ゲートと加賀さん (奥の手)
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加賀と銀座

ゲート×艦これってないんですよねぇ
一発ネタですが見ていってください。


 

一ヶ月ほど前から、ここ鎮守府ではある遊びが流行っていた。

その名も「艦載機サイズ変換」である。

通常、史実とは異なる大きさ、(多くはミニチュアサイズ)で発現する艦載機たちを、どうにかこうにか工夫することで史実と同じ大きさまで引き伸ばせることがわかったのである。空母艦娘をはじめ艦載機を載せられる全ての艦娘たちに可能であり、なんなら発現させた零戦に乗って移動することもできるようになったと言う。

ただしあくまで遊びであり、また艦載機に乗っている方が被弾率が増えるというどうしようもない理由から実戦投入される技術ではない。

非番の日に鎮守府上空をちょっとふらっとフライトするだけ、そういう遊びとして定着しつつあった。

 

正規空母、加賀も実機サイズ変換で遊んでいるうちの一人である。

すました顔で矢をつがえ、ひょうと放った瞬間に「大きくなれ」と念じる。そうすると艦娘としての何か霊力的なものを消費しながらも、放った数機の艦載機が実機サイズとなる。いくつかの練習は必要だったが、加賀はこの遊びが流行る最初期にサイズ変換を習得していた。

 

通常零戦には妖精さんが搭乗している。これに乗るためには一旦実機サイズにした後、妖精さんを格納し、機体だけ残すという細かい操作が必要だった。艦載機を実機サイズにできることが判明してから二週間ほどで、妖精さんだけを格納する方法を見つけ出した艦娘がおり、それからというもの、連日鎮守府上空を一分の一スケールの零戦がゆうゆうと飛んでいるのである。

 

今日は晴天。晴れ空がどこまでも広がる気持ちの良い昼下がり。

艤装を借りて「フライト許可」を取り付けた加賀は、鎮守府裏手の開けた場所で矢を放った。

ほどなくして矢はミニチュアサイズの零式艦上戦闘機となり、そして瞬く間に光ったかと思うとサイズが急変。史実通り、人の乗れる零戦となった。

腹の底に響くエンジン音をたなびかせながら上空を旋回し、加賀の立つ広場へと降り立つ。エンジンはアイドリングしたまま、コックピットの妖精がガラスのハッチを開け手を振ってくる。加賀はそのまま胸に手を当て、妖精のみを格納庫へ収容する。

妖精の姿が僅かに光ったかと思うと、次の瞬間には元気よくアイドリングする零戦だけが取り残された。

手際良い。加賀は慣れた手つきで一連の準備を済ませると、どこか楽しそうな笑みを口の端に、ほんの僅かに浮かべながらコックピットへと乗り込んだ。

 

スロットルをあけてプロペラの回る速度を上げる。風がほおを叩いてきて、ハッチを閉めていないことに気がつく。落ち着いた動作でパタリと閉じ、スロットルを離陸できる回転数まであける。ゆっくりと進み出した零戦の左右舵を調節し、速度を上げる。

何の問題もなく加賀の乗る零戦は大地から離れて空へと飛び立った。

 

操縦の仕方は妖精が教えてくれた。熟練の装備妖精のようなアクロバティックな操縦をするわけではないし、まして戦闘をするわけでもない。

ゆったりと鎮守府上空を流すだけのフライトにそこまでの技術は必要なかった。だからこそ艦載機を扱える艦娘、とりわけ空母の間でこの遊びが流行っていると言える。

 

今日も快晴。空は高く、雲は少なく、鎮守府上空は平和なり。

加賀の口元は、さっきよりも綻んでいた。

 

 

ところ変わってここは洋上。

空は雲が厚くもたれかかり、昼間だと言うのにどこか薄暗ささえある。何かがいそうな海域で、実際報告では深海棲艦が出現したという海域だった。

この海域は艦娘が使う燃料の輸送に使っている。一般船団にもしものことがあってはならないので、加賀を含む六隻の艦娘が掃討作戦に出撃していた。

 

加賀はあたりを見回しつつ、つい先ほど放った偵察隊からの入電に耳をそばだてていた。先にこちらが敵艦を発見できれば、それだけアドバンテージを稼ぐことができる。対空警戒をしつつも、発見の報告を今か今かと待っていた。

 

「入電!」

 

叫んだのは同じ艦隊にいる正規空母赤城だった。どうやら先に赤城の艦載機が敵を見つけたらしい。

 

「敵艦見ゆ! 各員戦闘準備!」

 

加賀も矢を番る。敵を発見して最初にやることはただ一つ。制空権争いになる。

艦砲が往来する距離になる前に艦載機同士での殴り合いが勃発。ここで空を取れるか失うかでその後の動きも大きく変わる。

 

「鎧袖一触よ。心配いらないわ」

 

第一次攻撃隊、全機発艦。次々と矢を番ては放ち、番ては放つ。隣の赤城も同じように放っていた。

 

果たして一次接触となった海域上空。艦娘側の損失は軽微なり。航空優勢を勝ち取る。

同じ艦隊の戦艦が主砲を向ける。一斉射。轟音と共に波が立ち、周囲の空気が頼もしく震える。

 

戦艦の砲撃と同時に向こうの敵からも砲撃が飛んできた。数は散発的。

最前線でもない海域の、はぐれ深海棲艦である。敵の練度はそれほど高くない————はずだった。

 

「ッ! 夾叉!」

 

落ちてきた砲弾が加賀と赤城の前後に落ちる。海戦でこの砲撃を喰らった時、次弾は当たるぞという警告である。

深海棲艦の方を見る。戦艦クラスが貼り付けたような気味悪い笑顔を浮かべているのが見えた気がした。この距離だから表情までは見えないはずだが、「次は当てるぞ」と耳元で囁かれたような気分になる。

 

即時回避運動。之字になるように舵を切り、主機の出力を上げて速力を出す。舵を出鱈目に左右へ振って砲撃を回避するよう働きかける。

当たれば痛いではすまない。戦艦クラスの砲撃がバイタルを抜いてきたらそれこそ一発大破である。

この海域の掃討を提督から任されている。おちおち弾を食らいましたで帰っていられないし、そんなことがあっては一航戦の名に恥じる。

当たらないでくれと願う反面、当たった時にどうするかなどと余計なことまで考えてしまった。

 

だからだろうか。

 

加賀は一瞬、判断が遅れた。ほんの一瞬、考えごとをした。それがまずかった。

加賀の前の空間が歪む。何もなかった場所に、まるでたった今出現したかのように“空間の歪み”が現れた。

 

「な————ッ!」

 

大慌てで操舵するも間に合わない。そのまま滑り込むようにして加賀は歪んだ空間へと吸い込まれていった。

隣で回避運動をしていた赤城の声が遠くに聞こえた。空間の歪みはほんの一瞬だけ形を成し————まるでそれは石造の門のようだったが。

一瞬後には元あった海の、何もない、ただの海面が広がるだけであった。

 

 

 

 

暗闇を抜けた先には、街があった。

つんのめるようにして加賀はたたらをふみ、危うくコケる一歩手前で何とか持ち堪えた。

先ほどまで海の上を滑っていたはずなのに、気がつけば陸、それも大都会のど真ん中である。

 

「な……なんでしょうか。ここは……?」

 

見覚えがないわけではない街。ちょうど、東京とか大阪とかの大都会がこんな風だったと記憶している。

艦娘になって、鎮守府に配属されてからしばらく経つ。街の様子なぞそうそう見に行けるものではない身からすれば、ここがどこなのか、何と言う都市なのかまではわからなかった。かろうじて日本だろうという具合だ。

 

背後を振り返る。つい先ほど自分が通ってきた謎の空間がまだあると思ったが、そこにあるのは、

 

「……? なん、ですか?」

 

巨大な石造の門だった。明らかに車の通る道のど真ん中に建っている。

否、建っていると言うよりは現れたとでも言った方が正しいような佇まいだった。

 

何が起きているのかわからない。

状況の把握をし、一刻も早く先ほどの海域に戻らなけれなならない。

加賀は手元の通信機に手をかけ、

 

「こちら加賀、現在地不明。状況を知らせよ」

 

呼びかけるも聞こえてくるのはザーザーというノイズのみ。もう一度試すも結果はおなじ。

 

「何が起きてるの……?」

 

海は? 海域は? 深海棲艦は? 仲間は? どこに?

そしてここはどこ? この門はなに?

 

私はここから来たのだろうか。だとすればここをくぐれば元の場所へ戻れるのだろうか。

 

混乱する頭でとにかく来た道を戻れば良いと判断し、門へ向けて一歩踏み出した。その時。

 

頭上を一体の竜が通った。見間違いかと思い足を止め、振り返り、もう一度目を凝らす。

竜だ。人が乗っている。まるでゲームか何かに出てくるような鎧を着た人間が、まるでゲームか何かに出てくるような竜にのって、街を飛んでいる。

 

「ッ!」

 

あわてて門の方へ振り返る。門の前には、先ほどまでいなかった鎧集団がゾロゾロと現れていた。加賀の立つ位置からほんの三十メートルも離れていない。続々と、槍、剣、棍棒、ハンマー、弓をもった連中が姿を現す。

 

加賀は後ずさった。門を潜らなければならないが今、物理的に門の前には近づけない。背後で「何あれ? 撮影?」と言いながらスマホを取り出す人々がいる。

 

加賀は直感的に悟った。門の前に今なお増え続けている鎧集団。その目を見て、加賀は、これはまずいと肌で感じた。

目が、深海棲艦と同じなのだ。敵を前に、それを殺さんとする目だ。連中は何を見ている?

街だ。街の人を見ている。殺意のこもった目で、そして。

 

鎧集団の先頭、馬に乗った甲冑姿の人間が、何事か叫んだ。

その叫び声に応答するように後ろに続く人間、いや人間でないものもいる。武装した集団が雄叫びをあげる。

 

加賀は反射的に弓を番えた。残っているのは戦闘機が数機と艦爆のみ。番えたのは戦闘機だった。

 

鎧集団が走り出すのと、それに向けて加賀が矢を放つのは同時だった。

 

 

地獄という言葉が現実になるとしたら、今まさに目の前で起きていることを言うのだろう。

海の上でさえ、ここまでひどい状況になることはなかった。

まさか。

陸の、それも大都会で、自分の艦載機を総動員して戦う日が来るとは思いもしなかった。

 

加賀は直感的に放った艦載機のサイズを変更。実機にして3機が超低空で飛び立った。

加賀めがけて走り出していた集団は、一瞬ひるみ、足を止めた。それが幸いだった。

一度高度を上げた零式艦戦は空中でトンボ返りし、鎧集団めがけて一気に距離を詰める。

 

「撃て!」

 

艦載機の妖精に命じる。超低空から地面スレスレを飛んだ零戦は、20mm機銃で鎧集団を撃ち抜いた。

それに怯んだ集団だったが、稼いだ時間はごく僅かだった。次々と現れては、周囲にいる民間人へ剣を振り下ろしている。

槍で突かれ絶命した男性が視界の端に映る。

剣で斬り伏せられ、地面に横たわる女性が目に飛び込んでくる。

 

守りきれない。数が多すぎる。

 

「一旦距離を——」

 

額に一筋の汗が流れた。冷や汗一滴。距離を取るといってもここは海の上じゃない。

加賀は鎧集団の侵攻方向へ向かって駆け出した。

街の人々が悲鳴を上げながら逃げている方向へ。少しでも距離が取れる方向へ。

幸いにも敵は民間人を虐殺しながら侵攻している。馬や竜で追い立てられていたらどうしようもなかったが、それだけは、不幸中の幸いだった。

 

上空を零戦が通る。ビルの合間を抜けながら加賀の次の指示を待っている。

今この場でできる最大限の攻撃は何か。自分一人で賄える航空戦力で、果たして何ができるのか。

全速力で走りながら加賀が出した結論は、

 

「目標、竜騎兵。制空権を確保してください」

 

妖精さんへ司令。地上の部隊は艦爆で対処する。爆発の被害は出てしまうが、このまま放っておくことはできない。

 

走りながら敵集団へ向けて矢を番る。最後の戦闘機。これを放ったら艦爆しか残っていない。

 

「おねがいします。みなさん、奴らを追い払って……ッ!」

 

何が起きているのかなんて、考える余裕はなかった。

海域にいたと思ったら突然謎の空間に入ってしまい。

飛び出したと思ったら大都会のど真ん中で。

自分が出てきたはずの門からは鎧集団がぞろぞろ出てきて。

あげくそいつらが民間人を虐殺し始める。

 

自分にできること。戦うこと。制空権をとって、鎧集団を爆撃すること。

これしかない。

 

振り返りながら放った矢は空中で三機の戦闘機となり、瞬く間に大きさを変えて実機となる。広い道路でよかった。十分に幅があるからこそ、実機サイズにして攻撃力を底上げできる。

 

街の上空を飛んでは地上の民間人に槍を刺そうとしていた竜騎兵へ零戦が接近。すれ違いざまに20mmを叩き込んで竜を撃墜している。

よかった。こちらの攻撃は鎧集団にも竜にも効いている。あとは艦爆を発艦させて、鎧集団を爆撃————。

 

視界の端に、子供が写った。少女だ。すぐそばに鎧の兵士もいる。兵士は剣を振り上げ、いままさに、うずくまる少女を切ろうとしていた。

 

「ッ!」

 

咄嗟に矢を番る。引き絞り、一瞬で放つ。矢は艦爆にはならずそのまま鎧兵士の首へと吸い込まれた。

できるかどうかわからなかった。一か八かのとっさの判断だったが、女神は加賀に微笑んだ。

子供の元へ駆け寄る。

 

「大丈夫? 怪我は」

「あ、ありません……大丈夫です、ありがとうございます」

 

今にも泣き出しそうだったが、少女は気丈にもお礼を言い、走り出そうとした。

 

「この先へ逃げて。なるべく遠くに。警察の指示に従って。早く、行って!」

 

少女は駆け出す。怯えて手が震えていた。足も震えていた。それでも、逃げ切ろうと駆け出した。

 

加賀は男の首に刺さった矢を引き抜き、弓に番えて上空へ放った。

瞬く間に三機の九九艦爆へとなり、空へ、垂直に上昇していった。

 

「目標、敵集団中腹。民間人がいないことを確認して、攻撃を開始してください」

 

程なくして激しい爆発音とともに、鎧集団が吹き飛んだ。

先頭を切っていた兵士たちの足が止まる。この隙にと加賀はさらに距離をとり、再び九九艦爆を発艦させた。

 

 

銀座の空に陸上自衛隊のヘリが到着した時、すでに十数機の竜騎兵が落とされており、制空権は確保されていた。

また銀座の街を占拠せんと集まっていた鎧集団は、爆撃により壊滅的なダメージを負っていた。

 

人々が皇居内へと避難し、陸上自衛隊による皇居前奪還作戦が終わる頃には。

銀座の空を飛んでいた零戦は、一機もいなくなっていた。まるで幻だったかのように。

人々を守るように飛んでいた零戦と艦爆は、無事加賀のもとへと帰還した。

 

「門の向こうへ行けば、帰れるかもしれない」

 

ひとりごちた加賀が閑散とした門を潜り、しかし辿り着いたその先は。

加賀の知らない、異世界だった。




半年ほど前にゲート×妖精さんを書きました。
今度は艦娘ごとゲートの世界へ。


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加賀と異世界

続いちゃいました。


門を潜った加賀は驚愕せざるを得なかった。

目の前に広がるのは大地。抜けるような青空と白い雲。

どこまで続いているのかわからない青々とした草原。

 

「これは……流石に気分が落ち込みます」

 

誰も聞いていないところで独り言を言うような趣味はないが、それでも口を突いて出てくる言葉がそれだった。

出てきたところへ戻れば元の場所に帰れる。普通はそうである。

つまり今、加賀のおかれている状況は普通ではないということだった。

 

遠くの方に目を凝らすと、人影が見えた。

街を襲っていた鎧集団の敗残兵だろう。あれに見つかると厄介なので、しばらくどうするかはここで考える必要がある。

 

街へ戻るか?

 

「それはない、ですね」

 

あんな大都会の上空で艤装を解放した。爆撃までしている。警察や憲兵が黙っていないだろうし、そもそも街中で艤装をつけていること自体軍規違反だ。捕まればよくて除隊、悪くて営倉行きだろう。

 

そもそもあの街が加賀の住む日本だったかどうかも怪しい。この門はなんなのだろうか。

ただ遠い場所へワープするだけのものとは思えない。明らかに元いた世界ではあり得ない生物が、今、加賀がいる場所から門を通って街に現れていた。

あの街そのものが、そもそも加賀のいた世界の都市ではないとしたら————。

 

本格的に帰る方法がわからない。詰んでいる。

 

「これからどうしたら……」

 

とりあえずできることはなんだろうか。

元のあの街へ引き返すか。別世界なら、つまり、あまり信じたくはないが艦娘のいない世界なら、艤装云々の処罰は有耶無耶になるかもしれない。

 

あぁでも、街中で爆撃したことは確かだ。やっぱり戻ることはできない。

となると。

 

「この世界で、どうにかして生き延びるしかないと言うことでしょうか」

 

そういうことになる。

竜とか鎧兵士とかがいつ襲ってくるかわからない世界と、日本であることは分かっているがもしかすると異世界の日本かもしれない世界。

どっちで難を逃れるかと言えば後者の方がいいに決まっているが、なんせ爆撃してしまっている。言い訳が思いつかない。

艦娘が万が一いなかったら、自分はどう言う存在かを説明する必要もある。それは大変面倒臭いし、信じてもらえるかもわからない。

 

やはりこの世界で生きていくしかない。せめてほとぼりが冷めるまで。

この世界で生き延びつつ、元の世界へ帰る方法を探すしかない。

それしかない。

 

「ひとまず……どうしましょうか、妖精さん」

 

格納した零式艦上戦闘機の妖精さんに聞いてみる。

帰ってきた答えは、

 

『カガ、トベバイイ』

 

だった。

 

艦載機を実機サイズにして移動しろと。

加賀は考えた。それで万が一戦闘になったら逃げ切れる自信がない。

せいぜい自分の飛行技術は飛ばすことで精一杯。離着陸と鎮守府上空を旋回するくらいしかやったことがない。

 

とはいえ。

歩いてこの世界を見て回っていては、いつ帰れるかもわからない。

あまりにもこの世界に対しての情報がなさすぎる。

補給もままならないこの状況で、情報収集を悠長にやっていてはそれこそ本当に詰んでしまう。

 

いよいよダメになったら、もう一度門を潜ってあの街へ出よう。

警察に捕まろうが憲兵にしょっぴかれようが、生き伸びることはできる。

それまでの悪あがき。自分で元の世界へ帰る方法を探すという悪あがきに、一縷の望みをかけてみようと思った。

 

 

街で解き放った艦載機は全機無事に帰ってきてくれた。

おかげで矢を失わないで済んだので、また飛ばせることに加賀は胸を撫で下ろした。

 

零式艦戦52型を弓に番えて、ひょうと放つ。

瞬く間にミニチュアサイズの艦載機になり、そして一瞬光りながらそのサイズが大きくなる。

実機サイズとなった零戦が加賀の元へと降りてきて、妖精さんだけが加賀の格納庫へと姿を消す。

 

乗り込み、計器類をチェックし、どこにも損傷がないことを確かめてから、加賀はハッチを閉めた。

 

「ひとまず、飛んでみましょう。何かあった時には頼みます」

 

妖精さんへお願いをするような形でひとりごち、それから加賀は零戦を飛ばした。

 

 

「綺麗な景色ね……こんな状況じゃなければ楽しめたのに」

 

眼下に広がるのは緑と大地。土を踏み固めただけの細い道が草原を割るように伸びていて、加賀はそれに沿って低空飛行している。

晴れた大地は見通しもよく、また他に空を飛んでいるものも見当たらない。

フライトを開始して三十分ほどが経過していた。

 

道沿いに飛べば村か街があるのではと考え、加賀は零戦の進路を南の方角へ取った。

途中敗残兵を追い抜くような形で飛んだが、下の連中が何かをするような素振りはなし。

どちらかというと零戦を見て怯えているようにも見えた。

 

途中三叉路があり、加賀は南から南西の方角へ進路を取った。そろそろ村の一つくらい見つけたい。

 

「…………ん?」

 

地上を隈なく探していた加賀が、目を止めた。

集落だ。いくつかの家が寄せてたち、その周囲を囲むように柵が立っている。

お望み通りの集落である。

 

加賀は一度通り過ぎたのち、十分な距離をとって零戦を着陸させた。村の上を通り過ぎた時に何人かがこちらを見ていた。

零戦のサイズをミニチュアに戻したのち格納庫へ。

加賀は一度自分の姿に目を落とした。

 

艤装と和装。袴姿に弓矢を携えたその姿は、どこかの国の兵士のように見えなくもない。

あくまで敵ではないという姿勢を見せながら、接触を果たす必要がある。

しかし加賀は落ち着かない。表情こそ落ち着いているが、内心はドキドキである。

なんせ街を襲った世界の住人との初めての会合ということになる。問答無用でいきなり襲われるかもしれない。

弓の状態を確かめる。問題なし。いつでも使える。

矢の状態も確かめる。こちらも問題なし。戦闘機、艦爆、ともにいつでも発艦できる。

気を引き締め、いざ、村へと歩き出した。



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加賀とコダ村

高評価ありがとうございます。
感想とかくれるともっと喜びますよ(ちらっ


 

村の入り口に立った時、初めに目に入ったのは少女の姿だった。

外で遊んでいたのだろうか、小さな人形のようなものを持って建物の前に立っている。

じっとこちらを見ている。民族的な装束で、ここが異世界であることをいやでも認識するような姿である。

加賀はにこりと笑ったつもりだったが、作り笑いなどできない性分からか、どこか引き攣った笑みになってしまったらしい。

 

少女は加賀の姿を見るや若干の怯えとほんの僅かな好奇心の目を向けたのち、そのまま家の中へと入っていってしまった。

第一次接触としてはいかがなものか。よもや幼い子供に引き攣った笑みを浮かべる異質者として大人に報告されていなければいいけど、などと考えていると、建物の中から若い女性が出てきた。先程の子供に手を引かれている。

 

子供がこちらを指差して何事か言う。こちらも挨拶をせねばなるまい。

 

「こんにちは、初めまして。加賀と申します。二、三尋ねたいことがあってこちらにお邪魔しております」

 

我ながら平然とした声だと思ったが、こちらの言葉を聞くや否や女性は訝しげな顔になった。

 

「〇〇〇〇」

「あ……」

 

言葉が通じない。女性は何か言ったが、何を言っているのかわからない。

続けて女性は何か言葉を発しながらこちらに近づいてくる。何を言っているのか相変わらずわからない。

 

「あの……すみません。言葉が通じないようですね」

 

言葉の壁が厚く隔たっているのを、加賀も、そして目の前の女性も気づいたらしい。

女性は子供の方に二、三伝えると、「その場で待ってくれ」」というようなジェスチャーをした。

加賀はうなづき、指示通りその場で待つ。子供が村の奥の方へ走っていき、数分すると幾分か歳をとった帽子の老人を連れてきた。

 

「〇〇〇〇〇〇」

 

何を言っているのかわからないが、顔は険しくない。笑顔とまではいかないが、必要以上にこちらを警戒している様子はない。

加賀は、

 

「もし、こちらの村で二、三日過ごさせていただければ幸いです」

 

と言いながら、近くに落ちていた石を手に取り、地面に絵を書いた。

棒人間がベッドに横たわる姿を描く。老人の方へ向き直り、ゆっくりと、

 

「この村で、過ごさせてください」

 

と伝える。

老人は地面の絵と加賀の顔を交互に見てから、何度かうなづき、加賀の手を取った。

 

ついてこい、と言う意味だろうか。加賀の手を一瞬握り、少し引いたのちに離した村長は、村の中へと歩き出した。

加賀もついていく。

こちらの意思は伝わっているのだろうか。

 

一抹の不安を抱えながら、加賀は帽子の老人の後をついて歩いた。

 

 

結論から述べよう。

こちらの意図は伝わっていた。

 

加賀と初めて会った時に村を案内してくれた老人は、この村の中でも偉い人、とりわけ村長のような人であることがわかった。

村長に案内され、あまり人が使っていなさそうな部屋で二、三言告げられた時、ここに泊まって良いと言っているような気がした。

そのあと客間のようなところに通され、水と少しの料理を出された。

 

歓迎されている、ということだろうか。

加賀は拭いきれない不安を残しつつも、ひとまず水と料理に手をつける。

水は美味しく、料理もエスニックな風味のする郷土料理といった具合である。なんの肉かはわからないが肉を甘酸っぱいソースで絡めたものだった。

加賀は考えた。まずはこの世界の言語を覚えなければならないと。

ひとまず水を指さして、

 

「これはなんですか?」

 

と尋ねる。

帰ってきた言葉を繰り返し言いながら、水を指さす。

おそらく水という単語であるものを覚えた。

同じ容量で食べ物、衣服、ベッド、家などなど。そこらじゅうにあるものを村長に聞いて回った。

この世界でしばらくの間生きていくと決めたのだから、なんとしてでも覚えなければならない。

 

勉強なんて艦娘の訓練生時代以来だ。当時は海のこと、戦いのこと、兵装のことと座学がめっぽう多かったが、今こうして未知の言語を学んでみるとそれなりに面白いと思える自分がいた。

覚えなければ生きていけないという義務感もあるが、それを除いても言葉を習得していくのは楽しかった。

 

 

早いもので三ヶ月がたった。

この村はコダ村というらしい。

原始的な農耕牧畜に狩猟生活、そして近隣都市との交易によって生活をなしている小さな村だ。

 

加賀はこの三ヶ月で、片言ながらこの世界の言語を覚えた。苦労はしたが楽しかったし、これからもまだまだ言葉を覚えるつもりでいる。

 

言葉が喋れるようになってから、私のことをどう思っているのかを村の住人から聞き出すことができた。

曰く、初めて見る乗り物に乗ってきた謎の女性。

曰く、帝国兵士のように弓を持っていたから、どこか異国の兵士だと思った。

曰く、困っているようなのでとりあえず村で面倒を見ることになった。

曰く、農作業も手伝ってくれるし、言葉も覚えようとしてくれているから助かっている。

曰く、いつまでいても構わないから、のんびりとこの村にいてほしい。

 

加賀は嬉しく思った。

見ず知らずの土地。情報も身よりも頼るべきところもない土地で、こうして暖かく迎えてくれるこの村に、感謝しても仕切れなかった。

この恩はいつか返すと胸に誓いながら、今日も加賀は言語習得と農作業をこなしていく。

 

 

加賀は山積みにされた麻袋を指差しながら、異世界の言葉で質問する。

 

「これ、はこぶ? てつだう」

「おお、ありがとうカガさん! 助かるよ」

「いい。かまわない」

 

重そうな麻袋を軽々と持ち上げた加賀は、指定された場所へ荷物を運ぶ手伝いを始めた。

天気のいい昼下がりで、こんな日は零戦で空を飛べば気持ちがいいだろうにと思う。

 

この村へ来てから三ヶ月が経つが、実は来た時から一機も発艦させていない。飛ばす必要がないのと、説明がややこしいからという理由だ。

村の人のうち何人かは初めて会った日のことを覚えていて、零戦に乗る加賀の姿を見られている。

見られてはいるが、しつこく聞いてくるような人もいない。

加賀が話したがらないのだから何か訳ありだろうということで、零戦については聞いてくる人が誰もいなかった。加賀もそれでいいと思っている。

 

麻袋を一通り運び終えた加賀は、ふとなんとなく村の入り口の方を見た。

こんな天気のいい日だから、もしかしたら来客があるかもしれないなどと考えた。

街の方の交易商人とは何度か顔を合わせている。おいしいものを持ってきてくれるので、加賀は交易商人のことを気に入っている。

 

その時だった。

聴き慣れた、でもどこか懐かしくも思うエンジン音が村の入り口の方から聞こえた。

エンジン音?

 

「…………え?」

 

聞き間違いかと思う。

この世界にエンジンなぞ存在しないことは、この三ヶ月の生活でよく知っている。

ほとんどが馬車。稀に人力車。多くはそう言った前時代的な乗り物しかこの世界にはないはずである。

 

「なにかしら」

 

思わず久しぶりに日本語が漏れる。

村の入り口の方を恐る恐るのぞいてみると、そこにあったのは。

 

「…………!」

 

緑の車だった。三両。それは、どう見ても、加賀が元いた世界にもあった組織の車両。

つまり陸上自衛隊の車両に違いなかった。

 

「特派」と書かれたバンパーに目がいく。間違いない。日本の、自衛隊の、車両である。

中から数人の男女が降りてきた。手にはライフルのようなものを持っている。表情は————笑顔だった。

三ヶ月前の加賀がそうしたように、まるで友好的な関係であるかのように、自衛隊は村の住人と接触していた。

 

背筋に冷たいものが走る。

これはまずいのではないかと本能で警鐘が鳴らされる。

 

加賀は生粋の日本人である。艦娘になってから人並外れた訓練はしてきたが、これでも二十代の日本人で相違ない。

いまここで見つかれば、間違いなくややこしいことになる。最悪門の向こうへ強制連行されての勾留。門の向こうが艦娘のいる世界であれば軍法会議。そうでなくても街を爆撃した張本人として絶対に吊し上げられる。

 

まだ三ヶ月だ。門の向こうがどうなっているのかなど予想もしてなかったが、まさかこんなに早く日本からコンタクトを取ってくるとは思いもしなかった。まずい。非常にまずい。

 

加賀は自衛隊から見つからないように隠れようとした。

途中村の少女に見つかったので、

 

「わたし、みどりのひと、こわい。かくれる」

「そうなのカガさん? うんわかった、あっちにいれば見つからないと思うよ」

「ありがとう」

 

適当に取り繕って隠れ場所を探した。

ここで見つかるわけにはいかない。まだ元の世界————願わくは元の海域に戻る方法の、手がかりすらも掴めていないのだから。

悪あがきはまだ続けたい。

加賀は「どうか見つかりませんように」と日本語で呟きながら、村の裏手の物置小屋へと身を潜めるのであった。



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加賀と自衛隊

高評価、ご感想ありがとうございます!
感想もらえると嬉しいっす(大歓喜


 

自衛隊は十五分ほど村長と話をしたのちに、どこかへと去っていったようだった。

加賀はホッと胸を撫で下ろしつつ、これからどうするか考える。

 

無論、この村にとどまるか、それとも別の場所へ逃げるか。

逃げるとなれば零戦を飛ばす必要がある。村人には思いっきり見られるし、説明も必要だろう。

そしてそれ以外にも重大な問題がある。

 

「燃料、どうしましょう」

 

艦載機の燃料には限りがある。補給しようにもこの世界に燃料はない。機体が損傷していないので幸いにもボーキサイトは必要ないが、燃料だけはどうにかする必要があった。

自衛隊から逃げるようにして飛んでいては、いつか燃料は尽きる。そうなれば身動きは取れないし、もし鎧集団のような敵が現れた時に何もできないままやられてしまう。それだけは避けねばならない。

 

燃料か、安全か。

燃料が尽きるまで逃げていてはそれこそ安全を失うことになる。かといって自衛隊に見つかれば日本に強制連行される。

 

「どうすればいいのかしら」

 

物置小屋から這い出てきて、加賀は腕を組みながらしばらく考え込んだ。

まだ結論を出すには時間がある。

自衛隊は高い確率で再びこの村を訪れるだろうが、それは今日明日の話ではないはずだ。

ならばどうするか考えつつ、今後のことを決めていこう。

加賀はそう考え、そしてそろそろお昼ご飯の時間ということに気がつき、村長の元へと歩き出した。

 

 

村を去るか。それとも残って一か八か自衛隊に接触するか。

加賀は決められないまま二日の時間を過ごしていた。

どちらがいいかなんて到底決めかねる事態だ。燃料、拘束、燃料、拘束…………。

加賀はそのことで頭の中がいっぱいだった。

 

今日は農作業のない休息日。

目はとっくに覚めていたが、ベットから起き上がる気が失せていたのでそのまましばらく寝転がっていた。

 

「ん……?」

 

なにやら外が騒がしいような気がする。

ベットから体を起こし、身を置かせてもらっている小屋の外をのぞき見る。

村人が先を急ぐようにして走り回っている。

まだ朝も早い時間だ。早いと言っても午前九時くらいか。早くはないか。何かあったのだろうか?

などと考えながら、加賀は借りている寝巻きからいつもの服へと着替える。弓は置いたままにしとこうかと考えたが、外の騒がしさが気になる。

よもや敵襲? この村を襲うような存在といえば、野盗か。まさか。

いやでも明らかに騒がしい。村の住人が行ったり来たりしているし、何事か叫んでいる人もいる。

 

「なにかあったのかもしれません」

 

加賀は弓を持ち、外へ出た。そして右を見て、

 

「…………」

 

絶句した。固まった。指ひとつ動かすこともできないほどの衝撃が脳天から貫いた。

加賀の目に飛び込んできたのは、緑。

緑の軍服に身を包み、木製ストックの小銃を携え、今まさに水筒の水を飲もうとしていた一人の人間——日本人。自衛官と目があった。

 

「…………」

「や、やぁ。ごきげんいかが」

 

自衛官は水筒を飲む手を止め、異世界の言葉で挨拶をしてきた。片言の、ちょうど加賀と同じような異世界語だった。

 

加賀は高速で考えた。脳が熱くなるのを感じながらこれからどうするか必死に考える。

選択肢は3つ。

このまま何も言わず走り去るか、このまま異世界の住人として異世界語で応対するか、それとも全てを諦めて潔く日本語で全てを曝け出すか。

 

どうするか。どうすれば良いか。どうするのが最善か。

今から零戦を飛ばして逃げれるのか? 無理じゃないか? もうすでにこの村には自衛隊が来ている。

自衛隊がいるから村が騒がしいのか、それとも別の理由なのかはわからないがこの際それはもうどうでもいい。

どうする。どうすれば————。

 

固まったまま必死に考える加賀の姿を見た自衛官は、何かに気づき、そして驚愕の表情になった。

震える声で、驚きをまるで隠せない様子で、自衛官は加賀を指差した。

 

「な、なんで……加賀さんのコスプレしてんすか?」

 

日本語だった。

加賀さん……?

私のことを知っている……?? でもコスプレって、今、この自衛官コスプレって言ったわよね。

 

加賀は混乱する頭で、しかしもうどうにもできない状況であると腹を括り始めた。

私のことを知っている。異世界人のふりはできない。今から逃げて零戦を飛ばすこともできない。

潔く、この場で正体を明かそう。

 

短い悪あがきだったなぁと加賀は内心で思いながら、踵をつけ、背筋を伸ばし、敬礼をひとつ。

もうバレているのだから、堂々としていよう。

 

「はい。横須賀鎮守府、第一艦隊所属。一航戦加賀です——あなたは?」

「え……あ、はい、え……加賀ってマジ? あぁいや、そうじゃないな、その俺は……」

 

自衛官の顔を見る。

そこまで驚くことだろうか。自衛官はしどろもどろに成りながらも手を差し出してきた。握手だろう。

 

「俺の名前は伊丹耀司。第3偵察隊隊長ってことになってる。…………なぁ、加賀って、マジであの加賀なの?」

「なんのことでしょうか」

 

日本語で返しながら、一応手だけは握り返しておく。

 

「ほら、だって見た目とかそっくりだし。あの……艦隊これくしょんの、加賀なのか?」

 

 

伊丹の言葉に、加賀は空いた口が塞がらなかった。

 

「だから、そのな、君は俺たちのいる世界……日本のゲームに出てくるんだよ」

「ゲーム……そんなバカなこと、信じられません」

「本当なんだって。ゲームの世界から出てきた、ように見える。加賀さんが本物だったらの話だけど」

 

加賀は頭が痛くなってきた。

よもや、海域から突然放り出されたのは艦娘のいない世界の日本————どころか、私たちの世界がゲームになっていると、目の前の男、伊丹は言うのである。

 

「本当なのですか?」

「本当だよ。正規空母加賀。間違いない。君とそっくりなキャラクターがいる」

「…………その、私がコスプレをしているという可能性は捨てきれませんよね」

「それなんだけど、本物なんでしょ? 目を見ればわかるよ。戦ってきた者の目って感じだもん。それに」

「それに?」

 

伊丹は水筒の水を一口飲んでから、続けた。

 

「コスプレをした一般人がコダ村にいるって状況の方が信じ難い。まだ異世界との門が繋がって、艦これの世界から加賀さんがきちゃった、って方が俺としては信憑性が持てるわけ」

「そう、ですか」

「なぁ、銀座で零戦飛ばしてたのって、やっぱり加賀さんだったりするの?」

「銀座? あぁ、あの街は銀座だったのですか————はい、だと思います。鎧兵士に向かって攻撃していたのは、私です」

「なーるほどな」

 

伊丹は一人合点がいったようにうなづいた。

加賀は伊丹の方へ向いて、今後自分がどうなるのか、最も気になる部分を質問した。

 

「今後? あーそりゃ、とりあえず一旦アルヌスには来てもらうよ。保護って形でね」

「連行、ではないのですか?」

「え? なんか悪いことしたの?」

「銀座を爆撃しています」

「あー、それ、一応有耶無耶になってるみたいなんだわ。ニュースとかでも一切触れられてないし。半分なかったことになってるよ」

「そ、そんなことありますか?」

「自衛隊が到着するまでの間、明らかに民間人を守るように飛んでたし、爆撃の被害も民間人には出てないってことになってるからね。実害が出てないんじゃ事件性もないし、何より現場は混乱してた。目撃者も少なすぎるしで、零戦云々は自衛隊内のうわさ話程度にしかなってないよ」

「そんな、簡単な話ですか?」

「簡単なんだよ。そういうことになってる。詳しい情報を知りたがってる人もいるから、まぁ協力してくれれば助かる。身柄拘束とか、そういうの気にしてるんだったら一切合切大丈夫だよ」

 

伊丹の言葉は信じるに値するのだろうか。

加賀は少しの間考え、それは、もう加賀にはどうしようもないことだと気が付き、伊丹の言葉————大丈夫という言葉に、乗っかることにした。

 

「ただねぇ」

「?」

「このままアルヌスに帰りたいってのはやまやまなんだけど…………ほら、こんな状況だからね」

「そういえば、なぜ村の住人はこんなにも慌てているのですか?」

「炎龍ってのがいるんだよ。ドラゴン。スッゲーでかいの」

「炎龍……?」

「そう。んで、そいつがエルフの集落襲って、人の味覚えちゃったから村ごと逃げ出す準備をしてんの」

「村ごと? じゃあ、村を捨てるということですか?」

「そうせざるを得ないんだって」

 

炎龍。そんなものはこの三ヶ月で聞いたこともなかった。村を捨てなければならないほどの災厄とは、いったいどれほどのものなのか。加賀には想像が難しかった。

 

「ひとまず、自衛隊が村人の避難に手を貸す手筈になってるから、加賀さんもついてきてよ」

「わかりました。準備します」

「よろしくねー」

 

ひらひらと手を振る伊丹を横目に、加賀は内心で大変なことになったぞと焦りながらも、表情には出さずに小屋へと戻った。

私物なんてほんの少ししかない。艤装くらいだ。

 

「炎龍…………」

 

村を捨てるほどの敵。逃げるしかないというのであれば、加賀もそうするしかない。

自衛隊との接触を果たした。思っていたよりも平穏な接触だったし、拘束される心配もないと伊丹は言う。真偽はともかく、もうこうなっては信じるより他はない。

加賀はゲームの世界から来たのだと、伊丹は言った。ややこしい。ややこしすぎる。

加賀はあくまで、その、艦隊これくしょんというゲームの登場人物で、そこから日本へ、そして異世界へ来たと。

 

「まさか、私たちの世界がゲームになっているなんて」

 

考えれば考えるほど頭がおかしくなりそうだ。おかしなことが身に起きすぎているが、今日のこの体験ほどおかしなものもないだろう。

まぁ、しかし想定していた中で最悪の事態は避けられたと喜ぶべきか。つまりあの門はワープしただけで、艦娘のいる世界で、自分は軍規違反を犯しながら銀座の街を爆撃していた————という事態だけは避けられた。運が良かった。

本格的に元の世界へ帰る方法を探さなければならない状況になっているとも言えるが。

 

加賀は撫で下ろしていいものか迷いながらもとりあえず息をつき、それから荷物をまとめにかかった。

 

逃避行がはじまる。炎龍とやらがどのようなものかは知らないが、村のみんなが逃げるのなら私もそれについて行く。それしかない。

少ない荷物をまとめた加賀は、伊丹の元へと向かうのであった。

 

 



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間話 日本を飛んだ零戦のこと

短いやつを一つ。


 

ここは日本。首都、東京都内のとある自衛隊関連施設内にてのこと。

スーツを着た五十代くらいの男が二人、喫煙所でタバコを吹かしていた。二人以外に人影はない。

 

どちらもやや疲れた表情をしていたが、うまそうにタバコを口にしては煙を燻らせている。

先に口を開いたのは、二人のうちの一人、角刈りのおじさんだった。

 

「どう思います?」

 

それに、七三分けの男が応える。

 

「どう、と言われてもな。まだ帝国海軍の亡霊が現れて、国難を救ってくれたと言われた方が信じるよ」

「ですよね」

 

角刈りの男は一度タバコを吸って、それから続ける。

 

「よもや、ゲームの登場人物が零戦を飛ばしていたなどと」

「ありえん話だ」

「ありえないついでで言えば情報そのものの扱いに自分は納得がいきません。どうして上の方で揉み消されたのか」

「日本の首都を武装した所属不明機体が飛び、あまつさえ攻撃を行ったとなれば角が立つのは国防の責任者だよ。それに、現場の指揮系統が混乱していた上に、目撃者も少ない。なぜ、どこから、どうやってを問うにはあまりにも埒があかなすぎて“なかったこと”にしたほうが都合が良いからなぁ」

 

七三分けの男は苦虫を潰すような顔をしながらもそう続けた。

 

「少女が番えた矢が零戦になったというのは事実なのか」

「五人が同じ証言をしています。この五人に面識はありません」

「疑う余地なしだな。にわかには信じられんが」

「極秘裏にですが、監視カメラの映像で、件の少女らしき姿を探し出すことにも成功しています。その姿は、噂にあった“艦隊これくしょん”というゲームの登場人物に酷似していたそうです」

 

これがその映像で、こちらがゲームの登場人物です、と言って角刈りはスマートフォンを見せた。

 

「ふむ……確かに似ているな。姿、背格好、立ち振る舞いから何までそっくりじゃないか」

「ゲームの中から飛び出してきたという推測を裏付けるような証拠ですからね」

 

で、あるか。と七三分けの男はタバコを手に取り、灰皿へ押し付けて火を消した。

席を立ちながら、

 

「零戦のことについて何か進展があったら、また教えてくれ」

「了解であります」

 

そう言い残して、喫煙所を後にした。

後に残された角刈りの男はというと、

 

「俺も、本物だとしたら一目見てみたいもんだ」

 

とひとりごちて、タバコを消して席を立った。

 

銀座の空を零戦が飛んだ。人々を守るようにして飛び、異世界の集団に爆弾を落として姿を消した。

そう言った噂話は自衛隊の一部の人間たちの間で広がっていた。今回監視カメラの映像から、零戦を飛ばした本人と思わしき女性の姿も確認できた。

“なかったこと”にされた零戦の話を嗅ぎ回っている人間は、一人二人ではないようである。

 



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加賀と逃避行

高評価、感想ありがとうございます。
おかげさまで日刊ランキングに載ってました。やったぜ。


 

「自分、倉田って言います! よろしくお願いします!!」

 

鼻息荒く自己紹介をする倉田三等陸曹に、加賀はあくまでクールな表情で「よろしくお願いします」とだけ応えた。

 

「隊長!加賀さんすよ加賀さん! まさかほんとにゲームの世界から現れるなんて! くーっ異世界半端ねぇっす!」

「ゲームの世界からったって、望んでこっちにきたわけじゃねぇだろうからな。丁重にもてなせよ」

「了解っす!」

 

伊丹の言葉、丁重の意味を果たしてどれだけ理解しているのか怪しいところだったが、とりあえず自衛隊の面々へ向けての加賀の紹介は穏便に終わった。

加賀は伊丹の方へ顔を向けながら、いつもの落ち着いた声音で訊く。

 

「これからどちらへ行くのですか?」

「決まってないんだよね。強いて言えば炎龍が来ないところまで逃げるって感じ」

「それって、何日もかけてただ逃げ続けるってことですか?」

「そうらしいよ……逃避行ってのはつらいねぇ」

 

何処か他人事のようにいう伊丹であったが、第三偵察隊はこの逃避行を援助するという方針でいる。他人事では済まないのは、加賀も承知していた。

お世話になった村の危機でもある。自分にできることならなんでもすると言った様子で、加賀も手伝う旨を話した。

 

「おーけー。そいじゃあ高機動車に乗って、加賀さんも。出発しよう」

 

オリーブドラブに塗装された高機動車両に自衛隊員と加賀は乗り込み、コダ村の住人たち一行は村を出発した。

終わりの見えない、逃避行の始まりである。

 

 

村を出てからというもの問題続きだった。

荷物を積みすぎた馬車の車軸が折れて道を塞いで渋滞になったり、近くで脳震盪を起こした子供と、現地住民に馬が覆い被さろうとしたり。

それを自衛隊が小銃を撃つことで馬を跳ね除けたり。

はたまた馬車がぬかるみにハマって動けなくなったり。それを自衛隊、加賀とコダ村住民が力を合わせて脱出したり。

 

逃避行1日目から、数多くの問題を孕んでいた。

もとよりアテのない旅にも関わらず、住民は持てるだけの荷物しかない。持てるだけの荷物というのは、すなわち生きて行くために必要な水、食料を含んでいる。それが、たとえば馬車が壊れて使い物にならなくなったと言えば、もうそれだけで死刑宣告にも近いのである。

背負えるだけの荷物というのにも限りがある。いつ終わるのかわからない旅を、満足に水も食料もない状態で、住民たちは逃げて行くしかない。

 

逃避行2日目から、脱落者が出始めた。歩けなくなったもの。子供、老人、身重の女性。それらの人々を、自衛隊は高機動車の荷台に乗せて行った。

大人十人は乗れるほどの広さがある荷台であるから、いくらかは乗せられた。しかし、動けなくなった人全員を乗せることはできない。

脱落者、落伍者は増えて行く一方で、逃避行の列はすでに縦に伸び切り、長蛇の列となっていた。

 

加賀は、脱落し、歩けなくなっていく村の住民を見て心を痛めた。どうにかして連れていけないのかと伊丹に聞いても、

 

「車両の増援は呼べないんだよねぇ」

 

と返される。

 

「なぜですか? 自衛隊の輸送車両一つあるだけでも、動けなくなった人を大勢運べます」

「ここ、フロントライン超えてんの。俺たちくらいの小規模なもんだったら敵さんも見逃してくれるだろうけど、輸送車とか、大きくなっちゃうと敵も動き出すかもしれないじゃない。そうなれば偶発的な戦闘、広がる戦火、巻き込まれる住人たち。想像しただけでも嫌になるよ」

「そう、ですか……」

 

伊丹の言っていることは理にかなっている。これ以上の増援は望めない。

伊丹は言葉を続けた。

 

「だから俺たちが手を貸すの。少人数ならこの車にも乗せれるし、馬車がぬかるみにハマったくらいなら俺たちも助ける。今できることはそれしかないからね」

「なぜ、と聞いてもいいですか」

「なんで助けるのかって?」

「そうです。自衛隊は、何が目的でコダ村の住民を助けるのですか」

 

そうだねぇ、と伊丹は後ろ頭をかきながら応えた。

 

「俺たちに降ってる命令ね、現地住民とコンタクトを取って、仲良くしてきてくれって命令なの」

「なるほど。友好関係を築いてこいと」

「そういうこと。だから助けるの。困ってる人がいたら助ける、人道的でしょ?」

「そうですね」

 

今できる力で精一杯手助けをする。それが今の、この自衛隊の人たちの成そうとしていることだった。

 

 

逃避行3日目。

前方にカラスが見えた。かなりの数が集まっている。

倉田は双眼鏡と手に取りながら車両を止める。

 

「なんですかね、隊長」

「なんだろうな……ん? あれは!」

 

ゴスロリだ! という伊丹の言葉に、倉田も双眼鏡を急いで覗く。

 

「ほんとですね! ゴスロリじゃないですか」

「なんでこんなところに……いや、というかなんでこっち見てんだ」

 

双眼鏡を置きながら、伊丹は一応警戒するよう隊員たちに呼びかける。少女は身の丈よりの長い巨大なハルバードを持っていた。

すると、高機動車に乗っていた子供のうちの何人かが荷台から飛び降りて、ゴスロリ少女の元へ駆けて行った。子供たちは笑顔だった。

コダ村の住民のうち何人かも、まるで祈りを捧げるようにして膝をついていた。

 

「祈ってるってことは、何か宗教的な意味があるのかもな」

 

伊丹はひとりごちながら、近づいてくるゴスロリ少女に挨拶をする。しかし、伝わっていないのかそれとも聞こえていないのか、少女からの返答はなかった。

ゴスロリ少女は高機動車の助手席側、ちょうど伊丹の座っている側で車両をジロジロと見ている。

 

「ねぇ、あなたたちはどこからいらして、どちらへいかれるのかしらぁ?」

 

甘ったるいような声だった。伊丹は少女がなんて言ったのか、瞬時に聞き取ることができなかった。

運転席と助手席の間に立っていた加賀には、かろうじて少女の言葉がわかる。

 

「どこへいくのか、と聞いています。私が受け答えしましょうか」

「あぁ、通訳できる? 助かるわ」

 

しかし少女の問いに応えたのは、少女の周りにいる子供たちだった。

 

「コダ村からだよ! 炎龍が出たから逃げてんの」

「へぇ〜。この変な格好の人たちはぁ?」

「よく知らないけど助けてくれるんだ。いい人たちだよ」

「無理矢理連れて行かれているわけじゃないのねぇ?」

「そうだよ!」

 

現地住民同士のハイスピードな会話に、加賀も苦労しながらなんとか和訳して伊丹に伝える。

伊丹も異世界語を記した単語帳を片手に、少女と子供達の会話が途切れるのを待った。伊丹自身がコンタクトを取って、この少女が何者なのか、どこへ行こうとしているのかくらいは聞き出したいと思った。

しかしなかなか会話は途切れない。

 

「これ、どうやって動いているのかしらぁ?」

「僕も知りたいんだけど、どうやって動いてるのかわからないんだ。言葉通じないし……あ、でも、乗り心地は荷車よりずっといいよ!」

「へぇ、乗り心地がいいのぉ」

 

ゴスロリ少女が、伊丹の方を見た。何かよからぬことをこれからしよう、というような目だった。

 

「私も感じてみたいわぁ、これの乗・り・心・地♡」

 

加賀は通訳する。

「乗ってみたい、と言っているわ」

「はぁ? え、ここにか?」

 

と伊丹が狼狽えている間に、ゴスロリ少女は助手席へと乗り込んできた。狭い車内に巨大なハルバードを放り出して、伊丹の膝の上に座る。

 

「うわ、ちょ! 降りろって」

「うふふふ」

「な! やめろ! 小銃に触るな!」

「あらぁ〜、ふふふ」

「やめ、降りろって、おい!」

「隊長羨ましいっす!」

「馬鹿なこと言ってないでおろしてくれ! あ、おいそこ触んな! おい!」

 

伊丹とゴスロリ少女の格闘は数分続いたが、伊丹の座っている席の半分を譲るという形で落ち着いた。

 

 

「なんか、雰囲気変わってきましたね」

 

高機動車を運転する倉田は、そんなことを呟いた。

窓の外に見える景色は、確かに雰囲気が変わっていた。それまで続いていた草原と土を踏み固めた道から一変、切り立った岩と荒れた大地が広がっている。荒野、とでも呼ぶのにふさわしかった。

 

「ロチの丘、というそうですよ」

 

車内の子供が話している内容を聞き取って、加賀は伊丹に伝える。

伊丹は自衛隊の後ろに続いて歩いている長蛇の列に目をやり、ため息をつきながら前を向いた。

加賀も伊丹と同じように長蛇の列に目をやる。

 

「そろそろどっかで休憩挟まないとなぁ」

「コダ村からもだいぶ離れましたね」

「そうだな。ここらで逃避行は終わりーってなって欲しいんだけどなぁ」

 

伊丹は空を見上げた。雲ひとつない青空だが、太陽の照りつけは激しいものだった。

さんさんと降り注ぐ陽光に目を細めながら、

 

「こっちの太陽、日本より暑くねぇか……?」

 

とひとりごちる。その時だった。

一瞬、太陽が何かに隠れ、あたりに影が落ちた。初めは雲に太陽が隠れたのかと思ったが、太陽を隠した張本人はすぐにその姿を現した。

 

土煙。羽ばたく風の音。咆哮一発。大地が震えるような鳴き声を撒き散らしたのち、それ————炎龍は、炎を吐いた。

まるでそれが当たり前のことかのように吐き出された炎が、一瞬にして逃避行を続けてきた列の中腹を焼き払う。

 

燃える荷車。逃げ出す人々。泣き叫ぶ子供と、その子供を庇うようにして覆い被さる大人に、無常にも火の手が上がる。

 

「ッ! 総員、戦闘用意!」

 

伊丹が無線機に怒鳴りつけたのと、車両が急加速をしたのは同時だった。

炎龍の方へ向かって近づいていく。窓の外に、逃げ惑う人々が映し出される。

加賀は絶句した。

これまでみてきたどのような深海棲艦よりも大きい敵。体の底から襲ってくるような恐怖感が、脳天から突き抜けていく。

己の両手を見る。震えていた。窓の外を見る。子供が一人、逃げ遅れていた。

炎龍はその子供に向かって、首をもたげ、喉を鳴らし、灼熱のブレスをあたりに巻いた。

子供が————。

 

「よくも…………よくも、やりましたね」

 

両手の震えは恐怖か。否、それとは全く異なるもの。

怒りだった。加賀ははらわたが煮え繰り返るような思いで外を凝視し、そして車両後方のドアを開いた。

 

自衛隊が炎龍に向けて攻撃を開始した。手に持っている小銃から無数の弾丸が吐き出されている。横を走る軽装甲機動車に備え付けられている重機関銃も火を吹いている。しかし効かないのか、炎龍は嫌がる素振りすら見せずこちらを睨んでいる。

 

「第一次攻撃隊、発艦してください!」

 

零式艦戦52型の矢を番えて、解き放つ。飛び立った零戦のサイズを変更、実機サイズにして3機が上空へ飛び立った。

そのまま蜻蛉返りして炎龍の方へ機首を向ける。

 

「目標、炎龍! 目標、炎龍! 撃て!」

 

加賀の号令に合わせて20mm弾が叩き込まれる。炎龍は————。

 

「効いて、ない……ッ!」

 

弾は貫通せず弾かれたようである。伊丹の方に振り返る。

 

「このままじゃコダ村のみんなが!」

「わかってる! くっそ、どうすれば……」

 

小銃を撃ち続けながら打開策を考える伊丹の元に、一人の少女が駆け寄った。

一糸纏わず駆け出したその少女は、炎龍に襲われた森の集落、その生存者だった。

透き通るような金髪を振り乱しながら、少女は伊丹に目を指差して何事か叫ぶ。

何度も同じ単語を叫ぶ。伊丹ははっと気がつき、

 

「総員、目を狙え!」

 

無線機に声を叩きつける。小銃が、重機関銃が、炎龍の目に照準、一斉射。

加賀も妖精へ指示を飛ばす。

狙いは炎龍の目。的は小さいがしのごの言ってられない。

 

果たして零戦は翻って機首を向け、炎龍の目に向けて20mmを叩き込んだ。一発も当たらないが炎龍は身を捩り、嫌がる素振りを見せた。

 

「効いてます! 伊丹さん、そのまま目に攻撃を」

「わかってら! 撃て撃て撃て!」

 

自衛隊と零戦の機銃攻撃に炎龍は動きを止める。やるなら今だ。

加賀は99艦爆を発艦させた。宙を舞い、上空へ向けて高度を稼いだ艦爆は一気に反転して炎龍の元へと垂直降下する。

 

加賀は当たれと祈りながら、次の矢を番る。当たらなかったら次がある。舐めるなよドラゴン。こっちは備えがいくらでもあるぞ。

 

急降下爆撃。レシプロ機の低い音があたりに撒き散らされながら、中空で爆弾を分離。

三発の爆弾が立て続けに炎龍を襲った。しかし。

 

「直撃弾なし! 第三次攻撃隊、発艦してください」

 

炎龍は目を狙われたことに腹を立てたのか、動きが激しくなった。爆撃はそれて地面を穿ち、炎龍の周りに土煙と爆煙を作るだけにとどまった。

 

その様子を見ながら伊丹が次の指令を出す。

 

「勝本! パンツァーファウスト!」

 

指示を受けた軽装甲機動車の乗員が110mm個人携帯対戦車弾を持ち出した。

加賀は第四次攻撃隊に零戦を選択。機銃での釘付けを目指す。

 

零戦の機銃が、小銃が、再び炎龍の目に目掛けて放たれる。炎龍は横へ逃げようともがきながら、羽を伸ばし、飛びあがろうとする。

 

「させません!爆撃を開始してください!」

 

高度を確保した第三次攻撃隊が垂直降下。羽を広げた炎龍に向かって爆弾を落とす。あたりに轟音が響き、炎龍の動きが止まる。

 

「今だ! 勝本!」

 

伊丹の指示とほぼ同時にパンツァーファウストが放たれる。しかし移動しながらの人力照準。おまけに荒野ゆえに車両は跳ね、狙いが外れてしまった。

 

「外れるぞー!」

 

伊丹の声が響くのと、加賀が開け放ったドアからゴスロリの少女が飛び出したのはほぼ同時だった。

車の屋根に飛ぶや否やハルバードを投擲。回転しながらハルバードは猛烈な勢いで炎龍の足元に刺さり、地面を隆起させた。

炎龍のバランスが崩れる。パンツァーファウストの弾は吸い込まれるようにして炎龍の左腕に着弾。

猛然とした煙と激しい爆発音と共に、文字通り炎龍の左腕を吹き飛ばした。

 

炎龍の断末魔のような咆哮が耳を裂く。思わず加賀は耳を塞ぎながらも、第五次攻撃隊、99艦爆を急いで発艦させた。

 

実機サイズになって高度を稼ぎ始めたが、しかし炎龍も飛び上がる。釘付けにしようと零戦の妖精が羽に向かって機銃を撃っているが弾かれている。

そのまま炎龍が飛び立つ。後を追い立てるように零戦が二機、機銃をばら撒きながら飛んでいるが、加賀の「帰投してください」の指令で撃つのをやめた。

 

高機動車が停車する。加賀は地面に降り立ち、艦載機を全機ミニチュアサイズに戻してから、腕の飛行甲板に着艦、収容していった。

 

「終わった、んすかね」

「みたいだな」

 

倉田の言葉に伊丹は胸を撫で下ろしながらそう返す。

倉田は後ろを振り返り、次々と艦載機を収容していく加賀を見て、

 

「ああやって発着艦させるんすね。間近で見るとすげぇっす」

「加賀さんがいて助かったよ。動き止められなかったらパンツァーファウスト当たらなかったし」

「爆撃も、あれ直撃してたら倒せてたんじゃないすか?」

「かもな。でも当てるの難しいんだろうよ」

 

加賀は全機の収容を終え、あたりを見回した。

燃える馬車。倒れた人々。もう助からない傷を負った男性。泣き崩れる女性。呆然と立ち尽くす子供の姿。

 

「守りきれなかった……」

 

拳を握る手に力が込められる。守れなかった。仕留められなかった。後に残るのは悔しさだった。

もっと早く艦爆を発艦させていたら。もっと正確に爆撃ができていたら。もっと————。

あとからあとから、どうしようもない自責の念に押しつぶされて、加賀は胸の前で手を握った。

 

コダ村避難民を襲った炎龍の被害は、死者百名を超えていた。



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加賀とアルヌスの丘

感想ありがとうございます。
マイページに感想が書き込まれた通知が来るたびに飛んで喜んでおります。


 

コダ村住民のうち、生き残ったものたちが取れる選択肢は3つだった。

一つ目は近隣の町や村に住む親戚、知り合いを訪ねるもの。これはかなり幸運な方で、いく宛があるというただそれだけで恵まれていた。

二つ目は、知り合いのいない町で頑張って暮らしていくこと。住民の大半がこれになる。知り合いもいない、ツテもない場所で一からやって行かなければならない。途方もないことであるが、炎龍の襲撃があったにもかかわらず生き残れたという、ただそれだけでも十分に幸福だと住民は口々に笑った。

 

三つ目。怪我人や親を亡くした子供達については、これをどうするかと少しの間議論された。

村人たちの出した結論は「置いていく」だった。そしてそれを聞いた自衛隊の出した提案は「連れていく」だった。

自衛隊の本拠地、アルヌスの丘まで連れていく。伊丹の出した結論だった。

 

加賀は埋葬された多くの犠牲者を弔いながら、なぜもっと被害が抑えられなかったのかと悔やんだ。

まだなんとかできたはずだと。もっと多くを守れたはずだと。自分は一航戦、正規空母加賀だ。延数九十八機の艦載機を飛ばせる航空戦力の持ち主なのだ。同じ空を飛ぶドラゴンを相手にして、このザマとは一体どうしたものか。

 

加賀の表情は沈んでいた。守れなかったものがあまりにも多すぎる。自分の不甲斐なさに苛立ちすら覚える。

そんな様子の加賀に、伊丹は優しく声をかけた。

 

「加賀さんのせいじゃありませんよ」

「…………」

「ドラゴンは強かった。キャリバーも小銃も効かない。零戦の機銃だってものともしない。そんな中でこれだけの人数を守ったんだ」

「百人以上、守れませんでした」

「それはそうだけど、そう考えるのはよくないと思うよ」

「…………?」

「守れなかったものより、守れたもの見る方が救われるでしょ。人間の両手は自分が思っているよりも小さいってことよ」

 

伊丹の言葉に、加賀は少しだけハッとした。救われたような気がした。

 

「なんかポエムみたいっすね隊長!」

 

倉田の茶化す言葉に、伊丹は「うっせー」とだけ返していた。

 

荒野の夜。辺りは柴色の柔らかな光に包まれている。妖精の仕業か、はたまたこの世界特有の現象か。

自衛隊はコダ村の住民を送り出したのち、アルヌスへと帰還したのであった。

 

 

アルヌスへ帰投した一行のうち、加賀の扱いをどうするのか、という問題があった。

伊丹が連れ帰った総勢二十五名の怪我人、子供、お年寄りだが、これは難民受け入れということで片がついた。人道上の配慮から難民を保護、観察し支援していくという方針で固まった。

 

ところがこの難民の中に加賀は含まれていない。明らかに日本人の出立ちでありながら、その出どころは異世界の住民であるから、自衛隊としては扱いに困った。もっというならばゲームの中の住民である。そんなものをどうしようと考えてもなかなか結論は出なかった。

結論は出ないが加賀だって人間である。艦娘という特殊な職業についているだけの二十代の女性にすぎない。

飯も食うし睡眠もとる。その必要がある。ゆえに加賀の扱いは保留ということになり、一時的に避難民と同等に扱うということになった。

つまり、コダ村避難民と共に暮らしていくということである。加賀もそれで異存はないと、内心で喜んだ。

一度本国に引き渡すかという話も出たが、加賀は異世界————自衛隊の言う特地の言葉を理解している。貴重な通訳を本国に送ってしまうのはもったいないと言うことで、このような結果になったのである。

 

さて、そんな加賀の暮らしであるがそれはもう悠々自適と言ったものだった。アルヌスについてからの数日はテントでの生活であったが、しばらくすると丘から二キロほど離れたところに避難民の居住区が建てられた。プレハブ建てで電気ガス水道も通っていないようなものだったが、それはコダ村での暮らしと大差なかったので加賀は何も負担に思わなかった。

食事も不足なく出てくる。空母艦娘としてはもっと量があってもいいけれど、などと考えた日もあったが、腹八分目は大切である。

衣食住。自衛隊の提供するそれらは不足なく満足のいくものであった。

 

それから加賀は自衛隊に通訳として協力すると言う旨も伝えた。必要があれば呼んでほしい、その代わりと言ってはなんだが、加賀は、この世界に来てからの懸念であった補給。すなわち燃料と弾薬の補給ができないかと問うた。

返ってきた答えは「燃料なら分けれるが弾薬は無理」と言うものだった。そもそも零式艦戦52型に搭載されている20ミリ機銃弾の弾格が自衛隊には取り扱いがない。もちろん99艦爆の爆装も取り扱いがないからどうしようもない。

 

加賀は兵装の補給ができないのは致し方ないとして、通訳の仕事の対価として燃料だけ譲ってもらえるように取り付けた。

 

 

今日はいい日である。なぜかって、このアルヌスの丘に風呂ができたのである。

加賀は内心でワクワクするのを抑えられないと言った様子で、浴場へと赴き、脱衣所で服を脱ぎ、一目さんに風呂へと浸かった。

 

「ふー…………極楽です」

 

風呂に入るのは何ヶ月ぶりか。体を湿らせたタオルで拭くだけだったこれまでの生活に、新たに入浴が加わるだけで生活の質が爆上がりしたように思える。

 

お湯を手に取り顔に当てる。バシャバシャと何度か顔を流して、再び肩まで浸かる。

体の芯からぽかぽかと暖かくなっていくのを感じる。気持ちいい。大変気持ちいい。

 

「あらぁ、先客がいたのねぇ」

 

そんな声と共に入ってきたのはゴスロリの神官————ロゥリィ・マーキュリーだった。異世界語であるが加賀はすんなりと理解できた。

 

加賀の隣へちゃぽんと浸かる。一瞬身震いして、それから気持ちよさそうに肩まで浸かった。

 

「あなたぁ、前から聞こうと思っていたのだけど、異世界の人なのぉ?」

「ええ、そうよ。私は異世界の住人」

 

隠すことでもないのでそう答える。

 

「伊丹たちのいる“ニホン”ってところぉ?」

「少し違うわ。門の向こうに繋がってる世界とは別のところから来たの」

「へぇー。大変ねぇ」

「そうでもないわ。みんなよくしてくれる」

 

ロゥリィはパシャリとお湯で顔を流すと、加賀の目を覗き込みながら話を続けた。

 

「あなたも戦士なのぉ? ほら、鉄のトンボを出していたじゃない」

「艦載機のこと? えぇ、まぁ戦士といえば戦士ね。艦娘っていうのよ」

「カンムス、ねぇ。異国の戦士には興味があるわぁ。それも女なんてぇ」

「艦娘は女しかなれないわ。あなたの言葉で言うなら女戦士の集まりよ」

「強いのぉ?」

「どうかしら。私たちは海の上で戦うの。本来陸では戦わないのよ」

「へぇ〜」

 

妖艶な笑みを浮かべながら何度か頷いたロゥリィは、そういえば、と言うような顔をしてから加賀に話しかける。

 

「あなたぁ、向こうの言葉とこっちの言葉、両方使えるのよねぇ」

「勉強したから。今は自衛隊の通訳として働いてるわ」

「向こうの世界のことはよく知ってるのぉ?」

「残念ながら、私のいた世界と似てはいるけど違う世界だもの。よく知らない、と答えた方が無難になるわね」

「そう、残念」

「何か聞きたいことでもあったの?」

「ジエイタイがなんなのかとかぁ、向こうの世界がどうなっているのかとかぁ、いろいろ教えてほしいことは山積みよぉ」

「伊丹に聞けばいい」

「言葉通じないんだものぉ」

「じゃあ、今度私が通訳をして、質問会でも開きましょうか」

「それはいいアイデアねぇ。ワクワクするわぁ」

 

それからも他愛もない話は続き、二人はのぼせる直前まで風呂に浸かっていた。

 

 

今日もよく晴れている。こんな日は零戦で飛べたら気持ちがいいのにと思う反面、ここ、アルヌスで飛ばしていいものかという疑問もあった。

許可をとれば飛ばせるかもしれない。今からでも伊丹に聞いてみようと思い立ち、朝飯を食べ終えた加賀は避難民の居住地区から自衛隊の駐屯地へ行く用意をしようと思い立った。

ここから二キロ。

歩いていくにはちょっとした散歩になるが、なんせ艦娘として活動していた頃より運動量は落ちている。これでは体力の低下も懸念されると思い、加賀は一昨日くらいからランニングを開始していた。

今日は駐屯地までのランニングにしよう。往復四キロ。ちょうどいいだろう。

 

用意をし終えて、それではいざゆかんと言う時に、声をかけられた。

 

「加賀、ちょっといいか」

 

振り返ると、そこにはレレイ・ラ・レレーナが立っていた。

 

「なにかしら」

「単刀直入にいうと、私に日本語を教えてほしい」

 

いきなり本題から入ってきた。日本語を教えてほしい。なんだそんなことかと加賀は思った。

 

「いいわよ。何かわからないことがあったの?」

「何もかもわからない。わからないことが多すぎるから、加賀に助けを求めている」

「それは…………ええ、わかったわ。空いている時に教えてあげる。その代わりと言ってはなんだけど」

「?」

「私にも、この世界の言葉を教えてほしい」

「もうだいぶ喋れている」

「まだまだよ。この世界のことをもっともっとよく調べないといけないの」

「世界のことを調べる……? なぜそんなことをするのか理解できない」

「私ね、元の世界に帰りたいの。でもまだ方法がわからない。だから調べる必要がある」

「なるほど、心得た」

 

レレイは無表情ながらもうなづき、加賀をまっすぐ見やった。

 

「日本語を教えてもらう代わりに私も言葉を教える。それでいこう」

「頼んだわ。それと、いまから自衛隊のところまで行くつもりだけど、何か用事はない?」

「特にはない。気をつけていってくるといい」

 

ひらひらと手を振るレレイに見送られながら、加賀は小走りで駐屯地へと向かった。

 

 

零戦の飛行については、結論から言うと許可された。どう交渉しようかと考えた加賀であったが、「私も戦場に身を置いている。訓練ができなければ有事の際に戦えない。どうか零戦の飛行許可を出してほしい」と伊丹に願い出たところあっさりと許可された。一応伊丹の独断ではなく、自衛隊の上の方にも許可が取れているらしい。

ありがたい。

弾薬は補給できないが燃料だけなら通訳の対価としてもらえることになっている。これで心置きなく飛ばせると言うもの。

加賀は内心では飛び跳ねたい気持ちを落ち着け、あくまでクールな装いで避難民居住地区まで帰っていた。

 

早速飛ばそうと弓を持ち、矢を番た時、後ろから声をかけられた。

 

「あの、加賀さん。今いいですか?」

「ええ、いいわよ。なにかしら」

 

今日はよく話かけられるなぁなどと思いながら振り返ると、そこにいたのはテュカ・ルナ・マルソーだった。

 

「その弓は、どういう仕掛けになっているんですか?」

「これ? 仕掛けと言われても……そうねぇ、説明が難しいわ」

 

実際使っている加賀本人も、艤装がどのような原理で働いているのかは知らなかった。妖精さんのおかげということになっているが、艦娘や提督以外に妖精さんは見えない。説明しようにも見えないものは説明できない。

 

「矢を放ったら、矢が鉄のトンボになっていました。あれはどういう魔法なんですか……?」

「魔法というより、そういう仕組みなのよ。ごめんなさい、どうなっているのか詳しいことは私もよくわからないの」

「そうですか……いえ、ありがとうございます」

 

少々残念そうな表情を浮かべるテュカに、加賀は、

 

「なんだったら、今飛ばすから見ていってもいいいわよ」

「本当!? 是非見せてほしいわ」

 

加賀は零式艦戦52型の矢を番え、ひょうと放った。

地面スレスレを飛んだ矢は瞬く間に光って三機の零戦となり、ミニチュアサイズのまま空へと飛び立つ。

 

「通常、私たち艦娘が戦う時にはあの大きさの艦載機で戦うの」

「カンサイキ、と言うんですね」

「ええ、そうよ」

 

三機編隊飛行を続ける零戦に指令を出す。宙を舞い、急降下して、急上昇する。これも飛行訓練の一種だ。

 

「鉄のトンボ————艦載機が大きくなるのは、加賀さんの魔法ですか?」

「まぁ、そんな感じね。説明が難しいのよ。私の力で大きくしてるのは間違い無いけれど」

 

宙返りをする零戦へ向けて帰投命令を出す。腕の飛行甲板に着艦させ、加賀は零戦を収容した。

 

「今のが、航空隊発着艦の一連の流れよ」

「いいものをみせてもらいました。ありがとうございます」

「またいつでも見にくるといいわ」

 

はい! という笑顔と共に、テュカは去っていった。

加賀はもう一度零戦を弓にかけ、飛ばす。今度は一機だけ発現させ、それを実機サイズに変換。

加賀の近くに着陸させる。

 

「さて、久しぶりに飛びましょうか」

 

燃料は供給される。艦載機のことについても、聞かれたらその都度答えていこう。

もう誰にも邪魔されない。加賀は踊る胸をそのままに、零戦へと飛び乗った。

 

青い空、抜けるような天空に、レシプロ機の音が遠く響いた。



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加賀とイタリカ

感想、高評価ありがとうございます。
皆様のおかげで今んとこ毎日更新が続けれています。やったぜ。


 

アルヌスでの生活も一ヶ月が経とうとしていた。

加賀の生活はというと食う寝る訓練に語学の勉強と翻訳の仕事。至って平和そのもので、敵が押し寄せてくるとかドラゴンに襲われるといったことは起きなかった。

 

今日も抜けるように天気がいい日であった。青い空を見上げながら加賀はプレハブの前に設置されている椅子に座る。

特に待ち合わせをしていたというわけでもなく、なんとなくそこに座っていれば集まったという風でテュカとロゥリィも座っていた。

 

何やらテュカが浮かない表情をしている。気になった加賀は聞いてみることにした。

 

「どうしたのかしら。浮かない顔よ」

「なんだか私たち、自衛隊にお世話になりっぱなしで、このままじゃいけないのかなって」

「このままじゃいけない?」

 

加賀からしてみれば彼らは炎龍の被害から逃れている避難民。自衛隊の保護下にあるのだから、おんぶに抱っこでも別にいいじゃないかと思った。

そのままの通り伝えてみる。

 

「そうじゃなくて。ほら、加賀さんは翻訳の仕事があるじゃない。私たちも、何か仕事を見つけて自活しないとって思って」

「そうねぇ〜労働を見つけて対価を得るのは人間の慣わしだものぉ。やるに越したことはないわねぇ」

 

ロゥリィもうなづきながら肯定する。でもぉ、と続けた。

 

「仕事って言ってもぉ、ここじゃなぁ〜んにも無いじゃない?」

「私たちにできること…………そうね、例えば、丘の兵隊に身売りでもしなくちゃいけないかも」

 

冗談で言っているのかと思いきやテュカの顔は本気だった。加賀はそんなことしなくてもいいと止めるが、確かにこの場所には仕事と言える仕事が存在しない。

加賀も、翻訳の対価に燃料を分けてもらうなどという一応の取引のようなことはやっているが、3食の飯代をそれで払えているのかと言われると到底払いきれていない。加賀も避難民と同様に、自衛隊の世話になっている身であることは間違いなかった。

 

避難民の自活。これは大きな問題だと加賀は思った。

ふと、後ろを振り返るとレレイが立っていた。手に何か持っている。

テュカもレレイに気付き話しかける。

 

「どうしたの?」

「少し手伝ってほしい」

 

テュカも、ロゥリィも加賀も一様に首を傾げながら、てくてくと外へ向けて歩き出したレレイの後を追う。

しばらく歩くとそこは戦場だった。

正確には戦場跡。自衛隊と帝国軍、諸王国軍が戦った後の広い土地だった。

 

「これを拾った」

 

レレイが見せたのは、翼竜の鱗だった。

見ると、そこかしこに翼竜が死んでいる。鱗なんて取り放題だった。

 

「自衛隊は、これに興味がないらしい」

「興味がない!? 翼竜の鱗は高く売れるわよ?」

「全部取っていいって。だから、身売りの心配はない」

 

これ、全部————。

テュカは鱗一枚がいくらで売れて、一体の翼竜から百枚はとれて、この戦場跡にはざっと見ても百匹以上は翼竜の死体があって……と金勘定を換算して気が遠くなりそうになった。

 

避難民の自活。この問題は早々にして解決されることとなった。

 

 

翼竜の鱗を死体から剥がし、肉を綺麗に取り除いてタオルで磨く。

割れているものや欠けているものを取り除いて、状態のいいものだけを選別する。

避難民の子供たちとわいわい言いながら作業をすること二時間ほどで、約二百枚の鱗を用意できた。

 

「これだけの量を売るとなったら、大口の商人じゃないと取引できない」

 

レレイはそう言いながら、レレイの師匠、カトー先生の知り合いに商人がいたことを思い出す。リュドーと言ったはずだ。

加賀はその名前に聞き覚えがあった。

 

「リュドー? たしかコダ村に交易商人として顔を出してくれたこともあったわ」

 

街の美味しいものを持ってきてくれたから覚えている。なるほど確かに、リュドーさんになら大口の取引も任せられるだろう。

 

「それで? リュドーさんは今どこにいるのかしら」

「イタリカにいる。そこまでこの荷物を運んでもらわないといけない」

「あらぁ〜それじゃあ自衛隊に任せてしまうってのはどうかしらぁ」

「いい考えだと思うわ。私たちだけで行くよりずっと早いし」

 

 

「で、俺たちは運送業者っすか」

「まぁそういうなよ倉田。避難民の自活はいいことだし、俺たちも特地での商取引の情報収集ができるチャンスじゃんか」

 

自衛隊の高機動車に荷物を積み込む。ロゥリィ、レレイも同乗した。

テュカだけは、扉の前で少し立ち止まってしまった。

 

「また、知らない土地へいくの……」

 

そんなことをひとりごちたテュカに、加賀は手を伸ばす。

 

「何かあっても自衛隊が守ってくれるし、もし炎龍が出たら私が始末するわ。安心して、行こう」

 

その言葉に、テュカはうなづいた。

 

「よし、全員乗ったな、それじゃあ出発だ」

 

伊丹の号令で、第3偵察隊とテュカ、レレイ、ロゥリィ、加賀はイタリカへと出発した。

 

 

アッピア街道と呼ばれる一本道を南下していくと、城塞都市、イタリカがあるらしい。

それなりに栄えている街で、確か五千人ほどの住人がいるはずと、レレイは教えてくれた。

 

土を踏み固めただけの道を自衛隊の車両が三台、順調に進んでいく。

ふと、進む先で何やら煙が立ち上っていた。

 

「まさか炎龍じゃないっすよね……?」

「倉田、この先あの煙の近くを通るのか?」

「というかこれ、煙の発生源が目的地だったりしませんか」

「うへぇ、マジか。炎龍いねぇよな……」

 

運転席と助手席の会話を聞いていた加賀が、弓を取りながら席を立つ。

 

「偵察機を飛ばしましょうか。一機だけなら、捕捉もされにくいと思います」

「お、頼んでいい? 助かるわ」

「お安い御用です」

 

停車した高機動車の後ろから飛び降りた加賀は、煙の方角へ向けて零戦を発艦させた。サイズはミニチュアのまま、隠密行動できるよう高度を保って侵入させる。

程なくして零戦から入電。

 

『ヒト、タタカッテル。リュウ、イナイ』

「炎龍はいないそうですが、武装勢力同士が衝突しているそうです」

「マジかよ。組織化した盗賊とかかな。どう思う倉田」

「でしょうねぇ。他の街に変えませんか?」

「でもレレイが言うには知り合いの商人に売りたいらしい。大口の取引になるから顔見知りの方がありがたいんだと」

「巻き込まれるのは勘弁っすよ……」

「まぁでも、街が襲われてるってなったらほっとくわけにもいかないでしょう。避難民の自活が遠のくのもアレだしなぁ」

 

どうすっかなぁ……としばらく悩んでいたようであったが、伊丹は無線機を手に取った。

 

「このままイタリカへ進む。各車警戒を厳となすように。対空警戒も怠るなよ」

「了解」

 

黒煙の発生源へ、三台は進んでいった。

 

 

イタリカの街は戦場と化していた。

城壁がぐるりと一周し、東西南北に城門がある街であったが、その南門に着いた自衛隊一行は小銃を握る手に力が入った。

戦闘は収まっているものの、そこかしこに爪痕が残っている。転がる死体、刺さったままの矢、折れた剣などがそこかしこに散らばったままである。

 

倉田は辟易とした顔で呟いた。

 

「これ、商売とかできるんすかね」

「入ってみなきゃわかんねぇけど、最悪日を改めてってことになるか、あるいは俺たちが街の防衛に手を貸すか、だな」

 

伊丹も奥歯を噛みながら答える。南門まで百メートルという距離で全車停止。様子を伺う。

すると、城壁の上から声がかけられた。

 

「何者であるか! 敵でないなら姿を表せよ!」

 

車から降りなければならないらしい。誰が降りるかと言う問題だが、レレイが何も言わずに降りていってしまった。

レレイが行くなら私も行くとテュカが降りて、最後にロゥリィも降車した。三人で城門まで歩いていく。その様子を見ていた伊丹も、

 

「俺もいかなきゃダメだわな。ちょっくら行ってくる」

 

と言い残し、小銃を置いて降車した。明らかに武器と思しきものを持ってコンタクトしない方がいいだろうと言う判断だった。

よもや敵と間違えられて殺されるかもしれないという危険は孕んでいる。9mm拳銃の存在だけが頼りだが、できれば抜かなくて済むことを祈りつつ伊丹は三人の後を追った。

 

加賀は車内で様子を見ながら、油断なく弓矢を構える。いつでも艦載機を飛ばせる準備だけはしておいた。

 

それから。

伊丹は姫様——ピニャ・コ・ラーダの開け放った扉に頭部を強打し、城門内に引きずられていくという一悶着があったのだが、それほど大きな問題にはならなかった。第3偵察隊は城門の通過を許され、ゆっくりと街の中へ入っていった。

 

 

現在イタリカは、先のアルヌス攻防戦で敗退した残兵が盗賊となり、徒党を組んでここイタリカへ攻めてきているという状況だった。

そこへ、炎龍をも撃退したとの噂を持つ「緑の人」がきたわけであるから、これは渡りに船。協力していただけると嬉しいということである。

協力してくれれば嬉しいとは言ったものの、イタリカの守備は限界が来ていた。正規兵はアルヌスでの戦いで壊滅しており、町民が農具を持っての民兵集団しか残されていない。それも、先程の戦いで半数を失い、余剰戦力もなし。

 

非常にきついなどと言う言葉では言い表せないほど切迫した状態であった。

 

伊丹はこの治安維持要請に首を縦に振り、協力することを申しでる。

街が攻め落とされてしまっては商取引どころの騒ぎではない。本来の目的を果たすため、だいぶ遠回りではあるが治安維持に協力することを約束した。

そんな自衛隊が配属されたのは南門。ここは一度突破されており、城壁も崩れかかっていた。第二次防衛線として南門内に土塁が築かれ、そこだけは守りが硬くしてある。要するに、城門は守りが一番弱い捨て駒だった。

そんな場所に配されたのはたった十二人の自衛隊。ピニャは、自衛隊を囮に使う気で南門に敷設した。

 

日が暮れかかる。あたりはオレンジ色の世界になり、太陽は西の空へと消えつつあった。

 

加賀は伊丹のところへ赴き、申し訳なさそうに告げる。

 

「夜になったら、艦載機を飛ばせません。もしここが攻められたとしても、夜戦に参加することはできません」

「そっか。まぁ俺たちだけでなんとかやるよ。加賀さんはレレイとテュカの様子を気にかけてあげて。危なそうだったら街の中へ一目散に逃げること」

「わかりました」

 

夜が来る。

遠くの方では敵の斥候と思しき姿も確認された。

ピニャの思惑通り、ここに敵が攻めてきたとして、果たして守り切れるかどうか。

敵の数は四百から六百はいるとされている。支援要請はしておいた。自衛隊からの援軍は翌朝方になると予想。

果たしてどうなるか。

 

この一晩が、勝負の一晩になる。

 

 

沈んでいく夕陽を背に、加賀はレレイとテュカの元へと歩いた。

 

「ここは戦場になる可能性が高いわ。今からでも街の中に避難しておいた方がいいかもしれない」

 

加賀の言葉に、レレイとテュカは首を振った。

 

「危険は承知。自衛隊が戦う姿をこの目で見ておきたい」

「いざとなったら私たちも戦えるわ。精霊魔法で援護することならできるから」

「そうですか……わかりました。細心の注意を払ってください」

 

わかってる、とレレイが返す。

加賀は内心で少し気を落とした。この二人はいざとなったら戦える。戦力になる。

対して私はどうだろうか。夜になれば、夜間飛行訓練を受けさせていない零戦も99艦爆も飛ばすことはできない。完全にお荷物なのは他ならぬ自分である。

加賀は弓を握る手に力が入る。

せめて夜明け。明日の夜明けを待ち、なおまだ戦闘が続いていたら手を貸そう。そう決心した。

 

戦争が始まる。各々できることを確認して、いざ、夜を待った。



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加賀と戦争

毎度、感想ありがとうございます。
感想もらえると嬉しいんです。(満面の笑み)


 

準備できることといえば、装備の確認くらいだった。

夜の帷も降りようかと言う頃、加賀はそういえば矢だけでも借りれれば弓兵として戦えることを思い至り、ピニャから矢束を借りてきた。

弓は自前のもので、矢だけはイタリカの武器庫に保管されているものを使う。矢筒の中身を入れ替えて、試しに二、三射ってみた。

 

思いのほか素直に飛ぶ。狙った場所に矢は吸い込まれるようにして命中する。これなら戦えるだろう。

問題は暗闇の中でどれだけ戦えるかということだが、あくまで自分はサポートに徹して、主戦力は自衛隊と思うことにした。

 

弓の張りを確かめていると、テュカが興味ありげに近づいてきた。

 

「加賀さんは弓矢の腕前も一級なんですね」

「実戦で本物の矢として使うのはこれが2回目。なれてるわけじゃないわ」

 

加賀は銀座で少女を救った時のことを思い出した。帝国兵の首を捉えた矢は、零戦になる前の依代としての矢。まさか本当に当たるとは思わなかったが、加賀にとって初めて生身の人間に手をかけたのもアレが初めてと言うことになる。

銀座では必死だったから、後から思い返してみればの話になる。人を殺すことに、自分は何も躊躇していなかったなぁと内心で苦笑した。

 

今夜はどうなるだろうか。大勢手にかけることになるだろうか。

もしなったとしても、別に構わない。深海棲艦を沈めるのと大差ない。

加賀はあくまで冷静だった。

 

 

夜。

南門は篝火を焚いておらず、あたりは真っ暗闇だった。かろうじて月の明かりがあたりを薄く照らしている。

伊丹は暗視装置越しに双眼鏡を覗きながら周囲を警戒する。敵の姿はまだ見えない。

 

城壁から数百メートル先の様子を伺っている時、部下から声をかけられた。

 

「隊長、東門で敵影ありとのことです」

「お、ついにきたか。東門だな」

「はい。午前三時(マルサンマルマル)、夜襲には最適の時間です」

「腐っても元正規兵だからなぁ。その辺はわきまえてるってことなんだろうよ。応援要請は?」

「まだきていません。どうしますか」

「待機だな。要請があればすぐに向かう。いつでも出れるように準備しておけ」

「了解です」

 

にしても東門かぁ、と伊丹は後ろ頭をかきながら双眼鏡をしまう。

独り言を聞いていた加賀が話しかけた。

 

「姫様の予想が外れましたね」

「まぁ敵さんもまんまとハマるわけはないってことでしょう」

「放っておいて大丈夫なんですか?」

「東門? 一応城門は残ってるし、兵もいるから大丈夫だとは思うけど……いよいよ危なくなったら助けに行かないとなぁ」

「危なくなる前に助けはしないのですか?」

「一応俺たちは治安維持に協力しているだけだから。指揮官は姫様だし、ここを守れって命令がある以上離れるわけにもいかないんだよね」

「たしかに、その通りです」

 

もし東門まで行くことになっても加賀さんはここで待機してて、と伊丹は言い残して、別の自衛官のところへと歩いて行った。

わざわざ真正面から衝突しているところに突っ込む気も加賀にはない。もとより自分は空母。海の上でも陸の上でも、前線から一歩引いたところがお似合いだろうと自覚している。加賀は大人しく待つ気でいた。

 

 

そのまま待機すること二時間。

あと三十分もすれば日が登るという頃になって、事態は動き出した。

ロゥリィが嬌声を上げ始めた。レレイによると、死者の魂がロゥリィの体を通ってエムロイの元へと召される。それが媚薬のような作用をもたらしているらしいとのことだ。

栗林がロゥリィの様子を見ようとした直後。

ロゥリィは建物の3階相当はある高さの城門から飛び降り、目にも止まらぬ速さで東門の方角へと走って行ってしまった。

伊丹が叫ぶ。

 

「追うぞ! 栗林、富田、ついてきてくれ! 桑原曹長あとは頼む」

「了解であります」

 

高機動車に三人が乗り込む。ロゥリィの後を追ってタイヤを鳴らしながら進んでいった。

加賀は東の空を見上げる。空が柴色に染め上がり、太陽が顔を出し始めていた。

凛とした空気があたりに立ち込めている。早朝特有の静けさの中に、東門からの怒号や絶叫が遠く聞こえてくる。

 

「何も起きなかった」

 

思わずひとり口をついて出たのは、そんな一言だった。

朝が来た。そして。

そして、何も起きなかったのである。南門には敵の姿一人として現れることがなかった。

東門ではまだ戦闘が続いているが、いずれ終わるだろうと確信した。

遠くの方からヘリの音が響いてくる。肉眼でもその姿が確認できる。

自衛隊の空中機動部隊。ヘリコプターの編隊である。アレが到着したからには、半刻もいらずに盗賊の集団は撃滅されるだろう。

 

零戦を飛ばすまでもない。もちろん、自分が赴いて弓矢を番る必要もない。

何もできないし、何もしなかった。加賀の胸に、肩透かしと同時に安堵の風が吹き込んでいた。

 

ふと見るとレレイが城門を降りようとしている。

それを女性自衛官——黒川が止める。

 

「どこへ行くつもり?」

「近くで見たい」

「危ないわよ」

「危なくないくらいの近くで見る。心配はいらない」

 

黒川もそこまで強く止めることはしなかった。理由は加賀にはわからない。加賀も、一応レレイについて行くことにした。

 

自衛隊の攻撃ヘリがミサイルを飛ばす。城門上の投石器らしきところが爆風で吹き飛ばされる。

機関銃を次から次へと撃っている。無数の薬莢がヘリから地上になだれ込んでいる。朝日に反射したそれは金色に鈍く光っていた。

 

圧倒的で、一方的な虐殺に近い処刑である。盗賊はなすすべもなく蹴散らされていった。

 

もし、と加賀は考えた。

もしも南門に軍勢が集まり、加賀も戦闘に巻き込まれていたら。

そしていずれかの方法で命の危険に晒されたら。例えば敵の矢が自らの体を貫く。あるいは敵の剣が自らの体を切り裂いたとしたら、一体どうなるのだろうか。

 

海の上では、ダメージを負うとまず艤装が傷ついた。服が破けて、主機にダメージがいき、最終的には轟沈する。自らの体は何故か最後まで傷つかない。傷つかないまま海の底へと沈んでいく。そういう世界だった。

 

ここではどうなるのだろうか。この世界に来て、加賀は今まで幸運なことに傷一つ負っていないことに気が付く。銀座で帝国兵を相手にしたときにも、コダ村の住民と逃避行を繰り広げたときにも、炎龍と相対したときにも。

 

もしかすると、何かの運命が違っていれば、今夜加賀は命を落としていたかもしれないと身震いした。

結果的に何も起きなかっただけ。幸運なことに戦闘に巻き込まれなかっただけ。それだけの話で、それが全てだった。

 

もし矢を受けていたらどうなったのだろうか。自分は死んでいたのだろうか。この世界で死を迎えることがあるのだろうか。

酷く現実離れしていた“死”の影が、今夜、暗く自分にのしかかったような気がした。加賀は、今生きていることに感謝しつつ、今後もこうして生きていられますようにと、見知らぬ神なる存在に願うのであった。

 

 

戦闘と呼ぶにはあまりにも一方的な蹂躙が繰り広げられたのち、自衛隊と盗賊の戦いは自衛隊の圧勝で決着がついた。

イタリカの街はこうして盗賊の襲撃から逃れることができた。

 

自衛隊とイタリカとの間には協定が結ばれた。交易に関わる租税の免除や往来の保証など。自衛隊の圧勝にしては控えめな要求であったが、無事、採択される運びとなった。

レレイ、テュカ、ロゥリィそして加賀は翼竜の鱗をリュドーなる商人の元へと売りつけることに成功。デナリ銀貨四千枚とシンク金貨二百枚という大金となった。

ただし銀貨は先の戦いで不足しているらしく、千枚は現金、二千枚は為替、後の千枚はまける形となった。

レレイは千枚を割引く代わりに、情報を集めてほしいとリュドーに言いつけた。交易されている物品の相場の情報。これを銀貨千枚で買った。

 

四人を送り出したあと、リュドーの部下が訝しげに口にする。

 

「相場の情報に銀貨千枚ですか」

「どんなものでも値がつけば商品さ。それに商品の品質はより良いものを、がモットーだろう」

「たしかに、おっしゃる通りです」

「カトー先生の愛弟子だ。何か意味があるに違いない。しっかりと商品にしようじゃないか」

「そうですね」

 

部下は苦笑しながらも、さっそく羊皮紙とペンを握るのであった。

 

 

ここはアルヌスの丘。自衛隊駐屯地、その最深部。

狭間陸将の執務室は、火急の件もすぐに報告できるようにとドアの外側にノック不要の張り紙が貼られている。

その忠告文通り、「失礼します」の一言とともに入ってきたのは、柳田二等陸尉であった。

 

「報告です。イタリカでの戦闘は終結。自衛隊側に損害なし、協定を結んで撤退するとのことです」

「うむ、伊丹たちも無事か」

「問題ないようです。今日中には戻ってきて、国会の参考人招致の準備が進められるでしょう」

「わかった。他に何かあるかね」

 

狭間の問いに、柳田は一拍置いて答えた。

 

「本国の方から、加賀の身柄引渡しの要請が来ております」

「穏やかじゃないな。銀座での零戦は無かったことになっているんじゃないのかね」

「上層部の方で、やはり無視できないとの声が多く登った結果、本人がいるのなら事情聴取をしたいとのことです」

「貴重な通訳要員だ。引き抜かれては困る」

「わかっています」

 

柳田はうなづき、言葉を続けた。

 

「あくまで事情聴取のみであれば、一時的に本国へ送るというのも手かと」

「伊丹たちの参考人招致に合わせるか」

「はい。あまりごねていては何をされるかわかりません。強行的な手段を取られる前に、沈静化しておいた方がよろしいかと」

「そうだな、それでたのむ」

「了解です」

 

 



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加賀と日本

実は結構栗林のことが好きだったりします。いいよねあの感じ。


「隊長、もう死んでたりして」

 

栗林がこともなげにそう呟いた。

ここはいたイタリカの街が見下ろせる小高い丘の上。時刻は夕暮れ時で、もうあと少しで日が沈む時間だった。

 

第3偵察隊の面々は顔にペイントを施し、城門の辺りを双眼鏡で隈なく調べている。警備は先の戦いのせいかそれほど厚くなく、簡単に突破できそうだった。

 

伊丹隊長が攫われた。これは一大事だと思いながらも、どこか大丈夫でしょうという空気があたりには立ち込めている。

イタリカからアルヌスへ帰る道中、ピニャの騎士団と思しき集団と接触。ピニャの騎士団は自衛隊とイタリカとの間に往来を保証する協定があることを知らずそのまま伊丹を拘束、連行したのである。

その場で取り返そうにも自衛隊は協定があるため手出しができない。逃げるしかなかった。

そして現在、こうして隊長奪還作戦が行われようとしているのである。

 

「伊丹隊長なら大丈夫。あの人レンジャー持ちだから」

 

富田が小銃を引き寄せながらそういった。その言葉に反応したのは栗林だった。

 

「今、なんて?」

「レンジャー持ち。伊丹隊長はレンジャー徽章を持ってる」

「うっっっっっそでしょ! 嘘でしょ!? 嘘だと言って!?」

 

栗林は頭を抱えながら悶絶し始めた。その様子を見ていたレレイが首を傾げながら質問する。

 

「伊丹がレンジャーとやらだったら、いけない?」

「キャラじゃないのよ! 地獄のような訓練で鋼のような強靭な肉体と精神力を持つ部隊なのよ! あれが、あんなのがレンジャーなんてぇぇぇ」

 

栗林の悶絶はしばし続いた。

 

 

イタリカへの侵入は簡単だった。テュカの精霊魔法で門番を眠らせ、街は夜半ゆえ静まりかえっている。

第3偵察隊は誰にも邪魔されることなく屋敷へと近づくことに成功し、今は扉をこじ開ける細工をしているところである。

 

加賀は弓と矢を番えながらあたりを警戒しつつ、扉をこじ開けている富田に話しかけた。

 

「伊丹さんの居場所はここで間違い無いんですか?」

「多分な。最悪城の使用人を捕まえて聞き出せばいい」

「手荒な真似はなるべく避けたいですね」

「だといいんだがな。血が流れないことを祈る」

 

祈る、と言いながら小銃にはたっぷりと弾が入っている。いつ戦闘になっても火を吹ける状態である。

 

扉が開いた。音もなく屋敷内へと侵入した面々であったが、そこには人影が。

 

「ようこそおいでくださいました。伊丹殿は寝室にて休まれております。ご案内しますのでついてきてください」

 

丁寧な口調と物腰の、猫耳とうさ耳のついたメイドが二人であった。

 

 

結論から言うと伊丹は元気であった。

獣人を含むメイドさんたちに芳しくお世話をされていた。倉田は猫耳のメイドさんに大興奮し、伊丹から紹介を受けてそれなりに仲良くなることに成功していた。猫耳萌えというやつであるが、態度は側から見ても紳士的な部類に収まっていた。倉田にしては頑張ったのである。

第3偵察隊の面々は、各々屋敷の使用人と打ち解け、あるいは会話を、あるいは装備の見せ合いをして仲良くやっていた。

 

途中ピニャの騎士団員であるボーゼスが部屋に入ってきて、誰にも相手をされずに伊丹を張り倒すという事件もあったが、ことが大きくなることはなかった。誰も血を流さず、誰も傷つくことなく、伊丹は第3偵察隊に回収された。

 

明朝早くより屋敷を出る。

伊丹には国会への参考人招致が控えている。だいぶ先延ばしになってしまったが、もうこれ以上伸ばすことはできない。

なるべく早くアルヌスへ帰還して、用意をする必要がある。

 

アルヌスへ帰るとき、ピニャとボーゼスも同行することとなった。ピニャはひどく慌てていたが、何故慌てていたのか、何故そうまで必死に「共にアルヌスへいきたい」と訴え出ているのかは、本人以外誰にも理解することがなかった。

 

こうしてイタリカでの騒動は終結。

伊丹は、一時的に日本へと帰ることとなった。

 

 

「私もいくんですか」

 

加賀の驚いた声に、そうだ、と柳田はうなづいた。

 

「銀座での零戦は無かったことになっているが、自衛隊の上層部から、本人がいるのならぜひ話が聞きたいとの声がうるさくてね。ちょっと行って事情だけ話してあげてくれないか」

「簡単に言いますけど、身柄拘束とかにはなりませんよね」

「ならないよ。上層部ったって勝手に情報取集してる一部の背広組だから。そんな権限はないし、心配いらないよ」

「わかりました、準備します」

「あぁそうだ」

 

柳田は思い出したかのように伝える。

 

「艤装は外していってもらえるかな。街中で弓矢とその格好は目立つ。あくまで隠密に、正体がバレないようにしてほしい」

「私服の手配はありますか?」

「あるよ、テュカとお揃いになっちゃうけど、着て行くといい」

 

加賀は私服を受け取ると早速着替えた。

タイトなジーンズに厚手のセーター。日本はもう冬になっているらしい。

異世界の日差しは強くいささか暑いが、加賀は辛抱してゲート——門の前へと集合した。

 

ほんの四ヶ月ほど前はただの小高い丘だったここが、いまでは一大駐屯地となっている。加賀は時の流れは早いなぁと感心した。

 

 

国会の参考人招致には、具体的に現地住民を何人連れてこいというお達しはなかった。

何人連れていってもいいと言うことではないが、別に余分な人が一人増えたとて構わないだろうといったかんじだ。

具体的には、ロゥリィが何故ついてくるのか、これがわからなかった。さも当然のことのように「面白そう」の一言でついてくることが決まった。

こうして伊丹、レレイ、テュカ、ロゥリィが国会の参考人招致へ。ピニャ、ボーゼスが非公式の和平交渉第一弾として日本へ。そして加賀は銀座での零戦飛行について事情聴取で。

それぞれ日本へと赴くのであった。

 

 

門を抜けた先は冬だった。凛とした空気。重く立ち込める雲と空。厚手のセーターを渡してもらえたことに加賀は感謝した。

駒門という壮年の、スーツを着た人間と合流した。公安から来ているという彼が、今回の一行をエスコートしてくれるそうだ。

伊丹の情報を調べた限り口にして、伊丹が特殊作戦群にもいたことを告げると、栗林が卒倒した。

 

そんなこんなあって一行はまずテュカのスーツを買いに。そして昼飯に牛丼を食べて、国会組は国会議事堂前で、ピニャとボーゼスは都内一流ホテルまで案内された。

 

広いマイクロバスの車内、加賀は一人残った。黒スーツの運転手に、自分はどこへ連れて行かれるのかと問うと、

 

「市ヶ谷の防衛省施設へご案内します」

 

とのことだった。

私もテュカと同じようにスーツの方が良かったかな、などと思いながらも、あくまで隠密に、世間一般からは目立たない方がいいとの柳田の言葉を思い出す。

 

程なくして市ヶ谷の防衛省施設に到着した。自衛隊関連施設というだけあって、市ヶ谷駐屯地からさほど離れていない十三階建てのビルだった。

別に古くも新しくもないビルの中へと通される。黒スーツの運転手と同じ組織のものであろう、こちらも黒スーツに身を包んだ三十代の男性がエスコートしてくれた。

エレベーターに乗る。いったい何を聞かれるのかと加賀は気が気でなかった。

まさか爆撃した中に一般人が混じっていたとか。かなり注意して攻撃を行なったはずである。犠牲者はいなかったと信じたい。

 

十三階建ての十二階についた。狭い廊下を通って奥の部屋へと案内される。扉を開けると、そこにいたのは五十代の男だった。髪が七三分けにされている。

男は立ち上がると「待っていました」と落ち着いた声音で一言挨拶をした。

席を勧められ、加賀も着席する。

 

「門の向こうからはるばる、と言うべきでしょうか。それとも異世界からはるばる起こしくださいまして、でしょうか」

「どちらでも構いません。私はこの世界とも、そして門の向こうの世界とも違うところから来ています」

「ははは、まぁそう敵対視しないでください。リラックスして、今日は銀座で何が起こっていたのかをお聞かせただければそれでいいんです」

「私も、私のことについて何がどうなっているのか。対応をお聞かせいただければ幸いです」

 

こんこん、と部屋がノックされる。失礼しますの一言と共に、女性がお茶を運んでくれた。

そういえば喉が渇いていたと加賀は思い至り、一言礼を言ってからお茶を飲む。暖かい煎茶が体に染みた。

 

 

佐伯と名乗った男が聞いてきたのは、四ヶ月前、日本では銀座事件と名付けられたあの時、あの瞬間。加賀は何をしていたのかという疑問であった。

 

「艦載機を発艦させました。まずは零式艦戦52型から。竜が空を飛んでいたので、制空権を取ってから九九式艦上爆撃機で空爆しようと試みました」

「そのときに民間人の様子はどうでしたか」

「次々と虐殺されている最中でした。空爆はすでに侵攻されてしまった部分にとどめています。民間人の犠牲者が出ないよう、細心の注意を払いました————もしかして、民間人が?」

 

犠牲になったのかと聞いた加賀に、佐伯は首を横に振った。

 

「素晴らしい攻撃技術の賜物でしょう。調べた限り一人も、爆撃に巻き込まれた民間人はいませんでした」

 

加賀は内心でホッとしつつ、ではなぜこの男は事件のことを詳しく聞きたがっているのかと疑問に思った。

思ったが、今聞くべきではない。加賀は別のことを質問した。

 

「私の扱いはなかったこととして隠蔽されていると聞きました。その顛末を教えてください」

「なに、それほど混みいった話ではありませんよ。突如として現れた零戦。謎の零戦。自衛隊の到着と同時に忽然と姿を消した。少ない目撃者、損害ゼロの爆撃。全てがあまりにも現実離れしすぎていて、現実ではないとした方が都合が良かったからそうなったまでの話です」

「それを、なぜあなたは蒸し返して私とコンタクトを取るまでになったのですか?」

「単刀直入に言いましょう。あなたの武力を貸して欲しい」

 

武力を、貸して欲しい。加賀は頭で反芻して、どうにか内容を飲み込めた。そして即断する。

 

「いやです」

「まぁそうおっしゃらず。待遇はかなり厚いものですよ」

「金を積まれたからといって、私がこの世界の日本に肩入れすることはありません」

「どうしてもですか」

 

こくりと、加賀はうなづき、続けた。

 

「私は、元の世界に帰りたいんです。帰るための情報を異世界で集め、帰らないといけない。それを邪魔するのであれば、私は全力で抵抗する次第です」

「はっはっはっ! まぁそう殺気立たないでください。私は別に無理にとは言っていません」

 

佐伯は一口お茶を含み、それから、

 

「いつ気が変わっても構いません。もし帰れないとなれば、その身をこちらで世話すると言うことです。あなたのその能力は国益、ひいては軍事的戦術理論に一石を投じるものになる。人の身でありながら無数の艦載機を顕現せんとするその力は、並外れたものです」

「…………私の力は、私が元の世界へ帰るために使います。この世界の日本のことなど、悪いですが、知ったことじゃありません」

「そんなこと言う割には、民間人を守るように飛ばしていたじゃありませんか。お優しい。いつでも話、聞きますからね」

 

私の言っていることは伝わっているのだろうか。加賀は一瞬懐疑的に思ったが、話が通じようが通じまいがやることは変わらない。

元の世界に帰るために力を使う。この世界の日本の国益だとか、そんなことはどうでもよかった。

帰れればいい。帰るために力を使う。帰るためになら頑張れる。

それ以外のことは、対して重要じゃない。

 

加賀は席を立った。

事情聴取という名の、実際のところ自衛隊の勧誘活動は、こうして幕を閉じた。

佐伯の目は、諦めてはいなかったが。



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加賀と艦これ

毎度、感想ありがとうございます。
感想通知が来るといつもにんまりと笑ってしまいます。


各々の用事が終わった後、駒門と合流した一行は、来るときに乗っていたマイクロバスではなく地下鉄へと乗り込んだ。

なんでも情報が漏洩しているらしく、攻撃を受けることを想定しての予定変更だった。

しかし地下鉄に乗ってすぐにロゥリィが嫌がった。

なんでも地下はハーディの領域で、ロゥリィはそのハーディーをひどく嫌っている。耐えかねんと判断した伊丹が地下鉄を急に降りると言い出し、降りた瞬間に先ほどまで乗っていた地下鉄が事故で止められた。

二度も立て続けに攻撃的な工作を仕掛けられた一行は、次はもっと直接的なのがくるぞと警戒する。その矢先、ロゥリィのハルバードをひったくろうとした男が現れ、ハルバードの重さに潰された。

 

「何してんだかこいつは」

 

と言って駒門が持ち上げようとしてぎっくり腰になった。相当に痛めたらしく伊丹は救急車を呼んで搬送してもらうこととなった。

 

尾行に注意しながら向かった先は、伊丹の元嫁の家だった。

 

 

「で、私は巻き込まれたと」

「まぁそう言うなよ。ほら、異世界の人たちと間近で話せるのは魅力的だろ」

「そりゃあそうだけどさぁ…………あれ?」

 

伊丹の元嫁、梨紗は浮かない顔つきだったが、たった今ぞろぞろと入ってきた異世界人の顔を見て一瞬止まった。

そして震える声で指を指す。

 

「も、もしかして、艦これの加賀さん? 加賀さんなの!?」

「そうだよ。本物。偶然ゲートがつながったらしくて、ゲームの世界からお邪魔してるんだと。でも帰る方法がわからなくて困ってる」

「ひゃぁ〜!! すごい! 本物だなんて夢みたい!」

 

テュカの耳にも、ロゥリィのゴスロリにも、レレイの銀髪にも反応しなかった梨紗は加賀の存在には大層驚いた様子だった。

パソコンの前を整理しながら声を掛ける。

 

「加賀さん、まだ艦これプレイしてないんでしょ? アカウント貸してあげるからぜひやっていってよ!」

「ゲーム、ですか?」

「そう! 加賀さんのいた世界のゲーム! やってみたいでしょ?」

「はぁ、まぁ……」

 

加賀は生返事だった。自分のいた世界がゲームになっている。そのことをコダ村で聞かされた時はひどく頭が混乱したものだったが、いかな適応能力かな、今こうしてゲームをプレイできると言う段になっても、自分の内心は落ち着いていた。

それどころかちょっとワクワクすらしているかもしれない。

 

「すこし気分が高揚します」

「お、いいセリフいただきました。ほら! 座って!」

 

パソコンの前に座る。マウスを持って数度クリックすると、「艦隊これくしょん!」と言う声ともに吹雪たちが映し出された。

 

「本当にゲームになっているのね」

 

加賀は目を丸くしながらクリックして画面を進める。艦隊の編成画面では、第一艦隊に加賀が入っていた。

 

「私…………これは、改二ですか?」

「そうだよ。加賀さんには三つの改二が用意されてる。今の加賀さんはどの段階?」

「改修は一度だけしか」

「じゅあ改だね。ゲーム的にはまだまだ性能が伸びるから、今後に期待だね」

 

加賀は艦隊を編成して試しに海域に出撃させてみた。

 

「こうやって戦闘が進むんですね」

「実際の戦闘と比べてどう?」

「ひどく簡略化はされていますが、概ねこの流れで戦闘は進みます。よくできていますね」

「ふっふーん、でしょう」

 

なぜか梨紗が誇らしげに胸を張った。

加賀は一通り出撃、演習、遠征といじった後、少し休憩した。

 

梨紗は興奮冷めやらぬような目で加賀に話しかける。

 

「どう? 自分の世界がゲームになってる感想は」

「本当にゲームになっていることに驚いたのと——久しぶりに赤城さんの顔が見れて、ホッとしているところです」

「そっか、ずっと会えてないんだもんね」

「向こうの世界ではいつも一緒でした。今頃心配していると思います」

「早く帰ってあげないとだね」

「その通りです」

 

にこり、と加賀は微笑んだ。どこか寂しげな微笑みだった。

 

 

富田と伊丹で交代に休憩をとりつつ見張りをして、その日の晩は梨紗の部屋で休むこととなった。

狭い部屋に雑魚寝して毛布にくるまる。一種の避難所のような光景である。

そのまま一晩、何事もなく一行は過ごすことができた。襲撃も侵入者もいない。平和である。

 

朝を迎えると伊丹が口にした。

 

「今日は遊ぶぞ! 買い物! 観光! なんでもござれだ」

「なんでもござれって、隊長危なくないですか?」

 

栗林が怪訝そうな顔で聞く。大丈夫大丈夫と手を振りながら、伊丹は、

 

「どこにいても襲われるリスクがあるなら、人混みの多いところに出向いた方が敵さんも手出しできないって。せっかくの休暇だもの。遊ぶぞー」

 

まぁ隊長がそう言うならそうしますかというノリで、本日は買い物と観光ということに決まった。

レレイ、テュカ、ロゥリィ、加賀、栗林、梨紗は買い物へ。ピニャとボーゼスは富田とともに図書館へ。伊丹は単独でそこらへんをぷらぷらするということになった。

 

 

ファッションショーもかくやというほどレレイやテュカ、加賀を着せ替えて、大量の服を買い込んだ女子一行。

図書館へ行くもピニャとボーゼスの言う“芸術”は見つからずちょっと落ち込んでいる富田一行。

そして単独でどこをほっつき歩いていたのかは知らないが集合時間だけはきっちり守った伊丹。

全員が集まると、伊丹は当初の予定通り箱根の自衛隊関連宿泊施設へ行くことを告げた。交通手段は電車とバスを乗り継いで。

 

しばし電車とバスに揺られたのち、夕方ごろには箱根の旅館へと着いたのであった。

 

「まずは風呂だな。ここの露天風呂は気持ちがいいらしいと隊内でも評判だ。存分に楽しめ!」

 

伊丹の言葉に期待を膨らませながら加賀は服を脱ぎ、温泉の扉へと手をかけた。

 

なるほど確かに、そこに広がるのは広々とした浴場。岩造りの浴槽は外まで延びており、夜空の星々をその目で見ることができる。

 

「いいところですね」

 

思わず口元が綻んだ。

後に続いた異世界組も驚嘆の表情を浮かべている。

 

「池が丸ごとお湯になってるのか」

「こんな立派な浴場をしつらえるなんてぇ」

「こんな大きなお風呂初めてみた」

「わ、妾も帝国の風呂には入るがここまで巨大なものは見たことがない。すごいな……」

 

口々に感嘆の声をあげる。

とりあえず体を洗ってからという作法を栗林と梨紗に聞いた面々は体を洗い、いざ浴槽へと飛び込んだ。

肩まで浸かるもの。顔を流すもの。皆それぞれであったがとにかく極楽であった。

 

「ねぇ、恋バナしようよ! 恋バナ!」

 

栗林のそんな一言で始まった恋バナは、とにかく盛り上がった。

ピニャとボーゼスには宮廷での恋愛遊戯事情が聞かれ加賀の翻訳に一同舌を巻いたり。

梨紗と伊丹の結婚について、なぜ離婚したのかという話にしんみりしたり。

 

「加賀さんは恋愛とかするの?」

 

との声に加賀は驚きながらも自身の人生を思い返して、

 

「艦娘になる前は付き合っていた男もいたけど、艦娘になるときに別れました。それ以来恋愛はしていません」

「提督のこと好きになったりとかは?」

「あいにく、提督はただの上司です。好いている子もいますが私は特に」

 

という、なんとも味気ない会話に終わった。

その後も恋バナは続き、最終的にはなぜか栗林の結婚相手をどうにかして自衛隊内から探そうということでひと段落ついた。

 

 

風呂から上がった後は宴会である。

栗林と梨紗がそれはもう大量に酒とつまみを用意していた。酒は日本酒から焼酎、ワイン、ウイスキー、ブランデー、ビールとそこらにあるものは大体の種類が確保されていた。皆好みが違うだろうということでの建前であったが、実際のところ朝まで飲み明かすにはこのくらいの量がちょうどいいという理由だった。

 

完全に出来上がった栗林がレレイにビールを勧めている。まだ十五歳なので日本の法律的にはアウトなのだが栗林の頭にそんなことは浮かんでいない。しぶしぶ飲んだレレイは、苦そうな顔をしつつブランデーを手に取って、

 

「こっちの方が甘くて好み」

 

とストレートで飲み始めた。案外強いのかもしれない。

 

ピニャとボーゼスは初めて飲む日本酒の味に感動しつつも、同じく日本酒を好んで飲んでいる加賀に興味が湧いたようだった。

 

「加賀殿は普段お酒を嗜まれるのか?」

「祝い事以外ではあまり飲みませんね。晩酌をいただくのは久しぶりです」

「そうだったのか。いやその、どこか寂しそうな表情だったのでな」

「お酒を飲むときには、いつも決まって赤城さんがいました」

「アカギ? あぁ、同じ隊にいたという」

「はい。すこし、そうね……寂しい、のかもしれないわね」

「早く帰れると良いな。故郷に」

 

異世界から赴き、帰る方法がわからないと言うのはどのような心境だろうか。

きっと心細く、故郷のことも心配で、すぐにでも帰りたいだろうなとピニャは想像した。そして、加賀の盃へと日本酒を注いであげるのだった。

 

栗林とロゥリィが隣の部屋にいた伊丹と富田を引きずってきて、宴会は男女混合の大宴会となった。

 

「栗林、浴衣であぐらかくなって見えてんぞ……」

「あぁん!? たいちょーが見てんだろうがこのすけべ! へんたい!」

 

飲み過ぎだこりゃと頭をかきながら、参った様子でビールを煽る伊丹であった。

 

 



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加賀と箱根

 

箱根の旅館では、深夜四時を過ぎようかという時間だった。

加賀は久しぶりの酒もあってかぐっすりと眠っていたが、異様な音と気配に起こされた。

窓ガラスがぴしりぴしりと割れる音。壁がずこんと穿たれる音。人のうめき声。

それら雑音が加賀を心地よい眠りから引き摺り下ろすのに一分とかからなかった。

 

ガバリと起きた加賀の頭を富田がやんわりと押さえつける。

 

「何事ですか?」

「襲撃です。詳細は不明ですが、ロゥリィが応戦……というか暴れに行きました」

 

伏せた姿勢で外は見えなかったが、たしかにロゥリィの笑い声が聞こえた。窓ガラスに銃弾が当たって貫通する。

襲撃、そして銃撃戦が庭先で繰り広げられているようだった。

伊丹が控えめに叫ぶ。

 

「姿勢を低くして、頭を上げないように!」

 

おさまるまで耐え忍ぶしかない。そんなことを思いながら五分ほどが経過した。

いつの間にか消音器越しに聞こえていた銃声は止み、ロゥリィの声も聞こえない。まさかやられたわけじゃないわよねと加賀ははやる気持ちを抑えながら少し頭を上げて様子を伺う。

ロゥリィは庭の岩の上に立ち、月夜を眺めていた。あたりには腕を切り落とされた死体や袈裟斬りにされた死体、銃弾を受けた死体がゴロゴロ転がっている。銃も、弾が入った状態で転がっていた。

 

「亜神は死なない。…………いいえ、死ねないのよぉ」

 

そんなことを言うロゥリィの足元には、彼女に撃ち込まれたあと体内から排出された弾丸がコロコロと落ちていた。

 

 

手早く荷物をまとめて旅館から逃げる。

旅館は自衛隊の特殊部隊が護っていたはずであったが、それが機能しなくなったということは政治的な取引があってのことかもしれないと伊丹は言った。庭先の死体から銃をこれでもかと鹵獲してバックに入れる。一個小隊相手なら十分に火力で押し戻せるほどの武器が集まった。

 

旅館から逃げてしばらく行くとバンが止まっていた。夜中だと言うのに路肩に停車してアイドリングまでしている。怪しいことこの上ない。

栗林がサブマシンガンを構えながら、バンのミラーに映らない死角へと入って運転席の男に銃を突きつけた。

 

「車から降りて。観念なさい、抵抗したら撃つから」

 

日本語で話すが伝わっているのかはわからない。見たところロシア人っぽかった。身なりからして旅館を襲撃した部隊の逃走要員であることは間違いないため、このままここに放置しておくわけにもいかない。

栗林が銃の安全装置を外しながら、

 

「撃つ? 隊長」

 

と言って銃口を男に向ける。

 

「いや後味悪いって。なんとかして、こう……眠らせたりできないもんかね」

「眠らせるだけでいいならできる」

 

レレイは簡潔にそう言うと、男の頭に向けて手のひらをかざし、何事か呪文を唱えた。十秒もせずに男はいびきをかき始める。

 

「これで朝までぐっすり」

「すっげぇレレイ、魔法スッゲェ」

 

一行は鹵獲したバンに乗り込み、東京方面の高速道路へと乗った。

 

 

午前五時過ぎ。

冬の日本はまだまだ夜明けには遠く、辺りは冷たい空気で満たされている。

東京方面のサービスエリアに停車したバンは、しばしの休憩ということになった。

レレイ、テュカ、ロゥリィが自動販売機の前でわいわいはしゃいでいる。

 

加賀は後部座席から伊丹に問いかけた。

 

「どうやってゲートをくぐるつもり? このままだといずれ捕捉されて、また攻撃にあうわよ」

 

その質問に答えたのは梨紗だった。

 

「特地の住人が献花するって情報を今ネットにばら撒いたから、明日門の周りは人だかりができると思うよ」

 

梨紗はレレイが購入したパソコンを携帯に繋いでネットに繋がるようにしてから、カタカタとキーボードを鳴らしている。

伊丹が助手席から振り返りながら、

 

「何人くらい来そう?」

「ざっと千人かな。まえにアイドルのゲリラライブの告知をした時がそのくらい集まったから」

「千人もいりゃあ敵さんも手出しできないでしょう」

 

本当に大丈夫だろうかと加賀は疑問に思ったが、思っただけでどうしようもない。自分はついていくことしかできない。

そんなやりとりをしていたらレレイたちが熱々の缶とともに帰ってきた。

しばしの休憩と仮眠ののち、東京銀座の門へと向かう。

 

 

「こりゃあ、また随分と集まったな」

 

伊丹が閉口しながら人混みの集団をさっと眺める。道は渋滞して車も前に進まない。歩道は祭もかくやという人の群れで溢れている。千人どころか一万人は集まっているのではというありさまだ。

伊丹は鹵獲した拳銃をズボンのポケットに突っ込みながら言った。

 

「降りて歩くしかないですかね」

「危なくないですか?」

「だってこれ進まないよ。行くしかないって」

「降りれるのねぇ」

 

降りるという話になるや否や、ロゥリィがバンの後部座席のスライドドアをガラリと開けて降りてしまった。

うーんと体の凝りを伸ばすように背伸びをしたロゥリィの姿を、群衆が見つける。

その時だった。

さっと、まるでモーセが海を割ったかのように、群衆はロゥリィを中心に道を開けた。

 

「これで、行けるわねぇ」

 

振り返りながらそういうロゥリィに続いて、次々と降車していく。

伊丹は車を降りると、群衆を鋭い視線で睨みながら富田と栗林に命じる。

 

「近づく者がいたら、各自の判断で撃て。ここを無事に通過するぞ」

「了解」

「了解です」

 

伊丹は振り返ってバンの方を見る。運転席に移動した梨紗へ、

 

「車は適当に走らせてその辺に捨てればいい。あとは任せた」

「任せたって、私ペーパードライバーなんだけど……」

「お前ならできるって」

 

何を根拠に、と不服そうな梨紗であったが、一度表情を変えると寂しげな声で伊丹に投げかける。

 

「次はいつ帰って来れそう?」

「当分は帰って来れないだろうな。冬の同人誌即売会で三日休暇を取り直せれば御の字って感じ」

「そう……」

 

梨紗は寂しそうだった。そんな様子の梨紗を見て、伊丹はわざと作った笑顔で梨紗の両頬をぎゅうと押しながら、

 

「借金、早く返せよな」

「わ、わかってるって! 同人誌が売れたら振り込むから!」

「じゃあな。元気でやれよ」

「あ、うん。…………じゃあね」

 

梨紗の寂しげな顔を見ないようにしてか、伊丹は振り返ることなく道を進んだ。

 

 

献花、そして黙祷の間にも、敵がやってくることはなかった。

伊丹たちは知る由もなかったが、公安の駒門が根こそぎ工作員を捕まえてくれていたおかげだった。

 

「鎮魂の鐘が必要ねぇ。だれかぁ、鐘を鳴らしてちょうだぁい」

 

そう叫ぶロゥリィの声に偶然にもタイミングが重なり、時計台の鐘が街に響いた。

 

「うん、ありがとぉ」

 

ニンマリと笑うロゥリィ。一行は献花を済ませ、門横の詰所へと向かった。

詰所では徹底した身体調査、手荷物検査が行われる。銃器のわんさか入ったバックを見て詰所の職員は閉口した。

伊丹に問いかけるも、伊丹も後ろ頭をかくばかりである。

 

「これ、どうするおつもりで」

「そっちで預かってくんない?」

「無理ですよこんなの。一応書類だけ作っておきますんで、そっちで管理してください」

 

こうして第3偵察隊は非公式ながら結構な数の銃器を保有することとなった。

 

 

門の向こう、アルヌス避難民居住区では、日本で買ったお土産を早速開ける三人の姿があった。

パソコンを前に座るレレイ。隣にはカトー先生もいる。

 

「なんじゃあこりゃ?」

「これはパソコン。異世界の技術や情報がこれに詰め込めれている」

「ぬおあ! 光った、光ったぞレレイ! なんじゃこりゃぁ!」

 

コンパウンドボウを買ったテュカは、早速試し撃ちとばかりに森へと入り、的を作ってビシバシと当てた。

 

「すっごいわこれ! とっても狙いやすい! ねぇ、お父さんも使ってみる? あれ、お父さん?」

 

ロゥリィの買ったものは少なかったが、鏡を前にフリルのついたハイソックスを履いて、満足そうに笑うのであった。

 

 

「で、どうでした。こっちの日本は」

 

柳田は前髪をいじりながら加賀へと問いかけた。加賀はしばしの間考えたあと。

 

「忙しかったですね。次回は狙われることなくゆっくりと、違いを楽しみたいものです」

「元の世界では領海が侵犯されているんでしたっけ。海は見れましたか?」

「いいえ。次回があるなら、ゆっくりと見たいですね」

「事情聴取の方はどうでしたか? 何か言われました?」

「自衛隊に入らないかと、勧誘されました。断りましたけど」

「ははは。異世界の兵士を自衛隊にねぇ。頭のおめでたい連中もいたもんだ」

 

柳田は踵を返しながら、

 

「また行きたくなったらいつでも言ってください。手続きさえちゃんと取れば、いつでも日本へ行けますから」

「ありがとう。まぁ、こっち側の方が私としては住みやすいわ」

 

加賀は肩をすくめながら柳田を見送った。



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加賀と本

F4ファントムと零戦が本気で戦ったら勝つのはどちらでしょうか……?


銀座に門が出現してから五ヶ月が経った。

アルヌスの丘、避難民居住区周辺は大きく様変わりすることとなる。

 

街が————そう、ちょっとした街ができてしまったのである。

始まりは難民用の小さな購買部だった。pxと呼ばれた小さな購買部は難民の子供たちやお年寄りが切り盛りしていた。扱う商品は東京から運び出されたものやイタリカで入手された食品、服などの雑貨だった。

これが思いのほか使い勝手が良く、自衛隊内でもわざわざ手続きを踏んで東京へ行くより手軽に日本のものが買えるということで利用者が増えた。

利用者が増えると店が手狭になったので増築、人手も足りないので他所から雇う。雇うといっても知り合いつての雇用になる。フォルマル伯爵領、つまりイタリカのメイドさんの手を借りることになった。

 

イタリカから来た増員はみんな獣人であった。これがまた自衛隊に評判でさらにものが売れる。

ものが売れるので仕入れも販売も規模がだんだんと大きくなる。そうなってくると次に現れたのは商隊もちの商人たちだった。行商人がうちの商品も一枚噛ませてくれと品々を提供するようになる。

 

アルヌス避難民が取り扱っていた竜の鱗も商人たちの間で取引されるようになる。竜の鱗はその取り扱いのしやすさから飛ぶように売れたし、なにせ仕入れも莫大な数である。商人の数は日に日に倍増していった。

 

商人が増えるとそれを護衛する傭兵も増える。傭兵が増えるということはそれらに飯を食わせる場所、寝泊まりする場所が必要になってくる。

それら全てを自衛隊に賄ってもらうというのも無理な話なので、自分たちでなんとかするしかない。

なんとかするには大工や職人が必要で、そう言った技術持ちはすぐに集まってきた。何せ仕事があるのだから腕さえ貸せば金が手に入る。

大工たちが毎日せっせと働いたおかげで、飲食店も、宿も、なんなら家も建っていった。

 

そうして難民用の小さな売店から始まって、今ではすっかり「アルヌスの街」などと呼ばれるようになってしまったのである。

 

 

「一ヶ月でこんなになるなんて」

 

加賀は改めて舌を巻きながら街を歩いていた。

過程は全て見ていたもののあっという間だった。街ができるまでに一ヶ月。人はこんなにも逞しく繁栄できるのだなと感心した。

 

とんてんかんてん釘を打つ音の響く通りを歩いて、お目当ての場所に着く。pxだ。先日歯磨き粉が切れたのでここで買い足そうということである。

通貨は日本円でも異世界の通貨でも買える。加賀はどっちも持っていたが、ここにいると手に入りやすいのは異世界の通貨である。銀貨を使って歯磨き粉を入手する。お釣りは銅貨になって返ってくる。

 

街は過ごしやすい。衣食住の全てがここには揃っていて、もう自衛隊におんぶに抱っこしなくても良くなっていた。

実際、一ヶ月前までは続いていた食料の配給も今では止まっていて、すっかり自活できるようになっている。

竜の鱗がある限り生活も安定。その竜の鱗はじゃあ今はどうなっているのかというと、アルヌス避難民のみが戦場跡に立ち入って鱗を取るという暗黙の了解がなされている。

もとより自衛隊が占領している土地とも言える。そこに勝手に出入りする余所者はいなかった。鱗を取るのはあくまで避難民の子供たちの仕事。経済はうまいこと回っている。

 

歯磨き粉を手に入れた加賀はこの後の予定を思い出す。

航空自衛隊との訓練である。

 

 

アルヌスの上空を、4機の航空機が中空に音を響かせながら飛び回っている。

2機は航空自衛隊所属のF4ファントム。鈍色の機体が太陽の光を反射する。

もう2機は加賀の飛ばした零式艦戦52型。新緑色の機体が空に翻る。

 

空自との合同演習。せっかく燃料もあることだしということで、模擬戦闘(ドッグファイト)の稽古をつけてもらっている。

機体の性能差は歴然だが、なかなかどうして零戦は小回りが効くようで、いざドッグファイトになると結構な割合で後ろを取れている。

 

「後ろ取られたぞ! 右にブレイク!」

「やってらぁ! くっそ零戦ってこんなに動けるのかよ!」

「まさか零戦と飛べる日が来るとはな」

「飛行機乗り冥利に尽きるぜ。加賀の嬢ちゃんに感謝だな」

「おい! またケツに張り付かれてる! 左にブレイク!」

 

2対2の模擬戦闘は、やや零戦有利で進んでいた。

加賀は飛び回る愛機を見つめながら、

 

「なかなかやりますね。負けませんよ」

 

不敵な笑みを浮かべていた。

 

 

「ひゃー加賀の嬢ちゃんつえーよ。一体どんな奴が操縦してんのかと思ってよ」

「コックピット見たか?」

「あぁ。度肝抜かれたぜ」

 

ファントムから降りたパイロット二人が笑いながらお互いを指さす。

 

「無人でやんの。誰も乗ってねぇ」

「あんなの戦場で見たら零戦の幽霊だって思うぜ」

「加賀の嬢ちゃんに聞いたらよ、一応乗ってるらしいぜ」

「幽霊が?」

「いや、妖精さんだとか言ってたな。なんでも普通の人には見えない存在らしい」

「まじか。じゃあその妖精さんってのが見えねぇから俺たちには無人の零戦が飛んでるように見えるってわけか」

「そうらしいぜ。世界は広いよな」

 

零戦との演習を終えた二人は、どこまでも満足そうな笑顔を浮かべるのであった。

 

 

さて、模擬戦闘を終えた加賀が次にすることは、

 

「暇ですね」

 

もうあとは予定がない。特にすることがないのである。

そういう時は、元の世界へ帰るための情報収集に徹している。ある時はカトー先生の書籍から。ある時は道ゆく人の小話から、またある時は長寿の人物から。

自分が帰還できる方法を探すため、加賀は調査していた。

しかし難航している。

 

唯一、ロゥリィの機嫌のいい時にそれとなく聞いた「門を開閉できる存在」だけが最大のヒントだった。

 

門は、勝手に開閉しているわけではない。それを操っている者がいる。

そこまで教えてくれた。そこから先は自分で調べなさいとのことだった。

 

加賀は考えた。もしロゥリィのような亜神たる存在、あるいはまんま神のような存在が門を開閉していたとすれば。

自分はその神に頼み込んで、元の世界へと続く門を開いてもらえるのだろうか。

 

神とは、時に気まぐれな存在である。人間如きが頼み込んだところでその要望など聞いてくれるのだろうか。

 

おそらく無理である。まぁまだどのような存在が門の開閉に関わっているのか定かではないので、その先のことを考えても仕方がないと言えばそうなのだが。

加賀は途方に暮れながらも、門の開閉に関わる存在を探していた。

 

ロゥリィは本当に知らないのだろうか? 知っているような気がする。おそらく誰が門を開閉しているのか、その名前くらいは知っているような気がする。「自分で調べなさい」と突き放したということは、答えを持っている…………?

 

加賀はカトー先生の書物に頼ることにした。レレイのところへおもむく。

 

「レレイ、また本を貸して欲しいわ」

「そこにあるから好きなのを読むといい」

「門に関わるお話って、あるかしら」

「門に関わる話なら、これと、それ」

 

“我らの聖地アルヌスについて”という本と、“故郷たる所以アルヌス”という二冊の本が差し出された。

 

「ありがとう。しばらく借りても大丈夫かしら」

「返してくれるのなら大丈夫」

「売り飛ばしたりなんてしないわよ」

「わかってる。加賀はいい人。そんなことしない」

 

二冊を抱えて、プレハブの自分の部屋へと戻る。

最近、居住区にはソーラーパネルから電気が敷設された。部屋のデスクライトを点灯させて席に座る。

“我らの聖地アルヌスについて”という古びた本を手に、加賀は表紙をめくった。

 

 

本は当然、異世界語で書かれている。そして書籍というのはどこの国でも、どの時代でもたいてい日常会話で使う語彙よりも難しく書かれているものである。加賀は難解な単語をマークしながら読み進めていった。どうしてもわからない単語はレレイやカトー先生、そしてロゥリィに聞きながら着々と読破していった。

一冊読み終えてわかったことは、門とは常にアルヌスに開かれていて、他所に開かれることはないという。

 

加賀は首を傾げた。自分がこの世界に来た時にはどうだったかと。

確か銀座に降り立ったのである。門は間違いなく銀座のあの門だった。あの門から出て、そして数刻後に異世界の軍勢がぞろぞろと出現した。

 

考えられることとしては、本当はアルヌス以外にも門は開かれていて、それに気づいていないだけか。あるいは何者かの勢力がそれを書籍に残すことを許さなかったか。そのどちらもか。

加賀は頭が痛くなるのを感じて考えるのをやめた。

いずれにしても、門の開閉に関わる人物の描写はなかった。門の開閉が自然現象だとしたら、加賀が帰れる見込みは限りなくゼロに等しくなる。

そうであってほしくないという願望しか、加賀には持てなかった。

 

 

この三日ほどはずっと部屋に引きこもっていたから、久しぶりに外出しようと思い立った。

肩が凝っている。本の読みすぎで頭も重い。

そうだ、久しぶりに外食しようと思い立ち、街の酒場へと出かけた。酒は…………まぁ飲んでもいいか。

今は軍属というわけでもない。心はいつでも鎮守府にいる面持ちだが、今日くらいは。読破記念ということで。

 

加賀は酒場に入ると、ぐるりと中を見渡した。相当に賑わっていて一見すると席がないように思える。その時だった。

 

「あらぁ。加賀ぁ〜こっちにいらっしゃぁい」

 

ロゥリィが一人で飲んでいた。席は空いているらしい。

加賀はロゥリィの元へいき、

 

「一人で飲んでるの?」

「そうよぉ。たまには一人で静かにって思ってぇ」

「じゃあ私は邪魔しない方がいいんじゃないかしら」

「寂しくなったのよぉ。ね、一緒に飲みましょうよぉ」

「まぁ、では。そうします」

 

ロゥリィの向かいの席に座る。座ってすぐにうさ耳のウェイトレス————デリラが注文を取りに来た。

 

「ビールと、何か食べるものを」

「あいよ! 聖下ももう一杯いくかい」

「おねがいするわぁ」

 

ビール二つに食事ひとつね、と言い残してデリラは去っていった。

ロゥリィはすでに酔っているのか、うろんな目を向けながら加賀に話しかける。

 

「ずいぶん頑張っていたそうじゃなぁい」

「異国の本を読むのがこれほどまでに大変とは思いませんでした」

「で、何かわかったことはあるのぉ?」

「…………門が、アルヌス以外には開かないということくらいしかわからなかったわ」

「そうねぇ、五十点てとこかしらぁ」

 

くすくすとロゥリィは嗤う。加賀は、やはりこの人は何か知っているに違いないと確信めいたものがあった。

 

「門はねぇ、アルヌスに開いたものだけが聖地として祀られているの」

「それは、つまりアルヌス以外にも門は開いていると」

「そう、なるわねぇ」

 

ロゥリィはニンマリと笑いながらジョッキを傾ける。全部飲み干したようで、置いた手でつまみを口に放った。

 

「神はね、気まぐれなの。人やエルフに情なんてかけない。だから時として民草には残酷な裁定を下すこともあるわ」

 

ロゥリィの言葉には不思議な力があった。まるで神の啓示であるかのような言葉である。

 

「残酷な裁定とは?」

「聖地が聖地じゃなくなった。唯一のものが唯一のものではなくなった。崇められていたものがその価値をなくすといった感じかしら」

 

つまり、門はアルヌス意外にも開かれる。

そしてやはりというか、門は神が開けているらしい口ぶりだった。

 

「ロゥリィ、教えてくれないでしょうか。誰が門を開けているのか」

「それを聞いてどうする気ぃ?」

「叶うなら、その人物にあって元の世界への門を開いてほしいと願う。ダメなら別の方法を考える」

「あなたが帰りたいって気持ちはわかるけどぉ、神は気まぐれよぉ? お願いされた程度じゃ門は開いてはくれないわよぉ」

「わかっているわ。でも……せめて、どの神が開いているのかだけでも」

「そうねぇ……」

 

ロゥリィは加賀を真っ直ぐに見た。黒曜石のような瞳に加賀は吸い込まれそうになる。何を見透かしているのか、何を見ようとしているのか、加賀にはわからなかった。

 

「ま、いいわ。教えてあげた方が面白くなりそうだしぃ」

 

デリラが来た。ビールがふたつと、加賀のための食事が出てきた。

ロゥリィは新しく来たビールに一口つけると、ぷはーと息を吐いてから口を拭い、加賀を真っ直ぐに見た。

 

「ハーディよ。冥府の神。彼女が門の開閉を司っているわ」

 

ハーディ、という名前を口にする時、ロゥリィは嫌なものでも見るような目つきになった。

加賀は日本の地下鉄に乗っていた時のことを思い出す。

 

「たしか、しつこく求婚されて嫌な目にあってるって言ってたわね」

「そうなのよぉ。200年前に会ったきり結婚しろ結婚しろってしつこいのよぉ」

 

嫌になっちゃうわぁとぶーたれながらビールを煽るロゥリィ。

加賀は、これはいいことを聞いたと内心で小躍りした。

 

「その冥府の神、ハーディにはどこで会える?」

「ベルナーゴ。ハーディの神殿がそこにあるわ」

 

加賀はひとつうなづいた。ここまで導いてもらったのである。なんとしてでもベルナーゴまで行き、ハーディに談判しようという心持ちである。

 

「加賀、もう一度釘を刺しておくわ。神は気まぐれ、お願い程度じゃ門の開閉は望めないってこと、忘れないでねぇ」

「わかってる。心に留めておくわ…………ロゥリィ」

「なぁにぃ?」

「教えてくれて、ありがとう」

「いいわよぉ。面白そうだしぃ」

 

ベルナーゴ。行き先が決まった。加賀ははやる気持ちを抑えて、明日から遠出の準備だと心に決めた。

 

 

イタリカの街。とある酒場にて。

 

腰に剣を携えた薄汚れた集団が、酒を煽っていた。商隊護衛の傭兵のようであった。

傭兵の一人が笑いながら酒を煽り、仲間に話しかける。

 

「ってわけでよ、アルヌスにはそりゃあもう珍しい品々がゴロゴロ売られてるらしいぜ」

「早く行きてぇよ」

「ああ俺もだ、楽しみでしょうがねぇ」

「うちの商隊も次はアルヌスにいくってぇ話だぜ」

 

そいつは良かったと口々に叫んでは酒を煽る。豪快な連中であった。

そんな連中のうちの一人が、声を潜めて仲間に呟く。

 

「そう言やあよ、こないだアッピア街道通ってる時に通行人が言ってたんだけどよ」

「どうした」

「でたらしいぜ」

「何が?」

「手負の炎龍だよ。噂通り、左腕が吹き飛んでたらしい」

「マジか? 見間違えじゃねぇのかよ」

「それが見間違いじゃねんだとよ。アッピア街道の南端の付近で出現したって噂だぜ」

「イタリカから近ぇな。まさか、ここまで来たりしねぇよな」

「だといいんだけどよ。さすがの俺たちも炎龍が来たら逃げるしかねぇぜ」

「だな。まったくとんでもねぇ災難だぜ……」

 

半分冗談混じり、半分本気にした傭兵たちは、まさかここが襲われるこたぁねぇよなとタカをくくりつつも、炎龍の存在に少しだけ身震いするのであった。



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加賀とヤオ・ハー・デュッシ

誤字報告、感想ありがとうございます。
うれぴっぴです。


 

さて、旅をする必要ができたぞと加賀は腹を括ったものの、どうしたものかと思い悩んでいた。

ベルナーゴまでは馬車で二ヶ月はかかるという。零戦で飛べば休憩込みで二日ぐらいだろうか。飛べばいけない距離ではない。

問題は、行ったところで話を聞いてもらえないかもしれないということだった。

 

神は気まぐれ。民草一人二人のことなど気にかけていない、とロゥリィは言っていた。そうなると何か策を考えてから行かないと無駄足である。

 

「神様のご機嫌が取れるものなんて…………」

 

そう思いつくものではない。貢物か。しかし貢物をたくさん持っていくとなると零戦は使えない。馬車で二ヶ月の一人旅もできなくはないが大変である。加賀はここに来て窮していた。

 

とりあえず行き先は決まった。いった先でどうするかを決めるためにももう少し情報収集が必要である。特にハーディがどのような神なのか。何を好むのか。その辺りを周囲に聞くかまた書籍で調べる必要がある。

 

というわけでレレイの元へ。

 

「また本を貸して欲しいわ」

「好きにとっていくといい」

 

短い会話の末、山積みの本の中からハーディに関係のありそうな書籍を探す。

しかし、無かった。タイトルを調べるだけでは足りないのかもしれないが、中身をしらみ潰しにできるほどの気合いは加賀にはない。諦めつつ、レレイに直接ハーディのことで何か知らないか尋ねた。

 

「ハーディ、冥府の神。地下を司るとも言われている。この世界の死者の大部分がハーディのもとへ召される。それくらいしかわからない」

「うーん、ハーディの好物とかはわからないわよね」

「知らない。あったとしたら私にも教えて欲しい。気になる」

 

ありがとう、と礼を言って加賀はレレイのもとを去った。

 

 

天気の良い昼下がり。今日は特に予定もないので、加賀はのんびりとハーディについて情報を集めようとしていた。

とりあえずロゥリィだろうか。今どこにいるのだろうかなどと考えながら、ロゥリィを探して街の方へ来ていた。

目抜き通りの釘打ちの音を聞きながらキョロキョロとロゥリィを探していると、一人の自衛官が加賀の元へと走ってきた。

 

「ここにいらっしゃいましたか。探しましたよ加賀さん」

「探す? 今日は通訳の仕事は入ってないと思いますが……」

「それがですね、先ほど捕まえた連続ひったくり犯の犯人から事情聴取をしているんですが、どうにも要領を得なくて」

「通訳が必要な事態、ということですかね」

「はい。なんでも一族が滅びるとか、助けてくれと言った言葉を繰り返すんです。手に負えなくて」

「わかりました。場所は?」

「ご案内します。ついてきてください」

 

自衛官の運転する車に乗り、ついた場所は自衛隊駐屯の内部、まるで映画やドラマに出てくる警察の取調室のような場所だった。

そこに、椅子に座る一人の女性が見える。浅黒い肌にシルバーの髪。顔を見ると切長で整った目鼻立ちをしている。今は、何やら落ち込んでいるような表情だった。

 

「どうしたんですか、浮かない顔をして」

 

加賀はまず初めにそんな調子で話しかけた。連続ひったくり犯だというのになぜか元気がない。取り調べを拒否するにしてもこの落ち込み用はなんだろうかと加賀は思った。

 

「私は、シュワルツの森から来た、ヤオ・ハー・デュッシという。緑の人に助けを求めてここまで旅をしてきた」

「緑の人、というのは自衛隊のことですね。助けとは?」

「手負の炎龍に一族が襲われている。このままだと皆滅ぶのを待つだけだ。どうか、助けて欲しい」

「なるほど……」

 

炎龍の被害者、ということだ。助けを求めてここまできたらしい。ひったくりのことについては一切話さないので、こちらから聞くことにする。

 

「街の男たちから財布を引ったくったそうですが、本当ですか?」

「それは違う。男たちに言い寄られて、抵抗した末に落としていったんだ。無理矢理奪い取ったわけじゃない」

「なるほど」

 

まとめると、この女の言っていることはふたつ。ひったくりを働いたわけではないことと、自衛隊に炎龍討伐をして欲しいというお願いだった。

 

「炎龍の件については、自衛隊に伝えればいいですか」

「そうだな。そう……できれば、口添えも頼みたい」

 

ひどく落ち込んだ様子である。加賀はすこし気の毒に思いながらも、とりあえず伝え聞いたままを自衛官たちに話した。

 

それから数時間が経ち。

街のひったくられたと主張していた男たちから証言があった。自分たちの方からヤオに手を出したと。晴れて、ヤオは無罪放免となった。

しかし表情は浮かばれない。加賀は、どうにかして狭間陸将まで話が通せないかと考えた。

柳田を捕まえる。これこれこうであるから、狭間陸将のところまで相談という形でお願いできないだろうかと伝えた。

 

一時間後。ヤオと加賀が狭間の元へ呼び出された。座ってくださいと通された応接間で、狭間陸将は難しい顔をしながらヤオの方へ向き直った。

 

「炎龍討伐の要請は、残念ながらお受けできません」

 

受けられない、という旨を加賀は通訳する。狭間は言葉を続けた。

 

「炎龍が目撃されているというエルベ藩王国は帝国との国境を跨ぐ場所です。国境を超えて軍隊を送り出すことは越境行為となり、宣戦布告も同等となる。残念ながら、自衛隊にそんなことをさせることはできません」

 

やむを得ない事情。軍隊として動けない理由を伝えたのち、加賀はヤオに「これは無理だ」と伝えた。

自衛隊は動けない。

ヤオは絶望にも瀕したような顔になった。今にも泣き出しそうである。加賀も、そして狭間も、心を痛めながら「お引き取りください」と言葉にした。

 

 

アルヌスの街、その中心部にある喫茶店にヤオと加賀は向かい合うようにして座った。

 

「憂鬱を解きほぐす効果があるハーブティーよ。飲んで」

 

ヤオは一口、一口とハーブティーを飲み、深く息を吐きながらぽつりと呟いた。

 

「夢を、見ているんだ。全部嘘で…………現実じゃない」

 

虚な目で呟くヤオに、加賀はどうかけたものかと言葉を選んだが、最終的には「夢じゃない、残念ながら」としか言えなかった。

 

「緑の人の協力が得られなければ、我が部族は滅ぶだけだ。どうにか……どうにか、できないものか」

「炎龍討伐に自衛隊が動けない理由は一つだけです。炎龍のいる場所が国境を超えた先にあるということ。それさえクリアできれば、あるいは動けるかも」

「どうやって……炎龍を動かせと。無理だ」

 

そうですね、と言うしか、加賀にはできなかった。

ヤオはハーブティーを飲み干した。ポットの中からおかわりを注いであげる。それも、ごくごくとヤオは飲み干した。

 

お通夜のような空気が漂う。実際、もう加賀にはどう言葉をかければいいのかわからなかった。

そのままハーブティーを飲み干して、ヤオは席をたった。

 

カフェから出る。

 

「あなた、泊まる場所はあるの?」

「いつもは野宿をしている」

「宿ならあるから、組合の管理センターまで行ってみなさい」

「あぁ……ありがとう。加賀と言ったか。礼もできずに申し訳ない」

「いいえ、いいのよ。また何か自衛隊に伝えたいことがあったら、私を尋ねるといいわ」

「そうさせてもらう」

 

ヤオは管理センターへ。加賀は帰路へとついた。

時刻は夕刻。日は傾いて街は朱色に染められていた。

 

 

加賀は晩飯をどうしようかと思い至った。ヤオと席を共にして飲んだのはお茶だけである。

居住区に帰っても食べるものがない。ちょうど切らしている。

 

「飯屋でも行きましょうかね」

 

街の酒場兼飯屋へと向かった。

カウンター席に座り、獣人のウェイトレスに注文をお願いする。今日は酒を飲む気がないので、水と肉料理を頼んだ。

 

「よう、加賀の嬢ちゃん。今夜は外食かい」

 

気さくな客に話しかけられた。どこかでみた覚えがあると思い記憶を辿ると、先日竜の鱗を売り払った商隊の護衛だった。

 

「どうも。家に食料がないので、こうして今日は外で食べることにしたんです」

 

そしてなにか話題はないかと考えた時、ふと、炎龍のことについて尋ねてみようと思った。

 

「炎龍って、エルベ藩王国に縄張りがあるんですか?」

「そうらしいけどな。俺も詳しくはしらねぇよ。でもなんでもそこに巣があるとかって」

「ということは、やはり活動はエルベ藩王国内に留まるのでしょうか」

「いや、そうでもねぇらしいんだよこれが」

 

男は声を顰めながら加賀の方に身を寄せてきた。

 

「うちの若い連中が噂してたのを聞いたんだけどよ、なんでもアッピア街道の南端に出たらしい」

「アッピア街道というと、イタリカに続く道じゃないですか」

「あぁ。もちろん帝国領内だ。おっかねぇぜ」

 

男は席に戻り、注文した酒を飲み始めた。

 

「帝国領内にも炎龍が出る……」

 

コダ村避難民が襲われた時のことを思い出す。あそこも帝国領内ではなかったか。

もし噂が本当なのだとしたら。

ヤオの炎龍討伐の依頼を、もしかしたら、自衛隊が引き受けるかもしれない。

とはいえただの噂話である。信用していいものでもない。加賀は頭の片隅にヤオの顔を残しながらも、別のこと、例えばハーディの情報を探すべく、明日も動こうと考えるのであった。

 



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加賀と考え事

今日は少しやることがある。

まずは艦載機の燃料補給。燃料を使っている全艦載機に補充しなければならない。これが結構時間がかかる。

午後は語学研修の講師。日本から来た外交官や自衛官に異世界語を学んでもらう。その手伝いというか、講師役として抜擢されている。レレイと交代で授業を受け持ち、報酬は日本円で支払われる。

 

ひとまずは艦載機の燃料だ。

まず依代の矢から艦載機を顕現させる。この方法で出すとなぜか妖精さんは飛ばないし艦載機が飛ばせない。不思議なものである。

ミニチュアサイズで顕現した艦載機に燃料を入れていく。どういう原理なのかわからないがきっちり実機分入るのである。

これを、燃料を使っている艦載機全てに行う。

午前中に終わればいいけれどと思いながら、加賀は次々に燃料を入れていくのであった。

 

 

全部で二十機の燃料を入れ終える。残りの艦載機は燃料が減っていなかったのでまた今度である。

部屋の時計を見上げると午前十二時。もうお昼時だ。

授業は十四時からなのでまだ時間がある。どうしようかと加賀は腕を組んだ。そして、とりあえず食事にしようと思い至り、部屋の隅に置いてある糧食レーションを取り出す。これでいいだろう。

 

どうせなら外の椅子で食べようかと思い、レーションを抱えて外へ出る。レーションといっても缶詰のご飯たちで、鶏めしとか牛缶である。

温めて食べてもいいしそのまま食べてもいい。加賀は面倒なのでそのまま食べることにした。

 

外の椅子とテーブルに缶を並べていると、

 

「あらぁ、今から食事?」

 

ロゥリィが顔を出した。ロゥリィの手にも自衛隊からもらった缶詰各種が抱えられている。

 

「えぇ。今日はここで食べようと思って」

「奇遇ね。一緒に食べましょうよぉ」

「いいわよ」

 

ロゥリィもテーブルに缶を広げて席に着く。最近一緒に食べることが増えたなぁと加賀はしみじみ思った。

 

鶏めしの缶を開封して箸でつまむ。安定して美味しい。軍用のレーションとは思えないクオリティである。

ふとロゥリィの方を見る。ロゥリィも今日は鶏めしらしい。

 

「ハーディのこと、あれから何かわかったのぉ?」

 

唐突な質問に加賀は首を横に振りながら、口の中のものを全部飲み込む。それから口を開いた。

 

「ほとんど何もわかってないわ。ねぇ、ロゥリィ、ハーディの好物とか知らないかしら?」

「好物ねぇ。あいつは自分の元へ来た魂をコレクションにしてる、とかかしらぁ?」

「魂のコレクション?」

「そう。戦場以外で死んだ魂はハーディの元へ行くの。その中から、奴は気に入った魂を自分のものとして飾り立ててしまうのよぉ」

「趣味が悪いわね」

「そのせいで、優秀な魂が現世に巡って来なくなってるのは亜神たちの間じゃ有名な話よぉ」

 

魂をコレクションにする。そんなことを聞かされても、ハーディに談判する材料にはなり得ないなぁと加賀は困り顔で食事を続けた。

 

 

食事が終わりロゥリィと別れた後、いよいよ加賀は手持ち無沙汰になった。

ロゥリィは街へ買い物に出かけると言っていた。付いていってもよかったなぁなどと思いながらも、そういえば授業の用意でもしておこうかと思い直したのであった。

 

授業の内容は至って単純で、異世界の言葉、語彙、文法を教えるだけである。自分が学んだ通りになぞらえるだけなのでそれほど難しい話ではない。

とはいえ、未知の言語を一から喋れるようにするのはそれなりに時間がかかるし、決して簡単ではない。

加賀は異世界の言葉が喋れる人が増えれば自分の仕事も無くなっていくのだろうなぁと薄々考えていた。なくなるまではまだしばらく時間があるだろうから、それまでに稼げるだけ稼いどこうとも思った。

 

教材を確認して、授業の流れを把握して、とりあえず今日の分は問題なく進められるだろうということで一人納得した。時計を見上げるとまだ十二時半。

 

残り一時間半。どうしようかと考えて、結局艤装の手入れに時間をかけることにした。

航空自衛隊との演習で飛ばしはするものの、最近戦いらしい戦いもない。実弾を撃ってもいない。訓練だけの生活に、加賀は心のどこかで焦りのようなものを覚えていた。

もうずいぶん長いこと海へ出ていない。このまま戻ったとして、元の世界に帰れたとして、果たして自分は海の上で戦えるのだろうか。

 

当たり前のようにこなしていた日々が、遠く色褪せているように見える。本当に戦えるのだろうか。一航戦として、戦えるのだろうか。

 

「考えても仕方のないこと…………ですね」

 

そうだ。

そのとおりだ。自分が海で戦えるかどうかなど、海へ帰ってからの話である。まずは元の世界へ帰らないと。そのためにベルナーゴまで行き、ハーディに話をつけないといけない。

 

その話をつけるのをどうするかで、三日三晩考えても思いつかないのであるから難儀している。ハーディに門を開けさせるために、自分には何ができるのか。考えても考えても思いつかない。ロゥリィやレレイに話を聞いてもこれといった収穫がない。いよいよレレイの書籍をしらみ潰しに当たるしかないか。いやしかし何年かかるやら。それこそ、当たって砕けろ精神で一度ベルナーゴまでいってみたほうがいいんじゃないか。

案外すんなりと門を開けて返してくれるかもしれないし。

 

などと考えが堂々巡りしていることに自分で気づき、加賀は考えるのをやめた。もう少し、ハーディのことについて調べよう。そうしよう。

 

主機、弓、依代の矢、矢筒などなど艤装の各種を点検し、問題がないことを確かめる。古布で汚れを拭い取り、ピカピカとまではいかないが磨いていく。もうずいぶん手に馴染んだ艤装たちである。何年使ってる? 考えてもパッとは思い出せない。

 

「赤城さんは、今頃何をしているのかしらね」

 

心配かけているだろうか。鎮守府を上げて捜索してくれているのかもしれない。これでも第一艦隊の主力正規空母だから、開けてしまった穴は大きい。無事に帰ったらどうやって埋め合わせをしようかしら。

帰りたいなぁ。いつになったら帰れるのかなぁ。

 

加賀はすこし寂しげな表情で、艤装を丁寧に磨いていくのであった。

 

 

そうこうしているうちに約束の時間が近づいてきた。加賀は支度をして避難民居住区まで来てくれる迎えを待った。

程なくして車両が到着。乗り込んで駐屯地の方へと向かう。

 

この授業ももう10回以上、レレイの分も合わせると20回以上開講していることになる。出席している外交官の顔も名前も覚えているし、自衛官の方も覚えている。すっかり加賀先生だなぁなどと内心で笑いながら、加賀は教室として開かれている会議室へと入った。

 

準備通り授業が進む。今日も特に問題なくことが進み、授業は無事に終業の時間を迎えた。

二時から四時までの二時間の語学研修。ほぼ毎日これが開講されている。ほぼ、というのは、外交官にも別の仕事があるので、そちらを優先する場合がある。あとは単純にレレイが担当している日は加賀は休みである。

 

異世界に来て早五ヶ月。加賀の生活は安定したものであったが、それゆえに加賀は内心で焦りもあった。

このままアルヌスでぬくぬくと暮らしているだけでは、いつまで経っても帰還の目処が立たない。

自分から行動しなくてはどうしようもない。誰かが代わりに元の世界への道を切り開いてくれるわけじゃない。そういった思いから来る焦りだった。

ハーディのことについても、もうアルヌスでできる情報収集には限界が来ているのではないかと考える。

どこかよその土地。それこそ、ロゥリィがエムロイの使徒であるように、ハーディにも使徒がいるだろうから、その使徒を頼って探しにいくとか。

いやでもどこにいるのかもわからない人一人をこの広大な異世界から探し出すのは無理じゃないかと思い直す。

 

ああでもないこうでもないと色々考えているうちに、避難民居住区まで車が到着した。

加賀は運転手の自衛官に礼を言って降り、部屋へと戻る。教材を片付けて、さて夕飯の準備かなと思い至る。

 

何か簡単なものでも自炊しようか。材料はあったかなと備え付けられている冷蔵庫を開けるも、

 

「うーん、食材に乏しいですね」

 

あまり入っていなかった。そういえばここ最近外食続きでまともに食材を買っていない。

別に金に困っているわけではないので外で食べてもいいのだが、たまには自炊も悪くないと思い直す。

早速用意して街へ向かう。

 

加賀は、どこへいく時にも艤装の弓矢を携帯する。自衛官がアルヌスの街を歩くときに、9ミリ拳銃だけは携行するのと同じような感覚で加賀は艤装を装備して出かける。自分を守れるのは最終的には自分だけなので、たとえある程度の治安が約束されているアルヌスの街といえども、加賀は気を抜くことがなかった。

今日も、食材を入れるカゴを持ちつつ、弓を背に、矢筒を腰に下げて街へと向かった。

 

街はすっかり夕方である。オレンジの日の光が街を包み込む。

太陽は西の空へと半分顔を沈め、半分顔を出している。暗くなる前に食材を買い終えて、調理までこぎつけたいなと加賀は足を早めた。

 

空を見る。雲がたなびいて夕日に照らされ、柴色に光っている。数羽の鳥が空を飛んでいるのが見えた。

加賀は、なぜかその鳥に目を奪われた。じっと見つめてしまった。目が離せなかった。次の瞬間。

 

鳥が、食われた。鳥の何倍もの大きさの生物に、一口で、食われた。取れた羽が宙を舞う。加賀は、手にしていたカゴを放り捨て、弓を手に、そして矢筒から零戦の矢を引き抜いた。そこにいたのは。

 

————炎龍。

夕日で照らされるアルヌスの街に、朱色の鱗に覆われたドラゴンが、土煙を上げながら道へと降り立った。

叫び声が上がる。怒号が聞こえる。逃げろと捲し立てる人の声がそこかしこで上がり、蜘蛛の子を散らすように周囲の人が逃げ惑う。

 

炎龍が加賀を見る。逃げ惑う人の中に、毅然と立ち続け睨みつけている人物を、炎龍はその片目で捉えた。

瞬間、大気が震えるほどの轟音。炎龍が吠える。加賀はあまりの音声に顔を顰めながらも、零戦の矢を番て炎龍へと向けた。

 

今、ここで戦えるのは加賀しかいない。加賀だけが、唯一炎龍と相対できる存在。

体の芯から震えそうになる。恐怖心が足元から上がってきて、口から出そうになるのを加賀は無理矢理噛み締めて、押し殺した。

震える声で指令を飛ばす。

 

「五分頑張れば、自衛隊が来ます。それまで、どうかこの街を————守ってください」

 

妖精さんへ呟く。

五分だ。航空自衛隊のスクランブル発進まで五分間。炎龍がここを襲っていることはすでに報せが行っているはず。

五分間守り抜ければ、自衛隊の救援が来る。それまでどうか持ち堪えてほしい。

 

加賀が零戦を放つのと、炎龍が灼熱の炎を吐き出すのは、同時だった。

 



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加賀と五分間

なぜアルヌスに炎龍が現れたのか。その問いに答えるのはいとも簡単だった。

アルヌスに向かう人の往来が急激に増えすぎたのである。

炎龍は餌場を探して各地を飛び回っていた。加賀が小耳に挟んだ噂通り、炎龍はフォルマル伯爵領まで接近していた。

 

あとは行列を成した蟻の巣を見つけるが如し。職人、行商人、傭兵が列をなして訪れている場所を、たまたま炎龍が嗅ぎつけた。

それだけの話である。そして、それが全てゆえに移動災厄とも恐れられる炎龍が平和なアルヌスを地獄へと変えた。

 

加賀は炎龍から距離を取るように走りながら、零式艦戦52型を発艦させる。瞬時に実機サイズにして炎龍へと機首を向けさせる。

20mm機銃弾は大して効果がない。それとわかっていながらも、目に向けて牽制射撃すれば少しは怯んでくれる。加賀はそう読んで六機の零戦を炎龍に張り付かせた。

 

炎龍は暴れ回っている。尻尾で家屋を倒壊させ、ブレスで倒壊した家屋諸共あたりを焼き尽くしている。

逃げ遅れた人が巻き込まれている。すでに犠牲者は大勢出ている。

 

加賀は振り返り、99艦爆を発艦させた。三機が連なって上空へと駆け抜ける。高高度で水平飛行になり、爆撃開始の合図を待つ。

加賀はまだ指示しなかった。今爆撃を開始したら逃げ惑う人も巻き込んでしまう。

 

「早く! 炎龍から離れて! 逃げて!!」

 

張り裂けんばかりの声で避難誘導をする。傷を負いながらも這うようにして人々が逃げていく。

酒場から転げ回りながら逃げてきた顔見知りの傭兵が加賀に叫ぶ。

 

「加賀の嬢ちゃんは! 逃げねぇとやられちまう!」

「私は戦います。動ける人は怪我をした人を担いででも逃げてください」

「無茶だ! 炎龍になんか敵いっこねぇ!」

「それでもやらなきゃ死人が増えるだけなんです!」

 

加賀は再び99艦爆を発艦させた。いつでも爆撃できる態勢の艦載機がこれで六機になる。

六発。当たるかどうかはわからない。ロチの丘では当たらなかった。

 

ただ幸いなことにこの場所は街の中である。炎龍も倒壊した家屋に動きが制限されている。これなら当たるかもしれないと、一縷の望みに賭けるしかない。

 

人がはけた。生きている人で、動ける人間はもうあらかた避難できたようである。

機銃攻撃を目に向けられて、激しく暴れ回る炎龍を睨みつけながら、加賀は通信機に命令した。

 

「爆撃を開始してください!」

 

上空を飛んでいた艦爆が一斉に翻る。急降下爆撃。レシプロ機のエンジン音が連なって上空から聞こえてくる。ダイブブレーキを効かせて狙いを定めながら降りてきた六機は、次々に爆弾を投下していった。

 

立て続けに六発。250kgの爆弾が炎龍目掛けて飛来する。直後に空気を張り裂きながら爆風が走る。当たったか、それとも外れたか。

連続した6回の爆発音と炸薬の煙。炎龍のブレスで燃やされた家屋から登る黒煙で辺りは一気に視界が悪くなった。

 

直後、風が吹き荒れた。炎龍が羽ばたいた。あたりに立ち込めていた黒煙や砂煙が一気に晴れる。爆弾は————。

 

「有効弾なし。次発攻撃用意!」

 

加賀は炎龍が健在と見るや、再び99艦爆を発艦させる。なぜ当たらないのか。炎龍は地上にいる。よもや、爆弾を見てから避けているのか。

 

その可能性は大いにあり得た。そして、そうであれば何発落とそうが当たるわけがない。自由落下に任せたただの飛来物に過ぎない。それにしても至近弾でもノーダメージとは。

 

「硬すぎますね……」

 

加賀の額に冷や汗が流れる。そう何度も爆弾は落とせない。爆装が残っている艦爆が二十機を下回っている。

そして今、炎龍は地上から飛び立っている。二十メートルほどの位置でホバリングしてブレスを吐いている。自由に飛び、避ける相手に爆弾は当たらない。どうすればいいのか。

 

あと何分か。何分経ったかわからない。体感ではもう十五分も三十分も経った気がしてくる。

爆弾は当たらない。機銃も効かない。どうすれば————。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!!」

 

突如、凛とした気勢があたりに響いた。直後に鉄と鉄がぶつかり合うような衝撃の音。

加賀は炎龍の方を見上げた。そこには、

 

「あぁん! 硬いわよぉ!」

 

ロゥリィがハルバードを振り回していた。飛んでいる炎龍の頭部までジャンプし、空中で殴りつける。炎龍には流石にダメージが通ったのか、ホバリングしながらよろりとバランスを崩した。

 

あれなら。

あの調子でロゥリィが止めてくれていたら、艦爆の爆撃が当たるかもしれない。

 

「ロゥリィ! そのまま殴り続けて!」

「わかってるわよぉ!」

 

しかし炎龍もただ中に飛ぶだけではロゥリィに殴られると学習したのか、羽で頭を庇いながら地面に降りると、再び激しく回りながら暴れ出した。

 

火のついた木材があたりに吹き飛ばされる。加賀はすんでのところで避けながら、様子を見た。ロゥリィも攻めあぐねている。しかしロゥリィは無理矢理間合いを詰めた。

回転する炎龍の懐に入り込む。そのままハルバードの柄の部分を炎龍に突き立てた。硬いのか、先が刺さることはない。しかし衝撃が炎龍の腹部に伝わり、炎龍がくの字になって動きが止まった。

 

「今です! 爆撃開始!」

 

ロゥリィを巻き添えにするかもしれないが、彼女は亜神。自ら死なないと言っていた。それを信じて爆弾の投下を命令する。

 

飛翔した三機の99艦爆が中空で爆弾を放す。音もなく飛来した爆弾は、

 

「当たれぇ!」

 

加賀叫ぶ声と同時に炸裂。三発が立て続けに爆風を発し、あたりにある木材もろとも吹き飛ばした。

炸薬の匂いに鼻腔をくすぶられながら加賀は目視で確認する。

爆弾は————、

 

「一発命中! 効果あり!」

 

炎龍はその場に身を縮めている。背中に目をやると、鱗が爆ぜたのか肉が丸見えになっていた。

硬い鱗が一部とはいえ剥がれた。そこは必然的に弱点になる。これなら勝機が見える。零戦の機銃弾で追い込んで、再び爆撃を当てれば。

 

そう、やっと見えてきた一縷の勝機に胸を躍らせた加賀は、次の瞬間目に飛び込んできた光景に、まるで氷水をかけられたかのように頭が冷えていくのを感じた。

 

テュカが、炎龍の足元で倒れている。艦爆の攻撃に巻き込まれたのか、それとも炎龍にやられたのかはわからない。わからないが、意識を失っているのか、ピクリとも動かずに炎龍のすぐそばで倒れている。

 

考えるよりも先に体が動いた。弓を背中に回し、全速力で炎龍の足元へと滑り込む。幸い炎龍はまだ硬直している。今なら、今のうちに、テュカを救出できる。

横たわるテュカの体に手を差し込み、一息で持ち上げる。肩に抱えて離脱しようと足に力を入れる、そのときだった。

 

炎龍は、誰の差金で自分が怪我を負うことになったのか、まるでわかっているかのように加賀に腕を振った。右の鋭い爪が、加賀の横腹を裂きながら食い込んだ。膂力は人の何倍もある。食い込んだ爪をそのままに、炎龍は右腕を振り抜き、加賀を吹き飛ばした。

 

空中に血液を撒き散らしながら加賀はテュカと共に倒壊した家屋へと落下した。

そして、加賀は背中からどすんと何かに押されるような感覚があった。

 

視界が揺れる。頭がぼーっとする。周囲の音が耳鳴りと共に遠くなっていく。

自分の腹部を見た。炎龍に突き立てられた右の脇腹が大きく裂けている。そして。

背中から腹部にかけて、木の柱が、貫通していた。折れて先の尖った柱が、加賀の腹部を貫いている。血液で赤く染まった先端から、滴るように血が流れている。

 

あぁ……これは、死ぬかもしれない。

 

他人事のように、これは死ぬだろうなと加賀は思った。

これまでどこか死は遠い存在だった。自分は死ぬことはないと心のどこかで迷信していた。

なんてことはない。死ぬときは死ぬのだ。友の命を救おうと考えなしに突っ込んだ結果がこのザマだ。

 

加賀は炎龍の方を見た。もう視界が霞んで焦点が合わない。遠くの方で、耳鳴りの音にかき消されてよく聴こえないが、ロゥリィが名前を呼んでいる気がした。そのロゥリィは炎龍と今も戦っている。炎龍が飛び立とうとしているのか、逃げようとしているのか。それを、ロゥリィは押し留めようと頭にハルバードを叩きつけている。

 

加賀は声にならないような声で、無線機に話しかけた。

 

「全機……通達。自衛……隊の、飛行場、に、着陸…………する、ように…………」

 

艦載機たちの行き先だけでも示しておかなければならない。最後の力を振り絞って、加賀は無線機に吹き込んだ。

 

「よく……頑張りました…………」

 

遠くの方で航空自衛隊のファントムの音が聞こえる。ヘリのローター音も聞こえる。

加賀は霞む視界でテュカを見た。その頬にかかっている髪の毛を手で掬う。すると、「うぅ……うん……」と呻き声をあげて、テュカは意識を取り戻した。

 

よかった。生きていた。無事だった。

それがわかれば、もういい。自衛隊も来た。炎龍は、もしかしたら取り逃すかもしれないけど。

 

呼吸が苦しい。全身から寒気がする。

貫かれた腹部だけが熱を帯びたように熱くなる。

意識が手元を離れそうになる。ひどく眠たい。目を開けていられない。

瞼が重い。手が痺れてきた。

音が聞こえない。耳鳴りが激しい。

 

視界が暗転する。

 

すぐそばで、だれかが、よんでいる。

だれかが、かたを、ゆすっている。

 

なまえを、よばれた。ろぅりぃの……こえ……。

こたえ……られ……。



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加賀とエムロイ

ゆっくりと瞼を開けたとき、そこに広がっているのは真っ白い世界だった。

加賀は周囲を見回そうと起き上がる。どこまで行っても白い世界。

天井も、床も、壁もない。ただただ白い空間がそこに伸びていて、端はどこにあるのか全く見えてこない。

 

あたりを見回す。ポツンと、真っ白な空間に取り残されたように加賀は座っていた。

自分の腹部を見る。木材が貫いて、炎龍の爪に切り裂かれていたはずの腹部と脇腹は血痕ひとつついていない。もちろん傷はないし痛みも、熱もない。

 

何が起きたのだろうかと加賀は混乱する頭で考えた。

ここはどこだろうか。私は何をしていたのだろうか。なぜ体の傷が消えているのだろうか。

 

炎龍は。街は。自衛隊は。意識がはっきりとしてくるにつれて、わからないことが濁流のように押し寄せてくる。

 

あたりを見回す。自分一人しかいない。なんなのだこの空間は。

自分の体に目を落とす。艤装を身につけ、弓も矢も健在。いつもの袴姿にいつもの武装である。何も欠損はない。

 

「どうしたのかしら」

 

自分の最期の記憶を辿る。あの傷だ。死んでいてもおかしくない。そのことをはっきりと覚えている。

柱が体を突き抜ける感触も、血がどんどんと奪われていく肌寒さも、耳鳴りで周囲の音が掻き消える様子も、先刻のことのように思い出せる。

 

ここはどこなのだろうか。再び内心で問うたとき、

 

「やぁ、気が付いたみたいだね」

 

話しかけるものが現れた。加賀は振り返る。そこにいたのは、齢13から14歳ほどの少女だった。どこかロゥリィと似ているかもしれない。

 

「ここはどこ、あなたは誰?」

 

頭をよぎった疑問をそのままぶつける。少女はにんまりと笑いながら両手を広げた。

 

「ここは死後の世界。現世と冥界の狭間だよ。僕の名前はエムロイという」

 

死後の世界。そう言われて加賀はピンと来た。やはり死んでいたのかと、どこか他人事のように自分の死を迎え入れた。

エムロイと名乗った少女に加賀は首を傾げながら再度質問する。

 

「ロゥリィの主神、ってことであっているのかしら」

「その認識で間違い無いよ。僕はエムロイ。死と断罪と狂気と戦いを司る神さ」

 

こともなげに少女————エムロイは笑顔でそう答えた。

 

「時に君は、自分が死んだかもしれないのによく平気な顔でいられるね」

「死んだ、のかしら。あまり実感がないものだわ。こうして普通に会話ができているし」

「肝の座ったお人だ。やっぱり異世界の魂は格が違うね」

 

エムロイはケラケラと笑いながら腹を抱えた。加賀は自分の様子をもう一度確認して、生前の姿そのままであると認める。

 

「死んだの? 私は」

「正確には死にかけている、かな。今この場所で僕が魂に採択を下して、この狭間の世界を通行させたら君は晴れて死人となる」

「ということは、まだ死んではいないのね」

「そういうことになるね。君の肉体は今、ジエイタイとかいう組織が必死に治しているところだよ」

 

そうか、自衛隊に助けられているのか。

ひどく現実味がない。神を名乗る少女を前にして、加賀は自分でも冷静だなと思えるほど落ち着き払っていた。

 

「それで、私は死ぬのかしら、それとも現世に帰れるのかしら」

「うーん、それなんだけどね」

 

エムロイは困ったように眉根を寄せて腕を組んだ。

 

「できれば死んだことにしたいんだ。君の体は損傷が激しくてね。せっかく戦いの末に命を失って僕の元に来たんだから、最期まで看取ってあげたいというのが僕の願いでもある」

 

つまり死ねということであるが、加賀は何も言わずにエムロイの次の言葉を待った。

 

「でもねぇ、そうはいかないのが最近の僕の懐事情ってやつでね」

「どういうこと?」

「君のように異世界の、それもこれは…………船、かな? とにかく巨大な魂を収監できるほどの隙間が僕にはないんだよ。持ち合わせがない」

 

エムロイはうんうんと首を縦に振りながら、腕を組む手を解いて加賀に向き直った。

 

「君はもう死んでもおかしくない。でも僕の事情で魂の収監ができなくなる。このままだと君の魂は行く宛もなくこの世界を彷徨うことになる。それは嫌だよね」

「できれば、避けたい結末ね」

「そこで提案なんだけど」

 

エムロイは人差し指を立てて、はっきりと言った。

 

「亜神にならないか? 僕の使徒として」

 

 

エムロイの提案はまとめるとこうだった。

加賀の体はこのまま魂が返せないほど損傷していて、戻してもまたすぐ死んでしまう。かと言って魂を通過させようにもその収容先が現在いっぱいで空きがない。

魂をこの世界、現世と冥界との狭間に放置してもいいがそれじゃ加賀が可哀想なので、亜神として蘇ってはいかがかなという提案だった。

 

「つまり、私は生き返れるのね」

「亜神としてね。まぁ僕の都合で陞神させることになるから、基本的には君は自由だよ。たまに僕の願い事を聞き入れてくれればそれでいいって感じ」

「たとえばどんな?」

「んー現世の魂を何個かこっちに運んでもらうとか。わかりやすくいうと盗賊とか商人とか、美味しそうな魂を見繕ってくれればいいよ」

 

まぁその仕事もロゥリィがやるから君はやらなくてもいいんだけどね、とエムロイは付け足した。

 

「君、元の世界に帰りたいんでしょ?」

「ええ、叶うのなら、元気な体で元の世界に帰りたいわ」

「だったら悪くない提案だと思うんだけどなぁ」

 

加賀はほんの少し迷った。亜神。神と呼ばれるような存在に、こんな簡単になってしまっても良いものかと。

考えて、考えたところで自分には選択肢がないようなものだと気づいた。

断ればこの白い空間に一人、永遠に取り残されるだけなのだから。

 

「いいわ。私を亜神にして」

「よしきた。陞神前と違うところは、体が今の年齢で固定されるってことくらいだから」

「ロゥリィみたいに、不老不死ってことよね」

「不変不死の方が合ってるかな。たとえ君の肉体が損壊したとしても、損壊する前の姿に時間が逆行する。要するに君は傷を追わないし死にもしない存在になる」

「そんな…………都合の良い存在にしてもらって、構わないの?」

「構うもんか。君の巨大な魂に冥界を占領される方が迷惑だもの。まだまだ現世にいてちょうだい」

 

助かるわ、と加賀は口元を綻ばせながら笑みを漏らした。

 

「あぁそうだ。元の世界に帰りたいならハーディの元へ尋ねると良い。きっと喜んで君を送り出してくれるよ」

「え? そうなの?」

「さぁ、時間だ。お目覚めの時だよ」

 

エムロイの言葉が遠く響く。何度もエコーがかかったように加賀の耳にくりかえし響きながら、加賀は意識を失った。

 

 

パチリと、加賀は目を覚ました。最初に見えたのは清潔な天井。建てられて日が浅い施設であることはすぐにわかる。

白い世界の時と同様に加賀は体を起こす。しかし起こそうとしたが、それをやんわりと阻止するものの手があって、加賀は上半身の力を抜いた。

 

ベットに横たわったまま隣を見る。そこにいたのは

 

「目を覚ましたみたいねぇ」

 

ロゥリィだった。いつもの黒ゴスに身を包み、傍にはハルバードが置かれている。

 

「ここは?」

 

思ったよりも自分の喉が狭かったらしい。か細い声で聞いた質問に、ロゥリィはいつもの不敵な笑みのまま答えてくれた。

 

「自衛隊の救護室よ。炎龍との戦いで傷ついたあなたを、自衛隊は見捨てなかったわ」

「炎龍は? どうなったの」

「逃げたわよ。自衛隊の航空機が追撃したけど落とせなかったみたい。でもかなり弱っていたわ。あと一歩だったわねぇ」

 

そうか、逃げられたのかと、加賀はすこし気を落としながら、そういえばこちらの世界で意識を失う直前、テュカを助けたのだったと思い出す。

 

「テュカは? 無事?」

「ちょっとばかし怪我はしてたけど、無事よ。あなたの見舞いにくるくらいにはね」

「私はどれくらい眠っていたの?」

「三日よ。生死を彷徨った挙句、ふふふ……まさか、ね」

 

ロゥリィは加賀の体を上から下まで見回したあと、笑みを浮かべながら賛辞の言葉をかけた。

 

「陞神おめでとう、加賀。これで晴れて同僚ねぇ」

「ロゥリィのことは、先輩って呼んだ方がいいかしら」

「いやぁよぉ、他人行儀ねぇ。ロゥリィ、でいいわよぉ」

 

にっこりと微笑むロゥリィにつられて、加賀も相好を崩した。

 

ガラリと扉を開けて入ってきたのは、テュカ、レレイ、そして伊丹だった。

 

伊丹が部屋に入ってくるや否や加賀の方に駆け寄って、

 

「もう大丈夫なのか? ひどい怪我だったんだぞ」

「ちょっとばかし無茶しただけよ。おまけ付きで今はもうすっかり平気よ」

 

その言葉に安心したのか、眉根を落としながらも伊丹は息をついた。

 

テュカが、加賀の手を取る。目にはうっすらと涙が浮かんでいた。

 

「本当に、無事でよかったわ。私のせいで死んだなんてなったら、もう……」

「えぇ。それより私の方こそごめんなさい。爆撃にあなたを巻き込んでしまったかもしれないの」

「炎龍を退けたんですもの。それくらい平気よ」

 

レレイは椅子を持ってきて、座りながら加賀の様子を伺っていた。見た目には大丈夫と判断したのか、今度は問診に入る。

 

「体の中で、何か違和感は?」

「今のところ特には」

「傷が瞬く間に塞がっていったと聞いている。加賀はそんな超人じみた人間種なのか?」

「いいえ、違うわ。私は、信じてもらえるかわからないけど——ロゥリィと同じ、亜神になったの」

 

伊丹も、レレイもそしてテュカも、皆一様に目を丸くして驚いた。ロゥリィはいつもの笑みのままだった。

 

「それは、本当のこと?」

「本当、らしいわよ。意識を失っている間に、エムロイを名乗る女の子に会ったの。そこで、亜神になれって」

「それで、亜神になったから傷が塞がったっていうの?」

「そうみたい」

 

加賀はふと思い立って衣服をめくった。病院で支給されるようなパジャマ姿で、めくるのは簡単だった。伊丹が「おおっと」と言いながら目を逸らす。

服の下には、傷一つないまっさらな肌が広がっていた。どうやら本当に亜神になったらしい。

 

「というわけで、私は今日からエムロイの使徒になりました。よろしくお願いします」

 

よろしくぅというロゥリィの言葉を聞きながら、一同は未だ信じられないという表情で加賀を見ていた。

窓の外は、もう日も暮れようかという時間だった。綺麗な夕日が空をオレンジに染め上げて、雲が遠くの空を漂っていた。



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加賀と亜神生活

亜神となった加賀の生活は、以前と比べてそう大差なかった。違いと言えば毎朝祈りを捧げるという活動くらいである。

エムロイのおかげで一命を取り留めたとも言える。感謝と鎮魂の祈りを毎朝、エムロイに捧げることになった。

 

祈りの捧げ方はロゥリィに教えてもらう。朝起きたら太陽の登っている方角へ片膝を立てて座り、両手の指を組み合わせて胸の前に添える。あとは今日一日の平穏と存命の感謝、そして供物にする魂の鎮魂を祈るのだそう。

 

エムロイからの神託はあるのかと加賀が聞くと、ロゥリィは「あるけどそう滅多にはない。神託がある時は大抵供物を捧げる時だから、そういう仕事は加賀ではなく私にくるわぁ」とのことだった。

 

そのほか、たとえばロゥリィのような、エムロイ神殿の神官服という、ゴスロリ衣装に身を包んだ方がいいのかという疑問をぶつけてみたが、これについては「正装がこの服なだけであって、別に無理して着る必要はない。着ていればエムロイの使徒だと一眼で認識してもらえるだけであって、別に正装をいつも身に付けておく必要はない」とのことだった。

あつらえるのも大変なので、加賀はいつも通り袴姿でいることにした。とはいえ祭典や式典では正装が必要になってくる。一着は持っておかないといけないだろう。

自衛隊に用意してもらうこととする。

 

加賀が目を覚まして翌日には、体のどこにも異常なしとのことで退院することとなった。再び自由に歩き回れる喜びを噛み締めながら、さて何からしなければいけないかなと加賀は考えた。

街は今、復興に向けて再建中である。倒壊し、燃え尽きた建物を除去して再び新しい建物を建てる。全て、自衛隊の力は借りずに異世界の住民たちでやると決めたらしい。時間はかかるだろうが、彼らにも自分たちの力で生きていくというプライドがある。アルヌス生活協同組合を含めて、街は復興に勤しんでいた。

 

そんな街の復興を手伝っても良いのだが、加賀は他にやることがあるなぁと考えた。

ヤオのことである。一族の存亡を自衛隊の助力にかけてここまで旅をしてきて、自衛隊に断られた可哀想なダークエルフ。今回炎龍がアルヌスを襲ったことによって、自衛隊がどう動くことになったのか、炎龍はどこまで逃げたのか、それを追撃する気はあるのかなどを調べたい。

 

なにより、加賀自身、あのでかいトカゲ野郎に一矢報いたいと思っていた。あと少しのところまで追い詰めたのだから、もう一発、あと一発だけでも艦爆の爆弾を鱗の剥がれた肉の部分に落とせれば討伐できたのにと、歯痒い気持ちでいっぱいである。

 

自衛隊がどのように動くことになったのか、伊丹に聞いてみようと思い立った。どこにいるだろうか。

 

駐屯地の中を適当に歩いて、それなりに顔の広そうな自衛官を探す。少し歩くとちょうどよく柳田がいたので、話しかける。

 

「伊丹さんを知りませんか?」

「あいつなら街の方にいるよ。用があるなら……あぁでも今は、どうかな。金髪エルフの嬢ちゃんとずっと一緒にいるって聞いてるけど」

「テュカと?」

 

なんでだろうか。わからないが、とにかく街の方へ行ってみよう。

 

 

街に降り立つとすぐに伊丹は見つかった。柳田の言っている通り、テュカも……テュカも、腕を組んで、まるで恋人のようにベタベタとくっついている。

何があったのか一瞬加賀は理解不能だった。想像するのも難しい。まさか伊丹とテュカが恋仲に? 自分が寝込んでいる間にそんなことになっていたのか?

 

「お父さん! 早く早く、今度はこっちを手伝いましょう!」

 

テュカが叫ぶ。お父さんと呼んだか? 今、お父さんと? 誰を——どう考えても伊丹のことをである。

まてまて。ちょっと年齢が釣り合わないだろう。いくらなんでも百歳を超えた娘を持つ三十代のパパはないだろう。

 

加賀は混乱する頭で伊丹の元へと駆け寄り、状況を聞こうとした。テュカは瓦礫の片付けのため、少し離れたところにいる。

 

「伊丹さん、どういうことですか? お父さんって……まさか、養子に?」

「いやいや、そういうわけじゃないんだけどな。まぁちょっと訳ありで……」

「詳しく聞いても?」

「あぁ、そうだな。加賀さんにも話しといた方がいいよな。また後で時間もらってもいいか?」

「えぇ、大丈夫ですよ」

「じゃあ二時間後に酒場の二階のカフェで。あそこが焼けてなくて助かったよ」

「カフェですね。了解です」

 

加賀は手を振りながらテュカの方を見る。どこか、乾いた笑みで「おとうさーん、こっち手伝ってよぉー」と声を張っていた。

 

 

約束通りの時間になって、伊丹はカフェに現れた。

少し早く到着していた加賀は席を立ち、伊丹に座るよう促す。お互い向き合って席についた。

 

「それで、どうしてお父さんなんて呼ばれていたんですか?」

「あぁ、それがな」

 

伊丹の話は、つまるところこうだった。

テュカはもともと炎龍に村を焼かれ、親族集落ともに一度になくしていた。だからパーソナリティー障害に陥っていて、父親がまるで生きているかのように振る舞う節があった。

伊丹たちも慎重に触れていこうとしていたが、先日の炎龍襲撃を受けて事態が急転した。

自衛隊の炎龍追撃が中止になったと知ったヤオが、テュカに真実をぶちまけた。テュカは精神が崩落して、伊丹を父親と幻視するようになった。

無碍に扱うわけにもいかず、今はこうして伊丹が父親として振る舞うことで凌いでいる、と。

 

「ヤオが……それに、やはり自衛隊は炎龍討伐まではいけませんでしたか」

「国境を超えて逃げられちゃったからね。手も足も出せないんだよ」

「テュカは、もう元には戻らないんですか?」

 

伊丹は深く息を吐いた後、困ったように笑いながら口を開いた。

 

「炎龍に、敵討ちできればあるいは、って医者は言っていた」

「テュカに炎龍を倒させるんですか。それは……」

「あぁ、無茶だ。無謀だ。できっこないが…………」

 

できないが、やるしか道はないと伊丹の目は語っていた。

テュカに敵討ちを取らせる。それしか打開策、テュカが元通り笑って過ごせる道はないと。

 

「もし」

「ん?」

「もし、単身炎龍討伐にいこうとしているのなら、私も連れていってください」

「それは……」

「私とて、お世話になったコダ村の人々をあいつに焼かれています。もう後一歩のところでした。次は——確実に殺します」

 

加賀のまっすぐな目に、これは本気だという思いが伝わったのか、伊丹はひとつ頷いた。

 

「とはいえ、まだ出ると決めたわけじゃない。厳しい戦いになるし、下手したら犠牲もでるかもしれない」

「そのための私です。私はもう、死にもしないし傷ついてもすぐに回復します」

「うー……ん。あぁ、そうだな。その通りだ」

 

口ではそういうが、伊丹は今なお迷っているようだった。

 

「もし行くとなったら、必ず呼んでください。お返事待っています」

 

加賀はそれだけを言い残して、席を立った。伊丹は視線を落とし、何かを必死に考えている面持ちでそのまま残っていた。

 

 

それから二日後。

加賀はいつでも炎龍討伐に行けるよう準備を進めていた。艦載機に燃料を補給し、艦爆の爆装の残り数を確認する。

十八発。十八機残っている。これを外したら、もうこの世界での爆撃はできなくなる。慎重に、見極めて使っていかなければならない。

 

零戦の方はまだ機銃弾が残っている。極端に減っている機体へ、まだ残っている機体から取り分けて装填する。戦闘中に残弾ゼロになることだけは避けたい。

 

風の噂だが、昨日伊丹は任務を放棄したと聞く。ロゥリィから教えてもらった。

帝都へ向けて飛び立つ予定だった伊丹は、ヘリを飛び降りて基地に残り、何やら別の遠征準備を整えているらしいと。

 

「加賀ぁ〜、そろそろいくわよぉ?」

「ええ、今出るわ」

 

そして、どうも加賀やロゥリィに黙って炎龍討伐に出発しようとしているらしい、とのことだった。

一昨日、あれほど「炎龍討伐にいくなら連れて行け」と言ったのに誘わないとは。とんだ意気地なしなのかそれとも気遣い屋なのか。

 

駐屯地の方へロゥリィと歩く。

2キロの行程をあっという間にたどり着くと、伊丹と柳田が話をしているのが見えた。正面玄関には高機動車両に、荷物を牽引できるよう荷車もついている。

 

「糧食は二人分だな」

 

という伊丹に、柳田はペンで後ろ頭をかきながら「本当に二人分か?」と聞いた。

何を言っているんだというような顔をする伊丹の足元を、ロゥリィがハルバードで払ってひっくり返した。

地面に横たわる伊丹の顔のすぐそばにハルバードの柄を突き立てる。

 

「女を火遊びに誘うってのに私を呼ばないなんてぇ」

「いやでも相手は炎龍だぞ……」

「すぅっごくたのしみぞくぞくしちゃぁう♡」

 

そう言うや否やロゥリィは伊丹の腕を取って噛み付いた。

 

「いでででで! なにすんだ!」

「契約完了ぅ。これでもし耀司が死んだら、魂は私のものよぉ」

 

腕の血を舐めとってそう呟いたロゥリィが、伊丹の上からどいて立ち上がる。加賀は代わりとばかりに伊丹の腹を踏みつけた。

 

「連れて行けって言いましたよね」

「や、加賀さん、これはその……」

「言いましたよね?」

「…………はい」

 

柳田が「糧食四人分な」と訂正すると、

 

「いや、糧食五人分。生存率を上げるには魔法が不可欠」

 

と言いながらレレイが現れた。その後ろにはヤオもいる。

 

「この身はこれより伊丹殿のもの。なんなりと申し付けくだされば」

 

柳田が顔を引き攣らせながら「結局糧食六人分かよ……」とクリップボードの紙にメモを取った。

 

 

コダ村避難民に見送られながら、高機動車に乗り込んだ六人は、駐屯地を出発するのであった。

 

「お父さん! なんでこの女もいるわけ?」

 

テュカがヤオを指差しながら捲し立てる。

 

「故郷に帰るから、ちょっと送ってくだけだって」

「んもう!」

 

不服そうに頬を膨らましながらも、テュカは前を向く。

 

「今行くぞ。待っていてくれ、みんな……!」

 

ヤオの呟きが車内に響く。加賀は薄く笑みを浮かべながら、これでやっと因縁のドラゴンを討伐に行けると内心で喜んだ。

 

「ぶっ飛ばして! お父さん!!」

「おうよ!」

 

晴れた空。雲ひとつない青空のもと、草原に伸びる一本の土道を、荷物を満載にした高機動車が走ってゆくのだった。



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加賀とロルドム渓谷

誤字報告、感想ありがとうございます。
毎度めちゃくちゃ助かってます。


 

曇天の空の下、荒れた大地を一台の高機動車が走っていた。

すぐそばは切り立った崖であり、落ちれば無事では済まない。万が一にも落ちないように慎重に運転されていた。

 

少し道幅の広いところまで出ると、小休止と言わんばかりに車は停車した。運転していた伊丹が息を吐きながら肩を回し、地図を取り出す。

車内の端の方ではテュカが魔法で眠らされていた。

 

「トングート、ヘブラエ、グレミナと来て、朝メタバルを出たからこの辺りはテリリア平原かな」

「それであっている」

 

レレイがうなづきながら地図を指さす。

 

「こっちがコルロ山脈。道は険しいけど近道。こっちがグルバン川。遠いけど平坦」

「どっちも道は悪そうだなぁ」

 

後ろ頭をかきながら伊丹は地図とにらめっこしている。この先の進路をどう取るか決めかねているのだ。

 

ロゥリィが頬を膨らませながら、

 

「ヤオ、どうしてこんな遠回りばかりするのぉ?」

「すまない、緑の人の噂を拾いながら来たゆえ、道がこうなってしまったのだ」

「まったくぅ」

 

遠回りばかりで、ロゥリィは少し不服な様子で腕を組んだ。

 

一行は今、エルベ藩王国領内に入っている。目的エリアにはついたので、ここからいざどう移動していくかという問題だった。

 

「炎龍が出る場所ってのは、シュワルツの森だっけか」

「森を含む南部全域だった。アルヌスまで来たところを見ると行動範囲は拡大しているだろうが……」

「これじゃどこで戦うかも見当がつけられないな」

 

伊丹は困り顔で地図をしまうと、水筒の水を一口飲んだ。

 

「ロルドム渓谷に行けば、我が部族が待っている」

「別に俺たちは炎龍を倒しに来ただけだから、お前の部族を救おうとしているわけではないぞ」

「だが、炎龍の巣を知っているものがいる。戦うなら、巣で待ち伏せするというのはいかがだろうか」

「巣か…………あぁ、いいかもな」

 

水筒をしまった伊丹はハンドルを握る。

 

「それじゃあどっちにしても一旦はロルドム渓谷に行かなきゃだな」

「ありがたい」

 

行き先が決まった。一行はロルドム渓谷へ向けて進路を取り始めた。

 

 

道中車内にて。

 

ヤオがそれにしても、と感心したように前置きをした。

 

「加賀殿はああも勇敢に戦える戦士だったのだな」

「私? ええ、いえ…………ああいう戦い方しかできません」

「謙遜を。炎龍を撃退したと言う噂に混じって、たまに鉄のトンボの話を聞いていた」

「艦載機のことですね」

「そうだ。鉄のトンボを弓の一矢に顕現させて、自在に操る異国風の戦士が、緑の人とともに戦っていたと。まさかそれが加賀殿だとは思いもしなかった」

 

加賀はすこし照れたのか、口の端をほんのわずかに持ち上げながら、

 

「自分にできることをしていただけです」

 

きっぱりとそう言った。

ヤオは興味ありげとばかりに、加賀の弓を見ながら話を続けた。

 

「これから先、炎龍と戦う時にもまたあの鉄のトンボを飛ばすのか?」

「それは、これからの戦略によります。私の艦載機は夜間は飛ばせませんし、場所によっては狭いと飛ばせません。どこで、いつ戦うのかによって飛ばすか飛ばさないかは決まります」

 

そんな加賀の言葉に、伊丹はやや後ろを振り返りながら、

 

「戦う場所にもよるだろうけど、おそらく夜襲を仕掛けることになると思う。加賀さんの艦載機は飛ばせないかもなぁ」

 

ヤオはそれで思い出したのか、手のひらをポンと打ちながら、

 

「場所は火山の洞穴の先、火口の岩棚に巣があると聞いている。狭いだろうか」

「狭いわね。時間帯的にも場所的にも、艦載機の出番はないかもしれないわね」

「そうか……」

 

ヤオは少し残念そうだった。

 

「また機会があればよく見せて欲しい。アルヌスでは遠くからしか見えなかったのでな」

「街が襲撃された時に、あの場にいたの?」

「避難の誘導を行なっていた。戦えるような相手でもないからな。恥ずかしながら、遠くから加賀殿の勇姿を見るにとどまるだけであった」

 

たった一人で炎龍に立ち向かう姿はカッコ良かったぞ、とヤオは続けた。加賀は照れ笑いを浮かべながらうなづいた。

 

 

厚い曇り空の下、今にも雨が降りそうな空気の中を進むことしばらくして。

一行は切り立った崖の続く荒い地形に進入していた。

 

「レレイ、この辺りか?」

「そう、この辺りがロルドム渓谷」

「伊丹殿、この先の三叉路で止めて欲しい。仲間がいるから知らせてくる」

「あいよ」

 

ヤオの言う通り三叉路があり、そこで車を停車する。一同は揃って車から降りた。

ヤオが崖を軽快に飛び降りていく。すげぇ身体能力だなと伊丹は思いながら後ろを振り返った。

 

「うーん、よく寝た」

「テュカ、起きたか。よく眠れたか?」

「えぇ、もうぐっすり。ここは?」

「ロルドム渓谷だ。ヤオの仲間がいる。一応目的地についたってことになるな」

「緑の少ない場所ね……どうしてこんなところに住んでいるのかしら」

「さぁな、事情があるんだろうよ」

 

おそらくは炎龍から逃れた先、行き着いたのがここなんだろうなぁと伊丹はひとりごちた。

直後、ロゥリィがばっと後ろを振り返った。ハルバードを油断なく構えながら「誰!」と大きく声を出す。

 

伊丹たちもつられて後ろを見る。そこにはダークエルフが数人、弓に矢を番えてこちらを狙っていた。引きも絞りも済んでいる様子で、いつでも射れる状態にある。

 

「何者だ! 我が部族に何用か!」

 

年長者と思しき、正面に立つダークエルフが声を張り上げる。伊丹は両手を上げながら、

 

「敵じゃありません! ヤオさんの紹介でこちらに参った次第です!」

 

と返す。

ヤオの名前を出したのが良かったのか、ダークエルフは弓を引く力を緩め、矢尻が下を向く。お互いに顔を見合わせ、そして伊丹の格好を上から下まで見たのち、

 

「もしかして、緑の人?」

 

と、呟いたのであった。

 

 

夜の帷も降りようかという時間帯。

渓谷の谷底に降りた一行は、焚き火を焚いてその周囲に集まっていた。

族長と思しき老齢のダークエルフが恭しく頭を下げながら挨拶をする。

 

「聖下、このような荒谷にまで足を運んでいただき、誠にありがとうございます」

「別にぃ、あなたたちのために来たわけじゃないしぃ」

 

ロゥリィはそっぽを向きながらそう答えた。

 

「炎龍討伐とあらば、我が部族からも戦士を送り出したい。みな、憎き炎龍を倒せるとあれば命を惜しむものもおるまい」

「こちらが、我が部族の戦士たちです」

 

ずらりと並ぶ八人。ヤオを入れて九人のダークエルフが集まっていた。

 

「何なりとお申し付けください。この身が朽ち果てようとも、炎龍を討てるのであらば本望です」

 

戦士の一人がそう呟く。その言葉に賛同するように他のものも口を開く。

族長が伊丹の方を見ながら頭を下げた。

 

「炎龍の巣までは歩きになります。荷物運びも人手も必要でしょう。使ってやってください」

「あぁ、わかった。持っていくものと、武装の使い方は明日教える。よろしく頼む」

 

ダークエルフの戦士が九人。ロゥリィ、レレイ、伊丹、加賀そしてテュカの五人。総勢十四名で炎龍へと挑むことになった。

 

 

「これが、噂に聞く鉄の逸物ですか」

 

110mm個人携帯対戦車弾、通称パンツァーファウストを前にして、ダークエルフの面々はみな固唾を飲み込んだ。

 

「そ、これが炎龍の左腕を落とした武器。みんなこれを各一発ずつ使ってもらう」

 

伊丹はその後、パンツァーファウストの使い方をレクチャーして、荷物をまとめた。

約1日かかるという歩きの行程。テュカは負担にならないように魔法で眠らせ、伊丹が背負って移動することにした。

 

「それじゃあ、出発だ」

 

向かう先はテュガ山と呼ばれる火山の火口付近。

中腹に、火口内に抜ける洞窟があるらしい。そこを目指して一行は出発した。

途中休憩を挟みながらの行軍。朝に出発して、洞窟前に着いたのは夕方だった。オレンジの光が険しい岩肌を染めている。

 

洞窟を見て、ロゥリィは恐れ半分不満半分に口にした。

 

「私は地下に入れないのにぃ」

「火口からは降りれないのか?」

「内部は切り立っていて不可能です。この洞窟からしか岩棚には行けません」

「んもうぅ」

 

伊丹は後ろ頭をかきながらも、無線機を取り出してロゥリィに渡した。

 

「ロゥリィには外で見張ってもらおう。あと、そうだな、万が一炎龍が逃げた時に追撃できるように、加賀さんも外で待機しといてもらえるか」

「夜になったら飛ばせないわよ?」

「たぶん逃げるとしても明け方までは粘るよ。周囲が見えるようになれば飛ばせるんだよな?」

「えぇ、飛ばせるわ」

「それじゃあ、追撃を頼みます」

「わかったわ」

 

レーションを開けてみんなで座って食べる。ダークエルフの面々は初めて食べるレーションの味をおいしいと言って気に入った様子であった。

夜が来る。

空が暗くなるのを待って、伊丹、レレイ、魔法の効果を切らせて起こしたテュカ、そしてヤオを含むダークエルフの戦士たち九人が洞窟の中へと入っていった。

 

加賀は隣に立つロゥリィを見ながら口を開いた。

 

「戦闘に参加できなくて、不満かしら」

「地下に潜れと言われるほうがいやぁよ。適材適所、自分にできることをした方が何倍もいいわよぉ」

「そう言う意味では、私もここに残ったのは正解かもしれませんね」

「伊丹は、何がなんでもここで仕留めたいのでしょうねぇ」

「巣にまで入り込んで倒せないとなると、次戦える場所がありませんからね。自由に飛ばれてはこちらも爆撃できません」

「炎龍の背中、あなたの攻撃で鱗が剥がれてたわよ。爆撃だけじゃなくても、ダメージになるんじゃなぁい?」

「ええ、もちろん。零戦の機銃も効くと思います。と言うかむしろ、飛び回る相手には機銃しか撃てません。背後をとってうまく当てれれば、落とせるかと」

「まぁもし炎龍が逃げ出したら、その時は頼むわねぇ」

「任せてください」

 

夜の間に逃げられるようなことがなければいいけれど、と加賀は弓を引き寄せながら伊丹の善戦を祈るのであった。



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加賀とジゼル

夜になってから、数時間が経過した。

テュガ山近辺は静かなもので、活火山帯が連なっている割には噴火も地震も起きない静かな土地だった。

たまたまロゥリィたちが居合わせている間は静かなだけかもしれないが、音もなく、星空が遠くまで広がっている夜というのは、見張りにはありがたい状況だった。

 

火山の中、岩棚の方では今頃爆弾を仕掛けている最中だろうか。粘土爆薬をありったけ運んでいた。さしもの炎龍とて足元で大量の爆薬が炸裂すれば無事では済まないだろう。万が一逃げたとしたら、その時は加賀がトドメを刺す。

 

ふと、なぜこうまでして炎龍は強いのかと考えた。

自衛隊の装備や、加賀の艦爆の爆装があるからこそ倒せるようなものだが、この世界の技術レベルでは到底敵わない相手だ。

それこそ災厄。民は逃げ惑うしかなすすべがなく、活動期の炎龍に怯えながら暮らすしかない。

 

「ねぇロゥリィ、どうして炎龍はあんなにも強いのかしら」

「強さの秘密ぅ?」

「そう、ね。どう考えてもこの世界の人間には対抗し得ない強さの生物が、なぜいるのかなって」

「簡単よ。それが生態系だもの」

 

ロゥリィはなんでもないことのように言った。

 

「ただ生態系の頂点に君臨しているだけよぉ。人間は多くの動物より上の階層に位置しているけれどぉ、トップじゃない。それだけの話よぉ」

 

生態系で見れば、炎龍が一番上。だから人間は食べられるし、炎龍が餌場を根こそぎ荒らす習性だから、絶滅するまで食べられる。

炎龍の休眠期は長いから、絶滅するまで食べてもまた次の生き物がそこには栄えてくる。今度はそいつらを食べるだけ。

 

「なんとも、人間にはどうしようもない災厄ですね」

「神に命乞いをして生きながらえるくらいしかこれまでの人間は選ばなかったものぉ。それが自衛隊ときたらぁ、炎龍を討伐するなんて話になるんだものぉ。面白いわよねこの世界はぁ」

 

くすくすとロゥリィが笑う。つられて加賀も笑った。その時。

宵闇の遠くの空に、点が現れた。その点は次第に形を成し、近づき、

 

「ロゥリィ、炎龍が来たわ」

「えぇ、そのようね」

 

炎龍が、遠くの空から飛翔してきた。

 

「無線を」

「いまやってるけど、これ、もしかして繋がってないんじゃないかしらぁ」

「繋がってない?」

 

ざーざー言うだけで全然耀司の声が聞こえてこないよぉ、とロゥリィは通信機を持ち上げながら頬を膨らます。

 

「岩場に遮られているのかも、まずいわね」

「知らせに行く?」

「いまからじゃ間に合わない」

 

どうすることもできない。爆弾の設置が終わっていることを祈るしかない。

加賀とロゥリィは火山の火口から巣へと戻っていく炎龍を睨みつけながら、どうか無事でいますようにと祈るしかない。

 

炎龍の姿が見えなくなった直後だった。

 

「あれぇ〜? こんなところでお姉様に会えるとは奇遇ですねぇ?」

 

加賀とロゥリィに投げかけられた言葉に、二人は振り返ってその姿を見た。

 

 

歳の頃は二十台前半。白ゴスの衣装を着崩したように紐で止めているだけの、随分と露出度の高い服装。見えている肌にはトライバル柄のタトゥーが施されている。もしかすると見えていないところにも、つまり全身に刺青が入っているのかもしれない。

背中にはドラゴンの羽のようなもの。尻尾もついている。手には死神もかくやというような大鎌が持たれていた。

 

「こんなところでお姉様、一体何をしに来られてまして?」

 

不敵な、というよりは貼り付けたような不気味な笑みを浮かべながら近づいてくる女に相対して、ロゥリィも似たような笑みで返す。

 

「べつにぃ、あなたには関係ないことよぉ、ジゼル。それとも、何をしているのか教えて欲しいのかしらぁ?」

「いいや、別にお姉様が何をしてようが俺には関係ないんでね」

 

本当にどうでもいいのか、心底興味なさそうに、ジゼル、と呼ばれた女はそう言った。

 

「まぁ、主上さんからのお達しで。お姉様を連れてこいって話でさぁ、ついてきてもらえますかねぇ」

「いやよ。言ったはずだし何度でも言うけれどハーディの嫁になんて絶対にならないわよぉ」

「主上さんのご意志なんでさぁ、力尽くでも連れてこいって」

「あなたがぁ? 私をぉ? 無理も大概に言うべきね」

 

ロゥリィはにんまりと笑いながらジゼルを見る。見られているジゼルも、負ける気はないとばかりに胸を張りながら、

 

「ついてきてくれないってんなら、こっちにも手はあるんでね。トワト! モゥト!」

 

ジゼルが叫ぶと、どこから現れたのか二体の龍が姿を表した。炎龍よりは一回り小さく、片方は黒色の鱗、片方は緋色の鱗をしていた。口からは二体とも炎がチラチラと見えている。

 

「炎龍を起こして、水龍と番わせて産ませた二体だ。手懐けてある」

「へぇ〜随分回りくどいことしたじゃなぁい」

「これでお姉様とも互角以上だぜ。おらぁ! やってやらぁ!」

 

ジゼルが踏み込む。大鎌の間合いに入るや否や、ロゥリィの腕を切り落とそうと迫る。

ロゥリィはすんでのところで避けながらも、ハルバードの柄をジゼルの腹部に突き立てて吹っ飛ばす。距離が離れた直後、黒色の鱗を持つ竜が炎を吐きながらロゥリィに肉薄する。

 

ハルバードの刃で炎を受け止めながら、ロゥリィは飛ぼうとする。が、なぜか足を止めて一瞬痛がるような素振りを見せる。その隙を見たのか、黒龍は爪をロゥリィの脇腹に突き立てて吹っ飛ばした。

 

岩にぶつかるロゥリィ。そこへ追撃とばかりジゼルが飛び込んできて大鎌を振るう。ロゥリィはハルバードでなんとか一撃を凌ぐも、二撃目を左腕にくらう。肘のあたりで皮一枚にぶら下がる腕をロゥリィは抑えながら後ろへと飛んだ。

 

「なんだぁ? お姉様、俺が相手だからって手抜いてやがるんですか?」

「いいえ、ちょっと…………事情でね」

「あぁん……?」

 

ジゼルが怪訝そうな顔を浮かべる。息の荒いロゥリィを上から下まで睨め付けたのち、何か得心がいったのか両手をポンと叩いた。

 

「お姉様、何かと眷属の契りを結んでいますね? 主上さんの奥さんになられようともお方が、一体何とそんなものを結んだのやら」

「なんだっていいでしょ。私の勝手よぉ」

 

息の整わないロゥリィ。それほどダメージを与えているわけでもないのに、もうぼろぼろとばかりに両の肩が上下する。

 

これはどっかの誰かさんの傷を肩代わりしているなとジゼルは見抜いた。

そしてそれなら都合がいい。倒して、拘束して、主上さんのところへもっていけると目論んだ。

 

鋭い踏み込み。大鎌による容赦ない攻撃が、ロゥリィを襲った。

 

 

一連の流れを、加賀は岩の影に隠れて見るしかなかった。

どう考えてもヤバそうな奴を相手に、ロゥリィは押されているのか、とにかく傷だらけになりながら応戦している。

 

まだ夜は開けない。零戦を飛ばして援護しようにもこの時間ではまだ飛ばせない。否、飛ばそうと思えば飛ばせる。飛んだ先、満足に攻撃もできないし、何より着艦できない。自ら艦載機を死地に追いやることはできない。

 

ジゼルと呼ばれた女と、二体のドラゴン。交互に、あるいは連携してロゥリィを追い詰めていく。ロゥリィは結構強かったはずだけど、まるで動きが悪い。加賀の目に見てもそれは明らかだった。

 

ジゼルは眷属の契りと言った。ということはもしかすると、中で戦っている伊丹と何かしらの契約を交わしているのかもしれない。思えば出発するときに「契約完了」とロゥリィは言っていた。例えば、伊丹の負った傷を肩代わりする契約だったり。

 

まずい、ロゥリィがやられる。このままじゃやられてしまう。

焦る気持ちに胸を焦がされるも、加賀は冷静に身を顰めた。今の自分にできることがなさすぎる。いよいよ危なくなったらロゥリィを抱えて逃げるか。

 

そんなことを考えている矢先、ロゥリィとジゼルの距離が離れた。今のうちになら抱えて逃げれるんじゃないかと目論む。岩場の影から身を乗り出そうとした瞬間。

 

「おい! そこの見ているだけのマヌケやろう。俺とお姉様の戦いを邪魔したらタダじゃおかねぇぞ」

 

ジゼルはしっかりと加賀のことを認識していた。その上で、構う必要のない端くれだと、思っているようだった。

そしてジゼルは視線をロゥリィに————戻さなかった。岩場の影から歩いて出てきた加賀に視線を釘付けにする。

 

「こそこそ隠れてりゃいいものをよ。いいぜ、お前も相手するってぇならやってやる…………ん?」

 

いい終わるや否や、ジゼルは怪訝そうな顔をする。首を傾げながら、「こいつ……」と言い淀む。

今の隙にと体力を回復していたロゥリィが、二歩、三歩と後ずさって加賀の隣に並んだ。

 

加賀はまっすぐジゼルを睨みつける。できることはない。いざとなればロゥリィを抱えてでも逃げる。

ジゼルは加賀を右へ左へ睨みつけた後、

 

「ははーんわかったぞ。お前か。最近エムロイの使徒に陞神したって言うやつは」

「ええ。私で間違い無いわね。何か用かしら?」

「主上さんがお前も連れてこいって言っててよ。悪いけどお姉様と一緒にきてもらえるか?」

 

頼み事のように言ってはいるが、油断なく構えられた大鎌の刃が、月明かりにギラリと光つける。

 

「断ります。主上さんとやらが誰なのか存じませんが、無理矢理連れて行こうとするような輩についていくつもりはありません」

 

加賀の言葉に少し苛立ったのか、顔を歪ませながらジゼルはペっと唾を吐いた。

 

「んじゃあ無理矢理連れていくだけだ」

 

加賀はロゥリィの傷を見ながら、その傷が急速に直りつつあることを確かめて、もう少し時間を稼げればロゥリィも回復すると踏んだ。

で、あるならば会話で時間を稼ぐのみ。

 

「それで? 私はまだ、あなたがどこの誰なのか存じ上げませんわ。教えてくださってもよろしくて?」

「あぁん?」

 

ジゼルは加賀を睨みつける。すると構えていた大鎌をスッと持ち上げて肩に担ぐ。話が通じるタイプらしい。妙に律儀である。

 

「俺の名前はジゼル。主上ハーディに仕える使徒さ。お前は?」

「加賀。エムロイの使徒。異世界の住人よ」

「へぇなるほど異世界か。どおりで魂の様子がおかしいわけだ」

 

主上さんが連れてこいってのも頷けるぜと、ジゼルは一人納得した様子だった。

加賀は、目の前にいるのがハーディの使徒なのか、厄介なタイミングで出会ってしまったと奥歯を噛んだ。

ハーディの元へ連れて行ってくれるなら渡りに船であるが、このタイミングで連れ去られては困る。やり残したことが多すぎる。こっちにだって段取りというものがある。

 

「んで? お前見たところ戦えねぇんだろ? どうやって俺たちから逃げるつもりだよ」

「そうですね。例えば————」

 

加賀が明後日の方向を見た直後、ロゥリィが猛然とした勢いでジゼルへと切りかかった。そのままの勢いで首を刎ねる。

刎ねた首を空中で蹴り飛ばして明後日の方向へ吹っ飛ばす。

 

「ロゥリィの回復を待って仕掛けてもらう、とかかしらね」

 

加賀は一人、静かにつぶやいた。

 

 

ロゥリィに首を飛ばされたジゼルは、不意のことに一瞬事態が読めなかったが、すぐさま体を動かして首の下へと走ってきた。

持ち上げて首と胴体をつなげる。やはり油断すると一瞬でやられると思い直したジゼルは、二体のドラゴンと戦っているロゥリィの元へと肉薄。

ドラゴンと息を合わせながらロゥリィへと攻撃する。

 

加賀のことは完全に無視だった。脅威では無いと判断。実際、加賀は今現在またどこかに姿をくらましている。隠れているだけのおかしなやつという認識だった。

 

ロゥリィの肢体を攻撃する。肉を断ち、骨を断ち、回復する速度のさらに上をいくようにダメージを重ねていく。

やはり誰かと繋がっているのか、ロゥリィの動きは悪い。与えているダメージより上乗せされたように傷ついていく。

 

黒ゴス衣装の前部分が大きく裂ける。腹部を裂く。急速に回復していくも服だけは、はだけたままである。血が染み込んでいく。黒い衣装がどす黒く、赤く、染まっていく。

 

大鎌の柄でハルバードの攻撃を弾き、一種の隙をついて吹き飛ばす。ロゥリィの体はボロ雑巾のようにして舞いながら、岩棚へと続く洞窟の入り口の近くに落ちた。

 

空は、東の空がうっすらと明るみを帯び始めている。西の空にはまだ星が瞬いている。

周囲の様子が見える。世界が明るく照らし出される。待ちに待った朝が来た。

 

「ようやくだわ」

 

加賀は、零戦を発艦させた。

 




明日(8/25)の投稿は諸事情によりお休みさせていただきます。
ごめんね。


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加賀と龍

明け方の空に加賀が零戦を飛ばしたとき、腹の底に響くような爆発音が火口の方から聞こえた。

地鳴りを伴うような、まるで山の一部が崩れ出したかのような爆発音。おそらく、炎龍討伐のために仕掛けていた爆弾が爆発したのだろう。

 

いいタイミングだ。もしこれで炎龍を仕留め損なっていたとしたら、飛ばした零戦で応戦する。

炎龍を討伐できていれば、このままロゥリィの援護に回る。

 

岩陰に隠れながら六機の零戦を飛ばした加賀は、火口のあたりを注意深く見上げていた。

同時に、零戦にはジゼルを射撃するように命じる。当てても殺せはしないが足止めにはなる。いささか、亜神同士の争いとは不毛な消耗戦だなぁと加賀はひとりごちた。

 

ジゼルが吹っ飛んだロゥリィに近づこうとしたとき、中空から響くレシプロ機の音とともに20mm機関銃の弾がジゼルを襲った。

 

「な、なんだぁ?」

 

初めて見る艦載機。鉄のトンボのような見た目のものから、高速で何かが撃ち出された。当たったら痛そうなので飛び退いて避ける。すんでのところで機銃弾から逃れたジゼルは、足を止めて上を見た。

 

飛び回る鉄のトンボ。また何機かがこちらに向かってきている。自らも飛んで迎撃しようにもなかなかどうして動きが素早い。鎌で切って落とすのは無理と判断した。

 

再び降り注ぐ機銃弾。今度は鎌で弾を弾きながらも、その場に止まってはいられず後退する。ジゼルは舌打ちをした。

 

「これがあの加賀とかいうやつの攻撃か? 面倒だなくそッ!」

 

ジゼルが零戦に足止めされている間に、洞窟から出てくる人影があった。

四人。それだけだった。中に入ったのは十二人だったはず。残りは皆やられたということか。

生き残っているのは伊丹、レレイ、テュカ、ヤオ。その四人だけが洞窟から出てきた。

 

岩場の影から見ていた加賀は、洞窟の奥の方が崩れているのが見えた。どうやら本当に、生き残ったのはこの四人だけらしい。

 

「みんな無事か!?」

 

這い這いの体で洞窟から走り抜けてきた伊丹の声に、皆力なく返事を返す。疲れ切っている様子だった。

 

「ちょっとぉ、遅いわよぉ」

 

ロゥリィも返事。その声に伊丹は首を向け、ロゥリィの姿を探す。すぐに見つけて、そのボロボロな姿と変わり果てたロゥリィに駆け寄って抱き抱える。

 

「な、なんだってこんなことに……いったい何がったんだ?」

「あっはははははははははははははははははははは!」

 

ジゼルが高い声で笑った。

 

「お姉様、お労しや。主上さんの奥さんになろうともお方が、人種なんぞに気安く触れ、触れさせるとは、不調法がすぎませんかぁ?」

「だ、誰だ?」

 

ジゼルが前へ踏み出して、ロゥリィと伊丹にも見える位置に踊りでる。

 

「俺の名前はジゼル。主上ハーディに仕える使徒さ」

 

背中の羽を動かし、ロゥリィと伊丹のすぐそばまで飛翔する。加賀は零戦に待機の命令を出した。伊丹たちが近すぎてこれでは撃てない。

 

「主上さんからロゥリィ姉様を連れてこいって言われたんで、こうして戦ってるわけさ」

「ロゥリィって結構強かったと思うんですが……」

「ばぁかかお前? んなもん、お前の傷をお姉様が代わりに引き受けたからに決まってんだろ。本来なら俺一人じゃ絶対に勝てないはずなんだ。なのにまるで動きが悪い」

「な、なんでそんなことを」

 

伊丹がロゥリィに視線を落とすと、ロゥリィは力無く笑いながら「いいじゃない、べつにぃ」とか細い声で口にした。

 

「ま、事情が分かればいいんだよ。次は手加減なしだぜ」

 

ニヤリと笑うジゼル。そのすぐ後ろに黒龍と赤龍の新生龍が2頭、降り立った。

 

ヤオが驚愕の表情で叫ぶ。

 

「な、なぜ新生龍がここに!?」

「炎龍の巣にあった卵の——」

「そうだぜ。わざわざ炎龍を起こして水龍と番わせて飼い慣らした二頭だ。こいつらがいれば、俺はお姉様とだって互角以上に戦えるぜ」

「炎龍を起こしただと!」

 

ヤオが悲痛な面持ちで叫ぶ。あと五十年は続いたはずの炎龍の休眠期を縮めたのは、ハーディの使徒。

 

「なぜ我が部族を!」

「はぁ? んなもん知ったこっちゃねぇよ。お前らが勝手に炎龍の餌になっただけだろ」

 

ロゥリィがふらふらの体をなんとか起こしながら、ハルバードを構える。

 

「神々の使徒にぃ……人間への同情はないのよぉ…………私も、含めてねぇ」

「その通りだぜ。人だのエルフだのが俺たちのことに口出すんじゃねぇ」

 

ジゼルも大鎌を構え直す。お互いに今にも切りかからんとする気迫で迫る。

 

「でもねぇ、人は人でも、ここには炎龍を倒した男がいるのよ」

「はぁ? 炎龍を人が? ばか言えよお姉様。いったいどいつがやったってんだ」

 

すっとロゥリィが伊丹を指さす。洞窟の前にいた三人も、伊丹を指差す。

 

「え、俺が倒したことになってんの?」

「はははははは! おもしれぇ! トワト! モゥト! お前らも親の仇だ、手ぇ抜くんじゃねぇぞ!」

 

ジゼルの声に、二頭の新生龍が声を上げ————。

 

————ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア。

 

大地を震わす轟音があたりに響き渡った。それは咆哮。炎龍のものよりもさらに大きな、圧倒的な力を持つ咆哮だった。

 

ジゼルも、伊丹も、ロゥリィも、加賀も、レレイもテュカもヤオも、皆が一斉に声の方向、火山の火口付近を見上げた。

そこには、

 

「おおっと、水龍様のお出ましだぜ」

 

青い鱗に全身を包み、口には水飛沫を湛えた巨大なドラゴンが飛んでいた。火口の周りを旋回するように、まるで、死んだ炎龍をその目で確かめようとするように。

 

ジゼルは一歩身を弾きながら、ピー! っと指笛を鳴らした。

それに呼応するかのように水龍はぐわぁと一つ鳴くと、伊丹たち目掛けて飛んできた。

 

「逃げるぞ!」

 

伊丹がロゥリィを、ヤオがレレイを抱えてその場から一目散に走り出す。山の斜面を転げおりるようにしてその場から逃げていく。

 

加賀も後を追う。零戦には、

 

「目標、青い鱗のドラゴン。牽制しつつ墜とされないように逃げ回ってください!」

 

そう指示を出して自身も逃げる。伊丹たちの後を追う。

 

すぐ後ろに水龍が迫る。チラリと振り返った加賀には、その口から今にもブレスが吐き出されそうなのが見えた。

 

このままじゃみんなやられてしまう。どうすればいい、どうすればこのドラゴンを止められ————。

 

直後、水龍の背中が爆発した。

 

 

2条の筋となって飛来した空対空ミサイルが二発、水龍の背中に突き刺さった。続け様の突然の攻撃に水龍は地面へと追い落とされる。

そして一秒もしない間に、まるで蜂が飛んでいるかのような音があたりにこだました。

 

加賀は上を見上げた。走りながら、足を止めずにしっかりとその銀翼を両眼に捉えた。

 

航空自衛隊、ファントムからの攻撃だった。M61バルカン砲が火を吹いている。零戦の機銃よりもはるかに高い連射性能から繰り出される20mm機銃弾が、雨霰のように降り注いで水龍を地面に釘付けにする。

 

だがまだ水龍は生きている。降り続く弾丸の雨に脳を揺らされたのか、フラつきながら起きあがろうとその場でもがく。直後。

地面が爆発した。正確には爆発する弾が飛来してきて、水龍に直撃して猛煙を上げた。

155mm榴弾砲の雨が降った。地面を耕し、空気を爆震させ、水龍の鱗を弾き飛ばした。

続け様に降ってくる榴弾の他に、空から飛来するミサイルも含まれていた。

 

AH-1コブラから放たれた対戦車ミサイルである。榴弾によって引き裂かれた鱗に変わり、むき出しとなった肉へ向けて対戦車ミサイルが突き刺さる。爆炎。肉を散らし、骨を燃やし、先ほどまで形を成していた生態系の頂点は、ただの肉塊へと姿を変えた。

 

ジゼルは降り注ぐ土砂をかぶりながらその場に縮こまっていた。

 

「な、なんだこれ……どうなってやがる……水龍だぞ? あの水龍が一瞬で……?」

 

ジゼルの、生物としての本能が告げていた。このままここで戦うことはできないと。

水龍を一瞬で殺したのが誰の力なのか、初めはわからなかった。考えを巡らし、思考を熟し、導き出した答えは、

 

「あ、あのイタミとか呼ばれていた男か……炎龍をも倒したという、人間の力なのか…………」

 

震える声でそう呟いた。そうとなればもう戦ってなどいられない。新生龍なぞ粉微塵にされてしまう。まだ二匹とも生き残っているうちに退却せねば。

 

しかし、ジゼルはここで欲が出た。どうせ逃げるにしても、目標の一人くらいは捕まえて逃げたいと。

逃げていく伊丹たちを見る。集団の後ろ、少し離れたところを降りてゆく人影————加賀だった。

 

「トワト! あの女を捕まえてにげるぞ!」

 

トワトと呼ばれた赤い鱗の新生龍が一つ鳴くと、あたりに立ち込める煙を翼で払いながら加賀の元へ飛翔した。

ジゼルとモゥトも飛ぶ。伊丹たちを追いかけるようにして。

 

その様子を空から見ていた航空自衛隊機、ファントムは見逃さなかった。

水龍の死体を確認するのと同時に黒い鱗の龍を捕捉。ターゲットロック。

 

「フォックス2、ファイヤ!」

 

空対空ミサイルがモゥトの黒い鱗に直撃した。抜けてはいないがダメージはある。地面へと墜落した黒龍に、20mmバルカン砲を喰らわす。そして特科が射撃できるようロックした位置座標を送る。

 

水龍をミンチにした手順と同じ方法で、黒龍もまたミンチにされた。

 

ファントムは赤い鱗の龍も捉えていたが、

 

「赤い方は民間人が捕まっている! 撃つな!」

 

トワトは、ジゼルの命令通り加賀へと飛翔しその姿を捕らえていた。腕を伸ばし、走り逃げる加賀を後ろから掴み上げる。

 

「く! 離しなさい! この!」

「伊丹! 加賀が!」

 

抱き抱えられていたロゥリィからは、加賀が連れ去られている様子がよく見えた。しかし伊丹は足を止めない。ここで止まれば万が一にも自走砲の榴弾に巻き込まれるかもしれないからだ。

 

加賀はもがくも、深く突き立てられた爪が食い込んで離れない。地面から足が離れる。これはもう逃げ出せない。

力を振り絞って零戦に通信。自分もろとも赤い鱗の龍を撃てと司令を出すも、零戦は撃たなかった。

 

加賀に弾が当たることを、妖精さんは忌避したと見える。これでは連れ去られるのは必至。零戦の帰投ができなくなる。

加賀は、ファントムに続いて自衛隊基地へ帰投するよう零戦に指令をだした。

 

地面がどんどん離れる。食い込んだ爪が痛い。血も出ていることだろう。

 

トワトとジゼルは一目散に、伊丹たちとは反対方向へ逃げ出した。加賀を小脇に抱えて。

 

爆炎の煙と、巻き上げられた土煙が風に乗ってあたりから立ち消えたとき。

 

加賀の姿は、もうそこにはなかった。

 

 

「暴れんじゃねぇぞ! 暴れたら落ちるぞ!」

 

ジゼルは空高く飛びながら加賀にそう叫んだ。

いまなおもがいて逃げ出そうとする加賀に釘を刺す。

 

「もうここまできたらお前は俺たちと来るしかねぇんだ。あきらめろ!」

「お断りします。だいたいどこに連れていく気ですか」

「はぁ? んなもんベルナーゴ神殿に決まってんだろ。お前を連れて来いって主上さんからの命令なんだからよ」

 

ハーディの元へはいずれ行くつもりであった加賀だが、まさか拉致されてその場に赴くとは思いもしなかった。

まだ準備が整っていない。だいたい何の用でハーディは自分を探しているのだろうか。見当もつかない。

 

加賀は、しかしこの食い込んだ爪はどうやっても抜け出せないと悟ったのか、もがくのをやめて体力を温存、しかるのちに逃げ出そうと心に決めるのであった。

 

「おい、まさかおまえまだ逃げようとしてんじゃねぇだろうな」

「さぁ? どうかしらね。逃がしてくれるのなら喜んで逃げるけど」

「ぜってぇ逃さねぇ」

 

見たことのない土地の上空を、加賀はいつになったら下ろしてくれるのだろうかと思いながら飛んでいくのであった。

 



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加賀とハーディ

誤字報告ありがとうございます。
助かります。


 

龍の手に揺られること数時間。

徹夜で炎龍退治に赴いていたこともあってか、加賀の疲労度はマックスに達していた。食い込む爪は痛かったが、なれてくると腕の中で仮眠を取るまでになった。

 

ウトウトとしながら龍に拉致され連れてこられたそこは、ベルナーゴ神殿。一言で言い表すなら荘厳な雰囲気の巨大建造物だった。

 

石造の柱に支えられて豪奢な、しかし決して派手なわけではない天井が重くのしかかる。もう時間は昼時だというのに、内部への日の光はごく僅かしか取り入れておらず薄暗い。代わりに光といえば焚かれている松明くらいのものだった。

おそらくは魔法の類で燃えている松明を横目に見ながら、加賀はジゼルの後をついて神殿へと入っていった。

 

「逃げねぇのか?」

「今から艦載機を飛ばして逃げ切るよりも先にあなたに切られるでしょうからね。逃げ切れないわよ」

「殊勝な心がけだ。それでいい」

 

薄暗い神殿内部を歩いていく。何本もの柱で構成された廊下は、まるで同じ景色が延々と続いているかのようだった。これは一種の試練なのだろうか。

程なくして、神殿の最奥部と思われる場所に着いた。

人が乗っても壊れなさそうな祭壇が横たわっている。特に装飾らしい装飾はなく、何かの儀式に使うんだろうな程度の飾りしかない。

 

「ここで主上さんに会ってもらう。言っとくが神様だからな、失礼のないようにしろよ」

「知りません。勝手に連れて来ておいて、礼儀作法なんてあったものじゃないわ」

 

ジゼルはふんと鼻を鳴らし、何事か呪文を唱えた。すると祭壇の中央が淡く光ったかと思うと、次の瞬間には眩いばかりの閃光が加賀とジゼルを包み込んだ。

 

暖かさすら感じる光が弱まり、周りが見えるようになると、

 

「………………」

「…………んんーここに出るのも久しぶりねぇ」

 

祭壇に、女が立っていた。腰まで伸びた白銀の髪が揺れている。神々しい服飾に身を纏っており、確かに神様だと言われれば納得できる姿だった。

これ見よがしとばかりに伸びをして、一息つくと祭壇から降りて先ほどまで立っていた場所を椅子がわりにして座る。

 

「で、誰を連れて来たのかしら?」

 

目の前に現れた神様————ハーディは、頬杖をつきながらジゼルへと視線を投げた。

 

「はい、主上さんの言われていた魂の変質者です」

「あら、仕事が早いのね。それで、ロゥリィは?」

「引き続き、追っていくつもりだ…………です」

 

ジゼルは丁寧な言葉遣いに慣れていないのか、少々舌を噛みながらそう告げた。

 

「それじゃあ、あなたがエムロイのところの新しい亜神ね。名前は?」

「加賀といいます」

「そう、カガね。東方の部族みたいな名前ね」

「この世界の部族のことは知りません」

 

いいのよ別に、とハーディは手をあげて断った。

 

「遠路はるばるご苦労様、でいいのかしら」

「無理やり連れてこられた身ですので、何も準備などできておりませんが」

「いいのよいいのよ。貢物なんて信徒のもので十分。もういらないってくらいあるんだから」

「はぁ」

 

どこか掴みどころのない神様だなぁと思いながら、加賀は生返事を返す。

 

「それで、加賀と言ったわね。あなたを呼んだのには他でもない理由があるの」

「ええ、それをお聞かせ願えればと」

「単刀直入にいうわ」

 

こほんと、一つ咳払いをしたハーディは、両手を広げてにっこりと笑った。

 

「この世界から消えて欲しいのよ」

 

 

世界から消えてほしい。

神様にそんなことを言われたら、いかな加賀とて首を傾げながら何を言ってるんだこの人はと思わざるを得ない。実際小首を傾げるところまでやってしまった。

 

「消えて欲しいとは、死ねということですか?」

「まぁそうして魂を現世から離してくれてもいいんだけど、エムロイのやつが陞神させちゃったからできないのよねぇ」

「死ねない、ですもんね」

「そうよぉ。だから、あなたには異世界へ飛んでもらおうと思うの」

 

話がとんとん拍子に進む。つまり加賀は、この世界ではないどこかへ行ってくれということだった。

 

「理由を聞いてもいいかしら」

「簡単よ。あなたのような規格外の魂と存在を引き連れられてちゃ困るの。世界のバランスが崩れかねないわ」

「それはまた、壮大なスケールの話ですね」

 

加賀はなおも首を傾げた。いったい自分が何をしたというのだろうか。規格外の魂とは。そういえばエムロイも同じようなことを言っていた気がする。

 

「あなた、亜神以外の死なない存在を多数引き連れているわよね」

 

ハーディの質問にはたと加賀は考えた。そんなものを引き連れている覚えはないが。

そして少し考えて、まさかと思い至る。

 

「もしかして妖精さんのことでしょうか」

「妖精と呼んでいるのね。そのものたちは死なないし朽ち果てない存在よ。神託を受けた亜神でもないのに、そんなものが大量に世界に現れるとね、バランスが悪くなるの。やろうと思えば世界を滅ぼすこともできる力なのよ」

「そんなことをするつもりも、力もないと思いますが」

「あなた自身が亜神となった以上いつでもそれができる立場にあるの。そして、そんなことをされたら冥界は大混乱になるから、早いとこあなたには異世界にご退場願いたいわけ」

 

ハーディはふう、と一つ息を吐き、加賀をまっすぐに見た。

 

「別に抵抗してくれても構わないわ。その時は体をバラバラにして、五体を別々の世界へ放るから」

「随分と物騒ですね」

「拒否権がないって言ってるのよ。この世界のためでもあるの。追放されてちょうだい」

 

なるほど確かに、神様らしい言い分だなと加賀は思った。そしてそういうことならばと加賀は両手を打った。

 

「では、私の元いた世界へ返してください」

「元いた世界? どこのことよ」

「それは……あなたには、わかりかねるものなんですか?」

「何もしないままで探すのは無理よ。思うがままの世界に門を開けれるほど私は優しくないの。門を作る道具をあなたに託すから、自分で開いてみてはどうかしら」

「どうやって?」

「あなたの元いた世界の情景を強く思い、念じながら使えば門はその世界に開くはずよ」

「じゃあ、それで」

 

加賀はうなづく。しかしハーディはにんまりと笑うと、何か悪巧みをしているかのような表情になった。

 

「ただし、アイテムを渡すのには条件がいるわ」

「条件?」

「ええ、そうね。私を喜ばせてちょうだい」

 

なんとも自分勝手な神様だなと思った。人に追放されろ、行き先を選びたければ自分を喜ばせろと来た。身勝手な神ほど厄介なものはないなと加賀は内心でぼやいた。

 

「具体的に、どういったことを望みますか?」

「そうねぇ…………例えば、肉の喜びを感じさせてくれたらいいわね」

「肉の喜び……?」

 

加賀は考えた。どうやれと。神は実態を持たないらしい。千年の後に肉体を捨てて精神生物へとなる。そういうわけだから肉の喜びなどと言われても与えようがない。

ふと、加賀はそれならこれはどうかと考えた。

 

「あなた、誰かに乗り移ることは可能ですか?」

「ええ、できるわよ」

「乗り移って食事でもすれば満足ですか」

「そう……ねぇ……」

 

ハーディは少し考えたようだった。そして顔を上げると、

 

「肉の食事なんてもう何百年もしてないから、いいかもしれないわね。それで手を打ちましょう」

 

にっこりとハーディは笑う。加賀はそんなハーディを片手で制しながら、

 

「どうせなら、異世界の美味しい料理なんて如何かしら」

「異世界の?」

「ええ。今門が繋がっている先にある国の料理よ」

「へぇ、面白そうじゃない」

「アルヌスまで連れていってくれたら、私の体を貸してあげる。それでどうかしら」

「いいわよ。久しぶりの食事ね。楽しみにしているわ」

 

ハーディはそういうと祭壇へ戻り、

 

「そこにある石を依代にするから、アルヌスまで運んでちょうだい」

 

祭壇のすぐそばにある拳大の大きさの石を指差して、次の瞬間には淡い光とともに消えた。

 

「あれがハーディ…………」

「お前、主上さん相手によくそこまでつらつらと交渉できるな」

「何か不味かったかしら?」

「いんや。べつに」

 

ジゼルは腕を組みながらそっぽを向いた。そんなジゼルに加賀は声を掛ける。

 

「少し疲れたわ。どこか休めるところはないかしら」

「神官用の休憩室がある。そこで休め」

「随分と優しいじゃない。無理やり連れて来たくせに」

「うっせえ」

 

ジゼルの後についていくと、こじんまりとした部屋にベットとテーブル、椅子のみが置かれた小部屋へと案内された。

 

「二時間後に起こす。その後出発だ」

「わかったわ。アルヌスまではどうやっていくの。まさか歩いて?」

「んなわけあるか。お前、飛んだりできねぇのか」

「一応、艦載機に乗れば飛べるけど」

「あの鉄のトンボみてぇなやつか。いいぜ、お前はそれに乗って飛べ」

「わかったわよ」

 

拉致した割には、急に自由になったなぁと加賀は拍子抜けするのに任せてそのまま笑った。

扉が閉まる。

ベットに横になる。

 

これで、もしかすると元の世界へ帰れるかもしれない。後一歩のところまで来ているのかもしれない。

運命の神がいるとしたら、加賀に微笑んでくれていることだろう。加賀は見ず知らずのどこかの神様に礼を言った。

 

目を瞑ると、昨晩からの疲れがどっと押し寄せて来た。

ベッドに吸い付くようにして体が動かせなくなる。落ちるがままに任せて、加賀はすぐに眠りについた。



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加賀とすき焼き

感想、誤字報告大変感謝です。


 

きっちり二時間後に加賀は起こされた。

体はもう少し寝ていたいと言っていたが、頭ではもう移動しないといけない時間なのはわかっている。

空を飛んだところでアルヌスまでは二日かかるだろう。今から飛んで、明日の夕方頃には着くだろうか。

現在の時刻は午後三時。今からとんでもせいぜい三時間ほどしか飛べない。夜通し飛ぶわけにはいかないから、まぁ今すぐ出たほうがいいだろう。

 

早く戻ってみんなに無事を知らせなければと言う思いもある。何も言わずに拉致されてしまって、このようなことになっているのだから。

 

それにしても日本の料理か。何を食わせれば神様は満足するだろうか。

考えてもそうすぐには思いつかない。アルヌスについてから考えても遅くはないだろう。

 

部屋を出て、ジゼルの後をついていく。ジゼルはハーディに言われたとおり依代の石を持っているらしく、大きな皮袋を肩から下げていた。

 

「荷物、持ってもいいわよ」

「あぁ?」

「その姿のまま飛ぶんでしょ? 石なんて持ってたら重たくて飛べないんじゃないのかしら」

「うるっせぇ。飛べるわ。でもまぁ確かに重てぇからよ。落とすんじゃねぇぞ」

「落とさないわよ」

 

神殿から出て、零戦を弓に番える。神殿の前は土を踏み固めた道がまっすぐに伸びている。ちょうど良い滑走路になる。

 

飛ばした零戦を実機サイズにして展開、加賀の前で止めさせる。妖精さんを格納して、加賀は零戦に飛び乗った。

ジゼルが物珍しそうに見ている。

 

「飛行機を見るのは初めてかしら」

 

エンジンがついているのでやや大きめに声を張る。ジゼルはうなづきながら、

 

「こんな便利な機械があるなら俺も乗りてぇぜ」

「あいにく一人乗りなの。ごめんなさいね」

 

キャノピーを閉じてエンジンのスロットを徐々に開ける。

ゆっくりと走り出す零戦の後を、ジゼルは追うようにして飛んでいった。

 

「そういえば、あの新生龍はついてこないのね」

 

どこにいるのか知ったこっちゃないが、赤龍はお留守番のようだった。

 

 

地図上の位置と方角を合わせて飛ぶこと三時間。

空は日も落ちる頃になり、そろそろどこかに着陸したいと加賀は下を眺めていた。

ちょうどよくまっすぐな道がある。あそこに降りよう。

 

ジゼルは飛んでいる間こちらを気にするようにチラチラと見ていた。加賀も、零戦のスロットルを全開にしてはジゼルがついてこれないと思い、全開の半分ほどの速度で飛んでいた。半分ほどであればジゼルは難なくついて来た。

 

高度を落とす。着陸しようとしているのがジゼルにも伝わったのか、合わせてジゼルも高度を落として地上に降り立った。

零戦を止めてサイズを変換。格納庫へと収容する。

 

「すげぇ魔法だな」

 

ジゼルは腕を組みながら近づいて来てそうひとりごちた。

 

「魔法じゃないわよ。これが艦娘の力なの」

「そのカンムスってのはお前のことなのか。戦士の通り名みたいなもんか」

「ちょっと違うけどまぁ大体合ってるわ」

 

加賀はいちいち答えるのがめんどくさくなって生返事を返した。零戦から下ろした依代の石をジゼルに放って、野営の準備に入る。

 

手頃な小枝を近くの森から拾って来て、道端に組み上げて火を付ける。やはり特に理由はないとはいえ野営には焚き火が必要だろう。

 

ジゼルも焚き火のそばに座って、神殿から持って来た皮袋の中身をごそごそと探している。

しばらくすると干し肉が出てきた。一つを加賀に放る。

 

「食え」

「いいの? お返しなんて特に持ってないわよ」

「別にいい。亜神といえども腹は減るからな」

「じゃあ、お言葉に甘えて」

 

なんの肉かはよくわからない。なんの肉なのか聞いたところ「マ・ヌガ」とだけ返って来た。異世界の牛みたいな動物の肉なので、一般的といえば一般的な食料である。加賀はもそもそと塩気のする干し肉を齧った。

 

「お前、どうして亜神になんかなったんだ?」

 

唐突に、干し肉を齧っているとジゼルが問いかけた。加賀は咀嚼して飲み込むと、質問に答えた。

 

「死ぬほど大きな傷を負って、エムロイのところに行ったの。冥界は今いっぱいで死なれては困るから使徒になれって言われて、亜神になったのよ」

「死ぬほどの傷って? 戦争か?」

「炎龍よ。アルヌスの街が炎龍に襲われて、私だけが戦ったの」

「なるほどな。しかしまぁそんな経緯で亜神になったやつなんてこの世にはいないだろうよ。運命にずいぶん味方されている気がするぜ」

「あなたでも運命なんて信じるのね」

「まぁな。これでも神に仕えている身だ。自分じゃどうしようもできない大きな力や流れに出くわしたら、どこかの神のせいだと思うようにはしている」

「そんなものなのね」

 

加賀は特に興味なさげに、再び干し肉にかじりついた。

美味しくはないが腹の足しにはなる、そんな夕飯だった。

 

 

翌朝。

まだ太陽も顔を出していない頃、ジゼルと加賀は起きて出発の準備を整えていた。

空は東の方が明るくなって、西の方にはまだ星が瞬いている。あたりの様子は明るくなって来たので見える。朝靄がしっとりと二人の頬を濡らした。

 

「ここからアルヌスまではどのくらいかしら」

「さぁな。昼すぎて夕方になるくらいには着くんじゃねぇか?」

「もう少し速度を上げることもできるけど。付いてこられないかしら」

「無理だ。これでもかなりの速度で飛んでんだぜ。勘弁してくれよ」

 

加賀は一つ頷いて、昨日と同じように半分の速度で飛ぶことにした。

 

出発してから約12時間後。

二人はようやくアルヌスの丘に到着した。休憩もせずにぶっ飛ばしてのフライトだったので、少々疲れた様子である。零戦の燃料はもうそろそろ底を尽きそうなくらいだった。

 

通信を飛ばして自衛隊の飛行場に着陸する。零戦を格納して、避難民居住地区まで送ってもらえるように手配。ジゼルと加賀は車に乗って居住地区にまで戻って来た。

 

戻って早々にロゥリィが出迎えてくれた。ジゼルも一緒と見るやハルバードを構えたが、事情を説明して今は争わないでほしい旨を告げると、「ジゼルが暴れないっていうなら私も暴れないわぁ」と了承してくれた。

レレイ、テュカにもすぐに顔を合わせて無事を伝える。どこにも怪我はないか、本当に無事なのかと散々心配されたが、加賀は大丈夫だと胸を張って答えた。

 

赤龍はどうしたのかとロゥリィがジゼルに聞いていたが、「戦いに来たわけではないので置いて来た」との答えを聞いて、ロゥリィは満足そうに頷いていた。

 

さて、ハーディとの約束通り飯にしようと考えた加賀である。とはいえ何にするかが問題であった。

居住区の冷蔵庫には特に良い食材が入っていない。今から日本へ買い出しに行っても良いがそうすると調理は夜になる。あまり暗い中で料理をするのも気がひけるので、何かいい案はないかと考えた。

レレイとテュカも一緒にいる。どうせなら帰還祝いにみんなと食事がしたい。何かいい案はないかとレレイに聞いてみた。

すると、

 

「日本の外交官からもらったギュウニクとやらが大量にある。一人じゃ食べきれないのでみんなで食べようと思っていた」

 

と、冷蔵庫の中身を見せてくれた。

サシがいい感じに入った高級和牛がそこにはどっさりと詰まっていた。これだ。これにしよう。加賀は速攻である料理を思いついた。

 

「これですき焼きにしましょう」

 

提案するやいなや早速準備に取り掛かった。

 

 

野菜はみんなが持っていた特地の野菜と日本の野菜を半々ずつ。生卵は加賀の冷蔵庫から、調味料は自衛隊の糧食班から借りて来た。

すき焼きといえばそう難しくない料理である。どちらかといえば素材で勝負する料理ゆえ、今回のメインディッシュである和牛は相当に質がいいものだった。

鍋を用意して具材を煮込んでいく。鍋を囲むのはレレイ、テュカ、ロゥリィ、ジゼル、加賀、そして依代の石だった。

 

具材をセットできたのでいざ煮込む段になって、加賀がジゼルへと質問を投げる。

 

「どうやってハーディを私に憑依させるの?」

「そりゃあ一回出て来てもらって、そっから乗り移ってもらう。もう出してもいいのか?」

「ええ、あとはもう煮込むだけだから。乗り移っている間私はどうなるの?」

「意識はあるが体は自由に動かせないって感じだな。主上さんの思うがままだぜ」

「変なことされないようにだけ見張ってて欲しいわ」

「あいよ」

 

そう言うとジゼルは石を取り出して呪文を唱えた。すると光の玉のようなものが現れて、瞬く間に輝くと加賀の頭へと吸い込まれていった。

 

「うーん! 久しぶりの肉の体ね! なんだかワクワクするわ」

 

加賀口から声がもれる。心なしかいつもの二割り増しのテンションである。

テュカが訝しげな顔で、

 

「あの……今はもう、ハーディになってるのかしら」

 

と誰にでもなく聞く。加賀、もといハーディはうなづいて。

 

「いまこの娘の体は私が完全に支配しているわ。いまならロゥリィと婚姻行為だって行えるわよ♡」

「絶対にするもんですか」

 

ロゥリィはそっぽを向くも、加賀の体を使ってハーディはくねくねとロゥリィに迫った。

 

レレイが鍋の様子を見て、

 

「そろそろ食べれる。あまり長く憑依しているのも加賀に悪い。早く食べて」

 

と皿を渡して促す。皿には生卵が落とされていた。

 

「これにつけて食べるの?」

「加賀はそう言っていた。これが“すきやき”という料理らしい」

「ふーん」

 

適当に卵をかき混ぜて、ハーディはすき焼きの肉を掬い取る。卵に潜らせて、「それじゃあいただくわね」と一口、口に運んだ。

 

その瞬間。

ハーディは目を見開いた。一瞬固まって、それから手元の皿を見て、次に鍋を見る。

そうした後、全員の視線がハーディに集まっていることに気づき、ハーディはモグモグと口の中の肉を噛んでからごくんと飲み下し。

 

「————すっごくおいしいほっぺた落ちそうぅぅぅぅぅっっ!」

 

加賀の体で、手を頬に当てながら絶叫した。

それを見習って、みんなここぞとばかりに肉を取り、卵に潜らせて一口食べる。その甘じょっぱいなんともいえない旨味、肉の油、ツユの塩気、卵の濃厚さが口の中で踊り出す。皆一様にして目を丸くさせ、その料理の美味しさに舌鼓を打った。

ジゼルも、初めて食べる料理のうまさに感動したのか目に涙を浮かべながら肉を貪っている。

 

「野菜も食べてみるといい。肉との相性がすごい」

 

レレイの言葉に一同野菜にも群がり始める。ネギ、にんじん、きのこ、大根、そのほか特地の野菜。

そのどれもに味が染み渡り、卵に潜らせて食べると濃厚な味わいが舌の上でこの上なく上品に広がっていく。

 

テュカがおかわりの肉を持って来て、鍋に入れる。野菜も足す。煮込むのを待って、皆一同にして鍋に群がる。

 

一通り舌鼓を打って食べ終えると、今度はレレイが冷蔵庫からうどんを持って来た。

 

「これを日本人は“しめ”というらしい」

 

残った出汁にうどんを投入して、卵も落とす。いい感じに火が通ったところでみんな皿についで食べてみる。

初めて食べるうどんの味、喉越しに皆頬を抱えて喜んだ。

 

「こんなにうまい食事をしたのは数百年ぶりよ! 最高だわ!」

 

ハーディも、満足した様子であった。

 

 

食事を終えて片付けをしている間に、ハーディはロゥリィのところへと歩み寄った。まだ加賀の体に憑依しているので、外見上は加賀が歩み寄ったように見える。

 

「なぁに?」

「ねぇロゥリィ。私と結婚してくれないかしら」

「絶対に嫌よ」

「んもう……まぁいいわ。いつ気が変わってもいいからね。待ってるわ」

「私は男がいいのよぉ。あんたとなんて絶対結婚しないからぁ」

 

くすくすとハーディは笑って、そういえばと思い出したように手を差し出した。何かを握っている。

 

「これ、加賀に渡しておいて」

「なぁにこれ?」

「門を開くアイテムよ。美味しい食事だったから、約束通りお望みの場所に追放してあげようってわけ」

「そう」

 

ロゥリィはアイテムを受け取った。サイコロのような四角い石だった。

 

「開きたい世界のことを強く念じて投げれば、落ちた場所に門が顕現するわ。願い通りの場所に行けるかどうかは、そのものの念じる強さに依存するの。思った通りの場所に行けなくても恨まず追放されてちょうだいね」

「そう伝えておくわぁ」

 

それじゃあまた、と言い残した直後、加賀の頭から光が伸びて、依代の石へと吸い込まれていった。

加賀の体は一瞬ぐらりと揺れた、ロゥリィが慌てて手を貸してなんとか転ぶのを阻止すると、加賀は手で頭を押さえながら顔を上げた。

 

「意識はあるのに他人に操られている気分だったわ。できればもう二度と体験したくないわね」

 

加賀は苦笑しながらそう述べた。口の中には、すき焼きの味が残っていた。

 

 

「いつ開くつもりぃ?」

 

ロゥリィの問いに、加賀は少し考えたあと、

 

「明日にでも。やっぱり、私は早く鎮守府に帰りたいわ」

 

そう告げた。帰る前にみんなにお礼を言いに行かないとなと考える加賀だった。

手には、小さなサイコロ状の石が一つ。門を開くアイテムを、加賀は手のひらの上で転がした。



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加賀とゲート

翌朝。

加賀は伊丹と柳田に会い、元の世界へ帰れる方法が見つかったと報告した。

今日にでも門を開いてみたいので、以後の異世界語の授業は持てないこと、これまでよくお世話になったことなどを丁寧に伝えた。

 

「そうか、帰っちまうんだな」

 

伊丹は少し寂しそうに呟いた。加賀は頷きながら、

 

「もう会えない可能性の方が高いわ。今まで本当に、お世話になったわね」

 

眉根を落とし、微笑んでそう言った。

 

「何も今日開かなくてもいいんじゃないか?」

「帰る方法がわかったんだもの。それにこの石がいつまで有効なのか、ハーディに聞きそびれたし」

「帰れなくなる前に試してみようってことか。まぁそりゃそうだわな」

 

よし、お見送りするぞ! と伊丹は腕を捲った。

 

レレイ、テュカ、ロゥリィにも声をかける。お馴染みのメンバーで門を開いてみて、帰れそうならそのまま帰るという算段になった。

 

避難民居住区に伊丹と戻り、レレイたちを探す。すぐに見つかった。

 

「もう帰るの? そう……寂しくなるわね」

「テュカ、私がいなくなったからって、また夜な夜な探し回るようなことはしないでね」

「しませんってば!」

 

レレイが加賀の身の回りを一周して眺めた後、首を傾げながら質問を投げた。

 

「加賀、お土産とか持って帰らなくていいのか?」

「門がどこに繋がるかわからないもの。最悪戦闘海域ってこともあり得るし、荷物は持っていけないわ」

「そうか」

 

確かにそうだとレレイはうなずいた。

 

「そうだ、ロゥリィ。私って、元の世界に帰ってもエムロイの使徒のままなのかしら」

「信仰するしないに限らず、どこの世界に行っても亜神は亜神よぉ。一千年の後に神になるかどうかはわからないけどぉ、少なくとも不変不死だから、気をつけなさい」

 

気をつけなさいとロゥリィは警告した。それは、詰まるところ元の世界の常識とは違う存在になっているということだから、そのことを弁えて行動する必要がある。無闇やたらに不死の力をひけらかしては、元の世界で反発が起こるかもしれない。

そう言うことをロゥリィは警告してくれているのだった。

 

加賀は礼を言いつつ気をつけるわと返した。

 

「それじゃあ、開くわね」

 

加賀は小さな石ころを右手で握り、元の世界のことを頭に強く思い描いた。

願わくば鎮守府に繋がって欲しい。そう思いながら鎮守府のことを頭に思い浮かべる。時間は今と同じくらいの昼間。訓練所や射撃場があって、裏手には艦載機を飛ばせる広場があって、提督の執務室や艦娘の宿舎がある、あの鎮守府。懐かしいとさえ思えてくるあの光景を頭に強く思い描いた。

 

そして目を開き、石を足元に叩きつけた。

 

パシャン! という音とともに石が砕け、砕けた欠片から光を放ち始めた。

あまりの眩しさに一同目を細める。光が弱まり、目を開けられるくらいになると、そこには、

 

「わぁ…………」

 

ちょうど日本と特地を結んでいる門の縮小版。人一人が通れる扉ほどのサイズの門がそこには出現していた。

石造の門に水晶のような魔法石が挟まっている。中は覗いても真っ暗で見通すことはできない。

 

「それじゃあ、もういくわね」

「あぁ、元気でな」

「楽しかったわよ」

「いい時間を過ごせた。加賀のことは忘れない」

「元気でねぇ。たまにはエムロイのことを思って祈りを捧げてくれてもいいわよぉ」

 

そうする、と肩をすくめたあと、加賀は暗闇に中へと足を踏み入れた。

 

六ヶ月前。戦闘海域でなすすべなく飲み込まれた時と似たような感覚で、加賀は門へと吸い込まれていった。

暗闇の中を歩く。今度は自分の意思で、一歩、また一歩と踏みしめて歩く。

程なくして出口が見えた。光が切り取られたように見えるその四角い出口を目指す。

 

弓を持つ手に力が入る。すぐにでも零戦を発艦させられるよう矢筒を引き寄せる。

腰を落とし、海の上に降り立っても大丈夫なように主機を起動させ、いざ、光の中へ飛び込んだ。

 

 

光の中のその先は、果たしてどこか。

加賀は、とある部屋の中にいた。あたりを見回す。何か見覚えがある。

後ろを振り返る。まだそこには門があった。

再びあたりを見回す。ここは————。

 

「提督の執務室…………じゃないですか」

 

大艦巨砲主義と書かれた掛け軸。デスクの上には無数の書類の束。応接用の低い椅子とテーブル。それらは全て、加賀も見覚えのある提督の執務室そのものだった。

 

部屋には誰もいない。提督はどこかにいっているのだろうか。

 

部屋から出ようとする。ドアノブに手をかけたその時、ガチャリとドアが空いた。

 

「あ……」

「え」

 

ドアの前にいたのは、提督と、赤城だった。

 

 

加賀の姿を見るやいなや、赤城は手に持っていた書類を全て床に投げ捨てて加賀に抱きついた。

 

「どこにいってたんですか! 半年も! 消息不明で! いったいどうして!」

 

涙声で捲し立てる。加賀はさて何から話したもんかと迷いながらも、とりあえず赤城の腰に手を回した。

 

「…………ただいま、赤城さん」

「んもう! …………お帰りなさい、加賀さん」

 

床にぶちまけられた書類を拾った提督も、優しげな目で加賀を迎え入れた。

 

「加賀、報告はまた後ほど。今はとりあえずゆっくりして欲しい。よく帰って来てくれた」

「はい、提督。この通り五体満足で、異世界よりただいま帰還いたしました」

 

提督は部屋に入るとすぐに、壁際に鎮座する門を見て、

 

「ここから帰って来たのかい?」

「ええ、そこからです。その先には、私が半年間暮らした世界が広がっています。異世界です」

「ほう……」

 

提督は顎に手を当てて興味ありげに門を見ていた。

そういえば、この門、いつ消えるのだろうか。

 

ハーディは具体的に門がどの程度開いているのか言わなかった。もしかして、この門、銀座に開いた門と同じように恒久的に開き続けているのか……?

 

何はともあれ、加賀は無事の帰還を果たし、赤城と共にとりあえずドックへ入りましょうと言うことでお風呂場へと向かった。

 

 

ドックから出た後、加賀は提督と、第一艦隊の面々が揃っている執務室に呼ばれ、この半年間、どこで、誰と、何をしていたのかを報告した。

異世界へ降り立ったこと。

艦載機を駆使してドラゴンと戦ったこと。

死にかけ、現地の神に助けられ自らも亜神となり、不死身の体へとなったこと。

執務室にあるこの門の先に、それらを体験した世界が広がっていること。

 

全てを話した。加賀らしく、順序立てて、簡潔に。それは聞くものを退屈させない簡素な冒険譚だった。

全てを話した後、加賀は提督に質問した。

 

今後、この門がもし開いたままだとしたら、どうするかと。

 

提督は答えた。

 

「————いい機会だ。その異世界とやら、みんなで行ってみよう」

 

行った先で門が閉じてしまうかもしれない。そうなれば大事だから、こちらでの仕事をひと段落片付けて、その間にもまだ開いていたら行くことにしようと。

ハーディが聞いたら卒倒しそうな事態かもしれないが、すぐに閉じる門を渡さなかったハーディが悪い、と思うことにした。

 

それから二週間。

門は変化なくそこにあり続けた。揺らいだり、薄くなったり、音がしたりすることなく、執務室に静かに佇んでいた。

提督は決断した。異世界へ行ってみようと。メンバーは第二艦隊の面々と加賀、補佐役で赤城。

目的は調査。願わくば戦略資源を見つけて引き込めるとしたらやってみて欲しいと。

 

そんなことをするためには自衛隊と話をつけないといけないだろうなぁと、加賀は考えたので一応提督に具申した。「構わんやってみよう」とは提督の言葉。そうと言うならばやるしかない。

戦略資源探査のための異世界調査団。選ばれたのは加賀、赤城、雷、電、暁、響、利根、筑摩の第二艦隊+正規空母戦力。

補給も万全。陸地が続いているということで各自バックパックに食料も持った。

戦闘を想定して艤装もつけた。全て実弾である。

いざ、異世界へ。

 

加賀は、また特地へ行けると言うのなら。それがたとえ任務だったとしても、みんなに会えるのならいいかな、などと思ってしまった。

 

これは、ある世界とある世界が結ばれる物語。

繋がった世界の先で波乱万丈の展開が待ち受けていることは、加賀を含め誰も予想していない。

とはいえそれはまた別のお話。

 

ゲートと加賀さん 完

 




あとがき

私史上初めて毎日更新というものに手を出しました。無事、皆様の応援のおかげで完走することができました。

ゲートに妖精さんが登場する話を書いたのがちょうど半年ほど前。そちらの話はもともと単発でものすごく短かったのですが、今回の話は十万文字に迫る勢いで、ちょっとした小説にはなったかなというところです。

加賀さんがゲートの世界で奮戦する話。至らない点や書ききれなかったこと、想像の届かなかったところがあるんじゃないかと煮え切らない思いもありますが、とりあえず完結と言うことで一区切りさせてもらえたらと思います。
人の身でありながら百機にせまる航空機を顕現させる力を持った戦力が、地上に降り立てばどうなるかというシミュレーションのような側面もありました。夜間攻撃や狭所での攻撃が制限されたせいでいまいち後半は活躍できなかった加賀さんでしたが、やはり弓の一引きで航空戦力を顕現させうる力は脅威だなと思った次第です。

物語では第二艦隊ことお馴染みの第六駆逐隊と利根筑摩コンビ、そして一航戦加賀と赤城が再び異世界へと赴こうとしています。書くかどうかは分かりませんが、ネタが思い浮かべば外伝として書くかもしれません。予定は未定です。

何はともあれ三週間ほどでしょうか。
毎日投稿に付き合ってくださった全ての皆様。誤字修正、感想など精力的に協力してくださった皆様に特大の感謝を持って締めくくりとさせていただきます。
またどこかの作品で会いましょう。ではまた!


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