女神のミスで死亡したオタ女子の私が、BLを求めて異世界転生したら百合展開が多い件〜無駄に高性能にされたんだけどそんな事よりBLを寄越せ。美形だらけの世界だから正直妄想が捗るんだが〜 (くろひつじ)
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異世界テンプレってこんなんだっけ?

「えぇと。つまり私は死んだ訳ね?」

「そうです、はい」

「死ぬ必要は無かったのに、あんたのミスで?」

「おっしゃる通りです………」

 

 目の前には正座で涙目な美女。

 長い金髪に緑の目、明らかに『女神』って感じのドレス。

 て言うかさっき女神を自称してきたから、たぶん女神なのだろう。

 もしくはちょっとイッちゃってる人か。

 

 んで、私の方はと言うと。

 鏡が無いからはっきりしないけど、多分いつものスーツ姿。

 目付きの悪さ以外は至って平凡な二十八歳女子。

 ブラック企業勤めている隠れ腐女子(末期)だ。

 但し、目の下には化粧で隠せない程にひどいクマがある。

 ろくに寝てねーからなー。

 終電で帰って始発で仕事行くのが普通だったし。

 

「まー死因に関しては、アレよね?」

「はい、アレです……」

 

 項垂れる女神様。うん、ちったぁ反省しやがれ。

 あんな馬鹿な死因なんて、葬式に来た人が笑いを堪えるのに大変でしょうが。

 思い返すだけで頭痛くなるわ。まじで。

 

 

 学生が夏休みを楽しんでいるであろう七月のある夜。

 夜って言うか真夜中。人の姿もほとんどない駅で、私は数年前からやっているソシャゲのクエストを消化していた。

 イベントが始まったばかりで、今回は水着姿のキャラが貰えるらしい。

 ちなみに私のプレイスタイルは無(理の無い)課金勢だ。

 今どき珍しくクエストにオート機能が無いので、スマホをぽちぽちしながら電車を待っていると。

 不意に手元に影が差した。

 あれ? と思うと同時に。

 

「あぁッ!?」

 

 上から女の人の悲鳴。

 なんだと思って空を見上げると、そこには。

 

 マクド〇ルドのキャラクターであるドナ〇ドの人形が凄まじい勢いで迫っていた。

 

 思いもよらない事態に反応出来ないまま、狂気的なスマイルを浮かべた彼と脳天から衝突。

 

「ぐはぁっ!?」

 

 我ながら女らしさを捨て去った断末魔だった。

 倒れた私の目に入ってきたのは狂ったピエロの顔と、細くて綺麗な誰かの素足。

 その誰かさんが何か言ってる気がするけど、頭がぐわんぐわんしてて何も聞き取れない。

 

 そして私はド〇ルドと見つめ合ったまま意識を失った。

 

 

 で、今に至る。

 どう見ても大手ハンバーガーショップのイートインスペースにしか見えない場所で二人きり。

 自称女神様と向かい合って座っており、私達の目の前にはテリ〇キバーガーセットが二つ。

 そして彼女の隣には私を殺害したマスコットキャラクター(等身大)の姿。

 

「教祖様を輸送中に手を滑らせてしまいまして……どうお詫びしたら良いのか……」

 

 おい。そいつを教祖様と呼ぶんじゃない。

 

「とりあえず色々と聞きたいんだけど」

「それはもう何なりと!」

「まず、私を生き返らせる事はできんの?」

「無理です!」

 

 即答された。

 

「よし、歯ぁ食いしばれ」

「ひぃっ!? ぼ、暴力は良くないですよ!?」

 

 おいこら、そのイカれたピエロを盾にするな。

 手が届かないだろうが。

 

「その、出来ればそうしたいんですけど……一度死んでしまったら元には戻せないんです」

「まぁそんな気はしてたわ。出来るならもう生き返らせてるだろうし」

 

 それは良い。いや良くないけど、とりあえず良いとしてだ。

 もっと重要な事を聞く必要がある。

 こっちもかなり切実な話だし。

 

「ねぇ。私の部屋にあるパソコンなんだけど、データ消しといてくれない?」

「は? パソコンですか?」

「これ以上恥をさらしたくないのよ」

 

 何せあの中には日々の日課で集めていたR-18画像(BL以外も含む)が1テラバイト分も詰まっているのだ。

 あんなもの残してたら死ぬに死にきれない。

 

「あ、その、それにつきましては残念なお知らせがありまして」

「……おい。まさかとは思うけど」

「その、貴女のお葬式をする時にですね、職場の方への連絡先を探すために、お母様が」

 

 マジか。よりによって母さんかよ。

 

「ちなみにめちゃくちゃ喜んでました」

 

 どんな地獄絵図だ。

 つーか娘が死んでんのに何してんだあんた。

 いや、両親が私の事嫌ってたのは知ってたけどさ。

 

「……おーけい。済んだことは水に流そう。そんで、私はどうなんの?」

「えっとですね、いくつか選択肢がありまして」

「どんな選択肢?」

「このまま天国に行って頂くか、天界にあるマクドナ〇ドのマネージャーになるか、別の世界にで二度目の人生を送って頂くかです」

 

 二番目ェ!

 

「ちなみに三番目を選んだ場合は特別な加護を授けます」

「はぁ……いわゆる異世界転移って奴か。なら話は早いわ」

「そうですか。では準備は出来ていますので説明を――」

「天国行きで」

「なんで!?」

 

 なんでじゃねーわよ。

 

「だって異世界ですよ!? 憧れたりしませんか!?」

「しない。私は天国で推しを愛でながらBL本読みまくる日々を送るんだ!」

 

 なんて素晴らしい日々だろうか。

 こんな生活が出来るならむしろ死んでよかったわ。

 

「え? そんなもの天国にはありませんよ?」

「……ほわい?」

「あれは地球だけの文化なので。将棋とチェスと遊〇王デュエルモ〇スターズならありますけど」

 

 天国にも遊戯〇あんのか。

 つーか逆になんでBLが無いんだよ。

 

「なんだその地獄……じゃあ異世界にも無いのか」

「いや、そっちには文化として根付いてますね」

「何してんだ、早く異世界に転移しろ」

「音速の手のひら返し!?」

 

 うるせぇ。BLの無い人生なんてやってられっか。

 

「えーと……では次のページで色々と説明させて頂きますね」

「は? ページ?」

「文字数の都合上、長くなりすぎると読みにくいと思うので。説明がめんどくさい方は読み飛ばしてください」

 

 いきなり何の話だよ。

 まるで私たちが小説の中に居るみたいじゃん。

 

「それでは、説明に移ります!」

 

 どうでもいいけど、そのドヤ顔は腹が立つからやめろ。

 



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とりあえず異世界転移してみようか

 

 自称女神様(アテナと言うらしい)に話を聞いたけど、説明の順番がめちゃくちゃな上に雑談も入って訳が分からなくなったので、以下抜粋。

 

■異世界について

・異世界には天界と地上界があるらしい。

・天界は神様が住んでいるけど、滅多に会うことは無いらしい。

・魔法とか魔物とかいるらしい。

・奴隷制度もあるらしい。

・レベルとかステータスとかもあるらしい。

・魔王もいるらしい。

・文明レベルは中世ヨーロッパ風に適当に設定しているらしい。

・基本的に美形だらけらしい。

・特に使命とかは無いから好きに生きていいらしい。

・マクド〇ルドは無いらしい

 

■転移特典について

・見た目はそのままで十八歳まで若返るらしい

・現地の言葉とかも分かるらしい。

・アテナが(つかさど)る属性を加護として授かるらしい。

・ついでにインベントリ機能(収納無制限、時間経過無し)も貰えるらしい。

 

■天界について

・マクドナ〇ドがあるらしい。

・最近他のファストフード店も増えてきたらしい。

・つい先日スターバッ〇スがオープンしたらしい。

・名産品はワインと世界樹と唐揚げ弁当らしい。

・マク〇ナルドはマジ神らしい。

 

 

 よし。色々と意味が分からん。

 そこの自称女神、やりきった顔でジュース飲んでんじゃねぇよ。

 

「とりあえず、あんたの司る属性って何よ」

「はい。愛と勇気とウサギとマクドナ〇ドです」

 

 また意味の分からない単語が聞こえてきたんだけど。

 

「…………なんて?」

「愛と勇気とウサギとマク〇ナルドです」

「異世界にマクドナル〇無いんだよね?」

「無いですね」

 

 なんでそんなもん司ってんだよ。

 

「ちにみにケンタ〇キーを司る女神とは仲が良いですが、モス〇ーガーを司る女神とは仲が悪いです」

「その情報は必要無いかなー」

 

 もうちょいマシな属性は無いのか。

 火とか剣とかさー。

 

「という訳で貴女には愛と勇気とウサギとマ〇ドナルドの加護を授けます。そぉい!」

 

 商品を置く緑色のトレイの角で殴られた。

 良し。そのケンカ買ったわ。

 

「いやあああ! 違うんですこうする決まりなんです! だから拳を下ろしてください!」

「いいから歯ぁ食いしばれや」

「ごめんなさい! 謝りますから拳を引き絞らないで!」

 

 こいつ、マジで殴りたい。

 

「あ、て言うかほら、そろそろお時間です!」

 

 ん? なんか体がキラキラしだしたな。

 私もついに異世界デビューするようだ。

 二度目の人生がどんな展開になるか楽しみ――

 

「――いや待て、加護の説明は?」

「愛と勇気とウサギとマク〇ナルドに関するスキルが与えられます!」

「おい具体的に説明しろ」

 

 特に最後。

 

「すみません、時間が無いのでまた後で説明します!」

「ちっ……絶対だからな?」

 

 最後までこの調子か。頭痛くなるわ。

 

「あと最後に! 私の事はアテナとお呼びください!」

「了解。色々と頼んだからね?」

「任せてください! ちゃんと手順通りに……あっ!?」

 

 アテナの間抜けな悲鳴の後。

 体のキラキラが強くなって、私は思わず目を閉じた。

 やべぇ、嫌な予感しかしないわ。

 絶対何かやらかしたろあいつ。

 

 

 そして目を開けると。

 そこは一目で分かるくらいに異世界だった。

 空気とか街並みとかそんなちゃちなもんじゃない。

 

 目の前に私よりでけぇ犬がいる。

 しかもバッチリ目が合っている。

 て言うかこっちに飛びかかって来ている。

 

 第二の人生、終わるの早かったなー。

 

「って、ふざけんな! 食われてたまるか!」

 

 腐女子なめんなよ! オタ活とブラック企業で鍛えた体力見せてやらァ!

 

 持てる限りの全力で走る。

 もちろん、後ろでは無く前に。

 

「くたばれおらァ!」

 

 私なんか一口で食べられそうなアゴにサッカーボールキック。

 跳ね上げた右足は自分でも驚くほど早かった。

 

「ギャインッ!?」

 

 不意を打った一撃にデカい犬が悲鳴を上げる。

 怯んだ隙に背中に飛び乗った。

 私の実家には大型犬を飼っている。

 小さな頃からずっと一緒に居た愛犬だ。

 だからこそ、犬の(しつけ)かたは知っている。

 

「悪い子にはお仕置きだ」

 

 長い黒髪が風に(なび)く。

 森の中に映える夜色を気にも止めず、鋭いと言われる眼光を閃かせ。

 硬く握りしめた拳を天高く振り上げ、そのまま頭に叩き落とした。

 

「ギュッ!?」

 

 これまた凄い勢いで振り下ろされた拳が当たり、犬が強制的に地に伏した。

 後ろを見ると尻尾が内側に丸くなっている。

 よし、これで大丈夫だろう。

 

 そこまで考えて、自分の行動の異常さに気が付いた。

 

 おいおい。こんな化け物を相手に素手で立ち向かうとか正気か?

 普通は逃げるか腰抜かすだろ。

 しかも勝ってるし。

 ……これがアテナの加護って奴か?

 

 とりあえず背中から降りて犬の正面に立つと、明らかに怯えた態度でこちらを見つめてきた。

 

「ほら、帰りな。もう人間を襲わないでね」

「わおーん!」

 

 言葉が通じたのかは知らないけど、デカい犬は一鳴きした後に走り去って行った。

 

 なんとかなったか、と改めて辺りを見渡すと。

 そこには森が広がっていた。

 他に言いようがない、森のど真ん中だ。

 もう木しか見えない。

 

 おい。なんでスタート地点が森なんだよ。

 普通は街とかだろ。

 もしかして転移する時の「あっ!?」てこれか?

 

「……おいアテナ。説明しろ」

『なんで見てるのバレたんですか!?』

「なんとなく」

『なんとなく!?』

 

 視線を感じたというか、直感というか。

 

「何でもいいからさっさと説明しなさいよ」

『いやでも、説明回が二話も続くのはちょっと……』

「さっきの犬と同じことしてやろうか?」

『喜んで説明させて頂きます!』

 

 ぽんっと気の抜けた音がして、目の前にアテナが現れた。

 てめぇ、そんな簡単に出てこれるなら助けろよ。

 

「では改めて説明させて頂きます! チャンネルはそのままで!」

 

 言ってる意味は分からなかったけど、ドヤ顔がムカついたのでとりあえずデコピンしておいた。

 



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チートの説明くらいちゃんとやろうか

「いったぁ……では改めて、スキルの説明をさせて頂きます」

「おい。そのホワイトボードどこから出した?」

 

 何も無いところから出てきたんだけど。

 あれか、女神パワーか?

 

「これはインベントリのスキルです。頭の中で願いながら触れると収納出来て、出したい場所を見ながら願うと出て来ます」

「ほう。どれどれ」

 

 試しにアテナに手を当てて願ってみる。

 ……変化がないんだけど。

 

「あ、生き物は無理ですよ。て言うかナチュラルに私を監禁しようとしないでください」

「なるほど。そりゃ!」

 

 目の前で揺れているデカい胸を掴みながら願うと、今度は望み通りに収納できた。

 アテナの服を。

 

「ひょああああ!? なにするんですか!?」

 

 慌てて体を隠そうとしてるけど、まったく隠せていない。

 良い体してるじゃん。いやぁ、眼福だわ。

 

「テストよテスト。ほら、用済みだから返すわ」

「ひどい……これでも女神なのに……」

 

 めそめそすんな。いいから早く着て説明しろ。

 

「うぅ、ひどい目に会いました……それでは、スキルの説明をしますね」

 

 黒のマジックをキュッキュと鳴らしながらホワイトボードに何やら書き込んでいく。

 

「まずは『勇気』のスキル。これは力と速さのステータスが上がります。あと単純に勇気が出ます」

「やっぱりスキルだったのね。秘められた力が解放されたのかと思ったわ」

「やっだ、そんなもんある訳ないじゃないですかー。そういうのは十代前半で卒業してくださいよー」

「おらァ!」

「ぐはァッ!?」

 

 デコピン。アテナの頭が後ろに吹っ飛んだ。

 

「次。早く」

「いえっさー! 次は『愛』のスキルです!」

 

 泣きながら敬礼すんな。いいから説明しなさい。

 

「えーとですね。これは生き物に好かれやすくなります」

「……犬に襲われたんだけど?」

「あれは魔物だからスキルが効きにくいんですよ。まったく、次から気を付けてくださいね?」

 

 謎の上から目線。イラついたのでデコピンの構えを取ると、アテナは美しいジャンピング土下座を決めた。

 

「……次。ウサギだっけ?」

「はい。これはウサギに好かれるスキルです」

「ん? 愛と被ってない?」

「いえ、尋常じゃないくらいウサギに好かれます」

「具体的には?」

「ウサギが即座に求愛行動を取りながら迫ってきます」

「呪いじゃねぇか」

 

 なんてもん寄越してんだこいつ。

 ウサギの可愛らしさが消し飛んだじゃん。

 

「一部のマニアックな人達からみたら最高のスキルなんですけどね」

「残念ながら私にそんな性癖は無い」

 

 私自身は至ってノーマルだ。

 男同士を見るのは好きだけど。

 

「んで、最後のスキルだけど……なんて言うか、何で〇クドナルド?」

「あ、これは凄いですよ。レベルにもよりますけど、マジでオススメです」

「ふーん。どんなスキルなの?」

「マクドナ〇ドのメニューを召喚できます。無料です」

「まさかのガチチート枠かよ」

 

 中世ヨーロッパ風の世界でファストフード食べ放題か。

 世界観ぶち壊しだな。

 

「今はまだレベルが『セカンドアシスタント』なのでハンバーガーセットだけですけど、レベルが上がると色んなメニューを呼び出せます」

「普通に凄いねこれ。ごめん、ちょっとバカにしてたわ」

「全マクドナ〇ド信者に謝れ! 謝ってください! 早く!」

「え、うん。なんかゴメン……」

 

 うわ、美人がキレると怖いな。

 てかどんだけマクドナ〇ド好きなんだコイツ。

 

「とにかくほら、試してみてくださいよ。出したいメニュー名を言えば出て来ます」

「んじゃ……『ハンバーガーセット』」

 

 つぶやくと同時、見慣れた緑色のトレイと例のセットが現れた。

 慌ててキャッチしたけど、どう見てもあのセットだ。

 ハンバーガー、ポテト、ドリンクが揃ってるし、聞いた感じだとこれが無限に出てくるようだ。

 これ、真面目に凄くないか?

 

「あ、使用済みのトレイは収納してくれたら後で回収します」

「回収できるのか……うん、とりあえず理解した」

「どうです!? 凄いでしょう!?」

「うん、これは凄いね。初めてアテナに感謝したわ」

「え、初めて……?」

 

 首を(かし)げるな。

 アンタ感謝されるような事何もしてないだろ。

 

「後は街の方角と距離が知りたいんだけど」

「えーと……あ、こっちですね。一時間くらい歩けばそこそこ大きな街があります」 

 

 一時間か。地味に遠いな。

 まぁ徒歩圏内にあっただけでも良しとするか。

 

「あ、そうだ。アテナ、ちょっとおいで」

「はい? なんですか?」

 

 迂闊に近付いてきたドジっ子女神にデコピン。

 アテナの頭が勢いよく仰け反った。

 

「むぎゅッ!?」

「アンタ私を送り込む場所ミスったろ?」

「いやそんなことは……ごめんなさいミスりました! 認めるからデコピンのおかわりはやめてください!」

「ほんと頼むわよ……他には何もやらかして無いでしょうね?」

「そんなまさか……あっ」

 

 おい。まだ何かあるのか。

 

「いやいや! ミスって訳じゃなくてですね!」

「はぁ……何よ?」

「心底呆れたようなため息!? いや、名前ですよ名前!」

「名前? あ、そうか。日本の名前だと違和感あるのか」

「お約束な東の島国は無いので、適当に名前を決めてください」

 

 無いのか、東の島国。

 米とか醤油はあるんだろうか。

 

「名前……名前ねぇ。私ネーミングセンス無いんだよね。アテナが付けてくれる?」

「じゃあ『リリィ・クラフテッド』と『石川門左衛門』のどっちが良いですか?」

 

 だから二番目ェ!

 

「リリィでいいわ。私は今日からリリィね」

 

 元の名前は二度と使うことは無いだろう。

 元々嫌いな名前だったしちょうど良い。

 リリィ・クラフテッド。

 新しい名前で、新しい人生を送るとしよう。

 

 さぁて、まずは街を目指すとしますか。

 

「さぁ行きましょう! いざファンタジーの世界へ!」

「え。アテナも来るの?」

「いえ、私は帰りますよ? お腹空きましたしマクド〇ルドでビッグなセットを食べます」

 

 自由かアンタ。やりたい放題だな。

 



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まじでファンタジー世界ですね

 

 森を歩くこと一時間。

 何とか人の居る街に辿り着いた。

 私の身長の二倍くらいある木の柵と、それより大きな門がある。

 

 つーか門の前に立ってるの、普通の女の人じゃないよね?

 髪が緑なのはともかく、耳がとがってるし。

 あれだ。エルフってやつだ。

 弓と魔法が上手くて森に住んでるやつだ。

 オークに襲われて酷いことされるやつだ。

 

 最後のはかなり片寄った知識だけど。

 

 何はともあれこの世界で初めて出会った人だ。

 言葉は理解出来るらしいし、早速挨拶といこうか。

 ジャパニーズ愛想笑いは得意分野だし、問題はないだろう。

 

「こんにちはー」

「何だ貴様は。早急に立ち去れ」

 

 いきなりこれかよ。

 

「あの、街に入りたいんですけど」

「……お前正気か? ここがどこだが分かってるのか?」

「え? 何か問題でも?」

「ここは魔王様の直轄地だぞ? ただの人間が入れる訳がないだろう」

 

 アテナ、どういう事だ。

 ちょっと出て来て説明しろ。

 魔王ってパワーワードが聞こえたぞ、おい。

 

「……あははー、そうですか。じゃあ他の街への道を教えてくれませんか?」

「ふむ……貴様、迷い人か? 良く生きてここまで来れたな」

「あー。運が良かったんだと思います」

「そうか……人間の街ならここから南に三日歩けば着くはずだ」

 

 いま三日って言ったか。

 野宿しながら三日歩けってか。

 ただでさえ道も舗装されてなくて歩きにくいのに、三日歩けってか。

 

「……なるほど。ありがとうございます」

「お前、本当に知らなかったのか。何処から来たんだ?」

 

 おや、なんか心配してくれてるみたいだな。

 しかしここで「異世界です」とは言えないよね。

 うん。ここはテンプレ通りに答えるか。

 トラブルが起きても嫌だし。

 

「実は私、自分の名前以外の記憶が無くって……気が付いたら森の中に居たんです」

「記憶が……そうか、それは大変だったな」

 

 しみじみ頷いてるなー。

 ちょっと罪悪感があるけど、とにかくこの場から逃げるか。

 魔王とか嫌な予感しかしないし。

 

「お騒がせしてすみませんでした。それでは」

「待て。貴様、名はなんと言う?」

「リリィ・クラフテッドです」

「家名持ちだと? なるほど、人間の貴族か。ならば相応の礼を尽くさねばなるまい」

 

 ほう、なるほど。普通の人は名字を持ってないのか。

 なるほどなるほど。

 あの女神、次会ったら鉄拳制裁だな。

 ちゃんと説明しろよ、まじで。

 

「私が竜を出してやろう。準備が出来るまで詰所で待つと良い」

 

 は? 竜って、ドラゴンだよね?

 竜を出す、って何だ? まさか車みたいに乗るのか?

 

「あの、良いんですか?」

「構わん。何故か貴様には親切にしたくなるからな」

「おぉ……ありがとうございます」

 

 これが『愛の加護』か。アテナもちゃんと仕事してんじゃん。

 よし、鉄拳制裁はやめてデコピンくらいにしてやろう。

 

「そうだ。私の名はエルンハルト・フォルガルナ・アセンドリア・グロータス・マルナザンド・ゲルファニア・アウグステス・ゲオルギオスだ。

 何かあれば私の名を出すと良い」

 

 名前なっが!?

 

「エルンハルト・フォル……?」

「そうか、人間には長い名前か。ならばエルンハルトで良い」

 

 めっちゃいい人じゃん。

 人かどうかは知らないけど。

 この人が最初に出会った人で良かったな。

 

「エルンハルトさん。ありがとうございます」

「気にするな。だが問題は起こすなよ?」

「分かりました」

「うむ。ではここから中に入れ」

 

 門の横にある小さな小屋に案内された。

 中に入ると家具はテーブルが一つと椅子が三つだけ。

 奥にもう一つドアがある。

 仕事用の部屋なのだろう。私的には座れるだけで十分だ。

 

「狭くてすまないな。しばらくしたら交代の者が来るから、それまで待ってくれ」

「ありがとうございます」

「うむ。ではな」

 

 お。笑ってくれた。

 よく見ると滅茶苦茶美形だなこの人。

 中性的な顔立ちなのもあって王子様みたいだ。

 胸が無かったら性別分かんなかっただろうな。

 特に、目がめっちゃ綺麗だ。

 琥珀色の大きな目は本物の宝石みたいで、見ていると惹き込まれそうになる。

 

「綺麗な目ですね」

 

 思わずそんな事を口走ってしまった。

 やべ、いらん事言ったかも。

 一瞬表情が固まってたし、NGワードだったか?

 

「……いや、そうか。記憶が無いのだったな。からかっている訳では無いのか。

 これは琥珀眼といって忌み子の証だ。だから私は村を追われ魔王軍に入ったんだ」

「呪いですか。こんなに綺麗なのに」

「そう言われたのは初めてだ。リリィに言われると悪い気はしないな」

 

 うーん。この世界の事はよく分からないけど、綺麗な物を綺麗って言っただけなんだけどな。

 でも喜んでくれてるから良しとするか。

 

「では後ほど迎えに来る。大人しく待っていてくれ」

「はい。お気を付けて」

「私に勝てる魔物なんていないさ」

 

 心無しか自慢げに胸を張りながらエルンハルトさんは小屋から出て行った。

 なんか可愛いところもあるな、あの人。

 

 さてと、何をして時間を潰そうか。

 今後のことを考えようにも判断材料が足りないし、かといって他に……あ。

 そういや、ステータス見れるんだっけ。

 基準が分からないけど、試しに見てみよう。

 

 ……どうやって?

 

 アテナに聞いておけば良かったな。これは私のミスだ。

 とりあえず口にしてみるか。

 

「『ステータス』!」

 

 おお! なんかウインドウが出た!

 なんだこれ面白いぞ!?

 

「もう一度『ステータス』!」

 

 今度は消えた! ヤバい、何かテンション上がってきた!

 

「『ステータス』! 『ステータス』! 『ステェェェタスゥゥゥ』!!」

 

 両手を上げて飛び跳ねながら叫ぶ中。

 

「……おい。お前は誰だ? 何をしている?」

 

 背後にあるドアから見知らぬイケメンが入って来た。

 



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イケメンと遊ぼう

 

「聞いているのか。お前は誰だ?」

 

 はっ!? 両手を上げたポーズで固まってた!

 ヤバい、取り繕わないと変な奴だと思われる!

 ここはよそ行きスマイルをフル稼働だ!

 

「えっと、リリィ・クラフテッドといいます。エルンハルトさんにここで待つように言われました」

「エルンハルトが人間を? 珍しい事もあるものだ」

 

 イケメンは不思議そうな顔をしながら私の向かい側の椅子に座った。

 金髪に青い目のイケメンだ。

 なんか偉そうな服を着てるけど、いわゆる貴族的な人かな。

 

「あの、お名前を聞いても良いですか?」

 

 まずは牽制。名前を知るのは人付き合いの基本って小学校で習ったし。

 

「ほう? 俺に名前を聞くのか。面白い奴だな」

 

 イケメンに笑われた。え、何で?

 名前聞いただけなんだけど。

 

「名前か、そうだな……ジークとでも呼べ」

 

 おい。偽名感丸出しじゃねーか。

 

「ジークさん。初めまして」

「なんだお前、まさか記憶喪失とでも言うのか?」

「……そのまさかです。名前しか覚えてなくて」

「ほぉ。外傷も無ければ魔法の痕跡も無いが……まぁ嘘ではなさそうだな」

 

 ごめんなさい。ドヤ顔なところ申し訳無いけど嘘です。

 どうでも良いけどイケメンって何してもイケメンだよね。

 

「エルンハルトを待っていると言ったな」

「はい。人間の街に竜で送ってくれるらしいです」

「……驚いたな。お前、余程気に入られたみたいだな」

「そうなんですか?」

「エルンハルトは堅物だからな。人間にはそこまでしてやるとは珍しい」

 

 ふむ。何かよく分かんないけどラッキーだったのか。

 後でちゃんとお礼を言っておこう。

 

「そうだ。お前ちょっと暇つぶしに付き合え」

 

 ん? 何か出して来てテーブルの上に……おい待て。

 これオセロじゃん。

 

「リバーシというゲームだ。白と黒に別れて交互に石を置き、挟まれた石は敵の色となる。最後に石が多かった方の勝ちだ」

「んーと。ルールは分かりました」

「では先攻はお前からだ。やってみろ」

 

 ふっ。悪いなジークさん。私は昔『オセロットクイーン』と呼ばれたほどにオセロが上手いんだよ。

 相手なイケメンだからって容赦はしない。

 全力で叩き潰してやろう!

 

 あ、これフラグじゃないからね?

 

 

 そして現在五連勝。宣言通りフルボッコにしてやった。

 最初は余裕ぶってたジークさんも途中からマジな顔になって、負けた時はめちゃくちゃ悔しそうにしていた。

 

「お前、手加減とか知らないのか?」

 

 ちなみに今、オセロ盤は一面真っ黒になっていてジークさんは石を置くことすら出来ない。

 正に圧勝だ。

 

「いや、勝負事で手を抜いてはいけない気がするんで」

「本当に良い度胸だなお前……次こそは俺が勝つからな!」

「ふっ。お相手しましょう!」

 

 パチリパチリと石を置いていく。

 さっきよりマシになったとは言え、まだまだ。

 この程度じゃ私に勝つのは不可能だ。

『オセロットクイーン』をナメるなよ。

 

「くそ……お前本気で強いな」

 

 悔しげに睨んできても手加減はしないからね。

 

「そりゃどうも。て言うかジークさん、仕事とか大丈夫なんですか?」

 

 そろそろ一時間経つんだけど。大丈夫かこの人。

 

「仕事は終わらせてきたからな。エルンハルトと無駄話でもしようかと思ったらこのザマだ」

「あ、そうなんだ。凄いですね」

「俺がサボったら周りが困るし、かと言って休まないと他の奴らも休めないからな」

 

 おー、偉いなこの人。ジークさんみたいな人が上司だったらホワイトな職場なんだろうな。

 てか言ってる事的にお偉いさんっぽいな。

 やべ、かなり砕けた喋り方してたわ。

 

「そら、これでどうだ!」

「んじゃこっちに置きます」

「なんだと!? くっ……」

 

 うーん。まぁ楽しいから何でもいいか。

 それにもうすぐこの街から離れるんだし、問題無いでしょ。

 

 とかやってると、ガチャリとドアが開いてエルンハルトさんが入って来た。

 

「あ、エルンハルトさん、おかえりなさい。ジークさんとオセロしてました」

 

 あれ、エルンハルトさん顔色悪いな。何かあったか?

 

「……どういう状況だこれは」

「ようエルンハルト。俺はジークだ。敬称もいらん。良いな?」

「……はぁ。分かりました、ジーク」

 

 ため息? なんだろ、やっぱジークさんってお偉いさんなのかな。

 うーん。とりあえず空気を変えるか。

 

「エルンハルトさん、準備が出来たんですか?」

「あぁ、出来たのは出来たんだが……ジーク?」

「ふむ。この街に人間が来ていることを魔王様に知らせるかどうかだな」

 

 げ。なんか厄介事の気配がするな。

 そういやこの街って魔王の直轄地だっけ。

 雰囲気的に魔王も人間って仲良く無さそうだしなー。

 

「あの。魔王様ってどんな人なんですか?」

 

 テンプレだと実はジークさんが魔王でした! って展開もありそうだけど。

 

「そうだな……簡単に言えば冷酷な方だな。血も涙もないお方で、敵にも味方にも容赦しないようなお方だ」

「ジーク!?」

「事実だろう? 他に誰も聞いてはいないしな」

「それはそうですが……」

 

 ふむふむ。ザ・魔王! って感じなのか。

 なんか高笑いしてそうだな。勝手な印象だけど。

 でもそれなら余計に会いたくないんだけど。

 

「えーと。そんな魔王様と会うのは怖いんですけど……何とかなりません?」

「そうだな……リリィ、お前しばらくこの街で働かないか?」

 

 は? いや、何で?

 

「ただの街人と言う事にしておけば問題も無いだろう。なぁエルンハルト」

「……人間という事を隠せば大丈夫だと思いますが」

「決まりだ。それが一番問題が無い方法だしな」

 

 うん? て事は、だ。

 

「エルンハルトさん、もしかしてかなり危ない事しようとしてました?」

「まぁ魔王様にバレたら良くて減給だろうな」

 

 減給て。地味に現実的だな。

 

「そういう事なら、エルンハルトさんに迷惑かけたくないんで働きます」

「リリィ、良いのか? 人間の街の方が危険は少ないと思うぞ?」

「だってこんなに親切にしてもらいましたし。しばらくしたらこっそり抜け出します」

 

 気配を殺すのは任せろ。残業から逃げるために必須のスキルだったからね。

 まぁ逃げられなかったんだけどさ。

 

「よし、ではまずは住む所からだな。エルンハルト、軍の寮が空いていたな?」

「……はぁ。軍団長に話を通してきます」

 

 うん、結局迷惑かけてるな私。

 いつか恩返ししますね、エルンハルトさん。

 

「ではリリィ、続きといこうか! 今度こそは俺が勝つ!」

 

 大人気ないなジークさん。

 負けてやらない私も大人気ないけど。

 まぁ良かろう。全力で叩き潰してくれる。

 

「リリィ、すぐに戻るからな。それまでジークの相手を頼む」

「よろしくお願いします。では再開しましょうか!」

 

 他に出来ることも無いし、私はお偉いさんの相手をしておこう。

 今後ともお世話になるかもしれないし。

 



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ファンタジー世界すげぇ

 

 結局私はエルンハルトさんが戻って来るまでの間に、ジークさん相手にオセロで十連勝してしまった。

 貴方が弱いんじゃない、私が強すぎるだけだ。

 だから落ち込むことは無いんだよ。ふふん。

 

「……お前は本当に大人気ないな」

 

 おや、イケメンは頬杖を着いてご機嫌ナナメなようだ。

 そんな事言われてもなー。

 

「あら、手加減した方がよかったですか?」

「それはそれで嫌だ」

「そうでしょ?」

 

 エルンハルトさんに出してもらった紅茶を飲みながらにんまり笑う。

 いや、これは別に勝ち誇っている訳じゃなくてね。

 めっちゃ美味しいんだよこの紅茶。

 日本に居た時にも飲んだこと無いくらい美味い。

 茶葉が良いのかいれた人が上手いのか知らないけど、渋みが少なくてほんのり甘いし。

 

 ついでに茶請けのクッキーも美味い。

 焼きたてサクサクで、口の中にバターと小麦の味がほろりと広がる。

 甘さが控えめなところから考えると、もしかしたらこの世界では砂糖が貴重なのかもしれない。

 

「ジーク。そろそろ諦めては?」

「……そうだな。続きはまた今度だ」

「いつでも受けてたちましょう」

「あぁそれと、俺相手に敬語は使うな。敬称もいらん」

 

 えっと、タメ口で呼び捨てしろと。

 でもジークさんって多分お偉いさんだよね?

 

「ジーク!?」

「俺が構わんと言ってるんだ。そうしろ」

「分かった。じゃあ私のことはリリィ様って呼んでいいわよ」

 

 若干ふんぞり返って言ってみた。

 

「リリィ!?」

 

 エルンハルトさん、ツッコミご苦労さまです。

 

「お前な……バカなのか肝が座ってるのか、どっちだ?」

「ふははは! そのバカにオセロで連敗したのは誰かな!?」

「なるほど。ケンカを売ってるんだな? 買ってやるぞこら」

「あら怖い。か弱い女の子に暴力を振るおうだなんて」

 

 バレバレの泣き真似をしてみせる。

 いやー。ジークと話してると楽しいな。

 最初はイケメンだから緊張してたけど、ノリが良いんだよねこの人。

 今もニヤニヤしながら相手してくれてるし。

 

「ほら、さっさと行ってこい。軍団長が待ってるんだろ?」

 

 ちょっと。犬を追い払うみたいな仕草は酷くないか?

 

「やっとですか……リリィ、行こう」

「あ、よろしくお願いします」

 

 さてさて。これからお世話になる所だし、ちょっと気を引き締めて行きますか。

 

 

 エルンハルトさんに連れられて街に入ると、そこはやはり異世界だった。

 赤っぽいレンガで作られた建物が並んでいて、入口には剣とか杖とか色んな絵が描かれた看板が吊るされている。

 道が広いのは馬車が通るからなんだろうか。

 その傍らにはたくさんの人(?)が居る。

 二足歩行のトカゲとカメが話してたり、半分犬みたいな見た目の人が野菜を売ってたり、背中に翼のあるお姉さんが噴水の前で歌ってたり。

 そしてその奥にあるのは、大きくて真っ白なお城だ。

 何で外から見えなかったのか不思議なくらいに大きい。

 

 うわぁ、すごいなこれ。

 正にファンタジー世界だ。

 ただ一つ難点なのが、街の人々の見た目だな。

 ほとんど性別が分からん。

 エルンハルトさんみたいに中性的って訳じゃなくて、顔が動物とか爬虫類だから見ただけじゃ分かんないわ。

 これじゃカップリング出来ないじゃないか。

 

 今のところ知り合った男の人はジークだけだし、せめてあと一人いれば無理やりかけ算出来るんだけどなー。

 ……ふへへ。ジークは俺様系だけど受けっぽいよね。無理やりされてるのに反応しちゃって悔し涙を浮かべる姿とか。

 いやぁ、妄想が捗るわ。

 

「この先にある城の訓練所で軍団長がお待ちだ。気難しい方だから気をつけろよ?」

「分かりました!」

 

 瞬時にキリッとして返事をした。

 危ねぇ。見られてないよな?

 とにかく、軍団長さんはちょっと怖い感じの人なのか。

 普段よりたくさん猫を被っていよう。

 

 

 大きな城門に到着。両側に全身鎧の兵隊さんが立っていて、エルンハルトさんと何か話したあと中に入れてくれた。

 めっちゃ見られてたけど、この街に人間はいないっぽいから当然か。

 いきなり襲われなかっただけでも良しとしよう。

 

 お城の中に入るとそこが訓練所だったようで、たくさんの兵隊さんが列を作って立っていた。

 え、こわ。なんだこれ、歓迎されてんのか?

 頭から兜被ってるから顔も見えないし、威圧感凄いんだけど。

 

 ちょっとビビってると、列の奥から人影が歩いて来た。

 人影って言うか、うん。十歳くらいの美少女だな。

 長いサラッサラの銀髪と赤い目が特徴的だ。

 ほっぺたはぷにぷにしてそうだし、白いドレスみたいな鎧と合わさって全体的に愛らしい。

 やべぇ。お持ち帰りしてぇわ。

 

 けど。何でこんなとこに子どもがいるんだ、などと思わない。

 話の流れ的に彼女が軍団長で、実年齢は私より上とかそういう奴だろう。

 ファンタジーものだとよくある話だし。

 

「こんにちは。貴女がリリィさんですの?」

 

 何と。声まで可愛いじゃん。

 高めで綺麗な、鈴の音みたいに聞きやすい声だ。

 ファンタジー世界凄いな。今のところマジで美形しか見てないぞ

 ……おっと、いかんいかん。挨拶を返さないと。

 

「はい、リリィ・クラフテッドです」

「私は魔王軍サレス地方軍団長のエリーゼですの。略称ですがエリーゼと読んでくださいませ」

 

 はい大当たり。やっぱりこの人が軍団長か。

 真面目に返事してよかったわ。

 

「エリーゼさんですね。よろしくお願いします」

 

 猫被りスマイルを見せると、天使の様に可愛いスマイルを返してくれた。

 やべ、私ってロリコンだっけ。

 めっちゃ可愛いんだけどこの人。

 

「早速本題といきましょう。この街に移住したいと聞いていますけれど、本当ですの?」

「はい、そのつもりです」

「記憶が無いと聞いてますけど、勤め先は決まっていますの?」

 

 あ。しまったな、そこは考えて無かったわ。

 エルンハルトさんも動揺してるし……ふむ。

 いいや、正直に言ってしまえ。

 

「まだ何も決まっていません。まずは街の様子を見てから決めようと思っています」

 

 いやまぁ、確実に成功する商売はあるんだけどね。

 この世界にマクドナ〇ドは無いらしいし。

 私なら原価ゼロだから儲かるだろう。

 絶対目立っちゃうから最終手段だけど。

 

「なるほど。では少しテストをしますの」

 

 テストだと? なんか嫌な予感がするんだけど。

 

「軍団長。さすがにそれは……」

「あら。私の決定に逆らいますの?」

「いえ、そういう訳では無いのですが、彼女は民間人です」

「ちゃんと手加減くらいしますの」

 

 ほう。これはアレか、お前の力を見せてみろ的なイベントか?

 こんな可愛い子と戦うなんて私には……って、おい。

 なんだそのバカみたいにでかい大鎌は。

 エリーゼさんの身長よりデカいじゃねぇか。

 

「まぁ、『人間』相手ですし、少しくらい加減を間違えることもあるかもしれませんの」

 

 ニヤリと不敵に笑う美少女、絵になるわー。

 絵にはなるけどさ。その発言ってつまり『お前をフルボッコするぜ』って意味だよな?

 私にそんな趣味は無いんだけど。

 やべぇ、いつの間にか兵隊さんに囲まれてて逃げ場がない。

 それならば仕方無いな。

 

 私の全力を持って、初手土下座を決めてやろう。

 



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こっち来んな、私に関わるな

 

 エリーゼという少女は生まれつき強者だった。

 周りに居るのは自身より弱い者ばかり。

 誰にも守ってもらう事が出来ず、誰かを頼る事なんて一度足りとも無かった。

 エリーゼより優れた者は、魔王軍に入るまでただの一人も居なかったからだ。

 

 自身を守ってくれる訳でも、共にいてくれる訳でもない。

 ただ自分の力を利用しようと擦り寄ってくる存在。

 エリーゼにとって他人とはそういったもので、だからこそ他人なんてものはどうでも良いと感じていた。

 

 歯向かうならば容赦などしない。

 情けをかけることも無い。

 相手が自分を『物』として見ている以上、こちらも相手を『物』として見るのも当然だろう。

 そう思って生きてきた。

 

 普通なら親から与えられるはずの愛も。

 友人から得られる優しさも。

 他人と触れ合った時の温もりも、全て。

 彼女は知らないまま生きてきた。

 

 更には、魔王軍に入ってから出会った己より強い者達は、恭順すべき相手だった。

 軍という枠で出会った以上は仕方なの無い事なのだが、彼女がそれを知る由もない。

 彼女にとっての真実とは、己を守ってくれる訳でもなく、共に居て安らぐ訳でもなく。

 ただそこに居るだけの、動く人形と変わりのないものだった。

 

 今日、この日までは。

 

 

「では行きますの!」

 

 バカみたいにでかい大鎌の横薙ぎ。

 嘘みたいに速く振り回されたその一撃は、しかし私を捉える事は無かった。

 

「では行きますの」の「では」くらいでスライディング土下座を決めたからだ

 

 プライド? そんなもんねぇよ。

 

「……へぇ、今のを避けるなんて、面白いですの」

 

 いや違う、そうじゃないから。

「お前なかなかやるな」見たいな顔しないで。

 どうみても土下座してんだろ私。

 よく見てみろ。綺麗な土下座だから。

 

「地に伏す程低く身を沈めてやり過ごすとは。かなりの対人戦闘経験があるようですの」

 

 ほう、そう取っちゃうのか。

 てかもしかして、この世界に土下座って文化は無いのか?

 やっべぇ。やらかした。

 

「それならば、次は本気で行きますの」

 

 うわ、何か大鎌が紫色に光り出した。

 必殺技か? 必殺技なのか? これ私死ぬんじゃないか!?

 良し! 全力で逃げよう!

 

「お眠りなさい。サイレントマーダー!」

 

 なんか霧みたいなのが出てきたけど無視!

 今だ! 回れ右!

 ぐるんと後ろを振り向きながら大きく一歩踏み出した時。

 

「えっ?」

 

 何故か目の前にエリーゼさんのぽかんとした顔があった。

 しかも大鎌を振りかぶった無防備な状態で。

 いや、なんでこんな所に居るんだよ。

 

 あ、てか無理だ。ぶつかる。

 

「ふぎゃあ!?」

 

 私は無様な悲鳴を上げながらそのまま推定幼女を押し倒した。やっべ事案だろこれ。

 咄嗟(とっさ)に目の前に居たエリーゼさんを縋り付くように抱き抱えたけど、何の意味もなく地面でデコ打った。いてぇ。

 うわぁ、絶対血ぃ出てんだろこれ。

 

「あいたたた……」

 

 身を起こしても霧のせいで何も見えん。

 でも紫色に光ってる大鎌は離れたみたいだから身の危険は去ったみたいだ。

 よし、チャンスだ。逃げよう。

 

「お待ちになって」

 

 あ、捕まった。死んだわ私。

 

 さすがに首を両手で掴まれたら逃げようが無い。

 てか力強いな。あの大鎌を使えるんだから当たり前なんだろうけど、そもそもどうやってあんなもん振り回してんだろうか。

 あれか、魔法的な何かか。

 

「まさか私の技を見切っただけでなく、この身を案じてくれるだなんて思いもしませんでしたの……」

 

 ……は? いきなり何言ってんだこいつ。

 ちょっと言ってる意味が分からんのだが。

 おい、頬を赤らめるんじゃない。

 徐々に顔を寄せてくるな。

 

「私より強くて、私を守ってくれ……るリリィさん……リリィお姉様! 好き!」

 

 ちょ、まっ、力つよっ!?

 そんなに引っ張ったら……あ。

 

 やべ。幼女にキスされた。事案発生したわ。

 しかも首掴まれてっから動けない。

 今は霧で周りからは見えないだろうけど、かなりまずいのでは?

 

「んんんっ!?」

「んちゅ……れろっ」

 

 舌絡めてきた!? やめろ! 私はファーストキスなんだぞ!?

 こんなディープな初体験はいやだ!

 

「んんっ……ふんがぁっ!」

 

 火事場の馬鹿力発動。社会的に殺される前に何とか振りほどいて立ち上がった。

 あぶねぇ。二重の意味で命の危機に直面したわ。

 霧も晴れてないし、色んな意味で大丈夫だ。

 何か大事な物は失ったけどな!

 

「……何故避けるんですの?」

 

 私の初めてを奪った痴女がゆらりと立ち上がる。

 何故じゃねぇよ!

 

「いきなり何て事してんだ!」

「あら、この程度はまだ小手調べですの。次が本番ですわ」

 

 本番!? 本番って言ったかこいつ!?

 マジで痴女じゃねえか! 見た目ロリのくせに!

 

「ふざけるな! 人の命を何だと思ってんだ!」

 

 社会的な意味で。

 

「大丈夫、優しくして差し上げますから」

 

 うわ! 来るな! 無駄に動きが速いなおい!

 やばいまた捕まる! 今度こそ社会的に殺される!

 

「軍団長!」

 

 叫び声と共に霧を裂いて出てきたのはイケメン風のエルフ。

 細身の剣を構えて凄い剣幕でロリ痴女の前に立ちはだかった。

 

 ナイス割り込みだエルンハルトさぁぁんっ!

 

「いきなり広範囲の技を使うのはやめてください! リリィさんが止めなければ兵に犠牲が出ていましたよ!?」

 

 ナイス行動だ私ぃぃ!

 そんな物騒な状況だったのかあれ!

 

「あら。あの程度なら回復魔法で完治しますのに」

「だからといってまた犠牲者を出すのはおやめください!」

 

 またって言ったか。前科があるのかよこのロリ。マジやべぇな。

 ちょっと敗北宣言しとこうか。

 

「エリーゼさん、これ以上戦っても意味は無いよ。既に勝敗は着いてるんだから」

 

 その言葉にロリ痴女……もとい、正気を取り直したエリーゼさんが微笑む。

 

「そうですわね。私の完敗ですわ」

 

 は? 何言ってんだこの人。

 

「リリィ、事を荒立てずに治めてくれてありがとう。助かったよ」

 

 エルンハルトさんもちょっと待とうか。

 エリーゼさんが自滅して痴女って来ただけなんだけど。

 私は何もしてねーよ。ただの被害者だよ。

 

「戦わずして勝つ。兵法の基本にして理想だが、それを体現出来る者がいるとはな……世界は広いと実感したよ」

「リリィお姉様は素晴らしい方ですの。尊敬致しますの」

 

 うるせぇ黙れ。変な評価してんじゃねぇ。

 周りの兵隊さんの目が痛いだろうが。

 なんだその英雄でも見るかのような目は。

 やめろ。こちとらただの腐女子だぞ。

 

「リリィお姉様ならこの街でも問題なく過ごせるでしょう。何かあれば私も力になりますの」

「……それは嬉しいけど、さっきみたいな事は二度としないでくださいね」

「くす。それは保証出来ませんの」

 

 うっわ、イタズラな笑い方も可愛い。腹立つけど。

 エリーゼさん怖いわ、色んな意味で。

 さっさと逃げるとしようか。

 

「私はこれから街を見て回ろうと思いますので、失礼しますね」

「本当なら私もご一緒したいのですが……生憎と仕事がありますの。エルンハルト、よろしくお願いしますの」

「お任せください」

 

 ビシッと胸に拳を当てる。敬礼的なやつか?

 まぁ何でもいいか。とりあえず街を見て回らないといけないし、早く行こう。

 

 こんな所に居られるか! 私は別の場所にいく!

 

 いやまぁ、軍の寮に住む以上はまた会うんだろうけど。

 



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バグってんじゃねーか、おい

 

 エルンハルトさんと街に出てみたは良いんだけどさ。

 よく考えたら、私がここで働くの無理じゃね?

 家事もろくにやった事が無いし、接客とか壊滅的に下手くそだし。

 出来ることっていったらカップリングとハンバーガー作ることだけだし。

 まったく取り柄がないんだよな、私。

 

「エルンハルトさん、何か仕事無いですか?」

「ふむ……すまないが心当たりは無いな。力になれずすまない」

 

 いえ、一緒に悩んでくれるだけでもありがたいです。

 一人だとネガティブ思考になるし。

 つってもマジでどうすっかな。

 いっその事バーガーショップやるか?

 

 あ、いや待て。ここってファンタジー世界じゃん。

 ということは、あの職業があるんじゃないか?

 

「あの、冒険者って職業はありますか?」

「ふむ。あるにはあるが……」

 

 おぉ、やっぱりあんのか。

 某モンスターのハンターでも採取依頼とかあったし、それで日銭を稼げば良いかもしんないな。

 配達依頼も良いな。インベントリあるからどんな荷物でも楽々だし。

 危ない魔物に会ったらダッシュで逃げれば良いだけだし。

 ふむ、これは本当に向いてるんじゃないだろうか。

 頭良いな、私。

 

「しかし冒険者だと魔物討伐くらいしか仕事が無いが、大丈夫か?」

 

 はいアウトー。

 

「そもそもリリィのステータスはどんな感じなんだ? それによって出来る仕事も変わってくると思うんだが」

 

 そういやそんなもんもあったな。

 ウインドウで遊んでて中身見てなかったわ。

 エルンハルトさんに教えてもらえばこの世界の平均も分かるし、試しに出してみるか。

 

「ちょっと出してみますね。『ステータス』」

 

 お、出た出た。なんか色々書いてあるけど、これが私のステータスなのか。

 ここまで来ると本当にRPGだな。

 

 ……て言うか、おい。

 

「あの、ラインハルトさん。レベル1のステータスの標準を教えてください」

「あぁ、レベル1なら能力値は5が平均だ。レベルが上がる度に能力値は1増える」

 

 平均が5ね。なるほどなるほど。

 

「上がる能力値はそれまでの経験によって変わるな。例えば力仕事をしていたらSTRが上がりやすいようだが、それにも個性はあるようだ。魔王様はレベル50で全能力値が50を超えていると聞いたことがある」

「えっと、普通の人のレベルはどのくらいなんですか?」

「我が軍の兵士はレベル10程度、軍団長が25だ。一般人なら5もあれば高い方だな」

 

 つまり鍛えている兵士でも能力値は平均15くらい、と言う訳だね、うん。

 なるほど。ではここで私のステータスを見てみよう。

 

 名前:リリィ・クラフテッド

 種族:人間(?)

 年齢:18(変更可能)

 性別:女

 職業:住所不定無職

 レベル:1

 

 STR:2(+80)

 VIT:4(+80)

 INT:7

 DEX:4

 AGI:2(+80)

 LUK:-10

 

 スキル

 愛Lv1 勇気Lv1 ウサギLv5(MAX)

 格闘Lv5(MAX) マクドナ〇ドLv1

 成長速度20倍 ステータス異常無効

 

 称号

 拳を極めし者

 女神アテナの加護を受けし者

 セカンドアシスタント

 

 

 ツッコミ所しかねぇわ。

 

 なんで種族が疑問形なんだよ。

 年齢変更可能ってなんだよ。

 職業も悪意しか感じないぞこれ。

 

 能力値に関しては、前世でゲーム好きだったから一応意味は分かる。

 上から力、体力、賢さ、器用さ、素早さ、運だろう。

 でもそこじゃねぇ。

 

 アテナてめぇ、またやらかしやがったな?

 一部ステータスがぶっちぎりで魔王超えてんぞ。

 これ絶対『勇気』スキルのせいだろ。

 

 つーかスキル欄、格闘は見逃すにしても成長速度20倍とステータス異常無効は明らかにバグじゃねぇか。

 

 ヤバい、ツッコミだしたらキリがない。

 冷や汗が止まらないんだけど。

 

「リリィ、良ければステータスを教えてもらえないだろうか。何か助言が出来るかもしれない」

 

 わぁエルンハルトさんのイケメン発言来たわ。

 100%善意なのが辛いんだが。

 

 えっと、これそのまま伝えたらまずいよな?

 仕方ない。問題ないところだけ読み上げるか。

 

「えーとですね。能力値は上から2、4、7、4、2、-10です」

「マイナス!?」

「スキルは(言えるものが)無いですね」

「スキルが無い!? それはまた……」

 

 あ、絶句しちゃった。

 

「だ、だがINTは平均より高いな。それなら魔法を覚えてみてはどうだ? それを活かした仕事に就けば良いだろう」

 

 おぉ、ファンタジー世界の代表的なやつじゃん。

 私にも使えるのか、魔法。

 これはかなり興味がある。

 

「魔法ってどうやって覚えるんですか?」

「軍の者を手配しよう。兵士ならば全員が使えるからな」

「ありがとうございます。じゃあそうしてみます」

 

 INTなら変なバフも無いし。

 これなら一般人として目立たずに生活できそうだ。

 少なくとも異世界でマク〇ナルドやるよりは地味だろ。

 

「では城に戻ろうか。寮を案内しておきたいしな」

「うっ……分かりました」

 

 城に戻るのかぁ。

 うーん、エリーゼさんと会わないことを願うしかないか。

 あっちも暇じゃないだろうし大丈夫だと思うけど。

 

 フラグじゃない。フラグじゃないからな?

 頼むから余計なことするなよ、女神様。

 私は平穏な日々を送りたいんだ。これ以上邪魔すんじゃねえ。

 

 マジで頼むからな、アテナ。

 



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魔法教えてください

 

 まるで映画みたいに壮大なスケールの王城に入ると、中もやっぱり豪華だった。

 よく分からん壺とか絵とか鎧とか色々な物が通路に飾ってある。

 そんな(きら)びやかな道を抜けた先、中庭らしき場所にまるでアパートのような建物があった。

 窓の数的にたぶん五階建てだ。街で見たどの建物よりもデカイな。

 

「リリィ、ここが寮だ。一階に空き部屋があるからそこを使う事になる」

 

 おぉ、それはありがたいな。

 毎回階段を上るのは面倒だし。

 それに城の中なら防犯面も気にしなくて良さそうだし。

 

「じきに入寮の手続きが終わるだろう。後は魔法の方だが……一応、適任の方に頼んでみるつもりだ」

「適任ですか?」

「魔王軍の中で一番魔法を上手く扱い、そして魔王軍の中で一番暇している方がいる」

 

 うん? この言い方的に目上の方なのかな。

 

「あの、どんな方ですか?」

「何て言うか……まぁ会えば分かる。一応気を付けておけ」

 

 つまりマトモでは無いと。把握。

 

「分かりました。お願いします」

「この時間なら部屋にいるだろう。着いて来い」

 

 エルンハルトさんに連れられて寮の端の部屋へ移動する。

 さて、今度こそ男の人来い。そろそろ私に養分を寄越せ。

 

 エルンハルトさんはドアをノックすると、中に向かって声をかけた。

 

「グロウレイザ様、宜しいですか?」

「……良いよ」

 

 あ、残念。声的に女性だわ。

 

「居たか。リリィ、迂闊に近づくなよ?」

 

 エルンハルトさんが言いながらドアを開けると、何か凄いものが見えた。

 目に飛び込んできたのは超巨大なベッド。

 部屋の八割くらいの大きさで、カラフルなクッションがこれでもかと積まれている。

 その真ん中。たくさんのクッションに埋もれるように彼女は座って居た。

 

 第一印象。でけぇ。

 いや、背は普通なんだよ。

 真っ青でサラサラな髪をシーツの海に広げて、少し大きめなシャツをボタン全開で羽織っている。

 その間から見えるのは、私の頭くらいありそうなおっぱい。

 肌が真っ白でお腹もへこんでるからめっちゃエロい。

 際どい所がギリギリ見えてないのがさらにエロい。

 あと眠たげな仕草もひたすらにエロい。

 あ、ちょ、背伸びしたら見え……無いのか。なにゆえ。

 

「グロウレイザ様。お頼みしたいことがあります」

 

 エルンハルトさん、通常運転だな。

 まさか見慣れてんのか?

 この人っていつもこうなの?

 

「……なに?」

「彼女に魔法を教えてやって頂けませんか?」

「……人間? 拾ったの?」

 

 はい変人確定。普通は人を紹介して貰った時に拾ったのとは言わないだろ。

 まぁ間違いではないけどさ。

 

「彼女はリリィ。この街に移住を希望しています」

「リリィです。よろしくお願いします」

「……そう。リリィ、こっちにおいで」

 

 なんか呼ばれたのでベッドに近付いてみた。

 うん、何度見てもエロいな。思春期の男の子が喜びそうだわ。

 

「グロウレイザ様!」

「……ちょっと遊ぶだけ。ほら、おいで」

 

 あ、よく見ると羊みたいな角生えてる。ファンタジーだなー。

 目は紫色だし、宝石みたいで綺麗だ。

 ついおっぱいに目が行っちゃうけど。

 あ、て言うか。

 

「えっと、ベッドの上に乗ったら良いですか?」

 

 靴履いたままなんだけど、乗っていいんだろうか。

 こっちの文化がイマイチわかんないんだけど、その辺どうなんだろう。

 

「……リリィ? 大丈夫なのか?」

「は? 何がです?」

 

 なんだ? 何でいきなり心配されてんだ?

 グロウレイザさんも何か驚いてるっぽいけど。

 

「……エルンハルト。何を拾ってきたの?」

「それが、彼女には記憶が無いらしく……私には詳しいことは」

「……私の魅了が効かない人間? そんな者が存在するの?」

 

 魅了? あ、やべ。状態異常無効化スキルが仕事してんのか。

 どうしよ。ここは正直に言った方が……いや、エルンハルトさんにスキルは無いって言っちゃったもんな。

 なんか言い訳しないと。うーん。

 

「……わぁ! グロウレイザさま素敵! 抱いて!」

「…………」

「…………」

 

 やめろ。そんな目で私を見るな。

 すべった芸人ってこんな気持ちなんだろうな。

 

「……リリィ。私に抱いてほしいの?」

「いいえ。言ってみただけです」

「……どうしよう。この子面白い」

 

 面白がられた。いや、嫌われるよりは良いか。

 

「……エルンハルト。この子ちょうだい」

「彼女は奴隷では無いので私に所有権はありません」

「……じゃあリリィ。良い事してあげるから、こっちにおいで」

 

 やったぜ! えっちなお姉さんにえっちな誘惑された!

 だがてぇてぇは要らん! BLをよこせ!

 だいたい何で男が少ないんだよこの城!

 あと私を巻き込むな!

 

「素敵なお言葉ですがお断り致します。それで、魔法は教えて頂けるんですか?」

「……いいよ。その代わり、私とドロドロになるまで楽しいことしよ?」

「エルンハルトさんも一緒なら良いですよ」

「リリィ!?」

「冗談です」

 

 このキリッとしたイケメン風美女が乱れる所は見てみたいけど、自分を生贄にするつもりは無い。

 つーかもうここに用はないな。

 

「じゃあ行きましょうか。次のアテはあるんですか?」

「勿論あるが……リリィの方から断るのは予想外だったな」

 

 何でだよ、一応乙女だぞ私。断るに決まってんだろ。

 一瞬好奇心に負けそうになったのは事実だがな。

 あのデカいおっぱいは触ってみたいし。

 

「……待って、妥協する。一回ヤるだけでも良い」

 

 お、食い下がってきた。

 でもそれ、大して変わってないだろ。

 

「お断りします」

「……じゃあちょっと色々触らせてくれるだけでも」

「お断りします」

「……キスは?」

「お断りします」

 

 ハードルおかしいだろアンタ。初対面だぞ?

 挨拶代わりに要求するレベル越えてんだろ。

 つーか触るよりキスの方が妥協って、どこ触る気だよ。

 

「……分かった。じゃあ一日一時間ハグならどう?」

「あぁ、それくらいなら。よろしくお願いします」

 

 教えてもらう訳だし、そのくらいなら良いだろう。

 それ以上の事をされそうになったら『勇気』スキルの出番だ。

 

「……じゃあ明日からここに来て」

「ありがとうございます」

 

 よし、魔法の先生げっと。

 

「エルンハルトさん、そういう事になりました」

「グロウレイザ様が妥協する所なんて初めて見たぞ」

 

 苦笑するエルンハルトさんに猫を何重にも被ったニッコリ笑顔を返しておく。

 本当にお世話になってるなー。今度お礼しよう。

 



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ご飯が美味しい!

 

 エルンハルトさんに次に案内されたのは城内の食堂だった。

 お昼時だからか兵士さんが沢山いて賑やかだ。

 どうやらここでお昼ご飯を食べるみたいだな。

 

 きょろきょろと食堂内を見渡していると、その一角。

 端の方に見知った顔を見つけた。

 

 ジーク? なんだ、あいつも兵士だったのか。

 つーかめっちゃ浮いてんじゃん。ぼっち飯かよ。

 よし、ここは一緒に飯食うか。

 

「リリィ、私が二人分持ってくるから席の確保を頼む」

「分かりました。お願いします」

 

 列に並んだエルンハルトさんを置いて、ジークの居るテーブルに向かう。

 何でここだけ空いてんだろ。こいつ嫌われてんのか?

 話した感じめっちゃ良い奴なんだけどなー。

 

「おっす。あんた友達いないの?」

 

 気楽な調子で話しかけると、周りがザワりと沸いた。

 周りの注目を集めてるのが分かる。

 けどまぁ、もう話しかけちゃったしなぁ。

 

「リリィか。用事は終わったのか?」

 

 顔を上げたジークは何となく嬉しそうだった。

 分かりやすい奴め。

 

「うん。グロウレイザさんを紹介してもらった」

「ほう。あいつと会ったのに正気なのか」

「それどういう意味よ。エルンハルトさんにも心配されたんだけど」

 

 向かい側に座るとさらに食堂内がざわついた。

 うーん。ちょっと周りの反応が面倒臭いな。

 

「あいつは『悪夢の淫魔』って二つ名をもっている、魔王軍幹部の一人だ」

 

 ほう、幹部とな。なるほど、やっぱり偉い人だったのか。

 何でそんなお偉い人をわざわざ指名するかな。

 エルンハルトさん何してくれてんだ。

 

「魔王軍最強の魔法使いで、特に『魅了』の魔法を好んで使うんだが……遊び感覚で男女問わずに魅了して、気絶するまでヤるような厄介な奴だ」

 

 エルンハルトさん何してくれてんだ!?

 

「え、こわ。魔王軍って変なの多くない?」

「なんだ、他にも誰かに会ったのか?」

「エリーゼさんにテストされたわね」

「『静寂の死神』にまで絡まれたのか。どんな運してるんだお前」

 

 なるほど、あの人も幹部なのか。

 やべぇな魔王軍幹部、ろくな奴がいねぇ。

 つーかこれがLUK-10の効果なのかな。

 

「ちなみに聞きたいんだけど、ジークも実は幹部だったとか言わないよね?」

「はぁ? 馬鹿なことを言うな。俺は違うぞ」

 

 あぁ良かった。ちょっと疑ってたんだよね。

 そんなお偉いさんにタメ口きいてたら不敬罪になるもんな。

 

「リリィ、待たせたな」

 

 お、エルンハルト戻ってきた。

 ご飯美味しそうだな。ちょっと期待できるかもしんない。

 いや、異世界ファンタジーの世界ってご飯美味しくないイメージがあるじゃん。

 

「ありがとうございます」

「……ジーク? こんな所で何を?」

「エルンハルトか。見てのとおり、飯を食っている」

 

 何であんたはドヤ顔してんだ。飯食ってるだけだろ。

 

「エルンハルトさん、食べましょうよ」

「そうだな。ほら、リリィの分だ」

 

 うわぉ、凄い量だな。

 唐揚げ、蒸したジャガイモ、焼き魚、サラダ、スープにパンか。

 食べきれるかなこれ。

 

「んじゃ、頂きます」

 

 手を合わせてまずは赤いスープを一口。

 おー、美味いなこれ。牛肉のシチューっぽい味だ。

 塊肉がごろっと入ってるし食べ応えもある。

 トマトの酸味が肉の旨味を引き立ててるな。

 この一品だけでも満足しちゃいそうだ。いや、勿体ないから全部食べるけど。

 

 次は焼き魚。見た事ない種類だけど、見た感じ青魚だ。

 フォークで身をほぐすとパリっとした感触、その直後に脂が染み出して来た。

 特有の香りが上ってきて、我慢できずに口に入れる。

 仄かな塩味とサバのような風味。

 十分に脂が乗ってて、噛むと口の中にじゅわぁって広がってくる。

 米! 米をよこせ! なんでパンしかないんだ!

 

 仕方なしにパンをちぎって食べてみると、これはこれで美味しかった。

 予想と違って柔らかい。ふんわりとまではいかないけど、簡単に噛むことができる。

 そして代わりと言わんばかりに強く香るのが小麦だ。

 自然な甘みが、他の料理を引き立てる役割をしっかり担っている。

 

 ここらで一旦サラダにフォークを伸ばす。

 葉野菜にドレッシング的な物がかかっていて、これもフォークを突き立てるとシャキッと新鮮な音がした。

 大きめなレタスをかじると、若干苦味を強く感じた。

 しかしその苦味もドレッシングが上手くカバーしていて、他の野菜も合わせてモリモリ食べることができる。

 サラダ一つでこれだ。凄いな魔王軍。

 

 ラスト。待ちに待った唐揚げだ。

 見て分かる程にカリカリサクサクで、揚げたての香りが心地よい。

 早速一口。途端、最初に熱さを感じた。

 ハフハフしながら噛み進めると、美味い。

 柔らかい鶏肉にニンニクを効かせた味付けで、やはり米が欲しくなる味だ。

 少し味が濃いめなのは兵士さんに合わせてあるからだろう。

 そこまで考えて作ってある、とても手間暇かけた一品だ。

 

 正直侮ってたわ。ファンタジー飯、めっちゃ美味い。

 何なら日本で普段食べてたご飯より美味しい。

 これからこのご飯が食べられるのか。少しテンション上がるな。

 

 なんて思いながら夢中で食べていると、不意に視線が集まっていることに気が付いた。

 

「え、なに?」

「お前美味そうに食うなぁ」

 

 なんかジークに関心したかのように言われた。

 美味そうに、じゃない! 美味いのよ!

 ジークも感謝しながら食え!

 

「リリィは食べることが好きなのか?」

「エルンハルトさんまで……ここのご飯が美味しいだけですよ」

「ほう。それなら後で料理長に伝えておこう。あいつも喜ぶだろうしな」

「なに、知り合いなの? じゃあ頼んだわ」

 

 本当なら自分で言いたいけど、流石にね。

 私は余所者だし、いきなり言われても困るだろうし。

 

「そうだリリィ、今晩は何か予定あるか?」

「特に無いけど。なに、デートの誘い?」

「阿呆か。リバーシの続きだ」

 

 そんな気はしてたけど即答すんなよ。

 なんか負けた気になるじゃん。

 

「あらやだ。夜にこんな可愛い女の子を連れ込もうだなんて、何するつもり、」

「なんだ、期待してるのか?」

「いやないわー」

「……本当に良い度胸してんなお前」

 

 おっと? なんだいその握り締めた拳は。

 まさか人前で手を上げるつもりかね?

 

「まぁどうしてもって言うなら相手してあげる」

「あぁ、夜になったら迎えに行く」

「おっけ。フルボッコにしてやんよ」

「フルボッコ……? よく分からんが、またな」

「またねー」

 

 首を傾げながら去っていくジークを見送って隣を見ると、エルンハルトさんがめっちゃ苦笑いしてた。

 えぇ、まぁ。やらかしたのは分かってますよ。

 周りの反応的に多分話しかけたらダメな奴だったんでしょうよ。

 だがそんなことは知らん。

 

 寂しそうに見えたから。

 私がジークに声をかけたのはそれが理由だ。

 周りの視線も気になったけど、彼の心が少しでも軽くなるなら。

 私が迷うことなんてあるはずも無い。

『勇気』スキル持ち、なめんな。

 

「リリィ、ありがとう」

「エルンハルトさんがお礼言うの、おかしくないですか?」

「ジークは友人だからな。気にかけてくれて嬉しいが、あまり無茶はしないでくれよ?」

「前向きに検討して善処します」

 

 反省はしているが後悔はしていない。

 

「えーと、この後は何か用事がありますか?」

「雑貨品の買い出しくらいだな。今日でなくても良いが、どうする?」

「せっかくなんで今日終わらせたいです」

「そうか。じゃあ一休みしたら行こうか」

「了解です」

 

 どうせしばらくしたら出ていくつもりだし、適当に揃えちゃおうか。

 



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買い物に行っただけなのに

 

 喧騒に溢れかえった街に戻ってきた。

 城もかなりファンタジーだけど、やっぱり街中の方が凄いな。

 歩くトカゲのインパクトに勝るものはそうそう無いだろう。

 

「私の行き付けの雑貨屋がある。そこに行こう」

「よろしくお願いします」

 

 てな訳でお店に到着。比較的新しい建物だ。

 レンガ造りだけど大きな窓があって、そこから綺麗に並べられた商品が見える。

 私からしたら使い方も分からない物ばかりだけど、見ているだけでもちょっと楽しい。

 

 窓に張り付いているとエルンハルトさんが中に入って行ったので、慌ててそれに続く。

 店内は品物が綺麗に陳列されていて、まるで前世で見かけたジュエリーショップのようだ。

 

「リチャード、来たぞ」

「いらっしゃい。おや、今日はお連れが居るのですか」

 

 おっと、人が居たのか。挨拶……を?

 

 をおおぉぉ!? イケメンきちゃあああ!

 優しげな表情に整えられた金髪に二つの白い角!

 全身から溢れる穏やかオーラ!

 そして低めのイケボ!

 ナイスイケメン! いいぞいいぞ!

 これだよこれ! 良い燃料だ!

 

 ……はっ!? いかん、猫を被らねば。

 

「初めまして。リリィです」

 

 秘技お嬢様スマイル!

 

「これは可愛らしいお嬢さんだ。僕はリチャード。この店の店主です」

 

 おお、物腰穏やか系か。

 優しく導く系の攻め……いや、誘い受けでもいけるな。

 相手がジークだったらリチャードさんは攻めだけど。

 

「よろしくお願いします。今日は生活用品を買いに来ました」

「なるほど。ではどうぞ、商品をご覧ください」

 

 さて、妄想も良いけど品物を見ないとね。

 生活必需品の一式を揃えないとダメだし。

 そうだ、着替えも必要だ。そうなるとかなりの金額になるな。

 ……あ。

 

「エルンハルトさん。私お金持ってないです」

「あぁ、そうだったな。では私が出しておこう」

「いやそれは流石に悪いです。全部揃えるとなると結構高いですよね?」

「なに、私からのプレゼントだ。遠慮なく受け取ると良い」

 

 わお。爽やかスマイルでイケメン発言された。

 この人本当にかっこいいな。

 

「じゃあ稼げるようになったらお返しします」

「必要ないが……そうだな、その時は酒でも奢ってくれ」

「……分かりました。ここは甘えさせてもらいます」

 

 かなり気が引けるけど、無いものは無いんだし。

 せっかくの好意だ。助けてもらおう。

 しっかし恩ばっかり溜まっていくな。

 どこかでお返しせねば。

 

「リリィさん、良ければこちらで見繕いましょうか?」

「お願いします。服もありますか?」

「取り扱っていますよ。ですが、服はご自身で見られた方が良いのではないですか?」

「こだわりは無いのでお任せします。私よりリチャードさんの方が詳しいと思いますし」

「これは責任重大ですね。では少々お待ちください」

 

 本当は服くらい自分で選んだ方が良いんだろうけど、私って壊滅的にファッションセンス無いんだよなー。

 ここは素直にお任せしておこう。

 

「リリィ、時間が掛かるだろうから私も買い出しに行こうと思う。リチャードなら大丈夫だと思うが、不安なら着いてくるといい」

 

 このさり気ない気遣いだよ。

 さすがエルンハルトさん。

 

「じゃあご一緒しても良いですか?」

「あぁ。リチャード、ここは任せた」

「こちらは一時間程で終わると思います。ごゆっくりどうぞ」

「ありがとう。では行くか」

 

 店の外に出ると、再び喧騒。

 多種多様な人々がガヤガヤと騒がしく行き交っているのを見ると、やっぱり異世界なんだなと実感できる。

 すれ違う人みんな、普通の人間ではない。

 て言うかこっちに来てからジーク以外は普通の人を見てないな。

 みんなどこかしら人外の特徴があるし。

 エリーゼさんは微妙なところだけど。

 そんなことを考えていると。

 

 …………あれ?

 エルンハルトさんがいない?

 やば、はぐれちゃった!?

 

 慌てて周りを見渡してもやっぱりエルンハルトさんの姿はない。

 緑色の髪だから目立つと思ってたけど、案外似たような色が多いみたいだ。

 うーむ、やらかしたな。

 リチャードさんのお店も道も分かんないし、とりあえず街で一番目立つ噴水のところに移動するか。

 

 

 噴水前に到着。

 あーもー、やっちゃったなー。

 エルンハルトさんにまた迷惑かけちゃった。

 まぁ最悪の場合はお城に戻るしかないか。

 

 とりあえず、暇だけはしないのがありがたいな。

 噴水前は人が多くて大道芸人ぽいのも居るし。

 へこんでても仕方ないし、ちょっと見物して行くとしよう。

 

 ……何か、あっちの世界にいた頃に比べてかなりメンタル強くなってんな、私。

 これも『勇気』スキルの影響なのかもしれない。

 ちょっと気をつけておこうかな。

 

 さておき、噴水広場を見渡すと興味深いものが沢山あった。

 噴水をぐるりと囲むようにして、まるで祭りの様な光景になっている。

 火の玉でジャグリングしてたり、翼の生えた女性が歌ってたり、屋台で食べ物を売ってたり。

 どれも面白いんだけど、中でも一番気になったのは噴水の縁に腰掛けている女性だ。

 

 黒くてスラッとしたローブのような物を着ていて、長い黒髪がさらりと風に揺れている。

 瞳も同じく黒で、私としては見慣れた感じだ。けれど。

 

 別に何かおかしな事をしてる訳じゃない。

 ただその人が美術品のように綺麗なのに、周りの視線を集めていない事に違和感を覚えただけだ。

 まるで誰も彼女に気が付いていないように振舞っていて、その存在が世界に溶け込んでいるような錯覚を覚える。

 全体的に黒いのに、何故かガラスのように透明な印象だ。

 

 思わずじっと見つめていると、ふと。

 彼女の夜色の瞳と目が合った。

 目線を逸らすタイミングを逃してしまい、何となく見つめ合うこと数秒程。

 不意に彼女が立ち上がり、こちらに歩いてきた。

 正確には、なんかふわふわ浮きながら寄ってきた。

 これまたファンタジーぽい移動方法だな。

 

「貴女は私を認識しているのですか?」

 

 おぉ、声まで透明感があるな。この世界で会った人の中でもダントツに綺麗だ。

 ただ、言ってる事は電波だけど。

 

「まぁ、見えてますね」

 

 うわぁ、関わっちゃいけないタイプの人だったかぁ。

 だからみんな目を逸らしてたのか?

 いや、それにしても、()()()()()()()()()()()()()()のは明らかに不自然だろ。

 

「珍しいですね。この世界で私を認識出来る者がいるとは思いませんでした」

「そうですか」

 

 とりあえず話を合わせて置いて、隙を見て逃げ出そう。

 そんなことを思っていると。

 

「私の名はライランティリア。長いのでライラと呼んでください」

 

 うわ、自己紹介された。

 さすがに無視する訳にもいかないよな、これ。

 

「えぇと、リリィ・クラフテッドです」

「リリィ。もし良ければ暇潰しに付き合ってくれませんか?」

「お断りします」

 

 面倒ごとはもう結構です。

 私は平穏な日常を送りたいんだよ。

 

「リリィは紅茶と珈琲だと、どっちが好きですか?」

「聞けよおい」

 

 あ、やべ。普通にツッコミ入れちゃった。

 だがそんなことはお構い無しらしい。

 

「茶請けはクッキーです。どうぞ」

 

 一瞬も目を離してないのに、目の前にいきなりカフェ風のテーブルセットが現れた。

 すげぇなおい。

 

 そして、ここまでしているのに。

 ()()()()()()()()()()()()()()

 明らかに異常、なんだけど。

 今更逃げる訳にも行かないし、ライラさんの気が済むまで付き合うことにしよう。

 



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自称女神、ふたたび

 人通りの多い噴水広場。

 かなりの数の人が行き交う場所、そのど真ん中で。

 結構オシャレなカフェテーブルを挟んで、私とライラさんが向かい合っている。

 この世界で知り合った誰よりも美しい、上から下まで真っ黒な女性。

 でもやっぱり、誰もこちらを見ていない。

 それどころか近付きもせず、そもそも存在に気が付いていないように見える。

 

 さぁて、どうしたもんかな。

 この人明らかに普通じゃないんだけど。

 かと言っていきなり席を外す訳にも行かないし。

 エルンハルトさんがこっちを見つけてくれたら良いんだけど……この状況じゃ難しいだろうな。

 

「…………」

「…………」

 

 互いに無言。ただひたすらに紅茶を飲み続けている。

 不思議な事にいくら飲んでも紅茶は減らない。

 これも魔法だろうか。すげぇな魔法。

 けどこれ、気まずいなんてもんじゃない。

 とりあえず何か話題振るか。

 

「えぇと、ライラさんはここで何してたんですか?」

「私は世界を見ていました」

 

 わぁお、そう来ましたか。

 また電波発言飛んできたなー。

 

「世界ですか」

「世界ですね」

「…………」

「…………」

 

 話が! 続かない!

 表情もあんまし変わらないからやりづらい!

 うーむ。何か話題を振ってくれないかなー。

 

「リリィはここで何をしていたのですか?」

 

 おっと、ナイスだライラさん。

 でも何をしてたかって聞かれても地味に困るんだよな。

 

「えぇと、実は私迷子なんですよ」

「迷い人ですか。人は常に迷うものですね」

「いや普通に道に迷ってんだけど」

 

 あ、やべ。普通にツッコミ入れちゃった。

 うーん。見た目は凄く神々しいのに中身がちょっと残念な人だなー。

 

「ですが貴女の目には迷いが見えません。それは何故ですか?」

 

 聞いちゃいない。マイペースだな、この人。

 

 しかし、迷いねぇ。

 こんな重い話を初対面の人にしちゃって良いんだろうか。

 ……いいや、言っちゃえ。

 

「んーと、後悔したくないからですかね」

「後悔ですか?」

「私って基本的に生きることが下手くそなんですよね。何やっても上手くいかない、努力の結果が出ない。それが私なんですよ」

 

 昔からずっと、生きる事に向いていないと感じていた。

 私は周りみたいに上手くできないんだ。

 だからこそブラック企業なんかに勤めていた訳で。

 そして、だからこそ。

 

「迷ってる暇なんて無いんですよ。人より下手なら、人より早く努力しないといけないんで」

 

 生きるのが上手い人ならもっと頭の良い方法を知っているのだろうけれど。

 私はそれを知らないし、教えてもらう機会も無かった。

 体を壊すまで頑張って、心を殺して。

 まさに死んだような日々を送ってきた。

 それが私の当たり前。だから、迷うなんて選択肢はない。

 

「なるほど。では、私が貴女に加護を与えましょう」

「……は? 加護?」

「私は女神ですので」

 

 涼しい顔で紅茶を飲むライラさん。

 

 また出たよ、自称女神。

 

 いやでも、アテナの時は本物だったしなー。

 ライラさんも見た目は女神っぽいし、本物なのかもしれない。

 

「私なら貴女の望むものを何でも与えられます。地位、名誉、金銭、知識、そして力。何でも差し上げましょう」

 

 何でもか、そりゃ凄い。さすが神様。

 確かにそれがあれば人生イージーモードだろうな。

 誰もが羨むような、誰もが求めるような、そんな夢のような話だ。

 まるで夢のような機会で、確実に私の人生の分岐点だろう。

 

 ただなー。

 

「……うん、必要ないですかね」

「必要ない、ですか」

「本当に大事なものは、貴女からは貰えないので」

 

 私が望むものは、きっとライラさんからは貰えない。

 そもそも誰かからもらうようなものでは無い。

 それはただそこにあって、だからこそ尊いものなのだから。

 

「私には無理、ですか?」

 

 パチリと瞬き。ようやく表情が変わったな、この人。

 気圧されるくらいの美女だと思ってたけど、ちょっと可愛いかもしんない。

 

「では、リリィが望むものとはなんですか?」

 

 その無垢な問いかけに、戸惑いながらも微笑みを返す。

 そんなもの、決まってるじゃないか。

 

「BLです」

 

 言い切ってやった。

 

「……あの。BL、とは?」

「男同士でてぇてぇする事ですね」

「てぇてぇ……?」

 

 あ、通じてないなこれ。

 てことはやっぱり、ライラさんからは供給されそうに無いな。

 

「これは私が追い求めるべき真実です。なのでライラさんの力は必要ありません」

 

 はっきりと、そう言ってやった。

 

 BLは誰かに与えられるものじゃない。

 ただそこに男が二人居るだけで発生する、とても尊いものだ。

 それがこの世の真理であり、私たちが追い求めるべき真実なのだ。

 人これを、腐女子思考という。

 

「……なるほど。リリィは面白いですね」

「なんか最近よく言われますね、それ」

「まさか拒絶されるとは思いませんでした。そんな人間もいるのですね」

「拒絶ではないですよ。よければ見守っててください」

 

 そして出来ればこっちの沼に沈み込むが良い。

 こっちに来てから同士がいないからなー。

 いや、前世でもSNS上にしか同士は居なかったけどね。

 

「そうであれば一つ、願いがあります」

「は? ライラさんが?」

 

 こんな万能っぽい人が私に願い事だと?

 

「私のことはライラと。敬称は外してください。私は貴女と親しくなりたいです」

 

 おう、そこで初スマイルはズルくないか。

 いやまぁ、最初から断るつもりも無いけどさ。

 

「ん。宜しくね、ライラ」

「宜しくお願いします、リリィ」

「……てかそっちは敬語なの?」

「これ以外の話し方を知りませんので」

 

 あ、また無表情になった。

 んー。せっかく美形なんだからずっと笑ってれば良いのに。

 

「ではリリィ、今日はここまでのようです。じきに貴女の探し人がここを訪れます」

「なんだ、知ってたの?」

「私は女神なので。再会を願ってこれを渡しておきます」

 

 手渡されたのは五本の小瓶。中に液体が入ってるけど……なんだこれ?

 

「世界樹の樹液です。怪我をした時に塗ってみてください」

「あー、そういや天界の特産品だっけ。ありがとね」

「いえ。愛しのリリィへのプレゼントです」

 

 ……うん? 今なんかおかしな事言われなかったか?

 

「おい待て、親しくってそういう意味か!?」

「もちろんです。ではまた会いましょう」

「おいやめろ、私を百合に引きずり込むんじゃない!」

 

 あ、くそ! 消えやがった!

 無駄な所で女神パワー使いやがって!

 

 あーもー。次会った時にでもちゃんと話さないとなー。

 でも今はとりあえず、必死な顔で駆け寄って来るエルンハルトさんに頭を下げに行こうか。

 



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エルンハルトさんはイケメン(♀)

 エルンハルトさんと合流したところ、こちらから謝るどころかめちゃくちゃ頭を下げられてしまった。

 目を離した自分に責任があるとか言われたけど、納得いかないから最終的にお互い様って事で話をつけた。

 うーん。本当に真面目な人だなぁ。

 

 その後にリチャードさんのお店に寄ると、彼はすでに商品を揃えてくれていた。

 中身を確認すると生活に必要な日用雑貨と、街でよく見かけた服が数着。

 これなら十分生活できそうだ。

 ただ一つだけ、問題があるけど。

 

 下着がな。無いんだよ。

 

「申し訳ありません、僕がうっかりしていました。そちらだけはご自身で揃えて頂けますか?」

「いえ、お手数かけてすみません……」

 

 つまり私は、初対面の男の人に自分の下着を選ばせようとしていた訳だ。

 流石に顔から火が出るかと思ったわ。

 

 つー訳で。衣類専門店で来てみたものの。

 ファッションセンスが致命的に死んでるから店員さんにお任せしたら、白とかピンクのフリルたっぷりな奴を選んでくれた。めちゃ可愛い。

 それは良いんだが、サイズ測る時に店員さんが息を荒くしてたからここには二度と来ないと思う。

 変人率高いな、異世界。

 私を百合に巻き込むんじゃない。

 

 リチャードさんの所で買ったものも下着の入った紙袋をインベントリに収納した後、今日は疲れただろうとエルンハルトさんが気遣ってくれたので寮に戻ることになった。

 道中も自然と私の歩幅に合わせてくれるし、やっぱりイケメンだわこの人。

 多分同性にモテるんだろうなー。

 

「……あの。つかぬ事をお聞きしますが、エルンハルトさんって女同士の恋愛はどう思います?」

「ん? 何も問題無いと思うが。この国は同性婚も認められているし、後は本人達の問題だろう」

 

 認められてんのかよ。やべぇ、危険度が上がったわ。

 つーかよくよく考えてるみるとさ、多分これって『愛』スキルが無駄に仕事してんだよね。

 まじ地雷でしかないんだが、このスキル。

 あ、でもこれのおかげでエルンハルトさんに親切にしてもらってんだろうか。

 そうだとしたら有用かもしれない。

 

 寮の前まで来ると、そこそこ人が行き来していた。

 笑いながら話しているところを見る感じ、仕事上がりの人達だろう。

 相変わらず人間はいないっぽいな。

 

「ところでリリィ。夕飯は寮で食べるか? 私は仕事の後始末があるから同席出来ないが」

「うーん、今日は良いです。お昼食べすぎてお腹空いてないですし」

 

 心配げなエルンハルトさんに理由の半分だけを伝える。

 残り半分は尋問の時間が欲しいからだ。

 アテナに色々と聞かなきゃならん。

 

「そうか。なら念の為に幾らか渡しておこう。有事の際に使うと良い」

「ありがとうございます」

 

 小さな革の袋を手渡されたのでお礼を告げる。

 何から何までお世話になりっぱなしだ。

 マジで何か恩返しをしないと。

 ……あ、そだ。

 

「エルンハルトさん、良かったら貰ってください」

 

 言いながら、インベントリから作ったまま忘れていたハンバーガーセットのドリンクだけを取り出して渡した。

 いまお礼に渡せるものってこれくらいだし。

 ちなみに多分オレンジジュースだ。

 

「ん? これは何だ? 不思議な色合いをしているが」

「説明出来ないけどオレンジの果汁を搾ったものです。どうぞ」

「そうか。初めて見る物だが、後で頂こう」

「……あの、渡しといて何ですけど、もうちょい疑った方が良くないですか?」

 

 よく知らない相手からよく分からないもの渡されてんだぞ。

 普通は怪しく思うだろ。

 と思ったけど、しかし。

 

「私は人を見る目があるつもりだ。リリィならば安心できる」

 

 エルンハルトさんは爽やかに笑いながらそう言った。

 やばい。イケメン過ぎないかこの人。

 うっかり惚れかけたわ。

 

「……まぁ確かに、私エルンハルトさんに嫌われるような事はしたくないですけど」

「だろう? だからありがたく受け取っておくさ。ではな」

「あ、はい。今日はありがとうございました」

 

 頭を下げると、頭をを優しく撫でられた。

 知り合ったばかりの人だけど全然嫌じゃない。

 むしろ何だか、ちょっと嬉しい。

 何かこう、お姉ちゃんがいたらこんな感じなのかな。

 どっちかって言ったらお兄ちゃんな気もするけど。

 

 エルンハルトさんを見送った後、改めて自分に割り当てられた部屋に向かう。

 中に入って鍵を閉めると、買ってきた物をテーブルに広げた。

 ちゃんと見直しても必要な物は揃ってるし、服もしばらく分は問題ないだろう。

 私の場合、食事に関しては心配しなくても良いから急に出て行けと言われても大丈夫なはずだ。

 いや、そんな事にはならないだろうけどさ。

 

 この街に着いてから出会った人達は、癖は強いけど良い人ばかりだ。

 たまたまかもしれないけど、日本に居た時より余程優しさに触れている。

『愛』スキルの影響もあるんだと思うけど、それでも。

 私はこの街に愛着を持ち始めている。

 出来ればこの街でずっと穏やかな生活をしたいものだ。

 

 それはさておき。

 椅子に腰掛けて一言。

 

「アテナ。出て来い」

「すみませんでしたぁっ!」

 

 呼び掛けると、自称女神は初手土下座を決めてきた。

 いっそ潔いなこいつ。

 



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女神の言い訳タイム

 

「さぁ、お前の罪を数えろ」

「どこの仮面探偵ですか」

 

 何でネタが分かるんだよこの女神。

 まさかニチアサ見てたのか?

 

 気を取り直して腕を組み、さてと考える。

 何から聞いたもんだろうか。

 

「とりあえず最初に。街は街でも魔王領だったんだけど」

「すみません、それは私も知らなかったんです。『千里眼』スキルで周りを見渡して人が居るのを確認しただけなので」

 

 なんだその便利そうなスキル。

 

「『ウサギ』スキルいらないからそれ寄越せよ」

「神様特権なので無理です! あ、ちょ、デコピンはやめてくださいっ!」

 

 あ、デコ押さえて逃げやがった。

 ドヤ顔すんな、腹立つわー。

 でもやっぱり悪意は無かった訳だ。これに関してはエルンハルトさん達と出会えたから良しとしよう。

 

「んじゃ次。なんだあのステータス」

「ステータス? 何かおかしなところでも?」

「ツッコミ所しかねぇわ。とりあえず能力値のプラス補正、なんなのあれ」

 

 一部が魔王超えてんだが。

 てかなんだよ、プラス80って。

 

「あー、言い忘れてました。それ私の加護のせいですね。ランダムで三種類のステータスにボーナスが付きま、やめてデコピンやめてェ!」

 

 おい腕を離せ。抵抗してんじゃねぇ。

 

「あ、でもほら! 『格闘』スキルは護身に使えますよ!」

「『拳を極めし者』って称号ついてんだけど?」

「大は小を兼ねるって言いますしガハァッ!?」

 

 抵抗する間もなくデコピン。

 結構勢いよく仰け反ったなー。

 

「『成長速度20倍』と『状態異常無効』は?」

「うぅ……それも私の加護です」

「いや、せめて説明しとけよ」

 

 説明不足すぎるんだよ、こいつ。

 

「てか、ステータスって他の人も見れるの?」

「その場合は専用の魔導具を使う必要があります。教会とかに置いてありますね」

「なるほどね。じゃあいきなりバレる心配はないのか」

 

 そこんところは安心だ。こんなもん見られたらどうなるか分からないし。

 

「あ、あとさ。ライラって知ってる? 自称女神なんだけど」

「ライラさんですか? いえ、知らない方ですね。でも神族もたくさんいますし、管轄が違うと顔を合わせないから何とも言えません」

「んー、そっか」

 

 こっちは正体不明のままか。

 ふわふわ浮いてたし、少なくとも一般人じゃないだろうけど。

 

「最後に。こっちに来てやたらと同性に好かれるんだけど、何かした?」

「んー? それは関係ないと思いますよ。『愛』スキルは性別関係無しに生物共通なので、特定の性別だけに作用したりしませんから」

 

 なるほど。それに関しては出会った人達の嗜好なのね。

 うーん。別に嫌な訳では無いんだけど、私が求めてるのはGLじゃなくてBLなんだよなー。

 

「よし分かった。他に隠してることは無い?」

「えーと……多分ないと思います」

「おっけ。てかさ、実はアテナってかなり偉い神様だったりすんの?」

 

 ステータスの上がり方とか普通じゃないし。

 ただのポンコツ女神だと思ってたけど、実は凄い神様なのかもしれない。

 

「偉いっていうか最高神の一柱ですね」

「……なんて?」

「三柱いる最高神の一柱です。上から二番目に偉いです」

 

 まじか。大丈夫か天界。

 

「詳しく聞こうか」

「えーとですね。天界には神族が居るんですけど、階級が四つに別れています。一番上が創造神様、次に私たち最高神、その下が上級神で最後が下級神です。

 下に行くほど数が増えていって、最高神は三柱しかいませんね。

 普通は上級神までしか地上には来ません」

「なるほど。他の最高神はどんな属性なの?」

「主に(つかさど)っているのは『太陽』と『夜』です。ちなみに私は『生命』ですね」

 

 初耳なんだが。

 そんなまともな属性持ってんのかお前。

 

「という訳なので、本来なら崇め奉られる立場なのですよ」

「でも実態はこれだからなぁ……」

 

 黙って立ってれば神々しいのに。

 

「あれ? 何か冷めた目で見られてる気がするんですけど」

「安心して、気のせいじゃないから」

「それなら良かっ……え?」

「そんな事よりお腹空いたなー。何か食べるものない?」

「あ、はい。マクドナル〇のメニューと生のゴーヤならあります」

 

 何でゴーヤ持ってんだこいつ。

 

「……テリヤキで」

「かしこまりました!」

 

 ひょいと何も無い所から緑のトレイに乗ったテリヤキのセットを渡された。

 マジで便利だなこれ。

 アテナは自分の分のテリヤキセットを取り出して手を離し……落ちない、だと?

 魔法か何かか? 無駄に高性能だなこいつ。

 

「そうだ、ちょっと気になってたんだけどさ」

はんへふは(なんですか)?」

「仮にだけど、私がこの世界を征服しようとしたらあんたはどうするの?」

 

 世界征服に限らず、私のステータスなら何でも好き勝手できるだろうし。

 やりすぎた場合は神族が止めに来るんだろうけど、その時アテナはどうするんだろうか。

 いや、そんな面倒臭そうな事しないけど、何となく気になって。

 

 そんな私の問いかけに。

 

「ん? どうもしませんよー」

 

 嬉々としてジャンクフードを食べながら、人外の美貌を持つ女神は言う。

 

「『生命』を司る私にとってこの世界の生き物は全て同価値ですからね」

 

 そう告げた彼女はとても自然体で。

 

「私が特別視してるのはリリィさんだけです。異世界から来た、貴女だけですね」

「……そっか」

 

 全ての生物が同価値。それはつまり、全て大事で、同時に全てどうでも良いと言うことだ。

 とても博愛主義であり、酷く薄愛主義。

 それがこいつの価値観らしい。

 

 なるほど。どれだけ似ていても人とは違う生き物なんだな。

 

「そんなことよりポテト冷めますよ」

「そだね。早く食べちゃおうか」

 

 二人して黙々と食べ進める中で。

 ふと、思った。

 

「ねぇ。まさかとは思うけど、あんたも私に恋愛感情持ってたりすんの?」

「やだなー。『愛』スキルは私の加護ですよ? 私には効果が無いです」

 

 突然の問いかけに、アテナは朗らかに笑いながら手をパタパタと振る。

 ふむ、それもそっか。

 

 モグモグ。

 

「……いや待て、それ肯定にも否定になってないよな?」

 

『愛』スキルの効果で生き物から好かれやすくなるってだけで、好きという感情があるかどうかは別問題だろ。

 

「さて! ご飯も食べたので帰りますね! ではまた!」

「あ、ちょっ……」

 

 出てきた時と同じく突然消えやがった。

 うーん……まぁいいや。また今度聞いてみよ。

 



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まさかの来客なんだけど

 

 テリヤキなセットを完食した後、インベントリに空容器を突っ込んでベッドに腰掛けた。

 ぼんやりと今日一日の事を振り返ってみる。

 

 まず初手に某ピエロ落とされて死亡から異世界転移。

 デカい犬をぶん殴って、ようやく辿り着いたのが魔王直轄の街で。

 エルンハルトさんにであって、ジークとオセロして。

 エリーゼさんに殺されかけたと思ったら熱烈なキスをされて。

 就職のために魔法を習おうとしたらグロウレイザさんにえっちなお誘いをされて。

 魔王軍の食堂で美味しいご飯を食べて。

 街に出てリチャードさんのお店で買い物して。

 その後迷子になって、ライラとお茶して。

 寮に戻って来てからアテナとテリヤキ食べて、と。

 

 これが全部一日で起こった事だ。

 何か体感で一週間以上経ってる気がするけど、たった一日だ。

 いやぁ、濃い一日だったなー。

 まだ終わってないけど。

 

 そろそろかなーと思いながら紅茶を飲んでいると、コンココン、とリズミカルにドアをノックされた。

 来たなジーク、懲りない奴め。

 またフルボッコにしてやろう。 

 

「遅い。レディを待たせるなんて良い度胸してんじゃん」

 

 ガチャリとドアを開けながら馬鹿なことを言い。

 

「リリィお姉様♡ 来ちゃいましたの♡」

 

 バタンとそのままドアを閉めた。

 

 今なんか、嫌なものが見えた気がする。

 具体的には目の中にハートマークを浮かべて明らかに発情してるエリーゼさんが。

 いや、何かの見間違いかもしれないし、もっかい見てみるか。

 

 ガチャリ。

 

「いきなり閉めるなんてあんまりですの!」

 

 あ、てめ、勝手に入ってきていきなり抱き着いてくんな。くっそ、可愛く上目遣いしやがって。

 てか改めて見るとやっぱり美少女だな。

 

 綺麗な銀髪とルビーみたいな赤い目。

 そしてまるで雪のように儚げで、同時に鋭い印象を与えてくる顔立ち。

 まるでガラス細工の剣のようだ。

 

「……何か用ですか?」

「ちょっと夜這いに」

 

 はいアウトー。

 

「お帰りください」

「嫌ですのー!」

 

 こら、頬をこすりつけるな。

 ふにふにしてて気持ち良いけど顔近いの怖ぇよ。

 あ、よく見たら目からハイライト消えてんじゃねぇか。

 やべぇ、断ったら刺されるかも、これ。

 

「はぁ……何もしないってんなら、お茶でもいれますけど」

「夜のお茶会ってえっちな響きですの」

「帰れ」

「ごめんなさい冗談ですの♡」

 

 可愛らしく媚びれば良いと思ってんだろお前。

 大体正解だよちくしょう。可愛いから許すわ。

 

 つーか、なんて言うか。

 エリーゼさんって話が通じないふりして理性的というか、全部計算尽くで距離を測ってきてる気がする。

 どこまでなら許されるか、どこまでなら大丈夫なのか、そんな事を観察しながら接して来ているような。

 

 それは多分。私という異邦人が危険かどうかを見定めるため。

 

 などではなく、単純に私の事が好きなんだろう。

 初手で熱烈なアプローチされたし。

 くそう。あれは絶対許さねぇからな。

 

 それはさておき、キッチンに立ったは良いものの。

 お茶をいれると言っておいてなんだけど……コンロの使い方が分からん。

 多分これだと思うんだけど、どうやって点火するんだ?

 四角い本体から火が出るのは分かるんだけど、スイッチ的な物は何も無いんだよね。

 うーん。仕方ない、聞くか。

 

「エリーゼさん、これの使い方分かります?」

「魔導コンロですの? それは普通に売ってる物と変わりませんので、魔力を流すだけで使えますの」

 

 いや、どうやるんだよ。

 さすがファンタジー世界、魔力が使えるのは当たり前って事なのか。

 でも、これはまずいな。普通に売ってるって事は使えないとか言ったら確実に怪しまれるよね。

 かと言って今更やめるのも怪しまれるし。

 うーん。何とか上手い言い訳を考えないと。

 

「……エリーゼさん」

「なんですの?」

「二人の初めての共同作業として、コンロの点火やりませんか?」

「やりますのっ!」

 

 よし釣れた。

 後はエリーゼさんの手をそっと掴んで、と。

 うわ、ちっさ。あとスベスベ。

 

「では、合図に合わせてコンロの点火をしましょうか」

「はいですの! ふへへ……!」

「さん、にー、いち」

 

 コンコン。

 

 あれ、ノック? 誰か来たのか?

 

「リリィ、居るか。朝の続きをやりに来たんだが」

 

 あぁそうか、ジークか。すっかり忘れてたわ。

 

「開いてるから入ってー」

「不用心な……おい、何をしてるんだ?」

「何って、魔導コンロの点火だけど」

「……そうか、お前は記憶喪失だったな。リリィ、それは結婚する時にやる儀式だ」

 

 ほわい?

 あぁ、ケーキ入刀的なもんか?

 でも何でコンロの点火なのよ。

 

「あぁっ!? バラしちゃダメですの!」

 

 おっと、このロリ分かってて黙ってやがったのか。

 つーか記憶喪失設定なんだから普通に聞けば良かったな。忘れてたわ。

 

「よく見たらエリーゼか。お前ら知り合いか?」

「私はお姉様の愛のしもべですの♡」

「……誰だお前、エリーゼじゃないのか?」

 

 あ、ジークがドン引きしてる。

 てかエリーゼさんって普段はどんな感じなんだろ。

 ジークの反応を見た感じ、全然キャラ違うんだろうけど。

 

「私は愛に生きると決めましたの!」

「そうか、頑張れ。さぁリリィ、朝の続きだ」

 

 ジーク、スルースキル高いな。

 

「あ、先にお茶いれたいからお湯沸かしてくんない?」

「人使いの荒いヤツめ。ほらよ」

 

 え? うわ、凄いな。指先でヤカン触っただけなのに沸騰してる。

 

「今のは『熱量操作』スキルだ。俺しか使えないから結構レアだな」

「ふーん。便利ね、それ」

 

 私もそういうスキル欲しかったな。

 いやまぁ、『愛』と『勇気』は便利だけどさ。

 

「とりあえずありがと。お茶いれるね」

 

 インベントリから茶葉とティーセットを取り出して紅茶をいれる。

 さてさて、またフルボッコにしてやろうか。

 



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女神降臨

 

 まぁとりあえず戦果だけ述べよう。

 私対ジーク、5勝0敗。

 私対エリーゼさん、4勝1引き分け。

 はっはぁ! オセロットクイーンなめんな!

 

 ちなみに引き分けに関しては「私に勝てたら一つだけ何でも言う事聞いてあげる」という発言が引き起こした真剣勝負の結果である。

 かなり恐怖を感じたので二度とやりません。

 イキってごめんなさい。

 

 でまぁ今はジーク対エリーゼさんの試合を観戦中。

 今のところ戦績はジークが3勝、エリーゼさんは1勝だ。

 このイケメン、弱くは無いんだよね。私が強すぎるだけで(ドヤァ)

 

 そんなアホな事を考えていると、ジークが不意に顔を上げた。

 

「すまん、もうこんな時間か。結構居座ってしまったな」

「え、何で時間わかんの?」

「『体内時計』スキルだ。今は22時11分だろ?」

 

 壁に掛けていた時計を見ると言われた時間ピッタリだ。

 無駄に高性能だなこいつ。

 

「うーん……さすがにそろそろお開きですの。残念ながら明日も仕事がありますの」

「そうだな、帰るか。リリィ、手間を取らせたな」

 

 エリーゼさんが立ち上がり、次いでジークが席を立った。

 ふぅむ、並んでると絵になるな。

 どちらも超美形だし、見てる分は最高だわ。

 

「いんや、私も楽しかったよ。またやろうね」

「あぁ。しばらくは遠征で街を離れるから、帰ってきたら頼む」

「遠征? なに、戦争でもするの?」

「するかバカ、地方の査察だ。魔王様が直々に向かわれるから、その護衛にな」

 

 魔王、マメだな。そういうのって普通は部下に任せるもんじゃないの?

 エリーゼさんに目を向けると、何故か意地の悪そうな笑顔だった。

 

「ふふ。もしかしてジークったら、リリィお姉様に言ってないんですの?」

「何かタイミングを逃してな。こいつが気付くまで黙ってるつもりだったんだが」

 

 え、なんだよ二人して。実はジークが魔王とか、そんな流れか?

 

「いやな、俺は魔王様の近衛騎士をやってるんだよ」

 

 ニアミスか。

 つーかやっぱりお偉いさんかよこいつ。

 いや、近衛騎士って言われてもなんか偉そうってくらいしか分かんないけど。

 でもそうか、しばらく会えないのか。

 それはちょっと寂しいな。

 

「ふぅん……まー頑張って来てね。アテナにも言っとくわ」

 

 神頼みでもしておこうと、何気なしにそう言うと。

 

「……おい、今なんて言った?」

「……お姉様、それはさすがに不敬罪ですの」

 

 二人揃って真剣な顔をされた。

 なんだその反応。別におかしなことは……あ。

 やっべ。アテナって最高神だっけか。

 この世界の崇拝対象を呼び捨てしちゃった訳か。

 うわぁ、やらかしたわ。どうすっかなー。

 

 心中でどう言い訳するか悩んでいたところ。

 

(あーあ。リリィさんやっちゃいましたねぇ)

 

 いきなりそんな言葉が頭の中に聞こえてきた

 うわ、なんだ? この声、アテナか?

 

(はーい。直接脳内に……!? ってやつですね。ヤバそうなんで話しかけてみました)

 

 だからなんでそんなネタ知ってんだよお前。

 しかもナチュラルに人の心読むなよ。

 

(普段はやらないですよ。今回は緊急かなって思ったので繋げました)

 

 おー、えらい。アテナの評価が少し上がったわ。

 安心して、あんたはちゃんと知的生命体だから。

 

(そこに不安を持ったことなんて一度もありませんよ!?)

 

 それよりさ、これどうにかなんない?

 

(しかも流された……まぁ手が無いこともないですけど)

 

 お。んじゃ任せるわ。

 

(はーい。少し待ってくださいねー)

 

 これで良し。かなり不安はあるけど、とりあえずアテナを信じるか。

 

「あの、リリィお姉様。私は立場的な問題もあるので、さすがに見逃せないですの」

「え、そうなの?」

 

 ちょっと意外だ。ちゃんと仕事してんだな、この子。

 

「という訳で、口封じにジークを殺して私と逃げますの」

「おい。ナチュラルに俺を殺そうとするな」

「他に選択肢がありますの?」

 

 いや、大鎌構えんな。殺気を放つな。濁りきった目ぇしてんじゃねぇ。

 て言うかそんなレベルの話なのかこれ。

 ジークも凄い困った顔してるし。

 

「エリーゼさん、ちょっと待って」

「死体遺棄に関しては心配しなくて大丈夫ですの」

「いやだから待とうか。ほら、こっちおいで」

 

 両手を広げてから待つこと半秒。

 

「行きますの♡」

「はい捕まえたー」

「はっ!? しまったですの!」

 

 エリーゼさんチョロいわー。

 あ、ジークが呆然としてる。

 

 と、そんな間抜けなやり取りを繰り広げていると。

 

 室内なのに、どこからか白い光の羽が降ってきた。

 ひらりと舞うそれは次第に数を増していき、部屋中に溢れかえっていく。

 まるで世界が塗り潰されるような、世界が書き換えられていくような。

 そんな幻想的な光景の中で、閃烈な光が次第に収束し、人の形を成していく。

 

「これはまさか……神が降臨されるのか!?」

「こんな所にですの!?」

 

 二人が驚きの声を上げる中、光はゆっくりと消えていき。

 やがて。その神々しい姿を顕現させた。

 

 等身大ドナ〇ド人形、参上。

 

「アテナァァァァ!」

「すみません、悪ふざけしましたァ!」

 

 音も無く登場すると同時に滑り込み土下座する女神。

 最初から普通に出てこいよお前。

 私が無言で右手を伸ばすと、アテナは慌てて両手でデコを抑えた。

 

「あああごめんなさい! デコピンはやめてください!」

「うるせぇさっさとデコ出せ……うん?」

 

 気が付くと。

 ジークとエリーゼさんは跪き、(こうべ)を垂れていた。

 

「最高神アテナ様、ご機嫌麗しゅう御座います。この度は如何様(いかよう)な理由で顕現して頂いたのでしょうか」

 

 うわ、ジークが超真面目な顔してる。

 エリーゼさんとか泣きそうになってるし。

 

 そしてその言葉に。

 

「あれ。誰が話しかけて良いと言いました?」

 

 アテナは温度を感じさせない声を返した。

 まるで路傍の石を見るような目で、ジークを見下ろして。

 

「ッ! 大変失礼しましたッ!」

 

 冷や汗を浮かべて慌てて叫ぶジークに、カタカタ震えて今にも崩れ落ちそうなエリーゼさん。

 

 そして。ブチ切れる寸前の私。

 

「おいこら、調子乗ってんじゃねぇぞ最高神」

「ヒィッ!? ごめんなさい、イキってごめんなさい!」

「ちょぉっと、こっちに来ようか?」

「いやあああ! やめて腕を掴まないでえええ! あああぁぁッ!?」

 

 うるせぇ。黙れ。

 

「あだァッ!?」

 

 うわ、その場で縦に半回転しやがった。

 どんどんリアクション芸が進化してくなこいつ。

 そんなアテナの芸人魂にちょっと感心していると、ジークが静かに語りかけてきた。

 

「リリィ様。宜しければ事情をお聞かせ願いたく思います」

「え、何いきなり、気持ち悪っ! あんたが私に敬語を使うな!」

 

 あとその真面目な態度はやめれ。

 いや、目の中にハート浮かべて狂信者みたいになってるエリーゼさんよりはマシだけど。

 この子はこの子で、ちょっと人前に出しちゃ行けない顔になってるんだが。

 

「……つーか、どうしろって言うのよコレ」

 

 事態の収拾が着かないんだけど。

 これ私が何とかしなきゃなんないのか?

 



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女神降臨(おかわり)

 

 とりあえずアテナには正座させて、ジークとエリーゼさんには椅子に座って貰った。

 二人とも死ぬほど居心地が悪そうだけど。

 

 ちなみに私はアテナの前で腕を組んで仁王立ちしている。

 

「おい最高神」

「サーイェッサー!」

「この二人は私の友達だ。いいな?」

「サーイェッサー!」

「反省してるか?」

「サーイェッサー!」

 

 ……ふむ。反省してるなら許してやるか。

 つーかこいつ、本当に偉い神様だったのか。

 まったく実感ないんだけど。

 

「で、そっちの二人。こいつは私の友達だから」

「あれ、私って友達なんですか?」

「サンドバッグじゃない事は確かね」

「この主人公凶悪すぎませんかね!?」

 

 何だよ主人公って。

 

「……その、事情は理解したが、本当に態度を改める必要は無いのか?」

「ジークの敬語とか気持ち悪いからやめて」

「分かった。ならそうしよう」

 

 うん、そっちの方が楽だわ。

 別に私が偉い訳じゃないんだし。

 

「エリーゼさんもいつも通りでお願いします」

「ちょっ、お姉様! 私に敬語はやめて欲しいですの!」

「えぇ……だってまだ警戒してますし」

「お姉様ッ!?」

「冗談よ」

 

 アテナにタメ口なのに自分が敬語使われるのはしんどいだろうからね。

 いや、警戒してんのは本当だけど。

 

「お姉様、意地悪ですの……でもそこもしゅきですの♡」

 

 メンタル強ぇなおい。

 

「と言うかリリィ、エルンハルトはこの事を知ってるのか?」

「ん? いや、知らないんじゃない? 特に何も言ってないし」

「お前な……ちゃんと教えてやれよ? 後で事実を知った方がダメージでかいんだからな」

「あーそっか。じゃあ次会ったら言っとくわ」

 

 たくさんお世話になってるし、迷惑かけたくないもんね。

 

「あの、リリィさん。私は帰っても良いですか?」

「あーうん。えっと、来てくれてありがとね」

「これがツンデレ……悪くないですね!」

 

 誰がツンデレだ。変な属性を付けるんじゃない。

 

「ではアナウンスだけ残して行きますね」

「アナウンス?」

 

『リリィ・クラフテッドはレベルが上がった!

 リリィ・クラフテッドはレベルが上がった!

 リリィ・クラフテッドはレベルが上がった!

 リリィ・クラフテッドはレベルが上がった!』

 

 うわ、何だこの声。どっから聞こえて来てんだ?

 

「え、私レベル上がったの? てか何で四回言った?」

「私のレベルが高いので攻撃当てるだけで経験値入るんですよ。今までの分と合わせてレベルが4上がりました」

 

 ほう。じゃあたくさんデコピンしたらその分レベルが上がるのかな。

 

「あの、リリィさん、今なんか邪悪な事考えませんでした?」

「え? そんなことは無いけど」

 

 純粋な好奇心から来る探究心だよ。

 

「うーん……とにかく私は帰りますね。また暇な時にでも呼んでください。んちゅっ♡」

 

 何故か私に向かって投げキスをした後、アテナはその場で煙のように消えて行った。

 金髪碧眼美女の投げキスなのにまったく嬉しくないのは何故なんだろうか。

 ……まぁ、アテナだからなぁ。

 

 あ、しまった。遠征の話すんの忘れてたわ。

 今度ちゃんと伝えておくか。

 それはさておき。

 

「んじゃ今日は解散で。戻ったらまた相手してあげる」

「おう、次こそは勝つ」

 

 いつも通りの感じで不敵に笑い返してくれるジーク。

 態度が変わらないのは本当に嬉しい。

 こいつ本当にイケメンだな。

 

 そして。

 

「お姉様、私はパジャマと枕を持って来てるから大丈夫ですの」

 

 大きな枕を抱きしめて可憐な微笑みを浮かべるエリーゼ。

 但し、目は濁ったハートのままだ。

 

「ジーク、連行して」

「責任を持って回収する。またな」

「あっ、ちょっ、離すですの! お姉様との甘くて濃厚な夜がぁぁぁ!」

 

 爽やかに笑うイケメンと共に。

 ロリ痴女、後ろ襟を掴まれて退場。

 

 あーもー、何か疲れたなー。

 めっちゃ濃い一日だったわ。

 あ、てかレベル上がったとか言ってたな。

 寝る前にステータスだけ確認しておくか。

 

「『ステータス』」

 

 お、でたでた。ちゃんとレベルが5に上がって……いや待てって。

 なんだこれ。

 

 

 名前:リリィ・クラフテッド

 種族:人間(まじ?)

 年齢:18(変更可能)

 性別:女

 職業:無職

 レベル:5

 

 STR:3(+130)

 VIT:5(+130)

 INT:11(+50)

 DEX:8(+50)

 AGI:4(+130)

 LUK:-15

 

 スキル

 愛Lv1 勇気Lv1 宵闇Lv1【New!】 終焉Lv1【New!】

 ウサギLv5(MAX) チベットスナギツネLv5(MAX)【New!】

 格闘Lv5(MAX) 縮地Lv5(MAX)【New!】

 マクドナ〇ドLv1

 成長速度20倍 ステータス異常無効

 魅了効果5倍【New!】

 

 称号

 拳を極めし者

 女神アテナの加護を受けし者

 女神ライランティリアの加護を受けしもの【New!】

 セカンドアシスタント

 

 

 はい、息を大きく吸い込んでー。

 

「ライラァァァ! 出て来いィィィ!」

 

 本日二度目の魂の叫びを上げた。

 ふっざけんな! お前もかよ!

 LUK以外全部魔王超えてんだろうが!

 

 そして、私の雄叫びに応えて。

 

「はい。どうしました?」

 

 黒い髪と黒いローブを音も無くふわりと舞わせて、ガラス細工のような女性が姿を現した。

 相変わらず何者も越えられない程の美しさを誇り、しかしその表情は水面の様に静かだ。

 女神ライランティリア。

 今日この場に二人目の神が降臨した、次の瞬間。

 

「いいからそこに座れ」

 

 とりあえず、有無を言わせずに正座させた。

 



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女神というもの

 

 この世界に来て色々と驚いた事がある。

 自分よりでかい犬、緑髪のイケメン風美女、大鎌を振り回す美少女。

 前世ではフィクションでしか無かったものが存在する、そんな世界だ。

 

 うん、それは受け入れた。

 

 私は異世界に来た訳だから、また違うルールがあるんだろうなって思った訳だ。

 

 魔法が当たり前にあって、科学が発展していない世界。

 地球より色んな種族が居て、魔王なんてものがいる世界。

 神が実在していて、稀にとは言え実際に会うことが出来る世界。

 

 ここはそんな世界で、それが当たり前な世界なんだ。

 ファンタジーに溢れた現実なんだ。

 

 うん、それは受け入れたんだよ。

 

 てな訳でさ。いい加減、現状も受け入れようか、私。

 さすがにこれはおかしいだろ。

 

「リリィ! どうした!?」

「お姉様!?」

 

 私の魂の叫びに駆け戻ってくれたジークとエリーゼ。

 

「リリィさん? どうしたんですか?」

 

 異常を察知して再度降臨したアテナ。

 

 その誰もが。

 

「リリィさん。この後はどうしたら良いのですか?」

 

 私の目の前で正座しているライラを見ていない。

 正確には多分、()()()()()()()

 

 なるほどな。昼に会った時に言ってたのはこういう事か。

 

「アテナ。女神ライラは知らないって言ってたよね?」

「はい、知らない女神ですが」

「じゃあさ、女神()()()()()()()()は?」

「もちろん知ってますよ」

 

 あー、だと思った。

 

「て事はさ、神様って普通は自分の名前を略さないのね?」

「そうですね。神族にとって名前は自分の存在を示すものです。その名前を変えると言うことは(みずか)ら存在を否定することに繋がります」

「……だそうだけど?」

 

 正座してこちらを不思議そうに見上げるライラに問い掛ける。

 私の言葉を聞いても表情は変わらず、そしてやはり誰も彼女を認識していない。

 

「私は元より誰にも認識されませんので、名前に大した意味はありません」

「いや、私が認識してるんだけど」

「リリィは特別です。力を解放していない状態だと、この世界で貴女だけが私を見る事ができます」

「……なるほど」

 

 よく分からんが、何となく理解した。

 特別な時以外は誰もライラを認識出来ないのね。

 それを何故か私は認識出来ると。

 ……いや、何でだよ。

 今回ばかりはアテナも関係無さそうだし。

 

「あのー。リリィさん、大丈夫ですか?」

「事態は把握したわ。もう一つ聞きたいんだけど、ライランティリアって何の女神?」

「はぁ。『夜』の最高神ですけど……何でですか?」

 

 おい。最初に名乗れよ最高神。

 あ、そういやアテナも自分の役職を言わなかったな。

 自由すぎだろお前ら。

 

「あーもーめんどくさい。ライラ、見えるようになって」

「分かりました」

 

 その短い言葉と同時に。

 窓やドアから見えていた風景が闇に溶け、虫や鳥の声も一切が消えた。

 それはまるで、世界が夜に堕ちたかのようで。

 そして次の瞬間、全員の目がライラに向けられた。

 

 その後の反応は劇的だった。

 

「リリィ! 下がれ!」

「お姉様! 私の後ろに!」

 

 瞬時に私とライラの間に割り込む二人。

 酷く焦った様子で、既に剣と大鎌で武装している。

 

「あれ、ライランティリアさん。いつのまに来たんですか?」

 

 のんびりした口調でアテナが言う。

 けれどその表情は、彼女にしては硬くなっていて。

 さりげなく私の傍に寄ってきているのは、たぶん守ろうとしてくれてるんだろう。

 

 つまり、この場に居る誰もが私を守ろうとしてくれている訳だ。 

 

 しゃらくせぇ。

『勇気』スキル持ちをなめんな。

 

「女神ライランティリア。私はあんたの何だ?」

「最愛の人です、リリィ」

「あんたは私の敵になるか?」

「貴女の為なら世界を滅ぼしましょう」

「……だそうよ、みんな」

 

 私の言葉にポカンとした顔が並ぶ。

 

「……おいリリィ。本当にこの方は『悪神』ライランティリア様か?」

「大昔に『一切の慈悲も無く世界を滅ぼそうとした』、『世界に等しく死を告げる者』ライランティリア様ですの?」

 

 穏やかじゃねぇな、おい。

 何やってんだよライラ。どんな反抗期だよ。

 

「ねぇちょっと、あんたの評判酷くない?」

「そのようですね。私にとってはどうでも良い事ですが」

「あー。あんたも薄愛主義って奴か」

「いいえ、アテナのような薄愛主義とは異なります」

「ん? どう違うの?」

 

 ライラはその名の通り、穏やかな夜を連想させる微笑みで。

 優しく告げた。

 

「私は誰とも縁を結べませんから、誰も愛することが出来ないのです。リリィ、貴女を除いて」

 

 その言葉は柔らかく、穏やかで、美しくて。

 そして決して揺るがない、そんな悲しい宣言だった。

 

 誰からも認識されない。それは、どんな感じなんだろうか。

 まるで世界そのものに拒絶されているような、そんな印象を受ける言葉だ。

 そして多分、それは事実に近いのだろう

 

 でも、そんな事は私には関係ない。

 だって私は、ライラを見る事が出来るんだから。

 

「よし。んじゃたまに呼ぶから暇だったら来てよ」

「……良いの、ですか?」

「良いのですよ。またお茶でもしよう」

 

 私の言葉に、ライラは数秒ほど無言でじっと見詰めて来た。

 

「あぁ、大変ですリリィ。困りました」

「どしたー?」

「より貴女を愛しく思うようになりました」

 

 お、おう。真正面から言われると照れるなー。

 でも何か悪い気はしない。

 純粋に慕ってくれているライラの好意は、私の心を和ませてくれる。

 まるで近所の子どもに好かれているみたいな感覚だ。

 

「それでは夜の営みを行うことにしましょうか」

「……は?」

 

 え、ちょ……なんか体が浮いてベッドに強制移動させられたんだが。

 おい待て。私のほのぼのした感動を返せ。

 

「大丈夫です。経験はありませんが、私は『夜』の女神なので。知識は豊富です」

「いや、待っ……」

 

 近い近い近い!

 甘い吐息がかかるくらい顔が近い!

 ……あ、でも、こんな綺麗な女神が相手ならいかもしれない。

 優しげな微笑み、蜜のように甘い声、私を労る柔らかな手付き。

 胸元の際どい所に置かれた手に意識を向けながら、私はそっとまぶたを閉じて……

 

「そぉいっ!」

 

 慌ててライラにデコピンを食らわせた。

 あぶねぇ、受け入れかけたわ。美人すぎるだろこいつ。

 

「リリィ、痛いです」

「おま、許可なくそういう事をするんじゃない!」

「分かりました。では次は許可を求めます」

「次とか言うな!」

 

 やべぇ、ライラってエリーゼより危険かもしんない。

 こいつ、自分の為じゃなくて、純粋に私の為にエロい事をやろうとしやがった。

 私を喜ばせたい、私を愛したい。ただそれだけの理由で。

 ブラック企業てま長年培った危険察知能力に引っかからないのがマジで怖いんだけど。

 

「ほわぁ。ライランティリアさん、大胆ですねぇ」

「いや、アテナも見てないで止めろよ」

「私は『生命』の女神なので、新たな命が生まれる行為は大賛成です。何なら混ぜてください」

「では私も混ざりますの。三人でお姉様をメロメロにしてあげますの」

「……おらァ!」

 

 ダブルデコピン(エリーゼには弱めに)。

 二人揃って後ろ向きにひっくり返り、額を抑えて悶絶している。

 だから、私をそっちに引き込もうとすんな。

 GLするなら私以外とやってくれ。

 

「リリィ、ちょっと良いか」

「あ、ジーク。わざわざ来てくれたのにごめんね」

「いや、それは構わないんだが……多分これ、明日にでも軍から呼び出しがかかるぞ」

「……あ、そりゃそうだよね」

 

 一応最高神だもんな、こいつら。

 アテナはともかくライラはめっちゃ世界に影響出してるし、さすがに誤魔化すのは無理か。

 

「まぁ何とかなるでしょ、うん」

「お前……大丈夫なのか?」

「知らない。でも逃げる訳にも行かないじゃん」

 

 そんな事したらみんなに迷惑かけちゃうし。

 呼ばれちゃったら行くしか無いでしょ。

 

「それに何かあったら助けてくれるでしょ?」

「それはそうだが……」

「じゃあ大丈夫よ。何とかなるって」

 

 実際はそんなに簡単な話じゃないだろうけどね。

 それでも、あえて軽い調子で返したのは、心配をかけない為。

 それと、私はまったく引く気が無いからだ。

 

 魔王? 来るなら来い。

 全力ダッシュで逃げ切ってやらぁ。

 

 てな訳で。

 

「んじゃ改めて解散って事で。みんな気を付けて帰れよー」

 

 パンパンと手を叩いて、この場を終わらせる事にした。

 尚、ライラが帰ったあとは外の光景も元に戻ったので、そこは良しとしておこう。

 



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『夜』の女神ライランティリア

 

 ライランティリアという女神は孤独だった。

 

 誰も彼女を侵す事は出来ない。

 誰も彼女に抗うことは出来ない。

 誰も彼女を傷つけることは出来ない。

 そして誰も、彼女と共に在る事は出来ない。

 

『夜』を司る最高神、ライランティリア。

 彼女は他の神族とは大きく異なる点があった。

 周りに与える影響があまりにも大きすぎるのだ。

 全てを飲み込む闇。あらゆるものを終わらせる静寂。

 世界に死をもたらす災害とも呼べる者。

 それが『夜』の最高神、ライランティリアだった。

 

 遥か昔、世界がまだ産まれたての頃。

 彼女は当時の最高神の命を受け、争いの絶えない世界をリセットする為に権能を最大限まで行使した。

 あらゆるものを夜の帳へと落とし「終わらせる」彼女の力は凄まじく、彼女に命じた最高神すらその権能の前に「終わりを迎えた」。

 結果、『太陽』と『生命』の神が二柱揃って力を振り絞って彼女を止めるまでに、世界の大半が望まぬ終焉を与えられていた。

 

 それほどまでに強大な力を持つ故に、彼女は他の最高神との話し合いを経て、普段は自らの意思で能力を封印する事を決める。

 

 戒めに嵌められた枷は一つ。

 世界との繋がりを絶つという事だ。

 

 それはライランティリアの権能を防ぐ為にもっとも効率が良く、そしてもっとも残酷な枷だった。

 

 こちらから接触しなければ権能を行使する事ができない。

 それは同時に、世界から認識されなくなることを意味していた。

 しかし世界を滅ぼしかけた罪はあまりにも重いと考え、彼女は真摯に罰を受け入れた。

 

 それから何万年の時を生きて来ただろう。

 ただ世界を眺め、他者の生を見届け、誰かの死を受け入れる。

 世界の理から外れた彼女は、たった独りで神界で生きていた。

 特定の生物が暴走を始めた際にのみ権能を行使し、数え切れない程の生物を終わらせ、そしてまた独りで世界を彷徨(さまよ)う。

 そんなサイクルを繰り返すだけ。そんな無意味な日々を送っていた。

 

『夜』を司るライランティリアにとって、世界はあまりにも脆く、崩れやすく、そして意味の無いものだった。

 やがて終わりを迎えるもの。

 全ては等しく価値がなく、そもそも自分とは関わりの無いものだ。

『太陽』や『生命』が固執する意味が分からない。

 いずれ滅ぶものでしかないのに、何故そのように思い入れることが出来るのか。

 彼女にはそれが理解できなかった。

 

 やがてライランティリアの心は凍り付き、誰かに求める事すら忘れ。

 孤独を常とした彼女はそれでも、砂粒程残った希望を持って世界を眺め続けた。

 いつか自分にも理解できる日が来るのだろうか。

 愛しいと。そう思えるようになるのだろうか。

 そんな事を漠然と想いながら。

 

 

 そんな無為な日々を過ごす中。

 ライランティリアは定期的に世界の各地を巡回していた。

 神界からではなく実際にその地を訪れれば何か違うものが見えるかもしれない。

 そんな確実に裏切られると分かりきっていた願望を持って。

 

 今日訪れたこの街は何という名前なのだろうか。

 噴水の隣でただ世界を眺めながら、ライランティリアはそんな事を考えていた。

 特に興味がある訳ではない。ただ何となく、思っただけだ。

 人々の営みに溢れかえった街は騒がしく、そして彼女の孤独を浮き彫りにしていたからかもしれない。

 

 やはり、寂しいと。そう感じてしまう。

 いずれは消えゆくもの。だからこそ共に在る事が出来ないもの達。

 世界の終焉まで存在し続ける自分にとってはあまりにも儚く、それ故に下手に干渉することを躊躇ってしまう。

 それでも彼女は、自ら関わりを断ったにも関わらず。

 やはりどうしても、求めてしまう。

 世界との繋がりを。孤独では無い未来を。

 

 ライランティリア自身は気付いていなかった。

 ただ誰かに愛されたい。ただ誰かを愛したい。

 それが彼女の願いだと言う事を。

 永い時を過ごす事で摩耗した願いを拾い上げる事が出来ず、ライランティリアは今日も孤独な世界をひたすらに眺め続けていた。

 

 そうやって世界を眺めている時に、不意に視界に入って来た者。

 どこか困っているような、しかし強い意志を感じる瞳。

 自分と同じ黒髪に、整った容姿。

 人間の少女だ。この街では珍しいように思う。

 しかし何か特異性がある訳でもなく、特に気にかける程の者では無い。

 そのまま視線を外そうとした、その時。

 

 ライランティリアと彼女の視線が交差した。

 

 偶然だ。そう感じただけだ。

 期待をしてはいけない。その後の絶望が大きくなる。

 そんな事はこの何万年かの経験で分かりきっている事だ。

 しかしライランティリアは愚かにも、人間の少女に近付いて行った。

 どうしても「終わらせる」ことの出来ない、滑稽な願いを胸に。

 そして、哀れな『夜』の女神は彼女に声をかけた。

 

「貴女は私を認識しているのですか?」

 

 そんな馬鹿な問い掛けをしてしまった。

 返事がある訳が無い。期待に応えてくれるはずがない。

 そう思いながら、それでも。

 孤独な女神ライランティリアは、希望を捨てる事が出来なかった。

 そしてそれ故に。

 

「まぁ、見えてますね」

 

 彼女は奇跡と出会うことが出来た。

 

 少女は苦笑いした。

 自分の問い掛けに対して、言葉を返しながら。

 

 既に死を迎えていたと思っていた心に、小さいながらも確かに光が灯されるのを感じた。

 

『夜』の女神、厄災と呼ばれたライランティリアはその時。

 運命と巡り会えたことに、胸がはち切れんばかりの衝撃を覚えた。

 

 自分を認識し、怯えることもなく、平然と言葉を返してくる。

 それがどれだけ尊い事なのか、おそらくこの少女には分からないだろう。

 それでも良い。ただ、彼女が恋しくて、たまらなく愛おしい。

 

 ライランティリアは数万年の時を経て。

 愛すべき運命と巡り会えたのだった。

 



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おい、まだ早朝だぞ

 時間的には多分、朝の四時頃。

 社畜生活に慣れきった私の体は、いつも通りの時間に目が覚めた。

 うーん。まぁそのうち改善されるでしょ。

 とりあえず窓開けて換気でも……して?

 

「リリィ・クラフテッド様、おはようございます」

 

 何か、家の前に全身鎧の不審者が二人居るんだが。

 こんな時間に何してんだこの人たち。

 やべぇ、SEC〇M呼ばなきゃ。

 

「大臣様に命じられ、貴女様をお連れする為に待機しておりました。支度が済み次第ご同行願えますでしょうか」

 

 あ、はい。説明どうも。

 なるほど、国のお偉いさんが見張ってろって命令した訳ね。

 でも、こんな時間に居たって事は徹夜だよね、この人たち。

 しかも全身鎧なんてくっそ重そうな物着て、立ちっぱなしで。

 なるほどなるほど。

 

「よし。ちょっと大臣ぶん殴りに行くか」

 

 元社畜として、ブラック企業は私がこの手で潰す。

 魔王軍の働き方改革をしてやろうじゃないか。

 あぁ、きっとこの為のステータスのブラス補正を貰ってたんだな。

 ありがとう、女神たち。今度優しくしてやろう。

 レッツパーリナイッ!

 

「ちょっ、リリィ様!? よく分かりませんが落ち着いてください!」

「庇う事無いんですよ。貴方達の気持ちはよく分かりますから」

「何か誤解をされているものかと!」

 

 誤解? どゆことだ?

 

「大臣様は貴女様を城に招くように命じられましたが、この時間に待機していたのは我々の意思です!」

「大臣様は日頃から激務に追われており、少しでも助力になればと動いた次第です!」

 

 うーん。それ、ブラック企業がよくやる洗脳では?

 部下のやる気を煽って残業させる奴。

 だとしたら余計たちが悪いな。

 

「よし。ちょっと大臣ぶん殴りに行くか」

「話を聞いてください! お願いですから!」

 

 ……んー。まぁ、そこまで言うなら仕方ないか。

 とりあえず大臣サマとやらの話を聞きに行こう。

 

 

 部屋を出て僅か十分ほど。

 兵士さんの後ろをてくてく歩いて行くと、なんか広いホールに辿り着いた。

 これ、謁見の間ってやつか。

 左右にはずらりと兵士が並んでいて、その先には少し高くなった場所にでかい椅子。

 その玉座には誰も座っていない。て言うか、兵士さん以外誰もいない。

 

 ほう。人を呼び付けておいて居ないとは良い度胸だな。

 これは私への挑戦だと受け取るべきか?

 

「失礼します! リリィ・クラフテッド様をお連れしました!」

 

 私の前にいた兵士が大声を上げる。

 すると。

 

「ひゃいっ!? あの、えぇと、その……ありがとう、ございます、はい」

 

 兵士達の後ろから小さな返事が聞こえて、一人の女の子が姿を現した。

 大きめな三つ編みに結われた紫色の髪に、同色の大きな目。

 ふりっふりのメイド服にヘッドドレスを装備していて、何とも可愛らしい。

 小柄なのに胸がそこそこあるのもポイント高いな。

 でもなんか、めちゃくちゃ怯えてるって言うか……ガチでコミュ障な人の典型例というか。

 少し長めの前髪で目を隠そうとしてるし、キョロキョロしてるし、手元はモジモジしてるし。

 

「あっ……その、えっと……リリィさん、ですよ……ね? あの、来てくれて、ありがとうございます」

 

 おどおどしながら歩み寄って来て、はにかみ笑いしながら声をかけて来た。

 なんだこの可愛い生き物。

 顔も声もめっちゃ可愛いし、なんか守ってあげたいオーラがめっちゃ出てる。

 

 え、てか、まさか。

 

「貴女が大臣様?」

「ハッハッハッハッ……(呼吸音) ぁの、はぃ、私がその、だっ大臣です!」

 

 おう、目が合わないな。

 めっちゃキョロキョロしてるし。

 うーん……これはさすがに殴れんわ。

 

「こっ! あ、えぇと、こんな時間に……ぁりがとうござぃますぅ!」

 

 全力で頭を下げられた。

 いや声めっちゃ震えてるじゃん。

 

「えーと。とりあえず、名前聞いても良いですか?」

「はいっ! アメジスト・カンパニュラ・メディウム・アストレアでふっ……ですっ!」

 

 ……なんて?

 

「アメジスト……?」

「ハッハッハッハッ……(過呼吸気味) その、ぁ……アメジストで、良いので、はい」

「わかりました。私もリリィでいいです」

「ぁ……はい……リリィ、さん?」

 

 うわ、上目遣い可愛いな。抱きしめたい。

 じゃなくて。

 

 なるほどなー。この子が上司ならみんな頑張るわな。

 ごつい兵士の中に一人だけ可愛い女の子だもんなー。

 

「あ、ぇと、ごめんなさい。本題に……」

「はい。昨晩の件ですよね?」

「あっ……あの、そうなんです。アテナ様とライランティリア様の魔力がかにゅっ……観測、されたので」

 

 また噛んだな。可愛い。

 

「昨晩は私の部屋に来てましたね。何ならいま呼びます?」

「ひぇっ!? いいいえ! そんな恐れ多いこと!」

 

 うーん。この辺りの反応がよく分かんないんだよなー。

 あいつら、偉い神様って気がしないし。

 特にアテナ。

 

「んーと。それで、何か問題が?」

「ぇと、最高神様が降臨、されるのはですね。普通なら四年に一度の魔王祭だけで、その……はい」

「あ、そうなんですか」

 

 結構来てんだな。もっと頻度が少ないと思ってたわ。

 

「異常事態なので、その……原因を究明しないとですね。みんなが不安に……不安になっちゃうので」

「あー、なるほど」

「特に『夜』の最高神様が降臨されたのは、ですね。魔王国史上初なので……街には特級災害発生警告が、その……発令されています」

 

 それって多分、誰も気付いてなかっただけだと思うんだけど……なるほどなー。

 まぁライラは悪評が高いらしいし、不安にもなるわな。

 ジークにも悪神とか言われてたっけ。

 

 しかしこれ、正直に言っていいんだろうか。

 いやまぁ、言うしかないんだけど。

 

「んーと。アテナは私を助けに来てくれて、ライランティリアは叱るために私が呼びました」

「…………は?」

 

 あ、固まった。

 

「まぁ結局二人ともデコピンしましたけど」

「でっ……!? デコピン、ですか?」

「はい。バチンと」

「バチンと……」

 

 何を想像したのか、おデコを抑えて震えるアメジストさん。

 

「ぁ……その、リリィさんって、何者なんですか?」

「記憶喪失中の一般人です」

「え? ぁ、じ、実は勇者とか……」

「ただの一般人です」

 

 BL好きなオタ女子だけどな。

 そろそろ燃料寄越せよ異世界。

 もう百合はいらないからさ。

 

「最高神様にデコピン……あの、すみません、その、一般人……ですか?」

「ごく普通の一般人ですね」

 

 ステータスはバグってるけどな。

 

「ハッハッハッハッ……(過呼吸) そう、そうですか。それで、あの。そう、前例! 前例が無いので……詳しい話を、ですね。聞きたいなって……」

「構いませんよ」

「あっ! じゃ、じゃあ、奥に部屋を用意して、貰ったんで」

「じゃあ移動しましょうか」

「よろしくお願いします(超小声)」

 

 ふむ。まぁこの人は敵意とか無いだろうし。

 とりあえず行ってみるか。

 




アメジストの元ネタわかる人はお友達になりましょう。
某マリンメイドです。


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お友達って良い響きだなー

 

 アメジストさんに案内されたのは、私の部屋の二倍くらい広い応接間らしき部屋だった。

 部屋の真ん中には豪華なテーブルと大きなソファ。

 端の方にはよく分からないけど絵や壺なんかが飾られている。

 で、そのソファの後ろに無愛想に立ち尽くしている知った顔を見つけて、ついニヤニヤしてしまった。

 

「おはようジーク。やっぱり来てくれたんだ」

「約束したろ。死ぬほど眠いけどな」

「ん。ありがと」

 

 やっぱイケメンだわこいつ。頼りになる奴だ。

 さてと。問題はこっちじゃなくて。

 

「ぁぅ……あっ、どっ、どうぞ、お座りくださぃ」

 

 アメジストさんなんだよな。

 事情説明って言われても、どう話したものか。

 てか、やっぱり目も合わせてくれないし。

 

「お茶をお願いしてるので、お待ち頂けましゅ……頂けますか?」

「わかりました」

 

 所々噛んでるの可愛いなー。

 さておき。もう少し時間があるようだし、その間に言い訳を考えるか。

 ジークには記憶喪失って言ってあるし、本当の事を全部伝える訳には行かないんだよなー。

 ふむ。ライラの件はそのまま伝えるとして、アテナとは記憶を失った後に出会ったとか言ってみるか。

 そんで仲良くなって、みたいな感じで。

 んー……他に思いつかないし、それでいくか。後は勢い任せで誤魔化そう。

 だいぶガバいけど、何とかなるでしょ、うん。

 

 そんなことを考えていると、部屋のドアがコンコンと鳴らされた。

 

「アメジスト様、紅茶をお持ちしました」

「どっ、どうぞ!」

「失礼致します」

 

 許可を貰って入ってきたのは、アメジストさんと同じメイド服を着た女の子だった。

 水色の髪を肩口で切り揃えた姿は正にメイドといった感じで、何か仕事が出来る人に見える。

 失礼な話だけど、同じメイド服着てても大違いだな。

 でも、アメジストさんは彼女を見て明らかに安心した様子だ。

 

「リリィ様は紅茶でよろしかったでしょうか」

「大丈夫です。ありがとうございます」

「ではこちらをどうぞ」

 

 渡されたカップも豪華だ。やっぱりお偉いさんが使う物は高そうだな……うん?

 アメジストさんの方はカップじゃないな。

 てか、どう見てもマグカップなんだけど。

 筆書きみたいな書体で「我が生涯に一片の悔いなし!」って書かれている。

 誰だよ異世界に覇王の名言持ち込んだの。

 

「アメジスト様はいつもの砂糖入りホットミルクをご用意しました」

「ちょっ……サファイア! お客様にバラさないでよ!」

「しかし紅茶は苦くて飲めないと仰られておりましたので」

「ねぇぇぇ! なんで今それ言うの!?」

 

 メイドさんはサファイアさんって言うのか。

 二人とも宝石と同じの名前だな。

 この人に対してはアメジストさんも普通に話してるし、仲が良いんだろうか。

 私の時とテンションが違って面白いな。

 

「アメジスト様。お客様をお待たせしているのでは?」

「はっ!? ぁ……ごめんなさい、その……」

「いえ、良きてぇてぇでした」

「てぇてぇ?」

「なんでもありません。それで、昨夜の件ですけど」

「あ、その、実はですね。ジークさ……ジークさんに、ちょっと聞いてるんです」

「……なるほど?」

 

 さすがジーク、仕事が早い。

 けど、じゃあ何で私はここに通されたんだろうか。

 こんな時間に世間話って訳でも無いだろうし。

 

「それで、ですね、その……皆が、リリィ様を軍に……誘ってくれないかって、言い出したんです」

 

 おっと。話が面倒な方に流れ出したな。

 魔王軍とか勘弁なんだけど。

 ここはマクドナ〇ド信者を呼び出すか?

 

「それに、えっと、ですね……怒らないでほしいんですけど……軍に協力しないなら、せめてその、仲良くなった方が良いって言われて……」

 

 あぁ、なるほど。そりゃそうだよね。

 女神二人と親交がある訳だし、国としては放って置く訳にもいかない、と。

 しっかしまぁ。それならそれで、普通こんな時間に呼び出すか?

 

「あの、えぇと……ごめんなさい、実は私の都合なんですけど……今しか、その、時間が無くて」

「時間が無い?」

「アメジスト様はヴァンパイア族の血を引いているので、日中は休眠状態になってしまうのです」

 

 なるほど。だから日が昇る前に呼ばれたのか。

 そっちとしては急ぎの用事だろうし、まー良いけど。

 

「ごめんなさい……迷惑でしたよね」

「いや、どうせ起きてたから大丈夫ですよ。それより仲良くって、具体的にはどうするんですか?」

「えっ? ぁ、一緒にご飯食べる、とか?」

 

 デートかよ。いや、別にいいけど。

 アメジストさん可愛いし。

 

「んじゃ夕方くらいにまた来ますんで、夕飯一緒に食べましょうか」

「いいんですかっ!?」

「え、うん。大丈夫ですけど」

 

 うっわぁ、凄い嬉しそうだな。

 めっちゃ可愛いんだけど。

 

「ちなみにアメジスト様には友達が居ないのでいつもぼっち飯です」

「ねぇぇぇ! なんでそんなこと言うの!?」

「ちなみに私は友達では無く従者ですのでカウントされません」

「嘘でしょ!? えっ、友達だと思ってたの私だけ……?」

「嘘です」

「ねぇぇぇ!」

 

 ヤバい、見てて超楽しい。

 アメジストさんのリアクションが良すぎるわ。

 良いコンビだなぁこの二人。てぇてぇ。

 ……しっかし、マジで男がいないな、魔王軍。

 

「リリィさん、その……ぁの、良かったら、なんですけど」

「はい?」

「ハッハッハッハッ……(明らかな過呼吸) その、仲良くなるなら、リリィちゃんって、呼んでも……」

「良いですよ」

「ほんとにっ!?」

 

 わお。テーブル叩いて立ち上がるほど嬉しかったのか。

 なんだろ。小動物の餌付けに成功したような気分だ。

 

「じゃあ私はアメジストたんって呼ぶんで」

「たん?」

「たん。あとお互い敬語は無しにしません?」

「たん……? あっ、敬語、その、敬語はも無しでいきましょう! 友達だからっ!」

「おっけ。じゃあ普通に話すね」

「はいぃっ! でもあの、たんって……?」

 

 よし、これでまた美少女と仲良くなれたな。

 エリーゼと違って害は無さそうだし、良い事だ。

 それにほら、この子は既にカップリング出来てるから私が巻き込まれる事もないだろうし。

 

「それじゃまた夕方に来るから。またね」

「あっ! まっ、またね! ばいばい!」

 

 焦った感じで手を振ってくれたのでこちらも振り返す。

 そして、ジークに目配せ。

 それだけで察したようで、ジークは自然な様子で私の後を着いてきた。

 

「ではリリィ様を送って来ます」

「あっ! おね、お願いします!」

 

 二人揃って部屋を出て、ドアを閉める。

 途端に、ジークが大きなため息を吐いた。

 

「どうなる事かと思ったが……何とかなったな」

「ん。ありがとね」

「気にするな。しかし荒事にならなくて良かった」

「あんな可愛い子とケンカする訳ないじゃん」

 

 て言うか通常会話も難しいレベルだったわ。

 いや、めっちゃ可愛いし、サファイアさんとの絡みも面白かったけどね。

 

「……何か勘違いしているようだが、あの方は魔王軍でもトップクラスだからな?」

「そりゃ大臣って言うくらいだから偉いのは分かるわよ」

「違う。戦闘力の話だ」

 

 は?

 

「え、アメジストたんが?」

「魔王様と匹敵する強さだな。しかも全力を出したところは誰も見たことが無い」

「……あのアメジストたんが?」

 

 あのコミュ障全開で超絶可愛いアメジストたんが?

 

「あぁ、だから争いにならなくて安心した。お前を守りきれる自信もなかったからな」

「そうなんだ……人は見た目によらないものだね」

「本人はこの件に触れられるのを嫌っているがな」

「あーうん、それは分かるわ」

 

 どう見ても目立ったりするの苦手っぽいし。

 

「夕方から会食と言っていたが、その辺は気をつけろよ? さすがに俺は同席できないからな」

「ん。ありがと」

 

 本当に良いやつだな、ジーク。

 こんなにイケメンなのに、勿体ないな。

 

 早くこいつでカップリング作りたい。

 

「……おい、今なんか寒気を感じたんだが」

「そう? 気のせいじゃない?」

「変なことを考えるなよ?」

「失敬な」

 

 BLは変なことじゃない。私の人生だ。

 

「じゃあまたな。今度リバーシに付き合ってくれ」

「ん。またフルボッコにしてやるわ」

「ふん、次は俺が勝つ」

 

 ニヤリと笑い合い、パチンとハイタッチして別れた。

 

 さて、朝飯食べたら魔法習いにグロウレイザさんの所に行くか。

 早めに行かないと一時間ハグされなきゃなんないし。

 



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魔法って何だっけ

 

 知っているだろうか。

 胸のでかい女性に正面から抱きしめられると、顔がおっぱいに包まれて窒息するという事を。

 私は知らなかった。それ故に、グロウレイザさんに殺されかけた訳だけど。

 

「……ごめん」

「大丈夫です。貴重な体験が出来たので」

 

 半裸の美女のおっぱいで死にかけるなんて普通ありえないし。

 いや、良い経験ができたわ。

 

 えぇと、そういう訳で。

 現在、思春期の男の子には目に毒なグロウレイザさんの部屋にお邪魔しております。

 

 相変わらず大きめなブラウスをボタン全開で着ているから胸がこぼれ落ちそうだ。

 て言うかよく見たら下はパンツしか履いてないのか。やべぇなこの人。

 顔だけ見たら青髪紫目のおっとりした美女なんだけどなー。

 

「あ、でもハグは後ろからお願いします」

「……ん。じゃあ、はい。こっち来て」

「お邪魔しまーす」

 

 改めてグロウレイザさんに背を預けてみると、細くて柔らかい手でふんわり抱きしめられた。

 ほっぺたとか首筋を触る手つきが何かエロいけど、そのくらいは我慢しよう。

 頭がフカフカで座り心地良いし。

 

「……それで、魔法だっけ? INTのステータスは?」

「(女神バフ無しだと)11です」

「……結構高いね。これならすぐに覚えられるかも」

 

 おぉ、ファンタジー世界を象徴する魔法を私にも使えるようになるのか。

 結構ワクワクするなー。どんな感じなんだろ。

 

「……まずは適性を見ないとね」

「適性ってなんですか?」

「……相性の良い属性。火とか水とか、人によって違うから」

 

 言いながらごそごそとクッションの下を探る。

 その度におっぱいがぐにょんぐにょん潰れるので私の頭がグラグラ揺れている。

 すげぇな。ここまで行くと兵器だわ。

 何食ったらこうなれるんだろ。

 

「……あった。この水晶を持ってみて」

「はーい」

 

 リンゴくらいの大きさの水晶を手渡された。

 魔法的な品物なのかなこれ。

 ……あ、なんか灰色になってきたな。

 さてさて。私は何属性なんだろ。

 

「……あれ、リリィは希少属性みたい。ちょっと待ってね」

「希少ですか?」

「……通常の系統から外れた属性のこと」

 

 なるほど、嫌な予感がするんだけど。

 チートとかいらないからな、マジで。

 頼むぞ女神たち。

 

「……あった。このプレートを持ってみて。属性が浮かび上がるから」

「はーい」

 

 今度は手のひら大の金属プレートを渡された。

 手に取ると、言われた通り文字が浮かび上がる。

 けど、なんだこれ。属性が出てくるって言ってたよな?

 

「……こんな属性聞いたことが無いけど、プレゼントを包むアレ?」

「でしょうね。『梱包』ですからね」

 

 手に持ったプレートには、やたら綺麗な字で『梱包』とだけ書かれていた。

 

 ……魔法かこれ。

 て言うかぶっちゃけ『生命』か『闇』だと思ってたんだけど。

 

「……一応、魔法百科事典には書かれてるみたい。ほら、ここ」

 

 グロウレイザさんが古びた本を取り出して、項目を指さした。

 そこには確かに『梱包』の文字が。

 えーと、なになに?

 

『万物を包み込み装飾する属性』

 

 責任者でてこい。私のワクワクを返せ。

 

 あ、でも仕事をするって考えたら便利かも。

 わざわざ魔法でやらなくても良い気はするけど。

 

「……とにかく、魔法を使う練習をしよう」

「そですね。どうしたら良いですか?」

「……体内にある魔力を意識するところから」

「えぇと、どうやってですか?」

「……私がリリィの体に魔力を流すから、それを意識してみて」

 

 ふむ自転車の乗り方を覚える時と似た感じか。

 割と親切設計だな、異世界。

 

「……じゃあ、やるよ?」

「お願いしまーす」

 

 ……お? なんか背中からじわじわ温かい物が流れてくるのを感じる。

 あーなるほど、これか。上手く言葉には出来ないけど、感覚的に分かるわ。

 んで、私の中に流れてるこれを使う訳ね。

 

「……分かった?」

「何となくですけど。これをどう使うんですか?」

「……明確な意志を持って体の外に放出する」

 

 ……なるほど? あれか、かめ〇め波みたいなイメージか。

 んじゃ、こう、魔力らしきものを集めて……

 とりあえずそこのクッションに使ってみよう。

 

「『梱包』!」

 

 うおっ⁉ まぶしっ⁉

 

 クッションは光に包まれた後、半透明の袋に入って可愛いリボンで装飾されていた。

 

「え、本当にこれだけ?」

「……これだけみたい」

 

 なるほど。まぁ使い道があるだけマシかな。

 元々何かと戦うつもりなんて無いし。

 

「あれ? て事は魔法講座は終わりですか?」

「……一応、誰でも使えるような初級魔法があるよ」

「あ、じゃあついでにそれもお願いします」

 

 火とか水とか出せたら便利そうだし。

 

「……初級魔法は三つ。『身体強化』『清潔』『塩味』」

「いや待った。最後のやつ、なんですか?」

「……何でも塩味にできる魔法」

 

 なんでだよ。

 この世界、基本的にバグってないか?

 

「……『身体強化』はステータスのSTR、VIT、AGIを増加させる。『清潔』は汚れを簡単に落とせる」

「へぇ。便利ですね」

 

 て言うかまぁ、何気に『塩味』も便利ではあるよね。

 旅とかする時に役立ちそうだし。

 私は使わないだろうけど。

 

「んじゃ、一つずつお願いします。あとそろそろ一時間です」

「……延長で」

「んー。まぁ良いですけど、変なことしたら二度と来ませんからね?」

「……前向きに善処はする」

 

 それ高確率で守られない奴じゃないか?

 

 うーん。使い方だけ教えてもらって、後は自分で練習するかなー。

 

 ということで。私は無事に魔法を使えるようになった。

 次は就職活動だな。頑張ろう。

 



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仕事を探しに行こう

 

 仕事を求めていざ街に、と思っていたんだけど。

 具体的にどうするかなんて何も決まっていない訳で。

 そもそもどんな仕事があるかもわかってないし、探すのも一苦労だ。

 ハロワも求人情報誌もないし。

 

 なので、詳しい人を訪ねてみた。

 

「エルンハルトさーん」

 

 街の門に立つエルンハルトさんは今日もキリッとしていて、緑の髪に琥珀色の瞳が映えている。

 どう見てもイケメンにしか見えない彼女は私の声に振り返ると、朗らかな笑顔で迎えてくれた。

 

「リリィ、おはよう。あの後大丈夫だったか? 特級災害発生警告が出ていたから心配していたのだが」

「あー……その件に関してなんですけど、あれ私が原因でして」

「リリィが? どういう事だ?」

「実はですね……」

 

~説明中~

 

「という訳です」

「……なるほど。つまり、リリィは無事だということだな」

「え? はい、私は大丈夫です」

「ならば他は些細なことだ。最高神様と既知である事には驚いたが、私はリリィとの関わり方を変えるつもりはない」

 

 さすがエルンハルトさん。発言がイケメン過ぎるんだが。

 

「もっとも、敬えと言うならそうするが?」

「勘弁してください」

「冗談だ」

 

 ふと笑う彼女はやはり格好良くて、つい見とれてしまいそうになる。

 うーん。これで男性だったらなー。カップリングが成立するんだけどなー。

 

「と、そうだ。今日は仕事を探そうと思ってるんですけど、どこか良いところ知りませんか?」

「ふむ……リリィがどんな魔法を取得したかにもよるな」

「『梱包』です」

「『梱包』だと? どんな魔法だ?」

「万物を包み込み装飾する魔法だそうです」

「……なるほど。また変わった属性だな」

 

 あ、呆れてる。まぁ私もびっくりしたけど。

 でも物騒な属性じゃなくてよかったよね。

 変に戦闘用とかだったらのんびりした生活の邪魔にしかならないし。

 

「しかしそうなると……まぁ、一つだけ心当たりがあるが」

 

 おお、さすがエルンハルトさん。頼りになるなー。

 

「じゃあそこを教えてもらえませんか?」

「いや、せっかくだから一緒に行こうか。私も用があるからな」

「わ。助かります」

「では少し待ってくれ。引継ぎだけ終わらせてくる」

 

 そう言って詰め所に入って数分。落ちていた枝で地面に落書きをしていると、鎧を脱いだエルンハルトさんが戻ってきた。

 ふむ。私服姿だと性別を間違えようがないな。

 着ている服は男性用だけど、胸が結構あるし。

 なんだろう、着替えただけなのに頼れるお姉さん感が増してる気がする。

 

「待たせたな。早速……いや、リリィ。この絵はなんだ?」

「え? あぁ、最高神達と教祖様です」

 

 暇だから描いてただけで深い意味は無い。

 アテナとラウラもそこそこ上手く描けてるけど、一番上手く描けたのはド〇ルドだろう。

 彼のかもしだす狂気を余すことなく再現できていると思う。

 最早クトゥルフのような禍々しさがあるのに違和感が無いのが凄い。

 

「教祖様? よく分からないが……これは最高神様達と並べて大丈夫なのか?」

「大丈夫じゃないですかね。アテナはこの人を崇拝してますし」

「……そうか。神族の考えることはやはり分からないな」

 

 安心してください。アテナがおかしいだけだと思います。

 

「しかし、そうなるとこちらがライランティリア様か。このような姿をしているのだな」

「ですね。そこそこ上手く描けてると思いますよ」

 

 顔立ちも着ている服もなかなかの再現度だ。

 素人レベルとは言え前世から絵を描くのは好きだったからなー。

 

「リリィ、一度ちゃんとした絵を描いてみないか? 教会の連中は喜ぶと思うぞ」

「んー。本人の許可が出たら書いても良いですけど、素人レベルですよ?」

「構わんだろう。そもそもライランティリア様を見たことがあるのはリリィだけだし、希少性が高いからな。」

「なるほど……ライラー?」

 

 空に向かって語りかけてみると。

 

(私は構いませんよ)

(私としては教祖様を立体で再現してほしいですー!)

 

 そんな声が頭の中に響いてきた。

 だがアテナ、私は教祖様を作るつもりはねぇぞ。

 

「はいよー。エルンハルトさん、許可が出たんで今度描きますね」

「……そうか、いま会話をしていたのか。何というか、リリィは凄いな」

「いや、たまたま知り合っただけなんですけどね」

 

 ただの偶然だし、別に私がすごい訳じゃ無いからなー。

 いや、アテナに関してはたまたまではないけど。

 

「ふむ。機会があれば美術ギルドの者を紹介しよう。重宝されるかもしれんぞ」

「あ、じゃあお願いします」

 

 できることならライラの悪評をどうにかしたいし。

 その為なら少しの苦労くらい何の問題も無い。

 一応、友達だしな。

 

「では行こうか。店は大通りにあるからすぐに着く」

「よろしくお願いしますー」

 

 大通りにあるって事はそこそこ大きなお店なんだろうか。

 行ってみない事にはわからないけど、できれば普通のお店がいいなー。

 こっちに来てからいろいろと普通じゃないし。

 私は平穏なスローライフを送りたいんだよ。

 推しとBLさえあれば他には特に必要ないし。

 ……いやマジで。そろそろ燃料補給したいから男性の知り合いを増やさなければならない。

 今んとこリチャードさん×ジークしか妄想ネタがないんだよなー。

 尚、私はリバも行けるので妄想のバリエーション自体は豊富だったりする。

 

 リバが分からない人はググってみよう。

 そこに新しい世界があるから。

 同士が増えることを願う。

 



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魔導具店に来てみた

 

 エルンハルトさんの案内で辿り着いた店は、大通り沿いにしては小さめだった。

 窓越しに見える店内はよく分からない物で溢れかえっていて、どこに何があるか一見しただけじゃ把握出来ない程だ。

 て言うかぶっちゃけ、倉庫か何かだと思った。

 ドアの上に『ナイン魔導具店』と書かれた看板が吊り下げられてなかったら、お店と言われても信じなかったかもしれない。

 

 エルンハルトさんがお店のドアを開けると、チリンと小さく鈴の音が聞こえた。

 

「ナイン、いるか?」

 

 エルンハルトさんの問い掛けに、店のカウンターの奥から鉄の塊がにょきっと生えた。

 ……なんだあれ?

 

「エル、ヘルプミーっす」

「またか。だからあれ程整理整頓しろと言っているのに」

 

 そこから聞こえてきたのは機械の合成音声らしきもの。

 エルンハルトさんは大きな溜息を着きながら、周囲の物をどかしてその手を引っ張り上げる。

 すると、何かよくわからないものが出てきた。

 人の形はしている。けど、なんて言うか。全体的に金属製って言うかさ。

 

 どう見てもロボットだよなこれ。

 

 しかも妙に見覚えがあるって言うか……これデフォルメされたカーネル・サンダー〇さんじゃねぇか。

 フライドチキンのお店で、手を前に差し伸べて微笑んでるあの人だよな。

 なんで異世界に居るんだよアンタ。しかもロボット化して。

 

「うにゃー、助かったっす。三日も埋まってたから死を覚悟してたんすよ」

「三日もか。新記録じゃないか?」

「うんにゃ、自己最長は五日っすね」

「なぜ生きているんだお前は」

 

 エルンハルトさんは呆れた調子で普通に会話してるけど、違和感とか無いんだろうか。

 この世界から完全に浮いてんだけどコレ。

 

「リリィ、この馬鹿はナインだ。この魔導具店の店主をしている」

 

 なるほど。ここは魔導具店なのか。まずそこから理解してなかったわ。

 

「ナインっす!」

「えぇと……どうも、リリィ・クラフテッドです」

 

 手を差し出されたから握手してみたけど、やっぱり質感は金属だ。

 つーか関節が細かいな。どういう原理で動いてんだこれ。

 

「一応補足しておくが、こいつはゴーレムの類ではないぞ。この鎧の中に本体が入っているらしい。誰も見たことが無いがな」

「あたしの外装は魔王様でも剥がせないっすからね。乙女の柔肌は誰にも見せないっす」

 

 あ、女性なのか。性別を判断できる箇所が皆無だから分からなかったわ。

 

「本題に入るが、リリィは記憶をなくしていてな。この街で職を探しているんだが、どこか良い店を知らないか?」

「うーん。この人って見たところ人間っすよね? 魔法は使えるっすか?」

 

 あーうん。やっぱりそこ聞かれるよね。

 仕方ない、正直に答えよう。

 

「初級魔法と『梱包』の魔法を使えます」

「……『梱包』っすか? え、物をラッピングするあれ?」

「そうですね。何でも綺麗に包めるらしいです」

「役立たずじゃねぇっすか」

 

 そうだね。私もその通りだと思う。

 

「ナイン! いきなり失礼なことを言うな!」

「エルンハルトさん、大丈夫ですよ。事実なので」

「しかしリリィ……」

「自分でも役立たずな属性だと思ってるんで。むしろ戦闘用の属性じゃなくて良かったと思ってますし」

 

 下手したら軍に強制加入コースもあったかもしれないし。

 そうならなかったのは本当に良かった。

 日本人的な考え方が抜けていない私にとって、戦争なんて無理だもんな。

 スキル的には拳闘士とか冒険者が向いてるんだろうけど、そうなるとこの街を出る許可をもらわないといけないからなー。

 

「ふむ……? リリィさんはどんな仕事がしたいんです?」

「特にこだわりは無いです。そもそもどんな仕事があるかさえ分からないので」

「そうっすか。うーん……でもこの時期だと専門職以外はどこも人手が足りてるんすよねー」

「専門職ですか?」

「魔法薬や魔導具の作成とか魔物の解体とかっすね」

 

 なるほど。確かにそれは厳しそうだな。

 ふむ。これは真面目にマクドナ〇ド異世界支店をやるべきなんだろうか。

 

「ちなみに、飲食店を新しく開くってなると大変ですか?」

「飲食店っすか。それなら店を出すだけならギルドに金さえ払えば誰でも出来るっすよ」

「あーそっか。始めるのにもお金が必要ですよね」

 

 そりゃそうだ。物を揃えたり場所借りたりしなきゃならないもんなー。

 じゃあやっぱりアルバイトしてお金を貯めるところからか。

 世知辛いな、異世界。

 

 とか思っていると、脳内に直接声が聞こえてきた。

 

(リリィ。貴女のインベントリにプレゼントを収納しておきました。確認してください)

 

 おっと。この声はライラか? 何あんた、聞いてたの?

 

(たまたま聞こえていました。たまたまです。偶然です。常に監視なんてしていません)

 

 おいやめろ、今すぐにだ。女神じゃなくてただのストーカーじゃねぇか。

 

(わかりました。時折にしておきます)

 

 いやそもそも監視すんな……ってか、何? プレゼント? いきなりだな。

 てかインベントリって人前で見ても大丈夫なの?

 

(マジックボックスという名前で普及しているので問題ありません。意識するだけで中身が表示されたステータスプレートのような物が出てきます)

 

 おっけ。ちょっと見てみるわ。んーと。

 

 開け我が宝物庫! ゲート・オブ・バビ〇ン!

 

 ……あ、うん。普通にプレート出てきたな。

 なんで対応してんだよ。

 

 てかこれ、何だ? えーと、白金貨が、いち、じゅう、ひゃく……十万枚?

 それに『アテナからの手紙』と『ライランティアの手紙』が入ってるっぽい。

 とりあえず中身を確認してみるか。

 

『拝啓リリィ様

 今週は夜の倍マッ〇が五十円なのでお得ですよ!

 アテナより愛を込めて』

 

 よし、ゴミだな。

 せめてもう片方はまともであってくれ。

 

『リリィへ

 昨晩はとても愛らしい寝姿でしたね。あんなに可愛らしいおへそは初めて見ました。

 寝乱れた姿もとても良かったです。即座に記録用魔導具で保管しました。

 それとは何も関係無い話ですが、本日はお風呂に入ることをオススメします。

 また、服装に関しても様々な物を着ることを強く願います。

 その為の資金を送りますので使ってください。

 貴女のライラより、愛を込めて』

 

 こわぁぁぁ!?

 なんだこれ、ストーカー宣言じゃねぇか!?

 やばい、これは早急に何か対処しないと。

 あ、そうか。『梱包』魔法で私を包んじゃえば良いかもしんない。

 今夜はそれを試してみるか。

 

 ってか、資金ってこの白金貨ってやつだよね?

 お金の価値が全く分かんないんだけど、なんか名前的に嫌な予感しかしない。

 

「エルンハルトさん。お金の価値を教えてください」

「そうか、記憶が無いんだったな。

 この世界の通貨は1E硬貨、鉄貨、銅貨、銀貨、金貨、白金貨の6種類で、単位はE(エン)と呼称する。

 1E硬貨はそのまま1E、鉄貨が10E、銅貨が100E、銀貨が1000E、金貨が10000E、白金貨が100000Eとなっている。

 国民の一般的な一月の収入は2000から4000Eと言ったところか」

 

 うわ、ややこしいな。

 えーと、て事は前の世界と比べてみると、1Eは100円ぐらいで、それ以下の単位は存在しないって感じか?

 月に銀貨2~3枚、年で金貨4枚位あれば十分生活出来るって感じだな。

 

 いや待て。じゃあ何か、白金貨10000枚って十億円相当か?

 月二十万円から四十万円くらいが平均賃金の世界で、十億?

 うわぁ、そう来るか―。さすがにこっちは予想してなかったわ。

 

「……あの、エルンハルトさん」

「どうした? 何か分からないところがあったか?」

「いえ、その。非常に言いにくいのですが……お金の件、問題なくなりました」

「なに? どういう事だ?」

「えーとですね。一言でまとめると、ライラのおかげでお金持ちになりました」

「……あぁ、なるほど。そうか、そういう事もあるのか。さすが最高神様だな」

 

 すげぇ、納得されたわ。

 どんだけ崇拝されてんだ、女神たち。

 

「あの、お借りしていた分をお返ししたいんですけど」

「不要だ。昨日も言ったが、出会いの記念として受け取っておいてくれ。その方が私も嬉しい」

 

 なんだこの人、イケメンすぎないか?

 そういう事ならありがたくいただいておくとして、また別の機会に食事でも奢らせてもらおう。

 

「話が見えねぇんすけど、仕事の件は解決したって事っすか?」

「そうみたいです。ご迷惑をおかけしました」

「いや、それは構わねぇですよ。良かったっすね」

 

 おぉ、無駄に頭使わせちゃったのにさらっと流してくれた。

 ナインさん、良い人だな。見た目は不審者だけど。

 

「ていうか金があるならうちの店見ていきません? ぶっちゃけ今月やべぇんすよ」

「んー。エルンハルトさん、良いですか?」

「私は元々ここで買い物をするつもりだったからな。好きに見ていくと良い」

「じゃあそうします。道具の使い方を教えてくれると助かります」

「マジ助かるっす! ナインちゃんのスーパーセールストークを見せてやるっすよ!」

 

 ふむ、これは期待できそうだなー。

 ぶっちゃけ『魔導具』ってパワーワード聞いてから、一度見てみたいと思ってたし。

 いろいろと紹介してもらおうか。

 



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レッツお買い物

 

 改めてナイン魔導具店の中を見渡すと、やはり使い方の分からない物で埋め尽くされていた。

 グロウレイザさんのところで見かけた水晶やコンロ型の魔導具は分かるんだけど、デカい箱型の置き物とか謎に光っている剣とか意味が分からない。

 

「まずはこれっすね。誰もが欲しがる定番アイテム『マジックボックス』っす!」

 

 お、出たな、ファンタジーの定番アイテム。

 インベントリとはどう違うんだろう。

 

「これはレア物で、持ち主の魔力量に合わせて物を収納できます。重さも感じないから便利っすよ」

 

 ほう。つまり普通は持ち運べる量に制限がある、と。

 あっぶね、誰にもインベントリの話をしてなくて正解だったわ。

 

「うーん、似たような物を持ってるので次をお願いします」

「じゃあこれなんかどうっすか? 炎の魔石を使用した魔剣です。最硬度の耐久性と切れ味を両立させた優れものっすね」

「結構です」

 

 一般人に武器をすすめるんじゃない。買う訳ないでしょうが。

 

「むぐぐ……じゃ、じゃあこれはどうっすか!? 簡易障壁発生装置! 魔物の攻撃から不意のトラブルまで、何でも防いでくれるっす!」

 

 ……えっと。

 おーいアテナ、この世界で私が怪我する事ってあんの?

 

(ないですねーー。最強の古代龍の攻撃でも無傷で済みます)

 

 だよなぁ。ステータスがバグってるもんなぁ。

 なんか申し訳ないけど、必要ない物を買うのもなー。

 

「それもちょっと……そうだ、日常で使えそうな物は無いですか?」

「うーん……うちは特殊な魔導具をメインに取り扱ってるんすよね。魔力付加された服とかならありますけど」

「あ、服があるなら見せてほしいです」

「じゃあ持ってくるっす。しばしお待ちを!」

 

 らっきー。もう何着か欲しかったんだよね。

 さすがに三着だけじゃつらいものがあるし。

 あ、でも異世界ファンタジーの服って言ったら高級品じゃないっけ。

 あんまり持ってるのも不自然かな。

 

「お待たせしました。この辺りとかどうっすか」

「いや待て、鎧じゃねぇか」

 

 持ってきてくれた物がどう見ても革鎧にしか見えない件。

 

「これは便利ですよ! 耐水耐火対衝撃の魔法が付与されていて、自動修復機能もあるっす!」

「あの。私、旅に出る気も戦う気も無いんですが」

「……あ。そうか、リリィさんは一般人でしたね。うむむ……普通の服となると、この辺りはどうっすか?」

 

 ナインさんが広げてくれたのは、シンプルなデザインの中にちょっとだけ高級感がある服だった。

 街で見かけた服と系統が似てるし、これは普通にありかもしれない

 てかナインさんセンス良いな。本人はメカ・カーネ〇・サンダースだけど。

 

「こっちは『自動修復』の魔法が付与されてるっす。長く着られる優れものっすね」

「買います。種類はありますか?」

 

 即決だ。自動修復機能の付いた服とか便利すぎる。

 

「同じ機能がついた服なら三着ありますね」

「じゃあ全部お願いします」

「毎度ありです! ちなみに下着もあるっすよ」

 

 あ。やべ、すっかり忘れてたわ。

 今着てるやつしか持ってないじゃん。

 

「じゃあそれもお願いします。どんな奴ですか?」

「いろいろっすね。普段使いから勝負下着まで取り揃えてるっす」

「……普段使いの方を見せてください」

 

 いや勝負下着も気にはなるけど、今んとこ勝負を仕掛ける気は無いし。

 そっちはまた今度見せてもらおう。

 

「こっちは『自動修復』に加えて『光のライン』の魔法が付与されてるっす」

「へぇ。どんな魔法なんですか?」

「見えそうになったら自動的に謎の光が隠してくれます」

「まじですか」

 

 少年漫画とかでよく見かけるアレか。魔法って何でもありだな。

 

「あとは『虚飾豊胸』とかありますよ」

 

 難しい言葉使ってるけど、それってつまりパットだよな?

 型崩れ防止はしておきたいけど、無理に膨らませようとは思わないなー。

 

「うーん、そっちは必要ないですね。針金入りの矯正下着とかありますか?」

「……ほほう? 詳しく聞いてもいいっすか?」

「え、いや、下着に細いワイヤーを入れておいて、胸の形を整えるやつです」

「なるほど? うーん……そんなもん聞いたことねぇっすけど、まぁ作れそうではありますね」

 

 言っておいてなんだけど作れるのか。

 あれって結構技術力が必要だと思うんだけど。

 

「ていうかそれ、商業ギルドで特許取れますよ」

 

 特許? 矯正下着でか?

 あ、でも確かにこの世界に無いんなら特許取れるのか。

 ていうか特許って異世界にもあるんだな。

 

「あたしがサンプル作るんで一緒に特許取りません? 不労所得ゲット出来るっすよ!」

「んーと。よく分かんないんでお任せしますよ」

「は? いや、取り分の相談とか……」

「んー。エルンハルトさん、ナインさんって悪い人ですか?」

 

 黙って話を聞いてくれていたエルンハルトさんに聞くと、爽やかな笑顔を返してくれた。

 

「ナインは悪人ではないな。私の友人だ」

「ならナインさんの好きにやっちゃってくれて良いですよ」

「ぐっ……信頼が重いっすね。まぁ、リリィさんに損させないようにはしてみるっす」

「お願いします」

 

 ぶっちゃけ、多分私がお金に困ることは無いだろうしなー。

 エルンハルトさんの友達ならきっと大丈夫だし。

 

「じゃあとりあえず衣服を一揃いお願いします。ほかにおすすめとかってあります?」

「あとは小物とかオモチャっすね。こっちも見ていきます?」

「おぉ、お願いします」

「お待ちくださいねー」

 

 ナインさんはそう言いながら再び店の奥へ行ってしまった。

 異世界のオモチャか。オセロはあったけど他にも似たようなものがあるんだろうか。ちょっと楽しみだ。

 



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身バレした!?

 

 ナインさんが奥から取り出してきた箱の中には、よく分からないものが大量に詰まっていた。

 ボールみたいな物や箱にしか見えない物、それにカードのようなもの。

 これ全部が魔導具なんだろうか。ちょっとワクワクするな。

 

「一番手はコイツですかね。ゼロワンド〇イバー・デラックスです!」

 

 初手でいきなりネタぶっこんで来てんじゃねぇよ。

 ニチアサなんて私もほとんど見た事ないぞ。

 

「このオモチャはなんと、魔力を通すと光って音が鳴ります! 変身ボイスも完備です!」

「すみません、次をお願いします」

「ありゃ、オススメだったんですけど。じゃあこっちはどうっすか?」

 

 次に取り出して来たのは……なんだあれ。等身大の人形にしか見えないんだけど。

 デッサン人形って言うんだっけか。木製のマネキンだ。

 

「魔導人形君改・三型です!」

 

 おぉ、ファンタジーっぽい名前だ。

 これはちょっと期待できるかも。

 

「この人形は何が出来るんですか?」

「着せ替えが出来ます」

「……着せ替え?」

「はい。別売りの服を着せるとその服に合った人形になるんです」

 

 ナインさんが言いながら人形にドレスを着せると、人形はうにょうにょと動いて女の子の姿になった。

 ほう。これ面白いなー。

 でも申し訳ないけどお人形遊びは趣味じゃないんだよな。

 

「ふむ、お気に召さないようで。ではこちらの剣などどうですか?」

「剣のオモチャですか?」

「ですです。刃はつぶしてあるので安心ですし、これは他の遊び方も出来るんですよ」

「へぇ。どんなのです?」

「これをこうしてですねー」

 

 オモチャの剣を鞘のまま地面に刺して。

 

「問おう、貴女が私のマスターか」

「ぶん殴りますよ?」

 

 さすがにアウトだ馬鹿野郎。

 私が生前どハマりしてたソシャゲの元ネタじゃねぇか。

 色々とダメだろそれ。

 

「ふうむ、難しいですねー……そうだエル、ちょっと席を外してくれないっすか?」

「どうした?」

「ちょっとリリィさんと二人で話したいんっすよ」

「お前がか? 珍しいな……リリィ、構わないか?」

「私は大丈夫ですよ」

 

 でもなんだろ。次のはエルンハルトさんに見せられないオモチャなんだろうか。

 ……まさか下ネタじゃないよな?

 無いとは言い切れないのがこの人の怖いところだよなー。

 

「そうか、では近場で適当に時間をつぶして来よう」

「了解っすー!」

 

 うーん。二人っきりは不安だけど、まぁエルンハルトさんの友達だから大丈夫かな。

 さてさて、お次は何を見せてくれるんだろうか。

 

「さて、ではこちらの絵をご覧ください。とても興味深いものが描かれていますよ」

 

 そう言いながら渡された一枚の紙。両面につるりと光沢があるそれを手渡され、私は思わず息をのんだ。

 

 絵って言うか、()()()()()()()()()()()()()()

 

「おっと、やっぱりそれが何か分かるんすね。予想通りっす」

 

 性別も温度も感じない機械音声でナインさんが言う。

 声色なんて分からないのに、まるで私をからかっているような気がして。

 思わず一歩、足を引いてしまった。

 

「地球人とは珍しいですね。私もこの世界では初めて見ましたよ」

「……それを知ってどうするつもりですか?」

 

 これはちょっとまずい展開なんじゃないだろうか。

 周りの人には記憶がないで通してたけど、ナインさんにばれた以上は他の人に知られるのも時間の問題だ。

 最悪、この街を出なければならない。

 うーん。せっかくいろんな人と知り合えたのになー。

 ちょっと……いや、かなり寂しいけど、割り切るしかないか。

 

「いや別に。ただの興味本位っすね」

「は?」

「ぶっちゃけどうでも良いんで。品物を買ってくれれば嬉しいっすけど、無理強いしても意味ないですし」

 

 スカイツリーの写真を箱の中に戻しながら、何気ない調子で語るナインさん。

 

「誰しも事情があるもんですからね。そこに土足で踏み込むような真似はしないっすよ」

「……そうですか」

 

 この人、見た目の割に良い人なのかもしれない。

 うん、見た目は超絶変人にしか見えないけど。

 そういやケン〇ッキーを司る神もいるんだっけか。

 この人はその神の信者なのかもなー。

 ……いや、その理屈で行くと某教祖様を祭った神殿とかありそうで嫌なんだけど。

 

「とまぁシリアスな空気は苦手なんでぶっちゃけますが、私も異世界人ってやつです」

「え、そうなんですか?」

「と言っても地球じゃないっすけどね。ここに似た世界から飛ばされて来ました」

 

 なんとまぁ、異世界って他にもあんのか。

 どのくらい種類があるんだろ。ちょっときになるし、今度アテナに聞いてみるかな。

 

「てなわけで、異世界人同士仲良くやりましょう」

「あ、よろしくお願いします」

 

 差し出された機械の手を取り握手する。

 やはり金属質で明らかにこの世界から浮いてるけど、異世界人という事なら当たり前なのかもしれない。

 そういう文化があってもおかしくはないだろうし。

 

「ちなみにこの格好は趣味っすね」

「趣味かよ」

「趣味っす。恰好良いでしょう?」

「え?」

「え?」

「なにそれこわい」

 

 どんな感性してんだこの人。

 禍々しいとか不気味とか異質とか、そんな印象しか受けないんだけど。

 ロボなのに妙に人間らしさが残ってるのがまた一段と怖い。

 

「リリィさんとは趣味が合わなそうで残念っす」

「え、誰かには好評なんですか?」

「それが全く。おかしいっすねー」

 

 おかしいのはナインさんの感性だと思う。

 割と真面目に。

 

「ていうか、分かってて変身ベルトとか聖剣とか出したんですか?」

「いや、それは普通にオススメ商品ですね。誰も買いませんけど」

 

 だろうな。うーん……悪い人じゃないんだろうけど、変な人には違いないな。

 

「さて、ではお次の商品を出しますか」

 

 言いながら大きな箱の中から……おい。

 明らかに箱より大きいだろそれ。

 ていうかどう見てもガチャガチャしてカプセル出すやつじゃねえか。

 

「これはランダマイザーという機械ですね。使い捨てのマジックボックスで作られたくじ引き機っす。一回100Eですがレア物が入ってますよ」

「たっか。え、そんなんやる人いるんですか?」

 

 確か100Eって1万円くらいだよな? 馬鹿高くないか?

 

「そうっすねー。最高神様直筆サインとか魔王様の手記とか、あとはレアメタルなんかが入ってるっす。もちろんゴミみたいな景品もありますけどね」

 

 なるほど。好きな人にはたまらないってやつか。

 そこはソシャゲのガチャと同じ感じだな。

 

「どうです? 一回だけ無料にしておきますけど、試しに回してみませんか?」

「んー。じゃあせっかくなんで」

 

 正直なところ興味はある。まぁLUKー15だからロクな物が当たらないだろうけどね。

 

「はいはい。んじゃそこのダイヤルを回してください」

 

 言われた通りにガチャリとダイヤルを回すと、金色のカプセルがころりと出てきた。

 手のひらより少し小さいくらいか? これに商品が入ってんのか。

 

「おっと? 金色はレア確定っすよ。運が良いですね」

「あれ、そうなんですか?」

 

 ふむ。LUKと実際の運はまた別物なんだろうか。

 レアと聞くとちょっとワクワクしてくるな。

 

「カプセルについてる紐を引っ張ったら開きますよ」

「あ、これか。とりゃ!」

 

 紐を引くとカプセルがピカっと光った。

 さぁ何が出てくるかな。ぶっちゃけファンタジー世界っぽい物なら何でも良いんだけど。

 やばい、結構テンションが上がってるわ。

 

 やがて光が収まると、真四角の厚紙が姿を現した。

 

「おぉ、超レア物っすね! 大当たりですよ!」

 

 ナインさんがテンションを上げる中。

 私のテンションは一気に急降下していた。

 

『生命』の最高神・アテナ直筆のサイン色紙。

 

 やっぱりゴミじゃねえか。

 

「ナインさん、これあげます。私には必要ないんで」

「え、でもそれ世界に一枚しかないレア物っすよ?」

「必要ないんで」

「そうっすか……じゃあ代わりにもう一回引いて良いっすよ」

「よし、次こそ当たりが出ますように!」

 

 勢い込んでダイヤルを回すと、今度は鉄っぽい色合いのカプセルが出てきた。

 

「ありゃ、外れっすね。大したものは入ってないですよ」

「いや、それ以外なら何でも嬉しいんで」

 

 さて、何が入ってるかな。女神関連はやめてほしいんだけど。

 おっと、これ、指輪か?

 

「あー、STR倍化の指輪っすね。大外れっす」

「え、なんか強そうなのに?」

「代わりに他ステータスが50下がるんすよ、それ」

「あーなるほど」

 

 確かに普通じゃ使えないなそれ。

 あれ、でも私が付けたらやばいことにならないか?

 ……インベントリに封印しとくか、うん。

 

「何にしてもファンタジーっぽいものが出て良かったです。ありがとうございます」

「喜んでもらえたなら良かったっす。んじゃ、エルを呼びましょうか」

 

 ん? エルンハルトさんは適当にぶらついてるって言ってなかったっけ。

 

「どうせアイツの事だから店の前で待ってるっすよ。エルー!」

「あぁ、終わったか。早かったな」

 

 あ、ほんとだ。呼ばれたらすぐに入ってきた。

 なるほど、こっちに気を遣わせないようにしてくれたのか。やっぱりイケメンだなー。

 

 ナインさんは紙袋をエルンハルトさんに手渡すと、こちらに顔を向けてきた。

 

「んじゃまたよろしく頼むっす。毎度ありー」

「はい、また来ますね」

 

 お互いに手を振りあうと、エルンハルトさんが少し驚いた顔をしていた。

 

「ナインと気が合ったのか。リリィは凄いな」

「あー。まぁ誤解されやすいでしょうね、あの人」

 

 見た目ロボだしな。カーネル・サン〇ースの。

 

「悪い奴ではないんだ。これからも仲良くしてやってくれ」

「はい。また今度来ようかと思ってます」

 

 話してみると楽しい人だったし。ネタぶっこんで来るのはやめてほしいけど。

 とりあえず収入の件は何とかなったし、今日はもう帰るか。

 なんかちょっと疲れたし、アメジストたん見て癒されよう。

 



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こいつマジでやべぇ

 

 エルンハルトさんとお話しながら城に戻ると、仕事があるからと言われて門を抜けたところで別れる事になった。

 

「すまないな。何かあればすぐにこれを使って呼んでくれ」

 

 そんで何か白い玉を渡された。なんだろこれ。

 

「通信用の魔導具だ。魔力を通すだけで使用出来る」

「おぉ、ありがとうございます」

「ではまたな」

 

 手を振り颯爽(さっそう)と立ち去るエルンハルトさんを見送ったあと、他に行く場所もないから部屋に戻ることにした。

 ふぅ。色々あったしちょっと疲れたなー。

 

「ただいまーっと」

 

 ガチャリとドアを開け。

 

「おかえりなさい」

 

 パタンとドアを閉めた。

 

 今なんか、私の部屋の中に『夜』の女神がいた気がするんだが。

 気の所為のだと思いたいけど、どう見ても気の所為じゃないんだよなー。

 さて、どうしたもんか。

 

 考えること十秒。

 特に良い案も浮かばず、仕方なくもう一度ドアを開けてみる。

 

「リリィ、どうかしましたか?」

「いや何でいるんだよお前」

 

 可愛らしく小首を傾げるんじゃない。

 てか人の部屋で優雅にティーセット広げんな。

 

「一緒にお茶でもと思いまして、お待ちしていました」

「自由かよ」

 

 この世界の女神やべぇな。

 当たり前のように不法侵入してきやがった。

 

「クッキーも用意してあります。いかがですか?」

「ふむ。ここで断ったらライラは帰るの?」

「もちろんです。リリィが望まないのであれば、今日のところは出直します」

 

 諦めはしないのか。

 でも話が通じるだけマシなのかもしれない。

 うーん。まぁ聞きたいこともあるし、いいか。

 

「分かった。でも次からは先に言ってからにしてね」

「了解しました。では、こちらへ」

「ん、ありがと」

 

 勧められるままに高級そうな椅子に腰掛けると同時、目の前にティーカップが現れた。

 一瞬びびったけど、そういやライラって最高神だもんなー。

 このくらいは朝飯前なんだろう。無駄に高性能だな、こいつ。

 

「もっと褒めてください。私が喜びます」

「とりあえず心を読むのはやめろ。次勝手にやったら口効かないから」

「前向きに善処します」

 

 だからそれ高確率でやらないやつだろ。

 

「あ、てかさ。聞きたいことあんだけど」

「私はネコもタチもいけます」

「……うるせぇ黙れ。スキルの話だよ」

 

 いらん情報をよこすな。一瞬想像しちゃったじゃん。

 ネコとタチが分からない人は一人の時にググッてみよう。

 

「スキルですか?」

「うん。『ステータス』」

 

 よし、出た出た。前回と特に変わりはないな。

 

 名前:リリィ・クラフテッド

 種族:人間(まじ?)

 年齢:18(変更可能)

 性別:女

 職業:無職

 レベル:5

 

 STR:3(+130)

 VIT:5(+130)

 INT:11(+50)

 DEX:8(+50)

 AGI:4(+130)

 LUK:-15

 

 スキル

 愛Lv1 勇気Lv1 宵闇Lv1 終焉Lv1

 梱包Lv1【NEW!】 初級魔法Lv1【NEW!】

 ウサギLv5(MAX) チベットスナギツネLv5(MAX)

 格闘Lv5(MAX) 縮地Lv5(MAX)

 マクドナ〇ドLv1

 成長速度20倍 ステータス異常無効

 魅了効果5倍

 

 称号

 拳を極めし者

 女神アテナの加護を受けし者

 女神ライランティリアの加護を受けしもの

 セカンドアシスタント

 

 

 相変わらずバグってんなぁ、ステータス。

 てかこれだよ、これ。

 

「この『宵闇』スキルと『終焉(しゅうえん)』スキルって何よ」

「では説明します。まず『宵闇』は周囲の光を消すスキルです」

 

 ほう、最高神にしては微妙な加護だな。

 てっきりまたチートスキルかと思ってたけど、灯りを消すだけならそうでもなさそうだ。

 ライラ本人はやべぇ奴だけど、加護に関しては意外とまともなのかもしれない。

 

「次に『終焉』ですが、対象を強制的に終わらせるスキルです。自動蘇生能力も無効化します」

 

 前言撤回。すげぇチート来たわ。

 

「スキルレベルを上げると私たち最高神をも終わらせることができます」

「いや、上げる気ないから」

 

 使う機会無いだろこんなの。

 つーかさらっと言ったけど、自動蘇生能力なんてもんがあるのか。

 ファイナルなファンタジーのリ〇イズみたいだな。

 

「神族や一部の魔族は通常の方法では倒せませんので、オススメなスキルです」

「いやそもそも戦うつもりが無いんだけどね」

「そうですね。私が守りますから」

 

 そういう意味じゃないんだけどなー。

 

「いつでも私を頼ってください。そうすると私が喜びます」

「うーん。でもこれ以上頼ることあるかなー」

 

 一番心配してた経済面が一瞬で解決したもんなー。

 勝手の分からない世界で働くって難易度高すぎるし、そこはライラに感謝してるけど。

 無表情ながらに褒めてほしそうな雰囲気が出てるけど、褒めたら調子に乗りそうだから言わないでおこう。

 

「リリィ。私はいつでも時間を作りますので頻繁に呼んでください」

「あー……なら暇な時にお茶でもしようか」

「分かりました。甘く(とろ)ける時間をお約束しましょう」

「エロい事したらぶん殴るからな」

 

 こいつ、前科あるからなー。

 気をしっかり持たないと流されそうで怖いし。

 

 すると、正に夜を体現したかのような漆黒の美しい女神は、無表情ながらも1ミリくらい眉をひそめた。

 

「それは困ります。私は他に愛情を伝える方法を知りません」

「え、マジで?」

「はい。どのようにしたら良いですか?」

 

 どんだけ偏ってんだよ、ライラの知識。

 しかし、どのようにって言われてもなー。

 ぶっちゃけ私もよく分からん。付き合った事なんてないし。

 

「うーん……言葉で表したり、手を繋いだり?」

「手を、ですか?」

「リア充カップルが手を繋いでるのを見たことがある」

「なるほど。ではリリィ、手を出してください」

「え、今? 別にいいけど……」

 

 言われた通りに右手を差し出すと、ライラは私の手を両手で包み込んだ。

 柔らかくてヒンヤリしていてスベスベで、その触り心地はやっぱり女神なんだなと実感する。

 こんなところまで完璧なのかこいつ。何かズルいな。

 

「なるほど。これは確かに良いものですね。リリィに触れるだけで幸せな気持ちになります」

 

 うあ。こら、いま微笑むんじゃない。

 手を包まれながら至近距離で美女に微笑まれたらドキドキするだろうが。

 

「……ぅんッ。ちょっと、ライラ? 指動かしたらくすぐったい」

「えぇ。少しでも気持ちよくなって頂けたらと」

 

 うわ、なんだこれ。手を触られてるだけなのに気持ち良い。

 細くてしなやかな指がそろりと這ってるだけなのに、背筋がゾクゾクして身体の奥がキュンと(うず)く。

 やべぇ、これはクセになる。

 

「ライラ、ちょ、ストップ……ふぁッ……」

「何故ですか? これは性的な行為ではありませんよ?」

「お前分かっててやってッ……んだろ。早く手を、離せ、ってばッ……」

「嫌だったらリリィの方から手を抜いてください」

 

 嫌じゃないから困ってんだろうが。

 あああ、指の間をスリスリされるの気持ち良い。

 これはズルい。えっちな事じゃないはずなのに、身体のスイッチが入っちゃってる。

 

「リリィは敏感ですね。愛おしいです」

 

 慈愛に満ちた微笑み。このまま身を任せてしまいたくなるような、愛情に満ち溢れた表情。

 ライラの言葉通り、甘くて(とろ)けてしまいそうだ。

 穏やかな夜の闇に包まれるような、安心できるのにドキドキするような、そんな優しい感覚に抵抗する気力が失われていく。

 

 思わず左手の指を噛んで堪えようとするが、次々と流れ込んでくる快感を抑える事ができずに。

 喘ぐような声が漏れる。

 

「ふッ……ラ、イラッ……だッ、めだってッ」

「良いのですよ。私に身を任せてください」

「良くないッ……からァ……」

「存分に楽しんでください。これはただのマッサージですから、大丈夫ですよ」

 

 やがて女神の指がつい、と流れ、腕を上ってきた。

 触れられた所の神経がむき出しになっているかのような快感に、やはり声を抑えられない。

 吐息混じりの声は自分のものでは無いように聞こえていて、頭がぼうっとしてくる。

 もっと触って欲しい。もっと気持ちよくして欲しい。

 そんな想いが募っていき、そして、ついに。

 

「おらぁっ!」

 

 ライラの額に頭突きを喰らわせた。

 互いに仰け反り、手が離れる。

 

 あぶねぇコイツ! 手を繋ぐだけでも危険なのかよ!

 

「リリィ、痛いです」

「だろうな! 私も痛いから!」

 

 おかげで目が覚めたけどな。

 さすが『夜』の女神。侮ってたわ。

 今後はお触りも禁止にしよう。

 

「私の愛は間違っていましたか?」

「……いや、間違ってはいない。けど、段階は踏んで欲しい」

 

 こちとら三十年近く処女拗らせてんだからな。

 その辺は優しくしてほしい。

 

「では、手を繋ぐ前には何をしたら良いですか?」

「難しいなそれ……うーん。まぁ、おしゃべりとか」

「なるほど。では睦言(むつごと)を重ねましょう」

「まて、普通に頼むからな? でないとライラと話すことも出来なくなるから」

「……善処します」

 

 ようやく分かった。こいつの「善処します」はマジなやつだ。

 本当に善処しようとしてるけど、そもそもコミュニケーション方法をエロい事しか知らないんだ。

 気持ち良い=嬉しいって感覚なんだろう。

 これは真面目に教育しないとヤバい。主に私の貞操が。

 

「良いか、まず最初は友達からだ。友達はえっちなことをしない。おーけー?」

「わかりました。善処します」

「うん。とりあえず普通に近況でも語り合おうか」

「私はリリィの一日を全て把握していますが」

「よし、まずはそこから話し合う必要があるな」

 

 そうだ、こいつ私のストーカーだったわ。

 まずはそこから矯正するか。

 



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好きすぎー!問題

 

 全力でライラに常識を叩き込んだつもりだけど、基本が無表情だからどこまで理解してるのかいまいち判断が出来なかった。

 何かやらかしたら毎回叱る必要があるかもしれない。

 しかし、何なんだろうねこの関係。

 エロい事をしようとする女神とそれを妨害する一般人か。

 なかなかにシュールだな。

 

 さておき、数時間に渡る授業を終えたあと。

 兵士さんが部屋に迎えに来てくれたので、その後を着いて行く事にした。

 さぁ、美女の次は美少女とデートだ。

 色々あって疲れたし、アメジストたんに癒されよう。

 

 

 城の豪勢な廊下を通って案内された部屋に通されると、なんかめちゃくちゃ長いテーブルか置いてあった。

 五メートルくらいかこれ。その両端に食器やカトラリーが1セットずつ置いてある。

 そして向こう側に、メイド服の少女が二人。私の望んだ紫髪の美少女の姿と、水色の髪の美少女が並んで立っていた。

 やっぱり仲良いなー、あの二人。並んでると姉妹に見えてくるわ。

 

「こっ……こんばんはっ! リ、リリィちゃん!」

「ようこそお越しくださいました」

「こんばんはー。来たよー」

 

 あぁ、頑張って大きな声を上げるアメジストたん、癒されるわー。

 小型犬みたいで可愛いなー。

 サファイアさんは朝より少し砕けてる雰囲気って言うか、緊張が抜けた自然体って感じだな。

 

「ところでアメジスト様、何故このように距離を取られているのですか?」

「えっ!? いや、その……まだ、慣れてないし……」

「なるほど。アメジスト様はご友人相手に距離を置かれるのですね」

「ちがっ……リリィちゃん、そんな事ないからね!?」

「冗談です」

「ねぇぇぇ! どうしてそんな事言うの!?」

 

 やっべ、面白い。

 サファイアさん生き生きとしてんなー。

 ちょっと参加してみるか。

 

「そっかぁ。アメジストたんは私の近くに居たくないのかぁ」

「ひょぇっ!? や、ちが……そんなことないよ!」

「じゃあ隣でも大丈夫?」

「大丈夫! ……えっ? 隣?」

「おっけー。んじゃそっち行くわ」

 

 用意してもらっていたセットをインベントリに収納し、てくてくと移動、アメジストたんの隣に展開する。

 ついでに、アメジストたんをガン見してみる。

 あー、やっぱ可愛いなこの子。顔立ちも整ってるんだけど、まとってる雰囲気が小動物なんだよなー。

 つい構いたくなるって言うか。

 その割にスタイル良いのがギャップあってさらに良き。

 

「……ハッハッハッハッ(呼吸音) あの、リリィちゃん?」

「なにー?」

「ぁ、なんでその、じっと見てる、の?」

「可愛いから」

 

 ゆっくり近付く。ジワジワと、目を合わせたまま。

 残り10センチくらいで停止。そのまま見詰めていると、どんどんテンパって行くのが見て取れた。

 そんなアメジストたんを見逃すはずもなく、サファイアさんか追撃の一言を放った。

 

「そう言えば、親しい友人同士は挨拶にキスを交わす事があるらしいですね」

「ぴっ……!?」

 

 顔を真っ赤にして、頭から湯気が出てそうな表情で。

 アメジストたんはあたふたした後、意を決して両目をぎゅっとつぶった。

 え、いいの?

 サファイアさんに目を向けると、ニヤニヤしながら自分のデコを指でつついた。

 あーなるほど、そゆことね。

 

 アメジストたんの頬に手を添える。

 明らかに身体を硬直させて、しかしそれでも逃げようとはしない。

 よほど私と仲良くなりたいんだろうな。その事は凄く嬉しいけど、それはそれ。

 

 誰から見ても緊張の極地にあるアメジストたんのデコに、そっと口付けした。

 

「……えっ? ぁ、おデコ?」

「あれ? アメジストたんは口が良かった?」

「ちがっ!? ……あれ、違わない? いや、違うのかな……?」

 

 おー、混乱してんなー。目がグルグルなってる。

 

「さぁアメジスト様、次は私の番です」

「サファイアも!? やだもー、あたしの事そんなに好きなのー?」

 

 あ、イキりだした。サファイアさんには強気だなー。

 

「え? いや、そこまででは」

「ねぇぇぇ! なんでよぉぉぉ!」

「ですがアメジスト様がどうしてもと言うのなら構いません」

「ちょっと!? サファイアがあたしの事好きなんでしょー!?」

「勤め先の上司なので仕方なく相手をしているだけです」

「そうなのっ!? ぇ……そうなの?」

「冗談です」

「ねぇぇぇ! 意地悪すんのやめてよぉぉぉ!」

 

 この二人見てると飽きないな。まるで漫才みたいだ。

 二人とも美少女だし眼福である。てぇてぇ。

 

「さて、そろそろ食事をお出ししますので席にお戻りください」

「ぐぬぅ……今日のご飯は?」

「バンバーグです」

「ほんとにっ!? やったぁ!」

 

 おー。はしゃいでんな、アメジストたん。

 さて、私も席に着くか。

 

「ぁ……リリィちゃん、本当に隣に座るの?」

「え、うん。近い方が話しやすいじゃん」

「そ、そうだね! えへへ……お友達かぁ……」

 

 この子、ハニカミ笑いが似合うなぁ。

 半泣きでキレてるのも可愛いけど、こっちの方が似合ってる気がする。

 ……本当に魔王軍トップクラスの戦力なのかな、アメジストたん。

 

「ところでアメジスト様、話題は用意されていますか?」

「大丈夫! 会話デッキを用意したから!」

 

 会話デッキ? 話のネタって事か?

 てか何かデカい箱出してきたけど、抽選形式なのか?

 

「えっと……まずはこれ! 好きな食べ物! 私はハンバーグが好きです!」

「あぁ、そういう感じなのか。確かにハンバーグ美味しいよねー」

 

 でもこれ、私の好物も言わなきゃならないんだろうか。

 今まで共感された事ないんだけど、大丈夫か?

 

「えーとね、私の好きな食べ物なんだけど」

「なんだけど?」

「トウガラシ」

「……え? 好きな、食べ物?」

「うん。生のままかじるの」

 

 ブート・ジョロキアまでなら試したことがあるけど、あれもまだ甘かったんだよなー。

 でもこの世界になら、私が満足できる物もあるかもしれない。

 

「ハッハッハッハッ(荒い呼吸音) えっ、リリィちゃん……辛いものが、好きなの?」

 

 えっ。何でそんなに怯えてんの?

 無理やり食べさせたりしないよ?

 

「アメジスト様は幼児が食べられる程度の辛味でも受け付けないのです。つまり幼児以下ですね」

「ねぇぇぇ! 言い方とかさぁぁぁ!」

「事実ですので」

 

 あ、なるほど。辛いの苦手な人って結構いるもんな。

 

「いや、別に良いんじゃない? 味の好みなんて人それぞれなんだし」

 

 ちなみに私は辛くない物も好きだ。

 一番の好物がトウガラシってだけで、ちゃんと味覚は生きてるし。

 

「そ、そうだよね!? ほらサファイア! リリィちゃんは優しいよ! 誰かさんとは大違いだね!」

「リリィ様、甘やかすと増長しますので程々に」

「ねぇぇぇ! そういうとこだよ! もっとあたしに優しくしてよ!」

「それは業務外です」

「友達じゃないのっ!?」

 

 良いぞもっと絡め。てぇてぇわー。

 

「アメジスト様の妄言はさておき、夕食をお出し致しますね」

「ぇ……友達だよね……?」

「はい、無二の親友です」

「だ、だよねっ!? もーサファイアってばあたしの事好きすぎー!」

「……さて、夕食をお出し致しますね」

「照れちゃってもー!」

 

 サファイアさん、アメジストたんの事好きすぎー!

 でもそれ以上に、サファイアさんの方がアメジストたん好きすぎー!

 って感じだな。

 

 でもこれ、本当に友情かなー。

 いや、別にガチ百合でも構わないけど。

 私に害が無ければ見ていて尊いし。

 

 それはともかくお腹が空いたな。

 ハンバーグ、楽しみだわ。

 



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アメジストたんとお食事デートだ

 

 ハンバーグ。うん、確かに言われた通りハンバーグだけどさ。

 私は目の前にある料理をハンバーグだと断言して良いんだろうか。

 いやまぁ、異世界だし地球との違いがあるのは知ってたけどさ。

 

 なんでこのハンバーグ、青いん?

 

「んんー! おいしー!」

 

 幸せそうな顔のアメジストたんには悪いけど、これはちょっと抵抗があるな。

 うーん。でも食べないのは申し訳ないし。

 地味に困った。うぅむ。

 

「本日は特級の素材が手に入りましたので……リリィ様? お気に召しませんでしたか?」

「あれ、リリィちゃんハンバーグ苦手?」

 

 揃って私を見つめる二人。どうでも良いけど傾げた首の角度まで同じなのは微笑ましい。

 

「あ、いや。大丈夫だと思う」

 

 いいや、とりあえず食ってみるか。

 頑張れ私の『勇気』スキル。

 いざ、実食!

 

 ……あれ? 普通に美味いんだが。

 でも何の肉だろ、これ。牛でも豚でも鶏でも無いし。

 サファイアさんに目を向けると、嬉しそうに笑いかけてくれた。

 

「お分かりになられますか。リリィ様の予想通り、本日はブルーリザードではなく『ブルードラゴン』のもも肉を使用しております」

 

 いや、私は分からないから聞きたかっただけなんだけど。

 しかしドラゴンと来ましたか。さすがファンタジー。

 なんだろ、似た味が思い浮かばないけど……強いて言うなら旨味の強い鶏肉か?

 全体的にふんわりしてて、お肉が凄い柔らかいし、噛むと口の中で独特な旨みが広がる。

 ハンバーグだからか、とてもジューシーだ。

 臭みも無いし、酸味の効いたソースのおかげで脂もくどくない。

 おかげでいくらでも食べられそうだ。

 

「あたし、これ好き! 初めて食べたけど!」

「存じております。アメジスト様の為にステーキではなく、敢えてハンバーグにしておりますので」

「そうなの? やっぱりサファイアってばあたしの事好きすぎー!」

「職務ですので」

「すーぐそうやって照れ隠しするー!」

 

 イキってるアメジストたん、本当に可愛いなー。

 じゃなくて。これってかなり高級食材なのでは?

 

「あぁ、御安心ください。リリィ様にお出しする料理に万が一があってはなりませんので、本日は私自ら食材調達を行っております」

「え、ドラゴンをですか?」

「ブルードラゴン程度なら問題御座いませんので」

 

 何だろ、この世界のドラゴンって大して強くないのかな。

 普通だったらラスボス的な位置付けだと思うんだけど。

 

「サファイアは、その。魔王軍でもかなり強いから」

「あ、そうなんですか。でも何でそんな人がメイドさんに?」

「名目上はアメジスト様の護衛ですが……まぁ、お守りですね。アメジスト様には任せられません」

「ねぇぇぇ! だから言い方ぁぁぁ!」

 

 あ、納得。アメジストたん一人にするとトラブルに巻き込まれそうだしな。

 

「さすがに肉片も残っていなければ料理は不可能ですし」

 

 そっちかよ。理由ひでぇな。

 

「なに、アメジストたんそんなに強いの?」

「歴代最強の魔族として名前が上がっていますね。中身は残念極まりないですが」

「サファイア!?」

 

 そこはちょっと分かる気がするわ。

 残念って程ではないけど、この子が戦ってる姿とか想像できないし。

 

「ちょっと! 最近はちゃんと手加減できるもん!」

「つい先日、古龍種の上位個体を消し飛ばしたのは誰でしたっけ」

「ふぐぅっ……いや、あれはその、ついウッカリって言うか……」

 

 ついウッカリで消し飛ばしたのか。

 てかドラゴンってそんな簡単に狩れるもんなのか?

 やべぇ、ツッコミが追いつかない。

 

「ちなみに古龍の上位個体ともなれば一般兵が千人いても太刀打ち出来ない為、災害認定されております。魔王様かこの脳筋ポンコツ以外には討伐不可能ですね」

「ねぇぇぇ! なんでそんなに意地悪な言い方するの!?」

 

 なんか可愛らしくポカポカ叩いてるけど、サファイアさんはガン無視だ。

 て言うか涙目になってるからそろそろやめてあげてほしい。

 

「アメジスト様はこれでも魔王軍四天王の筆頭ですので。戦闘力だけなら最強に近いですよ」

「んーと、アメジストたんってそんなに強いの?」

「人間族の勇者パーティを一人で足止め出来ますね。一般兵の戦力を1とすると、アメジスト様は10億ほどでしょうか」

 

 インフレやべぇな。

 てか、そういやこの世界って勇者とかいるんだっけ。

 やっぱり魔王討伐の旅とかしてるんだろうか。

 

「ねぇ、魔王軍はやっぱり人間と戦ってんの?」

「戦い、ですか? いえ、特にそのような事はありませんが」

「あ、そうなんだ」

 

 キョトンとした顔で返された。

 てっきり戦争でもしてると思ってたんだけど、違うのか。

 勇者も魔王もいるのに平和な世界なんだな。

 

「つい1週間ほど前も勇者が遊びに来ていましたよ」

「あれま。遊びに来る程仲が良いんだ」

「そろそろまた遊びに来ると思うので、お会い出来る機会もあるかと」

「なるほど。ちょっと興味あります」

 

 魔王と勇者とか、良いカップリングが作れそうだし。

 ……うへへ。良いですなぁ。

 

「ところでリリィ様、デザートはいかがですか?」

「お、ぜひぜひ」

「ではこちらをどうぞ。お口に合うと良いのですが」

 

 ことんの目の前に置かれたのは、拳大の丸い果物が乗ったお皿だった。

 でもこれまた色が……虹色に光ってんだけど、なんだろうこれ。

 

「天界で収穫したグロリアスフルーツです。皮ごとお召し上がりください」

 

 言われるがままに口に運ぶと、シャリッと小気味の良い音がした。

 桃みたいな味だな。いや、あれ? リンゴ? パイナップル? なんか味が変わっていってる気が。

 

「こちらは様々な果実の味を楽しめる最高級品の果実で、アメジスト様の好物でもあります」

 

 いや、真面目にさ。サファイアさんってアメジストたんの事好きすぎじゃないか?

 天界ってそんなに簡単には行けないって聞いた気がするんだけど、わざわざ入手してきたのか?

 

「んー! おいしー!」

「左様でございますか」

「サファイア、ありがとー!」

「職務ですので」

 

 にっこり微笑んでるところを見ると、仕事だけが理由じゃないのは明白だ。

 なるほど、良い関係だな。

 

「では食後の紅茶を用意致しますので、しばしお待ちください」

「あれ? てか今更ですけど、サファイアさんは一緒に食べないんですか?」

「本日はお客様をもてなすのが仕事ですから。私は後で頂きます」

「んー。じゃあ次は一緒に食べましょ。そっちの方が楽しそうだし」

「……畏まりました。では、そのように」

 

 ん? すぐに笑顔に戻ったけど、一瞬呆気に取られた顔をしてたな。

 地球と同じでメイドさんは一緒に食べないのが普通なのかも。

 まぁ、そんなん知ったこっちゃ無いけど。

 みんなで食べた方が美味しいに決まってる。し

 

「ぁ……リリィちゃん、また来てくれるの?」

「え、うん。友達だし」

「そ、そうだよね! 友達だもんね!」

 

 ぱあぁっと明るくなるアメジストたんに癒される。

 絶対また来よう。守りたい、この笑顔。

 



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これは聞いてなかったんだけど

 

 アメジストたん達と楽しいひと時を過ごした後、そのまま部屋に戻って一言。

 

「アテナ、ライラ。今から風呂入るから。覗いたらコロス」

 

 しっかりと釘を刺したあと、脱衣所に直行。

 躊躇(ためら)いなく全裸になると、脱いだ服に『清潔』の魔法をかけて畳んでおいた。

 洗濯の必要がないのは便利だな、と思いつつ、いざ風呂場へ。

 

 いやー、湯船につかるなんていつぶりだろ。

 前世は時間なくてずっとシャワーだけで済ませてたからなー。

 シャンプーとかは無いけど、リチャードさんのお店で買ってもらった石鹸(せっけん)で代用しておこうか。

 と、ウキウキしながらドアを開けると。

 

 そこには、知らない女の子が全裸で立っていた。

 

 長い黒髪に、つり目がちで大きな黒真珠ような瞳。

 まるで子猫のような、とても愛らしい顔立ちをしている。

 肌は白く、首は細くて、肩幅は狭い。

 胸はあまり無いけれど、それが逆に女の子の愛らしさを引き出している。

 際どい部分は伸びた髪が隠しているけど、身体のラインが理想的で正に美術品のようだ。

 とてつもない美少女。

 それが私の目の前に、全裸で立っている。

 

「……あ、え?」

 

 何故自室の風呂場に、こんな子がいるんだろうか。

 驚きで固まること十数秒間。

 ずっと目を合わせ続けて、そしてようやく気が付いた。

 

 これ、鏡だ。

 

「アテナァァァ!」

 

 全身全霊を込めた雄叫び、再び。

 

「どうしましほわァァァ!? リリィさんの生まれたままの姿! これなんのご褒美ですか!?」

「うるせぇてめぇそこに座れや」

「あ、はい」

 

 とりあえず、異様に興奮している女神を正座させた。

 

 

 こちらの世界に転移する前にアテナから聞いた説明では。

 私は私のまま、年齢だけ若返ると聞かされていた。

 それから自分の姿を見る機会が無かったから気付かなかったけど、どうやらとんでもない美少女に生まれ変わっているようだ。

 何か自分で美少女とか言うのは恥ずかしいけど。

 

 で、この外見。元の私とは掛け離れたこの姿は、アテナの趣味だということが発覚。

「清楚で可憐で砂糖菓子のようで、それでいてちょっと目付きの鋭い女の子」を目指したんだとか。

「胸は小さくても良いから全体のラインが整ってる方がタイプなんです」とか供述された。

 つまり犯人はこいつだ。

 

「つまりお前は私を騙したわけだな?」

「いえ、その、どうせなら好みの女の子を見ていたいなって言うか……魔が差しました」

「ギルティ」

「いや待ってデコピンはヤメぎゃぁぁぁ!?」

 

 悪・即・斬。

 

 さておき。どうやら私は美少女に生まれ変わっていて、更には人に好かれる『愛』スキルを持っている、と。

 十分チートじゃねぇか。

 いやでも、驚きはしたけど実害は……あったわ。

 この世界でやたらとGL展開に巻き込まれるの、これが理由の一つかも。

 

「あーもー。なんか無駄に面倒事が増えてる気が……ん? なに?」

 

 腕を組んで悩んでいると、アテナがじっとこちらを見ていた。

 なんか言いたい事でもあんのか?

 

「いえその、私的には嬉しいんですけど……良いんですか?」

「は? 何が?」

「気付いてないみたいだから一応お伝えしますけど、リリィさん全裸ですよ?」

「あー。まぁ見られて困る訳じゃないから良いけど……変なことしたらへし折るぞ?」

「サーイェッサー!」

 

 正座で敬礼ってシュールだな、おい。

 

「あぁ、とても幸せな時間です……我が生涯に一片の悔い無し!」

「その辺の価値観はよく分かんないなー。私見てそんなに嬉しいの?」

 

 確かに外側は可愛いと思うけど、中身はただのオタ女子だぞ?

 ていうかほぼオッサンだからな?

 

「だって見た目完璧に好みのタイプですもん。灼眼のシャ〇ちゃんみたいで最高です。クギミヤボイスですし」

「おい私をロリ枠に当てはめるな」

 

 精神年齢二十八歳にそれはキツい。

 

「それに性格も好きですよ。優しいけどちょっとSっぽい所とか、強気なのに迫られたら弱い所とか」

「……ねぇ、アテナの言う好きってさー。ライクなの? ラブなの?」

「さぁ。何せ私は恋をした事が無いので」

 

 なるほど。こいつにとって全ての生き物は同価値だって言ってたし、比較対象が無いのか。

 神様ってのも大変なのかもなー。

 

「まぁリリィさんとえっちな事をしたいとは思ってますけどね」

「お前もか」

 

 神様ってろくな奴いねぇな。

 

「だって私は『生命』の女神ですし、命を作り出す行為に興味はありますよ」

「なるほ……いや待て、同性だと生まれないよね?」

「あ、互いに愛があれば作れますよ。そういう世界なんで」

 

 マジか。

 

「性行為によって魂を融合させて、それにより子を作り出すという原理なので、妊娠も出産も無いです。ついでに性別や種族は関係ないですし、ドラゴンと人のハーフとか居ますよ」

「へぇ、さすがファンタジーだな」

「なのでもちろん、私とリリィさんでも子どもは作れますよ。試してみませんか?」

「お前なー。こっちは三十年近く処女拗らせてんのよ?」

「それを言うなら私は何億年単位ですよ?」

 

 億って。いやまぁ、確かに神様だもんなぁこいつ。

 

「とにかく、今はその気は無いから。先は知らないけど」

「お、ちょっとデレましたね。いやぁツンデレロリ最高です」

「うるさい。嫌だけど現状に慣れつつあるのよ」

 

 何せ今のところ、出会った女性みんな百合だし。

 なお、ナインさんは除外する。あの人は性別すら分からないし。

 

「ちなみにですけど、仮にヤるとしたら誰が良いですか?」

「……うーん。多分、アテナだと思う」

 

 エリーゼとグロウレイザさんは怖いし、ライラはヤバそうだし。

 かと言ってエルンハルトさんは巻き込みたくないし、アメジストたんはサファイアさんとカップリング出来てるし。

 ジークはBL方面で活躍してほしいし、ナインさんはよく知らないし。

 消去法として残るのはアテナだけだ。

 

「あの、今の私って超好みの女の子に全裸で抱かれても良いって言われてる状況なんですけど、これって合法ですよね?」

「良いんじゃない? 二度と口効かないけど」

「それって酷くないですか!?」

 

 うーん。なんか申し訳ないし、とりあえず服着るか。

 だからそんな事で泣くな。女神だろお前。

 



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『終焉』スキル

 

 異世界生活三日目の朝。

 やはり早朝に目が覚めたので、ささっと身支度を整えて城内の食堂で朝ご飯を済ませた。

 いやー、やっぱ美味いわ、あそこ。

 おかげで朝から上機嫌だ。

 

 ちなみに昨夜はガチ泣きするアテナを天界に送り返した後、お風呂に入ってすぐに寝た。

 こっちの世界って基本的にやることないんだよなー。

 何か趣味でも見つけた方が良いかもしれない。

 

 てなわけで今日は街の散策をしてみようと思う。

 ここがどんな場所かも知らないし、歩き回ってみよう。

 丁度良い暇潰しにもなるし。

 

 とかね。思ってた訳よ。

 いやまぁ、迂闊(うかつ)だったと言うか何と言うか。

 ちょっと危機管理能力が足りてなかったかもしれない。

 

 つまりはまぁ、アレだ。

 

「どこだここ」

 

 迷子なう。

 

 いや、最初は大通りに向かって歩いてたんだけど、途中でめっちゃ可愛い猫を見つけてさ。

 その子を追い掛けてたらいつの間にか路地裏に来ていた訳で。

 ……何歳だよ私。子どもか。

 

 さておき、どうしよっかなーコレ。

 お城も見えないから帰ることも出来ないし。

 うーん……とりあえず、勘に任せて適当に歩くか。

 最悪の場合は、ナビ(アテナ)を呼べば良いだろうし。

 

 路地裏にはガレキやガラスの破片なんかが散乱していて、明らかに治安が悪いのが見て取れる。

 当たり前だけど人はいない。

 そもそも人が寄り付かないだろうし、ただでさえ日が昇った直後の早朝だ。

 こんな時間にこんな場所に来るなんて相当暇してるか変わってる人かだと思う。

 だと思うんだけど。路地の奥で手を振ってるカーネルサン〇ースはやはり奇行種なんだろうか。

 

「ナインさん、こんなとこで何してんですか?」

「日課の散歩っすよ。リリィさんこそ何してんです?」

「私は人生という道に迷いまして」

「迷子ですか」

 

 くそう、断言しやがった。正解なのが腹立つな。

 

「何なら道案内しましょうか? 格安で引き受けるっすよ」

「うーん。ちなみにいくらです?」

「知り合い価格で銅貨1枚にしときます」

 

 一万円かよ。ぼったくりだな。

 

「この街の有名スポット紹介も込みであたしとデートもできるお得なプランっすよ。お買い得です」

「えぇ。マイナス要素含まれてんじゃん」

「マイナスっ!? こんな美少女とデート出来るのにっ!?」

「いやだって、見た目それだし」

 

 フライドチキンのおじさんロボとデートしてもなー。

 

「てゆかそれ脱がないんですか? 声が聞き取りにくいんですけど」

「ふははは! このナインちゃんが無料で外装を脱ぐ訳が無いでしょう! 中身の超絶プリティー美少女を見たければ白金貨でも持ってくるんですね!」

 

 ふむ、白金貨ねぇ。

 どうしよう。余裕で払えるし中身はすごく見てみたいけど、言われるままなのはなんかムカつくし。

 ……あ、そうだ。

 

「ナインさん、その外装って魔法で出来てるんですか?」

「正確には魔導具っすね。最新鋭のテクノロジーが集結された超高級品っす」

「ふむ……『終焉(しゅうえん)』」

 

 あらゆるものを終わらせるスキル。つまり、魔法の効果もきれるんじゃないだろうか。

 そんな軽いノリで手をかざしてスキル名を発すると、『こうかはばつぐん』だった。

 ガラスの割れるような音がして、その後。

 

 カーネル〇ンダースロボはガラガラと崩れ落ち、中からキョトンとした顔の美少女が姿を現した。

 

「……へっ?」

 

 腰まで伸びた茶色の髪に、朝日を反射して金色に見える瞳。

 顔立ちはこの世界で出会った人達の中では一番美少女かもしれない。

 細身ながらも女性的な身体は綺麗なラインをしていて、淡いピンク色のワンピースがよく似合っている。

 

 なるほどなー。確かに中身は美少女だったわ。

 これで疑いは晴れたわけだ。良き良き。

 

「なっ……にゃあああっ!?」

 

 我に返ったナインさんは悲鳴を上げ、自分の顔を隠しながら座り込んだ。

 

「ななななっ!? 何したんですか!?」

「内緒です。て言うか本当に可愛いですね」

「いやあああ! 見ないで欲しいっす!」

「えー。そう言われると見たくなります」

 

 うわぁ、首まで赤くなってる。めっちゃ可愛いな。

 こっちに来て美形しかみてないけど、ナインさんはその中でもとびっきりだ。

 そんな美少女が恥ずかしがってる姿はなんて言うか……とてつもなく破壊力がある。

 

「外装! 予備の外装はっ!?」

 

 わたわたしているナインさんにそっと近付くと。

 

「そんなに慌てないでくださいよ」

 

 彼女の両手をガッシリと掴んだ。

 ふとした拍子にくちびるが触れてしまいそうな程近くに、ナインさんの赤くなった顔がある。

 目を潤ませて今にも泣き出しそうな表情に、私の中の何かがゾクリと悦んだ。

 あ、いかん。これクセになっちゃうやつだ。

 

 パッと手を離すと、すぐさま予備の外装とやらを取り出して顔に取り付けて……て、おい。

 それただの布の目隠しじゃないか?

 前見えんのかそれ。

 

「ふぅ……酷い目に会いました」

 

 ナインさんは落ち着いた様子で立ち上がると、こちらを向いて不服そうな顔をした。

 見えるのかよ。すげぇな。

 つーか顔が隠れてればそれでいいのか。

 何でカーネルサンダー〇ロボ着てたんだよ。

 

「えっと、なんかゴメン」

「乙女の純情を弄ぶなんて外道っすね!」

「いや、ゴメンって」

「これは許されざる案件ですよ! こうなればうちの商品を全部買ってもらうしかないっすね! ぼったくり価格で売りつけてやるから覚悟してください!」

 

 いらっ。

 

「……もっかい剥いでやろうか?」

「調子乗ってすみませんでしたぁ!」

 

 無表情で手を伸ばすと綺麗な土下座を決められた。

 この人、アテナと似た匂いがするなー。

 

「うぅ……でも辱めを受けたのは事実っすよ?」

「とりあえず街の案内、お願いできますか? お金払うんで」

「こちらへどうぞお嬢様! あたしの事はナインと呼び捨てにしてください!」

 

 うわぁ。この手のひら返し、ある意味感心するわ。

 チョロすぎるな、この人。

 案内任せて大丈夫なんだろうか。

 




終焉スキル
あらゆる物を『終わらせる』スキル。
Lv1では結界、簡易な魔法の解除程度しか行えないが、最大Lvになると物質は塵となり魔法はこの世から消え去る。
自動蘇生機能を無視する事ができるチートスキル。


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街でデートしよう

 

 ナインさん……もとい、ナインに連れられて大通りに戻ってきたあと、彼女は宣言通り色々な店を案内してくれた。

 食料品店には見たことも無い食材が並んでいて、雑貨屋では日本で見たことも無い品がたくさんあって、本屋には驚くほど商品がなくて。

 知らない街を散策するなんて初めてだったけど、とても楽しい時間を過ごすことが出来た。

 

 良い意味で誤算だったのがナインの存在だ。

 各場所ごとに見るべきものを教えてくれて、私が少しでも気になった事は丁寧に説明してくれた。

 騒がしい彼女が隣に居ることで、私も自然と笑顔になっていた。

 見た目がアレだったから分からなかったけど、案外付き合いやすい人なのかもしれない。

 見た目はアレだけど。

 

「おっと、そろそろお昼ご飯の時間ですね。食べたい物とかあります?」

 

 言われて気が付いたけど、確かにそろそろお昼時だ。

 けど、食べたいものなー。

 うーん、まぁ強いて言うなら。

 

「激辛料理かな」

「リリィさんって辛いの好きなんですか? それならオススメのお店がありますよ」

「んじゃ任せた」

 

 この数時間でナインの事はかなり信用している。

 こいつのオススメならハズレはないだろう。

 さてさて、どんなお店に連れてってくれんのかな。

 

「しかしまぁ、なんと言うか。リリィさんって案外普通の女の子ですね」

「何よいきなり。そりゃただの一般人だから当たり前でしょ」

「エルから色々聞いたっすよ。最高神様とお知り合いなんですよね? しかもライランティリア様と交流があるとか、どんな化け物なんだって思ってましたね」

「あー。あいつ誤解されやすいからなー」

 

 実際はド天然な奴なんだけど、悪評凄いもんな。

 その辺の誤解も解いてやりたいところだ。

 

「最高神様をあいつ呼ばわりですか……さすリリですね」

「いや、良い奴だよ? 貞操的な意味では油断できないけど」

「そこは深く聞かないでおくっす。とにかく、リリィさんとこうやって話すまではヤベェ人って思ってましたね」

「いや周りの人の方がヤベェんだけど」

 

 主にエリーゼとか。

 

「てかそれ、私が凄いんじゃなくて私の知り合いが凄いだけじゃん」

「そう来ますか。じゃあお昼はリリィさんの奢りって事で良いっすよね?」

「しれっと何言ってんだお前」

 

 じゃあじゃねーよ。話の前後に脈絡無さすぎるだろ。

 

「……いやまぁ、案内してくれたお礼に奢るくらいは構わないけど」

「マジっすか!? 街で噂の高級店はすぐそこにあるっすよ!」

「あーはいはい。期待してるからね?」

「いやっほう! 任せてほしいっす!」

 

 ぐっとガッツポーズを取ってるとこ悪いんだけど、お腹空いたから早く移動したいな。

 ナインのオススメなら多分美味しいお店だろうし。

 ……うん? なんか向こうの方が騒がしいな。

 

「ひったくりだ! 誰かその男を捕まえてくれ!」

 

 声のした方を見ると、手に女性物のカバンを持った男がこちらに走ってきていた。

 てかまっすぐこっちに来てんな。

 どれ、今まで試す機会も無かったけど、チートステータスで無双してみっか。

 とか、思った瞬間。

 

「こんな昼間っからバカな奴も居たもんです……ねっと」

 

 それはまさに瞬きをする間。

 ナインは駆け寄って来た男の手を取ると、そのまま鮮やかに投げ飛ばしてしまった。

 うわ、すご。流れるような動きだったな。

 

「ぐぇっ!?」

「はい、自警団が来るまで大人しくしてましょうね」

 

 両腕を後ろに回して縄で縛ると、ナインは何事も無かったかのように戻ってきた。

 

「すみません、お待たせしました」

「いや、それは良いんだけど……ナインって強いんだね」

「腕にはそこそこ自信がありますね。何せパーフェクト美少女なんで」

「……ツッコミたいけど、今のところマジでパーフェクト美少女なんだよなぁ」

 

 性格はちょっと変わってるけど。

 

「ちょ、素直に褒められると、その……照れるっす」

「自分から言い出したんでしょうが。でも、ありがとね」

「いえ、この程度は朝飯前っす。もう昼っすけどね」

「そだね。お腹も空いたし早く行こうか」

「えっ、ちょっ!?」

 

 言いながらナインの腕を取ると、ぽんっと顔が赤くなった。

 こういうとこ、可愛いなコイツ。嫌がってるようには見えないし、ここは好きにさせてもらおう。

 

「……リリィさん、楽しんでません?」

「そりゃ美少女とデートだもん。楽しいに決まってんじゃん」

「恥ずかしんで出来れば離してほしいっす……」

「やだよ勿体ない。ほら、早く早く!」

「うわっ!? 引っ張らないでください!」

 

 強引に歩き出すと、ナインは顔を真っ赤にしながらもちゃんとエスコートしてくれた。

 人が良いっていうか、流されやすいっていうか。

 うーん。ナインといるとかなり楽しいな。

 これで見た目がマトモならなぁ。今も目隠ししたままだし。

 つーかコレ、どんな原理で見えてんだろ。

 

「……リリィさんって、なんか距離感おかしくないっすか?」

「そう? 別にこれくらい普通じゃない?」

「普通では無いと思うっす」

 

 女同士なら良くある事だし。

 あ、でもこの世界って同性婚が認められてるんだっけか。

 あんまりこういうのやらない方が良いのかもしんないな。

 

「んー。ナインが嫌ならやめるけど、どする?」

「え? あー……その、別に嫌では無いですね」

「なら良いじゃん。早く行こうよ」

「……じゃあ、行きましょうか」

 

 かなり恥ずかしそうだけど、本人から許可はもらってるから問題なし。

 結局は目当てのお店に着くまで、緊張してるナインを楽しむことが出来た。

 付き合ってみるとかなり面白いな。

 もっと仲良くなりたいもんだ。

 



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今回は説明会with美少女

 

 うんまぁ、確かに奢るとは言ったが。

 

「人のお金で食べるご飯は美味しいですねー!」

 

 どんだけ食うんだこいつ。

 既に焼肉五人前は食べてるんだけど。

 

「どこにそんだけ入ってんのよあんた」

「しばらく何も食べてなかったんで!」

「どんな生活だよ……」

 

 あんまり儲かって無いのかな、あの店。

 つーか腹減ってたにしても五人前は無理だと思うんだけど。

 

「あ、すみませーん! コレとコレ追加で!」

「むしろ気持ち良い食べっぷりだなー」

「成長期なもので」

「いやどこが成長するんだよ」

 

 見た感じ私と同い年くらい……いや、ファンタジー世界だから見た目はあてにならないか。

 まーいいや。幸いなことにお金はあるから好きに食べさせとこう。

 

「あ、てかさ。この世界ってどんな構造してんの?」

「はい? と言うと?」

「地理とか地位とか。天界と魔王のことしか知らないんだよね」

 

 せっかく詳しそうな人がいるんだし、いい加減その辺りも知っておきたいところだ。

 

「えっとですね。ではまず人間界から説明するっす」

 

 ナインは言いながら指を光らせると、空中に絵をかき出した。

 丸をケーキみたいに三つに切り分けた感じだ。

 

「まずはここ、上の部分が魔王国マオです。主に魔族が住んでますが、色んな種族がいて魔導具の専門家が多い国ですね」

 

 ふむ。円の上部に国の名前を書き加えながら説明してくれるの、分かりやすいな。

 

「んで右下が人間の国ヒュマですね。食と科学文明が栄えてる国っす」

 

 ほうほう。てかこの世界にも科学とかあんのか。

 

「そして左下が獣人の国アニマです。一番種族が多い国ですね」

 

 なるほど。魔族、人間、獣人で分かれてんのか。

 分かりやすいけど……国の名前、もうちょい何とかならなかったのか?

 

「魔王国マオはヒュマとアニマの連合軍と戦争してたんですけど、千年前にヒュマの勇者とマオの魔王が終戦条約を結んでからは平和な世界っす」

「ふむふむ……あれ? てことは勇者って代替わりするもんなの?」

「そうですね。勇者が死んだら他の人に勇者の証拠である刻印が浮かび上がるシステムっす」

「……なるほど?」

 

 戦いの無い世界で勇者って役割が必要なのか疑問だけど、そこは慣習的なもんなんだろう。

 

「ちなみに勇者は定期的に魔王の城に遊びに来てるっすね」

「あ、なんかそれ聞いたなー。仲良いの?」

「対外的に仲が良いところを見せる必要があるんすよ。じゃないとほら、魔族は長生きだから戦争を経験した人も多いですし」

「へー。意外と真面目な理由なのね」

 

 言われてみれば確かに合理的だな。

 知り合った人がみんなアレだから、それが世界基準だと思ってたわ。

 

「いや、ぶっちゃけ百合営業っすね。どこまでガチか知りませんけど毎回イチャイチャしてますよ」

「また女の子なのか。この世界の男女比率どうなってんだ」

「大体男1女9くらいっすね。だから女性同士の同性婚や一夫多妻が当たり前っす」

「へぇ……うん?」

 

 いや待て。それってつまりさ。

 

「もしかしてここってBL要素少ないの?」

「文化としてはありますけど、超レアっすね」

 

 おいアテナ、話が違うじゃねぇか。

 ……いや、よく思い返すと「BL文化がある」とは言ってたけどBL自体があるとは言って無かったな。

 ちくしょう、なんか騙された気分だ。

 

「うーん……いや別にノマカプもGLも行けるけど。でも一番はBLなんだよなー」

「望みは超薄いっすね。あ、カルビ3人前追加で!」

「まだ食うのか」

「限界を超えた先に未来があるんですよ!」

「いやいーけど、食いすぎんなよ?」

 

 しかし美味しそうに食べるなー。

 見てて気持ち良いわ。

 

 さておき、BL自体は存在するけどそもそも男が少ないからレア、と。

 文明的に薄い本も無いだろうし……しばらくは知り合いでカバーするしかないか。

 

「ちなみに魔王国って言ったっすけど、それとは別に魔界があります。こっちは統一国家、と言うか頂点が一人いて、その下に四人のお偉いさんが居るっすね」

「あ、そうなんだ。魔界ってどんなとこ?」

「風俗店と闘技場が八割です」

「……は?」

「魔族は欲望に忠実なんですよ。食に関しては人間界の方が進んでるっすけど、性と戦いに関しては魔界がダントツです」

 

 個性的すぎんだろそれ。

 エリーゼみたいな奴がゴロゴロいるんだろうか。

 

「でまぁ、性技と武力に優れてる奴が偉いって風潮ですね。こっちより分かりやすいですけど、完全な実力主義です。なので主にライランティリア様が信仰されています」

「それすげぇ納得いくわ」

 

 ライラかぁ。確かに適任かもしれない。

 あいつ『夜』の女神だし、エロいこと好きそうだもんなー。

 

「ちなみに宗教があるのは魔族と人間だけっす。獣人は太陽神を崇めてますけど、個人個人が敬ってる感じですね」

「なるほど。てかナイン説明上手いね」

「長く生きてますからね。教員免許も持ってますし」

「教員免許あんのかよ」

「ありますよ。適当な奴が子どもに変なこと教えこんだら大変なんで」

 

 確かに理にかなってんな。

 うーん。思ってたよりちゃんとしてるって言うか、やっぱりこの世界も現実なんだなー。

 

「後はそうっすねー。通貨は全世界共通で言語も共通っす。神界と魔界に行くには転移魔法を使わなきゃなんないですけど、結構簡単に行き来できます。海外旅行のノリですね」

「ほう。一度行ってみるのも楽しそうだなー」

「その時は私が案内しますよ。有料ですけど完璧美少女付きっすね!」

「お、それは助かるわ。ナインなら任せても大丈夫だろうし」

 

 こいつ何気に優秀なんだよなー。

 見た目ただの変人だけど。

 

「……あの、ツッコミ待ちだったんですけど」

「そなの? 美少女付きツアーとか私的には最高なんだけど」

 

 あと出来ればBLも付けてもろて。

 

「……その美少女ってのやめてくれません? 恥ずかしいんで」

「えー。自分で言ってたんじゃん」

「いや、他の人に言われんの慣れてないんすよ」

 

 あぁ、普段はカーネル〇ンダースロボだもんなこいつ。

 

「んー。まぁ前向きに善処して検討する」

「それ高確率でダメなやつっすよね!?」

「やだなー。そんなことあるよー」

「それなら良……くない!? あぶなっ! 騙されるとこだった!」

 

 リアクション良いなナイン。ボケがいがあるわ。

 

「とにかく、午後もよろしくね。まだ見てない所もあるでしょ?」

「ぐぅ……分かりました。でもその前に!」

「その前に?」

「ハラミとロース3人前追加で!」

「……マジでよく食べるな」

 

 よし、限界まで行ってみようか。

 



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エンカウント率バグってねーか?

 

 夕方までナインと観光デートした後、帰りは大通りを抜けるだけだったのでナインの店の前で解散となった。

 今日の夕飯は何かなー、なんて事を考えながらのんびりと道を行く。

 思いがけず楽しい一日を送ることが出来たな。ナインの実態も知ることが出来たし。

 でもいくら恥ずかしがり屋だからってあのロボはどうにかならないんだろうか。

 お店を経営していく上でマイナス要素でしかない気がするんだけど。

 

「……あれ?」

 

 そんなことを考えていると、ふと行く先に知ってる姿を見つけた。

 背の高い金髪に貴族風のイケメン。間違いない、ジークだ。

 あっちは仕事終わりかな?

 

「おっす。お疲れさん」

「おう、ありがとよ」

 

 近寄って声をかけると笑い返してきた。

 けどなんか、疲れてるっぽい?

 

「何かあったの?」

「いや、今日は勇者様が遊びに来ていてな。対応に追われて大変だった」

「ありゃ、そうなんだ」

 

 そういや勇者と魔王って仲が良いって言ってたな。

 ……ジークの疲れ方的に普通の人じゃないんだろうなー。

 

「んじゃちょっと飲みに行く? 付き合うわよ?」

「は? いや、お前酒飲めるのかよ」

「知らん。たぶん大丈夫じゃない?」

 

 状態異常無効化持ちだし。

 

「……んじゃちょっと付き合え。奢るから」

「割り勘ならいいわよ」

「うるせぇ無職。いいから着いてこい」

 

 無職て。いや間違ってはないけどさ。

 でももうちょい言い方あんじゃね?

 

 ジークの後を着いていくと、大通りから少し外れたお店に辿り着いた。

 中は活気で満ち溢れていて、何とも楽しそうだ。

 ジークはそのまま入口を通って近くの席に着くと、駆け寄ってきたお姉さんに指を二本立てて見せた。

 

「ソーセージの盛り合わせを二人分と……リリィ、何飲む?」

「任せるわ。よく分かんないし」

「じゃあエール(麦酒)ミード(蜂蜜酒)を頼む」

「はーい! すぐお持ちしますね!」

 

 パタパタと走り去っていくお姉さんを見送って、改めてジークと向かい合う。

 うーん。やっぱりイケメンだなー。

 白馬の王子様役とかめっちゃ似合いそう。

 うわ、まつ毛ながっ。こんな綺麗な顔してんのに性格が雑なの勿体ないなー。

 

「なんだ、なにか着いてるか?」

「目と鼻と口」

「ふっ……子どもかよお前」

 

 よし、ようやく笑ったなー。

 こいつに辛気臭い顔は似合わないと思うんだよね。

 ……て言うか、真面目な顔されるとちょっと照れるんだよ。

 

「はぁーあ……疲れた。久々にくたびれたわ」

「お疲れさん。そんなに大変だったの?」

「二人とも悪い人じゃないんだが、二人揃うと手が付けられなくてな。今日もまるで嵐みたいだったな」

 

 あれ、なんかイメージと違うんだけど。

 魔王って冷酷非道とか言ってなかったか?

 

「ね、魔王と勇者ってどんな人なの?」

「馬鹿野郎、様を付けろ……魔王様は普段は物静かなんだが、勇者様がいる時はスイッチ入るんだよ」

「スイッチ?」

「言いたかねぇが、アレだ。めちゃくちゃ重くなる」

「……は?」

 

 重い? なにが?

 

「勇者様の為なら世界を滅ぼしても良いとか言い出すからな。有言実行しようとするから止めるのが大変なんだ」

 

 なんつー迷惑な。重いってそういう事かよ。

 そりゃたしかに重いわ。

 

「勇者様は周りの目なんてお構い無しな人だから歯止め役がいないんだよ。今日は大臣が居てくれたからまだマシだったけどな」

「え、アメジストたん?」

 

 聞いては居たけど本当に凄いんだなあの子。

 さすが大天使。今度褒めてあげよう。

 

「たんって……お前マジで不敬罪食らうぞ」

「本人の許可は得てるから良いのよ。友達だし」

「今更だけどお前の交友関係おかしくねぇか?」

「まー否定はしない」

 

 そもそもスタートが最高神だもんなぁ。

 昨日性欲に負けかけてガン泣きしてたけど、アレでもお偉いさんなんだよなアイツ。

 

「お、きたきた。ほれ、お前の分」

「あんがと。んじゃ、いただきます!」

 

 運ばれてきた小さめなジョッキに同時に口をつける。

 うわ、あまっ。正に蜂蜜のお酒だわ。ミードってこんな味なのか。

 これは結構好きかもしんない。ちょっと雑味があるけど、それはそれで良いな。

 

 続いてソーセージにフォークを刺すと、パリっと良い手応え。

 噛むとパキりと気持ち良い音がして、口の中に肉汁がじゅわっと広がる。

 この癖のある旨みがたまらない。思わずミードを流し込み、ぷはぁと大きく息を吐き出した。

 

 うっま。お城の食堂みたいなご飯も良いけど、こういうジャンクなご飯も中々いけるな。

 つーかほんと、日本にいた頃より美味いもん食べてる気がするわ。

 

「お前、ほんと美味そうに食うよな」

「だって美味しいんだもん」

「まぁこの店は隠れた名店だからな。お偉いさんもたまにお忍びで来てたりするぞ」

「いや、あんたもお偉いさんでしょうが」

 

 魔王の近衛兵って十分エリートじゃん。

 あ、そう考えるとジークってエリートイケメンなのか。性格も絡みやすいしモテそうだよなー。

 私的にはBLの素材でしか無いけどな。

 

 ……ん? てかなんか、奥の方が騒がしいな。

 

「ジーク、喧嘩かな?」

「いや、そんな感じじゃ……げっ。マジかよ」

「え、何?」

 

 眉根をひそめて小声でうめくジークに顔を寄せると、思いがけない事を言われた。

 

「……こっそり帰るぞ。勇者様が来てる」

「うわぁ。了解、場所変えようか」

 

 さっき言ってた嵐の片割れじゃん。そりゃ巻き込まれない内にお店を出た方が無難だわ。

 あ、でも勿体ないからソーセージとミードはこっそり持ち帰るか。

 インベントリに器ごと入れて、今度器を返しに来よう。

 

 そんな悠長な事をしていたせいで、気付くのが遅れた。

 

「リリィ!」

 

 破砕音、叫ぶジーク。振り向くと、吹っ飛んでくる知らないおっちゃんとテーブルの姿。

 避けられない、と思った瞬間、体が勝手に動いた。

 

 放物線を描く巨体、その腕を掴み、力を外側に流す。

 飛ぶ力を遠心力に変えてぐるりと回り、勢いを殺して床へ。

 同時に足を振り上げ、テーブルを垂直に蹴りあげる。

 縦に回転して私の目の前に足から落ちてきたテーブルに手を置き。

 

 やべぇ、やらかした。

 多分これ『格闘』スキルだな。確かに危険から身を守ることはできたけど、やばくね?

 

 シンと静まり返った酒場が、瞬時に湧き上がる。

 しまった、と思いジークに目をやると、ぽかんとした顔でこちらを見ていた。

 あ、そうか。こいつも私のスキル知らないんだったわ。

 これは言い逃れ出来そうにないな、なんて思ったのも束の間。

 

「うわぁすごっ! ねぇキミどこの子っ!? ちょっと私と遊んでくれないっ!?」

 

 燃えるような赤い髪をなびかせて。

『元気』を擬人化したような美少女が、瞬く間に目の前のテーブルの上に飛び乗ってきた。

 愛嬌たっぷりの顔には好奇心がありありと浮かんでいて、大きな赤い目はランランと輝いている。

 

 再びジークに目をやると、今度は顔を手で覆っていた。

 あ、やっぱりそういう展開?

 

「……一応聞きますけど、どちら様ですか?」

「私は最強無敵の勇者様っ! その名もフレア・ヴォルケイノっ! よろしくねっ!」

 

 堂々と腰に手を当てて薄い胸を張り。

 噂の勇者様は無邪気に笑って言った。

 



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かいしんのいちげき!

 

 半強制的に店の外に連れ出されてしまった私は、現在勇者と向かい合っている。

 とても楽し気な様子で無邪気に笑う彼女――フレアさんに向け、とりあえず一言もの申すことにした。

 

「人に迷惑かけておいて、何か言う事は無いんですか?」

「迷惑? なにが?」

 

 こいつまじか。きょとんと首をかしげてっぞ。

 

「いや、人とテーブルを投げつけられたんですけど」

「あーそっか! ごめん、この酒場じゃいつもの事だからうっかりしてた!」

 

 いつも人とかテーブルが飛んでんのかよ。どこの世紀末だ。

 ちらりとジークを見ると、苦笑いで首を横に振っている。

 だよね。そんな訳ないよね。てことはこの人が毎回投げ飛ばしてるって事か?

 やっべぇなこの人。流石勇者、人の家に不法侵入してタンスを漁るだけの事はある。

 いや、偏見だけどさ。

 

「そんなことよりさ! 早くやろうよ!」

「はぁ……何をですか?」

「もちろん、拳での語り合いさ! 今日は物足りなかったから丁度良いっ!」

「は?」

 

 何言ってんだコイツ。

 初対面で理由もなく殴りあうとか、頭おかしいんじゃないか?

 ……いや、初対面でべろちゅーしてきた奴もいるけど。

 

「いやですよ面倒くさい。周りにごめんなさいして大人しくお酒飲んでてくださいよ」

「え、ウソ、断るのっ? ボクの誘いなのにっ!? ボク、勇者だよっ!?」

 

 すげぇ事言うなこの人。

 どんだけ甘やかされて育ったんだよ。

 つーかこの世界での勇者ってどういう立ち位置なんだ? 魔王と戦わない勇者って無職と変わらないのでは?

 

「ほら、勇者の頼みを聞くのは常識でしょっ!?」

「知らんわそんな常識」

 

 こちとら異世界人だぞ。なめんな。

 

「むうぅ……こうなったら問答無用だっ! いくよっ!」

 

 ふくれっ面を見せたかと思うと、フレアさんは眉尻を上げてこちらに飛びかかってきた。

 どんだけワガママなんだよこいつ。迷惑だなおい。

 

 あれ、でもかなり遅いな。

 あ、わかった。アレか、構ってほしくてふざけて殴るみたいなやつか。

 ……完全にいじめっ子の発想じゃねえかソレ。

 

 前言撤回。こういうのは周りの大人が早めに矯正しないとダメだわ。

 

 ねぇアテナー、この人って私がぶん殴っても大丈夫?

 

(大丈夫ですよー)

 

 よし、ならいっか。レベル差とかあるだろうし、相手は勇者だし。大事にはならないだろう。

 でも一応、全力を出すのは怖いから半分くらいで。

 さて、格闘スキル先生、出番です。やっちゃってください。

 

 背中が見えるほど大きく身をひねり、腰あたりで拳を力いっぱい握りしめる。

 ごちゃごちゃ言っても聞きそうにないし、落ち着かせるためにも実力行使といこうか。

 

 悪い子には、オシオキだ。

 

 飛び込んできた勇者の拳を右手でガード。トラックが衝突したみたいな派手が音が鳴るけど、私自身は痛くもかゆくもない。

 

「御託はいらねぇっ!」

 

 叫びながら、カウンター気味のボディブロー。

 背中から衝撃波が突き出し、体が浮く。

 からのー。

 

「タイランレイ〇ッ!」

 

 某格闘ゲームの真似をして放った右ストレートは、何故か炎を纏って勇者の胸元に吸い込まれた。

 

 轟音。まさに爆心地かのようなデカい音が響き、路地が炎に照らされる。

 そして勇者は、地面と水平に吹っ飛んでいった。

 

 ……おい。今の、死んでねぇよな?

 よくわからん魔法陣っぽいものを最低五枚は貫通してたっぽいんだが。

 

 アテナー?

 

(大丈夫です。ギリギリ生きてますよー)

 

 おい、大丈夫ってそういう意味かよ。

 人としてアウトな奴じゃねぇかそれ。

 

(いやぁ、みんな勇者には困ってたので助かりましたー)

 

 そういう問題なのかこれ。いや、言いたいことは分かるけどさ。

 さっきの感じだと、勇者って言うかただのチンピラだもんなぁ。

 だからってちょっとやりすぎた感はあるけど。

 ……まぁ、地味にイラついてたのかもな、私。

 ケンカとか嫌いだけど、それ以上にイジメが嫌いだからなー。

 前世でもそれでよくトラブルに巻き込まれてたし。

 

「あはははっ! すっごいっ! ボク負けたの初めてだよっ!」

 

 あ、戻ってきた。思ったより元気そうで何よりだ。

 地面とかひび割れてんのに頑丈だなこの人。

 万が一が無くてよかったけど。

 

「ほら、迷惑かけた人たちに謝りましょうね。悪いことしたらごめんなさいでしょ?」

「え、そうなのっ? ボク何か悪いことしてたっ?」

「人とテーブルは投げちゃいけません」

「そうなんだっ!? それは知らなかった!」

 

 うわ、マジな目だこれ。誰か常識くらい教えておけよ。

 ……いや、教えても聞かなかったのか。こんな性格だもんな。

 

「みんなごめんねっ! 覚えたから次からは大丈夫だと思うっ!」

 

 フレアさんがハツラツと笑いながら店の人たちにぺこりと頭を下げた。

 思ったより素直だな。本当に常識が無かっただけなのかもしれない。

 いや、それはそれでどうかと思うけど。

 

「おぉ……勇者様が頭下げたぞ」

「あの勇者様が謝るなんて……」

 

 おい、どんだけ迷惑かけてきたんだこいつ。

 周りの感謝の視線がやばいんだけど。

 

「いやぁ、そっか、迷惑かけてたのかっ! 反省しますっ!」

「……あんたさー。誰かに説教されたこととか無いの?」

「ないよっ! 親はいないし、それに勇者だからねっ! 偉いから誰も怒らないんだよっ!」

 

 あーなるほど。そういう感じか。

 何が正しいのか教えてくれる人が居なかったから分かんないのね。

 

「よし、じゃあ何かあったら私を呼んで。事の善し悪しを教えてあげるから」

「えっ? 良いのっ!?」

「だって他にフレアさんを叱れる人、他にいないんでしょ?」

「うわぁ! ありがとう!」

 

 両手を掴んでぶんぶん振り回された。

 うーん。なんて言うか、話してみた感じだと悪い子じゃないんだろうな。

 素直な性格だし、これなら最低限の常識を教えてあげれば大丈夫かもしんない。

 

「じゃあこれあげるっ! 通信用の魔導具っ!」

「おっけ。あまり乱暴な事はしないようにね?」

「わかったよ先生っ!」

 

 誰が先生か。あ、いや、正しいのか?

 つーかまた厄介事に首突っ込んじゃったなー。

 まぁ仕方ないか。こいつ放っておいたらヤバそうだし。

 

「んじゃ気を取り直して……みなさーん! お騒がせしてすみませんでしたー! お詫び代わりに今日は私が奢るから、好きに飲んでいってくださーい!」

 

 ざわっと場が盛り上がる。

 お店の人にはあとで改めて謝るとして、とりあえずはこれで良いだろう。

 私もお酒飲みたいし、あそこで驚いた顔をしてるジークを巻き込んで一杯やるか。

 もちろん、勇者からは目を離さずにね。

 



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お前ら百合営業じゃなかったのかよ

 

 いや、うん。確かに何かあれば頼れって言ったわよ。言ったけどさ。

 

「魔王ちゃん! この人が先生だよ!」

「どうも、はじめまして」

「私たちに常識を教えてくれるんだって!」

「嬉しいです。よろしくお願いします」

 

 目の前には両手を手を繋いで微笑みあっている二人組。

 おい、初手で魔王巻き込んでんじゃねぇよ勇者。

 私を呼びに来たジークの顔が死にそうになってたぞ。

 

 いや、朝一で王城に呼ばれたから何事かと思ってたら、なんか魔王城の謁見の間に通された訳で。

 何事かと思ったらフレアさんが魔王らしき子とイチャイチャしてるのを見せつけられたわ。

 

 昨日の今日で呼び出されたことにも驚いたけど……そもそもなんで魔王に紹介されてんだ私。

 フレアさんに常識を教えるって約束はしたけど、魔王は知らんぞ。

 ていうかまさか。魔王も同じくらい常識知らずなのか?

 

「朝早くから申し訳ありません。勇者ちゃんがご迷惑をおかけしました」

 

 あ、頭下げられた。こっちはまともなのか。

 いやでも、二人揃うと厄介だって聞いた気がするんだけど。

 

「勇者ちゃんは世界一可愛いんですけど、たまに暴走するんです」

「世界一可愛いのは魔王ちゃんだよ!」

「勇者ちゃんったら……そういうのは二人の時にね」

「じゃあさっそく部屋に行こうか!」

「……うん。優しくしてね」

「人を呼びつけて置いて良い度胸だなお前ら」

 

 あ、やべ。素で突っ込んじゃったわ。

 でも朝っぱらから濃厚な百合を見せ付けられている私の身にもなってほしい。

 いや、二人とも美少女だから絵にはなってるんだけどさ。

 なるほどね。二人揃うと厄介ってこういう事か。

 

 赤い髪で勝気な感じのフレアさんと、金髪で病的に肌が白い人形みたいな魔王様。

 うん。確かにお似合いだとは思うよ。

 だが私のいるところで百合百合しはじめるんじゃない。他所でやれ。

 

「あ、すみません。先生もご一緒にどうですか?」

「魔王ちゃんそれいいね! 楽しそう!」

「おいやめろ、私を巻き込むんじゃない」

 

 だからGLはいらねぇっつってんだろ。

 いい加減BL寄越せや。

 つーか断られて不思議そうな顔すんな。

 なんでこの世界ってこんなに百合が多いんだよ。

 

「ご遠慮なさらず。三人でのプレイも興味がありますので」

「私にそっちの趣味は無いんで。てかそろそろ名乗っても良いですか?」

「わかりました ですが敬語は不要です。こちらが教えて頂く立場ですので」

「そですか。んじゃ改めて、リリィ・クラフテッドよ」

「アズラエル・ブライアー・デズデモーナです。魔王をやっています」

 

 ようやく自己紹介が終わったな。

 なんでたかが挨拶でこんなに疲れなくちゃなんねーのよ。 

 

「魔王ちゃんって呼んであげてね!」

「はい。魔王ちゃんでお願いします」

 

 一瞬で自己紹介の意味消えたなおい。

 

「あー。んじゃ勇者ちゃんと魔王ちゃんで良い?」

「おっけー! よろしくね先生!」

「……よろしくお願いします」

「はいはい。そんで、今日はいきなりどうしたの? 私を紹介したかっただけ?」

 

 それなら速攻で帰って朝飯食べに行きたいんだけど。

 つーか朝飯前に呼ぶとか常識が……いや、ないんだったな、うん。

 

「あ、えっとね! ずっと疑問だったことがあるんだよ!」

「そうなんです。誰に聞いても解けない謎があるんです」

「謎?」

「はい。大きな謎です」

 

 魔王ちゃんはすっと一歩前に出ると、私の手を両手で握りしめて小首を傾げた。

 うわ、可愛いなちくしょう。やっぱこっちの人って顔面偏差値高いわ。

 なんだろう。迂闊に触れたら壊れちゃいそうな美しさっていうか、ちょっとライラに近いものを感じる。

 いや、魔王ちゃんはどっちかっていうと綺麗ってよりは可愛い感じが強いか。

 正に正統派な美少女って感じだな。

 

「あのですね。聞きたいことというのは」

「あ、うん。なに?」

「勇者ちゃんとたくさん濃厚えっちしてるのに子どもが出来ないのは何故なのでしょうか」

 

 正統派とはなんだったのか。

 え、てかあんたら百合営業じゃなかったの?

 ナインから聞いた話と違うんだけど。

 もしかしてあれか、見せかけのつもりがガチ恋に発展しちゃった感じか。

 

「愛情ということであれば誰にも負けない自信があるのですが」

「知らん。って言いたいところなんだけど……うーん」

 

 アテナー?

 

(この場合は魔力相性に問題がありますねー。かなり子どもが出来にくい相性をしています)

 

 魔力相性なんてもんがあるのか。じゃあ無理なの?

 

(いえいえ、ちゃんと解決策はありますよ。リリィさん限定ですけど)

 

 ほう。嫌な予感しかしないんだけど、一応聞こうか。

 

(あらゆる物との結合を可能とする『愛』スキルを持つリリィさんの力を使うのです)

 

 はぁ。つまり?

 

(リリィさん混ぜて3Pしたら解決します)

 

「大丈夫。魔力相性的に難しいだけで絶対できない訳じゃ無いみたいだから」

「そうなの!?」

「そうなんですか?」

「うん。生命の最高神アテナに聞いたから間違いないよ」

 

 不要な情報は伏せておくが。

 なんでこの世界は私にGLさせようとするんだよ。

 この世界って言うか八割がアテナの仕業だけど。

 

(えー。美少女の濃厚3Pえっち見たいのにー。何なら私も混ざりたいのにー)

 

 お前、後でグーパンな。

 

(すみませんでしたぁ! でもリリィさんとえっちなことはしたいです!)

 

 正直者者め。グーパン二発な。

 

(本当に申し訳ありませんでした。以降、最大限に善処いたしますので何卒お許しください)

 

 おぉ、反省できたのは偉いな。じゃあデコピンで許してあげる。

 ……いや、もっと精神的なお仕置きの方が良いんだろうか。

 一週間敬語で話すとか、名前を様付けして呼ぶとか。

 

 あ。そだ。

 

(え、ちょ、なんか酷い事考えてませんか?)

 

 アテナ、今夜は私の入浴覗いてもいいよ。見たらしばらく口きかないけど。

 

(それは酷すぎませんか!? 何それ見たい! でも見たらお話できなくなる! でも見たい! うわあああ!)

 

 ふはははは。苦しむがよい。

 つーかほんと性欲に忠実だなこの駄女神。

 

「先生、ありがとうございました」

「これからも二人で頑張ってみるね!」

 

 え、いや……そんなキラキラした目で見られても困るんだけど。

 こっちはこっちでなんて言うか、うーん。

 これはある意味性教育なんだろうか。

 

「あ、うん。でもそういうのはこっそりやろうね。人に見せるものじゃないから」

「分かりましたー!」

「やはり先生もご一緒にいかがですか? 色々と教えてください」

「いや、私はいいから。二人で頑張って愛を育んでね」

 

 よし、適当に流してさっさと逃げるか。

 

「では代わりに朝食を御一緒しませんか?」

「あ、いいね! 一緒に食べよう!」

 

 えぇ。正直もう帰りたいんだけど。

 でも断る訳にもいかないしなー。

 一応勇者と魔王だもんな、この子達。

 

「うーん。じゃあそうしましょうか。但し、あまりイチャつかないでくださいね」

「分かった!」

「分かりました」

 

 なんか、そういうことになった。

 



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常識ってある程度は大事だと思うんだよね

 

 朝ごはんを食べる為に魔王ちゃんの私室に御呼ばれしたのは良いんだけども。

 えーと、うん。魔王の食事だから豪華な物が出るんだろうなーとかいう予想はある意味正解というか。

 

「わぁ! 今朝のご飯も美味しそうだね!」

「少し多めに作りすぎてしまったので丁度良かったです」

 

 まさか魔王の手料理とは思わなかったわ。

 いや、これ手料理って言っていいのか?

 

「勇者ちゃんの好きなモンブランケーキもありますよ」

「ありがとう! やっぱり魔王ちゃんの手作りが最強だよね!」

 

 うん。手作りなんだろうけどさ。

 全部お菓子なのはどうかと思うぞ。

 しかも全てにおいて勇者ちゃんへの愛がうかがい知れる飾りつけだし。

 黒い剣型チョコレートケーキとか『マイスイートハニー勇者ちゃん』っとか書いてあるし。

 せめてそこは名前書けよ。

 

「もしかして先生は甘いものが苦手でしたか?」

「いんや、好きだけどさ。もう少し栄養バランスの良いものを食べた方がよくない?」

「ああ、それは大丈夫ですよ。私も勇者ちゃんも食事を必要としていませんので」

「は?」

「大気中の魔力だけで生命活動を維持できるんです。食事は娯楽ですね」

 

 ナチュラルに人間やめてんなこいつら。

 いやでも、魔王ちゃんはともかく勇者ちゃんって人間なんだよな?

 レベル高いからなのかなー。

 

「ですのでご心配なく。お飲み物は紅茶で良かったですか?」

「あ、うん。ありがと……う?」

「勇者ちゃんは角砂糖五個のカフェオレだよね?」

「うん! 魔王ちゃんはブラックコーヒーでしょ? こっちで入れておくね!」

「ありがとう……先生? どうしました?」

「いや、よく転ばないなーと思って」

 

 狭いキッチンを右往左往しつつも、二人の両手は繋がれたままである。

 魔王ちゃんが手を上げたらその脇から勇者ちゃんが手を伸ばし。

 勇者ちゃんがひょいと飛びのくと同時に魔王ちゃんがヤカンを手に取る。

 すごく息の合ったコンビネーションだ。

 

 これはあれだろうな。普段からこうしてんだろうな、この子たち。

 あんまりいちゃつかないでってお願いしたんだけど……これが二人にとっての当たり前なんだろう。

 

 しっかしまー、見てる分は面白いな。

 元気でボクっ子、活動的でよく笑う赤い髪が特徴的な勇者ちゃん。

 お淑やかで礼儀正しい、金髪色白で物静かなお姫様系の魔王ちゃん。

 見た目は本当に正反対なのにこれだけ仲が良いのは微笑ましい。

 GLも見てる分は被害が無いし。てぇてぇ。

 

「慣れていますので。さぁ準備が出来ましたよ」

「いただきまーす!」

「あ、じゃあいただきます」

 

 うながされるままに勇者ちゃんの似顔絵が描かれたショートケーキを皿に乗せる。

 圧がすげぇなこれ。イラスト上手すぎて食べにくいわ。

 フォークで切り分けて一口……うわぁお、あっま。

 なんだこれ、死ぬほど甘いんだけど。

 あ、そういうやカフェオレに角砂糖五個とか言ってたな。勇者ちゃんって相当甘党なのかもしんない。

 何にしてもこれはちょっときついな。甘いものも嫌いじゃないけどちょっと尋常じゃねぇわこれ。

 一食で一週間分の糖分を摂取できそうだ。

 

 目の前の光景もあわせてね。

 

「はい勇者ちゃん、あーん♡」

「あむっ! うん、美味しい! 魔王ちゃんも、あーん♡」

「はむ……ふふ、おいしい♡」

 

 うーん。美少女同士で食べさせ合ってる光景って糖度高いなー。

 なんか周囲にハート浮いてるし。あれは幻覚なのか魔法的な何かなのか。たぶん後者だろうなこれ。

 見てる分は芸術鑑賞的な感じで目の保養なんだけど、目の前でやられると対応に困るな。

 アメジストたん達くらいの距離感なら構わないんだけどさ。

 あー……あとであの二人に会いに行こうかな。癒しが欲しいわ。

 

「ん……ちゅっ、んぁっ♡ ダメだよ勇者ちゃん、ご飯のあとでね?」

「えへへ、お菓子も魔王ちゃんも一緒にいただきまーす!」

「や、あんっ♡」

「はいアウトー」

 

 スパァンッ!

 

 インベントリから取り出したハリセンで勇者ちゃんの後頭部を迷わずひっぱたいた。

 目ぇ離した隙に何やってんだお前ら。

 

「あいたー……え、何がダメなの?」

「まずは魔王ちゃんの胸から顔上げようか」

「でもフカフカしてて気持ち良いよ? ここ触ったら魔王ちゃんも嬉しそうだし」

「ふぅんっ♡」

「黙れ。いいからどけ」

 

 さりげなく手を動かすんじゃない。禁書指定されるだろうが。

 あと地味に喜んでんじゃねぇよ魔王。

 

「良い? さっきも言ったけど人前でえっちなことしちゃいけません」

「あ、そうだった。でもなんでダメなの?」

「説明が難しいんだけど……えっちしてる時に魔王ちゃんが他の人見てたら嫌でしょ?」

「それは嫌だ!」

「それに、魔王ちゃんの特別な姿を他の人に見られるのって嫌じゃない?」

「たしかに! なるほどね!」

 

 おぉ、分かってくれたか。案外聞き分けは良いんだよなこの子。

 

「あ、でも先生と一緒なら嫌じゃないよ?」

「だから私を巻き込むんじゃ……あれ、魔王ちゃん?」

 

 こっそり人の背後に回って何してんだ?

 

「いえ、ちょっと先生に拘束魔法でもかけようかと。一度やっちゃえば先生も慣れてくれるかなって」

「魔王ちゃんナイスアイデア! 先生も一緒ならみんな幸せだよね!」

「うふふ、抵抗しても無駄ですよ、私のレベルは50なので」

「……そぉい!」

 

 女神直伝! 緑色のトレイの角で頭を殴る攻撃!

 

「あいたぁっ!?」

 

 よっしゃ。二話目以来の登場だけどだけどちゃんと再現できたぜ。

 

 ……あれ? 二話目ってなんだ?

 まぁいいや。とりあえず魔王の脅威は去った訳だし。

 

「あれ、なんで動けるんですか? 拘束魔法はちゃんと効いてるはずなのに」

 

 うーん。拘束魔法が効かないのってSTRとINTとどっちの効果なんだろうね。

 あ、状態異常無効化さんの仕事かもな。

 何にせよ私にそういうのは効かん。たぶん。

 やばそうだったらアテナとかライラが助けてくれるだろうし。

 ……どうせ見てんだろうなーあいつら。

 

「理由なぞ知らん。それより無理やりしちゃダメでしょ? ちゃんと相手の了承を得ること!」

「わかりました……では次は不意打ちで(ぼそり)」

「……魔王ちゃんさ、もしかして常識が無いんじゃなくて知ってて守ってないだけ?」

 

 無知な勇者ちゃんとイチャつくためにルールを捻じ曲げてるだけじゃねぇかこれ。

 よく考えたらこの子って礼儀作法とか知ってるもんな。

 魔王って事は魔界出身なんだろうし、欲望に忠実でも何もおかしいことは無い。

 

「……な、何のことでしょうか」

 

 あ、目ぇそらしやがった。確定だな。

 

「これ、勇者ちゃんにばれたらどうなるかなー(小声)」

「ほら勇者ちゃん、ちゃんと座って大人しく食べるのがマナーですよ?」

「え? あ、うん! わかった!」

 

 ふむ。今度からこの路線で教育していくか。

 美少女同士の絡みとか目に毒だから自重させた方が良いし。

 私個人が見て楽しむ分は別に問題ないんだけどね。

 ただほんと、いい加減BL分がほしいんだけど。

 

「あ、そうだ。魔王ちゃんに聞きたいことがあったんだけどさ」

「はい? なんでしょう」

「私が人間の町に行くのって問題ある?」

 

 何か前に問題があるかもしれないって止められたんだよね。

 でも人間の町ならここより男性が多いかもしれないし。

 

「あぁ、それでしたら大丈夫ですよ。先生の行動記録は兵士からもらってますし、素行的にも問題ありませんから」

「あれ、ちゃんと王様っぽいこともやってんのね」

「魔王ですから」

 

 意外……でもないか。しっかりしてそうだし。

 

「んじゃ近い内にちょっと遊びに行ってくるわ。その間良い子にしててね?」

「……前向きに善処します」

「他の人からちゃんと話聞くからな? やらかすんじゃねぇぞ?」

「はぁい。ちゃんと周りにばれないようにしまーす」

「ん、それで良し」

「え、良いんですか?」

「人に迷惑かけないならそれで良いよ。あとは好きにやんなー」

 

 二人は合意の上でやってんだし、それを第三者がとやかく言うのもおかしな話だ。

 特に問題が無いなら好きにさせた方が良いだろう。

 こっちとしては勇者ちゃんが最低限の常識を身につけてくれれば良いだけだし。

 

「……先生って変わった方ですね。今までの教育係とは少し違います」

「適当なだけよ。それか他の人が真面目なだけ」

「ふぅん。先生、本当に三人でえっちなことしてみませんか? 私、興味が沸いてきました」

「それはお断り。二人だけで濃密に楽しんどけ」

「ではまたお誘いしますね」

 

 にっこりと。無邪気を装ってそんな事を言う魔王に頭痛を感じながらも、まぁ何とかなるかなと思えてしまうあたり私は楽観的なんだろう。

 さーて。それよりも、だ。

 問題はこの糖分過剰接種状態の朝食をどう片付けるかだな。

 ……食うしか、ないんだろうなー。

 



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ちょっとした事だけど実は大事な話ってあるよね

 出されたものは全て食べる。これは私のポリシーだ。

 好き嫌い関係なく、いくら不味くても出されたものは全て食すべし、である。

 まぁそのルールが無ければ生きてこれなかっただろうし。

 という訳で。

 

「……しばらく甘いものはいらないかも」

「お疲れさん。お前も大変だな」

「いや、アンタ程じゃないわよ。そっちこそお勤めご苦労さん」

「おう、ありがとよ」

 

 勇者ちゃんたちとの朝食(?)後。

 最強の癒し枠であるアメジストたんを訪ねようと思ったんだけど、途中であの子が夜型なのを思い出して予定変更。

 とりあえず自室に戻ろうとしたところでジークを見掛けたのでダラダラと立ち話なう。

 

「まーとにかく、しばらくは大人しくなると思うわよ」

「すまんな、本気で助かる。立場上どうしても止めようがなくてな」

「アンタらも大変だよねー」

「仕事だからな。それに慣れてきた」

「それもすげぇ話だな」

 

 うーん。あの魔王ちゃんの部下なら労働環境は悪くないだろうけど、ジークだけ妙に苦労してそうなんだよなー。

 苦労人オーラっぽいものがにじみ出てる気がする。

 

「あ、そだ。人間の街に行く許可もらったからちょっと遊びに行ってくるわ」

「そうか、それは良かったな。お前も同族が周りにいた方が気が楽だろうしな」

「んー。その辺りはあまり気にしてないかなー」

 

 癖は強いけど良い人ばかりだし。

 それにジークみたいに心配してくれてる人もいるからね。

 

「私は崇高な使命の為に人里に行かなければならないのよ」

「ほう。確かにお前は最高神様とも既知の仲だし、色々あるんだろうな」

 

 ごめん、それ全く関係ねぇわ。

 BLカップリングの幅を広げる為に行くだけだし。

 今のところジークと商店のリチャードさんしか男性の知り合いいないからなー。

 この二人って接点が無さすぎて掛け算しにくいんだよね。

 

「何かあれば言ってくれよ? 嫌々ながら手伝ってやる」

「こんな美少女の手助けができるなんてアンタも幸せ者よね」

「本当にお前、見た目だけは完璧なんだがなぁ」

「中身が残念な自覚はある」

 

 元々オタ活に人生ささげてた腐女子だし。

 

「残念では無いんだが……中身と外見の差が凄いよなお前」

「え、まじ?」

「見た目だけならおそらく魔王領で一番じゃないか?」

「うわ、そんなにか」

 

 でも言われてみれば確かに、生命の最高神が全力でモデリングした身体だからなー。

 鏡見た時に自分でも美少女だって思ったし。

 この見た目に加えて誰からも好かれる『愛』スキル持ちだもんね。

 まさにチートだな。前世で想像してた系統では無いけど。

 

「ふむ……そういえばお前、異種族間の恋愛には寛容な方なのか?」

「は? 恋愛に種族とか別にどうでも良くね?」

「なるほど、ドラゴンに求愛されても良いという訳か」

「あーどうだろ。見た事ないしなー」

 

 ていうかドラゴンって言われると青いハンバーグを思い出すけども。

 食肉と恋愛か。すげぇ性癖だな。

 

「まーできれば人型が良いかなー」

「それはそれで範囲が広いな。まぁお前なら相手に困る事も無いだろうがな」

「てかいきなり何の心配されてんだ私」

「うーん。なんて言うか……ちょっと真面目な話をするが良いか?」

「は? いいけど、何?」

 

 なんだ改まって。ちょっと身構えちゃうんだけど。

 

「お前、自分の立場が分かってるか?」

「……うん? 立場?」

「あぁ。最高神様達と友人である以上、お前はこの世界でも有数の権力者だ。そんなお前が何かを求める事も無く大人しく過ごしているのを不気味に思っている連中もいる」

「あ、なるほどね。言われてみりゃそうか」

「お前が悪人でない事は俺が保証するが、それでも意図が読めないところはあるからな」

 

 うんまぁ読めないだろうな。

 たぶんこの世界に理解者はいないだろ。

 いや、ナインならワンチャン行けるか?

 

 そんな事を考える私に向かって、ジークは珍しく真面目な顔を向ける。

 ちゃんとしてるとイケメンなだけあって圧があるなコイツ。

 

「リリィ・クラフテッド。お前はこの世界で何を望む?」

 

 その問い掛けに、以前ライラと交わした言葉を思い出した。

 私の望むもの。私が欲するもの。そんなものは決まり切っている。

 

「推し活、BL、掛け算」

「……すまん、単語の意味が分からんのだが」

「だろうな」

 

 何とも言えない表情のジークに苦笑いを返す。

 文化的には存在するんだろうけど、実物を見る機会はほとんどないだろうしな。

 そもそも女9対男1って比率をどうにかしないと厳しい気がする。

 いっそのことアテナにいって出生率を操作してもらうか?

 

「その、なんだ。推し活? とやらどんなものを指すんだ?」

「んー……分かりやすく言えば宗教に近いか。偶像崇拝は分かる?」

「あぁ、女神様の代替物、人形や彫刻を崇めるってやつだな」

「そうそう。私が求めるのは崇拝対象を探し出し、それを布教すること」

 

 に、なるんだろうか。改めて考えると説明難しいな、推し活。

 BLに関しては一言で説明できるし、掛け算に関してはいくらでも語れるが。

 

「ふむ。つまりお前は聖職者なのか?」

「いやいや、こんな腐った聖職者いたら嫌すぎるだろ」

「腐った……? いやしかし、話を聞いていると人間族の聖女と似た活動のようだが」

 

 うわ、この世界って聖女なんて人もいるのか。

 もしかしたら人間の街だと悪役令嬢とかいるのかな。

 個人的にざまぁはあまり好きじゃないんだけど。

 

「あーもう何でも良いわ。とにかく私には目的があるのよ」

「なるほど。では次からお前のことを聞かれたら、聖女のようなものだと答えるとするか」

「何の嫌がらせだテメェ」

「これでも善意なんだがな。自分の立場をはっきりさせておかないと無駄に敵を作るぞ? 現に魔王軍でもお前の存在を危惧している連中がいるくらいだ」

「あ。なるほど、そうのもあるのか」

「政治的な話になるが、敵対心が無いならそれを前面に出す必要があるんだよ。最高神様達の友人ともなれば、お前ひとりで魔王軍と渡り合えるからな」

 

 ……いや、うん。たぶん女神関係なしに戦えると思うな―。ステータスとスキル的に。

 それはおいといて。

 確かに今までふわっとしてたけど、周りにもうちょい無害アピールしといた方が良いのかもね。

 そういう意味ではアメジトたんとか魔王ちゃんと知り合えたのは大きいな。

 今のところ勇者ちゃんとも仲良くやれてるし、その辺りを周りに知ってもらえば大丈夫そうだ。

 

「うん、ありがと。もう少し気をつけるわ」

「リバーシの宿敵がいなくなったらつまらんからな」

「ふははは! 宿敵と言える腕前になってから出直せい!」

「うっわ殴りてぇ。なんで俺はこんな奴のために頭を悩ませてるんだろうな」

 

 そんな事を言いながら苦笑するジークに対して、こちらもニコリと笑いかける。

 実際かなり助かった。言われないと気が付かない事だったし。

 

「まぁ、今度ご飯でも奢らせなさいよね」

「んじゃまた飲みに行くか。違う店も紹介してやるよ」

「お、それいいわね。久々に辛いものが食べたいわ」

「ふむ。ならば一つ良い店を知っているぞ。バジリスクの辛味揚げが有名な店でな」

 

 途端にいつもの調子に戻ってくれたジークに内心で感謝しつつ、立ち話は一時間ほど続いた。

 こいつ中身も外見もマジでイケメンだよなー。

 

 早くカップリング作りたいわ。

 



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色々な考え方があるよね

 

 さてさて。大臣サマの執務室に辿り着いたのは良いんだけど。

 なんだあの書類の山。机に積まれすぎてて奥が全く見えん。

 まさかこれを一人で全部片付けるのか?

 どんなハードワークだよ。

 

「あれ、書類の追加ですか? それでしたら机に……は置けませんので、床に置いてってください」

 

 うおっと。足音も立ててないのに侵入に気付かれたか。

 さすがに魔王軍最強って言われるだけあるな。

 でも私だってことまでは気付かれてないみたいだし、ちょっろイタズラしてみよう。

 私の特技である声真似を披露するときが来たようだ。

 サファイアさんの声は……ん、こんな感じかな。

 

「アメジスト様。そろそろ休憩されては如何でしょうか」

「あれ、サファイア? でもまだ半分しか終わらせてないよ?」

 

 半分って言ったかこの子。え、この倍量あったの?

 どんだけ仕事してんだよ。

 うーん。魔王ちゃん行ってみよう。

 

「実はリリィ様がこちらへ向かっているとの情報が入りました。歓迎の際の会話内容をまとめておいた方がよろしいのでは?」

「リリィちゃんが!?」

 

 ゴンッ!

 

「あいったああああ!?」

 

 あ、どっかぶつけたなこれ。

 

「既に王城内にいらっしゃっているようです。急いだほうがよろしいかと」

「え、待って! そんなに時間無いの!?」

「微塵もありませんね」

「うわ、どうしようサファイア! 会話デッキ増やしてないよ!」

「それでしたら良い案があります」

「さすがだね! ちゃんと私の為に考えて来てくれるなんて、やっぱりサファイア私の事好きでしょ!」

 

 お、イキりだしたな。これもこれで可愛いんだけど、ちょっとイジメてみよう。

 

「いえ、職務だから行っているだけです。そのような感情はありません」

「そうなの!?」

「よろしいではないですか。アメジスト様にはリリィ様がいらっしゃるでしょう」

「ねえええ! なんでそんなこと言うの!? 今朝寝坊したから怒ってるの!?」

「冗談です。愛していますよ、アメジスト様」

「え? えへへ、いやぁ、そこまで言われると照れちゃうって言うか……うん、私もね、サファイアのこと」

 

 声真似解除。

 

「愛してるよ、アメジストたん」

「……え、は、あれ? え、サファイア?」

 

 おー。分かりやすく混乱してんな―。

 

「いや、私の声真似。サファイアさんは最初からいないよ」

「……リリィちゃん? 声真似? え、だっていま」

「(声真似で)愛していますよ、アメジスト様」

「いやああああああああ!!」

 

 ばたんっ! ごろごろごろ! どすんっ!

 

 えーと。後ろに倒れて、転がって、壁にぶつかった音、かな?

 ていうかいい加減顔を見せるか。

 

「にゃっはろー。会いに来たよー」

「ほわぁっ!? ほほほ本当にリリィちゃんだ!」

「本物だよー。てかそれ、大丈夫?」

 

 なんか、うん。アメジストたんがぶつかった壁がへこんでるんだけど、

 

「え? 何のこと?」

 

 まじか、小首を傾げてきょとんとしてらっしゃる。

 なんでこんなに平然としてんだこの子。

 まさかこれ、日常なのか?

 

「いや、なんでもない。ところでさ、この書類全部ひとりでやるの?」

「そうだよ。これは夜までに終わるから、その後は軍事関係と内政関係のお仕事があるよ」

 

 まだ仕事あんのかよ。大丈夫かアメジストたん。

 

「あー……じゃあ忙しいね。また今度来るわ」

「えっ……その、お話とか。したいなって、思ったんだけど。そっか、帰っちゃうなら……仕方ないよね。うん、私ちゃんと我慢できるよ」

「ここに永住するわ」

 

 なんだこの生き物、可愛すぎるだろ。

 メチャクチャ寂しそうなのに健気に微笑む姿を見て、放っておける奴なんていないと思う。

 いたら出てこい。説教してやるから。

 

「アメジストたんが時間あるならちょっとお邪魔しようかな」

「ほんと!? 嬉しい! じゃあえっと、お部屋の方に行こ!」

「はいよー。手とか繋ぐ?」

「いいの!? 繋ぐ! 絶対繋ぐ!」

 

 私の両手を取って飛び跳ねるアメジストたん、マジ天使。

 守りたい、この笑顔。

 

「ところでサファイアさんは?」

「今はちょっと席を外してるの。あ、来客の準備って言ってたから、リリィちゃんのお迎えの準備してるのかも!」

「なるほど。じゃあ待ってた方が良いかな?」

「そうだね! えっと、一緒に待っててくれる……?」

「うん。じゃあちょっとお喋りでもしてようか」

「あっ……ごめんなさい、あのね、会話デッキがまだ増えてないから、その……あぅぅ」

 

 あぁ、なんかさっき言ってたな。

 

「んじゃこっちから話題振るよ。アメジストたんの好きな動物は?」

「ヒガシゲルニカオオイワモドキウサギ!」

 

 なんて?

 

「……えーと、ウサギ?」

「うん! ヒガシゲルニカオオイワモドキウサギだよ!」

「東ゲルニカって所にいる大岩みたいなウサギなの?」

「うぅん、南ユークリアの浜辺にいるんだよ」

「……うん、そっかぁ」

 

 ごめん、まったく意味が分からん。

 でもとりあえずウサギって事は理解した。

 

「ウサギかぁ。そういや私『ウサギ』のスキル持ってたな」

「そうなの!? すっごい珍しいスキル持ってるんだね!」

「珍しいの?」

「初代勇者様が持ってる伝説のスキルだよ」

 

 伝説のスキル。何か活用法があるんだろうか。

 ただウサギに好かれるスキルって説明されてんだけど。

 

「あのね、魔族にはウサギの血が混じってる人が多いの。だからたくさんの魔族と仲良くなれるんだよ」

 

 やばい、理解が追いつかない。

 それってウサギと魔族が子ども作ったって事だよな。

 ……いやまぁ、異世界だし何でもありなのかもしれないけど。

 

「あ。もしかしてエリーゼも?」

「軍団長? 確かそうだったと思う」

「なるほど。謎が一つ解けたわ」

 

 そっかー。言われてみればエリーゼって目が赤いもんなー。

 

「リリィちゃんはどんな動物が好きなの?」

「アミメニシキヘビ」

「……ヘビ?」

「うん。アミメニシキヘビ」

 

 黄色くてデカいのに顔立ちが可愛いんだよな、あいつら。

 昔はよく体に巻き付かせて遊んだものだ。

 ちなみにヘビが身体に巻き付くのは、その対象を丸呑みできるか計っているらしい。

 だからって遊ぶの辞めなかったけどな。

 

「ヘビかぁ……私は苦手かなー」

「ヘビ苦手な子って多いもんね」

「うん。小骨が多くて食べにくいから」

 

 え、好きってそういう?

 じゃあさっきのなんちゃらウサギもそういう事?

 あー。まぁこの子、真っ青なハンバーグを美味しそうに食べてたもんなぁ。

 

「そっかそっか。じゃあさー」

 

 とまぁこんな感じで。

 サファイアさんが呼び来るまでの間、ちょっとぶっ飛んだ会話が続けられた。

 アメジストたんの感性ってよく分からん。

 でも可愛いからどうでもいいわ。可愛いは正義だ、うん。

 



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油断も隙もあったもんじゃない

 

 部屋に帰ってしばらくした後、そろそろお風呂にでも入ろうかと立ち上がった時。

 

「……おっと?」

 

 何もないところからヒラヒラと手紙が降って来た。

 うーん。この意味の分からなさはアテナかライラだな。

 てか何で手紙? 用があるなら直接言えばよくないか?

 まぁとりあえず読んでみるか。

 

 

『リリィへ

 今から遊びに行きます』

 

 

 えーと、うん。なんだこれ。

 文面的にはたぶんライラだと思うけど、何の手紙なんだ?

 ちょっと意味が……あ、いや、そうか。

 こっちに来る前に先に伝えて欲しいって言ったからか。

 確かに善処してはいるなぁ。

 

「大丈夫だよー。おいで」

「はい。来ました」

「うわっ!?」

 

 いきなり後ろに出て来るな!

 あっぶな。思わず殴りかかるところだったわ。

 

「ライラ、心臓に悪いからそういうのやめてくんない?」

「なるほど。では鼓動を直接確かめさせていただきます」

「お前に胸を触らせるわけないだろ」

 

 馬鹿なやり取りをしながら振り返ると、そこにはやはりライラの姿があった。

 ベルベットのような黒い長髪。白磁の肌。そして、夜のような瞳。

 ガラス細工のように緻密で繊細な姿はいつ見ても変わらない。

 やっぱ美人だなこいつ。中身はアレだけど。

 

「とりあえずお茶にしましょうか。今夜は特別製の茶葉を用意してきました」

「へー。高級品なの?」

「どうなのでしょう。何せ作ったばかりなので」

「は? 作った?」

「はい。リリィの好みに合わせて創造しました」

 

 え、わざわざ作ったの? マジで?

 うわぁ。相変わらず女神パワーの無駄遣いしてんな。

 あと関係ないけど、無表情なのに何となくドヤってる感じがするところが可愛いな。

 

「茶請けも万全です。これをどうぞ」

「……おい。さすがにこれはどうなんだ?」

「でもお好きでしょう?」

「いや好きだけど。大好物だけども」

 

 いや、うん。まさか異世界で『暴君ハバネ〇』を見ることになるとは思わなかったな。

 確かに私の大好物ではあるんだよなコレ。辛味は足りないけど。

 ていうか日本では今でも売ってるんだろうか。

 ちなみにこの名前、暴君ネロにちなんで付けられた名前らしい。

 それをライラが持ってくるのはちょっとシュールだな。

 

「ところでリリィ。今日は様々な方とお話ししていましたね」

「ん? あー確かに。でもそれがどうかした?」

「ずるいです」

「……えーと?」

「ずるいです」

 

 ずるいって言われても。

 これって多分、私がいろんな人と話したのがずるいんじゃなくて、私と話したみんなが羨ましいって事だよな?

 

「でも今からお茶するんでしょ? なら良いじゃん」

「茶会では食事に負けてしまいます。ずるいです」

 

 コミュニケーションに勝ち負けなんてあるんだろうか。

 言いたいことは何となく分かったけど。

 つまり何かしらの触れ合いを希望してるわけね。

 

 て言ってもなー。どうしろってのよ。

 うーん。とりあえず撫でてみるか。

 

 目の前にあるライラの頭に手を載せ、優しく手を動かす。

 指の間からサラサラと髪が流れ落ちていく。

 心地の良い手触りでちょっと癖になりそうだ。

 女神凄いな。些細なパーツまで完璧じゃん。

 

「リリィ。頭だけではなく他のところもお願いします」

「要求多いな。んじゃここは?」

 

 手を降ろして頬に触れる。

 ふにゃりと柔らかに感触。ハリがあってきめ細やかな手触りに、微かな体温を感じる。

 うぅむ、これは良いな。むにむに。

 なんかどんどん楽しくなってきた。

 

 指をなぞらせ、アゴから首筋に指を這わせる。

 細い輪郭を辿り白い肌の上を走らせ、産毛を撫でるように優しい手つきで。

 触れるか触れないか。そんな際どいラインで進み、ほんのり上気したライラの顔を見詰めながら開いた胸元に向かって。

 愛らしい反応をするライラに顔を寄せ、恥じらう姿に愉悦を覚えながら唇を近づけていき。

 

 寸前で、慌てて飛びのいた。

 あっぶな、何してんだ私。さっきとは違う意味でドキドキしてんだけど。

 

「残念です。もう少しでした」

「あ、お前また何かやったな?」

「リリィが発情するフェロモンを纏ってみました。反省点はありますが後悔はしていません」

 

 なるほど。それだと状態異常扱いにならないのか。

 いやそうじゃなくて。

 

「エロい事は禁止だって言わなかったっけ?」

「はい。ですから『私からは』何もしていません」

「同罪だよバカタレが。今後一切こういうの禁止な」

「分かりました。新しい抜け道を模索しておきます」

「分かってないだろそれ……」

 

 この女神様はどうあっても私とエロい事をしたいらしい。

 そういうのはマジで止めて欲しい……と思っている、はず。

 ちょっと抵抗がなくなって来たのが怖い。

 

「それよりほら、早く座んなさい。紅茶入れて来るから」

「その必要はありません。完成品がこちらに」

「お前のそれは何分クッキングだよ」

 

 分って言うか秒だな。

 

「いや、ていうか最初からそれ出したらよかったんじゃないの?」

「私は褒められて伸びるタイプなので、リリィに褒めて欲しかったのです」

「これ以上何を伸ばすつもりだよ」

 

 なんて言うか、うん。子犬みたいで可愛いけどさ。

 ……まぁいいか。

 

「ありがとね。嬉しいよ」

「はい。私も嬉しいです」

「んじゃ、世間話でもしましょうかね。つってもそっちは私が何したか知ってるんだろうけど」

「もちろん秒単位で把握しています」

「よーしその点についてもう一度じっくり話し合おうか」

 

 ごく当たり前に人の私生活を監視してんじゃねぇよ。

 これは再教育が必要だな。

 本当に、困った女神様だ。

 

 



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ここはやっぱり有名なアレだよね

 

 新しい朝が来た。希望の朝だ。

 インベントリにはたくさんの食糧と生活用品、それに旅に必要な数々のグッズ。

 ナインに適当に見繕ってもらったものだけど、アイツの事だから不備はないと思う。

 ていうかあいつは少しくらい心配してくれても良いんじゃないだろうか。

 一応、女の子の一人旅なんだし。しかも初めての。

 

 いやまぁ、私が怪我する事なんて無さそうだけどね。

 

 徒歩で三日ほど南に下ったところにある、人間の街。

 そこはこの街とはまた違う光景があるのだろう。

 もちろん私はこの街が好きだけど、それでもやっぱり足りないモノはある。

 無論、BLだ。

 男の数が少なすぎんだよマジで。

 

 てなわけで、私は新天地を求めて旅に出るのだ。

 とは言っても、ただ遊びに行くだけなんだけどね。

 

「んじゃ、行ってきまーす」

「本当に護衛はいらないのか?」

「大丈夫ですよ。私、逃げ足は速いので」

「そうか……そこまで言うのであれば、私はリリィを信頼しよう。かならず戻ってきてくれ」

「はい、約束します」

 

 知り合いで唯一まともに心配してくれたのはエルンハルトさんだけだ。

 話をした時から今日に至るまでずっと心配させてしまった。

 いっそのこと私のステータスをばらした方が良いんじゃないかとまで考えたけど、絶対面倒ごとになるので何とか我慢した次第だ。

 けどまぁ、最後に納得してくれたみたいで良かった。

 

「お姉さま、お土産話をたくさん持って帰って欲しいですの」

「はいよ。色々と見て回るわ」

「本当は一緒に行きたかっですの。でも今回は諦めますの」

「えらいぞー。その調子でちゃんと仕事しような」

「はいですの!」

 

 エリーゼの方は意外にというか、案外すんなりと旅立ちを認めてくれた。

 様子から見るに全く心配はしていないようだ。

 それはそれで複雑な心境だけど、無理やり着いて来られるよりはマシなので言及しないことにした。

 エリーゼと二人旅とか違う意味で危険すぎるし。

 

「しっかしまぁ、自分の趣味の為に危険を冒すなんて大胆っすね」

「趣味じゃない、信仰よ」

「何かってに神聖化してるんすか。お偉いさんに怒られ……はしないっすね」

「うん、たぶん誰も怒りはしないと思う」

「本当に滅茶苦茶っすよね。それも含めて面白かったんで、また店に顔を出してください」

 

 白髪老人ロボ姿のナインの言い草につい笑ってしまう。

 確かに滅茶苦茶な自覚はあるし。

 こっちに来てから普通って言葉はかなり縁遠い存在だからな。

 でもそれも含めて、良い出会いばかりだった。

 

「お前は怪我じゃなくて病気に気を付けろ。無駄に頑丈そうだが病気はまた別の話だ」

「ん。風邪とか引かないように気を付けるわ」

「まだ朝晩は寒さが残るからな。腹出して寝るなよ?」

「アンタからもらったコートがあるから大丈夫よ」

 

 このコートには様々な防御魔法がかけられているのはアテナの密告で知っている。

 全く持って素直じゃない奴だ。

 けどなんだかんだ、こいつが一番話しやすかったな。

 戻ってきたらまたオセロ勝負をしてやろう。

 ぜってぇ負けないけど。

 

「んじゃ、行ってきます」

 

 手を振り、街門を出る。

 そこには来た時と同じ光景が広がっており、遠くには私が転移した森の入り口が見えた。

 この街道をまっすぐ行けば人間の街がある。

 そしてそこには、もしかしたら私の追い求めていたものがあるかもしれない。

 ここはの異世界なんだし、まだ見ぬカップリングがあるかもしれない。

 そう考えるだけで心が躍るようだ。

 

 三つ子の魂、百までも。

 死んで尚、変わらないもの。

 私のBL好きはどうやら筋金入りのようだ。

 はやく成分を摂取しないと大変なことになりそうだ。

 

 じゃあ、まぁ。

 ここは例の言葉で締めるとしましょうかね。

 

 街に背を向けたままおもむろに街道を駆け出す。

 前世では考えられなかったほどに速く走りながら、

 

「私たちの冒険はこれからだ!」

 

 こうやって、私は人間の街へと旅立ったのであった。

 

~打ち切りエンド~

 

 という訳でごめんなさい。

 ネタが尽きたので今作は一旦完結させていただきます。

 また何か構想が浮かんだら再会するかもしれません。

 それまでの間、他作品を読んでお待ちください。

 



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