 

 先程まで涙目だったのに、今ではもう勝ち誇ったような面で俺を見下げる。自分の立場を弁えろという無言の圧が俺に掛かるが、それでも俺は、この手を離しはしない。

 だが、どうしたものか。こうなってしまえば不利なのは俺の方だ。大人しく状況を説明しようにも、やった事がやった事。不利に動くのは想像にかたくない。

 そう思いながら、出入り口を封鎖するように列をなす警察の面々に、睨みを送る。流石公務員。自分達が正しさの中に居る事を知っている為、こんな物では動じることは無い。

 本当、どうしたものか.........そう思っていると、その列を掻き分けるように出てきた人間が一人いた。

 

 

ニコロ「よくやった。後は任せろ」

 

 

「何者だ!!!返答次第によってはこの場で拘束―――」

 

 

ニコロ「ICPO特別捜査官、ニコロ・エバンスだ。この男は、俺の捜査に協力してくれた現地民だ」

 

 

 そう言いながら、電子上に存在する身分証を警察の人達に見せ付けるようにして突き出し、全員に分かるように、列の前を端から端へと移動する。

 その身分証を見た警官達は、臨戦態勢を解き、直立不動で敬礼をして見せる。その光景に少し、衝撃があった。

 

 

ニコロ「.........さぁ、どうする?八方塞がりだ。八木宗明」

 

 

八木「.........それで、勝ったつもりかね?」

 

 

ニコロ「何.........!!?」

 

 

 先程まで入口付近に居た警官達が、一斉に前へと進み出し、俺の周りを取り囲み始めた。彼らの登場に端っから嫌な予感をしていた俺は、あまり驚きは無い。流石に冷や汗は流れるが。

 

 

ニコロ「どういう事だ!!?」

 

 

八木「私はね、こう見えても一つのマスメディアを駆使する会社のトップだ。無論、彼らの一番上の存在とも交流がある」

 

 

八木「桜木くん、君は私を外道だと言っただろう?だがね.........」

 

 

八木「この世には、私の様な外道が、わんさか溢れ返って居るんだよ.........」

 

 

 そう言って、奴はにんまりとその口元を歪めた。下卑た、下品な笑顔が俺に向けられる。

 その顔は、価値を確信したと共に、俺に何かを求めているようだった。それは、失望や無念と言った物だろう。

 だが生憎.........

 

 

桜木「おう。そんな事いいからよ。謝ったら許してやるよ」ニヘラ

 

 

八木「は.........?」

 

 

桜木「大人が汚ぇのは知ってんだ。親父がそうだったからな。今更期待してねぇよ」

 

 

桜木「けどな、せめてあの子らに対して謝ってくれ。そうしたら、俺は許してやるよ」

 

 

 奴の下卑た笑顔に対し、俺は煽るようにヘラヘラと笑って見せた。正直もう、今生きる大人達に期待はして居ない。

 ただ、これから大人になるであろう子供達、そしてまだ、子供の頃に持っていた心を持っているであろう大人達の為に、俺は今この場に立っている。

 奴の顔から徐々に余裕は消え、怒りが見え始める。それこそ、直ぐにでも俺に対して、警官達に捕らえるよう命令を出す程に、それは膨れ上がっていた。

 もう、コイツから謝罪の言葉を聞くことは無いのだろう。大人と言うのは本当、俺を失望させてくれる。それは俺の親父にも、そして幼い頃からあった俺の[大人びた部分]にも散々思い知らされた筈なのに.........未だに期待をしている俺がバカバカしい。

 潮時だ。もうここから助かる見込みは無いに等しい。そう思いながら、俺はその目を閉じ、その時を待っていた.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そこまでです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「えっ.........!」

 

 

 入口から聞こえてきた、この大人達が集う場に相応しくない、少女の声。あまりに聞きなれたその声に疑いを向け、思わずその方を向く。

 そこには一人、トレセン学園の制服を来た、俺にとっては見慣れた少女が一人、立っていた。

 

 

ゴルシ「ま、マックイーン!!?」

 

 

桜木「お、お前!!!一人で何しに―――」

 

 

マック「あら?一人ではありませんわよ?」

 

 

「動くな!!!」

 

 

 彼女が自信満々にそう言った。そして、先程の警官達の足音よりも力強い足音が複数聞こえてきた後、俺を取り囲む警官達を更に取り囲むように、若々しい女の人達が取り囲んだ。

 

 

桜木「い、一体何が.........」

 

 

「んもう!!マックちゃん一人で行かないの!!!」

 

 

マック「!そ、外でマックちゃんはやめてくださいとあれほど言ったではありませんか!!!」

 

 

 

 

 

 ―――呆気に取られている表情を見せる彼に思わず見とれていると、私の後ろの方から少し息を切らしつつも、文句を言う女性が現れます。

 全く.........お家ならばともかく、こんな知っている方も知らない方も集まっている場でそのように呼ばれてしまうのは恥ずかしい限りです。

 

 

「まぁまぁ、良いじゃないそんな事♪それより.........貴方が桜木トレーナーさん?」

 

 

桜木「へ?え、ええまぁ。はい」

 

 

「あらあらあらあら!テレビで見るよりずっと男前だわ〜♪いつもうちのマックイーンがお世話になっております〜♪」

 

 

マック「ちょ、ちょっと!!!こんな場所でご近所付き合いのノリで話し始めないでください!!!」

 

 

 警官を取り囲む方々を掻き分け、トレーナーさんを取り囲む警官の方々を掻き分け、彼女はトレーナーさんの空いている方の手を握り、ブンブンとその手を上下に振りました。

 その姿に呆れていると、助けを求めるようにトレーナーさんは私に視線を送り、言葉を発しました。

 

 

桜木「えっと、マックイーン?この方は.........?」

 

 

「あっ、自己紹介がまだだったわね!メジロマックイーンの母のメジロティターンです♪気軽にティタちゃんってよんで♪」

 

 

ゴルシ「え!!?」

 

 

ティタ「あっ!トレーナーさんは特別にお義母さんって呼んでも良いわよ♪」

 

 

桜木「えぇ.........?」

 

 

 照れるように自己紹介した私の母と、呆れて頭に手を当てる私の姿を交互に見る方々の視線が痛く、私に突き刺さります。

 その中でも気にせず、私の母はそろそろ普段の私がどうしているかを聞き出そうとしているため、咳払いをして話題を元に戻します。

 

 

ティタ「あっ、そうだったそうだった。貴方達を囲んでる子達、全員メジロ家武術の達人だから。一歩でも動くと大変よ?」

 

 

八木「な、何をバカな事を.........!!!所詮小娘だろ!!!」

 

 

ティタ「あ〜、防具で隠れてるけど一応全員、成人したウマ娘だから。全治一ヶ月の状態になりたいならどうぞ〜。あっ、私の為に退くのは大丈夫よ♪」

 

 

 そう言って、お母様は軽く手を振るようにあの場所から私の隣までゆっくりと歩いてきました。

 ですが、その動きの重心は正に、武道を極めた者のそれであり、レースをする為に鍛えている私達とは違う力強さがありました。

 

 

ティタ「?なになにマックちゃん♪ママのカッコ良さに見とれちゃってたの?」

 

 

マック「.........はぁ、以前ビデオで見た秋の天皇賞の時のような喋り方でしたら、手放しで喜べたんですけど」ムスッ

 

 

ティタ「無理よ〜♪私ああいうの苦手だもの〜」

 

 

 困った表情で頬に手を当てながら、のほほんとした口調でお母様は言いました。私が小さい頃はもっと、しっかり者だった筈ですのに.........

 ですが、今のお母様がそれで幸せならば、私から言う事は何もありません。今でも十分、素敵なお母様に変わりありませんから。

 そう思っていると、トレーナーさんは安心したようにホッとため息を吐きました。その表情はいつも見る、どこか抜けている彼の表情でした。

 しかし、掴んでいる男性の方にその顔を向ける時には、私が見た事ないような、鋭い冷たさの宿る真剣な表情になっていました。

 

 

桜木「.........さぁて、特別ゲストが沢山来てるんだ。謝るなら今の内だぜ?」

 

 

八木「だ、誰が貴様などに.........!!!」

 

 

桜木「最後のチャンスだ。俺は、[謝った奴は許す]って、決めてんだよ」ググッ

 

 

八木「くっ、は.........!」

 

 

 掴みあげるその手にさらに力を込める彼。掴み上げられた男性は苦しそうな呻き声を上げ始めます。正直、見ていて気持ちの良い物ではありません。

 そんな心に反応して、身体が自然と動いてしまいます。前で組んでいた手の片手を伸ばし、一歩歩いたその時、不意に肩を掴まれました。

 

 

ティタ「ダメよ」

 

 

マック「お母様.........でも」

 

 

ティタ「あんな顔をしている男の人を止めるのは、女の子としてやっちゃダメなのことなの。それに.........」

 

 

マック「それに.........?」

 

 

ティタ「.........可哀想じゃない」

 

 

 私の肩を掴む手に、自然と力が込められます。痛い、という程ではありません。ですが、お母様の表情を見ると、その胸の内が、何となくではありますが、分かるような気がしました。

 今まで、悪いように散々振り回されてきた彼と、私達。そしてお母様も、彼らの様な人達に振り回されてきたと言うお話を、本人ではなく、メジロの従者の方から聞いた覚えがあります。

 きっとこれは、彼と私達だけの逆襲じゃない。お母様にとっても、現役時代、良いように言われてきたお返しなのだと思いました。

 一歩出た足を引き、伸ばした手を引いて、私は元の姿勢に戻り、男性の次の言葉を、待ちました。

 

 

八木「.........謝るものか!!!私は何も間違っては居ない!!!大衆の思いを記事にする!!!それがマスメディアの役割だ!!!」

 

 

桜木「あぁそう。だったら.........ッッ!!!」

 

 

八木「ヒッ.........!!?」

 

 

マック「っ!」バッ

 

 

 呆れたような表情を一瞬見せた後、彼はその鋭さを無くし、ただ冷たい表情で空いている方の手を握りしめ、引きました。私は思わず、その瞬間を捉えないよう、両手で目を塞ぎ、音が聞こえないよう耳をパタリと伏せました。

 ですが.........

 

 

マック「.........?」

 

 

八木「え.........?」

 

 

 目を開けると、そこには拳を当てる寸前で止まっている状態で固まっているトレーナーさんがいました。

 一体、何があったのでしょう?そう思っていると急に、彼は唐突に普段の日常を感じさせるような笑い声を上げました。

 

 

桜木「あはははは!!殴るわけないでしょ本気でさー!!ビビっちゃった?」

 

 

八木「な、くっ.........ふざけるな!!!ここまでしておいて冗談で済ませる気か貴様は!!!」

 

 

ゴルシ「そ、そりゃないぜおっちゃん!!!なんで殴んねぇんだよ!!!」

 

 

ティタ「.........拍子抜けしちゃったけど、逆に安心したわ〜」

 

 

マック「え、ええ。私のトレーナーさんですもの、そんな暴力を振るう訳が.........?」

 

 

ニコロ「.........フッ」

 

 

 彼の笑い声が響き渡る中、その行動に不可解さを見出すゴールドシップさんと、逆に安心を感じてしまう私とお母様。

 しかし、そんな中で一人、その意図が分かったかのように薄く笑い、腕を組んで見守るニコロさんが居ました。

 もしや.........そう思い、未だ笑い声を上げている彼の顔をもう一度良く、見て見ます。確かに、笑っています。でもそれは、笑っているだけです。

 そしてきっとその顔に.........仮面が張り付いている事に気が付いているのはニコロさんと、私の二人だけでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッッッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

八木「!!?ァ、が.........!!!!!???」

 

 

 不意に止んだ笑い声。それと同時に、持ち上げられていた男性はその身体を高く上げられ、反対側の地面に、背中から強く、叩き付けられました。

 投げたんです。それも、とても人を扱うような物ではなく、[ぶっきらぼうに投げた]のです。

 強い痛みにより、気絶することすら出来ない男性の胸部に片足を乗せた彼に、私達はただ、呆気に取られるしかありませんでした。

 

 

桜木「.........誰がテメェなんかを、本気で殴るかよ」

 

 

 暖かさの欠片も無い視線、優しさの一つも無い声。そんな彼に、囲む警官達も、それを囲むウマ娘達も、そして私達ですらも、言葉を失ってしまいました。

 そんな彼に意識が向いていましたから、私達は、遥か後方から近付いてくる足音に、気が付くのが遅れてしまいました。

 

 

マック「!あ、あの方は.........?」

 

 

ティタ「マックちゃん。隠れて」サッ

 

 

マック「え?」

 

 

 後方を確認した際、視界に映ったのはここに居る誰よりも、そして私がこの目で見た中で一番大きい体をした男性でした。

 ですが、それを見たのも一瞬で、私はお母様の腕によってその身体を後ろに押し込まれてしまいます。そしてそのお母様の横顔は、まるで私に稽古をつけて下さる様な、真剣な顔付きでした。

 男性が近付いてくる。その圧は正に、一般人には到底出せないもの。どこかニコロさんと似たような感覚を抱きつつも、今の彼よそれはりとても強いと感じました。

 ジリジリと感じる圧が強さを増し、お母様の隣にはニコロさんとトレーナーさんが並び経ち始めたその頃、また複数の足音が奥から聞こえてきました。

 そしてそれは、陽気な笑い声と共に姿を現しました.........

 

 

「「「wwwwww」」」

 

 

ティタ「え」

 

 

桜木「何やってんだアイツら.........?」

 

 

ニコロ「おい、あの手に持ってるのは酒じゃないのか.........?」

 

 

 なんと、角から現れたのはトレーナーさんの親友であるあの御三方でした。肩を三人で担ぎ合いながら、千鳥足でフラフラ、フラフラとこちらへ向かってきます。

 

 

神威「あ?あ〜玲皇ォ!!!もっと骨のある奴居ねェのかよ!!!正中線ぶち抜いたら泡吹いて倒れちまったwww」

 

 

黒津木「あぁぁぁ!!?テメェなにウマ娘ちゃん達いっぱい連れ込んでんだ!!!来いッッ!!!叩き殺したる!!!」ブンブン!

 

 

白銀「でっはっはっはっは!!!バカがいっぱい居るわ!!!特にこの目の前に居るやつなんて.........ぷふっ」

 

 

「「「.........筋肉バカだァァァァwwwww」」」

 

 

ニコロ「おいおいおい」

 

 

桜木「死んだわアイツら」

 

 

 廊下の真ん中で男性がその言葉に、怒りをあらわにするように震え、ついには無言でその腕を横に薙ぎ払いました。普通であればそれに当たり、壁に身体を強くぶつけてしまっていたことでしょう。

 ですが、お酒を飲んでいるにも関わらず、いの一番に反応したのは白銀さんです。三人の真ん中に居る彼が両手を強く下に押すことで、他の方は下方向に、白銀さんは飛び上がる事で上方向に躱す事に成功しました。

 

 

「ぶっ殺す.........ッッ!!!」

 

 

白銀「どっひゃ〜〜〜www今コイツなんて言いました〜〜〜?www」

 

 

黒津木「ぶwっw殺wすwww大wのw大w人wがwww」

 

 

神威「」(笑いすぎて失神寸前)

 

 

白銀「オラこんな大人初めてだァ〜〜〜wwwワァックワクすっぞ〜〜〜www」ズドンッ!

 

 

「〜〜〜!!?」

 

 

 ゲラゲラとしたこの場に相応しくない笑い声を出しながら、白銀さんは予備動作なしで右ストレートを男性の横腹に捩じ込みました。ウマ娘の耳を持ってしなくても、その音が拾えてしまう程に高い威力です。

 その痛みを何とか堪える男性に不用心に近付きながら、白銀さんは拳を鳩尾の部分に軽く当て、何か考える素振りを見せ始めます。

 

 

白銀「う〜〜〜ん.........あっれ〜.........俺なんつってたっけ?ドクマリの横スマ打つ時」

 

 

桜木「.........インパクト頂き、な」

 

 

白銀「ああそうそう!!それそれ!!」ズドンッ!

 

 

「が―――」

 

 

 スッキリした。そんな表情をこちらに向けている白銀さんと、何故か聞こえてくる衝撃音。そして崩れ落ちる大柄の男性.........

 もう、情報量が多すぎてどうにかなりそうでした.........この方達、特に白銀さんが規格外すぎます.........

 

 

ティタ「い、今の。ワンインチよね.........?」

 

 

ニコロ「.........しかも浸透勁だ。背中に抜けずに痛みがしばらく身体の中で回るぞ.........」

 

 

ティタ「ねっねっ!あの子貴方のお友達!!?武術とか興味無い!!?」

 

 

桜木「ないっスよ。アレやってんのテニスだけで、喧嘩は全部感覚です」

 

 

 呆れ半分、恐怖半分と言った表情でトレーナーさんはそう言ってのけました。ここに居る私達は全部恐怖です。なんですかあれ。天然物の戦闘マシーンではありませんか。

 正直、いくらパワーやスピードがあると言った私達ウマ娘でも、彼の攻撃を貰うことになったら.........なんて、ありもしない妄想を勝手にして、勝手に怖がります。

 

 

桜木「.........んで?機嫌は治ったのか?翔也」

 

 

白銀「あ?ああ、なんか一番強ェとか言う奴が思ったより弱くてよ。本気でこめかみぶち抜いたら痙攣して動かなくなっちまって」

 

 

ティタ「死んでない?ねぇそれ死んでない?」

 

 

白銀「タバコ持ってねぇからよ。コンビニまで言ってついでに酒も買ってきたんだわ」

 

 

 頭に手を当て、ため息を吐きながら、彼はあの御三方に近づいて行き、一人ずつその頭を叩いていきました。その様子はもう、普段の日常と言っても差支えはありません。

 

 

ゴルシ「なー?この伸びてる奴らどうすんだよ?」

 

 

ニコロ「アメリカ本土に送還する、が.........何か証拠もあれば.........ん?」パシッ

 

 

黒津木「受け取れ。バッチリそのデータにやり取りが残ってる」

 

 

神威「ついでに裏帳簿もあるぜ?バカって何でも残したがるのな」ピラピラ

 

 

 不意に投げられた物を難なくキャッチして見せるニコロさん。その手には、USBメモリが握られていました。そしてあそこでたんこぶを生やしている司書さんも、分厚い冊子の裏帳簿を揺らして見せ付けていました。

 

 

マック「.........ではこれで、一件落着で「ちょっと待ちなさい」.........お、お母様?」

 

 

ティタ「マックちゃん?私、来ないでって散々言ったわよね〜?」

 

 

マック「い、いやでも」

 

 

ティタ「言 っ た わ よ ね ?」ニッコリ

 

 

 そう言いながら、お母様は優しく、それはもう優し〜く。私の肩に両手を置きました。だと言うのに、私はそれに対し抵抗する事が出来ず、へなへなと力無くその場に座り込んでしまいます。

 気が付けば、トレーナーさんは御三方に無理やりお酒を飲ませられ、ゴールドシップさんは特殊部隊のウマ娘の方に絡みに行き、ニコロさんは電話をし、私は気が付けば正座して、お母様に怒られている。

 いつもとは違うメンバーだと言いますのに、何だかいつもと同じ、チームルームの様な混沌渦巻く空間に少し居心地の悪い心地の良さを感じながらも、私は大人しく、お母様のお説教を聞いておりました.........

 

 

 

 

 

 ......To be continued



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マックイーン「トレーナーさんに避けられていますわ......」

 

 

 

 

 

「先日、〇〇社の出版社社長が逮捕された件について、本日も専門家の方を交え―――」

 

 

 秋の寒さがようやく、冬に向かって行くのを感じるほどに冷たさを帯び始めた今日この頃。テレビでは、一週間前に逮捕されたあの菊花賞八百長レース疑惑の記事を出そうとしていたトップが、辛そうな表情で連行される映像が流されていました。

 

 

タキオン「お手柄だねぇ、マックイーンくん?」

 

 

マック「お手柄なもんですか.........結局あの後お母様にみっちり叱られたんですから.........」

 

 

 普段、稽古でも上達せずとも、優しく教えてくださるあのお母様が怒ったのです。あんな顔、勝手にプリンを食べてしまった時も見た事ありませんわ.........

 これ以上、その話を思い出したくはありません。私はそのテレビの電源をリモコンで切りました。

 それに、今はそんな事より、大切な事があります。

 

 

タキオン「それで?相談とはなんだい?」

 

 

マック「.........そろそろ分かりますわ」

 

 

桜木「よーっす.........あっ、マック.........スー.........」ガラガラ

 

 

マック「.........ね?」

 

 

 いつもであるならば、堂々とこのチームルームに入ってくるトレーナーさん。ですが、あの事件から一週間。ずっとこの調子なのです。

 しかも、私がチームルームに居る時だけ。これはあからさまに避けられています。私は目を細め、そのやり取りを見ていたタキオンさんの答えを無言で求めます。

 

 

タキオン「.........随分冷静だね」

 

 

マック「ええ、正直あんな緊急事態ならばいざ知らず、今は変哲もない日常。少し心の整理を」

 

 

タキオン「なるほど、そういえば、あの大事件の前にはアレがあったねぇ」ニタニタ

 

 

 彼女は向かいに座る私に対して、何か察したようにその頬を歪め、頬杖を付きました。正直、良い気分ではありません。

 .........うぅ、今改めて思い返しますと、凄く恥ずかしい.........なんで記憶が残ってるんですか.........せめて消えるようにしてくれれば良かったのに.........

 

 

タキオン「.........案外、同じような事を考えてるかもしれないねぇ」

 

 

マック「へ.........?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「はぁ.........」

 

 

 やってしまった。廊下を歩きながら、俺はため息を吐いた。自分の不甲斐なさにだ。もうかれこれこんな感じの事を一週間は続けてしまっている。

 だって、仕方ないじゃないか。想像してみてくれ。幼い頃の初恋相手が、姿も性格も変わらずに目の前に居る日常を.........俺は今、トレーナーという自分の立場を初めて後悔している。

 だが、こんな物は誰にも相談できない。だって気持ち悪い。絶対引かれる。俺が相談される立場だったら直ぐに理事長に報告して即刻クビにしてもらう。

 

 

桜木(.........まぁ、明日の俺に期待だなぁ)

 

 

 これでもまだ、普通のトレーニングは出来ている。この調子で日常が穏やかになっていけばまた、マックイーンとも他愛も無い話が出来るはずだ。

 俺はそう淡い期待を抱きながら、職員室で昼食を食べた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 12月中旬

 

 

桜木「(ガラガラ)!(ガラン!)」タタタッ!

 

 

マック「!(ピク)!!!(ガラガラ!)」タタタッ!

 

 

ウララ「うわーい!!おいかけっこだー!!」

 

 

 マックイーンくんがトレーナーくんに避けられ始めてはや三週間。今まではいつか元に戻るだろうと高を括っていた彼女もついに我慢の限界。そのままの勢いでチームルームを飛び出していってしまった。

 

 

タキオン「.........捕まると思うかい?」

 

 

デジ「いや〜どうでしょう?トレーナーさん結構ずる賢いですし、案外捕まらないんじゃないです?」

 

 

ライス「ら、ライスもそう思うかな.........」

 

 

 意外にも彼女達の下バ評は、トレーナーくん寄りの物であった。確かに、彼の悪知恵の強さは目を見張るものがある。それ以外でどうか何か見張れるものを持っていて欲しい。

 私はため息をはぁ、と吐き。いつも通り淹れた紅茶を一口飲んだ。

 

 

タキオン「.........?甘いな.........誰か何かを入れた訳じゃ.........」

 

 

ブルボン「私の視覚メモリーを参照しても、タキオンさんの紅茶に何かを入れた様子はありません」

 

 

タキオン「.........それは良かったよ。じゃあもう解決に近いねぇ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「うわぁぁぁぁぁ!!!ごめんってぇぇぇぇぇ!!!」

 

 

マック「許すわけないじゃない!!!!!良いから止まりなさい!!!!!」

 

 

 廊下を全力疾走で駆け抜けていくトレーナーさん。対して私は、なるべく彼を見失わないよう、力をセーブして走ります。

 なぜ、そのような事をしているのか?それは彼がなるべく人通りの多い所を選んで走っているせいです。お陰で怪我をしないよう、そして誰かを怪我させないよう彼を追わなければ行けません。本当、ずるい人です。

 ですが、私もただ闇雲に走っている訳ではありません。彼の考えている事など手に取るように分かります。

 

 

マック「くっ、他の方が沢山.........!」

 

 

桜木「ごめんマックイーン!!トレーニングはちゃんと見るから!!」

 

 

マック「見て指摘するだけではありませんか!!!」

 

 

 そう語気を強めて言うと、彼は身を縮み上がらせ、そのまま曲がり角へと曲がっていきました。

 しめしめ。どうやら私の思った通りに動いてくれている様です.........最近ではもう日常会話をせず、事務的な会話で終わらせ、トレーニングが終わればそそくさと帰宅してしまうトレーナーさんなんて、あんまりです!

 

 

マック「くっ!見失いましたわ.........!」

 

 

 曲がり角をようやく曲がると、彼の姿は見え無くなっていました。そこで私は、[周りに聞こえる様に]声を上げました。

 そう。これは作戦。普通であるならば、彼がまた曲がり角を曲がった先に逃げたと思い込むでしょう。

 ですが、私と彼は既に四年の付き合い。彼がどう行動するかだなんて、手に取るように分かります。

 そして.........

 

 

マック(.........あまり、ウマ娘の嗅覚を侮らない方が身のためだと教えて差し上げた方が良いのかしら?)スンスン

 

 

マック(いえ。やめときましょう。またこんな事が起きて対策でもされたら敵わないわ)

 

 

 視界から消えたトレーナーさんを、今度は目ではなく、その鼻を駆使して位置を割り出します。ウマ娘の嗅覚は科学的な視点で見れば、意識をすれば犬と同等、又はそれ以上に強くなるらしいです。普段の日常生活による進化により、普段は人並みですが、これを駆使すれば簡単に人探しが出来てしまいます。

 トレーナーさんの匂い.........少々はしたなくはありますが、これも非常事態。仕方の無い事なのです。その匂いを辿ると、すぐ近くの教室に入っていきました。

 

 

マック(ここまでは足音を立てずに.........ここからはより迅速にッッ!!!)ガララッ!

 

 

桜木「いぃ!!?ま、マック―――」

 

 

マック「捕まえましたわぁぁぁぁ!!!」ガバァ!

 

 

 彼に思考を許す時間を与える事無く、私は扉を開けてすぐに彼へと飛びかかりました。彼が逃げることの無いよう、背中を地面に付けさせ、ウマ乗りになって拘束します。

 

 

桜木「な、なにしてんの!!?」

 

 

マック「それはこの一ヶ月分の私のセリフです!!!」

 

 

桜木「うっ.........」

 

 

 痛い所を突かれた。と言うように顔をしかめるトレーナーさん。どうやら、避けていたのは意図的だったようです。

 ですが、まだ終われません。彼の口からなぜ避けられているのかを聞かなければ.........!

 

 

マック「なぜ避けるんですか!!」

 

 

桜木「そ、それは.........」

 

 

マック「.........まさか、この前の事件ですか?」

 

 

桜木「そ、それもあるにはある.........けど」

 

 

 この前の事件。それは正に、出版社を襲撃した事です。彼もそう察し、言葉を紡ぎましたが、最後の方はごにょごにょと口ごもっていました。

 それでも、私は彼の顔を覗き込みます。その答えを知りたいからです。答えが目の前にあるのに、黙って引けるほど私はおしとやかでは無いのです。以前までの私でしたら、頑張ってここで引きましたけど、彼に仮面を剥がされたらもう無理です。

 

 

桜木「.........恥ずかしい!」

 

 

マック「.........はい?」

 

 

 彼が意を決して、そう声を上げました。顔を真っ赤にして、耳も赤く、頭から湯気が出そうな勢いで。

 一方の私はと言えば、それがどういう意味か検討がつきませんでした。自分で考え、答えが出なかったので、彼に対して首を傾げると、更にその頬を赤くしました。

 

 

桜木「.........その、幼い頃、お世話してくれたお姉さんが、目の前に変わらずに居て、恥ずかしいんだ.........」

 

 

マック「.........まぁ」スルッ

 

 

 思ってもみなかった反応。彼は不貞腐れるように私から顔を背けましたが、視線だけはチラチラとこちらに向けてきます。そういう仕草が何となく、幼い彼を思い出してしまいます。

 私は思わず、彼の腕を掴んでいた手を離してしまいました。力が抜けてしまったのです。そして、段々と恥ずかしさが湧き上がってきます。

 

 

マック「.........///」ポッ

 

 

桜木「.........なんで君も恥ずかしがるの」

 

 

マック「だって.........本当に、素敵なお兄さんだったんですもの.........///」カァァァ

 

 

 あの時、幼い頃の自分の目に映っていた彼は、とても素敵な方でした。面白くて、周りの大人の人より少し幼くて、それでいて、見えない部分は大人びていて.........

 子供相手でも全力で相手をしてくれて、全部正直に答えてくれる彼は、まるで本当に血の繋がった兄のようで.........ご兄弟の居る人が少し、羨ましいと思ってしまいました。

 

 

マック「.........あ、貴方はどうでしたか?幼い頃の私は.........?」

 

 

桜木「えっ、ど、どうってそりゃ.........年相応で、可愛いなと.........」

 

 

マック「か、かわ!!?」

 

 

桜木「え!!?あいや!!!うん!!!子供らしい可愛さね!!!」

 

 

 慌てて両手を振り、自分の言った事を訂正するトレーナーさん。か、勘違いした私が一番悪いのですが、そんな全力で否定しなくても.........

 

 

桜木「あの、そろそろ退いて貰えません.........?」

 

 

マック「もう逃げません?」

 

 

桜木「無理よ。流石に勝てないよ」

 

 

 諦めのポーズでげんなりとした顔を見せる彼を見て、少し笑ってしまいます。仕方ないので、降りてあげましょう。

 彼から降りると、その倒れた姿勢から上半身だけを起こし、その場に座りました。何故かあぐらの体勢から直ぐに正座に変わり、私もそれに釣られて正座をしました。

 

 

桜木「それにしても、マックイーンのお母さん凄かったなぁ.........」

 

 

マック「ええ。ああ見えても、自慢の母ですから」

 

 

桜木「そういえばこの前家に行った時に居なかったけど、どっか行ってたの?」

 

 

マック「あの時は確か、メジロ武術の講演会であちこち飛び回っていましたから。私の護身術も母から教えてもらったものですのよ?」フフン

 

 

 私が胸を張ってそう言うと、彼は感心したように声を出しました。私のお母様は普段、あのような気だるげな.........ゴールドシップさんからハイテンションを取ったような方ですが、真面目にやる時はしっかりしているのです。

 今は確か、メジロ武術の今後の発展についてのお話が開かれており、全国各地から師範代の方を集め、今後の展望についてのお話を実家の方でされているはずです。

 そのような場に居合わせた事はありませんが。きっと、大変真面目にお話を詰めているのでしょう.........

 

 

 一方その頃。

 

 

ティタ「は〜い」

 

 

「.........ではティターン様、意見を」

 

 

ティタ「もうこの際、面倒だから地下闘技場でも作って、色んな武術の猛者と戦いましょうよ〜。いい宣伝になりますよ〜?」

 

 

「却下です。真面目にやってください」

 

 

ティタ「え〜?すんごく真面目に答えたのに〜.........」ムスッ

 

 

ティタ(.........めんどくさ〜い)フワァ

 

 

「あくびしないでください」

 

 

 老若男女様々な人々が、長いテーブルを囲むように座り、今後自分達の進退を決める会議に真面目に参加している中、メジロマックイーンの思惑とは裏腹に、ティターンはつまんなそうにしていた。

 

 

 そんな事すら露知らず、マックイーンと桜木の会話は、彼女の事で持ち切りだった。

 

 

桜木「そういえばさ、マックイーン三歳までは普通のお家だったんだろ?どうして?」

 

 

マック「.........あまり気分のいい話ではありませんよ?」

 

 

 どうしたものか、そう思い、私は口元に手を当て考えました。話自体は聞いている為、話せはするのですが、あまり誰かに話すような事ではありません.........

 しかし、目の前に居るのは知らない人ではなく、一心同体を誓い合ったトレーナーさん。彼なら、この話を誰かに言いふらす事は無いはずです。そう思い、私は口を開きました。

 

 

マック「.........実は、お母様とお父様は駆け落ちで結婚し、お母様はメジロ家を勘当されていたのです」

 

 

桜木「.........え!!?」

 

 

マック「実家の方へは文通でやり取りはしていたのですが、おじい様がお亡くなりになった際、遺言で仲良くしなさいと言われ、おばあ様はお母様と話し合い、仲を戻したのです」

 

 

 私も、改めて聞いた時は驚きました。両親達からではなく、爺やにせがんで何とか聞かせてもらった話だったため、少しの間顔を合わせても、変な空気になってしまった記憶があります。

 でも今は、おばあ様とお母様はとても良い関係を築いておられます。きっとこの先はもう安心でしょう。

 

 

桜木「凄いな.........俺とはまた別の意味で複雑だ」

 

 

マック「.........?そうなんですの?」

 

 

桜木「あっ、悪い。その話はまた別の機会にな。流石に胸糞悪すぎる」

 

 

 先程までドキドキとした表情だったのですが、その話題を聞き出そうとした瞬間、怖いほど真剣な顔になり、彼は話題を切り上げました。

 そうして、しばしの静寂が流れます。私の瞳には、彼の姿が映し出され、その姿をじっと見てしまいます。

 .........どこまで行っても向こう見ずで、愚直で、それでいて素直で、ちゃんとした自分を持っている彼。やっぱり、こうして向き合っていると.........

 

 

マック(.........好き)

 

 

マック(今この場でそれを、なんの気兼ねも無く言えたのなら、幸せだったのに.........)

 

 

 言いたい。だけど、言えない。勇気が出ないから?彼から貰う返事が、私の想像と違っていたら怖いから.........?

 いいえ、きっと彼は、許してくれると思います。私が抱く、この思いを。けれど、きっと彼はそれを許すだけで、自分の思いを伝えてくれる事は無いと思います。

 彼は、人に優しい人だから、誰かが幸せになるなら、自分を顧みない人だから、道の上で、もし彼が、彼より私を幸せにしてくれる人が現れてしまえば、きっと背中を押して、私を突き放してしまいます。

 だから、この思いは、私からは打ち明けません。彼が、私の隣に居たいと言ってくれるその日まで、私も、この気持ちを頑張って押さえ込んでみせます。

 そう、葛藤を押さえ込んでいると、お昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響きます。しばらくすれば、次の授業が始まってしまう。私は正座からゆっくりと、その場に立ち上がりました。

 

 

マック「.........では、また放課後のトレーニングで.........」

 

 

桜木「あっ、その前にもう一つ質問良い?」

 

 

マック「?どうぞ」

 

 

桜木「あのさ、メジロ[ティターン]さんがいるならさ、メジロ[エゥーゴ]とか居たりする?」

 

 

マック「.........?」

 

 

 彼のその質問の意味が分からず、思わず首を傾げてしまいました。そんな私を見て、答えが分かったのか、彼はその質問を謝り、その場から立ち上がりました。

 これで、彼との関係は元通り。これからはきっと、いつも通りの日常が進んで行くと思われます。

 

 

 そして、その私の思惑の通り、日常は緩やかに、そして速やかに過ぎ去っていきました.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 季節はやがて、冬から春へと移り変わるであろう。そんな予感を感じさせる一月の初め。俺達はそんな新年のお祝い行事も程々に、トレセン学園のグラウンドで、トレーニングに精を出していた。

 

 

桜木(ライスの調子はまずまずか.........有馬記念もあったし、少しペースダウンさせてから上げていくか)

 

 

 遠目からマックイーンと併走をしているライスの様子を観察する。12月の終わりにある有馬記念で、彼女は8着であった。正直、あまり良い成績では無い。

 だが、これには原因がある。同じレースに出走していたトウカイテイオーの存在だ。マックイーンと同じ、春の天皇賞で怪我をしていたテイオーだが、その復帰はマックイーンよりも早かった。

 そして、そのテイオーが不調だったのだ。その姿を見て、心配になったライスはその時五番手だったテイオーの後ろに着く形でゴールを踏んだ。彼女の優しさが仇となったレースだろう。

 

 

桜木「.........んでもって、テイオーはまた骨折か〜」

 

 

沖野「.........はぁぁぁ」ガックシ

 

 

 俺がそう残念そうに両手を後頭部に乗せながら言うと、隣にいる沖野さんは頭に手を当てて、がっくしと項垂れた。この人自身も、まさかこうなるとは思っていなかったらしい。

 

 

沖野「どうすんだよもう.........本人はまだやる気あるけどよぉ.........流石にテイオーステップ止めさせるべきなのかぁ?」

 

桜木「そうっすよねぇ.........いくらタキオンのアイジングケアの効果が良いからって、こうなんども怪我してると.........」

 

 

 二人でそうボヤきながら、遠くで一人ベンチに座るテイオーの様子を見る。彼女はまだまだやる気に満ち溢れている。その証拠に、上半身を鍛えながら、走っている仲間の姿を見て、勉強している。

 .........確かに、タキオンの作ったアイジングスプレーは目を見張るものがある。怪我の治癒を促進させ、最短復帰を目指すにはとても良い代物だ。だが、だからと言ってこうも怪我をされると不安になってくる。

 それに何より.........タキオン自身が、この連続で怪我をする事態に、どこか納得が行っていないらしい。それが一番、怖い所だ。

 

 

ウララ「つ、疲れた〜.........」

 

 

桜木「お?おう!タイヤ引きご苦労さん!ちゃんと三週したか?」

 

 

ウララ「うえ!!?う〜ん.........忘れちゃった.........」

 

 

桜木「あはは!まぁそんだけ疲れてんだ。三週したって事にしとこう」

 

 

ウララ「ほんとー!!?わーい!!」ピョンピョン!

 

 

 横から現れてきたのは、先程タイヤ引きを命じていたハルウララだった。最初はとても疲れた様子だったが、終わりを告げてやると直ぐに元気を取り戻した。可愛いやつめ。

 怪我や体調を崩している子を見つける為に、クーラーボックスにドリンクを詰め込んで巡回している黒津木の頭を引っぱたいてからドリンクをかっぱらう。なんか言われた気がするが無視だ無視。学園の生徒に手を出す犯罪者を俺は許さない。

 

 

ウララ「ちゅ〜♪」

 

 

桜木「たくさん飲んで大きくなれよ〜?」ワシャワシャ

 

 

ウララ「うん!!ウララ強くなるよ!!」フンス!

 

 

沖野「.........なんか、ウララだけはこの先怪我だけはしなさそうなんだよなぁ〜」

 

 

桜木「あっ、それ俺も思いました」

 

 

ウララ「?」

 

 

 俺達の会話を聞いて、首を傾げるウララ。そんな彼女の頭をもう一度撫でてやると、嬉しそうに、そしてくすぐったそうに声を上げた。本当、可愛いやつ。

 それにしても、この儚げとは縁のない雰囲気のせいか、彼女が怪我をして悲しむビジョンが一切湧いて来ない。案外、沖野さんの言う[無事是名バ]を体現しているウマ娘なのでは無いだろうか?

 

 

沖野「.........」

 

 

桜木「そんな目をしてもあげませんよ。ウララはうちの子です」

 

 

沖野「取らねぇよ.........お前怖ぇし。今特別移籍の期間でもねぇし。どうせ来ても今の状況とそんな大差ねぇし」

 

 

 不貞腐れながら、この人は顎を手に乗せ、俺からそっぽを向いた。そんな姿がいつもの沖野さんらしくなくて、つい笑ってしまう。

 ドリンクを一生懸命飲んでいるウララに視線を移す際、先程併走していたマックイーン達の事を思い出し、その方向を見ようとするも、そこには既に、彼女達は居なかった。

 

 

マック「ただいま戻りましたわ」

 

 

ライス「ただいま!お兄さま!」

 

 

桜木「おう!おかえり二人とも、調子はどうだった?」

 

 

マック「まだ全力で走る事はできませんが、調子は良い方です」

 

 

ライス「ら、ライスはちょっと疲れ気味かも.........」

 

 

 俺の前に並んで立つ二人の様子は対称的だ。マックイーンの方は怪我が完治していないが、ストレス発散の為に流す程度に走ってもらった為、少しスッキリした表情だ。

 一方のライスは、まだ有馬記念の疲れが抜けきって居ないらしい。これは思っていた以上だ。今日は休ませてやった方がいいだろう。

 そう思っていると、マックイーンが何かを探し始めるようにキョロキョロと辺りを見渡し始める。何か落し物でもしたのだろうか?そう思い、理由を問おうとする。しかしその前に、彼女の方から口を開いてくれた。

 

 

マック「ブルボンさんは今どちらに?」

 

 

桜木「ああ、東さんと黒沼さんの二人と販路だよ。次いでにデジタルとタキオンも付けてる」

 

 

沖野「ブルボンかぁ.........そういや、ジャパンカップ勝ったんだよなぁ」

 

 

 思い返すように、沖野さんは口を開いた。その言葉と共に、ターフに生い茂る緑が風に揺れた。

 .........そうだ。ジャパンカップ。ブルボンが勝ったんだ。あの時、みんなで見に行ってたけど、ゴールドシップがなんか、凄い喜んでたな。

 

 

桜木「.........これから、また走りますよ。ブルボンは」

 

 

沖野「ああ、その為にも頑張れよ?[トレーナー]殿?」

 

 

 そう言って、彼は軽口を俺に向かって投げつけた。それを聞いた俺達は顔を見合わせ、笑い合った。

 ターフの上で、風が心地よい、この緑の大海原で、俺達は笑っていた。これまでも、そしてこれからも、こんな日が続いて、心の底から笑えるような日が続く。何だかそう思っていたんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ズキッ.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 痛みが走った。ちょうどこめかみの部分。電気のように一瞬で、鈍器で殴られたような強い痛み。

 一瞬だけだったから、何とか耐えることが出来た。それでも、それは俺に何かを思い出させるように、記憶の扉をこじ開けようとする。

 .........俺は、逃げた。今この空気を壊したくは無い。手放したくない一心で俺は、今度は自分からこの扉に鍵を掛けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ニュ――速報―す。ジャ――カッ――走予定だ――ミホノブルボンさ―が―――.........』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「トレーナーさん!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「.........デジタル?」

 

 

 頭の中で流れていた、何かの欠片。記憶と言うには朧気で、幻と言うには鮮明だったそれから現実世界に連れ戻してくれたのは、アグネスデジタルであった。

 肩で息をし、その伏せた顔に汗がびっしりと発汗していた。だがそれは、ここまで走ってきた事によって発生したものでは無いと予感が教えてくる。

 

 

沖野「お、落ち着け!まず何があったか「ブルボンさんが!!!」.........!!?」

 

 

 そう言って、彼女はその伏せていた顔を俺達に見せるように、上げた。そこには確かに、汗が全体的に滲んでいた。疲れや、運動によるものでは無い。

 彼女の顔色は、すこぶる悪かった。今まで見た事ないような青ざめた顔で、そして、その頬に、汗ではない涙を走らせていた。

 

 

ライス「ぶ、ブルボンさんが.........?」

 

 

デジ「.........っ」キッ

 

 

 次の言葉を言おうと、身体に力を込めるデジタル。しかし、それでも、それを言う事を身体が拒むのか、彼女はその唇を強く噛み締めた。

 次第に暗くなっていく外。太陽が完全に、厚い雲に隠れ、淀んだ空気がこのターフを、世界を包み込んでいく。

 

 

デジ「.........ブルボンさんが.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ブルボン「っ.........!!!」

 

 

東「ブルボン!!?しっかりしろ!!!立てるか!!?」

 

 

黒沼「誰か担架を持って来てくれ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「.........骨折しました.........!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 [苦しみ]の影が忍び寄る.........

 

 

 [悲しみ]の足音が聞こえてくる.........

 

 

 [悪夢]が全てを包み込もうとする.........

 

 

 

 

 

 ......To be continued



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ライス「ライス、やっぱり変わりたい.........!」

 

 

 

 

 

 時計の針が鳴り響く。刻一刻と時間が過ぎて行く。その過ぎ去っていく時間から取り残されるように、この心はまだ、あの時の感情のまま縛り付けられている。

 

 

桜木「.........」

 

 

 保健室の前。皆、暗い顔ばかりだ。かく言う俺も、その一員になってしまっている。今か今かと、来るな来るなと、そこから現れる俺の友人を、その二つの感情で待っている。

 そうして静かに、扉が開く。普段の騒がしさなど微塵も感じさせず、顔を俯かせる姿を見せる黒津木は、今まで見た事無い[医者]としての、黒津木宗也であった。

 

 

黒津木「.........[疲労骨折]だ。適正距離ではない距離を走らせようとしてきたツケが、出てきた」

 

 

桜木「.........治る、のか......?」

 

 

黒津木「所詮骨折だ。治りはする。ただ.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの子がまた、走ろうとするかは別の話だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「.........」

 

 

 そう、だ。もし、ブルボンの足が完治したとしても、彼女が復帰するかどうかは、彼女自身が決める問題であって、トレーナー以前に、他人である俺が介入すべき問題では無い。介入できる.........問題じゃない。

 不思議と、視界は安定していた。気持ちも、落ち着いている。けれどそれが、逆に俺の心を焦らせた。

 俺は、あの子に何も期待していなかったのか?俺は、こうなる事を見越してたから、こうなっても焦ってないんじゃないのか?そんな思いが、汗でベトベトになった手に現れる。

 

 

黒津木「処置はした。保健室と言っても、そこら辺の病院くらいの処置できるレベルの設備を整えてるからな。会いたいなら.........」

 

 

ウララ「ブルボンちゃん!!!」

 

 

 入っても良い。親指を保健室に指し示しながら言おうとする前に、ウララが教室の中へと入って行く。それに釣られるように、うちのチームメンバーも、そして沖野さん含めたスピカのメンバー。ブルボンの練習を見ていた東さんと黒沼さんも、急いで入って行った。

 

 

黒津木「.........行けよ」

 

 

桜木「.........どんな顔して?」

 

 

黒津木「いや、そう言われてもよ.........」

 

 

 俺は、一体どんな表情を見せればいいんだ?あの子に対して、あの子の頼みとはいえ、今まで無理をさせてきた俺が、どの面下げて会えばいいんだ。

 .........蛙の子は蛙。結局俺は、クソ親父と同じ。人を傷付けて生きてる人間だ。そう思うと、口の中からカラカラと乾きを見せて行った。

 

 

黒津木「.........逃げんのかよ」

 

 

桜木「はは.........そう、だな。うん。俺は悪い大人だよ.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それが.........俺の本質なんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ブルボン「.........」

 

 

 静かな。本当に静かな時間が過ぎていきます。どこか冷たさを感じるほどのそれは、決して私を傷付ける様な事はせず、逆に、私の心を癒す手助けをしてくれます。

 開けている窓から風が吹き、カーテンがなびきます。外には、トレーニングを始めた方々の姿が見え、それが少し、羨ましく思います。

 

 

ブルボン(あれから一週間。色々な人がお見えになりますが.........マスターとはまだ、会えていません)

 

 

 この足が、黒津木先生に疲労骨折だと診断され、学園に併設されている療養所で生活を始めてから、既に多くの方々が来ています。

 チームメンバーは勿論、東トレーナーや黒沼トレーナー。果てには、一度共に併走しただけの子も、お見舞いに来てくれました。

 チームメンバーは励ましを。沖野トレーナーからは労りを。東トレーナーと黒沼トレーナーからは謝罪を頂き、他の方からは今後についてのお話を聞きたいと、私に聞いてきました。

 

 

ブルボン(.........今後)

 

 

 ベッドの上で、外の様子を見ていると、そこにまるで、自分が走っているかのようなビジョンが投影されます。その姿は、全てにおいて正確で、何よりも早く駆け抜けようとし、そして何より.........厳しく、辛そうな表情。

 もし、今まで無意識にそう走って居たのなら、友達などできないでしょうと、自分の事ながら落胆してしまいます。

 .........だと言うのに、私には、こんな私には不相応な素敵な友達が、沢山出来ました。それは紛れもなく―――

 

 

「失礼しまーす!!やっほーブルボン♪」

 

 

ブルボン「テイオーさん.........?」

 

 

テイオー「へ〜、学園の療養所ってこんな感じなんだ〜。最近出来たって聞いたけど、普通の病院と変わらないんだね〜」

 

 

ブルボン「そうですね。黒津木先生の手腕がちゃんと発揮できるよう、理事長が増設したようです」

 

 

 松葉杖を付きながら、私のベッドの横にある椅子を器用にその杖で引き寄せ、彼女は座りました。見たところ、私よりはあまり、骨折による精神的ダメージは見られません。

 他愛も無い話を、それが難しかった以前の私。けれど今は、何となくでそれが出来てしまっています。この状況に少し、今まで自分の中になかった物の違和感を感じつつ、楽しみました。

 

 

ブルボン「テイオーさんは大丈夫なんですか?」

 

 

テイオー「うん!!なんてったってタキオンのスプレーがあるからね!!」

 

 

テイオー「すっごいんだよ〜?今はまだ無理だけど、普通に歩けるくらいになった頃から使えば最短で足を治せちゃうんだから♪」

 

 

 ブルボンも使いなよ。そういう彼女の顔からは、なんの疑いも無い、そしてこれからも走り続けると言った意志を感じ取れました。

 そんな、私よりも年下の中等部のテイオーさんですが、一年先にデビューした方で、私の求めていた無敗の三冠を手にした素敵な人。そんな人の顔を見ていると、不思議と勇気が湧いて来てしまいます。

 そう思っていると、不意に笑っていた彼女の顔が、真剣な物になりました。その空気に触れ、私も元々硬い表情を、更に硬くさせてしまいました。

 

 

テイオー「.........聞いても、良いかな?」

 

 

ブルボン「?はい.........」

 

 

テイオー「ブルボンはさ.........この先、どうするの?」

 

 

 それは、今までこの病室で、何度か聞いた質問でした。ですが、彼女の表情はその方々とは違い、寂しさや悲しみというような感情は少しで、不思議と言ったニュアンスが強い事が分かりました。

 

 

ブルボン「.........なぜ?」

 

 

テイオー「だって.........夢、叶わなかったじゃん」

 

 

ブルボン「.........」

 

 

 その言葉からは、どこか苦しみという感情を感じ取れました。そしてそれは、想像や空想上の物ではなく、彼女自身が体験した苦しみが出ているのだと、その表情で分かりました。

 

 

テイオー「.........ボクの夢は、[無敗の三冠バ]。会長みたいな、強くてカッコよくて、凄いウマ娘になるのが夢だった」

 

 

テイオー「けどね.........?今でも、それが叶った今でも.........偶に、考えちゃうんだ.........」

 

 

テイオー「あの時、サブトレーナーが居なかったら.........あの時、負けちゃってたら.........って」

 

 

 苦しみ。苦しみ。苦しみ。それを必死に抑え込むように、彼女は身体の震えを自らの手でその身体を抱き締めることで、何とか止めさせようとしていました。

 .........夢。私の、(ユメ)。それは、テイオーさんと同じく、[無敗の三冠バ]になる事。そしてそれは残念ながら叶わず、そしてこれから先、一生自分はなる事ができない者.........

 

 

ブルボン「.........走りますよ」

 

 

テイオー「!.........どうして......?」

 

 

 私の言葉で、一瞬にして震えが止んだ彼女は、その顔を、その不思議さをより一層強くした表情を、私に向けてきました。

 .........その顔が、何故かマスターを思い出させてしまいます。

 

 

ブルボン「確かに、私の(ユメ)。[無敗の三冠バ]は道半ばで潰えました」

 

 

ブルボン「.........ですが、データは常に更新されて行くものです。新しい物へ次から次へと、移り変わりゆく物です」

 

 

テイオー「新しい夢を見つけたって事.........?それって―――」

 

 

 何かを言おうとした彼女に待ったをかけるように、私は、自分の口に人差し指を当てました。その姿を見たテイオーさんは、言いかけたそれを飲み込もうとして、その両手を口に当てます。

 正直、この場で言ってしまっても良かったかもしれません。ですが、これを最初に伝えるべきなのは、私が最初に伝えたいのは、他に居るんです。

 

 

ブルボン「その話は、皆さんが集まってからにしましょう」チリーン!

 

 

テイオー「.........え、なにそれ」

 

 

ブルボン「ナースコールができないので、これを鳴らして近くに通りかかった人に来てもらいます」

 

 

テイオー「い、居なかったら.........?」

 

 

ブルボン「連打しましょう。テイオーさんの分もありますよ」

 

 

テイオー「ワァ.........アリガトー.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ブルボン「.........」

 

 

「.........」

 

 

 静かな、さっきまで感じていた優しい静けさとは違う、痛々しい静寂がこの空間を包み込みます。そしてきっとそれは、私だけでなく、皆さんも感じている事だと思います。

 ここに今いるのは、レグルスとスピカのチームメンバーの方々、スピカと、このクラシックの間私のトレーニングを見てきてくれた三人のトレーナーです。

 でも、まだ肝心な人が来ていません。マスターはまだ.........

 

 

マック「.........遅いですわね」

 

 

ゴルシ「だなー」

 

 

ブルボン「.........推測になりますが、私が期待に応えられなかったから―――」

 

 

「「「「「「「「それは無いっ!!!」」」」」」」」

 

 

ブルボン「!」

 

 

 強い否定の言葉が、私に対して発せられます。マックイーンさんだけではありません。タキオンさん、ゴールドシップさん。テイオーさんに、トレーナーの方々も、皆さん口を揃えて否定しました。

 そして、先程までの静寂が嘘だったかのように、マスターについて皆さんが話始めました。

 今どこにいるだろう?ちゃんと話は聞いていたのだろう?そもそも一度もなぜここに来ないのか?そんな話を、皆さんそれぞれが示し合わせた様に、隣に居る方と話し合い始めました。

 

 

ブルボン「.........ふふ」

 

 

「?」

 

 

ブルボン「マスターは.........絶対来ます」

 

 

マック「.........そうです。いつもいつも、遅い癖に、しっかりとその顔を見せるんですから」

 

 

ゴルシ「ほーんと、そういう所がアタシみてーで憎めねーんだよなー」

 

 

テイオー「それ自分で言うんだ.........」

 

 

 静かだった空間。それが今では、マスターの話題を皮切りに盛り上がりを見せ始めます。やっぱり、なんだかんだ言っても皆さんはマスターの事を良く思っている様です。

 そんな、いつも通りの日常をこの病室で感じていると、不意に廊下の方から誰かが走ってくる足音が聞こえてきます。

 それが徐々にこちら側に近付いて来るのと同時に、皆さんは扉の方に視線を向け、静かになって行きました。

 そして、その足音は推測通り、私達の居る病室の前でピタッと止まりました。深呼吸のする息の音が一度聞こえて来てから、その扉がゆっくりと開けられます。

 

 

ブルボン「.........マスター」

 

 

桜木「.........」

 

 

 それはやはり、マスターでした。彼はこの部屋の入口で立ち止まり、ここにいる人達の顔を見渡してから、ゆっくりと私に近付いてきます。

 そして、私の目の前まで来た彼は、ゆっくりとその頭を下げました。

 

 

桜木「.........ごめん」

 

 

桜木「今まで、顔見せれなくて、ごめん」

 

 

全員「.........」

 

 

桜木「.........どんな顔すればいいか、分からなくて、どんな顔すれば、会ってもいいのか、分からなくて.........」

 

 

 

 

 

 ―――俺はそう言って、目の前に居る彼女に、そしてこの場にいる皆に対して、頭を下げている。

 正直、今でもどんな顔をして良いのか、分かっていない。どんな顔をすれば、彼女に申し訳がたつのか、分からない。

 そんな俺の肩を誰かが叩いた。

 

 

東「.........んなもん。ここに居る全員がそうだよ」

 

 

東「俺達のせいで、ブルボンがこうなった。どんな顔すればいいのか、どう謝ればいいのかなんて、答えは出ねぇし、それを出すには俺達は.........」

 

 

黒沼「.........まだ、未熟で若すぎる」

 

 

 悲しげな声で、二人はそう言ってくれた。それに同調する様に、周りの皆も、首を縦に振る。俺一人だけの、悩みだと思っていた。どうやらそれは、俺の独りよがりだったらしい。

 俺はもう一度、彼女の方を見た。今度はしっかりと、決して、自分が逃げないように恐怖と後ろめたさを押し殺して、彼女を見た。

 その目は、真っ直ぐだった。真っ直ぐ俺の目を見ていた。それは俺を責めるわけでも無く、哀れんだり、慰めるようなものでも無い。

 ただ、未来を見ている物だった。

 

 

ブルボン「.........これで、これからについてのお話が出来ます」

 

 

桜木「.........これから」

 

 

ライス「ど、どうするの.........?」

 

 

 俺を含めた全員の視線が、ベッドの上にいるミホノブルボンへと向けられる。皆、彼女の次の言葉を待っている。

 外の風が、気持ちの良いそよ風が部屋の中へと入り、窓のカーテンや、ここに居る者達の髪を、少し揺らす。そんな中で、彼女は口を開いた。

 

 

ブルボン「走ります。これからも」

 

 

桜木「.........」

 

 

 それは、決意に満ちた表情だった。決して、他の誰かにも変えられることの出来ない、確固たる彼女の意志であり、彼女にとっての、確定事項。

 .........でも俺は、それに納得することが出来なかった。

 

 

桜木「.........なんでだよ」

 

 

桜木「なぁ、なんでなんだ.........?だって、お前の夢はもう.........!!!」

 

 

全員「.........」

 

 

桜木「なぁブルボン。それがもし、俺や、他の皆に対して感じている恩義への返しだと言うんだったら、俺達はそんなこと望んじゃ―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「違います。これは、私の[新しい夢]の為です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そよ風が一層強く、部屋の中へ吹き抜けた。それでも彼女は、根っこを張った大木みたいに、身体を微動だにさせず、俺に向かってそう言った。

 

 

ブルボン「確かに、私の夢は[無敗の三冠バ]になる事でした」

 

 

ブルボン「そしてそれは、今でも私の[夢であった]と言えます」

 

 

桜木「じゃあ.........どうして」

 

 

 純粋な、疑問だった。今までそれから逃げ続けてきた俺にとっては、不思議としか言い様のない答えだったからだ。

 [夢が壊れる]。それは、俺も一度経験している事だ。今までその為に、その為だけに生きてきた人間が、それを壊されればどうなるかを、俺はよく知っている。

 その筈なのに、今この目の前にいる少女は、そうならない。壊された夢を、夢ではないと偽ること無く、しっかりと向き合い、克服し、前へと歩き出している姿に.........俺は、疑問を抱いていた。

 

 

ブルボン「.........ライスさん」

 

 

ライス「!」

 

 

ブルボン「私は貴女に、夢を奪われてしまいました」

 

 

 そうだ。ブルボンは、最後の最後で、あと一歩というところで、ライスにその夢を阻まれてしまった。そしてライスも、その事に負い目を感じている。

 だが彼女は、なんて事ないように言ってのけた。その姿に、ここに居る全員が緊張する。

 

 

ブルボン「.........でも、何故でしょう。負けた相手が貴女で良かったと、思ってしまったのです」

 

 

ライス「え.........?」

 

 

 俯いていた顔を上げ、ブルボンの顔を見るライス。その顔は驚きの表情に満ちていた。彼女自身、そう言われるとは思っていなかったのだろう。それは、ここに居る全員も同じであった。

 

 

ブルボン「私は、皐月賞とダービーを無敗で制しました」

 

 

ブルボン「貴女は、菊花賞を制した上に、それが初めて勝利を収めたGIレース.........」

 

 

ブルボン「そう。私達は.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「二人揃って[無敗の三冠バ]なんです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ブルボン「だから、貴女も胸を張って、走り続けてください」

 

 

ブルボン「私はもう一度.........貴女とレースで走りたい」

 

 

 そう言って、彼女はライスに微笑みかけた。そんな彼女の姿に、俺は、一つの友情の極地を見た。

 これからも走り続ける意志。そして、共に走ろうとする意志。その思いを全て、彼女はライスへとぶつけていた。

 

 

ライス「ブルボンさん.........」

 

 

ライス「ブルボン、さん.........!」

 

 

 そのブルボンの言葉が、心の底にまで届いたのだろう。ライスはその目に、涙を貯め、遂には頬へと流れて行った。

 しばらくの間、彼女のすすり泣く声が病室に響いた。彼女をスカウトした時も聞いたはずの声だが、今はもう、あの時とは印象が違って見える。

 ただの泣き虫な少女は、ここには居ない。今の彼女は、泣き虫だが、とても強い心を持った少女だった。

 その証拠に、先程まで両手で顔を覆っていた彼女は、学生服の袖でその涙を拭い、未だ光を乱反射させる瞳を俺に向けてきた。

 

 

ライス「お兄さま.........!」

 

 

ライス「ライス、やっぱり変わりたい.........!!!」

 

 

桜木「ライス.........」

 

 

 未だにその目に涙を滲ませながらも、彼女は力強い決心を感じさせる表情で俺に顔を向け、そう言った。

 今までに見た事ない、気迫とやる気に満ちているライスに若干気圧されながらも、俺の気持ちは、嬉しさでいっぱいだった。

 

 

ライス「皆に認められるようなライスに.........ブルボンさんが負けて良かったと思われるライスに.........!変わりたい!!!」

 

 

桜木「.........そうだ」

 

 

桜木「変わる責任も義務も無い。けれど、変われる権利は、誰にだってあるんだ」

 

 

 変わりたい。その強い意志と心が、俺を包み込む霧を晴らしていく。そして、たどり着くべき場所に、俺を導いてくれる。

 俺は、[夢追い人]であり、[夢守り人]であり、[夢探し人]だ。こんな暗闇で突っ立っていても、変わる事なんて出来やしない。

 光なんて無い。それでも、その場でグルグル回ってた方が止まっているよりずっとマシだ。そっちの方が、自分を誇れる筈なんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 [苦しみ]の影が引いていく

 

 

 [悲しみ]の足音が遠のいて行く

 

 

 [悪夢]が切り払われ視界が開く

 

 

 [???]のヒントLVが1上がった!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木(うじうじ考えるのは止めだ。どう考えたって答えは出ないし。何より俺の性にあわない)

 

 

 今はまだ、何が正しいかなんて分からない。この選択が、ブルボンをまた走らせようとする選択は間違っているのかもしれない。

 けれど、それはもう俺にはどうすることも出来ない。彼女達の選んだ道を、俺が変える訳には行かないんだ。

 そう思い、一人決意を固めていると、隣に誰かが立つ気配を感じ、そっちの方に視線を向けた。

 するとそこには、俺と同じタイミングで、俺の方を少し見上げて居るマックイーンが、真剣な眼差しで立っていた。

 

 

桜木「.........マックイーン?」

 

 

マック「トレーナーさん。私にも、ライスさんとブルボンさんのお手伝いをさせて下さい」

 

 

 彼女はそう言って、俺にニコリと笑いかけて来た。そしてその視線を俺から、ライスの方へと移すマックイーンの表情は、優しさを感じる柔らかい物だった。

 

 

マック「ライスさん」

 

 

ライス「ひゃ、ひゃい!!」

 

 

マック「貴女の覚悟、そしてブルボンさんの思い。確かに伝わりました」

 

 

マック「.........ですから、そのお手伝いをさせて下さい」

 

 

 彼女は優しくライスに対して言った。俺に背を向けてはいるが、その顔は先程見た時より、優しさに満ち溢れた物だろう。

 そして、彼女は深呼吸をする。何かを覚悟するように、息を大きく吸って、ゆっくりと吐き出して行った。

 そんな彼女の行動を見守っていると、覚悟が決まったのか、俺の方へ振り返った。そこには先程の優しさはなく、覚悟を決めた彼女がそこに居た。

 

 

マック「トレーナーさん」

 

 

桜木「.........」

 

 

マック「私は産経大阪杯に向け復帰しようと思います」

 

 

 拳を作るように握った片手を、胸に当てるマックイーン。瞳を閉じながら、その決意を俺に真っ直ぐと伝えて来る。

 .........きっと、そうだろう。彼女と長く過ごしてきた今の俺には、分かってしまう。それでも彼女は、仲間の為、友の為、その選択をしようとしている。

 俺は目を閉じた。今度は、逃げる為じゃない。向き合う為に。しっかりと受け止める為に、心の準備をした。彼女の口から出る結論を、否定せず、肯定する為に.........

 

 

マック「.........お願いします。来年の春の天皇賞」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ライスさんと競わせてください」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「.........っ」

 

 

 .........分かっていた。彼女がそれを言うのは、察していた。けれどそれは、分かっていたつもりで、察していたつもりだった。実際にそれを聞いた衝撃は、思ったより強かった。

 やっぱり。俺は弱い。一人じゃ立てないダメな人間なんだ。闇は晴れた筈なのに.........また、見えなくなって―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぎゅっ.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「え.........?」

 

 

マック「.........貴方が何も言ってくれないと、今のは全て、私の虚勢になってしまいます」

 

 

 確かに感じる、右手の温もり。不安そうな表情を見せる彼女の両手が、俺の手を優しく、そしてその存在を確かめるように包み込んでくれている。

 それが何よりも暖かくて、光が差し込まない闇の中を歩く、勇気になってくれる。こんな所で、未来を憂いている暇など無い。俺はその右手をゆっくりと上げ、彼女の両手を左手で覆った。

 

 

桜木「.........分かった。それが君の選んだ答えなら、俺はそれを支える」

 

 

桜木「それが、[トレーナー]だ」

 

 

マック「!.........ありがとうございます。トレーナーさん」

 

 

 不安げだった表情が、ゆっくりといつも通りの自信と気品に満ちた表情に戻って行く。俺の心はようやく、いつも通りの穏やかさを取り戻す事が出来たようだ。

 

 

桜木「いつもごめんね.........俺、助けられてばっかりだ」

 

 

マック「.........それは、こちらのセリフです」クスクス

 

 

桜木「え?」

 

 

 疑問の声と表情がつい出てしまう。それが聞こえたのか、彼女は若干顔を紅潮させ、咳払いをして俺から身体を背けた。

 

 

マック「もちろん!やるからには勝つつもりでやりますわ!.........だからライスさん」

 

 

ライス「!」

 

 

マック「.........お互い、全力を尽くしましょう」

 

 

 彼女はライスの方へと近付き、手を差し伸べながら言った。ライスは戸惑いながらも、決心を決めて行き、やがてのその手を力強く取り、握手を交わした。

 

 

 こうして、春の天皇賞で、メジロマックイーンとライスシャワーの激突が起こる事が今、約束された.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ライスが覚悟を決め、マックイーンが決心した冬の日から、気がつけば、桜が既に散り、その枝には緑がちらほらと見え始めるようになった。

 普段であれば長く、そして楽しく過ぎて行った時間も、今年はとても短く感じてしまった。それは、俺の感性が完全に大人に近付いたことを示していた。

 

 

マック「では、行ってまいります」

 

 

ライス「行ってくるね!お兄さま!」

 

 

 薄暗い地下バ道。その二人の姿を見る俺は、正直まだ、複雑な気持ちだ。また.........どちらかが負け、どちらかが勝つ。どちらもという選択肢は、どこにも存在していない。

 

 

桜木「.........なぁ、二人とも」

 

 

二人「.........?」

 

 

 俺に背を向け、歩みを始めようとした二人を呼び止める。その二人の表情は既に、この先どうなろうとも後悔は無い。そんな事を物語るような強い意志が宿っていた。

 そんな二人の足を引っ張る訳には行かない。俺はトレーナーだ。たとえ自分が力不足だと自覚していても、彼女達が俺を信頼してくれている。ならばそれに答えられなければ、俺は俺を、この先認めることなど到底出来ない。

 

 

桜木「この先、何が待っていようと。俺は二人を支える」

 

 

桜木「例え、何を言われようとも。俺はそいつらに向かって、堂々と文句を言う」

 

 

桜木「だから、後の事は気にせず―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「勝ってこい。二人とも」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺は、二人の普段通りの姿を待ってる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺は、自分の本心を二人に打ち明ける。俺は弱くて、本当にダメな大人だ。ここで、ライスに勝ってこいとも、マックイーンに頑張って来いとも言えない男だ。

 .........それでも俺は、彼女達がこの先も変わらず、笑っている姿を待っている。普段通りの日常が戻ってくる事を、皆と変わらず、変わっていく日常を送りたい。

 

 

マック「.........ふふ」

 

 

ライス「.........えへへ」

 

 

桜木「?な、なんか変だった.........?」

 

 

 キョトンとした顔でお互いの顔を見合った後、二人は示し合わせたかのように、一緒のタイミングで笑った。

 何か変な事を言ってしまっただろうか?そんな俺の心配をよそに、二人はまた、俺に背を向けて歩いて行こうとする。

 

 

マック「そんな所ではなく、もっと高い所で待っていてください」

 

 

ライス「うん!ライスもマックイーンさんも、お兄さまが居る所なら必ず行くから.........!」

 

 

 背中を見せつつも、横顔を見せながらマックイーンはそう言い、ライスは俺に身体の前面を向け、力強くそう言った。

 .........二人とも、本当に強くなった。そして、以前とは大きく変わったと思う。俺が取り残されてしまったと、思ってしまう程に。

 

 

 天皇賞・春。春の桜が散り終わり、その代わりと言うように、彼女達が陽の光を浴びた途端、人々の声が辺り一面に散りばめられる。

 春の風が吹く、日本GIレース最長距離。春の天皇賞の激突が、始まろうとしているのであった.........

 

 

 

 

 

 ……To be continued



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貴顕の使命は祝福の為に

 

 

 

 

 

「〜〜〜―――!!!」

 

 

桜木「.........慣れないな、この歓声は」

 

 

 冬が終わって春が回る。人生の内に何度も体験しているそれには既に、飽きが来るほど慣れている。

 そうだと言うのに、この歓声は何度聴いても慣れる事はない。初めて聞いた時の様な興奮と、初めて聞いた時から積み重ねられる緊張と恐怖が、確かに存在している。

 そんな俺の肩を誰かがちょっかいを掛けるように叩く。誰かは知らんが、こんな大舞台だ。きっとあの人に決まっている。俺はそう思い、一度その手を、姿を見ずに払った。

 それでも何度も何度も、飽きもせずに俺の肩を叩く。こんな大舞台で、緊張もしてるんだ。構いたくなかったが、俺は振り向いてソイツに向かって声を上げた。

 

 

桜木「おいトマトッ!!!これからマックイーンとライスが走るってぇのに、俺の緊張邪魔ァするたぁいい度胸じゃ―――」

 

 

ティタ「わっ、びっくりした」

 

 

桜木「」

 

 

ゴルシ「うわ!!?母ちゃんじゃねー!!?」

 

 

 死んだ。社会的にも、将来性的にも俺は死んでしまった。ゴールドシップの母親のトマトだと思ったらそうじゃなかった。俺はもう一生マックイーンと共に居られないかもしれない。

 

 

トマト「何やってんだアンタら」

 

 

桜木「テメェ.........!!!」

 

 

トマト「はァ!!?アタシがなんかしたか!!?」

 

 

 何も知らないトマトが隣から呆れた表情で俺に声を掛けてきた。運の尽きだな。今の俺は沸点が低い。

 俺の喧嘩を買うように、トマトは俺に無言で近寄り、ガンを飛ばしてきた。俺もそれに負けじと、言葉も無くコイツを睨み付ける。

 

 

タキオン「マックイーンくんの母親だね?」

 

 

ティタ「あら♪もしかして私って有名人?」

 

 

タキオン「何度か研究資料として映像を拝見させて貰っていたんだ。会えて光栄だよ」

 

 

 そんないざこざなど露知らず、タキオン達はマックイーンのお母さんに挨拶をしていく。俺もそうしたいのは山々だが、タワーブリッジを決められている今、そちら側には行けそうにも無い。

 

 

ゴルシ「あれ?でもよー。今まで会場で見た事ねーけど、なんで今日来たんだ?」

 

 

ティタ「マックちゃんに見に来てーって頼まれたのよ〜♪いつもだったら忙しい私に気を使ってそんな事言わないのに」

 

 

桜木「へ、へ〜.........そうなん、うぐっ」

 

 

トマト「いや、降ろしてやるから言えよ会話してぇなら.........」

 

 

 そう言われて下ろしてもらった俺は、乱れた息を何とか整わせる。とりあえず、さっきの事を謝ろう。そう重い頭を下げると、ティタさんは笑って許してくれた。

 

 

ティタ「良いの良いの♪未来のマックイーンの旦那さんなんだから♪」

 

 

全員「ええぇぇぇぇ!!!??」

 

 

トマト「.........えぇ」

 

 

桜木「待ってくださいそれ本当に何の話ですかマジで」

 

 

 俺をからかうようにクスクスと笑う女性。やはり普段は自由奔放に見えるが、時折見える仕草というか雰囲気が、やたらと上品なのは気の所為では無いのだろう。

 

 

ティタ「ごめんなさい♪トレーナーさんが素敵な人だから、そうなったらいいな〜って願望がつい♪」

 

 

桜木「いや、ついって.........」

 

 

ティタ「それにあの子、幼い頃は天皇賞制覇を誓ったトレーナーさんと夫婦になるのが夢だーって言ってたのよ〜♪」

 

 

 えぇぇぇそれは本当にまずい.........いや、まずいって言うか今の俺的には嬉しい事ではあるのだが、この話は絶対マックイーンの前では言わない方が良いだろう。お口チャックが懸命だ。

 深呼吸をして、精神を落ち着かせる。マックイーンも確かに気になるが、今一番気にしなければ行けないのは、ライスの方だ。

 ゲートを前にし、時間が来るまで柔軟や精神統一などをして過ごす出走メンバーの中、一人その両手を胸元で握り締めるライス。俺はその姿を見ながら、周りの声に耳を傾けた。

 

 

「なぁ、誰が勝つと思う?」

 

 

「そりゃお前!マックイーンだろ!!!」

 

 

桜木(.........そっか、そりゃそうだよな.........嬉しいけど、なんか、悲しいな.........)

 

 

 どこか、分かりきった答え。ここに居る皆が、マックイーンの勝利を願っているに違いない。そしてそれは、マックイーンの姿を見ればよく分かる。

 彼女は、期待という視線に敏感だ。それで以前、走りの調子を崩した事もある。そんな彼女が少し、不安そうにしている。

 俺も不安を感じている。これから先、一体何が待ち受けているのか.........俺はまだ、それを受け入れられる覚悟ができていない。

 

 

「.........じゃあ、誰を応援する?」

 

 

「はは!んなもん決まってんだろ!!」

 

 

桜木「.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「[ジャックポットは狙うべきものじゃない]。だろ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「え.........?」

 

 

 その時聞こえてきた言葉は、確かに聞き覚えがあった。そしてそれは確かに、俺がどこかの過去で言っていた言葉だったはずだ。その言葉に釣られるように、意識と視線をそちら側に向けようとした。

 だが、その言葉を言った人達の姿を視界に捉えることは出来ない。代わりに、本来ここに来る予定ではなかった男の姿があった。

 

 

ニコロ「.........なんだ、何故俺を見る?」

 

 

桜木「あいや、別にお前を見た訳じゃ.........どうしてここに居るんだ?今日はレポート忙しいんだろ?」

 

 

ニコロ「俺は自由の国アメリカ出身だ。出すか出さないかは俺の自由だ。それくらい許容される」

 

 

 さすがUSA生まれ。やりたい事とやるべき事を天秤に掛けたらそうなること間違いなしの国。まぁコイツの場合、普段の勤務態度も真面目だし、偶には良いだろう。

 しかし、何故コイツも今になって?そう思い口を開こうとしたが、俺はすぐ、その理由がなぜだか分かった。

 

 

桜木(.........そうか)

 

 

桜木(そういやもう、帰っちまうんだっけか)

 

 

 海外研修生。それが今のコイツの肩書き。一年間一緒に居たせいで、すっかり失念していたが、コイツはお客様の立場だ。時間が来れば、自分の家へと帰っていく。

 そう思うと、コイツになんて言葉をかけていいのか、分からなくなってしまった。いつも通りの言葉すら、出てこなくなってしまった。

 何も、言えることは無い。そう思いレース場に視線を移そうとすると、不意にデジタルが声を上げた。

 

 

デジ「あっ、そう言えばブルボンさん」

 

 

ブルボン「?なんでしょう、デジタルさん」

 

 

デジ「控え室でライスさんに何か渡してましたけど、何を渡したんです?」

 

 

 そう言われてみると、確かにそんな記憶がある。皆がそれぞれ、レースが始まるまでの間の心の準備をしている時、彼女はライスと何かを話し、何かを渡していた。

 皆の視線が彼女に集まる中、ミホノブルボンはその口元に笑みを浮かべ、静かに瞳を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「彼女が全力で走れる、おまじないです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック(.........)

 

 

 春の風が一陣、私達を追い越すような形で、先にレース場を走っていきます。長い髪と共に、駆け出したくなる気持ちが湧いてきますが、今はまだゲート入り前。その時ではありません。

 ゆっくりと呼吸を整え、ゲートに入ろうとします。私の枠番は4番。順当に行けば内側を走り、レースを制すことが出来る得意な出走枠です。

 しかし、私は2番の出走枠に入っていく彼女を見て、息を飲みました。その理由は二つ。

 一つは、彼女の気迫。このレースに全てを賭けていると言っても過言では無い程の熱量が、彼女から感じ取れました。

 そしてもう一つは.........

 

 

マック(っ.........考えましたわね、ブルボンさん.........!)

 

 

ライス「すぅ.........ふぅぅ.........!」

 

 

 ゆっくり吐息を整え、ゲートの中へと入っていく彼女の耳に着いている髪飾り。それはいつもの薔薇の花飾りと、チーム[レグルス]の証である王冠。

 ですが、それは一つではありません。彼女が今付けている王冠は[二つ]。今の彼女の身体には、彼女自身の意思と、ブルボンさんの願いが宿っています。

 

 

マック(.........では、私もそろそろ―――)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『待ちなさい』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「っ.........!!?」

 

 

 突然聞こえてきた制止の声。まるで、私の傍に居て声を掛けてきたかのような鮮明さが、恐怖と混乱を私の中で生み出しました。

 しかし、既にゲート入りしていないのは私だけ。誰かに声を掛けられるなんて、そんな事はありません。だけど、それは実際に起こっている.........

 私の身体は、前へ進もうとする意志とは裏腹に、まるで石のように硬くなって動く事も出来ませんでした。

 

 

『力を貸してあげる』

 

 

マック(!貴方.........あの時の.........!!!)

 

 

 再び聞こえてきたそれは、どこかで聞いた覚えのある声。そしてそれがどこで聞いたものなのか、今ようやく気が付くことが出来ました。

 それは、テイオーと苛烈を極めた去年の天皇賞。私に何故走るのか?という事を問いかけてきた声そのものでした。

 

 

『相手が二人なら、こっちも二人。その方がフェアでしょう?』

 

 

マック(.........)

 

 

 その声は優しく、私を諭すように静かに語りかけてきます。そしてそれはある意味、理にかなっている。

 確かに、私は彼と、一心同体の関係を築き上げ、それを走りに還元してきました。それは今でも変わりません。

 しかし、相手は走る者の心を二つも持ち合わせている.........分が悪い、とは言いませんが、強さはもしかしたら、あちらの方が上かも知れません。

 

 

『.........決まりね。だったら早いところ貴女の共振を(勝手に.........!!!)―――?』

 

 

マック(決めないでッッ!!!)グイッ!!!

 

 

『なっ.........!!?』

 

 

 硬直する身体を無理やり動かし、現世から意識が離れかけている所を、しっぽを無理やり引く事で意識を集中させます。尾の付け根がギチギチと音を出してしまう程の力で引っ張っている為、痛みも伴っています。

 でも.........それでも.........!!!

 

 

マック(この勝負は!!!私の勝ち負けの問題だけじゃないの!!!これは、彼女の問題を解決する為のレース!!!)

 

 

マック(どこの誰だか知らないけど!!!私のやり方に口出ししないで!!!)

 

 

『.........』

 

 

 わがままなのは百も承知。けれどここで自分を押し通せない者が、チームのエースを名乗る事など出来はしません。

 そして何より.........私のこの身体に、誰とも知らない心を共存させる程、私はお人好しでは無い。この身体には、私の心と彼の思いがあるだけで、今は十分なのです。

 そうしてしっぽがそろそろ限界を迎えそうになった時、ようやく身体が前へと歩き出し、ゲートの中へと入って行ってくれました。

 

 

ライス「.........?マックイーンさん?大丈夫.........?」

 

 

マック「!.........ええ、心配は要りません。遠慮なく全力でお願いしますわね、ライスさん」

 

 

 乱れた息を整えぬまま、彼女に対して笑顔を向けます。あの声は既に、私から離れて行ったのかすっかり息を潜めてしまいました。

 これでようやく、レースに集中できます.........!

 

 

 

 

 

ライス(.........凄い声援、ここからでも、分かっちゃう)

 

 

 ゲートに入りながら、ライスのお耳に入ってくる音に意識を傾ける。これから始まるレースにみんな、ううん.........これからマックイーンさんが三連覇するかもしれないレースに、期待してる。

 

 

ライス(きっと、ライスが勝ったらみんな、がっかりしちゃうよね.........)

 

 

ライス(.........だけど)

 

 

 悲しい気持ちが、胸の中でじわりと溢れ出した。けれど、それを塗り潰すように、レースに対する闘志が、そして、マックイーンさんに対する憧れと尊敬が、上から包み込んでくれる。

 .........ブルボンさんも、いつもこんな感じだったのかな.........?

 

 

ライス(.........勝つよ。ライス、絶対に勝ちたい)

 

 

ライス(ブルボンさんが負けたのが、こんな弱いライスだったなんて、みんなに見せたくない.........!!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「春の[天皇賞]、3200m先の栄光を目指して―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――今、スタートしましたっ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

沖野「っ、始まったぞ」

 

 

ニコロ「.........」

 

 

 ゲートが開いた。群れを生したウマ娘達の重々しい足音が、まるでオーケストラのようにしっかりと聞こえてくる。

 その中に二人、この日の為に日夜トレーニングを積んできた姿を間近で見てきた二人が居る。

 

 

桜木(.........苦しいな)

 

 

 夢を追う、その行為は決して、悪い事では無い。だが、その夢を追う者が多かった時、大抵の場合のそれは、早い者勝ちだ。その世界は、この世で一番厳しい世界だと俺は知っている。

 その世界で、彼女達は走っている。大人顔負けの気迫と根性で、今ようやく、あと3200mという所まで差し迫っている。

 そう思うと無性に.........堪らなくなる。

 

 

ティタ「.........辛い?」

 

 

桜木「.........ええ、俺が言うのも変ですけど。辛いですよ.........」

 

 

トマト「.........良いんじゃねぇか、それで」

 

 

 大人二人にそう助言され、少しだけ気持ちが楽になる。本当、ここぞと言う所で俺は弱い。

 だが、怖気付いてばかりじゃ居られない。今はもう、彼女達が走っている。その姿を見逃さないよう、俺は全神経を目に集中させ、その行く末を見届けようとする。

 

 

ブルボン「正面に来ます.........!」

 

 

ウララ「ライスちゃーん!!マックイーンちゃーん!!どっちもがんばれー!!」

 

 

タキオン「さて、今回は何が起きるのか.........」

 

 

 正面へと回ってくるウマ娘達、その足音は音楽から地響きへと変貌を遂げ、その力強さに興奮と恐怖を感じてしまう。

 それでも、俺の目はそこから目を離すことは無かった。その力強さに、ある種の憧れを抱いているからだろうか?それとも、自分の知っている彼女達がそこに居るからだろうか?そんな事は、定かでは無い。

 ただ分かっていることは、ここから先、ノンストップでクライマックスまで下り坂という事だ。止まることはありはしない。彼女達がそのスピードを落とす時はもう、すべてが終わったあとだ。

 

 

桜木(俺はダメな男で、弱い人間だ)

 

 

桜木(それでも、こんな俺にも、君達のトレーナーである資格を持ち合わせていると言ってくれるのなら.........!)

 

 

桜木(せめて.........見届けさせてくれ.........!!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突き抜ける風のように走り行く。そのスピードに身を任せつつ、今この現状をどう打開してみせるかを、私は考えていました。

 

 

マック(位置は4番手、いつも通りなら順調と言っても良い位置.........ですが)

 

 

 後ろから聞こえてくる息遣い。この春の天皇賞に至るまで、何度も聞き続けてきたそれを、聞き間違えるはずはありません。

 彼女、ライスシャワーが後方にピッタリとくっついている。こんな激しいレースだと言うのに、それがハッキリと感じ取れてしまうほど、彼女の気迫は凄まじい物でした。

 

 

マック(.........ホント、下手したら声まで)

 

 

『凄いなぁ、マックイーンさん.........』

 

 

マック(え.........?)

 

 

 [共振]が発動している!!

 

 

『けど、ライスだって負けたくない.........!』

 

 

『勝つんだ!!ブルボンさんと一緒に!!!』

 

 

 彼女の声に一層力が込められたその時、私の本能が警告音を最大限にして危険を知らせてきます。

 彼女の声が何故聞こえてくるのか、その理由は定かではありません。しかし、不思議と彼と共に居る時の感覚と似たような物を感じ取れます。

 

 

マック(.........っ、あれを引き離して勝つには、相当無理をしなければなりませんね.........)

 

 

『だから言ったでしょう?』

 

 

 レースの熱気で発生している汗とは違う、若干心地良くない汗を拭うと、またあの声が聞こえてきます。

 次第に周りの方々のスピードは緩やかに、そして景色は灰色へと移り変わり、意識はやがて、現実世界から離れて行きます。

 

 

『まぁ、貴女が頑固でわがままなのは知ってるけど』

 

 

マック「ここは.........あの時の」

 

 

 先程から、理解が追い付けないほどに状況が二転三転して行きます。今私が居るのは、どこかの庭園。しっかりと手入れされた木や植物の中で、一つポツンとティーテーブルが置かれています。

 そして、そこには一人。いいえ、[人]、と言ってもいいのか分からないほど、姿がハッキリとしない存在が、そのテーブルに接している椅子の上に居ます。

 

 

『ねぇ、本当に貸さなくていいの?』

 

 

マック「.........先程も言ったはずです。これは、単に栄光を掴むためだけのレースではないと」

 

 

『.........まぁいいわ、[あと数えるくらい]だけど、チャンスはあるしね』

 

 

 そう言って、その存在は姿を消そうとし、この空間はガラスのようにどんどんヒビが入って行きます。

 けれどそれでは、まるでこの人の思う通りに事が進んでいるようで、あまりいい気分ではありません。そう思った私は、それに問いかけました。

 

 

マック「聞きたいことがあります。なぜ、あの時私を諦めさせようとした貴方が、こんなことを?貴方は一体.........?」

 

 

『.........そうね。それを聞く権利が貴女にはあるわ』

 

 

 そう言って、消えかけていたそれは再び確かな陽炎として姿を表し、徐々に私の方へと近付いてきます。

 .........おかしいです。私はこういう、その、ホラーは苦手なのですが、不思議と恐怖を感じる事がありません。

 それが目の前まで近づいてきても、私は動揺すらせず、逆に安心して、その存在の次の行動を見守っていました。

 

 

『.........火をつけられたから』

 

 

マック「火を.........?」

 

 

『私は貴方を知っている。春も夏も秋も冬も超え、雨も風も雲も闇も超えて走ってきた貴女を知っている』

 

 

 それは優しく私に話しました。まるで、おばあ様が思い出話をしてくれるような声で、私にそう言います。

 じわり、と。胸の奥で溢れる感情と思い出が、この空間のヒビに映し出されます。彼との思い出、チームとの思い出、思い出したくない物、忘れていた物まで、ありとあらゆる記憶がこの空間に散りばめられていました。

 

 

『.........[奇跡]だって超えてくれるんでしょう?』

 

 

マック「.........はい」

 

 

『だったら、痛みも苦しみも悲しみも絶望も、きっと超えてくれる』

 

 

 そう言って、その陽炎はふわりふわりと不規則に揺れていたのが、強さを増し始めていました。

 そろそろ消えてしまう。けれど、まだ肝心な事を聞けていません。

 

 

マック「待ってください!!貴方は一体.........誰なんですか!!?」

 

 

『.........んー。それを話すのは簡単だけど、ある程度のミステリーは物語に必要不可欠よね?』

 

 

 そう言うとその陽炎は、その揺らぎを落ち着かせました。ですが、先程よりも揺らぎが収まったそれは、 若干ではありますが、その姿を見せてくれます。

 それは、女性でした。顔や体型は分かりません。ですが、動きの仕草や、鮮明になってくる声からそれが分かりました。

 そして、陽炎。彼女は人差し指を私にはまだ見えない口元に当て、こう言いました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ミスターM、というのはどうかしら?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「先頭はメジロマックイーン!最終コーナーを回って最後の直線に入ってきました!」

 

 

 始まるまでが長かったこのレース。始まってしまえば、息もつく間も無く終わってしまう。拳を握り、その行く末を見届ける為に、俺は息を飲んだ。

 

 

桜木「.........っ」

 

 

ゴルシ「.........おっちゃん」

 

 

桜木「大丈夫だ.........俺は、大丈夫」

 

 

 何が大丈夫、だ。大丈夫なものか。本当にそうならそういう奴はそんな事言わないんだよ。こんなの、ただの自己催眠以下の紛い物の呪文だ。

 それでも、俺はそれに頼るしかない。例えどちらかがここで負けてしまったとしても、俺は彼女を支えるし、ライスを支える。

 .........俺が支えなきゃ、ダメなんだ。

 

 

タキオン「っ!ライスくんがマックイーンくんを抜かしたぞ!!! 」

 

 

桜木「!マックイーン.........!」

 

 

 時が止まって欲しい。もし仮に止まったとして、何をするかと言われれば何もしない事になると思うが、俺は心底そう思った。そう、思ってしまった。

 俺はトレーナー失格だ。どちらかが勝つしかない舞台で、俺は.........どっちもを応援できるほど、器用じゃない.........だから今の俺は、どっちも応援できない、ただの中途半端野郎に成り下がっていた。

 それでも、時は無常に進んで行く。例え後悔があろうと、例えやり残しを思い出したとしても、それは慈悲深く、明日を先延ばしにはしてくれない。

 だから.........結末は、変えられない結末はいつだって、訪れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ライスシャワー1着でゴールインッ!メジロマックイーンは2着!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 春の風が吹くレース場。最早春の顔となったマックイーンを押し退け、勝利という桜を花開かせたのは、ライスシャワーであった。

 そんな彼女達の走る姿に、文句は何も無い。今までの事と、このレースに、やり残した事や思い残した事は無い。

 

 

テイオー「マックイーン.........」

 

 

ティタ「.........良く頑張りましたね。マックイーン」

 

 

マック「ハァ......ハァ.........」

 

 

 息も整えぬまま、こちらの方を見上げるマックイーン。それに応える様に、俺は微笑んだ。自然と、微笑むことが出来た。

 

 

 だが、会場は激烈したレースとは裏腹に、シンと静まり返っていた。それに気付いたのは、1着でゴールを踏んだライスの姿を見てからだった。

 不安そうにしている、ある筈の歓声が無い。それに気付いた時、俺はやはりと、顔も見た事もない人達に掛けた身勝手な期待を失望へと変えた。

 

 

桜木(.........ダメ、なのか)

 

 

桜木(なんでだ.........?一生懸命、走ったじゃないか.........!!!)

 

 

 鉄柵を握る手に力が篭もる。こんなの彼女の為に勇気を出したマックイーンが、バカみたいじゃないか.........!!!

 人々の様子を見るライスの表情は、だんだんと曇っていく。そしてついにその顔を俯かせてしまった。

 .........どうすれば、良かったんだ。俺はあと何をすれば、彼女が悪者にならずに済んだんだ.........!

 

 

ゴルシ「.........おっちゃん、声出すぞ」

 

 

桜木「?.........ゴールドシップ?」

 

 

 困惑する俺の隣に立ち、その両手で体を支えるようにゴールドシップもその鉄柵を掴み、大きく息を吸い込んだ。

 彼女がする何かに察しが着くのと同時に、声が上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ライスゥゥゥゥゥ!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「.........!!!??」

 

 

ゴルシ「.........は?」

 

 

 その声は、ゴールドシップの物では無かった。思わず振り返ってみると、それは、名も知らない誰かだった。

 まさか.........いや、でも。そんな反語と肯定を繰り返す思考なんてしている間に、どんどんと声は響き始める。

 

 

「凄かったぞぉぉぉ!!!」

 

 

「さっすがブルボンを倒したウマ娘!!!マックイーンにも勝つんじゃないかと思ってたんだぁぁぁ!!!」

 

 

「マックイーンも他の子も良かったよぉぉぉ!!!」

 

 

 それは、一人の声じゃなかった。一人が声を上げれば、老若男女区別もつかない程の声が、この会場中から飛び出して居た。

 

 

桜木「.........なんで......?」

 

 

「.........貴方があの時言ったからですよ」

 

 

桜木「え.........?」

 

 

 俺の呟いた言葉が届いたのか、顔も、名前も知らない隣にいた女性が話しかけて来る。その表情はじっ、と。ライス達の方へ向けられながら、彼女は言葉を紡いだ。

 

 

「.........私達も、子供に胸を張って居たいですから」

 

 

桜木「.........あっ」

 

 

(子供に胸張ってその姿見せられんのかよッッッ!!!!!)

 

 

 あの日、俺が堪らず挙げた声。その声が、そんな、一人のちっぽけな男の声が、こんなに多くの人に届いたと言うのか.........?

 俺は、もう一度彼女達の方を見た。視界に何かフィルターが掛かっているのか、ライスとマックイーンが握手している所が、鮮明に見えない。

 

 

桜木(.........なぁ、ライス)

 

 

桜木(人って、変わるんだなぁ.........)

 

 

桜木(変われるん、だなぁ.........!!!)

 

 

 その日、少女は変わった。夢に憧れ、夢に怯えていた彼女はもう居ない。夢に触れ、夢を掴んだ少女はもう、それに怯えはしない。

 そして、変わったのは少女だけではなかった。少なくとも、今このレース場に居る大人達は、あの日から変わった.........

 変わって.........!くれたんだ.........!!!

 

 

桜木「ライスゥゥゥ!!!マックイーンンン!!!」

 

 

二人「!」

 

 

桜木「.........本当にっ、本当に!!!ありがとぉぉぉぉぉ!!!!!」

 

 

 歪む視界を腕で擦り、二人に向けて大きく手を振った。二人はそんな俺の姿を見て、顔を見合せて笑ってから、最高の笑顔で手を振り返してくれたのだった.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「.........」

 

 

 冷たい風が肌を撫でる学園のトレーニングコース。春と言ってもやはり夜は、まだ冬らしい寒さが残っています。

 三度目の春の天皇賞。勝てば三連覇という、未だ誰も成し遂げたことのない快挙を遮られ、走ってきた意味も無くなったと言うのに、不思議と悲しい気持ちはありませんでした。

 

 

『考え事かしら?』

 

 

マック「.........急に現れますのね」

 

 

『そういう存在だから仕方ないわ。風邪引いちゃうわよ?』

 

 

 不意に聞こえてくる声に、視線を向けます。やはりそこには、人の形は無く、空間が揺れ動いている事しか確認出来ません。

 私は一息、空気を吐き出しました。胸の内のもやもやを吐き出す為に、それに、決別する為に。

 

 

『それにパーティもまだ終わってないじゃない』

 

 

マック「.........良いんです。今は、一人で居たい気分ですから」

 

 

 春の夜風が吹く、トレーニングコースのターフの上。見上げた空の天井には、まるで宝石の様な輝きを放つ星々が、その光を地上に送っています。

 その光を感じながら、私は一人。感傷に浸っていました。

 

 

マック(強くなりましたね.........ライスさん)

 

 

ライス『ら、ライスね?新しい夢が出来たんだ.........!』

 

 

 思い起こされるのは、パーティグッズを身にまとわされたライスさんの、少し困ったような笑顔。三角帽子とたすき、そして鼻眼鏡が、その場の雰囲気を楽しい物だと教えてくれます。

 

 

ライス『.........今日のレースで、ライス。変われたと思うの。だから、変わる為に走るのは、今日でおしまい!』

 

 

ライス『ライスは今度から.........皆と走る為に頑張る!!』

 

 

 強い決心。そして、素敵な笑顔の表情で、彼女は私達に向けてそう言ってくれました。

 そしてそれが、彼女なりの感謝なのだと伝わったのです。

 きっと、彼女の思い描く夢の中では、ブルボンさんや私が居て、タキオンさんにウララさん。果てには、チームマネージャーであるデジタルさんも.........同じコース上に居て、楽しく走っているのでしょう。

 

 

『.........羨ましい?』

 

 

マック「ええ、ほんの.........ちょこっとだけ」

 

 

マック「[走る理由]は、前回の天皇賞で見つけました。けれど.........それはやはり、楽しむには少し、重いんです」

 

 

 私が今、何の為に走っているのか。それは、トレーナーさん。彼の隣に居る為です。

 今の私は.........もう、メジロの誇りや使命では、到底走れない身体にされてしまっています。

 自然体で走る。自然体で動く。まるで、そんな身体に引き寄せられるように、心も自然で居ようとしている。だから、果たしてしまった使命や、後から自分で付け足した程度の誇りなどでは、この身体は動いてくれないのです。

 .........けれど、その[走る理由]は楽しむ為の物ではありません。私が[居たい場所]に居ることを、私自身が許す為に、今は走っている。

 

 

『.........強がらなくたっていいのに』

 

 

マック「なんとでも言ってください。こう見えても不器用ですから」フンス

 

 

『威張る所じゃないんじゃ.........?』

 

 

マック「.........?」

 

 

 その陽炎は言葉を最後まで言い切ることはありませんでした。何かを見つけた様子を見せた後、彼女.........いえ、ミスターと言っていたのだから彼.........?は、また唐突に、その姿を消しました。

 それがどこを見て、何を見たのかは定かではありません。ですから、その何かを探す為に振り返ってみると、直ぐにその答えは分かってしまいました。

 

 

桜木「よう」

 

 

マック「.........結局アレも、野次ウマと同じなのですね」ハァ

 

 

桜木「え?」

 

 

マック「!いえっ!こ、こっちの話ですわ!!」アワアワ

 

 

 そうでした。普通に話しておりましたが、アレは正体不明の人物M.........あの様子では絶対私以外認識出来ない存在なのでしょう。

 うぅ.........話したい、話して楽になりたい気持ちが沢山なのに.........彼は私以上にホラーや怖いのが苦手.........話してしまえば、きっと気絶すること間違いなしですわ.........

 彼を視線から外し、俯き気味にそう思考を張り巡らせていますと、彼は私の隣まで歩いて来ました。

 

 

桜木「.........凄かったな、ライス」

 

 

マック「.........ええ、ライブも。素晴らしい物でした」

 

 

 私の隣で腰を下ろしたトレーナーさん、そんな彼の姿を見て、私もその隣で、腰を下ろします。

 レースでの彼女も、確かに凄かったです。ですが、ウイニングライブはそれ以上でした。

 彼女の変化を肌で感じた事もそうでしたが.........一番驚いたのは、観客の皆さんの、人々の変わった姿.........

 

 

マック「上位入賞者のライブの時は、誰が一着を取ったのか分かりませんでしたわ」

 

 

桜木「まぁ、あんだけ横断幕乱立してたら、自分が一着取ったんじゃないかって勘違いしちゃうよな!」

 

 

 あの時私は、ライブをしながら、静かに驚いていました。どこもかしこも、それぞれが応援していたウマ娘の名前を横断幕に付け、その子に対してエールを送っており.........ライブ中、堪らず泣き出してしまう子もおりました。

 .........今までだったら、こんな事はありませんでした。皆、誰が勝っても負けても、勝った子を讃え、負けた子を励ますスタンス。でもあの時は.........誰が勝っても負けても、皆を讃える様子が、舞台に立つ短い時間の中で感じ取れたのです。

 

 

マック「ライスさんのソロは皆さん、横断幕を急いで修正してましたわね」

 

 

桜木「.........ああ、俺も驚いたよ」

 

 

 私が出演するライブが終わった後、舞台の袖からちらりと客席側を見た時、一生懸命横断幕を裁縫している方の姿が見えました。

 ライスさんはライブの最中、その目に涙を貯めつつも、声を所々震わせつつも、しっかりと歌い切って帰ってきました。

 .........袖に帰ってきた途端、その涙が決壊してしまったのです。

 

 

ライス『うぅっ......ぅあっ』

 

 

マック『ライスさん!!?い、一体何が.........』

 

 

ライス『お客さんが.........勝ててよかったねって.........!おめでとうって.........!!!』

 

 

 震えていた足は限界を迎え、ライスさんはその場で膝から崩れ落ちました。それを支える様に、私と、この天皇賞に参加したウマ娘達が駆け寄ると、彼女は私の勝負服を掴み、わんわんと泣き出してしまいました。

 それはもう、舞台の上では無いと言うのに、ウイニングライブを聞きに来た観客の方々にも聞こえてしまう程の大きい声で.........彼女は、何かに解放されたように、泣いてくれたのです。

 

 

桜木「.........そうだったんだ」

 

 

マック「ええ.........あの勝負服にシワは残ってしまいますが、暫くそのままにしておこうと思っています」

 

 

 あのシワは、彼女が[悪夢]から解放され、ようやくその道を歩き出せた証拠でもあります。だからそれを残すのに、悪い気はしません。

 逆に、あれをなくしてしまうことに、後ろめたさを感じてしまうというのは.........悪い事では無いと思います。

 今回のレースは、本番もライブも、私では無く彼女が主役。そう言われても文句の一つも出ない程、彼女の大事な物語だと思っています。

 .........だから、このもやもやとも早々に決着をつけるべきです。私は隣に座る彼を後目に一人、立ち上がりました。

 

 

マック「さぁ!そろそろ戻りましょう?春とはいえ、夜はまだ寒いですし。風邪を引いてしまいますわ」

 

 

桜木「.........聞こえてたんだ。ライスの泣き声」

 

 

マック「はい.........?」

 

 

桜木「ライブが終わってさ。皆後は帰るだけなのに、その声を聞いて暫く、泣いてた」

 

 

 彼は、私の差し出した手を見る事はせず、夜空に広がる星を見上げて言いました。ですがまだ、彼が何を考えているのか、私は分かりません。

 それでも、彼はお構い無しに話を続けます。

 

 

桜木「.........皆、泣いてた」

 

 

桜木「変わったのは、あの子だけじゃない。あの子の周りも、あの子の世界も、変わる事が出来たんだ」

 

 

マック「.........」

 

 

 彼はそう言って、ようやく私の手を取り、立ち上がってくれました。ですが、その目はもう星空ではなく、私の顔をしっかりと捉え、静かに立ち上がりました。

 

 

桜木「.........なぁ、マックイーン?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「格好付けなくても、良いんだぞ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「.........!」

 

 

 彼の、優しい声。彼の、優しい表情。その姿を見ると、いつも、頑張れなくなります。自分に.........嘘が付けなくなってしまいます。

 

 

マック「.........本音を、少し漏らしてもよろしいでしょうか.........?」

 

 

桜木「.........良いよ。全部吐き出しちゃっても」

 

 

マック「.........勝ちたかった」

 

 

マック「勝って.........三連覇を、皆さんにあげたかった.........!!!」ジワ...

 

 

 皆さんに、三連覇を.........今日来てくださった観客の方々の期待に、私のトレーニングを付き合ってくださったチームの皆さんの恩返しに、夢を探している、ライスさんの指標に.........

 そして、不甲斐ない始まり方をしてしまった私に、離れず着いてきて下さったトレーナーさんとの、歩いてきた道の証に.........!!!

 

 

マック「グス.........これでは負け惜しみみたいで.........格好悪いですね.........!」

 

 

桜木「ううん.........格好良かった」

 

 

桜木「.........頑張ったね。マックイーン」

 

 

 そう言って、彼はその手を広げてくださいました。彼なりの配慮なのでしょう.........いくら誰も居ないとはいえ、泣いている声を出すのは、恥ずかしいですから.........

 その彼の、拒む物も阻む物も無いその胸に、ゆっくりと頭を押し付けました。

 彼のその背中に、確かに彼の存在を確かめる様に、力を込めていきます。

 不意に、頭に彼の手が乗り、優しく撫でられていきます。その感触が何よりも私の心を落ち着かせて.........[仮面を外して]しまいます.........!

 

 

桜木「.........ありがとう」

 

 

マック「......うう......ううぅっ.........!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ううう......トレーナーさんっ!うあああ.........っ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜風が二人の身体を包み込む春。レースの結果は文句など無い、最高な物。

 それでも、と。自分の願望が叶わなかった思いをその涙に乗せ、私はただ。この二人ぼっちのターフの上で.........その涙ともやもやが枯れ切るまで、彼に甘えているのでした.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『.........羨ましいわね、本当』

 

 

 二人が抱き合う、星空の下。私は、メジロマックイーンと桜木玲皇の二人を見て、そう言葉を落とした。

 かつて、彼の様な存在が私に居たのか、そんな物は記憶には無く、記憶に無いということは、居なかったという事なので、それを本心から羨んだ。

 

 

『彼のような人が居たら、私は.........』

 

 

『.........ううん、過ぎた事だもの。配られた手牌でやり切るのが、生きる者の大原則』

 

 

 かつては、私も走る者として、その名を馳せていた。でもそれも今となっては、過去の産物でしかない。

 与えられた物を、ただただ享受し、そしてそれを上手く使おうとしただけの者の末路。それが私なのかもしれない。

 

 

『.........貴女は、超えて』

 

 

『春も夏も秋も冬も、雨も雲も風も闇も、痛みも苦しみも悲しみも絶望も.........』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『神も運命も希望も.........そして、奇跡だって超えて見なさい』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『私は、その先を.........確かめたい』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これは、一人の男と、一人のウマ娘が出会った事で生まれた物語。

 その男に火をつけられ、諦めた存在をもう一度、知らぬ間に立ち直されてしまった、一人の物語。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 [???]のヒントLVが1上がった!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

山あり谷ありウマ娘

第三部 夢探し人編 ―――完―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「.........」

 

 

 東に陽が沈むのを見た

 

 

桜木?「.........」

 

 

 蜂が青空を泳ぐのを見た

 

 

桜??「.........」

 

 

 空高くに木を見た

 

 

???「.........」

 

 

 海の中に虹を見た

 

 

??「.........」

 

 

 男は雨の中に一人で居た

 

 

?「.........」

 

 

 その心に、あの少女や彼は居ない

 

 

「.........はは」

 

 

 それは最早、自分でも誰かだなんて分からなくなっていた。

 

 

 男は笑った。乾いた笑い声だ。こんなに雨が降っていて、水分は十分なはずのに、男は乾き切っていた。

 

 

「あはは」

 

 

 雨が降る中、男は笑い続ける。[壊れた夢]に縋る様に、必死で自分の中をまさぐる。それでも壊れた夢は壊れたままで、男の視界は既に、全てから色を奪われ、全てが汚れ、全てにヒビが入っていた。

 

 

「あはははははははははは」

 

 

 男は笑うのを止めることが出来なかった。惨めな姿で、泥まみれの地面に膝を着き、その目に涙を貯めながらも、あげるのは泣き声ではなく、それでも笑い声だった。

 壊れた夢を抱え、悪夢を貪り尽くしながらも、男はそのまま立ち上がった。その姿に、覇気など無く、以前の様な真っ直ぐとした男は見られない。

 既に、涙を流して居ない筈なのに涙を枯らした男の足取りは、酷く愚直で、素直で、そして.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 全てが苦しそうに見えた.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 [夢への執着]が再び着いてしまった......

 

 

 [夢追い人]が消えてしまった......

 

 

 [夢守り人]が消えてしまった......

 

 

 [夢探し人]が消えてしまった......

 

 

 貴顕の使命を果たすべく

 LV6→0

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 [悪夢追い人]になってしまった......

 

 

 [悪夢守り人]になってしまった......

 

 

 [悪夢探し人]になってしまった......

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 [夢壊れ人]になってしまった.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 [強制共鳴]が発動している.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次回 山あり谷ありウマ娘

 

 

第四部 夢壊れ人編

 

 

coming soon.........



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第四部 夢壊れ人編
気づいたらトレーナーやってて五年も経ってた話


 

 

 

 

 

 春の天皇賞。マックイーンとライスの激突も終えた三日後。俺達は海外研修生としての役目を終え、祖国へと帰るニコロを見送りに来ていた。

 

 

ニコロ「.........世話になったな」

 

 

桜木「ああ、まぁ世話してやったのか世話になったのか分かんねぇけど.........楽しかったよ。お前の居た日常は」

 

 

 少ない荷物をトランクに詰め、空港のロビーでそう言うコイツに対して、俺は笑った。別れと言うのは、涙よりも笑顔の方が良い。

 既に、コイツが居る日常に、俺達は慣れてしまっている。それを表すかのように、ここに集まった面々は、寂しそうな表情をする。

 

 

マック「こう、なんと言いましょうか.........少し寂しくなりますわね.........」

 

 

ニコロ「なんだ、俺はこの男を殺そうとした奴だぞ?」

 

 

マック「立場、というものがあるでしょう?少なくとも、今の貴方は立派なトレーナー見習いさんですわ」

 

 

 ぐうの音も出ない。そのような反応をニコロが見せると、討論に勝ったというようにマックイーンは胸を張り、そっぽを向いた。

 やれやれ、という苦笑いをしつつも、俺はこの二人がもうそこまで仲良くなくはないという事は知っている。むしろ、俺が居ない時に良く話していると言うのは人伝で聞いている。まぁ、殆どがトレーニング関連の事務的な物だが、それでも信頼を寄せている証拠だ。

 

 

ブルボン「ステータス[寂しい]を確認。マスターが居なくなった時程ではありませんが、微弱なそれを感じます」

 

 

ウララ「また遊ぼうね!!ニコロさん!!」

 

 

ニコロ「え!!?い、いや違うぞ!!俺はリッティンだ!!!」

 

 

黒沼「.........なぜニコロなんだ?」

 

 

 ウララに勢いよく近づき、人差し指で静かにしろ、というサインをするニコロ。それに気付いたウララはその口を可愛らしく両手で塞いだ。

 だが、疑問に思った黒沼さんが俺に質問を投げかけてきた。う〜ん面倒臭い。これは適当に流そう。

 

 

桜木「ほら、コイツ笑顔下手くそじゃないっすか」

 

 

黒沼「ああ」

 

 

ニコロ「え」

 

 

桜木「ニコって呼べば上手になるかな?って過程を経て皆が呼びやすいようにニコロってなったんです」

 

 

黒沼「なるほど」

 

 

 この人は腑に落ちたのだろう。納得と感心した様子を見せている。一方のニコロはどうやら今まで上手く笑えてたと思っていたらしい。少しショックを受けている。安心しろ。ド下手だお前だ。

 そしてそれを聞いていた俺の親友達は大声で笑っている。「ざまぁw」とか「悔しいでしょうねぇw」とか「ねぇどんな気持ち?今どんな気持ち?w」とか言ってる。死にてぇのか?

 

 

沖野「まぁまぁ、そう言う経験が出来て良かったじゃねぇか。あっち行ってから気付くのとじゃ偉い違いだぞ?」

 

 

ニコロ「むっ、そ、そうか.........?」

 

 

東「そうそう。名は体を表すとも言うからな。これから笑顔が似合う男になるさ」

 

 

 渋々、と言った感じで何とか引き下がってくれた。沖野さんと東さんが居てくれて良かったな。居なきゃ今頃死んでたぞお前ら。

 

 

デジ「うぅ〜、あのエキセントリックな動きが出来る人がいなくなると、デジたんの創作の幅ガガガガガ」

 

 

タキオン「大人しく桜マクを描きたまえよデジタルくん」

 

 

黒津木「そうだそうだ!!!」

 

 

桜木「お前ら何言ってんの!!?」

 

 

 酷い爆弾投下を見た。まさかこんな所で投下されるとは思わなかった.........こんなの、彼女が聞いたら怒ること間違いなしだと言うのに.........

 そう思い、チラリと後ろを振り返り彼女の様子を見てみる。しかし、何の事か分かっていないのか、首を傾げて少し待ってから、俺の方へと近付いてきた。

 

 

マック「あの、さくまく.........?とは一体.........」

 

 

桜木「えっちな奴だよ」

 

 

マック「!!?だ、ダメです!!!学生の身分である者がそんなふしだらな!!!」

 

 

タキオン「まぁ良いでは無いかマックイーンくん♪」

 

 

桜木(コイツ.........否定をしねぇって事はマジでそういうの描かせるつもりだったんか?)

 

 

 目の前で暴走しかけているマックイーンにちょっかいを掛け遊んでいるタキオンを見て俺は心底震え上がった。これからの監視対象としてデジタルから目を離さないようにしなければならない。

 しかしこのDr.メガニ=ゴッテル。欲望に忠実と言うか、そう言う性的な物に関しての、なんかこう.........欲というか、アレな感じを感じ取れない。責めて感じてくれ。感じてないから楽しむ為だけにそれやってるんだろう?酷いやつだ。

 

 

ダスカ「う、嘘ですよね?タキオンさん?」

 

 

タキオン「.........あっはっはっ!勿論嘘さ!いやぁ〜マックイーンくんをからかうのは楽しいねぇ〜?」

 

 

マック「こ、この人は!!!一度お灸を据える必要がありますわ!!!」

 

 

桜木「だァァァやめろ!!!こんな場所でそんな事しちゃ行けない!!!」ダキィ!

 

 

マック「離して!!!チームのエースの威厳に関わる事よ!!!」ジタバタ!

 

 

 拳を振り上げているマックイーンを背後から慌てて羽交い締めする。こうでもしないとこの子本当にやっちゃうのよ.........最近ちょっとワガママになっちゃって.........

 じたばたと暴れるマックイーンの気が沈むのを待っていると、先程タキオンに失望し掛けていたスカーレットの肩に黒津木が手を置いた。

 

 

黒津木「見てごらん?アレが桜マクだよ?」

 

 

ダスカ「え、あれが?」

 

 

黒津木「えっちな物と、桜マク。どちらが、上かな?」

 

 

桜木「やめろォ!!!そのネタは今旬すぎてあぶねェ!!!」

 

 

ダスカ「.........桜マクね」

 

 

桜木「君熟考して答えそれなの!!?」

 

 

 顎に手を当て真剣に考えた末の結論。そういえば君、結構脳筋寄りの思考だったね.........すっかり忘れてた.........

 もう既に収集がつかなくなりつつあるこの現状。今日はお別れをしに来たというのに、既にそんな雰囲気は微塵も感じられない。

 

 

沖野「あぁぁぁぁ収集が付かん!!!白銀!!!お前止めろ!!!」

 

 

白銀「へぇ!!?白銀選手がここに居るんですか!!?」

 

 

全員「お前(貴方)だよ!!!」

 

 

白銀「はい止まった〜w俺様ってやっぱ.........罪?」

 

 

ゴルシ「何の罪だよ.........」

 

 

 バカのバカな発言で非常に、ひっっっじょ〜〜〜に、不本意ではあるが、何とかこの場は収まった。

 そんなバカの姿を見て自分達のやっている事がバカバカしくなったのか、バカな行為は皆止めてくれた。良かったバカな子じゃなくて。

 

 

ニコロ「.........では、そろそろ行くとしよう」

 

 

桜木「まぁ待てよ。ライス?」

 

 

ライス「うっ、あの.........えっと」モジモジ

 

 

 今までこの集団からちょっと外れた位置に居たライスを呼び寄せる。前々からニコロに伝えたい事があったらしいのだが、お互い忙しくて中々そんな機会に巡り会えなかったらしい。

 ここが最後のチャンス。俺は彼女が勇気を出せるよう、そっとその背中を押し、その後を見守った。

 

 

ニコロ「.........どうした?」

 

 

ライス「!」

 

 

 自分の前へと出てきたライスに視線を合わせるように、片膝を地面に着き、優しくそう問いかける。なんだ、結構良い笑顔出来んじゃねぇか。

 その問いかけに、ライスはドキッとした表情を見せ、可愛らしい顔に赤色をほんのり上乗せした後、勇気を出そうと拳を両手に作り、胸の位置まで待って行く。

 

 

ライス「あ、あのね?お礼。言いたくて.........」

 

 

ライス「ライス、ニコロさんのお陰で、あの時言ってくれた言葉のお陰で、変われたの」

 

 

ライス「辛い事も、あったけど.........変わって思ったんだ」

 

 

ライス「ライス、これからきっと、[良い人生]を送れるって!」

 

 

 嬉しそうに、そして楽しそうに、そう報告してみせるライス。それを聞いている奴の表情は、心地良さそうであった。

 でも、まだ肝心な部分を伝えられていない。彼女が本当に伝えたい部分は、他にある。

 大きく深呼吸をする音。それは彼女から発せられている。目の前でそんな事をされて、少々驚いているニコロではあるが、奴も俺達と同じく、彼女の事を見守っていた。

 

 

ライス「.........またね―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ニコロ.........お兄さま!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ニコロ「.........な、え?」

 

 

ライス「.........〜〜〜///」ササササ!

 

 

 勇気を出し、自分の思いを伝えたライス。突然の事で酷く狼狽えを見せるニコロの表情を見て、恥ずかしさがMAXになってしまったのだろう。彼女は先程よりも大変離れて行ってしまった。

 どういう事か、そういう視線を俺の方に送る。こう説明ばかりするのも疲れた。俺は白銀の方に向くよう親指で指し示す。

 

 

白銀「あん時言ったろ?[認めてやる]って」

 

 

神威「これで晴れて、お前もお兄さまブラザーズの仲間入りって訳だ」

 

 

黒津木「ようこそ、兄の世界へ」

 

 

桜木「そゆこと。バカンスには日本に来いよブラザー?可愛い妹が寂しがるからな」

 

 

ニコロ「.........フッ、検討しておこう」

 

 

 目を伏せて静かに笑う男。その男に釣られ、この場にいる全員が笑みを零す。そんな団欒する時間も、飛行機の機内へと案内を促すアナウンスが流れる事で、終わりを告げてしまう。

 奴は今度こそ、ここから.........日本からアメリカへと、帰ってしまう。

 

 

桜木「.........またな」

 

 

 その声に振り向くニコロに、人差し指と中指を伸ばして自分の額に着ける。俺の期待、俺の願い、俺の思いを渡すように、その指先を奴へと向けた。

 

 

ニコロ「.........次に会う時は、お互い同じ土俵に居よう。それまではこう呼ばせてもらう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「また会おう。[Mr.桜木]?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「.........はは、そういやぁ。そう呼べっつったっけな。デトロイトん時は」

 

 

 懐かしい記憶が掘り返される。あの時の若さが今頃になって恥ずかしさを帯びて帰ってくるのは、中々酷いトラップだ。人生、そんな罠だらけだ。

 けれど、それがいいのかも知れない。その方が良いのかも知れない。後から振り返っても恥ずかしくない人生なんざ、つまらない物だ。

 そう思っていると、今度は奴が俺のした事を真似るように、二本の指先を額に着けてから、俺たちにシュッと向ける。

 

 

ニコロ「.........じゃあな」

 

 

 その言葉を最後に、ニコロは空港のロビーを去っていった。

 春が終わりを告げ、夏に入るという季節の移り変わり。誰かと誰かの出会いを示唆する様に、俺達は、ニコロとしばしの別れをしたのであった.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「.........はぁ」

 

 

 桜が散り、完全に夏へとシフトして行く季節の流れ。そんな中で俺は一人、溜息を吐いた。

 外の空気は澄み切って居て、汗を流し青春を謳歌しつくそうとひた走るウマ娘達を見ながら、俺は何の気なしに溜息を吐いたのだ。

 

 

沖野「なんだ、悩み事か?」

 

 

桜木「ええ.........まぁ、そんなとこっすよ」

 

 

 桜を一足先に散らし切り、緑を付け始めた大木に背中を預け座り込む。沖野さんはそんな俺から離れる事はなく、その背中を大木に預けた。

 

 

桜木「知ってました.........?五年経てば、自動でベテラントレーナーになるシステム」

 

 

沖野「知ってたも何も.........入職式の時に聞かされたろ」

 

 

桜木「生憎、古賀さんに引っ張り回されてさぼりんりんのりんなんですよ」ヤレヤレ

 

 

 酷い話もあったものだ。そんなシステムの話など聞かされたことなんて無い。なんせ居なかったんだもの。改めて説明してくれるとかして欲しかったものだ。

 これでは、以前その話を蹴った俺がバカバカしいじゃないか。結局遅いか早いかの違いでしか無い。

 

 

沖野「おいおい.........そもそもだなぁ?この中央で五年もトレーナー出来る奴なんて本当にひと握りなんだぞ?」

 

 

桜木「そりゃ知ってますよ.........けど俺のは実力じゃなくて、マックイーンとか、他の子がいたから.........」

 

 

沖野「それだよ」

 

 

桜木「.........?」

 

 

 俺の声を遮り、何かを指摘してくる沖野さん。しかし、俺としてはそれを察する事が出来るほどの材料を持ち合わせていない。

 続きを喋ろうとしない沖野さんの顔を伺おうと見上げると、そんな俺の心の内を察したのか、彼は真剣な表情から次第に緩んでいき、溜息を吐いた。

 

 

沖野「お前さん、マックイーンがどうとか、他の子がどうとか言うがなぁ?才能を見つけて伸ばすっつうのも大変なんだよ」

 

 

沖野「勿論、才能があまりない子を育てるのも大変だが、それと同じくらい大変なんだ」

 

 

沖野「.........お前のチームメンバーは少なくとも、お前がトレーナーで良かったと思ってるよ」

 

 

桜木「.........そう、なんすかね」

 

 

 いまいち、そんな実感が湧いてこない。俺がトレーナーで良かっただなんて、俺自身はそう思えない。

 こんな男よりも、もっといい人格者はいる筈だ。遠目からマックイーン達が柔軟している姿を見て、心の底からそう思う。

 ここは、この場所は、この[トレセン学園]の[チーム スピカ:レグルス]は、俺の[居たい場所]だ。それを譲るつもりは毛頭ない。

 それでも、考えてしまう。それは俺のわがままで、彼女達にとって、いいトレーナーが絶対に他に居るはずなんだと。

 

 

桜木「.........俺、ここに居ても良いのかな」

 

 

沖野「.........良いに決まってんじゃねぇか、よっ!」ボカンッ!

 

 

桜木「いっっった!!!??」

 

 

 頭に鋭い衝撃が落ちた。それに数瞬遅れて、鈍い痛みがじわじわと広がって行く。ジンジンと痛む頭を押えつつ、俺は沖野さんの方を見た。

 そこには、珍しく本気で怒っている彼の顔と、痛そうに右手を振る姿があった。

 

 

沖野「あんましバカな事言ってっと、マックイーン呼ぶぞ」

 

 

桜木「.........うっ」

 

 

 痛い。それは非常に痛い提案だ。拳骨よりも痛い。あんな話彼女に聞かれた日には丸一日問い詰められる事になる。それだけは絶対に避けたい。

 .........みんな、優しい人達ばかりだ。ここに居ると、どうしても強くあろうとすることが出来なくなる。それに甘えたくなってしまう自分が居る。

 

 

沖野「お前がどう思おうが、俺達はお前を必要としているし、俺達がお前を遠ざける事は無い」

 

 

沖野「ただでさえこの前一人抜けちまったんだ。縁起でもねぇこと言うなよ」

 

 

桜木「.........うっす、肝に銘じておきます」

 

 

 全く、そう言って沖野さんはまた一つ溜息を吐き、話を終えた。俺もこれ以上、この話を広げるつもりは無い。

 正直に言ってしまえば、まだ迷っている。ここに留まっていて良いのか、どうしてそんな考えがいつも頭に過ぎるのか、俺には分からない。

 時折無性に、逃げ出したくなる時がある。衝動に駆られて、誰も知らない、誰も居ない所に隠れてしまいたい時がある。

 けれどそんな時はいつも、彼女達の.........マックイーン達の顔が思い浮かんで、衝動が収まってくれる。

 

 

桜木(辞めたい.........訳では無いんだけどなぁ)

 

 

「何の話してたんだ?」

 

 

桜木「俺がここに居ても良いのかって話ですよ〜」

 

 

沖野「.........あーあ」

 

 

桜木「.........?あっ」

 

 

 どこからとも無く聞こえてきた声に律儀に先程までの話をする。こう、考え事をしていると周りが見えなくなってしまうんだ。俺の昔からの弱点。直りようもない。

 そして、それを聞かれた相手は.........

 

 

ゴルシ「ふーん」

 

 

沖野「俺知〜らねっ!」ダッ!

 

 

桜木「あっ!!?ねぇちょっとぐぇ!!?」

 

 

 その場から走り去ろうとする沖野さんに手を伸ばした。それでは届きそうになかったので身体の体勢を変えてさらに伸ばす。あともう少し、そんな所で手の前進、そして身体の動きが止まる。止められる。

 

 

ゴルシ「どういうこったー?おっちゃん!」

 

 

桜木「ぐるじぃ.........ギブ、ギブ.........」パタパタ

 

 

 俺の首をその両腕で締め上げるゴールドシップ。俺はそれに抵抗するように彼女の腕にパタパタと手を当てる。

 意識が飛びそうになる寸前で、少しだけ力を緩められる。しかし、完全に解かれた訳ではなく、今も俺の身はこの人類にとって道具が無い状態では全く歯の立たない同じ知力を持った天敵、ウマ娘が拘束している。

 

 

ゴルシ「あっ!そっか!分かっちまったぞゴルシちゃん!!」

 

 

桜木「えっ」

 

 

ゴルシ「そうか.........おっちゃんも遂に、ゴルシップ海賊団の副船長兼ペットとして、アタシと長い、長〜い船旅をする覚悟が出来たんだなー.........!!!」

 

 

桜木「い、いや俺は遠慮―――」

 

 

ゴルシ「.........マックイーン!!さっきおっちゃんが」

 

 

桜木「あぁぁぁぁぁ!!!なぁぁぁんか急に!!?船旅したくなったんですけど!!?船旅する為に?電卓検定取りたくなったんですけど!!!」

 

 

 何とかマックイーンへ告げ口される事は避けれた。だが同時にエデンへと目指す船乗りの一行として正式にメンバー加入してしまった。

 大丈夫?それ、下手したら三十年くらい旅しない?後五年で終わる五年で終わるって言ってその後五年以上旅する奴じゃない?

 

 

桜木(ごめん、助けて誰か.........!!!)

 

 

 

 

 

『.........彼、大変そうだけど良いの?』

 

 

マック(え?ああ、いつもの事ですから.........)

 

 

 突然、また突拍子も無く声が聞こえてきました。その陽炎の言った[彼]、つまりトレーナーさんのことです。

 彼が先程まで居た大木の方を見てみると、ゴールドシップさんに捕まり、何やら騒いでいる様子が見て取れました。

 

 

『.........そういえばなんだけど』

 

 

マック(?)

 

 

『いつ告白するのよ?』

 

 

マック「!!?けほっ!けほっ!!!」

 

 

 予想だにしない言葉を受け、驚いた拍子に飲み込もうとした唾液が気管に詰まり、思わず咳き込んでしまいます。おばあちゃんですか私は。

 まさか.........いえ、あの日にもうコレは他の野次ウマと同じものだと悟ったのです。こう来る事はある意味予定調和.........

 

 

マック(い、良いですか?彼も私も、今はこの学園に属する、この学園の規律を重んじるべき人間なのです)

 

 

『別にいいじゃない』

 

 

マック(貴方.........)

 

 

『あらごめんなさい。こう見えても規律とはほぼ無縁の暮らしをしてきたものだから』

 

 

 おほほほ、とわざとらしい笑い声を上げて、この人は私を挑発してきます。我慢.........我慢よメジロマックイーン。最近あの人のせいか知らないけど、気性が荒立ちやすいんだから.........

 

 

『けど、最近行動に移せてないじゃない?』

 

 

マック(.........ええそうですねごめんなさいねヘタレで奥手で臆病で)ドヨ〜ン

 

 

『うわ、暗.........』

 

 

 心の中に重い何かを落とされたように、気分が落ちていきます。分かっています、分かっているんです.........彼から告白を待つ行為が、自分に自信が無いという事の証明だということは.........

 

 

マック(.........でも、でもでも!仕方ないじゃない!私だって女の子なんだもの!好きな人から告白くらいされたい!!!)

 

 

『じゃあそれっぽい雰囲気を作ってみるとか?』

 

 

マック(.........恥ずかしいわ///)

 

 

『全くこの子は.........』

 

 

 その存在は朧気で、とても姿など見えないような陽炎なのですが、何故か頭を抱えている姿を容易に想像できました。

 その陽炎の気配が完全に消え、この場には一人、筋力トレーニングをする私だけとなりました。

 

 

マック(.........あれから、もう五年も経ってしまうのね)

 

 

 先日の天皇賞。彼と出会い迎えた春は四回、彼と出会い過ごした春は五回目となります。

 彼の支えと、チームメイトの協力の日々。それは、私の心に、決して一人では、そして、決して二人では得られない特別な強さが宿っていると感じます。

 

 

マック(.........そういえば)

 

 

 ふと、春の季節となった今年のトレセン学園の出来事を思い出します。

 中等部だった私も、今年からは高等部。トレセン学園の進級制度は、取得単位によって決まります。去年の内に中等部で修める学業の単位を取得し終えた私は、今年から晴れて高等部.........

 それも感慨深い物を感じますが、それよりも大きな出来事がありました。それは.........

 

 

やよい『宣言ッ!二年後の一月よりっ、URAファイナルズの開催をここに決定するッッ!!!』

 

 

 テレビで大々的に、その私よりも幼い姿とは裏腹に、強かさと自信の大きさを見せてそう発表するトレセン学園の秋川やよい理事長の姿が思い起こされます。

 

 

マック(.........一体、どのようなレースになるかはまだ、予想も付かないけど)

 

 

マック(彼と一緒なら、何とかなりそうと思っちゃうのは、ちょっと傲慢よね)フフ

 

 

 二年後に始まるであろう、全コース、全距離を含めた、今まで歴史上見た事もない大規模なレース。トレセン学園の強者、まだ見ぬ中央外の猛者も来るかもしれません。

 だと言うのに、この心は今まで感じた事が無いほど弾んでしまいます。今の私が、一体どれほどの実力を持っているのかを試す、絶好の舞台です。

 

 

マック「.........よろしくお願いしますわね、トレーナーさん.........♪」

 

 

 そう、遠くでいつの間にか木に縛り付けられて居る彼に対して、私は小さく、誰にも聞こえないような声で、彼への期待を込めた言葉を零し、つい小さく笑ってしまうのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 真っ直ぐと続く学園の廊下。その足の行先は、いつも通りのチームルームを目指し、直進している。

 だがしかし、その足取りは決して軽い物では無い。いつもの様に、呑気にその部屋に顔を出し、彼と彼女をからかう様な暇は無い。

 どうしてこうなった。どうして、こうならざるを得なかった。そんな問いや疑問を必死に押し殺しながら、私はそこを目指していた。

 

 

タキオン(何故?どうして?今更そんなものを説いても無意味だ。こうなってしまった以上、受け入れるしかあるまいよ)

 

 

 ゆっくりと、それでも確かにその一歩を踏み出して行く。辿り着く先がいつまでも来ないで欲しいと言うのは、研究者として有るまじき思考だ。

 まさか、とは思っていた。有り得る話だとも知っていた。それでも今までそれを見て見ぬ振りをしてきたのは、あのチームが生み出す空間が、妙に心地良かったからだ。

 それでも.........彼に対しては、多大な恩を感じている。この私の出した結論を伝えないと言うのは、それを踏みにじる行為だ。

 瞳を閉じ、静かに呼吸を整える。目の前にある扉に手を掛ける。そう。手を掛けたんだ。

 

 

タキオン(.........今更、鍵が掛かってて欲しいだなんて、案外私も意気地無しのようだね)

 

 

 触れた瞬間、反射的に手を引っ込めてしまった。その理由を冷静に分析し、私はもう一度手を掛け、その扉を開ける。

 それは、いとも簡単に開いた。目の前に広がるのは、いつも通りの光景。資料に目を落とし、後ろのホワイトボードに磁石をウマ娘に例えたレースプランと睨めっこしている彼がそこには居た。

 

 

桜木「ん?おおタキオン!実は話があってな!」

 

 

タキオン「.........ああ」

 

 

 ココアシガレットを咥え、先程までの真剣な表情から、まるで子供のような無邪気な顔をこちらに向けてそういうトレーナーくん。そんな顔をされれば、この決意も鈍ってしまう。

 

 

桜木「いやぁ、楽々皐月賞を制しましたアグネスタキオンさん!」

 

 

タキオン「.........」

 

 

桜木「見事な走りでした!そこで私は考えた訳ですよ!」

 

 

タキオン「.........っ」

 

 

 そう言って、彼は大きな巻紙を持ち出し、テーブルの上へと広げた。そこには、彼の大きな文字で書かれている[日本ダービー制覇!]という物を見て、私は息が詰まった。

 

 

桜木「次のレースだけどさ、メンバー的には皐月賞とそんな変わりないし、基礎トレーニング積んでけば良いと思うんだよ」

 

 

タキオン「.........トレーナーくん」

 

 

 .........やめてくれ。

 

 

桜木「あいやでも、今回は確かあの娘も出るよな.........それだけじゃ足りないか?」

 

 

タキオン「トレーナーくん」

 

 

 やめてくれ。

 

 

桜木「まぁでも大丈夫だろ!!!だってお前は、超光速のプリンセスのアグネス―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「トレーナーくん!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 柄にもなく、声を荒らげた。普段しない事をしたせいか、その一回の声だけで、私の身体は体力を使い果たしたように疲れてしまう。

 彼の顔を見ることが出来ない。私は、彼が丹精込めて作り上げたその画用紙の計画表を上から見渡しながら、その心意を吐き捨てた。

 

 

タキオン「.........それは捨ててくれ」

 

 

桜木「.........え?」

 

 

タキオン「聞こえなかったのかい?[要らない]、と言ったんだよ」

 

 

 .........私はどうやら、期待を裏切るのが得意らしい。きっと彼は、私に全幅の期待を寄せていただろう。もしかしたら、三冠も取れるかも知れない.........と。

 それは、私も同じだ。出来ることなら、この足で、また柄にも無い事だが、歩いてきた道の証を残して見たかった。

 私は今まで、私の期待を裏切ってきたんだ。それが今度は私だけではなく、大勢になった。ただそれだけの事だ。

 

 

タキオン「私がここに来たのは、君に話があったからだ」

 

 

桜木「.........話って?」

 

 

 彼が静かに、それを催促する。言うつもりだ。ここに来て、それを言うつもりだったんだ。いつも通り、あっけらかんとした口調で、確定した未来を告げる為に来た。

 だと言うのに、私の行動はそれに矛盾している。机に置いた両手は画用紙を巻き込むように握り締め、口を開こうとしても、私の歯が、その唇を噛んで離さない。

 幾ばくかの静寂。安らぎの効果どころか、ストレスの要因の一つになっているこの静かな空気を終わらせる為に、私は口を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私はもう、引退しようと思う」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 白い棒菓子が、地面の上で跳ね返り、地面に落ちた事で発生した衝突のエネルギーをそのままに地面を転がって行く。

 そう、全ては、これと同じように当たり前の事だったんだ。最初から、決まっていた事だった。

 

 

 柄にも無く足掻いてきたこの数年間、春は出会いと別れの季節。私に訪れた春は、最初から対面していた真実との再会と、未だ未練を残している、競技シーンへの別れであった.........

 

 

 

 

 

 ......To be continued



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report『似た者同士』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『私はもう、引退しようと思う』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「.........」

 

 

 その声が、暗闇の中で反響する。どうしようにも、もう、どうにも出来ない。意識が眠りへと落ち、夢の中へと誘われても尚、あの声が強く反響する。

 何が出来た?何をしなかった?その二つを手探ろうにも、置いて行った物があまりにも多すぎる。年月というのは、残酷な物だ。

 彼女の足の事は、五年前から気が付いていた。そしてそれを逆手に取り、トウカイテイオーの足の対策をさせたのも、この俺だ。

 最早、知らなかったでは言い訳できない。分からなかったは通じない。彼女の優秀さに事胡座を掻き、何とかなると楽観していた俺が悪いのだ。

 

 

桜木(.........そうだ)

 

 

桜木(俺が生きてるのは.........夢じゃなくて、現実なんだ)

 

 

 再び視界が世界を掴もうとした時、目の前には広い草原が広がっていた。彼女と出会う日に見た、あの夢と同じ、幾度も見てきた草原。

 だが、そこにはもう風は吹かない。あの心を熱くさせ、次元を超えそうな燻りを見せてくれたあの風は、吹いてはくれない。

 

 

桜木(.........悪いなぁ、ウマ娘の女神様)

 

 

桜木(結局俺は、たった四度を終わらせちまった.........)

 

 

 あの日、アグネスタキオンが夢から風を連れて来た時、俺は強く思った。彼女が次元を跨いで連れて来たこの熱風を、決してたった四度で終わらせまいと.........

 目の前に広がる草原は、凄く優しくて、俺は拒絶する様にその目を閉じる。今、優しさなんかを感じても惨めになるだけだ。

 このまま目が覚めてくれれば、なんて言う淡い期待をしつつ、俺は.........このどうしようもない、無限に続くような[夢]の終わりを静かに願った。

 

 

 ―――その時だった。

 

 

桜木「.........!!!」

 

 

 背中に、風を感じた。あの時の熱風とは違う、優しくて、俺を包み込み、どこまでも連れて行ってくれそうな風が、俺の背中に当たっていた。

 目を見開き、俺はゆっくりと後ろを振り返ってみる。これが最近よく見る、俺を諦めさせようとしてくる声の主だったら、願ったり叶ったりだと、そう思いながら.........

 

 

『初めまして。[退屈しない貴方]』

 

 

桜木「.........誰だ、いや、この声......?」

 

 

『そっちは初めましてじゃないわ。二度目の春の天皇賞の時と、悪夢以来ね』

 

 

 それを聞いて、ようやく合点が行く。この声は確かに、マックイーンとテイオーが争った二度目の天皇賞。そして、俺がうなされていた悪夢を見ていた時に聞こえて来た声の主だ。

 目の前に居るのは、姿形はハッキリとはしない朧気な存在。夏に降る雪のような、とても不確かで、不安定な存在だ。

 この声は、よく聞くアレとは違う。目的が良く分からない。そのせいで、警戒心的にはあの諦めさせようとしてくる奴なんかよりよっぽど高くなってしまう。

 

 

桜木「何の用だ、笑いに来たのか?」

 

 

『あら、笑って欲しいの?残念だけど私を笑わせたいならちゃんとしたコメディを所望するわ』

 

 

桜木「あらそう、いつもだったら腹踊りしてあげられる位の余裕はあるんだけどな」

 

 

 売り言葉に買い言葉で、相手の話に乗る形でのらりくらりと会話を続ける。しかし、どうしたことだろう?最初は感じていた不信感やら警戒心やらが、既にだいぶ薄くなっている気がする.........?

 目の前でクスクスと笑っている様子を見せる陽炎だが、俺が見ている事に気付くと、咳払いをしてその様子を真面目に戻した。

 

 

『困ったわ。あの子と一緒に居るせいで貴方を良く思ってしまう』

 

 

桜木「え?」

 

 

『それは置いといて、どうかしら?貴方が[諦めない]のなら、アグネスタキオンを四度目の向こう側へご招待するのだけど?』

 

 

 それは.........願ってもない話だ。それに乗れるのなら、出来ればそうしたいのが俺の本音だ。

 だけど、俺はまだ、薄れたとは言っても警戒を止めている訳では無い。コイツの目的はまだ、図りきれていない。

 

 

桜木「.........何故?」

 

 

『んー、まぁそんな反応になるわよね。強いて言うなら.........』

 

 

『貴方に責任を取ってもらう為の、布石かしら?』

 

 

 責任。その言葉に、俺は首を傾げた。というのも、彼女に対して何かをした、という記憶がそもそも存在しないからだ。それは、何か行動した時に付随的に発生するもので、自然発生するものでは無い。

 そんな俺の様子など気に止める事など無く、彼女は話を続けた。

 

 

『彼女を止めるなら、貴方では無い者と話をさせた方が効果的よ』

 

 

桜木「.........どうして?」

 

 

『当事者より第三者の方が落ち着いて話が出来るからよ』

 

 

『自分が今焦っているのかだなんて、焦っている者と話しても気付かないじゃない?』

 

 

 確かに、彼女の言い分にも一理ある。だが、一体誰と、どのように話をさせればいいんだ.........?

 そう思い、その答えを聞こうとその存在にもう一度視線を送ると、俺の口先に何かが触れた。

 

 

桜木「ん.........!!?」

 

 

『ダーメ。これは私を楽しませてくれる物語なんだから、簡単に答えに辿り着こうとしないで』

 

 

 それは、人差し指だった。他人の指先が口先に触れるなんて機会はそうそう無いし、普通だったら、驚きの後に不安が出てくる物だ。

 けれど、俺はこの指先をどこかで知っている気がする。口先に触れた事までは無いながらも、この心地の良い、細く柔らかい指の感触を、俺は知っている。

 驚き戸惑っている俺に対し、その存在.........いや、指の感触からして、女性の物だった。だから敢えて彼女と呼ばせて頂こう。

 彼女はまた、クスクスと笑い、からかうように俺の頬を撫でてからその指先をまた、陽炎の様に揺らがせ、存在を不確かにさせた。

 

 

『けれど、ヒントも無いと諦めちゃうかもしれないから。一つだけあげる』

 

 

『彼女と同じような子が、近くに居るわ。その子に頼ってみたら?』

 

 

桜木「そ、その子って―――」

 

 

 そこまで言いかけて、彼女の陽炎が更に揺らぎを増していく.........?

 いや、違う。俺の視界そのものが大きく揺らぎ始めている。ゆらゆらとするのは、不思議と視界だけでは無い。彼女の声を遮るように、ジリジリとした音が鳴り響き始めた。

 

 

『あら、もう朝なのね.........さぁ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『夢を見たければ目を覚ましなさい?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「はぁ.........」

 

 

マック「.........」

 

 

 ここは、私達のチーム室。今日は休日という事もあり、朝から私はここに居ました。ええ。彼と共に一番乗りです。

 しかし、彼の様子がいつもとは違います。最近はライスさんの問題が解決した上、あのタキオンさんがなんと、皐月賞で一着を取ったのです。

 ブルボンさんの時も取ってはいたのですが、彼女はまだあの時、不安要素が大きく、菊花賞への懸念が大きくあった為、手放しで喜ぶという様子は見せませんでした.........ですが.........

 

 

桜木『タキオン鬼つえぇ!!!レース出る奴ら全員蹴散らして行こうぜッッ!!!』

 

 

マック(なんて言ってましたのに.........)

 

 

桜木「はぁ.........」

 

 

 既に、もう何度目かも分からない溜息が彼から聞こえてきます。普段であればその理由を聞いていたところなのですが、昨日の今日で落胆ぶりが激しいので、若干ひよっています。

 ですが、ここはチームのエースとして、彼の気を紛らわさなければ行けません。幸い今日の予定はほぼ白紙。彼に何か提案して、それを実行に移したとしても、何ら支障はありません。

 

 

マック「トレーナーさん?気分が優れないのでしたら、気分転換にどこかお出かけにでも.........」

 

 

桜木「ごめん、今日は人と会う予定があるんだ.........」

 

 

マック「そ、そうでしたか.........」

 

 

 ここに来てまさかの拒否。この展開は想像していませんでした。普段でしたら、予定と見合せて考える素振りくらい見せてくれますのに。今日は即答でした.........

 

 

『フラれたわね』

 

 

マック(事実を言わないでください。泣きますよ)

 

 

『えっ、ごめんなさい.........?』

 

 

 自分の内側から聞こえてくる声に脅しをかけます。いえ、脅しと言うより既に涙目なのですが.........兎に角、私は潤い表に出てくる涙を袖で拭いました。

 挫ける訳には行きません!私と共に歩んできた彼のピンチ(断定)ですもの!!私が何とか.........?

 

 

マック「.........あら?」

 

 

 先程まで目の前にいた筈のトレーナーさんが、何故か見えなくなっていました。も、もしや今までのは私のげ、幻覚.........!!?い、いくら彼の事が好きだからって、そんな.........

 

 

『.........さっき出ていったわよ』

 

 

マック「っ!なんでそれを早く言わないんですか!!!」

 

 

『だ、だってだって!!!泣いちゃうかと思って!!!』

 

 

マック「誰が泣くもんですかァ!!!これしきの事でェ!!!」

 

 

『アンタが言ったんでしょう!!?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 フラフラとした足取りで廊下を歩き、いつもより丸まっている背中からは、覇気を感じない。その確かな物を持っていない歩みのまま、目的地へと辿り着き、ドアをノックした。

 

 

「どちら様?」

 

 

桜木「.........俺」

 

 

「.........あいよ」ガチャッ

 

 

 そう言って、彼は図書室へと入って行かれました。今は休日の為、ここを利用するには予約をしなければ行けません。彼を招き入れたのは、ここの司書さんである、神威創先生でした。

 

 

『貴女は入らないの?』

 

 

マック「何の為に変装してきたと思ってるんですの?」キラーン

 

 

『言っとくけど一ミリも役に立ってないわよそれ』

 

 

マック「え」

 

 

 折角素敵な帽子とサングラスを持ってきましたのに.........意味が無いと言われたのなら外すしかありません.........

 ですが、変装を解いたからと言ってここに入る訳ではありません。私はそっと、中に居る人に気付かれないように動き、耳を当てました。

 

 

神威「.........んで、何の用?俺カフェのトレーニング作成で忙しいんだけど?」

 

 

カフェ「トレーナーさん......友達には......優しく来てあげてください.........」

 

 

神威「.........手短に言えよ」

 

 

 そこから聞こえてくるのは、司書さんとその担当のウマ娘である、マンハッタンカフェさんの声でした。どうやら、今日のトレーニングの予定を組み立てていた様です。

 椅子を引いて、座る音。恐らく私のトレーナーさんが座ったのでしょう。彼は声を出すこと無く、静寂を未だに保ったままです。

 

 

カフェ「.........コーヒー......淹れてきますね.........」

 

 

 突然の来客にも関わらず、カフェさんは優しい声でそう言い、椅子から立ち上がる音が聞こえてきました。それでもまだ、彼は話そうとはしません。

 ここに居ても、彼の心音がまるで聞こえてくるかのように、私の鼓動も、釣られるようにその速度をあげ、額に汗をかかせていきます。

 コーヒーの香りが、扉越しでも感じられる程度になってきた頃。彼はようやく、口を開いてくれました。

 

 

桜木「.........タキオンが―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――引退する」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「なっ、え.........?」

 

 

 彼の言葉を聞き、思考が停止しました。それは、私の心が理解を拒んだからです。

 しかし、人という生き物は知識や思考と寄り添い生きてきた存在。それはもはや、本能と言っても差し支えない程の行為。停止した回路が動き出す事なんて、明白でした。

 

 

『.........あっ!後ろ!!!』

 

 

マック「え?誰も居ませんけど.........ひゃあっ!!?」ドタン!

 

 

 謎の存在[ミスターM]に指摘され、後ろを振り返ってみます。今は思考する物が成り変わることに感謝を感じそれに従いましたが、私の目には何も映りません。

 そう、映らなかったにも関わらず、私の身体は図書室の方へと強く押され、最終的には扉を外しながら、図書室の中へと入ってきてしまいました。

 

 

桜木「えっ!!?マックイーン!!!大丈夫!!?」

 

 

マック「え、ええ.........」

 

 

『.........相変わらず暴れん坊ね』

 

 

カフェ「!.........ダメですよ......知らない人に迷惑を.........え?知ってる......人.........?」

 

 

 状況は既にカオス。混沌を極めつつあります。トレーナーさんは倒れた私を労わるように、倒れた部分を撫で、カフェさんは何故かどこか宙に向かって話し始め、司書さんはその様子を見て溜息を吐いていました。

 そんな状況ですが、確認しなければ行けない事があります。差し伸べられた彼の手を取り、何とか身体を立たせながら、問いかけます。

 

 

マック「.........先程の事、本当ですか.........?」

 

 

桜木「っ......聞いて、たのか.........?」

 

 

 どうやら、彼にとっては聞いていて欲しくない部分だったようで、その様子を酷く動揺させていました。本当だったら、聞かない事にしてあげていた方が、彼の心には安心が芽生えたかも知れません。

 けれどそれは、所詮一時しのぎの物。逃げてばかり居ては、真の安心など手に入れることなんて出来はしません。

 私はそう、何も言わないまでも、強い心を持って彼に視線を送っていました。彼は弱々しく視線を泳がせようとしましたが、次第に諦めて、情けない自分を笑うように笑を零しました。

 

 

桜木「.........本当だよ。笑っちまうよなぁ.........昨日まで、アイツは次も絶対勝てるだなんて、思ってたんだから」

 

 

桜木「.........人間って、永遠を信じてない癖に。ありもするかどうか分からない次を、どうしようもなく信じちまうんだな.........」

 

 

全員「.........」

 

 

 力なく笑う声が静かな図書室に空響く。彼はそのまま椅子に座り込み、その顔を両手で覆い隠しました。

 .........解決の糸口、だなんて、そんなもの思い付きません。アグネスタキオンさんを救う方法だなんて、ただのウマ娘である私には、どうすることも.........

 

 

マック「あの、カフェさんが話してみるのはどうでしょう.........?引き止める、類の.........」

 

 

カフェ「......きっと、無駄.........だと思います.........」

 

 

カフェ「あの人は理知的に見えて.........結構感情論を優先する.........節があるので.........」

 

 

 彼女は言いながら、何かを探すように持っているカップの中のコーヒーに、視線を落としました。

 理知的に見えて、感情的。言い得て妙だと思います。実際彼女とチームを組んでから、彼女の前評判から印象は正に、180度変わったと言っても過言ではありません。

 

 

神威「.........[見えないカウントダウン]、か」

 

 

桜木「はは.........見えてた方が、残酷だ」

 

 

 普段の彼が見せないような、疲れきった顔。それでも、彼は一つ打開策を見つけたのか、疲れながらもその顔を上げました。そこには生気は削られながらも、何かに気が付いた彼が居ました。

 

 

桜木「.........居たかもしれない」

 

 

全員「え?」

 

 

桜木「タキオンを引き留めることができる、一着よりも、走る事の方が大好きな娘が.........」

 

 

 そう言って、彼は深く思考を落としていきました。私達はそれを理解する手立てはありません。彼の回答を待つしか、それを知る方法は無いのです。

 .........ですが、何故でしょう?彼の考えがまるで、水面に波紋を作るように、私に徐々に伝わって来るのです。

 

 

マック(.........走ることが好きな、ウマ娘)

 

 

 一着に興味は無い。以前彼女はそう、気取った様子など一切見せず、当たり前のように言った事があります。最初の頃の印象だったら、なんて生意気でどうしようもない人なのだと、心の底から軽蔑していたでしょう。そしてそれが、実際多くの人の印象だったのです。

 でも、彼女と過ごす日々がそれを覆しました。ただ単に一着に興味が無いのではありません。[彼女が求める先]を追う副産物が、一着なだけなんです。誰も、料理を出された時にスプーンやフォークを愛でる人は居ないでしょう?

 一着に興味は無い。されどそれを追い求めずとも、そうなってしまう程に、目的への興味が高く、それは走る事で実現される。

 

 

マック(.........頭が痛くなってきたわ.........?)

 

 

 考えすぎで空回り始めた頭が、突然、なんの脈絡も無くあるウマ娘の姿を思い起こさせます。

 その方は、一着をたくさん取りたいと息巻いていますが、それは走る上での目標であり、走る事自体が、私が見てきた中で一番大好きだと言っても過言では無い方。

 走れと言われれば、それこそ学園の外まで出て行ってしまうほど、走る事が大好きな.........

 

 

マック「.........もしかして」

 

 

桜木「.........ああ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハルウララ(さん?)だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鳥のさえずりがまだ良く聞こえてくる早朝。私は必要な書類を手に持ち、呼び出された場所に向かって歩いている。

 先日のような、重々しさは無い。きっと吹っ切れたのだろう。我ながら、薄情者だと思ってしまう。

 

 

タキオン(.........自分で決めたんだ。これくらい潔さが無ければ、申し訳がたたない)

 

 

 宣言した者の心情が、それに反する態度を取った時、一番困るのはそれを宣言された者だ。どっちつかずのその様子に、諦めることも出来なければ、諦めない事も出来やしない。

 だったら責めて、私ができる彼への、チームへの恩返しは、諦めさせてあげることしか無い。

 そんなアンニュイな気持ちで、扉の前まで歩いて来る。今度は鍵なんて、等と言う矛盾を抱えることは無く、すぐさまその扉を開けることが出来た。

 

 

タキオン「失礼するよ.........?」

 

 

ウララ「.........タキオンちゃん」

 

 

 扉を開けると、私の目に飛び込んで来たのは同じチームであるハルウララくんであった。その普段なら見ない筈の彼女の姿を見て、私は教室に入り、時計を確認する。

 

 

タキオン「驚いた.........この時間はまだ寝ていると思っていたよ」

 

 

ウララ「えへへ.........トレーナーに言われて頑張って早起きしたんだ!」

 

 

 彼女はそう言って、その笑顔を私に見せてくれた。普段ならば一点の曇りもない、太陽のような笑顔だが、今はなんだか、元気が無いように見える。

 私は何故ここに来たのか、という理由も忘れ、彼女の座るソファーの横に腰を下ろした。

 

 

タキオン「何か悩み事かい?私で良ければ話を聞いてあげるし、出来ることなら解決してあげようじゃないか!」

 

 

ウララ「.........タキオンちゃん、辞めちゃうの?」

 

 

 彼女は俯きながら、静かにそう呟いた。私は大きく広げた手を硬直させ、彼女が落ち込む原因が自分にある事を察してしまった。

 彼女の顔は、良くは見えない。だが、震えを帯びたその両肩を見れば、あともう少しで泣いてしまいそうな雰囲気は感じ取れた。

 

 

タキオン「.........ごめんよ。こればっかりはもう、どうしようも無いのさ」

 

 

ウララ「.........」

 

 

 私には、彼女の悩みを解決する力は無い。それでも、彼女が寂しさに泣いてしまわないよう、頭を撫でてあげることは出来る。普段しないことで、あまり慣れた手つきでは無いが、彼女を慰める事は出来るはずだ。

 次第に、肩の震えが止み出す。彼女の吐息も悲しげな雰囲気は大分無くなった頃、ぽつりぽつりと、ウララくんは話始めた。

 

 

ウララ「.........ウララね、寂しかったんだ」

 

 

タキオン「寂しい.........?」

 

 

ウララ「うん。チームに入ったけど、わたし走るの早くないから。皆よりデビューが遅くなっちゃったでしょ?」

 

 

ウララ「だから.........みんなと一緒に走れないの。寂しかった」

 

 

 .........驚いた。普段の天真爛漫な、年齢に似合わない子供らしさが似合うウララくんが、そんな事を考えていただなんて、思っても見なかった。

 確かに彼女は早くは無い。それでも、走る事が大好きなのは知っていたつもりだった。でもどうやらそれは、私の偏見だったようだ。

 

 

ウララ「でもね!!タキオンちゃんと一緒にデビューできるって知って!!ウララとっても嬉しかったんだよ?!」

 

 

ウララ「一緒のレース走って!!一緒のトレーニングして.........一緒の、毎日を過ごして.........っ」

 

 

タキオン「ウララくん.........」

 

 

 折角止んだ筈の彼女の震えがまた、蘇る。 今度は先程より大きく、声も震わせ、そして.........その目に、大粒の涙を貯え、ポロポロと地面へと落として行く。

 私だって、楽しくなかったと言えば大嘘になってしまう。テイオーくんの足の件でデビューを蹴り、結果的に彼女と同じタイミングでこの世界に足を踏み入れた。

 .........けど、最初の頃は目標が遠のいたと思っていたが、今ではそれが正解だったと思う。彼女と共に駆け抜けるレースの日々は、とても楽しいものであった。

 

 

タキオン「.........私と君は、案外似た者同士なのかもしれないね」

 

 

ウララ「え.........?」

 

 

タキオン「君は、一着を沢山取るとは言っているが、その実。あまりそれに興味は無いんだろう?」

 

 

 彼女が頭を上げ、その顔を私に見せる。その顔は困惑.........というより、不思議と言った感情が敷き詰められていた。

 その姿が、在りし日の私を思い浮かばせる。

 

 

タキオン「.........昔は私も、早いとは言えないウマ娘だったからね」

 

 

ウララ「そうなの!!?」

 

 

タキオン「ああ、君と同じ.........走るのがただ好きな、一人のウマ娘だった」

 

 

 瞳を閉じて、懐かしい記憶を思い浮かばせる。あの時はただ、走っているだけで心が満足していた。誰が一番だとか、一着だとかなんて、興味すら湧かなかった時代。

 いつしか走った、どこかの坂道。平道より加速と速度が増されるそこを走った時、身体に当たる風が、まるで自分を祝福してくれているような気さえした。

 もし、この風を、いつでも感じ取れるほど早くなれたら.........この風を、自分だけの力で起こせたら、どれほど気持ちいいのだろう。幼いながら、私はその可能性の先を見つめ始めて居た。

 

 

タキオン「.........けれどこの脚が、そうはさせてくれないんだよ」

 

 

タキオン「この脚は、その風を呼び覚ますには、あまりに力不足だったんだ」

 

 

ウララ「タキオンちゃん.........」

 

 

 その風を起こす力はある。可能性も大いにある。無かったのは、それを実現する耐久力。それを知ったのは、風に魅入られ、その風に憧れたあの日からそう遠くは無い日だった。

 その頃からだろう。この脚が、その風になれる可能性を追求し始めたのは。

 

 

タキオン「.........安心したまえよ。レースは引退するが、チームは辞めない。陰ながら君達を支えるさ」

 

 

ウララ「.........一緒に走りたい」

 

 

タキオン「おいおい、わがまま言わないでくれたまえよ.........」

 

 

 本心を包み隠さず伝えてくる彼女のせいで、自分の決心が揺らぎを見せ始める。全く、私も随分と変わってしまったものだ。

 そんなどっちつかずの私に決別をした筈なのに、今は.........このチームのせいで、その私が顔を覗かせている。

 

 

ウララ「.........信じようよ」

 

 

タキオン「何をだい?」

 

 

ウララ「トレーナーを!!」

 

 

タキオン「.........」

 

 

 そう言って、彼女は自信満々な顔を私に向けてきた。その顔が、根拠の無い自信を振り回す彼のようで.........彼の声が、まるでその自信を表したかのような言葉が、幻聴として聞こえてくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『[奇跡]だって超えてるんだぜッッ!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その声に、その自信に、その愚直さに、縋りたくなってしまう。頼りたくなってしまう。事実彼は、それをやってのけてしまうほどの信用が私の中で募ってしまっている。

 

 

タキオン「.........私も、変わってしまったようだ」

 

 

ウララ「え?」

 

 

 だが、悪くない気分だ。以前の私だったら、何を腑抜けた事をなんて言う言葉が出たかもしれないが、彼に身を委ねるのも悪くは無い。

 .........だが、それに危機感を感じる節も確かにある。彼がもし、そのような存在になり得なかったら。私の選択が、間違っていたら.........そんなリスクが何故か、頭をよぎる。

 

 

タキオン「.........この書類はもう要らないね」

 

 

ウララ「!タキオンちゃん!!」

 

 

タキオン「だが夏までだ。それまでに可能性を見いだせなければ、今度こそ私はレースを引退する」

 

 

タキオン「それで良いだろう?[トレーナーくん]?」

 

 

 私は目をふせながら扉に向けて言葉を贈る。突然話を振られたせいだろう。扉の外から慌ただしい音が聞こえ、やがて静寂を迎える。

 しばらくして観念したのだろう。溜息の音が聞こえてきて、その扉がゆっくりと開けられる。

 

 

桜木「気付いてたんならそのままスルーしてよ.........」

 

 

タキオン「生憎、気遣いが苦手でねぇ。特に、君みたいなモルモットには」

 

 

ウララ「トレーナー!!タキオンちゃん辞めないって!!」

 

 

 喜びの感情を抑えきれず、ぴょんぴょんと跳ね上がりながらトレーナーくんに近づくウララくん。そんな彼女の頭を撫で、嬉しそうに笑う彼の顔は、無性に頼ってしまいたい程に、光そのものだった。

 

 

タキオン「ブルボンくんやライスくんの一件がようやく一段落したと言うのに.........申し訳ない」

 

 

桜木「気にすんな。こういう茨道の方が歩きがいがある」

 

 

 そう言って彼は、私に[何でも乗り越えてくれる]ような、ニカッとした笑顔を向けてきた。

 彼が居るなら.........[奇跡を超える]だなんて、大それたことを言って退ける彼と一緒なら、出来ないことは無いのかもしれない。

 私は、自分の心にある危機感の警報になんて気付けない程に、この[夢のような世界]に、意識を向けてしまっていた.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『お久しぶりね』

 

 

「.........」

 

 

 緑の風が吹き抜ける草原。それは、かつて世界に存在した、今は無き理想郷。私の前に突如現れたそれは、[今の姿]と変わりない姿で私の前に現れた。

 

 

「.........どうして?」

 

 

『別に?ただ様子を見に来ただけよ』

 

 

 違う。そんな事を聞きたいわけじゃない。私は何故、[自我を失った筈の存在]が、今こうして自由に、この空間に来れるのかを聞いているのだ。

 その存在はまるで、この空間を自分の物のように扱い始め、私の前に椅子と、チェス盤の置かれたテーブルを出し始める。

 

 

「これは.........?」

 

 

『チェスよ。さぁ、ゲームしましょう?[名も無き女神様]?』

 

 

「っ.........」

 

 

 .........この存在は果たして、どこまで知っているのだろう?そんな事など意に介せず、それは私に、ゲームの先行を譲った。

 

 

『そっちの計画はどう?』

 

 

「.........順調、そういう貴方は?」

 

 

『あらやだ。何も企んでなんか居ないわよ』

 

 

「嘘。[そっち]と言ったからには何かあるのでしょう?」

 

 

 ふふふ、と笑って茶を濁し、その盤面の展開を進める。つくづく掴めない存在だ。

 

 

「.........随分雰囲気が馴染んでるようね。その姿」

 

 

『当たり前じゃない。意識は無くても、もう既にあっち側で生きてきた年数より経っているもの』

 

 

『それを言うなら、貴方もそうでしょう?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『[名も無きお馬さん]?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『こっちでは[白バ]って、呼んだ方がいいかしら?』

 

 

「.........どこまで知ってるの?」

 

 

『知ってる事しか知らないわ』

 

 

 チェスの盤面を見ながら、会話を進めていく。戦況は、私の方が劣勢になって来た。

 だけど、こんな盤面は幾つも見てきた。何度も追い込まれ、何度も覆し.........そして、何度も壊れてきた。

 

 

「.........変わらないわよ。結末は」

 

 

『だから変えるのよ。その方が[退屈しない]から』

 

 

「そうやって上から目線だと、目の前の[奇跡]に掬われるわよ?こんな風に」

 

 

 非常に手堅い戦術。一体いつこんな物を学んできたのか。王道にして理想を体現してきた存在故か、それを完璧にこなして見せる。

 だけど、それが弱点。完璧であればあるほど。他の結び付きが強ければ強い程、一つ崩れればあっという間に全部が無くなる。[完璧]とは、[奇跡]から一番遠い存在だ。

 

 

「.........チェックメイトよ。覆す手立ては無いでしょう?」

 

 

『有るわよ。一つだけ』

 

 

「は.........?」

 

 

 不敵な笑みを浮かべ始めたそれに、自然と意識が集中する。そんな訳は無い。次に何か一手を打ったとしても、彼女のキングは既に私の手中に収まる結末だ。

 そう思い、視線を落とした。するとどうだろう.........?

 

 

『理解した?これが、奇跡を超えるってことよ』

 

 

「.........馬鹿馬鹿しい。盤面をそのまま反転させただけじゃない」

 

 

 その盤面は反対にされ、私がキングを取られる様な形になっていた。私はそれを、ただの子供の発想だと思った。だけどそれは.........彼女にとっては滑稽に見え、笑い声すらあげていた。

 

 

『そう。本当に馬鹿馬鹿しい。けどね』

 

 

『奇跡を超えるって、きっとこういう事』

 

 

『貴方の[奇跡]を利用して、彼はきっと目覚める』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『[獅子王心(ライオンハート)を持つ者]として』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それこそ、下らない。物語としては在り来りで、三流以下の脚本だ。それなのに、私はそれに恐怖を感じている。その男の可能性に.........目の前に居る存在の[証明]に。

 

 

『まぁ、せいぜい頑張りなさい?彼は盤面を反転させる所か、ひっくり返すわよ』

 

 

『それこそ、ナイトもルークも、クイーンやキングすら。判別が付かないくらいにね』

 

 

 そう言って、それは静かに笑みを浮べて消えていった。チェスや椅子など、まるでそこに存在しなかったかのように、忽然と姿を消す。

 

 

「.........かつて[名優だった者の魂]。厄介ね」

 

 

 何故それが居るのか。何故、自我を持ち始めたのか。その理由は、定かでは無い。けれど少なからず、その背景にはあの男が絡んでいる。

 .........別に関係は無い。結果は既に出ている。今更物語がifを紡ぐ事は決して無い。あの[能面]がいくら足掻こうとも、終わりは必ず迎える。

 

 

「全ての[ウマ娘]が。幸せになる未来.........絶対邪魔はさせない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「たとえ、どんな悪夢が少数を苦しめようとも」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 かつての同胞達の姿。[人間]によって、良い様に扱われ、食い物にされてきた者達の事を、私は決して忘れない。

 だから、人間にはその苦しみを与える。その人間に縋るような[者達]にも、心苦しいけど、同じ苦しみを味わってもらうしかない。

 奇跡など起こらない。奇跡なんて.........越えさせない。

 風に揺れる草原。晴れやかなその場所で、その時頭に降ってきた一粒の雨。その時は.........何かの勘違いだと思っていた.........

 

 

 

 

 

 ......To be continued



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[偽物]になる覚悟

 

 

 

 

 

黒津木「.........」

 

 

 夜の空気が充満し、家の中は酷く冷え切っていた。もう夏になるというのに、俺の肌に当たるそれは、なんだか冷ややかな、まるで人の視線のようだった。

 

 

黒津木(.........見えないカウントダウン。それを考慮せずに、あの娘をただ走らせていた訳じゃない)

 

 

 机の上に置かれた理論。書き起こされ紙の上に乗っている文字は既に、机上の空論などでは無くなっていた。

 これさえあれば。これが実現されるのならば、彼女は確実に助ける事が出来る.........だが、それは俺にとって、許されざる行為に等しいものだ。

 冷ややかな視線のような空気。感じた覚えのあるそれが妙にリアリティのあるものだと言うことは、それが無意識的に俺のトラウマになっているということだろう。

 

 

『そんな事ありえない』

 

 

『君はもう少し勉強すると良い。まだ若いだろう?』

 

 

『この論文は受理しない。学会ではそう可決された』

 

 

黒津木「.........っ」

 

 

 フラッシュバックの後、嘔吐く。あの日を境に、俺の医者としての人生はハードモードからハードコアへと難易度移行した。人間、どんなに高等な進化を遂げようとも、その本質は村社会とは一切変わりない。

 噂は広まる。病魔を取り除く[ゴットハント]と言われた俺も、気が付けば夢と現実の境目が無い[夢追い人]と揶揄されるようになった。

 それだけならば良い。どうせもう関係も無い人間達だ。今更何を言われようが何も感じはしない.........

 .........だけど。

 

 

『見損なったよ。黒津木くん』

 

 

黒津木「っ、タキオンはそんな事言わない.........!」

 

 

黒津木「言わない.........筈なんだっ.........!!!」

 

 

 あの娘にだけは。俺にとって[大切な『存在』]であるアグネスタキオンにだけは、そんな言葉を投げ掛けられたくない。彼女はきっと、俺がこんな物を[寄り道もせず]に作り上げた事を、軽蔑するだろう。

 [寄り道]と言うのは、ただ一直線に目標に向かう事はせず、見つけた可能性を全てしらみ潰しにして行く事だ。それこそが研究者の本懐であり.........そして、[医者]としてすべき第一優先事項だ。

 

 

黒津木(.........アイツらはきっと、こんな事で悩んでる俺を笑うんだろうなぁ)

 

 

 いつまでうじうじと、何を悩んでるんだ。そんな俺を嘲笑う声が聞こえて来る。こんなの俺の妄想だ。アイツらだって、笑いやしない。

 いくらそんな事を頭から振り払おうとしても、その声が止むことは無い。目を瞑り、必死にその声から意識を遠ざけていると、不意に温かさが部屋の中に広がり始めた。

 

 

黒津木「.........はは、朝かよ」

 

 

 寝ていたのか、寝ていないのか、夢だったのか、現実だったのか.........そんな境界線は曖昧で、今が自分の世界じゃないなんて言う確証は無いに等しい。それでも、時計を見れば等間隔に動く針は、妙に現実的で、規則的だった.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「と、言うわけなんです。何かエディ先生のデータに、それっぽいのかありませんでしたか.........?」

 

 

タキオン「.........」

 

 

 タキオンがレース引退を一旦取り止めたその日。俺はすぐさま行動を取った。保健室に居る俺の元居た会社に居た先輩。俺より先に会社を辞め、フランスの病院で働いていた安心沢さんに会いに来た。

 テイオーの骨折の時も、この人が居たおかげで菊花賞に出走する事が出来た。今回もその力を借りることさえ出来れば.........アグネスタキオンの走りを、終わらせる事は無いはずだ。

 

 

安心沢「.........桜木くん。結論から言うわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「不可能よ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「えっ.........?」

 

 

タキオン「.........やはりそうだろう。私が血眼になって探した物だ。そう簡単に近くにある訳が無い」

 

 

 俺の隣に座る彼女は、分かりきっていたと言うような素振りで、軽くその事実を流した。流せていないのは、俺だけだ。

 

 

安心沢「良い?その子の脚は既に崩壊が始まっているの」

 

 

 真剣な表情で、俺達に向けてそう言葉を発してくる先輩。その衝撃的な事実に、俺は思わず、隣に座る彼女の方を見てしまった。どんな顔をしてるかなんて、分かりきっているはずなのに.........

 

 

タキオン「薄々察しては居たさ。なんせ最近は走った後に違和感が酷くて大変なんだよ」

 

 

桜木「.........あれ?」

 

 

 やれやれ、と言った素振りで頭を振り、呆れたような様子を見せるアグネスタキオン。どうやら俺が思っていたより、彼女は大丈夫そうだった。

 しかし、頼みの綱は消えてしまった。こんな事では、夏の間に彼女の脚を何とかしてみせるなんて言うことなど夢のまた夢だ.........

 

 

タキオン「.........まさか君、私をダービーに出したかったとでも思ってるんじゃないかい?」

 

 

桜木「ギクッ.........そ、ソンナコトハ......」

 

 

 疑惑に満ちた目を無言で俺に向けてくる。いや。流石の俺もこうなってしまったら諦めざるを得なかったが、それでもそれは彼女の引退宣言を聞く前の話だ。今はもうその希望は手を離している。

 それでも彼女は溜息を吐き、呆れながら口を開いた。

 

 

タキオン「あんなものあげてしまえばいいだろうあの子に.........ほら、あの子だ。ジャングルターザンくん」

 

 

桜木「違うでしょ.........いや、俺も名前覚えてないけど.........」

 

 

 デビュー後のレースであるラジオたんば杯。そこでタキオンを強くライバル視してくるウマ娘が居たけど.........誰だっけ。名前を思い出せない.........

 

 

「ぅうあぁぁぁい!!!」

 

 

桜木「違うな。絶対違う」

 

 

 ふと頭の中で何故かとあるお笑いトリオのリーダーの声が聞こえてきたが、何故出てきたんだ。

 まぁ思い出せない子の名前を無理して思い出すのはやめよう。もし間違えてる名前で思い出したら可哀想だ。今度会った時にそれとなく聞いておこう。

 

 

タキオン「なぁに、もし上手くいかずに引退したとしても、私はチームに残るつもりさ。君の周りは退屈しないだろうし。[プランB]候補は山ほど居る」

 

 

桜木「.........そうならないよう頑張るよ」

 

 

 恨みがましく、誰に言うでもなくそう静かに呟いた。一瞬、[祈っている]と言いかけた自分が居たからだ。

 タキオンが今こうなっているのは、俺が前もって対策をしていなかったからだ。そんなの、祈られた方も自業自得だと切り捨ててくるだろう。

 だから、俺が何とかしなくちゃならないんだ。俺が[桜木玲皇]としている為に。トレーナーという[役割]に、しがみつく為に.........

 ここで燻っていても仕方がない。そう思い、俺は重い腰を上げ、保健室の外へ出ようと歩を進めるが、彼女の気配が近くに無いことを感じ、振り返った。

 

 

桜木「?行かないのか?」

 

 

タキオン「ああ、私は少し[彼]と話したいから、君は早くマックイーンくん達の所に行ってあげたまえ。寂しがっていると思うよ?愛しの愛バがねぇ?」

 

 

桜木「うるへぇ!!!そこまで俺をからかう元気あんなら安心して置いてけぼりに出来らぁ!!!」ガララッ!

 

 

 ったく、なんでこんなシリアスな時にも俺の心を弄んでくるんだあのDr.目が濁ってるは!!!お陰で心配する気がちょっとだけ失せたわ!!!

 勢いよく閉めた扉の奥から、先輩とタキオンがクスクスと笑う声が聞こえてくる。そこまで面白いか。人の色恋が。自分は早々とゴールを飾ったからってやっていい事と悪い事があるだろう。

 恐らく、彼女が言う[彼]と言うのは黒津木の事だろう。正直こんな状態の俺より、恋人であるアイツの方が彼女の心を癒してくれるはずだろう。

 俺は俺の出来ることを.........そう思い、俺はその足でまた、チームルームへと戻って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

黒津木「うい〜っす。WAWAWA忘れも―――」

 

 

タキオン「やぁ」

 

 

黒津木「のうわっ!!?」

 

 

安心沢「ワオ☆古臭い驚き方ね♪」

 

 

 しばらくの間、安心沢保健室医と談笑に浸っていると、なんの前触れも無く彼は保健室の扉を開いた。私の顔を見た瞬間、見たくなかったものを見るような顔で彼は驚きの声を上げる。

 

 

タキオン「おぉ〜?なんだいなんだい、まるでお尋ね者を見たような顔をして〜。まさか私に会いたくなかったのかい?[恋人]である、この、[アグネスタキオン]に?」

 

 

黒津木「い、いや。会いたいか会いたくないかで言ったら.........」

 

 

黒津木「.........今は、ちょっと」

 

 

 言葉を濁し、私から目を背けた。彼からこういう反応をされるのは初めてなので、少し驚いた。もう少し弁えない人間だと思っていたが、それはどうやら私の思い違いだったらしい。

 ならば、こんな状態の彼なんて未知の存在だ。それを楽しまずにいるのはとても勿体ない。私はそう思い、彼に近付いた。

 

 

黒津木「っ、な、なんだよ!!?」

 

 

タキオン「いやいや、あのクールな立ち振る舞いで通ってる君が、そこまで取り乱すとは.........そんなに私が心配かい?」

 

 

黒津木「.........ああ」

 

 

タキオン「私に会いたく無くなるくらい?」

 

 

黒津木「ああ.........!!!」ガシッ!

 

 

タキオン「っ.........!」

 

 

 彼をからかい、面白がっていると突然、私の肩が抱き寄せられる。それが彼のした行動だと気付くのに、時間をほんの少し有した。

 それは壊れそうなガラス細工を扱うような物ではなく、なりふり構わない彼の必死さが伝わるほど、強い力で私は引き寄せられた。

 

 

黒津木「.........俺には、お前のしたい事が分からない」

 

 

タキオン「そんなの、当たり前じゃないか。恋人と言っても所詮は他人。お互いを繋ぐ何かが一つ増えただけで心の内を知れるなんて.........私は息苦しく思うよ」

 

 

 強く。それはもう強く抱き締められているはずなのに、何故か物足りなくなってしまう。まだ力が足りないと思ってしまう。それはきっと、私自身が彼等彼女等に、色々と絆されてしまったからだろう。

 繋がるだけで心の内が見えるようになる。素敵な話だ。よくある創作にあるそれは、きっと最初は素敵な発明に違いなかった。

 だけど、心というのは常に上向いた気分のものでは無い。そう出ない時、決して人に見せられない言葉や感情が、心の底から顔を出す時。それはきっと、煩わしくなるに違いない。

 

 

タキオン「.........それでも、私の心の内を知りたいのだったら」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「君は何を代償に払ってくれるんだい?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

黒津木「代、償.........?」

 

 

タキオン「ああ。君の好きな言い方をするんだったら、[等価交換]とも言うね」

 

 

 1だけで何かを見出す場合。普通は1以外の何かは生まれない。もし生まれたとするならば、それは1に見えていただけで、蓋を開けてみれば2、3、果てには10や100だったという可能性もある。

 私の[1]を知りたいのならば、彼の[1]を差し出してくれなければ不公平だろう。心というのは、思想や思考などといった抽象的な物ではなく、その者が原則としている決まり事だ。

 

 

黒津木「俺はただ、タキオンが心配で.........」

 

 

タキオン「何故、どうして、どうやって、どのようにして心配してるんだい?それを、教えてくれはしないのかい?」

 

 

黒津木「.........」

 

 

 するり、と彼の手が私の肩から離れて行く。私だって本来ならば、こんな彼を虐めるような真似はしたくはなかった。それでも、彼には最近、何とも言えない不信感が募っていたんだ。

 それを解消しなければ、とてもでは無いが[恋人]なんて言う楽しい関係に戻れそうには無い。

 

 

タキオン「.........君はどうして、私にそこまで肩入れするんだい?」

 

 

 そう言って、今度は私が彼の肩を掴んだ。今の私以上に脆い心であろう今の彼を、そっと労わるように。私は彼の肩を、そっと撫でるように掴んだ。

 それでも.........彼はまだどうやら、私に言いたくないらしい。意固地というか、頑固とも言うべきか、彼は私の手を優しく払った。

 

 

黒津木「.........ごめん」

 

 

タキオン「.........いや、良いんだ。私も悪かった。少し意地悪が過ぎたようだ」

 

 

黒津木「.........今はまだ、言えないけど。言えたら言うから」

 

 

 彼は隠せなくなった弱さを隠そうとしながら、自分で払った手を、包み込むように両手で掴んだ。まだ多少の疑問は残っているが、彼に対する心配は無くなった。

 不意に、私の頭に手が乗せられ、等間隔で優しくポンポンとされる。普段触るなと言っている耳に触れないようにそうしてくれる彼が、なんだか嬉しかった。

 

 

黒津木「.........またちょっと空けます。留守番お願いしますね。安心沢先生」

 

 

安心沢「あっ、忘れてなかったのに目の前でアレしてたのね.........いいわよん☆ゆっくり悩みなさいな」フリフリ

 

 

 優しく微笑みながら手を振り、彼女はずっと私達に向けていた視線を机へと戻した。仕草だけを見れば大人だ。見た目のセンスは壊滅的だが、トレーナーくん達よりかは遥かに大人びている。

 名残惜しそうに離れて行く彼の手と彼を見送りながら、私もその目を、黒津木くんが保健室から出ていくまで離すことは無かった。

 

 

タキオン「.........羨ましいよ」

 

 

安心沢「え?何が?」

 

 

タキオン「私にも、君のような余裕が有ったら、あんな事を言わずに済んだかもしれない」

 

 

 柄にも無く、自分がした事を振り返る。実証実験のレポートならば兎も角、再現性の無いただ一つの会話でそんな事をするなんてバカげている。

 だが、それでもそう思ってしまう。最近は本当に良く思ってしまうんだ。これもきっと、トレーナーくんやマックイーンくん達と過ごした年月がそうさせているのだろう。

 そんな自分に少々呆れていると、クスクスと笑う声が彼女の方から聞こえて来る。何かと思い、安心沢くんに視線を送ると、そこには優しく、そして悲しげな笑みで私を見ている彼女が居た。

 

 

安心沢「大いに悩みなさい?若いんだから」

 

 

タキオン「.........そうだね。そうしてみるよ」

 

 

 彼女にも、彼女なりの悩みを抱き、それをどうにかしてきた人生がある。その積み重ねが、今の彼女を形成しているのだろう。

 こう言っては語弊が産まれるかもしれないが、彼女は私にとっての目標だ。研究者として、そして女として、私はまだ彼女の足元にも及ばない、年端も行かない少女なのだ。

 若干胸の内に生じる悔しさを噛み締めながら、私は自分の脚に目を落としていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

黒津木「.........はぁぁぁ」

 

 

 噴水の流れる水の音を背後に、俺はそれをかき消すほどの大きな溜息を吐いた。それでも、この不安と焦燥感は取り除かれない。

 誰かの病魔を取り除けても、自分のはどうにも出来ないなんざ飛んだお笑い者だ。かの有名なブラックジャックでさえ、自らの腹を搔っ捌き、手術して見せたというのに.........

 

 

黒津木(.........まぁ、そんな[創作]地味た真似は、流石に出来ねぇなぁ)

 

 

 乾いた笑い声が静かに響く。それが耳に入ってくると、自分も随分老いたと感じてしまう。俺にはもう、何でも出来るという若さだけの根拠など残っていない。

 そんなことはさておき、俺は先程の彼女との会話を思い出す。何かを探るような目と口調からして、彼女は恐らく.........

 

 

黒津木(.........気付いてんだろうなぁ)

 

 

 俺が彼女に対して、何科を隠していることに気付いている。そして、それを言いたくない理由。それを隠している事も、勘づいている。

 どうすれば良いか。何をしないべきか。それがただ頭の中でグルグルと巡っていると、不意に隣に座ってくる気配を感じ取った。

 

 

ゴルシ「よう」

 

 

黒津木「.........どうした?怪我でもしたのか?」

 

 

ゴルシ「いんや?ただ噴水から辛気くせー雰囲気が爆漏れしてるってゴルシちゃんキングダムの衛生管理局からテルられてよー!!調査に来たんだ!!」

 

 

 それは、いつも通りのゴールドシップだった。どこか掴めない、掴ませてはくれない彼女の。いつも通りの姿。ニカっと笑う姿が、アイツと重なって見えてくる。

 .........なんでだろうか。何故かは知らないけど、コイツは俺の事を話しても、笑いはしないだろう。そんな事を、直感で感じてしまった。

 

 

ゴルシ「なーなー!!天下の[ゴットハント]黒津木センセーもなんか悩みがあんのか!!?」

 

 

黒津木「はは、人生歩いてる奴なら、道に迷うことくらいあるさ」

 

 

ゴルシ「ほぇー!!そこはアタシと同じ人間なんだな!!」

 

 

黒津木「お前は悩みとか無さそうだけどな」

 

 

ゴルシ「なにおー!!こう見えても沢山、それこそ夜空に浮かぶ星座の2億倍の数は悩みが多いんだぞー!!!」

 

 

 そう言って、ゴールドシップは指を折り、俺に悩みを打ち明けてくる。

 カレーを食べる時に福神漬けをそのまま食べるかカレーと混ぜるか。

 寿司に付けるわさびの適量をネットの海に委ねるか今から寿司屋に駆け込んで大将を締め上げて聞き出すか。

 マックイーンの雪見だいふくを何回奪えば怒り出すのか。

 おっちゃんとマックイーンの距離を縮める為になんかしねーと出られない部屋に閉じ込めるか。

 そんな俺にとってはくだらない悩みを真剣に話してくる。けれど、その全てが下らないにしても、俺はそれをバカにする気にはならなかった。

 もしかしたら、俺の悩みも他の奴が聞いたら下らないと思うだけで、真剣に聞いてくれるかもしれない。

 

 

黒津木「.........俺も、話していいか.........?」

 

 

ゴルシ「お?おう!!!」

 

 

 まるで太陽の様な笑みを向け、ドンと来い。そういう様に胸を叩く。そんな彼女を見てると、本当に今まで一人で悩んでいた事が、バカバカしくなってしまった。

 俺は込み上げてきた笑いを鼻で笑うだけに収め、自身を追い詰める元凶を、そっと口から出して行った。

 

 

黒津木「分からないんだ」

 

 

ゴルシ「?何がだよ?」

 

 

黒津木「.........[医者]としてを取るか、[恋人]としてを取るか」

 

 

 俺は、迷っている。正直今、人生のターニングポイントだとはっきり感じている。それ程までに、重要な局面に立たされているのだ。

 自分の立場と、自分のやりたい事が今、完全に正反対の方向に向かっている。身体は一つしか無い。行ける場所も、一つしか無い。

 

 

黒津木「俺は、アグネスタキオンを助ける事が[できる]」

 

 

黒津木「けれどそれは、[医者]としては一番[しては行けない]ことなんだ」

 

 

ゴルシ「.........」

 

 

 誰かを助ける。それは[医者]にとって、それになる為に必要な絶対条件だ。誰かを助ける事が、この職業の本質であり、本懐であり、目的なんだ。

 だけど、それは誰かを助けるのと並行して[みんなを助ける]選択をしなければならない。個人一人を助けようとするのは、医者では無い.........

 そんな事は分かっている。ならばそれをすればいい。けれどそれをしている内に、彼女は.........

 そこまで考え、葛藤が最大限に高まってくる。気が付けば汗は大量に溢れ出し、呼吸も苦しくなってきている。組んだ両手に頭を押し付け、何とかそれが収まるように望んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「知らねぇよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

黒津木「え.........?」

 

 

 普段聞き慣れている声の、聞き慣れない調子の声。俺は驚いて、その声が聞こえた方を振り返ると、先程までのおちゃらけなんて一切感じさせないゴールドシップの真顔が、俺を真剣に見ていた。

 

 

ゴルシ「誰かを助けたい。皆を助けたい。別に良いじゃねえか」

 

 

ゴルシ「けどな、そんな自分だけのポリシーだとかなんだとかで悩んでる奴は、本気でそいつの事考えられてねぇと思うぜ?」

 

 

黒津木「っ、俺は本気で―――」

 

 

 考えている。その最後の言葉を言おうとして、それを飲み込んだ。苦い味が、口の中に広がって行く。考えれば考える程、ゴールドシップの言う通りだと、分かってしまうんだ。

 彼女はつまらない話を聞いたというように、最初の元気さの欠片も無く、気だるげに立ち上がり、伸びをする。俺はそんな姿をただ見ているだけで、謝る事も、訂正する事も出来ていない。

 そうして俯いて、自分の愚かさを蔑んでいると、彼女は背を向けたまま、俺に声を掛けてきた。

 

 

ゴルシ「じいちゃんは言っていた」

 

 

黒津木「.........?」

 

 

ゴルシ「[好きな子の笑顔は何があろうと第一優先].........ってな!!!」

 

 

黒津木「.........!!!」

 

 

 彼女はそう、またあの笑顔を俺に向けて言ってきた。屈託の無い、太陽の様なあの笑顔を.........

 全く。心身共に弱りを見せると、自分の頼りにしているものが良く見えてくるものだ。今度は、姿だけじゃなくて、声すらも再生されやがった。

 .........そうだよなぁ。日本男児はいつだって、ヒロインを守るのが.........大好きだもんなぁ.........

 

 

黒津木「.........ありがとうよ。お陰で、吹っ切れた」

 

 

黒津木「いや。元々そうするつもりだったのかもしれない。誰かの後押しを欲しがってたのかもな.........」

 

 

 こんなにコロッと方向が決まると言うことは、俺は元々そうする予定だったのかもしれない。ただ、一人で決めるには、俺はまだ半人前だっただけだ。

 まだ大人じゃないこんな娘に背中を押されて覚悟を決めるなんて、本当に格好付かない。そんな自分に呆れを感じながらも、俺はそのまま立ち上がり、彼女に礼を言った。

 

 

黒津木「ほんと、サンキューな」

 

 

ゴルシ「へへっ、良いってことよ!!楽しい[未来]を見せてくれるんだったら、アタシはなんでもするぜ!!」グッ!

 

 

 サムズアップ。親指を立てて笑ったゴールドシップは、そのまま無駄話をすること無く、颯爽とその場から駆けて離れて行った。

 俺も.........この覚悟を決めた内に彼女と話を付けたい。

 

 

黒津木(俺には、まだ分からない)

 

 

黒津木(.........けど、それで良いのかもしれない)

 

 

 世の中、分からないことばかりだ。そしてそれを解明するために、研究者というのは存在している。何も最初から、分かっていて研究している程退屈な存在では無い。

 だったら、分からないなら分からないなりに、これから歩んで行けばいい。分かろうとすればいい。そう思い、俺は重苦しい空気を深呼吸と共に肺から出し、新鮮な空気を取り込んでから、噴水の音から自ら遠ざかって行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「よし。今日の振り返りはここまで。明日からはそれぞれの目標レースに向けて本格的にトレーニングメニューを.........」

 

 

 夕方特有の茜色が射し込むチームルーム。暖かさに平和を感じ、目の前にチームの皆を座らせながら、俺は予定表の紙を捲っていく。

 

 

 メジロマックイーン。

 次走は宝塚に向けてのトレーニング。長距離より展開の早いレースになるのが予想される為、スピードとパワーをいつもより重視。

 

 

 ライスシャワー。

 GI続きでメンタル的に不安。よって次は一つグレードの低いGIIのレースに向け、調子を整えるトレーニング。

 

 

 ミホノブルボン。

 未だ脚は万全では無いため、出走は避ける。早ければ年末。遅くても来年には走らせたい為、身体の状態を見ながらメンタルや上半身を鍛える。

 

 

 ハルウララ。

 レースの位置取りや競り合いになった時の焦点や発想がようやく良くなってきた。次からはラストスパートからではなく、最初から通しで模擬レースをして行く。

 

 

 アグネスタキオン。

 

 

桜木「.........っ」

 

 

マック「.........トレーナーさん?」

 

 

 心配そうな声を掛けてくるマックイーン。そうはさせまいと笑顔を作り応えてみるものの、それがぎこちない事は自分がよく知っている。

 アグネスタキオン。彼女のメニューがまだ出来上がっていない。何をどうすればいいのか、分かっていない。こんな事では到底、彼女のトレーナーなんて名乗れやしない。

 一人ずつ、目標とトレーニングの方針を印刷されたプリントを持っていく。遂にタキオンの番が来た時、俺は思わず、その手を引いてしまった。

 

 

タキオン「?トレーナーくん?」

 

 

桜木「.........いや、悪い。実は―――」

 

 

 気持ちの悪い汗が背中を伝う。彼女に言えば、きっと許してくれるだろう。だが、それはきっと彼女の[期待]を裏切る事になる。俺ならばと着いてきてくれた彼女を、裏切る事になる。

 それでも俺は、弱い人間のままだった。俺の期待も、彼女の期待も裏切ろうとも、嘘をつく事さえ出来ない弱い男だ。俺は、彼女にそれを話そうとした。

 その時だった。この時間帯、普段誰も来ないはずのチームルームの扉が開いた。そこに立っていたのは.........

 

 

黒津木「.........っ、う」グッタリ

 

 

タキオン「黒津木くん!!?」タッ!

 

 

桜木「お前、どうしたんだ.........?」

 

 

 そこに立っていたのは、何故か疲れきった黒津木の奴だった。壁に手を当て支えていたが、掌の汗で滑り、そのまま前のめりになって倒れ込みそうになったのを、タキオンが慌てて支えた状態だ。

 奴はそうなりながらも、支えてくれたタキオンに礼を言うように、頭を優しく撫でていた。これがきっとモテる奴の行動なのだろう。僕にはとても真似出来ない。

 

 

マック「い、椅子ならここにあります!!タキオンさん、座らせて上げた方が.........」

 

 

タキオン「分かった。助かるよマックイーンくん」

 

 

 自分が座っていた椅子を差し出し、俺の隣に来て二人の様子を見るマックイーン。こうしてみると、介護をしてる場面に遭遇した気持ちだ。

 静まった空間の中、どうしてこうなったという気持ちで、俺達は疲れきっている黒津木を見ていた。

 

 

黒津木「.........」

 

 

桜木「.........座りに来た訳じゃ、無いんだろ?」

 

 

 座り込み、俯いているコイツにそう投げかけると、それに応えるように、俺に向けて、疲れた顔で笑って見せた。

 その顔に何かを感じる前に、ゆっくりと立ち上がり、テーブルの前までやってきた。

 

 

黒津木「ずっと。迷っていた」

 

 

黒津木「俺の立場では、絶対にやっちゃ行けない事だ」

 

 

黒津木「.........けれどもう、関係無い」

 

 

 自らのポケットを漁り、何かを掴んでテーブルへと置いた。それが何なのか最初は分からなかったが、その形状を見て、それがなんなのかを理解していくに従って、俺は目を見開いて行った。

 

 

桜木「お前.........それ」

 

 

黒津木「.........[可能性を超える]為の、第一歩だ」

 

 

マック「!それって.........!!!」

 

 

 皆がその発言の意味を察し、驚いている中、黒津木はゆっくりとタキオンの方へ歩いて行く。先程までおぼつかない物だったはずなのに、今ではそれがしっかりした物だと錯覚してしまう。

 静かに立ち、不安そうな顔を見せる彼女の手を取り、その額を彼女の頭に押し当てた。

 

 

黒津木「.........やっちまったよぉ」

 

 

黒津木「これで俺は晴れて.........マジモンの[医者モドキ]になっちまったぁ.........」

 

 

 泣き言、嘆きと懺悔の言葉であるが、その声はどちらかと言えば、疲れ切っていながらも、清々しい程嬉しそうであった。

 タキオンはそんな黒津木に何を言うでもなく、黙ってその手を背中に回し始めた。その手は、震えていたように見える。

 

 

黒津木「.........でも、一つ約束して欲しいんだ。タキオン」

 

 

タキオン「.........ああ、ここまでしてくれたんだ。なんでも言ってくれ」

 

 

黒津木「.........俺がこれを作る為に、見えていたけど[捨ててきた可能性]を、拾い直してくれ」

 

 

黒津木「[お前だけを助ける為に作った物]を、[他の皆が助かる可能性]にしてくれ」

 

 

 一人が助かるだけの物を、他の誰かが助かる可能性にする。その道が、どれほど険しいものかは分からない。それでも、それがどれだけ大事なのかは、素人の俺でも分かる。

 それに言葉で応えることはせず、タキオンは静かに頷くことで了承した。その姿を、俺達はしっかりと見ていた。

 

 

マック「.........良かったです。解決の糸口が見えて」

 

 

桜木「ああ、長丁場の泥沼にならなくて.........俺も助かったよ」

 

 

黒津木「何言ってんだ?」

 

 

 隣に居る彼女に言うようにそっと呟いた筈なのだが、どうやら聞こえていたらしい。俺は思わず、視線を彼女から外して黒津木の方をもう一度見た。

 

 

黒津木「俺が託したのは、タキオンだけじゃなく、お前にも託したんだぜ?[トレーナーさん]よぉ?」

 

 

桜木「.........はぁ」

 

 

マック「頑張ってくださいね♪トレーナーさん♪」

 

 

桜木「マックイーンまで.........もぉぉぉぉ」

 

 

 なぜただの一般トレーナーがそこまでのことをしなけりゃならんのじゃ。マックイーンを筆頭に、俺の活躍に期待を掛けるチームメイト達。本当、飛んだブラック学園に所属しちまったもんだ。

 だけど、なんだか悪い気持ちはしない。結果として、 なんとかなる可能性は出来上がったんだ。だったら後は.........

 

 

桜木「可能性は出来た。時間もまだある。だから後は―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「「「「[奇跡]を超えるだけ!!!」」」」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「ぅおいっ!!!」

 

 

タキオン「君の言うことは分かりやすいんだよ。トレーナーくん」

 

 

デジ「今のは比較的新参のデジたんでも分かりましたよ!!」

 

 

 クスクスと笑い始めるウマ娘達。そして俺をバカにするように笑う男一人。そんな現状にげんなりとしているが、不思議とそれに悪い気はしていない。

 

 

マック「ふふ。皆さん一緒に過ごしてきた年月が長いって事です」

 

 

桜木「.........はは、それもそうだな」

 

 

 長い年月をかけて、築き上げてきた絆。皆の顔を見ているとハッキリと分かってくる。ここに来るまで、それぞれ取り繕ったり、何を考えているか分からなかったり。泣いていたり、表情が変わらなかったり。オタクだったり。

 .........まぁ、一人は相も変わらずまるで太陽の様な愛嬌たっぷりの笑顔を振りまいている春の子が一人いるのだが、それでも分かる。

 五年。子供にしたら、七五三が二回目を迎える年月だ。チーム[スピカ:レグルス]も五歳。育ち盛りの未来が楽しみになってくる年齢だ。

 

 

桜木([奇跡]を超える.........それさえ出来れば、なんだって.........!!!)

 

 

 乗り越えられる。例えどんな困難や絶望が待っていたとしても、俺は.........いや、俺達はそれを越えられる。

 そう思い、ふと窓から差し込む光が弱くなっている事に気が付きその方を見ると、外は静かに、雨を降らせていた.........

 

 

 

 

 

 ......To be continued



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マック「か、怪談話ですか......?」T「ああ!!」

 

 

 

 

 

 夏。ジメジメとした日本の気候特有の湿気を多分に含んだ季節の始まり。普段なら、この暑さに頭がおかしくなりそうな人達が発生しますが.........

 

 

カフェ「では次は......私の番ですね......」

 

 

桜木「いよっ!待ってました!!」パチパチ

 

 

マック(なぜこんな事に.........?)

 

 

 時刻は午後7時。いつもの夏でしたら、この時間でも仄暗い程度の筈ですのに、今は雲が太陽を覆っているのか、まるで夜のよう.........

 何故、こんなことになってしまったのか。私はその原因を、恐怖を抑えつつ、思い返しました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは、いつも通りのトレーニングが終わった先日の事でした。私はチームのエースとして、黄昏時の綺麗な夕日が差し込むチームルームの中、皆さんの今日の様子を日記に書きまとめ、寮に帰る支度をしている時の事。

 

 

「やぁ、マックイーン」

 

 

マック「.........?トレーナーさん?」

 

 

 ニコニコとした表情で、彼は廊下から身体半分を出す形で私に声を掛けてきました。一体どうしたのでしょう?ここ最近はタキオンさんの脚やトレーニング方法について一人残ってお仕事をしているのに.........

 

 

桜木「いやー、流石にそろそろ暑くなってきてさ!!夏になるし、怪談話でもしようと思って!!」

 

 

マック「な、へっ?か、怪談話.........!!?」

 

 

 彼からその身を1歩引き、驚きます。なんせ彼は私以上の怖がり.........ファン感謝祭のお化け屋敷では、そのあまりの恐怖耐性の無さに私が驚いた程です。

 そんな彼が、そのような提案をするだなんて.........思わず私は、チームルームの温度計を見ましたが、まだ彼が頭をやられてしまうほど暑くなってはいませんでした。

 

 

マック「も、申し訳ありませんが、辞退という事には.........」

 

 

桜木「頼むよー!!他の子も呼ぶからさ!!ぜひマックイーンも!!」

 

 

 両手を合わせてお願い。という様に頭を下げる彼。うぅ.........そうされるととても断れないです.........

 私はため息を吐き、恐怖を隠しつつも彼のそのお願いに了承しました。いつも突拍子も無い彼の事です。きっとこれも思い付きで始めた事なんでしょう。

 開催は明日などという、偉く気の早い彼の計画を聞かされ、私は喜んで教室を出ていく彼を見送りました。

 

 

『.........良いの?参加しても』

 

 

マック「だ、だって仕方ないではありませんか.........彼の頼みですもの」

 

 

『そう。でもアレの誘いに乗るの、私は得策じゃ無いと思うけど』

 

 

マック「え?」

 

 

 突然現れたミスターM。その存在は乗り気ではなく、私に誘いを断るよう言ってきました。勿論了承した手前。それを無下にする事も出来ず、私はその誘いに乗ってしまったのです。

 それが、間違いであったことに気付かずに.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「いやー!こんなに集まってもらってありがたいなー!!」

 

 

マック「こ、これは.........?」

 

 

 開催当日。彼に案内されて入った教室の中には既に、ある程度人が集まっていました。そのメンバーは

 

 

 アグネスタキオンさん

 マンハッタンカフェさん

 ツインターボさん

 ライスシャワーさん

 イクノディクタスさん

 ゴールドシップさん

 白銀翔也さん

 黒津木宗也さん

 神威創さん

 

 

 なんともまぁ、見覚えのある人からなんでこの人まで?と言った方々まで、それぞれが時間を潰していました。

 

 

ライス「ま、マックイーンさん!良かったぁ〜。マックイーンさんも居るなら安心かも.........!」

 

 

マック「え?い、いえ。実は私もそれほど怖い話は.........その、得意ではなくて.........」

 

 

ゴルシ「なんだなんだー!!?怖い話ってどういうこったよ!!!アタシはこの教室にゴーストバスターズが来るって聞いたからサイン貰いにきただけだぞ!!?」ガタガタ

 

 

 どういう事ですか。何の話ですか。というより貴方も苦手なんですか。震えが酷すぎて軽く地面が揺れていますよ?

 産まれたての子鹿の様に震えを見せるゴールドシップさんを見て、私は彼の方を睨みつけました。

 

 

桜木「い、いや.........おっかしいな〜?俺ちゃんと説明したはずなんだけど.........」

 

 

マック「.........本当ですか?」

 

 

イクノ「ええ。間違いありません。桜木トレーナーからは、怪談話をすると言った話をしっかり聞きました」

 

 

ターボ「ターボも聞いた!!暑くてうがーってしてる時に来て、怖い話をすると涼しくなるって言ってくれたんだぞ!!!」

 

 

 .........なるほど、彼の性格からして、もしかしたら今回の事はターボさんが発端かも知れません。

 ええ、そうに違いありません。そうでなければあんな怖がりなこの人が自ら怪談話をするなんてこと絶対有り得ませんもの。

 そう自分に言い聞かせ、息をゆっくり吐きながら空いている席に座りました。隣には、タキオンさんとカフェさんが居て下さるので、少し安心します。

 

 

マック「.........?カフェさん?その大きいバックは一体.........?」

 

 

カフェ「.........ああ、ユキノビジンさんから借りた漫画が.........桜木トレーナーさんの物だと知ったので......そろそろお返しした方が良いかと.........」

 

 

神威「ドラゴンボール全巻あるぜ。俺も読ませて貰ったわ」

 

 

 あぁ.........彼から度々愚痴のように、俺の漫画は今どこにあるんだというボヤキを聞いていましたが、ようやく戻って来るのですね.........

 彼の心配の種が一つ消えることに安心するようにホッとため息を吐きましたが、両隣に座るお二人の雰囲気のせいで、その安心が少し揺らぎました。

 

 

カフェ「......一応、気を付けてください.........」

 

 

マック「?はい.........?」

 

 

タキオン「.........ふぅン」

 

 

 二人は、彼から一切視線を外すこと無く、言葉を発しました。気を付けるとは一体、どういう事なのでしょう?

 思考の沼にハマりかけたその時、窓から生ぬるい風が入り込んできて、私の背中をぬるりと撫でました。

 

 

マック「っ」ゾワゾワ...

 

 

桜木「今日の為にロウソクまで買ってきちゃったもんねー♪」

 

 

白銀「おっ!本格的じゃん!!」

 

 

神威「誰から行くよ!!誰から!!」

 

 

黒津木「コイツに決まってんだるろぉ!!?言い出しっぺなんだからよぉ!!!」

 

 

 ガヤガヤとした野次が飛び交う中で、彼はしょうがないと言って頭をかきます。いつもの雰囲気を感じさせるやり取りのはずですのに、なんだか不安が込み上げてきます。

 人数分のロウソクに火をつけ終え、彼は自分の手にロウソクを乗せたお皿を持ち上げて、話を始めました。

 

 

桜木「これは、同僚から聞いた話なんだけど.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今から約十年前。走る事が好きで好きで仕方の無い一人のウマ娘が居ました。

 

 

 彼女は、それはもうレースに関わらず、走る事が大好きで、何かとつけて誰かと併走を約束したりして、毎日を楽しく過ごしていました。

 

 

 だけどある日、脚に違和感を覚え始めました。けれど、それを言ったら、暫く走ることが出来なくなるかもしれない.........

 そう思ったウマ娘は、その事を自分のトレーナーに言う事はありませんでした。

 

 

 日に日に、違和感は痛みへと変わりだし、周りから見ても彼女の変化はあからさまになった時、病院へ無理やり連れていかれた彼女は、こう申告されました。

 

 

 『繋靭帯炎』です。と.........

 

 

 今の医学でも、治ることはほぼ無いと言って等しい程の症状。彼女は絶望に打ちひしがれました。

 あの時、このことを話していれば、なんて、後悔してもしきれません。

 

 

 他の子が走る姿を見て、彼女は嫉妬と苦しみの渦の中でもがき続けましたが.........

 

 

 ある日、解放されました。

 

 

 トレセン学園の三階の教室。その窓から、飛び降りてしまったのです。

 

 

 けれど、彼女は身体を失ったあとも、まだ走りたい気持ちがあるのか、今でも夜な夜な、一人学園を彷徨って居るそうなのです。

 

 

 .........そう。自分が走る事の出来る身体を持つ、ウマ娘が現れてくれるまで.........彼女は学園の中を走り続けるのです.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「.........ふぅっ」

 

 

マック「.........!」ゾクゾク

 

 

 話し終えた彼は、ロウソクの火を一息で吹き消しました。たった一つの火が消えただけなのに、空間の明るさはなんだか1段階暗くなった雰囲気があります。

 それになんだか、その話をしているトレーナーさんが、まるでトレーナーさんでは無いような気がしてきます。そんな事、ある筈がありませんのに.........

 

 

ライス「お、お兄さま.........!」

 

 

神威「め、滅茶苦茶怖ぇ.........!!!」ガクガク

 

 

カフェ「え......?良くある怪談話だと......思いますが.........?」

 

 

黒津木「何言ってんだ.........めっちゃ怖ぇよ.........!!!」カタカタ

 

 

白銀「玲皇に怪談話出来る同僚が居たなんて.........!!!」ブルブル

 

 

 あっ、そこなんですね。貴方達が怖がる部分.........思わず身体をガクリとさせてしまいます。

 ま、まぁ最初はあまり良いように思われていない彼ではありますが、これでも最近は周りのトレーナーの方との関係も改善されてきたと思います。それくらいのお話はするでしょう。

 次は誰が話をするのか、そう進行を務めるトレーナーさんですが、一人席に座っていない人が居るのに気がつきました。

 

 

桜木「.........あれ?ゴルシは?」

 

 

白銀「.........あ?」

 

 

黒津木「翔也」

 

 

 何故かトレーナーさんの言葉に反応する白銀さん。そんな彼を諌めるように、黒津木先生が肘で彼を突くと、何かを思い出したように悪いと言って、彼は黙りました。

 そんな様子を見ていると、ふと掃除用具を入れているロッカーがガタガタと震えているのが見えました。それに驚きの声を上げるライスさんと私ですが、タキオンさんは気にせず、そのロッカーを開けました。

 

 

タキオン「.........何をしてるんだい?」

 

 

ゴルシ「え?い、いや〜!!ちょっとゴルシちゃんワープの調子を確かめたくなっちゃって.........」ガクガクブルブル

 

 

 寒いなー寒いなー、と言って手で身体を擦るように温めながら、彼女はロッカーから出てきて席に着きました。震えが凄いのか、振動が地面を伝わりこちらまで届いてきます。

 

 

『彼女も苦手なのね。遺伝かしら』

 

 

 純粋な疑問を私の中でぶつけてきますが、そんな事は知りません。彼女の家族の事はあまり知りませんから。

 ですが、先程彼の話した内容が少々引っかかります.........トレセン学園三階の、とある教室.........

 

 

マック(まさか.........ここ?)

 

 

 そう思い始めると、先程までの暗いだけだった雰囲気がまるで意味を持ち始めたように、気持ちの悪いものへと変容していきます。まさかこの為にここを会場にしたのなら.........彼も酷い人ですわ.........

 

 

神威「うっし。じゃあ次は俺から話そうかな」

 

 

桜木「おっ!どんな話が聞けるかな〜?」

 

 

神威「話をしよう。あれは三十六万.........いや、十年ほど前だったか.........」

 

 

 何故か低い声でそう言いながら、足を組み始める司書さん。カフェさんが睨みつけるように彼を見ていますが、お構い無しに話を続けました.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 当時中学生だった俺達は、365日毎日と言ってもいい程玲皇ん家に集まって、それこそ毎日遊んでたんだ。

 

 

 ある日、俺はクトゥルフ神話TRPGのシナリオを完成させた。それはもう初心者にしては中々クオリティの高いシナリオだった。

 

 

 俺はアイツらを誘ってやろうと思った。そうしたらどうなったと思う?

 

 

 玲皇は良い。職業は探偵で技能も探偵向き。ただちょっとマーシャルアーツとか武道に振ってる血気盛んな奴だった。

 

 

 宗也もまだ良い。警察官だからフィジカル技能に振ってても許せる。目星も聞き耳も着いてる刑事向きの探索者だ。

 

 

 お前だ。お前。翔也。なんだマッカーサー・スターリンって。ふざけんなよ。なんで米軍人が普通に日本のド真ん中にいんだよ。

 

 

 いや、居てもいいんだよ?居てもいいんだ。 俺は別に差別主義者とかじゃないし、政治的に危ない人種でもない。

 

 

 だがな、現代日本でアサルトライフル持ち込むバカはコイツだけだ。ゴリ押しされて通してやったが、隠す技能初期値の癖にバンバン成功させやがってよ。

 

 

 でもな、俺が本当に恐怖を感じたのはここじゃないんだ。このシナリオの終盤。実は神話生物が出てくる。普通の探索者じゃどうにもならん存在だ。確かショゴスとかだった気がする。

 

 

 触れれば即キャラロスの最強生物。普通の探索者なら、見た瞬間発狂するから絶対避けて通りたい。通りたいはずなんだ.........

 

 

 それを.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

神威「コイツショゴスぶっ殺しやがったァァァァァッッッ!!!!!」

 

 

黒津木「そりゃミ=ゴがマーシャル蹴りで腹ぶち抜かれる世界だしな。AR全弾扉越しぶっぱされたら死ぬだろ」

 

 

桜木「.........え?怖い部分どこ?」

 

 

 頭を抱え込みながら、白銀さんの方を勢いよく指を指す司書さん。白銀さんは何故かゴールドシップさんの耳を押えてあげている状態で、その指に対して後ろの誰かだと思い振り返る素振りを見せます。

 正直、それがどのような遊びかはあまり分かりませんが、やった事がハチャメチャだと言うことはしっかりと伝わってきました。

 

 

イクノ「神話生物は闘争機関銃で倒せる。なるほど、今後に生きるかも知れません。知識として蓄えましょう」

 

 

マック「イクノさん!!?」

 

 

ターボ「やだなー!!ターボおっきい音嫌い!!」

 

 

白銀「よーし。次は俺の番だな」

 

 

 隣に居るゴールドシップさんの耳から手を離し、ロウソクを持ち上げる白銀さん。未だ震える彼女に、今だけは自分で塞げというように、黙って片手を頭に当てます。何故未だに付き合っていないのでしょう?このお二人は。

 

 

白銀「あれは、今から丁度三ヶ月前のイギリス大会の事だった」

 

 

全員(最近すぎでは.........?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺は、大会の予選が行われる前日。なんでか寝付けなかった。普段ならこんなこと無く、直ぐに眠れる筈なんだが、なんだか目が冴えちまってた。

 

 

 まぁ、理由は分かる。俺はそんときダイエットしてた。横腹に肉が着きすぎててな。全力で動くと空気圧で肉がむにるんだ。

 

 

 だからまぁ、二週間ほど水と眉毛で生活してた。え?そんなの人間じゃねぇって?当たり前だろ。俺は白銀翔也って書いて[人外]って読むんだからな。

 

 

 話を戻すぞ。俺はとにかく腹が減って腹が減って仕方が無かった。とにかく何かを腹に入れたくて仕方がなくて、とりあえずまだホテルのビュッフェがやってるはずだから、俺は部屋を出たんだ。

 

 

 その後の事は覚えてない。ただ口の中が甘ったるい物だらけで朝を迎えてたんだ。そして、俺は嫌な予感がして、体重計に乗った.........そしたら―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

白銀「10kgも太ってやがったァァァァァッッッ!!!!!」

 

 

マック「いやぁぁぁぁぁぁ!!!!!」ブンブン!!!

 

 

 な、なんて恐ろしい話なの.........!!?そ、そんなの聞きたくなかった.........!!!記憶を無くして食べた結果が、10kgの増量だなんて.........リスクとリターンがマッチしていないではありませんか!!!

 

 

桜木「えっと、今の怖い要素、あった.........?」

 

 

マック「.........は?」ピキピキ

 

 

桜木「えっ」

 

 

 怖い要素?一体何を言ってるんですか彼は?要素なんてありません。恐怖100%で出来たお話だったではありませんか?

 私は席から立ち上がり、彼にゆっくりと近付きます。

 

 

マック「貴方、一体何年私と一緒に居るんですの?」

 

 

桜木「え!!?え、えっと.........何年だったかな〜.........?」

 

 

マック「.........へぇ」ゴゴゴゴ

 

 

桜木「ヒエッ.........」

 

 

 そうですかそうですか.........この人はあくまで知らんぷりをしようと言うのですね?酷い話です。初めてあった頃はあんなに親身になって考えて下さっていたのに。こんなからかうような事を.........!!!

 ここは久しぶりにお灸を据えなければなりません。そう思い、彼の手を掴もうとしましたが、背後から誰かが私の身体を羽交い締めしてきました。

 

 

カフェ「だ、ダメです......!刺激しないで......ください.........」

 

 

マック「出来ませんわ!!!この方は!!!私の苦労を全く分かっていない!!!」ブンブン!!!

 

 

桜木「ゴメンナサイ.........ゴメンナサイ.........」

 

 

 腕をブンブンと振り回しながら、私は抗議しました。その姿に恐怖を感じたのか、彼は今まで見せたことの無いような怯えを見せています。

 さ、流石にやりすぎてしまったでしょうか.........?で、でも!この辛さを理解してくれると思っていましたのに!!先程の反応は私に対する裏切りにも等しいですわ!!!

 カフェさんの言う通り、これ以上は止めときましょう。ゆっくり深呼吸をしていると、今度は黒津木先生が、その手にロウソクを持ち始めました。

 

 

黒津木「ようし。今度は俺がこの世で一番恐ろしい体験を味わった話をしてやろう」

 

 

タキオン「ほう!ニューヨークの医者として長い経歴を持つ彼の事だ!!!さぞかし恐ろしい体験をしたのだろうねぇ!」

 

 

黒津木「泣かないでね」

 

 

タキオン「そうなったら君の胸を借りるよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれはそう。いつもの四人で集まって各々好きなゲームしてた時だった。

 

 

 俺は地球防衛軍2のPSP版をやり込んでた。それこそインフェルノとか頑張ればクリアできるくらいにやってた。

 

 

 ふと尿意を感じた俺は、トイレに行った。そして戻ってきたら―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

黒津木「コイツ俺のデータ消してやがったァァァァァッッッ!!!!!」

 

 

白銀「その事については謝ってんだろォ!!?」

 

 

神威「そういや俺もお前のスラもり2のデータ消してたわ」

 

 

黒津木「シバくぞ゛ォ゛ゴ゛ラ゛ァ゛ッッッ!!!!!」

 

 

 怒号を響かせながら、黒津木先生は二人をもみくちゃにするように巻き込んでいきます。なぜ巻き込まれる事を知っていて司書さんはあんな事を言ったんでしょう.........?

 

 

桜木「何やってんだアイツら.........」

 

 

マック「はぁ.........あの方達を呼んだらこうなる事くらい、目に見えてたでしょう?」

 

 

桜木「そんな......ただ怪談話をするだけだったのに.........なんでこんな.........」

 

 

 頭を抱え始め、もう周りを見ようともしないトレーナーさん.........少し、様子が変です。いつもの彼なら、この人達を叱るか、この流れに乗って自分も参戦する筈ですのに.........

 .........待って下さい。そもそもがおかしいのです。だってどう考えたって、普段怖がりなはずの彼が、怪談話に乗り気になるだなんて、普通有り得ません。

 妙な違和感について思考をこらそうとした時、隣に座るカフェさんが、ロウソクをその手に持ちました。

 

 

 そして、話は冒頭へと戻るのです.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「.........これで、私のお話はおしまいです」フゥ

 

 

 手に持つロウソクの炎が一瞬、激しく揺れた後、その存在を煙にして明かりを消します。今、この教室にあった火のついたロウソクは、これで全て消えてしまいました。

 最初はどうなる事かと思いましたが、私のお話を終え、皆さんは拍手を疎らに響かせました。

 

 

イクノ「面白かったです。マックイーンさん」

 

 

マック「ありがとうございます。それにしても、イクノさんがオカルト好きだとは知りませんでしたわ」

 

 

ターボ「イクノはたま〜に怖い話してくれるからね!!ターボも怖くて逃げ出したくなっちゃうくらい!!」

 

 

 自信満々に胸を張ってチームメイトを誇るターボさん。イクノさんは読書をするのが好きという事もあり、とある本から仕入れた怪談話を披露してくださいました。

 ライスさんとターボさんは、一緒に体験した夜の学園での出来事。タキオンさんはトレセン学園の七不思議を、自分の仮説を交えて発表し、カフェさんは身近で聞いた話を、まるで自分が体験したかのように話を作りあげてくださいました。

 

 

マック「それにしても、ゴールドシップさんは本当に怖いのが苦手なんですのね」

 

 

ゴルシ「あぁ!!?何言ってんだよ!!!怖えーだろテケテケ!!!アイツ滅茶苦茶早えーんだぜ!!?」

 

 

タキオン「それは人間基準だろう?私達ウマ娘なら余裕で振り切れるさ」

 

 

 自分のお話を思い出したのか、彼女はまた凄い形相で震え始めました。その姿を見て、この場にいる人は笑っています。

 そんな空気に意識を移していたせいで、外はもうすっかり暗くなっている事。そして.........彼がずっと拍手をしていることに、今になってようやく気が付きました。

 

 

桜木「いやー!!これで楽しい怪談話はおしまいだなー!!」

 

 

マック「トレーナー、さん.........?」

 

 

桜木「.........[楽しい怪談話]は、ね」

 

 

 パシン。と彼が拍手を止めたその瞬間。空気に漂っていた違和感が急に膨れ上がり、確かな異質な物へと変化していきました。

 

 

『はぁ.........だから言ったじゃない』

 

 

マック(え!!?えっ、こうなる事知ってたの!!?)

 

 

『いや、流石にここまでとは思わなかったけど.........彼は偽物だと言うのは知ってたわ』

 

 

マック「に、偽物.........!!?」

 

 

 身体の奥底から響いてくる存在の、その言葉に驚きの声を上げます。だって、どこからどう見たって彼そのもの。変装とかそんな生半可な物では.........

 そう思考の沼にハマりかけていると、私の偽物。という言葉に反応し、アグネスタキオンさんがそれを肯定しました。

 

 

タキオン「ああ偽物だ。ここに居る者達は知ってたよ。君以外」

 

 

ターボ「えぇぇ!!?」

 

 

ゴルシ「おっちゃんじゃ無かったのかよ.........!!?」

 

 

タキオン「訂正しよう。君とターボくんとゴールドシップくんだけだ」

 

 

マック「そんな.........」

 

 

 ショックです。彼とは長い年月を掛けて築き上げた絆があると言うのに.........彼では無いという事にすら気が付かなかったなんて.........こんなの、本物の彼に顔向けなんて出来る訳ありません。

 

 

『これが恋よ』

 

 

マック(貴方に恋の何が分かるのよ!!?)

 

 

『ちょっと黙って。私も私で恋を鎮めるのに大変なんだから.........ふぅ』

 

 

 何をしてるんですか私の中で。一体誰に対する恋心を鎮めてるんですか?いきなりよく分からない事をしないでください。びっくりしてしまいます。

 って、そんな事を悠長に話している場合ではありません!!!彼の姿を模した何かが、ジリジリと近づいてきています!!!

 

 

カフェ「気を付けてください.........!アレは.........凄く危険な悪霊です.........!」

 

 

タキオン「見慣れてる彼女がそう言うんだ.........これは、好奇心が猫を殺す展開になり得るかもね.........」

 

 

「ふふふ.........それにしても驚いたなぁ、正体に気付かれてたなんて.........」

 

 

 徐々に姿が彼からかけ離れて行く影。喋り方もその声も、どんどん彼とは程遠く、おどろおどろしい物へと変わっていきます。

 正直、私はもうその姿に怯え竦みきっています。身体は言うことを聞かず、カタカタとただ震えるだけです.........

 それはみなさんも同じのはず。ですが、その中でも声を上げる方が居ました。

 

 

ライス「分かるよ.........!!!」

 

 

「?」

 

 

イクノ「ええ。桜木トレーナーの事は深く知りはしませんが、それでも貴方が偽物だと言うことはよく分かります」

 

 

ライス「だって.........お兄さまは最初に[やぁ]なんて言わないもん!!!」

 

 

マック「あっ.........」

 

 

 そう言われて、先日彼に会った時のことを思い出します。確かに、彼は[よう]。ではなく、[やぁ]と言って挨拶をしてきました。

 

 

白銀「それにアイツは[ゴルシ]なんて呼ばねぇ」

 

 

ゴルシ「あっ!!そういえばいつもアタシの事[ゴールドシップ]って呼んでたもんな!!!」

 

 

タキオン「なんで張本人が今気付くんだい.........?」

 

 

 思い返してみれば、違和感はしっかりと存在し、疑う余地も確かにあったんです。それなのに私と来たら.........

 しかし、そのような後悔や懺悔などしている暇はありません。目の前に居る悪霊が、私達ににじりにじりと寄ってきています。

 

 

「まぁ関係無いさ今更。私をどうにかしようとしたみたいだけど、ここに来た時点で終わりよ.........」

 

 

 それがそう呟いた瞬間。教室の扉が両方、金属音の音を響かせました。そして、私達は悟ったのです。この場に今、閉じ込められてしまったのだと。

 

 

ターボ「い、イクノ〜!!!これもしかしてやばい!!?」

 

 

イクノ「やばくはありません」

 

 

イクノ「とてつもなくとんでもなくこれ以上に無いくらいすんごくやばいです」スチャ

 

 

ゴルシ「ヒュ.........」チーン

 

 

ライス「そ、それでも冷静なイクノさん.........凄い.........!!!」

 

 

 ゴールドシップさんが気絶したこの状況にも関わらず、イクノさんは冷静にメガネのズレを直します。こんな時でも動揺しないイクノさん.........素敵です!

 って!惚れ込んでいる場合ではありません!もう既に私達は壁まで追い詰められて絶体絶命なんですから!!!

 

 

「えへへ、さぁて、誰を乗っ取ろうかな〜?皆GI走ってるウマ娘だし〜?」

 

 

ターボ「!良くターボがGI走ってるって分かったな!!!さてはターボのファンだな!!!」

 

 

「ふふふ.........そうね。一番元気そうだし。貴方の身体を貰おうかしら.........!!!」

 

 

 不気味な笑みを更に不気味に仕上げながら、それの影から無数の腕が沸いて出てきました。

 それぞれまるで別の生き物かのように動き、間接など存在していないと言っていいほどに、それはうねうねとしていました。

 ゆっくりと私達に近付いてくるその腕に、私は目を瞑ってしまいました。この先起こることを予想すら出来ず、ただただ恐ろしい結末と、ここに来た後悔を胸に、ただひたすらに叫びたくなる恐怖を耐えていました。

 

 

マック(トレーナーさん.........!!!)

 

 

 そんな時でも、希望を捨てる事すら出来ません。彼に対する切望を、捨てきる事が出来ない.........

 彼の事を考えていれば、少しは恐れが小さくなる。けれど、抵抗する事を忘れてしまっている私達は、その手が伸びてくる事に何もすることは出来ず、ただその時を待っていました.........

 ですが―――

 

 

「.........ッッ!!?」

 

 

全員「.........?.........!!?」

 

 

 その時をひたすらに待っていた。その魔の手が顔に触れる瞬間。それが顔前で硬直するのを感じ取れて、ゆっくりと目を開けました。

 そこには、入れるはずも無いのに、ここに居た訳じゃないのに、トレーナーさんが何故かその悪霊の後ろに立っていました。

 

 

 彼がゆっくりとその手をあげます。彼の威圧感がこちらにまで伝わってくる程、彼が心中穏やかではない事が分かります。

 目の前に居るもう一人の彼が冷や汗を一つ垂らしたその瞬間。勢い良くその手を振り下ろしました。

 

 

「!!!.........え?」

 

 

 しかし、その勢いに反してその手は優しく悪霊の肩を叩きました。私達もその場に似合わない行動に、思わず息を呑みます。

 ゆっくりと彼の方へと振り返る悪霊。その悪霊の顔に対して、彼は人差し指を伸ばすという子供のイタズラの様な事をします。

 

 

桜木「.........なぁ」

 

 

「.........?」

 

 

桜木「[ワンインチパンチ]って知ってるか?」

 

 

 それを聞いた瞬間。悪霊は影の手を彼へと向け、私達の方向へ逃げようとします。

 一方の彼は、先程の悪霊の様な気味の悪い笑みを浮かべ、その小さい動作から拳を作り、悪霊の頬へとねじ込みました。

 

 

「がっ!!?」

 

 

桜木「っ、チィ!一瞬見ただけじゃ完全にコピーは出来ねぇか!!!」

 

 

マック「トレーナーさん!!!」

 

 

桜木「![よう]!!マックイーン!!」

 

 

 いつものような挨拶。いつものようなニカっとした笑顔。あの時のそれは、こんな顔をしてはいませんでしたのに.........なぜ私は気が付かなかったのでしょう.........?

 

 

カフェ「あの......結界が貼られていた筈なんですけど......どうやって.........?」

 

 

桜木「あ?鍵開けたら入れたけど?」

 

 

 そう言って、彼はポケットから見せびらかすように鍵を見せました。どうやら鍵が掛かっていただけのようです.........逃げようと思えば逃げられたのですね.........

 そう思っていると、先程のパンチで壁に激突した悪霊が起き上がろうとしてきます。それを見て、私達は彼の方へと位置を変えました。

 

 

「折角身体を手に入れられる所だったのに.........!!!ふざけるなッッ!!!」

 

 

桜木「身体を手に入れるだぁ?ギニュー隊長見てぇな事言ってんじゃねぇよ!!!んな事出来るわけねぇだろ!!!」

 

 

マック「トレーナーさん!!?」

 

 

黒津木「そうだそうだ!!!」

 

 

タキオン「黒津木くん!!?」

 

 

 何故かこの状況で野次を飛ばし始めるトレーナーさん。先程まで冷静沈着であったはずの司書さんも、そして気絶しているゴールドシップを抱えていた白銀さんも同じように煽り始めました。

 

 

神威「あのなぁ?そういうのはな?創作物だけのお話なのよ。私達入れ替わってる!!?ができるのは妄想の中だけなのよ」

 

 

カフェ「あ、あの、それ以上は.........」

 

 

白銀「出来るってんならやって見せろよ!!!俺が身体貸してやっからよぉ!!!まっ!!!無理だろうけどな!!!」

 

 

ウマ娘「白銀ッッッ!!!!!」

 

 

白銀「ヘェ!!?」

 

 

 刺激に刺激を重ね、悪霊はプルプルと怒りに震えていました。それにトドメを刺すように、白銀さんは決定的な煽りとチャンスを与えてしまったのです。

 悪霊の行動は早い物でした。白銀さんの身体を無数の影の手が引き寄せ、悪霊と重なるように一つになってしまったのです.........

 

 

「くはは.........!!!凄いよこの身体!!!下手したら生身の時より動けるかも!!!」

 

 

三人「何やってんだアイツ.........」

 

 

マック「貴方達が煽ったせいでしょう!!?」

 

 

 煽りに煽った結果がこの始末です.........悪霊は白銀さんの身体を確かめるように、身体の全身を動かし始めました。

 こうなってしまったらもうおしまい.........彼の身体から放たれる攻撃を食らった日には、いくらウマ娘と言えども無事では済みません.........ここから無事に帰ることは出来ないと、私達はもう諦めてしまいました.........

 

 

「貴方達親友なんでしょ?殴れないよねぇ?」

 

 

桜木「.........あ?」

 

 

「大切な友達なんでしょう?じゃなきゃこんなやばい奴とつるむわけないよね?」

 

 

神威「.........」

 

 

「もうこの身体は私の物.........一人だけなんて勿体ないから、ここに居る子達全員、私の身体に―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヴォルカニックヴァイパーッッッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一瞬でした。悪霊が喋ってる最中に、黒津木先生が懐に潜り込み、飛び上がりながらアッパーカットを一瞬でやってのけたのです。何が起こったのか、私達も追い付いて居ませんでした.........

 

 

ターボ「えっ、えっ!!?アイツ友達なんでしょ!!?」

 

 

黒津木「あぁ〜友達だよぅ〜?アイツが言ってるだけだけどね〜?」

 

 

神威「そうそう〜!今までボコボコにしようと思ってたけどコイツ最強だからそれも出来なくてさ〜?鬱憤が溜まってたんだよね〜」ゴキゴキ

 

 

「かはっ、ァ.........!!?」

 

 

 先生の攻撃により、壁に背中を激突させてしまった悪霊は、苦しそうに息をします。どうやら過呼吸になってしまったようです。

 そんな事など気にせず、トレーナーさん達はそれぞれ首を鳴らしたり、指を鳴らしたり、肩を回して近付いて行きます。

 

 

桜木「まぁよぉ〜.........コイツもだ〜いじなゴールドシップが危ない目に会いそうになったっつったら軽〜く許してくれるだろうしな〜.........」

 

 

神威「という訳で俺の渾身のシナリオを壊してくれたお礼だオラァァァァァッッ!!!」ドゴァ!!!

 

 

「べふぅ!!?」

 

 

 脳天を捉えた振り下ろしチョップが炸裂し、悪霊は両手で頭を押さえました.........こうなってくると、あんな事をした存在のはずなのに、なんだか可哀想になってきてしまいます.........

 

 

タキオン「も、もういいじゃないか.........彼女も辛そうだし.........」

 

 

黒津木「いいやっ!!!俺の気はまだ済んでねぇ!!!さっきの一発で地球防衛軍のデータ消した件はチャラだが、俺のユンゲラーを逃がした件は許してねぇんだよ!!!ファフニールッッ!!!」バゴォ!!!

 

 

「おごぁっ!!?」

 

 

黒津木「次やったら殺゛す゛ぞォ゛ゴ゛ラ゛ァ゛ッッッ!!!!!」バコォン!!!

 

 

神威「うげぇ!!?」

 

 

 一歩進んでから繰り出される右ストレートが悪霊に、振り向いた遠心力を生かした右フックが何故か司書さんの腹部に捩じ込まれました。恐らく彼がどさくさに紛れて言っていたゲームのお話でしょう。

 既に相手は息も絶え絶え。白銀さんの身体ですが、今まで彼がみせたことのない苦虫を噛み潰した顔ような顔をしています。

 

 

「どうして!!?この身体は最強じゃないの!!?」

 

 

桜木「だから言ってんだろ?ドラゴンボール読めって」

 

 

イクノ「桜木トレーナー。ドラゴンボールなら丁度全巻ここに」

 

 

桜木「おっ!丁度いいや!!」

 

 

 嬉々とした様子でカフェさんが持ってきた バッグに小走りで近寄り、チャックを空けた彼は中身を確認して更に笑顔を満開にさせます。それほどまでに好きな物なのですね.........

 きっと彼の事です.........今この場で悪霊に読み聞かせる位の事はしそうな展開。しかし、彼は予想に反して、そのバッグの端と端を挟み込むように持ち上げました。

 

 

ライス「な、何をする気なのかな.........?」

 

 

マック「さ、さぁ.........?」

 

 

桜木「ほら。これがドラゴンボール42巻分の重さだ。テメェの敗因はたった三つだぜ。たった三つの、シンプルな答えだ.........ッ!!!!!」ズガァ!!!

 

 

ウマ娘「えぇ!!?」

 

 

「あっぽ―――」ドサ...

 

 

 彼は持ち上げたそれを、横から縦へと持ち替えた後、そのまま思い切り。渾身の力で振り下ろしました。私達も読み聞かせが始まると思っていましたが、普通に決着が着いてしまったのです。

 悪霊が憑依した白銀さんの身体が地面に倒れ伏したその時、教室に入った時から感じていた異質な空間が、今ようやく普通の雰囲気に戻りました。

 そんな中、彼は溜息を吐きながら、その幽霊の敗因を語ったのです。

 

 

桜木「一つ。漫画の歴史を変えた分岐点。それを押えて無かった」

 

 

桜木「二つ。あからさまな挑発に乗って翔也とかいう謎に頑丈な奴の身体を奪った」

 

 

桜木「そして三つ。俺の教え子に手を出そうとした。テメェは俺を、怒らせた」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして。日常の中の非日常は終わりを告げ、雰囲気も元に戻り、ゴールドシップさんが目を覚まして少し経ったあと、めちゃくちゃにしてしまった教室内を片付けていました。

 

 

マック「.........そういえば、なぜあの悪霊はトレーナーさんの姿をしていたのでしょう?」

 

 

桜木「え」

 

 

 ふとした疑問を誰にでもなく投げかけると、彼が反応を見せました。しかも、何故か冷や汗が一つ、彼の頬を伝うのが見えてしまいました。

 

 

カフェ「.........この教室には元々、御札が貼られ、封印されていたはずですが.........」

 

 

マック「.........トレーナーさん?」

 

 

桜木「.........えっと」ダラダラ

 

 

 冷や汗が一つ垂れていた所から、見るからに汗がダラダラと流れ始めた彼の顔。ここに居る皆さんが目に見えて、彼の方を疑り深く見つめ始めました。

 

 

タキオン「トレーナーくん。ここに居る子達は、君の姿をした偽物に違和感を抱きつつも、私に相談して撃退しようとした勇気ある者達だ」

 

 

タキオン「素直に話す事が、誠意ある行動なんじゃないのかい?え?」

 

 

桜木「.........実は―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれはそう。夏の暑さが尋常じゃなくなってきた三日くらい前の昼休み。俺は毎年の例に漏れず、頭がおかしくなっていた時の事。

 

 

桜木「暑い〜.........こういう時は怖い話でも聞いて肝を冷やすに限るんだが.........」

 

 

 そう言いながら、俺は学園内の三階を散策していた。同僚から聞いた話では、ここに学園の七不思議の一つであるオカルト教室があるのだが、それを探していたのだ。

 何故かって?知らん。俺が俺だからって俺の全てを知ってると思うな。中央の夏の俺は別人格なんだ。

 まぁ、なんだ。とりあえず一通り七不思議の舞台は網羅したんだが、如何せん怖い雰囲気は無かった。話や雰囲気まではいいんだ。ただ体験するのが滅法苦手なだけで。

 

 

桜木「お?ここじゃね?なんか御札とか貼られてるし.........」

 

 

 そこで俺はこの教室を見つけた。頭が暑さにやられてたのか、俺は躊躇せずその貼られている御札をシールを扱うように軽く剥がして教室に入った。

 

 

桜木「ヒュ〜♪雰囲気激ヤバヤバの素敵スポットじゃん!よーっし!夏の暑さ凌ぐ為に皆集めて怪談話しよっ!!!すまんここに居る幽霊さん!!!一瞬賑やかな場所にさせてくれ!!!」

 

 

 俺は思ったね。ここは最高の怪談話スポットになるって。もう開けた瞬間から寒気ビンビン警報機カンカンテンション上げ上げ。ここで怪談話すれば今年の夏は乗り越えられる事間違い無しって。

 んで今日になって気付いたのよ。不味くね?って。だから来たの。鍵持って。遅くね?って。もうねアホかとバカかと思いましたよ俺は自分を.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ウマ娘「」ポカーン

 

 

桜木「いやー!!でもさっ!お陰で今年も夏を何とか乗り越えられそうだわ!!!夏はホラー!!!」

 

 

 彼はそう言って、大声で笑っていました。有り得ません。神経を疑います。他の方達もそう思ったのか、その口を開き、彼の笑う姿をただ見ているだけでした。

 

 

黒津木「やっぱな。お前はやべぇ奴だと思ってたんよ」

 

 

神威「死ね」

 

 

桜木「おいおい。お陰でそいつの鬱憤晴らせたから良いだろ〜?」

 

 

白銀「」ボロ...

 

 

二人「許そう」

 

 

 机の上に寝させられたボロボロの白銀さんを指差し笑う三人。とてもいたたまれません。彼の勝手な行動のせいで白銀さん。そして罪もない幽霊さんをあの様な目に.........

 

 

マック「トレーナーさん」

 

 

桜木「はい」

 

 

マック「助けてくれた事には感謝致します。ですが.........それを差し引いても、今回の事は到底許せる物ではありません」

 

 

桜木「.........はい」

 

 

 ゆっくりと彼に近付きながら、今の彼に対する思いをぶつけます。いくら夏の暑さでおかしくなってしまうと言っても限度があります。今回はその限度を優に超えてしまっている。

 私の感情を読み取ったのでしょう。幽霊さんと対峙した時は見せなかった怯えが手に取るように分かりました。

 

 

マック「許して欲しいですか?」

 

 

桜木「許してくれるんですか.........?」

 

 

マック「どうします?」

 

 

 私は許せません。こうなってしまった原因は彼にあるのですから。けれど、他の方が許すのならば私は手をあげず、その身を引こうと判断を委ねます。

 しかし、皆さんは首を振りました。横方向に、合図も無しに一斉に振ったのです。私は安心しました。どうやらこの怒りを無駄にせずに済みそうだから.........

 

 

桜木「.........ギルティ?」

 

 

マック「ええ。今しがた貴方達の有罪が確定されましたわ」ニッコリ

 

 

黒津木「えっえっ」

 

 

神威「俺らもカウントされてるってこと!!?」

 

 

桜木「.........ごめぇぇぇぇぇん!!!」ダッ!

 

 

 彼らの怯えは私の笑顔を見て、恐怖へと様変わりしてしまいました。最終的にそれは、逃げるという行動に変化を見せ、トレーナーさん達は慌ただしく教室から出ていきました。

 

 

マック「さぁ!!!悪霊よりも悪いトレーナーさんに鉄槌を下しに行きますわよ!!!」ダッ!

 

 

ウマ娘「おー!!!」

 

 

 冷静さを欠いた判断です。タキオンさんの薬を服用しているのならばいざ知らず、生身で私達ウマ娘から逃げようとするなんて愚の骨頂.........!!!

 そうしてタキオンさんとカフェさんを教室に残し、後の人達で私達は必死に逃げる彼等に向かって行きました。

 結局、彼等は私達に直ぐに追い付かれ、今回の事件の落とし前をキッチリ付けられたのでした.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カフェ「.........」

 

 

タキオン「おや、それが例の御札かい?」

 

 

 先程まで、桜木トレーナーさんがいた位置に落ちている紙切れを拾うと、タキオンさんが物珍しそうに横から覗き込んできました。

 確かに、こういう物はあまり見ないので、好奇心が刺激されるのはよく分かります.........この人は特に、そういう事になると止まりませんから.........

 

 

タキオン「それにしても、こんな文字が書かれただけで効果があるとは、実に興味深い.........!」

 

 

カフェ「そう、ですね......普通の霊なら、必要の無い代物ですから.........」

 

 

タキオン「それで?貼り直すのかい?」

 

 

カフェ「.........いえ、これは記念に貰って置こうと思います.........」

 

 

 話しながら、私達は教室から出ました。廊下の方では、先程逃げた人達の苦痛の叫び声が大きく響いてきています。今回は、自業自得なので......可哀想とは思いません.........

 その声を聞きながら、私は扉の窓から、中の教室を見ました。そこにはもう。入った時の空気を感じる事はないという確信と、さっきは置かれて無かった桜木トレーナーさんの単行本が、ペラペラとひとりでに捲られていました。

 

 

カフェ「.........もう、必要は無さそう、ですから.........」

 

 

タキオン「.........ふぅン?」

 

 

 

 

 

 ―――トレセン学園の七不思議

 

 

 真夜中の校舎の三階の、とある教室から、紙を捲る音が聞こえてくるらしい。

 

 

 中に入っても、そこに誰かが居る訳では無い。

 

 

 しかし、その机の上には、ドラゴンボールの単行本があると言われている。

 

 

 しかも、毎回毎回。巻数が違うらしい.........

 

 

 

 

 

 ......To be continued



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もう一つのパンドラ

 

 

 

 

 

桜木「平和だなぁ〜」

 

 

 何気なく呟いた言葉。独り言にしてはあまりに壮大で、誰かに聞かせるには、あまりに抽象的すぎるそれは、本当に何を思うでもなく、俺の口から出て行き、大量の水に垂らした一滴のインクのように染み込んで、やがて普通の水に戻っていく。

 夏の暑さは先日のアレでとっくのとうに耐性が付き、例年のテンションはそのなりを潜めている。

 

 

桜木「.........ホント、久々の平和だ」

 

 

 誰も居ないチームルームで一人、デスクに座りながら両手を頭の後ろで組み、窓から差し込む陽の光を堪能する。

 思えば、今までが忙しく、やりがいがあり過ぎたのかもしれない。

 マックイーンの天皇賞制覇。テイオーの菊花賞の為の試行錯誤。ブルボンの三冠。ライスの祝福。そして、タキオンの時限爆弾。

 解決していない事が一つあるとはいえ、道標は既に整っている。やる事が明確で、目標がある程度定まっているなんて、今までなかった事だ。

 

 

桜木「こんな日々が、ずーっと.........続いてくれりゃあなぁ」

 

 

 毒にも薬にもならない日々がもたらしてくれる物は定かでは無い。それでも、それは確かに存在している。

 頭の中で振り返る思い出は、とても綺麗な物だ。一瞬一瞬を切り取ったハイライトが、鮮明に、その時の感情と心を思い出させてくれる。

 けれど、俺は今を生きている人間だ。生きているならば、立ち止まらずに一歩踏み出す事が義務付けられている。

 

 

桜木(宝塚記念。二度目の頂上決戦に向けて.........俺も気持ちを切り替えねぇとな)

 

 

 壁に張り出されたカレンダーには、大きく印を付けられた日付がある。[6月13日]。今から二週間後に控えた大決戦の舞台がととのう日だ。

 前回と同じなら、大した事なんてほとんど無いだろう。けれど、相手はあのトウカイテイオーだ。菊花賞を復帰一発目で走り抜け、見事無敗の三冠バとして君臨した帝王。今回も、どんな復活劇を見せつけられるのかと考えると、マックイーンを担当している身からしたら気が気でない。

 それでも、彼女なら.........一度奇跡を[起こした]トウカイテイオーに勝って、一度奇跡を[超えた]彼女なら、きっともう一度.........!

 

 

桜木(.........って、その可能性を高めるのが俺の仕事だろうが。他力本願は行かねぇだろ)

 

 

 行けない行けない。ついファン目線に偏りすぎてしまっていた。俺はトレーナーだ。彼女を勝たせる事が俺の仕事であり、使命である。それを彼女だけに背負わせようとしちゃ行けない。

 

 

 6月の初め。その日はもう[遠くは無い]

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「はぁっ......はぁっ......!」

 

 

 ぬるかった風が気持ちの良いそよ風に変わり始めた頃。いつも通りのチーム練習が行われる中、俺はターフでひたすら走り続けるマックイーンの姿を見ていた。

 

 

タキオン「精が出るね、トレーナーくん」

 

 

桜木「タキオン.........まぁな。あと二週間でまた世紀の大決戦。レース以外の問題が終わりゃあ今度はレースだよ。お前は?」

 

 

タキオン「今ひとつって所だよ。可能性を広げては居るが、たどり着くべき場所が見えているとそちらに引っ張られてしまう」

 

 

 やれやれ。と首を振り、自分に対して呆れを見せるアグネスタキオン。彼女はその目標に少しでも早く近づこうとする自分の行動が予想外だったのだろう。だが、それが人間と言うものだ。

 彼女は今現在、この学園の保健室医である黒津木宗也から受け取った薬を分析し、解析している。天才である奴が医者としての本分。あらゆる人を助けられる可能性を[捨て]、彼女を、アグネスタキオンを助ける可能性を[拾った]。

 そして、奴はその捨ててきた物を、彼女に拾わせる事を条件に、それを渡してきたのだ。

 

 

タキオン「だが、結果はいい方向に進んでいるよ。そこは心配しなくても問題ない」

 

 

桜木「そうか。お前の口からそれが聞けるなら、安心だな」

 

 

 不敵に笑うタキオンに釣られて、俺もつい笑ってしまう。データや証拠に裏づいた事しか普段口にしない彼女のそれは、絶対的な安心感がある。

 

 

デジ「トレーナーさーん!ウララさんのタイヤ引き終わりましたー!」

 

 

 向こうの方から大きな声を出しながら手を振るデジタル。傍のベンチでは少し疲れた様子のハルウララがドリンクで水分補給に勤しんでいた。

 

 

桜木「ウララも大分体力が着いてきたな〜」

 

 

タキオン「そうだね。短距離を走る分には、前に比べると安心出来そうだ」

 

 

桜木「後はあの子の気付く力が、レースで100%発揮出来るかどうか.........」

 

 

 それに関してはレースをこなすしかない。けれど、あの子にはそれを乗り越える心の強さがある。チームの誰よりも強い意志が、彼女の心には眠っている。

 チームの中で最近デビューを果たした二人だが、そこら辺に関しては他の子達より心配事は少ない。特にウララに関してはレースの心配事より、日常生活の方が心配してしまう。

 

 

桜木「.........まぁ、何とかなるか」

 

 

タキオン「そうだねぇ。所で話は変わるんだが」

 

 

桜木「ん?何?」

 

 

タキオン「君はいつマックイーンくんに告白するんだい?」

 

 

 何を言っているんだ?コイツは。にやにやとして俺の事をまるで何をするか分からない檻の中の実験動物を見るような目で見てきやがる。

 俺は頭を抱え、大きく溜息を吐いた。正直この手の問答は既に飽きるほどしていると言うのに、何故今更になってまた.........

 

 

桜木「だぁかぁらぁ!卒業まで待つっつってんだろ!!!」

 

 

タキオン「う〜んダメか〜♪意識外からの質問なら君の本心が聞けると思ったんだがねぇ〜?」

 

 

桜木「本心なんですがこれは.........」

 

 

 全く.........やはりこういう時期の女子と言うのはどんな性格していようが恋バナには興味津々らしい。お前はお前で成就してるんだから別にいいだろ.........ほっといてくれ。

 俺はそう思い、タキオンに背を向けて歩いた。坂路でトレーニングしているブルボンとライスの方を見る為だ。げんなりとしたまま俺は歩いていた。

 すると、背中をトントンと突かれる。人差し指でされたような感じだ。俺はまたかと思い、怒りを感じながら振り向いた。

 

 

桜木「あぁのぉさぁー!!.........?」

 

 

マック「っ、ごめんなさい.........迷惑でしたか.........?」

 

 

 そこに居たのはタキオンではなく、マックイーンだった。どうやらさっきの話をしている最中に最初に提示したスピードトレーニングを終わらせてしまっていたらしい。

 俺の怒りを敏感に感じ取り、身体と耳を縮こませ、少々涙目になっている彼女がそこに居た。

 

 

桜木「い、いや!!ごめんマックイーン!!タキオンかと思って.........」

 

 

マック「お、怒ってませんか.........?」

 

 

桜木「怒ってない怒ってない!!」

 

 

マック「.........ホッ」

 

 

 一安心。と言うように胸を撫で下ろした彼女を見て、俺は少し罪悪感に駆られた。しかし遠くでニヤニヤとしているタキオンを見てきそれも空に消え去った。お前のせいだぞお前の。

 俺は気持ちを切替えるために一つ咳払いをし、彼女がなぜ俺の方に来たのかを問いかける。

 

 

桜木「どうしたんだ?なんか不安とか、不調とかある?」

 

 

マック「いえ。少し疲れたので、休憩にお話でもと.........」

 

 

 彼女はそう言って、少し恥ずかしそうに顔を若干赤らめて、片手で髪をかきあげた。ふわりと空を打つ様に髪が振られ、彼女の良い匂いが鼻に通るが、気にしては行けない。俺は犯罪者にはなりたくない。

 しかし、俺の少し動揺した様子を見て彼女は察したのか、サッと身を引いた。

 

 

マック「も、もしかして汗臭いですか.........?」

 

 

桜木「い、いやいや!!全然だよ!!いつも通りのお花の匂いがする!!なんの花か分からないけども!!」ワタワタ

 

 

マック「.........嗅いだんですか?」

 

 

桜木「」

 

 

 更にその身を一歩引いて警戒態勢に入るマックイーン。いや、だってしょうがないじゃないか。臭い?って年頃の女の子に言われたら臭くないよ!ってフォローするのが良いって思ったんだもん!!なんでそんな承太郎みたいなことするの!!?俺がマヌケだったってこと!!?

 .........実際マヌケなんだけどさ。女の子の気持ちも分からず、ましてやこんな年下の子に本気で恋してるなんて、マヌケ以外の何者でもない.........

 

 

桜木「.........ごめん」ズーン...

 

 

マック「.........はぁ」

 

 

マック「.........少し恥ずかしかっただけです。流して下さっても別に良かったですのに」

 

 

桜木「え?」

 

 

 そう言って、マックイーンは俺に近付いてきた。けれど、顔を見せないようにしているのか、彼女は俯きがちで俺の背負ったバックパックからタオルを取りだし、かいた汗を拭き始めた。

 てっきり、いつも通りの制裁が飛んでくると思ったけどどうやら違ったみたいだ。一安心していいやら、ドギマギしていいやら.........

 ふうっと気持ちよさそうに息を吐き、頭を拭いていたタオルを首に掛けたマックイーン。移動する準備は出来たらしい。彼女が隣に来るのを見計らい、俺も坂路に向けて歩き始めた。

 

 

マック「ブルボンさん。調子はどうでしょうか?」

 

 

桜木「どうだかなぁ、まだ走れる訳じゃないから、ライスのトレーニングみて刺激になればと思ったけど.........」

 

 

 ブルボンが骨折して、かれこれ六ヶ月。普通のウマ娘ならばこの六ヶ月を目処に復帰レースを画策するが、彼女は元々スプリンター。治って早々今まで通りのスパルタを叩き込んでいいのか少々迷っている。

 そう悩んでいると、彼女が不意にふふ、と笑いを零した。何かと思いその方を見ると、俺の視線に気付いたマックイーンも、俺の目をじっと見てくる。

 

 

マック「もうすっかり、ベテラントレーナーさんですわね?」

 

 

桜木「やめてよぉ〜!歳をとった実感を与えないでぇ〜!」

 

 

マック「貴方にこうして責任感も植え付けて、身勝手できないようにさせてあげます♪」

 

 

 うぅ.........にこりと笑う悪意の無いマックイーンがとっても可愛い.........そういう意外とお茶目でからかってくるところも親しみやすくて良い.........

 そんな彼女との他愛も無い話をしていると、不意に遠くの方から沖野さん達の練習風景が目に映った。

 

 

桜木「.........もう。本調子みたいだな」

 

 

マック「そうですわね.........」

 

 

 爽やかな風が吹く。それは俺達に、明日や未来がある事を予感させてくれるものだった。その風に乗せられるように、俺とマックイーンは同じ方向を見て、自然と微笑んでいた。

 そこには、骨折を完治させ、ようやく走る事が出来るようになったトウカイテイオーが気持ちよさそうに風を切って走っていた。その姿は、もう心配要らないという程、輝かしい姿だった。

 

 

桜木「.........怖いか?」

 

 

マック「ふふ、いいえ。ライバルですもの。怖がってしまったら失礼です」

 

 

 二度目の春の天皇賞。彼女はあの時、テイオーに少なからず、恐怖を抱いていた。骨折を経験し、出られるかどうか分からない菊花賞に出走し、挙句の果てには無敗で三冠.........それを成し遂げたテイオーに、気圧されていた。

 けれど今は、あんなに身体が震えてしまう程怖がっていたテイオーを、ライバルだと言い切って見せた。この様子ならもう、走る前に抱き寄せる必要は無いかもしれない。

 

 

桜木「じゃあ、誤魔化す為のハグは必要ないな」

 

 

マック「なっ、いえ。そ、それとこれとは話がまた.........」アタフタ

 

 

 そこまで考えが回っていなかったのか、俺がそう言ってから彼女は慌て始める。なんでそんな反応するんだ?もう20代後半のおじさんのハグなんて要らないだろ.........いや俺は嬉しいけども。

 コホン、という咳払いをする彼女の声で、その方に意識を向けると、そこにはジトっとした目で俺を睨むマックイーンが居た。

 

 

マック「私をいじめるのは楽しいですか?」

 

 

桜木「いや〜、最近やられっぱなしだからさ。いつもの仕返しってやつ?」

 

 

マック「.........もう、トレーナーさんのいじわる」ウフフ

 

 

 口では俺への文句が出てきてはいるが、その表情から俺への悪い感情は見当たらない。それどころか、嬉しそうであった。

 .........彼女と、ここまで歩いてきた。沢山の出来事が、それこそ数え切れない程、一つ一つを丁寧に振り替えれない程、濃密で濃い道のりを、時には一人で、時には二人で、時には大勢で歩いてきた。

 ここまで来たんだ。彼女の夢を叶え、自分の夢を見つけ、ようやくスタートラインに立てた。ようやく.........トレーナーとして胸を張れる夢が出来たんだ。

 

 

桜木「.........なぁ、マックイーン」

 

 

マック「?なんですか?トレーナーさん」

 

 

桜木「テイオーと競い合う前に、取らぬ狸の皮算用みたいな事言うみたいで悪いんだけどさ.........」

 

 

 俺はそう言いながら、彼女に身体の前面を全て向ける。マックイーンはそんな俺に疑問を抱くように首を傾げたが、それを全て聞き入れると言うように、俺に一歩近付いてきた。

 

 

桜木「テイオーとの宝塚記念。勝っても負けても.........っていうのはアレだけど.........」

 

 

マック「確かにそこは是非[勝てたら]と言って欲しかった所ですわね」ムスッ

 

 

桜木「あはは.........面目ないな」

 

 

 どうにも締まらない。俺は自分の後頭部を掻きながら、彼女に謝った。勝っても負けてもの部分を彼女が聞いた時、一目で分かるほど不機嫌になってしまったから、話が脱線してしまった。

 でも、別に彼女の勝利を疑っている訳じゃない。これは社会で生きてきた大人に備わった防衛本能みたいな物だ。そこで生きていると、断言や絶対的な条件付けが出来なくなってしまう。

 .........でも、俺はそんな条件を付けたくない。結末がどうであれ、俺は彼女に、[俺の夢]に付き合って欲しい。俺の夢で.........隣で、俺を祝福してくれるのは、彼女が一番良いんだ。

 

 

桜木「.........宝塚記念。終わったら、今度は[俺の夢]を叶える.........手伝いをしてくれないか?」

 

 

マック「!.........トレーナーさん」

 

 

 

 

 

 ―――彼はそう言って、真剣な眼差しで私を見つめました。そう言われて、私の鼓動は大きく、そしてそれを待ち望んでいたかのように高鳴って行きました。

 

 

マック(.........彼と掴んだ、栄光の盾。それは正しく、彼がいなければ掴めなかった物.........)

 

 

マック(いくら鍛錬を積んでも、レースで勝ったとしても、積もる一方で、返している気になれなかった、彼の恩.........)

 

 

 ようやく。ようやくです。彼に手を引かれ、私の行きたい場所へと.........遠回りや寄り道をしながらも、連れて行ってくれた彼に.........ようやく、今までのお返しが出来る。

 私を夢の場所へと導いてくれたトレーナーさん。今度は私が、貴方を夢の頂へと.........そう思い、私は手を伸ばしました。

 

 

桜木「っ.........ありがとう、マックイーン」

 

 

マック「当然です。ここで断ればそれこそ、メジロとして、そしてウマ娘として以前に、人としてダメになってしまいますから」

 

 

 彼の片手に手を伸ばし、それを両手で包み込みます。最初に会った時に見た綺麗な手が、今ではタキオンさんのトレーニングの成果なのか、ゴツゴツと逞しい物に変わっています。

 けれど、温かさは変わらない.........彼の優しさは、何一つ変わらずに、強くなっています。

 

 

マック「.........さぁ!話してくださいトレーナーさん!このメジロマックイーン、貴方の為なら、どんなレースも走ってみせますわ!!」

 

 

マック「中長距離はもちろん!マイルも短距離も!ダートも走ってみせます!!」

 

 

マック「それこそ、海外だって........!」

 

 

マック「貴方と一緒なら、どこまでも―――」

 

 

 そう。この人となら、どんな険しい道のりでも、光も灯さない真っ暗闇でも、哀しくなるどころか、騒がしくて賑やかで、どうしようも無いほど楽しく歩いていけます。

 どこまでも一緒に.........私はそう。言葉を続けようとしました.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「テイオー(さん)ッッッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「っ!!?」

 

 

マック「な、え.........?」

 

 

 

 

 

 ―――その声が聞こえた時、あの爽やかに感じていた風は消えた。凪と言うには静けさが痛々しすぎるほどに、その声は俺を.........夢から[覚めさせる]には充分過ぎるほど、痛々しい程にこの世界に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「.........」

 

 

 アレから、数日が経った。テイオーが倒れ、病院に運ばれて検査を受けた後、去年できたトレセン学園の療養所に今、彼女は居る。

 何故か、俺を先頭にしてチームの面々は後ろに控えていた。このまま足踏みをしている訳には行かない。そう思い、俺はその扉を開けた。

 

 

テイオー「あっ!みんなー!」

 

 

桜木「.........よう。元気さは変わりないみたいだな」

 

 

 先陣を切った俺の役目。それは、まず彼女の今の精神状態を知る事。この分だと安心しても良さそうだ。そう思い、俺は後ろに控えているウマ娘、そして沖野さんに入るように首を向けた。

 

 

テイオー「懐かしいなー!この感じ♪サブトレーナーが海外の話してくれた時みたいだね!」

 

 

桜木「そうだな。今回はまぁ.........お前に話してもらう事になるけど」

 

 

沖野「.........」

 

 

 場の空気が少し、どんよりとする。その空気の発端は他でもない。沖野さんだ。この人はテイオーと病院へ行き、その診断結果を聞いた。

 .........俺はトレーナーだ。そして、この人も同じトレーナーだ。トレーナーだったら、結果はどうあれ、ウマ娘の為に動くのが正解だ。だから俺は、彼女にどうしたいかを聞かなければならない。

 

 

テイオー「もちろん走るよ♪当たり前じゃん!」

 

 

沖野「!.........そう、か」

 

 

タキオン「.........まぁ、分かりきっていた事だけどね」

 

 

マック「ええ。私との再戦は伸びましたが、楽しみが消えた訳ではありませんわ。待っていますからね?テイオー」

 

 

 にしし、と笑うテイオーの姿に俺は安堵を、沖野さんは、どこか苦しそうな表情を浮かべた。他の子達もそれぞれ、安心と喜びを分かち合っていた。

 

 

 ―――次の言葉を聞くまでは

 

 

テイオー「いやぁ〜、でもやっぱり凄いよタキオン!あんな薬を作れるなんてさ!」

 

 

タキオン「.........ん?なんのことだい?」

 

 

テイオー「もぉー!とぼけないでよ〜!菊花賞前のボクにたくさん渡してくれたじゃん![特性クールダウンスプレー]!」

 

 

 あはは、と笑う声が病室内に響き渡る。まさかあのタキオンが忘れる事があるだなんて、そう言った笑いを、皆していた。

 ただ一人、タキオンを除いて。

 

 

タキオン「.........」

 

 

 一人。絶望に打ちひしがれた様な顔をした少女が居た。それは、他でもない。アグネスタキオンであった。

 その顔見て一人、また一人と、この空気の不穏さに呑まれていき、次第に不安と不穏が入り乱れ始めていく。

 ただ、トウカイテイオーの姿を真っ直ぐに見ていながらも、その目線は弱々しく、何かを呟こうとする口も、正確に声を出せていない。そしてようやく、そこから生まれた言葉は―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさか.........使っていたのかい.........?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

テイオー「.........え?」

 

 

 ベッドの上に座る彼女は疑問の声を上げた。それはそれだけだったが、この場にいる全員はそれを、タキオンの言葉に対する肯定なのだと受け取った。

 その言葉を聞き、タキオンはその顔を両手で覆った。その顔が隠れる瞬間、彼女の泣きそうな顔が見えたのは、気の所為では無かったと思う。

 大きな溜息が聞こえてきた後、ゆっくりと彼女は話し始めた。

 

 

タキオン「.........テイオーくん。それは私が菊花賞前に渡したスプレー材の余りで.........前回骨折した時も、同じ要領で使っていたんだね.........?」

 

 

テイオー「う、うん.........」

 

 

タキオン「.........はは、は......こんな事なら、きちんと彼女が使う分だけ渡しておけば良かった.........そうしていれば、こうなる事はきっと.........」

 

 

 ブツブツと一人で、あれやこれやの振り返りを始めるタキオン。その様子に確信はしないながらも、察する者は多く出てくる。テイオーも、その一人に漏れない。

 だが、原因が分かったのならそれを伝えるのが彼女の性。苦しい気持ちと表情を押し殺し、彼女はその無表情にも似た悲しい表情を、表に上げた。

 

 

タキオン「良いかい?私があの時アレを渡したのは、君が[菊花賞]で、1回目の骨折前の、[元通りの走り]が出来る様にするためだ」

 

 

テイオー「うん!そ、そう聞いてたよ!!?だから今回だって「違うんだよ」.........!」

 

 

タキオン「.........[元通り]じゃもう。意味が無いんだ」

 

 

スズカ「.........もしかして」

 

 

 [元通り]ではもう意味が無い。その理由を一番最初に察したのは、スズカであった。

 

 

スズカ「[元通り]じゃ、身体の成長によって強くなる脚力に耐えられない.........?」

 

 

タキオン「.........御明答、だよ」

 

 

テイオー「そんな.........」

 

 

 その言葉に、全員に納得と絶望が訪れる。確かに、クラシック級を走っている時期とシニア級を走っている時期の身体は、それこそ雲泥の差がある程強さが違う。テイオーの肉体は些か早熟の気はあれど、やはり比べれば一目瞭然の違いが出てくる。

 そんな中で、脚の耐久度だけクラシックの時のままだったのなら、今回の事は何ら疑問もない。こうなる事は.........明白だった。

 

 

テイオー「じゃあ、ボクの脚は.........?」

 

 

 先程までの明るい表情から、胸の内から込み上げてくるそれを堪える様な苦しげな物へと変わる。いつもと変わらないテイオーを見ていた分、辛さは何倍にもなって俺達に降り注ぐ。

 誰も、何も言わない。テイオーの脚がどんな状況になってしまったかなんて、誰も言えない。言ってしまえばそれは―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう、走れないの.........?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

沖野「っ.........」

 

 

 本当になってしまう。だから、誰も何も言わなかった。言いたくなかった。けれど、当の本人がそれを口にした。

 唇を噛み締める者。眼を逸らす者。顔を俯かせる者。静かに涙を堪える者。そんな皆の姿が、彼女にとって、最悪の結末を迎えた事を.........彼女に知らせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それで良いのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それが、皆が[求める][桜木玲皇]なのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

沖野「.........そう「違う」―――さく、らぎ.........?」

 

 

テイオー「サブトレーナー.........?」

 

 

 ゆっくりと幕を下ろし始めた[トウカイテイオーの物語]。こんな終わり方で良いはずがない。こんな所で終わっていい訳が無い。

 俺はその思いだけで、ゆっくりと心を燃えたぎらせていた。

 

 

桜木「お前は、こんな所で終わらない」

 

 

桜木「もし、この世界に神様が居たとして、ソイツがこの[物語]にピリオドを打ったとしても.........」

 

 

桜木「お前を、トウカイテイオーの[波乱万丈物語]を、こんな悲しい結末(バッドエンド)で終わらせたくない」

 

 

マック(!.........ふふ、相変わらず、人を乗せるのが得意ですのね?トレーナーさ―――)

 

 

 

 

 

 ―――立ち上がり、テイオーの傍に近寄り、その言葉を掛ける彼。私は、その姿を見て、いつも通りの.........まるで[ヒーロー]のような、そんな彼を見ていました。

 

 

マック(.........トレーナー、さん?)

 

 

桜木?「まだ皆、諦めるのは早いんじゃないのか?」

 

 

桜??「奇跡だって、まだ一つも起きてねぇ中で、こんな所で諦めちまって良いのか!!?」

 

 

 最初は、気付きませんでした。いつも落ち込んだ時や、絶望の縁に沈んでいる時.........彼は、いつもそうやって、希望を強く持ち、諦めるなと諭してくる彼が.........本当の姿だと思っていました。

 

 

???「もしその奇跡だって、こんな結末を変えられないんだったら.........!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「奇跡だって.........超えてやるッッッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック(.........そんな)

 

 

 誰も、気付かない。彼が仮面を付けていることに、全く気付いていない。今付けているそれこそ.........彼の顔の皮膚に癒着して、外す事が出来なくなった[仮面].........

 皆、そんな彼に乗せられて、希望を抱き、救いを知り、彼に縋る.........今まで私も、それが仮面を付けた姿だと知らずにそうしてきました。

 けれど.........今ようやく、彼が付けている[顔に一番近い仮面]がようやく、目に見えたのです。ヒビが入り、欠け、割れた場所もあるその仮面.........素顔が本来見えるはずの場所は.........まるで何も無い、空っぽのような暗さ.........

 

 

テイオー「.........ありがとう、サブトレーナー」

 

 

桜木「!テイオー、安心してくれ!お前の足を何とかしてやったんだ!今回だって―――」

 

 

マック(っ、元に戻った.........?じゃあ今は、素顔.........なの?)

 

 

 ベッドの上に顔を伏せたまま、トレーナーさんに語りかけるテイオー。それに応えるように、彼はその仮面の存在を消し、胸を叩いて見せました。

 その姿に私は、それが本当の彼なのか、それとも私が気付いていないだけで、またその奥にある仮面なのか.........疑い続けてしまいました。

 

 

 ですが、その思考は、テイオーの.........彼女の言葉で、停止させてしまいました。

 

 

テイオー「ううん。いいよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ボク、走るの止めるね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「―――.........」

 

 

沖野「っ、な、何言ってんだよテイオー!桜木がここまで言ったんだぞ!!?コイツが今までどんな奇跡を起こしてきたか「知ってるよ!!!」.........テイオー」

 

 

テイオー「.........正直さ。満足してたんだよね。ボク」

 

 

 寂しそうにそう言葉を零した彼女は、ようやく顔を上げます。それは本当に、どこかやりきったような顔だと感じてしまうほど.........

 窓の方へと顔を向け、トレセン学園のグラウンドに目を向け始めたテイオーは、ぽつりぽつりと、静かに話し始めました。

 

 

テイオー「[無敗の三冠バ]。それがボクの目標だった。それは.........皆が助けてくれたおかげで、何とか達成出来た」

 

 

テイオー「マックイーンとの勝負も、ボクが負けちゃったけどさ.........悔しいって気持ちより。やっぱりなー、凄いなー.........って思ってて」

 

 

テイオー「.........あの結果に、何をどうしたらっていう事を考えても.........頭の中でどう考えてもあの時のボクじゃ、キミには勝てなかったんだよ」

 

 

マック「テイオー.........」

 

 

 にしし、と笑う彼女。この病室に入って最初に見せた時と同じ顔なのに、その顔から感じる物は、それとは真逆の感情。

 そしてまた、彼女は寂しげな顔になり、私の方をじっと見てきます。

 

 

テイオー「そんな万全な時のボクが、どんな想像してもキミに勝てなかった。三回目の骨折からまた復帰しても.........そんなボクじゃ多分、絶対に勝てないと思う」

 

 

テイオー「.........だからさ」

 

 

 .........嫌です

 

 

テイオー「マックイーンには、悪いんだけど.........」

 

 

 聞きたくありません。

 

 

テイオー「.........ボク」

 

 

 お願いです。嘘だと言ってください.........また走ると、言ってください.........!!!

 貴女を怖がり遠ざけたあの春の天皇賞を.........!!!私と貴女の最初で最後にしないで.........!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「走るの、止めるね.........?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕焼けが辺りを優しく包み込み始める。その優しさに身を委ねようとしても、先程の光景が.........テイオーの笑顔が痛々しい物に思えたあの光景が.........その優しさを拒絶する。

 

 

ダスカ「.........結局、今日は何も出来なかったわね」

 

 

ウオッカ「仕方ねーだろ.........あんな事言われて、トレーニングに励めるかっつーの」

 

 

 アレから.........蜘蛛の子を散らす様にして、テイオーの病室から退散した。だからと言って、何かトレーニングをするという訳ではなかった。

 ただ、スピカのチームルームに入り浸って、無言でお互いの傷を、舐めあってるだけだった。

 

 

スペ「.........どう、するんでしょうか?」

 

 

スズカ「.........あの子はもう。自分の今までのレースに満足しちゃってるから、何か未練を感じさせられれば良いんだけど.........」

 

 

ゴルシ「.........トレーナー。なんかいい案ねぇのかよ?」

 

 

 机に突っ伏した状態で、顔を上半分出して沖野さんの様子を伺うゴールドシップ。それを見て、沖野さんはバツが悪そうに頭を掻いた。

 

 

沖野「.........もう。良いんじゃねぇか?」

 

 

ゴルシ「.........は?」

 

 

沖野「テイオーは良くやったよ。骨折しながらも[無敗で三冠]。歴史にその名前をしっかり残したんだ。もう、充分過ぎるほど走ってくれたさ」

 

 

ゴルシ「っ、アンタは.........!!!それで良いのかよっ!!!」ガシッ!

 

 

桜木「!!?や、止めろゴールドシップ!!!落ち着けって!!!」

 

 

 強い怒りをその身に宿したまま、ゴールドシップは沖野さんの胸ぐらを掴み上げた。俺は何とか二人の間に入ろうとするが、それなりの力で持ち上げているのかビクともしない。

 そんな中でも、沖野さんはただされるがまま、抵抗する素振りは一切見せなかった。

 ただ胸ぐらを掴まれたまま、彼はじっとゴールドシップを見ていた瞳を閉じ、口を震わせた。

 

 

沖野「良いわけ.........ねぇだろ.........!!!」

 

 

沖野「お前は分かってない!!!たった一回の骨折でもウマ娘に取っては人生に関わるんだ!!!それを三回だぞ!!?」

 

 

沖野「俺だって.........!!!諦めたくなかった.........っ」

 

 

ゴルシ「.........クソっ」パッ

 

 

 お互い、行き場の無い感情をぶつけ合って相殺した。けれどそれは、正しくぶつけるべき相手じゃない。だからまた、フツフツと自分の中で高まりを見せ始める。

 

 

桜木「.........タキオン、今解析してる薬で何とかならないのか.........?」

 

 

タキオン「.........だったら、私があんなに取り乱すと思うかい?」

 

 

ウララ「.........テイオーちゃん、もう、走らないのかな.........?」

 

 

 俺とタキオンの話が終わり、静寂を迎えた中でウララは呟いた。その言葉を聞いて、この場にいる誰もが、その顔を伏せてしまった。

 

 

沖野「.........解散しよう。これ以上居ても、今日は何にもならん」

 

 

桜木「そう.........っすね」

 

 

 夕焼けが差し込むこの室内で、多くの顔が悲しみに浸っていた。その中でその沖野さんの提案は、この優しい茜色の光よりも、優しく、そして嬉しい提案であった.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「.........」

 

 

 スピカのメンバーが帰り、レグルスのメンバーも帰った。沖野さんもそれを見届けて、俺と共にスピカのチームルームを後にした。

 あの人はきっと、あのまま帰ったんだろう。俺は一人、まだ受け入れられない現実を相手に、今度はレグルスのチームルームで、孤独に苛まれていた。

 

 

『ボク、走るの止めるね.........?』

 

 

桜木「っ、テイオー.........!!!」

 

 

 そう言って、満足気な顔をして笑ってみせる少女。そしてそれを見届けた、その少女のライバルであり、俺の担当の、なんとも言えない表情。

 握りしめ続けた拳がこれ以上締まらないと言っても、力がどんどん入って行く。その行き場のない力を机に叩きつけようとしても、[俺の求める桜木玲皇]はそんな事はしないだろうと察し、力を抜いてゆっくりとその手を降ろした。

 

 

桜木「.........そうじゃ、ねぇだろ.........」

 

 

桜木「お前の気持ちは.........!!!そんなんじゃ無かっただろ.........!!!」

 

 

 いくら満足そうな顔をして見せても、いくら悲しく無さそうに見えても、アレが.........あの言葉が本心では無いことは、俺には痛い程分かった。

 彼女はあの瞬間。[仮面を付けた]。子供のようにわがままを言わず、起きた現実をただただ受け止め、受け入れ、それを抱えて生きようとする[大人]になってしまった.........!!!

 

 

桜木「.........なぁ、マックイーン」

 

 

桜木「俺は、今度も[奇跡を越えられる]かな.........?」

 

 

 教室に飾られた写真。二度目の天皇賞を制し、そのトロフィーを嬉しそうに掲げたマックイーンを中心に、スピカとレグルスの皆が、嬉しそうに写っている写真。

 それを見て、俺はここに居ない彼女にそれを問う。そんなことをしても、答えなんて帰ってこない。こんな笑顔が見られる日常が、自然と帰ってくる事は無い。

 

 

桜木「.........帰ろう」

 

 

 どうしようも無い。彼女は、一人で自分の気持ちに決着を着けたのだ。どんなに子供に見えたとしても、彼女の覚悟と心はもう、大人のそれなのだ。

 だとしたら、俺からはもう。何も出来ない.........ウマ娘を支えるべきトレーナーならば、それに反することは出来ないのだ。

 荷物を纏め、俺もチームルームの鍵を閉める。まだぐちゃぐちゃで、とっちらかったままの心で、俺はトレセン学園の廊下を歩き始めた。

 

 

「―――そだ!テイオーがもう走らないなんて!!!」

 

 

桜木(.........そうか。噂はもう広まっちまってるか)

 

 

 大方、俺達が病室から退散した後に誰かが彼女を訪ねたのだろう。今のトウカイテイオーなら、引退する事も包み隠さずに話す筈だ。

 

 

「仕方ありません。それがテイオーの覚悟なら、私達他人があれこれ言う事は出来ません」

 

 

「そ、そうだよ〜!」

 

 

「.........テイオー」

 

 

 少女達の悲しみが、俺の心にも伝わってくる。切磋琢磨し、その走る背中を目標にしてきた者達にとっては、酷く辛いものだろう。

 .........けれど、俺にはどうする事も出来ない。

 

 

「皆さん、まだ時間はあります。彼女の考えも変わる可能性を待って、出来る事を考えましょう」

 

 

桜木「.........出来ることなんて―――」

 

 

 何も無い。そう言って俺は、そのチームルームを素通りしようとした。けれど、気が付けば俺は、そのチームルームの扉に手を掛けていた。

 自分の心に、屁理屈が生まれた。ウマ娘を助ける為にトレーナーをやっているのなら、別に[トウカイテイオーを助ける]事をしなくても良いんだ。

 今俺は、トウカイテイオーが走れない事に[悲しんでいるウマ娘を助ける]為に、行動したっていい訳だ。

 

 

「.........?さ、桜木さん?」

 

 

桜木「話は聞かせて貰ったぜ。チーム[カノープス]の皆さんよ」

 

 

桜木「俺はお節介焼きの桜木玲皇.........」

 

 

 教室に入って、俺はその中に居る面々の顔を見る。確かに、悲しみに浸っている。それはさっきの俺達と、何ら変わりは無い。

 けれどこの子らは、そしてこの子らのトレーナーは、救われようとしている。救おうとしている。自分達を、担当達を。

 あの時の俺達には無い芯が、この子達には宿っている。

 

 

ネイチャ「あの、一つ聞かせて貰って良いですか?」

 

 

桜木「ん?」

 

 

ネイチャ「私達が今考えてるのは、テイオーの意志と反する事です」

 

 

ネイチャ「それを.........テイオーが所属するチームのサブトレーナーさんが、どうして.........?」

 

 

 真剣な面持ちで、テイオーと共に走った事もあるナイスネイチャがそう言うと、一人を除いてその首を縦に振った。

 そんな事決まり切ってる。俺がトレーナーになった理由は、一つだけ。それは今も変わらずに、俺を突き動かしている原動力だ。

 

 

桜木「俺は、ウマ娘の夢を守る為にトレーナーになったんだ.........だから―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「[担当じゃないウマ娘]の夢を、守ったって良い」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 以前は、テイオーの[夢守り人]として。今は、そのテイオーの友人の[夢守り人]として、俺は立ち上がった。

 こうして、チーム[カノープス]と、俺個人による同盟が、発足されたのであった.........

 

 

 

 

 

 ……To be continued



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それでも[仮面]は外れない

 

 

 

 

 

 夏の暑さが本格的になり、世紀の大決戦の舞台である宝塚記念をテイオー不在で行ったその翌日の事。

 テイオーが骨折し、チーム[カノープス]の面々と個人同盟を組んだ俺は。

 

 

マック「浮気者」

 

 

桜木「待って。誤解では無いかもだけど話を聞いて」

 

 

 個人同盟がバレてしまっていた。

 

 

 いや、別に秘密にしていた訳では無い。ただ話す必要が無かったというか、どう話せばいいか分からなかっただけだ。

 だと言うのに、俺はテイオー以外のスピカのメンバーと、俺のチームのメンバーに圧を掛けられ、縄で身体を拘束されながら椅子に座らされている。

 

 

ゴルシ「まーよ、トレーナーには[裏切った]こと黙っててやっから。大人しく話せよ」コト

 

 

桜木「ごめん。両手拘束されてるからカツ丼食べたくても食べれないんだわ」

 

 

スペ「じゃあ私が貰ってもいいですか!!?」

 

 

桜木「良いよ」

 

 

 俺のその言葉を聞いたスペシャルウィークは意気揚々と割り箸を割り、俺の目の前に置かれたカツ丼を勢いよく口の中にかっこんだ。

 

 

ダスカ「それで?こんな状況で他のチームに出入りするなんていい度胸じゃない」

 

 

ウオッカ「ことと次第によっちゃ、オレのクォーラルボンバーが火を噴くぜ?」ブンブン

 

 

桜木「」

 

 

 肩を慣らすように回すウオッカ。止めてくれ。キン肉マンを読ませた俺が悪いがその顔は制裁目的より技を試したい欲の塊だ。お前は俺達には取っては超人の部類に入るんだからそんな事してたら完璧超人が粛清しに来るぞ?

 

 

タキオン「ウオッカくんのサンドバッグになりたくないのなら、正直に話すのが賢明だと思うよ?トレーナーくん?」

 

 

桜木「.........しゃあめぇなぁ」

 

 

 仕方が無い。俺はため息を吐き、縛られて少し居心地の悪くなった身体を少し楽にするように身動ぎしてから、今までの事と経緯を話す事にした。

 何のことは無い。ただ正直に話すだけだ。今のトウカイテイオーに感じた心の内に燻る消えかけた火、そしてそれをまた燃え上がらせたい彼女の友人達の思い、そしてそれに触れた、俺の心の内を全て話した。

 

 

マック「.........そう、ですか。そんな事が.........」

 

 

ブルボン「マスター。確かにマスターの行動理由は把握しました。ですが.........」

 

 

ライス「テイオーさんがどう思ってるか、聞いた方が良いんじゃないかな.........?」

 

 

 確かに、俺は彼女が所属しているチームのサブトレーナーだ。彼女の意志に反する事はあまりしては行けない立場に居る。

 だが、もう決めたんだ。俺はもう[迷わない]。彼女の意志に反していようとも、彼女の走りを待つ子達の為に、まだ消えていないトウカイテイオーの意志をまた燃やす事を約束したのだ。

 

 

桜木「.........まだ、テイオーは諦めきっちゃいない」

 

 

全員「!」

 

 

桜木「あの子の奥底に眠る本能はまだ、鞘をしちゃ居ないんだ。あの子が諦めて後悔しないようするのも、[トレーナー]としての役目だと思う」

 

 

 諦めも、そしてその後悔も、俺はその味を嫌という程知っている。最初に感じる味も後に引く味も、最悪から一を引いた様な感じが延々と続く物だ。

 走る事を止める。それは、ウマ娘に取っては人生を捨ててしまうに近しい物だ。確かに彼女は、夢である[無敗の三冠]を手にした。それでも、だからと言ってそれに満足して今手を引けば、必ず後悔することになる。

 

 

タキオン「.........私達にできることは、何かあるかな?」

 

 

桜木「今は分からない。けれど、その時になったら多分、協力して欲しいって俺から頼む事になる」

 

 

ウララ「ホントに、ホントにテイオーちゃん、また走ってくれるの!!?」ズイッ

 

 

 身を乗り出して俺の前にある机に両手を着くハルウララ。それはまだ、分かりきってはいない。

 けれどここで引けば、それが本当になってしまうかもしれない。言い続けるんだ。トウカイテイオーはまた走るって。

 

 

桜木「ああ。きっとまた、笑顔で走るテイオーが戻ってきてくれるさ!!」

 

 

 俺がそう言うと、この場にいる殆どがお互いの顔を見合わせ、安心した様な笑みを向け会い始める。

 悪かったなと言いながら、ゴールドシップは俺を拘束していた縄を解いて行く。血の巡りが滞りなく循環していき、若干のしびれを感じながら、俺は溜息を吐いた。

 

 

桜木「.........ほら。そろそろ授業が始まるぞ?行った行った」シッシッ

 

 

スズカ「それもそうね。疑ってごめんなさい」

 

 

 ペコリと頭を下げて詫びるスズカ。それに合わせてご飯粒を顔に沢山付けてスペも謝るが、他のスピカのメンバーは特に悪びれた様子も無く去って行った。

 うちのチームメンバーはブルボンやライス。ウララとデジタルは謝ったが、他二人は未だ疑ったままだ。

 

 

タキオン「.........君のその頑張りが、実を結ぶ事を祈ってるよ。トレーナーくん」

 

 

 心の内にまだ何か抱えているのか、タキオンは神妙な面持ちでそう言い、この教室を去って行く。これで一つ、肩の荷が降りた訳だ。

 .........後は

 

 

桜木「.........マックイーン?」

 

 

マック「.........」

 

 

 目の前に居る少女。メジロマックイーン。俺の対面に居る彼女は椅子に座りながら、俺の顔をじっと見つめてきていた。

 その場でただ動かずに.........だったなら良い。彼女はそのままずい、ずいっ、と俺の顔にどんどんその美しい整った顔立ちを近付けてくる。

 

 

桜木「そ、その、マックイーン?顔がちか」

 

 

マック「無理してませんか?」

 

 

桜木「.........い?」

 

 

 あまりに近すぎて目を逸らし、彼女に注意をしてみたが、それを途中で遮られる。それに、無理をしているだなんて予想だにしない言葉を聞いた俺は、一度逸らした目をもう一度、彼女の方へと向けた。

 そこには、心底心配そうな表情があった。俺の顔を覗き込んで、まるで何かを探すような彼女が、そこに居た。

 

 

桜木「む、無理なんて。俺は全然元気だぞ?」

 

 

マック「.........本当に?」

 

 

桜木「え?」

 

 

 俺は彼女を心配させまいと、この場で大きく動いて見せた。腕を大きく回したり、最速その場駆け足をして見せたりと割と大袈裟な動きをして見せた。

 それでも、彼女は心配そうな表情を止める所か、より一層心配そうな顔をさせてしまった。

 

 

桜木「何を心配してるんだ?」

 

 

マック「.........」

 

 

 

 

 

 ―――彼はそう言って、心底不思議そうな顔をしています。先程まで立ち上がり、腕を回したり駆け足をその場でしたりとしていましたが、その顔のままもう一度、先程座っていた場所に座り直しました。

 彼があの時、テイオーを立ち直らす為に付けた[仮面]。今は、その片鱗すら感じ取れません。

 それでも.........このままでは、彼がどこか遠くへ言ってしまうかもしれない。そう思うと、どうしようも無いほどの焦燥感が私の中で渦巻いてしまうのです。

 

 

マック「テイオーを立ち直らす。それは本当に、トレーナーさんの意志ですか?」

 

 

桜木「.........当たり前だろ?」ポンポン

 

 

マック「んっ.........」

 

 

 私のその問いかけに、彼はそっと微笑みを浮かべてから、その手を私の頭に優しく乗せました。

 胸の内にほんのりと暖かい感情が溢れ、ゆっくりとその心地の良い彼の手に身を任せてしまう。思えば、彼に頭を撫でてもらうのは久々かも知れません。

 

 

桜木「.........俺はもう。[迷わない]から」

 

 

マック「.........?トレーナーさん?.........っ」

 

 

 [迷わない]。彼はそう言って、私の頭から手を離しました。普段の彼では無い、まるでどこか危険を感じ取り、それに対して立ち向かうような強い声で、そう言ったのです。

 私は、彼の顔を見ました。そして.........ようやく確信したのです。これこそが.........この、何よりも頼りになる彼の顔が、彼に張り付いた[外せない仮面]なのだと、悟ってしまったのです。

 

 

桜木「ありがとうな、マックイーン」

 

 

マック「.........」

 

 

 ヒビや欠けが目立つその仮面。割れた箇所は素顔ではなく、まるで虚空が渦巻く闇の中。その[仮面]は彼の顔に凄く似ている程精巧に作られていますが、それからはとても、不穏で、異質で、どこか彼とは[全く違う存在]だと認識してしまう.........

 それに、誰も気付いてはくれません。タキオンさん達チームメイトも、スピカの皆さん。他のトレーナーの方々.........そして、この人の友人方にも、きっと気付かれる事はありません。

 

 

桜木「んじゃ、そろそろ出ようか。次の授業本当に始まるぞ?高等部になって授業システム変わったからって、あまりギリギリだと不安だろ?」

 

 

マック「っ、え......ええ。そう。ですわね.........」

 

 

 上手く返答出来ない。やっぱり、あの[仮面]は直ぐに消えてしまう。外された様子は無く、彼の素顔の中に潜り込むように、溶け込むように消えて行く。

 だから、今の彼が本当なのか、私には分かりません。それを信じていいのか、分かりません。

 きっと、私の心の内など彼には到底分かりえないのでしょう。貴方への思いに気付かない鈍感さです。私の焦りも、きっと貴方の事だと気付くことはないです。

 また一層不思議な顔をして首を傾げた彼に、先に行くように伝えてから、私はこの誰も居ない教室で一人、小さく溜息を吐きました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「何だったんだ?一体.........」

 

 

 教室を出て、俺は職員室へと向かう為に一人歩いていた。本来だったらもう少しおしゃべりを、なんて考えていたが、なんだかどうにもマックイーンに拒絶されている節を感じる.........

 何か、してしまったのだろうか?そう考えてみても、答えになりそうなものは自分の中には転がっていない。

 

 

桜木「.........考えるだけ無駄か」

 

 

 最近、心がザワつく。思春期はとっくに過ぎていると言うのに、なんとも言えない違和感が心臓の奥深くに刺さり込んでいる感触を感じる。

 胸に手を当ててみても、それを引っこ抜ける力は無い。どうしようも無いといういつも通りの答えしか出せない自分に苛立ちを感じ始めていたその時、不意に声を掛けられた。

 

 

「おう。桜木」

 

 

桜木「!古賀さんじゃないですか!」

 

 

古賀「カッカッカッ、なんだお前さん。そんなに俺に会いたかったってか?」グリグリ

 

 

桜木「いだ.........ぐるじぃ.........」

 

 

 豪快に笑いながら、俺の頭をロックして拳でぐりぐりとしてくる。古賀さんは最近、チーム[アルデバラン]の主力メンバー達がドリームトロフィーリーグに移籍した為、学園に来る事があまり無くなってしまったのだ。

 

 

古賀「いやよぉ?アッチにはアッチ専属のトレーナーが居るのに。オグリとタマは俺が良いって譲らなくてよ」

 

 

桜木「その話は聞きました」

 

 

古賀「その癖してオグリはアッチに居る俺の弟子を気に入っちまって、名コンビ誕生と来ちまった訳だ.........はぁぁぁ」

 

 

桜木「その話も聞きました」

 

 

 ドリームトロフィーリーグ。かつて学生時代に活躍していたウマ娘や、今活躍しているウマ娘がスカウトを受け、第二のレース人生。又は現役の延長の様な形の物。

 正直、選考基準は俺達トレーナーにも知らされておらず、あちらさんの企業秘密らしい。古賀さんも知らされていないとか.........

 そんな事を考えながら流石に限界だと思い、 俺は未だにヘッドロックを決めている彼の腕を叩いて講義をすると、これまた豪快に笑って俺の拘束を解いた。

 

 

桜木「.........それで?今日はどうしたんです?久々に誰かスカウトでも?」

 

 

古賀「よせやい。俺ぁもう引退するつもりだったんだよ。お前の次はアイツらだ.........こうまた、ズルズルズルズルと.........」

 

 

桜木「じゃあ、なんで?」

 

 

古賀「.........お前さんにはもう。分かるだろ?」

 

 

桜木「っ.........!」

 

 

 雰囲気が変わった。彼の取り巻く空気が明るさから、どこか鋭さを帯びた物へと変異する。その目は正に、今の今までトレーナーをしてきた観察眼。俺の事を品定めする様にじっくりと全体を見極めている。

 

 

古賀「どうすんだ?[トウカイテイオー]」

 

 

桜木「.........走らせますよ」

 

 

古賀「あの子は望んでないんだろ?」

 

 

桜木「テイオーから聞いたんですか?」

 

 

古賀「雰囲気で分かる」

 

 

桜木「そんなの説得力ありませんよ」

 

 

 場の空気が、暖かさを感じる春から冬になる様に、寒さがどんどん増して言った。この人の言っている事は、何ら間違って居ない。ただ俺が、わがままを言っているだけだ。

 ゆっくりと息を吐き、目を瞑る。俺も全神経を集中させ、今目の前にいる人の状態を見極めに入る。

 

 

桜木(流石だな、古賀さん.........見るだけじゃなくて、やっぱ[見させる]のも一流だ)

 

 

 動じていない。俺の屁理屈で出来た[てこの原理]じゃ、この人は一切動くことは無い。そう言っていいほど、重心や呼吸は、一切乱れていない。

 

 

古賀「.........お前は失敗する」

 

 

桜木「しません」

 

 

古賀「ああ。[今回]は、な」

 

 

桜木「っ.........」

 

 

 今回。そう言われて俺は、一瞬足が竦んだ。それを見逃さないように、この人は視線を俺の足に向けた後、再び俺の目をじっと見始めた。

 [今回]があると言うことは、[次回]もある。これが成功した所で、次も成功するかは分からない。

 けれど.........

 

 

桜木「決めたんです。もう[迷わない]って」

 

 

古賀「.........っ」

 

 

 眉間が少し動いた。どうやら、俺の言葉に少し動揺したらしい。当たり前だ。俺はもう決めたんだ。迷っている間に過ぎ去る時間が、今は惜しいんだ。

 もしその間に火が消えたら。もしその間に、取り戻せない後悔が始まってしまったら。俺は死んでも死にきれない.........!!!

 

 

桜木「貴方がなんと言おうと、俺はやりますから」

 

 

古賀「っ、待て!!!」

 

 

 強い制止が俺を引き止めようとする。けれど、振り返っては居られない。[思い出]はとっくのとうに[過去の物]。それに足を取られていちゃ、いつまでたっても前に進めやしない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この時からだった。俺が.........

 

 

 いや、[俺達]が、自分から片方の[選択肢]を捨てて、片道切符の一方通行の列車に乗ってしまったのは―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 [???]のヒントLvを1失った.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

古賀「.........」

 

 

 俺は、桜木の奴を引き止めようと手を伸ばした。だが奴は、俺のその手を気にも留めず、視線すら追わずに、俺の横を素通りして行った。

 

 

古賀「.........お前さんの行く道を決めるなら、そりゃあ.........迷いが無いに越したことはない」

 

 

古賀「けど今お前がしているのは、他人の道を強制することだ」

 

 

古賀「そんな奴が悪びれもせずに威張るのは、行儀の良い様じゃねぇ」

 

 

 去って行く男の背中に向けて、独り言を呟く。今のアイツに、俺の言葉はもう届きはしないだろう。

 それでも、俺は足掻く。かつてこれが[正しい]と威張り散らし、担当のレース人生を壊してしまった罪への罰として、俺は己に、そして桜木に問い続ける。

 

 

古賀「お前さんはまだ若い」

 

 

古賀「.........せめて。俺の二の足を踏むなよ」

 

 

 二年前。アイツが倒れた時に病院で見たその背中は、若さの割には大きく見えた。寂しくは見えたが、それは本当に、俺以上に大きい背中だったんだ。

 悲しいもんだ。今のお前の背中は、なんだかちっぽけに見えてくる。勝手に背負って勝手にスタスタ歩いて行っちまう.........何がお前をそうさせるんだ?

 

 

古賀「.........メジロのお嬢ちゃんは、大変だな」

 

 

 今のアイツは暴走している。若さに託[かこつ]けて何でもやってきたツケが回って来ている。もう二十代も後半に差し掛かっている。出来る出来ないの区別がつかないまま、責任を持つ大人になってしまっている。

  俺は、桜木の担当であるメジロマックイーンの心配をしながら、その場を後にした.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アレから、少し時間が経った。変化と言うのはその時は凄くストレスに感じるが、慣れてしまえばどうと言うことは無い。

 テイオーが居ないトレーニングも、明るさがどこかぎこちない空気も、慣れてしまえばもう、何ともなかった。

 

 

神威「.........」

 

 

東「.........沖野と、喧嘩したんだって?」

 

 

 普段なら、誰も居ない時間帯のチームルーム。次のレースとこれまでのレポートを参照し、作戦を練っている所だった。

 それは、今も変わらない。変わった事と言えば、いつもの四人と東さんが今、俺の目の前にいるという事だ。

 

 

黒津木「お前、最近おかしいぞ?」

 

 

桜木「.........お前もそう言うのか」

 

 

『桜木、お前最近変じゃないか.........?』

 

 

 その言葉は、事の発端となった。それが切っ掛けで、俺と沖野さんは終わりの無い論争に足を突っ込んでしまったのだ。

 俺はおかしくない。俺は変じゃない。何も変わってなんか居ない。[夢]を諦めようとする奴を助けて何がおかしい?それが大人だ。

 

 

桜木「ガキのまま大人になっちまったんだ」

 

 

桜木「大人になった責任くらい、取るさ」

 

 

白銀「.........いや、俺はそれでいいと思うし何も言わねぇけどよ。やりたいようにやれば良いと思うし」

 

 

神威「けど良いのか?テイオーだって[悩んで]決めた事なんだろ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 悩んで?

 

 

 どこに悩む必要がある?

 

 

 夢を諦めるのに、迷う事なんてあるのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「.........お前らには分からねぇよ」

 

 

神威「.........は?」

 

 

東「お、おい!こんな所で喧嘩は―――」

 

 

桜木「夢を諦めた事も無いお前らなんかには、一生分からねぇって言ったんだ。俺は」

 

 

 口をついて出ただけの言葉。堪えきれなくなって出てきたそれがまた、引き金になった。

 机を叩き殴る音と共に、俺は息苦しさを物理的に感じた。気が付けば目の前に神威の、煮えたぎった様な怒りを顕にした顔がそこにあった。

 

 

神威「お前だけが特別だと思うなよっ、俺はお前の事を思って―――」

 

 

桜木「へぇ、じゃあ。俺の何を知ってるんだ?ん?」

 

 

桜木「[夢]ってのはな?人生の全て賭けて、何がなんでも成し遂げたい物なんだよ」

 

 

桜木「悩む必要も暇も、どこにもねぇんだよ」

 

 

神威「.........ッッッ!!!!!」

 

 

 緩やかな地震から誘発されるマグマの噴火のように、神威はその拳を振り上げ、俺に向かって突き出してきた。

 まさか、手を上げられるとは思ってもいなかったが所詮は現役を引退した身。いくら鍛錬を積み直していると言っても、咄嗟の行動に染み付いていない所を見ると、悲しく思いながらも俺はそれを受け止めた。

 

 

桜木「.........おいおい。どうすんだよ?この空気」

 

 

神威「俺はッ!お前のやろうとしてる事に口出してんじゃねェッ!!!」

 

 

神威「今のお前が変だからッッ!!!親友として心配してるだけだろうがッッッ!!!!!」

 

 

 息を切らしながら、肩を上下に揺らしながら、神威はそう強く叫んだ。コイツのこんな姿を今まで見た事がない筈なのに.........心に一切響いて来てはいない。

 俺はそう感じる自分に呆れと、自虐混じりの感心を抱きながら、そっと目を閉じた。

 

 

桜木「はぁ.........それこそ。良い迷惑だ」

 

 

黒津木「待てよ。どこ行くんだよ」

 

 

桜木「なんだ?どこに行くのかも言わなきゃ行けないのか?」

 

 

 ため息を吐きながら、俺は立ち上がりそう言葉を吐き捨てた。それを黒津木は鋭い目で射抜くように俺を見てくる。

 子供だった時間は終わった。今の俺は、行ってきますと言ったなら、それっきりの。ただいまを言うまでどこに行ったか分からない大人だ。

 それっきり、 俺から目を離した黒津木を見てため息を吐いた俺は、この教室から出ようとした。

 

 

桜木「.........何も言わねぇんじゃねえのか?」

 

 

白銀「ああ。俺はそれが[友達]としてのあり方だと思う。お前とは別に[仕事仲間]ってわけじゃねぇからな」

 

 

 出ていこうとした俺の肩を掴み、引き止める白銀。その手には何の力も込められていない。振り払おうと思えばすぐに出来るはずなのに、何故か俺は、それが出来なかった。

 いや、コイツはそれを見越して力を入れていないのかもしれない。普段だったら乱暴に引っ張って、俺を壁に叩きつけるくらいはする奴だ。そう言えば、地頭の良さはここに居るヤツらに引けを取らないレベルだった。

 

 

白銀「信じて待つのが[仲間]のする事なら、心配して飛び出していくのが[友達]ってもんだろうが」

 

 

白銀「.........それに。夢を諦めるのは確かにこの世で一番辛いことかもしれねぇよ」

 

 

白銀「けれどそれで、そのおかげで出会えた奴らが.........お前には数え切れねぇほど沢山居んだろ?」

 

 

桜木「.........っ」

 

 

 それは、否定出来ない言葉だった。それは、俺に対して何よりも[正しい]正論だった。諦めた先に転がり込んだ道の上で出会った、かけがえのない人達。それは今の俺に、大きな夢と希望を抱かせてくれた。

 奴は優しくそう言ってから、俺の肩から手を離した。何かと思い振り返ろうとすると、コイツの人差し指が俺の頬を強く捩じ込まれた。

 

 

白銀「行ってこい。ただ俺達がそう言ったからには―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「[ただいま]を言う義務は発生したぜ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「.........悪かったよ」

 

 

 いつも通りのにへらとした笑みに、完全に毒を抜かれた。こんな場所で、こんな奴らの目の前で喧嘩したと思うと、自分が情けなくて仕方がなくなってくる。

 まだまだ俺もガキのまんまだ。こう思うと、先に喧嘩していた沖野さんにも申し訳が立たなくなってくる。

 

 

桜木「沖野さんにも、謝ってくる」

 

 

東「!ああ、それが良い。アイツも相当堪えてたからな」

 

 

 最初の雰囲気はどこへやら。神威のやつも不機嫌そうに鼻を鳴らしたが、俺の顔を見て、その顔をようやく微笑ませた。

 .........[行ってらっしゃい]を言われたら、[ただいま]を言うのが義務。確かに、昔はそうだった。一人暮らしが長くなったせいで、すっかり習慣としては身から削ぎ落ちていたものだ。

 

 

桜木「.........[行ってきます]」

 

 

 教室を出て、誰にも聞こえないようにそっと呟いてみる。すると、ここが自分の[帰る場所]なのだと実感が湧き、そこに戻ってきたいと思い始める。

 謝ろう。俺も、頭に血が上っていたのかもしれない。そう思った俺の足は自ずと、チームスピカのチームルームに向いて歩き出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 重苦しい空気が、自分の肺の中に溜まっていく。目の前にある扉を叩こうとした手を、もう何度も引き戻し、そして何度もその手を上げている。

 今更、何を言っても遅いのかもしれない。それに、別段自分の思っている事が[間違っている]なんて、今もサラサラ思っちゃいない。

 それでも俺は、あの人に謝りたい。そう思って、今度こそともう一度その手を上げた時だった。

 

 

「何やってんだ?」

 

 

桜木「.........沖野さん」

 

 

沖野「.........買い出し行ってたんだよ。前までのテイオーだったら、頼めてたけど。今じゃ、な.........」

 

 

 買い物袋を持ち、空いた手で頭を掻きながらそう言った。確かに、走る気力と走りたい渇望に溢れていたテイオーなら、頼めていたことだ。

 

 

沖野「.........まぁ、なんだ。こんな所で話すのもアレだし。中に入れよ」

 

 

 そう言って、この人はポケットから鍵を取りだした。なるほど、俺がもし勇気をだして扉を叩いていたとしても入れなかった訳だ。ここで足踏みしたのも正解だったかもしれない。

 数日ぶりの、スピカのチームルーム。以前は誰も居なくても、頭の中で楽しい記憶が勝手に再生されていた物だが、今となっては寂しいもので一切それは再生されない。

 

 

 それから、俺は今までの事を謝った。沖野さんも頭に血が上って居たと言って、お互いにその事について謝った。

 そして、これからについてのことも話し合った。テイオーをどうするのか、走らせるのか、辞めさせるのか。その事について、結構長く議論していたけど.........

 

 

沖野「.........見事に真っ二つだなぁ」

 

 

桜木「そうっすねぇ.........」

 

 

 面白いくらいに意見が割れた。二人しか居ないはずなのに、二人とも全く違う意見で、その上どちらも正しい。

 けれど、それでもそれを楽しめるくらいには余裕が出来ていた。お互い、話し合った事を思い出して苦笑していた。

 

 

沖野「まぁ、それくらいテイオーについて真剣に考えてるんだ。俺もお前の意見を尊重したい。後は.........」

 

 

桜木「テイオーがどうするか.........ん?」

 

 

 彼女の出した答えが全て。そう思っていると、不意にチームルームのドアが開いていくのが見えた。

 

 

テイオー「トレーナー!あっ!サブトレーナーも居るー!丁度良かったよー!♪」

 

 

桜木「テイオー!足はもう良いのか?」

 

 

テイオー「ふふん!ボクはウマ娘だよ?一週間くらい安静にしとけば、松葉杖で歩けるんだから!」

 

 

 そう言って胸を張るテイオー。その自信満々の姿に、安心する自分がいる。けれどそれとは対照的に、沖野さんはどこか不安げな表情をしていた。

 

 

沖野「丁度良かったって、何かあるのか?」

 

 

テイオー「うん!これを渡しにね♪」

 

 

桜木「―――っ.........!!?」

 

 

沖野「っ.........そう、か」

 

 

 いつもとは違った様子で、改まったように両手でそれを持ち、沖野さんに渡すテイオー。それを見た時、俺は一瞬時間が止まったように思えた。

 沖野さんは動揺しつつも、それを何とか、受け取って見せる。やっぱり.........この人は俺なんかより遥かに大人だ。

 .........俺は、目の前の現実を受け入れられない。直視出来ない。あのテイオーが、みんなが待ちわびているテイオーが、そんな事をするはずが無い。

 そう思っていても、沖野さんの手に渡ったその文字をもう一度見た時、俺はようやく、それを受け入れることが出来た。

 そこには、こう書かれていた―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 [脱退届].........と

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ......To be continued



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テイオー「ボクはもう、走らないから」

 

 

 

 

 

『走るの止めるね.........?』

 

 

 その声が、頭の中で反響する。跳ね返って、跳ね返って。やがて俺の心に直接刺さってくる。

 上も下も分からないまま、どこかに向かって、あるいはどこにも向かわずに落ちて行く。そんな中で、一つの剣が目の前に不意に現れた。

 痛い、苦しい、悲しい、悔しい、辛い、虚しい、そんな全てがごちゃ混ぜになった剣で貫かれた様に射貫かれた。

 

 

桜木(.........夢か)

 

 

 そう気付くのに、大した時間は掛からなかった。最近はこういう、夢を夢だと自覚する事が増えてきた。

 それでも、この痛みの剣は収まる所か、逆に俺の胸に深々と突き刺さってくる。あまりの痛みで、思わず叫んでしまうかも知れないほどに。

 けれど.........

 

 

『.........』

 

 

桜木「っ、キミは.........どうして?」

 

 

『あら。最初にあった時より随分弱気じゃない』

 

 

 それは最近夢に出てくる声とは、また違う声。どう説明すればいいのか分からないけど、彼女は決まって、俺を助けてくれている気がする。

 その剣を引き抜いて、そのまま放り投げるその存在を見つめていると、それはゆっくりと俺に言い聞かせるように口を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『諦めなさい』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「.........アンタも、そう言うのか.........?」

 

 

桜木「あの声と同じような事を.........!!!アンタも言うのかッッ!!!」

 

 

 諦めろ。諦めろ。どこまで行ってもそればかり。諦めた所で俺にはもう道は残されてなんて居ない。

 そう思って俺は言葉をまたぶつけようと口を開きかけたが、また以前と同じように、その女性のような指先が俺の口元に当てられた。

 

 

『勘違いしないで。あんなのと一緒にされたらこっちもいい迷惑だわ』

 

 

『確かに私は[諦めろ]とは言った。けど、アレが言ったのは[全部諦めろ]って意味』

 

 

『私が言いたいのは.........[何を諦めるか]って事よ。これからそれが、貴方にとって一番重要になってくる』

 

 

桜木「何を.........諦めるか.........?」

 

 

 そう言われても、何を諦めるかなんて想像も付かない。俺にとっては全部、諦め切れないものだ。今持っている荷物は全部大切な物。とても道半ばで落っことして行けるほどの物なんかじゃない。

 そんな俺の様子を見て心情を察したのか、彼女はその温もりの宿っている手を、俺の頭に乗せて撫でて来た。

 

 

『この前最後に言ったでしょう?[夢を見たければ目を覚ましなさい]って』

 

 

桜木「あ、ああ.........」

 

 

『夢は大切な物。けれどそれだけじゃ、寝てる時に見ているのか、起きて見ているのか分からない』

 

 

『現実をしっかり見定めて、自分の立場を理解して初めて、夢って言うのは姿を現してくれるの』

 

 

 まるで母親が駄々をこねる子供をあやすような手つきで頭を撫でられ、俺も次第に心を落ち着かせて行った。

 けれど、まだ疑問がある。この人は一体何者なんだろう?そしてあの声は.........?あの時、マックイーンになぜ語りかけて来たのか?

 腑に落ちない部分は確かにある。けれどこの女性は、あの声よりかは確かに信頼出来る人だった。

 

 

『.........負けないでね』

 

 

桜木「え?」

 

 

『あの声に。これから起こる運命に。神様が起こす奇跡に、絶対に負けないで』

 

 

『[諦めずに諦める物を探しなさい]。それが.........貴方を夢に導いてくれる力になるから』

 

 

 優しかった手が離れて行き、徐々に視界が光に包まれて行く。ゆっくりと意識が身体の方へと引っ張られる感触を感じ、俺はその目をゆっくりと閉じて行った。

 その時、彼女のぼやけた存在が少し晴れたように見えた。

 

 

桜木「...?マック......イーン.........?」

 

 

『!.........ふふっ、そう呼ばれるのは。いつぶりかしらね』

 

 

 何処か懐かしむように、けれど寂しそうな声が聞こえてくる。そんな悲しそうな彼女の頭を撫でようと手を伸ばしても、もう目は閉じかかってて。上手く夢の中で動けない。

 もう完全に、夢から覚めてしまう。そう思った瞬間、俺の半端に伸ばした腕を、彼女は優しく掴んだ。

 

 

『.........優しいのね。ありがとう』

 

 

『あの子が惚れる理由も、分かっちゃうわ』

 

 

『あの子の事、よろしくね?泣かせても良いけど.........』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『諦めるのだけは、絶対ダメよ?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

デジ「はぁぁ.........また、推しウマ娘ちゃんが一人、引退.........」

 

 

 嘆き。もうこの世の全てに聞かせるかのように私、デジたんことアグネスデジタルは、それはもう盛大なため息と共に机に突っ伏しました。

 ここはお昼休みのチームルーム。今日はいつも通りのチームの皆さんが、いつもより辛そうな面持ちでそれぞれ、時間を潰していました。

 

 

マック「.........仕方ありませんわ。テイオーが自ら決めて進んだ道。それを無理やり変えることは出来ません」

 

 

タキオン「.........その道を進ませてしまったのは、私なのだがね」

 

 

全員「.........」

 

 

 どんよりとした空気.........タキオンさんが言った言葉がデジたん達に深く刺さります。うぅ.........こういう空気は苦手です.........

 最近、本当に皆さん元気がありません。桜木トレーナーさんも元気そうに振舞ってますけど、それが虚勢である事は近頃では手に取るように分かってしまいます。

 

 

デジ「はぁぁぁ.........テイオーさん、本当にこのまま引退してしまうのでしょうか.........?」

 

 

ブルボン「引退前にライブをすると聞きました。お客さんの声が大きければもしくは、可能性はゼロではありません」

 

 

ライス「そ、そうだよね!ライスはオールカマーに出るから応援は出来ないけど.........」

 

 

ウララ「大丈夫だよライスちゃん!!ウララがライスちゃんの分も声出すもん!!」

 

 

 目の前で何とも尊いやり取りを見せてくれるお二人.........!!!やはりウラライ。ウラライは全てを救う.........!!!

 そんなお二人を見てようやく、マックイーンさんもタキオンさんも、その身に纏う悲しげな雰囲気を和らげてくれました。

 

 

マック「ふふふっ、もちろん私も諦めては居ません。生涯のライバルに等しい存在ですもの。最後のレースが怯えて勝った物だったなんて、悲しいですから」

 

 

タキオン「事はそう簡単じゃない、が.........[奇跡を超える]事が出来ればあるいは.........私はそう思っているよ」

 

 

デジ(.........やっぱり、桜木トレーナーさんは凄い人ですね)

 

 

 力強い希望を胸に秘めながらも、それがある事を実感させてくれるタキオンさん。目を瞑りながら紅茶を楽しむ素敵な姿を見せてくださいます。

 タキオンさんとは同室で、デジたんが入学した頃からの付き合いです。最初の挨拶なんてしたかどうかも、普通の人なら覚えてないほど曖昧なもの。クールでドライなウマ娘さんだと言うのがあたしの第一印象でした。

 けれど、月日が経つにつれ、日に日に桜木トレーナーさんに振り回されストレスが垣間見える頃、それでも楽しそうにその対策を講じたり、夢の中でも振り回され、寝言で怒った声を上げつつも、表情は嬉しそうなこの人は、そんな人じゃないと分かったんです。

 

 

デジ(きっと、今回も打開策を見つけてくれるはず.........!)

 

 

デジ(頼みましたよ!トレーナーさん!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木(.........)

 

 

 夕暮れの帰り道。トレーニング後のチームカノープスとの会議は今日も収穫はゼロだった。

 不思議と心に波は立っていない。完全な凪が支配していた。溜息をつくことすら出来やしない。

 

 

桜木(.........俺はもしかして、こうなる事をどこか想像してたんじゃないか.........?)

 

 

 情けない。そんな気持ちが無色透明な心に一滴垂らされる。水面を貫いたそれは好き勝手に広がって、薄く伸ばされて行く。泣きたいとすら思えない。

 結局、俺は何も変えられない。諦めの味を知っているからと言って、俺にアイツを.........テイオーを変える事ができるとは限らない。

 

 

「あの!お兄さん!」

 

 

桜木「!キタちゃん.........?」

 

 

 不意に背後から声を掛けられる。その声に聞き覚えを感じ、呼び掛けられたのは俺かもしれないと思って振り向いてみると、そこには記憶より少し大人になったキタサンブラックとサトノダイヤモンドが居た。

 動揺して少し意識が離れたが、すぐにそれを取り戻して、視線を合わせるように膝立ちをする。

 

 

桜木「久しぶりだなぁ二人とも!元気だった?」

 

 

キタ「はい!!お兄さんも元気そうで何よりです!!」

 

 

ダイヤ「おじさま!前回の宝塚のマックイーンさん!とても凄かったです!!」

 

 

 嬉しそうな笑顔で再会と、マックイーンの活躍を喜んでくれる二人。そんな二人を見ていると、俺も嬉しい気持ちになった。

 けれど、そんな時間も少しだけ。少し経てば、キタちゃんは見るからに落ち込んだ様子を見せ、それに釣られるようにダイヤちゃんも暗い表情を見せた。

 

 

桜木「ど、どうしたの?」

 

 

キタ「.........テイオーさん。このまま引退しちゃうんですか.........?」

 

 

桜木「.........っ、それは」

 

 

 それを否定する言葉が出かけて、心がズキリと痛む。最近、嘘やでまかせを出し過ぎだ。昔っからそういうのが好きでなかったのはお前自身が知ってたはずだろう?

 言葉に詰まる俺を後目に、ダイヤちゃんはキタちゃんのポケットから勝手に何かを取り出す。

 

 

キタ「あっ!それは!!」

 

 

ダイヤ「これ!!キタちゃんがテイオーさんの為に、一生懸命作ったんです!!」

 

 

桜木「!キタちゃんが.........」

 

 

 俺に見せつけるように突き出されたお守り。お世辞に言っても、上手とはとても言えない。けれど、例え見栄えが悪くても、これを作って渡したいというキタちゃんの思いが、強く込められていることを感じた。

 

 

キタ「.........走って欲しい」

 

 

キタ「もう一度.........っ!テイオーさんにっ、走って欲しいんですっ.........!!!」

 

 

 涙を堪えながら、キタちゃんは強く言い切った。俺はそれを聞いてダイヤちゃんからお守りを受け取った。

 それには、確かな温もりを感じた。人の思いが込められた物質特有の、肌ではなく、心という器官でのみ感じられる温かさが、確かにあった。

 

 

桜木(.........馬鹿野郎だな。俺は)

 

 

 テイオーに何が出来るか?テイオーを変えられるか?そんなの、分からない。世の中そんな事ばかりだ。辺りを見渡してみろ。分かりきってない事ばかりじゃないか。

 それでも前に進むんだ。二本の足で、自分の足で、自分の道を進むのが人間だ。それをやめて立ち往生したらそれこそ、死んだも同然じゃないか。

 

 

桜木「確かに、受け取った。これは必ずテイオーに渡す。けれどその前に.........」

 

 

桜木「俺が、 少しの間預かってても良いかな?」

 

 

二人「え?」

 

 

 俺は、弱い人間だ。例えどんなに取り繕って、強くあろうとしても、少しの困難で怯んで、すくんでしまう。

 それでももう大人だから。後ろを歩いてくれている子達の為に、前に歩かなきゃならない。

 

 

桜木「俺も。どうしたらいいか分からなくなってた」

 

 

桜木「けれど、キタちゃんの思いが籠ったこのお守りを、俺は信じたい」

 

 

桜木「これがあれば、俺はきっとテイオーを走らせる事に、迷いは無くなるから」

 

 

 首に掛けた王冠の煌めきを感じる様な光が、仄かにこれから感じ取れる。王冠は俺とチームを繋ぐ物で、きっとこれは、俺とテイオーを繋げてくれる物になってくれる。

 二人はそんな俺を見て、頷いてくれた。情けない事に、こんな年端も行かない子供に助けられて、泣きそうになってしまう。

 それを悟られないよう、俺は二人の頭を強引に撫でてから立ち上がった。

 

 

桜木「さぁ、もう帰ろう。夜は寒くなるからな」

 

 

 夕日がそろそろ沈んでしまう。まだ子供の二人を急かすように言うと、慌てたように頭を下げ、お礼の言葉を言ってから彼女達は帰路へと走って行った。

 そんな二人の背中を見送り、もう一度お守りの温もりを確かに感じながら、俺も家へと向かって行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

テイオー「よーっし!今日もライブの練習するぞー!」パン!

 

 

 秋の寒さが本格的になってきた。一年の間暇が無いと言っても言い過ぎじゃないくらい、ボク達ウマ娘は毎日レースの為に走っている。

 けれど、ボクはもうその枠組みから外れた。そう思うのはまだちょっと寂しいけれど、これは自分で決めた事。ボクは寒さに決意が揺らされないよう、ほっぺを叩いて気合を入れた。

 

 

テイオー「まずは基本のステップからだよね♪」

 

 

 最近は、引退ライブの為に毎日ダンスの練習に励んでる。チームを脱退して結構経つけど、ゲームセンターのダンスゲームをしている時より真剣に、まずは基礎から確かめて行く。

 うん。今日も大丈夫!足さばきは昔と何ら変わらない!これなら今すぐにでも―――

 

 

テイオー(って、ダメダメ。ボクはもう走らないって決めたんだから。今はダンスに集中!)

 

 

 最近ライブの練習をしていると、こうやって昔のボクが顔を出して、寂しそうに覗き込んでくる。それを一旦沈めるために、ステップをやめて深呼吸をした。

 そう言えばと思って、自分の足を見る。もう痛みは感じない。それくらいには回復してくれたのかな?

 よしよし。この調子で行けば、引退ライブだって―――

 

 

「探したぞ!!テイオー!!」

 

 

テイオー「?.........あー!!ダブルジェ「ツインターボ!!!」そうだったっけ?」

 

 

 一文字もあってない!そう言ってボクの目の前に現れた.........なんだろう?友達、なのかな?うん。その子は怒っていた。

 

 

ターボ「挑戦状見てくれた?!いつ勝負してくれるの!!?」

 

 

テイオー「え?挑戦状?う〜ん.........あー!!思い出した!!ボクの寮部屋に貼られてた奴かー!!あれ貼ったのキミだったの!!?」

 

 

 正直、誰かのイタズラなのかなー?って思ってたけど、この子だったら納得かな。いつか一緒にレースで走りたいっていっつも言ってくれてたし。

 .........だけど、それは出来ない。ボクはもう走れない。走れたとしてもそれは、[皆が求めるトウカイテイオー]じゃない。だから、走らない。

 

 

ターボ「ターボ!今度のオールカマーに出るから!!みんな凄いんだよ!!?イクノも出るし!うーん、と。あとえっと!ライスシャワーとかも!!」

 

 

テイオー「.........そっか。良かったじゃん」

 

 

 なんだ。今のボクより全然強いウマ娘が出るなら良いじゃん。別に、ボクにこだわることなんて必要無いのに。

 頑張ってね。そう言おうとして口を開こうとした時、ボクより先に、この子が言葉を発した。

 

 

ターボ「だから!!そこで勝負!!」

 

 

テイオー「.........っ」

 

 

 ボクは走れない。走らない。そう決めた。そう決められた。これはもう決まった事なんだ。だからボクはそれに従うだけ。ボクももう子供じゃない。わがままばっかり言えないんだ。

 なのに、どうしてボクの心は揺れ動いてるの?まさか、また走りたいって思ってるの?ダメだよ。そんな事したら、今度こそ終わっちゃう。みんなの中に残るボクの最後の姿が、無様に弱くなった姿で終わっちゃう.........!

 それだけは、絶対に嫌だ。みんなの夢の中くらい、ボクを[トウカイテイオー]で居させてよ.........

 

 

テイオー「出走登録なんてとっくに終わってるよ」

 

 

テイオー「それに、ボクはもう走らないから」

 

 

ターボ「え.........!!?なんで!!?」

 

 

 何も知らない。ボクの事なんてお構い無しに、その子はただ走らないと言ったボクに疑問の声をぶつけてくる。

 なんでって聞かれても、ボク困っちゃうよ。だってそう決めたんだもん。チームも脱退しちゃったし、そもそもレースにはトレーナーが必要じゃんか。

 .........そうだよ。ボクは自分で、トレーナーに伝えたんじゃないか。もう走らないよって。それを今更、どうやってまた走らせてなんて.........

 

 

ターボ「じゃあじゃあ!!オールカマーで勝ったら今度こそ約束!!」

 

 

テイオー「っ、だから。そんな約束出来ないってば.........」

 

 

ターボ「やだやだ!!ターボと勝負!!次も勝つから!!ぶっちぎりで逃げ切って!!!」

 

 

テイオー「ボクはもう走らないからっ。勝負は諦めてよ」

 

 

 段々と秋の茜色の空のようだった心が、苦しい色に変わっていくのを感じた。この子を見てると、会長やトレーナー達にわがままを言っていたボクを思い出してくる。

 今のボクは空っぽだ。そんなの、ボク自身が一番良く知ってる。けれど一度空っぽに慣れちゃったら、何を入れても辛いだけ。前と同じ物じゃないと、苦しいだけ。

 そしてそれは、二度とボクの中に帰って来ない。覆水盆に返らずって良く言うけど、今のボクが正にそうだ。

 

 

ターボ「何それ変なのっ!!!諦めるってテイオーっぽくない!!!テイオーっぽくない!!!」

 

 

テイオー「君に何が分かるのさ!!!」

 

 

ターボ「っ!」

 

 

テイオー「ダメなものはダメって認めるの.........すっごくすっごく辛いんだよ.........!!!」

 

 

 身体がまるで寒さに触れたように震えている。もう分かってる。いつまで経っても諦めきれないのはボクの方だ。まだ行けるのかも、まだ行けるのかもって、自分でしたはずの決断を、何度もやり直そうとしてる。

 けれどそんなの、かっこ悪いじゃんか。子供のわがままみたいでみっともないし、例えまた走った所で、さっきから思ってるように、前見たく走れたり、 勝てたりする保証なんてどこにも無い。

 だから、おしまいにしなきゃ。いつまでも[物語]を続けてたら、後に続く子達が[主人公]になれない。無敗の最強トウカイテイオー伝説は、最後にみんなにありがとうを伝えて、それで―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんなの知らない!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

テイオー「え.........?」

 

 

ターボ「ターボの知ってるテイオーは諦めたりしないもん!!!」

 

 

 力強いその目が、ボクの姿をじっと見ている。きっとこの子にはまだ、ボクが走っているトウカイテイオーに見えるんだ。

 .........おかしいな。諦めさせなきゃ行けないのに。ボクはここで終わらなきゃ行けないのに。まだボクのその姿を見てくれている事に、嬉しく思っちゃう自分が居る。

 

 

テイオー「.........ライスも居るんだよね?」

 

 

テイオー「他にも強いウマ娘が沢山出る。逃げ切れる訳ないよ」

 

 

ターボ「.........〜〜〜!!!ターボ勝つからっ!!!絶対逃げ切って勝つからっ!!!」

 

 

 逃げ切れる訳がない。そう言って、ボクは諦めさせようとしてる。そうしようとしているはずなのに、心のどこかでは、勝ってほしいって思ってる。

 .........それもこれも全部、きっとサブトレーナーのせいだ。[奇跡]は起こる。ううん、それだけじゃない。起こった[奇跡]は越えられる。根拠も証拠も無いのに、自信満々にそう言いきって.........ボクは、菊花賞に出たんだ。

 勝つかもしれない。けれど、負けるかもしれない。そんなどっちつかずの現状が、ボクの心を懐かしい形に戻そうとしてくる。レースを走っていたあの時。確かに強かったけど、本当に勝てるかと言われれば、根拠は無かったあの頃と同じように。

 

 

ターボ「テイオーのアンポンタン〜〜〜!!!」

 

 

テイオー「あっ.........行っちゃった」

 

 

 .........ちょっと言い過ぎちゃったかな?ううん。これぐらいで丁度いいんだ。嫌われればいくらあの子だってもう、ボクとレースしたいだなんて言わなくなるよ。

 ボクは大人なんだ。これくらいの悪役なんて楽に、それこそちょちょいのちょいでやってのけられるもんね!!

 

 

テイオー(.........あはは、けどやっぱり。辛いなぁ)

 

 

 誰かに嫌われる感覚。想像していたよりずっと辛い。けれど、これで良かったんだ。いつまでも走らないボクにこだわるより、今走ってる皆と走る事が出来れば、あの子もきっと幸せだと思う。

 そう思いながら、ボクはまた。一人でステップの練習を始めた。けれどその脚さばきは、練習初めより、何かに囚われたように、ちょっとぎこちなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「.........急に連絡が入って何かと思ってきて見れば」

 

 

ターボ「悔しい悔しい悔しい悔しい!!!」

 

 

 夜も深けたトレセン学園の、チームカノープスのルーム。チームメンバーのトレーニングを終え、これから帰ろうかとした矢先の連絡であった。

 扉を開けて入ってみれば、ツインターボはその言葉だけを一生繰り返している。他の子や南坂さんはそれを聞いて落ち込んでいる様子を見るに、現状をどうやら理解している様だった。

 

 

桜木「何か、あったのか?」

 

 

イクノ「.........実は」

 

 

 その言葉を皮切りに、事と経緯を話し始めたイクノディクタスの声に、俺は耳を傾けた。どうやら、ターボから見たテイオーは既に諦めきっている様子だったらしい。

 

 

ターボ「ターボやるもん!!テイオーの目の前で絶対絶対逃げ切って勝ってやる!!諦めなければやれる事見せてやるんだ!!!」

 

 

ネイチャ「.........それ、無理かもね」

 

 

ターボ「え!!?」

 

 

桜木「.........」

 

 

 この場に居る殆どが、ターボのその言葉に難色を示す。現に俺も、聞いている途中で目を伏せてしまった。

 オールカマーの出走日は、完全にテイオーの引退ライブと重なってしまっている。だから物理的に、テイオーはターボの走りを見ることは出来ない。

 

 

桜木(クソっ、考えろ桜木っ!いつだってお前はそうして乗り越えてきたじゃねぇか!!!ここでアイデア出さねぇでどうすんだ!!!)

 

 

 頭を必死にこねくり回しながら、何とか策を模索する。だが悲しい事に、今俺の中に、絶対の解決策は存在して居ない。

 万事休す.........今ここを逃せば、確実にテイオーは引退してしまう。ここで諦めてしまえば、テイオーは結局、諦めてしまった一人になってしまう。

 それでも、何も無い。何も思いつかない.........

 

 

ターボ「.........諦めたくないっ、テイオーがどんなに必死に諦めようとしても!!!ターボは諦めたくない!!!」

 

 

桜木「.........!!?待て!!!今なんて言った!!?」

 

 

全員「え.........?」

 

 

 狭くなりつつあった視野が、少し広くなった。それは、俺がターボの言った一言に、一つの単語に疑問を抱いたからだ。

 

 

ターボ「だから!!テイオーが必死に―――」

 

 

桜木「.........ははっ、なんだよ」

 

 

 自然と笑いが込み上げてくる。 その様子を見て、南坂さんを含めた全員が、俺を心配するように見てくる。

 けれど、確かにツインターボは見て、聞いて、実感したのだ。[諦めた]と言うのに、それを[必死]に肯定しようとするテイオーを。

 

 

桜木「.........今、確信した」

 

 

桜木「アイツはまだ.........!走りたい気持ちを捨てちゃいない.........!!!」

 

 

全員「!」

 

 

 諦めた人間の行動は、俺が良く知っている。実際に一切合切全てを諦めたのなら、どうでも良くなる筈だ。その事をつつかれたとしても、熱くなることは決してない。熱も炎ももう、そこには存在しないからだ。

 けれど、テイオーにはそれがまだあった。微かだったが、それは確かに静かに熱を帯び、火は消えちゃいなかった。

 

 

『もう一度.........っ!テイオーさんにっ、走って欲しいんですっ.........!!!』

 

 

桜木(なぁテイオー。お前、一足先に大人になったつもりなのか?)

 

 

 今より少し前、俺に自分の夢を託し、預けてくれた小さい少女達の顔を思い出す。決して、大人では無いが、それでもその意志の強さは大人顔負けであった。

 .........大人は確かに、立場を考えればあまり多くの事を好き勝手には言えないものだ。責任という物や、自分の生きてきた道の歩き方がそうさせる。

 けれど、テイオーはそれしか知らない。大人の定義だけで、大人のなり方はまだ知っていない。

 

 

桜木「.........教えてやろうぜ。自分だけ大人になったつもりのテイオーに」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大人は子供のわがままを叶えるもんだってよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 体に力が入る。心に活力が漲る。アイツは走るのを諦めたんじゃない。走るのを何とか諦めようとしているだけなんだ。そう思うだけで、活路は見いだせる。

 そんな俺の姿を見て、全員が意志を固める。覚悟を決めて、テイオーをもう一度、ターフに舞い戻らせるという意志をもう一度、自分達の中で再確認したのだ。

 

 

ウマ娘「それで!!!方法は!!?」

 

 

桜木「.........あぁぁぁぁぁ!!!問題はそれだったよなぁぁぁぁぁぁ!!!」ガバァ!!!

 

 

ネイチャ「えぇ.........?」

 

 

 そうだった。本題はそこだったんだ。何をやってるんだ俺は.........あまりの間抜けとドジっぷりに思わず椅子に座りこんで、頭を勢いよく抱えた。夜神月くんかな?

 困惑する声一つ、溜息を吐く声二つ、どうするの?と延々に聞き続ける声が一つ.........もうどうすればいいのかなんて分かりはしない。

 けれど、そんな声が出る中で一人だけ、静かに黙っている人がようやく、口を開いた。

 

 

南坂「.........何とか、なるかもしれません」

 

 

全員「.........本当!!?」

 

 

南坂「確証はありません。ですが、やるだけやってみる価値は充分あると思われます」

 

 

 その目は、決意に満ち満ちたものだった。いつもの優しさを持ちながら、力強さを感じるその目に、俺達は安心感と、これから起こることのワクワクを両方、胸の中で共存させていた。

 そうして話された南坂さんの計画。普段の温厚で、物静かな彼とは対象的な突飛で、無茶苦茶な計画が、この人の口から説明された.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「.........はぁ」

 

 

 9月に入って、青々しかった木々の葉が紅葉を見せ、一部では既に落ちて行く季節。私の目の前のステージでは、着々とテイオーの引退ライブの準備が迫ってきています。

 

 

『.........不安、かしら?』

 

 

マック「貴女.........ええ。折角のライバルが、今日で引退してしまうかも知れませんもの」

 

 

 私の内側から語り掛けてくる声。それに肯定しながら、私は溢れ出そうになる不安を、自分の中にしまい込もうとする。

 けれど、既に膨らみきったそれは扉を閉めようとしても、はみ出してしまうくらいには大きい。全てをしまい込むなんて、無理な話です。

 

 

『けど、彼は言ってたじゃない。何とかなるって』

 

 

マック「.........貴女には分かりませんわ」

 

 

『.........あの[仮面]のこと?』

 

 

 返事はしない。けれどそれを肯定と受け取ったのか、内側に潜むそれは、慰めるようにゆっくりとそこから温かさを広げて行きました。

 先日、彼はライスさんと共にオールカマーへの出走の為、今日のライブは見れないと伝えてきました。だから、今この場に彼は居ません。

 それでも、大丈夫だと、安心して欲しいと私達に伝えてきました。きっと何とかなるからと、いつも通りの.........何でも乗り越えてくれる様な、ニカっとした笑顔の[仮面]。本人でもきっと気が付かないほど、精巧に作られたそれが言っていました。

 

 

『.........良い?人は誰しも、何かになりたいと思って生きている。貴女だってそう。[メジロ家に相応しいウマ娘]になりたい一心で、今まで生きてきた時もあるでしょう?』

 

 

マック「それは.........そうですけど」

 

 

『あれが彼のなりたい物なの。それが良い物なのか悪い物なのか、分かるのは未来の話。今は、あの人を待ちましょう?』

 

 

 それだけ言って、その存在はまた私の中へと眠りにつくように息を潜めました。言葉だけではありますが、幾分か安心したのは嘘ではありません。

 そう思い、この場を去ろうとした時、不意にステージの隣にあるベンチで眠り掛けている保健室医の黒津木先生が見えました。

 

 

マック「.........酷い隈ですわね」

 

 

タキオン「ああ、最近何やら早々に帰って何かの準備をしているらしいよ」

 

 

マック「いつの間に」

 

 

 これまた不意に私の隣に現れたタキオンさん。その説明してくださる優しさとは裏腹に、声の調子から不機嫌である事が察せられました。

 

 

タキオン「全く.........恋人である私を放っておいてまで一体何をしていると言うんだ.........大体私に見られて困るようなものなんて彼の家に招かれた初日に全部処分.........」ブツブツ

 

 

マック(.........くわばらくわばら)サササ

 

 

 その不機嫌を全力で解放し始めたタキオンさんから、気配を悟られることなく何とか離れます。このままでは彼女の腹いせに付き合わされる事になるかもしれませんでしたから.........

 今度こそ私は、このステージの側から離れる事が出来ました。その心に、これからの未来に対するどうしようもない不安を抱きながら.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「調子はどうだ?ライス」

 

 

ライス「う、うん.........あんまり良くないかも.........」

 

 

 控え室でオールカマー出走までの間を待っている俺とライス。今日はテイオーの引退ライブということもあり、ライスの付き添いは俺一人だけだ。

 本当はツインターボも連れて来たかった。ライスもそれには納得して了承してはくれたんだが.........

 

 

ターボ『いや!!ライスもターボとライバルだからね!!』

 

 

 と、断られてしまった。まぁなんとも可愛らしい奴である。南坂さんが担当していなかったら今頃[スピカ:レグルス]に所属していたに違いない。

 

 

ライス「うぅ〜.........久々のレース、緊張する.........!」

 

 

桜木「まぁまぁライス。そう気張ってても力は出せないぞ?ゆっくり深呼吸して、力抜いてこう?」

 

 

ライス「う、うん!!」

 

 

 そう言ってより一層力を入れてくるライス。う〜ん、俺が言いたいのはリラックスしてってことなんだけど.........この子には難しいか。頑張り屋さんだしな。

 それでも、出来る限りのリラックス方法を試してやるのがトレーナーだ。俺はそう思い、一緒に深呼吸をしようとライスと共に大きく息を吸い込んだ。

 その時だった。

 

 

 ウーーー♪(ウマダッチ!)ウーーー(ウマピョイ!ウマピョイ!)

 

 

ライス「え!!?な、なんでうまぴょい伝説が.........!!?」

 

 

桜木「あっ、電話だ」

 

 

ライス「えぇ.........?」

 

 

 隣で何故か今まで見せたことの無いドン引き顔を見せるライス。なんだ、うまぴょい伝説がそんなに悪いのか?いや、もしかしたらマックイーンの奴を着信にしてるのが悪いのかもしれない。今度からランダムでうちのチームメンバーが歌っているものにしよう。

 そう思いながら携帯の画面を見てみると、そこには非通知と表示された文字。ふむ。一体誰からだろう?

 

 

桜木「もしもし?」

 

 

「.........グス、うぅ.........」

 

 

桜木(.........泣いてる?迷子の子供が苦し紛れに適当に電話をかけて来たのか?)

 

 

桜木(いや。この声はまさか.........!!!)

 

 

桜木「ターボ、か.........?」

 

 

 確信は無かった。しかし、口を出してその名を呼べば、その声は肯定せずとも徐々にターボの物だと分かり始めた。

 一体、どうしたのだろう?泣いてるなんてただ事じゃない。そう思い俺は、その訳を聞いた。

 そして、それを聞いた時、俺は絶望した。何故なら、それはつまり、この計画の破綻を表しているからだ。現に俺はそれを聞いた次の瞬間.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、何ィィィィィ―――!!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大人が出しちゃ行けないような叫び声を上げ、何とも言えない感情を己の中で渦まかせてしまったのだから.........

 

 

 

 

 

 ......To be continued



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ターボ「ターボとオールカマーとトウカイテイオー」

 

 

 

 

 

白銀「なぁ、この後どうするよ?」

 

 

二人「あ?」

 

 

 テイオーが引退ライブをするというステージの付近で、古めかしい二画面のゲーム機を手にし、それに目を向けながら翔也はそう言った。それに対して俺と創は半ば怒りが籠った声をぶつけていた。

 

 

黒津木「俺は寝不足の中テメェがスマブラやりてぇって言ったから渋々付き合ってやってるんだが?終わったら寝るぞ」

 

 

神威「俺もお前に無理やり連れてこられたけど仕事中だったんだぞ?終わったら仕事戻るぞ」

 

 

白銀「は?断ればいいじゃん!!!」ファルコンパーンチ!!!

 

 

二人「コイツ生かしちゃダメだ」ポイッ

 

 

 この傍若無人っぷりである。寝ている所をバックブリーカーで起こされてるのに断るもクソもある訳が無い。

 しかも今コイツそんな話して起きながら俺のストックを1つ奪っていきやがった。絶対に許さねぇ.........!!!

 二人でコイツが用意してきた3DSをアスファルトに投げ拳を振り上げたその瞬間。突然俺のスマホに着信が入った。

 

 

黒津木「あ?玲皇からだ」

 

 

神威「はぁ?アイツ今オールカマーだろ」

 

 

白銀「オカマ?」

 

 

二人「冗談じゃないわよォう!!!」

 

 

 いつも通りのふざけたノリをしながら、電話に出る。何かと思い電話に出ると、その声はいつものアイツではなく、切羽詰まった奴の声が聞こえてきた。

 

 

「遅いッッ!!!ワンコールなる前に出ろ!!!」

 

 

黒津木「お前まさか俺をニュータイプか何かと勘違いしてねぇか?」

 

 

「あぁクソッ!!!時間が惜しいから手短に話す!!!アイツらもどうせ近くにいんだろ!!!スピーカーにしろバカ!!!」

 

 

黒津木「ニュータイプかな?」ピッ

 

 

 とりあえずご要望通りに電話をスピーカーに変え、周りに聞こえるようにする。またスマブラやりかけ始めた奴らを手招きしてこっちにこさせ、話していい事を伝えると、玲皇は深呼吸して話し始めた。

 

 

「.........俺は今、車に乗ってる」

 

 

黒津木「は?オールカマーは?」

 

 

神威「ライスは!!?お前どうすんの!!?」

 

 

「ライスはもう会場だ。緊急事態が起きた.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ターボが電車乗り間違えてその上寝ちまってたらしい.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「な、なんだってェェェッッ!!?」」」

 

 

 今明かされる衝撃の真実。まさかまさかのトラブルが起こってしまった.........いや、ここ最近そういうドタバタするような感じのトラブルが起こってなかったからそらそうよ。

 

 

「兎に角!!!俺はターボを迎えに行くから!!!お前ら引退ライブ遅延させろ!!!クビになる気で!!!」

 

 

黒津木「.........アイツ、切りやがった.........!!!」

 

 

 なんてことだ。なんでこんなことになった。俺達二人は頭を抱えた。一人は既にどっか行った.........なんて行動力なんだ.........

 と、兎に角。そんな事を何の悪びれもなく言ってきやがったんだ。あの人に頼むのが嫌いなアイツが、そこまで言ったんだ。ならば俺達は俺達の出来ることをするしか無いだろう。

 

 

神威「どうする?」

 

 

黒津木「取り敢えず、ライブ遅延については翔也に任せる。何とか出来るはずだ」

 

 

黒津木「俺達は玲皇を助けよう。どうせアイツの事だ。ターボちゃんを乗せた所でまた別のトラブルに巻き込まれるさ」

 

 

神威「.........渋滞とかか?」

 

 

 ビンゴ。ナイスだ創。その言葉が出てしまったらそれがトリガーになって確実に渋滞が発生する。フラグは完全に成立した。ならばもうやる事は一つだ。

 

 

黒津木「お前。今から俺の家に行って準備してたアイツへのプレゼント一式全部持って行け」

 

 

神威「はァ!!?お前がやれよォ!!!」

 

 

黒津木「無理。俺は免許持っとらん。玲皇と一緒にウオッカの為に取ってきたんだろ?」

 

 

 ぐぬぬ、という表情をした後、奴は俺に対して呪詛を撒き散らしながら走り去って行った。そうだ。それで良い。

 後は俺だけだ。テイオーのライブを遅延させる。そんな大それた事俺には出来ない。だから、俺がやったと分からないことをすれば良い。

 

 

黒津木「さぁ〜って。今この場に居ない創のせいにして、配線ぐっちゃぐちゃにしてやろ〜っと.........!!!」ゴキゴキ

 

 

 すまんな創。後で理事長には怒られてもらう。まぁ事が上手くすんだら正直に話すからその心配も要らないだろう。お前が怒られるのは全部失敗した時だ。

 久方振りの大掛かりないたずらに胸を躍らせながら、俺はこのステージに張り巡らされた配線という配線を引き抜いては違う所に差し込み、一部を簡単に解けないよう絡まらせて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ええぇぇぇ!!!??」

 

 

 テイオーの引退ライブが始まる直前。私達が会場に来てくださったお客さん達を案内していると、白銀さんが急に現れ、事の顛末を話してくださいました。

 

 

マック「そ、それは本当ですの!!?」

 

 

白銀「ああ!!ターボが電車乗り間違えて寝過ごしちまったって―――」

 

 

タキオン「違う!!!私達が聞きたいのは彼がテイオーくんを走らせる為の計画の事だ!!!」

 

 

白銀「へぇ!!?アイツ何も言ってねぇの!!?」

 

 

 そうです。彼は何も言わずにそそくさと一人.........あいえ、ライスさんを連れて二人でオールカマーへと行ってしまわれました。きっとライスさんもこの事は知りはしないのでしょう。

 

 

マック「.........あの人はまた」

 

 

沖野「お、おい?マックイーン.........?」

 

 

 静かな声を絞り出すように口から出してしまいます。いっつもです。彼はいつも、そういう大事な事は一切、話してくれはしません。

 身体の奥底から、怒りの様な煮えたぎる熱い感情が湧き出てしまいます。ですがそれは、決して怒りではありません。

 悲しいんです。そして悔しいんです。何故話してくれないのか、何故頼ってくれないのか.........私には、それが分からない。

 

 

ウオッカ「ど、どうすんだよ!!テイオーの引退ライブまであと.........」

 

 

ダスカ「というより!!!そもそもオールカマーに間に合わないわよ!!!」

 

 

白銀「そこは安心しろ、俺が連絡してちょっち遅延させて貰った。渋滞にさえ捕まらなければ何とかなる」

 

 

全員「えぇ.........?」

 

 

 何ともないという表情で親指を立てる彼の姿に、私を含めた皆さんが少し引きます。凄い人だとは知っていましたが.........まさか一声でレースの時間をずらしてしまうなんて.........

 

 

タキオン「.........色々言いたい事もあるが、トレーナーくんとしては私達の力は極力借りたくなかったんだろう」

 

 

マック「え?」

 

 

タキオン「テイオーくん。彼女は今[大人]になり掛けている。そんな彼女に私含めた[子供]が何を言っても取り合う事は無い」

 

 

タキオン「だから敢えて話さなかった。都合良く考えればそうなる」

 

 

タキオン「更に都合を良くすれば、私達はこういう時の為の、[起爆剤]として取っておいた訳だ」

 

 

 起爆剤。その言葉に対してこれと言った何かを思い当たる節は無く、ただ彼女の事を皆さんで見つめました。

 すると、彼女はいつも通り鼻で笑ってから、私達に語り掛けました。

 

 

タキオン「俗に言うと、私達も[彼に染まってしまった]という事だよ。あの、突飛な行動をする彼にね」

 

 

全員「!」

 

 

タキオン「計画なんて作られている中で、十分に力を発揮出来る様な男に思えるかい?あのトレーナーくんが」

 

 

 そう言われてようやく、合点がいきました。確かにあの人の力は、決まり事やルールの中に縛られない事でようやく発揮される行動力です。

 どんな困難にも、めげずに、挫けずに、[何かを決めず]に、ただ闇雲に野を超え山を越える.........それは正しく―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『「山あり谷ありウマ娘」』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私の中に居る彼女とともに、いつの間にかその言葉が口をついて出てしまっていました。それを聞いた皆さんがキョトンとした表情で、今度は私の方を見てきます。

 けれど、狼狽えることはありません。この言葉の意味は、私自身の言葉で言い表せますから。

 

 

マック「例え多くの困難が待ち受けていたとしても」

 

 

マック「例え多くの喜びが満ち溢れていたとしても」

 

 

マック「そこまで歩いて、走って来たのは私達です」

 

 

マック「だから、きっと超えられます。どんな(困難)であったとしても.........!!!」

 

 

 トレーナーさんがその背中を己の支えにしてくれているのなら、私達はそれに応え、走り続けるだけです。それにこの言葉は、何もあの人だけが心の支えになるものではありません。

 背中を見ている。それはつまり、後ろに居てくれる。という事です。私達が走るその背中を、決して離れずに見守ってくれているという事です。

 それだけで胸が暖かくなって.........それだけで、安心した気分になる。

 

 

デジ「.........そうですよ!!!」

 

 

デジ「どんな困難だって乗り越える!!!それがデジたんの憧れた!!!ウマ娘ちゃんの一番輝いてる姿です!!!」

 

 

ウララ「デジタルちゃん!!!」

 

 

デジ「一番辛いのは諦めようとしてるテイオーさんです!!!デジたん達がへこたれてる暇なんて一秒も無いんですよ!!!」

 

 

沖野「.........お前ら」

 

 

 次々とその不安げな顔を、決意に満ちた顔に染めあげていく皆さん。その顔を見て、沖野トレーナーもなにか思う所があったのか、少し考え込むようにして俯きました。

 

 

スペ「.........でもどうしましょう?時間を稼ぐと言っても.........」

 

 

白銀「俺に案がある!!!ゴルシ来いっ!!!」

 

 

ゴルシ「はァ!!?ちょ、引っ張んなよ白銀ェ!!!」

 

 

 勢いのままゴールドシップさんの腕を引っ張り、そのままステージの方へと向かっていくお二人。その姿を見送りながら、私達は自分達が何を出来るかを考えます。

 

 

ブルボン「では、私達はどうしましょう?」

 

 

全員「.........うーん」

 

 

スズカ「.........?あの人は.........そうだわ!!!」

 

 

 全員が考えあぐねている中、一人誰かを見つけたスズカさん。一体誰を.........そう思った瞬間。彼女はその場にいきなり膝から崩れ落ちました。

 

 

スズカ「うぅ.........」

 

 

全員「スズカ(さん)!!?」

 

 

「!!?大丈夫か!!?スズカ!!!」ダッ!

 

 

マック「.........!あ、貴女は.........!!?」

 

 

 この場にいる誰よりも遠くに居たはずなのに、いの一番にスズカさんに駆け寄り、支えてくださった方が居ました。

 それは、私と同じ芦毛のウマ娘であり、その名はトレセン学園の生徒会長[シンボリルドルフ]さんと引けを取らない程の知名度を誇るウマ娘.........

 

 

「オグリキャップ(さん)!!!」

 

 

オグリ「しっかりしろ!!!どうした!!?お腹が空いたのか!!?」

 

 

スズカ「ふふ.........そうみたい。肉まんが食べたいわ.........」

 

 

オグリ「待ってろ!!!今すぐ買いに行く!!!」ダッ!!!

 

 

スペ「い、行っちゃいましたね.........」

 

 

 ここに居る全員が倒れ込んだスズカさんから、走り去るオグリキャップさんに視線を送ります。どうしましょう.........?あの方は方向音痴でとても有名です。こんな事をしたら.........

 

 

スズカ「ふぅ、何とかなったわね」プルルルル

 

 

全員「え!!?」

 

 

 背後から聞こえるスズカさんの何ともないような声。それを聞いて振り返ると、彼女はケロッとした顔で誰かに電話をかけ始めて居ました。

 一体何が.........そんな言葉を一斉に問いかけようとしたその時、彼女は空いている手の人差し指を口元に押し当てました。

 

 

スズカ「もしもし?今大丈夫かしら?」

 

 

「え?うん。ライブの時間までちょっと休憩してたんだけど.........」

 

 

スズカ「急で悪いんだけど.........さっきオグリさんが迷子になっちゃったって連絡が来て.........」

 

 

「うえぇぇぇ!!?ボクに探せって言うのーーー!!?」

 

 

 その電話から聞こえる声は明らかに、今回ライブの主役のはずであるテイオー本人の声でした。こ、この人.........見た目や普段の立ち振る舞いによらず結構あくどい事をしますのね.........

 

 

スズカ「ごめんなさい。他の人に頼んだんだけど、忙しくて.........」

 

「いやいや!!!ウオッカとスカーレットに行かせれば良いじゃん!!!」

 

 

スズカ(貴女達、今すぐ大喧嘩して)

 

 

二人(はァ!!?)

 

 

 とてつもない無茶振りがお二人を襲います。しかもスズカさんのその目は本気でやれと言っているのが分かってしまうほどの真剣な物。

 二人は気圧されながらも徐々に近付き、いつもの喧嘩スタイルになっていきます。

 

 

ウオッカ「だ、大体だなぁ!!!お前はいつもトレーニングし過ぎなんだよ!!!」

 

 

ダスカ「な、なによ!!!別にいいじゃない!!!何!!?アタシにレースで一番を取られるのが怖いわけェ!!?」

 

 

ウオッカ「は、はァ!!?怖くねえし!!!むしろお前が一番人気でも取ってくれるんだったらオレとしても張合いがあるってもんだぜ!!!」

 

 

「うわ、凄い喧嘩してる.........」

 

 

スズカ「因みにスペちゃんは食べすぎで動けないしゴールドシップはさっき白銀さんに連れてかれて行ったわ」

 

 

 嘘しかありません。嘘でないとすればそれはゴールドシップさんが白銀さんに連れて行かれたことの一点だけです。良くもこんな短時間に言い訳というか、まかり通る嘘を思い付きますわね.........

 そんなスズカさんの策略通り、テイオーは渋々と文句を垂れながらもオグリさんを探す事を了承してくれました。

 それを聞いて安心した私達。けれど一番安心したのはスズカさんなのでしょう。電話を切った瞬間。今度は本当にその場にへたりこんでしまいました。

 

 

沖野「スズカ!!大丈夫か?」

 

 

スズカ「トレーナーさん.........ええ、嘘をつくって、疲れるのね.........」

 

 

沖野「.........ありがとな」

 

 

 これで、テイオーの事は何とかなりそうです。ステージのお客さんの方はきっと、ゴールドシップさんと白銀さんが何とかしてくれるでしょう。

 問題は残った私達です。何をするか、何をするべきか.........そんなまた振り出しに戻りかけた際、また内側から声を掛けられます。

 

 

『本音を話せば良いじゃない。あの時みたいに』

 

 

マック(あの時.........?)

 

 

『あの時と一緒でしょ?チームのトレーナーを辞めようとする彼を止めたあの時と』

 

 

マック「.........!!!そうです!!私達の本心をぶつけましょう!!!」

 

 

 ミスターMからのヒントを得て、私はそれを皆さんに伝えました。あの時.........そう。トレーナーさんがテイオーの骨折を治す為に海外へ出て、日本へ戻ってきた時と同じ事を、今度はテイオーにする番です。

 

 

沖野「本心を.........」

 

 

タキオン「中々いい考えだ。キミもだいぶ彼に染まってきたようだね」

 

 

マック「何を言っていますの?なんだったらこの中で一番彼色に染まりきってる自信さえありますわ」

 

 

 何を今更言っているのでしょう?こんなに心を開いていて染まっていないと言われたら逆に傷ついてしまいます。こう見えても映画とか見た後直ぐに影響されてしまう質なんです。

 

 

マック(.........私は絶対、諦めたりしないわ)

 

 

マック(だからテイオー.........貴女も絶対.........!!!)

 

 

 強い思いが心に宿る。炎が灯されたような、まるでレースを走る時のような闘志にも似た火が、久方ぶりにこの身を、この心を熱くさせます。

 貴女には、言いたい事が沢山ある。もちろん彼にもありますが、今は貴女の方が多いです。

 そんな諦めようとしている[ライバル]に対して、私は静かに、怒りを燃やして行きました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「トウカイテイオーの引退ライブにお越しのお客様にお知らせ致します」

 

 

「現在機材トラブルにより、開催時間が大幅に遅れております。開催の目処はたっておらず―――」

 

 

 引退ライブをする豪華なステージとは裏腹に、袖の方はそりゃーもうしっちゃかめっちゃかにされていた。スタッフの奴らが一生懸命配線を差したり抜いたり、解いたりしてるけど、とても一筋縄じゃ復旧しそうにはなかった。

 

 

ゴルシ「おいおい.........!!どうすんだよこれ!!!」

 

 

白銀「.........」

 

 

 袖からチラリと外を見る。アタシの目に映るのは、今日のライブ。トウカイテイオーの最後の晴れ姿を見に来た奴らのガッカリしたような顔だった。

 それも、数え切れねー程の人数だ。こんな客のご機嫌、どうとれって言うんだ.........?

 

 

白銀「狼狽えるな、ゴールドシップ」

 

 

ゴルシ「.........!」

 

 

 アタシの顔を見つめて黙っていた白銀が、急に声を出した。しかも、今までに聞いた事がねーほどの真面目なトーンで。

 けれどアタシは、そんな態度にムカついてた。急にこんな所に引っ張りだされて、自分は平気だ。みたいな態度が気に食わなかった。

 

 

ゴルシ「っ、あーあーそうかよ!!そりゃお前は世界的なテニスプレイヤーだもんなー!!!こんな人前怖くねーんだろ!!!」

 

 

白銀「.........怖いさ」

 

 

ゴルシ「.........は?」

 

 

白銀「前にも言ったろ。お前が居るだけで安心出来んだよ。俺は」

 

 

 そう言って、白銀は笑って見せた。飛びっきりの優しい笑顔を、アタシに向けてくれた。

 .........〜〜〜!!!クソっ!こんな時にときめいてんじゃねーぞゴールドシップ!!!問題はこの客どもをどう満足させるかだ!!!

 

 

ゴルシ「くっ、確かにアタシはエンターテイナーだ.........けれどそれはアタシを見に来た客に対してってだけで、コイツらはテイオーを―――」

 

 

白銀「漢を見せろッ!ゴールドシップッ!!」

 

 

ゴルシ「アタシは女だ!!!」

 

 

 アタシは自分でも似合わないと思いながらくよくよ悩んでると、白銀の奴はまたふざけた事を抜かしやがった。

 お前!!!そんな事言っていいのか!!?仮にもアタシに告白してきた分際でアタシを漢だって言い張るのか!!?

 どうせいつものおふざけだろう。アタシの緊張を解すための.........そう思っていたから、アタシは次のコイツの声に驚いちまった。

 

 

白銀「違ぇよッッ!!!」

 

 

ゴルシ「!!???」

 

 

 否定された。今コイツにアタシは女だって事を否定されちまった。なんてそんな事じゃない。コイツはこう見えて、頭は良いし真面目な時は真面目な奴だ。だからきっと、今回もそうだと思ったアタシは、コイツの言う事に耳を傾ける事にした。

 

 

白銀「漢っつうのはな、性別でなるもんじゃねェッ!」

 

 

白銀「心でなるんだよッッ!!!」ドスッ!

 

 

ゴルシ「.........!!!」

 

 

 右手の親指を思い切り、自分の心臓の部分に突き立てながら白銀は言った。そしてそれは、アタシの心にズシン。と響き行った。

 今までずっと、真似事だと思ってた。カッケーと思ってたじいちゃんの、真似事。それはどこか、自分は女だからという理由で心の片隅で片付けてたかも知れない。

 

 

ゴルシ(.........そうだ)

 

 

『なぁゴールドシップ?品行方正は大いに結構だが、それがお前の本当にやりたい事か?』

 

 

ゴルシ(アタシは勝手にやりたい事やるんだ。それを.........勝手に諦めるのはねぇよな。じいちゃん)...ニヤッ

 

 

 何も最初から、ゴールドシップというウマ娘は奇想天外奇天烈ウマ娘だった訳じゃねぇ。最初はそりゃあ、婆ちゃんの家柄とか気にして、愛想良く行儀良く振舞ってたさ。

 けれど.........アタシが本当になりたかったのは.........!!!

 

 

 じいちゃんみてぇな.........ニカっとした笑顔が似合うアタシになりたかったんだ!!!

 

 

ゴルシ「それで!!!どうすんだ白銀!!!アタシらがやるんだろ!!?」

 

 

白銀「おう!!!ここでいっちょ、久方ぶりに渦を巻き起こそうぜ.........!!!」ニヘラ

 

 

 口元にいつものようなヘラヘラとした笑みを浮かべながら、白銀は拳を叩きながらアタシの隣に立った。

 もう、怖い気持ちなんてない。テイオーがどうした?テイオーのファンがなんだ?確かにオマエらはテイオーの最後の晴れ姿を見に来たのかも知んねぇ。

 けどな、もう一つ。絶対忘れらんねぇ姿を見せてやる。涙涙の引退ライブを、笑笑のステージに変えちまう二人の姿をな.........!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「抱腹絶倒の笑いの渦をなァ!!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

テイオー「オグリーン〜!!どこ〜!!?」

 

 

 トレセン学園から離れて、ボクはオグリを探しに近くの公園まで来た。それでも周りにその姿なんて無い。

 全くもう〜.........これからライブがあるって言うのにさ〜!!!早く見付かってよ〜!!!

 ため息を吐きながら、ボクはここから離れようとした。

 

 

「あの、トウカイテイオーさんですよね?」

 

 

テイオー「え?うん。そうだけど?」

 

 

 突然、後ろの方から声をかけられた。振り返ってみると、そこには見覚えの無い顔があった。多分、ボクのファンだった子だろう。

 ボクが自分がトウカイテイオーだと伝えると、その子はパーっと顔を明るくさせて、その場にぴょんぴょんはね始めちゃった。

 

 

「私!!ファンなんです!!足ってもう大丈夫なんですか!!?」

 

 

テイオー「う、うん。ライブする程度には大分ね.........」

 

 

 キラキラとした目を向けられる。それは、あのツインターボの向けてくるそれと全く同じような、憧れみたいな.........

 

 

テイオー(ボクも、カイチョーにこんな目を向けてたのかな.........)

 

 

 懐かしい。そう思える程に、ボクは長らく会長にそんな目を向けてなかったかもしれない。超えるべき壁。超えたい目標としてレースを走ってたから、純粋な憧れは向けてなかったかもしれない。

 けれど.........そんなボクだけど、レースを走りながら、その目を向けていた子がいた気がする。よく分からないけど、そんな気がするんだ。

 そんな彼女の、あのレースが凄かった。あの時は凄く惜しかった。やっぱり三冠を取った菊花賞が記憶に残ってる。そういう話を聞いて、つい頬が緩んでいると、不意に頬に強い風が当たった気がした。

 

 

テイオー「っ!!?オグリン!!!」

 

 

「え?あっ!!オグリキャップさんだ!!!」

 

 

テイオー「ごめん!!ボクオグリン追わなきゃだから!!!またね!!!」

 

 

「はい!!![次のレース]楽しみにしてます!!!」

 

 

 次なんて無い。そんな事を言う暇が惜しいほど、オグリはすごいスピードで道を走っていく.........

 ううん、違う。言いたくなかった。[次が無い]なんて言ってしまえば、それが本当になってしまうかもしれなかった。

 それに気が付いたのは、ボクがオグリを追う為に、久しぶりにこの身体を走らせている時だった。

 

 

テイオー「はァっはァっはァっはァっ!!」

 

 

オグリ「―――ッッ!!!」

 

 

テイオー(っ、ギアが上がった!!!今のボクに追い付けるの―――)

 

 

テイオー(いや、違う.........追い付けるか追い付けないか、じゃない.........)

 

 

 ボクの目の前でその背中を更に遠ざけようとするオグリ。なんでそんな全力で走っているのかボクは知らない。けれど、こういう誰かの背中を追う展開は、ボクのレースに取っては日常的な出来事だった。

 そしてそんな時、ボクは追い付けるか?なんて弱気な事は思わない。たとえ誰が相手だとしても、たとえそれが.........[生涯のライバル]だった時も、それは変わらなかった。

 

 

テイオー([追い越すんだ].........!!!ボクはいつだって.........[トウカイテイオー]はいつだってそうしてきたじゃないか!!!)

 

 

 身体が熱を求めてる。心が風を呼んでいる。ボクはあの日に焦がれている。結局振り切れなかった。ボクは結局走りたいんだ。それを嫌という程に、泣きたい程に痛感させられる。

 けれど、そんな泣きたい気持ちより大きいのは、その背中を追うという事が何よりも楽しいと言うこと。ギアを上げられて、身体は長いブランクで言う事を効かないのに、それを無視して走らせてしまう程に、笑ってしまう程に、今は楽しかった。

 

 

テイオー(今ようやく分かった!!!ボクはまだ諦めきれないんだ!!!)

 

 

テイオー(無様でもみっともなくても!!!もう一度走りたい!!!走って.........もう一度.........)

 

 

 追い掛けている背中に手が届きそうになる。アレ?まだそんなに走ってない気がする.........と思ってたけど、そうだった。オグリは長距離はまぁまぁ位だったんだ。

 じゃあ、誰とボクは勘違いしたんだろう?そんな事を考えて、目の前に揺れる芦毛の髪が目に映って、それすらも忘れていた事を思い出させてくれた。

 ボクが会長に憧れるのを止め、目標にしてレースに走りながらも、そんなボクの憧れで、常に前を走ってくれていた[ライバル].........

 あはは。本当に情けないよね。[大人]らしく振舞おうとして、カッコつけて諦めた姿を見せたはずなのに、当の本人がまたそう思い始めてる。

 けれど、それはもう止められない。もう止まらないんだ。どんなに押さえ込もうとしても、見て見ぬふりをしても、今度という今度はって言う様に、その感情は、願望は、想いは.........[(ユメ)]は.........!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(キミとユメをカケたいッッッ!!!!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もう誰にも止められない。そう。ボク自身でさえも.........

 

 

オグリ「っ!はァっ......!はァっ......!くっ.........!」

 

 

テイオー「はァっ、はァっ、はぁぁぁ.........やっと止まってくれたぁ〜.........」

 

 

 全速力のオグリを追い抜かしたところでようやく止まってくれた。オグリは両手を膝について。ボクは久々に全力で走ったからその場にへたりこんじゃった。

 どうして走ってたんだろう?そう思ってそれを聞こうとした時、オグリのポケットから着信音が聞こえて来た。

 

 

オグリ「.........?タマからだ。どうしたんだろう?」ピッ

 

 

「もしもしオグリ?スズカなんやけどな、ウチが丁度たこ焼き買っとったからそれあげて何とかなったでー!!」

 

 

オグリ「!本当か!!良かった.........」

 

 

「おう!!!だから安心して帰ってきいや♪」

 

 

 アレ?ボクが聞いた話とちょっと違うような.........まぁでも、スズカも恥ずかしかったのかもしれないから。そこはいっか!!

 一息ついてから、ボクはオグリがもう迷子にならないよう、その手を掴んで、トレセン学園に戻って行った。

 

 

テイオー(.........うん。オールカマーが終わって、もしあの子が奇跡を超えたら)

 

 

テイオー(言うだけ、言ってみようかな?トレーナー達に.........)

 

 

 きっと、ダメだ。なんて言われる事は無いと思う。それでもボクはまだ、その勇気を振り絞る事が出来ない。

 それでももし、その勇気を出すことが出来たら.........トレーナーとサブトレーナーは、どんな顔をするのかな?

 そうなったら、皆にも謝らなくちゃ。そう思って、ボクは疲れも忘れて、トレセン学園に足を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「.........畜生め」

 

 

 腕時計を見て、目の前に並ぶ鉄の塊達を見る。その長蛇の列は、まるで人気の飲食店に並ぶ人のように一列で、ゴールまでの道のりが長い事を暗に表していた。

 

 

ターボ「.........ごめん」

 

 

桜木「謝るな。お前はお前なりに競争者としてのプライドや信念を大切にしただけだ。今回は、この事態を視野に入れなかった俺の責任だ.........」

 

 

 ミラーで後部座席に座るターボを確認しながら俺は言った。こんな状況で、新車のカーリースは中々良い物だなんて現実逃避をしようとする心を抑え込む。

 さてどうするか.........このまま間に合うように逆走をするか?いや、それだけはダメだ.........その問答を繰り返しながらサイドミラーで通路の空きを確認しようとすると、後方から隙間を縫って走る紅いバイクが現れた。

 

 

桜木(おー、ゴールドウィングじゃん。カッケー)

 

 

ターボ「.........!レグルスのトレーナー!!バイクが横に止まった!!!」

 

 

桜木「何ィ!!?」

 

 

 そう言われて、前に向け直した視線をもう一度横に向けると、運転席の真横に着くように、そのバイクは止まった。

 それだけでは無い。まるで俺に用があるかのように、ソイツはフロントガラスをコンコンと叩きやがった。ただでさえトラブル続きだってのに、こんな煽られ方されたら俺もブチギレるぞ。

 一言怒鳴りつけてやろう。そう思い望み通り窓を開けると、ソイツは顔の隠れるヘルメットを外し、その正体を俺に見せた。

 

 

桜木「創.........!!?」

 

 

神威「おう!!!どうせ渋滞にはまると思ったからよ!!!届けに来たぜ?」

 

 

 そう言って、こいつは来ているライダージャケットを脱ぎ始め、ヘルメットと共に窓から投げて俺に渡してくる。

 色々な疑問が思い浮かぶ中、それでも天からの恵というようなチャンスを無駄にする手は無い。俺は急いで神威から渡された物の一式を身に付け、車から降りた。

 

 

桜木「.........すげぇ安定感だ。これがゴールドウィング.........」

 

 

神威「ソイツは、俺達がお前に送る人生最大級の誕生日プレゼントだ。1ヶ月早めのな」

 

 

桜木「なんだって.........?」

 

 

 ターボを後ろに乗せ、ヘルメットを手渡し、手にはめたグローブと足に履いたブーツの調子を確かめていると、神威は不敵な笑みを浮かべてそう言った。

 何をプレゼントするのかを神威が企画し、材料は白銀が集め、黒津木がこれを造り上げた。それを聞いた時俺は、あまりにも出来すぎた展開に思わず笑ってしまった。

 

 

桜木「お前らホント、用意がいいと言うか、タイミングがいいと言うか.........」

 

 

神威「バーカ。最近へこたれてるお前見て、何が喜ぶか考えた結果だよ。分かったらとっとと行け。この車は俺がお前ん家まで持ってくからよ」

 

 

桜木「ああ!!頼んだ!!!」

 

 

 ハンドルのグリップを捻り、エンジンを掛ける。重低音が絶え間なく鳴り響き、身体に振動が伝わってくる。

 ワクワクが溢れ出すような高揚感に包まれていると、神威はおもむろに言葉を発した。

 

 

神威「おい!!!バイクに乗るんだったら合言葉が居るだろ!!!」

 

 

桜木「っ!そうだったなァ!!!しっかり掴まってろよターボ!!!」

 

 

ターボ「う、うん!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ライディングデュエル!!!アクセラレーション!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その掛け声をと共に、バイクは勢いよく前進し始めた。勢いが強すぎて最初に若干ウィリーしかけたくらいだ。

 身体に風が思い切りあたる。今まで感じた事の無い圧とスピードに、いい歳をしながら既に魅入られかけている。

 

 

ターボ「凄い!!!ターボより早いぞ!!!」

 

 

桜木「ったりめぇよ!!!なんせこいつァ天才どもがこぞって作り上げたハイパーマシンなんだからなァ!!!」

 

 

 車では到底通れない狭い道を、このバイクで駆け抜けて行く。法律なんざ知らん。俺はもう精神的にはゴールド免許剥奪されているんだ。もう行く所まで行ってやる。

 正にがむしゃら。背中から聞こえてくるはしゃぐ様な声と強く抱き締めてくる両手の感触の新鮮さに楽しみつつも、規則通りに動いている体内時計は刻一刻と遅刻という文字を脳裏にチラつかせる。

 

 

桜木(クソっ、確かに速ぇけどこれじゃあギリギリだ.........!もっと速度が.........)

 

 

 確かにこいつは、今まで俺が自分で動かしてきたどの乗り物よりも早い。だが、それでも間に合うかどうかは定かでは無い。

 渋滞は既に抜けた。速度の際限は最早ない。それでもまだ、心許なかった。

 苦虫を噛み潰したように口を横に広げ、顎を限界以上に狭めていく。もしここで出場できずに終わったら、全てが水の泡だ.........!!!

 

 

「力が欲しいか?」

 

 

桜木「はァ!!?なんだコイツ!!?」

 

 

ターボ「うわぁ!!?どうしたんだレグルスの!!!」

 

 

 いつの間にか変な呼び名が定着してる!!!だがそんなことどうでもいい!!!

 おいっ!!!今はいつもみたいなものが喋り出すギャグをやってる暇はねぇんだ!!!黙ってお前はそのタイヤを全力でぶん回しゃ良いんだよ!!!

 

 

バイク「退けば老いるぞ。臆せば死ぬぞ」

 

 

桜木「斬魄刀かなァ!!?」

 

 

ターボ「レグルスのトレーナーが壊れた.........壊れた.........」

 

 

バイク「叫べ!!我が名は―――」

 

 

 瞬間。周りの景色がスピードを落としていく。なんだ、名前.........?そんなの、俺には分からない。だって自己紹介すらされていない.........

 いや、分かる。コイツの名前。このハンドルから伝わってくるコイツの生命.........バイクとして生まれたコイツの名は―――ッッ!!!

 

 

桜木「―――駆けろッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

紅き死神(クリムゾン・イデア)ッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バイク「いやダサァァァッッ!!!」

 

 

ターボ「完全に壊れたァァァ!!!」

 

 

桜木「飛ぶぞォォォォォォォ!!!」

 

 

二人「なんでだァァァァァァ!!?」

 

 

 進行方向を道路から端の誰も歩いていない歩道。その段差に小さくウィリーを掛け、全腕力を使って大きく飛び上がった。

 跨線橋のフェンスを飛び越え、地面に対してバイクのタイヤを二つ揃えて着地させ、ショートカットに成功する事が出来た。

 

 

桜木「はっはー!!!バイク鬼速ェ!!!」

 

 

バイク「お前ちょっとおかしいぞ!!!」

 

 

桜木「うるせェ!!!俺はご主人様だぞ!!!」

 

 

 ハンドルを叩いて無理やり屈服させる。斬魄刀にはそうするといいってBLEACHと久保〇人先生が言ってた。

 不意に、後ろに座ってるツインターボが静かになっている事に気が付いた。

 

 

桜木「大丈夫か?ターボ?」

 

 

ターボ「.........」

 

 

桜木「.........ターボ?」

 

 

 彼女は声を上げない。少し俯いた様子で、静かに俺のジャケットを握り締めている。流石に怖かったのだろう。謝罪と慰めの言葉を頭の中でこねくり回していると、彼女の方から俺を呼んできた。

 

 

ターボ「.........レグルスのトレーナー」

 

 

桜木「ん.........?」

 

 

ターボ「バイクって.........すっっっごいんだな!!!」

 

 

桜木「!.........ああ。しかもただのバイクじゃねぇ!」

 

 

桜木「俺の親友達が作り上げた上に喋るバイクだ!!!そんじょそこらのもんとは出来が違うんだよッッ!!!」

 

 

 嬉しそうにはしゃぎ始めたターボを見て、俺もそれに釣られるようにバイクのスピードのギアを一段階上げる。

 身体の前に当たる風の力も、スピードの後を追ってくる恐怖も一段階上がるが、今はそんな事にかまけている暇は毛頭ない。

 

 

 

 

 

(―――そうだ。それで良い)

 

 

 この男は何ら疑問を抱く事無く、無機物が話しかけて来たとしても深く考えずに、ああやって対処をしてきた。

 無論。私自身もその後の行動に度肝を抜かれた。[長らく現れなかった]が、やはり[先代]とは.........

 いや。だからこそなのだろう。あの時、我らが王は王であるが故に、邁進する事しか出来ず、死して行った。大切な者を守れずに.........

 だからこそ。王は最早、王ではない。それ以外の[誰かになる]べくして、こうなったのだ。

 

 

(優しき心、勇気ある心。その両方をこの男は兼ね備えている)

 

 

(後は.........気高き心のみ)

 

 

 それさえ有れば、この世に再び一つの時代が到来する。かつて全てと心を通わせる事の出来た王.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 [獅子王心(ライオンハート)を持つ者]の復活と共に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それこそが、人のみならず、全てに心を見出し、全ての心と繋がる者。一つの身でありながら、数多の心を。数多の身でありながら、一つの心を持つ主君と軍勢が出来上がる。

 

 

(世界と対話せよ。それこそが―――)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(―――この夢を見続ける事が出来る絶対条件よ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この男が果たして、かの[王子]の再来となるか。それは未だに分からぬ。だが、この私の身体に触れるその両手からは、確かにアレと違わぬ物を感じているのは確かだ。

 生まれた時からある記憶。[喋れぬ者]ならば持っている最早常識と言って差支えのない記録。その時代に形を持ってなくとも、その景色は確かに存在している。

 

 

(決して諦めるな。若人よ.........)

 

 

 

 

 

桜木「そろそろ着くぞ!!!」

 

 

ターボ「けどスピードが付き過ぎてる!!!ブレーキしたら振り落とされちゃうぞ!!!」

 

 

 何とかギリギリ、いや。残り五分ということでオールカマーが開催される中山レース場が見えてきた。だがしかし、確かにターボの言う通りここでバカ正直にブレーキを踏めば、俺どころか彼女。果てにはトランクに詰め込んでいる彼女の荷物まで皆仲良く宙に放り出されるだろう。

 けれど俺は知っている。こんなスピードが付いていてもブレーキを掛けられる一つの方法。今まで散々その作品のモノマネをしながら、一番有名と言っても過言では無い場面をぶっつけ本番でやるのは、そう悪くない舞台だった。

 

 

桜木「俺の体重移動にしっかり合わせろ!!!振り落とされんなよ!!!」

 

 

ターボ「っ!!!おー!!!」ガシッ!

 

 

 彼女の渾身の力で身体を掴まれる。準備は整った。後はそれをするだけだった。

 

 

桜木「見せてやるッッ!!!これが―――」

 

 

 進行方向に対して、バイクの車体を真横にし摩擦範囲を多くする。上半身はそこから離れるように倒しながら、それでも完全に倒れる事は無いよう片足を着いた。

 つんざく轟音。悲鳴にも似たタイヤが擦れる音と、靴底から感じる今まで感じたことの無いような熱の昂り。遂に限界スピードは緩やかになり、完全に停止すると共に、大きく車体を跳ねさせた。

 

 

桜木「―――奇跡を超えるって事だ.........!!!」

 

 

ターボ「.........」ボー

 

 

 一息つく。なんて無駄な時間の使い方はせず、ストッパーを止めてから惚けているターボの背中を優しく叩き、意識を戻させる。

 ハッとしたターボは何も言わずとも、ヘルメットを俺に渡し、バイクから飛び降りて会場へと向かって行く。

 

 

ターボ「ありがとーーー!!!レグルスのトレーナー!!!今度ターボがなにか手伝ってあげるー!!!」ブンブン!!

 

 

桜木「はは、そいつは嬉しいな!!!そん時は頼むー!!!」

 

 

 会場に向かって走りながらも、俺の方に顔を向け、大きく手を振るツインターボ。やはり子供はどこまでも[夢を追う]姿が良く似合う。

 さて。俺もそろそろ会場に向かうか.........そう思いながらジャケットのポケットに手を入れた時、振動している携帯が手に触れた。

 

 

桜木「.........げっ、ライス.........」

 

 

 そこには、ライスから明らかに怒ってますという感じのスタンプが爆裂に連打されたLINEが送られている通知であった.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ライス「お兄さま?ライス別に、一人だけ置いてけぼりにされたことに怒ってるんじゃないんだよ?」

 

 

ライス「なんで話してくれなかったの?ターボちゃんを迎えに行くって一言でも言ってくれたら良かったんだよ?」

 

 

ライス「反省してるの?」

 

 

桜木「.........ハイ」

 

 

 レースの楽屋で、可愛らしいものでは無い本気の怒りを顕にしているライス。その見えている瞳からは心做しか、あのヘル化を思わせるような炎が出されている。

 俺はそんな彼女に大きい声も出せず、怖い母親に叱られている子供のように正座をしながら声を絞り出していた。

 

 

ライス「.........話してよ」

 

 

桜木「す、すまん。今度からは―――」

 

 

ライス「違うよ。お兄さまが何を考えて、ターボちゃんと何をしようとしてるのか、ちゃんと教えて」

 

 

 その本気の怒りを声に乗せながら、彼女は一歩俺に近付いた。それに対して、こうなったのは当たり前だと自分を罵りながら、俺はゆっくり立ち上がった。

 .........正直、巻き込みたくなかったというのが本心だ。この一連の騒動は[大人]になりかけているテイオーを、その意志を無視して[子供]に戻そうとする物。失敗したらそれこそわだかまりが生まれる。それを背負うのは、[大人]である俺達だけで十分だと思っていた。

 それでも、目の前に居るライスの目は本気だ。本気の、[子供]の目。俺達大人がいつまでも持っているようで、気が付けば失くしてしまったもの。その目で見られたら、どうしてか黙っては居られなかった。

 

 

桜木「.........ターボのレースを、テイオーに見せる」

 

 

桜木「他の子じゃきっとダメなんだ。あの子のオールカマーじゃないと、テイオーはきっと揺らがない。そう思った」

 

 

桜木「.........黙ってて、悪かった」

 

 

ライス「.........そっか」

 

 

 今度はちゃんと、彼女の表情をしっかり見て、謝った。それを聞いてライスは、その顔を俯かせてしまった。期待をかけているのが自分ではなく、他のチームの子だと知ってしまったからだろうか?

 .........酷い事をしたと思う。けれど、俺にはもう[迷ってる時間]は無い。迷えば迷うほど、過ぎ去っていく時間は多くなっていく。それが何よりも惜しいと思ったから、俺は見て見ぬふりをして、話さなかったんだ。

 それを、今度はどう謝れば良いのだろう?それを考えながら俯いていると、不意に足音が遠のいているのに気付き、視界を上げた。

 

 

桜木「っ、ライス!!本当にごめ―――「良いよ」.........え?」

 

 

ライス「ライス。お兄さまが本気なのか知りたかった。最近暗くて、いつものお兄さまじゃ無かったから.........」

 

 

ライス「けれど!これで安心できるよ!!だからライス―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「頑張ってくるね!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とびきりの笑顔でそう言って、ライスは楽屋を後にした。それを追いかけようと手を伸ばしてみたが、そんな事なんて知らないと言うように、彼女は俺を振り切った。これが彼女なりの、何も話さなかった俺への罰なのだろう。

 

 

桜木([頑張ってくるね].........か)

 

 

 ウマ娘とは、事レースになると勝ち負けに固執する。あのハルウララやトレセン学園の会長ですら、勝つ事を目標にレースをしている。そしてその気持ちは、誰も変わらない。

 けれどライスは.........頑張ると言った。何をどう頑張るかなんて分かりはしないが、今の彼女の心の中に、勝ち負けは存在して居ないのだろう。

 

 

桜木(.........身近に大人が居たじゃねぇか。全くよ)フフ

 

 

 それがどれほど難しい事か、試練を与える側が、どれだけ心が成熟しきっているのか、まだ俺には理解が及ばない。

 それでも、ハッキリと分かった。俺が今まで見てきた中で一番[大人らしい]のは、正にライスシャワーであった。

 

 

桜木「.........山を超え、谷を超え、少女はやがて[大人]になる、か.........」

 

 

 そばに居たはずの彼女の成長を見抜けなかったのは辛いが、これが親心というものなのだろう。こうして知らぬ間に、子供は成長していく。

 下手したら、うちのエースなんかよりとっくに大人かもしれないなと苦笑しながら、俺も地下バ道へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ターボ「よーっし!!ゼッケンも着けたし!!今日も大逃げで勝つぞー!!!」

 

 

桜木「はは。元気そうだな」

 

 

ターボ「うわ!!レグルスの!!?」

 

 

 俺の目の前で拳を作り、片手を突き上げていたツインターボ。俺がその様子を簡略して伝えると、彼女はバッと振り返り、最早呼び慣れたように俺をそう呼んだ。

 

 

ターボ「な、なんの用?!!言っとくけどターボとライスはライバルだからね!!」

 

 

桜木「それは勿論。俺はライスに勝って欲しいと思ってる」

 

 

ターボ「そ、そっか.........」

 

 

 俺の言葉を聞いて、あからさまにしゅんとした様子を見せる。自分で言った癖に、そう言うとちょっと凹んでしまうところが可愛いところだ。

 けれど、それは俺個人としての心でしか無い。ここでライスが勝ったとしても、テイオーの心を少し揺らすだけで、何も現状は変わらないだろう。

 何が[正しい]か?何が[間違っている]か?そう考えれば自ずと答えは導き出せる。ライスの勝ちを信じるのがトレーナーとして正しい事で、テイオーを.........世界を変える事は、トレーナーとして間違っている事である。

 それでも.........

 

 

桜木「.........多くの人々は、もう一度テイオーの走りを見たいと思ってる」

 

 

桜木「そしてそれが実現できるかどうかは、お前に掛かってる!!!受け取れ!!!」

 

 

ターボ「え!!?どわっ!!?」

 

 

 自分のポケットから大切にしていた物をターボに投げて渡す。彼女はびっくりしてどたどたと足音をたてながらも、それを見事にキャッチして見せた。

 

 

桜木「本当はコイツを渡して、チームの意思だと言いてぇところだけど、俺もトレーナーの端くれ。担当の勝利の為にこれだけは譲れねぇ」

 

 

ターボ「.........?これは.........」

 

 

桜木「だから。お前にはテイオーのファンの[想い]を託す」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「覆して来い。ツインターボ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前の1着を、テイオーはきっと待ってる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 両手で手に入れたそれをまじまじと見て、徐々に口角を上げていく。その様子を見せるツインターボに、俺は初めて[間違えて良かった]と思えた。

 この[王冠]は譲れない。例え、何人たりともこれを譲る事は出来ない。けれど、俺は俺に託してくれた想いを、この子に託す事にした。それがテイオーの.........アイツの世界を変える事のできる唯一の方法だと思ったからだ。

 

 

ターボ「.........絶対勝つ!!!」グッ!!

 

 

桜木「.........うちのライスは手強いぞ?」

 

 

ターボ「関係無いもん!!!ターボは最初から最後まで―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――逃げ切って勝つだけだから!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ギザギザの歯を見せつけ、ニカっと笑って見せる。そんな彼女の笑顔に少し心を動かされながらも、光の方へと走り出す彼女の背に、俺はエールと共に手を振った。

 

 

桜木(.........これも恋、か)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ネイチャ「!トレーナー!!イクノから連絡来たよ!!」

 

 

南坂「本当ですか!!?」

 

 

マチタン「うん!!ターボちゃん無事に間に合ったって!!」

 

 

 カノープスのチームルーム。そこで僕とネイチャさん。そしてタンホイザさんは、その報告を今か今かと待っていました。

 そしてそれが今、ようやく訪れてくれたんです。待ちに待ったこの時を、そして次は、僕達が頑張る番です。

 

 

ネイチャ「それにしても、チームメイトなんだから、いくらライバルでも一緒に行こうとしないのはどうかと思うよ.........」

 

 

マチタン「そうだよねぇ。純粋にライバルとして見てくれて嬉しい気持ちはあるんだけど.........」

 

 

南坂「それがターボさんの良い所ですよ。さぁ、次は僕達の番です。ササッと準備しちゃいましょう!」

 

 

二人「了解!!」シュバッ!

 

 

 お二人の敬礼を見届けて、僕はバックに入れて置いた変装の為の覆面を取り出し、それをここにいる全員が装着しました。

 

 

南坂(桜木さん。貴方の力、少しの間貸して下さい.........!!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(奇跡を[超えられる]その力を!!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

白銀「やっぱお前と漫才やってらんねぇよ」

 

 

ゴルシ「おいお前それ本気で言ってるのか?」

 

 

白銀「本気で言ってたらお前こんな所で即興でやるわけねぇだろ.........」

 

 

二人「へへへへへ」

 

 

白銀「どうもありがとうございましたー!」

 

 

ゴルシ「バーイ」

 

 

 ステージの袖から見える二人の漫才。ボクがオグリを追っている間、どうやら時間稼ぎをしてくれたみたい。観客のみんなは、ボクの引退ライブなんか忘れて、涙を浮かべて笑っていた。

 

 

ゴルシ「.........おっ!!テイオー!!戻ってきたか!!」

 

 

テイオー「うん!!ありがとうねゴルシ!!」

 

 

テイオー「後は、ボクに任せて?」

 

 

全員「.........」

 

 

 深呼吸をして、ボクは気持ちを整える。皆はボクのそんな姿を見て、どこか悲しげで、それでもそんなボクを見守ってくれていた。

 

 

ゴルシ「アタシらの出番は終わりだ。テイオー。キュキュッと締めてこい」

 

 

ウオッカ「こんな事、言えないけど.........」

 

 

ダスカ「後悔しないよう、思いっ切りね!」

 

 

マック「.........」

 

 

 ボクの背中を押す様に、皆が声を掛けてくれる。マックイーンはまだ、ほんのちょっとだけ悲しそうだけど、それでもボクの行く末を見守るように見つめて来てくれた。

 .........これから先、どうなるかなんて分からない。けれど、ボクは自分で歩かなきゃ行けない。まずは目の前のライブを成功させなきゃ.........

 

 

スペ「テ゛イ゛オ゛ー゛さぁ゛ぁ゛ぁん.........!!!」

 

 

テイオー「うわっ、もう〜泣かないでってば〜.........」

 

 

 姿が見えないと思ってたスペちゃんだけど、立ってられない位に泣いてたみたい。ボクはそれを見て困ったように笑ったけど、不思議と嫌な感じはしないし、むしろ嬉しく思った。

 

 

テイオー「.........それじゃあ、行ってくるね?」

 

 

テイオー「最後に.........皆に伝えたい事もあるから.........」

 

 

全員「.........?」

 

 

 困惑した表情を見せる皆を見て、ボクは思わず笑っちゃった。それを伝えたら、どんな顔を見せてくれるんだろう?きっと皆は驚いて.........あっ、スペちゃんはまた泣いちゃうかもね。

 そんな事を思いながら、ボクは袖から、ステージの方へと出て行った。目の前に広がる、多くのお客さん。この人達がみんな、今日ボクのライブを見に来たと思うと、胸がなんだか熱くなった。

 

 

「おー!!テイオーだー!!」

 

 

「さっきの漫才最高だったぞー!!」

 

 

「締めはテイオーのダンスなんてすんごい贅沢しちゃってるわー!!」

 

 

 その声を聞きながら、ボクはステージの真ん中まで歩いた。みんながみんな、ボクの名前を嬉しそうに呼んでくれる。それを聞いてボクも嬉しくなってしまう。

 頭を下げる。今日来てくれたみんなに、今日まで支えてくれたみんなに、今日まで応援してくれたみんなに、頭を下げる。その時にはもう、嬉しいくらいにうるさかった歓声は、静かになっていた。

 

 

テイオー「今日は来てくれてありがとう。全然走れてないボクなんかの為に、こんなの沢山の人が来てくれて.........とっても嬉しいよ!!!」

 

 

「テイオーーー!!!」

 

 

テイオー「えへへ、皆も知ってる通り、また骨折しちゃったー.........三回目だよ?三回目。逆に凄くない?あはは」

 

 

テイオー「.........三回目にもなったら、すっかり慣れっ子。の.........つもりだったんだけどね.........」

 

 

 辛い。辛いよ。どんなに取り繕っても、それだけは絶対に薄れてはくれない。どんなに覚悟を決めていても、先に歩こうと思っても、それはボクの覚悟を鈍らせて、判断を迷わせてくる。

 それを伝えるのが本当に正解なの?それを伝えてボクはまた、同じように過ごせるの?まだ、ボクには分からなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「テイオーさんっっ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

テイオー「っ.........!!?」

 

 

キタ「わたし!!待ってます.........!!!」

 

 

 その声は、久しぶりに聞く声だった。その声の方を見てみると、最前列に居て、涙を流しながらボクを見るキタちゃんがそこには居た。

 その姿を見て.........ボクは思った。

 

 

テイオー(.........ああ、今のボクは―――)

 

 

 カッコよくない。全然、カッコイイ背中なんかじゃない。日本ダービーで骨折して、サブトレーナーがボクの為に無茶をして、それでもボクを.........三冠バにしてくれたあの背中じゃない。

 それはハッキリとわかった。キタちゃんの涙は、悲しい時に流れる物で、菊花賞の時にボクが流した、涙とは全然違う。

 ダメダメだ。[独り]で[大人]になったつもりで、結局ボクのやってきた事は全部、子供みたいなワガママだった。本当の大人だったら.........

 

 

「テイオーッッ!!!」

 

 

テイオー「!!!」

 

 

沖野「エゴでも良い.........!!!ワガママでも良いッッ!!!」

 

 

沖野「もう一度走ってくれェェェッッ!!!」

 

 

テイオー「トレーナー.........!」

 

 

 その声を皮切りに、トレーナーの声を合図に、他の人達も、ボクに声を掛けてきた。

 テイオーステップをまた見せて欲しい。ボクに一番似合うのはターフの上。怪我なんかに負けるな。まだ負けてない。これは勝ちの途中.........

 胸が熱い。何かがボクの中で突き上げられる.........ううん。もう[何か]なんかじゃない。これは、ボクの[走りたい]という思いそのものなんだ。

 .........ダメだよ。これは取っておきのサプライズだから.........!今伝えちゃダメ.........!!!散々わがまま言ったんだもん!!!みんなを安心させて、最高に喜ばせる様に.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『お前の夢は、まだ終わってない』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

テイオー「―――っ」

 

 

 ここに居ないはずの声が聞こえてくる。それがボクの記憶のものである事は、ボク自身が知っていた。けれど、それはいつもより鮮明で、本当に目の前で言ってくれているようだった。

 ボクは約束を守れなかった。[大人]になった時、子供達にカッコイイ背中を見せる。その約束を、ボクは果たせなかった。

 それでもその声は、それは今じゃないって、お前はまだ子供なんだぞ?って.........まだ、夢を追い掛けても良いんだって.........!!!

 

 

テイオー(.........サブトレーナー。キミはいつも、ボクの夢を守ってくれるよね)

 

 

「!!!モニターが変だぞ!!!」

 

 

テイオー「.........もう。今度は何さ〜?」

 

 

 トウカイテイオーミニライブ。その文字を映し出していたモニターが急に砂嵐になった。

 ボクはそのトラブルを、呆れながらも笑いながら見守っていた。どうせサブトレーナーの事だから、あれからも諦めずに動いてたんだろう。そう思ったら、ボクはこのトラブルを見届ける気になっていた.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方その少し前、ステージ裏の機材スペースでは.........

 

 

ドトウ「ふえぇぇ〜〜〜!!!わ、私のせいなんです〜〜〜!!!」

 

 

東「いや、これは不運とかそんなじゃなくて誰かの.........」

 

 

 目の前の回線がごちゃごちゃにされた可哀想な機材達を見る。これを直すのは相当骨が折れる.........

 機材スペースとは言ったものの、セッティングは既に完了しており、操作も自動。居るのはそれを見守り、トラブルが起これば報告する為の見張りくらいだ。メイショウドトウは機械に強くは無いが、それくらいはできると言って立候補してくれた。

 しかし、ご覧の有様だ。こうしてトラブル対応で呼び出されてみたは良いものの、ここまでされたら俺もどうにもならん。

 どこから手をつけようか。そう思っていると、不意にこのスペースに足を踏み入れる音が聞こえてきた。しかも、一人では無い。

 

 

東「あー。悪いけどここは一般人立ち入り.........!!?」

 

 

「こ、これは.........」

 

 

「ど、どうなってるんです!!?」

 

 

「うっひゃ〜.........凄くとっちらかってるね〜.........」

 

 

 そこには覆面を着けただけの男一人と、覆面を着けただけのウマ娘二人が立っていた。最初はその姿に度肝を抜かれたが、どっからどう見てもチームカノープスのトレーナーとそのチームメンバー。これは不幸中の幸いだ。

 

 

東「南坂。お前機材に強いだろ?」

 

 

南坂「ええ!!?な、なんでバレたんですか!!?」

 

 

マチタン「だ、だから私言ったんだよ〜!!着ぐるみさんの方がバレないって〜!!」

 

 

ネイチャ「いや、それは今の時期でも無理でしょ.........暑いのイヤだし.........」

 

 

 渋々、と言ったようにその覆面を外す三人。南坂の方は完璧だと思っていたのか、あからさまに落ち込んだ様子を見せたが、この状況を見て、直ぐに気持ちを切り替えてこの機材と向き合い始めた。

 

 

東「どうだ?何とかなりそうか?」

 

 

南坂「ええ。数分もあれば.........」

 

 

東「.........テイオーは?」

 

 

南坂「.........ターボさん次第、と言っておきましょう」

 

 

 コイツらと桜木の奴が共謀して、テイオーをまた走らせようとしてる事は知っている。覆面を付けて現れたのも、それを見越しての事だろう。アイツは本当、大事な事はほとんど話してくれやがらない。

 それでも、その答えを聞けたら満足だ。そう思い、その復元作業をひたすら見守っていた。

 その時だった。またもや足音が今度は二つ聞こえてくる。しかも一つはまるで子供のような軽い音.........今度こそ一般人が入ってきたのかも知れない。俺はそう思い、これ以上入らないようその入り口まで歩いて行った。

 

 

東「申し訳ありません。こちらは機材スペースでしてトウカイテイオーのライブは.........!!?」

 

 

 その二人の姿を見て、俺は固まった。少女はすまないと言って俺の横を通り、もう一人の大人の女性は頭を下げて俺の横をまた通って行った。

 

 

南坂「東さん!!?ダメじゃないですか!!!一般人を通し.........」

 

 

「確認ッ!!ここに不審者が来たと学園内から通報があった!!」

 

 

「申し訳ありませんが、その不審者の情報を.........あら?」

 

 

東「.........しまった」

 

 

 固まっているところからようやく復帰し、皆の所に戻ると、そこには扇子をバッと広げて自信満々に仁王立ちをする秋川やよい理事長と、脱ぎ捨てられた覆面を凝視する理事長秘書の駛川たづなさん。そしてそれを見られて汗をダラダラと流す三人がそこに居た。

 

 

やよい「.........説明してもらうぞ?南坂トレーナー」

 

 

南坂「こ、これは―――「すいません!!!」.........え?」

 

 

たづな「あ、東さん.........?」

 

 

 全員が振り返る。それを見ていなくても、その視線が俺に向いているのはハッキリとわかった。俺は今、その頭を地面に擦り付けている。

 

 

東「こ、今回のことはその.........お、俺の独断でやったんです!!!」

 

 

東「コイツらは俺に頼まれただけ!!!ほら!!!俺って圧が強いでしょう!!?桜木の時と同じです!!!」

 

 

南坂「東さん.........」

 

 

 苦し紛れだって言うのは俺が一番分かっている。あの時桜木にやった事を持ち出してまで言っているんだ。自分でも驚くほどに苦しい言い訳だ。

 それでも、俺にはこうするしか無い。これしか.........アイツへの恩を返せないと思った。

 

 

東「処分なら俺を!!!あの時しなかった事をここでしてください!!!それでチャラに.........」

 

 

「.........ククク」

 

 

全員「.........?」

 

 

やよい「なぁーっはっはっはぁ!!!」

 

 

全員「.........!!?」

 

 

 突然、大声を上げて理事長は笑い声を上げた。その声に驚き、今この場にいる全員が驚愕の表情を浮かべている。俺も顔を上げ、その姿をまじまじと見ていた。

 しばらくの間、彼女のその笑い声だけが響いていたこの空間であったが、次第にそれは収まりを見せていくと共に、彼女は広げていた扇子を勢いよく閉じた。

 

 

やよい「.........懐かしいと思ってな」

 

 

東「懐かしい.........?」

 

 

やよい「東トレーナー。君が何故、桜木トレーナーに対してあれほどの仕打ちをして未だ尚、トレセン学園のトレーナーで居られるか分かるか?」

 

 

やよい「.........彼も頭を下げたんだ。今の君のような地面に頭をつけるほどではなかったが、深く。この私にな」

 

 

東「な、え.........?」

 

 

 初耳だった。アイツからは一切そんな事.........いや、桜木はそういう奴だ。自分からわざわざそんな事を言うわけが無い。それでも、今の今までそんな事を知らずにのうのうとしてきた自分をぶん殴ってやりたくなった。

 滑稽じゃないか。散々酷い言葉を浴びせた奴に、最終的に助けられるなんて.........そう思うと、俺は酷く自分が惨めで、ちっぽけな存在なんだと思った。

 

 

やよい「『彼は正当な方法でメジロマックイーンを担当にしようとした。それを考えればまともな人だ。だから辞めさせるのは止めてくれ』と、真剣な表情で言われたよ」

 

 

やよい「問題が起きて整理が付いた後ならいざ知らず、事件が起きたその夜に、わざわざ言ってきたんだ。私は今。その判断に身を委ねた事に間違いはなかったとはっきり言えるぞ?」

 

 

東「理事長.........!!!」

 

 

 ふふ、と身の丈に合わない様な慈悲深い笑みをして、彼女は目を伏せた。そしてそのままもう一度扇子を大きく開き、今度は南坂達の方へと振り返った。

 

 

やよい「確定ッッ!!!不審者などそもそも居なかった!!!そしてこの機材トラブルも!!!それに何か細工しようとする者も無く!!!そもそも私達はここには来なかった!!!」

 

 

やよい「これで良いな?たづな?」

 

 

たづな「.........はぁ、了承を得ようとしたところで、私の意見なんていつも聞かないじゃありませんか。理事長?」

 

 

 ため息を吐いて呆れながらも、そんな理事長の姿を微笑みながら見るたづなさん。彼女にとって、こんな事は日常とさして変わらないのだろう。

 彼女達がこの空間から出ていくその背中を見守りながら、俺達はホッと胸をなで下ろした.........

 

 

 

 

 

やよい「.........やはり、間違いはなかったな」

 

 

たづな「先程の事ですか.........?」

 

 

やよい「それもある。だがしかし.........」

 

 

 脳裏に過ぎるのは、若い青年の顔。誰よりもこの世界を知らなくて、そして誰よりも、真実に近づく事の出来る男の表情。初めて面と向かって話をした時、彼からは強い決意が見えた。

 

 

『夢を諦めさせたくないからです』

 

 

やよい『夢を.........?』

 

 

『その苦味と不味さは、俺が一番知っている。あの子達にそれを味わわせたく無いんです』

 

 

 あの日の言葉。彼との面接で感じた事は、酷く愚直。そのくせ、どこか素直じゃない。回り道迷い道を歩みながら、それでも傍から見れば一本道を歩いていると錯覚させる程の成熟しきっている心.........

 

 

やよい『それは分かった。だが、何故そう思う?この世界は勝負と一体になっている。挫折は付き物だ』

 

 

やよい『君がトレーナーを目指すのなら、それを支えたいと言うのがセオリーじゃないか?』

 

 

『?あんまり難しい事は分かりませんけど.........』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『女の子は笑ってる方が良いじゃないっすか』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やよい(.........そうだな。桜木トレーナー)

 

 

やよい(誰も悲しまないトレセン学園.........それを目指して、先代と私は、奮闘してきたんだ)

 

 

たづな「.........?理事長?私の顔になにか付いていますか?」

 

 

 隣に居る彼女の顔をじっと見る。困惑した様子を見せるが、それでも私は彼女を見続けた。

 かつて、栄光をその手に掴み取れる存在であった彼女。その実力がありながら、夢を諦めざるを得なかった存在.........

 この秋川やよい。理事長になるにあたって己に課した信念が三つある。

 

 

 一つ。誰も悲しまないトレセン学園を創る

 

 

 一つ。彼女の様なウマ娘を二度と生まない

 

 

 一つ。皆がのびのび過ごせる学園を目指す

 

 

やよい(桜木トレーナーよ。君の起こす風は、着実にこのトレセン学園の風通しを良くしてくれているぞ.........!!!)

 

 

 先程出会った二人のトレーナー。彼らの表情はまるで、桜木トレーナーから伝染したように、同じ顔をしていた。

 決意を固め、信念を持ち、そして.........[夢を守る]という顔を.........

 これから先、彼らがどのような歩みを進めるのかを楽しみにしながら、私達は理事長室へと戻って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ターボ「ふぅ!!一時はどうなることかと思ったけど!!こうしてゲート入りできたー!!」

 

 

イクノ「全く。だからあれほど一緒に行きましょうと.........」

 

 

 ゲートに入ると、先に隣のゲートに入ったイクノがターボに話しかけて来た。いつも見たくメガネをくいってあげて!

 

 

ターボ「もう!!ターボいつも言ってるじゃん!!一緒のレース走る時はライバルだから私語厳禁だって!!」

 

 

イクノ「それとこれとは話が別です.........ですが」

 

 

イクノ「貴方に[ライバル]だと言われるのは、悪くありませんね.........!!!」グッ!

 

 

 最初はまるでお母さんみたいに厳しい顔だったけど、少しずつイクノは嬉しそうに笑ってくれた。そして、最後には走る体勢になった。

 ターボもそれを見て、自分の気持ちをレースに向けた。ゲートが開くのはまだ分からない。だからもうちょっとだけ、[ライバル]じゃなくて、[チームメイト]として話し掛けた。

 

 

ターボ「イクノだけじゃないよ!」

 

 

イクノ「.........?」

 

 

ターボ「テイオーはもちろん、ライスシャワーもターボの[ライバル].........」

 

 

ターボ「ミホノブルボンも、メジロマックイーンも.........名前もまだ分からない今日レースに出るウマ娘。出ないウマ娘全員.........ターボが―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全員逃げ切って勝つ相手だ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

イクノ「.........貴方と同じチームになれて、良かったですよ」

 

 

イクノ「おかげで、退屈しませんから」フフ

 

 

ターボ「にししっ♪」

 

 

 そう。ターボはレースが好きだ。走って、全力を出し切って、最初から最後までずっとアタマ.........そんなレースが、ターボの走り方。

 だから今日。その走り方でオールカマーを勝つ.........無理だ、諦めろなんて言うテイオーをこれで分からせるんだ!!!

 

 

 諦めなければ、何でも出来るってことを!!!

 

 

 

 

 

 ―――砂嵐はやがて、一つのレースを映し出し始めた。それが今日開催されているオールカマーだって言うのは、先頭を走る子の姿を見て、すぐに分かった。

 

 

テイオー「.........!」

 

 

 逃げ切ってる。大逃げだ。あのライスだって出てるのに、それを気にせずに逃げてるその姿は、ボクの目にしっかりと炎の焦げ後を残して行く。

 

 

『ターボ勝つからっ!!!絶対逃げ切って勝つからっ!!!』

 

 

 あの日の約束。とは言っても、本当に勝手に取り付けてきた約束を、あの子は勝手に守ってる。

 ボクと走りたい為に、あの時と同じように走れるかも分からないボクと、走る為に.........

 

 

テイオー「.........頑張れ」ボソッ

 

 

 

 

 

「ツインターボが来た!!!第4コーナーのカーブに入っていきます!!!」

 

 

桜木「っ!!!」

 

 

 目の前で繰り広げられる逃走劇。正に追うものと追われるもの。捕まるか捕まらないかにハラハラする展開は、心臓に悪いからあまり好きじゃない。

 けれど今は、そんな事を考えちゃいない。あの走り方で、有り得ない。あっちゃいけないあの走り方で.........戦法も技術も無い、気持ちだけの走りで、あの子は本気で加藤としている。

 

 

桜木(マジなんだな.........!ツインターボっ!!!)

 

 

桜木「今だけは信じてやるぜ.........!!!神様って奴をよォ!!!」ギュッ!!!

 

 

 熱い胸の高鳴り。その鼓動で血液が身体を循環し、興奮を更に高めていく。首に掛けた王冠のネックレスを強く握り締め、その力を貸してくれと願い続ける。

 目の前のレースは既にぐちゃぐちゃだ。何も知らない人から見れば、なんのドラマも無いツインターボが一発ぶちかましただけのレースに見えるだろう。

 けれど、俺は.........俺達は知っている。これが、このレースこそが、[奇跡を超える]為の、第一歩なのだと.........!!!

 

 

桜木「.........っ、はは。本当.........大人なんだなぁ、ライス.........」

 

 

ライス「はァっ!はァっ!はァっ!はァっ!」...ニッ

 

 

 彼女は、大きく離れたターボの背中を見て、苦しいながらも笑って見せた。勝つ事を諦めた訳じゃない。彼女は最初から、試練としてターボの前に立とうとしていたんだ。

 それでも手をゆるめることはない。彼女は大きく離され、直線に入りバテ始めたターボの背中に圧を掛けるように、差しきりに行き始めた。

 

 

ターボ「これが諦めないって事だァァァァァァ―――ッッッ!!!!!」

 

 

 胸の内が焦げ付く感覚。それがどういう物か、俺は知っている。これが[焼き付く]という事なのだろう。目の前の出来事が、一生俺の中で離れる事は無い。そういう様に、俺の胸をそっと、しかし確かに焼き付けて行く。

 

 

「11番ツインターボ!!!見事に決めたぞ逃亡者ツインターボッッ!!!」

 

 

 ゴールの線を踏み切り、既に満身創痍だった身体は限界を迎え、そのまま前のめりに倒れ込んで行った。

 しばらくの間、その状態だったが、彼女は何とか仰向けの体勢になる。そして苦しそうに、疲れきった腕をズボンのポケットに伸ばして、あるものを全てに見せ付けるように掲げた。

 

 

ターボ「と、トウカイテイオー.........!!!次は、ターボと.........勝負、だか......ら.........!!!」ゼーハー

 

 

桜木「!!!」

 

 

 それは、俺が地下バ道で渡した物。俺が託され、俺が託した皆の心の内にある想い.........キタちゃんから預かった。お守りを握り締めていた.........!!!

 

 

桜木「やるじゃねぇか.........!!!ツインターボッッ!!!」

 

 

桜木「お前は本当にチームスピカの―――ッッ!!!」

 

 

 多くの歓声が、彼女に向けられる。それでも、その声に掻き消されないように俺は声を上げた。多くの観客と同じように、喜びと興奮が抑えられない。そんな右手を突き上げながら、彼女に声を届かせた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「救世主かもなァァァァァ―――ッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――あの子が勝った。本当に、勝っちゃった。どうしよう.........今まで散々、もし勝てたらなんて考えてたのに.........いざ勝ったら、何も分からなくなっちゃうなんて.........

 レースは終わった。モニターも元のミニライブ用の物に戻ったけど、ボクの心はもう、それどころじゃ無かった。

 

 

「テイオーさん!!!」

 

 

テイオー「っ、キタちゃん.........」

 

 

キタ「ずっと待ってます!!!また走ってくれる日を.........!!!」

 

 

 悲しい表情で、泣いているキタちゃん。どうしたら良いんだろう?そういえば.........前もこんな事があったような―――

 

 

スペ「テイオーさぁぁぁぁん!!!」

 

 

 それを思い出そうとした時、スペちゃんを先頭に、皆がやってきた。チームスピカのメンバーだけじゃない。レグルスも、このステージの上に出てきちゃった。

 

 

スペ「教わりたい事まだまだ沢山あります!!!戻ってきてください!!!」

 

 

ウオッカ「頼むよテイオー!!!やっぱり寂しいよ!!!」

 

 

ダスカ「戻ってきて!!!また一緒に走ろう!!?」

 

 

 皆の声で、肩が震える。

 

 

タキオン「君にはまだ可能性が残っている!!!諦めるなんて君らしくないぞ!!!」

 

 

ウララ「そうだよ!!!ウララもまだテイオーちゃんと走りたいよ!!!」

 

 

デジ「今一番辛いのはテイオーさんなのは知っています!!!けれど、皆が居れば乗り越えられるって今まで見てきたじゃないですか!!!」

 

 

ブルボン「貴女は私が達成出来なかった[無敗の三冠バ]です!!!いつか貴女とも走りたいと思っていた私の夢を叶えてください!!!」

 

 

テイオー「みんな.........!」

 

 

 皆の声で、声が震える。

 

 

ゴルシ「.........戻って来い」

 

 

 皆の声で、心が震える。もうどうしようもないくらいに、ボクの目からは熱さが流れて行く。観客にも、みんなにも背を向けているけど、きっともう。ボクが泣いている事に気付いてると思う。

 

 

マック「テイオー」

 

 

テイオー「っ、マック、イーン.........?」

 

 

マック「.........すぅー、はぁぁぁ」

 

 

 突然、ボクの目の前で深呼吸をし始めるマックイーン。突然の事で、ボクも、他の皆も、その姿をただ見守ることしか出来ない。

 何をしてくるんだろう?そう思ってしまうほどに今のマックイーンは.........サブトレーナーみたいな、[なんでも乗り越えられるような雰囲気]を、身にまとっていた。

 

 

 

 

 

マック「あの時、私は貴女に言いました」

 

 

マック「.........[怖かった]。と」

 

 

 ―――目の前に居る涙で顔を濡らしたテイオーの姿を見つめます。私の言った言葉に、思い当たる節があるのか、その目を丸く見開きました。

 

 

マック「.........あのレースは、二人の激突に相応しくありませんでした」

 

 

マック「片やライバル。片や恐怖の対象としてお互いを捉えて.........全く同じ土俵ではありませんでした」

 

 

 あの時。二度目の春の天皇賞の時。私は恐れた。トウカイテイオーを。無敗で、三冠を成し遂げた彼女を、どこか得体の知れない存在だと感じていた.........

 それが、蓋を開けて見ればどうです?怪我をして、夢を諦めて、それでも諦めきれなくて、何も分からなくなって涙を流している.........

 同じなんです.........!彼女も、私と同じ.........ただ[速いだけのウマ娘]なんです!!!

 

 

マック「戻ってきなさい.........!」

 

 

テイオー「え.........?」

 

 

マック「戻って来て!!!私との約束を果たしなさい!!!」

 

 

マック「もう一度私と同じレースに出て.........!!!今度は私の.........!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「れっきとした[ライバル]として!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 溢れ出す熱さなんて気にせずに、周りの事も気にせずに、私は自分の思いを彼女にぶつけます。

 ずっと申し訳ないと思っていたのです。あんなに怯えて挑んだレースが彼女との最初で最後になってしまう事に.........

 

 

 

 

 

テイオー「.........そっか。[ライバル]か.........」

 

 

テイオー「そう、だよね.........!」

 

 

テイオー「約束、した、もんね.........!!!」

 

 

 ―――今更になって、思い出した。こうやって、どうすれば良いか分からなくなった状況が、前にもあった事を。

 一番忘れちゃ行けないもの。ボクが目指して、一度は満足したもの.........そう。菊花賞の時の事だ。

 あの時もボクは、目の前で起きた事が分からなくなって、何を言っていいのか、分からなくなって、それで―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『「テーイーオーーーッッ!!!」』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの時と同じ声が、ボクの耳に直接響く。そうだ.........あの時も、トレーナーが最初に声を上げてくれた.........

 それを始まりにして、端っこから燃え始めたのが、まるで身体を暖められるほどの大きな薪の炎になるように、周りを巻き込んで行く。

 

 

テイオー「っ、ごめんね?みんな.........!!」

 

 

テイオー「わがままで、みっともなくて.........怒られるかも、しれないけど.........!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ボク.........もう一度走りたいッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ずっと、今日言おうと思ってたこと。遅くなって、正反対の決断もしちゃったせいで、余計な時間と勇気が必要になったけど、それでも言うことが出来た。

 みんな、涙で顔が濡れていた。ボクも、観客も、チームのみんなも。マックイーンやタキオンだって、涙を流してくれた.........

 

 

 

 

 

 ―――レースは終わった。そして、計画が成功した事が、アイツらからのメッセージで分かった。その場に居れなかった事は惜しいが、それでもそれに見合うだけのものを生で見れた。

 

 

ターボ「それでそれで!!?テイオーは!!?」

 

 

桜木「.........また走るとさ」

 

 

イクノ「!!!やりましたね!!! ターボ!!!」

 

 

ターボ「っ!!!うん!!!」

 

 

 その目に涙を浮かべながら、肩を抱き合う二人。カノープスというチームもやはり、素晴らしいものだと改めて実感させられる。

 9月の中旬。風が吹く。北海道人とは言え、その寒さに触れないで久しい。既にその耐性は無くなっているものと考えても良いだろう。駐車場で身を震わせ、俺は二人に謝った。

 

 

桜木「本当悪いなぁ、車だったら送れたけど、途中でバイクになっちまってなぁ.........」

 

 

ターボ「良いよ!!ターボイクノと電車で帰るもん!!ねー!!」

 

 

イクノ「帰りは一緒に。これがターボのルーティンですから」

 

 

桜木「.........そっか。気をつけて帰れよ?あと、南坂さんによろしくな」

 

 

 二人は俺に手を振り、今まで見てきた中で一番嬉しそうな顔をしながら、駅へと歩いて行った。俺とライスはそれを姿が見えなくなるまで見送り、手を振り続けた。

 

 

桜木「.........完っっっ全に助けられたなぁ。俺達」

 

 

ライス「ふふふ、そうだね。お兄さま」

 

 

桜木「ホント、アイツも良い友達を持ったよ」

 

 

 バイクのトランクにしまっていたヘルメットの片方をライスに渡しながら、俺達は他愛も無い話を続けた。秋風が染み入るこの季節、会話でもしなければ到底やっていられない。

 お互いバイクに跨り、安全確認を徹底した所で出発する。自転車でも相乗りなどした事ない手前、後ろに乗る人が違うと感覚も異なる事に若干楽しさを感じていた。

 

 

桜木「ライス。お疲れ様」

 

 

ライス「!うん。大変なんだね.........壁になるのって」

 

 

ライス「マックイーンさんの気持ち、良く分かったかも.........」

 

 

 そう言って、彼女は少し俺の服を握る力を強めた。その姿は、子供と何ら変わらない。

 けれど、俺は知っている。彼女はもう、強い。それこそ、うちのチームで誰よりも大人だ.........

 そう思うと、不意に笑ってしまい、ライスを困惑させてしまった。

 

 

ライス「お、お兄さま.........?」

 

 

桜木「いや、悪い悪い.........実はマックイーンも、上手く出来て無かった事思い出してな」

 

 

ライス「えぇ!!?」

 

 

 そう。マックイーンも、ライスの為に自ら立ちはだかる壁として、三度目の春の天皇賞へ彼女とライス、二人での出走を俺に求めた。

 それでも、彼女はまだ大人になりきれていなかった。終わった後には、それでも勝ちたかったと、涙と共に俺に語ってくれた。

 

 

桜木「なぁライス?悔しいとか、やっぱ勝ちたかったぁなんて、思わなかったのか?」

 

 

ライス「.........うん」

 

 

桜木「どうして?」

 

 

ライス「.........ターボちゃんの気持ち。良く分かるから」

 

 

 彼女から聞こえてくるその言葉には、悲しみの感情が帯びていた。その反応は予想していなかった為、俺は思わず理由を聞いてしまった。

 

 

桜木「.........どうして?」

 

 

ライス「ライス、まだ[新しい夢]を叶えられてないから」

 

 

桜木「.........ブルボンか?」

 

 

 自分の中で生まれでた答えをライスに言うと、彼女は返事はせずに、ただ黙って頷いた。

 少しの沈黙が、風を切る音と身体に当たる圧と共に訪れる。背中に当たる彼女の体温を感じながら、その続きを待っていた。

 

 

ライス「.........ライスの今の夢は、ブルボンさんと一緒に走る事」

 

 

ライス「今はまだ怪我を治してるから、まだブルボンさんとは走れない.........」

 

 

ライス「それは[いつか]終わる.........けれど、ターボちゃんは.........!!!」

 

 

桜木「.........その[いつか]が無かった」

 

 

 そうだ。ブルボンは怪我を治して、トレーニングを積めばまた走れる.........けれどテイオーは、そもそも走る事を辞めようとしていた。ターボにとって、[次]どころか、その[次]に繋げる為の[最初]すら無かったのだ。

 良くやったもんだ。そんな感傷に浸っていると、不意に背中の方から、鼻を啜る音が小さくではあるが、聞こえてきた。

 

 

桜木「.........良かったな。ライス」

 

 

ライス「うん......うん.........!!!」グスッ

 

 

 やっぱり。この子は強い子だ。人の痛みに触れて、人の為に泣けるこの子は、とても強い。それでも、泣く事は辛い事だ。

 周りに人は居ないが、俺は彼女の声があまり聞こえないよう、わざとらしくエンジンの音を鳴らし、バイクでトレセン学園へと戻るのであった.........

 

 

 

 

 

 ......To be continued



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マック「い、今まであり、あ......」T「?」

 

 

 

 

 

マック「はぁぁ.........」

 

 

タキオン「随分大きなため息だねぇ?」

 

 

 季節は9月の終盤。肌寒さがより一層強くなり、秋から冬へと本格的に季節が変わろうとしているのを肌で実感します。

 そんな中で、私はチームルームでタキオンさんの入れて下さった紅茶(甘さ普通)を嗜みつつ、ため息を吐きました。

 

 

マック「.........最近、あの人との仲が進展していないと思いまして.........」

 

 

タキオン「それ最近の話かい?」

 

 

マック「いつの話だと思ってるんですの?」

 

 

タキオン「正直一回目の天皇賞から進んでいない気がするよ」

 

 

 素っ気ない態度で彼女は紅茶を口に含み、私は反論できないために苦しそうな声を出しました。

 だ、だって仕方ないではありませんか.........確かに、私と彼はお互い唯一無二の相棒だと言う確信はあります。ですがそれはトレーナーとウマ娘という間柄に置いて頂点。そしてそれは、私がトゥインクルシリーズを走り始めて三年目で到達した場所です。

 そこから先.........私が求めるのは、その、そういうビジネスパートナーの様な関係では無く.........も、もっと親密な.........///

 

 

マック「.........〜〜〜!!!」ブンブンブン!

 

 

タキオン「おおっと!危ない危ない.........急に頭を振らないでくれたまえよ。せっかくのお茶菓子が.........」

 

 

マック「す、すみません.........つい///」

 

 

 手早くお菓子を乗せたお皿を持ち上げ、ササッと避難させるタキオンさん。そ、そんなに頭を振っていたんでしょうか.........?

 し、仕方ありませんわ。今の私の頭の中ではあのトレーナーさんが私に対して、あんな事やこんな事をしてくるんですもの.........取り乱しもします。

 ふぅ、と息を吐き、何とか平静を取り戻します。その様子を見て、彼女も安心して片手で持ったお菓子のお皿をテーブルへと戻しました。

 

 

タキオン「.........だがこちらとしても面白みがないからね。ここは一つアドバイスとして、感謝を伝えるのはどうかな?」

 

 

マック「か、感謝を.........?それはもちろん毎回.........」

 

 

タキオン「いやいや。その都度ではなく、今までの全てに対してさ。改めてそれを伝えると言うのはどうだろうか?」

 

 

マック「な、なるほど.........」

 

 

 それは、考えても居ませんでした。彼に対する感謝はいつもしておりますが、今までの事を、となるとまた違ってきます。

 ですが、よくよく考えてみたらいい方法だと思っています。これを機に、私と彼との関係性も一段階前へと.........

 

 

マック「.........そもそも、どう伝えましょう?」

 

 

タキオン「ふむ。練習が必要かな?ではまずは私に日頃の感謝を伝えると良い!!」バッ!

 

 

マック「えぇ.........?」

 

 

 椅子から立ち上がりながらその両腕をバッと広げる彼女を見て、私は自分でもびっくりするほどの困惑した声を出してしまいました。

 感謝.........この人に、感謝.........?そもそも、感謝される事はあれど、この人に何かされて良かったことなんて.........

 

 

タキオン「.........あ〜!!あの幼い頃のトレーナーくんは実に愛くるs「この世に生を受けて下さり本当にありがとうございます」えぇ.........?」

 

 

 そうでしたそうでした。この方が居なければあのれおちゃんに出会う事などありませんでした。全く、こんな事を忘れてしまうなんて私は人として最低です!

 若干引きつった様な顔を戻しながら、彼女は椅子に座り直し、また紅茶の美味しさを堪能し始めました。

 

 

タキオン「まぁ、まだ難しいのならチームメイトに感謝して回りながら最後に彼に伝えれば良いさ」

 

 

マック「ええ。そうしてみますわね。タキオンさん」

 

 

 優雅なティータイム。私はその時間を楽しみつつ、今後の予定について頭の中で整理をし始めました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「ウララさん。いつも貴女の明るさには助けられております。これからもぜひ、よろしくお願い致しますわ」

 

 

ウララ「わーい!!ウララもマックイーンちゃんと一緒にチームで嬉しいよ!!いつもありがとうね!!」

 

 

マック「ライスさん。貴女のおかげで、私はステイヤーとしての新たな道を見つけられた気がします。これからもその隣を走らせてください」

 

 

ライス「ま、マックイーンさん!ライスもマックイーンさんの背中があったからここまで来れたんだよ?だから.........いつもありがとう.........!」

 

 

マック「ブルボンさん。その新たな夢に向かう姿勢は、私にも持ち得ていない強さです。その姿を見ているお陰で、私もチームのエースとして背筋を伸ばす事が出来ます」

 

 

ブルボン「ステータス[高揚]を確認。はい。私もマックイーンさんのレースで得たデータを元に長距離走法を構築しています。復帰した際にはまた、よろしくお願いします」

 

 

マック「デジタルさん.........あら?どこにいるのでしょう?いつもは探せば直ぐに見つけられますのに.........?」

 

 

デジ(私は壁私は木私は空気.........!!!)

 

 

 違う時間帯で違う場所。出会ったチームメンバーの方々にお礼(何故かアグネスデジタルさんだけ見当たりませんでした)をしてきました。

 勿論、私のチーム[スピカ:レグルス]だけでなく、[スピカ]の面々や、お世話になったトレーナーの方々。色々な人にありがとうを伝えてきました。

 

 

マック(ふっふっふっ.........今の私はそう、さながらお礼マスター.........!)

 

 

『なによそれ』

 

 

マック(例えどんな初対面の方でも一言目にありがとうを伝えられる通称[ありがとう仙人]よ!!!)

 

 

『それはもう皮肉よ.........?』

 

 

 これは成長。いいえ、誰がなんと言おうと進化です。私は今日を持って普通のメジロ家のウマ娘から、メジロ家のウマ娘兼ありがとう仙人に進化しました。

 そう思い、胸を張りながら廊下を歩いていると、そういえばまだ感謝を伝えていない方がいるとふと思い、その場に立ち止まりました。

 

 

マック(いつもありがとうございます)

 

 

『え?』

 

 

マック(貴女との付き合いはまだ短いですが、それでも助けられた数は多いです)

 

 

マック(貴女が居なければ.........私はこうやって、相談相手もろくに作れませんから)

 

 

『.........買い被りすぎよ』

 

 

 その声は、彼女から今まで聞いた事ないほど弱々しいもので、私も思わず驚いてしまいました。

 きっと照れているのでしょう。そう結論付けた矢先に、そうでは無いと否定されました。

 

 

『私は私の見たい景色の為に、言うなれば貴女を利用してる様な存在よ』

 

 

『感謝なんかされても.........困るわ』

 

 

マック(それでも助かっている事は事実ですから、素直に受け取ってください!!!)

 

 

『感謝の押し売りってこういう事を言うのね』

 

 

 身体の奥底から呆れた溜め息が聞こえてきます。全く、こちらは真心を込めて感謝していると言いますのに。

 私も溜息を吐き出しそうになりますが、心の内に広がる不安に気を取られ、そちらの方に意識を向けます。

 

 

マック(.........どうしました?)

 

 

『.........私は本来、存在しては行けないのよ』

 

 

『[貴女が居て]、[私も居る]。これはイレギュラーに他ならないの』

 

 

『だからあまり情を向けないで。一緒に居られるのもそう長くないし、失った時泣いちゃうわよ?』

 

 

 淡々と彼女はそう言いますが、その心の内は悲しみがしっかりと感じとれました。そんな彼女に釣られて、私も少し、悲しくなってしまいます。

 長くは無い。それはなぜかなんて分かりはしませんが、彼女にはきっと分かるのでしょう。理由など怖くてとても聞けませんが、私はそれを黙って聞きました。

 確かに、彼女の存在は異質。今までそのような存在が私の中に生まれた事はなく、今でも不思議な感覚です。

 

 

マック(.........三度目の天皇賞、私は貴女と共に走る事を拒絶しました)

 

 

マック(ですが、多少気心の知れた今なら、それも悪くは無いと思っています)

 

 

『.........そうね。最後に一緒に走るのも、悪くは無いかもしれないわね』

 

 

 そう言って、彼女の心から少し悲しみが薄れました。こうして不思議な、よく分からない存在にここまで心を許すなんて、今までの私だったら有り得ませんでした

 これも、きっと彼のせいであり、おかげなのでしょう。彼の影響で私も随分と絆されてしまったと思います。

 暖かい感触を胸に抱きながら歩いていると、それに意識を向けていたせいか、誰かとぶつかってしまいます。少ししてぶつかってしまったのだと気が付き、慌ててその人に対して謝ろうと離れました。

 

 

マック「す、すみません!!ボーッとして......て.........」

 

 

桜木「あ、なんだマックイーンか〜。びっくりしたけど大丈夫だよ?.........どうしたの?」

 

 

マック「.........あ、い、いや.........えっと」

 

 

 彼でした。私のトレーナーさんその人に私はぶつかってしまったのです。それを知った途端に、直ぐに離れてしまっては勿体ないと思う気持ちと、これは絶好のチャンスだと言う気持ちを押しのけ、恥ずかしさが追い込みから追い上げてきました。

 彼と目を合わせようと何度も何度も目線を真っ直ぐにしますが、気がつけば右に、意識が緩めれば左にと行ってしまいます。

 

 

桜木「.........マックイーン?」

 

 

マック「ひゃ、ひゃい!!?」

 

 

桜木「顔赤いけど大丈夫?風邪とか.........」

 

 

マック「ひいてません!!!至って健康体ですわ!!!」

 

 

 私が強くそう言うと、彼は若干身を引いてそう?と言いました。うぅ.........彼の心配を無下にしてしまった自分の至らなさに嫌気がさします.........

 で、ですが!!!ここであったが百年目!!!このお礼マスターのありがとう仙人となったメジロマックイーンのお礼を受け取ってもらいます!!!

 

 

マック「と、トレーナーさん!!!」

 

 

桜木「は、はい!!!」

 

 

マック「.........あの、その.........」

 

 

マック「えっと、うーんと.........?」

 

 

 彼の目に何度も視線を合わせている内に、周りの声が耳に入ってきました。今思えばここは学園の廊下.........何度もこんな大声を出していれば、目立つのも無理はありません。

 完全に失念していました.........今から冷静に.........そう思っていても、周りからはやれ告白だのやれうまぴょい(?)だの、私の想像とは違った憶測が飛び交っていました。

 

 

マック「こ、こっちに来てください!!!」ギュッ!

 

 

桜木「え!!?ちょ、マックイーンさん!!?」アワアワ

 

 

 周りの目に耐えかねて、私は彼の手を引きました。今のこの時間帯ならチームルームに誰も居ないと思います。居たとしても私は日頃の感謝を伝えるだけですので、差支えは無いはずです。

 全く.........なんなんですかうまぴょいって。この私がこんな場所であんな踊りをする訳ないではありませんか。

 

 

『何やってるのよ。すぐに伝えれば早く終わるじゃない』

 

 

マック(貴女!あんな所で言える訳ないではありませんか!!!恥ずかしいにも程があります!!!)

 

 

『ふ〜ん.........お礼マスターのありがとう仙人ともあろうお方が?』

 

 

マック(〜〜〜!!!言ったわねぇぇぇ〜〜〜!!!)

 

 

桜木「ヒェ.........なんか怖い.........」

 

 

 心の中で私のことを鼻で笑う存在に苛立ちを覚えながら彼の手を引っ張ります。心做しか少し抵抗感が無くなりましたが、これはこれで好都合です。

 多少人の目に触れましたが、何とかチームルームにたどり着くことができました。扉を開けると、幸い誰も居ない状況.........これで心置き無く、感謝を伝えられます。

 彼を奥へと押し込み、チームルームに鍵を閉めた後、彼に背を向けるようにして深く息を吸って心の波を鎮めていきます。

 

 

桜木「.........マックイーン?」

 

 

マック「.........トレーナーさん」

 

 

 覚悟は決めました。私は言います。今まで彼が私の隣で歩んできてくれた事を、数々の困難を乗り越え、それでも嫌な顔一つせずにその手を引いてくれた事を嬉しく、そして誇らしく思っていると。

 

 

マック「その、あの.........いつもあり、あっ、あり.........」

 

 

桜木「.........?」

 

 

マック「あ、あ.........」

 

 

 言葉がまるで、蛇口を強く閉め忘れた水道の様に歯切れが悪いまま出て行きます。なぜでしょう?彼にただ、日頃のお礼を伝えたいだけなのに.........

 ピンと伸ばした背筋は少し曲がり、彼の目をしっかりと捉えていた筈の視線も、先程同様右往左往。前の方で組んでいた両手も胸の位置まで来てしまい、指を遊ばせてしまう始末.........

 

 

桜木「マックイーン。やっぱり熱が.........んー?」ピト

 

 

マック「ひっ!!?そ、そういえば私!!!今日は英語の小テストがありましたわ!!!このお話はまた今度!!!」バッ!

 

 

桜木「え!!?あっ、ちょっとー!!?」

 

 

 気が付かない内に彼は私に接近しており、その手で私の額の熱さを計りかね、終いにはおでこ同士で熱を測るという暴挙にでました。

 彼の吐息と存在感がより一層に伝わってしまい、私の心臓はバクバクと強くなるしかなく、耐えきれなくなって遂には教室を出て行ってしまいました。

 

 

マック(なんでなんでなんで!!?ありがとうなんていつも言ってる事じゃない!!!)

 

 

『.........お礼マスターへの道はまだ遠いわね』

 

 

 悔しい.........彼にただ今までありがとうございます、これからもよろしくお願いしますと改めて言うだけのはずが、ここまで動揺してしまうだなんて.........

 以前までは言えてました。ですがそれも思い返してみれば、彼が最初に私に言ってくれたり、そもそもそういう流れが始まって.........私はその流れに身を預けて言っていただけでした.........

 

 

桜木「.........大丈夫かな?」

 

 

 

 

 

 ―――突然、ぼふんと音を立てて走り去って行ったマックイーン。その姿は見えなくなったが、未だに意識は彼女の方へと向いている。

 .........いや、俺のせいか。流石に距離感近すぎたかもしれない.........いくら他の子たちより仲がいいって実感してるからっておでこ同士は流石にまずかったか.........

 

 

桜木「どうすんだよ〜.........」

 

 

「お困りのようですね!」

 

 

桜木「!!?誰だ!!!」

 

 

「私はホワイトボード!!!貴方達の今までのワチャワチャはここからずっと見てま―――」

 

 

桜木「うるせェェェェェッッッ!!!!!」グルグルグルグル!!!

 

 

ボード「ギャァァァァァァ!!!??」

 

 

 突然話しかけて来た無機物野郎。ソイツを拷問するようにボードの面を勢いよく下に降り、激しく回転させる。

 最近は俺の意思に関係無く突然話し掛けたり、かと思えば俺が話しかけてもうんともすんとも言わなかったりとストレスが溜まる一方だった。

 

 

桜木「おいッッ!!!テメェらなんなんだよ!!!こっちはなァ!!!テメェらのせいで狂人扱いされてんだよ!!!この前だって―――」

 

 

 思い起こされる記憶.........

 

 

蝿「僕を殺すの?これから子供もこの家で沢山生まれるのに.........?」

 

 

桜木「クソッッ!!!そんな情報聞きたくなかった!!!今すぐ殺してやる!!!」

 

 

殺虫剤「ダメよ!!!生き物を無闇に殺しちゃダメだわ!!!」

 

 

桜木「お前殺虫剤だろォ!!?」

 

 

隣人「うっせぇぞ!!!今何時だと思ってんだ!!!」

 

 

桜木「隣人が喋った!!?」

 

 

隣人「なんだコイツ!!?」

 

 

 以上、このように俺は既に狂人として隣人に認知され、避けられ始めている。そろそろマジで家のドアが落書きで刃牙ハウスにされてしまうかもしれない。

 まぁそんな既に半分確定している事は放っておき、今はマックイーンの方だ。今日は一体どうしたのだろう?

 

 

桜木「う〜ん.........勝手に憶測で行動するのは悪手よなぁ.........」

 

 

ボード「.........憶測じゃなければよろしいので?」

 

 

桜木「え?」

 

 

 うろうろと顎に手を当てながら、彼女の行動を振り返ってみる。しかし、思い当たる節は残念ながら俺の中には無い。

 そうやって右往左往している内に、普通は喋ることの無いそれから提案を受ける。

 

 

ボード「引いてダメなら押してみろ。と言う奴です!」

 

 

ボード「時期は秋!つまり、ハロウィンデートに誘いましょう!!!」

 

 

桜木「な、なるほど!!!」

 

 

 その手があった。もしかしたら彼女の事だ。普段頑張ってる俺にご褒美に誘おうとしてたのかもしれない。全く、俺の鈍感さには困ったものだ。

 

 

ボード「ふふふ、私はここで数多の恋愛の成就を見守ってきた存在。お役に立つのは当然です」

 

 

桜木「サンキューホワイトボード!!!卒業式にはボードアートにして飾ってやっからな!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜の帳が降り、薄暗さが支配し始めたこの時間帯。それは、寮の通路でさえも変わる事無く当たりを包み込んでいました。

 

 

イクノ(体調は良好.........しかし、いささかはしゃいでしまいました)

 

 

イクノ「チームの雰囲気が良いと言うのも考えものですね。ただいま戻り.........」

 

 

掛け布団「.........」クタァ...

 

 

 自室の部屋を開けた時、鍵がかかってなかったのでマックイーンさんは既に帰って来ている。そう思いただいまを言いかけましたが、その彼女のベッドの上にある掛け布団(私の分も巻き込まれている)の惨状を見て、言葉を飲み込みました。

 

 

イクノ「これは.........間違いありません」

 

 

イクノ(空き巣)

 

 

 瞬間。脳裏を駆け巡る様々な憶測。ウマ娘は人以上の強さ。しかし、いくら強いと言ってもフィジカル的なものであり、エスパー的な物は一切存在していません。

 故に視覚外、又は視認していない相手には歯も立たない。現にこういった空き巣や下着泥棒の被害は一人暮らしのウマ娘には割と多いと言われています。

 そしてこの目の前に居る犯人(断定)。恐らく初犯。私の帰ってくる時間を把握出来ず、足音を聞いて慌てて隠れたのでしょう。ここは再犯を防ぐ為にもしっかりとときふせるべきです。

 

 

掛け布団「.........イクノさん?」

 

 

イクノ「.........?マックイーンさん.........?」

 

 

マック「はい.........」モゾモゾ

 

 

イクノ「空き巣は?」

 

 

マック「え?」

 

 

イクノ「いえ。なんでもありません」

 

 

 

 

 

 ―――見られてしまいました。いつもよりイクノさんの帰りが遅かったため、寄りにもよってこんな恥ずかしい状態を.........

 いいえ。こんなの大切である彼に対してありがとうを言えない事の方が恥ずべき事です。

 私は顔の上半分だけを出した状態から、体全身を出して行きます。防音性はありますが、万が一泣いている声が周りに漏れないか心配した為の行為がまさかこんな事になるなんて.........

 

 

イクノ「それにしても、またどうして.........」

 

 

マック「.........実は」

 

 

 これまでの経緯をイクノさんに話しました。話している時、それはいい案ですとか、それは難題ですねとか、所々共感や問題点の指摘をして下さりました。

 そうして、話は先程掛け布団に埋まっていた所まで行き着き、そこは恥ずかしく思いながらもしっかり話しました。

 

 

マック「私もう.........どうしていいのか.........!!!」ヨヨヨ...

 

 

イクノ「.........そういえばマックイーンさん。今日はトレーニングに参加していなかったのですか?」

 

 

マック「へ?え、えぇ。先日のライブで迷惑掛けて、精神的に疲れてるだろうからとあの人から連絡が.........」

 

 

イクノ「!なるほど、道理で.........」ガサゴソ

 

 

マック「?」

 

 

 何かを思い出したように、彼女は自身の鞄の中身を漁り、クリアファイルを取り出しました。そしてその中から一枚一枚捲り、小さい紙を難なく取り出してきました。

 

 

イクノ「実はお昼に桜木トレーナーと会ったんです」

 

 

マック「トレーナーさんと!!?」

 

 

イクノ「はい。明日でもいいからこれを渡すようにと。どうぞ」

 

 

マック「は、拝見致しますわ.........!」

 

 

 それは、オシャレな装飾が施された手紙の便箋でした。まさか彼がこんな物を持っていたなんて.........震える手付きで、それを開きます。

 爪で丁寧にノリを剥がし、恐る恐る中身を、目を瞑り、片方を薄めにしながら中身を確認します。そんな訳あるはずないのですが、どうしても嫌な想像をしてしまうのです。

 ですが、その予想を完全に裏切るように、その文字の羅列は私の目に飛び込んで来る度に、私の心を踊らせました。

 

 

拝啓 メジロマックイーン様

 

 この度は突然のお便り、申し訳ございません。言葉ではなく、こうして文字で思いを伝えれば下手な事は言わないと思ったからです。

 貴女様にはとても助けられました。つきましては今度の土曜日、ハロウィン祭りを開催している商店街に出かけませんか?

 お返事は当日で構いません。楽しみにしております。

 

敬具 桜木 玲皇

 

 

マック「!!?〜〜〜///!!?」バタバタ!!!

 

 

イクノ「マックイーンさん!!?」

 

 

 私は手紙を読んでいる最中、身動ぎだけでは嬉しさが堪えられず、遂にははしたなくその両足をバタバタさせてしまいました。

 驚いて対面に居るイクノさんが、彼女のベッドから迅速に私の隣に移動してきました。

 そんな彼女に内容を言えず、ただ口を開閉させ、その手紙に指を指すと、彼女はそれを受け取り、隅々まで読み始めました。

 

 

イクノ「こ、これは.........!!?」

 

 

イクノ「正にデートのお誘い.........!!!」

 

 

マック「!!?しーっ!!!イクノさんしーですわ!!!」シー

 

 

イクノ「!す、すみません。つい.........」

 

 

 あまりにも大きな声でデートだと言葉を発する彼女に、私は人差し指を立てて静かにするように言います。周りに聞こえる懸念もありましたが、今はそれより、私がそれを聞いて恥ずかしいからという思いが強かったからです。

 で、でもまさか.........あの奥手な彼からこんな、デートのお誘いが来るだなんて.........!

 そう思い、私は彼女からもう一度受け取った手紙を、胸に押し当てるように両手で抱きしめてしまいます。きっと顔も傍から見れば真っ赤っかになっているに違いありません.........

 

 

イクノ「.........応援しています。マックイーンさん」

 

 

マック「はい.........!必ずや、良いデートにして見せますわ.........!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木(来ない)

 

 

 日付は土曜日。時間は午前10時。場所はトレセン学園正門前。約束の時間からきっかり30分の遅刻。

 おかしい。こういう時って俺が「遅れてごめん!」って言って、「別に待ってませんわ?」or「遅いです!一体どれだけ待ったと思っていますの!!?」の二択かと思った。まさか俺がそれを掛ける側になるとは思ってもみなかった。

 さっきから腕時計をチラチラとみて、空を眺めている。後ろ指でヒソヒソと囁きながら休みのトレーニングの為に登校してくるウマ娘達の声から意識を外し、羞恥心を押さえ付ける。

 

 

桜木(こんな事ならこんな所で待ち合わせすんじゃなかった.........!!!)

 

 

 もうね。アホかとバカかと。自分を呪いたくなりますよ。そら片方遅れる状態になったら見世物にされるのがオチですよ.........こんな事ならマントなんて付けずに普通の仮装にしとけば良かった.........

 

 

「トレーナーさーーん!!!」

 

 

桜木「!マックイーン!!」

 

 

マック「すみません!普段慣れないお洋服でしたから、着るのに手間取り.........」ジー

 

 

桜木「.........」ジー

 

 

 

 

 

 ―――遅くなってしまいました。もう既に実家から出た時には遅刻は免れなかったのですが、せめて早く着こうと走り、彼の前で膝に手を着きました。

 そして謝罪と共に彼の姿を改めて見ると、そこには以前、私が最優秀シニア級ウマ娘に表彰された際にお召になられたスーツにマントを付けた姿でした。

 

 

マック「.........ハッ!」

 

 

桜木「.........あっ!」

 

 

二人「ごめん(なさい)!!」

 

 

二人「え?」

 

 

 何も言わずにただただ彼の姿を見てしまい、思わず謝る事さえ忘れてしまっていました。言い訳にもなりませんが、本当に素敵だったんですもの.........

 しかし、それに被さるように彼も謝ってきました。そんなお互いを見て、彼も私も思わず笑い出してしまいました。

 

 

マック「ごめんなさい。あまりに似合っていたものですから.........つい見入ってしまいました」

 

 

桜木「俺もだよ。魔女の姿も素敵だね」

 

 

マック「ふふ♪ありがとうございます」

 

 

 彼にそう言われ、ついつい心が弾んでしまいます。彼も言ってから恥ずかしくなったのか、少し頬をかいて視線を逸らしました。

 そうしてどちらが合図をした訳でもなく、その場から一緒に歩き出します。その瞬間瞬間が、まるで通じ合っているようで.........心が温まりました。

 

 

マック「トレーナーさん。本日のデートプランはどうなさいますの?」

 

 

桜木「デっあー.........うん。そうだよね。デートだよね.........ごめん。反射的に否定しようとしちゃった.........」

 

 

マック「あら酷い。女の子のお休みを使わせて置いてデートでは無いと?」

 

 

桜木「ごめんって〜!商店街でイベントやってるからそこ行くよ〜!商店街デートしましょうよ〜!」

 

 

マック「ふふふ♪どうしましょう〜?」

 

 

 その気品漂うスーツ姿に似合わず、オロオロとしながら私の後を歩く彼。そんな彼をいじめるように、私は見て見ぬふりをして前へと歩きます。

 思えば、こうしたやり取りも久々です。最近はテイオーやタキオンさんの事もあり、一息吐く暇もなにもあったものではありませんでした。

 

 

マック「さぁ!今日は遊び尽くしましょう!トレーナーさん!」

 

 

桜木「!おうっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「おー!色々スイーツとか売ってるぞマックイーン!」

マック「本当ですわ!でも、カロリーが.........」

桜木「ククク、安心したまえ魔女よ.........我が献立表は今この時も進化しているのだァ」スッ

マック「そ、それはスペシャル献立表XI.........!!?完成していたのですね!!」

 

 

 

 

 

マック「見てくださいトレーナーさん!わたあめが作れますわよ!」

桜木「おー!いいじゃんいいじゃん!作っちゃうべ!!」

マック「ふふふ♪芸術的なわたあめを作ってみせますわ.........!」

 

 

 数分後

 

 

マック「見てくださいまし!タキオンさんの顔をしたわたあめが完成しましたわ!!」

桜木「やったなマックイーン!!これでうちのチーム全制覇だ!!」

「いやそうはならんやろ!」

 

 

 

 

 

マック「狙い撃ちますわよ〜.........!」パンッ!

 ポコン.........

桜木「うへぇ〜.........一発じゃ倒れないのか.........」

マック「むぅ、では二人同時に.........!」

桜木「ダブル狙い撃ち作戦か!よ〜し.........いっせーのーでッッ!!!」

 バキン!!!

二人「人形の首が!!?」

「そうはならんやろ〜」

 ダラァ〜...

二人「きゃぁぁぁ!!?血がァァァ!!?」ダキィ!

「そうもならんやろ〜」

 

 

 

 

 

マック「!.........!!!」ジュ〜

桜木「あはは、そんな大きなタピオカ飲み切れるか?」

マック(!こ、このままでは彼とのデートがタピオカで潰されて.........仕方ありません!!!)カパッ!

桜木「えぇ!!?」

マック「ゴクゴクゴクゴク.........ぷはっ」

桜木「あ、あはは.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はいどうぞ〜」

 

 

二人「ありがとうございます」

 

 

 商店街の出店。そこには色々な形をした風船が取り揃えられており、私と彼はそれぞれ、かぼちゃの風船と、可愛らしいコウモリの風船を頂きました。

 

 

桜木「いやぁ、まさかこの歳になって風船を持つことになろうとは.........」

 

 

マック「あら、お嫌でしたの?」

 

 

桜木「まさか!ちっちゃい頃は欲しくても手に入らなかったからね。あの時の俺をしっかり供養していこう」

 

 

マック「ふふ、なんですかそれ.........」

 

 

 お店の前でそんな会話をしてから、二人一緒にお店の人に頭を下げ、また歩き出します。

 どこか嬉しそうに自分の持つ風船を見る彼。その彼の風船を見て、私は何も考えずに自分の持つ風船の持ち手を、彼の方にある右手に持ち替えました。

 

 

風船「.........チュ♡」

 

 

桜木「!」

 

 

マック「.........ふふ、仲良しですわね♪」

 

 

 その風船達の姿を見て、彼は凄く動揺を見せました。私も恥ずかしいですが、それでも彼の姿を見る方がとても楽しかったので、それも見て見ぬふりをします。

 彼は素知らぬ顔で風船の持ち手を変えていきます。ずるい人ではありますが、そんなのいくらでも対処できます。

 

 

桜木「.........あ!ちょっと!!?」

 

 

マック「持ち手を変えるだけでは、こうして回り込まれたら元通りになりますわよ?」

 

 

風船「スリスリ.........♪」

 

 

 今度はまるで頬擦りをするように擦り合う風船達。それをあまり見ないよう視線を外に向けるトレーナーさん。案外恥ずかしがり屋さんなんでしょうか.........?

 

 

 一方桜木視点

 

 

コウモリ「旦那ァ、そこのガールにこうしたいんでしょう?」

 

 

カボチャ「さっきみたいに〜、チュ♡とかしたいんでしょ〜?」

 

 

桜木(コイツら.........マックイーンが居なかったらそのまま割ってゴミ箱行きにしてたのに.........!!!)

 

 

 そんな事態が起きている事など知らず、メジロマックイーンはただ彼が恥ずかしがっているとしか思えなかったのであった.........

 

 

 

 

 

マック「.........あら?ゲームセンターが賑わってますわね?」

 

 

桜木「ホントだ。なんかイベントでも.........!!!」

 

 

マック「?」

 

 

 そのような賑わいを見せているゲームセンターに少し近付いてみると、彼の目付きが少し変わりました。どこか子供のような、ワクワクを隠せない。そんな目で中の様子を見始めたのです。

 

 

マック「.........行きます?」

 

 

桜木「え!!?い、いやいや!流石にデートの最中にそんな.........」

 

 

マック「.........一緒にプリを撮ってくださるならいいですよ?」

 

 

桜木「.........良いの?」

 

 

 少々恥ずかしい提案をしてしまったため、少し頬が赤くなっている事を自覚しますが、言った手前引くことは出来ません。私は黙って頷きました。

 彼は一層嬉しそうな感情を強めると、そのままゲームセンターの中へと向かい、私も彼へと着いていきました。

 

 

『うぅ〜.........何よこの騒音〜』

 

 

マック(確かにウマ娘にとっては苦痛ですが、慣れると意外と悪い物ではないですよ?)

 

 

マック(それにしても、彼は一体何に目を.........)

 

 

 その外界とはまるで違う世界に迷い込んだような内装。毒々しい、と言いますか、派手派手しいと言いますか、何はともあれ、普段は見ないタイプの豪華さが感じられます。

 その中の一角で、少し賑わいを見せているスペース。あそこは確か、彼もよく遊んでいるあーけーど?ゲームがある.........

 

 

「さぁ!ハロウィン限定大会!魔王は俺だ選手権!!!参加する方はこちらの方にサインをー!!!」

 

 

マック「.........まさか」

 

 

桜木「ごめん.........!俺はてんでクソザコなんだけど!98無印の野良大会に一度でてみたいんだ.........!」グッ

 

 

 まるで自分の衝動を押さえつけるかのように目を瞑り、握った拳を胸の位置で震わせるトレーナーさん。そんな姿を見せられたら、断れる訳もありません。

 私はため息を吐き、ここで待っていると伝えると、彼はもう一度謝ってからそちらの方へと向かいました。

 

 

「お名前は?」

 

 

桜木「獅子十六でお願いします」

 

 

 彼の名前、おそらくリングネームのような物でしょう。本名では無いとはいえ、ここでもライオンの名を冠するということは、それほど好きなのでしょうね.........

 

 

マック「.........クレーンゲームでもしましょうか.........?あれは」

 

 

「ワー!マタオトシチャッタヨー!」

 

 

「大丈夫ですよ!さっきより近づきました!」

 

 

「がんばってください!」

 

 

 クレーンゲームが並ぶスペースまで来ると、見覚えのある三人がそこに居ました。どうやら、あの大きいぬいぐるみを取ろうとしているらしいです。

 微笑ましい場面に出くわしたので、ここは取れるまで様子を見ておきましょう。そう思っていると、彼女達は直ぐに、そのぬいぐるみを取る事が出来ました。

 

 

「トレター!はい!これキタちゃんの分!」

 

 

キタ「わー!!ありがとうございます!テイオーさん!!これでダイヤちゃんとお揃いだね!!」

 

 

ダイヤ「うん!!.........え!!?マックイーンさん!!?」

 

 

マック「あら、見つかってしまいましたか.........お久しぶりです。キタサンブラックさん。サトノダイヤモンドさん」

 

 

テイオー「んもー!!見てたんなら声掛けてよー!!」

 

 

 両手を上げて怒り始めたテイオーを見て、私達三人は苦笑いを見せました。そうして、改めてお二人とテイオーの格好を見て見ます。

 キタサンブラックさんとダイヤさんは可愛らしいカボチャの魔女の姿を、テイオーはまるで絵本から出てきた様な赤ずきんの姿が印象的でした。

 

 

マック「今日はお二人と?」

 

 

テイオー「うん!今までみんなに迷惑掛けてきたからね!!そのお詫び!!昨日はネイチャとツインターボ師匠の蹄鉄選びに付き合ったんだー!!」

 

 

マック「.........そうですか」フフ

 

 

 楽しそうに、その時の事を思い浮かべる素振りを見せる彼女を見て、ようやく[トウカイテイオー]が戻ってきたのだと安心しました。この様子では、もう走らないとは言うことは無いでしょう。

 そう思っていると、不意にテイオーの表情が可愛らしい笑顔から、意地の悪いニヤニヤとした物に変貌している事に気が付きました。

 

 

テイオー「マックイーンは〜、デート〜?」

 

 

マック「なっデっ.........いいえ。否定は出来ませんわね.........」

 

 

テイオー「ヒュ〜!!♪やるじゃん!!」

 

 

 うぅ.........他人から指摘されるというのは、これほど恥ずかしい物なのですね.........テイオーは調子に乗り、二人はキラキラとした目を向けてきます。

 ですが、これはそんな純粋なものでは無いのです。このデートは言わば、勇気を出せない私に彼がくれた絶好のチャンス.........絶対物にしなくては.........!

 

 

マック「.........その、突然の相談で申し訳ないのですが」

 

 

三人「?」

 

 

マック「皆さんは.........誰かにこう、お礼を言いにくかったりした事はありますか.........?」

 

 

 何を言っているのでしょう?そんな感情をあらわにするように、三人は同じ表情、同じタイミングでその首を傾げました。私だって、突然そう言われたらきっと困ります。

 けれど、これは由々しき事態.........こんなに時間が経った今でも、彼に一言もまだ、これまでのお礼を伝えられていないのです.........

 

 

テイオー「.........居るよ!!いるいる!!」

 

 

マック「!ほ、本当ですか!!?」

 

 

テイオー「うん!!中々言い難い事ってあるよね〜」

 

 

マック「ふふふ、そうでしょうそうでしょう.........ここはどうです?一つ共同戦線と行こうでは―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いつもありがとう!マックイーン!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「.........はい?」

 

 

 突然の感謝の言葉。しかも、それは私に対して送られたものでした。それを全て受け止めきれずに、私はつい保けたような声を出してしまいました。

 それとは対照的に、その言葉を発した張本人は満足したかのようにけのびをして見せます。

 

 

テイオー「ん〜〜〜!やっと言えた〜〜〜!!後はマックイーンだけだったんだよね〜〜〜♪」

 

 

マック「あ、あの。事態が飲み込めないと言いますか.........何が何やら.........」

 

 

テイオー「にしし♪マックイーンと一緒ってこと!!ボクも今まで沢山迷惑掛けたから、色んな人達にありがとうを伝えてたんだよ?」

 

 

 まさか、彼女も私と同じような事を.........?そう思うと、なんだか悪い気分ではありませんでした。そういえば、彼女にお礼を伝えた時、なにか言いたそうにしていた節がありましたが、そういう事だったのですね。

 その時、彼女のポケットからはみ出ている[お守り]に目が向きました。それは、キタサンブラックさんがテイオーの為に作ったお守りだと、彼から聞いたものです。それが、当たり前のように彼女のそばにある。そう思うと、微笑ましい気持ちになりました。

 自分の中で一度生じた疑問が、解ける糸の様にストンと気持ちよく一直線になる感触がしました。そんな私を見て、テイオーはその笑顔をまた、意地悪そうな物に戻していきます。

 

 

テイオー「ボクは頑張ったから♪マックイーンも頑張ってね〜♪」

 

 

マック「は、はァ!!?あの!せめてアドバイスを!!!」

 

 

テイオー「ガンガン行こうね!!」

 

 

マック「そんなガッツ頼りなアドバイスなんてありませんわ!!?」

 

 

 藁にもすがる思いで彼女の肩を掴もうとしましたが、その身軽な身体を活かし、ササッと私の拘束しようとする手から逃れ、お二人を抱えてその場から足早に逃走していきました。

 

 

『.........お礼マスターとしては、あちらの方が上手だったわね』

 

 

マック「くっ、くぅ.........うぅ〜〜〜!!!」

 

 

 恥ずかしい.........もはや、恥ずかしいと思う事すら恥ずかしい.........あんな程度でお礼マスターなどと.........何がありがとう仙人ですか.........誰なんですかありがとう仙人って、今すぐ目の前に連れてきてください.........

 地団駄を踏みそうになりながらも、その衝動を何とか抑えてみせます。大きく息を吐き、力を抜いて、身体を自然の状態にしていきます.........まさか、こんな所で彼のトレーニングが役に立つなんて.........

 

 

桜木「ただいま.........」

 

 

マック「!あ、あら?お早い帰りですわね?」

 

 

桜木「一回戦で負けちった.........」

 

 

 背後から突然現れた彼は、静かに淡々と、俯いたままそう言いました。こんな様子の彼は今まで見た事がありません。

 そういえば、彼はあのきゅーはち?無印というゲームをかなりやり込んでいると言っていました。中々ショックが大きいのでしょう。そう思い、落ち込んでいるであろう彼の背中をさすろうとしました。

 

 

桜木「.........マージで最っっっ高だったわ!!!」

 

 

マック「.........へ?」

 

 

桜木「いやーマジでさ!!いおりんとクリスが先に溶けるようにやられちまって!!推しで大将の草薙さんで頑張って大将引きずり出したんだけど!!相手の人マージで上手すぎ!!!」

 

 

桜木「しかもその後さぁ!!俺の草薙さんが凄かったって言ってくれて.........もう、格ゲーマー冥利に尽きるわ.........!!!」

 

 

マック「そ、そうだったんですの.........」

 

 

 今まで見せたことの無い彼のテンションの上がり様を見て、少し気圧されてしまいます。こういう部分は私達もレースで感じる事がありますから、理解はできますけど.........

 そんな突然の豹変を見せた彼も直ぐにそれを謝り、条件としたプリを一緒に撮ったのでした.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック(.........はぁ)

 

 

 あれから、随分と遊び尽くしました。出店も全制覇。イベント事を全て遊び回った事など今まで無く、達成感のような物が身体の内側に広がって行くと共に.........

 未だ、そう。未だに彼に対して、ありがとうの一言も言えていないという始末であります.........もう既に太陽は茜色を空へと広げ、カラスは巣に帰る為に奮起して飛んでいるというのに.........

 

 

桜木「いやぁ〜.........久々に遊び尽くした〜」ノビー

 

 

マック「.........ふふ、ここの所、全然リフレッシュ出来ませんでしたものね」

 

 

 ショッピングモールの屋上。夕日の色が移された様に、そこにある全てに茜色がほんのり乗せられた空間。そこに私達は二人。ベンチの上に座っていました。

 彼はそれを肯定し、夕焼け空を見上げました。それに釣られて、私もその綺麗な空を見上げてしまいます。

 

 

桜木「.........こっからまた、忙しくなるな」

 

 

マック「そうですね。私は京都大賞典からそのまま秋の天皇賞。タキオンさんは、試薬品を試して感触が良かったなら、菊花賞へ.........」

 

 

桜木「.........本当。[退屈しない]な」

 

 

マック「!.........ええ。[退屈しません]わね」

 

 

 [退屈しない]。彼は深く考えずに言ったのでしょうけど、今の私に撮ってその言葉は、最大限の褒め言葉でした。

 私は、今や現役最強のステイヤーと人々の間で言われ、その安定したレース方法から、多くの人に[退屈なほど強い]と言われています。

 確かに、そのレースだけを切り取ってみれば、退屈に他ならないでしょう。ですが、そこに至るまでのトレーニングや彼や皆さんとの日常は、[退屈]とは程遠いもの.........

 そんな日常を、素敵な。本当に素敵な毎日をプレゼントしてくれる彼に、伝えたい.........

 

 

マック「.........トレーナーさん」

 

 

桜木「?」

 

 

マック「貴方に、言いたい事があるんです」

 

 

 こちらを向いて、キョトンとした顔を見せてくる彼の目を、今度は逸らすことなく、その私の両の眼を持って見つめます。

 今の彼には、[仮面]はありません。自然体の彼に、自然体のまま、私はそのまま言葉を続けます。

 

 

マック「ずっと、考えていました。貴方と他の方と、何が違うのか」

 

 

桜木「.........」

 

 

マック「今までは、私の持っていないものを持っている事に対する、憧れだと思っていました」

 

 

マック「私より大人で、それなのに私より子供らしくて、ハチャメチャでドジでいつもトラブルばかり起こして.........」

 

 

桜木「.........それ、褒めてくれてる?」

 

 

マック「もちろんです♪」

 

 

 少々げんなりとした顔で、私の言葉を受け入れてくれる彼。その姿を見て、私は思わず笑みが零れてしまいます。

 そう。最初は本当に、私の 持っていないものを持っている貴方に大しての、羨ましいという気持ちや、憧れのような物でした。

 けれど蓋を開けてみれば.........それは私の中にもしっかりとあって、ただ厳重に鍵をかけられていただけでした。

 

 

マック「.........けれど、今は少し違います」

 

 

マック「今は.........なんと言いましょうか?家族でいて、友人でいて.........そのどちらとも言えない。そんな感情です」

 

 

マック「そんな感情を抱く方は、今まで居ませんでした。だから、貴方は私にとって、特別な存在です。今までも、そしてこれからも.........」

 

 

マック「だから―――」

 

 

 その一言を言おうとして、息が詰まります。今まで自分に向けていた意識の配分を、全て彼に向けたせいか、その顔を見ただけで、胸が苦しくなってしまう。

 今必要なのは、勇気?それとも、流れ?それでも、この自然の動きになるよう訓練されたこの身体は、NOと言うように動きません。

 一つ一つを手探りで探して行くうちに、一つの正解に辿り着きました。その感情を拾い上げると、今までてこのように動かなかった身体も、恥ずかしさを感じながらも、ぎこちないながらも良く動くようになってくれました。

 だったら、やることは一つだけ.........その感情を乗せて、言葉を紡ぐだけでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとうございます。トレーナーさん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは、複雑な感情が絡まりを見せ、既に一つの物となった感情。言うなれば、[愛]という以外にほかなりませんでした。

 夕日の色がお互いの姿をグラデーションの様に掛かっていきます。しばしの沈黙の後、彼が最初にとった行動は、その顔を微笑ませる事でした。

 

 

桜木「.........それを言うなら、俺の方こそ」

 

 

マック「え?」

 

 

桜木「.........俺の心には、いつも君が居るんだ」

 

 

 そう言いながら、彼はまた、空の方を見ました。今度は、空そのものではなく、まるで空の向こう。それこそ宇宙の先を見るように、遠くを見るような目で、空を見上げていました。

 

 

桜木「挫けそうな時。ノリと勢いで生きようとする時、君がいつも背中を押そうとしたり、励ましてくれたり、止めたりしてくれる」

 

 

桜木「.........[一心同体]ってのは、[退屈しない]んだね。初めて知ったよ」

 

 

マック「!.........ふふ、なんですのそれ.........」

 

 

 彼があまりにも真剣な表情で、そんなことを言うものですから思わず笑ってしまいました。彼もそれに釣られるように、笑い声を上げます。

 そこには、もはや恥ずかしいという思いはありませんでした。これこそが、彼と歩んできた。チームで歩んできた道のりなのだと、私は知ったからです。

 

 

桜木「はぁ、お腹すいたなぁ」

 

 

マック「ふふ、もう出店はしまってますわよ?」

 

 

桜木「ではメジロマックイーンよ。我輩とディナーでもどうだ?」

 

 

マック「.........仕方ありません。魔王にそう言われたら逃げられませんわ」

 

 

桜木「決まりだな」

 

 

 ようやく、彼にありがとうを伝えられたせいか、妙な脱力感と清々しさが私を包み込みます。

 これで一つ。前へと進むことが出来ました。後は、目の前の事に集中するだけです。そう思いながら、今日のディナーはどうしようかと、彼と他愛もない話をしながら、この屋上を後にしました.........

 

 

 

 

 

『.........これ。結局進展したのかしら?』

 

 

 

 

 

 ......To be continued



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メジロマックイーン

 

 

 

 

 

 秋の風が強さを増し、そのつむじ風に赤黄色の金木犀の落ち葉が巻き込まれて舞い上がっていく。

 北海道の様に空気の冷たさが肌を刺すほどでは無い。それでも、既にこの環境に慣れてきたこの身体は、嫌という程に震えてくれる。困ったものだ。

 

 

桜木「もう。こんな時期か.........」

 

 

タキオン「ああ。もうこんな時期さ」

 

 

 隣に立つのは、アグネスタキオン。その一言の中には、彼女の中の感情が沢山詰まっている。そう捉えられる程、何かが籠った一言だった。

 思えば、俺達はここまで良く来たものだ。こんな相性も何も考えていない出来合いのチームで、ここまで走ってきた。それでも案外、まとまってて、仲がいいとは俺自身も思う。

 

 

マック「あら。そろそろレースが始まると言いますのに、余裕ですわね?」

 

 

桜木「はは。君の仕上がりを見たら、いくら俺でも余裕が出来るよ」

 

 

ウララ「マックイーンちゃんすっごいもんね!!」

 

 

 場所は、京都レース場。今日の催しはは京都大賞典。彼女にとって次に至るためのレース。今日までの調整で、彼女はその走りを、今までに無いほど至高のものへと昇華して行った。

 それは、俺というトレーナーから見ても、同じウマ娘達から見ても、相当なものだ。

 

 

桜木「.........本当。よくここまで来たもんだよ。俺達」

 

 

デジ「そうですねぇ。デジたんもマネージャー冥利に尽きますよ〜」

 

 

ライス「マックイーンさんのレース!とっても楽しみ!!」

 

 

ブルボン「そうですね。ライスさん」

 

 

 楽しそうにマックイーンがこれからどんなレースを見せてくれるのかを話す三人。そんな姿を見ていると、自然と頬が緩んでしまう。

 それはどうやら、タキオンとマックイーンも同じようで、勝手に盛り上がりを見せる三人を見て、そっと微笑んでいた。

 

 

桜木(.........アレから、二年か)

 

 

 アレから.........そう、マックイーンが降着してから、もうそんなに経ってしまう。あの時は本当に、この秋という季節が嫌いになってしまうくらい、嫌な出来事だった。

 それでも、俺は.........俺達は、前へと進む事が出来た。みんな一緒に、誰一人、欠けることなく。ここまで来ることが出来たんだ。

 

 

 ここに、俺は果たして必要なのだろうか?そんな考えが今でも過ぎってくる。全く、最低な話だ。この和むような輪をみていても、俺はそこから疎外されているように感じてしまう。

 

 

桜木「.........俺は、お前達のおかげでここまで来れたと思う」

 

 

全員「.........?」

 

 

桜木「.........けれど、お前達は俺じゃなくても、ここまで来れたと思う」

 

 

 ここにいる一人一人。みんな才能の塊だ。素質の塊だ。俺はそれを見つけて、ほんのちょっと磨いてあげただけに過ぎない。きっと、俺じゃなくても、彼女達は大成したはずだ。

 そんな弱気な俺に対して、想定通りのため息が聞こえてくる。しかし、それは思っていた以上に大きく、そして複数であった。

 

 

タキオン「確かに、君でなくともここに居る子達は私含めて、大成してただろう」

 

 

タキオン「だが、責任を取らないのは頂けないよ?トレーナーくん?」

 

 

桜木「責任.........?」

 

 

 俺がそう言うと、気が付けばマックイーンの傍に居たタキオンが俺の目の前まで歩いてくる。

 その顔はいつものように自信たっぷりで、彼女らしい先の展開を予想できない笑みを浮かべていた。

 

 

タキオン「君じゃなきゃダメなんだよ。君以外、誰が私の薬を飲むんだい?私に火をつけた責任を、君は取るべきなんじゃないかい?」

 

 

桜木「それは.........」

 

 

ウララ「ウララもトレーナーじゃなきゃやだ!!!」

 

 

 今度はずいっ、とタキオンの隣に出てくるウララがそう言ってきた。その顔はタキオンと違って、真っ直ぐで真剣ながらも、その可愛らしさを隠せないでいる。

 

 

ウララ「あのね!!わたし、トレーナーがトレーナーが良かったーって思うんだー!!だってだって!!トレーナーと居ると楽しいもん!!」

 

 

桜木「ウララ.........」

 

 

ライス「ライスも、お兄さまがトレーナーで良かったと思ってるよ?」

 

 

 静かな足取りで、彼女もタキオンと並ぶように立った。他の二人よりも優しい笑みを浮かべ、まるで俺を諭すような口調で言葉を紡ぐ。

 

 

ライス「お兄さま。ライスが変わろうとした時、言ってくれたよね?変わる責任や義務はないかもしれないけど、変わる権利は、誰でも持ってるって。ライスあの時、とっても安心したの」

 

 

桜木「.........」

 

 

ブルボン「そうです。マスター。貴方は私に沢山のものをくれました」

 

 

 今度はまるで無機質な声が、しかし、そこには彼女の感情が籠っている事を感じられる。そんな声で、ブルボンはライスの後ろに立った。

 

 

ブルボン「貴方が今、何に悩んで、何に苦しんでいるのかは分かりません.........ですが」

 

 

ブルボン「マスター。苦しみも悲しみも、時が経てば明日への糧になります。私は、貴方とチームの皆さんと過ごした日々の中で、それを学びました」

 

 

桜木「お前ら.........」

 

 

 情けない話だ。大の大人が、教え子に慰めてもらっているというのは、傍から見ればなんとも言えない状況だ。

 それでも、俺はその言葉に救われている。それは紛れもない事実で、俺はまだ大人になりきれていない存在だった。

 そんな俺の横を素通りする様に、マックイーンが何も言わずに通り過ぎて行く。それに声を掛けることなく、視線だけで彼女の姿を追った。

 

 

マック「私から言うことは何もありません。もう皆さんが言ってくれましたから」

 

 

マック「それでも不安だと言うのなら、それでも、自分で無くてもと思うのであれば、今日のレースを見て判断してくださいまし」

 

 

マック「[貴方が作り上げた私の走り]を.........」

 

 

 力強くそう宣言し、彼女は控え室から出て行った。その後ろ姿は、どんな大舞台のレースとも変わらない、力強く、そして彼女の誇りが感じられる程立派なものだった。

 

 

桜木(.........こんなんじゃ、ダメだよな)

 

 

桜木(隣立てる努力をしないと.........)

 

 

 今のあの子は、気高くて、気品溢れている。例え顔を見なくとも、今の彼女がどれだけ凄いかは、俺にだって分かっている。

 そんな彼女の隣に立っても、見劣りしない。そして、見栄えする様なトレーナーになりたい。

 

 

桜木「.........って!!待ってマックイーン!!せめて見送らせて!!」

 

 

タキオン「あっはっはっは!!このチームはレース直前でも緊張とは全く無縁だねぇ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック(.........)

 

 

 私を出迎えるように差し込んでくる光。それは、地下バ道からパドックへと続く出口から差し込んでくるもの。

 いつもであるならば、それは栄光への一歩。そして始まりの一歩として、力強く踏み込んでいたでしょう。

 けれど今は.........

 

 

マック(.........ねぇ)

 

 

『.........何かしら?』

 

 

マック(最後って、まさか今日のこと?)

 

 

 胸の内に確かに広がる不安。その不安を、私の中に居る存在にぶつけます。それはただ黙って、私の心の中でじっとしていました。

 

 

マック(.........一体何をするの?)

 

 

『そんなの、貴方が一番よく分かってるんじゃない?』

 

 

マック「.........っ」

 

 

 あっけらかんと、まるで私を突き放すように、それは言った。それに反論する[でも]も、その理由を問う[なんで]も、臆病な私から出てくる事はありません。

 けれど、私の予感が確かなら、この人は.........彼女は[消える]。今日のレースを持ってして、何故かは分からないけど、消えてしまう。

 

 

マック(そんな必要.........どこにあるのよ.........!!!)

 

 

『.........貴女』

 

 

マック(嫌よ!!!せっかく仲良くなれたのに.........!!!まだ貴女のこと、何も分かっていないのに.........!!!)

 

 

 どうにも出来ない。その悔しさが、私の唇を強く噛み締める。そんなことをしても、なんの解決にもならないのに。そうしなければ、自分を保てないでいる。

 そんな悲しみを心に広げていると、不意に私の肩に手を置く存在が現れます。それが誰なのかは、振り返らずとも分かってしまいます。

 

 

桜木「マックイーン」

 

 

マック「.........トレーナーさん」

 

 

 彼が私の名前を呼んだ。それに応えるように振り返ると、彼と、そしてチームの皆さんが後ろに立っていました。

 

 

桜木「.........何かあったのか?」

 

 

マック「何も.........いえ。ありました」

 

 

『.........』

 

 

マック「.........トレーナーさんは、折角出来たお友達と離れそうになった時、どうしますか.........?」

 

 

 普段であれば、隠して、一人で解決しようと思っていました。たとえそれが、変わらない結末通りのシナリオになろうとも、それを納得しようと努力をしました。

 .........でも、話してしまった。今までの私では考えられないほど、この心は寂しさというものに怯えきっている。本当の事を言わずして、それを解決する為に、彼に手を伸ばす程に.........

 それでも彼は、[でも]も[なんで]も言いません。変わりに、少し考える様な素振りを見せたあと、優しく笑って言いました。

 

 

桜木「だったら、自分から会いに行けば良いんじゃないか?」

 

 

マック「自分から.........?」

 

 

桜木「大人になると、友達と会える機会なんて限られてくる。相手を待つんじゃなくて、自分から行かないと。じゃなきゃ、いつかを待ったまま終わっちゃうよ」

 

 

 そう言って、彼はそれ以上は何も言わず、そして何も聞かずに話を終わらせました。正直、なんでと聞かれてしまったらどう答えれば良いか分かりませんでしたから、助かりました。

 そして、今度はその両手で私の肩をそっと掴みます。いつもと同じように。そして.........いつもより、力強く。

 

 

桜木「さぁ、こっからはレースに集中だ!マックイーン!」

 

 

桜木「そんな話をされちゃあ、GIよりかは楽に走れなんて言えないよな?」

 

 

マック「!」

 

 

 .........全く。彼は一体どこまでお人好しなのでしょう?私が悩んでいると言うだけで、その全貌すら語っていないのに、その全てを支えようとしてくれる.........

 それでも、そんな彼に救われてしまう自分が居る。そして、そんな彼を求めてしまう自分が居る。それを良しとして、受け入れてしまう自分が居る.........

 

 

桜木「俺にはその子がどんな子か分からないけど、君にとっては大切な子なんだろう?」

 

 

桜木「だったら、君の全力がその子に届くように―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「勝って来い。マックイーン」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一着で、その子もきっと待ってる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私と目線を合わせる為に、彼は少し屈んで、私を元気付けるためのいつもの言葉を投げかけてくださいました。

 本当.........不思議な程に、彼の言葉で弱気な心がどこかへと飛んで行ってしまう。彼の事を好いている。というのもありますが、それ以上に彼の言葉には、心に来るものがあります。

 

桜木「.........ハグは、要らなさそうかな?」

 

 

マック「ふふ、ええ。もし走り終わって泣きそうになっていたら、ぜひお願いしますわね?トレーナーさん」

 

 

 肩から彼の手が離れて行く。皆さんの顔を見ると、そこには心配なんて言う感情はどこにもありません。その私に対する信頼を少し拝借させて貰い、私も私を信じてみようと思います。

 背中に刺さるような光。突き放すような光に向かって行く。未来に進むと言うのは、これほど大変なのだと身をもって知りながらもなお、その先へと向かいます。

 

 

マック(考えるのは後。今は.........この京都大賞典を勝ちましょう)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さぁ、舞台は京都レース場。GIIレースでありながら、その熱狂はGIにも劣らない京都大賞典!各バそれぞれゲートインを果たしていきます!」

 

 

桜木(確かに、この熱狂ぶりはすごいな.........)

 

 

 実況の言う通り、人々の熱狂はGIのそれと何ら変わらない。何を持ってして彼ら彼女らをここまで熱くさせているのかは、俺にも分からない。

 これから出走する子達の姿を見ていく。今日の為に鍛錬を積み、切磋琢磨してきたであろう子達。その姿からは、俺のチームメンバーの姿と何一つ変わらない。

 

 

タキオン「.........怯えているのかい?」

 

 

桜木「.........え?」

 

 

デジ「トレーナーさん、震えてますよ?」

 

 

 二人にそう指摘され、俺は組んでいた手を少し解き、掌を見てみる。確かに、緊張からかなのか、普段よりもその手は無意識に、そして小刻みに動いている。

 .........けれどこれは、恐怖なんかじゃない。俺はゲートインを果たした彼女の姿を見て、それを察した。俺の心より、思考より先に、この身体はこれから先の展開を楽しみにしているからなのだと考えた。

 

 

桜木「.........武者震いだよ」

 

 

 これから先、このレースで何が起こるのか、俺にはまだ分からない。そんなことばっかりだ。分からないことばかりで、手探り尽くしの人生で、分かることなんて限られてくる。

 それでも.........俺は、あの時君の姿を初めて見た時の直感が、間違いでは無いことを知らさせている。今日という日を、決して忘れるなと、目に焼き付けておけと言うように、俺の心を酷く揺さぶってくる。

 

 

桜木(何かが起こる。その予感は確かにあるんだ.........)

 

 

桜木(見せてくれ。マックイーン。あの日君に感じた何かを.........!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「すぅ.........ふぅぅ.........」

 

 

 ゲートに入り、ゆっくり吐息を整え、前を見据えます。目指すはゴール。駆け行くはこの足。そこに何ら今までとの違いはありません。

 あるとすれば、私の後ろに浮遊するようにして傍に居る、陽炎の彼女。その一点だけでした。

 

 

マック(.........本当に、消えてしまうの?)

 

 

『これからの貴女に必要な事よ。それに、消えるんじゃなく、[元いた場所に戻る]だけ』

 

 

マック(けれど、せっかくこうしてお互いに良い関係を.........)

 

 

 行ったり来たり。覚悟を決めたと思えば、それを揺らがせ、揺らがせたと思えば、覚悟を決め.........そのような事を何度も何度も繰り返していると、呆れたようなため息が聞こえてきました。

 

 

『.........良いわ。そんなに渋るんだったら教えて上げる。本当はレース中の方がやり易いのだけど.........!』

 

 

マック(え.........?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鳥のさえずりが聞こえてくる。まるで、朝日が昇る事を知らせる様に。その鳴き声と共に、周りに広がる世界にようやく、この目が理解を追いつかせました。

 そこは、手入れの行き届いた庭園で、目の前にはまるで、お茶会をする為の一つのテーブルと、二つの椅子が備え付けられていました。

 

 

『ようこそ。[貴顕の使命を果たす者]。メジロマックイーン』

 

 

マック「貴女.........」

 

 

 揺らり、と空間そのものが揺れたと思うと、その存在が後から陽炎と共に、私の対面の椅子に座るように現れました。

 何が何やら.........それに、何度が来ているここも.........分からないことばかりで、その場に立ち尽くしてしまいます。

 そんな私を尻目に、その存在は指を鳴らしました。すると、まるで魔法のように、テーブルの上にはティーポットとソーサラーの上に置かれたティーカップが現れました。

 

 

『座りなさいよ。心を落ち着かせましょう?』

 

 

マック「で、でもレースが.........」

 

 

『安心しなさい。ここはそういう場所だから』

 

 

 そう言って、彼女は紅茶をカップに注ぎ始めます。私はその言葉を信じ、彼女の対面に座りました。

 一体、何を話されるのか。それは分かりません。そんな私を気遣うように、さえずっていた鳥の一羽がテーブルに降り立ち、私の方をじっと見てきました。

 

 

マック「.........ふふ、可愛らしい」

 

 

 手のひらを差し出すと、小鳥はその全身を擦り付けるようにすりすりとしてきます。その感覚は確かに、羽毛の一つ一つが感じ取れる為、ここは夢の世界では無いことを察しました。

 そうしていると、その小鳥はこれから先の何かを察した様に、飛び立って行きました。私の周りを一周、二週とした後、どこか遠くへ飛んで行ってしまいます。

 

 

『.........教えて上げる。私の正体について』

 

 

マック「.........!」

 

 

『私は―――』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『貴女よ。メジロマックイーン』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「え.........?」

 

 

 その言葉を聞き、自分の目が大きく開かれて行くのが手に取るように分かりました。そうしようとは全く思ってなく、あまりに唐突な出来事に、目を見開いていくのです。

 なにせ.........その目の前の存在は―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私と瓜二つの姿で、私の前に居たのですから

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「ど、どういうこと.........?まさか、ドッペルゲンガー.........!!?」

 

 

『.........ああもう、だからレースの興奮のどさくさに紛れて伝えようと思ったのに。こうなると思ってたのよね』

 

 

マック「ご、ごめんなさい.........?」

 

 

 今までで一番大きな、彼女から聞こえてくるため息。頭を抱え、どう説明すべきかを彼女は模索し始めます。

 しかし、削れる部分が無い事を知ったのか、彼女は諦めるように、もう一度ため息を吐いてから、真っ直ぐ私の目を見つめてきました。

 

 

『貴女。ウマ娘の魂だかなんだかの話、知ってるわよね?』

 

 

マック「え?え、えぇ.........確か。異世界の誰かの魂がこちらに来て.........って、こんなのおとぎ話では.........」

 

 

『[誰か].........ねぇ』

 

 

 人に説明させておきながら、などと考える余裕も無く、私は目の前である単語に反応して苦言を呈す様な表情を見せる彼女をただ黙って見ていました。

 

 

『まぁこの際細かい所は良いわ。要は、貴女と私は元々一つの魂.........いえ、[二つの魂が一つにされた]存在なのよ』

 

 

『本来であるならば、絶対分離する事は無い。あるとすれば、それはこの世を去る時くらいね』

 

 

マック「そんな.........」

 

 

 唐突に、まるで世界の真理を垣間見えた様に、身体の毛穴という毛穴から鳥肌がたってきます。神秘と言うのは美しい物ですが、行き過ぎるとそれも恐怖になる。それを今、初めて知りました。

 ですが、ここで一つ疑問が生まれます。本来であるならば分離する事は確実に無い。だったら、何故彼女は目の前に居るのでしょう?そんな疑問が顔に浮かんでいたのか、彼女は一言、言いました。

 

 

『[彼]よ』

 

 

マック「.........は?」

 

 

『それ以外に、いいえ。それしか考えられない』

 

 

 人生で一番の疑問。私からその声が出たにも関わらず、彼女はその目を逸らし、何か後ろめたさを隠すようにしていました。

 

 

『ウマ娘はウマ娘として生まれたその瞬間から、それぞれ果たすべき目標を持って産まれてくるわ』

 

 

『私も同じ。天皇賞を制したから、きっと貴女は天涯孤独の身であったとしても、そこを目指したでしょうね』

 

 

マック「っ、ありえません!!!天皇賞はメジロ家にとって由緒正しき、大切な―――」

 

 

 最初は、勢い任せで出てきた反論。しかし、徐々に頭の熱が冷めてきた時、私は思ってしまった。

 [そうかもしれない]。と、今思えば、いくらメジロ家の為、憧れのおばあ様の為とはいえ、あの頃の私は勝つ為に自分を追い込み、倒れたとしても、それも良しとしてきました。普通では考えられないほどに。

 彼が居るから.........トレーナーさんが居るから。安心していた。けれどそれは、結果論であって、もしかしたら彼が居なくても、私はあれほどの自主トレーニングをしていたかもしれない。

 そう思うと、彼女の言葉を否定できなくなったのです。

 

 

『.........そう。[天皇賞]。その為なら、貴女はその身さえ自ら打ち捨てる覚悟があった』

 

 

『けれど、貴女は孤独を拒んだ。孤高を手放した。最強を捨て、退屈を嫌った』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『[ひとりじゃない]。その言葉が、全ての分岐点だったのよ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「―――.........」

 

 

 あの時から.........こうなることは決まっていたのでしょうか?[ひとりじゃない]。それは、私と彼を表すもう一つの言葉。[一心同体]と同じ意味を持つものです。

 驚愕は既に何度も自分の中で巡り、もはや反応すら表に出てくる事はありません。正直、頭がパンクしてしまいそうで、どうにかなってしまいそうでした。

 

 

『私と貴女が分離する原因はこれ。けれど、分離した出来事は他にあるわ』

 

 

『彼に、自分の走りが合っているのかと問われたでしょう?』

 

 

マック「っ、はい.........」

 

 

 思考回路は既に消耗の一途を辿り、鈍くなりかけていましたが、彼女の問いかけによって再び再起を果たします。

 自分の走りが本当に合っているか。それは、テイオーと共に走った二度目の天皇賞に向けたトレーニングの際に私に課せられた課題でした。

 

 

『自然体で走る。不思議なもので、アレは私の走り方そのものよ。それを貴女に教えた彼もそこら辺に居るトレーナーとかいう存在じゃないみたいね』

 

 

『けれど、それが行けなかった。私と貴女で決定的な違いが生まれたのよ』

 

 

『貴女は、最終的には信じたけど、[自分(わたし)の走りを疑ってしまった]』

 

 

 その言葉の圧に、思わず息を呑みました。知らなかったとはいえ、怒らせてしまったのかも知れません。

 けれど彼女は、過ぎてしまったことだと言い、その圧を引かせました。まるで獣のような迫力に、命を握られた様な気分になりました.........

 

 

『こう見えても、あの走りは私にとって誇りそのもの。だから、疑う貴女の心理が、根本的に分からなくなってしまった』

 

 

『だから、あの時聞いたのよ。[なんで走るのか?]って』

 

 

『あの時はまぁ、邪魔が入って直接その答えは聞けなかったけど』

 

 

 そんな悪態をつきながらも、その時を思い出している彼女の顔は、決して不快というものではありませんでした。どちらかと言えば、呆れの混じった嬉しさでしょうか?

 .........本当、彼には困ったものです。全てを引っ掻き回して、複雑にして行きながらも、こうして誰かと誰かを引き合わせてくれる.........

 だから、私は彼女とこれからも共に生きて行きたい。けれど彼女は、私と[元通りの関係]に戻ろうとする。それは、私の望んでいる事ではありません。

 そんな私の雰囲気を察したのか、彼女は疑問がいっぱいの様子で、問いかけてきました。

 

 

『何が行けないの?[一つになる]。それは貴女の言う[一心同体]では無いの?』

 

 

マック「全く違います。[心を一つにする]。それはただの[ひとりぼっちの心]です」

 

 

マック「[自分の心の隣に、誰かの心が居てくれる].........それこそが、私の目指す[一心同体]です」

 

 

 決して相容れないもの。自分とは全く違う存在。そんなものと[一つになろう]だなんて、私はこれっぽっちも思っていません。

 私が望むのは、[共に歩む事]。心を同じにする事も、ほかの存在と交わろうとも思ってはいません。

 寂しいのは嫌い。悲しいのも嫌い。だから一つになって誰かがいなくなるくらいなら、元に戻らない方がいい。

 それでも、そんな私を無視するように、その存在は手を伸ばしました。

 

 

『本当、強情ね。そこだけは、貴女の方に残っちゃったのかしら?』

 

 

マック「な、何を.........っ!!?」

 

 

『大丈夫。これからは貴女の一部としてまた、支えて上げるから.........』

 

 

 

 

 

 ―――彼女に手を伸ばし、その手を優しく包み込んだ。懐かしい感触。この子の魂に初めて触れた時に感じた温もり。あの時の赤子とは違う、しっかりとした女の子の手つき。

 片時も離れた事など無かった。意識すら彼女の中に埋もれていた。それでも、私達の魂は強すぎるのか、時として人格に大きく反映される事がある。

 彼女にとっては、それは誇り、強さ、心の芯として、[かつてのメジロマックイーン]と遜色ない存在になっていた。

 

 

(けれどそれは、過去の話)

 

 

(今の貴女には、あの出来事を乗り越えられる力は無い.........)

 

 

 繋いだ手からほのかに溢れる淡い光。それを中心に、その光が私達を包み込むように大きくなって行く。

 あわよくば、とさえ思った。私もこのまま、意識を持ったまま、貴女達が形成する世界を、見守っていきたいと思っていた。

 それでも、私は世界の景色とこの子どちらを取るかと言われれば、私は迷わずこの子を選ぶ。この子にとってはそうではなくても、私にとっては既に、この子はこの世界の[相棒]に等しい存在だから.........

 

 

『さぁ、頑張りましょう?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『メジロマックイーン?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「圧倒的だ!!メジロマックイーン!!最終コーナーからひとり突き抜けて先陣を切りぐんぐん後続を突き放していく!!!」

 

 

タキオン「まさか.........これ程とは.........!!!」

 

 

 圧倒的。そして、完結的な走りを見せつけるマックイーン。彼女のその姿を見て、あまりに度肝を抜かれているのか、ほかの観客もまばらに声援を送っている。

 かく言う俺も、その一人に過ぎない。あまりにも強すぎる。今までの事が、今までのレースがまるで前座だったかのように、このレースで彼女はその内に秘めた可能性を大いに発揮して見せる。

 

 

桜木「凄い.........まだまだ伸びてくぞ.........!!!」

 

 

ブルボン「.........最終コーナーに入ったあたり、レコードの記録より2秒ほど早いです」

 

 

ライス「え!!?それって.........!!!」

 

 

ウララ「マックイーンちゃん新記録ってこと!!?」

 

 

 はしゃぐ二人に対して、ブルボンは静かに首を縦に振った。それを聞いた俺も、何が何だか分からない汗が一筋、頬を伝って行った。

 今、彼女の身に何が起きているのか。それは定かでは無い。それでもその姿は、まさに[夢そのもの]であった。

 

 

桜木(間違いじゃなかった.........!!!)

 

 

桜木(あの日、君に出会った事は.........!!!)

 

 

 胸に煌めく小さな王冠。今までで一番強い光を放ち、まるで彼女に力を送るように、その光を彼女に向けて放って行く。

 それに答えるように、マックイーンはそのスピードを落とす所か、逆に少し加速を付かせて走り抜けて見せる。

 誰がどう見ても、[圧勝]以外の二文字を思い起こさせるような事が無いほど、衝撃的で、全てにおいて[完成]された彼女の走り。

 ゴールの線を、その二本の足で踏み抜けたその瞬間。俺の脳裏に、たった二文字の言葉が突然、浮かび上がってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 [世界]

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼女なら。有り得る。有り得てしまう。こんな圧倒的な力を見せ付け、全てにおいて完成された走りとなった彼女なら.........

 

 

桜木(俺の.........夢を.........!!!)

 

 

 いつかがあればいいと思っていた。彼女でなくても、チャンスがあればつかみたいと思っていた。そのいつかが、目の前に可能性を引っ提げて、[最強の相棒]と共にやってきてくれた。

 

 

「誰もが予想していた最強の勝利!!!しかしそれは予想外も連れてきた!!!」

 

 

「2分22秒7!!!世界レコードにも引けを取らないすごいレコードと共に!!!メジロマックイーンがこのレースを制した!!!」

 

 

 そのレコードが、順位を表す掲示板の彼女の出走番号の横に記載される。昨年打ち立てられたばっかりのレコードをあっさりと、それも2秒近くも更新してしまって見せた。

 そんな彼女に、観客も大いに湧き、レースで走っていたウマ娘達も、悔しさを忘れ、彼女を祝福する姿を見せていた。

 

 

 彼女に初めて、面と向かって会った時の事を思い出す。あの時は、恥ずかしさも忘れ、ただただ目の前で、才能や力が中心になっていない彼女を褒め称えていた。

 その時、俺は彼女に言った言葉を、俺は密かに思い出していた。

 

 

『断言出来るよ。君は大化けする。人々の視線を持って行くレベルまで』

 

 

 あの日の言葉が、まるで時を超えたかのような瞬間だった。このレースを見ていた人達が、共にレースを駆け抜けていたウマ娘達が、皆彼女に注目し、祝福を受けている。

 けれど.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(.........足りない)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(まだ、奇跡を越えられてない)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 違う。こんなものじゃない。これはまだ、奇跡程度のものだ。こんなのじゃ、俺はまだ満足できやしない。

 貪欲になった心に、肥大化した慢心に釘を刺そうとするも、釘を持った手すら上げたまま固まってしまう。それほど、今の彼女は可能性の塊であった。

 それを欲するのは、人間としての性なのだろう。どうしても、次の段階を求めてしまう。

 それでもまだ、足りないと思ってしまう俺は、欲張りなのだろうか?いや、きっと昔の俺が見たら求めすぎだと言うのだろう。あの頃の俺は、徳川家康よりでは無いにしろ、それなりに我慢の人ではあった。

 だが、そんな俺でも目の前であれを見たら、きっと思ったはずだ。ウマ娘のウの字も知らない頃の俺でも、世界で通用すると、確信を持って言えたはずだ。

 

 

桜木「君なら.........!きっと.........!!!」

 

 

 恋は盲目。俺は、君と夢に恋をしていた。理解から程遠い、憧れに近い恋。そんな事にすら、気付けていない。

 だから、君が今、満面の笑みを浮かべている理由を真の意味で理解していない.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だから今、この王冠から光が消えた事も、気付かないで居た.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「いやー。最高のレースに最高のライブ.........素晴らしかったなぁ」

 

 

デジ「何を言ってるんですかトレーナーさん!!ライブはまだ終わってないですよ!!!」

 

 

桜木「ひょ?」

 

 

 レースは終わりを告げ、ライブも大盛況のまま幕を閉じた。その余韻に浸ろうと伸びをしながら言葉を発すると、デジタルからまだ終わっていないと言われる。

 そして、それを肯定するように、ステージの袖から普通のマイクを持ったマックイーンが出てくる。一体何が始まるというのか.........?

 そう思いながら、俺は観客に対して一礼、ステージの袖に居るであろうウマ娘達に一礼、そして最後に、ステージに対して一礼する彼女を見守っていた。

 

 

マック「本日は御足労頂き、誠にありがとうございます」

 

 

マック「今回のレース.........確かに、[次]に至る実感が沸いた物でした」

 

 

マック「私はこれからも.........強く、名実共に、皆さんと共に[最強]を駆け抜けて行きますわ!!!」

 

 

 観客の声が上がる。感動する者、興奮する者。彼女のこれからに期待する者.........この場にいる全員が彼女に声を送り、彼女はそれに応えてまた一礼する。

 次第にステージの明かりが落ちていき、最終的には暗闇になる。

 

 

『Let's go! start! 駆け抜けて』

 

 

『今のこの時代を』

 

 

『さぁ輝こう もっと果てしなく』

 

 

 歌い出しと共に、彼女にスポットライトが降り注ぐ。そうだった。レコードを取ったレースはその記念に、ソロでのライブが始まるのを、すっかり忘れていた.........

 

 

桜木「そうだ.........もっと、輝けるんだ.........!!!」

 

 

 今でさえ、今まで見た事ないほどの輝きを見せている彼女。その先を求める様に、俺は胸にある王冠を掴む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もう、それが輝く事は無いというのに.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『.........』

 

 

 彼女の晴れ舞台。その栄光の姿を、私は袖て見守っていた。本来であるなら、こんな感情も、そして視界も全て失っていると言うのに、私はこの場に立っている。

 あの時、確かに手を繋いだ。それが[一つになる]方法だと思っていた。

 だけど実際には、再び彼女と同化することは、決して無かった.........

 

 

『.........貴女はもう。[一人で成り立っている]のね.........』

 

 

 世界が認めた。そう言わざるを得ない。彼女は既に、[私]という存在が抜け落ちても、[メジロマックイーン]として成り立ってしまっている。

 だからなのだろう。今更本来の存在と.........いえ、[世界が認めたメジロマックイーン]と、[実際のメジロマックイーン]とでは、大きな差が生まれてしまう。

 そして何より、あの子は私と一つになることを拒んでいた.........

 

 

 これ以上に嬉しい事は無い。あの子の傍で、あの子の成長を見られるのは素晴らしい事だ。

 けれど、それ以上に苦しい事は無かった。今のあの子に、アレを乗り越えられる力は無い.........

 

 

『.........今の私に、貴女を直接助けられる力は無いわ』

 

 

 もし、同化が叶っていれば、[本来のメジロマックイーン]として、強く、気高く、そして前を向いて歩いていけたのかもしれない。

 けれどそれは叶わなかった。[その先に至れる可能性]は大きく削がれてしまった。

 心が壊れてしまうかもしれない。全てに絶望してしまうかもしれない。[単純な生き物だった頃]とは違い、[今のメジロマックイーン]は、私のよく知る人間だ。

 

 

デジ「はっ!もしかしてこのチームの人達のソロを聞ける可能性があるかもしれません!」

 

 

タキオン「次は誰だろうねぇ?」

 

 

桜木「案外デジタルが取ったりしてなー!」

 

 

デジ「えぇ!!?で、デジたんはマネージャーですよ!!?出走登録だってまだしてませんし!!!」

 

 

『.........貴方だけが頼りなのよ?桜木玲皇』

 

 

『だから―――』

 

 

 袖の方から見える観客達。その有象無象の中から、一人の青年の姿を見つめる。

 まだ、[夢から覚めていない子供]。出来ないことと、出来ることの区別が、着ききっていない。

 これから先、どんな困難をも超える、そんな存在になる為に.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『夢を見たければ、目を覚ましなさい.........』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつか、[獅子王心(ライオンハート)をも超えた力]で、[奇跡を超える]為に.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼女の美しい歌声の終わりと共に、これから先に待つ絶望を見据えて.........私は憂う様に、そしてそれを睨むように、そっと目を細めた.........

 

 

 

 

 

 ......To be continued



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10月27日

 

 

 

 

 あの時、逃げ出してれば良かったんだ。

 

 

 

 

 そんな言葉が、何度も自分に掛けられる。誰かにではない。[自分に掛けられている]。そんな言葉をぶつけられる度に、後悔の苦さが胸の内に広がって行く。

 

 

 確かに、そうかもしれないだなんて思っていた。大人のフリをした意地なんて張らず、子供のように裸足で逃げ出していれば、少なくとも俺は。もしかしたらあの子も、ここまで苦しむことは無かったかもしれない。

 

 

 悲しいという気持ちや、苦しいという気持ちがその記憶と共に呼び起こされる度に、悲しいフリや苦しむ演技は辞めろと言われる。

 そんな言葉を投げられると、それが本当に自分の感情だったのか、分からなくなった。

 

 

 分からなくなって、出てくるのは身体の奥底からせり上がってくるものだけ。

 

 

 食事は取らなかった。あまり、何かを食べたいという気持ちは湧かなかったから、それは俗に言う胃液だけの吐瀉物だった。

 

 

 そう、胃液だけ。それだけだと言うのに、それが外に出ていく度に、自分がどうにも無くなっていく感じがしていく。

 

 

 手から

 

 

 足から

 

 

 頭から

 

 

 内臓から

 

 

 目から

 

 

 匂いから

 

 

 感覚から

 

 

 心から

 

 

 自分とおなじくらい大切だったはずのものが、消えていく。半分本能となっている理性が、この状況をどう打破すべきかと言って記憶の中をまさぐる。そして、それを身体が拒絶する。

 

 

 思い出したくない。全てを捨てたい。心が動けば身体が動く。身体が動けば心が動く。より強い方に動かされるこの[操り人形]は、心なのか、身体なのか分からない内に、やがて振り返ることを止めた。

 

 

 それでも.........俺の心はまだ、思い出に囚われたままだった.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 全てはあの日から始まった。

 

 

桜木「しばらく自主トレがしたい.........?」

 

 

マック「はい。次に走る秋の天皇賞のために、自分を見つめ直そうと思いまして.........」

 

 

 その言葉を聞いた時、俺は前回の事を思い出した。せっかく1着を取り、その前に天皇賞の春秋連覇を果たしたタマモクロスに続いたかと思った矢先、降着で16着になってしまうという過去。

 そんな事を思えば、彼女を止める理由も無かった。強さだけでは勝てないと、その時嫌というほど思い知らされたからだ。

 それでも.........

 

 

桜木「寂しくなるなぁ.........」ウルウル

 

 

マック「もう、これでさよならというわけでは無いのですから.........」

 

 

桜木「いーや!!うちのチームには君が必要だ!!見てみろ!!」

 

 

 涙が溜まった両目を拭って指を差す。そこには、

 実験室を爆発させて出禁を食らったためにここで薬を作っているタキオン。

 同人イベントで収穫してきたウマ娘本を堪能してよだれを垂れ流すデジタル。

 取ってきたカブトムシを戦わせているウララと何故かいるゴールドシップ。

 プラモを作っている最中誤ってテレビのリモコンに触れ壊してしまうブルボン。

 そしてその光景に慣れきってしまって我関せずに絵本を描いているライス。

 そうそうたる面子を見て、彼女も汗を流した。

 

 

マック「.........まぁそこはトレーナーさんにしっかりとしてもらって」

 

 

桜木「そんなご無体な!!?」

 

 

マック「貴方はチームトレーナーなんですから当たり前です!!!スピカの沖野トレーナーのように、たまにはビシッと言ってチームをまとめてくださいまし!!!」

 

 

 机を両手で叩き、可愛らしい表情でこちらを睨むマックイーン。そう言われると、俺も弱い。

 どうするべきか。そんな分かりきった問答に時間を使っていると、彼女はため息を吐いて背を向けてしまった。

 

 

マック「そういう事ですから。では」

 

 

桜木「ああそんな!!!お前ら良いのか!!?うちのエースが!!!」

 

 

全員「異議なーし」

 

 

桜木「くっ.........!マックイーン頼むよぉ.........行かないでよ寂しいよぉ!」

 

 

 まるで、振られたのに諦めきれない男のように彼女の足に縋り付く。引き締まった感触がしつつも良い感じに柔らかいそれを堪能していると、ムチのような何かが俺の頬を思い切り振り抜いた。

 

 

桜木「べふぅ!!?」

 

 

マック「全く。私達も成長してるのです。貴方も少しは大人になったらどうですの?」

 

 

桜木「お.........おっしゃる通り、です.........」

 

 

 ぐうの音も出ない程の正論を叩きつけられ、俺は床に伏せた。彼女は鼻を鳴らして、このチームルームを去って行った。

 

 

ゴルシ「おっちゃん.........」

 

 

桜木「見るな.........情けない俺を.........」

 

 

ゴルシ「.........頑張れよ」

 

 

桜木「うん.........」

 

 

 背を天井に向けて倒れる俺を気にかけてくれるのは、ゴールドシップだけだった。これからしばらく会えないと思うと、やはり辛いものがある。

 けれど、それだけじゃなかった。彼女の背中をさする手から、そして声から感じるのは、いつものおふざけじゃなかった。

 それに気付いていれば.........いや、そもそも、彼女をここで何としてでも引き止めていれば、結末はまた違ったかも―――

 

 

 

 

 

桜木「っ―――」

 

 

 身体の奥底からせり上がってくる感覚。その予感が感じた瞬間。寝かせていた身体を何とか跳ね上がらせ、台所に駆け込んだ。

 揺れる視界の中、それに目掛けて頭を突っ込むと、見計らったかのようなタイミングで喉から熱さが逆流してくる。

 

 

桜木「うぅぅぇぇぇええ.........」

 

 

桜木「ハァ.........ハァ.........」

 

 

 それらが一通り終わり、俺は備え付けられている鏡を見た。今までで見た中で、一番酷い顔をしている。

 こんな顔、誰にも見せられない。見せたくは無い。

 だから、見せていない。[仮面]を被った俺の事は、良く知らない。辛い俺の為に、楽にしてやると言われたから、それに従って身体を貸しているだけに過ぎない。

 酸味が広がる口の中、それらを洗い流した後、口直しに煙草を一本口に咥え、火をつけた。

 

 

桜木「すぅぅ.........ふぅぅぅ.........」

 

 

 切り替える為に。明日も、生きる為に。俺は約束を一つ破った。

 

 

 俺はあと何回約束を破る?

 

 

 俺はあと何回人の期待を裏切る?

 

 

 俺はいつ、俺の期待に応える事が出来る?

 

 

 やめろ

 

 

 やめろ

 

 

 やめてくれ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

テイオー「やっほー!!サブトレーナー!!」

 

 

桜木「おー!!テイオーおかえり!!一週間ぶりくらいだな!」

 

 

 マックイーンが実家でトレーニングし始めて、10日ほどたった。彼女が居ない日常は騒がしくも、あっという間に過ぎて行った。

 テイオーを含めたチームスピカは、今後新たな時代の礎となるだろう三人のウマ娘。通称BMWの偵察の為に京都に旅行へ行っていた。俺達も先日行われた京都大賞典の時に足を運んだが、テイオー達は観光もしてきたらしい。

 

 

テイオー「はい♪これサブトレーナー達のお土産〜♪」

 

 

桜木「サンキュー!!いや〜、この前行ったけどそんな暇なくてさぁ〜。ホントに助かる.........?」

 

 

 お土産がひとまとめにされた袋を手渡されて喜んでいる傍から、テイオーからもう一袋渡される。その中身を覗いてみると、中身は先程貰ったものとそんなに変わりはなかった。

 

 

桜木「これは.........?」

 

 

テイオー「ふっふっふ.........サブトレーナー、最近マックイーンと会ってないでしょ〜?」

 

 

桜木「うぐっ.........何故それを?」

 

 

 にやにやとした顔つきで俺の事をからかい始める。その図星がクリーンヒットしながらも、俺が訳を聞くと、どうやらマックイーンは彼女に最近俺に会えていない事を嘆いていたらしい。

 全く、だったら直接電話でもメッセージでも送ってくれれば良いのに.........そう思い今からでも電話をと、スマホを取り出した。

 

 

桜木「.........げっ、充電が無い」

 

 

テイオー「うっわ〜.........サブトレーナー現代人なの〜?」

 

 

桜木「今日遅刻しそうだったからなぁ.........もしかして充電されてなかったの気付かなかったのかも.........」

 

 

 呆れられた表情と視線が刺さりながらも、俺は一旦携帯を机に置き、ポケットの中に車の鍵が無いか探してみる。普段通勤は徒歩なのだが、鍵だけは常備しているのだ。

 無事上着のポケットからそれを見つける事が出来たので、一旦俺は学園を離れることを決意した。

 

 

桜木「んじゃあ行ってくっかな。ありがとうねテイオー」

 

 

テイオー「ううん!!お土産渡して仲良くして早く告白してね!!」

 

 

桜木「せんわ!!卒業してからやわ!!!」

 

 

 背後から投げ掛けられる爆弾を手早く処理して俺は教室を出た。

 

 

 

 

 

 もし。この時俺が行かなかったら.........

 

 

 もし、この時テイオーが行っていたなら.........

 

 

 結末はまた違ったのかもしれない

 

 

 やめろ

 

 

 終わった話はするな

 

 

 俺は間違えたんだ

 

 

 俺は.........間違えたお前が憎い

 

 

 なんでそれを選んだ?

 

 

 なんで彼女を選んだ?

 

 

 なんでこの道を

 

 

 なんで.........トレーナーなんかになったんだ.........

 

 

桜木「.........」

 

 

「〜〜〜」

 

 

 テレビから流れる音声が、意識を外へと追い出して行く。今はその声が、ありがたかった.........

 

 

『桜木トレーナーにはがっかりです』

 

 

桜木「.........」

 

 

『この様子では他の子も心配ですね』

 

 

桜木「.........」

 

 

『早く辞めてくれませんかね。アイツ』

 

 

 誰もそんな事は言っていない。けれど、聞こえてくる。分かったつもりでいる評論家。何も知らないコメント係と、俺を責めるだけの進行役。

 ありもしない。そんな事なんてないけれど、テレビを見てたらそんな声が聞こえてくる。それが.........ありがたかった。

 こんな奴。居なくなってしまえばいい。消えてしまえば良い。これから掛けるであろう迷惑の量なんかより、一時掛ける多大な迷惑の方が実際安い。

 だからお前は必要無い。誰かの期待に答えられない俺なんか要らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『桜木 玲皇』なんて、誰も必要として居ない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 名前の着いている存在なんて、この物語(ウマ娘)主人公(トレーナー)であってはいけない.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「うわ、雨降ってきたな.........」

 

 

 走らせている車のフロントに、雨粒が軽く当たる。その雨粒を払う為にワイパーを起動させる。

 10月27日。平日の昼間辺りだろう。けれど行き交う一通りは休日のそれよりかは多い気がした。

 親子連れ、一人で歩く者、カップル、営業の為に早足で歩くサラリーマン。皆それぞれの[物語]の為に歩いている。

 そんなことにも気付かずに、そんなことにも気を止めずに、俺は車を走らせていた。一人で突き進む、孤独の道をただひたすらに進んでいた。

 

 

 彼女の家に着いたのは、午後3時位だったと思う。自主トレがしたいと言っていたが、雨も降っている。きっとお菓子を食べているのだろう。

 俺が見た事もないような上品なお菓子を、大切そうに食べている姿を思い浮かべていると、頬が緩んでいくのがわかった。

 

 

桜木「相変わらず大きいなぁ.........確かインターホンは.........」

 

 

 傘もない中で、多少濡れるくらいならと気にせず車を下り、豪邸の門に備え付けられているインターホンを鳴らす。きっと誰かが出てくれるだろう。そう思っていた。

 

 

「っ!桜木トレーナー様!!!」

 

 

桜木「うぇ?あっ!どうも爺やさん!!マックイーンの.........様子......を.........」

 

 

 門の中で慌ただしく俺の名を呼んだ爺やさん。彼女の執事でお目付け役。いつも上品な佇まいで落ち着いている様子の彼が、酷く取り乱した様子だった。

 

 

爺や「桜木様!!先程からお電話していたのですが!!何も聞いて居られないのですか!!?いや、聞いたからこそここに.........?」

 

 

桜木「え?あっ!!すいません!!どうやら携帯を学園の方に置いてきちゃったみたいで.........」タハハ

 

 

 慌ててポケットを漁り、着信を見ようとするが、そもそも携帯の存在が見当たらなかった。どうやら、チームルームの机に置きっぱなしにしてしまったらしい。

 しかし、この爺やさんの様子はただ事では無かった。その理由を聞こうとした時、不意に着信音が鳴り響いた。それは、爺やさんからの方だった。

 

 

爺や「.........何かありましたか?」

 

 

爺や「.........なっ!!?お嬢様が療養所から居なくなった!!?」

 

 

桜木「.........は?」

 

 

 療養所。その言葉を聞いた瞬間。俺は頭の中が真っ白になった。真っ白になった背景から最初に見えてきたのは、マックイーンの姿だった。

 その顔が思い浮かんだその瞬間。俺はもう一度車に乗り込んだ。雨は思ったよりも降っていたらしく、余分に水を含んだ皮膚や衣服から勢いよく車内に撒き散らされる。

 俺のその姿に、引き止めようとしてくる爺やさんのことも気にせずに、俺はただ、その車を発進させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雨が降っていた。

 

 

 それは、最初に思っていた時よりも強く降っていて、それは、この先の展開を予想させるものだった。

 

 

桜木「.........」

 

 

 車から降りて、歩いて行く。雨に濡れながら、全てを晒されながら、俺は前へと.........まだ、[歩けていた]。

 

 

 なんで、一人で見つけようとしたんだろう?

 

 

 爺やさんに頼んで、チームの皆や、アイツらに来て貰ったら、また違ったかもしれない。

 

 

 俺は、一番選んじゃいけない道を選んだ。

 

 

 あの子といたら、[仮面]を上手く付けれないって事くらい、もう分かってただろう?

 

 

桜木「.........っ」

 

 

マック「.........」

 

 

 雨が降っていた。

 

 

 いつものトレーニングコースで。

 

 

 心は冷えた鉄のように深い沼の中へと沈み込んで。

 

 

 背中は酷く。

 

 

 滝打つような雨に晒され。

 

 

 打たれて冷たく。

 

 

 心は鈍器で叩かれたように震え。

 

 

 そんな雨の中で。

 

 

 ただただマックイーンを.........

 

 

 俺は.........

 

 

 俺は.........

 

 

 .........俺は

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 黙って見ている事しか、出来なかった.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「.........トレーナーさん」

 

 

桜木「っ、マックイ―――「繋靭帯炎」.........え?」

 

 

マック「.........貴方も、聞いたことくらいあるでしょう?」

 

 

 顔を伏せながら、雨にその全てを打たれながら、彼女はこの泥だらけの地面の上で、打ちのめされたようにその身体を横たわらせて居た。

 雨は次第に強さを増していく。雷すら、鳴り始めている。光が一瞬強まる中で、彼女はその顔を上げた。

 

 

桜木「.........っ」

 

 

 それは、絶望に打ちひしがれた者の顔だった。俺にとっては、まるで隣人の様に付き合っていた絶望が、今は彼女の心の中に居た。

 クシャクシャにした顔で、もう、涙なのか雨なのか分からないほど濡れた顔で、彼女は頭を横に振った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう.........走れないの.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「どんなに、望んでも.........」

 

 

マック「どんなに!!努力しても.........!!!」

 

 

桜木「.........マックイーン」

 

 

 繋靭帯炎。その名前は、ウマ娘にとっては二度と走れなくなる不治の病に等しいもの。

 けれど、そんな事は知った事じゃない。いつもの様な、向こう見ずで楽観的な思考で、俺は彼女の肩に手を置いた。

 

 

 置いてしまった。

 

 

 少し考えれば良かった。

 

 

 彼女の悲しみに寄り添えば良かった。

 

 

 いや.........そもそも、彼女の前に現れること自体が―――

 

 

 

 

 

桜木「.........まだ、決まった訳じゃない」

 

 

マック「っ、トレーナーさん.........」

 

 

桜木「俺達は[一心同体]。どんな事があっても、俺達なら!!!」

 

 

マック「.........そう、ですか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「貴方はそうやって、[仮面]を付けて笑えるのですね.........!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「.........え」

 

 

 そもそもの、間違いだったんだ.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後直ぐに、メジロ家の人達が来た。

 

 

 マックイーンはそれっきりで、俺に何も言わずに、従者の人に抱き抱えられて運ばれて行った。

 

 

爺や「.........桜木様。風邪をひかれてしまいま「爺やさん」.........はい」

 

 

桜木「今.........俺、どんな顔してますか.........?」

 

 

爺や「.........ご自分で、判断してください」

 

 

 目を逸らされて、そう言われた気がした。俺は爺やさんに背を向けてたから、実際に見ては居ない。けれど、目を逸らされたのは間違いでは無い気がした。

 

 

 そうして、彼も去って行った。俺も、帰らなければ行けない。本来であるなら、苦しいながらも歩くしかないだろう。

 

 

 けれど、歩けない

 

 

 [前に歩けない]

 

 

 [物語]は今、終わりを告げた。

 

 

 [メジロマックイーンの最強伝説]は、 ここで終わりを迎えた。

 

 

 最後の最後に.........希望の詰まったレースを見せられて.........

 

 

 見事に、打ち砕いてくれた.........

 

 

桜木?「.........ははは、なんだよ」

 

 

桜??「ひっでぇ、顔してんなぁ.........」

 

 

 水面に写る顔。雨の波紋に揺らされながら、確かにその顔は酷い顔をしていた。

 もう。どうにかなってしまっていた。とっくのとうに俺は、壊れていたんだ。

 

 

 [夢追い人]が消えてしまった.........

 

 

???「.........はは」

 

 

??「あはは」

 

 

?「あはははははは」

 

 

 あの日には壊れていた。それを直しもせずに、俺はひた隠ししていただけだったんだ。

 俺は夢を諦めたその瞬間から.........夢を追う資格も、夢を守る力も、なかったんだ.........

 

 

 [夢守り人]が消えてしまった.........

 

 

「.........これからどうしよっか?」

 

 

 誰にでも無く、話し掛ける。もう、人が居るかどうかなんて関係なかった。

 それでも、声は内側から帰ってきた。任せてくれれば楽にしてやる。そんな声が内側から帰ってきたんだ。

 

 

 [夢探し人]が消えてしまった.........

 

 

「ほんと?じゃあお願いしちゃおっかな」

 

 

 顔に、何かが張り付いたような感触があった。もう一度水面を見れば、そこには非の打ち所が無い、完璧な笑顔の男がそこにいた。

 

 

 [夢への執着]が再び着いてしまった.........

 

 

 [夢壊れ人]になってしまった.........

 

 

 [悪夢追い人]になってしまった.........

 

 

 [悪夢守り人]になってしまった.........

 

 

 [悪夢探し人]になってしまった.........

 

 

「あはは。凄いや。全部嘘だったんだ」

 

 

「全部全部、演技だったんだなぁ」

 

 

 太陽を目指したイカロスは、その熱さに翼を溶かされ、飛べなくなった。

 それだけで終わったら幸せだった。それで死ねたのなら、まだ幸せだった。

 

 

 俺はまだ死んでない

 

 

 けれど、生きても居ない

 

 

 考えて、考えて、間違いを悔やんで

 

 

 立ち止まっているだけの存在

 

 

 フラフラとした足取りで、俺は立ち上がった。歩みをしながらも、全く前に進んでいないながらも、俺はその足で、家へと帰ったんだ。

 

 

 [強制共鳴]が発動している.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雨が降っていました。

 

 

 彼やチームの思い出が詰まったトレーニングコースで。

 

 

 心は煮えたぎる溶岩でありながら、その熱を外に放出させて行き。

 

 

 背中は酷く。

 

 

 滝打つ様な雨に晒され。

 

 

 打たれて冷たく。

 

 

 心は氷に触れるように震え。

 

 

 そんな雨の中で。

 

 

 ただただトレーナーさんを.........

 

 

 [貴顕の使命を果たすべく]

 Lv6→5

 

 

「.........まだ、決まった訳じゃない」

 

 

マック(.........っ)

 

 

 彼のその顔を見た時、私はもう。何もかも信じられなくなってしまいました。それは、その顔は最早、彼ではなく、別の誰かだと直感してしまいました。

 その笑顔の裏に見えるのは、虚空。ひび割れ、欠けた[仮面]からは、彼の本来の顔が見えなかった。

 

 

 だから、疑ってしまった。

 

 

 [貴顕の使命を果たすべく]

 Lv5→4

 

 

 今まで見てきた表情も。

 

 

 [貴顕の使命を果たすべく]

 Lv4→3

 

 

 今まで起こしてきた[奇跡]も。

 

 

 [貴顕の使命を果たすべく]

 Lv3→2

 

 

 今まで超えてきた[奇跡]も。

 

 

 [貴顕の使命を果たすべく]

 Lv2→1

 

 

 彼ではなく、別の誰かだったとしたら?

 

 

 [貴顕の使命を果たすべく]

 Lv1→0 

 

 

マック「.........そう、ですか」

 

 

 拒絶した。

 

 

 拒絶してしまった。

 

 

 今ここに居る理由も、全てがバカバカしくなってしまった。

 

 

 メジロ家の皆は、走るのを止めろと私に言った。その理由は、嫌でも分かる。分かってしまう。

 

 

 けれど、諦めきれなかった。諦めたく.........なかった。

 

 

 ようやく、彼の夢を叶えてあげられるかもしれない。そう思って、ここまで頑張ってきた意味を、私は愚かだと思ってしまった。

 

 

 今まで私は.........

 

 

『ダメよ!![それ]を諦めたら全てが―――』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「貴方はそうやって、[仮面]を付けて笑えるのですね.........!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こんな人の為に、頑張ってしまっていたのですね.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 [貴顕の使命を果たすべく]

 Lv0→-6

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 [一心同体]が消えてしまった.........

 

 

 [強制共振]が発動している.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「.........」

 

 

 あれから私は従者の人達に運ばれ、ベッドの上で窓の外を見ていました。外の方では、未だ雨は降り続けていて、雷すらも鳴り響いていました。

 

 

マック(.........これから、どうなるのかしら)

 

 

 まるで他人事の様に、けれど、他人の事と思わなければ心が壊れてしまうくらいに苦しい中で、私は見えない先を見えないなりに見つめようとしていました。

 それでも、拒絶したのは彼だけでは無いと段々と気付いていきます。彼と共に、先にある何かへも、私は拒絶していた事に気が付きました。

 

 

マック(.........じゃあもう、出来ることは思い出を振り返る事だけ.........え?)

 

 

マック「ない.........!!?」

 

 

 暫しの間、思い出に慰めてもらおうとその右手で、右耳に付けている筈のものに触れようとしました。リボンは確かにその手に触れましたが、それと共にいつも付けている物が、そこにはありませんでした。

 

 

 チームの証。そう、あの王冠のアクセサリーが.........無くなってしまって居たのです。

 

 

マック(.........そう、よね)

 

 

マック(あの人を拒絶したのに.........思い出で、あの人のチームにすがろうだなんて.........)

 

 

マック「本当.........世間知らずで、都合の良いお嬢様だわ.........」

 

 

 そんな資格は、とっくのとうに無くしていた。

 

 

 過去を振り返る事も出来ない。

 

 

 未来を見据える事も出来ない。

 

 

 ただ、走れなくなったという現状を受け入れることだけしか、出来ない。

 

 

 身体が、心が、まるで氷のように冷え込んで行く。

 

 

 それでも本能は、まだ身体を動かせる様に、熱を逃がさないようにと強く身体を縮こませた。

 

 

 もう。誰の声も聞こえない。あの人の声も、彼女の声も.........聞こえては来ない.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「誰か.........助けてよ.........!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 誰も見ていない部屋の中、木霊するのは、少女の確かな本心だけであった.........

 

 

 

 

 

 ......To be continued



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ブルーローズチェイサー Lv6→0

 

 

 

 

 

タキオン「.........もう一度、聞いても良いかい.........?」

 

 

 今は晴れだろうか?曇りだろうか?そんな関係の無い思考が無意識に進むのを無理矢理押し止め、普段ならば[スピカ]のチームルームに居るはずの沖野くんの言葉をもう一度促した。

 最初はただの事後報告で言ったであろう彼の表情も、少しずつ苦味を帯び始め、苦しそうな中で何とか言葉を振り絞ってくれた。

 

 

沖野「.........マックイーンは、[繋靭帯炎]になった」

 

 

沖野「これからはもう.........元のように走る事は出来ない.........」

 

 

 まさに悪夢の様な一瞬だった。その言葉を聞いて、この場にいる全員が、目の前の彼の様子と相まって、状況を飲み込んでしまった。

 普段は底抜けの明るさで、難しい事は何一つ分からないウララくんでさえも.........沖野くんの続く言葉で、それを理解してしまった。

 

 

デジ「.........う、嘘、ですよね.........?」

 

 

ライス「デジタルちゃん.........?」

 

 

デジ「だ、だって.........こ、これからだったじゃないですか.........!!?」

 

 

デジ「これからあの走りをGIでも見せて!!!再来年に始まるURAファイナルズで凄いのが見られるって皆「分かってる!!!」.........!」

 

 

沖野「.........そんなの、皆分かってるんだよ.........!!!」

 

 

 余裕のない叫び声が、[レグルス]のチームルームに響き渡った。このチームは、スピカの片割れの様な存在だ。スピカのトレーナーである彼も、マックイーンくんの事で酷く打ちのめされている。

 

 

タキオン「.........ッッ!!!」

 

 

ブルボン「っ、タキオンさん!!!」

 

 

ウララ「どこ行くの!!?」

 

 

 私は、いてもたっても居られずに、扉を乱暴に開け放ち、廊下へと走り出た。沖野くんがこの様子なら、彼はもっと酷い状態になっている筈だ。

 .........私は、運命だとか、神様だとか、そんな非科学的な物を信用しては居ない。そんなものがあるのなら、人間は確率論等を見つける事無く、あるがままに生き、努力も無く決まった道の上を歩けるはずだ。

 だが、私は今奥歯をギチギチと言わせる程に食いしばっている。確率というには、あまりにも出来すぎた展開だ。これからの希望を見せておきながらここで終わりだなんて、まるで下手くそなシナリオライターが運命のストーリーを担当しているようなものでは無いか。

 

 

「なっ!!!タキオンさん!!!廊下を走っては行けませんよ!!!」

 

 

タキオン「っ!丁度良かった!!君も着いてきてくれたまえ!!!これから職員室に用事があるのだよ!!!バクシンオーくん!!!」

 

 

バク「ちょわ!!?それはいい心掛けです!!!では私もお供致しましょう!!!」

 

 

 廊下を走っていると、学級委員長であるサクラバクシンオーくんが私に注意をする為に後ろを追ってくる。正直ありがたいと思った。今の彼に、私は明るく振る舞うという事はできそうにないと思ったからだ。

 彼が来ている事は知っている。メッセージで今日のトレーニングの予定を乗せたということは、今日も彼が私達のトレーニングを見るということだ。チームルームに姿を表さなかったという事は、今彼は職員室に居るということになる。

 そんな目の前の事を詰めるような思考でなければ、今すぐ自分が崩れてしまう。それ程までに、私は今不安定であった。

 胸騒ぎすらしない胸の中、最早自分の中の何かを感じ取れる余裕なんて無いままに、職員室の扉の前まで走り、そして間を感じさせずに私はその扉を開け放った。

 

 

タキオン「トレーナーくん!!!」

 

 

「うお、びっくりした」

 

 

タキオン「.........は?」

 

 

 思わず声の制御を忘れ、思いのままの大きさで彼を呼んでしまった。職員室中のトレーナーが私の方を一斉に見たが、そんな些細な事はどうでも良かった。

 彼のデスク。そこに座って驚く姿は、あまりに日常そのものであった。まるで、何があったのかを知らないように、彼は振舞って見せた。

 突然走った影響か、それとも心的ストレスの影響かは分からないが、今更ながら息が上手く出来なくなる。私は呼吸を整え、彼の方へと歩いて行った。

 

 

タキオン「.........何ともないのかい?」

 

 

「ああ、何ともないよ」

 

 

タキオン「それ、は.........良かった」

 

 

 複雑な感情だ。彼が何ともないならそれに超したことは無い。けれど、私の感情はそれを見て、酷く揺さぶられた。もっと何か、あってもいいんじゃないか、と.........

 別に、苦しんで欲しい訳では無い。悲しんで欲しい訳でもない。そう思っていても、まるでそれを願っていたかのように、私は彼のその姿を想像してしまっていた。

 

 

「そうだ。今日のトレーニングだけど、タキオンはスタミナを中心的に「待ってくれ」.........なに?」

 

 

タキオン「.........[マックイーン]くんは、どうするんだい?」

 

 

「.........」

 

 

 彼女の名前を出したその瞬間。あからさまに彼の身体がピクリと反応を見せた。どうやら、何も知らない訳では無いらしい。

 ではなぜ、ここまで平気で居られる?ここまで平然としていられる?私の疑問が最大限まで高まりを見せながらも、彼から発せられた次の言葉で、見事にそれは沈んで行った。

 

 

「あー、悪いけどさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それ、今じゃなきゃダメ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

タキオン「―――.........」

 

 

タキオン「.........そうか、君は今それを、後回しにするのか」

 

 

 帯びていた熱が、熱源から離されて徐々に冷めていく。そんな感覚が、私の心にしかと感じ取れた。

 有り得ない。そんな言葉が埋め尽くされる。科学者にとって、それは可能性を捨てる言葉だ。絶対に言ってはいけない言葉でありながら、私の彼に対する感情は、それ一色に染め上げられてしまった。

 

 

タキオン「.........邪魔したね。好きに仕事してくれ。もう私からは何も言う事は無い」

 

 

バク「いやー。何があったかは存じ上げませんが、元気そうで良かったですね!」

 

 

タキオン「.........」

 

 

 職員室を出て、足早に歩く私の後ろを彼女が着いてくる。そんな中で、一つ分かったことがあった。

 

 

 あれは[誰]だ?

 

 

 あれが本来の[彼]なのか?

 

 

 それとも、苦し紛れの[演技]なのか?

 

 

 そんな疑問の中でも、今まで見てきた[桜木玲皇]という物が、[虚像]だと言うことだけは、何故かハッキリと分かってしまった.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 [U=ma2]

 Lv6→5

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さーって、今日のお昼ご飯はーっと」

 

 

 時刻は昼頃。男は弁当なんて作る余裕は無く、適当に買ってきたものを袋のまま三女神の噴水に持ってきて、まるで以前の様にその縁に座って食事を始める。

 味だとか、栄養素だとか、以前までは考えていた事が頭からすっぽ抜けている。買ったものまで無頓着になれるのは、この男は筆に相当興味が薄れている。

 

 

「いただきまーす.........ん?」

 

 

白銀「.........よう」

 

 

 食い物を消費しようと、パンを口に持ってきたその時、隣からそれをとりあげられる。その方向を見ると、いつもの見知った顔が一つ。目の前には二つ現れていた。

 げんなりとしていた。仮面の表情も、心の奥底でさえも、男は今現れた者達に対して、今はいい感情を抱いていなかった。

 

 

「.........何か用?」

 

 

黒津木「何かじゃねぇだろ。どうすんだよこらから」

 

 

「それ、みーんな聞いてくんだよなぁ」

 

 

 どうするも何も無い。そう言って頭を掻き、どうしたものかと頭の中をこねくり回す。出てくるのは中身のない他人事だけ。

 それで目の前のヤツらは納得しないという事は重々承知しては居るが、叩いても振っても、中身がそれしか無いのだ。

 

 

「まぁ、なるようになるしかないんじゃない?」

 

 

神威「.........お前それ本気で言ってんのか?」

 

 

「知らないけど(笑)」

 

 

 他人事。他人事。他人事。どこまで行っても、その言葉が着いて回る。そんなヘラヘラとした思考と表情で男は足元をフラフラとさせていた。

 瞬間。持続する息苦しさと一瞬の強い空気抵抗が襲う。視界は二人の顔から一人の顔へと変わり、フラフラとした足は地面から浮き、更にフラフラとさせていた。

 

 

「.........なに?この手」

 

 

白銀「.........良いのかよ。それで」

 

 

「良くないって言ったら?」

 

 

「何か神様が俺の事を可哀想だと思って、事実だとか解決策を捻じ曲げて用意してくれるの?」

 

 

 恥の多い人生を送ってきた。教養も学も、人並みかそれ以下位のもので、男には自慢出来るものがそれほど無かった。それでも物事の善し悪しは分かる。この現状が良いものだとは思っていなかった。

 だが、良いものでは無いと否定した所でそれが良いものに変わる訳では無い。悪い物の中に居る自覚が生まれて苦しくなるだけで、デメリットでしか無い訳だ。男はもう一度、そこから目を背ける。

 

 

「お前ら良いよな」

 

 

三人「.........は?」

 

 

「だって、横から口出せば俺が動いて解決するって思ってるんでしょ?」

 

 

「ペッパーくんでも雇いなよ。あっちの方が忠実に働いてくれるよ?」

 

 

「[マックイーンの事助けて]って、さぁ?」

 

 

白銀「.........ッッ!!!」バッ!

 

 

 思い切り突き飛ばされる様に、白銀は掴み上げていた男の襟首を離した。これ以上傍に居ては行けないと、その本能が男から放たれる毒を見事に検知した。

 それに倒れること無く、またフラフラとした覚束無い足さばきで勢いを分散させる。その白銀の態度と、他二人の表情を見て、さっきのは図星だったのだと胸の内に悲しみにも似た何かが広がった。

 

 

「.........はぁぁ、アホらし」

 

 

 それだけ言って、男は昼食を入れた袋もそのままに、フラフラと学園の中へと戻って行ってしまう。

 

 

神威「っ、おいこれ!!!」

 

 

「良いよ。どうせ今食っても帰って吐くだけだし。[後が楽なら今辛くても構わない]」

 

 

三人「.........」

 

 

 

 

 

 ―――何もかも捨てようとしながら、何かに囚われたように歩き去って行く桜木の姿を見て、俺達はどっと疲れを吐き出し、噴水の縁に座り込んだ。

 そのあまりの変貌ぶりに、俺達は完全に参ってしまっていた。

 

 

神威「.........こんなつもりじゃ、無かったんだけどな」

 

 

黒津木「ああ.........普通に、慰めてやろうと思って来たのによ.........!」

 

 

白銀「.........」

 

 

 俺は頭を抱え、黒津木はその拳を何度も手のひらに打ち付ける。白銀は、どこか遠くの空を見ているような視線であった。

 どうすれば良い。そんな事すら思い浮かばずに、ただひたすらに、俺達は無力感を噛み締めていた。

 

 

白銀「.........決めた」

 

 

二人「?」

 

 

白銀「俺.........もう、何も言わねぇ」

 

 

二人「.........」

 

 

 それは.........ある意味、英断であった。どう言った理由かは分からないが、今の俺達に、アイツを助けられる事は出来ない。それは今回の事で身をもって知ってしまったからだ。

 

 

 どういう訳か、奴と顔を合わせた途端、同情という感情や、哀れみという感情は空に消え去った。

 

 

 その代わりに、ふつふつと湧き上がってくる黒い何かが心の外側を覆い始め、内側へと侵食し始めた。

 

 

神威「.........クソッタレだな。マジで」

 

 

 そう吐き捨てて、アイツが残して行ったパンをコイツらと分け合うようにして食べた。味はあまり感じられなかったが、何故か悲しい感情が目から少し、溢れ出たような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 [強制共鳴:失望]が発動している.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ライス「.........」

 

 

「.........」

 

 

 チクタク、チクタク。時計の針がそんな音をたてる。その音が反響するだけで、他には何も無かった。

 いつもだったら、他の人が居るはずの空間。今はライスと、お兄さまだけだった。

 

 

ライス「.........あの」

 

 

「?どうしたの?」

 

 

ライス「っ.........」

 

 

 机の上に広げられた資料を見ていたお兄さまが、その目をライスに向けてくれた。けれど、それはいつも見てる目より、黒々としていて、なんだか.........吸い込まれる様な怖さがあった。

 聞きたくない。けれど、聞かなきゃ[前に進めない].........[変われない]。だから、ライスは勇気を出した。

 

 

ライス「あの!マックイーンさんの.........こと.........」

 

 

「.........」

 

 

ライス「な、治らないかもしれないけど!一生懸命やればきっと「無理だよ」.........え?」

 

 

「.........[変わらない]よ」

 

 

 その瞬間。今までに無いくらい、胃の中の物が込み上げてくる感覚が襲ってきた。それは.........その言葉は、今までのライスを否定するようなもので、今までの皆の頑張りを、消しゴムで軽く消す感覚みたいで.........苦しくなった。

 

 

 [強制共鳴:苦しみ]が発動している.........

 

 

「俺は、結局あの子を見ていなかったんだ」

 

 

 違う。

 

 

「あの子の[才能]だけ見て、自分の野望を背中に乗せて走らせてただけだった」

 

 

 違うよ。ちゃんとお兄さまは.........

 

 

「.........普通、物語(ウマ娘)ヒーロー(トレーナー)ならさ」

 

 

「ニカっと笑って、ヒロイン(担当)を助ける物なんだけどな」

 

 

 力無い様子で笑う。けれど、心に重くのしかかるのは、確かな苦しみだった。目の前に居る人は、それを感じているはずなのに、笑って過ごしている。

 

 

 今、貴方はどうなってるの?

 

 

 それは、本当の姿なの?

 

 

 本当に、[お兄さま]なの.........?

 

 

 [変わった]。自分の中で、彼の印象が変わってしまった。けれど、それはライスの求めた[変わる]とは、全然違うものだった。

 それを知った時、ライスは込み上げてくるそれを抑え込むのはもう無理だった。あの時だって耐える事が出来たのに.........今は、もう出来なかった。

 ライスを[変えてくれた]。[変えさせてくれた]あの人は、あのお兄さまはもう.........居ない。ううん、そもそも居なかったのかもしれない。そう思ったら.........

 

 

ライス「っ、!」ダッ!

 

 

 絶え間ない減速が掛かりながら、ライスはそこを目指した。そこが、一番安心してそれを吐き出せると思ったから。最後は手を壁に着いて、歩くって言うより、立ちながら這うという方が正しいくらい遅い前進で.........ライスはトイレに入った。

 

 

 

 

 

「.........ありゃりゃ、こんなつもりじゃなかったんだけど」

 

 

 ―――男は出て行った彼女を追うことはせず、頭を少しかいてからまた机の上の資料に目を落とした。

 しかし、この男はそれを承知でそれを見ているのか、それとも男には何かが見えているのか定かでは無いが、それは白紙のプリントであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 [ブルーローズチェイサー]

 Lv6→0

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「.........」

 

 

 窓の外は、あの日からまるで全て変わってしまったかのように、曇りひとつ無い空でそこにありました。

 私は、私をダメにするベッドの上で、ただひたすらにその外の景色をじーっと、眺めることしか出来ない。そんな陰鬱な考えがあろうとも、何故かそれに安心してしまう自分も居ました。

 ベッドの隣にあるナイトテーブルには、読みかけの本。以前までは熱心に、一枚一枚を読んでいたそれも、最早情景など何一つ残ってはいません。

 それに.........今は正直、何か文字を読んでも頭に入ってくる気が、一切しなかったのです。

 そんな時、優しいノックが二回、部屋のドアから響いてきました。私はそれに気付きながらも、何も言うことはせず、そちらの反応をただ待っていました。

 

 

「失礼致します。お嬢様」

 

 

マック「.........爺や」

 

 

爺や「お食事を持ってまいりました。食欲が無いということで、飲み込みやすいお粥を作らせましたので.........」

 

 

爺や「.........何か、食べて下さい。先日は何も食べておりません。これでは脚だけではなく、身体も動かなくなる一方でございます」

 

 

 扉を開け、私の部屋へと食事を乗せたカートを押して、爺やは入ってきた。普段であるなら、それに込み上げる嬉しさを押し殺しながら、食べ進めていた事でしょう。

 スプーンを持ち、器から沸き立つ湯気が鼻を通り、ほのかに香る卵の優しい匂いを感じ取れても、決して食欲は湧いては来ません。

 それでも、生きる為に、私はそのスプーンを―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なんで[生きる]の?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「―――っ」

 

 

 その疑問が、概念が、人生を掛けて見つける命題が唐突に語り掛けてくる。物語を描く為に必要なプロット、登場人物、世界観、全ての根底にあるべきはずの答え。その全てに対する解答。

 今までだったら、[走る為]。天皇賞を制覇し、京都大賞典を勝ち切った時なら[彼の為]。けれど今は?今は何をしようとしている?

 

 

 こんな状況になって、今の自分に何が出来る?

 

 

 一番信頼できる[彼]を見失って

 

 

 一番信用していた[脚]を失って

 

 

 [運命]や[幸運]、[奇跡]すらも嫌になって

 

 

 これ以上一体、何を望むの?

 

 

マック「.........いただきます」

 

 

 バカバカしい。理由なんて必要無い。形があるのなら後から意味がついてくる。この[呪い]も、失った[全て]も、後からきっと説明出来るようになる。

 そう思いながら、味気のないお粥を口に入れ、私はそれを無理やり、喉の奥へと送って行きました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「.........」

 

 

 薄暗い部屋の隅で、もういつからいつまでそこで座り込んでいるのか分からなくなるくらい、男は.........

 

 

???「.........」

 

 

桜??「.........」

 

 

桜木?「.........」

 

 

桜木「.........」

 

 

 俺は、時間を食い潰すかのようにそこに居た。ただ何をするでも無く、ただ何を望むでもなく、何かに怯えるように膝を抱いて、薄暗い、肌寒い部屋の中で一人居た。

 

 

桜木「.........なんで、あんな事したんだ」

 

 

 自分の中に居る[何か]に問い掛ける。俺の身体を使い、楽にしてやると言ってくれた存在。蓋を開けてみれば、チームを分断していると言わざるを得ない事をしている。

 タキオンの事も、あの時素直に分からないと言えばよかった。ライスの事も、あの時素直に弱音を吐けば良かった。わざわざ格好付ける必要がどこにある?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 けれど、それがお前の求めた[お前]だろう?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「.........違う」

 

 

 お前は英雄(ヒーロー)になりたかった「違う」

 お前は主人公(ヒーロー)になりたかった「違う」

 お前は.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 [桜木 玲皇(ヒーロー)]になりたかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「.........」

 

 

 胸の奥で、[仮面]を付けた存在が、俺に対してそう言った。そしてそれを、俺は否定する事なんて出来やしなかった。

 俺は英雄(ヒーロー)なんかより、その傍でその活躍を見て、英雄譚を語る様な自由気ままな吟遊詩人になりたい。

 俺は主人公(ヒーロー)なんかより、それを遠巻きで見て、それに密かに憧れを持つようなモブキャラでありたい。

 けれど、[桜木玲皇]は.........俺の望む、理想の自分だけは、正にこの存在の言う通り、なりたくてなっていただけだった。

 

 

 苦しみや悲しみ。それらを押しのけて、どす黒い感情の渦が心の内で巻き起こる。俺さえ居なければ、俺が、[俺を望まなければ].........俺が.........トレーナーに.........ならなければ.........

 

 

桜木?「.........」

 

 

桜??「.........ハハ」

 

 

???「昼飯、食ってなくてよかった」

 

 

??「.........正直、吐きそうだ」

 

 

?「.........はぁぁぁ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺、なんで生きてるんだろう.........?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なぜ生きているか。いや、生きているなら俺は前に進める筈だ。けれど、俺は死んでも居ないのに立ち止まっている。

 [物語]の[最終回]一歩手前で、それを見たくないが故に、次の回を再生出来ないでいる。昔から、そういう終わりが好きじゃなかった。

 ならばどうする?今更この[仮面]を外して皆に見せて、本当の俺はこんなにも弱くて脆くて卑屈で奥手で臆病でどうしようも無い自分の事しか見る事が出来ない自己中心野郎だって言うのか?

 

 

『今の俺は、奇跡だって超えてるんだぜ?』

 

 

「.........何が超えてるだ」

 

 

「.........起こすことすら、出来やしないじゃないか.........」

 

 

 そんな弱い自分を受け入れてくれるはずが無い。今まで散々、自分でも無意識の内に強がってしまっていたんだ。それが俺だって、皆思って着いてきてくれた。

 だから.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 [桜木 玲皇(本当の俺)]を、受け入れてくれるはずがある訳ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「.........助けてくれ、なんて。都合がいいよな.........」

 

 

 俺の付けた[仮面]は、周りを拒絶し始めた。周りと関わるより、一人の方が救われる。確かに、俺の心はその負の感情全てを一点にぶつけられるという点では、救われていた。

 それでも.........それでももう、俺は.........限界だったんだ.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『.........』

 

 

 夢が、壊れて行く。そんな感覚が、彼女を通じて私にも伝わってくる。恐れていた事が、起こってしまった。

 いや、違う。それ以上の事態が起こっている。私が居れば、彼が居ればと考えていたけど、どうやらそれは、甘かったみたい。

 

 

『.........秋の空模様は変わりやすい、とは良く言うけど』

 

 

 今の私は、[独りぼっち]だ。彼女に姿が見られなくなり、ほとんど眠らなくなった彼の夢に現れる事が出来なくなった今。私の存在を肯定するものは、どこにもいなくなってしまった。

 肌寒い。というのは憶測であり、私にはそれを感じ取れる器官は備わっては居ない。この時期の夜は冷え込みやすいと記憶にはある。それでも、こうして空に手をかざして、星々にこの思いを聞いて欲しかった。

 

 

『この時期の雨は.........堪えるわね』

 

 

 雨なんて、降ってなどいない。あの日からは一切、そう。全てが[終わった]と言うように、あれから雨どころか、雲ひとつない晴天だった。

 星々の灯りが、嫌という程に降り注ぐ程に。それを雨と言われれば、雨なのだろう。そんな事を言う人物は、相当なロマンチストだ。

 .........けれど、あながち間違いではないかもしれない。

 

 

 夢の輝きは、星の光に良く似ている。

 

 

 誰かの辿った道筋

 

 

 その星が放つ光年の旅路

 

 

 どちらも、その時目の前で見ていなくても、目に見える物

 

 

 そして、その終わりも良く似ている。

 

 

『.........星が無くなっても、光は絶え間なく宇宙を突き進んで、私達の目に映る』

 

 

『その時にはもう、その星は無くなっているのかもしれないのに』

 

 

 夢物語も、それと同じ。誰かが死ぬまでに辿って、成功を収めた伝記小説。もうその人は居ないのに、その光に魅入られて、その物語を[食い物]にする。

 

 

 どんな事が起ころうとも、[もう一人]なんて存在しない。例えそれが、その[生まれ変わり]であったとしても、同じ道を辿らせるなんて面白味も無い。

 

 

 [最高のステイヤー]。[退屈な程に強い存在]。私が目指した訳ではなく、[目指させられたもの]。事実、その当時は、人々の記憶の中で私は最強だった。

 

 

『.........本当、滑稽よね』

 

 

『こうやって語れる存在になった途端、[人間]と同じ様に、アレらがした事と同じ様に.........』

 

 

『私も、彼女の背中に[夢を乗せていた]だなんて.........』

 

 

 野望、願望、欲望、その全てを乗せ、私はその先を願った。かつて到達出来なかった場所に、行けるかもしれない、と.........

 本当に、自分が滑稽で仕方が無い。一体どの口が.........[夢を見たければ目を覚ませ]だなんて.........

 

 

『.........夢を覚ますのは、私の方じゃない』

 

 

 [物語]は終わりを告げた。[メジロマックイーン]という名の、[一匹の競走馬]としての[物語]。

 けれど彼女は[一匹]では無い。[一人]ではあるけど、決してそう数えられる存在では無い。

 ならば、その[可能性]を信じるしか無い。[一人の競走バ]として、これから先に紡がれる[可能性]。

 かつて、その伝記を見た誰もが思い描いたもしも(if)の物語。二次創作(ありもしない妄想)を、本編(現実)にできるこの世界。

 

 

 [夢を見るには目を覚まさないといけない]。その為にはまず、[何か]を諦めなければ行けない。

 

 

『.........もう、それを目指さなくても良いわ』

 

 

 私が諦めるもの。諦めたと思っていたけど、心の底では諦めきれなかった人々の希望。それは.........彼女に背負わせるには過ぎたものだったかもしれない。

 だから、もうそれは追わなくてもいい。負わなくてもいい。だから、終わらないで欲しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 [海の果てに名を轟かせる]のは、諦める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だから、もう一度.........

 

 

『.........私も、[あの人]みたいに大人だったら、すっぱり諦められたのかもしれないわね』

 

 

 [退屈なほどに強い]。それを示すことが出来たのは、私と、[もう一人]の人間。彼もまた、私と共にその先へと行きたかったはずの存在。

 .........けれど、彼女と彼は、そんな私達とは正反対。[全く退屈しない]。それでいて、[強い]。彼等彼女らの織り成す物語は、[私達]をなぞらえながら、それを[超える物語]。

 .........だから、まだ、諦めきれないのかもしれない。

 

 

『本当、いつになったら止んでくれるのかしら.........』

 

 

 星の灯りが降る夜。その光を受けながら、私は地面に落ちていくその水滴を、強がって見て見ぬふりをしてしまった.........

 

 

 

 

 

 ......To be continued



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GOO 1st.F∞; Lv6→0

 

 

 

 

 

 時計の針が鳴り響く。秒針が進む度に、それは同じ強さ、同じ音程で等間隔に響かせてくる。

 時間と言う概念は恐ろしいものだ。ある時は一分が十秒に感じられ、ある時はそれが一時間にも感じられる。今の私は.........

 

 

タキオン「.........ライスくんは?」

 

 

ブルボン「.........体調が悪いと、授業の方も休まれているそうです」

 

 

タキオン「.........そうかい」

 

 

 明らかに、後者の方だ。この苦痛にも似ない、持続的な苦しみの時間から早く抜け出したいと言うのに、私の体感時間はそれを長々と感じさせてくる。

 昼頃のチームルームでは、ライスくんと彼の姿が無いだけで、他はいつもと変わりのないメンバーで形成されている。

 

 

デジ「.........大丈夫でしょうか」

 

 

タキオン「心配は.........ある」

 

 

 無いだなんて、そんなこと言えるわけが無い。このチームのエースであるマックイーンくんにあんなことが起こった手前、何が起きても不思議では無い。

 今度、彼女達のお見舞いにでも行こうか。その場合は何を持っていけば良いだろう?二人とも甘い物が好きだったから、沢山スイーツを買ってあげれば、きっと喜んでくれるに違いない。

 

 

タキオン「.........何を、考えているんだ?」

 

 

三人「え?」

 

 

タキオン「!すまない、私とした事が.........どうやら言葉にしてしまっていたらしい」

 

 

 気疲れか、はたまた心的ストレスの影響か。そんな度胸も無いくせに良くもぬけぬけと、ライスくんは兎も角、彼女が[繋靭帯炎]を発症した時、傍に居れなかったのは、私達が彼の意見に賛同しなかったからではないか。

 

 

ウララ「.........ねぇ、タキオンちゃん」

 

 

タキオン「?.........なんだい?」

 

 

ウララ「マックイーンちゃん、タキオンちゃんのお薬で治せないかな.........?」

 

 

タキオン「.........」

 

 

 切実な願いだ。彼女はその純真さで、私が何でも作れる科学者だと思っている。ハッキリ言ってしまえば、それは不可能だ。

 .........だが、それを言ってしまえば、それが本当になってしまうような気さえした。ならば、どうする?勢い良く、[できる]と公言して見せるか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 [彼]の様に?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

タキオン「―――その解答は、またの機会にしてもらいたいね」

 

 

ウララ「.........うん」

 

 

 今この場で、その答えを出す事は出来ない。現実を受け入れて[諦める]か、夢を見て[嘘を語る]か、なんて.........私には到底、選び抜ける物では無かった。

 

 

タキオン(.........君は一体、何をしていると言うんだ?)

 

 

 そんな中で、未だに[虚像]のままで居る彼の姿が心の中に映し出される。何でもできる様な笑顔を見せておきながら、今この状況においては、嫌悪せざるを得ないそんな顔を.........私に晒していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 [U=ma2]

 Lv5→4

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ダスカ「アンタ、どういうつもりよ」

 

 

「.........えぇ?」

 

 

 廊下を歩いていた。男は書類を片付けて、適当に時間でも潰そうかとしていた。その矢先に、またもや面倒臭い顔ぶれが三人。目の前に現れてきた。

 ダイワスカーレット。ウオッカ。そしてゴールドシップの三人が、今は男の前に立ちはだかっている。

 その目の前に居る存在達の顔を十分確認した後、男はため息を吐いて素通りしようとした。

 

 

ウオッカ「ちょ、ちょっと待て!!!」

 

 

「なに?」

 

 

ウオッカ「何って、何もしねぇのかよ!!!」

 

 

「何もしない」

 

 

 会話はこれで終わった。そう思ってまた前へと歩き出す。それが本当に前なのか、なんて家だったら思い浮かぶ哲学にもならない思考も、今は沸かなかった。

 それでも、その前進を止めるように、男の肩に手を置く存在が居た。少し力の入れられたそれに、 男は痛く思いながらも、その痛みがどこか罰のようで、ありがたみを覚えていた。

 

 

ゴルシ「.........それで、良いのかよ」

 

 

「ああ」

 

 

ゴルシ「前に言ったよな。アタシはおっちゃんだからマックイーンを頼んだって」

 

 

「.........あ〜、そんな事もあったっけか。懐かしいなぁ〜」

 

 

 それは、かつて彼女がスランプに陥り、周りからやはり素人出の[トレーナーもどき]だとまた言われ始めた時期だった。それに乗じて、一人の男が、メジロマックイーンの契約を奪い取ろうとした事件。

 あの時は、喝を入れられて我に返った。自分の特等席は譲りたくないと、思い直した出来事だった。

 

 

 けれど[映画(物語)]は終わった。

 

 

 終わったのなら[観客席]から立たなくてはならない。

 

 

 エンドロールは見る派だが、生憎時間が押している。

 

 

 立たない理由の方が見当たらない。

 

 

「まぁ、今度こそお前の見当違いだった訳だ。眼科行ってメガネ作ってもらえ」

 

 

「視力10.0に見合うメガネをな」

 

 

ゴルシ「.........っ」

 

 

 それでも、ゴールドシップはその手を離さない。何にしがみついている?何を諦めきれないでいる?

 その横から、ダイワスカーレットがずいっ、と現れる。またかと思い、今度はため息を堪えながらその顔を見た。

 

 

ダスカ「どうして、そんなに平静で居られるのよ.........!!?」

 

 

「平静.........平静ねぇ」

 

 

「じゃあ逆に聞くけど、俺がぶっ壊れたら彼女が戻ってきてくれるのかな?」

 

 

「正気を失って理性がぶっ飛んで車に轢かれでもしたら奇跡が起こって彼女が復活!レースに復帰!皆が幸せ大団円!ってさ」

 

 

ダスカ「そんな事言ってな「そうでしょ?」.........」

 

 

 男は、至極冷静だった。冷静に狂っていたが、周りはそれ以上に狂い始めた[物語]に夢中になって、男がそうなっている事に気が付いていなかった。

 だが、今こうして目の当たりにしている。嫌という程に、男が壊れかけているのだと気付かせてくる。

 

 

ダスカ「なんで.........そんな事言うの.........?」

 

 

「なんで?なんでかな、分かんないや。はは」

 

 

ダスカ「っ.........!!!」ダッ!

 

 

「.........ありゃ、またやっちゃった」

 

 

 またやった。けれどそれを改めるつもりは男に毛頭ない。そういうつもりでやった訳では無いが、それならそれでいいとすら思い始めている。

 ただ走り去るダイワスカーレットの背中を見つめていると、それを追うようにゆっくりとその背中を見せるウオッカが現れ、やがて男にその顔を見せた。

 

 

ウオッカ「.........サブトレーナー」

 

 

「ん?」

 

 

ウオッカ「今のアンタ、オレが見てきた中で一番ダセェよ」

 

 

「そりゃ良かった。こうならないよう精進しなよ」

 

 

 何のためにそれを言ったのか、男は理解出来なかったが、少なくとも反面教師になれたことは誇りだと思った。ウオッカがそれを聞いて、舌打ちして去っていったのを見て、それで良いと微笑んで見せた。

 それでもまだ、一人は去ってくれない。あれほどの事を言ったのに、ゴールドシップだけは未だに、男の肩を掴んで離さずにいた。

 

 

「何さゴールドシップ。まだ俺に何か「アタシは」―――?」

 

 

 言葉を遮られる。先程まで男はげんなりとしていたが、それも一瞬で様変わりした。彼女の様子が、いつもと違ったからだ。

 覚悟を決めて、何かを決心した。顔は俯いていたが、それでもその気迫は、何かの決断を下したものだと悟った。

 

 

ゴルシ「アタシは―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「未来から来たウマ娘だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゴルシ「これまで、何が起こるのか全部知ってた。テイオーの骨折も、マックイーンの繋靭帯炎も」

 

 

ゴルシ「けれどそんな未来から来たアタシでも、テイオーが菊花賞に出られるなんて思わなかったし、ブルボンだって怪我すんのはジャパンカップの直前だって聞いてた」

 

 

 

 

 

 ―――これは、正直賭けだった。もし、アタシが未来から来たと言っても、真剣に言えばおっちゃんには、信じて貰えると思ったからだ。

 今目の前に居るのは、皆はおっちゃんとよく似た奴だと思うかも知んねぇけど、紛れもなく[桜木玲皇]だ。この妙な世捨て人みたいな感じの方が、アタシにとっては見慣れた奴だった。

 

 

ゴルシ「良いか、よく聞け―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マックイーンの繋靭帯炎は治る」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゴルシ「正直それがどんな方法かは知らねぇけど、確かにあるんだ.........!」

 

 

 肩に置いた片手。それを両手にして、今目の前に居る奴に訴えかけるように揺らして語る。

 ここまで言った。言う事は言ってやったんだ。きっとこれでおっちゃんも.........

 そう思ってアタシはその顔をあげた。けれどそこには.........

 

 

「.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゴルシ「.........は?」

 

 

 冷たい目をした、アタシの[知らない存在]が、アタシを見下すようにして見下げていた.........

 

 

「.........これ、あのバカ共にも伝えたんだけどさ」

 

 

「ペッパーくんに頼めよって。俺は無理だよ」

 

 

ゴルシ「何、言って.........?」

 

 

 

 

 

 ―――希望の抜け殻。今、目の前に居る顔を一言で表現するなら、それが一番似合うと男は一人、他人事の様な心で決め付けた。。

 正直、もう。真実とか未来とか、どうでも良くなっていた。彼女が治るのならそれはそれで良いとさえ。しかし、その隣に男はもうきっと居ない。

 

 

「皆知らないかもしれないけどさ」

 

 

「俺、マックイーンに嫌われちゃったんだよ」

 

 

ゴルシ「.........っ!」

 

 

 何の気なしに、男は悲しく微笑んだ。その顔を見て、その肩を掴んでいた彼女も、力が抜けて行くように、スルスルとその手を重力に従わせ、やがて両手の指先が地面へと向いて行く。

 

 

「.........期待、裏切っちゃった?」

 

 

ゴルシ「.........もう、いい」

 

 

ゴルシ「頼むから.........その顔で、その声で.........喋んな」

 

 

 まるで異物を拒絶する様に、ゴールドシップは最初に男がしようとしたように、フラフラとその横を素通りしていく。男は彼女がした様にそれを止める事無く、彼女が去っていくのをただただ見送った。

 

 

「.........難しいな。台詞に心を感じるのは得意だけど、生きてる存在とはどうも相性が悪い」

 

 

 

 

 

ウオッカ「おい!!!待てよスカーレット!!!」

 

 

 ―――サブトレーナーの奴から離れて、アイツはなりふり構わず前へと歩いて行った。いつもみたいな猪突猛進的で、力強い前進だったけど、なんだか、強がっているようにも見えた。

 

 

ダスカ「.........ウオッカ」

 

 

ウオッカ「!な、なんだよ.........?」

 

 

 そんな最中、コイツはいきなり立ち止まった。背中を向けて、俺の名前を呼んできた。少し震えの混じったそれを聞いて、思わずその意味を聞いちまう。

 

 

ダスカ「.........アイツの言った通りよ」

 

 

ウオッカ「.........へ?」

 

 

ダスカ「なんで、マックイーンがあんな事になったのに、アイツは苦しまないんだろう、悲しまないんだろう.........って」

 

 

 声の震えが伝染るように、スカーレットはその身体を小刻みに震わせた。俺がその肩に手を掛けようとした時、その手が触れる前に、コイツは.........俺の方を振り向いてきた。

 その目には、大粒の涙が溜まっていた。普段、どんなに悔しい事があっても、持ち前の負けず嫌いと根性で泣く事も、目に涙を貯めることも無いコイツが、顔をクシャクシャにして、必死にそこから涙を流さないようにしてた。

 

 

ウオッカ「お前.........」

 

 

ダスカ「けれど.........アイツは.........サブトレーナーはちゃんと.........苦しんで、悲しんでた.........!!!」

 

 

ダスカ「それなのに.........アタシ.........アタシ.........!うぅ、うぅうぁぁああぁぁあああん!!!」

 

 

ウオッカ「.........っ」

 

 

 自分の言った事を思い出したのか、スカーレットは我慢していた涙を堪えきれずに、大声をあげて泣き始めちまった。いつもだったらしっかりとその足で立ってるのに.........力無く、その場に両膝を着いて、わんわんと泣いている。

 

 

ウオッカ「.........俺、さ。サブトレーナーに、見てきた中で一番ダセェよって言ったんだ。お前を追う前に.........」

 

 

 俺だって、そんなことを言うつもりは無かったんだ。落ち込んでたり、塞ぎ込んでるんだったら、喝でも入れてやって気合い入れ直したら、元のサブトレーナーに戻るんじゃねぇかって.........

 けれどそれは.........俺の願望だった。きっと、心の奥底では落ち込んでいて欲しいって、塞ぎ込んでて欲しいって、どこかで思ってたんだ.........

 

 

ウオッカ「.........確かに、今まで見てきた中で、今のサブトレーナーは一番ダセェ奴になっちまってる」

 

 

ウオッカ「けど.........!!悲しんで欲しいとか落ち込んで欲しいとか!!!そうであって欲しいって思っちまってる俺が.........!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一番ダセェ.........!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 握り拳を作って、堪えるところまで堪えてみたけど、結局それは、俺の目からも溢れ出てきちまった。それを力強く拭って、何とかスカーレットの奴を立たせてやる。

 

 

ウオッカ「行こう.........正直もう、俺達は何も出来ねぇ.........」

 

 

ダスカ「うん.........」

 

 

 いつもと違って、力の入らないスカーレットの肩を抱きながら、俺はこの場を離れて行く。その胸に、ちっとも小さくない後悔を抱きながら.........

 

 

 [強制共鳴:後悔]が発動している.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ブルボン「ハァ......ハァ.........」

 

 

 日常生活のリハビリも終え、私は今、距離適性の再構築をしていました。この身体は一度鍛え上げられ、並のステイヤーとも競え合える力を手に入れることは出来ましたが、本質はスプリンター。感覚的には、既にマイル距離を走るのが精一杯の所まで落ちぶれています。

 身体から溢れ出す汗が急激に冷え、少しの気持ち悪さと寒さが感じられます。流石に久々で、思うように身体は動いてはくれないようです。

 

 

ブルボン(水分補給を.........?)

 

 

「ん」

 

 

 顎から伝う汗を袖で拭っていると、目の前にスポーツ飲料の入った水筒が現れました。顔を上げると、マスターが無表情で私の方を見下ろしています。

 その表情の虚ろさに、少しの恐怖を感じ取りながらも、私はそれを手を伸ばして受け取りました。

 

 

ブルボン「.........水分補給完了。ありがとうございます、マスター」

 

 

「まぁ、これしか出来ないから」

 

 

 [これしか出来ないから]。普段であれば、気にもとめない様な彼の口癖。けれど、今の彼からは、その言葉以上のものや行動は、一切うかがえません。

 以前は.........[これしか]の部分を広げていこうという努力を彼から感じられました。けれど今は、停滞している。

 勿論。その原因がマックイーンさんの事であるのは百も承知です。きっと、彼女以外の人の言葉や、自分以外の答えでは、立ち直る事は出来ない。

 そう思い、私はそれに関して口を開く事はしませんでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その時までは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「.........なぁ、ブルボン」

 

 

ブルボン「?なんでしょう、走行フォームに何か不備が?」

 

 

「いや。そこは良いんだ。久々に走ったのに良いフォームしてると思う。そうじゃなくて.........」

 

 

 彼は、私が先程走り終えた長距離。2800mのデータを見て、そう言いました。その顔は、そのデータがまとめられたプリントを挟んだバインダーによって、私からは見えなくなっています。

 けれど、その声は別に起伏も無い、何の感情も無い物ですが、何故か不安に駆られます。

 そこから先を言いづらいのか、空いた片手で頭を搔く彼を見ながら、私は彼の言葉を待っていました。

 

 

「あのさ。提案なんだけど」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――中長距離やめない?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ブルボン「.........あ、の......言っている.........意味、が.........?」

 

 

「その通りに受けとってよ。難しく言ってないよ」

 

 

 いつもの口調で、まるで日常の一コマの様に、彼はそう言いました。その事実を、私はは受け入れられないでいる。

 難しい事では無い。彼の言った通り、その言葉の意味は理解はしていました。理解しているからこそ、彼がなぜ、そんな事を言うのかが.........理解できませんでした。

 

 

ブルボン「なぜ、ですか.........?」

 

 

「なんでって、怖いでしょ?ケガ。俺も今回の件で改めて身に染みたよ」

 

 

ブルボン「っ.........」

 

 

 怖い。それは、否定する事の出来ない上に、根拠としては成立してしまう程の信憑性のある感情。それを否定しようとして、出来ないから言葉が詰まる。

 ケガは怖い。怖い上に、痛みを伴います。それは私も経験しているから、良く分かります。

 

 

 けれど.........

 

 

 けれどそれでは.........

 

 

 私の夢は.........?

 

 

ブルボン「.........私の夢は、ライスさんともう一度走る事です.........!」

 

 

「併走すればいいんじゃない?」

 

 

ブルボン「れっきとしたレースで!!!公式のレースで!!!彼女と共に私は走りたい!!!その夢を否定するのですか!!?マスターッッ!!!」

 

 

 握った拳の内側がギチギチと音を立て、じんわりと痺れと熱を広げていきます。頭の思考回路はぐちゃぐちゃで、口の中はカラカラ.........時折、鉄の味を混じらせながら、私の状態を自分の身体に知らせていきます。

 今まで、こんな声を出したことはありませんでした。高ぶった熱と共に、呼吸と共に、全てが肺から出て行きそうな感覚に陥り、必死に全てを吐ききらないよう呼吸をします。

 

 

「否定はしない。けれど物事には必ず[結論]があって、[結論]には必ず[要因]がある」

 

 

「君はよく頑張った。けれどリスクを承知でなんて、そんなの[バカ]のすることだよ」

 

 

ブルボン「っ.........[バカ]のすること.........!!?」

 

 

 彼は、悪びれる様子も無く、淡々と。簡単に言ってのけました。

 頭に血が上る。今までのこの短い人生で、一体何度この表現が当てはまる状態になったのか、分かりません。けれど、今の自分はまさにそれだと、目の前の事に全神経を向けている自分と、俯瞰的に見ている自分が現れます。

 それは、その言葉は、私のこれまでのレース人生を否定する言葉でした。それを肯定することだけは.........絶対に出来ません。

 

 

ブルボン「では.........マスターは、貴方は.........!今まで私の事をバカにして居たのですか!!?」

 

 

「そうは言ってない。[いい夢を見させてもらった]よ」

 

 

「けど[夢は夢]だ。現実と向き合う時間も、人生には必要だ」

 

 

「[誇り]や[夢]でお腹が満たされるなら、良いんだけどな」

 

 

 .........変わってしまった。

 

 

 いえ、[歪んでしまった]と言うべきかも知れません。

 

 

 その歪んで、尖った言葉が、まるで私の心をピンポイントに捩じ込まれていく。胸が焼けていく様に、苦しい何かが広がって行きます。

 

 

ブルボン「.........[落ちこぼれだって必死に努力すれば、エリートを超えることがある].........」

 

 

ブルボン「貴方のあの言葉も.........嘘だったのですね.........!!!」

 

 

「.........弱ったな。それは嘘だった訳じゃないんだけど」

 

 

 自分の持っているバインダーを私と彼の間からようやく無くし、その表情を見せました。

 とても、悲しい。とても息苦しい。彼の表情からは、申し訳なさが一面敷きつめられた様に見え、それでいて、目は虚ろ。それではとても、それが本物であるとは言えない。

 

 

「.........でもなブルボン」

 

 

「[努力]じゃどうにもならない事だって、世の中にはあんだよ」

 

 

 そんな事は知っています。いくら努力をしても、人間はその身一つで空を飛ぶ事は叶いませんし、どう頑張っても宇宙の向こうまで行けません。

 けれど、その努力は必ず他の箇所で実を結びます。その努力が、夢へ到達することは出来ずとも、その夢の隣に立てる所まで行ける事だってあります。

 

 

 それでも.........この人は.........

 

 

「[努力]が[才能]を上回るなんて、ありえない話だよ」

 

 

 やめてください

 

 

「それに、ケガをしたら[努力家]も[才能持ち]も関係ないよ」

 

 

 やめてください.........!

 

 

「君は[努力]の人だよ。これからの人生、楽しく平和に、痛み無く生きたいなら―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「[無駄な]努力は止めといた方がいいよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 [強制共鳴:拒絶]が発動している.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 無駄な努力。

 

 

 一体、何が無駄なんですか?

 

 

 何が、無駄だったんですか.........?

 

 

 私が今までしてきた中で、そんなもの一つもありません。

 

 

 貴方が私にしてきてくれたもので、そう呼べるものは何一つありません。

 

 

 ならば、貴方は一体私にいくつ、貴方にとっての無駄を押し付けてきたのですか?

 

 

ブルボン「.........許容、出来ません」

 

 

「え。俺何か間違ったこと「言ってません」.........だよね?」

 

 

ブルボン「正しい事は素晴らしいと思います。ですが、かつての私の夢は、そこから一番外れていたものです」

 

 

ブルボン「それを蔑ろにして、今を見ることは.........私には出来ません」

 

 

 ここまで来たのは、間違いなく[彼]のおかげ。[無敗の三冠バ]という途方も無い、周りに言えばバカだと言われ続けた夢を追い、そして敗れたあの日。

 けれど、ただ失った訳では無い。最後の最後で、その夢より素敵で、もっと綺麗な物を見つけられたのも、[彼]が居てくれたからこそ.........

 

 

 けれどもう。

 

 

 その[彼]は、どこにも居ない。

 

 

 目の前にはもう、見当たらない。

 

 

 それはまるで、人形の様に生気の無い顔で、私をじっと見ている。

 

 

 それが.........

 

 

ブルボン「.........[トレーナー]。今後はもう、私のトレーニングを見て頂かなくて結構です」

 

 

「え?」

 

 

 それが、[彼]だった何かだと、私は認めたくない。

 

 

ブルボン「チームは辞めません。ですが、今の貴方の言う事を聞くつもりもありません」

 

 

ブルボン「これからは、以前の様に一人でトレーニングを構築していきます。今までお世話になりました」

 

 

「.........〜」ボソッ

 

 

 彼から顔を背け、私はそのまま歩きました。前へと、次へと進む為に、その二本の足を動かしました。

 土を踏み、腕を振って前へ。唇を噛み、悲しみに目を向けずに前へ。私にはもう、進むしか[彼]が残した物を持っていく方法が無いのです。

 

 

 だから、今はただ。[ごめんね]と呟いた[彼]の事を、蔑ろにするしか、ありませんでした.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 [GOO 1st.F∞;]

 Lv6→0

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぅぶッ......うぉ゛げッ゛......う゛ぉお゛ごほっ゛.........」

 

 

 胃からせり昇ってくる感覚。それは、仮面をつけていたとしても慣れることは無い。逃れる事は出来ない。

 家でしか吐き出さなかった筈の、最早習慣と化した嘔吐は遂に、学園でも顔を見せ始めた。

 

 

「ゲホッ、カホッ.........おかしいな、何とも思ってないんだけど」

 

 

「.........もしかして、[こっち]の罪悪感が結構反応しちゃってる感じ?」

 

 

 袖で口元を拭いながら、トイレの洗面器に着いている鏡に映るそれに問いかける。反応は普通無いはずだが、それでも男には、顔を顰めたように見えた。

 

 

「そう怒んないでよ。よくやってる方じゃん」

 

 

「信頼信用してきた無敵の相棒を失い自暴自棄。手や声を張り上げてない時点で優しいよ。良かったね」

 

 

 生気の無い顔で笑う男。対照的にその右手には握り拳が作られる。限界以上まで力が入っているのか、ギチギチと震えを見せているが、男は左手でその上に覆い被さる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やめろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 たった一声。たった一言で、その震えはピタリと止み、拳は開かれていく。拳だけではなく、不思議と周りの空間も、嫌に静かになっていた。

 

 

「ごめんね。でも今の君が表に出たらそれこそ大変だ」

 

 

「もしかしたら、気が動転して担当に酷いことしちゃうかもしれないよ?」

 

 

「だから、ね?大人しくしてよ?」

 

 

 それっきり。数秒経てば問題無しと判断され、その右手に優しく乗せられた左手は、ゆっくりと離れて行った。

 男はその様子を見て、一息ついた後に蛇口を捻り、自分が出した物を綺麗に洗い流して行く。

 

 

「[久方ぶり]だな。こんなに生きた感覚。あの頃ほど生きてる実感は薄いけど、死んでる感覚も薄いから良いね」

 

 

「.........ん?ああ、汚しちゃってごめんね。うん。[僕]は大丈夫だよ。なんせ―――」

 

 

 まるで何かに話されたように受け答えをし、まるで人を労わるかのようにその洗面器を撫でる。

 目を細めて、もう一度男は鏡を見る。そこには確かに[桜木 玲皇]の姿が映し出されていたが、男の目には次第に、[かつての姿]が映し出されていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「[獅子王心(ライオンハート)を持つ者]って言われた」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「[白バの王子様]だからね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 御伽噺である筈の存在。それが映る鏡を見て、男は軽蔑する様な笑みを浮かべた。その名を語る時も、どこが皮肉めいていた。

 

 

 それでもまだ、目覚める事はなかった。

 

 

 [桜木 玲皇]は未だに、その目を覚ますことはない。

 

 

 夢からまだ、覚めてはいない。

 

 

 [一等星の鼓動]もまだ、生まれてはいなかった.........

 

 

 

 

 

 ......To be continued



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ワクワククライマックス Lv6→0

 

 

 

 

 

桜木「.........」

 

 

 今日も、いつも通りの一日が過ぎた。これで良い。これが幸せなんだ。これが本来あるべき日々なんだ。そう思いながら、窓に浮かぶ星空をふと見上げた。

 

 

 水滴の落ちる音が響いた。その音を皮切りに、今まで何も存在していなかったはずの音が、叩き付けるように聞こえてくる。

 窓の外は晴れているのに、窓には大量の水滴が付いているように見える。そして、それは俺の身体の写しのように、俺の身体には大量の汗が吹き出し始めた。

 

 

桜木「っ、切り替えなくちゃ.........!!」

 

 

 体が条件反射を促す様に、テーブルに置いてあるタバコのパッケージを掴んだ。その中から一本取り、口に咥えてライターで火を灯す。

 部屋の灯りは、それ一つだけ。胸に広がる苦しみは、煙のせいなんかじゃない。けれど、そう思わなくては、生きては行けない。

 灰皿の上に灰を落とす。怠惰の証である埋め尽くされた灰皿の吸殻の上に、音も無く灰は落ちた。

 

 

桜木「.........っ」

 

 

 まだ大分吸える。その一本のタバコの灯を擦り消した。部屋の灯りは消え、現実と夢の境目は姿を消した。

 その場で膝を抱え、うずくまった。どんなに切り替えようと、忘れようと、この気持ちが消える事は、おそらく無い。

 音もなく、水滴が落ちた。ズボンに染みを付けながら、子供のように声を押し殺し、そのまま朝を迎えた.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

タキオン「.........」

 

 

 静かな空気。それが痛いほど肌に突き刺さってくる。そしてその痛みが、私を思考という妄想の世界から、予定という現実へと考えを引き戻して行く。

 実験室。私の目の前には、先日からまた一人居なくなったいつものメンバー。ハルウララくんと、アグネスデジタルくんが、静かに座っていた。

 

 

ウララ「えっと、ブルボンちゃんは.........?」

 

 

タキオン「.........自主トレーニング、と言っていたよ」

 

 

デジ「え?」

 

 

 ここに来る前、偶然彼女と会った。そこで会わなければ、ここに来て話すつもりだったらしいが、私に伝言を伝え、そのまま自主トレーニングへと行ってしまった。

 チームが完全に分断されている。その原因は他でも無い。[奴]だ。もはや、彼と呼ぶことすら私の中でははばかれる。

 

 

 疑問の声を上げたデジタルくんは、その後に奴はどうしている?と聞こうとしたのだろう。それを予測して、私は彼女を睨みつけた。そんな簡単な問題、今更問われても困る。

 

 

ウララ「.........トレーナー」ボソッ

 

 

タキオン「っ、今。その言葉を言わないでくれるかい.........?」

 

 

ウララ「え.........?」

 

 

タキオン「正直、良い気分じゃない」

 

 

 私達にとって、[トレーナー]と言う呼び名が指し示す人物は、その一人以外は他に居ない。それこそ、私が今[奴]と呼んでいる人間だ。

 何をしていても、何が起こっても、その顔が浮かんでくる。なんとでもしてくれそうな、何かを引き起こしてくれそうな予感を感じさせる笑顔.........その、[仮面]を.........

 

 

 分かっている。

 

 

 こんなものは、ただの八つ当たりだ。

 

 

 そうでもしなければ、私は私を保てない。

 

 

 私は、弱い存在だ。強くは有れない。

 

 

タキオン(.........今になって、頼りきっていたしっぺ返しを食らうとはね.........!!)

 

 

 今になってようやく分かる。

 

 

 いや、初めから危惧していた事だ。

 

 

 分かりきっていたのに目を逸らした。

 

 

 私は既に、彼と共に.........彼等と共に歩み始めたその時から.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 研究者としての道を、踏み外していたのかもしれない.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 [U=ma2]

 Lv3→2

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桐生院「.........」

 

 

「〜〜〜♪」

 

 

 隣のデスクから聞こえてくる、場違いな鼻歌。私の耳にそれが聞こえてきます。ここは職員室。先日のあのニュースから、この空間は酷く重いものとなっています。

 

 

 そのニュースの中心である、たった一人を除いて.........

 

 

桐生院「.........あの、桜木トレーナー」

 

 

「ん?どうしたの桐生院さん」

 

 

桐生院「っ、いえ.........何を聞こうか、忘れてしまいました.........」

 

 

「あはは、よくあるよね。そういうこと」

 

 

 違う。本当は忘れたんじゃない。怖くなったんだ。今、目の前に居る人の顔が、どんな風になるのか.........それを聞いた時、どうなるか分からなくなって、私は竦んだんだ。

 ここに居る皆が、悲しんでいる。苦しんでいる。マックイーンさんの活躍は、他の皆さんはライバルでありながらも、今まで誰も到達したことのない高みへ到れるかもしれないという期待を抱いて、見守っていた。

 それが.........それがあんな.........!!!

 

 

 そうして、誰にも気付かれずに握り拳を強く作っていると、ふと彼のデスクに、またもや見慣れない封筒が置いてありました。

 

 

桐生院(っ.........違う)

 

 

 否定の言葉。それは、以前の辞退届の時とは予感が違うと言うこと。そして、その私の想像に違うと言うこと。そのどちらともだった。

 気が付けば、彼はデスクから姿を消していた。最近、彼の気配が不意に消える事がある。聞けばトイレに行ってると言われるが、それが本当かどうかは定かじゃない。

 けれど、今彼の居ないこの時が、この封筒を見るチャンスだと思い、私は恐れながら、それを手にし、中身を―――

 

 

桐生院「.........そんな」

 

 

桐生院「え?え.........?だって、まだ.........URAファイナルズだって.........」

 

 

 中身を、見る必要すら無かった。

 

 

 封筒を見れば、それは明らかにそれ以外の何者でも無かった。

 

 

 そう。[退職届]そのものだった。

 

 

「あーあ」

 

 

桐生院「!!?さ、桜木さ「行けないなー」.........」

 

 

 気配が掴めない。まるで、普段の彼とは全くの別人。慣れ親しんだ物ではなく、今ようやく、今の彼は全くの別人だと気が付くことが出来ました。

 

 

「それ、返してくれる?」

 

 

桐生院「な、なんで.........?」

 

 

「なんでって.........辞めたいから?」

 

 

「だって、考えて見てよ。俺、担当の子の人生をほとんど終わらせちゃったんだよ?」

 

 

桐生院「それは!桜木さんのせいなんかじゃ.........!」

 

 

 彼のせいなんかじゃない。こればっかりは、どうしようもないこと。けれどそれを伝えても彼はきっと、救われることは無い。そう思うと、その口を結ぶことしか出来なかった。

 そのまま押し黙っていると、その左手が、私が持つ彼の封筒に伸びてくる。これを渡してしまえば、彼は本当に居なくなってしまう。

 その封筒を潰してしまうことすら厭わず、私は両腕でそれを抱きしめ、彼からその身を引きました。その様子を見て、呆れたようにため息を吐かれます。

 

 

「はぁぁ.........本当はもっと大事な場面で使うべきなんだけど、仕方ないかぁ」

 

 

桐生院「え.........?」

 

 

「桐生院さん!一生のお願い!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「返して?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桐生院「え......あっ.........だ」

 

 

「.........返せ」

 

 

 

 

 

 ―――その男の[お願い]に、桐生院は酷く脅えた様子を見せたが、それでもその腕は強く、退職届の封をしっかり守っていた。

 男はそれを見て、取ってつけたような笑みを取り、今度は[命令]の形で静かに言い、その左手を伸ばしてきた。

 その手が封筒に触れそうになった時。男は終わりを確信した。これで終われる.........[誰かを助けるだけの物語]はようやく、終わりを告げるのだと.........

 

 

 ―――しかし

 

 

「おい」

 

 

桐生院「っ、颯一郎......さん.........?」

 

 

東「.........何やってんだ。お前」

 

 

 その伸ばされた左手を止めるように、誰かの手が力強く掴む。その方向を見ると、険しい表情を浮かべた東 颯一郎がそこに居た。

 

 

「何って、ああもう.........最近はなんでこう説明しなきゃなんないかなぁ〜」

 

 

東「.........お前は、言ってる事自体は意味不明だが、行動の筋は今まで通ってた。けれど今のお前は.........」

 

 

「何さ、知った風な.........口、を.........?」

 

 

二人「!桜木(さん)!!?」

 

 

 唐突だった。男は喋っている間に自分の身体の異変を感じ取り、食べ終えていた昼食のゴミが残っている袋に手を伸ばした。

 そして、人目もはばからず、その中に先程咀嚼し、消化しかけていた昼食だったものを、吐き出していく。

 

 

東「大丈夫か!!?」

 

 

桐生院「保健室に行きましょう!!?今なら黒津木さんも安心沢さんも居るはずです!!!」

 

 

 男の背中を二人で擦りながら、それが終わるまでをひたすら見守っていた。肩で息をしながら、男は吐瀉物まみれの掃き溜めを見て、悟った。

 

 

 もう、任せられない.........と

 

 

「.........ううん、大丈夫。昨日食べた奴、消費期限切れちゃってたみたい」

 

 

東「そ、そんなの尚更「それと」.........?」

 

 

「ごめん。桐生院さん.........それ、捨てちゃって.........」

 

 

桐生院「え?あ.........はい」

 

 

 男はそう言って、職員室を去っていく。左手で袋を持ち、その右手で左腕を押さえ込みながら、彼はその背中を寂しそうに晒していた.........

 

 

 

 

 

東「.........大丈夫だったか?」

 

 

桐生院「.........はい」

 

 

 俺は去って行った桜木の姿が見えなくなり、その視線を葵の方へ移した。会議が長引いた為に助けるのが少し遅れたが、何とか間に合って良かった。

 

 

東「それにしても.........アイツ、なんでこんな.........」

 

 

 胸の内の苦しみに目を瞑りながら、俺は彼女が大事そうに持っていたアイツの退職届を抜き取り、中身を読んだ。

 別に、さして変わった事は書かれていない。当たり障りのない文言と理由で、アイツらしさがちっとも感じられない文章だった。

 こんな所で、終わるべきじゃない.........そんな思いが手にまで伝わり、思わずその紙を少し握り潰してしまう。

 

 

桐生院「.........あの人は、桜木さんじゃない」

 

 

東「.........え?」

 

 

桐生院「雰囲気が、似ているようで全然.........でも」

 

 

桐生院「最後に謝ってきたのは.........確かに桜木さんでした.........」

 

 

 .........何が何だか、俺には全く分からない。今、アイツの身に何が起こっているのか、俺には知る由は一切無い。

 傍から見れば、[大人]になったと言える変化なのだろう。冷静に状況を見て、責任を問われればそれをしっかりと取る事が出来る。そんな大人。

 担当のウマ娘が、生涯負う怪我をして職を辞めるトレーナーは、少なくない。俺もこの目で、何人もその姿を見てきた。一般的に言えば、それもトレーナーらしさなのだろう。

 けれど.........!俺はそんな.........!!!今のお前のそんな姿の方が.........!!!

 

 

東(なぁ桜木.........!こんなこと、二度と言う事も、思う事もねぇかと思ってたけどよぉ.........!!!)

 

 

東(これじゃあ本当に.........!!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「[トレーナーもどき]じゃねぇか.........!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ.........ふぅ.........ぅっう゛ッ」

 

 

 全身の筋肉が引き攣るような感覚。まるで、全身糸で上に無理やり引っ張り挙げられているような物を感じながら、俺はただただトイレの洗面器に顔を埋めていた。

 胃の中が空っぽになっていくのを抗えずに、ただただ出ていくそれを耐え忍んでいる。迫り来る現実に抗う術など無いと言う様に。

 

 

桜木「.........ふざけんな」

 

 

桜木「みんな.........!みんなみんな苦しめやがってよッッ!!!」

 

 

桜木「そんなに俺が憎いのかッッ!!?あァッッ!!?」

 

 

 鏡に向かってただ吠える。そこに何かがいる訳では無いのに、そうすることでしか、怒りを発散できないでいる。

 もううんざりだった。俺が助かる為に誰かが傷付いたり、苦しんだりするのは間違っている―――

 

 

「本当にそう?」

 

 

「人は人を傷付けて初めて救われる」

 

 

「人に傷を付けて、自分の受けた傷を舐めさせる」

 

 

「人ってそういうものじゃない?」

 

 

 違う。知った風な口を聞くな。俺はお前とは違う―――

 

 

「同じだよ。同じだったんだ」

 

 

「人が傷付いたり苦しんだりするのはダメ」

 

 

「けれど自分がそうなるのは良い。むしろ望んでいる」

 

 

「その先にあるのは破滅だよ?生きてればいいことだって必ずあるさ」

 

 

 他人事だ。全部、他人任せの他人事。生きていれば何かがある。今乗り越えれば何かがある。そうやって何も見ずに行動して、何も見えないまま先を歩く。そこに何があるかも分からないで、まるで自分の体をラジコン操作で動かすような振る舞いだ。

 その為に何かしないでどうするんだ。今を生きずに未来に向かえる保証はどこにある?何かしなければならないのに、その何かも分からないでいる。

 

 

桜木「.........もう、喋んな」

 

 

桜木「俺が救われんのは.........!俺が許せねぇんだよッッ!!!」

 

 

 鏡に向かってまた吠えた。これじゃあまるで、躾のなっていない犬みたいじゃないか。俺は、どちらかと言えば猫みたいな気まぐれな人間だと思っていたのに。

 ああ違う。それじゃあちぐはぐだ。今俺は怒りで荒れているんだ。こんなに穏やかにしていいわけが無い。

 口に残る嫌な苦味の後味をそのままにして、俺は鏡を睨みつけてからトイレから出て行った.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木(クソ.........)

 

 

 力の入らない中、それでも真っ直ぐ歩こうと足に力を入れ、口元を袖で拭いながら廊下を歩く。

 これからどうするのか、そんな事は分からない。けれど、あの子達には謝らなければ行けない。身体の主導権は俺ではなかったとはいえ、アレに渡したのは俺自身だ。

 .........結局俺は、自分が救われたいと思ったは良いが、それを良しとしない自己破滅主義者なのかもしれない。

 そんな考えに耽っているから、廊下を曲がる時に誰かとぶつかることなんて、配慮する余裕も無かった。

 

 

桜木「っ!ごめん!大丈夫.........」

 

 

「痛た.........!トレーナー!!」

 

 

 曲がり角でぶつかった相手。それは、ハルウララだった。その周りには、スピカのメンバーであるトウカイテイオーやスペシャルウィーク。サイレンススズカが居た。

 .........いや、問題は、そこじゃなかった。

 

 

桜木(っ、見るな.........!)

 

 

 俺にぶつかり、尻もちを着く形で床に倒れたウララ。その目には、痛みなのか驚きなのか、涙が浮かんでいた。

 手を差し伸ばす。普通だったらそうすべきはずなのに、その涙が、俺の記憶を刺激してくる。

 

 

 雨が降っていた。

 

 

 やめろ

 

 

 彼女は泣いていた。

 

 

 やめろ.........!

 

 

 俺は、見当違いの方向に手を差し伸べてしまった。

 

 

「ほら、やっぱりダメじゃないか」

 

 

「変わってよ」

 

 

桜木(っ、ざっけんな.........ッッ!!!)

 

 

 .........それだけはダメだ。そう思い、右手で左腕を押さえ込もうとする。けれど、身体の奥底からまた、衝動に駆られる様な突き上げが始まる。

 意識が一瞬、その方に向いた時にはもう。俺の身体の主導権は奪われていた―――

 

 

 

 

 

「大丈夫?ウララ」

 

 

ウララ「え?う、うん。トレー.........ナー?」

 

 

 身体を奪った男はそのまま膝を着き、その手をウララへと差し伸べる。普通であるならば、気が付かない差異。だがウララは、その違いを敏感に感じ取っていた。

 

 

ウララ「.........誰なの?」

 

 

「.........へぇ」

 

 

スペ「う、ウララちゃん!!?何言ってるんですか!!?」

 

 

テイオー「そうだよー!!どっからどう見てもサブトレーナーじゃん!!」

 

 

 差し出された左手を拒絶する様に、ウララは怯え、尻もちを着いた状態で後ずさった。その様子と言葉を聞き、スペシャルウィークとテイオーはハルウララに疑問を、そしてスズカは、その疑いの目を男に向けていた。

 

 

スズカ「.........私も気になるわ」

 

 

二人「スズカ(さん)まで.........!!?」

 

 

「.........とは言っても、君達のトレーナーである事には変わり「違う!!」.........」

 

 

ウララ「だってトレーナー.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「[右利き]だもん!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その言葉に、彼女達はゆっくりと男の方を見て、その視線をその手に伸ばして行く。明らかにその手は、[左手]であった。

 どうしたものか。そういう様に、男はクククと堪えた笑い声を上げる。その不気味さに、全員がその場から動けないでいる。

 

 

「いや〜、これは一本取られた。[彼]のトレーニングも案外、筋が通っていたのかもしれない」

 

 

テイオー「か、彼って.........サブトレーナーじゃないの.........!!?」

 

 

スペ「わ、私達のサブトレーナーさんを返して下さい!!!」

 

 

「それは出来ないな〜、彼は変わりたくて、僕と変わってるんだから」

 

 

 薄気味悪い、まるで空洞のような瞳を少女たちに向ける。男はそう言いながらも、徐々に震えを見せ始めた右腕を押さえ込み始めた。

 そのうち、尻もちを着いていたウララが顔を俯かせながらも自分から立ち上がる。その様子を心配そうに見る少女達と男だったが、ゆっくりと彼女は男の方へと歩いて来た。

 

 

ウララ「.........してよ」

 

 

ウララ「わたし達のトレーナーを!!!返してよぉ!!!」

 

 

「.........だから、これは彼が望んだことなんだって」バッ!

 

 

ウララ「ひゃ!!?」

 

 

三人「ウララ(ちゃん)!!!」

 

 

 男の左腕を掴み、乱暴にそれを振っていたウララだったが、それを男は軽く振り払い、もう一度ウララを尻もちさせた。

 そんなウララに、三人が駆け寄る。それでも尚、ウララはその目をまっすぐ、男の方へと向けていた。

 

 

「もう諦めなよ。彼にはもうこれ以上辛い思いをさせたくないんだ」

 

 

「[誰かを助けて自分は堕ちる物語]。そんなの、君達も望んじゃいないでしょ?」

 

 

全員「.........」

 

 

 その言葉を聞き、確かにそうかもしれないと心の中でそう考え、四人は黙り込んだ。それを見て、男は人知れず、薄気味悪い笑みを浮かべる。

 そしてもう一度、男はウララの前へ膝を着く。今度は手を差し伸ばす事はせず、その瞳をじっと見つめ始める。

 

 

「後は、[嫌われるだけ]なんだよね」

 

 

「だから君もさ―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「嫌いになってよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 [強制共鳴:嫌悪]が発動している.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ウララ「っ、い、いや.........!来ないで!!!」ダッ!

 

 

スペ「!ウララちゃん!!!」

 

 

 胸の内から、ウララは今まで感じた事の無いどす黒い感情が生まれた事に驚きを隠せなかった。そして、動揺した所に男の顔がアップで目に映り、溢れ出そうになるそれに困惑して、逃げ出した。

 スペシャルウィークはそんなハルウララを追う為に、男に背を向けて同じ方向へ走り出した。男はそれを、感情の無い目でただただ見つめていた。

 

 

「.........あと二人。かな」

 

 

テイオー「.........ねぇ、サブトレーナー」

 

 

「ん?どうしたのテイオー?」

 

 

テイオー「ちょっと.........屈んでくれる?」

 

 

 走り去っていた彼女達から視線を俯かせたまま、その身体を男の方へと向けるテイオー。それに疑問を抱きながらも、男は言う通りに、テイオーと視線を合わせるように屈んだ。

 ギリッ、という何かが強く軋む音が聞こえてくる。それが、テイオーが歯を強く食いしばる音だと気付いたのは、彼女がその手を振り上げた時だった。

 

 

テイオー「ッッ!!!」

 

 

 強い破裂音。しかし、身体が壊れる程の威力では無い。彼女は強い怒りを持ちながらも、男の身体を案じ、その力をセーブして頬を平手打ちした。

 

 

「.........あはは、君も[彼]の事が嫌いになっちゃったかな?」

 

 

テイオー「違うよ。ボクは別に、サブトレーナーを嫌いになったんじゃない」

 

 

テイオー「.........ただ、キミがやりすぎた事に怒っただけ」

 

 

「.........へぇ。大人なんだ」

 

 

 強く跡が残った頬を労わるように撫でながら背筋を伸ばして行く男。その顔に反省の色は無く、その瞳にはやはり、感情が生まれる事は無かった。

 そんな姿を見て、テイオーはまた強く歯を食いしばる。そんな彼女を落ち着かせる様にその肩に手を置いたのは、スズカであった。

 

 

スズカ「今の貴方がサブトレーナーさんではない。信じきれないけれど、嫌でもそう感じます」

 

 

「でしょ?」

 

 

スズカ「けれど、だったら貴方も分かるはずです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「奇跡を[超えてこそ]。[桜木 玲皇(サブトレーナーさん)]だと言う事を」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 睨みつけるでもなく、恨みをぶつけるでもなく、彼女はそう。真剣な目で全てを言葉に乗せて伝えてくる。それに対して、男は何も言う事は無かった。

 そのまま、少しの沈黙が流れた後、スズカはテイオーの肩を抱いたまま、ウララとスペシャルウィークが去って行った方へと、歩いて行った。

 

 

「.........そんなの、ずっと見てきたから知ってるよ」

 

 

「けれど.........[僕]ももう、[ボロボロ]なんだ.........」

 

 

 剥がれ落ちた[仮面]の欠片。誰がどう見ても、限界はとっくのとうに迎えている。それでも尚、[何か]になろうとして、[男]は[仮面]としての役割を果たそうとする。

 

 

 あの日。失った夢。

 

 

 記憶も無くなり、気が付けば右腕が動かなくなった。

 

 

 気が付かなければ、その[才]が、他人からの[借り物]だった事にも気付かずに。

 

 

 彼は、幸せに生きて行けた筈なのに.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 [ワクワククライマックス]

 Lv6→0

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「.........」

 

 

 時計の針が鳴り響く。痛い程耳に聞こえてくるそれは、男にとって―――

 

 

 いや、僕にとって。何よりも苦痛であり、何よりも癒しであった。

 

 

 あともう少しだ。もう少しで、彼は解放される。僕が感じた無力感も、執着も、彼は感じずに済むようになる。

 多少の後悔はあるかも知れない。だけど、時間が経ち、後の祭りになれば仕方が無いとある程度は割り切る事が出来る。

 右腕はもう、ピクリとも反応を示さなかった。

 

 

 行けない。今の僕は彼だ。曲がりなりにも仕事をしなくては。そう思い、次のレースに向けての資料に目を落とす。

 

 

(.........菊花賞。確か、GI?だっけ)

 

 

 レースの知識はあまり無い。と言うより、そもそもウマ娘が走るのが本懐だと言うのも、[初めて知った]。

 僕の[生きていた時代]でも、その類まれなる身体能力は重宝されたけど、本当に重要だったのは、[歌]の方だった。

 

 

(.........懐かしいなぁ)

 

 

 一人一人、レースに出走するウマ娘の姿を見て、記憶にある顔と重ねて見る。みんな、薄くはあるけどどこか面影がある。けれど、そこに一番親しかった顔を残している子は、どこにも居ない。

 

 

 自分と一緒の運命を辿った彼女は、どこに行ったのだろう。そう思い、窓の外を見ると、この学園でよく見る動きやすそうな服を来た[白バ]が、今朝の退職届を盗み見した女の人と一緒に居た。

 

 

(.........シロ?)

 

 

 その後ろ姿に、懐かしい名前がつい口から出そうになる。それを堪えて、何とか心の中だけで呟くようにしたその時、チームルームの扉がノックされた。

 

 

「どうぞ〜」

 

 

 いつもの様に乱暴に.........という事はなく、静かに教室に入ってきたのは、アグネスタキオンと黒津木宗也だった。静かに入って貰えたことで、この扉も結構喜びを見せている。

 

 

「何の用?」

 

 

黒津木「.........タキオンの、菊花賞についてだ」

 

 

タキオン「.........」

 

 

 彼の隣で黙りこくるタキオン。普段だったら、もう少し騒がしいはずなのに、今はその片鱗すら見せて来ない。一体、どう言った風の吹き回しだろう?

 それにしても、菊花賞についての話。そんな話になぜ、トレーナーでも無い彼が?そんな疑問を抱いている内に、答えは自ずと、彼の口から説明された。

 

 

黒津木「菊花賞の日。悪いんだけどさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前、来んな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「.........」

 

 

黒津木「.........正直、大変な時期だ。お前もお前で、考えること沢山あるだろうし、今は目の前の事に集中してくれ」

 

 

黒津木「付き添いは、俺が行く。お前は、その.........羽でも伸ばしてろ」

 

 

 そう言って、彼は言いづらい事を言い切った反動で、頭を激しく掻く。彼が友達思いだと言うのは、中から見ていて知っていた。

 .........だったら、それに乗っかるとしよう。この[物語]を終わらせる為に。

 

 

「わかった。俺の代わりに行ってくれるんだろう?」

 

 

黒津木「?あ、ああ.........お前何して―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これ、渡しとくわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

タキオン「.........っ」

 

 

 ―――奴は、そう言って首に掛けていた王冠のアクセサリーを、何の戸惑いも躊躇いも無く外し、黒津木くんに手渡した。

 唖然とした表情でそれをただ受け取る黒津木くん。そして、私の心の中でようやく決まった覚悟。奴は.........今の彼は、[トレーナー]では無い.........

 

 

 彼を必ず、 [元に戻す]。そんな覚悟を静かに決めていると、黒津木くんの背中が震え、そのアクセサリーを握り締める姿が見えた。

 

 

黒津木「お前.........ふざけんなよ.........!!!」

 

「っ.........!」

 

 

タキオン「く、黒津木くん!!?」

 

 

 突然、黒津木くんは受け取った手と反対の手で彼の胸倉を掴み上げる。苦しそうなうめき声も出さず、奴はただその表情を歪め、掴み上げる黒津木くんの姿を見るだけだった。

 

 

黒津木「これはっ、テメェの誇りだとか意地だとか.........!夢だとかが滅茶苦茶詰まってる大切なもんなんじゃねぇのかよッ!」

 

 

「確かにっ、大切だ.........!けれど俺が行けないんだったらせめてその[王冠]にだけでも.........!!!」

 

 

タキオン「やめろ!!!そんな掴み方をしたら危ないって事くらい!!!医者の君なら分かるだろう!!?」

 

 

 完全に気道が締まっている。怒りに我を忘れ、彼は奴の首をそうやって持ち上げて居たんだ。

 私が止めに入ると、二人とも肩で息をしながら、お互い一歩ずつ離れ、呼吸を整えて行く。

 

 

黒津木「ハァ......ハァ......ああクソっ!来るんじゃなかったッッ!!!」

 

 

「.........」

 

 

タキオン「黒津木くんっ!!!.........悪いね。本当はもっと、落ち着いて伝えたかったのだが.........」

 

 

 息を整えている彼に向かって、何とか弁明を試みるが、彼はもう既に、心ここに在らずと言うように、目の前の虚空をただ見つめていた。

 そして、大きくため息を吐き、首を横に振ってから座り込む彼を見て、私もこれ以上何かを言う事はなく、この静かになったチームルームに別れを告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 [U=ma2]

 Lv2→1

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「.........ははは」

 

 

 ―――僕は独り、笑っていた。もう。笑うしか出来なかった。裏切られた.........いや、この場合は僕が先に裏切ったんだ。向こうはそれを鏡にして反射してきただけに過ぎない。

 それでも、しっぺ返しは相当な威力で飛んで来てくれた。親しい者からのダメージは、いつだって慣れやしない。

 

 

「.........ごめんね。君の親友まで辛い思いさせちゃって」

 

 

 本当だ。という声が内側に酷く重く、そして冷たく響く。もう彼も、感情を大きく動かす程の体力が無いほど参ってしまっている。

 そして、何故あれを渡したのか?という疑問の声が聞こえてくる。正直言って、僕も分からない。

 

 

「.........僕は、[声なき者の代表者]だ。本来なら生きていないそれらに、心を見い出すことが出来る」

 

 

「君が演技が得意なのも、台詞や文字から心を強く感じられるから。そしてそれは、僕の力だ」

 

 

「.........知りたくなかったかい?そうだよね。君の[才]が実は、他人からの[借り物]だっただなんて、知りたくなかったろうね」

 

 

 一人芝居を続ける様に、内側の声に答えて行く。それでも彼は、もう怒る気力も、悲しむ体力も残っていない。あるのは冷たさだけだった。

 

 

「.........けどね。あの王冠の声だけは、どうしても聞こえなかった」

 

 

「だからアレは僕の憶測と独断だよ。それと.........きっと君なら、もっと上手く渡していただろうね」

 

 

 少なくとも、あんなトラブルにはならなかった。人付き合いが苦手な僕のせいで、こうなってしまった事は本当に申し訳ないと思う。[今度生きる時]は、それなりに上手くやろうと思っていた筈なのに。この体たらくだ。

 ゆっくりと息を吐き、その両手で顔を触る。まるで仮面を付けたように、そこに温度は無く、氷のように冷たい。

 

 

 もう二度と、あんな思いはしない。したくない。誰にもさせたくない。

 

 

 そう思って、こうやって行動しているのに.........全てが空回る。

 

 

 そして、同じ二の轍を踏みそうになっている。

 

 

 [奇跡]なんか起きやしない。

 

 

 [運命]なんかじゃ片付けられない。

 

 

 全部.........求めた道の先を遠慮なく歩き続けた結果だ。

 

 

 僕はまた、間違いを犯しそうになっている。

 

 

 [今度もまた]、かけがえのない、[一人]を巻き込んで.........

 

 

 

 

 

 ......To be continued



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U=ma2 Lv1→0

 

 

 

 

 

桜木「.........」

 

 

 秋の空模様は変わりやすい。そう言われて日本では中々の年月が経ってしまっているが、最近は何故か崩れる事は無く、晴天が良く続いてくれている。

 窓の外から、チームルームに備え付けられているテレビに目を移し、リモコンを手に取り電源ボタンを押す。時間的には、菊花賞の特別番組が放送されているはずだ。

 

 

 心の中から声が聞こえてくる。変わらなくて良いのかと。確かに、今でも表に出ているのは辛い。身体は重く、倦怠感や嘔吐の直前まで来るような気持ちの悪さが有る。

 だからと言って、担当のレースを見ない訳には行かない。だって俺はあの時―――

 

 

桜木「ッ.........ごほッ、う゛.........!!?」

 

 

 ダメだ。今は、それを思い出しちゃいけない。彼女を連想させては行けない。いつの間にか生きる為のルールが追加されていて、それを思い出せた俺は、這い上がってきた胃酸を口で塞ぎ、その上から手で押えて外には出さなかった。

 苦い苦い、酸味の酷いそれをもう一度、元いた場所に押し戻す。酷い後味が、吐き出した時よりも鮮明に残っているのは、気のせいであって欲しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

タキオン「.........」

 

 

 胸焼けにも似た胸騒ぎが、地下バ道にも響いてくる観客の声に呼応する様に反応する。深呼吸を何度しても、レースのシミュレーションを何度行っても、それが晴れることは無い。

 歓声を浴びた。愛する彼と言葉を交わした。仲間達からの激励も貰った。もうこれ以上貰うものなどないと言うのに、心はまだ、物足りなそうにしていた。

 

 

カフェ「......タキオンさん.........?大丈夫ですか.........?」

 

 

タキオン「!ああ、君と走れるのが楽しみでね。少々寝不足のようだよ」

 

 

 嘘では無い。半分は、彼女と走れるという喜びで眠れなかった。かつてのプランB候補であるウマ娘。マンハッタンカフェの真価を発揮出来る長距離レース。[菊花賞]。この舞台で彼女と共に走れるのは、本当に嬉しいことであった。

 けれど、無視できない問題も残っている。それは、このレースで勝てたとして、彼を.........トレーナーくんを、元に戻せるのかどうかという事だ。

 

 

カフェ「.........」

 

 

黒津木「無理、するなよ?長距離は適正じゃないし。ただでさえお前は―――」

 

 

タキオン「分かってるよ。そんなの、私が一番.........よく知ってるに決まってるじゃないか」

 

 

 時限爆弾。いや、諸刃の剣と言うべきなのか。この足は可能性を超える力を有しながらも、それを決して許されない破滅を持っている。まるで、何か超越的存在に生まれる前から枷をはめられたように。

 それでも、やらなければ行けない。変わろうとしなければ変わらない。今この現状を、そして.........彼を[救う]のは、私だ。彼にとっての[最初の担当]である、このアグネスタキオンだ。

 

 

神威「.........ライバルのトレーナーである俺が言うのも変だけど、頑張れよ」

 

 

タキオン「当たり前だ。今回ばかりは、全力より力を出して走らせてもらう.........」

 

 

沖野「.........気をつけろよ」

 

 

 重苦しい空気だ。レースが始まると言うのに、これから何かの終わりを突きつけられているかのような錯覚にすら陥ってしまう重さ。

 チームメイトの顔は皆、浮かない顔ばかりだ。その顔が、どこか今の彼を思い出させてくる。私はそっと、目を逸らした。

 

 

タキオン(私は、今日勝ちに来たんじゃない)

 

 

タキオン(今日、この日を持って全てを変えに来たんだ.........!!!)

 

 

 [菊花賞]。ウマ娘が競走バとして出られるのはほんのひと握り。そして、その人生で一度の出走しか認められて居ない。

 そんな大事なレースを勝つ為ではなく、変える為に走る私は、きっと大バカ者なのだろう。

 それでも、私はこのレースを利用する。例え誰に貶されようと、罵られようと、私はこのレースを持って、このチームを[元に戻す]。その覚悟は、もうとっくのとうに決めているんだ。

 

 

ウララ「.........タキオンちゃん」

 

 

タキオン「ん?どうしたのかな?ウララくん」

 

 

ウララ「袖、捲ってて良いの.........?」

 

 

タキオン「.........!」

 

 

 気が付かなかった。勝負服の袖は、いつも掌が全て隠れてしまうくらいのまま着ている。特にそうする理由も無いが、気が付いたらそのような着方をしていた。

 それを、今この場で変えるのはナンセンスだ。いつも通りの服装で、いつも通りの走りを。そうすれば、きっと勝てる。変えられる。

 私は彼女に指摘された袖を直してから、突き放すような光が差し込んでくる出口の方へ、歩いて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「晴天広がる空の元、ここ京都レース場芝3000mの舞台にて、開催されるクラシック級GI[菊花賞]」

 

 

「人々にとっては年に一度。出場する選手にとっては一生に一度のビッグレース。こちらにも彼女達の緊張が―――」

 

 

 テレビから聞こえてくる実況の声。えも言われぬ緊張感と無力感が同時にこの身に襲ってくる。

 [菊花賞]。その言葉を聞いて、何かを思い出す前に強く目を瞑る。そして、全く関係の無いことを思い出そうとする。

 これまで食べた物の中で一番美味しかったもの。一番楽しかった事。一番嬉しかった事。その全てを条件付きで頭の中でソートを掛けても、一人の存在を除外しただけで、全てヒットしなくなる。

 苦しかった。それでもどうしようも出来なかった。だって俺は、俺には、力が無いから.........

 

 

「各バゲートイン完了しました!」

 

 

 俺には.........

 

 

「[菊花賞].........!」

 

 

 俺には.........

 

 

「今スタートです!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 主人公(ヒーロー)の才能が無いから.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

黒津木「.........」

 

 

 一斉にスタートを切り、付かず離れずの団体行動の様な序盤のレース展開。タキオンは、得意の先行策で6番手にその身を置いて機会を狙っている。

 そして、そのライバルであるカフェは後方で最後に差し切るいつものレース展開に持っていく考えのようだ。

 

 

黒津木「.........なんか、空気悪いからお前喋れ」

 

 

白銀「あー。じゃあ玲皇に会いに行ってどうなった?」

 

 

神威「.........それわざわざ聞くなよバカ」

 

 

 本当だ。こっちは滅茶苦茶胸糞悪い思いをしたんだぞ。空気を読めないコイツに提案したのがまずバカだった。

 それでも展開は澱みなく進んでいる。彼女にとっては絶好の位置だ。ここからいつも通りの、あの皐月賞の時のようなスピードが出せれば、怖いものは何も無い。

 何も無い.........はずなんだ。

 

 

黒津木(.........なぁ、玲皇)

 

 

黒津木(お前、いつもこんな気持ちで付き添ってたのかよ.........?)

 

 

 酷い胸騒ぎだ。脈を測れば正常に機能している身体。しかし、それすら違和感が満載で気持ちが悪くなってくる。正常で居られる身体に、俺は疑問を抱いてしまう。

 今まで、1ファンとして、彼女や他のウマ娘のレースを会場で見てきた。熱いレースに白熱し、勝っても負けても、満足感は他の何にも変えられないほど大きかった。

 それが、今はどうだ?大きな苦しみを心に感じながら、それでもまだ、前を見て、レースを見なくちゃ行けないのか?

 .........ここに来て初めて、俺は思い知った。トレーナーなんて言うのは、生半可な思いで成れるものなんかじゃないんだと。

 

 

 そして同時に後悔し、反省した。こんな見えない重い何かに押し潰されそうになりながらレースを見てるなら、ああなっても仕方は無かったんじゃないか、と.........

 

 

 胸に下げた借り物の王冠。アイツの全てが詰まっていたそれは、風に揺れる。

 

 

 まるで、今は空っぽで、何も入ってない軽い、何の変哲もないアクセサリーだと主張してくるように.........

 

 

黒津木(.........タキオン)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

タキオン「ハァ......ッハァ......ッ!」

 

 

 おかしい。何かがおかしい。3000mの中盤。私は身体の中にある違和感にようやく気が付き始めた。必死に身体を前へと動かしながら、可能性を必死に探し求めていた。

 

 

 何度も導き出されるその可能性を否定し、もう一度計算と仮説と証明をたて直していく。それでも、何度も何度も、その可能性は私の前に現れて、[変わらない]と言うように私のあがきを嘲笑う。

 

 

 ならば、それに抗うしかない。誰かが導き出して世界に普及した[解]も、私が独自に導き出した[解]も、今はもう枷でしかない。

 

 

 レースの興奮と体力が徐々にすり減っていく焦燥感の中、私は最後の望みを賭け、私はもう一度、誰も導き出したことの無いそれを、手探りで導き出そうとした。

 

 

タキオン(さぁ.........!可能性を―――!!?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 [U=ma2]

 Lv1

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 身体が前へと進む。走る為の持久力も回復し、前進するスピードが増幅する。

 それでも、いつもの様にとは行かない。いつもより回復量も、加速量も無い。明らかに、[弱くなっている]。

 

 

タキオン「くッ.........!!!」

 

 

 それでも、以前と同じように前へと進み、先頭に今すぐ立ち、独走していかなければ行けない。

 そうしなければ.........きっと必ず.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カフェに差し切られる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

タキオン(動け.........)

 

 

タキオン(動け動け動け動け動け動け動け動け動け動けッッ!!!)

 

 

 ただひたすらに、自分の身体を酷使する。無理に前へと出ようと、全力を振り絞って今から前へ行こうとする。

 そんなこと、しても意味は無い。今大幅なリードを得たとしても、結局最終直線には力尽きてカフェに.........いや、それ以前に他のウマ娘達にも差し切られてしまうだろう。

 そんな簡単な事にも気付かないまま、私はただひたすらに、前へ進もうとしていた。

 

 

 まるで.........今のこの現状をどうにかしようという風に.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

デジ「.........黒津木先生」

 

 

黒津木「.........言うな」

 

 

 レースは終盤に差し掛かっている。タキオンは既に息も絶え絶え。明らかに焦って掛かっている。前へ前へと出ようとするあまり、自分の残り体力にすら気を回せなくなっている。

 デジタルの不安そうな視線を感じながら、俺はこの行く末を見守ろうとしていた。それでも、その目を逸らしたいという気持ちは、大きいままだった。

 

 

神威「.........こんな時に言うのもなんですけど」

 

 

全員「.........?」

 

 

神威「トレーナーって.........素直にレースを見れないんですね」

 

 

 そういう神威の目は、レースをずっと見ていたままだった。その視線の先には、最終コーナーを回って前へと差しに行くマンハッタンカフェの姿がある。

 いつもであれば、両手を上げたり、拳を握って興奮を表していただろう。けれど、俺もコイツも、どこか苦しいものを感じながらこのレースを見ている。

 

 

沖野「.........俺だって、こんなワクワクしねぇレースは初めてだよ」

 

 

沖野「一体俺達は.........どこで間違えちまったんだ.........!!!」

 

 

 観客席の最前線。そことレースとを仕切る鉄柵を、沖野さんは強く握りしめて言った。その答えは、俺には分からない。

 けれど、今のこの現状全てが間違っていると、はっきりと言えてしまう。俺がこの役割に徹している事。アイツがここに居ない事。タキオンが信条に反して走っている事。その全てが、間違ってしまっている。

 胸をえぐられるような気持ち。それから救われたいのか、俺は無意識に胸に掛けた王冠に手を伸ばした。そして、それが無駄だということに気が付いた。

 

 

黒津木(.........ずるいよなぁ、お前はさ)

 

 

黒津木(お前は、誰かの真似して、なりきる事ができるのに.........)

 

 

黒津木(俺は結局.........!お前にはなれないんだからさ.........!)

 

 

 王冠に縋り付く意味も、誰かになる力も、俺には無い。それに気付き、その手をゆっくりと下におろした。

 目の前のレースは既に、カフェが先頭に食らいつき、ゴールに向かおうとしている。タキオンの位置はもう.........掲示板には乗らない位置で、走っていた.........

 

 

 実況の声が、聞こえてくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マンハッタンカフェ!!マンハッタンカフェが菊花賞を制しましたー!!」

 

 

「今年のクラシック級レース!!最も強いウマ娘が今ここに!!証明されました!!」

 

 

「2着には―――」

 

 

 テレビの音声は延々と垂れ流され続けている。しかし、それを見ている人間は一人もいない。先程まで座って見ていた男も、席を立ってどこかに行ってしまっている。

 後悔していたはずだ。ジャパンカップをその目で見ず、レースを見ずして敗北だけを知ったあの日に、男は後悔していた。

 

 

「.........ッ」

 

 

 けれど、その後悔すら意味を成さない。

 

 

「う゛ぐぉッ゛うぅ゛う゛.........ケホ゛ッがふ゛ッ」

 

 

 

 

 

 ―――最悪だ。最後まで絶対目を離さないと心に誓っていたのに、何だこの体たらくは。担当のレースを見て、吐いてるなんて、最低じゃないか。

 身体に上ってくる得体の知れない恐怖。それを象徴としたような吐瀉物が、職員トイレの手洗い場にある。それを見てまた、恐怖を思い出して苦しいものを吐き出す。

 

 

「フゥー.........フゥー.........」

 

 

 地獄を何とかやり過ごして、目の前の鏡を見てみる。そこには、今まで見てきた中で一番の.........現実も、夢の中もひっくるめた中で一番の酷い顔が、そこに映し出されていた。

 

 

 やめてくれ。

 

 

 そんな顔、しないでくれ。

 

 

 終わらないでくれ.........

 

 

 濁りきった思考で、沈みきった思いで、その手を前へと伸ばして鏡に触る。

 諦めたくない。諦めなければ行けない。その二つの思いがぐちゃぐちゃになって、もう諦めざるを得ない。そんな状況。

 

 

「.........俺が、悪かったんだよな」

 

 

「普通に生きてるだけで.........幸せなくらいの身分なのに.........分不相応に求めちゃった俺が.........」

 

 

 振り返れば、苦しい中でも幸せはあった。それがなぜ、幸せだったのか。今ではよく分からない。きっと、普通の暮らしに慣れてしまったから。

 だからきっと、これは咎めなのだろう。普通を求めただけでも十分だったのに、それ以上を求めてしまった。俺への咎め。

 飯が食えない訳じゃない。夜に寒い思いをして寝る訳でも無い。服がボロボロになっても新しい物を買えない訳では無い。欲しい物を店先で指を咥えて見てるだけという訳もない。

 それでも、俺はその先を求めた。今が幸せじゃない訳じゃないのに。その先を求めてしまった。[次]を、性懲りも無く、まるで獣のように、人間性なんて微塵も感じさせず、ただひたすらに、[次]を.........

 飯が食えるのならもっと沢山。夜に寒くならないならもっと暖かく。服が綺麗ならオシャレで替えのきく物を。欲しい物が見つかったら調べてそれよりいい物を。

 それが行けなかったのかもしれない。誰かとの繋がりを求めて、話題を作ろうとして、幸せになろうとしたのが行けなかった。俺は繋がっちゃ行けない存在なんだ。消えるべきなんだ。幸せになっては行けないんだ。

 なんで生きている?なんで幸せになる?そんな資格が俺のどこにある?俺に与えられているのは、せめて普通以下の暮らしをする権利だけだ。それ以上求められるほどの人間じゃないって、知ってたはずだ。

 けれど死ぬのはダメだ。お前は極悪人だ。そして俺はお前が死ぬほど嫌いだ。だからこの世の全ての苦しみを感じて死んでくれ。そのために生き続けてくれ。懺悔に懺悔を重ねて、それでも尚許されること無く、死ぬ時はひたすらに命乞いをして死んでくれ。

 

 

「.........くっ、ぅあ.........!」

 

 

 恥の多い人生を送ってきた。

 

 

 そんな一言じゃ言い表せない程、俺は恥知らずな男だった。

 

 

 何がトレーナーだ。

 

 

 何が大人だ。

 

 

 何が恋だ。

 

 

 お前には.........過ぎた[夢]だったんだ。

 

 

「.........はは」

 

 

「そうだよ.........それがいい。それが一番、皆に嫌われる道だ.........」

 

 

 俺は、この鏡に映っている奴がどんな奴なのか知っている。それは、俺が一番嫌いな奴だ。

 俺は嫌いな奴が幸せになるのが許せない。そして、ソイツの事を好きだって言う奴に、考えを改めさせてやりたい。

 コイツは、死んで抜け殻になっても誰にも見向きもされないくらいに、嫌われてなきゃ行けない。

 だったら、やることは一つだ。コイツは最低だと皆に知らしめるために.........俺がやる事は、たった一つだけ―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――トレーナーを、辞める事。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それが良い.........これでお前は立派なクズだよ」

 

 

「なんせ.........犯罪じゃないから、誰にも裁かれない」

 

 

「その上で.........人の心を沢山傷付けて行くんだから.........」

 

 

 乾いた笑いが響き渡る。けれど自分のそれすらも耳に入らない。今は、目の前の男をどんな風にして困らせて、苦しめて、殺してやろうかを考えている。

 

 

 お前が死ねば、皆幸せになる。

 

 

 お前がいなくなれば、皆楽になる。

 

 

 お前が消えれば、皆忘れてくれる。

 

 

 苦しみも

 

 

 絶望も

 

 

 悲しみも

 

 

 後悔も

 

 

 全部

 

 

 全部

 

 

 全部.........

 

 

 

 

 

 ―――男は笑っていた。鏡に映る悲しい顔にも気が付かないまま、男は笑う。ただ一人を不幸せにする為に、ただの一人の心を殺す為だけに。男はゆっくりとそこから出ていく。

 

 

 男は、今度は[仮面]を付けようとはせずに、この道を終わらそうとしていた.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

黒津木「タキオン!!!」

 

 

 レースが終わった地下バ道で、あたし達はタキオンさんの帰りを待っていました。結果は7着。掲示板入りすらしていない順位でしたが、心配なのはそこではありません。

 彼女はよろよろと、視線を下に向けながら力なく歩いてきました。その姿を見て、黒津木先生は彼女に向かって走り出し、その身体を支えるように抱き締めました。

 

 

カフェ「タキオンさん.........!!?」

 

 

タキオン「っ、心配は要らないよ.........君と走るのが楽しみでね.........寝不足の上に、多少、無理をした.........こうなるのは、見えていたさ.........」

 

 

デジ「.........」

 

 

 嘘です。確かに、彼女は昨日。と言うより、最近寝てなくて、寝不足気味でした。けれどそれは、レースや誰かと走れる興奮によるものでは決して無かった。

 研究も実験も無い中で、どうして彼女が起きていたのか?それも違います。[寝れなかった]んです。布団を被って、精一杯目を瞑ろうとしても、タキオンさんは、[夢を見る]ことが出来なくなっていました。

 

 

神威「タキオン.........」

 

 

カフェ「.........タキオンさん。また、走りましょう」

 

 

カフェ「今の貴女に勝っても私は.........素直に喜べません.........」

 

 

 彼女はタキオンさんの身体に触れようとして、一瞬その手を伸ばしかけましたが、少し止まってからもう一度その手を戻して、その慰めの言葉を掛けました。

 それは、マンハッタンカフェさんが送れる、最大の慰めでした。今度は万全の状態で、何の憂いも無い状況で走れたら、きっと結果は違ったかもしれません。

 それほどまでに、今のタキオンさんは、いつもの様な圧倒的速さを、持ち合わせていませんでした。

 

 

沖野「.........良くやったな」

 

 

タキオン「っ.........良く、やっただって.........?」

 

 

タキオン「ふざけるな.........!!!」

 

 

 沖野トレーナーの言葉を聞いて、カフェさんの慰めにすら反応を示さなかった彼女が、黒津木先生の腕の中で怒りを顕にしました。

 今にも沖野トレーナーに掴みかかりそうな勢いですが、レースを終え、しかも限界近く体力をすり減らしたせいで、人間である黒津木先生にその前進を抑え込められてしまいます。

 それでもなお、彼女は彼の方へと近づこうとしていました。

 

 

黒津木「タキオン......!落ち着けって.........!!!」

 

 

タキオン「私は勝てなかったッッ!!!」

 

 

タキオン「勝たなければ行けないレースで!!!勝てたら何かが変わるかもしれないレースで!!!勝てなかったんだッッ!!!」

 

 

タキオン「私は何をしたんだ!!?このレースで[彼]を[元に戻せた]か!!?[彼女]の[運命を覆せた]か!!?」

 

 

デジ「タキオン、さん.........!!」

 

 

 怒りでいっぱいだった顔が、少しずつ変わって行きます。外に向けていた激しい揺れ動きが、段々と自分の中へと向けられて、怒りが悲しみになっていくのが手に取るように感じられました。

 

 

タキオン「私は.........!!!変えられなかった.........!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「越えられなかったぁぁあぁぁあああぁぁぁぁあああぁぁぁ..................!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 [U=ma2]

 Lv1→0

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 [強制共鳴:絶望]が発動している.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

デジ「.........」

 

 

デジ(.........違う)

 

 

 彼女は声を上げ、彼の腕の中で泣き始めました。その姿を見て、周りの人達は皆、悲しみと苦しみが織り交ざった様な表情をしていました。

  違う。それは、何に対して言ったのか、あたしにも分からなかった。けれど、今この現状が、追い求めている物では無いということだけは、ハッキリとしていました.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 [強制共鳴]が発動している.........

 

 

 [強制共鳴]が発動している.........

 

 

 [強制共鳴]が(違う.........)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの人はきっと、こんな事を望んじゃいない。あの人が望んでいるのは、自分を助けてくれる人。

 今まで自分がその役割をしていたから、誰かを助け続けていたから.........きっと、声を上げ慣れていないだけ。自分の心の奥底から静かに聞こえてくる声に気付けて居ないだけ。

 

 

 だったら、あたしが[それ]になればいい。

 

 

 今、誰もあの人を助けられないなら。

 

 

 あたしがあの人を助ければ良い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 [???]

 Lv?→0

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もう、ただの一般ウマ娘Aは居ません。ここに居るのは、アグネスデジタルです。アグネスデジタルの物語は、アグネスデジタル自身が切り開かなければいけない。

 もし、あの人が自分でその身を地獄に置こうとしても関係ありません。あたしは、このチームが好きなんです。チーム[スピカ:レグルス]の皆さんが、沖野トレーナーが、あの人のお友達が、あの人の事を好きなマックイーンさんが。

 そして.........マックイーンさんの事が好きな、[トレーナー]である[桜木 玲皇(あの人)]が好きなんです。

 

 

デジ(もう。ただのウマ娘ちゃんが好きなオタクなだけのあたしは居ません)

 

 

デジ(チームの.........あの人の為ならあたしは.........!!!)

 

 

 

 

 

 ―――周りが苦しんでいる中、一人の少女はその拳を、人知れず握り締めた。その瞳に、強い意志を宿しながら、一人覚悟を決めた。

 だが、それはアグネスタキオンが決めたような覚悟では無い。一人で変えられる程、少女は強くないと自分で知っていた。

 だから、その覚悟は[全てを変える]のではなく、それをできる一人を、[変える]事。[元に戻す]覚悟であった。

 

 

 誰もまだ、気付いていない。

 

 

 [勇ましき者]の目覚めに、まだ、気が付いていなかった.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

沖野「.........」

 

 

 多くの寝息が聞こえてくる帰り道の電車の中。外の景色は秋だからか、時間の割に暗さを帯び始めている。夕焼け空の向こう側は、もう夜になりかけていた。

 

 

沖野「.........起きてるか?」

 

 

白銀「ん.........」

 

 

 隣に座る白銀の方を見ると、自分の携帯の画面を開きながら、ボーっとしている様子だった。

 チラリとその画面を見ると、それはどうやら、ゴールドシップに何かメッセージを送った様で、物の見事に既読すら付けられていない状態だった。

 

 

白銀「なぁ、ゴルシなんかあったのか?今日っつーか。最近見てねぇんだよな」

 

 

沖野「.........さぁな、桜木絡みでなんかあったんだろう。授業の方にも、出てないらしい」

 

 

 アイツの姿を見たのは、数日前が最後だ。まるで変わってしまったという桜木の噂を聞いて、いてもたってもいられなくなったんだろう。

 そして、何かを突きつけられて、心を折られた。俺でも、あの状態のアイツになんて声を掛けていいのか分からなかったんだ。そうなるのも無理は無い。

 .........だが、この現状が良いとは、俺も微塵も思っちゃいない。

 

 

沖野「.........今日、桜木の奴に会いに行く」

 

 

白銀「.........」

 

 

沖野「古賀さんと、東の奴も連れて行く。お前らはどうする?」

 

 

 

 

 

 ―――正直、もう関わるべきじゃないと思っていた。今のアイツを前にすると、自分を保てなくなって、言いたくねぇことも絶対に言っちまうと思ったから。

 けれど、このまま終わっちまうのも後味の悪いもんがある。こんなんじゃ、アイツと親友っつっても、全世界の親友持ちに笑われて指差されんのがオチだ。

 俺が笑われんのは別に良い。俺は笑われて当然の人間だ。面白いと思われた方が俺も嬉しい。

 けれど、俺と一緒にアイツらが笑われんのは違ぇ。アイツらを笑っていいのは、一緒にバカな事やってきた友達だけだ。

 

 

白銀「.........良いぜ。その話乗ってやる」

 

 

白銀「偶にはよ、ちゃんとダチっぽいことしとかなきゃ、アイツ俺達がなんだったのか勘違いしちまうだろうからよ」

 

 

 

 

 

 ―――そう言って、白銀の奴は俺に背を向けて寝始めた。普段と変わらない少しふざけたような口調だが、それでも、コイツが本気だと言うことはしっかりと伝わった。

 

 

 学園に着くのは、5時を過ぎた辺りだ。そこで全部.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 決着を付けてやる.........!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ......To be continued



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勇者の目覚め。一等星の鼓動

 

 

 

 

『トレーナーさん、今日のお昼ご飯はなんですの?』

 

 

『トレーナーさん。私のプリン、勝手に食べましたか?』

 

 

『トレーナーさん!顔色が悪いですわ!少し休んだ方が.........!』

 

 

 彼女の声が頭に響く。いや、彼女だけじゃ無い。ここに居ると.........チームルームに居ると、皆の声や、様々なシーンの残像が幻聴と幻覚として目の前に現れてくる。

 手に持った[退職届]を一度机に置き、満遍なくこの部屋の中を見ていく。素敵で、楽しい思い出ばかりが、俺の脳裏を過ぎっていく。

 

 

「.........お前が壊したんだろ」

 

 

 今更何に縋っているんだ。お前はもう終わらせたいんだろう?だからわざわざ、桐生院さんに捨てさせた[退職届]をもう一度書き上げたんだろう?

 心の内に黒い何かがぶわりと湧いて出てくる。これでお前は終わりだ。一生俺と皆に恨まれ続けながら、許しを乞いて死ねばいい。

 

 

 窓の外は、夕焼けが綺麗な空が拡がっている。遠くに雲が見えているけど、それすら風情だと思わせてくれる。秋の夕暮れは、割と好きな方だ。

 

 

(.........ああ、そっか)

 

 

(この景色ももう見納めだから、思い出してんのか)

 

 

 いくつもの時間が過ぎて行った。いくつもの季節を過ごして行った。楽しい思い出ばかりが、俺の脳裏に過ぎって、燃えていく。自分の手で燃やして行く。

 夕焼け空の夕日に触れようとして、その手がガラスに触れる。俺は決して、それに触れることは無いというように、透明なそれが、俺の追い求める物と俺とを明確に分けてくる。

 俺は、昔からそういう存在だった。求めた物を作り上げて、そこから自分だけが弾き出されて、沢山の人達が仲良くしているのを、傍から見るだけになってしまう。遅かれ早かれ、絶対にそうなってしまう。

 慣れていたつもりだった。けれど最近はそんなことも無くて、すっかり忘れていた。俺は人々に生理的に嫌われている。

 

 

 ここまで、よく頑張った方だ。そしてよく分かったじゃないか。弾き出されることに抗えば、その輪自体を破壊してしまう事になってしまうのは、目に見えていたじゃないか。

 それを身を持って体験した。もう十分だ。これ以上、あの子達を傷付けないよう、俺はここから消えるべきなんだ.........

 

 

「逃げるんですか」

 

 

 冷たい声が、背中の方から掛けられる。自分の世界に浸りすぎて、人の気配にすら気が付けないなんて自己愛が過ぎる。

 自分に対して憎しみを膨らませつつ、振り返ることはしない。俺はガラスに反射するその姿を見て、誰かを確かめた。

 

 

「.........デジタル」

 

 

デジ「.........」

 

 

 それは、アグネスデジタルだった。けれど、普段の彼女では無い。机の上に置いた退職届をチラリと見たあと、俺の方を見ている。今まで見せた事の無いような表情で、彼女は俺に対峙している。

 

 

デジ「散々皆さんの事を傷付けて、自分はこれ以上傷付かないように逃げるんですか」

 

 

「.........そうだ」

 

 

デジ「.........真面目に受け取らないでください。今のは、八つ当たりみたいなものです」

 

 

 悲しそうに目を逸らし、バツが悪そうにそう呟く。言いたい事は終わったのだろうか?最近、人の気持ちに全く寄り添えられない。

 ゆっくりと息を吐き、意識を空に戻そうとすると、彼女が強く一歩前に歩き出していた。

 

 

デジ「本当にそれで良いんですか」

 

 

「.........何が言いたいのさ」

 

 

デジ「貴方は自分の声に気付いてない」

 

 

デジ「苦しんで、悲しんで、でも今まで人を助けるのは自分の役割で、自分を助ける方法を知らないから、気が付いてない」

 

 

 知った風な事を、知った風な口調で話し出す。俺の事なんて分かりはしないくせに、土足でズケズケと心の中へと入り込む。

 心の内に怒りが湧いてくるのを感じながら、俺は彼女に口を開く。

 

 

「君には関係無い事だ」

 

 

デジ「そんな事ありません」

 

 

「今まで傍観者だったのにか?今更中心を気どるつもりか?」

 

 

デジ「.........痛いところを突きますね」

 

 

 彼女は表情を変えずに、静かに恨み言をぶつけてくる。事実、彼女は今まで自ら取り巻きの一人という立場を受け入れていた。誰に言われるでもなく、自分からだ。

 そんな彼女が、今更どうしたというのだ?一体、どうして俺の前に今更現れて、こんな説教をかましてきたのだ?その全てが、俺には分からないでいる。

 それでも、その瞳は揺らいでいない。揺らいではくれない。変わらずに真っ直ぐと、俺を射抜くように見ている。まるで、心の奥底まで覗き込んでくるように。

 

 

デジ「あたしは、ただ見ていたかっただけなんです。貴方と皆さんが作る物語を」

 

 

デジ「けれど、それはあたしの望まない形で終わろうとしています。だから今、あたしは一般ウマ娘Aとしてではなく、[アグネスデジタル]としてここに来たんです」

 

 

 

 

 

 ―――目の前に居る人は、あたしの言葉を聞いて、少し動揺した様に一瞬身体を震わせました。

 

 

「.........今更、全部遅いよ」

 

 

「俺。取り返しのつかない事しちゃったし」

 

 

デジ「だったら取り返せば良いじゃないですか」

 

 

「.........そんなの、屁理屈じゃないか」

 

 

 そうです。屁理屈です。けれど、それが今の貴方を救える唯一の物です。正しい物は全てにおいて強さを発揮しますが、それが必ず人を助ける物になる訳ではありません。

 言っている事は、正しいです。取り返しのつかない事をしたなら、それを胸に、誠心誠意行動すれば良い。

 けれど屁理屈に聞こえてしまえば、正しくはなくなります。それだけでこの人を救えるのなら、あたしは正しく無くていい。

 

 

デジ「本当に、このままで良いんですか?トレーナーさん」

 

 

「.........うるさい」

 

 

デジ「閉じこもっていたって、何も変わりませんよ」

 

 

「うるさい」

 

 

デジ「手を伸ばしてください!助けられる努力をしてください!」

 

 

「うるさいッッ!!!」

 

 

 一際大きい声が響き渡りました。それは、最近では見ることのなかった、彼の[本心に近い思い]でした。

 ゆっくりと振り返り、その顔を私に見せてきます。その顔は、憎しみと憎悪。悲しみと苦しみ。全てに囚われていました。

 

 

???「今更どうなったって遅いんだよッ!!!」

 

 

???「マックイーンは終わったッッ!!!」

 

 

???「もうこの物語はおしまいだッッ!!!幕を閉じたんだッッ!!!」

 

 

???「だったらッッ!!!.........だったらもう.........!!!引き伸ばさなくていいじゃないか.........!!!」

 

 

 悲痛な叫び。彼の、この物語を終わらせたいという[建前]。それが嫌という程に伝わります。そして、理解してしまいます。終わった事をもう、これ以上引きずり出すなと言いたい彼の気持ちが.........

 そして、それだけじゃない。大人になろうとしている。願望や希望ではなく、事実を受け止め、歪ながらも進もうとする彼の変化を、感じ取ってしまう。

 たしかに、大人になると言うことはそういう事なのかもしれません。けれど.........あたし達は.........!!!そんな事を望んではいません.........!!!

 

 

デジ「.........本当にそうですか?」

 

 

???「.........っ」

 

 

 ゆっくりと、今度はあたしの方から彼に問い掛けます。結局それは、[本心に近い]と言うだけで、[建前]に変わりはありません。

 彼が何者なのかをまだ、彼が理解しきれていません。それでは、意味が無いんです。この人が、どう頑張っても[桜木 玲皇(???)]だと言うことを、この人に思い出させなければ行けません。

 

 

デジ「なんで.........一人で背追い込もうとするんですか!!!抱え込もうとするんですか!!!」

 

 

デジ「あたし達はチームです!!!そこに!!!大人だとか子供だとか!!!関係は無い筈です!!!」

 

 

???「っ、だったら.........何が出来るんだよッッ!!!」

 

 

???「お前らに一体.........!!!何が出来るって言うんだッッ!!!」

 

 

???「お前らがマックイーンを!!!治せんのかよッッ!!!」

 

 

デジ「.........それは」

 

 

 それは、はっきり言って出来ません。あたし達は医者じゃなく、医療従事者でもなく、ただのウマ娘。しかも、学生です。そんな事が出来るのなら、とっくのとうにやっています。

 彼はがむしゃらに、やけくそに叫びました。けれどそれは、絶対的な事実。誰にも、彼女の脚を治せる根拠も方法も、力も何も無いんです。

 

 

 言い淀んで、立ちすくむあたしの横を、やっぱりというように寂しそうな顔で横切ろうとしていきます。ここで彼を離せば、それこそ本当に、取り返しのつかないことになってしまいます.........

 

 

 じゃあ、今のあたしに出来ることはなに?[マネージャー]として、誠心誠意付き添う?それとも、マックイーンさんが治るまで、チームを支える?

 

 

 違う。

 

 

 違う。

 

 

 違う。

 

 

 そんなの、今までやってきた。それじゃあ変わらない。いつもと同じで、他人に縋って、その姿を後ろから見ているだけ.........

 

 

 あたしは決めた。もう[一般ウマ娘A]じゃない。これからは、一人の[アグネスデジタル(ウマ娘)]として、背中じゃなくて、チームの皆さんの隣を、支えて行こうって.........!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 [ユメカケビト]になった!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

???(.........そうだよな)

 

 

 ―――デジタルは、何も言わない。いや、言えないんだ。そんなの、分かりきってたことじゃないか。

 彼女を治す手立てなんて、どこにも無い。この世に存在しちゃいない。していたのなら、どんな犠牲を払ってでも、命を刺し違えてでもそれを手に入れて、彼女の脚を治していた。

 けれど無いんだ。そんな魔法みたいな、不治の病を治す方法なんて.........誰も持ってないし、誰も知らない。

 

 

 彼女の横を通り過ぎた。何かを言おうとして、でも詰まっているその姿を見て、その何かに抗う姿が、今の俺には苦しく見えた。

 扉に手を掛けた時、もう終われると思った。長かった.........本当に、長い長い、[山あり谷ありウマ娘]は、下り坂を下り、崖の一歩手前で気が付いて、俺は元来た道を―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――走りますッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――声が出た。ようやく、あたしが彼に伝えたい心が、言葉になって出てきた感触でした。

 

 

デジ「あたしは、ウマ娘だから。走ることしかできません。けど、トレーナーさんの為に.........一生懸命走ります.........!!」

 

 

デジ「だから.........!!辞めないでくださいっ!諦めないで.........ください.........!!」

 

 

???「.........デジタル」

 

 

 雫が落ちて、地面で弾ける音が微かに聞こえてきます。そしてそれは、一度で終わらずに、断続的に、不規則に聞こえてきて、知らず知らずの内に自分が泣いていることを認識させてきます。

 鼻をすすりながら、両手で目を擦りながら彼の顔を見ると、そこには驚きの表情であたしを見るトレーナーさんが居ました。

 

 

デジ「夢を諦めるウマ娘ちゃんの為にデジたんは頑張ってきたんです.........!!だったら、夢をあきらめる人間の為に、走ったって許されるはずですッッ!!!」

 

 

 [夢]。それは、ここに居る、この学園に居る人達にとってかけがえのない、換えることの出来ない宝物。それを追い求め、その手につかみたいという人達とウマ娘達が巡り会い、手と手を取り合い、共に同じ場所へと行こうとする始まりの場所.........

 けれど、夢はいつか終わります。誰かに負けて、一回きりのレースで勝てなくて、人と、ウマ娘と仲違いして、怪我をして、会えなくなって、理由は沢山。夢を見つける事より多いです。

 でも、それでも.........夢はいつでも.........胸の内にあるから.........!!!その夢を持つ人達の歩みが.........!!!とっても素敵で.........!!!とっても.........尊いから.........!!!

 だから、あたしは走ります.........!!!例えそれが―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「芝だってダートだってッ!地方でも中央でもオープンでもG1でも走ってやりますよッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だから.........ッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「[奇跡]だって.........超えて見せてくださいよ.........ッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――例えそれが、茨の道だとしても.........!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 [尊み☆ラストスパ―(゚∀゚)―ト!]

 Lv0→1

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

???「.........」

 

 

デジ「ハァ......ハァ.........」

 

 

 ―――彼女は、全速力で走った後のように、肩で息をする。そして、その力を全てぶつけられたように、俺の身体が酷く打ち付けられたように.........痛くなった。

 そして、それはきっと彼女も同じだ。今まで、苦しんできただろう仲間達の姿を見て、心を痛めて.........それでもこうして、俺の前に来てくれた。

 .........俺には、とても無理だ。

 

 

???「.........強いんだな。君は」

 

 

デジ「.........強くなんか、ないですよ」

 

 

デジ「怖いです。足なんか、ガクガクで、あたしが何か言ったせいで、トレーナーさんを困らせたり、苦しめるかもって、今でも.........」

 

 

 息を乱し、言葉を途切れ途切れにしながらも、彼女は言葉を続ける。俺の壊れる姿を想像しているのか、その身体は震え、怯えている。

 けれど、彼女は歯を食いしばった。まるで、それ以上の恐怖に耐えるように。強い震えと、大粒の涙が見える。 そしてそれを振り払うように、頭を抱えて大きく首を横に振る。

 

 

デジ「けどッッ!!!今までの事全部.........!!!良かったってだけしか言えない[思い出]になる方が.........ッッ!!!もっと怖いんです.........!!!」

 

 

デジ「振り返って.........辛かったって言うのも苦しくなって.........!!!楽しかったってだけで終わる[思い出]にしたくないんですッッ!!!」

 

 

???「っ.........」

 

 

 辛いこと。悲しいこと。その全てを無かったことにする。それ以上に、苦しいことはないのかもしれない。それは、その[思い出]を[越えられなかった]という事に他ならない。

 俺は、どうすれば良い?どうすれば[英雄(ヒーロー)]になれる?[主人公(ヒーロー)]になれる?どうすれば.........[理想の自分(ヒーロー)]になれる.........?

 ぐるぐると回る思考の中、今度はデジタルが俺の横を通り過ぎて行く。それを止めようと手を伸ばしかけて、サッと引き戻す。俺に、彼女を止める力は無い。

 

 

デジ「.........頭、冷やしてください」

 

 

デジ「冷やして、もう一度.........あたし達と、皆さんと、腹を割って話してください」

 

 

デジ「.........待ってますから」

 

 

 いつまでも。彼女は最後に呟くようにそう付け加え、この教室を出て行った。まるで、俺がそうしてくれると言うのを信じきっているかのように.........

 

 

???「.........」

 

 

桜??「.........はぁ」

 

 

桜木?「.........どうすれば、いいんだろうなぁ.........?」

 

 

 自分で書きあげたはずのそれを手に持って、俺は天井を見上げてそうぼやいた。彼女のせいで、これからどうするかを完全に揺らがされてしまった。

 

 

 ため息を吐いて、俺はそれを懐にしまう。ここに居ても、俺を引き止めるばかりで、何も進めやしない.........絶望にも、希望にも、進む事が出来ない.........

 だから、俺はここを出る。向かう先は、この[物語が始まった場所].........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 [三女神の噴水]へと、俺は足を運んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 噴水の音が、絶え間なく静かに聞こえてくる。三女神の像を見上げていると、ここに初めて来た日のことを思い出す。

 あれから、決して短くは無い時間を過ごして来た。この場所で、桐生院さんから選抜レースの存在を聞き、そこで初めて、彼女の姿を見た。

 

 

桜木?(.........きっと、続けてれば良い事もあるだろうさ)

 

 

桜木?(けどそれじゃあ.........)

 

 

 決して、忘れたい訳じゃない。あの日までの事を、そしてあの日の事も、俺は忘れたい訳じゃない。

 この先、あの子よりも凄い子が目の前に現れるかもしれない。そして、運良く俺を担当トレーナーにしてくれるかもしれない。

 そうなって、勝利を積み重ねて、苦楽を共にして、夢を分かちあって.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの日の事を忘れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ここまで来た道のりを、風景を、喜びを忘れて、俺はあの子の事を忘れて行く。涙も苦しみも、痛みも悲しみも。

 喜びや笑顔、好きな物、走り方も全部、色が抜けて行って、最終的に黒のシルエットも抜けて真っ白になっていく。

 

 

桜木?(.........だったら)

 

 

桜??(もう、夢でしか君に会えないなら)

 

 

???(俺は一生.........夢の中に囚われたままでもいい)

 

 

 壊れた[夢]。けれどそれは、確かに俺の[夢]。忘れるのもおこがましいくらい、俺には過ぎたもので、素敵なものだった。

 いつしかそれが、[場所]や[出来事]から、[一人の少女]になっていた。ひとりじゃない。そう思い続け歩いていたら、気が付けば独りになっていて、その[夢]は俺の隣に居てくれなかった。

 だからって、俺は今まで一緒に歩いてきてくれたそれを、今更忘れる事は出来ない。忘れちゃ、行けない。

 だったら.........これから苦しみの中を彷徨うことになろうとも、俺は.........あの子の事を、決して忘れたりなんか―――

 

 

???「.........今日は、やけに人に会う日だな」

 

 

 不意に気配を背後に感じた。それも、一人や二人じゃない。五、六人程の気配だ。俺は溜息を吐きながら、その方向を振り返る。

 

 

古賀「.........桜木、話は前から聞いていたが、詳しい事は沖野から聞いた」

 

 

古賀「お前さん。相当荒れてるらしいな?」

 

 

???「古賀さんに、東さん。沖野さんにいつもの奴らか」

 

 

 鋭い目が、俺の事を射抜いてくる。いつもの三人は兎も角、トレーナーである人達はその観察眼を持ってして、今の俺を値踏みしてくるようにしっかりと見てくる。

 そんな事をしなくても分かるはずだ。俺は相応しくないって。[夢が壊れた]俺が、[夢を信じる]子達の傍に居ても、悪影響だって。

 

 

???「.........ククク」

 

 

東「.........何がおかしいんだ」

 

 

???「おかしい?俺はおかしくなんかない。ただアンタ達の気持ちを代弁してやっただけさ.........!」

 

 

 それなのに、この人達は俺の前に来た。もう少しで終われたはずの俺を、見に来たんだ。そんなの、なんでかなんて決まっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 笑いに来たんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 きっと俺を笑いに来たんだ。届きもしない場所に行こうとして、自信満々で滑稽だった俺が、案の定こうなって笑いに来た。

 そう思ったら.........俺も自分の事がおかしくて仕方が無かった。

 

 

???「どうせ笑いに来たんだろッッ!!!」

 

 

??「そうだよなァッッ!!!俺は翼をもがれたイカロスみたいなもんだ!!!」

 

 

?「それが太陽の熱で溶けずにこうして姿を晒してんだッッ!!!」

 

 

「見世物としちゃあ最高級だよなァッッ!!!」

 

 

 もう。自分が誰かも分からない。俺はなんだ。一体何をしたかったんだ。それすらももう、分からないでいる。

 

 

 ただただ、何も出来ない自分が惨めで、あの子の為に出来る事が、もう消える事しか無くて、それを無理やり受け入れようとしている。

 それに身を任せると、心が楽になる。身体がまるで、[人形]の様に動いてくれる。それがあの子を、幸せにしてくれるのなら、俺はそれに身を任せるだけだ。

 そうやって独り、舞台の上で道化を演じるかの如く振舞っていると、いつものメンバーから一人、白銀を押しのけて前に出てくる奴が現れる。

 

 

神威「.........悪い。アイツに何もしねぇし何も言わねぇって約束。今から破る」

 

 

白銀「.........別に構わねぇよ。ダチの約束なんざ、破ってなんぼだろ」

 

 

「なんだ、お前も笑ってくれるのか?だったら良いや。言いたい事言ってスッキリしろよ。その方が後腐れも―――」

 

 

 

 

 

 ―――少し歩いて、止まって。助走を付ける。勢い付けて、アイツの目の前まで来て.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 拳を振り抜いて、その顔面を殴った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 推進力が合わさった拳は、俺の身一つでは出せない威力を持ち、アイツの顔を歪ませて、その身体を噴水の水が溜まる場所へと倒す。

 水飛沫と大きな音が飛び散って、その静寂を更に痛々しいものにさせる。けれど、それで終わりじゃない。俺もその冷たい水の中に、足を踏み入れる。

 

 

 冷たい。けれど、我慢出来る。コイツは俺以上に冷たい思いと、苦しい思いをしている。そう思うと、痩せ我慢も余裕で出来る。

 両手を後ろに着いている奴の胸ぐらを掴んで、その[仮面]を覗き込む。

 

 

???「.........何すんだよ」

 

 

神威「ダチが自分勝手な行動してんのを咎めてんだよ。これ以上見てらんねぇってな」

 

 

神威「お前さ。嘘つくのもう止めろよ。みっともない」

 

 

 肩で息をしている。初めて人を試合とか稽古とかじゃなく、無防備で、しかも顔面に拳を捩じ込んだ興奮で心臓がバクバクしている。

 胸ぐらを掴んで俺がそう言うと、口を結んでだように一本にしていたコイツも、ギチギチと食いしばった歯を見せてくる。

 

 

???「.........何が分かんだよ」

 

 

???「他人のテメェにッッ!!!俺の何が分かるってぇんだッッ!!!あァ!!?」

 

 

神威「分っかんねぇよッッ!!!」

 

 

???「.........!!?」

 

 

 分からない。コイツは隠し事は下手くそな癖に、本当に隠したい事は隠し通せてしまうくらいに人との距離の作り方が上手い。

 そして、俺達もその例には漏れない。例えどんなに親しい友人でも、コイツは自分の抱えている物を一切見せようとも、聞かせようともしてはくれない。

 手が震える。体が熱くなる。口の中はカラカラになって、心がジンジンと痛みを帯び始める。

 俺は.........俺達は、コイツの本当を、まだ何も知っちゃいない。

 

 

神威「お前が全部ッッ!!!隠しちまうから俺らでもお前の事は何も分っかんねぇんだよッッ!!!」

 

 

神威「心で繋がってるとかッッ!!!離れてても近くに感じられるだとかッッ!!!俺達はそんな.........!!!安っぽい友情漫画の住人じゃねぇんだよッッ!!!」

 

 

神威「だったら.........!!!お前のその身体に付いてる口に.........!!!開いてもらうしかねぇじゃねえかッッ!!!」

 

 

 気がつけば、俺は自分の頭をコイツの胸に擦り付けていた。それでも俺は、普通の人間だから、コイツの心を読み取る事は出来ないし、感じ取る事も出来ない。

 それでも、[仮面]を外してはくれない。外し方を忘れちまってるのかもしれない.........

 

 

神威「お前がっ、それでも言いづらいんだったらっ!俺が先に言ってやるッッ!!!」

 

 

神威「.........なんでいっつも.........!!!お前なんだよ.........ッッ!!!」

 

 

???「.........創」

 

 

 積もり積もった思いが溢れ出してくる。夢を打ち砕かれるのは人生で一度だけで良いはずだ。俺だって、理想と現実のギャップに悩まされて夢を捨てた一人だ。

 けれどコイツは違う。理想と現実の区別もつかないまま資格を剥奪されて、違う夢を追った。そして、その夢も.........理想が現実と重なるかもしれないその瞬間に、あっさりと折られた。

 

 

神威「代わってやりてぇってッッ!!!そんな地獄から手ぇ引っ張って何とかしてやりてぇってッッ!!!ずっとッッ!!!」

 

 

桜??「.........っ」

 

 

神威「けどッッ!!!これは.........!!![お前]の[物語]だから.........ッッ!!![主人公]は.........!!!お前しか出来ねぇから.........!!!」

 

 

 熱い何かが、俺の内側から外に溢れ出している。それが血なのか、それとも涙なのか、それを判別する冷静さすら、残っていない。

 あるのは、コイツへの思いだけ。その思いを全部、コイツが今まで俺達にしてこなかった言葉にするという事をして、全部伝えていく.........

 

 

 

 

 ―――訳が、分からなかった。最初は、何を言ってるんだろうって、普段から受け入れて理解に特化している俺の脳が、それを拒んで、頭の中から弾き出していく。

 それでも、その芯はしっかりと俺に伝わっている。後ろに居る人達の表情や仕草、態度も相まって、俺も熱に当てられて、熱くなっていく。

 

 

桜木?「.........どうすりゃいいんだよ.........!!!」

 

 

桜木?「俺っ、逃げちまった.........ッッ!!!」

 

 

 気が付けば、後悔を嘆いて、懺悔していた。言うつもりなんて毛頭なかった。墓まで持って行って、一人で抱き抱えて死んでいくつもりだった。

 それでも、口が開いた。舌が動いた。涙は溢れて、不規則な呼吸のまま、言葉を吐き出して行った。

 

 

桜木?「俺があの子の事助けてやんなきゃなんねェのにッッ!!!俺だけはいつも通り居なきゃなんねェのにッッッ!!!!!」

 

 

桜木?「絶対安心させてやろうってッッ!!!笑って支えてやろうってッッ!!!」

 

 

桜木?「なのにっっ.........俺っっっ.........」

 

 

東「桜木.........!」

 

 

沖野「もう.........何も言わなくてもいいんだぞ.........」

 

 

古賀「.........」

 

 

 言葉が出てこない。息を吸って、空気が詰まって、上手く発音出来ない。それでも、俺の口は止まってくれない。言いたくないはずなのに、認めたくないはずなのに、堰き止めていたダムが決壊した水のように、留まることを知らない。

 

 

 

桜木「っっっ.........笑えなかった.........!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「笑えなかったぁぁぁああぁぁあああぁ.........!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 全ての音が消えた中。俺の慟哭だけが響き渡った。それだけが後悔だった。それだけが心残りだった。

 もし、あの時本心から笑えていたら。もし、彼女の心に寄り添えていたら。もし.........彼女の隣で、今も居れたのなら.........

 そんな、[ありえもしない妄想(if)]を心の中で吐露しても、そんな事はもう起こりえない。俺は間違えた。間違えちゃいけないテストに、全問不正解で提出してしまった。

 そんな後悔だけが辺りに響く。後に残るのは、俺がどんなに止めようと努力しても止めることが出来ない、嗚咽だった。

 

 

東「.........だったら、今度はちゃんと笑えればいいじゃねぇか.........!!!」

 

 

桜木「え.........?」

 

 

東「お前はッッ!!!たった一回の失敗で自分を見捨てちまう、そんな弱い奴じゃないだろッッ!!!」

 

 

東「だったら.........!そんなんだったらお前は.........!!!選抜レースでマックイーンを見出したお前は.........!!!嘘だったのかよッッ!!!」

 

 

桜木「っっ.........!!!」

 

 

 あの日。彼女の姿を見て、何かを感じたあの日。[才能]でも、[素質]でも、[強さ]でも無い。彼女の走りを見て、彼女自身に惹かれたあの日。

 選抜レースで7着だった彼女。それでも俺は、その失敗を何ともないと思うどころか、そんな事すら考えずに、その翌日には彼女に声を掛けていた。

 

 

 嘘だったのか?

 

 

 違う.........

 

 

 まやかしだったのか?

 

 

 違う.........!!!

 

 

 あれは、[仮面]を付けてたのか?

 

 

 違うッッ!!!

 

 

 俺は.........俺は、メジロマックイーンに心を惹かれていた.........恋をしていた。彼女がどんなに苦しい思いをしていても、それでも誇りのため、目指すものの為に走ろうとする彼女に、心を惹かれていた。

 それは絶対、嘘じゃない。まやかしじゃない。[仮面]なんかじゃない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 [寝て見る夢]なんかじゃない.........!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 .........でも

 

 

桜木「.........なぁ......俺、は.........っ......どうすればいい.........?」

 

 

 俺には、どうすれば良いかが分からない。彼女の為に.........何をすればいいのか。あの子の幸せの為に、何を行動すればいいのかが.........

 

 

桜木「俺はっ......あの子に.........!気休めの言葉をかける為の.........!!ほんのちっぽけな勇気も出せないんだ.........!!!」

 

 

桜木「俺自身がッ!マックイーンの走る姿をッッ!!!信じられてねェんだッッッ!!!!!」

 

 

桜木「俺に.........そんな俺に.........!!今のあの子の傍に居る資格なんて.........どこにもねぇんだよ.........ッッッ!!!!!」

 

 

 一度の失敗がなんだ。そういう人達は沢山いる。けれど、たった一度の失敗が、取り返しのつかないことになる事もある。俺は、その失敗をしてしまった。

 もし。俺が彼女の走る姿を信じていたなら、あの時.........[仮面]なんか付けずに、本当に笑えていたはずなんだ。

 でも.........俺は、信じることが出来なかった。治るはずなんてないって、思ったまま.........その事実を半分も受け入れてしまった。

 そんなの、拒絶されて当たり前だ。心の奥底では信じ切れてない奴に、何とかなるなんて言われたら.........誰だって拒絶するに決まっている。

 

 

桜木「俺っには、もう.........何が正しいのか分からないっ.........!!!!」

 

 

 もう、こうなってしまったら後の祭りだ。俺はあの子に嫌われた。拒絶された。何をしたとしても、きっとあの子は俺のやることなすことに全て、嫌悪感を抱いてしまうだろう。

 .........だったら.........もう、いっその事.........!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「.........甘えてんじゃねえぞッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「.........!!?」

 

 

 噴水の中で座り込んでいた状態から、神威が立たせるように、俺の胸倉を掴んでいた手に力を入れて立ち上がる。

 まだ興奮が冷めていないのか、息を切らして、口呼吸で肺に空気を供給しながら、涙で充血したその目で、俺を睨んでくる。

 

 

神威「なんか勘違いしてるようだから教えてやるッ!何が正しくて何が間違ってるか決めるのはテメェじゃねえしッ!あの子でもねぇッ!ましてや俺たちですらないッッ!!!」

 

 

神威「良いかッッ!!!そんな事を決められるのは俺達を一方的に知ってる未来に生きてる奴らだッッッ!!!!!」

 

 

桜木「っっっ............!!!!!」

 

 

 強い衝撃がぶつけられる。何が正しいくて、何が正しくないか。それは、俺が今まで生きてきた意味だった。

 正しくない者から生まれた。正しくない生活をしてきた。普通の人達から見れば俺は、同情され、蔑まれ、そして、底辺そのものだった。

 だから、だからせめて生き方だけは、正しくあろうとした。けれどそれすらも.........俺一人では、確かな物にはならないと知った。

 

 

神威「もう一度よく考えろッッ!!!顔も知らねぇ未来に生きてるバカ共の為に動くのかッッッ!!!!!」

 

 

神威「それともテメェと二人三脚でやってきたあの子の為に頑張るのかッッッ!!!!!」

 

 

桜木「おれ、は............!!!!!」

 

 

 ただ淡々と、涙が溢れだしてくる。心の熱を放出しながらも、それは無くなることは決してない。

 正しい行き場のない熱が際限なく高まり続ける。俺の心は、もう壊れそうだ。泣き過ぎて、上手く呼吸が整わない。

 あの子の為に頑張りたい。けれど、俺にそんな力なんて無い。そんな思いがぐるぐる、 ぐるぐると頭の中でループして行く。悪循環で廻っている。

 そんな中で、水が大きく跳ねる音が聞こえてくる。水面に接している足からは、大きな波が等間隔に揺れている事を感じている。

 その波が発生している方向を見ると、そこには俯いて静かに泣いている黒津木の姿があった。

 

 

黒津木「.........俺、今日。お前の代わりに行ってきたよ」

 

 

黒津木「俺はさ.........傍でお前の事、見てたから、代わりくらいできるって.........軽い気持ちだった」

 

 

黒津木「けど.........!だけど.........ッッ!!!俺っ!お前にはなれなかったよッッ!!!」

 

 

 勢い良く顔を上げて、そのくしゃくしゃになった顔を、黒津木は見せてくる。人より熱くなりやすくて、泣きやすいコイツの泣き顔は見慣れているほどじゃないが、何度も見てきた。

 それでも、こんなに苦しそうで、悲しそうな涙を、俺は見た事がない。

 

 

 ゆっくりと俺達の方に近付いてきて、神威を優しく押しのけて、俺の両肩をがっしりと掴んでくる。

 

 

黒津木「お前にはッッ!!!その気になれば誰にだってなりきれる力があるんだろッッ!!!」

 

 

黒津木「だったらよ.........ッッ!!!今からなればいいじゃねぇかッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なりたかった[自分]に.........ッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「なりたかった.........[自分].........?」

 

 

 強く揺さぶられる俺の身体。それが徐々に弱々しくなっていくのと共に、俺は自分の[なりたかった者]を、考え直していた。

 

 

 [英雄(ヒーロー)]になりたかったわけじゃない。

 

 

 [主人公(ヒーロー)]になりたかったわけじゃない。

 

 

 [理想の自分(ヒーロー)]には.........ずっとなりたかった。

 

 

 けれど、それはまた違うと感じた。だってそれは、俺にとって常に[なりたかった者]だから。忘れていたわけじゃない。毎回姿形は違うけれど、それを求めて、俺は行動して.........[仮面]を付けていた。

 

 

 だったら俺は、何になりたかったんだろう.........?[何者]でありたかったんだろう?

 

 

 俺は、ここに来て何に―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 不意にその時俺は、ある人の方向を見た。その人は、ただじっと、俺の方を見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

古賀「.........」

 

 

 そうだ。俺は.........俺のこの[物語]は、この人から始まったんだ。

 

 

 足が震える。情けなさと、悔しさで、頭の中がぐちゃぐちゃになって、何を考えているか分からなくなるけど.........[それ]だけは、俺の中でハッキリとしてくれていた。

 

 

桜木「もう.........今更、かもだけど.........っ」

 

 

 さっきまで沢山出して、枯れたはずなのに。もう俺の中に、そんなもの残ってないと思っていたのに。さっき以上に、俺の目から涙が溢れ出してくる。

 それでも、その思いは、最初から残っていて.........俺の中で、唯一変わらずに残っていてくれて.........いつもいつも、俺の目標になっていたもの.........

 

 

桜木「俺にそんな資格っ、残ってないかもしんないけどっっ.........!!!」

 

 

 俺にはもう。そんな事を言う資格も、思う資格も無い。俺は、自分が信じてきた事を自分自身で裏切って、疑ってしまった。

 ライスも、ブルボンも、ウララも、タキオンも.........俺自身の本心で、裏切って来た。いくら[仮面]に身を任せていようとも、彼女達にぶつけた言葉は紛れも無い、あの時の俺の本心そのものだ。

 でも、それでももう止まらない。止められない。これは.........俺の理想だ。あの日、雨が降るかもしれないと感じていたのに、どこかに置き忘れてしまった[傘]だ。

 

 

桜木「俺、俺......っ.........!!!」

 

 

 それを、今更開くのは遅いだろうか?

 

 

 雨はもう、降ってはいないと言うのに。

 

 

 今更.........日差しが照りつけて、突き放すような太陽の光が差し込んでくる中で、[雨傘]を差すのは、間違いだろうか?

 

 

 そんな思いが、心の中で溢れ出す。ここで開けば、また地獄に戻る羽目になる。今が辛くて、後も絶対、苦しくなる地獄に.........

 

 

 それでも

 

 

 [夢壊れ人]が消えて行く.........

 

 

 それでも

 

 

 [強制共鳴]が、揺さぶられる。

 

 

 それでも、俺は.........ッッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『あんた見る目あるなぁ、「[桜木 玲皇(???)]に―――」』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――[桜木 玲皇(トレーナー)]になりたい.........!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 [強制共鳴:希望]が発動している。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こんなの、ただの悪あがきだ。俺のわがままで、エゴで、どうしようもない、みっともないガキの部分だ。

 けれど、それが膨れ上がって、止まらない。泣く事しか出来ない子供見たいに。そうする事でしか思いを伝えられない子供みたいに。それしか足掻き方を知らない、子供みたいに、嗚咽混じりの涙を流して行く。

 でもそれは、俺だけの物じゃなかった。ここに居る人達が皆、声を押し殺して.........泣いていた。

 

 

白銀「.........お前の気持ち。受け取ったぜ」

 

 

白銀「ここで俺達にハッキリ言ったんだ.........!!!後はもう.........分かんだろ.........?」

 

 

桜木「.........」

 

 

 そう言って、白銀は噴水の側までやってきて、手を伸ばす。その誰よりも鍛え上げられた手を握った時、誰よりも強い優しさが、コイツのキャラによって全て殺されている優しさが直に、伝わってくる。

 水を吸って随分と重くなった靴とズボンの裾。それを気にも止めずに、俺は噴水から出る。

 

 

桜木「.........マックイーンに、会ってくる」

 

 

桜木「また走ってくれとか、絶対治るとか.........俺はまだ信じられないから、今度は言わない」

 

 

桜木「けど.........!!!それでも俺はッッ!!!あの子の傍に居たい.........ッッ!!!」

 

 

 誰になんと言われようとも。彼女になんて蔑まれようとも。俺にはこの気持ちを伝えるしかもう道は無い。

 また走れる。いつか治る。そんなのは結局、全部嘘っぱちだった。俺自身が信じていなかった。俺が俺の気持ちに寄り添わず、彼女の気持ちに寄り添わず、ただ現実を受け入れながら、それに目を逸らした結果がこれだ。

 けれど、これはあの時の本心だ。治る治らないは関係無い。この際、どうでもいい。ただ.........ただ俺は、彼女の隣に、自分の心を置いておきたかっただけなんだ。

 

 

黒津木「.........会いに行くんなら。これが必要だろ」

 

 

桜木「!.........ああ。預かっててくれて、ありがとう」

 

 

 噴水から出てきた黒津木と神威。その内の一人がポケットに手を入れ、それを渡してくる。 俺がもう、しっかりと離すことが無いよう、空いている手で俺の手を引き、それを見せることなく、俺の手に置いて、指を締めさせる。

 それがなんなのか、見なくたって分かる。一日しか離れていないのに、まるで何年も離れていた物が、戻ってきた感覚だ。

 手の中で、それがほのかに煌めいている事を.........俺は感じ取っていた。

 

 

桜木「.........迷惑、かけてすみませんでした」

 

 

古賀「.........」

 

 

 ここに来てから俺に対して、一切喋らなかった古賀さんに向けて、頭を下げる。それでも、この人は反応を示すことは無い。ただ俺の方をじっと見て、何かを見定めている様だ。

 もう、俺がやる事はここには残っていない。そう思い、一歩学園の外に向けて踏み出す。数歩歩いたその時、古賀さんから声を掛けられた。

 

 

古賀「桜木」

 

 

桜木「.........」

 

 

古賀「俺ぁ、お前さんに[トレーナー]になる為の道を見せた」

 

 

古賀「技術は沖野が教えた」

 

 

古賀「道の歩き方は、東が足跡をつけている」

 

 

古賀「それになる為の資格は、お前さんの担当が認めてる」

 

 

古賀「そこを歩く為に必要な力は、その三馬鹿が貸してくれる」

 

 

古賀「.........後は、お前さんの[心]次第だ」

 

 

 背中に掛けられる言葉。いつもの朗らかなテンションじゃない、静かな口調で、しっかりと俺に伝えてくる。そしてそれはちゃんと、俺の心に響いてくれる。

 

 

古賀「[トレーナー]になりてぇんなら.........その胸ポケットにしまったびしょ濡れの[それ]も。もう要らねぇだろ?」

 

 

桜木「!.........ほんっと、敵わないなぁ.........」

 

 

 彼に指摘されて、自分でも忘れていた存在を思い出す。手に握ったそれを上着のポケットにしまって、今日書きあげたそれを、外の空気に晒す。

 びしゃびしゃのそれを、縦に千切り、横に千切り、紙吹雪にして風に乗せる。それを見送ると、ぽたり、ぽたりと空から水が降り始めた。

 

 

桜木(.........まだ俺は、夢から覚めてないのかもしれない)

 

 

桜木(けどだからと言って、目を覚まさない訳じゃない)

 

 

桜木(朝になれば目が覚めるから。今は寝たままで、夢を追えばいい)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(夢を見ながら俺は、目を覚ますんだ.........!!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 [夢を見たければ目を覚ませ]。その言葉は、今の俺にピッタリなのかもしれない。けれど俺は、そんなに朝パッと起きれるタイプじゃないから。今はまだ、眠ったままでいい。

 明日の準備は苦手だ。いつもいつも、行く直前になって持ち物確認をする事も無く、忘れ物や提出物を忘れるタイプだ。

 それでも俺は、起きる。何があっても、遅刻しそうになっても、忘れ物があっても、明日という朝は必ず来て、俺は必ず、外へ出る。

 寝ぼけ眼でも良い。今はただ、その[夢]に迎えれるのなら.........[俺の夢]を、迎えに行けるのなら。

 

 

 ゆっくりと足を踏み出し、徐々にスピードを上げていく。徒歩から助走をつけて、走りになっていく。

 身体に跳ねる雨も、皮膚を刺激する寒さも、今は.........ものともし無かった。

 

 

 

 

 

......To be cont―――(.........桜木)

 

 

 

 

 

 走り去っていくアイツの背中を、俺達は見送った。その姿は以前と変わりなく。それでいて、前より力強く、大きい背中になっていた。

 

 

沖野(今のお前に、こんな事言ったら突っぱねられるかもしれないけれど.........)

 

 

 いつまでも、どこまでも純粋で、アイツは俺達に.........トレーナーとは何かを改めてその身で示してくれた。

 最初はそりゃ、良くもまぁこんなウマ娘の事を一ミリも知らない奴が.........なんて、思ってた奴が大半だ。勿論俺も、少なからずそう思っちまった人間の一人だ。

 それでもアイツは、その道筋で、道の歩き方で、どうあることがトレーナーなのかを、俺達に教えてくれた。

 俺達は普通の人間だ。もし、俺にアイツらと同じ様に走れる力があるなら、俺はその隣を走って居たかった。けれどそんな事、どう願っても人間に生まれたからには、叶いっこない。

 そんな中で、アイツは隣に居ようとした。力だとか、実力だとかを抜きにしてアイツは、隣に立とうと努力していた。

 

 

 そんなアイツの姿を見て、俺は.........

 

 

沖野(.........お前は最初から、立派にトレーナーをしていたよ)

 

 

 ぽつりぽつりと地面に跳ねる音が、次第に強さと勢いと、量を増していく。それでも、ここに居る奴らは皆、ここから一切動こうとしない。

 静かな空気の中、白銀がどんよりとした夜の空を見上げ始めた。

 

 

白銀「.........雨。止んでくれたな」

 

 

古賀「.........ああ。お前の言う通り」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「確かに止んでくれたよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――空が泣いている。それはきっと、今まで秋の空が晴れ渡っていた反動だろう。笑顔に疲れた空は、ようやくその心を表に表してくれた。

 どんなときも晴れでいて欲しい訳じゃない。草木が育つには、決まって雨が必要だ。そして雨の後には、太陽が顔を覗かせるのが良い。

 そして、太陽の脇には.........まるで[奇跡]の様な[虹の橋]が掛けられる。

 

 

 全ての世界の色が詰まった様な[奇跡]。

 

 

 それを、[全て超える]為に。

 

 

 トレーナー(桜木 玲皇)は、自身の目覚めを信じて。

 

 

 今は夢の住人のまま、[夢]の方へと駆け出して行ったのであった.........

 

 

 

 

 

......To be continued



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貴顕の使命を貴方(君)と再び

 

 

 

 

 

 一体、どれだけの時間が経ったのでしょう?一年。半年。一ヶ月。それとも、一週間?いいえ。もしかしたら、あの日からまだ一日も経っていないかも知れません。

 もしそうだとしたら、きっと.........きっとあの人は―――

 

 

マック(っ、もう。期待しないで.........)

 

 

マック(お願いだから.........!あの人をこれ以上.........苦しませないで.........!!!)

 

 

 何度も、何度も何度も、私はそうやって彼に期待する。来てくれるのではないか?目の前に来て、その本心からの素顔を見せてくれるのではないか?

 そんな思いを抱いて、彼の苦しそうな笑顔を思い出し、その希望を自ら折って行く。私は決して.........彼のあんな顔が見たい訳じゃない。

 

 

マック「.........雨?」

 

 

 不意に、頭を抱えている内に外の音が耳に入ってきました。それは、地面を強く殴り付けるような雨の音。あの時と、同じような.........酷い雨。

 雷こそ鳴っていないものの、その雨は本当に、土砂降りと言っても過言では無いほどの降り様でした。

 

 

マック(.........けれど、なんだか安心する)

 

 

マック(最近はなんだか、[嘘みたいな晴れ]が続いていたもの)

 

 

マック(こっちの空の方が、素直に見えて良いわね.........)

 

 

 秋の天気は崩れやすい。それでも最近は、まるで嘘みたいな晴天が続いていました。だから、今はこの雨模様も、ようやく空が素直になったようで少し落ち着きます。

 静かに肺に溜まった空気を吐き出し、ナイトテーブルに置いている小説を手に取ります。それは何の変哲もない、夢の世界の様なファンタジー小説です。

 

 

マック(.........)

 

 

マック(ああ、ダメね.........景色の色が全く分からない.........)

 

 

 文の一行を読むのに、いつもより時間をかけて、ページを一枚めくるのに、いつもより力を使う。物語を読むのにこんなに体力を使う事なんて、今まで無かったのに.........

 そして何より、色が分からない。頭に浮かぶ景色はしっかりと想像出来るのに、その世界を表現する色は、全てモノクロで構成されています。まるで、一昔前の写真の様に。

 まるで.........二度と戻ることは無い、[思い出]の様に.........

 

 

マック(.........思い出になるくらいだったら)

 

 

マック(もう、いっその事全て忘れてしまいたい.........)

 

 

 まだ数ページしか読んでいない。その上、その描写もハッキリと頭の中に思い描けていないのに、私はその小説を閉じました。

 読んでいる最中、そうする事は何度もあります。情報が沢山あったり、素敵な表現があると、一旦先を読むことを止め、その景色を思い浮かべたり、その言葉を自分の中で何度も唱えるから。

 けれど、今は違う。今日はもう読む事は無いと表現するように、しおりも挟めず、その本をもう一度、そのテーブルの上に置き直します。

 私をダメにするような暖かさを持っている掛け布団。その下にある、私の脚を一瞬見て、私は枕に顔を埋めました。

 

 

マック「.........」

 

 

マック「.........グス......ヒグっ.........!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「ハァ!ハァ!」

 

 

 雨が降り続ける。俺を諦めることを促すように、身体に降り注ぐ一つ一つの雫が、徐々に俺の体力を奪ってくる事を、ひしひしと感じる。

 それでも、止まることは出来ない。俺は、俺が止まることを許さない。他の誰でもない、誰でもあり、誰でもない男の声でもない。ましてや、既に割れ、機能を失った仮面のものでもない。

 

 

 それでも、雨は体力を奪い続ける。人は弱れば、誰でも弱音を吐きたくなる生き物だ。それは俺も、多分に漏れない。

 走りながら、弱りながら、俺は今まで自分に問い続けた言葉を、不意にかけてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――なんで俺なんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 強い前進を続けていたその足が、雨に圧されて弱くなる。その減速は止まらず、その足は遂に、俺の前進を止める.........瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『君じゃなきゃダメなんだよ。君以外、誰が私の薬を飲むんだい?私に火をつけた責任を、君は取るべきなんじゃないかい?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「.........」

 

 

 知っている声が、記憶から呼び起こされる。ポケットに入れていた王冠のアクセサリーが、有り得るはずもないのに、雨に当てられ音を小さく鳴らした気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――俺じゃなくても良かった筈だ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『あのね!!わたし、トレーナーがトレーナーが良かったーって思うんだー!!だってだって!!トレーナーと居ると楽しいもん!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「.........っ」

 

 

 雨が降り続ける。胸が苦しい。それでも、雨の水滴が着いた王冠は、街灯の灯りを反射するように、その存在をその中で誇示し続ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――俺は変わらない、最低な男のままだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『お兄さま。ライスが変わろうとした時、言ってくれたよね?変わる責任や義務はないかもしれないけど、変わる権利は、誰でも持ってるって。ライスあの時、とっても安心したの』

 

 

桜木「.........!」

 

 

 雨は止まない。身体はその水を被り、段々と冷たさが広がっていくはずだと言うのに、胸の内は苦しさから熱さが広がってくる。その熱が.........熱伝導のように、王冠のアクセサリーへと向かっていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――俺には、無理だったんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『マスター。苦しみも悲しみも、時が経てば明日への糧になります。私は、貴方とチームの皆さんと過ごした日々の中で、それを学びました』

 

 

桜木「っ、っ.........!」

 

 

 雨は、雨は、雨は降ってくれている。まだ、俺の身体に当たって、それを誤魔化してくれている。上手く息が出来ない理由も、詰まるように呼吸する原因も、急かすような王冠の輝きも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――俺に、何が出来るっていうんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『走りますッッ!!!芝だってダートだってッ!地方でも中央でもオープンでもG1でも走ってやりますよッッ!!!』

 

 

桜木「.........はぁぁぁぁ...............!!!」

 

 

 雨は、降っている。それでももう、誤魔化すことは出来なかった。頬に流れる熱い感触も、心に溢れる強い力も、決して他の環境による影響では無い、自ら輝く。この王冠も.........

 苦しみから開放されるように、息をゆっくりと吐く。溜め込んでいた涙が、どっと溢れ出すように両目から溢れ出すが、それももう、誤魔化したり、我慢する必要はどこにも無い。

 

 

桜木(みんな.........ごめんな、情けない奴で.........!!)

 

 

桜木(ダメだよなぁ、逃げたくなって逃げるんじゃ.........悪役、以下だよなぁ.........)

 

 

桜木(.........せめて、叶えたい夢くらい、一度くらいは叶えさせようぜ.........!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(トレーナーとして)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(桜木玲皇として.........!!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 涙を拭い、心に問いかけてきた[何者]かに対して、深く意識を集中させて行く。これ以上邪魔をするのなら、俺は自分の意思をソイツに伝えるまでだ。

 深い、深い、深淵のような闇の中。けれど、恐れは無い。そこに落ちて行くのは、初めてじゃない。これは、俺の闇そのものだ。

 俺の闇。光には無い力。俺の根幹であり、周りとの違いであり、原動力そのもの。これがあるからこそ、俺は前へと進んで行ける。

 そしてそこに.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 [奴]は居た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 [共鳴]が発動している.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「.........」

 

 

桜木「.........よう。随分と辛気臭いじゃねぇか。[白バの王子様]?」

 

 

 膝を抱えて、蹲る仮面を着けた存在。それがなんなのか、一目で分かった。あれは、 俺の身体を使っていた何かだ。

 何も無い、景色も風も、温度も存在しないこのじめじめとした雰囲気が漂う中で、コイツはただ、うずくまっているだけだった。

 

 

「.........なんで逃げないんだ」

 

 

桜木「逃げたくねぇからだ」

 

 

「なんで諦めないんだ」

 

 

桜木「諦めたくねぇからだ」

 

 

 分かりきった事を繰り返し聞いてくるそれに、不思議と苛立ちは覚えなかった。それはきっと、この仮面との付き合いが長かったせいだろう。

 自分の弱さが嫌になり、ため息を吐く。そんな事も意に返さず、興味を持たず、奴はただ、会話にもならない言葉を口にする。

 

 

「苦しいのは嫌だ」

 

 

「痛いのも嫌だ」

 

 

桜木「.........分かるよ」

 

 

 だれだって、そんなものからはその身を遠ざけたくなるものだ。俺だって、それから逃げたい一心で生きてきた。

 だから一度、夢を捨てた。あれは俺の夢ではないと、あれは、まやかしだと思い続けてきた。

 けれど蓋を開けてみれば、あれもれっきとした夢だ。俺の夢だったんだ。

 それでも、俺は逃げた。諦める事が、カッコイイなんて思ってたんだ。今にして思えば、そんな自分の浅はかさに笑えてくる。

 

 

「何かに拘らずに、新しい世界を見ればいいのに」

 

 

桜木「.........はぁぁぁ」

 

 

 深いため息が、この空間いっぱいに響き渡る。温度も、風も発生しない世界で唯一生まれた、空気の流れと息の温度の存在が、目の前に居る全てを否定する。

 俺は、目の前に居るそれに背を向けた。決別する時だと思った。コイツに頼り続けるのはこの先の未来にとって、そして、コイツにとって.........良くないと思ったからだ。

 

 

桜木「カッコつけんなよ」

 

 

「.........?」

 

 

 うずくまっていたそれが、顔を上げる。その俺に似た[仮面]は既に、ひび割れ、欠け、そして虚構の素顔が顕になりかけている。もしかしたら、コイツも助かりたかったのかもしれない。

 それでも俺は、コイツの辛さを知りながらも、それではダメだと俺の考えを全てぶつける。

 

 

桜木「大切なもん捨てて強くなったつもりかよ」

 

 

玲皇「俺には逃げてる様に見えるぜ?」

 

 

 

玲皇「お前は捨てたつもりらしいが、それは必ず自分の中に存在する。手放そうとすればする程、強く存在するんだよ」

 

 

「.........」

 

 

 右腕の付け根を触りながら、俺はその存在に言った。実際、捨てようと思っても捨てる事は出来ない。何より、俺はそれが出来なかった。

 だから今でも休みの時は公園に行って、近くの高校の演劇部の子達に指導みたいな事してるし、トレセンではヒーローショーもやった。結局それは、いくら他人の才とはいえ、俺に捨てられる程の無価値さでは無かったんだ。

 

 

桜木「疲れたろ?無理に頼っちまって悪かったな.........しばらく、休んでろよ。次会う時までに、もちっと人受けしやすい仮面でも探しながらよ」

 

 

 ヒーローのお面は子供の憧れだ。誰だって幼い頃。戦隊モノやライダーモノ。ウルトラマンのお面を着けたくなる。けれど、大人になるとそれは眩しすぎて、逆に恥ずかしくなるものだ。

 だから俺はもう、普通のお面で良い。ひょっとこ顔した、祭りの定番らしいお面で十分だ。俺はもう、ヒーローなんてやる歳じゃ無い。

 それに俺は、[悪役]の方が好きだ。意地汚くて、生き汚くて、往生際の悪い。それでいて、救われようとして結局救われないままの[悪役]が好きだ。

 

 

 でも俺は.........中途半端だから。

 

 

桜木「[正義の味方]やりたいんなら別に構わねぇけどよ。俺は俺なりに[悪役]やりたいんだ」

 

 

桜木「[中途半端野郎]に成り下がる人生をご所望なら、俺はお前を受け入れるぜ?」

 

 

「.........!」

 

 

 俺の[理想(エゴ)]と、コイツの[理想(信念)]。どちらが正しいかなんて明白で、決定的だ。きっと、コイツの思い通りに動けば、俺はこれ以上壊れること無く、安定した人生を歩めていたのかもしれない。

 それでも俺は選んだ。[中途半端に生きる事(夢の道を進む事)]を。途中で投げ出したのに、諦めがつかなくて、意地汚く手を伸ばしてまた掴もうとしてしまっている。

 誰もが望む未来を。誰もが知りたい過去を。誰もが救われる今を。俺は求め続けている。だからこうして、散々引っ掻き回してくれたコイツにも、手を伸ばしてしまっている。

 

 

「.........良いのかい?」

 

 

桜木「良いか悪いかは自分で決めろ。俺はただ、苦しそうにしてる奴に手を伸ばすだけだ」

 

 

桜木「それが.........[桜木 玲皇(トレーナー)]だからな」

 

 

 今までそうしてきた。だからこれからもそうする。それだけだ。それが俺の中にある[トレーナー]なら、尚更やめるわけには行かない。

 意識が現実世界に戻って行く。落ち着く薄暗闇から、全てを追い出す光を感じ、何も見えなくなっていく中で.........

 

 

 俺の手は、確かに温もりを感じる事が出来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「ハァ......ハァ......っ、はぁぁぁ.........」

 

 

 身体の内の熱を逃がすように急かして息を吐く。目の前にそびえる豪邸を前にして、覚悟を決めるように息を思い切り吐き切り、そのインターホンに指を伸ばした。

 指先が震える。ここに来て、怯えている。息も絶え絶えで、その行く末を定める事が出来ない。

 けれど.........それでもその指先は、真っ直ぐ動いてくれた。まるで、この身体は俺の本心だけを読み取り、邪念や戸惑い、恐れを振り払うかのように.........

 

 

「.........大変申し訳ございません。本日メジロ家はお客様のご招待を」

 

 

桜木「マックイーンにっ.........マックイーンに、会わせて下さい.........!!!」

 

 

「!.........かしこまりました。雨で冷えていますところお手数ですが、門を開けて玄関前までお越しください。桜木様」

 

 

桜木「ありがとうございます.........爺やさん」

 

 

 インターホンから聞こえてくる声は、マックイーンの付き人の爺やさんだった。胸に重苦しい、雨でも混じって吸い込んでいるんじゃないかという空気を吐き出し、俺は門を開ける。

 ここからだ。ここからが正念場なんだ。桜木。お前の人生のターニングポイントは、今まさにここなんだ。俺は今、人生を最悪にするか最高にするかの瀬戸際に立っているんだ。

 

 

桜木(頼んだぞ。俺.........もう、嘘も[仮面]も付けるんじゃねぇぞ)

 

 

 ポケットに入れたそれを表には出さず、握り締める。それに今まで込めてきた物に力を借りる様に。今までそれに込めて来たものを、一時の間返してもらう様に.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 [夢追い人]を取り戻した!!

 

 

 [夢守り人]を取り戻した!!

 

 

 [夢探し人]を取り戻した!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック(.........?寝ていたのね.........一体どれくらいの間.........)

 

 

 意識の覚醒。それは、まるで朝を迎えるかのようにゆっくりと、そして確実に起こりました。目を覚ます前までにあった不安や苦しみは、幾分かマシになっています。

 部屋に備え付けている時計を見ると、どうやら寝ていたのは30分程度。ですが、最近は寝付きも悪かったので、それだけでもスッキリとします。

 

 

マック「.........これから、どうしようかしら」

 

 

 もう。誰の声も聞こえない。姿も見えない。全ての物や景色から色は抜け落ち、心は硬い殻を持ったように、全ての物から受ける影響を強く阻害しています。

 

 

 

 

 

爺や「.........こちらがお嬢様のお部屋になります。外の音は一切聞こえておりませんので、ご相談事なら今の内に」

 

 

桜木「.........少し、待っててください」

 

 

 ―――長い長い廊下を歩いた。数分が数時間の様な、地獄みたいな時間を過ごしていた。時間が長引く事に、後悔や苦悩が重みを増していく。今更、そんな物が重くなったところで起きた事は変わらないと言うのに。

 俺は一旦、部屋の前で爺やさんに待ったをかけた。別に何か相談をしたかったわけじゃない。ただ、伝えたい事があって、俺は自分のポケットに手を入れた。

 

 

桜木(.........ごめん)

 

 

 その心と一緒に言葉を打ち込み、メッセージを送る。行先はチームのグループだ。直ぐに何人か既読が着いて、俺は一旦通知を全て切った。

 

 

桜木「.........準備出来ました。いつでもいいです」

 

 

爺や「.........分かりました。では.........」

 

 

 

 

 

マック「!.........なんでしょう、メッセージが―――!」

 

 

 ―――充電を差したままにしていた携帯が震え、何か知らせが来たことを伝えてきます。電源を着け、内容を確認すると、彼から短く謝罪の一文が入っていました。

 それに目を見開き、驚いていると突然、部屋のドアからノックが聞こえてきました。

 

 

爺や「お嬢様。お客様がお見えになられております」

 

 

マック「爺や.........申し訳ありませんが、このようなベッドの上から動けない姿を、誰かに見せるような事は.........」

 

 

爺や「.........[待ち人]が来たのなら、それを出迎えるのが待っていた者の勤めでございます」

 

 

マック「!それって.........」

 

 

爺や「私は外におりますので、お話が終わったらお声掛けください」

 

 

 扉を開けて姿を見せた爺や。お客様と聞き、私は会うことは出来ないと言いました。そしてそれを、彼はよく分からない持論で遮ってきます。

 そして、[待ち人]と聞き、それを聞こうとした時も、彼はそれを全て聞かず、そのお客様を通すように扉を大きく開けました。

 

 

マック「.........!!!」

 

 

 ゆっくりと、片手と片足が目に入ってきます。もう、この時点で誰が来ているのか、明白に分かってしまう。身体が見え、その両手両足が完全に部屋に入ってきたのを見て.........私は、目を伏せました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「.........久しぶり。一週間、くらいかな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「.........何しに、来たんですか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 顔は.........見ませんでした。また、彼が[仮面]を付けているのではないか。また、嘘を吐かれるのではないか。そんな不安が大きく募り、私は目を逸らしたんです。

 そして、心にも無いことを言ってしまいます。本当は、ただ理由がなくたって良かった。ただ会いに来ただけでも、心配して来てくれただけでも.........嬉しかった。

 

 

マック「.........何をしに来たかと聞いているんですっっ!!!」

 

 

マック「私は[走りません]ッッ!!![走れない]のではなくッッ!!!もう、決めたんですッッ!!!」

 

 

マック「今更、貴方に何を言われようがッッ!!!何をされようがッッ!!!私は自分で決めましたッッ!!!」

 

 

マック「だから.........!!!もう、放って置いてください.........ッッ!!!」

 

 

 .........最低です。折角来た彼の顔を見ずに、心にも無いことを言って、諦めさせようとする。そうする事で、もう彼が私の中に居ないという事が、強く分かってしまう。

 私は、心と身体を強く結ぶトレーニングをし続けて来ました。自然体で、心の強さが走りに直結する様なトレーニングを.........

 だから、心が苦しめば、身体もその通りに動く。けれど、今は心ではそう思って居なくても、口が勝手に、彼を拒絶してしまう.........

 もう、完全にチグハグになってしまったんです。私の中の[一心同体]は消え、そして彼との[一心同体]も無くなってしまった。

 

 

 彼の顔から目を背け、私の脚からも目を背け.........窓の外を見つめます。雨が降っている、窓の外を。

 今はそれが、唯一の救いでした。まるでこの雨が、私の代わりに泣いてくれているようで.........心が楽になるからです。

 

 

「.........そっか」

 

 

マック(.........そう。それでいいの)

 

 

マック(どんなに頑張っても、私は元通りには走れない.........貴方には未来があるのだから.........)

 

 

マック(こんな私なんて、早く見捨てて―――)

 

 

「それは出来ないかな」

 

 

 一瞬、聞こえてきた言葉の意味が理解できませんでした。だって、どう考えたって諦めた方が賢明ではありませんか。

 [繋靭帯炎]は不治の病。たとえ良くなったとしても前と同じ様に走れるのか、そもそも再発の可能性だって危ぶまれています。そんな病を抱えたウマ娘など、放っておく方が良いに決まっているではありませんか。

 それでも彼は、何の気なしにそう言ってのけます。私は振り返りこそしませんが、彼が近付いてくるのが足音と体温で分かってきます。

 

 

「.........俺はさ。マックイーン。別に君を元に戻したいわけじゃないんだよ」

 

 

マック「え.........?」

 

 

「いや。語弊があるな.........なんて言うのかな.........?」

 

 

「.........[傍に居たい]。うん、君の隣に居たいんだ。俺は」

 

 

 彼が最初に、私を元に戻す気は無い。そう言った時、あまりにも予想だにしていない言葉だった為、思わず彼の顔を見てしまいました。今まで、怖くて怖くて、見ることが出来なかった彼の顔を.........

 そして、ようやく気が付いたのです。今の彼は、[仮面]などとっくのとうに外して、私に対して、ありのままで居ようとしてくれている.........

 胸の内に暖かさが広がっていくのを感じていると、自分の出した答えに一人納得していた彼と目が会い、笑いかけて来ました。

 

 

桜木「やっと見てくれた」

 

 

マック「っ、そうですか!傍に居たいだけならどうぞご自由にっっ!!!勝手にしてください!!!」

 

 

 ああ、違う。そんな事を言いたい訳じゃないんです。ただ、ありがとうと伝えたいんです。なのにどうして、たった一週間も会えなかっただけで素直になれなくなるんですか?

 また、彼の顔から目線を外し、私はもう一度窓の外に意識を移しました。すると、先程までには感じなかった物を.........[色]を、見い出せるようになっていたのです。

 

 

桜木「うん。勝手に傍に居る」

 

 

桜木「だからこれも、俺の勝手な独り言(誓い)だ」

 

 

マック「.........?」

 

 

 彼はゆっくりとその手を伸ばし、私の片手を優しく掴みました。それに釣られて、私の意識ももう一度、彼の方へと向けてしまいます。

 そして彼は空いている方の手で、私の頭をそっと撫でました。

 

 

桜木「俺と君は、[一心同体]だ。君の選択は、俺の選択だ」

 

 

桜木「諦めるのも、諦めないのも、人生だ。俺は諦めた側の人間だ。そういう幸せもあるし、道もある」

 

 

 優しい、彼の言葉.........いつもであれば、彼の優しさは辛い優しさのはずなのに.........今は、涙が出るほどに素敵に聞こえてきます.........

 

 

桜木「.........君がもし、走るのを諦めるんだったら、君の将来を一緒に模索してやる。やりたい事も探してやる」

 

 

桜木「君がもし、走るのを諦めないんだったら、君の車椅子を、死ぬまで押して行ってやる」

 

 

マック「............!!!」

 

 

桜木「舵を切るのは君だ。マックイーン、君は俺をここまで連れて来てくれた。今度は、俺の番だ」

 

 

 そう言って、彼は自分のポケットから何かを取りだし、私に握り締めさせました。誰にも見せることないよう、世界の誰にも、バレないよう。勿論、私にも、それが何か分からないように.........

 けれど.........分かってしまう.........!!!感じ取ってしまう.........!!!それが今まで.........!!!私達をどれだけ支え.........導いてきてくれたものなのかを.........!!!

 

 

 彼の手が離れていく。自分の手に握られているそれを見て、静かに.........けれど多くの涙を流して、それを胸に、大切に抱きしめる。

 私の嗚咽が響く中、彼はその言葉を、続けました。

 

 

桜木「[ひとりじゃない]。君は俺にとって、[夢になってくれた]」

 

 

桜木「俺の夢になってくれた君を助ける為に、俺は―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「[君の夢]になる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その顔は.........優しい笑顔でした。

 

 

マック「トレ......ナー.........さん.........」

 

 

 それでいて.........

 

 

 本当に、何が起きても.........

 

 

 それこそ、[奇跡]の様な[運命]が起きても

 

 

 全てを[超えて].........覆してくれる気さえ、湧かせてくれる。

 

 

マック「トレーナーさん.........!!!」

 

 

桜木「.........ごめんね。マックイーン」

 

 

 溢れ出す気持ちのまま、私は彼に抱きついてしまいます。[仮面]のない、ありのままの姿で、強くあろうとしてくれる彼に.........私は手を伸ばしました。

 涙と鼻水が絶え間なく出てくる事もいとわず、まるで小さい子供のように、離れ離れになった親子の再会のように、私は泣き、彼は私の背中を落ち着かせるようにトントンと叩きました。

 

 

桜木「遅くなってごめん。勇気が出せなくて.........ごめん」

 

 

マック「グスっ、本当ですっっ!!!」

 

 

マック「苦しかった.........!!!辛かった.........!!!痛かった.........っ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っっっ.........淋しかったぁぁぁああぁぁぁあああぁぁ.........!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もう。恥も外聞も、何もかもありませんでした。ここに居るのは、私の事を思い、この雨の中ずぶ濡れでやってきてくれた私の[トレーナーさん]で、私は[メジロ]でも[エース]でも無い、ただ一人の[メジロマックイーン]でした。

 

 

マック「本当は.........!!!ずっとっ、ずっと会いたくて.........!!!でももう.........!!!会ったらまた貴方を縛り付けてしまうと思って.........!!!」

 

 

桜木「.........俺も。ずっと会いたかった」

 

 

桜木「あの時、俺は本心から治るとか、また走れるとか思えてなかったんだ。だから君に拒絶されても、仕方が無いと思ってた」

 

 

 私の背中を優しく叩いていた手をゆっくりと離し、両手で肩を押さえてきます。そして、私の様子を確認する様に、その優しい表情のまま、私の顔を見つめてきました。

 

 

マック「.........どうして、ですの.........?」

 

 

マック「あの時.........!私は貴方を拒絶したのに.........どうして.........!!!」

 

 

桜木「[まだ見れていない]から」

 

 

 見れていない。私の疑問に、彼は声の調子を変えることなく、淡々としていながら、真剣な目付きで言いました。それが逆に、彼の本心だと言うことが痛い程に伝わってきます。

 そして、それがどういう意味なのか、一体何を見れていないのか、私には検討が着きませんでした。そして、彼から正解を聞くまで、ずっとそうだと思っていたんです.........

 

 

桜木「.........分かるでしょ?俺は、まだ君に会った時に見えた[想像の姿]を、この目で見れてないんだよ」

 

 

マック「.........あ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『断言出来るよ。君は大化けする。人々の視線を持っていくレベルまで』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの日。彼と初めてあったあの日。私にとっての全てが始まり、彼との[物語]が始まったあの時の言葉が、まるで時間を超えてきた様に同じ表情をして見せる彼によって、鮮明に再生されます。

 

 

マック「.........バカ」

 

 

マック「本当に.........!バカな人です.........!!!」

 

 

マック「そんなお世辞を実現させる為だけに.........!!!これから先どうなるかも分からない私を抱え込もうだなんて.........!!!」

 

 

 口からは、思っていた本音が溢れ出てきます。心からは、抱いていた感情が溢れ出てきます。本来ならば相容れない種類のはずであるその言葉と感情は、もう誰がどう聞いても、[好き]というもの以外には聞こえて来ないほどにそれが込められてしまっています。

 

 

 忘れていた訳ではありません。[好き]だから。彼にこの想いを抱いているからこそ、こんな私と一緒に居るべきじゃないと思ったんです。

 

 

 [仮面]を付けていたのは私のほうです。

 

 

 [嫌い]になろうとしていたんです。

 

 

 でも.........ダメだった.........!!!

 

 

桜木「.........なぁマックイーン。こんな[嘘吐き]な俺だけど」

 

 

桜木「君の心の隣に居たいんだ。もし許してくれるなら、俺の心を隣に置いて欲しい」

 

 

マック「!!!もう.........!どれだけ私を泣かせたいんですの.........!!!」

 

 

 私の手の中にあるチームの証。彼との関係を終わらせたと思ったあの雨の日に、どこかへ無くしてしまった私の王冠。

 まるで、その存在を埋めるかの様に、彼は私の手からそれを手に取り、私の首へと掛けました。

 

 

 空は、雨模様でした。

 

 

 今日は絶好の誓い日和でした。

 

 

 私は.........彼に抱き着いて、思う存分、雨を降らせました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 [貴顕の使命を果たすべく]

 Lv-6→0

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「.........落ち着いた?」

 

 

マック「はい.........ありがとうございます。トレーナーさん」

 

 

 あまり触りなれていないその小さくて柔らかさを感じる肩を掴み、彼女を少し離す。大きかった泣き声と嗚咽も収まり、その目の涙を拭い、恥ずかしそうに鼻を啜る。

 その姿を見て、俺はようやく本当の安心を覚える。随分と遠回りと葛藤を繰り返したけど、俺はここに辿り着けたんだ。

 

 

マック「その、トレーナーさん.........」

 

 

桜木「?」

 

 

マック「さ、先程のは.........そ、そういう事で良いんですの?」

 

 

桜木「さっきのって?」

 

 

 途端に、この部屋に敷き詰められていた雰囲気が変わって行く。シリアスで真面目な雰囲気が、俺の疑問を受けたマックイーンのモジモジとした姿を中心に、なにかこう.........懐かしさを感じるものに変わって行った。

 

 

マック「わ、私の車椅子を押すとか.........ゆ、夢になる.........とか」

 

 

桜木「う、うん?俺にはイマイチ話が見えないんだけど.........?」

 

 

 そういう事ってなんだ。別にあれは言葉通りの意味で、深い意味とか隠した意味とか別に何も無いぞ?

 なんだ。なんだなんだなんなんだ!!?さっきから頭をブンブン振ったり急に爆発したみたいに顔を真っ赤にさせてどうしたんだマックイーン!!?こんなの今まで見た事ないぞ!!?

 

 

マック「だ、だって!!!あんな言葉どう考えたってそれしか考えられません!!!」

 

 

桜木「俺にはそれが分からないんだってェ!!!」

 

 

マック「じゃあ教えてあげますよ!!!このおバカ!!!ウマたらし!!!朴念仁のおたんこにんじん!!!」

 

 

 え。え。自分で言うのもアレだけど俺いまさっきめちゃくちゃ良い感じだったよね?覚悟決めて思い伝えてこれから心を入れ替えて頑張ろうって矢先に、なんで罵倒されてるの.........?

 そしてそんな俺の困惑なんて知らずに、マックイーンはマックイーンでそれを言う為の覚悟を決めていく。胸に手を当て、ふぅーっと息を吐き切り、何度も俺の顔を見て、視線を逸らしてを繰り返して。ようやくその口が開いた。

 

 

マック「.........あれは、その、プロp「お取り込み中失礼致します」!ひゃい!!?」

 

 

 彼女の言葉がノックと共に聞こえてくる声に遮られる。その声は爺やさんのもので落ち着いてはいるが、普段からは考えられない焦りが、ノックと同時に聞こえてくる声という状況で容易く察せられた。

 マックイーンの許可なのか驚きなのか分からない声を聞き、爺やさんは部屋へと入ってくる。

 

 

爺や「桜木様。大奥様が貴方を、と.........」

 

 

マック「お、おばあ様が.........?」

 

 

桜木「.........」

 

 

 うっすらと滲んだ汗。それは目の前に居る爺やさんを見て感じたのと、俺の額に湧いた汗の感触で、この先の展開が優しいものでは無いと感じた。

 

 

桜木「分かりました。俺も、話す事があるのでちょうど良かったです」

 

 

爺や「案内はこちらの者に任せております」

 

 

 彼が手を指し示した部屋の出口の方向。そこから爺やさんと同じ執事服を見に包んだ一人の若い男性が立っている。

 紹介と共にお辞儀をしてくれるその人に、俺も頭を下げ、部屋から無言で出て行こうとした。

 

 

 

 

 

マック「っ、トレーナーさん!」

 

 

 ―――何も言わずに、部屋から出て行こうとする彼に対して、思わず呼び掛けてしまう。おばあ様がお客様をわざわざ呼び出すという事は、今までに一度もありませんでした。

 恐らく、不安が全て、その一声に乗ってしまっていたんだと思います。彼は出て行こうとするその足を止め、優しい笑顔を見せて言いました。

 

 

桜木「大丈夫。まだ何も分かんなくて、迷ってばかりで、[振り返る事]しか出来ないけど、歩く気力はいっぱいなんだ」

 

 

桜木「だから見ててよ。マックイーン。これから俺は、[君の夢]になって―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「[奇跡]だって超えてみせるからさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「!.........分かりました」

 

 

 その顔を見て、もう何も心配は要らない。その思いが溢れて来るのと同時に、私も一つ、彼に言葉を送りたくなりました。

 

 

 私達が大事なレースに出る時。彼がいつも掛けてくれる、贈ってくれる言葉。そのお陰で、今まで勝ってこれた。負けてもまた、頑張る事が出来た。

 

 

 だから、何度挫けても、また立ち上がれるように.........今度は彼が[私の夢]になってくれるのなら、今度は私が.........私達が、彼を支える番だと.........首に掛けた王冠のアクセサリーを両手で包み込みました。

 

 

マック「貴方の覚悟がきっと.........[運命]すら覆せる物になると信じています。だから―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「[奇跡]を超えてください。トレーナーさん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私は.........いつまでも待っています」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼の目を見て、しっかりと伝えます。胸の内から暖かさが広がり、それがこの王冠に伝わって行くように、そしてその王冠から彼に伝わっていく様に.........小さい光が煌めきました。

 彼は何も言わずに、その笑顔のまま頷いて部屋を出ていきます。その横顔は、優しさを帯びながらも、凛々しく、強い決心を感じられる表情でした。

 

 

マック「.........?爺やは行きませんの?」

 

 

爺や「私はお嬢様の付き人です。貴方の為に動くのが私の使命であります」

 

 

 いつもの様に優雅な立ち振る舞いでそう言った爺やは、私の部屋の一角まで歩いて行き、車椅子を私の目の前まで持ってきました。

 

 

爺や「お嬢様の事です。お聞きになられたいのでしょう?」

 

 

マック「!もう!!私はそんなじゃじゃウマ娘ではありませんわ!!!」

 

 

マック「.........で、でも、ほんのちょっとだけ気になると申しますか.........うぅ」

 

 

 はしたない.........人の大事な話を、ましてや自分の尊敬するおばあ様と、自分をこれからも導いてくださるトレーナーさんとのお話を盗み聞きしようだなんて.........

 

 

爺や「.........あの、お嬢様」

 

 

マック「?はい、なんでしょう?」

 

 

爺や「口ではそう言いながら.........もう既に車椅子に乗っておられますが.........?」

 

 

マック「!.........〜〜〜///」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お久しぶりですね。桜木トレーナー」

 

 

桜木「はい。この家に来た時以来ですね。アサマさん」

 

 

 大きな机を隔てて座る年配の女性にそう言うと、その眉をピクリとさせた。けれど変わらず、まるで俺に威圧をかけるようにその視線と意識を、この身体に一点掛けしている。

 名前を呼んだのは、俺がどう呼んでいいか分からなかったからだ。幸い、以前俺とマックイーンが見た過去の春の天皇賞でこの人の名前は知っている。それに、彼女が居ないのにおばあ様と呼ぶのは、なんだか俺には難しかった。

 

 

アサマ「.........単刀直入に言います」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マックイーンの事は、諦めて下さい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 静かに、淡々と、それでいて強い言葉が俺にぶつけられる。そしてその言葉の裏に隠されたこの人の感情も、俺には分かる。

 大切だからだ。マックイーンの事が.........同じメジロ家の生まれであるあの子が、きっとこの人にとっては、命よりも大切な存在なんだ。そしてそれは、彼女じゃなくても変わりは無い。

 

 

アサマ「あの子は、私の悲願である天皇賞を制しました。それも二度」

 

 

アサマ「そして、惜しくも負けてしまった三度目も、メジロの名に恥じない、とても素晴らしい物でした」

 

 

アサマ「.........これ以上先があっても辛いだけです。あの子も、そして.........貴方自身も」

 

 

桜木「.........」

 

 

 険しい道のりだ。

 

 

 下手したら断崖絶壁。

 

 

 足場はぐらついている。

 

 

 命綱なんてありゃしない。

 

 

 一歩進めば退路は絶たれる。

 

 

 少し先を予想すれば、そんなネガティブ思考が襲ってくる。長い付き合いだ。もうとっくに慣れている。心が乱される事も、息苦しく思うことも無い。

 

 

桜木「アサマさん。映画は好きですか?」

 

 

アサマ「.........?ええ、人並みには」

 

 

桜木「じゃあ、タイトルに[3]って付く続編物は?」

 

 

アサマ「.........あまり好みではありませんね。その前の作品で最初にやりたかった事は既にやられるでしょうし」

 

 

桜木「.........じゃあ、俺達はまだ大丈夫っすね」

 

 

 何故?そんな表情で、アサマさんは俺の顔を見ている。そうそう。この顔だ。俺が何か自分なりに言葉を言う時、大抵みんなこんな顔をするんだ。

 けれど.........俺のそれは、正しいんだ。俺だけの正しさだ。他の人になんか絶対に譲る事の出来ない。屁理屈の様な正しさ。俺はそれを、いつも自分なりに言葉にしているだけだ。

 

 

桜木「[メジロマックイーン最強伝説]は確かに終わりを告げました。[主人公]は不幸な最後を遂げ、続編なんて有り得ない終わり方」

 

 

桜木「けれど今度は、[W主人公]で始まるんですよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「[メジロマックイーン最強伝説2]が」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二本の指を立てて、目の前に居る彼女にそう言った。それを聞いて、その人は驚いた表情を見せてくれた。

 [一作目]は挑戦だ。未だ誰も見た事のない作品を作ってやる。そう意気込んで生まれた[名作]は、数多く存在している。

 そして[続編二作目]は実現だ。自分の中にだけ存在していた物を、[一作目]を通して[二作目]という形で多くの人々に伝える。

 俺達はまだ.........[映画]の[一作目]のクランクアップを終えたばかりだ。まだ、やりたいこと。見せたい物は山ほどある。むしろこれからなんだ。

 アサマさんに見せていたその手を下げ、俺はまた自分の本心を伝えて行く。

 

 

桜木「あの子がまた走る選択をするのかは分かりません。ただ俺は、どんな選択をしたとしても支えていくつもりです」

 

 

 そう。例え走らない選択を取っても、彼女が[人々の視線を持っていく]姿が見られれば俺はそれでいい。その隣で、俺はその姿を見ていたいだけなんだ。

 

 

アサマ「.........もし、あの子が走る選択をしたら、どうするつもりなのです?」

 

 

桜木「走らせますよ。舵切りはあの子に任せましたから」

 

 

アサマ「私は.........あの子が耐えられるとは、到底思えません」

 

 

 今まで俺の顔を見続けていたアサマさんが、その顔を伏せた。そしてその行動で、この人が普段、どれだけマックイーンの事を見ているのかがハッキリと伝わってきた。

 あの子は決して[強くは無い]。ただ、[強く在ろう]としているだけの、普通の女の子だ。自分の弱さで、このメジロの名が地に落ちないようにひたむきに努力をしてきた、普通の子。

 それに、俺は大丈夫とは言えない。きっと.........[この人が思うマックイーン]なら、耐えられない。そのビジョンを覆せる物を、俺は持ち合わせては居ない。

 だから俺は、それに対して何も言う事が出来ない。この人の心を、今はまだ安心させきることは出来ない。俺は背を向けて、扉の方へと歩いて行く。

 

 

アサマ「っ、待ちなさい。話はまだ「確かに」.........?」

 

 

桜木「貴方の知っている[メジロ家]の[メジロマックイーン]なら、きっと耐えられないでしょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「けれど俺の.........[俺達]の見てきた[チームスピカ:レグルス]の[メジロマックイーン]を.........甘く見ないでください」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――そう言って彼は、礼儀正しく私にお辞儀をして、この部屋を去って行った。

 

 

アサマ(.........きっと、喜ぶべきなのでしょうね)

 

 

 私はマックイーンの[家族]として、そしてメジロ家の[当主]としての選択を優先した。そしてそれを優先した事を、決して後悔していません。

 けれど.........彼の最後の一言で、それが一瞬だけ、大きく覆りました。[家族]としてではなく、[当主]としてでも無い、随分前に消えたと思っていた火が、小さくもゆらゆらと揺れ始めていた。

 

 

 そしてそれは.........[競走バ]としての心だった。

 

 

『彼女は強い人じゃない。強く在ろうとしているだけです』

 

 

『だから私は[トレーナー]として、メジロアサマを[天皇賞]まで支えて行きたいんです』

 

 

 胸のブローチを開けて、小さな。本当に小さな写真を見て、思い出す。そう.........彼もまた、親族にトレーナーが居ない、一般出のトレーナーだった。

 

 

『え?[山あり谷ありウマ娘]ってどういう意味かって?』

 

 

『あいや、あれはその、突発的に出たと言うか、たはは.........』

 

 

アサマ(貴方、今マックイーンを、貴方の様なトレーナーが支えてくれようとしています)

 

 

アサマ(どうか.........その力を、あの子達に貸してあげてください)

 

 

 変な人だった。

 

 

 けれど、誠実な人だった。

 

 

 誇りしか無かった私に、誇り以外の沢山のものを教え、そして与えてくれた。

 

 

 多くのトレーナーへの道標を残し、新たなメジロの誇りを残し、そして.........私を残した。

 

 

 まだ道も無い場所を通るであろう、彼の力になってくれるよう、私はそのブローチを両手で包み、あの人に願いが届くよう、祈り続けていました.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「ふぅ.........」

 

 

 アサマさんの部屋から出て扉を締める。そして一息着いた。あの人の覚悟も思いも、全部俺に伝わってきた時間だった。正直、あれほど啖呵を切れたのは自分でも予想外だった。

 

 

マック「トレーナーさん!」

 

 

桜木「え!!?マックイーン!!?き、聞いてたの?」

 

 

爺や「申し訳ありません。お嬢様がどうしても、と」

 

 

マック「な、何を言ってるんですの爺や!!?爺やが連れ出したんではありませんか!!!」

 

 

 目の前で自分の車椅子を押してくれている爺やさんに対して、マックイーンは可愛らしく怒っていた。そんな姿を見るのも、なんだか久しぶりで、少し涙が出てきそうになる。

 

 

桜木「っ.........」

 

 

マック「!トレーナーさん?大丈夫ですか.........?」

 

 

桜木「あ、ごめんね。ちょっと目にゴミが入って.........」

 

 

 心配そうに見てくるマックイーン。今は俺の事なんかより、自分の心配をして欲しいと言いたいけれど、残念ながら俺にそんな強さは無い。心配を跳ね除けるほどの強さを、本当の俺は持ち合わせていないんだ。

 だから、さっきアサマさんに言われた事も、今になって迷いになる。本当に.........俺が彼女を支えても良いものかと。

 

 

桜木「.........爺やさん。一つだけ聞かせてください」

 

 

爺や「?なんでしょう」

 

 

桜木「.........俺は、この子を幸せに出来るでしょうか.........」

 

 

 この場に居たということは、俺とアサマさんの会話を聞いていたという事だ。少なからず、マックイーンは聞いていた。爺やさん本人が聞こえていなかったとしても、彼女を通して話の内容は伝わっている筈だ。

 彼は少し考える様に顎に手を当てていた。けれど俺の顔を見て、いつも通りの優雅な動きで、その手を元の位置に戻して言った。

 

 

や「.........私達は、マックイーンお嬢様、引いてはメジロ家に使える従者でございます」

 

 

爺や「マックイーンお嬢様のこれからの幸せを願うのなら、諦めるのが一番安泰でしょう」

 

 

マック「っ、爺や!!?」

 

 

爺や「茨の多き道のりです。確実な幸せには程遠い。仲直りされて早々ではございますが、今手を引けば、マックイーンお嬢様は幸せになれます」

 

 

 .........それはそうだ。仲直りは出来たんだ。今諦めてしまえば、きっとこの子は幸せになれる。わだかまりは解消されたんだ。隣に居たいのも、人々の視線を持っていく姿が見たいのも、俺のエゴだ。

 納得していないのは、今この場ではマックイーン一人だけだ。大人になるというのは嫌なものだ。自分のしたくない選択も、しなければいけない時がある。俺は彼女をなだめようと、声を掛けようとした

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ですが」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二人「.........?」

 

 

 その空気を破ったのは他でも無い。爺やさん本人だった。俺とマックイーンは同じような表情で、彼の方をじっと見ていた。

 

 

爺や「この屋敷に居る者全員、メジロ家の従者であると同時に、貴方様のファンなのです」

 

 

桜木「俺の.........?」

 

 

爺や「誠に余計なお世話かも知れませんが、マックイーンお嬢様と等しく、貴方様も幸せになって欲しい。ここに居る者は、勝手ながらにそう思っております」

 

 

 優雅なお辞儀をして、その微笑みを俺とマックイーン。交互に見せてくれる。

 .........誰かの笑顔を見るなんて、本当に久々だ。思えば、あの日から誰かからの笑顔を.........そして、俺も笑顔を誰かに見せた事が無かったように思える。実際、思い返してみればそんな記憶は無かった。

 

 

桜木(あぁ.........なんだか)

 

 

桜木(安心するなぁ〜.........)フラ...

 

 

マック「?トレーナーさん.........?」

 

 

 

 

 

 ―――覇気のない笑顔を私に向け、彼の身体が若干揺れたように見えました。私の声掛けに対して、反応すら見せない彼に不穏さを感じている。

 そして案の定、彼はそこからたたらを踏む事すらせずに、その身体を倒れさせました。

 

 

マック「っ!トレーナーさん!!?」

 

 

爺や「桜木様!!!如何なされましたか!!?」

 

 

 思わず車椅子から立ち上がりそうになりましたが、私より先に爺やが動いてくれたお陰で、彼はその身体を強く地面に打ち付けることはありませんでした。

 けれどやはり、爺やの声にも反応すら見せず、虚ろな目で、彼は天井を見ていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぐぅ〜.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

爺や「.........」

 

 

マック「.........なんで爺やはなんで私の方を見るんですのっ!」

 

 

桜木「腹、減った〜.........」

 

 

 力無く震える声で、彼は爺やに抱えられながら言いました。その顔をよく見てみると、記憶より痩せこけていて、なぜあれほどまで立っていられたのかが不思議な位でした。

 

 

爺や「お食事の用意をしてきます。お嬢様、桜木様をお任せしても宜しいでしょうか?」

 

 

マック「!え、ええ!大丈夫ですわ!そ、それと.........」

 

 

爺や「?」

 

 

マック「わ、私の分も.........その」

 

 

 ぐぅ〜.........

 

 

マック「.........///」

 

 

爺や「.........かしこまりました。今すぐシェフに用意をするよう伝えてきますので」

 

 

 今まで、少ない食事量でも、そして一日何かを食べなくても決して音を鳴らさなかったお腹が、今になって鳴ってしまいます。

 .........安心、したからなのでしょう。彼の姿を見て、彼の心に触れて、私はようやく、元通りとは行かないまでも、そうなるための一歩を踏み出せたのです。

 車椅子に座りながら彼を支え、私はどこか嬉しさを感じながら、その空腹のお腹をさすりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

爺や「それでは桜木様。お嬢様。私は席を外しますので、後はお二人でお召し上がりください」

 

 

桜木「こ、これは.........!」

 

 

 テーブルの上に並べられた数々の料理。沸き立つ湯気が鼻に通ることで、それらが全て絶品である事を俺の本能に直接教えてくれる。

 あぁ.........こんなものを今食べてしまっていいのだろうか.........食う気力もなく過ごしてきたこの一週間.........なんなら今日は断食すらしていたと言うのに.........

 

 

マック「こんな時間ですし、シェフは余り物でこしらえたと言っておられましたが.........これは」

 

 

二人「.........ゴクリ」

 

 

 テーブルを挟む形で、二人で溢れ出る唾を飲み込む。直ぐにでも料理に手を伸ばしたい気持ちを抑え、俺達はその両手を合わせ、食事を始める合図をした。

 

 

二人「頂きます―――!!!」

 

 

 手前にある食事に使う道具の中から俺は箸を、彼女はフォークを取り、それぞれ目の前にある料理をその手に取った。

 俺がその箸でつまんだのは、春巻き。正直中華料理の中では好きではなく、普通程度の認識だが、何故か今、こいつをいの一番に食べたくて仕方が無かった。

 

 

桜木「っ.........!!うん、めぇぇぇ.........!!!」

 

 

 外の固く揚げられた衣を噛み砕くと、中から油の相まった具材が口の中へと躍り出てくる。口内を全て油に塗れさせながら、旨味をその上からさらに塗りたくってくる。

 三分の一程食べた一本の春巻き。美味さは分かった。ならばやることはただ一つ。残りを一気に口の中に入れ、俺は目の前にある焼き魚へと手を伸ばした。

 

 

マック「っ!っ.........〜〜〜♡美味しい〜.........」

 

 

 向かいに座る彼女は最初こそ上品にパスタをくるくると巻いて食べていたが、一口食べて限界を迎えたのだろう。いつものお嬢様らしさを気にすること無く、フォークでチュルチュルと食べ、その皿をものの数秒で綺麗にした。

 次に目を付けたのは肉料理。普段ならばカロリーを気にする彼女だが、最初にパスタを食べたのだ。そんな事はもう気にしていないのだろう。

 

 

桜木「むぐぐっ、このピザも美味いな!」ガツガツ

 

 

マック「世界で修行してきたシェフですもの!!当然です!!はぁ〜.........このラタトゥイユも絶品.........」パクパク

 

 

 この空間にはお互いしかいない。それを差し引いても、こんな爆食いを見られたら引かれる.........なんて。そんな事すら気にせずに、俺達はただひたすら、出された料理を貪り食っていた。

 

 

桜木「っ、むぐぐむ!!?」

 

 

マック「っ、んんむ!!?」

 

 

 思いのままに食べていると、不意に喉に料理が詰まる。俺は慌てて胸を叩いてみるが、料理が落ちていく気がしない。

 彼女に助けを.........そう思いその方を見てみると、どうやら彼女も喉を詰まらせた様で苦しそうに口元に手を置いていた。

 何とかしなければ。そう思い、俺は自分の方に置いてあるコップに水を汲み、彼女の方へと差し出した。すると.........

 

 

桜木「むぐ.........?」

 

 

マック「んん.........?」

 

 

 彼女の方からも、水の入ったコップがこちらに伸びていた。どうやらお互い、水を汲んで相手に渡そうとしていらしい。

 俺とマックイーンはそれを交換するように同時に受け取り、喉に詰まった物を一気に流し込んだ。

 

 

桜木「.........ふぅっ」

 

 

マック「.........ほぅっ」

 

 

二人「.........ぷふっ」

 

 

「あはははは!!」

 

 

 俺達は笑った。お互いの顔を見て、さっきの状況を思い出し、笑った。俺は額に手を当てて、マックイーンはお腹を抑えて。笑っていた。

 

 

マック「もう.........自分の喉が詰まったんですから、自分を優先してくださいまし」ウフフ

 

 

桜木「それはマックイーンもでしょ.........?」

 

 

 お互い涙を滲ませた目元を拭いながら、先程の行動を指摘し合う。何もかもが久しぶり過ぎて、嬉しさを通り越して幸せを感じてしまう俺はおかしいのだろうか?

 でも、目の前の彼女はそれ以上に幸せそうだ。目が合った俺に対して、頬にほんのり赤色を乗せた優しい微笑みを向けてくれる。言葉にしなくても、それだけで俺に幸せですと伝えてきてくれているような気さえした。

 

 

マック「さぁ!料理はまだまだありますわトレーナーさん!冷めてしまってはもったいありません!!」

 

 

桜木「ああ!!こんな料理人生であと何回食べれるか分からないんだ!思う存分食い尽くすからな!!マックイーン!!」

 

 

 

 

 

「.........大丈夫そうだね」

 

 

 ―――ここがメジロ家であることを忘れてしまった様に、マックイーンと桜木トレーナーさんはすごい勢いで食べ物を食べていた。

 最近食べてなかったという事実を差し引いても、それは私達にとって初めて見るマックイーンの姿なのは、変わり無かった。

 

 

「心配だからって、覗き見するのはどうかと思うけど?ライアン」

 

 

ライアン「べ、別に良いじゃん!!それを言うならドーベルだって!!」

 

 

 そこまで言うと、あたしとドーベルの間に割り込むようにブライトが現れ、人差し指を口元に当てる仕草を見せてくる。一瞬なんのことかと思ったけど、直ぐに気が付いてマックイーンの様子を見る。

 

 

ライアン「.........ほっ、良かったぁ。気付かれて無いみたい.........」

 

 

ブライト「マックイーン様はお耳が良いですから〜。気を付けませんと〜.........でも」

 

 

「今はその心配は無いみたいですね.........」

 

 

 二人が食事している部屋をじーっと覗き込んでいるアルダンさんとパーマー。私達も二人に釣られてもう一度、マックイーン達の様子を見る。

 

 

パーマー「.........良かったね。マックイーン」

 

 

ライアン「.........うん。仲直り出来て本当に良かった」

 

 

ドーベル「あんなに自分をさらけ出すなんて、よっぽど好きなんだね.........」

 

 

ブライト「うふふ♪マックイーン様にとって、桜木トレーナーさまは[白バの王子様]なんでしょうね〜」

 

 

アルダン「小さい頃、いつか迎えに来てくれるってずっと言ってましたからね.........」

 

 

 私達の前でも見せた事ない、マックイーンのありのままの姿。それを強要させる事無く見せさせるあの人とマックイーンの関係性は、初めて会った時には想像もつかなかった。

 だって、 食べる事が大好きなマックイーンが食事をしてる間に何度もあの人の姿を見て、微笑んでるんだもん。マックイーンにとっては、どんな好きな事よりも、桜木トレーナーの事が好きだと言うことが、はっきりと分かった。

 

 

アルダン「.........そろそろ私達も部屋に戻りましょうか」

 

 

パーマー「そうだね。あの二人の邪魔しちゃ悪いし」

 

 

ドーベル「何より、見つかった時何されるか分からないし.........」

 

 

 最後の一言で、この場にいる全員が勢い良く首を縦に振る。もしこの場面をみていたことを知られたら、ものすごい勢いで追い回されるかも知れない.........なんて、今のマックイーンの状態じゃそんな事あるはずも無いのに。

 けれど、そう思わされるくらいには、マックイーンは元気になった。あたし達は部屋に戻ろうとその場を立ち上がり、二人が食事している部屋から背を向けて歩き出していく。

 

 

ライアン(.........頑張ってね。マックイーン)

 

 

 あたしも、そんな思いをマックイーンに投げ掛けてから、部屋へと戻って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれからたらふく美味しい料理を食べて、マックイーンと沢山お喋りした。一週間ぶりにあった彼女は、以前と変わらずに、楽しそうな表情で居てくれた。

 

 

桜木「おっ、雨も止んでるな」

 

 

マック「も、もう行かれるんですの?よろしければ泊まって行っても.........」

 

 

 寂しそうな表情で少し手を伸ばすマックイーン。後ろに居る爺やさんも賛同するように首を縦に振ってくれる。

 申し出はありがたい。けれど俺も、やるべき事がある。やらなきゃ行けない事が、一つだけ残っている。それは絶対、今日の内に決着をつけなきゃ行けない事なんだ。

 

 

桜木「.........ありがたい申し出だけど、トレセン学園に戻るよ。俺、皆に謝らなくちゃ」

 

 

マック「そう、ですか.........」

 

 

 もし。今の俺に心の音が聞こえる力があるのなら、彼女はシュン、と音を立てている事だろう。それくらい目に見えて落ち込んだ。

 .........落ち込んでくれたんだ。安心して、その心をさらけ出してくれる。俺には出来なかったことを、彼女がやってくれているんだ。

 

 

桜木「落ち込まないでよ。明日も明後日も、また来るからさ」

 

 

 彼女に近付き、その目線を合わせる為に少し屈んで、頭を撫でる。そこに居るのは、幼さを纏う少女ではなく、大人らしさを持つ女性でも無い。ただくすぐったそうに、それでいて嬉しそうな顔をするマックイーンがそこに居た。

 

 

爺や「送って行きましょうか?」

 

 

桜木「いいえ。自分の足で来たんです。帰りも自分で帰りたい」

 

 

マック「ふふ.........やっぱり、変な所で律儀ですのね」

 

 

桜木「え?そうかな?」

 

 

 彼女の言葉に思わずキョトン、とした反応を見せてしまう。律儀や誠実とは全く正反対に居るような存在だと思ってたけど、他の人から見たら存外そうでは無いらしい。

 そう思い、少し自分に対する評価を改めた後に彼女を見る。今日はもう。これで最後だ。明日も来るつもりだけど、朝は無理だし、放課後になるだろう。

 

 

桜木(あぁ.........そう思うと)

 

 

桜木(寂しいなぁ.........)

 

 

マック「なっぇ、ぁ.........///」

 

 

 

 

 

 ―――彼が私の顔を寂しそうに見つめてきたと思ったら、そのまま流れるように背中に手を回し、優しく抱きしめられました。

 いつもの様に.........ではなく、私の胸に顔を埋める形で抱き着く彼に困惑しながらも、私は爺やの方を振り向きました。彼は何も言わず、そっぽを向いています。

 それをいい事に、私は彼の背中に片手を、もう片方を頭に乗せました。

 

 

マック「.........」

 

 

桜木「.........」

 

 

 愛おしい。そんな思いが、絶え間なく溢れ続けます。今までに無いほど、大量に、止めどなく、せき止められることなく、私の心から全身に暖かい感情を送り続けています。

 その時、不意に私の耳に微かな声が聞こえてきました。

 

 

桜木「.........グス」

 

 

マック「.........大丈夫です」

 

 

桜木「ごめ、んっね.........マック......イーン.........!!!」

 

 

桜木「直ぐに.........これ、なくてっ.........!弱くて.........頼り、無くて.........!!!」

 

 

 声を押し殺して、けれど、彼の咽び泣く声は、それでも止まらなくて.........苦しそうにしている彼に、どうにか楽になって欲しくて、その背中をぽんぽんと叩きました。

 

 

 謝りたいのは、私の方です。

 

 

 たった一度の思い違いで、貴方を否定してしまった。

 

 

 拒絶してしまった。それは、私の弱さです。

 

 

 そしてそれを.........他でも無い、貴方のせいにして.........!!!

 

 

マック「.........ずっと、待ってます」

 

 

マック「貴方の[隣]をまた.........!自分で歩ける時を.........!!!」

 

 

マック「グス.........はぁ、もう、今日は土砂降りです.........!」

 

 

 視界が歪んだその両目で外の景色を見る。街に並ぶ蛍光灯と月の灯りはぼやけた様に広がりを見せ、目を閉じる度にその光を視界に広げて行く。

 

 

 土砂降りです。

 

 

 土砂降りなんです。

 

 

 雨の音なんて聴こえなくても。

 

 

 雨の匂いがしなくても。

 

 

 雨の水滴が見えなくても。

 

 

 私達は、思いのまま、土砂降りを降らせていました.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 [一心同体]を取り戻した!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

山あり谷ありウマ娘

第四部 夢壊れ人編 ―――『良かった』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「.........え?」」

 

 

『ようやく泣いてくれたわ.........え?』

 

 

 突然、隣から聞こえてきた声。最近では聞こえなかったせいで全く意識をしていませんでした。それを聞いて、私と彼は[二人]で反応してしまいます。

 その方向を見ると.........私と瓜二つの存在が、驚いた様子で存在していました.........

 

 

『も、もしかして.........見えてるの?』

 

 

二人「.........」コクコク

 

 

 突然訪れた変化。どうして彼に見えているのか、なぜ見えなくなっていたのか、それすら分からないまま、[物語]は一度、完結を迎えるのでした。

 

 

 先に訪れる、[奇跡]を超える[予感]を残して.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 [???(???????)]のヒントLvが1上がった!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

山あり谷ありウマ娘

第四部 夢壊れ人編 ―――完―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「はァ......はァ.........っ!!!」

 

 

 息を切らして、這い蹲る。顔を地面から上げて、目の前にある[試練]に全ての意識を向ける。これを乗り越えれば、全てを越えられる.........

 だと言うのに、俺の身体は言う事を効かない。何度もぶつかって、何度も吹っ飛ばされている内に、心は自然とそれを拒絶し始めている。

 

 

「.........[人間]には無理だ」

 

 

「それとも、[奇跡]を望むか?青年よ」

 

 

桜木「.........」

 

 

 その挑戦をただただ見る老人。まるで人生を無駄にしているかのような目で俺を見下してくる。確かに、これは[奇跡]でも起きない限り、突破するのは不可能に近い。

 そうだ.........いっそ、何か起きてくれれば―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「奇跡なんか.........望んじゃいねぇ.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「奇跡なんかじゃ.........足りねェ.........ッッッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 血が滲んだ両手。その痛みなど気にせずに、土を巻き込んで握り締める。息を吐き切らしながら、何とかその場に立ってみせる。

 疲労困憊、既に身体は悲鳴を上げている。けれどここで立たなきゃ、[奇跡]は越えられない.........それどころか、起きやしない。

 

 

桜木「はァ......!はァ......!良いかよく聞けっ、トウカイテイオーはなァッッ!!![奇跡]を起こしたんだよッッ!!!」

 

 

桜木「誰もが見てる有馬記念でッッ!!!誰もが望む[奇跡]をッッ、アイツは.........!!!」

 

 

桜木「.........だったら」

 

 

桜木「あの子が望んでるなら.........!!!俺はその[奇跡]だって超えなきゃ行けねぇんだよッッ!!!」

 

 

 誰もが望んだ。誰もが願った。起きるはずもない事態を、起こるはずも無い状況を。

 それは[奇跡]と呼べるだろう。有り得ない。絶対に無いと思われていた事が実現するのだから、それは[奇跡]なんだ。

 けれど、有り得ないとすら思われない事は?絶対に無いとすら、思考されない事は?誰もが望みすらしない、誰もが願う事すらない。そんな中で、果たして[奇跡]は起こるのか?

 

 

桜木(.........違ぇだろ)

 

 

桜木(背中を支えらんねぇんなら.........!倒れた時、追い付けねぇんなら.........!!!)

 

 

桜木(その[夢の隣で駆ける]しかッ!ねぇだろッッ!!!)

 

 

 歯を食いしばった。覚悟を決めた。[奇跡]を望むだけの受け身はもうやめた。俺はもう、それに頼れるほど謙虚な男じゃないんだ。

 妥協はしない。[奇跡]なんかで終わらせない。その先に進む為に、俺は走り続ける。あの子の隣で.........[夢を駆ける]んだ.........!!!

 

 

桜木「見てろよ.........未来を決めつけて、若者にガタガタ説教かますクソジジイ.........!!!」

 

 

桜木「今の俺は―――」

 

 

 口元を拭い、足にしっかりと力を入れる。それでも、運命は変えられないと言うようにフラフラと俺の身体は揺れ動く。右へ左へ、たたらを踏んでしまう。

 ダメなんだ。ここで言わなきゃ、俺はいつ言うんだ.........ここで越えなきゃ.........俺はいつ、[奇跡]を超えるんだ.........!!!

 

 

 それでも、身体はもうどうしようもなかった。いくら心が先に行ったとしても、身体が 追い付いてくれない。そんな疲労困憊の身体を置いてけぼりにするように、心だけが、その試練へと向かっていく.........

 

 

 遂に、俺はその身体を支える力を無くし、片膝を着いてしまう。そのまま前のめりになって、土を喰らってしま―――「いや」

 

 

桜木「.........!!?」

 

 

 知っている声と共に、身体が支えられる。 がっしりと、誰よりも強いその力を、俺は知っている.........そしてそれは、[一人]じゃ無かった。

 

 

「これから[俺達]は」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「[奇跡]だって超えて行くんだぜ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうだろ?[おっちゃん]!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうだ。俺は.........[独り]じゃ、無いんだ.........!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 [夢追い人]が変わろうとしている.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 [一等星の鼓動]が鳴り響く.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

山あり谷ありウマ娘

 

 

 

 

 

第五部 夢覚め人編

 

 

 

 

 

coming soon.........



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第五部 夢覚め人編
気が付いたら流れで未来への片道切符を切っていた話


 

 

 

 

 

桜木「すぅ.........はぁぁぁ」

 

 

 肺の中の重い空気を入れ替えるように、ゆっくりと深呼吸をする。かじかんだ手を暖めるように、吐き出す息に手を当てて、自分が今生きている事を証明させる。

 時間はあれから三十分。マックイーンとの別れも済ませ、あとはトレセン学園で最後のわだかまりを解くだけだ。

 

 

『緊張してる?』

 

 

桜木「.........聞かないからね俺。忙しいから」

 

 

『あの子は着いて来れないじゃない。その代わりよ』

 

 

桜木「丁寧なご説明どうもです」

 

 

 廊下を歩きながら、隣をふよふよと浮遊している女性と軽く会話をする。多分、傍から見たら独り言の激しい人間に思われるだろう。物の声は聞こえなくなったが、こうなってしまっては変わりない。

 だが、そんな中でも気になることはある.........それは、彼女の姿だ。

 

 

桜木「.........」

 

 

『.........何?言わないわよあの子と似てる理由なんて。忙しいんでしょ?』

 

 

桜木「それは良いよ。自分で考察して勝手に納得するから。オタク舐めんなよ」

 

 

 ぎょっ、とした様子で若干引いた様子を見せる女性。これで良い。今はまだシリアスに行きたいんだ。これを終わるまではまだシリアスで居たい。

 けれど.........気になる。なんでマックイーンに似てるだけならまだしも、色々な部分があの子の上位互換的なアレなんだ。身長はさることながら、プロポーションがマックイーンと言うより、ゴールドシップ寄りだ。

 

 

桜木「.........なぁ〜んでマックイーンはちっこいままなんかなぁ〜」

 

 

『私分かるわよ?』

 

 

桜木「え?」

 

 

『食事制限』

 

 

桜木「.........あぁ〜!」

 

 

 その一言で全てが納得した。なるほど、それなら全て片付く。彼女は最初に会った時、大人のアスリートがやる様な絞り方のメニューをしていた。けれどそれは、子供の、特に成長期の時にやるにはお勧めできない物がある。

 そしてそれを恐らく、彼女はトレセン学園に入学する前から独自に実践してきたのだろう。でなければ、たった三週間程度とは言ってもあそこまでヘロヘロになる事はなるまい。

 順当に行けば.........あの子もこの女性のように.........なんて思ってみたけど、俺としてはやっぱり今のマックイーンが好きだ。慎ましやかな胸、平均的な身長、細い手足.........どれを無くすことなんて.........って

 

 

桜木(バカ!!!何考えてんだ!!!シリアスに行くってさっきから言ってんだろ!!?)

 

 

『うわ、頭を壁に打ち付け始めた.........』

 

 

 離れろ煩悩。消え去れ劣情。今の俺に必要なのはストイックな精神。貴顕の使命よろしく気高い精神。

 落ち着けぇ〜.........まだマックイーンと仲直りしただけだ〜桜木ぃ〜.........まだ皆との溝は埋まり切ってないんだぞ〜.........!!!

 そうやって何とか自分の煩悩を払いつつも、俺はこれからに向けて、しっかりと意識を作り直して行った.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

タキオン「.........」

 

 

 時計の針が鳴り響く。刻一刻と、一秒が等間隔で人生を消費していく。感覚としてでは無い。明確な事実として、それは確かな物だった。

 もう集まる事など無いと思っていたチームルームで、全員が重苦しい空気を纏っている。例外を言うならば、沖野トレーナーと彼の親友二人。そしてデジタルくんだけだろう。

 

 

デジ「み、皆さん暗いですよ?もっとこう、ハッピーに行きましょう?」

 

 

タキオン「.........そうだね。ではこれから[彼]がどういう事で私達を集めたか議論でも始めるかい?」

 

 

デジ「.........タキオンさん。性格がチームに来る前の頃と同じ感じですよ」

 

 

 珍しく鋭い視線を彼女からぶつけられるも、私は鼻を鳴らして会話を終わらせる。私は[変わって無い]。[変えられた]んだ。彼によって、無理やり変えられてしまった。それが今、正常に戻っただけだ。

 では、それが心地好くなかったかと問われたら、どれだけ時間を要しても私は否定も肯定も出来ないだろう。結果としてこうなってしまったが.........あれは今の私を形成する重要なピースとして存在している。

 

 

ライス「.........なんで」

 

 

デジ「.........?」

 

 

ライス「デジタルちゃんは、どうしてそんなに平気なの.........?」

 

 

 酷く脅えた声が聞こえる。その長い髪に横顔を隠して、彼女は俯きながらデジタルくんに話しかけている。

 この場でおかしいのは、はっきり言ってデジタルくんだ。ここに居るウマ娘達は希望を打ち砕かれ、絶望に打ちひしがれている。そんな中で一人だけ、余裕そうにしているのは彼女だけだ。

 

 

ブルボン「.........っ、足音が」

 

 

ウララ「!トレーナーだ.........っ」

 

 

 その一つの単語に、身体が以上に反応を示す。私だけじゃない。彼に心を折られた者全員が、その身を酷く縮こまらせる。それ程までに、今の彼は、恐怖の対象だった。

 一歩、また一歩とその足音が近付いて、案の定この教室の扉の前で止まる。その扉に手をかける音が微かに聞こえた後、ゆっくりと横へと開けられて行った―――

 

 

 

 

 

桜木「.........」

 

 

 ―――教室の中を見渡す。普通の表情を見せているのは大人だけで、ウマ娘達は全員、暗い顔で俺の方を見てくる。

 今更自責の念に駆られるな。お前がやった事だ。悔やめばそれこそ無駄になる。あれは、ここに行き着くまでに必要な物だったんだ。

 そうやって自分を責めようとする衝動を抑え付け、客観的な思考のまま前へと歩く。長い長いテーブルの先に行き、俺は皆の方を向いた。

 

 

桜木「.........ごめん」

 

 

黒津木「.........ああ」

 

 

神威「まずは、そうだよな」

 

 

 何をするべきか。何を話すべきか。そんな事が頭を過ったけど、俺がすべき事はまず、謝罪だ。今まで掛けてきた迷惑の、謝罪。頭を下げて、自分が悪かった事を伝える。

 だけど決して、許しを乞うものじゃない。そんな物を欲せるほど生易しいことをした訳じゃない。今でも俺は、許されるべき存在じゃないと思っている。

 

 

タキオン「.........謝って済むのか」

 

 

タキオン「君は.........!!!それで全て済ませるつもりなのかッッ!!!」

 

 

桜木「.........」

 

 

ウララ「トレーナー.........」

 

 

 疑心。失望。拒絶。憤怒。その四つの視線が俺へと向けられる。こうなってしまったこと。こうさせてしまったことに、俺は後悔を覚えている。

 もっと上手く出来たはずだ。必要な事だったとしても、ここまで行かずに済んだはずだ。悔やんでも、悔やみ切れない。間違えを書いた答案。提出してしまえば訂正は効かない。

 

 

桜木「.........今までの俺は、[弱い自分]を見て見ぬふりしたものだった」

 

 

桜木「自分の追い求める[強さ]。皆が求める[理想]。そして.........俺を含めた者が俺に掛けた[期待]」

 

 

桜木「それを全部ごちゃ混ぜにして出来上がったのが.........皆の知ってる[桜木 玲皇]なんだ」

 

 

「.........」

 

 

 よく出来たお話だ。俺が俺の求める理想を演じていた結果。変えられない結末を目の前にして、その役は[最終回]手前で早々に最後を迎えた。

 残っていたのは.........本当の俺だけだ。

 

 

桜木「あの日.........マックイーンの[繋靭帯炎]の発症を知った日から、それが全部剥がされて、ほとんどが[俺の本心]になった」

 

 

桜木「変わらない。変わりっこない。怪我は怖い。怪我は恐ろしい。消えたい。嫌われたい。見たくない。終わらせたい.........」

 

 

桜木「.........弁解する余地なんて無い。全部、俺の本心だったんだ」

 

 

 [仮面]がしていたであろう皆に対する行動。あれらは全て、俺の本心からの行動だ。ずっと抱き続けていた負の感情を、吐き出した結果だった。

 

 

ブルボン「.........では、なぜ私達を呼んだのです」

 

 

桜木「.........[これからの為]だよ」

 

 

桜木「マックイーンに.........会ってきた」

 

 

ウマ娘「っ.........!!?」

 

 

 驚きの表情を俺に見せ付けるように、俯いていた子も、敵意を剥き出しにしていた子も一斉に表情を変えた。

 

 

桜木「これからどうするのか、どうすべきなのか、全てじゃないけど、俺はあの子に託してきた。それに向かって突き進むだけだ」

 

 

桜木「けれど、納得しない者も居ると思う。言い辛いかもしれないけれど.........」

 

 

ライス「.........チームを、辞めても良いってこと.........?」

 

 

 何かを察したように、ライスが言葉を言う。それを聞いて俺が担当している他の子達は、その顔をまた俯かせた。

 確かに、悪い方法じゃない。けれど、それは[悪くないだけ]だ。決していい物じゃない。そうした所で、結局嫌な思いをするのはこの子達だ。

 それを訂正しようと、俺は首を振って言葉を繋ぎかけた。

 

 

 その時だった。

 

 

「おいッッ!ヤベェことになったぞ!!!」

 

 

「っ!!?」

 

 

 扉を勢いよく開けて姿を現したのは、白銀の奴だった。普段のコイツとは違い、その表情は切羽が詰まったようで、走ってここまで来たのか、肩で息をしている。

 ここに居る誰もが呆気に取られていると、一番最初に声を発したのは黒津木の奴だった。

 

 

黒津木「お前疲れたから寝るっつって玲皇ん家帰ったんじゃねぇの!!?」

 

 

白銀「うるせェッッ!!!口挟むな殺して海に沈めてテメェの家も全部燃やしてグッズも全部転売してからSNSに黒歴史全部晒すぞッッ!!!」

 

 

黒津木「ヤメテ......ヤメテ.........」

 

 

 見事に一語一句が全てクリーンヒットして椅子から床へダウンをする黒津木。そしてその様子を見てシリアスな場面からいつものノリに戻っていいのか手をこまねいている全員を後目に、白銀は話を続けてきた。

 

 

白銀「ゴルシが[未来]に帰るっつって音信不通なんだよッッ!!!」

 

 

「はァ!!?」

 

 

桜木「っ、あー.........」

 

 

白銀「アイツ、メールとかメッセージで嘘つく事ねぇんだよ!!!相手の反応見れねぇから絶対そんな事しねぇッッ!!!だから嘘じゃねぇんだ!!!今は信じろッッ!!!俺の本気をッッ!!!」

 

 

 そう言って自分のスマホの画面を皆に見せてくる。確かにそこには、「[未来]に帰る」。そして「じゃあな」の二言だけが送信されたゴールドシップとのやり取りがあった。白銀からのメッセージは全て既読すら付けられていない。

 

 

沖野「と、とにかくだ。未来に帰るなんてそんなバカバカしい事いくらアイツでも無理だし、ここは一旦桜木の話が終わってからでも.........」

 

 

桜木「反対します!!!何故なら嫌な予感がするからです!!!」

 

 

沖野「お前何言ってんの!!?」

 

 

桜木「俺はまだアイツに謝って無いんですよッッ!!!」

 

 

 俺の声に、全員が驚く。先程の様な受動的なものじゃない。完全に外部からの、俺のその声だけで全員が驚いて見せた。

 

 

桜木「.........もしこのまま明日を待ったら、きっと謝れない。それだけは絶対嫌なんです」

 

 

沖野「.........わかった。ひとまず解散だ!ゴールドシップを探しに行くぞ!!!お前らは―――」

 

 

スペ「わ、私達も探します!!!」

 

 

ダスカ「そうよ!!!急に居なくなるなんて絶対に許さないんだから!!!」

 

 

 二人の言葉に、スピカの面々は立ち上がって教室を出て行った。こういう事になると行動力がずば抜けるのはこのチームの特徴だろう。

 そしてそのあとを追うようにデジタルが立ち上がり、廊下へと出て行った。けれど後ろに誰も着いてきていない事に気付いたのか、直ぐに走ってきてひょっこりと顔を覗かせた。

 

 

デジ「何してるんですか!!ゴールドシップさんを探しに行きますぞ!!!トレセンファイトーーー!!!」

 

 

「お、おー.........?」

 

 

 彼女の余りの熱気に圧され、暗かったタキオン達もやる気を見せないながらも廊下へと出て行く。

 白銀達もそれぞれどこに行くかを言って、残ったのは俺と、[もう一人]だけだった。

 

 

桜木「.........とは言っても、宛はねぇしなぁ」

 

 

『私はあの子に伝えてくるわ。その後上から探して上げる。貴方はまぁ、それまで走り回ってなさい』

 

 

桜木「うへぇ.........俺は今日どんだけ体力無くせば良いんだよ.........っ」クラ...

 

 

『.........ゆっくりで良いわよ。自分で啖呵切ったんだから探す振りはしないと』

 

 

 視界の周りが黒くなり、それが中心に向かう様に埋め尽くされそうになる。貧血か、それとも疲労か。今の俺の状態ならそのどちらも可能性として存在している。

 壁に何とか寄りかかりつつ、息を整えようとすると、彼女が労わるようにその背中に触れようとする。けれど実体がないのか、ほんのりとした温かさしか感じない。

 けれど、だからと言ってここに残る訳には行かない。彼女の言った通り、啖呵を切ったのは俺だ。俺が行かなければ格好が付かないどころか申し訳が立たない。

 自分のままならない身体にイラつきを覚え、歯を食いしばって拳を握り締める。俺のそんな様子を見て、安心したのかは知らないが、彼女は窓から外の方へと飛んで行った。

 

 

桜木(.........そうだ。俺がしっかりしねぇと)

 

 

桜木(一度振り払っちまった手ぇ.........掴み直す位の恥知らなさがねぇと、大人やってらんねぇぞ。桜木)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゴルシ「.........綺麗だな」

 

 

 川の音が聞こえる。ここは山の上にある川の流れる開けた場所だ。もう季節は冬になりかけて風がアタシの肌を傷付けるように冷たいけど、そのお陰で、空は晴れ渡っていた。

 そこには、宝石みたいな色とりどりの光を放つ星が沢山敷き詰められていた。それに絶対、手が届かないとは知っていたけれど、その手を伸ばして掴もうとした。

 

 

 .........結局。アタシには無理だったんだ。

 

 

 じいちゃんが託してくれた望みも、希望も全部、無駄にしちまった。マックイーンは[繋靭帯炎]になって、おっちゃんは[誰か]になって、チームは.........最悪の形で終わっちまった。

 

 

「おい!!お前も手伝えよゴルシ!!」

 

 

ゴルシ「!悪い悪い!!父ちゃん居るなら大丈夫かと思ってよー!!」

 

 

皇奇「いやっ、重いからっ、人間の僕にはちょっと辛いものがあるからっ!!」

 

 

 黙々と手を動かしながら機械を組みたてていく父ちゃんと母ちゃん。そういえば二人ともアタシと比べてこういうのに強くないんだった。会うのも久々で忘れちまってた。

 二人に近付いて説明書を見る。[こっち]に来た時にちゃんとバラせとじいちゃんから言われてたから、部品はちゃんと丁寧に外して母ちゃん達が管理していた。見た所、一つも失くしてはいないっぽい。

 アタシは説明書をブルーシートの上に置いて、コアの部分を作ろうとして、部品を組み立て始めた。

 

 

トマト「.........残っても良いんだぞ」

 

 

ゴルシ「.........別に、アタシが残ってても、出来ることなんてもうねーし」

 

 

ゴルシ「それによ!!じいちゃんに久々に会いてーんだ!!だってこっち来てから「ゴルシ」.........?」

 

 

トマト「子供が親の前で取り繕ってんじゃねぇ」

 

 

 外側の部品を組み立てながら、母ちゃんはアタシの顔を見ないでそう言った。いつも通りの投げやりで、別に深く考えた様子は無かった。

 無かったはずなのに、その言葉を聞いて、アタシの目からぶわりと何かが溢れ出す。それを感じとって袖でそれを擦るけれど、拭う度にまたそれで目が覆われる。

 

 

ゴルシ「.........グス」

 

 

ゴルシ「クソ.........クソ.........ッッ」

 

 

ゴルシ「アタシ、だってっ.........変えたかったっ.........!!!」

 

 

 ぽたぽたと音を立てて、ビニールシートに落ちていく涙。それを慰めること無く、見ることも無く、母ちゃんと父ちゃんは黙々とそれを組み立てている。

 けれど、アタシには分かる。これが二人の慰め方なんだ。昔っから変わらない。辛い事があったら隣に居るだけで、どう立ち直るかはアタシ達に委ねる。それがこの人達の子育ての仕方だった。

 

 

皇奇「.........最近は、[雨が続く]ね」

 

 

トマト「おう。さっさと組み立てちまおう。アイツらに任せたマイホームが今頃どうなってるか.........アタシも怖ーしな」

 

 

 そんな他愛も無い話がされる中、空気は晴れ渡っていて。星空は満点で.........最近の通り雲ひとつ無いのに、なんだか久々に晴れ渡っている気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「ゼェ......ゼェ.........っ」

 

 

 雨は止んでいる。外の空気は冴え渡っていて、その匂いすら残しちゃ居ない。だと言うのに、その寒さはまるで雨のように俺の体力を奪っていく。もう、歩くだけでも辛かった。

 

 

桜木「.........はは」

 

 

 笑えてくる。こうなったのはお前の責任だ。お前のせいでお前が苦しんでいる。いい気味だ。どうせお前は許されない。このままのたうち回って―――

 

 

桜木(―――違ぇよ。今はその話じゃねぇんだよ)

 

 

 思考が逸れた。今大事なのは俺の結末じゃない。彼女の行く末だ。きっと俺が気持ちを伝えたところで、もう変わることは無いかもしれないが、それならそれでも良い。

 ただ、このまま終わりというのは頂けない。それではあまりにも不完全燃焼過ぎる。それの辛さはもう、他の誰よりも知ってるだろう?

 

 

桜木(笑いてぇんなら.........全部終わった後にしようぜ)

 

 

 濡れて垂れ下がっていた髪を後ろに戻し、いつもより鋭さを持った毛先のままオールバックにする。数本だけ長い前髪を残すいつもの姿で、俺は気合いを入れ直した。

 その時、ポケットに入っている携帯が振動した。等間隔に振動を伝えているという事は電話だと察し、俺は慌ててそれに出た。

 

 

桜木「もしもし?」

 

 

「トレーナーさん!!ゴールドシップさんが行方不明だと聞きました!!」

 

 

桜木「!そうか!!もうあの人見つけてくれたんだな!!今すぐ場所を―――「私も行きます!!!」なんて!!?」

 

 

 無茶だ。君は今絶賛手に負えない病を抱えているんだぞ、と言おうとすると、即座に電話をブツリと切られる。そういえば彼女は意外と強引な所があった。

 どうすれば彼女のその申し出を断れるかと思いながら、もう一度電話を掛けようとしたその時、目の前に見覚えのあるリムジンが止まった。

 そして悟った。ああ、彼女はその強引さに負けず劣らずの行動力を持っていたのだと.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

タキオン「.........どう思う?」

 

 

デジ「?何がです.........?」

 

 

 行方不明となったゴールドシップさんを探して、あちこち歩き回っている中、突然、タキオンさんが立ち止まってそう言いました。

 その質問の意図に、あたしを含めたチームメンバー全員が、疑問符を頭に浮かべます。その様子を察したのか、彼女はその顔を上げました。最近眠れていない影響か、目の隈が濃くなっています。

 

 

タキオン「彼を、私達は[また]信じられるのかい?」

 

 

ブルボン「.........タキオンさんは?」

 

 

タキオン「正直、厳しい所だ」

 

 

 自分がした質問をそのまま返され、なすがままに首を振って難なく答えます。その一連の流れに、迷いすら感じる事が出来なかったあたしは少し、悲しくなりました。

 

 

タキオン「一度立ち直ったのは良い。けれど生きている内は[次]がある」

 

 

タキオン「それに至った時、果たして私達は、今回の二の轍を踏まない事は出来るだろうか.........?」

 

 

ライス「.........わから、ない.........」

 

 

ウララ「.........うん」

 

 

 皆さんの表情が、重く沈んで行きます。私もそれに釣られて、気分がどんよりとしてきてしまいます。

 それに、実際の所を言えば、そうなった際にどうなるか分かりません。今回は運良く立ち直れましたが、今度はあたしもダメかもしれません。

 もし.........もし、本当にそうなってしまったら、今度こそ.........そこまで最悪を想定していると、不意に、あたし達のウマフォンが振動し、通知がある事を知らせてきました。

 

 

ウララ「!ゴルシちゃん見つかったって!!」

 

 

ブルボン「山の方.........あちらですね!!」

 

 

ライス「行こう!!」

 

 

 先程までの不安など嘘だったかのように、その知らせを受けて走り出す三人。この人達はきっと、三人一緒なら大丈夫だと思わせてくれます。

 それでも、走り出せない人が居る。先行く人達を見て、手を伸ばそうとする素振りをしますが、それでもその手を引いてしまう彼女を見て、あたしはもう一度、[勇気]を振り絞りました。

 

 

デジ「この先どうなるか、なんて.........分からないことだらけですよ」

 

 

タキオン「.........」

 

 

デジ「けれど分からないからこそ、あたし達は並んで歩いて、石につまずきそうになったら隣で支えるんです」

 

 

デジ「トレーナーだとか、担当ウマ娘だとか関係ありません.........!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それが!!!チーム[スピカ:レグルス]ですッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――知っているさ。

 

 

 そんな事くらい。私は知っている。

 

 

 誰かが前を歩く訳でも無く、後ろを歩く訳でも無い。

 

 

 皆、並んで歩く。それが私達のチームだ。

 

 

タキオン(.........けどね。デジタルくん)

 

 

タキオン(真横に居ると.........視界の端でしか倒れる姿を見られないんだよ.........)

 

 

 次。あんな事があれば。私は彼を支えようとするだろう。

 

 

 だが、もしそれをするならば、隣で歩いて居れば反応が遅れる。

 

 

 私は.........二度と、あんな目には逢いたくない。

 

 

 あんな顔をする彼に、会いたくは無い。

 

 

 そうして彼女は私に背を向け、先に行った三人を追い掛けて行く。そうだ。これが背中を見る感覚だ。これから私が、支える為に見続けなければ行けない景色なんだ。

 .........だと言うのに。

 

 

タキオン(.........本能、と言うものは困るね)

 

 

タキオン(背中を見ると、追い抜かしたくて仕方が無い.........!!!)

 

 

 私のそれは、そんな事を望んでいない。残念な事にこの本能は、前に居られる事を良しとはしない。そのせいで、私はこうやって走っている。

 けれど、そのお陰で今だけは.........走っている、今この時だけは、自分の不安や懸念、そして彼に対する疑心が晴れた様に感じ、救われたのも事実だった.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゴルシ「.........うっし、完成したな」

 

 

 作り上がったその装置を見上げて、アタシは満足した。どっからどう見ても、ここに来た時と同じように出来上がってる。

 父ちゃんは既にクタクタで、母ちゃんもウマ娘と言えども、伸びをしてしまう位には疲れていた。

 

 

トマト「操作覚えてるかー?アタシクソジジイに長々と説明された事覚えてねーぞー?」

 

 

皇奇「いや、そこは覚えとこうよキンちゃん.........」

 

 

トマト「あァ?じゃあテメェは覚えてんのかよ?コウ?」

 

 

ゴルシ「だーーーもう!!喧嘩すんなよ!!せっかくここまで仲良く来たんだから!!!帰る時も仲良くしようぜ!!?」

 

 

 割とシャレにならない空気で座り込んでる父ちゃんの胸倉を掴みあげる母ちゃん。アタシらには優しいんだけど、こと父ちゃんに関しては乱暴者なんだよなー.........

 そう思いながら、アタシは組み立てたリモコンのボタンを押して、その作り上げた装置のハッチを開ける。うんうん。ちゃんと作動してるみてーだな!!

 

 

ゴルシ(.........この世界とも、お別れか)

 

 

ゴルシ「.........さよならくらい、言った方が良かったか?」

 

 

 二人が振り向いたのを見て、アタシは自分の心の声が漏れ出ていた事に気が付いた。普段だったらそんなヘマする訳ねーのに。

 でもそれくらいには、アイツらに別れの言葉一つ言わないって事が、アタシにとっては大きい心残りだった。

 .........けれど時間は前に進んでいく。秒針が戻ることは有り得ない。[人の手を加えない限り]時計の針は前へと進む。それは、本来であるならば無理なはずの時間という概念も同じだ。

 

 

 アタシは託された。有り得たはずの未来を。

 

 

 そして失敗した。結末は変わらない。

 

 

 もう。終わったんだ。アタシの出る幕はもう―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゴールドシップ(さん)!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゴルシ「―――!!?」

 

 

 ―――俺とマックイーン。二人で見た事もない乗り物に乗り込もうとするゴールドシップの名を叫ぶ。彼女は一瞬身体を硬直させ、ゆっくりとこちらへと振り返り、俺達の姿をまじまじと見つめてきた。

 

 

 マックイーンのことを見て、俺の顔を見る。その表情と目が、嫌悪感を露わにして行く様子を見て、俺はマックイーンの車椅子を持つ手に僅かに力を込めた。

 

 

ゴルシ「.........何しに来たんだよ」

 

 

桜木「謝りに来た」

 

 

ゴルシ「許してやるとでも思ってんのか?」

 

 

桜木「許しは求めてない。ただ俺が間違っていたってことを伝えに来ただけだ」

 

 

 許して欲しくて謝る。なんて、俺には出来ない。それだったら最初から謝るような事をするな、というのが俺の考えだ。だから許しを乞う為に来た訳じゃない。

 ただ、間違っていた事に気付いて、それで傷つけた人達に一言も謝りもせずに終わるのは、情けない。俺としてはそんな別れ方、したくはなかった。

 

 

桜木「俺は、人一倍怖がりなんだ」

 

 

桜木「必要以上に本心で近付いて、それを否定されたら、俺はそれだけで壊れちゃうんだ」

 

 

桜木「だから、表面上は嘘で固めて、本音を言っていた」

 

 

桜木「.........ごめん。弱い自分を認められない弱さが、結果的にお前達を傷付けた」

 

 

 頭を下げて、謝った。良いよも、許してやるも、必要無い。結局謝罪なんて独りよがりの物だ。許してくれる必要なんて無い。

 少しの静寂の間、痛いくらいに冷たい空気が肌を撫でる。誰も何も言わない事が、俺の行為を許さないと言っているみたいで、救われているのか痛めつけられているのか、よく分からなくなった。

 そんな中で、ふと自分の手の甲に空気とは違う冷たい感触が触れた。冷たく、それでいてじんわりと暖かさが広がっていく。それは、マックイーンの手だった。

 

 

マック「.........許して欲しい、とは私も言いません。これは貴女と彼の問題ですから」

 

 

マック「ですが、たった一度の失敗で見限るのは、少々酷ではありませんか?」

 

 

ゴルシ「っ、でも.........」

 

 

マック「.........私も人の事を言えた義理ではありませんけどね」

 

 

 彼女はそう言って、呆れたように鼻で笑う。それはゴールドシップに向けてと言うよりも、自分を自虐する様な物だった。

 

 

マック「だから、私と一緒に。もう一度この人を[信じてみませんか]?」

 

 

ゴルシ「.........そんな、簡単な話じゃねぇんだよ。マックイーン」

 

 

ゴルシ「もう。帰るって決めたんだ。だから.........」

 

 

「そりゃねぇだろ!!!ゴルシ!!!」

 

 

 また一人、こんな山の奥で大きな声が響き渡る。その声の方を見ると、一人は息を切らしながら、他は汗をかきながらも、息を切らしている者よりは涼しそうにしていた。

 

 

ゴルシ「トレーナー.........」

 

 

沖野「お前ッ、俺はまだお前からのありがとうもごめんなさいもッ、何一つ聞けちゃ居ねぇんだぞっ!!!」

 

 

スペ「そうですよ!!!私もまだ勝手に蹄鉄をあのすんごく重い奴に変えられたの謝られてません!!!」

 

 

スズカ「そうよゴールドシップ!!私なんて無茶振りされて捻り出した一発芸がネットに拡散されて大変なんだから!!」

 

 

ダスカ「アンタが急にクラスに来てロッカーで消えるマジックした時も大変だったのよ!!?」

 

 

ウオッカ「そうだぞ!!!あん時アンタの事よく知らない子が居て気絶して介抱したの俺達なんだからな!!?」

 

 

テイオー「そうだよ!!!僕なんてゴルシに一日中追い掛け回されてヘトヘトになった所にチームルームの冷蔵庫のプリン腹いせに食べた後にマックイーンのだって後で気付いて何とかサブトレーナーのせいにするの大変だったんだからね!!」

 

 

二人「あれお前(貴女)だったの(でしたの)!!?」

 

 

 唐突に判明した真犯人。張本人は勢い余って言ってしまったのだろう。言い終わってからその口を両手で押え、気まずそうにこちらに視線を送った。

 その事については後で問い詰めよう。あの時のマックイーンの怒りようは半端じゃなかった。なんせ有名スイーツ店の限定10食。しかも朝の開店から30分程で完売するレベルの代物だ。あの時はマジで死を悟った。

 そして、その思いの丈をぶちまけを皮切りに、続々と俺の担当達も集まってくる。そして、一人を覗いた親友達もだ。

 

 

タキオン「思えば、君からは彼に飲ませた睡眠薬が私のだという証拠を出して貰っていない。それを貰わない限りは、帰そうにも帰せないね」

 

 

ウララ「わたし!!ゴルシちゃんと虫取りまた行きたいよ!!今度は絶対ゴルシちゃんのより大きいカブトムシさん捕まえるって約束したもん!!」

 

 

ライス「ライス、ゴールドシップさんのお話を絵本にしたい!!この前聞かせてくれるって約束したよね!!」

 

 

ブルボン「私のメモリーにも、貴女との長距離並走の約束が保存されています。そしてそれは、未だ果たされては居ません」

 

 

デジ「デ、デジたんとしては、ゴルシさんの桜マク観を聞かせてもらいたいなぁ〜、と.........」

 

 

桜木(なんだそれは.........?)

 

 

 一つ不穏な単語が聞こえてきたが、これも聞かなかったことにしよう。今は大事な事じゃない。

 そして未だ黙りを決め込んでいる二人に全員が視線を送る。今度はお前らの番だと.........

 

 

黒津木「.........あ〜」チラ

 

 

神威「.........ん〜」チラ

 

 

二人「特にないんでパス」

 

 

全員「おいッッ!!!」

 

 

 この場にいる全員からツッコミが入る。全員だ。ゴールドシップとその両親も含まれている。ここに来てまさか何も無いとは思わなかった。

 二人は気まずそうにその視線をサッと逸らすが、気まずそうと言うだけで悪びれている気配は全く無い。

 その様子を見て、ゴールドシップは深く溜息を吐いた。

 

 

ゴルシ「.........そりゃ、悪かったよ。それと、そんなアタシに付き合ってくれてありがとうよ」

 

 

ゴルシ「けど、もう決めたんだ。アタシじゃ何も出来ねぇ。悔しいけど.........一度帰って、今度はアタシより役に立つ人に来て貰うよ」

 

 

沖野「.........なぁ、その。今の今まで半信半疑だったが、お前本当に未来から来たのか?」

 

 

トマト「.........うーん、まぁ証明ってのは難しいけど、アタシらは正真正銘未来人だ」

 

 

皇奇「そうそう。そうだ!今年の有馬記念誰が勝つか言ってあげよっか!きっと驚くぐぇ!!?」

 

 

トマト「お前マジでいい加減にしろよ.........?」

 

 

 何か凄そうな予言を言おうとした皇奇さんの首をなんの躊躇いもなく締め上げるトマトハイッテナイパスタ。瞳孔が絞り上がって殺意マシマシ。よく自分の夫にそんな事出来るな.........

 ギブアップと言うように自らを締め上げているその腕にパタパタと抗議の動きをするものの、そんな事すら気にも留められず無視される。

 

 

ゴルシ「母ちゃんの反応で分かったろ?マジなんだよ」

 

 

黒津木「はえ〜。ターミネーターじゃん」

 

 

桜木「お前よく空気読めないって言われてたよな」

 

 

神威「オマエモナー.........」

 

 

ゴルシ「.........」ピッ

 

 

 いかん。なんかいつものノリが戻ってきて空気が若干壊れてきてる。そして自動的にしまった乗り物のドアを無言でゴールドシップが開けている。これは非常にマズイ。

 

 

桜木「まぁ待てよ。こう言っちゃあなんだが、お前が会いたいヤツが一人まだ来てねぇだろ?」

 

 

ゴルシ「.........来ねぇだろ」

 

 

桜木「来るさ。アイツはそういう奴だ」

 

 

 顔を背けて吐き捨てる。その顔はどこか痛い所を突かれたみたいに、どこか苦しそうであった。それならば、俺がやる事は一つだけだ。

 アイツは必ず来る。時間指定の約束は破っても、行くと言った約束には必ず来る。そういう奴なんだ。

 

 

桜木「確かに、[二分後]には来ないかもしれない」

 

 

桜木「けどな。[五分後]にはアイツはやってくるぜ?[望遠鏡]を担いでな」

 

 

ゴルシ「.........っ」

 

 

 確信は無い。信用も無い。アイツはバカだ。けれど俺達の期待を裏切った事は一度も無い。その一点だけを信頼している。それは、この場にいる全員がそうだった。

 周りが無駄だ無理だと言われ続けた事をやってのけた事もあった。そのまま継続すればいいのに、気分が悪いと言ってわざわざバッシングを浴びるような態度を貫き通した事もあった。

 その中で、アイツは一度たりとも俺達をガッカリさせた事は無い。いつだって俺達の予想と期待を裏切って、その一歩前を跳んで行くような奴だ。今更悪い意味で裏切るなんて事はしない筈だ。

 

 

 そして、風が少し吹いた。冷たさは自然と感じなかった。風に揺れる音と混じって、徐々に足音が聞こえて来る。

 

 

 明白だった。振り返らなくても、全員。それが誰なのか分かっていた。それを見ているのは、大きく目を見開いて驚いているゴールドシップだけだった。俺達は目を伏せて笑みを浮かべ、その時をただ待っていた。

 

 

 声を上げる為に、息を大きく吸い込む音が聞こえてくる.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「バカ女ァァァァァァァッッッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今までソイツから聞いた事がないボリュームの声が聞こえて来る。ジリジリとした振動が鼓膜を通り、全身に巡って行く。俺達親友はそれを聞いて、何かのイタズラが成功したかのように顔を合わせて笑った。

 

 

白銀「テメェッッ!!!誰の許可得て帰ろうとしてんだァァァッッ!!!」

 

 

白銀「お前が居なくなったらッッ!!!俺はただの変哲もねェ糞も面白くねェテニスの世界王者になっちまうだろうがァァァァァッッ!!!」

 

 

ゴルシ「それでいいじゃねぇかッッ!!!」

 

 

 悲痛な叫びが響き渡る。言葉だけを聞けばいつものツッコミのようにも感じるが、その声を聞けば、それがそんなノリの様なものでは無い事が確かに分かる。

 顔を伏せ、その目をこちらに向けずに俯くゴールドシップ。それに冷や汗をかきながら、静かに見つめる白銀。

 

 

ゴルシ「アタシはお前に出会うべきじゃなかった.........!!!こんな事になるなら.........会うんじゃ無かった.........!!!」

 

 

ゴルシ「ちくしょう.........!!!なんで止まってくれねぇんだよぉ.........!!!」

 

 

白銀「ゴルシ.........」

 

 

 目元を強くその腕で拭う。その姿を見て、その目元を見なくても、今彼女が泣いていることを俺達に察せさせる。

 それを止めることを諦めたのだろう。だくだくとその両目から涙を、鼻からは鼻水を垂れ流しながら、ゴールドシップはその顔を上げた。

 

 

ゴルシ「なんでアタシに構うんだよッッ!!!お前が来ると全部狂っちまうんだよッッ!!!アタシがアタシらしく居られねぇんだよッッ!!!」

 

 

白銀「.........」

 

 

ゴルシ「何とか言えよッッ!!!いつもみたいに意味分かんねェこと言えよッッ!!!鼻で笑って全部諦めてやっからよッッ!!!」

 

 

 大きな身振り手振りで、白銀の言葉を催促する。諦める為に、もう、縋ることを辞めるために。

 そして、白銀は静かに笑った。普段のコイツのキャラじゃない。素の優しさだけが表に出た静かな笑いを零して、白銀はその優しくも、力強い目でゴールドシップのその顔を見つめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「.........好きだからだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゴルシ「.........!!!」

 

 

 心の内に秘めていた想い。一度全世界に向けて伝え、彼女には伝わらなかったであろうその想いを、コイツは今度は面と向かって言った。

 優しい笑顔のまま、その背中に背負っていた縦長のケースを持ち直し、その中身を彼女に見せる。

 

 

白銀「俺、バカだからよ。こんなバカ高ぇ天体望遠鏡買っても、組み立て方一つ分かりやしねぇ」

 

 

白銀「お前が居ねぇとよ。コイツはホコリ被って、押し入れん中でずっと眠っちまう」

 

 

白銀「それに.........これから先どんなに良い女見つけて、恋して、結婚したとしてもきっと.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前の事、絶対忘れられる訳ねぇからさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 風が吹いた。それは、とても優しい感触だった。その風に当てられて、張り詰めていた緊張の糸が解れていく。

 そして、啜り泣く声が少し聞こえてきた後、それが段々と大きくなり、夜の山の中で、川のせせらぎも気にする事が出来なくなるほど、彼女は.........ゴールドシップは、声を上げて泣いた.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「ほぇ〜。これが未来の技術ってやつか〜.........」

 

 

トマト「壊すなよ」

 

 

桜木「あい」

 

 

 あれから少し経って、ゴールドシップもようやく落ち着いてくれた。

 彼女達は取り敢えず、帰るのは確定事項だとして、それをするのはまた今度。暫くはこっちでマックイーンの為に何か出来ないかを模索するという事にしたらしい。

 

 

桜木「それにしても、全部知ってたんすか?」

 

 

皇奇「まぁね。僕達はかあ.........じゃなくて、マックイーンさんの[繋靭帯炎]を発症する前に何とかしようとしたんだけど.........」

 

 

トマト「この時代じゃ不治の病だ。アタシらの時代ですら莫大な治療費が掛かる。発症したらまず完治は無理だろうな。今の技術じゃ」

 

 

 手に持ったリモコンを見ながら、その話を聞く。分かっていたことではあるが、こうしてハッキリと言われてしまうと、いくら覚悟を決めたとはいえショックを受ける。

 これから先、彼女がどのような選択肢を取るかは分からない。けれどもし、また走りたいと心から願ったその時、俺はそれを叶えてやりたい.........

 

 

 さて、どうしたものか.........そんな思考の海に潜ろうとしたその時、ふと背中に不穏な気配を感じ取った。振り向いて見ると、そこには無表情の白銀が居た。

 

 

桜木「.........何?」

 

 

白銀「テメェ。俺のゴルシに酷ぇこと言ったんだってな?」

 

 

桜木「.........スゥーーー」

 

 

 不味いことになった。俺の鍛え上げられた危機感地レーダーがビンビンに作動している。たとえそれが作動していなくても、きっと本能がコイツの殺意を感じ取ってくれる。そのくらいのレベルで白銀は怒り心頭状態だった。

 

 

桜木「い、いや〜。俺もさ?ほら、あの状態だったじゃん?不可抗力と言うかさ.........」

 

 

白銀「ファーストキスを俺のディープキスで奪われるか俺に今から24時間サンドバッグにされるのどっちが良い?」

 

 

桜木「どっちも嫌だ」

 

 

白銀「分かった。キスしながら殺す」

 

 

 やっぱコイツ頭おかしい(泣)

 

 

 周りに助けを求めようと視線を送るものの、いつもの事だ。自業自得だとでも言うようにその俺の熱視線を華麗に流して行く。

 その中でマックイーンだけは何故か凄く焦ったような表情をしているが、彼女がその足で歩いてこちら側に来ないよう、ゴールドシップが抱っこをして阻止した。ありがたいけどありがたくない。

 

 

桜木「ダァァァァ!!!悪かったってェェェェェッッ!!!」

 

 

白銀「うるせェッッ!!!それで許してくれんのは警察くらいだろうがッッ!!!」ガシッ!

 

 

桜木「それは一番許しちゃ行けねェ役職の奴らだろうがッッ!!!あァ!!?」ポイッ!

 

 

 思い切り胸倉を掴まれ、引き寄せられる。人生で一番負荷が掛かった気がした。

 白銀と俺の間という短い距離。そのメートルにすらならない距離だと言うのに、あまりの力強さに俺の手に持っていたリモコンは思わず宙を舞った。

 

 

トマト「あァ!!?おいィィィィィッッ!!?」

 

 

皇奇「ちょっと!!?アレないと僕達帰れないんですけどォ!!?」

 

 

桜木「うわぁぁぁぁ!!!誰かキャッチしてくれぇぇぇぇッッ!!!俺の過失だけにはしないでくれぇぇぇぇッッ!!!」

 

 

「っ!!分かりましたッッ!!!」パシッ!

 

 

 俺の後方、遙か遠くへ飛んで行こうとしたリモコン。誰かは分からないが、恐らく今居るメンバーの内の一人が跳躍して取ってくれたのであろう。地面を蹴る音とリモコンを撮る音が聞こえ、この場にいる全員の安堵の溜め息が聞こえて来る。

 

 

桜木「ありがとう、助かったよ.........」

 

 

「危ない所でしたね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「[マスター]」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その言葉を聞いて、俺は酷く身体を硬直させた。先程まで安堵していた者達も全員、もう一度緊迫した空気を一瞬にしてその身から放出させて居た。

 それでもまだそうと決まった訳じゃない。シュレディンガーの猫。つまり確認するまではYESとNOどちらの状態も存在している。ここでNOを引けば確実に安心出来る。

 俺はそう思い、頭の中の候補に上がる一つだけの名前を、恐る恐る口にした

 

 

桜木「.........ブルボン?」

 

 

ブルボン「はい、なんでしょうか?」

 

 

桜木「.........触って大丈夫?」

 

 

ブルボン「.........えっあっあ、えっ」

 

 

全員「.........」...ギコギコギコ

 

 

 まるで皆、油を差し忘れたような機械の様な音を立てて首を見た事もない乗り物。[タイムマシン]の方へと向ける。

 最初こそ変化は見えなかったが、その俺達の不穏な空気に触発されたのか、その機械も不穏な挙動を取り始めた。

 

 

機械「.........」

 

 

全員「.........」

 

 

機械「.........ジバクシマス」

 

 

全員「.........ハハ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわぁぁあああぁぁぁあああああ!!!!!!!!!!??????????」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 機械的な音声アナウンスが自身の行く末を伝えてくる。開く所に付けられたモニターには爆発するまでのカウントダウンが10から開始され始めていた。

 俺達はそれを見て、一目散に退散する。全員が全力で逃げている中、俺は今日の疲れからか、足がもつれて前のめりに転んでしまう。

 

 

マック「トレーナーさん!!?」

 

 

桜木「っ!良いから!!クソッ.........!!!」

 

 

 両手を付いて何とか立ち上がる。全速力で逃げれば、爆発にはきっと巻き込まれない。そう思って足を前に踏み出そうとした。

 

 

 その時だった。

 

 

「待って」

 

 

桜木(!お前.........!!?)

 

 

 身体の内側の方から声が聞こえてくる。それは、俺の身体を使い、問題を起こしながらも何とか日常生活を送らせてくれた存在だった。

 

 

「聞こえないかい?[声なき者の声]が.........」

 

 

桜木(っ、何言って―――)

 

 

「ひぃぃぃぃぃ!!!!!」

 

 

 突然、鼓膜をビリビリと揺らすような声が聞こえて来る。俺は思わずその両手で耳を塞いだ。

 その声が聞こえて来る方を見てみると、それはやはり、タイムマシンと呼ばれる乗り物の方向だった。

 

 

機械「なんでですかぁぁぁ!!!変な電気信号受け取ったと思ったら急に自爆なんてぇぇぇ!!!」

 

 

機械「こ、こうなったら!!!何とか未来に飛ぶしかありませんんんん!!!」

 

 

機械「お願いですぅぅぅ!!!誰か着いてきて下さいぃぃぃぃぃ!!!」

 

 

桜木「っっっ!!!!!」

 

 

 その時、不思議なことが起こった。と、何も知らない者が見れば全員そう思うだろう。なんとカウントダウンが盛り返し、一気に30秒にまでなったのだ。

 けれど、それはこのタイムマシンが全力で力を使ったからだ。その行動が、俺の視線を釘付けにさせて、後退を止めさせた。

 

 

タキオン「何をやっているんだ!!!あんなバグに気を取られている暇は無いんだぞ!!!」

 

 

ゴルシ「クソッッ!!!動けねぇんだったらアタシが―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「悪ぃ!!!俺未来行くわッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全員「はァ!!?」

 

 

 俺はみんなに顔を見せて、そう言った。そしてその驚愕が静止に変わるのを待たずに、今度は爆発するかもしれないタイムマシンの方へと思いっきり走った。

 先程のような疲れは何故か感じない。まるでこれが正しい行動だと言うように、身体の全てが全肯定してくる。

 

 

 そうだ。[今]に無いなら、[先]を見るしかない。そこでヒントを得て、帰ってこれさえすれば、マックイーンは.........彼女はまた、走れるかもしれない.........!!!

 そう思って前に行こうとすると、不意に視界の真横から誰かが現れる。

 

 

白銀「バーカ!!!そんなんぜってぇ面白いだろ!!!しゃしゃんなや!!!」

 

 

桜木「えぇ!!?」

 

 

黒津木「お前ェ!!!やっぱうつ病確定だわ!!!行動が極端的すぎる!!!精神科医じゃねぇけど分かるわ!!!カウンセリングはあっちでしてやる!!!」

 

 

桜木「俺はうつじゃない!!!」

 

 

神威「あっ、なんか面白そうだから俺も行くわ」

 

 

桜木「誰?」

 

 

神威「死にてぇのか?」

 

 

 いつも通りのメンバーが揃って前を走る。俺以上に元気いっぱいだ。もう既に疲労困憊気味の俺は置いてかれている。

 早く来いと言うようにタイムマシンに手を付き、俺を挑発してくる三人。その光景に久々に感じるイラつきを覚えていると、また俺の横を通る存在が居た。

 

 

ゴルシ「おっさきー!!」

 

 

桜木「はァ!!?お前マックイーン抱えて何やってんだ!!?」

 

 

マック「ふんっ!!!」

 

 

二人「べーっ!!!」

 

 

 タイムマシンの方向へ走りながら、二人は俺の方を見て舌を出す。まるで俺の言うことなんて聴く気はない、と言うように。

 

 

 

 

 

タキオン「.........」

 

 

 ―――何をやっているんだ、彼らは。あんなの自殺行為じゃないか。何を根拠に無事に未来へ行けると確信持って自爆寸前のアレに、全力で向かっていっているんだ.........?

 

 

皇奇「キンちゃん!!僕達も行かないと!!!」

 

 

トマト「はァ!!?お前あのノリを見て気でも狂ったか!!?」

 

 

皇奇「違うッッ!!!ゴルシが行ったんだ!!!親である僕達が行かなきゃ!!!見捨てた様なもんでしょ!!!」

 

 

トマト「っ!お前それは卑怯なんじゃねぇか.........!!!」

 

 

 一人。また一人と駆けて行く。ウララくんも、デジタルくんも、ライスくんやブルボンくんだって、あれほど彼に打ちのめされ、痛い目にあったと言うのに、彼に釣られて走り出す。

 だが、私は違う。私は懲りたんだ。未来に行きたければ勝手に行けば良い。そう思い、彼等に背を向け、スピカのメンバーがいる方へと顔を向けた。

 しかしそこには、黙ってこちら側。つまり、タイムマシンのある方向を見ているテイオーくんが居た。

 

 

テイオー「.........ボクも行くッッ!!!」

 

 

全員「えぇぇ!!?」

 

 

タキオン「君まで.........!一体何を考えているんだ!!?」

 

 

テイオー「だって!!マックイーンが治るかもしれない方法が未来にはあるんでしょ!!?だったら行くしかないじゃん!!!」

 

 

テイオー「それに.........もうサブトレーナー一人だけに任せたくないんだ」

 

 

 強い決心の表情を見せた後、彼女はいつも通りの笑みを私達に向けてから、あのおバカ達と同じ様にその方向へと走って行った。

 一体、何が起きているんだ。そんな事をしても、何も変わらないじゃないか。彼女の怪我も、彼の後悔も、絶望も、何も変わりはしない。だと言うのに.........何故?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 .........あぁ、そうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 [変わらない]から、か.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

タキオン「.........ククク」

 

 

沖野「.........?タキオン?」

 

 

タキオン「アーッハッハッハッハ!!!」

 

 

スピカ「!!?」

 

 

 ようやく気が付いた。何故、彼らがそこまでして足掻くのか。それはきっと、[変わらない]からだ。何をしても、きっと変わることは無いと思い込んでいる。

 だからこそ、現状を少しでも0からプラスの方向に行く為に、0から少しでも遠ざかる為に、必死に生きている。

 そして何より、私達が歩んできたチームとしての道のりは、変わりはしない。

 

 

タキオン「どうやら、私もあてられ過ぎたらしい」

 

 

タキオン「すっかり忘れていたよ。私も[スピカ:レグルス]の一員だということをね」

 

 

沖野「お前、まさか.........!!?」

 

 

タキオン「沖野くん!!!あとは頼んだ!!!」

 

 

 なりふりなんて構っていられない。じっとなんてして居られない。それがこのチームだ。

 ヘトヘトの様子の彼を労る事なく、その隣を走り抜ける。私の姿ではなく、彼はその通り過ぎた後に発生した風に気付き、ようやく私の事に気が付いた。

 

 

桜木「タキオン!!?お前まで!!!」

 

 

タキオン「勘違いしないでくれたまえよ!!!まだ君を信用しきっちゃいない!!!君が無くした信頼はこの程度じゃ補えない!!!」

 

 

タキオン「だが!!!私にはまだチームの信頼が[残っている]!!!これからは君の行動しだいだよ!!![トレーナー]くん!!!」

 

 

 

 

 

 ―――タイムマシンの方向へ走りながら、タキオンは俺の方に顔を向けた。その顔は、今まで見てきた中で、一番と言ってもいい程自信に満ちた表情をしていた。

 バカども。俺のチーム。ゴールドシップとその両親。そしてテイオーが、タイムマシンの傍に居る。あとは俺だけ。残り三秒を残して、俺は数メートル先にあるタイムマシンに辿り着きたい一心で.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「跳べよぉぉぉぉおおおおッッッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大きく、前へと行く為に、強くジャンプをしたのだった.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

沖野「桜木ッッ!!!」

 

 

 ―――アイツの手が機械へと届こうとしたその瞬間。眩い閃光がそれを中心に、桜木達を包み込むように一瞬にして広がった。

 あまりの眩しさに、俺達はその両目を庇うようにして目を背けた。

 そして、その目をもう一度向けた次の瞬間には.........

 

 

ウオッカ「き、消えた.........!!?」

 

 

ダスカ「ば、爆発したってこと!!?」

 

 

沖野「.........いや、そんな音は聞こえなかった。多分、無事に飛べたんだろうな.........」

 

 

 さっきまでアイツらが居た地面は、強い熱を当てられた様に真っ黒に焦げている。だがそこには、まるで最初から誰もいなかったかのように、痕跡も何も残っちゃいない。

 

 

スペ「だ、大丈夫でしょうか.........サブトレーナーさん達に、テイオーさん.........」

 

 

スズカ「.........今は、無事を信じましょう?」

 

 

沖野「.........だな」

 

 

 今となっては、安否の確認も取れやしない。俺達は、アイツらが未来に行ったと信じて、ただ待つ事と、無事を祈ることしか出来なかった。

 

 

 背後から聞こえて来る地響きに気付いたのは.........その後だった.........

 

 

 

 

 

......To be continued



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ゴルシ「ここが未来の世界だぜ!!!」T「はぇ〜......」

 

 

 

 

 

桜木「.........っ、ここは.........?」

 

 

 一体、気を失ってどれくらいの時間が経ったのだろう?と言うより、俺はなんで気を失っていたんだ.........?

 太陽の光を瞼の裏で感じ取り、目を開けようとする。けれどもう体力がそこまで無いのか、異様に瞼が重い。取り敢えず身体を起こそうとするが、誰か上に乗っかっているのか、上手く身体が起きなかった。

 

 

桜木(どうせアイツらの内の誰かだろ)

 

 

「んっ.........」

 

 

桜木(え、柔らか―――)

 

 

 上に乗っている誰かをどかそうと、優しく手を乗せて力を込める。すると、明らかに手のフィードバックから男の身体では無いという結果が弾き出され、俺は思わず閉じていた目を見開いた。

 

 

「.........?トレーナーさん?」

 

 

桜木「!!?ご、ごめ!!!本当に申し訳ない!!!」バッ!!!

 

 

 慌てて手を離す。無罪だと言わんばかりに万歳をするが、時すでに時間切れ。なんせ俺が既に触ったと実感しているからだ。か、彼女の.........その、言い難い部分を。

 しばらく黙っていると、状況を察したのか、彼女は怒ることは無く、少し顔を赤らめながらため息を吐いた。

 

 

マック「.........もう、こんな状況で怒る訳ありませんわ。悪いのは上に乗ってしまっていた私なんですから.........っ、く」

 

 

桜木「マックイーンっ!痛い.........よな」

 

 

 俺の身体から退こうとして、彼女はその左脚を痛める。その苦痛の表情から、俺と過ごしてきた中で一番の痛みだと言うのははっきりと分かった。

 彼女の肩を支えつつ、俺が動く形で何とか彼女の下から脱出する。一瞬しか痛みが走っていない様子だが、既にその額から汗が滲み出していた。

 

 

桜木「.........あれ?そういえば、他にも居たよな.........?」

 

 

マック「え?えぇ.........」

 

 

「おーーーい!!」

 

 

二人「?」

 

 

 二人で何とか近くの木を背もたれにしていると、不意に声と車の音が響いてくる。その方向に首を向けると、大人数が乗れるくらいの車がこちらに向かって走って来ていた。

 それが止まるのを見守っていると、後部座席の方からゴールドシップが出てきた。

 

 

ゴルシ「よう!!寝坊助!!」

 

 

桜木「ゴールドシップ!!この車は?」

 

 

ゴルシ「父ちゃんがレンタルしたんだ!!ここからアタシん家までちょっと遠いからな!!」

 

 

マック「ゴールドシップさんの?ひゃあ!!?」

 

 

 近くまで来たゴールドシップが突然、マックイーンを持ち上げる。あまりに唐突だった為に、彼女は驚きの声を上げた。俺も取り敢えず、何とか身体を動かして車の方へと向かう。

 

 

白銀「よう、死にかけだな!!」

 

 

桜木「お陰様でな。多分創に殴られたせいだわ」

 

 

神威「はぁ?ここ最近の不摂生のせいだろ。人のせいにすんな」

 

 

黒津木「はじ、め.........?」

 

 

神威「楽しい?ねぇ俺の事いじめて楽しい?」

 

 

 ゴールドシップが出てきたドアの一つ後ろの方を開けると、そこにはいつものメンバーが我が物顔でくつろいでいた。俺はそれを見てげんなりとしながら、流石にマックイーンをこの中に座らせたくなかったので、俺自身が死地へと飛び込んだ。

 

 

トマト「よーし。回収したぞーコウ。早く行け」

 

 

皇奇「う、うん。キンちゃんとのスキンシップは嬉しいんだけど、殴るのは痛いからやめてね.........」

 

 

 前方の方で仲良くケンカしつつも、車は発進して行く。車内は賑やかさを増しながら、ゴールドシップの家へと向かって行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

トマト「ここがアタシらの家だ」

 

 

桜木「こ、これは.........」

 

 

タキオン「.........大きいね」

 

 

 車から降りて、全員が彼女達の家だというその大きい一軒家に目を向ける。俺はもちろんの事、足を負傷している為に俺が背負っているマックイーンも同じようにそれを見上げていた。

 車に乗って約二時間。場所は過去で言えばトレセン学園近くの住宅街。その中でも一番と言っていい程の大きさを誇る家が目の前にあった。全員それを見て、圧倒される。

 

 

ライス「で、でもこんなお家、無かったよね?」

 

 

ウララ「うん!!空き地だったよ!!」

 

 

ブルボン「恐らく、現代から少し先の未来でこの土地を買って、家が建てられたのでしょう」

 

 

 三人が言うように、俺もこんな家見た事がない。周りにある家にはちらほらと見覚えのある姿があるが、ブルボンの言うように、その時代から少し先に建てられた物だろう。

 

 

皇奇「いやー。マイホームを建てるって凄い大変だけど、人生でトップレベルに嬉しかったなー」

 

 

ゴルシ「よーし!!オマエらをアタシん家に招待するぜ!!母ちゃん鍵!!」

 

 

トマト「わーってるよ」

 

 

 面倒くさそうに荷物の中から鍵を探し当て、玄関へと近づいて行くトマト。一体、中はどのような内装なのだろうか.........流石にここまで一般の家で大きいと気になって来る。

 

 

テイオー「凄いね!門とかもあるし、マックイーンのお家みたい!」

 

 

桜木「ははは.........流石にあの規模だったら一般人じゃないよ.........」

 

 

マック「ですが経済状況が分からないとはいえ、これ程の一軒家を建てられるという事は、それなりに経済的優位に立っている方だと.........ん?」

 

 

 雑談を交わす。ここに居る現代組が手持ち無沙汰でそれぞれ話している内に、段々と口数を減らして目の前のトマトに視線を向けていく。

 何度も鍵を突っ込もうとしても根元まで入って行かない。その背中から焦りとイライラが高まってきているのが分かる。彼女の中で何かを察しはじめているのは、見て取れるように分かった。

 

 

トマト「.........絶対、誰も出ねぇと思うけどよ」

 

 

皇奇「.........う、うん」

 

 

トマト「.........インターホン押してみるわ」

 

 

 恐る恐る、何かの間違いであって欲しいという思いでインターホンに手を伸ばして行く。今二人が何を考えているのか、俺達には分からない。

 自分の家だろう?なんて考えは普通であれば思い付く。だけどこの人達はゴールドシップの両親。普通でない要素はきっと沢山ある。

 その指がインターホンのスイッチを押し、数秒経った後、中から足音が聞こえてきて、恐る恐るドアを開けた。

 

 

「ど、どちら様でしょうか.........?」

 

 

トマト「.........どうなってんだァァァァァァッッッ!!!」ガシッ!

 

 

全員「えぇ!!?」

 

 

 中から出てきた若い男性を怒りのまま掴み上げるトマト。その様子を見て、その夫とゴールドシップが止めに入る。

 だが流石彼女の母親だ。二人がかりでもそれを振り払い、構うことなく男性を掴み上げて凄い剣幕で責め立てていく。

 

 

トマト「どういう事だァ!!!この家はアタシらが苦労して建てた家だぞォ!!?」

 

 

皇奇「そりゃそうだけど!!!キンちゃん落ち着いて!!!」

 

 

「し、知りませんよ!!!僕だって丁度いい値段で[売られていた]のを買っただけなんですから!!!」

 

 

トマト「う、売られてた.........?」

 

 

 胸倉を掴んでいたトマトだったが、その言葉を聞いて血の気が引いて行く。力も抜け、へなへなとその場に座り込んで行った。

 普段は見せないようなそんな姿に困惑しながらも、俺達は現在のその家の住民に頭を下げ、その家の敷居の外へと出て行った。

 

 

トマト「.........あの家には、オマエらとの思い出とか.........アタシらの記憶が残ってたっつうのに.........」

 

 

ゴルシ「げ、元気出せよ母ちゃん?良いじゃねーか家くらい!!!それに売られてたんだからよ!!!家具とかは多分回収されてんだろ!!!」

 

 

皇奇「そ、そうそう!!あっ、あの子達に電話しよう!!なんかやむを得ない事情があったのかも知れないし!!」

 

 

 俺達を蚊帳の外にして話を進めるゴールドシップ一家。電話を掛けようと言われ、二人に肩を支えられたまま荷物から携帯を取り出し、電話を掛ける。

 

 

「は〜い。こちらデリバリー[オルフェスタ]っス〜」

 

 

トマト「よう」

 

 

「.........げっ、ママ」

 

 

 電話に出たのはどうやらトマトの娘だったようだ。ゴールドシップ以外にも子供が居るなんて知らなかったが、どうやらこの子は未来に残っていたらしい。

 電話に出た事を確認したトマトは、そのままその携帯を操作し、ビデオ通話に切り替えた。すると画面にはマスクを付けた栗毛のウマ娘がそこに居た。

 その娘の顔を見て、トマトは額に青筋を浮かべて大きく息を吸った。

 

 

トマト「テメェェェェェッッ!!!アタシらの家ェ売るたァどういう了見だゴラァァァァァッッ!!!」

 

 

「ヒィィィィィ!!?ご、ごめんなさいィィィィィィ!!!」ピッ!

 

 

トマト「あァ!!?おいィィィィィィッッ!!?」

 

 

 言い訳も何もせず、逃げる様に謝って電話を切られる。トマトとしては家を売った理由を問い質したかったのだろう。それを聞けなかったトマトはまた力無く地面に膝を着いた。

 

 

トマト「コウキ〜.........アタシらの.........アタシらの家がァァァァ〜.........!!!」グスッ

 

 

皇奇「うん。うん、辛いよね。沢山あそこで思い出も作ったもんね.........」ヨシヨシ

 

 

全員「.........」

 

 

 普段絶対見ることは無いであろうトマトの号泣。それを取り乱すこと無く慰め、落ち着かせようとする皇奇さんの姿を見て、彼が彼女の夫である事を実感させられる。

 さて。行く宛てもこれでなくなってしまった。一体これからどうなるのだろうと途方も無い不安を生み出していると、不意に声を掛けられる。

 

 

「あれ?キンちゃん?帰ってきてたの!!?お帰り〜!!!」

 

 

皇奇「あっ、姉さん!!」

 

 

トマト「グスッ、あァ.........?」

 

 

 その声がしてくる方向に目を向けた。そこに居たのは、長身で芦毛。大人のウマ娘の人だった。

 その人はタタタとトマトに近付き、嬉しさを伝えるように抱き締めた。

 

 

「お帰りキンちゃ〜ん!!過去ってどうだった!!?ママやパパに会ったの!!?」

 

 

皇奇「.........あー。姉さん、アレ見ればすぐ分かるよ」

 

 

「あれ?.........!!!」

 

 

桜マク「.........?」

 

 

 あれ、と言われて指を差された。その女性は驚いた様子で俺達二人を見て固まっていたが、やがてゆっくりとこちらに近付いてくる。

 

 

「.........」

 

 

桜木「.........ん?」

 

 

マック「.........あの、このお方、貴方に少し似てません?」

 

 

 そう言われて背負っているマックイーンの方を見るが、明らかに似ているのは彼女の方だ。

 綺麗な芦毛色の髪の毛に、どこか上品さを感じる佇まい。それで身体は細.........いや、 一部分は彼女のそれより大きいが、それでも彼女の要素がとても大きい。

 俺の要素と言えば.........まぁ強いて言うなら少々癖毛な所だろうか?

 

 

「.........本物だ〜!!!」ダキィ!

 

 

桜マク「はいィ!!?」

 

 

「私!!ポイントフラッグって言います!!パパとママにはフーちゃんって呼ばれてます!!」

 

 

 その大きい身体で背中におんぶしている彼女ごと強く抱き寄せられる。突然の事と突飛な情報により頭が混乱してくる.........が、つまりはそういう事なのだろう。

 

 

マック「ま、待ってください!!その反応ではまるで私達が親みたいな物ではありませんか!!?」

 

 

桜木「やめろォマックイーン!!シュレディンガーの猫理論で開けなければ確定じゃない!!!まだそうと決まったわけじゃないから開けるんじゃない!!!」

 

 

マック「開けずに居られますかァ!!!こんな爆弾さっさと解体してしまった方が良いに決まってます!!!」

 

 

桜木「君今俺の事爆弾呼ばわりした!!?」

 

 

マック「そうよ!!!当たり前じゃないこのおたんこにんじん!!!いつもいつもトラブルばかり起こして!!!このトレセン学園の火薬庫!!!」

 

 

桜木「俺は悪くないッッ!!!俺のせいじゃないッッ!!!」

 

 

 あんまりだ。俺だってトラブルを起こしたくて起こしてる訳じゃない。結果的にトラブルになってしまっているだけであって、狙ってそうしてる訳じゃない。

 背中に乗りながら腕を高く振り上げブンブンとするマックイーン。やめてくれ。ただでさえ飯をろくに食えてないんだ。バランス取るのが精一杯なんだぞこっちは.........

 

 

タキオン「.........あの二人はいつの間にか元通りになっているね」

 

 

デジ「で、ですね.........」

 

 

フー「あっ!!そうだそうだ!!キンちゃん帰ってきたらパパの所まで連れて来いって頼まれてたんだった!!」

 

 

桜木「ちょっとフラッグさん!!?貴方マイペースすぎやしませんかァ!!?」

 

 

マック「ほら!!!こういう所!!!こういう所ですわ!!!」

 

 

 俺達を置いていくかのような次への展開。彼女からの指摘。周りの喧騒。その全てが懐かしくも今はそれに浸っている場合では無いと心の中で知りつつも、俺はそれに身を預けながら、フラッグさんの行く方へと向かって行った.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「.........なぁ、俺まだ何も信じられないんだけど.........」

 

 

マック「.........私も、ここに来た時は信じられましたが、今では何も分からなくなってしまいましたわ.........」

 

 

 前を歩く皆の背中を見ながら、俺達は先程の事を思い返す。あの時は勢いのまま何とか受け入れられたが、今冷静になって考えてみると、到底受け入れられない現実だ。

 俺がパパ?彼女がママ?考えられない。確かにこの子には思いを伝えようとは思っているが、まさか自分が子供。ましてや結婚に至れる程の関係性をこの子と構築出来たというのか.........?

 そう思い、彼女の横顔を見ようと顔を向けると、彼女もこちらにその顔を向けていた。

 

 

二人「.........!!?ご、ごめん(なさい)!!!」

 

 

二人「.........〜〜〜///」

 

 

 暫くお互いの顔を見つめ合った後、彼女の顔が段々と紅くなって行くにつれて俺の顔の温度も上がっていくのが手に取るように分かった。

 関係性が元に戻ったのは嬉しい限りだが、流石にここまで急激に戻られると大変だ.........桐生院さんと一緒にトレーニングで獲得した鋼の意志も機能してくれていない.........

 

 

フー「はい!!着きました!!」

 

 

白銀「ここがバカのハウスね」

 

 

桜木「バカ言うな」

 

 

黒津木「芦毛ロリマニアのハウスね」

 

 

桜木「お前ぶっ殺すぞ.........?」

 

 

神威「.........」

 

 

三人「誰だよお前」

 

 

神威「.........スゥーーー」

 

 

 目の前で立ち止まる皆の中に入り込む。いつも通りの流れで煽り合いに発展するが、神威はこう見えて常識人。狂ってはいるがこんな所でゴタゴタは起こさない。白銀と違って。

 

 

テイオー「そう言えばさ。皆はさっきの話どこまで受け入れられてるの?」

 

 

全員「.........さぁ?」

 

 

テイオー「あっ、そういう感じなんだね。じゃあボクももういいや!!♪」

 

 

 現代組の全員が首を傾げる。正直担当の子達は分からなかったが、コイツらに至ってはもう脳死で話聞いてるだけだろう。あとから理解してきて俺の事をからかってくるのは軽く予想できる。

 そんな会話を挟みつつも、フラッグさんは壁に埋め込まれて隠されているインターホンを探し当て、それを押す。家と言うよりは、どこか研究所のような佇まいだった。

 暫く待っていると、その壁が開き、マイクが出てくる。流石未来。俺達の時代では絶対に有り得ないギミックだ。

 

 

「IDを口頭で言え」

 

 

フラッグ「え?あー。忘れちゃった!!パパー!!キンちゃん達連れてきたよー!!」

 

 

「.........ダメだ。ちゃんとIDを言いなさい。フラッグももう大人なんだから、いつまでもそうだとトレーナーだからって担当のウマ娘に.........」クドクド

 

 

フラッグ「.........皆聞いてー!!実はパパ昔ノートに自分を投入した作品のお話を」

 

 

「おーっと手が滑って鍵が空いてしまったー。いやー入られてしまうなーこれでは。えーっとシステム解除には.........」

 

 

 スピーカーから段々と声が遠ざかって行く。それを気にすることなく、フラッグさんは入口の扉を開けた。

 問題はそこじゃない。完全に流れ弾だ。なんでその事を話してるんだそのパパと呼ばれる人物は。記憶の奥底に封印しとけバカ。お前のせいで俺が酷い辱めを受けたぞ。

 

 

マック「.........」

 

 

桜木「.........何も言わないでね」

 

 

マック「因みにどんな作品ですの?」

 

 

桜木「.........強いて言うならバトル系」

 

 

 それを聞いたほぼ全員が引き気味で俺の方を見てくる。マックイーンだけがなるほど.........と言った様子でどこか関心を示していた。

 別にいいじゃないか。男の子なんだ。バトルが好きで何が悪い。取り敢えずこの火種を作った男を俺は絶対に許さない。そう心に決めて建物の中へと入って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 薄暗い研究所の廊下。その静かな廊下に似つかわしくない程の足音が耳に入ってくる。その先陣を切るのはフラッグさん。楽しそうに花歌を歌っているのは彼女だけで、トマトさんはピリピリ。後の者は不安を抱えて居た。

 

 

桜木「あの、皇奇さん?さっきフラッグさんがトレーナーだって.........その」

 

 

皇奇「ああ、そうですよ。過去の方では沖野さんが家のゴールドシップを担当してましたが、こっちでは姉さんがトレーナーをしてました」

 

 

桜木「ほぇ〜.........ん?」

 

 

 先程気になったフラッグさんがトレーナーだという件。俺の時代にはまだウマ娘でトレーナーをやっているという話は聞かなかった。だから未来の世界ではそれが出来ているのか、という事が知りたかったのだ。

 だが新たに疑問.........と言うより、気が付いては行けない事に気が付いてしまった。話を聞いていれば皇奇さんはフラッグさんの弟だと言うのは容易に理解出来る。そしてその子供がゴールドシップ.........

 

 

桜木「.........まさk「パパー。入りますよー!」ナイス!!!」

 

 

 ようし!!ここで持ち前のマイペースな展開で良くぞ俺の察し良い脳みその思考を止めてくださった!!ありがとうございますフラッグさん!!

 もう若干テンションが頭がおかしくなる夏の日みたいになっているが、そうでもしなけりゃやってられない。

 一番前で今か今かと扉が開く時をワクワクしているフラッグさん。そしてその期待に応えるように、その扉はゆっくりと開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全員「.........!!?」

 

 

 その姿を見て、現代組の全員が驚愕する。俺は勿論、ここに来るまで先程の情報を後で整理しようと思考を止めていた者達も、その男の姿を見て流石に悟ったようだ。

 ここが、未来の世界であると.........

 

 

トマト「久しぶりだな。クソジジイ」

 

 

「随分な言い様だな。トマト」

 

 

トマト「アタシはトマトじゃねぇ」

 

 

「お前はトマトだ。古墳に落書きスプレーでイタズラしたんだ。名前を変えられるくらいで済んで有難いと思え。たわけ」

 

 

 目の前でコミカルな言い合いが繰り広げられる。正論で言い返されもうそれしかないと言うようにトマトは拳を振り上げるが、ゴールドシップと皇奇さんにそれを止められる。

 それを見て、扉から出てきた白衣を着た老けた男は溜息を吐く。その視線をその三人から、未来にやってきた俺達の方に向け、俺を見てからまるで知っている顔だと言うように近付いてくる。

 

 

「久しぶりだな。[鏡の道化師]」

 

 

桜木「.........そんな顔、鏡でも見た事ねぇよ」

 

 

「.........?ああ、そうだった。記憶を無くさせたんだったな」

 

 

桜木「?お前何言って―――」

 

 

「中に入れ。この人数だと流石に狭いが、もてなそう」

 

 

 俺の質問を聞くこと無く、男はそのまま部屋の中へと入って行った。俺達は顔を見合せ、どうするべきかをアイコンタクトで意思疎通を図る。

 しかし、足踏みをしているのは俺達だけで、ゴールドシップとその両親、そしてフラッグさんは気にすること無く中に入って行く。その様子を見るに、特に危険はなさそうであった。

 俺は背中に居るマックイーンの方に顔を向ける。彼女もどこか不安そうではあったが、行くしかないと言うようにその表情を決心で固め、俺の不安を軽くする様に、首に回している手を少し強く締めた。

 

 

 皆に遅れて一歩、その中へと踏み出す。中は壁一面に何が書かれているのか分からないレポートで埋め尽くされ、机の上には設計図や実験道具がしっちゃかめっちゃかになっていた。

 そして先程の男は、その机の下にある収納スペースをこの部屋の主とは思えない丁寧な手つきで探り、やがて何かを取り出した。それの状態を確認し、俺の方へと歩いて来る。

 

 

「確か、左脚だったな」

 

 

マック「!な、何を.........?」

 

 

「丁度スペアが残っていてね。全力は出せないだろうが、ランニング程度なら耐えられる」

 

 

 慣れた手つきでマックイーンの左脚の靴を脱がせ、そこに見慣れない器具を付けた靴を履かせ始める。男の言っていることから、これはきっと彼女が歩ける様になる補助器具なのだろう。

 それをつけ終え、俺の方を見て彼女を下ろせと言うように顎を向ける。渋々それに従い、彼女が少しでも痛がった素振りを見せればまた背負えるよう、俺はゆっくりとかがみ、彼女の足を地面に下ろした。

 

 

マック「っ.........?」

 

 

テイオー「マックイーン!大丈夫!!?」

 

 

マック「え、えぇ。何ともありませんわ.........でも、自分の足では無いみたいで.........」

 

 

「それは義肢の神経接続技術を逆手に取り、自身の足からの信号を一旦その器具に通している。その上負担を掛けているのは98%その器具だ。君の足はほぼ完全に守られている」

 

 

桜木「.........義肢、ねぇ」

 

 

「懐かしいだろう?お前がトレセン学園に行く前、会社で進められていたプロジェクトの一つだ」

 

 

 そう。話だけは聞いていた物だ。近い将来、欠損者に対して見た目だけではなく、しっかりと腕や足の代わりになる物を作ろうと言うプロジェクトがあると言った話は、俺も知っている。

 だが所詮、噂話の域を出ない物だった。あの当時の技術では見た目や質感の再現が限界。そして尚且つそれをしてしまえば、満足に動かせないのに、普通の人と同じに見られ、結局デメリットしか生まれない。

 彼女に取り付けられたその器具を改めて見る。膝から足首に伸びる二本の柱。それが彼女の左足の支えとなり、そして膝に着いている電源部分が神経とのやり取りをしているのだろう。

 

 

桜木「.........ありえないなんて、ありえないって訳だ」

 

 

「そうだ。時間は掛かったが、[普通の生活]を送る分には、[繋靭帯炎]はそれほど恐ろしい病では無くなった」

 

 

「生体電気を吸収、効率化させているから充電も要らん。それと同時に神経回路の電気信号を誤認させ、頭にはその二本の柱が左足だと錯覚する様にされている。痛みが走っている時はアラームが鳴るから、その時は他の人に頼りなさい」

 

 

 そう言って、その器具の部分を指さし丁寧に説明をする。正直話を理解しているのは半数くらいで残りは興味が無さそうにしていた。

 

 

マック「あ、ありがとうございます.........あの」

 

 

「?.........ああ、自己紹介がまだだったな」

 

 

「俺の名前は.........まぁ、呼びにくいだろう。[能面]とでも呼んでくれ」

 

 

桜木「ア゛ッ゛!!!」ビキィ!

 

 

 痛い!痛い痛い痛い痛いッッ!!!なんだよ能面とでも呼んでくれって!!!お前頭ん中中学生で止まってんじゃねぇかよ!!!今どきの厨二御用達のなんちゃって小説でも言わねぇよ!!!

 はぁぁぁ.........コイツマジで殺さねぇとダメだ.........俺の黒歴史が分岐してifルートを勝手に作り始めてやがる.........

 

 

能面「お前はさっきから何をやっているんだ?」

 

 

桜木「お前のせいだよ!!!妙にスカしたキャラしてさァ!!!歳を考えろよな歳をマジで!!!ジジイがふざけてんじゃねぇよマジで殺すぞ!!!」

 

 

能面「お前はまだ、[痛み]が分かるのか.........?」

 

 

桜木「ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ッッ!!!神様お願いしますゥゥゥッッ!!!俺諸共コイツを殺して下さいィィィッッ!!!」

 

 

 あまりの苦しさに土下座をする。土下座で神に懇願する。俺が一体何をしたって言うんだ.........?何をしたら[痛み]を忘れるって言うんだ.........?

 

 

能面「はは、冗談だ。今までの人生で一番ダメージを負っただろうな」

 

 

桜木「はァ!!?お前ふざけんなよ!!?諸刃の剣なの分かってんのかよそれェ!!!」

 

 

能面「はっはっは。それで辛くなるんなら俺は今まで生きちゃいない」

 

 

 あーーー.........ダメだコイツ話通じねぇ.........

 こんな奴にいつまでも頭を下げる気も湧かず、土下座の体勢から立ち上がろうとした俺は一瞬、体がふらつかせた。

 まぁ、そんな事は常時ある。たまたまバランス感覚を失っただけだ。そう思っていたのだが、いつまでも足元は覚束ずにフラフラとしてしまう。

 

 

桜木「あ、あら.........?」

 

 

白銀「バカ、何やってんだ。支えてやるよ」

 

 

桜木「さ、サンキュー.........」

 

 

 それを見兼ねたのだろう、白銀は溜息を吐き、頭を掻きつつも俺の肩に手を回し、しっかりと支えてくれた。フラつきが止んだ今でも、支えを無くしてしっかり立てる自信はなかった。

 一体何が.........そう思っていると、あの能面とか言うクッソ痛いジジイが俺の前までやってきて、その顔を覗き込んでくる。

 

 

「.........お前、最近ろくに食ってないだろ。栄養失調だ」

 

 

桜木「.........マジ?」

 

 

ウララ「と、トレーナー大丈夫.........?」

 

 

マック「栄養失調.........とても辛いでしょうね.........」

 

 

 心配になったウララがその可愛らしい顔を覗き込ませる。何とか安心させるように笑って見せたいが、上手く笑えて居ない。どうやら俺の[仮面]はもう、完全に使えなくなってしまったようだ。

 そうしていると、背中を誰かがさすってくれている。それは、一度この辛さを体験しているマックイーンだった。俺の身体を労る様に、優しくさすってくれていた。

 

 

能面「.........仕方が無い。積もる話と記憶を戻そうと思ったが、場所を変えよう。車の手配をする」

 

 

ゴルシ「お!!遂にじいちゃんも帰んのか!!」

 

 

能面「ああ。その時が来たからな。皆外で待っていろ。直ぐに迎えが来る」

 

 

 来ている白衣のポケットから携帯を取りだし、何処かに電話を掛け始める。それを見届けない内に、俺は白銀に連れられてみんなと一緒に外に向かって行った。

 そんな途中で、俺はひと段落ついた影響か。それとも安心が出来そうな場所に移動出来るという安堵からなのか。どちらとも分からないまま、その意識を手放してしまった.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

能面「ああ、済まない。俺も帰ろうと思うから、これからは食事は自分で.........何?[オルフェスタ]でお前専用に俺の料理をデリバリーさせろ?」

 

 

能面「.........断る」ピッ

 

 

 先程の電話相手とは違う、[かつての相棒]との通話を終わらせる。普段はここから出る事はないが、今日は偶然、講演会で外出していた。

 全く。彼女を見ているとつくづく自分はトレーナーに向いていないと痛感する。自主的に生活する能力を向上出来なかったのは一重に俺の責任だ。

 溜息を吐きながら、俺も外に出ようと振り返ったその時、どうやら彼等と共に出ていかなかった一人が、まるで俺を待っていたかのように壁を背にしてもたれかかっていた。

 

 

能面「.........なんだ。[キンイロリョテイ]」

 

 

キン「なんだ。ちゃんと呼べるじゃねぇか。アタシの名前」

 

 

能面「雰囲気で分かる。真面目な話をしたいんだろう?」

 

 

 分かってるじゃねぇかと言って、彼女は手を組んだままその壁から離れ、俺の前へと立ち塞がる。その目はいつもの凶暴性はなりを潜め、純粋な圧で俺の事を見てくる。

 

 

キン「随分と用意が良いじゃねぇか。え?[ウマ娘の救世主(ヒーロー)]さんよぉ」

 

 

能面「.........道というのは面倒だ。そのつもりなど無くても、その道筋を見てきた者が勝手に俺の行動に意味と名を持たせてくる」

 

 

キン「言えよ。なんでこんなピンポイントな時期にフラッグの奴にお願いしたんだ。全部知ってたのか?」

 

 

 その小さい身体のどこに、一体その圧をしまえるのか聞きたい程に彼女は俺を威圧する。彼女は俺を見上げる形で近付き、そして俺も目を逸らすこと無く彼女を見下げる。

 

 

能面「.........その逆だ」

 

 

キン「あ?」

 

 

能面「[全てを知りたい]から、俺はここに[戻ってきた]んだ」

 

 

キン「.........!!!まさか!!?」

 

 

 俺の言葉で何かに気が付いたリョテイは、そのまま俺の横を素通りし、駆け足で先程の部屋に入って行った。

 恐らく、[それ]は見つかるだろう。だが見つけた所でどうしようも無い。俺は[ここ]に、[この時]に、[この場所]に、[戻ってきた]のだから.........

 

 

キン「テメェッッ!!!」

 

 

能面「おお、早いな。目当ての物は見つけたかな?」

 

 

キン「やりやがったな.........!!!」

 

 

 それはやはり、見つかった。彼女は苦虫を噛み潰したような顔で、俺にそれを見せてくる。それは―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 粉々になった[目覚まし時計]の破片であった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

キン「[過去]に戻って何しやがったッッ!!!テメェの都合で誰かが振り回されんなんて事したらタダじゃ―――」

 

 

能面「その場合、その[時点]で、その[目覚まし時計]は原型を[留めている]はずだ」

 

 

キン「.........何、言って.........」

 

 

 タイムパラドックス。本来その時有り得るはずがない出来事が起きた際に用いられる単語だ。そしてそれは、偶然と必然によって織り込まれている。

 例えば、時計の針をネジではなく、その指で直接動かそうとした時、多少の抵抗感が生じるだろう。そしてそれは時間の概念も同じ、いや、それ以上に強い抵抗感が生まれる。

 

 

能面「意図して歴史を変えるのは簡単だ。意図せず変えるのもまた容易」

 

 

能面「だが、[元来た道]を戻り、[辿り直す]のは難しい物だな」

 

 

能面「それには何もしてない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「[今の時].........はな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 恐らくアレは、俺が壊した最初から[二番目]の物だろう。元来た道を辿り、本来の俺がそうした物なのだから、アレは本来壊れるべきなのだ。

 [時を記憶する]。それがあの目覚まし時計に内蔵された鉱物。通称[神魔石]の特徴だ。本来の壊れる運命のレールのまま動いているコレらは、今の俺が何かをしないまでも、過去の俺がそうしたように勝手に砕ける様になっている。

 

 

 .........最初にそれを見た時、俺は酷く。安心を覚えたものだ。

 

 

 それこそが。歴史を変えずに戻ってきたと言う、唯一の証拠になるのだから.........

 

 

キン「.........何がしてぇんだ。オマエ」

 

 

能面「それは言えん。誰が聞いてるかも分からないしな」

 

 

 ムスッとした表情のまま彼女は無言で俺を少しの間睨みつける。やがてどうしようもない、と言うように溜息を吐き、何も言うことなく外に出て行ってしまった。

 

 

能面(.........誰が聞いてるかも分からない)

 

 

能面(そう、例えばそれが―――)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

([名も無き女神]なら、尚更だ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつか訪れるであろう、[神との邂逅]。その時までに、俺は[布石]を打っておかなければ行けない。

 

 

 [ウマ娘の救世主(ヒーロー)]などと言うような、誰かが見て名付けた存在では無く

 

 

 たった一人の、[彼女の味方(世界の悪役)]になる為に.........

 

 

 そして、[奇跡]を超えるであろう、[桜木 玲皇(トレーナー)]の為に.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう。これは、時を超え過去に戻りながらも

 

 

 神を欺き、己こそがそれに対しての[バッドパラドックス]になる為だけに、ここに戻ってきた.........

 

 

 一人の道化師の、[逆転サーカス]の幕開けに過ぎないのである.........

 

 

 

 

 

......To be continued



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マック「未来の世界では私と貴方が結婚しているようですわ」T「マジ?」

 

 

 

 

 

『何故だ!!!君はまだ成し遂げていない事が沢山あるはずだろう!!?』

 

 

『ああ。でもそれを追い求めたら、俺は今度こそ壊れる.........ここらが潮時なんだよ』

 

 

 .........不思議な夢だ。肌に感じる温度と風は確かに生きている物なのに、それが夢だと何故かはっきりと分かってしまう。

 手を伸ばしても届かない。声を上げようとしても響きやしない。まるでそれは映画のワンシーンのように、流れる場面を俺は止める事が出来ない。

 

 

『ふざけるな.........!!!ここまで来て君は私の手を離すのか!!?』

 

 

『URAファイナルズも開催されるんだぞ!!?』

 

 

『.........悪かったな』

 

 

 悲痛な叫びとも受け取れる彼女の声を聞いても、男はその背を向け、彼女の前から去って行く。お前は一体、何がしたかったんだ.........?

 その背中を見送り、男の姿が見えなくなった。彼女は一人だった。一人になってしまった。それを段々と理解し始めたのか、鋭かった目は弱々しくなり、濁ったその瞳は潤いを増していき、やがてその場に膝を着いた。

 

 

『.........意気地無し』

 

 

 それが夢であり、一つの[結末]だと感じた。こういう道も、あったのかもしれないと思った。耳に届くであろう彼女の身体を震わせた嗚咽は、何故か聞こえて来ない。景色は徐々にセピア色に染め上がっていく。

 

 

桜木(.........違う)

 

 

 違う?何が違うと言うのだろう?

 

 

 俺の追い求めている物じゃない。

 

 

 だからどうした。これが[本編]だ。

 

 

 これは俺の[物語]だ。

 

 

 それこそ違う。

 

 

 ―――?

 

 

 これは.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 [俺]の[物語]だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「.........?」

 

 

マック「おはようございます。トレーナーさん」

 

 

桜木「っ、マックイーン.........?」

 

 

 時計の針が等間隔で音を刻むだけの空間。その静かな部屋で私達は、彼が目を覚ますのをじっと待っていました。

 

 

『酷い汗ね。嫌な夢でも見た?うなされてた様子は無かったけど』

 

 

桜木「いや.........というより、気分が悪い夢かな」

 

 

マック「気分が.........!!?や、やはり薬だけで治るわけありません!!今すぐ食事を―――」

 

 

桜木「ま、待って待って!!そういう体調的な意味じゃなくて、気持ち的な、ね!!?」

 

 

 彼の為に食事を持ってこようと立ち上がろうとした所、彼は大きい身振り手振りでそれを止めました。その様子に演技をしている様子はありません。どうやら、本当に体調の方は大丈夫なのでしょう。

 彼の居るベッドの向こう側で私とよく似た姿の彼女が溜息を吐き、それを睨み付けました。

 

 

桜木「.........いや〜、多分色々受け入れられない事が沢山あって、ストレスで変な夢見ちゃったのかもなぁ〜.........」

 

 

マック「.........そ、そうですか」

 

 

桜木「え、何今の間。アレからまた何かあったの?」

 

 

 青ざめた顔で私の目を見つめるトレーナーさん。ええ、確かにありました。もう情報量過多で私がここに逃げて一晩明かす程には中々の濁流が自分の中に流れ込んできたと思います。

 そう、あれはこの家に.........[未来のメジロ家]に来た時です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

能面「ゆっくりくつろいでいてくれ。疲れただろう?」

 

 

 彼は慣れた手順でこの家までの道筋を辿り、正門から玄関を開け、広いロビーに来るまでを流れで行います。その様子が、もう彼がこの家の住人だということを強く感じさせました。

 内装を見渡してみると、そこはやはり私の知っている家。土地も作りも何もかも、[メジロ家]の物と一致しておりました。

 そうしている内に、彼は使用人に白銀に身体を預けて意識を失っているトレーナーさんを渡し、空いている部屋に寝かせるよう指示を出しました。

 

 

トマト「つーか。アンタも十何年ぶりくらいじゃねーか?」

 

 

能面「そうだ。因みに彼女は今仕事だからな。内緒で帰ってきている。向こう一週間は「あらこんにちは」.........」

 

 

「随分賑やかですわね。朝と夜を何度越した帰りかしら?玲皇さん?」

 

 

 彼の背中に掛けられる声。それは本来であるならば、私の声帯から出されるべきもののはず。しかし、現にその声は、少し遠いこの家の二階の方から聞こえてきました。

 

 

能面「おかしい。俺がハッキングした彼女の予定には今日から一週間フランスの方でインタビューや海外名家との交流の予定の.........」

 

 

「蹴りました。貴方の[元相棒]から今日帰ってくるという告発があったので」

 

 

能面「.........いやー!!マイハニー!!元気にしてたかい!!?アッハッハッハ!!!」

 

 

全員「えぇ.........?」

 

 

 観念したような表情を見せた後、彼は全力で彼女のご機嫌取り、もとい吹っ切れた様子を見せその階段を駆け足で登っていきました。高笑いを響かせながら。

 そのあまりの変貌ぶりに未来の人達は呆れを、私達は困惑した表情をしました。

 彼が彼女に近付き、あ、あわやキ.........いえ。これはやめときましょう。それをしようとした時、見事なアイアンクローでその前進を止められました。

 

 

能面「釣れないな。俺はこうして十数年ぶりに会えて嬉しいと言うのに」

 

 

「何が嬉しいですか。だったら顔を見せないなりに痕跡とかメッセージを遺しておくべきです。要らぬ心配をしたではありませんか」

 

 

能面「心配した?俺の事ちょっと心配してくれた?」

 

 

「孫や子供達がです。貴方が私を残して死ぬなんて有り得ません。[車椅子を一生押す]と言ったのですからその通りにしなさい。この甲斐性なし」

 

 

マック「.........」

 

 

 呆気に取られる。とはまさにこの事でしょう。目の前で見知った顔より老けた男性と、いつも鏡で見るのと瓜二つの存在が、いつものやりとりとは違うそれを見せてくるのです。

 ですが、これでようやく私も未来に来たのだと痛感しました。まだ事情も事態も何もかも分かりませんが、それだけはようやく飲み込むことが出来ました。

 

 

デジ「はぁぁぁ.........どのような形でも、アレも桜マク.........しゅごいでしゅ.........♡」

 

 

タキオン「普段より少々ハードだが、夫婦漫才には変わりないね。ご馳走様」

 

 

ウララ「こっちのトレーナーとマックイーンちゃん!!ウララのパパとママみたいだね!!」

 

 

マック「.........はぁぁぁ」

 

 

 深い深い、世界で一番人間の手で掘られた穴よりも深い溜め息が出て行きます。いえ、別に見ていて見苦しかった訳ではありません。ただ、そうであって欲しかった.........

 だって、私と貴方がいつもあのクオリティの掛け合いを見せているとなると恥ずかしい限りではありませんか!!

 

 

 そんなやり取りをしている内に、彼女はこちらの方。正確には、トウカイテイオーの方を見て、彼をアイアンクローから壁に投げ飛ばして開放した後、その足で階段を降りてきました。

 

 

「あら、貴女も来ていたのですね。テイオー」

 

 

テイオー「え、え、ボク.........?」

 

 

「何を言ってるんですの?私が呼んで貴女が来た。それだけではありませんか。今日は足の調子が良さそうなので、次いでに体調の方の相談も―――」

 

 

ゴルシ「ま、待ってくれよばあちゃん!!コイツは過去から来たテイオーだ!!他に居るヤツらもそうだし!!」

 

 

「.........?すいません。眼鏡を.........あら、あらら?あらららら.........!!?」

 

 

 階段を降り、割と近い距離で会話していたのにも関わらず、彼女は私達を認識していないようでした。至近距離で目をしかめた後、従者の方に眼鏡を持って来させてそれを付けると、その表情はみるみる内に驚愕に変わって行きました。

 

 

「ど、どどど、どういう事ですの!!?ちょっと玲皇さん!!?伸びていないで説明してくださいまし!!!」

 

 

全員(貴女が投げ飛ばしたんでしょ.........)

 

 

 一階の方で二階でダウンしている彼に声を上げる彼女。その自分勝手さに呆れた感情を抱いていると、彼が何とか首をさすりながら降りてきました。どうやら歳を取っていても、貴方の頑丈さは健在のようでした。

 

 

能面「ん、ん〜.........?説明も何も.........ゴールドシップ、お前行く前にちゃんと家族には言っておけって言わなかったか?」

 

 

ゴルシ「言ったよッッ!!!」

 

 

「あれ本当の事でしたの!!?」

 

 

能面「.........普段から訳分からん事言ってるのが仇になったな」

 

 

ゴルシ「アタシは悪くねェ!!!」

 

 

 普段は見せないようなアタフタとした様子を見せながら、ゴールドシップさんがあれを言ったこれを言ったを身振り手振りをつけて慌ただしく説明をし直しています。

 対する私に似た彼女は、それを聞いて覚えている上でそれを全ていつもの変な言動だと片付け、大方気まぐれで世界を家族と放浪していたと思っていたらしく、悪びれる様子は一切見せませんでした。

 ようやく彼女も目の前の状況を受け入れ、古い記憶を頼りにするようにそれぞれの顔を見て、名前を言っていきます。彼女にとって懐かしい顔ぶれなのか、その姿はどこか楽しげでありました。

 

 

「それにしても、変なメンバーですわね。私の記憶ではそこまで仲良くした覚えはありませんが.........」

 

 

全員「え?」

 

 

能面「ああ。彼女達はゴールドシップの起こした過去改変で俺がチームを作り、担当している事になっている。出世したもんだろう?」

 

 

「ええ。少なくとも、[アグネスタキオン]さんのクラシック級が終わった時点でトレーナーを辞めてる貴方と違って優秀ですわね」

 

 

全員「えぇ!!?」

 

 

 何ともないようにまたしても驚愕の事実が露呈しました。この世界での彼はどうやら、タキオンさんがクラシックを走り終えたのと同時にトレーナーではなくなっているらしいのです。

 また、話を聞く所によるとチームなど作っておらず、担当はタキオンさん一人だけ。彼がトレーナーを辞めた後、この世界の彼女は新たにトレーナーを付けることなく、執念で研究とレースを続け、URAファイナルズ中距離部門初代王者に輝いた.........

 

 

タキオン「.........にわかには、信じられないね」

 

 

黒津木「天職だと思ったけどなぁ。俺もなぁ」

 

 

神威「いつもの飽き性だろ。バカなんだから」

 

 

白銀「芦毛ロリマニアの癖に」

 

 

能面「俺が60代で良かったな。20代だったらお前ら死んでるぞ」

 

 

 いつもの様子で掛け合う三人に、今の貴方と変わらない返しをする彼。しかし、そのやり取りを終えた後、彼は人知れずどこか懐かしそうで、それでいて何故か悲しそうな顔を一瞬見せ、誰も居ない方へ隠すように逸らしました。

 彼が何を思い、そんな表情をしたのか、それがどういう意味なのかを探ろうとしたその時、ゆっくりと玄関の扉が開きました。

 

 

「ただいまっス〜.........あ」

 

 

「帰ったぞ〜.........あ」

 

 

トマト「あ」

 

 

ゴルシ「!!姉ちゃん!!」

 

 

 玄関から入ってきたのは、二人のウマ娘でした。その姿を見たゴールドシップさんは喜びを。彼女の母親は瞬時に怒りの炎を燃え上がらせました。

 

 

トマト「テメェら.........」

 

 

二人「.........グス」

 

 

二人「うわぁぁぁぁぁぁん!!!」ダッ!

 

 

全員「えぇぇ!!?」

 

 

 静かに怒りを発露させている筈の母親に対して、お二人は泣き出しながら彼女の方へ走って行きます。

 怒っていたはずの彼女も最初こそ困惑したものの、直ぐに二人の心情を察し、まるで聖母のような微笑みでその両手を広げました。

 

 

トマト「そうか.........!!!寂しい思いさせちまったなぁ.........!!!オルル!!!フェス!!!母ちゃんが帰ってきたぞぉぉぉ!!!」

 

 

二人「じいじ(じいさん)ーーー!!!」ダキィ!!!

 

 

能面「.........うん。まぁ、そうなるな」ポンポン

 

 

 そんな両手を広げた彼女の事など知らないと言うように、二人はその横を素通りして祖父である彼に強く抱き着きました。

 それを察していたのはどうやら彼一人だけだった様で、彼女は現実を受け止められないのか、目を瞑りながらその両手で空気を抱きしめ始めました。

 

 

トマト「.........おかしいな。何も感じない。そこに居るんだろ?二人とも.........なぁ?」

 

 

「ずっと会いたかったっス〜!!!」

 

 

「そうだぞじいさん!!!急に死んだって聞かされて葬式に出た時はすげぇ泣いたんだからな!!!」

 

 

能面「そうかそうか。お前らに会うのはそう言えば十何年ぶりだったな。痛い。オルフェーヴル足を踏むな。殴らないで、あと顔舐めないで。少しはナカヤマフェスタを見習いなさい」

 

 

 連続して出される唐突な事実。もう何が何だか分からなくなって頭が痛くなってきました.........

 ナカヤマフェスタと呼ばれたウマ娘は比較的普通の触れ合い方で彼の存在を確かめているようですが、オルフェーヴルと呼ばれた方は嬉しさのあまり、彼を壁へと投げ飛ばしてしまいました。

 

 

白銀「お前の姉ちゃん達美人だな」

 

 

能面「そうだろう。俺の妻が世界で一番の美人だからな」

 

 

白銀「でも胸ないじゃん」

 

 

三人「は?」

 

 

ゴルシ「お?浮気か?」

 

 

能面「.........ん?」

 

 

 落とされた爆弾。そしてアチラが知る由もない彼とゴールドシップさんとの関係。それを察せられるかもしれない情報が一滴垂らされ、彼は顔を酷く困惑させました。

 

 

能面「ま、待て待て。なんだお前?うちの孫と付き合ってるのか?」

 

 

二人「付き合ってはいねーな」

 

 

能面「.........ほっ」

 

 

二人「でも告白はした(された)ぞ?」

 

 

能面「」

 

 

 まるで一瞬で凍らされたように身体を硬直させ、絶句する彼。残念な事に、これは事実であり、二人が辿ってきた道のりなのです。今更それを無かったことにすることは出来ません。

 しかし、彼はそれを聞いて決心を奮い立たせ、ポケットに手を入れてスマホを取り出しました。

 

 

能面「やめとけやめとけ!!そんなろくてもない奴どうせ死ぬ!!!お前らに良いもん見せてやる!!!」

 

 

白銀「お?未来の面白ぇ動画か!!?俺こっちでも動画投稿してんだなぁ!!!」

 

 

「本日で白銀翔也さんが亡くなって36年ほど経ちました」

 

 

白銀「」バタン

 

 

 ここに居る現代組の全員が、彼のスマホを覗き込むと、そこにはテレビ番組のようなセットの中に、涙ぐむキャストの方々が揃っていました。

 余りの出来事にその本人である白銀さんはショックで気を失ってしまい、地面に倒れ伏してしまいます。

 

 

ブルボン「.........?白銀さんは死なない人間だと思っていました」

 

 

黒津木「あっちのオメェ死んでんのかよwwwこっちもさっさと俺のユンゲラー育て直して死ねな〜?www」

 

 

能面「おっと手が滑って最近のやりす〇都市伝説に飛んでしまった」

 

 

「ある天才医師の死の真相」

 

 

「皆さん。ウマ娘が好きなら勿論彼の事をご存知でしょう!そう、黒津木宗也先生です」

 

 

黒津木「アポ」バタン

 

 

 彼も死んでいました。それを聞いたショックでまた本人が倒れました。タキオンさんが慌てて彼に近寄りました。その番組の方では何やら、発見した手術チャートや不治の病を治す薬などが原因で狙われたと言う、よくある陰謀論の話でした。

 

 

マック(.........本当、頭が痛くなってきたわ)

 

 

 その後の事はよく覚えてません。司書さんが今自分がどうしているのかを聞いて知らないと言われショックで倒れ、トマトさんが二人の娘さんになぜ家を売ったのかを問いただしたり、ゴールドシップさんが私と似ている方と過去の事を話していたり.........

 正直、頭の整理がつかなかったので、それからすぐ貴方の寝ている部屋で休息を取ったのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「.........やべぇな」

 

 

 全てを聞き終えて彼が発した一言はそれでした。その全てを整理するように顔全体を両手で覆い、溜め息を吐きながらゴシゴシと擦り始めました。

 

 

桜木「まず認めたくない.........と言うより、今でも受け入れられない事から整理しよう」

 

 

マック「はい.........」

 

 

桜木「お、おおお、俺とき、君は、結婚していて.........」

 

 

マック「は、はい.........///」

 

 

桜木「こ、子供も居て.........」

 

 

マック「.........///」

 

 

桜木「ま、孫達に囲まれている.........」

 

 

マック「.........〜〜〜///」

 

 

 認めたくない。受け入れられない。語弊はありますが、確かにその通りです。今の私達とあの方達は違う生き方をしてきたとはいえ、同じ人間です。それが結婚し、子供を育み、孫に囲まれている.........

 う、受け入れられません!!!そんなの絶対幸せに決まってます!!!そ、そんな幸せ.........感じちゃったら.........♡

 

 

桜木「そんで、俺はいつの間にかトレーナー辞めてて、アイツら二人は死んでて、まぁとにかく今の俺達からしたら有り得ない情報が連続してた訳だ.........」

 

 

 大きな溜め息をもう一つ吐き、彼は横目でチラリと私を見てきました。それはどこか、私の身を案じているような気がしました。

 

 

桜木「.........一日経ってると思うけど、ちゃんと寝たよね?」

 

 

マック「ええ。ベッドで寝ました」

 

 

桜木「.........なら良かった」

 

 

 少し疑いの目を向けられていましたが、私の顔を見て嘘は着いていないと感じ、安心した様にホッとしていました。

 .........まぁ、ベッドで寝たのは嘘ではありません。この部屋から出ていない事も、ベッドの上の誰かと寝た事も言っていませんが、言っていないだけです。

 

 

『.........それにしても、未来の世界ってぶっ飛んだ話よね』

 

 

二人「.........」

 

 

 その言葉とは裏腹に、退屈そうに欠伸をしている女性。私達はお互いの顔を見て、何かを思い出し、どちらとも言わずに頷きました。

 今まで色々な事があって放って置いていましたが、今はこの世界と同じくらい、彼女が謎の存在である事を。

 

 

桜木「なぁ、君は一体何者なんだ.........?」

 

 

マック「私も、まだ本質には触れておりません」

 

 

『な、なによ二人して!貴女に全部言ったじゃない!!!それを説明してあげなさいよ!!!全くもう!!!』

 

 

 不貞腐れるように頬を膨らませ、そっぽを向かれてしまいました。しかし、説明と言われましても、私だってまだ分からない事が沢山あります。

 

 

 元々彼女と私は、[二つの魂を一つの魂にされた者]だった。それが彼の影響で二つに別れてしまった。そこまでは受け入れ、理解しています。

 

 

 ですが、なぜ二つが一つになったのか?何故、彼に彼女の姿が見えているのか、疑問は新たに生まれていきます。

 

 

 その疑問を感じつつも、私は以前彼女からされた話を、彼にそのまま伝えました。

 

 

桜木「御伽噺.........ねぇ」

 

 

マック「にわかには信じられないかも知れませんが.........」

 

 

『れっきとした事実よ。それがこの子と私が瓜二つの証明』

 

 

 そう言って、彼女は胸を張りました。

 

 

 まるで私への当てつけのように。

 

 

 私が持たざる者と言うように。

 

 

 それに見合った効果音が聞こえてくるように。

 

 

 胸を.........張りました。

 

 

マック「.........何が[瓜二つ]ですか」

 

 

『「え?」』

 

 

 自分でも驚く程に低く、そして恐ろしいほどに響く声が出ました。それでもそれは一瞬だけで、直ぐにその感情は激しい憎悪になり、この身体を椅子から立ち上がらせました。

 

 

『ちょ、ちょっとマックイーン?顔が怖いわよ?どれくらい怖いかと言えば昔私にちょっかいかけてきたサンd―――』

 

 

マック「ッッ!!!」ガシィ!!!

 

 

『ひゃん!!?』

 

 

桜木「マックイーンさん!!?」

 

 

 白い純白のワンピース。私が着たら、きっと私とそれ、二つの良い所が丁度溶け合い、驚きの親和性を生み出すでしょう。

 ですが、目の前にいる人は違います。彼女。ワンピース。そしてそれに引けを取らない。いえ、それらを押しのけ主張する二つのそれを力任せに鷲掴みしました。

 

 

マック「こんな!!!物を!!!見せつけて!!!何が[瓜二つ]よ!!!」バインバイン

 

 

『ちょ!!!やめ!!!あん.........♡』

 

 

桜木「メジロマックイーンさん!!?お待ちください!!!」ガシィ!!!

 

 

 ベッドの隣で揉み合う(一方的)私に対して、彼はその両手で私の事を羽交い締めしてきました。ですがそれでも、この気持ちは収まる所を知りません。

 

 

マック「楽しいですか!!?持たざる者にこれ見よがしに見せつけて!!!ええそうでしょうね!!!楽しいでしょうねぇ!!!」

 

 

桜木「未来(あす)まで!!!未来(あす)までお待ちください!!未来(あす)になれば!!!きっと伝説のスーパーグラマラスウマ娘になっているはずです!!!」

 

 

マック「有り得ないわ!!!この目で見たもの!!!自分の行く末を!!!身長も体付きも何もかも今のままよ!!!」

 

 

 ここに来て、その姿を見た時にその可能性は無くなりました。私は今と変わらず、貧相な体付きのまま歳をとるだけなのです.........

 うふふ。なんででしょうかね。走るのには不要、大きければ肩が凝ったり階段が降り辛かったりと、人伝で聞けばいい事なんてひとつも有りませんのに、涙が出てきてしまう程に羨ましくなってしまいます.........

 

 

マック「どうせ.........!!!どうせトレーナーさんも大きい方が好きでしょうね!!!」

 

 

桜木「えぇ!!?い、いや!!!そんな事は.........」

 

 

マック「.........やっぱり。男の人って大きいのが好きなんですね.........!!!」

 

 

 ごにょごにょと後ろの言葉をごもらせる彼を見て、私はそうなると知りつつも、悲しくなりました。結局、皆大きいのが好きなんです。私のような小さいのなんて、誰も見向きもしてはくれません。

 大は小を兼ねる。そんなことわざがこの世に存在するように、私の小さいそれは、大きいそれに淘汰されて行ってしまうのです.........

 

 

マック「.........グス」

 

 

桜木「.........マックイーン。聞いて欲しい」

 

 

マック「.........?」

 

 

 私を拘束していた手の力を緩め、彼は肩に手を置きました。振り返ってその顔を見た時、彼は決心を決めつつも、どこか諦めた様な、清々しい顔で私を見つめていました。

 

 

桜木「正直、これは墓まで持っていくつもりだった。けど君が、もし君が救われるのなら、俺はその墓を暴いて見せしめるつもりだ」

 

 

マック「と、トレーナーさん.........?一体何を―――」

 

 

桜木「良いかマックイーン。胸なんて、言わば取り外しの効かない付属品みたいな物なんだよ」

 

 

『「何言ってるのよ(ですか)貴方は」』

 

 

 彼のその潔い発言に、私達は二人で同じように額から冷や汗をつーっと垂れ流します。どことなく彼が暴走している。そんな状態である事を知らしめてきます。

 

 

桜木「これから言うことは俺個人の趣向だから、マックイーンが救われるかは分からない。けど、俺は女の子を胸なんかで判断しない.........」

 

 

マック「トレーナーさん.........!!!」

 

 

桜木「良いかい?女の子の身体の部位で一番魅力的なのは.........!!!」

 

 

マック「え、待って待って!待ってください!絶対貴方暴走してますわ!!!これ以上は大丈夫です!!!十分勇気付けられましたわ!!!だからもう―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「脚だ.........!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『「」』

 

 

 その顔は正に、記憶の中にある彼の勇ましい顔そのものでした。彼が真剣に何か物事に取り組む時。私達に対して、自分の意見を言う時。そして、[夢を追う]時。彼はその表情を見せてきます。

 今もそうです。まさか今このタイミングで、彼の趣向を聴きながらこの顔を見る事になるとは思っても居ませんでした。

 

 

桜木「脚。スラッと伸びた、細くて、綺麗で、繊細で.........」

 

 

マック「と、トレーナーさん?」

 

 

桜木「それでいてこの世に生まれたどんな人間よりも強くて、逞しくて、カッコよくて.........」

 

 

マック「.........///」

 

 

桜木「触りたい.........」

 

 

マック「へ?」

 

 

桜木「君はねマックイーン。最高の脚を持ってるんだ.........スベスベで白くて、細くありつつも骨ばってる訳じゃなくて、程よく柔らかい筋肉で形成されていて」

 

 

マック「.........」

 

 

桜木「ふくらはぎの部分を少し握ると、指と指の間から君の肌が溢れるんだ.........しかもしっとりしてるから触り心地も良い.........」

 

 

 真剣な表情からどこか恍惚な物へと変貌を遂げる彼の顔。この五年間でそんな彼は今まで見た事がありませんでした.........

 先程の冷や汗より、一段階程気持ちの悪い汗が背中を伝います。一歩後ずさると、彼はそれに気付居ていないのか、私の肩に置いていた手がするりと抜けていきました。

 

 

マック「.........まさか、今までトレーニング後のケアの時、脚を重点的に見ていたりしていたのって.........」

 

 

桜木「.........あっ、い、いや、今のは言葉の綾と言うか、あああ、脚フェチな訳ないじゃん!!?トレーナーだよ!!?一番そうであっちゃ行けない人間じゃん!!!」

 

 

 私の言葉でようやく我に返ったのか、彼は取り繕うように身振り手振りを加え、弁明を測ります。しかし、それは思っても無いことを言ってしまった焦りと言うより、言うべきでは無いことを言ってしまったという焦りに見えてしまいました。

 私はいつも彼が脚に気を配っていたのを思い出し、そしてそれが、単に心配している物では無いということを知りました.........思わずジャージの裾を引っ張り下げ、脚を隠すようにしてしまいます。

 

 

マック「っ!」キッ

 

 

桜木「ま、マックイーン.........?」

 

 

マック「さ、最っっっ低.........!!!///」

 

 

 今まで彼にそんな目を向けられていただなんて、思っても居ませんでした。あまりの恥ずかしさに耐えきれなくなってしまった私は、足早にその部屋から出て行こうとしました。

 

 

桜木「待って!!!流石に皆にそんな目は向けてないから!!!」

 

 

マック「っ!!!し、知りません!!!」

 

 

桜木「あぁ!!!マックイーン!!!」

 

 

 部屋の扉を開け、廊下へ出た後、私はその扉を強く閉めました。最初こそ憤りにも似た恥ずかしさがその歩を進めていましたが、十数歩ほど歩いた所で、私はしゃがみこみました。

 

 

マック(そ、そんな目で見られていたなんて.........///)

 

 

マック「.........く、くふふ.........♡」

 

 

 口ではああ言ったものの、結局私は彼の言葉で十分。いえ、十二分に元気づけられてしまいました。自分でも気持ち悪いと思う笑いを噛み殺しながら、ゆっくりと立ち上がります。

 まさか、今までそんな素振りをどんな女性にも見せた事は無く、恥ずかしがり屋なだけだと思っていたトレーナーさんが.........私の足だけにその様な思いを向けていただなんて.........

 私.........だけ.........♡

 

 

マック(.........こ、今度プライベートで出かける時、もう少し足のラインがくっきりする物でも履いて来ようかしら.........///)

 

 

 

 

 

桜木「.........」

 

 

『.........行っちゃったわね』

 

 

 ―――力強く閉められたドア。もう暫くは開く事の無いそれをじっと見て、初めて見た彼女の取り乱し様を思い出してみる。それを思い出し、なんて失礼で、デリカシーの無い事を言ってしまったのだろうと今更後悔が押し寄せてくる。

 

 

桜木「.........嫌われた」

 

 

桜木「完全に.........嫌われちゃった.........」ポロポロ

 

 

 折角.........折角仲直りしたのに.........もうきっと、口なんて聞いてくれないんだろうなぁ.........多分、俺との思い出は全部シルエットに移し替えられて、変態のレッテル貼られたマネキンが代わりに居るんだろうなぁ.........

 

 

桜木「グス.........言わなきゃ良かった.........」

 

 

『だ、大丈夫よ。次のデートの時は短めのスカートを履いて来るに決まってるわ!』

 

 

桜木「.........生足よりジーンズが良い」

 

 

『めんどくさ.........』

 

 

 背中をさすられ、慰められる。それでも溢れ出した涙は止まらない。こんなくだらない事なのに、あの日からまた泣き虫に戻ってる気がする。

 これから先、どうするかなんて分からない。どうすればいいのかも分からない。彼女に嫌われた今、何をすればいいのかも思い付きやしない。

 結局俺は、一日眠った癖に、不貞腐れてまたベッドの上で横になるのであった.........

 

 

 

 

 

......To be continued



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逆転への布石

 

 

 

 

 

『よし!これでタキオンの足が何とかなるはずだ.........!!!感謝するぜ親友!!!グッドタイミングって奴だ!!!』

 

 

『.........自殺?そ、そんな訳ない.........だってアイツは俺に.........すげぇ大発見を教えて.........』

 

 

『違う.........キミ達の夢を壊したかった訳じゃない.........俺はただ.........タキオンがどこまで行けるのか知りたくて.........』

 

 

 悪夢だ。最初の数秒だけ見れば、それがそうだとはっきりわかる程の気持ち悪さが胸の内に込み上げてくる。

 最初に見えた希望。突然知らされた最も親しい友の自死。そして、その希望で壊れゆく夢の姿。

 手を伸ばそうにも届かない。目を瞑ろうにも瞑れない。夢の中で寝る事は許されない。夢と言うのは、見た瞬間から起きるまで、見る事を強制される。

 

 

『何でなんだ.........折角また、夢を見る事が出来たのに.........』

 

 

『.........諦めたからか?俺が.........夢をたった一回、諦めたから.........?』

 

 

『諦めなかったせいで.........他の人達が、その夢を諦めなくちゃ行けないのか.........?』

 

 

 暗い暗い、闇より深い瞳の奥。狂った色は抜けて行き、深さだけが増していく。歩いてきた道を振り返れば、思えば多くの夢を壊してしまったと嘆き始める。

 それは、俺もそうだ。俺自身は、自分の担当を勝たせる為に努力してきた。けれど、他の負けた子に対して、何かをしてあげれた事は一つもない。

 けれどその子達は決まって、俺の見てきた子達を今度は目標にしてくれた。自分達の夢の姿にしてくれた。

 では、今目の前にいる男と俺は、一体何が違うんだ.........?

 

 

「諦めなさい」

 

 

『.........』

 

 

 声が聞こえる。無機質な、少女の声。時折、節目節目に現れては消えて行く、謎の多いその声に、男は縛られて行く。

 

 

 常識に

 

 

 運命に

 

 

 レールに

 

 

 奇跡に

 

 

 それに抗う素振りも見せずに、男はゆっくりと顔を上げた.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その瞳には、先程以上の狂気が、強く渦巻いていた.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「.........っ」

 

 

能面「目が覚めたか。良い夢は見れたかな?」

 

 

桜木「.........クソッタレ。テメェみてぇな男の隣で見る夢なんざ悪夢に決まってらぁ」

 

 

 揺れる揺りかごの様に不規則でありながら、心地良い振動を身体が感じる。隣に居る気味の悪い[鏡]から目を逸らし、流れる町の景色を眺めた。

 

 

 少し前、彼女に俺の秘密を打ち明けた(暴走して暴露)後、何故かこの厨二じじいに連れられて車に乗せられた。因みに行先は教えられてない。今どき子供の約束事でもどこ行くかは言うと思うが、未来は違うのだろうか?

 

 

能面「.........そんなに気になるか?何処に行くのか」

 

 

桜木「おーこれは流石元トレーナー。観察眼は曇りきっては無いようで」

 

 

能面「昔取った杵柄だな。見ようと思えば貴様の胸の内も見透せられるが?」

 

 

 でたよ。お得意の厨二病。どうせ邪眼だの魔眼だの言うんだろ?こっちは最近厨二病脱却したばかりのトゥウェンティだっての。まだまだ残ってるんだよね。[真髄]が。

 

 

能面「なるほどな。愛しの彼女に脚フェチがバレたと」

 

 

桜木「よしこの車を俺のブルーエンペラーと同じ末路にしてやる」

 

 

 隣の男はくつくつと笑いながら運転を続ける。俺は気が気でないながらも、平静を装い何とか軽口で返して見せる。

 なんで分かったんだ。落ち込んだ姿を見せても眠いとだけ返して本当に眠そうにして見せていたのに、この男は一体何を知ってると言うのだ?

 

 

能面「言っただろう?胸の内を見透せる事が出来ると」

 

 

桜木「んなもん、エスパーじゃあるまいし」

 

 

能面「その気になれば貴様も出来る」

 

 

 そう言って、男は前を見ながら徐に俺の手を握ってきた。正直男に触れられたからと言って嫌悪感も何も抱くことは無いが、この男だけには触れられたく無かった。

 一体、それで何が出来るというのだろう?まさか、相手の脈拍や体温で精密な読心ができるというのか?だとすればコイツは相当な―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――[強制共鳴]が発動している。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「―――ッッ!!?」バッ!!!

 

 

能面「.........ククク」

 

 

 身体の奥底から何かを無理やり繋げられたような感覚を感じた。まるで、自分の心の奥底にあるものを、鎖で繋がれ、無理やり引きずり出されたような感覚だった。

 俺は思わず思い切り手を引き、奴からの接触から脱却した。その俺の様子を横目で見て、男はまた気味の悪いように笑う。

 

 

能面「なるほどな。自分と繋がると言うのはこうも簡単だとは思っても居なかった」

 

 

桜木「はぁ......はぁ.........誰かで試したのかよ.........?」

 

 

能面「ああ。[お前の担当]でな」

 

 

桜木「っ!!!テメェ.........ッッ!!!」

 

 

 何ともない様な顔で、俺の担当達を実験台扱いしていた目の前の男に対し、俺は嫌悪感から明確な敵対心へとシフトさせた。それでも男は悪びれることも動揺することもなく、ただ淡々と運転を続けていく。

 

 

能面「そう怒るな。[これから先]必要になってくる」

 

 

桜木「は.........?」

 

 

 そう言ったきり、男はそれ以上語る気は無いというように車のオーディオを掛け始めた。その音楽は、俺も偶に聴く洋楽。QUEENの[The Show must go on]が流れ始める。

 その意味は、役者を本気で目指していれば自ずと耳に入ってくる言葉だ。[ショウは続けなければならない]。英語のことわざの様なものだ。

 

 

 ショウを続けろ

 

 

 火を絶やすな

 

 

 終わらせるな

 

 

 もがけ

 

 

 例えどんなトラブルが起きようとも、[道化師]は常に笑顔で居るものだ。

 

 

桜木(.........そうだ。役者ってのは皆、嘘つきの道化師みたいなもんだ)

 

 

 本当では無いことをまるで本当のように。知らない事を知っているように。出来ないことを出来るように振る舞う。それが役者だ。本心とは真逆であろうとも、そうであれと言われれば、そうあるべき存在だ。

 俺も、最初はそれを目指していた。トレーナーになった今でも、時折その道を振り返ろうとした事もあった。

 だけど.........

 

 

桜木(.........俺は、笑えなかったよ.........)

 

 

 あの日。嘘の笑顔が嘘だとバレた瞬間から、俺は役者じゃ無くなった。舞台に立つ資格はもう、無くなったんだ。

 そんな資格が無くなった俺の隣で、まるで見せつけるかのように笑みを浮かべる男。それは既に気味が悪いという印象から、何かを隠し、企んでいる顔に変わっていた.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

タキオン「ええい!!キビキビ動きたまえキミ達!!!そんな事では過去へ帰れないぞ!!!」

 

 

神威「おら。お前の愛しの愛バがそう仰ってるぞ。影分身して貢献しろ」

 

 

黒津木「無理に決まってんじゃん。さては空想科学読本エアプか?本好きが聞いて呆れるわ」

 

 

 陽の光が気持ちよく降り注ぐ山の中。私達は時を超えて来た最初の場所へとやって来ていた。

 ここには、マックイーンくんとテイオーくん。そして、トレーナーくん以外の全員が来ていた。

 

 

タキオン「キビキビ動きたまえよ?今は一欠片でもあの機械の一片を集めて帰れる可能性を導き出さなければならないのだから」

 

 

オル「うぅ〜.........今日はデリバリーお休みの筈なのに〜.........ついてないっス」

 

 

フェスタ「あ〜あ。家売ったのはアタシらじゃなくて婆さんの助言だっつったのによ〜。ゲンコツだもんな〜」

 

 

トマト「オメェらが最初にアタシに抱きつかなかったのが悪い」

 

 

 賑やかな空気の中。私は溜め息を吐く。こんな事では過去に帰る事が出来るのはいつになるのだろう。

 指示を出す為のメガホンから手を離し、憂いを感じながら両手を上げ、伸びをした.........その瞬間だった。

 

 

「動くな」

 

 

全員「.........!!?」

 

 

タキオン「な、ぇ.........?」

 

 

 身体を拘束される。特段何か特殊な装備をしている訳では無い。それは背後からその己の両手のみで、私を拘束して見せた。

 普段ならばそんな事、気にすることもなく解くことは出来ただろう。だが、私はその存在にここまで近寄られるまで気付かなかったショックと、想像以上の力の強さで、上手く思考が出来なくなっていた。

 

 

「なるほど。未確認物体の確認情報が取れたと思ったが、やはり過去から戻ってきたか.........」

 

 

神威「.........何者だ?」

 

 

 それは手を緩めることは決してしない。私はその顔を見ようと視線を逸らして見たが、完全に顔を覆うようなヘルメットを付けており、その正体は見破れなかった。声もどこか、変声機を使ったようなノイズが聞こえてくる。

 そして、司書くんの質問に答える気はないというように、その場から無理やり一歩引き、私の身体の重心を後ろに傾かせられる。これでより一層、脱出は困難になってしまった。

 さて、どうするべきか.........止まった思考にエンジンをかけ直そうとしたその矢先に、一人前へと出てくる。

 

 

黒津木「.........」

 

 

タキオン「く、黒津木くん.........!!?」

 

 

「おいおい。麗しい美少女を盾にしていると言うのに向かってくるのかい?随分と冷血だねぇ。黒津木宗也?」

 

 

 普段であるならば、槍玉とも言えるであろう白銀くんが前へと出るだろうが、何故か彼が前へと出てきた。

 彼の性格は、これまでの生活で良く知っている。攻め時を知らず、引き時を知らない。攻める時に引き、引くべき所で攻める人間だ。感情の赴くままに動く人間だ。

 普段であれば、ここの場面では怖気付く筈が、前へと出ている。その姿を、私はただ見ることしか出来なかった。

 

 

黒津木「仕方ねぇから教えてやる。創は玲皇の奴ぶん殴って利き手を負傷してやがる」

 

 

神威「あら。バレてら」

 

 

黒津木「翔也は自分がこっちで自殺してるって知って完全に意気消沈してる」

 

 

白銀「シンデル.........オレシンデル.........」

 

 

「.........」

 

 

 親指で指を指された司書くんはその右手をプラプラと見せる。そして人差し指で差された白銀くんは何かをブツブツ呟いている。まさかあの時の事を今も引き摺っているとは思わなかった。

 

 

黒津木「だからよ。俺が出るしかねぇんだよ」

 

 

黒津木「好きになった女一人守ろうとしねぇんじゃ、漢としちゃド三流以下だぜ」

 

 

「おやおや.........これは想定外だよ」

 

 

 ゆっくりとこちらに近付いてくる彼の姿。その表情に、今まで感じたことのない胸の高鳴りを感じてしまう。その真剣な表情と眼差しが私の姿を捉えるように見つめてくる。

 もしかしたら、これがいつも彼女がおかしくなる原因なのだろうか.........?だとしたら、そうなってもおかしくは無い。それ程までの心臓の鼓動。その大きさとスピードを確かに感じている。

 そして、彼が近付くに釣れ、私を拘束している存在も一歩後ずさる。やがて彼の手が伸ばされ、届こうとした瞬間。それはパッとその手を離した。

 

 

「降参だ!!いやー参った参った。少々イタズラのつもりが、変な物を見せられるとは.........」

 

 

全員「は.........?」

 

 

ゴルシ「悪趣味もいい所だぜ。[博士]?」

 

 

 私は拘束が解かれた瞬間。即座に彼の元に駆け寄った。私を守るように片手で防御をしつつ、その目はその存在へと向けられる。

 ゴールドシップくんがやれやれと言った様子でそれに近付き、その顔の見えないヘルメットをコツンと叩いて見せる。

 それに対して、そうだったとでも言うような反応を見せたそれは、おもむろにそのヘルメットを頭から外した。

 

 

全員「な.........!!?」

 

 

「初めまして。名前は.........もう知っているだろう?呼び方は彼女の様に[博士]と呼びたまえ」

 

 

 ヘルメットを外して現れるウェーブの掛かった癖のある長い栗毛。変声機の機能は無くなり、その声は私がよく聞く物と同じになる。そして懐から眼鏡を取りだし、その濁った瞳の前にレンズを置いた。

 

 

トマト「あー。アンタがうちの孫を誑かしてアタシらが過去に行かなくちゃ行けなくなった原因だな?」

 

 

博士「如何にも。彼女はその類稀なる冒険心と探究心でトレセン学園へ秘密裏に出入りしていた私を見つけられてね。誘い込んだんだ」

 

 

テイオー「そ、それで家族ごと過去に飛ばしちゃったの!!?」

 

 

タキオン「.........なんで私の方を見るんだい?うん?」

 

 

 今は博士と呼ばれる者の話をしていると言うのに、テイオーくん含めた数人が私の方を見てくる。正直言ってあまりいい気分では無い。

 

 

博士「いや。流石に証拠隠滅の為に過去に飛ばす訳ないだろう。悪いのはあの無口無味無臭無趣味スーパー愛妻家で一度死んで戸籍も無くなった悪役好きな男渾名はモルモット未満のせいだ」

 

 

タキオン「待て待て待て待て、あの能面はそんなキャラなのかい!!?」

 

 

博士「キャラと呼べる程の個性がある男だと現役時代は思えなかったけどね」

 

 

 彼女はそう言って、どこか懐かしむ様子を見せながら、その表情からは寂しさを感じ取れた。彼女の記憶と私の記憶はやはり、とても大きな違いがあるのだろう。

 はぁ、と言うここに来て何度も聞いた溜め息を、自分の意思とは関係無く、自分では無い者から聞こえて来る。それでもそれは、戻れない過去に思いを馳せる自分に向けた呆れだと、何故か分かってしまった。

 

 

博士「立ち話もなんだ。ラボに移動しよう」

 

 

デジ「ら、ラボですか?」

 

 

フー「昨日行った所だよ!デジタルさん!!」

 

 

博士「ああ。それと、なるべく早急に行こう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「政府に目を付けられているのは、事実だからねぇ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「.........」

 

 

 ゆっくりとした時間の流れを感じる見慣れた廊下。そこをテイオーと並んで二人で歩きます。

 

 

テイオー「ねぇマックイーン。話ってなんだろうね?」

 

 

マック「さぁ.........面白い人も呼んでいると聞きましたけど、それ以上は.........」

 

 

 時刻はお昼頃。彼女に話があると言われるまでは、私もあのタイムマシンの破片を集めに行こうと思っていましたが、未来の技術で歩行出来るとはいえ、今はまだ病に犯されている。

 そんな状態で同行させるわけには行かないとタキオンさんに強く言われ、テイオーを見張りに付けられた次第です。

 

 

 今向かっているのは、過去と同じ部屋割りならば、客間となっています。隣に歩く彼女と暫し無言の状態のまま、その扉の前まで歩いてきました。

 ゆっくりと息を吐き、その手を挙げ、四回。扉にノックをしました。

 

 

「どうぞ」

 

 

二人「失礼します」

 

 

 私がその扉を開け、中の様子を見ました。そこには記憶通りの洋室は無く、外の内装には似つかわしく無い、畳張りの和室になっており、目の前には黒い洋服に身を包んだ彼女が座っておりました。

 

 

「どうぞお座り下さい。正座も崩しても構いませんわ」

 

 

テイオー「あ、ありがとうございます.........えっと」

 

 

「.........?ああ、そういえば、呼び方をまだ決めていませんでしたわね。私の事は[当主]と呼んでくださいまし」

 

 

マック(.........やっぱり。そうなのね)

 

 

 自らを当主と呼ぶように言った彼女。この家の中での立ち振る舞いから薄々勘づいていたことでしたが、そう言われて最早納得せざるを得ませんでした。

 彼女はこの未来において、[メジロ家当主]の肩書きを背負っている。そして、その肩書きに押し潰される事など無いほどに、確かな存在感がその身から滲み出されていました。

 

 

当主「この部屋はこの館に終ぞ慣れる事が無かった主人の為に作ったんですの。建物の外観と他の内装と比べて浮いてはしまいましたが、私も気に入っておりますわ」

 

 

マック「まぁ、そうだったのですね。過去に戻ったら私もおばあ様に進言してみようかしら?」

 

 

 この部屋は、彼女が彼の為に作ったもの。そうと知ったら、合点が合いました。いくら和室が落ち着くと言っても、私が当主になったからと言って、ここまで大胆な事はしませんから。

 帰った時のその提案をどうおばあ様に出すか。その思案をしていると、隣に座るテイオーの視線が私と彼女。交互に訝しげに見ていました。

 

 

マック「.........あの、何か?」

 

 

テイオー「べっつに〜?ただマックイーンてサブトレーナーの事。大大、だ〜い好きなんだな〜って」

 

 

二人「.........っ!!!///」ボフン!

 

 

 何かが身体の奥底で爆発する様な音が聞こえてくるのと同時に、顔が酷く火照り始めました。そしてそれはどうやら、向かいに座る彼女も同じようで、二人して顔を赤くしました。

 私がテイオーに対して何かを言おうとした瞬間。突然テーブルを叩く音が聞こえてきました。

 

 

当主「違います!!!違いますからね!!?」

 

 

当主「誰があんな無口で無頓着で誰に対しても仮面を被ったりするような男性を好きになるもんですか!!!」

 

 

当主「確かに語らない中で優しさを感じたり、自分なんてどうでもいいと言うような危うい考えを持っていてつい守りたくなったり、家族となってから本当は面白い姿も悪くは無いなと思いますけど!!!」

 

 

当主「誰が!!あんな!!男性を!!好きになるもんですか!!!」

 

 

 まくし立てるように言葉を吐いた後、彼女はそのテーブルを言葉を切るのと同時に強く叩きました。

 テイオーは既に最初の方から耳を塞いでおり、私は呆気に取られて呆然と彼女の取り乱し様を見ていました。

 大きな声を出し、息を切らした彼女はそれを整いきるのを待たず、私の方をキッと睨みつけてきました。

 

 

当主「貴女はどうなんですの!!?あんな良く分からない人のどこが好きなんですか!!!」

 

 

マック「!!?す、すすす、す〜〜〜!!?」

 

 

テイオー「おー!!いいじゃんいいじゃん!!言っちゃいなよマックイーン!!」

 

 

 突然何故か私の方に彼への思いを言うように振られました。そしてそれに何故か乗り気のテイオーが、私に目をキラキラとさせながら迫りより、彼女も顔を赤らめたまま、目を細めて顔を寄せます。

 

 

マック「か、彼は.........トレーナーさんは.........」

 

 

『いや、あげるよ。元々君の為に作ったんだから』

 

 

 彼は、超が着くほどのお人好しです。誰かが困っていたら、手を差し伸ばしてしまう。それが例え、自分のやってこなかった分野でも、出来る限りをしてしまおうとするほどの。

 

 

マック「優しくて、でも.........」

 

 

『夏は合宿!!!』

 

 

 時にその優しさとは無縁のハチャメチャさで、私達を引きずり回す。けれどそれが、私を[メジロのウマ娘]という重圧から手を引き、[一人のウマ娘]として立ち振る舞える。

 

 

マック「周りを巻き込むような、それでいて.........」

 

 

『勝って来い。マックイーン。一着で待ってる』

 

 

 それなのに、何故か私が帰る場所を.........皆さんが帰ってくる場所を、絶対に守ってくれる。そんな気にさせてくれる様な.........強い―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――強い?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「遅れてごめーん!!」

 

 

二人「!!?」

 

 

 疑問が湧き始めたその瞬間。この部屋の入口が勢い良く開けられました。そこには、息を切らした白衣を来たウマ娘の少女が立っていました。

 

 

「急に患者さんが来てさー。ボク対応しなくちゃ行けな.........くて.........!!?」

 

 

マック「て、テイオー.........!!?」

 

 

テイオー「お、面白い人ってまさか.........!!?」

 

 

当主「ふふ。この時代では、私の主治医として腕を奮っています。[名医]とでも呼べば、混乱しないでしょう?」

 

 

名医「え、え!!?ど、どどどどういうことなの!!?マックイーンまたゴルシが変な事したの!!?」

 

 

 混乱した様子を見せる未来のテイオー。そして私の隣で同じように混乱している現在のテイオー。慌て方がまるっきり一緒な所を見ると、時間が進んでいないのでは無いかという錯覚に陥ってしまいます。

 そんな彼女に状況を説明する当主。やはり、この時代でも持ち前の要領の良さで話を飲み込み、名医は当主の隣に座りました。

 

 

名医「そっかー。キミ達過去から来たんだね〜」

 

 

当主「過去、と言っても。私の主人がチームを運営していると言う想像も付かない世界ですけどね」

 

 

名医「.........ねぇ。聞かせてよ。過去の話」

 

 

 そう言って、名医は楽しげな表情を見せながら、その目はどこか寂しげな様子で、私達を見てきました。そして当主も組んだ両手の上に顎を乗せて、退屈そうな表情を見せてきます。

 私達は二人、顔を見合せながらどこから話そうかと、困惑しながらも、その口を開いていきました.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

能面「着いたぞ。降りろ」

 

 

桜木「.........」

 

 

 車のエンジンを切り、シートベルトを外して外へと出る男。乗り気じゃないながらも、俺もそれに従うように鼻を鳴らしながら車を降りた。

 どこへ行くのだろう?そう思い、車の鍵を掛ける奴の姿を見ていると、すぐそこだと言うように顎をその方向に上向かせた。

 

 

桜木「.........病院?」

 

 

 少し離れた大きい建物。そのてっぺんには総合病院と書かれた看板が良く見える。しかし、車を止めるならそこの駐車場に停めればいいはずだ。なんでわざわざ少し離れたこんな所に.........

 

 

能面「俺は死んでる事になってる。幸いあの病院はうちの傘下でね。俺が生きている事を知っているが、一般には知られていない。だから裏口から入る」

 

 

桜木「.........すげぇな。あの会社そんなでかくなってんのかよ」

 

 

能面「俺の妻はウマ娘の名門の出だ。影響力も権力もある。利用するような形をとってしまったが、多くを救うのには役立った」

 

 

 そんな下世話な話をする奴の顔は、どこか苦しげであった。しかし、自分でも柄にも無いと思ったのだろう。男はそこまで言って頭を振り、スタスタと先を歩き始めた。

 

 

 .........多くを救う。どちらかと言えば、その妻の名を利用した事より、そこに嫌悪を感じた様な気がした。それが何故なのか、俺には分からない。

 

 

 俺の前を歩く男。事実、俺より前を歩いてきた男は突然、その歩みを止め、俺の方を振り向いた。

 

 

能面「.........一つ、聞いていいだろうか?」

 

 

桜木「.........?」

 

 

能面「お前は多くを救えたり、彼女を救えるのなら、俺と同じ道を辿りたいと思うか?」

 

 

 そう言われて、俺は答えられなかった。なぜ、今こんな質問をされたのか、理解出来なかったからだ。

 道路を走る車が、俺達を横切る。40年経ったであろう今のこの世界でも、車は空を走る事はなく、4本のタイヤに縛られて地面を行く。

 

 

桜木「.........そりゃ、もしマックイーンを助けられるなら.........俺はそうするさ」

 

 

能面「.........はぁ、そうか」

 

 

 俺の言葉を聞いた男は、残念そうな顔を見せた後、また俺に背を向けて歩き始めた。

 

 

能面「思えば。[お前]には裏切られてばっかりだったのにな」

 

 

桜木「っ.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「期待した俺がバカだった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その言葉に、俺は何も言い返せなかった。それは、俺が俺自身にいつも感じていた事だったからだ。

 期待外れの欠陥品。一体何度、俺が俺でなければ良かったと思った事か。俺でさえ無ければ、周りの人に迷惑を掛けてこなかったんじゃないか。俺の期待通りになってくれたんじゃないかと常々思ってきた。

 

 

桜木(.........はは、期待外れか)

 

 

桜木(確かに、そんなんじゃ[皆が望む役者]には.........なれねぇよなぁ)

 

 

 自分の期待にも応えられない。そんな男が、誰かが望んだ[役]になりきれるわけが無い。じわりと悲しみが胸に広がりながらも、俺はどう転んでも夢を叶えられないという納得があった。

 

 

 そんな静寂の中、病院の裏口へと辿り着いた。男は懐からカードを取りだし、暗証番号を入力してから窪みに差し込んだ。

 鍵が開く音が聞こえてから、それを回収する。扉を開けて先行く男に置いてかれないよう、俺もその後に続いた。

 

 

桜木「.........誰に会うんだ?」

 

 

能面「合えば分かるさ。そしてさっきの答えもすぐ否定する事になる.........楽しみだな」

 

 

桜木「.........俺、お前の事嫌いだわ」

 

 

能面「奇遇だな。俺も今が原始時代なら即刻殴り殺している所だ」

 

 

 エレベーターのボタンを押し、中へと入る。7のボタンを押して扉を閉めると、静かながらも確かにそれが上がっていくのを身体が感じ取る。

 一体、誰に会うというのだろう?無言の密室で、ヒントも何も無い問題を自分なりに解いてみるが、何も決定打は思い浮かばない。

 

 

 やがて、目的の階に着いた事を知らせる音が鳴り、扉が開く。先に男が出て、また俺がその後を追う。最初に目が飛び込んできたのは、[外科:ウマ娘]という文字だった。

 

 

能面「行くぞ。約束はして居ないが、急がなければ時間がもったいないからな」

 

 

桜木「待てよ。誰に会うんだ」

 

 

能面「だからそれは「良いから答えろッッ!!!」.........」

 

 

 なりふりなんて構っていられなくなった。病院に入院している人に会う。それだけでも心苦しかったのに、それがウマ娘ともなれば話は別だ。

 大声を出して、俺は奴に迫る。幸い、人目が無い通路だったが、きっと人目があったとしても、俺は同じように大声を出しただろう。

 それでも奴は、その顔を見せるだけで何も言う事はなく、また俺の前を歩いて行った。

 

 

桜木「っ.........クソっ」

 

 

 誰だ。一体、誰に会おうとしてるんだ。気が気でない中、刻一刻とそのタイミングが迫ってくる。時間は止めることは出来ない。俺には、ただ前に進むことしか出来ない。止めることも、戻ることも.........

 

 

 一歩。また一歩近付く度に、悲しい空気が漂ってくる。ここはそういう場所だ。ここに来ると知った時から半分、気付いていたじゃないか。

 

 

能面「ここだ」

 

 

桜木「.........普通、誰がここに居るか表札があんじゃねぇの」

 

 

能面「プライバシーの保護でね。生き難い世の中になったものだ」

 

 

 皮肉を言って、男はその扉を横に開き、中へと入って行った。俺も、そうする覚悟を決めて、少し遅れて中に入った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 覚悟は決めた.........その、筈だったんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「.........お久しぶりです。桜木さん」

 

 

桜木「―――っ」

 

 

「一ヶ月ぶりですね.........?その方は?」

 

 

 そこに居たのは、[二人]のウマ娘だった。一人はベッドに横たわり、もう一人は看護師の制服を着て、花瓶の水を取り替えていた。

 その様子は、[俺の見てきた姿]と何ら変わりはしない。もし、少しでも変わっていてくれたら、二人が誰なのかを少し考え、落ち着けていた筈だった。

 でも、俺は.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ライス.........?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺は、その名を。俺の事を知る事は無い、彼女の名前を、口から出してしまったのであった.........

 

 

 

 

 

......To be continued



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サーカスの裏側

 

 

 

 

 

博士「さて、君達の興味深い話も聞き終えた。次は私の話でもしようか?」

 

 

 酷い散らばりを見せるラボの一室。そんな事を気にする様子も無く、彼女はパイプ椅子に座り、足を組んで紅茶を嗜んでいる。

 私達はアレから、彼女にこのラボまで連れてこられ、過去での出来事を話したのであった。

 

 

オル「じいじ.........かっこいいっス!!ウチも若い頃のじいじとお喋りしたいっス!!!」

 

 

フェスタ「そうだな。結局話もせずに出てきちまったからな」

 

 

ゴルシ「すんげー面白い奴だぜ?じいちゃんには無いアグレッシブさがあって」

 

 

 傍らで、自分達の知らないトレーナーくん。彼女達にとっては祖父がどういう人間なのか、想像して話を盛り上げている。

 しかし、私達にとっては、それは重要では無い。今知りたいのは、この時代での彼の事だ。

 彼女にその話を促そうとした時、不意にゴールドシップくんの母親がテーブルの前まで歩いて行き、強く両手を着いてから乱暴にパイプ椅子を引き、彼女の目の前に座った。

 

 

トマト「丁度良い機会だ。あのクソジジイがどうしてああなったのか、アタシら何も聞かされてねぇんだ。オメェも聞きてぇだろ?コウ」

 

 

皇奇「.........そうだね。父さん、トレーナーやってた事は話してくれた事もあるけど、全部は聞かせてくれなかったから。でしょ?姉さん」

 

 

フー「.........うん。私も、聞きたいな」

 

 

 どうやら、この時代の彼に近しい者達も、一体どのような道筋を辿ったのか分からないらしい。それを聞いた彼女は手に持ったティーカップとソーサラーをテーブルに置き、考えるように顎に手を当てた。

 

 

博士「なぜ、という事は私も分からないが、これから話す事は、誰も退屈させないだろう」

 

 

博士「.........キミ達の話と大きく逸れたのは、私がクラシック級に入り始めた頃だった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クラシック。つまり、デビューの年から一年が経過した辺り。私と彼は既に、三年目の付き合いになっていた。

 だと言うのに、私は彼の事はただの実験体やレポートの対象としか見ていなかった。

 

 

『顔色が悪いね。モルモットくん』

 

 

『.........寝不足なんだ。最近、寝付きが悪くてな』

 

 

『ふぅン?困るねそれは。キミは大事な健康的な成人男性なんだ。常に体調管理はしてくれないと』

 

 

 思えば。あの時彼を気遣う事が出来れば、また道は違ったのかもしれない。生憎家事は一切合切やった事がなくてね。出来ることと言えば、悪夢を見る睡眠薬を改良して、夢を見ることなく寝させる事くらいだった。

 .........だが、その時の私は、彼に対して何かをする。なんて事は、一度もしなかった。

 

 

 そんな状態が続いたある日、彼は見た事もない嬉々として顔で、私の前に現れた。膨大な資料をその手に、私の実験室に乗り込んで来たんだ。

 

 

『タキオン!!お前の足、何とかなるぞ!!!』

 

 

『なんだって.........!!?』

 

 

『俺の親友がやってくれた!!!アイツやっぱり天才だ!!!』

 

 

 その顔は、このトレセン学園に来て初めて見たと言ってもいい程、嬉しそうな物だった。

 それから、何とか学園関係者に見つからないよう、同室のアグネスデジタルくんに無理を言って、学園に寝泊まりしながら、その資料を読み込んだ。

 

 

 三日目を境に、私は確かな確証を持った。この足は治せる。と.........

 

 

 三日目を境に、彼は顔を曇らせた。まるで、悪い報せを受けたかのように。

 

 

 それでも、私は彼の事を気に掛けなかった。単なるレースに出る為の舞台装置として。そして、実験対象としてしか見ていなかった彼に、何かをしてやる。という気は、何故か起きなかった。

 

 

 菊花賞に出た。ジャパンカップにも出た。有馬記念も出た。全て勝利した。他を全て圧倒し、ただ風を感じたいがままに走り抜けた結果だった。

 

 

 それでも、まだ足りない。可能性の先はこの先にある。そう感じれば感じる程、私はレースに。そして走る事に、今まで以上に固執して行った。

 

 

『.........今、なんて言ったんだい?』

 

 

 終わりは突然だった。

 

 

『トレーナーを辞める。今まで世話になった』

 

 

 有馬記念を走り終え、年が明け、今度はシニア級への挑戦が待っているはずだった。そんな私に、彼は突然、トレーナーを辞めると言い出した。

 

 

 今思えば、何かその兆候があったのかも知れない。シグナルやサインを、見逃したのかもしれない。けれどその時の私には、あまりに唐突過ぎて受け入れる事が出来なかった。

 

 

 URAファイナルズがある。それだけじゃない。シニア級を私が好成績で走り抜ければ、彼もそれ相応の評価が得られる。今辞めるなんて、正しい選択じゃないと思った。

 

 

 けれど.........彼の目はもう、濁りを通り越して、塗り潰されていたんだ。

 

 

『肯定ッ!!確かに君の言い分は分かる。だがトレーナーが居なければトゥインクルシリーズは―――』

 

 

『だったらトレーナーを付けよう。その代わり、私は自分のやりたい様にやらせてもらう』

 

 

 彼が辞めて、いつまで経っても新しいトレーナーを付けない私を、理事長は直接呼び出した。デビューからクラシックまでの成績が良かったからだろう。トレーナーが居なければ公式のレースには出られない。シニア級を走らず腐っていく私を見て、勿体ないと感じたのだろう。

 だが、私は彼以外の指導を受けようとは思わなかった。私は最初から彼に興味なんて持っていなかったと言うのに、勝手に捨てられたと思った私は、一人で走り切ろうとした。

 

 

 天皇賞春。宝塚。天皇賞秋。ジャパンカップ。有馬記念。その全てを勝ち取った。

 

 

 全ては、彼が私を捨てた事を、後悔させる為だった。

 

 

『なんでだ.........!!!連絡の一つも寄越さないなんて.........!!!』

 

 

『キミさえ良ければまたトレーナーとして隣に居させてあげようと言っているというのに.........ッッ!!!』

 

 

 我ながら、自分勝手な奴だと、今なら思うよ。自分勝手をして捨てられて、そして自分勝手をして勝手に拾おうとする。捨てられたのは自分なのに、あたかも自分が捨てたかのように周りに言いふらしてね。

 

 

 それでも、彼の面影は何も無かった。メッセージには既読すら付かない。一体、何がダメだったのかも思考しない。悪いのは彼だと決めつけて、最後まで.........

 

 

 そう。最後まで.........

 

 

『アグネスタキオンッッ!!!見事第一回URAファイナルズ中距離部門の初代王者として、堂々の勝利を見せつけましたッッ!!!』

 

 

『ハァっ......ハァっ.........っっ―――』

 

 

 焼きが回った。私は神を信じる主義じゃない。それは昔も今も変わらないが、あの時だけは.........天罰だと思い知った。

 

 

『[屈腱炎]です。治りはしますが、以前の様なスピードを実現するのはまず、不可能でしょう』

 

 

『そん、な.........』

 

 

 [屈腱炎]。走るウマ娘にとっては、ガンと呼んでもいい程の病気だ。そんな物に掛かってしまえば、いくら足が頑丈であろうとも意味は無い。

 対して私は、貧弱だ。元通りは愚か、きっと走る事すら叶わない。

 そして、その知らせを知っているのか知らないのか分からないが、結局。彼からの連絡は一切無かった。

 

 

 それからの私は、現役時代に収集していたデータを元に論文を発表し。海外の大学で医療の研究に携わっていた。忙しい日々で毎日追われていたが、お陰で辛い事は目の前の事だけ。過ぎ去って行った物に目を向ける暇は無かった。

 

 

 卒業して、三十年程過ぎた辺り。もう過去の話は笑い話になっていた。研究仲間とアルコールを飲む時は、過去の事を失敗話として振る舞える程には、傷は癒えていた。

 その話をした最後の時、新人だった子に「謝ったのか?」と聞かれた。そう言えば、アレから顔も声も、文字のやり取りもして居ない。全て私からの一方通行だった。

 

 

 いい機会だ。一度溜まった有給を消化しよう。日本に戻って、彼とのわだかまりを解消してしまえば、本当の意味で笑い話に出来る。そう思い、私は一度この地に帰国した。

 

 

 久々にメッセージを送ってみると、時間を置いて既読が着いた。その時、私は柄にもなく、嬉しくなった。

 「謝りたい事がある。会って話がしたい」。たったそれだけのメッセージに既読が着き、彼から日程を言われた。その日に会える事を楽しみにして.........柄にもなく、服装なんかも気を使って.........

 

 

 その日は訪れ無かった。

 

 

『昨日、山の麓を走行していたバスが横転し、崖の下へと転落した事故が発生し―――』

 

 

『―――そんな』

 

 

 彼と私が再び顔を合わせる事は、無かった。当日の朝には帰ると言っていた彼が、何故かテレビに映っている。映像ではなく、静止画で.........

 その時、彼が結婚している事を初めて知った。あのメジロ家の令嬢と結婚している事。子供がいる事。孫がいる事。そして、会社の代表取締役として、今は各地で公演している事。

 

 

 全てだ。全て彼の口から聞きたかった情報。それを、誰かも分からないテレビのアナウンサーが淡々と情報を流してくる。

 血の気が引いていくのが手に取るように分かった。ホテルの部屋の中、テレビをつけて立ち尽くしている。痛みは無い。けれどまるで頭をハンマーで殴られたかのような衝撃と目眩が私を襲って来る。

 彼に会うために柄にも無く用意したベージュの服が、彼の通夜の為の黒い服になるのは、心が壊れそうな程に苦しかった。

 

 

『.........じいじ。どうしたの?』

 

 

『なんで帰って来ないの?今日、友達連れて来るって言ってくれたよ?』

 

 

『じいちゃんに会いたいっ!!ゴルシちゃん泣くぞ!!!』

 

 

 メジロ家が取り仕切る通夜は、粛々と進んで行った。お経の声が響く中。彼の孫達は事態を飲み込む事が出来ず、理解する事も出来ず、ただただ騒ぐことしか出来なかった。

 彼女達の父親が頭を下げながら出ていこうとすると、その隣座っていた母親がそれを制し、彼女達を無理やり抱き抱えて外へと出て行った。

 

 

『.........もっと。お話してれば良かったな』

 

 

『姉さん.........僕も、もっと顔見に来れば.........』

 

 

『止めなさい。今更、悔やんでもあの人は帰ってきません.........』

 

 

 涙を流す者。声を押し殺す者。現実を淡々と受け入れる者。その全てが出来ない程に、打ちのめされている者。通夜は、彼の人柄を改めて私に再認識させるには十分すぎるものだった。

 

 

 その日は。見つからなかった彼の遺体の代わりに遺品を焼却し、翌日に納骨する為にその場に泊まった。何度目を瞑っても眠れない私は、最後に彼と話そうと、もう一度その棺桶のある部屋に訪れた。

 

 

『.........グス』

 

 

『.........』

 

 

『.........とても、素敵な方でした』

 

 

 その部屋で、棺桶に顔を伏せて泣いていたのは、彼の妻だった。私が部屋に入ると、驚く様子も見せず、彼女から見た彼の印象を、ぽつりぽつりと語り始めた。

 

 

『.........走れなくなった私を、一生掛けて支えると.........今まで、私達に嘘なんて吐いた事もありませんのに.........』

 

 

『.........嘘つきに、なってしまいましたわ.........』

 

 

 そう言って、気丈に振る舞い、微笑みを向ける彼女。けれどその表情は、悲しみに押し潰されているのがよく分かった。

 私は、彼女の隣に座った。彼の身体も心も、こんな所にあるはずは無いのに、それに触れたい一心で、その空っぽの棺桶に頭を当てた。

 

 

『.........結婚、していたんだね。家族も持って、孫まで.........居るそうじゃないか』

 

 

『それでいて.........今は、会社の社長かい.........しかも、会社名を良く聞いてみたら、来月私の大学と提携を組むと聞いていた会社だ.........はは』

 

 

『.........君の口から.........!!!全部聞きたかったッッ!!!』

 

 

『誰かも分からないニュースキャスターが淡々と話す言葉よりッッ!!!君が思い描く未来や幸せが含まれた言葉を聞きたかったッッ!!!』

 

 

『.........意気地無し』

 

 

 負け惜しみのようなものだ。全部、彼に届くことは無い苦し紛れの本音で、私なりの謝罪でもあった。

 

 

 火葬場には、彼の遺体は無く、ただただ皆、彼との思い出の品を焼いて行った。私は、彼との唯一の写真を焼いた。

 それらが焼けていく中、私の頬に、一筋の涙が流れた。それが悲しみなのか、後悔なのか、今ですら分からない。私は結局、人並みの思考と感情を、持ち合わせてなど居なかったんだ.........

 

 

 日本への滞在は、どこに行くでも無く、そのあとはずっとホテルに閉じ籠っていた。もう同僚や後輩の前で、この笑い話は出来なくなるなと自虐めいた思考をグルグルさせながら、ただ時間を貪っていた。

 

 

『アグネスタキオン様。貴女にお客様がいらっしゃっております』

 

 

『.........悪いが、断ってくれ。今は誰とも会いたくないんだ』

 

 

『?おかしいですね.........お約束していると言われたのですが.........部屋番号だって.........』

 

 

『.........?』

 

 

 来客なんて、私は知らない。約束もして居ない。だが、その者は確かにきっかりと時間と日時、そして私の部屋番号を堂々と答えたと言われた。

 .........大方、私の同僚がサプライズに来たのだろう。しつこく部屋番号を聞かれた為、答えてしまったのが運の尽きだ。

 

 

 私は受付のフロント係からの電話に通すように答えた。そして、10分もしない内に、私の扉が数回ノックされた。

 

 

『.........すまない。サプライズを用意してくれたのかもしれないが、生憎そんな気分では―――』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『よう』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その声に、私は一瞬、思考が停止した。申し訳なさそうに目を伏せ瞑っていたが、それを聞いた瞬間、有り得ないと思い目を見開いた。

 身体は硬直し、思考は徐々にエンジンを掛け始める。有り得ない。だが、本当に可能性は0なのか?

 ぎこちなく動く首。ゆっくりとその声の主に視線と焦点が合わさる。そしてそれは、紛れもなく[彼]だった.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

博士「.........そんな彼にそそのかされ、私は海外生活から日本での隠遁生活へと変わった訳さ」

 

 

全員「.........」

 

 

 けろり。とした表情で何ともないように彼女は言うが、その内容は重いものだった。正直、言葉で聞いたからだと思うが、文字で読むだけでもずしりと来る物がある.........

 しかし、彼女はそれを語りきった後、どこか晴れない様子で何かを考え始めた。

 

 

フー「どうしたんですか?何か分からないことでも.........?」

 

 

博士「いや.........あの時、彼の遺品と思い出深い物を焼いた記憶がある.........あるにはあるんだが.........」

 

 

 どこか煮え切らない様な姿を見せるカノジョ。こめかみに人差し指を強く押し当て、その記憶を整理しようとしているようだが、上手くは行っていないのがよく分かる。

 そしてそれは煮え切らないまま、その疑問の正体を口にした。

 

 

博士「.........記憶が[二つ]あるんだよ」

 

 

全員「.........え?」

 

 

博士「彼の遺品の中に、私の写真と同じ写真があった記憶と、無かった記憶が混在してるんだ.........これは一体.........」

 

 

 深く考え込むように、今度はその手を顎に当て始める。その様子を見て、何かを察したのはゴールドシップくんの母親だった。

 言うべきか言わないべきか。その葛藤に決着が着く直前。ライスくんが私の前へと躍り出た。

 

 

ライス「た、タキオンさん!タキオンさんにはライス達が付いてるからね!」

 

 

タキオン「へ?」

 

 

デジ「はい!!例えこの先何があろうとも!!タキオンさんの足はデジたん達が守ります!!!そうですよね!!?黒津木さん達!!!」

 

 

三人「.........Zzz」

 

 

 寝ている。その姿を見て全員が思わずズッコケる。あの話を聞いていて寝れると言うのは、あまりにメンタルが強いというか、怖いもの知らずと言うべきか。

 しかし、その騒音を聞いて三人同時に目を覚ます。しまったという表情すらせず、まるで最初から聞いていたかのように。

 

 

黒津木「いやー。壮大だったなー。ドラゴンがまさか101匹も出てくるとは思わなかったぜ」

 

 

神威「何言ってんだよ。トレセン学園に入学した瞬間記憶消されてコロシアイ裁判が始まったんだろ?流石超高校級の科学者だぜタキオン。指紋採取しちまえば速攻でクロが分かるもんな」

 

 

白銀「まさか俺がSM○Pの幻の八人目のメンバーだったなんて.........」

 

 

全員「七人目は誰だよ」

 

 

白銀「はァ?SMA○は元々六人だろ?何寝言言っちゃってるわけ?」

 

 

 実に人の事を舐め腐った表情でさも当たり前の事をサラッと言ってのける。この三人が話を聞いてないと言うのは既にわかったが、白銀くんの返答を聞いた彼女は立ち上がり思い切りその拳を振り上げかけた。

 

 

ゴルシ「バカ!!!止めろよ博士ッッ!!!死んじまうっての!!!」

 

 

博士「ええい離せ!!!この世界では死人でいて可哀想だと思ったがそんな気も失せた!!!彼の息の根を止めない限り人は争うことを止めないッッ!!!」

 

 

白銀「この世界じゃ自殺して可哀想な事になってる俺の事殴るの?」

 

 

博士「キィィィィィッッ!!!」

 

 

タキオン「まともに取り合うだけ無駄だよ.........アレへの対処は他三人かゴールドシップくんに任せるべきだ.........」

 

 

 緊張が緩んだのか、それともこのバカのせいで呆れたのか分からないが、私達は揃いも揃って溜息を吐いた。そしてその理由に検討が付かない様子で首を傾げる彼にもっと腹が立つ。

 

 

皇奇「.........とにかく。結局今の話だけじゃ父さんがどうしてトレーナーを辞めたのかも、あんな風になっちゃったのかも説明が付かない。振り出しに戻ったって事だね」

 

 

ブルボン「そうですね。それにタキ.........博士が言った政府に目を付けられていると言うのが事実なら、大きな行動も出来ません」

 

 

ウララ「.........どうしよう」

 

 

 政府に狙われている。それが事実かどうかは定かでは無い。今はメジロ家の後ろ盾があり何とかなっているようだが、隙を見せればタイムマシンの技術を奪いに来る可能性があるとだけ彼女に言われた。

 ならば尚更、あの破片を回収しなくてはならないのでは?とも思ったが、あの部品は寄せ集めで直ぐに手に入る。重要なのはコアの部分だが、それも力を失えばそこらの石ころと何の変わり映えもしないらしい。

 

 

タキオン「.........はぁ、問題は山積みだね」

 

 

博士「同感だ。性格や歩いてきた道はまるっきり違うのに、トラブルに巻き込んでくるのだけは変わらないようだね」

 

 

 この場にいない彼の話をして、私と彼女は同じように困ったように笑う。辿ってきた道は違えど、考えることや感じる物は似通うらしい。

 その後、彼女からは過去での出来事を私達により詳細に聞かれ、私達はそれを話して行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

名医「へ〜.........出たんだね。菊花賞」

 

 

テイオー「うん!!ボクひとりじゃ絶対出れなかったけど.........皆が支えてくれたお陰でボク、無敗の三冠バになれたよ」

 

 

当主「.........良かったですわね」

 

 

 得意げな顔から、懐かしさを思わせる顔を見せるテイオー。そんな彼女を二人は、本当に嬉しそうな表情で見ていました。

 しかし、彼女達は何もテイオーのその話だけをそんな顔で聞いていた訳ではありません。私達とトレーナーさんの話も、同じように聞いていました。

 そして、話は今の状況に陥った所で終わりを迎え、私達は一息吐きました。

 

 

当主「そう.........彼がそのような事を.........」

 

 

マック「はい。まだどうするかは決めておりませんが、それでもあの人は、私の進む道を支えてくれると言ってくれました」

 

 

マック「今はそれを頼りに.........生きるだけです」

 

 

 胸に掛けたネックレス。それはあの日、彼が私に誓いを立てた日に渡してくれた物。それを私は、優しく包み込むように、その両手で優しく覆いました。

 きっと、彼は私があの王冠の耳飾りを無くしたことに気付いてなどいないでしょう。それでも彼は、無意識の内に私から欠けた物を補う為に、自分のそれを差し出してくださったのです。

 ほんのりとした温かさが指先に触れます。単なる熱では無く、まるで生きている鼓動の様に、それは心地好い人肌のような温かさを発していました。

 

 

 しかし、そんな私の姿を見て、名医である彼女は少し怪訝そうな顔をして、私に顔を寄せてきました。

 

 

マック「な、なんですか.........?」

 

 

名医「ねぇマックイーン。これだけは約束して」

 

 

名医「その足が治ってないのに、治ったフリして走らないで」

 

 

当主「ちょっとテイオー」

 

 

名医「良いじゃん。ボクあの時の事は一生許さないから」

 

 

 先程まで仲良く私達の話を聞いていた二人が、今は少し険悪な雰囲気を間に挟んでいます。その変わりように、私達二人は身体を強ばらせます。

 少しの静寂の後、名医である彼女は、ポツリポツリと話し始めました。

 

 

名医「.........ボクが走るのを辞めたのも、医者になったのも。全部あの日が原因なんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの日。ボクはターフの上で人を待っていた。朝一番にそこに来るよう言われて、ボクは心を躍らせながら、身体が空回りしないよう、準備をしながら待っていたんだ。

 

 

『お待たせしました』

 

 

 そして、彼女は現れたんだ。一度壊れたけれど、その時に立っていたのは、あの日以前の、完璧に近い。正に最強と言っても過言では無いあの日々の彼女がそこに立っていた。

 

 

『ううん。全然.........やっと一緒に走れるんだね』

 

 

『ええ.........』

 

 

 ボクのその言葉を肯定するように、彼女は嬉しそうな声を発して、ターフのその先を見た。ボクもそれに釣られて、その先を見る。

 

 

『芝2400。天気晴れ。バ場状態良』

 

 

 目に映る全ての情報を言って、彼女は走行モーションに移行していく。ボクと同じタイミングで、何も言わずに、二人はまるで、最初からそうするように約束していた様に.........

 

 

『負けて泣いちゃっても知らないから。ボク、最強のウマ娘だからね』

 

 

『望むところですわ』

 

 

 彼女がポケットからコインを取り出して、親指の上に乗せる。それを見てボクは、更に気を引き締めた。

 コインを弾く音が気持ち良く響き渡る。ボク達二人の間にそれが落ちた時、まるでゲートが開くように、ボク達は同時に駆け抜けた。

 

 

 こんな日々がまた、続いて行く。元通りの日常が戻ってきて、またマックイーンと.........[スピカ]として.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう、思っていたんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ハァ......ハァ.........やっぱり凄いよマックイーン.........治ってすぐなのに、もうこんなに.........?』

 

 

『.........っ、ぁあッ』

 

 

『.........え』

 

 

 あの時、どっちが勝ったかなんて覚えてない。あの後の事の方が、衝撃的すぎたから。そんな些細な事を覚えている余裕が、ボクには無かった。

 左脚を押さえて、苦しそうな声をあげるマックイーン。苦悶に満ちたその表情。何もかも、あの日のやり直しのようで、唯一違ったのは、どこか満足そうな顔をしていた。

 

 

『なんで!!?マックイーンッッ!!!治ったんじゃ無いの!!?』

 

 

『誰が.........治ったと、そんな事。一言でも言いましたか.........?』

 

 

『っっ.........!!!』

 

 

 苦しそうにしながら、だけどボクに無理やり笑顔を作りあげて、その顔を向けてくる。まるで、よくここまで頑張れたと、自分に言い聞かせるように。

 彼女はスマホを取り出して、短い操作をしたあと、ボクに向かって話し掛けた。

 

 

『[繋靭帯炎]は治りません。ただの骨折とは訳が違います』

 

 

『.........貴女が[奇跡を起こした]と言っても、それに釣られて[奇跡が起こる]なんてご都合主義。有り得る訳無いでしょう?』

 

 

『.........じゃあ、なんで.........?』

 

 

『.........今日は、脚のコンディションが良かったんです』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『一回だけ。それだけなら、全力で走れるだろう.........と』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼女は、もう全部悟っていたんだ。誰が[奇跡]を起こそうと。仲間が[奇跡]を起こそうと。自分の脚はそれにあやかることは無い。そんな都合のいい話、[作り話]にしか無いんだって。

 

 

 だから、彼女は彼女なりの最後を選んだ。[競走バ]として、悔いのない。最後の全力をぶつけられる相手と、全力で走る最後を.........

 

 

『.........あんまりだよ』

 

 

『こんな最後だったら.........ッッ!!!ボクが[有馬記念]を走ったの、バカみたいじゃんかッッ!!!』

 

 

 けれどそれは、ボクの望んだ結末じゃなかった。決してそれを明確に持っていたわけじゃ無かったけど、彼女もボクも、最後はちゃんとした公式のレースで、それまでにはお互い、どっちが強いかハッキリさせて.........あるいはそこで、白黒つけて.........

 

 

 ボクは、それを望んで[有馬記念]に出た。そして勝って見せた。それが、マックイーンの[奇跡の復活]になるって、勝手に信じて.........

 

 

 絶望に打ちのめされながら、ボクは従者の人達に運ばれていくマックイーンを、力無く見ていた。実際、ボクに力は無かった。

 

 

 [奇跡]っていうのは大抵一度きり。そして長くは続かないんだ。それを思い知ったボクはトレセン学園を卒業して、走る事はせず、二度とボクとマックイーンみたいな思いをする子が出てこないよう、医者になったんだ.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

名医「.........まぁ、一割くらいはマックイーンへの復讐もあるけどね♪」

 

 

当主「本当、見かけによらず色々陰湿なんですから。貴女は」

 

 

 ニシシ。と笑う彼女に、呆れながら言葉を返す当主。先程まであった険悪さも完全には無くなっていませんが、身を守る程の物でも無くなっていました。

 

 

テイオー「.........[有馬記念]、かぁ」

 

 

名医「うん。ボクはマックイーンの為に走ったけど、出るのはオススメはしないよ」

 

 

名医「例えキミが同じように勝てたとしても、その子が元に戻る保証はどこにも無いからね」

 

 

 私の方を静かに見ながら、彼女はそう言いました。その言葉には、並々ならぬ強い気持ちが込められています。

 [奇跡]は一度。そしてそれは、長続きしない。今は未来の技術で支えられ、痛みを忘れた左脚を撫でながら、私はその言葉に強く心を打たれます。

 もしかしたら.........治らないかもしれない。そんな弱気な姿勢を取ってしまうほどに、この先の道のりは長く険しいものだと分かってしまいます。

 

 

テイオー「.........うん、わかった」

 

 

名医「!良かった〜。叶わないかもしれない夢を追うのは、大変だからね」

 

 

テイオー「うん!名医さんの言葉はしっかり心に刻み込んだよ!!♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だから走るね。[有馬記念]。[マックイーンのため]に」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

三人「.........え?」

 

 

 その言葉を聞いて、私達三人は驚きました。それでは、先程までの話をまるで聞いていなかったのと同じです。

 けれどテイオーは、自信満々な顔を見せ、静かに、それでいて覚悟を感じさせる声で話し始めます。

 

 

テイオー「こっちのボクは[三冠]を取れなかった。マックイーンも、[繋靭帯炎]を治せなかった」

 

 

テイオー「ボク、その理由なんだけど、何となくわかるよ」

 

 

当主「理由って.........」

 

 

名医「い、一体なにさ?」

 

 

 困惑した表情でテイオーを見つめる二人。そんな二人の顔を十分に観察したあと、私の隣に座る彼女はこちらに顔を向け、ニカっと笑いかけて来ました。

 まるで、「キミは知ってるよね?分かるよね?」と言うように.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「多分、桜木 玲皇(サブトレーナー)が居なかったからだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それを聞いて、私達はどこか納得しました。

 

 

 何故か、納得してしまいました。

 

 

 きっとこの方達は、この世界でのあの人の行動力や権力。その扱い方の上手さを思い浮かんだのでしょう。

 たった一日程度ですが、それを傍で見ていて、これ程安心出来る力の使い方を出来る人を、私は知り得ません。

 

 

 けれど、[彼]にそんな力は無い。彼は思っている以上、皆が考えている以上に慎重な人で、権力とは程遠い人。

 それに、たとえそれらを有していたとしても、それを扱うほどの器用さは皆無な人です。

 

 

名医「.........そうだね。彼は―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――強い人だからね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 .........強い人。その言葉は先程、私が彼に対しての印象を結論付けようとした直前に出して、そして自らが疑問に思った言葉でした。

 けれども、それを否定する材料なんてどこにも無い。今まで見てきた彼は、正に私には無い強さを持っていて.........今まで私達の事を―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『怖かった!!!!!』

 

 

「.........違います」

 

 

『ごめん、俺が落ち着かないんだ』

 

 

「彼は.........彼は決して、強い人なんかじゃない.........」

 

 

『俺はッッ!!!』

 

 

「彼はただ.........!!!」

 

 

『俺は.........強くないんだよ.........』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「強くあろうとしているだけです.........!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 胸を突き上げる感情。彼のその姿を思い出していく度に、それは強さを増して行きます。

 頬に流れていく熱い物。静かに、ですが絶え間なくそれは流れ、私のズボンにシミを作っていきます。

 

 

三人「.........」

 

 

マック「本当は誰よりも傷付きやすくて.........それでも手を伸ばそうとして.........」

 

 

マック「でもそんな弱さを見せたら、皆が不安になってしまう。だから.........!!!」

 

 

マック「だからっ、[仮面]を付けてッッ!!!強がったり強いフリをしてしまう.........!!!」

 

 

 今まで見てきた断片的な彼の姿。[仮面]なんて無い。どこかで見てきた様な大人らしさも、かつては自分自身にも存在していたであろう子供らしさも無い、[彼らしい]姿。

 それらを全て繋ぎ合わせ、浮かび上がったものこそが、本当の彼。

 

 

 桜木 玲皇(私のトレーナーさん)なんです。

 

 

マック「私達に辛い事や苦しい事は勝手に奪ってきて半分こにしてくる癖にッッ!!!私達の喜びや嬉しさには決して手を出さないッッ!!!」

 

 

マック「それなのに自分の喜びや嬉しさは図々しく半分渡してくる癖にッッ!!!辛い事や苦しい事は一切私達に見せようとしてくれないッッ!!!」

 

 

マック「あの人は根っからのお人好しでッッ!!!欠点になってしまう程の優しさの持ち主でっっ」

 

 

マック「勝手に滅茶苦茶するし.........覚悟を決めたら.........フラッと.........居なく.........なるし.........」

 

 

 涙の混じった声はいつの間にか、嗚咽が多くなって行きます。それなのに、私の頭の中には彼の姿がいくつも巡り、想起され、そして.........その日の気持ちを、強く思い出させます。

 変な人です。けれど、蓋を開けて見れば普通の人なんです。人の為に、誰かを笑わせる為に[道化]になりきろうとしている人なんです。

 でも、そんな[道化]の化粧を落とした本当の彼が.........その彼だけが。私を[一人のウマ娘]にしてくれる。

 

 

マック「誰がなんと言おうと、彼は強くありません.........それでも私は、彼の[強さ]を知っています.........」

 

 

マック「打ちのめされても、困難が立ちはだかっても.........彼は、私達を信じてくれる.........私と、[一心同体]で居てくれる.........」

 

 

 たとえ、彼が目の前から居なくなり、離れ離れになっても。たとえ、多くの困難が目の前に立ちはだかり、膝を折り地面に付けたとしても。

 彼は立ち上がれます。その時、どんなに力が残って居なくても、彼は私達を.........そして、[一心同体]を信じて。立ち上がってくれます.........

 

 

マック「.........危なっかしくて、私達の事になったら涙脆くて、でも.........いつも私達が帰ってくる場所に居て、出迎えてくれる」

 

 

マック「.........だから、今度は私達の番なんです。帰るべき居場所をくれたあの人に、今度は私達が帰る場所になるんです」

 

 

マック「だって私は―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――トレーナーさんの事が、大好きですから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 好きです。

 

 

 大好きなんです。

 

 

 だから、あの人が傷付いたり、苦しんでいる姿を見たくないんです。

 

 

 それでもあの人は、自分が助かる為に私達に分かりやすく手を伸ばしたり、声を上げたりはしてくれません。

 

 

 だから、あの人が安心出来るよう、帰ってこられる場所.........チーム[スピカ:レグルス]を守りたい。

 

 

当主「.........そうですわね。強いように見えるけど、あの人の本質は寂しがり屋ですから」

 

 

マック「ええ。まぁ、そういう所が可愛らしいのですけど.........」

 

 

 私と当主が彼の姿を思い出し、恥ずかしさはありつつも笑みを零しました。そして、そんな私達を見て二人のテイオーはげんなりとした表情で私達を見てきます。

 

 

当主「本当。初めて会った時からあの人は.........?」

 

 

名医「?どうしたのさマックイーン?」

 

 

当主「いえ.........あら?んん.........?」

 

 

 先程見せた優しい笑みから、彼女は何か考えに耽けるように顎に手を当て、考え込み始めました。私達はそれを見守る様に、彼女の姿を見続けました。

 そしてその疑問が晴れない内に、彼女は戸惑いつつも、その疑問を口にしました。

 

 

当主「.........[二つ]、あるんです。彼と初めて会った時の記憶が.........」

 

 

三人「え?」

 

 

当主「鮮明な物ではありません。何かこう.........砂嵐の様なノイズが混じっていますが.........アレは、あの場所は確かに.........」

 

 

 拭い切れない謎。それを吐露するように彼女は、その記憶を戸惑いつつも、私達に語り始めました。

 

 

 ですが、その内容は二つとも大差はありません。彼女は彼女のトレーナーから、彼の持っている資料が必要だと言われ、彼の元を訪ねた。去り際も何も、変わった事はありません。

 唯一違うとするならば.........

 

 

『それならここだよ。今忙しいから早く持ってってね』

 

 

『あっ、それね!今持ってくるから!あっれ〜どこ置いたっぐえ!!?』

 

 

 それは、資料の場所を聞いた際の反応。彼女の実際の記憶では、散乱したトレーナー室の中を、焦りながら歩き、床に散らかっている物を踏んづけてバランスを崩した彼の姿。

 しかし、彼女にはもう一つ。ノイズの掛かった記憶。机の上で資料から目を離さず、指を指して場所を教える冷たい姿。それが有りました。

 

 

マック「一体、どういう事でしょう.........?」

 

 

名医「なーんだ!!そんなの簡単じゃん!!」

 

 

テイオー「えー!!?もう分かったの!!?」

 

 

当主「ふふ、流石ですわねテイオー。やはり口に出して正解.........」

 

 

名医「マックイーンももうおばあちゃんだからね♪」

 

 

二人「.........ゑ?」

 

 

 当主の隣に座る名医が結託の無い笑顔で彼女の顔を覗き込みながらそう言いました。その姿を見て、私とテイオーは今まで出したことの無い声を出してしまいます。

 対する当主は、その顔を驚きから徐々に笑顔に変えていきます。それを見て私達はこの場から逃げたい気持ちで感情を埋め尽くされてしまいます。

 

 

当主「.........こう見えても脳年齢は自転車レベルですのよ?」

 

 

名医「え?関係無いよ?長期記憶と短期記憶って似てるようで別のカテゴリーだからね!!」

 

 

当主「へぇ.........そうなんですのねぇ.........」

 

 

マック(.........逃げますわよ。テイオー)

 

 

テイオー(う、うん.........)

 

 

 その後の惨状を察した私達は息を潜め、客間から何とか出て行きました。その後、背中を向けた部屋の中から苦痛の叫びが聞こえて来て、私達は走って自分達に割り当てられた部屋に逃げ帰りました.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夢だと思った。

 

 

 夢であってくれとも思った。

 

 

 これがせめて、覚めれば消える、一時の悪夢だと思っていたんだ。

 

 

患者「えっ.........と、どちら様、ですか.........?」

 

 

桜木「え、あ、俺.........は」

 

 

能面「.........ああ。彼は俺の会社に居る若手でね。何でも君達が走っていた時代のウマ娘が好きらしいんだ」

 

 

 何て言って答えれば良いのか分からなかった。それを隣に居るやつが、まるで気にしないように、息をするように嘘を吐いて難を逃れることが出来た。正直、複雑な思いだ。

 それでも俺は、それに乗っかるしかない。例え過去から来たと言っても、信用を得られない。得られたとしても、きっと俺の知っている彼女達とは違う道を辿っている。

 そう思うと.........胸が締め付けられるように、痛かった。

 

 

看護師「では、私達は当時の話をすればいいのですね?」

 

 

能面「ああ、思い出話を咲かせるには丁度いいだろう?申し訳ないが俺は、担当の事で頭がいっぱいだったんでね。彼の方が多くを話せるだろう」

 

 

桜木「その.........よろしくお願いします。ライスシャワー[さん]。ミホノブルボン[さん]」

 

 

 普段は決してしない、彼女達の名前をフルネームで呼ぶ事。それに付け加え、さんをつけて呼ぶ事。その二つが、俺の心を酷く落ち込ませる。

 

 

 だけど、話が始まれば直ぐにそんな気持ちも薄れて行った。彼女達にとっては何十年も前の話かもしれないが、今の俺にとっては3〜4年程度。まだあの時の熱も残っている。

 このまま、楽しい時間が続けば良いと思っていた。

 

 

 けれど、物事はそう上手くは行かない。

 

 

桜木「そうそう!ブルボンさんのジャパンカップも凄かったなー!!」

 

 

看護婦「.........?」

 

 

桜木「ライスさんのマックイーンさんを打ち破った天皇賞も!!皆が祝福してくれて.........ビデオでも俺泣いちゃって.........」

 

 

患者「.........あの」

 

 

桜木「.........え?」

 

 

 あの時の事を思い出し、熱くなって語ってしまう。けれどそんな俺を二人は困惑した表情で見つめてくる。

 何か間違ったのだろうか?いや。そんなはずは無い。確かに俺はこの目で、君達の走りと栄光を.........

 

 

看護婦「私はジャパンカップ前に骨折しました。なので、記憶違いだと」

 

 

桜木「っ、あ、そっか!!じゃあその後かな!!ただレースの名前をど忘れしちゃって.........?」

 

 

 そうだ。ここは未来。しかも俺達が辿ってきた道とは違う未来だ。俺にとって有り得たはずの未来。きっと、何かが違っているのだろう。俺は誤魔化す為に笑って頭を掻いた。

 それでも空気は静かで、俺の肌を突き刺してくる。痛い程の静けさで、俺の事を追い詰めてくる。

 静かに俺の方を見る二人。ベッドに居る方の彼女が、静かに口を開いた。

 

 

患者「あのね?ブルボンさんは.........骨折してそのまま、引退しちゃったんだ」

 

 

桜木「.........え?」

 

 

患者「私がマックイーンさんに勝った時、皆に喜ばれなかった。喜ばれたのは、二年後の春の天皇賞の時」

 

 

患者「このまま私も、皆みたいに幸せをお裾分けできるかも.........って、思ってたんだけど」

 

 

患者「.........宝塚記念で、走ってる時にバランスを崩して.........こうなっちゃったんだ」

 

 

 そう言って.........悲しく笑った。二人は、笑っていたんだ。

 

 

 まるで、それが運命だって言うように。

 

 

 仕方が無いって、言うように。

 

 

 新たな夢を見つける事無く、走るのを辞めてしまっても。

 

 

 夢が叶うかも知れないという矢先に、辞めざるを得なくなっても。

 

 

 それが.........運命だって.........

 

 

桜木「.........っ、あ、れ.........?おかしいな.........記憶、違いっかなぁ.........?」

 

 

 受け入れられない。そんな痛々しい現実。だって、そうだろ?走ってる最中にバランスを崩して、こうなったって.........それって、あの時からずっと、ここで身動き取れない状態って事じゃないか。

 何か、何かを言わなければ。そう思って言葉を探しても、まるで狭い隙間に小さい何かを落としてしまったかのように、俺の中には何も無い。

 そんな模索をする俺の肩にゆっくりと手を置く存在が居た。

 

 

能面「すまない。君達の大ファンなんだが、実際目の当たりにした緊張で記憶が混乱しているんだ。そろそろ失礼させてもらう」

 

 

患者「あっ、はい.........」

 

 

看護婦「お気を付けて、桜木様」

 

 

 何も言えない。そんな奴が、いつまでも居るべき場所じゃない。俺は力が上手く入らない脚を何とか立たせ、この部屋から出て行く奴の後ろを追っていく。

 ある程度歩いて、振り返った時。部屋の中では去りゆく俺達に向けて、優しい笑みで手を振る彼女達が居た.........

 

 

 

 

 

患者「.........行っちゃったね。ブルボンさん」

 

 

看護婦「ええ。[彼の言っていた]通り、面白い人でした」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 胸に広がる味の悪い感触。口の中も、鼻を通る匂いも、全てが悪く思えてしまう程.........今の俺は、最悪な気分だった。

 

 

桜木「.........合わせたかった人って、あの子らかよ.........」

 

 

能面「.........」

 

 

桜木「.........ッッ!!!何とか言えよッッ!!!」

 

 

 前を歩く男に近寄り、その身体を反転させて襟首を掴み、エレベーターの中の壁にその背中を押し当てる。

 激しい動きをした訳じゃないのに、何故か息が整わない。変な興奮の仕方をしているのが、よく分かった。

 それでもこの男は顔色一つ変えやしない。ただ俺の、余裕のない顔をただ、じっと見ているだけだ。

 

 

桜木「答えろッッ!!!テメェはあの子らを俺に会わせてッッ!!!何がしたかったんだッッ!!!」

 

 

能面「うるさい奴だ。[どうでもいいだろう]?」

 

 

桜木「は.........?」

 

 

 虚ろな目で俺を見下す。心底どうでもいいと言うように、軽蔑したその目で俺を見下げる。コイツには、何も残っちゃいないのか.........?人としての思いやりは、何もありはしないのか.........?

 そんな俺の動揺を見て、もう何度聞いたか分からないため息が聞こえてくる。だが今はもう、それに反応する程の怒りは残っちゃいない。

 

 

能面「[彼女]を救う。お前が目指すのはそこだろう?」

 

 

能面「だったら彼女らは[関係無い]」

 

 

能面「いつまでも青臭いガキみてぇな夢抱えてんじゃねェぞ。ちったぁ大人らしく振る舞えねェのか?なァ?」

 

 

桜木「.........っ!!!」

 

 

 心に鋭く突き刺さって、抜けなくなる。その言葉が、今まで[大人]を先延ばしにしていた俺の心に、深々と.........

 俺には似合わないと思っていた。何だか、気恥ずかしいと思っていたし、大人なら沢山。周りに居た。

 だから俺は、そうなる必要は無いと思っていた。そうならなくても、生きては行けるんだって.........

 けどそれは、ただ[生きてるだけ]だ。それじゃあ、[貰ってばっかり]の子供と、大差ない。

 

 

桜木「俺、は.........どうっすれば.........良い.........?」

 

 

能面「.........聞くことしかできねぇのか。出来損ない」

 

 

桜木「っ.........」

 

 

能面「もうテメェには期待できねぇが。その手離してくれんなら言ってやる」

 

 

 顔を俯かせながら、俺はその手をゆっくりと離した。今はそれしか、道が無かったからだ。だから俺は、前に進む為に。[立ち向かい]、[受け入れる]為に手を離した。

 .........けれど、奴はそうした俺に対して、今までで一番深い溜め息を零した。心底失望した.........そう、言うように。

 

 

能面「.........仕方ない。俺は出来ない約束はしない主義だ。お前が[楽になる]道を教えてやる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「[諦めろ]」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「―――」

 

 

能面「どの道この程度で面食らってるようじゃ、あの子の隣は歩いて行けない。その程度じゃ、茨の道は[歩けない]」

 

 

 その言葉を聞いて、胸の中で熱さが煮えたぎった。けれど、外には出て行かない。奴の言っていることは正しくて、間違っているのが俺だからだ。

 それだけじゃない。幾度となく、誰かも分からない存在に聞かされていたその言葉に、反論出来なかった。他でも無い、未来の[俺自身]の言葉に。

 

 

桜木「.........どうすりゃ、いいんだよっ.........!!!」

 

 

桜木「何にも持ってねェ俺がッッ!!!どうやったら助けられんだよッッ!!!」

 

 

 エレベーターが開き、裏口が見える。俺は訳も分からず、ただ熱に動かされるままに、そのまま走って外に出て行った。

 

 

 俺じゃ.........誰も助けられない。大切な子達を、守る事すらできやしない.........そんな、[自分の期待]に応えられない自分に、心底嫌気が差して.........ただがむしゃらに、走り続けた.........

 

 

 

 

 

能面?(.........)

 

 

 ―――夕日に溶けていくような背中を見つめながら、物思いに耽ける。運命にもがき、結末から足掻いているその背中を、ただ見つめる。

 

 

能??(.........今まで、多くの事を見て見ぬふりをしてきた)

 

 

 助けられた命。叶えられた筈の夢。迎える事の出来た幸せな結末(ハッピーエンド)。その全てを犠牲にして、今俺はここに立っている。

 来た道を戻るには、俺は歩き過ぎた。だが.........結局は[戻った]。しかしそれは、[やり直し]がしたかった訳じゃない。

 生憎、[二週目]の分岐ルートには興味が無かった。結局それはズルで、俺のポリシーに反する事だ。それに、俺は[一周目]で迎えた[結末]が、割と好きなんだ。

 

 

 それでも、俺は望んだ。

 

 

 いつかのどこかで良い。[彼女]が幸せになれる結末を。

 

 

『おいっ!!!何があった!!?お前ら夢で何を見た!!?』

 

 

『ユめ?なにイッてんダよ?それヨり早クタイムマシンにのセテくれよ』

 

 

 誰も気付かない精巧な仮面。案の定、それはただの操り人形だった。それだけが唯一で、それ以外は何も変わりはしない。だから、誰も気が付かなかった。

 だがそんな物で、幸せを迎えられるか?彼女が心から、笑ってくれるか?俺はそうは思えなかった。

 だから、その日を[やり直す]為に戻ったんだ。

 

 

???(.........サポートはできる限りしてやる。だがな)

 

 

??(最後は結局、お前の力なんだ)

 

 

桜?「.........口ではああは言ったがよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「俺は[お前]に、結構期待してんだぜ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もう。走り去っていく背中は見えない。[可能性を超えた何か]を感じさせるそれは、俺の目にしっかりと焼き付いている。

 この博打が吉と出るか、凶と出るか.........それが明らかになるのは、あと少しの話だった.........

 

 

 

 

 

......To be continued



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ダブルソーダ

 

 

 

 

 

桜木「.........」

 

 

 夕日が街の縁に溶け込むように沈んで行く。その様子を俺は、いつも来ていた公園でただひたすらに眺めていた。

 子どもの姿は、どこにも無い。もう帰りのチャイムが鳴ったのだろうか?それとも、未来ではもう公園で遊ぶなんて事は、しないのだろうか?

 

 

『お兄さま!!』

 

 

桜木「.........っ」

 

 

 彼女の姿が朧気にこの公園に映し出される。ウララとブルボンと、一緒にボールで遊んでいる姿が.........

 そんな姿から逃げる様に、俺はその両手で顔を覆った。もう、何も見たくなかった。俺は.........俺には、あの子を助けられる力は無い。

 

 

 ただの怪我なら良かった。もしトレーニングや日常で起こる怪我なら、細心の注意を払って彼女を助ける事が出来る。

 だけど、レースの最中は違う。俺は手出し出来ない。助ける事は出来ない.........

 

 

 俺はトレーナーだ。それも、人間のトレーナー。彼女は勿論、他の子達の隣を、走る事は出来ない。

 

 

桜木(.........置いてかれたくなくて、追ってんのに)

 

 

桜木(手の届かない所で転ばれたら.........どう頑張っても助けられない.........)

 

 

 答えは出ない。けれど、ゴールは明確。宝塚までに、何かをしなければならない。

 俺に.........何が出来る?あの子の未来を、どうすれば救える.........?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 救う?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その言葉を心の中で唱えた時、ベッドに横たわる彼女の姿が思い出される。彼女は去り際、俺に微笑んで手を振ってくれていた。

 そして、自分の運命を受け入れていた。それは、もう一人のブルボンもだ。悲しい結末を、受け入れて前へと進み、あの彼女達が出来上がっていた。

 

 

 じゃあ、この俺の考えはただの思い上がりか?助けたいって、一体何様のつもりなんだ?彼女達はもう立ち直っている。救われている。俺がやろうとしているのは、ただのお節介なんじゃないのか?

 

 

桜木「.........はは」

 

 

桜木?「ははは.........」

 

 

 笑うしかない。無様で滑稽で、足掻くことしか能が無いのに、俺は分不相応に手を伸ばす。そんなの、[大人]じゃない。俺が諦めるべき事は.........[手を伸ばす]事なんじゃ無いのか.........?

 

 

桜??「.........もう。何も分からないや」

 

 

???「このまま.........消える事が出来たら.........」

 

 

「そうやって、また[委ねる]のかい?」

 

 

桜??「.........」

 

 

 身体の奥底から声が聞こえる。それは呆れでも、然りでもない。ただ純粋な質問として、俺に投げ掛けられる。

 心があと一歩という所で、踏ん張りを見せる。けれど、それは心だけだ。思考も本能も、全てそこに片足を突っ込んでいる。

 だと言うのに、この心はもうそんなことは無い。そういう様に踏ん張って見せる。きっと、コイツの言葉なんて関係無しに、俺は戻って来れていた。

 

 

桜木?(.........委ねないよ)

 

 

桜木(こればっかりは.........誰かに任せられない)

 

 

桜木(だって、辛いのは俺だけで十分だから)

 

 

「.........」

 

 

 心の隣にあった気配が音もなく消えて行く。身体の奥底に眠るように帰って行く。精一杯の明るい心で、今の俺にとっての正解を伝える。

 満足したかは分からない。納得してくれたかも定かじゃない。けれど今の俺には、これしか言えない。もう他の誰かに、俺の辛さを肩代わりさせるような事は、したくない。

 

 

桜木(.........でも、どうしたらいいんだろうなぁ.........)

 

 

 呆けた思考のまま、俺は手で覆って俯いていた顔を上げた。今は辛くても、前を見るべきだと思ったからだ。見たくない物が見えても、それでもそれを真っ直ぐ見るべきだと.........

 そうして、沈み切る前の夕陽を背景に、彼女の姿がそこにあった。朧気で、ボヤけた彼女が心配そうに、俺の顔を覗き込んでする。

 

 

『トレーナーさん?』

 

 

桜木「.........そっか」

 

 

『え?』

 

 

桜木「俺には.........君が居るもんな」

 

 

 その顔に、酷く安心を覚える自分が居る。彼女と誓った約束が今もこの胸に生きている。だから、心だけは踏ん張れたのかもしれない。

 俺は顔を伏せてそう思い、妄想に耽けるのも止めて、これからどうするかをもう一度、真剣に考えようとして顔を見上げた。

 

 

桜木「.........あれ?」

 

 

『そ、そんな.........私が居るだなんて.........///」

 

 

桜木「も、もしかして.........本物?」

 

 

「え?ええ。正真正銘、メジロマックイーンです。貴方のチーム。[スピカ:レグルス]のエースの.........?」

 

 

桜木「.........はぁぁぁ」

 

 

 また。やってしまった.........今度はその感情が100%で顔を覆う。どうしてこう、彼女の事になるとこんなにしっかり出来なくなってしまうんだろう.........俺もたまにはカッコよく決めたい物だ.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「お隣、よろしいでしょうか?」

 

 

桜木「ああ。構わないよ」

 

 

 恥ずかしそうに笑いながら、彼は私が隣に座る事を許してくれました。そんな彼の短い言葉でしたが、私は嬉しくなり、そのまま隣に腰を下ろします。

 彼と私の間の隙間は.........私の手を握ったサイズの半分程。気が付けば、最初の頃よりずっと近くなった気がします。

 

 

桜木「.........そういえば、マックイーンはどうしてここに?」

 

 

マック「最近動いてませんでしたから。ランニング程度なら大丈夫だと聞きましたし、未来のトレセン付近で少し散歩をと.........」

 

 

桜木「ふーん.........」

 

 

 彼は納得した様に、返事をして空の方を見ました。私も同じように、夕焼けが綺麗な空の方を見ます。

 .........そんな空を見ていると、先程言った言葉を、取り下げたくなってしまいました。

 

 

マック「.........本当は、貴方を探しに来たんです」

 

 

桜木「え?」

 

 

マック「ふふ.........貴方の前では、もうカッコつけられませんわね」

 

 

 そう。本当は散歩などではありません。ただ彼を探しに来ただけなのです。先に帰ってきていた能面さんが、彼が見えない事にソワソワとしていた私に探しに行っても良いと言ってくれたのです。

 

 

桜木「.........ううん。マックイーンはカッコイイよ。初めてみた時から、ずっと」

 

 

マック「え?」

 

 

桜木「俺と違って.........最初から芯が通ってて、心も身体も、俺なんかとは出来が違くて.........」

 

 

桜木「俺も.........マックイーンみたいだったら、少しはトレーナー.........まともに出来たのかもね」

 

 

 悲しそうな笑顔で俯きながら、彼はそう言いました。それに対して私は気の利いた言葉が見つからず、何も言わずにただ、彼を見ていました。

 .........でも、彼が何かを言う、なんて事はありません。彼はそういう人だと、先程の話の中で分かったではありませんか。

 

 

マック「.........お腹がちょっとすきましたわね.........トレーナーさんは?」

 

 

桜木「え?あぁ.........はは、生憎何かを食べたい気分じゃないかな.........」

 

 

マック「では、私に付き合ってくださいまし。少々席を外しますわ」

 

 

桜木「え?マックイーン?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「お待たせしました!!」

 

 

桜木「マックイーン!!どこ行ってたの?」

 

 

マック「コンビニです!!懐かしい物が売ってましたわ!!」

 

 

 未来の世界のコンビニ。私が見慣れないアイテムや食品が多数販売されており、少々迷いましたが、これを見た時にはもう、これしか無いと思いました。

 手に持った袋の中からそれを取り出し、彼に見せました。

 

 

桜木「.........ダブルソーダ?」

 

 

マック「ええ。思い出しませんか?私とダイエット対決をした時の事を」

 

 

桜木「.........懐かしいなぁ」

 

 

 彼にそのアイスの袋を手渡します。すると彼はいつも通り、それに含まれた成分表をしっかりと吟味し始めます。私達が何か買った物を食べる際、こうして健康面での影響を考えてくれるのです。

 すると彼は、そこに記載されたある一文を見て感心の声を上げました。

 

 

桜木「[絶対に溶けない].........か、アイスも進化したなぁ」

 

 

マック「どうでしょう?食べてもよろしいですか?」

 

 

桜木「あはは、正直結構睨めっこしたけど、俺達の時代にはなかった成分もあってよく分からないや.........」

 

 

 困惑しながらも、彼はその手で袋を裂き、中身のアイスを取り出します。二本刺さった棒のそれは、昔と変わらない姿であり、割れる音も、一度聞いた以来の物と全く変わりません。

 彼から片割れを手渡され、私はお礼を言いました。

 

 

マック「いただきます.........ん〜♪味が変わってません♪」

 

 

桜木「.........そっか」

 

 

 口の中に感じるひんやりとした冷たさ。溶けない、と言った割には、口に入れたすぐにはもう溶け出していました。もしかしたら、唾液の成分で溶けるようになっているのかもしれません。

 透き通るような涼しさと、それに乗るような爽やかな甘さ。好きな人は好きでしょうし、私は勿論大好きな味です。

 しかし、彼は私の顔を見て微笑みましたが、その顔をまた、地面の方へと向けてしまいます。

 

 

マック「.........トレーナーさん。よろしければ、話してくださいませんか?」

 

 

桜木「.........実は今日、ライスに会ったんだ。こっちの未来の.........」

 

 

マック「まぁ!ライスさんに?きっと素敵でオシャレな女性になってたでしょう.........」

 

 

 今でもどこか儚さを感じる所があるライスさん。その姿から成長し、大人になった姿を想像してみます。幼さを感じる顔立ちをしていますが、ファッションセンスは大人のようです。

 そんな彼女が大人になったのなら、きっと素敵な衣装に身を包み、私よりどこかのお嬢様のようなお淑やかさが感じられる人に.........

 そこまで想像して、私は彼の方を見ました。けれど彼は、私の方には目も向けず、その顔は地面に向けたまま。その首を悲しく振りました。

 

 

桜木「.........病院のベッドだった」

 

 

マック「.........え」

 

 

桜木「今のあの子は、どこにも行けない.........本当に、鳥籠の中に居る小鳥の様だった」

 

 

 彼は悲しそうな感情も、苦しそうな声も出さずに、ただ淡々とそこで知った事実を私に話し始めました。

 そこにブルボンさんが居た事。ライスさんがベッドの上に居た事。ブルボンさんがジャパンカップに出る前に骨折した事。その後復帰すること無く引退した事。そして、ライスさんが宝塚記念の最中、不幸にもバランスを崩してしまったこと.........

 そのあまりに衝撃的すぎる事実を、彼はまるで、空想の事だと言うように、淡々と語りました。私もそれを聞いている間.........本当にそれが現実なのかと、疑ってしまいました。

 

 

桜木「.........ホント、ドジだよなぁ。レースしてる間に、転んじゃうなんて.........」

 

 

マック「.........」

 

 

桜木「.........」

 

 

 それっきり。私と彼の間に会話はありませんでした。こんなに近くに居るのに、声を出す事すら出来ず、この手で彼を慰めてあげる事すら出来ませんでした。

 どうすれば良い.........なんて、きっと彼は既に考えているのでしょう。考えて考えて、そして答えが出ないから、こんなにも苦しんでいるんです。私は決して、聡明な方ではありません。きっとなんの手掛かりも無い状況で考え出したら、彼と同じように思考の沼に陥ってしまいます。

 この世界は、私達の知っている世界とは違います。けれど、だからといってそれが起こらないという事は、決して言いきれません。私の[繋靭帯炎]も、そしてテイオーの[骨折]も、同じように起こっています。

 その可能性にすがるには.........あまりにも不安定すぎる。だからといって、今何か出来るのかと言われれば、私には口を噤むことしか出来ません。

 

 

 そんな中、私も彼と同じように地面を見ていると、ぽたぽたと何かが落ちていく音が聞こえてきました。その音の方を見ると、彼の地面に、水滴が落ちて行くのが見えました。

 

 

マック「っ、ほら!今はアイスを食べましょう?溶けてしまってはもったいな―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ.........っ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「―――.........」

 

 

 アイスは.........溶けていませんでした。それもそうです。[絶対に溶けない]。袋にはそう記載されていましたから.........

 それでもその水滴はぽたぽたと、最初に見た時よりもその量を増やして行きます。

 視線を少しあげると、目元を片手で押さえ、力を入れる様に口元を横に広げ.........まるで、涙を堪え様として、それでも泣いてしまう子供のように.........彼は、泣いていました。

 

 

桜木「せめて.........!!!レースの最中じゃなかったら俺がッッ!!!俺達が.........ッッ!!!どんなドジでも助けてやれんのに.........ッッ!!!」

 

 

桜木「そんな大事な場面で.........ドジ踏むなよ.........ッッ!!!」

 

 

 泣いている声を上げないように途切れ途切れに話すトレーナーさん。それでも、言葉を話す際にどうしても、嗚咽やしゃくり上げる声が混じってしまいます。

 

 

桜木「俺は人だからッッ!!!あの子の隣で走ってやれないッッ!!!助けてやれない.........ッッ!!!」

 

 

桜木「俺に.........ッッ!!!君達みたいな力があったら.........ッッ!!!」

 

 

マック「.........」

 

 

 力があったら。きっと彼は、レースの最中だろうとライスさんを助けるべく乱入するでしょう。そうあったのなら、世間の批評はともかく、ライスさんはきっと助かります。

 けれど、きっとそんな力があったら.........彼はここには居ない。もっと別の場所で、大きな活躍をしている筈です。

 

 

マック「それは違います。トレーナーさん」

 

 

桜木「っ、っ.........っ?」

 

 

 ベンチから立ち上がり、彼の前へと行きます。膝を着いて、彼が地面を見ていても、私の顔が、ハッキリと分かるように.........

 力と言うのは、素晴らしいものです。持っていれば何でも出来る。何もしなくても、何かが出来る。そんな自信が湧いてくる物です。

 けれど、それでもどうしようもない時が必ず来ます。そんな時決まって、力を持っている者は恐れ、竦み、たじろぎ、何も出来ない。

  そんなどうしようもない時、本当に[強く]あれるのは、力を[持っていない]者です。持っていない中で生きてきた経験と知恵で、その時を乗り越える事が出来る.........

 彼には、その[強さ]が。私達には無い、決して引き出せない。誰も見た事の無い[強さ].........それを、彼は持っている。

 

 

マック「貴方は、[強い]人です」

 

 

桜木「強く、なんか.........ないよ」

 

 

マック「.........ええ、知っています。本当の貴方は、自分で何でも出来る。なんとでもして見せるという[仮面]を被ってしまうくらいには、弱いかもしれません」

 

 

マック「けれどその[弱さ]が、[強さ]になるんです」

 

 

 涙を流しながら、私の顔をじっと見つめる彼。そこに不安は無く、ただただ不思議で、分からない事を聞いている子供のような表情。

 でも。私には分かります。[強い者]には出来ない[強く在ろう]とするその姿勢こそが.........[力]を超えた[力]になる。

 

 

マック「それに、貴方には私達には無い[力]がちゃんとあります」

 

 

桜木「え.........?」

 

 

マック「初めて私の事を見た時.........私から何を感じました?」

 

 

 私からそう彼に問うと、少しの時間も掛からずに、彼はその時の事を口にしました。もう随分と時間が経っていると言うのに、彼は私を初めて見た時の事をまだ鮮明に覚えているのだと知り、少し嬉しくなってしまいます。

 

 

桜木「才能が中心になってない.........それを武器にして.........ちゃんと芯の通った、自分を持ってるって.........」

 

 

マック「.........ふふ」

 

 

桜木「?」

 

 

マック「あの選抜レースの時。実は怖かったんです。慣れない摂生の中、本当に私は、勝ち残れるのかと.........」

 

 

 メジロ家として、皆の期待を背負っている者として、このレースで結果を出さなければならない。そうして自分を奮い立たせていた傍らで、本心は臆病でした。

 トレセン学園入学前、自分のプロポーション維持又は改善という無理なわがままを通しながら、この魔境で果たして、結果を残せるのかと.........

 結果は知っての通り、公式レースならば掲示板入りする事すらない7着。とても褒められたものではありません。

 

 

マック「貴方は、私の中心は才能では無い。と言いましたよね?」

 

 

マック「.........そんなの普通、一回見ただけで分かるものではありませんわ」

 

 

桜木「.........でも、本当にそう感じたんだよ」

 

 

 涙の跡を赤くしながらも、彼は真剣な眼差しで私を見つめます。そう、彼のその目が、私の事を見つけ出してくれた。

 あの時多くの方々が見ていた、私の[手入れ不足の才能]ではなく、それを振るう[私自身]の姿を、彼はちゃんと、見ていてくれた.........

 

 

マック「.........貴方は[レグルス]という星が、どういう星かご存知ですか?」

 

 

桜木「えっ.........と、獅子座の胸にあって、それで.........」

 

 

マック「.........[レグルス]は、獅子座の中で唯一の[一等星]の光を放つ星なんです」

 

 

マック「それでいて、その[一等星]の中でも、一番光が弱いと言われています」

 

 

 私達の所属しているチームの名前でもあるレグルス。それは今、私達が観測している一等星の中では、一番弱い光だと言われています。

 けれどそれでも、その光は確かに遠いこの星まで届く程の力を持っているのです。

 

 

マック「貴方は[レグルス]なんです」

 

 

マック「貴方は自分の事を弱い。光なんて無い様な言い方をします」

 

 

マック「けれど貴方はその確かな光で、私達をここまで導いてくれたんです.........」

 

 

桜木「マックイーン.........」

 

 

 彼の手を包んでいた両手を離し、私は首に掛けていたそれに触れました。今はこれだけが、彼と私を繋いでくれる唯一の物.........

 そして、もう一度私に勇気をくれた。大切な.........チームの証。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「貴方は、私にとって[レグルス]なんです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そして、他の誰かが何と言おうと.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私のトレーナーは、[貴方]だけですから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 首に掛けていたそれを外し、ゆっくりと彼の首へと掛けます。私に勇気を下さったように、今度は私から、彼に勇気を送ります。

 ほんのちっぽけな勇気かも知れません。これから先に待ち受ける苦難や困難。絶望に比べてしまえば、それを打開する為の武器にも、それから身を守る為の鎧にもなりはしない。

 けれど、その勇気が[始まり]であったのなら.........沢山詰んだ[薪]に着いた、小さな[火種]なら.........これから大きく、そして強く燃え盛ると信じます。

 この星に近く、直接見てしまえば目を焼いてしまうほどの光を放つ[太陽]。でも彼は、そんな強い光じゃない。突き放すような、力強さでは無く、確かにそこに居て、暖かさを感じる.........一等星の中で最も光が弱い[レグルス]の様な.........そんな暖かさをくれるんです。

 

 

桜木「.........あったかい」

 

 

マック「私もその温かさを、貴方から貰いました」

 

 

マック「貴方は、[ひとりじゃない]んですのよ?もう少し、周りを見てくださいまし」

 

 

桜木「はは.........本当、かっこ悪いなぁ.........」

 

 

 私が王冠のネックレスを元の居場所に帰した後、彼はそれを優しく撫で、ゆっくりと目を伏せました。温かさやぬくもり。彼が感じたそれは、私が彼と出会って過ごして受け取った物です。

 やっぱり、彼はおバカです。何でも一人でやろうとして、私達はまだ子供だからって、一人で背負いすぎなんです。大人だからと言っても、限度があると思います。

 そんな加減を知らない彼に、いつも周りが見えなくなってしまうこの人に、私は何が出来るのか。そう心で疑問を持ちましたが、既に身体は次の行動へ移っていました。

 

 

桜木「.........」

 

 

マック「.........私は、そんな貴方の事が」

 

 

 言葉の文脈から、彼に対して私が何を伝えようとしているのかが分かります。先程までしっかりとメジロに相応しい立ち振る舞いをしていた私ですが、それを察した瞬間、顔から火が出てしまうくらい熱くなり、胸の鼓動も早くなって行きました。

 

 

桜木「.........」

 

 

マック「そ、そんな.........トレーナーさんの事が.........!!!」

 

 

 言うんです.........今ここで言ってしまえば全てまるく収まります!!!もう彼の本当の気持ちとか彼から告白されたいだとか言っていられません!!!

 彼を.........彼の心をほんの少しだけでも、楽にする事が出来たのなら、私は.........!!!

 心臓が脈打つ鼓動のリズム。その言葉を口にしようとする度に、まるでギアを上げていくように高鳴る強さと速さが上がっていきます。

 胸に手を当て、深呼吸をし、俯いている彼に対して、決心を固めました.........

 そして私は、その口を開いたのです.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よしッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「ひゃぁ!!?」

 

 

 唐突に立ち上がり、大きく声を上げる彼に対して、私は危うく尻もちを着いて転びそうになりました。

 けれど彼はすぐにそんな私の身体を支えるように、その手を伸ばして背中を強く抱き締めました。

 彼の落ち着いた、ゆっくりとした鼓動が聞こえてきます。確かな暖かさを感じながら上を見上げると、涙の跡が赤く残る彼の優しい笑顔がありました。

 

 

桜木「.........ありがとう。マックイーン」

 

 

桜木「それを[諦める]のは.........ここまで一緒に来た君達に、申し訳ないから」

 

 

桜木「もう少し.........頑張ってみるよ」

 

 

マック「.........もう。本当に分かってるんですの?」

 

 

 彼の顔から目線を外し、私は頭を彼の身体に擦りつけました。その表情は見ていませんが、きっと苦笑いを浮かべています。

 私の頭が少し重さを感じた後、じんわりとした温かみを感じます。結局これで絆されてしまうんです。我ながら、簡単な女だと分かってしまいます。

 

 

桜木「信じてくれとは言わない。前の事があるから」

 

 

桜木「そして多分、助けてくれとも言わない。俺、そういうの苦手でさ.........」

 

 

桜木「だから、自分勝手で悪いんだけど.........マックイーンが助けたいと思った時、マックイーンなりのやり方で助けて欲しいんだ」

 

 

マック「.........本当、勝手な人です」

 

 

 どこまでも勝手な人です。そんな事では本当に助けて欲しい時に助ける事は出来ませんし、きっとその前に、愛想を尽かせてしまうかも知れません。

 だと言うのに、彼はそんな事は無いと分かりきった口調で行ってきます。本当は私のこの思いに、気付いているのではありませんか?

 

 

桜木「.........帰ろっか。アイス食べてさ」

 

 

マック「.........ええ。そうしましょうか」

 

 

 頭から彼の手が離れ、私も密着状態から離れます。私の顔を見て微笑んだ彼はようやく、ダブルソーダの片割れを一口、食べました.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「た、ただいま.........」

 

 

 未だに慣れない広大な中庭を抜け、その大きな館の扉をインターホンも押さずに開ける。そこから見えるロビーには、見慣れた顔とそれに重なる何人かが談笑していた。

 

 

タキオン「っ、ではそろそろ自室に戻らせてもらおうか」

 

 

博士「.........そうか。楽しかったよ。キミと私は同一存在ではあるが、見解の違いを聞くのは良い経験になった」

 

 

ライス「お、おかえりなさい.........」

 

 

桜木「お、おう.........」

 

 

 俺の顔を見て、タキオンはそそくさとその場から退場して行った。他のメンバーも挨拶はしてくれたものの、居心地が悪そうに割り当てられた部屋へと戻っていく。

 唯一、そんな俺に近付いてきてくれるのはデジタルだけであった。

 

 

デジ「す、すみません.........きっとまだ心の整理が.........」

 

 

桜木「いや。良いんだ。それくらいの事をしたんだから、しっかり受け止めないと.........」

 

 

マック「トレーナーさん.........」

 

 

 心配そうな顔で俺の顔を見る二人。大丈夫かと言われれば俺は即座に否定する。だけど、そうされても文句も言えないことを俺は皆にしてしまったんだ。いくら中身を代わってもらっていたとはいえ.........

 ため息を吐くのを堪え、何とか前を見ようとすると、そこには俺の方に全速力で突進をかましてくる存在が居た。

 

 

「じいじいいいいいい!!!」

 

 

 [マスクのウマ娘が走ってきた!!]

 

 

桜木 トレーナー Lv27

 

 戦う

 守る

 道具

 逃げる←

 

 

 [知らなかったのか?ウマ娘からは逃げられない!]

 

 

 [桜木は勢いのある突進を食らった!!]

 

 

桜木「うげェェェェェ!!!??」ゴロゴロゴロゴロ!!!

 

 

「「トレーナーさん!!?」」

 

 

 突如として訪れる激突。それになす術は無く、俺はその抱き着きという名のタックルを見事に受けてしまった。

 そして捕まったら案の定、締め付けは強いし顎をこめかみにグリグリしてくるしほっぺをぺろぺろされる。何だこの子は。誰が教育係なんだ?

 

 

桜木「ちょちょちょい!!!俺は君のじいじじゃないよ!!?オルフェーブルちゃんだっけ!!?」

 

 

オル「そうっス!!今日若い時のじいじの話を聞いたっス!!マジリスペクトっス!!」

 

 

桜木「尊敬してる相手にすることかァ!!!これがァ!!!」

 

 

 組み伏せられてジタバタして見せるも、やはりウマ娘。そして本当に癪ではあるがさすが我が孫。この強さはウマ娘の中でも相当だ.........

 組み伏せられ色々されていながらも、そんな感傷に浸っていると、不意に身体が自由になる。何があったのか確かめて見ると、オルフェーブルの首根っこを掴む存在が居た。

 

 

「こら。じいさん.........あいや、そんな歳でもねぇか。おっさんが困ってんだろ」

 

 

桜木「うぐっ、おじさん呼びは良いけどおっさんは効くな.........キミは確か.........」

 

 

「おっ、流石に人の名前を覚えんのは速いn「ナカちゃん」ナカヤマフェスタだ。次そう呼んだらロシアンルーレットに一人で挑戦してもらう」

 

 

桜木「2-4-11にされちゃう.........」

 

 

 凄く威圧の効いた睨み付けを喰らい、すくみ上がりながらも何とか立ち上がる。既にオルフェーブルは借りて来た猫のように大人しくなっている。暫くは安心だろう。

 俺はズボンに着いた汚れを払い、心配そうに覗き込んでくるマックイーン達を安心させると、先程気になったことを聞いて見た。

 

 

桜木「それにしても凄い強さだったな.........あんだけ俺が暴れてもビクともしないんだから、レースでも相当活躍してるだろ?」

 

 

オル「あー。そうっスね。レースは引退しちゃってますけど、一応[三冠バ]っス」

 

 

「「「さ、[三冠バ]ァ!!?」」」

 

 

 なよなよとした感じからは想像つかないまさかの称号。彼女は自信なさげに首根っこ掴まれたままダブルピースをしている。

 俺もマックイーンも、そしてデジタルもあまりの驚愕に口をあんぐりと開けてしまっている。

 

 

「そうだよー。フェスタちゃんもそこら辺凄いからねー!!」

 

 

マック「ふ、フラッグさん!!」

 

 

フラッグ「ふっふっふ.........二人とも私の担当バ.........そして何より」

 

 

フラッグ「[凱旋門賞]に挑戦して二人とも[2着]だったんだから!!!」

 

 

 [凱旋門賞].........その言葉を聞いた俺達はもう、声も出せなかった。今の俺達にはとても遠い世界。いつかはとは思っていたが、まさか俺の孫達が.........

 そんな中、二人の反応は正反対で、オルフェーヴルの方は褒められた様に頭をかき、フェスタの方は少し顔を曇らせた。

 

 

桜木「凄いな.........きっと今の時代なら、日本のウマ娘の誰かが1着になったりとかしてるんだろうな.........」

 

 

フェスタ「してねぇよ」

 

 

桜木「え?」

 

 

フェスタ「[凱旋門賞]。その頂きに立った日本のウマ娘は、まだ居ねぇ」

 

 

 先程よりも、まるで苦痛に耐える様な顔を見せた彼女はオルフェーヴルを離し、階段を上がって行った。そしてそれを追いかけるようにオルフェーヴルも階段を上る。

 俺達はそれを止めることが出来ず、その背中をただただ見送っていた。

 

 

フラッグ「.........ごめんなさい。フェスタちゃん。本当に惜しい所まで行ったんだけど.........今も引き摺っちゃってて」

 

 

マック「世界の壁は高い.........それは今も昔も、そして未来でも変わらないのですね」

 

 

デジ「で、ですね.........」

 

 

桜木「.........」

 

 

 確かに、世界の壁は高い。見上げても、終わりが見えない程に.........それでも以前は、見えかけていたんだ。何故かは分からないけれど、その言葉が思い浮かぶ程には、手が届きかけていたんだ。

 

 

フラッグ「.........さぁ!!もう寝ましょう?博士のお話じゃ、タイムマシン修復には時間掛かるそうだし、今の内に身体休めとかないとね!!」

 

 

デジ「それもそうですね。お二人はどうするんです?」

 

 

マック「!!ど、どうって!!勿論寝ますわよ!!自分の部屋で!!」

 

 

桜木「俺も寝るかな.........やる事なんて無いし」

 

 

「ほう。では俺に付き合ってもらおうか」

 

 

 その声を聞いて、マックイーンとデジタルはゆっくりと振り向いたが、俺はそんな事はせず、ただただげんなりとした表情をする。正直、ここで会いたくない存在ナンバーワンだからだ。

 しかし、いつまでも背中を向けているのもアレだと思い、俺はソイツの顔を見る為に振り返ってみる。やはり予想通り、いけ好かない顔をしている男が立っていた。

 

 

能面「お前達の話を聞いていないのは俺だけだ。丁度いい機会だ。夜明けまで語り明かそうじゃないか」

 

 

桜木「いや、俺は」

 

 

能面「なんだ?お前は自分の歩いてきた道に自信が無いのか?だったら良い。そんなんじゃお前について行く子も可哀想.........」

 

 

桜木「ああそう、だったら話してやるよ全部。もういいっつっても話してやっから覚悟決めろよ?」

 

 

 売り言葉に買い言葉。奴の煽りに乗る形で、俺はその提案に乗っかった。けれど、それだけじゃない。話の中でわだかまりが解ければ、この状況を打破する打開策を聞き出せるかもしれないと思ったからだ。

 男はそんな俺を鼻で笑いながら、何も言わずに階段を上った。俺もその後について行くように、その背中を追ったのであった.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 薄暗い部屋の中。聞こえてくるのは四人の寝息。寝落ちした、と言うには、その四人の体勢はどこか無理のある物であった。

 

 

能面「他の奴らはともかく、お前は学習能力が無いな」

 

 

桜木「Zzz.........」

 

 

能面「.........まぁ、記憶が無いのなら仕方が無いか」

 

 

 我ながら扱いやすい。そんな呆れと羨ましさを抱きながら、俺はこの男達に振舞った物と同じココアを飲む。勿論、コイツらのに混ぜた睡眠薬も同じ量入っている。

 

 

能面(.........さて、吉と出るか凶と出るか)

 

 

 ベッドの上に仰向けになりながら、瞳を閉じる。その瞼の裏には、この男が寝ている間にその担当達と交わした記憶が蘇った。

 

 

『キミ達は、あの男をどうしたい?』

 

 

『.........正直、彼の苦しむ姿はもう、見たくない』

 

 

 俺のよく知る顔をした少女が、苦虫を噛み潰したような表情でそう言った。その言葉に全員が肯定する様に、その首を縦に振る。

 まさかあの彼女がここまで変えられるとは.........あの男の可能性には、いつも驚かされる。やはり、愛しい孫娘を過去に送って良かった。

 だが、その変化は頂けない。そんな絆され方では、運命を覆す事など出来やしない。

 

 

 だから、俺は[結んだ]のだ。

 

 

 この男だけではなく

 

 

 この子達が、[奇跡を超えられる]為に.........

 

 

能面(さぁ.........舞台は整った)

 

 

能面(これでようやく.........)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(俺の[エピローグ]も終わってくれる.........)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 徐々に夢の中へと誘われる。だが、ただ誘われる訳では無い。今は、この男に強く結び付いている俺は、同じ夢を見る事が出来る。

 そして今やそれは根を張り、この三人も同じ[鎖]に繋がれている。最初の[奇跡を起こす]には、十分だ。

 

 

 [ウマ娘を救う奇跡の物語]は、既に最終話を迎えた。

 

 

 俺の人生という、俺自身が0点を付けた答案用紙と引き換えに。

 

 

 その[エピローグ]が終わる。それが終われば、[新たな物語]がようやく、始まってくれる筈だ.........

 

 

 そう―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――[山あり谷ありウマ娘(奇跡を超える物語)]が.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

......To be continued



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夢の中へ

 

 

 

 

 

桜木(.........)

 

 

 身体が暗闇の中、どこかへ向かって落ちて行く。それに気付いたのは、身体の感覚や目からの情報ではなく、胸騒ぎからだった。

 どこに向かっているのかは分からない。時折長い入り組んだ管の中を通るように右や左、上や下に体を無理やり方向転換されるが、それは確かに、何処かへ向かって行っているのが手に取るように分かった。

 

 

桜木(なんか、ゲームのゲームオーバーみたいな場所だな.........)

 

 

 真っ暗闇の中、為す術もなく、飛んでいる訳でもない。緩やかに底へ向かっている間、本当にゲームオーバー画面の様な状態で身動きは一切取れなかった。

 

 

 しかし、それもやがて終わりに近づく。向かっている先に顔を向け、目を細めると、小さいゴマ粒が[5つ]。近付くにつれ、それが見知った顔と、そうでは無い事が徐々に分かって行った。

 

 

 そして地面へとゆっくり降り立つ。倒れ伏している4人は確かに知っている顔だ。だが、それらを見下すようにしている少女だけは、今まで会ったことのない人物だった。

 

 

「.........してやられたわね」

 

 

桜木「.........ここはどこだ。コイツらに何をした?」

 

 

「何もしてないわよ。勝手に現れただけ」

 

 

 その姿を見て、最初に分かったことは彼女は[ウマ娘]であるという事だった。白毛のロングで、眠たそうな無表情の仏頂面の、それでいてとても生き物の物とは思えない[圧]が、感じられた。

 その少女は可愛らしい見た目によらず、ぶっきらぼうにそう言い放つと、ため息を吐きながら意識を集中させるようにその目を閉じた。

 一体何が始まるというのか?そんな疑問も、次の瞬間には吹き飛んだ。

 

 

 青白い炎の様なオーラが視覚化する。それは、時折見るそれと全く同じ物を感じさせるオーラだった。

 風に揺れるロウソクのように一瞬だけ激しく揺れると、その威圧がこちらへと向かってきて、俺は両手で顔を守った。

 そして他の奴らもそれに当てられ、跳ね起きてから周りの状況を確認し始めた。

 

 

神威「うおっ!!?なんだここ!!?」

 

 

黒津木「ただの夢.........って訳じゃ、無さそうだな」

 

 

白銀「.........」

 

 

能面「.........久しいな。[名も無き女神]よ」

 

 

 この圧の中、ただ一人だけ眠たげに欠伸をしてからその少女の事を呼ぶ。そしてそれに対し、彼女は嫌悪感をその表情に強く表して男を睨み付けた。

 

 

「何をしたの?呼んだのは彼だけなんだけど?」

 

 

能面「何、俺とコイツは全てが同一存在。重複IDの様なものだ。二人でありながら一つとしか認識されない。ソイツらは保険だ」

 

 

桜木「おい、まさかお前.........」

 

 

能面「ああ。俺の仕業だ。最もお前の方は[元からこうなる]予定だったのだがな」

 

 

 ニヤリと笑う横顔。その姿を見て、俺は心底恐ろしくなった。この男は一体、何を見て、何を目指しているのかが全く分からないからだ。

 

 

能面「俺ァ昔っから、テメェの夜泣き見てぇな声に散々悩まされたんだ。その理由も分からずに世界を救って自分は救われない。そんな英雄宜しく[よくある人生(ビターエンド)]で終われる程賢くねェ」

 

 

「.........まさか、わざわざそれを聞く為だけに?」

 

 

能面「フッ、テメェが全部を知る必要がどこにある?俺はされた事は全部仕返ししなきゃ気が済まない質なんでな」

 

 

 威圧同士がぶつかり合う。女神は相も変わらずその青白い炎を纏っているが、それを意に介す事はせず、男はただただそれを見つめる。

 やがて、その男の曲がらなさに折れたのか、女神は溜息を吐き、その炎を身の内に納めた。

 

 

「.........何が聞きたいのかしら?」

 

 

能面「全部だ。何故俺だったのか。お前は何者なのか。何がしたいのか。本当にこうならなければ行けなかったのか」

 

 

「欲張りね。まぁいいわ。私のテストに[100点]を取ってくれたご褒美をあげる。そっちの彼は、[0点]だけど」

 

 

能面「抜かせ。どっちも[0点]だ」

 

 

 目の前の謎の存在。女神と呼び、それを否定することの無いそれに物怖じすること無く、逆に気味悪がらせる男。そんな目の前の状況に、俺達は着いてこられない。

 そんな俺達にお構い無しに、その存在は静かに口を開いた。

 

 

「まず、順を追って説明してあげる。私が何者で、貴方達にとっての何であるのか.........」

 

 

 そう言って彼女は、指を鳴らして姿を徐々に消して行った。そしてその声が次に聞こえてきた時には、それは耳ではなく、頭の中で響いてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この世界は言わば、鏡のような世界。本物そっくりな箱庭で、ここにはあっちにあるものはあり、無いものは無い。

 [たった一つの例外]を除いて.........

 

 

桜木「っ!!?なんだ.........!!?景色が!!?」

 

 

 ここは夢の世界よ。だから景色も人物も全て自由のまま映し出せる。この景色は、私がこの[人の姿]になる前に居た場所。

 広がる草原、風が吹いて、緑が綺麗で陽の光も心地好い、正に私の思い描いていた理想郷そのものだった。

 

 

 [アレ]が現れるまでは.........

 

 

『〜〜〜!〜〜〜?』

 

 

黒津木「なんだ.........?人間と、動物.........?」

 

 

神威「んな訳あるか、人間は兎も角、あんな生き物図鑑ですら.........」

 

 

 そう。[この世界]には決して存在しない。痕跡すら残って居ない。あの動物はここに来る前の[私]。そして、あの人間共に面白半分で殺された後、骨として後世で見つかった私はこう言われた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 世界最古の[馬]、と.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

四人「ウマ.........!!?」

 

 

 ええ。これがこの世界の真実。あの生き物こそ、この世界に生まれるウマ娘の根幹的存在。私は名前の無い、ただの馬として認識された。

 

 

桜木「ま、待ってくれ!!!お前がウマなのはわかった!!!じゃあマックイーン達は.........!!?」

 

 

 ええ。あっちの世界では私と同じ姿で存在していたわ。メジロマックイーン号。人間達からそう名前を付けられ、短い生涯の大半を走る事に捧げられた、[悲劇の名優]。

 

 

 私はそんな同胞達の姿を何度も見てきた。ただ初めて見つかり、種族の名前をつけられたと言うだけで神格化され、人々の間で密かにその存在を信じられてきた。

 

 

 けれど、見ているだけで何も出来やしない。私は何も出来ない事を歯がゆく思った。それでもチャンスは必ず巡ってくる。人々が馬に対して並々ならぬ思いを起こす時、決まって私には力が集まる。それを利用しようと思った。

 

 

 シンボリルドルフの七冠。オグリキャップのラストラン。メジロマックイーンの天皇賞。トウカイテイオーの有馬記念。スペシャルウィーク達のせめぎあい。テイエムオペラオーの世紀末。ステイゴールドの海外勝利。ディープインパクトの七冠。

 

 

 もっと多くあるけど、特に強かったのはこの時。人々の思いが、私の中に流れ込んでくるのが分かった。

 

 

 そして私はそれを利用して、この新しい世界を作ったのよ。

 

 

白銀「.........ぶっ飛んでるっつうレベルじゃねぇな」

 

 

 それが真実。おめでとう貴方達。この事を知っているのは今は貴方達だけよ。

 

 

能面「歳をとると昔話が好きになると言うのは本当らしいな。実に下らん」

 

 

 .........なんですって?

 

 

能面「こっちはそんなどこにでもありそうな世界の真理なんざどうだっていいと言っているんだ。さっさと本題へ移れ。眠くて適わん」

 

 

 .........ふふ、そう。そんなになんで貴方が選ばれたか知りたい?良いわ。教えて上げる。

 

 

 特別な理由は何も無いわ。ただ貴方なら、そう思っただけ。

 

 

桜木「っ、ふざけんなよ.........!!!そんなんで人一人の人生玩具に「まぁそうだろうな」.........は?」

 

 

 あら。以外に飲み込みが早いのね。もう少し取り乱すと思ったのだけれど?

 

 

能面「バカ言え。俺には適性があった。だから選ばれた。俺以上が居ればそっちに行っていたはずだ」

 

 

 そう。流石私が選んだ[主人公(ヒーロー)]。物分りが良くて助かるわ。そっちの彼はそうでも無さそうだけど.........

 

 

能面「仕方あるまい。俺とて日々の出来事にリソースを割いているのならばまだしも、全て繰り返.........いや、なんでもない」

 

 

 あらそう?では続けようかしら。私の目的。そうね。端的に言えば―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――復讐よ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「.........」

 

 

 ―――怒気を孕んだ声。復讐というその言葉には、嘘偽りは一切感じられない。この女神は、何かへの復讐の為に俺を利用している。それだけは、ハッキリと分かった。

 

 

白銀「物騒な話だな。誰に復讐するって?」

 

 

「全人類。当たり前でしょう?」

 

 

桜木「あ、当たり前って.........」

 

 

 サラッと規模のでかいことを言ってのける。やはり女神というだけあり、人間のそれとは全くスケールが違う。

 その軽々しく発せられた重々しい言葉に、俺達四人は旋律を覚えた。それでも男は興味が無さそうに見える。

 

 

「この世界を作る時、人間は要らないと思った。その方が[私達]が伸び伸びと暮らせると思ったから」

 

 

「けれど、あっちの世界から私の同胞の[魂]を連れ込もうとした時、大多数が言ったのよ」

 

 

「[人間が欲しい]。[居なきゃやだ].........ってね」

 

 

 地獄残念そうにそう言った女神。そしてまた唐突に指をならす音が聞こえると、目の前にまた、[ウマ]という生物が現れた。

 

 

「理解に苦しんだけど、同胞が居ないのならこの世界を作った意味が無い。だから人間も作ったわ」

 

 

「そして、今度は良いように利用されないよう、私も[対策]を取った.........」

 

 

桜木「.........!!!」

 

 

 対策。女神がそう言った瞬間。ウマの姿がみるみる内に変貌を遂げて行く。俺達の見知った姿に、形に、先程のウマらしい面影を残したままの少女.........[名も無き女神]へと変貌を遂げた。

 そして見せられたホログラムの様なそれから、少女が地面へと降り立ち、俺達の方を向く。どうやらようやく、実体になったらしい。次に聞こえてくる声も脳に響く物から、肉声が耳を通る物になった。

 

 

「0から作るのは骨が折れる。けれど[素体]さえ有れば後は勝手に増えるだけ。だから私は私自身を[始まり]にした。かつてと同じように.........」

 

 

「そして、人間と接触した。純粋に人間を知る為に記憶を消して誕生したのよ。これから先、どう復讐するかの経験としてね.........」

 

 

「.........でも。そうね、[悪くない]気分だった」

 

 

四人「.........え?」

 

 

 そう言った女神は、どこか懐かしそうな表情で何も無い空を見上げる。その姿に俺達は困惑した。男も意外そうな顔で、出し掛けていた欠伸を噛み殺した。

 

 

「初めて人間に触れた。人間という生物。[動くだけの物]じゃない。[高い思考能力を持ち動く者達]。それに私は、触れたの」

 

 

「その中には、あの子達が欲しい。居なくては行けないと言う理由が分かる存在も居たわ.........」

 

 

 優しい微笑みを浮かべながら、彼女はそう言った。だと言うのに。そんな穏やかそうな様子なのに、彼女の周りにはまだ不穏な雰囲気が漂っている。俺達はそれを敏感に感じ取っていた。

 

 

「.........でもね。大半はやっぱり滅ぼすべき存在だった」

 

 

「悲しいけれど、その大半の中にはそこに含まれない者の家族や友も居る。一緒に絶滅させてあげることこそが、優しさでもあると思った」

 

 

「だから滅ぼすの。今度こそ私達の理想郷を作り上げる為に」

 

 

 滅茶苦茶だ。なんて、とても言えなかった。彼女には彼女なりの信念があり、それは俺達には到底崩す事の出来ない強固な物だと察したからだ。

 何も言えない。何かを聞くことすら出来ない。俺達はただ黙って、次を待つしかない。女神の次を.........

 

 

能面「さて。そろそろ眠気を覚まそう。何故貴様はそこまでこの結末にこだわる?」

 

 

「.........言っている意味が分からないわ」

 

 

能面「とぼけるな。貴様は以前言ったであろう?[過去に戻っても私は気付く]と」

 

 

「.........そんな事、言ったかしら?」

 

 

 本気で考えるような素振りを見せ、顎に手を当てる女神。しかし、結局は思い出せずに終わり、その思考を放棄した彼女は能面の男に近付いた。

 

 

「そうね。覚えてないけど、どこかで言ったかもしれないわね」

 

 

「その通りよ。私は過去での[改変]が起きた瞬間。それを察知できる。神だもの。自分の作った物がどう動くか良く見ておきたいわ」

 

 

「.........でもね。良い事を教えて上げる。今まで幾度も分岐ややり直しはあったけど、全部一つの道に合流してるの」

 

 

「だから貴方がどう足掻いた所で、もうこの結末は変えられない.........折角だし、私の未来予想図でも聞いていく?」

 

 

能面「それは良い。是非聞かせてもらいたいな。君は[ご都合主義の引導役(デウス・エクス・マキナ)]になり得るのか.........」

 

 

 [デウス・エクス・マキナ]。それは舞台や創作で用いられる単語だ。脚本家がごちゃごちゃになったストーリーを終わらせる為に降って湧かせる神。機械仕掛けの神とはよく言ったもので、人の上に立っているとされながら、この世界では一人の都合でその力を奮ってくれる。

 だが、目の前に居るのは本物の存在。しかも俺達人間を絶滅させようとする存在だ。それが薄気味悪い笑みを浮かべる姿を見て、とてもよくある陳腐な大団円を迎えられるとは到底思えなかった。

 

 

「そうね。シナリオはこう。ある一人のウマ娘が、現代社会に置ける自分達のあり方に疑問を持つ」

 

 

「やがてそれは一人から複数になり、大多数へと変わっていく。そして、貴方の経営する組織を乗っ取るわ」

 

 

「行く行くはそこに居る男の医学知識と、そこに与えた[天啓]を使って、自分達だけで生きられるようになる」

 

 

神威「.........は?」

 

 

 女神の言葉に反応したのは、神威だった。俺達は皆、ぶっ飛んだ話を聞かされて脳が停止していたが、コイツだけは何かを聞いて、運転が再開したらしい。

 そして徐々に思考が理解に追いついて行く。愕然という言葉が似合う程に、今の神威は何か絶望に打ちひしがれていた。

 

 

桜木「お、おい!どうし.........」

 

 

神威「その[天啓]って.........まさか」

 

 

「?ああ、そうね。貴方の想像通り。確か貴方が付けた公式名は[ウマ娘筋力比例計算式]。それは貴方に授けた私の知恵よ」

 

 

黒津木「.........じ、冗談じゃねぇ」

 

 

 有り得ない。有り得るはずも無い。それは俺がトレーナーになる事が出来たと言っても過言では無いたった一つの要素だ。それが最初から.........仕組まれていたって言うのか?

 膝が地面に着く。気がついた時にはもう、足に力が入ってくれなかった。

 

 

桜木「.........なんだよ」

 

 

桜木「じゃあ.........俺がトレーナーになったのも.........全部.........?」

 

 

「ふふ、少しサービスしすぎたかしらね?」

 

 

 寒気を覚えるような笑いを零し、俺を見下げる女神。冷たい感覚が身体を支配し始める。結局俺は、掌の上で踊らされていたに過ぎないんだ。

 そうだ。最初から仕組まれていた。あの子達に会うのも、今日この時までの道のりも、苦労と感動も全部、コイツにとっては予定調和に過ぎず、それを知らない俺達は、それを偶然や奇跡だと勘違いして、一喜一憂していたんだ.........

 

 

「その後、ウマ娘達は人の手から離れて行く。真の意味での自立。彼女達が最も彼女達らしく、伸び伸びと自由を謳歌する世界が訪れる.........」

 

 

「まぁ、長い目で見るわ。そんなすぐに人間は滅びないから。私が滅ぼすけど」

 

 

能面「.........やはり。俺にとっての[デウス・エクス・マキナ]には成り得ぬか」

 

 

 俺の背後で、何度目かも分からない溜息をついた男。姿は見えずとも、酷く落胆しているのが良く分かる。

 そして同時に、男からは強い苛立ちを感じた。その苛立ちの勢いのまま頭を強くかいたがそれでも収まらない。次に聞こえてくる声には、それを包み隠そうとしていない物が聞こえて来た。

 

 

能面「それは自立では無い。孤立だ。お前は彼女達の意志を尊重していない」

 

 

「そうよ?私が尊重しているのは私の意志。それに文句を言われる筋合いは無い」

 

 

能面「.........チッ」

 

 

 開き直り。いや、そもそも閉じている訳では無かったからそれもおかしいだろう。それでも男はそれ以上の反論が出来ず、苦し紛れの舌打ちをする。

 にも関わらず、男はその口を直ぐに開いた。

 

 

能面「そろそろ教えろ。テメェはなんでコイツを呼んだ?[俺]ではなく、[コイツ]を」

 

 

「.........」

 

 

 俺の前へと躍り出た男。真っ直ぐと伸ばした人差し指。その先には俺が居る。確かに、[同じ存在]である筈なのに、俺だけが呼ばれるのはおかしな話だ。ましてや、状況把握や理解能力の高さから言ったら、この男の方が高い。無駄話もせずに済んだだろう。

 それを聞かれた女神は、今度は先程の男が取っていた退屈そうな態度を見せ始める。長い白髪に指を巻き込み、クルクルと流し始める。

 

 

「.........飽きたのよ」

 

 

「もう飽き飽き。人間は変わらない。良く分かったわ」

 

 

白銀「っ、んなわけねェだろッッ!!!ライスの天皇賞見てねェのかッッ!!!」

 

 

桜木「っ.........!!!」

 

 

 そうだ。あの日確かに、人は変わった。変わる事が出来たんだ。俺はそれを確かに目の当たりにし、肌で感じとる事が出来た。あれは正しく、変化と呼ぶに相応しいものだった筈だ。

 それでも女神は、まるで俺達が分かっていないと言うように首を振った。本質をまるで分かっていないとバカにする様に。

 

 

「あんなの一瞬じゃない。永遠には程遠いわ」

 

 

黒津木「だったらその一瞬一瞬を積み上げて行けば良いだろッッ!!!」

 

 

「だから、意味が無いのよ」

 

 

神威「意味が無い事なんて.........そんなのやって見なきゃ―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いい加減にしてッッッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヒステリックな声が響き渡る。先程まであんなに余裕を見せていた存在が、徐々に堪えきれなくなり、遂にはそれを爆発させた。

 肩で息をしながら、整えた前髪でその両目が俺達から見えなくなるように、浅く俯いた。

 

 

「もううんざりなのよ。そんな[いつか]を待つのは.........」

 

 

「それに人を変える人を変えるって、貴方達が頼るのは人じゃなくて、いつも決まって[私達]じゃないッッ!!!」

 

 

「飽き飽きよ。利用するだけ利用して、使えなくなったら捨てるように手を離す。今までそんな同胞を何人も見てきた.........!!!」

 

 

「変わっても一瞬よ!!!永遠を生きない人間はやがて世代が変わるッッ!!!そうなったらどうなると思う!!?全部リセットなのよッッ!!!」

 

 

 悲痛な叫びが痛々しい程に耳に響く。その声に籠った感情を今まで、どれだけの時間と苦悩を掛けて積み上げられてきたのか、俺達では到底理解に及ばないものだ。

 それでも、その様子を想像するのは容易だった。たとえ一個人が変わったとしても、種族としての変化には程遠い。たとえそれで変われたとしても、次の世代も変わった状態かと言われれば、それは違うと言うしかない。

 

 

「だからもう決めたの。未来なんかに期待しないで、もう確定させちゃおうって、覚悟を決めようって」

 

 

「だってその方が楽でしょう?迷いを振り切って信念に従う.........貴方。そういうの好きでしょう?」

 

 

桜木「.........っ」

 

 

 迷いのない覚悟。その生き様は潔く、綺麗だとすら思える。それは正に、俺の憧れる[悪役]の生き方だ。

 認める訳には行かない。それでもそう言われてしまえば、それを否定する事は出来ない。俺はその姿に憧れ、何度も理想としてきたからだ。

 どうすれば良いという思考の中、泥沼と化し始めた俺の心。しかしそれすらどうでもいいと言うように、俺の前に男がその背を俺に向け立ちはだかった。

 

 

能面「一つ聞く。テメェにはコイツが何に見える?」

 

 

「[希望]よ。全てを終わらせることの出来る。指先一つ力を少し込めて押すだけで解決する私の作り上げた存在」

 

 

「その点、貴方と違って思い通りには動かないけどね。[模造品(レプリカ)]と[玩具(ドール)]は違うわ」

 

 

「何も言わなくても動いてくれる貴方と違って、余計な邪魔で寄り道が増えるもの」

 

 

 心底呆れたような顔で俺を見下す。その目に反抗の意思すら、今の俺には生まれてこない。何故かただ漠然とした罪悪感が胸の内でぐるぐるとした。

 

 

能面「.........クク、[希望]か。大きく出たな?」

 

 

能面「だがコイツはそんな大層な代物じゃねぇ。これはな、お前の[ツケ]だ」

 

 

「[ツケ].........?」

 

 

 俺の方を指差し、[ツケ]だと言う男。ここに居る全員がその言葉にピンと来ず、ただただ男の次の言葉を待ち侘びていた。

 

 

能面「お前は支払うべき信頼という代金を支払わずに、その神の肩書きのまま無理を通して来た。当然そんなお前に無理を通すのは道理が通る」

 

 

能面「[諦めろ]。俺にそれを強いた様に」

 

 

 何度も聞いたその言葉。それを男は強い圧と共に女神へと言い放った。しかし、当の本人はそれに全く響いておらず、つまらなさそうにどうしたものかと考えあぐねていた。

 

 

「.........そうね、貴方。今まで[奇跡]だと思った事は何度ある?」

 

 

能面「.........なに?」

 

 

「例えば[偶然]。[出会い]。[確率]。その全てが[奇跡]」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「でもそれは、私が仕組んだ[必然]」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どう?お代は払ったわ。これで[ツケ]はチャラにしてくれるかしら?」

 

 

能面「.........食えない女だ」

 

 

 苦虫を噛み潰したような表情をする男。そしてそれを聞いても、もう何も言う事は出来ない俺達。そんな事を言われてしまえば、この女神に憎悪どころか、感謝すら覚えてしまう。

 俺がコイツらと出会えたのも、トレーナーになれたのも、マックイーン達と出会えたのも.........全てが[必然]。この女神にとっては決まっていた事だとしたら、決められていたことだとしたら、俺はこの少女に、頭をあげることは出来ない。

 そんな中、女神が俺の方を見てゆっくりと近付いてくる。それを止める事も、それから逃げる事も出来ずに地面に膝付けたまま、その接近を許した。

 

 

「ねぇ。よく頑張ったと思うわ」

 

 

桜木「え.........?」

 

 

 先程までの雰囲気は無くなり、まるで聖母のような慈悲深い笑みを俺に向けてくる。その手を俺の顎に添えて顔を上げさせ、労わるようにその頬を撫でた。

 涙が溢れそうになった。頑張ったんだ。頑張ってきたんだ。ここに来るまで、一体どれだけ折れそうになりながら歩き、折れてから必死に立ってきたのか.........それを彼女は、心からの理解を俺に示してくれた。

 

 

「辛かったでしょう?苦しかったでしょう?私にも分かるわ。けれど、貴方も[受け入れる時]が来たのよ.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さぁ、[夢を見たければ眠りなさい]?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

四人「―――ッッ!!?」

 

 

 風が吹き荒れる。俺と女神を中心にして、周りのヤツらを吹き飛ばすような風が発生し、それに抗うことが出来ずに奴らは紙吹雪のように軽く飛ばされた。

 

 

三人「玲皇ォォォ―――ッッ!!!」

 

 

能面「くッ!!!」

 

 

 地面に倒れた三人はすぐさま体勢を整え、俺の方を見て名を呼ぶ。男は地面に着いたものの、老化により運動性能が格段に落ちているせいか、そこから立ち上がることすら出来ない。

 しかし、その右手を前へと投げ出すと、その掌から[鎖]が俺の方へと伸ばされる。そしてそれが、俺の身体へと強く巻き付かれようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 [強制共鳴]が発動―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「無駄よ」

 

 

能面「っ!一々気に触る女だ.........ッッ!!!」

 

 

 巻き付かれようとしていた[鎖]は、地面から俺を包み込むように発生し始めた[繭]によって弾かれた。それは徐々に俺の身体を多い尽くし、ゆっくりと俺の全身を包み込んで行く.........

 

 

「さぁ、貴方は今から[ヒーロー]になるの.........」

 

 

桜木「ヒ......ロー.........?」

 

 

「そう.........[私の玩具(ヒーロー)]にね.........」

 

 

 身体が完全に[繭]に包み込まれる瞬間。女神はその呼び名とはそぐわない笑顔を見せた。邪悪さが全てを支配したような笑顔で、俺の事を見ている.........

 

 

 そしてそれが、今の俺の意識が最後に見た光景であった―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「.........これで全てが終わるわ。さぁもう帰りなさい?どうせ何も出来ないでしょう?」

 

 

神威「そんな.........」

 

 

黒津木「玲皇.........!!!」

 

 

白銀「くっっっそォォォォッッッ!!!!!」

 

 

 地面を強く叩く音が聞こえる。普通のアスファルトであれば、ヒビが入るであろう強さだ。それでもこの夢の世界では、ヒビが入るどころか、振動すら無い。

 

 

能面「.........」

 

 

 右手を開き、感触を確かめる。確かに俺の[強制共鳴]は弾かれた。奴との繋がりは感じる事は出来ない。それでも俺は疑心と焦りの心は持ち合わせつつも、不思議とそこに不安はなかった。

 両手を着き、その場に立ち上がる。やはり夢であるせいか、普通は感じるはずの痛みは無い。鈍さも無い。ここが現実でない事で助かったと[改めて]思った。

 

 

能面「.........確かに、何も出来んな」

 

 

「でしょう?後は私に任せなさい。長い時間は掛かるけど、人類は必ず滅ぼすわ」

 

 

能「.........勘違いするな」

 

 

「.........は?」

 

 

 身体のそこから熱いものが溢れ出す。かつては何度も押し消してきたそれが、気付けば完全に消えていたと思っていたそれが今になって、再び現れ始める。

 [夢]で助かった。それは何も[防衛]的な意味だけでは無い。ここでしか出来ない事が確かにある。俺はそれに.........柄にも無く[賭け]たんだ。

 

 

「[俺達]は何も出来ない」

 

 

「.........何が言いたい訳?」

 

 

?「そのままの意味だ。[俺達]は.........と言いたいんだ」

 

 

 俺のその言葉に数瞬、女神は思考を停止させ、その後何かを察したように辺りを見渡した。されど、今この場にいるのは確かに俺達だけだ。

 焦りの表情に汗が滲んだまま、それは俺を笑い嘲る。

 

 

「はっ!なに?ここに来てただのハッタリ?随分と足掻くじゃない。[優等生]?」

 

 

??「ああ。[それ]が出来るのならば、俺は[それ]をするだけさ」

 

 

???「[夢]は良い。直接会わんでも繋がれるからな.........」

 

 

「っ、何を言って―――!!?」

 

 

 女神は焦ったまま[繭]の傍で立ち上がり、完全に意識を俺に向けた。俺はこの瞬間をずっと待っていた。

 俺の力が弾かれるのは想定内だ。相手は神。あれしきの事で状況を打破し、世界を覆せるのならば誰でも出来る。

 掌を[繭]に向けてかざした瞬間。その地面から[六本]の[鎖]が飛び出し、[繭]の上からがんじがらめに拘束を始める。

 

 

「!!!一体何を「さぁ、見てろよ?神様」.........!!?」

 

 

???「今のコイツは―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「[奇跡(テメェ)]だって超えられるんだぜ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「.........」

 

 

 暗闇だ。けれどさっきまでの暗いだけの空間とは違う。まるで瞼を閉じている様な、暖かみのある暗闇。これからまるで、[夢]でも見るかのような、寝ている世界。

 頭がジリジリと痺れをましていく。水の中を漂うように身体が感覚を無くしていく。そしてそれに.........抵抗しようとすらしない、自分が居る。

 

 

(あぁ、なんか本当に.........ゲームオーバーみたいな.........―――)

 

 

 薄れていく意識。もはや思考すら覚束ず、満足に答えを出すことも考えることも出来ない。それは正に、あともう少しでクリア出来そうな面で予想外のアクシデントが起こり、一瞬でゲームオーバーになってしまった様な感触だ。

 そう.........それは本当に.........鮮明な.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 G A M E O V E R

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 セーブ地点からやり直しますか?

 

 はい

 いいえ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「ん〜〜〜.........!」

 

 

 噴水の音が聞こえて来る。昼の日差しが気持ちよく身体を暖めてくれる。季節は春でまだ肌寒い季節だと思うが、道民生まれの俺にとってはまだ温かい方だ。

 

 

桜木「さてさてさてと♪お昼休みはもぐもぐイーティン♪」

 

 

 手に持った袋の中身を確認しながら、噴水の淵に腰をかける。袋が飛ばされないよう中身を抜いた後、俺はそれを無理やりズボンのポケットに入れ込んだ。

 両手に持ったのは、[コンビニサンドイッチとストレートティー]。意識の高い若者に人気の組み合わせである。俺もその流行りに乗って、それを一口食べ、そして一口飲んだ。

 

 

桜木「ムググ.........コンビニサンドイッチとストレートティーの組み合わせは大人臭過ぎやしねえか.........」

 

 

 

 

 

 探し物はなんですか?

 

 

 見つけにくい物ですか?

 

 

 カバンの中も

 

 

 机の中も

 

 

 探したけれど見つからないのに。

 

 

 まだまだ探す気ですか?

 

 

 それより僕と踊りませんか?

 

 

 夢の中へ

 

 

 [夢の中]へ

 

 

 行ってみたいと思いませんか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 山あり谷ありウマ娘 ―――完―――



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エピローグ

 

 

 

 

 

「「「「「「「かんぱーい!!!」」」」」」」

 

 

 複数のガラス同士が当たり、音をこの空間に響かせる。目の前にはここまで道のりを共にしてきた少女達が、各々好きなアルコール類の入ったグラスを持っている。

 

 

 今日は俺がトレーナーになって10年がたった日。そのお祝いにこうして、かつてのチームメンバーが俺の家に集まってくれた。

 

 

桜木「いやぁ〜、こうしてチーム[レグルス]一期生が集まるのも久々だな〜」

 

 

マック「そうですわね。最近は皆さんお忙しい様子でしたし」

 

 

 隣に座る彼女の言葉を聴きながら、俺は一口甘い酒を飲んだ。それを口の中で堪能しながら、今までを振り返る。

 

 

 思えば、[出来すぎた]と言っても過言じゃない道を歩んできた。

 

 

ウララ「ねぇねぇトレーナー!!最近はどう?」

 

 

 身を乗り出して俺の近況を聞いてくるウララ。見た目は成長したが、中身にあまり変化は感じられない。そんな彼女らしさに嬉しさを覚えながら、最近の事を思い出す。

 

 

桜木「順調だよ。皆優秀でさ。補欠の子もスタメンの子も手を取り合って成長してる」

 

 

タキオン「ほうほう!それは実に気になるねぇ.........今度データを取らせて貰ってもいいかい?」

 

 

桜木「ちゃんと学園の許可取れよ?お前が急に来て怒られるの俺なんだから.........」

 

 

 相変わらず傍若無人と言うか、周りを気にしないタキオン。まぁそれが彼女の良さであり、らしさでもある。自重して欲しいとは思うが、変わらないでいて欲しいと言うのは俺のわがままなのだろう。

 

 

ライス「ふふ♪お兄さま嬉しそう」

 

 

桜木「あはっ、バレた?」

 

 

ブルボン「マスターの表情から微かな[喜び]を感じ取れます。変わっていませんね」

 

 

 隣同士で座るライスとブルボン。俺の方を見て優しく微笑む彼女達もまた、俺の記憶に残った姿のままだった。

 

 

デジ「皆さん変わりませんね〜。今でも本当に走れそうな感じがしましゅ〜!!」

 

 

マック「ふふふっ、さすがにもう長距離は走れませんわ」

 

 

桜木「そういうデジタルだって、まだ全然オタクなんだろう?」

 

 

デジ「当たり前ですよ!!オタクになった者は生涯オタクとして生をまっとうするって相場が決まってるんです!!」

 

 

 キラキラとした目で椅子から立ち上がり、力強く拳を掲げるデジタル。彼女のオタク魂も健在で、俺は安心した。

 

 

 あれから、途方も無い月日が流れた。

 

 

 俺がトレーナーになって、マックイーン達と出会ってから、もう随分と時間が経った。いつまでもこんな時間が続けばいいとすら思っていた。

 

 

 けれど、物事には必ず[終わり]が来る。

 

 

 けれど本当の幸せは物語の中では語られず、[エピローグ]にある。

 

 

桜木「.........本当、[奇跡]の様な快進撃だったよなぁ」

 

 

マック「.........ええ。本当ですわね」

 

 

 俺のその言葉に同調するように、ここに居る全員が懐かしい記憶を思い起こして行く。それは正に、俺が辿った最初の道だった。

 

 

 

 

 

 アグネスタキオン。彼女はとても変わったウマ娘であった。研究が大好きで、データ集めや検証には目がない。そんな存在だった。

 その走行スピードの速さは正に光.........いや、光すら置いて行き、目に残るのは彼女の後を追う[残光]だけであった。

 その速さを目の当たりにした人達は、口を揃えて言う。[生きる神話]だと。

 実際、彼女はそのスピードを持ちながら足は[頑丈]と言う―――

 

 

 

 

 

 ハルウララ。走るのが大好きで、とにかくレースに出たいと言っていた彼女。ダートを専攻としていたが、シニア級の人気投票にてまさかの有馬記念出走を果たし、元から高かった人気は更にうなぎ登りで上がって行った。

 ダート専攻という事で、最初の内は不安だったが、直ぐに芝のコースに順応できた彼女。スタミナも根性、ガッツも持ち合わせている。

 それに、彼女は最初からとても[強い]―――

 

 

 

 

 

 ライスシャワー。引っ込み思案で内気な少女。他の皆とは違い、特にこれに勝ちたいというレースは無く、自分が変わる為に走る。そんな変わった子だった。

 当然、意識を向けているのは自分の内面なので、ジュニア。クラシックと大きな活躍は見せられなかった。それでも、惜しい所までは行けた。

 そのお陰か、彼女には多くのファンが着いてくれた。初めてG1を勝った時には、大勢から沢山の[祝福]を―――

 

 

 

 

 

 ミホノブルボン。スプリンターでありながら、三冠を目標に掲げた彼女は、死に物狂いでトレーニングを積んだ。その必死の姿を見て、笑う者や諦めるように言う人は誰も居なかった。

 そうして迎えたクラシック。彼女は多くの強敵とのレースを制し、見事[三冠バ]に―――

 

 

 

 

 

 アグネスデジタル。ウマ娘が好きだと言う彼女。その言葉通り、いや、もはや好きと言うより愛と呼ぶに相応しい位の心酔ぶりを見せていた。

 そんな彼女はダートだろうと芝だろうと、ウマ娘の隣で走れるのならばと垣根なく走り、遂にはそのどちらとも適応して行き、しまいには海外G1で勝ちを得る程になってしまった。

 だがまぁ、最初からどちらも何となく走れると言われた時はどうしたものかと首を捻ったが、彼女はチーム入団当初から[選手]として―――

 

 

 

 

 

 ―――何故だろう。違和感が拭えない。彼女達とはもう、十年来の付き合いだと言うのに、その道のりに疑いの目を向けてしまう。

 

 

 俺は何者だ?

 

 

 俺は何をしてきた?

 

 

 そんな疑問が尽きないままでいると、不意に俺の手がそっと握られる。

 

 

桜木「っ、マックイーン?」

 

 

マック「トレーナーさん。私達は貴方に感謝してるんです」

 

 

 優しく微笑みながら、俺の手に添えただけの手で優しく両手で握り初め、彼女は自分の胸の方へと持って行った。

 

 

桜木「な、なになに?もう酔っ払ったの?」

 

 

マック「ふふっ、そうかもしれませんわね.........」

 

 

 

 

 

 メジロマックイーン。俺が[最初]に契約を結んだウマ娘。彼女のおかげで俺のトレーナー人生の最初の一歩はとても良いものになったと思う。

 彼女は天皇賞春秋を[連覇]し、しかも春の天皇賞に至っては[三連覇]している。現役生活の中でたった一度の[怪我]もなく、正に[順風満帆]と言っても過言では―――

 

 

 

 

 

マック「貴方が居なければ、私達はきっと、あれほど成長出来ませんでした」

 

 

 思考の沼にハマりかけた時、彼女のその言葉で意識が[この世界]に戻される。彼女のその真剣な眼差しに、その思考を放棄し始める。

 

 

マック「ここに居る皆さんが、貴方の事が大好きなんです」

 

 

桜木「.........」

 

 

 そう言われて、俺は改めて皆の顔を見る。そこには自信満々な顔をしていたり、嬉しそうな顔をしていたり、恥ずかしそうに照れていたり、慈悲深く微笑んでいたり、むず痒そうに鼻をかいていたりと様々な反応だった。

 そんな皆の様子を見ていると、俺の手を取っていた彼女が深呼吸をし始めた。何か覚悟を決めるようなそれに、俺も少し緊張する。

 

 

マック「勿論そこには、私も含まれております.........」

 

 

マック「で、でも、皆さんのそれとはまた別の感情でして.........」

 

 

桜木「え.........?」

 

 

 俺の顔を見ながら、徐々にその顔を赤くしていくマックイーン。熱があるのかと思う程に赤くなった彼女の顔を見て心配になってしまうほどに。

 けれど、それを指摘することは出来なかった。なんだか、そういう雰囲気じゃないと感じたからだ。

 そして彼女は、その顔を俯かせながら俺の手をゆっくりと離した。両手を膝の上に置いて、緊張のまま背筋を伸ばし、言うか言わまいかの押し問答を自分にする様に、視線を泳がせ、目をぎゅっとつむらせた。

 少しの静けさの後、彼女はようやく口を開いた.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「す、好きですっ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「素敵ない、いいい、異性として.........!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「.........!?!?!?」

 

 

 耳に入ってきたのは俺に対する好意の物。目の前に居る少女は頭から湯気を出し、顔を見なくても先程より赤くなっている事を想像させる。

 何を言われたのか、全く理解が出来なかった。何故俺なのか?何故彼女が?そんな言葉が出てくる前に.........

 

 

桜木「えええぇぇぇぇぇ!!!!!???」

 

 

 思わず叫び声を上げながら立ち上がった。心臓はまるで小動物の様に鼓動を早くし、俺の身体にもう必要無いくらい血液の循環効率を高めて行く。

 バクバクと脈打つ心臓。息を整えようとしても自然と乱れて行く。目の前のマックイーンはその顔を赤らめたまま、俺の方をじっと見つめてきている。

 誰かに助けを求めた訳では無いが、俺は思わず、皆の方を見てしまった。

 

 

タキオン「全く、やっと言ったか.........」

 

 

ウララ「良かったねマックイーンちゃん!!」

 

 

ライス「うわぁ〜.........!ライス告白するところ初めて見た!!!」

 

 

ブルボン「私もです。ライスさん。ステータス[高揚]を確認」

 

 

デジ「」

 

 

 どういう状況なんだこれは.........皆彼女の突然の告白に動揺する事はなく、ただただ多数の祝福と一つの呆れと絶命を送っている。

 そんなあたふたとした様子を見せていると、タキオンがため息を吐いて俺の方を見た。

 

 

タキオン「まぁキミの事だから気付いてないと思っていたが、彼女。ずっとキミに好意を寄せていたんだよ」

 

 

桜木「そ、そうだったの.........!!?」

 

 

マック「///」

 

 

 俺の言葉に反応して、彼女はコクリと頷いた。その一連の動きを見て、俺は愕然とした。一体今まで、俺は彼女の何を見ていたのだろうかと―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『私には、メジロの名を持つウマ娘として、果たさなければならない、高い目標があります』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――なんだ。これは。なんで今になって、こんな[思い出]が蘇ってきたんだ?

 

 

 いや、そもそもこれは.........俺の[思い出]なのか.........?

 

 

 青々としたターフの上。風が優しく流れ、そのターフは波のような模様を作り、彼女の髪を揺らす。酷く鮮明な映像が一瞬、まるでサブリミナル効果の様にして思い起こされた。

 

 

 [扉]のカギが、一瞬開きかけた様な気がした.........

 

 

 そしてそのまま、扉が―――

 

 

「おっ、もうやってんのか!」

 

 

桜木「っ、お前ら.........遅いぞ。十分の遅刻だ」

 

 

 扉が空いた。俺の家の扉だ。さっきの鍵の音もきっと、この家の物だろう。そうだ。きっとそうに違いない。

 やってきたのは俺の親友たち。それぞれ好みの酒やつまみを買って持参してきたようで、俺達の座るテーブルの上にそれらが入ったビニールをドサッと置いた。

 

 

神威「ふい〜。10年だって?時が経つのははえーなホント」

 

 

黒津木「ホントよ。さぼりんピック金メダリストのあの玲皇選手がまさかの10年選手とはなー。はい翔也金」

 

 

白銀「か.........ね?」

 

 

黒津木「はァ!!?お前俺と賭けただろうがッッ!!!玲皇が10年経ってトレーナーやってるかやってねぇかッッ!!!」

 

 

白銀「やだ.........違法賭博よ玲皇ちゃん.........翔子怖いわ.........」

 

 

桜木「今神奈川県警に連絡するね」

 

 

 いつも通りのバカ騒ぎを目の前で始める二人。それに巻き込まれないよう持ち前の影の薄さでこちらに避難してくる神威。俺はとりあえず警察に連絡しようとしている。

 

 

黒津木「くっそ!!!もういい知らねェ!!!だったら俺もこの前玲皇のプリン食ったのバレるかバレないかの賭けの事は無しな!!!」

 

 

白銀「はァ!!?それはやったんですけど!!?俺が食ったのバレるのに10万レイズしたんですけど!!?金の切れ目が縁の切れ目だぞテメェッッ!!!」

 

 

桜木「テメェらマジでぶっ殺すかんなァッッ!!!」

 

 

 マジで有り得ない。人の食い物食ってそれがバレるかバレないかを賭けするような奴らだとは思わなかった。もうこの場で八つ裂きにしておでんにしちまおうかな。神威含めて。

 

 

タキオン「お、おいおい!!!今この状況で良くそんな事が出来るなトレーナーくん!!?」

 

 

桜木「うるさいッッ!!!コイツらは今この場でたたっ殺して魚の餌にしちゃるッッ!!!」

 

 

神威「ねぇなんで俺の方指差してんの!!?俺はノータッチなんですけど!!?」

 

 

二人「金は賭けてねぇだけで発案は創だぞッッ!!!」

 

 

神威「クソァッッ!!!かかってこいやオラァッッ!!!」

 

 

 もはや家の中は乱闘騒ぎ。先程までの恋愛的なドキドキ感はどこへやらという様子で、俺の心臓は今スリルによってその鼓動のギアを上げていた。

 結局10年経ったとしても俺達は何も変わらない。変わりゃしない。それが安心感となり、そしてそれが何故か、[焦り]にもなっていた。

 

 

 時間が経つに連れ激しさを増してきた。それを止めようとタキオンとマックイーンが近付いてくるが、彼女達の介入ではなく、たった一回のインターホンの音が、俺達の騒ぎを鎮めた。

 

 

マック「誰でしょう?他に招待していたのですか?」

 

 

桜木「い、いや。コイツらとマックイーン達以外に声は掛けてないけど.........はーい!!」

 

 

 いつの間にやら人間同士の筈が紐のように複雑に絡み合っていた所から何とか脱出し、ふらっとしながら立ち上がる。コイツらの様に謎技術で合鍵を作っていないので入られる心配は特になかった。本当にやめて欲しい。

 玄関の前まで行き、その扉を開けると、俺の目の前には巨大な花束が視界を覆った。

 

 

桜木「うおおわっ!!?」

 

 

「ハッピーバースデーだな!!おっちゃん!!」

 

 

桜木「ご、ゴールドシップ.........!!?なんでここに!!?」

 

 

ゴルシ「あん?んだよ!!ゴルシちゃんおっちゃんがパーティーするって聞いてわざわざ宇宙海賊デンデロリーナにとっ捕まってる所情状酌量の余地にして貰って帰ってきてやったんだぞ!!!」

 

 

 訳が分からない。この子が意味わからないのなんて今に始まった事じゃないが、久しぶりのそのノリについていけない程。どうやら 彼女と顔を合わさなかった年月はそう短くないらしい。

 そんな呆けた俺に対して祝いの花束を押し付け、彼女は俺の家へと入ってくる。俺は溜息を吐きながらそれについて行こうとすると、背中を押され地面へと前のめりに倒れ込んだ。

 

 

テイオー「やっほーサブトレーナー♪」

 

 

スペ「おじゃましまーす!!」

 

 

ダスカ「なんだ。結構良い家住んでるじゃない」

 

 

ウオッカ「だよな〜!さっきガレージもあったけどよ!!もしかしてバイクとかあんのか!!?」

 

 

スズカ「もう。ちゃんと皆挨拶しましょう?久しぶりです。サブトレーナーさん」

 

 

桜木「う、うん。皆元気そうでなにより」

 

 

 どうやらこのパーティーの存在をどこからか聞きつけたのだろう。チーム[スピカ]のメンバーが俺の家へとやってきた。

 

 

 このチームとも長い付き合いがある。それというのも、マックイーンのライバルである[トウカイテイオー]が在籍しているからだ。よくマックイーンに突っかかってきたのもあり、チーム全体で関わった事もある。

 

 

 そんな皆に押されて前から地面に倒れてしまったが、ゴールドシップのくれた花束がクッションになったお陰で怪我は無かった。手を着いて花の様子を確認していると、また背後から声が掛けられた。

 

 

「大丈夫か?桜木」

 

 

桜木「!沖野さん!!古賀さん達まで.........」

 

 

 後ろを振り返ると、玄関には何故かトレーナー陣の皆が立っていた。沖野さんが苦笑いを浮かべながら俺に手を差し伸べてくれる。

 それを受け、俺は素直にその手を取って立ち上がった。

 

 

古賀「水臭いぞ〜桜木ぃ!!なんで俺達を呼ばないんだ!!」

 

 

桐生院「そうですよ!!私達にもしっかりお祝いさせて下さい!!」

 

 

南坂「仲間外れなんて酷いじゃないですか」

 

 

 俺の周りを取り囲むように、玄関で盛り上がりを見せる。なんで呼んでくれなかったんだと言われ、俺も釈明に困る。

 

 

桜木「い、いや。皆とはまた後日って形にしようかと.........今日は最初の担当達と親友だけって形で.........」

 

 

黒沼「.........俺達は邪魔だったって訳か」

 

 

桜木「そ、そんな事ないっすよ!!?」

 

 

黒沼「フッ、冗談だ」

 

 

 和気あいあいとした様子で、彼等彼女等も俺の家へと入ってくる。結構大きい家に越してきたが、この人数を果たして捌き切れるか.........

 そんな事を心配しながら、最後に入っていく沖野さんの背中について行こうとする。すると、俺の視界の横からフラッと現れる見知らぬ人物の背中が見えた。

 

 

桜木「っ、あの―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『謝らせてくれ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その人物が振り返り、俺に対してそう言った。けれど、聞こえた訳じゃない。ただ口元が、そう動いた様に見えた。

 その姿に、見覚えは無い。無いはずなのに、何故だか胸が苦しい。それでも違和感を覚えた俺は目を擦り、もう一度目の前を見た。

 そこにはもう、さっきの男は居ない。変わりに、明らかに日本人では無い三人の人物が、俺を見て立っていた。

 

 

『今度はゆっくり話が聞きたいわ』

 

 

『お前の筋肉も素晴らしいな!マイフレンド!!!』

 

 

『今度は同じ立場で会おう。ミスター桜木』

 

 

 誰なんだ.........アンタらは一体誰で、なんで俺の心をこんなにも騒がしくさせるんだ。胸を締め付ける何かを抑え込むように、右手で心臓の部分を掴もうとする。

 痛いくらいに激しいはずの鼓動。けれど胸の上から触ってみれば、大したことは無い。むしろ、これで本当に体が動いているのかと言うくらい静かで、間隔の広い脈打ちだった。

 今度は目を擦らず、真っ直ぐと三人を見る。次第にその姿は朧気に、まるで陽炎のように揺らいでは消えていく。俺に何か、糸のような物を伸ばして.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 [共鳴]が発動している.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 知らない。知らない。知らない。俺はこんな人達とあった覚えなんてない。俺はずっとトレセン学園に居た。最初に出てきた男にも、あった覚えは無い。謝られる筋合いすらない。

 だと言うのに、俺は何かを忘れてしまった様に、脳みその隅っこを漁り始める。端の端、隅の隅、隙間の隙間まで、何かを落としてしまったのでは無いかと錯覚する様に.........

 

 

 ピキリッ。と何かに亀裂が入る音がする。その瞬間。空間全てがまるで慟哭する。耳を押さえたくても押さえられない。あまりに唐突な出来事で、俺にはそれをする余裕が無かった。

 ヒビが広がっていく。目の前の景色が遠のいて行く。けれど、それに連れて実際の鼓動はどんどんと早くなって行く。

 まるで、[目覚める]様に.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 .........嫌だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 心の中で、咄嗟にその言葉を呟いた。すると目の前の空間は元通り。まるでさっきの事など無かったかのように正常に戻る。

 

 

 ここには皆が居る。成功がある。幸せがある。それでいいじゃないか。それが全てじゃないか。

 

 

 苦しみも、悲しみも、痛みや絶望も無い。そんなものの片鱗すら感じない。それが無いならこの上ない。誰も自分から進んで苦しい思いをする事なんて無いはずだ。

 

 

 なのに.........なんでこんなに苦しいんだ.........?

 

 

「ほう!!どうやらパーティーをしていると言うのは本当の様だな!!」

 

 

桜木「!!?」

 

 

 俺の迷い。それを見計らったかのように空いている玄関から顔を出してきたのは、秋川理事長だった。

 俺は先程までの考えを何とか振り払い、出来る限りの笑顔で彼女をもてなそうとした。

 

 

桜木「理事長!!!どうしてこんな所に!!?」

 

 

やよい「祝福ッ!!キミのトレーナー人生10周年を私も祝いたいと思ってな!!!」

 

 

たづな「私も居ますよ♪桜木トレーナーさん!」

 

 

桜木「たづなさんまで.........!!!」

 

 

 扇子をバッと広げ、豪快な笑い声をあげる理事長。そしてそれとは対照的に静かでありながらも、嬉しそうに笑っているたづなさん。二人の姿を見て、さっきまでの事も全部、吹き飛んでしまった。

 

 

 そんな二人を家の中へ招待しようとする。二人が入ったのを見計らい、俺も元の場所へと戻ろうとしたが、先程の様にまたもや誰かが入ってくる。

 だが、知らない人では無い。それは、関わりが薄いながらも、トレセン学園で出会ってきたウマ娘達だった。彼女達までもが、俺のこの10年と言う旅路を祝おうとこの場に来てくれている。こんなに嬉しい事は無かった。

 

 

桜木「おいおい.........流石にこんなにはもてなせないって.........」

 

 

 口ではそんな呆れながらも、中々どうして、嬉しそうな声は漏れ出てしまう。こんなぎゅうぎゅう詰めになった家の中は、生まれて初めてだった。

 

 

 ここには全てがある。[偽物]なんかじゃない。たとえそうだとしても、[良く出来た偽物]だ。本物と大差変わりない。

 

 

 首を振りながらワイワイと騒がしいリビングの方へと戻る。そこには皆が居る。俺の家で、俺を出迎えてくれる。そんな様子に嬉しい気持ちになっていると、マックイーンがこっちの方へと近付いてきた。

 

 

桜木「.........?どうしたの?」

 

 

マック「.........その、先程のお返事を聞かせて欲しくて///」

 

 

桜木「.........え!!?ここで!!?」

 

 

 目の前に居るマックイーンにそう問うと、もはや頷く事すらせず、彼女は恥ずかしさに耐えきれずに顔を両手で覆った。

 い、いやいや.........流石に恥ずかしいがすぎる.........ここで告白の返事なんて.........全員知り合いのパブリックビューイングじゃないか.........

 

 

桜木「えっ、と.........流石に今言うのは.........ちょっと.........」

 

 

マック「.........では―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――行動で示して下さいましっ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 両手で顔を隠し、俯いていた彼女が力強く言いながら、俺に顔を向けた。俺はそれに反応する事が出来ず、ただ背中を反らし、彼女の圧に押されるがままだった。

 行動で示す。それは一体どう言う意味なんだ?そう聞く前に、彼女はゆっくりと瞳を閉じ、その閉じた唇を少し、前に出した。

 

 

 それはつまり。そういう事だ。周りが見ている前で、そうしなければならない。けれど、嫌な気分では無い。むしろ、嬉しさで頭が爆発してしまいそうなくらいだ。

 

 

桜木「.........っ」

 

 

 心臓が高鳴る。今度はしっかりと、胸を押さえればその手に伝わる程に、しっかりと鼓動をしている。

 深呼吸を一度挟み、彼女の両肩に手を置く。彼女の顔を見て、覚悟を決め、その口に俺は.........深い口付けをした―――

 

 

 

 

 

 Fin―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――「あんた見る目あるなぁ。トレーナーにならないかい?」「私の名前はゴールドシップ!!気軽にゴルシちゃんとかゴルシ様とか呼んでもいいぜ!!」「メジロマックイーンです」「まぁ!新人トレーナーさん!もしかして、私のトレーニングをご覧にいらしたのですか?」「断言出来るよ。君は大化けする。人々の視線を持って行くレベルまで」「貴方は、マックイーンのトレーナーさんですか?」「だから、ちょっと話そうか。お互いの事」「献立表.........?これを、トレーナーさんが全て.........?」「いや、あげるよ。元々君の為に作ったんだから」「メジロの名に恥じぬ走りを、今度こそお見せ致しますわ」「夢ってのは形を変える。俺は今日、あの日の夢をぶっ壊して、新しい夢を見る」「だから未来の話はせめて面白くしてくれよ?アタシを楽しませるようにな!!!」「驚愕ゥゥゥッッッ!!!??」「トゥースッッッ!!!!!はァ.........ァ!!!」「今日のトレーナーさんは、とっても輝いていました」「昔置いてきた夢を、空に返したからな」「おや、目が覚めたかい?」「アグネスタキオン.........?」「というわけでモルモット君!いや、間違えた新人トレーナー君」「え!治験じゃん!」「モルモット君。実験にはまた今度付き合ってもらうよ」「ちゃんと実践してるんだな、偉すぎる」「ええ、私のために、トレーナーさんが頑張って作ってくださった献立表ですもの!」「新人って二人以上担当できたっけ?」「トレーナー研修以来だな、桜木」「それにしても、しっかりエースが板に付いてきましたね」「ウララちゃーん!ボールそっちに行ったよーーー!」「わわわ!?」「「「「かんぱーーーーい!!!!!」」」」「なぁ、自己紹介からしない?いきなり肉焼いて食べ合うのは日本人向けじゃない気がする」「わたし!!ハルウララっていうの!!いっぱい一着取るのが目標なんだー!!」「あ、あの、ライスシャワーって言います.........よ、よろしくお願いします!」「皆さん初めましてですわね」「では問おうッ!!メジロ家という名家からの出生を持つメジロマックイーンッ!!その子と道を歩もうとしながらッ!!君が願うウマ娘の名をッ!!」「アグネスタキオンの熱を、俺は信じます」「実は、退学勧告を受けてしまってね」「目の色って言うより、深さかな」「クク、君の扱いはモルモット。あるいはそれ以下だが、それでも良ければ来るといい」「トレーナーさん!今から3200m走ります!!タイムをお願いしますわー!!」「見違えた.........一週間前とは本当に別人だったよ!マックイーン!!」「これから、ご指導ご鞭撻のほど。よろしくお願いいたしますわ。トレーナーさん」「飲み過ぎたんだ.........久々の友達との飲みだったから、ハメを外し過ぎたんだ.........」「入らないのですか?」「おう、自己紹介してくれ」「あのね!トレーナーが教室に居たのが見えたの!!」「家の隣に越しておいで」「1+1が2になるのはなんでだと思う?」「好きに走っても.........良いんですか?」「トレーナーさんも大人なのですね」「おいおい.........ッ!スプリンターだからって早すぎじゃねえか.........!?」「ミホノブルボン。それがあの、 超高速の逃げを体現したスプリンターの名前だよ」「泣かなくていい。一人じゃ無理だった。 だから、これからは皆で変わろう」「ライス、本当にだめな子だよ?いっぱい迷惑かけるし、まともにレースも出られないのに.........」「一緒に変わっていこう!」「クラシック三冠達成です」「『落ちこぼれだって、必死に努力すりゃ、エリートを越えることがあっかもよ』ってヤツだ」「自己ベスト。更新しました」「おい、それ三日前の夕刊だぞ」「うおーい!!本がぐちゃぐちゃじゃねーか!!」「一緒に頑張りましょう。トレーナーさん」「正に。『‌ㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤ』ってところだな」「秋の天皇賞や」「マックイーンとタキオンのデビューが決まった」「私に付き合ってください!!!」「山形ァッッ!!!」「さんをつけろよデコスケ野郎ォォォッッッ!!!!!」「サ・ブ・ト・レ・ー・ナ・ー!!」「トレーナーさんといると、退屈とは無縁になりますわね」「自分の夢くらい自分で信じろ!!!」「これからどうぞよろしくお願いします.........『マスター』」「焼け石に水なんだよ。そうなる事を知っていたとバレた時。君はどうするんだい?沖野君は?」「せめて、気にかけてやってくれないか?」「はぁ、私のデビューを取り消してくれ」「ゴルシちゃんが来たからにはもう安心だな!!!大船に乗ったつもりでゲロゲロしてていいぜ!!!」「ウマ娘の怪我との戦いは、必ず来る。俺の気持ちが分かる様になる日も来るかもしれないが、決して分かるな。若さと優しさを持って、ウマ娘や同期と仲良くしてやれ」「似合ってますわ。トレーナーさん。新しい服ですか?」「遂にマックイーンもデビューかー!!!うぅ、こんなに大きくなっちまって.........!!!」「ジャックポットは狙うべきものじゃない。それだけです」「素晴らしいですッッ!!!」「勝ってこい、マックイーン」「一着で待ってる」「一着で待っててくださいね?」「メイクデビューを制しました!!メジロマックイーンの完勝でした!!」「泣いてないでず.........」「ふふっ、本当にありがとうございます」「あれ、ブっさん」「ふふふ、トレーナーさんは私の知らないことを教えてくれる人ですわ」「じゃーん!マックイーンスペシャル献立表パート3!!」「キ、キタサンブラックです.........!」「やらないか?」「集客率、以前の状態から32%上昇しています。つまり、この姿は的確です」「死ぬかァ!!?消えるかァ!!!土下座してでも生き延びるのかァ!!!???」「観念ッ!!もう助からないぞ♡」「あ、ありがとうございました!!」「随分と手馴れてますのね」「せっかくだから、なんかお願いしていくか?」「.........それではトレーナーさん。また明日」「クォラァァ!!!どういうつもりでウチのハチマキ盗ったんや!!!返答次第とかそんなもん関係なくタダじゃ置かないでッ!!!」「世紀の頂上決戦。楽しみにしているよ。トレーナー君が応援するんだ。私も君の勝利を願おうじゃないか」「あ、あの!頑張って勝ってね!タマモクロスさん!」「タマちゃん!!ウララもね!!1着取るのが目標なの!!一緒だね!!!」「勝率は五分五分です。どちらが勝つかは分かりません。ですが、マスターの言葉をお借りするなら。私は貴方の勝利に賭けます」「応援していますわ!タマモクロスさん!勝った暁には是非その景色の感想を教えてくださいまし!!」「負けたくないなんて思うな.........常に勝ちたいと思え。それだけだ」「.........[稲妻]の雷鳴は遅れて聞こえてくる。音に気付いた後にはもう姿は残らへん」「ウチはただの[稲妻]ちゃう、[白い稲妻]や。それを今日、ここで証明する為に立ってる.........だから」「勝負や。オグリキャップ」「バッキャロォォォォーーーーッッッ!!!!!」「やだぁ、私はァ!負けたくないィィィィッッ!!!」「俺は.........今の俺は.........ッ!」「『‌ㅤㅤ』だって超えてるんだぜェッッッ!!!!!」「シラオキ様に祈りを捧げていたのです!!シラオキ様はいつも私達を見ていてくれています!!」「君が彼女の事を思うのなら、移籍をオススメするよ。君の私欲が無ければの話だが.........ね?」「さようなら!!![桜木]さん!!!」「そんなのどうでもいい。アタシは目先の勝ち負けより、[未来]の事を思っておっちゃんにマックイーンを託したんだ」「.........怖かったんだ」「これでメジロマックイーンは俺のもの.........!!俺の出世は確定だ.........ばっかだなァ!!スランプなんざ早々簡単に脱せられる訳ねぇだろうがァッッ!!!」「先輩、悪いが俺はマナーを知らねぇ。若いからな」「全く、珍しく連絡よこしたと思ったらアンタ、昼に行くから用意しとけって何様よ!!」「「ふーん、デートかよ」」「トレーナーさん!お魚さんが泳いでいますわ!」「ちょいちょいちょいちょい!」「さぁさぁさぁさぁ!」「初めまして桜木トレーナー。マックイーンの祖母です」「メジロ家ってコント集団だったんだな.........」「人は変わる。私が妻に出会ったように、雷に打たれたように一瞬で変わる事もあれば、変わった事に時間をかけて気が付くこともある」「気ーがー狂ーいーそう!!!!」「なななななー」「ふふ、あんなに苦労したのに、もう次を考えていらっしゃるのですか?」「ああ、また聞かせてくれ。マックイーンの事」「夏は合宿ッッ!!!」「勝利は勝利ッ!私は勝利をリスペクトするッッ!!!」「鏡みてから言ってくれる(ますか)(かい)?」「除☆外ッ!」「夏はポケモンッッ!!!」「何だこの厨パ!?」「だから嫌いなんだよポケモンはよォッッ!!!」「「「これからウ○コ食うってのにカレーの話してんじゃねぇよッッ!!!」」」「逆だ逆ゥッッ!!!」「「「ゴッドハンドクラッシャーッ!!!」」」「流しそうめん!!!??」「さっきのお返しですわ。トレーナーさん」「死にたいらしいな(^^)」「逃げろォォォォォッッッ!!!!!」「融合すんのはクマと俺達のデッキだァァァァァッッッ!!!!!」「死ねぇぇぇッッ!!!玲皇のコントロォォォラァァァッッッ!!!!!」「俺も許さねぇしこのトミーガンも許さねぇぇぇぇッッッ!!!!!」「ガトチュゼロスタイルッ☆!」「俺も仲間に混ぜてくれよ」「おい!!!喧嘩してる場合じゃねえぞ!!!アレお前らの私物だろ!!!」「海に帰れェェェェェッッッ!!!!!」「俺のWiiが!!!?????」「俺のGCメモリーカードが!!!?????」「俺のスマブラが!!!?????」「俺のWiiリモコンが!!!?????」「夏祭り.........」「ダメだ。そんな事したら、 花火は見れてもお祭りは楽しめないだろ。今は羽目を外すべきだ。特にマックイーンはな」「バカ」「ああ、花火でもしようと思ってな」「何気に初めてじゃね?このメンバーでやんの」「見ろ。白銀花火。別名をジョンだ」「見れば分かりますよ。責めて睡眠くらいしっかりとってください」「ゴルシに告白する」「私がどうしましたの?」「.........天皇賞春。頑張ろうな」「ととと、トレーナーさん!!!??私、自分で走れますわ!!!」「安心してくれ!!!俺は命がかかってる時なら運はいい方だッッ!!!」「ドリャァ!!!」「また、行きましょうね。夏合宿」「かっこいい.........」「アクセサリー.........ですか?」「そういうところ(です)(だよ)」「桜木さん!お久しぶりです!」「あと、さっきの最後の踏ん張り、もう少し体の姿勢を上げた方がいい」「.........勝ちますから、絶対」「負けないぞ、うちのマックイーンは」「えー?そうならない為のこれなんじゃないのー?」「一着で.........待ってる」「トマトハイッテナイパスタだ」「行けェェェェッッッ!!!!!」「マックイーンだマックイーンだ!!!メジロでも、マックイーンの方だーーー!!!!!」「桜木さーん♪居るのは分かってるんですよ?」「あちゃー。外しちゃったかー」「あら、意外と反射神経がよろしいのね」「えー!?サブトレーナーさん捕まっちゃったんですかー!?私もこの玩具使いたかったのにー!」「エルも桜木さんとヒーローごっこ。したかったデース.........」「スケート行こうよ!!!」「ヒィィィ!!!??怖ーよマックイーン!!!」「ほら、しっかり立って。私の手を掴んでください」「いや俺は綺麗だと思うけど.........」「いらっしゃい!菊花賞ぶりだなぁライアン!!」「いや、二人とも仲が良さそうで!」「邪魔者はとっとと退散させていただきます。ええ、どうせ私は邪魔者ですからっ」「.........夜の自主練の事か?」「前にした約束、まだ覚えてますよね?」「やるだけやってみるさ。俺に何ができるか、分からないけど」「道、ですか.........?」「俺は.........強くないんだよ.........」「トレーナー.........さん.........?」「ごめん.........!ごめんね.........!!!」貴方にはありますか?私と共に、メジロ家の使命を共に背負い、『ㅤㅤㅤㅤ』になる覚悟が.........?」「.........ごめん、俺が落ち着かないんだ」「勝ってきます。トレーナーさん」「一着で.........待っててください」「ああ、一着で待ってる」「さ、サトノダイヤモンドです.........!」「『メジロマックイーン』は、伊達じゃない.........ッッ!!!」「メジロマックイーンリードを1バ身!!2バ身と広げて行きます!!!」「行っけェェェェッッ!!!マックイィィィィーンッッ!!!!!」「っ!ああ.........!!!!!最っっっ高の............!!!!!今まで見てきた中で一番の眺めだよ.........!!!!!」「貴方はどれがレグルスか、分かりますか?」「意味なんて、先に考えたら意味無いんだよ」「「.........ひとりじゃない〜♪」」「それにしても、今思えばあっという間の三年間だったなー」「テぇーーイぃーーオぉーー?」「思えばカンヌってダッセーからよ!!!この際ゴルシ国際映画祭にしようぜ!!!」「カンヌに謝れェェェェェッッ!!!!!」「だから太ぇって!!!」「太くねぇですってッッッ!!!!!」「カカッ、変わらねぇな。桜木」「その人は桜木さんにとってどのような人ですか?」「一番信用出来るトレーナーだ」」では、バレた時の罰を、文句を言わず、甘んじて受け入れることです」「チームの事。よろしく頼む」「見ねぇ。[菊花賞]で良いだろ?」「その菊花賞だって!見れねぇかもしれねぇんだぞ!!!」「出来るっ!!!」「なんてったって今の俺はッッ!!!」「『ㅤㅤ』だって超えてるんだぜッッッ!!!!!」「あっ.........」「よう」「何、が.........よう、ですか.........!!!」「良かったね、マックイーン」

「誰のせいだと思ってますのッッ!!!」「マックイーン達とテイオーの事。よろしく頼むな」「遣米使先遣隊隊長の」「ナリタブライアンだ」「ブっさんンンンんッッ!!!?????」「自制心だ」「ハァ!ダメダァ!オデハァ!アノコタチヲトレーニングサセナケレバ!オデノカラダハ!」「俺はジミーだよ」「貴方凄いのね!!三冠なんて!!」「コイツは、俺が俺で居られる、大切な物です」「全く、いつまでもうるさいやつだ.........」「乗れ」「.........アンタ、名前は.........?」「ニコロ・エバンス。今夜初めて人を殺すヒットマンだ」「た、助けてくんない.........?」「トレーナーではなく、怪盗だろう?」「向いてないぞ。この職場」「.........余計なお世話だ」「ヘイブラザーッ!筋肉こそが正義ッ!そうは思わないか!!」「平和ボケしたジャパニーズがッッ!!!」「I'm not the name Japanese(俺はジャパニーズなんて名前じゃない)」「My name is Reo Sakuragi. and―――(俺の名前は桜木 玲皇だ。それと―――)」「―――That's Mr.Sakuragi to you, punkッ!!(―――さんをつけろよデコ助野郎ッ!!)」「フィナーレが近いぞ。ジャパニーズ?」「よう」「.........黙れ」「さぁ来いよ。付けたくもねェお面ずっと付け続けてるチキン野郎」「今の俺は文字通り」「『ㅤㅤ』だって超えてるんだぜ?」「俺はレールの上をただ歩いているだけだッッ!!!邪魔をするなァッッ!!!」「チッ!頑固者のアンドロイドがッ!だったら俺がこの[デトロイト]で ッ!テメェを[ビカムヒューマン]させてやらァッッ!!!」「サンキュー。ゴールドシップ」「俺は、分からない.........」「なぁお前、トレーナーにならねぇか?」「何をやってるんだアンタは!!?」「飛ぶぞォォォォォォッッッ!!!!!」「馬鹿野郎ォォォォォッッッ!!!!!」「呼び捨てて構わない。俺達はトモダチ、だろ?」「凱旋門賞」「お前も来い。今度は勝つ」「恐れるな。前を見ろ。常に壁を壊せ。仲間を信じて、お前の道を歩け」「行くぞ.........![パリ]へっ!!!」「ごめんなさいね、エディ院長は今.........え?ウソ.........!!?」「桜木くん.........!!?」「っ!!???嘘だろ.........!!?」「でも、力になれそうも無いわ」「日本はもう、日本ダービーの日か」「じゃあ今日が、運命の日って訳ね」「ここで逃げたら.........ここで終わったら.........ッッ!!!」「死んでも死に切れねェ.........ッッッ!!!!!」「アイツは鬱陶しいが、スゴい奴だ。 会長と私と、並び立てるかも知れない、本当に強い奴なんだ」「分かった、こっちの出す条件をクリアすれば、私がついて行って上げる。ちょっと待ってて」「いいか、渡らなければ行けない橋ほど、脆くて、不安定で、落ちそうなんだ」「けれど、 魅力はある。落ちない橋ほど、落ちた時の衝撃はデカイんだよ」「あんなの恥ずかしいに決まってるでしょ!!?」「俺の安心沢先輩を返せェェェェェッッッ!!!!!」「十日間もイチャラブしてたんだね.........ナリタブライアンとかってさ」「俺の右手が「ホントのことだろッッ!!!??」」「あの、さ.........?[走り方に問題がある]......って.........?」「[テイオーステップ]だ。あの走法が、お前の足に負担を掛けている」「あ......はは...そっか.........」「まだ終わりじゃねえぞ」「お前の夢は、まだ終わってない」「でもボク.........トレーナーやサブトレーナーに迷惑掛けて―――」「迷惑なんて誰でも掛ける。俺だってお前より沢山の人に迷惑掛けた。それはお前のせいじゃなくて、俺がやりたい事をやった代償だ」「それでも大人は子供の夢を守るものだし、子供は大人の背中を見て憧れるもんだ。後悔はしてない。反省もしない。だからもし、迷惑を掛けたお詫びをしたいってんなら―――」「お前が大人になった時、子供達にカッコイイ背中を見せてやってくれ」「多分☆!!!」「まだ終わってませんわよ?」「お、おおお俺だけか!!?コイツらも同罪だろ!!!」「はァ!!?」「言うと思った」「この瞬間を待っていたんだ!!!」「俺を裏切ったのか!!?俺を売ったのか!!?」「「「俺達の満足は!!!これからだッ!!」」」「この裏切り者ォォォォォッ!!!」「信じるなよ。ソイツの言葉を」「人間ってのは、能力に限界があるな.........」「なんの事だ.........?何を言っている!!?」「俺はァ!!人間を辞めるぞ!タキオォォォ―――ンッ!!」「お前の薬でだァァァ―――ッッ!!!」「逃がしませんわよ!!!トレーナーさん!!!」「「「うるせぇ早く行くぞッッ!!!」」」「俺のジュースが!!!」「私の食べ物を返せェェェ―――ッ!!」「食べたァ!!?この(走ってる)中の中でェ!!???」「「「デュエッ!!」」」「こんの裏切り者ォォォォォッ!!」「乗るなエース!!!戻れェ!!!」「あばよガキ共ッ!!一生妄想の中でちゅぱちゅぱしてろォッ!!」「それ捨てといてぇ?」「ゴミカスゥゥゥァァァアアアアッッッ!!!!!」「帰ってきたぞぉぉぉ―――ッッ!!!」「せめて、エールを送らせてくれ.........」「宗也ァ.........!!」「またまたやらせていただきましたァン!!!」「どうでも良いのだァァァッ!!」「これが生きる為の私の足掻きだァァァァァッッッ!!!!!」「お前、アタシがなんで走ってんのか分かるか.........?」「は.........?」「お膳立てはしてやったぜー!!!さっさとおっちゃん捕まえて今までの鬱憤晴らしちまえ!!!」「マックイーンだとぉぉぉぉぉ!!!?????」「貴方の考えてる事など手に取るようにお見通しですわ!!!」「怖かった!!!!!」「バカァァァァァァァァッッッ!!!!!」「貴方が取るべき責任は!!!!!変わってしまったチームを元に戻すことです!!!!!」「.........良いのかな」「モルモットくんッ!!君は最高のモルモットだー!!!私から逃げられると思うなー!!!」「トレーナー!!!ウララ!!!トレーナーと一緒に頑張りたいよー!!!」「ら、ライスも!!!お兄さまと一緒に変わりたい!!!」「私もです!マスター!!まだマスターとZガンダムを買いに行くというオペレーションが遂行されてません!!!」「私まだ桜木トレーナーさんがどんな人か分かりません!!!分からないのにさよならなんてあんまりです!!!」「私も!!!サブトレーナーさんのおすすめのラーメンが食べたいです!!!」「そうよ!!!アンタのせいで今日のショッピングが台無しになったんだから!!!荷物持ちくらいしなさいよね!!!」「おおお、オレも何か言わねーと.........あ!!今度オレと一緒にバイクの免許取ろーぜサブトレーナー!!!それで今日の事はチャラだ!!!」「そうだよ!!!このままチームトレーナーやめちゃってどうすんのさ!!!ボクの菊花賞.........はまだ分かんないけど、出れた時経費で入場出来ないよ!!?」「.........なぁおっちゃん」「みんなああ見えて、おっちゃんの事が好きなんだ。勿論そこにはアタシも居る」「みんな、おっちゃんの居るトレセン学園が大好きなんだ」「.........っ、っ!」「桜木ー!!!お前が居ないとチームの雑用係が当番制になっちまうー!!!チームルームが滅茶苦茶にされちまうぞー!!!」「俺もまだお前に謝れてねー!!!今じゃなくていい!!!今度面と向かって!!!お前とお前のチームに謝らせてくれー!!!」「お前の悪いところだぞー!!!一人で抱え込んでんじゃねー!!!俺達にもお前の苦しみを感じる権利はあるはずだー!!!」「悪いと思ってんなら最初っからやんじゃねー!!!お前に悪役は端から向いてねーんだよー!!!」「玲皇ー!!!奇跡を超えるんだろー!!?奇跡ってのは常識が通用しねーから奇跡なんだぜー!!!」「おかえりなさい.........!!!トレーナーさん!!!」「.........ただいまっ!」「自分の目で信じたものを疑わず、ただひたすらに突き進む。それがトレーナーであり、桜木さんに足りない部分です」「『ㅤㅤㅤㅤ』ってのも、悪くないな」「今日会えるとは限らなかったではありませんか.........」「夢を追う者。信じるべきはその背中だけです」「変わってこい。ライス」「花が開くまで、待ってる」「.........うん。変わってくるね!お兄さま!!」

「俺は、ドキドキしてる」「それは何故ですか?」「証明してこい。ブルボン」「みんなを踊らかせる姿を、待ってる」「貴方にとって、チーム『ㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤ』とは.........一体なんですか?」「星のレグルスが、『ㅤㅤㅤ』の胸にあるように、『ㅤㅤㅤㅤ』の中心は、このレグルスなんです」「ここが俺の、居場所なんです」「私が人を楽しませる記事を書く理由は、[ここが私の居場所]だから、それだけです」「先生!!!」「人気者ですわね」「死にますよ?」「さ、佐枝って誰.........!!?」「告白のね」「「「こっくはくっ!!こっくはくっ!!」」」「おっおーい!!野次ウマ娘どもォッッ!!!」「来いよデジタルゥッ!オメェだよ―――」「よろしく」「やってやろうじゃねぇかこの野郎ォォォォッッ!!!」「結婚をする上で必要な物は、お金でも、立場でも、職種でもありません。信頼関係です」「本当に良かったのか?」「そもそも、メジロ家は代々レースに関係する一族です。トレーナー資格を持っていようとその仕事をしていないのならば意味はありません」「お腹が空いたね」「シチュー!!」「食事の仕方は色々だ。どれが正しいかでは無い。どの食べ方が一番自分に合っていて、どの食べ方が一番食材を愛するかを探すのも食事の楽しみだ」「美味しかった?シチュー」「ええ、やっぱり貴方のご飯が無ければ頑張れませんわ」「ハハハ!!どうだみんな!!うちのマックイーンは強いだろ!!なぁゴールド.........シップ.........?」「.........まだ終わってねー」「この度は、レースに関係する方々にご迷惑をおかけし、まことに申し訳ございませんでした」「『強引に内側に入れ』と言う、トレーナーの指示があったともされていますが?」「そんなことありませんわっ!!あれは私の判断で行ったことです!トレーナーさんはなにも関係ありません!!」「.........今回の件。責任はトレーナーである俺にあります」「見ててよねマックイーン。ボクが三冠を取る所.........!!」「ユメを叶えろ」「その姿を、俺達に見せてくれ」「.........ボク、絶対勝つよ」「絶対.........!! 勝つから.........!!!」「夢ってのは、呪いと同じと思わないか?」「叶えられなかった未練や後悔を背負ってその先を生きる事になる。アンタも.........分かるだろう?」「しらねぇのか?夢ってのはな、時々すっごい切なくなるが、時々すっごい熱くなるんだぜ?」「テーーーイーーーオーーーーーッッッッッ!!!!!!!!!!」「ボクはッッ!!!」「.........ボクは、怪我をした。怪我をして、自分の中で全部グチャグチャになっちゃって、どうしようって.........」「けど.........そんなボクを、走れるって.........!走って欲しいって言ってくれた皆が.........!!!嬉しかった!!!」「みんなーーーーーっっっ!!!!!」「ボクは最強無敵のウマ娘っ!!トウカイテイオーだぁぁぁーっっ!!!!!」「私は.........その、遠慮しておきますわ」「.........え?」「あっ、私、おばあ様に電話をしないと、お先に失礼しますわね.........」「皆さん、本当に.........本当に申し訳ありませんでした.........っ」「......俺には、分からない.........!!」「あの子がどうして欲しいのかもっ!!どうしたら心配掛けさせ無いのかもっ!!俺にはっっ!!!何もっっっ!!!!!」「おっちゃんとマックちゃんの事なんて、アンタら以外誰も分からへん。正解はこれから、おっちゃんとマックちゃんで探すんや」「.........よう」「どうして.........?」「っ.........離して、ください.........!」「離して!!!」「嫌だッッッ!!!!!」「勝てなくなったから、俺が期待しなくなるとでも思ったのか?」「レースであっちゃいけない事したから、皆期待しなくなるとでも思ったのか?」「だって.........!!そうではありませんか.........!!?」「変なこと言うかもしれないけど.........マックイーンはさ、ユタカなんだよ」「え...あ.........?」「.........やめよう。こんなこと」「っ.........では、もう.........『ㅤㅤㅤㅤ』は、おしまいですのね.........!!」「っ、ぅぁあ.........ああぁ.........!!」「だから、今度は二人でちゃんと、『ㅤㅤㅤㅤ』になろう」「俺達は.........!ひとりじゃないんだから.........!!!」「おはようございます、トレーナーさん」「お、おう.........おはよう」「桜木トレーナー。君は今、多くのウマ娘を同時に育成している」「その中で感じたはず.........この子達が距離や適正に関係なく、正当に評価されて欲しいと.........!!」「[全ての距離][全てのコース]を用意した大レース.........その名も―――ッッ!!!」「[URAファイナルズ]ッッッ!!!!!」「今日はコーヒーでは無いんですのね」「そうなのよ。どちらかと言えばココアの方が好きなんだ。子供っぽいけどね」「感謝祭でアタシ達三人で何かやりたいなーって!!!」「バンドとかどうだ?」「愛のパワーを舐めるな」「ただ宣伝して欲しい訳じゃない。『学園公認の宣伝者』として、宣伝して欲しいんだ」「実はアタシ!!桜木さんのファンなんです!!」「ふふ♪私としても嬉しい限りですわ♪」「ヒーローショーが見たいです!!!」「ど゛お゛し゛て゛だ゛よ゛お゛ぉ゛お゛お゛お゛ぉ゛!!」「不全ッ!!これではいつもの感謝祭と全く変わらない!!」「あの.........本当に実現できるのですか?」「出来らァッッ!!!」「マスター。催眠など効く訳がありません。他の対策を探した方が効率が良いかと」「私!!『ドモン・カッシュ』!!『可愛いアイドル』を目指す『辛党』の女の子だ『ニャン』!!!」「流派ッ!!東方不敗はァ!!!」「っ!!王者の風よッ!!!」「やったー!!これで晴れて逃げ切りシスターズ!!全員リポーターになれたね!!」「おいおい.........それ写真じゃなくてビデオだぜ?」「問題ありません。思い出にはピースが付き物だとお父さんに教わりました」「ヘルカイザーが.........犯し、た......失態.........は、ヘルカイザーに.........拭わせる.........っ」「では行きましょう!!ビバ!!バトルキングダム!!」「お前ん家初出場ばっかやんけェ!!!」「似合わねぇなぁ.........その髪形」「うっさいっすよ.........」「それにしても、でかくなったなぁ、桜木」「初めまして。桜木トレーナー」「.........『ㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤ』」「あの子達の走る背中が、俺は何よりも好きなんです」「.........三年間、ありがとう。マックイーン」「トレーナーさん.........ええ、そして、これからも.........」「バカ、素直になれよ」「ハハハハハハ!!!」「勝手に着いてこい。俺と同じ景色が見てぇんだったらな」「はっ、最初からそう言やよかったんだよ」「人が喋っている時に私語を挟むな」「実は、私にはトレセン学園の知り合いが二人います。それは、ミスター桜木と、ナリタブライアンです」「ようこそ。お前の夢が見つかる。日本のトレセン学園へ」「.........ふっ、変わらないな。貴様は」「あ、貴方いま!!ニコと言いませんでしたか!!?つ、つまりそれって.........」「プロレスならマックイーンも出来るぞ」「話を振らないでください!!」「ミスター桜木。俺はもしや嫌われているのか?」「私は、テイオーに勝てるのでしょうか.........?」「最後まで悩み抜いて、『ㅤㅤ』を超えて見せろ、マックイーン」「ダメだ。お前がしっかりしないことで迷惑を被る奴もいる。自覚を持て」「怖いに、決まってるじゃありませんか.........」「チームのトレーナーであるけど、君のトレーナーだ」「「マックイーン(テイオー)が絶対勝つぞ!!!」」「考え事か」「あの子が、メジロマックイーンが、俺の夢そのものだ」「フッ、期待している」「日本中を巻き込んだ大決戦。例え、人口の半分がお前の一着を望んでいなくても.........」「勝ってこい、マックイーン」「勝って、『ㅤㅤ』を超えてこいッ!マックイーンッッ!!!」「お前の一着を.........俺は待ってる」「.........[必ず]、勝ってみせますから」「マックイィィィィィーンッッッ!!!!!」「諦めてんじゃねェぞッッ!!!」「たとえ.........!!!日本中がお前の一着を望んで居なくともッ!!!」「たとえ!!!つまらない強さだと言われてもッッ!!!」「俺はッッ!!!俺だけは.........!!!お前の勝つ姿が見たいんだ.........!!!」「今の[お前]は.........いや、『ㅤㅤㅤㅤ』はッッ!!!」「『ㅤㅤ』だって超えてるんだぜッッッ!!!!!」「なんや、可愛そうやと思っとんのか?」「折れてます。骨折です」「え「ええええぇぇぇぇぇ!!!??」.........」「楽しんでこい、ウララ」「お前の楽しそうな話、待ってる」「魅せつけて来い。タキオン」「速度(スピード)を超えた先を、俺は待ってる」「君って奴は、前から思っていた事だが、見かけによらずロマンチストだねぇ」「まぁそうなるねぇ」「えぇぇぇぇぇ!!!??」「.........では」「行ってくるね!」「マスター(お兄さま).........!」「俺はお前らを、誇りに思う.........!!!」「だから帰ってこい。俺達は、いつもここで待ってる」「......ごめん、なさい.........」「ごめんなさい.........!」「冗談じゃねぇ.........ッッッ!!!!!」「そんなんでアンタらは.........!!!」「子供に胸張ってその姿見せられんのかよッッッ!!!!!」「トレーナーさん!!?血が.........」「間違ってたのかなぁ.........?」「頼ってください貴方が、いつも決まった場所で待っているように.........私も―――」「待っていますから.........」「もう止めてよ」「ライ、ス.........?」「ライスの気持ちなんて.........ッッ!!!分かりっこないッッッ!!!!!」「」「良いか!!勝ち負けを競う夢物語に敗者は付き物だ!!!勝った方が正義で負けた方が悪だ!!!」「だけど、ウマ娘のレースは違う!!!」「今、ようやく分かりました.........」「これが、母性なのですね.........ふふふ♪」「いつからママになったんだよ.........」「マックイーンお姉ちゃんが.........一番好き///」「はあ.........れおちゃんがそう言うのなら.........あっ」「ゴールド.........」「シップ.........」「.........?ふぇ?じいや.........?」「さよならタキオン」「た、たびげいにんさん.........?」「た、旅芸人.........」「だって.........[はくばのおうじさま]みたい.........」「開けてください死にたくねぇならさっさとしろ殺すぞボケカスコラゴミ」「We are die socially(皆社会的に死ぬ)」「そうだ、俺が.........「俺達」がッッッ!!!!!」「「「「お兄さまだ.........ッッッ!!!!!」」」」「あっ!トレーナーさんは特別にお義母さんって呼んでも良いわよ♪」「.........誰がテメェなんかを、本気で殴るかよ」「だって.........本当に、素敵なお兄さんだったんですもの.........///」「そんな目をしてもあげませんよ。ウララはうちの子です」「ブルボンさんが!!!」「なぁブルボン。それがもし、俺や、他の皆に対して感じている恩義への返しだと言うんだったら、俺達はそんなこと望んじゃ―――」「二人揃って[無敗の三冠バ]なんです」「変わる責任も義務も無い。けれど、変われる権利は、誰にだってあるんだ」「.........貴方が何も言ってくれないと、今のは全て、私の虚勢になってしまいます」「ライスゥゥゥゥゥ!!!!!」「.........私達も、子供に胸を張って居たいですから」「本当にっ、本当に!!!ありがとぉぉぉぉぉ!!!!!」「.........勝ちたかった」「勝って.........三連覇を、皆さんにあげたかった.........!!!」「.........頑張ったね。マックイーン」「.........ありがとう」「......うう......ううぅっ.........!」「ううう.........トレーナーさんっ!うあああ.........っ!」「世話になったな」「またね―――」「ニコロ.........お兄さま!!!」「また会おう。[Mr.桜木]?」「お前がどう思おうが、俺達はお前を必要としているし、俺達がお前を遠ざける事は無い」「いやぁ、楽々皐月賞を制しましたアグネスタキオンさん!」「聞こえなかったのかい?[要らない]、と言ったんだよ」「私はもう、引退しようと思う」「.........人間って、永遠を信じてない癖に、ありもするかどうか分からない次を、どうしようもなく信じちまうんだな.........」「[可能性を超える]為の、第一歩だ」「もうすっかり、ベテラントレーナーさんですわね?」「今度は[俺の夢]を叶える.........手伝いをしてくれないか?」「ボク、走るの止めるね」「俺だって.........!!!諦めたくなかった.........っ」「[担当じゃないウマ娘]の夢を、守ったって良い」「テイオーを立ち直らす。それは本当に、トレーナーさんの意志ですか?」「どうすんだ?[トウカイテイオー]」「決めたんです。もう[迷わない]って」「今のお前が変だからッッ!!!親友として心配してるだけだろうがッッッ!!!!!」「けれどそれで、そのおかげで出会えた奴らが.........お前には数え切れねぇほど沢山居んだろ?」「.........[行ってきます]」「もう一度.........っ!テイオーさんにっ、走って欲しいんですっ.........!!!」「覆して来い。ターボ」「お前の1着を、テイオーはきっと待ってる」「.........絶対勝つ!!!」「やるじゃねぇか.........!!!ツインターボッッ!!!」「お前は本当にチームスピカの―――ッッ!!!」「救世主かもなァァァァァ―――ッッ!!!」「ありがとうございます。トレーナーさん」「.........『ㅤㅤㅤㅤ』ってのは、[退屈しない]んだね。初めて知ったよ」「君じゃなきゃダメなんだよ。君以外、誰が私の薬を飲むんだい?私に火をつけた責任を、君は取るべきなんじゃないかい?」「あのね!!わたし、トレーナーがトレーナーが良かったーって思うんだー!!だってだって!!トレーナーと居ると楽しいもん!!」「お兄さま。ライスが変わろうとした時、言ってくれたよね?変わる責任や義務はないかもしれないけど、変わる権利は、誰でも持ってるって。ライスあの時、とっても安心したの」「マスター。苦しみも悲しみも、時が経てば明日への糧になります。私は、貴方とチームの皆さんと過ごした日々の中で、それを学びました」「芝だってダートだってッ!地方でも中央でもオープンでもG1でも走ってやりますよッッ!!!」「笑えなかったぁぁぁああぁぁあああぁ.........!!!」「だったらよ.........ッッ!!!今からでもなればいいじゃねぇかッッ!!!」「なりたかった[自分]に.........ッッ!!!」「―――桜木 玲皇(トレーナー)になりたい.........!!!」「[ひとりじゃない]。君は俺にとって、[夢になってくれた]」「俺の夢になってくれた君を助ける為に、俺は―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「[君の夢]になる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――なんでなんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今まで、忘れていたじゃないか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ここには、全部あるじゃないか.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なのに、なんでこんなに.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 心が空っぽなんだ.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――男の脳裏に過ぎった、[この世界]では無かった思い出。それは、男と共にあった一つの小さな飾りが呼応した物だった。

 

 

 生まれた意味は無い。それはただ装飾者をよく見せる為だけに生まれた。それ以上でも以下でもない存在。

 

 

 そんな小さな存在が.........その形に意味を持つ程に、男と、少女達と、多くの時間を過ごして来た。

 

 

 やがてそれは、[心]を持つ程になっていた.........

 

 

 空っぽになった男の[心]を、満たす程の心に.........

 

 

 やがて、男は口を開いた。口付けをする事はなく、その本心を、この世界に伝えるように.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――「ㅤㅤ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

山あり谷ありウマ娘

 

 

第百三十五話 目覚めの時(プロローグ)

 

 

 

 

 

 ......To be continued



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ㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤ

 

 

 

 

 

「.........」

 

 

 静かな空間。本来であるならば居ないはずの四人の男達。それを尻目に、私はその中心となっている[繭]をただ静かに睨み付ける。がんじがらめに[鎖]で固められたそれを、自らが神だと言うのに審判の時を待つように、ひたすら待ち続ける。

 

 

 そして、その時は訪れる。[繭]にヒビが入る。まるで硬い殻にそれが入るように甲高い音を鳴り響かせながら、それは広がり、やがて完全に割れる。

 [鎖]もそれと同時に、弾け飛ぶように霧散して行った。[全ての終わり]か、[私の終わり]を決める存在が、顔を俯けながらそこに力無く座っていた。

 

 

白銀「玲皇ッ!!!」

 

 

 一人の男がすぐさま駆け寄る。そんな事をしても、これから先起こることは何も変わらないというのに、その男の身体を抱き寄せ、揺さぶる。

 そしてその際、その顔を見て酷く身体を硬直させた。

 

 

 私はそれを見て.........[勝ち]を確信した。

 

 

「ククク.........アハハハハハ!!!」

 

 

「結局貴方がどう頑張った所で!!!世界は変わらない!!!人間と同じよ!!!」

 

 

「一瞬期待させるだけさせといて!!!本質は何も変わりはしない!!!これでようやく!!!私は開放されるわ!!!」

 

 

 身体が喜びで打ち震える。目の前に居る存在全てが滑稽に思える。何も変わりはしない。この世界の[神]である私でさえも変えられなかった物を、たかが人間が変えられるわけが無い。

 私は、この戦いに勝利を収めることが出来たんだ―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うるせェェェ―――ッッッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 怒号が耳を切り裂くように聞こえてくる。それは、男に駆け寄った一人が、私に振り返りながら発した物だった。

 

 

白銀「テメェは知らねぇだろッッ!!!コイツが今まで!!!どんだけ苦しい思いしてきたのかをッッ!!!」

 

 

能面「.........翔也」

 

 

 そんな男の姿を、ここに居る全員が驚いた様子でただ見ている。あの能面でさえも、驚きのあまりその目を見開き、男をただじっと見ていた。

 

 

白銀「色んな奴に散々言われて.........!!!大切にしてきた子達が苦しむ姿を見てきて.........!!!」

 

 

白銀「これからだって.........!!!俺も思ってたのに.........ッッ!!!」

 

 

白銀「.........ぶっ殺してやる.........ッッッ!!!!!」

 

 

「.........」

 

 

 私に向けて憎悪を向けてくる。その男の全ての感情が真っ黒になっているのが、手に取るように分かる。そしてそれを余すことなく、その視線と言葉だけで全てぶつけてくる。

 防衛策を取るために片手を前に出し、男が立ち上がる姿を見ていると、それを引き止めるように[繭]から出てきた男が、その手を伸ばした。

 

 

「や......めろ.........」

 

 

三人「っ、玲皇.........!!?」

 

 

「.........それで、答えは出たかしら?」

 

 

 私は前に出した手を下ろし、男へと問い掛けた。すると俯かせていたその顔を、私に向ける。

 

 

 そこには、[道化の仮面]が、まだ不完全ながらも男の顔に張り付いていた。

 

 

「.........アンタ、俺に.........[諦めろ].........って、ずっと言ってきてたよな.........?」

 

 

「.........ええ。そうすれば、素敵な[夢]を見せてあげる」

 

 

「アグネスタキオンは壊れない足を持ち」

 

 

「ハルウララは強くあり」

 

 

「ライスシャワーは最初から祝福を浴び」

 

 

「ミホノブルボンは三冠バとなり」

 

 

「アグネスデジタルは選手としてチームに入り」

 

 

「メジロマックイーンは、繋靭帯炎になることは無い」

 

 

 我ながら、素晴らしい夢を見せることができたと思う。これ以上なんてありはしない。これが[本編]だったのなら、 この男にとっても都合は悪く無いはずだ。

 

 

 [夢]。それはいつしか[幻想]から、[嘘]へと変わって行った。それを語る時、気が付けば[あるかもしれない物語]から、[ありえない話]へと変わって行った。

 

 

 だから、今の人間に力は無い。あるのはただ、[口先]だけの、[紛い物]の言葉だけ。[未来]はそこに存在して居ない。

 

 

 けれどそれを見れたのなら、きっと本望だろう。泣いて喜んで、続きを乞うだろう。

 

 

 私は彼が何を差し出すのか、ただ待っていた。

 

 

「わかっ.........た」

 

 

「諦......める.........」

 

 

能面「.........」

 

 

「.........フフフ」

 

 

 終わり。全ての[嘘]に、終わりが告げられた。人間達が語る[夢]に今、終止符が打たれた。

 勝利宣言にはまだ早い。それでももう、勝ったも同然。私は勝利の高笑いをする為に、その口元を横に広げ、その時を待っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 けれど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その男の顔をもう一度見た時。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その仮面は、酷くひび割れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――諦める事を、諦める」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「は―――?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だからアンタも.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺が諦めるのを、諦めろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――「違う」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ウマ娘「.........え?」

 

 

 彼が口付けをする瞬間。その声が静かながらも、強く耳に響いて来ました。私、メジロマックイーンを含めたチームの皆さんは、その声に、戸惑いを覚えます。

 

 

 程なくして、先程割れ掛け、そして修復された[夢の世界]が、難なく割れました。家の中だった空間はただ、何も無い真っ白な世界へと変貌を遂げました。

 

 

 ポタリ。ポタリと、私の頬に暖かい何かが落ちてきます。その感触は、以前感じた物と同じ物。それを察する前に、彼はその場に力無く、座り込みました。

 

 

桜木「っ、くっ.........はぁぁぁぁぁ」

 

 

マック「と、トレーナーさん.........?」

 

 

 小さな嗚咽の後、全てを吐き出すように息を吐き切る彼。まるで、自分の虚勢を全て追い出すように、彼は悲しみを感じさせる息を吐き出しました。

 

 

 そんな彼に、誰も何も言えずに居る。それでも、納得が行かない一人が、声を上げました。

 

 

タキオン「.........なんでだ」

 

 

タキオン「何故だ!!!ここには君の望む全てがあるだろうッッ!!!どうしてわざわざ傷付きに行こうとするんだ!!!トレーナーくん!!!」

 

 

 いつもの彼女らしくない悲痛な声。必死さが伝わる声で、彼に捲し立てます。それに彼は応える事無く、顔を俯かせ、ただただ涙を流して行きました。

 彼女の苛立ちが高まっているのを肌に感じ始めた時、耐えきれなくなった彼女が1歩踏み出したその瞬間。彼はポツリと零しました。

 

 

桜木「.........強くないんだよ」

 

 

タキオン「.........だったら尚更「俺はッッ!!!」っ.........!!?」

 

 

桜木「俺はぁ.........!!![ひとり]じゃ.........幸せになれないんだよぉ.........!!!」

 

 

 両手で涙の流れる目を押えながら、彼はその顔を上げました。そんな彼の泣く姿を初めて見た人達はその目を大きく開け、驚いた表情でただ見つめていました。

 私は.........彼が何を思い、先程までの光景を否定したのか、それを聞く為に、じっとその場に居ました。

 

 

桜木「ここには.........皆、居るんだ.........」

 

 

桜木「俺.........頑張ってさぁ.........立派にトレーナーして.........皆を、幸せにして.........」

 

 

桜木「きっと.........俺があっちを諦めて.........こっちを選んだこと言っても.........優しく笑って.........許してくれる.........」

 

 

 泣きながらも、彼はこの世界での道のりを思い出し、幸せそうな口調で言いました。実際彼は、この世界で成功を手にし、私達を導いてくださいました。

 そんな彼が苦しそうにそう言ったのなら.........きっと私達も、許していたでしょう。

 それでも彼は、泣きながらも言葉を続けました。

 

 

桜木「.........でもさぁ.........?俺をここまで導いてくれたのは.........[あっち]側の人達なんだぁ.........」

 

 

桜木「ここで.........諦めたら.........ここで.........!!!辞めちゃったら.........!!!」

 

 

桜木「[違う]んだよ.........ッッ!!!」

 

 

 目元を強く腕で拭い、その顔を私達に見せてくれます。涙で濡れ濡れで、跡は赤くなって、鼻水も溢れ出して.........いつものカッコつけたがりな彼は、そこには居ませんでした。

 

 

桜木「あの人達にまだッッ!!!恩を返せちゃいないッッ!!!」

 

 

桜木「アイツらにまだッッ!!!追い付けちゃいないッッ!!!」

 

 

桜木「君達にまだ.........!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何も.........っっ!!!返せちゃいないんだぁぁあああぁぁぁあああ.........!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは、紛れもない彼の本音でした。

 

 

桜木「俺は弱くて!!!無能で!!!ダメダメで!!!君達にいつも助けて貰ってばっかりで!!!」

 

 

桜木「それなのに.........!!!こっちで楽しく暮らして行けるほど.........!!!強くないんだ.........!!!」

 

 

マック「トレーナーさん.........」

 

 

 [強くない]。彼はそう言いきりました。しかしその姿は.........[誰よりも強い]。そう思わせる程に、彼の思いが心に直接伝わって来ます。

 そんな彼を支える為に、私は彼の身体をしっかりと抱き留めました。

 

 

桜木「っ、マック......イーン.........?」

 

 

マック「.........もう。折角貴方が傷つかない世界に来ましたのに、これでは台無しです」

 

 

 .........この世界に来た時、身体の自由が効かない中で私は決めました。何があろうと、彼に委ねようと。そして、その時が来るまで、絶対に彼を苦しませるような事はしないようにしようと。

 ここでの生活は、想像以上に楽しかったです。けれど、楽しいだけで.........なんだか、メリハリを感じる事が出来ませんでした。

 これではただ、[平坦な道を進む]だけ。[山あり谷あり]では全く無いんです。

 

 

桜木「.........でもここじゃ俺、納得出来ない.........」

 

 

桜木「あっちで全てが解決しても.........俺.........!!!」

 

 

桜木「自分勝手だけどさぁ.........!!!みんなに、申し訳ないんだけど.........!!!俺.........!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「[あっち]で[トレーナー]やりたいんだ.........!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 力強い叫びが、私の.........いいえ。私達の心へ直接響き渡ります。その声に、その言葉に、この場にいる誰もがもう、否定や疑問を示すことは、ありませんでした。

 

 

 その時、彼の首から下げているアクセサリーから、細い糸の様な光が一点に伸びて行くのを、この場にいる全員がその目で見ました。

 

 

桜木「.........ごめんね」

 

 

ライス「.........ううん。ライス、お兄さまの気持ちちゃんとわかったよ?」

 

 

ブルボン「私もです。マスター。やはり貴方が居なければ、私は[楽しい]という感情を上手く表現出来ません」

 

 

ウララ「うん!!ウララもトレーナーと一緒だととっても楽しいよ!!」

 

 

 私の頭を撫でながら、彼は謝りました。そんな彼に、三人がそれぞれ笑顔で近づいて来ました。その三人の耳につけたアクセサリーから、彼のアクセサリーから放たれる光と同じ方向に向かって光が放たれます

 その笑顔を見て、彼は少し驚いた表情を見せます。

 

 

デジ「まぁ!!デジたんは最初からこうなるって思ってましたけどね!!ただちょ〜っと時間が掛かって不安になりましたけど.........」

 

 

桜木「.........迷惑かけたね」

 

 

デジ「.........ふふ、とんでもありません!!デジたんの本領!![あっち]で存分に発揮してみせますとも!!待ってますよ!!トレーナーさん!!」

 

 

 自信満々の表情で胸を張るデジタルさん。その姿を見て、空気が段々と重苦しいものから、いつも通りのチーム[スピカ:レグルス]へと戻ってきているのを感じました。

 そして彼女の付けている耳飾りからも、先程の三人同様に、その光を一点に伸ばして行きます。

 そんな中、ため息を吐く音が聞こえてきます。それは、私達の姿を少し遠巻きで見ていたタキオンさんの物でした。

 

 

タキオン「.........理解に苦しむよ。ここに居れば、君にとっては全てが解決しているも同然なのに.........」

 

 

桜木「はは.........確かに、幸せな結末(ハッピーエンド)には相応しい場所だと思ったよ」

 

 

桜木「.........けれど、俺はそれを[ここ]じゃなくて、[あっち]で迎えたいんだ。俺のワガママに、付き合ってくれるか?」

 

 

タキオン「.........」

 

 

 彼の問いかけに、彼女は黙りました。ですが、それに対して私達は不安はありません。なぜなら彼女のその表情は、静かに笑っていたからです。

 

 

タキオン「.........全く。君にはつくづく驚かされる。私を担当にした時からそうだ。得体の知れない薬を飲み干すなんて事をしたあの時からだ」

 

 

タキオン「まぁ、今に始まった事じゃないか。観察させてもらうよ?トレーナーくん。[可能性]を.........いや、[奇跡]を超えるその瞬間をね.........」

 

 

 そう言って、彼女もこの輪に加わるように歩み寄りました。そして、耳飾りからその光が放たれます。

 .........もう、きっと大丈夫。私がこうやって抱き留めて居なくとも、彼はもう一人で立てる。そう思い、私はその手を離しました。

 

 

マック「.........トレーナーさん」

 

 

マック「これから先。たとえ、どんな事があろうとも―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――私と貴方は.........『一心同体』ですわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一つの心。それを二つの身体に宿らせる。けれどそれは、言葉通りの意味ではありません。私と彼にとってのそれは、お互いの心の隣に、お互いの心を置く事です。

 決して、どちらか一つを捨てる訳では無い。決して.........どちらか一つを取る訳では無い。二人の持つ[思い]を、半分ずつ分け合うこと。それが.........私と彼にとっての、『一心同体』なんです。

 

 

 その言葉を発し終えた時。耳飾りをどこかへ無くした筈の私からも、その光が発せられました。その光の発生源を見れば、それは私の左胸の位置.........つまり、[心]から発せられた光でした。

 今まで感じてきた温もり。それが今、私の中で生きている.........そう悟った時、私はその両手で、[心]を包み込むようにその胸を触りました。

 

 

 やがて、一点に集まって行く光の先に、扉が現れます。それを開ければ、この[夢]は終わりを告げる。何故かそう、はっきりと感じ取りました。

 

 

タキオン「一応聞いておこうか。アレを開ければ、もう二度と[ここ]へは戻って来られないだろう」

 

 

タキオン「後悔はしないのかい?」

 

 

桜木「.........戻れるさ」

 

 

全員「え?」

 

 

 一言だけ言い、彼は扉の方へとゆっくりと歩き出します。その発言の意味を理解出来ないまま、私達は顔を見合せ、彼の歩みに着いて行きます。

 その足取りには、[芯]がありました。まるで、自分の持っている[使命]を果たす為の歩みのように。彼はその足で、どこかを目指し始めたのです。

 

 

桜木「必ず.........俺はもう一度あの[光景]を見る.........」

 

 

桜木「今度は.........[あっち]の世界で.........!!!」

 

 

全員「!」

 

 

 扉の前まで歩き、彼はその顔をこちらに見せながら言い切りました。[ニカっとした笑顔].........けれど、その顔に[仮面]はありません。

 ようやく。彼はその[素顔]のまま、[強さ]を持つ事が出来たのです。誰の真似でも無い。自分の理想像でも無い.........今の彼が出せる、全ての[強さ]を.........

 

 

 そして、その手をゆっくりと伸ばし、ドアノブへと手を掛けます。

 

 

桜木「さぁ、[夢を見たければ目を覚まそうぜ]?」

 

 

桜木「俺達が次、朝日を拝んだその瞬間から―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――[奇跡]を必ず超えてやるッッッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

山あり谷ありウマ娘

 

 

第百三十六話 夢を見たければ目を覚ませ

 

 

 

 

 

 膝を着いた状態から、ゆっくりと。だが確かな足取りでしっかり立ち上がる。顔に張り付いた仮面を右手で強く引き剥がす。それが割れた瞬間から、その全てが灰になって霧散して行った。

 俺のその様子を全員が見る。三人は驚きを。一人は安心を。そして女神は、憎しみを抱いて俺を見ていた。

 

 

「人間が.........!!!」

 

 

桜木「.........ふっ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「人間だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ、ふざけるな.........!!!」

 

 

 言い訳はしない。言い返しもしない。俺が人間なのは、紛れもない事実だからだ。俺は女神の言った言葉を、ただ自信を持って肯定しただけに過ぎない。

 だと言うのに、目の前の少女は悔しそうに歯を食いしばって俺を睨む。

 

 

桜木「ふざけるな、か」

 

 

桜木「そうだな。じゃあそれへの返答としては.........」

 

 

桜木「[ふざけるさ]。アンタの呪縛から逃れられる方法がそれしかないなら、そうするだけだ」

 

 

 ふざける事でしか抗う事が出来ないのなら、ふざければいい。そうすることしか出来ないのなら、それをすればいい。

 俺はもう、大切な物を何もせずにただ失っていくのだけは、耐えられないんだ。

 だから.........摺ってでも這ってでも、もがいて、抗ってやる。

 

 

「そんなの.........ただの現実逃避じゃないッッッ!!!!!」

 

 

「目の前の全てから逃げて!!!現実を受け入れて無いだけよ!!!そんなの諦めたも同然じゃないッッ!!!」

 

 

桜木「どうかな。俺としては、全部受け入れて立ち向かおうとする奴の方が、諦めてるように見えるぜ?」

 

 

「な、なんですって.........!!?」

 

 

 目の前の少女は狼狽える。そして、周りに居る奴らも、静かに俺を見守っている。俺は静かに、その瞼を閉じて見た。

 

 

 目の前に広がるのは、戦場だ。例えば、これが何かを得る為の戦い。或いは、何かを守る為の戦いだとしたら.........その時はきっとまだ、命を賭けるべき時では無い。そんな時こそ、命は大事にしなければならない。必要なのは、生き延びる事。そして、逃げ延びる事だ。

 

 

 だから、現状を受け入れて戦う姿は、確かにかっこいい。けれどそれでは.........そこで[終わり]なんだ。[エピローグ]すらありはしない。待っているのは[結末]だけなんだ。

 

 

桜木「.........アンタ。レースはした事あるのか?」

 

 

「っ、何よいきなり.........無いわよそんなの」

 

 

桜木「だったら教えてやる。レースでやったら確実に負ける行動をな」

 

 

 目の前に居るレースを知らないウマ娘。それに、俺がこれまで得て来たトレーナーとしての知識を教えて行く。

 追い込みは後方で脚を溜め、最終コーナーより前目の方でのロングスパートを掛けてからの追い抜き。

 差しは先行や逃げの行動を観察しながら、最終コーナー手前で周りと駆け引きをする。

 先行は逃げを打つ相手と後方に居る差し、追い込みに対してプレッシャーをかけながら展開を作って行く。

 逃げは最初から最後までの展開をリードする事を理想とし、それを崩さないように走る。

 

 

桜木「.........まぁ、大まかに四つだ。その中でも走り方や勝ち方に差はあるけどな」

 

 

桜木「その中でもやったら確実に負けること。それは逃げで後方に差し切られた時じゃない。先行で逃げに展開を完全に掴まれた時でもない」

 

 

桜木「差しで捲れきれなかった時でもなければ、追い込みのロングスパートを見誤った時でもない」

 

 

「.........」

 

 

桜木「.........走るのを[止めた時]だ」

 

 

 レースというのは面白い。いつ、一体何が起きるのかが予測出来ない。負けると思ったレースで勝ち、勝てると思ったレースで負ける。そんな事はざらにある。

 それでも、確実に負けてしまう行動がある。それは、走る事そのものを止めてしまう事だ。そんな事をしてしまえば、勝てる物も勝てなくなる。先も無くなる。いつかの筈の終わりが、今になってしまう。

 

 

「くだらない.........!!!それが今アンタが現実を受け入れずに[逃げる]事と、どう関係すんのよッッ!!!」

 

 

桜木「.........まだ分かんねぇか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「[逃げる]のだって。レースで勝つ為の戦略なんだぜ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ!ああ言えばこう言う.........!!!その減らず口が気に入らな―――っっ!!?」

 

 

 強い負の感情を向けてくる少女。しかし、その言葉を言い切る前に、突然跪き、その頭を強く抑え始めた。痛みを訴えるようにうめき声が聞こえてくる。

 

 

神威「なんだ.........!!?」

 

 

黒津木「お前なんかしたか!!?」

 

 

桜木「い、いやいや!!?流石の俺も可愛い女の子相手をいたぶる趣味はねぇよ!!?.........翔也?」

 

 

白銀「俺なわけねェだろカスゥッッ!!!」

 

 

 目の前の少女の様子を見て、ただ事では無いと言うのは一目でわかった。何故か俺が疑われ始めたので弁解し、この中でなんかやってそうな奴に目を向けてみるも、完全に真っ向から否定された。この感じは嘘では無い。

 そんな中、少女は定まらない視線を真っ直ぐと向けている。その方向は、未だに目的の分からない男の方だった。

 

 

「っ、違う.........!!!ここにアンタは[居なかった].........ッッ!!!」

 

 

能面「ほう。ようやく気付いたか。やはり[直接的な過去]には干渉出来んようだな」

 

 

「ふざ、けるな.........!!!一体どこまで遡った.........!!!何故そこまでして過去を変えずにここまで来たァッッ!!!桜木ィィィィ―――ッッッ!!!!!」

 

 

 [遡った]。その言葉を聞き、俺達は奴の方へと振り返る。奴の表情は、それを待っていたと言わんばかりに満足そうにしていた。

 そんな満足気な顔の口が、真横に広がる。最初は鼻で笑うような声だった。それがいつしか、堪えようとする笑い声になっていく。

 

 

能面「ククク.........」

 

 

能面「クハハハハハ.........!!!」

 

 

能面「ハーッハッハッハッハッ!!!」

 

 

 その女神の姿が愉快だと言わんばかりに、その目元に片手を添え、声高らかに悪役の様な三段笑いを始めた。まるで、勝利宣言をするかのように。

 ひとしきり笑った男は疲れたように息を吐き、女神の方へと目を向け、その口を開き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「[最初]からだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

能面「[最初]から、過去の存在達が来るその日まで、俺は一挙手一投足違えずここまで戻ってきた」

 

 

能面「[神魔石]が割れる度に歓喜したぞ?それはつまり、その時間遡行をこの世界で行ったという証拠になるのだからな」

 

 

 不健康極まりない雰囲気の笑みを見せながら、男は自慢げにそう話す。その姿に、俺は.........どこか憧れに近い何かを感じていた。

 そしてそれは何故なのか、すぐに理解が出来た。この男は俺にとって、理想の[悪役]なんだ。

 そんな男の姿を見て、女神は愕然とする。

 

 

「.........有り得ない.........そん、なの.........」

 

 

能面「.........俺はお前の求める[主人公(ヒーロー)]でも無ければ、[世界の歯車(正義の味方)]でも無い」

 

 

能面「確かに同じ道を歩いた。同じ行動を取り、同じ結末を選んだ。だが、明確に違うのは.........俺はある物になりたかった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「[世界の悪役(彼女の味方)]にな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「例え、この世界を終わらせようとも」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 真っ直ぐと女神の方を見て、無表情の威圧を掛ける男。その目は、酷く濁りきっていた。

 人生を掛けて、年月を掛け、経験と道筋を掛け、濁りに濁ったその目で、一人の少女を見ていた。それはきっと、[狂気]なのだろう。

 一度全てを終えた男が、その中身を一度捨て、もう一度同じ物をその身に注いだ。一度注がれたはずのそれを、まるで好きな飲み物の様に注ぎ直したんだ。今日、この日の為に.........

 その覚悟を感じ取った俺は、もう一度女神の方を見る。彼女は俯き、項垂れていたが、暫しの沈黙の後、その顔を上げた。その表情は、酷く悲しげな物だった。

 

 

「.........なんでよ」

 

 

「ねぇ?もう良いでしょ.........?あの世界に居れば.........貴方は幸せなのよ.........?」

 

 

「なんなら貴方も来る.........?歓迎するわよ.........好きな夢を見せて上げる.........」

 

 

 俺達二人を泣きそうな顔で見ながら呟くように女神は言った。それが幸せだと。それがこの上ない終わり方(ハッピーエンド)だと、言い切った。

 

 

桜木「.........そう。じゃあ、見せてもらおうか?」

 

 

「!良いわ!!どんな夢でも―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アグネスタキオンの足は脆く」

 

 

「ハルウララは弱く」

 

 

「ライスシャワーは最初から祝福されず」

 

 

「ミホノブルボンは三冠バになれず」

 

 

「アグネスデジタルはチームマネージャーとして入り」

 

 

「メジロマックイーンは.........[繋靭帯炎]になる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「.........その上で、それを全て解決して、俺を納得させる夢を見せてくれ」

 

 

 その内容は、俺が生きている世界と何ら変わりはしない。見る人が見れば、知る人が知る、地獄の様な茨道だ。そんな物を、好き好んで歩くような者はバカですら居ない。

 そして、そんな事を言った俺に女神は驚愕した様な目で俺を見ていた

 

 

「.........何を、言ってるの.........!!?」

 

 

「わざわざそんな道を歩く必要は無いッッ!!!」

 

 

「[運命(本編)]は変わらないッッ!!!例え[奇跡]が起きようともッッ!!!」

 

 

 本編。それは、誰かの手によって書き上げられた一つの物語。女神のその口ぶりから、それを今まで変えようと苦心してきた事を簡単に察することが出来る。

 きっと、幾度となく[奇跡]を起こしてきて、起こそうとしてきたのだろう。それでも、彼女はそれを塗り替え、書き換えることが出来なかった。

 それでも、そうだとしても俺は.........[目覚めなければ]行けないんだ。本物の世界で、しっかりと目を覚まして、[夢を見なければ]行けないんだ。

 

 

桜木「そうとも限らねぇさ。完璧な物語なんて存在しない。だから新たな物語(夢のような話)が生まれる」

 

 

桜木「お前が見せた、その有り得ない筈の未来が、俺を足踏みさせるはずのそれが、逆に俺を前へと歩かせてしまった」

 

 

桜木「未練は出来た。義理も精算してねぇ。約束はまだ終わってない。誓いも立てたばかり。あの子が帰りを待ってる。それだけで十分だろ?」

 

 

 俺はまだ、何も果たしちゃいない。あの子達に何も返せちゃいない。恩人に報いて居ない。アイツらに並び立てちゃ居ない。

 まだ.........俺が[生きた証]を、誰にも見せちゃ居ないんだ。

 

 

桜木「だから今度は俺が筆を執る。お前が終わらせた俺達の物語(エピローグ)を、俺達自身が、物語(プロローグ)として続きを書く」

 

 

桜木「さぁ、見てろよ?神様」

 

 

桜木「今からこの[物語]は.........俺の、俺達の[山あり谷ありウマ娘(目覚めた後に見る夢)]は.........ッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「[本編(奇跡)]だって超えていくんだぜェッッッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 神様が言った運命という言葉。それは、今まで得体の知れない存在が操り人形を糸で操作するように作り上げているものだと思っていた。

 けれど、目の前の存在を見て、それは違うとすぐに分かった。女神も.........彼女も、その運命に翻弄された一人に過ぎず、それに抗おうとしてこの世界を作り出した.........言ってしまえば、[同じ]なんだ。

 

 

「.........そんな力、人間には無い」

 

 

「もう良い.........同意を得ようとした私が間違っていたわ.........!!!」

 

 

 力無く項垂れ、恨めしそうに呟く少女。肌に触れる雰囲気は最悪な物になっている。周りの奴らも、それを見てたじろぎ、後ずさっている。

 だと言うのに、俺に不安は一切無い。先程まで。夢の中へと送り込まれる前に感じていた恐怖や疑問は、一切湧いて来ないんだ。

 

 

「ッッ!!!」

 

 

三人「っ!!!玲皇ォッッ!!!」

 

 

能面「っ!!?くっ、もう少し若ければ.........ッッ!!!」

 

 

 女神が手を放り出し、その勢いで糸が飛んでくる。その速度は人間の速さじゃとても反応して避けたり、行動できる物では無い。

 

 

桜木「.........―――」

 

 

 それでも俺は、この胸に宿る[鼓動]を信じてみた。なんとかなる。なんとでもなると言うように、俺を勇気づけてくれるこの鼓動を.........

 

 

 そして、女神から出された糸が俺の身体に触れるその瞬間。首から下げたアクセサリーから出された細い光が、その糸と絡み合うようにして、空気へと溶けて行った。

 

 

全員「っ.........!!?」

 

 

「な、何が.........!!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう良いだろ?[シロ]」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その声が、俺の身体の中心から外に向かって響き渡る。それは俺だけではなく、この場にいる全員に聞こえているようで、その目を丸くして俺の方を見ていた。

 風もなくアクセサリーが揺れ動く。そして、先程の様な糸ではなく、まるで光線のような太い光を空へと放ち、俺達の目を強く眩ませる。

 

 

「っ.........!!?なんで.........!!?」

 

 

「.........この姿で会うのは、久しぶりだよね?シロ」

 

 

 強い光が消え、ようやく目がまともに見えるようになった。腕を下ろし、目の前の状況を見ると、どこかで見た様なファンタジー風の衣装を着た男が、俺に背を向けて立っていた。

 シロと呼ばれた少女は、驚愕しながらも、どこか悲しそうな表情でその男の方を見ていた。

 

 

白銀「だ、れだ.........?」

 

 

神威「なんか、玲皇に似てね.........?」

 

 

黒津木「頭のツンツン具合が足りてねぇ.........」

 

 

桜木「それは今関係ねぇだろ.........」

 

 

 仲間内でそれぞれの感想をぶつけ合っていると、その男が俺の方へと振り向く。その顔は、俺とは正反対の優男と言えるぐらい大人しそうな顔立ちでありながら、それに似つかわしくない眼帯を付けていた。

 俺の方を見て近づいてくるその存在に流石の俺も驚き、一歩後ずさる。するとソイツは悪い事をしたかのように苦笑しながら人差し指で頬をかいた。

 

 

「あ、はは.........ごめんね?本当はもっと早く。それこそ初めて目覚めた時から、この姿で会いたかったんだ」

 

 

桜木「は.........?」

 

 

「.........僕も、君と同じ様に世界の全てに絶望した身だ。そしてそのまま、君と違ってこの世を去った。だから、あんな事を君にしちゃったんだ」

 

 

「でも、これでようやく君への恩を返せる。彼女の事は、僕に任せて欲しい」

 

 

桜木「お前、何言って―――」

 

 

 男は俺に、悲しげな笑顔を見せてからその顔を背けた。そして俺の疑問の声も聞かずに女神の方へと向かって行った。

 

 

「シロ。もう終わらせよう?君の憎しみが消えないのなら、それを全部僕に向けてくれ。きっとそれなら.........全てが上手く片付くと思うんだ」

 

 

シロ「.........相変わらずね。[レックス]」

 

 

 二人の間で、何か話が進んで行く。その様子を静かに見守っていると、突然男の方が腰の方に差した剣を引き抜き、走り出して行った。

 そしてそれを受け入れるように、女神はその身をさらけ出し始めたのだ。

 

 

四人「はァ!!?」

 

 

能面「うるさい。ともかくこれで解決だろう。憎き女神の掌の上から降りれるんだ。せいせいする」

 

 

桜木「お前マックイーン以外の事に本当頓着ねぇのなッッ!!!」

 

 

能面「当たり前だろ」

 

 

桜木「今ようやく理解したわ!!!コイツ絶対自室の畳にマックイーンが使ってるシャンプーぶちまけてるッッ!!!ゴールドシップの言ってた通りだわ!!!」

 

 

能面「おい待てなんでそれをゴールドシップが」

 

 

 何かこれを止める方法は無いのだろうか。そう思いながら自分に出来る事を考えて見る。しかし残念な事に後数秒もしない内にその剣はシロと呼ばれた少女に到達してしまうだろう。

 捻りに捻った作戦は、結局ここまで来て[誰かの真似事]だった。

 

 

桜木「もうこれしかねぇぇぇッッ!!!」ジャララ!!!

 

 

白銀「ジャッジメントチェーン!!?」

 

 

神威「やめろォ!!!旅団以外に使うと死ぬぞッッ!!!」

 

 

桜木「勝手に死ねェェェェェッッッ!!!!!」

 

 

黒津木「お前が死ぬんだよっっ!!?」

 

 

 掌を勢いに任せて振るいながら、目の前を走っていく男に向けて鎖が射出される。重力なんて存在してないようにその鎖は真っ直ぐと男の方へと向かって行き.........

 

 

「ぐぇッッ!!?」

 

 

シロ「レックス!!?」

 

 

 男の片足へと絡まり、その前進を転倒という形で終わらせた。

 もちろん。それだけで終わりはしない。こういう人の話を聞かないようなバカは身体に教え込むのが理にかなっている。俺はその場から全速力で男の方へと駆け出した。

 

 

桜木「急に現れて何しようとしてんだテメェェェッッ!!!」

 

 

「いた!!?ちょ、ごめ、痛いっ!!!」

 

 

シロ「やめて!!!レックスは悪くないの!!!悪いのは私なの!!!」

 

 

桜木「じゃあお前はこれでも食らっとけッッ!!!」バコーン!!!

 

 

シロ「☆#△○☆×―――!!?」

 

 

 うつ伏せになって倒れている男を分からせるために拳を振るっていると、シロと呼ばれる少女が割って入って来た。

 仕方が無いので渾身の拳骨を頭に浴びせると、言葉にならない声を上げて頭を押えて倒れ込んだ。

 荒んだ息を整え、二人の様子を見て暫くは先程の様な事は起こらないと考え付く。俺はそのまま、声を荒らげて思いの丈をぶちまけた。

 

 

桜木「良いかッッ!!!俺はな!!![あっち]の世界で過ごしたマックイーン達に言ったんだッッ!!![こっち]の方で必ず!!!同じ景色を見るってッッ!!!」

 

 

桜木「沢山の人が俺ん家に集まってッッ!!!確かに幸せな終わり方だって感じた!!!でもあそこに居ない人達も居たんだ!!!」

 

 

桜木「必要なんだよ俺にはッッ!!!楽しい事ばかりじゃ出会えなかった人達がッッ!!!俺はソイツらともあの景色を迎えたいんだッッ!!!そこにはもちろん―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アンタらだって居るんだぞッッッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二人「―――.........」

 

 

 目の前に居る二人は、驚いた表情で俺の方を見た。俺に対して、何を言っているんだと言うような目で、俺を見てくる。

 けれどそれでは止まらない。そんなものは今まで何度も向けられてきた。そしてそれを.........何度も[ひっくり返して]来た。

 下バ評も、困難も、人々の心も、そして.........俺自身の絶望も.........

 

 

桜木「確かに[運命]は変わらないかもしれないッッ!!!それを変える為にアンタは[奇跡]を起こし続け、起こそうとしたのかもしれない.........ッッ!!!」

 

 

桜木「[だからこそ]―――ッッッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺は[奇跡]を超えてやるって言ってんだよッッッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 運命は変わらない。それは例え、神の起こす[奇跡]であろうとも。もしかしたら、そんな事は端から知っていたのかもしれない。俺自身、心のどこかで、神様ですら、激流の様な運命の勢いに、抗い切れないのかもしれないと.........

 [だからこそ]。[それでも]でも、[けれども]でも無い。俺は、その[奇跡]を否定する事はしない。その上で、俺はそれを超えてやると、自然と口に出していた。

 

 

 それを言い終えたその時、王冠の首飾りがまた、光を放ち始めた。それは、先程の様な強い光ではなく、弱い糸でも無い。

 複数の線が絡み合い、徐々に形作られていく。それは、まるで人の神経のように張り巡らされ、最終的に.........人と同じ大きさの[手]となって現れた。

 

 

 今までのような[繋がりたい]という思いではなく、鎖のように[縛り付ける]物でも無い。その[手]は、相手から伸ばされる[手]を待つ、[繋がろう]という意思そのものだった.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 [共鳴リンク]が発動している。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その手を見て、二人はお互いの顔を見る。そこに言葉は無く、あるのは心だけだった。

 暫くして、同時に頷くと、その場で立ち上がり、その[手]へと向かって歩き出した。

 

 

レックス「.........そうか。今ようやく分かったよ」

 

 

桜木「?」

 

 

レックス「君は[獅子王心(ライオンハート)を持つ者]じゃない。一つの心で、全てを従える存在じゃない」

 

 

シロ「そうね。貴方とは大違い.........」

 

 

 二人で顔を見合いながら、ぎこちなさそうに微笑み合う。その姿が久々に再会を果たした物だと、その様子を見て分かる。

 その二人が今度は、俺の方を見る。男の方も、そして少女の方も、先程までの事を感じさせないくらい、負の感情を一切無しに、俺を見つめてくる。

 

 

シロ「貴方。[ひとりじゃない]のね。本当の意味で.........」

 

 

レックス「うん。君の内側から、多くの人達の意志を感じる.........まるで、そこで暮らしている.........[星]みたいだ」

 

 

シロ「.........結局。あの[名優]の言う通り、全部ひっくり返されちゃったわ」

 

 

シロ「[キング]も[ナイト]も.........それどころか、相手の盤面の全ての駒も.........全部、ぐちゃぐちゃになって、どれが敵だったのか分からなくなっちゃった」

 

 

 そう言いながら、二人はその場に浮かぶ手に触れる。その気になれば、そんなものに触れることなく、俺をどうとでも出来たと言うのに.........

 けれど俺は、強引に手を引っ張るなんてことはしたくない。それでも俺は、助けたい人の事を見捨てる事は出来ない。だからこうして.........目の前に手を差し伸ばす。無理やりつなごうとは思わない。

 

 

 彼らがその手に触れて、断片的だけど、二人の事が俺の中に流れ込んで来た。

 出会った時の事、二人で劇場の主役をした事、魔法を学び、学ばせていた事、王様になった事。

 そして、戦争の事、敵の事、彼女をさらわれた事、それを助け出そうとして命を落としてしまった事、そしてその後を追うように自らその場で命を絶った事.........

 

 

 悲しい事の方が多いと感じた。それでも、それに打ち消される事が無い楽しい事もあったと感じた。二人だけにしか分からない事も、それこそ.........[山あり谷ありの人生]そのものだった。

 

 

 瞳を閉じ、その思い出に触れ終えた俺は、気が付けば言葉を発していた。

 

 

桜木「.........[桜]は好きか?」

 

 

二人「え?」

 

 

桜木「人生ってのは、四季と同じだ。違う所を上げるとすれば、わかりやすい特徴は無いし、順番通りには巡りはしない」

 

 

桜木「それでも人は、必ず[桜]を人生で一回は咲かせる。一人だけで咲くのは一本だけだ。けれど、多くの人が同時に咲かせたなら花見をしに人が来る」

 

 

 今まで、俺の人生はなんなんだろうと何度も考えて来た。それでも、答えは見つからなかった。探しても探しても、見つかる事はなかった。

 けれど、今は何だか、それが分かったような気がした。

 出会いの春。活躍の夏。寂しさの秋。悲しみの冬。その訪れが人生にはあるのだと、俺はあの[走マ灯]でぼんやりながらも探し当てることが出来た。

 そして.........いつ咲くかも分からない。春に咲くかも定かでは無い人生の[桜]を咲かせる事こそ、人が生きる。そして俺の生きる意味なのだと.........そこにようやく辿り着くことが出来た。

 

 

桜木「.........花見はいいぞ。どんちゃん騒ぎも許されるからな」

 

 

白銀「許される訳ねぇだろ」

 

 

黒津木「お前空気読めよ」

 

 

神威「アイツあんな事言ってますけど人生で花見なんて一度もした事ありませんよ?」

 

 

 アイツらの方を振り向いてそう言うと、期待していた通り想像もしない言葉が帰ってきた。そして最終的には俺の言葉の説得力を全て無くしてきやがった。アホか台無しだわ。

 しかし、そんな俺達を見て、二人は揃って笑い声をあげた。幸せそうな声が、この暗い空間一体に響き渡る。

 それに釣られるように、俺達も笑い始めた。そしてそれが.........この一件を全て解決したのだと、俺達に知らせていたのだった.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まぁ、それはそれ。これはこれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ジャララララ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二人「.........え」

 

 

 空間に浮かんでいた手はもう無い。代わりに二人は、俺の手を掴んでいた。そしてその二人の手に、先程俺から射出された鎖が巻かれ始めた。

 

 

四人「お前何してんのっっ!!?」

 

 

桜木「.........レックス。だっけ?」

 

 

レックス「は、はい」

 

 

桜木「お前のやった事は許せる。正直、殆どが俺の本心そのものだったからな.........けど」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前ウララを引かせた事だけは許されると思うなよッッッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「.........っっ!!?」ガバッ!

 

 

 雀の声が微かに聞こえてくる。意識が沈んでは浮き、沈んでは浮きを繰り返して安定した瞬間。まるで地面に足の裏が付いたような意識の覚醒が起き、俺はそのまま上半身を起き上がらせた。

 

 

桜木「.........はは、マジかよ.........」

 

 

桜木「.........[目覚められた]のかよ」

 

 

 周りで寝息を立てる奴らを尻目に、俺は[こっち]に[戻ってこれた]のだと理解し、目元を押えながら息を吐き出した。寝ていた筈なのに、それと共に疲れが押し寄せてくる。

 それと同時に、喜びが溢れ出してくる。俺はようやく、自分の手で初めて.........自分の[居たい場所]に居続けることを選ぶことが出来た。

 

 

能面「よう。気分はどうだ?」

 

 

 そんな喜びに打ち震えていると、不意に声を掛けられる。その方向を見上げると、ココアの甘い匂いがするカップを片手に持った男がそこに立っていた。

 

 

桜木「.........最高だよ」

 

 

能面「.........ふ、そうか」

 

 

桜木「その、こういうのも凄い変で、笑われるかもしれないけどさ.........」

 

 

桜木「アンタが俺で、本当に良かった」

 

 

能面「.........」

 

 

 夢の中で見た男の姿。それは正に、俺の理想像だった。どんな相手だろうと、決して自分の正義を譲ること無く、護りたい者を護る為に立ち向かう。それがたとえ、[世界の平和]、[世界の願望]そのものだったとしても.........

 それを伝えても、男は表情一つ変えることなく俺に背を向けて机に座る。ココアを一口飲んで、心底居心地が悪そうな態度を示していた。

 

 

桜木「.........あー、俺あの子達の所に行くよ。改めて謝らなきゃ」

 

 

能面「.........さっさと行け」

 

 

 ぶっきらぼうにそう言われた俺は、そのまま起き上がり、部屋から出る為にドアノブに手を掛けた。

 その時、少しだけ男の方を見たけど、俺にその顔を見せないよう、そっぽを向いて居た。

 

 

 部屋から出た俺は、もう一度息を吐いた。これで終わりじゃない。これから[始まり]なんだ。今まで起きていた[奇跡]を超える為の、はじめの一歩なんだ.........

 

 

桜木「.........ありがとうな」

 

 

 胸から下げた王冠のアクセサリーを軽く握り、そう呟いた。微かだけど、温かさが生まれたような気がした。

 これからの道を歩き切るために、覚悟を決め直した俺は、あの子達と会う為に、その足を進めて行った―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 [夢覚め人]になった!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――生き恥の多い人生。他人から見たら[山あり谷ありの人生(ノーマルエンド)]かも知れないが、俺にとっては[失敗そのもの(バッドエンド)]だった。

 

 

能面「.........お前達は行かなくていいのか」

 

 

神威「.........眠いから二度寝するわ」

 

 

黒津木「右に同じく」

 

 

白銀「あの女可愛かった.........もう一度会いてぇ.........」

 

 

 戯けたことを言う男達。その姿を見て、俺は何故か、安心を覚えてしまう。

 

 

 辛い事の連続だった。だが幸せも確かにあった。俺にとっては、かけがえのないものを得た人生だった。それと同時に.........かけがえのないものを失った人生でもあった。

 

 

 夢を失った。希望を失った。道を失った。そして、友を失った.........数えても数え切れない。誰かが俺の人生に、例え百人。或いはこの世界の神に[100点]を付けられたとしても、俺は自ら[0点]としてしまうほどの人生だった。

 

 

神威「.........まぁでも、二度寝する前にさ」

 

 

黒津木「泣き虫を慰めねぇとな」

 

 

白銀「あのじゃらじゃら付けたらまた会える.........?」

 

 

二人「お前ほんと死ね」

 

 

能面「.........っ、っ!!」

 

 

 水滴が零れる。一つ、二つと落ちたのを見てなんとか堪えようとしてみるが、どうにも抑えることが出来ない。

 変な奴だと思われているかもしれない。歳をとってボケたのかと勘繰られているかもしれない。けれど俺にとって、今のこの目の前の光景は.........!!!もう二度と戻って来ないものなんだ.........!!!

 

 

能面「俺は.........!!!本当はお前達ともっと騒いでいたかった.........!!!」

 

 

能面「けど!!!俺は弱くて意気地無しで頑固だから!!!一度得た物を失いたくなかった!!!」

 

 

能面「それをバカにされたり!!!コケにされたりする覚悟はあったんだ!!!なのに.........なのにぃっっ!!!」

 

 

三人「.........」

 

 

 あの男は言った。アンタが俺で良かったと.........この道を進んだ俺を否定する事無く、バカにしたり、コケにしたり、嘲笑うことも無く.........むしろそれを、誇りに思ってくれた。

 情けない声を上げないようにしていると、不意に背中に温かさが触れた。三つの手が、俺を慰めるように撫でて来るのを感じた。

 そこからはもう.........年甲斐も無く、恥も外聞も無いままに、今までの後悔を全て懺悔し、洗い流して行くように俺は.........その涙を流し続けて行った.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シロ「.........」ムクリ

 

 

レックス「.........酷い目にあったね」

 

 

 目が覚めて、上半身を起こした。隣から声が聞こえたから、その方向を見る。そこには、その言葉とは裏腹に楽しい夢を見たとでも言わんばかりの表情を浮かべた馬鹿が居た。

 

 

シロ「どこがよ。よく分からない学校の生徒にされた挙句変な同級生やら先輩やら後輩やらに囲まれて挙句の果てに教師は滅茶苦茶。地獄ったらありゃしないわ」

 

 

レックス「そうかい?制服姿のシロ。可愛かったな〜」

 

 

シロ「.........」

 

 

 彼は起き上がる事無く、その場に寝ながら顔をふにゃふにゃとさせる。せめて本人の居ない場所でその発言と顔をして欲しいものだけど、それは今に始まったことじゃない。

 

 

シロ「ねぇ。シロっていうのやめて。安直過ぎて好きじゃないわ」

 

 

レックス「え?じゃあどう呼べばいいんだい?名前無いんでしょ?」

 

 

シロ「.........うぐっ」

 

 

 そうだ。普段馬鹿っぽい雰囲気をまとっている癖に、言ってくる事は一丁前に的を射てくるんだった.........すっかり忘れていたわ。

 仕方が無い。そう思った私は、話題を逸らそうとした。

 

 

シロ「それにしても、彼は本当に超えられるのかしら.........」

 

 

レックス「.........超えられる。なんせ彼は、僕には出来なかった、[心の無い者に心を宿らせる力]がある.........名前を付けるんだったら―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「[獅子星心(レグルスハート)を持つ者].........かな?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シロ「.........ダサっ」

 

 

レックス「えぇ!!?カッコイイよ!!?」

 

 

 ネーミングセンスもなんか悪い。別に普通に言えば良いのに、心の中のいい名前でしょこれ?自分が自力で考えましたーっていうのが顔に現れてて酷いと思う。

 それでも、そんなやり取りが懐かしくてつい笑ってしまう。彼と過ごした年月は、意識がある中では決して長い訳では無いと言うのに.........

 

 

レックス「.........変わるといいね。[運命]」

 

 

シロ「.........そうね。きっと変わってくれる」

 

 

 私ですら変えられなかったもの。それでも、それを変えてくれるかもしれないと感じさせてくれる存在。

 その存在に思いを馳せながら、この暗い空間に一筋の光が.........陽の光が差し込んで、辺り一面を照らし始める。

 そこは、草原だった。私が望んだ楽園。私達がのびのびと生きていける場所。そんな場所に[人間]と二人、並んで居る。

 

 

 私の思いを変えてくれた.........[彼]のように、きっと。[本編(運命)]も心変わりをしてくれる。そう思いながら、私は隣に居る彼の手にそっと触れた.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、思ったのだけれど、走るのってそんなに楽しいのかしら.........?」

 

 

「.........さぁ?」

 

 

「.........今度下界の方に走りにまた降りましょうか」

 

 

「.........え」

 

 

 

 

 

 ......To be continued



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目覚めた後に見る夢へ

 

 

 

 

 

桜木「しくった.........」

 

 

 鳥のさえずりが気持ちよく聞こえてくる中、俺は一人この豪邸のロビーで頭を抱えていた。

 そこに備え付けられている時計を見る。もう既に何度もそれを見てはいるが、何かの間違いだと思い見て、そして時が進んでないかを見てを繰り返していた。

 時刻はまだ4:30分。あの子達に謝ってくると言った手前、戻るのは何だかかっこ悪い。そんなくだらないプライドを守る為に、俺は時間を潰そうとしていた。

 そんな中、不意に階段を降りてくる足音が聞こえてくる。大方あの三人の誰かか、あの男が部屋から出てきたのだろう。そう思ったが、どうにも足音が軽く感じた。

 その方向をゆっくり見上げると、そこにはマックイーンが居た。

 

 

桜木「お、おはよう」

 

 

マック「.........ふふ♪おはようございます。トレーナーさん」

 

 

桜木「.........?」

 

 

 ぎこちない挨拶をすると、彼女は何故か機嫌が良さそうに微笑んで、挨拶を返して来てくれた。

 そのまま俺の座るソファーの隣に腰を下ろしてくる。全ての挙動が幸せそうに見え、何だか不思議な感覚だ.........

 

 

 

 

 

桜木「.........な、なに?」

 

 

マック「ふふ♪なんでもありません♪」

 

 

 ―――彼の隣に座り、その横顔をじーっと見つめました。普段から見ているせいであまり分かりませんでしたが、最初に会った頃より確かに凛々しい顔つきになったと感じます。

 

 

マック「こんな朝早くからどうしたんです?」

 

 

桜木「.........その、笑われるかもだけど、夢を見てさ」

 

 

桜木「その夢は幸せだったけど、結局それは俺だけの物で、皆の幸せじゃないと思ったから.........謝ろうと思ってるんだ。もう一度」

 

 

 彼は強く決心した表情で、そう言いました。たった一晩過ぎただけなのに、昨日までの彼とはまるっきり違う。けれど、彼は彼のまま、大人になったと感じました。

 そしてもう一つ。分かったことがあります。それはあの夢の出来事を、私達は知らないと思い込んでいる事です。

 

 

マック(こ、これは好都合よマックイーン.........!自由に行動出来なかったせいで勝手に告白しちゃったけど!これならなんとかやり直せるわ.........!!!)

 

 

 夢の中での出来事。その中で私は、彼に告白してしまいました。ま、まぁそれは本心だったので嘘偽りはありませんが、彼との関係がぎこちなくなるのだけは避けたかった問題でした。

 

 

桜木「.........けど問題は、どう謝るかだよなぁ」

 

 

マック「そうですわね.........トレーナーさんが誠心誠意謝れば、きっと伝わると思いますが.........」

 

 

「そうだねぇ。そうすればきっと私も許さざるを得ないだろう」

 

 

桜木「それしかないか.........ん?」

 

 

 突然、聞き慣れた声の機嫌の良さそうな物が聞こえてきました。その方向を見ると、そこにはさもそこに最初から居たように、私と反対の場所に座るアグネスタキオンさんがいらっしゃいました。

 

 

桜木「た、タキオン!!?」

 

 

マック「あら。まだ寝てると思っていましたのに」

 

 

タキオン「今日は妙に寝覚めが良くてね。何だか、本当の意味で[目覚めた]感じがしたよ」

 

 

「あっ!!トレーナー!!おはよー!!」

 

 

 可愛らしく元気な声が上から聞こえて来ます。その方向を見ると、ウララさんが手すりから身を乗り出してこちらに手を振ってきていました。

 とてとてと階段を降りてくるウララさんを先頭に、ライスさんとブルボンさん。そしてデジタルさんが降りてきました。

 そして皆さんはご機嫌のまま、彼の側までやってきました。昨日と今日で反応が違うため、彼は困惑した表情を見せます。

 

 

桜木「え?え!!?ど、どうしたの!!?」

 

 

ライス「ふふふ!何でもないよ!お兄さま!」

 

 

ブルボン「いい朝ですね。マスター。ステータス[さっぱり]を確認」

 

 

デジ「ふふふ、私もこの上なく気分が良いですよ!!」

 

 

 状況が飲み込めないまま、彼は目の前に居る皆さんの表情をじっくりと見ました。そこには誰がどう見ても、雲ひとつ無い快晴の顔が並んでいます。

 そんな状況のまま、彼の言葉も待たずにタキオンさんが口を開きました。

 

 

タキオン「そう言えば未来の私から聞いたが、タイムマシンが直るまであと一週間掛かるらしい」

 

 

桜木「そ、そうなの?」

 

 

タキオン「ああ!!それまでこの体験したくてもできない未来を謳歌しようじゃないか!!」

 

 

桜木「え!!?あの、ちょっと!!?」

 

 

 彼の静止も待たずにタキオンさんは立ち上がり、高笑いを響かせながら玄関へと向かって行きました。

 それに続くように、ウララさん達も笑顔でそれに着いて行きます。その様子を見た彼はいてもたっても居られず、立ち上がり声を上げました。

 

 

桜木「ま、待って!!!せめてちゃんと、あの時の事を謝ら―――「もう良いんです」.........え?」

 

 

マック「もう皆さん。ちゃんと聴きましたから.........♪」

 

 

 私も立ち上がり、彼の前へと出ます。私のその言葉を聞いて、彼は一瞬キョトンとした表情を浮かべ、何か察し始めましたが、それを待たずに私はタキオンさんに着いていくように、この家を後にしました.........

 

 

 

 

 

桜木「.........まさか、知ってる?」

 

 

 何だかよく分からない汗が頬を流れる。目の前にはもう彼女達は居なく、力無く前に出された手だけだったが、その手もだらんと下げた。

 許して.........くれたのだろうか。いや、きっとそうに違いない。他の皆はともかく、タキオンはそう易々と機嫌が良くなる事は無い。

 ここ一番の勇気の使い所を見失った俺は、もう一度待合室のソファーに腰を掛ける。変な汗でじっとり滲んだ俺の顔を覆い、まずは安堵のため息をついた。

 

 

桜木「.........風呂、入りてぇなぁ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

能面「で、何故俺も呼んだ」

 

 

桜木「バーカ。こう言うのは男の付き合いだろ?最早常識を超えたマナーっつうわけよ」

 

 

白銀「バカ女も来れば良かったのに」

 

 

能面「殺すぞただのバカ」

 

 

 脱衣所で服を脱ぎながらゲンナリとした表情を目の前の男達に見せる。他の二人は我先にと風呂へ入ってしまった。

 全く.........これから[未確定]かを[確定]させる観察実験が始まると言うのに。雰囲気も何もありはしない。

 

 

桜木「.........んお?なんぞそれ?」

 

 

能面「[神魔石].........説明は面倒だ。後で何とかなる」

 

 

桜木「?」

 

 

能面「10:31分まで.........3、2、1―――」

 

 

 腕時計の秒針を見ながら、脱いで畳んだ衣服の上に置いた石を見る。変化は起きない。だが、まだ安心は出来ない。

 俺はその時計の針がもう一周するまで、それを見続けた。そして―――

 

 

能面「.........はぁぁぁ。はんかくさいな」

 

 

桜木「うぇ!!?え、なに!!?」

 

 

能面「終わりだ。さっさと風呂に入るぞ。こんな気兼ねなく何かを出来るのは前回の人生以来だ」

 

 

 服の上に鎮座したそれは結局、割れることは無かった。分かり切っていたことだ。今更何を怖気付いてそれを見ようとしていたのだろう。そんな事せずとも、最早[運命]はあの時、あの[夢から目覚めた]瞬間から違えていたはずだと言うのに。

 それでも、見届けたかった。なんともまぁ、余韻もクソも無い幕引きだった。もっとこう、カタルシスが溢れ出るものかと思っていたが、残念ながら俺の[エピローグ]は[本編]と同じく、金魚のフンがちぎれる様な何とも言えない歯切れの悪さで終わりを迎えた。

 

 

 脱衣所を開け、本命の風呂場が目の前に広がる。そこは一種の温泉浴場と言われても差し支えないレベルの施設となっており、俺の後ろから来た二人は口を開いている。

 

 

桜木「す、すげぇ.........」

 

 

白銀「金払わなきゃ.........」

 

 

能面「ポケット無いのにどこまさぐってんだお前は」

 

 

黒津木「いやー。最高の温泉だなぁここは」

 

 

神威「観光名所メジロ温泉!!メジロ家にも会えるよ!!」

 

 

能面「いやファンからしたら会える方がメインだろ」

 

 

 苦笑いを浮かべつつも、このやり取りの懐かしさにどうしても嬉しく思う自分がいる。捨てて行ったはずの景色が今、まるで何かの褒美のように俺に与えられている。

 そんな喜びに浸っていると、不意に若い男から実績の声が聞こえてくる。

 

 

桜木「コラっ!!お前らやることあんだろ!!!隣に立て!!!」

 

 

神威「あっ!!!そうだった!!!」ザバッ!

 

 

黒津木「行けねぇ行けねぇ!!!」ザバッ!

 

 

 何かを思い出したように慌てて使っていた湯船から引き上げ、こちらへ駆け足で寄ってくる男二人。何かと思いその様子を見守っていると、隣に並んでいる四人が一斉に息を吸い込んだ。

 

 

「「「「おーーー!おーーー!!!」」」」

 

 

桜木「温っっ泉っっっ!!!」

 

 

黒津木「でかぁッッ!!?」

 

 

神威「続編(救い)は無いんですか!!?」

 

 

白銀「続編(救い)は無いね!!!」

 

 

能面「.........」

 

 

 どこかで聞き覚えのあるセリフを言い、何かの続きを懇願する男達。そう言えばあの作品の続編の話は聞いてないな.........結局出たのかすら分からない。後で調べて見るとするか。

 そんなことを考えつつ、身体を流してから湯船に浸かる。そうするといくら若い野心を持ち続けていたとしても、歳を取った実感が湧いてきてしまう声が出てくる。

 

 

白銀「うぅわじじくせぇ〜」

 

 

能面「お前もいつかそうなる。嫌ならここで死ぬか?」

 

 

黒津木「おい冗談でも死んだ奴だけは殺そうとするなよッッ!!!」

 

 

白銀「バカ野郎俺は死んでねぇぞタコォッッ!!!」

 

 

神威「こっわ。俺達他人のフリしようぜ」

 

 

桜木「えっちだなぁ」

 

 

神威「ごめん誰だっけ」

 

 

能面「ククク.........ハーッハッハッハッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「んー.........流石にもうちょいルー足すかな〜.........」

 

 

 風呂を入り終え、手持ち無沙汰になった俺は厨房を借りて今日の晩飯を作っていた。目の前にあるのは寸胴の鍋。担当達にご飯を作っていたとはいえ、これで料理をするのは初めてだ。今は頼りになる姉も連絡が付かない。

 

 

桜木「まつったなぁ.........こんな事なら姉ちゃん所でちっとばかしバイトしてりゃ良かったな」

 

 

 分量はきちっと守っているが、如何せんこの大きさで果たしてちゃんとしたカレーが作れるのか疑問に思ってしまう。もしかしたら自分の知らない常識があるのでは無いか?そんな事を考えていたらキリが無い。

 頭をかきながら入れるべきか、入れまいべきか、そんな事を思案していると、不意に隣から声を掛けられた。

 

 

「あら、カレーですの?」

 

 

桜木「ん?ああそうだよ。マックイーンも久々に食べるだろ.........?」

 

 

当主「ふふ、ごめんなさいね。あの子じゃなくて」

 

 

 いつもの声がして隣を見ると、そこにはマックイーンだけど、俺の知らない彼女が立っていた。それはこの時代のメジロマックイーン。つまり、あの男の妻がそこに居た。

 

 

桜木「え、と.........すいません。馴れ馴れしくて」

 

 

当主「良いのです。敬語も付けなくて大丈夫ですわ。貴方の居たいように居てください」

 

 

桜木「そ、そう.........?じゃあお言葉に甘えて」

 

 

 どこか楽しげな彼女の姿に一瞬やりづらさを感じるものの、数秒経てばいつも通り、なんてことは無いあの日自分から手放したはずの日常を享受し始める。

 懐かしい。彼女と仲違いしてまだひと月も経っていない。だけど、こうして何にも囚われずに居るのは、本当に久々だった。

 

 

当主「.........あの」

 

 

桜木「ん?」

 

 

当主「何か、お話とかしないですか?黙って居られると居心地が.........」

 

 

桜木「え?あー.........ごめんね。これが俺の過ごし方なんだ」

 

 

 普段。騒ぎに騒いで居るせいでよく勘違いされるけど、俺はこうして誰かが隣に居るだけの空間がこの上なく好きだ。

 アイツらと居るのも、普段のバカ騒ぎが楽しいと言うのもあるが、一日中黙ってた所で一緒に過ごせる仲だからだ。根本的に違うからこそ、他人がそばに居ると実感出来て安心する。

 俺のその言葉に、きっとあの男の姿を思い出したのだろう。彼女はそれっきり何も言わずに、俺のカレー作りを隣で見ていた.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

フェスタ「ちょ!!?何だよお袋!!!アタシらは過去に行かねぇぞ!!!」

 

 

オル「そうっス!!!アタシとフェスタちゃんには夢があるっス!!!」

 

 

 目の前でギャーギャーと騒ぎ始める娘共を見て、アタシは溜息を吐く。全く、暫く見てねぇ内にこんなに不抜けちまうとは思わなかった。

 

 

リョテイ「夢だぁ?何だよ。言って見せろよオマエらの夢。アタシに胸張って聞かせて見せろよ。あ?」

 

 

オル「ふふん!![オルフェスタ]で稼いだお金で美容師になるっス!!!」

 

 

リョテイ「うわ、案外まともな夢じゃねぇか.........」

 

 

フェスタ「芝物語を家に置く」

 

 

リョテイ「テメェはダメだ。過去行き確定」

 

 

 とんでもねぇ。まさか数年.........いや、聞いた限りじゃアタシらが過去に行ってまだ数ヶ月しか経ってねぇってのに、置いて行ったウチの娘の片割れは底辺ギャンブラーになってやがった。家に置きたくなるなんてよっぽどだぞ。

 

 

リョテイ「ともかく!!!オマエらたるんでるぞ!!!凱旋門を走った時の気概はどこやったんだ!!!」

 

 

二人「フランスに置いてきた(っス)」

 

 

リョテイ「オマエら正気か!!?」

 

 

オル「だってぇ〜、あの時アタシを見てくれてたサブトレーナーが着いてきてくれなかったんスよ〜」

 

 

フェスタ「まぁ、不満がねぇ訳じゃねえけど、あんな負け方したら心も折れちまう。せめてもうちょい大敗気味だったら頑張れたが.........激アツ革命リーチを単発で終わらせちまった様なもんだ」

 

 

 目の前に居る二人の様子は真逆だ。一人は残念。一人は挫折。我が娘ながら不甲斐なく思っちまう。

 見せたいヤツが来なかったからなんだ。んなもん次で見せりゃいい。激アツリーチを逃したからなんだ。だったらもう一度そのリーチを引けばいい。

 昔は胸張って世界で唯一の二人だと思ってたが.........こうなると悲しいな。陳腐に見えてきちまう。勝負の世界から離れた瞬間。飢えを忘れた動物の様に気高さを失っちまう。

 

 

リョテイ「.........オマエら」

 

 

フェスタ「ん?」

 

 

オル「うぇ?」

 

 

リョテイ「指導ォォォォ―――ッッ!!!」

 

 

二人「○△☆△×○☆!!!??」

 

 

 両の拳を握りしめ、それを同時の強さ、タイミングで二人の頭に打ち落とす。心の準備ができてなかったのか、白目を向いて地面に倒れる娘二人。アタシはソイツらを担いで、アグネスタキオンの研究所へと向かった。

 

 

リョテイ「あっちに行くまで後五日.........それまで修理中のタイムマシンで暮してもらおうか〜!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『久しぶりね。[女神]様?』

 

 

シロ「.........なにしに来たの?」

 

 

 風が吹き抜ける草原、遠くに広がる青空と気持ちいいそよ風を堪能していると、不意に背中に気配を感じた。

 それに気付きつつ、何も言わないでいると、それは直ぐに声を掛けてきた。

 

 

『どうだった?[桜木 玲皇]は?』

 

 

シロ「.........そうね。貴女の言う通り」

 

 

シロ「ぜ〜んぶひっくり返されちゃった.........彼、終わり良ければ全て良しを地で行ってる」

 

 

 日数にして見れば、本の四日前。五日前までは如何にして人類を滅ぼし、どうやって馬.........ひいてはウマ娘にとっての楽園を作っていくかを考えていたと言うのに、今となっては、共存という道を考えようとしている。

 要はひっくり返されてしまった。憎悪も、嫌悪も、悪意も全て.........私にとってのマイナスだけを全て、分からなくして帰って行った。

 

 

 でも.........心のどこかで私は、それを望んでいたのかもしれない。

 

 

シロ「.........きっと、止めて欲しかったのね」

 

 

『ふふ、そうね。案外察して欲しくない所を知らずに察してくるもの』

 

 

『でもそれは前から分かっていたことでしょう?でなければわざわざ、トレーナーになりたての彼の夢に出てきてアグネスタキオンの事を教えたりしないじゃない』

 

 

 そう言われて、私は彼女の方を見た。その顔は、まるで私の心の内を全て見透かしたようなもので、私より意識が長く存在していないと言うのに、慈悲深かった。

 それでも、私は言わなければ行けない事がある。彼女にそう言われて、私は暫く黙った後、この口を恐る恐る開いて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「.........何の話?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『.........え?』

 

 

シロ「申し訳ないけれど、そんな事は一切してないわ。だって過去がどう変わろうが私のやる事は一つだけだったもの。あの時は何があろうと、彼を諦めさせる以外の事はしなかったわ」

 

 

 目の前に居る[名優]が演じる事を忘れた様に、素面のまま驚いて見せた。しかし、私も現に驚いているのだ。そんな事、知らないと。

 彼の夢に出た事は勿論ある。けれどそれは、彼が希望を掴みそうだった時、声として現れ、時には未来の彼自身を見せ、絶望という糧を持ってしてその執念に火を付けようとしていた。

 それが彼の本当の力だと思っていたから。その力さえあれば、ウマ娘の心理へと辿り着き、やがて人間無しでも強くなれる方法を見つけ出し、ゆくゆくは人類など必要としない未来が来ると思っていたから。

 

 

『.........じゃあ、彼は一体何故、あんな夢を.........?』

 

 

シロ「さぁ.........[夢でも見てた]んじゃないかしら?」

 

 

『え?』

 

 

シロ「.........[山あり谷ありウマ娘(目覚めた後に見る夢)]を.........ね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「すぅぅぅ.........はぁぁぁ.........よしっ」

 

 

 タイムマシン完成まで後二日。俺はこの時代で一度訪れた場所にもう一度、今度は一人で赴いた。覚悟を決め、その扉に手を掛けてそこを開ける。

 

 

患者「あれ?この前のお兄さん.........?」

 

 

桜木「えっ、と.........一週間ぶり。ですね」

 

 

 病室に入ってきた俺を、キョトンとした顔で見つめてくる女性。俺は先日の事を思い出し、気まずさを覚えつつも、傍にあったパイプ椅子を引き寄せ、腰を下ろした。

 

 

患者「今日は桜木さんと一緒じゃないんですか?」

 

 

桜木「あー.........うん。君達に伝えたい事があってさ」

 

 

患者「君達.........?じゃあ、ブルボンさんも呼びます?」

 

 

桜木「うん。お願い出来るかな?」

 

 

 俺がそう言うと、彼女は優しく笑いながら、ベッドに備え付けられている受話器を取り、先日一緒に居た看護師を呼ぶ。

 暫く待っていると、後ろの扉が横に開き、待っていた人物がそこに居た。頭を下げ、彼女は患者と並ぶように俺の目の前に来る。こうして見ると、二人の姿は俺の知っている姿と何ら変わってなど居ない。

 

 

患者「今日はどうしたんですか?」

 

 

桜木「.........その、信じて貰えるか分からないけど、さ.........」

 

 

桜木「俺!実は過去から来たんだ.........!」

 

 

 覚悟を決めて打ち明ける。間髪入れることなく、迷う暇すら自身に与えること無く、思い付いた、伝えるべき言葉をそのまま言う。

 何を言っているんだ。診察を受けた方がいいんじゃないか。そう言われる覚悟を決め、俺は二人にそれを打ち明けた。

 昔っから、自分の心を騙す嘘が得意じゃなかったんだ。だから、この子達には本当の俺を、知ってもらいたかった。

 

 

二人「.........クスクス」

 

 

桜木「.........?」

 

 

患者「.........知ってましたよ?最初から」

 

 

桜木「え.........!!?」

 

 

 俺の言葉を聞き、二人は顔を見合せてクスクスと笑った。そして、それはもう知っていたことだと俺に伝えて来た。正直、俺の方が驚きだった。

 なんでそんな事を?と聞くと、どうやらあの男が俺の事を話していたらしい。今の俺と同じように洗いざらい全てを話し、俺の覚悟の為に、手伝いをして欲しいと.........

 

 

患者「.........でも、ちょっと羨ましいな」

 

 

桜木「え?」

 

 

患者「ふふ♪私も、若い時に貴方と過ごして居たら、もっと違う[人生]を歩めたのかな.........って」

 

 

看護師「ライスさん.........」

 

 

 窓の外に広がる青空を遠く見つめながら、彼女は寂しげに笑ってそう言った。儚さを感じるその姿を見て、俺は俺の知っている彼女の姿を重ねてしまう。

 

 

『辛いことも、あったけど.........変わって思ったんだ』

 

 

『ライス、これからきっと、[良い人生]を送れるって!』

 

 

 変わる事。それは、彼女が最初に走る目標として定めた物。そしてそれは、目の前に居る彼女も同じなはずだ。

 俺は目の前に居る彼女を知らない。一体、どんな人生を歩み、どんな挫折を味わい、何を経験し、何を知り、何を諦め、何を胸に秘めているのか.........俺は今、憶測の様な物で彼女の人生を測ってしまっている。

 けれどそれは、間違いなんかじゃない。今彼女に伝えようとしている事は、絶対.........今の彼女と、その隣に居る存在を勇気付け、吹っ切れさせることが出来るものなんだと。

 

 

桜木「.........なぁ、ブルボン。君は、[無敗の三冠バ]になれなかったよな」

 

 

看護師「.........はい。最後の菊花賞。ライスさんに差し切られ、私の夢は終わってしまいました」

 

 

桜木「ライス。君が初めて勝ったG1は、[菊花賞]だったよね?」

 

 

患者「う、うん.........」

 

 

 困惑した表情で俺を見つめる二人。その姿はやはり、俺の知っている二人と何ら変わらない。それを見て俺は、心底安心した。

 だったら、伝わる筈だ。例え違う結末を迎え、違う生活を送り、違う環境だったとしても.........そこまで辿ってきた道筋が同じなら、きっと伝わってくれる。

 

 

桜木「.........俺の知っているブルボンが言ったんだ」

 

 

桜木「祝福されなかったライスを元気付ける為に、そしてもう一度.........怪我から自分が立ち直る為に.........」

 

 

桜木「君達は.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「[二人揃って無敗の三冠バ]なんだって」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二人「.........!!!」

 

 

 二つの驚きが目の前にある。そんな事、まるで考えた事も無かったと言うように、俺の顔を見て、そしてお互いを見る。

 

 

 変わる事は、良い事だと思う。自身の変化が周りに影響を及ぼしたり、昨日出来なかった事が今日、今日出来なかった事が明日、出来るようになる。それは単純に嬉しい事だ。

 

 

 けれど、変わらない事で良い事もある。今目の前に居る二人が正にそうだ。何ら変わらない。俺の知っている二人と、変わっている所は何も無い。だから、この言葉の意味を、二人はあの子達のように理解し始めた。

 

 

患者「二人揃って.........」

 

 

看護師「無敗の.........三冠バ」

 

 

桜木「.........今の二人は、また同じレースで走ろうとしているんだ」

 

 

桜木「こういうのも変だけどさ.........応援、してやってくれないか?」

 

 

 彼女達にとっては、過去の自分と同じ存在とはいえ、関係の無い事だ。それどころか、二人にとっては妬ましさしか生まないかも知れない。

 そんな器具を後目に、二人は優しく首を縦に振ってくれた。

 

 

患者「[トレーナー]さん。二人に伝えてくれませんか?」

 

 

桜木「え?」

 

 

看護師「私も、一つだけ伝えたい事があります」

 

 

 俺の顔を見て、二人はまた優しく微笑んだ。視線だけを動かし、お互いの意志を汲むような仕草を取る。

 そして、同時に.........同じ言葉をゆっくり言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「諦めないで下さい。[無敗の三冠バ]さん達」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「.........分かった。伝えて置くよ」

 

 

 真っ直ぐと俺を見つめながら、二人はそう言った。どこまでも真っ直ぐで、こっちが照れてしまう程の真面目さは変わっていない。

 その後、他愛もない話を少ししてから、俺はこの病室を後にした.........

 

 

 

 

 

看護師「.........行ってしまいましたね。ライスさん」

 

 

患者「そう、だね.........」

 

 

 ―――彼の後ろ姿を見送り、扉が閉められた。私とブルボンさんは、もう居ないはずの彼の姿を追うように、その扉をじっと見つめていた。

 

 

看護師「では、私もそろそろお仕事の方に.........ライスさん?」

 

 

患者「.........っ、っ」

 

 

患者「ご、ごめんね?やっぱりライス.........泣き虫さんなの治ってないみたい.........」

 

 

 溢れ出てくるのは、涙だった。それを止めようとしても、最近は流す事なんて無かったから、止め方を忘れちゃったみたいに、それは私から溢れ出して行った。

 

 

患者「私っ、ブルボンさんの三冠のこと.........!ずっと悩んでた.........!!」

 

 

患者「でも!!謝られたら絶対!!ブルボンさんはもっと苦しむと思って!!何も言えなくて.........!!!」

 

 

看護師「ライスさん.........」

 

 

 ずっと。ずっとずっと、心残りだった。ブルボンさんの三冠を阻んでしまったこと。それだけが、私の人生の心残りだった。

 世間や彼女は、引退は骨折のせいだって言っていたけど、私だけは.........私が、勝ってしまったせいかもしれないって.........勝手にそう思っていた。

 

 

 気が付いたら、そんな事も忘れていて、こうして病院で、ブルボンさんとお話するのが唯一の楽しみで.........でも、スッキリした感じは、どこにも無かった。

 

 

 それが.........あの人の言葉で、あの人の知る、[私達の言葉]でようやく、晴れ渡った気がした。

 

 

看護師「.........ライスさん。私は貴女との関係を今まで、言葉にする事が出来ませんでした」

 

 

看護師「[ライバル]と言うほど、共に切磋琢磨したわけじゃない。友と呼べる程、あの時話した訳じゃない.........けれど、それ同等、或いはそれ以上の関係だと、ずっと思っていたんです」

 

 

看護師「今日.........やっと、その言葉が見つかりました.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私と貴女は、[二人で無敗の三冠バ]です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

看護師「誰が.........!!!何と言おうと.........!!!」

 

 

 瞳に涙を貯めながら、ブルボンさんは私を抱き締めてくれた。私を.........このどうしようもない不安と苦しみから、救い出してくれた.........

 

 

患者「ブルボンさん.........!ブルボン、さん.........っ!!!」

 

 

 暖かい。暖かくて、でも.........肌に触れていない所が、一番暖かい。今までそこに、熱を感じた事なんて無いのに、不思議と不安は無かった。

 

 

 病室に小さく響く二つ泣き声。言葉で表現すると、とっても悲しく見えてしまうけれど.........私達にとっては、それは.........今までのわだかまりや後悔を、全て洗い流してくれる、一つのハッピーエンドだった.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「.........世話になったな」

 

 

能面「気にするな。俺は俺のしたいようにしただけだ」

 

 

 アレからもう、あの夢を見てから一週間が経ってしまった。俺達は男と最初に出会った研究所へと集められ、その地下施設へと来ている。

 エレベーターに乗り込み、その地下へと向かう最中、俺は背を向けている男に向かって礼を言った。

 

 

当主「全く。こういう時は素直に受け取るのが礼儀ですわよ?」

 

 

能面「くはは、自分相手に礼儀かい?むず痒くて仕方ないよ」

 

 

 そんな男の隣へと移動し、肘で小突く当主。そんなやり取りを見ながら、エレベーターは地下へとつく。

 扉が空いて中に居た全員が降りる中、俺は目の前の車椅子に座る少女を見て、抱いていた疑問を投げ掛ける。

 

 

桜木「.........なんで車椅子?」

 

 

マック「あら、押して下さると言ったではありませんか?」

 

 

桜木「い、言ったけどさ!折角普通に歩けるハイパーテクノロジー装備を手に入れたんですよお嬢様!!!装備しないと効果無いんですよ!!?」

 

 

 キョトン、とした顔で俺の方を振り返ったマックイーン。その左足には、この未来に来た時に付けられたあの技術の結晶は存在して居ない。

 それをつけないだなんて勿体ない。それを捲したてるように伝えると、彼女はため息を吐いてあからさまに呆れた様子を俺に見せ付けてきた。

 

 

マック「確かにアレは素晴らしいものでした。しかし、それは今の私の状態から目を背け、いつしか自分の足で立ち上がる事を忘れてしまいます」

 

 

マック「真の意味で、また立てるその日まで.........私は[これ]と、もう少し付き合おうと思います」

 

 

桜木「マックイーン.........」

 

 

 彼女はその視線を自分の左足へと向け、その手で優しく撫でた。彼女はどうやら、その脚と真摯に向き合い、付き合っていくことを決めたらしい

 だが、何故かその姿が俺には[強がり]に見えてしまった。どうしても押し通したい意地と、彼女のプライドを強く感じ取ってしまった。

 

 

桜木「.........無理、してないか?」

 

 

マック「ええ。しています」

 

 

桜木「だったら―――「[強がり]でも」.........?」

 

 

マック「たとえ.........これが私一人で決めた[強がり]でも.........[貴方と一緒]ならばそれは、[強さ]になります」

 

 

マック「今は不甲斐ない一人の小娘かもしれませんが、いつの日かまた、この足で立って貴方を支えて見せます」

 

 

マック「だからどうか.........この[強がり]を支えて、私を[強く]してくださいまし」

 

 

 車椅子の押手に置いていた俺の手に、彼女がその手を重ねて来る。その手は、この先の見えない出来事を予感出来ず、見通す事が出来ず、怯え、少し震えていた。

 でも.........俺は―――

 

 

桜木(―――ああ、そうか)

 

 

桜木(これが、君から感じていた。初めて見た時に感じていた.........)

 

 

桜木([誇り高さ]なんだな.........)

 

 

 決して。その体格は他のウマ娘と比べて優れていた訳じゃない。そして、その走り方も、傍から見てしまえば、何の面白みもない、ロマンを感じさせる走り方じゃない。

 だと言うのに、俺はいつまで経っても君から目が離せなかった。今までその生活やその心持ちを見て、彼女のその走り方がひとえに、才能や素質だけで培われたものでは無いと言う事を知った今ならいざ知らず、俺は最初から最後まで、君から目を離すことが出来なかった。

 それが今、ようやく分かった。きっと俺は.........彼女の[強さ]に心を惹かれたんじゃなくて、その[強さ]になる前の[強がり]の部分に、心を惹かれたんだ。

 

 

桜木「.........分かったよ。もう何も言わない」

 

 

マック「ふふ、ありがとうございます。トレーナーさん」

 

 

 一人なら[強がり]でも、二人なら[強さ]になる。それはきっと、俺達にとっては本当の事なんだろう。多くの人間に綺麗事だと言われたとしても、俺達二人にとっては当たり前の事実なんだ。

 彼女の[強がり]を、本当の[強さ]にする為に、俺も覚悟を決める。彼女のその脚と、向き合う覚悟を.........

 

 

 話を終え、彼女の車椅子を前へと押す。前には最早誰も居らず、目の前にある大きな自動ドアの奥に行ってしまったのだと察する。

 意を決して、そのドアの前まで進んで行くと、大きな音を立ててそれが左右に開いて行った。

 

 

桜木「す、すげぇ.........!」

 

 

マック「こ、これは.........」

 

 

 目の前に広がる光景。それは、俺達の想像をはるかに超えた巨大な装置がそびえ立っている物だった。その手前の方では、見知った顔達が思い思いに過ごしている。

 

 

ライス「はい!ブルボンさん!これで触っても大丈夫だよ!」

 

 

ブルボン「ありがとうございます。ライスさん」

 

 

ウララ「うわぁー!!おっきいね!!」

 

 

神威「これ本当に飛べんのか.........?」

 

 

白銀「そういやおめぇ友達に会ったりとかしてねぇのか?」

 

 

ゴルシ「お?してねぇけど大丈夫だろ。会いたくなったらまたコイツで飛んで帰ってくりゃ良いしな!!」

 

 

テイオー「うわぁ.........ゴルシって本当自分勝手だよね.........」

 

 

皇奇「うわ!!中にフェスタとオルが居る!!?」

 

 

リョテイ「アタシが詰め込んだ。コイツらも過去に飛ばす」

 

 

二人「ぐでぇ.........」

 

 

デジ「見た所数日は詰められてますね.........はっ!つまりこの中は今素敵なウマ娘ちゃんのスメルでいっぱいなのでは.........!!?」

 

 

 まぁ、分かっていた事ではあるが、あまり変わり映えした会話は一切無い。非日常の手前にある前では、いつもの日常を感じとれるそれがそこにあった。

 俺は苦笑いを浮かべながら、彼女と共に前へと行く。そして、何やらパネル操作を続けている男の隣までやって来る。

 

 

能面「少し時間が掛かる。それまでお前ものんびりしておくといい」

 

 

桜木「お、おう.........」

 

 

「やぁやぁモルモット二号くん!!元気そうだねぇ!!」

 

 

桜木「!!?」

 

 

 突然背後から声をかけられ、俺は驚いて後ろを直ぐに振り返った。

 その声は、俺の知っている声だった。だが、俺の呼び方が違う物だった。彼女ならば俺の事は[トレーナーくん]と呼ぶ筈だ。

 そう思い、その声の主の姿を見ると、そこには同じ姿をした二人の彼女と、黒津木がそこに居た。

 

 

タキオン「おやおや、驚いてるねぇ。そう言えば[博士]と話すのは初めてじゃないのかい?」

 

 

博士「いや、初めてでは.........ん?ああいや、そうか。そうだったね.........」ガサゴソ

 

 

黒津木「何探してるんだ?」

 

 

 突然目の前でその手に持っているショーケースを開け、中身を探し始める。中身の整理整頓が出来ていないらしく、何かを掴んではポイッと投げてを繰り返してる。その中に入れてるんだから割と丁重に扱うべきものなのでは?

 

 

博士「おー!!見つけた見つけた!!これこそ脳のブラックボックスを直接刺激し圧縮分解された記憶の形成電気をあたかも今しがた体験したかの様に思い出す.........」

 

 

能面「要するに忘れた物を思い出させる薬だ」

 

 

博士「君は風情という物を知らないのかい?」

 

 

能面「知っていたとしてもお前には使わん」

 

 

 そんなやり取りを目の前で見せられて困惑していると、何の脈絡も無く彼女に腕を引き寄せられる。

 え、情緒とかどうしたんです?俺の知ってるタキオンはもう少し可愛げありますよ?と言うか力強!!?君ウマ娘で良かったね!!!ウマ娘じゃなかったら今頃ひぐらしよろしく木製バッドでウッディ☆でしたよ!!?

 

 

黒津木「喉痒くなってきたな」

 

 

桜木「おいバカ!!!助けろ!!!」

 

 

黒津木「いやムリ〜」

 

 

桜木「電話ボックス行って死ね」ブスー

 

 

 そんな俺達のやり取りなんてお構い無しにこの博士とかいうのは俺の腕になんの躊躇いもなく注射器をさしてきやがった。俺の知っているマックイーンとタキオンが慌てている事だけが唯一の救いだ。

 俺は薄れ行く意識の中、二人に向けて言葉を送った。

 

 

桜木「き、君達は.........こんな大人になるなよぉ〜.........」

 

 

二人「なるわけありません(ないだろう)!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 意識が朦朧とした中で、俺は直ぐに記憶を思い出した。確かアレは、ゴールドシップが大事にしていた目覚まし時計をフクキタルにとられ、トラブルの末に俺が未来に飛ばされた。

 そして、そこで俺は未来のトレセン学園へ行き、タキオンと出会い、この男と出会っていた。

 

 

 話はそれで終わりだ。

 

 

 終わりの.........筈だったんだ.........

 

 

黒津木「うお!!!マジかよすっげ!!!」

 

 

神威「お?なになに?」

 

 

 次に思い起こされたのは、俺がまだ高校生だった時の事。年月で言えばもう、十年ほど前の出来事だ。

 よく行っていたファミレスで、黒津木はスマホを見ながら何かに熱狂している。その隣で神威がそれを覗き込むように見ていた。

 

 

神威「あー!!このレース俺もテレビで見たわ!!あそこの直線エグかったよな!!!」

 

 

桜木「ん?なんだ、カーレースでも見てんのか?」

 

 

黒津木「はァ〜?レースっつったらお前、[ウマ娘]のレースに決まってんだろ?」

 

 

桜木「ウマ......娘.........?」

 

 

二人「お前正気か?」

 

 

 二人に正気を疑われたが、正直今の俺でもこの時の俺は異常に思う。あれだけ賑わっている、言ってしまえばこの日本でウマ娘のレースと言えば、国を上げての一大スポーツジャンルとして確立していると言うのに、俺は何も、ウマ娘のウの字も知らなかったのだ。

 そして、二人によるウマ娘とは何かの説明を受け始める。初めはそんな走る速さで走れる存在が人間と同じ構造をしている訳が無い。足とか絶対逆関節だろうとか思っていたが、その動画を見せられた俺は渋々ながらも納得していた。

 

 

白銀「あっ、俺今日部活だったわ」

 

 

黒津木「は?バカか?もう一時なんですけど?」

 

 

神威「うわぁ〜。バドミントン部長が堂々とサボりですか.........」

 

 

桜木「ここはサボりンピック会長の俺が表彰してやるか.........」

 

 

白銀「うるせェッッ!!!お前ら俺が汗水垂らして頑張ってる中遊ぶなよ!!!という訳で解散!!!家で勉強してろカスどもッッ!!!」

 

 

三人「テメェに決められる筋合いはねェよッッ!!?」

 

 

 休日のイツメンの集まりはこの日、こうして呆気なく解散が決まった。俺も部活に入ってはいたが、今日は完全なOFFだったのでやる事なんて何も無い。

 仕方が無いので公園で暇を潰すようにベンチに腰掛けて空を見上げていると、不意に足元にボールが転がってきた。

 

 

桜木「ん.........?」

 

 

 転がってきたそれを拾い上げ、周りを見て見ると、小さい女の子が恐る恐る俺の方を見ていた。

 その頭には、人間には決して無い筈の獣のような耳と、後ろから伸びる綺麗なしっぽが生えていた女の子だった。

 

 

桜木「.........君のかい?」

 

 

少女「!」ビクッ!

 

 

桜木「.........弱ったな」

 

 

 自分の顔が怖い事は自覚していた。まぁ本当に怖い人と比べたら可愛い方だが、逆だった髪型と合わさってしまえば一昔前の不良に見えてしまっても仕方が無い。現に、初対面の時にヤンキーだと思ったと言われた事もある。

 どうしたものかと思ってボールを見る。その時、本当に癪ではあるが、クソ親父がボール遊びをしてくれていた時によく見せてくれた技の事を思い出した。

 ボールを地面に置き、両足で挟む。右足を少し後ろに動かしてボールを左足の踵に乗せて軽く蹴り上げる。宙に浮くボールはそのまま若干前方に進み、落ちてくるボールを胸で弾ませてからキャッチすると、その女の子の目が変わったのを感じ取った。

 

 

桜木「君、一人?お母さんとかお父さんは?」

 

 

少女「お、お仕事.........だから、一人で遊んでるの.........」

 

 

桜木「.........じゃあ、俺と遊ぶ?」

 

 

 その一言で、女の子の顔はパッと明るくなった。それに釣られて俺もつい笑ってしまう。そして暫くその少女と遊んで過ごしていた。

 そして、過ごしている内に段々とウマ娘という存在の凄さについて触れて行った。まだ幼いと言うのに大人顔負けの体力、そして身体能力、極めつけには成長の速さ.........どれをとっても、人類のそれとは全く別物。超人と言われた方がもっと納得出来るほどの物だった。

 そうしている内に、お互い少しお腹が空いてくる。それを聞いた俺と女の子は、恥ずかしそうに笑った。

 

 

桜木「なんかお菓子でも買ってくるか!!ちょっと待っててね!!」

 

 

少女「うん!!」

 

 

 そう言って、公園のすぐ側にあるコンビニへと向かって行った。買ったものは、[普段は買わない駄菓子]だが、その時は無性に、それが食べたくて仕方がなかった。

 急いで会計を終え、店員に礼を言ってから外へと出る。公園の方では少女が俺を見つけ、嬉しそうに手を振ってこちらに駆け出してきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 駆け出してしまったんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼女にとっては、俺はきっと初めて出来た友達なんだろう。だから舞い上がって、周りを見ていなかったんだ。

 もう既に、大型トラックがこちらへと向かって居るというのに.........

 

 

『まず―――』

 

 

桜木「ッッ!!!」

 

 

 その記憶を見ていた俺は、声を上げていた。それを実際に目の当たりにしていた俺は、何も言わず、買った物を袋ごと放り出し、直ぐに駆け出して行った。

 

 

 それが、[今の俺]と、[当時の俺]の違いだった。

 

 

 酷く痛感した。俺は.........いや、[彼]は、声を出す事もせず、子供を助ける為に前へと駆け出した。

 

 

 そして悟った。この後の出来事で、[彼]は[死んでしまった]のだと.........

 

 

 [彼]の居なくなったこの抜け殻の身体で生きているのが、[俺]なんだと.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 本当にそうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 [俺]は[彼]じゃないのか?

 

 

 [俺]はもう、[彼]にはなれないのか?

 

 

 まるでテレビドラマの様に、俺の視界はカメラとして[彼]の背中を映している。明暗がハッキリと別れ、道を違えたのは嫌でも分かった。

 

 

 それでも.........

 

 

 それでも、俺は―――

 

 

 カメラはやがて、視界を揺らしながら[彼]の背中に迫っていく。まるで、あの日失った物を取り戻そうと必死に足掻くように.........

 

 

『そうだよな.........ッッ!!!桜木玲皇ッッ!!!』

 

 

『ここでお前の背中見送っちまったらそりゃ.........ッッ!!!』

 

 

『お前ッッ!!!この時のことを後悔してるって事だもんなァッッッ!!!!!』

 

 

 視界が完全に重なり合う。重なり合って、カメラの視界は完全に消え、一人の[登場人物]としての[視界]に再び戻る。

 その瞬間。[俺]は、少女を強く突き飛ばし、絶対にトラックと衝突しない場所へと移動させた。その時、女の子表情は酷く驚愕している物だった。

 

 

 そんな少女を慰めるように。これから起きる事に、この子が責任を感じる必要は無いと言うように、俺は笑って見せた。

 

 

桜木(ごめんね。声には出せないから伝わらないかもだけど)

 

 

桜木(けど、大丈夫。女の子一人救う為にここまで出来たんだ)

 

 

桜木(だから、きっと―――)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(奇跡を超えるのだって、わけないさ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――ナーさん、トレーナーさん」

 

 

マック「トレーナーさん!!」

 

 

桜木「.........っ」

 

 

 意識が海面から浮き上がってくるように覚醒する。背中に感じるひんやりとした地面の感触から、俺は寝ていたのだと察し、その場から手を着いて立ち上がってみる。

 周りには、先程までいつも通りの様子を見せていた面々が心配した様子で俺を囲んでいる。何ともない様子を見せると、安心した様に溜息をついた。

 

 

博士「どうだい?思い出したかな?」

 

 

桜木「ああ、思い出したよ」

 

 

桜木「.........[全部]、思い出せた」

 

 

四人「.........!!!」

 

 

 右腕の付け根を握り締めながら、俺はそう言った。その様子で、アイツら三人と男は、何を思い出したのか分かったのだろう。驚いた表情を俺に向けている。

 

 

 眠っていたんだ。今までずっと。抜け殻のまま、そこに何かが詰まっているフリをして生きてきた。

 

 

 一度失った生きる意味。魂とも呼べるものを亡くし、俺は空っぽのまま、今まで生きてきた。

 

 

 だけど、それで良かったんだ。意味なんて、最初からあったら[意味が無い]。それは意味なんかじゃなくて、単なる決まった型なんだ。

 

 

 知らなかった事。分からなかった事。無くした物が見つかって行く世界だった。それも今、タイムマシンの起動音によって、この世界とも別れの時が近付いているのを感じた。

 

 

能面「.........お別れだな」

 

 

桜木「ああ、本当.........世話になった」

 

 

能面「長時間の時間遡行は精神に負荷がかかる。確実にあちら側へは辿り着くが、寝ている間にどこかへ[迷い込む]かもしれない。気を付けろよ」

 

 

 そう言われて、俺達は覚悟を決める。最後に礼を言ってから、続々とタイムマシンへと乗り込んで行く。

 来た時はどうなるかとも思っていたが、いざ帰るとなると、寂しさを感じてしまう。全員が乗り込み、後は俺とマックイーンが乗るだけ.........

 そんな時、不意にあの男から声を掛けられる。

 

 

能面「.........一つ、言い忘れていた事があった」

 

 

二人「.........?」

 

 

 男はポツリ、とそう言った。忘れていたと言う割には、その喋り出しは酷く落ち着いた物であった。

 操作パネルから離れ、俺達の方へと向かってくる男。俺達二人はタイムマシンを背にし、男はこの世界の人達を背にしている。まるで、俺達と彼等とは、明確な線で分断されているように。

 

 

能面「この未来の世界では科学技術が発展し、AIによって作業効率は高められ、様々な確率計算に基き、世界は安定を余儀無くされている」

 

 

能面「.........そんな中でも、全てに置いて人間より優れたAIが跋扈するこの世界でも、唯一人間だけが出来るものがある。なんだか分かるか?」

 

 

二人「.........」

 

 

 真剣な眼差しを向けられ、問い掛けられる。俺とマックイーンは目を見合せ、それが何なのかをお互い考えてみているが、どうやら意見すら出せない程分からない。という事が直ぐに分かった。

 そんな俺達二人の様子を見て、目の前に居る男とその後ろに居る内の一人の女性が笑う。その二人はどうやら、答えを知っているようだった。

 

 

能面「簡単な事だ。確率や、可能性。神の起こす[奇跡]やそれまでの実績。生き方、血筋、それらに決して縛られる事無く―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「―――心の底から、信じる事だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二人「!」

 

 

 その表情は、この男が初めて見せた物だった。それはまるで、俺にとっては朝、毎日顔を合わせている物と同じもの.........まるで本当に、鏡の前に立っているように、どこかで何度も見た顔をして、[彼]は言った。

 

 

桜木「治らない?[奇跡]が起きる?バカを言うんじゃねぇ。まだ見ぬ結末をどうしてコンピュータなんかが演算出来る?テメェがやり通すって決めた事をどうして神なんかに頼む必要がある?」

 

 

桜木「現に俺は成し遂げた。不可能を覆し、神に反逆し、見事勝利を掴んだ。だから俺はもう、自分を[期待外れ]だとは思わない」

 

 

桜木「もし、お前がまだ自分を許すことが出来ねぇんなら。まだ、[期待外れ]だと思い込んでるなら、俺が背中を押してやる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「超えて行け。桜木玲皇」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「俺の起こした[奇跡]全てを超えて行けッッ!!!桜木玲皇ッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「お前の[夢の果て(ハッピーエンド)]を.........俺は信じて待っている」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺の両肩に、その手が乗せられる。力強くて、それでいて.........俺を信じているという事が、全部伝わってくる.........

 そんなの、根拠も.........確証も.........何もかも、ありゃしないってのに.........!!!

 

 

桜木「っ.........っ、っ俺、は」

 

 

能面「.........」

 

 

桜木「俺はっ!!!必ず幸せになって見せるッッ!!!」

 

 

桜木「アンタ以上にッッ!!!アンタに話を聞かせた時ッッ!!!絶対悔しがる程の幸せを手にしてやるッッ!!!」

 

 

桜木「それまで待ってろッッッ!!!!!クソジジイッッッ!!!!!」

 

 

 目の前に居る男に指を指しながら、俺は叫び散らかすように声を上げた。そんな俺を見て、男はふっと笑いを零し、優しげな目で俺を見つめ、そしてマックイーンを見つめた。

 

 

能面「.........元気でな」

 

 

桜木「ああ.........!」

 

 

マック「貴方も、どうかお元気で.........!」

 

 

 これで、本当にお別れだ。きっともう、直接会うことは無いだろう。それでも俺は.........あんな酷い目に会い、酷い事を言われたと言うのに、またここに来たいと思ってしまう。

 タイムマシンに乗り込む為、前へと彼女の 車椅子を押していく。中へと入ったタイミングで外側から操作され、入口が完全にロックされた。

 

 

マック「.........帰ってしまうのですね」

 

 

桜木「.........だな」

 

 

マック「きっと、今まで以上に大変な毎日な気がします」

 

 

桜木「俺も、そう思う.........」

 

 

 これから先、本当に何が起こるか分からない世界だ。それでも俺は、この子と一緒に.........[隣で歩く]事を決めたんだ。だから絶対.........全ての可能性を拾ってやる。何一つ捨てる事なんてしない。諦めることはもう、諦めたんだ。

 タイムマシンの内部へ進むと、全員がシートベルトを着用し、眠っている。俺達は空いている席へ移動し、マックイーンを車椅子から降ろしてから俺も席へと着いた。

 

 

「こちらの薬をお飲み下さい。時間遡行で与えられる負荷を限りなく軽減させる事が出来ます」

 

 

マック「まぁ!ハイテクですわね!」

 

 

桜木「あはは、呑気だなぁ.........でも、それくらいが丁度いいか」

 

 

 機械音声の案内に従い、肘掛から現れた台座の上に置いてある薬と水を一緒に飲む。すると途端に、眠気が俺達を眠りの世界へと誘い始めた。

 そして.........俺は意識をまた、もう一度手放して行った.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

能面「.........行ったか」

 

 

 轟音をたてた後、巨大なタイムマシンは影も形も無くなっていた。それを確認し終えた俺は、深い溜息を一度吐く。

 

 

博士「全く。君は人使いが荒い。せめて褒美が欲しいものだね」

 

 

当主「あら?まさか今までボランティアでしたの?」

 

 

能面「死んだ身だったからな。口座から金を引き出すことも出来なかった。生きている事がバレれば直ぐにニュースになってしまう.........だが、もうそんな事を考える事も必要ない」

 

 

 懐を漁り、ボールペンと今日という日の為に用意していた小切手を取り出す。そしてそれを俺は、タキオンへと渡した。

 

 

能面「報酬だ。好きな額を書き込むといい。それに見合うだけの事を、お前はしてくれたからな」

 

 

博士「.........ふぅン?」

 

 

 俺の手からそれを受けとり、じっくりとその小切手を睨むように観察する。その顔はどこか面白くなさそうなものを見る目だったのが、俺にとっては予想外だった。

 暫くしてそれとにらめっこを続けた後、タキオンは溜息を吐いて、呆れたような笑みを浮かべて俺の方を見た。

 

 

博士「.........報酬、だったね?」

 

 

能面「?あ、ああ.........」

 

 

博士「では、こうしよう」

 

 

能面「!!?な、何を.........!!?」

 

 

 彼女は得意げな顔して、俺の渡した小切手を両手で持ち、俺達へ見せびらかした。何をするつもりか、それを問いかけた瞬間。その答えはすぐに目の前で行われた。

 彼女はそれを、なんの躊躇いもなく破いて見せたのだ。

 

 

能面「な、ぁ.........」

 

 

博士「こんな紙切れや三世代遊んで暮らせる大金を積まれても、私は対価とは認めないよ?」

 

 

当主「.........!!?だ、ダメです!!!ダメですからね!!?」

 

 

能面「!!?な、何だ急に!!?どうしたんだいマックイーン!!?」

 

 

 唐突に何かを察した妻が俺の腕を引き寄せ、ギュッと両腕でホールドしてくる。当の俺にはその何かがさっぱり分からない。そんな様子を見て、アグネスタキオンは昔を思い起こさせるようなくつくつとした笑いを見せる。

 

 

博士「今更そんな老いぼれを取ろうとはしないさ。彼と暮らしてきて熱も冷めたからね」

 

 

能面「お前絶対それ俺がガミガミ言ったからだろ」

 

 

博士「当たり前だ。炊事洗濯家事掃除全てに置いて文句を言われたんだ。プライドも傷付いたし君への罪悪感も半年で消え失せたよ」

 

 

当主「えぇ.........?」

 

 

 やれやれ。と言った様子で首を振るタキオン。まぁたしかに色々とアレコレ言ったりはしたが、それは彼女の今後の.........まぁ、そんな歳でも無いか。これは俺がデリカシーが無かったという事で手を打とう。

 しかし、彼女の言う[対価]が未だに浮かんでこない。一体俺に何を求めているというのだ?そんな俺の心情を察したのか、今度は彼女が懐を漁り、一枚の紙切れを取り出した。

 

 

博士「実は現役時代に集めたデータが底を尽きてね。奇遇な事に、ここにトレセンへの[招待状]がある。[トレーナー]としての、だ」

 

 

能面「.........まさか」

 

 

博士「ああその通りだよモルモットくんいや!!![トレーナーくん]!!!君はこれからの人生私の研究データの為に!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「[トレーナー]として生涯を終えるのさ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな声が高らかに、この地下で響き渡った。

 

 

 終わったと思った[物語]が今、もう一度始まった。始まってしまったのだ。

 

 

能面「.........ククク、人生というのは最も数奇で、予測など出来ないものだな」

 

 

 苦しみを乗り越えた先。悲しみを降り終えた先。待っていたのは、いつかあの日捨てた筈の景色とその肩書きだった。

 

 

 遠回りは、自身の生きる意味を模索するには長すぎた。だが、自身の生を終わらせるには短すぎる。[二週目]の先は、正に[目覚めた後の夢]のようだった。

 

 

能面(.........さて、これで俺は分不相応ながらも、[一周目のその先(ハッピーエンド)]を迎えられた訳だ)

 

 

 彼女達から視線を外し、かつてそこにあったはずのタイムマシンの方向を見上げる。

 

 

 若い男は俺に言った。必ず幸せになり、その話で俺を悔しがらせる、と.........

 

 

能面(この上ない幸せだ。俺はそれを、ようやく手に入れる事が出来た)

 

 

能面(そんな俺を悔しがらせるのは、少し難しいと思うぞ?それこそ―――)

 

 

 かつて、ある男が考えた言葉がある。それは、決して誰もが言わない。されど、決して出来ない訳では無い言葉。

 

 

 それは正に、神への冒涜そのものであり、人間の可能性そのものであり、そして.........誰かの手によって書かれる事の無い、人生(物語)そのもの。

 

 

 [奇跡]は起こる。だがそれは一過性であり、偶発性であり、誰もが考えうる展開性。

 そんなものでは無い。人間はそれを超えられる。それは連続性を持ち、必然性を持ち、誰もが予想だにしない展開を迎え、誰もが望む結末へと結び付ける。

 

 

 そう。それこそ―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(―――[奇跡]を超えなければ、な?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――.........」

 

 

 広い草原の中、俺は一人立ち尽くしていた。いつから、というのは分からない。気がついた時には一人で、俺はここに立っていた。

 辺りを見回して、直ぐに気が付く。これはどこか遠い日に見た、どこかの景色だ。しかし、それがどこであるかはまだ思い出せずに居る。

 

 

 きっとこれがあの男の言っていた[どこか]なのだろう。俺は一人、[迷い込んでしまった]。

 

 

 さて、どうしたものか。目が覚めるまでこの夢を享受しようにも、草原以外は何も無い。広がる空も青だけ一面。白は一切無い。どこまでも行けて、どこかへ行ってしまう。そんな風に感じる空だ。

 

 

 何をするでもなく、視線を下にもう一度下げてみる。するとそこには、さっきまで居なかった筈の人間が、仰向けで眠っていた。

 

 

 それを見た時、俺はようやく、ここが何処なのかを思い出した。

 

 

 ここは―――新たな夢を授かった場所だ。

 

 

 俺は、その男の視界に現れるように立ってみる。だが、目は会っているはずだが、一向に反応を示さない。まるで、本当に見えていないかのように.........

 

 

 そして、あの[声]が一向に聞こえて来ない。あの時は確かに、聞こえて来た。

 

 

 なんて言ったか.........確か―――

 

 

「たった四度で終わる筈だった伝説の先を、見たくはないか?」

 

 

 そうだ。確か、こんなセリフだ。眠っているせいか、思っている事をそのまま口に出してしまう。姿が見えないんだ。どうせこれも..........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お?んだそりゃ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな声が聞こえてくる。俺は声すら上げられず、ただただ驚いて後ろに後ずさる。

 

 

 男は立ち上がってこちらへと歩いて来る。その姿を見て、俺はなんだか、懐かしい気持ちになった。

 

 

(.........ああ、そうか。[これ]だけは、[この物語]だけは、俺が決めた事なんだな)

 

 

(なぁ桜木。お前、これから大変だぞ?苦しい事、悲しい事、今まで味わった事ないくらい、たっくさん経験するぞ)

 

 

(けど.........それ以上に―――)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(後悔しない毎日が、待ってるぞ?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っっっ.........!!!??」

 

 

 突然、男の後ろを風が通り抜ける。あの時は分からなかった熱風。それは、ただ一人の少女が運んで来るものだと勝手に思っていた。

 

 

 だが、今は分かる。これは、[俺達]だ。騒がしくて、楽しくて、過酷で、波乱万丈を乗り越えて、そんなものを全部引っ括めて、進んで行きたいと思わせる、俺達が作り上げてきた[歴史]だ。

 

 

「こんな.........こんな凄ぇのが.........たった四回.........?」

 

 

 見ていて分かる。顔は後ろを向いているからよく見えないが、それでも、男の心に小さな火が灯ったのが分かった。

 

 

 いつか、それが消えてしまう日がくる。俺はそれを知っている。

 

 

 でも、今はそれで良い。小さくても、それが.........初めて灯った火が、[勇気]ならば.........

 

 

 きっといつか.........誰かの[勇気]に釣られて、また燃え上がってくれる.........

 

 

(頑張れよ。俺は先に.........進むから)

 

 

(お前も.........必ず来いよ?)

 

 

(なんせこの先は、誰にも.........それこそ[神様]にだって予想も付かない―――)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

([山あり谷ありウマ娘(奇跡を超える物語)]が.........待ってるんだからな)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 身体がふわり、宙へと浮かぶ。それが目覚めの時だと、俺は察した。地面の方に居る、未だ風に目を向けている男の姿を見て、俺は笑を零した。

 

 

 大丈夫、きっと.........何が起ころうとも、お前なら何であろうと、乗り越えてくれる.........だってお前は.........

 

 

 [奇跡]を.........越えられるんだからな.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇねぇ、今日の全校集会ってなんだろうね?」

 

 

「さぁ、急に集められたからわかんないよ」

 

 

「でも初めてじゃない?普段きっちりとスケジュール立ててる理事長がいきなり全校生徒集めるなんて.........」

 

 

 ざわざわとした喧騒の中、集会の為に集められた生徒のウマ娘達がヒソヒソと隣同士、あるいは近いもの同士で内緒話をする。

 これから一体何が始まるのか。それはここに居る誰にも分からない。生徒会も、理事長ですらも.........

 

 

理事長(全く、あの事故の死者は時間が経って帰ってきていたんだ。今更ながら戻ってくるとは一体どういうつもりなんだ?彼は)

 

 

 ステージの傍に置かれた椅子に座り、腕を組んでその時を待っている。彼女は今か今かと急かすように、その指を何度も腕に当てていた。

 

 

 アグネスタキオンへ送った筈の招待状を持って、彼は現れた。現れたと思いきや、何の冗談か、トレーナーになると言い出した。

 

 

 彼女はその時思わず笑ったが、男の顔は笑いながらも、目は真剣そのものだった。

 

 

 今まで.........いや、[初めて会った時]に感じたあの熱意を再び抱いた男の姿を見て、彼女はもう一度、男をトレーナーとしてこのトレセン学園に歓迎した。

 

 

 .........と、言うのに。未だに歓迎と講演を兼ねた会場に姿を現さない。一体どうなっている?そんな事を思い、我慢出来なくなった彼女は男に電話を掛けようとした。

 

 

 その時だった。

 

 

全員「.........!!?」

 

 

 突然、ステージの両袖から大量の煙、スモークが黙々と広がり始めた。それを見た全員が度肝を抜かれ、一部では火事でも起きたのでは無いかと騒ぎ始めようとしていた。

 

 

 だがそれも、静かに、その煙に乗るように流れてくる音楽を聴き、驚きに驚きを重ねて黙りこくる。

 

 

理事長(な、なんだ.........この音楽は.........?)

 

 

「ね、ねぇ.........これって.........」

 

 

「ど、ドラクエ.........だよね?」

 

 

 その音楽は知る人ぞ知る名曲。日本を代表すると言っても過言では無いゲーム音楽だった。

 そして、それが最初の盛り上がりを見せると同時に、一人の甲冑を来た男がステージに現れる。

 

 

「私は勇者。伝説の邪竜[ダルトムント]を成敗すべく、遥かなる旅を続けている」

 

 

 その声は肉声であった。マイクや拡声器など使っていないはずのそれだったが、その声は体育館中に響き渡り、その中にいる者全てに一語一句聞き間違い無く伝わっていた。

 誰もが黙り、最早驚く事すら出来ずにいる中、その甲冑を来た男は何が面白いやら、一人でくつくつと笑っていた。

 

 

「.........冗談だ。何、普通の自己紹介など君達聞き飽きているだろう?これくらいした方が、俺の話を聞いてくれると思ってな」

 

 

ウマ娘「え!!?」

 

 

理事長「.........あの大莫迦者め」

 

 

 兜を脱ぎ、その顔を体育館に居る者達全員に見せる。それは彼女達にとって、老けてはいるが学園の表彰棚に飾られている顔と同じだった為、驚きの声をあげたのだ。

 そして一人、呆れて溜息を吐く者が居た。だがその行動に反して、男を見る目とその表情は、どこか嬉しそうなものだった。

 

 

「では自己紹介を始めよう。俺の名は[桜木 玲皇]」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「かつて、初代URAファイナルズ中距離王者になったアグネスタキオンの、[相棒]をしていた男だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こうして、[あの日]の[リメイク]がここで行われた。

 

 

 男がかつての夢に別れを告げ、新たな夢を追うと決めた、あの日が.........

 

 

 だがそんな事は、この場にいる誰も、そう。この[桜木 玲皇]でさえも、知る由もなかった.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ZUUUUU―――z___NNN.........

 

 

沖野「な、なんだ!!?」

 

 

 重い振動音が身体全身に伝わってくる。背後から感じ取った大きな地響きに身体のバランスを崩され、何とか倒れないようにする。

 揺れが収まり、地面に手を着いているスペに手を差し伸ばしてその音の方向を見ると、そこには先程飛び立って行ったタイムマシンより、大きな物があった。

 

 

ウオッカ「で、でけぇ.........!!!」

 

 

ダスカ「こ、こんなのが飛んできたって言うの.........!!?」

 

 

スペ「凄いな〜!やっぱり都会に来るとこんな事にも遭遇しちゃうんだ〜!!」

 

 

スズカ「スペちゃん.........流石にこのレベルの事件には巻き込まれないと思うわ.........」

 

 

 隣でそれぞれ反応を示す中、俺は固唾を飲んでそのタイムマシンであろう機械の様子を伺う。

 そうしてしばらく黙っていると、その入口のハッチが音と煙を出しながらゆっくりと開いて行く。その入り口の縁に、誰かが手を置き、ゆっくりとハッチの階段に脚を置いた。

 

 

桜木「.........あれ?沖野さん?皆も?」

 

 

沖野「桜木!!?お前無事か!!?」

 

 

桜木「無事も何も、ほら!この通りピンピィィィィィッッ!!?」ドンガラガッシャーン!!!

 

 

 最初に出てきたのは桜木だった。俺の心配に応えるべく、無事だと言うことを示す為にその体を俺達の方に向けて様子を見せようとした瞬間。中から流れ出るように大勢が外へと出てきて桜木の身体を地面に押し潰した。

 

 

沖野「.........相変わらずだなぁ、お前」

 

 

桜木「うぐぐっ.........こんな筈じゃ.........」

 

 

テイオー「いてて.........あっ!!トレーナー!!」ピョイ!

 

 

 団子状態になっている人達の一番上で伸びていたテイオーが俺達に気付くと、直ぐにその場で飛び起き、素早く俺達の前へとやってくる。

 そして満面の笑みを浮かべ、口を開いた。

 

 

テイオー「ただいまっ!!♪」

 

 

沖野「おう、おかえり。テイオー」

 

 

ダスカ「全く!急に未来に行くーって言い出した時はびっくりしたんだから!」

 

 

テイオー「えへへ〜、ごめんごめん。そうだ!ボク皆に言わなくちゃ行けない事があってさ!!」

 

 

 スカーレットの言葉に申し訳なさそうに頬をかいて謝るテイオー。だが、次には何か言いたい事を思い出し、気合いを入れるようにその両手を握り締め、自信満々の顔で俺の事をじっと見つめてきた。

 

 

沖野「な、なんだ?」

 

 

テイオー「ボクね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今度の[有馬記念]!!出ようと思うんだ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

沖野「.........な」

 

 

桜木「な、なな.........!!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全員「なんだって(ですって)ェェェェ!!!??」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突然、打ち明けられた決意。どうやらそれは行動を共にしていた桜木達も知らなかった事のようで、その事実が更に、驚きに拍車をかけた。

 

 

 十一月の初旬。果たして出走登録は間に合うのだろうか?そもそも、テイオーは本当に走って大丈夫なのだろうか?そんな疑問を浮かばせながらも、俺達は取り敢えず、未来から帰ってきた奴らを労る事にした.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの〜.........もし?誰か私を車椅子に乗せてくださいませんか〜.........?」

 

 

 

 

 

 ......To be continued



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それぞれの思い。そして有馬記念

 

 

 

 

 

『今度の[有馬記念]!!出ようと思うんだ!!』

 

 

 トウカイテイオー。彼女がそう力強く宣言してから早くも、もう十二月の暮れになってしまった。秋の寒さから冬の寒さへと移り変わり、肌に沁みるのは寒さと、得体の知れない[何か]だった。

 

 

 最初はどうなることかと思っていたが、人気投票の結果四位に入り、見事有馬記念への出走を果たす事が出来た彼女だが、そこに至るまで、これまでより過酷なトレーニングが彼女を待っていた。

 

 

 それでも、その胸に何かを秘めていた彼女は根を上げることはせず、ただひたすらに、黙々とそのトレーニングをこなし、時は刻一刻と、その日に近付いて行った。

 

 

桜木(.........なんでだろうな、皆、楽しみにしてるはずなのに)

 

 

桜木(俺、なんか苦しいな.........)

 

 

 その日が近づくにつれ、皆の熱は上がっていく。チーム[スピカ]はもちろん、俺のチームも、そしてアイツらも、今か今かとその日を待ち侘びている。

 俺だけが、その時を迎える事の楽しみを抱きつつも、[何か]に足を引っ張られ、取り残されている気がした。

 

 

 家のベッドで仰向けになりながら、その正体をぼんやりと追っていると、不意に携帯に着信が入ってくる。その連絡先を見ると、マックイーンだった。

 

 

桜木「もしもし?」

 

 

マック「あの、トレーナーさん?すみません。こんな夜遅くに.........」

 

 

桜木「ううん。どうしたの?マックイーンも眠れない?」

 

 

 電話から聞こえてくる声は、なんだか不安そうな声だった。彼女のその声に耳を向け、不安の種を何とかしようと試みる。

 

 

マック「明日は.........テイオーが走ります」

 

 

桜木「うん」

 

 

マック「.........勝てると、思いますか?」

 

 

桜木「.........うん」

 

 

 テイオーが勝てるか。その問いに間を置いてから答える。

 彼女は未来から帰ってきたあの日から、トレセン学園には顔を出していない。だから今のテイオーがどんな状態で、どんな走りをするのかを知らない。勝てるかどうかすらも、分からない。

 けれど俺はそれを見てきた。それを見て、加味した上での間と、その回答をしたつもりだ。

 全盛期の走りには程遠い。だけど、無い訳じゃない。針の穴に糸を通すような繊細な問題だ。ならば、針の穴に糸を通してしまえば良い。

 

 

 そんな俺の回答を聞いて、彼女はしばらく無言だった。重苦しい雰囲気の中、電話を切ろうかと提案することをせず、俺はただ彼女の言葉を待っていた。

 

 

マック「.........あの、非常に申し出にくい提案なのですが.........」

 

 

桜木「.........大丈夫だよ。言ってみて?」

 

 

マック「.........い、一緒に見に行きませんか.........?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

テイオー「.........」

 

 

 控え室の鏡の前で、ボクはじっと自分の顔を見つめる。今までの事や、これまでのトレーニングの振り返りは終わらせた。なのに、ボクはまだ、ここから動けないでいる。

 

 

テイオー「.........っ」

 

 

 怖い。こんな気持ち、生まれて初めてだ。走るのが怖い。レースに出るのが怖い。でも.........本当に、本当に怖いのは.........

 

 

 負けて、マックイーンに何も見せられない事が、怖い.........

 

 

 手が震える。瞳が揺れる。決心は済ませた。皆に、覚悟も伝えた。それなのに、ボクの怯えは収まる所か、増してさえ居る。

 

 

 そんな矢先、控え室の扉が突然ノックされる。

 

 

「テイオー。ちょっと良いか?」

 

 

テイオー「っ、どうしたの?」

 

 

 その声は、ボクのトレーナーだった。こういう時トレーナーはサブトレーナーと違って、選手としての心作りの為に、一人にしてくれる。そんなトレーナーがわざわざこうしてやってきた事に、ボクは静かに驚きながらも、入っていいよと伝えた。

 

 

 扉が音を立てて開いて行く。現れたトレーナーの隣には、会長の姿がそこにあった。

 

 

ルドルフ「テイオー」

 

 

テイオー「会長.........!」

 

 

 思っても居なかった。まさかこんな所で、会長と会えるなんて。目を見開いてその姿を見ていると、会長はトレーナーに頭を下げてお礼を言っていた。

 トレーナーが出ていった後、会長はボクの方を真っ直ぐと見て、懐かしそうな顔をしてくれた。

 

 

ルドルフ「.........その服、ダービー以来だな」

 

 

テイオー「うん。今日はこれで走りたくって」

 

 

ルドルフ「そうか.........?」

 

 

 さっきまで嬉しそうな顔をしていた会長が、少しだけ表情を曇らせた。そして、その視線はちょっとだけ、化粧台に置いたボクの左手の方を見ている事に気が付いた。

 あはは.........本当、かっこ悪いなぁ.........会長が目の前に居るのに、ボクはまだ震えてる。負けるのが怖くて、マックイーンをがっかりさせたり、皆の期待を裏切るのが.........怖い。

 

 

テイオー「.........ねぇ、変な事聞いてもいい?」

 

 

ルドルフ「?」

 

 

テイオー「会長はさ、どうしてた?絶対に勝ちたい、そういう気持ちの時.........」

 

 

 ボクらしくない。そんなの、ボク自身が一番良く分かってる。レースなんて余裕綽々。勝つのだって.........まぁ、当たり前じゃないけれど、それなりに皆に期待される位には強い.........強かったのが、[トウカイテイオー]だ。

 けれど今のボクにそんな強さは無い。一年もまともに走れなくて、テイオーステップも今使えば、また骨折するかも知れない。今のボクは、これから出走するどの子達よりも身体が弱くて、心も、負けている。

 そんなボクを見て、会長は目を伏せた。目を伏せて、 その口を開いた。

 

 

ルドルフ「.........難しいな」

 

 

テイオー「.........そうだよね「と」.........え?」

 

 

ルドルフ「[以前]までの私なら、そう言っていただろう」

 

 

 そう言って、会長はその身に青白い炎を静かに纏わせ始めた。それが何なのかは、ボクにははっきり分かる。

 [勝ちたい]という意思。[負けたくない]という意地。そんな全てが詰まっている炎。それが、[ヘル化]の炎。

 その炎をまといながらも、会長はいつもの様な暴走を見せない。しっかりと自分の意思で、その炎と向き合い、そしてコントロールしていることが良く分かった。

 

 

ルドルフ「勝つと言うことは、全てをぶつける事だ」

 

 

ルドルフ「負けるという事は、その全てがその時勝った相手より、少なかったという事だ」

 

 

ルドルフ「私はこの炎に踊らされながらも、生徒会長としてでは無い。一人のウマ娘として.........[シンボリルドルフ]としての全てをぶつけることが出来た」

 

 

ルドルフ「.........ふふ、立場の為とはいえ、自分の立ち振る舞いを気にしながら戦うと言うのは、今になって思えば驕りそのものだ」

 

 

 恥ずかしそうに笑いながら、会長はボクに顔を向けた。それは、いつもボクに向けてくれる、[シンボリルドルフ(憧れの人)]そのままだった。

 

 

ルドルフ「テイオー。君も、今までの事なんて忘れて走れば良い」

 

 

テイオー「今までの.........事.........?」

 

 

 意味が分からなかった。だって普通はそういう時、今までの事を思い出して.........って言うものだと思ったから。

 そんなボクの困った表情を見て、会長は一歩近づいて、ボクの前に立った。

 

 

ルドルフ「三冠を取った。骨折を何度も経験した。私に憧れレースを始めた。確かにその全てが、君をここまで連れてきた」

 

 

ルドルフ「だがそれも、今はもう過去の物だ。これからのレースに、何の関係もない」

 

 

ルドルフ「今の君に何があるのか.........今の君が、[何で出来ている]のか。それを思い出せた者だけが、勝利を収める事が出来る」

 

 

テイオー「今のボクが.........何で、出来ているか.........」

 

 

 ボクの始まりは、この目の前に居る人だった。無敗で三冠。その前人未到を達成したこの人のレースを間近で見て、ボクもこの人のようになりたいと思った。だからトレセン学園に来た。

 ボクの夢は、この人と同じ[無敗の三冠バ]になる事。一度は諦めるしかないと思っていたそれを、周りの皆の支えのお陰で、何とか叶える事が出来た。

 ボクの終わりは、骨折だ。今まで何度も、これさえ無ければ.........って、本当に.........何度も何度も、同じ事を思った。寝て覚めたら、実は骨折なんてして無くて、リハビリトレーニングもちょちょいのちょいっ!って軽くこなせる.........とか、考えたりもした。

 

 

 でも、それは本当の事で.........でもそれは、レースには[関係無い事]で.........

 

 

 その骨折で終わったボクが、その骨折で、今までの事を全部無くしたボクが、もう一度一から始まる。ううん、もう.........始まってる。

 

 

 [一人に憧れて始まった物語]は、もう終わったんだ。今の、これからのボクの身体は.........心は.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 [皆の支えで続いて行く物語(?????????)]なんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

テイオー「.........ありがとう。会長」

 

 

ルドルフ「これで君が元気になるのなら越したことはないさ」

 

 

 会長の言っていること。少しだけどわかった気がする。どんなに昔凄かったって、例え、無敗で三冠になったからって、今勝てるかどうかは分からない。

 人からの評価とか、前に勝ち取った栄光は、今勝つ為の強さに直結しない。今のボクを形作っている物。それは.........支えてくれた皆や、トレーナー達がくれた物だ。

 

 

 だから、今のボクは[無敗の三冠バ]としてじゃなく、[トウカイテイオー(ただのウマ娘)]として、この有馬記念を勝ちに行く。

 

 

 そんな決心を胸に、ボクは[炎]を静かに揺らした.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ウララ「うわぁ〜!!すっごい人だね〜!!」

 

 

タキオン「年に一度の、そして今年最後のG1だからね。多いに決まっているさ」

 

 

 隣で大勢の人を見て声を上げるウララくん。それに応えるように私は先程の事を言うと、彼女は一層その目を輝かせた。

 その姿を見て、私は私らしくもなく心を和ませる。彼女を見ながらつい頬を緩ませていると、隣に居るブルボンくんの事を思い出し、彼女の方向を見た。

 静かにターフに視線を送っている。その先には、深呼吸をして緊張を整えているライスくんが居た。

 

 

タキオン「.........心配かい?」

 

 

ブルボン「いいえ。ライスさんは強い人です。きっと、いい結果を残してくれます」

 

 

ウララ「ライスちゃん!!頑張ってー!!」

 

 

タキオン「.........はは、思えば君も。随分と変わったねぇ」

 

 

ブルボン「?」

 

 

 ライスくんを見る彼女の表情は、柔らかい微笑みをしていた。私が最初に知っていたミホノブルボンというウマ娘は、サイボーグと呼ばれる程。その尋常じゃないスタミナトレーニングと機械的な対応は正に、そう呼ばれても差し支えない程だった。

 それがどうだ?今ではこうして、自分と共に走った仲間に対して優しい表情を向けている。

 

 

タキオン(.........まぁ、私も例外では無いか)

 

 

 そして、彼女と同じ様に周りからの評価が逆転した者が居る。それがこの、アグネスタキオンだ。

 何を考えているか分からない。実験体として見られるかもしれない。変な薬を作っている。

 そんな事実しか基づいていない風評が気が付けば、おかしなトレーナーに振り回されてストレスで薬を作っている可哀想な常識人として見られるようになってしまっている。

 実際。私の薬制作はダイワスカーレットくんから見れば、日頃のストレスによるものだと思っているらしい。

 

 

 彼のチームはどうやら、何かを変える力があるのかもしれない.........

 

 

「おおおお待たせしましたぁ〜〜〜.........」

 

 

 どさり。と何かを置くような音と共に、そんな声が背後から聞こえてくる。振り返ってみると、そこには施設で販売されているグッズをしこたま買い漁ったデジタルくんが疲弊した様子でそこに居た。

 

 

タキオン「お、おいおいデジタルくん!!?まさか君、これ全部買ったのかい!!?」

 

 

デジ「いやぁ〜!!コンプリートは無理かもと思いましたが、やれば出来るものですね〜!!」

 

 

ウララ「デジタルちゃんすごいね〜!!あっ!!テイオーちゃんのぬいぐるみだ〜!!可愛い〜!!」

 

 

 彼女が置いた袋の中身を見て、テイオーくんのぬいぐるみを見つけたウララくんはそれを取り出し、頬ずりをする。それをまた恍惚とした表情で見るデジタルくん。そこにはやはり、緊張感のかけらもない日常があった。

 

 

タキオン「.........ここに、彼と彼女が居たら完璧なんだけどねぇ?沖野くん?」

 

 

沖野「おいおい、今更言うなよそんな事.........」

 

 

 チラリと沖野くんの方を見てそう言うと、彼は辟易とした表情で面倒くさそうにそう答える。

 ここには、いつもならば居るはずのトレーナーくんとマックイーンくんが居ない。理由としては、沖野くんがそう提案したからだ。

 今回のレース。三度の骨折を経験し、全盛期には決して戻ることの無かったテイオーくんが出走する。勝っても負けても、恐らく彼女の心境に変化が現れる。そう踏んだ彼は、今回だけ。彼のチームである私達を見て、二人を一緒にする事を選んだ。

 

 

スペ「お二人共、今頃何をしてるんでしょうか.........?」

 

 

スズカ「そうね。そろそろレースが始まる頃だし、観客席に居るとは思うのだけれど.........」

 

 

ダスカ「あ、もしかして二人でまだどこか出掛けてるんじゃない?」

 

 

ウオッカ「え!!?そ、それってで、ででで、デートって事かァ!!?」

 

 

ゴルシ「オメェはそろそろ耐性付けた方が良いと思うぞ.........?」

 

 

 今頃、どこで何をしているだろうか。二人で居てくれているのならば心配することは無いが、やはり姿が見えないと中々それが頭から離れなくなってしまう。

 そんな事を思い、ターフに目を向けようとする。すると不意に頬の辺りを暖かい感触が触れ、少し驚きながらもそれを手に取った。

 

 

タキオン「.........あまりこう言った市販品の紅茶は好きでは無いんだがね」

 

 

黒津木「ごめんな。丁度自販機にあったから飲むかと思って」

 

 

 何の気なしに話を進める。彼は謝りながらも、その表情に悪びれた様子は見当たらない。かく言う私もその文句を本気で言った訳ではなく、キャップの蓋を開けて一口、それを含んだ。

 暖かいミルクティーの優しい味だ。かと言って、甘過ぎない。私が普段飲んでいる物より甘くは無いが、今は何故かそれを好ましく思った。

 

 

タキオン「仕事はどうしたんだい?君、仮にも保健室医だろう?」

 

 

黒津木「仮というかホンマもんだけど?まぁ、有給使ったよ。因みにアイツらも居るぞ」

 

 

白銀「よう!!スーパースターが応援しに来てやったぞ!!」

 

 

ゴルシ「うわ」

 

 

神威「俺も居るぞ」

 

 

 続々と現れるいつも通りの顔ぶれ。司書くんの隣にはカフェも居る。これで本当の意味で、この場にいないのはあの二人だけになってしまったという訳だ。

 

 

タキオン(.........出来ればこのレースで、彼女の[走りたい]という気持ちに火をつけられたらいいのだが)

 

 

 希望的観測。根拠の無い予測。私らしくないと言えば聞こえはいい。ブレていると言うのが、本質的な指摘と言えるだろう。

 ありもしない。見えもしない未来に対して自らの希望を唱える行為は科学者として、可能性を求める者として失格だ。そうでありたいのならば、それなりの根拠と証拠を揃えなければならない。

 だが.........彼女なら、いや。[彼女と彼]ならば或いは.........なんて、それこそ空想甚だしい。

 それでもそれを、鼻で笑って心の中から打ち消す事すら.........私には出来なかった.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 喧騒が慌ただしい人混みの中。自分の足で進む感覚は一切無く、それでいて着実に目的の場所へと進んでいる。自分の意思とは無関係に向かうこの時間。やはりいつまで経っても、慣れる事はありません。

 

 

マック「あの、やはり降りて自分の足で.........」

 

 

桜木「ダメだ。それやって治った時に変な影響出たら大変だ。走るのを止めるにしても、そんな事君も望んじゃいないだろ?マックイーン」

 

 

マック「.........はい」

 

 

 あまりのもどかしさについ、自分で歩きたいと言うことをトレーナーさんに伝えてしまいます。彼はそれに強く拒否を示しました。

 .........しかし、彼の言い分も分かります。と言うより、この場で正しいのは彼の方です。いくら調子が良いと言っても相手は不治の病と言われる[繋靭帯炎]。気を付けた方が良いに決まっています。

 

 

 車椅子は着実に、有馬記念の会場へと向かって行きます。私の心とは裏腹に、彼の気持ちを無視して、人波に流されるように流れて行きます。

 

 

「マックイーンさん!!」

 

 

 そんな時、不意に背後から可愛らしい声が聞こえて来ました。それを聞き彼の顔を見ると、彼も驚いた表情で私を見て、車椅子ごと後方へと向きました。

 

 

マック「.........!ダイヤさん.........!!?」

 

 

ダイヤ「マックイーンさん.........」

 

 

 そこに居たのは、私の方を涙を堪えながら真っ直ぐ見つめるダイヤさんと、そのお友達であるキタサンブラックさんが二人並んで立っていました。

 

 

桜木「.........久しぶりだね。二人共。これから行くのかい?」

 

 

キタ「いえ!先に会場に入ってたんですけど.........マックイーンさんの姿が見当たらなかったので.........」

 

 

ダイヤ「ずっと、ずっと.........探してたんです.........」

 

 

 ずっと探していた。彼女はようやく私を見つけたと言うように、ゆっくりと近付いてくる。泣きそうな顔はもう限界と言うように、貯めていた涙を目の端から徐々に流して行きます。

 それに対して私達は、何も言うことが出来ず、何もすることが出来ずに居ます。ただ彼女が近付いてくるのを、黙って待っていました。

 

 

ダイヤ「マックイーンさん.........もし、繋靭帯炎が治ったら.........また、走ってくれますか.........?」

 

 

マック「.........どう、でしょうか」

 

 

桜木「.........っ」

 

 

 彼女にこの先の事を聞かれた私は、深く思考を巡らせました。もし仮に、この脚が治ったとして、私は以前の様な走りが出来るのでしょうか?以前と同じように、多くの人々の期待に応え続けることが出来るのでしょうか?

 そんな事、誰にも分かりません。なんせ繋靭帯炎は不治の病。完治は無く、再発することが無くても、その恐怖に怯え、生きて行くことになります。走るという選択肢を取るならば、それは更に強大になります。

 

 

ダイヤ「.........そう、ですか.........」

 

 

マック「.........ごめんなさ「もし!!」.........?」

 

 

ダイヤ「もしテイオーさんが!!!有馬記念を優勝したら!!!走ってくれますか!!?」

 

 

 涙を流しながらも、彼女は強さを感じるその表情で言いました。もしテイオーが、有馬記念を勝ったら.........と。

 テイオーが有馬記念を勝つ。三度目の骨折を乗り越え、一年のブランクを乗り越え、その上で、強豪揃いのこの有馬記念で勝利を収める。そうなったらきっと、私のこの[迷い]も、[決心]へと変わるかも知れません。

 

 

 今でも、[走りたい]という気持ちはもちろんあります。けれどそれと同じか、或いはそれより強い[不安]。[恐怖]が私の中に渦巻いています。

 

 

 復帰したとして、以前の様な走りが出来るのか。皆さんの思う、[メジロマックイーン(最強のステイヤー)]に返り咲けるのか。それももちろんあります。

 

 

 でも.........それ以上に、怖いのは.........

 

 

桜木「.........?」

 

 

 .........彼に期待だけさせて、夢だけ見させて、それで終わらせてしまうこと.........

 

 

 それを考えただけで、震えてしまいます。支えてくれた彼に、何も返せずに終わってしまう。そう考えただけで、泣きそうになってしまう。

 

 

 もし、彼女が勝つのなら.........一度地に伏せ、有り得ないと思われながら、もう一度立ち上がる姿が見れるのならば.........その時は.........

 

 

マック「.........その時は、きっと」

 

 

ダイヤ「!!」

 

 

キタ「良かったね!!ダイヤちゃん!!」

 

 

 きっと。その時が訪れるのならば、私の不安や恐怖は、薄れて行くでしょう。彼女が出来て、私に出来ないなんてことはきっとありません。

 

 

 なぜなら私は.........彼女が、[トウカイテイオー]が認めた.........[ライバル]なのですから.........

 

 

 彼女の明るさを感じる笑顔を思い出し、つい笑みを浮かべながらダイヤさんに伝えました。その意味を察し、二人はこれ以上にないくらい嬉しそうな顔ではしゃぎます。

 そして二人はそのまま頭を下げ、会場へと走って向かっていきました。

 

 

マック「ふふ、お二人はいつも元気ですわね」

 

 

桜木「.........そうだね」

 

 

マック「私達も向かいましょうか.........?トレーナーさん?」

 

 

 彼に対して、私は進むように促しました。ですが、しばらくの間車椅子が目的地に向かう事無く、その場に留まります。

 不思議に思った私は、彼の顔を見るために首を回すと、そこにはなんとも言えない表情をしている彼が、そこに居ました。

 

 

マック「トレーナーさん?ぐ、具合が悪いのですか?」

 

 

桜木「!い、いやいや!!大丈夫よ!!さっ、有馬記念に行きましょうかお嬢様。テイオーが待ってる」

 

 

マック「へ?え、ええ。そうですわね.........?」

 

 

 私の問いかけで彼はその表情をはっとさせ、直ぐに笑顔を作りました。その笑顔が今しがた、慌てて作ったものだと分かってしまいます。

 何故彼がそんな顔をしたのか。何故それを隠そうとしたのか。私にはまだ、想像も付きません。ですがきっとまた、一人で勝手に思い悩んでいるに違いは無い。それだけは、ハッキリと分かりました。

 

 

 押され進んでいく車椅子。雑踏奏でる人混みの中、まるで私達の[物語]は今、有象無象の中に紛れて見分けがつかない。そう思ってしまう程に、人々の心は私達に気が付くことなく、振り向くことなく進んで行きました.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リョテイ「.........」

 

 

 賑やかな声援を送る競バ場。その声援は決して一人に送られる物じゃない。この有馬記念の舞台に出走する選手それぞれに、ソイツらを鼓舞する声を観客達が絶えず上げている。

 アタシらは腕を組みながら、今この大舞台を走らんとする者達のゲート入りを、静かに見守っていた。

 

 

フェスタ「ウイニングチケット、ビワハヤヒデ.........それにライスシャワーとパーマー姉さんか」

 

 

オル「凄いっス.........GIをまだ勝ててない人達も居るっスけど、今ここに出ている全員、トレセン学園の教科書に名前が載ってるっス」

 

 

皇奇「うん.........皆、レジェンドばっかりだ」

 

 

 誰が勝つのか分からない。結末を知っているアタシ達ですら、今この場に初めて立ってようやく、その意味が真に理解出来る。

 分からないんじゃない。誰が勝ってもおかしくない.........その言葉が一番、この状況。このレースを物語る言葉だった。

 

 

リョテイ(トウカイテイオー。アンタは果たして本当に、あのお嬢様の.........そしてあの男の、火付け役に相応しいのか)

 

 

リョテイ(そして.........)

 

 

リョテイ「おい。バカ娘共」

 

 

二人「?」

 

 

 視線を動かして、アタシは隣に居る二人の姿を目に捉える。今回この二人を過去に連れてきたのは、このレースを見せる為と言うのが本命だ。

 

 

リョテイ「.........しっかりと見とけよ」

 

 

二人「!.........はい(ああ)っ」

 

 

 いつもの気怠さを感じさせる態度を微塵も感じさせない返事を、アタシの言葉を聞いて返す二人。根は真面目なヤツらなんだ。アタシに似てな。

 そんな二人の様子を見て、つい笑ってしまう。コイツら口ではなんだかんだ言いながら、まだ走る事への意欲はそこまで無くなっちゃいねぇ。

 そのまま視線をターフに。ゲートに入っていくトウカイテイオーに移し、行先を見据える。

 

 

リョテイ(.........懐かしいな)

 

 

リョテイ(アタシが走っていた頃を思い出す.........)

 

 

 あの場に立っている誰もが、ギラギラとした目をしている。そして自分の過去を振り返れば、そんな目をいつも、誰かかしらに向けられていたレース人生だった。

 アタシにも夢があった。だけど、それは別に走る事で満たされるものじゃない。今にして考えれば他の方法もあった。

 それでもアタシが選んだのは走る道で、その道は険しく、気が付けば夢の事なんて上の空で、他人の熱に浮かされ、振り向いて見れば長い道を走っていた。

 

 

 長い、長い長い道のり.........道と言うにはあまりにも曲がりくねっていて、どこに向かっているかすら分からなかった。

 

 

リョテイ(.........まぁ、それが[ドラマ]って事なんだろうよ)

 

 

リョテイ(見せてもらうぜ?お前らの[物語(ドラマ)]を、な.........)

 

 

 ファンファーレが鳴り響く。出走のその時が迫っている。それでも選手達は怖気付くこと無く、ただひたすらに、前を見つめている。

 向かう先はゴール。得たい物はその一番乗り。この有馬記念という強豪蠢く舞台の上で、誰一人疑うこと無く、それを求める。

 レースというのは残酷だ。銀と銅。そんなものはありはしない。もたらされるのは[金]だけだ。

 

 

 だがその[金]は.........ただの[金]じゃない。

 

 

 取る奴が取ればそれは、傍から見ても、[黄金]のそれへと姿を変えちまう.........

 

 

 快晴の空の元、誰かにとっての[黄金]。自分にとっての[黄金]。ただそれ一つを求めて.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 レースの火蓋は今、切って落とされた.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今年最後のG1!有馬記念―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――ガコンッ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――今スタートしましたッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ......To be continued



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トウカイテイオー。そしてさらば......

 

 

 

 

 

 目の前を14名のウマ娘が走り駆けていく。その足が地に着く度に、草の上を走っていると言うのにまるで硬い地面を蹴っている程の音を出す。それが14人分。地鳴りや地響きという表現は正確じゃない。彼女達のこれまでの結晶が音に詰まったオーケストラと言った方がいいだろう。

 

 

桜木「.........」

 

 

マック「っ、テイオー.........」

 

 

 付いた位置は決して悪くは無い。内側の四番手。このまま行けば最終コーナーで抜け出し、先頭集団の仲間入り。願わくば、一着を取るのだって夢じゃない.........だけど

 

 

桜木(有馬記念は長距離レース。2500mは中距離に一番近い物だが.........昨年は11着.........調子のせいもあるとはいえ、厳しいだろう)

 

 

 走っているテイオー。その表情はいつもと違い.........いや、いつも以上に、何かを背負っているように思える。それでも現実というのはそう甘くは出来ていない。

 甘くないんだ。怪我から復帰した最初のレース。しかもG1。その上距離適性は噛み合っているか定かじゃない。しまいには、一年もの間のブランクを抱えて居る。それで勝てるほど、この世界は―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――じゃあ、マックイーンは?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 マックイーンはどうなんだ?

 

 

 仮にこの不治の病を治し、彼女が走るという選択肢を取ったとして、じゃあ俺はどんな心持ちで彼女を支えるんだ?

 

 

 勝てない。甘くない。言うのは簡単だ。思うのはそれ以上に容易い事だ。だがそれをしたとして、思ったとして、じゃあ俺は、どうしてそんな事を思いながら彼女の事を.........マックイーンの隣を歩けると思う?

 

 

 不意に、周りの人の声が耳に入る。テイオーが走っている事に喜びを覚える声。その姿を見られただけでも良かったという声。そして、この悪条件ながらも、彼女の勝利を信じている声.........

 

 

桜木(.........っ、流石に天邪鬼過ぎやしねぇか?)

 

 

 隣の車椅子に座る彼女の横顔を見て、俺は自分がなんて自分勝手な男なんだと自覚した。そして、この有馬記念に日が進むにつれて俺の足を引っ張っていた[何か]の感情がぶわりと吹き出してくる。

 その感情に蓋をして、もう一度レースに集中する。既にレースは半分を終え、その結末が近付いている。

 

 

 俺は果たして.........この[何か]の正体に気付けるのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

テイオー(っ.........やっぱり皆、速い.........!!!)

 

 

 レースが始まった時、ボクは四番手の位置に着いた。けれどそれはほんの少しだけの時間。ホームストレッチに着く頃には、ボクは少し下がって七番手だ。

 ここに来て実感する。練習と本番の違いを。走る相手、緊張感、そして何が起こるか分からない不安.........その練習に無い全てが、ボクの心を強くざわつかせる。

 

 

 重く鳴り響く足音に混じって、みんなの息遣いが耳に入ってくる。そして勝ちたいと言う強い思いが、ボクの心に触れてくる。ビリビリとしたその熱を持った意思が、今までのボクに足りないものだと感じさせる。

 

 

『勝つと言うことは、その全てをぶつけるという事だ』

 

 

 ここに来て、会長の言っていた言葉が頭を過る。今までボクが持ち合わせていなかった物。それを今、皆が持っている事を思い知る。

 それでもボクは、このレースに勝つ。皆よりそれが足りないかもしれない。皆と違って、それを見落としていたのかもしれない.........

 

 

 けれどボクには.........皆が[くれた物]がある。

 

 

 怪我をして、諦め掛けて、そんなボクに皆がくれた.........大切な贈り物.........

 

 

 走って欲しい。その思いがしっかりと伝わって、ボクの[走りたい]に繋がって行く。

 

 

テイオー(っ!コースが空いた!!これで五番手だ―――)

 

 

 最終コーナーの手前。内側のコースが空いたお陰でボクの順番が大きく上がった。先頭にはまだパーマーが居る。けれどここに着ければチャンスは巡ってくる。今はまだ脚を溜めて.........

 

 

 そう思った瞬間。目の前に居る一人が突然、風を纏い始めた。本当に、この場の全てを味方につけた様な錯覚。ボクの目には確かに、そう見えたんだ.........

 

 

ビワ「―――ッッ!!!」

 

 

 気付いた頃にはもう、ビワハヤヒデはパーマーを軽く抜かしていた。予想より早い仕掛けに、レースを走っている皆の息遣いが同時に乱れる。ボクもその内の一人だ。

 まだ最終コーナーがある。ハヤヒデのスタミナ切れを狙ってそこで溜めていた足を一気に爆発させて差し切る戦略もある。

 

 

 けれど.........今のボクは.........

 

 

テイオー(ダメだ.........!!!今引き離されたら.........っ!!!)

 

 

 一年のブランクはとても大きい。でもきっとそれが無くても、このビワハヤヒデを差し切るのは凄く難しい事だ。きっと負けてもボクは、ブランクだとか怪我だとか、そんな言い訳は出来ないだろう。

 

 

 [だからこそ]、負けたくない。

 

 

 今負けてしまったら、ここで負けてしまったら.........ダメなんだ.........言い訳しちゃったら、ダメなんだ.........!!!

 

 

テイオー(今のボクは[トウカイテイオー(ただのウマ娘)]なんだっ!!![無敗の三冠バ(無敵のテイオー)]じゃないっっ!!!)

 

 

テイオー(けどッッ!!!今の[トウカイテイオー]だからこそッッ!!!勝って初めて意味があるんだ―――ッッ!!!)

 

 

 今のボクは、とても[無敗の三冠バ(無敵のテイオー)]を名乗れるレベルじゃない。強さじゃない。それはもう、走る前から分かっていた。まだその強さに、戻れてないんだって。

 

 

 走る速さも、力強さも、軽やかさも、敗北を知らない心も、打たれ強さも、余裕も、何もかも足りていない。

 

 

 けれどそれじゃ、[意味が無い]んだ。[トウカイテイオー(ただのウマ娘)]のまま勝たなきゃ、誰もこれを[奇跡]だって言ってくれない.........

 

 

 誰も[奇跡]と言ってくれなきゃ―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――二人が超える[奇跡]が、無いじゃないか.........ッッッ!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 覚悟を決めて、ビワハヤヒデの後ろに居る子達を何とか抜いて行く。それでもまだ、一バ身か。それともそれ以上かの距離がある。

 

 

テイオー「ッ―――!!!」

 

 

 歯を食いしばって、前へ出た足で地面を強く蹴り抜く。けれど目の前に居るのは、ボク以上の効率と強さで、それをしていく。

 頭の中では、その後ろ姿が焼き付いて行く。それでも徐々に離れて行っているのが分かる。

 それでも、ボクの心は負けたくない。負けたくない.........[負けたくない]って、囁くような声から段々強く、叫び声に変わろうとして行く.........

 

 

テイオー(―――嫌だ)

 

 

テイオー(ボクは.........!!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(負けたくない―――)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

テイオー「.........え」

 

 

 口の中に、何か苦い物が広がった。ボクの身体が何か気持ちの悪い物に炙られている感覚がした。

 その瞬間。ボクの視界は真っ白になって......気が付いたら、[大空]の中だった。

 

 

テイオー「何ここ.........レースは.........!!?」

 

 

『あっちゃ〜。この大一番でこうなっちゃったか〜』

 

 

テイオー「!!?」

 

 

 ボクの耳に[聞き慣れた声]が聞こえて来る。その声はどこかから聞こえてくると言うよりも、ボクの[内側]から聞こえて来ている。

 その声に驚いていると、目の前にゆっくりと、ボヤけた蜃気楼みたいな何かが現れ始めた。

 

 

『ここに来たって言うことは、これ聞かなきゃって事でしょ〜?面倒臭いな〜も〜』

 

 

テイオー「な、何言って『なんで走るの?』.........なんでって」

 

 

 内側から聞こえてきた声が今、目の前の[何か]から聞こえて来る。その正体は分からない。そして、ボクの問い掛けを無視して、あっちから質問をしてくる。

 頭がどうにかなりそう.........な筈だ。それなのに、ボクは[なんで走るのか]を聞かれて、素直に考え始めてしまった。

 

 

テイオー「.........勝たなきゃ、ダメなんだ」

 

 

テイオー「勝って!!!マックイーンに[奇跡]を見せなきゃダメなんだ!!!」

 

 

テイオー「じゃないと.........!!!ボクは.........!!!」

 

 

『.........』

 

 

 心が張り裂けそうだ。負けた時の事なんか考えたくない。けれど今のボクは、勝つことの方が難しい。自然と考えの行き着く先は、負けた時の事だった。

 ボクの胸の内を目の前のそれに話した。これを話したのは、誰も居ない。正真正銘、ボクの本心だ。

 それでもそれは、さっきまで見たいな軽い感じの声は出さずに、ただひたすらに押し黙っていた.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『じゃあダメかな』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

テイオー「―――なん、で.........?」

 

 

テイオー「なんでっっ!!?ボクが走るのは勝ちたいからに決まってるじゃん!!!」

 

 

テイオー「勝って皆の期待に応えたいッッ!!!マックイーンの[奇跡]になりたいッッ!!!」

 

 

テイオー「それの何が[違う]のさッッ!!!」

 

 

 張り上げた声が空に響く。それは虚しいくらいに響き渡って、次第にボクの方へと帰ってくる。それが凄く虚しくて、ボクの煮えたぎる心を更に強くさせて行く。

 そんなボクを見ているであろう目の前のそれは何ともないような様子で居る。そして深いため息を吐いた。

 

 

『良い?[トウカイテイオー]って言うのはね!!カッコよくなくちゃダメなんだよ!!』

 

 

テイオー「.........へ?」

 

 

『負けたくない〜とか!勝たなきゃやだ〜とか!それもいい時もあるけど、有馬記念でしょ?だったらダメだよ!!そんな悪〜い顔して走っちゃね!!』

 

 

 ボクの心の内を聞いておきながら、それはそれを無視する様に、自分のペースで話始めた。それを聞いてボクは、唖然とするしか無かった。

 キミに[トウカイテイオー]の何が分かるんだ。何を知ってるんだ。そう言う事も出来たはずなのに、なんだかそれの言っている事が、[正しい]気がした。

 それの言っている[トウカイテイオー]が.........本物の[トウカイテイオー]だと.........

 

 

『もう一度考えて見てよ。なんで走るのか』

 

 

テイオー「っ、それは、さっき言った通り.........」

 

 

『違うよ。[僕]はそんな気持ちで走った事ない』

 

 

『君は[僕]とは違う。けれど、走る為の気持ちは同じ、[素敵]な物なんだ。そんな暗い物じゃ、力になんてなってくれないよ?』

 

 

 ボクの方を見て、それはそう言った気がした。微笑んでいるようにも感じた。そしてその言葉にはなんでか、説得力がある様に思えた。

 そしてボクはもう一度、その言葉を素直に受け入れて、考え直した。なんで走っているのか.........なんで、走るのか.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『テイオー!!リハビリメニュー考えたぞー!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

テイオー「あっ―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『テイオーさん!!おにぎり沢山作ってきましたー!!』

 

 

『テイオー。無茶しちゃダメよ?ゆっくり頑張りましょう?』

 

 

『全く!!全然泥が着いてないじゃない!!これじゃ洗濯し甲斐がないわ!!』

 

 

『ストレッチは大事だぜテイオー!!俺が手伝ってやっから!!』

 

 

『おっしぇーーーい!!!海の古代遺跡探索行くぞテイオー!!!アタシにおぶされて付いてこい!!!』

 

 

『ふぅ〜む。その走法は確かにスピードは出るが、脚への負担が大きいね.........どれ、姿勢をもう少し上げて.........』

 

 

『テイオーちゃん!!ウララがレースの事教えて上げる!!トレーナーに教わったんだー!!』

 

 

『テイオーさん!これ、クッキー焼いて来たの!食べてくれたら嬉しいな.........!』

 

 

『ラップタイムが先週より縮みましたね。その調子です。テイオーさん』

 

 

『て、テイオーさんの為に徹夜でお相手ウマ娘ちゃんのデータを集めました.........良かったら目を.........通し.........ガクッ』

 

 

『ガキンチョォッ!!勝ったら俺のブルーアイズやっから!!.........クソ、ナンデアソコデカケニマケンダヨ』

 

 

『足の調子は大分良くなったな。後はトレーニングに専念するだけでいいぞ。テイオー。余計な心配はしなくて済むようになった』

 

 

『あ〜、その本確か誰か借りてるんだよな.........代わりにこっちどうだ?ウマ娘走り方名鑑だ。月並みだが、今のテイオーに合うのが見つかるかもしれないぞ?』

 

 

『まぁなんだかんだ気にする事はあるけど、俺も結構楽しみにしてんだ。テイオーの有馬記念』

 

 

『テイオー』

 

 

『ライバルが貴女で.........私は幸せ者ですわね』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

テイオー「.........あぁ」

 

 

テイオー「っあぁ.........うああ.........!!!」

 

 

 トレーナーの声を思い出した途端。皆の事を思い出した。皆、ボクの為に色々してくれたり、有馬記念の事を楽しみにしていたくれた.........

 

 

『.........なんで走るのか、わかった?』

 

 

テイオー「うん.........うんっっ」

 

 

 溢れ出す涙。大粒の雫が落ちて行って、空の底へと消えて行く。拭っても拭っても、それは留まる事を知らなくて、際限を知らない。

 

 

 簡単な事だった。

 

 

 皆は[勝ち]を目指している。

 

 

 ボクは[スタートライン]を目指している。

 

 

 皆にとって有馬記念の勝利は[勝ち]以外の何者でもないけど、ボクにとってのそれは、[物語の始まり]なんだ。

 

 

 勝ったら[始まる]。勝てたら[始まってくれる]。

 

 

テイオー「ボク、勝ちっ、たい.........」

 

 

テイオー「勝って.........今度っ、こそ.........!!!」

 

 

テイオー「皆と.........っっ走りたいよぉぉおおぉぉぉおおおおぉぉぉぉ.........!!!!!」

 

 

 言っている内に抑えが効かなくなった感情がそのまま、ボクの泣き声へなって行く。その声もまたさっきみたいに響いたけれど、虚しさは帰って来なかった。

 

 

 まだ[奇跡]を起こせてない。皆の恩を返せてない。[決着]を着けなきゃ行けない相手がいる。まだ[諦める]時じゃない。

 

 

 決意と共に溢れる熱。熱さは無い。ただ、身体を解していくような温かさが全身を巡っていく。生まれて初めての感覚に、ボクは戸惑いを覚えた。

 

 

テイオー「な、に.........?これ.........」

 

 

『そう。それが[トウカイテイオー]』

 

 

『誰かの為に。今まで貰って来た想いを胸に走るのが、カッコイイ[トウカイテイオー]なんだ』

 

 

 ゆっくりとそのボヤけた存在が近付いてくる。目の前の景色が全て揺らぐ程度には、それは近くに来ていた。

 だと言うのに、ボクはそれに恐怖を覚えるどころか、むしろ安心すら感じていた。

 

 

 その揺らぎが次第に、キラキラとした何かになっていく。それに驚きながらどうなるか見守っていると、予想に反してまた溜め息が聞こえて来た。

 

 

『え〜?僕も[あの人]みたいに君の相棒になってみたかったのに〜!残念だな〜』

 

 

テイオー「?あ、あの人って.........?」

 

 

『ううん!こっちの話!それよりほら、走る準備始めた方がいいよ?そろそろ戻るからね』

 

 

 キラキラと光る揺らぎが目の前から消える。ううん、ボクと[重なり合う]ことで、ボクの目の前から姿を消した。

 暖かさはやがて、熱さへと変わって行った。懐かしさを通り越して、新しさすら感じるその感覚を抱き締めながら、ボクの視界はまた、真っ白に染め上げられて行った.........

 

 

『さぁ、ニカっと笑う準備は良い?[トウカイテイオー]』

 

 

『[ヒーロー]は遅れて来るものだけど、その時は必ず―――』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『笑って居なくちゃね.........♪』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――.........」

 

 

 場内が静まり返る。まだレースは終わっていない。と言うのに、観客達は皆、信じられない物を見ていると言うように、その口を開け、目の前の光景をただ享受するしか無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「トウカイテイオーが来たァ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「.........え!!?[トウカイテイオー]が来たァ!!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 実況者すらも、その光景に驚く。状況を実況として言葉にした後、それを理解しもう一度言葉を繰り返す。そこには先程あった実況者としての中立的な物はない。純粋な驚きであった。

 

 

スピカ「―――」

 

 

三人「―――」

 

 

リョテイ「―――」

 

 

桜木「―――っ」

 

 

 誰もが言葉を発せない。一人抜け出していくビワハヤヒデに唯一追いすがるのは、最早あの日の様な走りは見れないだろうと思われていたトウカイテイオー。ただ一人だけであった。

 吹き荒れた蒼い炎。テイオーの身に纏っていたそれがいつの間にか白へ、そして徐々に[金色]に染め上げられていく。

 先程まで離されて行った距離が、段々と距離を縮めて行く。二バ身から一バ身。一バ身から1/2バ身と、不可能から徐々に可能性へと足を踏み入れて行く。

 

 

テイオー(肺が、苦しい.........!だけど破れたって関係無い.........ッッ!!!)

 

 

テイオー(足が重い.........でもまだ動く.........ッッ!!!)

 

 

 そんな会場の状況など気にする余裕もないテイオー。その心の内は、自分の動かない身体を鞭打つような心境だった。

 たとえ心が強くなろうとも、身体はそれに着いて行くことは出来ない。心の強さが全盛期に戻ったとしても、身体はまだブランク明けのテイオーそのままだった。

 だが、それでも心に引き寄せられる様に、彼女の身体は前へと進む。過去を思い出し、走り方を思い出し、友を思い出し、[自分]を思い出して行く様に、徐々に加速をして行く。

 

 

テイオー(確かにボクは順風満帆だった!!無敗の三冠バにもなれたし!!ライバルとも出会えたッッ!!!)

 

 

テイオー(でもッッ!!!だからってそれだけで満足出来るほどボクは.........ッッ!!!)

 

 

テイオー(ボクはまだッッ!!![大人]になれないんだッッッ!!!!!)

 

 

 彼女のレース人生は、人から見れば順調で、これ以上を望めない程恵まれていた物だった。きっと、ここで終わってしまっても、他人から見れば満足出来る物だったろう。

 だがそれでも、彼女は先を望んだ。先を望んで、未来を願った。彼女の[奇跡]になる事を.........選んだのだ。

 

 

テイオー(ボクは決めたんだッッ!!![奇跡]になるんだってッッ!!!)

 

 

テイオー(マックイーンとサブトレーナーが超える為の[奇跡]になるってッッッ!!!!!)

 

 

テイオー([奇跡]はッッッ!!!!!ボクだァァァァ―――ッッッ!!!!!)

 

 

 強く足を踏みしめる。バネのようだと言われた膝はもう、錆び付いた様に思う様には動かない。

 それを承知で、彼女はその足を[昔の様]に、自分の武器として使おうとしている。強く地面を踏みしめ、限界まで曲げ、ギチギチと言う音すら聞こえる錯覚の中、彼女はこのレースで使う為の余力を全て、注ぎ始めた.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「勝負だァァァァ―――ッッッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「トウカイテイオーだっ!!!トウカイテイオーが前に出たァッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リョテイ「.........まさか、ここまでとはな」

 

 

 ―――レースの熱に浮かされるように、急かされるように出来ているこの身体は、目の前で繰り広げられる[奇跡]に反応し、右手で掴んでいる二の腕に跡が残るほど握り締める。

 

 

フェスタ「.........く、ふふ」

 

 

オルフェ「.........あ、はは」

 

 

リョテイ(.........へっ、なんて顔してんだよ。今すぐ走り出したくて、堪らねぇ顔してんじゃねぇか)

 

 

 隣で見ている娘達は、直ぐに感化された様にその顔を、目をギラつかせていた。今すぐターフの上に置いたら、好き勝手に走り出しちまう位に、その顔は酷く好戦的だった。

 

 

皇奇「.........キンちゃんの思惑通り、かな?」

 

 

リョテイ「アホ。そんな訳ねぇだろ」

 

 

リョテイ「思惑.........以上だ!!!」

 

 

 最初はこのレースを見せて、少しはやる気を取り戻しゃあ良いと思っていた。今思えばそれは、甘い考えだったらしい。

 やる気を取り戻す所か、目の前に居るのは正にあの日の我が娘達。勝ち以外は負け。勝者こそが正義。その言葉が勝負服を着ていたあの頃のコイツらだ。

 

 

リョテイ(感謝するぜ?トウカイテイオー)

 

 

リョテイ(オマエのお陰で、家の娘がまた、世界で唯一になってくれたよ.........)

 

 

 

 

 

ウマ娘「行けェェェェ―――ッッ!!!!!」

 

 

白銀「うわァ俺のブルーアイズッッ!!!落札に三千万くらい掛けたブルーアイズがッッ!!!」

 

 

黒津木「お前マジで死ねよォッッッ!!!!!」

 

 

神威「.........」

 

 

 ―――圧巻。その一言に尽きる。目の前で起きている事は正に、[奇跡]と言っても過言じゃなかった。

 原理は説明出来ない。想像も着きやしない。それでも、こうしてそれが目の前で現実に起こってしまっている。

 

 

神威(玲皇、あの子とどこかで、この景色を見てんだろ?)

 

 

神威(きっと、泣き虫なお前の事だから、泣いて見てんだろうなぁ.........俺も人の事言えねぇけど)

 

 

 目から流れる涙を気にせず、その景色に目を向けたまま、心だけで今この場のどこかに居る親友に語り掛ける。

 心で繋がってる訳じゃない。信じあってる訳じゃない。でも何故か、そこに居ると言うのは分かったし、泣いている事も信じられた。

 

 

神威(でも、これで終わりじゃない。これが.........[始まり]なんだ)

 

 

神威(お前の、お前達の[奇跡を超える物語]が.........!今から始まるんだ.........!!!)

 

 

カフェ「.........?司書、さん.........?」

 

 

神威「はじまっで.........!くれるんだぁぁああぁぁぁあああ.........!!!」

 

 

 流れていた涙が静かな小川から、激しい濁流になって行く。それを止める事が出来ず、心の中だけのものが不意に、口から出て行ってしまう。

 何とか目の前の光景を見る為に袖で拭ったりしてみるけど、それでもそれは、絶え間なく溢れ出続ける。

 そんな俺の背中を、カフェは何も言わずに、黙って優しくさすってくれていた.........

 

 

 

 

 

マック「っ......っ、っ!テイっ、オー.........!!!」

 

 

 残り100m。彼女は全てを掛けて勝負に出ました。あの菊花賞を抑え、この有馬記念でも一番人気を得たビワハヤヒデさんにおい縋り、そして.........今しがた、少し前へと出て行きました。

 会場の歓声は最早、彼女の味方です。誰もが彼女のゴールを、一着を待ち望んで居ました。

 

 

 そして.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「トウカイテイオーッッ!!![奇跡]の復活ッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 [奇跡]は.........起こりました。今しがた、私の目の前で。有り得もしないから徐々に、有り得るかもしれないに変わり、最終的には、そうあって欲しいとすら思わせさせる。そんな[奇跡]が目の前で起こったのです.........!!!

 

 

マック「っ.........トレーナーさん!見ていましたか―――」

 

 

 誰もが無理だと言われた事を、彼女は成し遂げました。そしてきっとそれは、彼も思っていた事でしょう。

 あの姿を見て、私は勇気を貰えました。心を震わされ、涙も沢山.........流しました。

 そしてそれは、彼も同じはず。そう思い、私は彼の顔を見ました。

 そこには―――

 

 

桜木「.........っ」

 

 

 そこには、確かに泣いている彼の姿がありました。けれどその表情は、この会場に居る誰のものとも違う。そんな表情でした.........

 

 

 それを言葉にするのなら、一つの言葉で、表すのなら.........それは.........

 

 

 とても、[悔しそう]な顔でした.........

 

 

 

 

 

桜木「っ、っ!!!」

 

 

 ―――涙が溢れて止まらない。 心が熱くて仕方が無い。でもそれは、この場に居る誰の物とも違う。それは、自分が一番よく分かっていた。

 

 

 [悔しかった]。してやられたと思った。この大一番で、復活を遂げ、そして[奇跡]ともてはやされる。それは正に、俺が欲しかった物だ.........

 

 

 でも、本当に.........本当に悔しかったのは.........!!!

 

 

桜木(.........まだ、なんだ)

 

 

桜木(これ見せられても.........俺.........!!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 (マックイーンの復活を.........信じてやれない.........!!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 悔しかった。悲しかった。苦しかった。この有馬記念のレースの最中ずっと、俺はテイオーを信じるファン達のように、この子を信じようとして見た。

 だけど、ダメだった.........ダメだったんだ。俺が一番信じてやらなきゃ行けないのに。願ってやらなきゃダメなのに。心のどこかで、無理だと決めつける自分が居る。諦めようとする自分が居る。

 

 

桜木(.........テイオー。お前が羨ましいなぁ)

 

 

マック「!と、トレーナーさん?大丈夫ですか.........?」

 

 

桜木「.........うん。行こっか。皆の所に」

 

 

 優しく微笑みながら、彼女に顔を向ける。その顔は紅く、そして涙を沢山流したせいで、目が赤くなって涙の跡も出来ていた。

 俺の提案に彼女は了承し、俺は車椅子を押す。これでもう。彼女は俺の顔を見ることは無い。そう思い、俺は最後に.........ダムを決壊させた.........

 

 

桜木(.........お前が居なきゃっ、マックイーンはっ.........立ち直れなかった.........っ!!!)

 

 

桜木(俺じゃっ.........マックイーンをっ.........!!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 (支えられない.........っっ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 現実を叩き付けられて、俺の心は崩壊した。今俺に、彼女の傍で出来ることは何も無い。そう悟った。

 そして.........そう悟ったのなら、もう次の行動は、決まっていたのだった.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「.........本当、凄かったですわね」

 

 

桜木「だなぁ」

 

 

 彼が運転する助手席の隣で、私達は今日あった事を話しました。有馬記念の事。テイオーの事。テイオーを応援するファンの皆様や、チームの皆様の事.........

 

 

マック「ふふ、まさかウララさんがあんな事を言うとは思いませんでしたわ」

 

 

『わたしっ、有馬記念にっ!出るぅ〜っっ!!』

 

 

桜木「あはは、皆驚いてたな〜。まっ、俺も驚いたけど.........」

 

 

 今まで目標が特に定まっていなかったウララさんの、厳しくも果てしない目標。出るだけならもしかしたら.........なんて思いますが、彼女はきっとそこで勝つつもりもあるんです。

 それを聞いて、皆さんは驚きの声を上げました。もちろん私もです。

 ですがその中で、この人だけは驚きつつも、それを支えようという気持ちの伝わる声援を送りました。

 

 

桜木「.........夢見るだけなら、ただだからな」

 

 

マック「.........?」

 

 

 進行方向を見ながら、彼はそう呟きました。その言い方はどこか投げやりで、そして自嘲めいていました。

 けれど彼はそう言って、困ったように笑いました。笑いましたが.........言う言葉も見つからずにただ笑って、お茶を濁す様な笑い方でした。

 

 

桜木「そう言えばさ!これからどうするんだ?走れない訳だけど、じっとしてる訳でも無いんだろ?」

 

 

マック「へ?え、ええ。デジタルさんが今度、マネージャー登録から選手登録に移るでしょう?その時私も一旦、選手としてではなく、マネージャーとしてチームを支えようと思っていますわ」

 

 

桜木「.........そっか。マックイーンがマネージャーかぁ」

 

 

 感慨深そうに息を混じらせながら、彼はその日々を夢想する様に目を閉じます。その姿を微笑ましく見つめながらも、私の心のどこかで、得も言われる不安が生まれ始めました。

 なんだかその姿が、とても切なく、寂しく見えてしまったのです。そんな彼の姿を凝視していると、彼が不意に私の方を見てきました。

 

 

マック「っ!」

 

 

 慌てて顔を背けます。まさか、顔を向けられるなんて思っても居ませんでしたから.........心の準備が出来て居なかったのです。さっきまでの不安が全部、ドキドキに塗りつぶされてしまいました。

 

 

桜木「.........きっと、楽しいんだろうな。君がマネージャーのチームは」

 

 

マック「そ、そそそ、そうですわね!私はこう見えて!ムードメーカーの器量もありますから?その気になれば貴方やゴールドシップさんみたいに「でも」.........?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「でもやっぱ、走ってるマックイーンが一番好きだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「―――え」

 

 

 彼はその顔を向けずに言いました。ですが、窓に映る姿を見ると、彼は笑みを浮かばせながら、ウルウルとした目の端から一筋の涙を頬へと流していたのです.........

 一瞬。思考が停止しました。彼がなんと言ったのか、簡単な事のはずなのに、理解が出来なかったんです。

 ですが次第に、その言葉がなんであるか。[好き]とはなんであるかを理解し始めようと、心が徐々に気持ちを昂らせていきます。

 

 

 苦しい。痛い。切ない。寂しい。嬉しい。心地良い。暖かい。

 

 

 好き。

 

 

 大好き。

 

 

 そんな全てがごちゃ混ぜになって、何を言うべきか、分からなくなりました。何を言えば良いのか、何を言えば、彼に伝わるのか........

 

 

 そしてその答えが出る直前。車は残念ながら、目的地に着いてしまいました。

 

 

桜木「さっ、着いたよマックイーン。爺やさんに連絡して?」

 

 

マック「っ、そ、そう.........ね」

 

 

 いつも通りの敬語も忘れて、つい心のままの声が出てしまう。彼に言われて急かされるように携帯を開き、爺やに連絡をしました。

 けれど頭の中では、先程の彼の言葉しかありませんでした。[好き]という言葉が、ずっと、ずっと.........彼の声で繰り返し再生されます。

 

 

マック(ああ.........本当)

 

 

マック(自分の弱さが.........もどかしいわ.........)

 

 

 それでも私はまだ、自分の気持ちを伝える事が出来ないでいる。その言葉を、返事を返そうとすると、自分の立場や彼の立場。そしてこれからの事.........その全てが待ったをかける様に、それが口から出ていくのを躊躇わせます。

 膝の上で拳を握っていると、不意に車の窓を外から優しく叩かれました。その方向を見ると、爺やと主治医がそこに立っていました。

 

 

桜木「あっ、爺やさん。車椅子は後部座席の方にあります。出して上げてください」

 

 

爺や「分かりました」

 

 

主治医「お嬢様。お身体の具合はどうですか?」

 

 

マック「.........ええ、大丈夫です。身体は」

 

 

 嘘は言っていません。身体の方はここ最近で一番と言って良い程に体調が良い方です。心の方は.........今日、色々あったせいか少し疲弊気味です。

 テイオーの事。彼の事。考えれば考えるほどキリがありません。その膨れ上がる思いに押し潰される程に、心は苦しくなって行きます。

 爺やの手を借りながら、車椅子へ身体を移している内に、彼はそう言えば。と言って何かを思い出しました。

 

 

桜木「マックイーン達と会うのも今年はもう最後になるのか」

 

 

マック「!言われてみればそうですわね.........会うのは、三賀日が終わってからになりますか.........」

 

 

マック「でも、それが過ぎてしまえば、今度は私達が頑張る番です。でしょう?」

 

 

 車の中に居る彼に向かってそう問い掛けると、彼は覚悟を決めた強い顔を私に向け、頷いてくれました。

 それが聞ければ、今は満足です。これから.........もう一度私は、[前へと進む].........そう。[彼の隣]で.........

 

 

 胸に両手を当て、自分の覚悟を確かめます。膨れ上がる強い気持ちは未だに消えません。

 ですがそれが、今になってようやく[走りたい]という気持ちだと気が付きました。

 早く走りたい.........早くこの人の隣で、心の赴くまま、自由に駆けて行きたいと.........

 

 

マック「トレーナーさん。良いお年を」

 

 

桜木「.........ああ、マックイーンも。良いお年を」

 

 

マック「はい。今度は、年が明けた[トレセン学園]で会いましょう?」

 

 

桜木「.........あはは」

 

 

 彼は何故か歯切れの悪い笑いをしながら、そのまま助手席のドアを閉めました。窓のコーティングのせいで、外からでは中の様子は分かりません。私は彼の姿が見えないながらも、その車が見えなくなるまで、手を振り続けました。

 

 

マック(.........必ず)

 

 

マック(必ず私は、もう一度この足で立って見せます.........)

 

 

マック「だからどうか.........待っていてくださいまし。トレーナーさん.........!」

 

 

 胸に宿った決意。それを確かに感じながら、私は爺やに車椅子を押されながら屋敷の中へと入って行きました.........

 

 

 

 

 

 ―――あの時、気付いていれば。

 

 

 あの時、彼が最後に見せた.........[寂しそうな笑顔]の真意に、気付いてさえ居れば.........

 

 

 そうは思っても、もう時間は戻って来ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局、年明けのトレセン学園には.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼の姿は、何処にも[ありません]でした.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……To be continued



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気付いたらトレーナーさんが居なくなってて新年を迎えたお話

 

 

 

 

 

マック「.........」

 

 

 年が明け、新年を迎えたトレセン学園。冬の寒さは緩やかになって来ましたが、トレセン学園の生徒達はそれと反比例する様に、今年こそは、今年も、とそれぞれの身と心を引き締めていました。

 

 

ウララ「ふわぁ〜.........まだ眠いよ〜」

 

 

ライス「そうだね、まだ6時だしね.........」

 

 

タキオン「全く。新年早々こんな朝早くから招集をかけるなんて、[彼]は何を考えているんだろうねぇ?」

 

 

 チーム[スピカ:レグルス]の面々が揃い、横並びで廊下を歩きます。普段であるならば邪魔になる所ですが、今起きている生徒は大抵が朝練に励んでいる方々です。学園内部には先生方以外はあまり見当たりません。

 

 

 そんな中で、妙な胸騒ぎを覚えます。それは集められた事もそうですが、それをしたのがトレーナーさんでは無く、[東トレーナー]だからです。

 皆さん、その不安と予感を抱えていますが、それを口に出すことはせず、ただ黙々と目的地であるチームルームへと向かって行きました。

 

 

ブルボン「着きました。時刻は6時2分31秒。約束の時間より大分早いです」

 

 

タキオン「別に良いだろう。生真面目な彼の事だ。居るに決まってるさ」ガラガラ

 

 

デジ「か、鍵が開いているという事は.........タキオンさんの言う通りかもですね.........」

 

 

 チームルームの扉にタキオンさんが手を掛けると、それだけで扉は簡単に開いてしまいました。

 部屋の中はいつも通り。私が学園に来なくなった日から一切、変わった様子はありません。

 ですがその場所に、普段なら居ないであろう人がブルボンさんの作ったプラモデルを見ながら立っていました。

 

 

東「.........来たか」

 

 

マック「お久しぶりです。東トレーナー」

 

 

東「マックイーン、怪我は.........って、それを俺が聞いても意味無いか。忘れてくれ」

 

 

 私に一瞬だけ近付こうとした東さんでしたが、直ぐにそれも無意味だと察し、本題に移るべく彼はいつもトレーナーさんが座っている机に移動しました。

 こういう、無駄な寄り道をせずに出来る限り迅速に、というのが彼のいい所だと言うのは、以前トレーナーさんの代わりに見てもらっていた時に知った事です。第一印象は最悪でしたが、今ではとても頼りになる方です。

 

 

東「.........ひとつだけ聞いて置く。この中で有馬記念の後、桜木と会った子は居るか?」

 

 

全員「.........?」

 

 

 その質問の意図を理解出来ず、私達は首を傾げました。有馬記念の後、私は彼と会う所か、連絡すら取っていません。なるべく心身の静養に務めていましたから.........

 それはどうやら、他の方達も同様だった様で、特に合図があった訳でも無く、私達は同じタイミングで首を横に振りました。

 

 

東「.........そうか」

 

 

マック「あの、トレーナーさんは居ないのですか.........?」

 

 

東「.........居たら俺がここに居る訳ないだろう?」

 

 

全員「!!!」

 

 

 その言葉一つで、どういう状況なのかが一瞬で分かりました。それは彼が.........私達のトレーナーさんが今、トレセン学園に居ない。という事です。

 衝撃を受けた私達を見て、東さんは少し辛そうな顔を見せます。

 

 

 衝撃を与えられ、停止した思考が次に見せたのは、記憶でした。それは彼の顔を最後に見たあの日、あの場面。

 メジロ家の屋敷で、彼は私と別れる際、歯切れの悪い笑顔を浮かべて居ました。

 

 

 .........まさか。

 

 

 まさか、そんな。

 

 

 なんで.........?

 

 

タキオン「.........!!?マックイーンくん!!?」

 

 

マック「え.........?」

 

 

デジ「ほわっ!!?まままマックイーンさん!!!デジたんのハンカチで恐縮ですがお使いください!!!」

 

 

 慌てたデジタルさんがポケットからハンカチを取り出し、私に渡してきました。一体どうしたと言うのでしょう?

 そう思いハンカチを見る為に視線を落とすと、そこに水滴が一つ、二つと落ちてそれに染みを付けました。

 

 

マック「.........っぅう」

 

 

マック「これからまた.........!!!あの日々を取り戻せると思っていましたのに.........!!!」

 

 

マック「なんで.........!!!なんであの人はいつもそう!!!勝手に居なくなるんですかっっ!!!」

 

 

全員「.........」

 

 

 その落ちた水滴が自分の涙だと気付いた瞬間。心の内に認識出来なかった悲しみが突然、爆発する様に大きく膨れ上がりました。

 彼が居ない.........これからの日々、チームの皆様とトレーナーの方々。そして彼の親友さん達.........苦しくとも、笑いや呆れの絶えない。そんな日常をまた送りながら、乗り越えて行けると思っていたのに.........!!!

 

 

東「.........何も無い訳じゃないぞ?」

 

 

全員「.........え?」

 

 

 恐る恐る。と言った声で、東さんは言いました。全員の視線が彼の方を向くと、その懐に手を入れ、一枚の封筒を取り出しました。

 

 

東「アイツが居なくなる際、理事長に渡していたらしい。前回の事で何も言わずに居なくなるのは、流石に懲りたようだ」

 

 

マック「そ、それではこれは.........!!?」

 

 

東「アイツからの手紙、と言う事だろう」

 

 

 その手紙を持った手をゆっくりと、私の方へと差し出しました。若干の手の震えを覚えながら、それを受け取り、ゆっくりと封を切ります。

 その封筒の中には、二枚の紙と、一つの印鑑が入って居ました。推測力のあるタキオンさんの方に顔を向けましたが、彼女も何故印鑑が入っているのか検討を付けられず、首を傾げます。

 

 

 印鑑をひとまず彼女に預け、二枚の内一枚の紙を広げます。

 

 

全員「.........ッッ!!?」

 

 

 それを広げ、中身を見た瞬間。全員の頭がそれが何なのか、理解する事を拒否しました。それは東さんも同様で、私達と同じ様に、徐々に理解すると共にその顔を驚愕という感情一つで埋め尽くしました。

 

 

東「おいおいおいおい.........!!!アイツマジで何考えてやがんだ.........!!!」

 

 

マック「っっ.........トレ......ナ.........さん.........!!!」

 

 

 その紙が与えた情報に耐えきれずに、私は手に持っていた二枚の紙を落とし、両手でその顔を覆います。

 そんな私を労わるように、ライスさんとブルボンさんが背中をさすってくれますが、その手の感触から、彼女達も相当なショックを受けている事が分かります。

 

 

 ヒラヒラと宙を舞い、やがてそれは地面へと落ちます。インクで印刷された面を表にし、再びそれが本物であると、世界に認識させます。

 

 

 そう、それは正しく―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――[退職届]その物だったのです.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やよい「.........」

 

 

 静かな空間。普段通りの日常。時計の針の音が響く様子は正に、水溜まりに断続的に水滴が落とされ波紋が拡がっていく様子を想起させる。

 いつもであるならば仕事が捗る最高の環境だ。でもそれは今、最高[だった]に変わりつつある。私の強い刺激を求めるという難癖が、この穏やかな空間のせいで先日の事を思い起こさせる。

 

 

『辞めます。トレーナー』

 

 

『な、ぁ.........そ、早計ッ!!!何を言っているのだ桜木トレーナー!!!君の[物語]はまだ終わっては―――』

 

 

『終わってないからこそ、です』

 

 

 有馬記念。トウカイテイオーが一年ぶりの公式レースに出走し、そして見事、正に[奇跡]の復活を遂げたその翌日。日が登りかけている時刻に彼は、ここにやって来て早々それを口に出した。

 だが、それを言うには彼の目には信念があった。希望があった。目標があった。今までこの目で見てきたどのトレーナーよりも、遥か高くそびえ立つ壁を見据え、そしてそれを打ち壊す覚悟を持った目をしていた。

 頭が混乱した。何故、それを聞いてもだからこそと返される。尚更その意味が分からなくなった。

 目の前に居る男は最早、誰がどう見ても[トレーナー]であった。だがしかし、あの時彼が言い、そして行動した事は一番、[トレーナーらしくはなかった]。

 最早自分の頭でその答えを導き出せる力はなく、あの時の私はただ、彼の口から、彼の胸の内を聴くことを待つしか無かった。

 

 

『.........テイオーの有馬記念。見たんです』

 

 

『してやられた、と思いました』

 

 

『でも、それでも.........俺にはまだ.........!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『マックイーンの.........あの子の復活を.........信じる事が出来ないんです.........!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 力無い叫びが反響した。目の前に居る男は、力を欲するようにその手を力無く握り締めていた。

 その姿に、どうしようも無い自分への怒り。憤怒とも呼べるそれを感じ取ってしまった。その姿を見て、私はどうしても、思い直せとは言えなかった.........

 

 

やよい「.........っ」

 

 

 結局、私は彼の辞表を受け取った。だがそれに、彼の判子が押されていなかった。それを追求する前に、彼は彼が書いたメジロマックイーン達への手紙と判子と共に、彼女達に渡して欲しいと私に頭を下げた。

 

 

 自分はもう、[ひとりじゃない]。だから、[独りよがり]は出来ないと言い残し、自分の進退をまだ幼さ残る彼女達に託し、彼は部屋を後にしようとしていた。

 

 

『制止ッ!!!君の行動は認めよう!!!だが一体これから何処へ行こうと言うのだ!!!桜木トレーナー!!!』

 

 

『.........ずっと昔に張られていた、[伏線を回収]しに行きます』

 

 

『何.........?』

 

 

『.........[エディ・ファルーク]。その男に会うために、俺は[イギリス]へ向かいます』

 

 

 その名前を聞いて、私は記憶の奥底を刺激された。その刺激によって身体を硬直させている間に、彼は頭を下げ、今度こそこの部屋から立ち去って行った。

 .........結局、二度目の制止は届かずに、彼は学園から。引いてはこの国から。その姿を消してしまった.........

 

 

やよい「く.........っ!!!」ダンッ!!!

 

 

 トレセン学園設立当初から受け継がれて来た巨大な机。そんな歴史ある大切なそれに、私は悔しさに任せて思い切り握った拳を叩き付けた。

 歯をギチギチと噛み締め、頬が釣るほどに横へ引く。身を焦がす様な悔しさが、涙すら溢れさせる。

 

 

やよい(.........さぞ歯がゆかった事だろう、桜木トレーナー.........)

 

 

やよい(だが.........!!!そんな思いをしてるのは.........!!!)

 

 

やよい「君だけでは.........無いのだぞ.........!!!!!」

 

 

 怪我という物は恐ろしいものだ。特にウマ娘にとっては軽い物だとしても、今後の影響を考えれば大きな物へと成りうる。

 いつの時代もそれに悩まされて来た。苦しめられて来た。いつか.........そんな物を待たず必ず、必ず私が.........私達がそれを克服出来る時代を作り上げて見せる.........

 言う事は容易い。思う事はそれ以上に容易い。結局はまだ、その怪我という光が当たる競走バに必ず出来る影は、未だに切り離す事が出来ずに居る。

 焦るな。時期を見誤るな。慎重を怠るな。検証を忘れるな。そう心に刻んで一体、どれだけのウマ娘を見送った?一体どれだけの悲しみを見てきた?

 荷物を持ち、私達に世話になったと頭を下げ、背中を向けて去って行くその姿を、何度歯を食いしばって妥協した?

 

 

 .........だが彼は、それをしなかった。

 

 

 諦めなかった。妥協をしなかった。信じられないから信じる事が出来るよう行動に移した。そしてそれが、[トレーナーを辞める]という決断であった。

 

 

やよい「.........今頃君は、[イギリス]に居るのだろう?」

 

 

やよい「帰って来るのだぞ?君には私に説教をされ、そして彼女達に怒られる必要がある」

 

 

やよい「そして最後には.........[おかえり]を言われなればな」

 

 

 椅子から立ち上がり、窓の外に広がる大空へと目を向ける。飛行機雲が一筋、まるで筆で描かれたように一本に伸びるそれを見て、私は彼と.........[彼女]の無事を、そっと祈った.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これを見ているという事は、俺はもうこの場に居ないだろう。

随分と自分勝手な事をしている自覚はある。許して欲しいと言って許される事でも無いとも思っている。

だから許さなくても良い。俺は一生を掛けて君達に償い続ける。

 

 

なんで俺が今このタイミングで居なくなったのか。テイオーが復活を果たし、次はマックイーンの番だと言うのに、君達の前から姿を消したのか。

それは、俺がマックイーンの事をまだ信じ切れていないからだ。マックイーンの復活を、心の底から信じてやれて居ない。

 

 

そんな気持ちじゃ、きっとその怪我を治せたとしても、それを超えられない。奇跡を超える事は出来ない。

だから俺は、奇跡を超える為に。マックイーンの事を心の底から信じてやれる様になる為に。君達の前から居なくなる。

 

 

もしこれから俺がいない間、俺関係のトラブルが起きたり、マックイーンの繋靭帯炎が悪化して復帰の目処を完全に絶たれた時は、同封した退職届に判子を押して秋川理事長に提出して欲しい。

 

 

けれど俺はトレーナーを辞めたとしても、君達とはこれからも、何らかの関係を築きたいと思っている。厚手がましいと思ったらごめん。これは完全に俺のわがままだ。

 

 

そしてマックイーン。これから大変だと言う時期に傍に居られなくてごめん。有馬記念のあの日。嘘をついてごめん。

でもこれで最後にする。君に何も言わず、君の前から消えるのはこれで終わりにする。

 

 

君の脚がもし治らなかったら、俺はトレーナーを辞めて、君の車椅子を一生掛けて押して行く。辛い時は面白い話とか、変な踊りとかするし。勝手にスイーツ店に連れて行く。

君に泣く暇が無いくらい、退屈しない、楽しい時間を沢山作ろうと思うんだ。だからちょっとの間。我慢して欲しい。

 

 

けれど、絶対そんな事は起こさせやしない。

 

 

俺はトレーナーを続ける。

 

 

帰ってきたらタキオンの薬を飲んで

 

 

ウララの成長をしっかり見て

 

 

ライスの頑張りを支えて

 

 

ブルボンを坂路でいじめ抜いて

 

 

デジタルのよく分からないバ力とか言う概念を否定して

 

 

マックイーンの心の隣で、歩いて行きたい。

 

 

だから俺は帰ってくる。たとえどんな苦難、苦境に立たされ、その道を歩む事を定めと言われようとも。

必ずそれを乗り越えて、また君達の前に、以前と変わらずにトレーナーとして帰ってくる。

 

 

それがいつになるか分からない。けれど、絶対に約束する。

 

 

奇跡を超えて、皆とまた、歩いて行くから。

 

 

 

 

 

マック「.........グス、トレっ......ナ、さんっ.........!!!」

 

 

 ―――手紙を読みながら、先程の涙とは違う涙が溢れて来ます。そしてそれは私だけでは無く、この場にいる彼の担当全員が涙を流していました。

 ウララさんとライスさんは咽び泣き、ブルボンさんは優しく微笑みながら、デジタルさんは私以上の涙とそれと同等の鼻水を流し、タキオンさんは私達にその顔を見られぬ様背を向けて居ました。

 

 

タキオン「ズズ.........はぁっ、全くっ!こっちを先に読めていればあんな不安は起こらなかったんだ!!!」

 

 

デジ「うおおおおおお!!!!!手紙の中から読み取れる桜マクの波動+デジたんの妄想全否定!!!!!光と闇が合わさってデジたんは死ぬ!!!!!」

 

 

ブルボン「マスター.........!私もマスターのトレーニングを楽しみに待機しています」

 

 

ウララ「グスン、うううぇぇええええん!!!」

 

 

ライス「っぅう.........!ライスもお兄さまの事.........ずっと待ってるからね.........!!!」

 

 

 鼻水を啜る音と嗚咽だけがチームルームの中に響きます。彼の居ない寂しさをそれぞれで補うようにお互いに身体を抱き寄せます。

 そんな姿を見て東はさんはフッと笑いを零しましたが、私の持つ手紙を見てその表情を少し曇らせました。

 

 

東「?.........なんか裏側に書いてねぇか?」

 

 

全員「.........え?」

 

 

 

 

 

P.S 白銀の奴がもしかしたら血眼になってテイオーにあげる予定のブルーアイズ探してるかもだけど、あれ実はこの前の夏合宿前に俺が勝手にパクってデッキの中に入れちまってたヤツなんだ。

本物は実際もうアイツの手で引きちぎられて葬り去られてるからテイオーにはそれとなくごめんって言っといてくれ。

 

 

あと白銀だけには言うなよッッッ!!!!!

 

 

コンマイとバンナムと白銀だけは許さない男

桜木 玲皇 より

 

 

 

 

 

マック「.........だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「台無しですわッッッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カラスの鳴き声が響き渡る夕暮れ。夕日を背景にしながら私達チームレグルスと東さんは、ある場所からトレセン学園へと戻る為の帰路についていました。

 

 

マック「はぁ.........」

 

 

タキオン「仕方ないさ。君のアクセサリーが無くなってもう一月も経つんだろう?何なら私達が提案した時一番最初に可能性を否定したのは君じゃないか」

 

 

マック「それは!そう、ですけど.........」

 

 

東「それくらい、マックイーンにとっては大切な物だったんだ。時間と繋がりが沢山詰まった世界にたった一つのな。もしお前がそれ無くしたとして、同じ物を買ってきたとしても素直に喜べるか?」

 

 

タキオン「.........はぁ、わかったよ。悪かった悪かった」

 

 

 そう。私達は今日、私が無くしてしまった髪飾りを探す為、トレーナーさんと仲違いしてしまったあの日のトレーニング場に足を運んで居ました。

 しかし、四時間程掛けて皆さん探して下さいましたが、結局私のアクセサリーが見つかる事はありませんでした.........

 そんな私を慰めようとしたタキオンさんでしたが、少々方向性が違っており、それを東さんに咎められます。

 

 

ウララ「あー!!!」

 

 

全員「!」

 

 

 突然、ウララさんが大きな声を出しました。それを聞いて全員が耳を塞いだ後、何があったのかと彼女の方を見ます。

 すると今度はどこかへ向かって真っ直ぐと走り出して行きました。

 

 

ウララ「見て見てー!!福引だってー!!」

 

 

東「なになに?商店街での買い物五百円に付き一回.........」

 

 

タキオン「しかも、一等は評判のある老舗飲食店の特上にんじんハンバーグ無料券.........しかも福引同伴者も無料になると来た!!!」

 

 

マック「なんですってっ!!?」

 

 

ライス「す、すごい.........!!ライスあのお店屋さんのにんじんハンバーグずっと食べたかったんだ!」

 

 

 ええ.........ええ!!!良く耳にしておりますわ!!!この商店街にお店を出しているお料理屋さん.........そこで出されるにんじんハンバーグがこの上なく美味しいという評判は.........!!!

 今まで何度も来たい来たいと思っていましたが、中々タイミングも機会も無く時間だけが過ぎ去って行きましたが、上手く行けばこの機会に食べられるかもしれません.........!!!

 

 

デジ「.........そう言えばブルボンさん?チームルームの冷蔵庫って今どんな状態でしたです?」

 

 

ブルボン「はい。マックイーンさんのアクセサリーを探しに出発する前に中を覗いた所、空間使用率は20%にも満たない状況でした」

 

 

東「という事は.........3500円分の買い物しても入りはするな」

 

 

タキオン「おや、良いのかい?別に君が払う義理は無いだろう?」

 

 

東「バーカ。俺はアイツの代わりなんだ。だったらアイツがやりそうな事を全力でやる。どうせ躊躇無くやるだろ?」

 

 

 得意げな顔で財布を取りだし、彼はその中身を確認し始めました。その姿を見て、私達は顔を見合せて笑ってしまいます。

 本当に.........本当に、最初の頃と印象が随分と変わってしまいました。目の前にはもう、トレーナーさんから私を奪おうとした彼の姿はどこにもありません。ただちょっと真面目で、ウマ娘の事となれば周りが見えなくなってしまう。そんな何処にでも居るトレーナーでした。

 

 

 そんなこんなで買い物を着々と済ませて行き、それぞれの手に一枚の福引券が行き渡ります。

 それを握り締めた私達はもう一度、あの景品場に足を運びました。

 

 

ウララ「はーい!!ウララが引きた〜い!!!あっ!!!駄菓子屋さんのおじちゃんだ〜!!!」

 

 

「おっ!!ウララちゃん相変わらず元気だねぇ!!これを掴んで回すんだぞ〜?」

 

 

 法被を着たおじさまに促され、ウララさんは福引機の取っ手を掴み、ゆっくりと回しました。

 ガラガラ、ガラガラと音を立てた後、一つの玉が穴から出てきました。

 

 

「おー!!良かったねぇウララちゃん!!二等のにんじん山盛りだー!!」

 

 

ウララ「うわーい!!やったやったー!!!」

 

 

 福引券と交換する様に袋に入ったにんじんを渡されるウララさん。それを受け取った彼女は嬉しそうにぴょんぴょんと跳ねました。

 そして彼女に続くようにデジタルさん。ライスさん。東さん。ブルボンさんの順番で引いて行きます。

 デジタルさんは三等のにんじん一本。ライスさんとブルボンさんはウララさんと同じく山盛りのにんじんを当てましたが、東さんはハズレのポケットティッシュを受け取りました。

 

 

東「.........はぁ、新年早々ついてない」

 

 

ブルボン「.........すいません。この二等の景品。ヒト用の物に交換する事は出来ますか?」

 

 

「お?.........おう!!良いぞ!!はいよお嬢ちゃん」

 

 

 なんとブルボンさんは受け取った山盛りのにんじんをおじさまへ返し、代わりにヒト用の二等福引の交換対象であるホットプレートと交換してしまいました。

 しかし、それに対して何かを言う人は居なく、背を向けて悲しんでいる東さん以外は私を含め、生暖かい目で微笑んで見ていました。

 

 

ブルボン「ありがとうございます」

 

 

「.........頑張れよ」ボソッ

 

 

ブルボン「?はい」

 

 

 どうやらおじさまの目にもその光景は微笑ましいものと捉えたらしく、ニコニコとした表情でブルボンさんにそっとエールを送りました。

 なんの事かと言うように首を傾げた後、とりあえず返事を返したブルボンさんは貰ったホットプレートを東さんに渡しました。

 

 

東「い、良いのか.........?でもにんじんの方がお前にも―――」

 

 

ブルボン「構いません。東トレーナーには三冠を取ろうとした時にお世話になりました。これはその恩返しです」

 

 

東「そ、そうか.........ありがとう。ブルボン」

 

 

ブルボン「.........?はい」

 

 

マック(あらあらあらあら?)

 

 

タキオン(おやおやおやおや?)

 

 

 東さんにホットプレートを渡したブルボンさん。そしてそんな彼女ににんじん山盛りを当てていたライスさんとウララさんが自分の分を半分渡し、その光景を見ていたデジタルさんがいつもの様に天へと召されました。

 そしてそんな中、お礼を言われた彼女は何か胸に感じたように手を置き、そして間を置いて返事をしました。その姿を見て、私とタキオンさんはお互いの目を見てもしや?とその思考を顕にしました。

 

 

 いえまぁ?トレセン学園の風紀を考えるならば?こういうトレーナーさんとウマ娘の恋愛は本来ならば許されないのでしょうけど?好きな物は仕方ありませんわよね?

 

 

 そうともそうとも。お互いがしっかりと合意の上であり尚且つその想いが同じ物ならば?私は一向に構わないよ?

 

 

 所で君は一体いつ―――

 

 

マック「さっ、次はタキオンさんの番ですわよ?」

 

 

タキオン「君、急にはしごを外すね.........まぁ良いか。なにせ今日の夕飯はハンバーグだからねぇ!!」ガラガラ!!!

 

 

 危ない所でした。あともう少しの所で彼女にねっとり責め立てられる所でした.........こういう時のタキオンさんほど傍に居たくないのです。これからは何かアイコンタクトされても無視しましょう。

 勢い良く福引機を回して行くタキオンさん。おじさまと他の店番の方がその迫力に気圧されながら、出玉を見逃す事が無いよう、しっかりと凝視します。

 そして―――

 

 

 コロン.........

 

 

タキオン「.........金だ」

 

 

全員「!!!」

 

 

「お.........おめでとうございまァァァァァす!!!」カランカラン!!

 

 

 手に持ったベルを大きく振り、おじさまはまるで自分のことのように喜びました。その姿を見て、見事タキオンさんが一等を当てたのだと実感し、私達はその場で大喜びしました。

 

 

タキオン「アッハッハッハッ!!!いやぁまさかこんな事があるとは!!!言葉にするのも偶には悪くないねぇ!!!」

 

 

全員「ハンバーグっ♪ハンバーグっ♪」

 

 

 まさか本当に当ててしまうとは.........これではもうタキオンさんに頭が上がらなくなってしまいます.........

 そんな中で一人、浮かない顔をしている方が居ました。その人は私達と同じように最初は喜びながらも、次第にその顔を申し訳なさそうに変えて行きました。

 

 

マック「東さん.........?」

 

 

東「!あ、はは.........悪い。喜ぶべきだとは思ったけど.........」

 

 

東「.........本当なら俺じゃなくて、ここにはアイツが居るべきなんだよな」

 

 

全員「.........」

 

 

 その言葉一つで、先程までの喜びが凄く.........虚しくなりました。この状況が誰のせいでもない事は分かっています。それでも、こうなってしまっている以上もうどうする事も出来ないのです。

 そんな虚しそうな顔をする東さんの背中をタキオンさんが強く叩きました。

 

 

東「てェ!!?」

 

 

タキオン「全く。もうそれは済んだ話だろう?君はもっと素知らぬ顔で居ればいいさ。元々君の目的はチームを乗っ取る予定だったから、今の内に満喫すればいい」

 

 

東「そ!それは昔の話だっての!!そもそもあの時はアイツがろくでなしの悪い奴だって―――」

 

 

マック「はいはい。分かりましたから。これを引いてさっさとハンバーグを食べに行きましょう?」

 

 

 溜息を吐いて、最後に残った私の手元にある福引券を見せます。彼は何か言いたそうにしましたが、私がひと睨みするともうそれ以上何も言わず、ムスッとした顔をして私の車椅子を押しました。

 

 

「はいよ。お嬢ちゃんが最後ね」

 

 

マック「ええ。お願い致します」

 

 

マック(ハンバーグはもう食べれるし、この際ポケットティッシュの方がかさばらないから良いかしら?)ガラガラ...

 

 

 普通であればやる気を削いでしまうハズレ枠のポケットティッシュですが、もう特上にんじんハンバーグは確約されていたので楽な気持ちで福引機を回します。

 

 

 .........まぁでも、東さんの言う事も最もでしょう。流石の私もトレーナーさんが居ない間に美味しい物を食べるとなると、罪悪感が湧いてきてしまいます。

 ここは一つ、彼が帰ってきた時にお出かけに誘って食べに行きましょうか?で、でもそうなるとご飯だけ食べに行くと言うのは味気ない気がしますから.........こ、ここはまた嘘をついたという名目でデートのお誘いを.........

 

 

 ―――コロン

 

 

「.........え」

 

 

全員「.........ん?」

 

 

マック「.........?」

 

 

 彼が帰ってきた時の想像に精を出している間に、福引の玉が出てきました。しかしそれは、先程まで見てきた物ではありません。

 [金]でも無く、二等の[赤]でも三等の[青]でも、ハズレの[白]でも無い。それは正しく、[虹色]と呼べる色をした綺麗な玉でした。

 何が何だか分からなくなり、私はおじさまの方をゆっくりと見上げます。しかし彼は硬直し、目の前の現実を受け入れるのに時間が掛かっている様子でした。

 

 

マック「あ.........あの、これは一体.........?」

 

 

「お.........」

 

 

全員「お.........?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おめでとうございまァァァァァ―――すッッッ!!!!!」カランカランカランカラン!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 片手に持っているベルをもう一本片手に持ち、先程より大きい声で彼は私を祝福しました。

 突然の事で驚きと言うより呆然としていましたが、おじさまは景品を入れているカゴの隣に置いてあるアタッシュケースを台の上に勢い良く乗せました。

 

 

「くぅ.........まさか福引開始一日目で出ちまうとは.........お嬢ちゃんいや、[メジロマックイーン]ちゃん。流石[桜木]ちゃんの担当だねぇ」

 

 

マック「ヘェ!!?あ、あのすいません!!!話が良く見えて来ないのですが!!?」

 

 

「いやぁ参った参った!!![奇跡]を超えるっつうのはこういう事ね!!!はい、特賞の―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――温泉旅行券っ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「.........はぇ.........?」

 

 

 温 泉 旅 行 券.........?

 

 

 おんせんりょこうけん.........?

 

 

 オンセンリョコウケン.........?

 

 

 onsenryokouken.........?

 

 

 温泉旅行券.........?

 

 

 温泉旅行券ッッッ!!!?????

 

 

全員「えええぇぇぇぇぇっっっ!!!??」

 

 

ウララ「すっごーい!!!マックイーンちゃん温泉行けるんだー!!!」

 

 

マック「いいい行ける訳ありません!!!こんな身体ですし!!!第一期限が書いて.........ない.........?」

 

 

「ああ!!学園の理事長さんが毎年この時期になるとこの旅行券を福引の景品にってな!!優待券だとさ!!」

 

 

 な、ななな、なんということでしょう.........私まさか、とんでもない所でとんでもない運を使ってしまったのでは.........?

 で、ですが、これを使う機会が無いと言うのもまた事実.........貰っておいてなんですが、やはりこういう物は誰かと一緒でないと行けません。最近は一人で映画館ややき.........スポーツ観戦と活動範囲が広がりましたが、流石に一人で温泉は.........

 

 

「それペアチケットだからねっ!仲の良いお友達を誘えばいいさ!!」

 

 

マック「そ、そうですわね!!折角ですからテイオーかゴールドシップさ「でもなぁ」.........ん?」

 

 

「不思議な話だけど、それを当てたトレセン学園の子、皆自分のトレーナーと行くんだよ.........」

 

 

全員「.........ふぅ〜ん(ン)?」

 

 

マック「・・・」

 

 

 全員の視線が私の背中に集まっているのが分かります。そしてそれがとても生暖かい目であると言うことが分かります.........分かってしまいます。

 その目を背中に感じながら、私はいつもより思考のスピードを格段に落とします。これで何とか周りの目に当てられず、冷静に物事を考える事が出来ます。

 も、もし、もし仮にですよ?トレーナーさんと行くとして、だからどうなると言うのです?別にこれと言って特別な事が起こる訳では.........

 

 

『綺麗な景色だなぁマックイーン。きみと一緒に来れて嬉しいよ』

 

 

マック「.........」

 

 

『ん〜!!やっぱ旅先のご飯は美味しいなぁ〜!!はい、お裾分け〜』

 

 

マック「.........く、ふふ」

 

 

『気持ち良かったな〜。でも風呂上がりと言えば牛乳!!これに限るね!!』

 

 

マック「んふ、んふふ.........♪」

 

 

『マックイーン.........本当、君と一緒で良かった』

 

 

マック「あぁ.........そんな」

 

 

『マックイーン―――』

 

 

マック「あぁ.........♡ダメです♡旅先でそんな.........あっ♡」コテン

 

 

 

 

 

タキオン「.........気絶した」

 

 

 ―――車椅子の上で幸せそうな顔をしながらマックイーンくんは気絶した。そんな彼女の姿を見て、私達は顔を見合せて苦笑いをする。全く、そんなに好きならば早く気持ちを伝えれば良いと言うのに.........

 しばらくして彼女は復帰したが、まだ思考回路が上手く動いていないのか、特上にんじんハンバーグを食べている間も、反応は薄かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

テイオー「ビデオレタ〜?」

 

 

マック「はい♪」

 

 

 目の前に居るマックイーンがビデオカメラを持って、機嫌が良さそうに返事をした。

 ボクは隣に居るスピカの皆へ視線を送るけど、誰もどういうことか理解出来ない様で、首を傾げていた。

 

 

ゴルシ「なーなーマックイーン?それって誰に送るんだ?」

 

 

マック「勿論トレーナーさんに決まっていますわ!」

 

 

マック「きっと今頃、誰も隣に居ない中で一人.........私の為に.........はぁ」

 

 

スピカ「.........」

 

 

 その言葉とは裏腹に、マックイーンの表情はなんて言うか.........美味しそうなスイーツを目の前にした感じの.........うん。とにかく普段のマックイーンなら見せない顔をしていた。

 

 

ダスカ「確か、マックイーンの為に出掛けてるのよね?」

 

 

ウオッカ「しかも帰る時期も無い途方もない旅路.........!くぅ〜!!まるで漫画の主人公じゃねぇか!!」

 

 

スペ「流石サブトレーナーさんです!アタシだったら一人でそんな遠くまで行けません!!」

 

 

 サブトレーナーが居なくなったっていうのを知ってからも、ボク達の日常はあまり代わり映えはしない。

 それでも何だか、どこか静かで穏やかになったような気がする。ボク達のトレーナーも少しだけ元気が無い。

 でも、それでも皆はサブトレーナーが帰ってくると信じてる。必ず帰ってきて、マックイーンと一緒に復活してくれるって、信じ切ることが出来る。

 

 

テイオー「.........分かった!サブトレーナーも寂しいだろうし、ボク達も参加するよ!」

 

 

マック「そう言って頂けると嬉しいです!さぁ早速.........」

 

 

ゴルシ「いやいや!!こんなんじゃ足りねーぜマックちゃん!!アタシがもう千人くらい連れてきてやるよ!!」ダッ!

 

 

スズカ「.........行っちゃったわ」

 

 

 テンションがいきなりMAXになったゴルシが教室を飛び出してどこかへ行っちゃった。でもそれはいつもの事だし、皆溜息を吐いて取り敢えずビデオを撮ることにした。

 

 

マック「では、撮りますわよ?3、2、1.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっほー!!サブトレーナー見てるー?」

 

 

桜木「.........はは、元気そうだな。テイオー達は」

 

 

 イギリス首都の郊外。都会の空気を一切感じないその景色からは確かに西洋特有の雰囲気もあったが、そこには日本で感じ取れる物も沢山あった。分かりやすく言えば、日本っぽいという事だろう。

 

 

 レンタルした車の調子を確かめるついでに携帯をいじっていると、不意に着信が入ってきていた。

 中身を覗いてみると、それはマックイーン達とのグループLINEで、そこにビデオが送られてきていた。

 

 

「テイオーか?」

 

 

桜木「ああ、見る?」

 

 

「ああ」

 

 

 車の助手席に座っている存在。両足をダッシュボードへ掛けていたが、窓を開けてそのまま俺のスマホを覗き込んでくる。

 そしてそれに釣られるようにエンジンの調子を見ていた一人の年配の男とタイヤを見ていた中年の男も集まってくる。

 

 

「これはこれは、お元気そうですな」

 

 

桜木「アンタの注射のお陰じゃないか?」

 

 

「私は私の出来ることをしたまでです。テイオー様はご自身の力で、ここまで戻ってこれたのです」

 

 

桜木「.........自分の力で、か」

 

 

 動画を見終え、ポケットにスマホを戻す。それが合図となり、先程まで緩んでいた気がもう一度締まり直る。

 

 

「桜木様。エンジンは問題ありませんでした」

 

 

「タイヤは次に寄る街で交換した方がよろしいかもしれません」

 

 

「美味い肉が食いたい」

 

 

桜木「イギリスに美味い飯を求めるな。死ぬまで何も食えないぞ」

 

 

 世界の先進化に一役買った国。イギリスは産業革命の地だ。借りれる車もさぞハイテクノロジーかと思ったが、安上がりなのはやはり動かし慣れたガソリン車。音はうるさいし排気も臭い。

 まぁ、こんな道路と呼べる程舗装も済んでない道を走るなら、こっちの方が様になるか。そんな事を思いながら、鍵を回してエンジンを掛ける。

 

 

 最初は、本当に一人のつもりだった。

 

 

 けれど気付けば、誰かと一緒に居る。

 

 

 では何故、そうなっているのか?

 

 

 俺は、有馬記念が終わった翌日の事を、運転を片手間に思い出していた.........

 

 

 

 

 

......To be continued



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気付いたら愛バの為に覚悟を決めてトレーナーを辞めた話

 

 

 

 

 テイオーが出走した有馬記念。桜木がマックイーンを送り届けたその翌日の事。

 

 

桜木「.........?」

 

 

「よう」

 

 

 トレセン学園の駐車場。そこでアタシは、目の前の男を待っていた。まぁアタシもここに用事があってきた。どちらかと言えばついでの方だ。

 車から出てきた桜木が怪訝そうな顔をして扉を閉める。アタシはそのままゆっくりと目の前に立つように近付いた。

 

 

桜木「.........なんすか?トマトさん」

 

 

「[キンイロリョテイ]だ。もう正体分かってんだから偽名を使う必要もねぇだろ」

 

 

桜木「んで、そのリョテイさんが何の用かって聞いてんすよ」

 

 

 若い男は面倒くさそうにアタシの存在を扱う。片手を首の後ろに添え、凝りを解すように首を回している。

 その姿が気に入らねぇ。何を言うべきか。何を言えばその表情が変わるのか。それを模索している内に目の前の男はアタシの傍から離れようとする。

 

 

リョテイ「動くな」

 

 

桜木「.........だからなん―――」

 

 

 溜息を吐きながらこっちに振り返る桜木。そしてそれを予測し、胸ぐらを思い切り掴んでから股下に空いている空間に向かって蹴り抜く。

 手加減はした。車は壊れない様にしたつもりだが、音は大きかった。普通の奴なら、ここいらでチビってアタシの話を素直に聞くはずだ。

 

 

 だが.........

 

 

桜木「.........弁償してくれるんすか?ブルーエンペラー」

 

 

リョテイ「.........っ、あのクソジジイとそっくりだなアンタ。やりにくいったらありゃしねぇ」

 

 

 そんな状況でも尚、桜木はその表情に怯えや恐怖を一切見せやしない。それどころか、眠たそうに目を細め、今にも欠伸をしだすのでは無いかというくらいふわふわした状態だった。

 

 

桜木「用がないなら行きますよ。弁償は.........あぁいいかな、綺麗な蹄鉄跡が着いてかっこよくなったから」

 

 

リョテイ「待て。お前どうするんだ?」

 

 

桜木「トレーナー辞めます」

 

 

リョテイ「―――は?」

 

 

 何の気なしに、まるで今朝見たくだらない夢をなんの脈絡も無く友人に話すように、桜木は自分のこれからの進退の予想顛末を語った。

 何を言っている?なんでそんな顔が出来る?アタシの頭では到底理解が出来ない。今この男が何を考え、行動しているのかが.........

 

 

桜木「.........夢は、人を壊し、狂わせます」

 

 

桜木「リョテイさん。貴女は言ったっすよね?夢は呪いと同じだって」

 

 

 それは、テイオーが出走した菊花賞の時、アタシがコイツに投げ掛けた言葉だった。それをこうして、今度はアタシが投げ掛けられている。

 別に、大して深い意味は無い。ただあの時、浮き足立って喜んでいるこの男の為に、気を引き締めさせてやっただけの言葉だ。それ以上でも以下でも無い。

 

 

桜木「.........アンタの[夢]は、なんだったんすか?」

 

 

リョテイ「.........はぁ、世界中を[旅]することだよ」

 

 

 目を伏せて、思い出に耽りながらあの日抱いていた夢を語る。それは多くのウマ娘が抱える様な大きい物じゃない。けれどアタシにとっちゃ、見過ごせない物でも無かった。

 

 

リョテイ「アタシは結構ウマ娘としてはいい家の出身でな。テメェの愛バほどじゃねぇけど」

 

 

リョテイ「周りはそれなりに結果を出してて、アタシもそれなりに期待されてたさ。それが、重っ苦しくてよ」

 

 

 そう。アタシの夢は、あの息苦しい世界から解放される事だった。金を貯めて、誰もアタシの事を知らねぇ場所をブラブラとして、宛もなく一人で生きて行く。それが.........[最初の夢]だった。

 

リョテイ「.........それがよう、どういう訳か知らねぇが形を変えて行きやがる。レースなんてもんに手ぇ出したせいか、作った覚えのねぇ繋がりだとかしがらみが生まれて行った」

 

 

リョテイ「気が付けば、引退したアタシは貯めた金で世界を旅行してた。一人じゃねぇ。今まで関わりのある奴ら全員連れて、どんちゃん騒ぎしながらな」

 

 

リョテイ「まぁ.........悪くない、気分だったぜ」

 

 

 アタシともあろうものが、自分でも殊勝に思っちまう。世話になったヤツら。レースで走ったヤツらを連れての世界旅行だなんて、今まで聞いた事がない。

 でも、あの時のアタシはなんでか、一人で世界を回る気にはなれなかった。いや.........一人じゃ、回れなかった。

 別に寂しかったとか、心細かったという訳じゃねぇ。今まで長い間付き合ってきたヤツらになんの恩も返さずにトレセンを卒業するのは、アタシの心にモヤを残す。それだけは避けたかった。

 

 

 だから、アタシの背に期待を乗せて走らせ続けたヤツらに対して、アタシはアタシの夢に付き合わせる事でその義理と恩を精算して見せた。

 

 

リョテイ「夢は呪いだ。例えどんなに人と繋がろうとも、頑固な奴の夢は決して、姿を変えやがらねぇ」

 

 

桜木「.........でも、それはいつか叶う物だ」

 

 

リョテイ「.........?」

 

 

 目を伏せ、顔を俯かせている桜木。その表情は影で良く見えない。だが、その姿を見てアタシは安心した。

 

 

 トレーナーを辞める。初めにそれを聞いた時、アタシは一発ぶん殴ってでも止めようと思った。そんな事をしたら、あのクソジジイと同じ末路を辿る所か、それ以上に面白味もねぇクソみてぇな[ドラマ]になっちまうと思ったからだ。

 

 

 雨が降っている。一部分だけ。この男が俯いている部分にだけ、雨が疎らに降っている。

 

 

桜木「夢は.........呪いだ.........!!!」

 

 

桜木「こんなに苦しいのにッッ!!!諦めた方が楽になるって.........分かってんのに.........!!!」

 

 

桜木「どうしても.........ッッ!!!追っちまう.........ッッ!!!」

 

 

 男は顔を上げて、アタシの方を見た。その顔は涙でぬれぬれで、みっともないことこの上ない顔だった。

 それでも、それでいいと思った。それが良い。それでこそとすら思っていた。

 

 

 この男は[諦めない]。いつか起こるはずの[奇跡]を待つこと無く、自らの手で[奇跡]を超える為に、今はこの居場所から離れる事を決意した。

 [くじけぬ精神]と[決死の覚悟]を胸に、この男は今。夢という[呪い]を解こうともがいている。

 

 

リョテイ「.........一つ、間違えてるぜ?」

 

 

桜木「?.........!!?」

 

 

 アタシは、その場から一歩だけ桜木に近付いた。涙の鼻水で塗れた顔を見て、そのまま片腕を伸ばし、自分の胸に構わず抱き寄せた。

 

 

リョテイ「.........夢は呪いだ。けどな、それを呪いのままにするか、それとも祝福にするかは、その夢を抱いた奴自身だ」

 

 

リョテイ「今のお前に何言っても重荷になるのは分かっけどよ。これだけは言わせてくれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前の[物語(ドラマ)]。皆楽しみに信じて待ってんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目を閉じれば、コイツが育ててきたヤツらが走る姿が目に浮かんでくる。どいつもこいつも一癖も二癖もある。統一感なんて微塵もありゃしねぇ。

 そんなヤツらを否定せず、コイツは走らせている。縛る事も強制することも無い。それは、アイツらの走り方を見れば直ぐにわかる。

 バラバラだ。普通少しは似通った走り方になるはずなのに、コイツのチームメンバーは誰一人、似た様な走りはしてねぇ。

 それなのに、全員が同じ先を見て歩いている。どこに向かっているかも、何に向かっているのかも分からず、後ろに居るコイツからの指示.........いや、先に向ける視線を頼りに、寄り道をしながらもどこかへ向かっている。

 

 

 ゆっくりと腕を下ろし、押さえていた頭を解放する。上半身をまた真っ直ぐにしていく様子には、もう不安定さは感じられない。その顔に涙も無い。あるのは.........[夢を追う者]の姿だった。

 

 

桜木「.........夢を追うだけじゃ、助けられない人も居ます」

 

 

桜木「俺は.........俺のこの行動は、間違ってると思いますか?」

 

 

リョテイ「ざけんな。合ってる間違ってるじゃねぇ。テメェが満足するか妥協するかだけだ。マルバツ付けられてぇんなら一生学生やってろ」

 

 

 強い眼光で自身の行動の成否を問う。それに対してそういう問題では無いと喝を入れると、桜木はそれを分かっていたかの様に小さく笑った。

 その姿を見て、アタシも目を伏せて笑みを零す。この男は面白い。見ていて飽きない。それどころか、もっと面白くしてやりたいとすら思える。不思議な存在だ。

 

 

リョテイ「それで?目的は分かってんのか?」

 

 

桜木「ええ。昔散々送られてきたアンタの娘さんからのファイルメッセージ。見たらあのクソジジイからでしたよ」

 

 

リョテイ「ハっ、抜け目ねェな。相変わらず」

 

 

桜木「そりゃ、マックイーンが関わってますから」

 

 

リョテイ「!.........へっ、お熱いこった」

 

 

 にへへ。と笑う男の姿に、流石のアタシも呆れて頭をかいた。結局コイツは迷ってはいるが、その決断に後悔も、躊躇いも無い。

 ただこれが、本当にあの子の為になるのか。これから先居なくなっても良いのだろうかという迷いだけだ。自分の起こすこれからについては、一切合切気にしていない。

 

 

 そうして、お互い何も言わずに居る中で、桜木は前へと歩き出した。時間はたっぷりとある。そう言うように、その足取りはゆっくりと。しかし確かな物だった。

 その後ろ姿に、かつての[未来だった]姿が重なる。

 執念を燃やし、心を鬼にし、世界を覆し、いつかのどこかに居る愛すべき者の為に悪役となった男の姿。

 それが重なった時、アタシは思わずその背中に声を掛けた。

 

 

リョテイ「月並みなセリフだけどよッッ!!!」

 

 

桜木「?」

 

 

リョテイ「.........変わるといいな。[未来]」

 

 

桜木「.........」

 

 

 まだ誰も、この世界にいる誰もが知り得ぬもの。それをアタシ達は知っている。

 確かに最後は大団円を迎えた。喉に突き刺さる様な面倒臭い痛みは、最後の最後で漸く抜けた。そんな結末を、あのジジイは迎える事が出来た。

 でも、それは結局[妥協]の先にあった幸せだ。道を諦めて歩みを辞めた身分では貰えないはずの物。それを貰えれば誰だって幸せだと思うだろう。

 けれどコイツは違う。まだ[諦めていない]。そんなヤツが同じ道を辿って、同じ結末を迎えたとしても、幸せにはなれない。

 

 

 [未来]を[超える]。この男にとってのハッピーエンドは、それが絶対条件。

 そしてそれを承知の上だと言うように、桜木はその背を向けたまま、アタシに対してサムズアップをして歩いて行った。

 

 

リョテイ(.........全く。男っつうのはどうしてこうもカッコつけたがるのか.........コウのヤツにも分けてやって欲しいぜ)

 

 

リョテイ「さァってと〜?編入手続きの書類は〜っと.........」

 

 

 ショルダーバッグを開けて小さいクリアファイルを取り出す。中身をしっかり確認し、封筒が[二枚]ある事をしっかり見たアタシは、桜木の後を静かについて行った.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「.........」

 

 

 ガヤガヤとした雑踏。見慣れた人種、そうでない人種が入り交じり、向こう側へ、そしてこちら側へと歩いて行く人の波。その波を背に、俺は一人ベンチに座っていた。

 

 

桜木(.........か)

 

 

桜木(かっこつけ過ぎたァァァ.........!!!)

 

 

 今更になって頭を抱える。若気の至り。若さ故の過ち。もう既にそんな歳などとうに過ぎているというのに、未だに若さが抜けきらない自分に苛立ちを覚えながら頭を抱える。

 .........だかまぁ、失敗だと思ったのはその部分だけで、他は全て及第点。出来ることはした筈だ。

 以前はチームの事を考えると後ろ髪引かれる思いで行くに行けない状態に陥り、結局決断が夢を見てギリギリになってしまったが、今回はチームのお陰でこの決断が下せた。俺が居なくても、あの子達は支え合って歩いてくれる。

 

 

 それでも.........その若さの代償が大きすぎる.........

 

 

桜木(大丈夫かなぁ.........リョテイさんゴールドシップ達に言いふらして無ければ良いんだけど.........?)

 

 

 げんなりとしながらどこを見る訳でも無くただ前を見ていると、不意に隣に誰かが腰を下ろした。普段だったら失礼だし、何より俺はトレーナー関連外のコミュニケーションは苦手だ。ガン見することはしない。なんなら見ない。

 けれど今回は話が別。隣に座る人物が履いている靴に見覚えがあり、少し視線をずらすとやはり馴染み深い服。そう、[トレセン学園の制服]を着たウマ娘が足を組んで、スマホを弄っていた。

 

 

桜木「.........」

 

 

「.........?なんだアンタ」

 

 

桜木「え!!?あっ!!!いや!!!こんな所でトレセンの子に会えるなんて思っても居なくて!!!」

 

 

 うわ。なんだそれ。別にそんな手をワタワタさせて言う事じゃねぇだろ。冤罪吹っ掛けられた男の反応か?そして見ろ。相手は挙動不審な俺を見てスマホの画面を見ないまま電話を掛け始めようとしているぞ!!!

 

 

桜木「わァァァ!!!i am trainer!!!in toresen school!!!It’s ok!!?」

 

 

「.........」

 

 

 慌てて弁解を図る。立ち上がりながら何とか怪しいものでは無いと捲し立てるが、充分怪しい。それに日本語じゃない。im Japanese。日本人よ。

 それを冷たい眼差しで見つめる少女。いや、雰囲気的には女性。まるで養豚場のぶたを見る目で俺を見てくる。正直心を抉られる。辛い。

 

 

「.........んで、そのトレセンのトレーナーがどうしてこんな所に居るんだ?」

 

 

桜木「いや〜、言いたいのは山々なんですけども、言い難い事情と言いますか、言いたくないと言いますか.........」

 

 

「.........ふぅん?ん?」

 

 

 今度は訝しげな目で俺を見ている彼女だが、直ぐにその目は何か疑うような目に変わった。そしてそれはどこか俺と言うより、俺の後方に向けられている気がする。

 それに気付いた時には、俺の体は耳を頂点にし引っ張り上げられる。あまりの痛さに声すら出ない。

 少し歩かされると、そこで乱暴に放り投げられる。バランスを取ることすら出来ず、そのまま俺は尻もちを付いた。

 

 

桜木「いっ.........何すん......だ.........!!?」

 

 

 俺をここまで連れてきた張本人に対して抗議の声をあげようとしたが、その[人達]を見て思わず言葉を失う。

 

 

「久しぶりだな。皆。遣英使先遣隊隊長の―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――ナリタブライアンだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「副隊長の爺やです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「主治医です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「」

 

 

桜木「な、ぁ...ガ.........」

 

 

 なんだ。なんだこれ。一体目の前で何が起きてるんだ?俺はまず何に対して突っ込めばいい?怒涛の展開だとかそんなヤワなもんじゃない。頭がおかしい。情報量でぶん殴られている。

 最早言葉ですらない声を出し、目の前の光景に硬直する。ビデオカメラに対して腕組と仁王立ちを決める探検服を着たブっさんと上品に立つ爺やさん。そして注射器持ってるバキに出てきそうな顔立ちの主治医。あっ、無理。頭が受け入れてくれない。

 

 

「お前、なんだその格好.........?」

 

 

ナリブ「ん?アンタは.........帰ってきたのか。随分長かったな」

 

 

「いや、そんな事よりお前」

 

 

ナリブ「済まないが私もこれから海外へ行く。会長によろしく頼む」

 

「いや」

 

 

ナリブ「あと前みたいに会長に勝負を吹っ掛けるような真似はしない方がいい。面倒な事になる」

 

 

「」

 

 

ナリブ「じゃ」

 

 

 先程俺の隣に座っていたウマ娘はどうやらブっさんの知り合いだったらしい。そんな彼女にいつも通りのぶっきらぼうな返答と有無を言わせない流れでブっさん流のおかえりと行ってきますと忠告を言うと、彼女はそのまま俺をズルズルと引き摺りながら歩き出した。

 

 

 俺の隣に座ってきたウマ娘の呆気に取られた姿が遠ざかっていく中でようやく意識を取り戻した俺は、引き摺られながらやっと質問が出来るようになった。

 

 

桜木「ブっさん!!?ブっさんなんで!!?」

 

 

ナリブ「うるさいヤツだ。理事長にまた頼まれたんだ。お前の勝手な行動のせいでアタシの紅白を見ながらコタツで年を越す恒例行事が無くなったぞ。大概にしろ」

 

 

桜木(あっ、ブっさん紅白派なんだ.........意外.........)

 

 

 知らなかった。てっきり俺はガキ使で年を越す派だと勝手に思っていた.........って、そこに関心を持って行かれてどうする!!!

 ブっさんがここにいる理由は何となく分かっていた!!!前回の事があるからな!!!微塵も考えてなかったわけじゃない!!!

 けど他二人ィ!!!

 

 

桜木「アンタら何してんのっっ!!?」

 

 

爺や「私共も桜木様のお力添えをしたく」

 

 

桜木「いやマックイーンは!!?ちゃんと見ててくれないと―――」

 

 

爺や「お嬢様ももう高等部でございます。確かに心配ではございますが、無理をして怪我を悪化させるような事は絶対にしません。私達はそれを踏んでここに居る所存で御座います」

 

 

 丁寧に俺の方に体を向け、片手を胸に当ててお辞儀をする爺やさん。そう言われてしまったらもう何も言い返せない。何故なら彼女はもう、一人で無理をする事は無いと俺も知っているからだ。

 

 

爺や「ですがこの事は言っておりません。親戚の急病と言う事でお嬢様に話を通しております故、バレたら大変で御座います」

 

 

桜木「ダメじゃん!!!というか爺やさんは良いかもだけどアンタは絶対ダメだろ主治医ィッッ!!!マックイーンの側に居ろォッッ!!!何でここに居んのォ!!!」

 

 

主治医「私がここに居る理由。それは至極簡潔で分かり易いものです」

 

 

主治医「それは私がお嬢様の主治医だからです」

 

 

 だ.........ダメだ.........もう分からない.........訳が分からないよ.........

 

 

 どれもこれも、意味が分かる(一つだけ全く持って意味不明)。だが、俺のこの一人の旅路に付き合う道理がない。彼女の事を思うなら側に居て支えてあげるべきだ。そう思うことはおかしいのだろうか?

 端的に言えば、見えてこないのだ。この人達が俺に着いてくる理由が。明確な決心が見えてこない。それにブっさんは兎も角、他二人がなんで俺の行動を予期してここに居るのかも分からない。そんな事ばっかりだった。

 

 

 既に思考回路はショート寸前。口から魂が抜け掛けていると、不意に俺の下半身から摩擦が一切感じられなくなる。何かと思い俺を引っ張っていた彼女の方を見ると、全員が俺に対して視線を向けていた。

 

 

爺や「.........桜木様は何故、お嬢様から離れる決断をするのですか?」

 

 

主治医「.........」

 

 

ナリブ「フン、大方。また[夢]でも見たんだろ」

 

 

 [夢]。そう言われてハッとする。その言葉を聞いて、思い出す。俺の行動理由。テイオーの[有馬記念]を見て、悔しいと思ってしまった本当の理由。その全てを、俺は今漸く理解する事が出来た。

 

 

 あの日。マックイーンと再び[一心同体]を誓った。諦めるのなら一緒に生きる意味を探すと、諦めないのならばこの先、どうなっても彼女の車椅子を一生掛けて押し続けると。

 

 

 けれど、そんな事は些細な事だ。きっとあの時絶望して居なくとも、俺は同じ事を言っていた。

 

 

 そして、[絶望して居なければ]言え無かった事。そうならなければ、そうあろうと思えなかった事が一つだけある。

 

 

『俺の夢になってくれた君を助ける為に、俺は―――』

 

 

桜木「.........ああ、見たよ」

 

 

全員「.........?」

 

 

桜木「ずっと、その[夢]を[見ていた]さ」

 

 

 片手を着いて、ゆっくりと立ち上がる。俺はもう[諦めない]。それは、[諦める事を諦めた]から。

 それはきっと、[祝福]から[呪い]へと変わる瞬間だったのだろう。あそこで諦めてしまえばあの時のように、かつて志した道を戻るように、遠巻きながらもその道を見て良かったと思える余生を過ごせただろう。

 でもそれは、俺一人で歩いた道だ。今俺の隣には、前には.........沢山の人がいる。俺が戻ってしまえば、それに釣られて戻っていく人達も少なからず居るかもしれない。先に進む力を持ち、誰も到達した事も無い場所へ行ける誰かを、巻き込んでしまうかもしれない。

 そしてその中には、彼女も居る。俺が不甲斐ないせいで、進めるはずの場所を進む事をせず、かと言って戻ることすら出来ない。その場で停滞してしまう最悪の状況に陥ってしまうかもしれない。

 

 

 もし、俺がこの[呪い]を解いたら。

 

 

 もし俺が、もう一度これを[祝福]だと心の底から言えるようになったら.........

 

 

桜木(待っててくれ。マックイーン。皆)

 

 

桜木(俺は今度こそ.........)

 

 

 俺は人間だ。ウマ娘じゃない。だからあの子達が走るその隣を、姿を間近で見る事は出来ない。

 けれどだからってへこたれてちゃダメなんだ。人間だとしても、彼女達よりも足は遅くても、前へ進まなきゃ行けない。

 俺が、彼女達を前へと進ませるんだ.........

 

 

 そんな事を強く思い、そしてそれを願いながら歩き出す。あの日見た[夢]。それをいつか、現実の物にする為に.........

 

 

『断言出来るよ。君は大化けする。人々の視線を持って行くレベルまで』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ピンポンパンポーン

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「成田空港をご利用のお客様へお知らせがございます」

 

 

「現在ロビーにて、荷物のお忘れ物がございました。お心当たりのある方は、受付までお越しください」

 

 

桜木「.........」

 

 

ナリブ「.........なんだ?そのまま行っても良かったんだぞ?」

 

 

 

 

 

 ―――気迫を感じる背中を見せていた桜木だったが、その放送を聞き終えた瞬間。自分の片手を開いては閉じを繰り返し、恥ずかしそうにこちらへ戻って来た。

 

 

桜木「.........荷物忘れちゃった」

 

 

全員「.........」

 

 

 .........さっきまで威風堂々、鬼迫すら感じる意志の強さを感じていたが、しょんぼりとした顔でそのままとぼとぼとロビーの方へ戻っていく。

 流石に溜息すら出なかった。出なかったが.........アイツの背中が見えなくなった時、不意に笑いを零してしまう。

 

 

ナリブ「.........フっ、本当に調子を狂わせてくる男だ。アンタらにも引けを取らないぞ」

 

 

爺や「それはそうでしょう。将来お嬢様の隣を歩き続けるお方です」

 

 

主治医「私達をコント集団と言っていましたが、彼もそこに加わるのは明白です」

 

 

ナリブ「れ、恋愛という奴らしいな.........分からん」

 

 

二人「それは違うと思われます」

 

 

 突然現れたあのお嬢様の従者と会話を交わしながら桜木を待つ。この二人は本当に突然私の前に現れ、同行を願い出た。

 理由はお嬢様の事だとはハッキリしているが、その胸の内に灯る強い意志はまだ言葉にされて居ない。この旅の中で、それが聞けることを楽しみにしながら私達は桜木が戻ってくるのを待った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 機内のアナウンスを流し聞きしながら窓の外を見る。既に飛行機は陸から離れ、そろそろ日本から離れていく。

 ここからイギリスまでは14時間ほど掛かる。雲を眺めながら俺は、不確かなまでも、この旅の成功を確信していた。

 

 

桜木(この物の声が聞こえるとか言う力、相当便利だ.........これのお陰でゴールドシップの送ってきたファイルの正体も分かったし、エディ先生がイギリスに行ってから飛行機に乗って無いという情報も得られた)

 

 

桜木(.........絶対、上手く行く)

 

 

 この旅の始まりは、スマホから聞こえて来た声。テイオーの有馬を見て、まず何処に向かうべきかを考えていた時、不意に聞こえて来た。ゴールドシップが送ってきているファイルを開け、と。

 それは、ビデオメッセージだった。あの未来の俺から、マックイーンの繋靭帯炎を治す手段と方法が記されたデータを、エディ先生が持っていると。

 

 

 そして、そのエディ先生がイギリスから離れて居ない事はこの飛行機との会話で判明した。人を運ぶという使命を持って生まれた子の存在は、空から地上の人物を見る事ができ、過去十年間、エディ先生は一つの場所から移動していないと言われた。

 

 

桜木(すぐに答えを聞きたいけど.........ちょっと疲れたな.........)

 

 

 普段自然と耳に入ってくる程度の声を意識して聞くようにする。又は聞かせてくれるよう心を込める。その慣れない行為によって疲労が溜まったのか、まだ昼前なのに眠くなってきてしまった。

 この先は長旅だ。体力はできるだけ使いたくない。そう思った俺は答えは降りてからでも良いと結論付け、ゆっくりとその目を閉じ、眠りに入ったのだった.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぼんやりとした意識。一体いつから目の前の景色を見ていたのか分からない。ただ一つ、気が付けば俺は暗闇の中で佇む[三人のウマ娘]と、その端っこで拘束されている[白バ]と[王子様]を視界に捉えていた。

 

 

桜木「え」

 

 

「初めましてだね。子羊くん」

 

 

「会えて嬉しいわ。こうして見ると、やっぱり違うわね」

 

 

「無駄話をしている暇は無いだろう。私達も、彼も」

 

 

 赤。青。黄。それぞれ派手な色をした服を身にまとった女性達が居る。そのうち二人は俺の事を吟味する様に見ているが、黄色の服を着た人は早く話を進めたいのか、腕を組んでただ目を瞑っている。

 

 

桜木「あ、あの、どちら様です?」

 

 

「そう言えば自己紹介がまだだったね、俺は.........っと、時間が余り無いんだった」

 

 

「そうよ?シロ様を無力化できるのは三人の力を合わせても十分も持たないんだから。手短にね?」

 

 

「シロ様がウマ娘にとって[はじまり]の存在ならば、私達は所謂[競走バ]の[はじまり]だ」

 

 

 そこまで言われて、目の前に居る人達の正体がやっと分かる。もしかして、いや、まさかそんな.........

 けれどそうとしか思えない。その答えに辿り着き、それを口に出そうとした瞬間。赤に彩られた服を着た女性が俺の前に一歩近付いてきた。

 

 

「子羊くん。単刀直入に言おう。その力はまだ君には扱えない」

 

 

桜木「へ?」

 

 

「それは確かにとても便利な力.........けれど、絶えず物の心が聞こえると普通の人は、自分の心を見失ってしまうわ」

 

 

「それを一度、私達に預けさせて欲しい」

 

 

 勇ましい目。慈しい目。厳たる目。その三人の性格を表すような視線が俺に集まってくる。

 この力は.........絶対役に立つはずだ。マックイーンを救う為に、多くを救う為にきっと、この力が必要な時が必ず来る。それを今手放して良いのか?

 そう思うと、身体は酷く硬直し、思考は絶えず問答を繰り返し始めた。

 

 

「弱ったな.........その力を今使い続ければ、君は自分の意思かそうでないか分からなくなってしまうんだ」

 

 

「目覚めた貴方はまだ不安定なの。それを安定させる為にも、その力は危ないわ」

 

 

「心配するな。お前が結んだ物は決して消えん。お前が心の隣に置いた物まで持っていくつもりは無い」

 

 

桜木「.........」

 

 

 ほら。その声に反応し、俯いていた顔を上げると、三人とも優しい顔をして俺を見ていた。その理由が、俺には分からなかった。

 

 

 この人達はきっと、[三女神]様なのだろう。走るウマ娘達にとっては、最早超えるという事すらおこがましい存在。

 確かに、神様というのは慈悲深いとよく聞く。けれど目の前にいる人達は話してみればなんてことは無い。雰囲気以外は普通の人達だ。そんな人が理由も無く、俺に優しくしてくれるのは不自然だと思ってしまった。

 

 

 そしてその俺の内心を読み取ったのだろう。三人はそれぞれ目を合わせ、それぞれの笑い方で笑った。

 

 

「お前には感謝している」

 

 

桜木「え?か、感謝.........?」

 

 

「うん、俺達ですら変える事の出来なかったシロ様を、たった一度の問答で変えてくれたんだ」

 

 

「感謝してもしきれないわ。シロ様とはずっと、仲良くしていたかったから.........」

 

 

 青い色が目立つウマ娘が悲しそうな声色でそう呟いた。その声と言葉だけで、彼女達とあの女神様がどういう関係性だったのか容易に想像することが出来た。

 縛られている二人の方に視線を移す。話を聞いていた彼女と彼は最早抗う気は無いらしく、俺の行く末を見守るようにこちらをじっとただ見つめていた。

 

 

「それでも不安なら、わたしたちから代わりの力を貸して上げるわ」

 

 

「ああ、あいにく人探しや人を繋ぐ力は無いがきっと困難を切り開くのに使えるよ」

 

 

「あまり一人の人間に肩入れするのは気乗りしないが.........お前にはそれをするだけの恩がある」

 

 

桜木「.........ありがとうございます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「でも、良いです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「.........え?」」」

 

 

 俺の声に反応して、三人は揃って疑問の声を上げた。個性的な三人が見せたその表情は同じ様なもので、あまりに揃った顔をしているから思わず笑ってしまった。

 

 

桜木「俺、もう色んな人から沢山の物を貰ってるんです」

 

 

桜木「だから受け取らない、と言うか.........もういっぱいいっぱいで受け取れないんですよ」

 

 

桜木「.........貴女達にも、分けてあげたいくらいだ」

 

 

 今の俺の身体は、沢山の人達の思いがこもっている。俺を信じて待っている人達。俺の帰りを待っている人達。そして、俺が[奇跡]を超えるのを、待っている人.........

 もう身体のキャパシティは完全に超えている。コップから溢れそうになった表面張力ギリギリの水の様に、俺の心と身体はもう、何かを受け取れる余裕が無い。

 

 

 俺は女神様の祝福を受け入れられる程もう、空っぽじゃない。

 

 

 そんな俺の事を呆然と見ていた三人がその顔を見合せ始め、突然大きく笑い出した。今まで大人の女性。という雰囲気の笑顔だったが、今は俺のよく見る皆の表情をして笑っていた。

 今度は俺が呆けた様子で彼女達を見ていると、真ん中に居る赤色が印象的な女性が人差し指で目の端の涙を拭って喋りだした。

 

 

「ごめんよ子羊くん.........いや、君にその呼び方は失礼かな」

 

 

「本当。見た目や年齢以上にしっかりとしてるのね。びっくりしちゃったわ」

 

 

「シロ様が変わった理由もよく分かる。お前のその意気込み。確と伝わったぞ」

 

 

 一頻り笑い終えた彼女達はその表情を柔らかいままに、それぞれの手を差し伸べて手のひらを上にし重なり合わせる。それに手を乗せれば、俺のこの、物の心が聞こえる能力が無くなるというのは察する事が出来た。

 

 

「心変わりをするなら今の内だよ?後でやっぱり必要だと言われても、俺達は君の都合で会える訳じゃ無いからね」

 

 

「でも、わたしたちの都合で会うっていうのもなんだか自分勝手な気がして申し訳ないわ.........」

 

 

「どうする?お前は自分を曲げずに、このまま手を置くか?」

 

 

 三人が優しく俺に問いかける。視界の端で縛られている白バの女神様とその王子様も、どこかその答えを知っていると言うような表情で俺の事を見ている。

 答えは出ている。それを言うにはまだ、俺には皆の様な勇気や彼女の様な覚悟は無い。

 

 

 けれど.........

 

 

桜木「.........男って言うのは、強くなくても良いんです」

 

 

「「「.........?」」」

 

 

桜木「強くなくても、大事な場面で[強がる]事が出来れば良い」

 

 

 いつかの未来で言われた、彼女にとっての[強さ]。[誇り高さ]。その意味を今自分に落とし込み、俺も俺なりに、彼女と同じ道を辿りたいと思った。

 俺は強くない。少年漫画の主人公みたいな特別明るかったり楽観的じゃない。いつも気付けばマイナス思考で埋め尽くされる。小説でよく見る主人公の様に聡明じゃない。分からない事を分からないまま考え続けて一人頭を抱えるなんてざらだ。

 でも俺は、元ではあるが[役者]だ。台本を渡され、その役に徹しろと言われたらそれが出来るくらいの器量は持ち合わせている。

 だから俺は俺に、もう一度.........最後の期待を掛ける。これを裏切られれば今度こそ、俺は俺を見限る事になる。

 

 

 だから、 これが最後だ。

 

 

 俺は、俺に[強がる]為の台本を用意する。

 

 

 確かにこれは[強がり]だ.........

 

 

 でもそれは.........俺にとっての[強さ]になるんだ.........!!!

 

 

桜木「何を言ってるんだと言われるのかもしれません。けれど、俺は[強がる]事が出来ない奴が本当に[強くなれる]とは思えません」

 

 

桜木「だから.........この力の代わりは、要りません」

 

 

 彼女達の重ねられた手の上に、俺はゆっくりと右手を置いた。三人は何も言わずに俺の事を優しく見つめ、その目を伏せる。

 

 

 置いた手から仄かな光が現れる。それと共に自分の体力が吸い取られ.........いや、感覚的には体力の上限値が持って行かれる感覚がする。何とも言えない、不思議な感覚だ。

 

 

 その光の行先は、それぞれの女神様に向かって行く。その光が彼女達の胸の中に入り消えて行くと、途端に睡魔が襲って来る。

 

 

桜木「あ、れ.........」

 

 

シロ「はい。もうおしまい。そろそろ起きる時間よ」

 

 

「おや、もうそんな時間か.........短い時間だったけど、君とのお喋りは楽しかったよ」

 

 

 くらりとする視界。何とか踏みとどまって見ようとするものの、足に力が入らずにそのまま倒れそうになる。

 気が付けばそれを支えるように縛られていたはずの白バと王子様が俺の身体を二人で押さえてくれていた。

 

 

「次に会う時はもっとお話しましょう?貴方のお話。とっても気になるわ」

 

 

「そうだな。最も次がいつになるかは分からないが.........」

 

 

シロ「案外すぐそうなるわよ」

 

 

レックス「うん。だって彼は、[奇跡]だって超えてくれるんだから」

 

 

 瞼が重い。夢の中だと言うのに、まるでこれから眠りにつくかのように身体も、意識もふわふわとしていく。

 薄れ行く意識の中。かすれゆく視界の中で、俺の目の前にいる人達は.........

 

 

 まるで、俺に期待を込めた優しい眼差しを向けていた.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「ん〜.........!!!」

 

 

 雑踏が行き交う英国の空港。キャリーバッグから手を離し、両手を上げて強く伸びる。その俺の様子を同行者の三人は静かに見つめている。

 

 

ナリブ「良く眠っていたな。疲れていたのか?」

 

 

桜木「まぁな。でももう大丈夫。たっぷり寝たから」

 

 

爺や「桜木様はお嬢様のトレーナーでございます。短い時間で完璧な休息を取る。それが出来て初めて一流なのです」

 

 

桜木(うわ、俺寝付き悪い方なんだけどな.........今度からそっちも頑張ろうかな.........)

 

 

 ただ眠っていただけの筈なのだが、爺やさんは何故かその行いに感心していた。困った。俺はどちらかと言えば万年夜更かし気味の男だ。帰ったら良い睡眠方法でも勉強してみよう。俺の生活がバレてマックイーンを任せられないと言われたら大変だ。

 

 

主治医「桜木様。エディ先生の居場所はもう分かっておられるのですか?」

 

 

桜木「いんや?」

 

 

ナリブ「は?お前まさか何も分からずにここまで来たのか?」

 

 

桜木「あはは!なわけ〜」

 

 

 エディ先生の居場所は分からない。そう伝えるとブっさんが怨念を込めた様な目で俺の方をじーっと見てきた。彼女としては紅白の為に何としても年末には日本へ帰国したい所なのだろう。

 だったらここに立ち止まっている暇は無い。俺はキャリーの取っ手を掴み、空港から出る為に歩き出した。

 

 

ナリブ「待て!!!せめて何処にいるかくらいハッキリさせろ!!!」

 

 

桜木「それは分からん!!!」

 

 

ナリブ「はァ!!?お前さっきから支離滅裂だぞ!!!」

 

 

 力強い声が俺へと向けられる。しかし、分からないものは分からない。だけど、この国に居ることは間違いないんだ。

 俺はそんなブっさんの声に応える為に振り返った。

 どこからとも無く湧き出てくる、根拠の無い自信を表情に乗せながら........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「エディ先生は絶対居るッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「イギリスのどこかにッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「.........んじゃ!!!宛のない旅路に〜!!!しゅっぱーつ!!!」

 

 

三人「.........はぁ」

 

 

 後ろから聞こえてくる三人分の溜息。俺は意気揚々と、三人は既に疲労困憊の様子で前へと進む。

 

 

 そう。進んでいるんだ。

 

 

 誰も、この道の先をまだ、通った事は無い。

 

 

 神様ですら、この先を知らない。

 

 

 [王道]という言葉は、誰もが通る、わかりやすい道の事を指し示す物だ。

 

 

 でも俺は、それは[公道]だと思っている。

 

 

 真の意味での[王道]とは、王が誰も歩かぬ道を、自ら先陣を切って歩く事。そしてその道を、多くの人々。民が安心して通る事だと思っている。

 

 

桜木(.........夢を見たければ目を覚ませ。難しい話だよなぁ)

 

 

桜木(なんせ俺は今でもこうして.........現実的じゃない事考えてんだからよ)

 

 

 胸に提げた[王冠]のアクセサリー。それを優しく指先で包む。今はこれだけが、あの子達と俺とを繋ぐ、唯一の繋がり。

 その王冠に恥じない男になる為なら、俺はなんだってなれる。例えそれが、夢物語の[王様]だとしても.........

 

 

 そんな決意を固め、空港の外へ出る。日本の気候のそれとは大分違う海外だが、このイギリスの空は.........

 

 

 満点の星空が、これからの俺の道のりを、期待して見守ってくれているように感じたのだった.........

 

 

 

 

 

 ......To be continued



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マック「トレーナーさんの代理を探しますわよ!!」ゴルシ「ウマ娘からか!!?」

 

 

 

 

 

 一月が始まり、トレセン学園の始業式から既に一週間が経った今日この頃。真冬の寒さから若干はマシになった季節です。

 私。メジロマックイーンは今日こそ。今日こそはと意気込みを胸に、チームルームの扉を横に開きました。

 

 

タキオン「おや、マックイーンくん。おはよう」グデェ

 

 

マック「.........ええっ、おはようございますっ」

 

 

 目の前に広がる光景。そしてタキオンさんのいつにも増してぐったりとした姿と声を聞き、顔と声を引き攣らせながら返事を返しました。

 トレーナーさんが居なくなってからというもの、皆さん最初こそやる気はあったのですが、何故かデジタルさん以外練習に参加していないのです。

 

 

マック「.........東さん。このままで本当によろしいんですの?」

 

 

東「しょうがないだろ.........やる気がない中無理やりやらせられる程お前達のトレーニングはヤワじゃないんだ。怪我でもさせたら俺が桜木の奴に顔向け出来ない」

 

 

ブルボン「だいひょうふえふ。みほほふうおん。いふえおほえーいんんおうういあえいえいあふ」

 

 

二人「.........」

 

 

 トレーニングへのやる気は十分だと返事を返してくれるブルボンさん。しかし、その様子はお菓子を口に詰め込みながら、背を床にして移動する横着ぶりを見せています。

 その姿に溜息を吐くことすら出来ず、私と東さんは顔を見合せました。確かにこの状況でトレーニングを行った日には、怪我をしてしまう可能性が高いです。

 一体どうしてこんなことに.........

 

 

『お困りの様ね』

 

 

マック(あら、随分と久しぶりですね)

 

 

『もう貴女に触られたくないもの。それにちょっと出掛けてたから』

 

 

マック(.........?)

 

 

 触れられたくない。そう言われた時私は未来の世界に居た時のことを反省しました.........激高していたとはいえ、感情に任せて自分の半身.........いえ、自分の元ともなる彼女にあんな事を.........

 しかし、それより気になる事がありました。[出掛ける]、とは一体.........?そう思ったのもつかの間、彼女は目の前に現れ、そっと私の手に触れました。

 

 

マック(い、一体何を)

 

 

『これであの子達を見なさい。そうしたら直ぐに分かるから』

 

 

マック(え.........?)

 

 

 彼女に促され、チームメイト達の姿を見ます。それが彼女の力なのかどうなのか分かりませんが、皆さんのやる気とそれに付随する力が見えるようになりました。

 

 

 アグネスデジタル

 やる気MAX

 

 [尊みラストスパ――(゚∀゚)――!]

 Lv1

 

 

 アグネスタキオン

 やる気MAX

 

 [U=ma2]

 Lv0

 

 

 ハルウララ

 やる気MAX

 

 [ワクワククライマックス]

 Lv0

 

 

 ライスシャワー

 やる気MAX

 

 [ブルーローズチェイサー]

 Lv0

 

 

 ミホノブルボン

 やる気MAX

 

 [Goo 1st.F∞;]

 Lv0

 

 

マック(こ、これは.........!!?)

 

 

『今の彼女達は彼に対する信頼を取り戻したわ。でも、力を取り戻したわけじゃない』

 

 

『壊れたから新しくエンジンを積み替えたけど、ガソリンが入ってないような物よ』

 

 

 彼女は分かりやすい比喩で私に説明してくれました。確かに、いくら新しい部品や装置を詰め込んだり取り替えたりしたとしても、肝心の動力源。燃料を投下しなければ動く事はありません。

 どうしたものでしょう.........こんな時、[彼]が居てくれたなら.........

 

 

マック(っ、ダメよマックイーン。今まであの人に頼り切りだったじゃない)

 

 

マック(どう頑張ってももう、彼はここに居ないんだから.........ん?)

 

 

マック「.........そうよ。彼は居ないんだから.........!!!」

 

 

全員「?」

 

 

 彼は居ない。その事実を自分に改めて着きつけようと心の中で言っていると、不意に妙案を思い付いてしまいました。もし仮にここに彼が、トレーナーさんが居てくれたのなら。トレーナーさんが、その意見を聞いてくれたのなら、きっと驚きながらもいいアイディアだと言ってくれる物が浮かび上がりました。

 

 

マック「トレーナーさんが居ないのですから!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「彼の代わりを連れてくれば良いんですわっっ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

たづな「ま、待って下さい!せめて私のお話を―――」

 

 

「要らねぇだろんなもん。五年間海外遠征行ってたからって流石に自分の寮部屋忘れる程じゃねぇ」

 

 

 自分の記憶だけを頼りに前へと歩く。後ろに着いてくる理事長の秘書は何故か焦った表情で私の後に着いてくる。

 全く、ここは本当に変わる気配がねぇ。五年も離れてたってのに、学園の構造一つ所か、空気も、周りも、苛烈さの裏に嫌になる程の甘ったるい匂いが充満してやがる。

 

 

「ああそうだ。生徒会長殿に後で勝負しに行くと伝えておけ。せいぜい堕落した学園生活を送っていたその姿勢に、私が喝を入れてやるってな」

 

 

たづな「へぇ!!?あ、あの、それはちょっと.........って!待ってください!!今貴方の寮部屋は―――」

 

 

「.........あ?」

 

 

 後ろに着いてきた秘書の停滞を良い事に、私はこの手で、かつての自分の部屋の扉を開けた。基本この学生寮は相部屋だが、私は一人の方が性に合っている。だから入ってから遠征に行くまでその部屋には誰も居なかった。

 

 

 居なかった.........筈だ。

 

 

フェスタ「.........?」

 

 

「お前、部屋間違えてねぇか?」

 

 

フェスタ「間違えてねぇよ。部屋がもう空いてねぇってんで今は居ない奴の部屋を借りてんだ」

 

 

「.........」

 

 

 トレセン学園ってのは、どうにもこうにも、私の感性とはズレる。普通こういうのは家主に一言告げるべきだ。

 私は後ろに居る秘書の方を一睨みする。申し訳なさそうな表情が神経を逆撫でてきやがる。

 

 

たづな「すみません。シリウスさんに連絡するつもりだったのですが、まさか急に帰ってきてるとは.........」

 

 

シリウス「.........チッ」

 

 

フェスタ「あんまそう邪険にすんなよ。アンタのベッドの方は汚してねぇぜ?連れにも言ってるからよ」

 

 

シリウス「あ?連れ?」

 

 

 本来ならば二人一部屋が制限の寮部屋。そこに連れという言葉を聞き、どういう意味か察せないでいると、私の寮部屋相手になるであろうウマ娘が手招きして入る様に促してくる。

 それに乗り、私は部屋の中へ入った。確かに自分のベッド。そしてそれがある半分だけは遠征に出発したままの状態で残されている。もう半分は菓子だの雑誌だの、乱雑な状態。逆に良く私の陣地にまで行き渡らないなと感心する程だった。

 そしてそんな中、まだ名前も知らないウマ娘が自分が寝ているであろうベッドを指さす。

 

 

シリウス「.........誰も居ねぇじゃねえか。まさかアレか?今流行りのイマジナリーフレンドって奴か?」

 

 

フェスタ「下」

 

 

シリウス「.........へ?」

 

 

フェスタ「下」

 

 

 誰もいないベッドを指さすウマ娘に対して、私は挑発するように煽った。だがそれをものとはせずにコイツはただ淡々と、無表情で[下]と言った。

 まさか.........そう思い、私はベッドの下を覗き込んだ.........

 

 

 するとそこには.........私を見つめる目があっ―――

 

 

「ぎゃぁぁぁああぁぁぁ!!!!!???」

 

 

シリウス「ぬおっ!!?ってぇ!!?」ドコッ!!!

 

 

フェスタ「コイツはアタシの妹のオルフェーヴル。ベッドの占領権はジャンケンに勝ったアタシ。コイツはその下の住民だ」

 

 

 本来ならば私が上げるはずの絶叫をあげられ、その声に驚いた私は後退し、散乱したゴミの中からペットボトルを踏み締めバランスを崩し、そしてベッドに足を引っ掛けて後頭部を壁に激突させた。

 意識が朦朧としている間にベッドの下のオルフェーヴルと呼ばれたウマ娘がいそいそとそこから出てきた。

 

 

オルフェ「いや〜びっくりしたっス」

 

 

シリウス「それはこっちのセリフだっ.........」

 

 

オルフェ「あっ!!でもこれでお友達っスね!!よろしくっス!!」

 

 

シリウス(何言ってんだこいつ)

 

 

フェスタ「気にしない方が良い。アイツは人と距離感作るのがド下手くそだ。無視して良いぞ」

 

 

シリウス「言われるまでもねぇ.........クソ」

 

 

 ぶつけた頭を擦りながら起き上がる。めの前にある握手を促す手を払い除けると、マスクを着けたオルフェーヴルとか言うウマ娘が目をウルウルさせて姉のウマ娘を見る。

 さて、これからどうコイツらを追い出そうか.........そう考えていると、廊下の方からドタドタと騒がしい足音が聞こえて来た。

 

 

シリウス「今度はな―――」

 

 

ゴルシ「姉ちゃん大変だ!!!マックイーンが暴走した!!!」

 

 

二人「な、なんだってー!!?」

 

 

ゴルシ「おっちゃんが居なくなっちまってもう収集がつかねぇんだよ!!!兎に角おっちゃんの代わりを見つけて来いってさ!!!」

 

 

ゴルシ「というわけでそこの荒んでそうだけど実は優しくて面倒見も良さそうなお前!!!晴れてこのゴルシちゃんレーダーに選ばれたぞ!!!豪華景品はチームレグルスのトレーナー体験(期限不明)だ!!!」ダキィ!

 

 

シリウス「.........?」

 

 

 .........なに、 この、なに!!?い、今この状況はなんだ!!?コイツは何者だ!!?何を言っている!!?なんで私を担いだ!!?チームレグルスってなんだ!!?しかもトレーナー体験!!?

 そんな押し潰されそうな情報の濁流に脳みそがショートしているうちに、私は初対面であるはずの芦毛のウマ娘に乱暴に担がれ、ろくな抵抗も出来ずに連れ出されてしまった.........

 

 

フェスタ「.........行くか?」

 

 

オルフェ「行くっスよもちろん!!お友達が沢山出来そうな予感っス!!」

 

 

フェスタ(お前には一生出来ねぇよ.........)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後のトレセン学園。いつもであるならば、皆さんトレーニングに励んでいるところですが、今回は私の提案に乗る形で今、このレグルスのチームルームに集まって貰っています。

 若干名、この場に居るはずの無い[ウマ娘]の方々を加えて.........

 

 

マック「この度はお集まり頂き誠にありがとうございます」

 

 

オペ「ハーッハッハ!!ボクは先生のファンだからね!!先生の担当が困っているのならこの位お安い御用さ!!」

 

 

シャカ「おい!!オレはそこの奴にこのチームの研究データが貰えるって聞いたから来てやっただけだ!!!」

 

 

タキオン「ああ貰えるとも!!トレーナーくんの代わりが出来るのならね!!」

 

 

 げんなり。とした表情をするエアシャカールさん。その恨めしい目でタキオンさんを見ていましたが、最終的にその言葉に二つ返事で乗ってしまった自分の浅はかさに嫌気が差して頭を抱えてしまいました。

 そして私達は椅子の上に座らされ、ずた袋をかぶされていた人物に視線を集めます。

 

 

 彼女はシリウスシンボリさん。トレーナーさんがここ、トレセン学園に就くタイミングで海外遠征へと行っていた方です。

 私もその時はトレセン入学前でしたが、彼女とは何度か、シンボリ家とのパーティで顔を合わせており、一応知人ではあります。

 

 

シリウス「.........それで、コレはなんの集まりだ?メジロのお嬢様?」

 

 

マック「端的に言えば今は居ないトレーナーさんの代わりが欲しいのです」

 

 

シャカ「.........それならオレらの目の前にもう居るじゃねェか」

 

 

東「いや。俺はトレーナー業を代わりにやってるだけであってアイツの代わりをしてる訳じゃない。そもそも無理」

 

 

神威「まぁ、俺らのノリに着いてこれる訳ねぇよな」

 

 

シリウス「誰だアンタ」

 

 

神威「.........うん。いや、そうだよな。その言葉は真っ当な物だよな.........」

 

 

 一瞬怒りに拳を握りしめましたが、それがいつもの彼らの悪ノリではなく、純粋な疑問の声だと感じ取り、それを何とか収める神威さん。そして何故か呼んでいないのにここに居てそれを傍から見て笑いを堪える他お二人.........前回トレーナーさんが居なくなった時から何も変わっておりません。

 彼に追い払われて部屋から出て行くお二人の姿にため息を吐いていると、不意に肩をつつかれました。誰かと思いその方向を見ると、最近トレセン学園に編入してきた未来の私の孫。ナカヤマフェスタさんとオルフェーヴルさんがそこに居ました。

 最初こそ何故二人が?と言った様子で参加者の方々は疑問を抱いてましたが、彼の遠い親戚だと嘘.........まぁ、嘘だと言うのは遠い。という部分ですが、それを伝えると納得した様子で二人を迎えました。

 

 

フェスタ「んで、じい.........じゃなかった。おっさんの代わり探しってどうするん.........ですか?レースでもすんの.........ですか?」

 

 

オルフェ「あっ!!じゃあウチが審査員やるっス!!皆ウチとレースで勝負っス!!」

 

 

ゴルシ「やめろォ!!!姉貴は砂場でも走ってろォ!!!」

 

 

オルフェ「わーい!!ダートっスー!!お姉ちゃんダート好きっスー!!」

 

 

マック(.........ダートも走れる三冠バ?一体どうなってるのですが私達の孫は.........)

 

 

 目をキラキラと輝かせながらウォーミングアップを始めるオルフェーヴルさん。その目はレースをすると言った時よりも一際輝いているようにすら思えました。これが未来の三冠バなのだと考えると、何故彼女が三冠を取ろうとしたのか疑問が湧いてきます。

 ですが助かりました。正直彼女の実力は未知数ですが、今目の前にいる方々が脱落する可能性は高いです。レースはやめましょう。レースは。

 

 

マック「やって頂くことは簡単です。私達のトレーナーさん[らしい]方が、この企画の優勝となりますわ」

 

 

シリウス「優勝したら?」

 

 

マック「トレーナーさんが帰ってくるまで彼の代わりをやって貰います」

 

 

シリウス「帰る。じゃあな」

 

 

 ぶっきらぼうにそう言い捨て、彼女はそのままこの教室から出て行こうとしました.........むぅ、これは減点対象です。彼は優しいですから、こんな事にも絶対付き合ってくれます。

 そんな無意識に膨らませた頬をウララさんにつつかれながらシリウスさんの後ろ姿を見届けていると、オルフェーヴルさんがニヤニヤとした顔付きで彼女に近付き、その肩に手を乗せました。

 

 

シリウス「.........なんだ鬱陶し「逃げるんスか?」.........あ?」

 

 

オルフェ「いや〜仕方ないっスよ!おじじの代わりなんてだ〜れも勤まらないっスからね〜!!ここに居るみんな!!」

 

 

オルフェ「だから、諦めても仕方ないっス!!」

 

 

シリウス「.........テンメェ.........!!!」ピキピキ

 

 

 彼女は屈託の無い笑顔でシリウスさんを煽りました。きっとそこにそんなつもりは一切無かったのだとは思いますが、流石に目に余ります。コチラにいる間はちゃんと振る舞えるように指導した方が良いのでしょうか.........

 そう思っていると、部屋を出ようとしたシリウスさんが俯いたまま踵を返し、先程まで座っていた場所に座り直します。

 

 

シリウス「.........」

 

 

マック「.........参加、という事でよろしいですか?」

 

 

シリウス「チッ、あそこで帰ったら、そこのバカに逃げたと思われるからな」

 

 

オルフェ「てへへ〜、照れるっス〜」

 

 

全員(褒めてない.........)

 

 

 空気が読めないのか、言葉の意味を理解出来ないのか、オルフェーヴルさんは片手で頭をかきながら照れた表情を浮かべていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「まず最初の試験です。それぞれに分かりやすく走法の改善要点を説明して下さい」

 

 

シャカ「あァ?それこそそこにいる奴の仕事だろ」

 

 

東「まぁそれはそうなんだが.........どうにも桜木の奴みたいには行かなくてなぁ.........」

 

 

 気まずそうにポリポリと頬をかく東さん。実際彼は良くやっている方です。トレーナーさんは私達の個性や性格を矯正、或いは潰す事は一切しないような指導をしてくださいます。それは、このトレセン学園に居るトレーナーには難しい事です。

 

 

タキオン「それでは早速始めようか。この五本のビデオ。それを君達に見てもらう」

 

 

デジ「中身はマックイーンさん達がデビューする前のレース映像です!!それを見て改善点を[本人]に分かり易く説明して下さい!!」

 

 

シリウス「.........そんな程度の事で良いのか?」

 

 

マック「.........そんな程度、だったら良かったですわね」

 

 

ウララ「?」

 

 

 勝利を確信したような顔で余裕ぶる彼女の言葉に対し、私はそれを不安視する声を上げました。 そしてそれを言い終え、私は一人のウマ娘。ハルウララさんの方をちらりと見ます。

 

 

ライス「じ、じゃあまず!ライスのから見てもらうね!」

 

 

 大きなタブレットを手に持ち、企画参加者の方々に自分の選抜レースの映像を見せるライスさん。その姿を確認して、私は隣に立つフェスタさんに声を掛けました。

 

 

マック「いかがですか?この時代のトレセン学園は」

 

 

フェスタ「悪くはねえ.........ないです。とてもレースしがいのあるいい所だ.........です」

 

 

マック「?ふふ♪喋り方に気を付けなくても良いですわ。私は貴方の知らない[メジロマックイーン]ですから」

 

 

フェスタ「.........はぁ、ありがとうよ。じいさんはともかく、ばあさんの方は礼儀作法に厳しくてな。好いては居るんだけどよ」

 

 

 肩の荷がおりたと言ったようにほっと息をつくフェスタさん。言葉遣い程度でしたら私も多目に見てあげましょう。相手に対する敬意や忖度があるのなら構いません。

 そう、問題があるとするならば.........

 

 

オルフェ「ふぅ〜♪久々に走ったっスけど、やっぱ楽しいっスね〜♪」

 

 

シリウス「.........あんな奴が私らのレースの相手をしようとしてたのか?正直拍子抜けだな」

 

 

シャカ「ああ、あン位のレベルならシニア級にゴロゴロと居るぜ?精々オープン位だな」

 

 

オペ「いや!!彼女は素晴らしい!!あの光に当たった髪の色.........まるで、太陽の様だ.........!!!」

 

 

 ライスさんへの指摘を終えた三人はタキオンさんの映像を準備待ちしている間、オルフェさんの走行を眺めていました。その姿を見て私も、その実力に疑いを持ってしまいます。

 彼女は本当に未来で三冠を.........?それをこっそり聞こうとフェスタさんの方に視線を流しましたが、私のその目を見て察した様で、歯切れの悪い解答が帰ってきました。

 

 

フェスタ「.........[錆び付いて]んだ。鞘が着いたままな。今のアイツに三冠取った頃の力はこれっぽっちも引き出せねぇよ」

 

 

フェスタ「まぁ、それはアタシも同じだけどな。闘争心だけじゃこの世界はやって行けねぇ.........だけど」

 

 

マック「.........?だけど?」

 

 

 彼女はそれを否定する言葉を言い、大きく肺に息を入れ始めました。その行動に対し私は直ぐにその次を連想し、両耳を手で押さえ付けました。

 

 

フェスタ「オルフェーヴルゥゥゥゥ―――ッッ!!!」

 

 

フェスタ「お前のじいさん―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――うんこったれェェェェッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オルフェ「.........―――」

 

 

 ビリビリとした感覚が全身を襲います。少し離れていた皆さんもそれを感じ取り、直ぐに両耳を押さえてそれに耐えます。

 しかし、一人だけ。一人だけその声を真っ向から受け取り、その顔の影を濃くしていきました。

 

 

 そして次の瞬間。まるで[鞘]が外された真剣の様に先程まで無個性だった走りが一気に力強くなって行きました。

 彼女が今いる場所はダート。力強く蹴り抜き、足裏と地面の接地時の足運び。そしてその勢いを殺すこと無く走り抜ける様は正に、一線級のダート競走バに他なりません。

 そして彼女はそのまま芝のコースへと横断を図りましたが、なんとその勢いを保持したまま、走り方を器用に変えてコチラへと迫って行きます。

 

 

 最終的に彼女は、ここに居る人達全員の視線を釘付けにしたまま、ナカヤマフェスタさんの胸倉をゆっくりと掴みました。

 

 

オルフェ「.........ねぇ、フェスタちゃん?どうしてそんな事言ったの?」

 

 

フェスタ「あ?あー.........エイプリルフール?」

 

 

全員「.........」

 

 

 一触即発。空気は正にその一言で片付けられてしまうほどの緊迫感が有ります。フェスタさんはそれを直接受け取っている筈なのですが、あっけらかんと言った様子で苦しい言い訳を口にしました。

 未だに顔を見せず、俯いているオルフェさんに冷や汗を流します。今の彼女は普段の温厚さとは程遠い.........本当に鋭い刃の様な状態です。

 ですが.........

 

 

オルフェ「な〜んだ〜!エイプリルフールっスか〜!!」

 

 

オルフェ「もう!フェスタちゃんも人が悪いっス!!去年嘘ついてないからってこんな所であんな嘘つくなんて!!」

 

 

フェスタ「でもこれで騙されたらアタシにチュッパチャップス一年分奢る賭けは成立したな」

 

 

オルフェ「いいっスよ〜それくらい!フェスタちゃんには沢山お世話になってるっスから!」

 

 

全員「.........はぁ」

 

 

 彼女は持ち前のポジティブさなのか、それとも思慮不足のせいかは分かりかねますが、フェスタさんのエイプリルフールという言い訳を飲み込みました。今は4月にはまだ程遠い季節だと言うのに.........

 ですがこれで一触即発の事態は無くなりました。それを察した皆さんは胸を撫で下ろします。

 

 

シリウス「.........ヤバかったな、あの速さ」

 

 

シャカ「あれはG1級.........しかもトップクラスだ.........あンな逸材がトレセン学園に居なかったなンてな.........今まで一体どこで何してやがった.........?」

 

 

オペ「あの強さ.........この覇王であるボクをも凌ぐかもしれない.........勇者、と言うには少し暴君地味ているけどね」

 

 

 三者三様の言葉と視線が、またダートの方へ鼻歌を歌いながら戻っていくオルフェさんの背中に投げ掛けられます。

 驚愕。疑問。そして期待。そんな視線を浴びながらも、もう一度走り出したダートの上の彼女はまた、その刃を[鞘]へと納めていました.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 トレーナーさんの代わりを用意する企画はその後、着々と進んで行きました。

 

 

 当時の走法の問題点を本人に分かるように伝える最初のテストの難関。それはウララさんでした。

 

 

シャカ「良いかッ!!?こうズバァーッて行ってッ!!!コーナーをキュッとして最後にドンッ!!だ!!!」

 

 

ウララ「う〜ん、最後って本当にドン?」

 

 

シャカ「.........ドドドドン」

 

 

ウララ「あー!!それだー!!」

 

 

シャカ「.........オレ降りていいか?」

 

 

 それに見事合格したのはなんとエアシャカールさん。いつもの堅実的な理論をかなぐり捨て、ウララさんに教える為に細かい事を全て統合し、それを擬音で伝える方法は正に私達のトレーナーさんそのものでした。

 

 

 二つ目のテストは振る舞い。彼が私達を引っ張って先導する際、どのようにしてそれをするのかを想像し、それを実行してもらうテスト。これは.........

 

 

オペ「良いかい?君達は皆すべからく美しい!!まるで夜空に散らばる星々のような煌めきを持っている!!」

 

 

オペ「だからこんな所で燻って居ても始まらない!!どうだろう?このボク。テイエムオペラサクラギと一緒に、ターフという舞台の上で踊り明かそうじゃないか!!」

 

 

ブルボン「.........方向性は違いますが、マスターに良く似た何かを感じられます」

 

 

マック「では、合格。という事でよろしいですか?」

 

 

タキオン「構わないよ。テンションもバッチリだ」

 

 

 言い方や身体の動きは彼とは程遠いですが、テンションの高さからは彼らしさが感じられたオペラオーさんが見事合格。正直これは他二人の方には少々酷だったかも知れません。お二人ともゲンナリとしていましたもの。

 

 

 そして最後は.........

 

 

マック「[奇跡]。この言葉に対して何を思いますか?」

 

 

三人「.........」

 

 

 最後のテストは、[奇跡]とは何か。それに対してどう向き合うのかという物。多くの人々は恐らく、[奇跡]という物は偶発的に起きる物であり、それを起こそうとする事も、それに対して何かをすることも想像した事は無いと思います。

 正直ここが一番の難関です。逆に言ってしまえば、ここさえ乗り越えられたのなら全てを認められます。彼と同じ答えと行かなくとも、それに近しい、或いはそのインパクトがある答えを導き出せるのなら万々歳です。

 そんな中で一人、重々しいながらもその口を開いた者が居ました。

 

 

オペ「.........ボクにとって、[奇跡]は」

 

 

オペ「目の前に舞い降りたそれを、[奇跡]を抱き締める。そういう物だと考えている」

 

 

デジ「ふぉぉ.........!!流石オペラオーさん.........!!素敵な考え方です!!」

 

 

ウララ「オペちゃんかっこいいね!!」

 

 

 二人に褒められ、自信良く短い髪をかきあげるオペラオーさん。その[奇跡]に対する姿勢は、確かに彼女の現状を受け入れ、全ての物事、人物に対して敬意を表する態度を端的に現しています。

 ですが.........

 

 

オルフェ「う〜ん.........おじじはもう少し捻くれ者っスからねぇ」

 

 

フェスタ「だな。あの人は目の前にぶら下げられた物をそのまま受け取る程能天気って訳じゃねぇ」

 

 

オペ「そうか.........やはり、先生の美学にはまだ届かないか」

 

 

 少し寂しそうな表情を見せ、いつもの彼女でしたら感じさせない落胆を私達は察してしまいます。それほどまでに彼女は、役を演じ切る者としての彼を尊敬し、その背中を追っているのでしょう。

 その姿を見ていたゴールドシップさんがゆっくりと彼女に近付き、その肩に手を優しく置きました。

 

 

ゴルシ「気にすんなよ。オメーの言葉は確かにおっちゃんの物とは少し違ったけど、それでもアタシは好きだぜ?」

 

 

マック「ええ。結局この問いに正しさなど最初から存在しませんから、気を落とさないでくださいませ。私も貴女のその姿勢、とても感心いたしましたわ」

 

 

オペ「!.........そうか!ありがとう!!」

 

 

 自信を喪失.........という程では無いにしろ、少々落ち込んでいた彼女でしたが、私達の言葉で直ぐに立ち直ってくださいました。彼もこれくらい、すぐに私達の言葉を受け入れてくれたら助かるのですが.........

 そしてそんな中でまた一人、口を開く人が居ました。

 

 

シャカ「.........導き出す」

 

 

シャカ「偶然だとか運命だとか、そンなもンはロジカルじゃねェ。そういうもンをひっくり返して、自分の手で[奇跡]を作り出す」

 

 

シャカ「まァ、こんなもンか?」

 

 

 少し恥ずかしそうに視線を逸らしながら頭を搔くエアシャカールさん。しかしその言葉は先程のオペラオーさんの言葉より、彼に近いものを感じました。

 

 

タキオン「やるじゃないかシャカールくん。それにしても中々君もロマンチストだね」

 

 

シャカ「チッ、勝手に言ってろ。オレが欲しいのはデータだ。それさえ貰えりゃお前らと馴れ合う気はねぇよ」

 

 

ウララ「えー!!?シャカールちゃん教えるのとっても上手だったよー?」

 

 

シャカ「いや上手い下手とかじゃなくて.........だァークソっ!!なんでこのチームはこんな調子狂わせてきやがるんだ!!」

 

 

 純粋な疑問を投げかけるウララさんにタジタジになってしまうシャカールさん。その頭を両手で激しくかいて悪態をぶつけて来ます。

 その姿に、少しだけ彼の姿が重なります。彼もこうして収集がつかなくなった時は、立場や体裁を顧みずにこういう行動を取ります。

 

 

『だァー!!!もう分かった!!!実験も好きにしていい!!!プラモも好きなだけ作れ!!!俺はもう何も言わん!!!後片付けするんならな!!!』

 

 

マック(.........本当、彼の様です)

 

 

 トレーナーさん。思い出の中に居る彼を想起し、胸が少し縛られます。最初はこれを求めていたはずなのに、何故か今では苦しい思いをしています。

 それはきっと、ここに居るチームの皆さんも同じです。笑ってシャカールさんを見ていますが、その表情はどこか寂しげで、物足りなさを感じている事を察します。

 

 

マック「.........どうです?これなら満足でしょう?」

 

 

フェスタ「.........んん」

 

 

オルフェ「な〜んか.........従順っスねぇ.........」

 

 

ゴルシ「おいおい!!姉ちゃん欲張り魔人かよ!!!これ以上はおっちゃんしか無理だって!!!」

 

 

 しかしやはり、彼の孫である彼女達は納得しません。彼に憧れを抱き成長してきたので理解はできますが、流石にこれ以上を求めるのは酷だと思います。

 そんな二人をなだめようと思い声を出そうとしましたが、それはため息で遮られました。

 

 

シリウス「.........くだらねぇ」

 

 

全員「?」

 

 

 彼女は短く言い捨て、廊下に続く扉に手を掛けました。ここまで付き合ってくれましたが、興が冷めたのでしょう。彼女の性格を考えると、よく付き合ってくれた方です。

 そんな彼女に礼を言おうと車椅子の車輪に手を掛け、回しました。しかし彼女が冷たい、それでいて思いの籠った強い目で私の姿を見ているのを見て、私の車椅子は少し前進をしただけで止まりました。

 

 

 シンと静まり返る空間。それを目で確認した彼女はその視線を横にズラし、自分の思いを探るようにして、言葉を発しました

 

 

シリウス「.........[奇跡]だの[運命]だの。結局は誰かの手で彩られて、勝手に付け足されて行った物だ」

 

 

シリウス「その道を歩くヤツらにとってそれは結局、ただの道でしかねぇ。そこにレッドカーペットも豪華な廊下も、ありはしねぇんだよ」

 

 

シリウス「テメェらが本当に、真の意味で[唯一]になりてぇんだったら.........その道だけを見せて、勝手に付け足されねぇ位の足跡を残すしかねぇ」

 

 

シリウス「そう、誰にも。勿論神様って奴にも後から彩られる事が無いように。私の道を、偶然が重なっただけの[奇跡]だと言われないように―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――[奇跡]は[超える]べき物だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全員「.........!!!」

 

 

 その言葉を聞いて、その意味を聞いて、その目を見て.........私達は確信しました。

 

 

 この人しか、居ない.........と。

 

 

 無意識の内に手は車輪から離れ、その両手を静かに叩きます。それを聞いたチームメイト達は私に釣られるように同じく手を叩き、拍手を起こしました。

 

 

シリウス「な、なんだ.........!!?」

 

 

マック「―――合格です♪」

 

 

シリウス「.........はァ!!?」

 

 

 私のその一言で先程までの無表情が一転、その顔に隙間が無いほどの驚愕が敷き詰められました。

 そして右側に手を引くウララさん。左側に肩の方に手を置くタキオンさんに振り回され、慌てふためきながらも私に疑問をぶつけてきました。

 

 

シリウス「ふざけんな!!!私は敢えてこの勝負を降りたんだ!!!お前ら名家様が大切にしている三女神だってこき下ろしただろ!!!」

 

 

マック「ですが嘘は言っていません。貴女の本心はしっかりと伝わりました。ですよね?東さん、司書さん」

 

 

東「ああ、今の言葉。桜木の奴にも聞かせてやりたかったぜ」

 

 

神威「あっ、俺忘れられてなかったのね。良いんじゃない?玲皇なんていくら居ても足りないくらいだし」

 

 

オルフェ「ふおおおー!!!おじじ大量生産っスー!!!」

 

 

マック「因みに今逃げようとしているシャカールさんも採用ですわ」

 

 

シャカ「なにィ!!?」

 

 

オペ「で、ではこの僕も!!!」

 

 

マック「勿論!全員トレーナーさんの代わりですわ!!!」

 

 

 大いに盛り上がりを見せるチームの教室。こんなに騒がしいのは本当、久々です。でもさっきの様に、寂しさは湧いてきません。

 騒がしさの中、不意に隣に現れた存在に気が付きます。彼女は今のこの状況に気を使い、私に声を掛けることなく、その手で私の手を握りました。

 もしや.........そう思い、見事トレーナーさん代理となった三人を囲むチームメンバーの姿を視界に収めます。

 するとそこには、先程まで0だった物が、1へと繰り上がって居ました.........

 

 

マック「.........さぁ!今日はトレーナーさんの代理が決まった事ですし!!明日からはビシバシと!トレーニングをしていきますわよ!!」

 

 

チーム「はーい!!」

 

 

シリウス「クソ.........なんでこんな事に.........」

 

 

ゴルシ「まぁそう言うなよ[シンボリシリウス]!!!」

 

 

シリウス「[シリウスシンボリ]だ!!!」

 

 

 

 

 

フェスタ「.........」

 

 

 ―――騒がしい日常。目の前の光景は正に、そう言っても差し支えない程に、じいさんのチームの連中にとっては慣れた様な空気だった。

 

 

オルフェ「.........羨ましいっスね。フェスタちゃん」

 

 

フェスタ「まぁ.........な」

 

 

 ここに居る奴らは誰もが笑顔だった。あっちじゃあまりレースに対して楽しそうな顔を見せなかったアタシらの妹も、随分いい顔をしている。

 

 

 もし、アタシらにも、こんな場所があったら.........

 

 

 もしもアタシらの時代に、こっちのじいさんが作ったチームが、あったなら.........

 

 

フェスタ(.........たらればは止めろ。アタシらは勝ち取れ無かった。それだけだ)

 

 

フェスタ(勝ち取りたかった栄光も.........覆したかった運命も.........)

 

 

 闘争心は錆び付いた。アタシもコイツも、この錆が落ちるかどうかすら分からない。だが元に戻る事は、[決して無い]。それほどまでに、アタシらが得ようとして失った物は、果てしないくらいに大きかった。

 

 

 アタシは栄光を掴む事は出来なかった。

 

 

『ナカヤマフェスタ!!!頑張れナカヤマフェスタ!!!』

 

 

 けれど、欲しかった物は掴めた。

 

 

『ありがとうフェスタ。あなたのお陰よ』

 

 

 コイツは栄光を掴む事が出来た。

 

 

『これがオルフェーヴルだ!!!これがオルフェーヴルだ!!!』

 

 

 けれど、欲しかった物は手から零れ落ちた.........

 

 

『フェスタちゃん.........この前来てたウチのファンの子.........亡くなっちゃった.........って.........っっ』

 

 

フェスタ([奇跡]を超える。確かにいい響きだ.........でも―――)

 

 

フェスタ(―――まだアタシらは、[奇跡]の意味すら分かってない)

 

 

 掴んでいたものが手からすり抜ける。手を離した物が逆に握り返してくる。そんな連続の中、[奇跡]が何かを知る暇すらなく、アタシらは駆け抜け、勝ちを望み、そして燃え尽きた。

 

 

フェスタ(なぁ.........アンタなら、その意味を教えてくれんのか?)

 

 

フェスタ(アタシらにしかない。アタシらだけの[奇跡]の意味を.........)

 

 

フェスタ(.........じいさん)

 

 

 喧騒から意識を外し、窓の外の空を見上げる。夕焼けの空に染み渡る夕日の中に、一本の飛行機雲。

 手が届くかも分からない。手を伸ばせるのかも定かでは無い。それでもアンタは、その手を伸ばすんだろう?知ってるさ。アンタの孫だからな。

 

 

 その雲の先にはもう居ない。けれどこの夕焼けの空を、いつかのどこかできっと見ていると思い、アタシは小さくなった飴玉を奥歯でゆっくり噛み砕いて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「んー.........疲れましたわ」

 

 

 屋敷から持ってきた荷物をイクノさんと協力してまとめ、私は休学していた分の授業の復習をしていました。その点はそれぞれ先生から個別に補習をして下さるとお話を伺っていましたが、やっておいて損は無いと思い、同室の彼女の寝息を背景音にノートを書き進めていました。

 

 

 備え付けられた時計を見ると、時刻は既に9時を回っており、流石にノートを閉じて机の電気を消し、ベッドへと移動しました。

 既に眠っているイクノさんに小さく就寝の挨拶をしてから、私もその瞳を閉じました。

 

 

『.........ねぇ。良い夢を見ない?』

 

 

マック(んん.........?なんですか.........これから寝ますと言うのに.........)

 

 

『良いから♪きっと、喜ぶわよ?』

 

 

 そう言われてまた、彼女の手が私の手に触れました。不思議な事にいつも以上の眠気が私を襲い、一分も持たずに眠りの世界へと誘われてしまいます.........

 

 

 そして、その時見た夢は.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木[.........!!?マックイーンっっ!!?]

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 寝起きのトレーナーさんとナリタブライアンさん.........そして、メジロ家の従者である爺やと主治医の夢でした.........

 

 

 

 

 

......To be continued



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T「海外ってマジで治安悪いよな」ナリブ「それは分かりきってた事だろ」

 

 

 

 

 

『―――.........』

 

 

 意識が不意に、深海から海面へと上昇する様に浮き上がる。その衝動に導かれるまま目を開き、誘われた場所の景色を確認する。

 そんな中で一人立って空を見上げるウマ娘と、その草原の上で気持ち良さそうに眠っている男がいた。

 

 

 空には夜空が広がっている。地面には生い茂ったターフが波を立てている。どちらもどこまでも続く、そう.........誰もが考えるような、[在り来りな景色]があった。

 

 

シロ「元気そうね。[名優]」

 

 

『.........何の用?気持ちよく眠ってたのだけど?』

 

 

シロ「仮にも貴女達の始祖でありこの世界の神でもある私に向かって、そんな態度を取れるのは貴女だけよ?本当、傍若無人ね」

 

 

 棘のある言葉とは裏腹に、名も無き女神は呆れたように頬を緩ませる。その表情が何だか優位に立たれているようで、私は全然面白くない。

 彼女は手に持った杖を着きながら、私の周りを回ってこの身体を観察する。一体何かと思い、その疑問を口にしようとした時、彼女の方から声を出した。

 

 

シロ「.........うん。これなら大丈夫そうね」

 

 

『.........何の話?』

 

 

シロ「こうなったらあの男にとことん協力してやろうと思ってね。貴女に[力]をさずけようと思って.........出てきなさい?」

 

 

 彼女の声に数瞬遅れて背後に足音が降り立った。しかも、一人分じゃない。

 これは面倒事に巻き込まれたかもしれない。そう思いながら、私はそのまま後ろを振り返った。

 

 

「初めましてだね。名優[メジロマックイーン]。俺の名前は[ダーレーアラビアン]。元の世界では[三大始祖]と呼ばれていた」

 

 

「同じく[ゴドルフィンバルブ]よ。これからよろしくね」

 

 

「[バイアリーターク]だ。会いたかったぞ。私の[血を引く者]よ」

 

 

 赤、青、黄。それぞれのトレードカラーがハッキリした衣服に身を包み、彼女達は私の前に現れた。

 もちろん、私はこの人達のことなんて知らない。三女神だとか三大始祖だとか、興味無いもの。

 

 

『生憎だけど、興味無いわ。当たるなら他を当たってちょうだい』

 

 

ダーレー「おぉ.........噂に聞いてはいたけど、シロ様の言う通りどんな相手にも物怖じしないんだね」

 

 

ゴド「他の子達は喜んだりしてくれるのだけど.........バイアリーの芯が遺伝してるのかしら?」

 

 

ターク「私は敬意を払うべき相手には敬意を持って接しているつもりだ。彼女は私達を完全に軽視している」

 

 

 欠伸をしながら長い髪を人差し指で弄ぶ。彼女達三人の視線が私に集中してるけど、そんなの気にしない。

 誰の血が入っている。誰の子供で誰の親で、なんて関係無い。私は私。ただ生まれてきただけの存在。そこに生まれたこと以外の重荷を背負わされる責任も義務も有りはしない。

 

 

『[競走馬]だかなんだか知らないけど、こっちとしてはいい迷惑よ。本当やめて欲しいわ』

 

 

シロ「そんな事言って、私の思惑には真っ向から対立していたじゃない」

 

 

『だってこの景色。何も無くて面白味なんて無いもの。理想郷を作るなら人間は必要よ。娯楽とか、美味しいものとか』

 

 

ゴド「それでも貴方は、[ここに居る]わ。それは、心残りがあったからじゃない?」

 

 

『.........』

 

 

 心残りがあった。そう言われて、初めて目の前の女神に会った時の事を思い出す。その時は私もまだ、性格も心も、[牡馬]そのものだった―――

 

 

 

 

 

 ―――人間が居ないのならば、私は行かん。

 

 

 人々に期待され、果たせなかった事がある。

 

 

 それは人が居なければ果たせぬ物だ。

 

 

 長く苦しい、地獄の様な日々ではあったが.........

 

 

 あの日々こそ正しく、この[メジロマックイーン]を作り上げた物だ。

 

 

 [メジロマックイーン]として再び生を受けるのならば、私は今度こそ、人々の期待に応える。

 

 

 貴様の[奇跡]を、否定してでも―――

 

 

 

 

 

『.........そうね。心残りはあった』

 

 

『けどもう、良いの。[あの子]が.........幸せなら.........それで良い』

 

 

 野心。渇望。期待。そして夢。それらが全て労りの視線と感情の裏に隠れた失望となって居るのは、すぐに気がついた。

 [メジロマックイーン(あの馬)]だったら。[メジロマックイーン(あの馬)]であるならば.........目の前でそう言われる時もあった―――

 

 

 

 

 

 ―――見よ!!!相棒よ!!!私はこんなにも走れる様に戻ったぞ!!!

 

 

 どうだ!!!もう一度私の背に乗ってくれないか!!!人々の願い!!!夢を叶えるために!!!

 

 

「あはは。彼は僕のことが嫌いなんでしょうね」

 

 

『.........ヒヒーン』

 

 

 

 

 

 ―――まぁ、そんな事もあって完全に諦めたけれど、こうしてチャンスが舞い降りてきた。

 私としては、何よりも優先すべきで、叶えるべきもの.........けれどもう、それは叶わなくてもいい。

 

 

ゴド「.........優しいのね。人の為に夢を諦めるのは、そう簡単な事じゃないわよ?」

 

 

『ええ。知ってるわ。けれど最近知ったことがあるの』

 

 

『諦めても諦めなくても、道は先に続いて行く。諦めた事で思わぬ出来事が、起きたりする』

 

 

 脳裏に焦げ付いているのは、雨が降る夜の一部屋。その中で、運命に翻弄され、打ち破れた二人の再起.........歩み出しが思い起こされる。

 その時、彼は言った。今彼の歩いている道こそ、諦めの先にあった道だと.........

 その言葉を聞いて、彼女はもう一度、歩き出す決心をした。私は、最初に決めた道を違える覚悟を決めた。

 

 

 そんな私の様子を見て、三人は微笑んだ。そして一人、自分の事を[ゴドルフィンバルブ]と名乗ったウマ娘が、私の前へとやってくる。

 

 

ゴド「そうね。道は生きている限り、歩く事になるわ。例えどんな事が起きようと、生きている限り時間と共に足は進んで行く」

 

 

ゴド「だからこそ。その歩みが自分の目指す場所に行く為の力が必要だとは思わない?」

 

 

『.........』

 

 

ゴド「私が貴女に教えるわ。[伝える力]。[繋がる力]の使い方を.........」

 

 

 そう言って、彼女はその手を伸ばして来た。その手を取るのに、私には迷いも、葛藤と無かった。

 それはきっと、彼ら彼女らの歩みが.........記憶、思い出達が、私の背中を押してくれたから.........

 私はその差し出された手に手を伸ばし、優しく握った。彼女はそれに応えるように、優しい微笑みを浮かべて私を見た。

 

 

 そしてその日から、[力]を授かる為の修行が始まった.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『無理よ!!!もう帰るわ!!!』

 

 

 そしてその修行は初日で終わった。理由は簡単。何にも感覚が掴めなかったから。

 

 

 その声に驚いた女神達は目を丸くして、私の方を見てきた。

 

 

シロ「ちょっと!!?いくら何でも早すぎよ!!!」

 

 

『うるさい!!!良い!!?こう見えても私は飲み込みが早い方だって言われたし!!!実際教えられた通りにレースをしてきた!!!言わば天才よ!!!掛かった事も一度も無いわ!!!』

 

 

『そんな私が三時間でコツも掴めない!!!それはもう無理って事よ!!!』

 

 

 アレから必死に、女神達の言う[力]について理解しようとしたし、自分の中で模索しながら何かをしようとした。

 けれど出ない物は出ないし、[力]なんて言う曖昧で抽象的な物。今の自分の感覚以外の湧き上がってくる感じの物は出てくる気配が無かった。

 

 

ダーレー「い、いや。この力は神と呼ばれる俺達が長い年月をかけて習得したものだから、そう簡単にコツを掴まれても.........」

 

 

ターク「そうだ。血と汗を流し、己の限界を超え続けてようやく体得できたのだ。それを三時間程度で一段階進ませる事など.........」

 

 

ゴド「それにマックイーンちゃんは帰れないわよ?外とは遮断されているし、私の修行をちゃんと終えないと♪」

 

 

 一人は苦笑い。一人は説教。最後は得も言われない恐怖の圧を向けてきた。もしかしてこの中で面倒臭いの、この人なのかしら?

 それにしても困ったわ.........彼女の言っている事が確かなら、本当にこの途方も無い道のりを歩き切るまで帰れない事になる.........それこそ、一年単位で帰れなくな.........

 

 

 そこまで考えながらもう一度思考を集中し、神経を研ぎ澄ましていたその時。不意に何故か[知っている]雰囲気が、三人の中にある事に気が付いた。

 

 

『.........これは、チャンスだわ』

 

 

ゴド「え?.........!!?」

 

 

 油断している彼女の胸に手を当て、[彼]の夢に入り込んだ時の容量で自分の身体を飛び込ませる。周りはそれに大きな驚きを上げていた。

 思った通り、感じていた物は彼の雰囲気。これを頼りにすれば、私は外へと出られるはず.........

 

 

 そしてその声達はやがて小さくなって行って、何も聞こえなくなる。気が遠くなる程の幻想的なトンネルを進んで行く。

 

 

 するとそこには―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「トレーナーさん!次のデートに来ていく物なんですが、どちらのお洋服が好みですか?」

 

 

桜木「えー?マックイーンは何着ても似合うからなぁ〜.........」

 

 

マック「!もう!!私はどっちが好きかと聞いているんです!!しっかり考えてくださいまし!!」

 

 

桜木「あはは!困ったなぁ〜。結局何着てもマックイーンの事大好きなのは変わらないし〜」

 

 

マック「っ///.........うふふ」

 

 

桜木「.........あはは』

 

 

『あはははは.........』

 

 

 あぁ.........夢が終わってしまった.........俺はまだ目を閉じているのに.........とっても幸せな夢が今、終わりを告げた.........

 

 

桜木(くっそ〜.........絶対腹痛くて起きたこれ〜.........)

 

 

 ホテルの一室。ベッドの上で掛け布団を頭まで被り直してうずくまる。ここ最近腹の調子が滅法悪い。

 食事のせいじゃない。それはもう初日で食事制限を設けるという荒業で何とか対処した。これで胃を慣らして行けば後々沢山食っても大丈夫だろうという魂胆だ。

 だが問題はもう一つあった。それは.........

 

 

桜木(あぁ〜.........!!!喉乾いてきちゃった!!!)

 

 

 そう。水だ。

 

 

 日本で流れている水の種類は[軟水]。しかし今俺の居るこの国の水は[硬水]である。簡単に言えばこれを飲みすぎるとお腹がゆるゆるになってしまうのだ。

 これはこの国に住んでいる人達にとってもそう。なので飲み慣れてない且つ旅の疲れがある日本人の俺にとっては少量でも腹を下す事に繋がる水だ。

 水を飲まず死ぬか水を飲んで生きるか(デッドオアアライブ)ではなく、水を飲まず死ぬか水を飲んで死ぬか(デッドオアデッド)の状態である。

 

 

桜木(うぅ〜.........たしゅけてマックイーン.........お腹さすって.........)

 

 

 俺は弱い。どれくらい弱いかと言われればエー〇が死んで自分が弱いって事に気付いたルフ〇よりも弱い。だって俺ゴムじゃねぇし。

 そんなこんなで無駄な抵抗としてうずくまり続けていると、不意に腹部に心地好い温かさが触れる。

 

 

桜木(あぁ.........落ち着く.........)

 

 

桜木「.........ん?」

 

 

 痛みと疲労による混乱が一瞬収まった。その一瞬で俺の脳は普段の要らない理解力の高さを発動させ、今誰かに確かに触られているという結論を導き出した。

 それさえなければもう一度.........デートに行く前日の服選びに迷うマックイーンの姿が見れたかも知れないのに.........俺は思わず、目を開けつつ掛け布団を剥いだ。

 

 

『.........』

 

 

桜木「」

 

 

桜木「.........ん!!?マックイーンっっ!!?」ガバッ!

 

 

 布団を剥いだその先には、マックイーンが居た。しかも彼女の魂の方だ。つまり、今目の前に居るのはこの世界とは違う世界で、違う姿で活躍してきた[メジロマックイーン]の方だ。

 最も今ではあの珍生物では無く、こっちのマックイーンと同じような姿と顔立ちでいる。一部分.........彼女と、その。大きく違う部分もあるが.........

 

 

『大丈夫?さすって欲しいって言われたから手を乗せていたのだけれど.........』

 

 

桜木「え、俺声に出てた.........?」

 

 

 まずい。恥ずかしい。お腹をさすって欲しいだけならまだ良かった。もし声に出してたのならたしゅけてマックイーンも出ていた事になる.........それは死ぬほど恥ずかしい.........

 そんな恥ずかしさに悶えていたが、それを抜き去るように強い衝動が登ってくる。もう限界だと。それを抑えることは最早不可能だと悟り、俺は急いでベッドから降りて靴を履いた。

 

 

桜木「ごめん!!!トイレ行ってくるから!!!話は後でちゃんと聞かせてね!!!」

 

 

『え?え、えぇ.........』

 

 

 普段は立てないような轟音をかき鳴らす腹を手で押さえながらトイレへと駆け込む。そして俺は寝起きの十分という貴重で気持ちのいい時間をその中で過ごすのであった.........

 

 

『.........人間って大変ね』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「なるほどねぇ.........」ガコン

 

 

 自販機に硬貨を入れ、ブラックコーヒーの下で光るボタンを押す。取り出し口から缶コーヒーを取り出してリングプルの下に指を入れてテコで開ける。

 隣に居るマックイーン.........あぁややこしい!!!この人自分の事はMって呼べって言ってたしそう呼ぶわ!!!何だよMって!!!変態かよ!!!

 

 

『潰されたいのかしら?』

 

 

桜木(しかも、なんか筒抜けだしよぉ.........)

 

 

 その上何故か俺の心の声は駄々漏れのようだ。これではおちおち日課の妄想も捗りゃしない。だからこういう超常的生物は苦手だ。何故苦手か?それは小さい頃まで遡る。俺は昔超能力者の事を[のうのうりょくしゃ]とか[ちょうちょうりょくしゃ]とか呼んでた。そしてそれをバカにされた。だから嫌い。

 でも今考えれば面白い。のうのうりょくしゃとか特に響きが良い。幽遊白書みたいで好き。

 

 

『.........貴方、退屈はしないけど呆れるほど変ね』

 

 

桜木「あったりまえだろ。良いか?まともになればなるほど最終的に派手にぶっ壊れんだよ。花火みたいにな」

 

 

(何言ってるのかしらこの人)

 

 

 と思っているのだろう。言葉ではなく彼女が向けてくる視線だけでその思いが優に伝わった。一体何度それが向けられてきたことか.........

 少しだけ機嫌を損ないながら、缶コーヒーをちびらと飲む。やっぱり日本の物と作り方が違うのか、酸味が少なめでキリッとした苦味が強く出ている.........こっちの方が好きだな。やっぱり。

 そんなコーヒーの味を堪能していると、彼女がじーっと俺の方を見ている事に気が付いた。

 

 

桜木「.........飲む?」

 

 

『い、良いの?』

 

 

桜木「うん。はいよ」

 

 

 飲みかけのそれを差し出すと、彼女は恐る恐る両手でそれに触る。飲み口の中をじっくり覗いた後、どんな味なのだろうと思案しながらゆっくりとあおった。

 

 

『.........!!?』

 

 

 そして一瞬口に含んだ後、思い切り俺の方へと吐き出した。

 

 

『ケホッ!ケホッ!!あっ!!ごめんなさい!!』

 

 

桜木「良いよ良いよ。マックイーンの飲みかけを被ったと思えば何とも.........いや、寧ろ.........」

 

 

『に、人間ってこんなのを好むのね.........やっぱり変な生き物だわ.........』

 

 

 彼女が吐き出したコーヒーを顔面に浴びる。申し訳なさそうにする彼女に気にしなくていいことを伝え、ポケットからティッシュを取り出して顔を拭く。

 やはり彼女も普通のウマ娘と同じく、甘い物好きなのだろう。そこは少し配慮が足りなかったかもしれない。苦いものだと伝えて置けばこんな思いはきっとさせなかった。

 

 

『.........それこそ気にしなくていいわよ。私がどんな味なのか気になっただけだし』

 

 

桜木「!あ、はは.........ごめんね。どうしても自分がって考えちゃうんだ。俺」

 

 

『まぁ、そのお陰でこうしてここまで来れたのでしょう?だったら感謝するわ。あの子がまた走れる可能性を、貴方が広げてくれた』

 

 

桜木「.........俺じゃないよ」

 

 

 あの子が走れる可能性。確かに今のこの俺の行動は、あそこに留まっているよりかは確実に高まる。けれどその始まりは、決して俺なんかじゃない。

 俺は[太陽]にはなれない。この地球の上を照らし付け、全てに光を与える存在じゃ無い。俺の事を彼女は[レグルス]だと言ってくれたが、一等星の中でも劣等生なその光では、太陽の光には遠く及ばない。

 

 

『.........ふふ』

 

 

桜木「.........?」

 

 

『ごめんなさい。貴方が結構見当違いな思い込みをしてるからつい』

 

 

桜木「え?」

 

 

 不意に笑われ、彼女の方を凝視する。すると彼女は俺が思い込みしていると言った。一体どう言う事なのだろう?

 それを聞こうとしたが、その口元に柔らかい人差し指が当てられる。

 

 

『ダメよ。すぐに答えを聞いたら[退屈]じゃない』

 

 

『せいぜい悩みなさい?それでも答えが出ないのなら、帰った時にあの子に言えばいいわ』

 

 

『自分は[太陽]程強い光を持っていない、[レグルス]ですってね』

 

 

桜木「.........言えば、答えは分かるの?」

 

 

『ええ。即答で帰ってくるわ。星に詳しくない人だから仕方がないって、笑ってね』

 

 

 彼女は俺に意地悪をするようにそう言った。彼女の中ではもう、俺は決定的に間違えているらしい。

 それを知った俺はなんだか、少し救われた気がした。そして、一層早く帰りたくなった。この答えを彼女が知っているのなら、それを早く確かめたい.........と。

 

 

 少し気分が良くなった俺は缶コーヒーを一気飲みし、近くのゴミ箱へ投げ入れた後、ポケットに入れていたメモを取り出す。

 

 

『?何よそれ』

 

 

桜木「エディ先生の目撃情報だ。一応現地の人にも分かるように英語の方のメモも取ってある。現状は.........まぁ行き詰まりって感じ」

 

 

『ふぅ〜ん』

 

 

 俺の前から後ろへと移動し、少し背伸びをして肩から顔を出してメモを見るMさん。どうやらマックイーンと知識は同じくらいあるようで、外国語も頑張っている彼女同様、これくらいの英語は分かるようだ。俺はGoogle大先生が居なきゃ読み方すら分からないのに。

 

 

 そうしていると突然、近くから悲鳴の様な声が上がった。

 

 

桜木「!!?なんだ!!?」

 

 

『道路の方よ!!!どうするの!!?』

 

 

桜木「バカ!!!行くに決まってるしょや!!!」

 

 

 その声の発生源を頼りに走り出し、道に出た瞬間に男二人乗りをしたバイクが目の前を通り過ぎる。

 しかしその後ろに乗る男の手には、とても男物とは思えないバッグが握られていた。

 

 

 まさかと思い、そのバイクが来た方向を見ると、そこにはまだ幼い[ウマ娘]が突然の事で訳も分からず、へたりこんで座っていた。

 

 

桜木「クソっ.........!!!」

 

 

『っ!!?ちょ、ちょっと!!!追い付くわけないじゃない!!!』

 

 

桜木「だからって見過ごせるか!!!あの子がウマ娘だからとか俺がトレーナーだからとかじゃない!!!」

 

 

桜木「ここで動かなきゃ!!!俺は俺の期待を裏切る事になんだよッッ!!!」

 

 

 走り行くバイクに対して向かって行く。だが所詮人の身体だ。どう足掻いたって自動二輪に追いつける程の性能がある訳じゃない。

 それでも俺は、あそこで足踏みをしたり、見て見ぬふりをする選択肢は無かった。それはあの日。事故で[死んだ俺]の復活を[諦める]という事に繋がると思ったからだ。

 

 

桜木(っ!流石に速ぇなクソ!!!道が入り組んでる分事故を怖がってフルスピードじゃないとはいえ、人間じゃとても追いつけねぇ!!!)

 

 

『っ、ぶっつけ本番って訳ね.........!私結構予習しておいて完璧にしておくタイプなんだけど.........!!!』

 

 

桜木「!!な、何を―――」

 

 

 走る俺の背中に、暖かい手が触れる。その暖かさが身体の表面から[内側]に流れ込んでいく様に感じ取る。

 走らせている身体に首から下げた王冠のアクセサリーが大きく揺れて視界に映る。それは確かに、輝きを放っていた―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 [共有]が発動している.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「―――ッッ!!!」

 

 

 身体の動きが根本的に変わる。今までのそれはただ我武者羅に、速度を出し目の前のバイクに追いつこうとしていた筈のそれが、いつの間にか自然と一体。極限までのスタミナ消費節約をしつつ、意識的に強く蹴り出すでも足を上げるでも無く、ただ前に足が大きく進んで行く。

 人間の身体でこんな速さで走れるのか?しかも普通に走るよりも疲れも無しに?そんな疑問と言うには心の高鳴りがうるさい問答も時間にしてみれば一瞬であり、目の前のバイクがコーナーを曲がる為に減速した瞬間。俺は強く両足で地面を踏み抜き―――

 

 

桜木「でりゃァッッ!!!」

 

 

二人「whatっ!!?」

 

 

 横を向いた車体に対して、推進力と体重の乗った飛び蹴りをぶちかまし、窃盗犯二人を路地裏の壁へとぶつけたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ザワザワとした喧騒。先程まで少し賑やかで過ごしやすい街だったのが、気が付けば野次ウマが集り、警察官を中心にその視線を注いでいる。

 

 

桜木「ほれ。大丈夫?」

 

 

「う、ぁ.........あり、がと.........?」

 

 

 窃盗犯から取り戻したバッグを返そうとウマ娘に近寄り、手を伸ばす。少女はおっかなびっくりという様子で礼を言い、俺の手からバッグを取り戻した。

 

 

『やっぱり顔が怖いんじゃない?前髪でも下ろしたら?』

 

 

桜木(やだよ。この髪型が俺の唯一の個性なの。それにカッコイイだろ?)

 

 

 流石に人だかりも多い。俺は声に出すことはせず、心の声が聞こえる事を利用して彼女と会話をする。しかし彼女は訝しげな目で俺の髪の毛を見て、疑うような素振りを見せる。何見てんだ。かっこいいだろ。

 .........でもまぁしかし、 こうしてチビッ子に怖がられるのは何も初めてじゃない。目の前に居る綺麗なブロンドの髪をしているまだ幼いウマ娘を横目で見る。俺の視線を敏感にキャッチしてビクッとする様子を見て、俺は心の中で頭を強く抱えたくなった。

 

 

 その時、不意に肩を叩かれる。何かと思いその方向を見ると、そこにはブっさんと爺やさん。そして主治医が立っていた。

 

 

ナリブ「お手柄だったそうだな」

 

 

爺や「流石はお嬢様のトレーナー。知らぬ海外の地でも人助けをする精神。素晴らしいの一言につきます」

 

 

主治医「私もそう思います」

 

 

桜木「止めてくれよ皆.........身体が勝手に動いただけだって.........」

 

 

 褒められる事はしていない。こうなったのは結果ありきで、実際の正解はまず警察に連絡する事だった。それをしないで、ましてやバイクに対して走って追いつこうとするなんて愚の骨頂。アイツらが居たら「バカじゃん」。「はえーよ玲皇」。「なんでバイクに乗らないんだ.........?」とか言われるに決まってる。

 

 

「あっ.........」

 

 

 そろそろここを離れるとしよう。まだ数名だけど俺達の存在に気付き、話を聞こうとする流れが出来始めている。動くなら今だ。

 それにエディ先生を探している手前、目立ったら面倒臭いことになる。それは俺の勘だが、きっとそうなるに違いない。

 

 

 そう思った俺達は、早々とその場を去って行ったのであった.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「.........行っちゃった」

 

 

「メモ、落としてったのに.........」

 

 

「.........あの人達、[おじいちゃん]に何の用があるんだろう.........?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぱちぱちと弾ける木の焼ける音。それを耳に残しながら、俺はスマホの画面で動く映像を見ていた。

 

 

「レグルスの!!今海外言ってるってターボ聞いたよ!!」

 

 

「凄いな〜。私もいつか海外行ってみたい!みんなと一緒に!!」

 

 

「ちょっと、桜木トレーナーは遊びに行ってるんじゃないって!マックイーンの為に頑張ってるって聞いたじゃん.........それにしても、お熱いですな〜」

 

 

「桜木トレーナー。貴方の無事と、マックイーンさんの復活を心の底から願っています」

 

 

「桜木さん。今度またうちのチームに来て下さい。今度はレグルスの皆さんと一緒に」

 

 

 オレンジ色の揺れ動くそれを明かりにしながら、画面に映るターボ達の様子につい、笑みが零れてしまう。その様子を見ていると、自分のチームが本当に.........恋しくなってしまう。

 

 

『.........帰りたい?』

 

 

桜木「そりゃ.........帰りたいよ。今すぐにでもさ」

 

 

桜木「けどこれは、これだけは.........俺が始めた[強がり]だから.........さ」

 

 

 丁度いい大きさの倒れた木に座っていると、不意に彼女が隣に座る。今ブっさん達は就寝中で、俺は見張りをしているから声に出していても大丈夫だ。

 ここが日本だったら俺も仲良く車中泊できたが、ここは海外。治安は日本のそれより何ランクも下がるだろう。こうして代わる代わるで見張りをしている。

 

 

 彼女の問いかけに、寂しさが胸の奥を突き上げる。デトロイトでの日々とは大違いの毎日だ。あの時以上に我武者羅な筈なのに、あの子達の.........あの子の事が、頭から離れてくれない。

 

 

『.........[強さ]の最初は[強がり]。あの子も良く言ったものだわ』

 

 

桜木「.........君も[メジロマックイーン]なんだろ?だったら分かるんじゃないか?」

 

 

『分かんないわよ。だって最初から最強だったもの。私』

 

 

桜木「うわぁ.........傍若無人だなぁ。あの子と違って」

 

 

 少し不機嫌そうな声でうるさいと彼女が言う。その反応がやっぱり、彼女とは似つかなくてつい笑ってしまう。

 けれど彼女は声には出さないまでも、表情と態度でそう言ってくることがあった。そういう根本的な所は、似ているのだろう。

 

 

桜木「.........やっぱり、[ウマの時]も強かったのか?」

 

 

『そりゃそうよ。長距離では敵無し。中距離もスタミナに物を言わせてスパートの一歩手前でレースの展開を作って、逃げも差しも追い込みも気を抜いた瞬間にスパートよ』

 

 

『走ってた最後の方じゃ、マイルでも行けるって言われてたわね』

 

 

桜木「ほぇ〜.........改めて驚かされるなぁ」

 

 

『ふふんっ、そんな子の面倒を見れるのよ?もっと誇って偉そうにしなさい?謙遜するだけじゃ見てる方と支持してる方は[退屈]よ?』

 

 

 自信満々に彼女は胸を張る。その姿を見て、俺は空を見上げる。

 

 

 星に手が届く事は決して無い。それでも人は、その手を醜く伸ばし続ける。

 

 

 それは、今の俺だ。見えるだけで十分なのに、光を享受するだけで満足できるはずなのに、それに手を伸ばしている。そんな俺が、胸を張れる訳が無い。

 

 

 今でもウジウジと考えてしまう。俺が本当に、彼女のトレーナーで良かったのだろうか。それこそ誰かがあのチームのトレーナーで、俺はそのサブに入ってた方がまだ良かったんじゃないだろうか.........

 そんな黒い感情が、ぶわりと溢れ出す。横に置いた木の枝を焚き火に放り投げ、その炎の余波を素肌に食らう。

 

 

桜木「.........情けないよな。吹っ切れたと思ったら、またこんな事考えちゃう。これじゃあ本当に.........俺なんかじゃ.........」

 

 

『そんな事ないわよ。生き物なんて皆そうじゃない。貴方達人間はそれが他の生き物より多いだけ』

 

 

『まぁ、確かに貴方は多すぎる方ね。前はもっと楽観的だったじゃない』

 

 

桜木「.........はは、そりゃぁ、そういう[仮面]を付けてたからなぁ」

 

 

 今、それを付けることが出来たらどれほど楽だっただろうか。何も気にすることなく、自分の心と身体を省みることもしないでただ進む事が出来たのなら、今どれだけ.........前に進めただろうか。

 

 

『.........そう。だったら今のままでいいわ。そのままで居なさい』

 

 

桜木「.........っ、でも、こうしている内にマックイーンは.........あの子の足は.........!!!」

 

 

『あの時あの子が貴方を拒絶したのは、貴方が私達に嘘をついただけじゃない。自分の心にも、嘘をついたからよ』

 

 

桜木「!」

 

 

『.........自分を犠牲にして、という言葉は良くあるけど、それは自分に嘘をつくことじゃない。二度と履き違えないで』

 

 

 強い目で、けれど決して睨み付けることはなく、彼女は俺の方を真っ直ぐと見つめてきた。その目はまだ幼さを感じる彼女とは違い、酸いも甘いも俺以上に知り尽くした大人の.........そして、本気の目だった。

 

 

『それと、そこまで悲観しなくても良いのよ。今の貴方の方が、あの子とお似合いだから』

 

 

桜木「俺、が.........?」

 

 

『.........あの子の[夢]になるんでしょう?だったらその顔は[仮面]じゃなくて、[素顔]の方が良いじゃない』

 

 

『今の貴方は.........誰かが[仮面]を付けたとしても、同じ様にはなれないわ』

 

 

 まるで彼女は、それを知っているように、そして子供を優しく慰める親の様に微笑んでそう言った。その優しさに触れて、俺の心は少しだけ、腺が緩んだ。

 

 

 

 

 

(.........本当、[退屈]しない。良い相棒を持ったわね。あの子は)

 

 

 ―――袖で目元を力強く拭い、彼は手に持った数本の枯れ木を焚き火の方へと投げ入れる。その顔はどこか嬉しそうで、まだ寂しさも感じさせるけど.........私はそれに、もう不安を感じる事は無かった。

 

 

(それにしても、あの土壇場で[力]を使える様になるなんて.........どういう事なのかしら)

 

 

(女神達に聞いたけど、彼の力は既に預けられている筈.........だとしたら)

 

 

(だとしたら.........あの時感じた、[鳴り響く]様な感覚は.........一体.........?)

 

 

 身体の内から広がるように感じた感覚。最初こそ小さく、奥底からだった物だけど、それを頼りに更に広く、自分の身体の外にまで広げるイメージをした途端、彼の身体に私の[知識]が入って行った。

 あの時の彼の走り方は正しく、自然と一体になっていた。そしてそれは奇しくも彼女。私の誇りを受け継いだ[メジロマックイーン]とそっくりそのままだった。

 

 

 だとしても、彼の身体の出力は人間そのもの。バイクに追い付ける事は有り得ない。だと言うのに彼は、その不可能を感じさせる間もなく超えて行った.........

 

 

(.........全く、女神だとかウマソウルだとか一般人にして見れば謎なのはこっちだと言うのに)

 

 

(そんな謎相手に一級品のミステリーを提供してくれるだなんて.........)

 

 

(本当、[退屈]させてくれないわね。貴方は.........)

 

 

 焚き火の炎が揺れる夜闇の中。決して彼の身体に触れる事無く、そして彼に気付かれる様な事がないよう、私は少しだけこの身体を、彼に預けてその目を閉じた.........

 

 

 

 

 

......To be continued



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ライス「犬さんだ.........!」

 

 

 

 

 

 寒々しさがまだ残る一月。トレセン学園からはすっかり正月気分の生徒達はなりを潜め、今は既に次のレースの為、牙を研いでいる人達で溢れ返っています。

 私、メジロマックイーンも例年ならばそれに倣い、新年の新しい展開と出会いを胸にトレーニングへと励んでいるのですが.........

 

 

東「マックイーン。今日のトレーニングメニューだけどどうだろう?」

 

 

マック「そうですわね.........ブルボンさんもそろそろ復帰してもいい頃ですし、調子を整える為に流し気味に様子を見た方がよろしいかと.........」

 

 

東「あぁそっか。そういえばまだだったもんな」

 

 

マック「ええ。彼女の意志を汲んでトレーナーさんが長距離適性を伸ばす期間にしていたんです。今度走る時は完璧に、と」

 

 

 お昼休みのチームルーム。私はカフェテリアでトレーナーさんが残して下さった献立表を見せ、厨房の方に昼食を作って貰ってここで食べております。

 理由はもちろん、今は走れない身という事もありますが、それでもチームに貢献したいからです。こうしてマネージャーとして皆さんのサポートをして居ます。

 

 

 トレーナーさんの業務代理である東トレーナーにこうしてチームメンバーのトレーニングメニューを見せて貰っていますが、中々新鮮です。今までもチームの代表という立ち位置には居ましたが、彼がメニューを見せるのは以前までマネージャーであったデジタルさんだけでした。

 

 

東「そうか.........あの走り方で長距離も楽になっちまったら、一体どうなっちまうんだろうなぁ」

 

 

マック「クラシック級で出来たのなら、敵無しだったでしょう。しかしシニア級は歴戦の猛者が集っています。あの手この手できっと、ブルボンさんに揺さぶりを掛けるでしょうね」

 

 

東「.........アイツならそこ、どうすると思う?」

 

 

 視線を紙から動かすこと無く、彼は私に聞いてきました。その声の力強さから、いざとなれば自分が彼のトレーナー業全ての代わりを果たすという信念が伝わってきました。

 全く、誰も彼の代わりなんて務まりはしないと言いますのに、私達が欲しかったのはトレーニングの調子を上げる人で、彼と同じ人ではありません。

 ですがそれに、嬉しさを感じている自分が居ます。そしてその質問に答えるべく、私の頭の中のトレーナーさんが自動で動き始めました。

 

 

マック「ああ見えて作戦立てや展開作りは上手ですからね.........ですけど最終的には」

 

 

マック「[三十六計逃げるに如かず]。無理そうだったら自分が勝てるプランで走れって、無責任に言うでしょう」

 

 

東「はは、アイツらしい」

 

 

マック「ふふ、本当。困った人です」

 

 

 二人で彼の姿を想像してつい笑ってしまいます。きっとこの人も自信なく作戦を説明した後に、自信満々な顔で無責任にそう言う彼を想像してるはずです。

 いつもこうです。彼がいない所でこうして、彼の話ばかりしてしまう。それでも寂しさはなく、どこか共通の友人の話をしている感じがします。

 そんな形で、お昼休みは以前の様な穏やかさを感じたまま過ぎて行きました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゴルシ「えー!!!アタシが生徒会長になった暁には!!?レースに出走する度に焼きそばを振るいマース!!!」

 

 

オルフェ「いえええええい!!!お姉ちゃんゴルシちゃんの焼きそば大好きっスーーー!!!」

 

 

シリウス「うるせぇ.........」

 

 

 放課後のトレーニングタイム。以前、チーム[レグルス]。正確には[スピカ:レグルス]とか言うよく分からねぇチームの居なくなったトレーナーの代わりを押し付けられた私達は、どうしてか律儀にその代わりをする為に行動を共にしていた。

 そんな中、チームが集まった中で私を拉致したウマ娘がおもむろにチームの前へと躍り出て、メガホンを手に演説を急に始めやがった。

 

 

沖野「悪いなぁシリウス。ゴルシは毎回こんなんでな。下手に止めるとトレーニングやってくれねぇんだよ.........」

 

 

シリウス「欠陥チーム過ぎるだろ.........」

 

 

シャカ「これでも実力はあンだ。ステイヤーの中じゃ一線級。データを見てもトップクラスの数値を誇ってやがる.........」

 

 

オペ「ハーッハッハッハ!!!ではもしボクが生徒会長に就任したのなら!!!生徒一人一人にオペラオー像を配布しよう!!!」

 

 

二人(一番要らねぇ.........)

 

 

 学園の一角にはコイツを模した像が置かれている。それを一人一人に配ると笑いながら。されどその言葉に冗談に感じられない私達は二人で頭を抱えた。

 

 

東「おー。ちゃんと桜木やってんなー」

 

 

シリウス「.........本当にこんな奴なのか?桜木とか言うトレーナーは」

 

 

シャカ「詳しくは知らねぇ.........けど良く理事長室で花火するとか、生徒会長の奴に勝負挑んで夏合宿を勝ち取るとか聞いた.........」

 

 

シリウス「そうか.........私は今、地獄に居るのか.........」

 

 

 聞けば聞くほど、このチームを受け持っている桜木とか言うトレーナーに対して疑問が湧いて出てくる。そんな奴が本当に中央のトレーナーなのか?

 そんな想像もつかない桜木とか言うトレーナーの姿を思い浮かべようとしていると、不意にどこからか騒がしい声が聞こえて来た。

 

 

やよい「制止ーーーッ!!!」

 

 

スズカ「な、何かしら?」

 

 

マック「理事長と.........犬?」

 

 

 ダートの上を颯爽と走る犬。理事長もそれに追って走っているが、衝突する懸念があるのか、はたまたダートの上が走りにくいのか、あまり差は縮まら無い。

 とは言っても犬がターンをする際、その方向を見極めた時のキレは中々のものだった。

 

 

やよい「ふー.........観念ッ!!もう逃がさないぞ!!」

 

 

犬「クゥ〜ン.........」

 

 

やよい「そ、そんな顔をしてもダメだ!!君は大事な友人から預かった家族だ!!お家に帰るぞ!!」

 

 

ウララ「ねぇねぇ!!なんでわんちゃんが居るの?!!」

 

 

 やっとの思いで理事長は犬を捕まえ、疲れを吐き出すように息を吐いた。その姿を見て気になったチームの奴ら何人かが理事長の元に歩いて行く。

 

 

やよい「むっ、桜木トレーナーの受け持つレグルスとスピカ.........この子は私の友人が旅行に行っている間、預かって欲しいと言われてな。今日でそれは終わりなのだが.........」

 

 

やよい「.........後悔ッ!!あまりに可愛すぎて甘やかした結果懐かれすぎてしまった!!ハーッハッハ!!」

 

 

ライス「で、でもライスも理事長さんの気持ち分かるかも.........」

 

 

シリウス「.........はぁ」

 

 

 全く、この学園の甘ったるさはどうやらこの理事長から蔓延してやがるらしい。私が入学する少し前に着任していた手前、人柄を知ること無く海外遠征でここを離れていたが、私は直ぐにそう結論付けた。

 前々からそういう空気はレースへの厳しさとライバル同士の熾烈な雰囲気の裏に見え隠れする程度だったが、今じゃ手に取るように分かってしまう。今の学園がこんななのは、この理事長も一役買ってるらしい。

 

 

 そんな理事長が抱えている犬に対して、ハルウララとミホノブルボンは遠慮も無く身体を撫でる。ライスシャワーもおっかなびっくりとした様子だが、二人と同じ様に犬の身体を撫でていた。

 そしてその姿をじーっと静かに見つめている理事長。そして何かを閃いたようにその目をカッと開かせた。

 

 

やよい「妙案ッ!!君達を見ていて思い出した!!」

 

 

全員「え?」

 

 

やよい「以前、私の猫であるタマの子供を保護していたのは君達だったろう」

 

 

やよい「その実績を見込んで頼みたい!!今日一日この子の面倒を見てくれないか!!」

 

 

全員「はい!!」

 

 

二人(何ィィィィィッッ!!?)

 

 

 コイツらは相談する事無く、間髪入れずに理事長の提案を受け入れた。そんなつもりなど毛頭なく、増してや不在トレーナーの代わりをしているという不慣れな状況でそんなの受ける訳が無いと思っていた私とエアシャカールはその返事に驚愕し、絶望した。

 

 

マック「ですが、預かるにしても名前が無いと接しずらいですわね.........」

 

 

やよい「むっ、失念していたな!!この子の名前はじろ「ジョセフィーヌ」.........へ?」

 

 

マック「ジョセフィーヌですわ!!今ビビッと来ました!!!」

 

 

ゴルシ「え〜?アタシ的にはサイバネテリアンエクスロード279-Xゴールドエディションが良いな〜!!」

 

 

スペ「長すぎますよゴールドシップさん!!ここはおむすびでどうでしょう!!」

 

 

スズカ「スペちゃん。もしかしてお昼ご飯足りなかった?」

 

 

ウオッカ「デザートブリゲードってのはどうだ?カッケーだろ!!」

 

 

ダスカ「バカねウオッカ。ここは無難にポチよ!!日本で一番ポピュラーな犬の名前じゃない!!」

 

 

東「.........ガンダムかな」

 

 

沖野「お前正気か?」

 

 

タキオン「私はもっと意味のある名前を付けたいね。三日くらい猶予をくれないか?」

 

 

デジ「わんちゃん帰っちゃいますよー!!」

 

 

ブルボン「ライスさんはどんな名前が似合うと思いますか?」

 

 

ライス「ふぇ〜!!?い、いきなり聞かれても.........」

 

 

シリウス「.........こっちを見るな」

 

 

 一気に喧騒が増しやがった。さっきまでは誰かが喋っていても聞き取れるくらいには静かだったが、今はもうどこもかしこもこの犬の呼び名を決める為の話し声が止まずにいる。

 

 

ゴルシ「なー!!姉ちゃん達はどうだ!!?テイオーもほら!!一緒に考えよーぜ!!」

 

 

 子犬もろとも理事長の事を抱き上げるゴールドシップと言うウマ娘が、少し離れた私達の傍に居る姉とトウカイテイオーの方に聞いてくる。

 それを聞いた三人は他の連中と違い、少し戸惑った顔でそれに反応した。

 

 

テイオー「えー?一日で帰っちゃうんでしょー?ボクは付けたくないな〜」

 

 

オルフェ「アタシもパスっス。名前付けちゃうと愛着湧いちゃって帰した時に悲しくなっちゃうっス」

 

 

フェスタ「そうだぞゴルシ。名前なんて付けたらす、好きになっちまうだろ.........」ソワソワ

 

 

 一人もう既にノックアウト寸前くらいまで追い詰められている感じが出ているが、それは至極真っ当な見解だった。それを聞いた騒いでた連中は、今が別れの時だと言わんばかりに落ち込んだ顔を見せていた。

 

 

やよい「.........二郎と名前を付けたのは間違いだったか」ボソ

 

 

全員「え」

 

 

 まさか理事長自身が名前を付けていたとは、この場にいる誰もが想像もしていなかった。

 しかしそんな事をさほど気にする様子を見せる事無く、理事長はせっかく捕まえた子犬を降ろし、腰に差した扇子を取り出して音を立てて広げた。

 

 

やよい「まぁだがしかし!!君達ならばこの子をのびのびとさせつつもしっかり面倒を見られるだろう!!頼んだぞ!!」

 

 

シリウス「なっ!待て!!まだ受け持つと決めた訳じゃ―――」

 

 

全員「はーい!!」

 

 

シリウス「.........〜〜〜!!!」

 

 

オペ「うむ!!中々賢そうなわんちゃんじゃないか!!ボクは賛成するよ!!」

 

 

シャカ「.........はァ」

 

 

 子犬が駆け回る中、私は頭を掻きむしり、オペラオーはこの状況をおおらかに受け入れ、シャカールはどうにも出来ない現状に溜息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

白銀「ほーらベイマックス。一食五万円の高級ドッグフードだぞー」

 

 

ゴルシ「名前付けんじゃねーよ飯代たけーよどこから聞きつけたんだよ」

 

 

黒津木「そうだぞ翔也。この子にはもう飼い主が付けた名前があるんだから。なータキオン♡」

 

 

タキオン「それは私に言ったのかい?それなら何故その子犬を見て幸せそうな顔で言うんだい?」

 

 

神威「.........」

 

 

カフェ「司書さん.........」

 

 

神威「まだ何も言ってないよ」

 

 

 この状況でトレーニングは出来ないと思った私達は、チームルームまで戻ってきた。今日もまた練習が出来ずこの日を終えるのだろう。

 それはそれとして、目の前にはこの前少し顔を見せていた男達三人.........いや、一人はずっと居たか。ソイツらとアグネスタキオンの同期であるマンハッタンカフェが何故か居た。

 

 

シリウス「.........おい」

 

 

マック「?ああ、彼等は私達のトレーナーさんの御親友方です」

 

 

 私が全部口にするまでもなく、メジロのお嬢様はそれを察して説明した。桜木とか言う奴本人の話もそうだが、今目の前に居る奴らも相当ヤバイ奴だと言うのは目の前の光景をみて直ぐに分かった。

 そしてそれを見て桜木が本当にヤバい奴なのだと確たる証拠を手に入れた。

 

 

白銀「ほーらジョン。これ結婚相手のリストなー。ほら見ろーこの子可愛い犬畜生だろー?世界的ジャーナリストのペットだとよ。コイツにしとけって!!」

 

 

ゴルシ「オマエマジでヤベーな」

 

 

黒津木「玲皇っ!!おすわり!!!」

 

 

神威「俺は玲皇じゃねぇ」

 

 

カフェ「そんな.........司書さんが桜木トレーナーさんだったなんて.........」

 

 

神威「俺は玲皇じゃねぇッッ!!!」

 

 

 頭が痛い。いや、頭を通り越してもう頭痛が痛い。一人は犬の写真を子犬に見せている。もう既に疲れる光景だ。相手は子犬だぞ?しかも犬種もてんでバラバラじゃねぇか。気でも狂ってるのか?

 他二人は殴り合いに発展した。意味が分からない。そしてそれを止めようとはせずにタキオンとカフェは当たり障りのない日常会話をし始めた。気でも狂ってるのか?

 

 

テイオー「シリウスー。早く慣れないとダメだよー?サブトレーナーの代わりなんだからさ♪」

 

 

シリウス「.........チッ、ここに居るとバカが伝染る」

 

 

 頭に片手を当てて疲弊していると、私の肩に小さい手が乗ってくる。それはトウカイテイオーの物だった。

 今日会った時にも思ったが、最後に見た時よりは随分成長している。中身はクソガキのまんまだが.........

 煽ってきたテイオーに悪態をついて返事を返すと不意に視界が暗くなる。何かと思い正面を見ると、あの子犬に結婚を迫っていたヤバい奴が今度は私に迫って来ていた。

 

 

白銀「今玲皇の悪口言った?」

 

 

シリウス「お前らに言ったんだ!!!」

 

 

白銀「出ていけェッッ!!!」ドカァ!!!

 

 

二人「ふぉッッ!!?」ドンガラガッシャーン!!!

 

 

白銀「これでお前をバカにする原因は取り除いたぞ!!翔也様は味方だからな!!!」

 

 

 あっ、無理。頭がクラクラしてきやがる。こんな奴らと一緒に居られる訳が無いしこんな奴らと一緒に居られるような奴の代わりなんて出来る訳無い。

 この男は特にヤバい。自分に向けられている悪意を完全に受け取る前に全て好意に変換してやがる。救いようが無い。

 

 

シリウス「おいシャカール.........コイツら一体何なんだ.........!!!職員じゃ絶対ねぇだろ.........!!!」

 

 

シャカ「.........殴り飛ばされた内のひょろッとした方は司書だ。タキオンと親しい奴は保健室医だ」

 

 

シリウス「職員なのかよ.........!!!」ギリリ

 

 

 デスクで我関せずと言った様子でパソコンを弄るシャカールに対し、なるべく他に聞こえないよう声を潜めて質問をした。

 そしてその衝撃的な回答に私は自然と奥歯を噛み締めた。このトレセン学園は残念ながら終わっているらしい。

 

 

シリウス「アイツは.........!!!あの子犬に結婚相手紹介してる頭のイカれた男はなんだ!!?清掃員か何かか!!?」

 

 

シャカ「.........白銀翔也っつったら分かんだろ」

 

 

シリウス「!嘘だろ.........?名前と噂だけは聞いてたがもっと.........物好きな聖人君主様だと.........」

 

 

白銀「俺聖人君主だって」

 

 

ゴルシ「オマエじゃなくてアタシの事な」

 

 

 白銀翔也。名前と噂は確かに海外遠征に行っている時も聞き覚えのある物だ。テニススポーツという日本人にとっては険しい世界でその頂点に登り詰め、そしてトレセン学園に多額の融資をしている日本人の男.........

 変わり者だと言う事もそれとなく聞いてはいたが、そんなレベルの物じゃない。変だ。そう強く言ってもまだ足りないくらいこの男はヤバい。

 私が居ない間に何があったんだ.........たった五年の間に、このトレセン学園の空気を以前と似て非なるものに根本的に変えたのは.........一体.........?

 

 

 そこまで思考を張り巡らせている最中、廊下の方から多くの足音が聞こえてくる。その足音を出す存在達に察しが着いた私は扉が開く前にその方向を見た。

 

 

オペ「やぁ諸君!!待たせてしまったみたいだね!!ボク達、オペラオー救援隊が物資を持ってきた!!もう安心だよ!!」

 

 

ウララ「首輪買ってきたんだよ!!」

 

 

ライス「リードもちゃんと買ってきたから、これでお散歩行けるね!!」

 

 

ブルボン「おトイレも買ってきました。これで今日一日は過ごせる筈です」

 

 

 勢いよく扉を開け、まるでオペラで踊るような動きで部屋の中心へとやってくるオペラオー。桜木の親友らしい奴ら以外はそれを無視し、後からやってきたハルウララ達の方へ目を向ける。

 

 

タキオン「ふむ。散歩か.........そろそろ行かなければ行けないんじゃないかい?体力も有り余っている様子だ」

 

 

テイオー「だねー。誰が行くの?行かないならボクが―――」

 

 

全員「行きたーい!!」

 

 

 テイオーの提案に対してまたもや間髪入れずに返事をする多数。誰も居なければあわよくばと思っていたのだろう、テイオーは分かりやすく肩をガックリと落とした。

 

 

シリウス「.........はぁ、犬の散歩に人手は要らねぇだろ。シャカール」

 

 

シャカ「わァッてるよ.........ッたく、簡単なプログラム組むのも楽じゃ無ェンだぞ」

 

 

 横目でシャカールを見てどうにかするように頼むと、彼女は既に準備をしていたのか、先程まで打ち込んでいたパソコンを全員に見せるように方向を変えた。

 それは俗に言う、あみだくじ方式になっており、一番下には当たりが二つと他ハズレと書かれている。そして別にそこまでする必要は無いと言うのに、上の名前の方は演出の為か隠されていた。

 

 

シャカ「エンターを押しゃァ一気に抽選が始まる。押すまでは乱数が確定されてねェから誰が当たりを引くかは分からねェ」

 

 

全員「おー.........!!!」

 

 

 話をしながらエンターキーを押す。すると画面では一斉にあみだくじが始まり、十秒も経たずに全ての抽選を終えた。

 そしてもう一度エンターキーを押すと、上の方に隠れていた名前が一気に開示された。

 

 

ライス「やった!ライス当たったよ!」

 

 

マック「良かったですわね。ライスさん」

 

 

ライス「うん!えっと、一緒に来る人は.........ひぃ!!?」

 

 

 同行者が誰か。それを見ようともう一度画面に目を移したライスシャワーの表情は先程と打って変わり、恐怖に埋め尽くされた物になっていた。

 何かと思い私達も画面を見ると、その同行者が[エアシャカール]だと言うことを知り、彼女のその反応にも納得が行った。

 

 

シャカ「.........チッ、オレとじゃ嫌かよ」

 

 

ライス「え、えっと、そうじゃなくて.........」

 

 

ライス「し、シャカールさんの事。良く知らないから.........ライス、一緒に居ても良いのかなって.........」

 

 

シャカ「.........あァ?別に、たかだか犬の散歩じゃねェか?遊びに行くンじゃねェ。これはコイツに必要な事で、オレらはそれをするだけだろうが」

 

 

 面倒くさそうに彼女はそう答えた。だがそう言いつつも、彼女はデスクから軽々と立ち上がり、首輪を犬に付けながらリードを持った。

 そのまま犬を抱き抱えて出ていこうとしたが、保けているライスシャワーが着いてこないのを察知し、何も言わずに着いてこないのか?という目線で問い掛ける。

 そしてそれを受け取り、ライスは素早く彼女の背中に張り付く勢いで近付いた。それを確認した彼女はまた面倒くさそうにため息を吐き、ライスと共に廊下へと出て行った。

 

 

シリウス「.........良いのか?私が言うのも何だが再抽選した方が良かったと思うが」

 

 

マック「いえ。ああ見えてライスさんは強い人ですから、きっと仲良くなって帰ってきますわ」

 

 

ブルボン「ライスさんとシャカールさんの相性度は見た所によると[92.3%]。ステータス[仲良し]を獲得出来る可能性は高いです」

 

 

オペ「なるほど!!見た目のやり取りでは分からなかったが、二人は仲が良くなると言うのだね!!まるでボクとアヤベさんの様に!!」

 

 

タキオン「.........アレは君が一方的に押し付けてるだけじゃないかい?」

 

 

 かなり疑問が湧いてくるオペラオーの例えに困惑しながらも、マックイーンの残った者はトレーニングをしようという提案を受け、それぞれメニューを手に持ち、もう一度学園のターフへと出掛けて行くのであった.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シャカ「.........」

 

 

ライス「.........」

 

 

シャカ「.........はァ」

 

 

 今日、もう何度目かも分からねェ溜息を吐く。それに即座に反応する様に、少し後ろを歩いているライスシャワーは身体を一瞬跳ねさせる。

 面倒くせェ。なんでオレがこんな事を。そんな幾度も無く繰り返した無駄な問答をまた始めようとして、それを払う様に苛立ちのまま頭を搔いた。

 

 

シャカ「.........別に居たくねェンだったら離れても良いンだぜ?今頃お前のチームの奴らは全員。トレーニングしてるだろうしなァ」

 

 

ライス「う、ううん!ライス、シャカールさんとお話したいの!」

 

 

シャカ「.........ア?」

 

 

ライス「ライス、シャカールさんの事、怖い人だって前に聞いてて.........でも、そういう噂話でシャカールさんの事、怖い人って決めつけちゃダメだと思ってて.........」

 

 

 .........予想外の展開になりやがった。コイツ、見た目や弱々しい反応をしていた割には随分な図太さを持ってやがる。まぁ、伊達にG1級レースを二回も勝ってねェって事だ。それだけで判断を下すなんて、オレも[アイツ]の事を言えねェ。

 

 

シャカ「.........火のねェ所に煙は立たねェって諺もあるぜ?迂闊に信用しすぎなンじゃねェか?」

 

 

ライス「!ち、違うもん!ライスもちゃんと、そういう人と仲良くなって!違うって知ったから!シャカールさんもきっと.........!」

 

 

シャカ「それ誰だよ」

 

 

ライス「タキオンさん!!」

 

 

シャカ「あァ.........いや、アイツは噂と違ったと言うより、[違くなった]っつうか.........」

 

 

 自信満々に息巻きながら、アグネスタキオンの名前を出してきやがるライスシャワー。確かに最初の印象を知らずに噂だけを知って、今のアイツを見たならそうなるだろう。

 だが確かに、最初に会った頃のタキオンは噂通りの存在だった。変わったのは、あのレグルスとかいうチームに所属してからだ。

 

 

『エアシャカール。噂は聞いているよ。どうかな?私と共に速度(スピード)の向こう側を見てみないかい?』

 

 

シャカ(.........最初の時はまだ、普通にお互いの理論を話せる位には余裕があったンだけどよォ)

 

 

 いつからだろうな。今思い返してみても、アイツが研究に没頭して、トレーニングや走ることに見切りをつける様になったのは.........

 変わり者ばかりのトレセン学園だ。そういう奴も中には居るだろう。そういう話もあったが、オレはその心の変わりように気付いていた。コイツは[諦めてる]と。自分でその先を見るのは、出来ないことだと。

 そしていつからだろう。そんな奴が、昔の様な余裕さを取り戻し、徐々にトレーニングや走る姿を見せ始めたのは.........

 

 

シャカ「.........なァ」

 

 

ライス「!な、なに.........?」

 

 

シャカ「[桜木]って奴は、そンなに期待出来るほどの奴なのか?」

 

 

 その余裕を取り戻し、またレースという世界に足を踏み入れようとした。そのきっかけは恐らく、いや。その変化は確実にコイツらのトレーナーである[桜木 玲皇]がもたらしたもの他ならないと結論付けた。

 

 

 だが.........

 

 

ライス「.........う〜ん」

 

 

シャカ「はァ!!?お前ここまでやっといてそれはねェだろッッ!!!」

 

 

 事もあろうかライスシャワーはオレの質問に対して、首を傾げるという行動を取りやがった。トレセン学園のトレーナーならいざ知らず、学生であるウマ娘にその代わりをさせるという奇行をしながら、即答出来るほどの信用が無い。その事実にオレは思わず声を荒らげた。

 

 

ライス「.........絶対、は無いかな。おに.........じゃなくて、トレーナーさんがマックイーンさんを治せるって、ライスはまだ分からない」

 

 

シャカ「.........」

 

 

ライス「けれどそれも、絶対じゃないと思うんだ。だから、ライス達のトレーナーさんは頑張るんだと思う」

 

 

ライス「それで、どんな風になっても、一度はここに帰ってきて、安心する為に。ライス達は元通りの元気なライス達じゃないとって思うんだ!」

 

 

 .........周りの人間の思いが、力となり、背中を押す。前までのオレだったら、そンなの鼻で笑ってまやかしだの気の迷いだの、散々言ってるだろう。

 だけど、オレは知っている。たった一人の存在で、オレの[7cm]を[6.9cm]に変えた存在を.........

 

 

シャカ「.........そうだな。お前らが普段通りで居りゃァ、桜木って奴も嬉しいだろうよ」

 

 

ライス「!だ、だよね!よ〜し、頑張るぞー.........」

 

 

シャカ「.........ア?」

 

 

ライス「が、頑張るぞ〜.........?」

 

 

シャカ「.........はァ、おー」

 

 

ライス「!おーっ!!」

 

 

犬「ワン!!!」

 

 

 .........ッたく、引っ込み思案なのか押しが強ェのか、分かりゃァしねェ。どこかの[お嬢様]みたく、もっと分かりやすいんだったら助かるんだけどな.........

 

 

 そんな事を考え、そして面倒くさいと思いながらも、ついつつかれる様に出てきた笑いを隠すように、オレは口元を押さえて舌打ちで上書きにしながら、犬の散歩を続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 [ブルーローズチェイサー]

 Lv0→6

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

たづな「失礼します」

 

 

やよい「許可ッ!!入って良いぞ!!たづなよ!!」

 

 

 軽く響き渡る三回のノックの音。その後に頼りになる声が聞こえてきた私は、その人物の入室を許可した。

 大きな扉を開け、私にその姿を見せたたづなは丁寧に頭を下げた後、両手でその開けた扉を閉める。

 

 

たづな「理事長。様子はどうでしたか?」

 

 

やよい「上々ッ!!桜木トレーナーが不在となりどうなる事かと思っていたが、彼女達は何も心配無かったぞ!!」

 

 

たづな「ふふふ♪それにしても一芝居打つ為に、わざわざ親戚のペットのワンちゃんまで借りるだなんて」

 

 

 彼女は口に片手を当て、くすくすと笑い声を上げた。彼女の言う通り、あの子犬は事情を説明し、親戚から預けさせて貰ったものだ。無論、相手にとっては家族同然の存在。そう上手くは行かないと思っていたのだが、快くそれを快諾してくれたのだ。

 その時のその者達の顔は、一切の疑いや不信はなく、笑顔だけだった。その顔が、一人の男の顔を思い起こさせる。

 

 

やよい「.........たづなよ。桜木トレーナーは、メジロマックイーンを救えるだろうか」

 

 

たづな「.........それは、誰にも分かりません。ですが、分からないからこそ、あの人は.........桜木トレーナーさんは頑張れるんだと思います」

 

 

やよい「.........[絶対など無い]。だからこそ、あらゆる可能性を模索する、か」

 

 

 宛の無い旅路だろう。その道程が容易くない事など簡単に想像出来る。だがそれでも、あの男ならば.........彼ならば、と。かつてトウカイテイオーを[無敗の三冠バ]に導いたその存在を、私は無意識に肯定している。

 

 

やよい(何も見つからなくても良い。だから、桜木トレーナー.........)

 

 

やよい(無事に、必ず無事に.........帰ってくるのだぞ)

 

 

 遠い空に広がる快晴の空。この空の向こうには彼が居る。今でもきっと、たった一人の愛バの為に行動しているのだろう。

 今やこの私が先頭に立つようになったトレセン学園は、彼のお陰で以前とは全く違う、気持ちの良い風が通る学園となった。トレーナーもウマ娘も、知ってか知らずか、彼の影響を受け良い方向に変わって行っている。

 

 

 そんな風が、彼自身にも、彼の進むであろう苦難の道にも吹いてくれるよう、私はただひたすら祈っていた.........

 

 

たづな「.........あっ、そう言えば理事長にお話がある、という方がこの前いらしたのですが」

 

 

やよい「むっ!もしや私が二郎を引き取りに来た時だったか!!それは悪い事をしたな.........それで要件はどうだったのだ?」

 

 

たづな「それが―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――桜木トレーナーは今、トレセン学園に居るのか、と.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

......To be continued



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メジロ家従者の誇り

 

 

 

 

 

桜木「.........お〜い、まだ付かない系〜?」

 

 

ナリブ「黙って歩け。案内してくれている子供はまだ息切れもしてないぞ」

 

 

桜木「そりゃウマ娘だからでしょ.........こっちは人間だっての、ねぇ爺やさん達?」

 

 

 まだ日も落ちきっていないと言うのに、今俺達が歩いている森の中は日の光が差し込みにくく、その薄暗さが気味悪い。イギリスの一月はまぁ寒くはあるが、日本とは大差が無い。

 だと言うのに、俺の身体からは汗が吹きでて熱を持っている。既に三時間、休むことなく歩いていると言うのに、先導をしてくれているウマ娘の少女は一向にその足を止める気配は無い。

 

 

桜木(.........それにしても、あの時助けた子がエディ先生の関係者だったとはなぁ)

 

 

 以前ひったくりにあったウマ娘。どうやらあの時俺は英語のメモを落としていたらしく、彼女がそれを拾った事でエディ先生に何か大事な用があると言うことに気付いてくれたらしい。それ自体は非常にありがたい。正直行き詰まりを感じていた所だった。

 けどなに?なんで俺達この森の中を延々と歩かされてるの?もしかしてこれ、騙されてる?俺達見た目幼気なウマ娘に騙されてる?日本と同じ感性で行動してる.........?

 

 

「着きました。ここが私達のお家です」

 

 

桜木「.........ごめんね」

 

 

全員「?」

 

 

 目の前に立っている木造の家を見て、先程まで考えていた物は邪念が作り出していた被害妄想だと知り、罪悪感から居たたまれずについ謝ってしまう。

 そして目の前を歩く少女に誰も疑いの目を向けていなかったのだろう。全員の不思議そうな目が更に俺の穢れた考えをしたという事実を明るみにする。もう死にたい。

 木の幹を背もたれにして体育座りで蹲っていると、先導してくれた少女は家の中へと入って行く。その様子を見守る三人と自分を責め続ける俺。

 数分経っただろう。やがて家の扉が開き、少女とその後ろに立つ長身の老人が見えた。

 

 

「入って良いって」

 

 

ナリブ「.........ほら、行くぞ」

 

 

「全く、人と言うのは勝手だな。[お前]もそう思うだろう?」

 

 

主治医「.........お久しぶりです。[先生]」

 

 

桜木「っ、し、知り合い.........?」

 

 

 唐突に判明する関係性。しかし、詳しい事は分からない。交わす言葉もそれだけで、老人は家の中へと姿をくらます。

 中へと入っていく三人。俺も少女に連れられて、その中へと入って行った.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すまないな。普段はこの子位しか食べない故、食事と言ってもこれくらいしか用意できん」

 

 

桜木「い、いやいや!元はと言えば俺達が勝手に押しかけたせいですからお気になさらず!」

 

 

「気にしてなど居ない。これを食べたら早く帰れ」

 

 

 目の前に出された食事。この国の家庭的なものなのだろう、正直いって失礼だが、この国に来てようやく[美味しそう]だと初めて思った。

 だが人が悪い。なんだこの爺さんは?俺達はこの人に会うためにわざわざこんな苦労をしてきたのか?

 

 

「ちょっとおじいちゃん!!この人達はおじいちゃんの事を頑張って探してたのよ!!」

 

 

主治医「その通りですエディ先生。私達には貴方の力が必要なのです」

 

 

エディ「ルビィ。世の中には実らぬ努力という物がある。手が届かぬ物に手を伸ばす行為ほど無駄な物は無い」

 

 

エディ「.........以前、お前にも教えた事だと思うが?」

 

 

主治医「.........」

 

 

 無表情、と言うよりは表情を作るのすら億劫と言う思いが伝わってくる。目の色を変えず、抑揚すら変えずにこの男は主治医さんの方を見て冷たくそう言った。

 それでも主治医さんは真っ直ぐとエディ先生の方を見る。その静寂した空気に耐え切れなくなったのは、俺だった。

 

 

桜木「あの!」

 

 

エディ「なんだ?」

 

 

桜木「え、エディ先生は、ある病を治す方法を知っているとお伺いしました.........!」

 

 

桜木「不躾な申し出かも知れませんが、その方法を俺達に教えてくれませんか.........!!!」

 

 

 テーブルの上に頭を強く打ち付ける。誠意の見せ方なんて、俺はこれしか知らない。けれど俺は、それでも何とかなると思っていた。俺の気持ちは必ず、伝わってくれると。

 

 

エディ「.........はぁ」

 

 

 .........暫くの静けさの後、帰ってきたのはため息だった。ただの人の吐く息が、これ程までに痛々しく感じた事は今までに無かった。

 そして次に聞こえてきたのは、何やらテーブルの上を何かが擦って移動する音だった。何かと思い顔を見上げると、俺の目の前には先程までエディ先生の晩飯だったはずのパンが入った皿があった。

 

 

エディ「代わりにパンをやる。それを食って帰れ」

 

 

桜木「っ、な...ぁ.........」

 

 

ナリブ「.........ふざけるな。私達はそんな美味くも無い小麦の塊の為に来たんじゃない」

 

 

エディ「それこそふざけている。私にとってアレは悪魔の証明だ。あの存在を認めるくらいだったら、私は死んだ方がマシだ」

 

 

 その言葉には先程とは違い、憎しみめいた物が若干込められていた。それがどうしてなのかを想像する前に、エディ先生は席を立った。

 

 

エディ「.........もう外も暗い。泊まっていくといい。私が起きる前に出ていかなければ警察に連絡する」

 

 

ルビィ「.........ごめんなさい。こんな事になるだなんて.........」

 

 

爺や「いえ。貴女様の責任ではございません。全ては勝手に上手くいくと思っていた私め等の詰めの甘さが原因でございます」

 

 

『厄介な事になったわね。どうするの?』

 

 

桜木(.........どうするもこうも、何も無いよ)

 

 

 少しだけ頭を起こし、テーブルの上に着いた両手を見る。それを目一杯伸ばした所で、今のままでは欲しい物どころか、ちょっとの高所にも届きやしない。

 そんな悔しさを握り締める。両手はそれを握るだけで震えて来る。俺はまだ、[強くない]。

 

 

桜木「.........行こう」

 

 

ナリブ「っ、諦めるのか?」

 

 

桜木「まさか。あのジジイは飯を食ったら、そして泊まったら帰れっつったんだ。だったらその条件を飲まなけりゃ良い。幸い俺達はまだ一口も食っちゃいない」

 

 

桜木「ごめんね。折角こんなに用意してくれたのに悪いけど、これが食べれない理由が出来ちゃったみたいだ」

 

 

ルビィ「ううん。私ウマ娘だよ?これくらいぺろりだよ!だから気にしないで?」

 

 

 彼女は俺達に罪悪感を湧かせないよう、直ぐにその両手にパンを持ち、一気に頬張った。その様子を見て喉に詰まらせるかもしれないと思った俺達は直ぐに駆け寄ったが、そんなことには一切ならず、彼女はその喉にパンを通して行った。

 

 

 一安心した俺達はひとまず、彼女にまた明日と言い、外へと出る。もしもの時があるかもと思い、ブっさんにキャンプ道具一式を持たせておいて助かった。

 

 

桜木「うっし、じゃあ俺は近くの川に釣りに行くから、爺やさん達とブっさんは―――」

 

 

主治医「いいえ。釣りへは私が行きます。貴方はテントを張ってください」

 

 

爺や「では私は調理の支度をしましょう。ブライアン様は火起こしをお願い出来ますか?」

 

 

ナリブ「分かった」

 

 

 俺の虚勢満載のガッツポーズを無視した三人はそれぞれ準備に入る。どうやら最早俺にそんな体力など無いという事を察しているらしい。

 これだから他人以外の人間は嫌なんだ。表面だけ見て受け取ってくれれば気が楽なのに、わざわざ内面を嗅ぎ付けてそれを知ってくる。役者にとってはいい迷惑、商売上がったりだ。

 

 

『.........それは、貴方はもう素顔だからじゃない?』

 

 

桜木(っ、うるさいな.........気持ちだけはいつまでも現役のままなの!そういう気持ち悪い奴沢山いるでしょ!!)

 

 

『気持ち悪くなんて無いわよ。気持ちだけは第一線なんて理想そのものよ?』

 

 

 テントの器具を集めて組み立てている間、俺にしか見えないMさんが勝手に内心を読んで話しかけてくる。やはり俺以上に生きているのか、俺の不安や悩みに対して大きな事では無いと言うように諭してくる。

 それが有難いことなのは分かっている。けれどそれを突っぱねる俺の若い感性が生じる。だから、複雑な気持ちだ。

 

 

桜木(.........強く、ならなくちゃな)

 

 

 ただ漠然と。[強さ]の元が[強がり]で、何をどうすれば[強さ]になるのか、俺は未だに分からないでいる。

 [未来]に居た時、彼女.........マックイーンは俺に、自分達には無い[力]があると言ってくれた。その[弱さ]が、[強さ]になるのだと。

 今、それを考えても分からない。俺にはまだ、俺の[強さ]が.........[力]が何なのか、見えてすら居ない。

 

 

 もし、この旅でそれを見つける事が出来たなら.........そう思いながら、俺はテントを張っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エディ「.........はぁ」

 

 

 朝日を浴びようと玄関を空け、身体に光を当てる。その過程で眩しい光が目に降り注ぎ、少しの間視界が何も映さなくなるが、徐々にそれは見えてきた。

 溜息を吐く。それはいつもここから見る、自然豊かな景色に感じられるエネルギーに対する敬服。或いは畏怖。若しくは感嘆の物では無く、呆れと苛立ちだった。

 まだ動かせるとは言え、若さとはもう無縁となったこの身体を前へと動かし、目の前に立てられているテントに近付き、その幕を開けた。

 

 

桜木「.........んあ?朝.........?」

 

 

エディ「.........何をしている、私は帰れと言ったんだ」

 

 

桜木「飯食って、家に泊まったら。だろ?」

 

 

 眠気眼を擦りながら、青年は大きな欠伸をしてそう答える。テントから出ると言うのだろう、彼は掛けられたブランケットを横に剥ぎ、テントの中にしまっていた靴を取り出した。

 

 

桜木「ったく、帰る訳ねぇだろ。俺にはどうしても、[繋靭帯炎]を治す方法を知る必要があるんだ。それをアンタが握ってるってのはもうお見通しなんだよ」

 

 

エディ「.........何処でそれを?」

 

 

桜木「さぁね。その方法と一緒に送られてきたメールに返信すりゃ分かるんじゃねぇか?」

 

 

 .........なんて事だ。この男、私が不治の病である[繋靭帯炎]の克服法を持っている事までならいざ知らず、それをどうやってこの手に入れたのかすら知っているのか.........

 この男、実に厄介だ。何者なのかも、この目に見える若さからは到底身につける事など出来ぬであろう底知れなさが、私の無意識を強く警戒させている。

 

 

 ―――だが

 

 

エディ「.........[合格]だ」

 

 

桜木「.........へ?」

 

 

エディ「私の出した条件を回避しつつも居座るその機転。良い着眼点だ。お前達は[繋靭帯炎]を治す方法を知る資格を今、得たのだ」

 

 

 私の言葉を聞き、予想外だったのだろう。未だに保けた様子で私の顔を見ている。そんな彼に気付き、朝食の準備をしていたであろう他の同行者もどこからとも無く現れ、彼の身体を揺すった。

 

 

エディ「案内する。試験会場へな」

 

 

四人「.........っ」

 

 

 全く、人と言うのはいつもままならん。こうして人里離れ、誰かに会うことも無い状況に身を置いているというのに、こうして年に一回あるか無いかだが、どこからか私の持つ情報を宛にする輩がいる。

 しかも、今回はそれを送ってきた者を知っているそぶりがある。これは私自身も、それを知る為に敢えてこの者達を引き込むのも良いだろう.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 .........どうせ、[試練]を乗り越える事など出来やしないのだからな.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エディ「お前達には合計四回の試練をそれぞれ一人ずつ受けてもらう」

 

 

エディ「そして.........一つ目の試練はここで受けてもらう」

 

 

四人「.........」

 

 

 エディ先生に連れられ、俺達は山奥の開けた場所へと連れて行かれた。そこは先程までの人の手が入って居ない自然とは違い、明らかに人の手が加えられたとしか考えられない開けた土地。しかも、かなり広大な場所だった。

 

 

エディ「以前。環境開発の為ここは開拓されたが、現地民や町の人達に反対されたらしくてな。結局、ここには何も出来なかった」

 

 

桜木「.........レース場でも作る気だったのか?」

 

 

 俺のそのパッと出た発想に、彼は面白くない物を聞いたと言うように不機嫌そうに鼻を鳴らした。だが、その反応を見るにどうやら少なからず当たっていた様だ。

 

 

エディ「無駄話をしている暇は無いだろう。一つ目の試練は、ペーパーテストだ。こっちへ来い」

 

 

 そう言われ、俺達はそれに返事をせずについて行く。向かう先はこの場所で唯一の建物がある場所。既に放棄され中は廃墟と化しているだろうと予測し、俺は自分の中の恐怖心を押さえ込んでそこに向かった。

 しかし、その扉を開けると中は案外、手入れの行き届いた綺麗な内装をしていた。若干埃は被ってはいるが、廃墟という程では無い。

 彼は一人その奥へ入り、棚の中から一枚の紙を取り出した。それは、答案用紙そのものだった。

 

 

エディ「お前達の中で一人選べ、その一人がこの、[英国トレセン学園]のトレーナー入試テストの過去問題を解く。合格ラインは90点だ」

 

 

桜木(なるほど、だったらここは俺が行った方が―――)

 

 

 トレーナーのテスト。であるならば、ここは現役のトレーナーである俺が受けた方が良いだろう。そう思い手を挙げて立候補しようとしたが、そんな俺を気にすること無く、一人が前へと躍り出た。

 

 

爺や「私がお受けいたしましょう」

 

 

二人「な!!?」

 

 

 まさかの立候補に俺が、そしてブっさんが思わず驚きの声を上げた。そんな声を気にする様子も無く、爺やさんはひたすらエディ先生に向かって歩いていく。

 主治医の方を見てもどうやら爺やさんを止める気など無いらしく、俺は声を上げて彼の前進を止めた。

 

 

桜木「じ、爺やさん!!?ここは俺が行った方が良いですって!!!現役のトレーナーですし.........」

 

 

爺や「桜木様。ここで貴方様の挑戦権を無くす事は危険です。もし仮に肉体的な試練が待っているのでしたら、主治医は兎も角、私は足でまといとなります」

 

 

爺や「貴方様は.........私達メジロ家にとって、そしてお嬢様にとって、残された[切り札]なのです」

 

 

 力強い目が俺を貫く。そんな彼の強い決心と思いを受けた俺は、もう彼を止める事など出来ないと悟った。

 その様子を見守り、沈黙を貫いていたエディ先生が爺やさんが目の前まで来た事で確認を取る為に口を開いた。

 

 

エディ「もう後戻りは出来ないぞ?聞いた所、トレーナーでは無いようだが?」

 

 

爺や「私はメジロ家に使えるしがない従者でございます。勿論、トレーナーではございません」

 

 

爺や「ですが私はマックイーンお嬢様がトレセン学園入学までの間、あの方のトレーナーとして過ごさせて頂きました」

 

 

爺や「メジロ家仕込みのトレーニング論.........侮って貰っては困ります」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時計の針が刻一刻と過ぎて行く。秒針の音とペンと紙が擦れる音だけが延々と鳴り響き、俺は額に汗を垂れ流す。

 

 

桜木(爺やさん。ああは言ってたけど.........大丈夫だろうか.........)

 

 

 制限時間は90分。現時点でもう既に残り10分を切った所で、爺やさんはようやく最後の問題用紙を捲った。

 

 

 そしてそこで、彼の持っていたペンが初めて止まり、世界には秒針の音だけが取り残された。

 

 

桜木(.........!!!)

 

 

ナリブ「っ.........」

 

 

 非常にまずい問題だ。あのいつも冷静沈着なあの人が、少し眉を潜め、その問題に向き合っている。

 息を飲む。もしこのまま、あの人が動かなかったら.........合格ラインが遠のく事になる.........

 そうなったら、そうなってしまったら.........マックイーンは.........!!!

 

 

 

 

 

爺や(.........いやはや、この事態は予測しておりましたが、これは懐かしい問題と巡り会いましたな)

 

 

 ―――目の前にある文章。それは、かつて私の道の一つを閉ざしたそれそのものでした。この文章一つで、私は今を生きている.........

 

 

 かつての私は、トレセン学園のトレーナーになる事を志し、トレーナーになる為に勉学に励んでおりました。

 そしてその傍ら、トレーナー志望の若い人材を雇い、養ってくださるというメジロ家に、私はあの日、今で言うアルバイトとして初めて、足を踏み入れたのです。

 

 

 毎日が勉強でした。私の担当は洗濯係でしたが、マナー作法や良家の常識。メジロ家専属トレーナーの方々から叩き込まれた理論。その全てを、いつかトレーナーになった時に役に立つだろうと、私は吸収して行きました。

 

 

 ですが.........結果は不合格。私は終ぞトレーナーになる事はありませんでした。

 

 

 代わりに、仕事の勤勉さからかつての旦那様。大奥様のメジロアサマ様の旦那様から、メジロ家の執事として働いてくれないかという打診がありました。

 きっと、私にはトレーナーより、執事が向いているのだろう。そう思い、その提案を受け今日まで至ります。

 

 

 .........そんな私ですが、ほんの十年程前でしょうか。かつての夢を、本当にささやかですが、叶えて下さった方がいました。

 

 

『爺や!!おばあ様から聞きました!!かつてはトレーナーになる為にお勉強をしていらしたのでしょう?』

 

 

『ほほほ、昔の話でございます。今はこうしてマックイーンお嬢様の傍でお仕えすることが何よりの幸せですゆえ』

 

 

『でしたら!私まだトレセン学園に入学するまで時間がありますの!でもこうしている内に、ライアンやパーマー達はどんどん力を付けて行きますわ!』

 

 

『ですから入学までの間!私のトレーナーさんになって下さりませんか?』

 

 

 .........思っても居ない、提案でした。まさかこの歳になって、そしてその上、自分がお仕えする主のトレーナーになれるなどと.........

 ですがその提案に、私はつい自然と、引き受けてしまったのです。あの時のお嬢様の喜び様は、高級スイーツ店のシェフをサプライズとしてお呼びした時以上の物でした.........

 

 

爺や(.........かつての私は、この問題。怪我をしたウマ娘に対し、どう接するのか。この記述問題を落とし、トレーナーにはなれなかった)

 

 

爺や(辞めたいならば辞めれば良い。続けたいのならば続ければ良い。かつてはそう考え、そしてそれは今も変わりません)

 

 

爺や(変えるべくは.........[私自身]の行動です)

 

 

 止めていた手を動かし、紙の上に文章を作り上げて行きます。それが記憶の片隅に残っていたそれと同じ形を形成して行きながら、次第に若干、その形を変えて行きます。

 

 

 トレーナーとは言わば、ウマ娘という主役に光が当たる限り必ず出来る[影]の存在。そう考えていたが故に私は、彼女達ウマ娘の意志を尊重し、大事にする事が第一だと思っておりました。

 

 

 ですが、それだけでは足りないと.........彼に、桜木トレーナー様に気付かされました。

 

 

 相手の意志を尊重するのと同時に、それに見合った適切な行動を取らなければ、真の意味でのパートナー。ウマ娘とトレーナーという関係性には、なり得ぬのだと.........

 

 

爺や(桜木様。貴方様はご自身の事を未だ、トレーナーとしては不足していると思い込んでいる節がございます)

 

 

爺や(しかしかつてトレーナーを志した私から見た貴方様は.........お嬢様を支え、チームの皆様を支える貴方様のお姿は.........)

 

 

爺や(.........最早、誰よりも立派なトレーナーでございます)

 

 

エディ「そこまでだ」

 

 

 

 

 

 ―――爺やさんが机にペンを置いたのと同時に、エディ先生が試験終了の言葉が告げられる。答案用紙を回収し、その中身をじっくりと見ている間、俺は生きた心地がしなかった.........

 

 

桜木(.........っ、ダメだ。やっぱり俺がなんて思ったら.........爺やさんを信じてないのと同じじゃないか.........!!!)

 

 

桜木(信じるんだ.........!!!この旅は、俺がもう一度何かを心の底から信じられる様にする為の旅でも.........?)

 

 

爺や「.........フフ」

 

 

桜木(.........!)

 

 

 不安に苛まれている中、自身が選び、爺やさんに委ねた選択に葛藤している。そんな中で、彼は一人苦しんでいる俺の姿を見て、心配は無いと言うように、優しく微笑んでくれた。

 

 

エディ「.........はぁ。[突破]したか」

 

 

三人「!」

 

 

桜木「じ、じゃあ.........!!!」

 

 

 やれやれ。そう言った様子で言葉を出さず、彼は答案用紙を置いて部屋から出て行こうとした。

 しかし、何か忘れている事を思い出したのだろう、彼は俺達の方へ視線だけ向け、いつも通りの無機質な声で要件だけ伝えた来た。

 

 

エディ「次の試練は明日行う。準備に手間が掛かるのでな。アドバイスをするならば.........」

 

 

エディ「俺が教えた事を、思い返すと良い」

 

 

主治医「.........はい」

 

 

 それを言ったきり、彼はその視線をまた外し、建物の外へと出て行った。先程までのやり取りを見て、主治医とエディ先生は恐らく、医学を教え、教えられてきた関係なのだろう。

 

 

 そんな堅苦しい雰囲気から開放された俺とブっさんはお互い、安堵の溜息を吐く。正直ようやく、一息つけそうな感じだ。

 

 

桜木「いや〜、それにしても爺やさん!トレーナー試験合格なんて凄いじゃないっすか!!」

 

 

爺や「ほほほ、昔取った杵柄と言う物でございます。桜木様も一目見れば全問解ける問題だと思われます」

 

 

桜木「マジ〜?そんな簡単な訳ないじゃ〜ん.........」

 

 

三人「.........?」

 

 

 爺やさんが解いた問題と問題用紙を見比べる。英語で書かれてはいるが、一応内容は理解出来ているつもりだ。

 そしてそのままの意味で合っているのなら、大問一の問題はトレーナー常識問題。そこまでは良かった。

 だが俺は、その問題に対しての解を、今全く持ち合わせていなかった。

 

 

 俺にはある特技がある。それは、正解を一度知っている問題に対しては覚えて居ようと間違って居ようと、一度はその答えを知っているのだから安心するという物だ。

 しかし、知らない物にそれは少しも発揮されない。

 

 

 今しがた、俺の心臓はバクバクと緊張と安堵で猛烈に動き出していた.........

 

 

ナリブ「.........まさかお前」

 

 

桜木「.........ま、まぁ?大問一くらい捨てた所で?トレーニング論とか今ならウマ娘との接し方とか?レースのルールなんて朝飯前だし?解けなくても大丈夫っしょや!!」

 

 

主治医「.........大問一の配点は11点と書かれております」

 

 

桜木「」

 

 

 .........え?これ、もしかして俺が受けてたら詰んでた.........?

 

 

 絶句。その主治医の言葉で俺は完全に意識が遠のいた。手に持っていた筈の用紙達がスルスルと抜け、ヒラヒラと宙に舞い、地面へと落ちて行く。

 

 

ナリブ「貴様ァ!!!それでも中央のトレーナーかッッ!!?」

 

 

桜木「俺だって聞きたいよッッ!!!なんで俺トレーナー出来てんのさ!!?ここ全滅よ!!?」

 

 

爺や「桜木様。日本へ帰国したらまずメジロ家にご招待致します。勉学に励み、今一度トレーナー試験を受け直しましょう」

 

 

桜木「そこまでする!!?」

 

 

爺や「合格ラインは100点です」

 

 

桜木「なんで!!?」

 

 

主治医「それは貴方がマックイーンお嬢様のトレーナーだからです」

 

 

 ブっさんには呆れキレられ、メジロ組からは凄い形相で詰められる。帰国後の予定を完全に埋められた俺は、この答案用紙を見た事を後悔したのであった.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「.........」

 

 

爺や「お隣、よろしいですかな?」

 

 

桜木「ああ、どうぞっす」

 

 

 焚き火の炎に当たりながら、ぼんやりとその揺らぎを見ていると、不意に爺やさんから声を掛けられる。

 今はあの試練の場所から離れ、先日野宿をしたエディ先生とあのウマ娘の女の子が住んでいる場所の近くまで戻り、またテントを張っている。

 

 

桜木「.........爺やさんは、トレーナーだったんっすか?」

 

 

爺や「いえ。昔その道を志しただけでございます。私の肩書きはメジロ家に仕える執事。ただその一つだけです」

 

 

 彼も炎を見ながら、そう言った。けれどその言葉からは寂しさや後悔なんか一切感じられない。代わりに誇りや、聞いていて不快にならない自慢の様に聞こえてきた。

 この人はきっと、妥協や諦めで今の居場所に居る訳じゃない。それがハッキリと分かった。

 

 

爺や「.........桜木様は、今に満足しておられますか?」

 

 

桜木「.........どうっすかねぇ」

 

 

 炎が上がる焚き火の中に、枯れ木を放り投げる。燃料を投下された火は一瞬大きく揺らぎ、天にその先を一層近づけたが、次第にそれは元の形へと収まって行く。

 .........その言葉を聞いて、俺は痛まなかった。それと同時に、確信も無かった。この道を進んで俺はまだ、それが正解なのか間違いなのか、未だに分からずに居る。

 もしかしたらそれが、俺が未だに何かを、そして誰かを心の底から信じられない事に繋がっているのかもしれない。そう思うと何だか、非常に虚しくなった。

 

 

爺や「.........桜木様。人生は長い道のりでございます」

 

 

爺や「例え分かれ道や選択肢を迫られたとしても、それを目の前にして立ち止まれる事は奇跡に等しい程、有り得ません。足は勝手に前へ進んで行きます」

 

 

爺や「思考すべきことは、何が正しかったのかではなく、今どうすれば自分が一番満足できるかどうか。それが良い人生にする為の基本だと私は考えます」

 

 

 俺の方を見ながら、彼は優しく微笑んでそう言った。不思議な感覚だ。俺に優しいおじいさんが居たらきっと、この人と居る様な感じをするんだろう。

 そんな微笑みを向けられ、俺も照れくさいと思いながらも、笑顔で返す。ぱちぱちと弾ける火の音を聴きながらその時間を楽しんでいると、不意に携帯が通知を知らせる為に振動した。

 

 

桜木「おっ、マックイーン達かなぁ〜?」

 

 

爺や「ビデオレターですかな?」

 

 

桜木「ん〜、みたいっすね。ん?今日はいつもとメンバーが違うな.........?」

 

 

 グループメッセージに映し出されたビデオのサムネ。そこにはいつもの俺と関わりのある子達、ではなく、今日は[メジロ家]で統一されたメンバーが映っていた。

 その画面を爺やさんに見せながら再生ボタンを押してみる。

 

 

ライアン「桜木さん!それと爺や!ライアンです!!」

 

 

爺や「な!!?わ、私も同行している事がバレてしまっている.........!!?」

 

 

ドーベル「最初マックイーンから聞いた時はビックリしたけど、マックイーンのトレーナーならやりかけないと思ったし、爺やも主治医もマックイーンに過保護だから、なんか納得しちゃった」

 

 

ブライト「うふふ♪それにしても〜、イギリスという国はとても素敵な場所だと聞いていますわ〜♪爺や〜♪お土産待ってます〜♪」

 

 

パーマー「あはは、遊びに行ってる訳じゃないって分かるんだけど、私もいつか行ってみたいな〜!ゴルフの聖地.........って!浮かれちゃダメだよね!」

 

 

アルダン「まぁまぁ、このビデオは応援するという役割もあるでしょうけど、あちらで頑張っている人達の心を解す物にもなると思います。気張らずに行きましょう?」

 

 

マック「トレーナーさん。爺や、主治医も.........私の身体がこうなったせいで、皆さんにとても迷惑を掛けたと思います.........」

 

 

爺や「そ、そんな事は.........」

 

 

マック「ですが、この身体が治った暁には必ず.........必ずまた、[メジロマックイーン]としてターフの上を、優雅に駆け抜けて見せますわ」

 

 

マック「ですから.........どうか無事に、帰ってきて下さいまし.........!!!」

 

 

 メジロの皆からのそれぞれの声援。最後はマックイーンの力強い願いによって締めくくられた。

 その言葉を噛み締め、俺と爺やさんはお互いに空を見上げる。

 

 

爺や「.........行けませんな。まだ終わっていないというのに、歳を取ると心が思いを強く感じとってしまいます」

 

 

桜木「ああ.........俺も、少し泣きそうです」

 

 

 夜空に広がる星達。きっとこの空の向こうに、彼女達は居る。

 必ず帰ってきて欲しい。彼女の.........あの子のその言葉だけで、心が強く揺さぶられる。それだけで、決心が更に強くなる。

 

 

桜木(.........待っててくれ。マックイーン)

 

 

桜木(次に君に会う時は、君の隣に立っても見劣りしない男になる)

 

 

桜木(君にふさわしい.........トレーナーになって見せる)

 

 

 まだまだ寒い一月のイギリス。その寒空の下。視線を下ろし、緩やかに揺れるだけになった焚き火の炎の様な静かな心のまま、俺は一人、独り言の様な誓い言をたてる。

 今はきっと独りよがりだろう。今の俺一人では決して、届かぬ願いだろう。それでも俺は、願わずには居られない。

 

 

 それは、彼女と誓ったから。

 

 

 [一心同体]だと、自分から誓い直したから。

 

 

 それが見合わない男に、成りたくない。

 

 

 その姿を見られて笑われる、トレーナーに成りたくない。

 

 

 君と二人で並んで立って、様になる。そんな[桜木 玲皇]になりたい

 

 

 そんないつかの二人の背中を想像して、俺は静かに目を伏せた。

 そのいつかの為に、今は超えるべき試練を乗り越えるしかない。その覚悟を胸に秘めた俺は、静かに炎の音に集中していくのであった.........

 

 

 

 

 

......To be continued



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ルドルフ「私は勝利をリスペクトするッッ!!!」シリウス「ルドルフ?お前何言って......?」

 

 

 

 

 

シリウス(.........チッ)

 

 

 廊下を歩いている最中、その向かっている先の事を不意に思い出し、自己嫌悪する。まだ肌寒さが強い為、制服の上に来ているカーディガンの袖を口元に当てる。

 別に、向かっている事やその場所に対する物じゃねぇ。そこへ向かっているという意識すら無く、最早習慣となっている自分自身が嫌になってくる。

 

 

 だが、色々な物が変わって行ったが良い事もあった。それはいつの間にか相部屋相手になっていた[ナカヤマフェスタ]だ。アイツは中々面白い。最近は寮部屋の夜が暇じゃ無くなった所か、寧ろ楽しくなってきたまである。まぁ本人の就寝時間は祖父の言いつけでかなり早いが、それはそれで可愛げがある。

 因みに[オルフェーヴル]は凄い。何が凄いって別に何かを頼んだ訳じゃねぇのに飲み物だとか食いもんを調達してきやがる。しかもその時食いたい、飲みたい物をだ。だが正直門限ギリギリで出るのは辞めてくれ。いくら私でも気が気じゃねぇ。あの寮長はああ見えて面倒臭いんだ。

 

 

シリウス(ったく、別に行くのは構わないが、若干言いなりになってる節があるな.........そこだけは頂けねぇ.........ん?)

 

 

ルドルフ「確かに先程確認したところ、君達のチームルームの壁が古くなっている事は確認できた。まだ肌寒いから早急に対処するとしよう。報告ありがとう」

 

 

「はい!お願いします会長!!」

 

 

 どうした物か。そんな答えの見つからない問答をしながら進んでいると、目の前に同じ[シンボリ]の名を冠したウマ娘。生徒会長殿のシンボリルドルフ様が居やがった。

 相談してきたウマ娘達が頭を下げて去っていく。その姿が見えなくなるまでそれを見送っていたが、彼女は直ぐに私の視線に気が付き、嬉しそうな顔をして近付いてきた。

 

 

ルドルフ「やぁシリウス。久しぶりじゃないか。こっちの生活は慣れたのか?」

 

 

シリウス「慣れるも何も、私は元々ここの生徒だ。お客さんじゃねぇんだよ」

 

 

ルドルフ「とは言っても、君が居た頃とは大分勝手が違うだろう?」

 

 

シリウス「ああ、そうだな。例えば.........お前の自慢そうに言っていたあの四字熟語が綺麗さっぱり消えてる所とかか?」

 

 

 先程から気になっている部分を指摘してやると、ルドルフは一瞬驚いた顔をしたが、直ぐに嬉しそうな顔をしてきやがった。

 

 

ルドルフ「良く見ているじゃないか。シリウス」

 

 

シリウス「.........ハンっ、嫌でも気付くっつうの」

 

 

ルドルフ「はは、そうだな。あの喋り方はどうやら他のウマ娘達。引いてはトレーナー達も敬遠してしまう物らしい。指摘されて直ぐに直したが、思った以上に効果があったよ」

 

 

シリウス「そうか。それにしてもあの生徒会長殿に意見を言って、それを通す輩が居るなんてな。一体何者だ?」

 

 

 純粋な疑問だった。この生徒会長様は品行方正で外面は良いが、私の知りうる中では一番と言っても良い程の頑固者だ。そんな奴の染み付いた喋り方を変えるなんて、ソイツは相当大したヤツだ。

 しかし、私のその質問を聞いたルドルフはまるで笑いを堪えるように口元に手を当て、それでもクスクスと笑いを漏らしていた。

 

 

シリウス「おい」

 

 

ルドルフ「ふふ、すまない。その私の相談に乗ってくれたのは何を隠そう、今君が代わりを担っている桜木トレーナーなんだ」

 

 

シリウス「っ!!?な、何.........!!?」

 

 

 思っても居ない名前が飛び出してきた。[桜木 玲皇].........今私が不本意ではあるが、その代わりをしている事になっている。そんな男が、あの頑固者のルドルフを変えたと言うのか.........?

 

 

 その時、心の中に少ないながらも、何か得体の知れない物が小さく発生した。それは決して良い感情では無いというのは分かったが、それが何なのか、私には分からなかった。

 

 

 そしてそれにせっつかれるように言葉が口から溢れ出してくる。

 

 

シリウス「ハっ、そりゃいい。あの連中から見れば私はあの生徒会長殿を変えたって言うトレーナーと同じだと思われてんだからな」

 

 

シリウス「そうだ。久々にビリヤードでも打つか?今の私は気分が良い」

 

 

ルドルフ「っ、い、や.........それは.........その、またの機会に.........しておこうかな」

 

 

シリウス「.........?」

 

 

 つい勢いのまま勝負の誘いをしてしまったが、それを断られるのは目に見えていた。だがその断り方が何故か見た事ないほどぎこち無い。

 様子がおかしいとは思ったが、何故か私の口は止まらない。その姿を良い様に受け取り更に背を向けて足早にこの場を去ろうとしていくルドルフを追い込むようにしていく。

 

 

シリウス「おいおい、まさか逃げるのか?あの[皇帝]様が?」

 

 

ルドルフ「.........」

 

 

シリウス「そうかそうか!!ぬるま湯の頂点に居る時間が長かったもんな!!だったら仕方がねぇ―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――[負ける]のが怖くなっちまってもなぁ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ルドルフ「.........―――」

 

 

 瞬間。身の毛もよだつ程の寒気が一瞬で身を包んだ。底知れぬ気配に驚き周りを見渡してみるも、別に変わった、心霊とかの類のものでは無いと言うことは確かに分かった。

 

 

 .........まさか。そう思い、今も私に対して背を向けているルドルフの方を凝視していると、何故かその寒気の根源が、彼女であると言うのが感じ取れた。

 

 

ルドルフ「―――だ」

 

 

シリウス「.........あ?」

 

 

ルドルフ「嫌だァ.........私はァ.........!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「負けたくないィィィィ―――ッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シリウス「な、なんだとォォォォ―――!!!??」

 

 

 今まで彼女から聞いた事が無い叫び声。見た事ないような白が混じった蒼い炎の様なオーラ。そして私の方を振り返って見てくるその鋭い、まるで飢えた獣の様なその双眸。そのどれをとっても彼女の物とは思えないと言うように、それが何故か、[シンボリルドルフ]だと理解出来てしまう。

 

 

ルドルフ「くはは.........!!!そうかそうか小娘っ!!!平常時であるならばこの私を押え込める事が出来るが、どうやらこの娘相手の時はそう上手くは行かんらしいなァッッ!!!」

 

 

シリウス「な、る、ルドルフ.........?お前、何......が.........?」

 

 

ルドルフ「フンっ、久々に縛り無く自由に表に出られたのだ。名乗ってやろう。私は[地獄の皇帝]、[ヘルカイザールドルフ]」

 

 

シリウス「へ、ヘル。え?」

 

 

 何を言ってるんだ。一体このルドルフに似ている奴は誰なんだ。ええい近寄るな!顔が怖い!!まるでライオンみたいな威圧じゃねぇか!!そんな物を私に向けんじゃねぇ!!!

 

 

ルドルフ「貴様、勝負と言ったな?」

 

 

シリウス「言ってません」

 

 

ルドルフ「言ったな?」

 

 

シリウス「言いました.........」

 

 

ルドルフ「いい度胸だ。気に入った。では今週のバトルキングダムで会おう」

 

 

シリウス「バトルキングダム」

 

 

 え。え。何。え?バトルキングダム?なんだそれ。どこかのテレビ局の番組か?しかもバトルって物騒だろ。嫌だぞ私はルドルフなら兎も角こんなヤバそうな奴相手にバトルだなんて。

 

 

「きゃー!!!久々のヘルカイザー様よ〜!!!」

 

 

ルドルフ「むっ、貴様はさっき壁の工事を相談してきた生徒だな。条件を付ける。併走で私に勝ったらその条件を飲もう」

 

 

「おひゅ、ひゅ、へりゅかいざーしゃま.........♡」

 

 

シリウス「」

 

 

 こ、こ.........これがあの、シンボリルドルフなのか.........?私がいつか超えてやると誓った.........私が[奇跡]だと認めたあの.........?

 ダメだ。頭がクラクラする.........立ってるのがやっとの位だ.........あんな姿を見ただけでこんななのに、それと勝負をしなきゃなんねぇのか.........?

 レグルスのトレーナー代理と言い、ルドルフの事と言い.........私は一体、前世で何をしでかしたって言うんだ.........?

 

 

「あら、ルドルフさん.........ヘル化してますわね」

 

 

「え〜!!?ボクの有馬記念の時はしっかり克服してたよ〜!!?」

 

 

シリウス「お、お前ら.........!!!」

 

 

二人「?」

 

 

 私の背後から去っていくルドルフの背中を見送っている車椅子に座ったメジロマックイーンとそれを押すトウカイテイオー。酷くショックを受け、最早立ち直れないとすら思えてしまうくらい打ちのめされた私の顔を見て首を傾げている。

 私は二人に縋り付きながら、事の経緯を話したのであった.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「なるほど、それは致し方ありませんわね」

 

 

シリウス「仕方ない!!?」

 

 

タキオン「ヘル化は本能だからねぇ。普段押さえ付けるのが習慣化している会長はそれが強く表に出やすいんだ」

 

 

シリウス「ヘル化は本能!!?」

 

 

 チームルームへと集まった私達は、シリウスさんのお話を聞き、状況を整理しました。

 最近は全くと言っていいほど会長のヘル化現象は無くなったのですが、どうやらシリウスさんが煽った事が原因で発現。しかもどうやら、今まで以上にたちの悪いヘル化です。

 しかし、彼女を責めることは出来ません。彼女は遠征に行く前から会長と勝負をしていらしたそうで、今回もその時と同じ様なノリでやってしまったのでしょう。悪いのは目の前に居るこのタキオンさんですわ。

 

 

タキオン「なんだい?私のせいなのかい?それを言うならテイオーくんだろう。彼女が会長に薬を飲ませたんだよ?」

 

 

テイオー「うええ!!?ボクのせいだって言うのー!!?」

 

 

マック「辞めなさい!!こうなってしまった以上、勝負に勝って沈静化した所を狙うしかありませんわ。次のバトルキングダムの催し物はなんですの?」

 

 

ブルボン「はい。次回は二日後の午後六時より開催される大食いがテーマのバトルです」

 

 

 大食い.........なるほど、以前のファン感謝祭での光景を思い返すと、これはまた一筋縄では行かないかもしれません.........

 

 

デジ「今回は五人一組のチーム戦です。誰が参加されますです?」

 

 

シリウス「私、は.........確定だろうな。そこまで食べる自信は無いが.........」

 

 

ライス「ら、ライスはちょっと自信あるよ!」

 

 

シャカ「ちょっと所じゃねェだろ.........」

 

 

 パソコンに熱心に何かを打ち込み、こちらの会話など聞いていないと思っていましたが、ライスさんの言葉に指摘を入れてきました。それを聞いてライスさんは少し恥ずかしそうにしております。

 

 

シリウス「そうだ。オペラオーの奴はどうした?アイツならこういう事もキャパシティ無視して何とか出来そうだと思うんだが.........」

 

 

ウララ「オペちゃんねー!!ドトウちゃんとご飯食べに行ってからお腹の調子悪いんだって!!」

 

 

シャカ「.........まァ、アイツの舌に合う飯を普通のヤツが食ったら腹を壊すってのがオチだな」

 

 

デジ「ドトウさんは学園屈指の辛党ですからねぇ〜。それに無理だと知りながら付き合うオペラオーしゃん.........はぁ〜♡♡♡」

 

 

タキオン「これでチームからは殆ど出られないという事になった訳だ。シャカールくんも空腹感を紛らわせる程度で後はサプリで補うタイプだからね」

 

 

 困った事になってしまいました.........現状参加出来るのはシリウスさんとライスさんの二人。チーム外から参加を募ることも出来なくは無いでしょうが、時間的制約が厳しいでしょう。

 そう考えどうすべきかを思案をしていると、不意に隣に座るブルボンさんが声を上げました。

 

 

ブルボン「私も出ます」

 

 

マック「へ?ブルボンさん?」

 

 

ブルボン「私も食事量ならライスさんに引けを取りません。それに今回の賞品は以前、マスターが欲しがっていた品物です」

 

 

シリウス「.........景品なんか出るのか?」

 

 

デジ「最近マンネリ化してきたので、その防止策で導入されました。今回はプリファイとプリキュアがコラボした限定フィギュアですね」

 

 

シリウス「.........」

 

 

 それを聞いてシリウスさんは露骨に気持ち悪いという表情をしました。確かに普通の一般男性がその手のフィギュアを欲しがる。と言うのは、理解が無い人から見れば敬遠されてしまうでしょう。

 しかし、彼には理由があります。彼の姪がそのシリーズの大ファンなのです。きっと今回も姪っ子さん関係なのでしょう.........

 

 

マック「.........分かりました。では私も出場致しましょう」

 

 

全員「え!!?」

 

 

マック「景品がトレーナーさんの欲しがっているものなら出ない訳には行きません。少しでも彼が帰ってきた時に喜んで貰えるのなら、私もこの身を肥やす覚悟はありますわ」

 

 

 決死の覚悟を決め、私もこの戦いへの参加の意思表明をします。彼が私の為に身体を張って頑張っているのです。だったら私も彼のために何かをしなければ、私は私を許すことは出来ません。

 別にご飯を食べたい訳ではありません。ええ、決してそういう訳ではありません。メジロの名にかけてそれだけは言わせて頂きます。本当ですよ?

 

 

タキオン「これで残り一人となった訳だ」

 

 

マック「問題はそこですわ.........噂によればオグリキャップさんやスペシャルウィークさんは食事系のバトルは殿堂入り。参加は出来ないそうですし.........」

 

 

ライス「ど、どうしよっか.........?」

 

 

ウララ「私に任せてー!!ウララが探してきてあげる!!♪」

 

 

 立ち上がり、胸を張った彼女はそこに手を叩きながら言いました。ウララさんは捜し物に置いてはこの場にいる誰よりも上手です。彼女に任せれば間違いはきっと無いでしょう。

 そんな安心を抱きながら、私達は決戦の日まで己を高め続けました.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バク「お待たせいたしましたー!!!これより第何回目か既に分からないほど行われているバトルキングダム!!!チーム対抗大食い対決が始まります!!!」

 

 

 自前の声量のせいで最早マイクなど要らないのでは無いか?という程の声を持っている学級委員長。サクラバクシンオーの開会宣言により、観客達は大いに盛り上がりを見せた。

 

 

フェスタ「な、なんだこれ.........!!?ここにこんな施設があったのかよ.........!!!」

 

 

オルフェ「うへぇ〜.........人混みが凄いっス〜.........」

 

 

東「大丈夫か?具合悪くなったら直ぐに言えよ?」

 

 

 最前列で目をキラキラと輝かせているナカヤマフェスタ。そして余りの人混みに少し顔を青くするオルフェーヴルにそれに気を使っている東。他の奴らもそこに固まっている。

 

 

バク「それでは参加チームを紹介しましょう!!!まずは久方ぶりのご参加!!!第一回バトルキングダムを大いに盛り上げ現在までの人気を確立した立役者の一人!!!生徒会長のチームです!!!」

 

 

ルドルフ「フっ、勝利以外不要ッ」

 

 

テイオー「やっほーマックイーン!!今日はカイチョーに誘われたからボクこっち側なんだ〜♪」

 

 

 あっちのチームにはヘル化とかいう意味のわからない状態になったルドルフと、それを何とも思っていないテイオー。そして生徒会役員のエアグルーヴ。マルゼンスキー。同じチームリギルのグラスワンダーが参加していた。

 

 

グラス「お久しぶりです。シリウスさん」

 

 

シリウス「ああ、体験入学以来だな」

 

 

マック「お知り合いですの?」

 

 

シリウス「まあな」

 

 

 知り合いと言っていいほど顔を合わせた訳じゃないが、それでもそこら辺の奴よりかは関係性はある。一度会ってそれっきりだったが、どうやらあの時の私の勧誘を受けてくれたようだった。

 

 

バク「ではお次に!!!シンボリルドルフさんと同じく初回に激闘を繰り広げた桜木トレーナーさんのチームメイト!!![スピカ:レグルス+α]です!!!」

 

 

 観客達に紹介する為、バクシンオーはその手を私たちの方に向けて広げる。観客の熱狂に答えるようにマックイーンは手を振り、ライスシャワーは恥ずかしそうにする。

 ミホノブルボンは普段と変わらず余り表情を変えないでいるが、この場で一人不安そうな表情をしている者がいる。

 

 

シリウス「.........大丈夫か?」

 

 

「っ、当たり前じゃない!!私はキングヘイロー。全てに置いて一流のウマ娘なのよ?この勝負も必ず物にしてみせるわ!!!」

 

 

「.........最近頑張ってるカワカミさんの為よ、絶対勝ってみせるわ.........!」

 

 

 どうやらこのウマ娘は、人の為に今回の大会に参加をしたらしい。人の為に勝負をする.........なんて感覚は私には無いが、コイツらは全員、誰かの為にこの勝負に参加している。

 

 

白銀「あ〜あ!!!俺も参加したかったなー!!!」

 

 

黒津木「一人で行けばええやん」

 

 

白銀「テメェがラーメン三杯も食うから参加出来なかったんだろ!!!」

 

 

神威「おかしい.........お前は六杯食ってたはず.........?」

 

 

 観客の喧騒に交じって頭痛が痛くなる様な会話が聞こえてきたが無視しよう。それが一番良い。

 そうこうしているうちにスタッフの手により少し離れあった場所に人数分の椅子と丸テーブルが置かれる。そこに着くよう言われ、この壇上にいる全員それに従い、まだ何も置かれていないテーブルに着いた。

 

 

バク「今回は大食いです!!!早食いではありませんので時間制限はありません!!!各々のペースで食べて下さい!!!」

 

 

バク「そしてこの勝負でカフェテリア職員の負担を懸念される方も居ますがどうかご安心を!!!お料理勉強をしている生徒達が協力してくれるので負担は食料だけです!!!流石トレセン学園ですね!!!とても自主的です!!!」

 

 

シリウス「この声ならマイク要らねぇだろ.........」ビリビリ

 

 

 最早耳が痺れる程に大きな声で喋っている司会者に、小さく呟きながら耳を押えて睨み付ける。

 そんな時に肩を叩かれた。何かと思いその方向を見ると、キングヘイローが手を差し伸ばし、私の手の中に何かを置いた。

 

 

キング「耳栓よ。ミホノブルボンさんから頂いたわ」

 

 

シリウス「へぇ、中々準備が良いじゃねぇか」

 

 

 手渡された耳栓をしっかりと詰め、バクシンオーの声が少し軽減される。そのあとも長々とやれバトルキングダム発祥の話だの、歴代王者の話だのが続いた後、ようやく目の前に料理が運ばれて来た。

 

 

ブルボン「皆さん。もう耳栓は外して大丈夫です」

 

 

キング「こ、こんな山盛りの料理.........は、初めて目の当たりにしたわ.........」

 

 

シリウス「私もだ.........だがあっちの方は見慣れてんのか、動揺は少ねぇな.........」

 

 

 横目で相手チームの様子を見るが、面を食らってるのはエアグルーヴとマルゼンスキーだけで、他は余り動揺は見えない。この勝負、どうやら一筋縄では行かないようだ.........

 

 

シリウス(フルスピードで一気に差をつけてやる.........必ずお前を元のルドルフに戻してやるからな.........!!!)

 

 

 目の前に置かれた箸を手に取り、真ん中に置かれた大皿を見据える。覚悟は決めた。後はそれを実行し、ルドルフに勝つだけだ.........

 決戦の火蓋は今、切られた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シリウス「.........ウプ」

 

 

キング「うっ.........も、もう食べられない.........」

 

 

マック「あら、困りましたわ.........後は私達だけですか.........」

 

 

 いただきますの合図から猛スピードで食事をし続けていたシリウスさん。そしてそれに釣られるようにキングさんもまた、凄い勢いでご飯を食べていきました。

 しかし、それはまるでレースで掛かってしまったウマ娘と、それに釣られて掛かってしまうウマ娘の様でした。

 

 

 そんな中、私の言葉を聞いてシリウスさんは強く私達を睨み返してきました。

 

 

シリウス「お前ら.........!!!そんなお喋りしながら食ってる場合じゃねぇだろ!!!」

 

 

マック「え?別にスピード勝負では無いのですから、ペースは関係ないでしょう?」

 

 

ブルボン「ご飯は味わって食べるべきだと、私の父とマスターに教わりました。ライスさん。これ美味しいですよ」

 

 

ライス「ら、ライスは余り食べるの早くないから.........あっ、本当だ!美味しいね!」

 

 

 和気あいあいと他の方達とは空気が違う中で食事を食べ進めます。私もライスさんからオススメされたお料理を口にし、その美味しさに思わずほっぺが落ちないよう触ってしまいます。

 そんな中ふと隣のテーブルの方が気になり、視線を送ってみると、変わらない様子で食べ続けるシンボリルドルフ会長と、同じくらい食べているグラスワンダーさん。そしてもう食べ飽きたのか、ハチミーを飲み始めているテイオー。他のお二人は既にギブアップ寸前でした。

 

 

グルーヴ「も、申し訳ありません、会長.........」

 

 

マルゼン「ごめんなさい〜、流石にお腹パンパンでチョベリバ〜って感じ〜.........」

 

 

ルドルフ「気にするな。後は任せておけ」

 

 

シリウス「.........くっ」

 

 

 平然とした様子でまだ食べていられるという様子を見せる会長に、シリウスさんは悔しさなのか不甲斐なさなのか、小さく声を上げました。

 そんな声に気付いた会長、いえ。ヘルカイザーは意地の悪い笑みを浮かべ、シリウスさんの方へと向きます。

 

 

ルドルフ「なんだ?意気込んだ割にはその程度か?拍子抜けだな」

 

 

シリウス「っ.........わた、し......は.........」

 

 

ルドルフ「.........もっと楽しませてくれると思ったのだがな」

 

 

シリウス「.........!!!」ギリリ

 

 

 歯を食いしばり、握った拳を震わせるシリウスさん。そんな会長の発言に流石に黙っている訳には行かず、私とキングさんは抗議の声を上げる為に、彼女の方を向きました。

 ですがそこには、私達の想像に反して、とても残念そうな顔をしている彼女が居ました。その理由を察する事が出来ず、私達は開いた口をただ閉じるしかありませんでした。

 

 

マック「.........負けられない理由が一つ、出来てしまいましたわね」

 

 

キング「そうね。いくら即席のチームだからと言って、この一流であるキングの、一流のチームメイトにあんな事を言うなんて。生徒会長と言えども許せないわ.........!!!」

 

 

 あのヘルカイザーの表情。会長とは違う胸の内があるのでしょう。しかしだからと言って、それを許すことは出来ません。

 私はふぅっと息を入れ、キングさんは気合を入れるように両頬を強く叩き、新しく運ばれてきた料理に手を伸ばします。

 未だにあの言葉を受けたシリウスさんは放心し、目を伏せたまま黙っています。そんな中でも、勝負は着々と進んで行きました.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゴルシ「まずいなこれ.........マックイーン達の手が止まってきやがった.........」

 

 

フェスタ「ああ.........あっちももうヘルカイザーとかいう奴一人しか食ってないが、スピードは衰えてねぇ」

 

 

オルフェ「追いつかれるのも、時間の問題っスね.........」

 

 

 腕を組みながら最前列で勝負の行く末を見守るアタシと妹二人。最初こそ激戦を繰り広げていたが、時間が長引くとその分結末を予想しやすくなる。

 このまま行けば確実に負ける。そんな事はこの場にいる誰しもが分かり切っていた。

 

 

ウララ「うぅ〜.........マックイーンちゃーん!!キングちゃーん!!ライスちゃんもブルボンちゃんも!!負けないでー!!」

 

 

東「お、おいおい!無茶言うな!!いや俺も勝って欲しいのは山々だが、これ以上は.........その.........なぁ?」

 

 

白銀「なんスか。お嬢がデブになるって言うんスか?」

 

 

黒津木「ガノタくんさぁ〜?空気読んで応援しよ?」

 

 

東「.........すぞ」

 

 

 一触即発という雰囲気があの辺りに立ち込めるが、あのバカ共は中々立ち回りが上手い。即発しても何とか収めることが出来ると思い、アタシらは無視した。

 そしてその面倒臭そうな場所から人知れず逃げ、アタシらの隣にいつの間にか陣取っていた一人に声を掛ける。

 

 

フェスタ「なぁアンタ。なんか策はねぇのか?」

 

 

神威「あァ?何話しかけてきちゃってる訳?」

 

 

ゴルシ「待て姉ちゃん!!早まるんじゃねー!!司書のおっちゃん最近弄られすぎて気が立ってんだよ!!!」ガシィ!!

 

 

 危ない所だった。ゴルシが羽交い締めにしてなかったら今頃右ストレートが炸裂してた。そして追撃の急所蹴りでこの男のダメージと人生が更に加速する所だった.........感謝するぜ、妹よ。

 しかしこの男。肝っ玉が座っているのか自分の事なんてどうでもいいと思っているのか全く動じては居ない。横目でアタシを見ながら正直すまんかったと言われたアタシは「お、おう」と返すしか無かった。

 

 

神威「ん〜策.........策ねぇ」

 

 

オルフェ「何でもいいっス!!マックイーン先輩が勝てるなら何でも!!何ならアタシが今から殴り込みに」

 

 

二人「やめろォ!!!お前はジョーダンの所にでも行ってろ!!!」

 

 

オルフェ「え!!ジョーダン先輩来てるんスか!!?どこっスどこっス!!?」ダダダダ

 

 

 危ない所だった。ああやって話題を逸らさないとアイツは肯定も否定も関係なくおっぱじめるからな。良かったおバカで。

 とまぁ、会話の邪魔になる奴は消えたし、これで助言が貰える。男が何を言ってくれるのかを期待しながら待っていると、遂にその口が開いてくれた。

 

 

神威「.........カレー食いてぇな」

 

 

フェスタ「.........何?」

 

 

神威「だから言ってんだろ?カ・レ・ー」

 

 

 わざと強調するようにその[カレー]という単語を口にする男。それは期待していたのとは全く違う物だった。

 時間を無駄にした。そう思い溜息を吐いてからもう一度、その勝負の行く末を見ようと視線を移した。

 

 

 その時、アタシの耳に微かに聞こえてきた。

 

 

「気付かねぇか.........」

 

 

 という、少しガッカリしたような声色のそれが.........

 

 

フェスタ(.........待て、まさか.........)

 

 

フェスタ「.........おい司会者。調理場まではどう行けばいい?」

 

 

バク「ちょわ!!ええとそれはですねぇ!!そこをバーッと行って!!キュッと曲がった先の扉ですよ!!多分ですけどね!!」

 

 

フェスタ「分かった。それだけ分かりゃ後は鼻で追える」

 

 

 不確かながらも、道のりを教えてくれた司会者に礼を言ってからアタシはそこまで歩いて行く。その最中、自分の中でまさかと思っていた部分を詰めて行き、そのまさかまで確定させる。

 

 

フェスタ(あんまり、他人の真剣勝負に横槍入れんのは趣味じゃねぇし、されたくもねぇ事だけどよ)

 

 

フェスタ(じいさんは言ってた。勝負事ほど、フェアじゃない物は無い.........ってな)

 

 

 自分の信念。真剣勝負。そしてそれらを否定する、自分の尊敬する人の言葉。それが今になって悪くないものだと思った。

 持ちうる物を全てぶつける。小手先だろうと不意打ちだろうと、持ち合わせている物をぶつけなければ全身全霊ではない。

 だったらアタシは、アタシに出来ることで仲間に勝ち筋を与えるだけだ。

 そう思いながら、奥から香ばしいいい匂いのする扉を静かに開けた.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「くっ.........流石に厳しい物がありますわね.........」

 

 

ライス「うぅ.........ちょっとお腹いっぱい.........」

 

 

ブルボン「内部ストレージ。現在許容量残り8%.........」

 

 

キング「わ、私は一流なのよ.........こ、こんな量、軽く.........うぅ」

 

 

シリウス「.........あんま無理すんな」

 

 

 苦しそうに腹を摩る四人。空になったら皿は既にアタシが食べた数より二倍は食っている。

 だがそれでも厳しいものを感じる程、ルドルフの方は速さを変えずにどんどんと出てくる料理を平らげ、皿のタワーを高く積み上げていく。

 

 

ルドルフ「ククク.........流石にチームで来られると厄介ではあるが、とうとう限界の様だな」

 

 

ルドルフ「.........スンスン、丁度新しい料理も来た事だ。ここで貴様らに敗北を.........ん?」

 

 

フェスタ「お待たせ致しました。デリバリー[オルフェスタ]自慢の、[伝統カレー]でございます」コトッ

 

 

シリウス(なっ、アイツ.........!!?)

 

 

 姿を現したのはまさかのナカヤマフェスタだった。サービスワゴンの上には既に今食べられる者の人数分よそわれたカレーが乗っており、下の方にはルーが入った寸胴と炊飯器が五つ程乗っていた。

 だがアタシが驚いたのはそんな事じゃない。確かに料理を作れた事には驚きだったが、問題はその料理そのものだ。

 

 

シリウス「おいっ、ここに来てこんな胃に負担掛かるもんを良く出してきやがったな.........!!!」

 

 

フェスタ「ああ、正直コイツは賭けだ。もしこれであの三人が無理だったら.........この勝負はレグルスの負けだ」

 

 

キング「さ、三人って、何言ってるのよ!!マックイーンさん達だってもう限界.........」

 

 

三人「.........ゴクリ」

 

 

二人「.........え?」

 

 

 喉が鳴る音。それが三人分。丁寧に私達の耳へと聞こえて来た。まさかここに来て、このカレーを食おうとする所か、美味そうだと思っていると言うのか.........?

 驚愕を通り越し、最早その三人に恐怖すら抱きつつある。そんな中、ナカヤマフェスタはニヤリと口角を上げ、ルドルフは先に一口そのカレーを口にした。

 

 

ルドルフ「.........細工はされてない。どうやら普通のカレーの様だ」

 

 

ルドルフ「フっ.........こんな物で勝ったつもりか?こんな程度の量、私に掛かれば楽勝。正にテイク・イット・イージーと言う奴だ.........?」

 

 

 こちらの方に目を向けながら、余裕そうな表情で挑発をしてくるルドルフ。だがしかし、その言葉尻はまるで、何か見てしまったのか。すぼんでいき、そしてその表情もまた、こちらを凝視し固まっていた。

 一体、何を見ているというのか。そう思い、彼女の視線の先を追うように首を動かすと、そこには.........

 

 

マック「.........美味しい」

 

 

マック「美味しい.........ですわ.........!!」グス

 

 

ライス「うんっ、うんっ!」ズビー

 

 

ブルボン「これは間違いなく.........マスターが作ってくれるカレーライスそのものです.........!!!」ウルウル

 

 

三人(な、泣いている.........!!?)

 

 

 カレーを一口食べた三人は、その目に涙を浮かべていた。その様子を見ていた私とキング。そしてルドルフは驚きの表情をしてその様子をただひたすらに見ていただけだった。

 

 

テイオー「んむ、ホントだ.........これサブトレーナーのカレーだよ!!」

 

 

グラス「これが桜木トレーナーさんのカレー.........何と言いますか、優しいカレーですね」

 

 

シリウス「.........でも、普通のカレーだよな」

 

 

キング「そ、そうよね。味の感じからして、特にこれと言った特別感は.........」

 

 

三人「ガツガツガツガツッッッ!!!!!」

 

 

全員「な、何ィィィィ―――!!!??」

 

 

バク「な、なんと!!!ここに来てまさかの盛り返しです!!!先程まで優雅にゆっくり食べていた三人がここに来て!!!一気にカレーを口にかきこみ始めました!!!」

 

 

 し、信じられない.........ここに来てまさか、このスピードを出せるなんて.........そう思える程に、三人のその様子は最早早食いと言っても差支えはなかった。

 

 

ルドルフ「くっ、負けてたまるものか.........!!!私はシンボリルドルフだッッ!!!そう何度もこの名に泥を塗って堪るものか.........!!!」ガツガツ!!!

 

 

グラス「あまりお行儀良くありませんが、勝負という事ならば仕方ありません!私も本気でいただきます!」モグモグ!!!

 

 

テイオー「ハチミーの後のカレーって何だかすっごく美味しく感じる〜!!これならいくらでも食べれそうだよー!!♪」パクパク!!!

 

 

 ここに来て展開が変わり、事態は最早、誰にも勝敗が分からなくなってしまった。どちらもその速度を保ったまま譲ろうとせず、ただひたすらにカレーを食べまくっている。

 決着はもうすぐそこだ。どちらが勝つか負けるのか、その分け目に自分が今関われない事が、とても歯がゆかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

フェスタ「.........おいおい.........っ」

 

 

マック「っ、後.........一歩でしたのに.........!!!」

 

 

 恨めしそうに相手側の積み上げられた皿のタワーを睨むマックイーン。数秒後にそこに、一枚上乗せされる。

 それを乗せたのは他でも無い。ヘルカイザーその人で、最早余裕は無いものの、勝利を確信した表情で私達を見ていた。

 

 

ルドルフ「フっ、フフ.........まさかここまで追い詰められるとはな.........中々手強かったぞ」

 

 

ライス「だ、め.........もう一口も、食べられない.........」

 

 

シリウス「.........チッ......!」

 

 

 何とか目の前に置かれた自分のカレーを食べようとしてスプーンを伸ばすが、最早食べる為に口を開けることすら叶わず、乗せたものを元の場所へと下ろすライス。

 空いている皿の差は二枚。グラスワンダーとテイオーも最早食べられる状態では無い。あともう少し、本当にあともう少しだけ食べられたのなら、勝機は必ずあったんだ.........!!!

 

 

ルドルフ「ほう?悔しいかシリウス。だがこれが現実だ。所詮、[持たざる者]が[持つ者]勝てる訳が無いという事だ」

 

 

ルドルフ「貴様らのやってきた事は全て、無駄な努力という事だな.........ククク、ハーッハッハッハッ!!!」

 

 

シリウス「クソ.........!!!ちくしょう.........!!!」

 

 

 私は.........こんな事ですらルドルフに敵わないと言うのか.........?レースでも、習い事でも、遊びだろうと趣味だろうと、先に始めたルドルフの才能に憧れと現実を思い知らされ、後から始めたルドルフのセンスと器用さに脱帽し続けた.........

 何だってそうだった.........私がルドルフに勝てる物は何一つありはしなかった.........それでもアイツは.........嫌な奴じゃ無かった。誰もが手本にするくらい、精神も出来きった奴だった。だから私はそんなルドルフに突っかかり、勝負を挑んでいた.........

 .........まぁ、当たり前だよな。心の奥底では鬱陶しくて鬱陶しくて、仕方無かったはずだ.........それを口に出さないルドルフに私は面の皮厚く、甘えてただけなんだ.........

 

 

 そうだ.........私は結局.........

 

 

 ルドルフには、勝てな―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダバーッ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ルドルフ「!!?」

 

 

シリウス「!!?」

 

 

キング「!!?」

 

 

マック「なっ!!?ぶ.........!!?」

 

 

ライス「ブルボンさん.........!!?」

 

 

 突然、今まで沈黙を貫いてきたミホノブルボンが動き始め、マックイーンとライスが先程まで食べていたカレーを、まだ自分の分が残っている皿へと空け始めた。

 そしてそのまま先程までの暴食を忘れたかのように、スプーンに乗せられるギリギリまでカレーを乗せ、大口を開けてゆっくりと咀嚼し始める。

 

 

 最早、食べられる訳が無い。この勝負は誰がどう見てもシンボリルドルフの勝利だった。それを今、たった一人の、たった一瞬の行動でその下バ評を大きく覆した。

 

 

 ゆっくりと。だがしかし、着実に皿の中のカレーは減って行っている。その様子を誰もが見守っている中、遂にミホノブルボンはその皿の中の物を全て口に入れた。

 

 

 そして―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――ゴクリっ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 食い物が喉を通る音。それがわざとらしく、この会場一体に響き渡るようにして鳴った。

 あんなに食って無事なわけがない。身体に影響が無いわけ無い。未だに静かにしているミホノブルボンに、観客の目線。そして私達の目線が集まる。

 そして彼女は、カレーを食べ終えて初めて、一つだけ行動に移した。それは―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――ギロッ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ルドルフ「!.........なんだ、その目は」

 

 

ブルボン「.........」

 

 

ルドルフ「っ、何だと聞いて居るんだ!!!ミホノブルボンッッ!!!」

 

 

 静かに、だが彼女は今までの無機質さとは無縁の目で、ルドルフを強く睨み付けていた。

 声を荒らげるルドルフに動揺も、何か反応を返すことも無く、彼女は静かに睨みつけ続ける。

 その姿に、ルドルフは初めて冷や汗を垂れ流した。彼女のその理由の分からない圧に、ルドルフは今屈しようとしていた。

 痛い程の静寂が蔓延し、誰も何も言えなくなった中、最初に口を開いたのは彼女本人であった。

 

 

ブルボン「.........私は元々、[スプリンター]としての適正があり、その活躍を期待されていました」

 

 

ブルボン「しかし、私の夢は[無敗の三冠]。その為に、血の滲む様な努力をし続けました」

 

 

ブルボン「元々[ステイヤー]気質の貴女から見れば、私は貴女の言う[持たざる者]なのでしょう」

 

 

ブルボン「私をバカにするのは構いません。今にして思えば、なんて気の遠い、そして大それた夢なのだろうと分かります.........ですが」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私の周りの人をバカにするのは、絶対に許せる事ではありません」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その言葉に、普段の機械的な物は一切感じられなかった。彼女の感情全てを乗せたその言葉が全て、ルドルフの方へとぶつけられる。

 そしてブルボンはナカヤマの方に視線を向け、軽く頷く。それを見たナカヤマは小さく驚きながらも、薄く笑って新品の皿を手に持ち、白米とカレーを乗せ始めた。

 

 

シリウス「っ!おいよせ!!こんな意地を張っても意味なんてねぇ!!!」

 

 

ブルボン「意味ならあります」

 

 

シリウス「はァ!!?」

 

 

ブルボン「私の食事量は元々、そこまで多くありません。この食事量は言わば、[スプリンター]を長距離走行出来るようトレーニングした際の副産物です」

 

 

ブルボン「まだ公式レース所か、模擬レースですら長距離で[ステイヤー]の方々に勝つことは出来ていません。しかし.........」

 

 

 目の前に置かれた山盛りのカレー。普通この状況ならばそんなもの見た瞬間に拒絶反応を起こし、足踏みをするはずだ。

 だと言うのにこのミホノブルボンはそれをする所か、スプーンを手に持ち、今すぐにでも食べてしまう様な勢いを感じられる程に、メラメラと燃えたぎっていた。

 

 

ブルボン「マスターは言いました。[落ちこぼれだって必死に努力をすれば、エリートを超えることがあるかもしれない]、と」

 

 

ブルボン「私は、私のマスターを嘘つきにしない為に。そして今まで私を支えてくれたライスさん達やファンの人達の応援が、無駄にならないようにするだけです.........」

 

 

ブルボン「.........行動インストール完了。思考プロテクト。限界固定値。能力上昇曲線。書き換え完了―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――マスターモード。[奇跡超越]に移行します」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 [Goo 1st.F∞;]

 Lv0→6

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その瞬間。まるでその身に何かが宿ったかのように、ミホノブルボンは先程の追い込みとは違う、無我夢中に食事に喰らいつく姿を見せ始めた。

 

 

ルドルフ「くっ!負けてたまるか!!おいっ!!私もおかわりだ!!!」

 

 

フェスタ「良いぜ?せいぜいひりつく勝負を見せてくれよ?皇帝様?」

 

 

 こうして勝負の行方はミホノブルボンに委ねられた.........が、流石にここまで来て余裕と言うことは無く、三分の一を食べた時点でそのスプーンを苦しそうに置いた。

 

 

ブルボン「っ、こんな.........所で.........私は.........?」

 

 

 そんな中、ふとその横から皿の上に盛られたカレーを取っていく者がいた。しかもそれは、一人では無かった。

 

 

マック「全く。そういう人を頼らない所までインストールしないで下さい。見ていてハラハラしてきますわ」

 

 

ライス「そうだよブルボンさん!!ライス達もお兄さまの為に頑張らなくちゃ!!」

 

 

キング「このキングの勝利に貢献する権利を上げるわ!!!」

 

 

キング「だからこの勝負.........絶対に勝つわよ!!!」

 

 

ブルボン「皆さん.........」

 

 

 最早皆、限界だと言うのに、ブルボンに触発されたのか、これ以上膨らまないであろう胃の中に無理やりカレーを入れ始める。

 隣のテーブルのルドルフを見ると、目の前に置かれたかレーに対して流石に動揺を見せ、手に持ったスプーンを震わせながら何とか息を整わせている。

 攻めるなら.........今しかない。

 

 

シリウス「っ、貸せッ!!!後は私が食べてやるッッ!!!」

 

 

全員「な!!?」

 

 

シリウス「ガツガツガツガツッッッ!!!」

 

 

ルドルフ「な、にィ.........!!?」

 

 

 

 

 

 ―――何という事だ。ここに来て再起することは無いと思っていたシリウスが、再びスプーンを持ち、私に追い打ちを掛けるようにスパートするだなんて.........思っても居なかった。

 しかし、焦りとは裏腹にこの手は全くカレーに近付いてはくれない。冷や汗を垂らしながらただ息を整える時間だけが過ぎて行く。

 

 

ルドルフ(.........負ける、のか?)

 

 

ルドルフ(.........フっ、それも良いだろう.........っ!!?)

 

 

 賞賛に値する。自らの限界を迎えながら、その中でそれを越えようとする彼女、彼女らの意志に、私は敗北を認めようとした。

 だが、その思いとは真逆の行動を、スプーンを持った方の手が取り始める。なんとカレーをすくい始めたのだ。

 

 

ルドルフ(ぐっ、貴様ァ.........!!!これ以上は無理だッ!!!腹が破裂するぞッッ!!!)

 

 

(おや。[ヘルカイザー]が負けを認めるのか?らしくないな)

 

 

ルドルフ(っ、そういう貴様は一体、どういう風の吹き回しだ.........!!?)

 

 

(なに。相手をリスペクトし、勝敗は二の次。内容を重視している私にも勝ちたい相手は居る。ただそれだけの事だ)

 

 

(分かったら。その身体を返してくれはしないか?)

 

 

 その提案は、普段の私なら到底受け取る事の出来ないものだった。だがしかし、隣のテーブルでカレーを食らうシリウスの姿。その表情を見て、私は諦めて身体の主導権を彼女へと帰した.........

 

 

(.........全く。羨ましい物だな。どんな名声や名誉を得ても、勝負を挑んでくる者が身近に居ると言うのは.........)

 

 

 

 

 

 ―――ゆっくり。ゆっくりではあるが、カレーを口に運んで食べ始めるルドルフ。その姿は、普通の食事を楽しむ様な物で、決して先程まで感じた圧力のある物では無かった。

 だが、その姿を見た全員が、彼女の変貌に驚き、戸惑っていた。先程まで見えていた青白い炎のようなオーラは空に消え、柔らかい表情でカレーを食べているルドルフを、ただひたすらに見ていた。

 

 

シリウス「る、ルドルフっ、お前.........!!!」

 

 

ルドルフ「うん。美味しいな。君達が一口食べてスプーンが早くなったのも頷ける。このカレーには、愛が篭っているようだね」

 

 

フェスタ「な、ァ.........な、なんの事だ?べ、別にアタシは特別な事は何もしてないが?」

 

 

ゴルシ「姉ちゃん.........黙ってりゃ普通のカレーって事で片付いてたぜ.........」

 

 

タキオン「し、信じられない.........!あのレベルの深性のヘル化を、自力で解除するだなんて.........!!!」

 

 

 会場の盛り上がりも最高潮に達した。そんな中息苦しさと反比例する様に、私達はただひたすらにカレーを口へと運んで行く。

 まず最初にキングヘイローが根性で自分のよそった分を食べ終え、ライスシャワーがしっかりとカレーを味わいながら食べ終えた。

 メジロマックイーンは最後、口元を押え限界だと思われたが、落ち着いた瞬間に一気に最後を口に入れて完食。残るは私だけになった。

 

 

シリウス「くっ、これを食べ切る事が出来れば.........!!!」

 

 

 現在、ルドルフチームの皿と私達の皿は同数。ここで先に一枚乗せることが出来れば大きなアドバンテージを取る事が出来る。だがどう考えても、この一枚を重ねる事が限界だ。

 

 

 それでも私は、一瞬だけでも良い。ルドルフに勝てるなら.........私は.........!!!

 

 

シリウス「っ、ぐ.........んくっ」ゴクリ

 

 

バク「おお!!!シリウスさんがここで完食し!!!一枚相手チームを上回りました!!!果たしてルドルフ会長はもう一枚!!!乗せて引き分けにすることが出来るのでしょうか!!?」

 

 

 皿を一枚、タワーの上へと積み上げた。これでリードを一枚。取る事が出来た。

 観客から大きな歓声が上がる。ゆっくりと呼吸し、先程飲み込んだ物が上がってこないよう細心の注意を払いながら、私達はルドルフの方を見た。

 すると彼女は静かに微笑みながら、そのスプーンをまだカレーが半分残っている皿の上へと置いた。

 

 

ルドルフ「.........ふふ、なぁシリウス」

 

 

シリウス「あ.........?」

 

 

ルドルフ「.........私は君との勝負を、いつも楽しみにしていたんだ。君とのこの時間だけが、幼い頃宿していた闘争心をそのまま引き出させてくれる.........」

 

 

ルドルフ「約束してくれ。今後も、私に勝負を挑んでくれると.........」

 

 

シリウス「っ!」

 

 

 .........思っても居なかった。まさかこんな所で、そして彼女が私に対して、そんな事を思っていてくれていただなんて.........全く、予想だにしなかった。

 その言葉に少し遅れて、自然と口角が上がるのを感じてしまう。私はそれにいち早く気付き、口元を掌で隠し、彼女にそっぽを向きながら答えた。

 

 

シリウス「.........ああ、考えといてやるよ。皇帝様?」

 

 

ルドルフ「ふふ、ありがとう.........この勝負。私の負けだ」

 

 

「―――ワァァァァァァァ!!!!!」

 

 

 決着。それを知るのと同時に、観客から大きな声が響き渡った。勝った私達のチームは立ち上がって喜ぼうとしたが、思うように身体を動かせず、その場に座ってその勝利を分かちあった。

 ルドルフ達の方も、最後まで食べていた彼女の事を労りながら、私達の健闘を称えてくれた。

 

 

 そして、大きくでっぱった腹を押さえながら、私達は商品であるフィギュアをこの手にしたのであった.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後。一つのフィギュアを貰ったレグルス一行であったが、それを自らのトレーナーへのプレゼントとする事無く、わざわざ参加してくれたキングヘイローに譲り、親睦を深めた。

 そして勿論、あれほどまでの食事をしたせいでもれなく全員太り気味となり、何故か保健室で過ごす事をお互いのチームのトレーナーに言い付けられ、その日の夜は赤いボディコンの上に白衣を着た保健室医の監視の元、就寝に着いた.........

 

 

 そして、皆が寝静まった頃。[私]は普段なら意識を持つ事の無い夢の世界で、意識を持って草原に立っていた。

 

 

『どうも。はじめましてね?[皇帝]』

 

 

『.........[名優]、[メジロマックイーン]か。貴様どうやってここに?』

 

 

『ちょっと貴方の事が気になってね』

 

 

 風が吹き抜け、緑の波を作るターフ。その様子を見ている私の隣に、彼女.........いや、彼と言うべきかも分からぬが、その存在は立った。

 

 

『貴方、どうして対話をしないの?あの子のレベルならそれくらい出来るじゃない』

 

 

『愚問だな。彼女は既に肉体、精神共に完成されている。私が何かを教えたり、授けたりする段階はとっくに過ぎ去ってしまっている。自身の欲求に気付くのが遅かったせいでな』

 

 

『ふ〜ん。それで自分の信念を伝え切れなくて欲求不満になって、あんな形で表に出てきたのね〜?』

 

 

『.........フン、元はと言えばあの[女神]が私を封印したからだ。性格が移ると面倒臭い等と.........元々は私なんだぞ?似て当然じゃないか馬鹿馬鹿しい』

 

 

 思い出すだけでも憤怒が溢れ出してくる。そもそもこの世界に私を誘ったのはあちらでは無いか。走れぬ日々に嫌気が差し、ようやくまた肉体。しかも今度は人間と同じ肉体、知能、言葉を駆使する事の出来る身体だ。これは存分に利用しなければ.........

 等と思っていた矢先、奴は計画の邪魔になり兼ねないと踏み、私の意識を奥底へと封じた。故にあの器は独自の人格を形成し、私とは似ても似つかん者へと変わってしまったのだ。

 

 

『王者としての風格は認めよう。だがなんだあの軟弱さは。敗者など全てそこに生えている名も知らぬ草と同類よ。気にするだけ無駄だと、貴様も思わないか?』

 

 

『思わないわね。こういう草も食べたら案外美味しいのよ?』

 

 

『食い意地の張った[名優]め。だから貴様の出走時期が遅れたのだ』

 

 

『そうやって他の人を見下すから良い所で負けて、しかもその負けがずっと語られるのよ?少しは他人を素直に評価したら?』

 

 

 欠伸をしながらそう言った彼女は、興味が無くなったと言う様にゆらゆらとその姿を陽炎の様に揺らし、私の前から消えてなくなって行った。

 全く。どこまでも気分屋な奴だ。レースでやる気を出し切る事無く勝てたのだから、スイッチさえ持って居れば私の記録も優に越せたであろうに、才能が惜しいな。

 

 

『.........評価なら、していたとも』

 

 

『私と並走できるのは、彼だけだったのだからな.........』

 

 

 懐かしい思い出。レースに向けての並走トレーニングはいつも決まって彼だった。私に着いてこられるのが、彼だけだったからだ。

 大人しく、聞き分けが良く、調子の良い所もあった。いつか本番のレースで走れる事を密かに楽しみにしているくらいには、彼を評価していたつもりだ.........

 だが、その時は結局来ることは無かった。彼は海外へ遠征し、私もそれに合流する予定であったが、運命のイタズラか、その直前で私は足を故障した。

 

 

 結局その密かな思いは叶う事無く、そして海外での激戦とトレーニングにより、その性格は少し歪んでしまった。

 普段の負けん気の中に、不貞腐れを感じさせる物が現れた。善戦しても勝てずじまいだった海外生活が、彼に限界を決めつけさせてしまったのだろう.........

 

 

 .........だから、私は彼女を羨ましく思う。

 

 

『.........精々、その奇妙な友情を大切にするのだな』

 

 

『私の様に、立ち振る舞いを考え、君のその大事な友人が傷付く事が無いよう、ここで祈らせてもらおう』

 

 

 きっと、彼女なら必要無いだろう。私と違う[シンボリルドルフ]である彼女なら、そのような間違いは決してしない。

 しかし、名が体を表すとも言う。もしこの名が運命であり、歩くべき道を決められていると言うのなら.........

 

 

 今度こそ、私は彼女の友人の為に、そうならないよう祈り続けよう.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『.........むぅ、それにしても長い。まだ朝は来ないのか』

 

 

『.........おい、[名優]。まだ居るか?良ければその、並走してやっても構わぬが.........』

 

 

『.........はぁ、せめてここにりんごの木が有れば、少しは気が紛れるのだがな.........』

 

 

 

 

 

......To be continued



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メジロ家主治医の意地

 

 

 

 

 

主治医「.........」

 

 

 揺らぎ。そして弾ける炎の音。それを耳に入れながら、私は過去の事を思い返していました。

 メジロ家に主治医としてその身を置いた事。マックイーンお嬢様と出会った事。桜木様と、その彼の担当するウマ娘の方々。

 そして.........それより以前の事.........

 

 

 断片的な記憶が一瞬で過ぎ去り、爆発音と銃撃音。血の匂いと震える自分の手。そして、熱を持たない肉の塊.........

 

 

主治医「っ.........」

 

 

 色を持たないその記憶。まるで思い返しても意味は無い。若しくは、自分の無意識が色を抜き、意味の無いようにしたとも言えましょう。

 頭を振り、その記憶を振り払った後、私は自分の両手を注視します。

 

 

 微かに震える両手。ようやくあの記憶から。悪夢から解放されたと思っていましたがそうではなく、ただ単に自分がそれを忘れていた。という事を酷く痛感させます。

 

 

 自分は結局。あの日から逃げたのだと。

 

 

 逃げて逃げて、記憶に蓋をし、見たくないものを見ようとせず、ただひたすらに.........自分の都合のいい物だけを見ていた。

 

 

「あれ、まだ起きてるんすか?」

 

 

主治医「!桜木様.........」

 

 

桜木「火の番変わりますよ。明日は試練でしょ?後は俺が見てるんで、チャチャッと寝て備えて下さいよ」

 

 

 まだ眠いのか、欠伸をしながら彼は私の隣に腰を下ろしました。私はそんな彼の姿をただ呆然と見ていました。

 

 

 彼のお陰で、今のマックイーンお嬢様が居らせになられる。

 しかし、何も特別な人では無い。どこにでも居るような、本当に少し目を凝らして探せばどこにでも居る、そんな好青年。

 決して身に纏うオーラや雰囲気からは特別な物を感じさせない彼が、どうしてここまでお嬢様の、そして私達の精神的支柱になってくれているのか、理解出来ずに居ます。

 

 

桜木「.........エディ先生とお知り合いなんすか?」

 

 

 突然、彼はなんの脈絡も無く質問をしてきました。その表情はただ火を見つめ、無表情でした。

 私は、医師としての道を志し、そして最初に歩いた道筋を古い記憶の底から取り出し、思い返します。

 

 

主治医「.........彼は私の大学時代の講師でした」

 

 

主治医「彼はその時から既に医者として名声を上げており、その時は確か、日本の医学界への貢献.........という名目で大学に在籍なされていたはずです」

 

 

主治医「彼の教えを受けられたのは、幸運でした」

 

 

 古い古い、遠い記憶。セピア色に色褪せたそれらに、特別な感情は何も有りません。ただ過去の事。そうとしか思えない自分が、何て薄情なんだと自嘲してしまいます。

 

 

 結局、その後大したお話も出来ず、私は明日の備え就寝する事にいたしました。

 テントに戻る際、彼からの応援を背に受けながら、私はただ、自分に課される試練への不安をひたすら押さえ込みました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『お久しぶりです。[先生]』

 

 

 かつて知っている顔との再会。嬉しい訳では無い。かと言って、嬉しくない訳でも無い。これと言った感情は、あの時には浮かび上がらなかった。沈殿した物質の様に何かの器に入れられた人生という水に、私の感情は既に刺激を忘れ、沈澱していた。

 

 

エディ(.........もう既に、その道は諦めたと思っていたのだがな)

 

 

 かつてのあの男。記憶に残る姿は青年だった。医者を目指している他の者と何一つ変わらない。医学という人類にとっての革命的な学問を身に付け、人を救うと嘯く者達。その有象無象の一人だった。

 だが残念な事に奴にも才能があった。そして愚かな事に、その医学の知識を医者と言う最も愚かな職へと生かそうとした。[彼女]とは違い.........

 

 

エディ(何故だ。私は貴様に地獄を見せたはずだ)

 

 

エディ(その地獄は、医者等という一人の人間風情が覆すことの出来ない死で覆い尽くされて居たはずだ)

 

 

エディ(なのに.........)

 

 

 そこまで考え、不意にそれは無意味だと気付き鼻で笑う。そんなもの今考える必要は無い。これからの試練で分かる物だ。

 ならばその為にも、私はその試練の日を楽しみにしながら眠りにつくとしよう.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「なぁ〜.........まだ掛かる系か〜?」

 

 

ナリブ「それは一昨日言っただろ」

 

 

 木や草が生い茂る山の中。人が通る前提じゃないけもの道の中を気を付けながら、先を歩くご老体のエディ先生の後に着いて行く。流石住んでいるだけあって、身軽さというか、容易さが感じられる。

 それでもやはり歩き過ぎだと思い、つい文句を言ってしまうと、うざったいと言う感情を詰め込んだ言葉をブっさんにぶつけられて思わず口を尖らせる。だって長いんだもん。本当に。

 

 

エディ「試練の場所は私の仕事場だ」

 

 

桜木「えっ、仕事して.........あっ、すんません.........」

 

 

ナリブ「失礼だろ」

 

 

桜木「だから謝ったんじゃん!!!」

 

 

爺や「帰った際は空気読み、そしてデリカシーコースのお勉強も追加ですな」

 

 

桜木「分かった!!!もう喋らない!!!」

 

 

爺や「その屁理屈も矯正するために講師もお付けしましょう。打って付けの方を知っております。ご安心ください」

 

 

桜木「」

 

 

 なんでだ。俺はただ思った事を口にしてしまっただけなのに、なんでこうもあの子達に会うための時間がどんどん遠くなって行くんだ.........

 

 

エディ「ああ、言い忘れていたが今回のシレンは私の大切な知識を使っている。門外不出だから来た所で一緒に居ることは出来んぞ」

 

 

桜木「アンタのせいで.........!!!アンタのせいで俺はァッッ!!!」

 

 

ナリブ「止めろバカッッ!!!殴ったら悪いのはこっちになるんだぞッッ!!!」

 

 

 腕を大きく振り上げると、すぐさま俺の行動を見抜いたブっさんに羽交い締めにされる。そんな姿を見ながらエディ先生。いや、クソッタレのクソが全身にこびりついたクソジジイことエディは鼻で俺の事を笑った。

 

 

エディ「そんなに嫌なら戻ると良い。幸いまだ20分程しか歩いてない。道なら覚えているだろう?」

 

 

桜木「.........行くよ。主治医が帰りにアンタみたいな偏屈ジジイと一緒に居たら泣いちゃいそうだし」

 

 

主治医「泣きません」

 

 

桜木「なんでそう言えるん?」

 

 

主治医「それは私がお嬢様の主治医だからです」

 

 

ナリブ「持ちネタなのか?」

 

 

爺や「昔はこれを言うとお嬢様が笑ってくれましたからね」

 

 

主治医「.........グス」

 

 

桜木「ああ.........今泣くんだ.........」

 

 

 目頭に涙を貯め、それを腕で拭う主治医。きっと過去のマックイーンの姿を思い出し、今の成長した彼女と照らし合わせているのだろう。その泣いている姿は悲しみという感情とは酷くかけ離れていた。

 

 

 そして気が付けばエディの足が止まる。それに気付いた俺達もその場で立ち止まり、その男の視線の先を見る。

 そこには一台のトラックが何かを施設へと搬入し、そして俺達を気にすることなくその場から去っていく。その光景が何故か、異様に思えた。

 

 

ナリブ「.........っ」

 

 

桜木「?どうした?」

 

 

ナリブ「変な.........臭いがする。今まで嗅いできた事ないような物だ.........」

 

 

エディ「ウマ娘は鼻が利くからな。ここでは口呼吸の方が良い。私も極力臭いは嗅がないようにしている」

 

 

主治医「っ、先生。貴方はここで何を―――」

 

 

エディ「[仕事]だ。今回の試練はお前にそれを手伝ってもらう。おあつらえ向きだろう?[医者]としての腕を知るには.........」

 

 

 男は笑った。寂しげでありながら、諦めすら感じさせる表情で自嘲しながらそう言った。主治医はそれっきりで質問する事無く、施設へと向かうエディへ着いて行く。

 その背中を見て、俺達は何も言えない。けれど、何かを言いたかった。

 

 

桜木「.........主治医さん!!!」

 

 

主治医「?」

 

 

桜木「辛くなったら、何でもいい。自分を支えてくれる物を思い出してくれ」

 

 

主治医「.........肝に銘じて置きます」

 

 

 彼は俺の方へと振り返り、軽く頭を下げる。その表情には覚悟が宿っていた。それを知れたのなら、もう心配する必要は無い。後は信じて待つだけだ。

 二人の背中が小さくなっていく中、俺達は鼻の良いブっさんに配慮して、ここから少し離れた平地で、主治医の帰りを待つ事にしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 施設の扉に彼の手が掛けられる。年月が経っているのだろう。少し力を入れただけでドアは開き、そして金切り声をあげる。

 途端に異臭。もう二度と嗅ぎたくは無かった物が鼻の奥へと通り抜け、思わず手を鼻へと伸ばしてしまう。恐らくは、先程トラックから運び出された物でしょう。

 

 

主治医「.........先生。仕事とは一体?」

 

 

エディ「[解剖]だよ。死因把握のな」

 

 

主治医「っ.........!!!」

 

 

 やはり。とは思いましたが、実際にそれを聞いた私のショックは計り知れないものでした。もう二度と、それと触れ合うことは無いと思っていたと言うのに.........まさかここに来て、もう一度それをする事になるとは.........

 彼はそのまま奥へと平然と進んで行く。それに続く様に足を前へと出して行きますが、奥に進むに連れてその異臭が強さを増していきます。

 二人の靴音だけが辺りに響き、その反響音が何故か昔を想起させます。その記憶は.........その記憶こそ。私がメジロ家の主治医である前に居た場所.........

 

 

 [府中の病院]でした。

 

 

エディ「貴様には地獄を見せたはずだ。医者等という、己の力を過信し、死という運命すら覆せると驕り高ぶる存在の為に、私は目の前に突然現れる死の存在を、教えたはずだ」

 

 

主治医「.........ええ。貴方が私をMSFへ推薦した時は.........あの現地での時間は、生きた心地がしませんでした」

 

 

 次々に運び込まれる患者。いつ襲われるか分からない緊迫感。身体以上に心に傷を負い、その影響を受けて行く仲間達.........

 その中で私は次第に、この世に人間以上に高望みをする存在は無く、それと同時に人間以下に自らを含む者の死を望む生物は居ない。そう感じさせるほどの地獄を味わいました。

 

 

エディ「では何故今も尚医学の道を行く?貴様程の優秀さと器用さならば他の道でも生きて行けただろう?」

 

 

主治医「.........」

 

 

エディ「.........まぁいい。貴様のその覚悟がどうなるか。ここで見定めてやる。入れ」

 

 

 そう言われ、開けられた扉の奥を見ます。部屋は完全に闇になっており、電気をつけるまで中がどうなっているのかは分かりません。

 しかし、ここでどのような試練が待ち受けているのかを考えれば、決して良くない予感が大きく強さを増していきます。

 息を整えつつ、私は自分の足を前へと出し、その部屋の中へと足を踏み入れました。

 

 

 少し入った場所で立って待っていると、電気を付けられます。一瞬、急な明るさに思わず腕で光を抑え、徐々に目を慣らしてから部屋の中を見ようとしてみると、そこは意外にも、私のよく知る診察室がありました。

 

 

主治医「これ、は.........?」

 

 

エディ「資料を纏めるならこの形が一番落ち着くからな。こういう形を取らせてもらっている」

 

 

エディ「さぁ、試練の時間だ。ゆっくりとして行きたまえ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エディ(.........ふむ)

 

 

 彼を椅子に座らせ、向かい合わせになった状態で診断資料の要点を話させる。しかしそこは思った通り、昔通りの優秀さを遺憾無く発揮し、その知識は衰えていないと知る結果になった。

 

 

エディ「.........所で申し訳ないが、君の名前はなんだったかな?」

 

 

主治医「覚えて居なければ主治医で構いません。私も暫く名前で呼ばれていないので、そちらの方が耳慣れしております」

 

 

エディ「.........何故まだ医師をしている?」

 

 

主治医「.........この遺体の死因は出血ではなく睡眠薬による過剰作用ですね。湯船の中で血管を切った後に使用された物と思われますが、検出された血液に解けた成分量が致死量を遥かに上回っております」

 

 

エディ「何故貴様は過去を忘れる?」

 

 

主治医「こちらは記述通りの転落死ですが詳細が無いです。目撃者の証言を合わせたのなら恐らく二回目の階段での跳ねが致命的でしょう。後頭部の陥没具合で即死だと分かります」

 

 

エディ「逃げるな。偽善者め」

 

 

主治医「.........っ、さっきから何を―――」

 

 

 その場から椅子を倒しながら立ち上がり、私は目の前に居る男の胸倉を掴みあげた。続く椅子の倒れる音。床に落ちていくカルテ。しかしこの状況でもこの男は顔色一つ変えはしない。

 その目の奥には、かつての姿には宿っていなかった何かに対する思い、覚悟が備わっていた。まるで、届かぬ願いと執念が織り交ざった、あの頃の―――

 

 

エディ「.........余興は終わりだ。次は実践してもらう」

 

 

主治医「っ、やはり.........そうなるのですね」

 

 

エディ「フフ、まだ癒えて無かろう?10や20の年月では到底治る事の出来ない。貴様にはそれを植え付けたのだからな.........」

 

 

 まだまだ試練は終わらない。目の前の男の真意を問うにはやはり、これしか無いようだ。ならばそれをするまでの事。

 私は診察室の扉を開き、廊下へと出て行く。その後ろへ着いてくる奴の姿を横目で見た後、その覚悟の裏に隠れた本性がどんなものかを楽しみにしながら、私は次の目的地へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼に連れられて次に訪れた場所は、この場所のどこよりも先程感じた異臭が強く、充満していた。

 その鼻に着く臭いに嘔吐きを感じながらも、私は今、目の前のベッドの上に掛けられた布の下を見定めるべく、それを取った。

 

 

主治医「.........ふぅぅ」

 

 

 それはやはり、[死体]でした。過去に見てきたそれと何ら変わらない、人の姿を象った肉。それが異臭の根元としてここに居る。その事実に揺さぶられそうになり、私は深く息を吐き出します。

 どういうつもりなのか。それを問う様に先生の方を振り返ると、彼はまるで日常だと言わんばかりに椅子に座り込み、机に置かれていた封筒を開け、白紙のカルテを机に置きました。

 

 

エディ「私達の生活費はこれで稼いでいる。病院より安い料金で受け持っているからな。売り手は付く」

 

 

エディ「勿論他の病院もこうした司法解剖を請け負っているが、そんな事をしなくても稼ぎにはなる。win-winという事だ。質問は無いな?」

 

 

主治医「.........ええ」

 

 

 私が質問するよりも先に、彼はこの状況の説明をしました。それに納得し、納得するしかないと自分に言い聞かせながら、私もベッドのそばにある椅子に腰を下ろし、その魂の無くなった身体に触ります。

 

 

主治医(.........やはり冷たい)

 

 

 成人男性であろう身体から感じるのはやはり、無機質な冷たさだけ。この冷たさから私はもう、20年は逃げて居ました。それが今こうして、再び目の前で触れなければ行けない。

 

 

 目を閉じ、自分の思考を鈍らせながらやるべき事を果たして行きます。この方の死因はなんだったのか。窒息か、外傷か、強打か、病死か、ありとあらゆる可能性を巡らせながら外見を隈なく探ってみますが、これと言った特徴は見当たりませんでした。

 いえ、強いて言うのなら.........

 

 

主治医「.........腹部強打。内臓破裂でしょう」

 

 

 痛みによる衝撃か。或いはその部位の機能が働かなくなった事で生命維持が出来なくなったのか。いずれにしても、外見では細かく判断が出来ません。

 そう思ったその時、私の頬にひんやりとした物が当たります。それに触れた瞬間。息を飲んでそれがそうでは無いと祈りながら、私はその方向を見ました。

 

 

エディ「.........中が見たいのだろう?使うといい」

 

 

主治医「.........あり、がとう......ございます.........」

 

 

 差し出された金属の持ち手を、震える手で掴み、自分の目の前まで持ってきました。

 それはやはり、メスでした。もう10年は持って居ないそれを今、こうして持っているという事実に直面し、思考がゆっくりと凍り付く実感を感じます。

 

 

主治医(っ、行けません。これを乗り越えなければ私は、桜木様達に顔を向けることなど到底出来ません.........!)

 

 

 凍りついて行く思考の速度を何とか溶かし、精神を揺さぶられぬよう固定化しながら、私はその手に持つメスで遺体の身体に刃を突き立てます。

 生きている者とは違う反発感。手に返ってくる感触。それだけで耐え難い程の苦痛でしたが、それでも何とかその心の苦悶を押し殺し、刃を前へ前へと進めて行き―――

 

 

主治医「っ、ぅく.........!!!」

 

 

 少し開かれたその身体の中身。そして強烈に臭ってくる死臭に思わずその手に持ったメスを地面へと落としてしまいます。

 目を背け、口元と鼻を手で覆いながら、私は目の前の光景から逃げ出しました。

 

 

 乱れる呼吸。色褪せたはずの記憶に色が少し蘇る。

 

 

 鳴り響く爆発音。絶え間ない銃撃。逃げ惑う人々。転んで逃げ遅れる子供。慌てて伸ばした手。突如光に包まれる視界。

 

 

 助からなかった方達。助けようとして助けられなかった方達。自分の不甲斐なさを感じながら治療を施そうとし、その途中で亡くなっていく方達.........

 

 

 そのどれもが、この臭いと共にありました。これが死の臭いだと。人の生に関わって居れば逃れる事の出来ない、運命の物だと悟り、私はこの道を一度諦めたのです。

 

 

エディ「.........もう一本あるが、使えないだろう?」

 

 

主治医「ハァ.........!ハァ.........!」

 

 

 震える右腕を押さえ付けようと、その肩を左手で握りました。しかしそんな事をしたとしても、その震えが収まることなく、逆に増して来てしまう。

 

 

 これが後悔なのでしょう。これが選択なのでしょう。このまま試練を続行し、恥を晒すのか。それともここで棄権し、彼に情けを乞うのか。このままの状態ならば、私の行動はその二つだけです。

 

 

主治医(.........申し訳ありません。皆さん)

 

 

主治医(私は貴方達の覚悟に見合う人間では、無かったようです.........)

 

 

主治医(こんな事なら.........この道を歩まず、別の道を―――)

 

 

 ―――歩んでいたのなら。

 

 

 私は、果たしてここまでこのトラウマに対して、強く拒絶できたでしょうか?

 

 

 平穏の中を過ごし、充実した毎日を送れ無かった私は果たして、この記憶とこうして真っ向から向き合えたでしょうか?

 

 

 いいえ。

 

 

 私のこの残りの半生は既に、メジロ家に、ひいてはマックイーンお嬢様に拾われた物。

 

 

 もし仮にあの方達に出会えなかったとしたら、私はこの記憶を封じ込めたまま、次に思い出す時には痛みすら感じる事は無かったでしょう。

 

 

 それは果たして、克服したと言えるのでしょうか?

 

 

 私はこのトラウマと向き合えたと言えるのでしょうか?

 

 

主治医「.........メス」

 

 

エディ「.........なに?」

 

 

主治医「.........」

 

 

エディ「.........っ、これが残っている最後だ。次落とす事があったのなら、貴様は即刻不合格になるぞ?」

 

 

 先程と同じような形で持ち手をこちらに向け、それを渡してくる先生。今度は彼の顔をしっかり見ながら、私はまだ若干震える手でそれを取りました。

 切断を中止された部分に刃を当て、ゆっくりと息を吐きます。手の震えのせいで硬直した皮膚に当たり、金属音を断続的に出すそれに意識をなるべく向けることはせずに深呼吸をします。

 

 

エディ「......どういう、事だ.........!!?」

 

 

 徐々に収まっていく手の震え。その様子を見ていた彼は無表情から徐々に、その顔の上に驚きの表情を作り始めました。

 

 

 一人ならば決して、こんな所に来なかったでしょう。

 

 

 そしてお嬢様と出会い、桜木様と行動を共にするだけの私ならば、ここで脱落していた事でしょう。

 

 

 しかし、私には使命があります。[約束]があります。

 

 

 余計に入れられた手の力。それを適切な物になるまでに抜いて行き、私はもう一度刃を突き立てました。力加減も何処まで切るかも、まだ記憶として残されています。

 それをしようとしたその時、背後からぽたり、ぽたりと何かが地面で弾ける音が聞こえてきました。何かと思いゆっくりと視線を移動させると、私の背後で彼が冷や汗を静かに流し、そして落としていました。

 

 

エディ「何故だ.........!!?何故貴様はそんな事が出来る!!?」

 

 

エディ「全ての人を救う等という夢物語を本気で実現させようとし!!!それを打ち砕かれた貴様が何故ッッ!!!自身のそれを打ち砕いた存在に対して平然としていられるッッ!!?」

 

 

 記憶の中では一度も見た事ない様な彼の困惑ぶりと怒号。そんな場に居ながらも不思議と思考は落ち着きを取り戻し、そして彼の言っていた言葉の意味を考え始めていました。

 

 

 確かに私は、夢見がちな青年だった。幼い頃から人を助けるという事に憧れを抱き、その憧れのまま、夢を持った。

 

 

 そしてそれは見事に打ち砕かれ、所詮は[寝て見る夢]に過ぎないのだと痛感した。

 

 

 ―――ですが

 

 

主治医「.........先生。貴方は私の過去を知っているようですが、[今]は知らないでしょう?」

 

 

エディ「今だと.........?そんなものが一体―――」

 

 

主治医「あの頃の私は[私の理想の奴隷]でした。理想になる為ならば、どんな無茶でも押し通す。結果として貴方の推薦に乗り、戦地まで赴く事までした」

 

 

主治医「.........ですがもう私は、[私の理想の奴隷]ではありません。私は[主に仕える従者]なのです」

 

 

 私の理想。それは、[全ての人を救う]と言う一人の人間には到底無理な物でした。

 しかし、中途半端に優秀で能力のあった私は、自分の限界が分からず、手が伸びる限りその手を伸ばし、それを追い求めていました。

 結果として、自分の理想とは大きくかけ離れた現実の非情さとシビアさに打ちひしがれ、ショックを受けたまま生きてきたのです。

 

 

 ですが、一度医師を辞めた私の元に、一つの誘いがありました。

 それは手術や施術をなるべくする事は無い、経過観察や治療に重きを置いた職。メジロ家の[主治医]として、私は雇われたのです。

 

 

 自分の道を自分で選び、進む事はさぞ幸運でしょう。しかし、私の様な身の程知らずには、その道を示し、どう歩くべきかを指示する者が居なければ崩壊してしまう者もいます。

 私はあの日から、自分の奴隷と言う身分からようやく解放されたのです.........

 

 

エディ「それは.........貴様のトラウマを乗り越えられる程の物なのかッッ!!!そんなただの肩書きがッッ!!?」

 

 

主治医「違います。[乗り越え無ければならない]のです。メジロの誇りと、意地に掛けて.........」

 

 

 立てたメスの持ち手を軽く握り直し、何処まで切るかを目視で視認し、最後は力を適切に入れるだけとなりました。

 そんな私の後ろで彼は、まだ分からないと言った様子で私の背中を見ていました。その彼の為に、私は私なりの答えを、彼にぶつけます。

 

 

主治医「.........何故私が、ここまでできるのか知りたいですか?」

 

 

エディ「.........っ」

 

 

主治医「.........それは私が、メジロの一員であり、そして―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――マックイーンお嬢様の主治医だからですッッッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「.........」

 

 

ナリブ「.........その貧乏揺すりは辞めろ。癪に障る」

 

 

桜木「.........ごめん」

 

 

 主治医達が入って行った施設から少し離れた場所で、俺達は二人を待っていた。時間にして既に三時間。中で何が行われているのか、試練の行方はどうなったのか、何も分からずに居る。

 やきもきした気持ちを無意識に発散しようと座っている俺は右足を縦に揺らす。それを咎められ、申し訳なく思いながら組んだ手を解き、両手を膝に置いた。

 

 

爺や「ご心配せずとも、主治医は必ず良い報告を持ってきます」

 

 

桜木「.........信用、してるんですね」

 

 

爺や「彼はそういう人間ですから」

 

 

 枯れ木に腰を下ろしメガネを拭く爺やさん。その言葉には長い年月を掛け、熟成された彼にとっての主治医の認識が詰まっており、それが俺達を安心させてくれた。

 メガネを拭き終え、それを掛けた彼が試し見に俺の後ろの方を見ると、その目を見開いて立ち上がった。

 

 

爺や「.........随分とかかりましたな」

 

 

桜木「っ!主治医!!」

 

 

ナリブ「どうだった?」

 

 

主治医「.........先生?」

 

 

エディ「.........[合格]だ。腕は鈍っている所か、あの時よりも数段上がっている。どうだ?私の推薦でフランスの病院の院長にならないか?」

 

 

 不機嫌そうにエディはそう言ったが、後半の讃賞は本心だと伺える。それを聞いた俺達は思わず主治医の方を見たが、彼はそれを笑い、そして首を振った。

 

 

主治医「嬉しい申し出でございますが、私は最早、自分の道を自分で決められる身分ではございません」

 

 

エディ「.........それで幸せなのか?」

 

 

主治医「ええ。この上なく」

 

 

 その表情は、今まで見た事がないくらい優しさで溢れ、そして幸福に満ち満ちていた。ここまでずっと無表情を貫いてきた主治医のそんな顔が中々、いい意味でショックを受けてしまい思わずその顔を凝視してしまう。

 

 

爺や「.........彼はこう見えて、中々表情豊かなのです」

 

 

桜木「えぇ!!?だ、だって今までずっと無表情だったじゃん.........?」

 

 

主治医「人見知りなんです」

 

 

ナリブ「そ、そうだったのか.........」

 

 

 まさかの事実にまた驚きを感じながらも、不意に歩き始めたエディに続くように俺達も歩き始めた。

 長居は無用。正直あの変な匂いが若干漂ってきている。ブっさんのためにも、俺達もなるべく早く離れる為にそれに着いて行った.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

主治医「ふぅ.........」

 

 

桜木「お疲れ様っす。ゆっくりして下さいな」

 

 

 焚き火に枯れ木を与えつつ、彼は沸かしたお湯を粉末の入ったカップの中に少し入れて少しかき混ぜます。

 その後、その粉末の溶け具合を確認した彼はエディ先生から頂いた牛乳を並々注ぎ、また少しかき混ぜてから片方を私に渡してくださいました。

 

 

主治医「この作り方.........桜木様は相当なココア好きなのですね」

 

 

桜木「おっ、分かるんすか?これが一番美味しい作り方だってうちの母親から教わったんです」

 

 

主治医「.........頂きます」

 

 

 彼から頂いたココアを一口飲みました。身体を芯から暖めてくれる熱さを感じながら、ココアのまろやかさと甘さが疲れを癒してくれます。

 そんな中で一息ついていると、ふとこの甘さが何かの記憶に引っかかりました。

 

 

桜木「?どうしたんです?」

 

 

主治医「いえ。以前どこかで、これと似たようなココアを飲んだ気が.........あ」

 

 

 そこまで言って、その記憶がどんなものだったかをようやく思い出します。

 

 

 それはまだ、お嬢様がメジロ家のお屋敷に起こしになられて一年も経っていない時期でした。慣れないお屋敷での生活でその時眠れなかったのか、いつも寝ているはずのお嬢様が一人、厨房に忍び込んでココアを作っていたのです。

 

 

主治医「.........そう言えば、お嬢様もココアがお好きでした」

 

 

桜木「へ〜。今では専ら紅茶一筋みたいな感じだけどな〜」

 

 

主治医「今でも恐らく好きですよ。メジロとしての振る舞いを気にしているのだと思います」

 

 

 その時私は、身体が強くないアルダンお嬢様の為に遅くまで資料を探していた物ですから、仕込みをしているシェフに頼んで何か小腹を満たせる物をと思い、そこに行ったのです。

 しかしその肝心のシェフは厨房の外で、何故かコソコソと中を見ていました。何をしているのかと聞こうと思い近付いた所、コソコソとココアを作ろうとしているお嬢様を発見したのです。

 

 

『ひゃっ!し、しゅじいさん.........?ご、ごめんなさい.........わたしかってに.........』

 

 

『.........いえ。私も丁度お腹が空いて居たのです。宜しければお手伝い致しましょうか?』

 

 

『!う、ううん!わたしもめじろのうまむすめだから、ひとりでつくれるようにならないと!』

 

 

 まだ幼いながらも、既にメジロ家の一員として自覚を持ち、その肩書きに見合うよう努力をしていました。

 お嬢様は二人分のココアを。私は、二人分の何かお腹が満たせる物を作りながら静かな時間を過ごしました。不思議と何故か、居心地のいい空気を感じた記憶がございます。

 

 

 出来上がったココアは正に、今飲んでいる物と差し支えのない出来栄えでした。恐らくお嬢様も、お母様であるティターン様に教えて貰ったのでしょう。

 二人で秘密の夜食を静かに堪能していると、不意にお嬢様が不安そうな顔をして私の方を見ている事に気が付きました。

 

 

『何かありましたでしょうか?』

 

 

『.........きょう、おばあさまがはしってたころのおはなしをきいたの』

 

 

『とってもつよくて、はやくて、はるのてんのうしょうもかったけど.........びょうきになっちゃって』

 

 

『おばあさまはすごくつよいのに.........わたしじゃむりだよ.........』

 

 

 ほんのりと明るさを降らせる電灯。まだ見ぬ結末に苦しくなったお嬢様は目元を両手で押え、声を押し殺して泣き始めてしまいました。

 確かに、大奥様は凄いお方です。レースは直接見れてはおりませんが、引退した今でも肌に感じるオーラは、今まで会ってきたどの著名人にも無い程、強い物です。

 そんな方が当時流行していたウマインフルエンザに掛かり、一命は取り留めた物の.........薬の影響か、はたまた病気の後遺症か、悲しい事にその競走能力は全盛期のそれを失ってしまったと言われておりました。

 

 

 そんな話を知り、怖くなってしまうのも無理はありません。自分の尊敬するお方が、自らの判断ではなく、病気という外的要因で走る選択肢を奪われると言う事は、ウマ娘にとっては恐ろしい事です。

 

 

 .........ですが私には、泣いているお嬢様を慰めないと言う選択肢は存在していなかったのです。

 

 

『お嬢様。ご安心下さい』

 

 

『え.........?』

 

 

『貴女様には主治医である私が着いております。何も心配は要りません』

 

 

『貴女様を襲う病。そして怪我。その全てをこの私が、必ず祓ってみせましょう』

 

 

 それが、私とお嬢様が交わした[約束]。

 

 

 [全ての人を救う]と言う夢と同じように、絶対性は無いのに、出来ると信じ、私はまた手を伸ばした。

 

 

 ですがこれは、お嬢様を喜ばせる為の[約束]。私が私を[奴隷]にする為の物ではありません。

 

 

『.........うんっ!わたしがんばるよ!』

 

 

『びょうきになったりけがしちゃったりしても!しゅじいにたのんでなおしてもらうから!』

 

 

『.........ええ。治してみせますとも』

 

 

 出来るはずもない?

 

 

 いえ。果たしてそうでしょうか?

 

 

 私達には強い味方がついてくれています。奇跡をも超えると豪語する、心強く、そして誰よりもお嬢様を守って下さる、強い味方がいらっしゃいます。

 

 

 そして何より、私が[諦めていない]からです。

 

 

 必ず治せる。そう、信じているからです。

 

 

 何故かって?

 

 

『何故ならば私は―――』

 

 

 そう、私は―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『―――マックイーンお嬢様の主治医ですから』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 満点の星空が散らばる夜の空。思い出したのは一つの大切な[約束]。

 

 

 懐かしくも、何処か記憶に無い味を感じさせるココアに二人で楽しみながら、私は今日。一つの[トラウマ]を受け入れ、克服したのでした.........

 

 

 

 

 

......To be continued



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オペラオー「ウララ君たちとチャンバラごっこをする美しいボク!!」

 

 

 

 

 

マック「.........」

 

 

 夜の暗さが外をつつみ、部屋の小さな灯りを感じながら、私は寝よう寝ようとしていました。

 しかし、いくら目を閉じ、意識を落とそうとしても上手くは行かず、眠る事が出来ませんでした。

 今は何時かと思い、寮部屋に備え付けられている時計に目線を合わせると、短い針はもうすぐ、頂点へとたどり着きそうになっています。

 

 

マック(早く寝ないと........?)

 

 

 視線をもどし、もう一度眠りにつこうと今度は掛け布団を深く被ります。しかし、その行動をした時、机の上にあった[ここにあるはずの無いもの]が目に移り、私はゆっくりと身体を起こします。

 普段だったらそんな物は気のせいだと思い、眠りに着いたでしょう。けれどこの時私は何故か無性に、そのカメラが気になって仕方がありませんでした。

 ベッドから身体を動かし、恐る恐る足を床へと付けてゆっくりと立ち上がる。最近は同室のイクノさんの気遣いのお陰で、部屋の中でも立つこと無く、車椅子で生活していたので、自分の足で体を支えるということ自体が、本当に久しぶりでした。

 

 

 きっと来るであろう痛みを想像し、私は重心を無事な足の方から、繋靭帯炎を発症している方に傾け、一歩歩きます。やはりその通りに痛みが走り、思わず呻き声をあげそうになりましたが、寝ているイクノさんを気に掛けていたので、何とかその声を抑えつつ、カメラの方へと歩き出しました。

 

 

マック「.........これは」

 

 

 そのカメラを手に取り、中のデータを確認して見ると、そこにはやはり私達が今まで撮ってきた映像があり、それが今まで使ってきたカメラだと確認できます。

 しかし中には知らない間に撮影されていた物もあり、どういう事なのかと考えを巡らせましたが、眠りたいのに眠れないこの頭で正解に近しい物に辿り着くことは出来ず、私は結局。そのカメラを考え無しに起動させてしまいました。

 

 

マック「あっ.........えっ、と.........」

 

 

 今更になって、自分は何をしているのか。何を言おうとしているのか。それをそこまで考え、私は言葉に詰まりました。今までこんな、何も考えずに身体が動いた事なんて無かったのです。当然自分の事ながら驚いてしまいました。

 けれど、私の感情はそんな理性などを気にする事もなく、絶え間なく。絶え間なくこの胸の全てを満たしつつ、締め付けてきます。

 

 

 そして私は、その口を開きました.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――トレーナーさん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 吹き荒ぶ風。その風を肌に感じながら、ボクは目の前に立つ存在達に目を向ける。

 

 

 場所は荒野。周りに建物は何も無く、あるのは死を運んでくる風。それ一つ。ここが.........ボクの故郷だった。

 

 

 苦しくも多くの思い出が眠るこの地に今、ボクは宿敵達を眠りに付かせようとしている。

 

 

オペ「さぁ!この場所で終わりにしよう!!君達の度し難い哀歌っ!!燻っていたボクの間奏曲の様な毎日をッ!!!」

 

 

 地面に突き立てられた杖を持ち、彼女達に向ける。春の桜色をした髪の少女を筆頭に、これまでボクの配下達、腹心達を突破してきた者達への敬意と敵意を向ける。

 それぞれが武器を構える。刀を、薙刀を、弓を、ナイフを、素手を、そして旗を。

 

 

 ボクが動き出せば彼女達が動く。逆に彼女達が動けばボクが動く。そんな共通認識の中お互いその場で拮抗状態に陥っていた。

 

 

 しかし.........風が止んだ瞬間―――

 

 

オペ「さぁ!!!始めようじゃないかッッ!!!」

 

 

オペ「君達のッッ!!!若しくはボクの夜明曲をッッ!!!」

 

 

 大きく跳躍し、杖を振り被る。彼女達もそれに応戦するべく、武器を振り被りながら助走を付けてボクに向かってくる。

 戦いの火蓋は今、切って落とされ―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――カァァァットッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オペ「なっ!!?どわっ!!?」ドサッ

 

 

ウララ「わわわっ!!オペちゃん大丈夫!!?」

 

 

グラス「怪我はありませんか!?」

 

 

マック「ご、ごめんなさい!!オペラオーさんなら大丈夫だと思い、無茶な場面でカットしてしまいましたわ.........」

 

 

 予想していなかったカットの言葉に、ボクはついバランスを空中で崩し、着地が上手く出来なかった。

 先程まで凛としていた顔付きの彼女達も酷く心配した様子で駆け付け、ボクを抱き起こすように手を貸してくれる。

 

 

オペ「は、ははは.........ボクの演技は舞台用だからね。やっぱり[映画]となると勝手が違ってしまうね」

 

 

 彼女達に支えてくれたお礼を、そして心配をかけさせてしまった謝罪をする。その支えから離れて自分の身体を確認する為に軽く跳ねてみるが、特に異常は無さそうだ。

 

 

スペ「ど、どうしましょうか?あんな事があった後ですし、今日はもう.........」

 

 

オペ「!いや、続けよう!!これはボクのワガママだからね!!君達の貴重な時間を無駄に割いては、先生に顔向け出来ない!!」

 

 

キング「そ、そう?でも無理は禁物よ?直ぐに何か違和感を感じたら言ってちょうだいね」

 

 

スカイ「遠慮しないでね〜。オペラオーは強がりさんな所あるからさ〜」

 

 

 皆がボクの身体を心配する中、ボクは撮影の続行を選んだ。理由はこれが、ボクのワガママだったからだ。

 そしてこれが何故、ボクのワガママなのか.........その理由は丁度、三日前に遡る.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オペ「っ!.........っ!!?」

 

 

マック(.........凄い食い付き様ね)

 

 

 ある日のチームルーム。お昼休みの食事は早々に終え、手持ち無沙汰になった方々はそれぞれの方法で暇を潰す為に、ここから居なくなった時でした。

 その日は珍しくオペラオーさんと私だけがこの部屋に残り、楽しく談笑をしていたのですが、そこで彼の話になったんです。

 

 

『先生の演技は本当に素晴らしいものなんだ!!それは君も分かるだろう!!?』

 

 

『ええ!!彼の役者としての能力はそれこそハリウッド級ですわ!!なんせ映像から伝わる物が一流映画のそれなんですもの!!』

 

 

『え、映像があるのかい!!?も、もし良かったらボクにも見せて欲しい!!』

 

 

 と、この様な会話の流れで今、私と彼女は以前撮ったトレーナーさんとウララさん達とのチャンバラごっこを保健室医の黒津木先生が編集した映像を見ております。

 その一部始終を彼女は固唾を飲んで見守り、時に大きな驚きを見せつつも決して声に出すことは無く、映画の音をしっかりと捉えていました。

 

 

 そして映像が終わり、演出の為のスタッフロールが流れました。

 

 

オペ「.........」ポカーン

 

 

マック「いかがでしょう?満足出来ましたか?」

 

 

オペ「す、素晴らしい.........!彼の全てがこの一本に詰まっている!!!」

 

 

 全てを見終えた彼女はDVDプレイヤーからディスクを取り出し、ケースに戻した後それを愛おしそうに抱き締めました。

 もしこの現状を知らず、そして彼女の今の立場を知らない人から見れば、彼女もまたこのチームの一員なのだと勘違いしてしまうでしょう。

 

 

 そしてそれと同時に、何故彼女がそこまでトレーナーさんを慕っているのかが疑問として浮かび上がってきます。

 DVDケースに頬擦りしている彼女にそれを聞こうと思い、声を掛けようとしたその時。彼女は何かに気付いたように先に私に声を掛けてきました。

 

 

オペ「そう言えば、この作品の最後。続く様な形で終わりを迎えたが、その作品は無いのかい?」

 

 

マック「え?え、ええ.........これを見た後是非作りましょうと言ったのですが、彼にそんな気が無かったらしく.........」

 

 

オペ「そうか.........そうか!!」

 

 

マック「へ?」

 

 

 一度、残念そうな表情をしてその事実を受け入れる様な[そうか]。の声が響きましたが、次の[そうか]には、何かに気付いた様な力強さが宿っていました。

 一体彼女は何を言うのか。その様子を見守りながら、私は彼女のその気付きの答えを待っていました。

 

 

オペ「ボクがここに居る理由は正に、この為だったんだろう.........」

 

 

オペ「彼の作り出したこの序曲。それを次へと繋げる為にボクはここに居る!!今そう確信したよッ!!」

 

 

マック「!こ、この超名作の続編を作ってくれるんですの!!?」

 

 

 それは思っても居ない事でした。私自身この作品の続きがあれば.........と、この映像を思い出し、そして見返す度に思っていた事でした。

 彼女の強いその決心に、私は思わず立ち上がりそうになってしまいますが、すんでの所で気付いた彼女に肩を押さえられ、その立ち上がりを阻止してくれました。

 

 

オペ「ハーッハッハッハっ!!任せてくれたまえ!!ボクはテイエムオペラオー!!覇王でありながら今は君達の為の[聡明な理髪師]だからね!!」

 

 

マック(り、理髪.........?あぁ、多分[セヴィリアの理髪師]の事かしら?)

 

 

 高らかに笑い声を上げながら自分の立場を宣言するオペラオーさん。その言葉に若干戸惑いつつもその言葉の意図を察しました。

 しかし、そうしている間に気が付けば彼女の姿は目の前に無く、チームルームの扉の方を見た時には最初からそこが空いていたかのように風を通していました。

 

 

マック「.........ふふ、本当。オペラオーさんはあの人の様に行動力がありますのね.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうしてボク達で[チャンバラウォーズ]の続編。[チャンバラウォーズep2.時を超えた因縁]の制作が始まった訳なのだが、その制作は難航を極めた.........

 

 

オペ「なっ!!?台本は無い!!?」

 

 

グラス「はい。前回の時もその場のノリでやってましたし、その方がリアリティが有りつつ、前回の制作環境と同じになりますから.........」

 

 

 初めにこれだ。映画と言う決まった道に沿って完成を目指すという作品に、まさかのその道が無いと来た。

 それを聞いたボクは思わず絶倒しそうになったが何とか気を取り直しつつ、一日で台本を書き上げて出演者の皆に配ってみたのだが.........

 

 

ウララ「く、苦しい?辛い?」

 

 

オペ「ウララ君。それはくしんと読むんだ!」

 

 

ウララ「う〜。難しいよ〜」

 

 

 二つ目は漢字が読めないという事だ。ウララ君だけならば兎も角、スペ君も中々思う様に読めず、結局ボクの書いた台本は没となってしまった.........中々の力作だったのだが.........

 けれどこの二つはまだ序の口。極めつけは.........

 

 

スカイ「ありゃ、照準がブレちゃった」

 

 

オペ「わぁ!!?」

 

 

キング「あ!!避けて!!!」

 

 

オペ「ひゅお!!?」

 

 

エル「ノー!!!頑張って避けてくだサーイ!!!」ドゴォ!!!

 

 

オペ「」

 

 

 殺陣の中起こる数々のアクシデント。幸い全て事なきを得ているが、最後のエル君の寸止め失敗パンチは本当に死を悟った。幸いボクの背にあった岩へと当たったが、それが砕け散る寸前にボクはもう意識を手放していた。

 

 

 滅茶苦茶だ。ボクがこれまで行ってきた舞台の為の練習法や準備が全く通用しない。台詞がアドリブなら殺陣もアドリブ.........前回もそれでやっていたのなら、やはり先生の役者魂は一流のそれだ。

 

 

 だがまぁ、それでも慣れない方法でやる演技作りと作品作りはとても有意義だった。辛く苦しい物だったが、そのお陰でボクの役者としての腕前は一段階。いや、三段階位まで上がったと思えてしまうくらい、この短期間での上達は自分でも目を見張る物があった。

 

 

オペ「ふぅ.........」

 

 

ウララ「オペちゃんお疲れ様〜!!はい!!ポカリだよー!!」

 

 

オペ「!ありがとうウララ君。丁度喉が乾ききっていたんだ.........」

 

 

 手渡されたペットボトルの蓋を開け、ボクはスポーツ飲料で口の中を満たした。極度の緊張か、それとも慣れない演技法のせいか、そのスピードは普段のオペラ練習よりも早く、そしてその速さに気を向けることも出来ない程だった。

 

 

 ようやく喉の乾きを潤せたと思い、口を離して空気を取り込もうとしてはしたなくも声を出してしまう。どれくらい飲んだのかと思いペットボトルに目を移すと、既に2/3程の量が無くなっていた。

 そんな少なくなったスポーツ飲料の残りをボーッと見ていると、ふと周りの皆がボクの方へと集まっている事に気が付いた。カメラマン兼監督のマックイーン君も、車椅子をわざわざ動かしてボクの方へと近付いてきている。

 

 

グラス「お疲れ様です。オペラオーさん」

 

 

スペ「さっきの動き!とってもカッコよかったです!!」

 

 

オペ「!ははは、褒められるのは嬉しいけど.........まだボクは、先生の足元にも及ばないよ」

 

 

 ペットボトルを地面へ置き、座っていた体勢から立ち上がる。皆の輪から少し外れた場所で背を伸ばし、軽くストレッチをする。

 しかしそうしていると、そんなボクの方に視線が集まっている事に気が付いた。何かと思い皆の方を見てみると、キョトンとした目でじーっとボクの方を見つめていた。

 

 

オペ「な、なんだい?」

 

 

マック「その、前々から気になっては居たのですが.........」

 

 

ウララ「オペちゃんはどうしてトレーナーの事好きなのー?」

 

 

オペ「.........ふむ。好き、か」

 

 

 ウララ君から出された言葉に反応し、ボクはそれを噛み砕いてみる。そしてそれを吐き出す事無く飲み込めてしまったということは、確かにボクは先生の事が好きなのだろう。

 だがそれは飽くまで憧れとしての好きだ。恋愛感情は全く持ち合わせて居ない。とは言っても、恋の一つも舞台の外でした事の無いボクがそう断定出来る訳でも無いのだが、今はそれが正解だ。

 

 

グラス「聞いた話によると、オペラオーさんはヒーローショーの時に感銘を受け、その思いを持ち始めたとか.........?」

 

 

オペ「.........そうだね。それは間違いでは無いよ。ただ―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――ボクと先生の関わりは、この中で一番古い筈だよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――え」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えええぇぇぇぇぇッッッ!!!??」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれはそう。年度替わりの春。丁度ボクがチームリギルへの所属が決まった時の春の事だった。確か、先生がトレセン学園に入った年のことだよ。

 その前の年は中々模擬レースで成績が振るわなくてね。一応担当トレーナーも着いてはくれていたんだが、彼の要望もあってリギルの入団テストを一年通して受けていたんだ。

 

 

オペ(トレーナー君はボクに、それに相応しい強さと才能があると言ってはくれたが.........)

 

 

 あの頃のボクはまだ、自分の実力を測り損じていた。端的に言えば、自信が無かったのさ。だから彼の言われた通りリギルの入団テストを受けては居たが、他のテストを受けるウマ娘達と比べてまだ、ボクは抜きん出た物を見せる事は出来ずにいた。

 .........え?想像出来ないって?ふふん。それはそうだろう。この時はまだ誰も、ボクの内心なんて気付かなかった。トレーナー君でさえも、覇王たる振る舞いこそがボクそのものだと信じて疑わなかったからね。

 

 

 話を戻そうか。ある日ボクは、まるで天啓の様に舞い降りた言葉をノートに書き留める為に、遅くまで起きていた。それは覇王が覇王である為の言葉。言わば、台本の様な物だね。

 これがあってこそのボク。ボクにとっての覇王とは常に頂点でありつつ、尚且つ常に人々にとっての絶対でなければならない。それは強さだけではなく、立ち振る舞いや言葉遣いもそうでなければならない。

 その為の言葉がその時、本当に無数にボクへと舞い降りたんだ。まるで天使から聖剣を施された選ばれし者の様な、そんな言葉達さ。一語一句逃さず、ボクはペンを走らせた。

 

 

 そのおかげで、その次の日は寝不足。それでもボクはその時降りてきた言葉を我が物にするべく、普段なら夜の寮部屋で黙読するはずのそれを学園まで持ち運んでしまっていたんだ。

 

 

「?オペラオー。それどうしたんだ?」

 

 

オペ「あぁ、実は昨日。天啓が舞い降りてね!ボクがより覇王らしくある為の言葉達さ!少々眠いが、必ず今日中にこれをボクの物にして見せようと思ってね!」

 

 

オペ「もちろん物にした暁には、君に一番に見てもらおうと思う!ボクの気高さと魅力に更に虜になってしまうと思うと、少し申し訳なく思うけどね」

 

 

 彼のトレーナー室で台本を読み耽っていると、至極真っ当な疑問を受けた。当然だろう。ボクがこうして人前で台本を読むなんて、恐らく初めての事だったからね。

 きっと、焦っていたんだと思う。今のままでは多分、いつか舞台の上で外しては行けない[仮面]を外してしまいそうで、無意識の内に怖がっていたんだ。

 

 

 トレーニングの最中も、その小休憩の間は台本を読み込んで、それらを物にしようとした。

 だけど寝不足だったせいか、入ってくるのは言葉だけで、その中身までは入り切らなかった。幾ら覇王に相応しい言葉とは言っても、中身が無ければそれは嘯いているだけになってしまう。それを本物にするにはやはり、その中身を探り、そして自分の心を通わせなければ行けなかった。

 

 

 そしてその日のトレーニングが終わった夕暮れ。ボクは少し一人になれる場所で台本を読もうと鞄の中に手を伸ばした.........が。

 

 

オペ「!無い.........!!?」

 

 

 そこに台本はなかった。普段のボクだったらしない様な失態だ。幾ら寝不足とは言え、大切な自作台本をどこかに置き忘れてしまうだなんて.........それは役者として有るまじき行為だった。

 

 

 やっけになってボクは台本を探し回った。トレーニングで使った場所を探し、歩いた場所を探し、挙句の果てにはトイレや木の上まで探したんだ。

 

 

 けれど、台本が見つかる事は無かった。

 

 

 幸い、言葉だけは覚える事が出来た。台本は無くなってしまったがあとやる事を考えれば、あれは最早不要な産物。そう思い、その存在を諦めようとした。その時だった。

 

 

「〜〜〜♪」

 

 

オペ「.........!!?」

 

 

 鼻歌を歌いながらボクとすれ違う若い青年。普段のボクならファンサービスの一つや二つするくらいの余裕はあったかもしれないが、台本を無くすという自分にとっては酷い失態をしたせいで、そんな気も回らなかった。

 けれどすれ違ったその瞬間。その彼が手に持っている物を見て目を見開いた。それは正しく、ボクがどこかに置き忘れてしまっていた覇王になる為の台本そのものだったんだ。

 

 

 そんな台本を見ず知らずの男性が持っている。その事実にボクは驚愕し、少々固まってしまった。お陰で完全に声をかけるタイミングを逃してしまったが、あれは確実に返して欲しいものだった。

 仕方が無い。ここは彼に着いて行って、機会を伺い返してもらおう。そう思って彼に着いて行く事にした。

 

 

 幸いトレーナーバッジを付けていることは確認していたから、これから向かうのは恐らくトレーナー職員室だろう。勝手にそう勘ぐり後を着いて行ったが、彼が向かったのは職員室では無く、何故かレッスン室だった。

 

 

オペ(な、なんでこの人はレッスン室に来たのだろう.........?)

 

 

 扉を少しだけ薄く開け、中の様子を伺ってみると、彼はボクの書いた台本を手にし、そして真剣にその中身と向き合っていた。

 長い時間一ページと向き合い、一度捲る。そして次のページに納得すればもう一度。納得出来なければ一度引き返して再度読み直す。その作業は正に、台本を読み込む役者の姿そのものだった。

 

 

「.........スゥーーー」

 

 

オペ(っ!待て、まさか―――)

 

 

 一度台本を最後まで読み終えた彼は、それを閉じて大きく息を吸い込んだ。その姿を見てボクはまさかと思った。

 出来るわけが無い。覇王であるボクが更なる覇王になる為の物。しかもそれをまだボク自身物にしていないんだ。そう易々と成れるのならそんな苦労はしない.........そう、思っていた.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あぁ―――この世界は、なんて退屈なんだろうか―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オペ(―――.........)

 

 

「世は欺瞞に満ち溢れ、人々は安寧と言う平坦さを仕方なく享受し、その結末。自らのラグナロクを迎える事を忘れてしまっている.........」

 

 

「.........ならば、ボクは絶対的な存在となろう」

 

 

「ボクだけが真実であり、ボクの存在で世の中を混沌とさせ、人々に疑問と試練を与える。多くの人々に自らの真の幸せ。ラグナロクへ到達しようとするだけの出来事を植え付けよう」

 

 

「そう―――それこそが覇王が覇王たる所以.........その覇王こそッッ!!!このボク―――」

 

 

 彼がその次を言う前に、ボクは居ても立っても居られずに扉を大きく開けてしまった。だけどボクは開けようと思って開けた訳じゃない。自然と手が、伸びてしまったんだ。

 言葉を言いかけた彼が硬直し、まるで油の手入れがされていない機械人形の様に首をギコギコと動かし、ボクの方へと振り返った。

 

 

オペ「っ、あの.........えっ、と」

 

 

 なんて言えば良いのだろう。言葉が出ない、と言うのはこういう事なんだと、ボクは久々に思い出した。良いオペラを見た後はいつもこうなってしまう。家族で感想を言い合う事も出来ないまま、その日は終わってしまう。正にその状態だった。

 そんな静かな状態が続く中、いつの間にか彼は顔を真っ赤にしながら、台本を丁寧に床へと置いた。そしてそのままレッスン室の窓を開ける。

 声でも出すのだろうか?確かに慣れない人が人前であの様な事をしたら恥ずかしくなっても仕方が無い。そう思ったボクはその恥ずかしさを払うべく、彼に賞賛の言葉を送ろうと一歩歩いたその瞬間。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「桜木漢の大ジャンプッッッ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オペ「えええぇぇぇぇぇッッッ!!!??」

 

 

 何と、彼は窓から飛び降りてしまったのだ。あまりの出来事にまた固まってしまったボクだが、今度は人が飛び降りたのだ。慌てて直ぐに窓の方へと向かい、彼の姿を追おうとその目を真下に向けて凝らしてみるが、彼の姿は既にどこにも居なかった。

 

 

オペ(.........素晴らしい演技だった)

 

 

 床に置かれた台本を拾い、先程のシーンを振り返る。あれこそ正にボクが追い求めていた覇王としての立ち振る舞い。声。そしてオーラだった。

 会話をしている相手だけでは無い。それを聞いている人達ですらも気圧されてしまうほどの熱.........それが、ウララ君達のトレーナーである、[桜木 玲皇]先生との出会いだった.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オペ「彼は素晴らしい役者だ。だが残念な事に、あの時感じられた全身全霊の演技はまだ皆に見せていない.........あのDVDの中でさえも、ね」

 

 

 彼女はどこか悲しげな表情でそう言いました。あれ程まで彼の演技に絶賛していたと言いますのに、まだそれ以上の物を持っていると言ってのけた彼女に、ここに居る全員が驚きました。

 

 

マック「そ、それはヒーローショーの時もですの?感謝祭の時は?」

 

 

オペ「うん。どちらも彼の全力では無かった。目の前で見たから分かるよ」

 

 

オペ「アドリブ力はズバ抜けて居るが、ボクから見た彼はやはり、台本と時間があって初めて完成する役者なんだ.........」

 

 

 憧れ。それに大切に触れるように彼女は自分の胸をそっと触り、静かに微笑んでいました。それほどまでに彼の演技が素晴らしかったと言うことでしょう。

 

 

ウララ「やっぱりトレーナーって凄いんだねー!!よーっし!!ウララも負けないぞー!!ウララ手裏剣シュシュシュ〜!!!」

 

 

スペ「わー!!凄いですウララちゃん!!いつの間に手裏剣投げれる様になったんですか!!?」

 

 

ウララ「えへへ〜、トレーナーが帰ってきた時に驚かせようと思って!!」

 

 

 掌に手裏剣を重ねて置き、ウララさんはスライドさせる要領で何枚も真っ直ぐに飛ばして見せました。この撮影を始めた頃では考えられない上達です。

 その目を見張る成長に私を含めた全員が感心していると、彼女は自信満々に胸を叩きながら笑顔で言いました。

 

 

ウララ「私だってトレーナーのチームの一員だもん!!少しずつだけど、強くならなくっちゃ!!」

 

 

ウララ「これからウララはっ!スーパーウララになるぞ〜!!!」フンス!

 

 

 右手を天高く突き上げ堂々の宣言。今まではただ明るさだけだったのが、その姿からは彼女なりの覚悟と決心が伝わって来ます。

 その姿を見たスペシャルウィークさん達もまた、撮影の為に身体を解すために立ち上がり、それぞれの持ち物の調子を確かめ始めました。

 そんな中、一人だけまだ座っているオペラオーさんに気付き、彼女の顔を見ると、その顔はどこかの誰かさんの様な優しい笑顔で、彼女達をそっと見守っていました.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 [ワクワククライマックス]

 Lv1→6

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オペ「てりゃぁぁぁ!!!」

 

 

 高く跳躍したオペラオー。その姿を見て息を飲む少女達。やがてその宙に浮いた身体は重力に倣い地面へと向かって行く。

 振り下ろされた杖は地面へと叩き付けられ、荒野の中に大きなクレーターを作り上げるが、少女達はそれを見事に跳んで回避していた。

 

 

スカイ「がら空きですよっと!!」

 

 

キング「一流のナイフ捌きをその身に教えてあげるわッッ!!!」

 

 

ウララ「スーパーウララ手裏剣〜!!!」

 

 

 地面へ着くまでの間、セイウンスカイは弓で矢を放ち、キングヘイローは無数のナイフを手早く投げる。ハルウララもそれに負けじと手裏剣を的確に投げ込んだ。

 しかしオペラオーはそれを視認するまでも無く、片足の爪先を軸とし、杖と己の身を回転させながら飛び道具を難なく弾いた。

 

 

オペ「ハーッハッハッハ!!バレリーナの様に美しいボクッッ!!!」

 

 

スペ「てりゃあー!!!」

 

 

グラス「―――ッッ!!!」

 

 

 髪を掻き上げて高らかな笑い声を上げるオペラオー。そしてその隙を見計らい、スペシャルウィークは鎖鎌を投擲し、その杖を絡めて引き上げた。

 丸腰になった事をしっかりと確認し、彼女の武器が届かないと判断したグラスワンダーはそのまま薙刀を手に真っ直ぐと突進を仕掛けてくる。

 

 

オペ「素早い突きだ!!素晴らしいよグラス君っ!!!だが.........!!!」

 

 

グラス「っ!!?」

 

 

オペ「体操選手の様なしなやかで美しい動きをするボクッッ!!!」

 

 

 無数の突きと薙ぎ払い。その有効打無効打を一瞬で見分け、数回ヒラリと身を躱した後、彼女は身体を後方に逸らして地面に手を付き、両足を蹴り上げる事でその手から薙刀を離させる。

 

 

エル「ここはエルに任せてくだサーイ!!」

 

 

オペ「おおお.........!!素晴らしいパワーだよエル君っ!!」

 

 

 体勢を立て直す頃には既にエルコンドルパサーがオペラオーの眼前へと迫っていた。かなり大振りな攻撃だが当たれば怯み、そこを狙われて投げられてしまう。高速タックルからのパワーボム。そのリーサルコンボをオペラオーは一番警戒していた。

 テイエムオペラオーは防戦一方を貫きつつも、反撃の機会を伺っていた。

 

 

エル「ふふん!腕を上げましたね!ですがまだまだ脇が甘いデース!!」

 

 

オペ「ハーッハッハッハ!!君ならこの隙を見逃さないと思っていたよ!!」

 

 

エル「ケッ!!?」

 

 

オペ「まるで昭和の亭主関白のちゃぶ台返しのようにエル君を投げる美しいボクッッ!!!」

 

 

 上げられた硬いガードの弱点を見抜いたエルコンドルパサーは、その部分にタックルをしようと一歩だけ身を引いた。

 しかし、それはオペラオーの練られた作戦であった。そうと知ったは良い物の、既に前進を始めたその身体を止めることは出来ず、一瞬で横に周り込んだオペラオーは突進の勢いをそのまま利用し、エルを投げ飛ばした。

 

 

 相対する者達が殆ど、苦虫を噛み潰したような顔をしている。その顔を見て満足そうに笑い、オペラオーは弾き飛ばされた杖を拾い直した。

 

 

オペ「どうだい?これが世紀末覇王の力。テイエムオペラオーの力だ!!素晴らしいだろう?」

 

 

ウララ「.........むんっ!」

 

 

五人「う、ウララちゃん(さん).........!!?」

 

 

 そんな中で一人、着地に失敗して倒れていたハルウララが勢い良く飛び起き、テイエムオペラオーへと近付く。

 背中に背負った刀。それを引き抜き、オペラオーの目の前でしっかりと構えを取って見せた。

 

 

オペ「.........一騎打ちのつもりかい?」

 

 

ウララ「うん!ウララと勝負だよ!!」

 

 

オペ「.........ハーッハッハッハ!!面白い!!その決して揺らぐ事の無い闘志!!実に美しいよ!!」

 

 

オペ「無論、ボクの次にだがね.........!!」

 

 

 お互いに持っている物の先端を相手に向ける。ハルウララの頬には冷や汗が流れ、テイエムオペラオーの前髪が風に揺れる。

 先程の膠着状態が二人の間に訪れる。一瞬でも動きがあれば、どちらも次を仕掛けるだろう。そんな緊張感が、その姿から伝わってくる。

 

 

 そして、最初に動いたのは―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゴゴゴゴゴ.........!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ウララ「うわわ!!?なになに!!?」

 

 

オペ「な!!?い、いくら何でも早すぎる.........!!?」

 

 

 最初に動いたのはハルウララでもテイエムオペラオーでもなく、何と二人が立っている地面だった。

 大きな地響きと揺れを見せながら、二人は他の者達と同じように地面に手を付いた。そしてオペラオーがじっと見つめる先を、他の少女たちも恐る恐る見つめていた。

 

 

 そして、そこには巨大な怪獣の姿が―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「素晴らしい.........映画でしたわ.........!!!」グス

 

 

 上映の為に借りていた視聴覚室を出て、私はハンカチを手に涙を拭きました。他の生徒の方々も楽しかった様で、廊下で先程のオペラオーさんとウララさんの真似をしている方まで居らっしゃいました。

 

 

オペ「うむ!どうやら大成功の様だね!!本当は前に出ていたゴルシさんや白銀さん!出来ればボクのトレーナー君も出て欲しかったのだけど.........」

 

 

マック「ゴールドシップさんとあの御三方は最近姿が見当たらないので、またどこかに行ってるんだと思います。オペラオーさんのトレーナーさんはどうしたんですの?」

 

 

オペ「ああ!良くぞ聞いてくれた!!実は今出張に行ってるんだよ!!どうやらボクが先生のファントムになると決めた時に決まったらしい.........」

 

 

 運命はいつもボクに試練を与えてくるね。と言いながら、彼女は満更でもなさそうに嘆いて居ました。

 .........ですが、そんな急に出張になる事なんてトレセン学園ではそうありません。第一任意性らしいですから、きっと厄介事に巻き込まれたくないと踏んで自ら申し出たのでしょう。良い判断だと思いますわ。

 

 

 それにしても、ゴールドシップさん達は一体どこに行ってしまわれたのでしょう?本当に突然、それも何も言わずに居なくなってしまうだなんて.........今までは少なくとも、一言くらいあったはずですのに.........

 

 

 そう思いながらオペラオーさんに車椅子を押してもらっていると、曲がり角から見知らぬ男性が現れました。その首からは、来客用の名札が下げられており、学園関係者では無いという事がハッキリと分かりました。

 

 

「メジロマックイーンさんですね?」

 

 

マック「?ええ、そうですが。貴方は.........?」

 

 

「私はフリーの記者をやっている者です。怪しい者ではありません」

 

 

 その男性は表情一つ変えずに、私の方を真っ直ぐと見ながらそう言いました。しかし、怪しくない人はそもそも自分を怪しくないと言う事はしません。

 先程映画を見たせいか、妙に勘ぐり深くなっていた私ですが、彼の用件が何なのか聞こうと次の言葉を待っていました。

 

 

マック「.........あの、それで、何か御用ですか?」

 

 

「.........では、単刀直入に聞きましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「桜木トレーナーは、トレセン学園を退職したのですか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「―――.........」

 

 

 彼のその言葉に、私は何も言えませんでした。傍から見れば学園に在籍しているトレーナーが長期間居ない、と言うのはとても異常だからです。

 これが一週間。長くて二週間なら言い訳も出来たのでしょう.........ですが、既に彼がこの学園を去り、海外へ渡った事を知ったあの日から―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――既に一ヶ月半は経過していたのです.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

......To be continued



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怪物三冠バの気合い

 

 

 

 

 

ナリブ「はァ.........はァ.........っ」

 

 

 膝に手を付きながら、息を整える。我ながら今の走りは完璧だった。これなら合格ラインに到達出来ただろう。そう思い、私はストップウォッチを持っている桜木の方を見た。

 しかし、そんな私の期待の目を見た奴は目を伏せ、無惨にもその頭を横に振った。

 

 

桜木「合格ラインよりも0.2秒遅い。今日はもう休もう。まだ時間はある」

 

 

ナリブ「っ、大丈夫だ。まだやれ「ブライアン」―――っ」

 

 

 自分の身体に喝を入れながら立ち上がろうとした時、桜木が普段の呼び方では無い名で私を呼んだ。

 そして恐る恐るその方を見ると、奴は怒るでも無く、心配するでも無く、ただ真っ直ぐとした目で私を見ていた。

 

 

桜木「今の走り。お前にとっては最高のパフォーマンスだったんだろう?」

 

 

ナリブ「.........」

 

 

桜木「.........だったら、後は気持ちの問題だ。大丈夫。時間はまだあるんだ」

 

 

 今自分の持てる力。技術。先程の走りはそれらが上手く噛み合ったという実感さえあった。だと言うのに、私は[私の残した記録]に手が届き切っていない。

 桜木は言う。時間はまだあると。だがここで本当に焦るべきはこの男なんだ。もしここで、このタイムを超える事が出来なければ、メジロの使用人達が試練を乗り越えた意味が無くなってしまう。それはつまり、コイツの担当であるメジロマックイーンが復活する可能性が、完全に0になってしまうという事だ。

 しかし焦っているのは私だけで、この男はまだ余裕そうにしている。それだけが唯一、気掛かりだった。

 

 

ナリブ(.........あの日から私は、技術を身に付けた。走り方を洗練した)

 

 

ナリブ(だと言うのに.........何故超える所か、手すら届いてくれないんだ.........)

 

 

 息を整えようとしているが、全く整える事が出来ない。頭を振り、不安や焦りを振り払おうとしたが無意味だと言うようにそれらが私の心に渦巻き、覆い尽くそうとしている。

 自分の不甲斐なさに思わず手を思い切り握り締める。どこかにぶつけるべき苛立ち。だがそれを何処へぶつけていいのか分からず、そして何かにそれをぶつけていいはずもないと知っている私は、その拳で空を切った。

 

 

 何故、こんな事になったのか.........話は一週間前まで遡る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エディ「今回はここで試練を受けてもらう」

 

 

桜木「.........やけにだだっ広いな」

 

 

ナリブ「.........っ、これは」

 

 

 気怠げなエディに案内された場所は、桜木の言う通り山奥にしては広く、そして平らに整地された場所だった。

 そこに足を踏み入れるエディに着いていくように桜木達は足を踏み入れ、私もそこに踏み込んで行った。

 

 

 そして、その瞬間に気が付いた。足裏から感じる草の感触が、山奥のそれでは無い。という事にだ。

 

 

エディ「ほう、流石現役レーサー。そして三冠バなだけあるな?ナリタブライアン」

 

 

ナリブ「.........私を知っているのか?」

 

 

エディ「当たり前だ。三冠と言うのはそう易々と取れるものでは無い。例えそれが細かくは知らない異国の物だとしてもな」

 

 

 .........[三冠バ]。正直今の私にとってその肩書きは重苦しく、そして相応しくない事この上ない称号だ。彼のその言葉を横に流しつつ、私は足裏だけではなく、自分の手でここに生えるターフの状態を確認する。

 

 

ナリブ「.........随分柔らかいな。まるで日本のレース場のようだ」

 

 

エディ「イギリスの物は硬いからな。そんな所であの子を走らせるのは懸念がある」

 

 

桜木「.........?懸念って、足が悪いのか?」

 

 

エディ「.........聞かなかった事にしたまえ。君達には関係の無い話だ」

 

 

 断片的な情報を口走った後、茶を濁すようにその話題を逸らす。そのまま彼はこの場所の説明。そして試練の内容を説明した。

 

 

 ここはやはり、彼がその手でこのターフを作り上げたのだと言う。気候も環境も日本と違うはずだが、彼の言うあの子。つまりルビィと呼ばれるウマ娘の子供の為、ここを整地したらしい。お陰で貯金がほぼ尽きかけだと言っていた。

 

 

 そして、ここでの試練.........それは、私の出した[記録]を超える事だった。

 

 

エディ「それで、受けるか?[三冠バ]ナリタブライアン」

 

 

ナリブ「今の私は[ただのウマ娘]だ。どうせ知っているんだろう?嫌な大人だな」

 

 

桜木「え?何、知ってるってどゆこと?」

 

 

 何も知らないという事をこの男は最大限のリアクションで私に、そして周りの人間に伝えてくる。その無神経さにメジロの人達所か、あのエディですら思わず目元に手を当て首を振っていた。

 

 

主治医「桜木様。ナリタブライアン様は以前怪我をしてしまってから本調子では無いのです」

 

 

桜木「え?嘘。んなわけないじゃん.........ん〜?」

 

 

ナリブ「.........なんだ、ジロジロと見て」

 

 

 私の出来れば隠し通したかった、そして自分で信じたくは無かった事実を教えられても、桜木の奴はそれを即座に否定し、私の身体をまるで粗探しする様に見ていた。

 腕。肩。そこまでは触ったが、腰と足は見るだけで留め、やがて諦めた様にため息を吐いた。

 

 

桜木「.........まぁ、偏屈ジジイの意見だけなら兎も角、爺やさんや主治医まで言ってっから信じられるけど.........」

 

 

桜木「.........寧ろ、俺が初めて見た時より強い気がすんだけどなぁ」

 

 

ナリブ「.........っ、お前には分からないだろうな.........!」

 

 

 この男は本当に、どこまでも私の神経を逆撫でてくる。静かに、だがそれでも確かに私は奴に対して声を荒らげた。そんな様子を見ても気にしない様に、桜木は頭を軽くかいた。

 

 

桜木「.........んで?日程は?まさか今すぐなんて言わねぇだろうな?」

 

 

エディ「そこまで鬼では無い。回数も無制限。行けると思った時に声を掛けると良い」

 

 

桜木「あぁそう。じゃあこっちは早速その準備に取り掛からせてもらう。良いよな?[ブライアン]?」

 

 

ナリブ「!あ、ああ.........」

 

 

 面倒くさそうに試練の概要を聞いた桜木は、それを聞いて安心したように緊張を緩ませる。そしてエディの方から私の方へと視線を移し、私の名を初対面以来の呼び方で呼んできた。

 

 

 そこから、もう既に一週間は経過しているのだ.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ナリブ「はっ.........はァっ.........くっ!」

 

 

 息の戻りが遅い。直近の公式レースでもここまででは無かった筈だ。そうは思いながらも、吸い込む空気自体に重さを感じてしまう。自分の身体の限界。そしてそれが徐々に容量を小さくして行っているという事実に奥歯を噛み締める。

 

 

桜木「お疲れさん。ほれ。爺やさん達が買ってきてくれたドリンクだ」

 

 

ナリブ「.........何故焦らないんだ」

 

 

桜木「え?.........うーん」

 

 

 渡されたドリンクの蓋を開け、一口飲んで口の中の乾きを潤す。身体の状態を確認し、何も問題が無いと思った私はその場に座り込み、桜木に今まで疑問に思っていた事を質問した。

 その私の質問に予想外だと言うような反応を見せた後、顎に手を当て空を見ながら考え込み始める。そして桜木は、突然何かに気付いたと言う感じではなく、元々考えていた物が落ちて行った様な様子でゆっくりと視線を前にした。

 

 

桜木「.........[ブライアンだから]かな」

 

 

ナリブ「何.........?」

 

 

桜木「いやほら。俺がトレーナーになるきっかけのレースって、ブライアンのレースだったからさ」

 

 

桜木「あの時見てた子は古賀さんとこの子だったけど、それでもやっぱあの勝ち方は印象付いちゃうよ。安心出来る強さだなって」

 

 

 その言葉は、桜木からは初めて聞く物だった。普段だったら絶対に聞けない事だと言うのは、考えなくても分かるほど真面目なものだった。

 .........だがそれも、私が怪我をする前の話だ。今では見る影も無い。今コイツが見ている物は、まやかしの私に過ぎない。

 

 

ナリブ「.........私に足りない物は、一体何だ.........?」

 

 

桜木「.........正直言って、レースの運び、テクニック、走る事への意識は初めて見た時より数段上だ。俺が教えることは無い程にな」

 

 

桜木「逆に聞くけど、自分に何が足りないと思う?」

 

 

 .........足りない物。今の私に足りない物は、一体何だろうか?そう問い掛けられて、そう思考を巡らせる。

 レースへの思いは怪我をして走れなかった期間で自分の中で募らせた。技術も座学は好きじゃなかったが、他の奴らが力を付けている間差を開かせないよう学んだ。展開力も、姉貴やアマさん。マヤノトップガンやサクラローレルのレース映像を何度も見て、頭の中で自分を走らせた。

 それなのに、今の私には何かが足りない.........そう、何かが.........

 

 

 そこまで考えて、私は桜木の顔を見て不意に思い付いた。今のコイツにあって、今の私に無いものを。

 それは[余裕]。そして、その余裕を生み出している[根幹]。それが今の私にとって必要な物だと結論付け、その余裕を生み出している物を早々に導き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――[愛]。だろうか.........?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「.........!!?あ、[愛]ィ!!?」

 

 

ナリブ「な、なんだ?私にはそうとしか分からなかったのだが.........?」

 

 

 私の言葉を聞き、暫く保けていた桜木だったが、それを理解した瞬間に噴き出し、そして驚きの声で復唱した。

 私にとってはそれしかないと思っていたのだが、どうやら桜木の考えていた物とは違っていたらしい。

 

 

ナリブ「悪いな、私はお前とマックイーンの様な関係を持ってる奴が居ないんだ。だからそれさえあればと思ったんだが.........」

 

 

桜木「い、いや。正直自分で言うのも何だけど、俺達レベルの絆を全員持ってたら申し訳ないけどちょっと怖い.........」

 

 

桜木「それに。[愛]ってんならブライアンもきっと沢山貰ってるぞ?ファンとか、ハヤヒデからとか。ライバルからとかも」

 

 

ナリブ「?姉貴や、アイツらから.........?」

 

 

 そんなもの、貰っていただろうか?いや、確かに怪我をした時や走りが本調子に戻っていない今も心配の類はくれるが、それが愛なのだろうか?

 考えても分からない。暫くの間桜木の言った言葉の答えを模索していると、私の肩に手を置かれる。驚いてその方を見ると、桜木の奴が心配のしの字も無い笑顔でそこに居た。

 

 

桜木「まぁさ!そこで頭でっかちに悩んでも分かんねぇもんは分かんねぇだろ!だったら後はやるだけやってみようぜ!」

 

 

ナリブ「ああ.........ん?待て、お前何を考えているんだ.........?」

 

 

桜木「決まってんじゃねぇか!チーム[スピカ:レグルス]が今まで困難を乗り越える事の出来た秘策っ、[プランB]!」

 

 

桜木「そしてプランBの[B]は―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――[ぶっつけ本番]の[B]って事よ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ナリブ「.........」

 

 

桜木「おーいっ!こっちの準備はオーケーだぞー!!」

 

 

 スタート地点で立ち尽くすブライアンに、俺は手を振り上げながら準備が出来た事を教える。彼女は素っ気なく手を上げ、聞こえている事を俺達に伝えてくれた。

 この試練。はっきり言ってしまえば不安は拭えていない。ブライアンの身体のコンディションはバッチリだ。だがそれに反比例する様に、彼女の心の具合は悪い。

 いや、身体の調子が良いせいなのだろう。これで不調ならばスランプの原因がよく分かる。逆に調子が良いからこそ、全盛期の走りを出来ない理由が見当たらず、焦っている。

 遠くで身体を解す様に柔軟を続けるブライアンを見ながらそう考え、俺は推測でしか無いその思考を一旦辞め、ため息を吐いた。

 

 

ルビィ「?どうしたの?」

 

 

桜木「.........エディのじいさんが居んのは分かるけど、君はどうしたの?」

 

 

 俺の溜息を聞いてその意図を伺う少女。ルビィの存在に、俺は疑問を持った。今までの試練で彼女は同席していなかった筈なのに、何故今ここに居るのだろうか?

 それを問うと、彼女は恥ずかしそうにその身を揺すりながら言いづらそうに答えてくれた。

 

 

ルビィ「.........だって、三冠バの走り方、見てみたいし.........」

 

 

桜木「おっ、案外興味ある感じ?良いぞ〜ブライアンの走りは〜。正に力を叩きつけるって感じのレースで―――」

 

 

エディ「私の孫をあまり引き込むな。迷惑だ」

 

 

桜木「.........へーい」

 

 

 意外だと思った。なんせこのウマ娘の少女が走っている姿をまだ俺達は一度も見ていない。走る事に興味が無いのでは?なんて思っても居たが、そういう訳では無かったらしい。

 しかし、走る事に興味を持つ事を咎める存在がいる事もまた意外だと思った。それが実の孫に対する物だと言うのもまた、それに拍車を掛けた。

 俺には関係の無い事かもしれない。けれど俺は、[トレーナー]だ。走りたいと思う全てのウマ娘に手を差し伸べるのがそうだと、ハッキリと言える。それでもこれは踏み込み辛い問題だと、いくら察しの悪い俺でも容易に考え付く事が出来た。

 .........[だからこそ]。俺は踏み込まなければならないと思った。

 

 

桜木「.........アンタが何に囚われてるのかは知らない」

 

 

桜木「俺はまだ若造だし、アンタが人生で学んできた事を考慮すれば、口出しする事じゃ無いのも分かってる」

 

 

桜木「けれどさ。頭ごなしに否定するだけじゃ、大人になったその子に嫌われても文句言えねぇぜ?」

 

 

エディ「.........これは私の問題だ。この子を巻き込んで申し訳ないと思っているのも事実だが、こればかりは譲れない」

 

 

桜木「.........」

 

 

 いつもと変わらない無表情。それでもその表情の奥に感じる物は、確かに少し悲しい物だった。この男にも、きっとこうならざるを得ない理由があるのだろう。

 それを聞こうか聞くまいか、葛藤しているうちにブライアンの方から声が掛かる。長話は一旦切り上げだ。

 

 

桜木「よし。位置についてーっ!!よーい―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――どんっ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――桜木の声が耳に届いた瞬間。私は前へと駆け出した。コースはコーナーを含んだ1000M。散々身体を解したおかげで、直ぐにヒートアップさせることは出来ている。

 それでもまだ、何かが足りない。それは走り出して直ぐに実感出来るほどの物だった。

 

 

ナリブ(っ、余計な事に気を割くなっ!少しでもタイムを縮めるんだ.........!!)

 

 

 カーブに差し掛かってからの足運び。重心の掛け方。息遣いとスパートへのスムーズな移行。完璧だ。全てが噛み合わさった私の究極の走りになっている。

 

 

 .........だからこそ。余計に心がザワついた。今の私には、あの頃の[速さ]が無い.........

 もう幾度も無く気付いたそれが、私にもう一度突き付けられた。

 

 

 それでも、乗り越えられる。あの男と、メジロマックイーンを見ていればそう思えてしまう程に、あの二人を結ぶ物は得体の知れない力を生み出していると思っていた。そしてそれが[愛]なのだと、私は結論付けていた。

 今はもう、それに縋るしかない。私のファンが。姉貴が。そしてライバル達が私にくれた愛に.........

 

 

『ブライアンっ!早くその足治して、アタシとタイマン勝負してくれよ?やっぱアンタと走るのが一番張り合いあるからねっ』

 

 

ナリブ(.........)

 

 

『ブライアンさんっ!マヤね?今度走る時は絶対もっとワクワクさせてあげるからね!!』

 

 

ナリブ(.........)

 

 

『ブライアンちゃん。そんな怪我早く治しちゃって、もう一度私と本気のレースしよう?約束だよ?』

 

 

ナリブ(.........っ)

 

 

『ブライアン。流石私の妹だ。鼻が高いぞ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――ダメだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「―――っ」

 

 

 ―――ゴールを踏み切る瞬間。その手前で彼女は強く、歯を食いしばった様に見えた。その姿はどこか、悔しさや苦しみが強く伝わってきた。

 止めたストップウォッチの数字を見れば、目標タイムより0.5秒。先日よりも遠のいてしまっている。その現実を受け止めるために目を伏せながら、俺はブライアンを労る為に彼女の方へと歩き出そうとしていた。

 

 

エディ「.........無駄だ」

 

 

桜木「.........あ?」

 

 

エディ「今の彼女では到底、全盛期の走りを超えることなど出来はしない。これ以上は彼女の選手生命に関わる事になるぞ?」

 

 

 歩き出そうとした瞬間。肩を掴まれ引き寄せられる。そしてエディはこれ以上は危険だと。これからの競走人生に影響を及ぼすと強く警告してきた。

 爺やさんや主治医も言葉にしないまでもその顔を俯かせ、それを肯定する態度を取る。そしてルビィという少女も、ブライアンに対して心配そうな表情を見せていた。

 

 

 .........確かに、そうかもしれない。今の彼女をこのまま走らせ続けたら、いずれ大きな事故に繋がりかねない。それほどの危うさを今、ブライアンからは感じている。

 だけどそれをはいそうですかと済ませてしまえばそれまでで、その行いは[あの子]の事を諦める事だけじゃなく、全てのウマ娘に対しての[可能性]を捨てる事になる。

 

 

 それだけは、いただけない。

 

 

桜木「.........もし、多くのトレーナーが[可能性]を捨てて、多くのウマ娘達が夢を諦めざるを得ないのなら、俺はそれを拾い集めるだけだ」

 

 

桜木「それに知ってるか?頑丈で安全な橋ほど、壊れた時の衝撃はデカいんだよ」

 

 

桜木「そして渡らなければ行けない橋ほど、脆くて、不安定で落ちそうだけど、人はその先。[次]を追い求めちまうんだ」

 

 

桜木「そしてそれは俺達みたいな見てる人間だけじゃ無い。走っている子達。[あの子]も.........そしてブライアンも、それを求めて足掻いているんだ」

 

 

 [次]。成長する者が絶対に求める物。次のトレーニング。次のチャンス。次のレース。次の勝利。次、次、次.........それを追い求め、手を伸ばして掴むために、俺達生きている存在は歩いて行く。

 それを諦めれば停滞となる。置いて行かれる。成長が止まり老いていく。そうなれば後はもう、己が死を待つだけだ。もし屍のまま生きたくないのならば、遅くとも次を求め続けなければならない。

 

 

 俺は肩に置かれた手を振り払い、ブライアンの方へと歩く。絶え間なく垂れ流される汗。顎まで伝っているそれを手首で拭いながら、ブライアンは静かにゴールの線を見つめていた。

 

 

桜木「.........何か分かったか?」

 

 

ナリブ「.........私には、合ってない事が分かった」

 

 

ナリブ「普段のレースは、人の事を思い出すなんて事しないが、今回やって見て分かった.........煩わしいだけだ」

 

 

 膝に手を着いた状態から真っ直ぐと立ち上がり、彼女は吐き捨てるようにそう言った。その声からは冷たい、エディの言った物と同じ無駄だったという思いが伝わってくる。

 しかし、その奥底から感じる燻った物が確かにある。それは悔しさであったり、渇望であったり、次を求める姿勢に他ならない。俺はそれを感じ、少し安心した。

 

 

桜木「.........確かに、君にはこのやり方は合わないかもな」

 

 

ナリブ「.........」

 

 

桜木「けどなブライアン。君が貰った物は果たして、本当に[愛]だけだったのか?」

 

 

ナリブ「?.........何が言いたい?」

 

 

 検討が付かない。そんな様子が見て取れるブライアンの表情。しかし、俺には彼女の今の状況が良く分かる。なぜなら一度、こんな状況に陥った事があるからだ。

 三年前の秋。あの時、あの子は多くの人々の。そしてチームの、俺の期待を背負って居た。彼女一人に向けられた訳では無いはずのそれを、意地を張って一人で背負い込んだあの日。

 そんな彼女の姿と、ブライアンの今の姿が重なる。以前の様な走りを見せてくれる。必ず戻って来てくれるという期待。それを今、ブライアンはたった一人で背負っていると、思い込んでいる。

 

 

桜木「俺から言える事は一つだけだ。ブライアン」

 

 

桜木「確かに[愛]も大切だけど.........[気]を抜くなよ?」

 

 

ナリブ「あ.........?」

 

 

 あの時の彼女は、[期待]で空回った。俺を含めた多くの人々の[期待]が強すぎて、潰れてしまったんだ。だから、こういうのも少し恥ずかしいけど.........俺の信じる彼女に対する[愛]で、それを相殺させた.........と、思う。実際マックイーンがどう思っているのかは定かじゃない。

 けれど今度は、その逆。[愛]で空回っている。ならば必要な物もまた前回の逆。[期待]が必要になって来ている。

 

 

桜木「.........とは言っても、今日はもう走った後だ。流石に疲れてるだろうから試練はまた―――「いや」.........?」

 

 

ナリブ「今すぐ、だ。もう一度。走る」

 

 

 俺の一歩前へと出て、その背中を向けて彼女は言った。その背中にはまだ小さいながらも、彼女から何か確信を掴めた様な気配を感じ取る事が出来た。

 それを見て俺の中には、止めるという選択肢は存在して居なかった。代わりにあるのは、彼女の背中を押したいという応援の気持ちだった。

 背中を向け、そのままスタート地点まで歩いて行くブライアンに俺は声を掛ける。

 

 

桜木「ブライアンッッ!!!」

 

 

ナリブ「!.........」

 

 

 振り返る事はしない。だが俺の言葉を聞く為に、彼女はその前進を一旦止めた。

 

 

 何を言うべきか。それはもう決まっている。俺が[あの子達]を送り出す時はいつも、この言葉を掛けていた。だから彼女にも、同じ様に言葉を掛ける。

 

 

桜木「[乗り越えて]こい。ナリタブライアン」

 

 

桜木「きっとその先で―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――君のライバル達が、待ってる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ナリブ「.........フッ」

 

 

 俺の言葉を受けとり、彼女は笑った声を出した。それ以外は何のリアクションもせず、ただスタート地点に向かう。

 

 

 けれどその背中は、この旅の中で一番、[初めて会った頃]のナリタブライアンに近いものだった.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よーい―――」

 

 

「―――どんっ!!!」

 

 

ナリブ「―――ッッ!!!」

 

 

 桜木の合図と共に地面を強く踏み締め、前へと前進する。加速力や速度は先程と同じ、全く変化は無い。

 だがそれでも、何故か心は先程より軽い物だった。それもそうだ。私はようやく気が付いた。私が貰っていた物は、[愛]だけでは無い事にようやく気が付いた。

 

 

 1000Mの距離。昔はこの距離を走るのも一苦労だった。幼い頃は良く、姉貴の走り方を真似して無茶した物だ。

 そんな私が、今や[三冠バ]として、ましてや長距離に置いては敵無しとまで言われる程にまでなった。そうなれたのは紛れも無く、姉貴や、ライバル達の存在だろう。

 

 

ナリブ(確かに、今の私は全盛期以上の知識と技術を持ち合わせている)

 

 

ナリブ(だが.........あの時よりも足りない物が確かにあった)

 

 

ナリブ(.........今ならそれが、痛い程に分かる)

 

 

 コーナーに差し掛かる。先程と同じ要領で完璧にインコースを突き、極限にまでタイムを縮ませる。

 それはさっきやった事だ。全盛期の時には出来なかったことをして、全盛期の時より0.5秒遅かった。

 

 

 だが.........

 

 

『くっ!もう一回だブライアンッ!!今度こそアンタにタイマンで勝ってみせるよ!!』

 

 

ナリブ(ああ、私もアマさんとの勝負は、いつも胸が踊るよ)

 

 

 私に向けられていたものは、[目標]だった。同期でデビューを果たした連中は皆、こぞって私を打倒しようとしていた。その思いが、更に私を強くさせた.........

 

 

『ブライアンさん。マヤ、まだ負けてないからね』

 

 

ナリブ(ああ.........そうだな。私もまだ、勝ったつもりは無い)

 

 

 私に向けられていたものは、[熱意]だった。圧倒的な強さとレースを見せつけた。それを初めて受けたアイツは、見た目の軽さとは裏腹に圧のある思いを私にぶつけて来た。

 

 

『今はまだ無理だけど、いつか絶対レースに出て、ブライアンちゃんを倒すからね!それまで、待っててね?』

 

 

ナリブ(.........フッ、確かにお前には負けたが、あの勝利はお前も、本意じゃなかっただろ?)

 

 

 私に向けられていたものは、[憧れ]だった。他の誰よりも私の姿に光を見出し、そして私の怪我を誰よりも惜しんだ。それほどまでに全盛期の私を叩き潰したいという強い意志は、正直。悪い気分では無かった。

 

 

『なんだ?また私の真似をしているのか?ブライアン』

 

 

『それじゃあいつまで経っても、お姉ちゃんには勝てないぞ?』

 

 

ナリブ(.........姉貴)

 

 

 私に向けられていたものは、[期待]だった。誰よりも私の成長を傍で見てきて、そして誰よりもそれを喜んでくれた.........いつか、共に走れる日が来る事を、お互いの全力をぶつけ合う日を、姉貴は昔から望んでいた.........

 

 

ナリブ(.........ああ、そうだな。桜木)

 

 

ナリブ(私にはどうやら、まだ[愛]とか言う力の使い方を、理解出来てないようだ)

 

 

 うざったいだけ。面倒なだけだと思っていたそれにいきなり名前を付け、力にするなんて事は私には出来ない。そんな事が出来るやつは、よっぽど器用な奴なんだろう。

 だったら今は無理に理解しないでもいい。いつかそれを理解し、物に出来るのなら.........今はまだ、[これ]で良い.........

 

 

ナリブ(フッ、いくら技術やレース力。肉体を鍛え上げようとも、あの頃を超えられない訳だ。あの時の気持ちをすっかり忘れている.........礼を言う。桜木)

 

 

ナリブ(やはり私は.........!!!)

 

 

 全盛期の頃にあって、今は無かった物。それは[気持ち]だった。[勢い]だった。小手先だけの技術だけを身に付けてそれをおざなりにしていたから、私は全盛期を超えられなかったんだ。

 そう、ただ我武者羅に走って.........気が付けば[三冠]を取っていた、あの日々の気持ちを.........

 

 

 残り200M。直線だけが伸びて行きゴールの線を後は踏むだけ。そこに向かうとなった時にようやく、[懐かしい感覚]が蘇ってくる。

 迸る様でいて.........どこか飢え、渇いている。それをただ満たそうとして全力を注いでいた.........あの頃の気持ち.........その勢いを.........

 

 

ナリブ「やはり私は.........ッッ!!!」

 

 

 強く地面を踏み抜ける。地面に生えた草をその根ごと抉り出す勢いで力強く、そして鋭く差し込み、蹴り出すのと同時に素早く前に足を動かして、それを繰り返す。

 感じる風も、身体の内から込み上げる熱も、全てが戻ってきている.........

 

 

 [ライバル達]が.........戻ったその先で、私を待っている.........

 

 

ナリブ「[愛]より―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――[気合い]だァァァァァ―――ッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ナリブ「.........はぁぁ」

 

 

桜木「ほいっ、お疲れさん。凄かったな!ブライアン!初めて見たレース思い出したよ!」

 

 

 燃え盛る焚き火の前で、疲れた身体を癒していると、桜木が美味そうな肉を乗せた皿を私の方に寄越してきた。

 久々に見る肉と美味そうなソースの匂いに驚き一瞬固まるが、私は直ぐにそれを受け取った。

 

 

ナリブ「おい、こんなのどうしたんだ?」

 

 

桜木「あぁ、ルビィちゃんが街に降りるっつーからお使い頼んだんだ。久方ぶりの肉だろ?味付けも日本で食べる奴に寄せてるから、今日はお祝いだと思って、な?」

 

 

ナリブ「.........フッ、気が早い奴だな」

 

 

 照れながらも嬉しそうに笑う桜木の顔を見て、私は笑う。確かに私は試練を突破することが出来た。全盛期のタイムを0.3秒縮める事ができたのは、流石の私も予想外だった。

 そんな雑談も程々に、私はフォークを握って皿の上に置いてある肉。恐らく牛肉だろう。それを差して口に運ぶ。

 瞬間。久方ぶりに味わう肉の旨みとソース.........ガーリックだろう。その濃いフレーバーが私の口の中に広がり、味はとても満足出来た.........が。

 

 

ナリブ「硬いな」

 

 

桜木「まぁ!文句言うんじゃありません!ママはそんな子に育てた覚えは無いわよ!!?」

 

 

ナリブ「お前はいつから私のお袋になったんだ」

 

 

 わざとらしく怒った顔を見せ、そっぽを向く桜木。それにツッコミを入れて暫く静かな空間が続くと、どちらからともなく、不意に笑い声が広がった。

 

 

ナリブ「.........アンタのお陰だ。正直、感謝してもしきれない」

 

 

桜木「あら珍しい。俺を褒めるなんて変な物でも食べた?」

 

 

ナリブ「茶化すな。真剣な話だ」

 

 

 2/3程食べた肉を皿に置き、私は今回。この旅に同行した理由を思い出し、それを桜木に語った。

 

 

 最初は.........本当に来るつもりなんて無かった。

 

 

『指令ッ、ナリタブライアンよ!君には前回同様、海外へ行く桜木トレーナーに着いて行って欲しい!』

 

 

 それを電話越しで聞いた時、私の選択肢は断る以外の物は存在して居なかった。なんでまたあの地獄の様なデトロイトを体験して、もう一度桜木なんかと共に行動しなければ行けないんだと、つくづく思った。

 だが、理事長は言った。この旅でもしかしたら、私のスランプを脱する何かを、得る事が出来るかもしれない。と.........

 

 

 それを聞いた時、私は不覚にも、そうかもしれない。と思ってしまった。

 事実、あのデトロイトから帰ってきてから少しの間、私のレースの調子少し良かったからだ。着いて行けば、今度はなぜそうなったのかを突き止められるかもしれない。そう思って、この旅に望んだんだ。

 

 

ナリブ「結果はアンタの思っている通り、概ね正解だった」

 

 

桜木「.........俺は何もしてないよ。ブライアンが凄かっただけさ」

 

 

ナリブ「人の好意や謝意は素直に受け取れ。でないとまたパールさんに怒られるぞ」

 

 

桜木「!ははっ、懐かしいな!」

 

 

 以前一度会った共通の知り合いの名前を出すと、これまた嬉しそうに桜木は笑い声を上げた。まぁ怒られたのは私の方だが、今の私なら素直に受け取る事が出来るだろう。多分。

 .........だが本当に、ここに来て良かったと思っている。自分でも分かるくらいに大分憑き物が落ちた感覚がある。私は残りの肉を口に入れ、しっかりと味わい尽くしてから飲み込んだ。

 

 

ナリブ「.........お前に話すことでも無いかもしれないが、実は以前ドリームトロフィーリーグの招待を受けた」

 

 

桜木「え!!?マジかよブライアン!!すっげぇな!!!」

 

 

ナリブ「今の状態で入っても成績は残せないと思い渋っていたがな.........お前のお陰でまた、飢えと渇きを思い出せる事が出来た」

 

 

 私が全盛期の頃より忘れた物。それはきっと、果てなき欲求だったのだろう。一度怪我をした私は、戻ってこられるだけでも運が良かったと、無意識にそう思ってしまっていた。だからそのまま、長く停滞を続けていた。

 それをようやく今、思い出せる事が出来た。これでまた.........私はライバル達と共に競い合い、そしてこの絶え間ない飢えと渇きを満たし続ける事が出来る。

 

 

桜木「君がそっちに行っても、俺は全力で応援するぞ!なんせ初めて名前を覚えたウマ娘だからな!!ブライアン!!」

 

 

ナリブ「.........なぁ」

 

 

 私が差し出した皿を受け取りながら、桜木は何の気無しにそう言った。しかし、今更ながら違和感を感じる。私はその原因を知っているが、その理由を知らない。

 それを知る為に私は、桜木の顔を見て一つ質問を投げ掛けた。

 

 

ナリブ「なんで今更私の呼び方を変えた?」

 

 

桜木「え?だって、前からやだって言ってたし、試練以外のストレスはかけたくないと思ってさ。それに、あんな末脚見せられたらもう君の事を変な風に呼べないよ」

 

 

 少しバツが悪そうに、そして恥ずかしいのか顔をほんの少し赤くし、頬を人差し指でかきながら桜木は言った。本当、今更だ。

 今にして思えば、本当に変な男だ。初めて会った時の第一声が、長いから呼び辛いと来た。周りに居る奴らは皆ブライアンと呼んでいたのに、コイツは律儀にフルネームで呼ぼうとしてやがった。

 そんな出会いから、もう随分と経ってしまった。顔を合わせる事も少なく、共に過ごした時間も少ないが.........それでもコイツは、あの頃とは全く違う。

 

 

ナリブ(.........アンタは強いな)

 

 

ナリブ(さっき私を推し潰そうとした[愛]を、アンタは今、受け止め切れるんだろう?)

 

 

 私達は人間より強い。力が強い。同じ形を有して居ながら、何が違うのか、まるで生き物としての枠が完全に別物だと言うレベルに。

 そんな私達でも、のしかかられたら潰れる物がある。それは、多くの人々の[想い]だ。我武者羅に走っていた時には気付かなかった。だが気付いてしまえば、それを地面に置くことも、投げ飛ばす事も出来ず、重すぎる荷物を背負ったまま走っていた。

 

 

 人間は私達より弱い。力が弱い。だがそれでも、そんな生物でも私達より優れている。人の[想い]を乗せられても、潰れにくいからだ。

 どんなに重くて、辛くて、投げ出しそうになっても、気付けばそれを背負って立っている。気付けば平然とそれを背負って道を歩いている。

 

 

 トレーナーと言うのは、荷物持ちに近いのかも知れない。私達ウマ娘が勝手に乗せられたその荷物を無言で奪って、その有無すら知らせず、なるべく何も持っていない状態で走らせる。

 走らせた後も何も言わず、背負った荷物をそのまま持つ者達。多くのウマ娘が見て見ぬふりをする所か、自分がいつそれを背負わされ、そして代わりに持ってもらったのかを理解して居ない。

 

 

 私もその一人だった。そして、ある日それに気付き、私は自分のトレーナーに渡す分を意識的に減らしていた。

 

 

ナリブ(.........だが、お前は随分下手くそだな)

 

 

ナリブ(こんな所までされたら、メジロマックイーンはもう気付いているだろうに.........)

 

 

ナリブ(.........そうか。これが[愛]、か)

 

 

 勝手に目の前の男を評価し、そして勝手に一人納得する。気付いてみればなんて事は無い。コイツは荷物を取るのが下手すぎて、気付かれて半分位しか持たされていないんだ。

 それでも、それが愛だと思った。思いやりだと、支えるトレーナーと走るウマ娘にしか出来ない。そんな関係性だと思った。

 なるほど、それなら納得が行く。こんな関係性の奴らで溢れ返ったら、今頃学園内は相当甘い匂いを蔓延させているはずだ。

 そう思ってしまうとどうしても、鼻で笑った声を抑える事が出来なかった。

 

 

桜木「?何さ?」

 

 

ナリブ「フフ、いや.........」

 

 

 .........だが、コイツに私の荷物を背負わせる訳には行かない。この男は言うなれば私のファン。初めてウマ娘のレースを見て、この世界へ連れ込ませてしまったのは私だ。

 そんな男に荷物を持たせるのはあまりに礼儀を知らなさ過ぎる。その荷物は、一旦返させて貰おう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「.........ブっさんで良い」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「!.........ああ、頑張れよ![ブっさん]!!」

 

 

 星が光る夜空。暖かい焚き火で疲れた身体を癒しながら、私は一度持っていかれた荷物を、もう一度自分の背に背負った。

 これはコイツの持つべきものじゃない。この荷物は、私と私のトレーナーが持つ物だ。金輪際、コイツがこれに触れる事は決して無いだろう。私も決して、これを触れさせる事は無い。

 

 

 帰ったら、何を話そうか.........スランプを脱した事。姉貴やライバル達の印象が変わった事。全盛期のタイムを超えた事。それらを話しても構わないかも知れない。

 だが今、私が帰って相談したい事は.........ドリームトロフィーリーグに挑戦したい。うん、そうだ。帰ったらそれを言おう.........

 

 

 一時、歪なトレーナーとウマ娘としての関係を築き上げ、見事私の殻を破る事が出来た瞬間だったが、もうその関係性は何処にも無く、そして今後も現れることも無い。

 これからも、コイツの中での私は[ブっさん]であり続け、私の中でのコイツも[頭のおかしい奴]であり続ける。

 

 

 そうであろう。そうで、あり続けて欲しい.........そんな事を思いながら、私は両腕に頭を乗せ、夜風を堪能しながらゆっくりと、その目を閉じたのであった.........

 

 

 

 

 

......To be continued



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タキオン「私達は信じているんだ!!トレーナー君が帰ってくるのを!!」

 

 

 

 

 

タキオン「.........」

 

 

 雑音にしか聞こえて来ない多くの人々の声。その喧騒の中、私達はカフェテリアの真ん中に居る理事長を間とし、生徒と部外者達とを分けてその生徒側の先頭に立っている。

 

 

「それで、お聞かせ願いますか?桜木トレーナーは今どこで、何をされているのかを」

 

 

 目の前の青年がそう語り掛ける。後ろに集っているのは、恐らく同じ記者達だろう。カメラとメモ帳を手に、彼の担当である私達言葉を逃さぬようその目で射抜き、そしてペンを握っている。

 

 

タキオン(.........やれやれ。確か君関係のトラブルが起きた時、判を押して退職届を出せ。だったかな?)

 

 

タキオン(生憎だが、そんなもの初日に破って捨ててしまったよ.........判子は大事に取ってあるけどね)

 

 

 実に惜しいことをした。あれを手元に残しておけば、辞めたと言う事にはなっていないと直ぐに決着を付けられて居た筈なのだが.........捨てた物は仕方が無い。あの時は本当に必要ないと思ったのだからね。

 

 

「どうなんです?辞めたんですか?辞めてないんですか?」

 

 

マック「っ、さっきから聞いていれば辞めた辞めたと.........!!そんなにあなた方はあの人に辞めて欲しいんですかっっ!!!」

 

 

ライス「そ、そうだよ!ライス達のトレーナーさんの事、悪く言うと!お、怒るよ.........!」

 

 

「別に辞めて欲しいとは思っていません。辞めていないのかだけを教えて下されば、私はそれだけで満足ですので.........」

 

 

 記者達の頭に立つ男は、マックイーンくんとライスくんの言葉など意に返さぬ様に飄々としている。少しでも感情的になってくれさえすれば、それを諌めることなど造作もないんだが.........流石は失言を引き出すプロ。自分達がどう振る舞えば良いかも把握している様だ。

 困難な状況に頭を悩ませていると、今まで沈黙を貫いていた理事長が顔を上げ、静かに話を始める。

 

 

やよい「.........どうやら君達は、桜木トレーナーがここに在籍しているという確たる証拠が欲しい様だな?」

 

 

「ええ。多くの名バを育てる彼が引退となれば記事は飛ぶように売れます。しかし私はやはり、真実を書きたい。嘘八百を並べるなんて、そこら辺の素人でも出来るのでね。でしょう?」

 

 

 男は賛同を求めるように、後ろに居る記者達に問い掛ける。そしてその心は同じなのだろう。彼ら彼女らは揃いも揃って首を縦に振った。

 .........全く。本当に面倒臭い事に巻き込まれてしまった。本来ならば今日は外環境がウマ娘に及ぼす影響の細かな調査をと思っていたのだが.........彼女に頼まれたのなら、この状況を打開するしかない。

 そう思いながら、私は目の前の記者の集まりとは外れ、私達側の方に居る記者の方を横目で見て、今日の事を思い出していた.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

タキオン「暇だ.........暇だねぇ.........」

 

 

 校庭のグラウンド。トレーニングに勤しむウマ娘達の走り行く姿を見届けながら、私はコースから外れた芝生の上に置いた装置の数値変動を観察し、仰向けに倒れた。

 どうにもやる気が起きない。いや、やる気はあるにはあるのだが、走る気が全く起こらない。と言うべきだろう。普通の人間ならば良くある状態だが、私達ウマ娘にとっては珍しい事態だった。

 その研究を行いたいと思っては居たが、如何せんその記録を取ってくれる相方が居ない。普段ならば保健室医の黒津木くんの力を借りている所なのだが、理事長に聞けば有給を取ってどこかへ行ってしまったと言う。

 ならばと思い司書の神威くんにとカフェの所を訪ねもしたが、彼も生憎不在。何処へと彼女に聞いてみたが、手土産に持ってきた茶葉の袋が独りでに浮き始めた瞬間。私はごめんなさいを三回言って出て行った。

 

 

 恐らくカフェの言う[お友達]の機嫌が悪かったのだろう。そうだと思いつつも、何かをしなくてはと思い、特段重要性も無い外環境の影響調査に乗り出し、こうなっているというわけだ。

 最近はまぁ、シャカールくん達の活躍のお陰で皆の士気が高まっている。こんな状況なのはむしろ私くらいだ。あれやこれやと色々と試しては見ているが、どうにも走り出そうとした時の風の乗りがイマイチなんだ。皐月賞を駆け抜けた時の感覚を取り戻すにはだいぶ遠い.........

 

 

「―――」

 

 

タキオン(それにしても、担当を一ヶ月半もほっぽり出すだなんて今更考えてみたらトレーナーとして前代未聞だよ)

 

 

「―――ん」

 

 

タキオン(まぁ彼のマックイーンくんへの入れ込み具合を考えれば妥当なんだが.........最初の担当は私なんだがねぇ)

 

 

「―――さん」

 

 

タキオン(これは帰ってきた時彼女に告白くらいしてくれないと私の桜マク隠し撮り貯金がそろそろ底を―――)

 

 

「アグネスタキオンさんッッ!!!」

 

 

タキオン「うわァ!!?な、なんだい!!?まさか私の実験室に隠していた隠し撮り貯金がマックイーンくんに見つかったのかい!!?」

 

 

 半分寝掛けていた私の耳に直接私の名前が聞こえて来る。思わず跳ね起き何事かと思い当たる節を言い、そしてしまったと思いながら口を両手で塞いだ。起こした相手がマックイーンくんだったらきっと今頃大変な事になっていただろう。

 しかし振り返ってみると、そこには時々しか見かけない人物。[乙名史記者]が慌てた様子で私を見ていた。

 

 

乙名史「タキオンさんっ!緊急事態です!!」

 

 

タキオン「な、緊急.........?いや待て!!なんでいきなりそんな事を君に言われるのか訳が分からない!!せめて説明してくれたまえ!!」

 

 

乙名史「説明は.........ともかく!今は貴女の様な頭脳を持った[レグルスのメンバー]が必要なんです!!説明は道中行います!!」

 

 

 緊急事態だと、彼女は言った。その意味も内容も分からぬまま、私は先を歩く彼女の方へと付いて行く。

 その道中、何があったのかを彼女はあらかた話してくれた。

 

 

タキオン「なるほど.........あまりにも長いトレーナーくんの不在を知り、多くのマスコミ達がトレーナーを辞任した。と言う認識を勝手に持ってしまっている、と.........」

 

 

乙名史「はい。前回のライスシャワーさんの件で鎮まってはいましたが、ここに来てまたメディアの悪い性質が蘇りつつあります」

 

 

タキオン「.........君はどうなんだい?乙名史記者。君の情報も、殆ど彼らの持っているそれと変わりないんだろう?」

 

 

乙名史「.........ええ。そうですね。ですが私が書かせて頂いているのはレースの結果やトレーニング論の記事。推測や根拠無しの記事は書けませんから」

 

 

 淡々と。しかしその言葉から彼女の記者としての信念が大きく感じ取れた。分かってはいた事だが、彼女の様な記者も居るのだと改めて認識し、私は少し安心した。

 

 

 そして多くの記者と生徒のウマ娘が居るカフェテリア。外ではトレーナー陣がごった返している状態の所へ辿り着き、話は冒頭へと繋がるのだった.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やよい「.........桜木トレーナーは辞めてはいない。と口で説明しても、君達は納得しないだろう?ならばその納得出来ない根拠を先に述べると良い!」

 

 

 理事長の出した提案に、生徒であるウマ娘側と記者側の大勢が驚きつつも、その言葉に同意を示し始める。こちらとしてはなぜあちら側がトレーナーくんの辞任の可能性が強く存在しているのか、いまいち把握し切れていない。

 しかし、同意を示す記者も確かに居たが、そんな物は関係無い。早く結論を言えと言う記者も存在していた。その者達に釘を刺そうと乙名史記者が一歩前へ出ようとしたが、それは私と対峙する男の言葉で止められる。

 

 

「止めなさい。そんな事をしても意味はありませんよ?確たる証拠の記事が書かれなかった場合、それは情報不足の記事だと私がネットで訂正しますからね」

 

 

「なっ!!?この.........!!!新米の癖に生意気な事を言うなッッ!!!俺達の方がベテランだぞッッ!!!」

 

 

「言ったでしょう。しっかりとした情報も無く記事を上げることなど文章を書ける素人でも出来るって。貴方達が書きたいのが妄想なら引き止めません。勿論私がそうだと一般の皆さんにお伝えしますがね?」

 

 

タキオン(おや.........?)

 

 

 私はそのやり取りを見て、この問題は一枚岩では無いと察した。どうやらあちら側はトレーナーくんが辞めたと言う情報を信用している人間という括りで固まっているだけで、仲間では無いらしい。

 これは中々珍しい展開だと思っていると、先程の否定的な声を諌めた男が私の方を見て、頭を下げた。

 

 

「すみませんね。近年はまともになって来てはいるのですが、まだまだああいう輩が多いんです。どうぞお気になさらず」

 

 

タキオン「ああ、十分把握しているよ。今に始まった事では無いし、気にしてはいないよ」

 

 

「それは良かった。それと情報の件ですが、こちら側から話しても、信憑性は薄いでしょう。そちら側に居る[乙名史記者]。彼女の説明なら信じられますよね?」

 

 

乙名史「そうですね。明確な情報としてならあちら側の記者達とはそう差は無いはずです」

 

 

 その言葉を聞き、私はチームメンバー達の様子を見る。彼女達は乙名史記者なら信用出来ると言った感じで、全員が目で会話を交わした後に、私の方を見て揃って頷いた。

 それを確認した私は直ぐに彼女にその情報の証言を頼むと、彼女はそれを快く受け入れ、記者達とウマ娘達の真ん中まで歩き、そこで止まった。

 

 

タキオン(.........本当は保守的な議論なんかより、崩す側の方が得意なんだが.........)

 

 

タキオン(全く.........これはマックイーンくんへの告白だけじゃなく、私の紅茶に入れる砂糖一年分を要求するしかないね)

 

 

 誰にも聞かれないよう配慮しつつ、溜息を吐き出す。勝手に付けた叶えられる事は無いであろう免罪の条件の心理は、呆れから来るただの戯れだ。言ってもいないし言ったところで叶えられる訳が無い。

 

 

 ではこの議論。手を抜くのかと言われたなら、私は迷った挙句にそれはしないと言うだろう。この先彼が辞める選択肢を取ろうが取らまいが勝手だが、目の前に居る自分勝手な者達に、自分勝手な推測を並べ立てられた物をばら撒かれてしまっては、私が気持ち良くない。

 

 

 そう。これは暗に、ただの私の憂さ晴らしをしたいと言う心理に基づいた行動に過ぎないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 証言開始

 

〜桜木玲皇が辞めたと言う情報〜

 

 BGM:尋問 〜モデラート

 

 

乙名史「桜木トレーナーの退職が噂になったのは、年始のトレーナー特番が放送された時です」

 

 

乙名史「普段の彼ならば、どんなに忙しくともスタジオに足を運ぶことや、VTR用のコメントを残す位の事はしていました」

 

 

乙名史「ですがその番組には彼の名前や過去映像はあっても、肝心の彼の姿や声は全くありませんでした」

 

 

乙名史「そんな中非常に褒められない手法ではあるのですが、トレセン学園と彼の自宅を張り込んだ記者が居たのです」

 

 

乙名史「期間としては二週間。その間自宅を出入りする人物は彼の友人一人。そしてトレセン学園から出ていくトレーナーの中に彼の姿はありませんでした」

 

 

 

 

 

タキオン(.........ふぅン)

 

 

 さて。どうしたものだろう。彼等彼女等を納得させる為の情報。それを果たして私達は持ち合わせているだろうか?

 もしここでバカ正直に、辞めてはいないがマックイーンくんの足の為に海外へ行っていると言おう。そうなればその事実を元に要らぬ憶測やら[繋靭帯炎]と言う病の常識を盾にある事無い事を書き始める輩が出てくるのは間違い無い。

 今ここで海外の話を持ち出すのはナンセンスだ。相手は言葉と情報を都合良く使うプロ。慎重にならなければ.........

 

 

デジ(タキオンさんタキオンさん)

 

 

タキオン(ん?)

 

 

デジ(ここは一先ず、現状トレーナーさんが辞めていない。と言う事を教えれば良いのでは無いでしょうか?後の事は後で考えましょう!)

 

 

タキオン(.........確かに、それもアリだね)

 

 

 

 

 

「異議あり」

 

 

 

 

 

全員「!」

 

 

タキオン「君達の察しの通り、トレーナーくんは今トレセン学園には居ないよ」ヤレヤレ

 

 

 私のその言葉を聞き、この場にいる全てが五月蝿い喧騒を生み出し始める。内容は違うまでも、それぞれが私のその言葉に疑問を持ち、それが何なのかを周りの人間に共有し始める。

 そしてチームメンバーである者達はデジタルくんを除き、焦った様に私の方へと詰め寄って来た。

 

 

マック「ちょ!ちょっと!!なんで言ってしまうんですの!!?」

 

 

シリウス「お前っ、この状況でそれを言うってことがどんなリスクを孕んでんのか理解出来ねぇのか!!?」

 

 

タキオン「おいおい。今いる記者達は事実を知りたいんだろう?だったらこちらも出せる情報は出さなくちゃ行けない。あっちが憶測で記事を書かないと言う信頼がある限りは.........ね?」

 

 

記者達「!」

 

 

 先程若い男が刺した釘を、今度は私が刺し直す。そうする事で軽率な事は出来ないと言うことを改めて認識させる。

 そして私の言葉を聞き、チームメンバー達も納得を示し、先程の疑問を晴らす事が出来たようにその表情を緩ませた。

 畳み掛けるのならば、ここだろう。

 

 

タキオン「そしてこれが証拠になるかどうかは分からないが、ここに彼の判子がある」

 

 

「.........何故、そんな物が?」

 

 

タキオン「説明するのも面倒だ。彼の手紙と一緒に渡そうか。デジタルくん。申し訳ないが―――」

 

 

デジ「あっ、さっきオルフェーヴルさんが持ってきてくれましたよ」

 

 

 そう言って彼女はいつの間にかその手に持っていたクリアファイルから一枚の封筒を取り出した。それは正しく、彼が私達宛に書いてくれた手紙が入った封筒だった。

 一体いつの間にオルフェーヴルくんは私の部屋に.........察しが良いのは大変助かるが、あの机にはあまり触れられたくは無い物も沢山ある。今度からはやめてもらうよう言っておこう。

 

 

 彼女に渡された封筒をあけ、中身を再度確認する。入れ違いはなく、トレーナーくんが書いた手紙だとこの目で認識し終えた私は、その足で目の前の男の方まで歩き、手紙と判子を確認させる為に手渡した。

 

 

「.........偽造。という事は?」

 

 

タキオン「残念だがこんな事態になっているのは今初めて知った。手紙だけならばまだしも、判子を買ってくる余裕なんて無かったよ」

 

 

乙名史「.........筆跡も桜木トレーナーの物で間違いありません」

 

 

 これで手紙は彼の物だという確証は与えた。その内容に目を通せば、彼がトレセン学園を辞めていない。と言うのはよく分かる事だろう。

 これで厄介事は片付いた。晴れて私は自由の身になり、またさしも重要じゃない外環境がウマ娘の肉体に与える影響の検証を―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、これが何だと言うんです?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

タキオン「―――は?」

 

 

BGM:サスペンス

 

 

 集まった野次ウマ達の群れを掻き分け、外へ出ようとした瞬間。その言葉がナイフのように鋭く私の背中へ突き立てられる。

 何だ?何だとは何だ。どういう意味だ?その手紙には書いている以上のことも以下のことも無い。それがこの論争の答えであり、結論である筈だ。それ以上を用意することなど私には出来ない。

 

 

「.........結局これでは、同封された[退職届]が提出されたのかどうか、分かりませんよ」

 

 

タキオン「.........それはそれが届いたその日の内に破り捨てたよ。必要になる事は無いからね」

 

 

「それが嘘では無いと証明できますか?」

 

 

タキオン「証明も何も、無いものは無い。それで納得してくれとしか言い様が―――」

 

 

「困るんですよ。トレセン学園は過去にその手のトラブルがあったお陰で、学園在籍者の退職及び退学処理は年末に行われるんです。実際はもう学園には居ないのに」

 

 

「桜木トレーナーも、実はそんな状況なのでは無いですか?理事長?」

 

 

 .........侮っていた。記者という言葉の裏を自分達の都合の良い様に解釈し、それを吹聴する存在の厄介さを。彼らの厄介さは競争者として一定の地位を持つ家の生まれなら、早い段階から教え込まれる。私もその一人だ。

 だが、その知識や対策もトレーナーくんが[乙名史記者]と言う記者の中では特異な例を贔屓にしてくれたおかげで、大分絆されてしまった感覚もある。私は今、目の前の男に苛立ちを覚え始めている。

 

 

やよい「.........確かに、過去にそう言った事例はある。それを避ける為、トレセン学園に所属する全ての者は年度いっぱいの活動を義務付けている。急病や事故。親族の特別な事情は除いてな」

 

 

「でしょう?なのに彼の姿が見当たらない。海外へ行っていると言うのは分かりました。それが果たして、メジロマックイーンさんを救う事に本当に繋がるのですか?」

 

 

タキオン「.........っ」

 

 

 嫌な男だ。目の前に居る存在はその目で、私の事を真っ直ぐと捉えてくる。私の全体像を貫いて、心の底すら読み込んで来るかのような深さが、私をじっと見つめて来ている。

 

 

マック「.........当たり前です。彼は必ず、帰って来てくれます」

 

 

ウララ「そうだよ!!トレーナーはウララ達との約束破った事ないよ!!」

 

 

ライス「うん!お兄さまはいつも変な事したり、ライス達がびっくりするような事するけど.........!」

 

 

ブルボン「必ず私達の元に来て、マスターは笑ってくれます」

 

 

 ここに居る皆は、彼の事を信じている。疑う事なんて知らないと言うように、彼女達は彼の事をただひたすらに信じ続けている.........

 

 

シャカ「実際会った事ァねェが、でこぼこチームの連中が口揃えて言ってんだ。それで満足だろう?」

 

 

オペ「彼女達は皆先生を信じている!そしてこのボクも!来るべき崩壊の日が訪れるのと同じ様に彼を信じている!」

 

 

シリウス「.........つまりは、だ。アンタら大人の出る幕は端っからねぇんだよ」

 

 

 そして、実際に顔を合わせたことの無い者も、彼と時間を共有した時間が少ない者も、同じ様に彼を信じている。

 それに乗る事が出来れば、なんと幸せだっただろう。目の前の問題のリスクを知らぬ振りして、可能性と言う甘い蜜だけを吸うだけの存在になれたのなら、どれほど楽になれただろう.........

 

 

「.........私が聞きたいのは貴女方の言葉じゃなく、今目の前に居る[彼女]の言葉です」

 

 

「貴女は、そうじゃないんでしょう?[アグネスタキオン]さん?」

 

 

タキオン「っ、わた......し、は.........」

 

 

 狙いを定められている。今この場で、この現状に対して一番危機感を持ち、そして客観的に結論を下せる私を、目の前の男は標的として捉えている。

 私の一言で、私の言葉で、私の思い一つで彼等彼女等の結論が下される。トレーナーくんが辞めたのか、辞めていないのか。そこに最早事実は必要無い。私がこの状況をどう捉えているのが、記者達が今最も欲している情報だ。

 

 

 そして今の私は.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 トレーナーくんを信じる事が出来ていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 汗が頬を伝い、机の上へと落ちて行く。不規則に落ちて音を出すそれに意識を向けることすら出来ず、ひたすらにただ焦りを見せ、私は私の中に残っている彼への信頼を探るように顔を触る。

 

 

 何かがあるはずだ。残っている筈だ。未来での出来事で彼への不信感は払えた筈だ。だったら信じる事が出来るはずだ.........なのに.........私はまだ、心の底から彼を信じる事が出来ていない。

 

 

「.........言えないと言うことは、そういう事と受け取ってよろしいですね?」

 

 

タキオン「.........」

 

 

 ああ、なんて哀れなんだろうか。今この時ほど、自分が研究者である事を呪った事は無い。目の前にあるもの一つに手を伸ばす事が出来れば、こんな事にならずに済んだ。見えない不確定要素を明確にしようとする性さえ無ければ、私は断言出来ていた。

 

 

 ここに立つ[私]が、[私]でなかったのなら.........彼の帰り。そして彼女の復活を、心の底から―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「異議あり!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ウマ娘「!」

 

 

記者達「!」

 

 

やよい「!」

 

 

タキオン「!で、デジタルくん.........!!?」

 

 

 俯き、諦めようとしていたその時、隣に立つ彼女から声が上がった。その方向を見ると、彼女は人差し指を強く伸ばし、その先に居る記者達へと向けている。

 その表情は普段見せている柔らかい物ではなく、今までの生活の中で見せた事の無い、強い意志を感じさせる。その表情のまま彼女は、ゆっくりと腕を下ろした。

 

 

デジ「.........信じられませんよ。そりゃ」

 

 

タキオン「え.........?」

 

 

デジ「タキオンさんは人一倍、物事を調べる人です。私達みたいに言った言わないの言葉や文字だけで信じられる程、この人は気優しい人じゃありません」

 

 

デジ「けどだからこそ―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「証拠がある時のこの人は、怖いですよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

タキオン「.........!」

 

 

 不敵な笑みを浮かべ、この場の空気を一人で変えてしまった。その姿に私どころか、チームメンバーですら驚いた表情を見せている。

 今までの彼女だったら、決して目立たぬよう、アドバイスやサポートに徹していた。こうして大見得を切って大胆に発現することなんて、予想だに出来なかった。

 そんな彼女に呆けていると、その表情のまま私の方へ顔を向ける。それに驚く間もなく、彼女は小さい声で私に話しかけて来た。

 

 

デジ(何してるんです。タキオンさんならこのやり取りの間に自分の心を落ち着かせる位のことは出来るでしょう?)

 

 

タキオン(お、落ち着かせると言っても、第一証拠何てものはどこにあるんだい?彼を信じられる程の物が、一体どこに.........?)

 

 

デジ(耳を澄ませて下さい。あたし。さっきから予感はしてたんですけど、どうやら現実になりそうですから)

 

 

タキオン(予感?.........っ!)

 

 

 予感がある。彼女の言うそれは大抵当たる。以前何故それほどまで先に起こることを何となくではあるが予見し、そして目の前で起きても冷静に対処出来るのかを聞いた事がある。

 フラグ。つまりそうなる時事前に起こる何かしらのサイン。何かしらの行動、言動、それらのデータが自分には備わっている。と、私の言葉で表すならこういう事を言っていた。まぁウマ娘関連の物なら予見していても真正面から喰らって意識を手放すが.........

 

 

 それでも、彼女の言っていた予感は当たっていた。耳を澄ませば、微かにだが足音が聞こえて来ている。

 

 

 そんな私の立てた耳を見て、他のウマ娘達も耳を立て始める。徐々に近づくにつれ、それが一人だけの物では無いと言うのが分かってくる。

 

 

 四人。四人分の足音が、このカフェテリアまで近付いてきている。ウマ娘達からざわりとした声が漏れ出し、そしてそれはマックイーンくん達も同じだった。

 

 

ウララ(ね!ね!もしかしてトレーナーが帰ってきたのかも!)

 

 

マック(!トレーナーさんが.........!)

 

 

ライス(良かったね!マックイーンさん!)

 

 

ブルボン「.........?」

 

 

 彼かもしれない。その言葉に思考を取られ、すぐ近くまで来たその足音の詳細に彼女達は気付いていない。どうやらブルボンくんだけが、この音の主に気が付いた様だ。

 

 

タキオン(.........やれやれ。エンターテイナーなのはいい事だとは思うが―――)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その時。扉が勢いよく開かれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――よう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

タキオン(.........[血]は争えないとは、正にこの事だね)ヤレヤレ

 

 

 逆行を浴び、シルエットだけをこの場にいる者達に見せつける存在。一歩踏み出す事で、その存在は姿を全員に見せ付けた。

 

 

マック「な、ぁ.........」

 

 

「お?なんだなんだー?みんなアタシの帰りを待っててくれてたのかー!!?」

 

 

「この[ゴールドシップ]様の帰りをよーっ!!!」

 

 

 大きな荷物を背中に背負って、彼女はここに現れた。トレーナーくんだと思っていたマックイーンくんはその姿に、喜んでいいのか悲しんでいいのか分からなくなっており凄い顔をしている。

 

 

タキオン「全く。急に居なくなったと思ったら急に現れる。君には本当、予測するという行為が無駄だと思わされるね」ヤレヤレ

 

 

ゴルシ「へへ〜、だろ〜?あっそうだー!!マックちゃん達にお土産あんだよ〜!!」

 

 

マック「お、お土産.........?」

 

 

 そう言って彼女はポケットから携帯を取りだし、なにやら操作を始める。暫くしない内にマックイーンくんの携帯が通知を知らせる振動をした。

 何かと思って彼女がそれを確認しようとしているうちに、ゴールドシップくんは「じゃあアタシこれから白銀ん所で鉄拳やってくっから!」と言って周りの目を気にすることも無く颯爽と去っていった。

 

 

マック「な、なんなんですの.........?」

 

 

タキオン「ま、まぁ元気そうでなによりだったじゃないか.........?」

 

 

デジ「ですねぇ〜。はぁ〜♡♡沢山心配した甲斐がありました〜♡♡♡」

 

 

「お〜いバカ女〜!!早く俺に鉄拳教えろォ!!!あの格ゲーバカのプライドへし折ってやんなきゃ俺の気が寝てくれねェ!!!」

 

 

 こちらのことなど露知らず、姿が見えない外の方では聞き慣れた声達がこちらにまで聞こえてきて、終いには何故かまた殴り合いに発展している。

 その後、深い溜息が聞こえて来た。その声が響いた数瞬後に今まで聞いた事ない様な打撃音が三回分聞こえた後、完全に静かになった。

 こちらに来る時とは違い、一人分の重みのある遠ざかる足音が聞こえて来る。きっと拳骨したのだろう。正直私も恋人である黒津木くんのあのテンションはげんなりする。

 

 

 記者達も困惑している中だが、マックイーンくんが先程彼女に送られたデータの存在を思い出し、急いでその内容を見始める。

 そのデータは、動画だった。真っ暗なサムネからは何も情報は得られない。だけど彼女はそれを見て何かを察し、皆が見守る中ゆっくりとその指で動画を再生させた.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カンカンカンカンッッ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全員「!!?」

 

 

『おっおーいっっ!!!クソカス共ォ!!!ぶっ殺してやっからなァッッ!!!』

 

 

 携帯のスピーカーから響き渡る怒号。その限界以上の声が出ているのだろう。それは音割れをしながら私達の耳をつんざいてくる。

 そんな耐え難い音に気圧されながらも画面の方に視線を向けると、そこには何故か金属製の調理器具を両手に持ち、黒津木くん達を追いかけ回すトレーナーくんの姿があった。

 

 

『うっせぇッッ!!!テメェいつもいつも勝手に居なくなりやがってよォ!!!置いてかれる身にもなりやがれバカカスがァ!!!』

 

 

『あァ!!?置いてかれる方が悪いんだべやッッ!!!ガキじゃねぇんだ来てぇんだったらさっさと来いやタコライスがァ!!!』

 

 

『オメェそれお嬢に言えんのかよッッ!!!』

 

 

『人の話をッッ!!!持ち出すんじゃッッ!!!ねェェェェェッッッ!!!!!』

 

 

『アイテム使ってないのに!!!詠唱も唱えて無いし後ろにも回り込んでないのにッッ!!!』

 

 

全員「.........」

 

 

 修羅の如き勢いで、彼は三人を相手に豪快にそのおたまとフライ返しでタコ殴りにした挙句、白銀くんを焚き火の方へと投げ飛ばした。

 画面のすぐ近くでゴールドシップくんの慌てた声が聞こえた後、直ぐにこの動画は終了する。

 

 

 絶句。その言葉が一番この場の雰囲気に合っているのだろう。記者達も、乙名史記者も、シリウスくん達も、理事長も、そして私達もその動画を見て、突然の事で頭をショートさせていた。

 

 

 .........だが

 

 

マック「―――ぷふっ」

 

 

マック「くふふ.........!あははははは!!」

 

 

タキオン「!?ま、マックイーン、くん.........?」

 

 

 彼女だけがその動画を真剣に見て、そして笑い声を上げ始めた。目尻の涙を拭い、ひーひー言いながらお腹を抱え、まだ込み上げる笑いを堪え何とか息を整えようとしていた。

 

 

マック「も......もう.........この人はどうして.........どこに行っても滅茶苦茶なんですの.........?」

 

 

マック「.........こんな姿見せられたら、心配してるこっちがバカみたいじゃないですか.........ふふ」

 

 

マック「はぁぁ.........おかしい.........ふふふ」

 

 

 心配して損した。そんな言葉とは裏腹に、彼女は嬉しそうに動画を見直していた。先程とは少し感じ方の違う涙を貯め、鼻をすすりながら手の甲でそれを拭っている。

 その姿を見て、私は安心した。何故か、安心出来てしまったのだ。まだ彼の事を信じ切れていないこの状況で、私はホッと不安の霧を晴らす事が出来てしまった。

 

 

タキオン(.........そうか。このチームには主体性が無いと思っていたが、それは間違いだったようだ.........)

 

 

タキオン(このチームの中心が、彼と彼女だと.........無意識下では既に分かっていたんだね)

 

 

 何度も動画を見直しては、同じ場面で笑っているマックイーンくん。そんな彼女を囲んでいるチームメンバーはその姿を見て、心做しか嬉しそうにしていた。

 そしてかくいう私もその一人だ。騒がしい日常を満喫しようと思っていても、何か物足りない物を感じていた。そしてそれは、彼女の心からの笑顔と、彼女の暴走だった。

 

 

「.........そんな物が何だと言うんです?彼が辞めていない証拠にはなり得ないでしょう?」

 

 

タキオン「ああ忘れていたよ。だが済まないね。証拠はこうして、私の手に渡ってきたのだから.........」

 

 

「.........なんと」

 

 

タキオン「勿論私の感情論と言う訳じゃない。君達の様な真実や決まりを重んじる存在が納得出来る材料が今、こうして手に入った」

 

 

 そう言えばこの集まりは、彼がトレーナーを辞めているか居ないかの結論を出す物だった。彼女が幸せそうにしているからついつい忘れてしまっていたようだ。

 だがそれももう終わる。私はマックイーンくんに動画データを自分の携帯に送って貰い、もう一度その映像を良く見てみる。そこには確かに、[今もトレーナーである]と言う証拠が写っていた。

 

 

「それは大きく出ましたね。それで私達が納得出来なければ、どうなるのか.........分かっているのでしょう?」

 

 

タキオン「ああもちろん。証拠は一つだけ.........そのたった一つの証拠だけで―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この議論に決着を付けようじゃ無いか!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

BGM:追求〜追いつめられて

 

 

 目の前に居る男の姿を真っ直ぐと見つめる。先程までには無かった自分の中の確かな自信を感じている。たった一本の動画で。1分程の映像だけで、私は彼を信じる事が出来た。

 不思議な感覚だ。漠然とした自信が溢れ出してくる。身体が勝手に動き出し、口すらも私の言う事を効かない気さえしてくる。これが[勢い]という物だと察するには、それはあまりにもそのもの過ぎた。

 

 

タキオン(.........フフ、伊達に効能も知らない薬を数本一気に丸呑みする男じゃない訳だ。君とその親友達は、私の根幹すらズラしてくれて.........)

 

 

タキオン(一生恨むぞ?トレーナーくん。私をここまで変えた責任は、角砂糖一年分は軽すぎる。君と彼女の歩みの始終を見せてもらう事も条件に追加しよう.........その為には)

 

 

タキオン(.........[立証]する。これから先、彼が何の憂いも無く私達の傍に居られる為に.........!!!)

 

 

 決意を決め、私は覚悟をした。この映像一つで必ず、決着をつけて見せる。と。

 そしてタイミング良く、私の携帯にマックイーンくんから先程の動画のダウンロードが完了した通知が来る。私はポケットからそれを取り出し、記者達に見せる為に携帯の画面を見せ付けた。

 

 

タキオン「この映像は彼とその友人達のバカ騒ぎを収められている物だ。この映像に、君達を納得させられる物が存在している」

 

 

「ほう。ではそれを提示して貰いましょうか?それで納得出来なければ、この議論は終わりです。構いませんか?」

 

 

タキオン「ああ構わないよ。証拠は[一つ]だけだからね」ヤレヤレ

 

 

 私は先程までの手探りさを無くした口調でそう言い切った。すると記者達の幾人かはザワザワとし始め、少し焦りを見せ始める者もいた。きっと彼は辞めたという事で記事を書くつもりだったのだろう。

 確かに、それも仕方が無い。マックイーンくんの[繋靭帯炎]の発症。彼の彼女に対する入れ込み方は傍から見てもよく分かる。不治の病に犯されたとなれば、失意の中でそういう選択をするトレーナーも居るだろう。

 だが、彼の場合最早それは当てはまらない。トレーナーとしての責任がある。私達を最後まで見守る義務がある。それだけでは無い。

 

 

 彼は.........[未来]から託されたのだ。

 

 

 直接。彼女の辿り着けなかった筈の場所までの導きを.........

 

 

タキオン(さて。そうは言ったものの、あの映像を見たのは一度きり。どうやって彼が[辞めていない]という事実を解らせることができるのか.........)

 

 

タキオン(.........いや。違う)

 

 

タキオン([発想]を[逆転]させるんだ)

 

 

タキオン(彼は[辞めていない]のでは無く、彼はまだ[トレーナーである]という事を証明するんだ.........!!!)

 

 

タキオン(それが今、このアグネスタキオンに出来る可能性の全てだッッ!!!)

 

 

 自分の中で生まれた機転。恐らく一人ではここまで来るのに今以上の時間と苦労が掛かっただろう。だが私のトレーナーである彼とその周りの人間のお陰で、私はそれを今手にすることが出来た。

 一つの可能性を追い求める。今までそれに固執していた節が私にはあった。だがそれでは限界がある。いつか終わりが来てしまう。

 だがそれも、今こうして克服した。彼が[諦める事を諦めた]のならば、私は一つの可能性の為に[全て]の可能性を追い求める。無限に広がるそれを持ってして、多角的にそれを追求する。

 

 

タキオン(彼等を納得させる証拠。ならば確実に[アレ]しかない)

 

 

タキオン(これで納得出来ないのなら、私は潔く諦めよう。だが.........)

 

 

タキオン(人の夢を.........[私達の夢]が、そう簡単に終わると思わない事だ.........!!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タキオンは[ユメマモリビト]になった!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 [U=ma2]

 Lv1→6

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くらえっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「.........何故そこで動画を止めたのです?まだ20秒しか―――「十分だ」?」

 

 

タキオン「彼がアップで映っている。それだけの物があるなら、証明出来ると言ったんだ」チッチッチ

 

 

 男の手に渡った私の携帯を奪い取り、動画を止めてスクリーンショットを撮る。そして画像フォルダを起動させ、ある一部分を拡大させて彼等に見せ付けた。

 

 

タキオン「ここに何が[映っている]かな?」

 

 

「......[トレーナーバッジ].........?」

 

 

 彼等に証拠として突き付けた物。それは彼の服に付けられた[トレーナーバッジ]だった。これが彼が、今はまだ[トレーナーである]という証拠だ。

 しかし、往生際の悪い者達は確かに居る。男の後ろからそんな物は証拠にはならんと、暴論を叩き付ける者もいる。それを聞いて男は溜息を吐きながら、何故か気が進まない様子でそれを肯定した。

 

 

「.........確かに、[ファッション]で付けている可能性もあるかと思われますよ?トレーナーを辞めても、別に同じ様な物を付けていても不思議は.........」

 

 

タキオン「残念だけどそれは無いんだよ。理事長?貴女なら説得力のある説明が出来るだろう?」

 

 

やよい「.........トレセン学園を辞める者は、担当ウマ娘やその他生徒。職員とのトラブルを避ける為に年度いっぱいの業務を義務付けている」

 

 

やよい「.........だがッ!!その者達が辞めると決まった瞬間―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「[トレーナーバッジ]は速やかに学園へ返却する事を義務付けられているッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

記者達「な、何だって.........!!?」

 

 

 そう。この映像に写っている物こそ答えだ。真実そのものだ。何者にも覆されることの無い、絶対的な現実。それが今、彼自身の姿によって証明されることになった。

 視線の中心となった理事長は先程までの大人顔負けの静けさを払い、いつもの朗らかさと明快さを取り戻し、その表情で皆が見慣れた動きで扇子を音を立てて開いた。

 

 

やよい「此度の議論ッ!!内容は兎も角として実に良い経験となった!!彼の様な存在は初めて故、この様な事態を招く事になるとは思わなかったが、これからの制度改定の大きな足がかりとなった!!だが.........!!!」

 

 

やよい「―――決着ッッ!!!これでここに居る者達全員、ハッキリと突き付けられ、そして認めたという事だッッ!!!」

 

 

タキオン「そうとも。最早他の誰にも、これだけは否定は出来ない.........ッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダンッッ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「[桜木 玲皇]はッッ!!!ここ[トレセン学園]に所属する[トレーナー]であるとッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕暮れのトレセン学園。校門からはぞろぞろと足並みを揃え、先程までたむろしていた記者達がこぞって帰って行く。

 その大半は肩を落とし、気分を悪くしながら帰って行く者達ばかりであったが、中には嬉しそうに、これから書く記事をどうするべきかを悩む者達も居た。

 

 

「.........」

 

 

タキオン「お疲れ様だね。[八木 天明]記者?」

 

 

 そんな中、未だ校門から出る事は無く、学園の敷地内で学園を見上げる男。[八木 天明]に労りの言葉を掛ける。

 突然自分の名前を呼ばれたら驚くだろうが、彼はそんな事を気にせず、私達の方へと振り返った。

 

 

八木「.........聞いたんですか?乙名史さんから」

 

 

マック「ええ。トレーナーさんが辞めたという噂が出始め、それを記事にすると言う記者達が出てくると言う予想を建てた貴方が、それを止める為にわざわざここまで足を運んだ、と」

 

 

乙名史「本当はもっと穏便に話を聞くだけだったのですが.........このやり方が良いと彼が聞かなくて.........」

 

 

八木「.........バカばっかりですよ。この業界。記者だからって自分の妄想、推測、何でも記事にして.........間違っていても文で謝るだけ。謝らない記者もいる」

 

 

 溜息を吐き、先程の議論の中で聞いてきた無機質な声ではなく、悲しげな声が彼から聞こえてくる。

 その姿を見て、マックイーンくん達とオペラオーくんは酷く同情した表情を見せ、シリウスくんとシャカールくんは納得する様に目を伏せた。

 

 

タキオン「.........君は、以前逮捕された[八木 宗明]の息子だろう?その、言い方は悪いかもしれないが、復讐とか考えなかったのかい?」

 

 

八木「まさか。昔こそ優秀で憧れだった記者ですけど、あの時の父は.........闇を見過ぎて、その身と周りを守る為に金の亡者となった悲しい男です。同情や虚しさはありますが、妥当だとは思っています」

 

 

 私とマックイーンくんは、彼の名前を初めて乙名史記者から聞いた際、もしやと思った。そしてそれを彼女に質問した。彼女は苦しそうな表情をしながらも、その首を縦に振った。

 人間は[繋がり]で生きている生物だ。例えそれが腐っていたとはしても、自分の親だったのなら仇を取るという行動に出ることは少なくない。

 だが彼はそれをせず、ただただトレーナーくんに対する根も葉もない噂を払拭する為に、わざわざ悪役に成り下がってここまでしてくれたのだ。

 

 

ライス「あ、あの!ありがとうございまひゅ!」

 

 

八木「へ?」

 

 

ライス「あ、え、えっと.........ライス達のおに.........トレーナーさんの為に、悪者さんみたいに.........なってくれて.........」

 

 

 礼を言いながら頭を下げた彼女は、その後人に聞こえない声量で噛んでしまったと恥ずかしそうに呟いた。

 そんな中、彼はその言葉を呆けて聞いていたが、次第にそれを理解し、その頭を横に振った。

 

 

八木「悪者になったつもりはありませんよ。フリーの記者は常に中立。真実だけを求めるのが仕事です」

 

 

八木「.........それにもし、悪者になるつもりがあったにしても、最初にそれを[彼]に強いたのは、私達ですから」

 

 

レグルス「!」

 

 

 それを言って彼は頭を下げ、何も言わずに校門の方へと向かって行った。それを見て乙名史記者も私達に頭を下げ、追い掛けるようにして学園を後にした。

 .........[彼]が悪者になる事を最初に強いた。その言葉を聞いて、私達チームメイトはライスくんが菊花賞に勝った時の事を思い出した。正確には、その後の記者会見の出来事。

 

 

 あの時、多くの人間がブルボンくんの三冠を願っていた。ライスくんの勝利を心の底から喜んでくれる人間なんて、きっとあの場に埋もれる位の数だっただろう。

 そして記者達はもれなく全員、ブルボンくんの勝利を願っていた。当たり前だ。[クラシック三冠バ]という称号。しかもテイオーくんの年に続いて[二年連続]。そのうえ[スプリンター]と来た。そうなれば記事は飛ぶように売れるだろう。

 それ以外は悪。それだけが正義だと言わんばかりの主張が推し通る中、彼は一人。中継されているにも関わらずその声を上げた.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『冗談じゃねぇ.........ッッッ!!!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『子供に胸張ってその姿見せられんのかよッッッ!!!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつかどこかで彼から聞いた。[悪]と言うのは、正しい事や正しさの中では救われない人。若しくはそんな人が周りにいる人が足掻いた先に行き着く場所だと。

 そしてそれは、今ある多くの人々が平和だと言う中、そうでは無いと声を上げるという行為だと。

 

 

タキオン「.........本当。思い返せば簡単に信じられるというのに。私も大概頭が固いね」

 

 

ブルボン「仕方ありません。マスターの様な人は中々居ませんから」

 

 

ウララ「うん!!トレーナーってとっても面白い感じ!!」

 

 

 過去を思い出し、また彼の話をする。そうすることで姿は無いのに、まるで彼が近くに居るような感覚に陥る。そんな不思議な感覚が、なんだか心地良かった。

 

 

タキオン「.........さて、私も実験するネタも尽きてきた頃だし、明日からトレーニングに参加しようかねぇ」

 

 

シャカ「マジかよ.........オマエが参加すると面倒な事になンだろ。絶対」

 

 

デジ「いやいや!タキオンさんこう見えてもトレーナーさんの資料作りを担う位の力量は有りますよ!!きっとシャカールさん達のお役に立つはずです!!」

 

 

シリウス「.........それが長く続かねぇ為に、私は毎日神様にお祈りしてんだけどな」

 

 

 げんなりとした顔でそう呟くシリウスくん。そんな彼女の顔を見て、私達は不意に吹き出し、そのまま笑ってしまった。

 彼女達のお陰で、彼の居ない生活も案外何とかなるものだと実感した。こんなチーム[スピカ:レグルス]も、まぁ悪くは無い。

 

 

 .........だが、それでも。願わずには居られない。

 

 

タキオン(.........トレーナーくん。早く帰ってきたまえよ?)

 

 

タキオン(みんな。君の帰りを待ってるのだからね.........)

 

 

 遠い空を見上げながら、私は静かにそれを願う。彼の帰還を。彼の無事を。そして、彼女の脚が治る未来を.........

 

 

 夕暮れで沈み、その日色を茜色に溶かし込んで行く太陽から[彼]を連想させながら、私は.........いや、[私達]は、ささやかにそう祈り続けたのだった.........

 

 

 

 

 

......To be continued



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終わりの終わり

 

 

 

 

 

 世界と言うのは酷く残酷だ。

 

 

桜木「っぐ.........ぁ!!!」

 

 

 現実もそれと等しく残酷で。

 

 

桜木「ま、だ.........!」

 

 

 けれどそれ以上に残酷なのは.........

 

 

桜木「っ.........ぅぐ.........!!?」

 

 

 何も出来ない。俺自身の力の無さだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ブっさんの試練を終えた翌日。俺達は最後の試練を受ける為にエディの家を訪問した。チャイムの音を鳴らすと、酷く眠そうな老人がドアを薄く開け、俺達のことを見てからいつもの溜息を吐いた。

 

 

桜木「.........んだよ。こっちの準備は万端だぜ?さっさと最後の試練を受けさせてくれよ」

 

 

エディ「.........そうだな。心変わりを期待したが、それしか頭に無いのなら仕方が無い」

 

 

全員「.........?」

 

 

 渋々と言った様子でエディは玄関を開けてこちらの方へと来る。しかし俺達はそんな事より、先程の言葉の方が気になって仕方が無かった。

 それでもそれをエディに聞けるような雰囲気では無く、何も聞くなと言う無言の前進で俺達はそれを聞く機会を逃してしまった。

 

 

 そのまま話も無く、俺達は最後の試練の場へと向かって行くのであった.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エディの住処から歩いて少し経った。時間で言えば、今までの試練の場所からは全然近い所だったが、そこにはやはり、山奥には似つかわしく無い設備がそこにはあった。

 

 

エディ「この中だ。挑戦者はもちろん貴様だ。青年よ」

 

 

桜木「.........」

 

 

 柱によって支えられた天井。壁は無く、通気性は抜群とかいうレベルのものでは無い。その下まで歩いて辿り着くと、その地面に何やら歪な突起があった。

 

 

桜木「.........なんだこれ?」

 

 

エディ「!!?やめろッッ!!!」

 

 

桜木「え―――ッッ!!?」

 

 

 それを何も考えずに踏んでみると、それは少しの抵抗感を感じさせた後、機械的な音を鳴らしながら直ぐに沈んで行った。

 そして次の瞬間には天井から突然、何かが俺に向かって突進して来る。

 

 

 何とかそれを察知し、己の身を守る為に両腕でガードする。受け止め切ることは出来なかったが、背中を地面に擦り付けながらも何とか事なき事を得た。

 

 

桜木「っ.........!何だよこれ.........!!?」

 

 

エディ「.........最後の試練は、この[丸太]を止めてもらう」

 

 

 突然の痛みに苦しみながらも、俺は何とか立ち上がることが出来た。先程ぶつかって来た物の正体は、丸太であった。

 まさかここに来て、こんなあからさまな壁が立ちはだかってくるとは思わなかった。思わず膝を地面に付けると、先程までこの天井の外に居た三人が俺の方へと駆け寄ってきた。

 

 

爺や「桜木様っ!!お怪我はございませんか!!?」

 

 

主治医「腕を見せてください!!」

 

 

ナリブ「っ、おいっ!!これは明らかに[ウマ娘用のトレーニング]だろッッ!!!やるなら私が―――「良い」なに.........!!?」

 

 

 俺の身体を心配してくれている爺やさん。怪我が無いかを見てくれていた主治医。そしてエディに食ってかかるブっさんを押しのけ、俺はもう一度スイッチの前へと立つ。

 そんな俺の様子を黙って見ている三人。その表情はやはり、心配という物が目立っている。

 俺はそんな三人の表情を嫌な汗をかきながらも、薄く笑って見せた。

 

 

桜木「へっ.........丁度いいや。ここに居る全員。何かしらの過去を乗り越えて来たんだ.........だったら俺も.........」

 

 

桜木「コイツに.........この痛みにお別れしねぇとな.........!!!」

 

 

 右腕の付け根を左の手で強く掴み、そして握る。あの丸太が衝突してきた一瞬。未来で思い出す事の出来た大型自動車の姿がフラッシュバックした。

 それはつまり、俺はまだあの出来事を振り切れていないという事だ。こんなチャンス。滅多にない。だからこの試練は譲れない。

 

 

 息を整え、前を見る。今度はよそ見はしない。モテる全力を尽くして、目の前の丸太を止めてみせる.........!

 

 

桜木「.........ッッ!!!」

 

 

 地面にあるスイッチを踏み抜き、丸太を受け止める体勢を取る。1秒もしない間にそれは俺の眼前へと迫ってきた。

 

 

 .........なんだ。身構えてみれば大した物じゃない。さっきは油断しただけだ。こんなの意識していれば俺だったら簡単に―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 [キキィィィ―――ッッッ!!!!!]

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「―――ぐっぁ」

 

 

 その丸太を受け止めようとしたその瞬間。今度は鮮明なイメージでそれが思い起こされる。映像として、音として、圧として、そして痛みとして.........俺の五感全てにその日の出来事を明確に思い出させてくる。

 

 

 受け止めようとしたその手はまた、無意識にガードを張った。

 

 

 そして俺は結局、またこの身体をその丸太によって大きく弾き飛ばされてしまった。

 

 

エディ「.........その丸太は10kgだ。加速もついてその威力は大男の突進と同じ威力を持っている」

 

 

桜木「.........チッ」

 

 

 また弾き飛ばされた。今度はそうなると直前でわかった為、受身を取ることが出来たが、やはりダメージはある。これを続けていたらそれこそ帰る前に身体がダメになってしまう。

 どうしたものか。そう思いながら立ち上がろうとすると、先程の時とは違い、よろよろとよろけて立ち上がる事が出来ず、もう一度地面に膝を着いてしまう。

 

 

桜木(っ、おいおい.........!)

 

 

 そこでようやく、自分の身体に起こっている異変に気が付く。自分の手を見ると、そこには意識とは裏腹に小刻みに震え、まるで恐怖している様子が見て取れた。俺は今、確かにこの痛みに怯えている。

 こんな所で足踏みをしている場合じゃない。俺の帰りを待っている子達が居る。こんなくだらないトラウマなんかに付き合っている暇は毛頭ない。

 震える手を握りしめ、空いている手のひらに打ち付けて気合いを入れる。

 大丈夫。二回もやった。恐怖はこれで薄れたはずだ。

 

 

桜木「さぁ!もう一回だ!!!」

 

 

 そうして俺は丸太に挑戦する。けれどその日から数日間。特に進歩も無いままに、俺は長く苦しい、地獄の時間を過ごして行った.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エディ「.........辞めだ。それ以上は身体が持たん。今日はここで終わりだ」

 

 

桜木「っ.........くそ」

 

 

 あれから二週間が経った。何とか受け止める意識は出来るようになったが、それでも身体に力が入り切らず、あの日抱いた恐れが枷として機能してしまっている。

 いつもの溜息を聴きながら、俺はこの場を離れていくエディの背中を見送りながら考えに耽っていた。

 

 

桜木(.........どうしたらいいんだ)

 

 

桜木(こんな時.........[アイツら]だったら.........)

 

 

桜木(.........[あの子達]、だったら.........)

 

 

 情けない話だ。意気揚々と出てきたというのに、出てきたとなったら壁にぶち当たってコレだ。最早俺は、俺の中にあるものではこれを乗り越える事が出来ないという意識が出来上がってしまっている。

 そして、他人にすがる。白銀だったら。黒津木だったら。神威だったら。マックイーン達だったら.........どうこれを乗り越えるのかを、必死に考え始めてしまう。

 

 

『.........そんな事をしても、意味は無いわよ』

 

 

桜木(.........分かってるよ)

 

 

 それを諭すように、不意に隣から声が聞こえてくる。その方向を見ると、マックイーンより少し大人びた姿をした存在が幽霊の様に佇んでいた。

 彼女の言った正論に、不貞腐れを交えながら返事をする。そんなの、俺が一番分かっていると言うように、俺は視線を戻してから言った。

 

 

『力を貸して、くらい言えないの?』

 

 

桜木「.........」

 

 

『.........こんな所でカッコつけても、あの子も見ていないこんな場所じゃ、得になる所か損しかないじゃない』

 

 

 .........カッコつけてる。か.........確かに、こんな試練をアドバイスも助力も無しに受けるのは、正面突破が過ぎたかもしれない。普段の俺だったらもう少し冷静になって抜け道を探していた筈だ。

 だけどブっさん達に力を借りる訳にも行かない。身体の使い方自体はしっかりと把握している。そこに人や助言は必要無い.........必要だとするなら.........

 

 

桜木「.........ごめん」

 

 

桜木「力、貸してくれる.........?」

 

 

『!.........♪』

 

 

 言い難い言葉を何とか振り絞り、彼女に助けを乞う。するとその顔は驚きから、待っていましたと言わんばかりの表情に打って変わり、俺の周りを嬉しそうに浮遊し始める。

 

 

『それを待っていたのよ♪私が力を貸すからにはあんなの、一時間で解決よ♪』

 

 

桜木「!ああもちろん.........なんてったって君は、俺の[知らない方]の―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「[メジロマックイーン]だからね.........!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「すぅぅ.........ふぅぅぅ」

 

 

エディ「.........」

 

 

 先日、試練を一旦止めた日から一日経って迎えた朝。その時の青年は既に、あの日々の姿をして居なかった。

 落ち着いている.........と言うべきか、精神的な波を感じさせる事も無く、ただその時の為に意識を集中させている。

 

 

ナリブ「.........行けそうだな」

 

 

爺や「ええ。これなら.........」

 

 

主治医「.........先生」

 

 

エディ「ああ、君達の言う通り、突破出来るだろうな.........」

 

 

 準備が整ったのだろう。吸い込んだ息が盛れでぬよう口をキッと結んだ青年は、流れる様にスイッチを踏んだ。

 天井が開き、丸太が空から降って弧を描きながら彼の目の前へと迫って行く。それを取り乱す様子も無く、彼はこの試練で初めて、臆すること無くその両手で止めようとしていた.........

 

 

桜木「ッッ!!!よし―――」

 

 

 ―――だが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「[一つ目]は、クリアだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「―――がッ」

 

 

三人「―――ッッ!!?」

 

 

 彼の手によって受け止められた丸太。その静止を持ってして[第二の関門]が作動する。

 その丸太が括り付けられた紐の動きが受け止められる事によって発生する振動を感知し、その後ろから叩き付けるようにして[もう一つの丸太]が降り注いでくる。

 重量は最初の丸太の倍。つまり[20kg]。これは自転車が全速力でぶつかってくる威力に相応しくなるよう設定されている。同じ要領でやれば受け止められる事はまず無い。

 

 

 そして結果的に、彼はそれを受け止めきる事が出来ずにその後頭部を地面へとぶつける事になった。

 

 

桜木「―――ざ......け――て.........」

 

 

主治医「どなたか氷水を袋に入れてきて下さい!!桜木様っ!!吐き気等はございますか!!?」

 

 

爺や「私が持ってきます!!」

 

 

ナリブ「おいアンタ.........!!幾ら何でも性格が悪すぎるぞ.........ッッ!!!」

 

 

エディ「試練というのはそういう物だ。それと安心したまえ。音的に言えば脳震盪も起こしとらん。突然の事で頭が働いて居ないのだろう」

 

 

 こうなる事を予想し、予めそれ用の用意はしていたが、彼は本能的な何かか、それとも他の要因なのかは分からないが、倒れる瞬間に地面への衝突を緩めていた。

 先程の出来事を飲み込む事が出来た青年は執事の男に頭に乗せられた氷水の袋を手に持ちながらゆっくりと起き上がり、私の方を見た。

 

 

桜木「テメェ.........ッッ!!!」

 

 

エディ「なんだ?ネタバラシをご所望だったか?それは悪かった。聞かれなかったものでね」

 

 

桜木「っ、ああそうかよッ、次からはそうしとけクソジジイがッッ!!!」

 

 

エディ「分かった。では言おう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「[丸太]は全部で[三つ]ある」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全員「―――.........」

 

 

 目に映る顔が怒りや疑念の物から、絶望一色へと塗り替えられる。冷や汗を頬へと流しながら、全員が天井へと戻っていく丸太の方へと目を向けた。

 三つ目の丸太。その重量は[40kg]。その衝撃を例えるならば[自動車並]だと言える。並大抵の人間では到底越えられる事の出来ない壁が、そこには存在している。

 

 

エディ「受け止める事が条件だ。正面突破も構わんが、頭を使わんと攻略は出来ないだろう」

 

 

エディ「では.........見せてもらおうか?[桜木トレーナー]」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「君の、[愛バに対する覚悟]とやらを.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「.........クソッ、こんな試練受けてんの。円堂守くらいだぞ.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ダーレー「.........ふむ」

 

 

 草原が広がる世界。その世界で俺達三女神は下界の様子が見れる深穴を覗き込み、彼と彼女の様子を見守っていた。

 

 

ターク「どうやら一つ目の丸太は完全に攻略したようだな。名優が傍に居るお陰で精神的支えになっている様だ」

 

 

ゴド「二つ目もあの子と息を合わせる事が出来たら行けると思うわ.........だけど」

 

 

 その言葉に続く物を想像し、俺とタークは顔を険しくさせた。

 確かにそれならば二つ目も突破する事が出来るだろう。ゴドルフィンバルブ。彼女が名優に授けた[共有]は彼のお陰で目覚め、そして今も尚洗練され続けている。

 だがそれでも、今はまだ見ぬ最後の試練を突破出来るかは定かでは無い。かくなる上は.........

 

 

ダーレー「少々早い気もするが、これを返す事になるかもしれないね.........」

 

 

二人「.........」

 

 

 胸の内に宿る鼓動。かつて危険だと言って取り上げた彼の力。その在り処に俺達はそっと手を添える。自分達の中にある力とは別に、三つに分けられても尚溶けることなく存在し続ける強い力。それがハッキリと手に伝わってくる。

 

 

ゴド「.........ダメよ。確かにこれは強い力だけど、今渡してしまったら本当に彼が彼で無くなってしまうわ」

 

 

ダーレー「しかし.........っ!」

 

 

ターク「私も同感だ。歯痒いが、今は見守るしかあるまい.........」

 

 

 二人の意見を受け止め、俺はもう一度穴の底を見る。今も必死になって丸太を止める為、手に傷をつけながら彼は頑張っている。

 そんな彼に手を差し伸ばす事も出来ないだなんて、何が三女神だ。俺はそう思いながら、それを押し殺す様に奥歯を噛み締め、その様子をただひたすらに見守り続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ルビィ「お疲れ様」

 

 

桜木「?あ、ああ.........ありがとう」

 

 

 試練が始まってかれこれ一ヶ月が経った。最初は焦っては居たが、今は少しずつ掴めてきた成功の輪郭を大事に、一歩一歩進んでいる様な状態だった。

 今日は試練を切り上げ、いつもの場所で焚き火に火を起こしていると、あのエディの孫。ルビィと言うウマ娘が食事を持ってきてくれた。

 

 

桜木「.........良いのか?」

 

 

ルビィ「おじいちゃんには内緒だよ?私のお小遣いで買ったものだから言わなきゃバレないと思う」

 

 

桜木「お小遣いで.........?そんな、貰えないよ」

 

 

ルビィ「むっ、人からの好意はちゃんと受け取る事!!日本人ってそういう所有るよね!ママの言う通りだわ!!」

 

 

 半ば無理やり食器を押し付けて俺にそれを渡してくる。慌てて落としそうになりながらもしっかりとそれを持ち、彼女の方を見ると、そこには食べ終わるまでここからどかないぞ。なんて意思が見て取れた。

 こんな小さな子に奢られるなんて.........何だか情けなくなりつつも、このままでは平行線。俺はやるせないながらもフォークを持ち、魚をフライした料理を口に運んだ。

 

 

ルビィ「.........どう?」

 

 

桜木「ん、んまいねこれ。こっちの国来て初めてまともな飯食ったわ」

 

 

ルビィ「ほっ、良かった.........」

 

 

 黙々とその料理を少女に見られながら食べ続ける。普段であればその目が気になる所ではあったが、久方ぶりの調味料で味付けされた物。そんな些細な事を気にする余裕も無かった。

 そんな俺の姿を見て、少女はフッと微笑んでから、その口を開いた。

 

 

ルビィ「.........ねぇ。お兄さんってトレーナーなの?」

 

 

桜木「.........まぁ、ね。じゃなかったらこんな所に来る人なんて早々居ないよ」

 

 

ルビィ「そっか。ねぇねぇ、お兄さんが見てる子達ってどんな子なの?やっぱり強い?」

 

 

 ぐいぐいと質問を被せてくる。だがその言葉の裏に、何か悲しげな。少ないながらもどこか諦めた様なニュアンスが含まれていた気がした。

 そんな少女の質問にどう答えた物か.........なんて考えたのは本当に一瞬だけ。口が開いた瞬間には、あの子達の事を赤裸々に話していた。

 

 

 面白い子が居た。その子は無類の実験好きで、良く俺の事を被検体にしてくる凄い倫理観の持ち主だけど、足の速さだけは一級品。他を寄せ付けない。その身を光にする事すら出来るくらい早い奴の話。

 

 

 明るい子が居た。その子は底抜けの明るさで、いつもチーム全体を明るく朗らかにしてくれる。速さも強さも無いけれど、持ち前の明るさと根性で良く成長を見せてくれる話。

 

 

 変わりたい子が居た。その子は最初会った時、草葉の陰でひっそりと泣いていたけれど、気が付けばチームの誰よりも大人びていて、強い上に誰かの為に泣ける子だったと言う話。

 

 

 凄い子が居た。初めは違う人がトレーナーをしていたけれど、彼女はスプリンター適性が高い中、無敗でクラシック三冠を成し遂げたいと夢を真剣に語ってくれた。今では俺のチームの安心出来る中長距離の逃げウマの話。

 

 

 変な子が居た。他の子達より時期は大分遅めに入った上に、マネージャーとしてだったけど、俺が挫けた時、俺を立ち直らせる為に走ってくれると言ってくれた。ダートもターフも走ってくれるから併走の時とっても助かったし、デビューはまだだけど経験は十分に積めているウマ娘の話。

 

 

 .........そして

 

 

 大切な子が居た。俺がトレーナーとして、一人の人間として支えたいと思ってずっと一緒に歩いてきた。その子はとても強くて、なのにその強さだけが中心になって居ない。その子の姿をいつまでも見たくて.........その子の[次]を、未だに見たくて.........俺は今、ここに居ると言う話。

 

 

 気が付けば、延々と話してしまっていた。そんなつもりは一切無く、ただ本当に軽く話して終わりにするつもりだったのに、俺はそれを話してしまった。

 

 

桜木「.........みんな、良い子だよ」

 

 

桜木「本当.........っ、良い子、達っ......でさ.........っ?」

 

 

ルビィ「.........お兄さん」

 

 

 話してしまった。それをすればどうなるかだなんて、分かり切っていた事なのに、俺は彼女達の姿を思い出し、そしてある日の情景を思い出してしまっていた。

 次、あの日に立ち会えるのはいつになるだろう?俺は、俺達はあの日にまた、戻れるのだろうか?

 あの日失った日常。それを取り戻す為に未来にまで行き、神様に啖呵を切って、向う見ずでここまで来た。もしここで何も出来ずに終わってしまったら、それこそ全てが水の泡になってしまう。水泡、泡に帰すなんて騒ぎじゃない。

 

 

桜木「ズズ.........ごめんね?こんな辛気臭い話しちゃってさ」

 

 

ルビィ「ううん。大丈夫だよ。そういうの、慣れてるから.........えへへ」

 

 

 そう言って彼女は俺に笑いかけてくれた。けれどその裏側にはやはり、悲しみが隠れている。きっと彼女も、何かしらの事情があるのだろう。思えばここに来て一度もこの少女が走った姿を見ていない。

 それを聞こうか聞くまいか悩んでいると、そんな俺の様子を察したのか、彼女は分かり易すぎると笑ってから、静かに口を開いた。

 

 

ルビィ「.........私。[繋靭帯炎]になりやすいんだって」

 

 

桜木「え.........!!?」

 

 

ルビィ「あっ、今は何ともないよ?普通に走ってる内は大丈夫なの」

 

 

ルビィ「.........でも、早くなる為にトレーニングしたり、長い間硬い芝の上で走る事があると、なっちゃうんだって.........おじいちゃんが言ってた」

 

 

 空を見上げ、足を投げ出しながらその少女は言う。しかし、その脚と今までの歩き方を見て、そうと思わせる節は何処にも感じられなかった。

 だがそれは恐らく、エディが医者としてデータを集めた結果から言える事なのだろう。俺も身体の動かし方に関する知識はあるが、医学に精通はして居ない。俺の至らない細部まであの男は見分ける事が出来るのだろう。

 

 

ルビィ「.........私も本当は、走りたいんだ」

 

 

ルビィ「.........ねぇ、私もいつか、強くなる為にトレーニングしたり、長く速く、走れるかな」

 

 

桜木「.........それは」

 

 

 分からない。その一言を言えば、全てが解決する。実際問題これは俺が踏み込める問題じゃないし、現時点ではそれを何とかするためにここに来ている。答えはまだ受け取っていない。

 そんな状態で肯定も否定も出来ないはずなのに、それをしてしまえば嘘になってしまうんじゃないかと思った。ここに居る自分を、見失ってしまうんじゃないか。そう思ってしまった。

 

 

桜木「.........[起きない奇跡]を待ち望む時間より、[奇跡を超える]為の時間の方が有意義だぞ」

 

 

ルビィ「.........え?」

 

 

桜木「人生[山あり谷あり]。上り坂かと思いきや断崖絶壁の崖だったり、緩い下り坂だと思いきや90度の壁もある。そんな一生だ」

 

 

桜木「だったらそこで手をこまねいて居たり後戻りをして今までを無駄にするくらいなら、それを[超える]くらいの覚悟を持った方が時間は短くていいぜ?」

 

 

 今まで、まだ人間の生を全て語る程の時を生きている訳では無い中で、俺は言葉を紡いだ。先に何が起こるかなんて分からない。レースもそうだが、俺の人生はそれ以上に困難だらけだ。

 それを言葉にして、目の前の少女.........そして、俺に言い聞かせる。そうだ。手をこまねいている暇は無い。そうしていればそうしている分だけ、時間だけが過ぎていって、心の火が比例する様に鎮火されて行く。

 

 

ルビィ「.........うん。そうだね。お兄さんの言う通りかも」

 

 

ルビィ「私!ちょっと走ってみるね!あっ!本当にちょっとだけだよ?」

 

 

桜木「え?あ、あぁ.........行ってらっしゃい」

 

 

ルビィ「何言ってるのさ!お兄さんちゃんと見ててよ!トレーナーなんでしょ?」

 

 

 そう言って彼女は俺の手を無理やり掴んで立ち上がらせた。その強引さが、あの日の日常の誰かに重なり合って、懐かしくなる。

 その日の夜は、ランニングの感覚で軽く流すルビィの走りを見て、久方振りに何の緊張も無く、ウマ娘の走りを見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この試練が始まって一ヶ月が経った。日本を立った日から数えれば、[一ヶ月半]になる。

 二つ目の丸太の手応えは十分になった。余力も残しながら受け止められるくらいの力量は付けられたはずだ。

 

 

エディ「.........随分余裕そうだな?青年よ」

 

 

桜木「ああ、足踏みしちまったが、次でこの段階は終わりだ。きっと[明日]にはクリアしちまうぜ?」

 

 

エディ「ふ、そう上手く行くとは思わんがな」

 

 

 地面のスイッチを視認し、丸太が現れる場所に目線を合わせてからその目を瞑る。頭の中で必要な力加減を導き出し、なるべく最小限の出力で二つ目までを受け止める算段を作る。

 だけど、明日[クリア出来る]と言う確証はそこでは無い。そこでは無い何処かで、俺は明日、これを乗り越える事が出来る予感がある。

 

 

桜木(.........だと、したら)

 

 

桜木(俺は.........[どうなっちまうんだろう]なぁ.........?)

 

 

 トラウマを克服する。生半可な思いで出来るものじゃない。あの日失われた物を全て今、この手に取り戻すというのは容易じゃない。

 

 

 けれどもし、[取り戻せたら]?

 

 

 もしあの日[死んだ俺]が、帰ってきたら?

 

 

 俺は.........どうなってしまうんだろうか.........?

 

 

 予感がある。それは、これを乗り越えようとした時、あの日死んでしまった者が復活する。そんな予感。

 向う見ずで楽観的な癖に、前向きでありながら起こる可能性を全て把握する。そしてその結末が幼いウマ娘をトラック衝突の危機から救い出し、死んでいく物語だった。

 

 

 正に理想の存在。俺にとってのヒーロー。そして.........[誰もが求める桜木 玲皇]そのもの。俺が付けていた[仮面]のモデル.........

 

 

桜木(.........まぁ、いっか)

 

 

桜木([あの子]が助かるなら.........それで)

 

 

 

 

 

エディ(.........何かを[諦めた]な)

 

 

 ―――青年の顔つきが変わった。その顔は、幾度として見てきたものだからよく分かる。自分が何度もした物だから、痛い程、手に取るように分かる。

 夜の森は静かだ。鳥のさえずりも無く、生き物達の息も聞こえない。そんな中でその森を静かに見渡し始めていた。

 

 

エディ(.........君が[走れなくなって]、私はトレーナーを辞めた)

 

 

『エディ。私ね?夢があるの』

 

 

『トレセン学園って夏合宿があるでしょ?私、世界に一つだけの合宿所を作りたいわ』

 

 

 記憶の中の君はいつも笑顔で、明るくて、辛さや現実とはかけ離れた存在だった。私にとって、理想そのものの姿だった。

 彼女を見たのは、入学当初の選抜レース。その時彼女は、他の子に大差を付けて一着になった。その姿を見て、誰もが才能だ。神から授かった物だともてはやし、そして自分と契約して欲しいと挙っていた。

 

 

 だが、私はそうでは無かった。アレは緻密に計算し、それを鍛錬で作りあげたものだと、初めて見た時から分かっていた。

 

 

 その走りがまるで自分で作り上げた物では無いと言う輩に対し、彼女は疲弊していたが、私が自分の思いの丈をぶつけると、酷く嬉しそうにしてくれた。

 

 

 デビューまでの時間は、あっという間で、そして人生で一番濃い時間だった。

 あのレースに出よう。三冠も狙えるんじゃないか?いつまで走る?もしかしたら一生現役かもしれないと.........彼女は笑ってそう言っていた。

 

 

 .........だが

 

 

『今、なん......と.........?』

 

 

『彼女はこれ以上走れません。トレーニングも辞めなければ、日常生活も危ういでしょう』

 

 

 皮肉な物だ。誰よりも強くなりたい。早くなりたい一心で自己鍛錬を積んでいた彼女が、それが原因でその強さを証明すること無く、デビューすらすること無く、その選手生命に終わりを迎えた。

 

 

 誹謗中傷。根も葉もない噂。根拠の無い結果論。多くのトレーナーから言われた物だが、一番堪えたのは.........彼女の走りがもう、見る事が出来ないという事だった。

 

 

エディ(.........人生は諦めの連続だ)

 

 

エディ(それで人は前を歩ける。前へと進める)

 

 

エディ([アレ]を肯定する事は.........私の人生を[否定]する事になる)

 

 

 諦めた物に目は向けない。それが私が生きていく上で大切な事だと知った事だ。そうしなければ一生、有り得もしない妄想に取り憑かれることになる。[アレ]を知り、信じる事はその生き方を否定する事になる。

 

 

エディ(.........それでも)

 

 

エディ(それでも尚、[奇跡]を望むのか.........青年よ)

 

 

 

 

 

桜木「.........よし」

 

 

 ―――覚悟を決めた。この先、何が起ころうとも、彼女が助かるのならそれでいい。胸騒ぎの酷さを見て見ぬふりし、俺はスイッチの場所に踵を浮かせる。

 

 

桜木(.........頼んだ)

 

 

『分かってるわよ。ちゃんと[動き]、合わせなさいよ?』

 

 

 肩に手を置かれ、準備が整う。彼女のイメージが俺の頭の中へと流れ込み、それをしっかりと自分の身体に落とし込みながら意識を集中させる。

 そしてそれが整った瞬間。俺は足の力を抜いてスイッチに踵を降ろした。

 

 

桜木「っ―――!!!」

 

 

 一つ目の丸太が目の前に迫る。もう怖気付く事などは無い。両手を前に突き出してそれを何ともない感情で受け止める。問題は二つ目だ。ここは彼女と息を合わせなければ、止める事は出来ない。

 

 

『来るわよっ!!私のイメージと同じ様に力を入れてっ!!!』

 

 

桜木「分かってるってぇ.........のッッ!!!」

 

 

 右脚を前にし、左脚の間の距離丁度に重心を置く。受け止める瞬間。その衝撃に耐えながらも足をひねらせて足裏で地面を抉る。

 つまり、押し出す力と留まる力で二つ目の丸太が生み出す衝撃を相殺しようという話だ。完全に実践するのは初めてだったが、今までの期間はこの動きを身体に慣らす為の物だ。大きな違和感や不安は一切無い。

 

 

 後は.........

 

 

桜木(次を.........三つ目を乗り越えてしまえば―――)

 

 

 

 

 

 ―――人間には、[予知能力]が備わっていると言う。

 

 

 それは超能力的な物では無く、本能的な直感で次に来る危機的状況を、感覚で把握する事が出来る。

 

 

 二つ目を受け止めた桜木は、その三つ目の丸太がぶつかる瞬間。それを本能で察した。そしてそれがまたもや、自分の[トラウマ]を呼び起こした。

 

 

 大型車から聞こえる金切り音。轟音けたたましく耳に響いてくるその幻聴。桜木の試練はそれのせいで多くの月日を費やす事になった。

 

 

 だが、今回は違った。

 

 

 逃げなかった。

 

 

 いや、敢えて逃げなかった。

 

 

 桜木は[もう一度死ぬ事にした]のだ。

 

 

 痛みを思い出し、苦しみで額を湿らせ、悲しみで瞳を濡らしながらも、それ以上に[大切な者]の為に、桜木は自分の事を[諦めた]。

 

 

 

 

 

桜木「―――.........ぁぐ」

 

 

 ―――痛い。痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。

 

 

 三つ目の丸太がぶつかる瞬間。嫌な予感がした。これを止める事は出来ないと。けれどここで逃げれば、[明日でクリア]する事は出来ないとも察した。

 

 

 その衝撃全てを胸に受ける。呼吸が上手く行かない。二秒間宙に舞った後、重力によって背中から落とされ、慣性によって身体を転がせながらうつ伏せになった。

 

 

『――と―――な―――い』

 

 

 声が聞こえない。耳鳴りがする。死の感覚が肌に触れる。そういえば、こんな終わり方をした気がする。痛みでどうにかなっている頭の中でぼんやりとその日を振り返る。

 

 

 あぁ.........まただ.........また[背中]が見える.........俺の[背中]だ.........

 

 

 結局.........俺は[桜木 玲皇]には成りきれなかった.........役者を諦めた俺じゃ.........何かになろうだなんて.........無理な話だったんだ.........

 

 

桜木(情けないや.........結局俺は.........抜け殻だったんだ.........)

 

 

桜木(.........でも、これでいいのかもなぁ.........)

 

 

桜木(次に起きた時には.........きっと皆が求める[桜木 玲皇]に―――)

 

 

 

 

 

『ちょっと!!しっかりしなさい!!!』

 

 

 ―――突然の事に動揺して、私は彼が吹っ飛ばされるのをただ見ている事しか出来なかった。意識を込めればこの身体は見えないまでも、実体に干渉できる力を持っている。けれど、それすら出来なかった。

 普段の彼なら危ない時、必ず防御をしたり、避けようとするから身体への被害やダメージはある程度抑えることが出来る。だけど今回、まるで諦めた様にその衝撃全てを一身に受け止めた。

 

 

(っ!ふざけないでよ.........!!!何が[桜木 玲皇]よ.........ッッ!!!)

 

 

 彼の手に触れた瞬間。その思考が流れ込んでくる。自分は抜け殻だと。中身の無い存在だと言って、かつての自分を求めている。

 その考えが.........気に食わない。皆必死に今を生きている。過去がどうだとか未来がどうなるとか、そんなの考えて生きている人間や生物は少数だ。

 その考え方に歯を食い縛らせ、強く手を握る。それでも彼からは一切握り返す事はしてくれない。その事実が余計、私の心を酷くざわつかせる。

 

 

『誰もそんなの[求めてない].........!!!皆が求めてるのは.........[アンタ]の帰りなのよ.........!!?』

 

 

『アンタにとってその過去がどんなに綺麗でッッ!!!輝いて見えていたとしてもッッ!!!皆が知ってるアンタはアンタしか居ないのよッッ!!!』

 

 

『どうして.........!!!皆の顔を真っ直ぐ見てくれないの.........?』

 

 

 あの時の自分だったら。あの時のままだったら。それだけがグルグルと彼の中でループしている。そんなの、本当に有り得もしない妄想でしかない。あの時のままだったら絶対、彼は彼女達と顔を合わせる事すら無かったのに、ただひたすらにそれだけを想像している.........

 悔しかった。苦しかった。悲しかった。彼はまだ今の自分を好んでない。そしてそうでは無いと伝える事が、私達にはまだ出来ていなかった。それは今この状況になっても.........同じ事だった。

 

 

『もう.........誰でもいい.........』

 

 

『誰でもいいから.........!!![助けて]よ.........!!!』

 

 

 握った手の上に雫が落ちて行く。けれどそれは私の手に落ちることはなく、力無く握られている彼の手に落ちて行った。

 

 

 .........けれど、もうダメなのかもしれない。

 

 

 今の[私]は、彼女と彼の[想い]だけで、この場に存在を固定させている。

 

 

 もし、彼が[消えてしまったら].........今の私も、消えてしまう.........

 

 

 彼の目が微睡み、ゆっくりとその生気の無い目を閉じて行く。それに釣られて、私の身体も薄く、淡い光に包まれて行く。

 

 

(あぁ.........消えてしまう.........)

 

 

(ねぇ.........誰か、お願い.........)

 

 

(この人を.........どうか、助けて.........)

 

 

 

 

 

エディ「.........直撃したか」

 

 

 ―――威力を見誤ったのか、青年はその衝撃を殺す事無く受けてしまった。骨が折れた音は聞こえなかったが、相当のダメージを負っている事は確かだ。走マ灯を見るくらいの事にはなっているに違いない。

 

 

 若さとは、残酷な物だ。自分の無力さを誤魔化し、勢いを付けさせてしまう。圧倒的な力の差には到底勝つ事など出来ないと言うのに、勝てるかもしれないと勘違いすら起こしてしまう。

 私は溜息を吐きながら、準備をしていた応急キットを手に持ち、彼を手当する準備を始めた。

 

 

エディ「.........[人間]には無理だ」

 

 

エディ「それでも.........[奇跡]を望むか?青年よ.........?」

 

 

 小さく呟いた。誰にも聞かれない独り言だ。だがそれを呟いた時、一瞬だが森がざわついた。もうそんな時間帯では無い。野生の生物達は寝静まり、夜行性の者達はそれを起こさないよう狩りをする筈だ。

 

 

 そんな中、私の目の前を[青く白い光]が横切った。虫と言うには小さく、そして幻覚と言うには余りに多く、そして強く光っている。

 

 

 何が起こっているのかと想い、辺りを見渡した瞬間。その原因が分かった。

 

 

エディ「な―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは[炎]だった。

 

 

 倒れた青年を覆う、[蒼い炎]。人間にとっては最早劣化していると言っても過言では無い本能。私のそれを刺激してきている。

 

 

 だがそれはやがて、[紅く染まった]。

 

 

 何が起きている?何が彼の中で[始まろうとしている]?箱から取り出した応急手当の道具を地面に落とし、私は彼に近付いた。

 

 

エディ(―――なんだ、これは.........?)

 

 

 倒れ伏した彼に近付くと、直ぐに違和感を感じた。それは彼の手の上には無いはずの物がある。という事だ。

 私は不思議に思いながらも、見間違いかどうかを確かめるべく、その手の上で存在を示している物を見定めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしてそれは、紛れも無く―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――彼が首から下げている筈の、[王冠のアクセサリー]であった.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鈴の音が耳に入ってくる。まるで心を浄化する様な神聖さで、規則的な間隔を持って聞こえて来る。

 

 

 その音を何度か聞いて、目に見える情報を頭が処理し始めた。ここはどこだろう?

 

 

 辺りは真っ暗で息苦しいけど、何だか心地良さもある。自分は何だかここから動けない。一歩も踏み出せない。

 

 

 目の前には大きな[桜の木]が立っている。あそこに行きたい。あそこに行ったら、きっと楽しい気持ちになれる。

 

 

 それでも、この足は一向に歩いてくれない。地面に縛り付けられているのだろうか?こんなにもあの[桜]に恋焦がれているのに.........

 

 

 結局、自分はそこには行けない。目指した場所に行こうとしても、こうして動けないんだ。そう思うと酷くやるせなくなって、もう、何もかもを見たくなくなって.........自分の目を閉じた.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「[ヒーロー]ってのは遅れて登場するもんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「けどよ。[ヒーロー]はいつだって全速力で駆け付けるもんなんだぜ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鈴の音が鳴った。痛いくらいに強く、耳元で鳴り響いた。

 

 

 余りの響きに目を見開いた。目の前には人が立っている。さっきまではそこに居なかったのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつも通りの抑揚で、いつも通りの表情で、聞き慣れたその声が聞こえて来た.........

 

 

 

 

 

......To be continued



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始まりの始まり

 

 

 

 

 

桜木「.........っ」

 

 

 大きな桜の木を背後にして、俺と瓜二つの存在が立っている。未来の時の様な老いている様子もない。完全に瓜二つの存在だ。

 

 

 段々と思考がクリアになって行く。混濁していた物が澄み渡り、ようやく自意識が目覚めたように感じた。

 

 

桜木「―――!!?ちょっと待って!!?どこだここ!!?」

 

 

「どこって、俺も困るぜ。気付いたら俺もここに居たんだからよ。そういう場所でいいじゃん。そういう場所で」

 

 

桜木「き、気付いたらって、いつから居たんだよ.........?」

 

 

「そりゃお前。幼馴染の恋人を振った場面からスタートよ。殺してやろうかと思ったわマジで」

 

 

桜木「それはマジでごめんなさい.........」

 

 

 そ、そう言えばそんな過去もありましたね私.........すっかり黒歴史として胸の内にしまい込んでましたぜ.........

 でもまぁ、状況が状況だったし、情状酌量と言いますか?ほら。俺の夢以前に日常生活すら危ういって言われてたからね?そんな途方も無い迷惑をただ好きってだけで背負わせるのもなぁと.........

 

 

「.........んで、そんな俺の愛しの幼馴染を振ったお前が。こうしてノコノコやってきた訳だ」

 

 

桜木「.........」

 

 

「.........お前。本当有言不実行だな。そこだけは真似しなくて良いんだぜ?」

 

 

 有言不実行。それは俺が今まで、必ず役者になると豪語していた事。そして今、[諦める事を諦める]と言っていた事の両方だろう。

 目の前に居る男は呆れて笑う。けれど軽く言われたそんな言葉が、俺の胸に深く突き刺さる。正直たまったもんじゃない。

 けれどそんな俺に追い討ちをかけるように、目の前の存在は目を伏せながらその呆れた笑みを消した。そしてゆっくりと、俺の顔を真っ直ぐと見つめて来る。

 

 

「.........お断りだ。テメェが火を着けたんだ。その始末はテメェでしろ」

 

 

桜木「.........でも、俺には.........俺は.........」

 

 

桜木「俺は.........[桜木 玲皇]じゃない.........」

 

 

「.........はァ?じゃあ誰だよ?あ?」

 

 

 恐れを抱きつつも、俺は本心を語った。今の俺は、[桜木 玲皇]では無い。と。ただの抜け殻なんだと。痛い程に感じている。

 それを伝えると、男は苛立ちを感じさせながらその目を非対称に歪ませる。その圧に押されながらも、俺は声を振り絞った。

 

 

桜木「俺、は.........あの事故から変わっちまった.........」

 

 

桜木「弱くて.........臆病で.........自分すら守れない.........!!!そんな奴になっちまった.........!!!」

 

 

桜木「そんな俺じゃあ.........!!!大切な人を助ける所か.........!!!その人の夢すら守れないだろ.........ッッ!!!」

 

 

「.........」

 

 

 自分の思いの丈をぶちまける。他でも無い、かつての俺自身に、それをぶつける。言葉は帰って来ない。表情が変わる反応すら見せて来ない。

 それでも俺は、ただひたすらに[次]を待っていた。目の前の.........[桜木 玲皇]の[次]を.........

 

 

「.........はァ?お前何言っちゃってんの?シンデレラかよ。俺は魔法使いじゃねぇんだよカス。絵本の世界に帰れやボケ」

 

 

桜木「っ、俺はお前には成れ無かったッッ!!!お前だったら「変わるもんだろ」.........?」

 

 

「お前さぁ、歩いた道戻んのは良いけどさ。周りのヤツらの顔ちゃんと見ろよ」

 

 

「もしお前が事故の前に戻ったとして、それを皆が本当に胸張って、お前を[桜木 玲皇]だって言えんのかよ」

 

 

 面倒だと言うように、男は頭を搔く。これ以上言うことは無い。それを表すかのように俺から背を向け、桜の方に歩いて行ってしまう。

 

 

桜木「っ.........そんなの、綺麗事じゃねぇか.........!!!そんなのであの子が助かんのかよ.........ッッ!!!」

 

 

「さぁな。[諦める事を諦める]んなら、綺麗事も夢物語も実現出来んじゃねぇか?」

 

 

「それによ。あの子達が求めてんのは[お前]で、お前の求める[桜木 玲皇(テメェの理想)]じゃねぇだろ」

 

 

「.........安心しろよ。お前の周りには、もう[桜の苗木]が植えられてるじゃねぇか」

 

 

桜木「え.........?」

 

 

 男が笑って指を指す。今度は呆れた感情は感じさせず、慈悲が籠った優しい笑顔で、俺の足元を指差していた。

 

 

 そこを見ると、確かに[苗]があった。まだ小さくて、これが桜の花を咲かせるまで、一体どれほど掛かるのか分からないくらい、幼い木だった。

 そしてそれが.........無数にある。その事実に困惑していると、肩に優しく手を置かれた。

 

 

「大人に成れなんて言わねぇ。[俺]に戻れとも言わねぇ」

 

 

「だけど、これを植えたのはお前自身だ。これに水やんのは、[お前]の役目で、お前だけの[特等席]だ」

 

 

「.........せめてそれを植えた[自分の手]くらい、信じてやったらどうなんだ?」

 

 

桜木「信......じる.........」

 

 

 俺には何も無いと思っていた。俺は、何も出来ていないと思っていた。ずっとあの子達の才能を見てきただけで.........やろうと思えば、誰にだって出来る事だと思っていた。

 けれどそれが全部じゃない。出来る事が[始まり]なんだ。それをやってしまったら、[苗木]を植えてしまったら、育ち切るまで世話をしなきゃ行けないんだ。

 

 

「大変だぜ?テメェが植えたの。一つや二つじゃねぇんだから」

 

 

「でもよ。ぜ〜んぶ咲いたら。こっちの[桜]よりかは花見栄えするんじゃねぇか?」

 

 

「.........[信じてっから]よ。[俺も]」

 

 

桜木「.........!」

 

 

 [信じている]。目の前の存在はその言葉の意味を知っているかのように、意地悪そうな顔で俺に向けて言ってきた。

 いや。知っているのだろう。わざわざ[俺も]と言ってきている時点で、確信犯だ。昔の俺はこんなにも、可愛げの無いガキだったのか.........

 

 

『お前の[夢の果て(ハッピーエンド)]を.........俺は信じて待ってる』

 

 

桜木「っ、贅沢だなぁ.........ほんと.........」

 

 

「あぁ、欲張りだぜお前。[二人分]の自分から期待されてんだ。ここに長居してたら、愛しのあの子に会えない時間が長くなるぜ?」

 

 

 .........本当、可愛くない奴だ。俺、結構愛想はいい方だと思ってたんだけど、どうやら勘違いしてたらしい。今この時の俺が生きていたら世の中なんて生きて行けない。

 

 

 そしてそれと同時に、[あの子]に惹かれた理由が分かった。初めて会った時、一目でその[才能]が中心になっていないと気付いた、あの選抜レースの日。

 そうだ。今目の前に居る奴とは、まるで正反対だ。もしあの事故が起こらなくて、何かの間違いでトレーナーになってたら、俺は.........

 

 

桜木「.........そうだよな。マックイーン達を見つけたのは、俺だもんな」

 

 

桜木「ここでうじうじして、自分じゃなけりゃって言ってても.........始まりはしないし、終わってもくれねぇんだもんな」

 

 

「そゆこと。だから早くこっから出てけよ。いざって時は手を貸してやるからさ」

 

 

 桜の木が揺れ動く。風が吹いた訳では無い。そしてそれなのに、桜の花弁は一切散る姿を見せはしない。そんな背景を背に、男は笑って手を振った。

 身体が離れて行く。桜から遠ざかって、暗闇が薄くなり、視界がぼやけて行く。

 

 

 身体全身を駆け巡る痛みと共に、最後に見た一瞬の景色は.........いつか見た、[夢の跡地の草原]になっていた.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エディ「い、一体何が.........!!?」

 

 

 私の目の前にうつ伏せで意識を失っている青年の身体から突如、[蒼い炎]が溢れ出し、そしてそれは気付けば[紅い炎]となっていた。

 非現実的な光景に思考力を失い、暫しの間呆然としていたが、このままでは行けないと思った私は、取り敢えずその火を消すべく近くを通る川に向かい、その水で鎮火しようと試みた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 .........だが

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――[奇跡]」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エディ「―――?」

 

 

 背中から声が聞こえて来る。そんなはずは無い。骨は折れていないとはいえ、あのレベルの衝撃をまともに受けて意識を保っていられる人間など居ない。現に私が見てきた者達は皆、数時間。或いは一日単位で気を失っていた。それも、この青年よりも鍛え上げられた者達が、だ。

 汗が頬を伝う。地面に濡れ跡を作りながら、私は息を呑んで、その声のする方を見た。

 

 

桜木「.........」

 

 

エディ「.........な」

 

 

 そこに倒れ伏しているのは、一人の男だった。

 

 

 だがそこに、先程の[炎]は残って居ない。

 

 

 あるのはただ、[日色の輝き]だけだった―――

 

 

 

 

 

 ―――身体が痛い。骨が強く軋んだ感覚がある。内蔵も強く揺らされた。掌なんかもうボロボロだ。それでも、俺は立ち上がった。

 身体に痛みを感じながら、折れたかヒビが入ったか気にする事もなく、鈍い痛みを感じさせる内蔵に目も向けず、皮が向けて血だらけになった両手に土を巻き込みながら地面を握り、力を入れてゆっくりと立ち上がった。

 

 

 俺は、どうしようも無いバカだ。[奇跡]を超えるだなんだ言っときながら、俺はそれが起こることを望んでいた。そしてそれは、実際に起きちまった。

 若い頃の俺だったら、あの時のままの俺だったら、勢いと才能だけでこんな試練、乗り越えてくれるだろうって。そしてそれは、実際に意識で対面し終えた今でも認識は変わっていない。

 

 

 それでもその起こした[奇跡]に、喝を入れられた。お前はそれでいいのかと。それであの子が助かって、満足なのかと.........

 

 

 きっと、それじゃダメなんだ。あんな分かりやすい餌に釣られたら、きっとそれで終わっちまうんだ。たった一度それが起きて、終わってしまうんだ.........

 

 

 だから.........

 

 

桜木「[奇跡]なんか.........望んじゃいねぇ.........」

 

 

桜木「.........ッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「[奇跡]なんかじゃ.........ッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「[足りね]ェ.........ッッッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今更、自分がどんなにバカだったのか身に染みて分かった。そうだ。たった一度起きたからなんだ。それが起きた所で、そんなのあの子がまた走れる様に戻るだけで、それで終わりだ。

 [奇跡は一度]っきりだ。それが偶然起きた時、連続してそれが起きる事なんて絶対に無い。そしてそれが起きた時、人々はそれで満足してしまうんだ。

 

 

桜木「足りねぇんだ.........足りねぇんだよ.........ッッ!!!」

 

 

桜木「[たった一度]っきりじゃッッ!!![あの日]に戻るには遠すぎるんだよッッッ!!!!!」

 

 

桜木「俺が望んでいるのは.........ッッ!!!あの子が望んでいるのは.........ッッッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「誰にも負けないって思ってた[あの日々]に戻る事なんだよッッッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 驕りかもしれない。傲慢かもしれない。けれど実際、あの日々の俺は負けに怯えながらも、どこか安心をしていた節があった。

 あの子なら、マックイーンなら、勝って来てくれる。心のどこかでそう思っていたから、ふざけたり遊んだりも、出来たのかもしれない。

 もし、仮に[繋靭帯炎]が治ったとしよう。治ったとして、果たして前の日常に戻れるのだろうか?きっと、戻ることは出来るだろう。

 だけどそれは、[勝ち]を意識しなければの話だ。彼女の勝ちを期待しなければ、俺達はすぐにでも元に戻れる。けれどそれは、俺も彼女も、そしてあの子達も望んじゃいない。

 

 

 [戻りたい]んだ。皆あの頃に、あの日、何があっても勝って帰ってきてくれると思わせてくれた、そう思わせてくれたマックイーンが居た頃に.........

 

 

 歯を食い縛る。ギチギチと強く。もうそれ以上閉じることは出来ないと知りつつも、それ以上に力を込めてしまう。奇跡を望んだ悔しさと不甲斐なさが、今の俺を奮い立たせている。

 

 

エディ「.........何故、そこまでする?」

 

 

エディ「何故そこまで、貴様は立ち上がれる.........?」

 

 

桜木「.........[トウカイテイオー]は、あの子の[ライバル]は、[奇跡]を起こした」

 

 

桜木「[奇跡]を起こして.........!誰からも望まれた勝利を実現して見せた.........!!!」

 

 

 目の前で何が起きているのか把握出来ていない。それはエディも俺も同じ事だ。俺も、頭の中はぐちゃぐちゃだ。それでもそれを聞かれたら、思い起こされる光景はたった一つだった。

 トウカイテイオーが有馬記念を制覇したあの日。強い劣等感と敗北感に支配された。俺には到底、あの時のあの子をまた走らせたいと思わせる事は出来なかった。

 それをたった。たった一度きりのレース。たった一度の奇跡で思い知らされた。

 

 

 俺がここにいる理由。それはあの子を助けたい一心。と言う綺麗な理由じゃない。

 

 

 俺は.........テイオーに負けたくない思いで、ここに立っているんだ.........

 

 

桜木「確かに凄かったさッッ!!!骨折明けの一年ぶり!!!しかもG1レース!!!その上距離適性は噛み合いが取れてないッッ!!!」

 

 

桜木「そんな土壇場で皆に願われてッッ!!!勝ってッッ!!!俺も心の底からすげぇって!!!でもッッ!!!」

 

 

桜木「でもそれじゃあ.........そんな[奇跡]にあやかっちゃぁ.........納得出来ねぇんだよ.........」

 

 

 どんな物語も、必ず終わりを迎える。それが人々に伝わる形か、それとも筆を執る者の頭の中で完結する物かは関係無い。必ず一人一人、終わりが来る。

 その中でもハッピーエンドは格別だ。読む人達の心を揺らし、祝福をもたらしてくれる。

 

 

 けれど、全員が幸せになるにはそれ相応の過程が必要だ。

 

 

 降って湧いた幸運でも、突如舞い降りた[奇跡]でも、手を伸ばさなければ、つかもうとしなければ意味が無い。

 

 

 例えそれが俺の傲慢で、どうしようも無いわがままで、エゴだとしても.........

 

 

 俺は.........誰にも文句の言われないハッピーエンドを掴みたい。

 

 

桜木「無理とか無駄とか、諦めの良い言葉を使いたければ勝手に使いやがれ.........ッッ!!!」

 

 

桜木「例え世界中の人間がそれを言ったとしてもッッ!!!あの子が望んで俺を待っている限りッッ!!!俺はその[奇跡]だって超えなきゃなんねぇんだよッッッ!!!!!」

 

 

 息を切らしながら肩を揺らす。身体は既に疲労困憊。ダメージなんて少しも回復しては居ない。

 それでも俺は立つ。この足で。辿り着くべき壁を乗り越え、到達すべき境界線を飛び越える為に、俺はもう一度視線を定める。

 

 

桜木「ハァ......ハァ.........見てろよ.........クリアさせる気もねぇ試練を用意して.........人のあがきを嘲笑う性格の悪いクソジジイ.........!!!」

 

 

桜木「今の俺は―――」

 

 

 地面にあるスイッチを踏み抜こうとして足を上げる。その瞬間。身体を寸でのところで支えていたバランスが崩れ、その足は見当違いの地面を強く踏み抜いた。

 

 

桜木「―――っ、今の.........俺、は―――」

 

 

 視界がぼやけ、酷くぐらついた。身体に力が入らない。心の位置が定まらない。今はどこで、自分は何をしていたのか分からなくなる。

 それでも言わなくちゃ.........これを言わなきゃ.........

 

 

 何も始まらない。

 

 

 何も越えられない。

 

 

 何も強くなれない。

 

 

 何も変わらない。

 

 

 何も証明できない。

 

 

 何も決められない。

 

 

 .........そう思っても、身体はゆっくりと仰向けに倒れて行く。このままじゃ振り出しに戻ってしまう.........そうなったらまた、一からのスタートだ。ここまで来てやり直しは相当堪える.........

 それでも視界は遂に、森から満天の星空に変わってしまった。もう足裏は地面から離れ、完全にそれに対して垂直向きになった。立て直すのはもう、到底無理だと思っていた.........

 

 

 .........けれど―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――いや」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「―――え」

 

 

 誰かに肩を強く抱かれる。それと同時に、聞き慣れたあの声が聞こえて来る。そんなはずは無い。ここにいる訳が無い。それでも肩から伝わる手の感触は、酷く懐かしい物だった。

 その感覚を信じ、俺はその手を伸ばす存在を確かめるべく、その顔を逸らし、そして見定めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「[これから][俺達]は」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「[奇跡]だって超えて行くんだぜ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「―――っ.........!!?」

 

 

 そこには、想像した通りの面子が居た。黒津木に、白銀に、神威。その三人が揃って、俺の隣に居る。俺を支えてくれていたのは、黒津木だった。

 なんで、どうして、言いたい事も聞きたい事も山ほどある。だけどそんなありふれてどこででも聞けるような言葉が一切出てこない。まるで俺の心は、それを聞かなくても知っていると言うように.........

 

 

 そしてそんな中、先程は聞こえてこなかった足音が聞こえた。大地を強く踏みしめる足音が、ここから少し離れた場所で聞こえて来る。

 まだ居るのか.........?こんな何処とも知らない、日本では無い、イギリスの辺境の地で.........?

 

 

 そしてその正体は、姿を見ることも無く、声だけでしっかりと把握出来た。

 

 

「なぁそうだろ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おっちゃん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「ゴールド......シップ.........?」

 

 

 不敵な笑みをしている。その表情を見ずとも、その声だけで彼女がどんな顔をしているかなんて、はっきりと分かった。そしてその声とコイツらのせいで、俺の緊張の糸は完全に緩んでしまった。

 握り続けていた右手を少し弛める。すると、自分でも気付かぬ間に握りしめていた[何か]が地面へと落ちて行った。

 分からない事の連続で思考停止状態の頭だが、それが何かを見る為に、俺は視線を一度地面へと送った。

 

 

桜木(.........王冠の、アクセサリー.........っ!!?)

 

 

 目に飛び込んできた情報をそのまま、心の中で復唱する。なんでそれがここにあるのか。なんで泥だらけなのかも俺には理解出来ていない。ただ、そうであるとしか言いようがなかった。

 そんな中、一瞬だけ。ほんの一瞬だけ瞬きをした。それをした直後にはもう、その王冠は視界には映っては居なかった。代わりに映り込んできたのは.........先程まで傍に居てくれた、[あの子]に似た足だった。

 

 

『.........』

 

 

桜木「な、何がどうなって―――っ」

 

 

 誰からでも良い。とにかく一つ、今この状況を綺麗に整理する為の答えを欲した。けれどそれを答える者はなく、代わりに突然また現れた存在が一歩、俺に近付いてこの顔を凝視し始めた。

 

 

 泣きそうになった。ちょっとでも気を緩めれば、あの子と重なるその表情が、今は堪らなく辛かった。切なかった。

 その涙を堪えて居ると、目の前の彼女は大きな溜息を吐き、そして呆れた顔をして.........

 

 

『.........ていっ』

 

 

桜木「うっ―――」

 

 

 俺の頭に、チョップを食らわして気絶させて来たのだった.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ハァ......ハァ.........っっ』

 

 

 雨が降っていた。

 

 

 空は酷く鉛濁り

 

 

 空気は肌を裂く程に冷たく

 

 

 時折降り掛かる水滴は酷く煩わしい

 

 

 そんな中で[彼女]は.........

 

 

『辞めなさいっ!今は無理してそんな事をしちゃダメ.........!!!』

 

 

『あの人が.........彼が来るまで待って.........!!!』

 

 

『.........どうしてよ。なんで、聞こえないのよ.........』

 

 

 そんな中で彼女は.........ただひたすら、[助け]を待っていた.........

 

 

 彼女の[大切な人]を救ってくれる、[誰か]を.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「―――.........」

 

 

 炎が弾ける音が耳に入ってきている。それに気付いたのはさっきの夢を見終えて、少しばかり経った後だった。

 先程の夢.........あれは明らかに、マックイーンだった。あの子と俺が仲違いをしたあの雨の日にあった出来事だと思う。その夢は、彼女が耳につけていた王冠のアクセサリーが泥の溜まりに落ち、それがほのかな光を帯びた場面で終わりを告げた。

 

 

 こういう時、自分の受け入れの良さと言うか、理屈を考える力があるのが有難かった。きっと彼女の存在は今、マックイーンの髪飾りを媒介にして存在しているのだろう。俺に姿が見えるのも、この首飾りのお陰だと思う。

 

 

 俺は一通り、自分に納得させる為の考察をしてからゆっくりと上半身を起こした。まだ所々痛みはあるが、顔をしかめる程度で声を上げる程の物じゃない。

 火の音のする方へ顔を向けると、そこには静かに焚き火を囲んでいる三人の姿があった。

 

 

桜木「.........よう」

 

 

黒津木「お?おう」

 

 

神威「お久」

 

 

白銀「.........ふわぁ〜、ねむ」

 

 

 地面に座り込んで焚き火に日を投入する黒津木。木を背もたれにして寄りかかって手振り付きで挨拶をする神威。倒れた木に腰を掛けて欠伸をする白銀。過ごし方は皆違う。けれどその光景が、俺の中で学生時代のあの頃と重なった。

 

 

 俺は何も聞かず。そしてアイツらも何も言わずに俺がこの集まりに参加するのを歓迎してくれた。昔は、本当にこんな会話も無い中過ごしたもんだ。

 

 

桜木「.........ゴールドシップ達は?」

 

 

神威「飯の支度する為に下山して、今は帰ってきて料理してるよ」

 

 

黒津木「ブライアン達も一緒に居たな。あとルビィって女の子」

 

 

白銀「あのガキンチョ美人になるぜ。この俺様の美女センサーがビンビンに反応してやがったかんな」

 

 

桜木「.........そっか」

 

 

 得意げな顔で腕を組みながら自分の想像する未来に没頭する白銀。その様子を苦笑しながら俺達は見ていた。

 

 

 他愛も無い会話だ。日常と何ら変わりない。けれどそれすら、ここ最近の俺達には無かったものだ。最近では仕事、仕事、仕事。そればっかりの毎日で、普段のおふざけもそのストレスを解消する為の物に等しく、何も無い中で会話や集まる事は無かった。

 

 

 こんなくだらない時間が、何よりも懐かしくて、俺がいつの間にか無くしていた物のようで、酷く切なくなった。

 

 

桜木「.........っ、なんかさ。四人でキャンプすんのって初めてじゃね?」

 

 

黒津木「!.........そうだな」

 

 

 そんな勝手に感じている切なさでいたたまれなくなって、俺は話題を変える。そんな俺に二人は困惑の表情を見せるが、黒津木の奴は直ぐに察したらしく、そのまま乗っかって来た。

 

 

桜木「.........あのさ」

 

 

黒津木「.........」

 

 

神威「.........」

 

 

白銀「.........」

 

 

桜木「.........あ――― と」

 

 

 言葉が出てこない。頭の中に直接手を突っ込むように思考をこねくり回してみるが、今言うべき言葉が見つからない。取り繕う必要がない相手に、何を言えばいいのか.........俺は大人になって、分からなくなってしまった。

 

 

白銀「どうした」

 

 

 そんな俺の様子を察して、白銀が優しく声を掛けてくる。いつだってそうだ。普段は暴君で、自分勝手で無茶苦茶な奴なのに、本当に辛い時はこうして察してくれる。だから俺は、俺達はコイツの事を嫌いになれない。

 

 

桜木「っ、俺は―――」

 

 

桜木「―――はぁぁぁ.........クソッ、なんだよ。全然出てこねーな」

 

 

 何かが出掛けて、そして消える。言う言葉すら優柔不断なのかと心の中で自分を罵り、俺は苦笑を交えて話した。

 

 

 炎が燃える音。その音だけが、この世界の全てで、これが消えれば、この時間も終わる。そう思えてしまうくらいに、今のこの瞬間はあの日に戻ったと錯覚するくらい、[夢]の様な時間だった。

 

 

 .........だけどこれは[夢]なんかじゃない。確かな[今]なんだ。過去でも、未来でも無い。俺の生きている。俺達の生きている[今]なんだ。

 

 

 過去なら裏話を話せる。未来なら理想を語れる。けれど[今]話せるのは、今を生きている俺の言葉だけなんだ。

 

 

桜木「―――俺なっ」

 

 

桜木「覚悟してここまで来たんだよ」

 

 

桜木「.........けど、なんかこうして、お前らの顔を見たら、さ.........」

 

 

 そう言いながら、目の前に居るヤツらの顔を見る。こうして見ると、思ってたより皆老けている。あの頃の見知った若さは鳴りを潜めて、成長した大人らしさを感じている。

 

 

 それでも、それに寂しさは感じていない。むしろ嬉しいとすら思っている。あのクソガキだった時代から、こんな歳にまでなって、しかも一人海外に勝手に行った俺に、わざわざ会いに来てくれている.........

 

 

 そう思うと、本当に嬉しくて.........

 

 

 それと同時に、何も出来ない自分が.........本当に惨めで.........

 

 

桜木「.........悪ぃ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱ辛えわ.........!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 覚悟を決めてここに居る。ここに来て辛いだとか、苦しいだとか、思った事はあってもそれは、今まで経験した物の中では大した物じゃなかった。

 けれどコイツらの顔を見た時、俺は思った。もう二度と、[あの頃]には[戻れない]。全く同じ時間は無く、全く同じ絆も無い。

 その変化が良い物か悪い物かは関係無い。ただ、それがずっと続くと思っていて、それを失って初めて当たり前の時間じゃ無い。何もせず続いて行く物なんかじゃ無いと知って、俺の心の寂しさは大きく膨れ上がった。

 

 

神威「.........そりゃ.........辛えでしょ.........」

 

 

白銀「.........ちゃんと言えたじゃねぇか」

 

 

黒津木「.........聞けて良かった」

 

 

 焚き火の音に交じる、涙が合わさった返事。その言葉が聞けただけで、俺は満足だった。なんでここに居るとか、どうやって居場所を突き止めたのかなんて気にはしない。

 コイツらとの関係は少し変わった。ただのバカでクソガキの親友共から、大人の大変さを知りつつも疲れる事を知りながら絡む腐れ縁になった。それでも、[心]までは変わっていない。

 

 

桜木「みんなどうもなっ」

 

 

桜木「俺、お前らの事.........」

 

 

三人「.........」

 

 

桜木「.........お前らの事」

 

 

三人「.........?」

 

 

 立ち上がって、目の前に居るヤツらの顔を見る。記憶の中にある思い出の姿に大人臭さを感じさせる風貌になった、三人の姿。

 そんな三人だが、俺の中でのコイツらはやっぱり、ガキの頃の姿のまんまに見えてしまう。

 見えてしまうから.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「.........恥ずかしくなってきちゃった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「.........はァッッ!!!??」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 怒りの入り混じった驚きの声と共に、三人が自分の足で立ち上がって俺の方を見てくる。その目には「お前マジか?」と言う心の声がしっかりと籠っていた。

 

 

白銀「おいレオぱんちょんッッ!!!テメェ最後まで言えやッッ!!!」

 

 

神威「こちとら途中で察して折角乗ってやったのによッッ!!!途中ではしご外すなやボケェッッ!!!」

 

 

黒津木「お前俺FF15既プレイだから思い出して泣いちまったのによッッ!!!好きくらい言えばいいべやァッッ!!!」

 

 

桜木「言える訳ねェベやッッ!!!こちとら六年間片思いして告白の勇気すら出せないんやぞッッ!!!」

 

 

「「「自分で言うなッッ!!!」」」

 

 

 世界から焚き火の音が完全に排除された。あんな物悲しそうなBGMは消え、頭の中ではもうコイツらを如何に扱き下ろすかを考え始めていた。

 

 

桜木「好きとは言えないねッッ!!!でも俺が女だったらお前らと全員エッチ出来るねッッ!!!」

 

 

「「「お前何言ってんの!!?」」」

 

 

桜木「翔也すげぇよな.........運動も出来て頭も柔らかくて、一緒に居て滅茶苦茶面白い.........俺が女だったらエッチしてるわ」

 

 

白銀「テメェぶっ殺すぞォッッ!!!」

 

 

神威「控え目に言ってキモいよ.........」

 

 

黒津木「まぁプロスポーツの世界一位だしね?それはね?」

 

 

桜木「宗也もさ、知識が滅茶苦茶あってすんげぇ頼りになる.........安心っつうのかな。俺が女だったらエッチしてるね」

 

 

黒津木「前言撤回コイツ見境ねぇわ」

 

 

神威「お前エッチしてやれよォッッ!!!」

 

 

白銀「玲皇は宗也を愛してる」

 

 

桜木「創も良いね。俺が女だったらエッチしてるよ。多分。絶対」

 

 

神威「テメェなんで俺の時だけ雑いんだよッッ!!!」

 

 

黒津木「自ら竿役になりたそうで草ァッッ!!!」

 

 

白銀「きっしょ.........」

 

 

 我ながら天才だと思った。好きとは言えないが俺が女だった場合、きっとコイツらとはそういう事出来ると思う。まぁ出来ると言うだけで絶対やるわけ無いが、何故かそんな確信があった。だってコイツら性格終わってるけど生活はフィーバーしてるし.........

 

 

 だが、三人がワチャワチャと目の前で言い争いを始めている中、俺はある事実に気付いてしまった.........そう、今の俺を、自信付けさせる決定的な事実を.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――そう考えたら俺もすげぇよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「.........は?」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「お前らとエッチ出来る俺も凄い。俺がもう一人居て俺が女だったらエッチしてるね」

 

 

神威「て、TS型同一CP.........!!?んなもんテメェネットサイトのアッチ系の小説でしか見た事ねぇぞ俺はァッッ!!!」

 

 

黒津木「やめろッッ!!!誰もお前にそんな事望んじゃいないッッ!!!そもそも俺らとエッチするくらいなら告白くらい余裕だろッッ!!!」

 

 

白銀「Rock Scissor Rock.........」

 

 

「「「え」」」

 

 

 不意に聞こえて来た不穏な言葉。まさかと思いその方向を見ると、そこには大きく股を開き、力強く拳に力を貯めている白銀がそこに居た。

 その瞬間。俺達は血の気が引いた。俺だけじゃないのは俺のすぐ側に二人も居たからだ。そしてコイツは殴ると決めたら絶対に殴る。大人になった今でも変わらないと俺達はこの時嫌でも悟った。

 終わった。この世にコイツの暴力を止められる存在は居ない。担任のホームルーム中だろうがなんだろうが、殴ろうと決めたらもう止まらない。コイツの世界には自分と相手しか存在しなくなるんだ。

 

 

白銀「ジャンッッッ!!!拳ッッッ―――」

 

 

 渾身の力を貯められた拳。それが白銀の持つ身体能力をふんだんに使われた縮地による前身と振りかぶりを見て、最早思考する事すら叶わない。三人まとめてこのままぶん殴られるのだと俺達は避ける事すら諦めていた.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おーいっ!!オメーらー!!!飯の時間だー!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

三人(.........!!と、止まった.........?)

 

 

 ピタリ。とその振り抜かれた筈の拳が眼前で静止する。一瞬何が起こったのか理解出来なかったが、息をすることを思い出し、吹き出す汗を感じながら先程の声の方を見ると、そこには大きな鍋を持ったゴールドシップを先頭に、全員が集まっていた。

 

 

ゴルシ「おっ?なんだなんだ!!?また喧嘩してんのかおっちゃん達!!」

 

 

ルビィ「い、今パンチしようとしてたよね.........?」

 

 

ナリブ「気にするな。いつもの事だ」

 

 

 溜息を吐きながら、ブっさんは焚き火の近くに荷物を下ろしてその中身を取り出す。出てきたのは食器と炊飯器だった。

 その光景を見て、すっかりさっきまでのノリが削がれてしまった俺達は不完全燃焼を感じて不服になりながらも、食事の準備を手伝った.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゴルシ「んじゃっ!いただきます!!」

 

 

 両手を合わせて、食事を始める音頭を取るゴールドシップ。彼女に合わせて俺達も手を合わせていただきますをし、外国人のエディとルビィも初めての異文化に困惑しつつも、見様見真似で手を合わせた。

 

 

桜木「.........まさか、こんな外国の地で、日本のカレーが食えるなんてなぁ」

 

 

ナリブ「大変だったぞ。具材は直ぐに揃ったが、ルーと米は色々スーパーを回ったからな」

 

 

ルビィ「私あんなに下に居たの、ここに来る前以来だよ」

 

 

エディ「.........では、この男の試練が終わったらどこかへ出掛けようか」

 

 

 普段俺達には見せない顔をしながら、エディは孫のルビィに対して優しく言った。その姿を見ると、彼もやはり人の子なのだと感じる事が出来た。

 それを見て、俺は視線を手元のカレーに移す。具材は現地の物らしいが、見た目は完全に日本のカレーだ。とろみのあるルーに、乾燥し過ぎず、そしてふやかし過ぎていない米。これだけで良い。

 

 

 手に持ったスプーンでルーをすくい、白米の上に掛けてから一口分。その上に乗せる。ほんのりと登ってくる湯気に期待を込めながら、俺はそれを口に運んだ。

 

 

桜木「.........美味い」

 

 

爺や「ゴールドシップ様のお料理の噂は耳にしていましたが.........これはお見事な.........」

 

 

主治医「.........実家のカレーを思い出します」

 

 

 口の中に広がる物は、期待以下でも、それ以上でも無い。まさに想像していた通りの物だった。それが、凄く美味しかった。

 食べていた全員が一口食べたあと、何も喋ることは無かったが、長く日本を離れていた俺達はそれ以上にそのスプーンを進めた。久々の日本が、この皿の上にある。それを惜しむこと無く、口の中に大量にカレーを詰め込んでいた。

 

 

白銀「.........なぁ」

 

 

桜木「むぐ.........?」

 

 

 そんな中、突然白銀が俺の方声を掛けてきた。その視線は未だカレーの方へ向いているが、その声は確かに、俺に掛けられた物だと直ぐに察した。

 

 

白銀「.........お前はすげぇよ」

 

 

桜木「?」

 

 

白銀「お前はさ。気付いてねぇかもしんねぇけど。本当にすげぇんだ」

 

 

 力無く、優しい声が白銀から聞こえて来る。そんな声がコイツから出てくるなんて事は今まで無かったから、俺達はみんな、何も言えずに黙っていた。

 

 

白銀「なんつぅかさ、理屈だとか、腕っ節じゃねぇんだ。お前の強さって」

 

 

白銀「んでもって、心の強さでも無い.........ホント、意味分かんねぇんだけどさ.........」

 

 

白銀「それでも俺達は―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――お前が[強い]って、何でか知らねぇけど[信じられる]」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

白銀「.........だからよ。今度意味分かんねぇ事で自分はすげぇって言うんじゃねぇぞ。な?」

 

 

 それだけ言って、白銀の奴はカレーを食べ進め始めた。結局それを言っている間、その目を俺に向けることは一度もなかった。

 .........これがコイツの、本当の怒り方なんだろう。なんと言うか、普段のキャラとのギャップが凄すぎて、心にずっしりとその言葉が重くのしかかった。

 

 

桜木(.........なんでか知らないけど、[信じられる].........か)

 

 

 そんな事を、[あの子]にも言われた気がする。未来の世界で、ダブルソーダを食べあったあの日。俺の[弱さ]がいつか[強さ]になる.........そう、力強く彼女は断言してくれた。

 それがなんなのか、今でも全く分からない。けれどきっと、そんな俺を皆信じてくれているから、こうして着いて来てくれたり、待っていてくれたりしてくれるんだ。

 そう思うと、さっきまでは無かった余裕が、心の中に生まれてきた気がした。

 

 

桜木「.........ご馳走様。美味かったよ」

 

 

ゴルシ「あったりめーよ!!コイツは[じいちゃん]が作り上げたレシピを再現して作ってんだからな!!」

 

 

桜木「.........くはは、因みにそのレシピ。たぶんルーのパッケージ裏に書いてあんのと殆ど一緒だぞ?」

 

 

ゴルシ「え」

 

 

 自信満々に胸を叩いたゴールドシップに事実を告げる。余りの事実に彼女は袋に入っているカレーのルーのパッケージ裏を凝視し始めた。

 その様子を見て、俺達四人は盛大に笑い声をあげる。もちろん調理の細かい仕方や時間の使い方に差異はあるが、内容自体は同じ物だ。

 けれどそれでも、彼女はこんな異国の地で頑張っている俺達に、このカレーを食べさせたかったという思いは、痛い程に伝わってきた。

 

 

桜木「なぁ、ゴールドシップ」

 

 

ゴルシ「?」

 

 

桜木「その、俺が言うのも変なんだけどさ.........」

 

 

桜木「.........優しい子に育ってくれて、ありがとな」

 

 

ゴルシ「!.........へへ」

 

 

 何も知らない人が聞けば、何の意味もない、そして意味も分からない言葉だろう。普通の人からしてみれば、俺とゴールドシップの関係は、トレセン学園に居る者と言う関係性でしか無い。

 けれど、俺達は知っている。知っているから、俺はそんな言葉を言ったし、それを聞いた彼女は恥ずかしそうに、それでいて嬉しそうに鼻を指で擦る。

 

 

 本当.........優しい子だ。マックイーンの為にこの時代に来て、そして俺の為に、あの時マックイーンの存在を教えてくれた。何もかもが、このゴールドシップというウマ娘から始まったのだと言っても、過言では無い。

 

 

 困惑する人達を後目に、俺は空いた食器を袋に詰める。ここからエディ達の家までは少し歩く。こうした方が持ち運びしやすいと思ったからだ。

 

 

黒津木「あっ、そうだ。俺ら酒買ってきたんだよ」

 

 

桜木「は?マジで言ってる?」

 

 

神威「マジマジ。ほら、結構買ってきたら飲めるヤツらで飲もうぜ?」

 

 

 そう言って、黒津木達は自分達の持ってきたバッグの中を漁り、缶酒やらビン酒やらを地面にへと並べて行く。チビらチビらと飲む量ではなく、完全に酒盛り。もしくは宴会に相応しいくらいの量の酒が並べられた。

 

 

桜木「おいおいちゃんぽんかよ.........いや飲むけどさぁ」

 

 

爺や「私は遠慮致しましょう。昔からお酒は苦手なので.........」

 

 

主治医「度数が高いものばかりですね.........私も遠慮します」

 

 

エディ「昔飲みすぎて肝臓をやってな。医者に止められている」

 

 

桜木「え、じゃあこの量俺達で処理すんの.........?」

 

 

 なんと酒が合法的に飲めるであろう大人組のほぼ半数が飲めないと言う事実が露呈した。それを聞いた俺達はそんな事になるとは思わず、流石の黒津木達もその顔を青くさせた。

 

 

桜木「.........えっと、日本に持ち帰るとか?」

 

 

黒津木「いやー.........気圧で缶は割れちまうだろうし、瓶の保存もちゃんと出来るか.........」

 

 

神威「俺達が飲み切るしかないってコト!!?」

 

 

白銀「誰だ酒飲みてェなんて言った奴ァッッ!!!」

 

 

 絶対お前だろ。と言う言葉は言わず、それを表情だけで表現して白銀に向ける。他二人もそんな感じの顔をしたため、きっと事実なのだろう。

 目の前に並べられた酒。しかも飲み慣れていない上にちゃんぽん確定の異国の酒.........悪酔いは必至だろうと腹を括り、どこかゲンナリとしながらも、久々のイツメン飲みに俺達はどこか心を踊らせたのだった.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「.........っ、てぇ〜.........」

 

 

 鳥のさえずりが聞こえて来る。その声に起こされて目を開けると、今まで感じたことの無い視界の霞に驚いた。

 身体は地面に寝て居ない。そびえ立つ木に背を預け、まるで戦場に転がっている有象無象の死体の様な状況で俺は眠って居たらしい。

 ゆっくりと地面に手を付け、立ち上がろうとした段階で鋭い痛みが頭を突く。二日酔いも最高潮。更に記憶も無いと来た。恐らくあの量を全て飲み切ったのだろうと察する。

 

 

『凄い飲んでたわね。楽しかった?』

 

 

桜木(楽しかったら良かったよ.........こちとらな〜んも覚えてないもん)

 

 

『ふーん。お酒って凄いのね。今度飲んでみたいわ』

 

 

桜木(良いけど.........マックイーンに影響が出ないならね)

 

 

 やっとの思いで立ち上がると、彼女が突然話しかけて来る。昨日の事など気にしてないように、俺の背中に手を当ててくれる。

 そこからほんのりとした温かさが広がり、徐々に不調が解消されて行く。凄いな.........二日酔いがもう軽くなってきてる.........

 

 

桜木(.........ありがとう。それと―――)

 

 

『そこから先は聞かないわ。私が受け取りたいのはありがとうだけよ』

 

 

『.........よし。これでもう何とも無いはずよ?大分この力の使い方も慣れてきたわ』

 

 

 そう言った彼女に背中を優しく叩かれる。俺の身体はもう既に何ともなく、酒なんて昨日飲みましたか?というレベルで何ともなくなった。

 俺は一息ついてから彼女の方を振り返る。そのまま彼女の顔を見ると、嬉しそうに、そして優しく微笑んでくれた。それに釣られて俺も、頬を緩めてしまう。

 

 

桜木「.........帰ったら、何話そうかな」

 

 

『色々話しなさいな。見た事聞いた事、感じた事全部.........』

 

 

桜木「.........うん。そうするよ」

 

 

 それだけ伝えて、俺達の会話は終わった。彼女の身体は薄れて行き、やがてその中心に俺達のチームの証である、[王冠のアクセサリー]が見えて来る。

 それが見え、俺は今度こそそれがどこにも落ちて行かないよう、その下にそっと手を添える。彼女の身体が完全に目から見えなくなり、俺の掌の上にゆっくりとそれが舞い降りて来た。

 

 

「.........随分とアルコールに強いのだな」

 

 

 それを手にした俺に、声を掛けてくる存在が居た。俺は手に持ったアクセサリーを一旦ポケットの中にしまい込み、そちらの方を見ると、エディとブっさん達がそこに居た。

 

 

ルビィ「へ〜、お酒って危ないって聞いてたけど案外そうでもなさそうだね!」

 

 

爺や「ルビィ様。桜木様は恐らく酒豪なのでしょう。普通の人があの量を飲めば三日はダウンしてしまわれます」

 

 

ナリブ「とは言っても、私達はウマ娘だからな。成分耐性は人の数倍はある。だが飲む時は気を付けろよ?」

 

 

主治医「酒は飲んでも呑まれるな。日本のことわざです」

 

 

 あの量を飲んで泥酔寝をかましていた筈の俺の姿を見て、全員が驚きの表情を見せた。まぁ実際酒は強い方ではあるが、あの量はもう二度と飲む事は無いだろう。

 しかし、揃いは揃ったのだが肝心のアイツらの姿が無い。後ろに居るのかと思い首を伸ばして見るが、後方にその姿は無かった。

 そしてそんな俺の様子を見て内心を察したのか、エディが状況を説明する為に口を開いてくれた。

 

 

エディ「帰ったよ。今朝方な」

 

 

桜木「え。ウソ」

 

 

ルビィ「嘘じゃないよ?男の人達皆寝てたけど、ゴールドシップのお姉ちゃんが皆担いで帰ってっちゃった」

 

 

 もう少し居てくれれば良かったのに。と寂しそうな顔をしてルビィは呟いた。確かにせっかちすぎる。責めてアイツらの回復を待った方が良かっただろうに.........

 

 

桜木(.........まぁ、ゴールドシップに待てって言う方が、無理な話か)

 

 

 あんな自由奔放な奴、逆に縛り付けたら縛り付けたで何をしでかすかたまったもんじゃない。彼女が帰りたいと思ったのなら、帰らせた方が良かったのだろう。

 思わず呆れた笑みを浮かべながら、気合を入れる為に頬を叩く。痛みと熱を帯びたお陰で、ようやく意識と思考が完全に目を覚ましてくれた。

 

 

 その足で俺は、試練を受ける為に天井のある場所へと移動しようとした。

 

 

ナリブ「待て」

 

 

桜木「ん.........?何さ?」

 

 

 移動しようとしたその瞬間。背後からブっさんに声を掛けられる。何かと思い振り返ってみると、そこには何やら紙袋を手に持ったまま、ブっさんが俺の方へと近付いてきた。

 

 

ナリブ「ゴールドシップから帰る前に預かった物だ。アンタが[必ず勝てる]お守り.........らしい」

 

 

桜木「お守り.........?」

 

 

 そう言われて、突き出されたその袋を受け取った。何かと思いとりあえずその中に手を入れると、ひんやりとした。機械的な感触が伝わってきた。

 

 

 その瞬間。俺は中身がなんであるのか大体分かった。そしてそれをしっかりと確かめる為に、ちゃんと掴んで、袋の中からそれを外へと取り出した。

 

 

桜木「.........これは―――」

 

 

 それは、何の変哲もない、特別な物でも無いものだ。お守りとして使われる事なんて絶対に無い、そう思わせる物だった。

 

 

 けれど、俺は知っている。ゴールドシップは嘘を付かない。彼女の主観が事実と間違っていたり、勘違いしている事はあるにしろ、自分の芯を捻じ曲げて嘘をつく事は、絶対に無い。

 

 

 そんな彼女が俺へのお守りとしてこれを選んだ。だとするなら、きっとこれは.........これの[中]には、それ相応の物が入っているに違いない。

 

 

 ゴールドシップが俺の為に持ってきたお守り。そう、それは―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――[ビデオカメラ]だった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

......To be continued



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奇跡の境界線を飛び越えて

 

 

 

 

 

桜木「ビデオカメラ.........?」

 

 

 ゴールドシップからブっさんが受け取ったと言う紙袋の中から出てきたのは、俺の良く知るビデオカメラだった。

 それは俺がトレセン学園のトレーナーになった年に、講演会を行って欲しいと理事長に頼まれ急遽用意した六台分の内の一つだった。

 

 

ナリブ「試練を受ける前に見れば、必ず上手く行くって言っていた。あのトンチキが言う言葉だ。あまり宛にはしない方が良い」

 

 

 若干呆れの混ざった忠告を受けている中、俺はビデオの中身を流し見する。そこにはしっかり、俺が撮ってきた講演会の映像やゴールドシップの走行モーションが最初の方に映っていた。

 間違い無い。これはあのビデオカメラだ。それを知れただけで充分。宛にする根拠はある。

 

 

桜木「.........ゴールドシップはそんなヤツじゃないさ」

 

 

ナリブ「.........何?」

 

 

桜木「アイツはいつだって変な奴だ。けど、真面目に変な事してんだ。だったら俺は、アイツのその真面目さを信じてみるさ」

 

 

 それに目をやりながら、俺はそう言った。そして空になった紙袋とそれを持って、試練の場所へと移動する。

 

 

 一歩一歩を踏み締めながら、ここに来るまでの事を思い出す。まるで、これで終わると言うことが分かりきっているかのように、その足で強く前に進んで行く。

 

 

桜木(.........長かったなぁ、一ヶ月半かぁ)

 

 

 ここまで長らくの間、日本を感じなかった事は今までの人生は無かった。自分で決め、自分で進んだ道ではあったが、やはり寂しさと言うのは溢れ出してくるものだ。覚悟でどうこう出来る問題では無い。

 それでも俺は、俺達はここまで来ることが出来た。道無き道を切り開き、それでも人が通れるかどうかも分からない[獣道]を、歩き続けた。

 

 

桜木(.........あの子達も、レースの時はずっとこんな感覚なのかな)

 

 

 誰が勝つかも分からない。レースと言うのは実力勝負ではあるが、それがひっくり返る事すらある。正に道無き道。[獣道]だ。

 その日の為にする事は、先人達が編み出したり見つけたりした物を活用し、決められた道筋を辿って目的地まで向かう。それは、タイムだったり、距離適性が伸びたりと明確に見える位置にある。

 それをした上で、レースは始まる。どんな鍛錬を積んでも、どんなに道を進んでも、例え自分なりの地図を手に持とうとも、ゲートに入った瞬間に、ゴールも道順も定かじゃ無くなる。

 

 

 そして今の俺は、正にゲート入りを果たしたウマ娘に等しい状態。つまり、試練のスイッチの前に立つ一人のトレーナーだった。

 

 

桜木「さてと.........そんじゃ、罰当たりな気もするけど、お守りの中身を覗いちゃおうかな?」

 

 

 お待ちかねのビデオを閲覧する為に、一番古い履歴にまで遡った物を上へとスクロールさせる。

 そして一番初めに送られてきたテイオー達の動画が目に付いた所から一つ一つ、見直して行くことにした。

 

 

『桜木トレーナー!頑張って.........って言わなくても、そうしますよね?』

 

 

『お土産楽しみにしてるぞー!!』

 

 

『ちょっと古賀さん!!?流石にそれは場違い過ぎますって!!悪いマックイーン!これNGな!』

 

 

 一つ一つ見ていると、それこそ送られて来ていない動画が沢山あった。上手く言葉が伝えられない者。雰囲気を掴みきれずにふざけ倒してしまう者。

 特にタマモクロスなんかは、ウルフルズの[ええねん]を俺とマックイーンになぞらえて替え歌して歌ってくれた。歌っていた時は良かったが、歌い終わったと同時にやっぱ無しと言っていた為、それが送られてくることは無かった。

 

 

桜木「いいもん見れたなぁ、帰ったらからかってやろうか」

 

 

 ニヤニヤとしながら歌っている最中、どんどん顔を赤くさせていくタマモクロスの表情を見る。コーラスにオグリキャップやスーパークリーク。そしてイナリワンまで呼んできた筈だが、それが帰って恥ずかしさを助長させているのだろう。

 

 

 そんな色々の理由が詰まって送られてこなかったビデオが沢山ある。本人達は送られるかもしれないと思っていたかもしれないが、マックイーンはそんな事をできる子じゃない。

 いつだって真面目で、けれど本当はどこか抜けていて、それでも抜けないよう、必死に自分を律している.........強い子なんだ。

 

 

桜木(.........そんな君だから、俺もここまで頑張れるんだな。きっと)

 

 

 どこまでも真っ直ぐで、純粋で、そして才能が中心にならないくらい個性的で.........そしてそれを恥ずかしがって隠そうとしてしまう。そんな彼女が.........マックイーンが、俺は好きだ。

 人からの理想像になる為に、自分の立つ場所に相応しい者になる為に、ひたすらに努力をする彼女。そんな彼女の為に俺は、今ここに立っている。

 

 

 きっと、他に適任が居たかも知れない。

 

 

 そりゃ、白銀とかだったら簡単に終わらせられたかもしれないさ。こんな試練。

 

 

 けれどここは.........俺の[特等席]で.........

 

 

 俺の.........[居たい場所]なんだ。

 

 

桜木(.........最後の動画か。ちょっと真っ暗で何か分からないけど.........)

 

 

 多くの人から、応援された。期待された。労られた。そんな動画のサムネイルには決まって、色んな人の笑顔がそこにあった。

 けれど、そこにそんな顔は無い。真っ暗闇で、何も想像出来ない動画の存在が一番上にポツンと存在している。

 一体.........何が映っているのだろうか。責めて心霊系の類では無いことを祈りながら、俺は震える指でそれを選択し、再生させた。

 

 

『あっ.........えっ、と.........』

 

 

桜木「っ、マックイーン.........」

 

 

 戸惑いの強い掠れた声が耳に聞こえてくる。その声だけで、彼女であると俺は直ぐに分かった。

 そこから俺は、先程まで要らぬ心配をして半目にしていた目をしっかり開き、食い入るように画面を見つめる。

 そこから暫くの静寂の後、ゆっくりとカメラのシャッターが移動し、薄暗い部屋の中の彼女の姿が見えた。

 

 

『.........トレーナーさん』

 

 

『.........こ、こうして一人でビデオを送るのは、初めて.........ですわよね?』

 

 

『えっと、そ、そう!最近はようやくトレーナーさんの居ない生活にも慣れてきましたわ!』

 

 

『皆さん、私も含めて最初は大変でしたが、自分達にできる事をしようって、貴方が居ないなりに.........成長しようとしてるんです』

 

 

『あっ、それとあの紙!!手紙と一緒に入ってた退職届ですけど!!!もうありませんからね!!!タキオンさんがビリビリに破いてしまいましたから!!!』

 

 

『だから貴方の選択肢は帰ってくる事だけです!!それだけは肝に銘じておいて下さいまし!!!』

 

 

『それから!!!』

 

 

桜木(あはは.........元気だなぁ.........本当に目の前で怒られてるみたいだ.........?)

 

 

 薄暗い画面の中、まるで俺が目の前にいるかのようにコロコロと表情を変え、声の調子も段々ヒートアップを見せて来るマックイーン。

 だが、その様子が途端にピタッと静かになった。それまで苦笑いをして心に若干痛みを負っていた俺だったが、不意に静かになった彼女を思い、その画面を静かに見つめた。

 

 

『.........それから』

 

 

『.........っ、ダメ、ですわね.........ビデオですもの。責めていつも通りの姿を見せられたら.........なんて、思ってましたのに.........』

 

 

『.........グス......でも、無理でしたわ.........』

 

 

桜木「.........!」

 

 

 ポタリ。雫がレンズに跳ねて映像が不鮮明になる。薄くぼやけたその向こう側で、彼女は目に涙を貯めながら、悲しげな表情で.........それでも笑顔を、俺に向けてくれていた。

 

 

『.........帰って来てください』

 

 

『寂しいんです.........苦しいんです.........』

 

 

『貴方の居ない毎日が.........当たり前になって行って.........貴方の居た毎日が.........当たり前じゃ無くなっていくのが.........とても.........耐えられません.........!!!』

 

 

『貴方がくれた物が毎日.........一つずつ無くなっていくんです.........!日常も、思い出の色も、言葉も.........!!!』

 

 

『だから早く.........帰ってきてください.........!!!』

 

 

『貴方が居ないと私はっっ―――』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『[強がる]事すら出来ないんです.........ッッ!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 悲しみの音色が耳に響いて来る。その悲しみが俺の胸に直接、突き刺さってくる。こんなにも、遠く離れていて、この映像も過去のものだと言うのに.........

 

 

 彼女がどれだけ苦しんでいるのかは、分からない。その足の痛みも、分かってやれない。

 

 

 けれど、そんな分かってやれない悔しさよりも強く.........

 

 

桜木「.........っ、マック、イーン.........」

 

 

桜木「マックっ.........イーン.........!!!」

 

 

 悲しみだけは、傍に居られない悲しみだけは、自分勝手に理解出来た。彼女の涙と重なり合うように、液晶に俺の涙が雫となって落ちていく。

 今すぐにでも会いたい。安心させたい。抱きしめたい。謝りたい。そんな思いが渦巻いて、やがて悲しみは.........覚悟に変わって行った。

 

 

 マックイーンの撮った映像は終わり、俺は静かにビデオを閉じた。そしてそのまま、元通り紙袋の中へとしまい込む。

 

 

桜木「.........決まったよ。帰ってから言う言葉」

 

 

『.........?』

 

 

桜木「.........まずは、[あけましておめでとう]から言う」

 

 

『!フフ、そうね。まだ新年の挨拶も.........済んでないものね』

 

 

 ポケットに入れていた[王冠のアクセサリー]を取り出し、静かに語り掛ける。それに反応する様に、彼女は笑って応えてくれる。

 そうだ。全てはここからだ。もう一度ここから.........やり直せる。ここを乗り越えれば、俺はあの子に会える。あの子達に、会える.........

 

 

桜木「.........ホント、ありがとうな」

 

 

 それを握りしめて、俺は始まりの場所に立たせてくれた一人の[ウマ娘]に感謝をした。彼女が居なければ.........俺はここに立つどころか、最初のスタート地点にすら居なかった。

 これは[EXルート]だ。本来あるはずの無い、あってはならないかもしれない、一人の[男]によってこじ開けられた未知の世界。誰にも分からない。神様にだって予測の出来ない結末のあるルートだ。

 .........だったら俺は、誰にも辿り着けない。俺一人でも辿り着かない場所を目指す。悲しみも苦しみも、全て受け入れて笑える[最高の場所(ハッピーエンド)]を.........

 

 

 首に下げていたネックレスの金具を外し、自分の王冠を見る。手入れもしていないせいで、最初にあった輝きはとっくのとうに失われているそれの隣に、[泥だらけの王冠]を付け合せる。

 これで一つ。これで一人。そして二つ。そして[一心同体]。誰になんと言われようとも、俺達がどんなに離れようとも.........それは変わらない。

 

 

 世界には[強い人]が沢山居る。最初から強い奴も居ると思うが、 それは本当にひと握りだ。大抵の人は、[強がる]事で強くなって行く。

 

 

 [勝ちたい]という[強がり]で成り上がる奴らが居る。俗に言う王道タイプだ。その強い一つの意思は、真っ直ぐと直線上に伸びて行って、最短距離を駆け上って行く。

 俺は昔から飽き性だ。一つの事に執着出来る事なんてそんなに無い。だから、そんな勝ちたい一心で頑張る白銀を見て、羨ましいと思ったことすらある。

 

 

 [負けたくない]という[強がり]で這い上がる奴らが居る。こっちは最初に負け続けたタイプだ。その取り憑かれたような執念がいつしか、誰にも見せられない瞬間を見せる時がある。

 俺は諦めが良い。自分の夢がダメになった瞬間終わりを悟るくらいだ。だから、いくら周りと差がついたとしても続ける事のできる神威を、凄いなと尊敬した事もある。

 

 

 [強くなりたい]という[強がり]で立ち上がる奴らが居る。これは最初っから強いタイプだ。センスや素質はあるけどやる気が無く、けれどそうと決めた途端、メキメキと力をつけて行く。

 俺は弱い。物覚えも器用さも無いから、最初から何かが得意だった覚えがない。だから、少し本気を出せば何でも出来てしまう黒津木に、嫉妬していた時代もあった。

 

 

 だったら俺は、どうやって[強がる]?

 

 

 何をしたら、何を思えば、[強がる]事が出来る?

 

 

 自分の勝ち負けだとか、成長とかには興味が無い。一喜一憂はすれども、結局はどこかで飽きが回る。

 

 

 けれど俺は、ここまで来ることが出来た。ここに来るまで、[強がる]事が出来た。そう出来た理由は.........今にして思えば、至極簡単なことだった.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 [誰かの為に強がる]。今までそうやって、本来の自分に仮面をしてまで、強がってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それが分かったのなら、もう見失わない。無くすことも無い。俺の強がりは誰かの為で、俺自身に何の影響も及ぼさない。でもそれで良い。

 この[強がり]が.........あの子を救えるのなら.........!!!

 

 

桜木「サンキュー.........!ゴールドシップッッ!!!」

 

 

 長い道のりだった。自分の事に気付くのに、一体どれだけの年月を費やして来たのだろう?もう二十代も三年で終わると言うのに.........

 そんな自分に呆れを抱きながらも、それに気付かせてくれた。そしてそれを気付かせてくれた人達に出会わせてくれた、俺にとっての[始まり]である彼女に、感謝を伝える。

 

 

 そしてその勢いのまま、俺は―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今度昼飯奢らせろ―――ッッッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地面のスイッチを、渾身の力で踏み抜いた―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 天井が開き、桜木を目掛けて一つ目の丸太が弧を描きながら自らの重さと重力の力。そして括り付けられた縄によって向かって行く。

 それに対して桜木は変わらず、脚を開いて立ち、両手を前にして構えを取って迎え撃とうとしていた。

 

 

桜木「―――っ、グギィッッ!!!」

 

 

ナリブ「一つ目は受け止めたぞ!!!」

 

 

主治医「あと二つです!!!」

 

 

爺や「桜木様.........!!!」

 

 

 手に汗握る、とは正にこの事だろう。ただの人間である桜木が、私達ウマ娘と何ら遜色ない試練を受けている。それだけでも異常だと言うのに、目の前の男はそれを止めて見せた。

 

 

 残るは.........あと二つ.........

 

 

 

 

 

『行くわよッッ!!!力を入れるタイミングを間違えないでね!!!』

 

 

桜木「わァっ.........てるよッッ!!!」

 

 

 ―――彼の肩に触れながら、力の使い方のレシピを送る。今の彼ならば、二つ目の丸太は受け止める事が出来る。

 けれど、それもギリギリ.........それを受け止めた所で、最後の丸太は止められるかどうか定かじゃない.........

 

 

 けれど彼なら.........

 

 

 [奇跡]を超えると言った.........[桜木 玲皇]なら.........!!!

 

 

桜木「こな.........クッッッソォォォォッッッ!!!!!」

 

 

エディ「.........二つ目も受け止めたか」

 

 

ルビィ「お願い.........!止まって.........!!!」

 

 

 周りの人達が祈る中、彼は汚い言葉を吐き散らしながらレシピ通りに力を込める。そうする事によって、彼一人でやるよりも体力の消耗が幾分か抑える事が出来た。

 人々の祈りが力になる.........この世界では、それがまかり通っている。だったら私も.........それに賭ける.........!!!

 

 

 残るは.........あと一つ.........!!!

 

 

 

 

 

 ―――桜の木が満開に咲く中で、ため息を吐いた。存外ここでの生活も悪くは無いと思っていたが、暫くはこの景色ともお別れしなければ行けないらしい。

 

 

「まっ、コイツは長く咲き過ぎだな。お陰で他の桜がちぃ〜っとも咲きやしねぇ」

 

 

「ここはよ。[桜]は[桜]らしく、派手に舞い散る桜吹雪と行こうじゃねぇの」

 

 

 巨大な大木の幹に触れる。時間が経っても衰えを感じさせない生命力の裏に、僅かながら疲れを感じ取る。

 コイツも咲き疲れている。そりゃそうだ。年中咲いてる桜なんて、特別感が無くてちっとも面白く無い。

 面倒臭がりの自分を奮い立たせる為に頭を掻き、やる気を入れる。今はまだ見ぬ多くの[桜]を見届ける為に、少し派手目な[仮面]を被る。

 

 

「花は[桜木]男も[桜木]ッッ!!!」

 

 

「名も無き役者の大立ち回りッッ!!!」

 

 

「知らぬ存ぜぬで見ぬは損損っ、ここで踊りしは演目最終公ッッ!!!」

 

 

「[桜木仮面物語]ッッ!!!これにて堂々、あっ!!!かんんんんん結なりィィィィィッッッ!!!!!」

 

 

 飛んで振り返りながら大見得を切る。地面に両足を着けた後、両の手のひらを前に見せて首を大きく回す。

 桜の木の葉が落ちて来る。ひらりひらりと舞い落ちる。次の[桜]がいつ咲くのか、それは誰にも分からない。

 分からないからこそ、人は[桜]を待ち焦がれる。春が来れば、必ず人の心に[桜]は咲く。

 だから今は.........枯らさなければ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――さぁっ、綺麗さっぱり、桜吹雪と行こうじゃねぇの.........ッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その言葉が聞こえたのか、桜の花弁が一気に散っていく。それがそれぞれまるで動きをプログラミングされているかのように、形を作りながら地面へと潜り込んで行く。

 そう、その形は正に.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今は無き、[鎖]の力だった.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「な.........!!?」」」

 

 

 

 

 

 ―――現世から隔離された平原。大穴に映る彼の姿を見て、俺達三女神は違わず同じ驚きの表情をした。

 その理由は.........彼から預かったはずの力が今、その姿を見ただけで分かるほどに感じ取れてしまっているからだ。

 

 

ターク「どういう事だッッ!!![共鳴]の力は私達が預かっているだろう!!?」

 

 

ダーレー「そんな事は分かっているッッ!!!一体何が.........!!?」

 

 

ゴド「みんな、一旦落ち着きましょう?王子様。何か分かるかしら?」

 

 

 噛み付くような勢いで疑問を飛ばしてくるタークに合わせるように答えてしまったせいで、危うく喧嘩になりかける。それを焦りつつも間に入って仲裁するゴドルフィン。

 そしてその疑問の矛先は、長らく彼の中で眠っていた[白馬の王子]に向けられた。

 

 

レックス「.........これは仮説だけど」

 

 

レックス「彼が元々持っていた物が、[共鳴]では無かったら.........?」

 

 

三人「え.........?」

 

 

 有り得ない。そんな事、有り得るはずがない。あの類の力はそんな単純なものでは無いんだ。

 本来ならばそれこそ、人間が持てる寿命で得られる力じゃない。目の前の王子だって、シロ様がウマ娘として転生し、傍に居る影響で発現したものだ。

 そんな彼がどうやって[二つ]も.........?

 

 

ダーレー「.........まさか、[夢]か!!?」

 

 

二人「!!?」

 

 

レックス「そうだね。シロは僕より前から夢として彼に接触していた。遠いようで近いその空間が、作用したのかも知れない.........」

 

 

 それならば幾らか辻褄は合う。夢の空間は心の中で形成され、そこに触れるということは、その心の持ち主に良くも悪くも、大きく影響を与える.........

 だが、一番重要なのはそこでは無い。もっと根本的なものだ.........それは.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何故一番[強く感じた]力が、[共鳴]では無かったのか.........?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ターク「ーーー!!!では私達が預かったこれはッッ!!!一体なんだと言うのだッッ!!!」

 

 

ゴド「っ!!?ターク!!?何をして.........っ!!?」

 

 

 何が何だか分からなくなったタークが遂に手を振りあげ、彼から預かったその力を発現させる。

 眩い光が走り、そのあまりの眩しさに俺達は目を守る為に咄嗟に目を背けた。

 

 

 それでも、感じている。強い力を.........

 

 

 そのタークの手に宿った、[得体の知れない]力を、感じ取っている.........

 

 

ターク「な.........なんだこれは.........?」

 

 

ダーレー「?.........っ、それは.........」

 

 

ゴド「く、[鎖].........?」

 

 

 眩い光が消え、最初にそれを見たのはターク自身だった。その気味の悪さを嫌という程感じさせる声色に恐れつつも、俺達もそれに釣られるようにそれを見る。

 それは[鎖]だった。彼女の手に強く巻き付き、まるで離すことは無いと言うほど強く巻かれたそれに、私達も強く恐怖心を抱く。

 

 

 こんな.........こんな力が、あの青年に.........?

 

 

レックス「.........そうか、これが彼の本来の力が、[変質]した物か.........!!!」

 

 

三人「へ、変質.........?」

 

 

 変質した物。それを聞いた俺達は訳が分からなくなってお互いの顔を見合せた。それでも、誰もその答えを知るどころか、予想することすらもできやしない。

 そんな俺達を見かねて、王子は少し苦笑いを浮かべながら説明してくれた。

 

 

レックス「この力が目覚めた時、彼の精神状態は過去最悪だったからね.........こうなってもおかしくは無い.........けど」

 

 

レックス「これが彼の本来持っている力.........[人と人を繋ぐ力]だよ」

 

 

ダーレー「[繋ぐ].........力.........」

 

 

 王子から聞いた言葉は、今まで俺達が作り上げた力とは似てはいるが、全く別の物だった。その言葉を聞いて、ゆっくりとそれがどんなものかを噛み砕き、言葉として仮定して行く。

 

 

 俺の持つ力は[共鳴]。親なる者達と心を活気付けさせ、一時の軽い興奮状態になる力。

 

 

 ゴドルフィンの持つ力は[共有]。親なる者達と心を通わせ、その者達同士のインスピレーションを感覚的に交換する。

 

 

 タークの持つ力は[共振]。親なる者達と心を震わせ、同じ思いを強く感じさせる。

 

 

 それらとは似ている様で、全く違う。この力が本来の姿だったのなら、恐らく.........

 

 

 まだ見ぬ者達と心から触れ合い、共に歩もうとする意思力.........倒れそうになった時、お互いが支え合える程の強固な絆を結ぶ事の出来る力.........そう、正に―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 [共生(強制)]

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 [共に生きる]為に繋がり合う。けれどその力は、生きとし生けるもの全てに宿っている。それが強く発現する事など、本来は有り得ない。

 だがこうして、今目の前でそれが[鎖]として姿を現している。誰にでもある力が姿を見せたとして、それがどうしてここまで強くあれるのか.........俺達には理解が出来なかった。

 

 

「何らおかしいことは無いわ」

 

 

レックス「あっ、シロ」

 

 

 そこで俺達の輪の中に、今の今まで遠くで空を見上げていたシロ様が会話の中に入ってくる。

 表情一つ変えることも無く、シロ様はタークの鎖が巻きついている手に優しく触れた。

 

 

シロ「全ての物は結び付く。人も、物質も、物語でさえも、切っても切れない[鎖]の様に、何かを見つければ巻き付き、しがらみとなる」

 

 

シロ「けれどそれだけじゃ[終われない]。これは[始まる]為の力」

 

 

シロ「この力は、心と心を結び付ける物よ」

 

 

 そう言いながら、シロ様は大穴をのぞき込む。その顔は俺達がこの空間の中では見たことが無いほど、嬉しそうな笑みをしていた。

 

 

シロ「.........ホント、いつも驚かされるわね。彼には.........」

 

 

 

 

 

(っ、何よこれ.........!!?)

 

 

 ―――彼の背中から[鎖]が伸び、私の胸の中へと潜り込んで行く。それが何なのか戸惑いながらも、彼との結び付きがより強くなった事を実感した。

 

 

 けれど、それだけじゃ意味が無い。結び付くだけじゃ、これを乗り越える事は出来ない.........

 

 

桜木(ちょっと良いかッッ!!!)

 

 

(!!?)

 

 

 彼の心の声が直接、胸に響いてくる。それに驚きつつも、私はその声に次の衝撃を迎える策があると察し、彼の次の言葉を待った。

 

 

桜木(多分だけどさ!!次の奴ってこれやっても止められないでしょ!!!)

 

 

(っ、そうね。無理だと思うわ)

 

 

桜木(だったらさ!!!ちょっとダメ元かもしれないけど―――)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(―――[あの子]の知識を俺に貸してくれる事って出来る!!?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『なっ.........!!?』

 

 

桜木(どうかな!!?)

 

 

 彼からの唐突な提案に、私は思わず驚いてしまった。そこでなぜあの子が出てくるのか、私には理解が出来なかった。

 そんな私の困惑を感じたのか、彼は思考スピードを高めて伝えて来てくれた。

 

 

桜木(一度マックイーンと腕相撲した事があるんだ!!!あの時あの子に一勝も出来なかったけど!!!一切力を入れてる様子は無かった!!!)

 

 

『た、確かにそれなら.........けど』

 

 

 その話を聞いて、納得すること自体は出来た。けれど、それを実行に移せるかは話が別だった。

 私が彼に送り込んでいたのは私の持つ情報。果たしてそれ以外の物が送れるのかどうか.........

 

 

(大丈夫よ)

 

 

(っ!!?ゴドルフィン.........!!?)

 

 

 突然、頭の中に声が響いて来る。その声は私に[共有]の力を目覚めさせた張本人。ゴドルフィンバルブだった。

 いきなりの事が多すぎて頭がこんがらがりそうだったけど、何とか混乱する事無く、今は冷静に彼女の声に耳を傾ける事が出来た。

 

 

ゴド(良い?その力は自分の情報だけじゃなく、他者から他者へ情報を与える事も出来るわ)

 

 

ゴド(それが出来るのは、絆を深めた者達だけ.........今の貴女ならきっと、それが出来るはずよ?)

 

 

(今の.........私なら.........)

 

 

 彼女からのお墨付きを貰い、不安は幾らか消えた。今はその言葉を信じ、やるしか無い。

 私は息を整え、もう一度彼の肩に触れる。意識を心の奥底に集中させ、彼女の持つ技術.........そのレシピを心の奥底から探す。

 

 

『良い?この技は相手を倒す為じゃなく、自分の身を守る為の物よ?』

 

 

『え?難しい?ふふ、当たり前よ。ママも体得するのに時間が掛かったもの』

 

 

『けど、マックちゃんなら出来るわ。だって貴女は.........ママの娘ですもの』

 

 

(っ、見えた.........!!!)

 

 

 一つの可能性。砂漠に落ちた時計の針。自らキラリと光を放ってくれたそれに好機を見つけ、私はそれに強く手を伸ばす。

 後はこれを彼に送るだけ.........その記憶を手に握り、胸に置いて思いを込める。

 

 

(お願い.........届いて.........!!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――[共有リンク]が発動している.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「ッッ!!!ズゥァァァァアアアッッッ!!!!!」

 

 

 ―――天啓が舞い降りたかのように、一連の動きが頭の中で再生される。それを再現する事が出来れば、この試練を乗り越える事が出来る.........

 だが、今の状態ではそれは難しい。そう思った俺は、一度受け止めた丸太を思い切り前へと突き放し、短時間の猶予を作り上げた。

 

 

桜木(足の向きは前にッッ!!!縦に並ばせるッッ!!!)

 

 

桜木(受け止める手も縦に変えてッッ!!!重心を深く下げるッッ!!!)

 

 

桜木(呼吸はッッ!!!自然の流れと一体にッッッ!!!!!)

 

 

 

 

 

爺や「.........!!!あ、アレはまさか.........!!?」

 

 

エディ「?どうした?」

 

 

 ―――青年の動きを見た執事が、目を見開きながらそれの意味を察する。私の問い掛けに反応し、戸惑いつつも彼はそれがなんなのか、分かり易く解説し始めた。

 

 

爺や「メジロ家には古くから、長期戦を主体とした[武術]がありました」

 

 

爺や「そこから現代に合わせて発展を遂げ、今では派生としてその流れを汲む[護身術]が存在致します」

 

 

爺や「あの動きは正しく.........[メジロ護身術].........!!!」

 

 

 そう言われて見れば、確かに先程までのがむしゃらさは感じられない。的確な力の入れどころとその呼吸音がそれを物語っている。

 だが、何ら不思議な事は無い。彼がそれを習っていた可能性もある。メジロのウマ娘のトレーナーなら、よくある話だと思っていた。

 だが.........

 

 

主治医「あの技は現在、体得難度が非常に高い為に使える者は限られています」

 

 

主治医「完璧に実行出来るのは.........ティターン様とマックイーンお嬢様以外他に居ません.........!!!」

 

 

エディ「なに?.........っ!!?」

 

 

 まさかそんな博打を、彼はこんな土壇場でやってのけようとしているのか?越えられない壁に当たり、僅かな可能性に賭けたのだろう。何とも、胸が苦しくなる状況だ。

 

 

 そんな哀れみを抱き、私は彼の姿をもう一度見た。そして、この目を疑った.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(誰だ.........!!?あの[芦毛のウマ娘]は.........!!?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この目には確かに、その姿が写っていた。平均的な身長に細い手足、薄い藤色の長く整った髪。そして耳の先にある黒い毛先。そんな細かな所までが、今私の目に写っている.........

 そんな体験など長い人生の中で初めてだった。強い衝撃を受けながらも、私はその光景から目を離す事が出来ずに居た.........

 

 

 

 

 

桜木(.........寂しいなぁ)

 

 

 ―――構えを取る中、俺の心の意識は試練にでは無く、その隣に置いてくれている心に触れていた。

 彼女の動きを真似しているせいか、心が近くに感じる気がする。けれど、気のせいじゃない。彼女の動きという[虚像]の一部を作り出したことによって、[実像]の一部がハッキリとしてきている。

 

 

桜木(そうだよなぁ.........辛いよなぁ.........)

 

 

 遥かに長い旅路だった。けれどその中で、あの子の事を忘れた事は一度もない。そしてそれは多分、あの子も同じだと思う。そう.........思いたい。

 辛かった。苦しかった。寂しかった。そんな感情のでこぼこ道。正に[山あり谷あり]の日々。それを必死に歯を食いしばり、多くを表情にはせず、その道をひたすら進んで行く。

 

 その先に、必ず居る。

 

 

 必ず待ってくれている。

 

 

 確証は無い。確信も無い。

 

 

 けれど、俺にはそれを信じられるだけの、[言葉]がある.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「[奇跡]を超えてください。トレーナーさん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私は.........いつまでも待っています」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺には.........待っていてくれる人が居る。

 

 

 待っていてくれる、人達が居る。

 

 

 その人達との[繋がり]で.........俺はようやく、[強がる]事が出来るんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 強く前に押し出した二つの丸太に最後の丸太が当たり、強い衝撃音が響き渡る。それと同時に、先程よりも強い推進力でその壁が、俺の前へと迫ってくる。

 

 

桜木「.........なぁ、見ててくれよ。みんな」

 

 

桜木「今の俺は――――いや」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「[今までも]、そして[これから]も[俺達は]ッッッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「[奇跡]だってッッッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「越えて行くんだァァァァ―――ッッッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――誰もが一度は、無理だと諦める事がある。

 

 

 絶体絶命のピンチ。壁に追いやられ、崖際まで追い詰められ、見ている人はそれがエンターテイメント出ない限り、その先を勝手に想像して完結させる。

 

 

 そんな時、[奇跡]などは到底起こりはしない。人々の願いによって成り立つそれは、願われなければ起こりはしない。

 

 

 それでも、[奇跡]を信じられなくても、その人を信じる心が一つ、有るだけで―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――[奇跡の境界線]は、[飛び越え]られる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 [共鳴リンク]が発動している.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ナリブ「桜木ッッッ!!!!!」

 

 

 ―――放物線を描いたその丸太が桜木に触れる。メジロの従者達が言っていた通りの技なら、私はそれを受け止められると思っていた。

 

 

 だが、現実は違った.........

 

 

 桜木の身体は、今まで受けて来た試練の中で大きく跳ね上がり、その身体を宙へと舞わせた。

 

 

 このままでは、後ろの川まで行ってしまう。そう思った私はこの場にいる誰よりも先に身体を動かし、あの男を助けようとした。

 

 

 その時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ピーッ、ピーッ、ピーッ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 不思議な電子音が鳴り響く。突然の事で私の前進は止まり、その音の発生源を探してしまった。

 辺りを見渡し、その音が強く発生する部分に目を向ける。するとそこには.........

 

 

主治医「ま.........丸太が.........」

 

 

ナリブ「とまっ.........た.........!!?」

 

 

 そこには.........先程の動きなど最初からしていなかったとでも言うように一ミリも動かない丸太達が居た。普通に受け止めるのならこんな事はありはしない。

 それを見て私達は、何とも言えない開放感に襲われた。これで終わったのだと。これで.........帰れるのだと。

 

 

爺や「っ.........お嬢様.........!!!」

 

 

爺や「桜木様は.........!!!貴女様の[トレーナー]はッッ!!!打ち勝ってくれました.........!!!」

 

 

 両膝を着き、感動のまま涙を流すメジロの従者。その顔を片手で覆い、静かに涙を流している。

 

 

 しかし、私はそこでハッとする。ここに居るべき人間が居ない。あまりの出来事に忘れていた現実を思い出し、私は急いで桜木が飛ばされた方向に振り返った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドボンと音を響かせた後、身体が沈んで行く。息の出来ない苦しさと身体に染みる冷たさがとてつもなく居心地悪い。

 ここはどこだろう?俺は.........あぁ、そっか。吹っ飛ばされたんだ。あの丸太に.........

 

 

桜木(ははは.........すげぇなぁ、ホント.........)

 

 

桜木(こんな事まで出来ちゃうんだなぁ.........マックイーンは.........)

 

 

 相手からの力を全て利用し、それを完全に殺しながら自分の力に転じる。正直真似が得意な俺でも、今度同じ事をやれと言われてしまったら、きっと何も再現されていない動きになるだろう.........

 それに、身体にもう力が入らない。水から浮かび上がる為の動きも、出来そうにない。こう見えても泳ぐのは、得意な方なんだけど.........

 

 

桜木(.........いやいや、これでもいいじゃない?万々歳よ.........)

 

 

桜木(あの子が.........あの子達の日常が戻るなら.........それで―――)

 

 

 まるで何かに引き寄せられるように、深い深い水の底へと向かって行く。それでも良い。それが代償となるならば、俺は喜んで受け入れよう.........

 そんな考えを頭に過ぎらせていると、不意に視界から水面で乱反射して届いてくる太陽の光が遮られるのを瞼の裏で感じ取った。

 

 

 光が背景となり、影がシルエットとなる。その形は正に、人の[手]だった。

 

 

桜木(.........何がそれで良い、だ)

 

 

桜木(ようやく、始まったんじゃねぇか.........)

 

 

 長い長い、プロローグだった。ここに来るまでに張り巡らされた物語。それを顕にしてようやく今、本編が始まろうとしている。

 それを見ずして何が人間か。人の結末は人によって変えられる。俺の終わりはここじゃない。ここで離脱するのだけは、有り得ない。

 

 

 目を開けず、その手が誰のものかも定かじゃない。もがくと言うには余りにも力の無い動きだったが、俺は確かに、自分の手をその影の方に伸ばした。

 

 

桜木(.........帰ろう、日本に)

 

 

 

 

 

 ―――世界の真実。数多の試練。時空を超えた邂逅。物語に置いて面白い要素が詰め込まれていた出来事の連続であったが、桜木はそんな物を望んでいない。

 

 

 望んだものはただ一つ。[奇跡]を超えた大団円。ただそれだけを追い求める男にとって、真実や栄光。そして未来の事など些細な事であり、そしてそれは[奇跡]に対しても同じだった。

 

 

 これから始まる[物語]

 

 

 ここから始まる[大レース]

 

 

 その結末を見届ける為に、手を伸ばす。

 

 

 

 

 

 夕日の広がる遠くの空。太陽を背にした芦毛のウマ娘を、男は月を背景にタープの上でその瞳に映した。

 

 

 ここから始まるのは、ただの[奇跡]で語れる物では無い。誰もが熱狂し、歓喜し、そして待ち侘びていた。

 

 

 [信じる]事で紡がれる逆転劇。そう、それこそが.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 [山あり谷ありウマ娘(奇跡を超える物語)]であるのだから.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

山あり谷ありウマ娘

第五部︎︎ㅤ夢覚め人編ㅤ―――完―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 春の風が吹き始める三月。トレセン学園の生徒やトレーナー達も春に開催される多くのG1に向けて精を出す時期だ。

 テレビのニュースでは[桜]の開花時期を予想する番組も多くなり、私が愛飲するファーストフラッシュの茶葉もそろそろ収穫される頃だろう。

 

 

タキオン「.........」

 

 

 .........だと言うのに、[未だ]に彼は帰って来ない。居なくなってから[二ヶ月]も経つと言うのに、一向に帰ってくる気配さえ無い。

 だが実際、驚く程に彼が居ない事で起きるあまり弊害は無かった。トレーニングも東くんがしてくれるし、私達のストレス解消もシリウスくん達が担ってくれている。

 一つ、問題があるとするならば.........

 

 

デジ「あ、あの.........マックイーンさん?」

 

 

マック「?はい.........?」

 

 

デジ「なんか最近、痩せてきたと言いますか.........なんならやせこけて来てませんか?」

 

 

 昼休みのチームルーム。目の前に出されたお茶菓子をひとつまみもする事無く、注いだ紅茶をひたすら当たり前のように飲むマックイーンくん。ここ最近、彼女の姿はめっきりと変わってしまった。

 

 

マック「えぇ.........なんと言いますか、食欲が.........」

 

 

ウララ「マックイーンちゃん、この前も同じ事言ってご飯食べてなかったよ!!」

 

 

ライス「ええ!!?た、確かにライスも、最近マックイーンさんが何か食べてる所、見てないかも.........」

 

 

ブルボン「マックイーンさん。何か食べましょう。このままではステータス[栄養不足]になってしまいます」

 

 

 チームメイトの忠告の中、彼女は問題無いと笑い掛け、また紅茶を一口飲んだ。

 

 

タキオン(全く.........一体いつ帰ってくると言うんだい?トレーナーくん)

 

 

 先の見えない不安を抱えながら、私も紅茶を一口飲む。角砂糖を7つ程入れている筈だが、どうにも味気が無い。この空間には、何かが足りない.........

 

 

 私達の[試練]はまだ.........終わっていない.........

 

 

 

 

 

山あり谷ありウマ娘

第五部ㅤ夢覚め人編

 

 

 

 

 

......To be continued



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シリウス「革命だっ!!」マック「はぁ......?」

 

 

 

 

 トレセン学園に記者が押し掛けてきた日の夜。今まで生きてきた中で想像もつかない事態を良い方向で終わらせる事の出来たことで、私は安心して布団の中で目を瞑る事が出来た。

 

 

シリウス(.........全く、帰ってきてそうそう、こうもバタバタしてると実感なんて湧きやしねぇ)

 

 

 呆れながらも、昔の甘いだけじゃない空間。レースとはまた違う刺激のある毎日が、色んな経験として身体の中に蓄積されて行く感覚はあった。

 それが果たして良いものか悪いものなのかはまだ判別はついて居ないが、少なくともなんの身にもならないよりはマシだと思っている。

 

 

 そして一日の振り返りはやがて、あの映像に移り変わる。一人の男があの滅茶苦茶な三人を相手にどつき回す動画。その男に、私は見覚えがあった。

 

 

シリウス(まさかとは思っていたが、やっぱり空港で会った奴だったのか.........)

 

 

シリウス「.........[桜木 玲皇]、ねぇ」

 

 

 不思議な奴だった。最初に会った時は覇気など感じなかったのに、あの映像を見れば確かに、どんな出来事もなんとでもしてくれるような雰囲気を感じ取ることが出来た。

 

 

 アイツがもし、あの時私が感じた居心地の悪い学園を変え、刺激に溢れながらも他の奴らも楽しめ、そして成長出来る場所に変えた存在だったら.........一度この目で、本物の[桜木 玲皇]と対面願いたいもんだ。

 

 

シリウス(.........ハっ、何を思ってんだが、状況がおかしすぎたせいで、どうせ次会っても最初とそう変わんねぇだろ)

 

 

 私もアイツらの様に毒されてきたのかもしれない。そんな自分に自嘲しながらも、それでもどこか期待をしている自分がいる。

 果たして桜木とかいうトレーナーが、どんな奴なのか.........その期待を胸に秘めつつ、私は意識をゆっくりと眠りに沈めて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「.........」ボー...

 

 

ゴルシ「お〜い、マックイーン〜?」

 

 

マック「.........?」

 

 

ゴルシ「ダメだこりゃ、完全に頭のブレインのスイーツエネルギーが枯渇しちまってるぜ」

 

 

 アタシは両手を広げて、タキオン達の方に完全にダメだって事を伝える。そんな姿を見てもマックイーンは何も言わず、窓の外。空の方にまた目線を移した。

 

 

タキオン「かれこれもう一週間はこんな調子なんだ。君ならと思ってみたが.........」

 

 

テイオー「いや〜、ボクもこんなマックイーン初めてだよ〜.........」

 

 

カフェ「何かに取り憑かれてるかも知れないとタキオンさんに言われて来ましたが.........そういう訳でも無いですね.........」

 

 

ゴルシ「.........あっ.........いや、やめとこ。それやったら命がマジで足りなくなる」

 

 

 一瞬、マックイーンを強く反応させる方法を思い付いたけど、直ぐにそれを実行に移すのは辞めた。それは一瞬で嘘だってバレちまうし、バレた後が滅茶苦茶怖ぇー。多分無限一機アップしても足りねー。

 流石におっちゃんが帰ってきた〜、なんて言った日にゃ終わりだぜ。ホントだったら良いんだけどよ。

 

 

タキオン「ふむ.........何か他にいい手は.........」

 

 

テイオー「.........あっ!そうだ!!」

 

 

 何か妙案を思い付いたテイオーは、これしかないという笑いをアタシらに見せた後、意気揚々とマックイーンの方に向かって行った。

 最初は小手調べと言ったところか、他愛も無い会話から始まったが、アタシの時と違ってマックイーンは応対してやがる。なんでだ。ふざけるなよ。泣いちゃうだろ。

 そしてその雑談に手応えを感じたテイオーはトドメと言わんばかりに、大きな声で話し掛けた。

 

 

テイオー「そういえばさマックイーンっ!!今年はWBCがあったよね!!!」

 

 

二人(あっ!!その手があったか〜!!!)

 

 

カフェ「?」

 

 

 嬉々とした表情で王手を打ったテイオー。それを聞いたアタシとタキオンはしてやられた。と思った。カフェの奴は何が何だか分からねー感じだけど、まぁ仕方ない。

 なんせマックイーンは大が何個着いても足りねーくらいの野球好きだ。その話題を分かち合える相手が目の前にいると来たらそら、ベラベラとすぐに喋り出すに決まって.........

 

 

マック「.........」

 

 

テイオー「.........あれ?」

 

 

マック「W.........BC.........あぁ、[そんな催し]も有りましたわね.........」

 

 

マック「すっかり忘れていましたわ.........」

 

 

三人「う、嘘だ.........!!?」

 

 

 その時アタシらに電流。いや、天候雨の雷が空を飛んでるアタシらにぶち当たる。マジでそれくらいの衝撃が走った。まさかあのマックイーンが.........WBCの存在すら.........忘れていただなんて.........!!!

 

 

ゴルシ「もうダメだぁ.........おしまいだぁ.........」

 

 

タキオン「私の中で.........決定的な可能性が切れてしまったよ.........」

 

 

テイオー「野球の話が出来ないマックイーンなんて.........そんなのメジロじゃないマックイーンの方がマシだよ.........!!!」

 

 

カフェ「それはちょっと酷すぎると思うんですけど.........」

 

 

 帰っていいですか?という視線をアタシ達に向けてくるカフェ。そんな突き刺さる物を無視しながら、アタシらは床に両手を着いた。もう.........マックイーンの気を持ち直させる手段は.........無い.........!!!

 

 

ゴルシ「.........つーかさーっ!!そもそもこんなんおっちゃんが帰ってくりゃ良いだけの話じゃねーかッッ!!!」

 

 

タキオン「それを私達がどうにも出来ないからこうなってるんだ」

 

 

ゴルシ「んだとー!!?アタシは事実を言ってるだけじゃねーか!!!じ・じ・つ・をっ!!!」

 

 

タキオン「私は出来るか出来ないかの話をしているんだ!!君に出来るんだったら是非お願いしたいねぇ!!!さぁ今すぐトレーナーくんをここに呼んできてくれたまえよ!!!」

 

 

 

 

 

カフェ「.........喧嘩が始まりましたね」

 

 

テイオー「気にしなくていいよ。あの二人も結構こんな感じになるから」

 

 

カフェ「帰っていいですか?」

 

 

 ―――ボク達の目の前で喧嘩が始まって、それを流し目で見守る。まぁサブトレーナー達みたいに取っ組み合いになる事なんて無いから、そこはあんしんだけどね。

 マックイーンは相変わらず我関せずって感じで窓の外を見ている。結構激しめの口論になってるんだけど、本当に気にしてない。こんなマックイーン、初めて見たよ.........

 

 

テイオー「ねぇ、本当になんか取り付いて無いの〜?」

 

 

カフェ「はい......そうなってたら私の[お友達]も退治してやるって意気込んでたのですが.........反応は無いので.........」

 

 

テイオー「.........はぁ〜、やっぱりサブトレーナーを待つしか無いのかな〜?」

 

 

 ゴルシが帰ってきて、もう二週間は経ってる。ゴルシは直ぐに帰ってくるぜ。なんて言ってたけど、日が経つにつれてその自信もふにゃふにゃになってって、最終的にはその話を聞いても逆ギレされるレベルになっちゃってる。

 せっかく、チーム[スピカ:レグルス]のメンバーがトレーニングに打ち込める様になったのに、肝心のエースのマックイーンがこんな調子じゃ元も子も無いよ〜.........

 

 

 ボクは肩を落として、この状況をどうしようかと頑張って考えていると、不意に廊下の方から慌ただしい音と声が聞こえて来た。

 

 

「待って欲しいっス〜!!今シリウス先輩マジヤバっスから!!出ない方が身のためっスよー!!」

 

 

「うるせェ。アタシは今ようやく、自分が本当にやるべき事が分かったんだ。口出しするな」

 

 

「頼むっ!!アタシらが悪かった!!まさか飲み物一杯でこうなるとは思わなかったんだよ!!」

 

 

 その騒がしさはどんどんこっちに近付いてきて、最終的にその騒がしさを引き連れたままチームルームのドアが開いた。

 そしてそこに立っていたのは、シリウスだった。

 

 

シリウス「よう」

 

 

タキオン「?何かあったのかい?トレーニングの時間はまだの筈だが.........」

 

 

シリウス「トレーニング?はッ、良くもそんな事を抜け抜けと言えたもんだなァ?問題児ども」

 

 

マック「.........」ピクッ

 

 

 刺々しい言葉を口にしながら、ボク達を値踏みするような目で観察するシリウス。元々シリウスはこんな感じだったからボク達はあまり気にしなかったけど、ここに来てマックイーンが少し反応を示した。

 

 

カフェ「あの、タキオンさんとゴールドシップさんはともかく.........その、まるで私達まで含められている言い方は.........」

 

 

シリウス「事実だろ?テメェら揃いも揃って腑抜けてんだよ。まっ、それはこのチームだけに限った話じゃねぇけどな」

 

 

テイオー「もー!!どうしちゃったのさーシリウスー!!最近優しくなったかと思ったのにー!!」

 

 

 あんまりに強い言葉をぶつけてくるシリウスに、ボクは思わず立ち上がって怒った。確かに海外遠征に行く前はこんな感じで、カイチョーとか、ボクを含めたカイチョーを目標にして頑張ってる子に言ってきた事もあったけど、最近は応援してくれる様になったって言うのに.........

 けれど、そんなボクの言葉が気に入らなかったのか、シリウスはさっきまでの余裕そうな笑顔を無くして、ボクを睨み付けてきた。

 

 

シリウス「.........そうだな。確かに甘ちゃんになっちまってたみてぇだ」

 

 

シリウス「お前みたいな.........いや。今の日本に居るウマ娘共がこんなんでG1、か」

 

 

ゴルシ「.........おい。何が言いてぇんだ?」

 

 

シリウス「分かんねぇのか?読解力がねぇなぁ.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そもそも、コイツに[三冠バ]の重みは分からねぇっつってんだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

タキオン「ッッ.........!!!君は何を―――」

 

 

 

 

 

 ―――言っているんだ。そう言おうとした時、この場の空気が変わった。[二つ]の怒りの感情を中心とした渦が吹き荒れているのが、手に取るようにわかった。

 一つはマックイーンくんの。そしてもう一つは、オルフェーヴルくんの物だった。

 

 

マック「[重み].........ですって?」

 

 

マック「理解して居ないのは、貴女の方で無くて?」

 

 

フェスタ「おば、マックイーン!!悪かった!!シリウスはこんな事言いたくて言ってる訳じゃ.........」

 

 

オル「[三冠バ]の重みなんて、なった人にしか分からないよ?分からない事は、口出ししない方が良いんじゃないかな?」

 

 

フェスタ「オルフェ!!!」

 

 

 目の前で何とも不思議な展開が繰り広げられている。マックイーンくんとオルフェくんが並び立ち、シリウスくんと睨み合っている。その間を諌めるように、フェスタくんが間に割って入っている。

 

 

ゴルシ「.........そもそも、なんでこうなったんだよ」

 

 

シリウス「.........フッ、私も求めたのさ。会長殿と[同じ力]を、な」

 

 

タキオン「なっ.........!!?まさか、感情刺激薬を持ち出したのかい!!?」

 

 

オル「.........ごめんなさい。シリウス先輩が興味を持っちゃって、あの方向性なら、レースで勝てれば何とかなると思ったんだけど.........」

 

 

フェスタ「.........とんだ思想家が、眠ってたみてーだ」

 

 

 .........なんという事だ。あの薬は今は既に厳重保管の措置を施し、一滴より先は絶対に服用しないよう心掛けている.........それを、飲ませてしまっただなんて.........!!!

 ネタばらしを済ませて気を付ける必要も無くなったのか、彼女はその身に[青白い炎]を纏い始めた。そう、[ヘル化]の炎だ。例えどんな些細な勝負事だろうと、精神的なダメージが肉体に直接届く程の現実改変を起こせてしまう状態.........

 しかし、そんな姿を見てもマックイーンくんは動じること無く、そのまま真っ直ぐとシリウスくんを見つめて口を開いた。

 

 

マック「.........それで?貴女のやりたい事は何です?まさか、ただ単にそのお口の悪さを披露しに来た訳では無いのでしょう?」

 

 

シリウス「ハンっ、そんなもん決まってんだろ.........?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――革命だっ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全員「」

 

 

 声高らかに、そしてその表情は極限までのシリアスさを持って彼女はそう宣言した。その言葉を聞いた私達は、思わず絶句した。

 

 

ゴルシ「.........Revolution」

 

 

タキオン「やめろォ!!!折角想像しないようにしていたと言うのにッッ!!!」

 

 

フェスタ「ゼーンサーイ」

 

 

カフェ「.........生徒会長が黙っていませんね」

 

 

タキオン「カフェ!!?まさか君もなのかい!!?」

 

 

 にやり。とした表情を一瞬見せた後、カフェもまるで乗っかるかのようにそう呟いた。やめてくれカフェ。その言葉は私に効く。

 しかし、当の本人はそんな私達の様子など全く気にした様子はなく、私達の反応に困惑しているマックイーンくんとテイオーくんの方へと睨みをきかせている。

 

 

シリウス「お前らも変だと思わねぇか?こんな空気で、レースの時だけ気を張るなんて。そんなのどこかで絶対無理が来る」

 

 

シリウス「だから私はこのトレセン学園を変える.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私は、[生徒会長]になる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全員(何言ってんだコイツ)

 

 

 あまりの発言に冷や汗が頬を伝う。痛いなんて物じゃない。もう、なんかこう.........苦しい。笑い事にすら出来ないくらい彼女は重体だ。早く何とかしなければ行けない。

 

 

マック「せ、生徒会長って.........ルドルフさんはどうするんですの?」

 

 

シリウス「ルドルフはもうダメだ。[あんな男]に絆されてるようじゃ、頂点には立っては行けねぇ」

 

 

マック「.........なんですって?」

 

 

 あんな男。彼女の言うその存在とはきっと、私達のトレーナーくんの事だろう。それを貶す様な発言が、またマックイーンくんの逆鱗を撫でるように刺激する。

 それに気圧されることなく、むしろ楽しそうな表情を、彼女はマックイーンくんに見せ付けるように表した。

 

 

シリウス「そうだろ?一人きりで出て行って、お前ら全員置いてけぼり。やってる事は独り善がりのヒーローごっこだ。そういうのはガキの頃に卒業するもんだろ」

 

 

マック「.........」

 

 

シリウス「そんな男に絆されて、影響を受けて、待ってんのはまた同じ結末だと思うけどな」

 

 

 その言葉に心は込められて居ない。だが、そんな何の気なしに言ってきたから、それが彼を見る人が見た時の風評だと感じ、余計に胸が苦しくなる。

 絆されて、影響を受ける。それはそうだろう。ここに居る者達はほとんど、彼の影響を受けている。

 そしてそのせいで、一時破滅の道を歩み掛けた。それは何とか時の運で回避する事が出来たが.........もし次、同じような事が起こってしまえば.........

 

 

マック「―――せん」

 

 

シリウス「.........あ?」

 

 

マック「有り得ない。と言ったのです」

 

 

タキオン「ま、マックイーンくん.........?」

 

 

 その顔を伏せ、影を顔に作らせながら、彼女はそう言った。車椅子の肘掛の上で両手の拳を握り、力強く震わせている。普段から感情豊かな彼女を見ていたが、こんなにも怒った姿を見るのは、初めてかも知れない。

 

 

マック「絆された。影響を受けた。ダメになった。それは結局、貴女が今の私達を見た事による主観でしかありません」

 

 

マック「変化は常に起こります。何かに追いやられ、追い詰められ、どうしようも無く、仕方無く、息付く暇も無く、生き抜く為に何かを捨て、何かを得る選択を余儀無くされます」

 

 

マック「.........けれど私達は、そんな変わり方をした訳ではありません」

 

 

マック「行き詰まり、壁が見え、広い世界を知らず、空に囲われ、宙に放り出され、目移りする世界の中で.........」

 

 

マック「彼は、手を差し伸べてくれた.........私達はその手を、掴んだだけですわ」

 

 

 淡々と、しかしその言葉一つ一つに重みを乗せて、彼女は声を紡いだ。凛とした表情のまま、彼女は真っ直ぐとシリウスくんの顔を射抜くように見定めている。

 それを聞き、これ以上の論争は無駄だと察したシリウスくんは肩を竦めて首を振る。そして呆れた様な溜息を吐いた。

 

 

シリウス「.........まぁいいさ。今日の所はただ宣言しに来ただけだ。私はもうお前らには関わらない」

 

 

シリウス「これから生徒会長殿に宣戦布告しに行くんでね。非日常を届ける邪魔者はさっさと「待ちなさい」―――?」

 

 

 私達のことなどもう気にも止めること無く、彼女はその扉に手を掛けて教室の中から出て行こうとした。そしてそれを止める声が、マックイーンくんから発せられる。

 私達の視線が一斉にマックイーンくんに集中する。そんな中でも彼女はそれを気にする様子も無く、ただひたすらにシリウスくんだけをその目に捉えていた。

 

 

マック「それも気に入りません。[私達]が貴女に今[宣戦布告]を叩き付けます」

 

 

全員「.........えぇ!!?」

 

 

シリウス「.........ふぅん?」

 

 

 唐突な宣戦布告。そして寄りにもよってここで主語を大きくしてきてくれた。君、多分自覚は無いかも知れないが、大分彼の巻き込み方に似てきてるよ?

 しかし、そんな言葉に興味を示したのか、一度外に出掛けた足をもう一度教室の中へと戻し、シリウスくんは戻ってきた。

 

 

シリウス「別にいいぜ?けどどうすんだ。お前の足はこの有様だぜ?」

 

 

マック「ええ。本来ならばレースで、芝3200mの長距離でコテンパンにしてあげたかった所ですが、それは出来ません」

 

 

テイオー(ねぇねぇ。マックイーンって案外大人気なくない?)

 

 

タキオン(ストレスが溜まってるんだろうね)

 

 

ゴルシ(ストレスねー。そいえば最近スイーツも喉も通らなくてライスに横流ししてる見てーだぜ?やべーよな)

 

 

カフェ(それは.........本当に重体ですね.........)

 

 

マック「野球で勝負ですわ」

 

 

全員「なんて?」

 

 

 なん、いやな、なんて?彼女は今なんて言ったんだい?野球!!?なんでそんな一体一とは程遠いスポーツをわざわざ選んだんだい!!?

 ほら見ろ!!!あまりの予想外さにシリウスくんも戻ってきているぞ!!!折角シリアスくんに戻っていたのに!!!

 

 

マック「最近WBCがあったでしょう?」

 

 

シリウス「あ、ああ.........それが?」

 

 

マック「私見てませんの」

 

 

シリウス「.........それだけ?」

 

 

マック「ええ」

 

 

ゴルシ「おい誰かマジで糖分用意してくれ。マックイーンが壊れてる」

 

 

 む、無茶苦茶だ.........まさかスイーツを食べていないマックイーンくんがこんなにおかしくなるだなんて.........この酷さは夏の猛暑日のトレーナーくんに匹敵する酷さだぞ.........

 

 

マック「勝負は一日後ですわ」

 

 

テイオー「ちょっと早すぎじゃない!!?」

 

 

マック「勿論メンバーを集めきれなかった場合は不戦敗です」

 

 

オル「り、理不尽だ.........」

 

 

マック「私のチームエントリーは既に六人ですから.........」

 

 

全員(頭数に入れられてる.........!!?)

 

 

 そのあまりの強引さに、思わず私達は震え上がった。そういえばアグネス家に代々伝わる家訓があった。[メジロが怒ってる所に居合わせるな]、と.........アレはこういう意味だったのか.........

 普段の彼女であれば、あの一連の言葉だけで済んだと思うが、今は食欲不振とトレーナーくん不在によるストレスの板挟み状態。早急に脱出を図らなければ.........

 

 

タキオン「あ、あ〜。そういえば明日は実家のお茶会があったんだっ「キャンセルの連絡を入れますわね」(絶句)」

 

 

テイオー「ぼ、ボクウマインフルエンザの予防「掛かれば良いじゃないですかそんなの」そんなの!!?」

 

 

ゴルシ「ア「あ?」ぁ...わぁ.........(泣)」

 

 

マック「.........全員参加らしいですわ」ニコ

 

 

全員(悪魔だ)

 

 

 思い出した。家訓はもう一つあった。[メジロからは逃れられない]だ。なんてことだ。もう助からないぞ。

 一人残らずこの場にいる全員、マックイーンくんのチームに入る者たちは絶望した。涙を流し、ある者は両手を床に着き、ある者は天井を見上げた。

 そんな中で、私達を何故か憐れむように見る存在が居た。シリウスくんだ。その視線に少し経って気付いた私達は一斉に彼女に私怨の念を込めた視線をぶつけた。

 

 

マック「う〜ん。後は先発と中継ぎと抑え.........控えに数人でしょうか.........」

 

 

フェスタ「そんなに必要なのか!!?」

 

 

マック「は?まさかフェスタさん。貴女野球が九人ポッキリで出来る様な甘い。スイーツの様なスポーツだと思ってるんですの?」

 

 

フェスタ「この度はただの小娘である筈の私が軽い発言をしてしまい大変申し訳ございませんでした」

 

 

 先程までシリウスくんに向けていた圧が可愛く感じてしまう程の物をフェスタくんに向けるマックイーンくん。その結果彼女は育ちの良さが分かってしまう程の謝罪を披露した。

 あ、頭が.........いや最早頭痛が痛い.........真夏日の彼を相手にした時だってもっとマシだった筈なのだが.........これが糖分不足の影響なのか.........!!?

 

 

マック「.........まぁ、必要な取り決めはこの辺でいいでしょう」

 

 

シリウス「は、ハンっ。良いぜ。乗ってやるよその勝負。数なんざ私が声をかけりゃ直ぐにでも」

 

 

マック「あっ、開催名目はどうしましょうか?」

 

 

シリウス「おいッッ!!!」

 

 

 冷や汗をかきながらも余裕さを出そうとしたシリウスくんだったが、それを無視するようにマックイーンくんはまた人差し指をこめかみに当て考えを深め始めた。もうこうなったら誰にも止められない。

 私達も最早止める事は考えず、事態がこれ以上悪化する事ないよう務めるしかない。その思いひとつで、私達の結束はより深まった。

 

 

シリウス「ふ、ふざけんじゃねぇ.........!!!私はなァ!!!お前らのそう言う主体性の無さが気に入らねぇっつってんだよ!!!」

 

 

マック「?おかしな人ですわね.........主体性が無い方が貴女にとって都合がいいのではありませんか?仲良しこよしのぬるま湯がお嫌いなんでしょう?」

 

 

シリウス「なっ、ぐ.........っ」

 

 

 至極真っ当な正論をあまり頭の回っていないマックイーンくんに叩き付けられ、彼女は呻き声を上げる。ヘル化の影響で精神ダメージは表に現れるため、さっきの一言は相当図星だったようだ。

 そしてその言葉に何も言い返せなかった彼女は汚い言葉を一言吐き捨て、今度こそ教室を後にする。勿論その言葉も、マックイーンくんには届いてすら居ない。

 

 

マック「う〜ん.........折角ですから、何かの記念としてのイベントにしたいですわね.........」

 

 

テイオー(なんかさ、ここまで来ると逆に可哀想だよね.........シリウス)

 

 

タキオン(ああ.........寧ろ勝って欲しいまである.........)

 

 

フェスタ(良くこんなのと結婚したな.........爺さん.........)

 

 

オル(フェスタちゃん!!?そんな事言っちゃダメっスよ!!!)

 

 

ゴルシ(けど怖かったのは確かだしな.........だろ?ニューヨークウイスキー)

 

 

カフェ(マンハッタンカフェです.........)

 

 

 次いつどんな無茶を要求されるか溜まったものじゃない中で、私達はヒソヒソと己の心境を語り合う。普段の彼女の前ならば絶対に出来ない行為だが、私達の声に反応を示しずらい今なら耳にすら入らないだろう.........

 そう思いながら徐々に彼女から距離を取っていたのだが.........

 

 

マック「―――思い付きましたわ!!」

 

 

全員「!!」ビクッ

 

 

マック「思えば今日は記念日です。これしかもう思いつきませんでしたが、きっと皆さん納得して下さいます.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「[トレーナーさんが居なくなってしまって二ヶ月目記念イベント].........ですわ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 良い名前を思い付いた。そんな様子で彼女はルンルン気分であったが、傍から見てしまえばもう、それはそれは何と悲しい記念な事か.........

 久々にはしゃいでお腹が空いてきたと言い、彼女は自分で車椅子を動かして教室を出て行く。私達はその後ろ姿をただ、涙を流しながら見送る事しか出来なかった。

 

 

タキオン「ま、マックイーンくん.........」

 

 

ゴルシ「おっちゃんが居なくなっちまうと.........こうなっちまうんだな.........」

 

 

オル「ばあばの時と違って.........絶対帰って来ないって言えない分.........ストレスが半端ないのかもしれないっス.........」

 

 

フェスタ「あんな婆さん.........見たくなかった.........」

 

 

カフェ「何と言いますか.........健気に待ち続けた結果がこれだと思うと.........やるせないですね.........」

 

 

テイオー「うん.........でも、もうこう思うしか無いよね.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(お願いだから早く帰ってきて.........!!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 壊れかけた。いや、既にもう壊れているのかもしれない彼女の姿を思い出しながらも、私達はそうさせた元凶にそう願わざるを得なかった。

 早く帰ってきて欲しい。早く彼女を元の[メジロマックイーン]に戻して欲しい。そんな願いを込めながら、私達もこの教室を後にするのだった.........

 

 

 

 

 

......To be continued



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マック「野球の時間ですわ!!」ゴルシ「ペルセ〇スでも流すか?」

 

 

 

 

 

 春の風が吹くにはまだ早い二月の初め。ウマ娘の身体は気候変動や気温の変化に強くありつつも、その本質的な寒さとは違う、寂しさに似た物が心を撫でて行きます。

 

 

マック「お待たせいたしましたわ」

 

 

シリウス「.........よく集めたな、その人数」

 

 

マック「貴女こそ、一日でよく一チーム分の人数を集めましたわね」

 

 

 グラウンドの中心にお互いのリーダーが前に出ているこの状況。シリウスさんの後ろには、彼女を慕うウマ娘達が私の渡したユニフォームを着て揃っています。

 

 

シリウス「まさかユニフォームまで寄越してくるとはな。何のつもりだ?」

 

 

マック「野球にユニフォームは欠かせませんから。応援して下さる方々も居る事ですし、わかりやすい方が良いでしょう?」

 

 

 視線を彼女から外し、グラウンドの外側の芝生の方を見ます。そこには急遽立てられた簡易的なフェンスの向こう側に、この勝負には参加しない生徒達、トレーナー。果てには職員の方々までいらっしゃいます。

 そんな彼等彼女等が気に入らないのか、シリウスさんは鼻を鳴らして不機嫌さを顕にしました。

 

 

シリウス「そういうのが気に入らねぇんだ。人の勝負を自分の物みてぇに扱いやがって.........うんざりなんだよ」

 

 

マック「.........その鬱憤も、この勝負を終えた頃にはスッキリしていると思いますわ。勝ち負けは抜きにして」

 

 

シリウス「.........フン」

 

 

 その言葉に納得して居ないのか、彼女は言葉を返すこと無く、自分達のチームのベンチの場所へと歩いて行きます。それに慌てて、チームの皆さんが着いて行く形になっていました。

 彼女達は去りました。私達もいつまでもここに留まっている訳には行きません。そう思っていると、不意にチームの売り子担当のゴールドシップさんが声を掛けてきました。

 

 

ゴルシ「あのよマックちゃん」

 

 

マック「なんでしょう?」

 

 

ゴルシ「アタシらもベンチ行くのは良いけどよ。人数入ん無くね?」

 

 

 .........そう言われて確認して見ると、確かにそうなります。私が集めたチーム。通称マックイーンナインですが、密かに今までひた隠しにしていた妄想そのもののチーム構成になっています。

 しかし、今の私の身体は走る所か、歩く事すらままなりません。本来私が入ろうと思っていた五番の打席はくじ引きで決める特別ルールにしています。

 

 

白銀「あ〜あ〜。玲皇が居たら膝に乗せてやっただろうな〜」

 

 

テイオー「うわ、ちょ!!空気読んでよ!!」

 

 

パーマー「う〜ん.........なんか最初の印象は明るい人かと思ってたけどね.........」

 

 

ヘリオス「シャチョーマジパナイって!!!これが一流の立ち回りってやつって感じ!!!」

 

 

 一流とは程遠いと思う発言なのですが.........遠すぎて錯覚してしまっているのかも知れません.........

 そ、それに!!なんですか膝に乗せるって!!?そ、そんなことされた日には.........!!!

 

 

マック「.........っ、分かりました。私と五番打席のくじを引く方は観客席に移動しましょう」

 

 

 .........そんな事をされた日にはきっと、嬉しくて舞い上がってしまうでしょう。先程まで昂っていた筈の感情が突然、他人事のように結論を出して落ち着きを見せました。

 最近、こんな感じなんです。彼の事を考えると、最初はとても楽しい筈なのに、段々憂鬱になって、頭の中でぞんざいに扱い始めてしまう。そんなのが続いてしまい、もう嫌になってきてしまいます.........

 

 

マック「.........はぁ」

 

 

 観客席の方へと移動し、溜息をつきます。彼が居てくれたら、なんて思う事すら憂鬱で、もう考えたくないくらい.........参ってしまっていました。

 目を瞑り、顔を伏せている状況からゆっくりと瞼を開けると、そこには私の顔を覗き込んでいる桜色の髪が特徴的な彼女が顔をのぞきこんでいました。

 

 

マック「う、ウララさん?どうしたんですの?」

 

 

ウララ「マックイーンちゃん大丈夫?元気無いの?!」

 

 

マック「.........大丈夫、と.........胸を張って言いたいのですけどね.........」

 

 

ライス「マックイーンさん.........」

 

 

 気が付けばチームのメンバーも私の周りに集まり、こんな私のことを心配して下さいます。落ち込んだ顔を見せては行けないと思いつつも、気持ちはどうにも暗さを払えないままです。

 それでも何とかしなければ.........そう思い、私はゴールドシップさんに[お願い]していた事を聞きました。

 

 

マック「そ、そういえばゴールドシップさん?[球審]の事なのですが.........」

 

 

ゴルシ「お?おー!!ちゃんっとスケスケ助っ人を用意してやったぜ!!アタシがな!!」

 

 

マック「そ、そうですか.........」

 

 

 ホッ、と一息.........とは行かず、胸の内に先程とはまた別の不安が広がりを見せ始めました。あの時は確かに頼りにはしていましたが、今になって本当に彼女に頼んで良かったのかと考えてしまいます。

 本来ならば参加しない私が一番適任だったのですが、身体は思うように動かせませんし、何より試合と言うのは観客目線で楽しむのが一番です。

 しかしこんな思いをするなら、メジロ家から一人か二人、野球に詳しい人を呼んだ方が良かったのかもしれません.........

 

 

 そう考えていると、攻撃側のシリウスさんチームが準備を始めました。一番打席に立つ方。カツラギエースさんがバットを持ち、私達のチームもそれぞれのポジションに移動を始めます。

 しかしそこに一人、明らかに見覚えのある。そして私達の不安を煽る人物が姿を現しました.........

 

 

リョテイ「おーい。早く投球練習始めろーい」

 

 

マック「.........なんで貴女の母親がいるんですの」

 

 

ゴルシ「なんでって、母ちゃんが球審だからだよ!!!」

 

 

マック「」

 

 

 え、なんですかその人選は。本当に大丈夫なんですか?貴女は自信満々そうですが、お姉さん達は表情を変えずに汗を流し始めましたけど、本当に大丈夫なんですか!!?

 

 

 .........なんて、そんな私の思いを無視する様に、ゲームは始まって行きました.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リョテイ「趣味で球審をやってるゴールドシップの母のキンイロリョテイだ」

 

 

リョテイ「今の打球は完全にファールだった。アタシは嘘つかない」

 

 

リョテイ「趣味でゴールドシップの母をやってる球審のキンイロリョテイだ」

 

 

リョテイ「今アタシにボールが当たった。デッドボールだ。シリウスチームに一点やる」

 

 

リョテイ「キンイロリョテイで趣味のゴールドシップをやってる球審の母だ」

 

 

リョテイ「お前退場。理由はその栗毛が気に食わないから」

 

 

マック「」

 

 

シリウス「」

 

 

 あれから三回表まで進んだが、試合が全然進まねぇ。理由は一つ。アタシが野球のルールを全く知らねぇからだ。

 ゴールドシップに頼まれて仕方無く来てやった。何とかなるだろと思ったが、本当に何とかなってる。難点は試合の進みが遅いだけだ。

 

 

マック「タイム!!タイムですわ!!!」

 

 

 観客席の方から一時中断をシリウスチームの奴らに促すマックイーン。両手でTの文字を作り抗議しているが、何故かシリウスチームの奴らは即座に首を縦に振った。なんだ、以外に仲良しじゃねぇか。仲がいいのは良い事だ。

 懐かしいな、アタシも若い頃は仲良い奴らとつるんで、トレセン学園中のウマ娘やらトレーナーやら、果てには理事長にも噛み付いて.........

 

 

マック「どういう事ですの!!?」

 

 

リョテイ「うお!!?な、なんだよお前ら。アタシは趣味で趣味をやってる趣味の趣味だぞ?」

 

 

グラス「あの〜、私の退場の意味が分からないのですけど〜.........?」

 

 

 目を伏せて思い出に耽っていたらいつの間にか両チームの奴らに囲まれていた。しかもかなり手厳しい目をアタシに向けてきている。なんでだ。真面目に球審してたのに.........

 

 

マック「ゴールドシップさん!!!貴女のお母様、審判の資格を持っているのでしょう!!?なんであんな滅茶苦茶な采配をするんですの!!!」

 

 

ゴルシ「な、なんだよマックイーン!!アタシが言ったこと疑ってんのか!!?資格持ってるよな母ちゃん!!!」

 

 

フェスタ「い、いやゴルシ。持ってるにゃ持ってるが.........」

 

 

リョテイ「持ってるぞ。ほら、いつも財布に持ち歩いてる」

 

 

 ポケットにしまっていた財布を取り出し、資格のカードを取り出すと、ゴールドシップが疑いを晴らす為に私の手からそれをむしり取り、直ぐにマックイーンに見せ始めた。

 最初こそはそのカードを見て感嘆と感心の声が聞こえてきたものの、その表情は直ぐに疑いの目に変わって行った。

 

 

マック「さ、[サッカー審判員4級].........!!?」

 

 

デジ「野球と正反対のスポーツじゃないですか!!!」

 

 

黒津木「いやそれでもああはならんやろ!!!」

 

 

タキオン「なっているだろ!!!」

 

 

 目の前でギャーギャーとわめきはじめた小娘達。うるさいことこの上ない。仕方が無いので私は生贄を用意する為に、電話する事にした。

 

 

「.........もしもしキンちゃん?珍しいね電話なんて。僕の声聞きたくなった?」

 

 

リョテイ「うむ。人肌恋しいのだ。直ぐにトレセン学園に来るように。アデュ」

 

 

「え」ピッ

 

 

 無駄な話をすること無く電話を切る。こう言えばコウキは絶対に来る。アタシの事愛さずには居られないらしいからな。こんな歳にもなって。気持ち悪い。

 だが他の奴らからしたら何の事やらさっぱりと言った様子でアタシの方を見てくる。仕方が無い。ここは説明してやろう。

 

 

リョテイ「本当はこっちが来る予定だった。ただ仕事してっだろうからアタシが勝手に来ただけだ。三回までは何とかなっただろ?」

 

 

マック「な、何とかなった.........のでしょうか」

 

 

リョテイ「という訳でアタシは観客席に行く。コウの方は心配すんな。英才教育でビクトリーズの歴代選手二軍含めてポジション利き打利き投全部言えっから」

 

 

 手を振りながらアタシは小娘共におさらばする。良い暇つぶしにはなったが、所詮その程度だ。ドラマを産む程じゃねぇ。折角ならアタシは、見ててハラハラするドラマが見てぇんだ。

 そしてコウキの奴が何かフワフワした表情で到着し、自分が呼ばれた理由を聞いた後、死んだ顔で審判を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「はぁ.........」

 

 

神威「お?どったのよお嬢。試合いい感じじゃん」

 

 

マック「ええ、そうですわね.........そのお陰で、先程までの事が全て無駄に思えてしまいますわ.........」

 

 

 現在、六回裏で私のチームの攻撃側です。先程の相手側のターンを無失点で抑え切り、勢いを削ぐことが出来ました。

 しかし未だリードを許しており、勝ち越す為にはあと二点討ち取らなければなりません。

 

 

 スポーツというのは恐ろしいもので、観客の焦りが選手に通じるのか、なかなか上手いこと行かない事が多いです。

 結論から言ってしまえば、六回裏の攻撃も現在ツーアウト二塁。打席はくじ引きで決める五番という、何とも絶望的な状況になって来ました。

 

 

マック(先程のくじはフェスタさんが引き、三塁間へのヒットを出しました.........ここでまたヒットを当てられれば.........)

 

 

 少なくとも三塁進出。上手く行けば二点獲得で形勢逆転.........そんな期待を胸に、私はくじを引く皆さんの事を見守りました。

 

 

「バッターだーれだ!!!」

 

 

 掛け声と共に勢い良く割り箸を引き抜き、その結果を見て皆さんが表情を若干曇らせました。私もその内の一人です.........

 

 

白銀「おっ!!俺だっっ!!!」

 

 

ゴルシ「ちぇ〜、ゴルシちゃんもそろそろ焼きそば売り飽きてきたんだけどな〜」

 

 

マック「ま、まぁ、人がバッターの時はピッチャーマシンにするルールにしましたし、白銀さんはプロスポーツ選手ですから.........」

 

 

 当たりを引き抜いた白銀さんは、それは嬉しそうに意気揚々とバットを担ぎ、観客席のフェンスに足を掛けてグラウンドへと飛び降りました。

 

 

シリウス「お前か.........ピッチャーマシンの準備をするぞ!」

 

 

エル「はい!!」

 

 

 あちらもあちらで、きちんとルールに則ってくれるそうです。いくらヘル化していようとも、こういう所はしっかりしているので安心出来ますが.........

 

 

白銀「え、何?ビビってんの?」

 

 

シリウス「.........は?」

 

 

マック「は?」

 

 

神威「は?」

 

 

黒津木「えぇ.........」

 

 

ゴルシ「何言ってんだアイツ.........」

 

 

 ヘル化しているシリウスさん達以上に、このお方達はとても厄介なのです.........今回白銀さんがこのような行動を示しましたが、きっと神威さんも黒津木さんも煽られたら同じようにするでしょう.........

 なんでこんな方をチームに.........私がどうかしていましたわ.........

 

 

白銀「まっ、仕方ねぇよな.........俺球技界のマイケル・ジョーダンって言われてるし.........」

 

 

全員(それはただのバスケでは?)

 

 

白銀「俺野球選手だし。年俸80京円の。逃げても仕方ねぇか〜」

 

 

シリウス「.........」スッ

 

 

 あぁ.........シリウスさんが彼の挑発に乗ってしまいました.........なんでわざわざこんなチャンスにそんな事を.........本っっっ当に有り得ません.........!!!

 そうやって顔を伏せていると、私の肩を誰かが叩いて来ました。その方向を見ると、焼きそばを運んでいるゴールドシップさんが居ました。

 

 

ゴルシ「安心しろよマックイーン!!アイツ土壇場でめちゃんこつえーからよ!!アタシ昔見たんだ!!世界最強に勝ってる所!!!」

 

 

マック「た、確かにあの試合は凄かったですわ.........!!なら、もしかしたら.........!!!」

 

 

 そんな期待を胸に、彼は右側のバッターボックスの方に立ち、スイングを見せます。彼の類まれな身体能力の高さがわかる程の轟音が、バットが振られるのと同時にこちらにまで響いてきました。

 い、行けます!!当たりさえすればホームランも夢ではありません!!

 

 

白銀「へへっ、後悔しろよ[シンボリシリウス]!!!」

 

 

シリウス「シリウスシンボリだ.........!!!」

 

 

白銀「今の俺は、[奇跡]だって超えてんだからよ.........!!!」

 

 

 あぁ!なんて頼もしいのでしょう!!最初あんな挑発行動した時にはこれがプロリーグでしたら即戦力外通告か三年間二軍で干してやろうとすら思っていましたのに!!今はもうホームラン以外目が向きません!!!

 そう!!ここで打てばいいのです!!そうすれば全てが解決しますわ!!

 

 

 ググッ

 

 

 ズバーンッ!!

 

 

 ストライーク

 

 

 ま、まだ一球目ですわ.........

 

 

 ググッ

 

 

 ズバーンッ!!

 

 

 ストライーク

 

 

 あの、白銀さん?なんでバットを振ってないんですの.........?

 

 

 ググッ

 

 

 ズバーンッ!!

 

 

 ストライーク

 

 

皇奇「バッターアウト!!スリーアウトチェンジ!!!」

 

 

マック「ぁ、が.........」

 

 

 み、見事な三振.........いえ、振ってすら居ないのですから三振ですらありません.........全てストレートの三球、見送りアウトです.........

 こ、これで.........折角のチャンスが潰れました.........最悪進出、最高逆転のとても旨みのあるチャンスが.........

 

 

 そんな私の気も知らず、彼は自分のせいでチャンスが無くなったと言うのに、ヘラヘラとした顔でその足でこちらまで戻ってきました.........

 

 

マック「な、何やってるんですの!!何やってるんですの!!!」バシッバシッ!!

 

 

白銀「いって!!?思った以上に早かったんだよ球がッッ!!!お前やっていい事と悪い事があんだろォ!!!」

 

 

黒津木「お前が先に悪い事したんだよォ!!?」

 

 

 負けて帰ってきた白銀さんに我慢が出来ず、何度も何度もその背中を叩きます。この人を信じた私がおバカでした。そしてゴールドシップさんを信じたのもおバカでした。

 その肝心のゴールドシップさんにも一言文句を言おうとしましたが、その姿はもう既に側になく、あちら側の理事長と生徒会長さんに焼きそばを振舞っていました。

 

 

マック「相変わらず逃げ足の早い人ですわね.........!!!」ギチギチ

 

 

白銀「し、締まってる.........!気道が終わってる.........!!!」

 

 

 

 

 

やよい「美味っ!!やはり君の作る料理は一級品だな!!」

 

 

ゴルシ「やよいちゃんも分かっか!!流石学園のトップな事だけあるな!!」

 

 

ルドルフ「そんなにですか?じゃあ私も頂こうか。ゴールドシップ」

 

 

 へへへ。どうやらアタシの焼きそばは舌の肥えてる奴らにも通用するみてーだな。香川でうどんをこね続けてきた甲斐があるってもんだぜ.........!

 アタシは二人が焼きそばを食べてる姿を見て満足して、試合の方を見てみる。現在七回表。バッターはシリウスだ。

 

 

ゴルシ「なールドルフ?オメエこの試合の事どう思ってんだ?」

 

 

ルドルフ「.........難しいな。私自身、彼女から散々偽善者ぶるのは辞めろと言われ続けた身だ」

 

 

ルドルフ「だがこうして、彼女が必死に何かに打ち込んでいる姿を見ると、複雑だが嬉しい気持ちだよ」

 

 

 複雑だ。なんて言ってるけど、ルドルフの奴の口調と表情は嬉しさだけで固められている。きっと建前って奴なんだろう。アタシにだってそれくらいの事は理解出来る。

 それでもアタシは納得がいかねー。確かにこの堅物が軍服着てるって言われても疑問はねーくらいにはルドルフは超人だ。一人で何でもやって一人で何でも成し遂げちまう。

 アタシの居た未来じゃ、学園卒業した後はURAに就職してトップまで最速で登って、終いにゃ歴代で最も活躍したURA日本中央レース協会会長として割と教科書の最初の方にまで出てくる奴だ。

 そんだけすげーんだから、革命って言われても良く分かんねーんだよなー.........

 

 

シリウス「おいッッ!!!ルドルフッッ!!!」

 

 

ルドルフ「ん.........?」

 

 

 怒号が辺り一面に響き渡る。何かと思ってグラウンドを見れば、アタシらの会話を聞いてたのか、シリウスがこっちの方を見てグローブでアタシらを指し示して来ていた。

 

 

シリウス「コイツら倒したら次はお前だ。精々、その玉座をアタシの為に磨いて置くんだな.........!!」

 

 

ゴルシ「.........ああ言ってっけどよ。どうすんだよ?」

 

 

ルドルフ「どうもこうも、私は彼女からの勝負は受けると決めたんだ。例え、どんな要求が付いたとしてもな」

 

 

 その言葉を聞いて、納得も出来ないままアタシは鼻で返事をした。シリウスがシリウスならルドルフもルドルフだ。秘密主義って感じであんまいけ好かねぇ。

 手持ちの焼きそばもそろそろ売れ切れちまったし、補充しに一旦戻るかー。なんて思った時、ルドルフのウマフォンが通知を知らせる振動をした。

 

 

ルドルフ「.........[ブライアン]?」

 

 

ゴルシ「.........はァッッ!!?」ガシッ!!!

 

 

やよい「のわっ!!?し、衝撃ッッ!!?」

 

 

 [ブライアン]。その名前を聞いた瞬間。アタシは直ぐに振り返り、ルドルフの肩を掴んだ。その過程でやよいちゃんを強い力で押しのけちまったけど、まぁ許してくれるだろ。

 

 

ゴルシ「ぶ、ブライアンって!! ナリタブライアンだろ!!?」

 

 

ゴルシ「なんて来たんだ!!?もう帰ってくんのか!!?おっちゃんは!!?」

 

 

ルドルフ「ま、待ってくれゴールドシップ。私もまだ誰からのメッセージか確認しただけだ.........」

 

 

ゴルシ「あっ.........悪い」

 

 

 頭に思い浮かんだ流れの強さのまま、アタシは思わずルドルフの肩を掴んでグワングワンとさせちまった。その事に罪悪感を感じながら、アタシは押しのけたやよいちゃんにも謝って倒れている所に手を出した。

 そのメッセージの内容を吟味している間、アタシとやよいちゃんは固唾を飲んでルドルフを見守っていた.........が、帰ってきたのは溜息だった。

 

 

ゴルシ「な、内容は.........?」

 

 

ルドルフ「.........桜木トレーナーは帰ってきているか.........と」

 

 

やよい「っ、確認ッ!!本当にそれだけなのか!!シンボリルドルフよ!!」

 

 

 やよいちゃんのその力強い言葉にも、ルドルフの奴は首を振って応える。言葉数の少ないブライアンの事だ。それはメッセージ上のやり取りでも変わらねーんだろう。

 でも、これで一つ分かった事がある。おっちゃんは今、こっちに向かっているという事だ。しかも、たった一人で.........

 

 

ゴルシ「.........うっし!!そうと決まればやる事は一つだけだな!!」

 

 

ルドルフ「?やる事とは、君は一体何をする気だ?」

 

 

ゴルシ「んなもん決まってんだろ!!おっちゃんを」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あのバカを使ってこの場を治める」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 .........アタシの言おうとした言葉よりも酷い言葉が、背後の方から聞こえて来た。その聞き覚えのある声に振り向いて見れば予想通り、母ちゃんが不敵な笑みを浮かべて腕を組んでやがった。

 

 

ゴルシ「母ちゃん!!?」

 

 

リョテイ「[ドラマ]ある所にキンイロリョテイ有り.........どうやらそれは、生涯変わる事は無いらしいな」

 

 

ルドルフ「失礼。貴女がゴールドシップの親御さん.........?」

 

 

リョテイ「!.........ああ、ウチのバカ娘。あいや、バカ娘共が世話になってる」

 

 

 珍しくアタシの前で、ルドルフに頭を下げる母ちゃん。性格はアタシら以上にハチャメチャだけど、外面はアタシら以上に良い。そんな母ちゃんだけど、今の姿は本心からの行動だと何となく伝わった。

 ルドルフの奴もそんな母ちゃんに頭を下げて挨拶をする。それも直ぐに終わり、母ちゃんはすぐさまアタシの方に向き直った。

 

 

リョテイ「ゴルシ。お前何とか試合を遅延させろ」

 

 

ゴルシ「はァ!!?無茶言うなよ母ちゃん!!んなもんどうやって.........」

 

 

リョテイ「アタシはもう五個思い付いた。お前なら十個は思い付くはずだ。それで何とかしろ」

 

 

 く、クソ.........!こういう時だけアタシらの良い所を持ち出してくんだよな!!卑怯だ卑怯!!カレーに福神漬けなんて付け合せ考え付いた奴と同じくらい卑怯だぜ!!

 そんな母ちゃんの言葉にコロッと絆されて頭をこねくり回す。そしてそんなアタシを少し見てから、母ちゃんはその場から離れようとしていた。

 

 

ゴルシ「ちょ、ちょっと待てよ!!母ちゃんはどうすんだよ!!?」

 

 

リョテイ「校門前で陣取ってやる。お前が上手くやりゃ、九回裏の[代打]で使えるかもな」

 

 

 九回裏の代打。そんな細かい指定までしてきたけど、そんな姿が簡単に想像付いちまう。それはきっと母ちゃんも、そしてルドルフ達も同じなんだろう。そこに疑問を言う奴は居なかった。

 けれどそれでも、疑問があったんだろう。ルドルフの奴は席から立ち上がって、母ちゃんに質問を投げかけた。

 

 

ルドルフ「貴女は何故、桜木トレーナーが絶対に必要だと。そう言うのです?」

 

 

ルドルフ「メジロマックイーンのチームが勝てば、解決するでしょう?」

 

 

ルドルフ「貴女の言い方では.........必ずそうするべきだと言う意思が感じ取れます」

 

 

 それは.........確かにそうだ。この試合、別におっちゃんを待たなくても、マックイーン達が勝てばそれで丸く収まっちまう。それなのにどうして、おっちゃんが必要になってくるのか、アタシにも理解が出来なかった。

 その理由を説明する為に、母ちゃんは面倒くさそうな顔で頭を掻きながら口を開いた。

 

 

リョテイ「.........まぁ、何だ。夢の道から一歩も踏み外した事無ぇ奴には、分かんねぇんだよ」

 

 

リョテイ「夢を諦める痛みも、夢を失う苦しみも、分かんねぇ奴の言葉が今もがいてる奴に届く訳がねぇ」

 

 

リョテイ「夢は[呪い]だ。それでいて[祝福]にもなる。最初からずっと[祝福]のままだった奴の言葉聞くよりも、[呪い]から[祝福]に変わった奴の言葉の方が―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――[山あり谷あり]で、聴き応えあんじゃねぇか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゴルシ「山あり......谷あり.........」

 

 

 それだけ言って、母ちゃんは今度こそこの場を離れて行く。今度はもう、誰も疑問を口にする事無く、母ちゃんのその背中を見送っていた。

 

 

ルドルフ「.........最初からずっと、[祝福]だった。か.........」

 

 

やよい「.........納得。そうであるならば、最初から信念を変えていない私の言葉も、通じないだろうな.........」

 

 

 母ちゃんの言葉が響いたのか、二人は良い本を読んだ時見てーな余韻に浸りながら、試合の方に目を流した。気が付けば舞台は八回表。リードは三点にまで広げられちまっていた。

 

 

 それでも、何とかなる。そんな事を心のどこかで。片隅で思っちまうくらいにはアタシも影響を受けちまってる。

 そんな心を表したように緩んだ顔を叩いて引き締める。[何とかなる]。じゃねぇ。[何とかする]んだ。前に一回それで、痛い目にあったじゃねぇか。

 

 

ゴルシ(もう、アタシはやらねぇぜ?楽ちんな人任せなんてよ.........!!!)

 

 

 アタシはもう。人任せにはしねぇ。それが例え、最強のヒーローだとか、大統領とかでも変わらねぇ。出来ることをやる。自分の出来る限りのことを.........!!!

 そんな思いを胸に、アタシは肩から下げた空の番重を持ち、マックイーン達のいる方に戻って行った.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「これが最後のくじ引きになりますわね.........!」

 

 

 試合は既に九回裏。三点リードを許したツーアウト満塁の逆転チャンス。ホームランを打てさえすれば、このゲームを終わらせる事が出来ます。

 一発逆転が掛かったラストチャンス.........ここはパワーと正確性のあるミホノブルボンさんに当たりを引いて欲しい所.........

 

 

ゴルシ「おー!!アタシがバッターかー!!!」

 

 

マック「なっ!!?貴女、それ全部取ってるではありませんか!!!」

 

 

 私の手の中にあった割り箸のくじを、ゴールドシップさんは一気に持って行ってしまいました。そしてその中にある当たりを持ち、まるでそれだけを引いたかのような振る舞いを周りに見せます。

 た、確かに。彼女はいざと言う時大変頼りにはなりますが、ここは飽くまで公平に徹さなければなりません。私はバットを担ぎ始めた彼女に抗議しました。

 

 

マック「お待ちなさい!!何のつもりですか!!」

 

 

ゴルシ「うっせーな〜。あんまガミガミしてっと、小じわが増えておっちゃんが気ー使うぜ?」

 

 

マック「誰が怒らせ.........って、ちょっと!!ゴールドシップっ!!!」

 

 

 一瞬、最近の彼女の口からは出なかったトレーナーさんの存在をほのめかされて思考が動揺した瞬間を狙い、彼女は白銀さんと同じようにフェンスから飛び降りてグラウンドに降り立ちました。

 

 

ライス「だ、大丈夫かな?ゴールドシップさん.........」

 

 

ブルボン「信じましょう。あの人はただでは転びません」

 

 

ウララ「ゴルシちゃんー!!ホームラン打ってー!!」

 

 

 不安と期待。そんな感情が織り交ざった声援が会場の隅々から彼女に向けられます。エンターテイナーを自負する彼女は相も変わらず、私の想像通り[昔よく見ていたニカっとした笑顔]を振り撒き、手を振りました。

 

 

 ズキン。とした鼓動。それと同時に、何処か閉ざされた扉が開きました。感じた胸の痛みすら些細な物になった。その笑顔が、もう感じないと思っていた感情が、開け放たれた扉から堰を切って流れ出します。

 

 

タキオン「.........彼女がまさか、マックイーンくんの前で彼の事を話すなんて」

 

 

デジ「.........フラグ。完全に立った気がします」

 

 

マック「っ、い、今は目の前の試合に集中です。彼の事はまた後で考えましょう?」

 

 

 

 

 

ゴルシ「〜〜〜♪」

 

 

シリウス「.........随分と能天気だな」

 

 

 ―――バッターボックスに入る前に、アタシは念入りに素振りする。今日は売り子に徹する予定だったとか何とか理由を付けて長めに時間を取ってっけど、もうそろ限界みてぇだ。

 シリウスは一回から九回まで全投してる。いくらウマ娘っつっても、流石にここまでくりゃ疲弊もしてくる。頬から顎に伝っていく汗を拭いながら、アタシに問い掛けてきた。

 

 

ゴルシ「まっ、ゴールドシップ様のトレンドマークって言や、太陽みてーな明るさだからな!!」

 

 

シリウス「ハっ、たかが太陽。一等星の前じゃ矮小だな」

 

 

ゴルシ「へっ、あんま明るすぎっと、人類の大半がゴルシちゃんフォースで茹で茹でになっちまうからな」

 

 

 会話を半分流しながら、アタシはバッターボックスに入る。これでグラウンドに入って五分。何とか稼ぐ事が出来た。けれど、まだ足りねぇ。

 かと言って流石にこれ以上無駄話をするってのも無い。興が冷めちまえば元も子もねぇ。鉄は熱いうちに打てって言葉があるけど、人の心も鉄みてぇなもんだ。

 

 

 ボックスの右側に立ってバットを構える。ここが一番の難関だけど、上手く行きゃ一番時間を稼げる場所だ。頼んだぜゴルシちゃん。婆ちゃんに褒められた選球眼と当て感をフルで活かしてくれよ.........!!!

 

 

 一球目。オーバースローから放たれる豪速球ストレートを目に捉える事に成功したアタシは、何とかバットを振り、そこにボールを当てる。

 だが、残念な事に結果はファール。進塁することは無かった。

 

 

 二球目。ストレートは打たれると踏んだのか、今度は際どい所にカーブを刺さる。

 だけどゴルシちゃんの両目の視力は10.0。マサイ族もびっくりなスーパーアイが捉えた送球先はギリボール。手を出す事はしなかった。

 

 

 三球目。今度は握り方を大きく変えてきたのを見て、流石のアタシも冷や汗を流す。フォークボールだ。間違いねぇ。初心者が打てる訳ねぇ球を使ってきたって事は、アタシの実力をたった二球で判断してきたって訳だ。

 動揺して送球先を見誤っちまったせいで、結果はストライク。これであと一回範囲内に投げ込まれたら負けが確定しちまう。

 

 

 四球目。さっきのカーブを使ってきた。今度はしっかりと入る様に狙って投げて来たから、アタシは安心して球を打つ。

 けれどやっぱり、打った先はファール。進塁は無かった。

 

 

 五球目。

 

 

 六球目。

 

 

 七球目.........

 

 

 

 

 

ゴルシ「ハァ.........ハァ.........」

 

 

シリウス「ゼェ.........ゼェ.........っ」

 

 

 さっきから[打つ球全て]がファールになる。残念とは思ったけど、それは狙い通りだ。どうせなら審議になるくらいギリギリを狙いたかったけど、ガッツリ目のファールしか出なかったから残念だった。

 けれど、シリウスの奴は勘づき始めやがった。明らかに経験者の動きをしてる奴が、さっきからヒットを一本も出さない。そうなればもう、アタシの姿は時間稼ぎをしているか、性格が悪いって風にしか映らなくなる。

 キャッチャーからボールを返されてグローブにそれを収めると同時に、シリウスは歯を食いしばってアタシを睨み付けてきた。

 

 

シリウス「どういうつもりだ.........!!遊んでんのか.........!!?」

 

 

ゴルシ「違ぇよ。[待ってんだ]」

 

 

シリウス「っ.........!どこまで行ってもおめでたい奴らだ.........ッッ!!!」

 

 

 静かな怒りが声に乗って伝わってくる。それを感じ取ったアタシは、シリウスがただただ勝負をしたい奴。だってのは違うって気付くきっかけになった。

 

 

シリウス「お前らがその[桜木]とかって奴にッッ!!!どんだけ入れ込んで、何を買ってるかなんざ知らねェッッ!!!」

 

 

シリウス「けどそれがどんだけ負担になってんのかッッ!!!お前らは考えた事あんのかよッッッ!!!!!」

 

 

ゴルシ「.........シリウス」

 

 

 抑え込まれていた怒りは放出されて、アタシに。いや、ここに居る奴ら全員に対してぶつけられる。それをしている奴も、それをされている奴にも、全員同じく、平等に思いをぶつけられている。

 

 

シリウス「何でも出来るッッ!!!何でもやれるッッ!!!そう思わせてくれるッッ!!!だから任せんのかッッ!!?自分にも出来るって事にすら気付かずッッ!!!押し付けんのかッッ!!!あァッッ!!?」

 

 

シリウス「それでいつか焼きが回って.........!!!痛い目見んのはそれを背負った奴だけだろうがッッッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前らはそれでッッ!!!トレセン学園の生徒だって胸張って言えんのかよッッッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――.........」

 

 

 .........その言葉に、誰も何も、言い返せなかった。実際、その通りだったからだ。

 きっとシリウスは、今の生徒会長。ルドルフの奴の事を言ったんだろう。生徒会長が居てくれる。生徒会長が何とかしてくれる。困った時に頼りになる。そんな甘ったれが、気付かない内にウマ娘達に、そしてトレーナー達。勿論アタシにも、染み付いちまっていた。

 そしてそれは、生徒会長だけじゃねぇ。アタシ達のおっちゃんにも、同じ事が言えた。頼りにして、全部任せて、何とかしてくれるなんざ、本当に甘ったれだ。そしてそれで、アタシらは一回。[痛い目]を見た.........

 肩で息をするシリウス。その目はキャップ帽のツバに隠れて良く見えない。けれど頬に流れる水を拭い、少し疲れた目でアタシの方を見てきた。

 

 

シリウス「ハァ.........ハァ.........なァ、もう良いだろ?私がそれを終わらせてやるっつってんだ。大人しく、その真ん中にボールを投げさせろよ」

 

 

ゴルシ「.........嫌だね」

 

 

シリウス「.........テメェ、まだ分から「分かってんだよ」―――?」

 

 

 バットを握る力を強めて、怒りを何とか落ち着かせる。この怒りは、自分に対してのもんだ。覚悟を決めて、もうしないって誓ったっつうのに、それでも甘えようとしちまってるアタシに対する怒り。

 確かにそれはダメな事だ。一番やっちゃいけない事だ。難しい事全部丸投げして、できなかった時に責めたり、もっとできるって強要するのは、本当にやっちゃ行けない事だ。けれど.........

 

 

ゴルシ「一人任せにすんのは行けねぇってのは、もう知った。けどよ。ルドルフの奴は兎も角、おっちゃんは良い大人なんだ」

 

 

ゴルシ「おっちゃんが一人でやりてぇ。背負いてぇってんなら、アタシは止めねぇ。けど―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――今度こそ、任せっきりには絶対にしねぇ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シリウス「っ.........!!!」

 

 

 ギリっ、と歯を擦り合わせる音がアタシの方にまで聞こえて来る。どうやらアタシの答えが気に食わなかったみてぇだ。シリウスの奴はもう何も言わず、また投球フォームを見せ始める。

 だったらまたファールにすれば良いだけの話だ。大丈夫、さっきまで出来たんだ。今度も出来るに決まってる.........!!!

 

 

 そして、投げられた十球目。

 

 

 豪速球のストレート球。

 

 

 それをファールにする為に、アタシはバットを振り抜いて、そこにボールを当てた.........

 

 

 けれど―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――バキッッ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゴルシ「な―――」

 

 

 そこに当てた少し後に、木製のバットは強く軋んで折れた。先端は空の方に飛んで行って、もうバットとしては使えないだろう。

 けれど、問題はそこじゃない。問題は.........ボールの飛んで行った先.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え.........?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゴルシ「っ!!!マックイーンッッッ!!!!!」

 

 

 ファールにしようとしたボールは見当違いの場所。観戦席に居たマックイーンの方へ投げられた勢いのまま飛んで行った。

 あまりに突然過ぎて、その場に居る誰も、ウマ娘達も白銀も振り向くのがやっとで、反応してそれを取ろうとする奴は誰も居なかった。

 

 

 時間がゆっくりに感じる。それ以上に、アタシの身体は遅かった。このままじゃ、マックイーンにボールが当たっちまう。そうなったらもう、おっちゃんが帰ってくる所の騒ぎじゃない。

 何とかしなくちゃ行けない。けれど、何とも出来ない。そんな現実が刻一刻とマックイーンに迫って行く。

 

 

 もう.........そのボールはマックイーンの目前まで迫って行った.........

 

 

ゴルシ(頼む.........!!!誰か.........!!!)

 

 

ゴルシ(マックイーンを.........助けてくれ.........!!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 パシッ―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 伏せた瞳。聞こえると思っていた音とは違う音。まるでボールがグローブに収まったかのような音を聞いたアタシは、まさかと思い、その瞳を上へと上げた。

 

 

 そのボールは、確かにグローブの中に収まっていた。けれどそれを持つ人物は、アタシが見た事もない人物だった.........

 

 

 

 

 

マック「な.........?」

 

 

「ふぅ、ギリギリセーフだったわね!」

 

 

 ―――間一髪。そんな言葉がようやく頭に過ぎる程に、あまりに一瞬の絶体絶命が見知らぬ誰かによって打開されました。

 その方は黒いライダースーツを身に纏い、そして[ウマ娘用フルフェイスヘルメット]を着用して、私の前へと現れました。

 

 

「それにしても、面白い事やってるのね♪[日本]のトレセン学園は♪」

 

 

マック「え、っと.........貴女は.........?」

 

 

 不躾な質問かと思いましたが、その声には生憎聞き覚えが無さすぎた為、つい質問をしてしまいました。

 それを聞いた、彼女は一旦そのヘルメットを外し、長く綺麗な栗毛の髪の毛と琥珀色の瞳を外へと露出し、私の事をじっくりと見てきました。

 

 

マック「あ、あの.........?」

 

 

シャカ「.........知り合いか?」

 

 

オペ「いや、この様子からしてお互い初対面だろう.........」

 

 

「.........なるほどなるほど。貴女。[メジロマックイーン]ね?」

 

 

 自分の名前を呼ばれて反応を示すと、目の前の彼女は嬉しそうに顔を緩ませ、そして自分でナイスタイミングと称えました。

 それでも、彼女の正体は未だに掴めていません。それを再度質問しようとした時、それを遮るように彼女はもう一度その顔を私の顔へと寄せてきました。

 

 

「私はある人の[お手伝い]をしに来たの」

 

 

「[盗んで]来てあげたわ。貴女の[相棒]。この―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――怪盗。[クレシェンテ=ルーナ]がね.........♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「え―――っ」

 

 

 彼女が.........怪盗が何を言っているのか、私には理解が出来ませんでした。けれど、時間は過ぎていきます。

 

 

 その過ぎ行く時間の中、静かになった瞬間に。私の耳には、一つの足音が確かに.........しっかりと、響いて聞こえて来ました。

 

 

 まさか.........いえ、そんな.........!!

 

 

 揺れ動く鼓動。先程の様な痛みは無く、純粋な高鳴りをし始める心臓を強く抑えながら、私達は.........その足音に耳と目を向けていました.........

 

 

ゴルシ「.........へっ、そういう事かよ.........!!!マックイーンッッ!!!」

 

 

マック「!は、はい!!?」

 

 

ゴルシ「[代打]だッッッ!!!!!」

 

 

 グラウンドのバッターボックスで私に向けて叫ぶゴールドシップさん。折れたバットを大きく空へと放り投げ、観客席の外にまで飛ばした後、彼女もその足音のする方へと向きました。

 

 

ゴルシ「お膳立てはしてやったぜぇッッ!!!後はマックちゃんにカッコイイ姿見せるだけだッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「[おっちゃん]ッッッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 強く。着実に聞こえて来る足音。特設スタジアムの影が出来た場所に、人影がユラユラと揺れ動きながらも、そこに確かに.........誰かが.........いえ、[彼]が居る事を知らしめます。

 

 

 それでも、理解が追い付きません。頭がそうだと、断定してくれません。まだ他の可能性を考え、喜ぶのは早い。と言うように、心を落ち着かせようとしてきます.........

 

 

 ですが.........

 

 

マック「―――あ」

 

 

マック「―――あぁ、ぁぁ.........!!!」

 

 

 影からやがて、光の射すグラウンドに足を踏み入れたその時、その姿がようやく、顕になりました。

 

 

 縞模様のユニフォーム

 

 

 背番号。[27]

 

 

 バットを手に持ち、若干記憶よりも無精髭が生えた姿を見て私は目を見開き、声を漏らし、涙を流しました.........

 

 

 この場にいる誰もが、その姿を見て驚き。そして興奮を顕にしました。彼が帰ってきた事を.........本当に誰もが、待ち望んでいたのです.........!!!

 

 

マック「トレ、ナ.........さん.........!!!」

 

 

マック「トレーナー.........さん.........!!!!!」

 

 

 彼の事を呼ぶ度に、蓋をしていた物が吹き出してきます。寂しさも、悲しみも、今までの分を全て吐き出すように、涙と共に溢れて行きます。

 

 

桜木「.........ははっ」

 

 

マック「!.........〜〜〜」

 

 

 涙で濡れ濡れになった私の顔を見て、彼は優しく微笑み掛け、手を振ってくれました。それを見ただけでさっきまでの物は直ぐに消え失せ、今度はそれと入れ替わるように恥ずかしさが表に出始めました。

 

 

 私の顔を見せたくない.........けど、もっとトレーナーさんのお顔が見たい.........そんなせめぎあいの中、顔を隠したりチラ見したりしていると、彼はその優しい表情から一変し、引き締めた顔でバットをシリウスさんの方へと向けました。

 

 

シリウス「.........やっぱアンタが、[桜木]か」

 

 

シリウス「っ.........待っていたぞォォォッッ!!!桜木ィィィィィッッッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「.........[あけましておめでとう]。トレセン学園」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それと―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――待たせたな.........!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 力強い言葉が、会場の中に響き渡ります。両者共に気迫に満ち溢れ、そして闘志も感じられます。

 

 

 今ここに、[恒星の貴公子]対[代打の神様]の一騎打ちが.........始まるのでし―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――お前ら笑うなッッッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「.........え」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

......To be continued



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マック「かっとばせー!!トレーナーさん!!!」

 

 

 

 

 

「お前ら笑うなッッッ!!!!!」

 

 

 トレーナーさんの強い声が辺り一面に響き渡り、私達の耳へと入って来ました。

 

 

 シリウスさんとの革命と維持とを賭けた野球の試合。私達のチームは三点のリードを許した状態で九回裏の攻撃になり、絶体絶命の場面で代打として、彼がグラウンドへと。私達の前へと約[二ヶ月振り]に姿を見せての出来事でした。

 

 

 先程までバットをシリウスさんに向けていた彼でしたが、今はその丸みを帯びた先端を観客席の方へと向けています。

 

 

桜木「良いかッ!コイツはな、毎日俺の作ったチーム[レグルス]で、過酷なトレーナー代理をやってたんだよ.........!!!」

 

 

桜木「お前らはあの[レグルス(俺のチーム)]で毎日トレーナーやった事あんのか?」

 

 

桜木「やった事ねぇやつが.........!笑うな.........ッッ!!!」

 

 

(.........な)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(何言ってんだコイツ.........?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 帰ってきて早々。バッチリと決まった帰還のセリフの後に彼が出してきたのは、トンチンカンな物でした。

 い、いえ。これこそ彼らしいと言えばそうなのですが.........それでもやっぱり、もう少しカッコイイ姿を拝見して居たかったですわ.........

 

 

沖野「ま、まぁなんだ?良かったじゃねぇか。相変わらず何言ってっか分かんなくてよ」

 

 

テイオー「まっ、それがサブトレーナーのいい所だからね!悪いところでもあるけど.........」

 

 

カフェ「それにしても.........すごい盛り上がりですね.........」

 

 

 気が沈んでいる中、カフェさんの言葉を聞いた私は少し周りの様子を伺うと、確かに彼に対する声援がかなり多いと思いました。先程までの試合とはまるで別物。本当にスーパースターが来たのではと錯覚する程の大声援です。

 そんな彼がバッターボックスの方へと入り、バットを構えました.........ん?

 

 

マック「あ、あの人.........!!!バットの握り方が逆ですわ!!?」

 

 

東「何ぃ!!?」

 

 

シャカ「アイツ、あンな意気揚々と出てきたのに、基本も知らねェのかよ.........!」

 

 

 こ、これは行けません.........!あの持ち方では力が上手く伝わりません!折角フルスイングで打ったとしても、期待は凄く薄くなってしまいます.........!!!

 

 

マック「トレーナーさーーーん!!!逆っ!!!バットを持つ手が逆ですわよーーー!!!」

 

 

桜木「ん?.........おー!!!」

 

 

 私の声と仕草で彼は気付いたのでしょう。嬉しそうな顔をして私に手を振りました。これでバットの事は安心.........

 

 

 そう思っていたのも束の間で、彼は何故かバットから両手を離し、左手と右手の拳を縦に繋げ、片方を捻り始めました。

 

 

マック「へぇ!!?な、何をしてるんですの!!?私は逆だと言ったんですのよ!!?」

 

 

スペ「あー!!あれ知ってます!!確かWBCで選手の人がやってました!!」

 

 

ウオッカ「確かペッパーミルパフォーマンスだったよな!!いやーマジで凄かったよなー!!!」

 

 

 な、なんですの!!?WBCでそんなポーズが流行したんですの!!?しかもそれを嬉しそうに私に見せつけて!!!なんですか!!!私が喜ぶと思ったんですか!!!本当にどうしようもない人です!!!

 

 

 そんな荒ぶる心のまま、試合は再度始まって行きます。彼は結局バットの持ち方を直さないまま、シリウスさんとの一騎打ちに望むのでした。

 

 

シリウス「.........」

 

 

桜木「.........」

 

 

シリウス「.........」ググッ

 

 

桜木「っ―――と」

 

 

マック「な.........」

 

 

 一球目。彼は持ち前のその観察眼でシリウスさんの身体能力を見極めたのか、投球フォームに移行する前の段階で足を上げ、バットを振るまでのロスタイムを軽減させる作戦に出ました。

 ですが、私が驚いたのはそこではありません。彼女が今投げようとしたその時、まるでそのボールがどこに飛んで行くのかを知った様に足を下ろし、姿勢を楽にしました。

 

 

 彼の読みなのか、それとも勘なのかは断定出来ませんでしたが、結局その投げられたボールは、ストライクゾーンには入りませんでした.........

 

 

 

 

 

ゴルシ「おー.........!!!」

 

 

タキオン「球種を読んだ.........いや、あの伸び方はストレートだ。まさか投げる前に、どこに投げるか理解したのか.........?」

 

 

 ―――目の前で繰り広げられ始めた、熱い試合。ちょっと齧った程度のアタシでも分かる。おっちゃんのポテンシャルは相当今、ここに居る誰よりも高い.........!!!

 

 

ブルボン「人間の反応出来るスピードでは無いと察し、マスターは予め足を上げました.........そして踏み込むタイミングも、誰よりも早い物でした.........」

 

 

デジ「あ、ありますよ.........!!これ!!」

 

 

 熱狂だけだった会場に、鋭い緊張感が走った。大半の奴らはすごいって事しか分かんねーと思うが、一部の奴らはおっちゃんのやった事の凄さに驚き、目を見開いている。

 

 

シリウス「.........よく見極めたな」

 

 

桜木「伊達にウマ娘のトレーナーしてないさ。昔っから復習は苦手でね。ビデオを見直さないように普段からしてるんだ」

 

 

シリウス「.........」

 

 

 キャッチャーのグラスからボールを受け取るシリウス。さっきまでの疲れが若干回復してる感じはあるが、ボックスに立つおっちゃんの得体の知れなさに緊張からか汗が滲んでる。

 体力の回復を狙っているのか、シリウスは更に質問をおっちゃんに投げ掛けた。

 

 

シリウス「それでも、アタシの豪速球に反応しようとするなんざ普通じゃねぇ。何者だ?」

 

 

桜木「.........へっ」

 

 

「え」

 

 

 おっちゃんはその質問を待っていたと言わんばかりに背筋を伸ばし、笑って見せた。そこまでだったら良かった。まだ理解出来た。

 けれど次の瞬間。おっちゃんはバットを傍に投げた。その行動にこの場にいる全員が困惑した声を出した。

 

 

桜木「俺は地獄から来た男!!!」

 

 

桜木「大切な心を粉砕する情け無用のキノコ狩りの鉄十字団に心を打たれ、涙を流す少年の友情を粉砕する男!!!」

 

 

桜木「ヘル化ウマ娘キラー。スパイダーマッッ!!!」

 

 

 ズバーンッッ!!!

 

 

 ストライーク!!!

 

 

桜木「.........はァ?ちょ、タイムタイムッッ!!!普通投げる!!?そこでェ!!!」

 

 

 .........変なポーズをバッターボックスで決めたおっちゃんの真横を、シリウスの豪速球がストライクゾーンど真ん中を打ち抜いた。父ちゃんも空気を読んだのか、無効にはせずにしっかりとストライクにした。

 けれどそんな抗議には耳を貸すシリウスじゃねー。ボールを返されてまた直ぐに投げようとする姿を見て、おっちゃんはそそくさとバットを拾い直した。

 

 

ウララ「トレーナー!!何だかいつも通りだね!!」

 

 

ライス「そ、そうだねウララちゃん!ライス何だかちょっぴり嬉しいかも.........!」

 

 

オペ「何だあの美しいポーズは.........!!まるで蜘蛛のような.........今度ボクのオペラにも取り入れてみよう.........!!」

 

 

ゴルシ「.........はー、水吸ったスポンジをいきなり口に突っ込まれたみてーな気分だぜ」

 

 

 溜息を吐いて、アタシは観客席を立ち上がった。アタシも確かにおふざけが過ぎる所もあっけど、真剣勝負の時は流石にしねー。そういう事したりされたりすっと、アタシのやる気スイッチはブレーカーが落とされちまう。

 まー要するに、ちょっと興が削がれちまったって訳だ。良い感じに皆熱狂してるし、そろそろ焼きそばとかほかの食いもん補充してもう一度色んな奴に配ってやろう。そう思っていたけど.........

 

 

ゴルシ「.........あ!!?ねェ!!!アタシの作った焼きそば所か他のサイドメニューもデザートもねェ!!!!!」

 

 

 蓋付きの籠の中に保存してあった焼きそば。たこ焼き。フランクフルト。プリン。あんみつ団子。白玉ぜんざい。全部が全部消え失せてやがった。

 しかもそれぞれ二箱ずつ用意してたんだ。それが全部、物の見事に空になってやがる。い、一体誰がアタシの持ってきた食いもんを勝手に盗んで.........

 

 

 ごくんっ.........

 

 

ゴルシ「.........へ?」

 

 

マック「ふぅ.........♪」

 

 

 轟音っつっても差し支えねーくらいの大きな音。食いもんが喉を通る音が横から聞こえてきて、アタシは言葉を失った。

 そこには昨日まで.........いや、本当にさっきまでやつれちまって、痛々しすぎて見れねーくらいにまでなっていた筈のマックイーンが、元のふっくらほっぺを取り戻していやがった.........!!!

 

 

ゴルシ「お、おま、食ったのか!!?これ一人で!!?」

 

 

マック「むっ、失敬ですわね。私一人だけで食べるわけ無いではありませんか」

 

 

ゴルシ「だ、だよn「たこ焼きは一つずつフェスタさんとオルフェさんにあげましたわ」おい嘘だろ」

 

 

 有り得ねぇ。あんな量をマジで平らげたっつうのかよ.........これ、食欲戻ってきたっつうか、覚醒してんじゃねえかよ.........

 そんなわなわなと震えるアタシを無視して、マックイーンは準備が整ったと言うみてーに大きく息を吸って声を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「かっとばせー!!!トレーナーさん!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ビリビリとした衝撃が耳から始まって、すぐに全身に駆け巡った。まるで本当に球場で、プロ野球を応援する位の熱を入れてマックイーンの奴は応援し始めやがった.........

 

 

マック「ほら!!ゴールドシップさんも応援なさい!!!」

 

 

ゴルシ「えぇ!!?嫌だぜアタシは!!!ちゃんと応援してもふざけられたら意味ねーじゃんかよ!!!」

 

 

マック「それは違います!!!」

 

 

ゴルシ「!」

 

 

 アタシの言った言葉に対して、マックイーンは真っ向から反論してきやがった。少しはアタシの意見も汲んでくれるかと思ってたから、そんな真正面から打ち返してきたから、思わずアタシは身体を少し強ばらせる。

 そんなアタシを真っ直ぐ見つめた後、マックイーンは直ぐにおっちゃんの方へと目を向ける。真剣さはそのままで、そこに熱を入れ込んで行く。

 

 

マック「今の彼は、多分久しぶりのトレセン学園で周りが見えなくて、舞い上がってると思われます」

 

 

マック「ですが私達がしっかり応援すれば、彼はその気持ちをしっかり受け取って、真面目にプレイしてくれます」

 

 

マック「彼はそういう人だって.........貴女もよく知っているでしょう?」

 

 

ゴルシ「!.........っ」

 

 

 そう言いながら、マックイーンはもう一度アタシの方を。今度は優しく笑いながら見て言ってくれた。それを否定する材料を、アタシは持ち合わせちゃいない。逆に、そうだと言えるもんが、沢山ある。

 .........そうだ。今はちょっと、帰って来れてテンションが上がってるだけだ。おっちゃんはいつだって、アタシの悪ふざけだって真剣に聞いて、何なら信じてくれた時もあった.........だったら.........!!!

 

 

ゴルシ「おっちゃーーーん!!!頼むからどデカいの一発打ってくれよーーー!!!」

 

 

桜木「!.........」

 

 

桜木「.........ッッ」

 

 

 アタシはさっきまでの事は水に流して、マックイーンの言う通り全力で応援する。するとおっちゃんはその声だけ聞いて、ちょっとだけニヤついた顔を引き締めて、真剣な表情でシリウスと向かい合い始めた。

 

 

 二人の間には、その目線同士がぶつかる火花が見えて来るくらいの感情が交差している。ここに居る誰もがそれが見えてくちまうくらいの凄い気迫が、緊張感があった。

 

 

 そんな緊張感の中で投げられる二球目。やっぱりおっちゃんは早めに足を強く接地させる事でタイミングを合わせている。

 そして今度は見逃さずに、そのバットを強く振り抜いた。

 

 

桜木「ッッ.........っ」

 

 

 打球はストレート。しっかりとそのバットで捉えることは出来てたけど、時速200キロ超えの球速はやっぱすげー。芯からちょっと外れてたせいか、おっちゃんの打球はファールの方に遠く飛んで行った。

 

 

マック「ああ惜しい!!」

 

 

神威「すげぇなアイツ!!パワプロしかやって来なかったのに!!!」

 

 

黒津木「インドアも極めるとここまで行くのか.........!!!」

 

 

白銀「おい玲皇ォッッ!!!テメェ代打なんだから打たなきゃぶっ殺すかんなァッッ!!!」

 

 

 中には酷い野次が飛んでいってるけど、それでも本当におっちゃん。そしてそのおっちゃんと相対しているシリウスの声援が凄い。

 だって見てくれよ!あのさっきまで三日も水に入ってねーおたまじゃくしみてーだったマックイーンがおっちゃんが出てきただけでこれだぜ!!?半端ねーよな!!!

 

 

 そんな興奮が覚めない中、ようやくおっちゃんの表情はマジになってきたんだ。

 

 

 

 

 

桜木「.........」

 

 

 ―――全く。帰ってきて早々いきなりユニフォーム着せられた時は何かと思ったけど、こりゃ良い。これくらい滅茶苦茶な展開の方が、帰ってきたっつう実感が湧くってもんだ。

 バットを強く握りしめ、構え直しながら俺はピッチャーのシリウスって子の顔をよく見てみる。

 

 

シリウス「.........」

 

 

 やっぱり。空港で会った子だ。まさかこんな形で再会することになるだなんて.........俺って奴は本当、トラブルに巻き込まれる天才だな。

 自分を自嘲しながら、俺は俺に対して何を投げようかと未だ手をこまねいている彼女に好機とみて、一度バットを降ろした。

 

 

桜木「おーい。シリウス、だっけ?」

 

 

シリウス「.........あ?」

 

 

桜木「ちょっと話そうぜ。俺、何でこんな事になってんのか知らないし、ほとぼり冷めて意見が変わる前の君の内心を知りたいからさ」

 

 

 戦う気無し。そう見せるように、降ろしたバットを地面に置いて両手を上げる。その様子を見て彼女は溜息を吐きながらも、いつでもボールを投げれる様な体勢を取ったまま、口を開いた。

 

 

シリウス「.........そういう、身体に染み込んだ甘さが嫌いだって言ってんだよ」

 

 

シリウス「今私が投げたら、お前は打てずにストライクを取られる。考えられねぇのか?」

 

 

桜木「勿論考えてるさ。けどそれ取られてもまだワンストライク残ってる。それだけ残ってりゃ十分」

 

 

シリウス「.........チッ」

 

 

 俺の言葉に苛立ちを覚えながらも、尚も投げてくる様子は無い。どうやら、話をしてくれるようだ。

 

 

シリウス「.........この学園は、生徒の主体性だなんだと謳っておきながら、その実、生徒会長一人の力で成り立っている」

 

 

シリウス「確かにルドルフの力は強大だ。それが一人で出来ちまうくらいにな」

 

 

シリウス「けれどそれじゃ、いつか限界が来る。けれどアイツは頭が固い。疲弊し、衰えてもそれを見せずに、変わらずに居ようとするだろう」

 

 

シリウス「それでアイツが折れた時。アイツを中柱として支えられていたウマ娘。トレーナー。ここの職員の奴らは共倒れだ」

 

 

シリウス「だから私は.........[革命]を起こす」

 

 

 流れる様に、詰まること無くスラスラと言葉が出て来ている。それはつまり、彼女はヘル化する以前から意識的にしろ無意識的にしろ、この考えを持っていたという事になる。

 俺は彼女の言う言葉に感心した。そして興味も湧いた。言葉は確かに厳しい物であったが、その考え方は、本当に優しい人にしか出来ないものだからだ。

 

 

桜木「[革命]って?」

 

 

シリウス「決まってる。私が[生徒会長]になる事だ」

 

 

シリウス「アイツ一人の[時代]を終わらせて、一人で完結して生きて行ける。私は、人任せの奴を量産する[トレセン学園]を、終わらせる」

 

 

桜木「.........ふ〜ん」

 

 

 なるほど。これは結構難題だ。一人の誰かに任せるからソイツが潰れる。だったらそうならないよう、自分だけの力で生きて行く力を養う。そんなトレセン学園を作ろうとしているのか.........

 確かにそれは聞こえは良い。けどその実、酷く脆い。それで生きていけるって奴はそれこそ、今の生徒会長みたいな人しか居ないだろう。

 

 

桜木「あのさ、人って結構弱っちいぜ?一人じゃ生きて行けないんだ」

 

 

シリウス「そうしようとしないからだろ」

 

 

桜木「しようとしたさ。けどダメだ。孤立すればする程、何にも持ってない奴は壊れていく」

 

 

シリウス「.........」

 

 

桜木「それに.........[一人ぼっち]は、さ。笑顔になっても、誰も笑い返してくれないだろ?」

 

 

 人が居ない。友達が居ない。家族が居ない。それだけだけど、本当に辛いんだ。俺はトレーナーになる前。本当に辛くて辛くて、仕方が無かった。

 周りには嫌な奴や、知らない奴、分からない奴ばっかりで。入って直ぐ仲良くなった人も早い段階で辞めてった。大人になればなるほど、友達の作り方が分からなくなる。

 そのせいで孤立して、人より出来ない自分の存在を強く否定して、次第に自分が消えてしまえば世界の全てが解決する.........なんて、根拠も無いのに信じ切るくらいに壊れて行った。

 .........俺は、繋がれないと、[強がる]事すら出来ないんだ。

 

 

桜木「こう見えても社会経験豊富だぜ?元会社勤めだし、海外旅行に二回も行った!」

 

 

シリウス「.........」

 

 

桜木「あっ、そう言えば君も海外に遠征行ってたんだろ?楽しかったっしょ!やっぱ!!」

 

 

 海外と言うのはやはり楽しい。俺自身の経験は散々だとかハチャメチャだとか、その一言に尽きる物しかないけど、それでも異国の文化とか情景とか、結構気に入っている。それにまた行きたいとか思ってる自分が居る。

 あいや、今度はアレよ?今までの行き当たりばったりとかじゃなくて、ちゃんとツアーに参加して、プランとかきっちり建ててさ。観光スポットらしい場所を行き来して、マックイーンとか、アイツらとかも最初から着いてきて―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――ズバァンッッッ!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「―――.........」

 

 

シリウス「ふざけるな.........ッッッ」

 

 

 .........俺の真横を、豪速球が通過する。さっきまで投げられた球とは違う、本当に心のこもった球が、捕手のグラスワンダーのミットに煙を出しながら収まっている。

 

 

 折角良い雰囲気になってきたと思ったが、どうやら地雷を踏んでしまったらしい。俺は緩んだ頬を引き締め直し、肩で息をしながら姿勢を真っ直ぐに戻していくシリウスを、じっと見つめていた。

 

 

シリウス「楽しかっただと.........?私はッッ、勝ちに行ったんだッッッ!!!!!」

 

 

シリウス「日本のレース文化はレベルが高いッッ!!!行く前は私もそう思っていたッッ!!!」

 

 

シリウス「だが蓋を開けて見ればッッ!!!高いだけだった.........!!!」

 

 

 怒りだけだったその声に、徐々に苦しみが混じり始めて行く。その姿に先程まで疎らに声を上げていた観戦者達も、静かに彼女を見始めていた。

 

 

シリウス「大体の外国で行われるレースは日本ほど熱狂的じゃないッッ!!!だがそれでも!!!アイツらの力は私らとは天と地程の差があるッッ!!!なんでか分かるかッッ!!?」

 

 

シリウス「.........死にものぐるいだからだよ。命を懸けてやってる。だから強い。だから勝つ」

 

 

シリウス「私らみたいに.........!!!仲良しこよしでやってんじゃねぇんだよッッッ!!!!!」

 

 

 悲痛な叫び。一体どれほど、海外のウマ娘達に苦い思いをさせられてきたのだろう。俺の目から見てもトップレベルの身体を持っている彼女がそう言うんだ。間違い無い。

 そして同時に、それが根本だと言うことに気付いた。彼女が[革命]を望む理由。その根っこの部分がこれだと。

 

 

 死にものぐるい。負けたくない。勝たなくちゃ行けない。俺は海外のレース事情に詳しくないが、その環境は正に、魔境なんだろう。

 その魔境で彼女は、シリウスはずっと孤独で戦ってきた.........けれどその孤独に打ち勝てず、負けを重ねて行った.........

 

 

桜木「.........へっ」

 

 

シリウス「.........何がおかしい」

 

 

 つい出てしまった笑いに、彼女は強い眼光と語気で反応する。別におかしくて笑った訳じゃない。色々と合点がいって、彼女の導いた答えが[間違っている]と、ようやく胸を張れて言えると思ったからだ。

 

 

桜木「いや、ちゃんと言えんじゃんかって思ってな」

 

 

桜木「さっきから革命だの生徒会長になるだの、飾り気の多い言葉が多かったからな。そういうのは抜きにしようぜ?お互いよ」

 

 

 地面に置いたバットを拾って、俺はボールを打つ準備をする。シリウスの事はこれだけ分かれば十分だ。これだけ真っ直ぐな子なら、絶対に届いてくれる。

 

 

桜木「君の[革命]ってのはさ。要は日本のウマ娘の在り方を、グローバルスタンダードにしようって事だろ?」

 

 

桜木「.........けどそれ。多分ひよってるだけじゃない?」

 

 

シリウス「は.........?」

 

 

 意味が分からない。彼女の表情はその疑問に埋めつくされ、その裏に苛立ちを隠している。まぁ、そんな反応されるだろうなとは予想していたけどね。

 でも、これは俺の本心。決してただの挑発なんかじゃない。

 

 

桜木「そんなのは[革命]じゃない。[支配]。もっと酷く言うんだったら[植民地化]だ」

 

 

桜木「もし本当に[革命]がしたいってんなら―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――この[甘ったれ]を、世界中に蔓延させる事じゃ無いか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シリウス「っ.........知った様な口聞くんじゃねぇ.........!!!」

 

 

桜木「まぁそんな[弱気]になんなよ」

 

 

桜木「[強がって]行こうぜ?お互いさ.........!」

 

 

 彼女に伝えたい事は全部伝えた。後は勝負を決めるだけだ。俺が負けたとしても、彼女がこの先どうするかに影響を与える事は出来た。それだけで十分だろう。

 けれど俺も、負ける気は一切無い。やるなら全力。勝負なら勝ち。それをしてそれを狙う。ただそれだけだ。

 

 

桜木「俺はトレセン学園が好きだ。青春してるウマ娘が好きだ」

 

 

 多くの人に聞こえるように、今度は俺の本心を話す。嘘偽りの無い、今俺が抱えている全ての本音だ。

 この場所は素敵な場所だ。俺が生きてきた場所の中で、比べられない程に素晴らしく、そして生きがいのある場所。

 ここに居れば誰だって、自分の[要る理由]や[居場所]を見つけられなくとも、[要るようになりたい理由]と[居たい場所]を、見つける事が出来る。

 

 

 そしてそこには、必ずウマ娘達が居る。

 

 

桜木「それを支えるトレーナーが好きだ。厳しく育てようとする先生方が好きだ」

 

 

 そしてそのウマ娘を支える[大人]が居る。無茶して無理して、倒れそうになる子達の為に、必死に頑張って[強がって]見せる。

 その相乗効果があって初めて、俺達はお互いの強さを知って、弱さを受け入れる事が出来る。

 

 

 苦虫を噛み潰したような顔のまま、シリウスはこの勝負を終わらせる為に、ボールを持って上へと掲げる。

 彼女が体を逸らし、足を上げるのと同時に俺も片足を上げ、バットを限界まで引いてタイミングを待つ。

 

 

桜木「.........んでもって、代わりが見つからないアイツらが好きで.........!!!」

 

 

 どこに行ったって、どんな世界で暮らしたって絶対に見つかる事なんてない。そう思えるくらいに滅茶苦茶で、けどちゃんと常識はあって、本当に、カッコイイ時は俺よりカッコイイと思わせるアイツらが居る。

 そのお陰で、どんなに苦しくて、辛くて、死んだ方が楽だって思った時も、アイツらと会えなくなる位なら生き抜いた方がマシだと思える奴らが居てくれる。

 

 

 俺の目が、彼女の微かな動きを捉える。その両腕が離れ、振りかぶった瞬間に手指を見て球種を見抜き、その力強い動きで速度を割り出す。

 彼女が投げる前に、俺のバットはもう。決まった位置に向けてスイングを始めていた。

 

 

桜木「そして、絶対に忘れない.........!!!」

 

 

桜木「どんなにボケてもッッ!!!記憶を失っても絶対に離したくない位ッッッ!!!」

 

 

桜木「チームの皆が.........ッッッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大好きだァァァァァッッッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――渾身の力が込められたフルスイング。全身全霊のストレート。それらがぶつかった瞬間。本来であるならば即座にボールが飛んで行く筈の物が、まるで鍔迫り合いをする様に彼のバットと競り合っていました。

 

 

マック「す、凄い.........」

 

 

ダスカ「っ!ちょっと!!サブトレーナーまだ打ってないのに、ランナーが.........!!!」

 

 

 並んで端の方に居るスカーレットさんが声を粗げて立ち上がります。こんな状況、本来ならば有り得ない事ですが、ボールがミットに収まるかどうか確定していない状況で走るなんて、盗塁する時でしか見た事ありません。

 しかし、塁に居る彼女達の表情を見ると、それはどこか確信があるかのような笑みを浮かべ、その足を次の塁へと進めていました。

 

 

マック「っ、トレーナーさん.........!!!」

 

 

桜木「マックイィィィーンッッッ!!!!!」

 

 

マック「!!」

 

 

 彼の行動が無駄にならないよう、そして、私のチームの努力が無駄にならないよう、自分の力が及ばないことを自覚している私は、目を伏せ、天に祈りを捧げました。彼が、チームが勝てるように.........と。

 しかし、その時彼の、私を呼ぶ彼の声が大きく響きました。ハッとした私はその声に意識を引かれ、顔を見上げて彼の方を見たのです。

 

 

 そこには、苦しそうに顔を歪めながらも、こちらに視線を送るトレーナーさんが居ました。

 

 

桜木「神様に祈ったって何も変わりはしないッッ!!!」

 

 

桜木「今生きてるのは俺達でッッ!!!俺達の人生を進むのは自分の身一つだけだッッ!!!」

 

 

桜木「道に転がる岩コロは退かすしかないッッ!!!穴ボコは飛び越えるしかないッッ!!!」

 

 

桜木「それが[山]になったってッッ!!![谷]になったってそれをやるしかないんだッッ!!!」

 

 

マック「っ.........!で、でも」

 

 

 彼の力強い言葉は、弱々しい心の迷いで行った祈りの行動を打ち消しました。けれど、それでもまだ、私の不安は晴れ切りません。

 そんな私の事を察したのか、彼はその苦い表情を無理やり変えました。汗を掻き、自分の出す全力で歪んだ顔を、その表情をやっとの思いで、[なんとでもしてくれる様な笑顔]に変えてくれたんです.........!!

 

 

桜木「俺は[奇跡]だって超えてやるって言ってきた男だッッ!!!」

 

 

桜木「身体の強さは確かに[君達]の方が分があるさッッ!!!」

 

 

桜木「けどそんな心持ちのまんまじゃッッ!!!いつまで経っても[隣]で歩けないッッ!!!」

 

 

桜木「だからッッッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「メルヘェェェェンッッッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゲットォォォォ―――ッッッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼がそう叫んだ瞬間。打ち込んだ体勢からそのまま一歩踏み込み、腰を落とした状態から強く振り抜きました。

 身体の動きによる威力の倍増。普通の野球の試合では起こる事ないその事態に、彼はたった一度の、しかも逃せば負けという状況で最適解を見つけ出し、その行動に身を移したのです。

 

 

 結果は.........見事ボールを真っ直ぐ打ち返し、ヒットどころか、場外に向けてボールが向かっていく。正に特大ホームランでした.........

 

 

パーマー「やるじゃんっ!!信じて走り出した甲斐あったよ!!」

 

 

桜木「へへっ、おう!」

 

 

 三塁ベースを踏んでいたパーマーがホームに戻ってきて、お互いの肘をぶつけあった後、彼はベースをゆっくりと一周し始めました。

 その姿を見て私は.........不覚にも、野球というスポーツで初めて、涙を流すという状態に陥って居ました.........

 

 

マック「グス.........最高の代打です.........!彼はやはり!![奇跡の代打]でしたわ.........!!!」

 

 

タキオン「.........あっ!!?今思い出したが、これはもしやマックイーンくんが見た夢の話そのものじゃないかい!!?」

 

 

テイオー「あー!!!た、確かにそうだよ!!三年前の話だったよね!!?」

 

 

 涙を拭い、鼻をすする私に確認を取るように、テイオーは俯く私の顔を覗き込んできました。正直こんな顔、誰にも見られたくないので辞めて欲しかったのですが.........

 しかし、彼女の言っている事は事実です。三年前。トレーナーさんがテイオーの為に海外へ行き、帰国してきた後に見た夢。普段ならばユタカが活躍し、ヒーローインタビューを私がする夢が.........代打として彼が登場し、彼のヒーローインタビューをするという、絶対に有り得ない夢.........

 

 

デジ「そ、しょんな.........!!!トレーナーしゃんはままま、マックイーンさんの為にその夢を三年越しの正夢にしようと.........♡♡♡!!?」

 

 

カフェ「そこまで来ると.........何だか、怖いですね」

 

 

神威「言ってやらないでくれ。二人とも愛が重いんだ」

 

 

 

 

 

シリウス「.........」

 

 

 ―――負けた。一体一の、全力をぶつけた勝負で、私は負けた。何度も経験し、何度も屈辱を味わったと言うのに、今の私はそれに対して、スッキリとした感覚になっていた。

 そして、それと同時に救われた。海外で戦ってきたあの時の私は.........確かに勝つ事は出来なかったが、間違っていなかったと。日本と大きく違う世界で、私は日本のウマ娘として戦ってきた。それは間違いじゃないと、心の底から思えるようになった。

 

 

シリウス(.........ハンっ、[革命]か、今にして思えば、何言ってんだって話だな)

 

 

シリウス(私が世界に行った事自体が.........[革命]じゃないか)

 

 

 閉ざされた日本のレース界。一体その力が外で、どれほど通用するのだろう。その膨れ上がった期待に好機を見た私は、世界へと飛び立った。

 苦難の連続だったさ。レースは勝ち切れない。化け物みたいな奴らはうじゃうじゃ居る。終いには、あっちの環境を真似しなきゃ勝てないとまで思う始末だ。救いようが無い。

 .........だが

 

 

『日本から来たというウマ娘。中々勝ちきれないな』

 

 

『ああ、だが何だろう。胸を熱くさせてくれる物を持ってるな!』

 

 

『きっと日本にはあんな娘が沢山いるに違いない!この国にあんな娘が沢山居たら、日本と同じ、いやそれ以上に盛り上がるはずだ!』

 

 

 勝つ事は叶わなかった。だが、[布石]は残した。奴等に日本のウマ娘の存在を、刻み込む事が出来た。

 [コロンブス]は世界で初めて[アメリカ大陸]を発見した偉人だ。だが彼は、その場所を[インド]と勘違いし、その勘違いを正す事無いまま生を全うした。

 それでも私達現代人は、彼の事を[革命家]と呼ぶ。その大陸に別の人物の名が使われていようと、私達はコロンブスが最初にアメリカ大陸を発見した革命家だと、はっきり言える。

 ならば私も、勝つ事は叶わなかった。それでもコロンブスの様に、後の日本のレース界にとっての、[革命家]でありたい。

 

 

 最初に世界で戦った。[日本のウマ娘]であり続けたい.........

 

 

シリウス(.........フっ、負けたぜ。[桜木 玲皇])

 

 

シリウス(こんな盤面を返されちゃ、どれが手持ちの駒だったかすらなんて思い出せねぇよ)

 

 

 三塁からホームベースへと回ってきて、男は最後の一歩を力強く踏み締めた。勝負の緊張感から解放され、一息ついたのも束の間。奴はすぐさま顔を引きしめ、その右手に拳を作り、天へと掲げた。

 

 

桜木「ウマ娘は強い。夢を追う為に、夢を叶える為に強くあろうとする」

 

 

桜木「だったらその隣を歩く為に―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――俺達トレーナーも、強くなくっちゃな.........!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すげぇよ桜木っ!!あそこからホームラン打つなんて!!」

 

 

桜木「お、おう」

 

 

「滅茶苦茶感動した!!お前って本当土壇場に強いんだな!!」

 

 

桜木「ま、まぁな?」

 

 

「私!!今日のこと絶対忘れません!!」

 

 

桜木「へ、へー.........」

 

 

 ホームランを打って、ホームベースに戻ってきた後、観客席に居た連中の殆どが俺の周りに集まってきて口々にそう言ってきた。

 ありがたい事ではある。俺の起こした行動や結果一つでこうなるのは、俺の存在を認めてくれた。という事になる。

 けれどそれがなんだか居心地悪くて、俺は目を泳がせる。その泳がせた先に、俺はずっと会いたかった存在が目に映った。

 

 

桜木「っ、マックイーン!」

 

 

マック「!トレーナーさん.........」

 

 

 人の壁を掻き分けて、俺はそこへと向かって行く。彼女達はこの周りに沿って俺に集まってくる事はなく、その外でほとぼりが冷めるのを待っていたようだった。

 

 

マック「もう、折角のヒーローなんですから。もっと皆さんの声に答えませんと」

 

 

桜木「い、いや、そりゃマックイーンの言う通りだけどさ?その、ちょっと.........」

 

 

「気持ち悪い。ですか?」

 

 

桜木「っ.........桐生院さん」

 

 

 少し離れた場所から聞こえてきた桐生院さんの声。その方向を見ると、その言葉の辛辣さとは裏腹に、微笑んでいる彼女がそこには居た。

 

 

桐生院「確かに、桜木さんにとっては急な変化過ぎて、手のひら返しの様な感覚かも知れません」

 

 

桐生院「けれど皆さん、それこそマックイーンさんが天皇賞を勝ったあの日から、貴方の事を少しずつ、認めてたんですよ?」

 

 

桜木「そうは言われても.........ねぇ?」

 

 

 現実は確かに桐生院さんの言う通りかもしれないが、こちらとしては以前まで目の敵にされていた多数の人間が手のひらを返して俺を取り囲んで騒いでる様にしか思えない。俗に言う「はぁ?何話しかけてきちゃってるわけ?」状態である。

 

 

 そんなげんなりとした俺の様子を見て、流石のトレーナー陣も少し申し訳なさそうな顔をし始める。別にそんな顔をして欲しかった訳でも無いし、けどそうさせたのは俺で.........ああもうッッ!!!

 

 

桜木「おいッッ!!!」

 

 

「!!?」

 

 

桜木「別に俺はお前らを感動させる為に帰ってきた訳じゃねぇッッ!!!」

 

 

桜木「そろそろマックイーンに会わないと死ぬって思ったから帰ってきただけだッッ!!!」

 

 

マック「トレーナーさん!!?」

 

 

桜木「それを忘れるなッッッ!!!!!」

 

 

 俺の背後に集まる奴等に指を指して忠告をする。別にふざけて言っているわけじゃない。本当にそう。俺はマックイーンに会いたい一心でここに来た。そしたら校門前にリョテイさんが居て引っ張られてここに行けと指示されただけ。ユニフォームとバット持たされて。

 そんな俺の言葉に全員が背筋を伸ばして返事を返した。ようしそれで良い。今はアンタらに興味が無い。ほとぼりが覚めてから交友を作るんなら俺は別に構わない。今は邪魔をするな。

 

 

桜木「全く.........」

 

 

シリウス「.........話に聞いていた通り、無茶苦茶だな。アンタ」

 

 

桜木「あら〜シリウスちゃん!ウチのチームがお世話になりました〜大変だったでしょう〜?」

 

 

シリウス「なんだコイツ!!?」

 

 

 ジトっとした目で俺の方に視線を送ってくるシリウス。その隣に並ぶオペラオーと.........えっと、なんかロックンローラーみたいな髪型の子。

 う〜ん、皆素晴らしい肉体の持ち主だ。今すぐにでもチームに欲しい.........何とかして引き入れる事は出来ないだろうか.........?

 

 

タキオン「トレーナーくん。邪推している所済まないが、彼女達はチームに入る気は無いようだよ」

 

 

桜木「ダニィ!!?」

 

 

シリウス「勘弁してくれ」

 

 

桜木「シリウスちゃん.........!」

 

 

オペ「済まない先生.........!ボクもリギルに無理を言って貴方のファントムを務めてきたが.........どうやらここまでのようだ.........!」

 

 

桜木「あぁそうか.........」

 

 

「オレもチームは性に合わねェ」

 

 

桜木「ジュピター.........」

 

 

「エアシャカールだ。誰だそれ」

 

 

 ふ、振られてしまった.........!何でだ!!こんなにも素晴らしいチーム他に無いだろう!!?

 お昼は俺の献立表に沿った俺の手料理だし!!肉体に影響を与える様な実験は快く引き受けるし!!遊びながら出来るトレーニングも考えられるし!!絵本の読み聞かせも出来るし!!プラモデルを作る為の道具も買い揃えてあげられる!!!

 終いにはコミケ!!!俺の手に掛かればアシスタントから印刷、会場の抑えに設営売り子までやって挙げられる!!!しかも無償で!!!

 そ、そんなチームのどこがダメなんだ.........!!!

 

 

デジ「トレーナーさんの頭おかしい所ですかねぇ」

 

 

桜木「君のような言葉の鋭いデジは嫌いじゃないしむしろ好きだよ.........!!!」

 

 

 くそっ、やっぱり俺がダメなんじゃ無いか!!!そんなのどうしようも無いだろうこんちくしょう!!!

 なんて葛藤から直ぐに諦めがつき、俺は立ったままガックリと項垂れる。まぁいいさ。今はまだやる事がある。それを最優先に動けばチームの人数が増えようが増えまいが関係無い。

 

 

マック「.........?」

 

 

桜木「.........[ただいま]。マックイーン」

 

 

マック「.........っ」

 

 

 俺が帰ってきて、最初にやりたかった事。あけましておめでとうはもう伝えた。次に伝えたかった事は、[ただいま]を、自分の口から伝えたかった。

 前は.........本当にカッコ悪い言い方をした。本当、捻くれ者って面倒臭いもんだと自分でも感じるくらい、回りくどい帰り方をしてしまったものだ。

 けれどもう.........俺は[譲らない]。例えこの場所に俺より相応しい人間が居たとしても、絶対にこの[特等席]だけは渡さない。

 ここは.........俺の[居たい場所]だから。

 

 

 俺の言葉を受け取った彼女は、少し呆然とした後に、その目を伏せた。周りの皆がどうしたのかと思い、彼女に目を向けるが、俺は彼女の次を、静かに待った。

 

 

 

 

 

マック「.........何、が.........[ただいま].........ですか.........!!!」

 

 

マック「こんなに人を待たせておいて!!!こんなにも私に.........!!!」

 

 

 ―――車椅子の肘掛けに置いた手を握り締め、私は声を振り絞りました。今まで興奮によって忘れていた感情の堰がまた切られてしまいました。

 

 

マック「貴方はいつもそうです!!!」

 

 

マック「いつも!!!いつもいつも大事な事は言わずに!!!自分が出来る事を自分だけでやろうとして.........!!!」

 

 

マック「もううんざり.........!!!」

 

 

桜木「.........マックイーン」

 

 

 何度も何度も振り回されて、それでも帰ってきたり、元気な姿を見るとホッと安心して、直ぐに絆される.........そんなの、ただ都合のいい帰る場所にされているだけではありませんか.........

 そして、そんな都合のいい様になってしまう自分が.........一番嫌い。名前を呼ばれただけで、少しでも心が安らいでしまう自分が、大っ嫌い.........!!!

 

 

 顔を俯かせ、必死に感情を押さえ込もうと拳を握り震わせていました。もう周りの事なんて頭に無く、私はただ自分のこの嫌な気持ちを落ち着かせる為だけに意識を集中していました。

 

 

桜木「.........なぁ、マックイーン」

 

 

マック「っ、何です―――か.........」

 

 

 彼の問いかけに対し、私は少し反発するような声で言葉を出しました。けれど顔を上げた瞬間。出掛けていた言葉は最終的にすぼんでいき、突然暖かくなった身体に困惑しながらも、唖然とした声となりました。

 

 

「な.........!!?」

 

 

マック「っ!と、トレーナーさん.........!!?」

 

 

 周りの驚く声。その声で何が起こっているのかようやく頭が気付きました。この身体の暖かさは、彼に抱き締められている事によって生まれているものです。

 背中にまで手を回され、私の顔の横に彼はくつろぐ様に頭を置き、空いた手で私の頭をそっと撫でてきました。

 

 

桜木「言ったろ?[君の夢]になる。って」

 

 

桜木「その為なら俺。どんな事でもやり通せるんだ。信じ抜く事が出来るんだ」

 

 

桜木「.........けどそれで、君を心配させるのは、違うよな」

 

 

 その言葉に釣られるように、私も両手を、彼の背中に回し始めてしまいます。けれどそうしてしまえば、結局彼を許してしまう事になってしまう.........

 そうなれば、彼はきっとまた.........[居なくなって]しまう。そう思うと、彼の背中を包む勇気が、出て来ませんでした。

 

 

マック「.........口では何とでも言えますわ」

 

 

桜木「はは、そうだね。口だけなら。何とでも言える」

 

 

桜木「.........けどさ」

 

 

マック「?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺達のこの関係も、[口約束]からだったろ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「.........っ!」

 

 

 優しい彼の声が、いつもなら大きく、自信たっぷりの彼の喋り方が、ゆっくり。そして私の事を労わるように言葉を発しました。

 そしてその言葉によって、彼と私の始まりを思い出させてくれました。

 

 

『1週間後にまた、トレーニングを見に来て下さい』

 

 

『メジロの名に恥じぬ走りを、今度こそお見せ致しますわ』

 

 

 そう。それが始まり。彼と共に本心から歩もうと思い、彼に初めて打ち明けた言葉。書面や文字等ではなく、ただの口で取り付けただけの約束。

 それがどんなに無責任で、効力も無く、脆い契約だったのか、今にして思えば有り得ない話です。

 けれど.........それ以上に、あの時のそれが、言葉だけの契約が.........何よりも素敵だと思えてしまった.........

 

 

桜木「なぁ、[見せて]くれよ。マックイーン」

 

 

マック「え.........?」

 

 

桜木「今度は俺だけじゃなくて―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「日本の皆に、[君の走り]をさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「―――っ、ぁぁ」

 

 

マック「っ、ぁああ、うああぁぁぁぁん.........!!!」

 

 

 心臓が血液を送り出すように、身体の全身を血液が巡る様に、私の目からは、ようやく悲しみとは違う涙が溢れて来てくれました。

 運命も、確率も、方程式も、何もかもが存在しないこの先の道のり。それでも彼は、その言葉一つで、私の事を、私のこれからを信じていると言ってくれました。

 周りの目も反応も気にせず、私は遂に、彼の背中に手を回しました。彼の大きい背中に手を回して、彼の胸の中で声を上げて泣きました。

 

 

マック「貴方はっ、どうしてっ.........私の事を信じられるの.........っ?」

 

 

マック「もうっ.........元通りにはっ走れないかもっ、知れないのに.........っ!!」

 

 

桜木「.........信じるよ」

 

 

桜木「だって、俺は[君のトレーナー]なんだから」

 

 

桜木「世界中の誰もが信じられないなら.........俺が70億人分。[信じてやる]」

 

 

 .........そこまで言われてしまっては、私はもう、何も言い返す事は出来ませんでした。たださっきよりも、大きな声を出して、背中に回す手に力を込めて、泣く事しか出来ませんでした。

 それでも彼は、決して私のその涙を無理やり止める様な事はせず、呼吸が苦しくならないよう何度も背中を優しく叩いてくれました.........

 

 

ウララ「良かったね!マックイーンちゃん!」

 

 

ライス「うん......!うん.........!」

 

 

ブルボン「マスター。もし必要であれば私のハンカチを使ってください」

 

 

デジ「ぅうぅう.........!タキオンさん.........!何泣いてるんですか〜.........!」

 

 

タキオン「な、泣いてない.........!断じて泣いてないぞ私は.........!!!」

 

 

 一頻り泣き、心が若干晴れたのでしょう。周りの方々の反応がチラホラと耳に入ってきた私は、急に恥ずかしくなり、彼の胸を押してゆっくりと離しました。

 周りを見れば、私のチームの皆さんの様に泣いている方も居れば、顔を赤らめている人。そしてやれやれと言った様子でそっぽを向いている人。大勢居ました。

 

 

 こ、このままではまた変な風に勘繰られてしまいます.........!そう思い、私はぎこちないながらも彼に質問をしました。

 

 

マック「そ、そういえば!!なんでこんなに時間が掛かったんですか!!!」

 

 

桜木「いぃ!!?あ、いや〜、それは〜その〜.........非常に申し上げ憎い事なので―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あら?話せば良いじゃない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全員「―――!!?」

 

 

 突然。この和から外れた校舎側の方から声が聞こえてきました。その声は、ここに居る人達にとって聞き慣れない物.........

 

 

 そして、私達[メジロ家]のウマ娘にとっては.........ここで聞くことは有り得ない物でした.........

 

 

「ご機嫌よう、[桜木トレーナー]?どうかしら、久々のトレセン学園は?」

 

 

桜木「ちょ、パールさん.........!あの人達には上手く伝えたって.........!!!」

 

 

パール「ええ。しっかりと伝えたわ。[桜木 玲皇。怪盗が頂く].........ってね」

 

 

マック「ま、待って下さいまし!!な、ななな、なんでトレーナーさんが.........!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「[ラモーヌ]お姉様と顔見知りなんですの.........!!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一難去ってまた一難。彼のトラブルメーカー振りはまだまだ健在のようで、私達は結局、彼の引き起こすとんでもない出会いに巻き込まれるのでした.........

 

 

 

 

 

......To be continued



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T「メジロ家専属トレーナーになりました」ラモーヌ「嘘は嫌いよ」

 

 

 

 

 

 晴れ渡る空。広がる太陽の光。まるでこれからの俺の物語がそうなると言うように、世界は全てを祝福してくれていた。

 

 

桜木「ん〜.........!完治!!!」

 

 

 最後の試練を終え、川が流れる中で気絶していた俺は、[ある人]によって引き上げられた。

 その後、エディの検診を受けて全治二週間の打撲と診断されてから、ずっとあの森の家で療養していたのだ。

 

 

エディ「.........おい」

 

 

桜木「ん?」

 

 

エディ「貴様の愛バと同じ[繋靭帯炎]の気があるルビィを連れて行くのは分かる。だが何故私まで日本に行く事になっている?」

 

 

 荷物を転がしながら歩いていると、俺達の前を通せんぼするかのようにエディの爺さんがにゅっと視界の端から現れた。

 それを聞いた俺達はまたか、と呆れ果て、流石の爺やさんも面倒臭そうにある人達の方へ向いた。

 

 

「ちょっとパパ!皆で決めたじゃない!!桜木くんの愛バを治せるのなら、ウチの子もきっと治せるから日本に行こうって!!」

 

 

「そうですマイファーザー!!パールもこう言っているのですよ!!!」

 

 

桜木「言ってやれトニー!!!」

 

 

「No!!!My name is ジミー!!!」

 

 

 通せんぼする爺さんを通せんぼする二人。そう、この人達こそ、川で溺れた俺を助けてくれた張本人。デトロイトで世話になったパールさんとジミーその人だ。

 縁というのは不思議な物で、パールさんは爺さんの娘さん。そしてルビィちゃんのフルネームはクレセントルビィ。こうして相関図が分かって見れば、確かに面影がある。

 

 

ルビィ「おじいちゃん。一緒に行こ?」

 

 

エディ「.........むぅ」

 

 

桜木「おいおい。可愛い可愛い孫娘のお願いくらい聞いてやれよ。老い先短ぇんだからさ」

 

 

ナリブ「アンタ、偶にとんでもなく失礼だよな」

 

 

 爺さんのキッとした眼光と、ブっさんの呆れた様な目が俺に突き刺さるがさして問題は無い。なぜならそんな物、物の一日程度で回復出来るからだ。

 

 

桜木「まっ、こんな所でうだうだしてないでさっさと行こうぜ!チケットももう買ってあるし、後は飛行機乗るだけだしさ!」

 

 

主治医「嬉しそうですね。桜木様」

 

 

桜木「あったりまえじゃ〜ん主治医〜。なんせもうすぐ〜、マックイーンに会えんだからさ〜!」

 

 

ナリブ「.........アイツ、あんなキャラだったか?」

 

 

爺や「恐らく、お嬢様と会えない時間が長すぎてストレスがオーバーフローを起こしているのでしょう.........」

 

 

 お可哀想に.........なんて言葉を呟き、静かに泣きながらハンカチで目元を抑える爺やさん。それすらももう何も効かない。俺には何も通用しない。

 そう。後は飛行機に乗るだけ.........それだけで日本に帰れて、俺はもう一度、トレセン学園でトレーナーが出来る.........彼女達とまた、日常を過ごせる.........

 

 

 そんな思いで、俺達はそれぞれの思いを胸に、日本へと向かったのだった.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう思っていた時期が私にもありました。

 

 

 端的に言おう。日本へは帰れた。長いフライトを終え、成田空港へと着いた俺は直ぐにトレセン学園に向かおうとして費用なんて気にせずタクシーを電話で呼ぼうとした。

 

 

 しかし、それを爺やさんに止められて連れられた先は、また滑走路だった。

 

 

桜木「.........あの、爺やさん?俺トレセン学園に向かいたいんですけど.........?」

 

 

爺や「何を仰っておられるのです?約束いたしましたでしょう?」

 

 

桜木「約束?」

 

 

主治医「桜木様にはもう一度トレーナー試験を受けて頂きます」

 

 

桜木「oh.........」

 

 

 な ん と い う こ と で し ょ う

 

 

 爺やさんが受けた試練。それは英国トレセンのトレーナーになるための試験だった。爺やさんは見事合格し、試練を乗り越える事が出来たが、俺は問題を見ても分からんかった。

 そしてそれを見たメジロ家従者二人は絶句し、ブっさんは俺に罵声を浴びせてきた。あの時確かに、メジロ家に行って勉強しろと言われた気がする.........

 

 

桜木「ま、ままま待て待て待て!!!メジロ家ってアレだろ!!?トレセンから車で20分位の豪邸だろ!!?あそこに滑走路なんて無かったけど!!?」

 

 

爺や「これから向かわれますはメジロの総本家。北海道の羊蹄山でございます」

 

 

桜木「は!!?俺マックイーンからあそこが実家だって聞いたんだけど!!?」

 

 

爺や「お嬢様.........!私共が居る場所こそ実家だと.........未だに言って下さって居たのですね.........!!!」

 

 

 何故かマックイーンから聞いた情報を伝えた瞬間。爺やさんは感極まって泣き始めてしまった。なんなんだこの人。情緒が激しすぎる.........

 俺はもう爺やさんは頼れないと思い、代わりに主治医の方へ説明を促す為の視線を向けた。

 

 

主治医「現在のメジロ家は確かに、府中にあるあの御屋敷が拠点となっております」

 

 

主治医「しかし大奥様の生まれ、もといメジロ家の本家は羊蹄山の麓なのです」

 

 

主治医「今現役で活躍なさっているマックイーンお嬢様を始め、多くのメジロのウマ娘達が安心出来るよう、大奥様は今府中に身を置いている次第でございます」

 

 

桜木「な、なるほど.........?」

 

 

 そ、それなら確かに納得が行く説明だ。一家の大黒柱が普段住んでいるのならそれは最早実家に違いない.........

 だ、だがそれでもまだ疑問の余地はある!!!俺はそこを突くだけだ!!!

 

 

桜木「異議ありっ!!俺は兎も角として、無関係なパールさん達はまずトレセン学園に行かせてやらないか!!?」

 

 

爺や「ご安心下さい。現在本家の方は観光施設として機能しており、数多くの美術品が展示されております。貴方も北海道生まれなら知っておられるでしょう?」

 

 

桜木「へぇ!!?そ、そうなの!!?」

 

 

 し、知らなかった.........マックイーンからはメジロは結構幅広く事業展開しているとは聞いていたけど、まさか北海道の観光スポットとして名を馳せていたとは.........まぁ俺が貧乏人って事もあるだろうけども。

 いや、それでも納得が行かない!!!それでパールさん達が良し行くかなんてなる訳が―――

 

 

パール「まぁ!美術品ですってルビィ!!」

 

 

ルビィ「すっごーい!!ねっねっ、私見に行きたい!!」

 

 

ジミー「HAHAHA!ルビィは昔っから美術館が好きだねぇ!」

 

 

桜木「なん.........だと.........?」

 

 

 な、なんということだ.........か、感情論にすがりついた結果.........その感情論に裏切られてしまった.........こ、これではもう、どうする事もできやしない.........

 絶望に染まる心の中。もう希望などどこを探しても無い。そう思っていた俺の肩を、誰かの優しい手が乗せられた。

 

 

桜木「っ、ありがとう。慰めてくれ―――」

 

 

エディ「Don't worry. Be happy(^^)」

 

 

桜木「」

 

 

 振り返ったそこには、どす黒い太陽と言っても過言では無い笑顔をしたクソジジイが、俺を嘲笑って居た.........

 結局俺はトレセン学園に帰ることは出来ず、まさかの北海道へ突然の里帰りをする事になったのだった.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「.........」

 

 

 煌びやかな内装。歴史を感じる空気。自然と人工物が柔和する匂い。それらを感じながら、俺はそのメジロの本家の廊下を歩いていた。

 

 

『随分不服そうね?』

 

 

桜木(当たり前だろ。こっちはマックイーン達にようやく会えると思ってたのに.........期待を裏切られたぜ)

 

 

 チャーター便とか言う、人の人生で一度でも乗れれば幸運な乗り物に乗せられ、北海道へと降り立ち、最初の一日目はこの本家で食事をして就寝についた。

 二日目については昼過ぎから俺に教えてくれる人がみっちり着くという話で、その前だったら自由にしていいと言われている。

 

 

『でも、本当に凄いわね。やっぱりメジロってとんでもないわ』

 

 

桜木(そうだね.........俺もここに来て改めて実感させられるよ.........ん?)

 

 

 どれもこれも高価な美術品なのだろう。展示パネルの説明には16世紀のフランスだの18世紀のイタリアだのと、その絵が描かれた背景が説明されている。

 そんな中で一つ。俺の目を引く大きな絵があった。所出は不明と説明があり、ウマ娘の背中に大きな翼が生え、そして大空を飛んでいる物だった.........

 

 

桜木(おぉ.........!言葉に出来ないけど、なんかこう―――)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「良い絵だなー」

「酷い絵」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「.........ん?」」

 

 

 隣から聞こえてきたのは、俺の物とは正反対の意味を持つ言葉。誰かと思いその方向を見てみると、そこにはウマ娘の女性が俺と同じ絵をつまんなそうに見て居た。

 まさか.........この絵が酷いと言うのだろうか?俺が描いた訳じゃないし、絵心とか美術に触れる機会の無い俺だが、何だか感性を踏み躙られた気がした。

 

 

 いかんいかん。ここで争っても無益だ。この人にとってこの絵は好きじゃなかった。ただそれだけだ。

 そう思い、俺はその隣にある彫刻に目を移した。無数の群がる蛇を足元に、天へと必死に手を伸ばす男の銅像。一体これを作るのにどれ程の時間を費やしたのだろう?

 そんな事を考えつつも、俺は失礼ながらに言葉を発してしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「気持ち悪い〜」

「素敵ね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「.........」

 

 

「.........」

 

 

 お互いの言葉が同時に響き、少し経ってから二人して顔を見合わせる。

 何だこの人は。さっきから俺の言葉を逐一否定してきて、何かの当て付けか?どMを自覚してるからって流石に辛いものがあるぞ。

 

 

「貴方、見たところ新入りの執事ではなさそうね?」

 

 

桜木「ええそりゃ、無理やり勉強の為に拉致られたんでね」

 

 

「勉強.........?まさか、メジロ専属のトレーナー試験を受けに来たと言うのは.........」

 

 

爺や「桜木様。そろそろトレーナー試験の講義を.........おや」

 

 

 初対面のウマ娘から養豚場の豚を見る目で見られる男桜木。その視線に反射的に少し喜びを感じつつも、俺は奥の曲がり角から現れた爺やさんの方の反応に注目した。

 

 

爺や「これはこれは![ラモーヌお嬢様]!わざわざ御足労頂き、誠に感謝致します!」

 

 

ラモーヌ「良いのよ爺や。今この本家の管理は私がしているのだし、新たなメジロ家専属トレーナーを雇うのなら喜んで協力するわ」

 

 

桜木「え!!?ちょちょちょ!ちょっと待って!!![メジロ家専属トレーナー]ってなに!!?」

 

 

 聞き馴染みのないインパクトのでかい単語を急に出され、俺は思わず二人の間に割って入って説明を求めた。

 爺やさんからは言ってなかっただろうかととぼけられ、ラモーヌと呼ばれた女性からはそんな事も知らないのかとまたなぶる様な視線をぶつけられる。

 

 

爺や「[メジロ家専属トレーナー]とはその名の通り、メジロ家が直接雇用するトレーナーの事です」

 

 

ラモーヌ「学園に居るメジロのウマ娘達のトレーナーは皆、メジロ専属トレーナーよ?」

 

 

ラモーヌ「.........[貴方を除いて]、ね。メジロ家の筆頭。メジロマックイーンの担当トレーナー。[桜木 玲皇]さん?」

 

 

桜木「.........なるほどね」

 

 

 どうやら知らなかったのは俺だけだったようで、お二人の間ではもう既に俺の事をメジロ家専属にしようと言うのが進んでいたらしい。

 まぁそれは構わない。肩書きというのはいくらあっても困るもんじゃない。資格と違って自分が忘れていても顔も知らない他人が勝手にそうだと教えてくれる。これほど便利な物は無い。

 

 

桜木「専属.........専属かぁ、なんか響きが良いっすね。こう、洗練されてるって感じ」

 

 

ラモーヌ「.........この人、本当にマックイーンのトレーナーなの?あまり発言に利発的な物を感じないのだけど」

 

 

爺や「紛れもありません。ただ.........少々変人でございます」

 

 

『良かったわね。変人[程度]で済まされて』

 

 

桜木(ホント。アイツらと同じヤベー奴判定喰らわなくて助かったよ)

 

 

 心の底から安堵する。たかが変人程度、今更弁明する気も無い。むしろそれ以上だと伝えられたらやばかったが、流石気遣いの達人爺やさん。俺への配慮もしっかりしている。その証拠に汗が額に滲んでいる。

 

 

 そしてトントン拍子にまた話が進んで行く。どうやらラモーヌさん。俺のトレーナー勉強の為に急遽爺やさんに呼ばれたらしい。本来ならばこの季節、この本家も一般の方に解放してないそうで、完全なオフ期間だと言う。

 そんな中来てくれたのだから、しっかり勉強するようにと、強く釘を刺されてしまった。そんなに信用無いのか俺は。

 

 

『無いでしょ。テストで0点取るんだから』

 

 

桜木(俺は得意な部分で点数を荒稼ぎするタイプなんです〜)

 

 

『あ〜良かった。貴方があの時試練を受けなくて、受けてたらあの子は今頃〜』

 

 

桜木(っ、ええい分かった!!分かりましたよやりますよ!!満点取ってやりますよこんちくしょう!!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(今日から俺もメジロ専属だぞッッ!!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、四十分後.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドガァッッッ!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突然、平和な日常の中に響き渡る衝撃音。屋敷に居る者達はその音に驚き、使用人達は何があったのかと慌ててその音の発生源へと向かう。

 場所は玄関。その大きな扉が開いた音なのか、それとも開こうとした時に出た音なのか。きっと後者だろう。

 

 

 何故なら、その扉の目の前には、片足を思い切り突き出している桜木の姿があったからだ.........

 

 

爺や「桜木様!!?ラモーヌお嬢様の講義を聞いて居たのでは!!?」

 

 

主治医「何があったのです!!?」

 

 

ナリブ「おいッ!!!お前また何かやらかしたのか!!?」

 

 

 続々と集まる人物達。しかし桜木はそれに意を返す事は全くせず、その手に持った謎の煮込まれた液体を勢い良く煽った。

 

 

ラモーヌ「ちょっと!!私はトイレに行くと言うから行かせたのよ!!それを貴方.........何を、飲んでるの.........!!?」

 

 

パール「ね、ねぇジミー?私アレ、見覚えがあるのだけど.........」

 

 

ジミー「ぼ、僕もさマイハニー.........確か、[デトロイト]のビルの屋上で.........」

 

 

ルビィ「お、美味しいのかな.........?」

 

 

エディ「私達の郷土料理の方が美味しいと思うぞ」

 

 

 その桜木の奇行に誰もが驚き、そして憤りながらも、それを止めに行く者は誰も居なかった。

 それは、今の彼には気迫があったからだろう。執念。執着。目には見えないはずのそれが見えてきてしまう程に、平然とした姿から滲み出るそれに激しい違和感を感じ、誰も動け無いでいた。

 

 

桜木「.........ぷはっ、ふぅ」

 

 

エディ「!なん、だ.........アレは.........!!」

 

 

ナリブ「.........やはり、チーム[レグルス]一番の問題児は、桜木だな」

 

 

ルビィ「ね、ねぇねぇ!あのお兄さん!![お耳]が生えてきたよ!!?」

 

 

 口元を拭い去り、身体の調子を確かめる。体内物質の急激な変化。ウマムスコンドリアの影響により、代謝が大きく増加した桜木の体表からは、汗が蒸気となってまとわりつき、そしてウマ娘にしか無いはずの耳としっぽが現れた。

 

 

 その現実について行けない者。桜木という男を改めて認識する者。それらを置き去りにするように桜木は、一歩外に出て、言葉一つを置いて爆走を始めたのであった.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そろそろマックイーンに会わないと死ぬぜッッッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、一人爆走を始めたトレーナーさんに追い付いたのはパールさんだけであり、彼の熱意を知った彼女が、ここまで来るのを手助けした。という話でした。

 

 

「.........」

 

 

桜木「ガツガツムシャムシャ!!!」

 

 

 野球の大会が終わりを迎え、ラモーヌお姉様率いる残りの海外メンバーの方々の邂逅を終え、私は彼の話をお腹がすいたといって注文した彼の料理を待ちながら、その口から途中まで話を聞いていました。

 料理が来てからはチラチラとそちらの方を見始めたため、どうしようかと思っていましたが、お姉様が代わりに語り始め、彼は食事に専念し始めた訳です.........

 

 

ゴルシ「.........なんつーか、ヤベーな」

 

 

テイオー「うん.........」

 

 

スペ「私、サブトレーナーさんのこと。よく分からなくなっちゃいました.........」

 

 

 ここに居る生徒の方々は全員引き気味で彼の方を見ました。しかしそれでも目の前の食事の方が大事なのか、その視線に気を取られるということも無く、彼は箸を進めています。

 チャーハンを口にかき込み、ラーメンの麺を一口で啜り切った後にスープを一口のみ、それを飲み込んでいる間に魚のしっぽを箸で掴み、その頭から口に入れて器用に身だけを食べて綺麗な骨を皿に乗せました。

 

 

フェスタ「おーい。頼まれてた奴持ってきたぞ」

 

 

桜木「ふほ?はうふー♪」

 

 

シャカ「人間ってこンなに食える物なのかよ.........?」

 

 

タキオン「筋力ウマ娘化薬の副作用は未だ解明できていない.........食欲の増加はその一つだろうが.........だから私が居ない所で複製や服用をするなとあれほど.........」ブツブツ

 

 

 食べている間にフェスタさんに何を頼んだのか、大きなバケツの中に水が沢山入った状態で彼に渡され、それを嬉しそうな顔で受け取り地面へと置きます。

 ひとしきりテーブルに乗った食事を全て平らげた後、彼は待っていたかのようにそのバケツを手に持ち.........

 

 

「な.........!!?」

 

 

桜木「ゴクッ♪ゴクッ♪」

 

 

桜木「.........くはーっ!!!日本の飯!!!日本の水!!!やっぱこれだわ!!!」

 

 

 手に持った10Lは入るバケツ。そこに並々注がれていた水を彼は一気に飲み干してしまいました。その様子を見て、流石の私達も愕然としてしまいます。

 

 

ルビィ「.........パパも出来る?」

 

 

ジミー「え!!?あー、ははは!コンディションが整ってたらね!!!」

 

 

パール「.........アマゾンの奥地で遭難した時もあんなに食べられないのに、いつ食べられるのよ.........」

 

 

 仲の良さそうな会話をするクレセントパールさん達ご家族。ICPOと言う職業は映画の中でしか知りませんでしたが、やはりそんな所にまで行く時は行かれるのですね.........

 .........と、危うく話が逸れましたが、私が言いたいのはそういう事ではありません。今言うべき事は.........!!!

 

 

マック「トレーナーさん?」

 

 

桜木「はいはい!なんでしょう.........か」

 

 

マック「.........」ニコ

 

 

桜木「ヒエッ.........」

 

 

 彼の方を見て、ニコりと微笑みかけます。彼はそんな私の内心を察したのか、最初こそ嬉しそうな声と表情をしながらも、直ぐにそれは怯えだけとなりました。

 私の方を見て、まるで熊を見たかの様に視線を動かすことも無いまま、ゆっくりと席から立ち上がり距離を取ろうとしますが、その裾を掴んで動けなくしました。

 

 

桜木「.........その、マックイーンさん?」

 

 

マック「.........なに、やってるんですのォォォッッ!!!」ゴスゥッ!!!

 

 

桜木「おごッ―――」

 

 

 片手の指を揃え、そのまま彼の弱点である脇腹の方へ突き立てます。もちろん骨が折れたり、ケガをしたりしないよう手加減はしましたが、やはり彼にとってこの攻撃の効果は絶大の様で、立ち掛けた所からまた椅子に座り戻しました。

 

 

マック「貴方はっ!!いつもっ!!そうやって!!」ポカポカ!

 

 

桜木「お、お、お!お待ち下さい!」

 

 

マック「きちんと試験を受けて居ればメジロ家専属トレーナーでしたのよ!!?」

 

 

桜木「それってそんな凄いことなの!!?」

 

 

マック「当たり前じゃないですか!!このおバカ!!何年この世界に居るんですの!!?メジロの名がどれほどこの業界に名を馳せているのか!!もうとっくのとうにご存知でしょう!!?」

 

 

桜木「ヒィィィィ!!!ご、ごめんなさいぃぃぃ!!!」

 

 

 彼の身体を叩きながら、私は彼を叱責しました。もう怒りまくりです。もし怒りで髪が伸びるのならもうそれこそ天を貫く勢いで上の方に行く程に.........

 

 

 しかし、そんな事をしていると皆さんの視線が私達から違う方へ向いている事に気が付きました。その方向を見ると、私達の姿を見て、クスクスと一人で笑うラモーヌお姉様がいたのです。

 

 

マック「ら、ラモーヌお姉様?」

 

 

ラモーヌ「ふふ、良いじゃないマックイーン。許してあげなさい」

 

 

マック「.........へ?」

 

 

 その言葉を聞き、私は.........いえ、[私達]。つまり[メジロ家]のウマ娘達は大きく驚きました。

 普段、厳しいと他者から言われるお姉様。もちろんそれだけではありませんが、それを知るには長く付き合って行かなければ見えて来ないほど、自分にも他者にも、そのストイックな厳しさを見せる方です。

 そんなお姉様が、まさか許せなんて言うとは.........あまりにも予想外の出来事でした。

 

 

ラモーヌ「桜木トレーナー」

 

 

桜木「は、はい!」

 

 

ラモーヌ「.........マックイーンの事、よろしく頼むわね」

 

 

桜木「.........え?あの、ちょっとぉ!!?」

 

 

 優しい微笑みを彼に向け、お姉様はそう言いました。どうしてそんな事を言ったのか。彼に何を感じたのかなんて言うこと無く、お姉様はカフェテリアから出て行ってしまわれました。

 あの人の性格を考えれば、きっと府中のメジロ家には寄らず、その足で北海道に帰るのでしょう。それを察した方々は私を含め、その振る舞いに酔い知れてしまいました。

 

 

ライアン「うわぁ.........やっぱり、ラモーヌさんは凄いなぁ」

 

 

ベル「そうね.........トリプルティアラ、ううん、それ以前の持ち前のカリスマ性.........」

 

 

パーマー「私達と根本が違うって、嫌でも思い知らされちゃうね.........」

 

 

アルダン「パーマー。それを聞かれたら姉様にまた怒られますよ?」

 

 

ブライト「私も、いつかあの様な女性になりたいですわ〜」

 

 

 多くの方に短い時間ながらも、その印象を深く刻み込んで行ったラモーヌお姉様。私も久方振りに拝見するお姿を見て、以前と変わりないその雰囲気を再び目標にしつつも、今は目の前の問題を片付ける為に、お姉様の言う通り怒りを鎮ました。

 

 

マック「.........それで、トレーナーさん」

 

 

桜木「っ、ああ」

 

 

マック「単刀直入に聞きます。この脚は.........[治る]のでしょうか.........?」

 

 

 目線を一度、左脚の方へと向け、不安を抑え込む為に手で撫でた後にもう一度、彼の顔を見ます。

 先程までのおふざけはどこにも無く、あるのは真剣そのもの。先程までの彼しか知らない人から見れば、そんな顔も出来るのかと驚いてしまうくらいです。

 

 

桜木「.........[治る]」

 

 

マック「!」

 

 

桜木「例え世界中の人に、世界一のAIに、世界を創った神様に0%を提示されても」

 

 

桜木「俺は.........俺が[0から作り上げた100%]を、信じるだけだ」

 

 

 真っ直ぐと、決してそらさずに、彼は私の事を射抜くように見ながら強く答えました。そこに保証なんてどこにもないと言うのに、彼は[また]、その言葉一つだけで私を肯定し、そして茨の道を切り開こうとしてくれている.........

 

 

シリウス「.........なんだよ、やる時はやるんだな。アンタ」

 

 

オルフェ「当たり前っス!おじじはマックイーン先輩の事がむぐぐっ!!?」

 

 

ライス「だ、ダメだよオルフェーヴルさん!」

 

 

桜木「?まぁ俺はそれしか出来ないからな!ははは!」

 

 

ブルボン「.........ふふ、久し振りにマスターのその言葉が聞けました」

 

 

 そう言って、普段滅多なことでは表情を変えないブルボンさんが微笑みました。それに釣られるように、私や彼を含めたチームメイトの皆さんが笑い始めます。

 それしか出来ない。けれど彼のその言葉の奥には、それ以上をしようという意思が感じられます。隠された物。見えない物が簡単に見えてしまうくらいに.........ようやく私達の良く知る彼が、目の前に帰ってきてくれたのです。

 

 

桜木「あっ、そうそう!その脚の治療なんだけどさ。宗也に頼もうと思うんだよね」

 

 

黒津木「は?俺?」

 

 

桜木「だって、ほら。これ能面の奴が言ってた天才医の遺言みたいな物らしいからさ」

 

 

黒津木「あ〜、なるへそね」

 

 

 事情を良く知らない方々はその言葉に首を傾げましたが、[繋靭帯炎]の治療法は未来の世界で、黒津木先生が編み出し、残したものだと言われています。

 それを知っているのは未来から来た方々と、未来へ行った私達だけです。普通に話しても信じて貰えないでしょうし、そこら辺の濁し方は本当に上手な人です。

 

 

桜木「.........まっ、そこら辺の話はまた後でにしよう。マックイーン」

 

 

マック「?な、なんでしょう.........?」

 

 

桜木「手ぇ出して」

 

 

 ニコニコと、まるでこれからサプライズをするという事を伝える様な顔でそう言いました。

 私はそれに戸惑いながらも、彼の言う通り手を伸ばします。するとその手の下を支えるように彼の片手が伸び、何かを握り締めた手を私の掌に乗せました。

 

 

マック「っ、これ.........って.........」

 

 

 その手の中の物は薄く、そして硬い小さい物。けれどその形が直ぐに分かる程に、それは私にとって身近な物でした。

 それを見る前に顔を上げ、目を見開きながら彼の顔見ます。そこには先程の笑顔とは違う、優しさが詰まった物となっていました。

 

 

桜木「[ひとりじゃない]。今の君には沢山。守ってくれる人が居る」

 

 

桜木「そこにはもちろん、[太陽]には程遠いかも知れないけど、君が[レグルス]だって言ってくれた俺も居るんだ」

 

 

桜木「.........ちょっと、頼りないかもだけど」

 

 

 そう言ってる間に、彼は少し困った様に眉を曲げて笑いました。いつも私達の事になると自信満々なのに、自分の事になると卑屈になる。いつもの彼らしい姿です。

  そんな彼に私も釣られて笑ってしまいます。自分の手を開き、[少し汚れた王冠]がある事を確認した私は、それを右耳へと付け直します。

 

 

マック「.........トレーナーさん。貴方は一つ勘違いしていますわ」

 

 

桜木「え?」

 

 

 王冠のアクセサリー。チームの証を付けながら、私は彼に言いました。そして彼は私の予想通り、疑問の声を上げました。

 天体に詳しくない彼の事ですから、分からなくて当然です。ここに居る中でそれを理解しているのも、タキオンさんやシャカールさん。そしてシリウスさんと生徒会長くらいです。

 

 

マック「私達が普段目にする太陽の等級は[-27等級]程です」

 

 

桜木「えっ.........と?」

 

 

マック「つまり、他の恒星よりも強く光を感じるという事です」

 

 

 そう。地球から見える太陽の光は[一等級]すら超えてマイナスの世界になります。それほどの光で、太陽は地球に光を与え、それが生命や植物の進化を促してきたのです。

 しかし、その光は恵みだけではありません。光のエネルギーが強すぎるせいで地球はオゾン層が無ければたちまち、死の惑星へと早変わりする。

 けれどそれは、地球との[距離]が近いからです。

 

 

桜木「そりゃ.........すごい数字だな」

 

 

マック「ええ.........ですが、それとは別に[絶対等級]という概念があります」

 

 

マック「それで表すのなら、太陽は精々[4等級]。一等星には程遠いんです」

 

 

桜木「へ?」

 

 

 ポカン、とした表情で私の言葉を受け止めるトレーナーさん。その顔は正しく、思ってもみなかったと言っても過言では無いでしょう。

 その姿を見て、やっぱりそういう勘違いをしていたのだと分かり、私は笑いました。けれどこれでようやく、彼に伝える事が出来ます。

 [レグルス]という星は、見かけの等級でも、そして絶対等級でも、誰がどう見ようとも[一等星]だと言うことを.........

 

 

マック「.........私は、貴方を信じています」

 

 

マック「そしてそれと同時に、一生思い続けます―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――貴方が[トレーナーさん]で、良かったと.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 例え、この世界の誰もが彼を否定しようとも。例え彼自身がそれを否定しても、私は肯定し続けます。

 彼でなくては行けなかった。彼と一緒に歩かなければ見えなかった景色が沢山あります。

 チームで過ごす意味。仲間が居る事で強くなる理由。誰かが隣に居てくれる安心感。そして、自分の弱さを受け入れる大事さ.........

 それらは全て、彼がいなければきっと知る事が出来なかったものです。それをくれた彼に目を向けていると、静かに顔を背け、しばらくの静けさの後、鼻をすする音が聞こえてきました。

 

 

桜木「あはは.........おかしいな、俺結構涙腺は締まってる方なんだけど.........」

 

 

マック「.........私は、泣き虫さんの方が気が合いますわ」

 

 

マック「私も.........泣き虫ですから.........!」

 

 

 彼が居る。ようやく離れていた物が戻ってきた。その安心感から私も、少し涙が出てきてしまい、それを人差し指で拭います。

 そして、涙する私達をすぐ側で見守る存在が現れます。私の姿と似た存在。[もう一人のメジロマックイーン]が、それで良いと言うようにその表情を和らげています。

 

 

 チーム[レグルス]。小規模の人数だけど、他のチームとは掛け離れた異質な集まり。

 

 

 夢を追い

 

 

 夢を守り

 

 

 夢を探し

 

 

 夢に覚め

 

 

 そして.........[夢を駆ける]。

 

 

 たった一人の[夢が壊れた]ことで起きた、有り得ない確率をかいくぐって巡り会えた人達。

 

 

 そんなチームがようやくまた.........もう一度一つに集まったのでした.........

 

 

 

 

 

......To be continued



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貴顕の使命を[超える]為に

 

 

 

 

 

桜木「.........」

 

 

スズカ「.........」

 

 

 時計の針が鳴り響く。刻一刻と時は進んでいると言うのに、未だ俺達は取り残されている気がしてならない。

 場所はトレセン学園の増設病室。名医黒津木宗也。俺の親友の手腕を遺憾無く発揮する事ができるよう理事長が(無理して)建てた物だ。勿論たづなさんにはこっぴどく叱られていた。

 

 

 そんな廊下で、俺達チーム[レグルス]。そして[スピカ]。果てには親友達とメジロの皆や俺の不在中俺の代わりをしてくれたシリウス達まで手術室の目の前の椅子に並んで座っている。

 

 

 そんな中、俺とスズカは落ち着ける訳もなく、ウロウロと歩いて居るのだった。

 

 

桜木「心配だ.........もしも、もしもの事があったら.........」ブツブツ

 

 

スズカ「どうしましょう.........走りに行きたいわ.........でもそうしてる間に手術が終わったら.........」ブツブツ

 

 

「.........うお(ひゃ)!!?」

 

 

「ご、ごめん(なさい).........」

 

 

「.........あだ(ひん)!!?」

 

 

「ご、ごめん(なさい)!」

 

 

 手術室の目の前を右から左、左から右へと行き来する俺。片や延々とグルグル左回りをし続けるスズカ。考え事に夢中になっている中、避け続ける筈もなく何度も何度もぶつかり、しまいには.........

 

 

「あぁぁ!!!もうッッ!!!」

 

 

「!!?」

 

 

 ぐい。と袖を掴まれて引っ張られる。その方向を見ると、俺の方はテイオー。スズカの方は沖野さんが手を伸ばし、その隣に無理やり座らせて来た。

 それでようやく先程までの事を思い出し、俺達は恥ずかしさのあまり顔を両手で覆った。

 

 

沖野「あのなぁ?心配なのは分かるが、こう言うのは信じて待つしかないんだよ。歯痒いかもしれないけど」

 

 

テイオー「もう!サブトレーナーもスズカも心配し過ぎだよ!ボクの時はもっと堂々としてたじゃん!!」

 

 

二人「ご、ごめんなさい.........」

 

 

 悪い事をして叱られる子供のように、俺達は謝る。叱ってきた二人以外の溜め息が聞こえて来て、俺達はもっと恥ずかしくなった。

 

 

ルビィ「だ、大丈夫だよ!私の方は成功したんだから!メジロマックイーンさんの方も成功するよ!」

 

 

ジミー「そうだともマイブラザー!!強く信じれば奇跡は起こる!!」

 

 

パール「人が増えればそれすら超えられる。貴方はいつだってそう言ってきたじゃない。違う?」

 

 

 心配で埋め尽くされている俺に気を使って、ルビィ達一家は俺を励ましてくれる。その言葉を聞いた俺は、ルビィの右足に巻かれた包帯に目を移した。

 

 

 先程、ルビィが言った言葉。この手術は実は、先に彼女に施され、そして無事成功している。

 黒津木曰く、発症段階は初期の初期。表だって現れていた訳では無い為、未来から送られたアイツの残した医学書に書かれていた物より幾分かは簡単な施術だったらしいが、流石に一日で二回もやれる程の手軽さは無く、後日の今日、改めてマックイーンに施術しているという事だ。

 

 

 それでも、不安が無い訳じゃない。ルビィとは違い、マックイーンの足は既に[繋靱帯炎]の症状が強く出てしまっている。普通の治療でも完全には痛みが取れない。という程に.........

 

 

爺や「お嬢様.........何も出来ない私めをどうかお許し下さい.........」

 

 

ライアン「大丈夫だよ!爺や!桜木さんも!」

 

 

パーマー「そうそうっ、黒津木先生に安心沢先生。おまけにウチの主治医も居るんだから」

 

 

ドーベル「それに、あのエディって人、凄いんでしょ?私も、その。人体に興味があって本も買ってたけど、何冊かはあの人の物だし」

 

 

ブライト「ドーベル?なぜ恥ずかしがってるのでしょう〜?」

 

 

 別に恥ずかしがってない。どこか慌てた様子でブライトの言葉を否定し、ドーベルはそっぽを向いた。その様子を見て、メジロの皆はクスクスと笑う。

 

 

アルダン「桜木トレーナーさん。もし手術の成功を信じられないのなら、代わりのものを信じませんか?」

 

 

桜木「代わりの、物.........?」

 

 

アルダン「何でもいいんです。例えば、これからこの子達と過ごす未来。貴方が願い望む未来。そして.........あの子が運命を、乗り越える未来」

 

 

アルダン「手術の成功は全部信じられないかもしれませんが、それなら信じられますよね?」

 

 

 .........確かに、それなら信じられる。0か1かの結果なんかより、無限に広がる可能性の一つなら.........信じる事が出来る。おかしな話だ。こっちの方が確率的には低いのに、1/2よりかは信じられるなんて.........

 

 

シャカ「まァ、二つの選択肢より、四択の方が安心するって奴も中には居るしな」

 

 

オペ「おー!!シャカールくんはもしや既に次の定期テストの話をしているのかい!!?うむ!!流石はボクを補佐する軍師だ!!」

 

 

シリウス「.........おい。否定しねぇとマジで巻き込まれんぞ」

 

 

 最初こそ気怠そうな口調で答えてくれていたが、オペラオーの最後の言葉にその瞳から光は失せ、どこか遠くへ見つめ始めていた。シリウスが助言をしてくれていたが、もう当の本人は諦めているのだろう。あの様子を見るに何度も否定をしたが聞く耳を持たれなかったようだ。

 そんな彼女等のやり取りに苦笑いをしていると、不意に自分の中の不安が小さくなっている事に気が付いた。やっぱり、ここは相当居心地が良い。

 

 

 そんな事を思い微笑むと、俺の肩を誰かがつついてくる。その方向を見ると、静かに微笑むタキオンがそこに居た。

 

 

タキオン「どうやら調子は戻ったようだね?トレーナーくん?」

 

 

桜木「うん、心配かけてごめんね。タキオン」

 

 

タキオン「別に構わないさ。君も私達と何ら変わらない、普通の感性を持った人間だからね」

 

 

 そう言って、彼女はその視線を手術室へと戻した。俺もそれに釣られてその方向を見る。

 本当に不思議だ。さっきまで吐きそうなくらいで、まともに見ることなんて出来やしなかったのに、今では普通に見る事が出来る。仲間の存在は偉大なのだと、やはり思い知らされる.........

 

 

ダスカ「お願いします神様.........!」

 

 

ウオッカ「俺のバイク貯金全部やるからマックイーンの足を治してやってくれ.........!」

 

 

ゴルシ「.........オメーら本当は仲良いだろ」

 

 

スペ「うぅ、心配し過ぎて何だかお腹の調子が変です.........」

 

 

フェスタ「は?さっき炊飯器三台分食っただろ?」

 

 

オルフェ「フェスタちゃんフェスタちゃん。多分お腹が痛いって事だと思うっス」

 

 

ウララ「ねぇライスちゃん。病院だから応援はダメなんだよね.........?」

 

 

ライス「そ、そうだよウララちゃん.........静かに、ね?」

 

 

ブルボン「.........頑張って下さい、マックイーンさん」

 

 

 皆が祈りを捧げながら、ただその時を待つ。俺ももう慌てたり、騒いだり、うろちょろしたりせずに、その時を待っていた。

 ただひたすらに手術室の扉を見つめ、その奥に居る彼等。そして彼女に、願いを込めていた。

 

 

 そして.........

 

 

東「っ、点灯が消えたぞ.........!」

 

 

 手術の最中である事を知らせるランプが消える。それを東さんの言葉で知った俺達は声を出せずに、ただ息を呑んだ。

 時計の針は動かない。世界はここで止まった。シュレディンガーの猫がどうなっているのかなんて、誰も知らない。

 

 

 だけど、蓋は開けなければ行けない。仮想実験は終わりを告げて、俺の夢の生死を判断する時が来てしまった。俺にはその猫がどうなっているのか.........その目で確かめる義務がある。

 

 

 ゆっくりと立ち上がり、俺はその扉の前へ立つ。その手を躊躇しつつも、ドアノブの方へ手を伸ばしたが、それが届き切る前に、扉は奥側の誰かの手によって開かれた。

 

 

黒津木「.........」

 

 

神威「宗也.........」

 

 

白銀「.........どうだった?」

 

 

 一人立ち尽くす黒津木。顔はあげず、ただその出来た影を俺達に見せる。声に反応を示しているのかも、定かでは無い。

 その様子に全員が不安を煽られ、顔に汗を流し始める。誰も何も言えない中、タキオンが口を開きながら立ち上がったが、その言葉を発する前に黒津木が片手を上げ、親指で部屋の中を示した。

 

 

黒津木「お前らで判断してくれ。俺は疲れた。寝る」

 

 

デジ「っ、マックイーンさん!!」

 

 

 黒津木の許可を得て、最初に動いたのはデジタルだった。そしてそれを皮切りに、全員が部屋の中に入ろうとして逆に堰き止められる状態に陥る。

 俺も早く、早くあの子に会わないと.........その思いでその流れの中を行こうとすると、病院のベンチをベッド代わりにして眠りにつこうとした黒津木が口を開いた。

 

 

黒津木「一つ言って置く」

 

 

全員「.........?」

 

 

黒津木「世の中には、大門未知子先生も居ねーし、ブラックジャック先生も居やしねぇ。スーパードクターKなんざ以ての外だ」

 

 

黒津木「.........けどな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この俺が居る。それだけで十分だろうがよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 .........その静かな一言で、俺達の不安は一切合切消え失せた。さっきまでの慌てぶりなんか無かったように、一人。また一人とその手術室の中へと入って行く。

 

 

エディ「.........一般人を招き入れるとは、あの男は本当に医者か?」

 

 

主治医「今回ばかりは.........先生に同意致します」

 

 

安心沢「そうね.........けど、彼が居なかったらルビィちゃんも。マックイーンちゃんも.........助かる事はなかったわ」

 

 

桜木「っ、それ.........て―――」

 

 

 疲労困憊。もうこの場から動く程の体力など残って居ないと言う様に、三人はその場に似つかわしくない仮設式の椅子の上に座り、項垂れていた。

 だが、その様子とは裏腹に、表情はどこかやりきった物を感じ、そしてその言葉を聞いた俺は静かに、ベッドの上に居るマックイーンの方を見た.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「スゥ.........スゥ.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「.........マックイーン」

 

 

 寝息を静かにたて、穏やかな表情のまま眠っている。その姿を見て、 何故かは分からない。本当に何でそう思ったのか分からない.........

 けれど俺はその時.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ようやく、[夢から覚めた]のだと、実感する事が出来た.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 [???]のヒントLvが1上がった

 

 

 [夢追い人]の進化条件を達成した

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの日。俺達は彼女を救う為に旅立った。案外道のりは平坦で、目的は一つ。迷う事も複雑な事も何一つ無い。そう思っていた。

 けれど蓋を開けてみれば、気が付けば昔結んだ縁を一生擦られて、やれクレセントダイヤがエディの妻だっただの、ルビィちゃんがパールさんとジミーの子供で実は[繋靭帯炎]を患う可能性があった。しかも試練にはもう挑戦して手術式は獲得。しかしエディの腕でもどうしようも無い程難解なため、元々警察官であったが医者探しの為に世界を飛び回れるICPOへと入った.........

 

 

 全く、どこのとんでも超展開だ。今どきの奴らは大人含めてわかり易い物語を求めてんだよ.........

 

 

 なーんて、俺の声が神様に通じたのか、あの後からびっくりするほど日常。まさにコーヒーブレイクの昼下がりって位には落ち着いた日々を過ごしている。

 

 

マック「.........あら?また爺やから」

 

 

タキオン「相変わらず心配性だね」

 

 

ブルボン「仕方ありません。未来の技術とは言っても、[繋靭帯炎]が現代で治る確率は、1.98%程です」

 

 

 昼休みのチームルーム。それぞれが思い思いに過ごすこの部屋の空気は正に、日常そのものだった。

 マックイーンとタキオンが紅茶を嗜み、ウララは今年の夏の為に昆虫図鑑を眺め、ライスは絵本を読み、ブルボンはプラモデルを組み立てる。

 

 

ウララ「あっ!!トレーナー!!デジタルちゃんは??」

 

 

ライス「そう言えば.........最近、お昼休みにここで会わないかも.........」

 

 

桜木「ああ、何でも芝とダートどっちでも走れるから、並走に引っ張りだこなんだってさ。困っちゃうよなー。デジタルもデビューするってぇのに」

 

 

 はぁ、っと溜め息をつく。何ともまぁ平和な困り事だ。平和過ぎて困ってるのか困っていないのか逆に分からなくなってくる。

 .........本当、生活にはメリハリが必要だとよく言われるが、こんなに付きすぎると逆に現実味が無くてふわふわしてくる。帰ってこようとした時はもっと感動するかと思っていたが、飯を食って寝たら日常に戻っていた。

 

 

タキオン「.........では、私はそろそろ失礼するよ。勉強が忙しくてねぇ」

 

 

桜木「あら珍しい。今そんな難しいことやってんの?」

 

 

マック「最近、トレセン学園に大学部が設立される様になるんです。授業態度は兎も角、成績トップの方々がどれほど勉強出来るのかの試験をやっていまして.........」

 

 

桜木「ほげぇ〜、すんげぇね〜。このままじゃ小学.........いや、幼稚園とか保育園とかまで出来ちゃうかもな〜」

 

 

タキオン「まぁ強ち、あの理事長の手に掛かってしまえばそれも時間の問題だろうねぇ」

 

 

 クツクツと笑いながらも、彼女は俺達に背中を向けて面倒そうに溜め息を吐いた。あのタキオンが勉強.........正直実験している姿は思い浮かべど、教科書やら参考書やらとにらめっこしてワーク本に穴埋めしている姿なんて想像できやしない。

 

 

桜木「大学か〜、行った事ねぇや」

 

 

マック「ではトレーナーさんも大学部に入りませんこと?」

 

 

桜木「いやいや、トレセン学園なんて女子校みたいなもんだし、俺は無理っしょ。できるって言われても行かんしね〜」

 

 

 今日のトレーニングの予定をデスクで建てていた俺は、ペンをクルクルとさせながらマックイーンにそう言った。復習も苦手だし、予習も嫌い。俺ってば他人ありきじゃなきゃ勉強出来ないのよね。

 まぁそんな事はさておき、俺は組み立てたトレーニング予定を皆に配る。タキオンにも後で渡しとかないとなぁ.........

 そんな事を考えて紙を差し出しているが、最後の一人が中々取らない。どうしたのかと思いその顔を伺うと、少し驚いている彼女がそこに居た。

 

 

マック「あの.........これは?」

 

 

桜木「トレーニングの予定。今日のだよ?」

 

 

マック「そ、そういう事ではなくて、走って良いんですの.........?」

 

 

 彼女はその瞳の奥に嬉しさを隠しながら、俺を見上げてそう言った。俺は彼女のその感情に気付き、彼女の[足元]に視線を移した。

 

 

 もう、彼女は車椅子に乗ってはいない。

 

 

 その足で、自分の足で前へと歩ける。

 

 

 だから、もう大丈夫。もう走れる。

 

 

 そんな思いもあった。

 

 

桜木「.........一週間。アレから経ったろう?」

 

 

桜木「何も問題ないなら大丈夫。君はもう、自分で走れる」

 

 

 自分で作りあげたメニューに再度目を通し、不備は無いことを確認した。これなら、なまった身体でもこなす事が出来る。

 そしてまた、その紙を差し出す。怖気付くのならそれでも良い。彼女の心がまだ、走る準備が出来ていないだけの話だ。準備が終わるまで、待つだけだ。

 

 

 瞳を揺らし、困惑しながら俺の目を見つめるマックイーン。この先、何が待っているのかは誰にも分からない。

 

 

 [未来]なんて無い。

 

 

 代わりに、[過去]も宛にならない。

 

 

 [現在]だけが、俺達が生きる場所だ。

 

 

 暫しの揺らぎの後、彼女は心を決めて手を伸ばした。俺の持つプリントを優しく掴み、引っ張って行く。俺の手からスルスルとそれは離れて行き、やがて彼女はそれを注意深く読み始めた。

 

 

 .........もう大丈夫だ。

 

 

 けれど、俺の[独り言(誓い)]は敢行させて貰う。

 

 

 確かに車椅子を押す事は無くなった。

 

 

 それでも俺は.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺は、キミと[ㅤㅤㅤㅤ]―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「っはぁ、はぁ.........やはり体力が随分落ちていますわ.........」

 

 

 彼からトレーニングメニューを貰った放課後、ミーティングを終えた後の私は直ぐに準備をしてグラウンドへと向かいました。

 彼から課せられたのはまず、現状の自身の身体を把握する事。分かっていたことではありますが、やはり発症する前とでは比べられない程に、肉体はなまってしまっています。

 

 

 .........分かっていたことです。ここでショックを真正面で受け止めてもなんの身にもなりません。そう思い、私は置いていたバッグの中からタオルとスポーツ飲料を取り出そうと振り向きました。

 

 

マック「?.........トレーナーさん」

 

 

桜木「あ、はは、どう?調子は」

 

 

 プールのある方からやって来たのは、後で見に来ると先程ミーティングで言っていた彼ですが、アレから十分も経って居ません。

 不思議に思い、何があったのかと見ていると、彼は恥ずかしそうに口を開きました。

 

 

桜木「その、あの子らがさ?マックイーンと一緒に居とけ.........って」

 

 

マック「え?」

 

 

桜木「いや!流石の俺も君達をほっとけ無いって反論したんだけどさ!」

 

 

桜木「.........タキオンが、結構頑固でさ」

 

 

 困ったように笑っていながらも、その表情はどこか嬉しげな物も感じ取れました。それに釣られて、私もつい気を緩めてしまいます。

 彼はその時の事を詳細に語りました。何でもプールに入って顔を見せた瞬間、チームの全員が驚いた表情を見せ、その中でいの一番にタキオンさんが怒りを顕にしたようで.........

 

 

「キミは一体何をしているんだい!!?」

 

 

「え?いや、トレーニングを.........」

 

 

「ただのスタミナトレーニングだろう!!?私達にキミは必要無い!!!早く彼女の元に行きたまえッッ!!!このおたんこニンジンッッ!!!」

 

 

 .........と、凄い剣幕で迫られ、助け舟を求めようとした所、他の方も怒った様な表情を見せ、最終的にはデジタルさんから私が復帰するまでは見なくていいとまで言われたらしく.........

 

 

マック「.........その、言い難いことではありますが.........」

 

 

桜木「[レグルス]って感じがする?」

 

 

マック「ふふ、ええ.........」

 

 

 普通であれば、トレーナーは要らないと言われて喜ぶと言うのも変な話です。けれど彼女達は、自分達で考え、そしてお互いの事を見る事が出来ます。

 [一人]では出来ない。培われない物。強くなるという部分から遠回りしているかもしれません.........ですが.........

 

 

桜木「.........本当、変な子達だよ」

 

 

マック「まともなのは私だけでしょうね」

 

 

桜木「あはは、君もちゃんと含まれてるよ」

 

 

 私が呆れた態度でそう言うと、彼は笑ってそれを否定しました。最初こそそれにムスッとした表情で返しましたが、結局。笑ってしまいました。

 

 

桜木「さっ、という訳でマックイーン。久々.........と言うより、初めての二人だけのトレーニングだな」

 

 

マック「!そうなりますわね、契約を結んでからは直ぐチームでしたから.........」

 

 

桜木「.........こんな事言うのも悪いんだけどさ」

 

 

マック「楽しみですか?」

 

 

桜木「.........うん」

 

 

 私の言葉を聞き、彼は先程の笑顔とは違う微笑むような笑みで頷きました。それが心の底からの物だと直ぐに分かり、私の胸も暖かくなりました。

 

 

 風が吹くグラウンドの上。ターフは緑の海の様に波を作り、私の髪と彼のコートの裾をなびかせます。

 春一番。[桜]の予感を感じさせる風。そんな優しい風に包まれながら、私達はまた、二人で歩き出しました.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「ふぅ.........」

 

 

桜木「.........凄いな」

 

 

マック「え?」

 

 

 時は夕暮れ。トレセン学園の最後のチャイムが鳴り響き始めます。

 一通りのトレーニングを終え、私は一息つきました。すると途中から真剣に見始めていたトレーナーさんが口を開きました。

 しかし、先程のトレーニングメニューは完全にリハビリ程度のもの。その上それに疲れを感じている状態.........どこにもそう言われる要素は無いと思っていました。

 ですが.........

 

 

桜木「マックイーン」

 

 

マック「!はい.........?それは.........」

 

 

 名前を呼ばれ、思考の渦の中から引き上げられるように返事を返しながら顔を上げると、彼はポケットの中に手を入れ、ある物を取り出しました。それは.........

 

 

マック「ストップウォッチ.........?」

 

 

桜木「うん。疲れてるところ悪いんだけどさ.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「久しぶりに計らない?3200m」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「―――.........」

 

 

 3200m。それは、私にとっての特別であり、かつての夢であり、そして始まりの数字でした。それが無かったら、それが夢でなかったなら、きっと今の私はここに居なかったでしょう。

 怪我からの病み上がり。普通だったら受けては行けないその誘い。けれど私はその誘いを断る事が出来ず.........いえ、断ることをせず、手に持ったドリンクとタオルを彼に持たせ、スタートラインに立ちました。

 

 

桜木「俺が合図送るから!聞こえたらスタートしてくれー!」

 

 

マック(.........普通だったら、不治の病が折角治ったのに、こんな長距離を走れる訳ないのでしょう)

 

 

マック(ですが、これが私の、私と彼の始まりの距離.........)

 

 

マック(そして.........またここから.........!!!)

 

 

 右脚を引き、身体の姿勢を軽く前へ倒した後、私はコースの先を見つめます。身体の感覚が鈍っているなら、それを頭で補います。

 幸い、レースの映像やタキオンさん達のトレーニングをマネージャーとして見学していました。知識だけならば、怪我をする前の私とは比べ物にならないはず.........

 

 

 けれど、この誘いを受けたのは、そんな打算的な物ではありません。

 

 

 今、これを走る事に意味を感じ取ったからです。

 

 

 この距離を今.........走り切る事に.........

 

 

桜木「よーい―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――ドンッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――ッッッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼の合図と同時に、私はスタートラインから前へと進みました。立ち上がりは順調。やはりブランクからか速度は強く感じられないものの、今のコンディションは好調だと知ります。

 最初のコーナーが見えてきた。ここの重心の運びは傾け過ぎず、そして傾け無さすぎない。その塩梅が難しく、私も未だに正しいコーナリングは数える程しか出来ません。

 

 

 けれどだからと言って.........彼の前で醜態を晒す訳には行きません.........!!!

 

 

マック「くッッ」

 

 

桜木「!おいおいあんなのいつ覚えたんだよ.........!!!」

 

 

 胴体だけでの重心移動が難しいのなら、腕の回転率で影響を与えるしかありません。決して脚のスピードを大幅に落とすこと無く、内ラチに1mmたりとて近づく事も、そして離れる事もせずに曲がり切ります。

 そこで長い直線。上手く感覚は掴めました。この身体の状態での作戦だったので、完全に戻ったらまた回転率を練り直しましょう。

 そんな事を考えつつも、スタミナ管理は怠らずに疲れないよう、しかし脳内の先行集団の先頭を走れる様にスピードを調整しながら走る事を続けます。

 

 

 地面を脚で蹴る感覚。それを先程のコーナリングにフィードバックさせながら二回目のコーナー。

 

 

 今度は腕の回転率を改変させることなく、私はコーナーを綺麗に回りました。比較的に私の得意なバ場状態だったので、思考を割かずに曲がり切ります。

 既に距離は1800m。誰かと走っている本番はあれ程までに長く感じると言うのに、一人で走っている時は.........彼が私にだけ意識を向けているこの時だけは何故か、凄く早く感じます。

 

 

マック(.........トレーナーさん)

 

 

マック(今の私は、以前と比べてしまえば見るに堪えない程弱い存在でしょう)

 

 

マック(けれど.........それでも.........!!)

 

 

マック(私は.........!!![貴方と]ッッ!!!)

 

 

桜木「.........っ!!」

 

 

 その瞬間。まるで一瞬だけ、力が湧き出し始めた様に地面を蹴り抜いて居ました。

 その蹴り抜き一回で、たった一回で先程までの論理的な思考は完全に消え去り、まるで[本能]に従う獣の如く、私は前へ前へ、ゴールへと向かってしまいました。

 

 

 いやです。

 

 

 いやです。終わらせたくありません。

 

 

 そんな気持ちなど知った事では無い。そう冷たく突き放す様に私の身体はグングン。ゴールへと向かって行きます。

 

 

 呼吸の仕方も、腕の振り方も、地面の蹴り方、接地から最後に離れる足の場所。その全てが今までとは別物。それでいて、身体はまるでそう生きてきたかのように[自然]でした。

 

 

 まさか.........これが.........

 

 

 彼の.........言っていた―――

 

 

マック「―――あっ」

 

 

 .........そこまで考え、そしてその答え辿り着きそうだった瞬間。目の端をゴールの目印にしていたハロン棒が過ぎ去り、私はその速度をゆっくりと緩めました。

 

 

 完全にそこから止まり、私は自分の身体の状態をチェックする為に動かしたり、捻ったりを繰り返しましたが、病み上がりでしたことも無い動きをしたと言うのに何故か疲れは全くありません。

 

 

マック「.........!タイムっ!」

 

 

マック「トレーナーさんっ!いかがでし―――」

 

 

 走りの事は今は分かりません。彼に聞けばもしかしたら何か。そこまで考え、先程の走りのタイムを取っていた事を思い出し、私は彼に声を掛けながらその方を向きました。

 きっと大した数字では無いでしょう。それでも彼なら、一緒に歩いてくれる。その安心感と共に振り返りましたが、彼はその場で.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「.........っ、くっ、ぁぁぁ.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「―――!!?トレーナーさん!!?」

 

 

 両手を握り、彼はそれを額に当てながらうずくまり、そして泣いていました。その彼に近付けば近付くほど、泣いている声と震える身体が強く印象に残って行きます。

 

 

マック(.........もしかして)

 

 

マック(私は.........もう.........)

 

 

 一つの可能性。それは、出たタイムが思った以上に酷く、復活の見込みが無いという事。それが脳裏に浮かんで、私は彼に駆け寄り側にいても、ただ顔を青くさせる事しか出来ませんでした.........

 

 

 その時でした。彼はゆっくりと、私にストップウォッチを差し出して来たのです。私は恐れながらも、それに手を伸ばし、そのタイムを見る為にそれを裏に返しました.........

 

 

マック「.........これ、は」

 

 

桜木「マックイーン.........!!!!!」

 

 

マック「!トレ―――」

 

 

 彼に強く呼ばれ、私は彼の方を見ようとしました。しかしそれは叶わず、目に映るのは空の風景と、彼の背中。身体に感じるのは彼の温かさと、耳元で聞こえる彼のすすりり泣く声だけでした。

 

 

 一瞬、何が起こったのか分からない状態。けれどそれは直ぐに終わり、私は私を抱き締めて泣いている彼の背中に手を回し、強く抱き締めながら涙を流しました。

 

 

 ストップウォッチに表示されたタイムは―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――[3.29.3]

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「.........戻ってきたんだ.........」

 

 

マック「はい.........」

 

 

桜木「俺達.........!ようやくここまで.........!!帰って来れたんだ.........!!!」

 

 

マック「っ、はいっ.........!!!」

 

 

 失ったと思われていた物。それは強さ。日常。絆。決してもう、二度と同じ物は帰って来ず、ひびが入って居たり欠けていたりを覚悟して居ました。もう二度と、絶対的な安心は得られないのでしょう.........

 けれど、それは確かに以前と同じ姿のまま取り戻す事が出来たのです。それが.........[3.29.3]というタイム.........

 

 

桜木「諦められなかったんだ.........!!!最初っからっっ」

 

 

桜木「けれど現実は甘くないってッッ.........必死に諦めようとして.........皆を傷付けて.........!!!」

 

 

マック「っ.........っ!!!」

 

 

桜木「俺は.........っ!!?」

 

 

 彼の弱音が吐き出されて行く。ですがまだ、それを聞く段階ではありません。それは全てが終わってからです。

 今ようやく、ようやくまた[始まった]のです。だから今必要なのは弱音を吐くことでは無く.........[強がる]事.........

 私はそう思い、これ以上彼が自分を責める事が無いよう、彼の頭に手を添え、私の肩に乗せられた彼の顔を私の胸元まで持って行きました。

 

 

マック「私は何度だって言いますっっ!!!」

 

 

マック「例え貴方がどれほど他の人を傷つけようとッッ!!!」

 

 

マック「例えッッ、貴方自身がそうでないと言い続けたとしても.........ッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「貴方が[トレーナーさん]で.........本当に良かった.........!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼の頭を抱き締めながら、私は嗚咽を混じらせながら言いました。きっと顔も、ぐしゃぐしゃでみっともない事になっていると思います。

 けれど、それで良い。この人の前でなら、それが[強がり]で、ハッタリだと分かり切っても、それでいいんです。

 

 

 それがきっと.........いつかきっと、本当の事になるのですから.........

 

 

桜木「マックイーン.........」

 

 

桜木「マック、イーンっ.........!!!」

 

 

マック「トレーナーさん.........!!!」

 

 

 風が凪いだターフの上。海は静けさを得て、まるであの日の夕焼けの様な夕日が境界線を沈んで行く。

 [ふたりぼっち]のターフの上。二人で抱き合い、涙と声と温もりだけの世界。他のものは全て上書きされて、ここにはただ二人だけ、抱き合う私達だけを残して、ようやく[物語]が[始まる]のでした.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 [貴顕の使命を果たすべく]

 Lv0→1

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『.........』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――まるでお互いを愛し、足りない部分を補う様に抱き合う二人を遠目に見ながら、私は空を見上げた。そこには空に溶ける山吹色と、薄くありつつも、確かに存在感を感じさせる月が空に居た。

 

 

(.........[メジロマックイーン])

 

 

 心の中で、その名を呟く。ただ与えられただけのもの。本来受けたその者にとって意味は無く、理由も無く、そしてこだわりも無い名前。

 けれどそれはいつしか、多くの人々にとっての意味となり、理由となり、そして[夢]へとなっていた。[メジロマックイーン]はいつしか、人々の中で[名優]となっていた。

 

 

 けれど、今の彼女は[名優]などという柄じゃない。彼の前では自分をさらけ出して、夢を語り、そして涙を流す普通の少女。

 終わってしまうかもしれない。そう思った時もあった。でもそれは、結局杞憂に終わってしまった。

 

 

(.........そうね。もう、殆ど[超えた]ものね)

 

 

(後は.........[奇跡]を[超えて].........)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(貴方達と[ㅤㅤㅤㅤ].........)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 光を感じる。確かな光、夜明けにも似た、月の優しい包み込むような光にも似た物。それが自分の胸の内に広がって行くのが、手に取るように分かる.........

 

 

 これからどんな物語が待ち受けているのかは分からない。

 

 

 けれど、進むしかない。

 

 

 そう、それが.........

 

 

 [奇跡を超える]と言う事だから.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――だが、まだ誰も、この時は気付いていなかった。

 

 

 [メジロマックイーン]が、彼女が長いブランクにより、以前よりも硬く、そして分厚い殻に再び覆われていた事に.........

 

 

 チームメイトも、彼女の半身も、彼も彼女自身もまだ.........

 

 

 気付いて居ないのであった.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

山あり谷ありウマ娘

 

 

第五部 夢覚め人編ㅤㅤ―――完―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 多くの奇跡が起こった。

 

 

桜木「.........っ」

 

 

 だがそれは、結局の所[奇跡]止まりの物だった。

 

 

ウララ「マックイーンちゃん.........!」

 

 

 その先に到達するのは、人の手では無理なのだろう。

 

 

 神が起こす[奇蹟]には、遠く及ばない。

 

 

 だがそれでも.........

 

 

桜木(呼ぶんだ.........!!俺が叫ばなくてッッ、誰があの子の名前をここで呼ぶんだ.........!!!)

 

 

 人という生き物は、大きく進化を遂げるのだ.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マックイィィィーンくぅぅぅんッッッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「.........タキ、オン.........?」

 

 

タキオン「.........っ」

 

 

桜木「お前.........泣いてるのか.........?」

 

 

 神は運命を信じる。

 

 

 機械は確率を信じる。

 

 

 そして人間は.........[人間]を信じる。

 

 

 それこそが、[奇跡]を超え、全てを覆す事になる。

 

 

 これは、一人の男から始まり、やがて全てを巻き込んだ[物語].........

 

 

 そして、一人の少女が立ち上がり、やがて一つに収束する[物語].........

 

 

 それが―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 山あり谷ありウマ娘(全ての奇跡を超える物語)である

 ㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤ(貴顕の使命を超える物語)

 

 

 

 

 

 

 

 

 次回、山あり谷ありウマ娘

 

 

 第六部

 

 

 [夢駆け人編]

 

 

 

 

 

......coming soon



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第六部 夢駆け人編
人々はそれを[愛]と呼ぶ


 

 

 

 

 

 春の季節の代表。四月。

 北海道住みだった頃にはピンと来なかった桜が咲くという時期。確かにあっちにも桜はあったが、開花は精々五月が関の山。そういう話題は本州とは一足遅れてしまう。

 

 

桜木(全く、[桜木]なんつぅ名前でも、そういう所は親近感湧かねぇなぁ。俺が好きなのは春より秋なんだよ)

 

 

 溜息をつきながら、手に顎を乗せて窓の外を見る。トレセン学園のグラウンドにも、桜の木が沢山植えられている。そろそろ満開になって、そして散っていくのだろう。

 

 

 マックイーンの脚が完治してから約一ヶ月。彼女の練習メニューは想定より早くリハビリレベルを脱し、少し軽めではある物の現役の子達と同じ物になってきている。流石にまだ万全だった頃の量と質はこなせないが、着実に戻ってきている.........

 

 

 .........けれど

 

 

 レッツゴースタート♪カケヌケテー♪イーマーノコーノジーダイヲー♪

 

 

桜木「ん?何だ?」

 

 

 突然、携帯に着信が入ってくる。普段だったらLINE通話の方で入ってくるはずなのだが、何故か普通の携帯番号の方で掛けられてきている。

 誰かと思いその名前を見てみると、この状況で見たくない名前ランキング堂々1位の人。たづなさんであった。

 

 

桜木「げっ!!?俺なんかやらかしたか!!?」ピッ!

 

 

桜木「もしもし〜桜木です〜」

 

 

「こんにちは桜木さん」

 

 

 その声を聞いた時、俺は安堵した。良かった。怒っている感じは特に無い。俺はすっかり安心した。

 

 

「URAファイナルズのファンレター、集計終わってますか?」

 

 

 はいダウト。完全に終わりです。聞いた事もない単語と明らかな業務の内容。これは完全にやらかしです本当にありがとうございました。

 そんなこんなで固まっていると、たづなさんはやっぱりと言って怒った様子を感じさせずに俺に説明をしてくれた。

 

 

「桜木さんが海外に行っている間にそういうイベントがあったんです」

 

 

「今現在、URAファイナルズに参加して居ない方、或いはトゥインクルシリーズを走って居ないトレセン学園在住の方の参加権が、ファンレター数一位のウマ娘に与えられるんです」

 

 

桜木「な、なるほど.........」

 

 

「ネットの方でもメッセージを募集していましたが、そちらは私達事務が集計致します」

 

 

「あっ、勿論手紙の方は桜木さんがしてくださいね?参加している方々の集計も行っていますので」

 

 

「[今日中]にお願いしますね♪」

 

 

桜木「へ!!?あの、ちょっとォ!!?」

 

 

 たづなさんは俺に今明かされる衝撃の事実一方的に伝えてきてあっさりと電話を切ってきやがった。

 最初の方はまだ良かったさ。うちのメンバーでURAファイナルズの出走予定名簿に名前を入れていないのはデジタルだけ。だが彼女はまだデビューしたばかりだし、申し訳ないがファンレターは楽に数えられる方だろう。

 問題はしっかり参加するウマ娘のも集計するという点。うちのチーム、俺が言うのもなんだがハチャメチャに凄い。G1は勝ってるし(ウララ以外)有馬記念にも出てる(ウララ以外)。そして何よりファンが多い(特にウララは多すぎる)

 そんな地獄の様な業務の存在を教えられ、俺は頭を抱えた。

 

 

桜木「今日は.........いや、今日もタキオンに頼ろう.........マジでごめんね.........」

 

 

 本人が聞いたらきっとまたグチグチと文句を言ってくるだろう。それを予感しつつも俺はまず、本人が居ない前で謝る予行演習を済ませて置いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「これはタキオンの.........これは、またウララか.........凄いな」

 

 

マック「本当、皆さん愛されていますわね」

 

 

 放課後のチームルーム。そこで俺はたづなさんに与えられた業務をきっちりとこなしている。マックイーンと一緒に。

 最初の関門、タキオンに事情を伝えるというのは思ってた以上に楽に事が運んだ。怒ることも文句を言うことも無く、まぁ仕方が無いと言って、彼女は軽く俺のお願いを了承してくれたのだ。

 

 

 だが、想定外の事がある。それは勿論、マックイーンの事だ。

 

 

桜木「なぁマックイーン。別に手伝わなくたって良かったんだよ?身体動かしたいでしょ?」

 

 

マック「確かにそうですわね、ですが今の私はレグルスのマネージャーです。トレーナーさんが困っているのなら、それをお手伝いするのが最優先ですわ」

 

 

マック(.........それに貴方と一緒に居られますし)ボソッ

 

 

桜木「え?」

 

 

マック「!な、なんでもありません!さっさと終わらせましょう!!?」

 

 

 彼女は顔を赤らめながら、先程呟いた何かを誤魔化すように俺をまくしたてて手紙の中身を分別して行く。聞いてはいけない事だったろうか.........

 モヤッとした気分は晴れていないが、俺も進めなければ終わる物も終わらない。そう思い、手紙の中身をしっかり読み解いていく。

 

 

桜木「おっ、これはライスのか。なになに.........?」

 

 

 拝啓、ライスシャワーさん。

 

 

 私はしがないOLです。毎日電車に乗り、デスクワークをこなす日々を過ごしています。

 貴女の事を知ったのは、何気なく付けたテレビのバラエティでした。そこで、司会の方に話を振られて動揺しつつも、頑張ってそれに応えようとするその姿に、恥ずかしながら心打たれてしまいました。

 

 

 それから暫くはそんな可愛さ目当て、自分の疲れを癒す為に貴女の姿をテレビやネットで追っていましたが、それでレースを見ないのは失礼だと思い、思い立ったのが菊花賞の時でした。

 

 

 ミホノブルボンさんの三冠が掛かっていると言うのは、普段レースを見ない私の耳にも情報として入っていましたが、私の気持ちは貴女の勝利だけでした。

 

 

 その時の姿にいつもの可愛らしさは無く、ただただアスリートとしてのライスシャワーさんがそこに居て、度肝を抜かれるのと同時に、益々貴女に惹かれてしまいました。

 

 

 けれど、貴女が勝った時、私は声を出す事が出来ませんでした。今思えば、本当になんて臆病だったんだろうと、桜木トレーナーさんの言葉を聞いた時、凄く後悔しました。

 

 

 メジロマックイーンさんとの勝負もこの目で見ました。もしかしてとも思っていましたが、あのマックイーンさんに勝てるだなんて。貴女は本当に凄い人です。

 

 

 私も貴女に負ける事ないよう、変わらない日々がこれから、楽しく変わって行くよう意識を持ちたいと思います。

 

 

 URAファイナルズ。頑張って下さい

 

 

桜木「.........なんか、こういうの貰うと元気が出てくるね」

 

 

マック「ええ、自分の事ではありませんのに.........」

 

 

桜木「OLさんかぁ、もしかしてこの人、あの人なのかな?」

 

 

マック「?」

 

 

 俺の言葉にマックイーンは首を傾げた。俺はそんな彼女に、あの日の出来事を軽く説明した。

 春の天皇賞。ライスが勝ったあの日、多くの人々が彼女を、そして彼女と走ったウマ娘達全員を祝福した。

 そんな光景を呆気に取られていた時、隣に立っていた女性に言われたんだ。

 

 

『私達も、子供に胸を張って居たいですから』

 

 

 .........もしあの人が送ってくれたのがこれなら、とても嬉しいなぁ。

 

 

マック「.........あら、こちらはタキオンさんのですわね」

 

 

桜木「おー、どれどれ?」

 

 

 初めてお手紙書きます!何を書いていいか分からないですけど!この手紙が一票になるなら書かせて頂きます!

 

 

 アグネスタキオンさんは凄い人です!レースはスマートにこなしますし!雑誌やテレビの取材でも飄々とした感じでとってもクールな方だと思います!

 

 

 それで自分!以前学園祭に来た時に握手して貰いました!ファンサもできるなんて完璧過ぎです!

 

 

 でも、菊花賞の時、何だかいつもと違って、追い詰められた様な感じで心配になりました。

 

 

 アレから大丈夫ですか?風邪とか、怪我とかしてないですか?とても心配です。

 

 

 自分が出来ることは応援する事しか出来ません。もしタキオンさんや他のウマ娘の方に何か起こっても、それを知るのはニュースで発表された時くらいです。

 

 

 そんな時、とてつもない無力感が溢れてしまいます。

 

 

 勝手な心配、余計なお世話かもしれませんが、お身体は十分お気をつけください。レースに出るとしても、仮にレースを走らないとしても、自分はタキオンさんのファンです。

 

 

 貴女の健康とこれからの躍進を、テレビの向こうで、出来ればレース会場の観客席で、見守って行きます。

 

 

マック「.........本当、あの人も変わりましたわね」

 

 

桜木「だね。会った時のまんまだったら、きっとこんな手紙は来なかっただろうね」

 

 

 悪いとは思いつつも、俺とマックイーンはお互いに顔を見合せて苦笑する。最近はそれこそ、あのタキオンが〜って感じの話題で溢れ返っている。

 傍若無人というか、他人に無頓着というか、実験以外に興味が無いと言っても過言じゃないあの子が、ファンの人に心配されるまでになった。

 

 

 きっと、恋人である黒津木の存在もあるのだろう。憎いやつだぜ。きっともうキスとかも済ませちまってんだろうなぁ。

 

 

桜木(.........俺もいつか)

 

 

マック「?私の顔になにか着いてます?」

 

 

桜木「!あいや!別にそういう訳じゃ.........」

 

 

桜木「あっ!これブルボンのだ!!」

 

 

 危ない危ない。まだ俺の心を悟られる訳には行かない。特に彼女には.........

 そんな焦りを隠しつつ、俺は箱の中にぎっしり詰まった手紙の内の一つ。ブルボンのファンレターを手に取ってその中身を開いた。

 

 

 初めてお手紙をお書きいたします。読み辛い部分がありましたら申し訳ございません。

 

 

 私は現在、大学へ通っております。研究分野は幼い頃から興味のあった宇宙に関する物です。

 

 

 私は昔から要領が悪く、両親からは大学は就職の為の通過点だと思いなさいと常々言われてきました。高校時代、それも仕方が無いと思い、自分の能力の無さを恨みつつも、両親の言う通り、宇宙の事は片手間に、就職の為の進学を進めていました。

 

 

 そんな時、私は貴女がランニングする姿を見ました。最初こそウマ娘だから当然だと思って、あまり気にしませんでした。

 

 

 ですが、貴女がデビューし、貴女の事がテレビやネットで詳細に分かってきた時、気付いた時には私は、親に対して今の大学に行く。と啖呵をきって居ました。

 

 

 非常に勝手で、気持ち悪いと思われるかもしれません。けれど私は、スプリンターでありながら三冠を目指そうとするその貴女の姿に、いつしか自分の姿を重ねていました。

 

 

 努力をすれば、夢を追い続ければいつか手が届く。そう思わせてくれる程に、貴女の走りと決意は、私の背中を押してくれました。

 

 

 三冠を逃したあの日。私は悔しさを覚えつつも、何故か納得感が湧いてきました。自分の事では無いのに、自分に置き換えた時、そうなっても良いかもしれないと思いました。

 

 

 私の夢は、自分の研究がいつか、宇宙に届く事です。直接的で無くてもいい。私では無い誰かが埋もれた私の研究成果を拾い上げ、それを組み込んでくれるだけで良いとさえ思っています。

 

 

 この大学で研究に没頭できるのも、そして誰かが成し遂げても良いと思えるようになったのも、全ては貴女のお陰です。

 

 

 今はまだレースに出られていませんが、次の公式レースは絶対に見に行きます。菊花賞で対決したライスシャワーさん。そして本当に夢のような話ですが、長距離で最強と名高いチームのエースである、メジロマックイーンさんとの対決がいつか見れたら嬉しいと思っております。

 

 

 長文、失礼致しました。

 

 

マック「.........そう言えば、まだブルボンさんとは一度も公式レースで走ってませんわね」

 

 

桜木「あっ、言われて見ればそうだね」

 

 

マック「今のこの脚で通用するとは思えませんが.........彼女とも走ってみたいものです」

 

 

 慈しみ、そして愛する様に自分の左足を彼女は撫でる。俺もそれを見てから、手紙を分別する箱の中へとゆっくり入れる。

 ブルボンの状態は今のところ、問題は無い。ようやく怪我前のスパルタトレーニングが出来るようになってきて、力も戻りつつある。

 けれどだからと言って、長距離を走れるようになったわけじゃない。菊花賞の時も、まだ万全じゃなかった。今度はそれこそ、それを仕上げに取り掛かっている段階だ。

 

 

 もし、ライス。そしてマックイーンとの直接対決が同時に繰り広げられたら.........なんて、夢みたいな話かもしれない。

 けれど、来年の春の天皇賞には.........期待している。

 

 

桜木「それにしても、うちの子達のファンの民度良すぎじゃない?俺もっと激励的な奴が飛んでくるかと思ってたよ」

 

 

マック「そんな事あるわけないじゃないですか!失礼ですわよ?」

 

 

 全く、と言って彼女は少し不機嫌になって手紙の選別を再開した。どうやら怒らせてしまったようだ。自分達を応援してくれている人達を悪く言ったと思われてしまった。これは俺が全面的に悪い。

 手を必死に合わせて謝りながら自分の真意を伝えると、マックイーンは言い方を気をつけろとピシャリと俺を叱ってくれた。こういうところは本当に頭が上がらない。

 

 

桜木「マックイーンは本当、チームのお母さんだなぁ」

 

 

マック「言ってるそばからまた.........ふふ、もう良いです」

 

 

 俺の言葉に呆れながらも、彼女はそれを笑って許してくれた。申し訳ないと思いつつも、そんな彼女にどこか甘えている自分が居る。

 最初は面倒なだけかと思っていたけど、彼女とこんな時間を過ごせるのなら良い物になった。そう思いながら、俺達はまた箱の中の手紙を一枚取り出す。

 

 

桜木「.........うっはー。またウララの手紙だ!」

 

 

マック「まぁ、本当大人気ですわね」

 

 

桜木「応援したくなるんだろうなぁ、気持ちは良く分かるよ」

 

 

 二人で笑いながら、手紙の中身を開く。そこには拙いながらも、しっかりとした文字が書かれていた。

 

 

 ハルウララおねえちゃんへ

 

 

 きょうはママがウララちゃんにおてがみをかこうっていわれておてがみをかきました。

 

 

 ウララおねえちゃんはすごいです。おいかけっこのときはぜったいにつかまらないし、おにになったときはいっつもつかまっちゃいます。

 

 

 ウララおねえちゃんはとってもはやいとおもっていました。けれどママといっしょにみにいったレースでは3ばんめくらいでした。とってもかなしかったです。

 

 

 けれどウララおねえちゃんは3ばんめでもすごくえがおで、いつものウララおねえちゃんでした。

 

 

 でもやっぱりウララおねえちゃんにはかってほしいです。おうえんしてるよ。

 

 

 こんどあそぶときは、ぼくたちにもはしりかたおしえてね。やくそくだよ。

 

 

桜木「こんな小さな子まで.........」

 

 

マック「それにもう一枚.........これは、似顔絵ですわね.........」

 

 

 まだまだ拙いけれど、丁寧に気持ちを込められた物だと分かる手紙。同封されていたもう一枚は、おっきい顔のウララと、周りに居る子供達の絵。これまた分かりやすいように、一人一人名前を振られている。

 こういう子供からの手紙を見ると、心がとても温まる。あの子達は本当、多くの人達に愛されているのが良く分かった。

 

 

桜木「.........君への手紙があったら、もっと時間が掛かったろうな」

 

 

マック「そう、ですわね.........私の出場名簿は[繋靭帯炎]が発症した時、たづなさんに連絡して取り消して貰いましたから.........」

 

 

 良くは覚えてませんけど、そう言って彼女は悲しく笑った。今でこそそれは治ったものの、やはり当時は酷いショックを受けただろう。夢を絶たれた.........その思いは正直、死ぬ意味を持つと言うよりかは、生きる意味を失うと言った方が正しい。

 そんな彼女を見て、俺は無意識のうちに彼女の頭に手を伸ばしていた。髪の毛に触れた途端、しまったと思ったが、彼女の先程の顔を思い出すともう、自分の薄っぺらい自衛心なんてどうでも良くなった。

 そんな俺の手に抵抗することは無く、彼女は少し驚きながらも、嬉しそうな表情を見せてくれた。そんな表情を見てるだけで、俺も嬉しく―――

 

 

「何をしてらっしゃるんですか?」

 

 

二人「っ!!?」

 

 

 突然、俺とマックイーン以外の第三者の声がチームルームに響いた。俺とマックイーンは驚き、お互い離れるように体を仰け反らせてその声の方を見ると、そこには箱を三段重ねて持つ人が立っていた。

 

 

桜木「い、いや〜、マックイーンもお手紙貰いたかったみたいで、慰めてました.........」

 

 

「.........そうですか。それなら問題はありません。よっ」

 

 

 机の上にその箱が下ろされ、ようやくそれを持ってきた人の姿が見れる。そこには、呆れた様な表情を浮かべて俺の方を見るたづなさんが居た。

 き、気まずい.........言い訳が苦しすぎたか.........?いや、間違いでは無い。実際彼女がURAファイナルズに参加していたのなら、かなりの数の手紙を貰っていたことだろう。俺はそう信じている。

 

 

マック「そ、それでたづなさん。この箱は一体.........?」

 

 

たづな「チーム[レグルス]へのファンレターに決まってるじゃありませんか!これではきっと、ファン数一位は桜木さんのチームの誰かでしょうね」

 

 

桜木「あの、すいません。これ一箱でこれなんすけど、これも今日中に.........?」

 

 

 目の前に積まれた箱を見て、俺は恐れおののいた。目の前の現実を直視出来ず、思わずそれを自分に突きつける為の一言をたづなさんに投げ掛けてしまった。

 しかしたづなさんは困った顔を一瞬見せ、そして首を横に振った。

 

 

たづな「流石に、この量を一日で捌ける人なんて居ませんから。特別ですよ?」

 

 

桜木「ほ、本当ですか!!?」

 

 

たづな「こういう時の為に予定日は常に前倒しで設定しておくんです。毎回忘れて焦る人が居ますから♪」

 

 

マック「ほっ、助かりましたわね。トレーナーさん」

 

 

 流石のマックイーンもこの量を一日で.........とは思えなかったのだろう。たづなさんの回答によって安心した表情で俺の方を見てくる。

 俺もたづなさんの言葉を聞いて一安心することが出来た。後は無理せず、このお手紙達を.........

 

 

たづな「あっ、一つだけ言わせてください」

 

 

二人「?」

 

 

たづな「寄り添い合うのはいい事ですが.........学園内の風紀を乱さない程度にお願いしますね.........♪」

 

 

二人「.........っ///」

 

 

 普段はしない様なイタズラな笑みを浮かべて、たづなさんは俺達のチームルームを出て行った。

 残ったのは.........酷く赤面して、お互いの顔を暫く見る事が出来ない俺達と、机の上に置かれた四つの箱だけだった.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「や.........やっと一箱終わった.........」

 

 

マック「お疲れ様です。ココアを淹れましたのでよろしければ」

 

 

桜木「勿論頂くよ。ありがとうマックイーン」

 

 

 空になった手紙が入った箱。テーブルの上には後三箱。俺のデスクの上にはそれぞれチームメイトの名前が書かれたのが四箱、手紙の数を正の数で書かれたプリントが貼られてそこにあった。

 彼女がココアを淹れてくれたと聞き、机に突っ伏していた俺は顔を上げ、彼女からココアを受け取る。猫舌の俺に配慮してくれたアイスココアの甘さに脳の疲れを癒しながら、俺は外を見た。

 

 

桜木「もう暗いな.........マックイーン、そろそろ帰った方が良いんじゃない?」

 

 

マック「!.........お邪魔、でしたか.........?」

 

 

桜木「え!!?いやいや!!いくら寮が近くて君が強いウマ娘だからって、遅くなったら危ないだろ?」

 

 

マック「そ、その時は一緒に帰ればいいではありませんか!!」

 

 

桜木「それは.........そうなるよね.........」

 

 

 彼女の反論にぐうの音も出ない。俺はその提案を飲み込み、自分の至らなさに呆れのため息を吐いた。なんでこう頭でっかちなんだろう.........

 そんな思いを消し去るようにココアの甘みに集中していると、マックイーンが手紙をまた開けていた。

 

 

桜木「あら?休憩しないの?」

 

 

マック「ええ。私、体力を有り余らせて居ますから、ここで使っておきませんと」

 

 

桜木「ふーん.........気を付けてねマックイーン?カミソリとか入ってっかもよ〜?」

 

 

マック「!!?そ、そんな事ある訳無いでしょう!!!」

 

 

 先程よりも強い口調で彼女は俺の事を否定してきた。けれど、さっきと違って俺はあまり、それにダメージを貰わなかった。

 .........実際にあった事だ。ライスが菊花賞を勝った後、送られてきた手紙の中にはカミソリが仕込まれていて、俺はその刃で血を流す羽目になった。皆には気付かれて居ないかもしれないが、それ以来手紙の開け方を変えている。

 

 

 憤る彼女に謝りつつも、それでも気を付けるように言うと、俺の言った言葉が冗談交じりでありつつも、実際に起こりうる事だと察した彼女は、慎重になり始めた。

 

 

桜木(.........URAファイナルズか)

 

 

桜木「.........[夢]、みたいなレースだよな。ホント」

 

 

マック「.........っ、そう、ね」

 

 

桜木「.........?マックイーン?」

 

 

 俺の独り言に、彼女は詰まった言葉で反応する。いつもだったら歯切れのいい返しをする彼女が、なにかに動揺している。

 不審に思った俺は席を立とうとするが、彼女はそれをなんでもないと言って止めてきた。

 

 

マック「.........私も少し疲れたのかも知れません。次のお手紙を読んだら、ちょっと休憩しますわ」

 

 

桜木「.........いや、もう帰ろう。あまり無理しすぎてもダメだよ。折角たづなさんが期間を伸ばしてくれたんだから。ね?」

 

 

マック「.........はい」

 

 

 気まずい沈黙を間に置きながら会話をする。何が原因でこうなったのかは分からないが、現状そうなってしまっている。

 俺も何か、そういう空気を壊せるくらいの無神経さがもっとあればと思ったが、どうにも彼女と居るとそんな気が起きない。彼女の大切なその自意識を、俺のそうで居たくないという思いで変えるのは、酷く利己的な物だと思ってしまう。

 

 

桜木「.........」

 

 

マック「.........っっっ」

 

 

桜木「!マックイーン!!やっぱり何か悪戯が―――」

 

 

 一際大きな反応を、彼女が見せた。明らかに普通の反応では無い。今度は彼女が止めようとしても止まらない勢いで立ち上がり、彼女の傍まで行った。

 急いで彼女の手を取り見てみるが、怪我どころか、切り傷一つすら着いていない。けれど彼女の両の瞳には大きな涙の雫が溜まり、そして床へとポロポロと落ちて行っている。

 

 

 一体、何が.........?

 

 

マック「トレ、ナー.........さん.........」

 

 

マック「これ.........!!!」

 

 

桜木「.........っ、一体何を書いてきやがったんだ.........ッッ!!!」

 

 

 俺の切羽詰まる姿に観念したのか、マックイーンは恐らくその涙の原因になったであろう[手紙]を俺に渡してくる。

 クソ.........!!!こんな事ならやっぱり俺一人で集計して居れば―――

 

 

桜木「―――っ!!!」

 

 

 .........そんなどす黒い気持ちは、手紙に目を通した瞬間に消えて行った。俺は目を見開き、その内容に驚きながらも、しっかりと読み込む為にその紙に、その文字に対して顔を寄せた.........

 

 

 その手紙は.........

 

 

 

 

 

 初めて耳にした時、驚きました。

 繋靱帯炎のこと。

 

 

 私はテレビや新聞、あらゆる媒体でマックイーンさん達を見てきました。

 

 

 かなり前の年末特番では桜木トレーナー達がしてきたことにずっと爆笑してたり、

いつぞやの感謝祭の生放送の時はカラオケタッグバトル以降ずっと「この二人もう結婚してたのか!?」と思ってました。

 

 

 そして何よりレース。

 デビューのレースを見た時から、美しく、力強い走りをする娘だと思いました。

メジロの名を背負う者はこうも強いのか、とも。

 

 

 菊花賞では、この娘なら天皇賞制覇という目的を優に超えていくのではないか、と思いました。

 

 

 春天のどこまでも飛んでいけるような走りを見た時、夢を叶える為に、全力で走るマックイーンさんを必死で応援していました。感動のあまり自分が泣いていることにも気づかずに。本当に号泣による脱水症状で死ぬかと。

 

 

 秋天の走りもその圧倒的な強さに惚れ惚れしました。降着になってしまった時は頭を抱えてしまうほど悲しかったことを覚えています。

 

 

 そして、テイオーさんとの頂上決戦。

 私は初めてレース場まで足を運びました。

 その時は本当に、歴史の1ページを目の当たりにしたような衝撃。

 ずっと応援してた推しが骨折から復帰してまたレースで見られた感動。

 初めて生で見たレースがあのレースで良かった。とそう心の中から言えるような素晴らしいものでした。

 

 

 ライスシャワーさんとの対決ももちろん生で見ました。もうずっと「かっこよかったよマックイーンさん」と「よかったねライスちゃん」と感動の叫びしか出せてなかったような気がしますw

 

 

 本当に長々と拙い文章で語ってしまってごめんなさい。

 ただ、知ってほしかったんです。あなた達をもう一度、もう一度でもいいから活躍を見たい。と思っている者がいることを。

 時に新聞を抱え、時に画面の前で、レースがあれば客席の先頭で。もう一度マックイーンさんがターフに立つその瞬間を、桜木トレーナーがマックイーンさんと共に笑顔で取材を受けているところが見れるまで、私はずっと待ち続けます。

 

 

 これからも、ずっと待っています。

 

 

 

 

 

桜木「これ.........って.........」

 

 

 手紙を持つ手が震える。視界がどんどん、滲んで歪む。この手紙は、どうやらマックイーンに向けて書かれた物らしい。じゃあ、この手紙のカウントは彼女に乗る.........

 だけど、そんな事をした所で.........意味なんて―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『今現在、URAファイナルズに参加して居ない方、或いはトゥインクルシリーズを走って居ないトレセン学園在住の方への参加権が、ファンレター数一位のウマ娘に与えられるんです』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「―――まさか」

 

 

 有り得ない。そんなの、起こりっこない。ただの俺の都合のいい妄想で、そんな期待をした所で無駄に終わるだけだ。

 

 

 .........けれど、それでも俺は、思ってしまった。だったら、それを確かめなくちゃ行けない。

 

 

 三箱。その中から無作為に手紙を何枚か選び、それを一つずつ開封して行った.........

 

 

 

 

 

 メジロマックイーン様、桜木玲皇様

 

 

 普段はファンレターを書かないのですが、今のお二人の事を考えると、筆を持たなければと思ったので勝手ですが送らしてもらいます。

 と言っても私は書くのが下手なので多くは語れません。

 あなた達は2人だけじゃありません、我々ファンも着いています

 現地には行けませんが、これからもテレビの前から御2人を全力で応援しております

 

 

 御2人のファンである事を誇りに思うただの一般男性より

 

 

 

 

 

桜木「これも.........」

 

 

マック「.........っ」

 

 

 

 

 

 メジロマックイーン様、桜木玲皇様、失礼します。日頃から応援させていただいているものでございます。

 

 

  この度は繋靭帯炎を克服したと言う噂を小耳に挟み、いてもたってもいられず送らせていただきました。

 

 

 新バ戦が始まってから何年経ったのでしょうか…マックイーン様の選手として、そして桜木様のトレーナーとして初のレースの日が未だに心の中に残っております。

 あの時はウマ娘のレースについての知識が全くなかったので、『ジャックポットは狙うべきものじゃない』コレを初め聞いた時はかなり独特なトレーナーさんだという印象、あの重バ場を圧倒的な強さで勝ち抜いたダート主戦のウマ娘といった印象を持っていました。

 

 

 しかし、追いかけて行くにつれ、桜木様は言葉選びが独特という事に加え、はっちゃける時はかなりハジけるけれど、どんな時でも担当のウマ娘の皆様に真摯に向き合い、支え、共に駆けてゆく立派なトレーナーさん。

 マックイーン様は圧倒的な強さという印象は更に強くなり、芝の中長距離を主戦として持ちうる全てを使い勝利を掴み取り、同じチームの皆様と切磋琢磨して更なる高みを目指されている選手といった印象に変わっていきました。

 それと、時折番組でのおふた方の絡みなどを見ていると担当とトレーナーの域を超えて背中を預け合える相棒………いえ、まさに一心同体の相棒と言った言葉が一番しっくりくる最強最高のコンビだと思っております。

 

 世間では引退といった噂も流れて来ておりますが、公式発表がない以上は現役を続行することと考えております。

 繋靭帯炎はウマ娘にとって不治の病と言われていますが、過去には復帰して栄光を勝ち取った方々もいます。

 その為には長く険しい道になると思いますが、まだほんのちょっぴりでもレースへの熱や未練が残っているのであれば、諦めないでください。

 あなた方がレースのたびに見せてくださる夢はどれも熱く、色鮮やかで、強くて勇気を貰えます。

 友人や知り合いに話すと、いい加減夢から覚めて現実を見ろとも言われますが……だとしても、見続けたい夢だってあります。

 わがままなお願いをあなた方に押し付けてしまっているというのは分かっています。ですがどうか、あなた方にとって満足するゴールに向かってください。

 絶対に最後の最後まで応援し続けます。そして、再び何処かのレース場でお見かけする事を楽しみにしております。

 

 

 メジロマックイーン様や桜木玲皇様、スピカ:レグルスの皆様のこれからの旅路に幸多からんことを切にお祈り申し上げます。

 

 

 

 

 

桜木「これも.........!!!」

 

 

マック「っ.........ぁああ」

 

 

 

 

 

 拝啓、メジロマックイーン様

 

 

 繋靭帯炎からの復帰、誠におめでとうございます。トレーナーさんや周囲の人々からの応援と、マックイーンさんの弛まぬ努力が産んだ結果なのでしょう。奇跡、などという言葉では軽すぎるだろうと感じる今日この頃です。

 

 

 私事ではありますが、先日とある試験を受けてきました。去年落ちた経験のある試験なのですが、私にとっては一年かけて再挑戦するほどの価値があるものです。仮にまた落ちたとしても、きっと来年にはまた受験しているでしょう。夢と呪いは紙一重、とはよく言ったものですね。

 

 

 そんな何度でも追いたくなる夢というものを、私に教えてくれたのはテレビ越しの貴女でした。もし貴女の美しい走りが無ければ。もし貴女の姿を見る事が無ければ、私は何も無い人間のままだったでしょう。

 

 

 どうか貴女らしく、夢を追いかけてください。私はその軌跡に憧れながら、自分の夢を追いかけます。

 まだまだ寒い日が続きます。どうか体調にはお気をつけてお過ごしください。

 

 

 ファンより

 

 

 

 

 

桜木「.........っ」

 

 

マック「グス.........ヒグ.........」

 

 

 中には、寄せ書きの物もあった.........

 

 

 

 

 

ぶどうのミルフィーユ

大丈夫だ。俺様達が、マックイーンちゃんの友人が、トレーナーが、そばにいるからな。

 

 

トマトオムレツ

弟と共に、デビューから応援させてもらった。叶うのならばもう一度、俺たちに夢を見せてほしい。

 

 

謎のトレジャーハンター

「正義と愛は必ず勝つ」、俺はあまり好きな言葉じゃないけど、そうだと信じてる。頑張れ、マックイーン!

 

 

仲良し三人組・その三

どうか今一度、貴女に立ち上がる力を。友達と一緒に、いつまでも応援しています。

 

 

画家志望

みんなに夢を見せて、ここで終わるのなんておこまがしいんだよ。やれること全部やって、全力で応援するから、がんばれ!!

 

 

妹LOVE

↑「おこまがしい」じゃなくて「おこがましい」な。あと寄せ書きに書く内容じゃねえだろ。

まあ、こいつも俺たちも、全力で応援してるからな!

 

 

今日の夕飯はオムレツ

大丈夫、みんなついてる、私たちもついてる、いっぱい応援する。イケるイケる!!

 

 

青薔薇

信じて進めば、壁は壊せる。大丈夫だ、きっとマックイーンの壁も壊せるさ。

 

 

華麗な俺様

きっと大丈夫よ、俺様達が保証してる。嬢ちゃんなら、負けないってね。

 

 

商人

ユーならこのヘルにもルーズしない、レジェンドになるって。そうエクスペクテーションしてマース。

 

 

 

 

桜木「っ、っ.........!」

 

 

マック「ぅぅう.........あぁ.........!!」

 

 

 

 

 

 拝啓。メジロマックイーンさんと桜木 玲皇さんへ。

 

 

 お二人の事は最初から追っていました。マックイーンさんの方はメジロ家という事もあり、私自身以前から期待をかけていました。

 最初の印象は、大丈夫なのだろうか?でした。

 

 

 片や名家名門のウマ娘。片や一般家庭出身、身内にウマ娘が関わっていないぽっと出のトレーナー。私の中では最初、絵に描いた様なデコボココンビでした。

 

 

 ですが、時が経つにつれ。レースを迎えるにつれ、実際に並んで立つ姿を見ても、テレビ越しでも、お二人の気持ちが徐々に重なって行く様子が手に取る様に分かりました。

 

 

 マックイーンさんが最後に走った京都大賞典。あの時私は、頂点を見ました。日本のではありません。全世界の、今この世に生きるウマ娘達の頂点。その称号に相応しい走りだと思いました。

 

 

 ここで終わっていいわけがありません。貴女の物語も、貴方の物語も、そしてそれを楽しみに待つ私達も、決して納得できません。

 

 

 まだ貴女に走る気持ちがあるのなら、まだ貴方に相棒を支える気持ちがあるのなら、どうかその空いた隙間に、私達ファンの願いも乗せさせてください。

 

 

 繋靭帯炎がなんですか。不治の病がなんですか。奇跡を超える。そう言い続けるのなら、それを実現させて見せてください。

 

 

 私だけじゃありません。きっと多くの方々が、貴女方の復活を待ち望んでいます。

 

 

 そして、貴女方を応援し続けている人達が居る事を、決して忘れないでください。

 

 

 そしてどうか.........本当に勝手なお願いかも知れませんが、怪我に苛まれ、自ら競走者としての道を断ち、未だに迷い続けてしまっている私に、貴女方が選んだ正解を、見せて下さい。

 

 

 これからも、チームの皆さん。そして関係者の方々と仲良く、そして楽しく過ごしてください。

 

 

 私はずっと。貴女達を応援しています。

 

 

 駿川たづなの親友。トキノミノルより

 

 

 

 

 

桜木「.........嘘だろ」

 

 

桜木「じゃあこれ.........本当に、全部.........っ!」

 

 

 読み上げた手紙を持った手から力が抜け、テーブルの上へひらりひらりと落ちて行く。目を移した先には、三つの手紙がぎっしり詰まった箱。もう、勘ぐる余地は何処にも無かった.........

 

 

 その時、デスクに置いてあったノートパソコンの方に通知が届いた。普通だったらこの状況で見る事は無い。後に回すのがいつもの俺だ。

 けれど、不思議と俺はそこに向かっていた。何か予感に駆られるように。一通のメッセージの詳細を開いた。

 

 

 そこには、理事長から何かの管理者権限を貰ったという物だった。

 

 

桜木「.........」

 

 

マック「グス.........トレーナーさん.........?」

 

 

 震える彼女の声。それに釣られて、俺はその顔を見た。涙でぐしゃぐしゃになって、目元は赤く、手に持ったハンカチももう、濡れ濡れだった。

 

 

 そんな彼女の姿を見てから、俺は震える手で、メッセージに添付されたサイトに接続した。

 

 

 そこは.........URAファイナルズのイベントページ。

 

 

 そして、多くの人々のメッセージが、びっしりと詰まっていたページだった.........

 

 

 

 

 

筋肉侯爵

デビューも引退までも、どうか貴女達を応援させてくれ。世界に幸福を、メジロマックイーンに信頼と力を!

 

 

筋肉令嬢

最後まで駆け抜けましょう!へばっても、あたくしやみんな、貴方のトレーナーが背を押しますわ!

 

 

また筋肉がついてしまった

涙は勝つまで取っておくさ...今は迷わず、真っすぐ、貴女の力となりましょう...!

 

 

兄じゃない方ですみません

大丈夫です。僕なんかが信じるまでもなく、マックイーンさんはやり遂げてくださいます。そうでしょう...?

 

 

キテ〇ツ大百科

頑張ってください、マックイーンさん。大丈夫です。馬鹿力はいつも、何もないところからでるんですから!

 

 

大盤振る舞い

わたしはただ一心に、貴女達を祈り続けることしかできないけど...精一杯応援しますわね。

 

 

祈願の歌を枠がない

シュンとしてちゃ駄目だよね!顔あげて、前向いて、勝利とトレーナーさんを信じるのみ!

 

 

ハルウララと声が似ているらしい

上等ですわ!こう、バチコーンと盛大にかましてやりましょうでございますですわ!

 

 

動物愛好家

マックイーンさん、かっこいいね。けれど、あなたのトレーナーさんも、貴女の周りの皆もかっこいいのだから...負けるはずないさ!

 

 

自称アンナさん

アンナさんの信じる力を、大サービスしちゃう。返品出来ないから、全部使って、勝つわよ!

 

 

死神の逆位置

信じれば叶う。不思議だけど、世の真理だ。どうか、あの星の彼方より、愛しき名優の帰還を...!

 

 

 

 

 

桜木「.........はは、なんだよ」

 

 

桜木「みんな.........!待ってるじゃんかよ.........!!!」

 

 

 身体が震える。言葉では言い表せない複雑な感情。けれど確かに一つの物で形成されているそれに振り回される様に、俺は何とか必死にこの場は抑えようとした。

 

 

 

 

 

マック「トレーナーさん.........!聞かせてくださいましっ」

 

 

マック「私が、[URAファイナルズ]に出走したいと言ったら.........!貴方は許してくれますか.........!!?」

 

 

 ―――居てもたっても、居られませんでした。私宛に送られてきた手紙。そこに綴られた言葉を目にして行けば、私の心はもう、決まってしまっていました。

 彼の震える背中に申し訳ないと思いつつ、私は追い打ちを掛けるように言葉を投げかけます。この状況なら、きっと断る事もしないという打算も込みで。

 ですが.........

 

 

桜木「.........ダメだ」

 

 

マック「っ、どうして.........!!?」

 

 

桜木「.........URAファイナルズは連戦になる。そして今の君の状態から考えて、復帰は本番。それ以前のGII、GIII。それどころかオープンを走る事は出来ない」

 

 

桜木「出来てギリギリ。ぶっつけ本番なんだよ」

 

 

 私の予想に反して、彼は冷静に、そして冷たく言葉を返してきました。そしてそれは正しい物だと、少し冷静になれば私でも理解し、納得してしまいます。

 でも、それでも私の心は.........!!!

 

 

桜木「.........ごめん。ちょっと、トイレ行ってくる」

 

 

マック「!待ってくださいましっ!!私もまだ諦めきれないんですっっ!!!」

 

 

 私は強く言葉をぶつけ、彼を止めようとしました。けれどそれに構うことなく、彼はこのチームルームを出て行ってしまったのです。

 なんで分かってくれないんですか.........?いつもだったら、私のわがままを受け入れてくれたではありませんか.........

 そんな悲しみが広がる胸の内でしたが、不意に私の耳が音を拾った事で、それもすぐに解消されてしまいました。

 

 

マック「!なんですか、もう.........!!!」

 

 

マック「結局.........!!!出てから一歩も歩けて無いではありませんか.........!!!」

 

 

 扉の向こうから聞こえてくるのは、彼がすすり泣く声でした。きっと、扉を支えに背を着き、座り込んでいるのでしょう。私は彼と私を隔てる壁におでこを当てながら、彼の心に触れようとしました。

 

 

桜木「俺だって.........!!!君にその大舞台で走って欲しいさ.........!!!」

 

 

桜木「けど俺はトレーナーだから.........!!!君にまた何かあったら.........!!!俺は.........ッッ!!!」

 

 

マック「何かあったなら!!!また乗り越えれば良いだけの話です!!!」

 

 

マック「私は.........!!!私達二人はっっ!!!チーム[レグルス]はいつも乗り越えて来たではありませんかッッ!!!」

 

 

 まるで聞き分けのない子供のように、私は泣きじゃくりながら言いました。それに釣られる様に、彼のしゃくりあげて泣く声も大きくなって行きます。

 唇を噛み締め、奥歯を震わせ、心の熱を高めながらも、私は彼に懇願し続けました。

 

 

マック「お願いします.........!!!」

 

 

マック「走らせて.........ください.........!!!」

 

 

桜木「っ.........」

 

 

マック「貴方となら[強くなれる].........!!![貴方としか]!!!(わたし)は[強くなれない]の.........!!!」

 

 

桜木「っ.........ぐ、はぁぁぁ.........!!!」

 

 

 堪えていたものを吐き出す様に、彼は溜息を震わせながら吐き出しました。

 そこから次第に、彼の嗚咽は収まりました。静寂になった時間。私はそれ以上何かを言うことは無く、ただ彼の次の言葉を待ち続けました。

 

 

桜木「.........ダメだよなぁ」

 

 

マック「.........ダメじゃないです」

 

 

桜木「ううん、ダメダメだ」

 

 

桜木「いつもカッコつけてさ、肝心な時に怖気付いちゃうんだもん.........」

 

 

 知っています。そんなの。一回目の天皇賞の時から.........

 けれど、貴方はその弱さを見せて私達を不安にさせるようなことは無かった。一番不安なのは自分なのに。負けたら自分で全部背負う気で.........

 

 

 泣き声は聞こえてこなくなりました。けれどその声はまだ震えていて、泣いている事が分かりました。それでも彼は.........前へ進もうとしています。

 それだけは.........心で感じ取ることが出来ました。

 

 

桜木「.........ねぇ、マックイーン」

 

 

桜木「さっき言った事と、完全に矛盾しちゃうんだけどさ.........?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「.........出よっか。[URAファイナルズ]」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「!はい.........はいっ」

 

 

 どこか諦めた様な口調で、彼は言いました。けれどそこには確かに、彼の強い意志を感じ取ることが出来ました。

 例えそれが復帰初戦になろうとも。例えそれが、ぶっつけ本番になろうとも、彼はそれを覚悟して、私の思いを汲み取ってくださいました。

 

 

 そして.........夜の帳が降りたトレセン学園。チームルームと廊下とを隔てた扉。それを境にして、私と彼は暫くの間、涙を流し続けていました.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「.........」

 

 

 ―――今日の仕事を終え、今お二人はどうしているのか気になった私は、[レグルス]のチームルームへと向かいました。

 そこで見たのは、その扉の前で背中を預け泣いている桜木トレーナー。そして扉の奥からは、泣いているマックイーンさんの声が聞こえて来ました。

 

 

(.........お二人には本当に、期待しているんですよ?)

 

 

 そう思いながら、私は普段。学園では取らない帽子をとって、まだ冷たい空気に[耳]を晒しました。

 今ではもう、家に居る時以外では見せることの無い.........[私が私である]という、逃れようのない事実を、誰にも見せることなく、ただ自分がそうであるという事だけを教える為だけに帽子を取りました。

 

 

 階段を降りた先の曲がり角。桜木さんに見つからないよう、私も壁に背を預け、窓の外に広がる星空を見上げました。

 

 

『も、もしかして!トキノミノルさんですか.........!!?』

 

 

『は、はい』

 

 

『私!ファンだったんです!』

 

 

 .........本当、こんな分かりやすい特徴さえなければ、誰も私だと気付かないくらいには地味な見た目だとは思うんですけど、ひとたびそれを顕にしてしまえば、皆私だと気付いてしまう。

 今はもう時間が大分経ったので分からないけれど、当時の私は.........罪悪感と後悔に押し潰されそうだった。握手をする度に、名前を呼ばれる度に、あの選択は正しかったのだろうか.........と。

 

 

 そして、私は私を[隠した]。これを知っているのは、理事長を含めた数人だけです。

 

 

(.........今更隠す必要なんて無いかもしれませんけど、一度初めてしまったものは、そうそう戻せないですから)

 

 

(だから、どうかあの時の私が[間違っていた]と証明してください)

 

 

(そうすればきっと.........自分でも勿体ないことをしてしまったなって、ファンの方々にも素直に言えると思いますから.........)

 

 

 これからの彼らの活躍に胸を踊らせ、頬を緩ませながら帽子を被り直します。

 不治の病がなんですか。[繋靱帯炎]がなんですか。って、どうか私に.........怪我で諦めて行った[ウマ娘]達に、見せ付けて上げてください。

 

 

 そしてどうか.........その選択が間違っていたという事を見せ付けて.........私達を吹っ切れさせてください。

 

 

たづな(.........ふふ、そうなってくれたら私も、夏場も過ごしやすくなりますからね♪)

 

 

 本当、外に居る時はオンでもオフでも帽子が取れなくて困っているんです。蒸れた時なんかはもう、言葉に出来ないくらい不快で.........

 なんて、そんな下らない事を夢想しながら、私はチームルームからなるべく静かに離れました。

 

 

 お二人の[想い]がいつしか.........[私達]の[選択]を超えると信じて.........

 

 

たづな(頼みましたよ?マックイーンさん。桜木トレーナーさん)

 

 

 まだまだ寒さの残る四月の始まり。始まりの季節に、[伝説]の始まりを予感しながら.........私は、そのまま仕事を上がるのでした.........

 

 

 

 

 

......To be continued




お久しぶりです。
一応活動報告の方でお休みする趣旨は書いていましたが、伝わっていたでしょうか?
これからもゆるゆるとやっていく所存ですので、よろしくお願い致します。


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20th Century Girl

 

 

 

 

 

「.........ふぅ」

 

 

 四月の中頃。クラシック三冠の一冠目、皐月賞も盛大な盛り上がりを見せたレース界隈。しかし、そんな一大レースと同じ.........いえ、それ以上の盛り上がりを平日の昼下がりから感じていました。

 

 

 私、[乙名史 悦子]は駐車場に車を停め、とある会場に向かっていました。

 

 

乙名史([URAファイナルズ]の出走者発表.........ここに来てようやく正式に参加者が決まる.........)

 

 

乙名史(そして未だにひた隠しにされていたサプライズ出走者.........絶対に見逃せません.........!)

 

 

 高まる期待を胸に抱きつつも、今はまだそれを発散する時では無いと思い、私はその時の為に気持ちを落ち着かせました。

 

 

 駐車場から出て会場に向かう道へ出ると、そこには既に人の波が出来上がっていました。これは.........今から大きなレースが行われると言っても過言では無い程の人数.........

 これがURAファイナルズ.........!決勝戦はきっと、オグリキャップさんがトゥインクルシリーズから引退した時の有馬記念と同じ様な盛り上がりを見せるに違いありません.........!!!

 

 

乙名史(ああ.........!す、すすす.........)

 

 

「あれ、乙名史さん?」

 

 

乙名史「―――はっ!す、すみません!こんな道の真ん中で.........桜木さん?」

 

 

 突然背後の方から声を掛けられ、私は反射的に謝りながら振り返りました。実際、人波の真ん中で立ち往生していたのですから迷惑なのは当然です。

 しかし、そこに居たのは桜木トレーナーでした。

 

 

乙名史「桜木さん。貴方は確か、URAファイナルズの実行委員では.........?」

 

 

桜木「いやぁ〜、ちょっと外の空気が吸いたくて.........アハハ」

 

 

桜木「.........気持ち、落ち着かせなくちゃなって」

 

 

乙名史「.........そうでしたか」

 

 

 彼は空を見上げ、静かにそう言いました。気ままに吹き抜ける風を楽しむ様な顔を見せる桜木さんに、私は最初の頃とは全く違う印象を持ちました。

 

 

乙名史「.........変わりましたね。桜木さん」

 

 

桜木「え?そうですか?」

 

 

乙名史「はい。最初の頃はもっと、慌てていたような印象がありましたから」

 

 

桜木「あはは、確かにそうかも」

 

 

桜木「.........でもこのままじゃやっぱり、あの子達の隣に居ても、見栄え悪くしちゃうだけですから」

 

 

 .........本当、最初の頃の印象とは大違いです。最初こそ右も左も分からない、トレーナーとは何かという誰しもが最初から持ち合わせている答えを持ち合わせず、言い方は悪いですが、担当ウマ娘達におんぶにだっこで彼は活躍をしていました。

 けれど、今目の前に居る彼は違う。吹き抜ける爽やかな風を楽しみながら目を瞑り、立つ姿は堂々としている。その姿にあの時不安に感じた面影はもう、どこにも残っていません。

 

 

桜木「.........あっ、乙名史さん」

 

 

乙名史「はい?」

 

 

桜木「表口あんなんじゃ入り辛いですよね?裏口あるんで案内しますよ」

 

 

乙名史「.........ふふ、優しいですね。でも辞めときます」

 

 

 彼の申し出は嬉しいものでした。しかし、私も一人の記者。取材対象の一人である彼に特別親切をされる訳には行きません。

 私がそう言うと彼は意外そうな表情で一瞬言葉を返しましたが、直ぐに私の意図に気付き、頬を緩ませました。

 そして、何も言わずに元来たであろう道をマイペースな足取りで戻って行きました。

 

 

乙名史「.........さて、私も行きましょうか」

 

 

 未だごった返している人混み。しかし、先程とは違い掻き分ける気持ちが湧いてきた私は、その有象無象の中に入り込み、その多くの記者達の一人として、会場へと入って行きました.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 会場に敷き詰められたように集まる人々。それを袖から見下ろし、発表の時をただ待つ自分。

 熱気。期待。焦燥。希望。そんな諸々が混ぜ合わさった人々の意思がまるで身体から飛び抜け、そして俺達の方へと引き寄せられるようにその存在を目の前にさらけ出す。目になんて、見えるはずは無いのに。

 

 

桜木(.........懐かしいな。こうしてると、演劇の大会を思い出す)

 

 

 懐かしい記憶。自分にとっては最早良い思い出以外の何者でもないそれを想起させ、胸を踊らせる。

 だけど、あの時程じゃない。その事実は前から知っていたものの、もうあの日々とあの時胸に誓った夢は、空に帰っていったのだと思うと寂しさを覚える。

 らしくもなく緊張を感じている俺は右手で拳を作り、大きく息を吸いながら胸の位置まで持って行く。そして軽く左胸を叩くのと同時にフッ、と息を短く。そして全て吐き切った。

 

 

桐生院「.........とうとう、この時が来てしまいましたね」

 

 

桜木「!そうだね。もっと先の事だと思ってたんだけど、もうここまで来ちゃったんだ」

 

 

 呆気ない日々だった。ここまで長い時を過ごしたはずなのに、思い返せば本当に一瞬で終わってしまうくらいに、見事にここまでさらりと来てしまった。

 俺は何をしていたんだろうか?何が出来たんだろうか?そんなマイナス思考への回答は結局、自分に対する自嘲の笑みで答えられる。口から言える言葉など、何一つありはしない。

 

 

 あるのはただ、今までの日々の記憶だけだ。

 

 

桜木「緊張してる?」

 

 

桐生院「ええ」

 

 

桜木「あー、駄菓子持ってきてないんだよなー」

 

 

桐生院「ふふ、大丈夫です。お気遣いありがとうございます」

 

 

 俺の言った言葉が冗談だと分かった彼女は、笑いながらそれを否定した。きっともう彼女に、緊張を紛らわす駄菓子は必要無いのだろう。トレセン学園に来た時から成長したのは、彼女も同じという事だ。

 

 

 そうこうしているうちに、拍手が会場全体に響き渡る。俺達は進行役の役目を負ってはいるが、最初は袖で待機。トップバッターは.........理事長だ。

 

 

やよい「歓喜ッ!!今日という日をっ、一体どれほど待ち望んだ事だろうか!!!」

 

 

やよい「私、秋川やよいは今日まで、皆にこの情報を届ける事だけを思って過ごしてきた.........そしてッッ!!!」

 

 

やよい「晩成ッッ!!!遂に今日ッッ!!!正式にURAファイナルズに出走するウマ娘達を発表する事となった!!!」

 

 

 堂々とした言葉。その声に対して、この発表を見に来た人達は拍手で応える。俺達もその袖で拍手を静かにし、今日この日を迎えられたことを嬉しく思っていた。

 そしてその長い拍手が収まってきたのを見て、理事長は袖にいる俺達に目配せをしてくる。という事は、俺達の出番だ。

 

 

やよい「今回、多くの方々。そしてウマ娘達がURAファイナルズに参加する事となる」

 

 

やよい「そして今日はその中でも活躍を特に期待されているウマ娘達を紹介して行く!!!」

 

 

桐生院「ではまず、短距離部門の発表から行います」

 

 

 落ち着いた桐生院さんの声がインカムを通して、会場全体に響きわたる。彼女は手に持った資料を捲り、短距離部門の発表を始めていく。

 日程はURAファイナルズの三週間。一週間目は人数が多い為、平日も使って一部門の予選を終わらせて行く。テレビ中継や会場の入場も出来る事を伝えつつ、有力候補の紹介へと移って行く。

 

 

 短距離部門の活躍が期待されている学園のウマ娘は数名。

 

 

 サクラバクシンオー

 ダイイチルビー

 ヒシアケボノ

 ニシノフラワー

 カレンチャン

 

 

 そうそうたる面子だ。俺のチームには短距離担当は居ないが、トレーナーをやっているからにはしっかりとレースを見る。どの子もG1を獲得しており、中々の接戦が待ち受けている事だろう。

 しかも噂では、今呼ばれたウマ娘達は皆ドリームリーグへの招待状が来ているらしい。その事も加味すれば依然と興奮が昂ってくる。

 

 

 そしてその名前を呼ばれたウマ娘達が袖の方から現れ、ステージの上に用意された多くの椅子に縦列で座って行く。

 それぞれ会場に居る人達に向かって手を振ったり笑顔を向けたりと、ファンに対する対応と同じ物を向けて拍手と声援を贈られていた。

 

 

桜木「では皆さん。[URAファイナルズ]に向けて一言お願いします」

 

 

サクラ「はい!!!!!これは中々面白いレースになりそうですね!!!!!ですが勝つのは私です!!!!!なぜなら私は学級委員長ですから!!!!!」

 

 

 うお.........!!?ま、マイク持ってんのに普段通りに喋りやがって.........!!!耳がキーンとしてきやがる.........!!!

 か、観客の人達は少し苦い顔してるだけだが、俺に至っては平静を装ってるだけで次に喋ってたルビーさんの声も割と大きい声のアケボノさんの声も聞こえてねぇぞ.........!!!

 

 

桐生院「短距離部門の方々の意気込みが聞けた所で、今度はマイル部門へと移りましょう」

 

 

桜木(あー.........桐生院さんの声がようやく聞こえてきたぞ.........)

 

 

 バクシンオーの肉声とエコーのダブルパンチで死にかけた耳がようやく生き返ってきた。他の子達には申し訳ないから、後で録画を見直そう。

 そうこうしている内にマイル部門の有力者達の名前が上がってくる。俺も手元の資料を捲り、その名前をもう一度確認し直した。

 

 

 サイレンススズカ

 タイキシャトル

 ゴールドシチー

 ファインモーション

 ウオッカ

 ダイワスカーレット

 

 

 うおお.........改めてこの場に立ってこれを見ると、これまた厚みがあるメンバーだ.........本当にこれ誰が勝ってもおかしくないし、ワンチャン中央のトレセン外のウマ娘が勝つ可能性もあるやもしれん.........マイル距離はまだ実力と展開の天秤が微妙だからな.........

 資料に目を送りながらも、目の端でマイル部門のウマ娘達が入場しきったのを見た俺は、手に持ったマイクをまず、スズカの方へ渡した。

 

 

桜木「では、マイル部門参加者の皆さんはそれぞれ一言をお願いします」

 

 

スズカ「えっと、こういう大きなレースは今まで無かったから、そこで勝てたらとても嬉しいと思います」

 

 

タイキ「スズカや他の皆さんと走れるのがとてもドキドキワクワクしマース!!」

 

 

シチー「皆の期待に応えられるよう、精一杯頑張ります」

 

 

ファイン「私も!この[URAファイナルズ]が一生の思い出に残るよう、一生懸命走ります!」

 

 

ウオッカ「オレが一番カッコイイって姿を日本中のみんなに見せてやるって気持ちで走るからな!!」

 

 

ダスカ「どんなレースだろうとアタシが一番よ!!誰が出ようともね!!」

 

 

 自信満々な表情のスカーレットの言葉で、マイル部門の意気込みは終わった。それにしてもこの子分かって言っているのだろうか?今の言葉でマイル部門全てのウマ娘を敵に回したぞ.........

 .........まぁ、気付いてないんだろうなぁ、気遣いは上手いけど、案外そう言った事に気が回らないって言うか、視野が狭くなっちゃうタイプだし。そこが面白くてスカーレットの良い所でも有るんだけど.........

 

 

 

 

 

デジ「ほわぁ.........!皆さんの言葉を聞いていると、遂に始まるのだと実感しますね〜!!」

 

 

沖野「だなぁ、理事長の構想から結構経ったけど.........」

 

 

東「もうそろ、実現かぁ.........」

 

 

 ―――マイルで参加するスズカさん達の意気込みを聴きながら、あたし達は観客側の方で発表を聞き臨んで居ました。

 今回の私は応援。デビューはしたばっかりですから、まだそんな人数ファンの方々も集まって居らず泣く泣く.........というより完全に納得して、あたしはいまこの場にいます。

 

 

「おや?もしや、アグネスデジタルさんでしょうか?」

 

 

デジ「?やや!!お、乙名史さんではありませんか!!」

 

 

乙名史「お久しぶりです!!デビュー戦っ、正に素晴らしい走りでした!!」

 

 

 ま、まさかこんなごった返した人の中で乙名史さんを見つけられるとは.........!やはりウマ娘ちゃんオタクは惹かれ合う。という訳なのですね.........!!!

 

 

デジ「乙名史さんもやっぱり、サプライズゲストが気になりますです?」

 

 

乙名史「その様子ではやはり、デジタルさんも聞き及んで居ないのですね.........!」

 

 

デジ「ええ!そりゃ勿論ですよ!!楽しみったらありゃしないですねー!!」

 

 

 あたしは興奮の赴くままに乙名史さんの両手を取りました。彼女もそれを払うことはせず、むしろその場で私と一緒に小さく飛ぶくらいには昂っています。

 やはりこの方は同士.........!デジたんの目に狂いはありませんでした.........!

 

 

 そんな周りが見えない状態のデジたんの肩が優しく叩かれます。誰かと思い見てみると、そこにはステージの方を指差す東さんがいらっしゃいました。

 そ、そうでした!今は発表に集中しなければ!!そう思い直し、目を凝らしてみると、ステージの上には中距離部門の方々が並んで居ました。

 

 

 アグネスタキオンさん

 スペシャルウィークさん

 メジロドーベルさん

 メジロライアンさん

 トウカイテイオーさん

 マンハッタンカフェさん

 

 

 こ、これまた凄い方々が走る模様です.........!直近のレースの調整でこの場に立てない方々も名前が出され、中距離部門の盛り上がりは一層凄いことになっています.........!

 

 

桜木「では、レースに向けての一言をお願いします」

 

 

タキオン「私としてはまぁ、良い研究材料が揃ったと思っているよ。だが、負けるつもりは毛頭ないつもりだ」

 

 

スペ「こんな凄い人たちと走れるなんて今から楽しみです!!!皆さんよろしくお願いします!!!」

 

 

ドーベル「勝てるかどうかは分かりませんけど、これからのレース人生で良い経験を積めると思っています。頑張ります」

 

 

ライアン「あたしも!こんな豪華なメンバーの一人として選ばれた事を嬉しく感じてます!勝てる様に精一杯頑張って行きますね!」

 

 

テイオー「まっ!ボクは無敗の三冠バだからね〜、誰が相手だろうと絶対負けないもんね♪」

 

 

カフェ「.........タキオンさんが居るので、中距離で参加しました。彼女に何処まで通用するのか、自分も楽しみに思っています」

 

 

 静かに話していても、その闘志をしっかり見せ付けるカフェさんの一言で中距離部門の意気込みが終わりました。

 その言葉からは、タキオンさん以外にはあまり興味が無いという様なニュアンスが取れてしまい、会場はまさかの宣戦布告に大盛り上がりを見せています。

 

 

乙名史「ま、まさかあのマンハッタンカフェさんが啖呵を切るとは.........!」

 

 

デジ「こ、これは一体どういう事なんでしょう.........!!?」

 

 

沖野「.........多分、[菊花賞]のリベンジだろうな」

 

 

 それしか無い。という口調で沖野さんは言い切りました。あたしと乙名史さんはその言葉に疑問の声をつい上げてしまいましたが、その捕捉を、東さんがしてくれます。

 

 

東「菊花賞の時、タキオンは本調子じゃない上に、適正距離外だった。そんな状態で勝っても、納得出来なかったんだろう」

 

 

東「物静かに見えて案外、心の熱は熱いタイプなんだろうな.........」

 

 

二人「な、なるほど.........!」

 

 

 流石はベテランのトレーナーです!担当ではないはずのカフェさんの心理的な状況を正しいかは置いといて、しっかりと見ております。

 やはりそこら辺はサポート特化の方々の方が慣れているのでしょうね.........うぅ、デジたんもそんな能力を活かして、作品を作ってみたい.........!

 

 

「.........よぉ見とりますね、うちのカフェの事」

 

 

東「!創か」

 

 

 トレーナーの方々の言っていた言葉の答え合わせをするかのように、どこからとも無く聞き耳を立てていた神威先生が現れました。そこには苦笑いと若干の悔しさが混じった表情の彼が立っていました。

 

 

神威「どうも。東さん達の言ってる事は合ってますよ」

 

 

神威「俺、長距離で行こうって言ったのになぁ.........頑固だもんなぁ.........」

 

 

 溜息を吐いて疲れた様な様子を見せる神威さん。しかしその表情はどこか嬉しげです。

 きっと、心のどこかでカフェさんはこの選択をすることを分かっていたのでしょう。本当、トレーナーさんって凄いです.........!

 

 

沖野「呆けてる所悪いけど、ダート部門の紹介が始まったぞ。デジタル」

 

 

デジ「なな!!では次はウララさんが出る番ですね!!!」

 

 

 トレーナーの方々の凄さを垣間見えて興奮していたあたしでしたが、それが始まったとなったら話は別。しっかりと意識をステージの方へと戻しました。

 そしてステージの方では名前を呼ばれた方々が入場を果たして行きます。

 

 

 ハルウララさん

 スマートファルコンさん

 シンコウウインディさん

 

 

デジ「むむむ.........やはりまだまだ少ないですねぇ.........」

 

 

乙名史「ダート式レースはまだ日本では盛んではありません。しかし、これから盛り上がる可能性は大いにあります」

 

 

東「そうですね。それこそ米国のG1ダートを誰かが取ったとか、日本でダート三冠が設立されるとか.........」

 

 

神威「それこそデジタルが盛り上げるんじゃないか〜?」

 

 

デジ「あ、あたしがですか!!?」

 

 

 そ、そそそそんな!!!畏れ多いにも程があります!!!た、確かにデジたん、ダートも走れたりはしますが、未だ実力不足ですし、それに芝の方が走りやすい方では.........

 なんて心の中では否定的な思考を繰り広げてはいますが、実際そうなってくれるのなら嬉しい気持ちがあります。芝を走る上品なウマ娘ちゃんも良いですけど、泥だらけになってるウマ娘ちゃんもまた、捨てがたいんですよねぇ〜.........

 

 

桜木「では、皆さんにレースに向けての一言を聞いて行きましょう」

 

 

ウララ「すっごいお客さん居るね!!トレーナー!!」

 

 

桜木「.........そ、そうだね。皆もウララがどんな気持ちでレースしたいか聞きたいと思うから、聞かせてくれるかい?」

 

 

ウララ「うん!!良いよ!!!目指すは〜っ、いっちゃーくっっ」

 

 

ファル「うんうん!ファル子もウララちゃんと同じ一着だよ!ぜーったいセンターで踊るんだから☆」

 

 

ウィン「ここで勝てたらウィンディちゃんのいたずらにもハク?が付くのだ!!だから絶対勝つのだ!!!」

 

 

 ダートの部門は人数は少なかったですが、そんな事も気にならない程にそれぞれ個性的なウマ娘ちゃん達が有力候補に上がっていました。

 ウララさんは純新無垢さ。ファル子さんはどちらかと言えばライブ重視。ウィンディさんはURAファイナルズ優勝という肩書きによる.........免罪符なんでしょうか?兎に角、今までの部門とは違った目的が見えてこれまた面白い事になっています。

 

 

 そして遂に、今回最後の長距離部門の出走者発表へと移っていきます.........!

 

 

デジ「ふおお.........!本当にドキドキしてきますね.........!」

 

 

神威「ホント、自分の担当が走らないっつっても見逃せないよなぁ」

 

 

沖野「レースっつうのは速さ、それに運の要素も強い駆け引きだが、長距離は違う」

 

 

東「そう。長距離に至っては、[本当に強いウマ娘]が勝つ。速さだけでも、運だけでも勝ちは得られない」

 

 

乙名史「.........[菊花賞]のキャッチコピーも、[強いウマ娘が勝つ]。ですからね」

 

 

 先程までの熱狂とはまた違う緊張感が会場を包み込みます。それに流されるようにあたし達も額に汗を滲ませながらステージの方に目を向けました。

 .........[長距離レース]。スピード勝負の短距離とも、技術の垣間見えるマイルとも、展開力で圧倒する中距離とも、パワーで差を見せるダートとも違う、正真正銘の小手先の通じない、難しいレース。

 強い剣や硬い盾、隙の無い鎧を身にまとえばたちまちその重さによって勝ちを譲る結果が待っています。かと言ってバランスを重視するならば、どこか秀でた物を突き付けられてしまい、敗北を喫することになります。

 長距離で[勝ち続ける]。それ即ち、まぐれでも作戦勝ちでも有り得ない。たゆまぬ努力と鍛錬によって培われた己の肉体でのみ、勝負が決せられる部門.........

 

 

デジ(.........ああ)

 

 

デジ(本当に、見たかったなぁ)

 

 

デジ([マックイーン]さんのレースを、このイベントで.........)

 

 

 舞台の袖から現れたウマ娘ちゃん達の姿を見て、不覚にもあたしはそう思ってしまいました。

 ステージの上には

 

 

 メジロパーマーさん

 メジロブライトさん

 ゴールドシップさん

 ミホノブルボンさん

 ライスシャワーさん

 

 

 そんな方々が壇上に登り、あたし達に対して反応を返してくれました。

 

 

沖野「.........こりゃあ、激戦だろうな」

 

 

東「ああ、少なくとも今の状態だったら、どう転んでもおかしくない.........」

 

 

神威「くぅ.........マジでもどかしい気持ちだぜ.........!」

 

 

 発表を受けて、トレーナーの方々はその先の未来を予想し、神威さんはご自身の担当バであるカフェさんの事で未だ悔やんでいました。

 分かります。正直長距離部門で出場していたのなら、この方々の中にカフェさんが居ても何ら違和感はありませんから.........

 

 

桜木「それでは、皆さんから一言ずつ意気込みを聞いて行きましょう」

 

 

パーマー「今回はこんな大きなレースの、しかも注目選手として選ばれて光栄に思っています!ファンの皆の期待に応える為にも精一杯頑張るよ!.........ブライト!」

 

 

ブライト「ほわぁ〜?精一杯頑張らせて頂きますわ〜」

 

 

ゴルシ「えーアタシが勝った暁には!!トレセン学園に宇宙探検部を設立して土星の輪っかの砂を毎年持ち帰って抽選で10人にプレゼントしてやるからな!!」

 

 

ブルボン「私はクラシック期を終えてから怪我をし、未だ復帰しては居ませんが、こうして期待されているという事を胸に、まずは復帰戦を目標にトレーニングに励みます」

 

 

ライス「え、えっと!ライスもまだまだだけど!皆をガッカリさせないよう頑張ります!」

 

 

 最後はライスさんの愛くるしいお声と力強い宣言で、長距離部門出走者のコメントは終わりました。

 ここに今、公式的な参加者の一部の出走が決定付けられ、会場に居る方々はその興奮を拍手に乗せ、選手のウマ娘ちゃん達に送りました。

 

 

乙名史「あぁ.........!素晴らしいです.........!!!」

 

 

デジ「あたしも全く同じ感想です.........!!!」

 

 

 遂に正式な発表がなされた[URAファイナルズ]。全距離、全コースを舞台にした前代未聞の大レース。そのベールが今、剥がされたのです。

 けれどまだそれだけ。その見た目だけを美術館に展示されて、説明文は無く、歴史も意味も、今を生きるあたし達にはまだ知ることの出来ない[中身]が、まだ分かっていない状態。

 

 

 これが果たして、[名作]となるのか。

 

 

 それとも、[怪作]となってしまうのか.........

 

 

 それはまだ、誰にも分かりませんでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――次の瞬間までは.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 長距離部門の全員が席に着く。それを見計らったように、会場の証明は完全に暗転し、事情を知らない人々軽くパニックになりかけていた。

 

 

 やがて、一人が不穏なBGMが静かに流れている事を感じる。それが周りへと広がって行き、先程までのざわめきは鳴りを潜め、その音。[予感]を感じる為に息を潜めた。

 

 

「強い、ウマ娘ですか?」

 

 

 静かな男の声が、スピーカーを通して聞こえ始める。やがてステージの壁には、大きく投影された映像が現れ始めていた。

 

 

 そこに居たのは、沖野トレーナーだった。

 

 

「そうですね。やはり、シンプルな事を突き詰める事だと思います」

 

 

 次に聞こえてきたのは、南阪トレーナーの声。静かながらも、自信の籠った声だと言うことが分かる。

 

 

「精神は肉体を作る。肉体は精神を作る。強さは、簡単に手に入るものでは無い」

 

 

 力強く、厳しい声が聞こえて来る。映っていたのは、黒沼トレーナーの背中だった。

 

 

「自分に足りない物を自覚し、それを補うのか、長所で隠すのかを判断する速さです。トレーニングでも、レース中でも」

 

 

 淡々と自分の理論を話すのは、東条トレーナーだ。反射する眼鏡の奥に、真剣な眼差しが写っている。

 

 

「諦めない。その愚直さが、身体の閉じられた扉を開く唯一の鍵です」

 

 

 黒いシルエットの中で、心臓の部位だけ一瞬光る。そして光が広がったところで、東トレーナーが映り出す。

 

 

「じっと耐え忍ぶ事だと思います。強くなるには、自分のまま、ただひたすらに時を待つ事です」

 

 

 真っ直ぐな目を正面に向けて答えるのは、桐生院トレーナー。若さに押し出される様な勢い強さを感じる表情で、そう語った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――では、[長距離]のレースはどうですか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「.........!」

 

 

 テロップが表示された瞬間。会場に居る人々が皆、鎮めていたざわつきを甦らせる。この問いかけは暗に、特別出走者の部門が長距離だと決定づけられた瞬間だった。

 

 

 そして、不穏だったBGMは[変化]する。

 

 

 [お祭り騒ぎ]はやがて、[戦場]と化す。

 

 

 そう。それは正に、[Trance Moments(世紀の瞬間)]だった。

 

 

 映像はやがて、一人の男をシルエットで写しながらも、先程出てきたトレーナー達の証言が順番に流され始める。

 

 

 

 

 

「なんと言っても[スタミナ]でしょう」

 

 

「簡単な作戦。単純な力量。これだけ揃えてしまえば、そこに駆け引きは存在しなくなります」

 

 

「自分の今までを変わらず信じ抜く事。難しい事だが、それ以外は些細な物だ」

 

 

「相手を見るのでは無く、ゴールを見る事。競るという事はそれだけで相手の力量を押し上げてしまいます」

 

 

「長年トレーナー続けると分かってきますよ。諦めなければ、強いウマ娘はいつだって勝つんです」

 

 

「長い長距離の中、どれだけ柔軟に対応出来るか。誰がどこに居て、自分がどう差を付けるか。その瞬間まで変わらない事が必要になってきます」

 

 

 

 

 

 やがて男は、数ある優勝レイが飾られたガラスケースの前に辿り着く。影の掛かった手が首元まで伸びて行き、首に掛けられた[王冠を模した鍵]が握られ、そのショーケースの鍵穴にゆっくりと挿入され、勢い良くひねる。

 

 

 そして、強い解除音の音と共に、また画面が暗転した.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、次に聞こえて来たのはギターの音だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

乙名史「っ.........こ、れは.........」

 

 

 そのギターのイントロで、気付いた者も居た。ざわつきは確実に大きくなっている。

 

 

 だが[ざわつき]は次の一文で、[歓声]へと変わった.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――第91回。天皇賞・春

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――ッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――親子三代、天皇賞制覇。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

テイオー「そんな.........ほん、と、に.........?」

 

 

ゴルシ「マジ、かよ.........!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――絶対の強さは、人を退屈にさせる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 誰もが[疑った]。誰もが[可能性]を、見ることすらしなかった。目に映るであろう[0]の数字を恐れ、パンドラの箱を開けるという選択肢は取ることは無かった。

 

 

 けれど、数字は箱の中で変動した。少なくとも、[0]から[1]へ、無から有へと変遷した。

 

 

 それを可能にしたのは.........ただ、[人の願い]だけだった.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 映像は完全に暗転した。BGMも止まり、また静寂だけが会場に広がって行った。

 その時間は長くはなかったと思う。けれど身体に埋め尽くされる緊張感のせいで一秒の時間感覚が狂い、次の一歩までが長く感じてしまった。

 

 

 それでも、暗闇と静寂の中、ステージの上にスポットライトが照らされる。

 

 

 そこには.........約二年ぶりだろう、春の天皇賞の優勝レイを身体に掛け、[黒の勝負服]に袖を通した彼女がそこに立っていた。

 

 

「―――ッッッ!!!!!」

 

 

 割れんばかりの歓声。待ち望んでいたのか、それとも予想外だったのか、未だに分からない。

 けれど、確かな事が一つだけある。

 

 

 それは、ここに彼女が立つことを望んだ人達が、日本中に居た事だ。

 

 

やよい「発表ッ!!ここにURAファイナルズ長距離部門にてッ!!メジロマックイーンの出走を確定とするッッッ!!!!!」

 

 

 

 

 

デジ「ほ、本当ですか.........!!?」

 

 

デジ「げ、現実なんですか!!?」

 

 

デジ「夢じゃないんですよね!!!ねっ!!?」

 

 

 ―――あたしは、ステージに立つマックイーンさんの姿を見て、思わず涙を流しながら隣に居る東トレーナーの体をゆすりました。力加減が上手く出来なくて、結構強く揺らしてしまいました。

 けれど彼も、沖野トレーナー。神威さんもまるで予想してなかったかのようにマックイーンさんの姿を見て、その目と口を大きく開けていらっしゃいました.........

 

 

東「.........俺だって、信じられないよ」

 

 

沖野「お、俺達はあの映像を撮ったから一応長距離には出てくるって事は察していたが.........まさか.........」

 

 

神威「.........全く、お前らはどこまで[奇跡]って物を見せ付けてくれんだよ」

 

 

 皆さんがそれぞれ思い思いの反応をステージに向けて示しました。

 その上には、未だ騒がしさが収まらない観客に向けてお辞儀をするマックイーンさんと、その姿をまだ信じることの出来ない出走者の方々と、桐生院さんの姿がありました。

 そんな中、普段ならこの出来事に人一倍興奮を示す乙名史さんが静かな事に気付き、あたしは彼女の方に顔を剥けました。

 

 

 

 

 

乙名史「.........」

 

 

デジ「?お、乙名史さん.........?」

 

 

乙名史「.........あっ、すみません。あまりにも、その.........私にとって都合が良すぎた展開だったので.........」

 

 

 ―――[夢]を、見せられた様な気分です。ずっとこうあればいい。こうなってくれればいいと.........考えていた、ただの妄想でしかない想像。

 それがいざ目の前に出されると、どうやら人間と言うのは声を上げることすらも出来ず、言葉を紡ぐための思考すらどこかに置いてきてしまう様です。

 

 

乙名史(.........マックイーンさんがあそこに立っているという事は、それほど多くの方々に願われたということ.........)

 

 

乙名史(貴方は.........貴方達はそれを、今や平然と背負い込んでいるようにすら見えてきてしまいます)

 

 

乙名史(.........デビュー戦の時のお二人に、今のお二人の姿を教えたいものです)

 

 

 一人は[使命]を背負っていました。

 

 

 一人は[期待]を背負っていました。

 

 

 名家の生まれに課せられたレース。それに勝つ事を願われていた一人。片やその期待を、押し潰されそうになりながらも背負って見せた一人。

 

 

 表向きでは分かりません。けれどその表情の裏では、重圧や責任感。そして、多くの人々の期待によって苦しんでいたでしょう.........

 

 

 それが今になって、彼と彼女はそれすらも、[強さ]にして、今この場に立っています.........!

 

 

 嗚呼.........!!!

 

 

 だからこそこの世界は―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――素晴らしいのです.........!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その時、日本中ではその話題で持ち切りになっていた。

 

 

「なぁ!!メジロマックイーンが復活するってよっっ!!!」

 

 

 ある時は職場で、資料を持つ同僚の視線を無理やり奪いながら。

 

 

「っ!!届いたんだ.........!!!俺達の願いが.........!!!」

 

 

 ある時は学校で、仲間と共に書いたであろう願いが成就した事を知り。

 

 

ダイヤ「キタちゃん.........!!!マックイーンさんが!!!マックイーンさんがっっ!!!」

 

 

キタ「うん!うん!ダイヤちゃんもお手紙!書いたもんね.........!!!」

 

 

 ある時は名家で、願いに願いを重ね続けていた少女達は涙を流し。

 

 

アサマ「っ.........!!!」

 

 

爺や「お、お嬢様.........!!!」

 

 

ティタ「.........大きくなったわね。マックちゃん」

 

 

財前「.........でも、何だか前よりちょっと子供らしいかもね」

 

 

 ある時は家族で.........その知らせを聞き、驚きを強く受けながらも、その報せに歓喜の感情を胸に渦巻かせ.........

 

 

 そしてそれは.........海外にも.........

 

 

「おい見ろよ。日本のトレンド。メジロなんたらってのが復活するみたいだぜ?」

 

 

「なに.........!!?」

 

 

「うお!!?な、何だよ[リット]!!!俺のスマホ返せって!!!」

 

 

(も、もはや無理だと勝手に諦めていたが.........!!!)

 

 

(まさかまた.........あの日本人達は[奇跡]を超えたとでも言うのか.........ッッ!!!)

 

 

 喜びに打ち震えるもの。感情のあまりその場で泣き出してしまうもの。その反応は二極化されていた。

 

 

 だが、誰もがその結果に、納得をしていた。

 

 

 いや、納得[させられた]のだ。

 

 

 約一年ぶりに見る彼女の、変わらぬ芯の硬さを感じたのだ.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「.........メジロマックイーンと申します」

 

 

 未だ呆然とするステージのウマ娘。そして、俺と理事長以外のスタッフ達。

 誰も動けないだろうと判断した俺は、桐生院さんの力の入っていない手からマイクをスルリと抜き取り、彼女へと渡した。

 

 

 その時の彼女の表情は、昨日までとは違う。

 

 

 どこかイタズラが成功した様な、子供のような笑みを俺に向けていたんだ。

 

 

マック「今回、私がこの場に立っているのは、皆様の声援があったからです」

 

 

マック「多くのお手紙を貰いました。叱咤激励。期待、そして.........願い」

 

 

マック「.........待っているのだと。多くの人が、 私をまだ。ターフの上に帰ってくる事を、待ち続けているのだと知りました」

 

 

 静かな声で、けれど震えることなく、真っ直ぐと通って行く彼女の声が、会場全てに行き届いている。

 その言葉は来場者に、トレーナー達に、ウマ娘達に行き渡り、そしてその心を貫いて行く。

 

 

マック「ならばそれを、果たさなければなりません」

 

 

マック「[メジロ]のウマ娘として.........[最強のステイヤー]として、私はもう一度、前に進む所存であります」

 

 

マック「.........どうか、よろしくお願い致します」

 

 

 彼女は静かにそう言って、深々とお辞儀をした。それに歓声が上がる事は無く、代わりに盛大な拍手が彼女の方へと送られていた.........

 

 

 そして、不意に彼女に渡したマイクを戻される。

 

 

 .........分かってるよ。マックイーン。

 

 

 ここで恥ずかしがって何も言わないのは、逆に恥ずかしいもんな.........

 

 

 

 

 

桜木「.........えー」

 

 

マック「!」

 

 

 ―――マイクを口元まで持って行き、彼は一声発しました。いつもならこういう時、必ずと言っていいほど上の空でマイクをすんなり持つことなんてありませんでした。

 今回だって、マイクを戻すのではと思っていたんです。そんな時はまた肘で脇腹の部分をつついて差し上げようと思っていましたが、彼はしっかりと話そうとしていました。

 

 

桜木「.........っと、受け取ったのは良いんですけど.........ダメですね。いつも見たいに受け取ってたら、スラスラ出できたかも知れないですけど......」

 

 

桜木「.........何も浮かばないや」

 

 

 たはは、と頭をかいて笑う彼に釣られて会場に少々笑いが広がりました。けれどそれは嘲笑するような物ではなく、そんな彼を受けいれる明るさを感じる物でした。

 そんな彼も、何も浮かばないから終わり。ではなく、何を言いたいかという事を頭の中で整理をしながら、言葉をたどたどしくも口にして行きました。

 

 

桜木「.........俺、心のどこかできっと、[夢]なんて[叶わない]って、思ってたんです」

 

 

桜木「世の中は希望に溢れて、俺の知ってる人全員、前向いて、転んでも立ち上がれるのに.........俺だけ、転んだ時にもう、別の方向に向いちゃう癖が着いてたんです」

 

 

桜木「出来ない[約束]はしない。叶わない[夢]は追わない。心のどこかで、そんな冷めた自分が、きっと居たんです」

 

 

「.........」

 

 

 彼の短い独白が、先程までの雰囲気を一転させ、静けさを会場中に漂わせました。その表情はどこか寂しげなものがあり、彼の内面が大きく現れていると私には分かりました。

 

 

桜木「.........ここに立つことが出来たのは、皆が居たからです」

 

 

桜木「そんな冷めた俺に、正しい道を示したり、ぶん殴ったりして奮い立たせて」

 

 

桜木「[可能性]を示して、[元気付け]させて、[変われるよ]と声を掛けて、[頑張ろう]って鼓舞させて、[勇気を持って]と言ってくれて.........」

 

 

桜木「.........俺の[心の隣]に、いつも居てくれたから.........!」

 

 

 鼻をすすりながら、一筋の涙を拭いながら、彼は言葉を紡ぎました。その様子を見て、泣いている方も何名か、ステージ上でも来場者の中にも居ました。

 私は.........それを聴きながら、これまでの道程を思い出していました。

 

 

 幾つもの困難がありました。

 

 

 けれどそれは、彼とチームの方々が居たから乗り越えられた.........

 

 

 だから今度は、今度こそは、私の番なんです。

 

 

桜木「.........俺、結構負けず嫌いなんですよ」

 

 

 そんな時、彼は突然喋り出しました。その言葉は先程の探り探りの物とは違う、言う事をしっかり決めた潔さがありました。

 その声に、皆さんが耳を傾けます。それを彼は目視で確認した後、また話し始めました。

 

 

桜木「誰かが走り出したら、それを追い抜かそうとして走るくらいには」

 

 

桜木「けれど、あの子達は強い。追い抜けない。追い付くどころか引き離されて、追い抜かれていく」

 

 

桜木「それでも、諦めきれなくて、何か出来るんじゃないかって.........」

 

 

マック(.........トレーナーさん)

 

 

 .........そんな事を思っていたなんて、知りもしませんでした。ただそれを聞いて、どこか納得した所もありました。

 どこでどういう勝負を私達相手にしていたのか。それはきっと、[心の在り方]なんだと思います。

 自分の目標を持ち、そこを目指す私達を見て、きっと彼は自分もそう在ろうと.........[仮面]を付けていたんです。

 

 

 ですが、今の彼にそんな様子は一切ありません。ここに立って、喋っているのは、等身大のトレーナーさんです。

 私の目には.........しっかりと彼の[強がり]が、写っていました。

 

 

桜木「でも結局、俺に出来ることなんて、支える事と、考える事と、信じる事だけだって.........気付いたんです」

 

 

桜木「.........あの子達の隣を走るのは、無理なんです」

 

 

桜木「.........でも、それでも唯一、あの子達の隣で走れる時が.........俺達トレーナーにはあります」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「[夢に向かって走っている時]です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「.........!」

 

 

 その言葉に、私だけでなく、多くの人達が息を呑みました。それは、彼等彼女等の様なトレーナーの方々だけでなく、私達ウマ娘も同様でした。

 私達は早く走れます。そのままの意味でも、そして成長速度も普通の人間とは大きく差が開いてしまう。

 それが本能による物なのか、それとも習慣や生活による後付けの物なのかは分かりません。

 ですが、身体的な成長能力は時に、人から恐れられる事があります。

 それでも彼は、私達の隣で歩き続けようと.........

 

 

桜木「その時だけは.........!同じ景色を!!同じスピードでッッ!!!同じ目線で感じられるんですッッ!!!」

 

 

桜木「確かに[夢]は叶うもんじゃないッッ!!!けど捨てたもんじゃないッッ!!!」

 

 

桜木「だから俺は.........っ」

 

 

 俺は.........彼はそう言いかけて、言葉を詰まらせました。

 言うべき言葉を見失った訳でも、それを躊躇した訳でもありません。

 ただ.........それを言うには、その目から溢れ出る物が多すぎただけでした.........

 それでも彼は何とかその涙を袖で拭い、震える口を大きく開いて、その言葉を言おうとしていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ、俺は.........!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺はッッ!!!あの子達の隣に立ちたいんですッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「同じ痛みを分け合った仲間だから.........!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「同じ夢を分かち合いたいんです.........っっっ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 .........ここに来るまで、少なくない時間が流れました。私にとっては六年。短い参加者でも、三年.........その道を歩いている間に、私達は忘れていたのかもしれません。

 私達は[夢]を追っていました。その[夢]が何なのかは人それぞれで、そしてそれに共感し、手を伸ばしてくれる人もそれぞれで.........

 気を抜いてしまえば、まるで自分一人で歩いている感覚になってしまう。前だけ見ていれば、隣に誰が居るのかも気付く事なんて出来やしません。

 けれど.........私達は最初に見つけるんです。見つけなければ、[走れない]のです.........

 自分の夢を信じ.........そして共に走ってくれる[トレーナー]を.........

 

 

マック(.........トレーナーさん)

 

 

マック(またこんな事言ったらきっと、否定するかもしれませんけど.........)

 

 

マック(今の貴方からは.........[強さ]を感じます)

 

 

 私達が忘れ、彼等が忘れ、同じ道を歩いているのに、どこかで別れた錯覚に陥る。そんな話を、多くの先輩方から聞いた事があります。

 次はどこを目指すか。身体は万全か。国内で頂点に居続けるか。海外で挑戦を叩き付けるか.........

 一緒の道を歩いている筈なのに、隣に居るはずなのに、気が付けば見えている物は違っていて、それを直さぬまま仲違いを起こす.........そんな事も、少なくない世界です。

 

 

 そんな中で彼は、その夢を諦めた[痛み]を知っている彼は、私達の隣に立っている事を教えてくれていました。

 困難や壁。[夢]への試練に挑む度に、彼はその身を大きく見せ付け、隣に居ることを教えてくれる。それだけで、誰かが居ることに気が付いて、他の方の事も思い出す事が出来る.........

 

 

 周りを見れば、彼のその言葉に共感し、涙を浮かべながら拍手を送っている方々で埋め尽くされていました。

 

 

マック(.........ふふ)

 

 

マック(私も皆さんに愛されていると思いましたけど.........)

 

 

マック(貴方も同じくらい、皆さんに愛されていますよ?)

 

 

 彼は深々と頭を下げ、その姿を皆さんに見せました。それを見てまた、先程より大きな拍手が彼に送られます。

 私も拍手を送りながら周りをチラリと見てみると、席に座っている方々も彼に慈愛にも似た目を向け、中には涙すら流す方もいらっしゃいました。

 

 

 そして.........URAファイナルズ出走者発表会は、正に大成功という言葉を持ってして締め括られたのでした.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『[URAファイナルズ]。その発表はある瞬間を境に、ある種のお祭り的な催しから、誰もが目を離せない物となった』

 

 

『会場を出て行く人々は、未だ現実か夢かの判断がつかない程に、その表情は浮ついていた』

 

 

『だが、紛れもない事実であり、誰もが望んでいた事であった』

 

 

『口にする事は出来なくとも、言葉に綴り、文字として送る.........[ファンレター]という人々の想いによって、[メジロマックイーン]はあの場に立つ事が出来た』

 

 

『[シンボリルドルフ]や[オグリキャップ]など、既にドリームトロフィーに移籍している選手が出ても大いに盛り上がった事だろう』

 

 

『それでもまだ、そんな[レジェンド]と共に走れるかもしれないという記念感は、拭えなかったかも知れない』

 

 

『あの場に立ち、そして絶対に負けたくないと思わせられるのは.........今日まで[最強]と謳われた、[メジロマックイーン]以外には居ない』

 

 

『彼女と共に走った者達が居る』

 

 

『それが、このまま続き.........』

 

 

『いつかはその勝負で、勝利を得ようとしていた者も居る』

 

 

『.........その[いつか]が―――』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『―――[URAファイナルズ]となった』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『夢と言うのは、必ずしも叶うものでは無いとトレーナーである桜木 玲皇氏は語った』

 

 

『しかし、日本には古くから言霊という物が存在している』

 

 

『夢を叶える為に、一人で足りないのならば仲間の声を借りればいい』

 

 

『もしそれでも足りないのならば、私の夢もここで綴ろう.........』

 

 

『私の夢は―――』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『―――[メジロマックイーン]の復活である』

 

 

 取材・記事構成 [乙名史 悦子]

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――まだ、現実味が帯びていない。まるで夢の中に居るみたいだ。それでもあの日のステージよりかは、ボクの足は地について、しっかりと思考が出来ている。

 

 

テイオー「.........」

 

 

 スピカのミーティング室。まだ朝が早い時間帯にボク達はそこに居た。

 ボクは読んでいた記事をそっと、机の上に置いた。四月の暖かさを感じさせる風が空いた窓から吹いて、その開いていたページからどんどんと捲れていく。

 何かの始まりを予感させる.........ううん、これから、ボクが[始める]事に、何だかその風は、背中を押してくれているようにも思えた。

 

 

ゴルシ「.........決まったか?」

 

 

テイオー「うん。でもゴルシは良いの?」

 

 

ゴルシ「何言ってんだよ!アタシより、お前の方が皆喜ぶに決まってるさ!!」

 

 

 そう言って、ゴルシはボクの肩をポンポンと叩いた。こういう時は本当、スピカのリーダーって感じがする。いつもこうだったら良いのになぁ.........

 

 

テイオー(.........まっ、ゴルシだし仕方ないか)

 

 

 苦笑いをしながらゴルシの事を見ていると、不意にノックが響き渡る。どうやら来てくれたみたいだ。

 ボクが入っていいよと伝えると、その扉は開いて行き、ボク達のトレーナーが姿を現した。

 

 

沖野「.........大事な話って聞いたけど、何かあったのか.........?」

 

 

テイオー「.........ぷふっ、も〜そんな深刻そうな顔しなくてもいいよ〜!」

 

 

沖野「う、うるさい!!珍しく電話で連絡してきたと思ったら暗い声で話しされるこっちの身にもなってくれ!!」

 

 

 あれ、ボクそんな声出してたっけ.........?う〜ん、寝起きだったからなぁ〜、もしかしたらまだちょっと眠かったのかも.........

 きっとトレーナーはボクがまた怪我したんじゃないかって心配してたみたいだ。でもボクはこの通りピンピンしてる。健康過ぎるくらいだ。

 

 

沖野「はぁ、それで?その話ってのにゴールドシップも関係あるのか?」

 

 

ゴルシ「あァ!!?大有りに決まってんだろ!!本場の鮭を食いにエジプトに行くくらいありおりはべりおまえ狩りってレベルにはなー!!!」

 

 

沖野「だー!!分かった!!分かったから俺のシャツを破こうとするな!!」

 

 

 凄い笑顔を見せながらゴルシはトレーナーのシャツに両手で掴みかかってた。それを何とか引き剥がして、トレーナーは息も絶え絶え。ゴルシは残念そうな顔をしている。

 もー!!こんな事してたらいつまで経っても話が進まないよー!!

 

 

 そんなボクの気持ちを感じたのか、二人は怒るボクの顔を見て申し訳なさそうにした後、ゴルシはボクの隣に立った。

 

 

沖野「.........それで、今日はどうしたんだ?」

 

 

テイオー「うん。ボク、ゴルシと話し合って決めたんだ」

 

 

テイオー「ボクは―――」

 

 

ゴルシ「アタシは―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「[URAファイナルズ]」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「[長距離]で出ようと思う」

「[中距離]で出てやるぜ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 .........もし本当に、この世界に言霊があるって言うんだったら、ボクもそれに乗っかろうと思う。

 ボクが望むのは.........[最強のステイヤー]の、マックイーンとの対決。

 

 

 けれどきっと、それはまだ叶わない。

 

 

 多分、[URAファイナルズ]でも.........

 

 

 だからボクは、その[先]に続く未来の為に。

 

 

 マックイーンの[復活]の為に.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 マックイーンの[超えるべき壁]として

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、[奇跡]として、立ち塞がって見せる.........!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 .........そんなボク達の言葉を聞いたトレーナーは、その口に咥えていたキャンディを、地面に落とした。

 

 

 きっと、これから始まる。

 

 

 [神様も知らない物語]が.........

 

 

 四月の風がもう一度吹き抜ける中、何故だかボクは、そう思ったんだ.........

 

 

 

 

 

......To be continued



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マック「何か忘れてませんか?」T「ライスの事で......?」

 

 

 

 

 

 四月も残り一週間で終わるという時期。桜の季節はあっという間に過ぎ去り、既に風は暑さを感じさせる夏を運んで来るようになった。

 そんな中、俺達はライスの春の天皇賞を見届ける為、京都の方まで遠出をしていた。

 

 

桜木「.........うーん」

 

 

ライス「?お兄さま.........?不安なの?」

 

 

桜木「え!!?いやいや!!天皇賞に関しては何も心配してないよ!!?」

 

 

桜木「.........ただ、な〜んか忘れている気がしてさぁ」

 

 

 夏と言えば誰であろうとその季節を待ち焦がれ、来るまではさぞドキドキワクワクを胸いっぱいに膨らませるだろう。

 けれど今の俺は先程ライスに言った通り、何かを忘れているという事実に囚われ、見事もう出走するライスに心配される始末である。

 全く、ここは地下バ道でっせ桜木の旦那。担当ウマ娘に心配されているようじゃまだまだ半人前って事よ.........

 そんな事に未だ囚われていると、俺の脇腹に久々の鋭い感触が走った。

 ウィークポイントを突かれた俺は飛び上がってその衝撃が来た方向から逃れた後、その方向を見た。

 

 

マック「んもう、そろそろレースが始まるんですのよ?しっかりしてくださいまし」

 

 

桜木「ご、ごめん.........」

 

 

タキオン「はぁ、発表の時はすっかりベテラントレーナーだと思ったが.........こうして見るとまだまだの様だね?トレーナーくん」

 

 

ブルボン「ステータス[注意散漫]を感知。マスター。今はレースに集中しましょう」

 

 

桜木「返す言葉も無いです.........」

 

 

 とほほ.........せっかく俺も良い感じに成長したと思った矢先にこれだもんなぁ.........結構応える.........

 そんなモヤモヤを抱えたまま、俺達は何とか地下バ道からライスを送り出し、観客席の方へと向かったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ルビィ「うわー!!すっごい人気だね!!ライスお姉さん!!」

 

 

桜木「はは!!だろう?」

 

 

 観客席へ移動してきた俺達。そこには一緒に来ていたルビィちゃん達家族が先に居て、俺達の場所を確保してくれていた。

 どうやら彼女はレースを生で見るのが初めてらしく、その異様な熱気に既に当てられているらしい。その様子を見て、エディ達はその頬を緩ませた。

 

 

デジ「それにしても、一昨年までの事が嘘見たいですよね〜」

 

 

ブルボン「ええ、きっとライスさんの実力が分かったんだと思います」

 

 

マック「.........実力、と言うよりかは」

 

 

 先程のブルボンの言葉を肯定しつつも、それが全てでは無い。と言いたげにマックイーンはその視線をターフの方へと移した。

 皆が一斉にその方向を見る。するとそこには、久々の適正距離の大舞台という事もあり、皆の視線をかっさらっているライスがゲート入り.........

 の、前に。ガチガチになりながら出した足と同じ手を前に出すという典型的な緊張を見せていた。

 

 

タキオン「.........まぁ、あれくらい純粋な方が帰って応援しやすいだろう」

 

 

桜木「あ、あはは.........これでも、そういう上がり症対策はしっかりしてるつもりではあるんだけど.........」

 

 

ウララ「う〜ん、ライスちゃん。ブルボンちゃんやマックイーンちゃんと[一緒に走った時]はもっと、ぴしーってしてたよ?!」

 

 

 首を捻りながら、ウララはそう指摘する。その指摘の通り、その時の記憶にここまでの緊張を見せたものは無い。彼女にとってライバルと走る方が、もしかしたら緊張が無いのかもしれない.........

 

 

桜木「.........とは言っても、ブルボンとマックイーンを長距離で破った後の最長G1。春の天皇賞だ。他の子のマークの影響もあるかもなぁ」

 

 

ジミー「oh......難しい問題だな.........」

 

 

 考えても見れば、俺がやった上がり症対策は言わば観客の目線に対する物だ。同じ出走者からのプレッシャーの事は失念していたかもしれない.........うちの子達、そういうの物ともしない子しか居ないし.........

 そして何より、今までライスは本命に対する対抗者としての立ち位置だった。ウマ娘達の注目が行くのは当然本命だし、彼女にとってこの状況は初めての事だろう.........

 

 

桜木「はぁ.........人気者ってのも、考え物だなぁ」

 

 

ルビィ「?人気者だと考えなきゃ行けないの?」

 

 

パール「そうよルビィ?お外に出たら声を掛けられるし、出て欲しいレースに出なきゃならないの。例えば日本で言えば―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――[宝塚記念]とか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「.........」

 

 

マック「.........」

 

 

二人「.........宝、塚.........記念.........?」

 

 

 [宝塚記念]。年に一度完全なファン投票により出走者を決める伝統のあるG1レース。そのレースの名前を聞いて、俺とマックイーンは静かに顔を見合せ、そのレースの名前を復唱した。

 ギコギコと首を鳴らしながら、二人してもう一度ライスの姿を見る.........宝塚.........何かを忘れているような.........

 

 

桜木「.........宝塚.........!!!」

 

 

マック「.........記念.........!!!」

 

 

二人「」...サァァァ

 

 

 顔面蒼白。俺達二人の顔は今、病人と間違われていい程に顔から血の気が一気に引いている。

 人は忘れていた物を思い出した時大抵はスッキリする。しかし、今の俺とマックイーンはそうでは無い。忘れていた事など今この状況を作っている原因とは言え、思い出した今になって見れば本当に些細な事だった。

 不幸中の幸いなのだろう。もし思い出せずにそのまま宝塚に向かっていたのなら、それこそマックイーンの時と二の舞.........いや、あの時以上のショックを受けて俺はそれこそ.........

 

 

桜木(!い、いかんいかんっ。今は目の前の天皇賞が先決。ちゃんと見守らなくちゃ.........)

 

 

 ライスがゲートに入った。

 

 

桜木(み、見守らなくちゃ.........)

 

 

 お得意の先行策でぐぐいのぐい。

 

 

桜木(見守ら.........)

 

 

 最後はバ群から抜けてズドーンっ!!!

 

 

桜木()

 

 

 .........お、終わった.........ここから得られる事なんて山のようにある筈なのに.........小学生並みの感想を抱いて.........終わってしまった.........

 自分の切り替えの悪さに若干引きながら隣のマックイーンの方を見ると、彼女も同じ状態だったらしく、彼女は彼女で大変ショックを受けて泣き掛けている。

 

 

ウララ「?マックイーンちゃん?泣いてるのっ!!?」

 

 

全員「え!!?」

 

 

 マズイッッ!!!ここで俺達の考えている事に気付かれたらライスにバレるッッ!!!そうなったら絶対色々考え込んで今より状況が悪化するに決まってる!!!

 

 

桜木「.........良かったな。マックイーン」

 

 

マック「!.........えぇ」

 

 

 彼女の肩を抱き寄せ、優しく背中をポンポンと叩いてやる。すると俺の意図に気付いたのか、マックイーンも嬉しそうな表情を作り、ターフの方へ視線を向けた。

 .........きっと皆にはこれで、天皇賞を勝ち切ったライスに感動を覚えていると思ってくれるだろう。

 だが実際は、もう内心これからどうしよう.........という事しか、俺達は考えて居なかった.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「天皇賞二連覇っ!!!おめでと〜!!!」

 

 

 いくつものクラッカーが盛大に鳴り響くチームルーム。その祝砲が向けられる先には、天皇賞の二連覇を達成したライスシャワーの照れ姿がそこにあった。

 

 

黒津木「いや〜凄かったな!!特に最後の抜け出しなんか相当だったぞ!!」

 

 

神威「え、お前見てたの?仕事は?」

 

 

黒津木「はぁ?お前妹の晴れ舞台で仕事なんかする奴居んの?」

 

 

白銀「なんで俺の方見るの?今日株主総会だったから行けなかっただけなんですけど!!!」

 

 

ライス「け、喧嘩はダメだよ〜!」

 

 

 いつも通りの光景。いつも通りの日常。その様子を壊す事ないよう、俺とマックイーンは平然を装う。

 そう、チャンスが訪れるまで.........

 

 

ゴルシ「よーっし!アタシが何かついでやるぜ!!えーっと確かゴルゴル星の海から取ってきたカルピスを昨日.........ありゃ?ねえや」

 

 

フェスタ「誰か飲んだんじゃねぇか?」

 

 

オル「.........アタシじゃないっスよ!!?」

 

 

 備え付けの冷蔵庫の中身を見たゴールドシップは首を傾げる。彼女の記憶では確かにカルピスを入れていたようで、他のジュースやいつも入れている麦茶もそこにはありはしない。

 仕方が無い。そう言って彼女は溜息をついて飲み物の買い出しに行こうとした。

 

 

フェスタ「ひとりじゃ持ちきれねぇかもしれないだろ。アタシも行く」

 

 

オル「アタシも行くっス!」

 

 

桜木「んじゃ、俺も行くかな。流石に学生に金出させるのはアレだし」

 

 

マック「でしたら私も、皆さんで食べるお菓子を選んできますわね」

 

 

「行ってらっしゃーい!」

 

 

 うちのチーム。沖野さん達と三バカに見送られて俺達は席を立った。

 最初にゴールドシップ達が出て行き、後から俺とマックイーンが扉を閉め、その後を追っていく。

 

 

 .........手にあるアイテムを持って。

 

 

ゴルシ「それにしても珍しいよなー?おっちゃんとこにジュースどころか、お茶もねーなんてよー」

 

 

フェスタ「だな。アタシらの爺さんでも、飲み物だけは切らさない人だったからな」

 

 

オル「でもでも!こうして皆とお出かけするって不思議な感じっス!何だか家族みたいd」

 

 

「「今だァァァッッッ!!!!!」」ガバァッ!!!

 

 

三人「え゚ッッ!!!??」

 

 

 完全に油断を見せた三姉妹。その背後から俺はゴールドシップを。マックイーンはナカヤマフェスタとオルフェーヴルをずた袋を被せて捕まえた。

 そしてそのまま俺達は階段を下らず、逆に登って別の教室を目指した。

 

 

桜木「ヤバイヤバイヤバイヤバイッッッ!!!!!」

 

 

マック「マズイですわマズイですわマズイですわマズイですわッッッ!!!!!」

 

 

ゴルシ「おいィィィィッッ!!?オマエら何してんのッッ!!?」

 

 

フェスタ「あ、ありのまま今起こった事を話すぜ.........!話してたら視界が急に真っ暗になって運ばれてやがる.........!!!」

 

 

オル「誘拐人質拉致監禁っっ!!?ぎゃぁあぁあああぁぁぁ!!!!!お姉ちゃん助けてぇぇぇぇ!!!!!」

 

 

二人「いや、姉貴呼んだらマジで死ぬ.........」

 

 

 ここで突然明かされる事実。三姉妹は四姉妹だった。

 なんて事は一旦置いておき、俺達は夜の校内のとある教室にゴールドシップ達を連れ込んだのだった.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「さぁ、洗いざらい吐いて貰いますわよ?」

 

 

ゴルシ「なんで取り調べ受けてんだよなんで手錠掛けられてんだよなんで寄りにもよってこの教室なんだよッッ!!!」

 

 

桜木「別にいいじゃん。除霊には成功してるし。ドラゴンボールも全巻揃ってる。避難させた飲み物は.........少し飲まれてっけど」

 

 

 場所はトレセン学園校内の三階にあるとある教室。以前色々あって新七不思議の現場となっている場所だが、以前の様な寒気は微塵も感じない。ゴールドシップは震えてるけど。

 クーラーボックスから飲み物の状態を確認していると、三人並んで座っている内のフェスタが溜息を吐いた。

 

 

フェスタ「チームルームから相当離れたここに連れてきたっつう事は、誰にも聞かれたくない事なんだろ」

 

 

桜木「ああ、出来ればこの話は俺達だけで完結させたい」

 

 

オル「だったら早く用件を言うっス!!じいじもばあばも無茶苦茶っスよ!!?」

 

 

 拘束されているにも関わらず、ガタガタと椅子ごと激しく動こうとするオルフェーヴルを見て、俺達は今回の話の根幹。つまり、これから起こるであろう[未来]の出来事を話した。

 俺達はてっきり知っている物かと思っていたが、三人は今までそんな事を知らず、尚且つ[未来]の俺にすら聞かされていなかったらしく、その顔を昼間の俺達と同じ様に青く、そして白々とさせて行った。

 

 

ゴルシ「おいおい.........!マックイーンの次はライスかよ.........!!!」

 

 

オル「どどど、どうしようフェスタちゃん!!!」

 

 

フェスタ「どうするも何も.........爺さん達はもう、決めてんだろ」

 

 

 慌てふためく二人をまとめるナカヤマフェスタ。流石この中では一番上の姉だ。こんなよく分からない状況に巻き込まれながらもしっかりと考えを止めずにいる。

 

 

桜木「.........俺達は、あの子らに何も言わないつもりだ」

 

 

オル「どうして!!?宝塚さえ出なければ何とかなるかも.........」

 

 

マック「確かにそうかもしれません。けれどライスさんの事です。その時のファンの惜しむ声を聞いて、長期的なメンタル不調に陥る可能性もあります」

 

 

フェスタ「.........何より、それだけで解決するとは思えねぇしな」

 

 

「.........」

 

 

 そうだ。例え宝塚に出なかったとしても、その後のレースで大変な事になる可能性だってある。それがもし、URAファイナルズにでもなったとしたら.........恐らく、次の年の開催は無くなるかもしれない。

 ただでさえ有馬記念が明けた後の、ウマ娘達の休養期間とも言える時期にそんな大レースを差し込むんだ。そうなったって不思議じゃ無い。そしてそうなれば勿論、理事長はその事態を重く受け止めて考えて動くだろう。

 

 

 そんな中で勝算はあるのか?という問いに答えるとするならば、俺は迷わずYESと言う。フェスタとオルフェの後から無理やり連れてこられた二人は兎も角、ゴールドシップは自らの意思で過去に来た。詳細は分からないが、そんな彼女に未来の俺が何も教えてない訳が無い。

 

 

ゴルシ「.........三つだ。出来事を変えるのは、三つの要素だ」

 

 

二人「!」

 

 

 今か今かと彼女が口を開くのを待っていた。そしてゴールドシップは、真剣な面持ちで答えながら、指を三本立てて俺達に見せる。

 そして立てた三本の内、人差し指だけを残して他を折り曲げた。

 

 

ゴルシ「一つ。本来そこでは有り得ない人物が関わる」

 

 

ゴルシ「じいちゃんはマックちゃんの為に、アタシと母ちゃん達を送り込んだ」

 

 

フェスタ「お前が勝手に時空超越用の試作薬を飲んだからだろ」

 

 

ゴルシ「仕方ねーだろ。じいちゃん生きてるって知ってテンション上がっちまったんだから」

 

 

 何してるんだこの子。それが無かったらもしかしたらあの男が直接来ていたかもしれないのか?だったらナイス誤飲だな。アレが目の前に現れてたら速攻殴り飛ばしてた自信はある。

 

 

ゴルシ「二つ。その時代の人間が自分の意思で本来しなかった行動を起こす」

 

 

ゴルシ「このお陰でテイオーは三冠バになったし、マックイーンも繋靭帯炎を直せたって訳だ」

 

 その言葉に、俺はハッとする。確かにゴールドシップからの手助けやヒントはかなり貰った。

 だが、それを胸に実際に動いたのは俺で、彼女はそれをやりやすくしてくれたに過ぎない。

 しかしそうなってくると、やはりライスの出走は止めた方が良いのだろうか.........?そんな疑念が俺の心を覆い始める。

 そんな中で、ゴールドシップは三本目の指を上げた。

 

 

ゴルシ「三つ。これはアタシがこっちに来る前、じいちゃんに散々。口酸っぱく言われた事だ」

 

 

ゴルシ「これさえ出来れば、絶対に[歴史]を変える事が出来る.........ってな」

 

 

桜木「っ!本当か!!?」

 

 

マック「そ、その方法は.........!!?」

 

 

 二人して身を乗り出し、ゴールドシップに顔を近付ける。俺達の勢いに乱される事無く、ゴールドシップはその真剣な面持ちのまま、静かに目を閉じ、やがて開いた。

 

 

ゴルシ「.........それは―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――[信じ抜く事]。だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「.........信じ抜く」

 

 

マック「事.........?」

 

 

 .........酷く当たり前のような事だ。どこかで聞いた言葉で、どこでも聞いたような有り触れて溢れ返っている言葉。具体性は何も無い。ただ心の在り方だけの言葉だった。

 けれど、その言葉に呆気に取られているのは俺とマックイーンだけで、三姉妹はそれぞれその言葉に良い表情を見せた。

 

 

ゴルシ「アタシらが小さい頃よく言ってたんだ。自分の力を信じれば、どこまでも行けるってな」

 

 

ゴルシ「.........そしてそれを、自分じゃない誰かに100%乗せるんだ。これが案外難しいんだぜ?」

 

 

桜木「それが.........三つ目なのか」

 

 

 ここに来て、見えかけていた物が見えなくなってしまった。信じるとは言うが、俺は何を信じればいい?宝塚を走るライスの事か?それとも、これから起こす自分の行動か?

 そのどれもがどうにも納得出来ない。どうしても分の悪い賭け。掛け金全乗せのギャンブルに乗せられている気がしてきてしまう。生憎だが、昔からジャックポットは狙うタイプじゃない。

 

 

 顔を俯かせている俺を後目に、ゴールドシップ達はその両手の手錠を簡単に引きちぎり、飲み物を避難させているクーラーボックスを持ち上げ始めていた。

 

 

ゴルシ「ほら!そろそろ戻っぞ!!立ち止まってても分かんねーもんは仕方ねーだろ!!」

 

 

フェスタ「今のアンタは視野が狭い状態だ。まっ、ゆっくり考えるこったな」

 

 

オル「ウチは信じてるよ!じいじもばあばも!!」

 

 

桜木(.........はは、本当。良い子に育ってるな。この子達は.........)

 

 

 落ち込んでいると思ったのだろう。オルフェーヴルは多少乱暴だったが、俺の頭を撫でて、ゴールドシップ達と共に教室を後にした。

 信じる事.........その力は、確率を計算する[AI]や、時には運命すら翻弄する[神様]をも超えることのできる、この地球上で唯一[人間]が出来ること。

 それがそうだと言ったのは他でも無い。この子達の祖父であり、未来の俺なんだ。

 

 

 それでも、俺にはまだ分からなかった。

 

 

 一体誰を、誰の何を、信じ抜けば良いのか.........

 

 

 結局その日は、祝杯ムードの高揚感以外の物を得ることは出来ずに、無情にも一日が過ぎて行った.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木(.........結局、何も思い付かなかった)

 

 

 多くのウマ娘達が汗を流し、そしてお互いの力を高め合うタープの上。ゴールドシップ達を拉致監禁した日の翌日は、今の俺の心とは正反対の晴天だった。

 あれから帰った後、散々悩んでみたが結局答え。それどころかそこに辿り着く糸口すら無かった。おかげで若干寝不足気味で、俺程に無いにしろ眠りが足りていないマックイーンに心配される程であった。

 

 

ブルボン「良いですかルビィさん。坂路は芝と違い前に進みにくい様になっています。パワーを鍛えるのならここが打って付けです」

 

 

ルビィ「うわっ、足が変な感じ.........ブルボンお姉さんって毎日ここ走ってたの!!?」

 

 

 坂路の上でトレーニングをしている他のウマ娘の邪魔にならないよう、端っこの方でトレーニングの説明をレクチャーするブルボン。それを素直に受けるルビィちゃんが居る。

 何故トレセン学生でも無い彼女がここに居るのかと言うと、そもそも彼女達の家族が寝泊まりしているのが、トレセン学園付近の寮だからだ。

 彼女達はメジロマックイーンの不治の病を治してくれた存在。そんな人達に何もしないようでは人としてが疑われると言った理事長は滞在に掛かる費用を全て負担し、寝床も用意するとまで言ってのけた。流石理事長。そこにシビれる憧れる。

 しかも彼女達の存在を学園の定期講習会で紹介したのもある。そのおかげで他の事情を上手く知らない学生達も安心し、ルビィちゃんを可愛がってくれている。パールさん達は安静な生活をルビィちゃんに強いてた分、酷く泣いて喜んでいた。

 

 

桜木(取り敢えず、タイヤ引きをしてるライスの方にはマックイーンが着いてくれてる。少しでも変な予兆があったら止めてくれるはずだ)

 

 

桜木(.........そうあってくれ。だなんて少しでも思うなよバカが。先送りになるだけだからな)

 

 

 自分の弱い心に釘を刺すように罵倒する。もし少しでも不安があったら、大事をとって長期休養。言い訳もマックイーンの事があると言ってしまえば納得はさせられる。

 けれどそれでは[乗り越えた]事にはならない。その次のレースか、それとももっと先のレースで、未来で起こった出来事が起きるかもしれない。そんな思いを抱いてこれからビクビクしながら過ごすなんざ真っ平御免だ。

 

 

 そんな苦い物を自分の心に注ぎ込んでいると、不意に俺の袖を引っ張ってくる存在が現れた。

 驚きつつもその方を見る為に視線を動かすと、そこにはルビィちゃんが居た。

 

 

桜木「ど、どうしたの?」

 

 

ルビィ「あのね!私聞いたの!ブルボンお姉さんって、二冠バなんだよね?」

 

 

桜木「.........そうだね」

 

 

 彼女の質問に肯定で返しながら、俺は坂路を走るブルボンの方を見た。汗を顔に垂れ流しながら、彼女はその坂路を走り抜けている。

 そのフォーム。そのペースを見ていれば良く分かる。もう既にあの菊花賞の時以上に、彼女は強くなっている。肉体的、戦略的、そして精神的にも.........

 

 

 [スプリンター]による無敗のクラシック二冠。例え三冠に手は届き損ねはしたが、それでも人々にインパクトを与えるには十分な程常識を打ち壊してくれた存在だ。

 

 

 だが、それでもやっぱり俺達にとっては.........

 

 

『私達は二人揃って[無敗の三冠バ]なんです』

 

 

 片方だけを見ればクラシック二冠を取ったスプリンター。もう片方だけを見れば菊花賞にてその素質を世界に見せ付けたステイヤー。

 だが彼女は言った。そんな二人が揃えば、[無敗の三冠バ]になるのだと。

 

 

 だから俺達にとって、どちらか片方が欠けてしまえば成り立たない存在なんだ。それはきっと、この言葉を知らない多くのファンの人達もそう思っているだろう。

 

 

ルビィ「凄いなぁ.........楽しみだね![宝塚記念]っ!」

 

 

桜木「.........え?なんでいきなり宝塚の話になったの?」

 

 

ルビィ「え?だって.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「出るんでしょ?ブルボンお姉さんも」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「―――.........」

 

 

 一言だった。たった一言で、今までどうすべきなのかと言う濃霧の如くまとわりついてきた自問が、一気に切り開かれた感覚になった。

 

 

『一つ、本来そこでは有り得ない人物が関わる』

 

 

『あのね?ブルボンさんは.........骨折してそのまま、引退しちゃったんだ』

 

 

『二つ、その時代の人間が自分の意思で本来しなかった行動を起こす』

 

 

『走ります。これからも』

 

 

『三つ、これはアタシがこっちに来る前、じいちゃんに散々。口酸っぱく言われた事だ』

 

 

 .........そうだよな。きっと、乗り越える方法はもう、これしか残されていないんだよな.........

 

 

 散りばめられた記憶の欠片がパズルの様に当てはめられ、一つの絵が浮かび上がって行く。

 そこには[誰一人欠けていない]チーム全員の笑顔がある。そして、それを完成させる最後のピースは.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『簡単な事だ。確率や、可能性。神の起こす[奇蹟]やそれまでの実績。生き方、血筋、それらに縛られること無く―――』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『「―――心の底から、信じる事か(だ)」』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ルビィ「?お兄、さん.........?」

 

 

 性格の悪いジジイだ。お前は俺にマックイーンだけじゃなくて、ライスやブルボン。タキオンの事まで託してやがったんだな。それならそうと、口から言えば済む話だっただろう。

 .........そんな事を思っても、結局俺はあの背中を見てしまっている。どこまで行っても先を行くあの男に、心のどこかで敵わないと思い、それでも追い付きたいと願いながら.........そうでは無い道を歩き出そうとしている。

 

 

 気が付けば俺の身体は動いていた。坂路を走り終え、汗を拭うブルボンの方へと近づいて行く。

 そんな俺に気が付き、彼女も視線を向け、身体を向け.........静かに俺の事を、いつもの表情豊かな無表情で待っていた。

 

 

ブルボン「何でしょうマスター。先程の走りに何か問題点が?」

 

 

桜木「ううん、無かったよ。[無かったから]来たんだ」

 

 

ブルボン「?」

 

 

 俺の言葉が理解出来ない。そう言う時には決まって首を傾げて宙にハテナを浮かべてくれる。表情が乏しいと彼女は以前悩みを打ち明けてくれたが、こういうわかり易さが彼女の良い所でもある。

 

 

桜木「ブルボン。大分力が着いてきただろう?」

 

 

ブルボン「はい。骨折以前の全パラメーターの割合からして、平均およそ10%。確実に向上しています」

 

 

桜木「.........じゃあ、中距離はもう心配無いんだね?」

 

 

ブルボン「はい。これまでのデータから予測しても、現在私の中距離での立ち位置はシニア級ウマ娘の中で上位クラスに位置していると計算出来ます」

 

 

 自分を客観的な視点から見れる彼女の自己分析を聞いて、俺は確証を得る。事中距離に至ってはやはり、ブルボンの力はあの時より強力になっている。

 

 

 それだけ聞ければ、満足だ。

 

 

桜木「分かった。なぁブルボン。提案なんだけどさ.........」

 

 

ブルボン「はい」

 

 

桜木「君の復帰後の最初のG1.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「[宝塚記念]に定めないか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ブルボン「―――!」

 

 

 俺の言葉を聞いて、彼女は目を見開いた。風が吹き、木々が揺れ、木の葉を舞わせて俺達を包む。

 やがて彼女のその目は元の大きさに戻り、その瞳は揺れること無く、真っ直ぐ俺を見つめてくる。

 どうやら、彼女の答えは既に決まったようであった.........

 

 

ブルボン「.........よろしくお願いします。マスター」

 

 

 彼女の決心が言葉に乗せられる。これで、全てが変わる.........そんな期待を胸に、俺は[宝塚記念]までの調整を頭の中で書き起こして行くのであった.........

 

 

 

 

 

......To be continued



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彼岸の花が咲く頃に

 

 

 

 

 

 最近、変な夢を見るの。

 

 

 その夢はいつも決まって、ゲートインから始まって。

 

 

 そしてレースの途中で目が覚めるの。

 

 

 第三コーナーの下りで、今からスパートをかけようとした瞬間に.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 パッと、目が覚めるの.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「よっ、シャカール」

 

 

シャカ「.........チッ、何の用だ」

 

 

 結んだ根元からスラリと伸びていく長い髪。その後ろ姿を見つけて、俺は彼女の名前を呼んだ。

 無視しようとしたのか、一瞬沈黙があったが、やがてまとわりつく俺に観念したようで舌打ちをしながらこちらに視線を寄越してきた。

 

 

桜木「ほら、昨日マックイーンに頼まれてたライスの件!どう?データ出た?」

 

 

シャカ「聞いてねェのか?アイツの一着率は78%。出走率は98%だ。怪我の心配もねェよ」

 

 

桜木「ふ〜ん.........でもさ?俺シャカールのトレーナーさんから聞いたけど、結構変動するんでしょ?そのAIの確率」

 

 

シャカ「.........昔の話、だ。今はリセットさせてプログラムも修正済み。勝手な書き換えは.........ア?」

 

 

 ノートパソコンを開いてAIを起動させた彼女は、その画面を見て疑問の声を上げた。俺も見させてもらおうと彼女の後ろに回り、背伸びをしてその上から画面を見てみる。

 .........が、画面がしっちゃかめっちゃかで何がどれでどれがそれなのかが全く分からない。数字の大きさもバラバラ、並びも斜めだったりしてるし、これは酷い.........

 

 

桜木「えっと.........何かあった?」

 

 

シャカ「.........時間帯詳細が出てやがる」

 

 

桜木「つ、つまり?」

 

 

シャカ「時間帯によるコンディション変化が起きる場合、この[Parcae]は自動でその演算もする。けどオレが指定したのは出走率と着順率だけだ.........」

 

 

 そう言って、彼女はタッチパッドでカーソルを動かし、その詳細を開く。そこに現れた数字は先程と同じ物だ。

 唯一違う点を上げるとするなら、左上に日付と時間帯が出されている所。どうやらそこは分かりやすくしてくれているらしい。

 

 

 彼女はその数字の細部に気を配りながら、時間を遡っていく。今の時間帯から一時間ずつ、変わり映えしない数字の羅列を見ること数時間分.........

 

 

 そして.........午前三時のデータをクリックした時だった。

 

 

シャカ「.........あァ!!?」

 

 

桜木「うぇ!!?な、なになに!!?」

 

 

シャカ「出走率100%.........一着率2.13%.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「再起不能故障率、87%.........!!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シャカ「クソッ、なんでこんな数字が出てきやがる.........!!!」

 

 

桜木「.........」

 

 

 データに現れた数字。今現在の出走率よりも高い値の故障確率。それを目にした彼女はパソコンを操作し、条件を付け直し始める。

 出走人数。調整期間。天候。バ場状態。果てには来客人数の正確な値まで入れ始めたが、結局その三時のデータの数値はうんともすんとも言わなかった。

 

 

シャカ「.........どうなってやがる」

 

 

桜木「.........シャカール。もし出来たら、宝塚を回避して他のレースに出走する場合の確率も、お願い出来る?」

 

 

シャカ「!あァ、そっちの方が手っ取り早いな。それなら何とか―――」

 

 

パソ「ドゥンッ!」

 

 

二人「は?」

 

 

 意固地になっていた彼女に宝塚のデータだけ抜くようお願いした。彼女はそれに安心した様な顔でデータを入れ、いざその確率を計算しようとした時。彼女のパソコンの画面は真っ青になった。二日酔いかな?

 

 

 その後何度再起動を掛けて同じ条件で演算を出力しようとしたが、何度もパソコンが泣き叫ぶように青スクリーンになるので俺は諦めた。次いでにシャカールは考えるのをやめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「そう、ですか.........」

 

 

桜木「うん。やっぱりここで乗り越えるしかないみたい」

 

 

 シャカールさんとの会話を終え、彼は一度チームルームの方へと戻ってきました。そこで先程あった事態を私達に話したのです。ライスさんの故障は、何かの因果によって確実に発生する、と。

 

 

「.........君、やっぱり何か憑いてるんじゃないかい?」

 

 

桜木「だったら俺に来るべきなんだけどな。そういう事全部」

 

 

マック「もう、今に始まった事では無いでしょう?タキオンさん」

 

 

 参考書をテーブルの上に広げながら、タキオンさんはゲンナリとした表情で彼を見つめていました。流石にこういう怪我に関する事件が次々と起こってしまっていますから、そう思うのも無理は無いです。

 

 

 本来ならばここにタキオンさんが居ることは無いはずだったのですが、トレーナーさんと相談し、流石にタキオンさんだけには相談しておこうという話になったのです。後でバレた時が怖いですし.........

 

 

 実際話した所、彼女もライスさんには伝えないと言う方針に肯定の姿勢を示して下さいました。もし宝塚を回避しても、この先怯えながら調整やレースを行うのであれば、勝てる物も勝てなくなってしまう。

 そうなるくらいなら、本来では有り得なかったことをふんだんに盛り込んで歴史を根本からねじ変えてしまおう。と言うのが彼女の作戦でした。

 

 

タキオン「だがシャカールくんのおかげで良いデータが取れた。ライスくんの分岐点はやはり宝塚で間違いないだろう」

 

 

マック「.........ところでトレーナーさん?ブルボンさんの調整はどう進んでいますの?」

 

 

桜木「ん?ああ、前みたく黒沼さんと東先輩に預けてるよ。メニューは俺が作れるけど、精神的な部分はやっぱり二人の方が育てるの上手いからさ」

 

 

タキオン「フフ、そういう一部分だけでも他のトレーナーに任せるところ、君が君たる所以だね」

 

 

桜木「?」

 

 

 彼のトレーナーとしての一番目立つ特徴を言いながらタキオンさんは笑っていますが、当の本人はどういう事か分からない。と言うように首を傾げました。

 しかし彼女の言う事はおおよそ当たっていて、今までの常識を考えれば担当ウマ娘のトレーニングは絶対と言っていいほどその担当トレーナーが見る事になり、他のトレーナーには絶対に任せません。

 彼自身が言うには、今はお二人が担当を持っておらず、そしてブルボンさんの素質に惹かれている部分があるからと言っていましたが、それでもそんな方は今まで居なかったのです。

 まぁ、居なかったのですから、担当ウマ娘のトレーニングを他のトレーナーに任せてはいけない。などと言う規則もありません。

 

 

桜木「そんな変かな〜、他の人にお願いするの」

 

 

タキオン「帰省しているならまだしも、普段からそうしていると言うのが変わっているね」

 

 

桜木「だって俺だけが見るより絶対強くなってくれるじゃん?今東さんも黒沼さんも担当居ないからほぼノーリスクだし。流石に沖野さんには気が引けるけど」

 

 

マック「ライバルだからですか?」

 

 

桜木「勝手に足触るからだよ!!!あれさえ無ければホントハイパー頼りになる先輩なのに!!!」

 

 

 呻き声を上げながら頭を抱えるトレーナーさん。そんな彼を見て私とタキオンさんはお互いの顔を見合せて苦笑いを浮かべました。

 しかし、そうしている間に彼は何かを思いついたようにハッと顔を上げ、私達の方へ距離を詰めてきました。

 

 

桜木「ねぇ!誰か走りが異次元並みに安定してる子って誰か居る!!?」

 

 

マック「へ?さ、さぁ.........?それはトレーナーさんから見ても分かるものではありませんか?」

 

 

桜木「確かに俺の知識も大事だけど、君達競技者にしか分からない感覚レベルでさ!!その子に教えて貰ったらちょっとでも確率減るんじゃない!!?」

 

 

タキオン「.........そうだね。一人いる」

 

 

二人「!」

 

 

 彼の提案に乗る形で、タキオンさんは顎に手を当てながらそう発言しました。その言葉に他の思案や問題点があるとは感じられなかった私達は、驚きながらも彼女の方に目を向けました。

 そんな私達の顔を見て、彼女はクスクスと笑った後、立ち上がってチームルームの扉を開けました。

 

 

タキオン「さぁ、頼みに行こうじゃないか」

 

 

桜木「ちょ、ちょっと待って!その頼れるウマ娘って一体誰なんだ!?」

 

 

タキオン「フフ、そんなに心配せずとも、私達が[最も頼りやすい]チームに居るウマ娘さ。君達もよく知ってるだろう?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「[サイレンススズカ]くん。だよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ライス「はぁ......はぁ.........」

 

 

スズカ「大丈夫?ほら、お水」

 

 

ライス「あ、ありがとう.........ぷはっ」

 

 

 ターフの上で座り込み、ひたすらに汗を流していたライスに飲料水とタオルを渡すスズカ。その姿はやはり、チーム[スピカ]の女房役と言っても差し支えないくらいの気配り上手だった。

 

 

桜木(距離は宝塚と同じく2200m。ステイヤーのスタミナレベルなら走りきれない事もないが、流石に最初から終わりまでスズカの隣で走るのは相当キツいか.........)

 

 

桜木(.........それにしても)

 

 

 先程のレース風景を頭の中で思い浮かべる。最初はスズカとライスが収まる全体像が映し出されていたが、今はスズカの姿がドアップして脳内で再生されている。

 はっきり言おう。[おかしい]。マックイーンやタキオンに言われるまで何となくそういうものだと思っていたが、言われて見ればその点が彼女の脚質以上に気になってきてしまう。

 

 

 結論を言えば、安定性が[ありすぎる]。けれどただそれだけじゃない。五年以上トレーナーをしてきた俺が、気付けないほどその安定性が身体に染み込んでいる。

 一体、何がどうなって.........

 

 

「気になります?」

 

 

桜木「ああ.........ん!!?」

 

 

スズカ「ふふ♪やっと気付きましたね。サブトレーナーさん」

 

 

 思考に耽っていた俺の後ろから声を掛けてきたのは、その原因であるスズカ本人だった。

 では先程ライスに飲み物を渡していたスズカはどこに?そう思ってその方向を見ると、そこには先程見せてくれたスズカの安定性がある走り方を少しでも伝授させようとするタキオンとマックイーンがそこに居た。

 

 

桜木「.........勘弁してよ」

 

 

スズカ「すみません。桜木トレーナーさんはからかいやすいですから、つい」

 

 

 つい。で女子高生にからかわれる成人男性の気持ちも分かって欲しい。そう思ったが、それでは話は進まない。

 俺はひとまず心に強く発生した羞恥心を振り払い、彼女に簡単な質問をした。

 

 

桜木「なぁスズカ。君の走りって、沖野さんに教えて貰ったのか?」

 

 

スズカ「いえ。私はただ好きな様に走ってるだけですよ?」

 

 

桜木「え?じ、じゃあ、あの安定性も気付いたらって感じで.........?」

 

 

スズカ「.........う〜ん、小さい頃の記憶だから、あまり覚えて無いんだけど.........」

 

 

 彼女にとってその記憶は相当昔の物らしく、物心付くか付かないか位の物らしい。

 そんな曖昧な物をしっかりと思い出そうとうなりながら、彼女はぽつりぽつりと話し始めてくれた。

 

 

スズカ「私、実は昔から走るのが好きで.........」

 

 

桜木「あっうん。それは聞かなくても分かるかな」

 

 

スズカ「むっ、話の腰を折らないでください」

 

 

桜木「ご、ごめん」

 

 

 何を至極当然の事を?なんて思ってつい言ってしまったが、彼女にとってそれは自分自身のミステリアスさだと思っていたらしい。これで嫌い、とかだったら分かるのだが.........まぁ要するに、そのまま育ってきた訳だ。

 

 

スズカ「兎に角、そんな私が公園の周りを走ってると、[ある人]に声を掛けられたんです」

 

 

桜木「ある人.........?」

 

 

スズカ「はい。その人は私の走り方を見て、疲れてるなら走らない方が良いよって行ったんです」

 

 

スズカ「普段の私だったら、直ぐに忘れて走っちゃうんですけど.........その言葉が何故か、今でも残ってて.........」

 

 

 .........う〜ん、つまり。常にコンディションが良好な状態且つ、それを意識して走っているから、再現性が高い物に仕上がっているのか.........?

 だとするならば、恐らくライスに上手く作用してくれるかは分からない。あの子はとても頑張り屋だ。それも超が三つくらい着く程に。

 

 

 .........可能性があるとするならば。

 

 

桜木「ねぇ、その人。もしかしてトレセン学園のトレーナーだったりする?」

 

 

スズカ「その時はそうだと聞きました。けど今は.........」

 

 

桜木「.........もしかして、居ない感じ?」

 

 

スズカ「はい。[テレビ]ではよく見るんですけどね」

 

 

 へ?なんて言う素っ頓狂な声を上げると、彼女は俺の心境を理解しきれず、首を傾げながらその答えを言ってくれた。

 

 

スズカ「今は[プロリーグ]のレースプランナーなんです。私達のトゥインクルシリーズの事前解説も番組でやっていて.........」

 

 

 [プロリーグ]。それは、[ドリームトロフィーリーグ]の上に位置するリーグであり、その名の通りプロとして走るウマ娘達が活躍する世界である。

 学生達が走っている今この時期のシリーズは正に、スポーツ学生にとっての[インターハイ]に近しい物だろう。

 更に言えば[ドリームトロフィーリーグ]。通称[DTL]はプロになる為に自身の実力を示す大きな選抜レースのようなもの。

 その過程を経て、企業からオファーを受け、援助を受けて初めて[プロリーグ]に参加する事が出来る。

 

 

 しかし、これはウマ娘側の問題。トレーナーもそれと同等の試練が待ち受けている。

 

 

 ウマ娘同様、トゥインクルシリーズの経験。チームトレーナーとしての実績を積んでDTLに推薦され、そこでも目覚しい活躍を見せた後、これまた推薦で今度は[国際資格]。つまり海外のレース事情。歴史と文化。そして常識の点で合格した後、企業の方に自分を売り出さなければ行けない。

 まぁ最終的にはフリーとして動く事も出来るが、そうなるまでに要する期間はざっと[30年]。気が遠くなる程の研鑽が必要となってくる。

 

 

スズカ「サブトレーナーさんはどうなんですか?プロリーグ」

 

 

桜木「.........うーん、こう言っちゃなんだけど、間に合ってるかなぁ」

 

 

桜木「担当一人の夢を背負ってあたふたしてる今、企業とか不特定多数の生活まで背負えるのかって聞かれたら.........ねぇ?」

 

 

 トレーナーという職業は傍から見れば[夢を追う]仕事だと思われている。実際、プロリーグよりもトレセン学園のトレーナーの方が数は圧倒的に多い。

 そして、それ以上に自由が効く。何のレースを目標に、どのようにトレーニングを積むか。極端な話、ウマ娘もトレーナーも考える事はそれだけで済んでしまう。

 だがプロリーグになると途端に話が変わる。企業が重視しているレース。そこに所属しているウマ娘のプロモーションのスケジューリング。トレーナーの講演。

 

 

 この多くの要素が重なり、結果的にウマ娘。そしてトレーナーとしての技量は学生時代から大きく飛躍しない。ピークを過ぎたと言う事もあるが、礼儀やマナー。コンプライアンスのある一級の実力を持った学生のウマ娘と何ら変わらない。

 だったらまだ[夢]を存分に享受できるこの環境に居続けた方が楽しいに決まっているだろう。

 

 

 そんな事を考えて微妙な顔をしていると、スズカは先程の鈍感さとは打って変わって俺の内心を察したようで、少し心配そうな顔付きをしていた。

 

 

スズカ「.........怒られますよ?」

 

 

桜木「誰にぃ?」

 

 

スズカ「後ろの人に」

 

 

「トレーナーさん?」

 

 

桜木「.........へ?」

 

 

 びくり。と身体が反応する。反応してから、先程の声がどんなものだったかを分析する。声の感じからして、ニコニコしてそうだった。

 けれど身体に刺さる視線はそんな優しいものじゃない。本能の警報センサーがカンカンと音を鳴らして俺に危険を知らせてくる。

 俺は息を呑みながら意を決して振り返ってみると、そこにはやはり、ニッコリ笑顔のマックイーンがそこに居た。

 

 

桜木「ま、マックイーン!ライスはどうしたの?」

 

 

マック「少し様子が変でしたから、タキオンさんと休憩に行かせました」

 

 

桜木「そ、そう!良かっ「プロリーグ」.........アイ」

 

 

マック「.........ラモーヌお姉様も、走って居ますのよ?メジロの名を背負って」

 

 

桜木「そ、ソナンダー.........」

 

 

 怖い。誰か助けて欲しい。そう思い横目でスズカの方を見たがもう居ない。流石異次元の逃亡者。立つスズカ跡を濁さず。

 助けを望めなくなった俺は未だにニコニコ顔のマックイーンと向き合う事に決めた。

 

 

 彼女の手が俺の手に優しく触れる。優しい温かさと女の子特有の滑りのある肌が気持ちいい。

 そしてそこから滑るように俺の指の間に、彼女の指を絡めてくる。

 

 

 あっ、気持ち―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぎゃあぁぁぁあああぁぁぁっっっ!!!??」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ライス「わっ、凄い声.........!」

 

 

 マックイーンさんに休憩を勧められて、私はタキオンさんと一緒にブルボンさんがトレーニングしてる坂路まで来た。

 そこでさっきまでライスがいた所から凄い声が響いてきたの。

 

 

タキオン「はぁ.........また何か余計な事を言ったみたいだね」

 

 

ライス「う、うん。でも、何だか久しぶりに聞いたかも」

 

 

タキオン「.........まぁ、そんなやり取りをする余裕も、最近は無かったからだろう。平和になった物だよ。本当」

 

 

 両手を広げてやれやれってタキオンさんはしてるけど、その顔は何だかとっても嬉しそうだった。きっと、私と同じ気持ちなんだと思う。

 

 

 最近、ようやく元通りになってきた。チームの雰囲気も、お兄さまの様子も、全部が前みたく戻ってきてる気がする。

 そんな安心感があるのと同時に、変わって行ってる自分に不安を感じている。昔はあんなに、変わりたいって思ってた筈なのに.........

 

 

 私はブルボンさんとウララちゃん。デジタルちゃんが並走する坂路のコースを見ながら、ぼんやりと湧き出る不安と向き合ってた。

 

 

タキオン「.........浮かない顔だね」

 

 

ライス「あっ.........ごめんなさい。ダメだよね。宝塚記念もあと一ヶ月くらいなのに.........」

 

 

タキオン「仕方ないさ。私も君も生き物だ。そういう気分の時もある」

 

 

 そう言ってタキオンさんは立ち上がって、私が飲み干した飲料水のペットボトルを持っておかわりを持ってくるって言ってくれた。

 .........違うって、否定したかったんだけど、言葉が出て来なかった。

 

 

「ライスさん」

 

 

ライス「っ!ブルボンさん」

 

 

 タキオンさんの後ろ姿を、本当の事を言えなかった後悔を感じたまま見ていた。その時、ライスの見ていた方向とは反対の方から、ブルボンさんの声が聞こえたの。

 ライスは慌てて、にっこりほほんだ。

 

 

ライス「お疲れ様!もう大丈夫?」

 

 

ブルボン「はい。ご心配をお掛けして申し訳ございませんでした」

 

 

ライス「ううん!謝らなくていいよ?ライス、楽しみだったから.........」

 

 

 ベンチに座る私の隣にブルボンさんが座る。二人して顔を見合せて、何だかおかしくなって少し笑っちゃうと、ブルボンさんも顔を少し緩めてから、坂路の方に顔を向けた。

 

 

ブルボン「.........思えばここが、私にとっての全てでした」

 

 

ライス「え?」

 

 

ブルボン「[無敗で三冠]。そう志したあの幼き日から、私は坂路で走ってきました」

 

 

ブルボン「短距離からマイルへ。マイルから中距離へ。手を伸ばせば、あともう少し.........伸ばせていれば.........」

 

 

 太陽に向けて手を伸ばす仕草とは裏腹に、ブルボンさんの声は何だかとっても空っぽだった。それがライスのせいだって気付くのに、時間はそんなに掛からなかった。

 でも、ブルボンさんはライスが悲しくなって俯く前にこっちに顔を向けてくれた。その顔はさっきより、明るくてとても真っ直ぐだった。

 

 

ブルボン「私の世界は[坂路]で作られました。逆を言えば、それ以外の物を、見ようともしませんでした」

 

 

ブルボン「マスターと出会ってから、数多くの不可思議な感情、そして出来事に巻き込まれていく内に、私の世界は.........」

 

 

 そう言いながら、ブルボンさんはまた太陽に手を伸ばした。今度はさっきと違って、しっかりと腕を伸ばして、その太陽の輪郭に触れるように撫でている。

 そしてその顔は嬉しいっていう気持ちがいっぱい感じられて、その声も、さっきの空っぽとは違うって思えた。

 

 

 そして、ブルボンさんはその手を伸ばしたままゆっくりと握りしめて、太陽の輝きを掴んで言ったんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――私の世界は、[スピカ:レグルス]になりました」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ブルボン「.........だから、今はなんだか、とても身体が軽く感じられるんです」

 

 

ブルボン「世界が広がって、まるで背負っていた荷物を置ける場所が増えた感じです」

 

 

 ベンチから立ち上がって、ブルボンさんはスッキリとした表情をして話してくれた。私の顔を見るブルボンさんの表情は確かに、初めて会った時とは全然違う。

 ライスも.........ライスもそんな、ブルボンさんの隣に立っても、ブルボンさんが変な目で見られないくらい、強くなりたい.........心も、身体も.........

 

 

ライス「.........頑張ろうね。宝塚記念」

 

 

ブルボン「はい。ライスさんも」

 

 

 首に掛けたタオルで汗を拭い直して、ブルボンさんは笑ってくれた。それに釣られて、私も笑い返す。

 遠くで手を振ってるウララちゃんとデジタルさんを見て、ブルボンさんはそのまままたトレーニングに戻って行った。

 

 

ライス(.........そうだ。ライスも、頑張らないと)

 

 

ライス(だって、一年ぶりだもん。ブルボンさんと走るの.........」

 

 

 胸がドキドキする。一体、どうなっちゃうんだろうって。ライスはまだ、中距離のG1を勝ったことが無いって事もあるけれど、一番はやっぱり、ブルボンさんだ。

 

 

 あの走りを、もう一度見たい。

 

 

 どこまでも先を行って、最終コーナーで抜かせられるのかを考えて、仕掛けに行く.........その瞬間が、一番楽しい。

 

 

 そう。ブルボンさんとのレースが、どうしようもないくらい、楽しみなんだ.........

 

 

ライス「.........よーし。頑張るぞ〜.........!」

 

 

ライス「えい、えいっ、おー!」

 

 

 こうしちゃいられない。そう思ったライスもベンチから立ち上がって、一人でおまじないをする。

 それをし終わってから、誰か見てないかな?なんて不安になって辺りを見渡して、誰も見てない事に安心した。

 

 

 そして、私はまた、スズカさんとの並走に打ち込んだの。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夢を見るの。

 

 

 みんなの応援で背中を押されて。

 

 

 無我夢中で走って。

 

 

 勝てると思って。

 

 

 第三コーナーの曲がり際。

 

 

 いつもだったら、そこで目が覚めるのに.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ライスシャワー[落バ]!!ライスシャワー[落バ]!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 [落バ]って何だろう?聞いたことの無い言葉。

 

 

 そんな事を考えながら、私の視界は地面を写してる。

 

 

 あれ.........私は―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――何を[視てる]の.........?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ううん』

 

 

『[視せて]るんだよ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ライス「っっ.........!!?」

 

 

 .........最近、変な夢を見るの。

 

 

ライス「はぁ.........はぁ.........」

 

 

 その夢を見て起きると、身体は汗でびしょびしょになって.........

 

 

ライス「っ.........グス.........ヒグ.........」

 

 

 何だかとても、泣きたくなって.........

 

 

ライス「.........っ!痛.........?」

 

 

 何だか[左脚]が、とっても痛くなるの.........

 

 

 

 

 

......To be continued



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T「ライスとブルボンと宝塚記念」

 

 

 

 

 

「ミホノブルボン!!この目黒記念にて復帰後初の勝利を収めました!!!」

 

 

 実況の言葉にレース場の盛り上がりがヒートアップを見せる。約一年半ぶりに見る彼女の勝利に、この場にいる誰もが興奮を隠せ無いで居た。

 俺達もその内の存在であり、次のレースが一番重要だと知りつつも、その勝利した姿に、涙をうっすらと瞳に浮かばせていた。

 

 

ルビィ「すごいすごい!!ずーっと一番前だったよ!!」

 

 

マック「ええ!本当.........ブルボンさんも完全復活ですわね.........!」

 

 

桜木「ああ!メンバーもG1と遜色無い状態で体内時計を駆使した逃げ戦法.........!これなら.........!!!」

 

 

 最早完全復活と言っても過言じゃないだろう。会場からはまばらにだが、もう次のレースに期待している声が聞こえてきている。

 彼女は既に、俺の予想を超えて完璧にその力を戻していた。

 

 

 だが.........

 

 

黒沼「.........」

 

 

沖野「ん?どうした黒沼?それに東まで.........」

 

 

東「.........まだ、か」

 

 

 快勝。その言葉が似合う程の勝利を見せ付けてくれたブルボン。しかし、その彼女のトレーニングを見てくれていた二人の表情はまだ浮かない。

 それに、東さんは[まだ]。と言った。それはつまり、この先を想定しているということにほかならない。

 俺はその詳細を聞く為に口を開こうとしたが、その前に黒沼さんが疑問に答えてくれた。

 

 

黒沼「ミホノブルボンにはまだ、[迷い]がある」

 

 

ライス「ま、迷い.........?」

 

 

東「ああ、俺達とのトレーニングで新たに編み出した[新形態]だ」

 

 

全員「.........ん?」

 

 

 し、新形態.........?何言ってんだこの人。うちのブルボンを何かロボットだとかマジンガーZだとかガンダムだとかと勘違いしてないか?

 そして黒沼さん。アンタも頷いてんじゃねぇ。何でそれに乗っかってるんだ?いい歳してそんな事言ってたりそれに乗っかったりして恥ずかしく無いんか?

 

 

黒沼「その名も.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「心頭滅却状態だ」

「スーパーモードだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二人「.........ん?」

 

 

「.........心頭滅却状態だ」

「.........スーパーモードだ」

 

 

二人「.........」バチチチチ

 

 

桜木「沖野さん。俺任せる人間違えてたかもしれない」

 

 

沖野「ああ、俺もまさかこんな事になるとは思わなかった」

 

 

 俺は溜息を吐き、沖野さんは頭を抱えた。二人は未だにお互いのその名称を言い争っている。他の子達もその二人をジト目で見て居る。何を競っているんだこの人達は。

 しかしまぁ、前哨戦は抑えることが出来た。この先があるのなら、宝塚記念でも活躍する事が出来るだろう.........

 

 

桜木(.........ホント、歯痒いよな。トレーナーってのは)

 

 

ライス「.........?お兄さま?」

 

 

 視線をターフから外し、ライスの方を見る。すると彼女も俺のそんな視線に気が付き、少し不安げな表情で応えた。

 俺は.........俺はそれに、笑顔で応えた。本番を迎えて、この場に立った時。その時にはもう俺に出来る事は、[信じる]事だけしか残って居ない。

 だから、俺は彼女に不安を感じさせないように笑顔を作る。

 

 

 その笑顔を見て、ライスもにこりと微笑んでからもう一度、ターフに立つブルボンを目に写す。

 彼女の勝利を心から祝福する彼女を横目に、俺はこれからの苦難を乗り越える為の覚悟をしっかりと整えていた.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ライス「っ―――!!!」

 

 

 時計の針が動く音。等間隔で、規則的に聞こえてくるそれが、自分が跳ね飛ばした掛け布団と乱れる息に混じって少しづつ、ライスの耳に聞こえて来る。

 時計を見ると、午前4時。まだ起きるにはちょっと、早い時間帯。

 

 

 またあの夢だ。何なんだろう。最近あの夢が頭から離れてくれない。

 

 

 ただの夢。ちょっと緊張してるだけ。そう考えてもう一度掛け布団を被って寝ようとするけど、またあの夢を見ると思うと、眠るに眠れなかった。

 

 

ライス(何なんだろう.........あの夢.........)

 

 

ライス(段々、ハッキリとしてきて.........それにライスの身体も.........)

 

 

 変な部分が沢山あるの。走ってるのに、[見えるはずの手]が、全く見えない。普通は、手を振って走ってるはずなのに。ただ前に進んでいるだけしか分からない。

 それに、何だか背中に、[何か乗っていた]様な重さもあった。あんな感覚、今までのレースで感じた事なんて無かったのに.........

 

 

 10分。20分と時間が経って、全然眠る事が出来なかったから、ライスは充電してたウマフォンを取って、眠くなる様な安心する音楽を聞こうとしたの。

 そしたら.........

 

 

ライス「.........![ニコロ]お兄さまからだ.........!」

 

 

 ライスが寝てから一時間くらい経った頃の不在着信に、お兄さまからの電話があったの。外国に帰る前に交換してて、偶にレースの結果を報告したり、お兄さまの近況を聞いたりして.........

 

 

 今掛けちゃっても大丈夫かな?そう思って今のアメリカが何時か調べたら、まだお昼の15時くらいだったから、そのまま折り返ししちゃった。

 

 

ライス(だ、大丈夫.........かな)

 

 

「.........もしもし」

 

 

ライス「!も、もしもひ!ライスでひゅ!」

 

 

 か、噛んじゃった.........ど、どうしよう.........お兄さま、何も言ってくれない.........うぅ、なんでいつも噛んじゃうんだろう.........

 最近変な夢ばっかり見てるせいで、ライスはもう泣きそうだった。目の奥が熱くなって、風邪もひいてないのに、鼻水が鼻から出てきそうになって.........

 でも、電話の向こう側から、お兄さまが小さく笑う声が聞こえて来て、ライスはちょっと安心したの。

 

 

ライス「な、なんで笑ってるの.........?」

 

 

「いや、すまない。宝塚記念一番人気のウマ娘と聞いたから、どんな子だろうかと思ったが、君は変わらないな」

 

 

ライス「!も、もう!ライスをからかいに来たの?」

 

 

 さっきまで不安でどうしようもなかったけど、何だかどこかに行っちゃったみたいに安心してた。

 それから色々喋った。ロブロイさんが寝てるから、ライスは小声で、お兄さまもそんなライスに気付いて、少し声を抑えて喋ってくれた。

 最近の事、マックイーンさんの事、トレーナーのお仕事が大変な事、ブルボンさんがまた走る事。

 それと.........最近見る、夢の事も.........

 

 

「.........そうか」

 

 

ライス「うん。夢占いで検索しても、何かパッとしなくて.........」

 

 

「.........」

 

 

 少しの間、お兄さまもライスも、何も言わないままの時間が過ぎてった。それに対する答えも、考え方も欲しかった訳じゃない。ただ人に話して、安心したかった。

 だから、今のこの時間は不思議と不安にはならなかったの。自分の持っている物を地面におろせたようで、本当にほっとした。

 

 

「.........ライス。実は黙っていようと思っていたんだが.........」

 

 

ライス「.........え?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ブルボン「.........」

 

 

ライス「すぅー.........はぁー.........」

 

 

 外の騒がしさが聞こえて来る地下バ道。年に一度のお祭り騒ぎ。その有り様は正に、[夏の有馬記念]と言えば予想出来るだろう。

 二人の姿は対照的。片方は落ち着きを見せ、片方はソワソワとしながらも自身を落ち着かせようと深呼吸をする。

 そんな二人を見て微笑ましく思いながらも、これから起こるかもしれない事態に対する覚悟だけはしっかり決めておく。

 

 

 それでも、そんな事が出来るのは大人である俺だけだ。事情を知っている子達は、そうは行かない。マックイーンもタキオンも、それにゴールドシップ達も、皆緊張が抜けきらないで居る。

 

 

桜木「.........よーっし!んじゃ二人が緊張しないようにしてやるか!」

 

 

全員「!」

 

 

 誰もが緊張で動けないでいる。うちのチームはマックイーン達の緊張に無意識に呑まれ、沖野さん達はこれからの激戦に武者震いが収まらずにいる。

 動けるのは俺だけだ。だったら、俺は俺の責務を果たすだけの話になる。俺は出口を向いていた二人に声を掛け、その視線を一度、それとは正反対の俺へと向けて見た。

 

 

桜木「ブルボン。緊張してるな?」

 

 

ブルボン「はい。心拍数、心理状態共に平常時との差異があります」

 

 

桜木「うん。良い事良い事。その緊張を楽しむんだぞ?ライスは.........」

 

 

ライス「っ!ひゃい!」

 

 

桜木「.........見るからに緊張してるな」

 

 

 俺の声に反応して、ライスはビシッと背筋を伸ばし、気を付けのポーズで返事を返した。

 これから出走するって言うのに、こんな姿を見せられたらこっちが緊張感を無くしてしまう。

 けれどその姿を見て、周りの空気は少し和んでくれた。ライス自身は返事を噛んだせいか、少し顔を赤らめて俯いてしまっている。

 俺はそんな彼女の肩に手を置いて、目線を合わせるように膝を着いた。

 

 

桜木「なぁライス。これからブルボンと走る事になるけど、怖いか?それとも、嬉しいか?」

 

 

ライス「!え、と.........どっちも、かな」

 

 

桜木「.........そうか。じゃあ怖い気持ちの方は十分皆に伝わったから、嬉しい気持ちを伝えてくれ。一番、伝えたい人に」

 

 

ライス「一番、伝えたい人.........」

 

 

 肩から手を離し、後はライス自身の行動に委ねる。彼女は俺の手が離れた瞬間からブルボンの方へと顔を向け、そして一歩一歩ゆっくりと近付いていく。

 みんな、待っていたはずだ。この瞬間を。このレースを。俺達だけじゃない。この[宝塚記念]を見に来た全員が、勝ち負け関係無く、ただライスとブルボンが一緒に走るこのレースの行方を、見届けに来ているはずだ。

 だから.........

 

 

桜木(.........だから、ちっとは優しくしてくれねぇか?運命さんよ)

 

ライス「ブルボンさん.........」

 

 

 二人の少女が向かい合う。これからレースで競い合い、勝ち負けを決める戦いが始まる。しかし、今の二人の間にはそんな熾烈な感情は生まれていない。

 どこか穏やかで、それでいてこの時を待ち望んでいたという思いがひしひしと伝わってくる。それは二人の表情を見れば誰でも分かるほどだった。

 

 

ライス「.........ライス、今日の為に強くなったんだ」

 

 

ライス「ライスのせいで、ライスに負けたブルボンさんやマックイーンさんまで、強くないって思われたく無かったから.........」

 

 

ライス「.........だから今日のライスは、手強いよ.........!」

 

 

ブルボン「!.........望むところです」

 

 

 傍から見れば、これは宣戦布告だろう。だが二人の間ではそうでは無い。待っていた少女と、それに追い付いた少女。その二人が、互いに固い握手をしてからもう一度、光差し込むターフの方へと歩みを進めていく。

 そんな二人を見て、俺に出来る事はもう無くなったと確信した。

 

 

桜木「二人とも!」

 

 

二人「?」

 

 

桜木「.........最後に一つだけ、言って置く」

 

 

 二人が最大限力を発揮できるようにする事は出来た。後はもう待つだけだ。

 けれどそれでは心許ない。だからこれは、言わば保険の様なもの。

 男なら潔く。なんて言う言葉もあるが残念。女家族でほぼ育ってきた俺は意外でも何でもなく、女々しいんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「[ヒーロー]の条件は」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「[最後まで立っている事]、だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 片や[無敗の二冠バ]。

 

 

 片や[菊花賞がG1初勝利のウマ娘]。

 

 

 歴史を探せば、そんな子達はゴロゴロといた事だろう。

 

 

 だが、この二人はその中には居ない。

 

 

 お互いがお互いを認識し、そして、強い思いを同時に抱いている。

 

 

 同年代でデビューし、そしてこの時代に生まれた.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 [二人で無敗の三冠バ]なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ブルボン「.........」

 

 

 遂に来てしまいました。今日というこの日が。復帰後初のG1レース。そして、ライバルであり、親友でもあるライスさんとの再戦.........一体どれほど、今日という日を待ち続けたのでしょう。

 既にゲートは目の前。他の選手達も続々とその中に入っていく中で、私は一人、耳に付けた[王冠のアクセサリー]を指で撫でました。

 

 

ブルボン(.........)

 

 

 不思議な感覚です。公式レースは既に慣れるほどに走ったと言うのに、まるでこれから初めて走り出すとでも言うような感覚.........デビュー戦の時。いえ、それ以上の物を感じます。

 それでも不安とは違うその感情を抑えつつ、私はゲートの中に入りました。

 

 

ブルボン(東トレーナー。そして、黒沼トレーナー.........)

 

 

『良いかブルボン。レースで分からない事は、レースから得るんだ』

 

 

『そうだ。レースで走る。その走りの中に、答えはある』

 

 

 これまで、多くの人に支えられてきました。その中には勿論、マスター達や沖野トレーナー。チームの方々も居ます。

 その人達のこれまでに、報いる為に.........!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今年も貴方の、そして私の夢が走る宝塚記念!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゲートが開いて十七人!!一斉に飛び出しました―――!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 十七人の少女。ウマ娘達が走る。その足音は重く、そして速い。まるで地響きにも似た重低音のターフを踏む音と、それに負けない人々の歓声が耳に入ってくる。

 

 

マック(トレーナーさん)

 

 

桜木(!分かってる。問題はこれから、だよな)

 

 

 俺の隣に立つマックイーンが隠れるように袖を引き、視線を合わさずに小声で話しかけて来る。俺もそれに応え、小声で返事を返しながらレースの状況を整理する。

 鼻を突き進むのはやはりミホノブルボン。得意のラップ走法は健在のようで、その正確無比さが他の子達にもプレッシャーを与えている。

 彼女を先頭にし、その少し離れた後方には先行策で駆け行く者達の集団。その中に、ライスシャワーも居る。

 

 

沖野「おお!こうしてみると本当に変わんねぇな!!ミホノブルボンは!!」

 

 

東「当たり前だ。ここまで戻すのにどんだけ掛かったか.........」

 

 

黒沼「悪くない時間だったがな」

 

 

 周りの話題は既に、今一番手を走っているブルボンの方へと向けられている。特に彼女の事を任せた二人は最早担当トレーナーと言っても良い程の入れ混み具合を見せている。少し面白い光景だが、ここまで彼女の事を思ってくれているのなら、任せて良かったと心底感じている。

 

 

テイオー「うっわー!!ホントにG1でやってるよあの走りー!!完全に復活してるじゃん!!ミホノブルボン!!」

 

 

デジ「トレーニングの時に確信はしていましたが、まさかこれ程とは.........!!やはりブルボンさんは桁違いですね!!」

 

 

タキオン「.........ふゥン」

 

 

 目玉ということもあって、やはり周囲の観客の話題もミホノブルボン一色だった。それは仕方の無いことだろう。

 だが、内情を知っている者達はそうでは無い。それを知っている者は俺含め全員、ライスの事を見ていた。

 

 

神威「うっへー.........あの走りを打ち崩すのは相当腕が折れそうだなぁ」

 

 

カフェ「そうですね。ですが、一度一緒に走ってみたいです」

 

 

黒津木「ほら!玲皇もんな顔してねぇでライスの応援もしろ!!」

 

 

桜木「あ、あぁ.........ん?」

 

 

 黒津木の奴に肩を寄せられ、レースをしっかり見るよう促される。だが俺は、視界の端に写った数人に目を奪われてしまった。

 そこに居たのは、ゴールドシップ御一行。彼女達にはライスの事を話しているし、何故かまた居る.........と言うより、完全に歴史的瞬間を狙ってきているリョテイさんと、何故か険しい表情の白銀。そしてウララが居た。

 

 

白銀「.........やべぇな」

 

 

全員「え?」

 

 

 ぼそり。と呟いた言葉が地響きと歓声の合間を通り抜け、俺達の耳へと入ってきた。白銀は完全に俺達に聞こえないよう呟いたのか、聞かれたと気づいた瞬間、バツが悪そうに頭をかいた。

 

 

白銀「[勝ちたい]って強く思いすぎんてんだよ。あれじゃあ空回りしちまう」

 

 

ウララ「なんかライスちゃん.........危ない、かも.........」

 

 

桜木「.........ライス」

 

 

 危険だと言う言葉に釣られ、この場に居る全員がライスの方へ注目する。そこには普段とは明らかに違うペースで呼吸をする彼女の姿があった。とても.........息苦しそうだ。

 嫌な結末が頭に過ぎる。もし、未来が変わらなければ.........待っているのは絶望だけだ.........

 

 

桜木(必ず無事で帰ってきてくれよ.........!)

 

 

桜木(俺は最後にヒーローが犠牲になる話は大っ嫌いなんだ.........!!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 身体が重たい。ゲートに入るまで何も無かったのに、急に調子が悪くなっちゃった。それに、何だか心も.........

 胸の奥にどんどんと沈殿していく良くない感情。グズグズと心を腐らせていくその原因も分からないまま、ライスは先行策を取る人達の後方にまで下がっていた。

 

 

ライス(どうしよう.........このままじゃ負けちゃう.........)

 

 

 もうブルボンさんとの距離は三バ身くらい離れちゃってる。まだ半分しか進んでないけど、このままのペースで行ったら絶対、一着にはなれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 .........ダメだよ。

 

 

 みんな、ライスの事を応援してくれてる.........

 

 

 だから.........勝たなくちゃ.........!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第3コーナーの手前

 

 

『第三コーナーで大アクシデント!!!』

 

 

 ブルボンさんを追い抜く為に

 

 

『[一頭落バ]!!!これは誰が落バしたのでしょうか!!!』

 

 

 ライスは.........私は、重い身体のまま.........

 

 

『あの、あの天皇賞で先頭を走っていた[ライスシャワー]が[落バ]しています!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 頭の中で知らない声が響いてくる。

 

 

 頭の中でバランスを崩して、全身に痛みが走ってる。

 

 

 けれど、それを気にせずに、ライスは.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 全力で、走ろうとしちゃったの.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――あっ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――その瞬間。時間が止まった。

 

 

 絶え間ない歓声も、実況の声も、一瞬にして静寂になり、耳に入ってくるのは彼女達の走る音だけで、それも頭には到底届いてこなかった。

 

 

 バランスを崩した。ライスの身体が、走っている時よりも前傾姿勢になり、そしてその重心が落ちる先に、自分の身体の部位は何処にもなく、地面へと向かって行っている。

 

 

 手を伸ばしても届かない。身を乗り出しても間に合わない。結局、こうなってしまうのか.........?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間が止まった。さっきは確かにそう表現した。けれど俺は、俺の目には未だに地面に着く前のライスが映っている。

 一体何が起きているのか、理解が出来なかった。そんな俺に追い打ちを掛けるように―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――[ガコン]ッッ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何故か、聞こえるはずの無いゲートが開く音が聞こえて来る。宝塚記念が始まった場所。スタート位置に思わず視線を合わせると、そこには少女達とは違う姿をした、[名も無き女神]から[同じ存在]だと言われていた生物達.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 [ウマ]の達とその背中に乗る人達の姿があった.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 レースの展開はほとんど同じ。唯一違う点を挙げるとするなら、一人あからさまに抜け出しているはずの存在。ミホノブルボンの様な存在が居ない事だ。

 徐々に俺達の知っているウマ娘達の場所まで、その[ウマ]達が近付いてくる。それと同時に、見慣れないその姿に[ノイズ]が覆いかぶさってくる。

 

 

 そして、ライスがバランスを崩して居る場所まで[ウマ]が重なる。その姿も彼女と同じように、バランスを大きく崩した姿を見せると同時に.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 世界に大きな[ノイズ]を、発生させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ライス「.........あれ」

 

 

ライス「え?え!!?」

 

 

 力を入れて走ろうとしたライスは、その後上手く力が入らなくて、転びそうになった。強く目を瞑って、これから来るかもしれない痛みに怯えてたんだけど、それが全然来なかったの。

 だからもしかしたら、全部夢だったのかもって思って.........目を開けたら、[知らない教会]に居たの。

 

 

ライス「.........!」

 

 

 どこなのか分からないけど、もしかしたら分かるかもしれない。そう思って中を見回してると、さっきまで居なかった[女の子]が、私に背中を向けて教会の教壇の前に立ってたの。

 

 

ライス「だ、誰.........?」

 

 

『初めまして!ライスシャワー!僕もライスシャワー!』

 

 

ライス「え!!?え、えぇ.........!!?」

 

 

 くるりと振り返って見せてくれた顔は、確かにライスと同じだった。そ、そっくりさん.........?でも、この子も自分の事ライスだって.........

 

 

『あはは!驚いてる驚いてる!嬉しいなー!』

 

 

ライス「え、えっと」

 

 

『君が悪いんだよ?』

 

 

 ゾクっ。て背筋が凍った。さっきまで可愛くて元気そうな子が、いきなりその顔を冷たくした。その理由も分からないから、余計怖くなっちゃった。

 ゆっくりとその子は、ライスの方に近付いてくる。ライスは怖くて、逃げる事も出来なかった。

 

 

『僕が見せてたんだよ?あの夢』

 

 

ライス「!.........そんな、どうして.........?」

 

 

『だって、こうなるって知ってたから。こうなったから、僕はここに居るんだ』

 

 

『君は怖がりだから、ちょっと怖がらせれば走るのやめてくれるかな〜って考えたけど、僕が甘かったみたい』

 

 

 何を.........聞かされてるんだろう.........?この人はまるで、当たり前だって感じで話してきてるけど.........そもそも、この子は一体.........ここは.........[ライス]は.........

 

 

 頭の中が混乱する。聞かされたお話と、自分の考えとがぐるぐるって混ざりあって何もわからなくなっちゃう。

 

 

ライス「ライスは.........どうなっちゃうの.........?」

 

 

『.........ごめんね。もう僕じゃ、どうしようも無いんだ』

 

 

『君は転んで.........走れなくなっちゃう』

 

 

ライス「.........そんな」

 

 

 身体から熱が逃げ出した。レースで走ってたはずなのに、そんな熱なんて最初からなかったみたいに、とっても寒くなった。

 寒い.........寒いの。今まで感じた事ない寒さがライスを包んでる。もうどうしようもないんだ。もう終わっちゃったんだ。そう思えば思うほど、身体を震わせても温まることは無かった。

 

 

 そして.........その震えは自分を温めるものから変わって行ったの.........

 

 

ライス「.........グス.........ヒグ」

 

 

『.........』

 

 

ライス「ライス.........折角変われたのに.........!!!」

 

 

ライス「新しい夢も.........見つけれたのに.........!!!」

 

 

 ただ悲しかったんだ。どうしてライスだけ、 こんな目にあっちゃうんだろうって.........折角、マックイーンさんも復活して、ブルボンさんの怪我も治って.........みんなようやく、前を向けたのに.........また、ライスのせいで.........

 

 

 その時、石ころがライスの頭に落ちてきたの。いつもの事だと思って気にもしなかったけど、その後ずっと、ミシミシって音がライスのお耳に入ってきてて.........

 

 

ライス「も、もしかして.........」

 

 

『うん、崩れる.........』

 

 

 やっぱり。そう思ってライスは、天井を見上げた。すると、さっきの石ころがどんどん落ちてきてて、本当に崩れるんだと思った。

 そう思った瞬間。ライスの隣に建物の一部が落ちてきて、その子の隣には大きいのが二つ落ちてきた。

 

 

 

ライス「ひぃっ.........!」

 

 

『これはちょっと.........僕も怖い.........!』

 

 

 綺麗な教会はどんどん崩れてきちゃってる。もう何にも出来無い。そう思ったライスとその子はお互いに抱き合ってただひたすらにその時が来ない事を祈っていたの.........

 そして遂に.........天井の大きいのが落ちてきちゃったの.........

 

 

『やっば〜.........!!!』

 

 

ライス(っ、ごめんなさい.........お兄さま.........)

 

 

ライス(ライス.........ヒーローになれなかった.........!!!)

 

 

 この教会の中に逃げ場がないくらい大きな天井。それが丸々落ちてきちゃったの。この子もライスを抱えて何度も避けてくれたけど、今度こそもう無理だと思っちゃった.........

 

 

 瞼の裏の光がどんどん無くなってく。多分、ライスのお耳には何も聞こえてこないんだろうな。そう思って、もう諦めちゃってたの.........

 

 

 けど―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――[ズシン]ッッッ!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『「.........え?」』

 

 

『.........』

 

 

 その音は、聞こえたの。絶対聞く事は無いって思ってたのに.........ライス達は、潰れずに済んだ。

 そして、その落ちてきた天井を支える人が居たの。その人の後ろ姿を見て、ライスは直ぐに分かったんだ。

 

 

ライス「!ブルボンさん.........!!!ありがとう!!!」

 

 

『うわ!!久しぶりだねミホノ.........ブルボン.........?』

 

 

『やれやれ。諦めるのは頂けないな』

 

 

 .........後ろ姿を見た時は、ちゃんとブルボンさんだったの.........けど、ライス達が見たその顔は.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ヒーローの条件は、最後まで立っている事だろう?私のヒーロー』

 

 

『「ぁ、ぁが.........」』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その顔は、ロボットさんだったの.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

......To be continued



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ブルボン「ヒーローの条件は」ライス「最後まで立っている事!!」

 

 

 

 

 

『「ぁ、ぁが.........」』

 

 

 かつて天井だった物がひとまとめにしてこの教会に落ちて来た。けれどライス達はそれに押し潰されることはなくて、何故かロボットさんみたいな顔をしたブルボンさんが、それを受け止めてくれたの。

 

 

『え、え!!?ミホノブルボンだよね!!?僕と何回も走って菊花賞で負けたよね!!?』

 

 

『君は少し失礼だな』

 

 

ライス「ひ、ひぃ.........ブルボンさんじゃない〜.........」グス

 

 

『.........君は少し泣き安い子だな』

 

 

 色々な事が起こりすぎてて、もう何が何だか分からなくなっちゃった.........ライスもう、ブルボンさんだと思ってたから.........

 

 

 でも、これで一安心だと思ってたんだけど、まだミシミシって音が周りから聞こえてくるの。それに気付いた時、またライスの身体が震えて、動けなくなっちゃって.........

 

 

ライス「も、もしかして.........」

 

 

『あー.........周りも崩れちゃう感じ?』

 

 

『うむ。倒壊するのは間違いないだろう』

 

 

ライス「ふ、ふぇぇぇぇ〜ん!!!」

 

 

 最初に来た時はとっても素敵な場所だったのに、今はもうボロボロで崩れちゃうなんて.........折角助かったのに、壁まで倒れてきちゃったらもう.........

 そう思ったら、ライスはまた涙が止まらなくなっちゃったんだ.........

 

 

 .........だけど

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「ライスゥゥゥゥ―――ッッッ!!!!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 聞こえて来る。ここじゃない場所からの声が、何でか分からないけど、何でここじゃないって分かるのかも分からないけど、その声はライスの心に響いて聞こえてきたの。

 しかも、[ひとり分のじゃない]。二人の.........[お兄さま達]の声が、聞こえて来たの。

 

 

 それが聞こえた瞬間。ライスの身体から震えが無くなって、涙も止まって.........俯くしか無かった心が、急に上を見上げたいって思ったの。

 そしたら.........

 

 

ブルボン「!ライスさんッッッ!!!!!」

 

 

ライス「!ブルボンさんッッッ!!!!!」

 

 

 お空はもう真っ暗で、たくさんのお星様が光り輝いてて、大きな川見たいに見えたの。そんなお空の世界から、ブルボンさんがこっちに飛んで来てた。

 もしかしたら、助かるかも知れない。そう思ったライスは、ブルボンさんに向けて手を伸ばしていたの。

 

 

 ブルボンさんが凄いスピードで飛んで来て、ライスの伸ばした手が触れた瞬間。強い力で握られた。ライスもそれを離さないようにギュって力を入れたら、ブルボンさんはそのまま地面に足を付けずに、もう一度お空の方に、ライスの手を掴んで飛んでくれたの。

 

 

ライス「ブルボンさん、ありが「バカッッッ!!!!!」.........!!!」

 

 

ブルボン「マスターは言っていました!!![ヒーロー]の条件は[最後まで立っている事]だと!!!」

 

 

ブルボン「[私のヒーロー]である貴女が諦めてしまって!!!どうするんですか!!!」

 

 

ライス「ブルボン.........さん.........」

 

 

 今まで見たこと無かった。ブルボンさんが怒った姿を.........いつもみたいに、冷静で居てくれるブルボンさんは、そこには居なかったの。

 代わりに居たのは.........怒った表情で涙を流してる、ライスと何も[変わらない]、ブルボンさんだった。

 

 

 手を掴まれて飛び立ってから、気付いたら私は、ブルボンさんの両手に身体を抱き締められながら飛んでいた。さっきまでどうにもならなかった寒さが、ブルボンさんのお陰でようやく、暖かくなってきたの.........

 

 

ライス「ごめんなさい.........」

 

 

ライス「ごめん.........なさい.........!!!」

 

 

 暖かくなって、さっきと違う涙が溢れ出してくる。悲しいだけじゃないんだけど、言葉にするのが難しくて.........でも、何だか嬉しさもあって.........

 

 

 お星様が沢山浮かぶ夜空の中、ライスを抱きしめて飛んでくれるブルボンさんの身体を、ギュって抱き締めたの.........

 

 

 

 

 

『うわわわわわ!!?ねぇねぇ!!!僕達どうするの!!?』

 

 

『慌てるな、手立てはある』

 

 

『どどどどどーすんのどーすんの!!?』

 

 

 ―――さっきブルボン(?)が受け止めてくれた天井だった物は退けられて、今は周りの壁がどんどんとドッスンドッスン倒れて来てる。

 やばいよこれ!!!さっき倒れて来たのなんてあと数cmズレてたら僕ぺしゃんこだったんだよ!!?

 

 

『.........はぁ、掴まりなさい』

 

 

『え、うん.........うん!!?』

 

 

 僕に手を伸ばす形でこの人は僕を助けようとしてくれた。僕もそれに素直に従って、その人の身体をしっかりホールドしたんだ。

 温かさはちゃんとあったよ?あっ、流石に全部機械じゃないんだ。凄いなぁサイボーグだなぁって思ったの。

 そしたらね?急にブルボンの足から何か出始めてね.........空を飛び始めたの.........

 

 

『何これ何これ!!?意味分かんない!!!怖い降ろして!!!』

 

 

『助けてと言ったり降ろしてと言ったり、忙しいな』

 

 

『忙しいのは君だよ!!!一体誰に改造されちゃったの!!?』

 

 

 今僕を抱えて飛んでくれてる人に至極真っ当な質問をすると、なんと鼻で返された。あれ?え?ミホノブルボンってこんなだったっけ?もっとこう、真面目な感じが.........

 

 

『これは私の趣味だ。かっこいいだろ』

 

 

『あっ、趣味か〜.........じゃあ仕方ない.........のかな.........?』

 

 

 至極真っ当だと言うようにミホノブルボンは僕に答えてくれた。うん、君がいいならもういいや。考えるの面倒だし。

 

 

 そうやってシリアスも何も無い状況でどうすべきか。なんて考えていると、不意に僕達の身体が光に包まれ始めた。

 

 

『ありゃりゃ、やっぱり僕達もこうなっちゃうか〜』

 

 

『[名優]は特別なのだろう。仕方あるまい』

 

 

『.........ねぇ、戻る前に聞かせてよ』

 

 

『僕.........あの子の[ヒーロー]になれたかな.........?』

 

 

『.........君のその[名前]が、何よりの証拠だろう?』

 

 

 僕の名前。[ライスシャワー]。この名前が意味する事はただ一つ。[祝福]だ。結婚する二人に対して贈る、これからの生活が幸せになる様にお米を雨のように撒く一つの習慣。

 かつては[ヒール]であり、[敵役]であり、そして終ぞこの名は[ヒーロー]にはなれず、なれたとしてもその頭文字には必ず[悲劇]が着くような物になってしまった。

 

 

 僕は無理をしたんだ。褒められたくて。頑張ったねって言われたくって、つい、無理をしちゃった。

 僕達は基本的に人間が好きだ。お世話してくれるし、丁寧に扱ってくれるし、ご飯や体調の管理だって、一生懸命してくれる。

 けれど、お話は出来ない。僕達はそういう風に出来ていない。こっちの感情は人間達には完全に読み取れないし、人間達の言葉も、僕達には理解しきれない。

 

 

 でも、この[世界]は違う。[奇跡]が起きる世界なんだ。

 

 

 そして.........そんな世界で、彼女はこの名前を[愛してくれている]。

 

 

『.........頑張ってね。[ライスシャワー]』

 

 

『僕も.........精一杯の[祝福]を.........贈るからね』

 

 

 光の粒子に包まれながら、僕達は空の中で星に溶けていく。折角ならもう少し、あの子とお話してみたかったけど.........それはわがままだもんね。

 

 

 あーあ.........羨ましいなぁ.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間が止まった世界で、俺は声を上げた。けれどそれは、一つだけじゃ無かった。驚いてそのもう一つの声がした方向を見ると、そこには俺と同じ様に身を乗り出して、緊迫した表情をしている[ある男]がそこに居た。

 

 

桜木(ニコロ.........っ!!?)

 

 

「―――ッッッ!!!!!」

 

 

 静止した時間の中で、一際大きいノイズが世界を覆い、そしてそれが[弾け飛んだ]。どう表現すればいいかなんて分かりはしないが、その言葉が一番しっくり来た。

 そしてそのノイズが晴れ、あの[ウマ]達の姿も消え、会場の歓声が大きく響き渡るレース会場に逆戻りした。

 

 

 俺は慌ててライスの姿を見る。そこには.........

 

 

ライス「っ.........ッッッ!!!!!」

 

 

沖野「なっ.........!!?どうなってんだありゃあ.........!!?」

 

 

 有り得ないほどの前傾姿勢。普通であるならば転倒してもおかしくない姿勢から、ライスは何とか重心が落ちていく部分に足を持っていき、思い切り前へと駆け出した。

 

 

タキオン「ふぅ.........どうやらスズカくんとの特訓が上手く言ったようだね.........!!」

 

 

桜木「え!!?まさか.........あの短期間で.........!!?」

 

 

 あの異常とも言えるスズカの安定感を、まさか一ヶ月足らずで我が物にしてしまうなんて.........もちろん全てでは無いだろうが、それでもレースが始まってからと今のライスを比較すると、調子の違いがハッキリと分かった。

 

 

 七番手に位置した場所からぐんぐんと追い抜いていくライス。長距離の時とはまた違うその展開に驚きながらも、俺はこれなら.........と思っていた。

 

 

 けれど.........

 

 

東「.........まだだ」

 

 

全員「え?」

 

 

 脅威の加速を見せるライスに対して、未だ冷静を装う東さんと黒沼さん。このまま行けば、ブルボンだって追い抜ける。そう思っていたのだが.........

 

 

 俺達はその先頭を走り続けるブルボンを見て、目を疑った。

 

 

沖野「なっ.........!!?」

 

 

桜木「おいおい.........おいおいおいおいおい!!!」

 

 

 ブルボンはライスと同じ様に逃げ続けながらも、更に加速を帯びていた。以前までの彼女ならスタミナを鑑みての均等なペース配分による戦略でこんな事は出来なかったはず.........

 

 

白銀「おい玲皇!!?これどういう事!!?」

 

 

桜木「知らねぇよ俺が聞きてぇよ!!!どういう事なの!!?」

 

 

黒沼「ミホノブルボンの走法は、ラップタイムを意識し、それを軸にスタミナを擦り合わせていた」

 

 

東「だが、身体の成長による身体能力向上により、その上限値が大きく増した事でできる事が見つかった」

 

 

 そこまで聞いて、俺はまさかと思った。まさか.........あの寡黙で愚直なブルボンが.........相手を錯覚させる為の走法を取り入れたって言うのか.........!!?

 

 

沖野「以前と変わらないラップタイム走法をしてると思わせて油断を誘い、その油断を大きく突いて動揺させる.........!!!」

 

 

ゴルシ「はァ!!?そんなことミホちゃんに出来んのかよ!!?」

 

 

テイオー「現に出来ちゃってるじゃん!!!」

 

 

黒沼「.........中距離より先はまだ、トレーニングが必要だがな」

 

 

 もう既に殆どのウマ娘達は開いた口が塞がらず、そして今までその新走法を知らなかった俺達も、あまりの光景に絶句した。

 .........メンタル面で強い東さんと黒沼さんの事だ。この走法で走ってもブルボンが安心出来るよう、新たにラップタイムの目安を作ってくれたんだろう。走る彼女の顔に、不安は何一つ見られない。

 

 

桜木(.........はは、やっぱすげぇや.........ウマ娘って生き物は.........!!!)

 

 

 ここに来て、ライスとブルボンが大きく飛躍を見せるとは思わなかった。こういうのはコツコツと地味な積み重ねで力を着け、それまでの戦い方で勝負を決めるのがセオリーのはずだ。

 それがここに来て、ぶっつけ本番の新走法。しかも二人分も見せられたときちゃあ.........この世界から目を背けるなんざ到底出来なくなっちまった。

 

 

黒津木「すげぇ.........あれ下手すりゃ大逃げも出来んじゃねぇか.........!!?」

 

 

神威「うっへー.........URAファイナルズ中距離に出てなくて良かった〜.........」

 

 

カフェ「トレーナーさん.........」

 

 

マック「あれが東さん達の言っていた!.........えっと」

 

 

東「フッ、そうだ。あれこそが―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「明鏡止水状態だ」

「ハイパーモードだ」

「オーバートップクリアマインド!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

三人「.........!」

 

 

「明鏡止水状態だ!!!」

「ハイパーモードだっての!!!」

「オーバートップクリアあだ!!?」

 

 

マック「こんな大事な場面で何ふざけてるんですの!!!」

 

 

 頭に過ぎった今のブルボンの状態。その形態名を俺も答えたが、何故か俺だけマックイーンに叩かれてしまった。何でだ。他の二人も大差ないでしょ。

 それでも何故か俺だけが制裁を喰らい、腕を絡められてしっかり観客席の最前列まで戻されてしまう。横目で二人の方を見ると、何事も無かったかのように腕を組んでレースを見守っていた。アンタらまさかうちのマックイーンが怖いのか?

 

 

『最終コーナーを回って先頭を走るのは依然変わらずミホノブルボン!!しかし後続からライスシャワーが上がって.........!!!』

 

 

『いや!!!もう一人!!!もう一人脅威の加速を見せているウマ娘が居ます!!!あれは誰だァ!!!』

 

 

全員「何ィ!!?」

 

 

 その実況の言葉に、思わず俺達は身を乗り出した。土壇場で覚醒を果たした二人。最早追い付けるものなど居ないだろうと思っていたが、まさかここで喰らいついている子が居るなんて.........!!!

 慌てて視線をライスから少し後ろに移してみると、そこには実況の言う通り、[見た事のないウマ娘]が走っていた。

 

 

桜木「だ、誰だあの子.........!!?」

 

 

デジ「.........あああああ!!!??」

 

 

ウララ「わわ!!?どうしたの!!?」

 

 

 突然、大声を上げたデジタルに俺達は驚いた。何かあったのかと思い彼女の方を見たが、その表情はどちらかと言えば、嬉しさにも似たような物だった。

 彼女はその顔のまま俺達に顔を向け、まくし立てて説明を始めた。

 

 

デジ「あの子は[ダンツシアトル]ちゃんって言ってデジたんのクラスメイトなんですよ!!!」

 

 

タキオン「ああ、それは嬉しいだろうねぇ」

 

 

デジ「違います!!![アメリカ]で一緒だったんですよ!!!」

 

 

全員「.........ええ!!?」

 

 

 彼女はさも当たり前だと言わんばかりにその情報を出してきたが、俺達としては初耳であり、正直そのウマ娘の事より衝撃的だった。君アメリカに住んでたのか!!?

 しかしそんな事など気にも止めず、彼女はもう一度レースの方へと視線を向けた。

 

 

デジ「身体もそんな強くないですし!!最近だって怪我をしてあまりレースに出れてなかったんです!!!今日の宝塚記念が初めてのG1ですから見慣れてないのも当然ですよ!!!」

 

 

沖野「そ、そんな事もあるとは思うが.........」

 

 

桜木「そんな初挑戦の場で、ここまで力が出せんのかよ.........ッッ!!!」

 

 

 最終コーナーから直線にかけての勝負どころ。先頭だったブルボンに並び掛けてきたライス。そしてその二人を追い越す気迫とスピードを見せる。

 まさかまさかと思っていたが、その直線の途中。その三人が真横に並び始めた。

 

 

『さぁ夢への栄光を掴むのはミホノブルボンか!!!ライスシャワーか!!!はたまたダンツシアトルか!!!』

 

 

『残り200mを切った―――ッッ!!!』

 

 

 接戦も接戦。大接戦を見せる宝塚記念。ミホノブルボンかライスシャワーか。その思惑を裏切ってのダークホース。ダンツシアトルというウマ娘が意地を見せ始める。

 残り200も無い宝塚記念。予想だにしない展開の連続により、俺達は身を乗り出した。

 

 

友人「「「「ライスッッ!!!」」」」

 

 

T「「「ブルボンッッ!!!」」」

 

 

桜木「っ.........!!!いっっっけェェェェェ―――ッッッ!!!!!二人ともォォォォォ―――ッッッ!!!!!」

 

 

 白熱したレースを見せ付ける三人。俺達以外の観客も、それぞれの夢を背負ってくれているウマ娘の名を叫びながら、そのゴールの行方を追っていく。

 

 

 始まる前は、この日が来なくてもいいとさえ思っていた。どうにか今日という日を、無かったことに出来ないのか。と。

 

 

 けれど蓋を開けて見れば、考えていた最悪の事態はその寸前で[書き換えられた]。あのノイズは正に、そういう事なのだろう。

 誰のお陰かなんて、分かる訳が無い。だけど一つだけ、分かる事がある。それは.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日という日が、[記念]になったという事だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ライス「はぁ......はぁ......」

 

 

ブルボン「.........ふぅぅぅ」

 

 

 ゴールを駆け抜けて、ライスとブルボンさんは掲示板も見れない位に疲れてた。両手をお膝に着いて、肩で息をしていた。

 そんなお互いに気付いて、ライス達はこのレースがどうなったのかと思い出し、慌てて掲示板を見たの。

 

 

 一着は.........

 

 

「ダンツシアトルッッ!!!なんと一着はダンツシアトルです!!!G1初出場のウマ娘が!!!見事勝利候補を打ち倒しました!!!」

 

 

ライス「あっ.........負けちゃったね。ブルボンさん」

 

 

ブルボン「.........はい。ですが、良いレースでした」

 

 

 実況の人の声が聞こえて来て、誰が勝ったのかがようやく分かった。ダンツシアトルさんって人みたい。最後の方はもう、一番になろうって気持ちだったから、隣にブルボンさんが居たのかも分からなかったの。

 .........でも負けちゃったけど、何だかスッキリした。それはブルボンさんも同じみたいで、二人で顔を見合せて、つい笑っちゃったんだ。

 

 

 そしてライス達は、この宝塚記念を勝ち取ったこの方に視線を向けた。その子は多くのお客さんに紙吹雪を投げられて、とっても嬉しそうにしていた。

 

 

ライス「おめでとう。ダンツシアトルさん」

 

 

ブルボン「貴女と走れて、楽しかったです」

 

 

ダンツ「!お礼を言うのは私の方です!」

 

 

二人「.........?」

 

 

 ライス達が声を掛けると、シアトルさんはビシッと背筋を伸ばして返事を返してくれた。でも、ライスもブルボンさんも特に何かした覚えもないから、なんの事か分からなくて、困った顔をした。

 

 

ダンツ「お二人がクラシックの時!自分は怪我による療養中でした!!」

 

 

ダンツ「デビューから本格的なレース参加はシニアになってからで.........以前はこのまま、引退も.........」

 

 

ダンツ「.........ブルボンさん。そしてライスさん。貴女達と走れて楽しかったです。だから.........」

 

 

ダンツ「.........またどこかで、走って下さい」

 

 

 キリッとした顔で、シアトルさんはライス達に手を伸ばしてくれた。その手はボロボロで、今日の為にこの人は頑張ってきたんだって直ぐに分かった。

 ライスとブルボンさんは顔を見合せた。お互いの顔を見て微笑みあった後に、同時に頷いたの。多分、ブルボンさんの思いも、ライスと一緒だよね?

 

 

 だから、ライスもシアトルさんに手を伸ばす。ブルボンさんも一緒に、シアトルさんの手を包み込むようにして包んだの。

 

 

ブルボン「もちろんです。トゥインクルシリーズは、シニアからが本番ですから」

 

 

ライス「次は負けないよ!ブルボンさんもね!」

 

 

ダンツ「!.........望むところです!!!」

 

 

 多くのお客さんの歓声に包まれながら、ライス達の宝塚記念は幕を閉じた。勝つことは出来なかったけど、それでも、大きな一歩を踏み出せたと思ったの。

 そしてライス達がターフの上から居なくなるまでの間。ううん、居なくなってからも、お客さん達の嬉しそうな声は、ずっとレース場に響いていた気がした.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「宝塚記念出場おめでとー!!!」

 

 

 日が落ちたトレセン学園の一室。チーム[スピカ:レグルス]のチームルームの中で盛大にクラッカーが鳴らされる。そのクラッカーを向けられているのは今日の主役であるライスとブルボン。その二人だ。

 本当だったらどっちかが勝って.........というのは傲慢だろう。それを今日は痛いほど思い知った。分かった気で居たがやはり、レースというのは何が起こるのか想像も出来やしない。

 

 

ゴルシ「よがっだ.........!いぎでがえっでぎで.........!!!」

 

 

ライス「も、も〜!ゴールドシップさん!大袈裟だよ〜!」

 

 

 ライスの立っている姿を見て、ゴールドシップは盛大に泣き始めた。今日何度目の姿だろう。既に慰め疲れたのか、フェスタもオルフェも無視を決め込んでいる。白銀の奴は律儀に慰めてはいるが、その度にぶっ飛ばされている。お前やっぱドMだろ。

 

 

マック「それにしてもまさか、[ニコロ]さんが居らっしゃるなんて.........」

 

 

黒沼「?.........ああ、[リッティン]か」

 

 

全員「!そ、そうそう!」

 

 

 ここには居ない男の名前を呟いて、その訂正が入りヒヤヒヤする。こんなミスをするなんて、マックイーンもよっぽど持ってかれたらしい。

 [ニコロ・エバンス]。元ヒットマンで、テイオーの怪我を何とか菊花賞までに治す為に俺がデトロイトに行った際、ぶちのめした男。

 本人の能力的には天職の様な場所だったが、精神的には普通の人間と大差ないと見抜いた俺は、奴の伸ばしてきた手を掴み、トレーナーとしての道を指し示し、今では[リッティン・シュナイダー]としてトレーナーをしている。

 

 

沖野「出世したよなぁ、研修生の頃からまだ一年だろ?」

 

 

黒沼「元々こっちに研修に来る前からその話はあった。アイツの優秀さなら不思議な事は無い」

 

 

東「おぉ、流石は自由の国。アメリカンドリームだな.........」

 

 

 そう。ニコロは今アメリカで、立派にトレーナーをしている。日本に来たのはライスの宝塚記念を見に来たのであって、それ以外の事はせず、本当にトンボ帰りでアメリカに帰って行った。なんでも、来週担当のウマ娘がデビューするらしい。

 

 

ルビィ「凄いよね!あの人のくれたお花さんたち皆青色なんだよ!!」

 

 

パール「青薔薇の花束.........あの子も成長したわね」グスン

 

 

ジミー「ああ!我が友ながら素晴らしい成長だ!」ダバー

 

 

エディ「.........私の知らない間に息子でも産んでいたのか?」

 

 

 その言葉を聞いて、俺達は盛大に笑う。パールさんの言っていた通り、最初にここに来た時より印象が大分違っていた。なんというかこう、しっかり血の通っている人間になった。とでも言うのだろうか?

 窓の花瓶の中に生けられた青薔薇達の姿を見て、あの男の仏頂面を思い出す。それがなんともまぁ似合わないこって.........

 

 

神威「失礼なんだけど、似合わんよなぁ」

 

 

カフェ「本当に失礼ですよ」

 

 

黒津木「まっ、元気そうだし良かったじゃん」

 

 

タキオン「あの隈のある目を見てもそう言えるのかい?」

 

 

ダスカ「うわ、黒津木先生って命に関わらない限りは元気って言う噂、本当だったんだ」

 

 

ウオッカ「もうちょっとよう、責めて健康は気にかけてやろうぜ.........?」

 

 

オルフェ「あはは.........ん?ああ!!!スペ先輩がご飯全部食べちゃいそうっス!!!」

 

 

スペ「っ、むぐぐ!!?」

 

 

フェスタ「バカ!!!大声出したから喉に詰まらせただろ!!!」

 

 

スズカ「スペちゃん!お水!!」

 

 

テイオー「あ、ははー.........なんか懐かしい感じ.........」

 

 

 .........本当。テイオーの言う通りだ。今まで割と空元気でやってきた部分もあるけど、こうしてデカい事故が起こる結末を、覆す事が出来た。それを知ってか知らずか、皆どこかで安心したんだろう。

 

 

沖野「.........んで?役に立ったのか?うちのスズカとの並走は?」

 

 

桜木「はは、俺にはなーんにも。でもライスにとっては、いい経験にはなったと思いますよ」

 

 

白銀「俺今からピザハットに電話するわ.........ピザーラの奴あるかな.........」

 

 

ゴルシ「おめーマジで迷惑だからやめろ」

 

 

マック「.........ふふふ、あははははは!!!」

 

 

 バカの奇行を見て、マックイーンが笑う。それに釣られるように、この場にいる全員が思いっきり笑った。

 久しぶりだった。こんなになんの気兼ねもなしにバカ笑い出来たのは、本当に.........チームが壊れてからは無かったんだ。心のどこかに、不安が必ずあって.........

 

 

 .........有り得た結末を覆し、有り得ない未来を手に入れた宝塚記念。確かにうちのライスとブルボンは、勝利を収めることは出来なかった。

 

 

 けれど、得た物はある。それは.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昔に飽きるほど見た、チームの[日常]そのものだった.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木(.........あっ、そういえば乾杯してなかったや。どうすっかな.........)

 

 

桜木(.........まぁ別に、心の中で言うくらいなら恥ずかしくねぇだろ)

 

 

桜木(これからも、幸せを満喫してくれよな。[ライスシャワー])

 

 

 

 

 

 ―――六月の夕暮れ。バカ笑いから大騒ぎに変わって行く輪の中で一人、男はキザったらしいセリフを心で呟きながらジュースを含んだ。

 その味は、甘ったるしいが酸味のある、これからを[予見]するような、[レモン]の味がしたのであった.........

 

 

 

 

 

......To be continued



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マック「夏は合宿ですわ!!」T「勝手に何言っちゃってんの!?」

 

 

 

 

 

 さんさんと大地を焦がすように太陽は天高く登っている。日本の空気の匂いは夏一色に染め上げられ、コンビニに行けばやれアイスだの、夜に遠出をすればやれかき氷だのと、嫌でもその季節が来た事を思い知らせてくる。

 

 

桜木「.........」

 

 

マック「もう、まだ納得してないんですの?」

 

 

 手に持った新聞から頭を半分だけ出して周りの様子を伺う。大した情報も得られず、俺は隣に座るマックイーンからその内情を読み取られ、結局またその新聞で顔を隠した。

 

 

桜木「.........だってさぁ?俺も嬉しいよ?ここまでチームが大きくなって、でもぉ」

 

 

 横目でチラリとマックイーンの表情を見ながら口を開く。案の定俺の様子に呆れた表情をしている彼女がそこに居た。

 なんでこうなったんだろう。確かあれは.........

 

 

 事の発端を思い出しながら、俺は乗っているバスの走行音を意識から除外して行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「夏合宿に行きますわよ!!!」

 

 

桜木「.........へ?」

 

 

 そう。あれは確か今から数日前の昼休み。いつもだったら一番最初にチームルームに来て、俺の作ったお弁当を食べている筈の彼女が何故か、一番最後に来た。

 そしてドアを開けて入ってくるや否や、開口一番にそんな言葉が飛び出してくるから、俺は素っ頓狂な声を出してしまったのだ。

 

 

タキオン「あぁ、そういえばもうそんな時期だったね」

 

 

ウララ「夏合宿!!すっごく久しぶりだよね!!」

 

 

ライス「う、うん!最初の一年目に行ったきりだよね?」

 

 

ブルボン「はい。まだ私達がデビューしていない時期でした」

 

 

 まだマックイーンの言った言葉の意味を理解できずに保けていると、彼女は俺の居る机に置いてあるお弁当とその手に持った紙を交換して、みんなの輪に入っていただきますをしていた。

 

 

デジ「夏合宿.........楽しみですねぇ♪」

 

 

桜木「ちょっと待って!!?俺何も聞いてないよ!!?」

 

 

マック「?今決まったのですから当たり前じゃないですか」

 

 

 そういう話じゃない。話じゃないんだけど.........マックイーンはそれだけで話を終わらせに来ている。これじゃあ埒が明かない。

 とにかく、ここは落ち着いてマックイーンの持ってきた紙を見てみようじゃないか。話はそれからでもできる.........

 

 

桜木(うっわぁ〜.........もう生徒会の判子押されちゃってるし、なんならたづなさんと理事長からも貰ってきちゃってる.........)

 

 

マック「今年は大事な時期です。特にウララさんは有馬記念に挑戦すると言っていますし、デジタルさんも力を付けるいい機会になると思いますわ」

 

 

桜木「う、う〜ん、でも俺の居ない場所で勝手に決めるのは.........」

 

 

マック「.........ふ〜ん」

 

 

 .........え、何その顔は。そんな目を細めてそんな事言うんだ〜って言いたそうに.........クソ、普段絶対そんな顔しないから可愛く見えてきちゃうじゃない。やめてよね。俺君に弱いの絶対分かってるよね。

 

 

マック「自分は何も言わずに色々やるのに、私にはそういう態度を取るのですね.........」

 

 

桜木「あっ、いや!!!そういう訳じゃ.........」

 

 

マック「悲しいですわ。私、トレーナーさんの事を思って.........良かれと思って.........」ヨヨヨ

 

 

桜木「あの」

 

 

マック「ブルボンさんとライスさんだって新たなライバルが出現しましたのに!!!貴方はそうやって焦らないんですね.........!!!」キッ!!!

 

 

桜木「その顔と言い方止めて。心臓に悪いから」

 

 

 彼女は分かってやったのか無意識でやったのか知らないが、あの雨の時に向けられた顔と似たような言葉を俺にぶつけてきた。本当にやめて欲しい。俺は君のそんな顔はもう二度と見たくないんだよ.........

 

 

桜木「.........分かったよ。んじゃ行こっか。夏合宿。もちろん沖野さん達にも話は通してるんだよね?」

 

 

マック「勿論です。相談しましたから」

 

 

桜木「俺そんな頼りないかな.........?」

 

 

 酷い話だ。確かに俺の身分はスピカのサブトレーナーで、このチームもいつか別れる為に名義してるだけであって、一応全員スピカのメンバーに他ならない。

 だけどそこはさぁ.........俺にも話して欲しかったなぁ.........なんて思っていると、タキオンが不意にクスクスと笑い始めた。

 

 

タキオン「実は私も相談を受けていてね」

 

 

桜木「ホいつの間に!!?」

 

 

マック「ちょっと!!!」

 

 

タキオン「愛しのトレーナーくんの為になにかしたいと言っていてねぇ!!提案したのは私自身なのだよ.........!」ケイカクドオリ

 

 

 まるで企みが思惑通りに進んだどこかの優等生の様な邪悪な笑みを浮かべるタキオン。そしてその隣で顔を赤くして隠しているマックイーン.........

 そんな話を聞いてその姿を見せられてしまったら、もう何も言えまい。結局俺は押し切られる形で、約六年ぶりの夏合宿を開催する事になったのだ.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「はぁ.........」

 

 

沖野「そうため息つくなよ。幸せが逃げるぞ?」

 

 

桜木「だったら捕まえるだけですよ.........そもそも俺が萎えてんのは夏合宿そのものじゃなくて.........」

 

 

 回想を終え、ため息をついた俺はその[元凶達]に目を向ける。するとあちら側も俺の方をニタニタとしたような目で見つめ返してきていた。深淵をのぞく時、こちらもまた深淵にのぞかれているのだ。

 

 

白銀「良かったね玲皇ちゃん♡ハネムーンよ♡」

 

 

黒津木「良かったじゃない♡役得よ役得♡」

 

 

桜木「消えろ。ぶっ飛ばされんうちにな」

 

 

 マジで面倒くさいコイツら。勝手に着いてきてこんな事されてみろ。キレるぞ。

 .........まぁいいんだよ。この二人は。ある意味平常運転だし。予想もしてた。ここまで煽られるとは思って無かったけど、それでも範疇の内だ。問題は.........

 

 

神威「〜〜〜♪」

 

 

カフェ「上機嫌ですね」

 

 

桜木「君らはなんでいるのかな〜?俺は敵に塩を送る程心広くは無いんだけどな〜?」

 

 

 何故か居る神威とマンハッタンカフェ。片方は前回付いて行ったから違和感はあまり無いが、カフェに至っては今度のURAファイナルズでうちのタキオンと競うことになっている。いやマジでどういう神経しとんの?

 

 

マック「まぁいいではありませんか。前回の夏合宿でカフェさん。置いてかれて悲しかったみたいですし」

 

 

カフェ「トレーナーさんが置き手紙残していた時はそれを媒介にしてお友達のお友達にお仕置してもらいました.........」

 

 

神威「覚えてるか玲皇?あの夜の人魂!アレカフェのお友達のお友達なんだぜ!!!」

 

 

 いやそんな自慢されるノリで紹介されても困る。第一あの後お祓いに行った時お前門前払いされただろ。なんでそんな反応出来るんだよ。

 

 

神威「それにカフェの水着姿も見れるしなぁ〜」

 

 

カフェ「.........///」

 

 

 .........はァ?コイツ何言っちゃってる訳?夏合宿を何か恋人と行くバカンスか何かだと勘違いしちゃってるの?

 俺は今までに見た事ないくらい嬉しそうな顔をして妄想している神威を見て呆れ果てていた。お前それでいいのか?

 

 

桜木「あのさぁ?俺達トレーニングに行くのよ?水着なんかスクールの奴しか持ってきてる訳ないじゃん」

 

 

タキオン「えー!!?遊ばないのかい!!?」

 

 

桜木「.........宗也〜?」

 

 

 後方の座席に座っていた遊ぶ気満々だったタキオンが猛抗議を始めた。最初の一言だけ耳に入れて後は横に流す。延々と文句と遊ぶ事による利点を説明し始めたがこれは無視する。

 俺は黒津木の奴に説明を求めたが奴は口笛を吹いた。へっっったくそな口笛。音すら出て居ない。人をイラつかせるのが上手いやつだ。

 

 

白銀「別にいいじゃねぇかよ。あの可愛い子ちゃんとその家族も来てんだし」

 

 

桜木「いやルビィちゃん達は今後の為を思って連れてきたけども」

 

 

ゴルシ「アタシも水着持ってきてるぜ!!見たいかおっちゃん!!!」

 

 

桜木「夏合宿をリゾートツアーと勘違いしてらっしゃる?」

 

 

 流石に頭が痛くなってきた。確かに俺は真面目じゃない。仕事は適度にサボりを挟むし、休む時は完璧に休む人間だ。それでもこういう短い期間だけでも真面目にやるくらいには社会人経験はある。

 それでもここまでされたら気分も滅入る。俺だけがまさか真剣にやっているのか.........?そう思うと何だかやるせなくなり、俺はマックイーンに助けを求めた。

 

 

桜木「君も何か言ってよ〜。夏合宿は遊びじゃないんだってさ〜」

 

 

マック「.........///」...フイ

 

 

桜木「.........マックイーンさん?マックイーンさん!!?」

 

 

 彼女は俺の苦し紛れに差し伸べた手を払うかのように、その視線を窓の外へと移した。まさか、君もだと言うのか.........!!?

 その瞬間。俺は.........俺は、その。悲しい気持ちも勿論あったのだが.........それと同時に、なんて言うかこう、高揚感。なのかな?ドキドキというか、ワクワクを自分の胸のうちに感じ始めていた。

 

 

 .........そんな自分に嫌気が差して、そして何だか彼女の隣が気まずい。その上心地良さもあって、俺はまた新聞記事に目を落として行った.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ルビィ「わー!!海だー!!」バシャバシャ!

 

 

ジミー「パール!ルビィが!!ルビィが海に居るぞ!!!」パシャパシャ!

 

 

パール「うぅ.........パパから繋靭帯炎の気があるって言われた日は.........こんな日が来るとは思っても無かったわ.........!!!」

 

 

 遠目から海ではしゃぐルビィちゃんと、それを写真に取る彼女の両親を見る。あの様子だと本当に娯楽のある所に行けてなかったんだと思うと、俺の苦労も報われた気がした。

 .........[繋靭帯炎]。出来るならば二度と聞きたくないその単語。ウマ娘にとって不治の病であり、それを宣告されれば最後、レース競技者としての人生を終わらせられる羽目になる。

 簡単な原理を言えば、走り過ぎによる炎症。全てのウマ娘がそうなる可能性がある。だがそれはやはり体質によるものが大きく、脚が丈夫ならばしっかりと休養を取り、休んで居れば発症の心配はぐんと下がる。

 

 

桜木(.........俺は、マックイーンをそんなに頑張らせちゃったんだな)

 

 

 強い子だと思っていた。けれどそれはやっぱり仮初の姿で、蓋を開けてみれば普通の子.........いや、普通の子より、身体が弱い子だった。

 それを持ち前の才能と努力で、トレーナーの俺ですらだまくらかしていたんだ。そう思うと余計、彼女のその心と強さに惹かれると言うのは.........俺も懲りない男なのだとつくづく思ってしまう。

 

 

エディ「.........失礼するぞ」

 

 

桜木「?ああ、どうぞ」

 

 

 浜辺には必要不可欠なパラソルを差して、そんな彼女達を見守っていると、その祖父であるエディが俺の隣に座ってきた。

 むさ苦しい男が二人して並んで座る。普段であればなんでこんな時に.........なんて思っても見たりするのだが、不思議と今は、落ち着いて居た。

 

 

桜木「.........どうすんだよ。これから」

 

 

エディ「.........フッ、元々白紙だった予定表だ。これから埋めて行く」

 

 

桜木「やっぱ。イギリスで走らせるのか?」

 

 

エディ「.........どうだろうな。手術は成功したとは言え、いきなりあのバ場を走らせるのは酷だとも思っている。それに、距離適性も掴みきれておらん」

 

 

 そこまで言って、男は汗を拭ってからペットボトルで水分補給をした。日本の夏は暑いとうだる様子を見て、俺もそう思うと苦笑いして言った。

 しばらく沈黙は続いたが、それはエディのため息で終わりになった。その吐息に哀愁を感じた為、彼の表情を見るとやはり、どこか辛そうなものを感じた。

 

 

エディ「.........あの子の人生を、大分奪ってしまった」

 

 

桜木「なんでぇ、まだ幼いじゃねぇか」

 

 

エディ「ルビィは来年から小学生だ」

 

 

桜木「え」

 

 

 そう言われて驚き、俺は彼女の姿を凝視する。背丈や身体の作りからも、とても[女児]と言える雰囲気は無く、せいぜい[幼女]と言うのが関の山だ。

 その事実を鑑みれば確かにエディの言う事もその苦しみも理解出来る。だが.........

 

 

桜木「.........始まってもないのに悲観すんなよ。もしかしたらブッチギリで勝つ未来もあっかもしねぇだろ?」

 

 

エディ「.........どうだろうな」

 

 

桜木「聞いたぜ?パールさんの母さん。イギリスの三冠バ候補だったらしいじゃねぇか。しかもデビュー前から。だったら期待できるだろ」

 

 

桜木「それにそういう事は全部終わってからあの子にごめんなさいすれば良いだろ?」

 

 

桜木「それと、言いたかねぇけど、アンタは良い爺ちゃんだよ。しっかりパールさん達の代わりしてたじゃねぇか」

 

 

 目の前に居る爺さんは俺の言葉にキョトンとした顔を晒した。そして俺のその言葉に返事を返すような形で鼻で笑う。全く、どこまで行っても偏屈な爺さんだ。

 結局その話題は二度と起こることはなく、俺達はまたルビィちゃん達が遊ぶ風景に目を向けていた。

 

 

エディ「それにしても良いビーチだな。こんな所でトレーニングしているのか?日本のトレセン学園は」

 

 

桜木「え?いや、前来た時は普通の場所だったんだけど.........これみりゃあながちリゾート地だって言われても納得出来るな.........」

 

 

 そう指摘されて改めて周りの様子を見る。足元に広がる陽の光を反射する白い砂浜と、日本とは思えないくらい綺麗で透き通るコバルトブルーの海。これが夏合宿って名目じゃなけりゃ、俺だってはしゃいでただろう。

 

 

 .........いや、待てよ?まさかここ、本当にリゾート地とかなんじゃあ―――

 

 

「待たせたねぇ、トレーナーくん」

 

 

桜木「お?おう。随分着替えに手間取った.........な.........?」

 

 

タキオン「.........なんだい?私の水着に見蕩れているのかい?」

 

 

 いつもの胡散臭い喋り方からタキオンだと思い、俺は後ろを振り返った。そこには水着姿の.........

 いや、水着?水着なのか?俺女の子の衣装とか詳しくないんだけど、それ服じゃないの?どちらかと言えば夏衣装って感じじゃない?

 

 

タキオン「.........はぁ、ちゃんと着てるだろう?ほら」スル

 

 

桜木「いや脱ぐな脱ぐな!!!寄りにもよってホットパンツの方を!!!刺激が強いんだよ!!!」

 

 

タキオン「ククク、黒津木くんの反応も面白かったが、君も中々良い反応を見せてくれるねぇ」

 

 

 あぁ.........既に毒牙に掛かってしまったのか。黒津木よ。お前の事だ。どうせ今頃昔の漫画のベタみたいに鼻血を出して気絶しているだろう。

 ああ良かった!!!タキオンに恋愛感情抱いてなくて!!!危うく俺まで同じ末路を辿る所だったわ!!!

 

 

 そう勝手に安堵していると、その後ろからぞろぞろとメンバーが現れ始めた。その中には黒津木の奴も居たが、やはり鼻血を止めるためのティッシュで両方の穴を塞いでいた。

 

 

桜木「.........良かったなお前ら。好きな子の水着が見れて」

 

 

白銀「お?おう!!!」

 

 

ゴルシ「へへっ、どーよこのゴルシちゃんのナイスバディは!!!これならイカ軍曹もイ・チ・コ・ロだぜ♡」

 

 

神威「俺もう死んでもいいや」

 

 

カフェ「良かったですね。お友達と正式なお友達になれますよ」ジトー

 

 

 屈託の無い笑顔で俺の言葉を返すバカ。そして自慢のボディを見せ付ける我が孫。悟りの境地に達したアホにその意見に賛同する大人しい子。なんだろう。この疎外感。もしかして俺だけ楽しめてない.........?

 

 

 周りの子を見るとやはり、スクール水着の子は一人もいなく、ウララ達もスペ達。果てには沖野さんまで水着で.........

 

 

 .........あれ?マックイーンは?

 

 

桜木「えっと、その.........」キョロキョロ

 

 

タキオン「ん?あぁ.........」

 

 

 マックイーンが居ない。それは一切口には出さず.........いや、恥ずかしくて口に出せずに辺りを見渡してみるが、やはり彼女の姿はどこにも居ない。

 そんな俺を見て察したのか、タキオンはまた元来た道を戻り始めた。

 

 

「ほら、トレーナーくんが楽しみに待っているよ?」

 

 

「へ!!?いえ、その.........へ、変じゃありませんか?」

 

 

「それを決めるのは彼だろう?良いから早く来たまえよ」

 

 

「で、でも.........ひゃあ!!?」

 

 

桜木「おお!ようや.........く.........」

 

 

 岩陰からタキオンに手を引かれて現れたマックイーン。その姿は俺の中で勝手に作られていた普段の大人びた印象を綺麗に粉々してくれた。

 水着と言うよりかは、一見してみれば普通の衣装のようにも見えてしまう。それはタキオンにも言えた事だが、彼女の姿とは違い、今身にまとっている物全てが水着なのだと分かるデザインをしている。

 特筆すべきはやはり、その形だろう。一着のワンピースの様な形ではあるが、胸から下に掛けては若干透けている。透き通るような白色が基調ではあるが、そこは完全に透けていて.........その、若干見えてしまっている。

 

 

 いや、見えていいんだ。あれは水着だ。そうだろう?そうなんだよね!!?

 

 

マック「.........〜〜〜!!!何にも言わないではありませんか!!!」

 

 

桜木「―――!可愛いよマックイーン!!!」

 

 

マック「っっっ.........!!!」

 

 

 あっ、しまった。つい何か言わないとと思ってそのまま心の声を出してしまった。そのせいで彼女は顔を酷く赤面させ、俺は凄く気まずくなってしまう。

 .........そんな俺の様子を見てタキオンは笑っている。お前、いい度胸だな.........!!!

 

 

桜木(今日という今日は本当に許さ.........!!?)

 

 

マック「.........///」グイ

 

 

 制裁をタキオンに加えるために歩き出した俺の袖を、何故かマックイーンが俯きながら引いてきた。

 それに驚いた俺はそっちの方に視線を向けると、普段はそのまま流している髪がツインテールに結ばれているのが目に入った。

 

 

桜木「え、え.........っと「どこが」へ?」

 

 

マック「ぐ、具体的にどこが.........可愛いと.........?」

 

 

 俯いた顔を更に俯かせ、彼女は絞り出すようにそう言った。俺の心臓はもうバクバクで、何が言っていい事なのか悪い事なのかも分からなくなって、でも何も言わないのも失礼だし.........

なつ

 

桜木「その、子供っぽい感じ.........?」

 

 

マック「.........」

 

 

桜木「.........あいや!!!悪い意味で言ったんじゃないよ!!?たださ!!!普段は大人びてるから!!!そのギャップと言いますか.........」

 

 

桜木「だから!!!.........その、スゴクイイトオモイマス.........ハイ.........」

 

 

 失礼な事を言ってしまった。その後ちゃんと思っていることを口には出したけど、彼女は怒っているかもしれない。

 胸の内で荒れ狂う羞恥心と密かにあるこれから来る制裁への恐怖心によって、俺の最後の言葉はしりすぼんで行った。

 

 

 けれど彼女は俯くばかりでうんともすんとも言わない。流石に呆れてしまったのではないか?そんな別の恐怖が現れ始めたが、その瞬間。俺の顔に何かが掛かった。

 

 

桜木「わぷっ!!?なに!!?」

 

 

マック「くふふふ.........あはははは!!!」

 

 

 驚いている間に彼女は俺から走って離れて行く。その手をよく見ると、小さい水鉄砲が握られていた。

 してやられた。いつの間にこんなイタズラをする子になってしまったんだ。俺の心にまた相反する気持ちが生まれる。手の上で転がされた事による怒りと、そんな姿を見せてくれるようになったという喜び。また彼女のせいで、心が乱されてしまう。

 

 

桜木「あんにゃろ〜.........卑怯だぞマックイーン!!!」

 

 

マック「ふふふ♪文句があるのなら捕まえて下さいまし?」

 

 

オルフェ「ばぁば嬉しそうっス!!」

 

 

フェスタ「爺さん。アタシの片方使うか?」

 

 

桜木「サンキューフェスタ!!!おい汚ぇぞマックイーン!!!素手で勝負しやがれぇッッ!!!」

 

 

 遅れてやってきたオルフェ達。わなわなと震える俺に水鉄砲二丁の内の片方をフェスタが貸してくれた。

 俺はそれを有難く受け取り、仲間達が遊ぶ方へマックイーンを追い掛ける。

 

 

 そんなマックイーンの表情は嬉しげであったが、その顔から赤らみが消える事は、何故か無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「ふぅ.........」

 

 

 長距離移動の疲れ。そして遊んだ疲れを[別荘]のお風呂で癒した後、私は少しの間自室で休んで居ました。

 

 

マック(.........ふふ、驚いていましたわね。皆さん)

 

 

 ここが[メジロ家]が所有している土地だとは気付かなかったようで、この別荘の鍵を持ち出した所でようやくトレーナーさんが気付いたのです。

 .........まぁ、その後もっと驚く事があったのですけど.........

 

 

「あら、随分とご機嫌ね。マックイーン」

 

 

マック「!ラモーヌお姉様!」

 

 

ラモーヌ「まさか夏合宿でここを使いたいだなんて言うとは思わなかったわ」

 

 

 そう。ラモーヌお姉様がいらした事です。トレーナーさんはお姉様の姿を見て背筋を凍りつかせるくらい驚いていましたが、私も同じくらい驚いてしまいました.........

 この別荘は名目上[メジロ家所有]。しかしその実態は、ラモーヌお姉様の為の休養施設なのです。

 今使用してないのでしたら、チームで使いたいとお電話したのですが.........まさかこんな事になるだなんて.........

 

 

マック「その.........やはり、迷惑でしたか.........?」

 

 

ラモーヌ「.........ふふ、構わないわ。可愛い妹の頼みだもの」

 

 

ラモーヌ「それに、貴女のそんな面白い提案。乗らない訳無いでしょう?」

 

 

 そうでした。お姉様はこういう人でした.........しっかりしているようで、面白い物や出来事が起こるならフラフラと行ってしまう様な風来坊.........それでいてストイックなのですから、普通の人は接しずらいでしょう.........

 

 

『良いじゃない。貴女もその気質はあるわよ?』

 

 

マック(あるからこそ。私はしっかりと自制心を持って、メジロのウマ娘としての)

 

 

ラモーヌ「告白はしたのでしょう?」

 

 

マック「はい.........へ?い、今なんと.........!!?」

 

 

 心の中に居る彼女の問い掛けに答えているせいで、お姉様に気のない返事をしてしまいました。それも、絶対聞き間違いに他ならない質問を.........

 

 

ラモーヌ「.........?おかしいわね。まだなのかしら?」

 

 

マック「あ、あの!!申し訳ありませんが、わわわ私ととととトレーナーさんはい、言わばここ子供と大人で.........」

 

 

ラモーヌ「昔良く言ってたじゃない。天皇賞を制覇してそのトレーナーと婚姻関係を結ぶって」

 

 

マック「〜〜〜っ///昔の話ですわ!!!」

 

 

 もう.........!!!ラモーヌお姉様はいつもそうやって私をからかってきます!!!そういう時だけパーマーと仲良くするんですから!!!ほんっとうにたちが悪いです!!!

 はぁ.........昔はあんなに優しくて、私の想像の話も、面白くて素敵だと言って聞いて下さったのに.........少し悲しいです.........

 

 

ラモーヌ「ふふ、ごめんなさいね。じゃあマックイーンは、このままでも良いのね?」

 

 

マック「あ、あたあ、当たり前です。ウマ娘とトレーナー。これ以上に健全で綺麗な関係性はありません!」

 

 

ラモーヌ「.........そう。じゃあ―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――[卒業]したら、[お別れ]ね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「―――ぇ」

 

 

 少し残念そうな表情でお姉様はそう呟き、そして私に背中を剥けました。それがどういう事なのか、普通に考えれば辿り着けるその答えを得る為に去りゆくお姉様に手を伸ばしましたが、止める為の言葉は終ぞ出てきませんでした。

 唐突に突き付けられた現実。突然現れた[卒業]の二文字。夢の様な時間から一転、私の心の中は海の底の様に深く、そして広い深海のように闇が広がっていきます。

 

 

マック(.........そう、よね)

 

 

マック([卒業]したら.........私はただの[ウマ娘]で、彼は[学園のトレーナー]で.........)

 

 

マック(そうなったらもう.........一緒に居られる時間は.........!)ジワ

 

 

 先程のお姉様の後ろ姿が[彼]へと置き換わり、私の目の前から遠のいて行く。

 

 

 それを止める為に手を伸ばすけれど、足はその場から固定されているのか、全く動けないでいる。

 

 

 声も.........たった[一言]の、簡単な自分の思いを伝えるだけの[言葉]も出せずに.........ただただ彼の背中を.........!!!

 

 

『.........どうするの?もう諦める?』

 

 

マック(.........何を言ってるのよ。まだ時間はある)

 

 

マック(でも、私は[テスト]には万全を備えて、予習復習はしっかりやって落ち着きたいタイプなの)

 

 

マック(だから.........)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(この夏で、[決着]を付ける.........!!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――暑い夏が幕を開け、人々はその熱に浮かされて冒険に出る。それが海なのか、はたまた山なのかは人それぞれだ。

 

 

 そしてここに一人。この夏[冒険]をする事を覚悟した少女が居る。

 

 

 その名は、[メジロマックイーン]

 

 

 彼女は覚悟した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 [桜木 玲皇]と、この夏で[恋人]になるのだと.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暑い夏はまだ、始まったばかりなのであった.........

 

 

 

 

 

......To be continued



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マック「夏はビーチバレーですわ!!」ラモーヌ「この子こんな子だったかしら?」

 

 

 

 

 

 煌めく海に輝く太陽。夏というシチュエーションでこれ以上の物は無いと言えるほど夏らしいそれを背景に、俺達大人組+αは食事の準備をしていた。

 

 

沖野「よーし。バーベキューの準備は出来たぞー」

 

 

桜木「OKっす。こっちも良い感じにカレーができてきましたよー」

 

 

 トレーニングを頑張っているウマ娘達のために俺達が出来ること。それは指導することも勿論ではあるが、モチベーションを維持する事も大切な仕事だ。

 特に食事はそれを維持するどころか、向上させる効果を持っている。幸いうちの子達は俺や沖野さんの料理が好きなので、これを使うに越したことはない。

 

 

黒津木「肉と飲み物買ってきたぞー。翔也の金でな」

 

 

白銀「なんで俺が.........俺の金が.........」

 

 

神威「テニスにかまけてゲームやってなかったお前が悪い」

 

 

 一人大変不憫な思いをしているが、俺は何とも思わない。むしろざまぁみろとすら思う。俺達を散々ゲーマーだのオタクだの罵ってきた罰だ。有難く享受しろこのバカ。

 

 

ゴルシ「おっちゃん!!焼きそばも完成したぜ!!マックイーンが30人居ても足りるくらい作ったからな!!」

 

 

桜木「うん。それ本人の前で絶対言わないでね。怖いから」

 

 

オルフェ「でもおじじは怒ったマックイーン先輩の事も〜?」

 

 

フェスタ「バカ。言わせんな恥ずかしい」

 

 

桜木「俺のセリフなんですけど.........?」

 

 

 おにぎりを握りながら顔を俺の方に寄せてそう言ったオルフェーヴルに対し、何故かフェスタが俺のセリフを奪ってきた。その顔はやはり何故か恥ずかしそうだ。もしかしてそういうの結構耐性が無い?

 まぁ俺も人の事言えた義理じゃないけど。

 

 

ルビィ「うぅ.........日本の人って皆お料理上手なんだね.........」

 

 

桜木「あー.........まっ、イギリスの人もちょっと手間かければ美味しく作れるよ。あの人達食事の美味しさに無頓着だから」

 

 

 あの日々の食事を思い出すと本当に苦痛を感じる.........なんというかこう、食えりゃ良いやって考えが蔓延しているんだろう。節約の為にスーパーで惣菜をそのまま食う生活だったが、結局あの味に慣れることは無かった。

 でもまぁルビィちゃん達の料理スキルはそこと比較すればかなり高い物で、味にも健康にもある程度気を使っているのが分かる。これからの成長は期待しか無い。

 

 

 そんなこんなで、俺達は昼食を作り続けた.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ウララ「お腹空いた〜.........」

 

 

スペ「ウララちゃん、お疲れさま!」

 

 

 ぐったりとした足取りで歩くウララさんと、それを支えるスペシャルウィークさんと合流し、私達は昼食を作っているであろうトレーナーさん達の元に向かっていました。

 

 

マック「お付き合い下さりありがとうございます。ラモーヌお姉様」

 

 

ラモーヌ「良いのよ。偶にはプロ以外のウマ娘と走るのも刺激になるし、それに.........」

 

 

ラモーヌ「.........ちょっと太り気味なのよ」

 

 

全員「.........あ、あはは」

 

 

 ど、どちらかと言えば後者の理由の方が強かった気もしますが.........私達は誰一人それを指摘する事は出来ませんでした。お姉様は凄く真剣でしたから.........

 そんなお姉様の言葉に困惑しつつも、私は気になった事をお姉様にお聞きしました。

 

 

マック「私と並走してどう感じましたか?」

 

 

ラモーヌ「.........そうね。[弱くなっている]わ。確実に」

 

 

テイオー「えー!!?でも良い勝負だったじゃん!!」

 

 

 むっ、お姉様に対してなんという口の利き方.........これはお灸を据えた方が良いですわね.........!

 そう思い、彼女の方へ一歩踏み出した所、お姉様に肩を叩かれました。その方を見ると、お姉様は気にしていないと言う様に首を振り、話を続けました。

 

 

ラモーヌ「走った距離は[中距離]。その上後100m長ければ[長距離]に分類される。そんな距離で私といい勝負なら、そうね。例えばそこのライスシャワーに負けるわ」

 

 

ライス「え、えぇ!!?そ、それはどうかな.........?」

 

 

ラモーヌ「まだ長距離が完璧じゃないミホノブルボンが相手だとしても、厳しいでしょうね」

 

 

 的確で痛い指摘をされ、私は思わず俯きました。公式レースではまた違う環境ですから一概には言えませんが、お姉様から見れば確実に負けると見えているのでしょう。

 .........いつもなら、課題とそれに沿った弱点の克服を思い付きますが、これが私の限界だと言うのか、この先を想像出来ずにいます。もうこの身体に、[繋靭帯炎]発症前の力は残されて居ないのでしょうか.........?

 

 

タキオン「.........そう悲観することもないさ。時間はあるよ。それに私達も居る」

 

 

マック「!タキオンさん.........」

 

 

デジ「そうですとも!元マネージャーとしての手腕っ!チームのエースであるマックイーンさんの為ならいつでも発揮いたしますよ!!!」

 

 

 皆さんが落ち込んだ私を励ますように声を掛けてくれます。そんな声を掛けてくれるのに、落ち込み続けていたら皆さんに申し訳が立ちません。

 私はふぅっと息を吐き、弱気や焦りを一気に身体の外へと追い出しました。

 

 

マック「所で、ウララさんとタキオンさんはどうでしたか?[有馬記念]に向けて、何か身になりましたか?」

 

 

タキオン「ああ、やはりスズカくんの安定感は素晴らしいが.........残念ながら私の走法には取り入れる事は出来ない様だ」

 

 

スズカ「そうね。タキオンの走り方は癖が強くて、その走り方で身体も作られちゃってるから、今から取り入れても逆効果になっちゃうわ」

 

 

 なるほど.........確かに、タキオンさんの走り方は安定性とは程遠い位置にあると言えます。スピードを重視した走り。それを武器にこれまで多くのレースで勝ち続けて来たのですから、今更それを変えても意味は無いかもしれません.........

 となるとやはり、彼女はまた脚の負担を軽減する為の薬の開発に時間を割かなければ行けないでしょう。黒津木先生の課題も用意されているため、そう簡単に辿り着ける物では無いと思いますが.........

 

 

マック「ウララさんはどうでしたか?芝の走り方で分からない部分などは.........」

 

 

ウララ「うーんっとねー.........たくさんあるよ!!」

 

 

マック「そ、そうですか.........」

 

 

カフェ「一応、長く走るコツも教えて見ましたが.........今のスタミナでは厳しいと思います」

 

 

 彼女に対してはこの場にいる殆どの方々と並走を行い、その走り方を学ぶようにとトレーナーさんから指示を受けています。

 しかしこう言ってはなんですが、やはりそれは難航しているようで、彼女が芝を走る。その上で有馬記念の距離を走るとなると、相当根気が必要になって来ます。

 

 

マック「私もデビュー時はダートを走っていましたから、教えられれば良かったのですが.........」

 

 

ウオッカ「いや、厳しいだろ」

 

 

ダスカ「そうよ。アンタの走り方じゃ芝もダートも殆ど関係無いじゃない」

 

 

 そう。私の感覚としては足裏の違いと進み方だけで、特にこれと言って芝とダートで走り方を変えている感覚は無いのです。

 あぁ.........せっかく貴重なダートレースに出走し、その後芝を主戦とした競技者でありながら、それをチームメイトに活かせないだなんて.........!

 

 

テイオー「も〜、マックイーン気にしすぎだよ〜!」

 

 

マック「だ、だって!私がちゃんとダートの事も考えて走っていたなら、ウララさんにもっと色々.........」

 

 

ブルボン「確かにそうかもしれませんが、今はとにかくご飯を食べましょう」

 

 

 私の肩を叩き視線を誘導させた後、ブルボンさんは人差し指で方向を示します。そこはパラソルが立てられ、トレーナーさん達があくせくとお昼ご飯の準備をしている様子がありました。

 そうですね。まずはご飯を食べてから.........そう思いながらじーっとその方向を見ていると、不意にトレーナーさんがこちらに気が付きました。

 

 

桜木「!.........へへ」

 

 

マック「!.........ふふ」

 

 

 お互いの視線に気付いた私達は手を振り合いました。彼はその後すぐにまたご飯の準備に取り掛かり、腕で汗を脱ぐう仕草を見せます。

 そんな彼の頑張っている姿を見て、非常に恥ずかしい話ですが.........少しときめいた物を胸に感じました。

 そして、そんな私に集まる視線も.........

 

 

全員「.........じーっ」

 

 

マック「.........な、なんですのその目は?ら、ラモーヌお姉様まで!」

 

 

ラモーヌ「ねぇちょっと。あんなやり取りをしてるのにまだ付き合ってないの?」

 

 

タキオン「ああそうとも!!なんせ二人は[一心同体]だからねぇ!!!」

 

 

マック「タキオンさん!!!」

 

 

テイオー「そうそう!!今までデートも何回かしてるけど!!付き合っては無いみたいだよ〜?!!」

 

 

マック「テイオー!!!」

 

 

 私をからかい、お姉様にあることないこと吹聴するタキオンさん達に声を荒げましたが、彼女達は反省の色を見せずにトレーナーさん方の居る方へと走って行ったのでした.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いただきまーす!」

 

 

 皆さんでそれぞれ用意したバーベキューセットを囲みつつ、両手を合わせて食事の挨拶をします。数台のクーラーボックスの中身はそれぞれ飲み物。そして大量のお肉が用意されていました。

 

 

桜木「肉焼いてる間はこっち食べてて良いよー。お腹空いてるでしょ皆」

 

 

ゴルシ「ゴルシちゃんの焼きそばとおにぎりがあるぞ!あとおっちゃんのカレーもあるしな!」

 

 

ルビィ「わーい!わたしゴルシお姉さんの焼きそば大好きー!」

 

 

 お肉を焼いている間の空腹を避けるべく、トレーナーさん達は私達に何を食べるかを聞いて来てくださいました。自分でよそると言う方も居ましたが、トレーナーさん達はそれを聞かず、食べる事に集中しろと言いました。

 私もその中の一人でしたが、私専用の献立表片手に分量を調節するトレーナーさんを見たら、何だか甘えたくなってしまいました。

 

 

桜木「っとと、はい。マックイーン」

 

 

マック「ありがとうございます。トレーナーさん」

 

 

桜木「良いの良いの。ラモーヌさんも」

 

 

ラモーヌ「あら、気が利くのね。焼きそばの方を持ってきてくれるなんて」

 

 

桜木「視線の移動回数が焼きそばの方が多かったからね。目はいいんすよ?目は」

 

 

 また珍しいお姉様のお褒めの言葉.........何故かは分かりませんが、彼はどうやらお姉様に認められている様です。

 自慢げに目を指差すトレーナーさん。そしてそれをアピールする為に目の端に映った丁度良い焼き加減のお肉をお姉様と私のお皿に乗せてくれました。

 

 

桜木「レアでございます.........」

 

 

ラモーヌ「?ミディアムじゃないかしら.........?」

 

 

白銀「え?そんなレアリティ存在する?」

 

 

黒津木「ブフォwwwバッカおまえwww焼き加減の事だよwww」

 

 

神威「バーカバーカ」

 

 

白銀「へぇ!!?レアが美味いってそういうことじゃねぇの!!?」

 

 

桜木「バっカバカじゃねぇか!!!」

 

 

 こ、この人は一体今までどう生きてきたんですの.........?お肉を食べられない人生ならまだしも、貴方は世界的テニスプレイヤーではありませんか.........

 と、私は頭が一気に痛くなりましたが、お姉様は気にすること無く、むしろそのやり取りを見て微笑みすら浮かべて居ました。

 

 

マック「申し訳ございません。普段はもっとまともな方々なんですけど、集まると少々その.........こうでして.........」

 

 

白銀「お前ら俺は白銀翔也様だぞッッ!!!」

 

 

「「「バカの事白銀翔也って言うの辞めろよッッッ!!!!!」」」

 

 

白銀「逆逆ゥッッ!!!」

 

 

マック「.........スーーー.........フゥーーー」

 

 

 こ、この人達のせいで、私達までお姉様に変な印象を与えてしまう.........!こ、ここはお仕置して置かなければ.........!!!

 そう思い、お皿に盛り付けられた物を食べ終えて箸を置こうとすると、お姉様がその手の平を見せて私の行動を停めました。

 

 

ラモーヌ「もう少し見ておきましょう?」

 

 

マック「!ですが!あの人達は.........!!!」

 

 

白銀「もう許さねぇ.........!!!ぶっ殺してやっからなァッッ!!!」

 

 

黒津木「あぁ!!?それはこっちのセリフだぜバーカ!!!何が世界一や世界最下位やお前!!!」

 

 

神威「怖〜、俺達避難してようぜ玲皇」

 

 

桜木「創くんが〜、白銀くんの事を〜、殺して〜って言ってました〜」

 

 

神威「テメェも言ってただろうがッッ!!!」

 

 

 あぁ.........既に空気は一触即発。一歩でも動けば手が出るのでは無いかと思ってしまうくらいの緊張感の中。彼らはお互いに目を配らせ、その動向を探り合っています。

 それを止めようとする方は.........私以外居ません。こんな流れ久しぶりですから、それを楽しみだと言う方の方が大半です.........

 

 

 こ、ここは.........ここは私が人肌脱がなければ.........!!!

 

 

ラモーヌ「.........?マックイーン?貴女どこに.........」

 

 

 お姉様の制止も振り切り、私は黒津木先生が持ってきて下さったレクリエーションアイテムの一つであるボールを探し当て、それを手に持ちました。

 後は.........彼らが食いつく様な事を言うだけですわ.........!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっと!!!貴方達ッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全員「.........!!?」

 

 

マック「もう余興はおしまいですわ!!!」

 

 

マック「さぁ!!楽しい[ビーチバレー大会]の始まり始まりー!!!」

 

 

全員「.........えぇ.........?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突如始まったビーチバレー大会。一体どうなってしまうのか.........なんて言う俺の不安とは裏腹に、白熱した試合が沢山繰り広げられた。

 

 

ウララ「ライスちゃん!左側だよ!」

 

 

ライス「う、うん!」

 

 

黒津木「げっ!!?ウララが俺の動きの癖を読んでくるぞ!!?」

 

 

 鍛え上げられた観察力で勝利を勝ち取るウララとライス。

 

 

神威「っ、届かな―――っと」

 

 

スペ「えぇ!!?い、今絶対届いてませんでしたよね!!?」

 

 

テイオー「反則だよ!!!ボールになにかくっつけてたんじゃないのー!!?」

 

 

カフェ「.........ボールには何もしてません」

 

 

 オカルト的な事象で相手を手玉に取り、トリッキーな戦略で相手を翻弄する神威とカフェ。

 

 

マック「トレーナーさん!」

 

 

桜木「よしっ.........!」

 

 

「「っ!そこ.........いっ!!?」」

 

 

 相手の思考と動きを読み、正確なコントロールで相手を倒していく俺とマックイーン。特にスカーレットとウオッカは面白いくらいにハマってくれた。丁度二人の中間の位置に落とすとどちらも取ろうとしてぶつかるという事が何度も起こった。

 最終的に二人はいつもの様にどっちが悪いと言い合いになったのだが、つまらない事をするなと言わんばかりのラモーヌさんの威圧に当てられて萎縮した。正直申し訳ないと思う。

 

 

 .........この大会が始まり、チームが決まった瞬間から優勝候補は決まっていた。それは白銀&ゴールドシップチーム。デカイツヨイヤバいの三拍子が揃った化け物コンビだ。

 本当の所を言うと、ウマ娘側の方は分からないが、俺達三人は諦めていた。アイツと当たったら負け確だろうと。そして現に先に当たった神威は蹂躙され、ぼろ雑巾のように転がっていた。

 

 

 俺も何とか決勝までこれはしたが、こんな針の穴を通すような戦法があの重機機関車共に勝てる訳もない。良くて準優勝だろうと思っていた。

 

 

 そう、[思っていた]んだ.........

 

 

三人「な、ぁ.........!!?」

 

 

ルビィ「やったー!!勝った勝ったー!!!」

 

 

ラモーヌ「中々やるじゃない。安心してコートを半分任せられるわ」

 

 

 準決勝。その場所で優勝候補は負けた。どこまで行けるか未知数のラモーヌさんとルビィちゃんのチームに.........見事に蹂躙されたのだ.........

 

 

桜木「な、なぁマックイーン.........自信ある?」

 

 

マック「.........率直に言わせて貰えるなら、0ですわ」

 

 

桜木「だよね〜.........」

 

 

 とぼとぼと悲しげにコートから離れていく負け組と、嬉しそうにはしゃぐルビィちゃんとそれを褒めるラモーヌさん。対照的な姿が勝ち負けという概念が如何に残酷かということを教えてくれる。

 バレーの中で感じたラモーヌさんの動きは精練されていた。柔らかくしなやかでありながら、身体の全てを駆使して勝ちを拾いに行く.........名家の御令嬢らしい姿とは似つかわしくない程の強い意志。アレがレースで出てくるのだとしたら、そりゃ強いに違いないだろう。

 一方のルビィちゃんも、あの小さい身なりではあるが一生懸命動いている。しかし特筆すべきはそこではなく、彼女の凄い所は試合コントロールだ。

 バレーを知らなかった彼女はルール説明を受けた瞬間。ここに居る誰よりもルールに関しては強くなったと思っている。そしてそれを瞬時に判断し、ネット際やコート外に落ちる様なボールには決して触らない。

 そしてそれをラモーヌさんに即座に伝える度胸もある.........これは、どうなるだろうか.........

 

 

白銀「.........俺が、負けた.........?」

 

 

ゴルシ「あ、アタシとイワシで三途の川で積み上げてきたゴルシちゃんプライドが.........二人の鬼に蹴散らされちまった.........」

 

 

桜木「残念だったなぁ二人とも。仇は取ってやるさ」

 

 

三人「へ?」

 

 

 珍しく落ち込む二人に慰めの声を掛けると、何故かマックイーンも含めて疑問の声を出してきた。

 俺もその声に困惑していると、恐る恐るマックイーンが俺に問い掛けてくる。

 

 

マック「あ、相手はラモーヌお姉様なんですのよ?勝てるかどうかなんて.........」

 

 

桜木「なんだマックイーン?いつからそんな弱気な子になっちゃったのさ!」

 

 

マック「え.........?」

 

 

 

 

 

 ―――彼はそう言って、私の弱気な発言を叱る様に言いました。そしてその言葉によって、今の私と過去の私。その差異をはっきりと明確にしてくれました。

 

 

桜木「決勝戦。白銀達だったら負けてたさ。けど相手は戦略を練るタイプ。つまりは読み合い。俺の得意分野だ」

 

 

マック「で、でも相手は二人ともウマ娘で「マックイーン」.........?」

 

 

桜木「俺が[どんな男]か、忘れてないだろ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺は、[奇跡]だって超える男だぜ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「―――!」

 

 

 自信満々の表情。その笑顔に乗せられるかの様に、私の心にも自然と勇気と自信が生まれてきました。

 彼はボールに手を持ちながら、それでもゴールドシップさん達にも負けるつもりは無かったと言い、そのままコートの方へと移動して行きました。

 

 

マック(.........ふふ、そうよね)

 

 

マック(貴方はいつだって、[勝って帰ってくる]事を、考える人だもの)

 

 

 例え相手が誰であろうと。人ではなく概念であろうとも、それに打ち勝つ為に己を奮い立たせる。それが出来る人です。

 それがきっと、私達[ウマ娘]には無い[強さ]なんでしょう。形の無い、[運命]で決められた物にも抗える.........それが[人間]なのです。

 

 

ラモーヌ「準備は良いかしら?」

 

 

マック「.........ええ、お待たせして申し訳ありません。ルビィさん。お姉様」

 

 

ルビィ「えへへ!このまま勝っちゃうもんね!」

 

 

桜木「へへっ、そう簡単に行くかなぁ.........?」

 

 

 お互いの陣地に入り、これから世紀の一戦が、幕を開けるのでした.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 砂浜の上で波のさざめきがうっすらと聞こえてくる。それほどまでに、目の前の勝負に集中する事が出来ている。懸念点も、不安も何も無い。背負っている物すらも、脱ぎ捨てて.........

 

 

ラモーヌ(いつぶりかしら。ここまで伸び伸びと出来るだなんて)

 

 

ラモーヌ(ただの休暇より、息抜きになるわね.........?)

 

 

 チームとしてタッグを組んだルビィという少女とポジションを確認し、それぞれの持ち場へと着くと、マックイーン達はその出方を伺うように並んで待っていた。

 そしてそこから、その陣形を見て二人は顔を見合せ、アイコンタクトで意見を交換した後、先程までの試合とは違う陣形。彼が[前]。マックイーンが[後ろ]の位置で待機を始めた。

 

 

ラモーヌ(!なるほど、考えたわね.........)

 

 

ラモーヌ(いくらビーチバレーでも、対ウマ娘用の力で試合を進めたら人間からすると一溜りもない。その穴を突いて逆に前へと出てくる)

 

 

ラモーヌ(.........ふふ、やっぱり面白い)

 

 

 まさかの作戦。奇策と呼ぶには余りに信頼性があり、定石と言うには余りに脆い。どっちに転ぶかも分からないギャンブルを、彼と彼女は選んだという訳ね.........

 

 

ルビィ「お、お姉さん。控えめで良いんだよね.........?」

 

 

ラモーヌ「そうね。でも、力が出ちゃう時は無理せず出しなさい?それをされても、あっちは文句を言えないんだから」

 

 

マック(!.........やはり、バレてるわね)

 

 

 

 

 

 ―――彼と目線で交わした戦略。その魂胆を、お姉様は手合わせをする前から既に見切っていました。半分予想はしていましたが、それでも少し、自信にぐらつきが生じます。

 しかし、これは勝負。そんな心の乱れが命取りになる。私は深呼吸をしてから精神を落ち着かせ、サーブボールを天高く飛ばしました。

 

 

マック「てやぁッッ!!!」

 

 

 回転が掛かりながら空気を裂き、後方のお姉様のポジションに向けてボールが向かって行きます。

 そのボールをお姉様は、今日対戦してきたどの方よりも安定感のある完璧なフォームでレシーブし、その勢いを殺しつつも上空へと打ち上げました。

 

 

 そしてルビィさんも、初めてとは思えない程綺麗なトスを見せ、コートネットギリギリの際でボールが上がり、お姉様が前へと向かってきました。

 

 

ラモーヌ「フッ.........!」

 

 

桜木「っと.........!」

 

 

ラモーヌ「っ、く」

 

 

 普通であるならば、見事なスパイクが決まっていた事でしょう。しかし、ここは目論見通り、ブロックをする為に飛んだトレーナーさんの姿を見た事でお姉様は力を急にセーブせざるを得なくなり、ボールはコートの外へと落ちて行きました。

 

 

 ウマ娘は幼い頃に、人との触れ合い方を学ぶ事になっています。物心着く前からそれを躾られ、小学生になる前には無意識に、人や他のウマ娘に対して働く直接的な力を加減する事になっているのです。

 それを知ってか知らずか、彼は逆手に取る方法を見出し、そして利用しています。

 

 

 私達の勝ちは十分にある。そう思っていたのですが.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「はァ......はァ......」

 

 

マック「.........くっ」

 

 

 お互いの苦しそうな顔を見てから、得点板の方を見る。戦況は劣勢。あと一本ここで入れられてしまえば、俺達の負けは確定してしまう。

 あちら側の様子も険しさを感じている節はあるが、士気はこちらよりも高い。どうしたものか.........

 そんな俺の様子を見て、自らの優位性を感じたラモーヌさんはふっ、と笑い、とんでもない提案をしてきた。

 

 

ラモーヌ「ただ勝っても面白くないわね」

 

 

二人「へ?」

 

 

ラモーヌ「ふふ、勝った方は負けた方に何かを命令するっていう罰ゲームはどうかしら?」

 

 

二人「はァ!!?ずるっこじゃねぇか(じゃないですか)そんなのォ!!!」

 

 

 この人、勝つ為なら何でもするっていうのを地で行くタイプらしい。今の発言でルビィちゃんの疲れた表情も一気に吹き飛び、嬉しそうな表情でぴょんぴょんとはね始めた。

 

 

ルビィ「よーしっ!!勝っちゃうもんねー!!!」

 

 

桜木(くっ、サーブが来る.........!!!)

 

 

 後方のその場で動かず、彼女は下から上に打ち上げるアンダーハンドサーブでボールを打ち込んで来る。

 それをマックイーンはレシーブで打ち上げ、その落下地点に俺は移動してトスでネット際の方へと打ち上げる。そこに目掛けて彼女は助走をつけ、タイミングを合わせてジャンプをした.........が。

 

 

マック「あっ!!?」

 

 

ラモーヌ「っ、しまった.........!」

 

 

 目測を誤り、そのボールは手ではなく頭が当たることによってネットを超えていく。マックイーンのスパイクを止める為にブロックをしようとしたラモーヌさんだったが、その彼女を飛び越えてボールは後方へと落ちて行く。

 

 

ルビィ「あぶないー!!」

 

 

桜木「ちぃッ!!よく見てんなぁルビィちゃん!!!」

 

 

 それに反応し滑り込んでコート内での着地を阻止するルビィちゃん。マックイーンも疲弊している今、次は俺がスパイクを打ちに行くべきだろう。

 そう思い、帰ってきた玉を俺が上へと打ち上げ、マックイーンに目配せする。彼女も俺の思惑が通じたのか、直ぐにボールの下へと行ってその両手をおでこの方へと乗せていた。

 

 

マック「トスっ!!!」

 

 

桜木「アタ―――ッッック!!!」

 

 

ルビィ「ほっと!!!」

 

 

桜木(な.........!!?)

 

 

 俺のスパイクがいとも簡単に防がれる。しかし、そんな事は予想していた。大切なのはマックイーンの体力回復だ。その為にこの一回のラリーを俺は一度捨てたのだ。

 驚いたのはルビィちゃんだ。その幼さで俺のスパイクを撃つ場所を、これまでの対戦の癖と経験を合わせて予測して、それを打ち返してきた。正直、ラモーヌさんが返してくるのだとばかり考えていた。

 

 

ラモーヌ「やるじゃない。トス」

 

 

ルビィ「えへへっ!アターック!!!」

 

 

二人「っ!させるかよ(させません)ッッ!!!」

 

 

 身の丈に合わないジャンプ力。やはりウマ娘と言った所だろう。彼女のスパイクを止める為に俺とマックイーンは二人並んでネット際でブロックを試みようと飛んだ。

 

 

 .........しかし、その瞬間。ルビィちゃんはその表情をニヤリとさせた。その意味に気付いた時にはもう、遅かった.........

 

 

 ボールが地面に落ちる。誰の手にも触れる事無く、俺達の目の前で、俺達のコートでそれは落ちた。

 

 

 そう。彼女は自分がスパイクを撃つというフェイントを全身で俺達に掛け、そしてその作戦を通してしまった。

 

 

 つまり、これは純粋に.........俺達の負けになってしまった.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ルビィ「う〜ん、どうしよっかな〜」

 

 

桜木「もう一思いに煮るなり焼くなり.........」

 

 

 唐突に始まったビーチバレー大会。優勝はルビィちゃんとラモーヌさんチーム。穴だったかと言われればそういう訳ではないし、じゃあ注目していたかと言われれば微妙な立ち位置だった。

 俺はそんな中、彼女が下すであろう命令をひたすらに待つ。せめて可愛げのある物にしてくれ。私のトレーナーになってとか言わないでくれ。下手したら君の爺さんに殺される羽目になる。

 

 

エディ「ルビィ。あんまり困らせるなよ」

 

 

桜木「!爺さん.........!」

 

 

エディ「私の小切手を貸してやるからこれに好きなだけ数字を書いて.........」

 

 

桜木「おいジジイッッ!!!」

 

 

 子供になんてやり取りさせようとしてんだテメェは。質が悪すぎるだろ。そのどす黒い太陽みたいな笑みは一体いつどこで習得したんだ。え?

 とまぁ、周りからはアレはどうだコレはどうだと提案され続けるが、ルビィちゃんは一向に唸り声を止ませない。ここは一つ、保留という手を使うのもアリだと言おうとすると、彼女は決心したようにこちらを見上げた。

 

 

ルビィ「お兄さん!」

 

 

桜木「!お、おう!」

 

 

ルビィ「私のお願い決まったよ!」

 

 

ルビィ「.........大きくなったら、また勝負してね!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今度は[レース]で.........!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「.........!ああ!」

 

 

 可愛らしい幼さ。と言うには、少し熱が篭もりすぎている。これを言い表すならば、純粋な若さだろう。スポーツマンが持っているものを彼女は既に、この年齢で持ち合わせている。

 そんな俺の感傷なんて気にも止めずに、彼女は両親に褒められて気を良くしている。その微笑ましい様子を見ていると、俺の隣に沖野さんがやってきていた。

 

 

沖野「.........良いのかよ。あんな約束して」

 

 

桜木「良いも何も、命令だから仕方ないじゃないですか。後付けの約束だろうと、子供の期待は裏切れません」

 

 

沖野「そういう事じゃ.........はぁ、まぁいいか。頑張れよ、桜木」

 

 

桜木「?はい」

 

 

 俺の返答を聞いた彼は、まだ何か言いたい事を言い終えて無いにも関わらず、それを有耶無耶にした。正直何を懸念していたのか聞きたい気もあったが、せっかく言わない選択肢を取ったんだ。それを聞き出すのも野暮だろう。

 

 

 ようやくひと段落ついた。そう思った瞬間。俺の腹から限界アラートが鳴り響く。そういえばまだ昼飯にありつけていなかった。他の試合は審判を買って出ていたから、すっかり胃がすっからかんだ。俺も何かを.........

 

 

桜木「.........無い」

 

 

白銀「あぁ?当たり前だろ。もう全部食っちまったよ」

 

 

黒津木「さっさと食えよカスゥ!!!」

 

 

神威「お前ほんとバカだよなぁ」

 

 

桜木「て、テメェら.........!!!」

 

 

 既に鉄板の上に食材は無い。目の前に居る奴らと他のウマ娘達の取り皿にはまだ若干残っていたものの、薄情な物で俺に分け与えるつもりは無いとでも言うように自分の分をササッと食べ、マックイーン達の分は見事に確保されてしまった。

 俺の昼飯は無い。そう悟った瞬間。空腹感とアドレナリンの影響によって.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「覚悟は良いなァ―――ッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局、ビーチバレー大会の発端となった確執は今、殴り合いの喧嘩に発展してしまったのだった.........

 

 

 

 

 

......To be continued.........?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「.........あの、お姉様?」

 

 

 勝負を終え、お姉様の命令を聞こうとした私は、今皆さんがいる所から少し離れた岩陰の方まで連れてこられました。

 

 

ラモーヌ「ここなら、例えウマ娘でも聞こえないわ」

 

 

マック「え、えっと。すみません。何が何だか「マックイーン」.........?」

 

 

 背を向けたお姉様が私の名前を呼ぶ。いつもその表情を見なければ、それが怒っているものなのかそう出ないものなのかを判断出来ない程、お姉様はあまり感情を表には出しません。

 しかしこの時は.........凄く嫌な予感がしたのです。

 

 

ラモーヌ「私から貴女への命令。それはたった一つよ」

 

 

マック「.........ゴクリ」

 

 

 そう言ってからようやく、お姉様はその背中を翻し、その顔を見せて下さいました。その表情は穏やかで柔らかく、とても怒っているようには見えません。私は緊張しながらも、少し安心感を覚えました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の言葉を聞くまでは.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「明日開催される夏祭り。彼とデートに行きなさい?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そして、そこで[恋人]になるのよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「.........はぇ.........?」

 

 

 お姉様は、私に与えたのです。

 

 

 [命令]ではなく。

 

 

 [試練]を.........

 

 

 私の全ての感覚が消え、どこに居るのかさえ分からなくなった一瞬。一番最初に戻ってきた物は、静かに。そして穏やかに押し寄せる波の音でした.........

 

 

 

 

 

......To be continued



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マック「夏は、その......」T「?」

 

 

 

 

 

『そこで[恋人]になるのよ?』

 

 

マック「.........うぅ」

 

 

 ビーチバレー大会が終わり、今日のトレーニングも無事終えた後。午後の自由時間前の全体ミーティングまでの時間で、私は一人机に頭を伏せて唸っていました。

 その理由はただ一つ。お姉様が私に課した[試練]に近しい[命令].........その意味を理解すればするほど、身体の中で熱が荒ぶります。

 

 

マック「うぅ.........うぅ!」

 

 

マック「.........くぅ」

 

 

 その熱は身体の中で跳ね回り続けるだけで、決して外には出て行きません。まるで今の私に彼をデートに誘う勇気が出ないのと同じ様に、その熱も、外へ出て行くつもりが無いんです。

 だから一人、ミーティングルームで唸っているんです。ここに誰も居なくて本当に良か―――

 

 

神威「.........あっ、ども」

 

 

マック「.........見てました?」

 

 

神威「うん。君が俺に気付かずに部屋に入ってきて、机に顔を伏せたとこから」

 

 

マック「そう.........ですか」

 

 

二人「.........」

 

 

 き、気まずい.........まさかこの私が、人が居ることに気付かずに自分勝手に振舞ってしまうだなんて.........あ、穴があったら入りたい.........

 自分でも驚くほどに心の色がころころと変わって行きます。先程までの熱は一気に冷め、血の気が引いたような冷たい物が心の中に敷き詰められていきます。

 何も言えずに黙っている時間だけが進んで行く。最初の内はそうでした。

 

 

神威「.........クク」

 

 

マック「?な、何か.........?」

 

 

神威「いや、こうして緩く見てるとさ。だーいぶ玲皇に影響受けてんのなって」

 

 

マック「それは.........ある意味必然ですわね」

 

 

 面白い物を見ている様に、司書さんは抑えつつも笑い声を漏らしていました。正直見世物にされているような感覚がして、良い気持ちではありません。

 ですが、彼の言っている事は確かです。自分でもこんなに不規則に心が揺れ動く人間だとは、思っても居ませんでした。

 

 

神威「実は昔さ。玲皇より先に君の事見た事あるんだよ」

 

 

マック「?それはつまり、私が入学してすぐの頃.........でしょうか?」

 

 

神威「そうそう。カフェと仲良くなったけど、俺トレーナーじゃなかったしさー。放課後は図書室で入ってきた本の内容を一通り覚えてたりしたんだ」

 

 

神威「あの頃見た君は.........今よりちょっとフラフラだったかな?」

 

 

マック「.........あぁ、無理な[食事制限]をしていましたから」

 

 

 懐かしい話です。彼と出会う前。トレセン学園に入ってひと月経つか経たないかまでの間。私は自分の体質に四苦八苦しながらも、それに向き合っていました。

 そのお陰で選抜レースでは7着。おまけに身体は満足に力を出力出来ず、挙句の果てにまだ一回しか顔を合わせていない彼に介抱される始末.........必死だったとはいえ、今思えばあれこそこの人生で最大の恥ずかしい瞬間です。

 

 

マック「ですが、そのお陰で[今]があるんです。捨てた物じゃ無いでしょう?」

 

 

神威「はは、そりゃそうだ。それこそ[それを捨てるなんてとんでもない]って奴だな」

 

 

マック「?」

 

 

神威「.........あ、はは、ゲームやんない子には通じないか」

 

 

 苦笑いを浮かべながら、司書さんは頭を掻きました。ゲーム.........あまり触れて来なかった代物ですが、思えばトレーナーさんもゲームが大好きです。彼を知る為に何かしら触って見た方が良いのでしょうか.........?

 そんな思案を始めた私を見て、彼は深刻に捕えなくても良いと言ってくださいました。今の私にはそんな暇ありませんから、嬉しい助言でもありました。

 

 

神威「.........ていうか本当に凄いな。話安くてびっくりするよ」

 

 

マック「え?そ、そんなにですの?」

 

 

神威「うん。なんつうかこう。やすりで削られて丸くなってるような.........」

 

 

マック「急に表現が痛々しくなりましたわね.........」

 

 

 せめて普通の言い方をしてくれたならば、私だって悪い気はしませんでした。そんな言い方をされたら、誰だって嫌な気分になるではありませんか。

 私ははぁっと息を吐くと、彼は気持ちの籠ってない謝罪を何度もしました。きっとこう言う所でカフェさんを怒らせているのでしょう。その気持ちが今痛いほど伝わります。

 

 

マック「.........けれど、話しやすいとは言いますが、それは貴方達の視点であって、私からは話出しにくい事は沢山ありますわ」

 

 

神威「へー.........!ま、まぁ今は良いか「良いじゃない。聞かせてよ」ちょ」

 

 

マック「これは他言無用ですよ?実はこの後、トレーナーさんを明日の夏祭りに誘いたいのですが、以前の夏合宿で断られましたので、少々誘いにくいのです.........」

 

 

「ほぇ〜」

 

 

マック「もう、なんなんですかその気のない返事は!!!一体誰.........が.........」

 

 

 先程から不意に現れた誰かに対して、私は怒りました。その声は裏声で完全にふざけきった物でしたから、てっきりまた白銀さんが私をからかっているのだと思ったのです.........

 

 

 ですが、実際には.........

 

 

桜木「夏祭りかぁ、そういや随分行ってないね。うちのチームも宝塚記念の常連になっちゃったし、そんな暇も無くなっちゃったからなぁ」

 

 

マック「.........ぇ、き、聞いてたんですの.........!!?こ、これは違―――」

 

 

桜木「じゃ、一緒に行こっか!」

 

 

マック「―――はぇ.........?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

タキオン「これが脚部へのダメージ回復を促進させるアイジングスプレー。そしてこっちがそもそもダメージを軽減する為の錠剤だよ」

 

 

ラモーヌ「中々研究熱心なのね。これは?」

 

 

タキオン「それは精神コントロールの為の調整剤さ。以前、菊花賞で酷い目にあったからね」

 

 

 ミーティングが終わった後、私は合宿所であるメジロ家の別荘の一室に来ていた。理由は一つ。薬の研究の為だ。

 しかし、そこには何故か先にラモーヌくんが居た。私としては早く退室願いたい物なのだが、噂と違い色々と食い付いてくる。

 

 

ラモーヌ「良い物ね。これが世に出れば多くのウマ娘達がレースに参加出来るようになる」

 

 

タキオン「.........」

 

 

 感心した様な表情で、私が合宿に持ってきている薬品を見比べる彼女。その姿にやはり、以前から聞いていた噂や彼女の人物像とはあまり合致しない。

 

 

 メジロラモーヌは[レースを愛している]。そう言っても過言では無い程にレースに執着し、そしてそれ以外には全く興味を示す事がない。

 調整もトレーニングも自分で行い、トレーナーが決めるのはレース日程だけ.........という噂もあった程だ。実際の所は詳しくは知らない。

 

 

 だから私はつい、気になってしまった。

 

 

タキオン「.........随分噂と違うようだね?ラモーヌくん?」

 

 

ラモーヌ「噂?」

 

 

タキオン「君は確か、レース以外には興味が無い。所謂レースをするだけの[機械]という噂まであったよ」

 

 

ラモーヌ「そう」

 

 

タキオン「.........いやそれだけかい!!?もっと反論だとか「興味無いわ」.........」

 

 

 彼女は一度も私の方を見ずに会話を終わらせた。強ち噂は間違ってないかもしれない。私は思わず溜息を吐きそうになった。

 しかし、そんな私の溜息を止めたのは他でも無い。彼女自身だった。彼女は手に持った薬品を優しくテーブルの上に置き、私の方へと顔を向けた。

 

 

ラモーヌ「人は変わるものよ。特に、何かを追求している時は」

 

 

ラモーヌ「誰が言ったかも分からない噂を宛にするだなんて、貴女もまだまだね?アグネスタキオン」

 

 

タキオン「っ、言ってくれるね.........」

 

 

 言ってやった。と言わんばかりに彼女はその顔を誇らしげにして見せた。噂など言わせておけば良いというスタンスだった私が噂に踊らされている。自分でも酷く滑稽だと思ってしまう。

 

 

ラモーヌ「けどそうね。最近の話よ。こういう物にも興味が出てきたのは」

 

 

タキオン「それは.........どうしてだい?」

 

 

ラモーヌ「プロって楽しくないのよ。案外」

 

 

 え、そ、そんな事を言って大丈夫なのかい.........!!?君、仮にも第一線級のプロウマ娘じゃないか!!?そんな爆弾発言をトレセン学園生にするなんて夢も希望もあったものじゃないだろう!!!

 

 

ラモーヌ「プロモーションビデオや写真撮影。テレビの出演に講演会。レースと関係無い物ばかりでつまらない」

 

 

ラモーヌ「おまけに肝心のレースは他の選手も同じ状態。だから力関係が大きく覆ることは無い。人々の間でプロのレースは熱狂的なスポーツではなく、余興としか扱われないのよ」

 

 

タキオン「ら、ラモーヌくん?私も一応その道を行こうとしてるんだよ?ぐ、愚痴を聞かせる相手は選んだ方が.........」

 

 

ラモーヌ「最終的には新しくプロの子が入ってくるのを待っているだけの自分に嫌気が差してきたわ。こんな事だったら私も生徒会長になってルドルフの様に.........」

 

 

タキオン「ストップ!!! スタァァァっプ!!!」

 

 

 あ、危ない所だった.........!危うく私が唯一尊敬する生徒会長にまで飛び火するところだった.........!

 し、しかしその実態を改めて聞けば彼女の言う事も核心を突いている。実際人々の話題になるのはプロリーグやドリームトロフィーリーグでは無く、学生達が走る[トゥインクルシリーズ]だ。その理由は単純明白で、選手達は基本、走る事以外をする必要性がほとんど無い。

 

 

 だがプロになればスポンサーが着き、その企業の宣伝をしたり、或いはその企業に命令された事をしなければならない。ラモーヌくんはきっとその部分に目を向けられなかったのだろう。きっとプロになれば、学園では味わえなかったレースがあるかも知れないと思って.........

 

 

ラモーヌ「だから始めたの」

 

 

タキオン「な、何をだい.........?」

 

 

ラモーヌ「後進育成」

 

 

タキオン「あ、あぁ〜.........」

 

 

ラモーヌ「ルドルフは裏方でそれをしているけれど、私は前に立ってそれをする。きっと近い将来。私と競って、私に勝つウマ娘が現れる.........」

 

 

 .........今、彼女は自分がどんな顔をしているか分かっているのだろうか?私の目の前に居る彼女は、その光景を想像し嬉しそうな顔をしている。余程白熱したレースに飢えている様だ。

 

 

タキオン「.........ん?もしやそれがマックイーンくんだとでも言うのかい?」

 

 

ラモーヌ「そうかもしれないわね。今のあの子はどう頑張っても私には勝てないけれど.........」

 

 

ラモーヌ「.........あの子の[誇り]がなんの為にあるのか、理解出来なければ。その未来は決して訪れないわ」

 

 

 [誇り]がなんの為にあるのか。その言葉を聞いても、私は何も思い当たらなかった。言葉の意味すら、理解は出来ない。

 だが、彼女はわかっていてそれを言っている。マックイーンくんの[メジロとしての誇り]が、本来どのようにあるべきなのかを.........

 

 

 その意味を、真意を聞こうとした時、彼女は既にドアノブに手をかけていた。マイペースな彼女の事だ。今引き止めた所でその真意を語ってくれる事は無いだろう。

 

 

 そう思っていたが.........

 

 

ラモーヌ「貴女にも期待しているのよ?[超光速の貴公子]さん?」

 

 

タキオン「!」

 

 

ラモーヌ「その[脚]を克服したら、どれほど速くなるのかしら?」

 

 

ラモーヌ「.........最も、勝つのは私でしょうけど」

 

 

タキオン「っ、噂も案外、宛になるものだね.........!」

 

 

 不敵な笑みを私に向けた彼女はその後、流れる様に部屋を出ていった。残ったのはテーブルの上に並べられた薬品と、私だけ。

 心が熱い。こんな感覚になったのはいつ以来だろう。少なくとも、[菊花賞]の時には現れなかった。それ以前ならば、カフェがデビューした時だろうか?

 

 

タキオン(.........全く。私もまだまだだね)

 

 

 助けられた。と言っても良いだろう。彼女が焚き付けなかったら、この気持ちが再燃するのは一体いつになっていたことやら.........考えただけでもゾッとする。

 

 

 .........いつかあるやもしれない、[メジロラモーヌ]との対戦。恐ろしさと好奇心が二人乗りした心のまま、私はまた、この[脚]を克服する為の研究に没頭して行った.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「という訳で沖野さん。明日は俺マックイーンと夏祭り行くんで」

 

 

沖野「という訳でって.........唐突だな!!?」

 

 

 今日のトレーニング内容をまとめる為に、ミーティングを終えた俺と沖野さんは、二人で資料を整理していた。

 明日はどうするか。という話題になったため、先程マックイーンに夏祭りに誘われた事を切り出したという訳だ。

 

 

沖野「.........前は行かなかっただろ」

 

 

桜木「え?いやぁ。俺も若いもんなんでね」テヘ

 

 

沖野「へーへー、そうですかそうですか。そんな事にうつつを抜かして、後でラモーヌにドヤされても知らねぇぞ?」

 

 

桜木「うひぃ.........そこは沖野さんが何とか「なるか!!!」そう言わずに!!!スピカトレーナー!!!」

 

 

 俺の泣き付く姿も最早板について来たのだろう。沖野さんは軽くあしらう様に俺が絡めた腕をふいっと払った。いけずな人.........!

 と、心の中でふざけてみたものの、沖野さんの表情はどこか複雑と言うか、真剣そうな表情だった。しかもその顔は俺に向けられている。一体、どうしたのだろう?

 

 

沖野「お前、スピカに入る時確か言ってたよな?」

 

 

桜木「え?な、何を.........?」

 

 

沖野「三年。三年経ったら独立して、チーム[レグルス]を設立するって」

 

 

 .........アレ、そんな事言いましたっけ?やっべー.........多分それマックイーンとタキオン二人とも見れると思って深く考えずに発言しちまったパターンじゃねぇのか.........?

 いや、最初はそのつもりだったけど色々ありすぎてタイミング逃したとかそれ自体忘れたパターンもある.........

 

 

桜木「い、いやいや!三年って!考えて見てくださいよ沖野さん!!!三年目なんてマックイーンの一回目の天皇賞にテイオーの骨折!!!秋天の降着事件とかあってそんなの頭に残ってるとか薄情過ぎるじゃ無いですか!!?」

 

 

沖野「んん、まぁそうだな。三年目は確かに色々あったからなぁ」

 

 

桜木「で、でしょう?だから「で?」で!!?」

 

 

沖野「お前はいつ、[独り立ち]するんだ?」

 

 

 俺とは正反対の真剣な表情で、沖野さんは静かに問い掛けてくる。それに釣られて俺の慌てふためいた顔も、静かに冷静に、真剣に変わって行く。

 .........[独り立ち]。そんないつかが来る。なんて考えても居なかった。こんな日々がずっと続くと思っていた。マックイーン達が居て、その隣にテイオー達が居て、そして俺達の前では沖野さんが歩いてくれている。そんな安心感を、いつまでも享受出来ると勝手に思い込んでいた。

 

 

 けれどそれは、残酷な話ではあるが、[停滞]に過ぎないんだ。

 

 

桜木「.........正直、今の俺でもチームをまとめられる自信があるかと言われたら、答えられません」

 

 

沖野「.........」

 

 

桜木「でも、今言われて決めました.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「[URAファイナルズ]で、俺の担当が一人でも優勝したら.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺達は、チーム[スピカ]を辞めます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 [URAファイナルズ]。全ての距離。全てのコース。全ての適正バ場で行われる前代未聞の大レース。そんな中で優勝するという事は、もちろん簡単な事じゃない。

 だからこそ、そこで一人でも優勝する事が出来たなら、俺にも力が着いてきたという証明になる。それを一つの指標に、俺は覚悟を決めた。

 

 

 チーム[スピカ]と、決別する覚悟を.........

 

 

沖野「.........言ったな?もう取り消しは出来ないぞ?」

 

 

桜木「.........辞めてください。揺らぎます」

 

 

沖野「.........くふっ、お前。そこは堂々と望むところですって言う所だろ!」

 

 

 あ、危ない所だった。何とかやっぱ無しでという言葉を頬をふくらませて抑え込むことに成功した。そして沖野さんはそんな俺を見て、笑いながら背中を叩いてくる。

 

 

沖野「まぁなんだ。お前ももうベテラントレーナーだし、いつまでもサブトレーナーって訳にも行かねぇだろ?」

 

 

沖野「お前の気持ちが知りたかったんだよ。悪かったな、試すような事して」

 

 

桜木「いや、マジで俺を追い出す気満々に聞こえたんすけど?」

 

 

沖野「.........」

 

 

桜木「その沈黙何!!?怖っ!!!」

 

 

 静かに目線を横にすーっとずらしていく沖野さんに思わずツッコミを入れる。なんて薄情な人なんだ。俺はこんなにも既に寂しさを感じているというのに。

 けれど彼は直ぐに冗談だと言ってケラケラと笑ってくれた。俺も彼のように気負うことなくチームを引っ張る事が出来るようになりたい.........

 そう思っては見るものの、それが出来るようになるまであと何年。果たしてマックイーン達がトレセン学園を卒業するまでにそこまで至れるのかを考え、溜息をついたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「.........」

 

 

ラモーヌ「マックイーン。着付けは終わったわ」

 

 

 トレーナーさんに夏祭りへデートに行くという約束を取り付けてはや一日。ミーティングから今の今まで上の空でしたが、ここに来てようやく意識が登ってきました。

 昨日いつ寝たのかも分かりませんし、今日のトレーニングだって並走相手をしてくださったお姉様に苦言を呈されてしまい.........本当に申し訳ない気持ちでいっぱいです。

 

 

マック「.........その、お姉様。本日は本当に.........」

 

 

ラモーヌ「良いのよ。楽しんで来なさい」

 

 

マック「.........はい」

 

 

 私の肩に手を置き、三面鏡の前の椅子に私を座らせながらお姉様はそう言ってくださいました。

 そして、着付けが終わった後も櫛を手に持ち、私の髪を丁寧にとかしてくださいました。

 

 

マック「.........あの、お姉様はどうしてここまでしてくれるのですか?」

 

 

ラモーヌ「どうして?」

 

 

マック「あ、いえ。その.........」

 

 

ラモーヌ「.........ふふ、良いのよマックイーン。昔のように、何も気にせず言ってみなさい?」

 

 

マック「.........お姉様はトレセン学園に入ると決めた時から、その。変わってしまいましたから.........」

 

 

 胸の内にあったお姉様に対して抱いていた確かな違和感。それを今初めて言葉に形成し、お姉様本人にぶつけました。

 お姉様は変わりました。その脚が速さを帯びていく毎に、その脚が強くなっていく毎に、無意識にレース以外に見出していた意識を、レースだけに注ぎ始めたのです。

 ですが昔から、集中し始めたら周りが見えなくなる人でしたから、私を含めたメジロ家全員に不安はありませんでした。きっとレースが出来るのならば遅かれ早かれこうなっていただろうと。

 しかし、その集中力。いえ、[執着]と言った方が正しいかもしれません。レースをしている時もそうではない時も、お姉様はレースに一筋で、他の事はあまり頭には入って居ない事が多々ありました。

 .........ですから、そんなお姉様がレースとは程遠い、色恋沙汰。しかもご自身のでは無く、私の問題に向き合ってくれる等とは到底思えなかったのです。

 

 

 そんな私の胸中を知ってか知らずか、お姉様はそれを見透かした様に笑いました。

 

 

ラモーヌ「ふふ、私から見れば貴女の方が変わった様に見えるわ。マックイーン?」

 

 

マック「え?」

 

 

ラモーヌ「だって.........ふふ、貴女。昔私に話してくれた理想のトレーナーとは似ても似つかないじゃない.........うふふ」

 

 

マック「なっ!!?」

 

 

 お姉様は言いながら堪えられないと言うように、笑い声を漏らし、肩を震わせながら答えました。

 そのお姉様の言葉に、幼き日の記憶が蘇ります。確か、あの時お姉様に語った理想は.........

 

 

『あのね!わたしのとれーなーさんはね!』

 

 

『かみがきんいろでね!かおもやさしくてね!おようふくはおうじさまみたいでね!』

 

 

『おはなしするときはけいごでね!とってもつよくてね!うまむすめよりはやいの!!』

 

 

ラモーヌ「ふふ、ふふふ.........」

 

 

マック「わ、忘れてください!!!大体居る訳無いでしょうウマ娘より速い男性なんて!!!」

 

 

ラモーヌ「.........」

 

 

マック「.........はっ!ご、ごめんなさい!」

 

 

 あまりの恥ずかしさに思わず素で喋ってしまいました。そんな事をしてしまえばメジロ家として相応しくないと叱られてしまう。

 .........しかし、いつまでもお姉様からのお叱りは一切無く、代わりに先程までの漏れ出る様な笑いでは無く、優しい微笑を零しました。

 

 

マック「お、お姉様.........?」

 

 

ラモーヌ「マックイーン。貴女の[全盛期]はいつか、自分で分かる?」

 

 

マック「へ?ぜ、全盛期ですか?それは勿論。一年前の[京都大賞典]に.........」

 

 

ラモーヌ「違うわ」

 

 

 きっぱりと。お姉様は私が出した回答を即座に否定しました。しかし、これは紛れも無い事実なんです。身体的強さ。スピードの乗り方から考えればあの時が一番強い[メジロマックイーン]だったのです。

 けれどお姉様はそれをはっきりと否定しました。まるで答えが分かり切っているかのように。自分の事では無いのに、私の事を私以上に知り尽くしているのではという錯覚に陥ります。

 

 

マック「で、では二度目の天皇賞「違う」そ、それでは最初の「大外れ」.........〜〜〜!!!お姉様はいじわるですわ!!!正解はなんなんですの!!?」

 

 

ラモーヌ「私から言えるのは、[トレセン学園入学前]という事よ」

 

 

マック「.........えぇ!!?」

 

 

 予想もしていなかった答えがお姉様から導き出されました。トレセン学園入学前。つまり、本格的なトレーニングをする前に、私は既に全盛期を迎え、そして過ぎてしまっていると言うのです。

 それではもう、どんなに頑張っても遅いはず。それでもお姉様は、まるでそれを[取り戻す方法]を知っている様な顔で、私の髪をとかし続けました。

 

 

ラモーヌ「良い?[誇り]という物は確かに、上に立つ者には必要な物よ」

 

 

ラモーヌ「.........けれど、私達は[誇り]を胸に走っている」

 

 

ラモーヌ「今までの[貴女]は、どうだったかしら?」

 

 

マック「―――!」

 

 

 心を見透かす様に目を細めて、お姉様は鏡に映る私の表情を見つめました。それに思わず、自分の目を背けてしまいます。

 .........[誇り]。他のメジロのウマ娘に存在して、私には[無かった物]。その名に[メジロ]を冠すれど、幼き頃の私はその名の意味を知る必要は、無かったのです。

 

 

 お爺様がお亡くなりになるまで、私は一般家庭の方々と同じように育ちました。三歳程までの期間でしたが、それでもその差が、他のメジロの方々との意識の違いになってしまったのです。

 

 

 遠くからでも。もちろん、近くに居ても感じる[オーラ]。気品や佇まい。立ち振る舞いや言葉の節々に感じる上品さ。全てに私には無い何かを感じさせる。

 成長していくにつれ、自分に無い物の格差を思い知らされ、気が付けば言葉遣いを変え、立ち振る舞いを変え、思考を変え.........いつしか、自分を[メジロ家]の[メジロマックイーン]として立たせるようになっていました。

 

 

 そして、そんな醜い自尊心がお姉様には見えたのでしょう。私のレースが、[誇りを示す為の物]だと、感じたのでしょう.........

 

 

 それに今ようやく気付いた私は、お姉様に懺悔をしようと涙を堪え、顔を上げました。

 しかし、お姉様は予想に反してまたもや、慈悲深い笑みを浮かべて居たのです。

 

 

ラモーヌ「.........最初に貴女のトレーナーに会った時、こんな人間に貴女を任せておいて大丈夫かと思ったのよ」

 

 

マック「.........」

 

 

ラモーヌ「でもね?本家を出て行く時に彼、なんて言ったと思う?」

 

 

マック「な、なんと.........?」

 

 

ラモーヌ「.........[貴女に会わないと死んでしまう]って、そんな月並みな台詞を、彼は本気で言ったのよ」

 

 

ラモーヌ「だから。貴女がまた[全盛期]を取り戻せるって、そう思えたの」

 

 

 .........そういえば、彼が帰ってきた時聞いていました。あの時はふざけて言ったものだと思っていましたが、本当にそんな事を言っていただなんて.........恥ずかしいものです。

 けれど、お姉様はそんな私の様子を見た後、目を伏せて櫛を三面鏡の台の上へと戻しました。

 

 

ラモーヌ「貴女が力を取り戻した時。その時は本気のレースをしましょう?」

 

 

ラモーヌ「もしお互いが全力でぶつかったら.........一体どちらが勝つでしょうね?」

 

 

マック「.........ふふ、お姉様相手でも、手加減は致しませんわよ?」

 

 

ラモーヌ「あら、随分自信家なのね」

 

 

 心が軽くなりました。まるで翼が生えたかのように。今ここに居るのは、以前までの関係だった私とお姉様です。

 もう、私を映す鏡に目を背けません。今の私が[全盛期]では無いのなら、それに向かって.........いえ、それを[超える]為に研鑽を積むのみです。

 そんな私の様子を見て、お姉様は安心した様に微笑んでくれました。そして身支度の終わりを告げるように、私の肩を両手でポンっと叩き、その場から離れました。

 

 

マック「ありがとうございます。お姉様」

 

 

ラモーヌ「似合ってるわマックイーン。流石自慢の妹ね」

 

 

マック「!ふふ、お姉様の背中をずっと追いかけて居ましたもの。私だけでなく、他のメジロのウマ娘達も」

 

 

 私の言葉に応えるように、お姉様はその微笑みに更に慈悲深さを付け足して、部屋を後にしました。

 残ったのは私だけ。約束の時間まで少しありますから、お化粧の乗りを確認しておきましょう。

 

 

『中々似合ってるわね。素敵よ』

 

 

マック「!そ、そう.........?」

 

 

 注意深く鏡を凝視していると、不意にその鏡の端に自分と瓜二つの存在が浮かび上がってきました。正直心臓に悪いです。

 ですが、彼女も私の姿を見て褒めて下さいました。お姉様と彼女にも褒められたのです。格好に関しては心配する必要は無いでしょう。

 

 

『でも私からすればまだまだ地味すぎるわね』

 

 

マック「え?」

 

 

『そうねぇ。もっとこう。鎖とか首に巻いてみたらどう?目立つわよ?』

 

 

マック「.........センスゼロね」

 

 

『はァ!!?』

 

 

 心外だ。そういう様に彼女はその表情に怒りを乗せて私に楯突いて来ましたが、鎖を巻いてみろという発言を聞いた瞬間からこの人のアドバイスはなんの身にもならない事が発覚しました。事ファッションに関しては。

 私は彼女の威嚇に気圧される事無く、三面鏡の引き出しを開け、中からヘアゴムを一つ取り出し、髪を結び始めました。

 

 

マック「分からないならファッション誌でも見なさい。誰もそんなの付けてないから」

 

 

『分からない.........分からないわ.........そんな格好ただでさえ走り辛いのに.........人間って何でわざわざ.........』

 

 

マック(.........普通の事だと思うのだけれど、まさかウマソウルって皆こうなのかしら.........?そもそも、人間なの.........?)

 

 

 ブツブツと考え事に耽っている彼女を後目に、私はそっとその場から移動し、音を立てずに扉を開けます。彼女はまだ、私がそこから居なくなった事に気付いていません。

 

 

 .........これで邪魔者は誰一人居ません。彼と二人きり。絶好のチャンスタイムを作り出すことに成功しました。

 手に持ったポシェットの中身を整理しつつ、私は覚悟を胸に、合宿所としている別荘の廊下を歩きます。

 

 

マック(.........不安は沢山ある。けれど)

 

 

マック(何だか.........とっても楽しみだわ)

 

 

 今日これから、私と彼は二人きり。そう考えただけで胸は張り裂けそうなほど苦しい筈なのに、それと同じくらい、ワクワクがあります。

 それが少し表情に現れて、不意に頬が緩んでしまいますが、勝負はこれからなんです。油断をしては行けません。

 

 

 .........けれど、やっぱり.........

 

 

 彼との時間を過ごせると思えると、とても気分が良い事は、間違いありませんでした.........

 

 

 

 

 

......To be continued



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マックイーン「私とトレーナーさんと夏祭り」(前編)

 

 

 

 

 

 真夏のピークが過ぎた。と世間では言われている。テレビの天気予報やSNSでも、既に熱帯夜の季節は今年はもう来ないだろうと予測されている。

 けれど、ここに一人、暑さに浮かされた心を持つ奴がいる。

 

 

桜木「.........」

 

 

 それは俺。桜木 玲皇だ。夏祭りに行こうとマックイーンに誘われた俺は、二人で決めた待ち合わせ場所に先に着いて居た。時間で言うなら30分ほど早く。

 こういう時遅れるのはナンセンスだと思うが、今更になって早すぎても辛いだけだし、何より彼女を申し訳なくさせてしまう。今度からはもっと5分。いや、10分.........うん。20分前くらいにしとこう。

 そう思いながら何度も何度も腕時計を確認している。約束の時間はまだ来ていない。時計の針は等間隔に動いていると言うのに、やけに不規則気味に動いているように錯覚してしまう。

 

 

桜木(.........そういえば、純粋な気持ちで誰かとどっか行くのって、去年のハロウィンから無かったな)

 

 

 彼女の一件以来、こうして純粋に遊びに行くという事は無かった。あったとしても、気が滅入っているのを自覚、或いは察しさせてしまって誘われる事は多々あった。

 だからこうして、気分の良い状態から始まる事はここ一年間。無かったんだ。

 

 

 真夏のピークは過ぎた。本州の夏は道民だった俺にとっては地獄以外の何者でも無かったが、それでも夏は、俺に決して小さくない物を与えてくれている。

 そんな夏が終わりを告げる。何事にも終わりはある。流行っているもの。自分がハマっているもの。今日という日。注文した食事。

 そして.........

 

 

 .........そして

 

 

桜木「.........!」

 

 

 下がっていた視線が上がる。何か気になる物があった訳じゃない。ただ自然に、何となく顔を上げただけだった。

 そんな視界には、夏祭りへと向かう人混み。右へ左へを行き来する人達で埋め尽くされている中、その隙間から[藍色]を基調とした[花柄の浴衣]が目に入ってきた。

 

 

 心臓が熱い。急に血管の中を無理やり通るように循環量を増やしていくそれに戸惑いを覚えつつも、それも仕方ない事だと思い、平静を装って身体を黙そうとする。

 

 

 人混みの中をするりと抜けて行く。一直線にその方向に歩いてみたけど、何だか人達が俺を避けているみたいで、本当に存在しているのかすら分からなかった。

 

 

桜木「.........さっきぶり」

 

 

マック「.........はい」

 

 

 人混みを抜けて、その浴衣の女の子。俺を夏祭りに誘ってくれたマックイーンに出会う。世界にはもう俺と彼女だけで、他は何もありはしない。そんな錯覚に陥るくらい、俺の心と思考は全て彼女に注がれていた。

 彼女はその表情を少し和らげ、微笑んでくれる。その頬にはうっすらと紅色が乗っているのは.........多分、気の所為だろう。

 

 

桜木「えっと、似合ってるね」

 

 

マック「へ?」

 

 

桜木「その.........浴衣もそうなんだけど。髪型もさ。お昼の時と違って」

 

 

 彼女の姿をはっきり見えるようになって初めて気付く。今の彼女は夏合宿でいつもしているふわりとしたツインテールではなく、サラリと髪を束ねているポニーテールになっている。

 昼の時にいつも見ている子供らしさからのギャップ。彼女の大人っぽい一面を目の当たりにして、心臓がまた大きく動き出している。

 そんな自分にまだまだ子供だと自嘲した。

 

 

 しかし彼女は俺の言葉を聞いてから視線を泳がせ、終いには俯いてしまう。少しの沈黙が流れていたたまれなくなった俺は、つい先を急いでしまった。

 

 

桜木「じ、じゃあ行こっか!」

 

 

マック「!は、はい」

 

 

 こうして、俺とマックイーンとの二回目の夏祭りが幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 .........そしてこれが、今の俺とマックイーンにとって、最後の一日になった.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「.........」

 

 

桜木「.........」

 

 

 雑踏が混み合う夏祭り。屋台から流れる美味しそうな匂いにすら気を配れず、私はただトレーナーさんの三歩後ろを歩いていました。

 それだけで心臓が壊れそうで、今にも身体が暴れ出しそうな程に感情が昂っているのが良く分かります。彼の背中を見ているだけで、私は.........

 

 

桜木「.........ねぇ」

 

 

マック「!な、なんですか!!?」

 

 

桜木「い、いや。なんで隣に来ないのかなって.........」

 

 

 そんな中、突然彼は立ち止まり、私の方を振り返りました。そんな事を予想出来るほど余裕がありませんでしたから、つい驚いてしまいました。

 しかし、日本の文化では女性は三歩後ろを歩くという物があります。私、今日は覚悟をして来ていますから、こう言った行動で自分を律しているのです。

 

 

 .........まぁ、本当の所を言えば隣を歩く度胸が無かったのですが.........

 

 

マック「コホン。に、日本には古来から女性は三歩後ろを歩く事で男性を立てる習慣があったそうです。ですから私もそれに習って.........」

 

 

桜木「え?いやいや。俺そんな出来た人間じゃないよ?前を歩くんだったらやっぱりマックイーンだよ」

 

 

マック「いいえ。これだけは譲れません」

 

 

桜木「なんでさ?今まで隣に居てくれたじゃない」

 

 

 うぐ.........中々痛い所を突いてきます.........この人は本当、こういう所で鋭い事を言ってくるんですから卑怯です。悪い人です。極悪人です。

 どうしよう。そう手をこまねいていると、彼はその私の手を文字通り優しく掴んできました。

 

 

マック「っ.........ぁ」

 

 

桜木「隣に居てよ。俺寂しがり屋なの、知ってるでしょ?」

 

 

マック「.........はい///」

 

 

 .........彼は、分かってやっているのでしょうか?今ご自身がどれだけ大胆な事をしているのか.........と言っても、思った事をすぐ行動に移す人です。分かる事があったとしてもそれは今日この日を終える時で、自分の行動に悶えるのでしょう.........

 

 

 溜息を吐きながら、私は彼の隣に行きますという意思表示で、手を繋いだまま彼の側面まで来ました。それを見届けて彼は優しく掴んだ私の手を糸が解けるように離しました。

 

 

マック(.........今までは、名残惜しさを感じていたけれど)

 

 

マック(なんだか、暖かいまま.........)

 

 

 再び歩き始めた私と彼。視線を下げながらも彼の横顔を見ると、私の視線に気付いた彼が同じように視線を向けました。

 私は咄嗟に目線を下に逸らし、自我を保とうとします。けれど頭の中には彼の優しい表情とその目がフラッシュバックで焼き付いて.........

 

 

 .........ほっぺが焼け落ちそうな位、熱かったです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「ん〜♪屋台の食べ物ってどうしてこんなにも美味しく感じるのでしょう.........」

 

 

桜木「だね〜、焼き鳥。止まらないねぇ俺も〜」

 

 

 先程までの空気とは打って変わり、俺とマックイーンはようやくお祭りを楽しむくらいまでには余裕を取り戻す事が出来た。それもこれも、どこもかしこも美味そうな匂いを漂わせている屋台様様のお陰だ。

 俺は焼き鳥を頬張り、彼女はクレープを美味しそうに食べる。もちろん歩きながら。お祭りではそれが許される。

 

 

桜木「んくっ。あれ?そういえば今日はサンダルなんだね」

 

 

マック「ええ。前回の様なアクシデントはもうありませんわ」

 

 

桜木「そか。じゃあおぶる必要は無さそうだね」

 

 

マック「.........まぁその時は足を痛めたりサンダルを片方どこかに投げて.........」

 

 

桜木「そこまでする!!?」

 

 

 視線をズラしながら悪い事を考え、それを口にするマックイーン。それにツッコミを入れると冗談だと言ってくすりと彼女は笑った。

 これがきっと彼女の[素顔]なんだろう。こういうユーモアが溢れる一面を見れると言うのは中々役得なのでは無いだろうか?

 

 

マック「.........むぅ、ですがさっきのは魅力的な提案でしたわ。これならしっかり草履を履いてくれば.........」

 

 

桜木「あ、はは.........君が言ってくれたらその時はおぶってあげるから.........」

 

 

マック「あら。言わなきゃいけないんですの?」キョトン

 

 

桜木「そりゃお嬢様!小生もうら若きおのこですから!!?間違いは御座いますとも」

 

 

マック「.........くふっ、なんですかその喋り方.........うふふ!」

 

 

 俺の時代錯誤な喋り方がツボったのか、彼女はお腹を抱えて笑い始めた。その姿を見て、俺はどうしようもなく嬉しさが湧き出てしまう。

 ひとしきり笑い終えた彼女は目から少し溢れた涙を人差し指で拭い、俺の方に満面の笑みを向けてくれた。

 

 

マック「その時はちゃんと言いますから、背負ってくださいね?」

 

 

桜木「うん!」

 

 

マック「.........あっ待って。結構食べちゃったからもしかしたら.........」

 

 

桜木「?大丈夫!玲皇ちゃん力持ち!誰にも負けない!」

 

 

マック「!く、くふふ.........!」

 

 

 声を少し野太くしながら腕の筋肉を見せるように両腕をあげると、彼女はまたツボったらしく、先程より背中を丸めて笑い始めた。

 

 

マック「や、やめて.........」

 

 

桜木「マックイーンどうした?お腹痛い?おで、変な事言った?」

 

 

マック「やめて〜〜〜!」

 

 

 普段の言葉遣いすら忘れて彼女は俺に懇願する。これ以上は流石に怒られるかもしれないから、俺も自重して彼女の笑いが収まるまで待つ。

 暫くして彼女は喉を鳴らしながら呼吸を整え、呆れた様に俺の事を見てきた。

 

 

 けれどその表情はやっぱり、どことなく嬉しそうではあった.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 美味なる食事。美味なる甘味。そして興味深い催しの数々。両手に持っている物は行く先々で気になった物を片っ端から買った産物だ。

 そのうちの一本であるイカ焼きを頬張りながら、私は彼がコンビニから帰ってくるのを待っていた。

 

 

黒津木「ごめーんタキオン!結構下ろして来たからこれで安心だ!」

 

 

タキオン「遅いぞ黒津木くん!君が誘って君がお金を出すと言ってくれたんだ!そういう事は前々から準備しておくべきだと思うが?」

 

 

 彼の浅はかさに苦言を呈すと、彼はそれを受け取りながらもどこか嬉しそうにしている。全く、どこの世界に怒られて嬉しくなる人間が居るというのだ?

 .........とは言っては居るものの、私自身は彼の資金に頼るのは若干忍びないとは思っている。私が一銭も払わないのは研究費抽出の為ではあるが、今日は彼からの誘いもあったからだ。

 

 

黒津木「そういや薬の方はどう?順調?」

 

 

タキオン「ああ!この合宿で見落としていた部分がようやく見つかったんだよ!」

 

 

タキオン「ウララくんのあの頑丈さ。少し気になって少々皮膚片や血液を採取してしてみたが、特殊なウマムスコンドリアが微量に混ざっていてね」

 

 

タキオン「従来のそれより肉体に頑丈性を持たせるような働きを.........ん?」

 

 

黒津木「?」

 

 

 彼の問いかけに対し答えていると、不意に視界の端に見知った顔が横切ったのに気が付いた。私はそれを確認するべく目を凝らしてみると、やはりそれはトレーナーくんとマックイーンくんであった。

 

 

黒津木「おっ、アイツらも来てたのか」

 

 

タキオン「ふぅン.........」

 

 

黒津木「どうする?後でもつける?」

 

 

 親指で彼女らを指さす黒津木くん。今までだったらそれにすかさず同意してその後を追っていただろう。

 だが生憎、私も久しぶりのデートだ。彼と彼女の揺れ動く様を見るのも良いが、今は自分と彼との時間を大切にしたい。

 

 

タキオン「いいや。放っておこう。追い掛けたいのは山々だが少々手持ちの物が多すぎる」

 

 

黒津木「あ〜、匂いでバレちゃうかもな」

 

 

タキオン「それにあの二人の事だ。どうせ何も進展しやしないさ」

 

 

黒津木「かはは!そりゃそうだな!」

 

 

 全く。お互いがお互いに好意を持って一体どれほど経つと言うのだろう。その癖してその間の距離は全くと言っていいほど縮まらない。ゴールドシップくんではないが、尺稼ぎの様なラブコメにはもうウンザリしているんだ。

 私は溜息を吐きながら残っているイカ焼きにかぶりつき、彼女達を視界から追い出すように別の方向を向いた。

 

 

タキオン「さぁ黒津木くん。次はわたあめでも買いに行こうか」

 

 

黒津木「うっす!ご馳走しまっす!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「おっ、何か中心っぽい所に来たね」

 

 

マック「そうですわね。屋台の道程も混み合っていましたが、ここはまた一段と.........」

 

 

 食べ歩きを満喫していた俺達は少し胃を休める為、ひとまずチラホラと通行人の人達から聞いていたイベントの会場へと足を運んでいた。

 先程の物とはレベルが違う。正にごった返していると言っても差支えが無い程に人が居る。レース会場で慣れているつもりではあったけど.........どうやらそれ以外の場所での耐性は余り着いていないらしい。

 

 

桜木「ここまで来ると、はぐれちゃいそうだな.........」

 

 

マック「.........手、繋ぎますか?」

 

 

桜木「え?いや、うん.........マックイーンが、良い。なら.........」

 

 

 お互いの視線を合わせ、逸らし、感情が昂っていく。何をしているんだろう。手なんてさっき勢いで繋いだじゃないか。そうしたら今度だって繋げるはずだろう?

 .........けれど、そうしては行けないと言う自分が確かに居る。今この時だけは、そうしては行けない。[勢い]なんかじゃない。自分の本心で手を伸ばさなくちゃ行けない。そんな気持ちが、溢れ出している。

 

 

 だから、自分の気持ちを言葉で伝える容量で手を伸ばした。この手が俺の言葉であり、意思である。それを俺自身にもしっかりと分かるように、彼女の手へと伸ばして行く。

 

 

 そして―――

 

 

桜木「.........うおっ!!?」

 

 

マック「へ!!?ひゃ.........!!?」

 

 

 その手が彼女の手に触れるであろうその間際。俺の身体は後ろから来た何かが膝の裏に強く当たった事によって前のめりになって倒れかけた。

 驚いた彼女は咄嗟に俺を支えるべく前へと来てくれたが、それが仇になった。今俺の顔は.........

 

 

桜木「.........」

 

 

マック「.........」

 

 

桜木「.........ご、ごめん」

 

 

マック「.........分かりましたから、早く離れてくださいましっ///」

 

 

 地面に激突。最悪のシナリオである彼女を下敷きにするという結末は避けられた。代わりに俺の顔は、その.........言い難い事ではあるが、彼女の胸へと吸い込まれて行った。

 .........いやいや。そんな小説の一人称みたいな冷静さを発揮する場面じゃない!!!俺は今女の子の!!!しかも自分が好きな子の胸に顔を埋めてしまってるんだ!!!早く離れろボケ!!!

 

 

 彼女の肩を掴み、お互いのバランスが崩れないようにしつつ顔を上げる。多分火が出るほど顔が赤くなってはいるが、それでは格好が付かない。何とか無表情にしてその楽園から顔を上げた。

 

 

「ご、ごめんなさい!」

 

 

桜木「っ!良いの良いの!それよりケガとかなかっ.........た.........?」

 

 

 背後から子供の声が聞こえて来た。恐らく俺の足にぶつかって来た子だろう。心配を掛けるわけには行かない。俺は平静を装ってその子の方へと振り返った。

 そしてその姿を見た時に驚いた。目の前に居る子供は二人。だけど、その子達は明らかに顔見知りの.........

 

 

マック「き、キタサンブラックさんに、サトノダイヤモンドさん.........!!?」

 

 

キタ「!お兄さんにマックイーンさん!!?」

 

 

ダイヤ「な、なんでお二人が.........!!?」

 

 

 四人分の驚いた表情が生まれる。しかし、彼女達のセリフは俺達の物でもある。ここは府中からも結構遠い場所だ。なんでそんな場所にこの子達が.........

 それを口に出そうとした時、その答えになりそうな物がマイクのエコーで響く歌声から察する事が出来た。確かこの声は.........感謝祭で聞いたキタちゃんのおじいちゃんの声.........

 

 

桜木「もしかして、おじいちゃんのお仕事で付いてきてたの?」

 

 

キタ「はいっ!おっきなお祭りでお歌を歌うから!私とダイヤちゃんを誘ってくれたんです!」

 

 

桜木「そっか。所で二人だけかい?お父さんとか、付き添いの人とかは.........」

 

 

ダイヤ「そ、それが.........」

 

 

 いくら小学校高学年のウマ娘と言えど、土地勘も無い場所を大人がほっぽって置く訳が無い。彼女達にそれを聞くと、やはり言い難そうに顔を見合せていた。大方道に迷い、はぐれてしまったのだろう。

 そう推察した俺はポケットから電話を取り出し、キタちゃんのお父さんへと連絡を試みた。

 

 

桜木「もしもし〜、桜木 玲皇です〜。キタちゃんのお父さんですか?」

 

 

「え?さ、桜木さん!!?」

 

 

桜木「実は今キタちゃん達をこちらで見つけましたので、安心してください〜」

 

 

「本当ですか!!?ありがとうございます!!」

 

 

桜木「はい。本人達も反省しているみたいですし、優しくしてあげてください〜」

 

 

 キタちゃん達は無事こちらで見つけた事を彼女のお父さんに伝える。あちらもキタちゃん達を探していたらしく、電話に出た最初こそ焦った声を隠せないでいたものの、無事を知ってからは安心して行った。

 そして少し話をしてみると、どうやらお父さんにもやる事があるらしく、少しの間二人を見て欲しいと提案をされた。俺に断る理由は無いが、少しだけマックイーンの方をちらりと見ると、彼女は久しぶりの再会に嬉しそうにしていた。

 

 

 それを見た俺はお父さんの提案を承諾し、集合場所と時間を設定してから通話を切る。電話は昔から苦手ではあるが、前職のお陰でスキル自体は持っている。やっていて良かった。営業。

 

 

桜木「ふぅ。という訳で、二人とちょっと周りを散策しようって事で落ち着いたんだけど、大丈夫?」

 

 

キタ「え!!?い、良いんですか.........?」

 

 

マック「ええ。構いませんわ」

 

 

ダイヤ「ま、マックイーンさんとお兄さんとで夏祭り.........ゆ、夢みたいです!」

 

 

 二人の喜んでいる姿を見て、マックイーンは俺の方に視線を合わせてニコりと微笑む。どうやらお互い、考えている事は一緒らしい。

 そうと決まれば話は早い。お生憎だが俺は花より団子な男なもので、イベント事よりかは食い物の方が嬉しい。胃も適度に休まってきた事だし、この場から移動しよう。

 

 

桜木「うっし!んじゃ皆でお祭りを楽しもうか!」

 

 

三人「はいっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二人「〜〜〜♪」

 

 

 わたあめを片手に上機嫌そうな顔を見せてくれるキタちゃんとダイヤちゃん。その子達の手を俺とマックイーンがはぐれないように握っている。

 そういえば、こんな小さい子の面倒を見るのはいつぶりだろう?最近ではルビィちゃんがいるが、彼女は思った以上に利発的で手が掛からない。思春期を終えた妹と触れている感覚すら感じるほど大人びている。

 純粋な子供がそばに居たのは.........妹が小さい頃。それこそ十代前位にまで遡るだろう。

 

 

桜木「.........懐かしいなぁ。夏祭りの時はいつもこうして手を繋いでやったっけ」

 

 

マック「?.........ああ、妹さんの」

 

 

桜木「そうそう。やんちゃ盛りでさ。寝るまでは本当に落ち着けないくらい」

 

 

マック「ふふ、羨ましいです。メジロ家では私が末っ子ですから.........」

 

 

 くすりと笑いながらも、どこか羨ましそうな目で彼女は俺を見てくる。とは言っても今の彼女はとても様になっていて、しっかりと姉らしさが出ていると思う。

 まるでお姉さんみたいだ。とフォローを入れようと口を開いたが、それはキタちゃんの言葉で遮られた。

 

 

キタ「なんだかお父さんとお母さんみたいですね!」

 

 

二人「へ?」

 

 

ダイヤ「あ!確かにそうかもー!」

 

 

キタ「マックイーンさんとお兄さんって結婚するんですか?」

 

 

 屈託の無い表情で、キラキラとした目でその質問を投げかけてくる。ダイヤちゃんの方も同じような顔だ。女の子と言うのはいつの年代でも恋バナというのが大好物らしい。

 果たしてどうしたものか。からかわれるのは普段からやられていて慣れてはいるが、こうしてストレートど直球なのは新鮮だ。ここは何とか濁して.........

 

 

マック「.........」

 

 

桜木「.........え?マックイーン?」

 

 

マック「.........」

 

 

 ―――もしこの人と結婚したら、どんな日常を送れるのでしょう。その思考が頭の中で言葉として形成された時、私はその世界に浸ってしまいました。

 

 

 苦難を乗り越えてきた二人ですから、これから先も何とかなるはずです。

 

 

 周りの人も祝福を送ってくれるはずです。

 

 

 両親は私が説得してみせます。

 

 

 子供は二人.........いえ、三人でしょうか?

 

 

 この人が仕事をしやすい様に、府中に一軒家を建てて、そこで.........

 

 

マック「.........さぁ、どうでしょうね?」

 

 

二人「え?」

 

 

桜木「.........マックイーン?」

 

 

 そこまで考えて、急に怖くなってしまいました。その暮らしがどこまで続くのか。終わりはいつ、誰によって告げられるのか。分かりもしない結末に心を掴まれ、キュッと身動きを封じられてしまう。

 心配そうに様子を伺う彼から逃げる様に視線を逸らす。一体、私はいつからこんなに弱くなってしまったのでしょう.........

 

 

 そんな私の心境を察し、彼は私から視線を外しました。

 

 

桜木「おっ、射的屋さんがあるね」

 

 

キタ「!射的屋さん!!」

 

 

ダイヤ「バンッてする奴ですよね!!」

 

 

桜木「ちょっと見てみよっか!」

 

 

 彼女と達と同じように屈託の無い笑顔で彼がそう言うと、お二人の手を取って射的屋の方へと向かって行きます。

 普段は気の利かないと言いますか、少々鈍い所もありますが、こういう所の鋭さはやっぱり、ずるいという他ありません。本当、ずるい人です。

 

 

 暫く人混みの中を歩いてその場所へ行くと、そこは他の屋台よりも少し賑わっていました。

 

 

桜木「おー。なんか盛り上がってるなぁ」

 

 

マック「本当ですわね.........ん?」

 

 

「おいッ!!!あれ倒れねぇんだけどッッ!!!」

 

 

「良いから撃てよ!!!ここで食い止めねーとアタシのトウモロコシ畑が全滅して日本の食料自給率が-100%になっちまうぞ!!!」

 

 

ダイヤ「あの人ってもしかして.........!」

 

 

キタ「ゴールドシップさんだー!!!」

 

 

「ん?」

 

 

 キタサンブラックさんの声に反応して、私よりも白く染まった長い芦毛の髪のウマ娘がこちらへと振り返りました。

 赤いジャケットを着こなし、いつもの頭に着けている物を外した彼女は想定よりもずっと大人の様で、少し複雑な気分です。

 

 

 彼女が振り返ると、周りの方々も同じ様にこちらを見ました。一緒に射的を楽しんでいたのはやはり白銀さん。他にも司書である神威さん。カフェさんに、他のチームレグルス、スピカメンバー達が揃っていました。

 

 

ウララ「あー!!トレーナーとマックイーンちゃんだー!!」

 

 

桜木「変なメンツだなぁ。どうしたの翔也?んなムキになって」

 

 

神威「いや、最初はウララ達がやってたんだけどよ。あのでっけぇのが倒れなくてさ」

 

 

 司書さんがそう言って指し示したのが、的の所にある二つの巨大なぬいぐるみ。それがどれほど倒れないのか、ゴールドシップさんと白銀さんが試しにそこに向けておもちゃの鉄砲を撃ってくれました。

 同時に発射されたその弾はぬいぐるみに着弾し、大きくその身体を後ろへと倒れかけましたが、まるでダルマの様に元の位置へと 戻ります。 確かにこれは中々厳しいものがあります.........

 

 

 どうしたものでしょう。そう考えていると、ブラックさん達と戯れていたテイオーが何か思い付き、それをその勢いのまま口に出しました。

 

 

テイオー「そうだ!マックイーンとサブトレーナーがやればいいじゃん!♪」

 

 

二人「へ?」

 

 

 突然、ダイヤさん達と戯れていたテイオーがそう提案しました。そこでなぜ私達が出てくるのか疑問を抱きましたが、白銀さんとゴールドシップさんはそれを聞いて疑う余地すら見せずに、その鉄砲を私達に渡してきました。

 

 

桜木「ちょ、おい!!?」

 

 

白銀「それ後二発しか入ってねぇから。バッチリ決めろよ!」

 

 

マック「な!!?と、トレーナーさんはまだしも、私は余り経験が.........」

 

 

ゴルシ「そういう時こそ[奇跡]を超えるって言ってみるもんだぜマックイーン!!!ババっとやっちまいな!!!」

 

 

 お二人の期待の籠った目で迫られ、助けを求めようと視線を泳がせても、他のチームメイトやキタサンブラックさん達も同じ様な表情で、唯一違う顔を見せている司書さんとカフェさんも、呆れた様な顔をしていました。

 

 

カフェ「.........いつもこうやって囃し立ててるんですね。正直可哀想です」

 

 

神威「哀れまなくていいよ。アイツらがこうしてる間俺達は無事なんだから」

 

 

二人(この人(コイツ).........)

 

 

 まるで生け贄として扱われている様な感覚を覚えましたが、それは一旦置いておいて、今は射的に意識を向けましょう。

 仕方無くその鉄砲を手に持ち、やる気を上げてから改めてぬいぐるみの姿と打たれた挙動を思い返します。同時に当たっただけでは倒れない頑丈さ.........これは一体どう攻略すれば.........

 

 

桜木「.........マックイーン。ちょっと良い?」

 

 

マック「?なんですか?」

 

 

桜木「ちょっとどこ狙うか知りたいからさ。銃口をぬいぐるみに向けてくれない?撃つのはまだで良いから」

 

 

 彼の意図が掴めぬまま、私は手に持った鉄砲の先をぬいぐるみに向けました。それを彼は凝視し、撃たれた弾がどこに当たるかをしっかり見定めた後、私の後方に回ってきました。

 

 

マック「っ、と、トレーナーさん.........!!?」

 

 

桜木「マックイーン。[いっせーのーで]。で撃って欲しいんだ。出来る?」

 

 

マック「そ、それは.........出来ますけど.........」

 

 

 困惑している私の事など気にせず、彼は真剣にあのぬいぐるみを倒そうとしています。ですが私が言いたいのはそういう事ではなく、彼が後ろから密着して来ているという事です。

 私の背中からは、彼の身体の体温が伝わってきています。暑さによる物なのか気恥ずかしさによる物なのかも分からない汗が額から流れてきますが、私も煩悩を振り払い集中を始めました。

 

 

桜木「よーし。いっせーのーで―――」

 

 

マック「!」

 

 

 彼の掛け声に合わせて引き金を引きます。引き切るのと同時に射出音が[若干ズレて]響きました。

 驚く暇もなく一段目が着弾し、大きく仰け反った所にもう一度。今度は彼が撃った弾が当たり、ぬいぐるみはゆっくりと上体を後ろへと倒していき、最終的には台の上から落ちて行きました。

 

 

デジ「ふおおお!!!これがお二人の[一心同体力]と言う訳なのですね!!!」

 

 

桜木「それは関係無いかな.........」

 

 

ゴルシ「すげぇ!!!マジでどうやったんだよおっちゃん!!!」

 

 

桜木「あー.........創。[二重の極み]で説明してくれ」

 

 

神威「えぇ!!?いや理屈は分かっけど、マジでそれやろうとしてやったのかよ.........」

 

 

 その[二重の極み]がどういう原理の物なのか。一切説明を受けられないまま、私はトレーナーさんにもう一度催促され、もう一つのぬいぐるみも同じ要領で倒しました。

 その時聞き耳をたてていましたが、どうやら一点に同じ威力。同じ方向性に行く力をぶつける技。その原理を応用して彼はぬいぐるみを倒す計画を立てていたのです。

 

 

 弾が無くなったおもちゃの鉄砲を店主の方にお返しすると、先程倒した二つのぬいぐるみを渡して下さいました。

 

 

桜木「んで、これはウララとライスが欲しかったのか?」

 

 

ウララ「ううん!テイオーちゃんが欲しがってたんだー!!」

 

 

二人「え?」

 

 

 彼がウララさんに。私が ライスさんに大きなぬいぐるみを渡そうとすると、彼女達はそれを否定し、テイオーがそれを欲しがっていたことを明かしました。

 それに私達は少々驚きます。失礼ではありますが、彼女はこういうぬいぐるみを欲しがる様な人だとは思っていなかったのです。

 私達が彼女の方を見ると、やはり恥ずかしそうにそれを受け取りました。

 

 

テイオー「えへへ〜。ありがとね。マックイーン。サブトレーナー」

 

 

マック「ええ。それにしても、こういうぬいぐるみが好きだったんですの?」

 

 

テイオー「ううん?ボクがこれを欲しかった理由はね〜.........」

 

 

キタ「.........わわ!!?」

 

 

ダイヤ「え!!?て、テイオーさん.........!」

 

 

 大きな熊のぬいぐるみ。それを器用に二つ持っていたテイオーでしたが、その二つをブラックさんとダイヤさんの背中に背負わせました。

 突然の事でお二人はびっくりして、彼女の顔を見ました。その表情は最初こそ清々しいものでしたが、次第に優しい物に変わって行きました。

 

 

テイオー「.........ボクが復活出来たのは、皆のお陰なんだ。キタちゃんやダイヤちゃんが走って欲しいって言ってくれてたから。ボクはまだここに居られる」

 

 

テイオー「だから、いっぱいお返ししないとって思ったんだけど.........また二人に助けられちゃったね」

 

 

マック「テイオー.........」

 

 

 私達を見て悲しそうに笑う彼女。その姿が、彼に重なって見えてしまう。今の彼女は、一人で何でもやろうとする考え方になっているのが、手に取るように分かってしまいました。

 そんな彼女にどんな言葉をかけるべきか。それを考えている間に、トレーナーさんの方が先に口を開きました。

 

 

桜木「それは俺もそうだよ。お前が居なかったら、俺もここに居なかったかもしれない」

 

 

テイオー「え.........?」

 

 

桜木「お前が有馬記念で勝たなかったら。有馬記念に出走してなかったら.........俺も覚悟が決まらなくて、今でもマックイーンは車椅子の上だったかもしれない」

 

 

桜木「悔しかった。何も出来ない自分が.........それは、今でもそうだけど.........」

 

 

桜木「.........でも俺は、お前がマックイーンのライバルで良かったって。心の底から思ってるよ」

 

 

 悔しいと言う感情を振り払い、彼は最終的に満面の笑みでそう言い切りました。

 そして、その時思い出したのです。あの日の彼が流した涙が、他の人達が流している物と違って見えた事を.........

 私ですら知らなかった彼の内心。あの時どう思っていたのか。あの有馬記念の時、どういう涙を流したのか.........今になってようやく、理解する事が出来ました。

 

 

 それを聞いたテイオーはそれにどこか納得した様子で、元通りの明るさを取り戻しました。

 そして、また思い付いた勢いで口を開いたのです。

 

 

テイオー「そうだ!キタちゃん達の事はボク達が責任持って送ってくから!マックイーン達はデートを楽しんできなよ♪」

 

 

桜木「え!!?いや、流石にそれは.........」

 

 

テイオー「大丈夫大丈夫!ゴルシも居るし、社長も神威先生も居るしさ!」

 

 

マック「で、でも.........」

 

 

テイオー「ああもう!!!この後花火があるんだよ!!?二人で見に行けばいいじゃんっ!!!」

 

 

 彼女の提案に渋りを見せていると、それに痺れを切らした彼女は私の身体をくるりと反転させ、背中を強く突き飛ばしました。

 転びそうになったところを、先に体勢を整えた彼が支えてくれたお陰で回避する事が出来ました。

 一息付いてから振り返ると、皆さんが私達を安心させる様に笑顔を見せて下さいました。

 

 

マック「.........ど、どうしましょうか」

 

 

桜木「ま、まぁ.........皆ああ言ってるし、ここは甘えとこっか?」

 

 

ダイヤ「あ、あの!!」

 

 

二人「?」

 

 

 テイオーの提案に乗ることにした私達は視線を戻し、一歩踏み出そうとしたところでダイヤさんに呼び止められました。

 もう一度振り返り彼女の方を見ると、そこには少し下に俯き、何やら決心している様子を見せていました。

 

 

ダイヤ「わ、私とキタちゃん!!あと二年でトレセン学園にお受験しに行くんです!!」

 

 

桜木「え?そうなの?」

 

 

マック「そういえば、今は小学五年生だと聞いていましたわね」

 

 

ダイヤ「だ、だから!もしトレセン学園に入れたら.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私もチームに入れてくださいっっ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 勇気を出して、大きな声で彼女はそう言いました。まるで一世一代の想いを伝えるかのように、 彼女は顔を赤くし、目を潤ませてトレーナーさんの方を見ています。

 彼はその場では何も言わずに、その足をもう一度テイオー達の居る方へと赴かせ、やがてダイヤさんの前で目線を合わせる為に片膝を着きました。

 しかし、そこから彼は何も言わないまま、雑踏の音だけが耳に聞こえてきます。一体どうしたのでしょう.........?

 

 

桜木「.........えっと」

 

 

全員「.........?」

 

 

桜木「.........スカウトの時ってどう言うんだっけ.........?」

 

 

マック「.........はぁぁぁ」

 

 

 困った顔をして、彼は私に助けを乞いました。全くもう。格好付けるのならしっかり格好良くしてください。

 私は溜息を吐きながらも彼の隣へと近付きます。彼が申し訳なさそうにする姿を見て少々イラッときましたので、その頭を軽くはたきました。

 

 

桜木「あいた!!?」

 

 

マック「コホン。チームレグルスはいつだって、貴女を歓迎致しますわ」

 

 

ダイヤ「!そ、それって.........!!!」

 

 

桜木「うん。その時はよろしくって事」

 

 

 私にはたかれた所を撫でながら、彼はその言葉の意味を伝えました。その意味を受け取ったダイヤさんの表情はパーっと明るくなって行き、本当に宝石の様な輝きを放ち始めました。

 

 

 そして今度こそ、私達は彼女達と一時の別れを告げました。それぞれ歩く方向は正反対で、離れていく見知った足音に寂しさを感じつつも、胸の内側からはそれを見計らったかのようにまた、あの熱とも言える熱さが湧き上がってきました。

 

 

桜木「花火かぁ.........人たくさん来るだろうなぁ」

 

 

マック「あら、いつもそんな人混みを作るレース会場に行ってるではありませんか?」

 

 

桜木「マックイーンさ〜ん。お仕事とプライベートは〜?別々〜」

 

 

 ふざけた様子で文句を言う彼。それに呆れは抱きつつも、完全な物まで行かず、怒りもありません。むしろ、何か安心感にも似た心地良さすら感じてしまいます。

 人が来ない場所.........彼の言葉に動かされ、私は古い記憶を呼び起こします。ここへは何度も来ていますから、土地勘はある方です。

 

 

 .........確か。

 

 

マック「.........お祭り会場から少し離れた所に、確か[神社]がありましたわ」

 

 

桜木「.........え?神社?」

 

 

マック「?ええ、少し寂れていますけど、風流があって.........何か問題でも?」

 

 

桜木「いや、うん.........大丈夫」

 

 

 私の[神社]と言う発言に反応し、彼は驚いた表情を見せました。そして、その理由を明かすことなく、彼は私の提案を呑んだのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして、[ウマ娘]と[トレーナー]と言うだけの関係性は.........そこで終わりを迎えるのでした.........

 

 

 

 

 

......To be continued



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マックイーン「私とトレーナーさんと夏祭り」(後編)

 

 

 

 

 夏の匂いが漂う夜の道。空を彩っていた茜色は夕日と共に姿を消し、代わりに仄暗い夜の空と涼し気な虫の音が鳴り響いている。

 さっきまでの祭り会場と比べて人とすれ違う数が圧倒的に少ない。こういうイベント事での神社って言うのはもう少し盛況なイメージがあったけど、どうやらそれは俺の偏見だったようだ。

 

 

桜木(.........結構歩くな)

 

 

 前を歩く彼女。メジロマックイーンを見ながら不意にそんな思考が過ぎった。それが凄く低俗的でせっかちな物だと思った俺は、また自分の嫌な所に釘を刺す。

 自分の内面への嫌悪を抱きつつも、目の前に歩く彼女の姿を見つめ、そしてその後を歩く。距離は変わらない。一定を保ったままで、決して近付く事は無い。

 

 

 .........そんな距離が、今の俺と、彼女の距離だ。

 

 

 そんな背中をずっと見ていると不安になってくる。もし今、彼女が本気で走り始めてしまったら、俺は彼女には追い付けない。引き離されて、遠のいて、最後には姿も見えなくなってしまう。

 .........いつかそんな日がくる。そんな漠然とした不安が心の中からふわりと浮き上がって顔を出してくる。

 

 

桜木(.........それは、嫌だな)

 

 

桜木(何だか、嫌だ.........)

 

 

 その理由ははっきりしている。けれど、それを心の中ですら言葉に出来ない。そんなちっぽけな勇気すら、俺には無い。

 手を伸ばせば届く。少しスピードを上げて歩けば、彼女の隣に行ける。それなのにそれをしないのは、ただ単に俺が弱いからだ。俺の心が、弱いからだ。

 

 

 .........けれど、きっと彼女はそんな弱い俺を、[強い]と言ってくれるんだろう。その弱さを知っているからこそ、いざと言う時に力が発揮できるのだと、多分。言ってくれる。

 そんな記憶の中に居る彼女に背中を押されて、俺は目の前に居る彼女に手を伸ばす為の勇気を、奮い立たせた。

 

 

桜木「.........良い所だね」

 

 

マック「!.........はい。自然が豊かで、落ち着きますわ」

 

 

 声が震えないように背中を伸ばし、胸を張って言葉を伝えた。それを聞いた彼女は一瞬驚いた様に背中を硬直させたが、直ぐに振り返って優しい笑顔を見せながらそう答えてくれた。

 その姿を見て、ようやく安心する。さっきまでそんな勇気もなかったのに、気付けば安心しきった心で俺の身体は.........自分の[特等席]である彼女の隣に動いていた。

 

 

マック「ここは、私の思い出がたくさんあるんです」

 

 

マック「幼い頃、メジロ家に来て初めての旅行がここで.........メジロ家の皆さんと、家族で来ました」

 

 

桜木「へぇ.........あの人数の旅行はそりゃあ楽しいだろうなぁ」

 

 

マック「トレーナーさんはご旅行の経験は?あの方々との.........」

 

 

 

 

 

 ―――隣に来た彼にそう質問すると、あからさまに嫌な顔をしました。先程までの穏やかさとは正反対の表情にすぐ変わったので、思わず笑ってしまいました。

 

 

桜木「アイっツらマジで終わってる。一回トレーナーになる直前に行ったのよ」

 

 

桜木「んでさぁあ〜んの糞翔也俺のスマホ滝にぶん投げるしゴミ宗也は熱物早食い競争仕掛けて奢らせてくるしカス神威は泊まり部屋ん中不幸空間にするし」

 

 

マック「む、無茶苦茶ですわね.........」

 

 

桜木「.........ククク、まぁ散々だったけどさ。思い返せばバカしか居ないんだよ。あの空間。面白さは世界一だったね」

 

 

 口では散々だと言っておきながら、その記憶を振り返っている内に彼の顔は徐々に崩れて行き、やがて笑い声を漏らしました。

 やっぱり、口では色々と言ってはいますが.........この人にとってあのお三方は特別な存在なのです。

 それを素敵だと思う一方で.........少々、羨ましくもあると思ってしまうのは、何故なのでしょう。

 

 

マック「.........いつか、一緒に行きたいですわね」

 

 

桜木「.........え?お、俺と.........?」

 

 

マック「.........!も、勿論チームの皆さんも一緒です!!!ととと、トレーナーさんとだけと言うのは.........」

 

 

マック「.........絶対、楽しいでしょうけども.........」

 

 

 

 

 

 ―――慌てふためきながら誤解を解こうとするマックイーン。最後のしりすぼんでいく言葉には嘘が無く、段々赤らんでいくその顔に釣られて、俺も面を食らってしまう。

 またお互いに無言の時間が流れていく。けれどさっきのものと違うのは、居心地が良いという事だった。

 隣に彼女がいる。それが安心感に繋がり、そしてその安心感が、絆の表れなのだと思った。

 

 

 そうして暫く歩いていると、不意に袖をマックイーンに引っ張られる。何かと思いその方を見ると、彼女はその視線を階段の方へと向けていた。

 

 

桜木「うっへ〜.........この長さは人生史上初体験だな.........」

 

 

マック「わ、私も覚えてませんでしたが.........神社へ行くにはこの階段しか.........」

 

 

 どうするべきか。引き返してもう少し花火を見やすい場所を見つけるべきか。彼女はそう考えて口元に手を当てたが、俺の答えはもう決まっている。

 俺は一歩。階段の一段目に足を掛ける。それに気付いた彼女は驚いた様に俺の方を見てきたが、こちらとしてはこの選択。変える訳には行かない。

 

 

桜木「わざわざこっちを選んだってことはさ。マックイーンの思い出の場所なんだろ?」

 

 

桜木「だったら行こうよ。俺も、この長さが気にならないくらいの思い出が欲しいから」

 

 

 

 

 

 ―――彼は、いえ。きっと分かっていて言っているのでしょう。こう言えば私が気を負わず、そして喜んでくれると。

 優しく穏やかな笑みに顔を熱くさせながらも、私もその彼の行動に微笑みで返しました。

 

 

 幼い記憶には残らなかったこの長い階段.........

 

 

 きっとまた、その長さは私の記憶には残ってくれないでしょう.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼と神社へと辿り着く長い階段を並んで歩く。夜の静けさが肌に張り付きますが、それが心に染みて寂しさが感じることはありません。

 私と彼は、これまでの道のりを話しながら、そこへと向かって行きました。

 

 

マック「覚えていますか?以前の夏まつりのこと」

 

 

桜木「もちろん。昨日の事みたいに思い出せるよ」

 

 

 会話を交わしながら、隣に居る彼と階段を上る。どちらかが追い抜かれることはなく、二人で並んで、一緒に一歩を踏み出します。

 

 

桜木「そっか.........あれからもう6年も経っちゃうんだね」

 

 

マック「そう、ですわね.........」

 

 

桜木「そう思うと何だか、そんなつもりも無かったけどさ。頑張ってたんだな。俺達」

 

 

マック「あら、私はいつも努力をしていたつもりでしたわよ?」

 

 

桜木「あっ、そういう事じゃなくて.........なんと言うかこう。努めてチームをまとめようとかじゃなくて、さ?」

 

 

 どうやって誤解を解こうかと試行錯誤をし、言葉を選ぶトレーナーさん。少しからかっただけなのですが、こう言った所では普段の不真面目さが現れません。

 それはきっと、私達に対しては真面目に、そして真剣に向き合ってくれていると言う事実です。

 私の内心に気付かずに弁解をする彼の姿を見ていると、申し訳ない気持ちはありつつもつい、笑ってしまいました。

 

 

桜木「あーっ!笑ったーっ!!」

 

 

マック「ごめんなさい.........ちょっと面白くて.........くふふ」

 

 

 私が笑った事で彼は先程の言葉の意図をようやく理解し、少々不貞腐れたような表情を見せました。

 それについて謝ると、彼はまたふざけた様子で怒った姿を見せてくれます。

 

 

 .........本当、彼と居ると退屈しない時間を過ごせます。

 

 

マック「でも、本当にそんなに経つのですね。このまま行ってしまえば直ぐにお婆さんになってしまいそうです」

 

 

桜木「え〜?気が早くな〜い?」

 

 

マック「何を言ってるんですか!このまま行けば本当に[卒業]まで―――」

 

 

マック「―――[卒業]まで.........本当に.........」

 

 

 あっという間です。いくらトレセン学園のシステムが他の学校と違っていたとしても、その時は必ず来ます。

 仮に[ドリームトロフィーリーグ]へ移籍したとして、それが上手く行ってプロになれたとしても、なれなかったとしても、トレセン学園からは離れなければ行けません。

 

 

 多くのウマ娘達がその道半ばで目標があったとしても、全員目指すはプロのレーサーです。

 三冠も、連覇も、私の天皇賞も.........心に掲げた[夢]ではありますが、それでもやはり、それは道中の事なのです。

 

 

 そして大抵、その夢に固執するあまり、叶えてしまった者。叶えられなかった者は総じて、プロでの活躍は前例を考えれば殆どありません。

 分かりやすく例えるならば、[トゥインクルシリーズ]は[箱根駅伝]の様なもの。そこで力を使い切ったばっかりに、燃え尽きてしまう人が沢山居るのです。

 

 

マック「.........」

 

 

 そんな事を考え、楽しかったはずの時間に苦しい沈黙が流れます。先程まで進んでいた足は止まってしまい、停滞してしまいます。

 私は.........どうしたら良いのでしょう?今でこそラモーヌお姉様の姿を見て、プロと言う存在を思い出し、そこを新たな目標にしている節はあります。

 ですがやはり、あの[天皇賞]を制覇すると言うあの頃の気概は.........自分の中に感じられないのです。

 

 

 そう俯いていると、不意に地面が暗くなったのを感じました。前を見ると、隣に居たはずの彼が私の前へと移動し、そして私を見下ろしていました。

 

 

桜木「マックイーン。俺は君に言ったはずだよ?[諦めるのも諦めないのも人生]だって」

 

 

桜木「俺は君を連れてくよ。君の行きたい場所に。君の会いたい人の所に。君が.........生きていたい世界に」

 

 

桜木「.........それが、[夢]ってもんでしょ?」

 

 

マック「っ!もう.........格好付けすぎです」

 

 

 呆れるほど気障っぽいセリフを口にして笑顔を見せる彼。けれどそれがまるで真実かのように、その言葉が私の心に染み込んで行きました。

 [夢]。叶えたい物であり、成りたい物であり、行きたい場所であり、生きていたい場所にもなるその存在。変幻でありながら不変でもあるそれに、私達ウマ娘.........いえ、生きとし生けるもの全てが翻弄され、そして苦しむ。

 

 

 しかし、それが原動力となり、時にはその身に似合わない程強い力となりうる。

 

 

 そして今の私にとって、それは.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『[君の夢]になる』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 .........静かな時間が再び訪れます。今度は前に進みながら、彼の隣を歩きながら.........

 けれど、先程まであったどうしようもない不安はどこにもありません。私の隣には、私の[夢]である彼が居る。彼が、連れて行ってくれる。そう思うだけで、心は自然と安らいでいきました。

 

 

 .........それでも、彼の横顔を見る時はまだ、ドキドキしてしまいました.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「ありゃ。着いちゃった」

 

 

マック「ふふ、本当。あっという間でしたわね」

 

 

 彼女と階段を登った。その道程は短い物じゃない。けれど、記憶に残っているのは彼女の隣を歩いた事と、楽しく会話をした事だけだ。

 お互いの顔を見て、同じタイミングで微笑んだ。今この時を彼女と[共有]している。感情が[共鳴]して、心が[共振]している.........そんな事が手に取る様にわかる程、彼女と[共に生きて来た]。

 

 

桜木「それにしても、雰囲気あるなぁ.........府中の夏祭りの神社も良かったけど」

 

 

マック「こちらはこちらで幻想的でしょう?」

 

 

 俺の先を歩いて、そう言って振り返るマックイーン。藍色の浴衣と夜の空が溶け合い、くすんだ鳥居の[朱色]が、それを阻止してくれている。

 彼女は一人。そこに居る。例えどこに居たって。彼女なら見つけられる。根拠のない自信だけど.........そう思えるくらい、今の俺は強気だ。

 

 

 けれど俺は、物探しも人探しも苦手なんだ。よーいドンで探し始めたらいつも最下位になるくらいには、探し物は得意じゃない。

 だから、[離さない]。握った手は、貰った[特等席]のチケットは.........もう無くしたりなんかしない。

 

 

 そんな決意を胸に、俺はまた彼女の隣を歩いた。鳥居をくぐって、石畳を歩いて、厳かな拝殿へと向かう。

 そして俺達は、お祈りをする場所へと辿り着いた。

 

 

桜木(.........神社か)

 

 

桜木(そう言えば、アレを見せられて以来来た事は無かったんだけど.........)

 

 

桜木(.........今思えば、助けてくれた。って事なんだよな.........)

 

 

マック「?トレーナーさん.........?」

 

 

 心配そうな声が聞こえて来て、意識を内側から外へと引き戻す。見上げていた神社の社から視線を隣に移すと、やはり彼女は少し心配そうな顔をしていた。

 何ともない。と言うのは簡単だ。けれどそれじゃあ、この気持ちを共有できない寂しさが出来てしまう。

 だから俺は、彼女に話してみる事にした。前回の夏祭りであった事を.........

 

 

マック「.........そう、そんな事が」

 

 

桜木「あはは.........信じられないかもだけど、マックイーンには話しておきたくて」

 

 

マック「.........信じますわ。貴方が言うんですもの」

 

 

桜木「!.........ズルいなぁもう」

 

 

 首を振って否定し、微笑みを向けて肯定する。たったそれだけで俺の心は満たされた。安心。充足。心に欠けているものが一切無い。そんな状態だった。

 そうして俺達は、それぞれの財布から五円を取り出した。手に持ったそれをお賽銭箱の中に入れる。

 

 

 姿勢を正して二回。深いお辞儀をする。

 

 

 両手を胸の前まで持って行き二回。大きな拍手をする。

 

 

 そして、祈りを捧げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――その時だった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ありがとう』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 言葉が響く。頭の中に静かに響く。それは声ではなく、正しく[言葉]という表現が正しいように思えた。

 それが誰のものか。何故礼を言ってくれたのか。理解は出来ない。けれど.........所詮は分からないだけだ。慌てるような事じゃない。

 

 

桜木(.........礼を言うのはこっちですよ)

 

 

桜木(.........色んな人に出会わせてくれて、ありがとうございます)

 

 

 ここまで来れた。ここまで来てしまった。今を今の俺から見た言葉は前者で、今を昔の俺から見た言葉は後者だろう。喜びと悲しみ。希望と絶望。続く道と絶たれた道。

 二律背反でありながらも、その道は全く同じ道のりで、そしてその上を歩く存在も同じ。俺なんだ。

 今の俺になれたのは.........多くの人に出会わせてくれた、巡り合わせの神様のお陰だろう。でなけりゃもっと、卑屈になっていたはずだ。

 

 

 そんな強ち間違いでは無い自己評価に心の中で苦笑していると、また言葉が響いてくる。

 

 

『貴方のお陰で、世界は変われる』

 

 

『あの人がようやく、[私達]を分かってくれた』

 

 

『これからも、同胞をお願いします』

 

 

桜木(.........はい)

 

 

 その言葉を聞いた時。不思議とその正体が分かった。彼女なのか、彼なのか、そのどちらかまでは分からない。

 けれど俺に語り掛けてきてくれた存在は間違い無く、[ウマ]だろう。ウマ娘にとっての核であり、中枢。その存在理由.........

 

 

 その存在から感じた物は、どこかMさんに似た物があった。だからきっと、そうに違い無い。

 俺はそう結論付けて、最後に深々と神社に一礼をした。

 

 

桜木「.........あっ、そういえば花火まで後どれくらいだっけ?」

 

 

マック「!言われてみれば.........肝心の開催時間を聞き忘れていましたわ」

 

 

桜木「ありゃりゃ。まぁ道中で始まってなかったし、待ってようよ。ここでさ」

 

 

 

 

 

 ―――軽く伸びをしながら彼はそう言いました。そこには先程の祈りの最中に見せた神妙さはすっかり抜けて、いつもの彼らしい軽快な雰囲気がありました。

 私もそれに賛同し、ここでその時間までを待つことにしました。拝殿を背にし、石畳を歩き、鳥居をくぐって階段を目の前にします。

 

 

桜木「そだ。マックイーンは何を祈ってたの?」

 

 

マック「.........そういうのを聞くの。少々デリカシーが無いと思います」

 

 

桜木「え?ご、ごめんね.........?」

 

 

マック「.........ふふ、冗談です♪」

 

 

 わざとらしく頬を膨らませてそう言うと、彼は困った顔で謝りました。その顔を見て満足した私はすぐに本心では無いことを伝えると、彼は安心して息をほっと吐きました。

 何だか最近.........と言うより、以前から彼の前ではわがままになってしまいます。彼を喜ばせたい。彼を困らせたい。そんな思いのままに振舞ってしまうせいで、私の中で自分は酷い存在だと感じてしまうようになってしまいました。

 

 

 私が祈った事.........それは、こんな自分から解放されたい。元の[メジロマックイーン]に戻りたい。という事です。

 以前まででしたら、絶対にこんな事はしませんでした。したとしても、頻度は少なかったはずです。

 だと言うのに、今の私は思うがままに振る舞い、彼を困らせたり、彼の前で見栄を張ったり、格好を付けてしまう。そんな事を続ければ疲れてしまうのは分かっているというのに.........

 

 

 そうやって意識を自分の内面に向けていると、彼が私の事をじーっと見つめてきているのに気付きました。

 

 

マック「な、なんですか.........?」

 

 

桜木「あ、いや。何でもない」

 

 

 歯切れが悪い答えを返す彼。目を逸らしてその視線をまだ何も無い空へと向けて、先程の事を無かったかのように彼は振舞います。

 私もそれ以上聞くことはせず、彼と同じ様に空を見上げます。濃い色をした空。ですが決して黒では無い色に染められたそれが、いつ彩られるのかを心待ちにします。

 

 

マック「.........思えば花火を見るのも久しぶりですわ」

 

 

桜木「そうだね。手持ち系とかは.........アレも前回の夏合宿か!いや〜本当酷い目にあったね〜あん時は」

 

 

マック「ふふ.........ですが、今になってしまえば良い思い出です」

 

 

 あの日の光景を思い出す私達。彼はからからと笑い声を上げていました。その姿は正に、以前までの彼そのものでした。

 何も背負わず、気楽に前を歩き、誰かが転びそうになれば気にせず手を伸ばしてそれを阻止してくれる.........そんな安心感が、再び現れました。

 

 

 多くの困難がありました。多くの喜びもそれと等しく.........

 ですがそれは、良くも悪くも私達を変えて行きました。経験という成長が作り出す変化が、私達を内側から変えて行きます。

 思慮深くなった。臆病になった。勇敢になった。恐怖が麻痺した。どちらになったのかなんて、私達本人ですら知りえません。

 

 

 ですが私は.........あの頃と変わらずに―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――ずっとこのままだったらなぁ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――何気無い、一言だった。

 

 

 本当に、心の隅っこに出てきた言葉が出てきただけだった。

 

 

 それでもその一瞬で、この場の空気が少しだけ、変わった.........

 

 

マック「―――.........」

 

 

桜木「.........?」

 

 

 気が付けば見上げていた彼女はその顔を俯かせていた。突然の変わりように驚き、声を掛けることすら出来なかった。何を言えばいいかなんて、全く分からなかったんだ。

 

 

 これから花火が始まる。楽しい時間が始まる。そんな未来の事は一切合切頭から飛んで、目の前の彼女だけが残っている。

 何も言えないままただ黙っていると、彼女の俯いた顔から小さく反射した光が地面へと落ちて行った.........

 

 

 

 

 

 ―――そのつもりだったんです。彼のその言葉を聞くまでは.........私も、同じ気持ちだったんです。

 でも.........それを聞いた途端にもう、理解してしまったんです.........このまま行けば、終わってしまうのだと.........

 

 

 そう思うと.........胸が苦しくなって、悲しい気持ちが溢れてきます.........

 

 

マック「.........貴方はそれで、本当に良いんですか.........?」

 

 

桜木「え.........?」

 

 

 ―――俯いたまま彼女は言った。その言葉に俺は、停止気味だった思考を回転させ直したけど.........それらしい答えは出なかった。

 少しの間沈黙が続く。その間に彼女は顔を上げて、俺の方を見つめてきた。

 

 

 その両目からは涙が溢れ出し、頬へと流れて行っている。潤んだ瞳と赤らんだ頬。そして、それでもなおその涙を抑えようとしているのか、キッと結ばれた口が印象的だった。

 

 

 

 

 

 ―――彼はその顔を保けさせていました。私の顔を見て一瞬だけ、身体を強く硬直させましたが、やがてそれを元の自然な状態へと戻していきました。

 いつ訪れるかは分かりません。ですが明確な制限時間。[卒業]という物が存在します。そうなってしまえば.........もう、終わってしまうんです.........

 

 

マック「私と貴方は.........ただのウマ娘とトレーナーです.........」

 

 

マック「でも.........そのままだったら.........いつか終わりが来てしまいます.........」

 

 

マック「貴方は本当に.........それでも良いの.........?」

 

 

 

 

 

 ―――本心からの言葉。いつも彼女から聞く言葉遣いは、最後には無くなっていた。彼女の言う[終わり]という物が、そこまで彼女の余裕を無くしていると言うのが、よく分かった。

 

 

 そして、ようやく分かった。

 

 

 これが[最後]なんだ。

 

 

 [最後]の.........[猶予]なんだ。

 

 

 

 

 

 ―――未だにその顔を変えない彼に、私は強い思いを抱きました。そして勝手に、この人はまだ分かっていないのだと、そう判断したんです。

 溢れ出る[想い]は、後ろにある強い[感情]に押し出される様に、封された扉に強く押し付けられ始めました。

 

 

マック「(わたし).........まだ貴方と一緒に居たい.........!!!」

 

 

マック「でも.........私は弱いから.........きっと自分から貴方に会いに行けなくなる.........!!!」

 

 

マック「だから.........!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私は.........!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「貴方の事が―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――ああ。言ってしまうんだ。

 

 

 このまま私は、彼に思いを伝えてしまう。

 

 

 勢いに押されて。自分が勝手に抱く恐れに負けて。

 

 

 .........でも彼なら。きっと受け入れてくれる。

 

 

 弱さに負けたとしても、許してくれる.........

 

 

 そう思ってしまえば、その言葉はもう、止める事は出来ませんでした.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――マックイーン」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――ぇ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――彼女の言いかけていた言葉を、すんでのところで止めた。俺が止めるのを予想していなかったのか、彼女はもう一度俯いていた所からまた、その顔を上げた。

 

 

 きっと、覚悟を決めたんだろう。だからこうして、余裕の無いままにその言葉を言おうとしたんだ。

 

 

 だけど.........

 

 

桜木「マックイーン。その言葉はそんな気持ちで言っちゃ行けないよ」

 

 

マック「.........っ」

 

 

桜木「そういうのはさ。もっとこう、その気持ちだけで行かなくちゃ行けないと思うんだ」

 

 

桜木「怖いとか。辛いとか。そんなのに押されて出ちゃったら.........嫌な物になっちゃうよ?

 

 

 彼女の震える肩に手を回し、慰める為に頭を撫でる。それでも彼女は怖いのか、さっきよりも表情を歪めて、涙を沢山流し始めた。

 

 

 

 

 

 ―――もう、終わりです。こんな事になってしまうくらいなら、いっその事言わなければ良かったんです。

 そんな思いで心の中がぐちゃぐちゃに掻き回され、素敵だった今日という一日が、人生史上最悪の日に成り代わりました。

 

 

 苦しい。悲しい。辛い。叫びたい。泣きたい。消えてしまいたい。

 

 

 彼にこんな姿を.........見せたくない.........

 

 

マック「っ、ぅぅう.........あぁ.........!!」

 

 

 こんな姿を晒し、間違いをしでかそうとした私を彼は尚も、その手で頭を撫でて慰めてくれる。

 そんな嫌いになりそうな彼の優しさに包まれて、私の心は限界を迎えました。

 

 

 感情が荒れ狂い、封をされた扉にそのままの勢いで、押し寄せる波がぶつかります。

 

 

 溺れてしまうのではと錯覚する程に涙を流し、その勢いに押されるまま、私は口を開きました.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――だから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――『ㅤㅤㅤ』」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――信念というのは簡単に言えば、エゴそのものだ。こうありたい。こうでいたいという思いに力が入り、独りよがりは他人を巻き込む信念になる。

 俺もその一人だ。正しい行い。正しい生き方。それを目指した俺の思いは、彼女にこの気持ちを、[卒業]まで伝えない事。それが俺にとって正しい事で、世間体も良くて、彼女も納得してくれるものだと思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 .........でも、それでマックイーンが泣くんだったら、そんなものは要らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな自分勝手な信念(エゴ)で、俺はこれ以上誰かを苦しめたくは無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――遠くの空で花火が空を彩り、その音が心臓にまで響いてきました。けれど、今私の心臓が鳴り響いているのはそれのせいではありません。

 

 

 彼の声は聞こえませんでした。でも、その言葉は私の心を震わせました。

 

 

マック「―――.........」

 

 

 先程までの激しい負の感情は、まるで最初から存在しなかったかのように私の中から姿を消し、純粋な[好き]という気持ちだけが残りました。

 そしてそれを堰き止めていた扉の封を剥がされ、怒りや悲しみという感情に押されて出てくる前に、彼がその手で優しく開けて下さりました。

 

 

マック「.........っ」

 

 

マック「っ、っ.........!」

 

 

 瞳から溢れ出てくる物。押し出されたものではなく、まるでそれしか表現する事が出来ないくらい、その涙は暖かく、そして素敵な物で構成されていました。

 

 

 鳴り響く花火が埋め尽くされる夜空。下がっていた両手は彼の背中に回し、その存在を確かめるように。二度と離さない様に強く力を込めました。

 

 

マック「わた、し.........で.........良いの.........?」

 

 

マック「貴方が思ってるよりわがままで.........弱い、のよ.........?」

 

 

 絞り出して出てきた物は、彼の先程の言葉を疑問視する様な物でした。そんな事を言いたかった訳じゃない。ただ、ありがとうを伝えたかっただけ。嬉しいと言うことを伝えたかっただけなのに、私はまだ素直になれずに居ます。

 彼はそんな私を優しく見つめ、そして花火の音に耳を傾けながらも、ゆっくりと口を開きました。

 

 

桜木「.........俺さ。ずっと[君]の事が[好き]だったんだ」

 

 

桜木「ひたむきで努力家で、でも落ち込む時は落ち込んで.........喜ぶ時は凄く喜ぶ。そんな君が、誰よりも.........」

 

 

桜木「皆はきっと、[メジロ家]の[メジロマックイーン]だとか、[スピカ:レグルス]の[メジロマックイーン]だとか変な肩書きを君に着けるかも知れないけど.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺は、[君]が[メジロマックイーン]だから[君]を好きになったんじゃない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「[メジロマックイーン]が[君]だから、[メジロマックイーン]を好きになったんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺は.........[普通の女の子]の[メジロマックイーン]が.........大好きだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私の目を見ながら、彼は優しくそう言ってくれました。それに釣り合う様な言葉を私は自身の中で見つける事が出来ずにいると、彼を抱き締めていた私を少し離すように肩を掴まれました。

 

 

 何かと思って居ましたが、彼がその手を私の頬に添えた時。悟りました。優しく暖かい.........それでいて、男性らしい彼の手が頬に触れて.........私の心臓は、花火を間近で聞いた時以上に跳ね上がりました。

 

 

 彼の顔と私の顔とが並行の場所になる。これから何が起きるのか。まるで知らないフリをする子供のような考えを抱きながらも、身体はその先を知っているかのように自然と目を瞑りました。

 

 

 そして.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一際大きい、花火の音が鳴り響いたのでした.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 真夏のピークが去った

 

 

キタ「わーっ!すっごい花火だね!」

 

 

ダイヤ「うん!花火ってとっても素敵!」

 

 

 天気予報士がテレビで言ってた

 

 

タキオン「.........綺麗だね。黒津木くん」

 

 

黒津木「ああ、恋人と見る花火って.........良いもんだな」

 

 

 それでも未だに街は

 

 

スペ「むぐぐっ、次はあの屋台です!!」

 

 

白銀「はァ!!?お前同じ道民だからって容赦しねぇぞ!!!」

 

 

ゴルシ「スマートボールで負けたんだから仕方ねーだろ〜?良いじゃねーか金持ちなんだしよ〜」

 

 

 落ち着かない様な。気がしている

 

 

テイオー「ふふん!射的は苦手だけど輪投げは得意だもんね〜♪」

 

 

神威「頼む〜勝ってくれ〜カフェ〜.........!流石にウマ娘分の飯代奢る程俺は裕福じゃねぇ〜.........!!!」

 

 

カフェ「.........じゃあ、私が買ったら私のご飯を買ってくださいね」

 

 

 夕方。五時のチャイムが

 

 

ライス「ウララちゃん?眠いなら帰ろう?」

 

 

ウララ「.........ムニャ.........まだ、遊ぶ.........ん」

 

 

ブルボン「.........帰りましょうか。ライスさん」

 

 

 今日は何だか。胸に響いて

 

 

パール「.........やっぱり、日本は良いわね」

 

 

ジミー「そうだね。老後は移住するのもいいね」

 

 

エディ「絆されおって。全く.........」

 

 

ルビィ「.........ふふ、でもおじいちゃん。笑ってるよ?」

 

 

 運命.........

 

 

沖野「.........っし、これで明日はのんびりできるな.........っと、始まったか」

 

 

沖野「.........一人で見る花火なんざ寂しいだけかと思っていたが」

 

 

沖野「アイツらを思い浮かべただけで騒がしい気分になってくるなぁ.........」

 

 

沖野「.........夏合宿もそろそろ終わりか」

 

 

 なんて、便利な物で

 

 

ラモーヌ「.........」

 

 

『.........』

 

 

『.........完全に、置いてかれたわ』

 

 

ラモーヌ「.........」

 

 

 ぼんやり。させて.........

 

 

 

 

 

マック「.........」

 

 

桜木「.........」

 

 

 最後の花火に、今年もなったな

 

 

マック「.........♡ 」

 

 

 何年経っても、思い出してしまうな

 

 

マック(.........あぁ、心臓が.........壊れちゃいそう)

 

 

 無いかな。無いよな。なんてね、思ってた。

 

 

マック「.........ん」

 

 

桜木「.........あっ」

 

 

マック「?」

 

 

桜木「.........返事、聞かずにこんな事しちゃったけど.........」

 

 

マック「!」

 

 

 まいったな。まいったな。話す事に迷うな

 

 

マック「.........ふふ、そんなの。もう決まってるではありませんか」

 

 

桜木「!それって.........」

 

 

マック「.........私も―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――貴方の事が、大好きです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最後の、最後の、花火が終わったら

 

 

 僕らは、変わるかな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同じ空を見上げているよ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――瞳を潤ませ、頬を紅く染めて微笑むマックイーン。その姿にまた、心臓が少し跳ね上がる。

 それが表情に出ていたのだろう。彼女は俺の顔を見て、またふふっ、と笑いを零した。

 

 

 そんな彼女が空を見上げる。それに釣られて俺も空を見上げた。

 

 

 もう、花火は打ち上がっていなかった。

 

 

 それでも.........世界の色は、花火が打ち上がる前より彩られている様にすら思えた.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「.........あの、わがままを一つ。言っても宜しいですか.........?」

 

 

「え?」

 

 

「.........もう一回、キス。してください.........///」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――花火は終わりました。お祭りから人の足が遠のいていくのも、高い場所にある神社からは良く見えました。

 けれど、私のこの心臓の高鳴りは花火の時のように、いえ.........その時以上に.........

 

 

 壊れそうなくらい.........ドキドキしていました.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

......To be continued




145-1586-5


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マック「浮気ですわ」T「身も蓋もない事言わないで」

 

 

 

 

 

「は?」

 

 

 おはよう諸君。アグネスタキオンだ。この様な始まり方をして済まないと思っている。

 

 

 本来であるならば色々季節や天気の話。今自分達の置かれている状況を話すのが常識なのだが、大変な事が起こってしまった。

 

 

 舞台は朝食時間のダイニング。夏合宿はいつも全員が揃ってメジロ家の料理人。詳しく言うならばラモーヌくん専属の超エリートが作ってくれるそれを楽しむ所だ。

 だが.........

 

 

タキオン「す、すまないがもう一度言ってくれないかい.........?」

 

 

「「?だから言ってるだろう(でしょう)?」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「俺(私)達、恋人になりました(わ)〜♪」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、ぁ.........ガ」

 

 

 ここに居る全員が度肝を抜かれている。沖野くんもあの三バカも同様に驚いた顔を見せている。

 夢にも思わなかった。まさかあの一夜。あの一瞬でこの領域に到達するとは.........考えて居なかったのだ.........

 

 

カフェ「.........え。それ学園の風紀的に私達に伝えて良かったんですか?」

 

 

桜木「えだって皆チームメイトだし」

 

 

カフェ「私は違いますよ?」

 

 

マック「.........まぁこの際チームレグルスの一員ということで」

 

 

神威「ダメだよ!!?」

 

 

 あ、頭が痛い.........いつもの夫婦漫才が進化して最早夫婦.........なんと言う事だ。ここまでクスリともしてこないとは.........

 

 

マック「.........と言うか、何故テイオーまで驚いていますの?」

 

 

テイオー「え」

 

 

マック「貴女が焚き付けたではありませんか?頑張れと」

 

 

タキオン「君がやったのか.........ッッ!!!」ギリィ

 

 

テイオー「ぴぇ!!?何でそんなに怒るのさー!!!こんな直ぐに近付くなんて思ってなかったんだよー!!!サブトレーナーだって卒業まで待つって言ってたしさー!!!」

 

 

 私の圧に最初こそ押されていたテイオーくんだったが、直ぐに反論を見せる。そしてその言葉には私も引き下がらざるを得ない。現に私もそう思い、後を追うことを辞めた一人だからだ。

 だ、だが確認しなければ行けない事がある。それは言うまでもなく彼の事だ。彼は私達に卒業まで告白はしない。というスタンス。その意思表示をした筈だ。だと言うのにそれを裏切って何故そんな行動を起こしたのか。私は聞かなければ―――

 

 

桜木「?ああ、何で今告白したかって事、聞きたい?」

 

 

タキオン「!な、なぜ分かったんだい.........?」

 

 

桜木「ククク.........タキオ〜ン。分かりやすい顔するのね〜君〜」

 

 

タキオン「な.........っ!!!」

 

 

桜木「したくなったからした。それだけの事だよ。信念なんて捨てれちゃうくらいに優先度が高くなった。分かりやすいでしょ?」

 

 

 あっけらかんと彼はそう言いきった。傍から見れば何と心根の弱い男だろうと言われるかもしれない。

 だが私達は知っている。彼という人間ほど一度決めた事をやり遂げる人間はそうはいない。それが誰かの為であるならば尚更。

 そしてそれが、恐らくではあるが彼女の為にならなかった.........よって彼は私達に宣言した事に背いてまでも、行動に移したという事だ.........

 

 

タキオン「.........黒津木くん」

 

 

黒津木「え?」

 

 

タキオン「私はこれからタイムマシンの研究をする事にする」

 

 

「え」

 

 

 

 

 

 ―――突然、タキオンの口から突拍子も無い言葉が出てきた。事情を知っているチームメンバーはともかく、ルビィちゃん一家は何言ってんだコイツ?みたいな表情で彼女を見ている。フォローしたいのは山々だが残念ながら俺には上手い言葉が見つからない。

 

 

黒津木「た、タキオン?お前何を言って」

 

 

タキオン「良いから研究だッッ!!!」クワッ!

 

 

黒津木「えぇぇ!!?」

 

 

 どこかで見た様な表情を黒津木に向けた後、タキオンはこれから出てくるご飯の事を気にもせずにその勢いのまま席を立った。

 その後を慌てた様子で追いかける黒津木。俺達はそれを黙って見ている事しか出来なかった。

 

 

オル「.........とりあえずおめでとっス!おじじとマックイーン先輩が付き合ってくれてアタシも安心っス!!」

 

 

フェスタ「ああ、と言うか.........昨日花火だったんだな.........寝てて分からなかったぜ」

 

 

ゴルシ「姉ちゃん達は良い子ちゃんだからな!!代わりにアタシがお土産買ってきたからよ!!」

 

 

 俺の目の前で腕を組み、うんうんと頷く二人。先の事を知っているとはいえ、安心したのだろう。

 その様子をエディが不思議な物を見たような目で見ていた。

 

 

エディ「.........二人はあまり驚いて居なかったな」

 

 

二人「え」

 

 

エディ「知っていたのか?こうなる事を」

 

 

 疑惑の目が二人に向けられる。分からない事は分からなくなるまで追求するのがこの爺さんの質らしい。老い先短いんだから黙っとけばいいのに。

 そしてそれを弁解する為にオルフェーヴルが慌てた身振り手振りで弁解を始めた。

 

 

オル「じ、実はウチら二人から相談されてたっス!!」

 

 

フェスタ「そ、そうそう!!」

 

 

オル「別に未来から来たとか!!?実はウチらが二人の子孫だとかは無いっスよ!!?」

 

 

四人「(お)バカ!!!」

 

 

エディ「何をやってるんだこの者達は」

 

 

 危うく口を滑らせた彼女を四人で取り押さえる。その様子をいつもの日常だと知っているから、ここに居る皆は誰も止めやしない。

 そんなタイミングで朝食が運ばれて来る。俺はともかくマックイーンは自分の家の人の手前。すぐさまその軍勢から一歩身を引いて俺達を止めた。

 

 

使用人「お嬢様。お食事をご用意致しました。お客様もぜひ」

 

 

全員「は、はい」

 

 

マック「お、おほほ.........」

 

 

使用人「?」

 

 

 ご飯がテーブルに並べられている間、彼女は汗を頬に浮かばせながら愛想笑いを浮かべていた。俺達も騒いでいた手前なんて言われるか分からなかったが、使用人さんは優しく笑ってくれていた。

 料理を並べ終えた後、その人が部屋から出て行った。遠くに離れていった事を彼女は耳で確認した後、安堵の溜息を吐いた。

 

 

マック「行けませんわ.........彼と一緒に居るとこう、自分が抑えられなくなってしまいます.........」

 

 

沖野「まぁ、気が合うってのはそういう事だからな。そういう時こそお前が抑えてやるんだよ桜木」

 

 

桜木「えへ〜」

 

 

「照れる場面じゃない」

 

 

 これまた全員にたしなめられる。けれど仕方ないじゃないか。好きな女の子の隣に立ってそれを支える。そしてそれをする様に第三者から言われるってことはつまり、その立場を認めてくれているという訳だ。嬉しくならないはずがない。

 

 

 だが、問題がまだ一つ残っている。俺とマックイーンのこれからに関する重要な事が一つ.........

 

 

桜木「.........とまぁ、俺とマックイーンがこうして前に進んだわけですけどもですよ?一つ問題.........と言うか、まぁやった方が良いなぁと思う事がありましてですね」

 

 

桜木「皆さんの教えを拝借したいなぁと.........」

 

 

ウオッカ「な、なんだよ一体」

 

 

ダスカ「ウオッカ。ティッシュ貸すからそれ替えなさい」

 

 

 鼻に詰め込まれた二つの栓。既に外側に出ている所まで赤赤と染まっている。ウオッカのそれを見かねたスカーレットがポケットティッシュを渡して居る様子を見ながら、俺は口を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ラモーヌさんと仲良くなりたいっ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「.........」

 

 

桜木「.........あれ?」

 

 

 場の空気が変わった。ひんやり。とかいう生易しい冷たさでは無く、一瞬にしてカチコチ地獄に様変わりした。

 そしてその冷気の発生源は俺の隣。つまりマックイーンだ。俺は恐る恐る隣に視線を移すと、彼女は俯いて肩を震わせていた。

 

 

マック「.........ふ〜ん」

 

 

桜木「えと、マックイーンさん.........?」

 

 

マック「.........誠実な方だと思っていましたが、まさか堂々と[浮気]宣言をするだなんて.........」

 

 

桜木「え?あっいやっ!そういう訳じゃなくてn」

 

 

マック「こんの.........ウマたらしぃぃぃぃぃぃッッッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「みぎゃぁぁぁあああぁぁあああああ!!!?????」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「なるほど。つまりあまり会う機会が無いお姉様と仲良くなり、溝を作らぬ様にと.........」

 

 

桜木「最初からそう言ってたよね.........?」

 

 

マック「言葉が足りない貴方が悪いんです」

 

 

 制裁を加えている最中、彼の口からその言葉の真意を聞いて疑惑を晴らすことが出来ました。

 彼は右手首を抑えながら未だ苦悶の表情をしていますが、知りません。これで少し懲りれば良いんです。

 他の皆さんは仕方無い.........というより、呆れが強く感じられる表情でトレーナーさんを見ていました。

 

 

白銀「ヒヤッとしたぞお前!!度胸ありすぎだろ!!」

 

 

桜木「だからそんなつもりで言ってねぇってェ!!!」

 

 

デジ「今回は流石のデジたんもヒヤッとしました。あのタイミングであの発言は創作物でも無しですね」

 

 

ウララ「トレーナー!!浮気はダメだよ!!」

 

 

桜木「皆まで.........うぅ、ごめんなさい.........」

 

 

 彼は申し訳なさそうに私に頭を下げました。彼の悪い所はあまり考えずに行動し口にする事ですが、良い所はそれ以外の所です。自分に非があったら謝る事が出来るのなら、その欠点も些細な物です。

 

 

桜木「ほんとにごめんね.........マックイーン」

 

 

マック「も、もう良いですから。分かって頂けたのなら.........」

 

 

神威「あ、ソイツ言われた事一生引き摺るから気にしなくていいよ」

 

 

マック「尚更気にするではありませんかッッ!!!」

 

 

 ここで明かされる事実。彼はどうやら思った以上に打たれ弱かったそうです。今までそんな事はありませんでしたから勝手に大丈夫だろうと思い込んでいましたが、完全に偏見でした.........

 

 

スズカ「あまり気にしなくても良いんじゃないかしら?少しづつ改善していけば良いと思うわ」

 

 

スペ「そうですよ!サブトレーナーさんが良い人なのは皆さん知ってますから!」

 

 

沖野「お前.........学生の女の子に慰められて哀しくないのか?」

 

 

桜木「今の一言でガッツリ哀しくなりましたよ」

 

 

 ゲンナリとした様子で反論するトレーナーさん。そこから顔をゴシゴシと両手で拭った後の彼は、元通りの表情に戻っていました。

 

 

桜木「とまぁこんな事をしていても埒が明かないので、私は作戦を考えた」

 

 

ブルボン「口調が急に変わりましたね」

 

 

ライス「の、ノリノリさんなんだよきっと.........!」

 

 

桜木「実は夏合宿を頑張ってる皆へのサプライズって事で買い物に行こうと思っててさ」

 

 

フェスタ「それアタシらに言うか?」

 

 

桜木「それに一緒に来てもらう」

 

 

オル「良いんじゃないっスか?おじじの作戦にしては!」

 

 

桜木「ゴールドシップも一緒に」

 

 

ゴルシ「何でだよ!!!」

 

 

 突如挙げられたゴールドシップさんのお名前。それに反発する様に彼女はトレーナーさんに食って掛かりました。

 その表情からは嫌悪感.........とは言わないまでも、やはり苦手なのでしょう。あまり良い顔はしていませんでした。

 

 

ゴルシ「察してくれよおっちゃん!!アタシラモーヌおばさん苦手なんだよ!!!」

 

 

桜木「オラ来いよ孫ォ!!!オメェだよォ!!!」

 

 

ゴルシ「うるせェ!!!事実そうだけどじいちゃんヅラすんじゃねェ!!!」

 

 

 穏やかな海を背中にし、それと相反する騒がしい取っ組み合いをし始めるお二人。もう溜息しか出来ません.........全くもう、先日はあんなに大人でしたのに、今日はどうしてこんなに子供に.........

 

 

 しばらくして決着が着いたのでしょう。結局彼はその顔を歪にしながら、ラモーヌお姉様をお買い物に誘いに行きました.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 平和な街並みが過ぎていく程の速い世界。府中よりものんびりした雰囲気をビーチから感じていたが、それはここも同じのようだ。車もそれほど混雑しては居ない。

 俺は助手席.........ではなく、後部座席に座ったラモーヌさんの姿をルームミラーで確認する。とても憂鬱そうに外の景色を眺めていた。

 

 

 俺達はこの夏合宿にバスで来ている。本来なら運転する車すら無いはずだが流石はメジロ家。でしたらと言う事で快くピカピカの車を貸してくれた。しかもアンティークで丸っこい。可愛らしい車だ。白銀が乗ってなくて助かった。

 

 

桜木「.........あの」

 

 

ラモーヌ「.........」

 

 

桜木「.........」

 

 

 会話を試みようと彼女に何度も声を掛けてみるが、聞こえてないように振る舞う。いや、もしかしたら本当に聞こえていないのかも知れない。

 .........いやいや。何を怖気付いて居るのだ俺は。折角マックイーンと恋仲になれたんだ。それを家族や親戚の批判で破局になんてなったら二度と生きちゃ行けないぞ!!

 俺の為にも!そしてマックイーンの為にも!!ここは勇気を出して質問をするんだ!!!

 

 

桜木「え、と.........ラモーヌさんの趣味って「絵」.........それって、描く方です?」

 

 

ラモーヌ「どっちもよ」

 

 

桜木「へ、へ〜.........最近は何か.........?」

 

 

ラモーヌ「.........そう言えばプロになってからは描いてなかったわね」

 

 

 .........え。終わりじゃないですかそんなの。こっからどう話を広げれば良いんです?俺にそんな会話スキルある訳無いじゃないですか!!!

 い、いやいやいやいや!それはお前の質問の仕方が悪いよ桜木!!そんな漠然とした質問じゃお前!!自分と関わりが無いこと出されたら詰むに決まってんじゃん!!

 もっと自分に寄せろ!!!おバカ!!!

 

 

桜木「えと、歌とか演劇とかどうです?どちらも芸術的な物ですし、好きな物とか「無いわ」.........ち、因みにどうして?」

 

 

ラモーヌ「残らないもの。形として」

 

 

桜木「.........そう」

 

 

 あ〜〜〜!!!この人は.........!!!ほんっっっとうに俺と感性がお合いにならない!!!

 一瞬だからこそ生まれる物がある!!!それが[奇跡]だろうが[悪夢]だろうが全部が全部ひっくるまって[作品]になるんだよ!!!

 

 

 .........なんて話した所で、相手にされない事は目に見えている。俺は諦めて運転に集中する事にした。

 

 

ラモーヌ「マックイーンのトレーナー?」

 

 

桜木「?はい」

 

 

ラモーヌ「貴方、つまらない人ね」

 

 

桜木「」

 

 

 お、折れた.........俺の中で、既にこの人と仲良くなろうという気持ちが.........完全に.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 .........と言うか名前覚えられて無くね?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 慌ただしさと静けさが共存する場所。ビーチから離れたショッピングモールは正に、そう表現出来るくらいの多くの人々が居た。

 

 

ラモーヌ「.........」

 

 

桜木「.........あんまりフラッとどこかへ行かないで下さいよ?俺、人探し苦手なんで」

 

 

ラモーヌ「そう」

 

 

 つまらない。なんてさっきは言ったけど、ようやく少しは良い顔つきになった。さっきまでの彼は私が[よく見る人の顔]をしていたのだけど、今ではすっかりその様子も無い。

 彼の背中は何故かすっかり疲れ切っているけれど、私は彼の後を着いて行った。

 

 

 一番初めはアクセサリーショップ。安価で在り来りな物が売っているお店。

 

 

桜木「これとかどうです?」

 

 

ラモーヌ「.........」

 

 

桜木「こ、これとかは?」

 

 

ラモーヌ「ふぅん?」

 

 

桜木「これって.........」

 

 

ラモーヌ「.........貴方が良いと思うなら喜ぶと思うわ」

 

 

桜木「.........じゃあ仮に俺がラモーヌさんにこれをプレゼントしたとして、その時俺の事どう思います?」

 

 

ラモーヌ「センスが無い」

 

 

桜木「」

 

 

 私の言葉を聞いて絶句して彼は放心した。しばらくして動き出した彼はカゴに入れていた商品を全て棚へと戻したわ。

 

 

 そしてその後に向かったのはマグカップや日用品の置いてあるショップ。こっちは実用的な物があって見応えがあったわね。

 

 

ラモーヌ「あら、このスリッパ.........」

 

 

桜木「どうしました?」

 

 

ラモーヌ「かなり材質が良いって聞いたわ。てっきり高級品かと思って爺やに探させていたのだけど、ここにあるなら見つかりっこないわね」

 

 

桜木「へー。因みにどんな材質なんです?」

 

 

ラモーヌ「ふわふわなの。とにかく」

 

 

桜木「.........じゃ人数分買いますか」

 

 

 自分の事に関しては信じ切れないけれど、誰かの事になると信頼しきる。不安を感じる性質を感じるけれど、そこに関しては私が言うべきことでは無い。

 

 

 後は.........そうね。お昼ご飯も食べたわ。

 

 

桜木「お腹いっぱいなりました?」

 

 

ラモーヌ「ええ」

 

 

桜木「本当に?」

 

 

ラモーヌ「.........ええ」

 

 

桜木「.........ラモーヌさんの普段のトレーニング量から見れば、後ラーメン二杯分くらいは食べれますよ?」

 

 

ラモーヌ「!」

 

 

 こういう時の目ざとさ。とでも言えば良いのかしら?トレーナーって存在はどうも私達ウマ娘の事を隅から隅まで見てくるわ。

 最初こそ鬱陶しい事この上ないと思っていたのだけれど、自分の時間もまともに取れなくなったせいもあって、前にも増して彼等彼女等の存在が必要不可欠であると思える様になった。

 

 

 .........そして、驚くべき事に、目の前の彼という存在がこの時間を通して、面白い程私の中でその立場が変わって行った。

 見ていないようで見ている。見ているようで見ていない。そんなアンバランスさが実に巧妙。だからこそ目が離せない。

 きっとあの子もこういう所に惹かれたのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 .........最初はそう、そう思っていわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ラモーヌ「帰る前に寄って欲しい所があるの」

 

 

 買ったお土産をトランクに詰めていると、ラモーヌさんが突然そんな事を言い出した。もしかして、何かいいお店でも知っているのだろうか?

 そんな彼女の提案を呑んで指示通りに運転をすると、ある場所に辿り着いた。

 

 

桜木「ここは.........」

 

 

ラモーヌ「休養期に身体を動かす為の場所よ。傍に作ったら休む事を忘れてしまいそうだから、少し離れた所に作らせたの」

 

 

 何の気なしに彼女はそう言ってのけてくれたが、俺は目の前の光景にただ唖然とするしか無い。

 そこは下手なウマ娘用のトレーニング施設より広く、そして設備が整っている。筋力を鍛える為の屋内や芝ダート両方あるトラックコース。果てには取材陣用の待機場所まで設置されている。

 改めてメジロ家と言うのはドデカイ家であり、俺は今更そんな家の子とお近付きになってしまったという現実がプレッシャーとなって襲いかかって来た。

 

 

 しかし、何故ここに来たのだろう?マイペースなラモーヌさんの事だから走りたくなった.........と言う事もあるかもしれないが、事走りに関しては右に出る者が居ない程にその行為。そしてそのものを愛している。

 .........ってマックイーンが言ってた。彼女が言ってるのなら間違いない。

 

 

 そんな状態で呆けていると、不意に視界に何かが勢いよく近付いてくる。慌ててそれに手を出すと、今まで触れたことの無い様な手触りを感じた。

 よく見てみると、それはラモーヌさんが来ていた上着だった。

 

 

桜木「え、と?」

 

 

ラモーヌ「見てなさい。マックイーンのトレーナー」

 

 

ラモーヌ「[いずれ辿り着く境地]を.........」

 

 

桜木「!」

 

 

 妖しさが含まれた笑みをこちらに向け、身体を解し始めるラモーヌさん。流石はプロ。その身にまとった空気は既に走り始める直前の物へと変わっていた。

 身体の一部分一部分を確かめて行き、ゆっくりと姿勢を前傾にしていく。その動作に気を配る様子は全く無いどころか、目すら瞑っている。彼女にとっては既に何千、いや何万も行った動作だと言うことがわかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――フッ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 息を入れた。その瞬間身体は緩やかに前方へ行く。均整の取れたバランス感覚。その身体の比率を極限まで研究した歩幅と腕の運動量。呼吸のタイミング。足裏から地面に対するアプローチ。

 全てが一級品。この世界のプロは学生と大差ないと言っていたが、前言撤回しよう。居るには居る。極限まで走る事を追求した者だけが到達する領域に、足を踏み入れたプロが居るということを。

 

 

 身体のブレも不安を感じさせるような歪さも無い。遠くから見ても、近くに寄っても変わる事は無い。

 

 

 彼女はまさに、[完全]であった。

 

 

桜木(.........凄いな)

 

 

桜木(.........うん。凄い)

 

 

 圧倒的だ。もし学生時代にもあんな走り方が出来ていたのなら、やはり抜きん出ていたに違いない。残念な事に俺の知識は近年の物しか無い。

 正直言って彼女どころか、生徒会長であるシンボリルドルフの走りすら、あまり詳しく見れては居ない。

 それでも、目の前で見せられている物の凄さは分かる。伊達に六年間、この世界に身を置いては居ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――けど、[凄いだけ]だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ラモーヌ「.........どう?」

 

 

桜木「.........」

 

 

 ―――ただの気まぐれだった。別に普段から自分の走りを、誰かに見せびらかす様な事はしては居ない。

 けれど、彼には見せておきたかった。私達の大事なマックイーンを預かるトレーナーである、彼には.........

 

 

 彼に近付き、上着を受け取る。その表情は真剣で、真っ直ぐとした物を感じるけれど.........[あの人]とは違う何かを、感じる。

 

 

桜木「.........さっき、貴女は言った。[いずれ辿り着く境地]だと」

 

 

ラモーヌ「ええ。あの子ならきっと―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「行きませんよ。そこには、絶対」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 .........予想もしていなかった言葉が叩き付けられる。上着の袖に手を通していた所に不意を突かれてつい動きを止めてしまったけれど、その答えが直ぐに私の中に生まれない事を悟ってその動きを再開する。

 

 

ラモーヌ「.........どうして?」

 

 

桜木「全てに置いて完成している。スタミナの消耗効率も、加速度の増加率。そしてピークの持続時間。全部」

 

 

桜木「けれどそれは無理なんですよ」

 

 

 優しい微笑みを見せた後、彼はタープに沈む夕日を眺めていた。その表情はどこか、懐かしい思い出に浸っている様にも見えた。

 

 

桜木「.........初めてあの子を見た時、才能を感じました。それだけの子だったら、きっと目指してたかも知れません」

 

 

桜木「けれどその奥に、確かに[あの子]が居たんです。[メジロマックイーン]の名と才能のその奥に」

 

 

桜木「俺は誰一人として、[同じ走り方]を強要しません。それぞれの強みで、それぞれの個性を持って走らせたいと思っています」

 

 

 .........トレーナーとしての信念。けれどそう言うには些か優しさが過ぎる。誰にも譲れない筈の部分が、その誰かによって成り立ってしまっている危うさがある。

 けれど彼はきっと、その危うさを抱えたままここまで来た。だからその危険性とそこから来る苦難を、よく知っている。

 

 

ラモーヌ「.........それで勝てる程、この世界は甘くないわよ?」

 

 

桜木「知ってますよ。その上で勝つんです」

 

 

桜木「.........いや、ちょっと違うかな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺は、[あの子達と勝ちたい]」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ラモーヌ「.........!」

 

 

 恥ずかしさを笑顔で誤魔化しているけれど、その言葉は本物の、彼の思いそのものだった。

 そしてようやく分かったわ。何故あの子が、彼に惹かれたのかを.........

 

 

 自分を見てくれる。[ウマ娘]としてでは無く、一人の[個]として向き合ってくれる。

 やりたい事やなりたい物に一緒に向き合ってくれて、進んでくれる。

 

 

 私にとっての[あの人]も.........確かそうだった。

 

 

 私が心の中に抱えていた漠然とすらしていない不定形な理想。それを言葉にし、それを目標にしようと行動してくれた。

 今にして思えば、先の見えない道を歩こうとするなんて、セオリーを考えれば得策じゃない。

 

 

 けれどだからこそ、私は今こうしてここに立っている。

 

 

 [完璧]を超えた先。[完全]と言う場所に.........

 

 

 一つ。楽しみが増えた。彼等が、彼女等が何処を目指し、そして何に辿り着くのか.........

 

 

ラモーヌ「.........じゃあ、ひとつ聞こうかしら?」

 

 

ラモーヌ「貴方が目指している物。それを言葉で表してくれる?」

 

 

桜木「.........簡単ですよ」

 

 

 ターフに落ちる夕日。それから目を離した彼は、私の方を真っ直ぐと見つめる。若々しい表情と心意気がその目から伝わってくる。

 そして彼のその言葉を聞いて、真に理解する事が出来たわ。

 

 

 彼が目指している場所が.........私の居る場所と対極的な位置にあるのだ、と.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「[奇跡]のその先。[それ]を超えた場所です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オル「うわぁ〜ん!!もっと泳ぎたいっス〜!!!」

 

 

フェスタ「ワガママ言うんじゃねー。第一遊びに来てたんじゃねーんだぞ」

 

 

 バスの入り口で通せんぼをするオルフェーヴル。その背中を蹴っ飛ばして強引に乗車させるフェスタを見て、ようやくこの合宿が終わるのだという実感が湧いてきた。

 

 

マック「来年も楽しくなりそうですわね」

 

 

桜木「いや〜.........良いかなまた暫くは」

 

 

ウララ「えぇー!!?ウララ来年も強くなりたーい!!!」

 

 

 夏合宿。その前とかその最中とかは気にしなかったが、終わった途端の疲労感が半端ない。歳を食ったとかそんな生易しい物では無い気がする。

 来年.........来年はまぁ、やってもいいかな?ここ以外の場所で.........

 

 

 そんなこんなでゲンナリしていると、足音が背後から聞こえて来た。振り返ってみるとそこには、ラモーヌさんが立っていた。

 

 

ラモーヌ「あら、もう帰るのね」

 

 

桜木「いや〜、マックイーン達の夏休みも終わりっすからね。流石に?」

 

 

ラモーヌ「夏休み.........?ああ、確かにそんなものあったわね」

 

 

 マジかよこの人。夏休みの存在を知らずして学生を終えたのか.........?その言葉に俺含めた数人の大人が冷や汗を垂らしている。流石はメジロラモーヌ。走りに全てを捧げている女性だ.........

 

 

 しかし、そんな俺達を気にすることなく、彼女は微笑んで別れの言葉を言った。

 

 

ラモーヌ「マックイーンの事を頼むわね。桜木トレーナー」

 

 

桜木「ええそりゃもう!!大事にしますとも!!」

 

 

全員「.........はぁ」

 

 

マック「.........///」

 

 

桜木「.........え?え!!?俺変な事言っだだだだ!!?」

 

 

 俺の言葉に何故か殆どの人達が溜息を吐き、マックイーンに至っては俺の脇腹に手刀を当てて更にバスの中へ詰め込もうとしてくる。お、俺が一体何をしたって言うんだ.........!!?

 

 

 .........でもまぁ、ラモーヌさんと仲良くなるって言う目的は達成出来たんじゃないだろうか?さっきも笑ってくれたし、俺の名前だって.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 .........え!!?名前ッッ!!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「ちょ!!!待って!!!今ラモーヌさんに俺名前!!!」

 

 

マック「何ですか!!!名前くらいでそんな鼻の下を伸ばして!!!」

 

 

「いや!!!伸ばしてないから!!!」

 

 

「だったら何でそんなに喜んでるんですか!!!やっぱり浮気.........!!?」

 

 

「へぇ!!?何でそっちの話になるのォ!!?」

 

 

「っっ.........!!!トレーナーさんの.........おバカァァァァ―――ッッ!!!!!」

 

 

「ぎゃあああぁぁぁぁぁぁ.........!!!」

 

 

 

 

 

 ―――遠ざかっていくバス。けれどその騒ぎ声はこっちにまで響いて来る。あの中にマックイーンが居ると思うと、何故だか嬉しい気持ちが生まれてくる。

 

 

ラモーヌ「.........そろそろ夏が終わるわね」

 

 

 波のさざめきを聴きながら、風に揺らされる髪を押さえる。夏が終わればまた、プロとしての責務を背負わされる事になる.........

 

 

 今まではただ面倒なだけだったけれど、今は少しだけ、心が違う。

 

 

 私も[強い]だけでは無い.........[あの人]の様な、[大人]になる為に.........

 

 

ラモーヌ「.........そう言えば、次のレースの予定を聞きそびれていたわね」

 

 

ラモーヌ「面白い相手が出てきてくれれば良いのだけれど.........」

 

 

 上着のポケットに入れている携帯電話を取り出し、番号を入れながらその電話の向こう側の人を心待ちにする。

 .........結局私も、マックイーンの事を言えないくらいには、あの人に色々提供されているかも知れない。

 

 

 そんな自分も悪くない。芸術品には粗がある方が丁度いいのと同じくらいには.........そう思える事の出来る夏にはなったのだった.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もしもし?次のレースはいつかしら?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

......To be continued



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チーム宣伝の為にデジタルが描いてくれた漫画ですんごく反省した話

 

 

 

 

 

 夏が過ぎ去っていった。日の落ちは明らかに早くなり、肌寒さも感じるようになってきた今日この頃。

 チームとしては普段と変わった事は特には無い。やるべき事をやり、そしてそれをこなしていく中で成長を実感していく。そんな毎日だ。

 

 

 .........唯一、以前と変わった点と言えば。

 

 

マック「.........♪」

 

 

桜木「Zzz.........」

 

 

タキオン「.........デジタルくん。まさか君が来た時からかい?」

 

 

デジ「ええ。残念ながら」

 

 

 私の目の前に居るのはソファーに座るマックイーンくんと、その彼女の膝を枕替わりにして寝ているトレーナーくんだ。ここ最近この二人の距離感が計り知れない所まで来ている。ここは仮にも学校だぞ。

 

 

 私の問うた質問にデジタルくんは頭を横に振りながら簡潔に答えた。まるで手遅れの患者に宣告を告げる医師の様に。

 それを聞いて私は自前の紅茶(砂糖少なめ)に更に紅茶を投入した。理由は口の中が極限的なまでに甘いからだ。

 

 

タキオン「マックイーンくん?浮かれるのは良いが君は学生。彼はトレーナーだよ?責めて節度を持ってだね.........」

 

 

マック「.........ぐぅ」

 

 

タキオン「寝たフリをするなおバカ!!!」

 

 

マック「だ、だってだって!仕方ないではありませんか!!!こんなに可愛らしい寝顔をしてるんですよ!!?膝枕しない方が可哀想ではありませんか!!!」

 

 

タキオン「どういう理屈だい!!?」

 

 

デジ「どれどれ〜?」

 

 

マック「見過ぎです!!!」

 

 

デジ「一秒も見てませんけど!!?」

 

 

 .........とまぁそんなこんなで手を焼いている。という訳だ。見たまえ、普段のデジタルくんならばハイになって灰になる所だが最早眉すらピクリとも動かない。完全に耐性が着いてしまっている.........

 

 

タキオン「はぁ.........どうするんだい?チームメイトが増えたら、君は言うのかい?自分のトレーナーと付き合ってますと」

 

 

マック「.........?何か問題でも?」

 

 

タキオン「ああそうかいじゃあ言えばいいさ言えば!!!言って周りに言いふらされて生徒会にまで話が行って終いには理事長の耳に入って彼はクビだありがとうございましたどういたしまして!!!」

 

 

マック「.........どうしたんですの?タキオンさん」

 

 

デジ「えぇ.........?」

 

 

 こ、この.........!!!まるで彼がするようなとぼけ方まで似てきてしまって.........!!!

 ああ憎いっ!!!あそこまでくっつけくっつけと思っていた私ではあるがもう既に憎い!!!こんな騒がしい所で寝られるその根性賞賛に値する!!!起きて私の言葉を是非とも一度喰らって欲しい物だねぇ!!!

 

 

マック「まぁ冗談はここまでにして」

 

 

タキオン「冗談.........!!?半分は本気だっただろう!!?」

 

 

マック「本気が半分でも九割でも少しでも冗談が混じればそうなりますわ」

 

 

デジ「それがまかり通るなら爆破予告とかで人は検挙されないんですよ.........」

 

 

 もう目の前に居るのは私の知っているマックイーンくんでは無い。私の知っている彼女はもう少し理知的で理論派だった。それが夏合宿のあの日を境に.........

 

 

マック「.........私だって、彼の事になると普段通りの自分で居られなくて不安なんです。どこか自分の感情に振り回されている様な.........」

 

 

タキオン「マックイーンくん.........」

 

 

マック「.........でも、それが[恋]と言うのなら、それに身を任せるだけですわ」

 

 

桜木「.........んぁ.........?」

 

 

 彼女が自分の思いを言葉にし終えたタイミングで彼が目覚めた声を上げる。何ともまぁ寝ぼけ100%の間抜けた声が聞こえて来たが、それが可愛いのだろう。彼女はその頭を撫でていた。

 

 

桜木「ごめ.........寝てた.........」

 

 

タキオン「おはようトレーナーくん」

 

 

桜木「んん.........おはようちゃん.........」

 

 

 欠伸をして身体を起こす彼。寝起きの挨拶をするとやはり、成人男性にしては可愛らしい反応を返してくる。普段から人畜無害さは前面に出ていたが、この寝起きという本性のでやすい状態でもそれならば、本当にそうなのだろう。

 見たまえ。隣に居るマックイーンくんを。あまりの光景に口元を押さえて可愛らしい反応をしている。このバカップルが。何で本当に今までくっついて居なかったんだ?

 

 

桜木「何の話してたの.........?」

 

 

デジ「新しくチームに人が入ったとして、今のトレーナーさんとマックイーンさんの関係性をどう伝えるかの話し合いですよ」

 

 

桜木「.........隠し通せるかなぁ?」

 

 

タキオン「今のこの状態だと無理だろうね」

 

 

 未だに眠そうな顔でマックイーンくんに問いかけるトレーナーくん。私の言葉に賛同するように彼女もコクリと頷いている。

 そんな私達の心配を他所に、彼は身体を伸ばしながら凝りを解していく。暫くそうしていると何かを思い出したかのようにあっ、と声を出した。

 

 

マック「?どうしました?」

 

 

桜木「そう言えば、秋のチーム宣伝イベントに申請出してたの忘れてた」

 

 

「「「.........は?」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「はァァァァァァ!!!??」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 秋のチーム宣伝イベント。チーム陣は入学時には見抜く事の出来なかった良い生徒を。生徒側はその時は持てなかった自信を持って望む。言わば学園側から用意された救済処置.........

 なのではあるが、沖野さんの話を聞いているとどうしても高校とかの新入生がカモになるあの部活動っぽい物を感じてしまう。結局はまぁチームの事を知ってもらって、そこから入ってもらいましょうよってな感じのイベントな訳だ。

 

 

デジ「もう!そういうのは早く言ってください!!デジたん遅筆なんですからね!!!」

 

 

桜木「いや〜ごめんごめん。また選抜レースで見ていくのかなって思っちゃったからさ〜」

 

 

デジ「デビュー前なら兎も角、このイベントに来るのは殆どがクラシック期の子達ですし、何ならそのウマ娘ちゃんのトレーナーさんがサブトレーナーになる事の出来るイベントですから」

 

 

 .........うん。何も知らなかった。これだからレースの事しか頭に無い大人はダメなんだ。先が思いやられるぞ?

 

 

 はてさてそんなこんなでそのイベントへの知識を深めた俺だが、今回使う手法は[漫画]。それを通して俺達チーム[スピカ:レグルス]の事を知ってもらおうって策略。

 .........とか言っておきながら、今回参加するって言った後直ぐに、そういう用意はしてあるか?ってデジタルに言われたんだよなぁ.........最近、とことん抜けてる気がする.........

 

 

 それでも、ウチのデジたんが三日で書き上げてくれましたぁ〜.........今日はその完成品を見せてくれる予定になっています〜。

 

 

デジ「.........なんか、一体一だとトレーナーさんが編集さんみたいですね.........」

 

 

桜木「えぇ?良いよ良いよ緊張しなくて。食わず嫌いは無いからどんな物でも読むよ〜俺〜」

 

 

 チームルーム。テーブルを間にしてデジタルと向かい合って座る。紙袋から一冊の本。つまり原本を出して俺に見せてくれる。

 タイトルは.........

 

 

桜木「ほぇ〜。[レグルステクニック].........?」

 

 

デジ「ひ〜.........!!緊張しますね〜.........!!」

 

 

 う〜む。タイトルからじゃ内容が想像がつかないな.........これはなんかこう、きっとトレーナーのテクニックでウマ娘が強くなるー。みたいな事を書いてくれたんだろうな。

 わざわざチームの為にそんな誇張表現までしてくれるだなんて.........!俺は嬉しいよ.........!!!

 

 

 そんな感極まりながらも、俺は記念すべき一ページ目を開いた。

 

 

 

 

 

デジ[う〜〜〜チームチーム!]

 

 

桜木「ちょっと待って」

 

 

 一ページ目の一コマ目。俺はそれを目にした瞬間すかさずその本を閉じた。

 

 

 見てはいけないものを見た気がする。いや、正確にはどこかで見た様な物。健全な中高生は決して見ちゃいけない内容の.........こう、インターネットの[聖遺物]に類似した物が見えた。

 

 

桜木「なにこれ?」

 

 

デジ「レグルステクニックですけど」

 

 

桜木「.........よし分かった。最後まで見てやろう」

 

 

 とぼけた顔で何か?みたいな顔をして彼女は言った。よーしそっちがその気なら俺も覚悟を決めようじゃないか。これが本当にイベントに出していいものなのか.........見定めてやる.........!!!

 

 

 

 

 

デジ[今、チームを求めて全力疾走しているあたしはトレセン学園に通うごく一般的なウマ娘]

 

 

デジ[強いて違う所を挙げるとすれば、チームに興味があるとこかナ―――名前はアグネスデジタル]

 

 

桜木(何でチームに興味ある事が異端なんだよ)

 

 

デジ[そんな訳で帰りにレグルスのチームルームにやってきたのだ]

 

 

桜木(来ないで)

 

 

 ふと見ると、ベンチに一人の若い男が座っていた。

 

 

桜木(なんでチームルームのど真ん中にベンチがあるんですか?)

 

 

 ウホッ!良いトレーナー.........

 

 

桜木(俺じゃん.........)

 

 

 そう思っていると突然その人はアタシの見ている前で.........

 

 

桜木(やめろォォォォ!!!!!)

 

 

 有馬記念の実況を始めた。

 

 

桜木(どゆこと?)

 

 

桜木[走らないか?]

 

 

桜木(お前はなに?)

 

 

 そう言えばこのチームのトレーナーは滅茶苦茶で有名だった。

 

 

 良いトレーナーに弱いあたしは誘われるままにホイホイと担当契約を結んでしまったのだ.........♡

 

 

桜木(ハートマークを付けるなハートマークを)

 

 

 彼―――ちょっとワルっぽいトレセン学園のトレーナーで

 

 

桜木(逆にトレーナーじゃない方が怖いわ)

 

 

 桜木 玲皇と名乗った。

 

 

桜木(そこは違って欲しかった)

 

 

 トレーニング・レース調整もやり慣れてるらしく、チームに入るなりアタシはG1に出走させられる事になった。

 

 

桜木(鬼畜過ぎない?)

 

 

桜木[良かったのかホイホイ着いてきて。俺はヒトミミだって構わないでメイクデビューさせちまう人間なんだぜ?]

 

 

桜木(お前なんなんだよッッ!!!!!)

 

 

デジ[こんなこと初めてですけど良いんです.........]

 

 

桜木(良いんだ.........)

 

 

デジ[あたしウマ娘ちゃん好きですから.........]

 

 

桜木(だからっていきなりG1行く必要も無いと思うけどもなぁ俺はっっ!!!)

 

 

桜木[嬉しい事言ってくれるじゃないの。それじゃあとことん走らせてやるからな]

 

 

桜木(マジでお前ぶっ殺すぞ)

 

 

 

 

 

 ―――ふふふ、困ってます困ってます。あたしが見たかったのはその顔なんです。

 

 

 そもそもなんであたしがわざわざこんな手の込んだパロディ.........いえ。はっきり言いましょう。パクリ漫画を書いたのか。それはトレーナーさんを懲らしめる為です。

 やりたい放題やって怒られそうになったらすぐに良い人になる。彼は大人ですけど、その態度の使い分け?それがとってもデジたん的には嫌に思えるんです。

 

 

 今回の話だって、前々から言っていたら別に普通に作ってましたよ?でも、一週間後のイベントの詳細を知らずに、知った後には漫画を作ってくれーって、酷くないです?

 

 

桜木「.........デジタル」

 

 

デジ(くふふ、さぞかし酷い漫画だったでしょう。泣いて謝ってくれたらちゃんと作った方を)

 

 

桜木「これめっちゃ面白いね」

 

 

デジ「.........は?」

 

 

 あれ。さっきまで渋い顔してたのに、なんかケロッとしてます。もしかしてあたし、選択を間違えました?

 一から終わりまで読み終わったはずの彼ですが、もう一度最初のページへと戻り、パラパラと中身を流し見して行きます。

 

 

桜木「いや〜クオリティ高いわー。特に最後のやつ俺滅茶苦茶好きなんだよね」

 

 

デジ(.........あれ、最後何描いたんだっけ?眠くて適当に描いちゃったけど.........)

 

 

 普段なら絶対に有り得ない状態。ラストシーンを覚えてないなんてあたしはどれだけトレーナーさんの事を思って描いたのでしょう。

 彼から返された本の中身を開き、私はその最後のページに目を通しました。

 

 

 

 

 

 ―――休日の朝八時くらいですかね、突然トレーナーさんから「デジタルお前暇か?」って電話が掛かって来たんですよね。

 「いや昨日マイルチャンピオンシップ南部杯出て疲れてるんですけど」って答えたら「今次のレースの調整考えてるから良ければお前も来てくれ」って言うんですよ。

 それで、ちょっと期待しながら学園に行ってみたら、結構綿密に計画立てていてあたしもちょっとやる気になっちゃったんですよね。

 でも詳細が分からなくてトレーナーさんが居ない間に紙捲ったらそのレース計画[香港]だったんですよ(驚)

 「トレーナーさん、海外じゃ無いですか!」って文句言ったら「走れりゃ良いじゃねぇか!」って怒るんですよ。

 でもまあトレーナーさんの言う事も一理あるなって。外国のレースを走るのもまた経験だなと思ってたら、トレーナーさんが「デジタル。芝を走って貰う事出来るか」って言うんですよ!出来るわけないじゃないですか!

 「是非ともお前に世界で勝って欲しい。最近ダート続きで流石に飽きてきたと思った」って。

 なんなんですかその心遣い。(呆)

 普通のウマ娘ちゃんはコース変更なんてコロコロしないしトレーナーもやりたくないんですよ。

 結局あたしは香港で芝を走って勝つ事が出来ました。

 もう二度とやりたくありません。(疲)

 

 

 

 

 

 ―――ああそうでしたそうでした。ついつい寝ぼけた頭でネットサーフィンしてたら面白い文章を見つけたんで文字ったんでした。

 というかなんですかこれ。あたしが書いたとはいえ酷すぎません?鬼畜そのものじゃないですか。普通ダートG1走った後に芝のG1なんて行きませんよ。

 

 

 それにしても最後文字だけってどんだけ眠かったんですか。いつもだったらもっと描いてますよ.........

 

 

桜木「いやー。面白いなー」

 

 

デジ「ええ。出しませんよこれは流石に」

 

 

桜木「ええ!!?」

 

 

デジ「トレーナーさんを懲らしめる為に描いたんですから。こんな反応になるなんて予想外です」

 

 

 

 

 

 ―――溜息を吐きながらデジタルは俺に渡してくれた本を紙袋の方へと戻して行った。こんなに面白いのに勿体ない。

 そう残念がっていると、デジタルは先程とは違う本をテーブルの上に出してきた。

 

 

デジ「こっちはどうです?結構前から描いてた奴でレグルスの事しっかり描いてますよ」

 

 

桜木「う〜ん、まぁデジーがそう言うなら」

 

 

デジ「急にあだ名つけて来ますね」

 

 

 とりあえず先程の本と交代する形で出てきた本を手に取ってみる。ページ数はさっきのとそう変わらないだろうか?

 しかし、これはデジタルが以前から描いていてくれたもの。つまり彼女が抱くレグルスに対する真の気持ちが詰まっていると言っても過言では無い代物だ。

 一体彼女は普段から何を―――

 

 

 

 

 

マック[トレーナーさん♪はい、あ〜ん♡]

 

 

桜木[ま、マックイーン?みんな居ないからってそれは.........]

 

 

マック[あ〜ん♡♡♡]

 

 

桜木[あ、あ〜ん.........]

 

 

 ―――な

 

 

マック[あ、の.........二人の時は、その.........玲皇さんって呼んでもいいですか.........?]

 

 

桜木[え.........う、うんっ]

 

 

マック[で、では.........玲皇、さん.........♡]

 

 

桜木[っ.........///]

 

 

 な、なな.........!!!

 

 

桜木[マックイーン〜♪]

 

 

マック[ひゃっ♡もう、急に後ろから抱き締めるなんて.........卑怯です♡]

 

 

桜木[ごめんね〜、ちょっと甘えたくなっちゃったんだ.........]

 

 

マック[ふふ♡そうと言ってくだされば、前からぎゅってしてよしよしして差し上げましたのに.........♡]

 

 

 な、ななな―――

 

 

 

 

 

桜木「.........なんでぇ.........?」

 

 

 嫌な汗が絶え間なく額から流れ出て行く。絶大な甘さのあるシチュエーション。例えるならばチョコの上にイチゴジャムを塗りたくったような甘さのそれから顔を上げてデジタルの顔を見ると、そこには腕を組んで呆れた顔をしている彼女がそこに居た。

 これは彼女の妄想では無い。この一つ一つの内容が実際に俺の記憶の中にある。ここ最近マックイーンとのやり取りだ。俺はしっかりとそれを記憶している。

 

 

 だ、だけど俺はしっかり「誰も居なかった」―――!

 

 

デジ「.........それを確認して、やり取りされてたんですよね?」

 

 

 また嫌な汗が溢れ出す。まるで刑事ドラマで尋問を受けている犯人の様だ。唯一違う所があるとするなら、証拠はどこだ?なんて取り繕う事なんて出来ない事実が目の前に掲示されている事だけだ。

 俺は何も言えずに、ただ口を開閉させるだけの存在になっていた。

 

 

デジ「.........一つ目の漫画はトレーナーさんの滅茶苦茶を懲らしめる為です。そしてこっちは.........節度を守らないトレーナーさんを懲らしめるものです」

 

 

桜木「せ、節度って.........ま、周りにはちゃんと気を配ってるし!!ちゃんと皆のトレーニングだって」

 

 

デジ「このイベントの話をした時、トレーナーさんマックイーンさんに膝枕されてましたよ?」

 

 

桜木「.........へ?そうなの.........?」

 

 

 気付いてなかったんだ。彼女はそう言ってまた溜息を吐いた。え、俺そんな事されてたの?そしてそれをタキオンとデジタルに見られてたの.........?くそ恥ずかしいじゃん.........

 

 

デジ「最近、ウララさん達がお昼休みに集まらないですよね?」

 

 

桜木「え?あ、ああ.........で、でも放課後にはしっかりチームルームに顔出してくれるし、あまり気にしてな―――」

 

 

デジ「トレーナーさんのせいですよ」

 

 

桜木「!」

 

 

 ドキっ。と心が跳ね上がる。俺は今アグネスデジタルに心を掴まれている。勿論、史上最強に悪い意味で。

 それに.........今の彼女の表情。完全にあの時と同じ物になっている。俺が壊れ、全てを捨てようとして、消えようとしたあの夜に見た.........

 

 

デジ「皆さん気を使ってるんです。折角マックイーンさんとくっついたんですから、あたしも嬉しいですし、何ならイチャついても構わないと思っています」

 

 

桜木「.........」

 

 

デジ「でもそれでチームの形が崩れるのが許せないんです。言っている意味、分かります?」

 

 

桜木「ひっ.........」

 

 

 怖い.........もうデジタルの身体から何か、金色のオーラが出ているのが分かる気がする.........これじゃあまるで獅子に睨まれてる小鹿じゃないか.........俺玲皇だけど.........

 

 

デジ「.........これからどうすべきか、分かりますよね?」

 

 

桜木「はいっ!はいっ!!!そりゃもう!!!チームトレーナーとして気を引き締めて!!!やって行きたい所存でございます!!!」

 

 

デジ「.........」

 

 

桜木「.........っ」

 

 

 静かに見つめてくるデジタル。先程の睨みとは違う、相手が信用に足るかを見定めるその目。俺はそこから目を逸らさず、じっとその目を見つめ返す。

 ここで信用を得られなければチームは.........いや、俺が終わる。確かにマックイーンの事は大事だ。けれど俺はトレーナー。それと等しく、他のチームメンバーも大事にしないと行けない。

 忘れてなんて居ない。けれどその想いが些か足りていなかったんだろう。俺はそれを.........反省している。

 

 

デジ「.........分かりました。トレーナーさんを信じましょう!」

 

 

桜木「.........ごめん。デジタル」

 

 

デジ「いえいえ!浮かれるのは仕方ないですよ!!お二人が幸せになってくれればそれで良いのです!!今の内に解決して置けば心配もありませんから!!」

 

 

 先程までの真面目さとは打って変わり、彼女はいつも通りの笑顔が多いデジタルに戻ってくれた。そして、彼女の思いを聞いてようやく理解出来た。

 結局、これも俺とマックイーンを思っての事なんだ。きっとこれが無いまま過ごして行ってウララ達の事に気付いた時、俺もマックイーンもきっと悲しくなってしまう。

 それを防ぐ為にわざわざこうして釘をさしてくれたんだ。この子は本当、いつも俺を助けてくれる。

 

 

デジ「.........あっ、そう言えばイベントの方はどうします?後一週間くらい猶予ありますから、描き直せますよ?」

 

 

桜木「いや。流石に悪いよ。ここはもうこの身一つで宣伝して行こう」

 

 

 もう十分助けて貰ったんだ。これ以上助けを求めるのは流石に気が引ける。アイディアは特に浮かんでこないが.........まぁ、他の子達に助け舟を求めるしかない、か.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして迎えた秋のチーム宣伝イベント。場所は体育館で時間帯は放課後。想定よりも多くの人達で賑わっている。ウマ娘、新人トレーナー問わずにだ。

 他のチームを見ればパンフレットを配ったり映像資料を見せたりと非常に手が込んでいる。リギルに至っては効率の良い練習法やデータの扱い方なんかを簡単に教えてくれている。

 

 

桜木(流石だなぁ.........)

 

 

 チーム[リギル]。そのシステムは他のチームのそれとは大分違う。チームトレーナーとして東条ハナさんが居て、それを中心に所属しているウマ娘の担当トレーナーに指示を送る。例えるなら正に[会社]と言っても良いだろう。

 その特異性と機能性。ウマ娘とトレーナーが両方育つ環境を作り上げているが、現在ハナさんが正式に担当を持っている子は居ない.........と言うか、この形態だと持つのが難しいだろう。

 

 

 一番繁盛しているのがそのチーム[リギル]。肝心の[スピカ:レグルス]はと言えば.........

 

 

マック「安いですわよー!安いですわよー!採れたてのにんじんがお買い得ですわよー!」

 

 

タキオン「このブランドにんじん!無添加無肥料で作られているのだよ!!普通に購入するとお値段2万9800円の所を!!」

 

 

ウララ「チームに入るとねー!!無料なんだってー!!」

 

 

ライス「そ、そんなにんじんさんを使った美味しいお料理レシピも付いて来るんだよ.........!!た、食べて見た人の感想もちゃんとあるよ!」

 

 

ウマ娘B「私は体質で家電品を扱えませんが、それでも簡単に調理する事が出来ました。これもマス.........桜木トレーナーさんが作ってくれたレシピのお陰です」

 

 

マック「そんな美味しいにんじんと素敵なレシピが合わさった物がなんと!!チームに入っただけで無料ですわー!!早い者勝ちですわよー!!」

 

 

桜木「.........はは」

 

 

 他から見りゃな〜にやってんだか.........ってなるかもしれんけど、これがうちのチームである。良い面子が揃ってるんだけど、何故か残念と言うか.........そこが可愛いんだけども.........

 全員が制服の上から法被を着て、ブルボンに至ってはモザイクガラスを手に持って必死に声を作っている。そんな様子を見れば誰だって笑ってしまうだろう。

 

 

デジ「.........誰も来ませんね」

 

 

桜木「そりゃぁ、速く走れるようになりたいって思ってるのにこんな的外れな宣伝してたら.........ねぇ?」

 

 

デジ「やっぱり売ります?桜マク本」

 

 

桜木「やめて」

 

 

 そっちの方が嫌だわ。チームに人が来ないより。そもそも誰が好き好んでこんな冴えない男と知ってる顔の女の子がいちゃラブチュッチュする本を貰ってくれるんだ。万が一売れてもレビューに☆1付けられて送り返されるのがオチだ。

 

 

 頬杖を付きながら必死に宣伝するマックイーン達の背中を見る。うちの前には見事にお客さんなど居やしない。トレーナーもウマ娘も、チラチラ見て申し訳なさそうに笑っている。逆にこっちが申し訳ない。

 

 

デジ「う〜ん、良いチームだと思うんですけどね〜?[スピカ:レグルス].........」

 

 

桜木「まっ、結局は俺の人望よな〜。人間関係は大分改善したけれども。多分もうちょい必要なんだろうな〜」

 

 

マック「んもう!!サボってる場合じゃありませんわよ!!トレーナーさん!!デジタルさん!!早くしないとにんじんが売れないではありませんか!!」

 

 

二人「チームの宣伝に来たんだ(です)よ!!?」

 

 

 怒り顔のマックイーンにメガホンを渡されて渋々呼びかけに参加する俺とデジタル。楽しい時間を過ごしたけれど、結構恥ずかしい思いをした。

 

 

 そして結局、誰もチームに入ってくれる事は無かった。途中神威とカフェが来てくれはしたが、俺達の姿を遠目で見て(何やってんだアイツら)みたいな目を向けてそそくさと出て行ってしまったのだった.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「はぁ.........ショックです.........こんなにも良いチームですのに.........」

 

 

桜木「まぁまぁ、チャンスはあるって。別に今焦らなくてもさ。ね?」

 

 

 トレーニングの総括を終え、資料やデータを片付けた後も、マックイーンは終始落ち込んだままだった。一緒に廊下へ出てチームルームの鍵を閉めた今もショックを隠せないでいる。

 

 

 .........う〜ん、た、多分。今は良いんだよな.........?

 

 

マック「ひゃっ!!?と、トレーナーさん.........?」

 

 

 意識を内側に向けていた彼女の身体を片手で抱き寄せ、その手で頭を撫でる。もうミーティングも済ませたし、他の子達は帰ってるし。多分。大丈夫だろう.........

 

 

桜木「実はさ。今回のイベントは何か、他の子達がどんなレベルなのか見たかっただけなんだよ」

 

 

桜木「まさかこんな形になるとは思ってなくて.........だから元々、チームに誰かを入れるとかは考えてなかったんだ」

 

 

マック「そ、そうだったのですか.........」

 

 

桜木「うん。今は6人で手一杯だからさ。心配しなくても良いよ.........よしよし」

 

 

マック「.........♡」

 

 

 優しく力を入れない様に彼女の頭を撫でる。時折耳の後ろを上に擦ってあげると擽ったそうに声を漏らしてくれるけど、その声が本当に可愛い。

 次第に身体の側面でスリスリしていたマックイーンが、俺の身体に両手を回して抱き締め始める。それに応えるように俺も彼女の身体を抱き締めた。

 

 

 彼女の不安はきっと無くなっただろう。それがわかるくらい、彼女を包む雰囲気から嫌なものは消えてくれた。

 彼女が安心してくれる。幸せになってくれるだけで俺もそうなれる。お互いの顔を見て微笑んだ後、俺達は二人で帰る為にもう一度歩き―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「.........何を、している?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二人「.........あ」

 

 

 ―――歩き出そうとしたその先には、鬼の様な形相をした秋川 やよい理事長が.........仁王立ちで立っていた.........

 

 

二人「ご、ご.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「ごめんなさぁぁぁぁいっっ!!!!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 .........その後、俺とマックイーンは理事長室まで連れて行かれ、鬼の形相をした理事長に叱責。そしてそれと同じくらい何故か祝福をされ、解放されたのは約3時間後だった.........

 

 

 

 

 

......To be continued



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やよい「嘆願っ!URAファイナルズのライブの事で話がある!!」???「はい...?」

 

 

 

 

 

 秋の予感が日々増していく九月の終わり頃。肌寒さと寂しさの季節だと感じる反面、何かに打ち込める季節とも言える。

 ウララが目標にしている[有馬記念]まで三ヶ月を切ろうとしている。俺も本腰を入れて予定を組まなければ行けない。そう思って今日はいつもより早めに学園の方へと来たのだが.........

 

 

「うぅ.........き、緊張するなぁ.........」

 

 

桜木(ん?誰だろう、あの人.........?)

 

 

 門の前でソワソワとしているスーツを着た女性。少なくともトレセン学園では見たことの無い人だが、頭の上にある耳からウマ娘である事には間違いない。

 という事はつまり、この人はOGという物なのだろう。俺もトレーナーの端くれ。例え卒業生で名前も顔も知らないウマ娘であろうと助けるべき存在だ。

 

 

桜木「何かお困りですか?」

 

 

「!いえ!お気になさらずとも.........桜木トレーナーさん!!?」

 

 

桜木「え?」

 

 

 俺の顔を見た瞬間、先程までの緊張した顔は一気に驚愕へと変わっていったが、次第にまた緊張。それもさっきよりも強めの物が彼女の中に発生してしまった。

 

 

桜木「あ、あの、そんなに驚く程の事では.........」

 

 

「驚きますよ!今注目のトレセントレーナーなんですから!!」

 

 

 やや興奮気味にそう捲したてる女性。俺はそれに気圧されてしまう。確かに最近色んな所で声を掛けられる様になりはしたけど、俺自身はそんな大した人間では.........

 かと言ってそれを素直に口にしてしまえば目の前の女性にマックイーンや沖野さんみたく怒られる気がしてならない。ここは素直に飲み込んで置こう。

 

 

桜木「あ、ありがとうございます。それよりもしかしてですけど、トレセン学園に用があるんですか?」

 

 

「はい。あっ、私こういう者でして.........」

 

 

桜木「あっ、これはご丁寧にどうも」

 

 

 女性は思い出したかの様に手さげバッグからオシャレで可愛らしい名刺入れを取り出し、そこから自分の名刺を俺にくれた。俺も昔の習慣が未だに残っており、自然な動作でそれを受け取る事が出来た。

 おぉぉ.........!久々の名刺だ.........!懐かしい。企業営業の時とか、長く使ってくれる個人の方とかとこうやって名刺交換したなぁ.........結構見返すの大好きなんだよ。名刺って。

 

 

 そうそう。こういう時しっかり粗相が無いようにお名前と会社名は確認。読み方が分からなかったらその都度聞く。営業の上司にみっちり叩き込まれたなぁ.........まぁ売るだけ売って後は放置の人だったし、それが原因で辞めたんだけどね俺は。

 

 

桜木(えっと、[ライトハロー]さんか。会社は[白銀コーポレーションイベント企画部])

 

 

桜木「.........へぇ、白銀コーポレーション」

 

 

ハロー「はい。今日は社長の指示でこうして母校まで呼び出されたんですけど.........」

 

 

 .........最初はオドオドしてて、可愛らしい女性の方だなって思ったんだ。

 

 

 やべー会社の人だった。

 

 

 .........いや、会社のトップが世界でトップレベルで身体能力がヤバくて(良い意味で)頭がヤバい(壊滅的に悪い。意味とかじゃない)だけだから。普通の社員の人に罪は無いから.........

 

 

桜木「えと、イベント企画部って珍しい部署ですね?」

 

 

ハロー「はい。昨年出来たばかりの部署で、私元々テレビ局の社員だったんですけど」

 

 

ハロー「社長が丸々買い取っちゃって」

 

 

桜木(ホリ〇モン!!?)

 

 

 え。何アイツそんな快挙成し遂げたの?えじゃあ何?今ムショで暮らしてるの?あー通りでここ最近見ねぇな思ってたわ。こりゃ今度ニュースの取材来るな。何言うか考えとこ。

 えぇマジっすか!!?それは許されないと思います!!か、バキバキ犯罪です。うん。この二つだな.........

 

 

白銀「おっ、玲皇にハローちゃん。浮気か?」

 

 

桜木「え。お前なんで豚箱入ってねぇの?」

 

 

白銀「は?」

 

 

桜木「お?」

 

 

ハロー「え?お、お知り合いなんですか.........?」

 

 

 ああ、世間一般には俺達の関係性はあまり知られてはいない。癒着がどうたらとかあるらしいから、そこら辺には気を使っているから、メディアとかには触れさせていない。

 俺達はお互い胸倉を掴んだ状態からどうすべきかを一考した後、お互いに手を離し、俺は目の前に居る奴のよく分からんブランド品の無地のTシャツ(季節感ゼロ)に鼻をかんだ。

 

 

白銀「あァ!!?オイッッ!!!」

 

 

桜木「っでぇ。初めて会いました。誰ですかこの見た事も無い珍生物見たいな顔した男は」

 

 

ハロー「え、えっと。我が社の社長です」

 

 

桜木「あっそう。じゃあお前が白銀?」

 

 

白銀「さんを付けろよデコスケ野郎ォッッ!!!」

 

 

桜木「死ねェェェェッッッ!!!!!」

 

 

(校門前で何をしてるんだこの人達)

 

 

 

 

 

 ―――突然始まった我が社の社長と期待のトレーナーの取っ組み合い。既に校門前には登校しに来ている生徒の人達も居るのに.........や、やっぱり私、入る会社間違えちゃったのかな.........?

 そんな事をぼんやりと考えながら目の前の状況をどうにも出来ずに見ていると、学園側の方から人がやってきて、お二人の方に咳払いをしました。

 

 

「こほんっ」

 

 

桜木「?.........あ、たづなさん。おはようございます」

 

 

白銀「おはよう!今日もスタイル良いですね!!俺の愛人枠で会社に入りませんか!!」

 

 

たづな「おはようございます!!スタイルを褒めて下さるのは嬉しいですけど会社には行きません!!後取っ組み合いを止めなさい!!!」

 

 

二人「ごめんなさい!!!取り敢えずコイツぶっ殺してからでいいっスか!!!」

 

 

たづな「ダメに決まってるでしょう!!?」

 

 

 わっ、わっ!たづなさんだ〜。数年ぶりに見たけど本当に変わってない〜!!

 私はつい仕事で来たことも忘れて、懐かしい姿のままのたづなさんに感激していた。すると彼女は取っ組み合いを続ける二人から視線を外して、私の方に視線を向けました。

 

 

たづな「.........え!!?ら、ライトハローさん!!!」

 

 

ハロー「!お、覚えてくれてるんですか.........!!?私、あんまり活躍出来なかったのに.........!」

 

 

たづな「トレセン学園の生徒さんは皆さん覚えてますよ。立派になりましたね」

 

 

ハロー「うぅ.........たづなさんは変わらず優しいですね.........」

 

 

 あぁ.........!なんて優しい。まるで聖母様の様な微笑みで私の事を癒してくれる.........社会で荒んだ心が澄み渡るくらい綺麗にされて行く気分.........

 って、行けない行けない。私は今日は仕事で来てるんだから。公私はハッキリ分けなくちゃ.........

 そう考えを改めた私は、ここに来た経緯をたづなさんに話した。すると彼女はそれに驚きながらも、私の今の仕事を褒めてくれながら学園の中へと手引きしてくれた。

 

 

ハロー「え、あの。あの人達は?」

 

 

たづな「?ああ、大丈夫ですよ♪」

 

 

たづな「.........そろそろ登校してくる時間ですから♪」

 

 

ハロー「ひぇ.........」

 

 

 怖いくらいのにこやかさを見せながらそういうたづなさんに、私は決して小さくない恐怖を抱きながら、久しぶりの学園に入る事になりました。

 

 

 

 

 

桜木「クソッ、汚ぇぞ白銀っ!!両手禁止にしやがれェッッ!!!」

 

 

白銀「するかよバーカッ!!!」

 

 

桜木「テメェマジで「何をしてるんですの?」.........あ」

 

 

白銀「へへェッ!!コイツ校門前で暴れてたぜお嬢!!後は頼んだぞ!!!」

 

 

桜木「え!!?ちょおま―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぬぎゃぁぁあああぁぁぁああああ.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ふぅ、危ねぇ危ねぇ。俺とした事がアイツのノリについ乗っちまったぜ。ふっかけたのは俺なんだけどな!

 だけどいつまでもガキの遊びをしてる訳にも行かねぇ。俺はやよいちゃんとした仕事の約束がある。その為に今ちょっと遅れちまったけど、理事長室に向かってるんだ。

 

 

「あっ、白銀さんおはよう〜」

 

 

白銀「おう!元気か!」

 

 

「はいっ!」

 

 

「白銀〜!ジュース奢って〜!」

 

 

白銀「今忙しいから!ほら!これで買っとけ!」

 

 

「わーい!さっすが社長さんっ!太っ腹〜!」

 

 

 最初の頃こそサインだとか握手だとか求められたけど、今となっちゃこんな風に普通の職員として扱われる。新入生はそんな事ねぇけど、まぁ半年経ちゃこうなるもんだ。

 すれ違う小娘達にファンサービスをしながら目的地まで歩いて行くと、俺の超高性能イヤーに会話の内容が入ってきた。

 

 

白銀(おー。これ俺入らない方が良い感じか?スムーズに進んでるし)

 

 

 ハローちゃんの事が心配だったから同席する予定だったが、話せてるんだったら問題はねぇ。けれど俺も社長の端くれ。せめて話だけでも盗み聞きしてやるぜ.........!

 

 

 

 

 

やよい「感動ッ!!まさか君が来てくれるとはな!!」

 

 

ハロー「いえいえそんな!むしろ私で本当に良かったのかと.........」

 

 

やよい「何を言うっ!君は学園在籍時からライブに関しては右に出る者が居ないほど知識人だっただろう!」

 

 

 ―――私の目の前に居る懐かしい顔。かつては学園の一生徒だった彼女が、今では対等な立場で話す事のできる仕事相手にまで成長して現れた。そこに不安など一切ありはしない。

 だがあの白銀翔也にも驚いた物だ。一体彼女をどう見つけて来たのか.........気になる部分ではあるが、今問題なのはそこでは無い。

 

 

やよい「早速で悪いが、本題に入らせてもらおう」

 

 

ハロー「はい![URAファイナルズ].........そのライブについて、ですよね?」

 

 

 やはり、彼女は話が早い。私は彼女の言葉に頷く事で肯定し、用意していた封筒から資料を取り出してテーブルの上に並べた。

 [URAファイナルズ ライブ企画]。そう銘打たれた資料ではあるが、書いてある事は普通のウイニングライブとそう変わりない。

 

 

 彼女がそれに手を取り、目を通している。その間に私は、今日という日までに彼と交わした会話を思い出していた.........

 

 

『ウイニングライブで困ってる?』

 

 

『首肯っ!!世界を知る白銀翔也。君に何かいい案があるのでは無いかと思ってな!』

 

 

『無茶言うぜやよいちゃん。俺ただのスポーツ選手だから』

 

 

『.........そうか』

 

 

『まっ、今度うちの社員でそこら辺何とか出来そうなやついっからソイツ連れて来るわ!!』

 

 

やよい(.........思えば、いつも彼の周りの人間に助けられているな。このトレセン学園は.........)

 

 

 不意に思い返せば、生徒の危機も、そしてこのトレセン学園の危機も、彼等が表立ってくれている。勿論他のトレーナーや生徒達も力を貸してくれるが、先んじて行動に移すのはいつだって彼等だった。

 そしてそんな彼等に影響を受けて、トレーナーはトレーナー同士で手を取り合い、ウマ娘達は仲間を支え合い、そして最終的にはお互い、無くてはならない存在.........

 

 

 そう、[ウマ娘とトレーナー]と言う存在に.........

 

 

ハロー「あのー」

 

 

やよい「ッ!なんだろうか!!」

 

 

 いかんいかん。大事な仕事の話の最中であるはずが、関係の無い記憶探りに熱心になっていたようだ。今は集中だぞ。やよい。

 私は襟元を正すようにして気を引き締めてライトハローの方を見る。どうやら彼女はこの短い時間で資料を読み込む事が出来たらしく、その両手に持っていた物は既にテーブルの上に置かれていた。

 

 

ハロー「考えたのですが、このライブは理事長にとって、どういう物ですか?」

 

 

やよい「っ!.........そうだな」

 

 

 [URAファイナルズ]。そのライブ。それが何の為に、もっと言えば[誰の為]にあるのか。私はそう質問されたと思い、その答えを自分の中から探ろうとする。

 このレースは、私にとっても、そしてウマ娘達にとっても、多くのトレーナー達にとっても大きな意味のある物だと思っている。

 

 

 レースというのは[ウマ娘]によって行われる。多くの人々が関わっている事は事実ではあるが、それはやはりウマ娘。彼女達が居なければ始まる事は無い。

 元来ウイニングライブと言うのは、レースによって高まった闘争心。それを穏便におさめる為に勝者の勝利を讃え、そして敗者には健闘を讃える。そんな意味があった。

 

 

 だがそれでは、あまりに普遍的だ。

 

 

 大きなレースの閉幕を彩るその祭歌には、もっと特別な何かが欲しい.........

 

 

やよい「.........[ウマ娘達が歩んできた道]。それを、多くの人々に伝えたい」

 

 

やよい「レースと言うの物は過酷なトレーニングを乗り越えた事を伝えるには十分ではあるが、そのウマ娘達の精神を伝えるには、余りにも一瞬過ぎる」

 

 

やよい「.........だから私は、それを多くの人々に知ってもらいたいのだ」

 

 

 探り探り。自分の中にある無意識に散りばめられた思い。それを這うように手でなぞって一つ一つ拾い上げ、口にする。

 華々しい栄光。賞賛される美。輝かしい勝利。目を向けられるのはそればかりで、皆がその裏でどんな思いをしているのかは.........私にすら到底思いが及ばない。

 

 

 わがままかもしれない。エゴなのだろう。それでも、それを知る機会も無く彼女達の内の誰かが一人づつ居なくなっていくのは忍びない。

 そんな私の思いを感じ取ってくれたのか、ライトハローは私の目を見て静かに頷いてくれた。

 

 

ハロー「.........分かりました。ではこうしましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「[URAファイナルズ]のライブは、[完全新曲]でやります」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そしてそれは、[生徒さんだけ]で歌詞を作り上げた物にしようと思います」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やよい「っ.........!!!」

 

 

 彼女は、私の思いを実現出来る完全択を提示してきた。その度胸、そしてその思考に驚きながらも、私は彼女の優しさに思わず胸をうたれた。

 自ずと溢れ出そうになる涙を拭い、私はその場で立ち上がって彼女の手を取った。

 

 

やよい「流石は成績首席のライトハローっ!!私だけではここには至れなかった.........!!!」

 

 

ハロー「ほ、褒めすぎですよ〜!勉強しか取り柄の無かった私を置いてくれたトレセン学園なんです。少しは恩返しさせてください」

 

 

ハロー「それで、この計画なんですけど、実は.........」

 

 

やよい「.........なんだって?」

 

 

 彼女が打ち立てたある[計画]。それを耳にした時私は、一瞬の不安が生まれた。その行動が果たして、[URAファイナルズ]に相応しいライブに成りうるのかと言う疑問。

 

 

 .........だがそれと同時に、大きな期待も生まれた。これからどうなるのか。私ですら予想も出来ないその計画に、私は不安を振り払い、大きく頷いてそれを了承したのだ.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ハロー「わぁ.........懐かしいなぁ」

 

 

 理事長とのお仕事の話を一旦終わらせた私はその足で、トレセン学園からそう離れていない多くの生徒さん達が生活をする[寮]へと足を踏み入れた。

 何も変わってない。入口の扉を開けてエントランスを見るだけで、ここで生活を始めた頃の思い出が今の事のように想起させられる。

 

 

『アナタなんて言うの?』

 

 

『!ら、ライトハローです!!』

 

 

『そう!良い名前ね!!これからよろしくっ!!』

 

 

 あの子は今どこで何をしているんだろう。重賞を勝って、G1レースも出走して.........私よりも輝かしい成績を残したあの子の事は、まだ知らない。

 けれど、きっとどこかで第二の人生を謳歌している。あの笑顔に勝手にそう思わされながら、私は受付のウマ娘に話し掛けた。

 

 

ハロー「すいません。私こういうもので、理事長から.........」

 

 

フジ「お話は伺っていますよ。ヒシアマ」

 

 

アマ「ああ!ここに全員を集めるのは無理だから、行動するのはアタシらになる。遠慮なく言いな!」

 

 

 奥の方からもう一人ウマ娘がやってくる。ここは栗東だから、きっとこの子は美浦寮の寮長なんだろう。

 私の時代から人は変わっているけれど、雰囲気はやっぱり同じだ。こういう人が寮長なら住んでいる子達も安心するだろう。事実私も門限ギリギリの時に門前で会うあの人達には、恐ろしさを感じた事もあるけれど、やっぱり安心していた記憶も多い。

 

 

ハロー「この話は他言無用。勿論自分のトレーナーにも、そしてトレセン学園の職員さん達にも内緒でお願いします」

 

 

フジ「おや、それは大きな隠し事になるね。ヒシアマは大丈夫?」

 

 

アマ「くっ、アタシはこう見えて隠し事は苦手なんだ.........だが、何とかしてみせるさ!」

 

 

 少し不安そうな表情は見せたけど、美浦寮の寮長は胸を叩いて了承してくれた。これで話を前に進められる。

 

 

ハロー「[URAファイナルズ]のウイニングライブ。その作詞を、生徒の皆さんにお願いしたいんです」

 

 

二人「!!.........」

 

 

 私の言葉を聞いた二人は驚いた後、静かにお互いの顔を見つめ合い、無言の相談タイムに突入した。

 けれどその情報量は凄まじく、処理しきれない物だったんだろう。やがて栗東の寮長であるフジキセキさんが、その口を開いた。

 

 

フジ「私達は歌ったり踊ったりはしてきたけど.........」

 

 

アマ「[創る].........っていうと、途方も無いくらいの門外漢だねぇ」

 

 

ハロー「作曲や振り付けはプロに外注しますので安心して下さい。皆さんはレースに対しての思いを、言葉にするだけでいいんです」

 

 

 彼女達は言葉を綴るだけ。けれど二人はやはり、難しそうな表情を浮かべています。

 

 

 .........やっぱり、だめだったのかな.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やって見ろよッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

三人「!!?」

 

 

 突然エントランスに響き渡った声。驚いたと同時に振り返ると、そこには.........

 

 

白銀「お前らカッコ付けすぎッ!!!」ビシィ!

 

 

ハロー(し、社長〜〜〜!!!??)

 

 

 何故か植木鉢の格好をした白銀社長が厳しい表情で人差し指をこちらへと突き出していた。

 こ、ここって確か、生徒のウマ娘以外特例以外立ち入り禁止なんじゃ.........?

 

 

白銀「良いかッ!![スター]ってのは勝手には生まれねぇんだッ!!」

 

 

白銀「誰かの輝きを貰って初めてなれるんだよッッ!!!」

 

 

二人「.........!」

 

 

白銀「お前らがもし未来のお茶の間で若ぇ奴の話をしたいんだったら―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――リスク承知で声を上げろッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 社長のお言葉。会議の時でもプライベートでも、独特のセンスのせいで何を言っているのか、言いたいのかが上手く伝わらない人ですが、その熱量はハッキリと伝わってきます。

 つまり彼は、未来のウマ娘達の活躍を夢見るのなら、失敗を恐れることなくチャレンジをしろ。そう言いたいんだ。

 

 

 そしてその言葉は.........

 

 

フジ「.........確かに、少しひよっていたかも知れないね」

 

 

アマ「ああ、ヒシアマ姐さんとした事が、自分の格好悪さを気にして未来の子供達の事がすっかり頭から抜けていたよ」

 

 

 社長の言葉によって、二人の顔は自信を持った物に変わった。やはり白銀社長は凄い.........!着いてきて本当に良かった.........!

 

 

 これで話が前向きに進んで行く。そう思い安堵の溜息を吐いたのも束の間。二人は笑顔のまま顔を見合わせてそのまま社長の元へと歩いて行きました。

 

 

白銀「おっ?なんだなんだ?翔也様のありがた〜い言葉で感激したって所か!!?」

 

 

フジ「自分から出ていくのと、ゴールドシップを呼ばれるの」

 

 

アマ「それからアタシらにぐるぐる巻きにされてたづなさんに突き出されるの、どれが良い?」ゴキッゴキッ

 

 

ハロー「.........あ」

 

 

 そ、そういえばトレセン寮って基本関係者以外立ち入り禁止.........そ、そのうえ確か、男性は関係者であっても立ち入り禁止だった様な.........

 対照的な二人の笑顔。けれどそこからはそこはかとなく寮の平和を守るという意思が感じ取れる.........社長はそれを目の前にして臆することなく、笑顔で口を開きました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあバカ女呼んでッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

白銀「お疲れさん」

 

 

ハロー「は、はい。あの.........ボロボロですね」

 

 

白銀「バカっ!そういう時はなっ!嘘でも綺麗ですねって言うのが生き物の常識だろ!!」

 

 

ハロー(し、社会人の常識.........かな?)

 

 

 夕焼けの空が綺麗に見えるトレセン学園から少し離れた公園。カラスは鳴いて子供達に帰りを知らせて、人の子供もお母さんやお父さんに手を引かれて家に帰る。そんな時間。

 そんなまばらに遊ぶ声が聞こえて来る公園のベンチに、社長と二人で腰を掛けて座っている。隣に居る人は.........ちょっと口が裂けても綺麗とは言えないほど顔が腫れてるけど.........

 

 

白銀「俺がハローちゃんと浮気してると思ったらしいぜ?可愛いところあんだろ?俺のゴルシも」

 

 

ゴルシ「おいっ!!言っとっけどなー!!この公園にある全部の遊具で新しい遊び方見つけるまで二人とも帰さねーからなっ!!」

 

 

白銀「わーってるよ!!コーヒー飲むか!!」

 

 

ゴルシ「飲まねーよそんなの!!アタシらは根っからのアールグレイティーセカンドフラッシュ派だっての!!」

 

 

 あ、アールグレイ.........セカンドフラッシュ.........何を言ってるのかよく分からないけど、ゴールドシップさん達が紅茶派だと言うのがよく分かった。彼女に付き合う二人のウマ娘達も強く頷いてます。

 社長はその返事に気を悪くすることなく、じゃあ仕方ないと言ってその場から立ち上がり、近くの自販機にお札を入れた。

 そして人数分の飲み物を買い、その内の三本のミルクティーを彼女達に。ボスの缶コーヒーを私に片方くれました。

 

 

ハロー「い、良いんですか?」

 

 

白銀「え。もしかしてハローちゃんも紅茶派だった?」

 

 

ハロー「いえ!私エメマン大好きです!」

 

 

 危ない危ない。あともう少しで社長の厚意を無駄にする所だった.........こういう押し引きの見極めも社会人として生活する上で大切なんだよね.........大変だけど。

 

 

 社長から頂いた缶コーヒーを開けて一口。うん.........テレビ局で働いてた時はよく飲んでたから麻痺しててよく分からなかったけど、やっぱり好きな味してる。

 .........そう考えると凄いなぁ。最初はどうなるかなって思ってたけど、今の方が毎日家に帰れるし、お休みも貰えるし.........白銀社長って、もしかして皆が思ってるより経営者向きなのかも。

 

 

ハロー「あっ、そういえばテレビ局の方はどうなってるんですか?私部署移ってから何も聞いてなくて.........」

 

 

白銀「あーアレ?アレね。一回解体」

 

 

ハロー「へ?」

 

 

白銀「いやねー。俺が目指してんのは若い奴らの見るテレビだからさ。四六時中やる必要無いんだよね。局所的に放送して、学校とか会社のある時間は裏方作業よ。大きい休みの日とかは力入れるけど」

 

 

白銀「テレビつまんないっしょ。昔に比べてさ」

 

 

 そう言って、社長は一口缶コーヒーを飲んだ。そんな彼の表情はどこか寂しげに見えて、私はその滅茶苦茶でテレビの常識を打ち壊した話を聞いても、何も言えずに居た。

 

 

白銀「俺らがガキの頃はさぁ、バラエティ番組はガキも笑えて、カッコイイスターとか、お笑い芸人もカッコよく映ってたんだぜ?」

 

 

白銀「それが気付けば、面白くもねぇニュースのうんちくだとかわざと小難しくした政治とか経済の話をしてきやがる。そういうのは格ゲーの話する玲皇の奴だけで十分だっての」

 

 

白銀「俺はさ。ジジイになったら若ぇ奴の話をしたい訳っ!今の俺すら霞んじまうくらいの大スターの話をなっ!!」

 

 

 彼はコーヒーを飲み干し、満面の笑みでそう言った。社長の底抜けの明るさ。けれどそこにはしっかり私達と同じ様に、行動する為の原動力がある。それを知って更に、この人に着いてきて良かったとまた感じる。

 

 

ハロー(.........社長、やっぱり私、貴方に着いてきて本当に良かったです)

 

 

白銀「おーっしオマエらっ!!俺様がこのそもそも遊び方分からねぇ鉄棒もどきの遊び方を教えてやらァ!!!」

 

 

ゴルシ「おっ!!ようやく来たか白銀!!!さっさとアタシらに無限の可能性を見せてくれよ!!!」

 

 

 うんていの端。スタート地点の場所を片手で掴み、身体を一回振る力だけで、社長は背面側からうんていの上に踊り立った。

 そしてその後、まるで鉄骨を渡るかのようにバランスをわざとらしく取りながら前へと進んで行く。そんな姿が、テレビ局を買い取ったあの日を思い出す。

 

 

『ここに500億あるっ!!この金でここの権利全部買うッ!!!』

 

 

『お、お前正気かッッ!!!』

 

 

『バカ野郎がッッ!!!正気な奴が番組作ってっから面白くねぇんだろッッ!!!』

 

 

『な、何ィ!!?』

 

 

『良いかッ!!!必要なもんはなァッッ!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『鼻ったれたガキと暇してる女の子に夢を見させる物なんだよッッ!!!男は勝手に動くわッッ!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 テレビ局の買収。未だかつてこの日本でそれをした人は居ない。それをやってのけた上で、あの人はそう啖呵を切った。荒唐無稽な絵空事を本気で実現させようとする。

 大人がそれを見た時は無理とか無駄とか、そんな諦めのいい言葉を使って勝手に高を括る。けれど子供がそれを見た時は、世界が広がった様に感じるだろう。

 

 

 この人には.........未来を[思わせる]力がある.........

 

 

白銀「っ!」ツルッ

 

 

フェスタ「あっ!!?」

 

 

オル「ひっ!!お、お股が.........!!!」

 

 

ゴルシ「お、落ちた.........!あの騒がしい白銀が黙って.........!!!」

 

 

白銀「うっぐぁ.........絶対片方無くなった.........誰か宗也呼んで.........ここで移植手術する.........」

 

 

 .........やっぱり、ただの頭の悪い人かも知れない.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ライトハローさんと出会って一日が経った。俺はあの後マックイーンに手痛い制裁を貰い、二度と公然で喧嘩はしないと誓わされた。覚書まで書かされた。

 

 

桜木「はぁぁぁ、腕痛い.........」

 

 

マック「これくらいしないとまたやるでしょう?」

 

 

桜木「そうだねぇ.........おバカさんだからねぇ」

 

 

 反論も疑問も無い。最近こそごたごたが立て続けに続いてそんな気も無くなっていたが、夏合宿を終えてからはもう前の様に戻ってしまった。

 また日常の一部が帰ってきた。そう思うととても嬉しいが、あの日から変わった事も沢山ある。

 

 

桜木「.........でもだからって朝から迎えに来なくても良いんだよ?」

 

 

マック「!!べ、別に!!私は自分のトレーナーが恥ずかしい事をしないか見張る為にこうして一緒に登校しているだけで!!」

 

 

マック「.........その、朝から一緒に居たいとか.........そういうのでは.........」

 

 

桜木「.........ふぅ〜ん」

 

 

マック「!な、なんですかその顔は.........!!!」

 

 

 もじもじして顔を赤くするマックイーン。そんな姿を見せられると俺も自然に顔がニヤついてしまう。本当、可愛いお嬢様だ。

 すっかり気を良くした俺は隣で歩く彼女にもう少し近付き、彼女の腕と俺の腕を一瞬だけ接触させる。

 それに反応して彼女は一瞬驚き、より一層顔を赤くさせた。

 

 

マック「もう、おバカ.........♡」

 

 

桜木「おバカな生き物ですよ。彼女持ちの男なんてね♪」

 

 

 俺がそう言うと、彼女は頬をふくらませて顔を背けてしまった。そういう仕草がまた可愛らしい。

 そうやって楽しい登校を感じていると、トレセン寮の前まで来ていた。その時、学生服を着たウマ娘が寮から出てくる.........のでは無く、逆にソワソワとした様子で中へと入っていった。

 

 

桜木「?忘れ物でもしたのかな?」

 

 

マック「!は、早く行きましょう!!?」

 

 

桜木「え!?ちょ、押さないで!!?」

 

 

 

 

 

 

ハロー「中等部42人。高等部65人分の作詞.........はい!確かに受け取りました!」

 

 

フジ「皆に伝えたら結構乗り気でね。私達が何がする必要も無さそうだ」

 

 

アマ「ああ!これなら一ヶ月もありゃ、全員分の作詞が集まるだろうね!!.........けど」

 

 

ハロー「?」

 

 

二人「.........いくらカモフラージュとはいえ、学生服を着てくるなんて.........」

 

 

ハロー「!あ、あはは.........///」

 

 

 

 

 

 ―――巡る季節。過ぎ行く時間。変化は常に起きている。

 その変化が何を作り上げるのか、それを知る者はまだ居ない。

 

 

桜木「ほ、本当にどうしたの!!?」

 

 

マック「良いから行きますわよ!!」

 

 

桜木「マックイーン何か隠してない!!?」

 

 

マック「隠してませんから!!!」

 

 

 人通りの少ない早朝。二人の男女が慌ただしく歩いて行く。その姿はどこにでも居る、普通の男女だ。

 そんな二人が巻き起こす、日本中を虜にした世紀の大レース。[URAファイナルズ]。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 伝説の誕生まで、残り、半年を切った.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

......To be continued



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T「フェスタ写真なんか撮るんだ」フェスタ「ああ、結構面白いぜ?」

 

 

 

 

 

 十月の始まり。俺にとっては一歳分の歳を取る季節。その日は珍しく自分の顔を鏡でしっかり確認し、白髪が増えたか、小じわが増えたかを確認し、喜びを得る。

 俺の誕生日はゆるゆると過ぎて行き、気が付けば一週間余りの時間が経過したある日の昼休み。彼女はチームルームにやってきてこう言った。

 

 

桜木「来週のバトルキングダムに参加する?」

 

 

フェスタ「ああ、アタシの[相棒]と一緒にな」

 

 

 首から下げた[一眼レフカメラ]。この時代の物か、はたまた未来で作られた物か。それは定かでは無い。俺はあまりカメラに詳しい人間では無いからだ。

 そのカメラに優しく触り、持ち上げて俺達に見せるその仕草から、彼女がそれを一番大切にしている事が良く分かった。

 

 

マック「これは.........高級品ですわね」

 

 

桜木「え?分かるの?」

 

 

タキオン「ああ、ボディのデザインが[エコー]だ。相当な値打ち物だろう」

 

 

フェスタ「ククク、アンタらには分かるか。コイツの優秀さが」

 

 

桜木「へー.........」

 

 

 その後気持ち良くなってカメラの事を語り始めるフェスタ。やれ持ち手の手触りがとかファクトリーなんちゃらーとか、素人の俺にはさっぱり理解が出来ない。

 しかし、意外だな。ギャンブル的なヒリヒリ感が好きな彼女の趣味がカメラだったなんて.........

 

 

フェスタ「.........コイツは爺さんがアタシにくれた最後の誕生日プレゼントだった」

 

 

フェスタ「一瞬で決まる勝負をするのが人なら、それを一生残すのも人.........」

 

 

フェスタ「そしてそれを一番上手く残せるのは、本当の勝負をした者だけ.........ってな」

 

 

全員「.........」

 

 

 お、重い.........実際に爺さんは死んでいなかったが、それでも彼女はその当時を思い出して語っている.........俺達にはとても重すぎる.........

 こ、ここは話題を変えよう!うんうん!俺達の手にはとても負えない!

 

 

桜木「そ、それにしても写真コンテストって難しくない?判定とかさ」

 

 

タキオン「ふぅン.........確かに、言っては悪いが学園の生徒は殆どズブの素人だ。公正な判定基準すら設けられないだろう」

 

 

マック「.........あの、私一人だけ心当たりが.........」

 

 

二人「え?」

 

 

 [バトルキングダム]。かつてトレセン学園の生徒会長であるシンボリルドルフがトウカイテイオーの為に一肌脱ぎ、アグネスタキオンの薬を飲んだ際に起こした感情の暴走。勝利への渇望を鎮めるために俺達がやった勝負.........それを始まりとした物。

 今となっては最早トレセンの名物イベント化している。

 

 

 そしてそこには必ず勝敗の優劣を決める為に公正な第三者。その勝負事に詳しい人を審査員に置くというシステムで進んで来ている。

 そしてその第三者にマックイーンは心当たりがあるという.........俺は少し、嫌な予感がした。

 

 

桜木「.........まさか」

 

 

フェスタ「クク.........アンタも勘づいたか」

 

 

マック「[ラモーヌ]お姉様.........そうでしょう?」

 

 

 [メジロラモーヌ]。トレセン学園卒業後、プロレーサーとしてその存在感を遺憾無く発揮するウマ娘だ。生活。思考。その全てをレースに捧げていると言っても過言では無い。

 だがそんな彼女にも[趣味]はある。それが[芸術]だ。絵画という永遠に残る作品が好きならば、きっと写真についても造詣が深いに違いない.........

 

 

フェスタ「アタシのセンスがどれだけあの人に通じるのか、それを知りたいんだ」

 

 

フェスタ「勿論、協力してくれるだろう?」

 

 

タキオン「.........どうするんだい?」

 

 

桜木「うーん.........まぁ俺には芸術的センスは殆ど無いから無理かもだけど、やれる事のことはやってあげるさ」

 

 

タキオン「ククク、君は身内に甘いね」

 

 

桜木「そこには当然。お前も居る」

 

 

 別にフェスタが実質俺の孫であるとかは余り関係ない。俺は等しく身内に対して甘い人間だ。例外三名を除いてはだが。

 とにかく、断る理由は特には無い。放課後はトレーニングがあるから無理だが、昼休みくらいなら手伝える。内容次第ではトレーニングの撮影も許すつもりだ。

 

 

フェスタ「よし。それじゃあ早速借りてくぜ」

 

 

桜木「え!!?あの、ちょっとぉ!!?」

 

 

マック「!ま、待ってください!!私も!!私も連れて行ってくださいまし!!」

 

 

 しめしめ。そんな感じの表情で悪い笑顔を浮かべた彼女は俺の首根っこを掴んでズルズルと引き摺っていく。マックイーンが慌てて俺達を追い掛けてくる。

 

 

タキオン「ふむ。暫くはウララくん達に昼休みは君が不在だと伝えて置くよ」

 

 

桜木「ごめ〜〜〜んタキオン〜〜〜!!!お願いね〜〜〜!!!」

 

 

 ソファーに座り紅茶を嗜むタキオン。引き摺られていく俺に向けて優雅に手を振る彼女とは対照的に、俺は両手を大きく振って感謝を伝えながら、チームルームを後にしたのだった.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 パシャリ。パシャリ。

 

 

 如何にもなカメラのシャッター音が聞こえて来る。フェスタは目に映った自分に感性に触れる物全てにレンズを向け、ただ黙ってシャッターを切っていた。

 

 

マック「色々撮るのですね」

 

 

フェスタ「ああ、野鳥に植物。蝶に人。後は雨の上がった後の風景とかな。暇があった時は四六時中撮ってた時もあった」

 

 

桜木「へー。ちょっと見てもいい?」

 

 

フェスタ「壊すなよ?」

 

 

桜木「.........気を付けます」

 

 

 念を押されてカメラを受け取ったが、俺はあまり機械類が好きでは無い。いや別に何もしてないのにパソコンが壊れた。とまでは言わないが、兎に角俺の不運が精密機械類に良く作用するのだ。悲しい事に。

 とりあえず細心の注意を払いつつ、カメラの中にあるデータを見てみる。そこには彼女の言う通り野鳥や植物。綺麗な虫やなにかに没頭している人。そして風景写真が収められていた。

 

 

 あまりそういうのに触れては来なかったが、とても綺麗な写真だ。それくらいは俺にだって分かる。

 暫くその写真を見ていると、不意に一緒に見ていたマックイーンがなにかに気付いた。

 

 

マック「?ここ数年撮って無かったのですね.........」

 

 

フェスタ「ああ、爺さんが死んでからグレて暴れ回ってたからな」

 

 

二人「あ、暴れ.........!!?」

 

 

フェスタ「[オルフェスタ]って名前。聞くヤツが聞けば震え上がるくらいにはしっちゃかめっちゃかしてたぜ?ただの悪ガキの集まりだけどな」

 

 

 お、恐ろしい事を聞いてしまった.........俺達が知ってる[オルフェスタ]と言えば、彼女とその妹であるオルフェーヴルがやっていたデリバリーの名前だ。

 それがまさか、不良グループの名前.........しかも察するに、彼女達を中心にした物の名前だったなんて.........

 

 

フェスタ「あっ、暴れ回ってたっつっても野良レースしてただけだぜ?構成員はウマ娘だけだからな」

 

 

桜木「そ、それ結局どうなったの.........?」

 

 

フェスタ「.........母さんが応援してたサッカーの日本チームが世界大会でボロ負けした腹いせに壊滅させられて全員トレセンにぶち込まれた」

 

 

マック「刑務所かなにかですか.........」

 

 

 酷い話もあったものだ。そんな札付きの悪を押し付けられるトレセン学園も大変だったろうに.........

 だがまぁ、そのあとの話を聞けば全員真っ当に更生できたらしく、公式レースで割と活躍でき、中にはG1レースに出走して勝ったりした子も居たらしい。一応オチとしてはいい話枠として使えるだろう。

 

 

 だがまさか、ウチの孫が不良になるだなんて.........やっぱり、[血]なのだろうか.........?

 

 

 そんな複雑な考えが生まれつつも、俺はカメラを彼女に返した。それを受けとった後はまたモードを切り替えて写真撮影を再開し始める。

 だがそんな俺達に、声を掛ける存在が居た。

 

 

「よう」

 

 

マック「!シリウスさん」

 

 

シリウス「アンタらも参加するのか?今度の催しに」

 

 

桜木「フェスタがね。シンちゃんも?」

 

 

シリウス「シンちゃん言うな。第一それだとルドルフもクリスエスの奴も当てはまるだろうが」

 

 

 クリスエス.........そんなシンボリもいるのか.........

 なんてくだらない事を考えてみるが、それが顔に出ていたのかシリウスは訝しげに俺の方を見てくる。流石に辞めよう。ウマ娘を弄ると大変な事になる。

 

 

シリウス「まっ、今回は私の連れが参加しててな。その手伝い.........だけだったんだが」

 

 

シリウス「インフルエンザに罹ったんだ。だから取り敢えずデジカメ買って代わりに出てやるって感じでな。案外面白いもんだ」

 

 

フェスタ「クク、アンタも分かるか?コイツの魅力が.........」

 

 

 その手に持ったデジカメを彼女は俺達に見せてくれた。フェスタのとは違い、よく見るようなデジタルカメラそのものだったが、どうやら彼女は形から入るタイプでは無いようだ。俺と違って。

 彼女は義理堅い。参加した友人が出れないからわざわざ代理を請け負うなんてそう出来たもんじゃない。俺ならサボっている所だ。やはり彼女は友人思いのいい子だ。

 

 

桜木「.........」

 

 

シリウス「.........入らねぇぞ。アンタのチームには」

 

 

桜木「っえぇ!!?お、俺今顔に出てた!!?」

 

 

マック「ええ。とても物欲しそうな顔をしてました」

 

 

フェスタ「アンタまだ大変な時期だろ.........」

 

 

 目の前に居るシリウスからはため息を吐かれ、マックイーンとフェスタはじとっとした目で俺を見てくる。こうも顔に出やすくなると[仮面]が欲しくなってくるものだ。自ら捨てた物だけど、無くして始めて気付く大切さもある。

 

 

 

 

 

桜木「ポーカーフェイス.........マーダーフェイス.........」

 

 

マック「はぁ、また一人の世界に.........この人は.........」

 

 

 ―――ぶつぶつと独り言を呟くトレーナーさん。恋人になってから二人で過ごす時間が増えたお陰で彼が思っていた以上にメンタルが弱いと言うことは直ぐに分かりました。

 いつもの様に背中をさすってあげると、彼はびっくりしながらも安心した様で、直ぐに気を取り直して顔を上げました。

 

 

桜木「いやー、桜木さんこれでも分かりにくいで生きてきた人間だから、そう言われるとショック受けちゃうのよねー」

 

 

シリウス「.........そりゃ、まぁ、悪かったな」

 

 

二人「?」

 

 

フェスタ「?.........あー、察したか」

 

 

 まるで何か隠していた事がバレたとでも言うように、フェスタさんは居心地が悪そうに頭を掻きました。一体、何がバレてしまったのでしょう.........?

 そう思ったのも束の間、直ぐにシリウスさんは私の方へと近付き、口元を隠しながら私の耳へと静かに話しました。

 

 

シリウス(お前らあんまそういうの人前でやるなよ?私くらい察しが良かったらすぐバレるぞ)

 

 

マック(な!ぁ.........///」

 

 

桜木「え?なになに?何の話?」

 

 

マック「な、ななな!何でもありませんっ!なんでもありませんから!!!」

 

 

シリウス「.........おい。もしかしてアイツの分かり易さって.........」

 

 

フェスタ「ああ、多分マックイーン譲りだ」

 

 

 こ、これでもしっかり隠し通しているつもりなのに.........!なんでこう私はいつもボロを出してしまうんですか!!?し、信じられません.........自分の事だと言うのに.........!

 そうやってわなわなと身体を震わせている内に、フェスタさんはシリウスさんのカメラの中を見せて貰っていました。今の内に私もトレーナーさんと作戦会議です。

 

 

マック(トレーナーさん?しばらくは距離感を大切にしませんか?)

 

 

桜木(えぇー!?い、今更〜?)

 

 

マック(こ、この距離をこの頻度で保っているとバレないものもバレてしまいます!それは貴方も困るでしょう?)

 

 

桜木(う〜ん、バレようがバレまいが俺のやる事は変わらないけどね)

 

 

マック(?やる事って.........!!!)

 

 

 彼の耳から顔を離すと、直ぐに彼はこちらを向いて満面の笑みを向けてきます。その姿だけで彼のやる事。その内容がそのまま言葉として蘇ってきます。

 

 

 それは.........うぅ、お、思い出すだけでも顔が.........

 

 

 私は思い切り彼の背中を叩きました。

 

 

桜木「あっでぇ!!?ちょっと急になに!!?」

 

 

マック「それはこちらのセリフです!!!なんでいきなりそんな事言うんですかぁ!!!」

 

 

桜木「お、俺だってたまにはカッコ付けたいもん!!!」

 

 

マック「いっつも格好良いんですから辞めてください!!!」

 

 

 そう、この人が言った事は私が[繋靭帯炎]を発症していた時、雨の降る夜。屋敷に現れて言った言葉です。

 それをわざわざここで意識させるだなんて.........!どれだけずるい人なんですか!!!

 

 

 恥ずかしさと嬉しさと怒りでどうにかなりそうになりそうです。私は結局頭の中がぐちゃぐちゃにされたまま彼の事をポカポカ叩くしかありません。

 しかし、それをしようとした瞬間フェスタさんが間に割って入りました。

 

 

フェスタ「夫婦喧嘩するなら家でやりな。見るに堪えねーよ」

 

 

マック「ふ!!?ま、まだそんな関係では.........あら?シリウスさんは?」

 

 

フェスタ「さっき帰ったよ.........犬も食わねーもんを出されたら帰るしかねーってさ」

 

 

桜木「あ、はは.........お見苦しい物を見せちゃったな.........」

 

 

 わ、私とした事が.........周りにすら気を向けられないだなんて.........これではメジロ家として失格です.........

 そんなショックを受けていると、今度は彼の方から頭をポンポンとされてしまいます。恥ずかしさを感じつつも、次第に私は落ち着きを取り戻す事が出来ました。

 

 

桜木「それで、シリウスはどう?良い写真撮ってた?」

 

 

フェスタ「ああ.........悔しいが、さっきまで撮ってたのじゃあお話にならないな」

 

 

マック「ど、どうするんですの.........?」

 

 

フェスタ「クク、だが良い方向性を得た。放課後のトレーニングにまた顔を出す。その時はよろしく頼むぜ?」

 

 

 不敵な笑みを浮かび上げ、彼女は私達に背を向けながら手を振った。つまり、今回はこれで解散と言ったところでしょう。

 私と彼は顔を見合せながらも、今この時はどうする事も出来ないと悟り、一旦チームルームへと戻りました

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

フェスタ「クク、それじゃあよろしく頼むぜ?[先輩]?」

 

 

 迎えた放課後練習。アタシの目の前に居る二人。その顔はどうも乗り気じゃなさそうに見える。

 これじゃあいい写真は取れねー。ここはどうにかしてその気にさせねーと.........

 

 

フェスタ「アンタらトレーナーだろ?その気にさせんのは朝飯前だろ?」

 

 

沖野「.........つったってなぁ?」

 

 

桜木「マックイーンは兎も角、テイオーは上手く乗せられるかどうか.........」

 

 

マック「ちょっと!!それでは私がまるで軽いウマ娘みたいな言い方ではありませんか!!!」

 

 

 耳としっぽを天に張りながら怒りを露わにするマックイーン。それに恐れているのはおっさんただ一人だけだ。

 懐かしいな。[あっち]でもアタシらに贅沢させた事をバレた時の爺さんの慌てようは面白かったもんだ。無論その後婆さんにはこってり叱られたが.........

 

 

テイオー「も〜、ボクURAファイナルズまで楽しみは取って置きたかったんだけどなぁ〜」

 

 

フェスタ「まーそう言うなって。後輩の為に一肌脱ぐのも先輩の特権だ。精々良い所を見せてくれよ?」

 

 

テイオー「!フフン♪そう言われちゃったら仕方ないな〜♪」

 

 

全員(あっチョロ.........)

 

 

 気分屋のトウカイテイオー。コイツを乗せるのはかなり難しいとは思っていたが、まさか一発で乗せ切れるとは.........案外おだててしまえばあっさり行くのかもしれない。

 問題はマックイーンだ。一見素直で柔軟な優等生の様には振舞っているが、中身は完全に頑固者。婆さんがそうだったんだ。若い頃は違ったなんて、体の良いホラ話だ。

 

 

桜木「あー.........デート一回っ!てのは?」

 

 

マック「!し、仕方ありませんわね.........」

 

 

全員「.........」

 

 

 今しがたこの場にいる殆どが面倒くさそうな表情をしている。そこには勿論アタシも含まれて居るが、おっさんだけはどこか嬉しそうな表情をしている。

 その表情のまま沖野トレーナーを肘でつついているが、それが癪に触ったらしく思い切り頭をぶっ叩かれた。複雑な物を感じるが、まーいい気味だ。

 

 

フェスタ「それじゃあ走ってもらおうか。中距離芝。天候バ場状態共に良好のコースをな」

 

 

桜木(.........大丈夫だろうか)

 

 

 

 

 

 ―――フェスタの言葉を素直に聞き、彼女達はターフの上のスタートラインに並んで立った。その姿にはまだ、違和感を感じる事は無い。

 .........マックイーンはまだ調整中だ。URAファイナルズまでに仕上げようとは思っているが、[繋靭帯炎]の痛みを経験し、前人未到の手術を受け、そして半年近いブランクがある。

 それがいきなりトウカイテイオーと併走させられるとは.........

 

 

桜木(.........頼む。気付かないでくれ.........!)

 

 

 組んだ腕を掴む手に自然と力が入る。袖に強いシワを作りながらも、俺は彼女がどうか、自分の状態に気付かない様に祈っていた。

 

 

沖野「よーいっ」

 

 

マック「っ.........」

 

 

テイオー「.........♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「始めッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バク「さぁやって参りました!!最早何回目かすらも忘れてしまったバトルキングダム!!」

 

 

バク「今回は写真コンテストとなります!!」

 

 

 マックイーンとテイオーとの併走から数日。遂にフェスタ念願のバトルキングダムが始まった。

 ステージの上には相変わらず司会のサクラバクシンオー。そしてその隣の椅子には私服姿のラモーヌさんが優雅に座っていた。

 

 

桜木「うへぇ。相変わらずの熱気だな.........」

 

 

フェスタ「ああ、たかだか写真のコンテストだってのにここまで盛り上がるなんて、他じゃ考えられねーな」

 

 

 このイベントの熱狂ぶりはハッキリ言って異常だ。まるでレースに掛ける情熱を他のもので消化しようとしている。ここに居るウマ娘達の大半は菖蒲をする訳では無いのに、その熱に浮かされている。

 知っていたはずの事実を再確認しながらも、俺は進行していくコンテストの中身をもう一度見直した。

 

 

バク「ではまず!ラモーヌさんのお言葉からお願い致します!!」

 

 

ラモーヌ「今回はこんな素敵なショーに招待してくれて、どうもありがとう」

 

 

ラモーヌ「本当は一つ一つに言葉を送りたいのだけれど、時間も無いから特に気になった物だけにしておくわ」

 

 

 おぉ、流石プロ。こんな舞台でも普段と変わらず平静を装っている.........この場慣れした雰囲気。審査ミスなどある筈もない。公正な審査が下されているはずだ。

 そう思っていると、ステージ上部からスクリーンが降りてきて、そこにプロジェクターが投影される。そこには参加賞(一部)と書かれていた。

 

 

 そのスクリーンはゆっくりと暗転し、やがて映し出されたのはスマートファルコンがアイドル衣装を来てハートマークを撮っているポーズだった。

 エフェクトや撮影角度。光の入り方やぼやかし方全てに至って高クオリティ。これがまさか参加賞なのか?

 

 

ラモーヌ「これはエイシンフラッシュの作品ね。とても良い出来だと思うわ」

 

 

ラモーヌ「.........プロモーション写真としては、ね?」

 

 

 ぞわり。と騒がしさが一瞬広まったが直ぐに落ち着いた。それもそうだ。この人を知らない人から見たらメジロの人。マックイーンやライアンと言った人達から、まさかこんなピシャリと物事を言う人が連想されるとは到底思えない。

 彼女は眉一つ。身体の一部すら動かさずに批評を続けた。

 

 

ラモーヌ「テーマは[芸術]。見た目の美しさや派手やかさは必要ないわ。確かに良い物ではあるけれど、これは結局[本物]には敵わない」

 

 

ラモーヌ「ライブを直接見たいという欲は刺激出来ても、この一枚で満足する事は決して無いわ。精進する様に」

 

 

 なんとも痛ましい光景だ。本人は登壇しては居ないものの、この会場のどこかでガックリ項垂れている事は間違いない。正直参加していなくて良かった。多分俺の心が持たないだろう。

 隣に居るフェスタを横目で見ると、彼女も緊張しているのか少し手が震えている。当たり前だ。自分が自信のある分野でボロクソに言われればメンタル。アイデンティティ。そしてプライドが傷付く。平静で居られる方がおかしい。

 

 

 そしてまた一枚の写真がプロジェクターで映し出される。今度は何の事は無い。大きなオシャレパフェだった。

 

 

ラモーヌ「次はカレンチャン。よく撮れていると思うわ。けれど」

 

 

ラモーヌ「.........こういう食べ物を撮る人の心境。分からない」

 

 

 いきなり否定から始まった。今度はあからさまに観客達からのザワザワとした反応が見える。俺も冷や汗をかかざるを得なかった。

 

 

ラモーヌ「確かに素晴らしい写真よ。でも、これを見たら思う事は一つじゃない」

 

 

ラモーヌ「そう思ったらこの写真ではなく、この写っている物に思考が引っ張られるわ。後で私にこのパフェの事を教えなさい?」

 

 

 至極真剣な顔で会場のどこかに居るカレンチャンにそう投げ掛ける。静かな会場から可愛らしい返事が響いてきたが、どうやら彼女はあまり傷付いて居ないらしい。それならば良かった。

 

 

 幾つかの写真が映し出され、やがて参加賞の組は終わりを迎えた。次は[優秀賞]一つ。そして最後に[最優秀賞]の一つだけだ。

 

 

 またもやプロジェクターが暗転し、優秀賞の文字が浮び上がる。そして徐々にその写真がフェードインを果たして行き.........

 

 

フェスタ「なっ.........!!?」

 

 

桜木「あちゃ〜.........」

 

 

 写真が映し出される。それはマックイーンとテイオーがスパートを掛ける瞬間。横並びではなく、テイオーを手前に置き、顔がアップでよく見える構図となっている。普通のレース写真だったらこんな物は撮れない。

 だがフェスタは今回、スパートを掛けそうな場所で張ってコーナーからカメラを構え、そのまま少し前を走る形でこのシーンを撮影した。迫力ならば誰にも負けないだろう。

 

 

ラモーヌ「ナカヤマフェスタ。素晴らしいわ。今後の写真にも期待大ね」

 

 

ラモーヌ「勝負と言うのは一瞬。レースは勝負が決まる場所からは明確になるけれど、この写真はその一瞬を上手く捉えている」

 

 

ラモーヌ「これは撮影者がレースを熟知し、そして自分のカメラを信頼していなければ出来ない事よ。技術と構図はズバ抜けている」

 

 

 褒め言葉しか出て来ていない。あのラモーヌさんが苦言を呈さないという事はやはり、それほどまでに写真のレベルが高かったという事だ。

 だと言うのに、それが[優秀賞]止まり.........つまり、これ以上の作品が一つあるという事だ。

 この勝負の一瞬を捉えた写真。それ以上に素晴らしい写真がある.........そういう事なのか.........?

 

 

フェスタ「.........」

 

 

桜木「おーい。孫ぉ、昇天してるぞー」

 

 

フェスタ「.........はっ!あ、アタシは今まで何を.........!」

 

 

 意識を手放して放心していたフェスタの肩を叩き、現世へと連れ戻す。震える自分の手を見ながら先程起きた現実を受け入れ、何とか心を落ち着かせようとする彼女。

 やはり勝負師なのだろう。今回の事を真正面から受け止め、既に自分の上に行った写真を見る体勢へと入っている。

 

 

 俺も楽しみにしながら、暗くなったプロジェクターを見ていた。

 

 

 見ていたのだが.........そこに映し出されていたのはなんと.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なっ.........え.........?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カメラを構え、走りながら撮影をするナカヤマフェスタの写真が映し出されていた。それはつまり、彼女がテイオーとマックイーンの写真を撮る為に走り出した所を激写された。という事である。

 

 

ラモーヌ「最優秀賞はシリウスシンボリ。おめでとう。文句無しよ」

 

 

ラモーヌ「写真を撮る者を撮る。中々無い発想ね。正に芸術的な観点だわ」

 

 

ラモーヌ「一瞬の瞬間の為に全力を捧げる。写真には決して映らない労力。その姿を見せられて惹かれない人は居ない」

 

 

ラモーヌ「この写真一枚で、きっと多くの人がカメラを手に持つ事もあるでしょうね」

 

 

 百点満点。そう言っても過言では無い。ラモーヌさんがこれ程褒めるという事はそういう事なのだ。お世辞も皮肉も存在しない彼女の言葉は正に彼女にとっての正しさそのものだった。

 俺はふと隣に居るフェスタの事が気になり、横目で彼女の方を見ると、その顔は真っ赤っかに染まっており、頭からは湯気まで出てしまっている。まさか自分が撮られて、その姿が最優秀賞になるだなんて思っても見なかったのだろう。

 

 

桜木(これは.........引き上げた方が良いのかな?)

 

 

桜木「.........フェスタ。帰ろう?」

 

 

フェスタ「.........」

 

 

 ああ、もう俺の声が届いてないくらいショックを受けてしまっている。これはもう仕方が無い。

 俺はそう思い、彼女に謝りながらその腕を優しく掴み、おんぶをする形でその会場を後にしたのだった.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「.........」

 

 

 放課後のトレーニングを終え、私は自身の寮部屋に戻っていました。きっと今頃、トレーナーさんとフェスタさんはカフェテリアの地下のイベントに足を運んでいる頃でしょう。

 

 

 ベッドに腰掛ける形で、私は天井を見上げながら目を閉じました。思い浮かべる情景は、あの[瞬間].........

 

 

(ここでスパートを掛ければ.........!!!)

 

 

(.........っ?)

 

 

 あの日。テイオーと併走をした時。本来であるならば勝利は私の物だったはずです。彼女も手の内を明かすつもりは無い。そうならば、本来の力を出せば中距離だったとしても、3馬身も差を付けられる筈はありませんでした。

 

 

 でも、私はスパートを掛けられなかった。

 

 

マック(.........恐れ。なのかしら)

 

 

 目を開き、視線を自分の左足に向けます。もう既に痛みは無いと言うのに、私の心はそれでも、躊躇してしまっています。

 大きな溜息を吐きながら、もう一度あの時の事を思い返します。

 

 

『トレーナーさん、これでは本番まで.........』

 

 

『.........いや。このペースで行く。トレーニングを増やしても、苦しいだけだ』

 

 

 たまたま調子が悪かった。そう思え、それを言えたのならどれほど気持ちが楽になれたでしょう。けれどあの時の走りは、今までに無いほど重く、苦しいものでした。

 そしてそれを打開する策は無い。彼はそう言ったのです。トレーニングでは決してこれを乗り越える事は出来ないと。

 出来るとするならば.........

 

 

マック(.........心の問題。なのよね)

 

 

 耳に着けた[王冠のアクセサリー]。それに触れながらも、URAファイナルズへの不安は一層増すばかり。

 勝つ事は出来るのか。そればかりか、私に走り切る事は出来るのか.........?そんな不安が、この日から渦巻くことになるのでした.........

 

 

 

 

 

......To be continued



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マック「トレーナーさんの密着番組ですわ!!」

 

 

 

 

 

 普段の仕事

 

 

桜木「他の人から見ればなんだコイツ、サボりまくりじゃないか。って言われると思うんですよ」

 

 

桜木「でも、サボらなきゃ周りを見れないんです。何が好きで、何に心が惹かれるのか。練習だけじゃその子の事なんて見えない。それが見えてくるんですよ」

 

 

 人の勝利が自分の勝利になる世界。

 

 

 嘲笑われる事もあった。

 

 

 夢を諦めた事もあった。

 

 

 

 

 今までで見てきて見込みのあるトレーナーは誰ですか?

 

 

 

 

 

古賀「桜木だな。面白い男だよアイツは」

 

 

南坂「経験値としてはやっぱり、あの人は凄いものを持っていますよ」

 

 

 誰かの為に。

 

 

桜木「課題って言うのは真正面から見てるだけじゃ見つからないんです」

 

 

桜木「俺達は絵を作ってるんじゃない。ウマ娘にとって、一番輝く瞬間を作らなきゃ行けないんです」

 

 

桜木「必要な物は、いつだってレースの[外側]に転がってるんですよ」

 

 

 

 

 奇策。

 

 

 

 

 強さ。

 

 

 

 

 [奇跡]。

 

 

 

 

 

featuring to day

レース界に咲く[桜木]

トレセントレーナーㅤ桜木玲皇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「.........ゴクリ」

 

 

 つ、遂に始まります.........!待ちに待ったトレーナーさんの密着取材番組が.........!!!

 そう息巻きながら既に何度も見ているCMを食い入る様に見ます。手には大きなポップコーンの容器。傍にはジュースが用意されています。

 場所は栗東寮。本来ならば美浦寮のチームメイトも居ますが、今回は許可を得てレクリエーション室を借りています。

 時折ではありますが、今回の様な自身のトレーナーがテレビに出る際はこうして、集まる方々が居るみたいです。

 

 

タキオン「.........随分と用意周到だねぇ」

 

 

マック「当たり前ですわ!!この日をどれほど待ち侘びた事か.........!!」

 

 

 取材自体は夏合宿が終わって直ぐに行われておりました。いえ。遅いくらいです。本来ならば私が菊花賞を勝利した時点で来て無ければ可笑しいくらいなんですから!!

 

 

ウララ「トレーナー本当にテレビに出てるー!!凄いねー!!」

 

 

ライス「ら、ライス達も偶に出てるけど、お兄さまだけなのは無かったよね?」

 

 

ブルボン「そうですね。今までテレビのスタッフが密着した物は無かった記憶です」

 

 

デジ「断ってたんじゃないです?ほら、トレーナーさんマスコミ嫌いですし」

 

 

 む。それは有り得そうな話です.........テレビは兎も角、雑誌や新聞などのマスメディアの記者のお話も断っていて、繋がりが唯一あるのが乙名史記者さんだけですから.........

 そう思うとそれが一体、どういう心境の変化で取材を受けるようになったのかも気になります。

 

 

マック「ああもう.........!こんなにもCMが邪魔だなんて.........!!!」ウズウズ

 

 

タキオン「時が来れば始まるさ.........落ち着きたまえ.........」

 

 

ウララ「あっ!!始まったよ!!」

 

 

 

 

 

 [府中の某所。彼の自宅はそこにあった]

 

 

桜木[おはようございます.........]

 

 

 [おはようございます]

 

 

 遂に始まった彼の密着番組。その始まりはとてもびっくりするもので、自宅の玄関を開けて出てきたのは、何故かサングラスをつけている彼でした。

 

 

 [あの、いつもサングラスを?]

 

 

桜木[ああいえ、寝起きの目付きが酷いんですよ。俺が怖いと担当達の評判に響くんで、対策です]

 

 

 [時刻は朝の五時。聞けばいつも平日はこの時間に起きるのだという]

 

 

 番組のナレーターから聞こえてくるその言葉に、私は驚きました。いえ、この場に居る全員です。

 なぜなら彼はいつも七時過ぎに学園に来ます。あの家から学園までなら十分も掛から無いはず.........

 

 

「朝練ですか?」

 

 

桜木「しませんよそんなの。身体に毒です」

 

 

桜木「レース本番のコンディションは最高の方が良い。なのに練習でそれを損なわせるのは、ただただ感覚を狂わせるだけです」

 

 

桜木「身体作りは間に合いますよ。まだ若いんですから」

 

 

 テレビに映る彼の表情はどこか、自信に満ち溢れていました。そして彼の言葉とその行動は芯がある。私はそう思いました。

 彼は常々、焦っては行けないという事を口にします。勝ちを急ぐな。近道は見つけるだけ。誘惑に騙されるな。思うままに進め。何かの影響ではなく、自分の心に従う様に彼はいつも言ってくれます。

 

 

ウララ「トレーナーカッコイイね!!」

 

 

マック「ええ!私達のトレーナーさんですもの!!」

 

 

 [ではこの時間にいつも何を?]

 

 

桜木[朝飯ですね。これです]

 

 

マック「ええ!!?」

 

 

 そう言って彼が冷蔵庫から出したのは一つのボトルでした。容量的には500ml。それが朝ごはんになるだなんて到底思えません。

 そしてそんな物を彼は有難みも何も感じさせない一気飲みを披露しました。その姿には流石のタキオンさんも引き気味です。

 

 

タキオン「.........彼は私にああいう食事を辞めさせた張本人の筈だがね」

 

 

マック「ま、まぁ元々朝は食べれないと言っていた方でしたし、一つの進歩ですわ」

 

 

 [こうやって作るんですね。明日の朝用ですか?]

 

 

桜木[夜ご飯です]

 

 

マック「」

 

 

 テレビの中の彼は先程の容器に水を入れ、棚の中から大きい袋を取り出しました。そしてそこから大きなスプーンで二掬い分の粉を入れた後、蓋をして少しの間振りました。

 最初は作り方を教えているだけ。朝は二杯分なのかとも思いましたが、これは夜ご飯。彼の口からそれが出て来た瞬間。私はもう気絶しそうになりました。

 

 

デジ「か、身体壊すんじゃ無いです?」

 

 

ブルボン「ですが、マスターの健康状態は安定しています。心配ではありますが」

 

 

タキオン「ふむ。検索した所完全栄養食らしい。必要な栄養素とカロリーも申し分ない」

 

 

マック「だ、だからと言って夜ご飯もアレでは.........」

 

 

 流石に心配です.........以前は朝ご飯はお腹を壊すから抜いているという事を聞いていて、確かに一歩前進はしたのですが、それでも心許ない。いえ、食べていないよりも心配になってしまいます。

 

 

 そんな朝の姿から、映像はトレセン学園へと移りました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木[ここが職場ですね]

 

 

 [彼に案内されたチームルームは、想像とは違い楽しげな雰囲気だった]

 

 

 テレビのナレーションが言う通り、私達のチームルームはとても賑やかな場所だと思います。私達のトロフィーは勿論、写真や記録。ここまでは他のチームも揃えている所はあります。

 ですがここには、タキオンさんの実験レポート。ウララさんが外で見つけて来た宝物。ライスさんの絵本やブルボンさんのプラモデル。デジタルさんのグッズに、彼が買ってきた私のぬいぐるみまであります。

 .........あと、片付けられていてテレビには映りませんが、私のスポーツ応援セットも.........

 

 

 [普段はどのように?]

 

 

桜木[まぁ、ぷらぷらと]

 

 

 [ぷ、ぷらぷら?]

 

 

桜木[はい。学園内を散策して困ってる子が居たら相談受けて、他のトレーナーと情報交換してって感じですね。昼休みはここにほとんど居ますけど]

 

 

 そう言う彼の表情はどこか恥ずかしそうで、それを誤魔化すように笑っていました。

 そしてそれを実行する様に彼はチームルームを出て、学園内を歩きます。

 

 

ゴルシ[おっ?おっちゃーん!!]

 

 

桜木[よう、沈没船は見つかった?]

 

 

 [現れたのはチーム[スピカ]のリーダー。ゴールドシップ。現在G1を6勝しているウマ娘だ]

 

 

ゴルシ[それが聞いてくれよ!!バミューダの沈没船を探してたらよ!!急に時空の穴が開いちまったんだ!!]

 

 

桜木[あ〜!良くあるよなそれ!!俺もこの前吸い込まれてさ〜]

 

 

 な、なんて会話をしてるんですかこの人達は.........テレビの取材が来ているんですのよ!!?もう少し自重してくれないと私達の印象もおかしくなるではありませんか!!!

 そんな焦りを感じつつも、大半の会話はカットされ、最終的には彼女に振り回されてボロボロになったトレーナーさんが映し出されていました。

 

 

 [いつもあんな感じなんですか?]

 

 

桜木[そうですね。面白い子ですよ?ゴールドシップは]

 

 

白銀[おっ!玲皇じゃん!!今取材受けてんの?]

 

 

 [突然現れたのは、プロテニスプレイヤーの白銀翔也だった]

 

 

 .........嫌な予感がします。この人、凄い人ではあるのですが、人間性が褒められたものではありません。私だけではなく、この場に居る全員が額から冷や汗を流します。

 

 

 [知り合いですか?]

 

 

桜木[.........まぁ、親友レベルくらいの顔見知りですかね]

 

 

白銀[俺!白銀翔也!!]

 

 

白銀[―――、―――!―――ッ!!!(規制音連発)]

 

 

桜木[あっ嘘です知り合いでもなんでもないです]

 

 

 まるで本当に間違いを訂正するように彼は真顔で手を振りながら答えました。その後しつこい様に白銀さんが絡んできましたが、取材の方共々ずっと無視していました。

 

 

ウララ「社長すごいね!!あんな声出せるんだ!!」

 

 

タキオン「.........そうだねぇ。きっと練習したんだろう」

 

 

 あぁ.........あのタキオンさんすらドン引きさせるだなんて.........この方は本当に.........

 .........とは思いつつも、今トレセン学園が資金に困る事がないのは彼のお陰と言っても過言ではありません。メジロ家も出資はしており、財源力ならこちらに分はありますが、彼は足りなくなる都度気を利かせて出資する始末.........本当の意味で空気が読めないという訳では無いのです。

 

 

マック(まぁ、それが厄介なのではありますが.........)

 

 

 [色々な人と交流をし、時刻は昼前。彼はカフェテリアへと足を運んだ]

 

 

桜木[これから厨房を借りて、担当達のお昼ご飯を作ります]

 

 

 [桜木さんが作ってるんですね]

 

 

桜木[ええ。栄養管理するならこっちの方が楽ですからね。気が]

 

 

 カフェテリアの職員さんに挨拶をし、厨房を借りるトレーナーさん。手には献立表とスマホを持ち、画面を確認しながら材料を揃えていました。

 

 

 [何を確認されているのですか?]

 

 

桜木[ああ、過去に出したご飯です。気を抜くと同じ物作っちゃうんで.........あー、これか.........]

 

 

 [何か問題が?]

 

 

桜木[ちょっと作りたい料理があるんですけど、一人だとアレなんで助っ人を呼びますね]

 

 

 苦い表情を見せた後、彼は電話を掛けます。そして次のカットからはその相手が登場しました。

 

 

ルビィ[お兄さーん!手伝いに来たよー!]

 

 

桜木[ありがとルビィちゃん。んじゃ早速お願いね]

 

 

 [彼女は?]

 

 

桜木[ちょっと野暮用で海外行った時に知り合ったんです。今は家族で日本に居ますよ]

 

 

 彼は下処理をされていく食材を手渡され、それを包丁で切りながら質問に答えて居ました。普段は見ないその手際の良さに、思わずうっとりしてしまいます。

 そんな自分に気付き、頭を左右に振ってその気持ちを霧散させます。今はチームメイトも居るんです。その顔はこの録画データを一人で見てる時にもできるでしょう?

 

 

 それにしても.........

 

 

マック「手際が良いですわね。ルビィさん.........」

 

 

タキオン「負けていられないね?マックイーンくん」

 

 

マック「!え、ええもちろん!!お料理くらい私にだって出来ますわ!!」

 

 

デジ(.........ちょっと心配ですね)

 

 

ブルボン(はい)

 

 

マック「ちょっと!!聞こえていますわよ!!?」

 

 

 まったく!!失礼にも程があります!!こう見えても私だって料理のお勉強くらいしているんです!!

 あれでしょう!!?お米は洗剤で洗わないとか!!!ひとつまみは三本指とか!!!ええ分かっておりますとも!!!私も若いですから!!!インターネットはお手の物ですわ!!!

 

 

『.........そういう反応が年寄り臭いのよね』

 

 

マック「お黙りなさいッッ!!!」

 

 

全員「え!!?」

 

 

マック「.........はっ!し、失礼。何か言われたような気がして.........おほほ」

 

 

 ひ、久し振りに声を掛けに来たと思ったらそんな事を言ってくるだなんて.........思わず口から言葉が出てしまいました。皆さんには申し訳がありません。

 何とか誤魔化しながらもテレビの方にもう一度意識を向けると、今度は練習風景にシーンが移っていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 [放課後のトレセン学園。グラウンドには多くのウマ娘とトレーナーがトレーニングをこなしている]

 

 

 [そこには勿論、彼も居た.........のだが]

 

 

桜木[ハァ......ハァ.........うっげぇ〜、ま〜たタイム切れなかった.........こりゃタキオンと相談だなぁ]

 

 

 [あの、何をしているんですか?]

 

 

 テレビに現在映されているのは、全力で走り切りポケットの中のタイマーを確認している彼でした。

 その時の格好は私達と同じデザインのジャージ。しかし配色は赤ではなく、青色の物となっています。

 彼は疲れながらも、取材の方の質問に丁寧に答えていました。

 

 

桜木[今日は週に一度のフリートレーニングなんです。それぞれの課題ややりたい事を各々でやってもらいます]

 

 

 [そ、それで何故桜木さんが走ってるんですか?]

 

 

桜木[タキオンのデータの為ですよ。ただちょっと伸びが想定より悪いんで、これは相談案件ですね]

 

 

タキオン「ああ、この時は確か筋力増強による持久力及び速度持続の関係性を調べ直していた時期だよ」

 

 

 まだ1ヶ月と少ししか経っていませんが、彼女は既に懐かしいと言うような表情を見せていました。彼女にとっては過去の事は全て懐かしく思えてしまうようです。

 そうしている内にテレビはトレーナーさんと私の姿を大きく映し出しました。

 

 

 [チームのエース。メジロマックイーンもまた、フリートレーニングのために彼の元へと訪れていた]

 

 

 [メジロマックイーンさんも何かトレーニングを?]

 

 

桜木[ええ、最近は怪我の事もありましたから、フリートレーニングは率先してマネージャーをやってくれています]

 

 

マック[皆さんそれぞれのトレーニング方法があって、見ていて勉強になりますわ]

 

 

 その後、トレーナーさんと一緒に私はその日の事をまとめたノートを共有し、皆さんが帰った後も彼と今後の予定について話し合っている姿が映し出されていました。

 フリートレーニングについてはチームも強くなってきた事で、結成当時はほぼ毎日の様にこの様な感じでしたが、今ではこの番組で彼が語っている通りの週一回ペース。レースが近く、脚に不安の無い方は月一回に落ち着いています。

 

 

 [その後、今後のトレーニングの予定を組み直した桜木はトレセン学園を後にした]

 

 

桜木[そろそろタキオンが復帰するんですよ。[有馬記念]に向けて]

 

 

 [では、レースが近々あるという事ですね?]

 

 

桜木[そうですね。ただまぁああ見えて見えない無茶するタイプなんで。あんま根を詰めない様にする為のフリートレーニングでもあるんです]

 

 

桜木[まっ、そんな子ばっかりなんですけどね。ウチのチーム]

 

 

 彼はカメラに向かって笑顔でそう答えました。苦笑いではなく、呆れた笑いでも無い。純真な物が真っ直ぐ伝わってくるその表情が画面越しでもよく分かります。

 私を含め、このチームに居る人は全員無茶をする人ばっかりです。そんな私達を彼は受け入れ、怒る事も諦める事もせずに真正面から向き合ってくれる.........

 どうやらそれは他の方々も同じ様に思ったらしく、お互いに顔を見て自然と頬を緩ませました。

 

 

 そして気付けば場面はもう一度、彼の自宅の中へと変わっていました。

 

 

 [帰宅後。桜木は夜の食事を始めた]

 

 

 [?可愛いマグカップですね]

 

 

桜木[ア゜]

 

 

マック「アっ」

 

 

全員[「え」]

 

 

 画面にわざわざアップで映されたピンクマグカップ。そこには世界に名を馳せるアニメ会社の黄色い熊さんがデザインされていました。当然、男性が好んで買う可能性は低い物です。

 それが見つかってしまい素っ頓狂な声を上げる彼。そして私。それにチームメイトとレポーターの方が反応して場は混乱を極め始めます。

 

 

 [えっと、お付き合いされている方が.........?]

 

 

桜木[アー.........イヤ、ドウカナ〜?]

 

 

タキオン「君、まさか夏合宿が終わって早々彼の家に?」

 

 

マック「アー.........イエ、ドウデショウ〜?」

 

 

デジ「い、いくら何でもお二人とも誤魔化し方下手すぎじゃありません.........?」

 

 

 ま、まさかこんな形でわ、私とトレーナーさんの事が全国放送でバレてしまうだなんて.........

 こうなってはもう仕方ありません.........ここは正式にメジロ家として会見を開き、彼とは結婚も視野に入れてお付き合いしている事を公に.........

 

 

桜木[その、恥ずかしいんすけど.........それ寂しさ対策なんです]

 

 

マック「.........はぁ?」

 

 

ライス「ひっ!ま、マックイーンさん!お顔が怖くなってるよ.........!」

 

 

 この後に及んで彼は何を言ってるんですか?あれは私と買いに行った正真正銘私専用のマグカップではありませんか。

 そ、それをわざわざ隠すだなんて.........!これは今すぐ問いたださないと.........

 

 

 [ではこの歯ブラシも?]

 

 

桜木[あー!!!それね!!!うんそうそう!!!そうね!!!はい!!!]

 

 

マック「あー!!!あー!!!」

 

 

タキオン「.........えっ、まさか君。トレーナーくんの家に寝泊まりとかしてないよね.........?」

 

 

デジ「えぇ.........(ドン引き)」

 

 

マック「していません!!!アレはそうなった時用の予防策です!!!」

 

 

 全く!!皆さん私の事をなんだと思っているんですか!!確かに私と彼はつい最近恋人になりましたが、それ以前にウマ娘とそのトレーナーなんです!!進んで間違いを起こす訳なんてあるはずがありません!!!

 .........で、ですが、彼の家に行っている間に何らかのアクシデントに見舞われて寮に帰れない事もあると思いますから、こうして私物を置いて来ているのです。お着替えだって用意してあります。彼には気付かれ無い場所に隠してはいますが。

 そんな私を黙って見つめてくるチームメイトの皆さん。ウララさん達はまだ真顔で不思議そうな顔をしていますが、アグネスの名を冠するお二人は訝しげな目で私を見てきています。

 それを睨み返す形で押し退けていると、テレビの場面は彼の部屋の案内へと変わりました。

 

 

桜木[朝バタバタしてて紹介してませんでしたよね。ここがリビングです。こっちが趣味のゲーム部屋]

 

 

 [ではこちらが寝室ですか?]

 

 

桜木[いえ。寝る時はリビングに布団敷いて寝てますよ。こっちは仕事部屋です]

 

 

 [開けられた部屋の中は彼の言う通り、レースに関する資料や記事などが整理されて居た]

 

 

桜木[基本的には帰って来て、その後のトレーニングの予定や他のウマ娘のレース傾向を調べるんです。結構時間取られちゃうんですよね]

 

 

 苦笑いを浮かべながら仕事部屋に入り、彼は椅子に腰を下ろしてノートパソコンを起動させました。

 映っているのは公式のレース映像。アップで映し出された選手の部分を何度も繰り返し再生し、別のシステムを起動させて気付いた部分。そしてその方の強みを簡単に打ち込んで顔写真と共に印刷をかけました。

 

 

桜木[例えば、今出てきた選手達と今のウララを比較しましょうか]

 

 

 [そう言って彼は部屋に置いてあるホワイトボードに、情報を次々載せて行った]

 

 

桜木[距離条件は中距離2000m。芝で行くとすると、この子は先程のレースでは先行策を取っていましたが、ある選手が居ると逃げに打って出ます]

 

 

桜木[そしてその選手は追込み且つ、平均人気も高い。選手からの注目も受けるはずです]

 

 

桜木[まだ芝のトレーニングは十分じゃありませんが、運が良ければ.........うん。相手を驚かせる事が出来ますね]

 

 

 ホワイトボードに書き出された条件。走者全員の意識がインコースに向く事。逃げを選択した選手が焦らし続ける事。そして追込みを仕掛ける選手がスタミナが切れない程度に疲れている事。

 この条件が組み合わさった時。彼は最後方から黒の油性ペンで勢い良くコースに沿って線を描き、それをゴールと垂直に交わらせました。

 

 

ウララ「わーい!!ウララ勝てるかもだってー!!」

 

 

ライス「うん!!良かったねウララちゃん!!」

 

 

タキオン「普段はおちゃらけていて頼りなく思えるが、やはりレース運びやトレーニングになると彼に相談するのが一番信頼出来る」

 

 

マック「そうですわね。メリハリが効いてとても充実していますわ」

 

 

 先程の前提条件を組み合わせた一種の思考トレーニングをその後何度も繰り返した後、彼は取材の方から一つの質問を受けました。

 

 

 [では、ハルウララさんの有馬記念も自信が?]

 

 

桜木[ええ。もちろん]

 

 

マック(.........あら?)

 

 

 きっぱりと答えを出すトレーナーさん。しかし何故か私には、どこか迷っているのが感じ取れました。何故と言われても、そう感じたからとしか言いようがありません。

 他のチームメンバーを見ても、彼のその言葉に疑問を持っているのはどうやら私だけであり、皆さんはその言葉に嬉しさを感じたり、驚きを感じているだけでした。

 

 

マック(.........気のせいかしら)

 

 

 [それにしても凄いですね。ダート短距離を主戦とするハルウララさんを芝長距離のレースに出すだなんて、大変でしょう?]

 

 

桜木[そんな事ないですよ。確かに成長速度は遅い方ですけど、他の皆に見られる行き詰まりが無くて、それで素直なんです。今のところ伸びて行くだけで怖いくらいですよ]

 

 

 笑いを交えながら彼はウララさんに対する思いを言葉にしました。それを聞いたウララさんは少し恥ずかしそうにしています。

 確かに彼の言葉の通り、今の所彼女が伸び悩んでいる様子は一切ありません。教えられた事を守り、愚直に練習して行くウララさんですが、その全てを物にしてきています。

 もしこれで成長速度が並のウマ娘だったなら.........もしかしたら今頃、私と肩を並べて居たかもしれません。そう考えると、少し恐ろしさすら感じてしまいます。

 

 

 [では、桜木さんが受け持つ中で一番難しい子はどなたですか?]

 

 

桜木[あ、はは.........言い難いんですけど.........]

 

 

桜木[.........メジロマックイーンです]

 

 

マック「.........え」

 

 

 突然呼ばれた私の名前。まさか今この場面で呼ばれるだなんて思っても居ませんでした。他の皆さんも驚いた顔で私の方を見つめて来ました。

 手に持ったポップコーンが地面へと落ちてしまいましたが、落ち着いてそれを拾い直し、彼が何故そのような事を言ったのかを確かめるべく、もう一度画面に集中しました。

 

 

桜木[他の子は強みが分かるんですよ。ブルボンは体内時計の正確さ。ライスは狙った選手へのプレッシャーの掛け方。タキオンはスピード。デジタルは器用さ。ウララはど根性]

 

 

桜木[それが無い。とまでは言いませんが、彼女にはそれが個性と呼べる程の物では無いんです]

 

 

桜木[百年後のトレセン学園の教科書にはきっと、あの子の走り方が載っている。そう言えるくらいに、基本に忠実で、その走りにあの子自身はまだ存在していない]

 

 

 真剣な面持ちでそう言い切る彼に、テレビの前でも反論する事が出来ません。実際彼の言葉に思い当たる節が少なからずあるからです。

 私の走法はトレセン学園入学前、メジロ家の爺やの教えで作り上げました。教えを忠実に守り、そして極めて行くことこそが、メジロの。延いてはおばあ様の悲願を達成出来ると信じ、ひたむきに作り上げたのです。そこに私の思惑や思い付きは存在していません。

 

 

 それを見破られた事に呆気に取られていると、彼はもう一度ホワイトボードの前に立ち、先程書いたレースの絵を消して縦方向に[守・破・離]を書き出しました。

 

 

桜木[これは俺の理想プランです。多分、使う事は無いだろうなと思いつつも頭の中で作り上げた独自の走法]

 

 

桜木[守。自然を知る事。無駄な動き、無駄な思考を省いて自然に徹する事。これが第一]

 

 

桜木[破。自然を疑う事。それが本当に自分に合っているのか。自分の走りを信じ切るのに必要な疑問。これを終えた所に今彼女は居ます]

 

 

桜木[そして離.........さっきまでの事は彼女や他のトレーナーにも言っていましたけど、ここから先言葉にするのは初めてなんです]

 

 

マック「.........ゴクリ」

 

 

 もったいぶるような彼の物言いに、私は良いように焦らされてしまっています。それはこれから私が到達するであろう場所。[メジロマックイーン]としての終着点。その場所が今、言葉で示される。

 そう考えただけで身体は高揚し、今すぐにでも走り出したくなってしまう。そんな熱に浮かされる私を、隣に居るタキオンさんも嬉しそうに見ていました。

 

 

桜木[.........自然と[共生]すること。自然の中で自分が生きていると自覚して、お互いの存在を意識する事で初めて、きっと彼女は彼女の走りになる]

 

 

桜木[初めて見た時から今の今まで.........誰も、俺も、そして彼女自身も、その才能が何なのか。分からない]

 

 

桜木[俺の仕事は、彼女達の才能を表に出す事だと思っています。誰から見ても分かるように]

 

 

桜木[京都大賞典は良いきっかけになりました。けれどまた遠のいている。URAファイナルズの間には間に合わせたいです.........必ず]

 

 

 真っ直ぐな目でカメラを見つめるトレーナーさん。その目を見て、私達は彼の生真面目さを再確認します。

 不思議な人です。呆れるほど能天気な癖に心配性で、大切な事を忘れたり頼りないドジを披露する癖して、最後にはきっちり締める事の出来る人なんてそうそう居ません。

 どんな気持ちで彼がこの仕事に就いているのか、ハッキリとは分かりませんでした。もしかしたら私達が居ると言うだけで、卒業したら彼も一緒に.........なんて想像したこともあるので、少し心配だったんです。

 

 

 [楽しみですね。URAファイナルズ]

 

 

桜木[ええ。きっと良いイベントになりますよ]

 

 

桜木[その前に、俺の気持ちを言葉に出せて本当に良かったです]

 

 

 [え?]

 

 

桜木[へへ、恥ずかしがり屋なんで、こうでもしないとあの子達に伝えられないんですよ]

 

 

 恥ずかしそうに笑いながらも、彼はカメラに向かって頷きました。その行動はきっと、テレビを見ているであろう私達に向けてのものです。

 それに反応する様に、私達は頷きを返しました。目の前に彼は居ないはずで、彼の目の前には私達は居ない。だと言うのに、確かな[繋がり]を感じる事が出来ました。

 

 

タキオン「.........不思議なチームだ。物事には必ず[限界]が存在しているはずだと言うのに」

 

 

タキオン「君と彼を見ていると、そんな限界は無いとさえ思ってしまうよ」

 

 

マック「タキオンさん.........」

 

 

 隣に居る彼女は優しい表情で私を見てそう言いました。そこにはいつもの実験的な面白い物を見るという感情は無く、ただただ純粋な彼女の思いが伝わってきます。

 

 

ウララ「わたしも!!マックイーンちゃんとトレーナーを見るとね!!ウララも頑張るぞーって思えるんだー!!」

 

 

ライス「うん。私も、二人の事を見てきたから、ここまで変われたんだと思う」

 

 

ブルボン「マスターもマックイーンさんも、私の目標です。どこまで行けるのか.........[好奇心]が高まっています」

 

 

デジ「あたしも選手としてはまだまだですけど.........こんなに楽しいチームなのはきっと、お二人が頑張り屋さんだからでしょうね!!」

 

 

マック「そ、そんな事言われましても!!何も出ませんわよ!!?」

 

 

 皆さんがそれぞれの言葉で今の私を肯定してくれる。そんなやり取りが何だかとても恥ずかしく思えてしまい、私は両手を振って思わず否定してしまいます。

 しかし、そんな私を見てタキオンさんはいつも通りくつくつと笑います。他の皆さんも釣られる様に笑い始めます。

 

 

『愛されてるじゃない。素直に受け取りなさいな』

 

 

マック(そ、それはそうですけど.........)

 

 

『ふふ、可愛らしい』

 

 

マック(!あ、貴女まで.........!!)

 

 

 先程までの説教がからかいの物だと言うように、彼女は私から顔を背けて笑います。全くもう、なんですか皆さん揃って。これではトレーナーさんが沢山いるみたいです。ただでさえあの人のからかいだけで手一杯なのに.........

 

 

 しかしそれに反論して議論を続ければ、負けるのは私です。相手にはタキオンさんが居るのですから、論争で勝つには私に武器がありません。

 仕方なく気を鎮めるために、ポップコーンを沢山握って口の中に詰め込みました。

 

 

 そしてテレビは、彼の仕事ぶりを映していきます。何の事はありません。私達にとっては普段の光景です。

 ウララさんと駄菓子を食べたり、ライスさんとおしゃべりしたり、ブルボンさんとプラモデルを組み立て、タキオンさんの実験に付き合い、デジタルさんとウマ娘の話をして、私とお昼ご飯を食べる。

 そんな忙しくも、一見すればレースとは関係の無い毎日を映す映像。そんな私達の日常が映し出されていました。

 

 

 [普段から担当の方と一緒なんですね]

 

 

桜木[あはは、まぁそうですね。トレーニングの話はチラホラしますけど、基本は世間話ですよ]

 

 

桜木[他の人から見ればなんだコイツ、サボりまくりじゃないか。って言われると思うんですよ]

 

 

桜木[でも、サボらなきゃ周りを見れないんです。何が好きで、何に心が惹かれるのか。練習だけじゃその子の事なんて見えない。それが見えてくるんですよ]

 

 

 彼の言葉を聞いた時、そう言えばあまり彼の方からトレーニングの話はされていないと思いました。

 何か新しく始めたり、懸念点や不安材料がある場合は自ら話を切り出してきますが、基本は私達から聞く事になります。

 

 

桜木[あんまりそういう場所で話すぎると、俺に信用されてないんじゃないかって思うかもって.........だから基本、トレーニング前にしか話さないんです]

 

 

桜木[それに課題って言うのは真正面から見てるだけじゃ見つからない]

 

 

桜木[俺達は絵を作ってるんじゃない。ウマ娘にとって、一番輝く瞬間を作らなきゃ行けないんです]

 

 

桜木[必要な物は、いつだってレースの[外側]に転がってるんですよ]

 

 

 自信を持ってカメラに顔を向けて答えるトレーナーさん。それを聞いて私達はどこか納得しました。

 彼の持ってくる突発的なトレーニングは今までに前例が無いながらも、何故か私達の今欲しいという様な部分に成長を促してきます。

 その[種]がレースの外側にある。それならば、前例が無く、尚且つ効果的になるのはよく分かりました。

 

 

 そして番組は、最後の締めへと入って行きます。

 

 

 [プロフェッショナルとは、]

 

 

桜木[.........掴んだ[奇跡]を、手放さない事]

 

 

桜木[誰かにとっては[奇跡]と思われる様な出来事でも、自分だけは。自分達だけは、その足で歩いてきた道だと胸を張って言いたい]

 

 

 彼の言葉と共に、この番組の主題歌が流れ始めました。綺麗事ばかりを並べた歌詞では無いはずなのに、何故か魅入られてしまうその歌を背景に、彼は自分にとっての[プロ]の定義を語りました。

 そして番組は私達が走るターフを見つめるトレーナーさんの横顔にアップしていき、小さいテロップが端に出されて終わりを迎えました。

 

 

タキオン「案外面白かったね。彼の心境も知れたのも大きい」

 

 

デジ「ですね。あんまりそういう事を話す人ではありませんから」

 

 

ブルボン「マスターは隠れステータス。[照れ屋]が常時発動しています」

 

 

マック「その癖して、恥ずかしい事はサラリと言えるんですから本当.........あら?」

 

 

「「.........スゥ」」

 

 

 耳に二人の寝息が聞こえてきました。その方向を見ると、ウララさんとライスさんが仲良く寄り添いあって寝ていました。

 それに気付いた私達はお互いの顔を見合せて微笑んだ後、寮長のフジキセキさんに許可を得てから美浦寮のライスさんをタキオンさんのお部屋に運び、その日は解散となりました.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっ!桜木トレーナーさん!昨日のテレビみました!」

 

 

桜木「え?あ、ありがとう」

 

 

「とってもカッコよかったです!」

 

 

桜木「そ、そう?」

 

 

 彼の番組から一日経ちました。学園の廊下を歩いていると、多くのウマ娘に囲まれているトレーナーさんが居ました。

 

 

マック「人気者ですわね。トレーナーさん」

 

 

桜木「マックイーン!俺本当にテレビ出ただけだよ!!?こんなになるなんて.........」

 

 

マック「最初の方に受けていればこうはなっていません。私だって貴方の密着番組が放映される事を楽しみに待っていたんですから」

 

 

 最近、彼の人気は凄まじい物となっています。私は勿論、タキオンさんやブルボンさんと言った実力派を育てながら、片やライスさんやウララさんの様な伸び悩むウマ娘も活躍させる事の出来るトレーナーとして注目を集めています。

 正直、私が菊花賞や天皇賞を勝ち取った時点でこの密着を受けていたならこんなにはなっていないと思います。ハッキリ言ってしまえば、皆さん焦らされていたんです。

 

 

マック「まぁ、チームの宣伝としては良かったのではありませんか?」

 

 

桜木「ん〜、まぁ生徒にもチームを応援してるって言ってくれた子も居たし.........」

 

 

桜木「.........でも俺としては、番組がどんな感じだったのか聞きたいんだけどなぁ。どこ使われてるのか見てないから分かんないし」

 

 

マック「.........?」

 

 

 どこかソワソワしながら自信なさげにそう言うトレーナーさん。その様子に何を言いたいのかが最初は伝わりませんでしたが、次第に彼の意図が分かりました。

 つまり、彼はあの番組の感想を聞きたいのです。軽い口調で言ってはいますが、その心の殆どがその思考で埋め尽くされています。

 そんな彼の可愛らしさに思わず頬を緩めてしまいましたが、それを悟られぬ様に顔を背けました。

 

 

桜木「ん?マックイーン?」

 

 

マック「.........そんなに聞きたければ聞けばいいではありませんか?人気者なんですから」

 

 

桜木「え?ああいや!俺が聞きたいのは、その.........ねぇ?」

 

 

 昨日の画面で映っていた表情とは違うものが今、私の目の前にあります。本当、あの部分だけの彼を知っていると言うだけでは勿体ないと思ってしまうくらい、この人は憎めない人で、ずるい人なんです。

 返答の無い私に対して、彼は次第にその表情をまるで[待て]をされ続ける子犬の様にして行きました。

 仕方ありません。もう少しいじめて見ようかとも思いましたが、流石に可愛そうになってきましたから。

 

 

マック「.........では休日。いつもの時間にお邪魔しますから、そこで一緒に録画を見ましょう?」

 

 

桜木「!勿論っ!!」

 

 

 私の言葉一つで先程の悲しげな表情から、彼は一気にぱーっと明るい笑顔を見せました。

 

 

 世間に置いて彼の評価は、[誠実]で[ひたむき]な好青年のトレーナー。そして[夢見がち]で[現実を知らない]と言われています。

 

 

 でもその実態を知っているのは、私達だけです。

 

 

 本当の彼は[弱く]て[脆い]、後ろを向きがちな人で、[夢を見ようとして]も[現実から逃れられない]と知っている。

 それでも彼は[夢を見ようとする]。それが歩く為の原動力になり、私達ウマ娘を支える力になる事を、何よりも知っているから.........

 

 

マック(.........でも、この一面だけはまだ)

 

 

桜木「.........?どしたの?」

 

 

マック(私達だけの秘密にして置こうかしら.........♪)

 

 

マック「いいえ♪なんでもありませんわ♪」

 

 

 今日もトレセン学園では、いつもと変わらない一日が過ぎていきます。

 

 

 そして、[有馬記念]に向かって.........時間は刻一刻と過ぎていくのでした.........

 

 

 

 

 

......To be continued



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有馬記念は[夢]の中

 

 

 

 

 

 冬の暮れ。あと数日経てば今年も終わる12月の末。寒空の下でも、人々は一つの行事に対してその熱心な心一つである場所に集まっている。

 一年に一度。その年のウマ娘スターが集う[有馬記念]。全国からこのレースを見るためだけにここに来た。なんて人も居るだろう。

 

 

 .........そんなレースに。今日うちのチームメンバーは二人出る。

 

 

桜木「調子はどう?体調とか、何か口に入れときたいものはある?」

 

 

ウララ「バッチリだよ!!」

 

 

タキオン「状態は悪くないよ。事前に薬も脚部に使用したから君が何か準備する必要も無い。安心して見ていてくれ」

 

 

 選手の控え室で会話を交わす。二人とも心配は無さそうだ。俺も少しだけ安心する。

 だが、レースというのは何が起こるか分からない。前回のライスの件もある。何かが起こるかもしれないと心構えはしておくに越したことは無い。

 

 

ウララ「楽しみだなー!!タキオンちゃんとカフェさん!!スペちゃん達とも走れるんだもん!!」

 

 

タキオン「私はちゃん付けなのかい?」

 

 

桜木「良いじゃんか。タキオン[ちゃん]?」

 

 

タキオン「ふんっ」

 

 

 困惑気味なタキオンをからかうと、躊躇うことなく彼女は光速の裏拳で俺のみぞおちを射抜いてきた。もちろんそれに反応できる訳もなく、俺は声も無くその場にうずくまった。

 そんな俺をウララは不思議そうに見て心配してくれている。裏拳の場面はちょうどタキオンの身体に隠れていたせいで急にお腹を痛くしたように見えている筈だ。そういう所、抜かりない。

 

 

 倒れ付した俺を蔑む様な目で見るタキオン。周りの反応は最早慣れたもので、俺の心配をしてくれるのは殆ど居なかった。

 

 

マック「有馬記念.........間に合えば私も参加したかったです」

 

 

桜木「それは仕方無いよ.........んしょ、ただでさえブランクが長い上に、脚のダメージが大きかったんだ。痛みが刷り込まれている内は無理しない方がいい」

 

 

デジ「そうですよ!来年頑張りましょう!!」

 

 

桜木「デジタルも、来年はバ車ウマ娘みたいに走らせまくっからな〜?」

 

 

デジ「!ど、どんとこいですっ」

 

 

 残念そうな顔を見せるマックイーンだったけど、俺とデジタルのやり取りを見てその顔を少し微笑ませた。そう、その顔が出来るんだったら心配する事は無い。

 [奇跡]に時間の概念は存在しない。例えそれまでにどんな道を歩み、どれだけ歩いていても突然発生する。そしてそれは、短期間では絶対に発生しない。

 それを超える為には、時間を掛けなければ行けない。生きる者に与えられたタイムリミットを使って、もがき足掻くしかない。

 

 

 それを教えてくれたのは他でも無い。周りに居る必死に生きてる人達だ。

 

 

 冷や汗を流しながらも胸を張っているデジタルだって、自分の時間を使うという約束をしてまで俺の事を引き止めてくれた。

 それを無駄にしない為にも、俺は[奇跡]を超えたい。そしてその先で―――

 

 

 

 

 

 

 そこまで考えていた思考が、控え室の扉を叩かれる音で止められる。こんな時に訪ねてくると言えば、沖野さんか他の出走者しか居ない。

 俺は他の皆にどうすべきかの視線を送った。その返答の目は友好的で、俺はそれを受け取ってノックの主に入っていい事を伝える。

 

 

 そして入ってきたのは、今回出走するマンハッタンカフェのトレーナーである神威だった。

 

 

神威「よっ、顔出しに来たぜ」

 

 

桜木「お前.........敵同士だぞ」

 

 

神威「そのチームに親友が居る。俺もカフェもな。来てもいいだろ?」

 

 

カフェ「親友.........?」

 

 

タキオン「.........なんだいその目は!!?」

 

 

 連れてこられた猫のように神威の後ろに居たカフェが訝しげな目でタキオンを見つめた。それを少しの間黙って見守っていたタキオンだったが、遂にいたたまれずに声を上げた。

 彼女は存外、周りの人間を大切にするタイプだ。元々そうだったのか、それとも変わったのか、それは定かでは無いが少なくとも今はそうだ。俺を含めたチームメイトは何かあった時彼女に頼る事が良くある。

 きっとカフェはトレーナーの俺よりも長い付き合いだし、良い友人関係を築けていると思ったのだろう。当の本人にその自覚が無かったのはとても悲しい事ではあるが.........

 

 

神威「それにしても、人気者だなぁウララ」

 

 

桜木「まっ、沢山走ったから知名度も上がった。この愛嬌さえあれば誰だってファンになるさ」

 

 

ウララ「えっへん!!」

 

 

 腰に手を当てて嬉しそうな姿を見せるウララ。そこに嫌な感情は全く呼び起こされることはない。それは俺だけでなく、この場にいる全員も同じ気持ちだった。

 しかし、大変だった事もある。商店街の人達で結成されたファンクラブ。通称[ハルウララ応援団]。それが一瞬だけ暴走しかけた時期があった。

 幸い俺が良く出入りしている場所であり、懇意にしてる魚屋や精肉店。駄菓子屋の人がそういう計画に誘ってくれた事で事態を未然に防ぐ事が出来た。そういうやり方でやると、帰って夢を壊しかねないと。

 

 

 応援する気持ちは有難いが、ウララも一人の今を生きる少女。担がれた神輿に乗せるにはまだ歩き盛りであり、その楽しさを存分に味わう事が出来る。近道は後からでも出来るから、今はその足であの場所に辿り着かせて欲しい。

 

 

 その時に見た表情は少し悲しげなものだったが、俺の言っている事に気が付いてその暴走は表に出る事無く終わった。

 もしこれが行われていたら.........世間から見るウララの評価は今とは違っていただろう。

 少なくとも、元気に走るウマ娘。という純粋な物ではなく、人の力を借りて有馬記念に出たウマ娘。という考えを持つ人は出てきた筈だ。そうなるのは俺としても、絶対に避けたかった。

 

 

神威「まぁ、お互い頑張ろうぜ?年の暮れの最後のレースだし、悔いのないようにな」

 

 

桜木「.........そうだな。出来れば、そうあって欲しいもんだ」

 

 

 そうなれば良い。心の底からそう思いつつも、心のどこかではそうはならないだろうという思いもある。矛盾の思考。それを認めつつも、それでも俺は綺麗事を信じたい。

 相反する心。それを抱きながら流れる有馬記念開催準備の場内アナウンスを聞いた俺達は、これからのレースの為に控え室を後にした.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 未来を感じさせる外の光が差し込む地下バ道。いつもここからレースは始まり、そしてここに帰ってくる。

 今日、俺のチームで走るのは二人。アグネスタキオンとハルウララ。同じ時期にデビューした者同士だが、同じレースを走るのはこれが初めてだ。

 

 

タキオン「期待していてくれ。今日の私は[全力]で走るよ」

 

 

ウララ「わたしも頑張るよ!!」

 

 

 それぞれ対照的にレースへの自信を見せる。タキオンは余裕そうな笑みを浮かべて、ウララは鼻息を荒くして己の実力に対する信頼を表現してくれている。

 だったら俺も応えなければ行けない。トレーナーとして、二人をここまで連れてきた者として、やるべき事をやる。その為に、俺は一歩。彼女達に近付いた。

 

 

桜木「[有馬記念]。デカいレースだ。しかも年の暮れ。魔物が潜んでる可能性もある」

 

 

桜木「.........って言っても、俺が出来ることは一つだけだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全力で行ってこい。二人とも」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全力で走って、その先を俺達に教えてくれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 片や脚の脆さ故に、たったの一度も全力を出した事が無いウマ娘。

 片や心の豊かさ故に、自分の全力を知らないウマ娘。

 

 

 距離適性やコース適性なんてものは存在しない。あるのはただ一つ。[全力]を尽くすだけ。その心が、人々を奮い立たせる姿になる。

 

 

 返事は単純。二人とも頷くだけ。それだけでも、真剣さは俺達に伝わった。対照的な二人の背中はどこか、似た物を感じさせてくれながら外の光に包まれて行った。

 

 

マック「.........遂に始まりますわね」

 

 

デジ「一年に一度の大レース.........今年は少し、デジたんの鳥肌が凄いです.........!」

 

 

ライス「うぅ、ど、どっちを応援した方が良いのかな?ブルボンさん.........」

 

 

ブルボン「これまでのデータから両方応援するというのが最適です。どちらも応援しましょう、ライスさん」

 

 

 今年の有馬記念は一味違う。去年の[奇跡]が起きた有馬記念とはまた違う、何かが[変わる]と言う予感を感じさせてくれる。

 ターフに繋がる出口を見ながら、俺達は反対方向の観客席へと繋がる方へと足を向けたのであった.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「.........来ちゃった」

 

 

 歓声鳴り響くレース場。色んな人がこのレースを見る為に集まってきている。そんな事は分かっていた。有馬記念というレースの存在を知ったその日から、ずっと.........

 けれど、実際に来てみて想像以上の多さに、私は戸惑った。初めてのG1は自分のレースが良いって変なわがままを通していたけれど、居ても経っても居られなかった私の目に映るのは、会場を埋め尽くす凄い人の集まりだった。

 

 

「.........」

 

 

 なんでここに居るんだろう。そんな漠然とした問い。その対象が自分なのか.........それとも、[あの子]なのか、それすら分からない。

 一つだけ分かるのは、私はただ[背中を押された]という事だけだった。

 

 

『そんなに気になるなら見に行けば良いじゃない。友達なんでしょ?』

 

 

「.........まだ、そうなのかな」

 

 

 字だけを見れば投げやりな言葉。けれどそこに篭っていたのは、私に対する思いやりだったのは間違いない。

 それでも、[友達]という言葉にあの時も今も、ずっと引っかかり続けている。私の勝手なこだわりのせいで、あの子が居ない裏であんな事をしてしまった。今更そんなの、口が裂けても言えない.........

 

 

「んっしょ、んっしょ.........」

 

 

「.........?」

 

 

「えへへ!やっぱりここが一番見やすい!思った通り〜!」

 

 

 人の間を押し通る小さいウマ娘。あの子は確か.........トレセン学園に滞在している子だった。

 メジロマックイーンさんの[繋靭帯炎]を治したエディ先生のお孫さんで、理事長の計らいで寮部屋を借りて家族で住んでるって事は知ってる。

 けれど、周りを見ても親御さんは居ない。一人で来たのかな.........

 

 

 .........ちょっと心配だから、声を掛けよう。

 

 

「え、と。ルビィちゃん?だよね?」

 

 

ルビィ「!うんっ!!お姉さんは?」

 

 

「私。エメロードシエル。親御さんは?」

 

 

ルビィ「今日はね!!パパとママ用事があるの!!ごしんじゅつ?の体験会なんだって!!お仕事で使うんだよ!!」

 

 

 両親の事を聞かれて嬉しそうに答える。そんな姿を見せられて私も幸せを感じるけど、やっぱりこんな所に一人って言うのは心配してしまう。

 そんな私の気持ちを察したのか、ルビィちゃんは首から下げていた子供用の携帯電話の電源を付けて慣れない手つきで番号を入力し始めた。

 

 

ルビィ「えっと、0...8...0...の.........」

 

 

 [もしもし〜。どうしたの〜?]

 

 

ルビィ「えっとねえっとね!!有馬記念?一緒に見たいの!!お兄さんもこっち来て〜!!」

 

 

 [良いよ〜。すぐ行くからね〜。は〜い]

 

 

ルビィ「やったー!お兄さんと見れるー!!」

 

 

 ピョンピョンと飛び跳ねながら喜んでいる。携帯から聞こえてきた声は優しい声の人で、少なくとも心配するような人じゃなかった。

 安心は出来たけど、そのお兄さんが来るまでは一緒に居た方が良いかもしれない。私はそう思ってその場で待っていたんだけど.........

 

 

「ルビィちゃ〜んおまたせ〜.........およ?」

 

 

シエル「っ!!桜木トレーナー.........」

 

 

ルビィ「お兄さんー!!」

 

 

 やってきたのはあの子の担当トレーナーである、桜木トレーナーだった。一瞬私を見て不思議そうな顔をしたけれど、走って抱き着いてきたルビィちゃんを持ち上げ始めた。

 .........だったら私はもうここに居る必要は無い。そう思って黙ってこの場を後にしようとした。

 

 

桜木「まぁ待ちなよ」

 

 

シエル「っ!」

 

 

 バレないように気配を消して、なるべく人混みの中に最短で行けるように足を動かした。けれどこの人は私に視線を向けること無くその行動を見破り、それを止めて来た。

 

 

桜木「せっかく最前席が沢山ある場所に来たんだ。ここで見ればいいじゃない」

 

 

シエル「私はっ.........」

 

 

桜木「良いから良いから」

 

 

 

 

 

 ―――張り詰めた表情で何かを言いかける少女。それを遮ってその場に留まらせる。

 何を言おうとしたのか、それは俺には分からない。きっと彼女もそう。つい言葉が勝手に口から出たけど、その先を考えていない。本当だったら、そのまま繋げていたはずだ。

 

 

 静かな時間が過ぎて行く。レース場に設置された巨大モニターには今、この歴代の有馬記念を誰が制したのかが華々しく映し出されている。

 シンボリルドルフ。オグリキャップ。メジロパーマー。そしてトウカイテイオー。名だたる強豪がその画面に大きく映り、過去の記憶を思い出させてくれる。

 

 

 それを黙って見ていると、彼女が不意に話しかけて来た。

 

 

シエル「.........なんでウララちゃんを、有馬記念に出そうって思ったんですか」

 

 

桜木「?何でって、前に言ってた通りだよ。あの子が出たいって言ったレースに出しただけだ」

 

 

シエル「それが、絶対に勝てない勝負でもですか.........!!!」

 

 

 語気を強めながら歯を食いしばり、拳を作る。どうやら最初に感じた印象は俺の偏見だったようだ。

 [気に入らない]。それはウララに対してじゃなくて、俺に対してだろう。普通なら勝てる勝負に挑み続け、その勝利の先にあるのが[有馬記念]だ。

 けれどウララは違う。今までのレースは言わば、このレースに出る為のもの。本来ならばここに居るべきなのは、もっと別の子だ。長距離の芝が走れる誰かが.........走るべきだった。

 

 

 そんな誰かの[チャンス]を奪い、ウララの[勝利]を度外視する俺は、彼女から見れば素晴らしく悪い奴に映っただろう。

 

 

 でも、それは表面上だ。本質なんかじゃない。

 

 

桜木「.........夢って、何だと思う?」

 

 

シエル「っ.........自分の叶えたい、目標のような物です」

 

 

桜木「そう。本来ならそうなんだ。誰もが身の丈にあった夢を見て、叶えようとする」

 

 

桜木「けれど世の中には、それが[叶えられる夢]なのか、[寝て見る夢]なのか、しっかり判別付かない奴も居るんだ」

 

 

 夢は残酷だ。現実以上に、世界以上に酷く残酷で、それでいて何よりも綺麗なんだ。それに気付いてる奴は極小数で、仮に気付いて居たとしてもそうだと分かりつつも夢に囚われる奴も居る。

 この世に居るのは、いつも死んだように生きる人間といつ死んでも良い様に生きる人間しか居ない。その二つを唯一選べるのは、夢の残酷さを知っている奴だけなんだ。

 

 

シエル「.........じゃあ貴方は、あの子の夢を覚まさせたいんですか?」

 

 

桜木「それはあの子次第だ。俺はただ連れて行くだけ」

 

 

シエル「.........分からないです。桜木さんの事」

 

 

 彼女は声に感情を乗せずにターフの方を見ながらそう言った。俺自身はそう言われた事に懐かしさを感じて同じ方向を見た。

 [分からない]。それが世間一般で言う俺の評価。勿論、そこには俺自身も含まれているし、アイツらだって居る。俺自身が何なのか、自分でも未だに良く分かっていない。ただ分かる事は、とんでもなく気分屋だと言うことだ。

 けれど[彼女達]はそうは言わない。分かりやすい、顔に出やすいと俺の事をよく言う。なんでそう見えるのかなんて言うのは聞いた事すら無い。だけど聞いた所で帰ってくる答えはハッキリとしている。

 

 

 [何となく]、分かる。自然に、空気的に、展開的に、性格的に。そんな傾向論。けれど強ち間違っても居ない。あの子達と居る間だけは、俺はきっと分かりやすい人間に分類されるんだろう。

 

 

桜木「.........全部は分からないよ」

 

 

桜木「分かっちゃったら、歩く必要なんか無い。分からないから歩くんだ」

 

 

桜木「一歩踏み出せば、次の一歩も踏み出せる。隣を見れば、同じ一歩を踏む仲間が居る」

 

 

桜木「チームってそういう物でしょ?」

 

 

 俺の問いかけに彼女は返事をしない。返事をしない代わりに、鉄柵を握る手に力を込める。

 舵取りはしない。主導権は全てあの子達の物だ。俺はその先にある障害物やトラブルを全て退けるだけ。

 

 

 [プロ]のウマ娘がどうなのかは知らない。彼女達はまだ学生で、俺が大人。ただそれだけでその役割を請け負っている。

 あの子達の可能性は無限大でどこにでも行ける。その手を掴んだ者として、俺はその責務を全うしなければ行けない。

 

 

シエル「桜木さんの言いたい事は分かりました。でもまだ、納得できません」

 

 

シエル「もっと力をつけてからでも良かったはずです。ウララちゃんが絶対、勝てる様になるまで.........」

 

 

桜木「.........そこが難しい所でさ。俺も悩んだよ」

 

 

 実際、あの子が有馬記念に挑む時期を見直していた時期もあった。今で良いのか。確かな実力を付けた後でも良いんじゃないか。そう思っていた事も、確かに.........

 けれどそんな事をして負けてしまえば、諦めてしまうんじゃないか。俺達も、そして彼女自身もちゃんとした力を身に付けた上で負ければ、もしかしたらもう良いと思ってしまうんじゃないか。

 

 

 ウララは単純だ。単純だからこそ、扱いずらい部分もある。勝てるかもしれない勝負で負けた時、それが大一番の大レースだったらどんな反応を見せるのか、想像すら出来ない。

 自分はダートに専念しよう。ちゃんと距離適性を考えよう。そんな事を考え始めてしまうのでは無いか。いくら底抜けた明るさを持っていても、そんな道を辿った友人や知り合いを俺は何人も見てきた。

 

 

 だからこそ今なんだ。まだ天井が何色で、何で出来ているのかすら分からない今だからこそ、考えられる物があるんじゃないか。自分もそこに行けるって、信じられるんじゃないか.........

 

 

桜木「.........そんな事言っても、結局答えって言うのは自分の頭の中にも、誰かの頭にも無い」

 

 

桜木「レースの答えはレースでしか見つけられない。俺達はそうやってやってきたんだ」

 

 

桜木「[走りの中に答えはある]。それだけがきっと、確かな事なんだ」

 

 

 いつの間にか見つけた答え。それが誰の受け売りで、誰が発した物かなんてのも分からない。けれど不思議とそれしっくり来る。それくらいこの答えは、ウマ娘にとって、レースを走る者にとっての唯一の公式なんだと思わせてくれる。

 抱き抱えているルビィちゃんがパタパタと耳をはためかせる。その反応を見てようやく、有馬記念が始まるのだと察する。

 ターフの上には、俺の良く知るメンバーが揃い踏み始めていた.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ウララ(.........なんだろう。ドキドキする)

 

 

 皆がゲートに入って行ってる。わたしはその前で、なんでか分からないけど胸がドキドキしてきて、その中に入る事が出来なくなっちゃった。

 どうしよう。今までこんなことなかったのに.........もしかして、有馬記念だからかな.........?

 

 

 スペちゃんもグラスちゃんも、セイちゃんにタキオンちゃんだってもう準備万端なのに、わたしだけ置いてけぼりにされちゃってる。レースはまだ始まってないのに.........

 

 

ウララ(!ダメだよっ、まだ始まってないもん!!ずっと楽しみにしてたんだからっ!!)

 

 

 ドキドキする胸を押さえ付けて、わたしはゲートの中に何とか入れた。多分、あともう少しでレースがはじまっちゃう.........

 こういう時は.........そうだ。トレーナーに教えてもらったことを思い出すんだった。

 

 

 えっと。ゲートが開いたら.........

 

 

 えっと、曲がる時になったら.........

 

 

 えっと.........他の子が周りに居る時は.........

 

 

 

 

 

 えっと

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 えっと

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 えっと.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ウララ(.........あれ?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「年末の大一番。ここ中山競バ場で今年のレースを賑わせたウマ娘16人がゲート入りを果たし、観客の期待を背負っています」

 

 

マック「.........遂に始まりますわね」

 

 

デジ「うぅ.........緊張しますね.........」

 

 

 レースが始まる寸前の状態。既に選手の皆さんはゲートにその身を入れ、後はそれが開くだけで有馬記念が始まってしまいます。

 いつもながらに豪華な出走者ではありますが、とりわけ注目を集めているのはやはり、ウララさんでしょう。普段の実力から結果は予想出来そうなものですが、それでももしかしたら.........そう思わせる何かを、彼女は持っています。

 

 

ライス「.........っ!ウララちゃん、何だか様子が変.........?」

 

 

ブルボン「!ライスさんの言う通り.........あれは.........」

 

 

マック「[深呼吸].........!!?」

 

 

 普段のウララさんならば絶対にしないであろう行動。その行動は言わば[緊張]をほぐす為に行われている動作に他なりません。

 それを無意識に実践している。という事はつまり、今ウララさんは人生で初めて、レースという舞台で緊張を体験しているという事なのです。

 既に変わり始めている意識。彼の思惑通りと言った所だとは思いますが、些かそれが早すぎる気もあります.........ここで一体、どう言ったレース展開にして行くのか.........

 

 

「今年最後の大レースっ、有馬記念―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――ガコンッッ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今スタートです!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――なっ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どよめきを見せる会場。小さい驚きの声が重なり、一人の大声よりも大きくなった物が会場中に響き渡ります。

 それもそのはずです。なんせ今ウララさんはこの錚々たるメンバーと不慣れな芝コースの中で.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 [追い込み]と言っても良い程に喰らいついて居たのですから.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

......To be continued



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有馬記念の[夢]から覚めて

 

 

 

 

 

「一人も出遅れること無く縦長の展開となった有馬記念。果たして誰が栄光を手にするのか!」

 

 

 実況の声が響くレース会場。私は腕を組みながら後方を走るウララさんの姿をただじっと見つめていた。

 驚き、戸惑い、そして期待.........こんなレベルの高いレースで、あのウララさんが喰らいついている.........それだけで、会場に居る人達は私と同じ様な感覚に陥っているに違いない。

 

 

「.........流石、桜木トレーナーね」

 

 

「.........あの」

 

 

「?」

 

 

 彼女をここまで育て上げたトレーナーを賞賛していると、一緒に見ていた沖野トレーナーとそのチームが不思議そうな顔でこっちを見てきた。

 

 

ダスカ「なんでここに居んのよキング」

 

 

キング「あら、居ちゃいけない?」

 

 

ウオッカ「そ、そういう訳じゃ.........」

 

 

沖野「.........ウララのチームならあっちだぞ。俺達は今日スペの応援に来てんだからな」

 

 

キング「分かってるわよそんな事」

 

 

テイオー「じゃあなんでここに居るのさー!!」

 

 

 全く、このキングを何だと思っているのかしら。こう見えても一流のレーサー。このチームがスペシャルウィークさんの応援をしているだなんて一目で分かる。

 では何故私がわざわざここに居るのか。その理由はただ一つ.........

 

 

スズカ「ここ、丁度カーブだから走るウマ娘の状態を確認しやすいのよ」

 

 

キング「ふふ、そう。直線に走る姿だけじゃ分からないけれど、コースを曲がる際の身体の使い方でその日のコンディションは分かる」

 

 

キング「つまりこのキングはっ、一流の観戦者でもあるのよっ!おーっほっほ!」

 

 

ゴルシ「流石キングだぜっ!!高笑い全世界ジュニアコンテスト三連覇の実力は間違いねーなっ!!」

 

 

全員「そんなのある訳ないでしょ(だろ)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 コースの1/4を走り終えた展開。レースの様子は未だに縦長の状態をキープしていると思うが、気掛かりな事が幾つかある。

 

 

タキオン(やはり最初からマークしていた通り、スペくんやグラスくん。それにスカイくんもやはり侮れない)

 

 

タキオン(.........だが一番の強敵はやはり)

 

 

 先行の集団。その先頭を走る私が最も危惧する相手。ステイヤー適正の高い差し戦法を得意とする好敵手。マンハッタンカフェが居るであろう場所に視線を送る。

 首を動かさなければ見えはしないが、確かにそこに居ることは分かる。科学者たるものしっかりとした根拠を持って理由を説明しなければならないが、こればっかりは[オーラ]としか言い様がない。

 スタミナは十分。脚も動かせる。事前の耐久力を向上させるスプレーも掛けている。それでも彼女を恐れる理由は恐らく.........

 

 

タキオン(.........[リミッター]か)

 

 

 全力を出せば忽ち自壊してしまうであろうその両脚。かつてはそうならぬようセーブをして走っていた物だ。

 そのお陰で無意識下で力をセーブするという事をしてしまっている節はあるかもしれない。

 

 

 しかしここは[有馬記念]。クラシックを走り終え、シニアを走るウマ娘にとっては一番大きなレースと言っても過言では無い。

 実力差のあったクラシック期とは違い、身体の本格化を迎えたシニア期。そんな状態で力を抑えながら勝つなどととても甘い考えだ。

 

 

 ではどうするか?決まっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 [自分の常識(限界)]を[超える]。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ただそれだけだ.........!

 

 

タキオン(ククク.........その為にはカフェ.........君の存在が必要不可欠なのだよ.........ッ!!!)

 

 

カフェ「.........っ」

 

 

 

 

 

 ―――苛烈なレースの中、16人のウマ娘がしのぎを削る。そんな中で一人、明らかに私に向けて異質な期待を向けている存在が居る。

 アグネスタキオン。超光速のプリンセスの異名で呼ばれる彼女の実力は、私どころか彼女にすら未だ分かり得ない。

 

 

カフェ(残念ですが、助演賞は頂きませんよ.........っ!!)

 

 

 今はまだその時じゃない。けれどそれは必ず訪れる。一瞬の判断。状況の変化を見極めて一気に抜け出す.........長距離という長丁場。変化の乏しいレースでそれを掴み取るにはトレーニングだけでは無い、実際の経験から来る勘と洞察力が必要になる。

 彼女にそれは無い.........勝機があるとするならば、そこを突くしか無い。逆にそこさえ突く事さえ出来れば.........ッッ!!!

 

 

 有馬記念の半分。それが終わろうとしている最中、私は後方の[追い込み]に徹する人達の方を確認した.........

 

 

ウララ「はぁっ、はぁっ.........!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ブルボン「.........順調に走っていますね。タキオンさん」

 

 

ライス「うんっ、このまま行けばもしかしたら.........」

 

 

 長距離を走り抜けていくタキオンさん。適正外の距離であるにもかかわらず、その表情にはまだ余裕さが感じられます。

 確かにこのまま走り抜ける事が出来れば、勝利する事も不可能ではありません。

 ですが.........

 

 

デジ「.........それはどうでしょうか?」

 

 

二人「え?」

 

 

デジ「今回出走しているグラスさん。それにスペさんも一瞬の切れ味が鋭いです。その上どちらも先行作戦にも慣れています。タキオンさんの仕掛け所にはしっかり喰らいつくでしょう.........」

 

 

マック「それに付け加えるならば、タキオンさんには[脚]の事があります。怪我の心配は無くとも、そうして走ってきた経験が枷になる場合も有り得ます.........」

 

 

 自分の左足に手を添えながら、私は先団の先頭を走る彼女を見ます。ウマ娘にとって脚は命と同等。それを守りながら走ってきた彼女にとって、突然それを辞めると言うのは無理な話です。

 そしてそれに至る経験.........つまり、[痛み]と戦って来た記憶もある。それを意識して居なくとも、本能的に身体を庇う走り方になっている筈です。

 それに追い打ちを掛ける様に、現在出走しているメンバーは先行策に対しての知見があります。先程言われたお二人以外にも、セイウンスカイさんも先行のウマ娘を交わしながら皐月賞、菊花賞を勝ち切った逃げの名手です。

 

 

 しかし、それは本人にも分かっている事。あのタキオンさんがそれを考慮していない訳がありません。きっと何らかの作戦があるのなら、今はただ見守る事です。

 .........それに今、気にするべきなのは.........

 

 

「後方で走るハルウララっ!この位置から先頭に出る瞬間を伺っていますっ!!」

 

 

マック(正直驚きました。長距離の、しかも芝コースのG1ウマ娘が走るこのレースでここまで喰らい付けるだなんて.........)

 

 

 目の前のレースで繰り広げられる光景、きっとここに居る殆どの皆さんが予想だにしていなかった展開。

 ウララさんが喰らいついている。長距離の芝コースで、普段のダートコース同様追い込み戦法を見せている。それだけで会場は盛り上がっていました。

 

 

 しかし.........

 

 

ライス「ウララちゃん、何だか辛そう.........」

 

 

デジ「表情が焦ってますね.........!」

 

 

マック「この変化が吉と出るか凶と出るか.........」

 

 

 レースとして成り立っては居るものの、ウララさんの今の実力ではこれ以上は限界を超えて行かなければなりません.........そうなればいくら丈夫な彼女と言えど、怪我の危険性は大きく跳ね上がるでしょう.........

 

 

 そんな心配を置き去りにするように、有馬記念は既に最終コーナーの佳境を迎えていました.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ウララ(どうしよう.........!!)

 

 

 皆がわたしの前を凄い速さで走ってく。何とか後ろに居れるけど、皆きっと、最後はもっと速くなる.........スペちゃんもグラスちゃんも、ここから速くなるのを何度もトレーナーと一緒に見てきたから分かる。

 でも、わたし忘れちゃった.........トレーナーに言われてきた事全部、頭が急に真っ白になっちゃって、忘れちゃったんだ。今までそんな事一度も無かったのに.........

 

 

ウララ(.........やだ)

 

 

 このままじゃ終わっちゃう。

 

 

ウララ([勝ちたい].........)

 

 

 せっかくの有馬記念が.........

 

 

ウララ([勝ちたい]よ―――ッッ!!!)

 

 

 終わっちゃう.........!!!

 

 

 頭が真っ白になって、走り方も忘れちゃったけど、そう思った。今まで何度も思ってきたけど、それより何だか.........とても強く.........

 

 

 ここで速く走らなきゃ行けない。そう思って、もうめいいっぱい走ってるけど.........もっと走れるように踏み込んだ時に―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『なんで走るの?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ウララ「.........あれ?ここどこ!!?」

 

 

 さっきまで皆とレースで走ってたのに、気が付いたら見た事ないお花畑の上に立ってた。息もぜぇぜぇしてないし、脚も疲れてない.........皆どこに行っちゃったんだろう?

 

 

『なんで走るの?』

 

 

ウララ「!だ、だれ!!?」

 

 

 後ろからどこかで聞いた事のある声がしたの。誰も居ないと思ったからびっくりして振り返ってみたら、そこには.........

 

 

ウララ「!わわわっ!!ウララとそっくりっ!!」

 

 

『.........』

 

 

 良く鏡とか写真とかで見るウララと同じ顔の人が立ってた。でも、背丈や身体付きは一緒なのに、何だかとても大人みたいな感じがする.........

 眠たそうな目でウララのことを見るそっくりさん。何を話そうかなって考えてると、またさっきと同じ言葉がそっくりさんから出てきた。貴女が言ってたんだねっ!

 

 

ウララ「なんでって.........う〜ん。なんでだろう?楽しいからかな!!」

 

 

『.........楽しい?』

 

 

ウララ「うんっ!皆と走って!沢山レースに出るの!!そしたらねっ!皆喜んでくれるしっ、ウララも楽しいんだー!!」

 

 

『.........そっか』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『私には分かんない』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とっても暗い声で、ウララのそっくりさんはそう言ったの。見た目が同じだから、きっと気持ちもウララと一緒だと思って、びっくりしちゃった。

 

 

『走るのは楽しい。でもレースは嫌い』

 

 

『色んな人が私に期待してる。負ける事しか出来なかったのに』

 

 

『.........私は何処にでもいる、普通の存在なのに、特別扱いされて.........同じ様な仲間も、沢山居たのに』

 

 

『結局私は、利用されてただけなの』

 

 

 .........よく分かんない。ウララ、特別扱いなんてされてるのかな?いっぱい頑張って、いっぱい走って.........そしたらきっと、色んな人がウララの事を応援してくれるよってトレーナーも言ってくれた。

 でもきっと、ウララのそっくりさんはそれが嫌だったのかも。走るのって楽しいけど疲れちゃうし、レースも楽しいけど、やっぱり勝った方が嬉しいし.........

 

 

『.........ごめん。私じゃ貴女の力になれない』

 

 

ウララ「?うん.........分かった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあそっくりさんが楽しくなるまで」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ウララっ、もっと沢山走るねっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『.........え?』

 

 

 わたし、あんまり難しい事は分からないけど、でもレースは楽しいって思うんだ!!

 だから、それを楽しめないそっくりさんの為に、ウララが沢山楽しくレースを走るのっ!そしたらきっと、そっくりさんも楽しくなると思うっ!!

 

 

ウララ「ウララもねっ、最初は勝てなかったの!」

 

 

ウララ「でも、トレーナーが来てくれて、ライスちゃん達と一緒に走ってるとね!ちょっとずつだけど速くなれたのっ!!」

 

 

ウララ「そしたら走るのも!レースするのももっと楽しくなったの!!だからそっくりさんが楽しくなるまで、ウララ頑張るよっ!!」フンス!

 

 

 そうだよっ!商店街の皆が言ってたもんっ、ウララがとても楽しそうに走るから、ウマ娘になってみたかったってっ!!

 だからきっとウララが沢山走ったら、そっくりさんも楽しくなるに決まってるもんっ!!

 

 

『.........そうだね。そうなるかもしれない』

 

 

『そうなったら、また会いに来てあげる』

 

 

ウララ「!うんっ!約束だよ!!」

 

 

 わたしのそっくりさんは笑ってくれた。でもやっぱり、ウララの笑顔とちょっぴり違う.........なんて言えばいいんだろう、お母さんみたいな感じ!!

 ウララとそっくりさんの約束。絶対忘れない為に小指を出したの。でもそっくりさんはよく分かんないって顔してたから、ウララが手を引っ張って同じ形にしたの!!

 

 

ウララ「ゆーびきーりげーんまんうっそついたーらロイヤルビタージュースのーますっ!!」

 

 

ウララ「ゆーびきった!!えへへっ、破ってもちゃんと会いに来てねっ!!」

 

 

『.........ふふっ、変な子』

 

 

 そっくりさんはクスクス笑ってウララの頭を撫でてくれた。それが何だか気持ち良くて、何だか眠くなってきちゃった。

 色々もっとお話したい事とか、聞きたい事とかあったんだけど.........身体がどんどん疲れてきて、汗がぶわーって溢れて来て変な感じになっちゃった。

 

 

 それで気が付いたら.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「.........始まった」

 

 

シエル「え?」

 

 

 有馬記念は佳境に入った。ラストの4コーナーカーブ。そこで大体の勝負が着いてしまう。どんでん返しはそう起こらない。

 先陣を切るのはやはりセイウンスカイ。しかし後続との差はさほど開いては居ない。起こるならばこの場面。タキオンの奴が何も策を練っていない訳が無い。

 

 

 

 

 

タキオン(っ、このタイミングか、些か早い気もするがまぁいい。想定内だ.........)

 

 

タキオン(果たして、上手く行くだろうか.........ッ!!!)

 

 

 ―――背中にプレッシャーが重く伸し掛る。それはカフェと走る際に必ず発生する一種の合図だ。

 まるで[呪い]が発動したかのような禍々しいプレッシャーだが、一つ欠点が有る。それは[仕掛け所]を全員に[知らせている]という事だ。

 

 

 恐らく、他の者には対処不可能だろう。なんせカフェと走るのは今回が初めて。仮にそう出なかったとしても、二回や三回程度でこれを打破する戦略や対策など思い付けない。そしてそれは机上の空論の事が多い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが[私]は違う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

タキオン(クク、[プランB]に手を付ける事は結果的には無かったが、それでも君は私にとっては[特別]なのだよ.........)

 

 

タキオン(その[脚]には、私とは違う[可能性]が大きく秘められているのだからね.........ッッ!!!)

 

 

 何度も頭の中で思い描いた。長距離を走る彼女の姿を。マックイーンくんやライスくんとは違う差しという先行策と比べればリスクのある戦略。

 しかしその中で彼女は長距離を勝ってきた。私のそれではスピードはあろうともパワーが足りない。

 

 

 だが、だからと言って勝てない訳では無い。限られた条件。提示された前提。それらを行使すれば勝率は上げられる。

 

 

 .........そして先程、[机上の空論]と言ったが、私の場合は当てはまらない。何故ならば.........

 

 

タキオン(この[脚]には定数所か、公式すら未だ存在しない。そんな物を頭の中でしたためる等、研究者としては愚の骨頂)

 

 

タキオン(問題が解決出来たのならば論文は提出するべきだ。よって私はこの場に示そう.........!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

([フェルマーの最終定理(タキオンの最高速度)]を導き解いたのは、この[アグネスタキオン]だと.........ッッ!!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スペ(ッ!!?タキオンさんが仕掛けて来たっ、ここで速度を上げなくちゃ.........)

 

 

グラス(行けないのに.........!!!)

 

 

カフェ「―――ッッ!!!」

 

 

二人(っ!!?しまっ―――)

 

 

 ―――禍々しいプレッシャーに重ねられる様に、アグネスタキオンの最高速度に達するレベルの抜け出しが、他のウマ娘へ大きな焦りを生ませる。

 この現象自体は彼女が予期したものでは無かったが、結果的にこの場で万全のラストスパートを踏めたのは数少ない存在だ。

 

 

 そしてそれと同時に、プレッシャーと焦りによる二重苦で実力を引き出せなくなったウマ娘は、ある錯覚に陥り始めていた。

 

 

スカイ(っ、さっきまで先頭で走ってもう少しだと思ったんだけどなぁ.........!!!)

 

 

スカイ(急に[有馬記念]じゃ無くなったみたいに、ゴールが遠く感じる.........!!!)

 

 

 最終コーナーを回った全員がそう考え始める。中山の直線は短いと言われているが、そんな物など関係無いと言わんばかりに脚が重くなっている。

 確かに有馬記念は長距離レース。しかし、2500mという数字は厳密に言えば中長距離に分類される。中距離レースとの距離差は300mしか存在しない。

 

 

 しかしそれでも、今この場で走っている殆どのウマ娘達の認識は完全にそうでは無くなっていた。

 

 

スペ(急に脚と.........息が.........っ!!)

 

 

グラス(これじゃまるで.........)

 

 

スカイ([3000m]と大差無い.........ッ!!!)

 

 

 大きなプレッシャー。迫り来る焦り。その二つが作用した結果、精神的レース距離が500m分伸びた。

 傍から見れば大きな変化は無いように思える。しかし、それぞれのレースを見慣れている者からすれば何かが起きている事は理解出来ていた。

 そしてその一部では、どうしてそれが起きているのかも.........

 

 

 

 

 

沖野「おいおいおいおいっ.........!なんつう事やってのけてんだアイツら!!?」

 

 

ダスカ「い、一体何が起きてるのよ!!?」

 

 

テイオー「こんなレース、ボク初めて見たよ.........!!?」

 

 

 

 

 

神威「マジか!!!マジかよあの二人っ!!!たった二人だけでレースの展開を歪めちまったぞ!!?」

 

 

 

 

 

デジ「っ!タキオンさんが抜け出しましたッ!!」

 

 

マック「この速度っ、今までのタキオンさんと比較になりませんっ!!」

 

 

ブルボン「しかし、直線は短いかも知れませんがこの距離は.........!!!」

 

 

ライス「頑張ってタキオンさんっ、ウララちゃんっ!!後もうちょっとだよ!!」

 

 

 

 

 

シエル「す、凄い.........」

 

 

ルビィ「タキオンお姉さんとカフェお姉さんが抜け出してきたよ!!!どっちが勝つかな!!」

 

 

 ―――唖然として口を開けるエメロードシエル。それとは対照的に興奮して俺に抱えられながらジタバタと脚をはためかせるルビィちゃん。それについての回答はしない。時間が解決してくれる事だ。

 それにしても、初対面の時からその不思議な存在感を感じてはいたが、本気のレースになるとこうなってくるのか.........あんまりやりたくは無いが、対個人用の対策を考えた方がいいだろう。タキオンのやり方も良いが、今の所あれを出来そうなのはあの子だけだ。

 

 

桜木(.........さぁて、どうする?)

 

 

桜木(レースはまだ終わってないぞ。ウララ?)

 

 

 先頭を抜け出し始めた二人から視線を後方に移すと、そこには懸命に走り抜けるウララの姿があった。疲れや疲労は見て取れるものの、あの子はカフェの異質なプレッシャーやタキオンの高速抜け駆けによる焦りを気にしていない数少ない出走者だ。

 一筋縄では行かない。敗北の最下位覚悟で挑んだ有馬記念だったが、蓋を開けて見れば後もう少しで着順一桁に届きそうな予感がする。

 

 

 そんな中、今年の有馬記念を制したのは.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「[アグネスタキオン]ッッ!!!今年最後のG1を制したのは復帰したばかりのアグネスタキオンです―――ッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ルビィ「すごいすごいっ!!タキオンお姉さんっ、ビューンって感じだったよ!!」

 

 

シエル「う、うん.........あっ!!ウララちゃんは!!?」

 

 

桜木「.........十着。思ったより早くゴールしたよ。ポツンと一人。とはならなくて良かった」

 

 

 ほっ、と一息つきながら走り終えた二人の様子を見る。タキオンの方は歩く力を残せないくらい全力を出せたのか、困惑した表情を浮かべて仰向けになり必死に呼吸をしていた。初めての経験だ。慣れない多大な疲労感はさぞ苦しいだろう。これを機に疲れに慣れる為のトレーニングも受けてくれる事を願う。

 もう一方のウララはと言えば、掲示板を見つめた後、走り終えた仲間達を見つめてから観客の方へといつものように手を振ってくれた。

 

 

ルビィ「.........ウララお姉さん、何だかちょっと悲しそう.........?」

 

 

シエル「!.........悲しいよ。誰だって」

 

 

シエル「勝ちたいって、出たいって思ったレースで勝てなかった時は.........本当に辛い.........」

 

 

桜木「.........」

 

 

 握りしめた片手を胸元に当てるウマ娘。それを横目で見て、もう一度ウララの方に視線を送る。

 仰向けに倒れたタキオンを心配そうに覗き込んで、その手を引いて肩を担ぐ。気が付けば会場からは盛大な拍手が彼女に送られていた。

 恥ずかしそうに頬を染め笑いながらも、タキオンに何か賛辞の言葉を送っている。それを聞いたタキオンも、疲れた表情で受け取りながらウララに対して労いの言葉を送る。

 

 

 健全な関係。誰が勝っても負けても、お互いを称え合う存在。それがスポーツマンであり、皆平等の精神の元で成り立っている。

 けれどそれは相手が居ればの話だ。ひとたび[ひとり]になってしまえば、どんな人間でも後悔してしまう。

 あの時こうしていれば、これが出来ていれば、そもそも自分が.........と、終わりの無い自問自答が始まって、最悪の場合後戻り出来ない道を知らないまま進む事になってしまうかもしれない。

 

 

 .........だからこそ、[俺達]が居るんだ。

 

 

桜木「さてと、レースも終わった事だし。ちゃちゃっと会見に向かいますか」

 

 

シエル「え!!?あの、ウララちゃんのフォローとかは.........?」

 

 

桜木「安心しなさいな。桜木さんこう見えてもそこら辺上手なんだから、なんせ.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの子達が居るチーム[スピカ:レグルス]の[トレーナー]なんだからね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シャッター音が鳴り響く記者会見。一人一人が手を挙げてから立ち上がり、まずはタキオンへの祝辞とウララへの労りを言ってから質問をくれていた。

 .........数年前とはえらい違いだ。たった一度の記者会見で、人はここまで変わる事が出来る。皆ようやく[仮面]を外して、優しい[素顔]を見せてくれるようになった。

 だったら、俺の役割も変えなくちゃ行けない。[寄り添う者]は世間に溢れ返った。ならばそれを辞めて、今度は.........

 

 

乙名史「月間トゥインクルの乙名史悦子です」

 

 

乙名史「この度はアグネスタキオンさんの優勝。そして共にハルウララさんの有馬記念出場、心よりお祝い申し上げます」

 

 

 質問を幾つか回答していると、見知った顔が手を挙げて質問をしてきた。乙名史さん。俺達のチームと唯一親交のある雑誌の取材記者だ。

 

 

乙名史「有馬記念という大舞台を終えてすぐですが、お二人の今後の方針はどうなっていますでしょうか?」

 

 

桜木「そうですね。兎に角今はURAファイナルズがありますので、そこに向けてのトレーニングですが、まずはしっかりと身体を休めさせてあげたいですね」

 

 

桜木「その後の事についてはまだ考えていません」

 

 

 彼女から来た質問に当たり障りなく答える。特に変わった回答は無く若干面白味に欠けるかとも思ったが、それでも乙名史さん良い事が聞けたという表情で手に持ったメモにペンを走らせる。

 そしてそのまま、彼女は次の質問へと移って行った。

 

 

乙名史「今回、ダート短距離。マイルを専攻するハルウララさんが有馬記念に出走しました。この出来事をトレーナーである桜木さんはどうお考えになられますか?」

 

 

桜木「沢山あります。芝を走った事で得られた事。長距離を走って感じた事。ウララの口から直接聞いて、それをフィードバックしてこれからのトレーニングに生かそうと考えています」

 

 

乙名史「なるほど.........今回の事で[後悔]や[失敗]は特になかったと、そう捉えてよろしいですか?」

 

 

ウララ「.........っ」

 

 

 その言葉を聞いて、ウララの表情が若干強ばった。地下バ道で彼女を出迎えた時ですら、気丈に笑って振舞ってくれてはいたが、やはり悔しさはあるのだろう。

 そして、彼女にとってはこのレースは[後悔]の連続であり、[失敗]そのものであったに違いない。もっと力を付けて挑めていれば、作戦を具体的に練っておけば.........考え出したらキリが無い。

 

 

 それでも俺は、[今で良かった]と思っている。今じゃなくても気付ける事、実感する事が沢山ある中で、今じゃなければ[感じられなかった事]が確かにある。

 そしてそれが.........ウララが[後悔]と感じ、[失敗]だと思っているという事に繋がってくれている。

 

 

桜木「ウララがどうかは兎も角、自分の個人的な考えで言えば良い経験になりましたよ」

 

 

桜木「ダートで短距離マイルを走るウマ娘が、芝長距離を走ればどうなるのか.........誰もやった事無いんで、頭の中で考えても実際は分かりません」

 

 

桜木「だから、ウララが有馬記念を走りたいって思ってくれて本当に助かりましたよ―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――また挑戦できる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「!」

 

 

ウララ「え.........?」

 

 

 取材記者達が驚いた表情を見せる。奥に居るチームメンバーも、袖に居るこの後会見を受ける人達。果てにはウララですら驚いた顔を見せて、笑っているのは俺と疲労困憊のタキオンだけであった。

 

 

桜木「これがもし日本ダービーだとか、皐月賞だとかになったら、俺は冷静さを失って危ないトレーニングもしたでしょう。ダート主戦がいきなり芝を走って勝つなんてデータ、殆どありませんから」

 

 

桜木「でもデータは今回取れました。課題だって本人が見つけた筈です。後は.........ウララが来年また走りたいかだけです」

 

 

 隣に座るウララの方を見る。そこには驚きの表情のまま固まっている彼女が居たが、徐々にその見開いた目に涙を貯め始めていた。

 

 

ウララ「.........また、走っても良いの?」

 

 

桜木「ああ、ウララがまた有馬記念に出たいって言うんなら、俺は連れて行くよ」

 

 

桜木「今度は出るだけじゃない。[勝つ為に]出よう」

 

 

ウララ「!とれっ、なぁ.........!!!」

 

 

 今までだったら絶対に見せなかった顔。顔をくしゃくしゃにして我慢して、それでも涙は溢れ出てしまう。そのウララの姿が最早、彼女が変わった事を決定的にしてくれた。

 泣きたい時に泣く。笑いたい時に笑う。そんな子供の純粋さを体現したような存在だったウララが、泣くのを我慢した。それは俺に迷惑が掛かるとか、タキオンを困らせるからとかじゃない。

 [悔しい]から。出たいと思ったレースに負けて、勝ちたいと思ったレースで負けて悔しい。けれどそれを表に出すのは恥ずかしい。そんな誰しもが通る成長で得る感情を、ウララはようやく手にする事が出来た。

 

 

ウララ「とれぇぇなぁぁぁぁっっ!!!」

 

 

桜木「おーよしよしっ」

 

 

ウララ「がえっだらだぐさんはじるぅぅぅ〜!!!」

 

 

タキオン「その前にまずは休もうウララくん。私も君もURAファイナルズに出るんだから」

 

 

ウララ「ズビ、うんっ!!」

 

 

 涙で濡れた目元を腕で拭い、垂れた鼻水をすすって笑顔を見せるウララ。会見に来た記者の中にはその姿を見て涙を見せる人も居た。

 数年前とは全く違う、優しい光景。結局人は余裕があるとその本質である優しさが見えてくる。この人達は人に伝えようとする余り、どこか焦っていた部分もあったのかもしれない。

 [寄り添う人]が沢山増えた。それは俺達の行動範囲だけじゃない。俺達が知らない、俺達を一方的に知っている顔も分からない人達も含めて、寄り添ってくれる。そんな世界に変わった気がする。

 

 

 だから、俺はもう[寄り添う人]を引退する。

 

 

 これからは.........[隣で歩く人]として.........この子達を支えて行こうと思っている.........

 

 

 そんな静かな決意を語る事は無く、タキオンの優勝とウララの出走を兼ねた記者会見は、大団円で終わったのであった.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「.........」

 

 

 素晴らしいレースでした。始まりから終わりまで、驚きと発見の連続。私自身、これからの成長に役立つヒントを貰えたと思える有馬記念でした。

 帳が降り切った学園ターフの上。星空を見上げながら、これからの自分の事を考えていました。

 

 

『.........眠れないの?』

 

 

マック「!ええ、ちょっと」

 

 

 有馬記念が終わり、多くの人々が興奮冷めやらぬ状態でその場から帰って行きました。

 

 

 そしてその際、私の耳に入ってきてしまったのです.........

 

 

『凄かったよなぁ、今年の有馬記念』

 

 

『だな。来年はどうなるんだろう?』

 

 

『そりゃお前っ、俺の大本命の[メジロマックイーン]が戻って来て大活躍よっ!!』

 

 

マック「.........っ」

 

 

 期待している。私の復帰を、私の復活を、多くの人々が.........その期待に応える事は、苦しい事ではなく、寧ろ喜ばしい事です。

 しかし、その言葉から私は考えてしまった。皆さんが望んでいるのは、[あの日]の[メジロマックイーン]なのでは無いか?あの現役最強と言われた、[仮面]を付けた私なのでは無いか?と.........

 

 

マック(.........そうだとしたら)

 

 

マック(今の腑抜けた状態は、終わらせないと行けないわね.........)

 

 

 [強さ]とは。未だに見果てぬ道の先に、朧気にある概念。まだその正体にすら気付けていないのに、何故か今より以前までの自分の方が、強かったと感じれてしまう.........

 

 

 誰もがそんな私を求めるのなら.........

 

 

 私は、覚悟を決めなければ行けない.........

 

 

 冬の星空を見上げ、自らが出走する大レース。URAファイナルズへの決心を夜空に私は誓いました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 握り締めた拳の理由に、気付かないまま.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

......To be continued



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マック「メジロの護身術には歴史がありますわ」

 

 

 

 

 

 冬の寒さが本格的になってきた一月の初め。年を越し、新たな一年となって気が引き締まる気持ちの中、私メジロマックイーンはトレーナーさんに休日の予定をお聞きしました。

 

 

桜木「え?メジロ家に?」

 

 

マック「はい。トレーナーさんも随分有名になられましたし、メジロの護身術を.........あら?」

 

 

 昼下がりのチームルームにノックの音が鳴り響きます。誰かが来ることは不思議な事ではありません。私は先程までの提案を飲み込んで、来客の方を迎える方を優先させました。

 

 

シエル「し、失礼します」

 

 

マック「あら、貴女は.........」

 

 

ウララ「あっ!!シエルちゃんっ!!」

 

 

 やって来たのは以前、ウララさんが有馬記念に出走する際にその事を問い詰めてきたウマ娘。そして何故かその後ろに、桐生院トレーナーも居ました。

 何だか繋がりのよく分からない二人ではありますが、トレーナーさんはお茶を出そうと席を立とうとしますが、お二人が直ぐに終わると言ってそれを止めました。

 

 

シエル「有馬記念お疲れ様。ちゃんとみたよ」

 

 

ウララ「!ホント!!?」

 

 

シエル「うん。来年も出るんだよね?応援してる」

 

 

ウララ「えへへっ、ありがとうっ!!」

 

 

 そんなやり取りを短くした後、シエルさんはトレーナーさんの方を向いて頭を下げました。それを見た彼は少し恥ずかしそうにそっぽを向いて頬を掻きました。

 ルビィさんから聞きましたが、有馬記念の後、どうやら彼は彼女と一緒に観戦していたようで、そこで色々あの時の誤解などを解いていたと推測出来ました。

 

 

 そんな感じで早々にシエルさんは退出して行きましたが、桐生院さんは残ったままでした。

 

 

桐生院「さっきシエルさんと一緒になったんです。向かう先は同じでしたが、私は別件で来ました」

 

 

桜木「珍しいね?」

 

 

桐生院「はい。実は今度の休日、[プロトレーナー]の方とお話する機会があって、都合が合えば是非桜木さんもと思いまして」

 

 

桜木「へ?プロ?」

 

 

 その言葉を聞いて、彼は驚いた表情で私達の方を見ましたが、私達も同様に驚き固まってしまっています。

 [プロトレーナー]。企業からスポンサードされたトレーナーでありますが、形態としてはフリーランスに近い職種。その企業に属するプロウマ娘の管理をするのが主な仕事です。

 学園トレーナーとは違い、一人一人がそれぞれの役割を全うする形になっています。レース出走の管理や体調面のサポート。トレーニングの指示やレースの作戦を練ったりなど、より専門的な物に細分化されているのです。

 

 

桐生院「今回はレースプランナーの方とお話するので、きっと桜木さんの身にもなる筈です」

 

 

デジ(あの、プロのレースプランナーって。デジたん一人しか思い浮かばないんですけど.........)

 

 

タキオン(あ、あぁ.........名前は確か、[たけ])

 

 

『[武]ですってッッ!!!??』

 

 

二人「うお(ひゃあ)っっ!!?」

 

 

 ひそひそ話をしていたお二人。そんな中で出て来た[武]と言う名前が飛び出して、突然Mさんが姿を現して声を粗げました。

 [プロトレーナー]という職業の方はプロウマ娘よりも少ないです。その中でもレースプランナーと言うのは勝利に直結する存在。お話を聞けるのなら私達ウマ娘もその役職の方々に聞いてみたいと思っています。

 

 

 しかし、そこで彼女が驚く理由が分かりません。知り合い.........いえ、彼女が言うには私が生まれた時には一緒の魂になって、確か彼はその当時まだ学園のトレーナーだった気が.........

 

 

 隣で先程声を上げてしまった理由を誤魔化しているトレーナーさんを後目に、私は一人思考を凝らして居ました。

 

 

桐生院「都合が着いたら言って下さい!では私もミークに休日は不在と伝えなければ行けないので!」

 

 

桜木「あ、うん。わざわざ俺を誘ってくれてありがとう.........」

 

 

 そう言って桐生院トレーナーは早々と帰って行きました。ドアを開けて去る彼女に彼は手を振って姿が見えなくなってから私の方を見ました。

 

 

桜木「.........どうしよう?」

 

 

マック「どうしようと言われましても、そちらの方がトレーナーさんにとって有意義でしょうし、私の方はまた機会がありますから.........」

 

 

桜木「そう?じゃあ、桐生院さんの方に行こうかなぁ.........」

 

 

 お互い少し残念そうな顔を見せ合いますが、こればっかりは仕方ありません。実際プロトレーナーのお話を聞ける機会なんてこの先あるか分かりませんから.........

 例えどのような役職になったとしても、プロトレーナーとなったら時間の使い方は今よりとても難しいのです。

 プロになったウマ娘はレースだけでなく、様々なイベントに駆り出されます。そのウマ娘の身体の状態を常に確認し、次のレースで何が出来るのかを考えなくてはならなく、そしてそれは一人分では無い事が殆どです。

 

 

 結果から言えば、私との護身術稽古はまたの機会になってしまったのでした.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「.........すぅぅぅ.........ふぅぅぅ.........」

 

 

 陽の光が窓から差し込む稽古場。身なりを整え、冬の冷気によって冷えた床に正座をし、呼吸を整えます。

 これからお母様と、最近入門してきた方達との稽古が始まる.........その時までには、私自身が学んできた技術を思い出せる様に精神を統一していました。

 

 

 しばらくそうしていると、入口の方から足音。数からして三人分。そしてその内の一つが軽やかかつ響きのない物から、お母様の物だと判断しました。

 

 

ティタ「あらっ、マックちゃん!!もう準備万端みたいね!!」

 

 

マック「ええ、久々のお母様との稽古ですもの。手間を取らせる訳には.........あら?」

 

 

 現れたのは私と同じように、袴の和装束に身を包んだ母でした。

 しかしその後ろには見慣れた方が二人。一人は大柄の外国人男性でもう一人は大人のウマ娘.........

 そう、クレセントルビィさんのご両親だったのです。

 

 

マック「最近入門してきたと言うのはお二人だったのですね.........」

 

 

ダイヤ「ええ!ジャパニーズの技術はとても素晴らしいから、是非仕事の方でも取り入れようと思ってね♪」

 

 

ジミー「HAHAHAっ!!こんな見た目の僕がジャパニーズ受け流しを見せた日にはきっとロボコップもジャパニーズDOGEZAをするだろうね!!」

 

 

 た、確かに筋骨隆々のジミーさんが柔術を会得すれば隙は無いように見えはしますが.........何故同業のはずのロボコップが土下座をする事態になるのでしょう.........?

 ルビィさんのご両親は警察官。しかもICPOという機関に属している優秀な方々です。

 現在は溜まりに溜まった有給を消化している最中であり、それが無くなった時は元いた場所であるイギリスの刑事として働こうとしていると以前に聞きました。

 

 

ティタ「二人とも飲み込みが早いのよ〜♪私も歳だから体力が無くて、満足に相手が出来なかったからマックちゃんが居てくれて助かるわ〜♪」

 

 

マック(どの口が.........)

 

 

 何が体力が無いですか。連日の長距離移動は当たり前で移動先では本家メジロ武術の総師範としての講演や稽古を当たり前にこなした後に、自分の稽古までするではありませんか。

 下手したら天皇賞を走っていた現役の時より体力が.........我が母ながら末恐ろしい存在です。

 

 

 しばらくの間は身体作りの稽古や技の練度を高める練習をしていましたが、やがて母の言っていた通り、私とお二人が実践的な試合形式をする運びとなりました。

 

 

ジミー「HAHAHAっ!実戦は初めてやるよ!!.........この武術ってウマ娘相手でも大丈夫なのかい?」

 

 

ティタ「ええ。本来は気性の荒いウマ娘を諌める為に編み出された武術だからちゃんと機能はするわ」

 

 

マック「メジロ家は昔、[女城]と呼ばれる集団で時の権力者にも一目置かれて居ましたから、今となっては私達の技術ですけど」

 

 

 昔の話をすればするほど、今のメジロ家とは程遠い存在ではありますが、確かに今この家があるのは[女城]と呼ばれる方々が必死に乱世を生き抜いたからです。

 その話はまた追々するとして、今は稽古。お二人が今どの程度護身術をマスターしているかが重要です。

 

 

 ジミーさんと向き合い、一礼をしてからお互いに両手を胸の辺りに持って行って構えを作ります。準備は万端。後はお母様が始めの合図を出すのを待つだけです。

 

 

ティタ「では、始め〜♪」

 

 

ジミー「センテヒッショウっっ!!!」

 

 

 気の抜けた合図が終わるや否や、ジミーさんはその巨体からは考えられない程の速さで猪突猛進を仕掛けてきました。普通の人間。普通の武術でしたらひとたまりもないでしょう。

 しかし、それを何とか出来てしまうのが[武術]の恐ろしさ.........熟練されたそれに対しては最早、体格差など取るに足らない要素になってしまうのです。

 それに.........

 

 

マック(メジロ護身術は長期戦を凌ぐ為の物ではなく、寧ろその長期戦を[作る為]の技術)

 

 

マック(相手を傷付ける事無く、そして相手に傷付けられる事無く時間を使い、戦力差を水面下で増幅させる受け特化の武術の派生)

 

 

マック(そんな物に先手を取ろう物なら.........ッッ!!!)

 

 

ティタ「!.........♪」

 

 

 僅かな猶予時間。彼の巨体が私との距離を縮め、私の和装束に手をかける前にするべき事を手早くします。

 懐に潜り込む為に両膝から力を抜き、姿勢を一気に低くする事で相手の視界から消え、一歩だけ前に進みます。

 そして体勢を整える際、足の向きは縦に並ばせ、服を掴む両手も縦にしながら重心を下げる。

 後は[呼吸].........この全ての動きを調節するのが、このたった一つの要素。この調整をするだけで.........

 

 

ジミー「What.........!!?」

 

 

ダイヤ「ジミーの身体が止まった.........!!?」

 

 

ティタ「メジロ護身術の奥義。[勢殺]」

 

 

ティタ「向かってくる相手の勢いを吸収し応用する超難得の技よ」

 

 

 先程まで触れれば飛ばされる程の勢いだった物も、身体に吸収する事で自分の武器にする事が出来ます。

 私が今やったのは半分だけその勢いを貰い、お互いに同じ力同士でぶつけ合い、相殺させる。やり方によっては相手に全てぶつけて反撃出来たり、或いは相手の動きを静止させて自分は大きく距離を取って逃げる。そんな事も出来ます。

 

 

 何が起こったのか。それを彼はようやく理解出来た見たいですが、残念ながら既に手遅れです。私の両手には彼の和装束の襟が掴まれています。何をした所でここから先は地面に背中が触れる展開しか訪れません。

 

 

ティタ「はいストップ〜♪流石にマックちゃんの投げは危ないからここで止めるわね〜」

 

 

ジミー「お、おお.........!Jesusっ」

 

 

 お母様が手を叩いて試合を停めます。私も そう判断すると思い、直ぐには投げずにこの体勢をキープしていたのです。

 長期戦を主体にはしていますが、行動不能にする時は即座にする。それがメジロ武術。そして護身術の基本とされています。

 その感覚を実際に掴めて頂けたのなら私も嬉しい限りです。

 

 

 そうして、稽古の時間は過ぎ去って行ったのでした.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ティタ「はい♪今日の稽古はこれで終わりよ♪お疲れ様」

 

 

ダイヤ「つ、疲れたわ.........こんなのを毎日やってるの.........?」

 

 

ジミー「凶悪犯を追うよりHARDな事があるなんて.........良い経験になるよ」

 

 

 姿勢を整えて正座をしている私達とは対照的に、お二人は足を崩して呼吸を乱していました。確かにハードな稽古ですが、慣れてしまえば楽な方です。

 恐らく今日はこれで終わりでしょう。私も久しぶりでしたし、お母様も流石に.........

 

 

ティタ「それじゃあ最後にマックちゃんと私の実戦稽古デモンストレーションをしましょうか♪」

 

 

マック「.........くっ」

 

 

 そういうわけにも行かなかったようです。私は落胆の声を漏らしながら自らの母から視線を逸らしました。きっとその表情はとてもにこやかな物でしょう。見なくても分かります。

 母はどうやら事武術に関してはレースよりも楽しいらしく、未だに年齢に反して肉体の衰えは全くありません。いくら人間より老いの遅いウマ娘と言えど、中距離すら余裕で走れるとなっては話が違ってきます。

 

 

マック「ほ、本当にやるんですか?私結構もう疲れてて.........」

 

 

ティタ「良いじゃないマックちゃん♪やってくれたらご褒美に、貴女がもっと[強くなれる秘訣]を教えて上げるわ♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もちろん、[レース]に関する.........ね♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック(.........我が母ながら、胡散臭い)

 

 

 良い母だとは思いますが、未だに私の事を子供扱いしてくるのは本当にムカッと来ます。これが反抗期という物なのかもしれませんが、やって欲しい事の為に物で釣ると言うのは腹立たしい事です。

 しかも、質の悪い事にそれを知っていてやっている。うっすらと開けた瞼から見える瞳はやはり、その笑顔とは掛け離れた期待がうっすらと見えているのです。

 

 

マック「.........分かりました。一分だけです」

 

 

ティタ「そう来なくちゃ♪」

 

 

 嬉しそうな声色の声を出しながら立ち上がるお母様。稽古場の中心へと歩いて行く母の背中に私は黙って着いていきました。

 こうしていると、幼い頃に戻った気がします。あの頃はまだ夢と現実の境目が分からず、私もおばあ様やお母様の様に、偉大なウマ娘になれると思っていました。

 しかし.........蓋を開けて見れば私はいつまで経っても[私のまま].........何も変わらずに、ただ出来る事や出来た事が増えて行くだけで、自分の中で明確に変わったという実感が湧かないのです。

 

 

 そんな考えに耽りながらも、私の方を向いた母の顔を見れば自然と身体が強ばります。これから久しぶりの、母との実戦稽古.........修練の方は出来ていなかったとはいえ、私も今日までこの身を鍛え上げてきた自信はあります。

 

 

ティタ「じゃあ、ダイヤさんに試合の合図を出してもらおうかしら?」

 

 

ダイヤ「!分かったわ。両者構えっ!!」

 

 

マック「.........」

 

 

ティタ「.........」

 

 

マック「.........?」

 

 

 試合が始まる。あと一つの合図でそうなると言うのに、母は表情どころか、その手の位置すら変えません。

 構えと言うのは基本の型であり、あらゆる状況に対応する為に作られている物です。現にこの場にいる私。そしてお二人も先程の稽古でそれをし、もっと言うならば母もその構えをしていました。

 しかし、今目の前に居るのは両手を下げ、背筋を楽に伸ばしているお母様。その異質さに私は思わず問い掛けました。

 

 

マック「か、構えないのですか?」

 

 

ティタ「ええ。結局これが一番手っ取り早いから」

 

 

ダイヤ「.........始めっ!!」

 

 

 結局、母は試合が始まっても構えを取る事はありませんでした。平常時と変わらぬ母が目の前に居る。こんな事は初めてで、私の力が不足していようとも、母はいつも全力で応えてくれました。

 しかし、そこに不満はありません。何故ならば、構えを取っている時より距離を[詰めれない]からです。この様な状況で母が何をするのか、私には想像すら出来ませんでした。

 

 

 ジリジリとした膠着状態。気持ちの悪い汗が額から頬へ流れ、その居心地の悪さから脱する様に私は一歩。前へと進みました。

 

 

ティタ「.........」

 

 

マック「!.........っ」

 

 

 その一歩よりも大きな足取りで、母は軽く距離を取ってきます。軸を移動させ、より背中と壁との距離が遠くなる様な形で私との距離を広げて行く.........正に、[長期戦]に持ち込もうとする動きです。

 これは同じ武術だからこそ成り立つ時間。もしこれが相手を倒す為の武術が相手だったとしたら.........恐らく悲惨な事になるでしょう.........

 時間は刻一刻と過ぎ去って行きながらも、私は先程の一歩で最早母には近付けないと確信しました。例え一気に距離を詰めれたとしても、その勢いを利用した[勢殺]で距離を大きく取られてしまう.........

 

 

 .........結局、一分間で私が取った行動は、一歩前に進む事だけでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「.........参りました」

 

 

 一分間が過ぎ、私は母へ降参の礼をしました。あんな体験は初めてで、一体どういう事なのか皆目見当もつきませんでした。

 頭を下げる私に母はおもむろに近付き、その両手で肩を抱き寄せてくれる。その温かさに安心しながらも、私の心は疑問に埋め尽くされていました。

 

 

ティタ「ここまでよく頑張りましたね。マックイーン」

 

 

マック「!.........まだまだですわ」

 

 

ティタ「ふふっ、充分よ。もう基本は出来ているもの。後は.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「[自然]と[共生]するだけ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「―――ぇ」

 

 

 思っても見ない言葉。そんな言葉が母の口から飛び出てきた事で私は酷く驚きました。

 

 

 自然と[共生]する。それは以前トレーナーさんが密着取材を受けた際、今の私が目指すべき段階に対しての答えでした。

 

 

ティタ「武術に置ける[自然]って言うのは構えや技術。そして戦法の事」

 

 

ティタ「それを極めた上で、私は私らしくあの場で[生きていた]。そうでしょう?」

 

 

マック「は、はい」

 

 

 母の言う通り、先程の試合の動きは明らかに日常生活上のお母様と変わりはありませんでした。

 だと言うのに私は近付くことが出来ず、その場で相手の対応を待っていただけ.........一体それが、どういう原理でそうなっているのか理解が出来ずに居ます。

 

 

ティタ「私は確かに構えていなかった。けれどこの身体には、今まで稽古をしてきた記憶がある。考えずとも身体は勝手に反応してくれる様になっている」

 

 

ティタ「マックちゃんも今走ってって言われたら、きっと直ぐに基本に忠実な走りを見せれる筈よ?」

 

 

マック「っ、ですがそれでは.........」

 

 

ティタ「そう。それはただ[自然な走り]ってだけ」

 

 

 彼にも言われた言葉。それはまだ、私の走りの中に[私]が存在していないという言葉.........意味は分かってはいるものの、それをどう打開すべきか、未だに見えて来ません。

 

 

ティタ「.........大丈夫。焦らなくてもきっと見つかる筈よ」

 

 

ティタ「その時が来たら、まるで何かの[スイッチ]を押された様に[変わる]はず.........」

 

 

マック「.........」

 

 

ティタ「貴女は私の娘で、お母様の孫だもの。絶対見つけられる.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「答えは必ず、[レース]の中で見つけられるんだから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 確信めいた口調で言い切るお母様。その表情にはやはり迷いなどは存在せず、優しい笑みを浮かべて居ました。

 私の不安な心をなだめるように頭を撫で、勇気をくれるお母様。昔から隠し通そうとしても、いつも私の心は見透かされてしまいます。

 

 

ティタ「私は自分のトレーナーの事は好きじゃなかったけれど、貴女は違うでしょ?」

 

 

ティタ「きっと、私にも、そしてお母様にも辿り着けなかった場所に行けると思うわ」

 

 

ティタ「[自分の心]を信じて励みなさい?マックイーン」

 

 

マック「!はいっ」

 

 

 真面目な母の言葉をしっかりと受け取り、私は自分の心を信じてみる事にします。それがきっと、まだ見ぬ未来を切り開くことになると信じて.........

 そんな決意を抱いていると、不意に拍手が聞こえて来ました。その方向を見ると、涙で顔を濡らすダイヤさん達が居ました。

 

 

ジミー「親子って.........素晴らしいね.........」

 

 

ダイヤ「そうね.........グスン.........」

 

 

マック「そ、そんな大袈裟な.........」

 

 

ティタ「そうよ〜ダイヤさん♪もっと気楽に行きましょう〜?」

 

 

 母はそう言って私から離れ、お二人にポケットティッシュを渡しました。

 それをした後に振り返って見せた表情はまた、いつもの様にどこか抜けていて眠たそうな顔に戻っていました。

 

 

ティタ「ふわぁ〜.........それにしても残念だわ〜。桜木くんも来てくれたら絶対に楽しかったのに〜。連れてきてよ〜マックちゃん〜」

 

 

マック「母を見せるよりプロトレーナーを見せた方が有意義だと思いましたから」

 

 

ティタ「あんひど〜い!折角マックちゃんとの恋愛生活を根掘り葉掘り聞こうと思っていたのに〜♪」

 

 

マック「ですから!.........んん!!?」

 

 

 予期せぬ言葉がまた飛び出してきました。それも、かなり最悪な物が.........

 私の額から、先程の試合とは違う汗が流れ出てきます。先のはひんやりとした物だったのですが、今はじっとりと、まるで肌に張り付くような物でとても気持ちの悪い汗です。

 

 

マック「お、お母様?わわ私と彼はけ、健全なウマ娘とトレーナーという関係を壊す事無く.........」

 

 

ティタ「マックちゃんのクレジットカードの購入履歴。マグカップ。歯ブラシ。パジャマ。お料理本。男の子が女の子にされて嬉しい100の事」

 

 

マック「.........な、何の事でしょう?それが一体何の関係が!!?生活用品を一新しただけです!!!私だって乙女ですし!!!お料理にも恋愛にももちろん興味はありますわ!!!」

 

 

ティタ「ふぅ〜ん。じゃあなんでこの屋敷のどこを探してもその一新した生活用品は影も形も無いのかしらね〜?」

 

 

マック「」

 

 

 ニコニコとした表情を見せながら、母はその好奇心のまま私に詰め寄ってきます。

 一方の私はと言えばこういう時の母がどれほどの強さなのかは身を持って知っているので、汗が背中全体にまで溢れるレベルになっていました。

 

 

 ここで動揺しては行けません。ここはそう。相手をせずにこの場から立ち去るのです.........

 

 

マック「あーっ、急にお電話が!はいもしもしっ!はいっ!はいっ!!あらタキオンさんっ!!今からお茶会を?ぜひ行きます行かせて頂きますわ!!!」

 

 

ティタ「.........[いちゃラブティックスーパーロマンス]」

 

 

マック「ッッッ」ピタッ

 

 

ティタ「面白い名前の本ね〜?どんな本か、誰かに聞いてみようかしら〜?」

 

 

 .........まさか、私が隠れて直接購入した書籍も把握されているなんて.........!!!も、もう逃げる事は出来ない.........

 [いちゃラブティックスーパーロマンス]。まるでゴールドシップさんの様なネーミングセンスを発揮しているタイトルですが、中身はリアリティのある恋愛小説。

 酸いも甘いも綴り尽くされており、これを読めば明日から大人の恋愛強者.........などという宣伝文句で衝動買いしてしまい、中身を一通り見たその日には.........

 .........ええ、大変でしたわ。気が付けば鼻に詰めるという用途だけでボックスティッシュをまるまる一箱使い切ってしまうくらいには.........私にはとても刺激的な物でした。

 

 

 この本を持っている事を他の誰かに知られでもしたら.........メジロ家の誰かに知られでもしたら.........!!!今日まで築き上げてきた私の華麗で淑女なイメージが!!!

 

 

ティタ「あら?お友達のお誘いは良いの?」

 

 

マック「.........何が聞きたいんですか」プクー

 

 

ティタ「ふふ♪それは勿論、1から10までよ♪」

 

 

マック「そ、そんな.........!」

 

 

 なんという事でしょう。どうやら私は最初から蟻地獄の中に飛び込んでいてしまったようです。

 そしてそれを打開する術もなく、なんなら今日はお母様の質問攻めを受け流す回答を用意してくれる[彼女]も傍に居ません。

 

 

 結局その日、私は頭から湯気を出しながら事の顛末を母と入門者のお二人に聞かれるという一種の拷問を受けるしか無かったのでした.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 某時刻。府中から少し離れた高級料亭の個室部屋。

 

 

 普段過ごしている世界とは程遠く、ここが今現実の場所なのだと認識出来るのは恐らく、隣に桐生院さんと彼女が居てくれるからだろう。

 料理はまだ運ばれて居らず、待ち人も来ていない。俺はコップに入れられた水を見つめるのが精一杯で、緊張に背中を汗で濡らしていた。

 

 

桐生院「桜木さん。そんなに緊張しなくても大丈夫です」

 

 

桜木「あ、はは.........こういう場所は初めてで、そうならない様にって思ってはいるんだけども.........」

 

 

 もし背中の汗の要因が俺の緊張だけならば、不甲斐ないと言って自分に喝を入れられただろう。

 だがしかし、それもあるかもしれないがそれ以外の要因も大きいと思ってしまう。その理由は.........

 

 

『.........』

 

 

桜木(何でそんな気がたってるんですか.........)

 

 

『当たり前でしょう?何でおめおめと今更顔を出しに.........あぁムカつく.........!!!』

 

 

桜木(別に貴女に会いに来た訳じゃあるまいし、親の仇か何かですか.........)

 

 

 隣に浮遊する存在。その親指の爪に歯を立ててカリカリとしている。そんな少女らしい姿とは裏腹に滲み出ている雰囲気は怒りそのもの。獣的な物だった。

 そんなピリピリとした雰囲気を肌で感じながらもそれに呑まれては行けない。そう思った俺は部屋の外から聞こえてくるししおどしの音に耳を澄ませていた。

 

 

 そしてその音に、一つの音が加わる。

 

 

 足音だ。こっちに近付いてきている.........

 

 

 そしてそれが、一番近くなった所で止まった。

 

 

 閉じられていた襖が開けられる.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お待たせしてすみません。本日はよろしくお願い致します」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その人は、沖野さん達よりも年上の大人な雰囲気があった。聞いていた話では既に4、50代の筈だが、その身の細さから俺の良く知る中年さは無く、むしろどこか、[アスリート]にも似た感覚を抱かせる男性だった。

 

 

桐生院「桐生院 葵です。お忙しい中御足労頂きありがとうございます」

 

 

桜木「桜木 玲皇です。よろしくお願いします」

 

 

『.........』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「[武 豊]です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 先程までの妙な緊迫感は一瞬にして消え去った。この人が消してくれた。そう思わせてくれるほどのオーラを、この人は持ち合わせている.........

 

 

 [プロトレーナー]。学園に居るトレーナーにとっては目指すべき物であり、目標にすべき到達点であり、そして今の俺が思ったのは.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自分ではとても、辿り着けない存在なのだと、痛い程に感じさせられた.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

......To be continued



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退屈な元相棒と退屈しない相棒

 

 

 

 

 

「ごゆっくりおくつろぎください」

 

 

 着物を着た女将さんが三本指を立てて頭を下げた後、整った所作で部屋から身体を出して襖を締める。

 広かったテーブルには隙間なく料理が敷きつめられているが、あいにく今の俺にそれを見て喉を鳴らす気持ちは無い。

 

 

 水の流れる音。ししおどしが石を叩く音。ただの世界を形成するだけのオブジェクトにすら思えてきてしまう。

 それくらい、今目の前に居る人の雰囲気が何か異質的な物だった。

 

 

桜木(ね、やっぱ知り合いだった.........?)

 

 

『.........瓜二つ。っていう言葉を使うのもおこがましい位には同じね』

 

 

『身体も雰囲気も、その動作もね.........』

 

 

 先程までほぼ暴れる気満々だった彼女が今、冷や汗を垂らしながら彼を見ている。

 俺の背後に居る彼女の表情に目配せしていると、ふと彼の視線が俺に向いている事に気が付いた。

 

武「見ましたよ。有馬記念。良いレースでしたね」

 

 

桜木「!は、はい。見て頂けていたなんて.........恐縮です」

 

 

武「自分もトレーナーですからレースは見ますよ。なるべく現地の方で」

 

 

 落ち着いた声で有馬記念を見たという武さん。まさか多忙なプロの方が見ていただなんて.........

 そんな驚きを胸の内に秘めていると、桐生院さんが嬉しそうな表情で口を開いた。

 

 

桐生院「結構プロの方々の間でも話題なんですよ?桜木さんの事」

 

 

桜木「へ?そ、そうなんです?」

 

 

武「やはり僕達プロも元はトレセントレーナーでしたから、ウマ娘以外もトレーナーは見ていますよ」

 

 

武「あー、面白い人が来たなぁと」

 

 

 それは褒められてるんだろうか?若干関西弁混じりのイントネーションがそうさせているのか分からないが、皮肉やら嫌味的にも聞こえてきてしまう。

 いやいや桜木。ここはポジティブシンキング。 嫌な気持ちは後でで良いじゃないか。今は前向きに捉えて楽しんで行こう。

 

 

桐生院「改めまして、この度はわざわざ来てくださってありがとうございます」

 

 

武「いえいえ。プロトレーナーは僕含めて若さの無い人達ばっかりで、君達の様な若い人と触れ合えるのは仕事にも良い影響がでるますから」

 

 

桜木「あ、やっぱりプロの方って特別なトレーニングってしてあげたりするんですか?」

 

 

 普段からふと気になっていることを聞いてみた。プロと言うからにはやはり、学園とは明らかに環境や設備の違いがある。それらを使ったトレーニングはやはり、俺達とは全く違うトレーニング方法を実践しているのかもしれない。

 桐生院さんも俺の質問に乗り気で頷き、武さんの表情を凝視しているが、肝心の本人は困った様に笑って腕を組み始めた。

 

 

武「いや〜.........僕はレースプランナーだから、今はトレーニング方面を専門にしてる人ほど詳しくないんですよ」

 

 

武「でもやっぱり、アイディアを大事にしている所は感じますね」

 

 

二人「あ、アイディアを?」

 

 

武「ええ、例えば街で会話しているウマ娘とか、何かが起きて行動を起こす彼女達を見てふっ、と閃く人が居るんですよ」

 

 

武「僕自身はそれ、役にたつのかな〜って思ったりしますけど、やっぱりする前と後じゃ出来る事が違ってくるんですよね。頭が上がりませんよ」

 

 

 笑って話してくれてはいるが、それを聞いた俺達は驚くどころか、少し恐怖を感じた。会話や出来事までもウマ娘への成長材にしてくるだなんて.........本当に手の届かない所に居る人達なんだと思い知らされる。

 

 

 [レースプランナー]。プロのウマ娘がレースを走る際に最も信頼を置く役職。その存在がレースの展開全てを作り上げていると言っても良いとされるくらい、プロの世界では花形に位置する人達だ。

 

 

桜木「やっぱり、プロになったら学園に居た時より大変ですか?」

 

 

武「それはもう。自分の時間なんてのは殆ど取れませんし、日常生活がほぼウマ娘が居る空間ですから.........妻には寂しい思いさせてしまっていますね」

 

 

桐生院「家族との時間も大切ですからね。その点私達は満遍なく出走管理やトレーニングもしますけど、自分の時間自体は取れます」

 

 

桜木「そうだね。でもまぁ、結局帰っても考える事はあの子達の事ばっかりだからさ.........結婚かぁ.........」

 

 

 学園トレーナーはプロと比較すれば断然時間は取れやすい。担当は学生だから、もちろん勉学の時間も必要だし、不安定な成長期もあって休息も必要。親元から離れている子が大半だから、帰省する時もある。

 プロと立場は違うけれど、もちろん結婚している人も中にはいる。やはりその多くは以前見ていた担当と籍を入れる人も居るが、一般女性と結婚する人も居る。そういう人には結構、寂しい思いをさせてしまう事もあるだろう。

 

 

 しかしながら、まさかここに来て結婚という物を意識する事になるとは思わなかった。そしてそれは意識した今でも、全く実感が湧いてこない。

 このままあの子との関係性が続けば勿論、俺と彼女はそういう夫婦関係になるやもしれないが、その時俺がまだ学園のトレーナーなのか。はたまたプロのトレーナーなのか。それとも.........別の何かになっているのか。

 なんて言っても、結局その時になって見なければ分からない事だらけだ。

 

 

桐生院「武トレーナーは確か、女優さんとご結婚なされていましたよね」

 

 

武「いやはや、お恥ずかしい」

 

 

『何よデレデレして』

 

 

桜木(君は本当武さんのなんなんだよ.........)

 

 

 恥ずかしさを隠すように笑う彼を見て、やはり変な茶々を入れるマックイーンと瓜二つの彼女。知っている顔でも普段から不機嫌気味に見える表情がより一層強く出ているのが見て取れる。

 思わずため息を吐きそうになると、不意に彼女に肩を叩かれる。びっくりして声を上げそうになるが何とか堪えると、彼女が周りに聞こえもしないのにひそりと耳打ちしてきた。

 

 

『私の事聞きなさいよ』

 

 

桜木(.........マジで何言っちゃってんの!!?)

 

 

『良いから。メジロマックイーンについてはどう思いますかって、早く聞きなさい』

 

 

桜木(聞けるわけないじゃんそんな急に!!!小学生だったら良いよ!!?)

 

 

『.........ふぅ〜ん?じゃああの子に似たウマ娘のそういう本を持ってたって今から言いに行くわ。残念だけど』

 

 

桜木(でも喋っちゃうじゃんねぇ!!!小学生だからねぇ!!!)

 

 

 クソァッッ!!!なんでそんな事知られてんだよ!!!絶対あの子来てる時に暇だから俺ん部屋に勝手に漁ったんだろこの人!!!マックイーンは変に部屋の中漁らないから普通の所に隠してたわ!!!今度から電子にしよ!!!

 

 

桜木「あの、突然で申し訳ないんですけど、武さんから見てウチのチームはどんな感じですか.........?」

 

 

武「どんな感じ?う〜ん.........難しいなぁ」

 

 

武「正直に一言で言うんだったら.........統一性が無いですよね」

 

 

桜木「で、ですよねー.........」

 

 

 全くごもっともである。俺自身が抱いている感想を代弁してくれるように武さんは苦笑いを浮かべながら言ってくれた。そこに関しては俺も完全に同意見だし、桐生院さんも愛想笑いを浮かべて居た。

 そんな俺に対して背後の彼女は睨み付けてくる。だってしょうがないじゃないか。いきなり

 「どうですか?ウチのマックイーンは」

 なんて聞いたらうわコイツマックイーンの事好きすぎだろって思われるだろ。嫌だよ事実そうだとしても、この場では責めて大人のトレーナーでありたいよ俺は。大好きなんだけどさ?

 

 

桐生院「でも本当に個性派揃いですよね。桜木さんのチームって」

 

 

武「本当ですよね。まさかあんな子達を一纏めにしてチームにするなんてって、最初聞いた時はビックリしましたよ」

 

 

桜木「あはは.........でもどうです?武さんから見てうちの子達は」

 

 

 よし。これで自然とチームメンバーの話になった。これである程度彼女の要望に添えられる答えが聞けるだろう。

 その証拠にほら。ちょっと期待した顔してる。新しいスイーツのお店を見つけたマックイーンみたいな顔してる。可愛いな.........やっぱ今日行きたかったな実家.........

 

 

武「それぞれ武器というか、持ち味が違いすぎますよね。プロでもやっぱり、自分の得意な分野で力を発揮出来る子を見るものなんですよ」

 

 

武「そこら辺桜木さんは、やっぱりオールラウンダーと言いますか、器用さを感じますよね」

 

 

桜木「あはは、何だか照れちゃいますね.........」

 

 

 器用だと褒められてしまった。俺自身はどう頑張っても不器用寄りなのだが、どんな事でもとことん頑張っているとそういう風に見られるのかもしれない。

 とはいえ、聞きたい事はそれでは無い。俺と彼女が聞きたいのはそれぞれの事。武さんが俺のチームメンバーをどういう風に見ているかだ。

 

 

桜木「タキオンはどうです?かなりのスピードでしょう?」

 

 

武「そうですね。あのトップスピードとそこに至るまでの加速力は目を見張る物があります。クラシックでは序盤以降はレースに出ていなかったので、これから楽しみですね」

 

 

桜木「良いですよね!!あのスピード感!!あの子は本当に強い子ですよ!!他の子はどうです?ウララとか?」

 

 

武「.........最初は素直で良い子だと思ってただけなんですけど、本当に驚きました。まさかあの子がここまで強くなるだなんて.........」

 

 

桜木(.........ん?)

 

 

 先程のタキオンの時とは打って変わって、ウララの事を話す武さんはどこか嬉しそうな顔を浮かべてしみじみと語った。あの子に何か思う所があったのだろうか?

 もしかしたら昔、ウララみたいな子を担当にしたのかもしれない。それでもしかしたら、適正外のレースに出たいとか.........なんて、可能性の低い想像をしてみるが、結局は想像の域を超えて出る事は無かった。

 

 

武「それとライスシャワー。あの宝塚は度肝を抜かれましたね。あのミホノブルボンも出てきましたし.........途中は肝を冷やしましたけど」

 

 

桜木「ああ!アレはスピカに居るサイレンススズカのお陰なんですよ!!あの子の安定感のある走りを参考にしたんです」

 

 

武「あぁ〜!通りで!!俺あの子に教えたっけな〜って記憶を探りましたから」

 

 

桜木「え?お、教えたって.........?」

 

 

武「サイレンススズカにその走り方を教えたの、僕なんですよ」

 

 

 驚愕の言葉が武さんの口から出てきた。まさかまさかの事実で、俺は声すら出す事が出来なかったが、後ろに居る彼女はやっぱりと言ってどこか納得した様子だった。

 

 

 話を聞けば学園トレーナーを志した若い頃、公園で走るスズカを見てその走り方の危険性につい声を掛けてしまったらしい。

 本人にしてみればその一回だけらしいが、スズカにとっては未だにその言葉が心の中に刻まれているらしく、スピードと共に安全性を求めた走りを追求し今の形に落ち着いたのだ。

 そしてそれが今、まだ未完全ながらもライスに受け継がれている.........あの子が今普通の学園生活を送れているのは過言でもなんでもなく、武トレーナーのお陰だったのだ。

 

 

武「そう考えると、世の中は狭いですね」

 

 

桜木「.........そうですね」

 

 

武「復帰を果たしたミホノブルボン。そしてこれからクラシックを走るアグネスデジタル.........この先、桜木さんのチームがどうなるか楽しみですよ」

 

 

 にこりと微笑みながら優しい声で話す武さんに、俺達もつい頬を緩めてしまう。桐生院さんも俺の方を見て良かったですねと声を掛けてくれた。

 ついつい気持ちが良くなってしまった俺はつい、その次を催促してしまった。

 

 

桜木「マックイーンについてはどうでしょう?」

 

 

武「.........」

 

 

桜木「.........」

 

 

桜木(.........あれ?)

 

 

 彼女の事を聞いた瞬間。先程までの満面の笑みに少し陰りが現れた。少し目を泳がせてから、今まで手に着けていなかったおちょこを掴み、注がれていた日本酒をゆっくりと煽る。

 言い難いことだったろうか。いや、そもそも彼はプロトレーナーだ。ただ一人の一般トレーナーである俺が踏み込みすぎたのだ。コンプライアンス的に考えれば、ここまで言ってくれただけでも異例の事だ。

 そんな事も知らずに俺はこの人の優しさに甘えてしまった。それに気付いて謝ろうとした時、先に口を開いたのは武さんだった。

 

 

武「驚いたんですよ。本当に」

 

 

桜木「え?」

 

 

武「[繋靭帯炎]は不治の病。それは僕達プロにとってもそうで、一度なってしまえば完全復活する事は出来ない」

 

 

武「彼女がそうなったと聞いた時、僕は胸が張り裂けそうだった」

 

 

武「こんなにも、こんなにも無慈悲なんだなと.........」

 

 

 .........世界は残酷で無慈悲だと人は言う。大人になれば誰しもがその言葉を胸に、日々を生きてく為に前を歩く。

 けれどそのほとんどがその本質を知らない。それがどれほどまでの残酷さで、どれほどまでに無慈悲なのか、その深さを知る由は無い。

 あの日までの俺と今の俺で変わった事。それはきっと、世界がどれだけ深い海にあるかを知れた事だ。前と今とじゃ、太陽の陽の光がどこまで届くのか.........その想像力が大きく違ってくる。

 

 

 その深さをこの人は知っている。俺なんかよりもよっぽど、深い所に行った事があるのかもしれない。

 そう思わせるくらいには、彼の発言にはとんでもない重みが感じる事が出来た。

 

 

武「.........桜木さんは、あの子とどこまで行くつもりなんです?」

 

 

桜木「.........[どこまでも]。道の続く限り。道が途切れたなら、[空]の続く限り。あの子の行きたい場所に、俺は連れて行きます」

 

 

武「!.........楽しみにしてるよ。君達の活躍を」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれから数時間の時が経って、彼等にとって有意義な時間は終わりを告げた。武はタクシーを呼んで二人のこれからに応援をしていると言って車に乗り込んだ。

 

 

(本当、食えない男ね。こっそり付けたら化けの皮でも剥がれないかしら?)

 

 

 私は桜木に彼女の元に戻ると言っておきながら、実際は走るタクシーの後ろを付けていた。ここで運転手に威圧的な態度でも取ったなら私の溜飲も下がったけれど、やっぱりどこまで行ってもその紳士の[仮面]は剥がれ無かった。

 

 

武「ここで大丈夫です」

 

 

「はい。代金は4000円ね」

 

 

武「お願いします」

 

 

「.........あと、サインもお願いしても大丈夫ですか?」

 

 

武「構いませんよ」

 

 

 やっぱり、こういう時でも嫌な顔せずに対応している。本当嫌になるわ。私の気も知らないで.........

 手際よくサインを書き終えた彼は車から降りて、運転手に礼を言って見送った。暫くの間立ち止まっていたけれど、不意にポケットから携帯を取りだしてどこかへ電話をかけ始めた。

 

 

(全く。こんな所で電話?家に帰ってからしたらどうなのよ)

 

 

武「.........久しぶりだね」

 

 

(?やけに優しい声ね.........まさか、そういう相手じゃ.........っ!!?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こちらを見ている。明らかに、彼は私の目を見て話し掛けてきている.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

武「.........はは、面白い顔やなぁ」

 

 

『.........分かるの?私の事が.........?』

 

 

武「そりゃあんだけマックイーンマックイーン言ってたら誰でも気付くわ」

 

 

 さっきまでとは違う砕けた口調。昔、言葉が通じないながらも話しかけてきた記憶がそっと蘇ってくる。

 そうだった。確かこの人間はこういう話し方をするんだ。その時はなんでかは知らなかったけれど、今となってはそれが生まれ育った地域の喋り方なんだと直ぐに分かる。

 

 

武「偉い綺麗になったなぁ。正にクイーンって感じ」

 

 

『ふん、昔からそうだったでしょ?』

 

 

武「いやいや、綺麗だったのはレースの仕方だけやったで」

 

 

『な!なんですって〜.........!!!』

 

 

 そ、そういう人間だったのね!武っていう奴は!!やっぱり私の睨んだ通りじゃないっ!!!紳士には程遠いわ!!!

 全く.........油断も隙もありゃしないわ。やっぱり背中に乗せていた時からいけ好かない奴だとは思っていたけれど、まさか本当にその通りだったなんて.........

 

 

『.........でも本当に、私の背中に乗っていた[武豊]なのね』

 

 

武「そうやなぁ。俺もまさか全部終わらせてこっち側に来るなんて思わなかったわ」

 

 

『それにしても、貴方の事だから自分の乗った馬達全員を見ると思ってたけれど、早々にプロに行ってただなんて驚きだわ』

 

 

武「いやぁ、最初こそそのつもりやったけど、案外この仕事も楽しくてなぁ。気付いたらこうなってた」

 

 

 ほんのりと顔を赤くさせて笑う彼。お酒が入ってるのもあるかもしれないけれど、そんな表情を見たのは初めてだった。

 話を聞けばこっちでの生活も悪くなく、むしろあっちよりも規則が厳しくない分色々と出来るらしい。そりゃ選手とトレーナーとでは時間の使い方に違いが出るのは必然よね。

 

 

『.........どうだった?私の新しい[相棒]は?』

 

 

武「面白い人やな。[空]の続く限りなんて、早々口にしないやろ?」

 

 

『あら、貴方も言ってたじゃない』

 

 

武「はは、そうやったな。けどそんな言葉を、自分じゃない口から聞けるなんて思わなかったんだ」

 

 

 嬉しそうにしながらも、それでも私の目にはどこか悲しげに見える彼の姿が映っていた。

 その理由が気になって、でもなんて聞けばいいのか分からなかった私は、ただ彼の言葉を待ち続けていた。

 

 

武「.........君はここで、一体どこまで行くんだろうなぁ」

 

 

『.........[あの子]が行ける所まで。[彼]が連れて行ってくれる所まで。[私達]が.........届かなかった場所まで.........』

 

 

 彼のその短い疑問だけで、何を考え、何を惜しんで居るのかが何となく分かった。

 彼もまた[夢]見ている。あの日の続き。有り得なかった物語。そこに何が待ち受けているのか。その期待。

 寂しげな目はきっと、あの日あの時にそうなりたかったから。今この世界ではなく、あの時あの世界でそうあったなら.........そんな惜しむ気持ちが、伝わってきた。

 

 

『.........思えば貴方も期待されていた物ね。どう?結局、世界の頂きは見れたのかしら?』

 

 

武「そうやなぁ、もう随分こっちで過ごしてきたし、話す相手もいないから思い出す事も無くてなぁ」

 

 

武「.........でもまぁ、俺の[物語]はちゃんと、あっちで終わらせてきたから」

 

 

『そう。こっちの予想通りの回答どうもありがとう』

 

 

 アスリートらしい切り替え方。終わってしまえばもう何も無い。あるのは次だけ。その次にどれだけ意識を向けられるか。それが勝負を決する要因になる。

 この男は長い間それをしてきた。例えスランプに陥っても、例え多くの人に批判されても、例え.........自らの相棒が世界を去ったとしても.........悲しむだけ悲しんで、後は進むだけ。それをしてきた人生だったろう。

 だからその生き方が染み付いていて、どんな結果になろうともそれは過去の物として扱い、人々がそれを語る間は自分もそれを覚えていられる。そんな人間が、常に勝ち続ける事が出来る。

 

 

『.........心配かしら?』

 

 

武「まさか。少なくとも、俺みたいな[退屈な相棒]よりは楽しそうや。安心したわ」

 

 

『そうね。でも[退屈]だからこそ、[落ち着いた日々]を過ごせたとも思うわ』

 

 

 誰よりも強かった。自他共に認めるその実力がレースへの緊張感を生み、それと同時に安心感も生んでいた。この子ならきっと大丈夫だろう。勝ってくれるだろう。そう思われるくらいには、私は強かった。

 そうする事が出来たのは他でも無い。背中に乗っていた彼のお陰でもある。元々得意だった先行策を完成させれたのは、彼が乗っていてくれたからだ。

 

 

武「その割には会いに行った時嫌な顔してピューって走ってったやろ」

 

 

『そうね。話の通じない相手の顔を見るのは嫌なのよ。それに通じた所で、受け入れて貰えないと思っていたし』

 

 

武「なんや。お願い事でもあったんか」

 

 

『私のじゃないわ。皆のよ』

 

 

『.........あの日本に住む、皆のね』

 

 

 そこまで言ってしまえば、彼は直ぐに察する。きっとあの事だろう。自らもいつかの時に口に出した、あの言葉.........

 私自身、その言葉は肉体という檻から抜け出して自由を満喫していた頃に聞いていた事だった。だからこそ余計に、自分と同じ思いだったが故に、私の言葉が分からない事に腹が立った。

 

 

 それでも、目の前に居る男は笑っている。まるで面白い物を見たと言うように.........

 

 

『な、なによ』

 

 

武「いや、やっぱ[メジロマックイーン]やなぁって。そんな責任感強い[馬]、君しかおらんで」

 

 

『悪い事かしら?私としては走る理由なんてそれしか無かったのだけれど?』

 

 

武「そんな[君]だからこそ見たいんや。これから先、何を見るのか。そして―――」

 

 

 

 

 

桜木「.........」

 

 

桐生院「.........考え事ですか?」

 

 

桜木「!うん。武さんに聞いた事を、ちょっとね」

 

 

 ―――寒空の下、肌を裂く様な冷たさを帯びた風に当たって頭を冷やす。今日の話は本当に有意義なものばかりだったが、その中でも自分の心に課題を残した物を、今思い返している。

 

 

 [武さんは、ウマ娘の何を信じてレースに臨んでいるんですか?]

 

 

 [.........う〜ん、偉く曖昧ですね]

 

 

 [すみません。俺自身、最近ちょっと見えなくなってきちゃっていて.........]

 

 

 最近、ぐらついていた。何を信じたらいいのか。分からなくなってきていたんだ。

 ライスとブルボンの宝塚。ウララとタキオンの有馬。予想外の事が起きて俺自身が興奮した。

 それを裏返すように、俺は自信を失っていた。こんな事が起こるなら、俺は一体何を信じられる?あの子達の可能性か?それともこれまでの努力か?

 .........そんなもの、皆持っている。あの子達だけの物なんて、数える程しかない。そしてそれだけで勝てるほど、レースは単純じゃない。

 

 

 [僕自身はいつも、自分の見ている子が一番強いと信じていますよ]

 

 

 [.........それは、それまで勝ててなくても、ですか?]

 

 

 [強いです。誰がなんと言おうと]

 

 

 確固たる信念。真っ直ぐな目でそういう武さんに、俺はなんて自分が最低な男なんだと自責の念を抱いていた。そんなの、当たり前じゃないか。と.........

 その当たり前が出来ていないのに、何がトレーナーだ。自分の子を一番に信じてやれないなんて、そんなんじゃ勝てる勝てない以前の問題じゃないか。

 

 

 [.........でも、チームメンバーと一緒に走るとなると違ってきますね。難しい物だと思いますよ]

 

 

 [!やっぱり武さんも、難しいと.........?]

 

 

 [プロになると基本は一人に集中出来ますけど、学園トレーナーの時はそれはもう]

 

 

 [.........そんな時は、どうされていましたか?]

 

 

 [あの子達も僕達と同じ人間ですから、近くて遠い物を信じれば良いんです]

 

 

 近くて遠い物。それがなんなのかはその時には分からなかった。けれど、今はなんとなくそれかもしれない。というのが見えて来た。

 何に一番近くて、そして何に一番遠い物.........それは―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「[勝ち負け]に対する思い(.........か)」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

武「.........そんな姿にまでなったんや。勿論あるやろ」

 

 

『.........本当、食えない男ね』

 

 

 ―――人間と動物。それらを同じ生き物の括りにする事は出来る。けれどそれらを同じにするには、その内側に渦巻く物が余りにも違いすぎる。

 動物は今日を生きる為に。明日を生きる為に生存競争を勝ち続けなければいけない。そうしなければ種は死滅し、やがて絶滅の一途を辿ることになる。

 人間はその真逆。今日勝てるから。明日勝てるならもう死んでもいい。そう思う存在がイレギュラーとは思えない程に無数に居る。

 

 

 .........この世界は、彼と彼の周りにいた人間に優しいのかも知れない。口も聞けない。性質も違った相棒が同じ志を持ち、そして言葉を交わせる。

 そんな事が有り得ないとされていた。有り得ないとされていた事が.........この世界では起きている.........

 

 

武「君が.........君の名を冠する[ウマ娘]がどこまで行くのか。楽しみにしてる」

 

 

『そうね。それこそ、どこまでも行くと思うわ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『[空の果て]まで.........ね』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「.........んんん〜!はぁっ、ようやく緊張が抜けてきたなぁ」

 

 

桐生院「そうですね。やっぱりプロの方となると色々感じますからね」

 

 

 ―――料亭を出て二人並んで歩く夜の街並み。街頭は灯り、月は朧な雲に紛れて俺達を照らしている。

 身体を伸ばして固まった腕やら肩やらを伸ばしてようやく、心と身体の調子を普段の物へと戻して行く。確かに有意義な時間ではあったが、暫くは遠慮したいくらいには緊張してしまった。

 

 

桜木「それにしてもプロかぁ。桐生院さんはなるの?」

 

 

桐生院「う〜ん。私の家は確かにトレーナーとしては名家ですけれど、どちらかと言えば伸び盛りのウマ娘を伸ばす事を重点にして居ますから.........なりたいなぁとは思いますけれど」

 

 

桜木「そっか。まぁ俺もそこまでかなぁ。こっちの方が[夢]がハッキリしてるし」

 

 

 夢を追うのは[子供]の特権だ。勿論大人が夢を追っては行けないという訳では無いが、色々なしがらみが生まれ、それを管理しなければ行けないというのは中々骨が折れる。そんなのはもう懲り懲りだと会社を辞めた時に思った。

 それに、俺は挫折を知っている。それも立ち直る事の出来なかった挫折を.........これを知っているのと知っていないのとでは大きく違ってくる。それを上手く活かしてやれるのはきっと、挫折を[まだ知らない]子達だ。

 

 

桜木(.........信じる事。それが[強さ]に繋がるなら.........)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(俺は、あの日の[挫折]を信じてみるさ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ピースはどんどん埋まっていく。いつかの自分に言われた言葉。信じる事が出来るのなら、神やAIですら超えられる。

 そして武さんの言っていた近くて遠い物を信じる事。夢と挫折は切っても切れない関係でありながら、その位置は一番対極的な場所にある。

 

 

 それが一歩になるのなら、踏むしかない。

 

 

 あの子を.........あの子達の夢を[共に走る]のなら.........何だって出来る。

 

 

 そんな決意を抱き、夜空に浮かぶ月から視線を外して前を見る。

 桐生院さんと歩く夜はなんだか、感じた事の無い楽しさを感じる事が出来たのであった.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 [夢追い人]

 

 

 進化条件

 [異世界の者]に触れる 1/1

 [奇跡]を超える    0/1

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

......To be continued



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奇跡を越えろ!URAファイナルズ開催!!!

お待たせ致しました。実は先週スマホが故障しまして、投稿が遅れてしまいました…


 

 

 

 

 

 まだまだ真冬真っ只中の二月。寒空の下に多くの人々はその時を今か今かと待ち侘びている。

 場所は山を切り開いた巨大なレース場。[URAファイナルズ]のキャッチコピーは全距離全コースを網羅する前代未聞の大レース。その名に恥じない規模の会場だが.........観客席には多くの人が集まっている。

 

 

桐生院「す、凄いですね。会場も人も.........」

 

 

沖野「ああ、てっきり日本にあるレース場を借りるもんだと思ってたが.........」

 

 

東條「まさかレース会場そのものを作るだなんて.........」

 

 

 呆れ果てている者も居るが、ここに居るトレーナーや多くの人々は俺を含めて理事長には感服するしか無かった。

 なんせ、こんな大規模な開発をしていたにも関わらず、その情報が外部所か、俺達にすら回って来なかった。開催日の今日、急に全員バスに乗せられてここに連れてこられたのだ。

 

 

 .........だが俺自身、何故そんなことが出来たのか。その目星は付いている。

 

 

桜木(ったく、何が白銀コーポレーションだ。こんな事出来るんならもっとまともな社名にしとけ。仕事減ってんぞ)

 

 

 この会場のどこかに一般客として来ているであろう間抜けの顔を思い浮かべる。世間一般で言う白銀翔也という男はバカで通っている。

 それが計算である事を知らずに、アイツらは踊る白銀のミニチュアを手に乗せて笑いながら本物のアイツの手のひらに居るのだ。

 

 

 ざわめきと言うにはデカすぎる喧騒。小さな囁きも会場中で行われればオーケストラにすら引けを取らない。そんな事を強く実感させてくる。

 

 

 しかし、それはやがてレース場に現れた一人の少女によって意図も容易く視線を奪われ、そして静かになった。

 その少女は当然、この場に居る誰もが知る人物。[秋川やよい]理事長であった。

 手には拡声器を持ち、そのスイッチを入れてからそれを口元に近付けた。

 

 

やよい「.........これから、開会宣言を行う前に一つ。今日この場に居る者達、並びに中継を見てくれている視聴者達に、言いたい言葉がある」

 

 

やよい「すぅ―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――感謝ッッッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 .........肉声だった。彼女の声以外の要素が何も乗っていない言葉が、この会場中に響き渡った。

 理事長はそれを言い、辺り一面を見渡してからその言葉の真意を、その感謝の理由を口にし始めた。

 

 

やよい「此度のイベント開催。多くの困難があり、その開催を中止するべきと考えた事が幾度もあった」

 

 

やよい「会場の候補。運営の費用。新レース設立による他レース出資者への配慮。そして何より.........開催決定から、多くの有力ウマ娘達が怪我をしてしまった」

 

 

やよい「多くの事が起きた。だがそれでも、私は今日。この場に立つ事が出来ている.........!!!」

 

 

やよい「私だけでは無いッッ!!!この会場を作り上げた者達ッッ、それに協力してくれた者達ッッ!!!」

 

 

やよい「ウマ娘を育てて来たトレーナー達ッッ!!!怪我をしても決してその膝を折らなかったウマ娘達ッッ!!!」

 

 

やよい「そして何よりッッ!!!今日という日を待ち望んで居てくれた者達のお陰でッッ!!!私は今日この場に立つ事が出来ているッッッ!!!!!」

 

 

やよい「本当にッッッ!!!ありがとうッッッ!!!!!」

 

 

 心のこもった言葉。結局拡声器を使ったのは最初だけであり、後半は少し声がガラガラしていた。

 無理も無いだろう。いくら声が大きい理事長とはいえ、この会場中に自分の声を響かせるなんてのは無理な話だ。けれど彼女はそれをしようとした。

 そしてそれは現に、この会場に居る人達に伝わっている。

 

 

東「理事長.........!一生、付いて行きます.........!!!」

 

 

黒沼「東、まだ泣く時じゃないだろう。気持ちは分かるが」

 

 

南坂「そうですね。まだレースも始まっていないのに、心が震わされた気がします」

 

 

 見知った顔の人達も数人涙を浮かべている。彼女の心の熱が伝わって、皆熱くなっている。

 だが、そうならない者ももちろん要る。

 

 

神威「おー。流石理事長だなぁ」

 

 

桜木「泣いてもいいんだぞ?創」

 

 

神威「バーカ。俺が泣く時は[推し]が勝った時だけだっつーの」

 

 

 愛想の無い顔でわざとらしい身振りを付ける。変な奴だと思われるが、俺らはこれがコイツの自然体だと言うのを良く理解している。

 つまり、今この状況に浮かれていない。と言っても良い。

 

 

桜木(.........始まっちまうんだな。遂に)

 

 

 心待ちにしていた自分が居る。その一方で、今日という日は永遠に来ないんじゃ無いかとさえ思っていた自分も居た。

 今日この日、この場所にたどり着くまでの距離が長すぎて、本当にこんな場所があるのかなんてすら、思ってしまった。

 それでも俺は、この場に立っている。今までの経験と挫折をしっかりと味わい、そして心の傷となっていても.........この足で、この場所に立つ事が出来ている。

 

 

 そして何より、[全員居る]。誰一人欠けることなく、この大きな舞台に連れてこれている。そう思うと、既に満足感は限界近くまで高まってしまっていた。

 

 

デジ「これから始まるんですね!世紀の大レースが.........!!!」

 

 

桜木(.........まぁ一人だけベンチみたいなもんだけど)

 

 

桜木(来年は、君もあそこに立つんだぞ?デジタル)

 

 

 青々と広がる広大なターフと、その内側にあるダートが見える。彼女が果たしてどちらを選ぶのかはまだ分からない。

 可能性は無限大。狭める事は絶対にしたくない。彼女の選択で、彼女の思いであの場に立たせてあげたい。

 

 

 そんな事を思っている内に、理事長の言葉は終わり、そして遂に、選手達の入場が始まった.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間は着々と進んで行きました。理事長の言葉。生徒会長の選手宣誓。そしてそこから始まる予選レース.........

 日を跨ぎながらも、ダート。短距離。マイル。中距離の予選が終わりを告げ、遂に私が出る長距離レースが始まりました。

 

 

 距離は3000m。病に陥る前は私の実力が発揮しやすいレース距離だと自負していましたし、正直レースに出走する前は不安なんてありませんでした。

 

 

 しかし.........

 

 

マック「はぁっ.........はぁっ.........」

 

 

 息の戻りが遅い。身体がまだ目覚めた直後の様な感覚で、思うように回復してくれません。

 両膝に手を着きながら、新鮮な空気を吸い込む為に落ち着いて息を吐き出します。

 そして、その息を吸い込む傍ら、一体どのような形で一着を取ったのかを確認しました。

 

 

マック「―――っっっ」

 

 

 .........息を呑みました。目を見開き、そして実感しました。やはり、私の身体は戻っていない.........病を克服しているだけで、あの時までの[メジロマックイーン]には程遠い事を、実感したのです。

 

 

 着差は[1/4バ身]。予選レース。全力の走りを見せてのこの結果。勿論、一着には変わりありません。

 しかし、同じ距離で違うブロックにて先に勝利を果たしたブルボンさん。ライスさんは共に[三バ身以上]の着差を見せています。そして走破したタイムも.........私よりも早いです。

 

 

マック(どう、しましょう.........)

 

 

マック(このまま、じゃ.........)

 

 

 苦しい思いを胸に、顔を上げてターフから離れる時。いつも感じる視線はありませんでした。

 羨望。畏怖。憧憬。今にして思えば、あの頃の私はそんな目を向けられていたのだと分かります。しかし、現在はそれを感じる事はなく、あるのはただ.........

 

 

「メジロマックイーン、あんな走り方だったっけ?」

 

 

「もっと圧倒的だったよな.........」

 

 

「やっぱり、繋靭帯炎のせいで.........」

 

 

マック「っ.........」

 

 

 そんな言葉が耳に入ってくる。この時だけはウマ娘の聴力が強い事を恨みました。しかし、その言葉は結局自分が感じている物。彼等彼女等はそれを代弁してくれているに過ぎません。

 観客に向かって平然を装いつつ、私は頭を下げました。

 

 

 次はこうならない。

 

 

 次こそは完全な[復活]を。

 

 

 次は。

 

 

 次は.........

 

 

 .........[次]、こそは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 [メジロ]の名に相応しい、[ウマ娘]に―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 URAファイナルズが始まった。俺達のチームは既に予選を終えて、次は準決勝。それに備えてのトレーニングをする期間へと入っている。

 朝方のチームルーム。いくら大規模なレースがあったとしても学園生。今の時期はまだ春休みでは無い為、皆教室で勉学に励んでいる。

 しかしそんな中、一人だけ俺のチームルームに顔を出してきた存在が居た。

 

 

『失礼するわ』

 

 

桜木「?あぁ、どうぞご自由に」

 

 

 やってきたのはマックイーンのウマソウルである。名前は彼女と同じみたいでややこしい為、本人からはミスターM。俺達は親しみを込めてMさんと呼んでいる。

 最近はこうした行動は珍しくない。特に面白みも無い時間をマックイーンが過ごしていると、彼女は退屈して外に出てきてしまう。

 無論、姿が見れるのは俺とマックイーンしか居ないので、暇を潰すとなったなら大抵俺の所に来る。

 

 

 しかし、今日はそんな暇潰しでは無かった。それを彼女の憂いた表情が何よりも物語っていた。

 

 

『一つ、聞いて良いかしら?』

 

 

桜木「ちょっと待ってね。おっけ。いつでもいいよ」

 

 

 長丁場になりそうなので俺は携帯をポケットから取りだし、傍から見ればあたかも電話している様に見せかける。

 これは最近Mさんが考えた会話法で、とても役に立っている。ぼーっとしている人に話しかける人は沢山居るが、電話している相手に話しかける人はそう居ない。

 実際、これのお陰で彼女との会話を邪魔されずに済んでいる。

 

 

『あの子の事よ。貴方も何となく気付いてるんじゃない?』

 

 

桜木「.........そりゃ、まぁ。トレーナーですから」

 

 

『焦っているわ。本来の実力を出せなくて苦しんでいる。このままだと、復活所かまたあの日の二の舞になるわよ?』

 

 

 深刻な表情でそれを告げる彼女に、俺は背を向けた。窓の外には雲に覆われた空とターフが広がっている。雪ん子一つ無い二月には未だ慣れていなかった。

 彼女の言う[あの日]とは、きっとマックイーンが[繋靱帯炎]を発症して初めて俺と出会った時の事だろう。あの時のマックイーンは確かにその足に強い痛みを抱きながらも、練習場に居た。

 心の中で先程の問いについて自分なりに答え合わせをしてみる。以前決めた事だが、もしかしたら今なら違うかも知れない。そう思い思考を張り巡らせたが、出てくる言葉は前と同じ。

 [そんなもの、重々承知している]。一年のブランク。それも日常生活ですら激痛を伴う不治の病。骨折とは違う日々の痛みが、彼女の本能に刷り込まれている。

 その上、最初は[折れていた]。テイオーとは違い、その心は完全に折れ切っていたんだ。身体は急速にレースに使うその感覚を外に出して行くに決まっている。

 

 

 だが、それ込みで承知したのだ。俺も彼女も。厳しい期間になると知って尚挑んだレースなんだ。今更見当違いだったはガキでも通らない持論だ。

 

 

『.........どうするの?何か、策は練っているの?』

 

 

桜木「こればっかりは気付いて貰うしかないよ」

 

 

桜木「何が彼女の力に、[鍵]を掛けているのか.........」

 

 

 思い込みか、それとも自己暗示か。もしかしたら無意識かもしれない。彼女の身体は既に、全盛期のそれとほとんど変わらない所まで戻って来ている。

 それでもあんなレースをしてしまっているのは、[心の問題]以外には考えられない。それを乗り越えられるのは、彼女自身しか居ない。

 

 

桜木「何かが変わらなきゃ行けないんだ。今までの心の有り様じゃ多分、力を発揮出来ない」

 

 

『.........だとするならば、彼女の走る根幹にある物に[答え]を見つけなくちゃ行けないわね』

 

 

 窓から振り返り、Mさんの方に身体を向ける。その表情はその根幹。彼女が走る[理由]についてはどうやら察しは付いているようだった。

 俺もある程度は目星は付いている。恐らく彼女が走る理由は―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――[誇り]だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 [メジロ]としての[誇り]。それが彼女をあの日まで走らせて来た。疑った時もあっただろう。一度外に追いやった事もあるだろう。

 それでもそんな大きい物は手放そうとすればするほど、自分の中で強く輝きを見せる。ある場所に置いてきてもそれが強い光源となり、自分の進むべき道を照らす光となっているだろう。

 決して捨てる事は出来ない。けれど、その[誇り]がなんなのか。どんな形をしていて、どんな意味を持っているのかは光が強すぎてはっきりとしない。

 一つだけ言える事は.........その光を持ってしても、進めなくなってしまった時期があった事だ。

 

 

桜木「大事なのは根幹を[捨てたり]、[変えたり]する事じゃない」

 

 

桜木「それがどんな[力]を持っていて、どう扱えば自分の[力]を最大限まで引き出せるのか.........それが、このURAファイナルズを勝ち抜く唯一の方法になる」

 

 

『.........流石、[夢]を一度諦めただけの事はあるわね?』

 

 

桜木「はいバッドコミュニケーション。今ので玲皇ちゃんの好感度が1下がりました〜」

 

 

『どうせ桁名称も分からないくらいあるんでしょ?1くらい良いわよ。すぐ上がるもの』

 

 

 おやおや。バレてしまいましたか。さてはギャルゲープレイヤーだな?

 .........なんてバカな事を考えていても、結局時間が経てばあの子の事ばかり考えてしまう。他のチームメンバー。ウララですら予選のダートレースは不安点が無かったんだ。今は彼女を心配しても許してくれるだろう。

 

 

 彼女の様子を見ると、取り敢えずは納得したようだった。俺も息を吐いてスマホをポケットにしまい、棚からマグカップとココアの粉末を取り出した。

 

 

桜木「あ、飲む?」

 

 

『気にしないでいいわ。繋がってるもの』

 

 

 そう言われて俺も気負うことなく、一人分のココアを作り始めた。暫くすると甘い香りがチームルーム内にたちまち充満してくる。

 粉末と少量のお湯。十分かき混ぜてから冷蔵庫にある牛乳を取り出して入れる。母から教えてもらった作り方。ひと手間掛けるだけでとても美味しい。

 

 

桜木(URAファイナルズ.........思っていた以上に、荒れそうなレースだな)

 

 

 外は相変わらずの曇り。窓は風でキリキリと鳴いている。一筋の不安を大きくするようなそれに、俺は覚悟を決める事を余儀なくされたのであった.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桐生院「予選は難なく突破出来ましたが、準決勝ではそれ以上の強敵が沢山居ます。気を引き締めて行きましょう。ミーク」

 

 

ミーク「はい......がんばります」

 

 

 勉強の時間が終わり、ターフには多くのウマ娘とトレーナーが集まっていました。URAファイナルズ。最大規模のレースという事もあり、練習に熱を入れる人達も普段より沢山居ます。

 今回、ミークはダートレースにエントリーしています。初戦は上々。しかし油断は出来ません。

 

 

 今日は予選で得た課題の提示と、それの克服の為にトレーニングを組もうと思っていました。

 けれど.........

 

 

「あっ!!ミークちゃん!!」

 

 

桐生院「!ウララさん。こんにちは」

 

 

ウララ「この前の予選凄かったねー!!ビューンって感じだった!!」

 

 

 現れたのは同じダートレースにエントリーしているハルウララさん。私の同期である桜木さんのチームの一人です。

 ミークと会話している間、私は彼女の鍛えられた身体に注目しました。先日出場した有馬記念。そこを走り切る為にこなしたトレーニングの影響で筋肉の充実度が以前とは比べ物にならなくなっていました。

 

 

ミーク「ウララちゃんも......凄かった......です」

 

 

ウララ「ほんとっ!!?えへへ!!ありがとー!!」

 

 

桐生院(有馬記念は勝ち切れませんでしたが.........それの経験はしっかりと生きている)

 

 

桐生院(スマートファルコンさんやシンコウウインディさんも優勝候補ですが、やはり気を付けるべきは.........)

 

 

 ひたむきさ。実直さで勝負するなら恐らく、ミークとは良い勝負。しかしミークと違い、彼女は適正の無い距離とコースを走り切れるまで成長した実績もあります。

 油断は出来ない.........特に、[彼]が見ているなら.........

 

 

ウララ「桐生院さんっ!!」

 

 

桐生院「!なんでしょう!!」

 

 

ウララ「あのねあのね!!ウララ、ミークちゃんと一緒にトレーニングしたいっ!!」

 

 

桐生院「.........え!!?」

 

 

 予想外の言葉が彼女から出てきた。普通ならばそんな事、口が裂けても言えない事だから。

 けれど[彼]の見るウマ娘だから、そういう常識は通用しない。勝ち負けを根幹とせず、己の成長を軸とした指導をしている彼の元に集まる子は、そう言った利害や利益を損得勘定したりしない。

 どう応えるべきか。私はキラキラとしたハルウララさんの瞳から逃げる様にミークを横目で見ると、彼女も同じような目で私を見ていた。

 

 

ミーク「トレーナー......ミークも、ウララちゃんとトレーニング......したい。です」

 

 

桐生院「.........分かりました。ハルウララさん。桜木トレーナーにちゃんと言うんですよ?」

 

 

ウララ「大丈夫だよ!!トレーナーに言ったらね!!てきじょうしさつ?して来てねって!!」

 

 

桐生院(.........鬼ですね。あの人)

 

 

 これが他の方だったら私もその言葉を聞いて共同トレーニングを取り消していたけど、寄りにもよってハルウララさんを仕掛けて来るなんて.........質の悪い人だ。

 もう既に二人はやる気満々。あの人の事だからこれを逆手に取って情報を盗む事は無いと思いけれど.........それでもやっぱり、他のトレーナーとは違うと思わされてしまいます。

 

 

桐生院「.........ではとりあえず、坂路から始めましょう!!」

 

 

二人「はーい!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゴルシ「127、128、129.........130!!!」

 

 

フェスタ「記録更新。やるなゴルシ」

 

 

オルフェ「流石ゴルシちゃん!!アタシ達の妹なだけあるよね!!」

 

 

 学園内の筋力トレーニングルーム。アタシはそこで姉ちゃん達と一緒にバーベル上げをしていた。

 URAファイナルズ.........アタシらの世界じゃもう常識っつーか恒例行事みたいになってちまってるが、ここじゃーまだ1回目。ファン達の熱狂もすげーもんだって肌で感じちまった。

 

 

フェスタ「それにしても、まさか中距離に鞍替えすっとはな。なんか理由でもあんのか?」

 

 

ゴルシ「テイオーに譲ったっていやー聞こえは良いけどよ。実の所アタシ、長距離より中距離の方が得意なんだよな〜」

 

 

フェスタ「そうだよね〜。ばあばに教えて貰ったりしたけど、そんな上手くは行かないよ〜」

 

 

 ここに居るアタシら。そして未来に居る一番上の姉ちゃん含めて長距離は言うほど得意じゃねー。母ちゃんは根性あっから結構走れっけど.........やっぱ婆ちゃん。マックイーンみたくは行かねーんだ。

 

 

ゴルシ「それによ!!アタシ宝塚二連覇したからっ!!すげー快挙だろ!!?あと一勝で三連覇だったんだぜ!!?」

 

 

フェスタ「ゲートの中で無くした五百円玉ポケットから見つけて飛び上がらなきゃ勝てたのにな」

 

 

オルフェ「ゴルシちゃん。おバカだよね」

 

 

ゴルシ「はいバッドコミュニケーション。今のでゴルシちゃんの好感度が1下がりました〜」

 

 

 全く。油断も隙もありゃしねーぜ姉貴達はよー。別に良いじゃねーか。あの五百円で焼きそばが買えるか買えないかの瀬戸際だったんだぜ?喜ぶだろ普通。

 

 

 .........でも本当の所言うと、マックイーンのレースをちゃんと見たかったんだ。本来だったら有り得ない歴史。ぶっ壊された運命の先に、どんなドラマがあんのか.........アタシはそれを純粋に見たくなっちまった。

 

 

ゴルシ(.........まぁでも、長距離だろうが中距離だろうがアタシのやる事は変わんねー)

 

 

ゴルシ(あの日受けた物.........きっちり舞台整えて返してやっからよ.........!!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(待ってろよ.........!白銀.........!!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

テイオー「はぁっ.........はぁっ.........はぁぁぁ〜.........もうヘトヘトだよ〜」

 

 

 地面にお尻と両手をつきながらボクは空を見上げた。少し天気は悪いけれど、運動と体温で出てきた汗を乾かすには丁度良い天気だった。

 そんなボクにトレーナーが近付いてきて、給水用のドリンクを渡して来てくれた。ボクはそれを貰ってとにかく一口付けて口の中を湿した。

 

 

テイオー「ぷはっ、助かった〜!ありがとっ、トレーナー!」

 

 

沖野「大分体力が着いてきたな。実感はどうだ?」

 

 

テイオー「うんっ!大きい兎跳びで長距離コース一周!!目標タイムもしっかり切れたから順調だよ!!」

 

 

 口元を拭ってから、ボクは後ろを振り返った。そこにはさっきまでボクが一周していたコースがある。

 長距離レース.........今までのボクがつまづいていた難関。何とか技術や能力差で勝てていた時もあったけど、やっぱり得意なウマ娘とやり合うと勝ち目は殆ど無い。菊花賞のアレだって、本当に運が良かっただけなんだ。

 

 

 けれどここに来て、ボクは成長を実感している。今のボクだったらきっと、あの天皇賞の時のマックイーンにだって.........

 

 

「随分と精を出しているな。テイオー」

 

 

沖野「!その声は.........」

 

 

 トレーナーの後ろから声が聞こえて来た。ボクのよく知っている声。現実でもテレビでも、何度も聞いたその声をボクが間違えるはずが無い。

 トレーナーの身体から顔を出して見てみると、そこにはやっぱり思った通りの人が立っていた。

 

 

テイオー「カイチョー!!!」

 

 

ルドルフ「身体は万全そうだな」

 

 

テイオー「うん!!あのね!!骨折してからタキオンの特性アイジングスプレー使わなくなったらさ!!治りは遅いけど、前より丈夫になった気がするんだー!!」

 

 

沖野「テイオー。嬉しいのは分かるが、それだと語弊があるぞ.........」

 

 

 そう言われてボクはハっ、としたんだけど、カイチョーがクスリと笑ってくれたから誤解なく伝わってるんだと感じた。

 タキオンの作ってくれたアイジングスプレーは[菊花賞前の骨折用]。つまり、急速的に骨を元の状態に戻す効果を持っている。これと安心沢先生のお陰でボクは菊花賞に出る事が出来た。

 でも、それを骨折の度に使うと、身体の筋力は成長していくけれど骨は元のまま。骨折した事も忘れた様になるから、実質折れた後の丈夫さも無くて、前より骨折の危険性が高まっちゃうんだ。

 

 

ルドルフ「やはり彼女は凄いな。私もあのような頭脳があったならば、違う形で君達を支えられただろう.........」

 

 

沖野「.........生徒会長。それってつまり?」

 

 

ルドルフ「ふふっ、私も。[URAファイナルズ]に出たかった」

 

 

テイオー「!」

 

 

 ボクの背後。その遠くに走る誰かを見ながら、カイチョーはそう言った。その顔に恥ずかしさは無くて、それがなんだかとてもカッコよく思えた。

 そしてボクはそのカイチョーが見る視線の先を見ると、そこには.........

 

 

沖野「.........[あの二人]。ですか?」

 

 

 遠くには、苦しそうな表情を見せながらタイヤ引きをしているマックイーンと、それを指示しているサブトレーナーが居た。

 カイチョーはその言葉にただ黙って頷いて、直ぐに口を開いた。

 

 

ルドルフ「彼女の長距離スキルは、明らかに私を[超えている]」

 

 

テイオー「えぇ!!?」

 

 

ルドルフ「いくら安定する先行策と言えど、セオリーは皆が知っている。基本中の基本だからね」

 

 

ルドルフ「そして、そんな搦手など多用できない作戦で勝ち続けている.........」

 

 

ルドルフ「[つまらない]と言われるレースをする者同士。一体どっちが勝つのか.........ふふ」

 

 

 頭の中できっと、マックイーンとのレースを想像しているカイチョー。ボクにもその気持ちはとても良く分かる。

 マックイーンは凄い。ボクも先行で走るのは得意だけど、やっぱり他の子がどんな動きをするかで色々変わってきちゃう。

 でもマックイーンは違う。例えどんな相手でも、どんな環境でもやる事は変えずに、ただ勝って行く.........見る人が見ればつまらないレースかも知れないけれど、ボクにとっては.........

 

 

テイオー(.........[憧れ]なんだ)

 

 

テイオー(そんな[絶対的]な強さを持つ君が。今のボクにとっての、[目標]なんだ)

 

 

テイオー(だから―――)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――絶対、[復活させる]。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この、URAファイナルズで.........!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 厚い雲に覆われた太陽。それでも日没間際にはその明るさで雲を染め、茜色を広げて居ました。

 

 

桜木「お疲れ様。マックイーン」

 

 

マック「.........ありがとう、ございます」

 

 

 彼から渡されたスポーツ飲料。それを受け取りながらも、何故かそれを開ける気が起きませんでした。

 そんな私を見て、トレーナーさんは心配そうな表情をしましたが、それも一瞬でした。

 

 

桜木「.........焦ってる?」

 

 

マック「それは!.........もう」

 

 

桜木「.........そっか」

 

 

 それだけ。それだけ言って彼は、私から背を向けて歩いて行きました。もう少し、言葉が欲しい.........誰のでもない。貴方の声で.........そう思ってしまうのはきっと、私が [弱い]からなのでしょう。

 そんな彼の後を追わずに居ると、彼はおもむろにベンチに座り、その隣をトントンと叩きました。

 

 

 その仕草を見ただけで心を動かしてしまう。そんな自分に違和感を覚えながらも、私は彼の隣に座りました。

 

 

桜木「マックイーンはさ、何で焦ってるのか自分で分かる?」

 

 

マック「.........このままでは、勝てないからです」

 

 

桜木「勝てないと、なんで焦っちゃう?」

 

 

マック「それは.........応援してくださる方が、居るから」

 

 

マック「応えたい期待も、叶えたい想いも.........沢山.........!!!」

 

 

 ボトルを掴む手に自然と力が入ってしまいます。今の自分の不甲斐なさ、無力さを外に出してしまっている.........その行為自体に、私は自分の[弱さ]を感じて更に自己嫌悪に陥って行きます。

 そんな私の手を彼は上から触れ、そして包み込んでくれました。その手に驚きながらも彼の顔を見ると、その表情は優しく柔らかい物でした。

 

 

桜木「マックイーン。今回のレースはあの[黒い勝負服]を着てくれただろ?」

 

 

マック「.........はい」

 

 

桜木「.........アレはさ。言っちゃえば俺達の[始まり]なんだ」

 

 

桜木「[チーム]としての始まり。俺の[トレーナー]としての始まり。そして、君の[レース人生]としての始まりだった」

 

 

 優しい声で彼は言いながら、遠くの空を眺めていました。その方を見ると、先程まで雲に隠れていた太陽が顔を出し、世界を照らす姿があります。

 .........私も、そう思っていたんです。あの[勝負服]が全ての始まりだと思ったから、URAファイナルズの発表ステージで着て、そしてその姿で走ってきたのです。

 

 

桜木「だからさ。ここからまた始めればいいんだよ。急に元に戻す必要は無い」

 

 

桜木「それに、マックイーンの事だから直ぐに完璧に戻る所か、その完璧すら[超える]だろうしね!!」

 

 

マック「!.........もう」

 

 

 先程とは違う満面の力強い笑み。それを全て彼は私に向けて下さる物ですから、つい私も頬を緩めてしまいます。

 

 

 .........そうです。ここからまた始めれば良いんです。焦らずとも、またトレーナーさんとチームの皆さんで歩めば自ずと元の場所に戻れるはずです.........

 

 

 .........そう―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 [メジロ]に相応しき[ウマ娘]に、また.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「.........何さその顔」

 

 

桜木「.........はァ!!?別に良いだろ好きなんだから!!!」

 

 

マック「.........?」

 

 

桜木「はんっ、良いもん別に見られたって!!!理事長にはバレてるし?逆に見せつけて「あの.........」.........?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どなたと話されているのですか.........?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「.........ぇ」

 

 

 一人で勝手に喋り始めたトレーナーさん。まるで今そこに誰かが立っているかの様に振舞っている姿を見て、私は恐怖しました。

 しかし、そのあとの彼の反応。まるで私にも見えているという前提が覆されたかのような表情と声で、その恐怖は別の物へと変わって行きました。

 

 

桜木「.........まさか、マックイーン」

 

 

マック(っ、違う.........そんな訳ない。お願い.........)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「[Mさん]が見えないの.........?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――URAファイナルズが開幕した。

 

 

 おびただしい程の物語が渦巻く大レース。

 

 

 一人一冊の物語が出来上がってしまう程、このレースに向けられた思いは重く、強大である。

 

 

 しかし、そんな一冊などではまとめきれない[物語]が今、ここにある。

 

 

 そしてそれは確かに.........[最終巻]の最初に、インクを走らせるのであった.........

 

 

 

 

 

......To be continued



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消えない[誇り]。背負った[使命]

 

 

 

 

 

 冬の寒さがようやく少し和らいできた二月の下旬。本来であるならば春の訪れに期待して心にも余裕が出てくる季節だが、今年から.........いや、今回だけはそうも言っていられない。

 マックイーンが自分のウマソウルの姿を見る事が出来なくなった。それが本来の形だと言うのならそれも仕方ない事だろう。彼女がそう言うのなら俺も受け入れるだけだ。

 しかし、その肝心のウマソウル本人は今も俺の隣に居る。アレから何度も彼女の心に戻ろうとしたらしいが、残念な事に成功した試しが無い。

 

 

桜木(.........どうするの?)

 

 

『.........どうしたもこうしたもないわよ。今はこうするしかないわ』

 

 

「順調に決勝出場者が決定してきています。URAファイナルズ長距離準決勝。Dブロックのレースが今開始されます」

 

 

 落ち着いた実況の声を聞き流しながら、ゲートに入るマックイーンの姿を目で追う。そこにはいつもの様に落ち着きを払い、静かに精神を統一する為に手を合わせる彼女の姿がそこにあった。

 流石.........と言いたい所だが、そんな姿は仮初の物だと俺でも分かる。彼女は今、とんでもない混乱と苦境の中に立たされている。

 

 

 隣を浮遊霊のように漂う彼女のウマソウルに目を向けるが、彼女も苛立ちを抑えながらマックイーンの事をただひたすらに見守っていた。

 

 

デジ「お願いしますお願いします.........!勝って下さい勝って下さい.........!!!」

 

 

桜木「.........[奇跡]頼りはやめとけデジタル。いざと言う時実力が出せなくなるぞ」

 

 

 両の手を合わせて擦り合わせるデジタル。何かに懇願するその姿を見て、危機感を覚えてしまう。

 走るのは彼女だ。それに目を向けずに居てどうする。頼むのなら[奇跡]ではなく、走る本人に願いを送るべきだ。

 

 

 そんな俺の言葉を聞き入れた彼女は不安そうな表情を見せながらも、俯いていた顔を上げてしっかりとマックイーンの方を見ていた。

 

 

桜木(長距離ブロック準決勝は3600m.........春の天皇賞を二度も勝っているとは言え、流石に未知の領域すぎる.........)

 

 

桜木(しかも、同じ出走メンバーには発表ステージの上に居た[ブライト]も居る)

 

 

 一筋縄では行かない。浮かない表情に険しさを上塗りした顔のまま、彼女はゲートインを果たした。心做しか、手を合わせるその仕草。ルーティンですらぎこちなく目に映る。

 

 

『.........行ってくるわ。一人で走らせるのは、まだちょっと怖いから』

 

 

桜木(!.........うん。そうだね。二人はいつも、一緒だったもんね)

 

 

 ふわりと浮遊して彼女は俺の傍から離れ、ゲートの中に居るマックイーンの傍に着いた。そんな彼女を、マックイーンは感じ取ることすら出来ていない。

 理由は分からない。何故今、この時にマックイーンが彼女の姿を見れなくなってしまったのか.........流石の俺も超展開過ぎて理解を拒んでいる。

 

 

桜木(.........俺も、[見失っている]点で言えば同じ様なもんか.........)

 

 

桜木(何を信じるのか.........見つけなきゃ行けない)

 

 

桜木(繋がり続ける為には.........勝利じゃない、何かを)

 

 

 パズルのピースは埋められている。あと本当に少しなんだ。あと何個か当てはめるだけで、大きな絵画が完成する。その数ピースを、俺はどこかで無くしてしまっている。

 拳を握りしめながら、武さんや能面に言われた言葉を思い出しながら、俺はただ、レースが始まるのを黙って見ていた.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「準決勝長距離レースDブロック!!勝利したのはメジロマックイーンっ!!!」

 

 

「決勝への切符をその手に確かに掴み、[名優]の名に恥じない勝利を見せつけましたッッ!!!」

 

 

マック「はァ.........はァ.........ぐっ」

 

 

 .........何が名優の名に恥じない。ですか。一着は取れたものの、着差はクビ差。どちらが勝ってもおかしく無い勝負でした。

 前回と同じ様に両膝に手を着き、額から流れ出る汗すら脱ぐう事もできない程消耗した体力に目を向ける事無く、ただ息を吐くだけ。

 

 

 .........意識を集中させれば、周りの声は聞こえなくなる。そう、今はただ、自分の身体を心配すれば良い。人々の期待や、願いを叶える余裕は.........今はまだ無いのですから.........

 

 

 ―――さま、マックイーンさま」

 

 

マック「っ!ブライト.........」

 

 

ブライト「良いレースでした。マックイーンさまと一緒に走れて、とても光栄でしたわ」

 

 

 いつもの様な柔和な笑顔を見せながら、ブライトは手を伸ばしてくれました。それに応えるように、私は手を伸ばして行きます。

 

 

マック(.........この手を握る資格が、私にあるの?)

 

 

 伸ばしていた手が、魔の差した思考で瞬時に静止しました。どうしてそんな事を考えたのか。何故そう思ったのかは自分でも分かりません。

 

 

 ただ.........この握手を、本当に観客が求めている物なのか分からなかった。

 

 

 [名優]に成り切れない私が、皆さんの求める物を提供出来るのか.........

 

 

 .........結局、彼女との握手はぎこちなさを残したまま、終わりを迎えるのでした.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

タキオン「.........」

 

 

ブルボン「タキオンさん。集中力が平常時の70%程まで落ちています。何かありましたか?」

 

 

タキオン「あぁいや。大した事ではあるが.........今の私がするには過ぎた考え事だよ」

 

 

 URAファイナルズが始まり、準決勝も終わりを迎えようとしている。私達の所属しているレグルスもスピカも参加者は皆、そのレースを無事勝利で終わらせる事が出来た。

 残るは決勝。そんな大きなレースの前。トレーニングをしつつも私はついついその効果の事より、どうしても気になってしまう事があった。

 

 

ライス「タキオンさんっ、ら、ライス達にも話して欲しいな.........!」

 

 

ブルボン「解決出来ない可能性は大きいですが、少なくとも気分は晴れるはずです」

 

 

タキオン「.........マックイーンくんの事だよ」

 

 

 その名を出すと、二人の表情は一層憂いた物となった。こうなる事が予想出来たから、私は極力話したくはなかったんだ。

 だが気が付いたら、口にしてしまっていた。彼の分かりやすさもどうやら私に移ってしまっているらしい。

 

 

タキオン「.........君達も分かるだろう?今の彼女の[異常さ]に」

 

 

ライス「うん.........マックイーンさん。何だか苦しそうに走ってる.........」

 

 

ブルボン「疲れによる確率は10%未満。恐らく他の要因でマックイーンさんは実力を発揮出来ていない物と思います」

 

 

タキオン「それが一体何なのか.........こんな事ならもっと、人の心に関連した研究をしておくべきだったね」

 

 

 歯痒い感覚だ。チームでありながら、何かによって力を発揮出来ない彼女を、私は助ける事が出来ない。

 .........彼と出会う前の私なら、きっと切り離していただろう。だがチームでの生活を通して、テイオーくんの事を通して私は、[誰かが助かる]という道を模索するようになってしまった。

 

 

タキオン(.........恨みなんてないさ、もしあるとするならば―――)

 

 

タキオン(―――君が、彼女を[諦めた時]だ)

 

 

タキオン([信じている]よ。トレーナーくん)

 

 

 科学者らしくない。今の自分でもそう自己評価を下せてしまうくらいの思考。科学に基づく者ならば、実証と再現性を担保してから物を考えるべきだ。

 .........だが私は[アグネスタキオン]だ。[機械]や[AI]などでは無い。生きている存在だ。神様なんて物は今更信じる事は出来やしないが、それでも、信じる事しか出来ない.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの二人が、[奇跡]を[超える]事を.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「メジロマックイーンさんだ!」

 

 

「凄いっ!本物初めて見ました!」

 

 

「ファンなんです!握手して下さいっ!」

 

 

 私の周りにおびただしい人が集まっている。しっかりと私の目を見て話をしてきてくれているはずなのに、何故かその顔がハッキリと見えてはくれない。

 

 

 あぁ.........夢だわ.........こんな夢を見るなんて.........なんて俗物的なのかしら.........

 

 

 多くの人がそれぞれ自分の話したい事を話しながら私を推し潰そうとする勢いで迫ってくる。息苦しいと感じ、夢だと知りつつも、私はその人達を無下に扱う事は出来なかった。

 

 

 そんな時.........視界の端に、少し離れた場所で背を向ける人が居るのが見えた.........

 

 

マック「っ、トレーナーさん!!!」

 

 

 私は叫んだ。お腹に力を込め、人々の声で自分のそれが掻き消されない様、彼に届かせる為に.........

 けれど彼は振り向いてはくれない。それどころか、私から遠ざかって行くようにその足を進めて行く。

 私は思わず、人々を押し退けて彼を追い掛けた。

 

 

マック「待って!!!行かないで!!!」

 

 

「うわ、なんだよアレ」

 

 

マック「お願い!!置いて行かないで!!」

 

 

「メジロマックイーンってあんな感じなんだ.........」

 

 

マック「連れて行って.........!(わたし)も.........」

 

 

「ありゃダメだな。ファンやめよっと」

 

 

マック「.........ひとりに.........しないで.........」

 

 

 悲しみ。苦しみ。焦り。そんな感情が胸の内で一緒くたにされ、大きくかき混ぜられてしまった様な感覚。それがどんな言葉で言い表せるのかなんて到底思い付かない程、酷い気分になった。

 彼に追いつこうとすれども、その差は縮まらない。背中から聞こえてくるのは、失望と落胆の声.........

 

 

 その二つに板挟みにされた私は、最終的に何も出来ずにその場に留まるのでした.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――夜は明けていない。ぼんやりとした頭と視界で捉えたのは、窓一面の暗闇。夢の時間はいつの間にか、終わりを告げていた.........

 

 

マック(.........酷い夢だったわ)

 

 

マック(なんで、あんな夢.........)

 

 

 思い出しただけでも苦しい。まるで触れられたくない部分を逆撫でされる様な嫌悪感と憎悪が湧き上がるものの、窓から背を向け、掛け布団を手で引き寄せてもう一度眠りにつく為に目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(―――私は[どっち]を取るの?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時計の針が動く音。世界の音はそれだけで時間が進んでいる事を知らせている。心に浮かんだ疑問とその音が、もう一度私の目を開かせた。

 

 

 普通はそんな事を考えない。

 

 

 考えるまでも無い。

 

 

 じゃあどうしてそんな事を.........?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 .........[弱い]から。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 心が弱いから。

 

 

 身体が弱いから。

 

 

 理想が弱いから。

 

 

 気持ちが弱いから。

 

 

 誇りが弱いから.........

 

 

 理由はいくらでも挙げられた。それを否定出来るものは何も出てこなかった。

 

 

マック(っ、行けないわ。いつまでもあんな夢の事を引き摺って.........もう寝なきゃ)

 

 

 寒さは感じない。感じないはずなのに、何故か身体が震えてしまう。身体の末端がまるで雪に触れているかのように冷たく、そして硬い.........

 あと数日も経てば、URAファイナルズの決勝戦が始まってしまう.........だと言うのに、私は未だに、得体の知れない恐怖を克服できずに居た.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「.........」

 

 

 夕暮れが空を染める時間。外を見ればまだトレーニングに精を出すウマ娘達とそれを見守るトレーナーが疎らに居る。

 彼ら彼女らはまだデビュー前からシニア期の最初に居る子達だ。これからの未来がどうなるか。それを自分で選び、掴み取るために日々鍛錬を積んでいる。

 

 

 俺は今、スピカの方のチームルームに居る。URAファイナルズの決勝戦は遂に明日.........出場する子達はもう、トレーニングを切り上げて備えている。

 未知への期待と微かな不安を明確にする為に思考に探りを入れていると、不意にチームルームの扉が開けられた。

 

 

沖野「桜木。そろそろ皆来るぞ?」

 

 

桜木「はい。心の準備は出来ています」

 

 

 入ってきたのは沖野さんだった。URAファイナルズの決勝を控えているという事もあり、お互いの表情には緊張が走っている。

 当たり前だ。同じチームでトレーナーとサブトレーナーの関係性ではあるが、俺とこの人は対戦相手。つまり敵同士なんだ。

 

 

 そして.........もし、俺のチームの内の誰かが優勝した時には.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 [スピカ:レグルス]は、[レグルス]になる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

沖野「.........なんつうか。実感が湧かねぇな」

 

 

沖野「お前に頼んのはもう辞めなきゃ行けないのによ。気が付けば終わった後に頼みたい事が出てきちまう」

 

 

桜木「.........良いっすよそんくらい。同じ古賀さんの弟子なんすから」

 

 

 頭を掻きながら沖野さんは俺の隣に立って同じ空を見上げた。こうして二人で居るのは、今にして思えば結構珍しいかもしれない。

 この人はウマ娘が関われば真面目な人だ。俺がトレーナーとして、一人でチームを運用出来るのか心配してくれている。

 

 

 きっと、頼れる兄貴が居る人ってのはこんな気持ちなんだろう。俺だって沖野さんみたいに、もし優勝してからも心のどこかで頼ろうとしている。

 それくらい.........チーム[スピカ]は居心地が良すぎたんだ。

 

 

沖野「まっ、お前の担当達が出るレースはスピカメンバーも出るし、他の強豪も出る。安心して雑用リストの更新でもして置こうか」

 

 

桜木「あっ、酷い人っすね。そういう嫌味な所まで古賀さんに教えて貰ったんですか?」

 

 

沖野「そりゃトレセン入る前に寝食共にしてれば嫌でも伝染るだろ」

 

 

 違いない。そう言って俺は笑い、沖野さんも釣られるように笑った。

 

 

 そんな笑いが、最後になると思った。ただの直感だ。出来れば.........そんな物感じたく無かった。

 

 

 しばらくの間、沈黙が続いた。それでもお互いがお互いの存在を認識し合っている。今までの日々を振り返りながら、確かに二人でこのチームを引き連れてきたんだと思い出している。

 とても静かな時間だった。だから微かな足音も良く聞こえてきた。数からして複数。かいた汗を綺麗にしたウマ娘達が来ている。それを知った俺達はその目を閉じ、時を待っていた。

 

 

ゴルシ「おーっす!!呼ばれてやったから来てやったぜトレーナー!!」

 

 

沖野「.........おう」

 

 

ゴルシ「あ?んだよ湿気たツラしてよー!!ま、まさか三年前に放流したサケが帰り道分かんなくて海で迷子になったって連絡が来ちまったのか!!?」

 

 

桜木「はは、そいつは確かに大変だ。迎えに行かねぇとな」

 

 

 ふざけた事を真面目な顔で真剣に取り乱すゴールドシップ。その後ろからスピカメンバーとレグルスメンバーがぞろぞろとチームルームへと入って来る。

 そんな中でもまだやり取りを続けようとする彼女に、白銀に連絡して助けて貰うからと言うと直ぐに大人しくなった。心做しか顔が若干赤くなった様な気がする。

 

 

テイオー「話って何なの?URAファイナルズに関係すること?」

 

 

スペ「はっ!もしかして私が今日のお昼沢山食べちゃったのバレちゃいました.........!!?」

 

 

スズカ「スペちゃん。多分バレてないけど後で怒られるわよ」

 

 

ウオッカ「スペ先輩相変わらずっすね.........」

 

 

ダスカ「あんなにトレーナーから言われてたのに.........」

 

 

 しまった。と言うように両手で口を押さえるスペ。それを呆れながら見るスピカとレグルスメンバー。

 因みに沖野さんは怒りたい気持ちを抑えつつ、咳払いをしてその事については触れなかった。しっかりとこめかみに血管が浮き出ていたが.........強く生きろよ。スペ。

 

 

沖野「まぁなんだ。話があるのは桜木なんだ」

 

 

桜木「その、今まで皆に言わなきゃな〜って思ってたんだけど.........タイミングが無くて、さ?」

 

 

タキオン「おいおい.........勘弁してくれたまえよ?君はいつも得体の知れないトラブルを引き起こすんだから.........」

 

 

ウララ「トレーナー!!何やったの!!」

 

 

ライス「ちゃんと言ってくれればライス。許してあげるよ.........?」

 

 

ブルボン「チームメンバーの怒りのパーセントはまだ20%未満です。今の内に言えば丸く収まります」

 

 

デジ「許しません」

 

 

桜木「俺そんなに信用無い.........?」

 

 

 本当に俺の担当なのだろうか?みんな揃って不機嫌さを表したようなジト目とその表情を俺に向けてくる。一言も発してないマックイーンも同様、疑いの目を差し向けてくる。

 背中を真っ直ぐにする気も起きないが、その種をまいたのは他でもない俺自身だ。今まで頼りなく、そして勝手な行動をする子供のような俺のせいで、自分への信頼を湯水のように消費していた。

 

 

 それももう、終わらせなくちゃ行けない。

 

 

 [大人]をやるんだ。

 

 

 今まで成りたいと思っていた[存在]に.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「.........もし、レグルスの内の誰かがURAファイナルズを優勝したら」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「優勝したら.........俺達は―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「URAファイナルズダート部門決勝ッッ!!!一着に輝いたのはハッピーミークです!!!」

 

 

 歓声と熱の入った実況の声が聞こえて来る。掲示板を見れば勝負の決着は明白。ダートに出ていたウララは4着と掲示板に入る健闘はしていたが、ミークを含めた三人からは分かりやすい位に離されてしまっていた。

 

 

桐生院「やりました.........!!!やりましたねミーク!!!」

 

 

沖野「まさかここに来てハッピーミークか.........晩成型の成長曲線だとは思ってたが、ここまで爆発するとはな.........」

 

 

桜木(う〜ん.........流石に有馬の後すぐダートは厳しかったかぁ.........まぁでも)

 

 

 膝に手を着いて息を整えた後、ウララは観客に向けて両手を振った。その姿は有馬記念以前から変わっては居ない。

 だがその後、掲示板を見つめて奮い立つ自分の心を落ち着かせるように胸の前で拳を作った後、彼女はこのレースで勝利したミークへと近寄り、言葉を交わして握手をした。

 

 

桜木(.........成長したな。ウララ)

 

 

 誰よりも一着から遠かった少女は、その手を確かに届かせた。勝負というのは人を変える。良い様にも、悪い様にも.........素晴らしい物であると同時に、恐ろしい側面も持ち合わせている。

 しかし、彼女の根っこは変わっていない。諦める事無く、そして腐る事無く、楽しむ事を忘れずに強くなろうとしている。無限の可能性を.........彼女は秘めている。

 

 

デジ「惜しかったですね.........」

 

 

桜木「そうだね。何回かやれば勝てるレースだった.........って言うのは流石に野暮だけど、言えるくらいには強くなったよ。ウララは」

 

 

 次に始まるのは短距離のレース。その次はマイル。どちらも激戦区ではあるが、割と勝利者の予想は固まってしまっている。

 見る意味は無い.........と言う訳では無いが、俺としては控えに居る中距離。長距離レースに出走するメンバーの方が気がかりだ。出走するウマ娘達には申し訳ないが、今回はそちらを優先させてもらおう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「すぅぅぅ.........ふぅぅぅ.........」

 

 

 勝負服に身を包み、化粧台の椅子に座って精神を落ち着かせます。まだ長距離の部門が始まるまで時間はありますが、こうして身体を服に慣らせて置かないと落ち着かなかったのです。

 閉じていた瞳を開け、目の前にある鏡に写る自分の姿を見つめます。

 

 

 .........大丈夫。まだ[メジロマックイーン]。

 

 

 誰が見ても、[名優]だと認めくれる姿のまま.........

 

 

マック(.........っ、何を考えているのかしら)

 

 

 そんな歪に歪んだ思考が生まれ、自己嫌悪が拳を作りあげます。膝の上にそれを力強く押し付け、その心を何とか鎮めようとします。

 .........怖い。レースに出るのが怖い。走るのが怖い。勝てなかったらどうなってしまうのだろう。失望されたらどうなるのだろう.........そんな考えばかりが先行して、自分の首を締めてきます。

 

 

マック(ダメよ、マックイーン.........負けちゃダメ)

 

 

マック([メジロ]の為にも、[期待]の為にも.........それに)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『優勝したら.........俺達は―――』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『[レグルス]は[スピカ]から、独立する』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その言葉が聞こえた時。チームの雰囲気が変わりました。真剣な彼の顔から、それが冗談や嘘では無いと直ぐに分かり、私達は息を呑みました。

 .........前々から決まっていた事だったんです。元々チーム[スピカ]へはトレーナーさんが新人だった為、二人以上の担当が出来ない中で私とタキオンさんを見たいが為に行った言わば強行策。

 彼がベテラントレーナーになった今、チーム[スピカ]に所属している理由も無く、そして多くの困難が去り、最終的にチームの誰かがURAファイナルズで優勝する.........

 何ら疑問点はありません。ありはしませんが.........

 

 

マック(.........なんでこんなに、不安なのかしら)

 

 

マック(まるで彼を、信じ切れてないみたい.........)

 

 

 信じたい。けれど、信じ切れない.........正反対の方向に向かう心。このままでは引き裂かれてしまうのでは無いか?そう思う程に胸が苦しく、耐えきれずにその手を胸に置きました。

 

 

 ここまで苦楽を共にしたんです。

 

 

 ここまで一緒に歩いて来たんです。

 

 

 .........だと言うのに、まだ信じられないの?

 

 

 私は一体、彼の何を見てきたの.........?

 

 

マック(.........本当。何が[メジロマックイーン]よ)

 

 

マック(自分が一番.........それがどういう物なのか、分かってないじゃない.........)

 

 

 この名の持つ意味。[メジロ]としての誇り。[エース]としての使命感.........どれもこれも、今になって不安定な土台の上に置いてしまった歪な目標だった。そう思わざるを得ません。

 けれど今更、他に何があると言うの?私に、何が残っていると言うの.........?

 

 

マック(.........彼の事、言えないじゃない)

 

 

マック(だって、一番おバカなのは.........!!!)

 

 

 バカです。大バカです。少し考えれば気付くくらい、それがどれほど脆く、そしてぐらついて居た物なのか分かったはずです。

 それに持ち前のバランス力で難なく上に立ち続けて来ただけの事。脚を怪我した今では、その力すら持っていない.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私はもう.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 [誇り]と[使命]では―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――[走れない]

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「.........」

 

 

マ??「.........っ」

 

 

???「.........私は」

 

 

(わたし)は.........何なの.........?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ウララ「あのねあのね!!ミークちゃんがね!!あそこでビューンって前に行ってね!!」

 

 

桜木「あ〜あれ凄かったよなー。でもウララも絶対あれくらい速くなれるからな」

 

 

ウララ「ホント!!?」

 

 

 ダートレースが終わった後、俺はウララを地下バ道で迎え入れた。有馬記念の時の様な苦しさは感じず、むしろ以前に近しい状態で彼女は俺の方へと駆け寄ってきてくれた。

 勿論、あの日から変わった内心もあるはずだ。それでも未だにウララはレースを楽しむ事が出来ている。勝ちに貪欲になりながらも、負けを引きずる事無く、既に次へ顔を向けている。

 

 

 そんな姿に嬉しくなっていると、彼女は不意に不思議そうな顔で俺の顔を見てきた。

 

 

ウララ「あれ?トレーナー!!」

 

 

桜木「?」

 

 

ウララ「[首のやつ]どこやっちゃったの!!?無くしちゃった?」

 

 

桜木「ああ.........ううん。[渡して来た]んだ。気付いてくれるかは、分かんないけど」

 

 

 いつも首に下げている[王冠のネックレス]。チームとの繋がりを象徴とするそれを、今俺はして居ない。

 以前の様な投げやりな渡し方はして居ない。かと言って、分かるように渡していない。

 [あの子]が自分で気付いてくれなきゃ意味が無い。視野がそこまで狭まってしまったら.........きっと、俺の言葉だけじゃどうにもならない。

 

 

桜木(ほんと、こういう時こそ。[仲間の力]が必要なんだろうな.........)

 

 

 同じ立場の存在。同じ年齢。同じ性。同じ思想。同じ目標.........どれだけ対等であろうとしても、相違点と言うのは人と人を離れさせる。男女と言うだけで距離と言うのは果てしなく遠く感じてしまう時がある。

 そういう時、俺の出る幕は無い。言葉で響かせるには、同じ土俵に立ってくれる存在か、それを無視して強引に手を引いてくれる存在かだ。

 俺はまだ.........彼女を[大人]にする勇気は無い.........

 

 

 そんな事を考えていると、目の前に誰かが立っているのに気が付いた。さっきまでは居なかったが、どうやら中々深い所まで意識をもぐらせてしまっていたらしい。

 ウララも俺の顔を見るのを止めてそっちに顔を向けると、光の少ない道の上に立つシルエットだけで、誰かを判別してくれた。

 

 

ウララ「あっ!!ゴルシちゃん!!」

 

 

ゴルシ「よっ、見てたぜウララのレース!!バッチバチだったなー!!」

 

 

桜木「ああ。今後に期待出来る良いレースだった。これからが楽しみだ」

 

 

 俺達の目の前まで近付いてきた事で、黒く濃いシルエットは薄くなり、ようやく彼女の表情を見る事が出来た。

 しかし、いつもの様に見えていつもと違う。それを感じ取った俺はウララに先に戻る様に伝えてこの場から離れさせた。

 

 

桜木「.........んで?わざわざそんな感想を伝えに来た訳じゃねぇんだろ?ゴールドシップ」

 

 

ゴルシ「にひひ.........流石おっちゃん。ゴルシちゃんの事は丸丸裸の丸わかりってか?」

 

 

桜木「当然。心理は俺の得意分野だからな」

 

 

 俺の知っている中でもトップクラスで分かりにくい存在のゴールドシップ。しかし、彼女のしたい事、やりたい事、言いたい事は何故か以前から何となく分かっている。血の繋がりというのは恐ろしい物だとつくづく思わされる。

 お互いに笑ってはいたが、次第に彼女の表情から笑みは消えて真剣さだけが残る。それに動揺すること無く、俺は俺でその顔を保っていた。

 

 

ゴルシ「.........URAファイナルズの中距離は、アタシが勝つ」

 

 

ゴルシ「勝ってアタシは―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――白銀に[告白]する」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 .........本当。律儀な所まで似てやがる。俺もこういう時、言わなきゃ気が済まない性分だ。だから何となく、勘づいては居た。

 思えば、俺の始まりは彼女の仕業だ。ゴールドシップという存在がいなければきっと、俺はこの場に立つ所か、知り合う事すら出来なかった人達も居る。

 それほどゴールドシップは俺にとって、とても大きな存在だ。そんな彼女の幸せを願わないのは.........相当な捻くれ者だ。

 

 

 それでも、言わなければ行けない事がある。俺も一人のトレーナーとして通さなければ行けない信念がある。

 

 

桜木「.........うちのタキオンは、相当強いぞ?」

 

 

ゴルシ「っ、ぜってェ勝つ.........!!!」

 

 

 彼女は俺を睨みつけながら拳を突き出した。宣戦布告。まさにその言葉に相応しい仕草と表情を俺に見せてきた。

 その後、ゴールドシップは何も言わずに控え室へと戻って行った。地下バ道に残されたのは奇妙な事に、人間の俺だけであった。

 

 

桜木(.........URAファイナルズ。本当、とんでもないレースだ)

 

 

 光が差し込む場所。ウマ娘達が勝負する舞台へ向かう出口の方を見ながら俺は静かにそう思う。

 

 

 残るレースは後四つ.........これから始まる激戦に心を落ち着かせながらも、静かな興奮は確かに生まれて行ったのであった.........

 

 

 

 

 

......To be continued



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ゴールドシップ

 

 

 

 

 

「URAファイナルズマイル部門!!数々の強者が集い集ったこのレースで勝利をもぎ取ったのは[サイレンススズカ]です!!!」

 

 

 URAファイナルズのレースも佳境へ入った。ダート。短距離。マイルと終わり、これから中距離レースの準備が始まる。

 観客達に向けて手を振るスズカの姿を見ると、やはりと言うか、安心感があった。やはり彼女が勝つか.........という安心感。

 今回のレースはグラスワンダー。そしてエルコンドルパサーを筆頭に多くの強者が参加している。そこら辺のG1よりも全然豪華なメンツの中でも、俺の中では彼女の勝利が揺らぐ事は無かった。

 

 

桜木(流石沖野さんと言うべきか.........)

 

 

「最後の直線ですが、あのスピードで逃げていても後ろを気にする余裕がありましたね。迫って来る二人を意識して、どの程度スピードを出せば虚を突けるか。戦略的な末脚を見せてくれました」

 

 

桜木(.........[武]さん。とでも言うべきか)

 

 

 実況者の赤坂さんの隣に解説として座っているのは、プロトレーナーである[武 豊]さんだった。

 スズカに安定感のある走りを教えたのはあの人だ。今回の優勝もそれが要因になった部分もあるだろう。

 

 

桜木(短距離はサクラバクシンオー。マイルはスズカ.........どちらも確実だと言われていた人選だ)

 

 

桜木(.........[万全]だったら)

 

 

 不意に出てきた思考。途中まで自分の中で形成してしまったその言葉に自己嫌悪し、頭を振る。それを承知で参加したと前も言っただろう。そう自分に言い聞かせ、嫌な感情を押し殺して踵を返す。

 

 

桜木(次のレースは中距離部門。マークするべき相手は多い.........)

 

 

 うちのチームの出走者はアグネスタキオン。彼女は突出したスピードを誇り、その点は他の追随を許しはしないが、経験という点で言えば不足していると言わざるを得ない。

 スペシャルウィーク。メジロドーベル。マンハッタンカフェ.........目を向けるのならばそこだ。経験則でカバーを効かせてくる相手。そこには彼女が得意とするデータを頭の中で整理し勝利への論解を導く事が出来る。

 

 

 .........だが、逆に行ってしまえば.........

 

 

桜木(.........[ゴールドシップ]。相手に来るとなると、相当嫌なもんだな)

 

 

 何をしてくるか分からない。そんな相手にデータも経験も無い。一を引かれないような立ち回りをする他無い。確実性のあるレース。

 しかしそれをするならば、必ずその脆い点を他のウマ娘が見つけて来る。セオリーと言うのは崩せるからセオリーなのだ。

 それに徹してしまえば他の子に負ける。だがセオリーから外れればゴールドシップの土俵に立つ事になる.........生半可な行動や作戦は勝率を著しく下げる羽目になる。

 

 

桜木(.........さて。どうしたものか)

 

 

 不安と恐怖の裏側に確かに存在する未知の感覚。俺の中に存在を微かに顕にしたそれに触れる為に、心の中に手を入れて探ってみる。

 触れてしまえば簡単だった。いつか感じていた物だった。かつて俺が俺に対して抱いていた物.........[期待]。それに補強された[ワクワク]だった。

 

 

 歓声が未だ止まぬ中、大激戦の中距離レースへの期待を静かにしまい、俺はタキオン達が待つ控え室に向かって行くのだった.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 物静かな控え室。少し前までは騒がしさを感じていたが、私のレースが近付くにつれチームメイト達は口を閉じて行った。

 トレーナーくんからはアドバイスや作戦を聞いていたが、やはり確定事項は無い。あるとすれば、[ゴールドシップには気を付けろ]。これの一点張りだ。

 

 

タキオン(全く。私がマークしていない訳ないだろう。あんな規格外を.........)

 

 

 天井を見上げながら彼女について考える。

 

 

 未来から来た存在。読めない思考と言動。オンオフの激しい情緒。日常生活から得られる情報のせいで彼女がレースでどう走るのかが不明瞭になっていく。それが計算された物ならば、食えない存在極まりない。

 そんなこんなで行き詰まっていると、不意に控え室の扉にノックがされる。トレーナーくんが不思議そうな顔をしながらもその扉を開けると、そこには私にとって安心出来る顔が立っていた。

 

 

黒津木「よっ」

 

 

桜木「お前っ、関係者以外は入れない筈だぞ?」

 

 

タキオン「まぁまぁ。大方保健室医の肩書きでも使ったんだろう?」

 

 

 呆れた顔を見せるトレーナーくんと彼との間に入り擁護する。私の推測はどうやら当たっていた様で、彼は恥ずかしそうに頭をかいていた。

 

 

黒津木「実はさ。俺タキオンのレースを生で見るの初めてなんだ」

 

 

黒津木「だから.........カッコイイ所、期待してる」

 

 

タキオン「!.........ああ、悪い所は見せないよう務めるさ」

 

 

 別に彼が走る訳では無いのに、何故か緊張した表情で私に伝えて来た。それがなんだかおかしくて、つい笑いながら答えてしまった。

 そんなこんなで見つめ合っていると、不意に私達に視線が集まっている事に気が付いた。これは少し.........いや、かなり恥ずかしいな。

 

 

タキオン「ほらっ!君の出番は終わった後だ!!分かったらさっさと観客席に帰りたまえ!!」

 

 

黒津木「のわっ!!分かったよ!!分かったから押すなって!!」

 

 

タキオン「しっしっ!!」

 

 

 名残惜しそうにこちらを振り向く黒津木くんに早く行くよう手で払う。口を尖らせながら前を向き、背中を見せられて私は控え室の扉をゆっくりと閉めた。

 息を吐きながら元いた椅子に座ると、今度はトレーナーくんが近付いてきた。

 

 

桜木「緊張。ほぐれたみたいだな」

 

 

タキオン「?私のがかい?」

 

 

桜木「ああ、顔が固かったよ」

 

 

 満足そうにそう微笑む彼に対して、私は頬杖をついた。全く、面白くない。こういう役回りは普段ならマックイーンくんとトレーナーくんの筈だろう。

 

 

 .........まぁだが、嬉しかったのは事実だ。

 

 

 結局、どんなに頑張ってもにやけた表情を作ってしまう。そんな状態が改善されたのはやはり、中距離レースの発走準備が整った事を知らせる放送を聞いてからだった.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さぁURAファイナルズ決勝戦!!いよいよ佳境に入って参りました!!」

 

 

「中距離部門もまた熾烈なレースが繰り広げられるでしょう!!」

 

 

ゴルシ「うっひゃ〜!!すっげ〜人数だな〜!!」

 

 

 ターフに出てきたアタシは耳と目で観客の多さを実感して驚いた。一般の観客席の方はこんだけ広いのにぎゅうぎゅう詰め。トレーナーやおっちゃん達の所だっていつもよりスペースが無ぇ状態だ。こんなのアタシらの時代でも中々無かった。あったとすりゃ凱旋―――

 

 

「ゴールドシップさんっ!!」

 

 

 昔の記憶を振り返っていると、アタシにとっては良く知る声が背中にかけられた。振り返るとそこにはもう待ち遠しくてたまらねーって感じのスペが立っていた。

 

 

スペ「私、ゴールドシップさんと走るの。ずっと楽しみにしてました!!」

 

 

ゴルシ「お?それってどんくらい?冥王星と海王星がドッキングするって聞いたアタシと同じくらい?」

 

 

スペ「はいっ!!同じくらいです!!」

 

 

 おいマジか。そこは普通に突っ込んで良いとこだぞ。やめろよもうちょっと面倒くさそうにしてくれよ。あしらわれんの結構傷付くんだぞ?

 

 

ゴルシ「ゴホンっ。まーこう見えても、チームスピカのリーダーだかんな!!スペっ!アタシのレースを参考にしろよ!!?」ビシッ!

 

 

スペ「はいっ!!絶対に負けません!!!」

 

 

ゴルシ(アレ?もしかしてアタシの話を真に受けない様になっちまってる?)

 

 

 なんてこった。あの優しいスペがこんなになっちまうなんて.........これも全てトレーナーって奴の仕業に違いねェ.........!!!

 絶対ェに許さねェかんなァ!!!覚悟してろよおいっ!!!マジで爆弾発言かましてオメェの胃袋蜂の巣にしてやっからなァッッ!!!

 

 

 

 

 

沖野「痛っ.........」

 

 

桜木「?大丈夫っすか?」

 

 

沖野「あ、ああ.........なんか、胃に弾丸撃ち込まれたような痛みがな.........」

 

 

桜木「死にます?面倒臭いんで引き継ぎの書類書いといて下さいよ?」

 

 

沖野「お前古賀さんの伝染ってんぞ」

 

 

 

 

 

「さぁ!各ウマ娘着々とゲートインを完了させて行きます!!残るは.........」

 

 

武「.........ゴールドシップだけですね」

 

 

ゴルシ「あァ!!?何だよ!!!ゴルシちゃんのファンサービスが要らねぇってのか!!?かァーッ!!!これだから大きいタイプの人間は!!!」

 

 

ゴルシ「へいへい。ちゃんと入りますよーっと。ゴルシ様も弁えますよちゃんと」

 

 

 ったく、世の中時間に厳しいヤツらばっかりで息苦しいぜ。もっと余裕が欲しいよなぁ余裕が。そうじゃなきゃ人生楽しむなんて夢のまた夢ってもんだぜ。

 

 

「お〜〜〜いっ!!バカ女ぁぁぁ!!!俺に投げキッスしろ〜〜〜!!!」

 

 

ゴルシ「.........バカか」

 

 

 .........まぁ、アレだ。余裕ありすぎんのもダメだな。世の中には適切ってもんがあんだ。あそこまで行くともう救えねェから大人しく無視しよ。

 

 

「各バゲートイン完了しました」

 

 

「これより世紀の一戦。果たしてどのウマ娘が栄光を掴み取る事が出来るのでしょうか!!」

 

 

「第一回URAファイナルズ中距離部門決勝戦―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――ガコンッッ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――今スタートです!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 遂に始まったURAファイナルズの中距離決勝。スタートは誰一人遅れる事無く好調な滑り出しを見せている。

 

 

ウララ「タキオンちゃん六番目だよ!!」

 

 

桜木「ああ、いつも通りの展開だ」

 

 

デジ「.........逆に怖いですね」

 

 

 地面を踏み抜く足音が鳴り響く。何度聞いてもとても少女達が出すような物じゃない。見た目とのギャップで頭が混乱してくるのは初めてじゃない。

 マークすべきウマ娘達は皆タキオンよりも後方を走っている。大きく突き放して走る逃げ戦法のウマ娘が居ないなら、粘り勝ちされない限りは前方に居るウマ娘達に負ける事は無いだろう。

 なんせ今前を走っている子は全員、[恐れ]を抱いている可能性が高い.........

 

 

桜木(スペの爆発力。ドーベルの切れ味。カフェの得体の知れなさ.........それと真っ向からぶつかり合うのは得策じゃない)

 

 

桜木(だが、タキオンは全く別だな.........)

 

 

 走り抜ける白衣。光すら妬く閃光の如き速さ。薬品の様な中毒性の高い匂いを熱風に乗せて人々を魅了する。

 こんな物では無い。これだけでは済まされない。未だアグネスタキオンの真骨頂を誰も、彼女自身すらも掴めていない。

 

 

桜木(さぁて.........[桜]は咲くかな?)

 

 

 最初のコーナーを回る瞬間。今まで見た事ない様な笑みを浮かべているタキオン。その狂気的と言える程のスピードへの執着を初めて顕にした彼女に釣られて、俺も顔を破顔させて行った.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 身体の前面が空気の塊にぶつかり続けている。今まで感じてきたその感触に、私は今まで以上に興奮していた。

 

 

タキオン(ウマ娘の持つ[可能性].........!一人では決して辿り着けない[到達点]!!!)

 

 

タキオン(シミュレーションは既に済ませているっ!!!だと言うのになんだこの高揚感は!!?)

 

 

 想定通りの配置。予想通りの展開。憶測通りの加速量。そのどれもが理論値の域を超えて出る事は無い。だが私の胸は今現在、人生で一番と言っていいほど高鳴っている。

 多くのG1バが走り抜けるこのレース。距離。芝状態。共にデータの範疇内。外れている事は無い。

 あるとするならばそれはやはり、[人]と言う存在だろう。

 

 

タキオン(私と言う存在を変え続けてきた[他人]の存在ッッ!!!)

 

 

タキオン(ならば私の予測を超えるにもやはりそれは[必要不可欠]だッッ!!!)

 

 

 私は[変わった]。[変えられた]のでは無い。自分の意思で変化する事を選択し、ここまで来た。

 きっかけは些細な物だが、結果は劇的な物だった。

 今の私は正に、[人]が作り出した存在とでも言えるだろう。それほどまでに以前とは基盤がまるで違う。

 

 

 常識外れの彼と出会い、チームという存在と触れ合い、自分の力で救える存在を知った今の私は.........真の意味で[人]となったのだ。

 

 

タキオン(果たしてこの理論がどこまで速度を出せるのか.........試させて貰おうじゃないか.........!!!)

 

 

 

 

 

 ―――そろそろ第1コーナーを曲がる所。前はタキオンさん。後ろはカフェさん。もっと後ろにはゴールドシップさん。位置はまだ大丈夫。このままなら捲り切れる.........

 

 

スペ(うぅ.........でも後ろの人達の圧が凄いぃ.........!)

 

 

 背中に掛かる圧。こんな大舞台でも後方に居続けるって事は、それだけ勝てる自信があるって事.........他の子達も何回か走った記憶があるけど、皆ギリギリで勝てた子達なんだよね.........

 

 

スペ(!ダメダメっ、ここでけっぱらなきゃどこでけっぱるの!!頑張れ私!!行けるぞ私!!!)

 

 

 まだまだ決着まで時間がある。今はまだ仕掛ける時じゃない。焦らず掛からず、私は深呼吸を挟んでもう一度前に意識を集中した。

 

 

 

 

 

 ―――タキオンさん。やっぱり速い.........他の人達の先行策とは違う、自信の乗ったスピード。やはり一筋縄では行かない.........

 

 

カフェ(でも、前の仕掛け方をするとまた気付かれるよね.........)

 

 

 前回の有馬記念。中距離レースと殆ど変わらない距離だったとは言え、私は彼女に負けてしまった.........敗因はやはり、私の仕掛け方。それはトレーナーさんにも指摘された。

 

 

『良いかカフェ。今度タキオンと対決するなら仕掛け方は変えた方が良い』

 

 

『.........具体的に、どうすれば.........?』

 

 

『.........正直。あまりやりたくないトレーニングではあるが.........』

 

 

カフェ(.........役に立つのかな。[アレ])

 

 

 記憶に新しいトレーニング。最早そう呼んでいいかすら怪しい日々。私と彼は肉体トレーニングを終わらせた後、トレーナー室に籠る日々が続いて行った。

 そしてそこで行った事と言えば.........

 

 

『うひっ!!?カフェ!!霊障霊障!!!』

 

 

『.........だから私と[ホラー映画]を見るのは辞めた方が良いって言ったんですよ』

 

 

 霊障が連発する薄暗い部屋の中、そんな中でも議論と検証を幾度と繰り返して彼と編み出した仕掛け策.........

 

 

カフェ(.........そろそろかな)

 

 

カフェ(周りに気付かれないようさり気なく.........そして大胆に.........)

 

 

 息を更に整わせ、まるで寝息でもたてているかの様な呼吸にしていきながらゆっくり。ゆっくりと加速をして行く。

 最高速度到達点は最終コーナー.........平常時ならばタキオンさんが仕掛ける一歩手前.........そこを彼女の横から一気に駆け抜け、一瞬の思考停止を狙う.........!!!

 

 

カフェ(データ集めと予測でレースをするなら、こっちは[オカルト]で行かせて貰うよ)

 

 

カフェ(精々.........[足首を掴まれない]様にね.........)

 

 

 

 

 

 ―――目まぐるしい位に変わっていく展開。アタシは最後方でそれを見ながら目を回しちまってた。

 

 

ゴルシ(おいおいおいおい!!!コイツらぶっつけ本番で命掛けすぎだろ!!!一体何人ネタ殺しするつもりだよ!!!)

 

 

 背中を見れば分かる。アタシの前に居る殆どの奴が今まで見せた事の無い走りをしようとしている。絶対今日の為に取っておいたり、特訓してきた奴に違ぇねェ。

 スペはいつもより落ち着いて後ろ目の差しだし、カフェの野郎に至ってはアタシが抜けようとした外側をのそりのそりと回って行こうとしてやがる.........クソっ、思った以上に前に出づれェ.........!!!

 

 

 

ゴルシ(あァクソッッ!!!考えてたって仕方ねェ!!!しゃねェ見せてやるよ!!![ゴルシちゃんワープ弍式]をなァ!!!)

 

 

『力が欲しいか』

 

 

ゴルシ(うるせェ!!!今それどころじゃねェッッ!!!.........あァ!!!??)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『やべ。セリフ間違えた』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゴルシ「.........んぁ!!?どこだここ!!?」

 

 

 加速する為に足に力を入れた瞬間。声が聞こえてきた。それに反応してもう一度声が聞こえた瞬間。気付けばアタシは走っていた体勢から棒立ちになって疲れも呼吸も普通の状態になっていた。

 辺りは見渡す限り白い世界。何にもねェつまんねェ場所だ。どうすんだよこれ。アタシは早く戻ってレースを―――

 

 

『おいそこの女』

 

 

ゴルシ「あァ!!?.........ヒェッ」

 

 

この世界に存在しない筈の四本足の珍獣

『俺の名前を言ってみろ』

 

 

 な、何か立ってやがる.........見た事もねぇ姿形と面した真っ白なバケモンが人の言葉を喋ってやがる.........!!?

 アタシは腰を抜かした。なんならちょっとちびった。コイツの存在を生理的に拒絶しちまってる.........なんだよコイツ.........

 

 

『あっスキン間違えた。こっちこっち』

 

 

ゴルシ「おわ!!?な、アタシが出てきやがった.........!!?」

 

 

 日静会金旅組若頭

 御尾琉怒湿布

 (ドッドン)

 

 

 うわ、なんか変なテロップと音が出てきやがった.........しかもモノクロフィルター掛かってるし.........マジでなんだよコイツ.........龍が如くから来たのかよ.........ハワイに帰れよ.........

 

 

『お前は俺。俺はお前だ』

 

 

『走りたくねェって気持ちはよ〜く分かる。けどな。人間.........あいやうまむすめ?には走らなきゃ行けねェ時がある』

 

 

『俺だってなァ?隣のトーホウジャッカルが喧嘩ふっかけて来た時ァマァジで分からせてやろうかって思ったけ「お、なんだこの×マーク?」ちょっと待てェ!!!』

 

 

 なんかさっきからアタシの視界の右上にある×マークを触ろうとした瞬間。目の前に居る奴に結構真面目に止められた。

 そして次の瞬間。奴はその×マークをむしり取って地面に叩き付けてから踏み潰しやがった。

 

 

『スキップしようとすんなよ!!!大事なムービー中だろうが!!!RTA勢か何かかテメェは!!!』

 

 

ゴルシ「はァ!!?そっちこそ何だよいきなり現れて声掛けやがって!!!こちとら大事なレースの最中だったんだぞ!!!」

 

 

『うるせェ!!!レースなんかよりそこら辺に生い茂ってる青草の方が価値あるわ!!!』

 

 

ゴルシ「はいカッチーン!!!もうアタシキレちゃいました!!!プッツンしまーす!!!」

 

 

 マジで頭に来た!!!急に現れて説教垂れてくるし!!!その説教自体は完全に的外れだし!!!もうぶん殴っちまっても良いよな!!?マックイーンも許してくれるよな!!!

 

 

 お互い睨みを効かせて数秒。合図は無くどちらともなく同時にお互いに飛び掛った。

 

 

 

 

 

 〜〜〜

 

 

 

 

ゴルシ「はァ、はァ、やるな.........!」

 

 

『ぜェ、ぜェ、お前こそ.........!』

 

 

 暫くの間取っ組み合って力比べをしていたが、実力は完全な五分。押されもしないし押しもしない。

 お互いが同じ実力を持っていると知り、アタシは思わず笑った。そしてそれはアタシの姿をした謎生物も同じだったみたいで、アタシとソイツは同時に腕と腕をクロスさせた。

 

 

『気に入ったぜ。このオレ様と互角たァ中々やる女だ。やっぱ[無理やり]こっち来て正解だったぜ』

 

 

ゴルシ「へへ。ったりめぇよ!!このゴールドシップ様は世界を股に掛けた後に膝掛けにしちまうスーパーアイドルキングだからな!!!」

 

 

『その度胸。やっぱ[ゴールドシップ]はそう来なくっちゃなァ!!!よーし決めた!!![種牡馬]生活でめっきり使わなくなっちまった力をテメェにくれてやる!!!有難く思えよ!!!』

 

 

ゴルシ「しゅぼ、なに?」

 

 

 聞いた事もねぇ言葉が聞こえて来てキョトンとしちまったが、アタシがそうしている内に目の前の奴は急に光を帯び始めた。

 何だ何だと思っていると、その光は徐々にアタシの片腕に移っていって、最終的に[ある形]に形成されて行った。

 

 

『俺様がこっち来れんのは[寝てる時]だけなんだよ。まァ魂は時間の制約受けねェから関係無ェんだけどな』

 

 

『俺様が完全に[そっち]に行くまで、ソイツをテメェに預ける。大事にしろよ?』

 

 

ゴルシ「!これは.........」

 

 

 巻き付いていた光が完全に消え去り、アタシの腕にはひんやりとした冷たい感触とずっしりとした重みを感じ始めた。

 目の前の奴はあくびを一つして優しい表情を見せた後、何も言わずに陽炎みてぇにゆらゆらと揺れて消えて行きやがった。

 

 

 残ったのはアタシと―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――アイツの残した、[黄金の錨]だけだった.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゴルシ「.........く、はは」

 

 

ゴルシ「面白くなって来たぜ.........ッッッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 レースが佳境に入り始めた頃だった。

 

 

 その[変化]が、大きくこの戦況を覆す物だと見て分かった。

 

 

桜木(.........?ゴールドシップの奴、加速してないか?)

 

 

 普段であればもう少し様子を見て一気に仕掛けようとしている。彼女の性格から考えれば、手堅いながらも人々をあっと驚かす作戦を取るのは間違いない。

 だが彼女はここで加速を選択した。天啓か、或いは単なる思い付きか.........そこまでは分からない。

 

 

 だが俺はそれを見て、他のどのウマ娘よりもタキオンにとって脅威だと感じてしまった。

 

 

 

 

 

神威(.........えぇ!!?まだ加速し続けてるんだけどォ!!?)

 

 

 ―――度肝を抜かれた。最終コーナーの手前。なんてレベルじゃない場所でどんどんと加速を積んでいく一人の姿を見て、俺は完全に後悔していた。

 まずい。同じ土俵に立たせてしまった.........と。

 

 

 奇想天外。奇天烈な走り。そんな走りを見せる一方で、それは事細かく計算され尽くしており、見る者が見ればまるで[追い込み漁]でもしているのかと言えるくらい、展開を抑制して行く。

 しかも、意識を後ろに向けている選手は兎も角、存在感を見せつつも意識の外へ外す様な立ち回り。それを見れば彼女も、やはり[血を引いている]のだと身に染みて分かる。

 

 

神威(クソっ!!!これもアンタの作戦の内かよ沖野トレーナーさんよォ!!!)

 

 

 

 

 

沖野「.........」

 

 

 ―――一人。とんでもない走りを見せている存在が居る。ソイツは突然俺の目の前に現れて、チームに入ってやるぜと有無を言わさずに入部届けを持ってきたウマ娘だった。

 学園にこんな子は居ただろうか?しかし、肉体を見ればそこら辺のデビュー前のウマ娘とは明らかに格が違う。この子を逃す手は無い。そう思った俺は、直ぐにその書類に判子を押した。

 

 

 結局、そのウマ娘の名前は[ゴールドシップ]ということ以外は分からず終いで、多くの月日が流れて今日まで辿り着いた。

 今分かっていることは.........アイツは未来の存在で、そして桜木とマックイーンの子孫で.........俺のチームのリーダーだ。

 

 

 そんなリーダーに向けて、俺は心の底から言葉が湧いてきた。それを口にしたいと思いつつも、何とか心の中で押さえ込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(何やってんだアイツ.........?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

タキオン「く、ふ.........!!」

 

 

 自然と笑いが溢れ出す。レースは既に終盤。最終コーナー一歩手前と来た。だと言うのに加速力は以前と落ちず、それどころか増してすら居る。そんな自分の底知れぬ可能性に、私はつい表情を崩してしまっていた。

 

 

 そんな時、不意に頭の中に浮び上がる存在が居た。[マンハッタンカフェ]だ。

 

 

 聡明な彼女の事だ。前回の反省点を活かし、プレッシャーを掛けないやり方で迫ってくるに違いない。

 だとするならば、狙いは恐らく私が最も得意とする最終コーナー終了間際。その直前に狙いを定めてくる。

 

 

タキオン(くく、もう少し冷静になって置くべきだったね?カフェ)

 

 

タキオン(それこそ、君の大好きな[コーヒー]のように、[渋い]やり方でもしない限りは.........ね!!!)

 

 

カフェ「なっ.........!!?」

 

 

 普段と比べて早い位置で仕掛けに行く。後ろからは予想通り、彼女の驚いた声が聞こえてくる。

 私が普段最終コーナーの終わりで加速していたのは、この脚の問題があったからだ。こんな脆い脚で加速をつけながらコーナリングを行えば、誰だって結末は簡単に予想出来るだろう。

 

 

 だが、今はもうそんな事は無い。この脚は既に.........私の命題は既に答えに辿り着いている。

 

 

 テイオーくんの骨折に対する対処。マックイーンくんの地面に対するアプローチ。そしてウララくんの頑丈さ。それらをデータにまとめてしまえば後は簡単。薬と走法で私の脚の耐久力は格段にアップする。

 

 

タキオン(速度の最高到達点ッ.........一体そこから見る世界はどんな景色なのか.........!!!)

 

 

 頬が歪んで行くのが分かる。それは今まで出した事ないスピードで前に行っている事で空気抵抗が強いと言うのもあるが、私には分かる。私は.........[期待]している。

 世界の果て。先端の先端。そこに立った時、一体どのような世界が目の前に広がるのか.........孤独か栄光か。どちらでも良いしどちらで無くとも良い。

 私は、ただそのままの世界を.........受け入れる覚悟がある.........!!!

 

 

タキオン(さぁ―――可能性を導こう.........!!!)

 

 

 

 地面を踏みしめる。今までに無いほど強く。強く。恐れや疑心などはもう無い。この脚は乗り越えてくれた。私の頭脳は正解を導き出してくれた。

 後は―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――私が[心から信じる]だけだ.........!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 速度が上がって行く。加速が増して行く。先程まで私を抜き掛けていた彼女はもう視界の端にすら居ない。先頭は最早目の前。

 この速度で走り抜ければ、勝利は確実。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 .........その筈だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――よう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――アタシは、走ってる奴の背中を見るのが好きだ。レースの時そこを見るだけで、ソイツが何を背負って、どんな期待を背負っているのかが何となく分かった。昔から。

 それに比べちまえば、アタシの背負ってるもんなんざ軽いもんだった。婆ちゃんも好きに走れって言ってたし、母ちゃんだってアタシらの走り方にとやかく言う事はしなかった。

 

 

 .........でもそれは、裏を返せば[ありのまま]で勝って欲しいんだって気付いた。アタシはアタシのまま。姉ちゃん達も姉ちゃん達のまま、走っていて欲しい。そんな何よりも重い願いが込められているんだって.........

 

 

 だから、アタシは[好き勝手]に走る。気分がブチ上がって、出るレースを滅茶苦茶にしてやる。

 それがアタシのやり方だ。そしてそのやり方で.........!!!

 

 

 

 

 

「最終コーナーを内側から捲って来たのはやはり[ゴールドシップ]!!!すごいパワーで先頭を捉え始めました!!!」

 

 

デジ「な、何ですかあの爆発力!!?」

 

 

ウララ「タキオンちゃーん!!!頑張ってー!!!」

 

 

 目の前のレースは完全にゴールドシップに持ってかれた。カフェの対策の対策もバッチリと決まり、彼女も勝ちを確信したのだろう。それが行けなかった。

 その慢心の隙を突き、今まで息を潜めていたゴールドシップを内側に通すと言う失態を犯した結果。彼女の思考は一瞬のインターバルを生んでしまった。

 もしこのまま巻き返せないのなら.........確実に[敗因]はそれになる.........

 

 

桜木(.........いや)

 

 

桜木([まだ].........っ?)

 

 

 .........なんだ?俺は一体、今何を[信じよう]とした.........?こんな絶望的な中で、既にゴールドシップに引き離されつつあるタキオンが、何故まだ[勝てる]と思い込んだ.........?

 

 

 自分の胸倉を掴む。本来だったらそこにあるネックレス。今は[彼女]のポケットに入っている。力強くシャツを握り締め、一体何を信じたのか心を探る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺は.........何を[信じられる].........?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「URAファイナルズ中距離決勝戦!!!この激闘を制したのはゴールドシップ!!!」

 

 

「最後方から駆け抜けた脅威的なパワーで!!!確かな勝利を勝ち取りました!!!」

 

 

「―――ッッッ!!!!!」

 

 

 歓声が聞こえる。絶え間なく流れ出る汗と掲示板の一番上に映る数字を見て、アタシが勝ったんだとようやく実感出来た。

 

 

タキオン「.........おめでとう。ゴールドシップくん」

 

 

ゴルシ「!へへ、どうよ?ゴールドシップ様のレースはよ」

 

 

タキオン「完全に意識から外されたよ。やはり君は面白いレースをする」

 

 

ゴルシ「!.........へへへ」

 

 

 アタシ以上に汗にまみれた顔と濡れた頭でタキオンはそう言った。その表情からは悔しさを感じるけど、でもどこか嬉しそうだった。

 アタシも楽しいレースが出来た。それが出来たのは、タキオンや他のスゲェ奴らが一緒に走ってくれたからだ。

 

 

 .........未来の世界じゃ、ほとんどが教科書やテレビに出てる連中ばかり。そんな奴らの全盛期と走り競り合って、そして勝った.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これ以上の[舞台]はねェ―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゴルシ「すぅぅぅぅぅぅ―――」

 

 

 大きく息を吸い込んだ。深呼吸よりも深く。強く。肺に空気が溜まって行く。

 

 

 出しちまえばきっと言葉にしちまう。そんなプレッシャーが空気に混ざったのか、途端に今まで感じたことないくらい、肺が重く感じた。

 

 

 関係ねェ。それをするためにアタシは勝った。今日のアタシは.........[アタシ自身の為に勝った]んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「白銀ェェェェェ―――ッッッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの日受け取ったもんッッッ!!!!!返しに来たァァァァァッッッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アタシも好きだァァァァァ!!!!!結婚でも何でもしてやっからッッッ!!!!!ゴルシちゃんを一生楽しませろォォォォォ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「な、ぁ.........」

 

 

フェスタ「やりやがった!アイツ本当にやりやがった!!!」ボカボカ!

 

 

オルフェ「痛っ!フェスタちゃん痛い!!!良い歳なんだから耐性つけて!!!」

 

 

 選手控え室にて、私達はモニターで中距離決勝の様子を静かに見ていました。ライスさんとブルボンさんも口をあんぐりと開けており、私達を気にして来たナカヤマフェスタさんとオルフェーヴルさんも半狂乱でした。

 

 

ライス「も、もしかしてゴールドシップさん.........元々このつもりだったのかな.........?」

 

 

ブルボン「分かりません。しかし、可能性はあります」

 

 

マック「こ、これは沖野トレーナーが倒れそうな.........あぁ!!?白銀さんがターフに飛び降りて!!!」

 

 

 無茶苦茶です。実況席ですら驚きの声を上げ、客席スタンドでは何故か紙吹雪が舞っていながらも、白銀さんとそれを抱き抱えたゴールドシップさんが幸せそうな表情を見せています。

 

 

 .........そんな顔を見ていると、私もつい嬉しくなってしまいます。貴女もかなり、長い事思い続けていた筈ですから。

 

 

マック(.........次は、私の番ね)

 

 

マック(.........?ポケットに何か.........)

 

 

 息を整えてから椅子から立ち上がった時、不意に上着の揺れ方に違和感を覚えました。その違和感を頼りにして右ポケットに手を入れると、ひんやりとした冷たい感触が手に触れました。

 

 

マック(!これは.........彼のネックレス)

 

 

 取り出してみると、それはいつも彼が身に付けているチームの証。王冠のアクセサリーのネックレスでした。

 

 

 .........はぁ。と溜息を誰にも聞かれないように吐きました。一体、何を迷い、恐れているというのでしょう?

 

 

 こうなる事は承知だったはずです。だと言うのに私は未だ、過去の自分を求め、そして今の自分を卑下している.........そんなもの、誰も求めてはいません。

 

 

 ゴールドシップさんの取った行動と、彼の託してくれたネックレスが、私をようやくマイナスから0の状態に戻してくれました。

 

 

マック(答えは.........[レース]の中に.........)

 

 

 以前、お母様から教えて貰った言葉を頼りに心を落ち着かせ、そのネックレスを首に掛けました。

 その答えがなんなのか。どこにあるものなのか。本当に存在して居るのか.........そんな確証も保証も無い中で、私はそれを期待しました。

 

 

マック(.........URAファイナルズ。私は、勝てるのかしら.........)

 

 

 そんな思いを胸にモニターに視線を移すと、レース場は既に長距離部門決勝戦に向けて着々と準備を推し進めていました。

 

 

 .........あともう少しで、始まってしまう。

 

 

 私の人生で一番、[大きなレース]が.........

 

 

 恐怖では無い。高揚感でも無い。思考を張り巡らせるほど冷静でも無ければ、興奮しているという程身体に熱は篭っていませんでした。

 ただ分かる事と言えば.........[何か]が起こるという事.........

 

 

 完全に予感と言ってしまえるその感覚に戸惑いながらも、私はただ、その時を待っていました.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次回、第六部[夢駆け人編]

 

 

 

 

 

最終話 [山あり谷ありウマ娘]

 

 

 

 

 

4月13日。投稿予定.........



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山あり谷ありウマ娘

どうも。作者です。
今日のこの時間。三年前の4月13日の0:16。ちょうど一話目が投稿された日です。
ここに来るまで多くの月日が流れました。学生だった私は今や社会の歯車としてあくせくと働いております。
今日という日を迎えられたのも読んで下さる皆さんのお陰であり、そしてここまで辿り着きたいと書き続けた今までの作者自身のお陰です。
その全てに感謝を込め、この言葉を送ります。

今日の最強カードは!
[超融合]ッ!!!
手札を一枚捨てる事で相手と自分の場のモンスターで融合召喚が出来るぞっ!
このカードに対して相手は効果を使う事は出来ないっ!正に[最強]の融合魔法カードだっ!!!

じゃ、俺これ投稿して引退するから…


 

 

 

 

 

桜木「.........」

 

 

 レース場の一角。外の盛り上がりを遮断するかの様な作りをしている部屋。本来ならば何も用事もなく入る事は無いガラス張りのその中で、俺は静かに目を閉じていた。

 これから長距離レースが始まる.........始まってしまえば、否が応でも現実と向き合う事になる。それが良いものか悪いものかは分からない。

 だが、覚悟をしなければならない。覚悟を決めて、俺はその現実をしっかりと受け止めなければならない.........

 

 

 そんな風に自分の心と向き合いながら、部屋の中心に備え付けられている物をボーッと見ている。昔の俺だったらきっと、これを使う事になっていたかもしれないが.........

 

 

桜木(.........生憎、タバコもライターも手持ちに無いんでね)

 

 

 誰にも邪魔されず、一人になれる場所。そう考えて思い付いたのはここだけだった。ソワソワとした様子を見せれば折角の精神の安定を揺らがせてしまうかもしれない。

 彼女達は今、戦っている。そして戦いを終えた者も居る。これから戦場に赴き、そして帰ってきた者達に俺の事を考えさせたくは無い。

 

 

 .........俺は、一体何を信じれば良いのだろう?

 

 

 俺はどちらかと言えば信じるのは得意な方だ。疑うのより難しいかも知れないが、信じた方が楽しい事が沢山ある。何度それで裏切られても、俺のその根本は決して変わりはしない。

 でも、それ自体を見つけられていない状態だ。果たして自分は何を信じてきたのか?

 

 

 [勝利]か?[次]か?それとも[力]?

 

 

 .........それでも良かった。今までは。

 

 

 けれどもう違う。俺はギャンブラーじゃない。分の悪い賭けに乗れる程手持ちは無い。それを賭けてしまえば.........きっと俺は立ち上がるのは困難だろう。

 

 

 今まで散々、[折れてきた]。

 

 

 折れて、折れて、折れ尽くして.........手の内にあるのは、刃の根元からポッキリ折れた剣。柄だけだ。

 そんな握る場所さえ無くしたら、俺は何を掴む?支柱を無くし、彷徨い倦ねる俺の手を、一体誰が掴んでくれる.........?

 

 

 今までは.........[強い思い]があった。そして今日の結果次第で、それすらも失う可能性がある.........

 

 

桜木(俺、は.........っ)

 

 

 今の自分が信じるもの。それは人か、或いはその外にあるものか。答えがあるのかすら怪しい自問自答。それを中断させたのは、ここを使いに来た喫煙者だった。

 

 

 .........いや、ただの喫煙者では無かった。

 

 

古賀「おう、お疲れさん」

 

 

桜木「!古賀、さん.........」

 

 

 アロハシャツの上に軽めのジャケットを羽織った男性。顔のシワは初老の年季を感じさせる。

 [古賀 聡]。俺にこのトレーナーという道を示したその人であり、有名トレセントレーナーと言えば彼の名をあげる人が多い程、長い間活躍している人だ。

 

 

桜木「禁煙は良いんですか?」

 

 

古賀「ああ、辞めっからな」

 

 

桜木「.........禁煙を?」

 

 

古賀「[トレーナー]を」

 

 

桜木「―――.........」

 

 

 胸ポケットからタバコとライターを取り出し、ソフトタイプのパッケージから一本咥える。そんな仕草をしながら俺の質問に何でも無いように彼は答えた。

 .........不思議と驚きは無かった。この人も良い歳だ。いくらサポート職と言っても70手前の人が出来る仕事じゃない。一人のウマ娘なら兎も角、チームを見ると来れば尚更だ。

 

 

 いつかは来ると思っていた。そのいつかが今日知らされた。ただそれだけだ。

 それでも、胸の内には寂しさが広がる。その感情に従うように顔を俯かせると、視界の端から1本のタバコとライターが出て来た。

 

 

古賀「おめえさんも吸え」

 

 

桜木「.........俺は辞めませんよ」

 

 

古賀「禁煙を?」

 

 

桜木「.........」

 

 

 返事は返さず、一応差し出された物を受け取った。口にタバコを咥え、ライターの火を付ける。熱源を近付けながら息を吸い込むとタバコ特有の煩わしさが胸の中に広がって行った。

 

 

古賀「.........まっ、アレだ。オグリ達を育て上げた時点で俺の職務は全うし終えたんだよ」

 

 

古賀「その後担当を取るでもなく、チームの後継を育てるでも無い。ただの置物爺さんだわな」

 

 

 ケラケラと笑い、口から煙を出しながらそう言った。この人のジョークはいつも黒いが、キレが聞いててつい笑ってしまう。

 けれど、普段だったらいつまでも続く筈のその笑いが急に止んだ。何かと思って彼の方を見ると、少し考え悩み、最終的に後頭部を激しくかいた。

 

 

 .........今まで見た事ない姿だった。いつもだったらもう少し、違う事を話したのなら照れくさそうに本当の事を言っていた。

 その姿は.........本当に言いたくない事を、それでも伝えなきゃ行けない事を.........伝えようとしている感じだった。

 

 

古賀「.........嘘だよ。ホントはもっとやるつもりだった」

 

 

桜木「やりゃ良いじゃないっすか」

 

 

古賀「無理だ」

 

 

古賀「.........俺はもう、[トレーナー]をどうやりゃ良いのか.........分かんなくなってきちまった」

 

 

桜木「―――っ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「.........[認知症]。って奴だな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一番聞きたくない言葉が聞こえて来た。人にとって最も残酷で、まるで天から与えられた罰の様な不治の病。その病名が、俺の頭の中を支配した。

 その病はこの人から.........生きた経験も、証も、その道に着けた轍すらもまるで吹雪の様な勢いで埋めつくして行く。この人自身からそれを.........奪って行く。

 

 

 そしていつか、俺達の事も.........

 

 

古賀「あっ、他の奴には言うなよ?今ん所沖野とやよいちゃん達しか知らねぇからな」

 

 

桜木「.........いつ伝えたんですか」

 

 

古賀「今日」

 

 

桜木「.........今日ッッ!!?」

 

 

 あっ、ダメだ。一気に可哀想感が消え失せた。

 そんな事しちゃダメだろ。常識を考えてくれよ良い歳なんだから。理事長も絶対困ったでしょそれ。今言う?URAファイナルズの決勝戦だってのに、それ言っちゃう?せめて終わってからにしなさいよ.........

 

 

 .........とまぁ、良い感じに悲しい気持ちも無くなった。そんな俺の様子を見て古賀さんはまた笑い、根元まで吸ったタバコの火を灰皿ですり潰していた。

 

 

桜木「じゃ、退職祝いに何かあげますよ。ゲームとかどうです?認知症の予防に効くらしいっすよ」

 

 

古賀「要らねぇよ。んなもんよりもっと記憶に残るもんがある」

 

 

桜木「?なんすかそれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おめえさんの[優勝]」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「.........っ」

 

 

 俺の隣でニカりと満面の笑みを浮かべる古賀さん。その言葉と表情に一切の疑念は無い。俺の優勝を信じ、そしてそれを喜ぶと彼は言ってくれた。

 

 

 .........意味が分からない。俺はまだ若造だ。確かに担当達は強くて才のある子ばっかりだ。普通にやっていれば勝てていた。という事も沢山ある。

 けれど俺は、トレーナーとしてはまだまだ未熟だ。ここに来てから今の今まで.........レースに関しては沖野さんと担当達に助けられてばっかりだ。

 

 

桜木「.........何で、そう言えるんですか」

 

 

桜木「負けるかも、しれないじゃないですか.........!!!」

 

 

古賀「負けねぇよ」

 

 

桜木「!」

 

 

 拳を握り締め、奥歯を噛み締めた。身体に力が自然と入り、視線はまた地面を向いた。それを解いたのはまた古賀さんだった。

 変わらない自信に満ちた答え。もう一度その顔を見ると、先程とは違う真剣な真顔が俺に向けられていた。

 

 

古賀「桜木。言わなきゃ分かんねぇ事は確かにある。けどな、大人っつうのは暗黙の了解を口に出さずに察するもんだ」

 

 

古賀「子供にゃ分からん。そん時は口で伝える。だが俺から見たおめえさんはもう―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――立派な[トレーナー(大人)]だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 肩に置かれた手。もう歳を取って皮だけになり、それでもその生きた年数を感じさせる皺と冷たさがあった。

 

 

 .........ダメだろ。まだその時じゃないだろ。頑張って堪えろ。鼻水をすすって平然としろ.........男だろ.........

 

 

古賀「俺ぁもうなぁんも悔いはねぇよ。全部渡してやったからな」

 

 

桜木「はい.........はい.........っっっ」

 

 

古賀「ったく、泣き虫だなぁ〜。沖野はもうちょい我慢してたぞ〜?」

 

 

 肩に置かれていた手が俺の頭を抱き寄せ、胸の方にデコを擦り付けられる。乱暴な力加減が、今は何だかとても悲しかった。

 

 

古賀「.........俺の[トレーナー]の[全部]。お前と沖野に託したからな」

 

 

桜木「はいぃぃぃ.........っっ!!!」

 

 

古賀「カッカッカッ!!手のかかる弟子だぜっ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「.........まっ、[だから渡した]んだがな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さっきまで乱暴な手だったのに、最後は優しく頭を叩かれた。そして力強く、そして優しく天辺を撫でられた。

 そして骨の髄まで実感する。これが最後なんだと。この人と[トレーナー同士]で居れるのは、これで終わりなんだと.........

 

 

 涙を袖で拭って鼻をすする。格好悪い姿は見せたくない。俺は胸を張ってこの人の前に立ち続けたい。

 そう思い、俺は身体を離して背筋を伸ばした。

 

 

桜木「.........俺、勝ちます」

 

 

桜木「まだ未熟で、勝ち以外の何を信じれば良いのか分からないけれど.........それでも、やってみます」

 

 

古賀「?なんだおめえさん。まだ[そこ]か?」

 

 

桜木「.........え?」

 

 

 彼から出て来た言葉に俺は困惑した。この人はどうやら、俺はもうそこをとっ越していると思っていた様だ。

 あからさまに困惑する俺の顔を見て、古賀さんはまたケラケラと笑った。そして何も言う事なく、この喫煙所から出て行こうとしていた。

 

 

桜木「ちょ!待ってください!!俺は何を信じればいいのか分かってるって事ですか!!?」

 

 

古賀「あぁ。痛え位にな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「[無限の可能性]。自分と担当のそれを、目一杯信じてやれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 振り返る素振りを見せることなく、彼は俺に背中を向けながらその言葉だけ言って喫煙室から出て行った。

 無限の可能性。言葉を聞けば何を青臭い。そう鼻で笑えてしまうくらい漠然としていて具体性はどこにも無い。

 けれど、それくらいでいいのかもしれない。若いあの子達と肩を並べる為には、その位暑苦しく、そして大きい思いを抱えるべきなのかもしれない。

 

 

 .........結局、俺はどこまでも手のかかる弟子だったらしい。トレーナーとして二人きりで話せる機会はもう最後かもしれないと言うのに、結局泣いてしまいそれを笑われてしまった。

 

 

桜木(全く、泣き虫は治らねぇなぁ)

 

 

桜木(せめて次は、最後まで泣かないようにしねぇと.........!!!)

 

 

 もう一度目元を袖で強く拭った。もう泣かない。たとえ何があろうとも、最後まで俺は自分を保って見せる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それが.........古賀さんへの退職祝いに相応しい.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ふぅ、と息を吐き切り、新鮮な空気を取り込む。一口しか吸えていないタバコの火をすり消し、俺も古賀さんと同じように振り返ること無く喫煙室を後にした.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「.........」

 

 

 長距離戦が始まる直前の控え室。普段であるならばもう少し明るい雰囲気が漂っていますが、今は皆さんも重苦しい雰囲気を出しています。

 .........無理もありません。この勝負の結果でチームの行く末が決まる。そう考えてしまえば、出走者もそうでない者も自然と緊張してしまいます。

 

 

 胸に掛けた[王冠のネックレス]。彼のくれたお守り.........それに片手を伸ばし、そっと包み込みます。それだけで心は休まり、暖かさを感じる事が出来ました。

 

 

 そんな静かな中、不意に控え室の扉が空けられます。皆さんがその方を見ると、そこには私達のトレーナーさんが立っていました。

 

 

沖野「桜木。どこ行ってた?」

 

 

桜木「ちょっと一人になりに。古賀さんに会いましたよ」

 

 

沖野「!そうか.........何て言ってた?」

 

 

桜木「沖野さんが聞いた事と同じ事を」

 

 

沖野「.........」

 

 

 それだけ言って彼は壁に背を持たれ掛けさせました。内容はハッキリと分かりませんが、沖野トレーナーの反応を見るに楽しい話では無かったようです。

 気になる所ではありますが.........いつレース入場のアナウンスが入るか分からない状況。ここで聞けば返って精神を乱してしまう可能性があります。

 

 

「お知らせ致します。長距離決勝の準備が整いました。選手の皆様はターフに集合するよう.........」

 

 

テイオー「.........始まるね」

 

 

タキオン「.........ああ」

 

 

 重苦しい物がより一層強さを増し、身体に乗っかってきます。私は息を吐き切り、意識を切り替えるのと同じ様に肺の中の空気を新鮮な物へと取り替えました。

 立ち上がろうと閉じた瞳を開けると、私に影が掛かっている事に気付きました。その方向を見ると、白い勝負服を来たテイオーが立っていました。

 

 

マック「テイオー.........」

 

 

テイオー「.........やっとまた、走れるね」

 

 

マック「はい。期待に添えるかは分かりませんが、全力でお相手致しますわ」

 

 

 彼女から目を離さずに立ち上がると、不意に目の前に手を差し出されました。お互い全力を尽くそうという意思が感じられ、自然と頬を緩ませながらもその手を取りました。

 

 

 握った最初は.........普通の握手だと思いました。しかし、私の手を握る彼女の手は、強い力を込められています。力が入り過ぎて、震えるくらいに.........

 そこにどう言った意図があるのか。彼女が何を考えているのかを汲み取ろうとしていると、今度はその横から声を掛けられました。

 

 

ライス「マックイーンさん!ライスと走るのも久しぶりだよね?」

 

 

マック「!ええ、天皇賞の時以来です。ですが今度は、あの時の様には行かせません」

 

 

ブルボン「私は初めてです。マックイーンさんとも、テイオーさんとも」

 

 

ブルボン「自分の走りがどこまで通用するか.........とても楽しみです」

 

 

マック「ふふ、あまりレース前に気負うと実力は出せませんわよ?肩の力を抜きましょう?」

 

 

 お二人の表情。視線。どちらもまだ形を定めきれていない熱された鉄のように熱い物を宿しています。

 ライスさんもブルボンさんも、私がリハビリをしている間に頭角を現して来ました。想像以上のスピード。そして力で.........

 

 

 通用するのかどうか?その台詞を言うのは私の方です。一年のブランク。挑戦した事も無いような長距離。そして.........最大のライバル達。

 打破すべきは自分の心。そう思いつつも、その高すぎる壁に気圧されてしまいます。

 

 

 .........行けません。あまり長居をし過ぎるとまた彼に頼ってしまう.........私はチームの[エース]。言うなれば支柱となるべき存在。

 今まではスピカの中という事で曖昧にされてきましたが、独立してしまえばそれも明白になってしまいます。そんな時、エースが頼りないのはチームが立ちません。

 

 

マック「.........では、私は先に失礼させて頂きますわ」

 

 

全員「え!!?」

 

 

マック「?何か.........?」

 

 

 私の言葉に大きな驚きを見せる皆さん。思わず振り返りましたが、特にこれと言って何かがある。という訳では無いようです。

 しかし、全員の目線が次第にトレーナーさんに集まり、最終的には沖野トレーナーが彼の背中を叩いて私の前へと出してきました。

 

 

マック「!そ、その.........トレーナーさん.........?」

 

 

桜木「え、と.........その」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「.........が、頑張って.........?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「.........っ、はい」

 

 

 自信のなさそうに言葉を紡ぐ彼の姿を見て.........やはり、自分がしっかりしなければ行けないと気が引き締まりました。

 何を期待していたのでしょう?しっかり自分を保てさえすれば、彼の言葉も必要なんてありませんのに.........

 

 

 自分の弱さに奥歯を噛み締め、それを悟られないように私は控え室を出て、扉を閉めました.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「.........」

 

 

ゴルシ「.........何やってんだよっっっ!!!」

 

 

桜木「いっっっっっ!!!??」

 

 

 ―――マックイーンは俺の言葉を不服そうに受け取った後、その機嫌を表すようにその扉を乱暴に閉めた。その様子を見て、俺は彼女の期待に応えられなかった事を悟った。

 そんな彼女の背中が目に焼き付いて呆然としていると、ゴールドシップから背中に蹴りを喰らわされる。多分、蹄鉄跡とかくっきり残ってると思う。

 

 

ゴルシ「いつもの調子で言やァ良かったじゃねェか!!!一着で待ってるとかさァ!!!」

 

 

タキオン「そうだぞトレーナーくん!!!君の存在が彼女にとってどれほど大きいかもう分かっている筈だろう!!?」

 

 

桜木「し、仕方ないだろ!!?アレだっていつも結構心の準備して言ってんだよ!!!素面で言える訳ねぇだろ!!!」

 

 

ウオッカ「.........結構言ってるよな?」

 

 

ダスカ「結構言ってるわね」

 

 

 あ、アレ?結構皆さん俺の事をそんなキャラだと思ってらっしゃる.........?

 

 

 ウオッカとスカーレットに賛同する様に首を縦に振るウマ娘達。そこにはウララですら同意を見せている。

 沖野さんに至ってはため息すらして.........とても不甲斐ない.........

 

 

『.........っ!良い感じだったのに.........』

 

 

桜木(っ、もしかして.........)

 

 

『ええ。[繋がり掛けた]わ。貴方のせいでまた切れたけど』

 

 

桜木(.........ごめん)

 

 

 隣に突然現れた存在。いつもと違い、まるで魂から身体が形成されるような形で姿を見せた彼女。

 彼女の言った言葉の答えを求めると予想通りであり、俺がもっといい言葉を掛けていたら全てが上手く行っていたかもしれない。彼女は蔑むような目で俺を睨んだ。

 

 

桜木(.........仕方無いだろ。ガキになり切れねぇんだよ。昔っから)

 

 

桜木([無限の可能性]なんて.........今更だよ)

 

 

 [無限の可能性]。言葉を聞いてときめいては居た。だが人間の本質なんざそう直ぐには変わらない。俺は昔からそう言った物は信じてこなかった。

 目の前にある物。その人が見ている物を信じる。それしか出来ない単細胞だ。いくら遠くても見れてさえ居れば辿り着くことは出来る。導く事は出来る。

 けれど俺は優柔不断だ。たくさんの結果があって、そのどれもが綺麗に彩られてしまえば.........呆気なく俺は迷う事になる。ここに居るのも、きっとそういう事なんだろう。

 

 

桜木(.........ホントは、言いたかったよ)

 

 

桜木(けれどその言葉すら.........思い付かなかったんだ.........)

 

 

 痛みが滲む背中。それを罰だと思い甘んじて受け入れる。今はその痛みが酷く有難く、そして何よりも辛かった。

 入場のアナウンスが再度鳴り響く。それを聞いた他の子達も控え室を後にして行く。彼女達に掛ける言葉も.........思い浮かぶ事は無かった.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エディ「.........静かだな」

 

 

ルビィ「え?騒がしいよ?」

 

 

ジミー「あ、ああ。僕にも盛り上がっている様に聞こえるよ?」

 

 

 長距離レースが始まる直前。先程までダートから中距離の決勝戦が行われていた。

 会場の盛り上がりは最高潮。普通の一般人ならばそう思うだろう。

 

 

パール「いいえ。確かに静かだわ」

 

 

パール「まるで、怯えてみるみたい.........」

 

 

 娘であるパールの言葉を聞き、二人は改めて周りに意識を向けている。そしてその言葉の真意を心で察し、二人も少しその顔を曇らせた。

 皆怯えている。これから突きつけられるであろう現実に、恐怖している.........

 

 

エディ(.........無理もない。[繋靭帯炎]は不治の病。治ったとしても、今後一生付き合う事になる)

 

 

エディ(革新的な治療法は確立されたが、それだけはどうにもならん.........あの痛みと恐怖は.........計り知れん物だ)

 

 

 いつまで経っても付きまとう悪魔の単語。[繋靭帯炎]。亡き妻の姿を夢想し、奥歯を噛み締める。

 この国のレース文化は、世界で最も進んでいると言っても良い。そんな国の国民が、その病の本質を知らない訳が無い。

 

 

 [繋靭帯炎]は治らぬ。たとえ一時その顔を見せなくなったとしても、必ずどこかで顔を覗かせる。

 治療は完璧。だが、本人にその知識があるのならば.........克服したとは言い難い。知れば知るほど、その病に足を掴まれ引き寄せられる。

 

 

エディ(.........[奇跡]を超える。だったかな?)

 

 

エディ(.........そんな大層な言葉を、果たして君は実現出来るのか?)

 

 

エディ(何者でも無い。ただの[トレーナー]の一人である君が.........)

 

 

 私の元に訪れた青年。その目は希望に縋り付いていた。絶望の渦中で垂らされた天からの糸。まるで昔話の様な細い糸を暗闇から見つけ出し、それを掴んで見せた。

 だが、まだ[掴んだだけ]。これからその頼りない糸を登って行かなければ行けない.........それが出来ないのならば、天から降ろされた糸を見つけたという[奇跡]しか起こっていない。

 

 

 このレース。この一戦こそが、私のこれまでの行いの答え合わせになる。出来ることならば私は.........不正解でありたい。

 そんな思いを胸に、まだ誰も居ないターフを見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そろそろURA.Fsの長距離が始まるぞ!」

 

 

「ジャパニーズのデータが取れる良い機会だったわ!研究し尽くして来年は私の担当が大暴れするんだから!!」

 

 

 ―――うるさい位に騒がしいパブリックビューイングの会場。厳密に言えば、トレセン学園デトロイト支部の体育館。

 既に時刻は深夜を回る所か過ぎている。にも関わらずここまでトレーナー達が集まっているのはやはり、日本のみならず世界でも初めての試みであるURAファイナルズのその規模と影響力だろう。

 

 

「誰が勝つと思う?」

 

 

「[15番]のメジロパーマーはどうだ?中々面白い走りをするらしいぞ」

 

 

「[5番]のライスシャワーじゃないか?今の長距離ステイヤーと言ったらあの子一択だろ」

 

 

「ライバルの[8番]ミホノブルボンも侮れないわ!同じ逃げのメジロパーマーも!」

 

 

「やっぱ[7番]トウカイテイオーだろ!クラシック三冠だからな!」

 

 

ニコロ「.........[12番]。[メジロマックイーン]」

 

 

 知っている名前が多く挙がってくる。当たり前だ。この決勝戦に出てくるウマ娘には殆ど顔を合わせている。

 だがその中で出てこなかった名前があった。いつも通り沈黙を貫くつもりだったが、思わずそれが口から出て行ってしまった。

 平時だったら何も言う事の無い俺に驚いたのだろう。先程まで盛り上がっていたのが嘘かのように全員口を閉じ、俺の方を凝視していた。

 そして.........

 

 

「「「「.........ははは!!!」」」」

 

 

「無い無い!!お前今までのレース見てなかったのか?ボロボロだったじゃないか!!」

 

 

「まっ、確かに二年前までは最強だったらしいけど?G1も4勝してるし」

 

 

「繋靭帯炎になったんだろ?リハビリも随分かかってアレだったし。ありゃレースセンスを完全に失っちまってるな」

 

 

「可哀想なのは分かるけど、あまり弱いウマ娘に気を入れ過ぎると道ずれにされるぞ?リッティン」

 

 

ニコロ(.........言っていろ)

 

 

 バカにする様に笑い声を上げた群衆。それは俺に向けた物か、それとも彼女に向けた物かは判別が付かない。

 だが、俺は肌で知っている。[メジロマックイーン]というウマ娘の強さを。あの[男]の貫き通す意志を.........肌で感じ、そして実感している。

 研修に行ったのが俺で良かったと心底今になって思う。もしあの中の誰が行っていたとしても、表面上の結果だけを見て自国の強さをひけらかす為のデータにしかしない。自分の身にしない。ただ見ただけの物を嘲笑うか、盗むかしかしない。

 

 

 俺が.........日本で感じた物は相手を尊重し、敬いながらもそれを足枷にせず、むしろ[誇り]として誠心誠意相手にぶつける事。

 あの男は二度の天皇賞で、それをして見せた。人にとって、恐らく最も難しいであろう行為を.........

 

 

ニコロ(.........信じるさ。俺も)

 

 

 どこまで行っても突き抜ける様な発想力。そしてそれを相手に施す指導力。どれを取っても一級品。奴にも分かっているはずだ。今の彼女がどの様な状態なのか.........

 何かを起こす筈だ。ビルからビルへ飛んだあの時の様に、突拍子も無い[奇跡]を.........俺達の想像もつかない方法で、[超える]筈だ。

 

 

 その時は必ず来る。そんな確信めいた何かを抱きながら、俺は組んだ腕の二の腕を強く握り締めていた.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

タマモ「あっぶな!!あともうちょいで長距離レース始まるやん!!!」

 

 

イナリ「おいタマモっ!!急に走ったら危ねぇだろうが!!」

 

 

タマモ「うっさいわ!!ダートから中距離まで端から端ぜ〜んぶ見て長距離だけ途中からなんてウチは嫌やで!!!」

 

 

 ―――危ない所やった。入口通路から抜けて観客席に着いた頃にはもう選手入場が始まっていた。

 本当は最初から見てたんや。本当やで?でもオグリが小腹すいたっちゅうからほんならコンビニでなんか買おかー言うてちょこ〜っとだけレース場から出たんや。場内で買おうすると店員の顔が青ざめるからな。オグリの顔みて。

 

 

オグリ「はんははは、はふひほいひうへんはは(なんだタマ、さっきより真剣だな)」

 

 

クリーク「オグリちゃん。ゴックンしてから喋りましょうね〜」

 

 

タマモ「あったりまえやん!!マックちゃん達には世話なったからなっ!!気合い入れて応援するで〜!!」

 

 

 ウチは貰った恩は百倍にして返さな気が済まん質なんや。受け取ったままは性に合わん。もうドリームトロフィーリーグに行ってもうて会う機会もそんなあらへんし、責めてレースの時くらい全力で応援したいんや。

 それに.........

 

 

タマモ(.........ああ、やっぱ緊張の顔しとるわ)

 

 

 今までの予選を見て、自分でレースを走るウマ娘なら分かる。マックちゃんは今かなりジリ貧や。そんな中で大舞台。緊張せん訳無い。

 こういう時、頑張り屋に必要なんは[伝える]事。応援しとるで〜。期待しとるで〜が一番心に響くんや。

 

 

 .........けどまぁ、あの様子を見るに。

 

 

タマモ(おっちゃん。またトンチンカンな事したなぁ)

 

 

 それが上手く伝わっとらん。女の子っちゅうんは難しいんや。これがどこぞの関西生まれ関西育ちならいざ知らず、シティに揉まれ育った若い女子にド直球は悪手や。

 きっとあの様子じゃ、ただ[頑張って]って言っただけやろ?アカンでおっちゃん。そんなん関西生まれ関西育ちのウマ娘にしか.........って。

 

 

タマモ「どっからどう考えてもウチの事やないかいっ!!!」

 

 

三人「え?」

 

 

タマモ「ハっ!アカンっ!!ウチにも緊張が移っとる!!あ〜〜〜もうっ!!!」

 

 

 自分の頭をわしゃわしゃと掻きむしってから鉄柵を握り締める。まだゲートインはして居らへん。時間は十分にある。

 けれどそれがマックちゃんにとっては悪い事かもしれへん。緊張ってのは時間が解決してくれる事は無い。返って逆にそれを強くしてまう時すらある。こういう時の待ち時間っちゅうんはホンマに辛いんや。

 

 

タマモ(安心してなマックちゃん。ウチらはどんな事あっても、マックちゃん達の味方や)

 

 

タマモ(無事に.........走り切るんやで.........?)

 

 

 怪我明け後のレース。ドでかいもんになると掛かりやすくなる。マックちゃんは賢いからそうはならへん思うけど、念を送っとく。一回二回大丈夫だったがダメなんやで?

 そんな不安と戦いながら、ウチらはレースが始まるのを黙って見ていた.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アサマ「.........」

 

 

 ―――熱気。興奮。期待。ここに来ると、自分の身体が忘れていた物を皆帯びている様に感じてしまう。そしてそれにあてられて、私自身もはしたないと思いながらも身体を少し震わせてしまう。

 レース場にこうして足を踏み入れたのは本当に久しぶりだった。仕事の予定や体調面の不調。諸々が重なってしまい、大きいレースは特に.........

 

 

ラモーヌ「お祖母様。もう少しでレースが始まります」

 

 

アサマ「!そうですね。浮かれている場合ではありません」

 

 

ティタ「あら、ちょっと位良いじゃないですかお母さん」

 

 

アサマ「そういう訳には行きません。マックイーンもパーマーも気合いが入っているのです。当主とあろう者が気を抜くなど.........」

 

 

ティタ「はいは〜い。ホットドッグいる人〜」

 

 

 .........全く。我が娘ながら、何とも軽い物腰を.........夫も困っているではありませんか。

 しかし、肩の荷が少し下りたのも事実。その部分は感謝し、私もラモーヌも娘婿が持ってきてくれた食事に口を付けた。

 

 

ティタ「.........それに、大丈夫よ。二人なら」

 

 

アサマ「え?」

 

 

財前「パーマーちゃんは聡明ですし、大舞台も経験しています。緊張との付き合い方は誰よりも上手です」

 

 

財前「そしてマックイーンは―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――マックイーンは私の娘で、お母さんの孫なんだから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アサマ「―――!」

 

 

 儚げな微笑みを見せるティターン。生まれて初めて見る彼女のその表情を見て、自分の子供だと思っていたのが急に遠のいてしまった感覚があった。

 

 

 .........[メジロティターン]。私とあの人の、たった一人の娘。天皇賞という大きな宿命に気圧されながらも、たゆまぬ努力をしてその[貴顕の使命]を成し遂げた。

 

 

 大切な存在。だからこそ、確実に幸せを手にして欲しかった。その思いは恐らく正しく、その思いに準じた行動は、完璧に間違っていた.........

 彼女の思いを知らず、半ば強制的に婚姻を結ぼうとしてしまった。それが彼女の逆鱗に触れ、一時は修復不可能なまでに関係は壊れてしまった。

 

 

 しかし、私の夫。彼女の父親とは交流が続いていた。手紙を出し、時には顔を見せていた。

 私は.........会わせる顔が無かった。彼女が出て行ったその瞬間から、自分の行いが間違っていたと気付いた。

 

 

 それでも、大きくなった[誇り]が。身の丈に合わない[メジロのプライド]が.........何よりも邪魔だった。

 

 

 親として、ただ一人の母親としての立ち方を.........私はとっくの昔に忘れてしまっていた。

 

 

 そんな中、夫が亡くなった。老衰だった。

 

 

 もう既に70年以上の時を生きていた。覚悟は決まっていた。

 けれど彼の遺言が.........私を悩ませた。

 

 

 娘と、もう一度仲良くして欲しい.........

 

 

 最初は、お互い顔を背け、すれ違う時は挨拶すら出来なかった。そんな日が何日。何週間も続いた.........

 

 

 そんなある日だった.........

 

 

『ぬいぐるみ.........マックイーンの物ね』

 

 

『私めがお届けしましょうか?』

 

 

『構いません。これくらいは自分で出来ます』

 

 

 メジロの家に彼女達。ティターンとその夫。そしてマックイーンがやってきてから時折起こる事だった。

 寂しがり屋でいつもウサギのぬいぐるみを抱いて行動している幼いあの子は、同い年のメジロのウマ娘達を見つけると喜んでその背中を追っていた。

 そんな時に良くぬいぐるみを落とし、後から無い無いと言って.........私に泣きついてきた事もあった。

 

 

 そうなってしまえば、また家中を探す羽目になってしまう。幸いあの子の部屋はここから近い。時間もある事だし、自分の足で届けよう。

 

 

 そう思い、部屋の前まで来た.........

 

 

『おかあさん!はしりかたおしえて!』

 

 

『あら、どうして?マックちゃん今でも充分速いわよ?』

 

 

『だーめー!!もっとはやくなるのー!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『もっとはやくなって![てんのうしょう]にでてかつの!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『.........そう。だったら、ママより[おばあちゃん]に教えて貰った方が良いわよ?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ママよりず〜っと.........凄いんだから♪』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『.........ぬいぐるみは、明日で良いわね』

 

 

 また背負わせてしまう。また苦しめてしまう。憧れという免罪符で無限に広がる可能性の殆どを狭めてしまう.........

 そう思いつつも、嬉しくなってしまった。幼い孫が私達の青春に憧れを抱いてくれたのが。

 

 

 そして、涙を流してしまった。

 

 

 あの時の娘が私を.........まだそんな風に見てくれたのが.........全世界の一瞬を束ねた物よりも、心に響いてしまった。

 

 

アサマ「.........大人になりましたね。ティターン」

 

 

ティタ「んもう、昔みたく[ティタちゃん]って呼んでも良いのに〜」

 

 

アサマ「あら。だったら貴女も昔みたいに[〜ですわ]って言ってくれるのなら考えますよ?」

 

 

ティタ「.........そんなの覚えてないわ」

 

 

アサマ「嘘おっしゃい」

 

 

 まるで子供のように口を尖らせてへそを曲げる。やはり私の前ではまだまだ子供.........

 

 

 私はきっと、また背負わせてしまった。自分の娘と同じ物を、今度は孫達に.........その重荷を背中に乗せてしまった。

 それでも彼女達は走り抜ける。若き日の私と同じように。それを自分の使命と[同等]として.........

 

 

アサマ(.........私はずっと。自分と言う存在を世間に、そして[メジロ家]に示す為に走って来た)

 

 

アサマ(マックイーン。貴女はまだその[使命]を見つけていない.........)

 

 

アサマ([メジロの悲願]は[メジロ家全体]の物.........決して貴女が[ひとり]で背負う物で無いわ)

 

 

アサマ(それを見つけない限りは.........)

 

 

 かつて一度だけ。私が辿り着いた[極地]。天皇賞に出走した時、身体の奥底に眠った[スイッチ]を押した様に、自分の全てが変わった。

 私はあの時だけ。娘は何回かそれを経験した.........あの子も、マックイーンにもそれが存在する可能性は十分ある。

 

 

アサマ(自信を持ちなさい。貴女がその気になれば―――)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(―――全世界で一番強いウマ娘なのですから)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コウキ「.........」

 

 

リョテイ「.........なんだコウ。ビビってんのか?」

 

 

 ―――興奮を帯びた民衆。レースとなったらコイツら人間はアタシらウマ娘と同様。もしくはそれ以上にその熱を、ボルテージを上げて行く。

 そんな中で一人、静かにレース場を見る存在が居た。それはアタシの夫であり、メジロマックイーンと桜木 玲皇の息子であった。と言っても、アタシら共々未来の存在なんだが。

 

 

 そんな中で軽く小突いてやると、普段の様な大袈裟な反応は見せず、優しくアタシの手を包んでこの手を降ろさせた。どうやら今はそういう気分じゃないらしい。

 

 

コウキ「.........僕さ。こっちに来て初めて見たんだ。母さんの走ってる姿」

 

 

コウキ「生まれた時にはもう車椅子で、見れたとしてもぎこち無く歩く姿。僕達の手を引くのはいつも父さんで.........今まではずっと、守るべき存在だと思っていた」

 

 

リョテイ「.........コウ」

 

 

 静かにターフに立つウマ娘を見ている。その目はただ真っ直ぐ、自分の母親のかつての姿を見つめている。

 悲しい感情も、哀れみも抱いている様子は無い。ただただあるがままを見つめる子供のように、その姿をその目に焼き付けていた。

 

 

リョテイ「.........帰ったら[絵]でも描くか?」

 

 

コウキ「はは、いくら[アーティスト]でも自分の親の絵でお金は稼ぎたくないかな」

 

 

リョテイ「フっ、それもそうだな」

 

 

 降ろされた手を動かして、コイツの指に自分の指を絡めて行く。1本1本。決して解けない様に.........

 

 

 これから、始まる。泣いても笑っても、URAファイナルズの最後のレース。どんな結果が出てもアタシは受け止める覚悟がある。そもそも関係者なんてそう居ない。ショックのデカさはたかが知れている。

 .........けれど、もし万が一が起きた時、その時。母親の顔が崩れてしまったら、きっとコイツは苦しんで、きっと悲しむだろう。

 少しでも泣いてしまわないよう、アタシはとりあえず、コイツの喜ぶ夕飯を考えておく事にした.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――ざわつきの広がりを見せるレース場。これから一人ずつゲートインが始まろうとしている。

 一人。また一人ゲートへとその身を投じていく。その瞬間をただ、固唾を呑んで見守る事しか出来ない.........それがとても、歯痒かった。

 

 

 ファンファーレは鳴り終わった。これからURAファイナルズの全てが終わるレースが始まる。俺の身体はまるで息をするのを忘れたかのように冷たく、血の気を感じさせなくなった。

 

 

タキオン「.........手でも握ろうか?トレーナーくん?」

 

 

桜木「っ、ありがたい申し出だけど。宗也に悪いから」

 

 

 からかわれた。とは思えなかった。彼女の声の抑揚が、何よりその表情が、俺の事を完全に心配した物だったからだ。

 情けない。これじゃあ本当に何も変わってないじゃないか.........

 

 

 奥歯を噛み締めながら鉄柵を握る手に力を込める。自分の不甲斐なさが、今この現状を引き起こしているのだと実感し、怒りが芽生える。

 

 

 .........昔からそうだった。[期待]を裏切るのはいつも[俺自身]だった。周りがどんなにサポートしてくれても、結局俺の不出来さが足を引っ張った。

 それは[自分の夢]を追う事から、[誰かの夢]を支える今になっても、変わっていない.........いつまで経っても、あの頃のまんまだった。

 

 

『.........ならそうやって一生うじうじしてなさい』

 

 

桜木(!.........良いのか?マックイーンの傍に居なくても.........)

 

 

 不意に聞こえて来る聞き慣れた声。彼女の根幹でありながら、彼女から弾き出されてしまった存在。[ウマソウル]そのものの[メジロマックイーン]が傍に浮かんでいた。

 彼女はいつにも増して不機嫌そうな顔で俺を睨み付けている。今までに無いくらい怒りを顕にして、それを俺に向けている。

 

 

『あの時分かったわ。あの子ともう一度繋がるには貴方が必要なの』

 

 

『そんな貴方がその調子なら、別の方法をここから探すわ』

 

 

桜木(.........ごめん)

 

 

 周りは既にこれから始まる激闘を察し、その熱を高めている。その中心に居るはずなのに、俺は苦しんでいた。

 周りの人達は真剣にレースを見ようとしている。タキオン達も、沖野さんも、いつも騒がしい筈のゴールドシップ達ですら、それが始まるのを今か今かと待ち望んでいる.........

 

 

 URAファイナルズ長距離決勝。距離は準決勝3600mの時より延びるかと思っていたが、意外に短い2500m。条件で言ってしまえば[有馬記念]と同じ物。

 それが余計に俺の不安を増幅させる。決勝には彼女のライバルである[トウカイテイオー]も居る.........[奇跡]を起こしたと言っても良いレースと同じ距離。そこでブランクを背負いながら、走らなければならない.........

 

 

桜木(.........今まで散々言ってきたけど)

 

 

桜木([奇跡]を超えるってのは.........相当怖いんだな)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「曇り空の元、中山レース場」

 

 

「芝2500mURAファイナルズ決勝。16人のウマ娘達が挑みます」

 

 

「各ウマ娘、ゲートに入って体勢整いました」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「泣いても笑ってもこれで決着。URAファイナルズ長距離決勝―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――ガコンッッッ!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――今スタートですっっ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 レースと言うのは、[群像劇]だ。

 

 

 誰しもが自分の物語に始まりを告げる為に。或いは彩りを付ける為に。或いは.........[ピリオド]を付ける為に、その身を投じて行く。

 

 

 始まりは平凡な出遅れ無しの滑り出し。大逃げが一人居る事からやや縦長の状況にはなっているが、ここまで残って来ている長距離強者が乱される訳もなく、皆虎視眈々と自分の仕掛け所を見定めて行く.........

 

 

 

 

 

パーマー(最初っから最後まで先頭に立つッッ!!!それが私のやり方ッッ!!!)

 

 

 ―――距離は2500m。十分スタミナが持つ距離。コースの特徴も[有馬記念]と同じ。最後の坂と短い直線が特徴的。

 大丈夫。走り切れる。あの時を思い出せば、絶対誰にも負けずに走り切れる.........!!!

 

 

パーマー(っ、でもちょっと後ろが近いなぁ.........!この感じだと相手は―――)

 

 

 

 

 

ブルボン(パーマーさん。やはり大逃げで来ましたね.........ですが、データベースに狂いはありません)

 

 

 ―――目の前を走る背中に惑わされないよう、自分のペースを保ちつつ、ラップタイムを自分の時間で測っていく。

 この距離のままなら、最終コーナーを回る時に溜めたスタミナを全部使って先頭に立つ事が出来る.........

 けれど.........

 

 

ブルボン(.........やはり、準決勝よりも食らいついて来ますね)

 

 

 第一コーナーを回る瞬間。視線だけ動かしてコーナーの始まる部分を見た。思っていた通り目に映る人数は少ない。

 2500m。長距離と言って良いのか分からない半端な距離。このペースで勝てるのかと自分に問い掛けたくなる。けれどそれをしてしまえば、確実に潰れてしまう。

 

 

ブルボン(.........どうやら、パーマーさんの方が私より、一枚上手の様ですね)

 

 

 背中に感じる微かな[威圧]。明らかに狙われている自分の背中を見て見ぬふりをしながら、私はもう一度意識を前へと向け直した。

 

 

 

 

 

ライス(.........思わずマックイーンさんの背中に張り付いちゃったなぁ)

 

 

 ―――レースが始まってすぐ、誰をマークすべきかをライスはずっと考えてた。でも、結局答えは出なかった。

 どうしようかって悩む暇を作る前に、咄嗟に目の前の背中を追っちゃった。それが.........マックイーンさんだった。

 

 

 凄く、安心する.........前はずっと、マックイーンさんの背中を追い掛けて練習してたから、反射で張り付いちゃったのかな.........?でも.........

 

 

ライス(多分。このままだと[負けちゃう])

 

 

 安心感はある。けれど、今のマックイーンさんから[覇気]が感じられない。ライスと天皇賞で走った時みたいな気迫が.........無くなっちゃってる。

 もしこのまま着いて行っても、ダメかもしれない。マックイーンさんに着いて行くより、テイオーさんに着いて行った方がもしかしたら.........

 

 

ライス(.........うん。そうしよう)

 

 

ライス([第三コーナー]。それまではマックイーンさん。そこからはテイオーさんで、最終的にブルボンさんになる。かな.........)

 

 

 追うべき背中は決まった。もし第三コーナーまでマックイーンさんが調子を取り戻せなかったら.........その時はテイオーさんをマークする。

 そう心に決めて、ライスはもう一度マックイーンさんの背中を見つめながら静かに息を潜めた.........

 

 

 

 

 

 ―――速度。スタミナ。展開。どれを取っても申し分無い。このままの状態が続くのならば、シミュレーション通りに事が運ぶだろう。

 そうした時には、[有馬記念]の様に早仕掛けをする事になるが.........

 

 

ビワ(.........それは恐らく、[彼女]に警戒されているだろう)

 

 

 私の前を走る小さい背中。かつての有馬記念で早仕掛けをした私を、ブランクとリハビリ明けの身体で多くの予想を覆したウマ娘。トウカイテイオーの背中を見る。

 既に作戦は割れてしまっている。一度行ってしまった手前、仕掛けるのは悪手。ここは一旦様子見で行くしか無い。

 

 

ビワ(全く、やりずらいな.........トウカイテイオーと言い、[もう一人]と言い.........)

 

 

 自分の背中の後ろに居る。かつての[最強]。早仕掛けという生易しい物では無いハイペースな先行策。常にスパートを掛けていると錯覚する程のスピードを持ち前のスタミナで出し続ける[怪物]。

 

 

 彼女。メジロマックイーンは[レース]をしていない。彼女はただ、ゴールを一番最初に駆け抜けることをし続けた存在だ。

 それを徹底し、そして破壊する.........そんな考えで走っては居ないだろうが、生半可な力量で競り合えば潰され、例えそのハイペースに着いて行けたとしても最後のスパートで 引き離される。

 

 

 .........だが幸か不幸か、今の時点で私の後ろに居るという事はそうはなり得ない。いくら[最強]と言えども、[奇跡]はそう起こり得ない物だ。

 

 

ビワ(恐らく勝負は[第三コーナー]。それまでに足を溜めて―――)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 レースが始まった。中距離の時とはまた違う異様さが、私の頭を強く悩ませる。

 展開はやや縦長。大逃げ一人が居るだけでレースの緊張感は計り知れない物となる。

 

 

タキオン(中距離戦であの走りをするウマ娘が居たとしたら.........考えたくないね)

 

 

 自分の欠点は克服した。私はそう胸を張って宣言する事が出来る。

 だがしかし、もしあの場であのような走り方をする者が先頭に立ったとしたら.........結末はまた別の物であり、私はそう低くない確率でこの場で悠長に立つ事は出来なかっただろう。

 

 

ウララ「ブルボンちゃんもライスちゃんも調子良さそうだね!」

 

 

デジ「そうですね!このまま行けばもしかしたら.........」

 

 

 周りの熱気と興奮に充てられた二人は額にうっすら汗を浮かばせながら語り合っている。確かに、二人の調子は良さそうだ。このまま行けば.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――ダメだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

三人「.........え?」

 

 

 潰れた様な。捻り出された声。その主は紛れも無くトレーナーくんの物だった。

 レースを見るその目は見開かれて血走っている。そして奥歯を噛み潰すような表情でただ、走り行くウマ娘達の[中心]を見据えて居た。

 

 

桜木「.........そろそろ、テイオーが仕掛けてくる」

 

 

沖野「っ、何言ってんだ桜木。そんな事する訳が「分かるんですよッッ!!!」.........桜木?」

 

 

桜木「アイツの表情を見れば分かるッッ!!!もうとっくのとうにそうするって決めちまってる!!!」

 

 

 取り乱して声を荒らげる彼に、落ち着かせようと宥める者は居なかった。何故ならば、その言葉には説得力があった。

 全体を見れば分からない。だが、一点を絞って見てしまえば彼の言う通り、テイオーくんは既にスパートに入る為に体勢を整えている。

 

 

 沖野くんの様子を見るに、そんな作戦は立てていなかったのだろう。彼の表情はそれを察すると見る見るうちに唖然した物へと変わって行く。周りのチームメンバー達も同様。誰も彼女の思惑に気付かないで居た。

 

 

ゴルシ「け、けどよ!!大丈夫だろ!!ブルボンもライスも強ぇし!!何よりマックイーンも.........」

 

 

桜木「.........テイオーは[天才]だ」

 

 

桜木「傍で見てきたから分かる。身体の柔らかさ。重心移動の軽やかさ。どれを取っても一級品。その中でも特筆すべきなのは―――」

 

 

 

 

 

 ―――レースと言うのは[映画]見たいな物だ。起承転結がハッキリとしていて、一つ一つにドラマが存在して、そこにファンが生まれて行く。

 もし、今がどんな場面かと言われれば俺は答えよう。[物語の黒幕]の正体。それが顕になった瞬間だと.........

 

 

 第三コーナー。その遙か前。逃げを打つブルボンがそこに足を踏み入れた瞬間。会場がどよめき出した。

 

 

「おっと!!どうした事か!!!トウカイテイオーがここでスパートを掛けてきたぞッッ!!?」

 

 

 掛かってなんか居ない。彼女の表情は酷く冷静で冷たさすら感じる。普段のレースであるならば、適正の無い長距離ならば、普通はこんな事はしない。

 

 

 .........だが、俺達は与えてしまった。[天才]と言われる存在に、[時間]と言う何にも変えられない[資源]を.........

 

 

 トウカイテイオーは天才だ。身体の動き。レース展開の速さ。現状把握能力。臨機応変に対応する柔軟性。どれを取っても一級品。

 けれど、今ここで一番特筆すべきなのは.........

 

 

 今出走している、俺のチームが持っていない―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――[鋭いキレ]だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 レースの展開が変わった。

 

 

 [ボク]が変えたんだ。このままじゃきっと、[何も変わらない]から。

 

 

 こんな所でスパートを掛けるのは練習でもした事ない。けれど大丈夫。3600mをいつもの調子で走り切るくらいまで特訓したんだ。あと1200mくらい何とか持つはずだ。

 

 

テイオー(さぁどうするの!![マックイーン]!!!)

 

 

テイオー(このままじゃ[負けちゃう]よ!!!)

 

 

テイオー(ボクに勝ちたいなら.........!!!早く[戻ってこないと].........!!!)

 

 

 ボクには分かる。マックイーンはもう[元通り]に走れるって事を。何度も骨折して、何度も折れてきたボクだから、よく分かる。

 辛いよね。苦しいよね。思った通りにレースが運ばなくて、自分の身体が思った様に動かせなくて.........

 

 

 でもそこを乗り越えなくちゃ行けないんだ。そこを乗り越えないと.........キミはボクの[ライバル]に戻る事は出来ない.........!!!

 

 

 

 

 

 ―――一人のウマ娘が突然、[スイッチ]が入ったかのようにスピードを上げました。それを見た者は私を含めて全員、その思考を停止させました。

 

 

 しかし、そうは言ってられません。いくら想定外だったとしても今はレース中。直ぐに切りかえて冷静に状況を分析するべきです。

 

 

 .........ですが。

 

 

マック([追い付けない].........!!!)

 

 

 異常なスピードの伸び方。この位置からそれをするという事は彼女にはそれで勝てるという算段が着いているという事。[無敗の三冠バ]である彼女が意味もなくそうするとは思えません。

 そして.........そのスピードに追い付く事は不可能。現在の私はもちろん.........[かつてのメジロマックイーン]でさえ.........

 

 

 遠のいて行く背中。それをずっと見続けている。苦虫を噛み潰す様に奥歯を噛み締め、ギチギチと音を立てたとしても身体は速くはなってくれない.........

 あまりにも早すぎるスパート。しかしそれは私に対しては最も有効と言える手段。スタミナが保つのならば、キレの鈍い私の末脚で捲れない程の距離を開いてしまえば良い。

 

 

マック(嫌.........嫌.........!!!)

 

 

 終わってしまう。無駄になってしまう。そんな負の感情が胸の内で渦巻き、濁流を作り出して行く。

 

 

 ここまで来たんです。

 

 

 戻って来れたんです。

 

 

 それをこんな形で.........終わらせてしまうなんて.........

 

 

 皆さんの期待に.........応えられぬままレースが終わってしまうなんて.........!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 [奇跡]が遠のいて行く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 [勝利]が逃げて行く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 [テイオー(ライバル)]が、見えなくなって行く.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 引き離されて行く。トウカイテイオーがどんどん後続を引き離して、やがて先頭に躍り出る。

 予想なんてしていなかった。まさかこんな姿を見せ付けられるなんて.........誰も、彼女の勝利を疑って居なかった。

 

 

 どよめきはやがて[応援]となった。トウカイテイオーの一人勝ち。それを確信した人々は大いに盛り上がりを見せ、他の誰にも目を向けはしなかった。

 

 

桜木「...........................っ」

 

 

 言葉が出て来ない。たった一言も、[彼女]の名前すらも、出すことが出来ない。それは、ここに居る誰しもがそうであった。誰ももう.........彼女の勝ちを予想する事すら出来なかった.........

 

 

『.........待ちなさいよ』

 

 

『ここまで来たのよ.........?』

 

 

『呼びなさいよ.........応援しなさいよ!!!』

 

 

 鋭く尖った針のように、隣に漂う彼女の言葉が心に突き刺さる。分かっている。こんなの、諦めたのと同じだ。信じきれない弱さ俺のが、彼女の名前を呼ぶ事を拒んでいる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 .........多くの奇跡が起こった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「.........っ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だがそれは、結局の所[奇跡]止まりの物だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ウララ「頑張って.........頑張って.........!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その先に到達するのは、人の手では無理なのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 神が起こす[奇蹟]には、遠く及ばない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それを酷く痛感した。[奇跡を起こした]。それを大勢の目の前で成し遂げたテイオーは伊達じゃなかった。

 結局、俺は弱くてみっともない[桜木 玲皇]のままだった.........信じられる物すら見つける事が出来ずに.........ここに立っている.........

 

 

 .........それでも

 

 

桜木(呼ぶんだ.........!!俺が叫ばなくてッッ、誰があの子の名前をここで呼ぶんだ.........!!!)

 

 

 諦めきれなかった。どんなに自分が弱くても、彼女は違う。俺の知っているあの子はこんなものじゃない。ここで終わるような存在じゃない。

 そう、心に言い聞かせても.........言葉は何一つ口から出てはくれない。

 

 

 ただの空気だけが通り、入ってくる。呼吸を繰り返して窒息しそうになる。息苦しさから、虚しさになって、俺は目の前の現実から目を覆いたくなった。

 

 

 .........涙すら出て来た。もうダメだって実感し始めた。ここで、声を上げて泣く事が出来たらどんなに楽な物か.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もう、誰も彼女の名前を呼ぶ者は居ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もう誰も、彼女の勝ちを信じる者は居ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう。これが俺達の―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マックイィィィ―――ンくぅぅぅんッッッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――悲痛な叫び声が耳に入って来た。その大きな声が鼓膜を大きく震わせ、俺の涙も、周りのトウカイテイオー一色の声援も、一瞬にして止めてしまった。

 

 

桜木「.........タキ、オン.........?」

 

 

タキオン「.........っ」

 

 

桜木「お前.........泣いてるのか.........?」

 

 

 隣を見れば、両手で鉄柵を強く握り締め、顔を俯かせているタキオンが居た。その俯いた顔から地面にかけて雫が三つほど落ちて行くのを見て思わず呟いた。

 

 

 そして彼女は俺の言葉から間を置かずに、こちらに顔を見せるように身体を真っ直ぐと起こした。

 その顔には涙はもちろん、鼻水も垂れ流しになっていた。

 

 

 それをすすって、彼女は静かに口を開いた.........

 

 

タキオン「.........私はね。[研究者]なんだよ」

 

 

タキオン「科学に基く者として、神様は信じたりはしない」

 

 

タキオン「.........だが、今の[彼女]を信じないのは―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――今までの自分を[背く]事になる.........ッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今の彼女を信じられなかったらッッ!!!私は明日から何を信じれば良いんだッッッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 強い断言が、心の奥底に突き刺さる。先程の物とは違う、刺さった場所から暖かい感触が広がって行く.........

 彼女はそれを言い終えて、もう一度レースの方へ視線を移した。そしてまた、彼女の名前を全力で呼んだ。

 

 

「.........頑張れー!!!マックイーン!!!」

 

 

「こんな所で負けるなァァァ!!!」

 

 

「マ゛ッグイ゛ーン゛ざん゛!!!勝゛っで下゛ざい゛ッッッ!!!!!」

 

 

 流れが変わった。タキオンの声が聞こえた人達から徐々に、広がりを見せ始めた名前を呼ぶ声。応援する声。

 その中には.........身を乗り出して半べそで応援するダイヤちゃんの姿もあった.........

 

 

デジ「トレーナーさん!!!」

 

 

桜木「っ、デジタル.........」

 

 

デジ「あたしも[信じます]!!!」

 

 

 それだけだった。それだけ言ってデジタルも、声を上げて彼女の名前を呼び始めた。

 

 

 .........俺だけだった。この場に居て、彼女の名前を呼んでいないのは.........

 

 

ゴルシ「マックイーンッッ!!!負けんじゃね゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ッッ!!!」

 

 

ダスカ「アンタの走りはこんなもんじゃ無かった筈よッッッ!!!!!」

 

 

ウオッカ「お前がこっから出ねェとマジで勝てねぇぞッッッ!!!!!」

 

 

スペ「マックイーンさんッッッ!!!!!ド根性ですッッッ!!!!!」

 

 

スズカ「お願い.........!!!帰ってきて.........!!!」

 

 

フェスタ「今のアンタなら大丈夫な筈だろッッッ!!!!!底力見せてくれよッッッ!!!!!」

 

 

オルフェ「絶対勝てるって自分を信じてッッッ!!!!!」

 

 

白銀「お嬢ッッ!!!負けたくないなんて思うなッッッ!!!!!勝ちたいって思えェェェェッッッ!!!!!」

 

 

黒津木「お前が勝たないと俺達も安心して玲皇のチームに入り浸れねぇんだッッッ!!!!!」

 

 

神威「頼むよ.........ッッ!!!せめてコイツを.........!!!コイツに[夢]を見させてくれよッッッ!!!!!」

 

 

 .........なんでなんだ。一体どうして、皆は信じられるんだ.........?俺に、俺にもその方法を教えてくれよ.........!!!

 

 

 ただ呆然と立ち尽くしていた。マックイーンはどんどんバ群に飲み込まれて行っている。テイオーは一人差を付け始めている。そんな状況でどうして.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『いい加減にしなさいッッッ!!!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 知っている声が背中に当てられる。それに驚いて振り返ると、涙で瞳を潤ませた少女が立っていた。

 いつもの姿とは違う。力強く、自信のこもった覇気はどこにも無い。そこに居るのはただの.........一人の少女だった。

 

 

『何を信じれば良いとかッッ!!!何を見つければ勝てるだとかッッ!!!そんな下らない事でうじうじ悩むなッッッ!!!!!』

 

 

『貴方には自分の手で[行先]を決める力があるッッ!!!私には無かった[力]がッッ!!!』

 

 

『こんな所で.........こんな所で[立ち止まる]なんて!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『絶対、許さないんだから.........ッッ!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「―――.........」

 

 

 その瞳から涙が零れ落ちて行く。頬を伝って、重力に従って地面へと。まるで宝石の様な雫が涙となって落ちて行く。

 

 

 それを見て、静かに気が付いた。

 

 

 そしてもう一度。俺はレースを走る彼女の姿を見た。

 

 

桜木(.........臆病になってた。俺)

 

 

 少し考えれば分かる事だったじゃないか。

 

 

 [言い換えれば]、直ぐに気が付けたじゃないか。

 

 

 俺は今までずっと.........[無限の可能性]を[信じて]ここまで来たじゃないか.........!!!

 

 

 [過去]は変えられぬ程悲劇的だった。

 

 

 [未来]は目を背ける程悲惨的だった。

 

 

 それでも俺は.........それを[追ってきた]

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『貴方にはありますか?私と共に、メジロ家の使命を共に背負い、[一心同体]になる覚悟が』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それでも俺は.........[守ってきた]

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『今度は二人でちゃんと、[一心同体]になろう』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それでも俺は.........[探して来た]

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『勝って.........三連覇を、皆さんにあげたかった.........!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 例えそれが[壊れた]としても.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『俺と君は、[一心同体]だ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 例えその[夢が覚めて]しまっても.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『私と貴方は.........[一心同体]ですわ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局、同じ[光]を見つけてしまっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『俺はッッ!!!あの子達の隣に立ちたいんですッッ!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 確かに[過去]は変えられない。[未来]の悲劇は起こってしまった。それはもうどうしようも無い事実だ。

 けれど俺は、俺達は今を生きている。どうしようも無いスピード感の中、目まぐるしく回る時計の針にすら気を向けられない程、忙しなく[現在]を生きている。

 

 

 それに置いてかれないように。立ち止まらないようにするにはどうした良い?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――簡単だよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――[走っちゃえば良い]

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 .........胸の内に語り掛けてくる声。初めて聞いたその声の正体は.........何となく分かった。

 

 

桜木(.........そうだよな)

 

 

桜木(そら歩いて[追ってたら]、立ち止まるのは楽だわ)

 

 

 自分の胸の前で拳を握る。本来であるならばそこにある物。けれど今は、彼女の胸にあるそれに触れるように優しく握り締めた。

 

 

 俺達の[チームの証]。

 

 

 俺達が[作り上げた意味]。

 

 

 俺達と共に、[夢を目指した]。

 

 

 分からない筈がない。知らない訳がない。それを目指してきた俺が、俺達が。それを核とした存在に気が付かない事などない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――さぁ、声を出して。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――そうすれば[咲く]んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――君が大事に育てて来た、[桜の木]が.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「.........すぅぅぅ―――」

 

 

 大きく息を吸い込む。この場に広がる[勇気]を取り込むように肺に入れて行く。臆病さは身を潜め、今はただ、あるがままの心で行動してみる。

 それに合わせて、背中に手が添えられる。それは先程、俺に喝を入れて気付かせてくれた彼女の物だった。

 

 

 それでも、声はまだ出てくれない。

 

 

 なんだよ。まだ怖気付いているのか?

 

 

 お前は、今まで沢山乗り越えて来ただろ?

 

 

桜木(.........あぁ、そうか)

 

 

桜木([背中]。見えなくなるもんな)

 

 

 今までの俺は、誰かの背中を見ていた。その後ろからそれを追って、それを支えて来た。

 でもそれももう終わりだ。後ろに居るだけじゃ、前に転んだ子を助ける事は出来ない。それを助けるには.........隣に居るしかない。

 

 

 [背中を追う]のはもう終わり。

 

 

 これから、その隣で―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マックイィィィ―――ンッッッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――皆を、支えてみせる.........!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 [夢駆け人]になった―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「.........っ、この感覚.........それに、この場所.........」

 

 

 目を覚ました様な感覚に意識を手繰り寄せられる。気が付けば世界は一面の星空になっていて、地面が無い。上も下も分からない場所になっていた。

 

 

桜木(.........綺麗だな。それに身体がふわふわしてる)

 

 

桜木(凄く、不安定だ)

 

 

 宝石を散りばめた様な光。星降る夜の中心に身体が置かれて頭がおかしくなりそうな感覚。

 傍には彼女が居ない。今の俺はつまり、一人という事だ。

 

 

 けれど、ここは確かに[あの子]の精神世界だ。彼女の力を使って来たんだから間違いでは無い。

 

 

桜木「.........弱ったなぁ」

 

 

 元々、捜し物には縁の無い人生を送ってきた。無くした物や人に探して欲しい物は見つからない人間だ。ここに来てそれを課されると言うのはなんという無理難題だろう。俺を試して何になるって言うんだ。

 そんな事を思い、頭をかいていた。

 

 

桜木「.........?」

 

 

 何をすべきか。何を探すべきかを視線を泳がさながら考えていると一つの[星]に意識が向いた。

 理由は分からなかった。どこにでもある星。それよりも明るい物なんて沢山あるのに、何故かそれに心が惹かれた。

 

 

 優しくて暖かい。そんな光を感じる。突き放す事はなく、身体を焼くことも無い。そんな優しさを持ちながら、自分はここに居ると示せる程の力強さ。

 気付けばそれに、手を伸ばして居た。

 

 

 身体がその星へ近付いていく。光の暖かさが身体に浴びせられて気持ち良さを感じる。それは、どこかで知っている感覚だった。

 

 

 .........[繋がる感覚]。そうだ。人と分かり合えた時に感じる物だ。今まで何度も経験して、感じる事も無くなる程に経験している感触。それを今、肌で、心で直接受け取っている.........

 

 

 その星がどのくらい離れているのかは分からない。何千、何万、何億光年離れているのか.........文字だけで表されて人間にはとても体感出来ない距離単位。

 それでも、こんなに近くに感じられる。重力とか引力なんかじゃない。もっと受動的で自発的な接近.........俺から近付いているんだってハッキリ思える。

 

 

 満点の星空の中。地面の無い世界。行先も身体を真っ直ぐにする事もままならない世界で、唯一自分を保てる物。それは[目標]であり、その先にある[夢]だ。

 俺はその星を[夢]にし、それを[追い駆ける]。

 

 

 そしてその夢に触れた瞬間―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――世界は、まっ更な[草原]へと移り変わった.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 風が吹いた。春風の様な寒さと暖かさが織り交ざった始まりを告げる風。それを頬を撫でて、俺は[正解]を引き当てた事を悟った。

 

 

 目の前には[彼女]が居た。黒い勝負服に身を包み、厳かに瞼を閉じ、凛として佇んでいる彼女が、そこに居た。

 

 

マック「.........どうして、見つけられたのですか?」

 

 

桜木「.........見つけるよ。君がどんなに隠れても、離れても」

 

 

桜木「例え70億人の中に放り込まれたとしても、絶対見つける」

 

 

桜木「[今度]は.........この手で」

 

 

マック「.........っ」

 

 

 彼女は俺を睨んだ。恐ろしさは無い。ただ今は、ちょっと分からない事が沢山あるだけ。そう思うと、今の彼女に恐怖なんて抱かなかった。

 .........何年走っていようと、メジロ家という名門。貴族の様な生まれだとしても、彼女はまだ[子供]だ。俺の方が知っている物も多い。

 だったら[大人]として、彼女がその足で立ち上がれる為に色んな事を教えて上げるのが筋ってもんだ。じゃなきゃ、取った魚に餌をやらないのと同じ事だ。

 

 

 

 

 

 ―――彼は笑っていた。私の言葉に、圧に、まるで相手をしないかのように。ただ微笑んで私を見ていた。

 向かい合って対照的な表情を見せ合う。誰かがこれを見ても、とても[一心同体]とは言い表せないでしょう。

 

 

マック「.........今回ばかりは、私に期待しないで下さい」

 

 

マック「無理を承知で出走しましたが、思っていた以上のこの体たらくぶり.........自分事ではありますが、酷く残念な気持ちです」

 

 

マック「だから「待ってよ」.........っ」

 

 

桜木「もしかして.........負ける気なのか.........?」

 

 

 彼はその疑念を表情に乗せて問い掛けてきました。その表情からは、まだ私が勝てるという信念がある事を知らせていました。

 .........その顔を見ていると、胸がざわついてきます。これではまるで、私だけが勝てないと思っている様ではありませんか.........!!!

 

 

マック「.........私はただ、皆さんに恩を返したかっただけです」

 

 

マック「そこに勝ち負けは無く、ただ支えて下さった人達に.........私の姿を見て安心して欲しかった」

 

 

マック「それだけなんです。URAファイナルズに参加したのは.........」

 

 

 最初から勝てる勝負だとは思っていませんでした。一年のブランク。[繋靱帯炎]のトラウマ。そのどれもがまだ克服し切れていません。そんな中で勝とうとするなんて、笑われてしまうのがオチです。

 私が焦っているのは.........もっと別の部分。自分の今の姿が、人々の求める[メジロマックイーン]なのか。辛勝を重ねるより、もしかしたら今回はあっさりと負けて置いて、次のレースの為に身体を調整した方が良かったのでは.........そんな考えもあったのです。

 

 

 今回は多くの人に、ファンの方々に不甲斐ない姿を見せてしまいました。しかし、次こそは皆さんの知っている[メジロマックイーン]に―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当にそうか.........?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「っ.........だから―――」

 

 

 まるで私の心を見透かした様な言葉に憤りを感じた私は、彼の事を睨み付けました。そしてその顔を見て、その憤りは一瞬にして霧散していったのです。

 

 

 彼は泣いていました。真っ直ぐとした目で私を見て、凛とした表情をしながらも、その目からは涙を溢れさせていました。

 そしてそれを見て、悟ったのです。彼はまだこの後に及んで、私の事を.........私の勝利を未だに信じているのだと.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『断言出来るよ。君は大化けする。人々の視線を持っていくレベルまで』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「.........どうして.........?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『マックイーンはさ、ユタカなんだよ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうしていつも.........ッッッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『[君の夢]になる』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私の事を信じるのですか.........!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 与えられた選択。考えても見れば蹴ることも出来た。けれど彼はその全てを、茨の道を進む事を受け入れて今ここに居る。それが既に、不可解でした。

 今の私には到底理解出来ない。あの時は分かることが出来たはずなのに、本当の自分はそれを理解出来ていない。分かった風でいてそのままにしていた.........自分の弱さから逃げる様に。

 

 

 握りしめた拳、噛み締めた奥歯。口元が横に大きく広がる。分からない事への苛立ち。自分の不甲斐なさへの苛立ち。そして、彼への苛立ち.........その全てが渦巻いて、全ての矛先が彼に向いた。

 

 

マック「どうしてっ私に期待するのですか.........!!!こんな姿を晒しているのにっ!!!貴方はどうして.........」

 

 

マック「.........どうして、そんな目で.........わたしを.........!!!」

 

 

 涙で濡れた顔。どんなに拭っても、その上に上書きする様に流される。

 そんな私の顔を静かに見つめながら、彼もその目から涙を流していた。

 

 

 

 

 

  ―――彼女のその目が俺を射抜くように睨み付けている。けれどそれに、恐れや怒りが湧いてくることは無い。

 言葉は偉大だ。自分の気持ちや状況を伝えるのにとても優れている。だと言うのに俺達はそれをせずとも、勝手に伝わるものだと思っていた。

 

 

 そんなことをして何になる?

 

 

 黙って気持ちが伝わるんだったら、別にロボットでも良いじゃないか。

 

 

 俺達は隣に居る。言葉を交わさない方が、不自然じゃないか.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『貴方にはありますか?私と共に、メジロ家の使命を共に背負い、[一心同体]になる覚悟が.........?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「.........好きだからだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『もうおしまいにしましょう?こんな勝てなくなった私など抱えていても、迷惑しか掛けられませんわ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「君の事が、何よりも好きだから.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『っっっ.........淋しかったぁぁぁああぁぁぁあああぁぁ.........!!!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っっっ.........!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「[ひとりじゃねぇ]っつってんだッッッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――強い感情を露わにして、彼は私にその言葉を紡ぎました。

 それは以前に聞いた回答とは違う物。[トレーナー]だからという立場による物では無い。一人の人間として、彼の個としての答えでした。

 

 

桜木「.........マックイーン。[君の夢]はなんだい?」

 

 

 先程の激しさから一転し、落ち着いた口調で彼は突然そんな事を言いました。胸のざわつきも苛立ちも無く、私はただ純粋に心の内側を探り始めます。

 

 

 .........けれど。

 

 

マック「.........[私の夢]はもう叶いました。春の天皇賞。それに勝つ事です」

 

 

 そう。私の夢は随分前に叶えてしまいました。それも二度も。決して忘れる事の無い瞬間です。

 今も昔も、私の夢と聞かれればそう答えます。けれど彼はその答えがどこか分かっていたかのように悲しげに笑い、そして首を振りました。

 

 

桜木「マックイーン。それは多分。[メジロ家]皆の夢じゃないかな?」

 

 

マック「.........!」

 

 

桜木「君一人が背負うべき物でも、背負って良い物でも無い。[皆の夢]であって、[君だけの夢]じゃない」

 

 

 真剣な眼差しでそう言われて、私はハッとしました。そしてここに来てようやく、初めて気が付けたのです。確かにそれは、ライアンやパーマー。他のメジロのウマ娘やおばあ様達の夢でもある、と.........

 気が付いてしまえば、私はもう狼狽えるしかありませんでした。今までそれを[誇り]とし、[自信]として来ました。自分一人で成し遂げたと言う。自分だけが目指していたという錯覚に陥っていた事に気が付き、残っていたのはただの独りよがりだった.........

 

 

 それでも彼は、そんな私に優しく微笑みかけ寄り添ってくれました。そう思い込んでいた私を、慰める様に.........

 

 

桜木「.........実はさ。[もう一人]来てるはずなんだ」

 

 

マック「え.........?」

 

 

桜木「ここに居ないって事は多分.........もっと深い。君の奥底に入り込んだのかもしれない」

 

 

 辺りを見渡し、その存在が居ない事を確認しながら言うトレーナーさん。彼に釣られて私も周りを見ましたが、彼の言うもう一人は確かにこの場には居ませんでした。

 もしかして.........本当に.........?

 

 

 そう思い、自分の心に触れるように深く意識を集中させると、確かに自分の中に[彼女]が居る事を.........その存在を、感じさせました。

 

 

桜木「.........どうやら見つけたみたいだね」

 

 

マック「トレーナーさん.........」

 

 

桜木「大丈夫。俺はここで[待ってる]」

 

 

 優しい顔で、けれど力強い表情で彼は私を安心させてくれる。

 そんな彼に背中を押される様に、私はもう一度。[彼女]と会う為に意識を深く、深く集中させて行きました.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暖かな風が消え、肌が裂かれる程の冷たい空気を感じ取り、私は目を開きました。

 そこは先程の彼と居た草原ではなく、豪華絢爛な装飾を施され、目が痛い程に赤赤とした床の彩色が特徴的な小さな部屋でした。

 

 

マック「ここ、は.........?」

 

 

『ククク.........フフフフフ』

 

 

マック「っ!」

 

 

 響き渡る笑い声。冷たい空気よりも冷えたその声に驚きながらも、私は既に頭の中でその声の正体についてある程度目星がついてしまっていました。

 

 

『貴女は所詮外様。故に[誇り]そのものを目標にした』

 

 

『誇り無き者は[メジロ]にあらず.........』

 

 

『その凡庸な手で一体、どれほどの数の[理想]がすり抜けて行ったのかしら?』

 

 

 傲慢な少女がクラシカルな私服に身を包んでいる。私よりも白く、まるで吸血鬼の様な血の気の無い肌と冷たい表情が私を追い詰める。

 冷徹な目とその声が、私の心を酷くざわつかせました。

 

 

マック「っ、貴女は.........まさか」

 

 

『貴女には[誇り]が必要』

 

 

『栄光と名誉をあるがままに求めなさい.........』

 

 

『[名家の血統]だけが生きる道よ』

 

 

 [誇り]。[名誉]。[血統]。まるで取り憑かれたかのように生まれや在り方に対して執着を見せる少女。

 彼女は私の顔を見て薄ら笑いを浮かべながら、部屋に大きく飾られた[盾]の前へと立ちました。

 

 

マック「.........そう。貴女は、かつての私の[理想像]なのね.........」

 

 

マック「それも、[トレセン入学前]の.........」

 

 

 .........かつての私。今とは違い、[メジロ]という大きな家の小さな世界しか知らなかった頃の自分は、とても褒められた様な存在ではありませんでした。

 家族である母や父と違い家に溶け込めず、同じ子供であったライアンやドーベル達とも根本的な物が違う.........

 そんな中で生活する内に生まれでた[コンプレックス]が.........いつしか私を[完璧]でいさせようとし始めた.........

 

 

 それが崩れたのは他でも無い。[彼]との出会いがきっかけだった。

 

 

 当時の私から見ても失礼ながら、未熟であったトレーナーさん。しかし未熟でありながらも、私達を導こうとしてくれた姿勢を見続けている内に.........気が付けば私の[理想]は、頭の隅からも消えてしまっていたのです。

 

 

マック「ウマ娘にとって、[血]の力は強大。ご先祖様から受け継いだ力の集結が、今を生きる私達の力になる。そしてそれは、未来に紡がれる.........」

 

 

マック「否定したい時もあった。けれど、今の私が居るのは間違いなく[血]のお陰」

 

 

マック「.........貴女からの助言は聞かないわ。けれど―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――[名家の使命感(あなた)]には、感謝している」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『.........そう』

 

 

 先程まで冷徹な笑みを浮かべ、暖かみの無い声を出していた少女は私の言葉に満足したのか、最終的にその頬を緩ませ、満足そうな声を聞かせてくれました。

 彼女の身体から光が溢れ出し、やがてこの空間を包む様な霧へと変化して行きます。

 

 

 その様子を見守りながら、私はその光に包まれました.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 光に包まれて見えてきたのは、どこまでも続く夜のターフでした。そこに誰の姿も無く辺りを見渡して居ると、不意に自分の影が突然前に伸びている事に気が付きました。

 

 

マック「.........[ライブステージ]」

 

 

 その光の出処。背後の方を振り返ると、そこにはいつもレースで勝った後に踊る大きな舞台が立っており、その中央には大きな[玉座]が鎮座していました。

 

 

『貴女が強さを求める余りに、多くの人に迷惑を掛けた』

 

 

マック「!」

 

 

 どこからともなく聞こえてくる声。先程の冷たさは無いものの、それが同じ声だとハッキリ分かります。

 自分の耳を頼りにその声の方向。遥か上空に目を向けると、そこには[白い勝負服]に身を包み、純白の羽を広げる少女が舞い降りて来ていました。

 

 

『天皇の盾に固執し、盲進した貴女は.........まるで役を与えられた[演者]』

 

 

マック「.........っ」

 

 

 彼女の言葉に、苦い日々の記憶が蘇る。その言葉の通り、かつての私は[強さ]を求め、自分の限界を超え続けて.........多くの人々に迷惑を掛けてしまいました。

 今目の前に居るのは、そんな力を渇望していた私自身.........[最強]であることを自分のアイデンティティとし、自分に比する力を持つウマ娘を恐れた。自分自身.........

 

 

『[名優]で在り続けなさい。[孤独]に[最強]を求め続ける事こそ[贖罪]になる』

 

 

 ステージ上の玉座に足を組んで頬杖を着いて座る少女。その言葉の節々からは今の私には無い[自信]が強く溢れ出している。

 

 

 .........確かに、そう考える時期もありました。[最強]で在り続ける。それだけが今まで支えて来て下さった人達に対する恩返しになるのだと、そう思い込んでいた.........

 

 

 だけど.........

 

 

マック「.........メジロの[誇り]と[使命]が、私を成長させてくれた。けれど」

 

 

マック「[最強]で居続ける事は、[贖罪]じゃない」

 

 

 強さに固執し、最強を自負し、その先で得た物はただ一つ。[恐怖]でした。

 それを打ち砕いてくれたのは、私の前に立ちはだかった[ライバル]。そして共にレースを走ってくれた[チームメイト]でした。

 

 

 もし自分一人だったら、チームじゃなかったら.........きっと今でもそうだったかも知れません。[最強]で居続ける。それに事実以上の[意味]を持たせて.........

 

 

マック「私は多くの人と出会い、多くの考え方を学んだ。今言える事は、貴女の言う[贖罪]なんて単なる[独りよがり]に過ぎない」

 

 

マック「.........それでも、私は[過去]それを求めてきた時もあった。だから―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――私は.........この[過去]と共に生きます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『.........それが、貴女の[恩返し]なのね』

 

 

 過去は決して変えられない。それが例え人から見えない内側の物でも、それを求めて生きてきたという事実は存在します。

 誰にも見られていないから。知られていないからで無かった事にするには.........この思いを抱いて歩いてきた道のりが長く、そしてその道中で見てきた景色が素敵すぎました。

 

 

 彼女はそんな私の答えに対して感心した表情を見せ、ゆっくりとその玉座から立ち上がりました。

 そしてその身体からは先程の少女の様に光を帯び始め、やがてそれが霧の様に広がって行く.........

 

 

 それに包まれる瞬間。私の目には一枚の羽が舞って行きました.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 光が晴れた視界に広がるのは、最初に立っていた草原。違う事と言えば、彼が居ない事だけ。

 その場所は暖かい春風に木々が揺れ、鳥が囀り歌う楽園の様な場所。

 そんな場所で私は一人、立ち尽くして居ました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『何故、走っているのかしら?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 瞬きを一つした間に、目の前には白いワンピースに身を包んだ私が立っていました。そして、どこかで聞いた様な言葉を私に投げ掛けてきます。

 

 

『.........私と貴女との関係は、この言葉から始まったわ』

 

 

『あの時は彼に横入りされたけど、今度はそうは行かない』

 

 

『聞かせてちょうだい?どうして走るの?』

 

 

 私の心に触れるような声色で彼女は言いました。最初の時とは違い、私の全てを受け入れる様な優しさを感じられました。

 

 

 .........何故走るのか。思えばそれは、全てのウマ娘が最初に持つべき疑問。それを解消して初めて、皆がレースに臨んでいる。当然の事。

 しかし私は違った。その[何故]も[どうして]も、全てを[誇り]と[使命]に丸投げしてしまっていた。まるで、自分の弱さから目を逸らすように.........自分を省みる事無く、偽りの姿のまま走ってしまっていた。

 

 

マック「.........[誇り]と[使命]が、(わたし)をここまで強く育て、そして導いてくれた」

 

 

マック「だからこれからも.........そう思っていた」

 

 

マック「けれどもう、[この身体]はそれ以外の物を知ってしまった。それだけではもう、動いてはくれない」

 

 

マック「.........でも、ここに来ても、まだ私はそれ以外を見つけられない.........!!」

 

 

 苦しい言葉だった。この言葉を言うのに、私は一体どれだけの時間を掛けてしまったのか.........最初に解くべき勘違いを、最後の最後まで取っておいてしまったツケが回ってきている。

 自分の根幹は分かった。[誇り]と[使命]。それが自分を縛り付け、身動きを出来なくさせている。だけど、それ以外が全く分からないでいる。

 

 

 私の心はぽっかりと穴が空いてしまっていた。埋まっていた物を掘り返したのだから当然そうなってしまう。けれどそうしなければ、もう身体は動いてはくれない。

 そんな私を見ながら、彼女は優しい表情のまま口を開いた。

 

 

『.........本当。そんな所まで似なくて良いのに』

 

 

マック「え?」

 

 

『人の期待。人の願い。それを背中に乗せて走るのが私達の存在理由だった』

 

 

『私はそう生きてきた。それしか知らなかったし、それを求められたから』

 

 

 あっけらかんとした様子で彼女は言いました。けれどそれは、今の私と殆ど同じような物。与えられた使命を自分の、自分だけのものだと思い込み生きて来た。

 けれど彼女はそれを良しとして走って来た。それが.........私には出来なくなってしまった。

 

 

マック「私は.........どうしたらいいのでしょう.........?」

 

 

『.........そんな思い詰めなくて良いのよ。簡単な事でいい』

 

 

『貴女はもう[分かってる]はず。答えを[見つけ出した]はず』

 

 

『.........さぁ、貴女の[望み]はなに?』

 

 

 優しい微笑みを向けられる。戸惑いながらも、胸の中に存在を見せ始めた[渇望]。彼女の言葉によって活性化したそれの正体に触れようとしました。

 

 

 私の望み.........かつては、メジロの為に。その名誉と誇りを多くの方々に知ってもらう為に走って来た。私自身でなくても、実の所は良かったかもしれない。

 例えパーマーでも、例えライアンでも.........あの場でメジロのウマ娘が勝つのなら、それで良かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もし、本当に[メジロ]の[誇り]の為に走っていたのなら.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 実際は違ったのでしょう。結果勝ててしまったから有耶無耶になってしまった心の奥底。本当の気持ち。それを分からないまま今まで走ってきてしまった。

 けれど今、答えを出さなければいけない。何故走るのか。何故[天皇賞]を勝ちたかったのか.........メジロとしてでは無く、私自身として何故.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――大丈夫。

 

 

 ―――怖がらないで。

 

 

 ―――[自分]を、[あの人]を信じて.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 .........そうだ。ずっとそうだった。あの時勝ちたかったのは.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『俺は、出来ない約束はしないようにしてる』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『だから、覚悟を決める』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 応えたかった。恩に報いたかった。自分を信じ、そして支えてくれた[あの人]に.........私と同じ景色を見て欲しかった.........

 

 

 簡単な事だったではありませんか。

 

 

 それを今の今まで見つけられなかったなんて.........

 

 

 本当に.........なんておバカなのでしょう。

 

 

『.........答えは出たようね』

 

 

マック「.........はい」

 

 

 目を開けば目の前には表情を変えずに待っていた彼女が居ました。

 

 

 答えは出ました。後はそれを言葉にするだけ.........そう思い口を開いた瞬間。何故か彼女はそれを止めるように自分の口元に人差し指を添えました。

 

 

『ダメよ。こういうのはロマンチックに行きましょう?』

 

 

マック「え?」

 

 

『それは貴女が[一番伝えたい人]に最初に伝える。私は繋がってるから、もうなんの事かは分かっているわ』

 

 

『ここから先は、[私の仕事]』

 

 

 彼女は私の言葉を遮り、そしてその脚で私に近付いてきました。目の前まで来て、その両手を私の肩に置きました。

 これから何が起こるのか.........不安を感じながら彼女の顔を見ると、それを察した様に彼女は笑みを浮かべました。

 

 

『安心しなさい。もう一人には[戻れない]のは分かってる』

 

 

『けれど[力]を使う事は出来る。貴女の心の隣には、私も居る.........』

 

 

マック「!.........」

 

 

 私と同じ姿。しかし、その身長と体付きは私の物より良い物。自分より大きい彼女は私をその手で抱き寄せ、額と額を付けました。

 誰かがそばに居る.........現実ではそれを彼が。精神世界では彼女がそれを教えてくれる。何度も忘れてしまうような愚かな私でも、忘れかけてしまう度にそれを思い出させてくれる。

 

 

 そんな中、彼女の身体から[青い光]がほのかに発せられる。その光は集まってやがて球状になり、私の身体へと宿っていきました.........

 

 

『.........さっ、これで準備はおしまい。後は[彼]に思いの丈をぶつけなさい?』

 

 

マック「.........ありがとう、ございます」

 

 

『良いのよ。私は私のやりたい様にやってるだけ。こっちでは、それが出来るから』

 

 

 そう言って微笑みを向けられると、私は恥ずかしくなって顔を背けてしまいました。そんな素振りを見ても彼女は怒ることなく、むしろ嬉しそうに私の身体を抱き寄せてくれました。

 

 

『.........これから先、貴女がどんな道。結末を選んだとしても、私は貴女を尊重するわ』

 

 

『尊重して、その上で―――』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『―――胸を張って、貴女が[メジロマックイーン]だって.........貴女に伝え続ける』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 .........風が吹きました。春風のように暖かく、それでいて私達を包み込むような優しさのある風。

 

 

マック(.........そう。だったのね)

 

 

マック([貴女達]はずっと.........私を守っていてくれて.........)

 

 

マック(ありがとう.........今までも、そして.........[これから]も.........)

 

 

 まるで眠気に誘われる様な形で世界に包まれながら、私は目を閉じました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「おかえり」

 

 

マック「.........ただいま戻りました」

 

 

 暖かさは身体に残したまま、私を包んでいた風が消えたのと同時に目を開きました。

 最初に視界に入ったのは、彼の後ろ姿。そこから時間を置かずに彼は振り返り、私の顔を見つめながら[おかえり]と言ってくれたのです。

 

 

桜木「[君の夢]。見つけられた?」

 

 

マック「はい。私の[夢]は―――」

 

 

マック「.........私の、夢.........は.........」

 

 

 言葉はもうそこまで出ている。けれど、それを口にする勇気が出てきません。せっかく彼女があそこまで支えてくれたのにこんな有様で.........私は心の中で酷く自分を罵りました。

 顔を俯かせ、歯を食いしばって拳を握り締めていると、不意に彼が私の肩に手を置きました。それに驚いて顔を見上げると、彼は優しい表情で私の顔を見ていました。

 

 

桜木「[怖い]?」

 

 

マック「!.........はい。情けないかも知れませんが」

 

 

桜木「そか。じゃあ[俺から]良いかな?」

 

 

マック「え?」

 

 

 彼はそう言って、私から背を向けて空を見上げました。晴れ渡る空。綺麗な白い雲と光を降り注ぐ太陽を浴びて、彼は大きく深呼吸をしてみせました。

 彼が何を言うのか.........検討もつかないそれに少々恐ろしさを感じながらも、私は彼の言葉を待っていました。

 

 

桜木「.........君の姿を初めて見た時、[ほっとけない]って思ったんだ」

 

 

桜木「自分の身体よりも大きな思いを[背負って]、だけど結果は振るわない。そんな姿を見て、声を掛けた」

 

 

桜木「自分でも最初はさ―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――[同情]。なんじゃないかって」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 悲しげな彼の声。その[同情]という言葉からは、それに対する彼の思いが篭っていました。

 きっと、それは[独りよがり]に過ぎないんだと感じているんです。相手の言葉も聞かず、本心も知らずに起きた出来事をただ見て、自分の感じた事を勝手に相手もそうだと決めつける.........

 辛さや苦しみがあるのは当然です。けれど、それだけじゃない.........私自身あの時は確かにそうでしたが、その奥にある物。[貴顕の使命]を思えば、乗り越える思いの強さがあったんです。

 

 

桜木「.........けどさっ、やっぱ[違った]!!」

 

 

マック「!」

 

 

 先程の声から一転して、彼は明るい声で先の言葉を否定しました。そして振り返って、ニカっとした笑顔を私に向けてくれたんです。

 

 

桜木「君達と触れ合って、君達と過ごして、俺が思っていたのは[同情]なんかじゃない。[情け]なんかじゃない」

 

 

桜木「本気で[夢]を追い掛けて、それでもって日々努力を続ける姿を見て、初めて見た時から感じた物は変わらずに、それどころか強くて大きな物になってった」

 

 

桜木「今日やっと分かったよ。俺、君の選抜レースを見てからずっと―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――[君と勝ちたい]。って、ずっと思ってたんだ.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 .........あぁ。

 

 

 そうだったんですね.........

 

 

 だからこの人は.........ずっと.........

 

 

 自分の中で彼のこれまでの姿が思い起こされます。今まではずっと、彼がトレーナーだから。私達が担当だからだと、特別でもなんでもない当たり前の関係性が生んできたものだと思っていました。

 けれど違いました。彼はずっと、私達と[同じ目線]で居てくれたんです。だから悩んでいたり、壁に当たっていると親身になって助けてくれる.........

 

 

 [同情]ではありません。

 

 

 ただずっと、私達と同じ気持ちを持っていてくれていたんです。

 

 

 [勝ちたい].........と。

 

 

 それがどんなに難しい事か.........どんなに辛く、険しい道なのか。[諦める]という選択肢が常に背中にある状態で前に歩くのが、どんなに大変なのか.........私には分かります。

 

 

 それでも、彼は.........!

 

 

マック「っ、っ.........!!!」

 

 

 声を殺し、拳を握り、それでも溢れ出す物を止める事は出来ずにただ流してしまう。心の奥底にあった暖かな気持ちは更に熱を帯びて全身を熱くさせました。

 それを必死に我慢しながら、私は顔を上げました。

 

 

桜木「.........君はどうかな。マックイーン」

 

 

マック「わた、し.........は.........」

 

 

桜木「.........うん」

 

 

 息が詰まる様な感覚。嗚咽を混じらせながら言葉を詰まらせる私の事を待つ彼の優しい表情が、今までの彼に重なって見えてきます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だから、伝えたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『あげるよ。元々君の為に作ったんだから』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――い」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だから、信じたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『今回の件。責任はトレーナーである俺にあります』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――勝ちたい.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だから、応えたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『[メジロマックイーン]が[君]だから、[メジロマックイーン]を好きになったんだ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――勝ちたい.........!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だから.........[勝ちたい]

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『勝って来い。マックイーン』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――[貴方と勝ちたい]ッッッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 声を荒げて、涙を溢れさせてしまう。けれどそんな自分の状態なんて気にする事は無く、今はただ、この思いを彼に伝えたいという気持ちでいっぱいでした。

 

 

 やっと見つけられた.........やっと、伝えられた.........自分の心の奥底にあった本心。願いとも言えるそれを、彼に伝える事が出来た。

  普通であるならば笑われるでしょう。一年のブランク。治るはずも無い不治の病。それを経験しても尚、勝ちに行こうとする姿は、見る人が見れば滑稽に映るかもしれません。

 

 

 しかし、彼は違った。今までも.........例えどんな無茶な願いや[夢]を抱いたとしても、本気で私達が追うのならば、それを支えてくれる。助けてくれる。彼はそんな人なんです。

 そしてそれを.........今までずっと、続けて来てくれた.........

 

 

 今私がレースを走れるのも、彼が居てくれたから。そんな彼だから.........伝えたかった.......

 

 

 絶え間なく溢れる涙を拭っても、次から次へと溢れて来てしまう。これでは格好がつきません。

 そんなどうしようもない状態でどうしたものかと悩むと、気が付けば彼は私の目の前に来て、その人差し指で目の端の涙を拭ってくださいました。

 

 

桜木「大丈夫?」

 

 

マック「ご、ごめんなさい.........涙が止まらなくて.........」

 

 

桜木「.........じゃあ、[止めてあげよっか]」

 

 

マック「え―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――顔を上げた瞬間。唇に柔らかい感触を感じました。

 

 

 永遠の様な一瞬。一瞬の様な永遠。矛盾しているそんな状態が始まり、気が付けば私はそれを受け入れ、この手を彼の背中へと回していました。

 

 

 息が止まる。けれど、苦しくない.........鳥のさえずりも、風で揺れる木々の枝が擦れる音も置き去りにして、私はただ、彼が与えてくれる優しさを受け取っていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「!.........トレーナーさん.........」

 

 

桜木「.........ほら、止まった」

 

 

 照れ臭そうに笑う彼の顔を見て、私もつい頬を緩めてしまいます。さっきまで昂っていた感情も気が付けば身を潜め、穏やかな感情が心を満たしていました。

 そんな私の頭を優しく撫でた後、彼はそのまま膝を少し曲げて目線を同じにして、その両手を肩に置きました。

 

 

桜木「マックイーン。レースが始まる前、俺が言いたかったのは本当は違う事なんだ」

 

 

桜木「変わらないなって思うかもしれないけれど、でも、それでも聞いて欲しい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「[勝って来い。マックイーン]」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「勝って、[運命(奇跡)]を超えてこい。メジロマックイーン」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「君の一着を、俺はいつまでも待ってる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック(―――ああ)

 

 

マック(そう.........私は今日、ずっと.........)

 

 

マック(この[言葉]が、欲しかったのね.........)

 

 

 また溢れ出す涙。けれどそれは一筋頬に伝っただけで、それ以上は出てきませんでした。

 彼の身体を優しく抱き締め、その胸に顔を埋めました。

 

 

 私には待ってくれている人が居る。帰る場所がある。そう思えるだけでこんなにも.........こんなにも[強く在れる]のですね.........

 

 

 次第に彼の身体の感触が段々と消えて行き、遂に触れていた手はやがて空を掴んでしまいました。

 けれど、寂しくない。彼は私の傍に居てくれる。

 

 

 そう.........心の傍に.........

 

 

マック「.........はぁっ」

 

 

 空を見上げて、アンニュイな空気を肺から吐き出しました。

 

 

 もう、[負ける]つもりは根元からありません。

 

 

 私はもう一度、[自らの夢]を追うだけ.........

 

 

 その思いを胸に、私は自分の腕を強く目元に押し当てました.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 [アナタと勝ちたい]を獲得した―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 URAファイナルズの長距離戦。やっぱり皆とっても強い.........分かっていた事だけど、普段のレースとは全然違う.........!

 

 

ライス([第三コーナー]までって思ったけど、そろそろ行かないとテイオーさんに追い付けない.........!)

 

 

 いつまでもマックイーンさんの後ろには居れない。そろそろ前に出ないと。そう思って視線の先を前の方からマックイーンさんの背中に移した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ライス(!マックイーンさん.........?)

 

 

 走っているマックイーンさんはその速度のまま、片方の腕を上げて、まるで涙を脱ぐうようにしていた。

 その様子を見て一瞬、心配になっちゃったけど―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――バサッ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 勢い良くその腕で目元を拭った。そしてライスの頬に雫が飛んで来た。

 その瞬間から.........ライスは悟った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 [帰ってきた]んだ.........って

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

パーマー(くぅ.........!やっぱ強いねぇ!トウカイテイオー!!)

 

 

 ―――あっさりと背中にまで来られてしまった。この様子じゃ第四コーナーまで持ちそうには無い。

 それにミホノブルボンだって居る。もう横に居るテイオーに動揺する事無くペース配分をきっちり守って走ってる.........私と違って.........

 

 

パーマー(完っっっ全に焦りすぎた!!マジヤバなんだけ―――)

 

 

 その瞬間。息を呑んだ。背後から膨れ上がる圧倒的な気配に驚き、私は尽きかけていたスタミナの事さえ忘れて無意識にスピードを上げようとしてしまった。

 

 

 来る.........何かが、[知っている]けれど、どこか違う物が.........

 

 

 

 

 

 ―――全員、心に火が付いたように緊張感を増した。それはボクも一緒だ。後ろに感じる圧。かつて感じた[ライバル]のそれを.........たった一度だけの対決だろうと、忘れる訳が無い。

 

 

テイオー(帰ってきたんだね.........!!!マックイーン!!!)

 

 

テイオー(だったら勝負はここから!!!だよねッッ!!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「鼻を進むのはトウカイテイオー!!!その後ろからスピードを上げているのは.........!!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「め、[メジロマックイーン]ッッ!!!メジロマックイーンですッッッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――実況の声が驚き一色の言葉を響かせる。辺りはざわめき混乱しているが.........俺はその中で一人、いつぶりかも分からない[バイオリンの音色]が耳に入って来ていた。

 それでも、今までの物とはまるで違う。雄々しく厳かなそれが、今はまるで時間を急かすようなテンポと他の楽器の入り乱れを強く強調させている。

 

 

 地点は[第四コーナー]の手前の前。普段であるならばもっと後の方にスピードを上げる彼女だが.........それでは勝てない事を悟ったのだろう。

 

 

桜木「.........マックイーン」

 

 

 耳を傾ければ人々の声が聞こえてくる。彼女の名前を呼ぶ声が.........

 

 

 

 

 

 ―――走ってる。マックイーンさんが、今.........走ってる.........

 

 

 予選、準決勝の時とは違うその走りを見て、私はもう涙が溢れて止まりませんでした。

 

 

「ダイヤちゃんっっ!!!」

 

 

ダイヤ「!キタちゃん.........」

 

 

キタ「まだ泣いちゃダメだよ!!まだ終わってないからね!!」

 

 

 しっかりレースを見るように私の事を叱ってくれるキタちゃん。けれどその目には私と同じように涙を浮かべていて、それを我慢するように鼻水をすすって居ました。

 

 

「.........でも、ここからマックイーンが勝てると思うか?」

 

 

ダイヤ「!なんでそんな事言うんですか!!!」

 

 

キタ「そうですよ!!!レースは何が起こるか分からないんですから!!!」

 

 

 険しい表情をしながら呟いたのは、いつも一緒にレースを見ている二人組のお兄さんの一人。パーカーを来ている方のお兄さんでした。

 私達の言葉に申し訳なさそうに顔を俯かせたけど、メガネの方のお兄さんはそれでも、信じきれない理由を言葉にし始めました。

 

 

「メジロマックイーンはどちらかと言えば、レースの序盤で勝敗を分ける走り方をする」

 

 

「今までこんな明確に差を開かれて勝ったレースは一度もない.........」

 

 

「それこそ、[奇跡]でも起きない限り.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「[違う]ッッッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「!」」

 

 

 声を上げたのは、キタちゃんだった。

 

 

 強い表情で、真っ直ぐな目でお兄さん達を見つめて、二人を圧倒していました。

 

 

キタ「私、知ってる。テイオーさんが[奇跡]を起こしたのは、お兄さん。マックイーンさんのトレーナーさんのお陰なんだって」

 

 

キタ「テイオーさんが教えてくれた.........!お兄さんは言ったの!!![奇跡]って起こす物じゃないっ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「[超える]物だって.........ッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 強い口調でそう言った後、キタちゃんはまたレースの方に目を向けた。私も、お兄さん達も、またレースに夢中になり始めた。

 

 

 [奇跡を超える]。ただの言葉なのに、なんでか勇気が湧いてくる。そんなこと、聞いた事もないのに.........何だかとっても、納得している自分が居る。

 

 

 レースを走るのも、夢に向かうのも[自分]。それなのに[奇跡]に頼るのは、何だか違う。けれど絶対、どこかのタイミングできっとそれは起きてしまう。

 けれど、それじゃあ納得出来ない。必死に追い求めた物がそんな物で叶っちゃったら.........きっと私は、ガッカリする。

 

 

 だから私も.........![奇跡]に頼ったりなんかしない.........!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 [奇跡]は!超えられるんだから.........!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック(っ、やはりまだ遠いわね.........!)

 

 

 [貴顕の使命を果たすべく]

 Lv1

 

 

 ―――分かってはいました。今から加速をつけた所で、彼女の隣に立つには時間が掛かりすぎてしまう。

 それでもやり切るしかない。そう思った私は、身体の動きを[最適解]に近付けて行く事にしたのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう、[以前]の様に.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 先ずは、前のめりになった姿勢を少しだけ上げます。上半身を地面と平行にし過ぎるとスピードは出ますが、[呼吸]がしづらい状態になってしまいます。

 

 

 そうした時、不意に私の名前を呼ぶ声が聞こえて来ました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マックイィィィ―――ンくぅぅぅんッッッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 普段の姿からは想像も出来ない程に大きな声。なりふり構って居られない彼女のその声ですが.........しかし、彼女らしい一面もしっかりと感じ取れました。

 絶対に[諦めない]。[可能性]という存在が目の前にある限り、彼女は決して、歩みを止めるということをしないのです。

 

 

 だから、私も.........[追いかけ]ます。

 

 

マック(私はもう、[可能性を求める]事を恐れたりはしない.........)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 [貴顕の使命を果たすべく]

 Lv1→2

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次に変えたのは、重心の置き場所。前のめりになり過ぎていた状態を解消する為に意識を少し腹部の方へと持って行きました。

 こうすることで、コースの状態に左右される事無く常に安定したスピードを保つ事が出来ます。

 

 

 そしてまた、私の耳には声が聞こえて来ました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マックイーーーンちゃーーん!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつも全力な彼女。時にはそう在れる彼女が羨ましくも思えました。何に対しても全身全霊。それが、彼女が人を惹き付ける魅力の理由.........

 でもそれは、きっと誰もが持っている物なのです。大人になるに連れてそれを恥じる様になり、そして自制する様になるだけの事.........

 

 

 だから、私は.........[守り続け]ます。

 

 

マック(私はもう、[全力で楽しむ]事を恐れたりはしない.........)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 [貴顕の使命を果たすべく]

 Lv2→3

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 身体の動きがスムーズになるに連れて、今度は意識するまでも無く腕の振りの回転率が上がり、そこに掛けられる力が抜かれて行きます。

 

 

 そして今度は、耳ではなく[心]に直接響いてきました.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(マックイーンさんッッッ!!!!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 初めてお会いした時は、年下の私が心配になってしまう程に臆病だった彼女。気付けばいつの間にかそんな姿は鳴りを潜め、頼もしい長距離選手へと育っていました。

 それは、彼女の心の底からの願い。[変わりたい]という気持ちがあったからだと思います。

 

 

 だから、私も.........[探し続け]ます。

 

 

マック(私はもう、[変わって行く]事を恐れたりはしない.........)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 [貴顕の使命を果たすべく]

 Lv3→4

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 腕に入っていた力が抜ければやがて、脚の回転率は安定して行きます。無駄にスピードを上げて体力を削ぐことなく、かと言って減速する訳でも無い。

 常に安定している状態を保ち、直線の加速とコーナリングの為の減速を瞬時に切り替える事の出来る足捌きへと変わって行きます。

 

 

 そしてまた、心に声が響いてきました.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(マックイーンさん.........!!!!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 静かだけど、熱が伝わる声が聞こえて来ます。そう.........彼女はいつだって物静かな表情でも、心の内は誰よりも熱い思いを持っていました。

 例え自分の[夢]が[壊れても]、決して挫ける事無く、新たな夢を追う事を選んだ。そしてかつての[夢]を無謀な物だったと自ら卑下する事無く、今もその延長線上だと言い切る自信がある.........

 

 

 だから、私も.........[諦めません]。

 

 

マック(私はもう、[夢を抱く]事を恐れたりはしない.........)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 [貴顕の使命を果たすべく]

 Lv4→5

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 全ての動作がここに来て、[完璧]に戻りました。そしてその動きに合わせる様に[呼吸]が整って行きます。

 [無尽蔵のスタミナ]。その原点となるのは言うまでもなく、息をすること。行動の始まりは息を吸い、そして吐くことにあるのです。

 心臓の鼓動が落ち着く様にゆっくりと。しかし身体に酸素を行き渡らせる為に大きく吸い込み、一気に出て行って肺が縮まらないよう鼻から肺の空気を出して行きます。

 

 

 そして、振り絞る様な声が聞こえて来ました.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マックイィィィ―――ンさぁぁぁぁんッッッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 誰よりも力強い声が、誰よりも小さい身体から出されている。彼女が勇気あるウマ娘なのは、チームでの生活を通して自然と理解して来ました。

 誰かの為に。自分の恐怖や危険を顧みずに立ち向かう勇気.........簡単に真似出来るものではありません。それでも彼女は、大切な[居場所]。[チーム]という帰るべき場所を守る為に、その[勇気]を出せる方なのです。

 

 

 だから、私も.........[目覚め]なければなりません。

 

 

マック(私はもう、[立ち上がる]事を恐れたりはしない.........)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 [貴顕の使命を果たすべく]

 Lv5→6

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック(加速も速度も戻す事は出来たわ.........けど.........!)

 

 

 第四コーナーは最早目前。決着を着けるまでの道のりは着々と短くなって行く。それでもまだ、先頭を抜きさるには心許ない状態でした。

 .........認めましょう。テイオーが速いという事実を.........彼女はずっと、長距離レースに出る為にトレーニングを続けてきました。

 もしこれが春の天皇賞だったとして、仮に私が元の状態だったとしても.........勝つ事は叶わなかったでしょう.........

 

 

 .........ですが

 

 

マック(何かっ、何かあるはずなのよ.........!!!)

 

 

マック(この[先]が.........!)

 

 

 こんな物では無かった.........あの時、そう。[繋靭帯炎]が発覚する前に走った最後のレース。[京都大賞典]で走った時は、もっと身体が前に行っていたんです。

 

 

 でも.........あの時は無我夢中で、自分がどう走ったのかも.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マックちゃんッッッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック(っ.........!!!)

 

 

 聞こえて来たのは.........母の声でした。その声で弱気になっていた自分に気付き、もう一度意識を[勝ち]へと向かわせます。

 体力はあるのです。まだ勝負は決まっていません。

 

 

 ならば.........[見つける]までです。

 

 

 以前、母は言いました。[スイッチ]となる物が存在すると。今までのレース人生でそれを見つける事は出来ませんでしたが、それでもそれを探す価値は十分にあります。何故なら―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――[答え]は、[レースの中]にあるのですから.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 血眼になりながら、歯を食いしばりながら試行錯誤を刹那の間に繰り返します。何かを試す。なんて甘い事は許されません。ぶっつけ本番。失敗してしまえば、それで終わりです。

 身体の姿勢。重心の場所。腕を振る感覚。脚の回転率.........それらに意識を向けては、今が最高の状態だと理解して行きます。ここから崩してしまえば、例え一度並べたとしても減速してしまう結果になるでしょう。

 そしてきっと、[彼女]はそれを見逃さない。一瞬の隙を突いて加速を掛けられる。それが出来るから[トウカイテイオー]なのです。

 

 

 それを[超える]。その為にはどこかにある[スイッチ]を見つけなければ行けない.........こんな短い刹那の中、第四コーナーという勝負を決すべき瞬間が訪れる前に.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――その時でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 前に右足を踏み込んだ瞬間。視界の下から現れた[煌めき]。今まで私達と共にレースを走り、そして支えてきた存在.........[王冠のアクセサリー]がまるで、その存在を誇示するように目の前に現れたのです。

 

 

 そして、やるべきことが今、決まりました.........いえ、きっと最初からそれしか無かったんです。

 [本来の歴史]では、私はもう引退していなければなりません。このURAファイナルズを走る事なんて有り得なかったんです。

 そしてきっと、そのレース人生の中で[スイッチ]などは無く、私と同様の走りで他を圧倒してきたのでしょう。

 

 

 だから.........[私のスイッチ]など、最初から無かったのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう。無かったのなら.........[創れば良い]。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今まで幾度の[奇跡]を目の当たりにしてきました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そのどれもが[物語]に驚きと感動を与えてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それを今度は.........[偶然の産物]で起こさない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう。正真正銘、[自分達の力]で.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 体勢。重心。腕の振り。脚の回転率。それらを変える事は一切しません。私がする事は.........[呼吸]を変える事。

 走行速度を維持しつつ、大きく息を吸い込みました。肺はまるで炎で熱された様に熱さを帯びていますが、関係ありません。

 

 

マック(見ていて下さい.........トレーナーさん)

 

 

マック(今から私は―――)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(―――[奇跡]を超えます.........!!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――あの子に初めて会った時。俺は何かを感じた。[才能]や[天性]の力じゃない。レースで見た時に、その本質を垣間見た。

 彼女は確かに[自分]を持っている。けれどその根幹を見せないレベルに力を使いこなしている。己の武器として.........

 

 

 けれど、もうそんな物は必要ない。彼女は手に入れたんだ。最も強い.........[自分]という、何にも変えられない[個性]を.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 つまらないレースをすると言われた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――行け」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな彼女が今、多くの人の目を引いている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「勝て、マックイーン.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 皆の目が、君に向けられている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っっっ.........!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 .........でも俺は、君に出会ったその時から―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「走れェェェェェェェェッッッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「メジロマックイィィィ―――ンッッッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――君の事が、好きだったんだ.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――ガチン

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 普段のレースでは聞こえない音が鳴り響きました。それは[スイッチ]を押す音であり、[合図]でもありました。

 大きく息を吸い込み、全力を出すべき場所で力を出すために編み出した[荒業]。

 

 

 そう、私は大きく口を開けた所から、力強く歯を閉じたのです。

 

 

 身体の動きは最適解。消耗されるスタミナは最小限。そこは変わっていません。変わったのは二つ。走る際の[呼吸法]と.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『今、足に力入んないでしょ?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼とのファーストコンタクト。その言われた言葉を思い出した私は、力一杯にターフを踏み抜きました。

 

 

 彼と出会った事で、多くの事が変わりました.........[夢]とは何か。それを追うとはどういう事なのか。それを先に知り、そして挫折を知っている彼の背中を見て私は確かに変わって行ったのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 .........でも、本当の事を言うと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(私は.........っっ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの日、不甲斐ない結果を出してしまった私に声を掛けてくれたあの時から.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(わたし)はもう―――ッッッ!!!!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 貴方の事が、ずっとずっと―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

([私自身]を否定する事は決してしないッッッ!!!!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――きっと、好きだったんです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 Lv6

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ↓

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 Lv[7]

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 [貴顕の使命を超えた想い(アナタと勝ちたい)]

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 [共生リンク]が発動している.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「第四コーナーを最初に回ってきたのはトウカイテイオーッッ!!!その隣にはメジロマックイーンが居ますッッッ!!!!!」

 

 

武(.........凄いなぁ、見た事ない走りや)

 

 

 険しい表情で走り抜ける少女。そこに、[重なる影]は見当たらない。こんな事、[こっち]に来てから初めての事だった。

 名前の知ってる子は皆、俺の知ってる姿を見せてくれる。姿形は違えど、その名に見合った走り方を見せてくれる。

 

 

「トウカイテイオーかッッッ!!!!!」

 

 

武(.........まぁ、当たり前やなぁ)

 

 

武([あそこ]で、終わりやもんなぁ.........)

 

 

 記憶の中に眠る感覚。何十年の中の[三年間]。見るだけじゃない。実際に背中に乗って感じたのは.........良い[乗り心地]だった。

 癖が無かった。気性が特別大人しい訳じゃない。でも基本、レースが始まってしまえば俺の言う事を聞いて走ってくれる。

 それが.........俺の知ってる[メジロマックイーン]だった。

 

 

 でも、今走ってるのはもう.........俺の知っている[メジロマックイーン]じゃない。

 

 

「メジロマックイーンかッッッ!!!!!」

 

 

武(頭、良かったもんなぁ.........)

 

 

武(.........続けてたらもしかしたら、[重なっていた]んかもなぁ)

 

 

 馬と言うのは人間の都合で作られた存在だ。言葉だけで言ってしまえばとても悲しい物だが、俺達は確かに時には言葉の無い中で心を通わせていた。

 自分で自分の身体を労れて、その上で勝つ。そんな馬は中々居ない。本当に賢くて、責任感が無いとやり切れる事じゃない。

 

 

 .........もし、君達が俺達と同じ言葉を喋れて居たなら.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 [君の走り]を、見れたのかもなぁ.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう言葉はッッッ!!!!!要らないのかッッッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 レースと言うのは何が起こるか分からない。幼い頃から今に至るまで、多くの人の口から、姿勢から、そして私自身の心から強く感じていた。

 

 

 けれど今.........今になってようやく、その意味が本当に理解出来た気がした。

 

 

ライアン「マックイーン!!!」

 

 

ドーベル「そのまま走り切るのよッッ!!!」

 

 

アルダン「貴女なら勝てますッッ!!!」

 

 

ブライト「お願いします.........!!!勝ってください.........!!!」

 

 

 身を乗り出して。声を枯らして。喉を振り絞って.........普段の彼女達なら見る事は決して無い姿を見せている。

 そこにはもう、[メジロ]という名家の肩書きは無かった。あるのはただ.........[家族]を応援するという気持ちだけ.........

 

 

ラモーヌ(.........やっぱり。私の見立て通り。いえ、想像以上)

 

 

ラモーヌ(貴女の走りは、観客を[引き込む力]があるわ。でも、それだけじゃない.........)

 

 

 先頭を走ろうとする二人。どちらが先に行くかを競っている箇所ではなく、私はその後方に走るウマ娘達の姿を見る。

 そこに一人.........同じ[メジロ]の名を冠する彼女の表情を注目する。

 

 

 悔しいでしょう。苦しいでしょう。2500m。長距離の中でも短い距離とは言え、序盤で飛ばした代償を払う形でスタミナを失いつつも、それでも前へ出ようとする彼女。

 けれどその表情は.........いつもよりどこか楽しそうだった.........

 

 

ラモーヌ(貴女には.........競争相手をも[楽しませる力]がある。[最強]であるが故に、それを指標にして今の自分がどれくらい通用するのか.........それを知りたくなってしまう)

 

 

ラモーヌ([つまらない]。と言うのは貴女と走った事が無い人だけよ。マックイーン)

 

 

ラモーヌ(.........それを、今ここで証明して見せなさい?)

 

 

 レースは、誰かがゴールを踏み切るまでは結果が分からない。誰が最初に駆け抜けるか.........ただそれだけの。シンプルで在り来りな決着方法。

 そんな分かりやすい勝負で勝ち続けるのは難しい。勝ち方が一つだけなのだから、紛れやまぐれは絶対に起きる事は無い。

 

 

 そんな中で勝ち続けた彼女は.........誰からどう見ても[最強]と言われても過言では無い。

 

 

 だからこそ.........貴女と走る[彼女達]は.........心の赴くままに、走れるのよ.........

 

 

 

 

 

 ―――私の目の前で、凄いレースが繰り広げられている。治らないって言われてる怪我も治して、一年間の走れない状況を脱して.........皆に注目されて、走ってる.........

 

 

ルビィ「.........っ」

 

 

 鳥肌が立った。今すぐにでも走りたいって気持ちが湧いてきて、でもレースを見届けたいって思いも捨てきれなくて.........心が、掻き乱された。

 [繋靭帯炎]は治らない。幼い私でも知っている世界の[常識]。それを覆す様に、マックイーンお姉さんは必死に、[勝つ為]に走ってる。

 

 

 心が震えた。まるで[炎]が揺らいで、私の心に火移りしたみたいに.........熱さがメラメラと胸の内に燃えたぎった。

 

 

ルビィ(.........大きくなったら)

 

 

ルビィ(私が大きくなったら絶対.........一緒に走りたい.........!!!)

 

 

 鉄柵を握る力が強くなる。世界には.........日本にはこんなに強い[ウマ娘]が居るんだって知って、心が震えた。

 

 

 私はきっと、今日の事を忘れる事は無いだろう。

 

 

 どんなに大きくなっても、強くなっても.........日本に[メジロマックイーン]という[ウマ娘]が居た事を.........一生。忘れないだろう.........

 

 

 そんな願いにも似た事実を胸に刻みながら、第四コーナーを回るお姉さん達を.........私はじっと見つめていた.........

 

 

 

 

 

 ―――アレから、ボクは強くなった。長距離を走り切れる位にはスタミナを付けたし、走り方だってあまり足に負担を掛けない方法も編み出した。

 

 

 でも.........ボクは.........隣に並ばれている。

 

 

テイオー(やっぱり強いね.........!!!)

 

 

 初めて君と公式レースで走った時。余りの力の差に絶望した。背中が遠くなって、追っても追っても、突き放されて.........悔しかった。

 君はボクの目標だった。最初っから。一緒に走ってからは、ボクの競争人生で絶対達成する物になった。

 

 

 そんな君に、並ばれている。

 

 

 ボクはこんなに努力して、苦しい思いして.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 .........ああ、やっぱりダメだなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どう頑張っても、[嬉しく]なっちゃう.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 勝ちたいって思いたかった。それさえ思えれば、レースに集中できるから。でもどうしても嬉しくなっちゃうから、今だけは君を憎みたかった。

 でもそれ以上に.........隣で君が走ってくれるのが.........何よりも嬉しかったんだ.........!!!

 

 

 

 

 

 ―――口の中がカラカラと乾いていく。肺の中に貯めた空気がとてつもないスピードで酸素が消費されて二酸化炭素にされていく。それを補う為に空気を吐き切り、一瞬で肺を満たさなければ行けません。

 そうでもしなければ.........[一着]は難しいでしょう。

 

 

 第四コーナーは回り終えました。目の前にはゴール。後はそこに辿り着くだけ.........今まで感じた事の無い速度を保ちつつ、前に行かなければ勝利は無い。

 

 

マック(.........だと言うのに、どうしてでしょうね)

 

 

マック(こんなにも、[心が踊ってしまう]のは.........)

 

 

 感じた事の無い高揚感。今までレースでそんな気持ちを抱いた事はありませんでした。公式の物は勿論。模擬レースであったとしても.........

 そんな。人生で感じた事の無い物を感じながら、私はただゴールへと向かって行きました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暗い[絶望]が私の心を満たしていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 でも今は、強い[光]が差し込んできている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 [ゴール]に近付くに連れて、その[光]はやがて大きくなって行って―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マックイーンくんッッッ!!!!!」

「マックイーンちゃんッッッ!!!!!」

「((マックイーンさんッッッ!!!!!))」

「マックイーンッッッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「行っっっけェェェェェ―――ッッッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「ッ!!!はァァァァァァァァ―――ッッッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――そして、その[光]にこの手が触れたのでした.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「トウカイテイオー!!!メジロマックイーン!!! ほぼ同着のゴールですッッッ!!!!!」

 

 

武「写真での判定となりますね」

 

 

 .........長いレースが終わった。アタシの今までの人生の中で、一番長かったレースが.........

 誰も彼もがまだ、喜びの声をあげない。誰が勝ったかも分からないからじゃねぇ。今まで見た事もねぇ様なレース見せられて、声もあげられねぇんだ。

 

 

ゴルシ(マックイーン.........)

 

 

 判定が出るまでは分からない。アタシから見てもテイオーとマックイーンは同時にゴールを踏んだ。同着っつう可能性もある。

 

 

 でもそんな中、アタシの隣で[泣いている奴]が一人居た

 

 

桜木「.........ぐっ、ぅぁ」

 

 

ゴルシ「!な、泣くなよおっちゃん!!!まだ勝負が決まった訳じゃ―――」

 

 

桜木「分かるよ.........!ちゃんと、みてたんだから.........!!!」

 

 

 振り絞る様な声で、ポロポロと涙を零しながらおっちゃんは言った。鉄柵に額を押し付けて、立てない身体を踏ん張って立たせていた。

 

 

 そして.........その言葉を聞いて分かっちまった。おっちゃんにはもう、このレースの勝敗が分かっちまってるんだって.........

 

 

 アタシはいたたまれなくなって、泣き続けるおっちゃんの背中を慰めるようにさすった。何の気休めにもなんねぇかもしれねぇけど、アタシ自身、何かしてねぇと泣いちまいそうだった。

 

 

桜木「なぁ.........ゴールドシップ.........」

 

 

桜木「なんでかなぁ.........?」

 

 

ゴルシ「.........」

 

 

桜木「俺、信じてたのに.........!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何でか涙が止まらねぇんだ.........!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゴルシ「―――っ」

 

 

 .........おっちゃんの背中をさすっていた手が止まった。その言葉に違和感を覚えたからだ。

 普通こういう時に何かを言うんだとしたら、居るかもどうかも分かんねぇ神様への憎まれ口だ。だって言うのにおっちゃんは、泣いちまう自分に対する言葉だった.........

 

 

 .........だから、分かっちまった。おっちゃんが何を見たのか。その一瞬を.........記憶したのか.........

 

 

 さすっていた手は次に、アタシの目元へと移っていた。もうおっちゃんを慰めている場合じゃなかった。下手したらアタシの方が、泣いちまいそうだった.........

 

 

ゴルシ「っ、当たり前だろ.........!!!」

 

 

ゴルシ「人間っ、本当に[叶えたい夢]が叶った時はっっ―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――[泣く]か[笑う]かしか、出来ねぇもんだろ.........!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「.........っ!!!」

 

 

沖野「っ!!?おいッ!!!まだ勝負は「沖野」!」

 

 

 ―――突然、レースの舞台から背を向けて走り出した桜木。まだ掲示板には着差を表す部分に[写真]と表示されている。誰もまだ、レースの結果を知ることは出来ない。

 そんな桜木を追いかけようとする俺の肩を掴んだのは同期の黒沼だった。俺はその行動に不可解さを感じたが、口下手なコイツが何かを言うという事はしなかった。

 

 

沖野「なんで止めるんだ。まだ決着は着いてないだろ?」

 

 

神威「.........着きましたよ」

 

 

沖野「.........は?」

 

 

 その黒沼の背後で、まだ結果が出されていない掲示板を見上げながら神威が呟いた。その目からは一筋の涙を頬へ伝わせていた。

 その横からひょっこりと現れる白に染められた頭。白銀の奴が嬉しそうに現れた。

 

 

白銀「アイツさっ、ああ見えて勝負事にはうるせぇんだよ」

 

 

白銀「自分が負けるのが確定してる時もしっかり受け止める為に負け切る。そういう奴なんだ」

 

 

黒津木「そうそう。だから玲皇の奴が走り出したって事は.........」

 

 

 爽やかな笑顔。しかしその目元は赤く跡が残っている。その意味を察する前に黒津木は掲示板の方を指さした。

 

 

 そこには―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   確定

 12

  <ハナ

 7

  <2

 5

  <1/2

 8

  <2/3

 15

 

 

 

 

 

 

 

 

 

沖野「.........!!!」

 

 

東「.........はは、ここに来て、この[着差]か.........」

 

 

 黒津木の指の先に視線を移した数瞬後、掲示板は数字と文字を浮かび上がらせた。

 

 

 結果は[ハナ差]によるマックイーンの勝利.........それが何を意味をするのか。トレーナーである俺達にとって桜木のその行動はやはり、異常なものだった。

 

 

 ハナ差と言うのは[タイム差]が存在していない。写真判定によって初めてどちらが先にゴールしたのかが分かるほどの僅差だ。それを、その一瞬を肉眼で捉え切ることなど不可能なはずだ。

 

 

 それでもアイツは.........自分の目を信じて、マックイーンの勝利を信じ抜いて走り出した。

 

 

 春の天皇賞に続いて.........完全に桜木の奴とマックイーンに負けたんだと、心の底から思わされた.........

 

 

沖野(.........ああ、くそ。悔しいなぁ)

 

 

沖野(負けたのに.........なんでか[嬉しく]思っちまうのが.........)

 

 

 

 

 

「.........嘘だろ」

 

 

「ほ、本当に勝っちゃった.........」

 

 

「なんだよ.........あの強さ.........」

 

 

 ―――会場は騒然としていた。現地のそれとは全く対照的な様子を見せる群衆。それの後方に居た俺はつい、鼻で笑ってしまった。

 

 

「っ、おいリットっ!!!お前、日本に研修に言ってたよなッッ!!!」

 

 

ニコロ「ああ」

 

 

「だったら知ってんだろ!!!どうやったらあんなに強いウマ娘が育てられるッッ!!!あの日本人に聞いたんだろ!!!」

 

 

 一人の男が俺に迫ってくる。その表情は言うなれば[怒り]というのが正しいと言えるだろう。それ程までに目の前の人間はつい先程見ていた現実を受け入れる事が出来ずに居た。

 .........いや。それはこの場にいる殆どがそうだろう。その表現方法は違えど、皆同様のショックを受けている。

 

 

 いつまでもただ笑うだけの俺を見て男は更に近付こうとするが、それを手のひらを見せて止める。

 

 

ニコロ「俺は日本にいる間奴と共に過ごした。あの男の事は大体わかる」

 

 

ニコロ「何が聞きたい?何を知りたい?」

 

 

「決まってるだろう!!あの日本人が使っているトレーニング方法とその思想だ!!!」

 

 

ニコロ「本人が目の前に居ても貴様はそういうつもりか?」

 

 

「当たり前だ!!!」

 

 

 ほう。これは困った事になった。この男があまりにも怒鳴り声を撒き散らすせいでギャラリーが出来上がってしまっている。決着の着いたレースより今はこっちの行く末の方が気になっているらしい。

 

 

 仕方が無い。もう少しへりくだった態度を見せるなら俺も考えたが.........こんな物を見せられたら答える気にはならん。

 

 

 .........最も、あの男もそうだろう。

 

 

ニコロ「.........だったらあの男が今の貴様の発言を聞いたと言う体で俺が変わりに答えよう―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――I'm not the name Japanese(俺はジャパニーズなんて名前じゃない)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

My name is Reo Sakuragi. and(俺の名前は桜木 玲皇だ。それと)―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――That's Mr.Sakuragi to you, punk(さんをつけろよデコ助野郎)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――っ、ふざけ」

 

 

ニコロ「止めておけ」

 

 

 振り上げられた拳。スタイルも何も無い素人の攻撃。痛くも痒くも無いが食らってやる義理もない。俺はがら空きになった脇腹に手刀を突き立て脅す。

 ここから少しでも力を入れれば激痛が走る。それを察したのか、男は顔を赤くしながらもやり場のない怒りを抱き、この会場を後にした。

 

 

ニコロ(.........日本だったなら、俺ももう少しはしゃげたのだがな.........)

 

 

 腕を組み、もう一度URA.Fsの中継に注目する。あちらではこちらと違い、彼女の勝利を称える声が聞こえている。

 [自由の国]。そう呼び呼ばれる国である筈だが、トップであるというプライドか、それともそうであり続けたいという小心さか、ここで自分をさらけ出せる人間は数少ない。

 

 

ニコロ「.........ククク、クハハハハ.........!」

 

 

 次にあの国に行けるのはいつになるだろう。もし行けたなら.........そんな想像を膨らませて不意に笑い声を漏らしてしまう。

 息を小さく吐いた後、人が少なくなる会議室の中で俺は、中継が終わり切るまでここで過ごしていたのであった.........

 

 

 

 

 

 ―――白熱した勝負。どちらが勝ったのか、走っていた私ですら分からなかった。同着という結果すら有り得たレースの行く末は.........掲示板が教えてくれました。

 

 

 [ハナ差]。予選では[1/4バ身]。準決勝では[クビ差]。今までのURAファイナルズのレースを通して見れば、順当な着差でしょう。

 しかし、この勝利は今までのそれとは違う.........

 

 

マック(.........私は今日、殻を破った)

 

 

マック(誇りや使命に甘える事無く、自分の意思で走り切る事が出来た.........)

 

 

 胸に下げた[王冠のアクセサリー]を手に取り、優しく握り締めました。今までの私を支え、見守ってきてくれた感謝を思いながら.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――おめでとう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――その[誇り]はもう、[君の物]だよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 .........今まで沢山、走って来ました。誇りの為に。使命の為に。それを疑うこと無く。自分の中にあると信じる事無く。前に進み続けていました。

 そんな過程で生まれたのは.........やはり[誇り]でした。自分には無い物。それを欲して走っていた。気が付けばそれは、自分の中で形成されていたんです。

 

 

 それは.........[足跡の数]。

 

 

 寄り道や回り道をして付けてきた足跡が、私に自信を与え、強さを教え、弱さを見せて来てくれた。

 今まで散々求めてきた物が自分の中に既にあると知り、それが原動力となった.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 [反転]したのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 [誇りの為に走ってきた]私は、今日.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 [走る為に誇りを糧とした].........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目に見えた変化でした。自分から見ても有り得なかった事。それが再びこの身体を呼び起こす力となり、勝つ事が出来たのです.........

 

 

「マックイーン」

 

 

マック「!テイオー.........」

 

 

テイオー「.........えへへ、おめでとう」

 

 

 恥ずかしそうに微笑む[ライバル]の姿を見て、私はようやく心の底から実感する事が出来ました。自分がレースに、勝ったのだと.........

 込み上げる感情が天井を突き抜けようとした瞬間。私の身体は突然倒れました。横から衝撃を受けて.........

 

 

マック「な、何が「マックイーンさんっっ」.........!」

 

 

ライス「マックイーンさん.........!マックイーンさんっ.........!!!」

 

 

 衝撃の正体は、ライスさんでした。私に抱き着いて身体を震わせながら、瞳からは大粒の涙を流していました。

 そんな様子に驚きながらも、次第に彼女の気持ちが伝わり、私はライスさんの頭を優しく撫でました。

 

 

マック「.........私はここに居ますわ」

 

 

ライス「うん.........うん.........っ!!!」

 

 

 暫く彼女を撫でていると落ち着いたのか、ライスさんは目尻の涙を拭いながら顔を上げました。

 ふと隣を見ると、ブルボンさんが優しく私達を見つめており、差し出された手を取ってその場から立ち上がりました。

 

 

「わ、私達は今日ッッ!!!一つの伝説が生まれた瞬間を目撃しましたッッッ!!!!!」

 

 

「復活は望まれないと思われた[メジロマックイーン]ッッ!!!URAファイナルズ予選、準決勝でもその感覚は拭いきれなかった!!!」

 

 

「しかしッッ!!!最後の最後で勝利を勝ち取ったのは他でもありませんッッッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「[メジロマックイーン]が今―――ッッッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「[私達の最強]が今日この日を持って―――ッッッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「帰って来たのです―――ッッッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「ら、ライスさん?心配してくださるのは有難いのですが、少々歩きにくいですわ.........」

 

 

ライス「ご、ごめんね!ライス、まだ不安で.........」

 

 

 拍手と歓声で満たされたレース場を離れ、私達は地下バ道に戻って来ていました。ライスさんはまだ安心出来ないのか、私の身体にピッタリと張り付いたままでした。

 そんな彼女に言った言葉とは裏腹に、私の気持ちは嬉しい思いでいっぱいです。こんなにも帰りを待っていてくれる仲間が居る.........そう思うと、何だか胸が暖かくなりました。

 

 

 そんな彼女から目を離し歩く先に視線を移すと、そこには.........息を切らしたトレーナーさんが立っていました。

 

 

マック「!.........トレーナーさん」

 

 

桜木「マックイーン.........」

 

 

 .........暫しの沈黙。お互いの名前を呼んで立ち往生します。彼も私も、そこから一歩も動く事はありませんでした。

 どうするべきか。どんな言葉を言えばいいのか.........今日この日を夢見て来たのに、いざとなれば言葉も出てきません。

 

 

 そんな私の背中を押すように、ライスさんは私の傍から離れ、優しく微笑んでくれました。ブルボンさんも、テイオーも、パーマーも.........他の皆さんも、同じように.........

 

 

 その表情に後押しされて、彼の顔を見た瞬間.........

 

 

マック「トレーナーさん.........っ!!!」

 

 

桜木「マックイーン.........っ!!!」

 

 

 お互いに一歩。前へと踏み出しました。その勢いに流されるままに足は軽く、速度を持って前へと進んで行きます。

 彼との距離が無くなった瞬間。お互いの身体を。存在を。心を確かめ合うように.........その身体を抱き締め、そして抱き締められました.........

 

 

マック「勝ちました.........!勝ってまいりました.........!!!」

 

 

桜木「見てたよ.........!!!みんな見てた.........!!!」

 

 

 苦しいくらいに抱き締められて。苦しいと思わせてしまうくらいに腕に力を込めてしまう。けれどお互いそれを承知で力を緩めることなく、まるで[一つになる]様な勢いで抱き締め合いました。

 

 

 

 

 

 

 ―――うわぁ、マックイーンとサブトレーナーがっつり抱き合っちゃってる.........大丈夫かな?他の子達も居るのに.........

 

 

パーマー(ね、ねぇテイオー?もしかしてマックイーンと桜木トレーナーって.........)

 

 

テイオー(あー.........ボクが言うとアレだから今度直接聞いてみて?)

 

 

パーマー(ありがとう。それで分かったかも)

 

 

「.........マジー?」

 

 

 あちゃ〜.........受け答え間違えちゃったかな〜?多分バレちゃったよね?二人がそういう関係だって.........パーマーちょっと顔赤くしてるし.........うんっ!ボクしーらない!

 

 

 .........っていうかいつまで抱き合ってるんだろう?もしかして声掛けないとずっとこのまま?でもこの雰囲気を邪魔するのも.........

 

 

「.........何やってんだお前ら」

 

 

二人「!!?」バッ!!!

 

 

 

 

 

 ―――突然、声を掛けられて私達は反射的にお互いの身体を離してそちらの方を見ました。

 そこには呆れた表情をした沖野さんとレースを見ていたチームの皆さんが立っていました。

 

 

桜木「あいやっ、これは、その.........」

 

 

マック「えっと、あの.........ですね.........」

 

 

二人「おほほ(あはは).........」

 

 

ビワ「.........おめでとう。とでも言っておくべきか」

 

 

 周りの状況を確認し終えた私達は揃って笑いました。もう弁明も言い訳も思いつかなくなってしまった為、笑うしか無かったんです。

 

 

タキオン「全く。これではこの先思いやられるねぇ」

 

 

桜木「え?ど、どゆこと?」

 

 

デジ「何言ってるんですか!言ってたじゃないですかトレーナーさん!![独立]するって!!!」

 

 

 [独立]。その言葉を聞いて少し彼は考え込みました。そして直ぐに何の事かを察しました。

 そう。彼はURAファイナルズが始まる前に宣言したのです。チームメイトの誰かが優勝した時、スピカからは離れると.........

 それを思い出した彼は申し訳なさそうに笑って頭を掻きました。

 

 

桜木「いや〜そういやそうだった!もう目の前の事に夢中で.........」

 

 

ウララ「これから頑張ろうねっ!トレーナー!!」

 

 

マック「ふふ、これから大変ですわね?トレーナーさん」

 

 

桜木「ああ、でも楽しくなりそうな気がするな!!」

 

 

 これから始まる。私達の新しい[物語]。その期待に胸を膨らませ、私達は笑顔を見せ合いました.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――嫌だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全員「.........え?」

 

 

 そんな私達の事を否定する言葉が冷たい声に乗って聞こえて来ました。一体誰がそんな事を.........

 この場にいる方達を見ると、その目は全員。ある人物に向けられていました。その人物とは.........

 

 

マック「て、[テイオー].........?」

 

 

 俯き、拳を握りしめている彼女。明らかにその言葉を出したのが彼女なのだと分かってしまいました。

 誰も、何も言いません。言えません。彼女の張り詰めた思いを感じ取って、その言葉の意図を聞き出そうとする人は誰も居なかったのです。

 

 

テイオー「嫌だ。嫌だ.........」

 

 

テイオー「嫌だ嫌だイヤだイヤだいやだいやだ.........!!!」

 

 

沖野「お、おい。テイ―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全員「えぇぇっっ!!!??」

 

 

 彼女が取った最終的な行動は、[駄々こね]でした。背中を地面に付け、じたばたと手足を叩き付けてグルグルと回転する様は正に子供の物でした。

 

 

ゴルシ「おいおいテイオー!!そりゃ無いだろ!!」

 

 

スズカ「そ、そうよテイオー?負けちゃったんだから仕方ないわ.........」

 

 

テイオー「負けてないもんっっ!!!」

 

 

 頬をまるで風船のように膨らませてその場から素早く立ち上がるテイオー。そのままずんずんとトレーナーさんの目の前まで近付いて行きます。

 

 

テイオー「ボクライスとブルボンには勝ったもん!!!」

 

 

テイオー「マックイーンは優勝したけど、ボクレグルスの二人には勝ったもん―――!!!」

 

 

ウオッカ「そんな無茶苦茶な!!?」

 

 

ダスカ「良い加減にしなさいよ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「確かに」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全員「.........ゑ?」

 

 

 納得した様な声。それは他の誰でもない、私達のトレーナーさんから発せられた物でした。

 

 

スペ「い、良いんですかサブトレーナーさん!!?」

 

 

桜木「う〜ん、ああ言われちゃうと俺も弱いからさぁ.........」

 

 

 腕を組み、眉間に皺を寄せながら長考を始めるトレーナーさん。その様子を静かに見守る私達。

 暫くその状態が続いた後、彼は決心した様に口を開きました.........

 

 

桜木「よし決めた!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺はチーム[レグルス]を発足させる!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んでもって[スピカ]のサブトレーナーを続けるっ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「これで文句ないだろ?テイオー」

 

 

 まるで良い事を思い付いたと言わんばかりの表情を見せるトレーナーさん。しかし、その言葉に私達は困惑していました。

 チームのトレーナーをしながら他チームのサブトレーナーをする.........そんな話今まで聞いた事がありません。本当にそんな事が実現出来るのでしょうか.........

 

 

ビワ「.........無理では無いな」

 

 

マック「え?」

 

 

ビワ「以前一度目を通した限りだが、トレーナーの決まりにはチームトレーナーと他チームのサブトレーナーを兼ねる事は出来ないとは書かれていなかった」

 

 

沖野「そりゃ誰もやろうとは思わないからで.........」

 

 

ブルボン「しかし、マスターはやる気みたいです」

 

 

 淡々と事実を告げながら指を指すブルボンさん。その先には気付かぬ内に少し離れた場所に移動し、やる気を滾らせる彼の姿がありました。

 

 

桜木「くぅあ〜っ!こっから忙しくなっぞ〜!!!」

 

 

全員「.........はぁ」

 

 

 全く.........ここまで脳天気な姿を見せられると心配を通り越して呆れ果ててしまいます。そんな呆れを表した私達のため息を聞き、彼は不思議そうな顔を振り向かせました。

 でも、まぁ.........そういう所がトレーナーさんらしいです。今までどんな困難も逆境も乗り越えてきました。チームトレーナーをしながらサブトレーナーをやると言うのも、きっとやり切ってしまうでしょう。今まで傍で見てきたから分かります。

 

 

マック(.........ありがとうございます。トレーナーさん)

 

 

マック(今度は私が[叶える番]です)

 

 

マック(いつか聞けなかった[貴方の夢].........きっと叶えて見せます)

 

 

 不思議そうな顔でこちらを見てくる彼。結局、乗り越えてしまえば後はケロッとしてしまうんです。そんな彼が.........私は好きなんです。

 大変だったこと。辛かったこと。苦しかったこと全部。自分の経験として受け入れられる。だからこそ夢破れながらも、夢を追うことを恐れない。

 そんな彼の[強さ]に.........ずっと助けられて来たのです。

 

 

 だから今度は.........今度こそは.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私が、[彼の夢]に.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――お知らせ致します。これよりURAファイナルズウイニングライブの開催が予定されております。ステージに出演する方は控え室まで.........」

 

 

 地下バ道に響くアナウンスの声。どうやら思っていた以上に私達はこの場に留まってしまっていたようです。

 

 

桜木「あっ、そういえばあったね。ライブ」

 

 

沖野「レースが熱すぎてすっかり忘れてた」

 

 

ウマ娘(全く.........)

 

 

 キョトンとした顔でそう言うトレーナーさん達。ウマ娘にとってライブはレースと同じくらい大事な物ですのに.........それを忘れるだなんて酷いです。

 ため息を吐く私達でしたが、そんな物に気を使う様子は見せず、彼は笑顔で振り返りました。

 

 

桜木「ライブっ、楽しみにしてるね!!」

 

 

マック「!はい」

 

 

 まるで純粋な子供のような笑顔を見せるトレーナーさん。彼のその表情に愛おしさを感じながら私は返事を返しました。

 そして、URAファイナルズの最後を締め括るウイニングライブを行うべく、私達はその会場へと移動して行くのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「立ち位置完了!音響とセットの準備はどうですか?」

 

 

 ああ、遂に始まってしまう.........一世一代を賭けたウイニングライブ。私のこれまでの集大成.........

 

 

ハロー「.........」

 

 

 慌ただしい舞台裏。何度経験していてもその雰囲気に飲み込まれそうになってしまう.........ここに立つと自分が踊る訳では無いのに、心が震えてしまう.........

 このライブには、[全てのウマ娘]の思いが込められている。比喩なんかじゃない。今日に至るまで、沢山の子達が協力してくれた.........

 

 

『お願いします!URAファイナルズのライブ楽曲の振り付けも私達に任せて下さいませんか!!?』

 

 

『えぇ!!?い、良いんですか.........?』

 

 

『はいっ!私達、戦績良くなくて、レースには出られないんですけど.........でもっ、どうしても残したいんですっ!!自分達が頑張った証をっ!!!』

 

 

 

 

 

『お願いです。この歌の作曲。私達にやらせてくれませんか?』

 

 

『え?』

 

 

『私達。怪我しちゃって.........でも、それでも何か、こんな凄いレースで何もしない自分が嫌で.........!!!』

 

 

 

 

 

 .........情熱。苦悶。希望。辛酸。羨望。学生の全てが詰まっているのが、この曲.........今日に至るまで、多くの学生達によって洗練され、そして彼女達の思いだけで構成された純曲。

 

 

 誰かが聞けばいつかのあの日を思い出す。

 

 

 誰かが聞けばいつかの未来を志す。

 

 

 トレセン学園で過ごすとはどういう事なのか。

 

 

 レースをするというのはどういう物なのか。

 

 

 鍛錬というのはどれほど険しい物なのか。

 

 

 [トレーナー]とはどういう存在なのか。

 

 

 そして.........[ウマ娘]とは、なんなのか。

 

 

 そんな全てに対し、彼女達がどう思っているのか.........普段であれば聞けないくらい真っ直ぐで、とても気恥しい疑問。もちろん答える方も、恥ずかしい気持ちになってしまうかもしれない。

 

 

 けれど[歌]なら.........心を込めた歌でなら、恥ずかしがること無く[彼女達の全て]を伝えられる。

 

 

 そう。この曲こそ.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 [GIRLS' LEGEND U(彼女達の物語)]なんだ.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東「締めはうまぴょい伝説か.........」

 

 

東條「相応しいかどうかは考えものだけど、大団円には持ってこいの曲よね」

 

 

白銀「早く見てぇ〜な〜!!ぴょんぴょん飛んで見せてくれよ〜!!」

 

 

桜木「殺すぞ」

 

 

 場内は多くの囁きでざわついている。ライブモニターにはこれから披露される楽曲の名称。[うまぴょい伝説]という文字が映し出されている。

 隣に居るいつもの奴らの内の一人。白銀はダンスを見たがっているが、言葉から分かる通り.........その、たわわに実った物が揺れる様を見たがっているだけに過ぎない。本当に殺してやろうか?

 

 

 そんなふざけた奴をどうするか。そんな事を考えている内に不意に会場が暗さに包まれる。

 ライブモニターも同時に暗転し、そしてこれまで行われたURAファイナルズのレース。その内容の一部始終を見せ始める。

 

 

黒津木「お、予選からだ」

 

 

神威「いや〜。激戦だったよなぁ.........」

 

 

黒沼「そうだな」

 

 

桐生院「正に手に汗握るレースでしたね!」

 

 

南坂「来年も出たいですね」

 

 

沖野「おいおい。気が早いって.........ん?」

 

 

 聞き慣れたファンファーレ。課題曲でもあるうまぴょい伝説のイントロが聞こえて来る。何度も練習に付き合い、俺自身もダンスをマスターしている分、聞き馴染みがある。

 

 

 しかし、最後の映像。マックイーンがゴールを切った瞬間にその音と映像はブツリと途切れ、ゆっくりと文字を浮かび上がらせた。

 

 

桜木「[ガールズレジェンド、ユー].........!!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――Wow wow wow wow

 

 

 Wow wow wow wow.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっとみんな会えたねー!!!♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その言葉と同時に、ステージの幕が上がった。聞いた事も無いイントロ。演出。歌詞。それは今行われるライブが、完全新曲であると言うことを俺達に知らしめていた。

 ステージの上には決勝戦に出てきたウマ娘達。そしてモニターに映るのは、先程のレース場。そこには予選から準決勝まで出場した選手がターフの上。そして観客席を埋め尽くすレベルでダンスしている姿が映っていた。

 

 

 圧巻だった。今まで見た事も無い光景だった。そんな光景を見せられて、俺は.........レースと同じくらいの熱を、感動を感じていた。

 

 

沖野「.........凄いな」

 

 

桜木「.........はい」

 

 

「たかたった 全力走りたい♪」

「芝と♪砂と♪君の♪追い切りメニュー♪」

「Turn up!(Turn up♪)声出せ叫べ!(wo oh oh♪)」

「トレセーン!!!ファイ! (おー!)ファイ!(おー!)」

 

 

 センターで踊っているのは五人。各部門の優勝者が歌を歌いながらダンスを披露している。

 その歌詞は、レースの為に日々努力をしているウマ娘を表している物だった。

 

 

「たかたった 全力上がりタイム♪」

「ゆずれない夢の途中!(wow wow♪)」

「始めよう!ここから最高story!」

「Wow wow wow.........」

 

 

 そして語られる[夢]へ向かう姿勢。彼女達が何を思い、そして何を願いながら日々走り込んでいるのか。それを教えてくれた。

 譲れない夢。それに向かって突き進むその背中を、俺は追いかけ始めた。だからここに居る。だからここで立っている。

 

 

 そして曲のメロディーは突然、軽快で軽やかな物から壮大な物へと変わって行った。

 

 

「憧れの地へ―――(勇気少し借りて)」

「語り合ったmemory―――(二度と来ない今を)」

 

 

「もうドキドキもトキメキもっ♪」

 

 

「抑えられない止まんないッッ」

 

 

「熱いハラハラが止まらない―――ッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「[キミ]と―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「走り競いゴール目指しっ!」

「遥か響け届けmusicッ!」

「ずっとずっとずっとずっと想い♪夢がきっと叶うなら!!」

「あの日キミに感じた♪[何か]を信じてっ!!!」

「春も夏も秋も冬も超え 願い焦がれ走れ―――!」

 

 

「Ah 勝利へ―――」

 

 

 目まぐるしい程の曲の展開。息をつく暇なんて感じさせてくれない。Bメロからサビへの音のラインの緩急の付け方が有り得ない。

 やりたいこと、したいことを全部詰め込んだ様なこの曲に、学生らしい青春を感じさせられる。

 そして何より.........

 

 

桜木(はは、凄いな.........)

 

 

桜木(これじゃまるで、[レース]じゃないか.........)

 

 

 急かすようなリズム。軽やかな言葉の繋ぎ。まるで彼女達の速さを体現したかのような曲に、俺は彼女達の走りを見た時と同じ様に魅入られている。

 

 

 一番の歌詞が終わった。普段のライブならこれで終わりだろう。だが今日は.........[URAファイナルズ]のライブなんだ。これで終わらせる訳には行かない。

 そう言わんばかりに、彼女達は間髪入れずにCメロの展開へと移行して行った。

 

 

「揺るぎない覚悟決して」

「1つ2つ共に綴る記録」

「背中に迫る迷い振り払え」

「今の自分追い越すだけ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「勝ちたい.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「勝ちたい.........!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「勝ちたいっ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「キミと勝ちたいッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 力強い声と言葉が、俺の心に突き刺さる。その思いは.........俺が今日、ようやく見つけ出した言葉だった。

 ここまで来たのも、チームを無理して結成したのも、彼女達と勝ちたいと思ったからだ。言葉に出来なくとも、俺の心はそう願っていた。

 

 

デジ「.........トレーナーさん。まだ終わってないですよ?」

 

 

桜木「ごめ、んっ.........ちょっ、と。辛い.........」

 

 

デジ「もう、デジたんが支えてあげますよっ」

 

 

 涙で濡れた顔。体力はとっくのとうに尽きている。それでもライブは続いている。そんな俺を気遣って、デジタルは俺と同じくらい涙を流しながらも、袖で目元を拭って俺の肩を担いでくれた。

 

 

 激しい光の演出がやがて落ち着いた様に明るさを落としていく。ステージの中央には.........マックイーンが居る。

 それだけで俺は.........俺はなんだか、救われた気がしたんだ.........

 

 

「未来描きゴール目指し」

「狙え挑め掴め winning」

「ずっとずっとずっとずっと想い」

「夢はきっと叶うから」

 

 

 彼女の歌声が聞こえて来る。その言葉の重みが、直に伝わってくる。

 他の人には分からないかもしれない。最初から強さを見せてくれた彼女の苦悩と、挫折。勝利の裏側にあった日々の努力を.........

 

 

 俺達には分かる。今日、ここに立つ彼女が一体、どれほどの困難を乗り越えて来たのか。共にどれほどの道程を歩んできたのか。俺は.........知っている。

 

 

 そんな彼女が今、[中心に立って踊っている]。

 

 

 その事実だけが.........俺の心を、脳を焦がして行く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの日キミが流した」

「[涙]も信じて―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――そうだ。

 

 

 ―――俺はずっと。

 

 

 この景色を―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――春も夏も秋も冬も超え」

「雨も風も超え」

「雲も闇も超え」

「勝利へ―――!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――[信じて来た]んだなぁ.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「[キミ]と―――!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「走り競いゴール目指しっ!」

「遥か響け届けmusicッ!」

「ずっとずっとずっとずっと想い♪夢がきっと叶うなら!!」

「あの日キミに感じた♪[何か]を信じてっ!!!」

「春も夏も秋も冬も超え 願い焦がれ走れ―――!」

 

 

「Ah 勝利へ―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――Don't stop!No,don't stop'til finish―――!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 言葉では言い表せない程の大きな感情。激しく揺さぶられた心で感じれた事はただ一つ。[喜び]だった。

 救われた。ここまで来れた事。ここまで連れて来てくれた人達に感謝の言葉を送りながら、俺は彼女のライブを見終えたのだった.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

乙名史「.........ありがとうございます。以上で弊社のインタビューは終わりになります。お疲れのところをわざわざ答えて下さりありがとうございました」

 

 

桜木「いえいえ。乙名史さんにはお世話になってますから。これくらい良いですよ」

 

 

 ライブが終わった後、本来ならばある記者会見。しかし時刻は既に夕暮れ。ウマ娘達もレースとライブによって体力を奪われている事もあり、それは後日に持ち越しとなった。

 .........のだが、乙名史さんの姿が目に止まった俺は彼女を呼び止め、もう誰も残っていないレース場にてインタビューを全員で受けていた。

 

 

乙名史「それにしても、皆さん普段からこの場所でレースをしているんですね.........」

 

 

ウララ「うんっ!!とっても走りやすくて気持ちいいんだよ!!」

 

 

 普段一般の人がその足で踏むことは無いであろうレース場のターフ。かく言う俺もあまり経験は無い。

 彼女も俺もトレセン学園の練習場の芝を歩く事は多々あるが、やはり実際のレース場となると感触が違って感じてしまう。

 

 

 こんな所でインタビューを受ける日が来るなんて.........そんな事思っても居なかった。だがこうして、自分の足でこの場に立つと感慨深くなってしまう。

 

 

桜木(.........皆、ここで走ってるんだな)

 

 

 足の裏で感触を確かめつつ、余韻に浸る。今日のレース。これまでのレース。そして.........これからのレース。

 [次]がいつになるのかはまだ白紙のままだ。春のG1を狙うのか。少しばかり暇を設けるか.........考え出せばキリがない。

 だが一つ、確かな事があるとするならば.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺達には、[次]が生まれたという事だ.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

デジ「うぅ〜、デジたん走ってないんですけど、この服を着るとこう、高揚感が.........」

 

 

タキオン「一人だけ学生服と言うのも疎外感を感じさせると思ってね。こうなる事を見越して持ってきていたのさ」

 

 

マック「ふふっ、チーム[レグルス]。全員集合ですわね」

 

 

 嬉しそうに微笑む彼女。そんな表情を見て俺達も少し頬を緩ませる。

 だが、そんな俺達の中にもまだぎこちなさがある。彼女が優勝したレースの余韻がまだ、抜け切れていない。

 

 

 そんな俺達に対して、乙名史さんは下げたバッグからカメラを一台取り出した。

 

 

乙名史「実は今回。皆さんを雑誌の表紙にしようと思っているんです。よろしいでしょうか?」

 

 

「!はいっ!」

 

 

乙名史「ありがとうございます!では一枚.........」

 

 

「.........」

 

 

 カメラを覗き込む乙名史さん。俺達は写真の為に表情を作る。しかしいつまで経ってもシャッターは切られない。

 どうしたのだろう?そう思っていると彼女は申し訳なさそうに一度カメラから顔を離した。

 

 

乙名史「少し、表情が固いですね」

 

 

ライス「えっ!ご、ごめんなさい!!ライスのせいで.........」

 

 

ブルボン「ライスさん。恐らくこの場に居る全員がそうだと思いますよ」

 

 

 申し訳なさそうに謝るライスだが、ブルボンの言っていることが正しい。俺達はまだ、先の事を終わった物だと思えずに居る。そんな状態で100点満点の笑顔なんてそう出来るはずは無い。

 どうしたものか。そう思っていると不意にマックイーンが肘で俺の事を押してきた。

 

 

マック「こういう時こそ、チームトレーナーである貴方の出番ですのよ?」

 

 

桜木「えぇ、俺ぇ?」

 

 

タキオン「精々気の利いた言葉を頼むよ?トレーナーくん。私達の表情を解す為にね」

 

 

 意地の悪い表情を浮かべるタキオン。今そんな顔ができるならお前には必要無いだろう。

 だが他の皆には必要そうだ。マックイーンもまだ上手く笑えて居ない。それを解す為に必要な言葉.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 .........ああ、ダメだな。これを言ったら多分怒られる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木(.........でも、これしか思い浮かばないや)

 

 

乙名史「では、撮りますね」

 

 

 頷いて見せる事で準備が出来た事を乙名史さんに伝える。それを見た彼女はもう一度、カメラを構えて覗き込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 無理をして笑顔になる必要なんてどこにもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自然体で居る。それが大事なんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だから[仮面]はもう、付けなくて良いんだ。皆.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――[おかえり。マックイーン]」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「―――!.........っ」

 

 

 ―――唐突に掛けられた言葉。その言葉一つで抑え込んでいた感情が一気に溢れ出しそうになります。

 それを堪えて、必死に口を結びながらカメラのシャッターが切られるのを待ちました。

 

 

乙名史「.........良い写真ですね」

 

 

乙名史「チーム[レグルス]。[小さき王]の名前の通り、ここに写っている皆さんは―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――[等身大]の、今を生きるウマ娘だと思わせてくれます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう言われて私はチームの皆さんに視線を移しました。

 そこには.........涙を流し、けれどそれを必死に堪える皆さんが立っていました。

 

 

ウララ「.........ズビ」

 

 

 ウララさんも。

 

 

ライス「.........グス」

 

 

 ライスさんも。

 

 

ブルボン「.........っ」

 

 

 ブルボンさんも。

 

 

デジ「.........うぅ」

 

 

 デジタルさんも。

 

 

タキオン「.........はぁ」

 

 

 タキオンさんでさえも.........

 

 

 今この場に共に立ち、そして私と同じ思いを抱いて居る。

 

 

 そんな姿を見せられてしまったら、私はもう.........自分の心を抑える事なんて出来ませんでした。

 

 

マック「ぅうう.........ああぁぁぁ.........!!!」

 

 

 声を出して、心の赴くままに皆さんを抱き締め、恥も外聞も捨てて.........ターフの上で泣きじゃくったのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こうして.........第一回[URAファイナルズ]は.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 チームの、そして[メジロマックイーン]と言う名の[復活]で、幕を閉じたのでした.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――春風が窓を叩く。新たな始まりの訪れを告げる為に、世界は今日も時計の針を回している。

 [URAファイナルズ]という大きなレースは終わりを告げた。だが、それで全てが終わる訳では無い。また今日を生きる人々の手によって、世界は形成されて行く。

 

 

 私の手には[月刊トゥインクル]の特別号。表紙には、涙で顔を濡らす乙女達の姿が映し出されている。

 表紙の言葉には.........[メジロマックイーン。奇跡を超えて今帰還]。文句の付け所など何処にも無い宣伝文句だ。

 

 

 私は表紙を見つめ、その内容を見ようとページをめくろうとしたが、机に設置している内線電話が私を呼び始めた。

 中身は見たかったが、仕方無い。楽しみを邪魔された不快感を拭い捨てながら、その電話を手に取った。

 

 

「応答ッ!!どうかしたか?」

 

 

『どうしたもこうしたもねぇよやよいちゃん!!この記者達を何とかしてくれぇ〜!!』

 

 

「.........古賀トレーナーか」

 

 電話を掛けてきたのは我がトレセン学園の古株。古賀 聡であった。電話の向こうからは質問がどんどん飛んできている。その苦労は私も良く知っているので想像に難くはない。

 だがしかし、可哀想とは思わん.........何故ならば.........

 

 

「古賀トレーナーよ。私は言ったぞ?[嘘はダメだ]と」

 

 

『嘘じゃね〜よ〜!!前病院行った時そうかもしれね〜って言われたし!!俺ぁもう辞める気満々だったんだって〜!!』

 

 

「.........で?」

 

 

『でもよ〜?脳みそ検査したらな〜んも異常ねぇってんで。それどころか脳細胞が実年齢より10若いって.........たはは』

 

 

「.........桜木トレーナー達が言っていた事、もう一度言おうか?」

 

 

 私のその言葉を聞いた彼が一瞬、言葉を詰まらせる。あの時の彼の気迫というか、怒りの凄まじさには身が震えた物だ。

 

 

 URAファイナルズから一週間経った。だがそれでも世間は未だにその話題で持ちきり。嬉しい限りだ。

 だがその裏で、ウマ娘がレースを走る裏で何が行われていたのか知っている者は数少ない。

 

 

 この男。古賀 聡はその盛り上がりに貢献した。

 

 

 そう。[若いトレーナー]が優勝すれば、この業界は更に活性化する.........と。

 

 

 聞こえは良いが、その内容を聞いた時私は即座に反対した。そんな酷い話があるか。と。

 

 

 案の定、後日沖野トレーナーと桜木トレーナーに彼と共にそれを話したら.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『一生トレーナーやってろッッッ!!!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ウマ娘に蹴られて地獄に落ちろォォォォ―――ッッッ!!!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 .........と、取り押さえるのが大変な程に怒りが沸騰していた。

 そんな彼らの怒りを鎮める為に課した罰が、この記者達の対応だ。今まで散々こういう事から逃げてきた分を考えればまだ足りないレベルだ。

 

 

『頼むよ〜やよいちゃんっ!俺ぁ苦手なんだよインタビュー系が〜!!』

 

 

「熟知ッ!!だから罰なのだっ!!」

 

 

『責めてほら!アイツら連れて来てくれねぇか!!沖野はURAファイナルズのMVPトレーナーだし!!桜木もすげぇ活躍しただろォ!!?』

 

 

 わたわたとして器用に質問に答えながらも尚、古賀トレーナーは私に講義を寄越してくる。

 確かに普通に考えれば、活躍した者をメディアに出すと言うのは当たり前の考えだ。

 

 

 沖野トレーナーは担当が[マイル部門]。[中距離部門]の優勝を果たした事で、URAファイナルズで最も成績を残したトレーナー。[MVP]に選出された。

 桜木トレーナーは.........言わなくてもわかるだろう。[繋靭帯炎]という克服不可の病。症状は軽くなるだけであり、完治することは無い。出来たとしても、その痛みを知ったウマ娘は二度と全力で走れなくなる

 そんな中で.........見事[長距離部門]。[最も強いウマ娘]が勝つとされる部門で勝利を納めたのだ。

 

 

 そんな二人を出さないわけには行かない。

 

 

 .........行かないのではあるが。

 

 

「.........実は、有給を取っていてな」

 

 

『かァ〜!!まぁ仕方無ぇ!ずっと激務だったからなぁ!!じゃあ、スズカとかっ!それこそマックイーンとか呼んできてくれないか!!?』

 

 

「居ない」

 

 

『へ?』

 

 

 素っ頓狂な声を上げる古賀トレーナー。その後ろからは私のその言葉が聞こえたのだろう。多くの記者がその事に関しての事実確認を求めている。

 これ以上は私の時間も取られてしまう。普段であるならば丁寧に答えた所ではあるが、今回は古賀トレーナーへの罰。URAファイナルズについてはまた後日、私が記者達に答えることにしよう.........

 

 

「.........そろそろ、[桜]が咲く頃だな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「うわぁ.........!!!」

 

 

 目の前に広がる広大な世界。まるで御伽噺の国が絵本の中からそのまま出てきたかのような錯覚に陥ってしまう。

 人生で初めての場所。初めての匂い。初めての高揚感.........こんな場所がまさか、現世に有っただなんて.........!!!

 

 

沖野「流石にはしゃぎすぎじゃないか?」

 

 

桜木「むっ、[夢]が無いっスね〜沖野さんは」

 

 

スズカ「そうですよトレーナーさん。折角ですから、楽しまないと」

 

 

 この世界観にうっとりしてしまっている俺とは対照的に、沖野さんはゲンナリとした様子でもう帰りたそうにしている。

 そんな彼を引っ張るようにスズカが先導し、それを逃げないようスピカのメンバー達が包囲して連行して行く。

 

 

ウオッカ「最初どっから行く?」

 

 

ダスカ「バスが走ってるわ!!」

 

 

スペ「汽車も走ってますよー!!」

 

 

オル「皆の分も買ってきたよー!!フェスタちゃん付けて付けて!!」

 

 

フェスタ「サンキュー。それにしても、この時代も大人気だな」

 

 

ゴルシ「うおおおお!!!この時代でも全アトラクションコンプリートしてやるぜ〜!!RTA勢を舐めんなよー!!!」

 

 

テイオー「トレーナートレーナー!!どこから乗るのー!!」

 

 

沖野「ええいっ!!いっぺんに喋るな!!行くって!!お前らの行きたいところ全部!!!」

 

 

スピカ「やったー!!!♪」

 

 

 騒がしさが遠のいて行く。そんな中沖野さんは俺の事を恨めしそうな目で睨んできたが、仕方無いんだ。無理矢理でもしないとアンタ有給消化しそうにないから.........

 そう思って居ると、不意に俺の腕を引っ張る存在が居る。ウララとライスが特徴的なカチューシャを頭に付けて耳が四つになっていた。

 

 

ウララ「トレーナー!!これ、オルフェちゃんから!!」

 

 

ライス「パンフレットも貰ったよ!!」

 

 

桜木「おー!!ありがとうっ、俺優柔不断だから何処から行くか.........」

 

 

ブルボン「.........」モグモグ

 

 

 広い場所の中央でパンフレットを開く。そこに先程二人と、お店でおやつを沢山買ったブルボンが覗き込んで一緒に見ている状態。

 

 

 色んなアトラクション。そしてコーナー。イベント.........子供の頃行きたい行きたいと思っていて終ぞ行けずにいた場所。俺にとっての、いや.........全日本人にとっての[夢の国]に今、俺は居る。

 

 

桜木「最初に行くのは〜」

 

 

マック「もちろん、ここですわ」

 

 

桜木「.........え゜」

 

 

 突然、横から場所を指定される。その指の先には.........[ホーンテッドマンション]と記されていた.........

 

 

桜木「い、いや.........俺怖いのはちょっと.........」

 

 

タキオン「おや、[今までの行い]をこれで許してあげようと思っていたんだけどね〜?」

 

 

デジ「デジたん考案です。これが一番効果的かと」

 

 

 更に横から現れるアグネスコンビ。その表情はどちらも悪い笑顔を浮かべている。

 この時、俺は嫌な予感がした。まさか.........まさか、俺を懲らしめる為に、行きたいと思っていた夢の国に連れて来て、天の園に来たと言わんばかりにテンションが爆上がった後に、お化け屋敷に連れて行く.........なんてことを画策していたんじゃ.........

 

 

桜木「ま、マックイーンさん?流石にですよね?恋人ですよね?俺達.........」

 

 

マック「ええ♪当たり前ではありませんか♪」

 

 

桜木「.........ほっ―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――だからこれで許して上げます♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 .........違う。手心を加えてこれなんだ。俺が今までしてきた自分勝手や、彼女達を振り回してきた事。その全部を、これで許してくれるんだ。

 彼女の優しさが身に染みる。なんて可愛い顔で、そして優しい声なんだろう。俺は.........今までこんな子達を振り回していたのか.........

 

 

桜木「.........ごめん」

 

 

ウマ娘「.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――で」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「許してくださぁぁぁぁぁいッッッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ウマ娘「あっ!!?」

 

 

 ―――するりと。まるで流れる水のようなしなやかさで私達の隙間から抜け出るトレーナーさん。そしてそのまま彼は走り始めました。

 逃がす訳ないじゃ無いですか。折角彼を懲らしめるチャンスなんです!!ここで逃がす訳には.........!!!

 

 

デジ「いやいや、人間がウマ娘に勝てるわけないじゃ無いですか。古事記にもそう書いてますよ」ヤレヤレ

 

 

桜木「それはどうかな!!!」

 

 

デジ「ひょっ?」

 

 

桜木「速攻魔法発動ッッ!!![超融合]ッッッ!!!!!」

 

 

ウマ娘「え」

 

 

桜木「俺は俺とこのタキオンの薬を素材にして融合召喚するぜッッッ!!!!!」

 

 

タキオン「ホいつの間に!!?」

 

 

 彼は走りながら懐から水筒を取りだして飲み干しました。

 すると見る見るうちに身体は代謝の急上昇による発汗とその汗による水蒸気で包まれました。

 

 

桜木「ハッハー!!超融合にはチェーン出来ないんだぜッッ!!!禁止にしろこんなカードッッッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――許しません」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全員「.........え?」

 

 

マック「終わったら.........普通にデートを楽しもうと思っていましたのに.........!!!」

 

 

 身体に溢れる[怒り]。決勝の時以上のパワーが身体に巡るのを感じました。

 折角終わったら、全部水に流して、一泊二日のこの旅行を楽しもうと思っていましたのに.........!!!

 

 

ブルボン「!!?こ、この[オーラ]は.........!!!」

 

 

タキオン「おいおいおいおいっ!!!落ち着きたまえマックイーンくん!!![ヘル化]が!!!ヘル化が始まっている!!!」

 

 

マック「絶対.........絶対.........っっ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「許さないんだからァァァァ―――!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――迫り来る一人のウマ娘。

 

 

 そして、それに追い付かれないようにする一人の男。

 

 

 傍から見れば、こんな二人が心を通わせ、[奇跡を超えた]と言われたとしても、誰も信じはしないだろう。

 

 

 だが、それでも二人は見出した。[一人]では辿り着けない場所。[独り]では抜け出せない孤独。

 

 

 [心]を一つにするのではなく、自身の[心]の隣に他者の[心]を置く。それこそが、[一心同体]なのだと.........

 

 

桜木「わっわっわっ、ご、ごごご.........!」

 

 

 でこぼこ道はまだ続く。

 

 

 例え、それが[山]となり、[谷]になったとしても。

 

 

 それでも、誰かが隣に居る。誰かの[心]が、傍に居る。

 

 

 それだけで、[ひとりじゃない]。そう思える。

 

 

 そしてそうやって.........その苦難の道でさえも、[日常]だと思わせてくれる.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめんなさぁぁぁぁいっっっ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな道を乗り越えた先。その場所にはいつも.........[キミ]が居る。

 

 

 そう思えるだけで、人は、人間は.........どんな苦難も乗り越える力を得る事が出来る。

 

 

 そう、それこそが.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 [山あり谷ありウマ娘]。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――Fin―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『.........Fin。ねぇ』

 

 

『まぁ、良いんじゃないかしら?長いこと続いた物語なんだし、ここで終わっても』

 

 

『でもまだ、あるわよね?[忘れている事]』

 

 

『[アレ]。どうするのかしら?』

 

 

『.........まっ、私には関係無いのだけれど』

 

 

『.........はぁ、暇ねぇ。話の分かる話し相手くらい出来て欲しいのだけれど』

 

 

『.........今度あの[坊や]に会いに行こうかしら、ね』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 [夢追い人]

 

 

 

 

 

 進化条件

 [異界の者]に触れる 1/1

 [奇跡]を超える   1/1

 

 

 

 

 

 [スキル]の進化は[トレーナー活動終了時]に行えます.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 山あり谷ありウマ娘

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ......To be continued



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URAファイナルズ編 エピローグ
未来からの訪問者


前の話で引退したので初投稿です


 

 

 

 

 

「じゃあママ。行ってくるね」

 

 

「大丈夫?グーちゃん」

 

 

「もうっ!お姉ちゃんずっと心配してる!」

 

 

「そ〜そ〜。なる様になるって〜。時間が切れたら帰ってくる様になってるし〜」

 

 

「ごめんなさいね。あの人だけじゃ心配で.........あ、あと伝えるのは出来れば[ママ]の方に.........」

 

 

「もう!分かったから!!もう行くからねっ!!!」

 

 

「あっ―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 桜が咲く季節。春。

 例年であればこれから始まる春のG1レースの為に、ウマ娘もトレーナーも躍起になってトレーニングに勤しんでいるが、今年は違う。

 [URAファイナルズ]。時期にして見れば既に二週間過ぎてしまったが、人々の熱狂は未だ収まらず、そして多くのトレーナー達の余韻も収まっていない。

 

 

 だが.........それは[普通]のトレーナーだったならばの話だ.........

 

 

桜木「はァっ!はァっ!クソっ!!!だからごめんって言ってるだろぉ!!?」

 

 

タキオン「ふざけるなっっ!!!ゴメンで済ませてしまったら君はまた性懲りも無く私の作った薬を勝手に飲み始めるだろッッ!!!」

 

 

桜木「じゃあ机の上に放置すんなァァァァッッッ!!!!!」

 

 

 現在。トレセン学園の廊下でデッドヒートを繰り広げているのは一人のトレーナーとウマ娘。

 俺。[桜木 玲皇]は今、アグネスタキオンの薬を勝手に飲んだ事で彼女の怒りを買ってしまっていた。

 

 

 人通りの多い廊下をまるで水のようなしなやかさですいすいと潜り抜けていく。ウマ娘である彼女にとってはスピードを出せず、もどかしい気持ちも相まってやりづらいだろう。

 

 

 そんな姑息な作戦で差を広げ、曲がり角を曲がって曲がった後、更に曲がってある教室に身を隠す。

 

 

桜木「はぁ.........はぁ.........はぁぁぁ」

 

 

 タキオンの足音が遠ざかって行く。それを聞いた俺は安心し、壁に背中を持たれさせながら床に尻を着かせて息を吐き切った。

 俺が何をしたって言うんだ。俺はただ机の上にあった[飲むな]と札紙を付けられた薬品を飲んだだけなのに.........

 

 

 .........いや俺が悪いな。何が起こるか分からない薬だと思って好奇心で飲んでしまった。

 世の中には[好奇心は猫を殺す]とよく言う。しかし誰かが言った。[好奇心の無い猫は死んだも同然]だと。俺は死にたくない。

 

 

桜木「こっからどうすっかなぁ.........?」

 

 

 俯いたところから顔を上げると、目の前にほのかな光の球体が現れる。普通だったら慌てふためく所だろうが、残念な事にこういった事には慣れてきてしまった。

 またどうせ[Mさん]がくどくどと説教しに来たのだろうと思っていたが.........その目の前に現れた人物を見て俺は度肝を抜かれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「.........ゑ?」

 

 

 天然のオールバック。不良に見えてしまう顔付き。そして首から下げられた[王冠のアクセサリー].........それを見て俺は思考を停止させた。

 

 

 それは.........紛れも無く[俺]だった。

 

 

「俺は[20年後]の未来から来たお前自身だ」

 

 

「今からお前に、大切な事を伝えなくちゃ行けない。良いな?」

 

 

桜木「.........」

 

 

 何の脈絡も無く話が進んで行く。頭は当然追いつかない。当たり前だろう。ゴールドシップ達という存在のおかげで俺の中では未来の世界は認識出来ている。

 だが、それが俺本人となるとまた別。しかも様子を見るに、彼女達の未来とは違う、この世界の一直線上にある未来.........

 

 

 心の準備は出来ていない。大切な事というのも皆目見当もつかない。

 しかし、俺は思った。そしてその思いのまま、言葉を口にした.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――ラッキー♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「.........ゑ?」

 

 

 先程俺が出したのと同じ呆けた声。しかし俺は自分に優しくは無い。奴とは違うがやはりいけ好かない存在。俺はそいつを.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 思いっきり蹴り飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 声もあげずにぶっ飛ぶ男。背中は教室の扉を突き破り、身体は廊下へと投げ出された。

 

 

「てん、めェ.........!!!何しや「見つけたぞッッ!!!」.........はい?」

 

 

タキオン「さぁトレーナーくん〜?勝手に薬を飲んだ理由とその懺悔を、みっちり聞かせてもらおうか?ん?」

 

 

「え、あっ、あ.........」

 

 

桜木「未来の世界に帰れるといいなぁ.........」

 

 

 首根っこを掴まれて引き摺られていく男。何とも悲しい光景だろう。男は20年後の俺だと言っていたが、見た目で言えば本当に変わっていない為、普段からあの光景がトレセン学園で見れると言うことを客観的に教えてくれる。

 悲しい.........成人男性が女子学生に怒られてる姿.........とっても悲しい.........

 

 

桜木「.........まっ!俺の事だから怒られ慣れてっだろうしっ!いっか!!」

 

 

 何はともあれ難は去った。悪は滅びた。俺は自由だ。あの男には可哀想なことをしたが、まぁ俺だし。別にいいっしょ。なんか大切な事伝えに来たとか言ってたけど、知らん。マックイーンを連れて来なかったのが運の尽きだ。

 

 

 さてと。しばらくほとぼりが覚め切るまで俺はプラプラとしてますかねぇ.........

 

 

「そ、そんな.........い、今はちょっと.........」

 

 

「良いじゃないですか!どんな感じか聞かせてくださいよ!」

 

 

桜木「ん?アレは.........」

 

 

 廊下から出て少し歩いていると、困っている声と嬉しそうに話している声が聞こえてくる。

 何かあったのだろうか?そんな好奇心.........基、心配さが生まれた俺はその声の方へ向かってみる。

 するとそこには、普段見慣れている[芦毛]のロングヘアーの後ろ姿があった。

 

 

 .........しかし。

 

 

桜木(.........[違う])

 

 

「っ!ごめんなさいっ!わたしトレーナーさんに用事があります!ので!」

 

 

「え!そうだったんですか!ごめんなさいっ!ではまた今度聞かせてくださいね!!」

 

 

桜木「えっちょ!!?」

 

 

 不意に掴まれた腕。彼女は俺を自分のトレーナーだと言って来た。話していたウマ娘は申し訳なさそうにしながらも、俺の静止を聞かずにその場を後にした。

 

 

「.........はぁぁぁ、助かった〜」

 

 

 俺の腕を抱きしめながら、へなへなと力を抜く少女。その顔を見れば普段からよく知っている顔だ。と、付き合いの短い人間は思うだろう。

 

 

 だが俺は違う.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「.........[マックイーン]じゃないよね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ、どうして分かったの.........!!?」

 

 

 驚いた顔を見せる少女。やはりその表情も彼女とそっくりだ。まるで瓜二つ。ドッペルゲンガーにでも会っている気分になる。

 だが残念。俺は彼女のトレーナー。その上[一心同体]のパートナーだ。些細な違いに気付くのなんて簡単だ。

 

 

桜木「分かるよ。マックイーンの髪はもう少し紫掛かってるし、それに前髪の分け目が君とは反対だ。それに.........」

 

 

「それに.........?」

 

 

桜木「マックイーンの方が2cm小さい」

 

 

「.........え、キモい」

 

 

 え。なんでそんな事言うの?だって周知の事実じゃない?自慢じゃないけど[繋靭帯炎]の克服を支えきってURAファイナルズも優勝したんですよ?それくらいの熱量はあって当然じゃないの?

 少女は心底嫌そうな目で腕に抱きついたまま俺の事を見上げている。そんな目を向けられた事は一度もない。もちろんマックイーンにも。

 .........あ、でも良いっ。なんかそういう目で見られるの凄く良いっ。新たな扉開けちゃうっ!!

 

 

「ねぇ、話があるから場所変えていい?目立ってるよ?」

 

 

桜木「へ?」

 

 

 少女が指を指した方向を見ると、そこには大勢の学生達がヒソヒソと俺達を見て話し合っていた。

 こ、これはまずい.........!つい最近理事長に「気持ちは分かるがイチャつくなよ」って言われたばかりなんだ!!いつもの冒頭漢字二文字も外して注意されたんだ!!このままじゃまた三時間説教モードに突入しちまう!!

 

 

桜木「カフェテリアっ!カフェテリア行こっか!!」

 

 

「!うんっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 お昼時のカフェテリア。お腹を空かせたウマ娘やトレーナー達が集う憩いの場。その中の一つの席に俺とマックイーンに似た女の子は座っている。

 

 

桜木「それで?君の名前は?」

 

 

「う、うん。私の名前はね」

 

 

桜木(う〜ん。順当に行くと多分ポイントフラッグさんなんだろうけど、どうにも雰囲気が違うからなぁ.........まさか)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「[ギンザグリングラス]って言うの」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木(やっぱりね)

 

 

ギン「夢は[ネオメジロ家]を設立すること!」

 

 

桜木「ちょっと待って?」

 

 

 聞き捨てならない言葉が出てきた。なんだネオメジロ家って。そして何故しまったというような形で口を押さえた?

 

 

ギン「まぁそれは今回の話に関係無いから置いといて」

 

 

桜木「いや気になるんだけど」

 

 

ギン「ママからあまり未来の事は言うなって.........」

 

 

桜木「じゃあそんな単語出さないでよ.........」

 

 

 そんな眉唾物な言葉が出てきたら誰だって気になるだろう。せめて概要だけでも教えて欲しい。

 そう思い食い下がってみると、かいつまんで説明してくれた。

 

 

 どうやら未来ではメジロ家は解散しているらしい(マジかよ)。権力自体は存在しているものの、レース界からは一歩を引いて他の事に注力している.........とか。

 想像出来やしない。今になってようやく実感しているが、メジロの影響力の強大さはとても大きい物だ。それが無くなる?無理だ。考えられない.........

 

 

 しかし彼女の説明によって、別に悪い事が起きた訳では無く、元々考えていた事のようだったらしい。

 ウマ娘とは走る為に生まれてきた様なもの。しかしそれを課す事によって、マックイーンの様な存在。つまり強い責任感によって自己を犠牲にするウマ娘が出てくる事を懸念し、その判断を下した.........

 

 

桜木「.........まぁ、大体は分かった。分かったけど.........」

 

 

ギン「?」

 

 

桜木「君は.........その、俺とマックイーンの[子供]って事でいいんだよね.........?」

 

 

 なるべく周りに聞こえない声で彼女に問い掛ける。無言で頷くその姿を見て、俺は頭を抱えた。

 

 

 [未来]が変わっている。本来の歴史であるならば、俺とあの子の間には二人。フラッグとコウキさん。ゴールドシップの父親だけだった。

 それがここに来てルート分岐が発生し、何かを伝えるために俺の目の前に現れている.........

 

 

桜木「.........んで、俺に伝えたい事って?」

 

 

 パシャっ

 

 

ギン「あっ、そうだったそうだった。私が未来から来た理由は.........」

 

 

 パシャっパシャっ

 

 

桜木「.........」

 

 

 パシャっパシャっパシャっ

 

 

ギン「.........えっと」

 

 

 パシャシャシャシャシャシャシャ!!!

 

 

桜木「うるせェェェェッッ!!!誰だこんな所でカメラ連写してる奴ァッッ!!!」

 

 

「うお!!?なんでバレたんだ!!?」

 

 

桜木「っ!!?お、まえ.........」

 

 

 俺を取り囲むような形で居る三人。その全員が俺にスマホ(一人はデジタル一眼レフ)を構えて撮っていた。

 それに怒りが爆発した俺は立ち上がって講義の声を上げる。そしてそこに立っていたのは.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『んじゃ、アタシら未来に帰るわ!!』

 

 

『んお?おいおい!んな悲しい顔すんなよっ!白銀がいっからアタシは帰ってくるぜ?姉ちゃん達は分かんねぇけどな!!』

 

 

『うっし!!んじゃタイムマシーンゴルシちゃん号っ!!はっし〜んっっ!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「ご、ゴールドシップ.........!!?」

 

 

ゴルシ「おっほ〜!!!マジでアタシらの事知ってんじゃんっ!!!」

 

 

 自分の名前を呼ばれて嬉しそうに飛び跳ねるゴールドシップ。いつもそう呼んでいる筈だが、一体どういう.........

 

 

 .........いや。今俺と話していたギンザグリングラスはここから一本道の先にある未来から来た。そう説明はされていないが、何となく察せられる。

 つまり、今目の前に居るゴールドシップは[俺達と過ごしたゴールドシップ]では無い。また別の存在の筈だ.........

 

 

ゴルシ「なっ!なっ!!コイツはコイツは!!?」

 

 

桜木「.........ナカヤマフェスタ」

 

 

フェスタ「!これは驚いた.........当てずっぽうでもねぇ。あのホラ吹き爺さんが言ってた事は嘘じゃないって事か.........」

 

 

 傍らに居たフェスタを抱き寄せて誰かと問われる。それに答えて上げると、彼女も驚いた表情を見せてそう言った。

 なるほどなるほど.........どうやらこのまま行くと俺はナゾナゾ博士宜しく嘘ばっかりつくおじいちゃんになってしまうんだな。いい歳の取り方してるじゃねぇか。

 

 

「この程度、我が祖父にとっては愚問であろう。妹よ、あまり余の臣下を無礼るな」

 

 

桜木「.........え誰」

 

 

「え」

 

 

 偉そうに腕を組んで圧の強い言葉を発するウマ娘。見た感じゴールドシップとナカヤマフェスタの姉妹らしいが.........見覚えは全く無い。

 もしや、彼女が言っていた一番上の姉だろうか?オルフェーヴルの口振りからして暴れん坊というか、少し危ない感じのする姉らしいが.........

 

 

ゴルシ(爺ちゃん爺ちゃん。オルフェーヴルだぜ)

 

 

桜木「ああ、オルフェーヴル?.........オルフェーヴルッッ!!?」

 

 

オルフェ「.........」

 

 

 一回目の名前を呼んだ時には彼女の姿が思い浮かんだ。手入れの行き届いて居ないボサっとしたロングの栗毛ヘアーに口元をいつも隠しているマスク。

 二回目に呼んだ時は目の前の相手を見て驚いた。しっかりと綺麗な手入れが行き届いた光り輝く栗色の髪。前髪には綺麗な白い髪が生えており、表情は自信たっぷりだった。

 今は.........その、申し訳ない事に、若干悲しい顔をしているが.........

 

 

桜木「.........えっと、ごめん」

 

 

オルフェ「え、あっ。待って。タイム」

 

 

桜木「え?」

 

 

 突然言い渡される静止。何が何やら分からないうちにオルフェーヴルは懐から何やらノートを取り出し必死に捲っている。

 何のノートだろう.........いや、あの表紙。どこかで見た事あるな.........アレは確か.........

 

 

桜木(.........あっ、[覇王ノート]だ)

 

 

 思い出した思い出した。確かオペラオーが日々思い付いた覇王的セリフを書き残しているノートだ。

 なるほど。ファンボならぬファンガであったか.........それならあの口調もよく分かる。

 

 

オルフェ「.........良い。許す」

 

 

桜木(場面に合う言葉が見つからなかったか)

 

 

桜木「.........んで、君達はなに?俺に伝えたいこととかあんの?」

 

 

ギン「そ、そうよ!こっちは[家族]に関わる大事な話の最中なのよ!!」プンプン

 

 

 取り敢えず話を戻す為に彼女達に質問をふっかける。そしてそれに便乗する様にギンちゃんもその内容に関わる事を話してくれた。

 え、これそんなに重い話なの?急に聞きたくなくなってきたな.........

 

 

ゴルシ「いやアタシ達は旅行に来ただけだぜ?」

 

 

フェスタ「トレセン学園に入学出来たからな。その祝いに[おやっさん]が連れて来てくれたんだ」

 

 

オルフェ「本来ならば我が姉も連れてくるべきだが.........仕事でな」

 

 

 ああ、やっぱりお姉さんはいるのね.........っていうか旅行で時間を超えるなんて凄い時代だな。未来の世界は相当明るい物だろう。

 そんな関心に浸りながらも、ここに来た本来の目的をまた思い出す。

 行けない行けない。俺は彼女から未来からのメッセージを受け取らなければならない。それが[家族]の.........マックイーンの為ならば尚更だ。

 

 

桜木「じゃあ話は済んだな。写真は幾らでも撮っていいから。俺達の話の邪魔はするなよ?」

 

 

ゴルシ「ちょっと待てよ。アタシらが用は無くても、[アイツ]は話があるって言うからこの時代に寄り道してやったんだぜ?」

 

 

桜木「アイツ.........っ!!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「久しぶりだな。玲皇」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺の目の前に立ちはだかる男。その男の姿を見て俺は驚愕した.........染められた白い髪。テレビの中でよく見るサングラス。そしてイラッとくる声。

 そのどれを取ってもそれが[アイツ]だと俺は分かってしまう。分かってしまうが.........それでも、一つだけ絶対に[アイツ]では無いと断言出来る要素があった。

 それは.........

 

 

桜木「すいません。厨房の豚が逃げ出してるみたいなんですけど」

 

 

ギン「だ、ダメよパパ!!人にそんなこと言っちゃ!!た、確かに凄く太ってるけど.........」

 

 

「良いんだお嬢ちゃん。焼きそば専門店を開いて数十年。試食を続けて来た今の俺はまるで豚とポタラで合体したみたいな存在.........そう言われるのも無理は無い」

 

 

 な.........なんてことだ.........あの白銀が.........[白銀翔也]という人類史上最強フィジカルを持つアイツが.........こんな姿になってしまうだなんて.........!!!

 鍛え上げられ身がぎっしりと詰まっていた腕はその太さから力強さは感じるものの、全盛期のスタイリッシュさは無くなり、脚も立ち仕事主体で筋肉が肥大化してプロポーションが悪化している。

 そして極めつけは.........腹。腹。腹ァ!!!なんだこの腹はァッッ!!!試食してきたってレベルじゃねぇぞ!!!いまさっきなんか食ってきただろこれェッッ!!!

 

 

「お前に伝えなければならない事が一つある」

 

 

桜木「それは.........俺の[家族]に関わる事か?」

 

 

「そうだ。だがその前に俺の悩みを聞いて欲しい」

 

 

桜木「えっやだ」

 

 

「ありがとう」

 

 

 もうホントにやだコイツ。人の話聞かないじゃん。どうせもうどんなに遮っても話すつもりだろう。もう良いよ。話半分で聞いてやっからさっさと話せよカス。

 

 

「実は店の新作看板メニューに豚のチ〇ポを使おうと思っている」

 

 

桜木「頭悪いっぽいから腕利きの動物病院に連絡するね」

 

 

「因みに宣伝文句は豚のチ〇ポ美味しすぎだろ」

 

 

桜木「くっだらねぇなんだよそれバカバカしい!!!」

 

 

「あっ時間切れだからそろそろ消えるわ」

 

 

桜木「殺されてェのかァッッッ!!!!!」ガタッ!!!

 

 

 思いがけないタイムリミットに俺は立ち上がりながら豚人間の胸倉を掴みあげた。なんだよそれ。テメェ俺に悩ませる暇もなく好き勝手意味分かんねぇ事言っただけじゃねぇか。

 そしてその時間切れを知らせる様にゴールドシップ達の身体が光り始める。どうやら本当にこの時代から消えてしまうらしい。

 

 

ゴルシ「おっしゃー!!次は〜白亜紀〜。白亜紀〜」

 

 

オルフェ「待て。此度の目的はフランス王朝ブルボン期のオペラを拝見すると」

 

 

フェスタ「アタシは世界初のカジノの立ち上げの瞬間を見に行くって聞いたぞ?」

 

 

「玲皇。嘘つくのやめろ」

 

 

桜木「こ、殺してやる.........!!!」

 

 

ギン「.........」ポカーン

 

 

 最後に捨て台詞を吐いて、人騒がせな奴らは消えて行った。俺の心をぐちゃぐちゃに掻き混ぜてから.........

 そんな怒りを渦巻かせていながらも、目の前に居る彼女の事を思い、必死に気持ちを鎮める。何、別に決まった世界では無い。可能性は無限大。アイツを矯正する事だって出来るはずだ。無理に近いが。

 

 

 取り敢えず、面倒な奴らは消え去った。これでようやく元の話に戻れる.........

 

 

桜木「.........じゃあ、改めて聞いてもいいかな?」

 

 

ギン「私は良いけど、その.........周りが.........」

 

 

桜木「え?」

 

 

 チラチラと周りに目を配らせるギンザグリングラス。それに釣られて俺も周りを見ると、全員の視線が俺達に向けられていた。

 不味い、騒ぎすぎたか?確かに勢いに任せて殺すとか言っちゃったし.........そりゃ目立つよな.........

 

 

 よし。ここは早いとこ要件を聞いてこの場を後にした「おい」.........

 

 

ナリブ「生徒から苦情があったぞ。桜木」

 

 

桜木「げっ.........ブっさん.........それに」

 

 

グルーヴ「.........URAファイナルズの時は見直したが、こうなると話は別だな?桜木トレーナー」

 

 

桜木「あ、はは.........?お二人とも、ここは穏便に.........ね?」

 

 

 怖い顔で迫ってくるエアグルーヴ。呆れた顔で俺を見るナリタブライアン。俺の必死の弁解も虚しく蹴られ、二人からは説教と一週間カフェテリア使用禁止を言い渡されてしまった.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「な.........なんで.........!なんでこんな事に.........!!!」

 

 

ギン「げ、元気出して?パパは悪くないわっ!悪いのはパパの運よ!!」

 

 

 カフェテリアを追い出された。ブっさんに首根っこを掴まれ外に放り出される姿は正にペットの躾のシーンそのものだっただろう。凄い屈辱的だ。

 カフェテリアのすぐ外で地面に両手を着く。普通だったらもう彼女の話を聞いている所だったのに.........気付けば一週間のカフェテリア出禁.........激しい怒りが湧いてくる。

 

 

桜木「殺してやる.........!白銀翔也を殺してやる.........!!!」

 

 

桜木「次いでに宗也と創も仲良く地獄に叩き落としてやる.........ッッ!!!」

 

 

桜木「俺は優しいからな.........!!!一緒の墓に骨壷ぶち込んでロードローラーで下敷きにしてやる.........キヒ、キヒヒ.........!!!」

 

 

ギン「.........怖ぁ」

 

 

 頭の中でのシミュレーションを何度も繰り返し感情を落ち着かせる。犯人俺。喪主俺。思い出の手紙読む人俺。墓購入者俺。ロードローラー操縦者俺で構成された完全スカッと状態。みるみるうちに溜飲が下がって行く。

 ふぅっと息を吐きながら立ち上がる。流石にこれ以上未来の娘に無様な姿は晒せない。こういう時は何事も無かったかのように切り替える事が大切だ。

 

 

桜木「取り敢えず移動しよっか。今の時間ならトレーナー室に誰も居ない筈だし」

 

 

ギン「あっそっか。そろそろお昼休みも終わりだもんね」

 

 

桜木「そうそう。んじゃ行きましょうか」

 

 

ギン「.........人が変わり過ぎて怖い」

 

 

 最後の呟かれた言葉は聞かない事にして、俺達はトレーナー室へと足を向けたのであった.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「どうぞ。散らかってますけど」

 

 

ギン「え?パパのトレーナー室にしては片付いてるよ?」

 

 

桜木(マジかよ)

 

 

 案内した俺のトレーナー室。兼チームルームであるこの部屋は雑多に物が置いてある。

 チームメンバーのぱかプチ。簡単な実験用具。様々な生き物昆虫図鑑。可愛らしくデザインされた手作りの絵本。よく見る機体からニッチな機体までが揃ったプラモデル。ウマ娘に関する様々なポスター。

 .........一応隠しているが、応援ユニフォームももちろんある。彼女の要望で来客の目に付かないよう隠している為見つかる事は無い。

 

 

 そんな部屋より汚くなっているのかこのトレーナー室は.........自己管理能力の低さは自覚しているが、まさかこれ以上に汚くなるだなんて.........一体どうなっちまうんだ俺のチームルームは.........

 

 

桜木「ま、まぁそれは置いといて。さっきの話の続きをお願いするよ。俺が何をすべきなのか.........」

 

 

ギン「うん。あのね、これからパパとママには―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そこまでです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 瞬間。背筋が凍る。本来ならば聞くはずの無い声。ありえないと思いながらも、俺はチームルームの入口を見た。

 そこには.........今この光景を一番見られたく無い人物。そう、俺にとっての全てと言っても過言では無い。[メジロマックイーン]がそこに立っていた。

 

 

マック「.........」

 

 

桜木「ま、マックイーン!!?授業中じゃ.........」

 

 

マック「.........はぁ。相変わらず話を聞かない人ですわね」

 

 

桜木「え?」

 

 

 おでこに指先を当ててやれやれと言った様子を見せる彼女。俺はまた何かを聴き逃してしまったのだろうか?

 考えても答えは出てくれない。そんな俺に痺れを切らし、彼女は呆れながらもその答えを教えてくれた。

 

 

マック「[URAファイナルズ]は今までに無い形態のレース。本来ならば一レース終えれば少しの休息期間が必要不可欠」

 

 

マック「しかし、それをせずにトレーニングからの翌週出走。疲労は溜まりますし、終わったとしてもまた大きなG1レースが始まってしまいます」

 

 

マック「それを危惧した理事長が特例で出場者に遅い春休みを設定した。お忘れですの?」

 

 

桜木「.........そだっけ?」

 

 

マック「はぁぁぁ.........本当、忘れっぽいんですから.........」

 

 

 腕を組んで窘めるように俺を見る。そんな彼女に対して俺は申し訳ないと思いつつも、笑う事しか出来なかった。

 昔からこの性分なんだ。記憶力はある方だが、発揮する時としない時の差が激しいし、その条件がよく分かっていない。それでいつもチームメンバーにも迷惑を掛けているし、直したいとも常々思っているのだけれど.........

 

 

桜木「あっそうだマックイーン!!この子なんだけどさ!!」

 

 

マック「?.........そういえば、私に似ている方が居ると思いましたが」

 

 

ギン「わっわっ本物だ.........!本物のメジロ家だ.........!!」

 

 

 そういう言い方はどうなのよ。貴女マックイーンの娘なら毎日会ってるでしょ.........それとももうそんな雰囲気を感じさせなくなってるの?会ってみたいよ本当.........

 

 

桜木「この子実はさ」

 

 

マック「大方[未来]から来たのでしょう?」

 

 

桜木「え、なんで知って―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おいッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 響き渡る声。怒りに満ちたその声は明らかに俺に向けられている事が分かった。またもや入口の方を見ると、今度はボロボロになった未来の俺がその両足で踏ん張って立っていた.........

 

 

マック「タキオンさんが引き摺っていたので助けたんです。話も一通り聞きましたわ。肝心な事は聞けませんでしたけど」

 

 

桜木「そんな事しなくて良いから(邪念)」

 

 

「俺は20年後の未来からやってきた桜木 玲皇だッッ!!!」

 

 

桜木「知ってる」

 

 

「20年後の未来にお前は存在していない.........ッッ!!!」

 

 

桜木「ファ!!?じゃあお前誰ッッ!!?」

 

 

「ここで俺に.........殺されてしまうからだァァァァ―――ッッッ!!!!!」

 

 

桜木「ギャァァァァ!!!!!自分殺しィィィィィ!!!!!」

 

 

 ふらりとした立ち姿からは予想出来ない強襲。その変わり様にマックイーンやギンザグリングラスも反応する事が出来なかった。

 飛び掛ってくる自分自身。それに対処する方法は思い浮かぶ事はなく、俺はその両手で情けなく自分の頭を守った。

 

 

 だが.........

 

 

「ぐえっ.........!!?」

 

 

桜木「っ、なんだ.........?」

 

 

 突然、呻き声をあげる男。少しの間空中で静止した後、重力によって地面へと落ちて行く。

 しかし完全に落ち切る事はなく、まるで首を掴まれた様に不安定な状態になってしまった。

 

 

 一体何が.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ.........こうなると思った」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「っ、その声.........!!?」

 

 

ギン「ま、[ママ]!!?」

 

 

 ゆっくりと宙に浮いた様な状態から地面へと降ろされる俺の姿。その後ろから現れたのは、俺のよく知っている人物の知らない姿だった。

 

 

 普段から彼女はお洒落に気を使っている。上品でクラシカルな私服の彼女から得られる栄養素は確かにある。

 だが、今目の前に居るのはジーパンと白いTシャツを着た彼女だった。すっかり日常に溶け込んでいる姿も中々素敵だ。

 

 

 それに何より、[サイドテール]だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もう一度言おう。[サイドテール]なんだ.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「.........どうして黙ってるんですか?」

 

 

桜木「えっ?いや、その。大人のマックイーンも好きだなぁって.........」

 

 

二人「.........///」

 

 

 今のマックイーンももちろん最高に素敵だ。整ったプロポーションに類を見ない程のスレンダーさ。正直体型的に俺好み.........と言うのは語弊を生みそうだが敢えて言おう。とっても好きだ。

 けれど未来のマックイーンも素敵だ。身長や顔に変化は無いものの、現役を引退した影響か少し今よりふっくらとしている。一般人からするとまだ全然スレンダー体型だが、そんな彼女もまた.........

 

 

マック「それで、わざわざ未来から来た理由はなんですの?」

 

 

「え?貴方達まだ言ってないの?」

 

 

二人「うん」

 

 

「.........本当頼りないわね。まぁいいわ。えっと.........これを見てくれる?」

 

 

桜木「え?俺?」

 

 

マック「あ、それ.........」

 

 

 彼女のポケットから取り出されたのはちょっと太めのペンの様な物。もしやこれが未来で作られているボールペン.........なのか?

 

 

「よ〜く見て?ほら、ここの上の部分」

 

 

桜木「へ?なんか変な形だね―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――ピカッ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――そのペンの様な装置から光が放たれ、彼の眼球に直接当たりました。

 するとたちまち彼は意識を無くし、その場に崩れ落ちて行ったのです。

 

 

「ざまぁみやがれっっ!!!」

 

 

「パパ。帰ったらお説教だから」

 

 

ギン「パパ可哀想.........」

 

 

「グーちゃん。貴女もよ」

 

 

「「.........ふぇ〜」」

 

 

 慣れたような流れで嘘泣きをするお二人。それに意を返す事もせず、彼女は私の方へと向き直りました。

 

 

マック「.........[ニューラライザー]。ですわね?」

 

 

「正解。タキオンさんに作って貰ったのよ。ややこしくならない様睡眠作用まで付けてもらってね」

 

 

 やっぱり.........先程トレーナーさんに見せたのは何を隠そう、私が大好きな映画の一つに登場するSFチックなアイテム。光を見せる事で相手の記憶を消す事が出来る便利なアイテムです。

 それを私に見せびらかした後、彼女は元のポケットにしまい込んで話を始めました。

 

 

「さぁ、忘れてる事は無い?」

 

 

マック「わ、忘れている事?特にこれと言っては.........」

 

 

「.........[貴女]の方は?教える気は無い?」

 

 

 私の言葉にムスッとした彼女はそのまま私の胸に視線を向けてそう言いました。

 すると私の傍に仄かな光の玉が出現し、やがて一人のウマ娘へと形を形成して行きました。

 

 

『無いわ。忘れているのが悪いのよ』

 

 

マック「なな、なんですの一体!!寄って集って忘れている忘れているって!!私はそんなに忘れっぽくありませんっ!!!」

 

 

ギン「そうだよママっ!!メジロマックイーンさんをママと一緒にしないでっ!!」

 

 

「グーちゃん。話がややこしくなるからパパと先に帰ってなさい」

 

 

「やだ〜!!パパ白銀の息の根を止めるんだいっ!!!」

 

 

「パパ。返り討ちに会うんだから止めなさい」

 

 

 あぁ.........もう状況が混乱を極めています.........主に私の娘であろうウマ娘と未来の彼のせいで.........

 未来の私は頭を抱え、傍に現れた彼女も耳を塞いで顔をしかめた後早々に消えてしまいました。

 

 

「.........本当は自分で気付いて欲しかったけど、仕方ないわね.........ちょっと耳を貸しなさい」

 

 

マック(全く、人をなんだと思ってますの?忘れている事なんて一つも―――)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(そろそろ[アレ]。有効期限が切れるわよ?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック(.........[アレ]?)

 

 

 直接明言されずに示される存在。そして有効期限という言葉。そう言われてもピンとは来ません。

 来ませんが.........何だかこう、胸にモヤモヤとした実感が確かに生まれました。忘れている。確かに私は何かを忘れています.........

 

 

「.........それじゃ、私達は帰るわね。行くわよ?」

 

 

「「はい.........」」

 

 

マック「ちょ、ちょっと待ってくださいっ!!!確かに忘れていましたわ!!!でも何を忘れているかまでは.........」

 

 

「そ・れ・は、自分で思い出しなさい?」

 

 

 指を振りながらそういう未来の自分。まるで母親に叱られた気分になってしまいます。

 ぐうの音も出ない正論。それに言葉を詰まらせながら、私は光に包まれて行く三人をただ見送る事しか出来ずに居ました.........

 

 

「.........はぁ、まぁ?貴女も疲れてるでしょうし。忘れちゃった事には仕方無いわね.........だから―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――彼とのんびり、[温泉]にでも行ってきたら?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 落ち込んだ私を見かねたのでしょう。彼女は私を気遣ってくれました。

 そして光の中へと消えて行く三人.........私の娘である存在。[グーちゃん]と呼ばれていたウマ娘は手がちぎれそうな程に私に手を振って、その姿を消して行きました.........

 

 

マック(.........そうよね。URAファイナルズで大変だったんですもの)

 

 

マック(この人と温泉旅行にでも行って―――)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(―――[温泉旅行].........?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 温 泉 旅 行.........?

 

 

 おんせんりょこう.........?

 

 

 オンセンリョコウ.........?

 

 

 onsenryokou.........?

 

 

 温泉旅行.........?

 

 

 温泉旅行ッッッ!!!?????

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あぁぁぁぁぁぁッッッ!!!?????」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――響き渡る絶叫。その日少女は遂に思い出した。自分が忘れていた存在を。

 

 

 その場にへなへなと力無く座り込み、暫くの間呆然と天井を見上げる。

 

 

 そして程なくしてハッと意識を取り戻すと、駆り出された様にその部屋から急いで自分の寮部屋へと向かって行く。

 

 

 取り残されたのは、ソファーで眠る呑気な男だけであった.........

 

 

桜木「ムニャムニャ.........マックイーン.........」

 

 

桜木「オンセン.........イコ.........Zzz」

 

 

 

 

 

 ......To be continued



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