僕のヒーローアカデミア B (akime)
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目指せヒーロー
人口の約八割が何らかの超常能力”個性”を持っている現代。個性を悪用する犯罪者”ヴィラン”は悪の限りを尽くし人々に恐怖をばら撒いている。そのヴィランから人々を守る職業”ヒーロー”は少年少女問わずに憧れの存在であり夢でもある。それは今も昔も変わらない。
折寺中学に通う秤空吾《はかりくうご》もその一人。桜舞う四月この時期になると中学三年生は嫌でも自分の人生を左右しかねない進路を決めなくてはならない。空吾は昨日配われた進路用紙に迷うことなく志望校を書いて担任の教師に提出した。
今日のホームルームは一味違った。普段おちゃらけている担任が真剣な面持ちで教壇に立ち生徒一人一人の顔を見ながら言った。
「お前らも今日で受験生だ。この時期は自分の人生を決める大切な時期。悔いの無いように精一杯勉強に励むように、、でも」
半端なところで担任は言葉を切ると生徒から提出された進路用紙を上に投げ飛ばし口高々に断言する。
「みんな、派手な個性だからヒーロー志望だよね」
その言葉にクラスメイトは応えるように各々個性を使う。物を浮かしたり顔を巨大化させたり指や首を伸ばすなど多種多様な個性が見られ担任は満足気にしていた。
「先生ぇ、みんなとかそんな没個性共と一緒くたにすんなよ」
担任のもの言いが気に入らなかったのか爆豪勝己はクラスメイトを見下すかのように口を開く。するとクラスメイトから彼に対する批判が教室内に飛び交う。それに対し嘲笑うかのように彼は暴言を吐く、彼の行いを咎めることなく担任は進路用紙を見る。
「そういえば、爆豪は雄英志望だったな」
クラスメイトはその学校名を聞いた途端にざわざわとし出した。それもその筈、雄英高校とは数多くのヒーローを輩出している名門校。今名だたるヒーローの多くはその学校出身ということが多くトップヒーローとなるには雄英を卒業するのがセオリーとなっている程だ。それに加えて国内最難関の入試でもあるために偏差値も70と中々高い。受けられるものはそう居ないであろう。
勝己へと一気に注目が集まり鼻で笑いながら彼は立ち上がるとクラスメイトに自信満々に演説を開始する。
「俺は校内唯一の雄英圏内。模試はA判定、入試ではトップで入学し且つ主席で卒業。そして、オールマイトへも越えるトップヒーローとなる。これが俺の完璧な人生設計よぉ」
「あぁ、緑谷と秤も雄英志望だな」
演説を遮るかのように担任が進路用紙片手にそう口を開くと、勝己の後方に座るモサモサ頭で地味な生徒がピクリと反応する。緑谷出久は恐る恐る顔をあげるとクラスメイトから自分が注目されていることに気がつき目を泳がしていると教室内は笑いに包まれる。
「はっはっ!秤はともかく緑谷お前はムリだろう」
「勉強ができてもヒーローにはなれねぇぞ」
「で、でも前例が無いわけじゃ」
口々に出久を馬鹿にする言葉が飛び交うそれに対しおどおどと反論すると勢いよく勝己は出久の元へと飛んで手を叩きつけたと同時に爆発が起きた。出久はそれに驚き後ろに飛び退いて尻もちをついて壁にぶつかる。ヅカヅカと出久の方へと詰め寄りいつもの如く勝己は口を動かす。
「デクゥ、没個性どころか”無個性”のお前がなんで俺と同じ土俵に立てると思うんだぁ!?」
「む、昔からの憧れなんだ」
「お前が仮にヒーローになれたとして何ができるんだぁ無個性のくせにのわっ!」
怒鳴る勝己に怯えながらも出久は言い返す。だが、捲し立てるように勝己がトドメの一言を言い終わる前に体が宙に浮いた。こんな芸当が出来るのは一人しかいない。勝己はギッと窓際斜め上の席へと視線を移す。
そこには頬杖をつきながら空吾が手をかざしている。
「クウゴォ、テメェ降ろせや殺すぞ!!」
「せんせい、おれ茶番に付き合っていられるほどこのバカみたいに暇じゃないんでとっと授業始めてください」
「無視すんなやぁ!!それに誰がバカだ!!」
淡々とした口調で空吾が言うと教室内は静まり返る。状況に違わず勝己が怒鳴っている姿に数名のクラスメイトがプッと声を漏らす。担任も心なしか気まずい表情になったが咳払いして生徒の注目を集める。そのタイミングで「解除」と空吾は呟き個性を解除した。急に迫ってくる床に運動神経の良い勝己でも反応はできずに結果落ちた。幸い怪我はなかったものの制服が少し汚れてしまった。それに頭に血が昇り空吾の元へと行こうとするが担任の呼び掛けで席につくよう言われた。小さく舌打ちをし所定の位置に戻る。
「はい、じゃぁお前らしっかりと授業を心して聞くように」
担任は口早にそう言うと教室を出た。その瞬間に勝己が襲いかかって来ると思い空吾は身構えたが以外にも次の授業の準備をしていた。彼に倣って自分も大人しく授業の準備をして先生が来るまで過去問集を解くことにする。自身の夢であり目標でもあるヒーローとなるためには時間を無駄には出来ない。その事を心に刻みシャーペンを走らせる。
時は流れて放課後、登校する道中でヒーローの活躍を見た出久は帰ってノートにその活躍と個性の特徴を綴うと荷物をまとめていたら大切なノートが何者かによって取り上げられた。見上げると眉間に皺を寄せている幼馴染である爆豪勝己とその取り巻きがいた。
「デク、まだ話は終わってねぇぞ」
「なになに、将来のためのヒーロー分析ぃ?」
「ぷぷっ緑谷」
「いいだろ、別に返してよぉ」
返却を願うも勝己は無常にもノートを軽くボンッと爆破させ窓に投げ捨てた。幼馴染の酷い行いに出久は声を挙げ、取り巻きたちは情けない彼を見て嗤っている。
「名だたるトップヒーローてのは学生時代に多くの逸話を残してる。それに俺もなぞる、だからデクゥお前は雄英受けんな」
不適きな笑みを浮かべて出久の肩に手を置く。先ほど個性を使ったからか手からは煙が上がって少し熱を感じる。言い返そうにも思うように口は動かない。昔から彼が強くて凄い人だと知っているし、それに言い返そうものなら問答無用で力でねじ伏せてくる。自分が彼よりも下だという現実を突き詰めるために。けれど、こんなので怯んではヒーローどころか社会に出たとしても苦労する。出久は意を決して口を動かしたその時勢いよく教室のドア開けられる。
「また、出久を虐めてんのか。お前ら」
そこにいたのはもう一人の幼馴染である秤空吾が険しい表情をして立っていた。一段低い声と相まって元から目つきが鋭いのが更にそれが酷くなる。その姿を見た取り巻きたちは怯むが彼だけは違った。臆することもなく眉間に皺を寄せて空吾に近づく。
「いつもうるせぇなぁ、テメェは。石ころ守ってヒーロー気取りか?」
「気取りじゃねぇ。マジでヒーローになる」
「チッ!やっぱテメェは勘にさわるなぁ!!」
盛大に舌打ちをして空吾にわざと肩をぶつけて教室を出た。彼らのやりとりに圧倒されつつも取り巻きたちは自分らのボスがその場から出たのがわかると捨て台詞を吐いて金魚の糞みたいに後を追った。空吾は下を向いている幼馴染に目を向けて声をかける。
「平気か?」
「うん、ありがとう。クウちゃん」
「久しぶりに一緒に帰るか、話もしたいしな」
「うん、でもノート投げ捨てられて」
「そうか、じゃぁノート拾いにいくか」
「うん」
心ここに在らずといった感じだ。親から個性が引き継がれなかった無個性という稀な存在。気が小さい性格も相まってバカにするのにはちょうど良いイジメのターゲット。そんな彼を空吾は守っていた昔からそして今も。
投げ捨てられたノートは鯉を飼っている水槽に浮かんでいた。出久はそれを見つけた時悔しそうに拳を握っていた。見兼ねた空吾は背中を押して「いくぞ」と一言だけ言うと出久はうなずいて後に続く。
いつもの帰り道普段なら何とも思わずに歩くだけだが気分が沈んでいる幼馴染が横にいると少し気まずくなる。だが、ずっと黙っているのももっと気まずいので口を開こうとしたら先に出久の方から口を動かした。
「クウちゃんはさ、僕がヒーローに慣れると思う?」
いつものおどおどとした口調ではなくこちらを真っ直ぐに見つめて問う。その瞳から何らかの覚悟を持っているのを感じ取る。だが、自分の意見を言ってしまえば彼の夢を否定してしまう。絶対的に心に傷を負うだろう。しかし、こればかりは言わなければならない。幼馴染として友人として彼を大切だと思うのならば言わなければダメだ。意を決して空吾は一呼吸置いて足を止め出久の目に焦点を合わせ重い口を開いた。
「.......無理だな」
一言それだけで充分だった。分かりきった答えに出久は涙しながら「ゴメン、急いでるから」と声を押し殺して走り去った。呼び止めようとしたが辞めた。個性持ちの人間は無個性である人の苦労も苦悩分からないその逆も然り。自分が何を言っても彼の心にかすりもしないのだから。
出久と別れた後、母親から電話でお使いするように頼まれた。近くのスーパーで行き頼まれた米や醤油などの買い物を済ませて真っ直ぐに家に帰ろうとする道中に商店街の方が騒がしかったのでそこに足を運んだ。入り口には野次馬が集まっていて何が起きたのか分からない。だが、確実にやばいことが起きているのがわかる。ここからでも火の手が見える、恐らくだがヴィランが暴れているのだろう。生でヒーローの活躍を見たいという好奇心に駆られて人混みを抜けると到底信じられない光景が写っていた。
それはヘドロのようなヴィランに見覚えのある顔がいたからだ。特徴的な金髪に赤い瞳。勝己だ。彼はまとわりつくヘドロに対抗すべく自らの爆発する個性を使って必死に抗っていた。そのおかげでプロヒーローも近づけないらしい。野次馬の話し声によれば三十分もあの状態だという。それを聞いた途端に自分に腹が立った。何がヒーローの活躍を生で見たいだ。困っている人を苦しんでいる人を助けるのがヒーローだろうと自分を鼓舞して足を動かそうとするも震えて動けなかった。いや、動かなかった。
何度足を動かそうとするも震えて動かない。まるで、地についている足自身が拒否しているかのようだった。もしかして、あのヴィランに臆している。そう考えた途端に被りを振って否定した。
そんなことは無い。自分はいつだって弱い者の味方だ。自分は強い怖い者などありはしない。ふとヘドロの方に視線を合わせると勝己が飲み込まれそうになり普段見せない怯えた恐怖で歪んだ表情をしていた。瞬間、ある者が飛び出して行った。その人物もまた見覚えのある顔だった。ヒーローの静止も聞かずに無鉄砲に走り出す。彼は気が小さく超常を持ち合わせないそんな彼が躊躇なく助けようとしている。なのに自分ときたら彼に出久に持っていない物を持っていながら行動に移さないだなんて情けないと頬を叩いて無理やり個性を発動させ一直線に飛んだ。
「勝己ィ!!今行くぞ」
「おいこら!待て止まれ!二人ともとまれぇ!!」
二人は夢中になりヒーローの静止の声など耳に届かなかった。今は友人を助けるために必死だ。
「せぇいーーーい!」
一足先に駆けた出久は背負っていたリュックを投げて先制攻撃した。思いの外効いたようで少し動きが鈍くなった隙に勝己を助けようとヘドロを掻き出す。
「何でテメェが!?」
「わかんないよ、わかんないけど。君が助けを求める顔してた」
その言葉を聞いた瞬間に感化したのは空吾だけでは無い。だが、流動体である身体を無個性である出久が解くことはできる筈もない。
「邪魔すんなぁ!!!」
「邪魔してねぇよ!ヘドロ野郎!!」
ヘドロの振り払う攻撃にそれに逆らう力をくらわせてふり払った。その刹那、勝己の拘束が緩んだので瞬時に出久に「捕まれ!」と手を差し出しもう片方の手で勝己の襟首を掴んで引き剥がした。
「いまだ!!ヒーローやれぇ!!」
その掛け声に驚いたのも束の間、その声に呼応するかのように一人の人影がヘドロに突っ込んで行った。はたまたそれも見覚えのある顔だった。しかしながら、その人物とは面識はないが知っている。誰もが知る”平和の象徴”ナンバーワンヒーローその名も。
「オールマイトおおお!!」
「ありがとうな少年達!テキサススマーーーシュ!!!!」
彼の振り上げた拳でヘドロは完全に爆散しかつその勢いは天候にも影響を及ぼす。拳の風圧で雲を掬い取り雨をふらせて火の手を止めたのだ。彼のオールマイトのスタンディングに人々歓喜した。
そんな中、出久と空吾はヒーローに叱られて、勝己は個性の有用性を見定めてヒーローにスカウトされていた。
その後、何とか説教は終わって出久と共に帰っていると後方から聞き覚えのある怒鳴り声が耳に届いたので振り向くと肩で息をする勝己がそこにいた。
「なぁおい!勘違いすんなぁ!俺はお前らに助けられちゃいねぇ!!わかったな!クソが!!」
それだけ言い終わると悪態をつきながら踵を返して家路についた。彼は強がっていたが内心は怖かったのだろう。個性や体は年数を経て成長したが精神面は経験経て強くなる。ヴィランとの初遭遇で恐怖したことを今彼を通してわかったのだ。自分の弱さを認めなくては人は強くなれないと。彼もいずれは気づくだろうと信じて肩を怒らせながら歩く背中を見守った。
そして、出久の方へと向くと彼はいつもの如くオドオドしている。こんな情けない奴が勇気があるとは誰も思わないだろう。だが少しだけ、見直した。
「雄英一緒に受かれるように頑張ろうな」
そう言って出久の肩に手を置いて空吾は家路に着くのだった。
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