とある科学の流動源力-ギアホイール- (まるげりーたぴざ)
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邂逅篇
第一話:〈都市伝説〉の消えた八人目


【注意事項】はお読みになられましたでしょうか。
大丈夫でしたらこのままお楽しみください。
+初心者ですので温かい目でご覧ください。


──ねえ、学園都市には七人の超能力者(レベル5)がいるでしょ?

──そりゃあ常識だからね。

──消えた八人目の超能力者(レベル5)ってのがいるらしいよ。

──消えた?

──あ、その噂知ってる! 確か、流動源力(ギアホイール)っていう超能力者(レベル5)だよね?

──流動源力(ギアホイール)? 確かに七人の中にはいないけれど、どんな能力?

──よく分かんないけれど、字面からして何か駆動させるんじゃない?

──曖昧な。

──でねでね、その能力者は黒猫みたいな姿をしていて遭遇すると不幸になるんだって!

──不幸? オカルトでよく言う黒猫が横切ったらなんちゃらってヤツ?

──それとは違くて。凶暴だから会うと能力で殺されちゃうんだって!

──へえ。普通に怪談になってんじゃん。

──あー信じてないなあ!?

──信じられるわけないでしょ。

──まあ、それは言えてる。

──ちょっと、信じてよーっ!

 

 

──────…………。

 

 

 

手にストローボトルと呼ばれる医療業界で使われるような簡素な水筒を持ち、取り立てて特徴のない高校のセーラー服を着ている少女の鼻歌が、夜道に響く。

 

濡れたように光る黒髪ロングの猫っ毛をハーフアップにして、猫耳ヘアにしている少女だ。

その吊り上がった猫のような瞳はエメラルドグリーンに輝いており、あどけない印象を伺わせる、生粋のアイドル顔。

だが決して幼児体型ではなく、一五九㎝にDカップという、女性の理想のモデル体型と呼べる体つきをしていた。

 

少女は鉄橋の上で立ち止まって柵に寄り掛かり、ストローボトルの中身の経口補水液を飲むためにストローを口にした。

 

「お前が流動源力(ギアホイール)か?」

 

水分補給をしようとした少女は、声を掛けられて振り向く。するとそこには数人の不良がいて、少女を取り囲んでいた。

 

「強すぎて順位付けから外された超能力者(レベル5)ってのがどんなヤツかと思ったら、女じゃねえかよ。こんなお嬢ちゃんが本当に超能力者(レベル5)?」

 

自身を取り囲んで下品な笑い方をする不良を、少女は一人ずつ見つめる。

その視線に不良たちが警戒心を露わにする。だが少女は興味を失い、彼らに背を向けて学園都市の夜空を眺める。そしてストローボトルに口を付けて、チューッと優雅に水分補給する。

 

「舐めやがって、このアマ!」

 

少女の余裕そうな態度を見て、男が一人襲い掛かる。

少女の身体に拳が叩きこまれる瞬間、少女が身に纏う見えないシールドによって男の拳が阻まれる。そして蒼閃光(そうせんこう)を迸らせながら、少女のシールドが男の拳を焼いた。

 

「うぎゃああああああああああっ!!」

 

男は皮膚がめくれ上がって焼かれる激痛に身悶えして、のたうち回る。

少女は面倒そうにちらっとそれを見ると、柵に寄り掛かるのを止めた。

 

呆然とする不良の前で、少女の姿がいきなり変化する。

 

猫耳ヘアの丁度真上。

そこに、大きな三角形に正三角形が二つ付いた蒼閃光によって形作られた猫耳が、ぴょこっと現出する。

そして、同時に少女のお尻を包むセーラー服の上から蒼閃光で造られた四角い帯のような猫の尻尾が現れる。その尻尾の付け根には三角形が二つ、リボンのように帯を挟む形で携えられる。

 

少女はネオンのような蒼閃光の煌めきでできた猫耳と尻尾を纏って、ストローボトルを持っていない人差し指をピッと不良に向けた。

 

すると。蒼閃光を纏ったエネルギー球が、少女の指の先から撃ち出された。

そのエネルギー球は不良たちの目の前で爆発し、少女を取り囲んでいた不良全員を凄まじい爆発の熱で焼き焦がした。

 

ぷすぷすと肌が焼け焦げる匂いを漂わせながら、声にならない悲鳴を上げて不良はその場に次々と倒れ伏していく。

 

少女は能力を解放するのを止めて蒼閃光でできた猫耳と尻尾をフッと消すと、柵に寄り掛かって再び学園都市の夜空を見上げた。

 

彼女の視界には夜空だけが見えているわけではなかった。

どこかの女子制服を着た小学校高学年くらいの年齢の少女が、ぷかぷかと宙を浮いている姿が見えるのだ。

 

『さっすが、真守ちゃん! イチコロだね!』

 

猫耳ヘアの真守と呼ばれた少女──朝槻(あさつき)真守(まもり)は経口補水液を飲むのを止めてストローから口を離すと、空に浮かぶ少女へと声をかけた。

 

「深城、お前どこ行ってたんだ?」

 

真守はダウナー気味ながらも可愛らしい声で、宙に浮いている少女──源白(みなしろ)深城(みしろ)に問いかける。すると、深城は宙を泳いで真守の寄り掛かる柵にそっと座って微笑む。

 

『タダで映画見てた! でもその映画あんまり面白くなかった~。B級ってやっぱり千差万別だよね~今度は大々的に宣伝されてる恋愛ものを見に行きたいな~チラッチラ』

 

「……今度一緒に見に行けばいいの?」

 

思わせぶりな深城の発言に真守は小首を傾げながら訊ねる。真守が首を傾げると、あからさまに深城は顔を輝かせ、ガッツポーズをして笑顔を浮かべた。

 

『やった、一緒に見よぉ! その映画ってあたしの好きな三角はおろか、四角にも五角にもなるような昼ドラよりもドロッドロな恋愛モノなんだ! 真守ちゃんと一緒に見られてうれしい!』

 

「やっぱり嫌だ」

 

真守は深城のセンスに顔をしかめながら、ストローボトルを鞄の中に片付ける。

そして鞄の中から氷砂糖の袋を取り出してバリッと開けると、中から一粒取り出して口に含んだ。

 

『え~なんでよぅ!!』

 

深城は真守の拒否に『一回良いって言ったんだからいいでしょぉ!』と抗議する。だが真守は断固拒否といった雰囲気を醸し出して、氷砂糖の袋を鞄に仕舞った。

 

『ねえねえ、真守ちゃん! あたしが映画見ている間何してた?』

 

深城は今度また誘おう、と意気込んでから柔らかく真守に問いかけると、真守はその問いかけに氷砂糖を口の中で転がした後に淡々と告げた。

 

「学校」

 

『学校終わった後は?』

 

「不良に絡まれてた」

 

『もう! その前その前! 学校終わって不良に絡まれる間の出来事!』

 

真守は深城の必死の問いかけに顔を上げた。

そして、深城の絶壁と呼んで相応しい胸をじぃっと見つめて微笑を浮かべる。

 

「深城の残念な胸に合う服を見てたんだ。そのナリだからこそ、ワンピースはよく似合うよな」

 

『まーもりちゃあああああん!!』

 

深城はバッと胸元を隠して顔を真っ赤にして失礼な真守に向かって怒鳴ると、真守はそれを受けてふふっと柔らかく微笑んだ。

 

「可愛いのがあったからテーラーに頼んだ。きっと気に入る」

 

深城は真守に体型の事をイジられてぷんぷんと怒る。だが真守が自分を想ってくれる気持ちは本物だとして、真守を許して柔らかく微笑んだ。

 

『真守ちゃんが選んだお洋服ならばっちりだね』

 

「当たり前だ」

 

真守はふふん、と得意げに笑うと、柵に寄り掛かるのを止めて歩き出す。

そんな真守の周りを中心に、深城は泳ぐように宙を舞ってから真守の斜め前に落ち着き、後方に見える不良を視界に入れる。

 

『それにしてもぉ、真守ちゃんは相変わらず人気者さんだねえ。書庫(バンク)上では真守ちゃんは大能力者(レベル4)力量装甲(ストレンジアーマー)になってて、超能力者(レベル5)流動源力(ギアホイール)じゃないですよぉって事になってるのに。一体誰が真守ちゃんの情報流しているんだろうねえ』

 

「前に言ったかもしれないけど、都市伝説として根付いてるんだ」

 

深城の質問に真守は簡潔に答えた。

 

『都市伝説?』

 

真守は携帯電話を取り出して即座に操作、そして都市伝説サイトにアクセスして深城に画面を見せた。

 

「消えた八人目は黒猫みたいな外見の女の子なんだと」

 

そこには八人目の外見の特徴と、能力を発動した際に現れる身体的特徴が、しっかりはっきりと書かれていた。

 

『あ~真守ちゃんは、美人さんでお高い黒猫さまだからにゃあー』

 

深城は[高貴な黒猫の印象ながらも能力者を殺す不幸の象徴!]と書かれている都市伝説の一文を読んでから、にゃんにゃんと招き猫のポーズをして微笑む。

 

「上層部は私が本当は流動源力(ギアホイール)ってコトをひた隠しにしたくて、昏睡状態の深城を超能力者(レベル5)に仕立て上げてるし。あっちもこっちもやりたい放題だな」

 

真守の目の前にいるのは源白深城本人ではない。

源白深城は現在、幽霊のようにそこら辺を漂っており、本体は昏睡状態で別の所にあるのだ。そんな深城は他の人間には見えず、真守にだけしか見えない。

 

誰にも認識できない深城。それでも深城は楽しそうに、真守の周りをふわふわと浮いて微笑む。

 

『実は、消えた八人目は昏睡状態で入院中なのです! そんな人間を超能力者(レベル5)のランク付けに含む道理はありません! ……だっけ?』

 

「そう。そして深城を超能力者(レベル5)と思って接触してきた連中は、もれなく敵だ」

 

『不良もきちんとした敵でしょぉ? ……あ、危険度の問題だっけ?』

 

深城の問いかけに真守は手に持っていた携帯電話をフリフリと横に振ってから、真剣な表情に切り替えた。

 

「うん。上層部の情報を鵜呑みにして深城に会いに来るヤツらは、消えた八人目を利用するしか考えてないと思った方が良い」

 

真守は深城が深く頷いたのを確認すると、携帯電話を仕舞ってから深城を安心させるように柔らかく微笑んだ。

 

「大丈夫、深城は私がいれば死なないから」

 

その真守の表情と言葉に、深城は頼もしさを感じてうっとりするように微笑んだ。

 

『一人にしないでね、真守ちゃん』

 

「ずぅっと一緒だ。私にはその力があるから大丈夫」

 

真守がふにゃっと照れたように笑うと、深城も釣られて笑った。

 

真守は深城と微笑み合いながら、夜の学園都市の街を歩く。

 

 

 

──────…………。

 

 

第八学区。とあるホテルの最上階フロア。

 

深夜の街並みを睥睨する一人の男子高校生がいた。

高級仕様のクラレット色のスーツ。シャツの前を全て開け、その下にワインレッドのセーターを着こなす、女子受けが確実に良い顔立ちの整った少年だ。

 

 

心理定規(メジャーハート)。テメエの言ったことは本当か?」

 

少年は背後のソファに座ってマニキュアを塗っているピンク色のドレスを着た女子中学生──心理定規(メジャーハート)に話しかける。

 

「ええ。アレイスターの『計画(プラン)』の要は第一位ではないわ。第一位もまさかの『第二候補(スペアプラン)』なのよ」

 

「じゃあ誰が『第一候補(メインプラン)』なんだよ。まさか第三位なワケねえだろ?」

 

心理定規は男子高校生の滲み出る苛立ちを知りながらも、どこ吹く風で答える。

 

「──消えた八人目」

 

「八人目だと?」

 

怪訝そうに問いかける男子高校生に向けて、心理定規は興味深いとでも告げるように柔らかく微笑む。

 

「八人目の幻の超能力者(レベル5)がいるって都市伝説を聞いたことない? その都市伝説は本物なのよ。一体、都市伝説ってどこから生まれるのかしらね。あなたはどう思う?」

 

「そんなクソどうでもいいこと聞くんじゃねえ。質問に答えろ。その八人目はなんでランク付けされてないんだ」

 

世間話を一蹴した男子高校生は心理定規(メジャーハート)を睨みつける。

 

「上層部が制御しきれなかったらしいわ。手が付けられないからそのまま放置されているってことよ」

 

「……ってことは一方通行(アクセラレータ)よりも強いんだな?」

 

学園都市第一位、一方通行も一方通行で十分脅威的だが、その一方通行は第一位の枠組だ。

その枠組に制御できなかったから入れられていない八人目とは、相当にぶっ飛んでいる。

男子高校生の問いかけに心理定規は種明かしをするように告げる。

 

流動源力(ギアホイール)。あらゆるエネルギーを生み出すことのできる能力者らしいわ」

 

「それって新たなベクトルを自在に生み出せるって事か? そりゃあ既存のベクトルを操る一方通行の面目丸つぶれだな」

 

男子高校生は自分よりも上位に位置している一方通行がコケにされるような能力があるのかと知って、呆れたように嘲笑する。

 

「ええ。そんな怪物をどうやって倒せばいいのかしら?」

 

心理定規がからかうように男子高校生に問いかけると、その疑問を男子高校生は一蹴した。

 

「テメエ舐めてんのか? 俺の未元物質(ダークマター)に常識は通じねえんだよ」

 

そう。

男子高校生は超能力者(レベル5)、第二位。未元物質(ダークマター)、垣根帝督だ。

 

そして暗部組織『スクール』のリーダーである闇の住人だ。

 

そんな彼の部下である『スクール』の構成員、心理定規は楽しそうに問いかける。

 

「それで『補助候補(サブプラン)』のあなたはどうするの?」

 

「アレイスターの『計画(プラン)』をめちゃくちゃにするには『第一候補(メインプラン)』を見極める必要がある。一方通行はもう眼中にねえ。その流動源力(ギアホイール)っていう能力者の情報を集めろ、今すぐにだ」

 

垣根は傍らで青い顔をしていた『スクール』の構成員に命令する。その構成員は何度も頷くと、顔を青くさせたまま奥へと引っ込んでいった。

 

「──流動源力(ギアホイール)か。一方通行(アクセラレータ)以上にぶっ飛んだ野郎だな、きっと」

 

垣根帝督はまだ見ぬ八人目の事を考えながら、鼻で嗤った。

 

 



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第二話:〈日常風景〉と不穏な影

連続投稿です。
少し長め。キリの良いところがなかった。


第七学区にあるマンモス病院。

 

そのとある多人数部屋の病室が、真守と深城の住居だった。

多人数用の部屋には風呂とトイレがあるのは勿論だが、簡素なキッチンもついており、室内はパーテーションで区切られている。手前が深城、奥が真守のスペースだ。。

 

真守は自分が所属する高校のセーラー服を着ると、鞄を持って奥から出てきた。

そして、ベッドに横たわって眠っている深城を見つめた。

 

深城が一二歳であった『あの時』から成長が停まっている深城の身体に、深城の意識はない。

 

五年前から一度たりとも、深城の意識がこの身体に戻った事はない。

 

『真守ちゃーん。私の姿見て何思ってんのぉ?』

 

深城を見て動かない真守に声をかけたのは、真守の着替えるところを宙に浮いて見ていた深城だった。

 

「ごめんな、深城」

 

真守が本当に申し訳ないと謝るので、深城は悲しそうに微笑んでから真守を慰めるために近づいた。

 

『……なんで謝るの?』

 

優しく自分を見つめる深城をじっと見上げてから、真守は至極真剣な表情で告げた。

 

「私の力がもっとあれば……。──深城は絶壁のままじゃなかったのかもしれない」

 

『まーもりちゃあああああん!!』

 

深城は胸元をバッと抑えて、真守の耳元で叫ぶ。だがその声は正確には音ではないので、真守の耳が壊れることはなかった。

脳に直接響いてはいるが。

 

『もうっなんで真守ちゃんは私のコトをカラダネタでイジるのかなあ!? 真守ちゃんはいいよねえ、体を成長させるためのエネルギーを自分で補填できて!』

 

深城は真守の能力について言及する。

 

消えた八人目の超能力者(レベル5)流動源力(ギアホイール)

 

それはあらゆるエネルギーを生み出す能力だ。

 

真守はこの世で真守だけが生成できる全ての源である、源流エネルギーを生成することができる。

 

そしてその源流エネルギーに指向性を付与する事で、電気、熱量、運動量、その他この世で発見されながらも明確に定義されていない生命力──人間が生きていくために必要なエネルギーなど、あらゆるエネルギーを生成できる。

 

そのため真守は能力によって、体の成長を促進させるためのエネルギーを自分で生成できる。

 

『でもでも、知ってる! 真守ちゃんはおっぱいはおろか、自分の身長にまで無頓着なんだよ! どこまで成長させていいか分からなかったから、G〇〇gle先生に聞いて理想の女性の体型にしたの知っているんだから! でもでも、そこから成長分考えなかったから一㎝伸びてるし! 恵まれてる能力なのにその力を適当に使ってるところがムカつく!』

 

 

真守は深城の愚痴を聞きながら、キッチンの冷蔵庫から経口補水液が入ったストローボトルを三本取り出して、二本を鞄に仕舞う。

そして手に持っていた一本を開けて口を付けながら、深城を見た。

 

「私は自分の体に興味がない。それに深城の体にも興味がない。そしてそして、他の人間の体にも興味がない」

 

『……じゃあなんであたしのこと、カラダネタでイジるの?』

 

「深城の反応が面白いからだ」

 

真守がケロッと告げると、そんな真守に向かって深城は殴るように手をぽかぽかと振るう。だがその手が真守の身体に触れることはなく、虚しく真守の体をすり抜ける。

 

真守は他の人に見えない深城と共に病院内を歩いて、とある診察室を開ける。そして、そこに座っていたカエル顔の医者──冥土帰し(ヘブンキャンセラー)を視界に入れた。

 

 

「先生、学校行ってくる」

 

真守が声をかけると、冥土帰しが真守にゆっくりと諭すような口調で声をかける。

 

「経口補水液は三本持ったかい?」

 

「ちゃんと持ってる。……でも一日くらい欠かしても私の内臓は退化しないぞ」

 

「衰えるといざという時に普通の食事ができなくなるよ? というか、僕的にはきちんと普段から食事を摂って欲しいんだがね?」

 

「いつでも食べられるようにしてるだけ偉いと思ってくれ」

 

真守は冥土帰しにそう言ってのけると、冥土帰しは肩をすくめた。

 

「行ってくる」

 

真守が冥土帰しに手を振ると、冥土帰しは手を振り返して真守を見送った。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

真守が教室の扉を開いた瞬間にすぐさま目の前に広がったのは、人の背中だった。

 

真守は驚きも身じろぎもせずに、それを見つめていた。

 

そして真守の身体に人の背中が触れそうになった瞬間、その誰かは真守が身に纏っていた見えないエネルギーのシールドに弾き飛ばされた。

と、同時にガキガキッ! と、歯車を強引に噛み合わせるような音が響き渡り、蒼閃光が迸る。

 

「土御門、邪魔だ」

 

真守は自分に吹き飛ばされて地面に顔をこすりつけ、お尻を天井に高く上げてへたりこむ金髪アロハシャツ男──土御門元春の横をすり抜けながら自身の机へと向かう。

 

そんな土御門にクラスのクラスの三バカ(デルタフォース)と呼ばれる青髪ピアスと上条当麻が近づいた。

 

「ふぉぉぉぉぉ! 土御門、お前なんちゅーヤツや! あの『塩対応の神アイドル』である朝槻さんの大能力者(レベル4)力量装甲(ストレンジアーマー)に弾いてもらえるなんて!」

 

「朝でテンション下がってるとかそういう事関係ない、ナチュラルな塩対応流石だな、朝槻! つーか、土御門! ケツヒクヒクしてる場合じゃなくて朝槻にきちんと謝れよ! 朝槻が能力者じゃなかったらちょっとしたお色気シーン(ハプニング)だったぞ!」

 

「うにゃ!? そ、それはそれでよかった気がしなくもない感じだぜい……! ……あ、ごめんなさい、朝槻さま! そんな冷たい視線を向けないでください! 我々の業界ではご褒美ですにゃー!!」

 

真守が汚泥で産卵する羽虫を見つめるかのような軽蔑の視線で土御門を見ると、土御門はぞくぞくっと背中に快感が走ったのか興奮した様子で体をくねらせた。

 

真守は相手にするだけ無駄なので無視すると、自分の机に座った。

その真守の冷たい無視すら、神アイドルの塩対応だと歓喜される辺り、本当にふざけている時のあいつらに関わるとろくなことがない。

 

深城は学校にいてもやる事がないので、今頃どこかで遊び惚けていることだろう。

真守は自分の席に座って大切な少女の事を思いながら一人、ストローボトルから経口補水液を飲みながら初夏の空を見つめていた。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

暗部組織『スクール』のリーダー、垣根帝督とその構成員である心理定規(メジャーハート)は、消えた八人目と噂される超能力者(レベル5)流動源力(ギアホイール)が入院しているという病院を訪れていた。

 

「ここか? その消えた八人目とやらが入院してんのは」

 

「そうね。でもまさか、昏睡状態だとは思わなかったわ。だからランク付けもされていないのかしら?」

 

「そんな人間が『第一候補(メインプラン)』だとか普通なら考えられねえが、今の学園都市の技術なら、本人の意志に関係なく能力使わせる事くらいできる。意識があろうとなかろうと構わねえはずだ」

 

垣根は学園都市の上層部の思惑を推察しながら、心理定規と共に病院に入って受付へと向かった。

 

「入院している源白(みなしろ)深城(みしろ)に面会に来た」

 

受付のナースは垣根の言葉に目をぱちくりとする。

 

「ええっと、源白さまですか?」

 

「ええ、源白深城さん。彼女、私の古い友人なんだけれど今の彼女について聞いてもいいかしら?」

 

そこで心理定規は流れるように能力を発動した。

 

心理定規(メジャーハート)──他人に対する心理的な距離を識別し、それを基に相手の自分に対する心理的な距離を自在に調整できる能力だ。

 

これにより拷問などをしなくても他者から情報を抜き取ることができるという、非常に便利ながらも厄介な能力である。

 

そして、現在。

心理定規とナースの心の距離を近づけて親友と設定する事により、口を軽くさせようとしていた。

 

「源白さまの古くからのご友人だと知らなかったわ。朝槻さま以外にご友人がいらっしゃったなんて」

 

心理定規の思惑通り、ナースは柔らかく微笑む。そして即座に彼女の情報を口にした。

 

「朝槻さま?」

 

心理定規は柔らかく微笑んで問いかけると、ナースは気軽に個人情報をぺらぺらと喋る。

 

「ええ。朝槻(あさつき)真守(まもり)さまと言うの。源白さまの主治医が源白さまと一緒に引き取った女の子で、源白さまと同じ病室に入院しておられるのよ」

 

「それは知らなかったことだわ。詳しく教えてくれるかしら?」

 

心理定規が源白深城の身辺に興味が出て訊ねると、ナースは懐かしむように目を細めた。

どうやら、古くから彼女たちを知っているらしい。

 

 

「二人共置き去り(チャイルドエラー)で、どこかの研究所の施設に入っていたとか。そこで源白さまが瀕死の重傷を負って、朝槻さまが源白さまをこの病院に連れてきたの。朝槻さまも内臓器官に重度の発達障害が見られていて、治療をする必要があったのよ。でも施設を抜け出したことによって身寄りがなかったから、お二人を診た主治医が引き取って、そのままこの病院に入院しているのよ」

 

垣根はナースの口から軽やかに告げられる、源白深城と朝槻真守の過去に衝撃が隠せない。

嫌な記憶が蘇ると共に、吐き気がした。

人体実験の横行する研究所に所属させられた置き去り(チャイルドエラー)

そこで際限なくすり潰されていく命。その異常に誰も彼もが慣れており、誰が死のうが気にも留めないし、そんな存在はいなかったと、知らないと口々に告げる。

そこから逃げ出した彼女たちの行動力は()()()()()にはできなかったことだった。

 

「……その施設はその後、一体どうなった?」

 

主導権を心理定規が握っているのに、垣根は思わず施設がどうなったか気になって問いかけてしまった。

 

「どのような経緯かは不明ですが、既にないそうですよ」

 

ナースはにこやかに垣根に笑いかけた。

 

源白深城。

上層部が制御しきれないで、ランク付けできずに放置していた能力者。

つまり研究所を破壊するほどの制御が利かない人間だったが、昏睡状態になって身動きが取れないので超能力者(レベル5)のランク付けなどする必要がないので放置しているという事らしい。

 

「そうなの。最近の彼女を知らなかったから教えてくれてありがとう。部屋を教えてくれるかしら?」

 

「ええ」

 

垣根が源白深城について考えていると、ナースはテキパキと事務手続きを行う。

 

垣根と心理定規は入院病棟を歩く。

 

そして、とある病室の前に立ち止まった。

 

『朝槻真守 源白深城』

 

確かにそこにはナースが言っていた二人の少女の名前が書かれていた。

躊躇なく病室の扉を開く。二人部屋と言っても多人数部屋として扱われている部屋なので、思ったよりも広かった。

 

病室とは思えないほどに生活感に満ちている。

中はパーテーションで分けられており、奥は見えなかったが、黒猫をモチーフとしている少女趣味のグッズが多かった。

 

 

そして、手前のベッドに目的の少女がいた。

 

一二、三歳前後の少女だった。

身じろぎ一つしたことがないとも言いたげな程に、綺麗に横たわっている少女。

薄く桃色づいた髪は綺麗に伸ばされており、艶めいていることから丁重に扱われているのだろう。

 

幼さが残る表情は愛らしい。

ふっくらとした体つき、病人とは思えない健康体。

 

 

だが、垣根にはそれが不気味に思えた。

ゾッと背筋が怖気だつほどに。

 

死んでいるようだった。

 

バイタル値が生きていることを証明しているが、そこに生気は一切感じられなかった。

 

何故生きているのかと思うほどに、死の気配がその少女に満ち満ちていた。

 

その様子は自分の手からこぼれ落ちていった『あの子』を連想させる。

 

自身の手の中で冷たくなっていく温かく柔らかな肉体。

人間の生気が全て消え失せて、今まで動いていたのだと考えるのも恐ろしくなるくらいにひたひたと近づいて蝕んでいく死の気配。

 

もう動かないからだ。

もう笑いかけてくれないかお。

そして、もう動かないくち。

 

あの時のあの子に、目の前の少女は非常に似ていた。

 

あの子のことなんてもうとっくに克服したはずなのに、消えた八人目の源白深城を眺めているとそのトラウマが蘇る。

 

「ちょっと、大丈夫かしら?」

 

心理定規が固まってしまった自分の顔を心配そうにのぞき込む。答えない垣根に心理定規はため息をつきながらも、場を繋ぐように呟く。

 

「無理もないわ。私も流石に衝撃的よ。こんな状態の人間と一緒に暮らすのは正直ごめんね。これは一緒に生活している朝槻真守も相当頭のネジが外れているみたいだわ」

 

「……大切な人間が生きているに越したことねえだろ」

 

「え?」

 

小さく呟いた垣根の言葉を心理定規は聞き返すが、垣根は首を振った。

 

「なんでもない。こんなガキが消えた八人目だとは思わなかったな」

 

「……その子、一八歳らしいわ」

 

「なんだと?」

 

心理定規はナースから善意によって借り受けた、受付で使う身体的特徴が書かれた書類を読む。カルテは流石に主治医の部屋にあると思うのだが、電子カルテにはご丁寧にロックがかかっているので奪えなかった。

 

「体の成長が止まっているらしいわよ。恐らく実験の弊害ね」

 

垣根の目の前の横たわる少女の暗い過去が浮き彫りになる。

 

「……おい、とりあえず物色しろ」

 

「自分が物色するのは流石に不味いから?」

 

「バーカ。俺は奥の朝槻真守ってヤツのスペース見てくんだよ」

 

心理定規がからかうように笑うと、垣根は苛立ちを隠さずに罵倒した。

 

肩を竦めた心理定規に源白深城は任せて、垣根はパーテーションで区切られた奥に行く。

そちらも生活感で満ちていたがどこか殺風景で、持ち主の性格が物に頓着しないことが伺えた。

 

デスクにはPC、教科書が乱雑に置かれていて棚には多くの本が並んでいた。

その多くが宗教に関する本だった。

 

「十字教徒なのか?」

 

垣根は本を一つ棚から抜き出す。

そこには、『ギリシア神話 神統記』と書かれていた。他にも『天使図鑑』『天国・地獄』など多数の本が並んでいた。

 

「学園都市の人間なのにオカルト好き? 変わったご趣味だな」

 

垣根は鼻で嗤って棚に本を戻す。そして、据え置き型のPCの電源を入れてみるが、そのPCにはロックがかかっていて使えなかった。

 

どうやら情報関連に朝槻真守は明るいらしい。

多重ロックがかかっていることから、恐らくハッキングしたら確実にバレるだろう。

 

「誉望を連れてくるべきだったか。まあ、様子見だな」

 

垣根はPCの電源を落として、周りを見る。

 

少女が使うにはハイブランドの化粧品。ここまで高いものを使えるということは、朝槻真守は高位能力者らしかった。

 

何故ならこの学園都市では能力の強度によって金銭的地位が決まる。

能力が優秀なほど研究所に声を掛けられやすいし、能力に価値があれば奨学金も自ずと多くなる。

 

朝槻真守の生活環境から、垣根はそう推測できた。

 

垣根は棚の上に薬の袋が置いてあったので、自然とそれを手に取る。

 

中には錠剤やら無痛注射針(モスキートニードル)を使う薬やらが入っているが、専門知識を要する薬のため何の薬だか分からない。

そのため薬の名称を全て記憶してから、垣根は薬の袋を基に戻した。

 

次に目を上げると、コルクボードには学園都市の風景を撮った奇妙な写真が貼られていた。

 

だがどれにも整合性がなく、何故この景色を撮ったのかと疑問に思うほどの日常風景が写真に収められていた。

 

クローゼットも一応開けてみたが、中には全てハイブランドで白と黒にまとめられた服が入っているだけで、特に変わった点は見られない。

 

……ちなみに、下着類が入っている棚は流石に開けてない。男のプライド的な意味で。

 

本人の写真が一枚でもあるかと思ったが、どこにもないのでどんな人物か分からなかった。

 

だがこの生活風景を見る限り、朝槻真守は一般人として生活しているようだった。

 

垣根がパーテーションで区切られた奥から出てくると、心理定規が興味深そうに源白深城のタンスをチェックしていた。

 

「他の女の趣味が気になるのか?」

 

「それもあるけれど。この子が持っている服、全部オーダーメイドの高い服だわ。これは同室の子がこの子のためにわざわざテーラーに任せて買っているのね」

 

「それがどうした」

 

「愛されているって事よ。よっぽどこの不気味な子が大事なのね」

 

「……まあ、瀕死の重傷の人間を研究所から連れ出すんだ。執着はあんだろ」

 

垣根は朝槻真守の異常性を認識しながらも、納得することはできる。

 

自分の生きがいである人間が生きているだけで活力になる。

だから朝槻真守の感性は間違っていない。

 

「それで? この子の息の根を止めるの?」

 

「は?」

 

心理定規の疑問の意味が分からずに、思わず垣根は首を傾げる。

 

「だってこの子が『第一候補(メインプラン)』なのよ。ここで殺せば『第一候補(メインプラン)』の座から引き下ろすことができるわ。それが一番簡単じゃない?」

 

垣根は死にかけの少女を睥睨する。

 

確かに殺意を向けている自分の目の前で、悠長に眠りこけてる超能力者(レベル5)を殺すことは簡単だ。

 

だがこの少女を殺したら、朝槻真守はどう思うだろうか。

 

ここまで死に体の少女を後生大事に扱っている。

 

もし、ここで源白深城の息の根を止めれば、朝槻真守は絶望するだろう。

 

まだ見ぬ少女だが、垣根は彼女の気持ちが痛いほどわかる。

 

自分も過去に同じ経験をしているからだ。

 

確かに朝槻真守の直面した現実は学園都市に星の数ほどに存在する、ありふれた悲劇だ。

 

だが、その悲劇は本人にとって非常に痛ましく、根強く自身を縛るものだ。

 

「とりあえず様子を見る。コイツの能力の詳細すらわかんねえんだ。まずは情報収集をする。それにこんな死にかけ俺はいつでも殺せる」

 

「それもそうね。病院って言っても不用心にもほどがあるから。一応ここはVIPルームらしいけれど、私の能力の前じゃ意味ないし。でもどうやって情報集めをするの?」

 

「この死にかけを後生大事にしている朝槻真守から当たる。普通に学校通ってんだ。情報は倉庫(バンク)にも学校にもあんだろ」

 

「まあ、あなたと同じ学生だものね」

 

「俺のことはどうでもいいだろ」

 

垣根は源白深城を睥睨する。

 

アレイスターの『計画(プラン)』の要である『第一候補(メインプラン)』。

 

利用されるために事情を知らずに朝槻真守によって生かされている、悲しきモルモット。

 

「悲劇のヒロインなんてこの学園都市に腐るほどいんだよ」

 

垣根は源白深城が特別じゃないと吐き捨てて、病室を心理定規と後にした。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

「面会?」

 

真守が病院に帰ってくると、顔見知りのナースにそんなことを告げられた。

 

「ええ。女子中学生と男子高校生よ。源白さまの古い御友人ですって」

 

「……知らない」

 

真守は不快感をあらわにしながら眉をひそめる。

 

深城に古い友人なんていない。いるわけがない。

あの子は置き去りで、研究所でずっと自分と一緒だったから、古い友人なんて存在は絶対にいない。

 

真守は自然と辺りに深城がいないか探すが、今日は昼休みの時に第六学区の水族館に行ってくると言っていた。ナイトショーまでばっちりと見ると豪語していたので、絶対にいないと分かっているのに、異常事態が起こっていて思わず探してしまった。

 

「どんな外見だ? 私も一度くらいは会ったことあるかもしれない」

 

真守の問いかけに、ナースは面会者の外見をつらつらと説明する。

 

「スーツを着た男の子とドレスを着た女の子。全体的に高級志向で、すっごく遊んでそうな雰囲気があるけれど、とっても綺麗な子たちだったわ」

 

「なんだそれ。ホストとキャバ嬢?」

 

「違うわよ、どう見ても未成年だったわ」

 

真守が吐き捨てるように問いかけると、ナースは真守の冗談にクスクスと笑った。

 

「名前は?」

 

別に冗談じゃない、と真守が心の裡で思いながらも、病院に来たのだから名前が分かるはずだとナースに訊ねた。

 

「名前? ええっと、確か……あら。何てことしたのかしら、私。聞きそびれちゃったわ」

 

真守はナースの不可思議な様子に目を細めて、警戒心を露わにした。

 

「……記録は?」

 

「ちょっと待ってね。……あら。私記録もしてないわ。どうしましょう、なんでこんなことに……」

 

真守は慌てるナースを見て黙る。

 

この病院のナースたちは教育が行き届いているため全員勤勉だが、そんなナースの中でも彼女は輪をかけて勤勉だ。

 

普通なら、絶対に彼女が聞き忘れたり記録をし忘れるなんてことはありえない。

 

「用意周到だな」

 

真守はぽそっと呟く。この様子だと病院内にある監視カメラは意味がないだろう。

人間を操れる精神操作系能力者だから、監視カメラも人を操って消去させればどうとでもなる。

 

「一体、誰だ?」

 

真守は警戒心を露わにする。

許さない。自分と深城に悪意持って近づく人間は許さない。

 

そもそも、真守は自分を利用しようとするヤツは即座に潰す事にしている。

今後一生自分に刃向かえないように、完膚なきまでに叩き潰す。

 

敵に容赦がない真守だが、真守は人間が優しいことを知っている。

 

その優しさによって、自分が生かされていることを知っている。

 

だから、殺すということはしない。

叩き潰すのは心であり、身体的ではない。

 

誰だって改心する事ができる。

 

なんせ、世界を呪って壊そうとした真守を深城が改心させてくれたからだ。

 

深城がいなかったら真守は衝動的に犯した殺人を省みることなく、そのまま止まることなどできずに殺人を犯し続けてこの学園都市を崩壊に追い込んでいた。

 

深城がいてくれたから。

 

深城がずっと一緒にいてくれたから。

 

真守はこうやって陽の光の下を歩けるのだ。

 

真守にとっての『光』であるその深城を利用しようと近づく者は許さない。

 

 

「絶対に叩き潰す」

 

 

真守はぽそっと言葉を零して決意を新たにして、行動するために自分の病室へと帰って行った。

 

 




真守ちゃんは上条たちと同じ高校でクラスメイトです。
クラスのマドンナという種類ではないけれど高位能力者という事もありアイドル的存在。




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第三話:〈邂逅遭遇〉は淡々と

連続投稿は三話で終了です。
次の投稿は八月八日日曜日を予定しています。
二次創作原案は旧約書き終わってるのでエタらなければ最後まで行きつく……ハズ。



垣根帝督は、第七学区のショッピングモールを数人の知人と訪れていた。

 

暗部組織『スクール』のリーダーではあるが、学園都市の五本指に入る第七学区にある名門高校の二年生である。そのため、人付き合いというものがあるのだ。

 

適当にぶらついていると、自販機が置いてある休憩所も兼ねたトイレの前で迷惑そうな顔をしている少女が立っていた。

 

その少女に、垣根は心当たりがあって立ち止まる。

 

濡れたようにつややかな猫っ毛の黒髪ロングをハーフアップにして猫耳ヘアにしている、あどけなさを感じさせる整ったアイドル顔の少女。

少し吊り上がった猫のような瞳はエメラルドグリーンで、口は食事がし辛そうと思えるほどに小さめ。

形の良いほど良くふくよかな胸によって押し上げられる有名校ではない高校のセーラー服。

 

垣根は目の前の少女が、『スクール』の構成員が難なく倉庫(バンク)と所属している高校から引き出してきた、消えた八人目の超能力者(レベル5)と共に生活をしている朝槻真守であると即座に認識した。

 

真守の目の前には、見るからに不良の三人が立っていた。

 

女性の理想の体型の塊であり、あの整った容姿に高貴な黒猫を連想させる少女ならば、声をかけられてもおかしくはない。

 

「邪魔」

 

真守は絡んできた不良をまっすぐと見つめて、ダウナー系の口調ではっきりと言い放つ。

 

意外と気の強い少女だ、という印象を持った垣根。

 

だが、そんなのは不良には逆効果である。

 

「この女、下手に出てりゃあいい気になりやがって……!」

 

真守は怒る不良を興味なさそうに見上げる。

 

それを見て、トイレへと休憩にやって来た学生たちが真守と不良を見てこそこそと喋っていた。

風紀委員(ジャッジメント)警備員(アンチスキル)に連絡した方が良いのかと相談しているのだ。

 

「躾してやるからこっち来い!」

 

そんな中、不良の一人が真守に手を伸ばした。

 

真守はその手に恐怖を覚えることなく見つめていた。

 

真守の肩を不良が掴もうとした瞬間――蒼閃光が迸り男の拳を焼いた。

 

「う、がああああああ!?」

 

不良の拳が光によって焼かれ、その痛みと衝撃で不良はのたうち回る。

 

垣根は何が起きたか理解できずに呆然と見つめていた。

 

肉がめくりあがった拳からは、プスプスと焦げる音が聞こえてくる。

 

だが、驚いたのはそこではない。

 

少女の体を纏っているものは、既存の法則で計れるエネルギーではなかった。

 

垣根帝督は超能力者(レベル5)第二位、未元物質(ダークマター)という能力者だ。

 

それは、この世に存在しない物質を操る能力。

 

未元物質(ダークマター)という物質が物理法則に新たに加われば、ひとつひとつの現象において既存の物理法則とは全く違った結果が生じる。

 

太陽光線を殺人光線に変えたり。地面をマグマのように煮えさせたり、はたまた地面から氷の結晶を生やしたりできる。

 

垣根が能力を一度発動すれば常人には何が起きるか理解できない空間と化すが、その能力を行使する垣根は違う。その空間で何が起きるかを演算できる。

 

その演算能力の有能性は、能力を発動しなくても日常生活で現れている。

 

空間で起きるすべての事象を把握しているということは、能力を解放していなくとも物理法則を観測、解析できるということだ。

 

そのため理解できた。

 

――朝槻真守が薄い膜のように纏っている装甲は、この世界の既存の法則で計れるエネルギーではないということが。

 

朝槻真守の能力は大能力者(レベル4)力量装甲(ストレンジアーマー)

肉体の生命力の余剰エネルギーを体の周りに装甲として展開して、それによって身を守ることができる能力。

窒素装甲(オフェンスアーマー)と呼ばれる窒素を装甲にできる能力もあるから、それと同じような能力だと考えていた。

その能力概要で考えると、人間の生命力エネルギーは学園都市第二位である垣根にすら理解できないエネルギーということだ。

 

自分の既知ではない生命力エネルギーというものに、ただ単純に興味が湧いた。

 

超能力者(レベル5)、源白深城が所属していた研究所はエネルギーに関する珍しい能力者が集められていた『特異能力解析研究所』という場所だ。

朝槻真守もその研究所出身であるならば、その纏うエネルギーに特異性があってもなんらおかしいところはない。

 

真守は微動だにせず、三人の不良を自滅させるように撃退した。

 

垣根が真守の能力によって即座に倒れた不良を睥睨していると、倒れている不良の携帯電話が鳴った。

 

その携帯電話は開かれており、勝手に留守番電話に切り替わって新しく録音され始めたメッセージが勝手に垂れ流される。

 

その録音メッセージを聞く限り、不良たちを束ねるリーダー的な存在らしい。

 

そのリーダーが『トイレにいつまで時間かけてんだ、しょうがねえからそっちに行く』と言った声が聞こえてきた。

 

 

――その時、真守がふっと垣根を見た。

 

 

垣根が突然のその視線に体を固まらせるが、真守が見ていた方は垣根の後ろだった。

 

垣根が振り向くといかにも不良の親玉です、と言った男と数人の不良がこちらへと歩いてきていた。

 

真守がどこまでできるか垣根は興味があったが、接点を作ることの方が重要だ。

 

そのため垣根は不良に動じることなく立っていた真守に近づいて声をかけた。

 

「来い」

 

手を取ると未知のエネルギーによる装甲で弾かれる可能性があるので、垣根は真守に向かってくいくいっと逆手で呼ぶ仕草をする。

 

真守は垣根を見て目をきょとっと目を見開いて、驚きの色を浮かべていた。

 

「早く」

 

垣根が苛立ちを込めて告げると、真守は後ろをちらっと見てから頷いた。

 

どうやら人の好意を無下にする人間ではないらしい。

 

真守は垣根の後を追って、ショッピングモールのバックヤードを抜けて外へと出た。

 

真守は不良が追ってきていないか辺りを伺っている、少年をじぃーっと見つめていた。

綺麗にくしを通して整えられている、明るい茶色の髪。

長く伸ばされたその前髪の向こうには、黒曜石のような瞳が垣間見える。

そして、それらに見合った整った顔立ち。

 

恐らく身長は自分よりも二〇㎝以上は高く、足がすらりと長いモデル体型。

その体型を際立たせるかのように、学園都市の五本指に入る第七学区の名門高校の制服を華麗に着崩していた。

 

誰もが怖いものみたさで近寄りたくなるオーラを放っている、という印象を真守は受けた。

 

(あそこで出てくるのは流石に怪しまれたか?)

 

垣根がその視線に気が付いて、自身の行動に不備が有ったか考える。

 

だが、真守は心の中で垣根を絶賛していた。

 

誰もが関わりたくないと言う雰囲気を発して遠巻きに見ている中、自分を心配して声をかけて、あまつさえ逃がしてくれた目の前の少年。

 

(助けたいって思ったら即座に行動できるひとだ!)

 

正義感の強い少年だと、真守は純粋に思って目を輝かせた。

 

自身の容姿が整っている人間は大抵自尊心で満たされて傲慢なハズなのに、心まで完璧に美しい人間がいるとは思わなかった。

 

真守は助けてくれたことが嬉しくて、柔らかく微笑んだ。

 

「ありがとう」

 

無表情で興味がなさそうにヤンキーを睥睨していた真守が、自分に向かって心の底から感謝を覚えて純粋な気持ちを向けて微笑んでいる。

 

その眩しい表情に、垣根は打算的に動いた自身の行動に罪悪感が募った。

 

「お礼がしたい」

 

真守は柔らかく微笑んだまま、垣根の手を伸ばした。

 

一瞬装甲で弾かれるかと思ったが、その小さな手は意外にも垣根の手を柔らかく掴んだ。

そして華奢な外見からは伺えない強い力で、ぐいぐいと引っ張る。

 

「お、おい!」

 

「遠慮するな」

 

真守は表通りに出る裏道を歩きながら、振り返って垣根を見た。

その表情は、はにかむように笑っていた。

 

気まぐれで高貴な黒猫が純粋に好意を向けている印象だったので、垣根は無言と無抵抗しか取れずに連れられていく。

 

 

真守が垣根を連れてきたのは、落ち着いた雰囲気の男でも入れるような喫茶店だった。

 

カロリーがバカ高く、見栄えばかりに気を使った体に悪いメニューではなく、上品で質の高いスイーツや軽食が楽しめる喫茶店で、垣根も心当たりがあった。

 

真守は店員に案内された後、垣根に向かってソファの方を指さす。

 

硬い椅子よりもソファに座れという指示だったが、垣根は女性にそこまでされる必要はないと首を横に振ってから椅子に座った。

 

その様子を見て、おーっと更に感心した表情をした真守は、ソファにちょこんと座った。

 

「私、朝槻真守。お前は?」

 

真守が警戒心など微塵も感じさせない様子で首を傾げるので、垣根は罪悪感を悟られないようにぽそっと告げた。

 

「垣根帝督」

 

「私、一年。同級生? それとも先輩?」

 

真守は自分が高校生の中で一番位が低いと自覚しているので、失礼のないように前置きをして訊ねた。

 

「二年だ。……別に先輩は付けなくていい」

 

「垣根。さっきはありがとう。本当に嬉しかった」

 

真守はエメラルドグリーンの猫のように若干吊り上がった目を細ませて微笑み、メニュー表を垣根に渡した。

 

「なんでも頼んでくれ」

 

真守が垣根を見てニコニコとするので、垣根はメニュー表を見つめる。

そして、適当に決めてから真守を見た。

 

真守はご機嫌にしているだけで、一度もメニュー表を見ていない。

 

「お前はいいのか、あしゃつ――」

 

真っ当に疑問を持った垣根が話しかけると、真守の名前を盛大に噛んだ。

 

きょとっとした目を向ける真守と、気まずそうに視線を逸らす垣根。

 

普通はからかってくるところだったが、真守はにこっと微笑んだ。

 

「真守」

 

「……あ?」

 

「真守って呼んでほしい」

 

真守が小さな口の口角を上げて微笑む。

 

自分が舌足らずで盛大に噛んで嗤いもしなければ追及もしない人間に、垣根は初めて出会った。

 

そして、言いにくいからと名字ではなく名前で呼んでほしいと進言する真守の優しい気遣いに、逆に疑問を持った。

 

裏表がなさすぎる。腹に何か一物持っているかもしれない。

 

その疑念と純粋に何故真守がそんな気遣いをするのかと、疑問の半々で問いかける。

 

「……笑わねえのか」

 

「だって言いにくいだろ」

 

真守は柔らかく微笑んで、垣根に微塵の気まずさも感じさせずにやんわりと擁護する。

 

「……そうか。で、真守。お前はいいのか?」

 

「飲み物だけ頼む。もう決まってる」

 

「……金ないのに俺に奢るのか?」

 

垣根が自分の分を頼まない=金銭的に苦しいと判断して問いかけると、真守は首を横に振る。

 

「違う。……そうじゃない」

 

真守は寂しそうに微笑みながら、必死で言葉を探す。

 

「私、消化器官が弱いんだ。だから間食はあんまりできない」

 

絞り出した言葉と共に、真守はにへらっと垣根に笑いかけた。

 

本当は消えた八人目である朝槻真守は、流動源力(ギアホイール)という能力のおかげで、食事を摂らなくても自身でエネルギーを生成できるので生きていける。

そのため、研究所に所属していた時に実験と称されて、数年間まったく食事を摂らないで、自己で生成したエネルギーによって生きていた。

 

内臓器官が不必要なので、その影響で内臓が大幅に退化してしまっているのだ。

 

普通、人間は食事の喜びを分かち合って行うものだ。

真守が高校に通うのにそれができないということは、日常生活に支障をきたす。

 

そのため冥土帰し(ヘブンキャンセラー)が内臓器官の治療を行ってくれているのだ。

 

それでも実験と称されて数年間何も口にしなかった真守には、食への関心がまるでない。

だが、日常生活で人と食事をしなければならない時が来る。

その時はいつも無理をして食べているのだ。

 

味覚を毎日刺激されていないので、苦いものも辛いものも味が濃いのも苦手。

 

もっと言うと、味覚を感じること自体が真守にとっては違和感満載なのだ。

 

食事は好きじゃない。それでも、皆は好きだから合わせるしかない。

 

だが、自分を助けてくれる心優しい垣根ならば、無理して食べて無理をして笑っていたら怪訝に思うかもしれない。

それならば垣根にはっきりと告げた方が良いと感じて真守は素直に喋った。

 

「垣根の前なら無理しなくていいかと思って。垣根、優しいから」

 

真守はそう言って、もう一度控えめに微笑んだ。

 

垣根の事を心底優しい人間だと信じて疑わない真守を見て、垣根は息を呑む。

 

垣根は真守の消化器官が弱いどころではなく、極度の障害を負っていることを知っている。

 

『スクール』の構成員、誉望万化に真守の病室で見つけた薬を調べさせたからだ。

 

真守の病室で垣根が暗記した薬は、全て消化器官を補強するための薬だった。

胃の分泌液を出す薬、腸が栄養を吸収しやすくする薬などは勿論、他にも消化器官の性能を向上させる一般的には使われていない新薬も含まれていた。

 

真守のカルテは残念ながら病院のセキュリティが強固で抜き取れなかったが、恐らく実験の弊害で消化器官が大幅に機能低下しているようだった。

 

真守にとって食事をすることは何よりも苦痛であり、それでも周りに合わせていつも無理をしなければならないことだと垣根は理解した。

 

「……消化器官が弱いヤツもいんだろ。気にすんな」

 

申し訳ないと思っている真守の感情を読み取って、垣根は何の気もなしに店員に向かって手を挙げる。

真守はそんな垣根を見て、信じてよかったと微笑んでいた。

 

 

垣根が店員にメニューを頼むと、店員が去っていった後に真守が垣根に話しかけた。

 

「垣根の通う学校、五本指に入る学校だよな。一回誘いが来たから私もよく知ってるぞ」

 

「……お前、ウチに来られるような能力者なのか。そう言えばチンピラ弾き飛ばしてたな」

 

垣根は真守から能力を聞き出していないので、一拍置いてから訊ねる。

 

「うん、力量装甲(ストレンジアーマー)。一応大能力者(レベル4)なんだ」

 

「なんでウチに来なかった?」

 

「低いランクの学校の方が高位能力者には好待遇だから。サボっても怒られないし」

 

真守が悪戯っぽく笑いながらも意外と打算的な事を考えているのを知って、垣根は笑った。

 

「でも、本当に残念だ。何か少し違ったら後輩だったのに」

 

真守の中で自分の評価が爆上がりしているのを感じて、垣根は微妙な気持ちになる。

 

一回助けたくらいで大袈裟すぎる。

 

だが、真守にとっては人の好意は喜ばしいことなのだと垣根はなんとなく悟った。

 

研究所出身の真守は恐らく、人間の悪意なき探求心を知っている。

その探究心にさらされ続けて、それによって大事な友達を殺されそうになった。

そのため人間の好意は喜んで受け止めるのだろう。

 

そんな好意に本当は裏があり、裏切られた時には彼女は何を思うだろうか。

垣根はもしものときの真守の反応を考えながら、何でもないように告げる。

 

「別に後輩にならなくてもこうやって会えたんだからいいだろ」

 

「うん! あ、連絡先教えてくれ。ダメか?」

 

「いいぜ」

 

真守が笑顔の肯定の後に寂しそうに首を傾げるので、垣根はそれに微笑んだ。

 

真守と接点を持てば、源白深城にも近づける。

 

腹に一物抱えている垣根の肯定の意図なんて知る由もない真守は、あからさまに顔を輝かせて、いそいそとポケットから携帯電話を取り出す。

その携帯電話はハイブランドで、現在人気で品薄になっているスライド型の携帯電話だった。

 

「良いの使ってるじゃねえか」

 

「分かるのか。これ、先行販売で買ったんだ。学校サボってPCにかじりついたんだぞ」

 

「情報機器に興味あんだな」

 

「ほぼ趣味だな」

 

真守は照れ隠しに柔らかく微笑む。

実際には真守は自身の能力、流動源力(ギアホイール)によって、電気エネルギーを生成できるので、高位能力者の電撃使い(エレクトロマスター)のように機器さえあればハッキングが可能だ。

 

そのため、新型の精密機器の流行には敏感である。

 

垣根は真守の病室を物色したときはあまり気に留めなかったが、PCも起動スピードから見ても高スペックだったことを思い出して、それが趣味であると納得した。

 

真守と垣根がアドレスを交換していると垣根が頼んだサンドイッチとコーヒーと、真守の頼んだホットのオレンジティーが運ばれて来た。

 

そこで垣根は、男も入りやすいこの喫茶店を真守が選んだ理由に気が付いた。

女子受けを狙って見栄えばかりを気にしたカロリー爆弾のスイーツが、真守の消化器官には重すぎるのだ。

だからこういったカフェを選ぶしかないのである。

 

本格的な夏が到来しそうなこの時期に、消化器官に優しい温かい飲み物を飲んでいる真守を見て、可哀想なヤツだと思っていた。

 

だが、それと同時に羨ましいとも思っていた。

 

学園都市の闇にいいように扱われていたにもかかわらず、傍らにいたのが超能力者(レベル5)なため、その少女のおかげで陽の光の下に帰れた少女。

 

自分も抗っていれば、あの子と一緒に陽の光の下へと帰れたのかと考えてしまう。

 

真守を見ていると、思わずあの子の事を思い出してしまう。

 

だが、嫌な気持ちはまったくなかった。

 

目の前に座って自分に微笑みかける真守が、あの子に重なったからだった。

 

「少しは食べるか?」

 

垣根は真守にひょいっとサンドイッチの一切れを差し出した。

 

垣根の頼んだサンドイッチは大きさが一口サイズで、彩り豊かに種類が取り揃えてあるタイプだった。

そのため、消化器官が悪いと言っても一切れくらい大丈夫だろうと、垣根差し出した。

 

真守がきょとっとした目を向けてくるので迷惑かと垣根は思ったが、真守は手をおしぼりで拭くと垣根から受け取る。

一口サイズなのに真守はそれを少しだけ口に含んで、恐る恐る食べる。そして、ゆっくりと噛むと顔をほころばせた。

 

「とってもおいしいっ」

 

真守はしっかりと飲み込んでから、満面の笑みで告げる。

 

「おぅ……」

 

喜んで少しずつ食べる真守を見て、思わずそんな言葉を漏らしてしまった。

 

真守はこの後も垣根の好意に甘えて、もう一切れ食べた。

 

楽しそうに食事をする真守を見て、垣根は単純な人間だと思っていた。

 

 

下校時間まで喫茶店で喋って、真守と垣根はカフェを後にした。

 

「家まで送るか?」

 

「消化器官のせいで入院してるし近いから大丈夫だぞ。ほら、ここから見えるあの病院だ」

 

真守は遠くからでも見えるマンモス病院を、スッと指さす。

 

「そうか」

 

真守はにたーっと垣根を見て微笑む。真守が何を考えているか分からずに垣根が眉根を寄せると、真守は告げた。

 

「垣根といて楽しかった。連絡したら会ってくれるか?」

 

「一緒にいて悪い気はしなかったからいいぜ」

 

垣根の言葉に嘘はなかった。

 

昔の事を思い起こさせるような過去を持つ少女なのに、どこからどう見ても人畜無害っぷりの雰囲気によって、一緒にいて不思議と悪い気がしなかった。

 

むしろ、自分のことを純粋に慕って思っていてくれているので居心地が良い。

 

「嬉しい! じゃあな、垣根!」

 

真守は笑顔の花を咲かせると、少し離れて手を振った。

 

垣根は気まぐれな黒猫感満載の真守を見てふっと微笑んで、手を挙げた。

 

真守がそれにえへへっと笑うと、帰路につく。

 

「朝槻真守……か」

 

垣根は小さくなっていく真守を見ながら、名前を思わず呟いて微笑む。

 

その笑みの意味に、垣根は気が付かなかった。

 

 

 

――――――…………。

 

 

 

『真守ちゃんの隣にいた男の子ってイケメンなのぉ?』

 

真守は垣根と別れて、ふわふわと宙を舞う深城に笑いかける。

 

「深城には認識できなくてわからないと思うが、すごくかっこいいぞ」

 

深城は真守以外の人間はそこにいるということが分かるだけで輪郭がぼやけているのだ。

真守の姿も声もはっきりと聞こえるが、他の人間の区別も付かなければ何を話しているのかさえ曖昧だ。

 

深城にとって、真守はこの世界でたった一人の理解者なのだ。

 

そして、真守にとって深城は『光』そのものだ。

 

互いが互いを必要としている。その関係だけでも一緒にいるのには十分だった。

 

『真守ちゃんが私以外の子と仲良くなれてよかった』

 

「深城はいつもそれを心配する。私もクラスの人とは話すぞ」

 

『真守ちゃんにはもぉっと色んな人と接してほしいな。もちろん、私の事も忘れてほしくないよ。でも、真守ちゃんに笑ってほしいって今も昔も願ってるから』

 

「深城のことは忘れないに決まってる。絶壁にしたの私なんだから」

 

『まーもりちゃあああああん!!』

 

真守はバッと胸を抑えて怒る深城を見て、くすくすと微笑む。

 

「帰ろう、深城」

 

『……もうっ! 帰ろう、真守ちゃんっ!』

 

真守と深城はいつもの通りに話をしながら、病院への帰路を行く。

 

 

 

これは、七月上旬の出来事。

 

二人が初めて言葉を交わした瞬間であった。




心が痛い。
ちなみに真守ちゃん、端から見れば人格者ですがレベル5としての異常性は上条と同じ方向です。
ある意味歪んでる。
ここまでお読みくださってありがとうございました。
次話もよろしくお願いします。


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第四話:〈注意勧告〉はやんわりと

第四話、予告通りに投稿しました。


その日、上条当麻は日用品を買い込んで電車に乗って寮へと帰宅しようとしていた。

 

駅構内には自分のクラスメイトであり、塩対応の神アイドルと揶揄されている真守がいた。

 

「あれ、朝槻じゃねえか。おー……い!?」

 

上条が食材を詰めていないビニール袋を持ってない右手で手を振るが、即座に固まった。

 

学園都市の五本指に入るとエリート校の制服。

その制服を華麗に着崩した一八〇㎝以上はある高身長のイケメンが我らがアイドルと親しそうに話をしていた。

 

塩対応の神アイドルと謳われる真守だが、別にいつも塩対応ではない。

 

塩対応とはその喋り方がぶっきらぼうでいつでも冷静なので、そう揶揄されるだけだ。

クラスメイト全員と良好な関係を築いているし、真守はクラスで唯一の大能力者(レベル4)なので気が向くと授業内容で首をひねるクラスメイトに分かりやすく説明してくれたりする。

 

ぶっちゃけその喋り方以外に態度までもが塩対応になるのは、クラスの三バカ(デルタフォース)がふざけている時だけであり、それ以外は自分たちにも普通に喋ってくれる。

 

確かに気まぐれで高貴な黒猫のようにマイペースで、自分のしたくないことは絶対にしない主義だが、周りの人間を邪険に扱ったりはしないのだ。

 

まあ神アイドルと呼ばれる所以はプライベートで誘っても気が向かない限り絶対に断る、という意味も含まれており、私生活でファンを寄せ付けないアイドルの雰囲気を漂わせているからでもある。

 

そのクラスのアイドル的な存在が、勝ち組の権化である少年と一緒に話をしている。

それも親しげに。慕っているように。そして、仲良く駅構内へと入っていく。

 

「す、スキャンダルだあ──!!」

 

上条は去っていく二人を見て、思わず朝槻真守のアイドル生命の危機だと叫んだ。

 

 

 

──────…………。

 

 

今日はクラスの三バカ(デルタフォース)が気になって仕方がない。

 

真守は確かに身分を隠して学校に通っているが、万物の流れを読み取り、そこに新たな流れを加える力を持つ消えた八人目である超能力者(レベル5)だ。

 

高位能力者にもなると能力を発動していなくても演算能力の有用性が現れる。

 

真守のその演算能力の有用性とははっきり言って直感に通じる。

物事の流れによってなんとなくそれがどこに行きつくのかを直感する事ができる。

それに加え、超能力者(レベル5)という学園都市最高峰の頭脳を持っているため、そのなんとなくという手がかりがあれば物事を正確に把握できるのだ。

 

この直感は物事を考えると表情や仕草、そして雰囲気に出る人間にも通用する。

 

そのため、人間を良く知っていれば企みや考えが理解できる。

だが、真守は人の思考を読み取る精神干渉系の能力者ではないので内容までは分からない。

 

だから今のようにクラスの三バカ(デルタフォース)が真守の様子を伺って、どう切り込もうとしているかは分かるのだが、何に関して切り込もうとしているのかは分からなかった。

 

それでも絶対に良からぬ事に決まってる。断言できる。

真守はふざけているあの三人に関わるとろくなことがないので無視してストローボトルから経口補水液を飲む。

ズズズッと音がして飲み終わったのを感じ取ると、真守は口を離して中身が空になったか確認するために試験管を振るように底だけを振った。

 

「朝槻! 飲み物切れたんだろ? 奢ってやるぜえい!!」

 

そんな真守の様子に気づいて即座に声をかけてきたのはクラスの三バカ(デルタフォース)の一角、土御門元春。

 

「下心ありすぎだ」

 

「なっなんのことですかにゃー!?」

 

真守が心底嫌そうな視線を向けると、土御門はドキーンと、体を硬直させた。

 

「朝槻、良く聞きぃ! 土御門はいっつもおんなじモンを飲んどる朝槻の気分転換になればいいと思って提案したんや!」

 

「そうそう! その好意は受け取っておくべきだぜ、朝槻!」

 

土御門をフォローするかのように近づいて声をかけてきたのは青髪ピアスと上条。

真守は自分を取り囲んだクラスの三バカ(デルタフォース)を一人一人見た後に溜息を吐いた。

 

「自販機行く」

 

真守は何か裏があるにしろ、乗ってみないと分からないと判断して立ちあがった。

てっきり塩対応を繰り出されるかと思った三人はそこでガッツポーズを取った。

 

 

「で、何が聞きたいんだ」

 

真守は土御門に苺牛乳を奢ってもらって一口飲んだ後、自身も自販機で飲み物を買おうとしていた土御門に問いかけた。

土御門が大袈裟にビクビクッとすると、上条と青髪ピアスが盛大に目を泳がせる。

 

「ええっと、俺ら別に聞きたい事なんてないんですけれど~?」

 

「雰囲気で分かる、嘘つくな」

 

真守がすっとぼける土御門を睨んでいると、真守の携帯電話が鳴ってメールの着信音が響いた。

 

「急ぎの用だったら困るからちょっと待って」

 

真守は三人に断ってから携帯電話をポケットから取り出し、スライドさせて起動させるとそれに視線を落とした。

……べ、別に誰とメールしようが何の関心もありませんよ、という雰囲気でそろーっと覗き込む三人。

 

『駅前に売ってた』

 

その短い単語と共に送られてきた写真は一口サイズのベビーたい焼きだった。

 

真守は生命エネルギーを能力に使うので、経口補水液や氷砂糖と言った簡単に口に含めるもので常時エネルギーを取り続けている。

それを日常生活を共にしている三人はよくご存じだ。

そのため消化器官の能力の大幅低下を引き起こしている。

結果、真守は超偏食になった。

……と、彼らは思っているが、実際には真守が色々と隠し事をした結果、勝手にそう思われているのである。

 

それでも真守の好みだけは変わらない。

だから、彼らは一口サイズのものが真守の好みだと知っていた。

このメールの送り主もそれは同じで、真守の好みを理解しているらしい。

それは真守と仲が良いという証になる。

 

だがこのメールの送り主が真守のスキャンダル相手だと確証が三人にはない。

 

「……その垣根ってヤツ誰だ?」

 

上条と青髪ピアスがどうやって切り込もうかと悩んでいると、土御門が訊ねた。

真守の携帯電話を盗み見ていたという事実を土御門はすっかりスルーして。

 

盗み見られている不快感に突き動かされて、真守は土御門の腹にグーパンを入れた。

 

真守が体に張っているシールドは常時展開型だが、別にその能力を自分の意志で切れないわけではない。そのため、相手をシールドで焼くことなく拳を叩きこめる。

 

ぐっふ! という悲鳴を上げて土御門は腹を抑えて膝を地面について倒れこむ。

それを見て顔を真っ青にしている二人を真守はキッと睨み上げた。

 

青髪ピアスと上条は私たちは見ていませんと揃って首を横に振る。

 

「お前たちが気になってるのは私の交友関係か?」

 

真守はため息をついてじろっと上条を睨み上げて問いかける。上条はそれに、観念したように言葉をぽそっと漏らした。

 

「この前、朝槻がエリート校のクッソイケメンと一緒にいたから気になって」

 

「神アイドルの不祥事なんて放っておけへんやん!」

 

真守は声を荒らげた青髪ピアスの腹に拳を叩きこむ。

 

うぐへっ! っと何故か嬉しそうな声を上げながら撃沈する青髪ピアス。

真守は上条をまっすぐと見つめる。

 

変なこと言ったらお前もこうだぞ、という脅しの視線に上条はごくッと喉を鳴らした。

真守は恐怖で震えている上条を見ると、溜息を吐いて事の経緯を話し始めた。

 

「不良に絡まれてたら助けてくれた」

 

メールの相手と上条の見た相手が同じだと真守が暗に告げると、上条が首を傾げた。

 

「不良? でもお前って結構強いじゃん。自分で倒せたんじゃねえの?」

 

「うん。三人ぶちのめした後に増援が来た。別に倒せたけど騒ぎが大きくなるし大変だって思われたらしくて、逃がしてくれたんだ」

 

「ちょっとちょっと朝槻さん。すでに倒した後だったんですか?」

 

「別にその後もイケたぞ」

 

けろっと答える真守を見て、流石クラスで唯一の大能力者(レベル4)、と上条が震えているとそこで土御門が復活して地面から立ち上がった。

 

「質問に答えろ、朝槻。その垣根って垣根帝督か?」

 

「何で知ってるの?」

 

真守がきょとっと驚いた目で首を傾げる。何か知ってそうな土御門の言い分に上条も首を傾げて、地面に膝をついているままの青髪ピアスも顔を上げた。

 

「あのエリート校の垣根って言ったら有名だからな。超能力者(レベル5)だぜ、知らないのか?」

 

「……そうなの?」

 

真守は土御門の話を信じられずに驚いて、目を再びきょとっとしながら訊ねた。

 

「うっそ、マジ!? 超能力者(レベル5)!?」

 

「朝槻さんの純情がそんなすごいヤツにとられたとか納得やわー!!」

 

青髪ピアスがバッ、と体を起こして真守に背を向けるように土御門に向かって叫ぶので、真守はその青髪ピアスの背中に今度は蹴りをお見舞いした。

 

ごろんごろんごろーん、とゴミ箱を盛大にひっくり返しながら転がって壁にぶつかった青髪ピアスを真守は認識すらせずに、土御門に声をかけた。

 

「知らなかった、初耳だな」

 

「……本人から聞いてなかったのか?」

 

「別に他人の能力一々気にして接してない。何位なの?」

 

「学園都市第二位で未元物質(ダークマター)。この世にありえない物質を生み出すとかなんとか」

 

真守の無関心っぷりに苦笑しながら、土御門は垣根帝督についての情報を与えた。

 

「へえ」

 

真守は土御門の曖昧な説明に興味がなさそうに反応した。

 

真守が操るのはまだ誰も触れた事のない、真守以外が触れる事は叶わない全ての源になる源流エネルギーだ。

未元物質(ダークマター)とやらがどんなものか知らないがその物質だって何かしらのエネルギーで構成されており、そのエネルギーに源流が負ける事は絶対にありえない。

 

源流エネルギーによって焼き尽くされない物質はこの世に絶対に存在しない。

……それが未知の物質であろうとも、だ。

 

超能力者(レベル5)としての自信ではなく、自らの操るエネルギーが何よりも尊い事を知っているが故の核心だった。

 

「垣根は優しいから大丈夫。でも、土御門の気持ちはきちんと受け取っておく」

 

真守が柔らかく微笑みながら告げた一言に、土御門は目を見開いた。

 

土御門が垣根帝督という超能力者(レベル5)を危険視している雰囲気が真守に伝わってきたからこそ、放った言葉だった。

 

超能力者(レベル5)は人格破綻者の集団だと言われるほどに我が強い。

 

何故なら能力者は自分の世界を強く信じ込めば信じ込むほどに能力が強くなるからだ。

この自分だけの世界観について自分だけの現実(パーソナルリアリティ)と表現されるのだが、これが強固なものになるという事は、それだけ自己中心的に世界を見ているという事だ。

真守は自分をそこまでだとは思わないのだが、学園都市の学生から見た超能力者(レベル5)の印象はそんなもんだ。

 

だからこそ、土御門は真守が垣根に振り回されるのを心配しているのだろうと感じた。

 

真守は自分を学園都市最高峰の能力者と信じて疑わないが、だからこそ無敵だと思い込んだり、誰の意見も取り入れないで我が道を進むほど傲慢ではない。

 

人は一人では決して生きていけない。

 

源白深城と共に生きる事を掲げている真守は心底それを理解している。

だから自分のことを本気で心配している土御門の気持ちを無下になんてしないのだ。

 

「その言葉だけで十分だ」

 

自分の感性に固執して他者からの想いを突っぱねることを決してしない真守。彼女の事を、土御門はよく理解しているため、ふっと柔らかく微笑んで安心するように頷く。

 

「ジュースありがとう」

 

真守もニッと微笑んでから土御門にお礼を言うと、携帯電話を操作して垣根にメールの返信をしながら教室へと帰っていく。

 

「いやあ、大能力者(レベル4)には超能力者(レベル5)が惹かれるんだなあ。これも能力主義ってことか。上条さん現実の非情っぷりを久しぶりに感じましたよ」

 

「か、上やん。そないなことええから助けたって~ゴミ箱が嵌って抜けられん」

 

「お前はもうちょっとそこで反省してろ。言いすぎにもほどがある」

 

「そんな~!」

 

ゴミだらけになりながらゴミ箱と仲良くドッキングしている青髪ピアスと上条がそんなバカげた話をしているのを聞きながら土御門は呟く。

 

「クソッ。なんでこんなことに……」

 

だから、土御門の切迫した独り言を聞いている者はその場にはいなかった。

 




神アイドルの不祥事(笑)
真守ちゃん、きちんと超能力者やってます


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第五話:〈完全人間〉の思うところ

第四話と第五話繋がっているようなものなので連続投稿です。
次の更新は八月九日月曜日。
よろしくお願いします。


『窓のないビル』。

 

一切の照明がない広大な空間には、星のような輝きが大小数万にも及ぶ機械群から発されており、そこからはコードやケーブル、チューブ類が伸びている。それらは全て空間の中央へと向かっていた。

 

その中央。そこには巨大なビーカーがあった。

 

橙色の弱アルカリ性培養液によって満たされているそのビーカーの中には、緑色の手術衣を着た『人間』が逆さになって浮いていた。

 

銀色の髪を持つ、男にも女にも見えて、大人にも子供にも見えて、聖人にも囚人にも見える、まごうことなき『人間』。

 

「どういう事だ、アレイスター!」

 

その人間の名前を叫んだのは、入り口がないこの『窓のないビル』の空間移動系能力者である『案内人』の手によってやって来た土御門だ。

 

土御門の目の前にいる『人間』は学園都市、統括理事長。アレイスター=クロウリー。

この学園都市を統べる学園都市の神とも言えるべき存在だ。

 

土御門元春は多重スパイだ。その所在を明らかにはしていないが、彼はとある事情から学園都市の味方である事に重点を置いており、アレイスターと共に学園都市の裏で暗躍している。

 

統括理事長は口を動かさずに土御門へと声をかけた。

 

「『第一候補(メインプラン)』のことか?」

 

「それ以外に何がある! 何故、朝槻に暗部の人間である第二位を接触させた!?」

 

土御門は知っている。

垣根帝督が暗部組織『スクール』のリーダーであることを。

 

土御門にとって朝槻真守は上条当麻の次に重要な監視対象だ。

アレイスターの『計画(プラン)』の要を上条当麻と朝槻真守は担っている。

あの二人を同じ学校、同じクラスに所属させたのもアレイスターの仕業だ。

 

二人は誘導されているとすら気が付かずに共に生活をしている。

 

自分の監視対象でありながらも確かな意志を胸に抱いている二人を、土御門は好ましく思っていた。

 

だから土御門は朝槻真守の素性を正確に把握していた。

消えた八人目と言われる超能力者(レベル5)であること。

自身の所属していた研究所の職員を塵一つ残さずに文字通り『抹消』して、そしてその後も何の関係もない研究所を回って、職員を『抹消』しながら破壊の限りを尽くした事も。

 

大切な存在を傷つけられて怒りを覚え、憎悪のままに人を殺してしまった事を今は悔やんでいる事を土御門は知っている。

 

だから朝槻真守は自分に向かってくる不良を絶対に殺さない。

 

相手が報復に来ても絶対に殺さない。

流石に二度目にもなると完膚なきまでに叩き潰すが絶対に命だけは取らない。

 

明確な決意を持って日常生活を送ろうと、たゆまぬ努力を続けている事。

 

そして何より。

朝槻真守は人の気持ちを正確に読み取って裏があろうとなかろうと受け入れて、その人の気持ちを理解しようとする。

人に対して異常なまでに寛容な少女だ。

真守は確かに身分を隠してはいるが、それは上層部がそう仕向けただけだ。

確かに真守もそれに甘えているかもしれないが、彼女は何も悪くない。

 

朝槻真守は土御門にとってかけがえのない友人だ。

 

そんな陽の光の下を眩しく思いながらも懸命に歩く彼女に、学園都市の闇が接触するなんて到底見過ごせる事ではない。

朝槻真守が垣根帝督を悪人だと理解していても傍に置いているのに、垣根帝督がそれに付けこんで悪い企みをしている事でさえ、怒りを助長させる。

怒りを露わにする土御門にアレイスターは口を動かさずに告げる。

 

「虚数学区・五行機関の鍵を握っているだけでは手綱が取れまい」

 

「なんだって? それだけで、とは一体どういうことだ」

 

土御門が声を上げるが、アレイスターはその質問に答えないで先程の土御門の疑問を晴らすために口を開いた。

 

流動源力(ギアホイール)は『第一候補(メインプラン)』だ。だが、『第一候補(メインプラン)』の不測の事態のためにも、『第二候補(スペアプラン)』『補助候補(サブプラン)』がある。その二つの群を抜くほどに『第一候補』は順調だが、他の二つもきちんと進めておきたい」

 

「朝槻と垣根帝督の接触が『補助候補(サブプラン)』としての成長を促すと?」

 

「ああ。大幅な短縮が予想される。『補助候補(サブプラン)』は『第二候補(スペアプラン)』とは()()()役割を持っているからな」

 

「何もかも手の(うち)か。言っても無駄かもしれないが、アレイスター。彼女の心を利用する事は許さないぞ」

 

「さあ、どうしようかね」

 

とぼけるアレイスターを見て土御門は舌打ちをして、土御門はアレイスターの下を去っていく。

 

 

 

土御門が『案内人』と共に姿を消してからアレイスターは呟く。

 

「汝の欲する所を為せ、それが汝の(テレマ)とならん。全ての男女は星である。愛は(テレマ)だ、それが意志の力で支配される限り」

 

アレイスターは呟くと、ガラスのビーカーに映し出された映像を見つめる。

そこには、朝槻真守と垣根帝督が映し出されていた。

 

「やはり、星は男女でなくてはな。……まあ、どうなるかは興味ないが」

 

柔らかく親しみを込めて『補助候補(サブプラン)』に微笑んでいる『第一候補(メインプラン)』。そんな『第一候補』に複雑な感情を向けながらも控えめに微笑む『補助候補』。

その二人を見つめながらアレイスターは『計画(プラン)』が着々と進んでいるとほくそ笑んでいた。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

「垣根って超能力者(レベル5)だったのか?」

 

真守はベビーたい焼きを一つ摘まみながら首を傾げる。

そんな真守を見て、垣根は自身の思惑に気づかれないように警戒心を露わにして訊ねる。

 

「誰に聞いた?」

 

真守はベビーたい焼きをきちんと咀嚼して呑み込んでからさらっと告げた。

 

「同級生から。一緒にいた男は誰だ、もしやお前のスキャンダルかーって騒がれた時に」

 

「スキャンダル?」

 

「それは別にどうでもいいんだ。それで垣根は超能力者(レベル5)なんだな?」

 

スキャンダル云々のことは詳しく聞かれても話すと長くなるから、と真守は説明する事を拒んだ。

スキャンダルってなんだ? と、首を傾げながらも垣根は自信たっぷりに答えた。

 

「ああ。そうだ、学園都市の超能力者(レベル5)第二位。未元物質(ダークマター)。垣根帝督だ」

 

「すごいな」

 

「……お前、本当に興味ねえんだな」

 

まったくもって心がこもってない真守の反応に思わず垣根はツッコミを入れる。

 

普通の学生なら超能力者(レベル5)と聞けば目の色を変えるはずだ。

真守の近くには源白深城という超能力者(レベル5)がいるため、ありがたみが薄れているのかと垣根が考えていると、真守はムッと口を尖らせて理由を口にした。

 

「そんなこと気にしてたら私は垣根のことを教えてくれた友達を見下すことになるだろ」

 

「……そうだな。上昇志向があればそもそも今の学校にも通ってねえな」

 

高位能力者にしては珍しい考え方だが、真守の人格的に考えればそう異様な事ではないだろう、と垣根は素直にそう捉えた。

 

連絡を取るようになったからこそ分かった事だが、真守は一貫した自分の意志を持つが、それを他人に押し付けるような事はしない。

 

我が強いには強いが、人に迷惑をかけるタイプではないという事。

つまり、我が強くてコントロールしにくい学生が多いこの学園都市にとって、非常に重宝される人格を持った高位能力者だ。

垣根が真守を心の中でそう評価していると、真守がそんな垣根に目を合わせた。

 

エメラルドグリーンの瞳がしっかりと垣根の瞳を捉える。

 

その曇りなき、確かな純粋な意志が感じられる真守の視線に、垣根は本能的に恐れを抱いた。

 

「私は能力で人を評価しないけど、垣根の事は純粋に凄いと思うぞ。超能力者(レベル5)はなろうと思ってなれるものじゃない」

 

「……それは素質的な意味で?」

 

もしかしたら真守が学園都市が秘密裏に作り上げた、能力者が将来どの強度(レベル)にまで昇り詰める可能性があるかという素養格付(パラメータリスト)の存在を知っているのかもしれない。

 

垣根が訊ねると、真守はふるふると首を振って即座に答えた。

 

「七人しかなれてないから普通じゃできないってことだ」

 

「七人じゃないかもしれねえぜ?」

 

垣根が好機だと思って仕掛けると、真守はその言葉に反応してベビーたい焼きを取ろうとする手を止めた。

 

「……なんで?」

 

真守は垣根を見ずにベビーたい焼きを見つめている。その反応をつぶさに観察しながら垣根はゆっくりと切り出した。

 

「消えた八人目っていう都市伝説があるらしい。知ってっか?」

 

真守はベビーたい焼きを摘まんで、じぃーっと見ながら告げる。

 

「都市伝説ってどこから生まれるんだろうな。それって純粋に気になる」

 

「その噂では、消えた八人目の外見はお前ってことになってるが」

 

真守が核心に触れようとしないので、垣根はしびれを切らして切り出した。

真守はそれに目を見開いて、垣根を見上げる。

 

「知ってるのか?」

 

「そりゃあお前が不良によく絡まれてるの見て疑問に思わねえわけねえだろ」

 

何故か武装無能力集団(スキルアウト)や噂の中では消えた八人目の超能力者(レベル5)である流動源力(ギアホイール)は真守の外見と一致する。

 

確かに流動源力(ギアホイール)と似たようなエネルギーを生成する力量装甲(ストレンジアーマー)だが、真守がこれまで発しているのは真守が生命エネルギーと呼称する力だけだ。

 

空間に展開されている事象を解析できる垣根をもってしても、真守の発している生命エネルギーを未だ解析できていないが、真守が力量装甲(ストレンジアーマー)に使えるエネルギーしか使えないのは確かである。

 

真守は不自然なほどに不良に絡まれる。

垣根帝督という威圧感が半端ない存在が隣にいても絡まれる。

 

垣根自身、能力を行使しなくてもフィジカルには自信があり、ケンカでは絶対に負けない自信もあるから不良に絡まれようが問題ない。

 

この話題を持ち出しても問題ないと思ったのは、異常に絡まれるから心配になったと言っても大丈夫だと判断したからだ。

それに、これだけ頻繁に絡まれていれば不良に興味のなさそう瞳を向けることも同時に理解できた。

 

「…………そんな噂が流れてるのは確かだ」

 

「違うって否定しなくていいのか?」

 

真守があえてどうでもよさそうに告げると、垣根は純粋に心配になって思わず訊ねた。

 

「噂の出所が分からないし、勝手に自滅していくからどうでもいい」

 

真守はいつも不良に絡まれても、興味なさそうに突っ立ったまま何もしていない。

勝手に向こうが真守に突っ込んでくるのを力量装甲(ストレンジアーマー)でいつも撃退するだけだ

攻撃に出る必要性すら感じていないのは、不良に絡まれる事自体、本気でどうでもいいと思っているのだろう。

 

「でも垣根に迷惑かけてる事は確かだ」

 

「それは別にいいって前に言っただろ。お前は被害者なんだから」

 

「ありがとう、垣根」

 

真守は垣根に向かって微笑むと、ベビーたい焼きをパクッと食べた。

 

(流石にまだ距離が遠いから源白深城のことについては口割らねえか。もう少し時間を置いて情報を聞き出す必要がありそうだな)

 

真守には普通の少女に効く落とし方が通じない。

だがこういう駆け引きの頭脳戦は得意だった。

 

そのはずだったのだが。

 

垣根はいつの間にか、真守を単純に心配するようになってきていた。

もし自分が目的達成のために源白深城を殺したら、昔の自分と同じように真守も絶望を覚えるのだろう、と。

だが目的を達成するためならば、犠牲を考えている場合ではない。

自分をそう納得させようとしても、どこかその考えに引っ掛かりを覚えていた。

 

真守は垣根の考えている事は分からないが、一つの結論をこの場で出した。

 

 

垣根帝督は流動源力(ギアホイール)を探っている。

 

 

上層部では源白深城が超能力者(レベル5)となっているのでその情報を頼りに自分に接触してきたのだとも理解していた。

 

(何で消えた八人目を第二位が気にしているのかは不明。……垣根が知っている情報では、私を流動源力(ギアホイール)だと絶対に特定できない。()()()()()()()()()()()から。垣根の事をもっと知る必要がある。そうじゃなきゃどうするべきか結論が出せない。でも、悪い人ではないと感じている。ただ。敢えて表現するなら。……そうだな)

 

真守は真守の持っていた箱からベビーたい焼きを一つ取って食べている垣根を見ないで、感じたことを心の中で素直に表現する。

 

(垣根は、光を求めて闇の深く奥深くまで潜って闇の核を見つけて、その元凶を打ち砕いて差し込んだ光へと手を伸ばそうとしてるみたい。……全ての闇をぶち壊して私の『光』を守ろうとした昔の私みたいに危うい)

 

真守は垣根が悪人だろうと昔の自分を見ているようだと、純粋に垣根を心配していた。

 

垣根は自分が行動する事によって真守が自分と同じ絶望をこれから抱くことになるかもしれないと危惧していた。

 

 

互いが互いに自身と姿を重ねあって、これからの未来に危機感を抱いているということを二人は知らない。

 




意志の力によって支配される愛を欲する限り、それが自身を縛る強固な法となる。
その法は、できれば男女であることが好ましい。

ちなみにアレイスターさんが呟いているようにあの人間は別にカプ廚ではなく、ちゃんとした意図があって二人を接触させました。


補助候補。……補助って?



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虚空爆破事件篇
第六話:〈買物風景〉はこんな空気


第六話投稿します。
原作に入りました。
自分で書いたけど前置き長い。
次は八月一〇日火曜日投稿予定です



『おっかいものー!! 真守っちゃんっとおっかいものぉ!!』

 

深城はテンション爆上がりで真守の周りをふわふわと漂う。

真守はそんな深城をよそに、携帯電話を弄って今年の夏のトレンドを探っていた。

 

『夏用の化粧品とー夏用のお洋服とーそれからそれからー!』

 

「深城、落ち着いて」

 

頭にぐわんぐわん響く深城の声に、真守は携帯電話に目を落としたまま、怪訝そうな表情で制止の声を鋭く告げた。

 

「真守?」

 

その時、頭に響く深城の声ではなく、はっきりとした音で自分の名前が呼ばれた。

 

真守が慌てて携帯電話から顔を上げて周りを見ると、デパートの壁際に避けて携帯電話を弄っていた垣根がこちらに視線を向けていた。

 

「垣根だ」

 

『お~垣根さんがそこにいるのぉ?!』

 

真守が垣根に近づくと、深城がそれを追いかけた。

 

真守が垣根と呼んだ少年の周りを深城はくるくると回ってから、至近距離でじぃーっと見つめる。だがやっぱりうまく顔が認識できないのか、不思議そうな顔をして首を傾げていた。

 

「お前、なんでこんなとこに?」

 

幽霊状態の深城に勿論気づかない垣根は、携帯電話を流れる手つきで仕舞いながら真守に訊ねる。

『スクール』の下部組織と連絡を取っていたので、真守に知られるとマズいと考えたからだ。

 

「夏休みに必要なものをセブンスミストに買いに行くんだ」

 

「いつから夏休みだ、二十日から?」

 

「うん。垣根のところは?」

 

「俺も同じ。……暇だから付き合ってやる」

 

(下部組織のしょうもない報告待つまでの暇つぶしができたな)

 

打算的なことを垣根が考えている前で、真守は垣根の隣で浮かんでいる深城をちらっと見た。

 

深城は真守の視線によって垣根がついてくる事をなんとなく悟った。

深城は親指をグッと立てて、

 

『勝手に口出すからいいよぉ!』

 

と、力強い言葉をくれた。

 

「……じゃあ、よろしく」

 

真守は深城からオッケーが出たので、垣根の申し出に頷くと垣根も頷いた。

 

 

真守と垣根は第七学区のセブンスミストへと入店する。

 

女性フロアに赴き、真守は事前にチェックしていた情報を基にテキパキと必要なものを買っていく。

 

真守は毎回のお会計時に、入院している自分の病室へと宅配するように店員に頼んでいた。

 

毎回毎回頼むのは面倒に感じるかもしれないが、やり方を心得ていればスムーズに終えられる。それに荷物を持つ必要がないので身軽に買い物が続けられるからだ。

 

(心理定規(メジャーハート)に買い物に連れてこられた時より楽だな)

 

垣根は店員と宅配便の手続きをしている真守を後ろから見ながら、心の裡で呟く。

 

以前、心理定規に買い物に連れて来られた時には買い物は長いわ、ああだこうだ言われたあげく、どちらが似合うかなど視線から読み取られる、などなど振り回されて散々だった。

 

だが真守は二つの商品のどちらを買うかしばし考えた後に薄く頷くと、即座に欲しいものを一つに絞り込んで買っている傾向がよく見られた。

 

女の買い物でも随分違うんだな、と垣根は思っていた。……が、真守は迷ったら深城の意見を聞いて、買う方を決めているだけだった。

垣根には深城が見えないから、真守が即決しているように見えるだけである。

 

「垣根は見なくていいのか?」

 

「お前に付きあってんだから別にいい」

 

自分を振り回さないばかりか、飽きていないか気遣う姿勢を見せる真守を見て、垣根は真守が裏表のない人格者だとここではっきりと判断した。

 

「あれ、朝槻?」

 

垣根と真守がフロアを歩いていると、真守は名前を呼ばれて振り返った。

 

「上条」

 

そこにはクラスメイトの上条当麻が幼女を連れて立っていた。

 

真守と同じ高校の男子制服を着ている少年を見て、垣根はチャンスだと思った。

真守から引き出せない情報が引き出せるかもしれない。

 

真守は近づいてきた上条と、その隣にいる幼女を見て首を傾げた。

 

「誘拐?」

 

真守が親しげな友人に向かって軽口を言う所を垣根は初めて見たので、新鮮さを覚えながらも真守らしい反応だと思ってくすっと小さく笑った。

 

「してねえよ! この子が洋服店探しているって言うから案内してきただけだ!!」

 

真守のかたわらに立っているイケメンに笑われたので、上条は必死になって否定した。

 

「事案かと思った」

 

真守がくすくす笑って冗談を告げると、上条はがっくりとうなだされた様子を見せてから真守に問いかけた。

 

「事案って……あのですね。朝槻さん。俺の事どう思ってるんですか?」

 

クラスの三バカ(デルタフォース)

 

「そこは相変わらずの塩対応。ていうか、そちらの方はもしかしてあの……?」

 

上条は真守から視線を外して、隣に立っていた垣根を伺うように盗み見た。

 

「うん、それで合ってる。垣根帝督」

 

「やっぱりスキャンダル相手か!」

 

上条が大声を上げて納得したように頷くので、真守は即座に上条の腹にグーパンをお見舞いした。

みぞおちにクリーンヒットした真守の拳を受けて、上条は低い唸り声を上げながら体をくの字に曲げる。

不良に手を出さない真守がクラスメイトに容赦なく拳を叩きこんだので、その行動に驚きながらも垣根は前から気になっていた事を訊ねた。

 

「……スキャンダルって話をこの前も聞いたが、結局一体なんなんだ?」

 

垣根の問いかけに真守が思いきり嫌な顔をすると、上条が痛む腹を抑えながら呟く。

 

「朝槻さんはですね、口調は勿論のこと、誰かの誘いは絶対に断るという手堅さと、黒猫を連想させるアイドル容姿が相まって、ウチのクラスでは塩対応の神アイドルと呼ばれていまして……」

 

「……成程?」

 

垣根は真守をちらっと見つめる。

確かにアイドルとして見られても問題ない外見だ。

唯一の欠点は満面の笑みを浮かべないところだが、それも塩対応というアイドルの新ジャンルに当てはめる事ができる。

それに低位能力者ばかりの生徒がいる高校で唯一の大能力者(レベル4)だ。

アイドルとして祀り上げられてもしょうがないだろう。

 

そんな真守は上条の説明に嫌悪感を表情全面に出していた。

その表情を盗み見て、垣根は塩対応だと揶揄されても仕方がないな、と思って小さく苦笑する。

 

「上条、自己紹介」

 

垣根の苦笑が聞こえて、真守は気まずそうにしながらも上条に挨拶しろ、と促した。

上条も礼儀正しい性格なので、慌てて自己紹介をした。

 

「朝槻のクラスメイトの上条当麻です。ええっと、めちゃ背が高いからもしかして先輩、ですか……?」

 

「二年だが、垣根で良い」

 

「そっか、よろしく。垣根!」

 

上条は顔を輝かせてフランクに挨拶をする。それを受けて、垣根は爽やかに頷いた。

そんな一連の流れを静観していた幼女が垣根に訊ねてきた。

 

「お兄ちゃんの高校すっごく有名だよね。高位能力者なの?」

 

「ああ。学園都市に七人しかいない超能力者(レベル5)だぜ」

 

幼女に対して自分が超能力者だと隠す意味がないので、垣根は自信たっぷりで告げる。

幼女は目をキラキラーっと輝かせた。これが普通の反応で、真守はそっけなさすぎるのだ。

 

超能力者(レベル5)なの!? 凄い!」

 

「このお姉さんも大能力者(レベル4)なんだぞ。エリート様たちだぜ、エリート様」

 

上条が真守もついでと言わんばかりに紹介すると、幼女がはしゃいで声を上げた。

 

「高位能力者カップルだー!」

 

「カップルじゃない」

 

真守は幼女の認識をくつがえすために、少し厳しめなダウナー声で否定する。

真守が恋愛系の話に動揺することはないと思ってはいたが、即否定についてはそれはそれで垣根の胸の奥が軋む。

……真守との心の距離を心理定規に訊ねたくなるくらいには。

 

真守の即否定を聞いて、きょとんとする幼女。

 

「カップルじゃないの?」

 

「違う。垣根に失礼」

 

垣根は真守が自分の事を考えて即否定したのを聞いて、何故だか分からないが胸のつかえがすとん、と取れた。

幼女は真守の二度目の否定を聞いて二人をぼけーっと見る。

高身長でイケメンの垣根と黒猫を連想させるアイドル顔の真守。

 

「お似合いだと思うけれどなあ……」

 

「だから──「まあまあ!」……」

 

幼女が恋愛話から離れないので真守が眉をひそめて反論しようとすると、上条が慌てて間に入った。

 

「洋服見るために来たんだ! 探そうぜ、な!」

 

「あ、そうだった!」

 

幼女は自分の目的を思い出して笑顔で頷くと、パタパタと上条を置いて走っていった。

幼女が走り去っていく前で真守は上条の事をじろっと睨んだ。

 

「上条、人の話遮るな」

 

「朝槻さん、お願いがあります。小さい子供に塩対応はやめてくださいませんか?」

 

相手が誰であろうとも揺るがないスタンスをどうにかしてくれ、と上条に言われて真守は黙る。

垣根が嫌な思いをするかと思って、つい厳しいことを言ってしまったのだ。

 

「ごめん、気を付ける」

 

真守は即座に自分の非を認めて、上条に謝った。

 

「いやいや、そこまで気にしなくてもいいよ。お前の気持ちは分かってるし」

 

上条が真守の隣にいる垣根を見ながら微笑むと、真守も頷いた。

クラスメイト同士、気持ちが通じ合っている二人を垣根はつまらなそうに見ていた。

 

その時、ふと上条が顔を上げて、何かに気づいたようにおっと唸った。

 

真守と垣根が上条の見た方を向くと、そこには常盤台中学の制服を着た少女が立っていた。

 

(……あれは第三位?)

 

垣根はその少女が、超能力者(レベル5)第三位。超電磁砲(レールガン)の御坂美琴だと即座に看破した。

御坂美琴は子供っぽいファンシーなパジャマ服を前に目を輝かせていた。

 

「あ、ビリビリ」

 

「もしかして襲ってきた子?」

 

「うん」

 

真守と上条が御坂美琴に関して一言二言話すと、上条は御坂美琴に近づいていった。

 

「お前の知り合いか?」

 

「違う。上条のこと追いかけまわしてる子。前に聞いた」

 

真守が即座に首を横に振ると垣根は怪訝そうな表情をした。

超能力者がただの能力者に興味を持つとは考えにくい。

 

「アイツの強度(レベル)は?」

 

何か特別性があるかもしれない、と垣根が訊ねると、真守は思案した後に小さく呟く。

 

「……上条、無能力者(レベル0)だけどあれは機械では測定できない能力だから」

 

「どういう事だ?」

 

上条の能力が身体検査で測れないほどの珍しい能力だと聞いて、垣根は興味が出た。

真守はそんな垣根の興味を受けて、上条へ近寄りながらはっきりと言い放った。

 

「詳しい事は上条から聞いて」

 

他人の能力について勝手に吹聴する気は真守にはない。

人の個人情報を勝手に漏らさない様子に、真守らしいと垣根は思う。

だが、隠されれば普通に気になる。

 

(後で誉望に調べさせるか)

 

垣根は心の裡で考えながら。真守の後を追った。

真守と垣根はファンシーなパジャマを体に当てようとした御坂美琴と上条に近づく。

 

「なんであんたがここにいんのよ!」

 

「いちゃ悪いのかよ」

 

上条と美琴が言いあっている中、真守は二人の輪に入って上条に声をかけた。

 

「上条、紹介して」

 

真守が紹介を求めると、美琴が真守とその後ろにいる垣根に目を向けた。

美琴が首を傾げていると、上条が流れるように紹介をした。

 

「この子がビリビリ中学生こと常盤台のエース、御坂美琴だ」

 

「そうなの? 上条を追いかける子だからどんな凶暴な子かと思ったら、案外真面目そう」

 

「うぐっ。ちょっと、あんた! なんであたしとあんたの勝負を他の人に言ってんのよ!」

 

真守が美琴を見て率直な感想を述べると、美琴が声を上げて上条を睨む。

 

「いや、言いたくて言ったんじゃねえし。居眠りしてる最中に寝言で呟いてたらしくて」

 

「常盤台のビリビリ中学生が追いかけてくる~って唸ってた」

 

「そんなはっきりした寝言言うのかあんたは! というか、授業中は寝るんじゃない!」

 

(上条当麻(コイツ)はどう見ても落ちこぼれだな。そんな男に御坂美琴が食いつくって事はよほど貴重な能力らしい)

 

垣根がそんな事を思っていることなど知らずに、真守は怒りを露わにしている美琴に律儀に挨拶をした。

 

「初めまして、御坂。上条のクラスメイトの朝槻真守だ」

 

「あ、初めまして! 御坂美琴です」

 

美琴は真守の自己紹介を受けて、慌てて姿勢を正して挨拶する。

お嬢様らしい優美な仕草だった。

 

「よろしく」

 

真守が柔らかく笑うと、美琴も少しぎこちないが微笑んだ。

そして、真守の隣にいた垣根をちらっと見てから、遠慮がちに訊ねる。

 

「……ええっと、そちらは彼氏さんですか?」

 

「違う。垣根に失礼」

 

「──垣根帝督だ。よろしくな、超電磁砲(レールガン)?」

 

再三にわたって即座に否定する真守の言い分にイラついたので、垣根は肘置きに丁度良い真守の頭に肘を乗っけながら威圧の笑みを浮かべる。

真守は頭に乗っかった垣根の腕の重さに顔をしかめていた。

恋に恋する少女である美琴は二人を見てとっさに判断した。

 

これは、男の方の片思いだと。そして、女の方は微塵も気が付いていない。

 

「よ、よろしくお願いします。……なんか、大変ね」

 

美琴の最後の呟きに真守が何が大変なんだ、と首を傾げていると、上条が声を上げた。

 

「ああ。そういや、お前は知らないんだな。垣根は──「お兄ちゃあ──ん!!」……あ」

 

上条が垣根が実は超能力者(レベル5)だと明かそうとしていると、先程の幼女が走り寄ってきた。

上条は別に能力の話は後でもいいか、と考えて幼女に笑いかけた。

幼女は真守たちと一緒にいる美琴に気が付くと、声を上げた。

 

「あー! 常盤台のおねえちゃんだ!」

 

「え? ……ああ、鞄の!」

 

どうやら幼女と美琴は、どこかで会った事があるらしい。

美琴は幼女の存在に気が付いた後、上条をハッとした顔で見上げた。

 

「お兄ちゃんってあんた妹がいたの!?」

 

「違う違う。俺はこの子が洋服店探してるって言うからここまで案内してきただけだ。そしたら別口で来てたクラスメイトの朝槻と垣根に、ばったり会ったんだよ。俺も垣根にはついさっき挨拶したばかりなんだ」

 

「へえ……」

 

美琴は事情を知って真守と垣根を見つめる。

 

(デートをしているということは脈ありなのかしら?)

 

二人をちらっと見ながら美琴がそんなことを思っていると、真守は美琴の視線で何か勘違いされている気がする、と眉を顰めた。

真守が怪訝な表情をしている前で、幼女が声を上げた。

 

「私もテレビの人みたいに洋服でおしゃれするんだもん!」

 

「そうなんだ。今でも十分おしゃれでかわいいわよ」

 

美琴が幼女の頭を優しく撫でていると、上条がぽそっと呟く。

 

「短パンの誰かさんと違ってな」

 

どうやら美琴はスカートの下に短パンを履いているらしい。

女っ気がねえなと、垣根が心の中で呟いていると美琴が顔を赤くして臨戦態勢に入る。

 

「何よ、やる気!? だったらいつぞやの決着を今ここで!!」

 

「はあ? お前の頭の中はそれしかねえのかよ……。大体、こんな人の多い場所で始めるつもりですかあ? こっちはクラスメイトとそのスキャンダ……違う違う。ついさっき知り合ったヤツがいるんだけど」

 

上条が再び垣根を真守のスキャンダル相手だと言ったので、真守が無言で拳を掲げると、上条は慌てて言い直した。

そんな上条に幼女が上条の服の端を引っ張って主張する。

 

「ねえねえお兄ちゃん! あっちみたい!」

 

「お、分かった。朝槻たちはどうする?」

 

上条の問いかけに、真守は垣根を見た。

 

「私もまだ見るところがあるから行く。それでいい、垣根?」

 

「俺は別に構わねえよ。元々お前に合わせて来てんだからな」

 

「ありがとう。じゃあ、御坂。上条、じゃあね」

 

「あ、はい」

 

真守が垣根と相談を終えると、上条と美琴に向かって別れるために手を振った。

美琴が手を振り返すと真守は、ん。と一言唸ってから、垣根と共に去っていった。

美琴は真守と垣根の後姿を見ながら上条にぽそっと訊ねた。

 

「……ねえ、あの二人は本当に何もないの?」

 

「何かあったら面白いんだがなあ」

 

スキャンダルとか言っておきながら何かあったら面白いのに、と思っていた上条は美琴にそんな風にぼやいた。

 




垣根くんと上条くん(幻想殺し)が初めて会った回でした。


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第七話:〈真価発揮〉を互いにこなす

第七話、投稿します。
虚空爆破事件篇はこれで終了です。
次は八月一一日水曜日に投稿予定です。



上条たちと別れて真守は携帯電話で案内図を見ながら垣根に声をかけた。

 

「垣根、時間かかるけど靴見てもいい?」

 

「別に構わねえよ」

 

「良かった。夏用のパンプス買い替えなくちゃいけないの。同じブランドの新作をいくつか考えてるけど、どうしても靴の大きさって一つずつ違うから」

 

真守は垣根に許可を貰ってから靴屋に向かう。

 

(別にイチから見る訳じゃねえのに、律儀な奴だな)

 

女の買い物は悩みに悩んで堂々巡りをするものだが、真守は連れを振り回して買い物をする気はないらしい。

男に気を使って買い物をしているのか、そもそも男を振り回して買い物をしたことがないのか。どちらも性格的には納得できるな、と垣根は考えていた。

 

〈お客様にご案内申し上げます〉

 

真守が真剣に靴を選んでいると突然アナウンスが流れた。

 

〈店内で、電気系統の故障が発生したため誠に勝手ながら本日の営業を終了させていただきます〉

 

「あ?」

 

「……多分、事件だと思う」

 

怪訝な声を上げる垣根に向かって真守は冷静に告げた。

 

「なんでそう思うんだ?」

 

真守の突然の推測に垣根が純粋に声を上げると、真守は持っていた靴を棚に戻す。

デパート内を知覚するかのように瞳の焦点を散らしながら真守は理由を話した。

 

「私の能力はエネルギーに関することだから。エネルギーの流れに敏感になる。電気系統の故障にしてはちゃんと電気が通ってるから」

 

「……ああ。電撃使い(エレクトロマスター)も情報機器に強いとかそういうのがあるもんな」

 

「うん」

 

垣根にはぼかして伝えたが、真守はあらゆるエネルギーを操る超能力者(レベル5)流動源力(ギアホイール)である。

周囲のエネルギーの流れ。

つまり、電気エネルギーの流れがおかしいなら、真っ先に感知できる。

そこに異常が見られないので故障ではなく、店を閉めなければならない何らかの事情があるのだ、と真守は推測できたのだ。

真守の事を大能力者(レベル4)力量装甲(ストレンジアーマー)だと思っている垣根はその珍しい能力故にそういう事もあるだろうと納得してから、真守と共に店員の案内に従ってセブンスミストから外に出た。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

(日が高い時間で、なおかつ一般客が多いデパートで事件、か。暗部の人間はこんな目立ったことしねえからただの一般人か)

 

真守と一緒に外に出てきた垣根は心の裡でそう推測していた。真守は、と言うと垣根に気づかれないように視線を上に向けて宙を浮く深城を見ていた。

 

『真守ちゃん、お靴買い損ねちゃったね。また今度買いに行こうね?』

 

真守が深城の言葉に薄く頷いていると、上条が慌てた様子で真守に近寄って来た。

 

「朝槻!」

 

「上条。どうした?」

 

「あの子見なかったか!?」

 

上条は周りを確認して、自分が案内してきた幼女が近くにいないか探していた。

 

「え。はぐれたのか?」

 

真守が上条の切羽詰まった質問に即座に気がついて訊ねる。

 

「外にいないんだ、見かけてないか?」

 

「外にいないなら中だろ。先に探しに行く」

 

「頼む。俺はビリビリにも聞いてくる」

 

真守と上条が方針を立てると即座に二人は行動を開始した。

二人は頷きあうと、上条は美琴の下へ、真守はそのままセブンスミストへと駆け出す。

 

「おい、真守!?」

 

垣根がセブンスミストへと戻っていく真守に制止の声をかけたが、真守はセブンスミストに迷いなく駆け込みながら途中で振り返って声を上げた。

 

「垣根は外にいていい。大丈夫。私は何があっても死なないから」

 

「……ったく! 女一人で行かせられるか!」

 

躊躇うことなくセブンミストへと戻っていった真守に向けて、垣根が毒吐く。

垣根も真守を追ってセブンスミストへと戻っていった。

 

 

 

追いかける垣根の前で真守は軽やかにエスカレーターをタタタッと走って登っていく。

 

(こいつ、意外とすばしっこいし体力がある)

 

自前のポテンシャルが高い垣根は余裕で真守に追いつくが、真守のフィジカルが大層なモノと感じた垣根。

 

それもそのハズ。

真守は自身に必要なエネルギーを自分で生成し、体に行き渡らせることができるため、効率的に体を動かす方法を知っている。

ちまっとした印象からは考えられない程の力が出せるのは、能力が能力だからだ。

 

真守に追いついた垣根は真守と共に広いフロアを探して走る。

 

曲がり角を曲がった瞬間、真守と垣根の目の前を幼女が走っているのが見えた。

 

「いた」

 

真守が後ろから声を掛けようとすると、幼女は風紀委員(ジャッジメント)の腕章をした花飾りの少女へと近づいていた。

 

「あ。保護された」

 

「ったく、人騒がせなヤツ」

 

真守が幼女の無事を確認するように言葉を零すと、垣根が毒吐いた。

口が悪い言葉が出たが内心、何事もなく安心していたのは事実だ。

真守と垣根はスピードを落とし、目の前にいる風紀委員の少女と幼女に近づく。

 

だが、次の瞬間。

 

風紀委員の少女がバッと幼女から不格好なカエルのぬいぐるみをひったくると、真守と垣根の前に投げ捨てた。

 

真守はその瞬間、重力子というエネルギーが急速な収縮をしている事を感知。

そして隣に立っていた垣根は目の前で事象の法則に変化があったことに気が付いた。

 

「「爆弾!?」」

 

二人が声をそろえて叫ぶと、その目の前で風紀委員の少女が遅れて告げる。

 

「逃げてください! アレが爆弾です!」

 

その時、突如美琴が風紀委員の少女の横から出てくるが、爆弾の先に真守と垣根が立っている事に気が付く。

コインを持って臨戦態勢になっていたが、爆弾を弾き飛ばせば真守と垣根にぶち当たるととっさの判断ができなかった。

 

美琴の前に上条が飛び出してくると、上条はとっさに真守にアイコンタクトをした。

 

真守はそれを受けて即座に能力を解放した。

 

頭。丁度猫耳ヘアの真上にそれぞれ、青白い蒼白光の三角形が二つとそれに連なるように正三角形が二つずつ浮かび上がる。

セーラー服のスカートの上から細長いたすきのような猫の尻尾が伸びて、その尻尾の付け根にはリボンのように正三角形が二つ携えられるように現れた。

 

真守は能力を解放すると同時に、両腕を前でクロスさせ、生成したエネルギーを前方にシールドのように展開させた。

 

(良い位置。これなら垣根に爆発に巻き込まれない。上条がいるからあっちは大丈夫)

 

真守が高速で思考して爆発に備えると真守の目の前が突如真っ白に包まれた。

 

「──え」

 

その瞬間、爆弾が爆発した。

 

辺りには爆風と熱波が放たれて、それと同時に爆弾の欠片が飛び散るはずだった。

真守はそれら全てをエネルギーのシールドで防ぐことができたハズだった。

 

だが。

目の前が真っ白になっただけで、爆発が自分のシールドに届くことがなかった。

 

爆発音だけが聞こえてそれが止むと、真守の白くなった目の前が開けていき、視界が確保された。

真守の前では左手を添えて右手を前に突き出してる格好で御坂、風紀委員の少女、幼女を守った上条の姿が見えた。

 

上条の右手には身体検査(システムスキャン)で測る事の出来ない幻想殺し(イマジンブレイカー)という全ての異能を打ち消す力があり、それによって上条は自分たちに向かってきた爆発を打ち消し、三人を守ったのだ。

 

真守は彼らを気にすることなく自身を覆っていた白い壁を目で追って振り返った。

 

真守が白い壁だと思ったモノの正体は純白の翼だった。

 

純白の翼が三対、六枚。

垣根の背中から伸びており、それが白い燐光を周囲に放っていた。

 

真守はその翼を見て目を見開く。

 

柔らかな光。

聖なる光。

一点の穢れもない無垢なる光。

 

その翼が、垣根の未元物質(ダークマター)という能力で形作られているのだと真守はなんとなく理解した。

 

(コイツも見た目変わんのか)

 

真守が垣根の翼にじぃっと見惚れていると、垣根も能力を解放した事によって猫っぽさが増した真守を見ていた。

 

垣根には真守の能力がどれだけ防げるか知らない。

だから自分の身を守ると共に真守の事も守ったのだ。

 

そんな垣根に、真守はぽそっと呟くように告げる。

 

「……綺麗な翼」

 

「あ?」

 

垣根が自分には似合っていないと自覚しているビジュアルについて言及されたので、不機嫌な声を上げた。

 

真守は垣根の機嫌が急降下するのになんて気にも留めずに、垣根の姿を清く気高いものを見ているかのような優しい瞳で、そして柔らかくにっこりと微笑んだ。

 

「垣根の能力は正義の天使みたいだ。綺麗な翼。本当に綺麗だ。綺麗な能力だ」

 

「──っ」

 

興奮しているように告げる真守を見て、自分のビジュアルを嗤っている訳ではなく、純粋に賞賛しているのを感じて、垣根は言いよどんだ。

 

似ている。真守はあの子に良く似ている。

 

自分が唯一心を許していたあの子。

自分の事を気にかけてくれたあの子。

そして、自分の掌からこぼれ落ちていったあの子。

 

「垣根の能力は人を守れる凄い能力だ」

 

真守の心の底からの感嘆の笑顔を初めて見て、垣根は何も言う事ができずに黙って真守を見つめるしかできなかった。

 

「垣根!? なんかすっごい羽根出てるけれど大丈夫か!?」

 

二人を軸に時が一瞬止まっていたが、上条が声を上げたのに気づいて垣根は我に返った。

自分のビジュアルについて何かマイナスなことを言いたげな上条を、垣根は睨み、そして地を這うような声を出した。

 

「なんか文句あるか?」

 

「い、いいえ。ないですけど」

 

上条は垣根が自身の能力によって生じる翼と、自分のビジュアルが一致していないことを気にしていると即座に理解して、首を横にブンブンと振った。

 

垣根はフッと翼を消して未元物質の発動を抑える。そして、真守を見つめた。

 

「お前は能力全開にするとますます猫っぽくなんだな」

 

「勝手に出るから仕方ない」

 

真守はスカートの上から伸びた尻尾をゆらゆらと横に揺らしながら告げる。

どうやら真守の意志で猫耳や尻尾が動かせるらしく、ますます自分の羽根と似ていると純粋に思って、垣根はぽそッと呟く。

 

「……お前もそうか」

 

「なんだ垣根もか。一緒だ」

 

真守は柔らかく微笑んで、ぴょこぴょこと猫耳の向きを変えて動かせることを示した後、能力を抑えて蒼閃光(そうせんこう)で出来た猫耳と尻尾をフッと消した。

 

「上条の方は無事?」

 

「ああ、問題ねえ。あの爆弾はやっぱり能力か」

 

「当たり前。爆弾持ち込む馬鹿はいない」

 

(つーか、ますますこいつは俺に似てんな……逆に不気味なんだが)

 

垣根は真守の能力の事を考えながら二人の会話を見ていた。

 

「皆さん、お怪我はありませんか!?」

 

風紀委員の花飾りの少女が真守と垣根に近づいて来たので真守は安心させるために即座に頷いた。

 

「大丈夫、垣根が守ってくれた」

 

真守が風紀委員(ジャッジメント)の少女と話をしている隣で上条は美琴の姿が見えなくて首を傾げた。

 

「あれ、ビリビリはどこ行ったんだ?」

 

「え。本当だ、御坂さんどこに行ったんでしょうか……。ですが、あの……ご迷惑をおかけしました!」

 

真守たちは風紀委員の少女に突然謝られて首を傾げた。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

虚空爆破(グラビトン)事件って風紀委員(ジャッジメント)狙いだったんだ」

 

真守は風紀委員の少女──初春飾利から事の詳細を聞いて納得する。

 

虚空爆破事件とは最近学園都市で起こっていた連続爆破事件の俗称だ。

量子変速という能力を使って、アルミを基点に重力子を加速して爆弾にしていたらしい。

人的被害が出始めて風紀委員が勢力を上げて捜査をしていた事件である。

 

事件の全貌に納得した真守に、垣根はいい迷惑だ、という感情を込めて吐き捨てるように告げる。

 

「どうせ逆恨みだろ。あのひょろっちいの標的にされそうだからな」

 

垣根は美琴が捕まえてきた犯人の外見を見てそう判断していた。

カツアゲにでもあって風紀委員が助けてくれなかったから風紀委員に恨みを抱いた。

その様子が垣根にも分かるほどに滲み出ていたのだ。

 

「……力があるなら自分と同じ人守る立場に回ればいいのに」

 

量子を変速させるという量子変速は真守の能力に通じるところがある。

あの能力が造り上げた爆弾を間近で見た真守は、彼の能力の強さに思わず呟く。

 

真守の言い分に垣根は苛立ちを込めながら、変えようのない現実を真守に諭すように告げた。

 

「ああいう奴はひがむしかできねえ。そんな立ち回りができる筈ねえだろ?」

 

「そう? 要は頭の使いようだ。風紀委員にでもなったら公的権限で自分をコケにしたヤツを潰せるのに」

 

確かに、あの少年が風紀委員に入れば、真っ当な理由で自分を狙った相手に報復できる。

それでも、その動機はどこか本質的な所で歪んでいる。

 

そんなやり方を人格者であるハズの真守が推奨するので、垣根は思わず眉を顰めた。

 

「お前……意外とアグレッシブなんだな」

 

「自分をけなしたヤツを潰したらダメだってことはない」

 

真守が報復を我慢する事はない、と真面目な口調で告げると、垣根はフッと笑った。

 

「まあ、間違ってないな」

 

「そうだろう」

 

真守の言い分に納得して笑った垣根を見て、真守も悪だくみをするように微笑んだ。

 

垣根にとって表の世界での生活とは面倒な事この上なかった。

だが悪目立ちしてしまうと何かと動き辛くなるので、面倒でもそつなくこなしていた。

裏で活動しようが表での活動を疎かにしてはならないと。その両立が自分にはできるから的確にこなしていただけだ。

 

だが。

この陽の光の下を歩く少女と打算的ながらも一緒に行動していると、どうしても心のどこかで思ってしまう。

 

心の底から嫌悪するこの学園都市での表の生活も、悪いものではないのだと。

 

「垣根。今日は色々あったけれどありがとう。楽しかった」

 

「────おう」

 

真守が改めてお礼を言うので垣根はその言葉に絆されて柔らかく微笑む。

 

真守は嬉しそうににししっと笑うと、そのまま二人で帰路についた。

 




メルヘンな外見になる二人(笑)
ちなみに真守ちゃんが垣根くんの翼を絶賛していたのは明確な理由があります。
杠林檎ちゃんみたいに『天使様みたい』という理由ではないです。
……天使だとはもちろん思ってるんですが。

デートが書けて大満足。




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禁書目録篇:上
第八話:〈魔術初見〉は突然に


第八話、投稿します。
次は八月一二日投稿予定です。
キリが悪くて少し長め。
……確認したところ、何故かルビがおかしな事になっているのですがこれはどうすればいいんでしょうか。
……プレビューでは無事だったのですが。一体どういう事だ……。
※優しいお方に教えていただき、ノタリコンの方は修正させていただきました。
本当にありがとうございました。


夏休み初日。

真守は学園都市内を歩いていた。

白と黒のスポーティーなオーバーサイズパーカー。それに白い袖なしブラウスに黒のハイウェストショートパンツ。黒いタイツの先にはウェッジソールの白のパンプス。それとバイク乗りがよく使用するような黒い革のパンク風ウェストバッグ。

 

塩対応クールアイドルに似つかわしい服装をした真守にとって初めての高校生活の夏休みは、バイトを集中して入れられる期間だった。

 

真守は消えた八人目の超能力者(レベル5)流動源力(ギアホイール)だ。

能力は全てのエネルギーの源である源流エネルギーを生み出すことだ。

そして真守は源流エネルギーに指向性を加えて電気エネルギー、運動エネルギー、熱エネルギーなど様々なエネルギーへと変える事ができる。

 

そのエネルギーを売ることをバイトと称しており、幸か不幸か昨日は落雷があってライフラインが絶たれたので、電気を欲している施設が多くて結構稼げた。

 

一応、学園都市の『闇』に関係なさそうな場所で、更に口が固そうなところを狙って身元が他にバレないように売っているが、上層部が真守ではなく深城を超能力者、流動源力としているので真守の身元がバレてもあまり意味を成さない。

 

ただでさえ不良たちに絡まれるのに、これ以上情報が拡散されて注目なんかされたくない。

 

夏休みとは解放感に満ちている、と真守はしみじみ思う。

いつもは深夜に病院を抜け出すと、冥土帰しに咎められるような目をされるのだが、夏休みくらいは良いだろうとその目を向けてこない。

ということで。真守は完全下校時刻を過ぎても意気揚々と遊んでいた。

 

「朝槻──!!」

 

真守が道を歩いていると後ろから声をかけられた。

真守が振り返ると上条が真守を神様仏様女神さまー朝槻さま! ……なんて目を向けてくるので、真守は首をひねった。

上条は真守に近づくと、突然腰を九〇度直角に曲げて華麗に頭を下げた。

 

「朝槻さま! お願いがあります! 補習のプリント教えてください!」

 

「上条、お前補習だったのか?」

 

「……はい。夏休み初日から『すけすけ見る見る』やってんのに補習のプリントまで出されたんだよ。お願いします、この通り! 今度なんかおごるから!」

 

『すけすけ見る見る』とは目隠しをした状態でポーカーに一〇回勝つという透視能力専攻の時間割りである。

超能力者(レベル5)と言えどまるっきり専門外で真守だってできない事を、この無能力者(レベル0)は夏休み初日からやらされていたのだと知ると、なんだか可哀想になる。

それなのに補習プリントを出されたなんてますます不憫に思える。

 

「いいよ。上条の家でいい?」

 

「ありがとうございます! やっぱり持つべき友は大能力者(レベル4)!」

 

「絶賛するな」

 

上条が声を上げて感激するのでつまらなそうに真守が告げるが、上条は感激しっぱなしである。

真守と上条は自分たちの高校の学生寮にある上条自宅へと向かう。

 

「お前、夏休み初日から災難だな」

 

「そうなんですよ、冷蔵庫の中身は昨日の落雷でおじゃんになるし、キャッシュカードは踏み砕くし、何故かシスターさんがベランダで布団の代わりに干されているし」

 

「し、シスター? 布団の代わり……?」

 

真守がそれは一体どんな不幸のシチュエーションだ? と、首を傾げていると、上条がそのシスターを思い出しているのか思案顔になる。

 

「なんか、魔術とかなんだとか言ってたな。追われてるとか。まあ、ウチにフード忘れていったし、もしかしたら会えるかもな」

 

「ふーん……?」

 

上条の説明に真守はますます意味が分からなくなる。

学生寮に着くと、上条に先導されるがままにエレベーターに乗った。

目的の階について上条宅へと向かうと、とある部屋の前で清掃ロボットが三台わらわら動いていた。

 

「なんで清掃ロボットが三台も」

 

「人の部屋の前で何掃除してんだ?」

 

真守が首を傾げると、どうやらよりにもよって上条の自宅の前らしい。

清掃ロボットが頑張って清掃しようとしていたのはゴミではなかった。

 

「……人?」

 

「インデックス?」

 

白い修道服を着た銀髪碧眼の少女が倒れていた。

 

真守が即座に近寄ると、上条もそれに続く。

上条にインデックスと呼ばれた少女に真守が近づくと、その様子に目を見開いた。

 

「上条、この子重症だ!」

 

清掃ロボットをどけて少女の前に膝をついていた真守が鋭い声を上げる。

上条がその言葉に反応して近づくと、真守の言う通りに少女は背中をバッサリと斬られて、白い修道服が真っ赤に染まっていた。

 

「しっかりしろ、インデックス!」

 

「意識がないけれどまだギリギリ大丈夫そう」

 

「一体どこの誰にやられたんだ!」

 

「上条、意識がないんだって。落ち着け」

 

上条を宥めていると真守はピリッと背中に走る異変を感じた。

 

(何これ。私ですら生成したことないエネルギーを感じる!)

 

真守が弾かれたように顔を上げた。

周りを見渡すと、先程自分たちが曲がった角から異様な気配が漂っていた。

 

「誰!?」

 

真守が警戒心を露わに叫ぶと、現れたのは長身の神父の黒い服を着た一四、五歳の少年だった。

 

真っ赤な髪にたくさんのピアス。

目元にはバーコードの入れ墨があり、口には煙草をくわえているという変人の域に片足を突っ込んでいるのに、整った顔立ちをしている。

 

「随分と勘の良いお嬢さんだ」

 

完璧に気配を殺していたはずなのに、真守が気づいたので感嘆した声を上げる。

気配を殺そうが、そこにこちらを伺っている人間がいれば、空気の流れを機敏に察知できる真守には丸わかりだ。

 

「誰だと聞いてるんだ」

 

真守が再び問いかけると男はひょうひょうと答えた。

 

「僕たち、魔術師だけど?」

 

「……は?」

 

魔術師という単語を聞いて真守は首を傾げる。男はそんな真守と上条を無視してインデックスを見た。

 

「うーん、こりゃまた随分と()()も派手にやっちゃったねえ」

 

「なんで……」

 

男が『神裂』という第三者の名前を呟いたので、真守は単独犯じゃないと警戒心を露わにする。その隣で上条が唸るように呟いた。

 

「ここまで戻ってきた理由? さあね、忘れ物でもしたんじゃないかな?」

 

「忘れ物? ……それってフードの事?」

 

先ほどシスターがフードを忘れていったと上条から真守は聞いていた。

真守が問いかけると男は不敵に微笑んだ。

 

「正解、あれってどこで落としたんだろうね?」

 

「フードに残った魔力を探知してここまで来た……?」

 

「魔力? どういう事だ? ……アイツは探知系の能力者なのか?」

 

上条の呟きの意味が分からずに真守が首を傾げると、上条は突然怒鳴った。

 

「このバッカ野郎!」

 

「上条?」

 

「原理はよく分からねえが、一つだけ分かる事がある! コイツは俺を巻き込まないためにここに帰ってきたんだよ!」

 

真守は上条の憤りに意識のない少女を見た。

ベランダに引っかかってただけの不可思議な出会いをした上条とインデックス。

この少女は自分が狙われているにも関わらず、上条の事を守るために帰ってきた。

 

自分の身が危険なのに誰かを守ろうとしている心優しい少女ならば、尚更自分が守る価値がある。

 

「この子から話が聞けない限り、お前から話を聞き出すしかないな」

 

即座に長身の男を叩き潰す敵と認識して、真守は睨みつけた。

 

「それを斬ったのは僕じゃないよ。神裂だって何も血まみれにするつもりじゃなかったんじゃないかな。その修道服『歩く教会』は絶対防御なんだけれど、何の因果で砕けたんだかね?」

 

「……なんでだよ。俺は魔術なんてメルヘン信じられねえし、てめえら魔術師みてえなモンは理解できねえ。けど、お前たちにだって正義と悪くらいあるんだろ!? ……こんな小さな女の子、寄ってたかって追い回して血まみれにしてこれだけのリアルを前に、まだ自分の正義を語ることができんのかよ!!」

 

「言いたいことが済んだらどいてほしいな。それ、回収するから」

 

「回、収……?」

 

上条が長身の男の言葉に呆然として、真守はその言い分にぴくッと反応した。

そんな二人の前で長身の男は高らかに告げる。

 

「そう、回収だよ。回収。正確にはソレの持ってる一〇万三〇〇〇冊の魔導書だけどね。この国では禁書目録って言葉で良いのかな。教会が『目を通しただけで魂まで穢れる』っていう悪しき禍々しき本が魔導書。ああ、注意したまえ。キミたち程度の人間だったら一冊でも目を通せば廃人コース確定だから」

 

「ふざけんなよ、そんなもの一体どこにあるっていうんだ!」

 

上条がもっともなことを訊ねると、長身の男はインデックスを指さした。

正確には、インデックスの頭を。

 

「あるさ、ソレの頭の中に」

 

「え?」

 

「完全記憶能力。一度見たものを一瞬で覚えて、一字一句を永遠に記憶し続ける能力をソレは持ってる。その能力でソレは世界各地に封印されて持ち出すことのできない魔導書を記憶して頭に保管している魔導書図書館ってワケなのさ。ま、ソレ自身は魔力を練ることができないから無害なんだけれど。その一〇万三〇〇〇冊は少々危険なんだ。だから、魔術を使える連中に連れ去られる前にこうして保護しにやってきたって訳さ」

 

上条がインデックスの事情を聞いてそれが理解できないで呆然としている中、真守は音もなくゆらりと立ち上がった。

 

「──何語ってるんだ?」

 

真守から言葉が発せられた瞬間、上条もそして魔術師でさえも恐怖が体を駆け抜けた。

 

空気がひりつき、真守から凶悪過ぎる威圧感が放たれていた。

真守の感情の高ぶりと共に、彼女の高すぎる事象干渉力によって空間が震えているのだ。

 

その空間を震わせる様子は、圧倒的な強者の存在感をほうふつとさせた。

その威圧感はこれまで強大な敵と戦ってきた長身の男の裡で、警鐘を鳴らさせるほどだった。

はっきり言って黒猫のように可憐で無害な少女から出される威圧感ではなかった。

 

人のことを傷つける事すら許せないのに、モノ扱いまでする男。

あの研究所にいた人間と同じ姿勢を見せるこの男を、真守は到底許す事なんてできない。

 

真守は場の緊張で高まる中、冷たく言い放った。

 

「はっきり言ってお前の言う事は意味が分からない。でもね、お前が何を考えているのか一つだけ分かった。──人をモノとして扱う、ただそれだけ」

 

真守はそこで能力を解放した。

 

真守の頭に青白い蒼閃光(そうせんこう)の三角形が二つ猫耳のように展開されて、それに連なるようにそれぞれ二つずつの三角形が浮かび上がる。

ハイウェストのショートパンツのお尻の上から尻尾のようなタスキがぴょこっと伸びて、その付け根にリボンのように三角形が二つ尻尾を挟むように現出する。

 

「そんな扱いを私は許さないぞ、このペテン師」

 

あからさまな臨戦態勢に真守が移行したのを見て男も構えた。

 

「っ……別に僕たちのモノだし、それに僕は彼女を保護しようとしているんだよ。幾ら常識と良心があったって拷問には耐えられないからねえ。そんな連中に女の子の体を預けるなんて考えたら、キミだって心が痛いだろう?」

 

「女の子の体考えるなら斬りつけるなよ」

 

真守は長身の男の言葉によって怒りが頂点になった。

 

そして、その場からフッと消えた。──ように見えた。

真守は長身の男の目が追いつけない程の速度で足元に迫り、魔術師の男の腹を思い切り蹴りつけた。

 

「ぐぅはっ!!」

 

魔術師の男は真守の蹴りをもろに食らって吹き飛ばされるが、倒れることなく踏みとどまってから真守を強大な敵と認識して嗤った。

 

「……女の子だと思って甘く見てたよ。流石この街の子供だね」

 

「お前、外から来たんだ? 侵入者?」

 

長身の男の言葉に真守が頭を回転させて訊ねると、そんな様子の真守に勘が鋭くて頭が回る少女だと、男は警戒心を強めた。

 

「ステイル=マグヌスというのが僕の名前なんだけれどね。良い蹴りを繰り出す君には、我が名が最強である理由をここに証明する(F o r t i s 9 3 1)と名乗った方が良いかもね」

 

「勇敢? それとも強者?」

 

真守はラテン語の直訳を即座に口にして訊ねる。

 

「語源はどうだっていいんだよ。僕たちの魔法名だからね。聞き慣れないかな?」

 

「なんだそれ」

 

「僕たち魔術師って生き物は、魔術を使う時に真名を名乗ってはいけないそうだ。古い因習だから理解できないけれど、重要なのは魔法名を名乗り上げた事でね。僕たちの間ではむしろ──殺し名、かな」

 

ステイルはそう告げると咥え煙草を口から外して外に放り投げた。

 

炎よ(Kenaz)──」

 

そして、咥え煙草から大きな炎が吹きあがってステイルの右手へと火球となって集まっていく。

上条は熱波から顔を守るように手をかざすが、真守は涼しい顔でステイルを見つめていた。

 

巨人に苦痛の贈り物を(Purisaz Naupiz Gebo)

 

その瞬間、真守たちに向かって炎の塊を投げ飛ばした。

 

真守は両手を胸の前でクロスさせて源流エネルギーを生成して、即座にシールドのように纏った。

真守たちに向かって放たれた炎は、真守がシールドとして展開したエネルギーと真っ向から衝突した。

 

蒼閃光が迸るごとに歯車が軋みを上げるような音が辺りに響く。

 

真守たちを襲った炎が真守の生成した源流エネルギーを衝突すると、何故か虹色の煌めきを辺りにまき散らした。

それは真守の展開したシールドの表面を流れていくように舞い散っていく。

 

エネルギーと炎の衝突の余波からインデックスを守るために、上条は身を挺して彼女を庇った。

 

(この虹色の煌めき……。源流エネルギーが炎を構成する謎のエネルギーを焼き尽くした事で生まれたモノ? この感触は生命エネルギーに似てる。……そうか。あのステイル=マグヌスとかいう男が能力の基盤に使っているのは、生命エネルギーを基に精製しているのか……?)

 

両手を胸の前でクロスさせるのをやめながら冷静に分析する真守を、ステイルは見つめた。

 

「……キミ、一体なんなんだい?」

 

ステイルは冷静に分析している真守をしかめっ面で見つめた。

自分の操る魔術の炎が、目の前の少女が発生させた何らかの未知なるエネルギーによって、焼き尽くされたと感じたからだ。

 

「朝槻真守。外から来た人間には理解できないかもしれないけど、私は強いぞ」

 

それは純然たる事実だった。

 

何故なら真守は消えた八人目とされる学園都市の頂点、超能力者(レベル5)流動源力(ギアホイール)だからだ。

 

「興味がある。お前、その未知のエネルギーは生命エネルギーから精製しているものだな?」

 

真守はステイルが未知のエネルギーを精製している臓器を寸分違わずに指さしてからスッとステイルの顔に指を向けた。

 

「何故、魔力の集中的な精製ポイントが分かる!?」

 

「私はエネルギーの流れを感知できる。それくらい当たり前だ。そうか、それは魔力というのか。またオカルトチックな名称だな」

 

「バカな! 魔力すら知らないのに何故そこまで看破を!?」

 

「エネルギーを感知できるからと言った。上条、魔術って能力とは全く別物らしい。あれは能力者みたいに周囲の事象に介入しているんじゃない。魔力というエネルギーを使って無理やり事象を作り出しているみたいなんだ」

 

「じゃあ、魔術っていうのは明確に科学技術じゃないってことか?」

 

真守の推測に上条が訊ねると真守ははっきりと頷いて断言した。

 

「仕組みが違っても、世界を侵食するように意図的に造り出された異能ならお前の右手は打ち消せるぞ」

 

「……やっぱり、俺の右手は魔術を打ち消せるのか。思えば、インデックスの服を木っ端みじんにしたのだって俺の右手だったし」

 

「え。……お前、女の子に何してるの?」

 

自分の右腕を見つめて呟いた上条の言葉に真守は即座に反応した。

一転して軽蔑のまなざしを真守が上条に向けると、上条が大きな声で言い訳をした。

 

「いやですね! インデックスさんが絶対防御だから包丁刺しても大丈夫って大見栄切るから! それで少し押し問答になって、俺の右手だったらお前のそれ、魔術って分かるんじゃねーかって、ちょっと軽い気持ちでやってしまっただけですよ!?」

 

「ふーん」

 

「この状況で塩対応止めてくれませんか!?」

 

言い訳を聞いて、ますます上条へと真守が心底軽蔑の視線を送っていると、上条が悲痛な声を上げた。

その二人の会話を聞いていたステイルは興味深そうに呟いた。

 

「成程。その経緯を聞いてやっとわかったよ。『歩く教会』はキミが破壊したんだね?」

 

ステイルの様子を伺いながら真守は上条にそっと囁くように声をかける。

 

「……上条、お前腹が立ってるだろ」

 

「当たり前だろ!」

 

「じゃあ、あの子のことは私に任せて。傷を塞ぐ手立てがあるからお前には時間稼ぎをしてほしい」

 

「そんな事ができるのか?」

 

「能力を応用すればな」

 

上条は真守の能力を力量装甲(ストレンジアーマー)という体の周りに生命エネルギーの余剰を纏ってシールドにする能力だと思っている。

 

その能力で説明がつかない流動源力としての力を使うから、真守は『応用すれば』という言葉であえて曖昧に表現する。

消えた八人目である事を隠しているのは心苦しいが、説明するのに時間が惜しい。

 

それ程までにインデックスが重症なのだ。

 

「分かった。あのステイルって奴は俺に任せて、お前はインデックスを!」

 

「頼む」

 

真守は上条と居場所を交代してインデックスの下に膝を下ろす。

 

ステイルは二人の会話を聞いて怪訝な表情をした。

自分の炎を焼き尽くすことのできるほどの破壊力を生み出せる能力者が、人を救う事もできるなんて尋常じゃない。

 

「でたらめな能力者だ。そんな能力者は後ろに下がってキミが僕の相手になるのかな?」

 

「なれるに決まってんだろ!」

 

ステイルと上条は睨み合う。

 

「────世界を構築する(M T W O T)五大元素のひとつ(F F T O)偉大なる始まりの炎よ(I I G O I I O F)

 

それは生命を育む(I I B)恵みの光にして( O L)邪悪を罰する裁きの光なり(A I I A O E)

 

それは穏やかな幸福(I I)を満たすと同時に(M H)冷たき闇を滅する(A I I)凍える不幸なり(B O D)

 

その名は炎、その役は剣(I I N F I I M S)

 

顕現せよ、我が身を食らいて力と為せ(I C R M M B G P)────!」

 

呪文のようなモノをステイルが詠唱すると、真守たちの前に巨大な炎によって形作られた巨人が姿を現した。

 

魔女狩りの王(イノケンティウス)。その意味は、『必ず殺す』」

 

「──邪魔だ!」

 

ステイルが放った魔女狩りの王(イノケンティウス)という炎の巨人を、上条は右手の幻想殺しで即座に打ち消した。

 

真守がインデックスの手を握って処置を始めようとしていると、真守の後ろに上条が打ち消した炎がなびいていく。

その炎が再び集まっている事に気が付いて、真守は後ろを振り返った。

 

そこには、魔女狩りの王(イノケンティウス)が再び顕現していた。

 

熱波と炎が真守とインデックスを襲う。

真守は左手を突き出して、インデックスと自分を守るように源流エネルギーを展開、その炎を全て焼き尽くした。

 

「上条!」

 

虹色の煌めきが辺りに吹きすさぶ中、真守がインデックスを庇っているので動けないと暗に告げると、即座に上条が真守の前に立って、魔女狩りの王(イノケンティウス)に立ち向かった。

 

魔女狩りの王(イノケンティウス)は凝縮された炎である光を帯びた十字架を手に取って、上条に向かって振り下ろす。その十字架に真正面から上条は右手を当てた。

 

どんな異能でも通常なら上条の右手の幻想殺し(イマジンブレイカー)は打ち消すはずだ。

 

だが、魔女狩りの王(イノケンティウス)とその十字架は上条の右手に触れているにも関わらず、その形を保ち続けていた。

真守はそこで、学生寮全体に帯びるエネルギーの異常な流れを知覚した。

 

「上条! この学生寮からソイツにエネルギーが集まってるぞ!」

 

「じゃあ、コイツに触れても意味がないのか!?」

 

「──ルーン」

 

上条と真守が未知の技術に困惑していると冷たく無機質な声が響いた。

 

それは、真守が手を握っているインデックスの声だった。

 

「『神秘』、『秘密』を指し示す二四の文字にしてゲルマン民族により二世紀から使われる魔術言語で、古代英語のルーツとされます」

 

「……ルーンって北欧神話の、神々の創造した魔法とか言うアレ? ……というか、お前意識が戻ったのか?」

 

真守は突然、目を見開いて冷静に言葉を紡ぐインデックスに問いかけた。

 

真守はオカルトを齧っている。

齧っていると言っても小説家が資料として集めるオカルト本をつらつらと見たり、十字教の聖書を読んだりするくらいだ。

そこには魔術の使い方も、こうして魔術が存在しているのなんて当然書かれていない。

むしろ今の今まで魔術とはフィクションであり、あったらいいなくらいで語り継がれていた幻想だと思っていた。

 

真守はオカルトに興味はなかったが、オカルトに触れなければならない理由があった。

 

源城深城。

まるで幽霊のようになってしまったあの少女。

自分の身に起こった事態に()()()()()()()()()にもかかわらず、深城は魂やら幽霊やら、天使なんかを信じていた。

 

(深城の信じているモノが知りたくて私はオカルトを齧った。その延長線上にある魔術。それが本当にあるって事は、もしかして魂も存在するって事か?)

 

真守がこの場にいない深城のことを考えているとインデックスが言葉を続ける。

 

「──『魔女狩りの王(イノケンティウス)』を攻撃しても意味がありません。壁、床、天井。辺りに『刻んだルーンの刻印』を消さない限り、何度でも蘇ります」

 

「お前、インデックスだよな……?」

 

「はい」

 

上条の確認するような問いかけにインデックスは迷わず即答する。

 

「はい。私はイギリス清教内、第零聖堂区『必要悪の教会(ネセサリウス)』所属の魔導書図書館です。正式名称はIndex-Librorum-Prohibitorumですが、呼び名は略称の禁書目録で結構です。自己紹介が済みましたら、元のルーン魔術に説明を戻します。『魔女狩りの王(イノケンティウス)』を形成しているのはルーン文字。それを消さなければ『魔女狩りの王(イノケンティウス)』を倒すことはできません」

 

「キミたちにそれは不可能だ。灰は灰に(Ash To Ash)──」

 

ステイルは真守たちの目の前で呟きながら右手に炎の剣を生み出した。

 

「──塵は塵に(Dust To Dust)

 

ステイルは続けてその左手にも炎の剣を生み出した。

 

「────吸血殺しの紅十字(Squeamish Bloody Rood)!」

 

ステイルが叫んで特攻してくるが、上条は動けない。

とっさに真守はステイルがいる方向へと源流エネルギーを放ってその炎の剣にぶつけた。

 

その瞬間、酷い爆発が学生寮の廊下を焼いた。

上条はそれによって階段の方へと吹き飛ばされた。

 

インデックスを抱いて視界が晴れるまで真守が辺りを警戒していると、ステイルもいなかった。

 

恐らく上条を追っていったのだろう。

 

「上条は自分の役目を担っている。私もやるべきことをしなければ」

 

真守はインデックスの体に手を当てると、スッと目を閉じた。

 

源流エネルギーに指向性を加えて電気エネルギーを生成する。

その生成した電気エネルギーをバチバチと掌に帯電させると、インデックスの体にその電気を通した。

その電気エネルギーを緻密に操作して、細胞一つ一つに分裂を促進させるように働きかける。

自然治癒を使って傷を急速に塞ぐ手法で真守はインデックスの治療を始める。

 

真守が生成できる生命エネルギーを直接体に注いで治療しないのは、真守が過去にそれで失敗したからだ。

真守が生み出す生命エネルギーは、死の向こう側に行こうとしていた人間すら救うが、その人間にある種の()()()を与える。

 

つまり、真守が生命エネルギーを注ぎ続けなければ、その人間は命を保つことができないのだ。

朝槻真守はほぼ死んでいた源白深城をそれで生かした。

 

その結果。

深城の体の成長が止まり、なおかつ真守が生命エネルギーを注ぎ込み続けなければ生きていけなくなってしまった。

真守と深城の体は目に見えない特殊なバイパスによって繋がっており、真守はそのバイパスを使って深城に生命エネルギーを注ぎ込み続けている。

 

真守がいれば深城は死なない。

 

だが、それは真守がいなければ深城は生きていけない事にも繋がる。

深城はずっと一緒にいてほしいと願った。

 

『死にたくない、一人にしないで』と、彼女は死の間際に言った。

 

その時、既に深城がかけがえのない人間になっていた真守はその願いを引き受けた。

絶対に離れないと誓った。

 

運命共同体である二人は、そうやって互いが互いを必要として生きている。

 

(深城みたいな事には絶対にさせない。インデックスは確実に私が救う! 救ってみせる!!)

 

真守は固くそう決意してインデックスの傷を癒すために祈るように能力を行使していた。

 




真守ちゃんの罪が明らかになった回。
深城に真守ちゃんは負い目がありますが、それ以上に真守ちゃんは深城のことを想ってます。

ちゃんと罪があってちゃんと汚い、でも命に対して真摯な真守ちゃん。



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第九話:〈渾身看病〉の果てに

第九話、投稿します。
※次は八月一四日土曜日投稿予定です。



真守と上条は自分たちのクラスの担任教師である月詠小萌先生のアパートを訪れていた。

 

上条はステイル=マグヌスとの戦闘に勝利した。

学生寮中の壁にべたべた貼られていたカードに書かれたルーン文字のインクを、スプリンクラーの水によって滲ませて消したのだ。

魔女狩りの王(イノケンティウス)』はその何千枚のルーン文字によって構成されており、そのルーン文字が使い物になら無くなれば力を失くす。

そうやって『魔女狩りの王(イノケンティウス)』を無力化して、上条はステイル=マグヌスを撃破した。

 

迫りくる魔術師を撃破したのはいいが、問題が残った。

上条の学生寮は火事騒ぎで救急車が来たり消防車が来たり大騒ぎ。

その場に留まるのは非常にマズいが行く当てがないのだ。

 

真守は病院に入院中だからIDのないインデックスを連れていく事なんてできないし、そもそも上条の自宅は相手に知られているので再び襲撃を受ける可能性がある。

 

それにインデックスの傷は深く、電気エネルギーで刺激を与える事で細胞の再生速度を促す方法で治療しているので、完治にまだまだ時間がかかる。

 

ゆっくりと治療できる場所を求めた結果、二人は担任を頼る事にしたのだ。

自分たちの担任──月詠小萌先生を。

 

真守がインターホンを何度か鳴らすが小萌先生が出てくる気配がない。

 

「この時間で眠ってたら流石に外見通りだが」

 

「くっそ。早く出て来てくれ、よ!!」

 

上条がインデックスをおぶったまま不躾にもアパートの扉を蹴り上げると、中から声が響いて来た。

 

「はいはいはーい。対新聞屋さん用に、ドアだけは頑丈なんです。今開けますよーっと!」

 

ガチャッと扉を開けたのは、何故かピンクのウサギ耳付きのパジャマを着ている小萌先生。

 

「朝槻ちゃん! ……え、上条ちゃんも!? 新聞屋さんのアルバイトでも始めたのですか?」

 

「そんなわけあるかい。ちょっと色々困っているんで、入りますね。先生」

 

「失礼するぞ」

 

真守と上条は横暴な様子で小萌先生の部屋へと侵入した。

 

「ちょ、ちょちょちょっと! 先生困りますぅー!!」

 

小萌先生の声が後ろから響く中、真守と上条は担任の自宅を見て呆然とする。

 

オンボロアパートなのは外から見れば分かっていた。

それに関しては何も言わない。

 

はっきり言おう。小萌先生の自宅は汚部屋である。

 

無数に転がっている酒の空き缶。

それらにはぎっちりと吸った後の煙草がねじ込まれており、酒好きに煙草好き。

まさかそんな事はないと思いたいが、ギャンブルも好きだったら人間として道楽に明け暮れて楽しく生きてますねという有り様だった。

 

小萌先生が慌てて片付け始めるが絶対にこの量は片付かない。

 

「こんな状況で聞くのはあれなんですけれど。煙草を吸う女の人は苦手ですか?」

 

小萌先生は上条に問いかけるが、上条はその問いかけに答えず、空いたスペースにインデックスをうつ伏せに寝かせる。

インデックスの傷を見て小萌先生が叫んだ。

 

「ど、どうしたんですか。それ……」

 

「見て分かる通り重症」

 

「いや、そういうことを聞いているのではなくてですね!?」

 

真守がケロッと告げると、ツッコミを入れんばかりに小萌先生が叫んだ。

 

「ちょっと色々あったから先生の部屋を貸してほしい。理由は聞かないで」

 

「ええっ!? ちょ、それは聞き逃せないですよ、朝槻ちゃん!」

 

「ごめん、小言なら後で引き受けるから。今は治療に専念させて」

 

能力開放の証として体の表面に展開してた猫耳と尻尾を、真守が抗議の意味を込めてぴょこぴょこフリフリと動かすと、小萌先生は黙った。

 

「わ、分かりました……」

 

小萌先生が小さく頷くのを確認した真守は、手の平の表面にパリパリッと電気エネルギーを迸らせる。

そして、その手の平をそっとインデックスの体に手を当てた。

真守が能力を精密に操って、本格的にインデックスの体の傷を塞ぐために集中している姿を、二人は固唾を呑んで見守っていた。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

翌朝。

真守と上条は体を起こしたインデックスと顔を合わせていた。

 

真守は夜明けまで能力を行使していたため疲労困憊だが、先程まで仮眠を取っていたので頭はきちんと働いている。

 

「てゆーか。なんでビール好きで大人な愛煙家の小萌先生のパジャマが、お前にぴったり合っちまうんだ?」

 

下半身を布団に突っ込んで座っているインデックスは現在、小萌先生の私物であるピンクのうさ耳パーカーを着ていた。

 

インデックスが着ていたあの白い修道服だが、血がべったりとついていたので小萌先生が服を貸してくれたのだ。

修道服は上条の右手で本当にパーツごとに分解されており、インデックスは安全ピンで留めて着用していた。

 

本当に素っ裸にしたのかコノヤロウ、といった真守の軽蔑の視線に、上条は気まずくて顔を赤くして目を逸らしていた。

 

「年齢差、一体いくつなんだか」

 

上条が体型がまったく一緒の二人を見比べて溜息を吐く。

 

「……見くびらないで欲しい。私も、流石にこのパジャマはちょっと胸が苦しいかも」

 

「なん……っ! その発言は舐めているのです!」

 

インデックスの言い分に小萌先生が声を上げて、わいわいと騒ぎ始める。

 

一応の所元気になったインデックスの様子を見て、真守が安堵していると、小萌先生がそんな真守を見た。そして、次に上条を見る。

 

「ところで上条ちゃん、朝槻ちゃん。結局この子は一体なんなんです?」

 

「私の妹」

 

「大嘘吐きにも程があるのです、朝槻ちゃん! 確かに碧眼は朝槻ちゃんと通じるところがあります、が! 朝槻ちゃん、あなた身寄りがないじゃないですかー!! 一体いつ肉親が見つかったのですかーっ!?」

 

ごまかせなかったか、と真守は顔を背けてチッと小さく舌打ちする。

小萌先生が態度の悪い真守を見て、顔をしかめている隣で、上条は真守が置き去り(チャイルドエラー)だという事を初めて知ったので目を見開いていた。

 

「朝槻ちゃん、上条ちゃん!」

 

「……先生、一つだけ。聞いてもいいですか?」

 

「ですー?」

 

小萌先生が叱咤するところで、上条は小萌先生へと進言した。

小萌先生が首を傾げるので、上条はおずおずと訊ねた。

 

「事情を聞きたいのは学園都市の理事会へ伝えるためですか?」

 

「上条ちゃんたちが一体どんな問題に巻き込まれるか分からないですけど、それが学園都市の中で起きた以上、解決するのは私たち教師の役目です。大人の義務です。上条ちゃんたちが危ない橋を渡っていると知って、黙っているほど先生は子供ではないのです」

 

小萌先生は『教師』モードになって『生徒』二人を諭す。

 

「……先生には言いたくない」

 

小萌先生に事情を説明しなければ、と上条は口を開こうとしたが、真守が上条を制止させる形で拒絶の言葉を吐いた。

 

「朝槻ちゃん!」

 

「先生には()()()()迷惑かけたくない」

 

真守はこれだけは譲れないと明確な意志を持って小萌先生をまっすぐと見つめた。

 

真守は超能力者(レベル5)流動源力(ギアホイール)という身分を偽って学校に通っている。

担任である小萌先生は真守が身分を偽っていると知っているのだ。

倉庫(バンク)の情報と真守の実際の能力が違うと、担任教師である小萌先生には隠し通す事なんて不可能だからだ。

 

上層部は真守が超能力者(レベル5)としての能力を有していると認識しているが、とある理由からそれを公的に認めようと動くことはない。

そんな上層部の意向を汲みながらも、真守を一生徒として守るために、小萌先生は色々と便宜を図ってくれている。

 

魔術とかいうよく分からないモノで、これ以上小萌先生に真守は迷惑をかけたくない。

ただでさえ上層部と真守の間で小萌先生は板挟みになっているのだ。

 

自分たちが解決できるならば先生を巻き込みたくない。

 

小萌先生は真守の様子を見て、溜息を吐いてから立ち上がる。

するとそのまま廊下へと向かっていった。

 

「先生?」

 

上条が去っていく小萌先生を見つめて首を傾げると、小萌先生は立ち止まって振り返った。

 

「執行猶予です。先生、スーパーに行ってご飯のお買い物してくるです。朝槻ちゃん、それまでにどう何を話すべきか、きっちりかっちり整理しておいておくんですよ? ……それと」

 

「……何?」

 

真守が小萌先生の言葉の続きに眉を顰めると、小萌先生はトテトテと歩きながら呟く。

 

「先生、お買い物に夢中になってると忘れるかもしれません。帰ってきたらズルしないで話してくれなくっちゃダメなんですからねー?」

 

そのまま、小萌先生は玄関から外に出ていった。

真守はそれを見送った後、インデックスの前にちょこっと座ってから目を伏せた。

 

「ごめん。どうしてもあの人だけは巻き込みたくない」

 

「ううん。私の事を助けてくれたあなたの気持ちだもん。私は大丈夫。……それに、これ以上私に関わる人を増やすのは良くないからね」

 

「一体どういう事だ?」

 

上条が真守の隣に座るために動いているとインデックスの言葉の意味が分からずに首を傾げた。

 

「魔導書っていうのは危ないんだよ。そこに書かれている異なる常識や違える法則、そういう違う世界って、善悪の前にこの世界にとっては有毒なの」

 

「有毒?」

 

「うん。魔術師ならともかく、この世界の人間が、違う世界の知識を知るとそれだけで脳は破壊されてしまうから」

 

真守はインデックスの言葉を聞いて頭の中で整理してから訊ねた。

 

「この世界、というのは科学世界の事を指しているのか?」

 

「そうじゃない。この地球って事。でも、そうじゃなくてもキミたち超能力者は魔術を使っちゃダメ」

 

「どうして?」

 

真守が問いかけるとインデックスは上条と真守を見てから諭すように告げた。

 

「魔術って言うのは才能のない人間が才能ある人間と同じことがしたいから生み出されたの。才能ある人間と才能ない人間は、回路が違うの」

 

「それは能力者が脳を無理やり開発して、それによって回路が異なっているという意味か?」

 

「そうなるね」

 

真守が即座に質問するとインデックスは頷いた。真守は畳みかけるように質問する。

 

「……それは能力者全員が等しく使えないのか? 能力者にも強度(レベル)があって、超能力者(レベル5)無能力者(レベル0)という才能の違いがあるんだが」

 

「回路を変えているという時点でもうダメなの。強度(レベル)? は問題じゃないんだよ」

 

「……お前は昨夜、あの神父と戦っている間にイギリス清教所属と言っていたな。魔術というのはイギリス清教が行っている超能力開発なのか?」

 

真守が昨夜、インデックス自身が言っていた『イギリス清教第零聖堂区「必要悪の教会(ネセサリウス)」所属』と言っていた事を思い出しながら訊ねると、インデックスは恥ずかしそうに眉を顰めた。

 

「もしかして、私は自動書記(ヨハネのペン)覚醒(めざ)めてた?」

 

自動書記(ヨハネのペン)?」

 

「うん。魔術を説明するための装置……みたいなものかな。覚醒めてた時のことはあんまり突っ込まないでほしいかも。……意識がない時の声って、寝言みたいで恥ずかしいからね。──それに」

 

インデックスは言いにくそうにしながらも自分の気持ちを吐露した。

 

「何だかどんどん冷たい機械になっていくみたいで、恐いんだよ」

 

インデックスの告白に、上条は息を呑んで、真守は目を細めた。

 

自分が少しずつ違う存在になるというのは、当の本人にとって恐怖しかない。

体の端から徐々に、自分という存在が蝕まれて段々と違うものへと変貌していく。

 

変化してしまったら、自分という存在が保てなくなる。

どう変化するのかは、変化した後にしか分からない。

 

変化した後の状態が心底嫌で、変わった事を変わった後に後悔しても。

その時にはもう元には戻れないかもしれない。

 

自分が明確に違うモノに造り替えられていく恐怖は、何も知らない人間にとって理解しがたいものだ。

 

「お前の恐怖は理解した。でも、お前は今ここにお前として確かに存在している。だから恐がらなくて大丈夫だ」

 

真守がインデックスの手を優しく握って切実な気持ちを込めて言い聞かせる。

──まるで、自分を鼓舞するかのように。

 

インデックスは真守の手の温かさを感じて、そっと微笑んだ。

 

「質問に応えてもらってもいいか?」

 

真守が訊ねると、インデックスはしっかりと頷いてから真守の先程の質問に答えた。

 

「私は確かにイギリス清教所属だけど、魔術は十字教全体で使われているの。それと超能力開発とは違う。魔術は超能力とはまったく別の技術だから」

 

「まったく別の技術。……だから回路が違うと使えないんだな?」

 

「うん。……十字教なんて元は一つなのに、どうしてローマ正教とかイギリス清教、もっと大きく言えば旧教や新教に別れちゃったと思う?」

 

インデックスは真守の問いに頷くと逆に問いかけてきた。

魔術が使われている十字教について、訪ねてきたのだ。

 

「そりゃあ……」

 

「政治に宗教を使ったからだ。まあ、宗教に政治を混ぜたとも言えるか」

 

上条が言いにくそうにしていたが、十字教に所属しているインデックスが問いかけてきたので、真守は侮蔑にならないと捉えて、正確な答えを告げた。

 

「うん。同じ神様を信じているのに分裂し、対立し、争いになった。それぞれが独自の進化を遂げて、個性を手に入れたんだよ」

 

「個性ねえ……」

 

上条が個性という言葉にピンと来ないで首を傾げている前で、インデックスは自分の身の上を話し始めた。

 

「私の所属するイギリス清教は、……もっと言えば、イギリスは魔術の国だから。魔女狩りや宗教裁判、そういう対魔術師用の文化が異常に発達したの。魔術結社っていう魔術師の集団もたくさんあるしね。穢れた敵を理解すれば心が穢れ、穢れた敵に触れれば体が穢れる。イギリス清教にはその穢れを一手に引き受ける、特別な部署があるんだよ」

 

「それが必要悪の教会(ネセサリウス)で、だからお前は一〇万三〇〇〇冊もの魔導書をその頭に記憶させられたのか?」

 

「そう。魔術っていうのは式みたいなものだから。上手に逆算すれば、相手の術式を中和する事ができるの。世界中の魔術を知れば、世界中の魔術を中和できるから」

 

「……そんなヤバいモンなら、読まずに燃やしちまえばいいじゃねえか」

 

上条がもっともな事を告げると、インデックスは首を横に振った。

 

「重要なのは本じゃなくて中身だから。原典を消してもそれを伝え聞かせちゃったら意味がないの。それに、原典の処分は人間には無理」

 

「え?」

 

「正確には、人の精神では無理なの。どうしようもないからこそ、封印するしか道がなかったんだよ」

 

魔導書の重要性を理解した真守は、インデックスに確認する目的で訊ねた。

 

「つまり、連中はお前の頭の中にある爆弾を回収したいってワケなんだな?」

 

「一〇万三〇〇〇冊は、全て使えば世界を例外なく捻じ曲げる事ができるからね。それがあれば大抵の事は叶えられるし」

 

「テメエ……なんでそんな大事な話、今まで黙っていやがった!!」

 

上条が拳を振り上げてインデックスへと怒鳴る。

上条の怒りを受けて、インデックスは布団から顔を半分出して気まずそうな顔をする。

 

「上条、怒鳴るな。落ち着け」

 

上条の事を横目で真守が諫めると上条は気まずそうな顔をして拳を下ろす。

 

「……だって、信じてくれると思わなかったし怖がらせたくなかったし、それに。あの……嫌われたくなかったから」

 

「ざけんなよ、テメエ! 舐めた事言いやがって! 必要悪の教会(ネセサリウス)? 一〇万三〇〇〇冊の魔導書!? とんでもねえ話だったし、聞いた今でも信じられねえ!! だけどな、たったそれだけなんだろう?」

 

「え?」

 

インデックスが上条の言い分が理解できずに首を傾げると上条は自分の主張を続けた。

 

「見くびってんじゃねえ。たかが一〇万三〇〇〇冊覚えたくらいで、気持ち悪いとか思うとか思ってんのか?」

 

「そうだぞ。完全記憶能力自体はそう珍しくない。覚えている内容がどうだろうと、お前が普通の女の子である事には変わりない」

 

「ちったあ、俺たちを信用しやがれ。人を値踏みしてんじゃねえぞ」

 

真守と上条がインデックスは普通の女の子であると口々に主張すると、

 

「ふえ…………」

 

インデックスは顔をくしゃくしゃにして泣きそうになる。

 

「ほら。俺って右手があるし、朝槻はなんと超能力者(レベル5)だ! 敵なんていねえって!」

 

既に真守は上条に自分が超能力者(レベル5)である事を話しており、それをインデックスを勇気づけるために使った。

それを聞いて、インデックスはジト目で上条を見つめる。

 

「……でも、学校に行かなきゃならないって言ったから」

 

「言ったっけ……?」

 

上条がすっとぼけると、インデックスが頬を膨らませた。

 

「絶対言った」

 

「そしてそれは補習なんだぞ、インデックス」

 

「朝槻さん!?」

 

真守がインデックスの味方をするように上条の情報を漏らすので、上条が顔を引きつらせた。

 

「……い、いいんだよ!! 学校なんて!!」

 

「じゃあ、なんで学校にいなきゃならなかったの? ……私がいると居心地悪かったんだ」

 

インデックスはふくれっ面になって訊ねるので真守は目を細めて上条に訊ねた。

 

「そうなのか、上条」

 

真守とインデックスの問いかけに上条は顔を背けるだけだった。

 

「悪かったんだ」

 

「……、」

 

インデックスが確認するように言葉をぶっきらぼうに零すと、上条は顔をもっと大袈裟に逸らした。

インデックスはそんな上条を捉えて口をあんぐりと開いて犬歯をきらーんと見せると、

 

「がぶっ!!」

 

っと、思い切り上条の頭に噛みついた。

 

噛んで噛まれての攻防を繰り広げているのを傍観してた真守は、突然自分の携帯電話が鳴り響いた事に気が付いた。

真守が上条とインデックス二人に断りを入れてから携帯電話をスライドさせて起動させる。

 

真守は表示された画面を見て、薄く目を見開いた。

 

「……ごめん、上条。主治医から帰ってこいって言われた」

 

真守が顔を上げて上条に伝えると上条はあー……。と、申し訳ない表情をした。

 

「入院しているのに夜通し帰ってなかったらそりゃ怒るよな……」

 

「うん。だから帰るね。何かあったら連絡して」

 

上条に帰る旨を真守は伝えると、何故か玄関に行って靴を取ってきた。

 

上条とインデックスが首を傾げている前で、真守は小萌先生の部屋にある窓に寄り掛かって靴を履き始める。

 

「え!? お前どっから出るの!?」

 

「ちょっと()()()()からここから出る」

 

上条が真守のまさかの行動に制止の声を上げるが、真守はそれを聞かずに靴を履く。

足を窓から投げ出した状態で靴を履き終えると、真守は蒼閃光で形作られた猫耳と尻尾を現出させて能力を解放した。

 

「んじゃ。上条、インデックス。またな」

 

真守は手を二人に振って挨拶をすると、そのままひょいっと窓から飛び降りた。

慌てて上条とインデックスが窓に近づいて外を見るが、既に真守の姿は見えなかった。

 

「行っちゃった……」

 

「お猫さまは気まぐれだなー……」

 

インデックスと上条は口々に既にいなくなってしまった真守についてそんな感想を述べていた。

 

 

 

──────…………。

 

 

(まずい……)

 

真守は体内にエネルギーを効率よく循環させて人間の身体能力を向上させて街中を爆走していた。

真守は走りながら携帯電話を睨みつける。

 

(最悪のタイミングで『再燃』した……っ!!)

 

真守の携帯電話には、とあるサイトの掲示板が表示されていた。

 

[消えた八人目の超能力者(レベル5)流動源力(ギアホイール)。朝槻真守の撃破ゲーム!]

[何をやっても死なない能力者! サンドバッグにピッタリ!]

[能力の腕試しをしたい人間はこの女が目印!]

 

そんな謳い文句と共に、真守の写真がアップされていた。

目に薄い線を入れただけでどんな顔をしているか一発で分かる写真だ。

その写真の服装は現在真守が着ている服であり、恐らく昨日どこかで盗撮されたのだろう。

 

朝槻真守は消えた八人目の超能力者(レベル5)である。

その身分は隠されている──ハズなのだ。

 

だが時々、掲示板などで真守の外見と共にこの能力者を襲撃して楽しもう、という悪趣味なゲームが開催される。

 

このゲームが度々開催されるから、真守は普段から不良に絡まれるのだ。

これまで何度か『再燃』しているこのゲーム。

 

(昨日ほぼ寝てないから体調が万全じゃない! いつもだったら余裕で『鎮火』するまで耐えられるけど、流石に今のコンディションでは不安が残る……!)

 

そのゲームが開催されるタイミングが最悪だから真守は焦っていた。

 

昨夜。

真守は魔術師と交戦した後にインデックスの深い傷を治療すために、電気エネルギーを生成してそれを操作し、細胞を活性化させて傷を塞ぐ──という、電子顕微鏡レベルの精密演算を夜通し行っていた。

少しばかり仮眠を取ったが、能力行使に必要な演算をするための脳は疲弊している状態だ。

 

真守が携帯電話に視線を落とすと、既に居場所を捕捉されており、どの方面に向かっているかリアルタイムで書かれていた。

 

不良たちの中には情報戦に長けている人間が必ずいるので、どこかに逃げ込んでも発見されてしまう。

 

だからゲームが『再燃』している間、真守は逃げ回らなければならない。

病院に帰るなんてもっての他だ。

 

大体ゲームはいつも二、三日で『鎮火』する。

それまで真守は仮眠を少しずつ取りながら対応しているのだが、疲弊している状態でゲームが『再燃』してしまうのは今回が初めてだった。

 

(とりあえず、一回どこかでわざと引きつけてから逃げるしかない)

 

真守は即決すると、相手を誘い出すために大通りからあからさまな路地裏に入って行った。

 

 

少しして。

その裏通りから凄まじい蒼閃光が迸り、真守が交戦に入った事が伺えた。

 

 

不良が自分の能力を振りかざすためのゲーム。

 

 

だが、今回のゲームはいつものゲームとは()()()

 

 

 

 

『とある代物』によって普段よりも過激なゲームになっている事を、真守はまだ知らない。

 




真守ちゃん、ハードモード突入。



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幻想御手事件篇
第一〇話:〈心配憂慮〉が心に灯る


第一〇話、投稿します。
次は八月一五日日曜日投稿予定です。
※誤字脱字をご指摘くださり、ありがとうございました。
 修正させていただきました。



垣根は携帯電話が震えているのに気が付いて顔を上げた。

『スクール』の仕事をこなしていた未明くらいまでは記憶があったのだが、どうやら寝落ちしてしまったらしい。

 

時刻は昼過ぎ。

随分と明るくなっている。

ぼんやりとした頭で携帯電話の着信を見ると、そこには『スクール』の構成員である誉望万化からの着信だった。

 

「なんだ」

 

〈……っあの、少し気になる情報を見つけまして。ご連絡を〉

 

あからさまに機嫌の悪そうな垣根の声に、誉望はビクつきながらも要件を説明する。

 

流動源力(ギアホイール)関連の情報で気になるのを見つけまして〉

 

「話せ」

 

〈朝槻真守が流動源力(ギアホイール)に仕立て上げられてます。そして、掲示板でターゲットとされて襲撃を受け続けています〉

 

「……真守が? どういうことだ、オイ」

 

朝槻真守は力量装甲(ストレンジアーマー)大能力者(レベル4)だ。

それなのに何故そんな事が起きているのか。

 

垣根は頭を即座に覚醒させて問いかけた。

 

〈分かりません。ただ、流動源力(ギアホイール)の外見が朝槻真守として掲示板にアップされて、そこを利用するユーザー……まあ、不良が多いんスけれど。そいつらがゲーム感覚で朝槻真守のことを襲撃していて。……あ、今。朝槻真守が撃退したって書かれました。どこの方面に逃げたかも書かれてる。足取りが完全に追われています〉

 

「狙われ続けてるって事か?」

 

〈はい。逐一情報がアップされていて、これじゃいつか疲弊して叩かれるのは確実ですね。結構な数を撃退しているんですが、それを面白がって他の掲示板でも騒がれるようになってて。情報が拡散しています〉

 

垣根はそこで真守のことを思い出した。

自分に向かってくる人間は容赦なく叩き潰すが、命は絶対に獲らないし自分から手を出す事なんてしない。いつでも真守は相手の自滅を待っている。

何度刃向かってきてもそのスタンスを崩さないので垣根が注意したところ、真守は『挑戦することは良い事』だと言い放って自分を呆れさせた記憶がある。

 

真守は人間に対して優しすぎる。人を疑おうとしないのだ。

人の好意に裏があるかもしれないのに。

 

悪党であり、裏がある自分の好意を素直に受け取って、真守はいつも微笑んでいる。

控えめで自分のしたいことはあんまり言わない。

それらすら周りの人間に迷惑をかけたくないという優しさが根底にあるのだ。

 

垣根が遠慮することないと言った時には、はにかみながら律儀にお願いしてくるのだ。

優しさに慣れていないから、照れ隠しにいつも微笑むのだと、真守の過去を調べた垣根は知っている。

 

そんな心優しい真守が、襲撃を受け続けている。

 

真守は絶対に何も悪いことをしていない。

あの能力は絶対防御だから、面白おかしくゲーム感覚で狙われているのだ。

 

そんなの、許せるはずがなかった。

 

「────情報を集めろ」

 

垣根は空間をヂヂィッとひりつかせる殺気を出しながら誉望に命令した。

誉望は電話越しにさえ感じるその威圧感に顔を真っ青にして吐く直前になりながらも声を絞り出した。

 

〈…………はいっ…………!〉

 

誉望はそこでガチャガチャッと電話の向こうで動きながら通話を切った。

垣根は即座に携帯電話を操作して真守に連絡を取った。

 

 

 

 

──────…………。

 

 

 

垣根と誉望が連絡を取っている間、真守は絶賛撃退後だった。

真守は能力を行使してビルの屋上まで一気に飛び上がると、柵の上に立って辺りを見回していた。

そこら辺に不良がうようよして、真守を探しているようだった。

 

(おかしい。不良の強度(レベル)が異様に高い……)

 

真守はいつものゲームとは違う雰囲気を感じ取っていた。

真守は自分で生成する源流エネルギーを体に薄く膜のように張っているので、自分の身に攻撃は絶対に通らない。

だが、そのシールドに加えられる衝撃を感じ取ることができる。

 

それが異様に強いのだ。

 

しかも銃火器やナイフといった小手先の武器ではなく能力を使って、真守を襲撃する不良がいつもより圧倒的に多い。

 

(武装無能力集団(スキルアウト)だけじゃなくて普通の学生もちらほら混じってるし。それにしても強度(レベル)が高すぎる。おかしい。絶対に何かある)

 

真守はそう推測するが、それを調べるための行動に移る事ができない。

 

襲撃が止まないのだ。

勿論、真守もただ襲撃され続けているのを黙っているような性質ではない。

 

持ち歩いているPDAによって電撃使い(エレクトロマスター)のように掲示板にハッキングを仕掛けて、自動で自分の情報を削除するようにプログラムを組み上げてある。

だが面白がって対抗するハッカーがいて、情報の拡散が止まらないのだ。

 

先程、ダミー情報をばらまいた真守はそのままホテルに逃げ込んで三〇分程仮眠を取った。

 

だが夜通しのインデックスの治療の疲弊がやはり抜けない。

真守は学園都市の街並みを見下ろしながらため息を吐いた。

 

(いつもみたいに誰が最初に掲示板に私の事を書き込んだか分からなかった。それに関しては()()()が仕掛けたって分かってる。でも、絶対にそれだけじゃない。何かが今回のゲームに絡んでいる。偶然とは言い難い何かが。……どっちにしろ、一筋縄じゃいかない)

 

真守が危機感を抱いていると、着信があり携帯電話が鳴り響く。

真守が確認すると『垣根帝督』と表示されていた。

 

「垣根、どうした?」

 

真守は疲労を感じさせないようにケロッとした声を出しながら、器用に柵に座ると、足をぶらぶらとさせる。

 

〈どうしたじゃねえよ、テメエ〉

 

しょっぱなからキレ散らかしている垣根の声を聞いて、真守は思わず耳から携帯電話を離して目を見開き、携帯電話を見つめてしまった。

 

真守を襲ってきた不良に対して、垣根は容赦なく怒りを向けたりするのだが、その怒りのまま垣根が真守に話しかけてきたことはなかった。

 

「なんで怒ってるんだ?」

 

真守がびくびくして声をかけると、電話越しで垣根が息を呑んだのが聞こえた。

どうやら怒ってはいるが、真守を怖がらせるつもりはないらしい。

 

〈……わりぃ。お前に怒ってるわけじゃない。いまどこにいる? 朝からずっと襲撃され続けてんだろ〉

 

「なんで知ってる?」

 

自分の現状を垣根が知っているので真守は不審がる。と、すぐに思い至った。

流動源力(ギアホイール)の情報を収集している垣根であれば、気づくに決まっている。

 

(まずい。下手な事言ったら事態がよりややこしくなる……!)

 

真守が何とかして切り抜けないと焦っていると、通話越しに心の底から心配している声で垣根が訪ねてきた。

 

〈掲示板であれだけ騒がれてたら嫌でも気づく。で、お前今どこにいる?〉

 

「……なんで?」

 

真守が自分の居場所を聞いてくるので、警戒の度合いを引きあげて訊ねる。

 

こういう場合は情報を簡単に渡してはダメだ。

 

真守が心の中でそう考えて質問に質問で返すと、垣根が怒鳴った。

 

〈なんでって、お前。自分の状況考えて言ってんのか?! 不良って言っても物量で圧されたらお前だってマズいだろうが!! 助けが必要じゃねえのかこのバカ!! お前一人で対処できるはずがねえだろうが!!〉

 

真守は心が締め付けられる想いだった。

 

垣根は真守の事を流動源力(ギアホイール)としてではなく、力量装甲(ストレンジアーマー)として認識している。

力量装甲では防戦一方だと考えて垣根は真守を本気で心配しているのだ。

 

(垣根は私を助ける気だ。でも、この状態で手を出されたら確実に私が流動源力(ギアホイール)だって事がバレる! バレたら消えた八人目の事を敵視している垣根にどう出られるか分からない。最悪戦闘になるかも。……第二位。超能力者(レベル5)の、それも第二位だ。この世に存在しない物質を生み出すって事は『無限の創造性』があるって事。不良なんて比較にならない手数で圧される! 今のままじゃ追い詰められる!)

 

いつもの真守ならば、相手を言葉で誘導して、簡単にこの状況を切り抜けられただろう。

 

だが真守は現在疲弊している状態であり、不良に追われながら掲示板を確認してハッキングしたり、裏で誰が糸を引いているのかなど、既に並列処理で思考している状態だ。

だから垣根への対策にまで即座に思考を巡らせる事ができなかった。

 

〈真守? 大丈夫かオイ。襲われてんのか? 今どこだ! 早く教えろ!〉

 

真守がどうすればいいか良い案が出ずに沈黙していると、垣根が焦った声を上げた。

 

何か言わなければ。

でも何を言えばいいのか。

その策を組み立てる事ができない。

自分がそれくらい疲弊しているのが分かる。

だからどうすればいいか分からない。

どうすれば垣根帝督と敵対する事なくこの場を切り抜けるのか。

どうしたら、どうすれば。どのように──。

 

良い策が思い浮かばずに真守の中で焦りが最高潮に達した時、思わず口を開いた。

 

「…………な、いで」

 

〈あ?〉

 

 

「──来ないで!」

 

 

真守ははっきりとした拒絶を大声で上げると、そのまま勢いに任せて電話を切った。

呆然と携帯電話を見つめていた真守だが、即座に電話を切った事に後悔した。

 

(やってしまった……どうしよう!? と、とりあえず移動しないと!)

 

真守はとりあえず追跡防止のために携帯電話の電源を切る。

PDFからでも掲示板へのハッキングは可能だから、携帯電話の電源を切った所で大した問題じゃない。

 

そして真守は場所を移動するために、即座にビルの上から飛び降りた。

 

 

──────…………。

 

 

ツーツー、という通話が切れた音を聞きながら、垣根は呆然としていた。

 

明確な拒絶だった。

その拒絶に乗った感情は明らかに切羽詰まっていて、いつもの冷静な真守ではなかった。

 

冷静さを欠くほどに追い詰められているのは確実だ。

垣根は携帯電話を操作すると通話をかける。

 

「誉望、真守の現在位置を調べろ、早く!」

 

垣根が怒りを明確に表したので、ヒッと唸って誉望はすぐに行動を開始した。

 




垣根くんは『無限の創造性』を持っていないです。
でも真守ちゃんは能力の真髄に気づいています。



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第一一話:〈光芒一閃〉で新たな道へ

第一一話、投稿します。
次は八月一六日月曜日投稿です。


真守は第七学区の廃ビルの最上階に身を隠していた。

 

(周りに人はいない。衛星と学園都市内に設置されたカメラから辿れない経路を使ったから流石に大丈夫か)

 

真守は身だしなみチェック用の鏡で辺りを確認してから廃ビル内に引っ込んで、柱の一つに寄り掛かってずるずるとうずくまる。

 

(問題は垣根だ。深城が超能力者(レベル5)という情報に基づいて私に近づいてきたって事は確実に上層部に近い所にいるか、自前の情報網を持っているかのどっちか。後者だったらここもバレるかも。変な電話の切り方してしまったからきっと探してる)

 

『真守ちゃん』

 

真守がこれからどうしようかと対策を練っていると、ふわっと目の前のガラスが砕かれて吹き抜けになっている窓の向こうから深城がやってきて心配そうに自分を見下ろしていた。

 

『大丈夫?』

 

「問題ない。少し考えたいから周り見といてくれる? 顔が分からなくても誰か来るくらいは分かるだろ?」

 

『うん、分かったよぉ』

 

深城は素直に頷くとビルの向こうからふわっと浮かんで降りていった。

 

(問題が多すぎる。垣根の事もそうだけど、どうして今回のゲームで襲ってくる不良たちはみんな強いんだ? まるで強度(レベル)が全体的に底上げされているような印象を受ける)

 

真守は口に手を当てて熟考する。

 

(何かの装置を使っている? そんな代物があったらこの学園都市の無能力者(レベル0)はもっと減ってるハズ。ここ最近開発された? 上層部はそんなの絶対に作らない、その確信が私にはある。だとしたら誰かが意図的に流布している? ……都市伝説に何かあるかも)

 

真守はPDAを取り出してから辺りを見回す。

この廃ビルは電気が生きているのでどこかに電話線があれば良いと思って探すと、目的の電話線があった。

ウェストバッグからルーターを取り出して電話線に取り付けると、真守はPDAを起動させる。

 

そして、蒼閃光(そうせんこう)で形作られた猫耳と尻尾を出して能力を解放すると電気エネルギーを発生させてハッキングを開始する。

 

「検索ワードは、そうだな。『強度(レベル)・上げる・装置』……こんなモンで良いか」

 

真守は簡易的な言葉を並べてそれを条件にしてネットを探る。

 

検索エンジンでもそうだが、何かを調べたい時は言葉を簡潔にした方がヒットしやすい。

この場合は『強度(レベル)を上げる装置』よりも『強度(レベル)・上げる・装置』など三つの言葉を羅列させた方が情報検索の効率が圧倒的に良い。

真守がネットを探っていると、気になる言葉が出てきた。

 

幻想御手(レベルアッパー)……?」

 

幻想御手(レベルアッパー)。使えば能力の強度(レベル)を簡単に引き上げる事ができる夢のアイテム。

 

(すごい騒がれてるな。取引されているみたいだがどんな代物かどこにも書いてない。頒布している人間が意図的に隠しているのか。とりあえず、今のうちに情報収集を──)

 

真守がPDAを続けて操作しようとすると異変を感じ取って天井を見た。

 

(人の気配がする)

 

真守はPDAと簡易ルーターをとっさにしまって立ち上がり、柱に背を預けながら辺りを探る。

 

(いきなり屋上に現れたって事は空間移動系能力者? 手加減が面倒なんだよな、連中……!)

 

真守は息を殺して屋上の人物を警戒する。その人物は移動して屋上からビルの中へ入ろうとしていた。

真守は階段から見えない死角へと移動して警戒する。

 

(床に散らばったガラスの破片が踏み砕かれる音からして一人。歩幅的に身長が高い。随分と早足だ。……なんか焦ってる?)

 

真守は嫌な予感がして鏡を取り出して階段の方を映すと、そこにはクラレット色のスーツにワイシャツの前を開けて中にワインレッドのセーターを着こんでいる垣根帝督がいた。

 

真守のいるフロアにやってきて辺りを見回している姿が見えて、真守は息を止めた。

 

(垣根……? ここまで追ってくるなんて情報収集能力が高い証拠だ。それにスーツ? ……病院に来た深城の古い友人を騙った二人組はスーツとドレスだった。片方が垣根。あの二人組はナースの精神を操作してた。垣根の背後には精神系能力者がいる。なら、監視カメラや衛星から逃れたって意味がない。ここにいるのがバレるに決まってる……!)

 

「……真守、そこにいんのか?」

 

真守は突然垣根に声をかけられて目を見開いた。ふと、鏡を見ると垣根が鏡を見つめていた。

どうやら太陽光の反射で光る鏡に垣根は気が付いたらしい。

 

(こういう手に気づくって事は垣根はやっぱり暗部の人間!)

 

真守はハッと息を呑んで、思考が鈍った頭をフル回転させる。

 

(どうにかしてこの場を切り抜けなきゃ!! ……垣根は私の事、常識人だと思ってる。闇から逃れられた幸運なヤツだって。だから追い詰められてる可哀想な私の事を助けに来た。……もしかしたら私が垣根と同じ『闇』にどっぷり浸かってるって知ったら、なんとか追い返せるかも……っ)

 

真守は高速で思考すると、柱の影から垣根の前に姿を現した。

 

「垣根」

 

真守が垣根の名前を呼ぶと彼はあからさまに安堵の表情を浮かべて近づいてきた。

だが、途中で真守の様子を見て立ち止まった。

 

真守が訝しんでいる前で、垣根は思わず呆然としてしまった。

 

真守があからさまに疲弊していたからだ。

寝ていないのか顔色が悪いし、いつも綺麗に結い上げてある猫耳ヘアは乱れており、汗によって前髪が張り付いている。

羽織っているパーカーは綺麗だが、その中に着ている白い袖なしのブラウスが汗によって体に張り付いているし、ウェッジソールの白いパンプスは薄汚れている。

 

長時間逃げ続けた結果が真守の外見に現れていた。

 

「びっくりした。どうして来たの?」

 

真守が過酷な環境に置かれているのだと気づいて愕然としている垣根に、真守はいつものようにぶっきらぼうな口調で訊ねた。

 

「……どうしてって、お前が心配だからに決まってんだろ?! あんな風に電話切りやがってそのまま連絡つかねえし……今までずっと逃げてたのかよ!」

 

「そう。逃げてた」

 

「逃げてたって……とにかく、まともに休める場所を俺はいくつか知ってる。こんなクソみてえな場所から早く移動しようぜ」

 

垣根が真守を連れていくために一歩近づくと、真守は一歩下がった。

 

「真守?」

 

「垣根。私は別に大丈夫。垣根が助けなくちゃならない程弱くない」

 

「……お前、そんな格好してそんなに疲れ切った顔して何強がってんだよ!!」

 

「私は垣根が思っているような人間じゃない。だから助けなくていい」

 

「俺がお前をどう思っていようが、お前が助けを拒む理由にはなんねえだろうが!?」

 

垣根が怒鳴るので真守はキッと垣根を睨み上げて拒絶の意志を示して冷たく言い放った。

 

「お前は私の事を人格者だと思ってるんだろう。……そんなワケない。お前は勘違いしている。私は、お前が助けなくちゃいけないって思うような人間じゃない!」

 

「だから、俺がお前をどう見てるかなんてなんで関係あるんだよ!!」

 

 

「私は、人を殺したことがある!!」

 

 

真守の突然の告白に垣根は呆然として思考が真っ白になる。

 

「な……ん、……それ、どういう……」

 

「私は人を殺せる側の人間だ。そんな人間をお前は助けなくていい。助けるべきじゃない」

 

「なに突然嘘ついてんだよ! お前は絶対に人を殺さないようにしてるじゃねえ────……!!」

 

垣根は自分の言い分におかしなところがある事に気が付いて言葉を詰まらせた。

 

人を殺さないようにしている。

それは以前に人を殺したことがあるからこそ、殺さないように手加減できるという事だ。

真守の告白が真実ならば。

 

真守は人を殺した事を悔やんでこれ以上殺さないように心掛けているだけの事だった。

 

「私は、まちがえた」

 

真守は過去を思い返して呟く。

 

「大切な人を傷つけられて、何もかもが憎かった。良い人も悪い人も区別なく、たくさん殺して、その人たちの全てを奪った。その人たちは何も悪いことしてない。ただそこにいたからっていう理由で私に殺された。その人たちの命だってかけがえのない命で、替えのない人生で。……そんな人たちを私は平等に殺した」

 

垣根はその告白を聞いて真守の身の上を思い出した。

朝槻真守は、重傷を負って昏睡状態となった源白深城を連れて研究所から逃げ出した。

 

恐らく、その時に殺人を犯したのだ。

 

真守が源白深城と共に研究所を逃げ出したのは約五年前と推測できる。

真守があの病院に入院したのが五年前からだからだ。

 

五年前。つまり、一〇歳という幼さで真守は既に人を殺す事ができたのだ。

そんな自分を異常だと認識しているからこそ、真守は垣根に助けなんて要らないとかたくなに拒絶してきたのだ。

助ける価値なんてないと。殺人ができる人間を助ける意味なんてないと。

 

真守はたった一五歳で。

一人で。

罪を背負いながらも、強く自分を律して陽の光の下で懸命に生きてきたのだ。

 

垣根は勘違いしていたと知った。

真守は陽の光の下で楽しく暮らしていたのではない。

 

『闇』に囚われないように懸命に戦いながら陽の光の下にいたのだ。

 

真守は垣根の考えている事なんて気にも留めずに、自分の気持ちを吐露する。

自分がそうやって生きていかなければならないという固い決意を口にする。

 

「……確かに、大切なものを傷つけられて守るために、戦うのはいい。でも、何があっても人の命を奪っちゃだめだ。どんなに憎くて苦しくて、何もかもめちゃくちゃにしたくても。……何も知らないで幸せに暮らしている人を殺しちゃいけない。人の幸せを奪っていい人間なんてこの世にいない」

 

真守はぎゅっと胸の前で手を握って、垣根を見上げる。

 

「私はそれを()()()()()()()()()、自分から人を傷つける事はしない。大事なモノを守れればそれでいい。私にはその力がある。──人を不用意に傷つけないで、大切なモノを守り抜く力が」

 

真守の固い決意の言葉が垣根の胸に深く突き刺さった。

 

どんなに汚い手を使ってでも、この学園都市を都合のいいように利用し尽くす。

誰を犠牲にしても、何が犠牲になったとしてもこの憎い学園都市を必ず支配する。

支配して、壊して作り替えて。骨の髄まで利用し倒す。

利用される側であった自分が、今度は学園都市を利用するのだ。

それを信条として垣根はここまで生きてきた。

 

学園都市を良いように利用するためには、一度壊さなければならない。

だからこそ垣根帝督は統括理事長、アレイスター=クロウリーが進めている『計画(プラン)』をめちゃくちゃにするために『第一候補(メインプラン)』である流動源力(ギアホイール)の情報を得るべく朝槻真守に接触した。

 

その朝槻真守は垣根帝督のようにこの学園都市のありふれた悲劇に遭遇していた。

そして学園都市を壊すために復讐を決意して、そしてその復讐の最中誰かにそれがいけないことだと教えてもらった。

 

朝槻真守は、既に垣根帝督が進もうとしていた道の先へと到達していたのだ。

真守は今、新たな可能性を模索している最中なのだ。

復讐で背負ってしまった罪を償いながら、何が本当に良いことなのか考えながら手探りで前へ前へと進み続けている。

 

この少女の後を追うように自分がこのまま道を突き進めば、きっと朝槻真守が今背負っている罪が待っており、朝槻真守のように新たな可能性を苦しみながら模索しなければならなくなるだろう。

 

自分の望むとおりに全てを壊したら、そこで幸せに暮らしていた人間を不幸にする。

それでも垣根帝督は良かったのに。

朝槻真守がそれを酷く後悔しているから。

自分も後悔してしまうのだろうか、とそう考えてしまった。

 

全てを壊した先には何が待っているだろうか。

達成感なんてなくて、全てを壊したという虚無だけが残り、罪悪感に呑まれるのだろうか。

もしかしたら、虚無と罪悪感の中、苦しんで死に絶えるかもしれない。

 

朝槻真守はそんな結末に行きつきたくないから、自分ができる事を必死に探して日々を懸命に生きている。

 

垣根帝督の未来のカタチが、朝槻真守という一人の少女として、目の前に存在している。

存在しているからこそ、垣根帝督は自分の行きつく未来を想像する事ができた。

 

 

垣根帝督はこれまで自分がやろうとしていたことや、信条としてきたものがボロボロと崩されていくのを感じた。

 

 

真守は呆然としている垣根を睨み上げるように見つめていた。

垣根帝督は確実に暗部組織の人間だ。

暗部。

それは学園都市で表沙汰にできない後ろ暗い裏方の仕事を秘密裏に処理する組織だ。

所謂、学園都市の『闇』。

真守がいた研究所も学園都市の『闇』の一部で、研究所では人体実験が横行していた。

 

使い潰される命。それをどうとも思わない研究者。

それを許容する『闇』。

人を殺さないで自分の大切な存在を守れればいいと思っている真守は、自分や深城に伸びる『闇』の魔の手から逃れればそれでいいと考えている。

それに、学園都市が存続してく中で必要な『闇』を消すことは、何の地位もない消えた八人目の超能力者(レベル5)である真守には到底不可能な事だ。

 

真守は垣根が自分のことを無害な人間だと認識している、と感じていた。

助けるべき人間だと。おそらく『闇』から守るべき人間だと垣根帝督は心の底から思っている。

優しい人だ。

朝槻真守は、垣根帝督が優しすぎるが故に傷ついて自暴自棄になっているとずっと感じていた。

 

そうと言っても、垣根帝督が自分や深城を利用しようと近づいてきたのは事実だ。

垣根が『闇』として深城に手を伸ばしてくるならば容赦しない。

 

だから、垣根にはここで引いてほしかった。

 

自分と同じ『闇』であると落胆して、助けるべき人間ではないと知って欲しくて、このまま立ち去って欲しかった。

 

だから人を殺したと、そんな人間を助けることなんてしなくていいと、真守は再三にわたって垣根に伝えたのだ。

 

場に沈黙がもたらされて、真守は目を細めて垣根を見ていた。

垣根が黙って動かないのを疑問に思いながら、真守は口を開いた。

 

「分かった? 私はお前が助けるべき人間じゃない。だからこのまま帰って」

 

真守は、そこで言葉を切ってぐっと力を込めてから言い放った。

 

 

 

「それでもう、きっと。二度と会う事はない」

 

 

 

垣根帝督は流動源力(ギアホイール)を探っている。何かに利用しようとしている。

それが明確に理解できた今、もう一緒にいられない。

一緒にいるには何か対策を講じなければならない。

その時間も余裕も、今の朝槻真守にはない。

 

真守が決別の言葉を吐くと、その言葉に垣根は呆然として真守の顔を見た。

 

真守もそんな垣根の表情を見て息を呑んだ。

 

垣根が酷く傷ついた顔をしていたからだ。

 

一緒にいられなくなる事が認められない、そんな事になってしまうのが信じられない。

 

そんな現実は受け入れられない、と。

 

「ど……どうしてそんな顔するんだ?」

 

真守は思わず一歩後ろに下がりながら、震える声で訊ねた。

 

流動源力(ギアホイール)の情報を聞くために垣根は近づいてきたハズだ。

打算で自分と一緒にいたハズだ。

その内に垣根は自分の事を人格者だと信じるようになって、気に入っていたのではなかったのか。

人格者じゃないと分かったら。

垣根自身と同じ『闇』に手を染めていたと分かったら。

落胆して離れていくと思ったのに。

 

どうして縋りつくような目で自分の事を見てくるのか、真守には分からなかった。

 

「………………お前は、それでこれからどうするんだ?」

 

自分と真守が共にいられない未来が待っている。

真守はそんな未来で、自分から離れて。

これからどこに向かうのだろうと、垣根は純粋に疑問に思って訊ねた。

 

酷く冷静だった。

関係がここで断ち切られると分かっているのに、酷く心がかき乱されているのに。

 

何故か、いつもよりも穏やかな声が出た。

 

真守は垣根の様子に困惑しながらもこれからの方針を簡潔に告げた。

 

「……とりあえず逃げる。いつもの事だから二、三日で収束するハズだし」

 

「いつも?」

 

「そう。いつもの事だ。こうやって時々ゲームが再燃する。私は連中にとって珍しい存在だから。ただ、それだけの話だ」

 

「……お前が本当は超能力者(レベル5)じゃないのに?」

 

「……、」

 

真守は垣根の問いかけに思わず口を噤む。

口を噤んだのが、まずかった。

真守が後悔したと同時に、垣根が真守の沈黙を読み取って訊ねてきた。

 

「……お前、本当は消えた八人目なんだな?」

 

真守は覚悟を決めた。

垣根と戦う事になったとしてもしょうがない、と。

 

「そうだ。私の本当の能力名は流動源力(ギアホイール)。お前が探している消えた八人目とは私の事だ」

 

真守は明確な敵意を持って垣根に宣言した。

 

自分が流動源力(ギアホイール)だという事を示すために、能力を発動した。

真守は周りに電気エネルギーを迸らせて火花を散らす。

そして、その外側に運動エネルギーを生み出して垣根へとけん制するように風を巻き起こした。

真守の演算能力の特徴は並列処理にある。

エネルギーを数種類、同時に生成して操る事なんて真守には簡単な事だ。

 

真守のけん制に垣根は怒りも敵意も覚える事もなく、穏やかな声のまま、真守に訊ねた。

 

「俺が消えた八人目を探してるって知ってたんだな?」

 

「……途中から。垣根がどんな人か分からなかったし、目的も何も分からなかったから、黙ってた。……だから。だからな、」

 

真守は垣根の言葉にしっかりと頷いた後、顔を歪ませて悲痛な声で叫んだ。

 

「人を殺した事があるって言えば、私の事を人格者だと思ってるお前は引き下がると思った! だからそんな顔させたくて言ったんじゃない! 優しいお前を傷つけるために言ったんじゃない! こんなっ……っ()()()()()()()()()()()()()()!!」

 

垣根帝督は暗部組織『スクール』のリーダーで、アレイスターの『計画(プラン)』をぶち壊すために流動源力(ギアホイール)の事を探って打算で朝槻真守に近づいた。

 

だが、その朝槻真守は人をきちんと見極める確かな目を持っていた。

 

その朝槻真守が自分を優しいと言えば、自分の本質はそういうものなのかもしれないと思う事だって、()()()()()()()()()()にはできる。

いつからか、垣根帝督は朝槻真守を信じるに値する人間だと思っていたのだ。

 

人の事を見る確かな目を持ち、自分の進むべき道をきちんと見極めている朝槻真守。

消えた八人目という明確に地位が存在しない彼女は、誰の力も借りられない。

 

『闇』に囚われないように学園都市と真っ向から戦う道を選んだ真守は、これからもその道を孤独に突き進んでいくだろう。

 

確かに真守の傍らには源白深城がいる。

でも源白深城は昏睡状態で。真守にとって彼女こそがかけがえのない存在で、真守が何としてでも守っていかなければならない少女だ。

朝槻真守の傍には事実上、誰もいないのだ。

何処まで行っても一人ぼっち。

誰も真守の抱えているものを知らないから、誰も力になる事ができない。

 

ならば。

 

全てを知った自分がすることは決まっていた。

 

「助ける」

 

「え」

 

「俺が助ける。俺が傍にいる。だから、もう二度と会えないなんて言うな」

 

真守は必死で懇願してくる垣根の姿を見て、思わず能力を発動し続けるのをやめてしまった。

 

電気エネルギーは散って、運動エネルギーによる風も起こらなくなった。

真守の起こした風によってなびいていた垣根の長い髪の毛が元の位置である肩に降りた。

 

真守は眉を八の字にして悲痛な表情をしながら思わず訊ねた。

 

「……私の事、許せるの?」

 

垣根は流動源力(ギアホイール)の事を敵視していた。

真守はそれを知りながらも超能力者(レベル5)である事を隠して、垣根の出方を伺っていた。

それらを許せるのか、真守は問いかけていた。

 

「そんな事はもうどうでもいい。……どうでもいいんだ」

 

本当にもう、どうでも良かった。

人を殺した事があるとか。

消えた八人目であることを隠していた事とか。

流動源力(ギアホイール)の情報を収集するためとか。

自分の信条を折られた事とか。

自分が似合わない言葉を言っているとか。

 

()()()()()()()、この少女が自分から離れていく方が嫌だった。

 

「……じゃあ、助けてくれるの?」

 

「ああ」

 

真守が訊ねると垣根はしっかりと頷いた。

 

真守は恐る恐る垣根へ近づくために一歩踏み出した。

 

垣根は真守が近寄ってきてくれる事を望んで動かなかった。

 

真守は垣根の傍まで歩いてきて自分よりも身長が二〇㎝以上も高い垣根を見上げた。

 

そして真守は切なそうに顔を歪めてから口を開いた。

 

「助けて、垣根。助けてほしい」

 

「ああ。絶対にお前を救ってやる」

 

 

真守は垣根の決意の言葉を聞いてふにゃっと安心して微笑んだ。

 

そして、垣根の右手へ手を伸ばして両手で柔らかく包み込むと、自身の顔の前まで移動させて頬をそっとすり寄せて微笑んだ。

 

「ありがとう、垣根」

 

心からの安堵とお礼と共に、柔らかな笑顔が自分に向けられる。

 

垣根はそんな真守の様子に、これまでの自分の行いに、罪悪感が(つの)って胸が苦しくなる。

 

 

それでも。

真守がこれからも自分の傍にいてくれる事に──心の底から安堵した。

 

 



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第一二話:〈生存姿勢〉が眩しくて

第一二話、投稿します。
次は八月一七日火曜日投稿予定です。


垣根は真守を自分の学生寮へと連れてきた。

 

垣根が所属している学校は五本指に入るエリート校だ。オートロックで壁が厚く、休むにはぴったりの場所である。

 

それでも最初、垣根は隠れ家としても使えるホテルに行こうと思っていた。

だがホテルに逃げ込むと必ず特定されていた真守がホテルに行くことを渋ったのだ。

 

現在、垣根は『スクール』構成員で、とある過去がきっかけで自分に頭が上がらない誉望万化に真守の情報操作をさせている。

 

そのため普通のホテルに行っても特定されることはないのだが、過去に襲撃されたことを覚えている真守はホテルに行っても安心して休めないだろう。

 

垣根はそう考えたため、オートロックで学生寮の中で比較的安全な自分の部屋に真守を案内したのだ。

 

真守は自分が渋ったことで垣根の方針を変えてしまったと落ち込んだが、垣根が気にするなと言ったので気を取り直した。

 

「垣根。何作ってるんだ?」

 

朝から走り回って汗だくだった真守は風呂を借りた後、キッチンに立って調理している垣根に近づいて首を傾げた。

 

「俺も昼飯まだだったんだよ。だから、お前の分も一緒に作って──」

 

垣根は熱湯が入った鍋に冷凍うどんを入れようとしており、袋をバリッと開けながら真守の方を振り向いたが、絶句した。

 

髪の毛が風呂で洗われた事により、だだでさえツヤがあった長い黒髪が、しっとりと濡れている。

ほぼ徹夜状態だったので真守の顔色は驚くほどに悪かったが、温まってきた事により血色がよくなり、頬が赤く色づいている。

そして極めつけは垣根が上下貸したジャージを上半身しか着ていなかったのだ。

男受けが良さそうなほっそりとした生足がむき出し状態。

 

シャワーに入ってきてただでさえ色気たっぷりなのに、自分のジャージをミニスカワンピースのように着ている真守を見て、垣根は顔を赤くした。

 

「……っお前、なんで下履いてねえんだ!?」

 

「履いてみたけど、大きすぎて紐を締めてもストーンッて落ちる。それ以前に丈が長すぎて歩けないし。上も上で明らかオーバーサイズだしお尻隠れるからいいかなって」

 

垣根の身長が大きすぎる、と真守は手を振って抗議する。

その手も袖を頑張ってまくってもずり落ちてきているようで、ちまっとしか手が出ていなかった。

 

二〇㎝以上の身長差と男女の体格さがあればこうなる事は容易に想像できたはずである。

 

「………………そう、か」

 

自分の見通しの悪さも感じていたが、自分のジャージが大きすぎると嘆く真守を見て、その真守の体の小ささに垣根は可憐さも少し感じていた。

 

垣根も思春期の男の子である証拠だった。

 

垣根の心中が穏やかではない事なんて真守は考えもせずに、垣根が持っていた冷凍うどんの袋と、その隣においてあったあと二つの袋を見た。

 

「おうどんだ、おうどん。でも、そんなに食べられない」

 

「……だから、俺も昼飯まだだったって言っただろうが。つーか、うどんにおを付ける人間は初めて見たぞ」

 

「? おうどんはおうどんだよ。深城が言って……た」

 

「源白深城が?」

 

「……うん」

 

垣根の問いかけに真守は頷きながら、近くに浮いていた深城をちらっと盗み見た。

 

垣根が冷凍うどんの袋を持っていた時点で、その様子を見ていた深城が『おうどん、おうどんだよ、真守ちゃん! お昼ご飯作ってもらうの初めてじゃない!?』と連呼しながらはしゃいでいたので、釣られて言ってしまったのだ。

ちなみに深城は人の顔が分からないだけで、何を持っているとか何をしているとかは認識はできているのだが。

 

「……そう言えば、うどんで良かったか?」

 

垣根は普段自炊をしないので、冷凍食品に頼るか外食がほとんどだ。

今の状態で外食を選べば、真守が不良に捕捉されるのは必然だったので外食をするワケにはいかない。

そんな理由で冷凍食品に手を出したのだが、真守に昼食の内容がうどんで良いか聞くのを垣根はすっかり忘れていた。

 

「消化が良くて好き」

 

真守はうどんに目を輝かせて上機嫌に告げるので、垣根は真守を気の毒に思った。

真守の消化器官には重度の発達障害があり、食事を満足に食べられないと知っているからだ。

 

真守が上機嫌なのは、別に垣根が消化の良いうどんを昼食に選んだワケではない。

病院食以外で誰かに食事を作ってもらう事が初めてだから、上機嫌になっているのだ。

 

真守はご機嫌なまま垣根から離れていき、ローテーブルの方へ駆け寄ってその前にちょこんと座る。

テーブルの近くにはコンビニで買い物したビニール袋が置いてあり、その中から真守は市販の経口補水液を取り出して蓋を開けた。

 

「いつもと味が違う」

 

真守が一口飲んでからしかめっ面をして首を傾げているので、垣根は真守をますます気の毒に思った。

 

コンビニには普通にジュースなどが並んでいたのに、真守が選んだのはよりにもよって経口補水液だった。

経口補水液なんて、病気で弱っている時にしかおいしいと感じない程の薄味だ。

それなのにその経口補水液の味の違いが分かるとまで言い出したのだ。

 

人間の三大欲求である食欲と、真守は一体どうやって付き合って生きているのだろう、と垣根は疑問に思いながら昼食作りを再開する。

 

『実験』の弊害でまったく食に関心がない真守は、垣根が昼食を作っている間に部屋を見渡していた。

 

綺麗に整頓されて掃除が行き届いている部屋。

インテリアはシンプルながらも高級ブランドで取り揃えてあるので、高級スーツを着ている垣根にぴったりだな、と真守は勝手に思っていた。

 

「部屋見回して楽しいか?」

 

「うん。垣根っぽい」

 

自分の感じた事を微笑みながら真守が素直に告げると、垣根はその笑みが眩しくて目を細めた。

 

真守に純粋な好意を寄せられると、これまでの罪悪感が募り、垣根はどう反応すればいいか困ってしまうのだ。

真守は垣根が後ろめたい想いになっていると感じて、柔らかく微笑んだ。

 

垣根が作ってくれたうどんが入ったどんぶりが目の前に置かれた真守は、目を輝かせると手を合わせた。

 

「いただきます」

 

真守は手を合わせて食事前の挨拶をしっかりして、おまけに少し頭を下げた。

 

(イマドキ食事の時に心の底から感謝するガキなんていねえよ)

 

垣根は心の裡で呟きながらも、真守の様子を穏やかな目で見つめていた。

 

真守は外見通りの猫舌なので、うどんに何度も息を吹きかけてから口にする。

だが、それでも熱かったのか耐えるように顔を歪ませた。

 

よく噛んで飲み込むと、真守は斜め右に座っていた垣根に向かって顔をほころばせた。

 

「おいしい!」

 

「……そうか」

 

冷凍うどん如きで高級レストランの食事に舌包みを打つようにとろけた顔をする真守。

そんな真守を大袈裟な奴だ、と思いながらも垣根はふっと柔らかく微笑んだ。

真守はゆっくりと時間をかけて食事をすると、所持していた薬を経口補水液で飲んでから一息つく。

 

「聞いてもいいか?」

 

「私が襲われている理由か?」

 

「ああ」

 

垣根は『スクール』の構成員である誉望に調べさせた事を思い出しながら呟く。

ゲームを主導して、ターゲットを真守にした原因となったのは一つの掲示板にアップされた真守の画像と謳い文句だ。

それを書き込んだ人間を誉望に調べさせたのだが、誰か特定できなかったのだ。

 

暗部組織『スクール』の情報網を使っても誰か特定できないという事は『スクール』よりも上位に位置している存在しかありえない。

 

「ゲームは、学園都市上層部が糸を引いてんだな?」

 

「うん」

 

真守は勝手知ったる様子で頷いて、続けた。

 

「私は超能力者(レベル5)として承認されてないから、データを取るためにこうやって時々不良をけしかけられる。耐久テストみたいなモンだ。上層部が情報を流す度に、それが必ずネット上のどこかに残るから、普段もちょこちょこ不良に絡まれる。それすらも利用して、ヤツらはデータ収集してると思う」

 

垣根は事情を聞いてあからさまな敵意を抱いた。

 

学園都市は何もかも好き勝手に奪っていく。

人の命を使い潰して大事なものを奪っていく学園都市が憎い。

学園都市に星の数ほどの悲劇があり、それをしょうがないと諦めている連中も腹立たしい。

自分のやりたいようにやってふんぞり返っている学園都市の喉元を垣根は食いちぎってやると決意した。

 

だからアレイスターが主導している『計画(プラン)』を突き止めてめちゃくちゃにして主導権を握って全てを変えたかった。

だから『計画(プラン)』の主要人物である流動源力(ギアホイール)の情報を探して、そして――真守に会えた。

真守の在り方によって自分の信条を折られたが、それでもやっぱり真守が大事な存在である事に変わりはない。

 

そんな真守を学園都市は己の利益のために良いように扱っていた。

 

許せない。

傷ついて。罪を犯して、立ち上がって。大切なものを守るために不用意に人を傷つけないようにしながら、この学園都市の『闇』と一人で戦っている真守が学園都市に良いように扱われているなんて、到底許せる事じゃない。

 

垣根の殺意が溢れて空間がヂヂィッとひりつく音が辺りに響く。

 

「垣根」

 

真守はそんな垣根の殺気をモノともせずに手を垣根の頬に添えた。

 

柔らかく小さな温かい手が自分の頬に触れた事によって、呑まれた怒りから垣根は現実に帰還する事ができた。

垣根は自分の頬に手を伸ばした真守の顔を見た。

 

「私のために怒ってくれてありがとう」

 

垣根が誰のために、そして誰に対して怒っているかを正しく理解している真守は、柔らかく微笑んで感謝を垣根に伝えた。

 

垣根は長い前髪の向こうでそっと黒曜石の瞳が輝く目を伏せた。

真守はそんな垣根を見つめて微笑みながら、ふと思い出したことがあった。

 

「でも気になる事があるんだ。今回の耐久テストはおかしい。上層部の意図に、違う意図が干渉している」

 

「違う意図?」

 

真守はウェストバッグからPDAを取り出して起動させると、とある掲示板を見せた。

 

幻想御手(レベルアッパー)……?」

 

「これがどうも関係しているみたいなんだ」

 

「どういう事だ?」

 

「私に襲い掛かってくる連中、不良だけじゃなくて普通の学生も多いんだ。しかも、みんな能力の強度(レベル)が高い。まるで、手に入れた力がどこまで通用するか腕試しをしているようだった。少し調べたら、都市伝説に幻想御手(レベルアッパー)ってのがあったんだ。どこから漏れているのか知らないが、都市伝説には学園都市の『闇』の真実が多い。だから、コレは確実にあると思うんだ」

 

「ふーん。……使えば強度(レベル)が格段に上がる? なんだコレ。そんなのが本当にあったら無能力者(レベル0)なんていなくなるだろ」

 

幻想御手(レベルアッパー)

それを上層部が作る理由はない、と垣根は考える。

伸びしろがある能力者を選別するために素養格付(パラメータリスト)というものがある。

素養格付(パラメータリスト)によって、学園都市上層部は未来がある能力者を選定し、予算を効率よく回わしているのだ。

 

だから無能力者(レベル0)の強度を上げる幻想御手(レベルアッパー)なんて作る意味がない。

学生の六割は上層部が育てる価値がないと判断した学生たちだからだ。

 

「……待て。幻想御手(レベルアッパー)っつーモンが本当にあるとして。なんでお前はコレが上層部の意図じゃないって気づいてるんだ?」

 

真守は上層部と幻想御手は別口だと先程言っていた。

上層部が幻想御手(レベルアッパー)を作るハズが無いと真守は知っているのだ。

 

(研究所にいたからの素養格付(パラメータリスト)の事を知っている?)

 

垣根が疑問に思っていると、真守は躊躇(ためら)いがちに告げた。

 

「垣根が知っているか分からないが……。学園都市は能力者の時間割り(カリキュラム)に手を抜いているから」

 

素養格付(パラメータリスト)を知っているんじゃなくて、手を抜いている?」

 

「垣根、素養格付(パラメータリスト)の事知っているのか?」

 

真守が逆に問いかけきたので、思わず訊ねた垣根はしまったと思った。

 

真守は垣根が暗部の人間だと気が付いているが、垣根は真守がどこまで自分の身分に気づいているか知らない。

素養格付(パラメータリスト)を知っているという事は、学園都市の『闇』にどっぷり浸かっているという事を示しているので、まずは暗部組織に所属している話からするべきなのか。

 

垣根が説明に困っていると、真守は垣根の困惑に気が付いて経緯を話した。

 

「私が素養格付(パラメータリスト)の存在を知ったのはつい最近だ。でも、前から違和感を覚えていたんだ。……垣根、AIM拡散力場については理解が深いか?」

 

「理解が深いってどれくらいかは知らねえが、超能力者(レベル5)として必要な知識は持ってる」

 

AIM拡散力場。

能力者が無自覚に発している力の事で、精密機器を使わなければ人間には観測できないレベルの微弱なものだ。

AIM拡散力場は能力者の強度(レベル)に関係なく発されており、それぞれに個性があるとまで言われて研究が進められている。

 

だが、何故ここでAIM拡散力場の話が出てくるのだろう。

垣根が疑問に思っていると真守がそれに応えた。

 

「AIM拡散力場を感じ取ってみるとな、もう少しまともな強度(レベル)で能力を発生させられる子たちが異常に多いんだ。私のクラスメイトは特にそれが顕著(けんちょ)で、学園都市が手を抜いているとしか思えなかったんだ」

 

「待て。お前、AIM拡散力場を感じ取る事ができるだけじゃなくて、その能力者の本当の出力まで測れるのか?」

 

流動源力(ギアホイール)は簡単に言えば、新たな流れを作る能力だ。だから元々あるエネルギーの流れを、私は感知する事ができる。微弱な力だろうがなんだろうが関係ない。……AIM拡散力場には能力者の()()()()()が現れるんだ。だから色々調べた結果、素養格付(パラメータリスト)に辿り着いた」

 

真守の能力由来の特技に、垣根は絶句した。

 

AIM拡散力場を研究している研究者にとって真守の力は垂涎(すいぜん)モノだ。

AIM拡散力場の研究が進めば、能力者の気配は愚か、相手がどのくらいの強度(レベル)であるかさえ分かると希望を持たれている。

 

真守はその希望を感覚だけで掴んでいるという事だ。

 

流動源力(ギアホイール)

その能力の利用価値には無限の可能性が秘められている。

本当に真守が超能力者(レベル5)として正統に順位付けされていたら、一方通行(アクセラレータ)なんて余裕で押しのけて第一位に君臨するほどに。

 

流動源力(ギアホイール)が制御できない程に強大な能力で、それが理由で上層部が超能力者(レベル5)として順位付けしていない、という事実が真守の告げた能力の有用性で明るみになった。

 

その気になれば真守は学園都市を滅亡させる事だって可能だが、真守は学園都市へと反旗を翻す気がない。

身勝手に力を振るえば人々が傷つくと知っているから。

学園都市から伸びる魔の手を振り払いながら、他人の事を思いやりながらも、自分の周りにいる大切な存在のために戦う。

 

この学園都市で抗いながら生きていく真守の在り方は、『闇』に囚われている者たちにとって『希望の光』だ。

『闇』に生きる誰もが真守の在り方を目指したら、きっと学園都市の『闇』は消え去るだろう。

それくらい、朝槻真守が生きようとしている道は険しくも眩しく、尊いものだった。

 

「垣根? 大丈夫か?」

 

垣根が物思いにふけっていると真守が心配そうな視線を自分に送っていた。

 

「問題ない。それで、幻想御手(レベルアッパー)の事だが……真守?」

 

「? なんだ?」

 

切り出そうとした垣根だが、真守の異変に気が付いてふと、真守の名前を呼んだ。

真守は名前の呼ばれた意味が分からずにきょとっと目を丸くしていたが、垣根は顔をしかめたまま訊ねた。

 

「お前、本当に大丈夫か? 顔色すごい悪いぞ」

 

お風呂に入って顔が赤くなっていた真守だが、その顔色が真っ青になっていた。

真守はぺたぺたと顔を触ってから申し訳なさそうに笑った。

 

「消化器官が頑張ってるからどうしても疲れが顔に出てしまうんだ。昨日あんまり寝てなかったし……正直、具合は良くない」

 

「早く言えよ。とりあえず幻想御手(レベルアッパー)の事はこっちで調べておく。お前は少し休め」

 

垣根は焦った表情で真守にベッドへ行くように促すと、真守はもう一度申し訳なさそうに微笑んでから横になった。

 

余程疲れていたのか、真守は五分どころから一瞬で眠りについてしまった。

五分以内に寝るのはほぼ気絶に近いと言われているからそれで寝てしまえば相当だ。

垣根はそこまで真守が疲弊していたと知らなくて、真守の置かれている現状に歯噛みする。

 

垣根は眠る真守の、肌触りの良い黒い猫っ毛に覆われた頭をそっと撫でてから立ち上がると、誉望へと通話をかけた。

 

「誉望。今すぐ幻想御手(レベルアッパー)について調べろ」

 

垣根が苛立ちを込めて誉望に命令すると、誉望は垣根の機嫌がここ最近で一番急降下している事に恐怖を覚えながらも迅速に対応した。

 

 




パシリな誉望くん。
真守ちゃんが一六〇㎝くらいなのにちんまりとしているのは、身長を能力で無理やり伸ばしたせいです。
元々真守ちゃんは遺伝的に大きくなる子じゃなかったんですが、『実験』によって体が成長していなかったので伸ばす必要があった。
女性の平均や理想くらいあったら大丈夫と考えて、自分が本来成長する身長よりも大きくしたせいで体が身長のわりに小さい。
そういう経緯です。


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第一三話:〈強大技量〉を見せつけて

第一三話、投稿します。
次は八月一八日水曜日です。


柵川中学一年生、佐天涙子は無能力者(レベル0)だ。

 

そんな彼女が最近知り合ったのは、学園都市の五本の指に入る常盤台中学校のエースとその露払い。

超能力者(レベル5)超電磁砲(レールガン)の御坂美琴と大能力者(レベル4)空間移動(テレポート)。白井黒子だ。

 

彼女たちと出会ったのはクラスメイトの初春飾利を通じてだった。

初春飾利は風紀委員(ジャッジメント)の第一七七支部に所属しており、そこで相棒を務めているのが白井で、白井は御坂美琴の事を『お姉様』と呼んで慕っていた。

初春が美琴に一度会ってみたいと白井に言って、その時佐天も傍にいて、そこで知り合ったのがきっかけである。

 

二人と知り合ってから、佐天は自分が無能力者(レベル0)であり、力がない事を思い知らされてしまった。

劣等感の中、都市伝説にあった『能力の強度(レベル)が上がるアイテム』という幻想御手(レベルアッパー)があればいいのにな、となんとなく佐天は思っていた。

 

だがある日。とある音楽サイトを閲覧している時に隠しページを見つけ、そこに幻想御手(レベルアッパー)の音楽ファイルがぽつんと置かれており、佐天は偶然、幻想御手を手に入れる事ができた。

だが幻想御手を入手してもすぐに使うことはなく、佐天はずっと葛藤し続けていた。

 

そんな佐天は高架下で、幻想御手(レベルアッパー)の音楽ファイルを取り込んだ携帯電話を見つめていた。

 

その画面には幻想御手のファイルを消去するか否かの表示が出ていた。

その消去ボタンに手をかけながら心の裡で佐天は考える。

 

(幻想御手、か。あたしでも能力者になれる夢のようなアイテム。だけど、得体の知れないモノは怖いし、苦労して身に着けるハズの能力を楽して手に入れる事は良くない……よね)

 

幻想御手(レベルアッパー)、譲ってくれるんじゃなかったのか!!」

 

「え?」

 

佐天は突然男の声が聞こえてきて、顔を上げた。

高架下から出て、佐天が伺うように見ると、廃ビルの前で一人の小太りの男が三人の不良に取り囲まれていた。

 

「さっき値上がりしてさ。コイツが欲しけりゃ、もう一〇万持ってきてよ」

 

不良の一人は手に持った幻想御手が入っているであろう音楽プレーヤーを目立たせるように横に振ってから、冷たく言い放った。

 

「……だ、だったら金を返して――……っ!!」

 

小太りの男が取引は中止で金を返して欲しいと言いかけると、音楽プレーヤーを持っていた不良の男が小太りの男の腹に膝蹴りを打ち込んだ。

小太りの男はそのまま不良に何度も蹴りつけられて暴行される。

 

佐天は彼らのすぐ近くまで来て、それを傍観していた。

 

「お前らの強度(レベル)がどれくらい上がったか、ソイツで試してみるか?」

 

小太りの男は二人の不良に抵抗できないように拘束されて、そこにリーダー的な存在の不良が近付いて嗤った。

 

(とりあえず、風紀委員(ジャッジメント)警備員(アンチスキル)に連絡しないと……っ!)

 

佐天が携帯電話を持ち出すが、丁度携帯電話のバッテリーが切れてしまう。

 

(ヤバ……っ充電切れ?)

 

佐天はその場からそっと立ち去る。

 

(しょうがない……よね? あたしが何か、出来るわけじゃないし……あっちはいかにもな連中が三人。こっちはちょっと前まで小学生やってたんだし……)

 

「――ねえ」

 

佐天がその場から逃げようとしていると、突然声が響いた。

自分が呼びかけられたのかと思って振り返ると、不良三人と小太りの男に男女二人組が近付いていた。

 

一人は少女。

艶やかな猫っ毛の黒髪ロングをハーフアップにして猫耳ヘアに結い上げ、白と黒に統一された服を着ていた。

澄んだエメラルドグリーンの瞳と容姿のせいで、高貴な黒猫を連想させるアイドル顔。

 

もう一人は少年。

綺麗なさらっとした茶色の髪を肩口まで伸ばしており、その長い前髪の向こうには黒曜石のような瞳が見え隠れしている。

彼はエリートだと直感できるような高級スーツを身に纏っていた。

 

モデルになってもおかしくない美男美女が、確かな存在感を放ってそこに立っていた。

 

「お前、幻想御手(レベルアッパー)持ってるって本当?」

 

「なんだぁ? お前も幻想御手が欲しいのか?」

 

少女がダウナー声で問いかけると、不良のリーダーは振り返る。

そのまま少女と少年へと近づき、値踏みするようにじろじろと見つめた。

 

「ふーん。お前可愛いな。良いぜ、体で支払ってくれればマけてやるよ」

 

少女はその不快な視線をつまらなそうに見ていたが、隣にいた少年の目が鋭くなった。

 

(あの男の人なんかマズい。すごくヤバい気配がする)

 

佐天が危機感を覚えている前で、少女は『んー』と唸った後に告げた。

 

「お前たち蹴散らして奪い取るから、そんな事はしない」

 

少女が挑発的な事を告げると、リーダー格の不良は不快感をあらわにした。

そして、すぐさま獰猛に嗤った。

 

「笑わせてくれるじゃねえか!!」

 

リーダー格の不良の男は少女に向かって駆け出すと即座に蹴りを繰り出した。

その蹴りが不自然に曲がって――そして、何かに弾かれた。

 

「うがああああああああ!?」

 

リーダー格の少年は突然迸った蒼閃光(そうせんこう)によって、ズボンを貫通される形で足を焼かれた。

肉がめくれ上がって焼け焦げた足を押さえて、少年はゴロゴロと地面の上をのたうち回る。

 

「……今の何。なんか足曲がったけど。偏光する能力?」

 

「光を捻じ曲げて実際とは違う位置に像を結ばせたとか、そういうのじゃねえの?」

 

少女は隣にいた少年に首を傾げながら問いかけると、少年が興味なさそうに能力を看破する。

 

「へえ。お前、割と面白い能力持ってるな」

 

少女は感心した様に呟いて、引きつった悲鳴を上げる不良のリーダーに近づいた。

 

「でも残念だったな。不意の攻撃だとしても私には通じない。さあ、幻想御手を渡せ」

 

少女がリーダー格の不良に向かって手を伸ばす。

 

「お、お前!! お前の能力は一体……!?」

 

リーダー格の少年は少女の能力がどんなモノかも分からずに叫び声をあげる。

 

少女は不満そうに目を細めると、無言の圧力と共に、手をもう一度振って渡すように催促した。

 

それでも不良の少年が恐怖で動けないのを見ると、少女はため息を一つ吐きながら後ろで小太りの男を取り押さえて呆然としていた不良二人を見た。

 

「お前たちも痛い目に遭わせないとダメか?」

 

少女が不快感を露わにして問いかけると、不良の少年二人はリーダー格の少年を見た。

 

リーダー格の少年がやられては自分たちも適うハズがない。

少女の能力がどのようなモノか分からないが、不意の攻撃すら一切通じないのはどうしようもない。

それに少女の隣にいる少年はまだ能力を発動してすらいなかった。

攻撃が通らない少女の隣で確かな存在感を放って立っているのだ、少年も高位能力者に違いない。

 

「わ、分かった! 渡す!! 幻想御手(レベルアッパー)を渡すから!!」

 

不良の一人が恐怖で震えながら少女へと音楽プレーヤーを差し出した。

 

「音楽プレーヤー?」

 

少女は顎に手を当てながら身を前に乗り出して、小首を傾げる。

 

「れ、幻想御手は、音楽ファイルなんだ! 本当だ、嘘じゃない!!」

 

少女は怪訝そうな顔をしながらも音楽プレーヤーを受け取った。

 

「どう思う?」

 

「中身解析すりゃ分かる事だろ。……嘘だったら許さねえがな」

 

少女が少年に問いかけると、少年はそれに答えながらも不良たちを睨んだ。

蛇に睨まれた蛙状態の彼らはヒッと声を上げた。

 

「――お待ちなさいな」

 

そこに新たな人物の声が響いた。

少女と少年が振り返ると、そこには風紀委員(ジャッジメント)の腕章をつけた常盤台中学の少女が立っていた。

 

(白井さん……!)

 

白井黒子。風紀委員(ジャッジメント)で佐天の親友である初春飾利の同僚。

白井も幻想御手(レベルアッパー)の事件を風紀委員として追っていて、恐らく幻想御手の取引現場であるここを訪れたのだろう。

 

「先日ぶりですわね。朝槻さん、垣根さん」

 

「白井だ、久しぶり」

 

少女は知り合いだと言う風に親しげに白井の名前を呼んで近づく。

 

「一般人が何をやってらっしゃいますの。幻想御手(レベルアッパー)の件はわたくしたち風紀委員(ジャッジメント)が捜査していますから、あなた方が出る幕ではありませんの」

 

「しょうがないだろ、被害者なんだから」

 

「……被害者? どういう事ですの?」

 

幻想御手(レベルアッパー)使用者に、コイツが襲撃されてんだよ」

 

白井の疑問に答えたのは少年だった。その少年の言い分を聞いて白井は驚愕した。

 

「襲撃……!? い、一体いつから!? ……何はともあれ。ここを収めてからの方がよさそうですわね。支部でゆっくりと事情をお聞かせくださいますか?」

 

少女は少年の方を見る。少年が好きにしろ、とでも言わんばかりに肩をすくめるので少女は頷いた。

 

「分かった」

 

「ご協力感謝しますわ。さて、まずは警備員(アンチスキル)に連絡しないと」

 

白井はそこで携帯電話を取り出して警備員へと連絡を取り始める。

 

 

佐天はその場から逃げるように後にする。

 

少女の能力は底が見えない程に強かった。そんな少女の隣にいる少年もきっと高位能力者なんだろう。それに、少年の方は明らかに場数を踏んでいる気がした。

二人共、自身に満ち溢れていた。自分の能力に余程自信があるのだろう。

その証拠に、少女は自分から手を出さないまま不良三人に勝利した。

 

そして、あの二人と親しげな白井。

 

「……嫌だな、この気持ち」

 

(あたしと同じ中学生で。あたしと同じ年齢で。あたしと同じ女の子なのに。白井さんは、ああいう人たちと普通に話してる。……あたしと違う世界に住んでいる人がいる。能力者と無能力者(レベル0)では、何もかもが違う)

 

佐天はそこで俯きがちに電源の切れた携帯電話を握り締めて俯く。

 

「――涙子!」

 

佐天が走っていると、声をかけられて顔を上げた。

 

「アケミ、むーちゃん。マコちんも!」

 

佐天は柵川中学校のクラスメイトと共に道を歩く。

 

「一人で何してたの、買い物?」

 

「……まあ、そんなトコ。アケミたちは?」

 

佐天が先程の事件現場での事を思い出すも、笑いながらごまかして逆に訊ねた。

 

「図書館で勉強。能力はどうにもならないけれど、勉強くらいはねー」

 

「そうだね」

 

「……あー、でもさ。聞いた? 幻想御手(レベルアッパー)っての?」

 

能力開発に諦めが見えるクラスメイトたちの中で、アケミが突然幻想御手(レベルアッパー)の話題を切り出した。

佐天は不意を突かれてえ。と、小さく呟く。

 

「幻想御手? なぁに、それ?」

 

「あ。知ってる! 使うと能力が上がるとかいうヤツでしょ?」

 

「そうそう。噂じゃ今、高値で取引されているらしいよ?」

 

「お金なんかないよー」

 

クラスメイトたちが幻想御手(レベルアッパー)というものが手元にあったら良いねーと話をしているのを聞いて佐天は控えめに手を挙げた。

 

「……あ、あのさ!」

 

「「「ん?」」」

 

クラスメイトたちが一斉に佐天を見た。佐天は迷った末にぎこちない笑みを浮かべて切り出した。

 

「あたし、それ……持ってるんだけど」

 

佐天の主張に三人は目を合わせて驚愕の表情を浮かべていた。

 

 

 

 

――――――…………。

 

 

 

真守と垣根は風紀委員(ジャッジメント)の一七七支部を訪れていた。

 

「……成程。朝槻さんが超能力者(レベル5)だという書き込みが掲示板にされて、それを見た幻想御手(レベルアッパー)使用者が腕試しにあなたを襲っている……という事ですね?」

 

「そうなる」

 

白井はケロッとした真守の返答に怒りが爆発して大声を上げた。

 

「どうして風紀委員(ジャッジメント)か、警備員(アンチスキル)に連絡しませんでしたの!?」

 

「言っても無駄だから」

 

真守の返答に白井は閉口する。

 

「無駄、って……! 大能力者(レベル4)であり、絶対的な防御性を持つからといって、一人で解決しようとしないでくださいな! そんな事になっていれば風紀委員(ジャッジメント)に通報をするのが普通です!」

 

「一人じゃない、垣根がいるから」

 

白井が倉庫(バンク)で確認した真守の能力、力量装甲(ストレンジアーマー)の事を言及しながら注意すると、真守は首を横に振ってから答えた。

 

「……確かに垣根さんはお姉様よりも格上の超能力者(レベル5)ですわ。ですが! 超能力者(レベル5)の殿方と一緒だとしても、風紀委員を頼ってくださいまし!」

 

「じゃあ、お前たちは次々向かってくる一〇〇名くらい相手する事ができた?」

 

「ひゃ、一〇〇……?」

 

真守が告げた数字が膨大過ぎて白井は呆気にとられたままオウム返しする。

 

「私を襲ってきた不良の数。少なくとも九〇%くらいは幻想御手を使ってると思う。お前たちはその数から私を守る事が本当にできるの?」

 

「そ……っそんなに数が多いなら頼ってくださらないと逆にこちらが困りますのよ!? 風紀委員(ジャッジメント)の名折れですわ! 警備員(アンチスキル)の先生方の失態です!!」

 

けん制するために真守は言ったが、白井の怒りの炎に逆に油を注いでしまう結果となってしまった。

真守は面倒そうな顔をして白井を見た。

 

それを見て、白井がキーッと声を上げると、見ていた相棒の初春飾利が白井を宥める。

 

「……で、だ。幻想御手(レベルアッパー)についてはどこまで調べてある?」

 

白井は垣根の問いかけに、当事者ならば仕方がないとして情報を開示した。

 

「犯罪に走った能力者たちはみんな、昏睡状態なので話が聞けてませんの。ですからわたくしたちも、現物を求めて取引現場を回っていたところでしたのよ」

 

真守は机の上に置かれた音楽プレーヤーを見ながら頷く。

 

「じゃあ、現状はアレだけしか手がかりがないのか」

 

「治安組織なんてそんなモンだ」

 

(お姉様と同じ匂いを感じますの……)

 

垣根が風紀委員の事を歯牙にもかけてない言い分を吐き捨てるように告げるので、白井は顔をしかめる。

そんな白井をよそに初春は苦笑しながらも現状を伝える。

 

「大脳生理学者の先生と協力関係を結んでいるんです。これからご教授願おうと思っているんですよ」

 

「誰?」

 

「木山春生先生ですの」

 

真守が興味を示して訊ねると、話に戻ってきた白井が名前を告げた。

 

「AIM拡散力場専攻している人?」

 

真守が即座に切り返してきたので白井は目を見開く。

 

「え、ええ。よくご存じですのね。その通りです」

 

良く知っているという装いの真守に、垣根が囁くように小さく訊ねた。

 

「AIM拡散力場はお前の能力に関係するから論文でも何か読んだのか?」

 

「うん。興味深い論文だった。その人が協力してるのか?」

 

真守が垣根の質問に頷くと白井へと問いかけた。

 

「はい、そうですの。今回の幻想御手(レベルアッパー)事件にて声をかけさせていただきました」

 

「そう。じゃあ何か分かったら情報をこちらにも流してくれ」

 

真守が幻想御手(レベルアッパー)を提供したんだからな、と付け加えると、白井はどうすればいいか分からないと困惑しながら、風紀委員(ジャッジメント)として一応けん制する。

 

「……いくら幻想御手(レベルアッパー)被害者と言っても、一般人に情報を渡すのはやっぱりいただけませんの」

 

「一般人? 超能力者(レベル5)大能力者(レベル4)の俺たちを一般人の枠に入れんなよ。協力関係を築けないんだったらこっちはこっちで勝手に動くが。それでもいいのか?」

 

あくまで風紀委員(ジャッジメント)としてのスタンスを崩さない白井に、垣根が苛立ちを覚えて脅すように訊ねる。

それを受けて白井と初春はアイコンタクトをしてから、頷いた。

 

「……仕方ありませんの。勝手に動かれるよりこちらで手綱を握っている方が安心ですし。……協力関係でよろしいんですの?」

 

「決まりだな。物分かりがいいじゃねえか、白井黒子」

 

垣根が上から目線で嗤うと、白井はムッとする。

だが垣根は超能力者(レベル5)であり、敬愛する美琴よりも順位が上なので、白井は何も言う事ができなかった。

 

「じゃあ、何か分かったら連絡して。連絡先交換するから」

 

「それは良いのですけれど! あなたが襲撃されるのをわたくしたち風紀委員(ジャッジメント)は黙って見ているわけにはまいりませんの! 警護に風紀委員か警備員(アンチスキル)を配備します。それは了承してくださいまし!」

 

「……遠くから見てるなら別にいい」

 

「お前らが来る前に終わるだろうがな」

 

真守と垣根が付き纏われるのが心底面倒だと言う表情をしていると、白井は顔を背けてぶつぶつと呟く。

 

「お姉様と同じ香りを感じますの。まったく。何故、高位能力者というのはどうしてこう、我が強いんでしょうか……?」

 

「白井さん……それ人のこと言えませんよ」

 

同僚である初春が思わず白井にツッコミを入れる。

初春から見たら白井も大能力者(レベル4)として相応しい自己中心的な性格の持ち主だった。

 

 

こうして真守と垣根は、風紀委員(ジャッジメント)第一七七支部と幻想御手(レベルアッパー)事件を収束するための協力関係を構築する事となった。

 

 




強大すぎる能力は時として誰かに劣等感を抱かせてしまう。


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第一四話:〈事態急変〉の匂いがする

第一四話、投稿します。
次は八月一九日木曜日です。


真守と垣根が情報を求めて風紀委員一七七支部を訪れると、その場に御坂美琴がいた。

風紀委員(ジャッジメント)の方ではこれといった情報がなかったのと、昼時という理由もあって、二人は美琴と共にファミレスへと向かうこととなった。

虚空爆破(グラビトン)事件の時は顔を合わせただけだったのでゆっくり話がしたい、と美琴が言いだしたのだ。

 

「え!? 垣根さんって第二位なの!?」

 

軽い自己紹介をすると自然と能力の話となった。垣根が自分のことを超能力者(レベル5)で第二位だとカミングアウトすると、美琴は驚きの声を上げた。

 

「ああ。俺が未元物質(ダークマター)、垣根帝督だ」

 

自分よりも格上の超能力者(レベル5)であるという事を知って驚愕の表情を浮かべる美琴。そんな美琴を見て、垣根は得意気に嗤った。

 

(私の興味なさそうな反応がそんなに嫌だったのか……)

 

何故か自分にも勝ち誇ったような顔をしている垣根を見て、真守は心の中でそう呟いていた。

そんな真守の隣で、美琴がごくッと喉を鳴らした。

 

「わ、私より順位が上の人に初めて会った……」

 

「そりゃそうだろ。二人しかいねえんだから」

 

垣根は呆れた目をしながらカップを手にして、優雅に珈琲を飲む。

 

「そ……そうなんだ。私より強い人か……そうなんだ」

 

「テメエ、まさか俺に挑もうなんて考えてんじゃねえよな?」

 

美琴が呟きながら自分を挑戦的な瞳で見つめるので、垣根はその敵意を感じて語気を強めた。

 

「……っい、いいじゃない。私は目の前にあるハードルは飛び越えなくちゃ気が済まないタイプよ!?」

 

垣根のけん制に触発されて、美琴は臨戦態勢だと言わんばかりの言葉を放つ。

 

「へえ。じゃあ、身の程を分からせてやろうか?」

 

美琴のやってやろう宣言に乗っかって垣根が楽しそうに嗤ったのを見て、真守は垣根のジャケットの裾を引っ張った。

 

「なんだよ」

 

垣根は苛立ちを隠す事なく、自分を止める仕草を見せた真守に視線を向ける。

そんな垣根の視線を受けて、真守は困った様子で首を横に振った。

 

「第二位と第三位がぶつかったら学園都市がめちゃくちゃになるからやめて」

 

「……お前、人のこと言える立場か?」

 

垣根は真守が実は消えた八人目の超能力者(レベル5)であると知っている。

もっと切り込んだことを言えば、第一位として学園都市に君臨している一方通行(アクセラレータ)よりも強い可能性を能力に秘めている。

 

それに何より。

流動源力(ギアホイール)は統括理事長、アレイスターが推し進める『計画(プラン)』の要である『第一候補(メインプラン)』なのだ。

 

そんな強大な能力を持つ人間に言われても説得力皆無だった。

 

「私、別に暴れないから」

 

真守が明確な決意を口にすると、垣根はチッと舌打ちをした。

 

「……分かったよ」

 

垣根は真守に従って、とりあえずこの場は引き下がった。

真守は垣根にその気がなくなったのを感じて、安堵する。

そして未だ臨戦態勢であり、邪魔が入ったと睨みつけてくる美琴を、真守はまっすぐと見た。

 

「御坂も垣根にちょっかい出さない。上条だけにしてくれ」

 

「…………そう言えば、朝槻さんってあのバカと同じ学校なのよね?」

 

美琴は真守が上条のクラスメイトであることを思いだして、思わず訊ねる。

 

「うん、クラスメイト。席も近い」

 

「ち、ちなみに聞くけれど……あのバカって、学校でどんな感じなの?」

 

「上条の様子?」

 

(やっぱ気があるのか?)

 

「何だよお前。上条当麻に気があんのか?」

 

真守の心の中の呟きを明確な言葉にしたのは、真守のために自分が頼んだファミリーサイズのフライドポテトへとフォークを伸ばしていた垣根だった。

 

「なっ……ち、違うわよ! 勝負相手の情報は知りたいと思うのが普通なの! 情報収集よ情報収集!!」

 

大袈裟に否定する美琴の様子に意地悪く笑みを深くする垣根。

そんな垣根に、真守は咎めるような視線を向けていた。

 

「へえ。そういうことにしといてやるよ」

 

真守の視線を気にすることなく、垣根は主導権を握れている事にほくそ笑みながら軽やかに告げた。

 

「くっ……! こ、このぉおおお……! 表に出なさい!!」

 

「──上条は!」

 

美琴がヒートアップしてテーブルを揺らしながら立ち上がったのを見て、真守は美琴を止めるために声を荒らげた。

 

「上条は」

 

「あ、うん。……あのバカは?」

 

真守が二回言葉を繰り返すので、美琴はバツが悪くなってそっと席に座った。

 

垣根は弄りがいがあるヤツだな、と美琴を大変ご機嫌な目で見ており、真守は垣根の様子に眉を顰めながらも告げた。

 

「上条はクラスの三バカ(デルタフォース)

 

「で、でるたふぉーす?」

 

真守は美琴がオウム返ししたのを聞いてコクッと頷く。

 

「あの三人がふざけている時、関わるとろくなことがない。大体被害に遭う」

 

「……お前、被害に遭ってんのか?」

 

真守の言葉に反応したのは、美琴ではなく垣根だった。

上条当麻の私生活なんて興味がなかった垣根だが、真守が被害者になっているという話は聞き逃せなかった。

 

「うん。……し、塩対応の神アイドルって言いだしたのあいつらだし。怒ったら怒ったらで悦ばれるから意味がないし」

 

真守が上条当麻、土御門元春、青髪ピアスを思い出しながら恥ずかしそうに呟く。

アイドル顔の真守をからかう上条他二人の気持ちを、美琴は分かりたくもないが理解してしまった。

真守は嫌がられてもちょっかいを出したくなるような高貴な黒猫の印象だからだ。

 

垣根は本気で迷惑している真守を見て、苛立ちが(つの)る。

そして片眉を上げて怒りを滲ませながら真守に提案した。

 

「いいぜ。ムカつくから今度あったら殴ってやろうか」

 

「ステゴロじゃなきゃダメ。ヤツはある意味無敵だ」

 

「許可が出たしやるか。よし、誘いだせ」

 

垣根が乗り気になって提案すると、美琴は上条が来る可能性に目を輝かせる。

 

だが真守は首を横に振った。

 

「上条は今大変だから。また今度な」

 

「あのバカ、一体どうしたのよ」

 

上条の現状がよほど気になるのか、身を乗り出しながら真守に訊ねる美琴。

 

「女の子匿ってるんだ」

 

真守が簡潔に告げると、美琴は固まった後に地を這うような低い声を出した。

 

「……なんですって?」

 

「女の子が死にかけてて、私もそこに居合わせて一緒になって助けた。あの子はまだ追われる身なんだが、私も追われてるから一旦上条に任せてある」

 

機嫌が急降下する美琴の様子に顔をしかめながら、真守は魔術関連をごまかしながら事の経緯を話す。

 

「……お前、だから眠れてなかったのか?」

 

「そう。夜通し能力使ってた。仮眠取ったけどほぼ徹夜だったから、垣根が助けてくれて本当に良かった」

 

真守が柔らかな笑顔を浮かべる隣で、垣根は健気に頑張っていた真守のことを想って顔を歪ませた。

その向かいで、突然美琴が叫んだ。

 

「夜通し!? ほぼ徹夜!? それって、ひひひ一晩あのバカと一緒にいたって事!?」

 

「……小萌先生のところでその子を治療してた」

 

あからさまな動揺を見せる美琴を、真守は面倒そうに見つめながら、第三者がいた事を真守は的確に伝えた。

 

「小萌先生?」

 

「私と上条の担任の先生」

 

幼女の外見をしている月詠小萌を思い浮かべながら真守が小萌先生について話をすると、美琴は明らかに安堵の声を上げた。

 

「そ、そうなのー! なぁんだ、先生も一緒だったのね。良かったわ!」

 

「……お前、重症の人間の前で恋愛模様が発展するわけねえだろ」

 

垣根は恋愛脳の美琴の頭を心配して呆れるように告げた。

 

「分からないじゃない! 愛は障害が多い方が燃えるって言うでしょ!?」

 

美琴の正論に急に不安になる垣根。真守はそんな垣根を面倒に思いながらも素直に心境を話した。

 

「上条はそういう対象じゃない。だから頑張れ、御坂」

 

「なん!? なななな何を頑張れって言うのかしらぁ!?」

 

「……動揺しすぎだろ、お前」

 

心底美琴に呆れて垣根が呟くと、美琴が顔を真っ赤にして叫んだ。

 

「どっ動揺なんてしてないわよ!! 言いがかりするなら表に出なさい!」

 

「……へえ。やっぱ一度痛い目見ないと分からねえみてえだな?」

 

「お前らちょっと落ち着け。……まったく。どうして超能力者(レベル5)って自分勝手なんだか」

 

真守は自分の事を棚に上げながら呟き、喧嘩を始めようとしている二人を止めに入った。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

 

幻想御手(レベルアッパー)を誉望が解析した結果、面白いことが分かった」

 

早朝。真守が目を覚ますと垣根は興味深そうに端末でデータを見ていた。

真守は垣根から、誉望というパシリ的な存在がいると聞かされており、その人物が幻想御手(レベルアッパー)の音源の解析をしてくれていると聞いていた。

真守は即座に頭を切り換えて、垣根から端末を貰ってデータに目を通す。

 

「共感覚性に働きかけるように仕立て上げた音源。……これで強度(レベル)が上がるならば、ほぼ洗脳に近いな」

 

共感覚性とは、暖色を見たら温かい気持ちになり、寒色を見たら冷たい気持ちになるという視覚で得たもので触覚すら感じるなど、一つの感覚を刺激されて他の感覚を覚える事だ。

 

かき氷のシロップのベースは全て同じ味なのに、色や香料によって味が変わったという感覚に陥るなど、多種多様の例が挙げられる。

 

「真守、お前。学習装置(テスタメント)って知ってるか?」

 

学習装置(テスタメント)

それは五感全てに対して電気的な情報を入力して、技術や知識を脳にインストールする装置の事で、幻想御手(レベルアッパー)は共感覚性を用いる事により学習装置と同等の効果を音だけで再現しているらしい。

 

垣根は真守がどこまで『闇』について知っているか分からないので、学習装置(テスタメント)の知識がないなら説明しなければと訊ねたのだ。

 

「精神を歪めるアレだろ?」

 

だが真守から予想外の答えが返ってきて、垣根は眉を顰めた。

 

「……できなくはないが、それは本来の用途から外れた使い方だ。なんでそんな中途半端に知ってんだ?」

 

真守は垣根の問いかけに気まずそうな顔をする。

垣根が怪訝な表情をしていると、真守は意を決して口を開いた。

 

「私、昔研究所にいたんだ」

 

「……そこで使われたのか?」

 

真守が痛ましい過去を口にしようとしているのを見て、垣根は真守を労わるために優しい声で訊ねた。

 

「私は秘蔵っ子だったから使われてない。……その研究所は、『特異能力解析研究所』ってとこで、エネルギーに関する珍しい能力の解析を行っていた。『解析研』は特別な解析機器が導入されていたから、外部から委託された研究の解析も行っていた。その外部から委託された研究の中に学習装置(テスタメント)を用いた『人の精神をどれだけ歪ませる事ができるのか』というものがあったんだ」

 

真守の告白した内容を垣根は既に調べ上げていたので知っていた。

だが、情報を探すのに垣根は苦労したのだ。

真守が『特異能力解析研究所』を壊滅に追い込んでいたからだ。

『解析研』の主目的である『エネルギーに関する能力の解析』をしていたという事実は断片的にしか残されていなかった。

垣根が『解析研』に辿り着けたのは、外部から委託された研究が、委託した側の研究所の記録に残っていたからだ。

 

外部からの委託を『解析研』が受け入れていなければ、垣根は『解析研』の詳細を知る事ができなかった。

 

しかも『学習装置(テスタメント)を使った精神変質の研究解析』というのは、垣根が丁度『解析研』の主目的に辿り着くために使った糸口だった。

 

「……お前は、そこで何をされた?」

 

垣根は真守の傷を(えぐ)ると分かっていながらも問いかけた。

 

単純に真守の事が知りたかった。

その痛みを知って、理解したかった。

 

真守も垣根が傷口を抉るために聞いている訳ではないと知っているので素直に喋った。

 

「私は、『勉強』してた」

 

「勉強?」

 

「解析研が解析したデータを、私の能力の糧にするために『勉強』させられてた」

 

『特異能力解析研究所』は外部から委託された本来秘匿されるべきデータを、強奪して主目的に利用していたのだ。

それは『解析研』が朝槻真守の流動源力(ギアホイール)という能力を、より素晴らしい能力へと昇華するために、全てを利用していた事になる。

 

自分たちが心血を注いだ研究成果を横取りされていたなんて、委託した側の研究所が知ったら怒り狂う事案だった。

 

「お前の能力は汎用性が高いからな。知識を詰め込めば、詰め込んだ分だけ能力の応用性に幅が利くようになる」

 

「うん。……私は、他の研究所で行われていた人体実験も『知識』として食い物にしてたってことだ」

 

真守が自嘲気味に笑うのを見て、垣根は胸が苦しくなった。

 

真守は使い潰された命の上に君臨してるのだ。

真守がその過去を、本当に悔やんで疎ましく思っているのが垣根には理解できた。

人間の命を大事にしているのに、人の命の上に立っている事実を真守が許容できるはずがないからだ。

 

だが真守が本当に嫌悪しているのは、使い潰した命の上に立っていたことではなかった。

 

真守が研究所で行っていた『勉強』。

その『勉強』をした成果は『実験』して確かめなければならなかった。

だからこそ真守は生命エネルギーを自分で補う『実験』を強要されたし、それ以外にも数多くの『実験』をさせられた。

 

『勉強』も『実験』も、それが人道的である必要はない。

人体について『勉強』させられれば、その壊し方も理解するのと同義であり、それを『実験』して確かめなければならなくなる。

 

真守にとっては、その『実験』を嫌がることなくこなしていた自分自身こそが許せないのだ。

研究所で過ごしていた過去の自分自身に、真守は一番嫌悪感を抱いていた。

 

そんな研究所時代と今の真守の間に一線を引いてくれたのは源白(みなしろ)深城(みしろ)だった。

深城が導いてくれたからこそ、今の真守があるのだ。

 

「ごめん。話が脱線してしまったな。幻想御手(レベルアッパー)についてだった」

 

真守は過去の自分への嫌悪を頭の(すみ)に追いやりながら、苦笑して話を元に戻す。

 

「……そうだな」

 

「うん。で、だ。気になることがあるんだ。一つの曲による洗脳だけで、どうして系統が違う能力者の強度(レベル)が上がるんだろうか」

 

真守の疑問に垣根も思案する。

能力によって演算方法はまるで異なる。

演算方法が異なるのに、どうして一つの曲で全ての強度(レベル)を上げられるのか、未だ不透明だった。

 

「その大脳生理学者にでも聞けば分かるかもな。こっちからコンタクト取るか?」

 

垣根が提案すると、真守は即座に首を横に振った。

 

「そんな人に頼らなくても誰よりも人体に詳しい人がいる」

 

「誰だ?」

 

「私の主治医の先生。通り名は冥土帰し(ヘブンキャンセラー)

 

「あの天才外科医か?」

 

冥土帰しとは、最先端医療技術が発達している学園都市の中で、有名になるほどの天才外科医であり、垣根も彼の存在をなんとなく知っていた。

 

だがその人物が真守の主治医である事を垣根は知らなかった。

 

真守は垣根の問いかけに肯定の意味を込めて頷くと、携帯電話を取り出した。

真守は携帯電話で『カエル先生』と登録された番号を選んで電話をかけた。

 

〈真守くん?〉

 

「先生、ちょっと聞きたいことがある」

 

〈丁度良かった。僕も少しキミに伝えたいことがあってね?〉

 

「……先に聞く」

 

〈キミを襲ってきた子たちは、キミの力によって焼かれているから僕が対応しているんだけれどね? 彼らの体は僕が完璧に治したのに、何故か次々と昏睡状態になっているんだよ。もちろん、他の患者もね? 何か関係性があるかもね?〉

 

「……そっちに一度戻る」

 

真守はそこで電話を切って顔を上げて簡潔に告げた。

 

「特定の幻想御手(レベルアッパー)使用者だけじゃなくて使用者全員が昏睡状態になってるって。先生に話を聞きに行きたい」

 

「専門家の話を聞くのが一番だ、行くぞ」

 

垣根は即座に頷いて、真守は垣根と共に垣根が所有している車で病院へと向かった。

 

免許はどうした未成年、と普通は思うが、真守も運転の仕方は一通り学んでいるので、とやかく言うつもりは欠片もなかった。

 

 




垣根くんがちらっと前に言っていましたが、真守ちゃんが研究所を壊滅させて冥土帰しの所に来たのは五年前です。
アクセラレータは九歳まで特力研でそれから転々としていますが、真守ちゃんはアクセラレータと違って解析研にずっと所属していました。



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第一五話:〈犯人補足〉と罪の痕

第一五話、投稿します。
次は八月二〇日金曜日です。


真守は垣根と共に自分が入院している病院へと数日ぶりに帰ってきて、冥土帰し(ヘブンキャンセラー)の私的な研究室に呼ばれ、彼が来るのを待っていた。

 

垣根は天才外科医の研究室が珍しいのか物に触らない程度に物色をしていて、真守は勝手知ったる場所なので特に何もせずに待っていた。

扉が開けられて冥土帰しが入ってきたと振り返ると、そこには白井黒子と御坂美琴が立っていた。

 

「御坂、白井」

 

「お二人共、どうしてこちらへ?」

 

「その医者はこいつの主治医だ」

 

垣根が簡潔に述べると、美琴が冥土帰しを見て納得するように頷いた。

冥土帰しは四人を集めて一台のPCの前に座り、四人はその後ろに立ってモニターに表示されたデータを見る態勢に入る。

 

そのデータとは特定の人間の脳波パターンだった。

冥土帰しは次々とデータを羅列していく。

そのデータは寸分違わずすべて同じ脳波パターンだった。

 

「これ本当に全部違う人間なのか?」

 

真守が問いかけると冥土帰しが一つ頷いて説明を始めた。

 

「脳波は個人で違うのは知っているね? だから同じ波形になる事はありえない。ところが、このように幻想御手(レベルアッパー)被害者は共通の脳波パターンになっている」

 

「幻想御手の音楽ファイルを聞いたことで脳波が統一されてしまった……?」

 

「そうだね? そして他人の脳波パターンで無理やり脳を動かされている状態だとしたら、人体に多大な影響が出るだろうね?」

 

「幻想御手に無理やり脳を動かされてるから、植物状態になったってこと?」

 

「誰が何のつもりで?」

 

美琴と白井の問いかけに冥土帰しは振り返りながら告げた。

 

「僕は職業柄、いろいろと新しいセキュリティを構築していてね? その中の一つに人間の脳波をキーにするロックがあるんだね? それに登録されているある人物の脳波が、植物患者のものと同じなんだね?」

 

冥土帰しが情報を引っ張り出してモニターに表示させる。

そこには大脳生理学者木山春生(はるみ)のプロフィールが表示されていた。

 

「木山春生!?」

 

白井が声を上げる前で、冥土帰しは振り返って真守を見た。

 

「ねえ、真守くん? 膨大な『知識』を有するキミに一つ訊ねたいことがあるんだね?」

 

「……何?」

 

冥土帰しが『解析研』で得た『知識』をアテにしての質問するので、真守は怪訝な表情をしながらも冥土帰しの質問を待った。

 

「同一の脳波を持つ人たちの脳波の波形パターンを電気信号に変換したら、その人たちの脳と脳を繋ぐネットワークのようなものを構築できるかな?」

 

「可能だが媒体を用意しないとな」

 

「媒体とは?」

 

即座に告げた真守の答えに、白井が首を傾げて真守に問いかける。

真守はつらつらと説明し始めた。

 

「PCとPCだって間に通信媒体として電気を使っているだろう? だからネットワークを構築するためには、当然として通信するための媒体が必要だ」

 

真守はそこで言葉を切って、神妙に告げる。

 

「もし脳波を同一にさせただけで意思疎通ができるならば、同一の遺伝子を持っている一卵性双生児はその時点で精神感応(テレパス)ができてしまう。でもそうじゃない。だから脳波を同一にして、かつ媒体を用いないとネットワークが構築できないということは明白だ」

 

「じゃあどうして木山春生の脳波に統一されているのかしら……」

 

美琴の疑問を浮かべる隣で、真守はふと、冥土帰しがモニターに表示していた木山春生のプロフィールが目に入った。

 

木山春生。AIM拡散力場専攻。誕生日:八月──。

 

「木山春生の専攻はAIM拡散力場だ」

 

真守がプロフィールの一文を読み取って呟く。垣根はその呟きにすぐさま反応した。

 

「そうか。能力者ならば誰でも保有しているAIM拡散力場を通信媒体に使って、ネットワークを構築できる」

 

「木山春生の論文は脳波、それも調律に関するものばかりだった。脳波を同一にしてAIM拡散力場を媒体としてネットワークを形成する理論を、木山は構築できるはずだ」

 

真守が木山春生がクロかもしれない、と判断すると、白井が息を呑んだ。

 

「……初春。初春が木山春生のところに行ってますの!」

 

黒子は即座に携帯電話を取り出して通話を始めた。

 

「──初春! ……繋がらないですの! お姉様! わたくし一度、支部に戻ります!」

 

白井と美琴は慌てて冥土帰しの研究室を後にする。

 

「先生、PC貸して」

 

真守が鋭い声で冥土帰しに願い出ると、冥土帰しは溜息を吐きながらも場所を退いた。垣根はそんな真守を見て首を傾げた。

 

「何するんだ?」

 

「木山春生の居場所を探す」

 

「……木山なら捕まるだろ。これだけ大騒ぎになってたら人質取ろうがもう終わりだ。学園都市からは誰だって逃げられないからな」

 

学園都市は外部に逃げる人間を許さない。

研究データを持ち逃げされたらたまらないからだ。

この学園都市に所属した時点で、外に逃げる事は困難を極める。

暗部組織に所属して、学園都市から脱走する人間が処分される部隊の存在を知っている垣根は、その事実を良く知っていた。

 

「それでも黙って見ているわけにはいかない」

 

真守は能力を解放して蒼閃光(そうせんこう)でできた猫耳と尻尾を出しながら焦った表情でハッキングを始める。

モニターに触れた真守の手からパリパリッと電気エネルギーが(ほとばし)ったかと思うと、素早い速度で情報が羅列されていく。

学園都市内の監視カメラにハッキングを仕掛けて、木山春生を片っ端から探しているのだ。

 

「……コケにされたからか?」

 

「違う、そんなことはどうでもいい。木山春生がネットワーク構築に使ったのはAIM拡散力場だ。アレを好き勝手されて黙ってるわけにはいかない! それに何でこんなことやったか聞き出さないと気が済まない!」

 

「だからなんで?」

 

「垣根、くん。だったかな? ちょっといいかい?」

 

垣根が切羽詰まっている真守に問いかけると、冥土帰し(ヘブンキャンセラー)が垣根を呼んだ。

 

それに反応した真守は、振り返って冥土帰しを見た。

 

「ボクが話すよ。時間が惜しいんだろう?」

 

冥土帰しが気の利いた言葉を告げたので、真守は目を見開いた後に真剣な表情になって頷いた。

真剣な表情ながらも真守の瞳には悲しみが浮かんでいたと、垣根は感じた。

 

冥土帰しはそんな真守に一つ微笑んでから、垣根を研究室の外に呼び寄せた。

 

「真守くんが超能力者(レベル5)に値する事は知ってるんだね?」

 

「あいつが狙われてんの知ってるから当然だろ」

 

「じゃあ、彼女が研究所から脱走した事も?」

 

「何が言いてえ」

 

何度も確認してくる冥土帰しの態度に苛立ちを見せていると、冥土帰しは再び訊ねた。

 

「真守くんが僕のところに連れてきた源白(みなしろ)深城(みしろ)くんのことも勿論知っているんだね?」

 

「……源白深城の話か?」

 

「そうなるね?」

 

源白(みなしろ)深城(みしろ)

真守がこの世の中で何よりも大事にしている、現在昏睡状態の少女。

この場面で何故、源白深城なのか。その問いに冥土帰しは答えた。

 

「深城くんはね、力量装甲(ストレンジアーマー)という能力者だ。でも倉庫(バンク)にある力量装甲とは字面が同じだけで明確に違う能力なんだね? 上層部がわざと書き換えたと言ってもいいかもね?」

 

「本来の力量装甲(ストレンジアーマー)の能力は?」

 

垣根はまた上層部が絡んでいるのか、と内心苛立ちを覚えながらも訊ねる。

冥土帰しは深城の能力を簡潔に説明した。

 

「AIM拡散力場を圧縮し、装甲にして自身の体に(まと)わせるんだ。深城くんはAIM拡散力場に干渉する、非常に珍しい能力者だったんだよ?」

 

「……だから真守と同じ研究所にいたのか」

 

『特異能力解析研究所』はエネルギーに関する珍しい能力者の解析を行う研究所だった。

AIM拡散力場という、計測機器でしか測れない微弱なエネルギーに干渉できる能力ならば、所属させられてもおかしくはなかった。

 

垣根が深城が研究所に所属させられた理由を知ると、冥土帰しは衝撃的な一言を吐いた。

 

「深城くんは、一度死んだんだね?」

 

「……は?」

 

冥土帰しの言葉の意味が理解できずに垣根は眉を顰めた。

冥土帰しはそんな反応をされると分かっていたので、淡々と話をする。

 

源白深城に起こった不幸中の幸いと呼べるか分からない結果と、朝槻真守が引き起こした罪のような(あと)について。

 

「深城くんは確実に死んだ。死んだところを無理やり真守くんがこの世に引き戻したんだ。その結果、『存在の希釈』とでも言うべきかな。確率的にあり得ない程の条件が揃って、深城くんの意識はAIM拡散力場を自身の体と認識しているんだね?」

 

あり得なさすぎる話に垣根は一瞬思考が停まった。

 

AIM拡散力場に干渉出来る能力をたまたま持っていた源白深城。

彼女は死んでしまった事により、自分の体と外の境界線が()()()()()()()()()()()()

そして自分の体と外の境界線が曖昧になったまま、真守が源白深城を蘇生した。

その時にAIM拡散力場に干渉出来る能力が偶然にも作用してしまい、AIM拡散力場自体も自分の体だと認識してしまった。──らしい。

 

そういうことを、冥土帰し(ヘブンキャンセラー)は言っているのだ。

 

「どういうこと、だ。じゃあこの学園都市に蔓延しているAIM拡散力場全部が、源白深城の体とでも言いたいのか?」

 

「その解釈で合っているよ? だから彼女の意識は、AIM拡散力場があるところには必ず存在している。深城くんを蘇生させたのも、深城くんを今生かしているのも、真守くんの力だ。だから二人の間には特殊なパスが形成されて、真守くんには深城くんが見えている。今もきっと、真守くんの近くにはA()I()M()()()()ともいうべき存在となった深城くんが、寄り添っているだろうね?」

 

「……源白深城の体を形成しているAIM拡散力場を木山春生がおもちゃにしてるから、真守は自分の手でどうにかしようとしてんだな?」

 

冥土帰しがそれを肯定するように深く頷いたところで、研究室の扉が開かれた。

真守がハッキングを終えて木山春生の居場所を特定したらしい。

 

「話は聞いた」

 

真守が現れたので垣根は即座に話しかけた。

 

「お願い、垣根。車出して。後は自分でなんとかする」

 

真守は哀しそうな顔をしながら垣根に懇願した。

 

真守にとって源白深城はこの世で何よりも大切な存在だ。

どんな事情があったかは分からない。それでも、真守は源白深城を人の領域から遠ざけてしまったことに負い目を感じているのだ。

垣根は真守の表情から、その想いを読み取ることができた。

 

「……助けてやるって言った。だから、最後まで面倒見てやる」

 

「ありがとう」

 

垣根が決意を新たにすると、真守は心底安堵した表情をして、ふにゃっと微笑んだ。

 

そして二人は、木山春生を追うために行動を開始した。

 




冥土帰しが言う『存在の希釈』とは、新約で垣根くんが白くなって無限増殖した時の状態と同じようなものです。
身体を修復した垣根くんと死んだのに無理やり蘇生させられた深城は、経緯は違えど自分の体と能力の区別が曖昧になってしまった。
垣根くんの場合は未元物質に命や精神が希釈される事により、未元物質と自分自身の区別がつかなくなった。
深城の場合は能力が能力だったので、AIM拡散力場全体に命や精神が希釈される事により、AIM拡散力場と自分の体の区別がつかなくなった。
二人は能力の違いによって別の道を歩みましたが、一連の流れは同じです。

アドリブ好きのあの人間のことですからほくそ笑んだんじゃないでしょうか。




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幻想猛獣篇
第一六話:〈本領発揮〉で敵を討つ


第一六話投稿します。
次は八月二一日土曜日です。


真守と垣根は車で学園都市外周に位置する第一〇学区へと向かっていた。

木山春生の青いスポーツカーは既に警備員によって囲まれており、木山春生は警備員の声掛けによって車から降りて両手を頭の後ろに組んでいた。

 

《確保じゃん!!》

 

警備ロボの列の後ろに並んだ警備員(アンチスキル)が黄泉川愛穂の号令によって銃を構えて近づく。

そんな警備員の前で、木山は不敵に笑って目を細める。

 

その左目の白い部分が、赤く染まった。

それと同時に警備員の一人が仲間の足を銃で撃った。

 

撃たれた警備員が仰向けになって地面に倒れ伏すと、それを見ていた仲間が声を上げる。

 

「一体何を!?」

 

「ち、違う! 俺の意志じゃない!!」

 

警備員は何が起こったか分からずに困惑する。

警備員の包囲網が崩れたところを見計らって、木山は右手を前に突き出した。

 

その右手の掌から突如、突風が巻き起こった。

 

「バカな!? 能力者だと!?」

 

木山が突然能力を行使し出したので、それに黄泉川が悲鳴に似た驚きの声を上げた。

木山は黄泉川の荒らげた声に満足したのか、ニヤッと笑うと、能力を行使した。

大気をコントロールしてその場に大爆発を引き起こした。

爆発した道路へと近づくことができないため、垣根が随分と手前で車を急停止させる。

真守はシートベルトを外して助手席から降りて、木山と警備員の下へ駆け出した。

真守の目の前で、木山は突風を起こして警備員(アンチスキル)をけん制、そして生み出した大量の水の濁流で警備員の車両を押し流した。

次に念動能力(サイコキネシス)を使用して車両と警備ロボを浮かせ、なぎ倒して道路にランダムに落とし、警備員(アンチスキル)たちを散り散りにさせる。

 

多重能力(デュアルスキル)!? 実現不可能なはずだろ!?」

 

多重能力(デュアルスキル)とは二つ以上の能力を使える能力者の事だ。

多くの研究所がその研究を行って人体実験をしていたが、脳への負担が大きすぎるとして諦められた能力だった。

その結果を出すために数多くの少年少女たちが犠牲となった。

その忌むべき力を、何故能力開発を受けていない木山春生が使えるのか。

 

「────木山春生!」

 

垣根が疑問視する隣で、真守は破壊の限りを尽くした木山に鋭い声を上げる。

 

「学園都市の第二位? ……それと、そっちはまさか。消えた八人目?」

 

 

木山は振り返って垣根を見て、次に真守を見て首を傾げた。

 

「……お前、真守が都市伝説と同じ外見しているからって物分かりが良すぎないか?」

 

真守が消えた八人目の超能力者(レベル5)である噂は都市伝説として根付いている。

だが一般の大脳生理学者が都市伝説を知っていようと、眉唾ものだと一蹴するはずだ。

それでも木山春生は真守のことを正確に看破した。

 

垣根が警戒心を(あら)わにしていると木山は一瞬、口を噤んだが、その事実を切り出した。

 

「……昔、とある研究所にいてね。そこで聞いた事がある」

 

どうやら木山は研究所で真守の話を聞いたらしい。

真守の話を聞くとは相当な『闇』の中にいたはずだ。

 

(ただの大脳生理学者じゃない?)

 

「その消えた八人目が何故ここに?」

 

垣根が訝しんでいると、木山が真守に質問してきた。

 

「用があるからに決まってる」

 

真守がぶっきらぼうに不機嫌に告げると、木山は慎重に訊ねた。

 

「……一体何の用だね?」

 

「お前の作った幻想御手(レベルアッパー)を使った人間、一〇〇名以上に私は襲撃された。これだけでもお前を潰す理由になるのに、よくもAIM拡散力場を利用したな。その二重の意味を込めてお前を潰す。覚悟はいいな?」

 

「ちょっと待て、それは一体どういうことだ?」

 

木山はいきなり真守に事情を説明されて困惑する。

 

幻想御手(レベルアッパー)は木山春生が高度な演算処理として用いるために作成したものだ。

それで誰かを傷つけるつもりはなかったし、全てが済んだら彼らを解放するつもりだった。

その幻想御手使用者が徒党を組んで消えた八人目を何故襲ったのか、理解できない。

 

「やっぱりあいつらをけしかけた上層部とは別口か。だがお前のせいで私は大迷惑だ。この落とし前は付けさせてもらう」

 

真守の言い分に木山は目を見開いた。

 

上層部は何らかの手法で朝槻真守を幻想御手(レベルアッパー)使用者に襲撃させた。

その被害にあった彼女が、元凶となった木山を討とうとするのは当然の反応だ。

 

木山春生が幻想御手を開発しなければ、上層部にそれを利用されて真守が襲撃されることなどなかったのだから。

 

「……上は私のやることを散々邪魔したあげく、私が行動を起こして事件を引き起こせばそれを利用する。まったく、反吐が出る」

 

「どうやらお前も上層部と何かあったらしいな」

木山春生は吐き捨てるように嗤って、真守は目を細めた。

 

木山はそれに答えなかった。

何かを悔しがって、堪えているようだった。

 

 

そんな様子を聞いていた人間がこの場に他にいた。

 

「──朝槻さんが消えた八人目?」

 

御坂美琴だ。

タクシーでここまで来た美琴は白井と通話しながら非常階段を登って、その会話を聞いていた。

 

美琴には都市伝説が好きな友人、佐天涙子がいる。

 

彼女から『消えた八人目の超能力者(レベル5)流動源力(ギアホイール)』という能力者がいると、聞いたことがあった。

あらゆるエネルギーを生成する能力者。

黒猫のように優美であり、それでいて不吉。遭遇すると『不幸』になる。

 

都市伝説の内容と真守の外見は一致している。

 

「まさか……本当に?」

 

美琴はその時、違和感の正体に気が付いた。

真守は幻想御手使用者に消えた八人目の超能力者(レベル5)として襲われていた。

 

だが真守が自分が超能力者(レベル5)ではないのにどうして襲ってくるのか、そうやって怒っていたことが一度としてなかった。

 

それは自分が本当に超能力者(レベル5)であって、否定する理由がなかったのだ。

 

「上層部と仲が悪いってことは何があった。お前、何が目的?」

 

真守が黙った木山に問いかける中、美琴は非常階段を駆け上がって青いスポーツカーに近づくと中の初春に声をかけた。

 

「初春さん! しっかりして!」

 

真守は美琴の声で人質がいることをすっかり忘れていた事に気が付いた。

深城に関係のあるAIM拡散力場を木山に利用された憤りで、すっかり周りが見えなくなってしまっていたのだ。

 

「安心しろ」

 

真守が初春の安否を心配して慌てて振り返ると、木山は既に気持ちを切り替えたのか、美琴に冷静に話しかけた。

 

「戦闘の余波を受けて気絶しているだけだ。命に別状はないよ」

 

木山春生はそう告げると、三人を見つめた。

 

「公式では学園都市に七人しかいない超能力者(レベル5)。第二位、垣根帝督。第三位、御坂美琴。そして、消えた八人目の朝槻真守。超能力者(レベル5)が三人も揃うとは……だが、流石のキミたちも私のような相手と戦ったことはあるまい。キミたちに一万の脳を統べる私を止められるかな?」

 

「止められるかなですって……? ──当たり前よ!」

 

美琴がそこで前に出た。真守と垣根も臨戦態勢に入った。

 

その瞬間、木山春生が目を細めた。

駆け出していた美琴の足元、そして垣根と真守が立っていた場所のコンクリートが丸く削り取られて焼失した。

駆け出していた美琴はそれをギリギリ避けたが、真守と垣根は足場を失った。

 

垣根は即座に未元物質(ダークマター)の翼を広げて、宙に浮く。

真守も即座に自身の能力を開放。

蒼閃光(そうせんこう)でできた猫耳と尻尾を現出させると空中にエネルギーを放出してホバリングするように空中で制止していた。

真守と垣根、それと逃げる美琴の隙を狙って、木山春生が爆発を起こした。

 

真守と垣根はその爆発から逃げるように高く空を飛ぶ。

 

美琴も爆風の中から前へと飛び出した。

 

「驚いたわ! 本当に幾つも能力が使えるのね。多重能力(デュアルスキル)だなんて、楽しませてくれるじゃない!」

 

「私の能力は理論上不可能とされるアレとは方式が違う。謂わば──多才能力(マルチスキル)

 

木山が告げると同時に宙に浮く真守と垣根、それと美琴めがけて風の刃が襲う。

垣根はその風の刃を未元物質(ダークマター)の翼で防ぎ、真守はその風の刃に自身の手から発したエネルギーをぶつけて相殺した。

 

美琴は横に少しだけ動いて最小の動きで避けると、体の表面に電流をバチバチと鳴らす。

 

「呼び方なんてどうでもいいわよ! こっちがやることに──変わりはないんだから!!」

 

美琴は声を挙げながら右手を前に突き出して、木山に向かって電撃を飛ばした。

 

自分を中心に半円のシールドのように誘電力場を張った木山は、その美琴の雷撃を上空にいる二人に直撃するように器用に受け流した。

 

「うわ」「あ?」

 

真守は驚きの声を挙げながらも余裕でその電撃をシールドで相殺し、垣根は翼が自動的に展開されてその攻撃を防いだ。

 

「あれ?」

 

美琴は自分の電撃が利用された事に気が付いて表情を引きつらせる。

 

「……御坂、もう少し周りをよく見て」

 

「ったく、お前それでも超能力者(レベル5)か? 自分の電撃の面倒は最後まで見ろよクソッタレ」

 

「ご……ごめんなさい!」

 

軽蔑の眼差しと非難の言葉を向ける二人を見て、美琴は平謝りする。

 

美琴は電撃を利用されただけで悪くない。

だが能力者にとって、自分が発動した能力が自分のコントロールを離れて利用されるなんて、赤っ恥もいいところだった。

 

「どうした。超能力者(レベル5)たち。複数の能力を同時に使うことはできないと踏んでいたのかね?」

 

木山は自身の身から衝撃波を辺りに生み出す。

 

その衝撃波が空中にいる真守と垣根の下まで届いた。

二人はその衝撃波からシールドを展開、翼を広げて身を守った。

 

美琴はと言うと、彼女が立っていた鉄筋コンクリートは衝撃波によって粉々に砕け散った。

 

高速道路がガラガラと崩れ落ちていく。

 

立て直しをしようとしていた警備員(アンチスキル)は高速道路が崩れたことによって悲鳴を上げた。

 

木山は崩れ落ちた高速道路の真下の地面へと、ゆっくりと降下する。

 

崩落に巻き込まれた美琴は高速道路の鉄筋コンクリートの柱に電気で磁場を形成して張り付いて無事だった。

 

(なんてヤツ……! 自分を巻き込むのもお構いなしに能力を振るってくる!)

 

「拍子抜けだな。超能力者(レベル5)という力を見せてくれないのか?」

 

「──潰す」

 

木山が挑発したので、真守は空中からフッと消えた。

 

真守がエネルギーを効率的に循環させて体を動かした結果、そのスピードが速すぎて消えたように見えただけだ。

 

真守は音速に近いスピードでまっすぐと木山に向かっていく。

木山はそんな真守を正確に把握して、真守を止めるべく再び衝撃波を繰り出した。

 

それで真守は止まる、木山はそう思っていた。

 

だがその衝撃波を前方に展開したシールドによってなんなく跳ね除けた真守は、スピードを落とすことなく木山の懐に入り込んだ。

 

至近距離にいる真守に、木山は驚きの目を向けた。

 

「跳べ」

 

真守は冷たくそう言い放つと、その足で思い切り蹴り上げた。

真守の生み出した破壊的な蹴りによって、木山はぎりぎり崩落していなかった高速道路へと吹き飛ばされて激突する。

 

激しい爆発音と共に、再び高速道路の崩壊が始まった。

 

真守は地面にトッと軽く降り立つ。

そして自分に向かって落ちてくる高速道路の瓦礫へ右手を向けて、自分の頭の上に源流エネルギーを展開。

その瓦礫を源流エネルギーによって塵も残さずに焼き尽くした。

 

「手ごたえがないな」

 

真守がつまらなさそうに言い放つと、余裕の表情をして木山が爆風の中から姿を現した。

真守は一瞬の隙も見せずに顔を上げて木山を見据えた。

 

初めて目の当たりにした真守の能力のほんの一端にすら、垣根は驚きを隠せなかった。

 

真守が急降下したのは目で追えずに、垣根は事象の揺らぎによってその攻撃を知覚していた。

その速さの中、即座に防御するという真守の演算能力の並列処理を見せつけられた。

 

消えた八人目の超能力者(レベル5)流動源力(ギアホイール)

超能力者の第二位と第三位の間には、絶対的な差があると言われているが、真守はその壁を楽々と超えている。

 

真守の流動源力(ギアホイール)とは、あらゆるエネルギーを生成する能力だ。

 

それは新たなベクトルを生み出すということと同義だ。

真守はその新たなベクトルを既存のベクトルにぶつけて間接的に全てのベクトルを操っている。

 

真守の能力は既存のベクトルを操作する一方通行(アクセラレータ)に、大打撃を与えるだろう。

 

真守の能力の汎用性は極めて高い。

エネルギーを生成するという『創造性』と、全てを焼き尽くすという『破壊性』。

一方通行が持つ『破壊性』と垣根帝督が持つ『創造性』、その二つの性質を持つのが、朝槻真守の能力、流動源力(ギアホイール)だ。

 

(真守が『計画(プラン)』の要になるのも頷ける。あの能力はアレイスターにとって利用価値が大いにある)

 

真守の能力を分析していた垣根の近くで、美琴は真守の能力に呆然としていた。

 

格の違いを見せつけられた気分だった。

自分の前に置かれたハードルは飛び越えなければ気が済まない美琴だが、真守というハードルを越える事は不可能かもしれない、そう感じてしまった。

 

垣根と美琴は初めて見た真守の能力に驚きを隠せなかった。

 

そんな二人の前で、木山は真守を捉えて腕を振りかぶった。

その手に光の刃が伸びて、真守へ向けて放たれる。

真守はガガキ! という歯車が軋むような音を一度響かせると、蒼閃光で形成されたエネルギー球を飛ばした。

 

光の刃は、真守の源流エネルギーの塊に焼き尽くされて消え去る。

源流エネルギーの塊は減衰することなくそのまま木山に直撃して爆発した。

 

木山は爆風に呑まれながら地面に落下するが、地面に直撃する体勢を立て直して地面に片膝を突きながら満身創痍の状態で降り立った。

 

「格の違いを理解した?」

 

真守が冷徹な声で木山にそう話しかけると、木山は咳き込みながら真守を見つめた。

確かに消えた八人目の超能力者(レベル5)は強い。

恐らく自分は手加減されているのだろう。

それでも、引き下がることなんて木山春生にはできなかった。

 

 

「私は、ある事柄について調べたいだけだ。それが終われば全員解放するつもりでもある。それまではたとえ、超能力者(レベル5)三人でも相手にする」

 

「……お前、何を抱えている?」

 

真守が木山の目的を知るために問いかけた。

木山は本当に悔しそうに顔を歪めながら、真守の問いかけに答えるために切り出した。

 

「……キミたちが日常的に受けている能力開発。あれが安全で人道的なものだとでも思っているのか?」

 

美琴はその言葉の意味が分からなかったが、真守と垣根はピクッと反応した。

 

二人が反応したことを受けて、木山は薄く笑った。

 

「どうやら、超能力者(レベル5)の中で世間知らずなお嬢様なのはキミだけだそうだ。第三位」

 

「……どういうこと?」

 

「学園都市の上層部は能力に関する重大な何かを隠している。それを知らずにこの町の教師たちは学生の脳を、日々開発しているんだ。それがどんなに危険なことなのか──分かるだろう?」

 

真守は薄く目を見開いた。

 

この街の大人にしてはありえない思考を持つ木山を、驚愕の表情で見つめていた。

 

「なかなか面白そうな話じゃない!」

 

そんな真守の前で美琴は不敵に笑った。

そして高速道路の柱に張り付くのをやめて地面に降り立つと、手を地面にピタッとつけた。

 

「あんたを捕まえた後でゆっくりと──調べさせてもらうわ!!」

 

美琴は砂鉄を帯のように操ると、それを何本も木山に向けて伸ばした。

木山は能力を行使して鉄筋コンクリートの塊を動かして壁にして、表面が高速で振動して切れ味が鋭くなっている砂鉄の帯から身を守った。

 

「残念だが、まだ捕まるわけにはいかない」

 

木山はゴミ箱に捨ててあった大量のアルミ缶を念動力(テレキネシス)で操作して三人へと向かわせる。

 

「空き缶!? ……──虚空爆破(グラビトン)!」

 

大量のアルミ缶が空に浮かぶ様子を見て、美琴はアルミを基点に重力子を加速させて爆弾に変えていた虚空爆破(グラビトン)事件を思い出して叫ぶ。

 

「さあ──どうする?」

 

木山春生が挑発した瞬間、美琴がバチバチ! と前髪から電流を迸らせた。

 

「私が全部吹っ飛ばす!!」

 

美琴は力を体に込めて、全身から強力な電撃を放つ。

 

美琴は真守と垣根のことを純粋に守ろうと思ってアルミ缶を全て落ち落そうとするが、垣根は身を守るために上空に退避するし、真守はアルミ缶が降ってくるであろうポイントから弾かれるように離れる。

 

二人共、美琴をまったく信用していない防御姿勢だった。

その事実にちょっとショックを受けながらも、美琴はアルミ缶を全て電流で吹き飛ばした。

 

「すごいな。──だが」

 

木山は美琴の能力に関心していたが、手に持っていた三つのアルミ缶を空間移動(テレポート)させた。

 

「どう、ざっとこんなもんよ!」

 

美琴が言い放った瞬間、真守は自身の後ろで収縮するエネルギーを感知。

垣根も事象の揺らぎによって背後に何かが現れるのを感じて、即座に振り返った。

 

二人は背後で虚空爆破(グラビトン)が起きようとしていることに感づいて防御行動に出た。

だが美琴は直前まで気が付かなかった。

 

三人がいた場所で虚空爆破(グラビトン)が同時に引き起こされた。

 

木山は三つの爆発を見つめて呟いた。

 

「絡め手が通じるか、否か……」

 

木山が呟く中、美琴が後ろから木山に抱き着いた。

 

「つーかまーえた」

 

「バカな……!?」

 

木山が美琴がいた場所に目を向けると、美琴を守るように磁力で鉄骨やらパイプのシールドができていた。

 

「磁力で即席の盾を組み上げたのか!?」

 

「零距離からの電撃……あのバカには効かなかったけれど。いくらなんでもあんなトンデモ能力までは持ってないわよねえ!?」

 

木山がやられる前に美琴を倒そうと周りのパイプを念動力(テレキネシス)で動かして美琴を襲う。

 

「遅い!!」

 

美琴が叫んだ瞬間、木山を中心に凄まじい電撃が上がった。

 

「うわああああああ!!」

 

木山が叫び声を上げる。

虚空爆破(グラビトン)なんて物ともしなかった真守の隣に、同じく問題なかった垣根がそっと降りてきた。

 

多才能力(マルチスキル)ってヤツは、ネットワークに繋がった能力者の個々の力を、あいつが借り受けてるって感じだな」

 

「頭の中に二つの能力を入れるやり方とは違うから、確かに多重能力(デュアルスキル)ではないな」

 

真守と垣根は美琴から(ほとばし)って天へを伸びる電撃の光を悠長に見つめながら、木山の使った能力の仕組みについて、考察のすり合わせをしていた。

 

電撃が止むと木山の体から力が抜けて、それを美琴は後ろから支えた。

 

「一応手加減はしといたから…………!?」

 

そこまで呟いた美琴に異変が起きた。

目を見開いて、瞳の焦点を合わせないで何かを見ている。

 

「な、に……? 頭の中に、直接!? これは、木山春生の記憶? 私と木山の間に電気を介した回線が繋がって…………っ!」

 

真守は美琴の口から零れた言葉を聞いて即座に駆け寄った。

電気エネルギーをパリパリッと掌から迸らせながら、呆然としている美琴の前で木山の体にその掌を押し付けた。

 

「真守!?」

 

「御坂は電気のパスが木山と繋がって記憶を見てる! 御坂に出来るなら私にも可能だ、木山が何でこんなことしたか記憶を暴いてやる! コイツはずっと後悔してるから、絶対に記憶に何かある!」

 

真守はずっと木山が何故こんな事をしたのか気になっていた。

その手掛かりが過去にあって木山の過去を覗く事ができるのであれば、好機だと踏んだのだ。

 

真守は電気的な繋がりを構築すると、木山と自分を接続して記憶を覗き込んだ。

 

冥土帰し(ヘブンキャンセラー)は真守と深城の間には特殊な目に見えないバイパスによって繋がっていると言っていた。

 

それは他人とのバイパスを作る事に長けているという事だ。

動かなくなった真守と美琴を見て、垣根は木山春生に近づいてその背中に触れた。

 

「俺だけ見られないのは納得いかねえな。覗かせてもらうぞ」

 

垣根は蚊帳の外はつまらないとして、真守と美琴のパスを参考に未元物質(ダークマター)でパスを作り上げて記憶を覗いた。

 

 




幻想御手篇長いので幻想猛獣篇と分けさせていただきます。


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第一七話:〈後悔追憶〉と共鳴して

第一七話投稿します。
次は八月二二日日曜日です。


若い木山春生の声がする。

 

『四〇七KIHARA』と書かれた部屋に入って老人の研究者と話をしている。

 

『私が教師に? 何かの冗談ですか?』

 

『いやいや。キミは教員免許を持っていたよね』

 

『ええ』

 

木山は躊躇(ためら)いがちにも老人の言葉に頷く。

 

『なら教鞭をとっても何もおかしくはないじゃないか』

 

『しかしあれはついでに取っただけで……』

 

木山春生が渋るので、老人は立ち上がって窓辺へと向かって歩き、外を見つめながら話をする。

 

『研究から離れろ、と言っているわけではないよ。それどころか、統括理事会肝いりの実験を任せたいと思っているんだ』

 

『本当ですか!?』

 

老人の言葉に研究者として期待されていると感じた木山は、明らかに声を明るくして老人へと迫る。

 

『あの子供たち』

 

老人が窓の外で遊んでいる子供たちを見つめるので、木山も見下ろした。

 

『彼らは置き去り(チャイルドエラー)と言ってね。何らかの事情で学園都市に捨てられた身寄りのない子供たちだ』

 

『はあ……?』

 

『そして。今回の実験の被験者であり、キミが担当する生徒である』

 

『え?』

 

彼らの教師になれ、という老人の言葉に、木山は思わず老人を見た。老人は木山の事を見ずに、置き去り(チャイルドエラー)の子供たちを見下ろしながら滑らかに話す。

 

『実験を成功させるには被験者の詳細な成長データを取り、最新の注意を払って調整を行う必要がある。だったら担任として受け持った方が手間が省けるでしょう』

 

『それは、そうかもしれませんが』

 

────……。

 

木山は『先進教育局、小児用能力教材開発所、同開発所付属小学部』という看板を見て、小さく溜息を吐きながらも教室へと向かう。

 

黒板に自分の名前を書いた後、机に座っている子供たちの方へ振り返った。

 

『あー。今日からキミたちの担任となった木山春生だ。よろしく』

 

『『『よろしくお願いしまーす』』』

 

(厄介な事になった)

 

子供たちが大きな声で楽しそうに笑うのを見ながら木山は独り言ちる。

 

────……。

 

木山が教室へと入るために引き戸を開けると、頭の上にトラップとして設置されていたバケツから大量の水が降り注いだ。

 

『やーい、引っかかった!』

 

『『引っかかった引っかかったー!!』』

 

『こらーっ!』

 

悪いことをした男子生徒二人にカチューシャの女子生徒が当然として、咎めるような声を上げる。

 

『先生大丈夫?』

 

『ああ、晴れてることだし。干しておけばすぐに乾く』

 

二つ結びの女子生徒が訊ねると、木山はワイシャツを脱ぎ出して下着一枚になる。

 

『わあー! こんなところで着替えないでぇ!!』

 

『男子、あっち向いてろ!!』

 

『ダメだよ、先生! 女の人なんだから!』

 

女子生徒が木山の事を心配する声を上げる中、一応木山を見ないように振り返った男子生徒二人は、気まずそうにしながらも強気な事を言う。

 

『べ、別に先生のぺちゃぱい見てもしょうがねえよな!』

 

『う……ウン』

 

『ぺ……ぺちゃ』

 

木山が子供からの辛らつな評価に顔を固まらせた。

 

(子供は嫌いだ。デリカシーがない)

 

────……。

 

教室の廊下を歩いていると、男子生徒が嬉しそうに話しかけてきた。

 

『先生ってモテねーだろ! 彼氏いんの?』

 

『な、何を……!』

 

『なんなら、俺が付き合ってやろうか?』

 

(失礼だし)

 

────……。

 

『そして、このように──』

 

木山が授業を進めるために黒板から教科書へ目を落とし、喋りながら教科書のページをめくる。

そこにはムカデの玩具が置いてあった。

 

『うわああ!!』

 

驚いて黒板に張り付く木山を見て、男子生徒二人はいたずらが成功して楽しそうに大声で笑う。

 

(いたずらするし)

 

────……。

 

『うっ、ううっうっ……』

 

木山は目の前で女子生徒が泣いていて、おろおろとしながらも声をかける。

 

『どうしたんだ? 何か困ったことがあるのなら、先生に……?』

 

『うわああああああん!!』

 

いきなり大声を出して泣き出した女子生徒を見て、どうすればいいか分からなくて狼狽(ろうばい)してしまう。

 

(論理的じゃないし)

 

────……。

 

『あー! スキキライしちゃダメなんだよ!』

 

木山が給食のシチューのニンジンを避けていると、それを見ていた女子生徒の一人が注意した。

 

『え? ……ああ』

 

(馴れ馴れしいし。すぐに懐いてくる)

 

 

 

(子供は嫌いだ)

 

 

 

────……。

 

雨の中、木山が傘を差して歩いていると、目の前に傘を手放して地面に座り込んでいる、カチューシャをした女子生徒がいた。

 

『どうした、枝先』

 

『あ、木山先生! ……えへへ。滑って転んじゃった』

 

枝先と呼ばれた少女が恥ずかしいところを見られた、と笑う。

泥だらけの様子の枝先を見て、木山は一つ提案をした。

 

『私のマンションはすぐそこだが、風呂を貸そうか?』

 

『いいの!?』

 

目をキラキラと輝かせて枝先は風呂に期待を寄せていた。

 

────……。

 

木山が枝先の服を洗濯機に入れていると、風呂場を覗いてお湯が溜めてある湯船を見つめて枝先が声を上げた。

 

『わあ、お風呂だ!』

 

『風呂がそんなに嬉しいか?』

 

『うん! ウチの施設、週二回のシャワーだけだもん! ねえ、本当に入っていいの?』

 

『……ああ』

 

『やった! みんなに自慢しちゃおうっと!』

 

枝先は心の底から嬉しそうにお風呂場へと入って行く。

木山は枝先が最後に脱いだ服を洗濯機に放り込んでスイッチを押し、洗濯を始める。

そして目を閉じて壁へと寄り掛かった。

 

『せんせー?』

 

『ん?』

 

洗濯機の振動音を聞いていた木山は、枝先の声が聞こえて片目を開けた。

 

『私でも、頑張ったら大能力者(レベル4)とか超能力者(レベル5)になれるかなあ?』

 

『……今の段階では何とも言えないな。高位能力者に憧れがあるのか?』

 

『うーん、もちろんそれもあるけれどー。……私たちは学園都市に育ててもらっているから! この街の役に立てるようになりたいなーって』

 

枝先の言葉に木山はそっと溜息を吐いた。

 

────……。

 

珈琲メーカーで淹れた珈琲を持って木山がキッチンからリビングへとやってくると、枝先が自分のワイシャツを着たままソファへと横たわっていた。

木山は枝先が寝てもスペースが空いているソファへと座った。

 

(研究の時間が無くなってしまった。本当に良い迷惑だ)

 

 

 

(子供は、嫌い…………だ)

 

 

 

そこから記憶が流れるように溢れていく。

 

────……。

 

(騒がしいし、デリカシーがない)

 

頭から黒板消しの粉を被って立ち尽くす木山を笑う生徒の姿。

 

────……。

 

『ねえねえ、俺の彼女になりなよ!』

 

『はいはい』

 

(失礼だし、悪戯するし)

 

廊下でいつぞやの男子生徒と話している記憶。

 

────……。

 

『わ、私……?』

 

『うん!』

 

(論理的じゃないし)

 

お世辞にも綺麗だとは言えない絵を見せて喜ぶ女子生徒。

 

────……。

 

『『『先生! お誕生日おめでとう!』』』

 

木山のために飾り立てられた教室に、枝先が大きな花束を木山に向けている。

 

木山は穏やかな気持ちになるのが自分でも分かった。

 

────……。

 

『スキキライは』

 

『……しちゃ、ダメだったな』

 

木山が枝先に注意されてビーフシチューのニンジンを頑張って口にすると、その場で一緒に食べていた女子生徒たちは嬉しそうに微笑んだ。

 

 

 

(子供は……)

 

 

 

────……。

 

 

『チクッとするよ』

 

木山は機材のベッドの上に座っている男子生徒の腕に針なし注射器で薬剤を打ち込む。

 

『数値に異常はないか』『ええ、こちらは問題ありません』『こちらも大丈夫です』『よし、分かった』

 

木山以外の研究員たちが実験の準備を次々と進めていく。

木山に『教員になれ』といった老人が、二階のデータを取るための部屋からその様子を見下ろしていた。

 

カチューシャを取ってデータを採取するための機材を頭に乗せられた枝先に木山は近づく。

 

『怖くないか?』

 

『全然! だって木山先生の実験なんでしょう? 先生のこと信じてるもん!』

 

(これで先生ごっこもおしまいか)

 

枝先が微笑むので木山も微笑むが、少しだけ寂しかった。

 

────……。

 

アラートが実験室に鳴り響き、赤いランプが何度も点滅する。

 

『ドーパミン値、低下中!』

 

『抗コリン剤投与しても効果ありません!』

 

『広範囲熱傷による低容量性ショックが……』

 

『乳酸リンゲル液輸液急げ!』

 

『無理です! これ以上は……!』

 

『早く病院に連絡を!』

 

『──ああ、いいからいいから』

 

慌てふためく研究員を(なだ)めたのは、モニターに表示されたデータを注視していた老人だった。

 

『しかし、このままでは……!』

 

『浮き足立ってないでデータをちゃんと集めなさい。この実験については所内にかん口令を敷く。実験はつつがなく終了した。キミたちは何も見なかった。いいね?』

 

『は、はい……』

 

それは、事実を隠蔽(いんぺい)するための命令だった。

この実験の責任者である彼の言葉を、研究員は拒否できなかった。

 

────……。

 

呆然と実験室を見つめていた木山は突然、老人に肩を叩かれてヒッと唸る。

 

『木山くん、よくやってくれた。彼らには気の毒だが、科学の発展に犠牲は付き物だよ。今回の事故は気にしなくていい。キミには今後も期待しているからね』

 

老人は木山を労うとそのまま去っていく。

 

────……。

 

木山は誰もいなくなった実験室を一人ふらふらと歩いていた。

 

そして枝先がいた機材のベッドへと近づく。

 

そこには血に濡れたカチューシャが置いてあった。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

衝撃的で思わず美琴は木山を離してしまった。

真守と垣根は、木山が手からゆっくり離れていくのを感じていた。

どさっと、低い音を立てながら木山は瓦礫の上に倒れ込んだ。

 

「い……今のは」

 

「見た……な……?」

 

木山は地面に左手を突いて、右手で頭を押さえながら三人を見た。

 

「なんで……? なんで、あんな実験(こと)!!」

 

木山は右手で頭を押さえながらふらふらと立ち上がり、真守たちから距離を取った。

 

「あれは表向き、AIM拡散力場を制御するための実験とされていた。……が、実際は暴走能力の法則解析用誘爆実験だった。能力者のAIM拡散力場を刺激して暴走の条件を探るものだったんだ!」

 

「え?」

 

美琴が呆然とした声を上げるが、真守は顔を俯かせて呟く。

 

「ちがう」

 

「真守?」

 

学園都市が子供の命を使い捨てにしている実験を見て、目を伏せていた垣根は真守の異変に気が付いた。

垣根が声を上げたので、木山と美琴はよろよろと下がった真守を見た。

 

圧倒的な力を振るっていた真守は、自分の体を搔き抱いて震え出していた。

 

「……能力体結晶の投与実験……────」

 

真守は、実験の様子と木山の見ていたモニターに表示されたデータを正しく読み取って呟いた。

木山が聞き慣れない言葉に眉を(ひそ)めるが、垣根は真守の呟きを正しく理解した。

 

能力体結晶。

それは意図的に拒絶反応を起こして能力を暴走させる科学的な物質だ。

あの置き去り(チャイルドエラー)の子供たちはそれの投与実験をされたのだ。

 

真守が何故、今の木山の記憶の断片でそこまで理解できたのか垣根は疑問に思う。

真守は垣根の疑問の視線に気づかないでただ震えていた。

 

 

嫌な記憶が蘇る。

冷たくなっていく身体に、延々と吐き出される血液。

人の命が自分の掌から零れ落ちていく感覚。

死に瀕して焦点が合わずに揺れ動く瞳が、()()()見上げた。

 

 

『死にたくない、一人にしないで。…………まもり、ちゃ……』

 

 

「あ、……ああ、ああァああああああ──!!!!」

 

真守が頭を掻き抱いて突然叫び出したのを、木山と美琴は何も言えずに見つめているしかできなかった。

 

「真守!」

 

垣根が真守に近づこうとすると、真守を中心にゴッ! と、風が吹き溢れる。

精神的に不安定になり、高すぎる真守の事象干渉能力が辺りに影響を及ぼしているのだ。

 

だがその風は人を傷つけるものではなかった。

だから垣根は躊躇(ためら)いなく真守に近づいて、その両肩に両手を置いて抱き留めた。

 

「真守、しっかりしろ!」

 

真守は頭を押さえたまま、そっと顔を上げて垣根を見つめた。

その瞳は恐怖で震え、ここではないどこかを見つめて恐怖していた。

 

「体晶……能力……暴、走………………み、()()…………────」

 

真守の途切れ途切れの呟きを聞いて、垣根は目を見開いた。

 

源白(みなしろ)深城(みしろ)は能力体結晶を投与された事により、能力を暴走させられて死に瀕したのだ。

置き去り(チャイルドエラー)たちに行われた実験と、源白深城の過去に起きた出来事が重なって真守は取り乱したのだ。

 

「まさか……キミは……────」

 

震える真守を心配して肩を抱く垣根と真守を、木山は見つめながら呆然と呟く。

 

「そうだ……私は、知ってる。研究者のお前が噂で聞いたなら当然だろう? 私だって研究所に所属していた」

 

真守はキッと睨みつけるように木山を見た。

その瞳には深い絶望と共に固い意志が見えた、そう木山は感じた。

 

「お前が騙されてやらされた実験と同じようなのを、私は幾つも知ってる!」

 

真守の叫びに木山はふらっと後ずさった。

 

美琴は真守の言葉を正しく理解してその恐怖の真実を呟く。

 

「…………人体、実験…………?」

 

木山春生は真守の身の周りで起きた実験や、自分の教え子たちの事を想って、感情を爆発させた。

 

「……そうだ。人体実験だったんだ。あの子たちは一度も目覚めることなく、今もなお眠り続けている……私たちはっ……あの子たちを使い捨てのモルモットにしたんだ!!」

 

「でも……そんなことがあったんなら、警備員(アンチスキル)に通報して──「二三回」……は?」

 

美琴は真っ当な意見を言おうとすると、木山は遮ってある回数を呟く。

 

木山は辛酸を嘗めさせられた過去を思い出して口にする。

 

「あの子たちの回復手段を探すため、そして事故の原因を究明するシミュレーションを行うために『樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)』の使用を申請した回数だ……っ。『樹形図の設計者』の演算能力を持ってすればあの子たちを助けられるはずだった……! もう一度太陽の下を走らせてやることもできただろう。だが却下された……っ──二三回とも、すべて!」

 

「え!?」

 

「統括理事会がグルなんだっ! 警備員(アンチスキル)が動くわけがない……っ!!」

 

木山が教え子たちの救済を拒み続けられた事に顔を歪ませる。

 

救いたかった。

たとえ、どんなことをしても。

どれだけの犠牲を強いても。

 

「ッ……だからって、こんなやり方!」

 

手段を選ばないと誓った木山を、陽の光の下で何も知らずに育った美琴は、糾弾するしかできなかった。

 

「────……キミに、何が分かる!!」

 

美琴の糾弾に激昂して、木山は頭を押さえながら、激情を口から迸らせる。

 

「あの子たちを救うためなら私はなんだってする! この町の全てを敵に回しても、止めるわけにはいかないんだ!!」

 

木山春生が天を仰いでその決意を再び言葉にした瞬間、異変が起こった。

 

「──────ヴ!!」

 

木山は自身の体に脈動を感じて目を見開き、静止する。

そして、頭を押さえたまま唸り声を上げて、苦しみ出す。

 

「ちょっと……!」

 

美琴が木山の異変に声を上げる中、垣根は怪訝な表情をする。

真守は木山の異変に、自分が精神的に不安定になっている場合ではないと気づいて表情を硬くした。

 

何かが起きようとしている。

物事の流れが能力の特性によって分かる真守には、これからマズい事が起こると感じた。

 

「……………………ネットワークの、暴走……!?」

 

木山が呟きながらも、ゆっくりうつ伏せに倒れる。

木山が地面に叩きつけられた音は虚無にまみれていて。

その音は重いはずなのに、酷く軽い音に感じた。

 

その倒れた木山の背中から、エメラルド色の煙がうっすらと出始める。

 

それが突然、天へと向かって伸びた。

 

天へと伸びたエメラルド色の煙が球体状になると、中から青い輝きが見える。

 

そう感じた瞬間、それを核として、半透明の体が生み出され始める。

 

大きな胎児のような怪物が、そこにいた。

 

胎児の体からはエメラルドの帯が何本も伸びており、頭には天使の輪のようなものが浮かび上がる。

 

「…………胎児?」

 

美琴が呟いた瞬間、胎児が赤く染まった白目に、金色の瞳が見える目を開いた。

 

 

胎児はつんざくような悲鳴を上げた。

 

 

 

まるで、自分の誕生を嫌悪するかのように、壮絶な叫び声だった。

 




滝壺ちゃんに比べて、深城はそこまで耐久性はありませんでした。



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第一八話:〈暴走離反〉で手の届かない所へ

第一八話、投稿します。
次は八月二三日月曜日です。


それは、胎児のようだった。

アクアマリンの宝石のような煌めきを体内に持つ、半透明の体を持っていた。

頭には天使の輪を掲げており、白目は赤く染まり、金色の瞳はぎょろぎょろと動いている。

背中から伸びたエメラルド色の帯がゆらゆらと蠢くそれはどこからどう見ても胎児の姿を取っていた。

 

「……胎児? 肉体変化(メタモルフォーゼ)? こんな能力聞いた事──」

 

美琴が呟くと同時に、胎児の怪物は耳につんざくような泣き声を上げて、周囲へと衝撃波を何度も繰り出した。

 

真守は両手をクロスさせて前方にエネルギーを生成して、垣根は未元物質の翼を広げて自身の身を守る。

 

美琴も磁力でコンクリートの壁を作り、その衝撃波から身を守った。

そして美琴は爆風の中、前に出て胎児の怪物へと電撃を飛ばす。

 

すると胎児の背中を美琴の電撃が軽々と吹き飛ばした。

 

「ええ!?」

 

攻撃した美琴も胎児の怪物の体が簡単に抉れたところを見て驚愕する。

そんな美琴の前で胎児の怪物は体を即座に再生させて、更に進化するように背中から小さな両手が新たに生えた。

 

それを皮切りに、胎児の怪物が体を脈動させて一際体を大きくした。

 

「おいおいなんだありゃ!」

 

「大きくなってる!」

 

垣根と美琴が声を上げる中、真守は胎児の怪物を見つめる。

AIM拡散力場を軸としている事は確かだ。

だがAIM拡散力場を軸として、AIM思念体として意識を結んでそこら辺を漂っている深城とは、明確に違う何かに真守は見えた。

 

「分からない。深城とは別種のような気がする……」

 

「別種だと?」

 

垣根が真守に問いかけるが、真守はじっと胎児の怪物を見つめているだけだ。

 

AIM思念体とは中心となる人間が存在しなければならない。

深城の存在はAIM拡散力場全体に希釈されているが、その中心核となっているのは深城の成長が停まった本来の体だ。

要はAIM拡散力場全体が深城の体であり、深城の本来の肉体は心臓のような役目を担っている。

 

心臓である深城の本体が壊されたらAIM思念体の深城も死に至る。

 

深城の体を生かし続けているのは真守なので、真守が死ななければ深城の命は脅かされない。

体を傷つけられてもすぐに再生させられるし、しかも深城が傷つけられたと真守は感知できるので、深城を攻撃した相手を潰しに行く事ができる。

 

そんなAIM思念体の深城と、目の前の胎児の怪物はまったく別の存在だと、真守は感じた。

まるで基盤となるものがあの怪物の中心にあって、肉体が外付けされているような印象だ。

 

AIM拡散力場に理解が深い真守が、意味不明だとしか考えられない胎児の怪物に向けて、垣根は警戒心を露わにする。

 

真守が困惑し、垣根が警戒、そして美琴が呆然と胎児の怪物を見つめる。

その胎児の怪物は瞳をカメラのレンズのようにぎょぎょっと大きさを変えて三人を捉えた。

 

胎児の怪物の目の前で、空気中の水が凝縮され始める。

その水が一気に凍結して氷柱となって鋭い切っ先を三人に向けたまま数十本空中に浮かび、三人に向かって放たれた。

 

垣根はその氷柱から身を守るように未元物質(ダークマター)の翼を展開した。

真守は試しに氷柱の一つを源流エネルギーで吹き飛ばして強度を確認する。

その強度を受けて、源流エネルギーで一々焼き尽くしていたら面倒だと即座に判断した真守は、猫の様に身を翻して地面を不規則に駆けて避け続ける。

 

真守は地面をトッと蹴り上げると、そのまま空中を泳いで空を飛んでいる垣根の隣まで飛んできて、空中で静止した。

 

「能力が使えんのか、あの怪物!」

 

「垣根。御坂が初春のところ行ってる。行くぞ」

 

真守が促した方を見ると、美琴が人質になっていた初春飾利の下へと走り寄っていた。

真守と垣根は美琴と並走して胎児の怪物から距離を取る。

 

「朝槻さん、垣根さん。無事!?」

 

「これくらいでへこたれるワケねえだろ」

 

「同じく」

 

「うへぇ……朝槻さん、本当に超能力者(レベル5)なのね……」

 

美琴が全速力で走っているスピードに、真守が余裕で並走しているので、真守が超能力者(レベル5)だと改めて認識した。

 

そんな三人に後ろから追撃するかのように氷柱が飛来した。

真守が宙に浮かんだままその場で静止すると、両手を前に突き出してガキガキ!、と歯車が噛み合う音を響かせる蒼閃光(そうせんこう)(ほとばし)らせる。

 

そして源流エネルギーを極太ビームになるように生成、高密度のままそれを拡散させるように放つ。

拡散されながらも十分すぎるほどの威力を持つ源流エネルギーによって構成されたビームは、氷柱を塵一つ残さず焼き尽くした。

 

その圧倒的な威力によって巻き起こった余波が容赦なく三人に襲い掛かり、凄まじい突風で瓦礫が浮かび上がったので、三人はその瓦礫から身を守る必要に迫られた。

 

「このバカ! 周りの事考えて撃て!」

 

人の事をまるで考えていない能力の行使をした真守に向かって、当然の反応として垣根が怒鳴る。

 

真守は長い黒髪を余波でなびかせながらも、申し訳なさそうな表情をする。

 

「ごめん。誰かに考慮して能力なんて発動した事なかったら、考えが及ばなかった」

 

「核レベルの破壊力持つんだから手加減覚えろよ! ……ったく、制御不能でも地位を与えとけば超能力者(レベル5)として力振るって力の制御覚えられるのに、放置してるからこういう事になるんだよ……!」

 

垣根の愚痴にも似た呟きに反応したのは美琴だった。

 

「え!? 制御できないからって理由で消えた八人目だったの? ……それで力隠して朝槻さんが能力の調整覚えられないなら、二重の意味で制御不能になるじゃない! ちょっと朝槻さん、共闘してるんだから加減早く覚えて!」

 

「……本当にごめん」

 

超能力者(レベル5)二人からブーイングが放たれて申し訳ないと、眉を八の字にする真守。

垣根が真守の事を怒っている隣で、美琴は鉄筋コンクリートの柱で真守の余波から身を守っていた初春に近づく。

 

「初春さん、大丈夫!?」

 

「あ、はい! 大丈夫です。あの、」

 

「ダメじゃない! こんなところに降りてきちゃ!」

 

美琴が食い気味に注意すると初春が身を縮こま瀬ながらも表情を硬くさせた。

 

「……ご、ごめんなさい!! でも!!」

 

初春が未だに美琴に自分の気持ちを吐露しようとするが、美琴はそんな初春へと再び注意を促す。

 

「そこから出ないで! よく分かんないけれど……やるってんなら相手に──「御坂!」え?」

 

真守が美琴の事を鋭く呼んで、美琴が振り返る。

 

「おい、あいつこっち向いてないみたいだぜ」

 

垣根はビッと親指で背後にいる胎児の怪物を指さしながら美琴に状況を説明した。

 

「追ってこない……闇雲に暴れてるだけなの?」

 

「……あれがもし、AIM思念体と同一のモノであるならば、核となるモノが必要だ。もしかしたらその核がきちんとした意志を持っていないのかもしれない」

 

「核? 核って具体的に何なの?」

 

「AIM思念体であるならば、もちろん人間が核となっている。だからこそきちんとした意志があるんだが、アレにはそれが見受けられない。……やっぱり同類でも別種だと思う」

 

「……なら、アレは幻想御手(レベルアッパー)で束ねられた学生たちの意識の集合体が核なんじゃねえの?」

 

「昏睡状態の学生全員分の思念の塊という事か。そう考えればアレが胎児の姿をしているのにも理由がつく。思念の塊として今生まれたばかりだから明確な意志がないんだ。……どちらにせよ、早くアレをなんとかしないと。明確な意志がない状態なら何をするか分かったもんじゃない」

 

真守と垣根が二人で推察を繰り広げていると、初春が手をバタバタと動かす胎児の怪物を見て悲しそうに呟く。

 

「まるで……何かに苦しんでいるみたい」

 

確かにもがき、苦しんでいる様だった。

途方もない絶望に囚われて、途方に暮れて。

どこへと向かえばいいか分からないような、そんな迷子に見えた。

 

胎児の怪物は移動を始めると、それに向けて警備員が発砲する。

胎児の怪物は銃弾によって体が砕けるがすぐに再生し、より凶悪となっていく。

 

「すごいな。まさかあんな化け物が生まれるとは。学会に発表すれば表彰ものだ。……最早ネットワークは私の手を離れ、あの子たちを取り戻す事も回復させる事も叶わなくなったか。おしまいだな」

 

木山が胎児の怪物を見ながらふらふらと立ち上がり、笑うので真守は即座に近づいた。

 

「何勝手に諦めてんの。アレが現れたところで、お前が立ち止まる理由にはならない」

 

真守は、躊躇(ためら)う事なく満身創痍の木山の頬を平手打ちした。

 

強大な能力を使用する真守が、敢えて自身の手を使って木山を打ったのだ。

それが気付けのためだと、木山ははたかれた頬を押さえながら真守を呆然と捉えた。

 

真守は、怒っていた。

あんな怪物を生み出したからではなかった。

木山が簡単に諦めたから、怒っているのだ。

 

「お前は、すごいよ」

 

真守は心の底から思っている事を口にする。

 

「お前は自分の教え子の事を大切に想っている。研究者にありえない形でな。お前の教え子が私は羨ましい。……誰も、私たちを助けてくれる人はいなかった」

 

真守の諦観に満ちた声を聞いて、木山は顔を歪めた。

 

研究者は人体実験をしても後悔なんてしない。

真守のいた研究所では、毎日子供たちが入れ替わっていた。

それは外部からの実験や解析を委託されているからで、他の研究所よりもその入れ替わりは異質だっただろう。

 

悪意なき純粋な好奇心に駆られる研究者。

科学の発展に犠牲は付き物、なんて謳い文句を掲げて自らの正統性を訴える。

その犠牲になって使い潰されていく命。

 

真守が木山をじっと見据えている少し後ろで、垣根は視線を下に落としていた。

学園都市に星の数ほどある悲劇。

その悲劇に襲い掛かられた子供たちは。

そこで生き残ってしまった子供たちは、一生物の傷を背負って、『闇』に囚われたまま、もがき苦しみ生きなければならない。

 

だからこそ、『闇』に真っ向から立ち向かい、光の下で生活する真守の在り方は美しかった。

 

「お前は人に迷惑をかけるやり方をしたからこんな結果になった。だから責任を取れ。そして自分のやった行いを悔いて、迷惑かけた人たち全員に謝れ。それからなら子供たちを救うのを私が手伝ってやる。超能力者の頭脳を舐めるなよ、研究者」

 

それは真守の決意の言葉だった。

使い潰されても、まだこの世に息づいている命。

それを真守が救いたいと思うのは当然だった。

真守の勇気づける言葉に木山は泣きそうになりながらも頷いた。

 

「お前はあれをどう見る?」

 

「そうだな。……仮に、幻想猛獣(AIMバースト)とでも呼んでおこうか」

 

「こっちで勝手に推測したんだが、AIM拡散力場のネットワークによって束ねられた幻想御手(レベルアッパー)使用者の思念の塊だと思う。専門家的にはどうだ?」

 

「……恐らく、抑圧された潜在意識だろう。だからあんなに苦しんでいる」

 

真守と木山の会話を聞いていた垣根、初春と美琴は幻想猛獣(AIMバースト)を見上げた。

 

「なんか……かわいそう」

 

「……おい、木山。お前、学生は最後には解放するって言ってたよな。その解放の仕方は?」

 

「そうだな。あれは幻想御手使用者のAIM拡散力場ネットワーク。ネットワークを崩壊させられればあれも消え失せるはずだ」

 

垣根と真守が畳みかけるように訊ねると、木山は超能力者(レベル5)の思考の速さに自嘲気味に笑った。

 

「やはり超能力者(レベル5)は他の能力者と一線を画すな。そうだ、私が作ったワクチンソフトでネットワークは崩壊するだろう」

 

「あ、私がもらった……!」

 

初春はそこでポケットからメモリを取り出した。

 

「それで本当に幻想猛獣(AIMバースト)を止められるか……試してみる価値はあるさ」

 

木山は初春がポケットから出したワクチンプログラムを横目で見ながら、少し投げやりな言葉で告げる。

 

美琴は方針が決まったところで幻想猛獣(AIMバースト)を睨み上げた。

 

「……朝槻さん、垣根さん。力を貸して。あれをなんとか足止めしなくちゃ」

 

「年下に言われなくてもやる事はやる」

 

「上から物言うなよ、格下。力を貸してください、だろ?」

 

真守と垣根が突然仕切りだした美琴を、心底不愉快だという風に見つめる。

 

「うぐっ……超能力者(レベル5)って我が強すぎんのよ……っ!」

 

「「お前に言われたくない」」

 

人の事が言えない美琴に言われて声をそろえて告げる二人。

 

「う……初春さんは私たちが食い止めている間に警備員(アンチスキル)の所に行って!」

 

「分かりました!」

 

せめて初春に指示を出そうとしている美琴を置いて、真守はエネルギーを放出して、地面をトッと蹴り上げて浮遊する。

真守が動き出したのを確認した垣根は、未元物質(ダークマター)の翼で飛んで真守を追う形で幻想猛獣と戦っている警備員(アンチスキル)の下へと向かう。

 

「あ! あんたたち飛べるのズルくない!?」

 

「地面を這いつくばってる方が悪いだろ」

 

「御坂。お前磁力でそこら辺にくっついて上がってこられるだろ、頑張れ」

 

垣根と真守は宙を飛ぶ事ができる汎用性を当然として、逆にそれを持っていない美琴をけなし始める。

 

「ううううっ~! この事件が終わったら私の実力証明してやるから、待ってなさいよ!」

 

美琴はそんな二人にあからさまに闘志を露わにするが、当然面倒に思えた真守と垣根は美琴の言葉をスルーして、幻想猛獣へと迫る。

 

「無視するなーっ!」

 

後ろから美琴の声が響く中、目の前で展開していた警備員(アンチスキル)の一人に真守は見覚えがあった。

 

自分の高校で別クラスの教師をやっている黄泉川愛穂だ。

真守はその黄泉川が幻想猛獣(AIMバースト)の触手によって弾かれて吹き飛ばされたので、吹き飛ばされる方へと先回りする。

そして警備員(アンチスキル)の装備で重くなっている黄泉川を生成したエネルギーで自分を補助して難なく受け止めた。

 

「──うっ!? お、お前……!? 月詠先生んトコの生徒じゃん!?」

 

「黄泉川先生こんにちは。精が出るな」

 

真守が黄泉川に悠長に語りかけていると、目の前で違う気弱そうな眼鏡をかけた警備員の女性に幻想猛獣(AIMバースト)の触手が伸びた。

 

その警備員(アンチスキル)は銃火器で触手を撃つ。

だが銃弾を撃ち込まれて肉が飛び散る先からその触手は再生していってしまう。

 

再生している途中で、その触手の先から目玉がぎょろっと生まれ、そして小さな二本の手が生えた。

 

「い……いやっ!」

 

目玉と小さな手が生えた触手が目の前に差し迫って警備員(アンチスキル)が硬直するなか、垣根がその警備員の襟を無造作に引っ張った。

 

警備員を高速道路の防音壁まで垣根は乱暴に放り投げる。

そちらに真守と黄泉川がいたので好都合だったのだ。

 

するとその場に残った触手が垣根に向かって念動力(テレキネシス)を発動させた。

 

未元物質(ダークマター)の翼が自動的に広がり、その念動力(テレキネシス)の押しつぶしを跳ね除けた。

バツン、という空間がねじ曲がった音が辺りに響く中、垣根は真守の下まで後退する。

 

触手は垣根を追う事はなかった。その場でゆらゆらと揺れ動いているだけだ。

 

「ほら見ろ。攻撃しなかったら襲ってこないんだ。下手な鉄砲数撃って刺激するんじゃない」

 

真守が注意している隣に、垣根がそっと降り立つ。

真守はふらふらの黄泉川に肩を貸して立ち上がらせた。

 

「なんで一般人がこんなところにいるの!」

 

垣根に助けられた気弱そうな警備員(アンチスキル)は尻餅をついた情けない格好のまま、真守と垣根に向かって突然怒鳴りつけた。

 

「お前無様な自分の状況分かって言ってるか?」

 

「流石警備員(センセイ)サマだな。自分の事(かえり)みずに説教か?」

 

真守と垣根がそれぞれげんなりした顔をしていると、警備員の女性は気圧されながらも声を上げた。

 

「とにかく! すぐにここから離れ──」

 

警備員(アンチスキル)が怒鳴ると、突然幻想猛獣が触手で攻撃を繰り出してきた。

真守は肩に寄り掛かっていた黄泉川をエネルギーを生成してひょいっと抱き上げると、その場から離脱する。

 

垣根は舌打ちをしながらもへたり込む警備員の女性の首根っこを掴んで横に放り投げて、真守を追うようにその場から後退する。

美琴が遅れてその場にやってくると、真守と垣根は幻想猛獣が向かう方向を見ていた。

 

「マズいな」

 

「え、何が?!」

 

いつもと同じダウナー声だが、少し焦った表情をしている真守に、美琴は走り寄りながら訊ねた。

 

「バーカ、あの壁にご丁寧に貼られた標識見れば分かるだろ。あいつ、原子力実験施設に向かってんぞ」

 

垣根に罵倒されながらも美琴が幻想猛獣(AIMバースト)の向かっている建物を見る。

その建物は高い壁で囲まれており、その壁には大きな黄色と黒の放射線記号がイラスト化された鉄板が打ち付けてあった。

 

「嘘でしょ!?」

 

「いや、大マジ」

 

驚愕する美琴に真守が冷静にツッコミを入れていると、垣根が助けた警備員(アンチスキル)の女性が何かに気が付いた。

 

「何やってんの、あの子!」

 

警備員(アンチスキル)の女性の怒声に黄泉川がそちらを見ると、そこには高速道路の非常階段を登ってきている初春の姿があった。

 

「あれは……木山の人質になってた子じゃん!」

 

「違うわ」

 

黄泉川が声を上げると、美琴が即座に否定した。黄泉川が美琴の顔を見ると、美琴は真剣な表情をして初春を見ていた。

心の底から信じている、そういった顔をしていた。

 

「初春さんは人質でも、逃げ遅れているワケでもないの」

 

「黄泉川先生、頼みがある」

 

真守が黄泉川に肩を貸すのをやめながら黄泉川をまっすぐと見据えた。

その真守の真剣な瞳に黄泉川も気づき、気持ちを切り替えて頷いた。

 

「あの子が幻想猛獣を消滅させるワクチンソフトを持ってる。音楽ファイルだから警備員(アンチスキル)の車両を使ってそれを学園都市に流してほしい。どんな手段でも構わないから」

 

黄泉川は真守のお願いに頷くと、真守は一歩下がって姿勢を低くした。

 

そして蒼閃光でできた猫耳と尻尾の輝きを増加させると、足に力を込めてその場から姿を消して幻想猛獣(AIMバースト)へと疾走した。

空間を裂くように幻想猛獣(AIMバースト)へと突き進む真守。

 

AIM拡散力場をおもちゃにして幻想御手(レベルアッパー)を作り出した木山を叩き潰したい一心で、ここまでやってきた。

 

その木山は置き去り(チャイルドエラー)の自分の教え子を救うために、幻想御手を作り上げた。

木山が作り上げた幻想御手(レベルアッパー)の使用者は、恐らくネットワークが暴走して体に多大な負荷がかかっている事だろう。

 

幻想御手(レベルアッパー)使用者は自分の力が欲しかった。

自分の無力さを思い知らされて苦しんでいたから。

劣等感に苛まれていたから。

現状から抜け出したいと思って、結果として甘い誘惑に乗ってしまった。

得体の知れない物に手を出したツケだと考えられるだろう。

 

でもその心が悲鳴を上げていた事には変わりない。

現状を打破したくて、苦しんで苦しんで苦しんだ結果、幻想御手に手を出したのだ。

 

この事件を終わらせて幻想御手(レベルアッパー)使用者を救う。

それから木山が救おうとしていた置き去り(チャイルドエラー)も救う。

 

自分が関わったのだから最後まで責任持って救ってやる。

真守は爆速で幻想猛獣(AIMバースト)へと向かいながらそう決意していた。

 

 




深城の現在の状態はAIM思念体と呼称されていますが、幽体連理の千夜ちゃんのAIM思念体とはちょっと違います。
真守ちゃんにそういう風に見えているだけであって、千夜ちゃんのように水分を媒体として憑依された人に見えるようになるのとは明確に違うからです。


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第一九話:〈事件収束〉を求めて

第一九話投稿します。
次は八月二四日火曜日です。


垣根と美琴は爆速で飛び出していった真守の余波に吹き飛ばされそうになりながらも、小さくなっていく真守に目を向けた。

 

「チッ。あいつ、行くなら行くって言えよ!」

 

「ちょっと、私を置いていくなっての!」

 

垣根は宙を浮いて真守を追うと、美琴が電磁場で距離を稼ぎながらその後を追う。

真守は幻想猛獣(AIMバースト)に一足先に辿り着くと、そのスピードに乗った足で幻想猛獣へと蹴りを叩きこんだ。

 

円を描くように肉が(えぐ)れて飛び散るが、すぐに再生してしまう。

再生しきると同時に幻想猛獣が真守をターゲットに捉えた。そして、雷撃を溜め込んだ球を何発も真守へと撃ち出した。

真守は両手を前にクロスさせてエネルギーをシールドとして展開、雷撃の球全てを後方へと逸らした。

流石にあれだけの雷撃を源流エネルギーで焼き尽くすのは手間がかかって仕方がないとして、受け流したのだ。

 

その雷撃の球が一つ、地面を走っていた美琴のすぐそばに落ちた。

 

「ちょっと……っ!! あ、危ないじゃない!!」

 

地面が衝撃で抉れた事により生み出された土煙を受けて、美琴が咳き込みながら真守に抗議する。

 

「ちゃんと当たらないように演算した」

 

「当たりそうな場所を悠長に歩いている方が悪いだろ」

 

真守がぶっきらぼうに告げて、垣根は電撃の塊を避けながら美琴に言い放つ。

 

そんな三人の前で幻想猛獣(AIMバースト)は頭の上で雷のエネルギーを収縮させるとそれを出たらめに撃った。

真守はその危険性に気が付いて即座に宙に飛び上がると、高速道路の方へ飛びそうだった雷球をエネルギーのバリアで防いだ。

垣根は幻想猛獣(AIMバースト)が飛ばしてきた雷撃の球を未元物質(ダークマター)の翼で余裕で防ぐ。

幻想猛獣がもう一度真守へと雷撃の球を放つためにエネルギーを収縮する。

 

だがそこで美琴が幻想猛獣(AIMバースト)の体を電撃で撃ちぬいた。

 

「さっきから誰も彼も私の事見下して! あげくあんたもシカトですって……? あたしの事忘れてんじゃないわよ! みっともなく泣き叫んでないで──真っ直ぐ私に向かってきなさい!」

 

「御坂、見下されてるの?」

 

「俺が見下してる」

 

「そこうるさいわよ! それと朝槻さんは無意識に見下しているから余計性質(たち)が悪いの!!」

 

真守と垣根がブチ切れている美琴を見ながらこそこそ二人で話をしていると、美琴がガウッと二人に向けて吠えた。

 

「別に見下してないんだが、な!」

 

闘争心が強い美琴を面倒に思いながらも、幻想猛獣(AIMバースト)が進む方向へと疾走して先回りする。

 

そして懐に潜り込むとその侵攻を抑えるために真守は前方にいつも展開するよりも厚いエネルギーのシールドを生成した。

幻想猛獣(AIMバースト)と真守の生成した源流エネルギーが衝突して、ガガガガキ! と、歯車と歯車が噛み合う鈍い音と共に周囲に蒼閃光(そうせんこう)が迸った。

だが幻想猛獣(AIMバースト)の体は源流エネルギーに焼かれながらも端から再生していき、その勢いが止まる事はなかった。

 

そしてあろうことか、源流エネルギーを分厚く壁として展開している真守を押して、原子力実験炉へと突き進んでいく。

 

「体が焼き切れようと源流エネルギーの層を押すのか!? なんていう力技……っ!」

 

真守が呻く前で、幻想猛獣(AIMバースト)は源流エネルギーに身を焼かれる痛みからなのか、空間を揺るがす衝撃波を放ちながら鳴き叫び、周囲へとめちゃくちゃにビームを撃ち放ち始める。

 

美琴は砂鉄を操ってそれを全て弾き、垣根は六枚の翼で身を守る。

そして垣根は宙高く飛び上がって幻想猛獣を(とら)えると、未元物質(ダークマター)を展開。

垣根は重力という物理法則に未元物質(ダークマター)で干渉し、何十倍もの重力になるように物理法則を捻じ曲げた。

展開した事象の演算が完了すると共に、垣根はクンッと手を地面に向かって落とした。

 

幻想猛獣(AIMバースト)だけを捉えた垣根の何十倍もの重力の攻撃によって、幻想猛獣は真守の前で押しつぶされる。

そして幻想猛獣(AIMバースト)によって真守が押されるのがやっと止まった。

 

超能力者(レベル5)二人がかりでやっと止まんのか。おもしれえじゃねえか、この怪物」

 

垣根が能力を発動しながら幻想猛獣(AIMバースト)のタフさに嗤う前で、幻想猛獣は垣根に圧し潰されて源流エネルギーに身を焼かれながらも、手当たり次第に触手を振り回し始めた。

 

そしてその触手の先からあらゆる能力を乱発し始める。

垣根はその能力の連発具合を避けるために上空へと高く飛んで幻想猛獣(AIMバースト)を圧し潰す演算をし続ける。真守は源流エネルギーを自身の周りに張って幻想猛獣のメチャクチャな攻撃を全て焼き切る。

 

凄まじい爆発音が巻き起こる中、音によって構成された波が至る所から流れ始めた。

 

(何だこれ?)

 

真守がそれを感じ取って首を傾げていると、幻想猛獣(AIMバースト)が暴れるのが少し収まった。

そして次の瞬間、幻想猛獣が真守の源流エネルギーによって吹き飛ばされた。

 

「え」

 

突然、体の肉を弾け飛ばしながら吹き飛んでいった幻想猛獣(AIMバースト)を見て、真守は思わず言葉を零した。

どうやら真守の源流エネルギーに対抗する事ができなくなったらしい。

身を焼かれた感触に痛みを覚えているのか、ひっくり返ってる状態で幻想猛獣(AIMバースト)がのたうち回る。

 

「……この音、治療プログラムか!」

 

真守が辺りに流れている音楽の正体を知って声を上げると、上空から真守の下に垣根が降りてきた。

 

「ネットワークが崩壊し始めたらしいな」

 

「じゃあこれであれは消滅するってこ、と────ねっ!?」

 

美琴がそこでのたうち回る幻想猛獣(AIMバースト)へと向かって雷撃の槍を放った。

 

半透明で薄く肌色になっていた体表面が真っ赤に焼け焦げて、幻想猛獣(AIMバースト)は形を(たも)てずにぶくぶくと膨張しながらもがき苦しむ。

 

「うわあ。なんか赤ん坊虐めてるみたいでちょっと引く」

 

「良いとこ持っていってふんぞり返るんじゃねえよ、御坂美琴」

 

真守が幻想猛獣(AIMバースト)を見つめながらげんなりしている隣で、垣根が美琴の行為を鼻で嗤った。

 

「別においしいところ持ってってないわよ!? というか朝槻さんの攻撃で先に四分の一くらい体吹っ飛んでるじゃない!」

 

垣根の言い分に美琴が抗議しながら真守の所業(しょぎょう)を責めていると、真守は美琴の向こうに人影が立っているのに気が付いた。

 

「木山?」

 

真守が呟くと、垣根が美琴から視線を()らしてそちらを見た。

美琴も振り返って確認すると、木山がふらふらと足を引きずりながらこちらに来ていた。

 

「気を抜くな!!」

 

木山がこちらに向かってきながらも叫ぶ。

 

「え!?」

 

「まだ終わっていない!」

 

美琴が驚きの声を上げる前で、木山は幻想猛獣(AIMバースト)を見上げた。

一同が幻想猛獣を見つめると焼け焦げて体を一部分吹き飛ばされた幻想猛獣(AIMバースト)がゆっくりと体を起こした。

 

「……そうか、核だ! 力場を固定している核を破壊しないと倒せないんだ!」

 

真守が幻想猛獣(AIMバースト)の体内のエネルギーの流れを感知して核があると叫ぶと、立ち上がった幻想猛獣から突然声が漏れた。

 

『……なのかな』

 

「佐天さん?」

 

その声はどうやら美琴の知り合いらしかった。

その声に共鳴するように今度は違う声が次々と聞こえてくる。

 

無能力者(レベル0)って欠陥品?』『だと思ってやがるんだろ』『許せない』『ダメだって』『無能力者(レベル0)って……』

 

「これは……?」

 

真守は顔をしかめて幻想猛獣(AIMバースト)を見上げた。

 

恐らく昏睡状態になった幻想御手(レベルアッパー)使用者の劣等感が声として聞こえているのだろう。

 

幻想御手(レベルアッパー)使用者全員の根底には、劣等感が存在している。

その共通した劣等感が一つとなり、幻想猛獣(AIMバースト)へと昇華されてしまったのだ。

 

だからこそ手当たり次第に壊そうと、幻想猛獣(AIMバースト)は原子力実験施設に向かっていった。

真守が考察する前で、なおも幻想猛獣(AIMバースト)は嘆く。

 

『毎日が、どれだけ無気力か』『あんたたちには分からないでしょうね』『その期待が、重い時もあるんですよ』

 

「……下がって。これはあたしがやる。巻き込まれるわよ」

 

美琴はその幻想御手(レベルアッパー)使用者の嘆きを聞いて真守、垣根、木山にそう宣言した。

 

「構うものか! 私にはアレを生み出した責任がある!」

 

「あんたが良くても、あんたの教え子はどうするの!? 快復した時、あの子たちが見たいのはあんたの顔じゃないの!?」

 

木山は美琴にもっともな事を告げられて、口を(つぐ)む。

 

「木山」

 

そんな木山の名前を真守が小さく呼ぶと、木山が真守を見た。

真守は明確な怒りを口にした。

 

「何もかも放り出して死ぬ事なんて許さない」

 

真守が言い放った途端、幻想猛獣(AIMバースト)が三人に焼けた触手を伸ばして攻撃する。

その触手に向けて真守は即座に源流エネルギーを放って焼き尽くす。

ガガキ! と、歯車が噛み合う低音と共に蒼閃光(そうせんこう)(ほとばし)る。

 

「朝槻さん、垣根さん。木山春生の事よろしくね! 巻きこんじゃうから──!!」

 

美琴は真守と垣根に願い出ると同時に、前方へと加減なしに電撃を放った。

 

木山はその電撃の衝撃波から頭を守っていたが、真守が即座に近づくと木山を後ろから抱きしめて持ち上げると、そのまま垣根と共に美琴の後方の上空へと逃げた。

 

美琴が放った電撃は、幻想猛獣(AIMバースト)が前方に張った誘電力場によって防がれるが、美琴はそんな事をモノともせずに出力を上げ続ける。

そして誘電力場に守られているはずだった幻想猛獣の体が焼け焦げ始める。

 

「電撃は直撃していないのになんで……。そうか、……強引にねじ込んだ電気抵抗の熱で体の表面が消し飛ばしているのか!? ……まさか、私と戦った時のアレは全力ではなかったのか!?」

 

「当たり前だろ。超能力者(レベル5)の力をフルに使えば人間なんて消し炭だ」

 

真守の言い分に垣根が追加説明するように鼻で嗤う。

 

「自分の頭で超能力者(レベル5)を測るんじゃねえよ。俺たちは学園都市のトップだぜ? 元々、一般人の常識は通じねえんだよ」

 

「垣根はその中でも常識が通じない。未知の物質使って物理法則ねじ曲げるし」

 

「……お前だってエネルギー生成して事象を強引にねじ曲げてるだろうが」

 

真守がヤバすぎる、という目を垣根に向けると、垣根は目を細めてツッコミを入れた。

 

「私は別に物理法則を直接ねじ曲げてない」

 

「間接的だろうとやってる事に変わりねえだろ」

 

 

「──ごめんね、気付いてあげられなくて」

 

 

垣根と真守が互いの規格外っぷりについて話をしていると、美琴が幻想猛獣(AIMバースト)に向かって声をかけた。

 

幻想猛獣(AIMバースト)はそれに応えるように触手を束ねて大きな手にすると、美琴に向かってその手を叩きつける。

美琴はその触手を砂鉄によって弾き飛ばした。

 

『誰だって』『能力者に』『なりたかった』

 

なおも幻想猛獣(AIMバースト)が美琴に向かって氷柱を繰り出すが、それを美琴は砂鉄の壁で難なく打ち破る。

 

「頑張りたかったんだよね」

 

『しょうがないよね』『あたしには何も……』『なんとかして……』『力を』

 

幻想猛獣(AIMバースト)が鳴き叫び、それと共に学生の叫びが木霊(こだま)する。

 

『何の力もない自分が嫌で』『でも、どうしても……憧れは捨てられなくって』

 

「うん、でもさ。だったらもう一度頑張ってみよう」

 

美琴はそこでポケットからゲームコーナーで使われるメダルコインを取り出す。

親指の上に乗せて、それを天へと高く弾いた。

 

「こんなところで、くよくよしてないで。自分で自分に、嘘つかないで──もう一度!」

 

弾いたコインが手元に落ちてくると、美琴は笑顔でそう告げて自分の能力の代名詞である超電磁砲(レールガン)を放った。

 

凄まじい閃光と共に幻想猛獣(AIMバースト)の体を貫き、それは少しの狂いもなく幻想猛獣の核である三角柱を体から弾き出して撃ち抜いた。

 

三角柱が砕ける音が響くと、幻想猛獣(AIMバースト)の体からエメラルドの光が漏れ出しながら炭化していく。

 

「ハッ。綺麗事だな」

 

垣根が美琴の言い分を聞いて鼻で嗤う。

 

努力ではどうにもならない壁が彼らの前には存在している。

それは素養格付(パラメータリスト)というもので彼らの前に立ちはだかっている。

 

御坂美琴は学園都市の『闇』を全く知らないからこそ、綺麗事を吐けるのだ。

何も知らない人間の言葉など何の慰めにもならないし、何か知っていたとしてもどうにもできない。

綺麗事を吐く美琴を垣根が睥睨していると、真守がぽそっと告げた。

 

「そうか? そういう言葉が必要な人間もいるぞ。……何も知らない人間には、何も知らない人間の言葉が一番良く響く」

 

「……、」

 

垣根は真守の呟きに応えない。真守も返答を求めてなかった。

 

「だからこそ私は、向こう見ずなことを言わないんだがな」

 

朝槻真守は能力で人を贔屓(ひいき)しない。

だが能力の強度(レベル)なんてどうでも良いとは微塵も思っていない。

 

能力に劣等感を持つ人間に『お前の良いところは能力じゃないよ』と言われても能力に固執している人間は『能力者には無能力者(レベル0)の自分の気持ちなんか分からない』と言われるに決まっている。

 

能力とは一種のステータスで、それに学生が固執する事を真守はよく理解している。

真守はそれを理解してそこを(かんが)みながら、能力に関係ない人としての大事な在り方を真守は探す。

 

だからこそ垣根が超能力者(レベル5)と明言した時に、超能力者(レベル5)になれるのは凄い事と真守は手放しに褒めたのだ。

そして真守は、超能力者(レベル5)としてのラベルを貼られている垣根帝督という人間の本質をずっと知ろうとしていた。

 

垣根帝督の本質とは。

自分の身を自分で(おとし)めてまで、自分の目的のために戦い続ける事だ。

その根底には、理不尽が許せずに全てを変えたいという優しい気持ちがあると真守は感じていた。

 

実際、その通りで。

 

垣根帝督は朝槻真守を助けると言ってくれた。

自分が似合わない事を言っているとしても、そうするべきだと自身の心に従ったのだ。

 

真守はずっと能力者というステータスで測れない垣根の本質を探していた。

真守は垣根の人間としての本質が知りたかったから一緒にいた。

それを知る事ができて、本当に良かった。

垣根帝督の優しい心に気づけて良かった。

 

真守の言葉に思うところがあってそっと目を伏せている垣根を、真守は横目で見ながら、にへらっと笑った。

 

「これが、超能力者(レベル5)か」

 

そんな真守に抱きしめられていた木山は、目の前で破壊的ながらも優しく奮い立たせてくれる力を放った美琴を見つめて微笑んだ。

 

 




次回で幻想猛獣篇終了です。


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第二〇話:〈新生可能〉へと至る

第二〇話投稿します。
※次は八月二六日木曜日です。


木山春生は手錠をかけられて警備員(アンチスキル)の護送車へと歩いていた。

 

「あの!」

 

そんな木山に美琴が声をかけた。木山が振り向くと、美琴が気まずそうな顔をしていた。

 

「……どうするの、子供たちのこと」

 

美琴に問いかけられて木山は真守を見た。

真守は一つ頷くと、木山は視線を外して美琴を見て微笑む。

 

「もちろん諦めるつもりはない。もう一度やり直すさ。刑務所だろうと世界の果てだろうと。私の頭脳はここにあるのだから」

 

木山が自信たっぷりに言うと、美琴と初春は安堵して微笑む。

 

「ただし」

 

だが次に放たれた木山の一言で、怪訝そうな表情をした。

 

「今後も手段を選ぶつもりはない。気に入らなければその時はまた邪魔しに来たまえ」

 

警備員(アンチスキル)の護送車に乗せられた木山は黄泉川と共に去っていく。

 

「やれやれ、懲りない先生だわ」

 

美琴が呆れた表情をしながら笑っていると、そこにタクシーが一台近付いてきた。

降りてきたのは白井黒子だった。

 

「あ、黒子」

 

「お姉さ、ま────!!」

 

「うぐえっ!?」

 

何が起こったかというと、白井はタクシーから降りるとともに空間移動をして距離を詰めて美琴に真正面から抱き着いたのだ。

 

美琴はその衝撃で唸り声を発しながら、地面に背中から激突する。

 

「黒子は心配しましたのよ! 心を痛めておりましたのよ! ……ハッ! 御髪に乱れが! お肌に無数の擦り傷が! へっへっへ……どうやら電撃を放つ体力も残っていないご様子。ここは黒子が? 隅々まで見てさすって癒してあげますの!! ……あ、そうですわ。初春」

 

一人の世界にトリップしていた白井は何かを思い出したかのように振り返ると、困り顔をしていた初春を見た。

 

「何ですか?」

 

「先ほど病院から連絡がありましたの。幻想御手の使用者たちが、次々と意識を取り戻していると。あなたのおかげですわよ、初春」

 

白井が労いの言葉を初春に向けると、初春は達成感から微笑んだ。

白井は初春から視線を逸らして、自分が押し倒した美琴を見つめて目を輝かせる。

 

「──と、いうわけで、お姉様!! うふ、うふふふふっ!」

 

「何すんの、ちょ!?」

 

美琴に襲い掛かった白井を見て、垣根はげんなりとした顔をする。

 

「壊れてんなこの女」

 

「うん、本当に」

 

真守は遠い目をして頷いた。

 

(深城がこんな色狂いじゃなくて良かった。アイツ私に触れられないケド)

 

真守は生贄になっている美琴を哀れみの目で見つめていた。

 

「……しっかし、大分手前に停めたはずだが車は無事だろうな? 真守、帰るぞ」

 

垣根がこの現場まで来た車の心配をして歩き出すので、真守は頷き、自分に目を向けていた垣根へ向かって一歩踏み出した。

 

「ん?!」

 

「おっと」

 

真守が突然足を滑らせたかのようにバランスを崩す。

垣根はよろけた真守の腕をとっさに掴んで、真守が倒れないように引き留めた。

 

真守が顔をしかめてすすーっと視線を足元に向けると、右足のサンダルの底が外れていた。

 

「壊れた」

 

真守が白いウェッジソールサンダルの厚底部分であるウェッジと、パンプスの部分が外れてしまったサンダルを残念そうな目で見つめていた。

 

「そういえば虚空爆破(グラビトン)の時に買い損ねた靴、結局買ってなかったのか?」

 

「うん。流石にまだ大丈夫かと思ってたが、連日の戦闘で逝ってしまった」

 

真守は底と足を固定する布部分が外れて残念な事になっているサンダルを、足を上げてぷらぷらと揺らしながら垣根の言葉に頷く。

 

虚空爆破(グラビトン)事件現場となったセブンスミストに真守と垣根が行っていたのは、真守が夏休みに必要な物を取りそろえる必要があったからだ。

その中には夏用サンダルも含まれていたのだが、その靴を見ている最中にデパートから避難しなくてはならなくなってしまい、結局買い損ねてしまったのだ。

 

まだ大丈夫だろ、夏休みに入って都合の良い時に行こう、と思っていた真守だったが、連日の酷使には耐えられない程にはサンダルが消耗していたらしい。

 

「スニーカーはあるんだが、暑苦しいんだよな」

 

「しょうがねえから買うのに付き合ってやるよ」

 

真守が面倒そうにサンダルを見つめていると、垣根がそう提案してきた。

真守は顔を上げて垣根の顔を見上げると、その申し出が嬉しくて控えめながらも笑った。

 

「うん。ありがとう垣根」

 

靴が壊れて落胆していた真守だったが、垣根の提案に顔を明るくすると、垣根もそれを見て柔らかく微笑んだ。

 

「とりあえず応急処置してやるから貸せ」

 

垣根の腕を借りて真守がサンダルを片方脱ぐと、垣根はそのサンダルを手に取って目を細めた。

外れた底をくっつけるくらいならば未元物質(ダークマター)の翼を広げずとも能力を行使できる。

 

くっつけた所で壊れているサンダルをわざわざ使い続ける理由はないので、応急処置とはそういう事だ。

垣根は、応急処置をして未元物質(ダークマター)で底をくっつけたサンダルを真守へと渡した。

 

真守はサンダルをじっくりと見つめながら感激する。

 

「垣根の能力すごい」

 

「そうだな、俺にそこらの常識は通じねえからな」

 

垣根が得意そうに告げると、真守は垣根の能力の可能性を感じて微笑む。

 

「新しい生命の創造ができるとか、神さまみたいだな」

 

「……その期待に応えたいところだが、俺が作る未元物質(ダークマター)は無機物だ。有機は無理だな」

 

垣根の説明に真守は目をきょとっとして丸くする。

 

「なんで勝手に自分の能力の幅を狭めているんだ?」

 

「あ?」

 

垣根は真守の問いかけに思わず機嫌を損ねる。

自分の能力については手足のようなもので自分が一番理解しているからだ。

 

垣根が視線を鋭くして真守を見つめると、真守は垣根が何故分かっていないのか疑問に思いながらも口を開いた。

 

「垣根の未元物質(ダークマター)は言ってしまえば役割を与える事だろう? だったら一つ一つに違う役割を与えてそれを組み上げれば、複雑かつ、複合的な性質を持たせる事ができると思うが?」

 

真守の言い分に垣根は目を見開いた。

 

未元物質(ダークマター)にそれぞれの役割を与えて組み上げる。

それは未元物質(ダークマター)を、()()()()()()()()()()()()()という事だ。

 

分子や原子が造り上げられるという事は、そこから発展して細胞へと組み上げることもできる。

それは真守の言った新しい生命の創造の可能性に繋がる。

 

真守が示唆する自分の能力の可能性について考えて、垣根は固まった。

本人が気づかないことをこの少女は見抜くことができる。

 

流動源力(ギアホイール)という既存の流れを把握し、そこに流れを新たに作り出す能力を持っているから。

だからこそ物事の行きつく先が分かるのだろう。

それは誰も彼もの未来を真守は見据えることができるという事。

 

真守は垣根にとって大いに利用価値がある。

 

この少女を利用すれば、アレイスターに牙を剥く事もできるのだろう。

牙を剥いて、学園都市の枠組みを壊して。そして自分の都合の良いように造り替える。

ヤツらが奪って自分のために利用するなら、奪われた側が牙を剝いて逆に利用し尽くしてもいいはずだ。

 

そんな目的と考えを、垣根帝督は自身の未来のカタチである朝槻真守によって崩された。

 

朝槻真守の()り方に、垣根帝督はこれからどうすればいいか分からなくなった。

 

学園都市は憎い。枠組みを壊して自分の都合の良いように造り替えて利用したい。

この街には利用する価値()()はある。

そんな思惑はまだ心の中に残ってる。

 

だが垣根帝督のやり方を朝槻真守は止めるだろう。

人の幸せを願うこの少女は、絶対に自分を止める。

 

自分が『希望の光』だと感じる真守と敵対する事が、垣根にはどうしてもできなかった。

それに自分の目的のために真守を利用なんてしたくない。

そんなことを考える事すら、嫌だった。

 

真守を傷つけたくない。

真守に柔らかく笑っていてほしい。

真守が自分に笑みを向けてくれる世界にいたい。

真守に──傍にいてほしい。

 

真守に『無限の創造性』を示唆されて、自分はどのようにそれを使っていくべきか。

 

堂々巡りの思考の中にいる垣根に、真守は背伸びをして顔をずずいっと近づけた。

垣根は真守の突然の行動に体を固くする。

 

ここ数日一緒にいて垣根が何か悩んでいる事に気づいていた真守は、そんな垣根に柔らかく微笑み、自分の気持ちを素直に吐露した。

 

「お前の能力の可能性は無限大だ。『無限の創造性』とはそういう事だ。垣根の能力は凄い能力だ。翼だってすごくきれい。だからなんだってできる。お前が自分には絶対にできないって諦めている事も、全部」

 

真守は垣根が自分にできない事があると思っていることを知っていた。

 

垣根帝督ができないと思っている事は()()()()()()()だ。

手からこぼれ落ちていく命を、自分は真守と違って守ることなんてできなかった。

だからこそ悪党でしかなくて。自分は完璧に表で生きる事なんてできなくて。

 

真守は垣根ができないと思っているその内容を知らずに、それが『無限の創造性』によって()せると信じているのだ。

垣根は真守のその表情と言葉から、そう受け取った。

 

真守は垣根に限った話ではなく、全ての人の可能性を信じている。

命を取らないのは、生きてさえいれば人間は何度だってやり直せると信じているから。

 

挫折しても乗り越えられて、人々が正しい方向へと進めると真守は信じている。

人間を信じているからこそ、自分が読み取ったその人間が最初から持っている可能性を、最も発揮できる使い方として示す。

 

真守の在り方の根底には、バカみたいに人を信じるところがある。

だがそれでも真守は決してお人好しなんかじゃない。

 

人の汚さも、人の悪意も。人の悪意なき探求心も。

その全てを理解して、その全てをその人を構成する要素として受け止めて、そしてその全てを受け入れるのだ。

そしてその人間を、そこに秘められている可能性を。真守は心の底から信じる。

 

そのバカみたいに人を信じる在り方が、真守をお人好しという枠組みから逸脱させていた。

超能力者(レベル5)らしい、普通に囚われない異常な考え方だった。

 

真守も真守で人格が破綻していた。

だがその破綻の仕方が垣根にとってバカみたいに尊く、誇らしかった。

 

真守が信じる可能性を、真守を信じているからこそ自分も信じる事ができるから。

だからこそ垣根は、真守が信じてくれた未元物質(ダークマター)の『無限の創造性』を真守のために使いたいと、心の底からそう思った。

自分の方針は決まった。

この少女が新たな可能性とその先にある進むべき道へと導いてくれた。

それが本当に嬉しくて。

 

「お前は良いバカだな」

 

「い、良いバカ!? バカに良いも悪いもあるか!」

 

垣根が冗談交じりに笑って真守をからかうと、真守はそれに反応して頬を膨らませた。

 

「私は超能力者(レベル5)らしく最高峰の頭脳を持ってる。スポンジみたいになんでも吸収できる。訂正してもらうぞ、私はバカじゃない!」

 

「そういうことじゃねえよバーカ」

 

「ま、またバカって! 私は後先考えないで突っ走るバカじゃない!」

 

垣根が楽しくてクツクツと笑うと、真守はシャーッと子猫のように垣根を威嚇して牙を剝いた。

その姿が本当に愛らしくて。

垣根は真守の傍にいるだけで幸せだった。

 

「もう。……垣根。まだやる事あるから行くぞ」

 

なんだか一人で楽しくなっている垣根を真守はジト目で睨みつけて、ぶずっとむくれたまま垣根に直してもらったサンダルをきちんと履き直した。

そして垣根を置いてすたすたと一人で歩き出す。

 

「お前はやる気だな?」

 

垣根が後ろから問いかけると、真守は振り返って自信たっぷりに答えた。

 

「当たり前だろ、放っておけない」

 

真守が当然だと憤慨(ふんがい)する姿を、垣根は長い前髪の向こうから黒曜石の瞳で見つめて、そして優しくその目を細めた。

 

「乗り掛かった舟だ、手伝ってやる」

 

途中で投げ出すのは性分じゃない。

それにこの少女が頑張るならば力になりたい。

 

自分の事を垣根がまた助けてくれると言ったので、真守は嬉しくてはにかむように笑った。

 

二人は互いの可能性を信じて、並んで歩いて帰路に就く。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

『野暮用は大体終わった。後始末がまだ残ってるがな。そっちは大丈夫か?』

 

真守は無事だった車に乗って携帯電話でメールを打つと、それを送信した。

即座にメールが返ってきて、真守は目を落とす。

 

『襲撃はされてないし、インデックスも元気にやってる。今日はこれから銭湯に行くんだ。まだ後始末があるならこっちは大丈夫だから、ちゃんと最後までやってこい』

 

真守は上条からのメールを見て、微笑む。

 

『ありがとう。でも心配だから明日顔出すよ』

 

真守がメールをすると、上条から『了解』というメールが来た。

 

助手席のシートに深く座り直しながら、真守は夕焼けに染まる学園都市の街並みを見つめていた。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

「先生」

 

真守は病院に着くなり、冥土帰し(ヘブンキャンセラー)の下に来ていた。

 

「お帰り? 二人共怪我していないかい?」

 

冥土帰し(ヘブンキャンセラー)は主治医らしく真守と垣根に問いかける。

真守は大丈夫とでも言いたげに両手を広げて体を見せる。それを受けて冥土帰しは柔らかく微笑んだ。

 

「先生にお願いがあるんだ」

 

「なにかな?」

 

「あのな。教え子を救うために道を誤った木山春生を助けてほしい。それで教え子を救う手伝いをしてほしい。先生は顔が利くだろ。能力体結晶が実験に使われたんだ。お願い聞いてくれるか?」

 

「……詳しく聞かせてくれるかい?」

 

冥土帰し(ヘブンキャンセラー)は真剣な表情になって真守を見つめた。

真守はしっかりと頷いてから、事の経緯を話し始めた。

 

置き去り(チャイルドエラー)を救うまで、今回の事件は終わらない。

 

最後まで面倒を見る。

 

真守はそう誓ったので、その誓いを果たすべく動き出す。

 

 




真守ちゃん、垣根くんに『無限の創造性』を教えてくれました。

物語の大事なターニングポイントですので長くなりました。
お付き合いいただきありがとうございます。

なお、垣根くんの目的と心境は原作とスピンオフからの作者の自己解釈ですので、原作とは明確な差異があります。
作者の完全な押し付けかもしれませんが、垣根くんの話を読んでいてそうとしか思えなかった。
そう読み取ったので、垣根くんに幸せになって欲しいとこの物語を書きました。

幻想御手事件篇、幻想猛獣篇はこれにて終了です。
次章もお楽しみいただけたら幸いです。




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禁書目録篇:下
第二一話:〈喧嘩上等〉から始まる交流


第二一話投稿します。
次は八月二七日金曜日です。



「……で、なんだって? 完全記憶能力で覚えた一〇万三〇〇〇冊の知識が脳の八五%を占めていて記憶を圧迫している? だから一年ごとに記憶を消さなきゃいけない──だと?」

 

真守はつまらなさそうに告げながら、足元を睥睨(へいげい)する。

 

真守は現在、人の上に座っていた。

人というのは二人であり、それはステイル=マグヌスと彼の仲間の神裂火織だ。

 

幻想御手(レベルアッパー)事件が収束した後、真守は垣根と冥土帰し(ヘブンキャンセラー)と共に置き去り(チャイルドエラー)の子供たちを救う手はずを整えていた。

 

その翌日。掲示板の騒ぎが収まったのを確認してから真守が夕方に上条とメールで約束した通りに小萌先生の家に顔を出すと、昏睡状態の上条とそれを悲しそうに見つめているインデックスがいた。

 

真守が上条に連絡した時、上条は『夜に銭湯に行ってくる』とメールしてきていたが、その銭湯に行く最中に襲われたらしい。

 

襲撃してきた魔術師がインデックスを『回収』していないので近くにいると踏んだ真守は、監視カメラにハッキングを仕掛けて彼らを探した。

 

上条を襲ったのにインデックスを『回収』しなかった理由を聞きたかったのもあるが、単純に()()である。

 

真守が二人を見つけて接触すると、二人は妙な事を(わめ)いてきた。

話をするためにはコテンパンにした方が手っ取り早いと思った真守は戦闘を開始。

 

結果、二人の魔術師は真守に完敗した。

 

そして現状、二人は地面に這いつくばって鏡餅のように重ねられて、真守に上から乗られているのだ。

ちなみに神裂火織がステイルの下である。

戦った男女の内、女性を男性よりも(おもんぱか)る気持ちなんて真守には欠片もなかった。

 

「ありえません……聖人の私についてこれる人間がいるなんて、ありえない……」

 

『聖人』というのは生まれた時から神の子に似た身体的特徴や魔術的記号を持つ人間の事だ。

神の力の一端をその身に宿しており、人間を超えた力を使う事ができる彼らは、世界に二〇人といない貴重な人材らしい。

 

「だから何度も言っているだろうが。私は自分で生成したエネルギーで身体能力にブーストをかける事ができる。お前は人間の限界を超えた力を持つが、体が脆くて全力を出せない。私は人間の限界を超えた力を、身体機能を補助するエネルギーを同時に生成する事によって十全に扱える。どちらが勝てるかなんて目に見えているだろう」

 

「だから……っなんでそんな高速戦闘を可能にしながら、衝撃波やら光線やら電撃やら撃てるんだよ……っ! おかしいだろぉが!!」

 

神裂が悔し混じりに語気を強めるが、負け犬の遠吠えなんて怖くない。

 

「私の演算能力は並列処理に長けていてな。それくらい朝飯前だ。ちなみにお前らの事を源流エネルギーだけで圧しても良かったんだが、それだと私の力が示せないから数種類のエネルギーをわざわざ使って、私の強大な力を演出してやったのだ。ありがたく思え」

 

真守がケロッと答えると、ステイルが唸るように呟く。

 

「こんな人間がゴロゴロいるなんて……学園都市の能力開発はやっぱり凶悪過ぎる……!」

 

超能力者(レベル5)は私を含めて八人しかいないから大丈夫だぞ」

 

真守は軽い口調で呟きながら、二人の上で足を組んで自分の膝に肘を乗せる。

 

「……で、だ。お前たちがイギリス清教に騙されている話をしようか?」

 

「……騙され、……?」

 

神裂が真守の言葉の意味が分からないと顔をしかめると、真守は懇切丁寧に説明をし始める。

 

「まず、脳というのは様々な機能がある。言葉を話すための言語野、運動をするための運動野、そして記憶野……そういう風に部分部分で違う機能を持っているんだ。ここまでは分かるか?」

 

「……ええ」

 

「では質問だ。その八五%というのは記憶野の中での八五%か? それとも脳全体の八五%か?」

 

「……いや、あの。それは……、」

 

真守はしどろもどろになった神裂の様子を見て、大きく溜息を吐いた。

 

「答えに詰まる時点でアウトだ。お前たちは脳の構造を全く理解していない。イギリス清教の言葉を鵜呑みにしているだけだ。そして更にお前たちに現実を教えてやろう。完全記憶能力は生まれ持った体質で、お前の聖人という(たぐい)と同じモノだ。聖人は力を引き出せば体が悲鳴を上げるそうだが、完全記憶能力は違う。何から何まで覚えるだけで、その記憶が脳を圧迫する事なんてありえない」

 

「……な、んだって?」

 

ステイルが真守の説明に唸り声を上げる。真守は人差し指をピッと立てて説明を続ける。

 

「人間の記憶というのはエピソード記憶や意味記憶など、数種類にも分けられるんだ。ここまでは分かるか?」

 

「えっと……すみません、そこからよく分かりません」

 

「じゃあ例を挙げてやろう。代表的なのはエピソード記憶。ご飯何食べた? とか、誰と話した? みたいな個人が日常的に経験した記憶だ。で、意味記憶。これが知識、つまりインデックスが一〇万三〇〇〇冊を覚えている部分だ。これらはまったく別の意味を持った記憶という事だ。ここまで説明したら理解できるだろう?」

 

「……それは、科学的根拠があるんだな?」

 

ステイルが一応真守に確認を取ると、真守はそれを不快に思わずに頷く。

魔術師に突然科学を説いても、理解しがたいと分かっている。

真守はステイルと神裂が自分の話を聞こうと押し黙るので、言葉を続ける。

 

「では、記憶の種類が全く違うという事が分かる良い例として、記憶喪失を挙げよう。お前たち、こうやっていつも戦闘するだろう? だったら戦闘で記憶が飛んだこともあるんじゃないのか? お前たちじゃなくてもいい。周りで記憶喪失になった人間はいるか?」

 

「……いる。自分が誰か分からなくなった人間なんて山ほどいるよ」

 

ステイルが彼らの事を思い出して悔しそうな顔をしているので、真守は頷いた。

 

「そうか。じゃあそいつらは赤ん坊に戻ってしまったか?」

 

「どういう意味だい?」

 

ステイルが真守の言っている意味が分からずに首を傾げる。

 

「記憶が一種類ならば記憶喪失になるとすべて忘れてしまう。それは生まれた時に戻ってしまう事になるんだが、記憶喪失者は赤ん坊になっているか? 自分の名前やらを忘れてしまっただけで、食事も摂れるしトイレにだって行ける。全部忘れてしまうなら食事を摂る必要性も、用を足す意味すらも忘れてしまうハズなのに」

 

「……つまり、そこからでも分かる通り記憶が一つではないと?」

 

「そうだ。だからまったく種類の違う記憶を消したって意味がない。日常生活の記憶が知識の記憶を圧迫するなんてありえない。それと、意味記憶に詰め込める知識はざっと一四〇年分だからな。インデックスはまだ一四、五歳。まだまだ全然、余裕があるという事だ」

 

真守が一通りの説明をすると、ステイルは呻くように呟いた。

 

「じゃあ、なんであの子は記憶を僕たちは消さなくちゃならないんだ?」

 

真守はその問いに簡潔に答えた。

 

「決まっている。逃げないようにするためだ」

 

「逃げないように?」

 

呆然とするステイルに、真守は上層部の思惑を推察しながら告げる。

 

「逃げ出さないための()()という事だ。一年ごとに記憶を消去するという事は、一年に一回手元に引き戻して管理できるという事だ。それに記憶を消せばインデックスは味方であった人間を忘れるから、誰かに助けてもらいたいと思って知り合いの下へと逃げ出す心配もなくなる。だから一年で記憶が圧迫されるように魔術をかけられているんだ。魔術ってのはある意味万能なんだろう? だったら人の記憶を縛る事なんて簡単だろうが、違うか?」

 

「で、では……あの子を管理する、たったそんな目的のためだけに、私たちはあの子の記憶を消さなければならなかったのですか!? そんな事のためにあの子は一年に一回苦しみを味わわなければならなかったなんて!!」

 

神裂はステイルに下敷きにされながらも拳を地面に振り下ろす。ドン、という音と地面が地割れする感覚がステイル越しに響いたので、真守はその憤りを受けて目を細めた。

 

「お前たちは騙されていたという事だな」

 

「あの女狐……事情を聞いたら僕たちがあの子を守るって知っていたから黙ってたんだ!!」

 

あの女狐というのがどの女狐か真守は分からないが、彼らのトップに違いないのだろう。

真守はその女だけではなく、イギリス清教の方針について推察する。

 

「イギリス清教というのは、政治を絡めた組織なのだろう。要は人を駒のように動かす連中だ。自分の利益になるように駒には必要以上の情報は与えないし、必要なら嘘も教える。学園都市も、イギリス清教も根っこは同じだ。私は上層部の汚さを良く知っている」

 

真守は学園都市上層部に超能力者(レベル5)に認定されていない。

超能力者(レベル5)として統括理事会に承認されそうになったのを受けて、真守が暴れ回って抵抗してその承認を取り消させたからだ。

 

だから彼らにとっては真守は八人目の消えた超能力者(レベル5)であり、事実上の制御不能状態である。

制御不能状態ならそのまま放置しておけばいいのに、彼らは真守に利用価値があると知っているからちょっかいを出してくる。

 

利用するために超能力者(レベル5)に承認しようとするが、それを本人に拒絶されて抗われても上層部はあの手この手で利用しようとする。

 

上層部のなんでも利用できるなら利用するという方針を知っている真守だからこそ、違う組織であってもトップが腐っている事を真守は容易に想像できた。

 

「あの子の記憶を消さなくていいのであれば、記憶を消したくありません……っ!」

 

神裂が歯噛みしていると、その上でステイルが声を荒らげた。

 

「だが僕たちには術がない! イギリス清教、必要悪の教会に所属している以上、上層部には逆らえない……っ!!」

 

真守はその二人の嘆きを聞いて楽しそうに微笑んで提案した。

 

「ほう。それならば私たちがインデックスを助けてやろう。お前たちはそれを止められなかったという(てい)にして、密かに私たちに協力すればいい」

 

「……はい?」

 

神裂が真守を見上げるが、真守は報復が楽しいとでも言うようににやにや笑っていた。

 

「反旗を(ひるがえ)したという事実を隠蔽(いんぺい)しろ、と言っているのだ。それにお前たちは上層部を脅せる立場なんだぞ。『なんで隠していた、公表してやる!』とな。しかるべきところに申し出れば、上層部の数人の首をちょん切れるだろうなあ」

 

「そ、それは……そうですが」

 

いきなりアグレッシブな事を言い出した真守を見上げて、神裂は若干引き気味になりながらも頷く。

 

「お前たちは騙されていた憤りを発散できて、インデックスは救われる。それなら全て丸く収まる。それでいいじゃないか、簡単だ」

 

「ですが、具体的にどうやって……」

 

真守はそこで悪巧みを明かす事ができると笑みを深くして、ステイルと神裂の上から退いた。

 

そして振り返ると、ステイルと神裂に救いの手を差し伸べた。

 

「忘れたか? こっちにはどんな異能も打ち消せる右手を持った男がいるんだぞ?」

 

ステイルと神裂は目を見開く。

 

上条当麻。

彼の右手にはあらゆる異能を打ち消す能力、幻想殺し(イマジンブレイカー)が宿っている。

その右手を使えばインデックスを助けられる。記憶を消さなくて良くなるのだ。

 

真守はステイルの手を引っ張って立ち上がらせて、神裂にも手を差し伸べる。

 

「では()()()()大切なあの子を助けに行こう。それが私たちにはできる。できるならばやらないに越した事はない」

 

神裂は震える手で真守の手を取った。

真守はその手をしっかりと握り締めて、神裂を立ち上がらせた。

 

眩しい笑顔で、頼もしい表情だった。

自分のするべき事をきちんと見据えた、決意の光を瞳に宿していた。

 

その救済の手は、小さいながらも温かった。

 

「お前たちがインデックスの事を想っているように。インデックスもお前たちの事を想っていた。お前たちも嫌われたままなのは嫌だろう? だから全てを話してインデックスを救おう。インデックスはお前たちを忘れたくなかっただろうし、私や上条の事も忘れたくないはずだから。……だってな」

 

真守は二人を優しく見つめながら寂しそうに微笑んだ。

 

「変わる事を恐れているあの子は、大切な記憶を失って変わってしまう事が何よりも怖いハズだ。私はインデックスに怖い思いをさせたくない」

 

それは懇願(こんがん)の様だと、二人は思った。

頼むからインデックスを助ける事を手伝ってほしい。インデックスに悲しい想いをしてほしくない。だから手伝ってほしい。

お前たちの力が必要だと、憤るお前たちこそが救うべきだと。

 

強大な力を持つこの少女が、助けたい一心で自分たちに願い出ている。

 

ステイルと神裂はその願いを受け入れた。

 

そしてインデックスを救うために行動を開始した。

 

 

 

 

──────…………。

 

 

 

インデックスは真守の優しく諭すような状況説明を静かに聞いていた。

 

「そっか。私はあなたたちの事を忘れさせられちゃったんだね」

 

真守の説明を受けて、インデックスは悲しそうに呟く。

真守がインデックスを慮って握っていた手に、自然と力が入る。

 

インデックスは自分を追って襲撃を仕掛けてきた二人を見つめて悲しそうに微笑む。

 

「忘れたく、なかったよ」

 

インデックスの一言にステイルと神裂は顔を悲痛に歪ませる。

 

「とうまの事も、まもりの事も。こもえの事も、忘れたくないよ……っ」

 

インデックスが忘れる事に恐怖を覚えて目を潤ませる。

真守はインデックスの手をぎゅっと握った。

 

「大丈夫だ、インデックス。私たちには上条がいるからな。魔術なんて打ち消せて、それで全て丸く収まる」

 

「ほんとう?」

 

「上条を信じろ」

 

「……うんっ。でも……とうまは……」

 

インデックスが悲しそうに布団に眠っている上条を見つめた。

 

上条当麻は重症だった。

昨夜、神裂火織と戦って重傷を負って昏睡状態なのだ。

上条を傷つけてしまった事に神裂が罪悪感を覚えていると、真守は神裂を見た。

 

「上条だって分かってくれる。大丈夫」

 

真守がそっと勇気づけてくれるので、神裂は控えめに頷いた。

 

「こいつは後二日もすれば意識が戻るだろう。エネルギーの流れからそう読み取れる。タイムリミットは七月二八日の午前零時だろう。それまでには起きるから問題ない」

 

真守は上条を柔らかな目で見つめながら頷く。

そして、気まずそうにしている神裂とステイルに視線を移した。

 

「さて。お前たちはそれまで()()()だ」

 

「「え?」」

 

ステイルと神裂が真守の『お勉強』という言葉を聞いて固まった。

 

「イギリス清教をぎゃふんと言わせるために、脳の構造について理解してもらうぞ。じっくりきっちり教えてやるからな!」

 

真守が瞳を輝かせて自分たちに迫ってくるのを見て、『スパルタ教育!?』と恐れおののいた二人だったが、真守の懇切丁寧な説明を聞いて二人は脳の構造について深く理解する事ができた。

 

頭が良くて面倒見が良くてすさまじく強いとか万能人間か? と思った二人だが、話していると年頃の娘らしく拗ねたり冗談を口にするので、ぎりぎり人間味は感じられた。

 

それでも規格外なのは変わらない、と二人は心の中で思っていた。

 

 




統括理事会で承認されるという事は既に精査されているという事で、真守ちゃんはそれに気づいて承認されて利用されるのが嫌で暴れ回って承認を取り消させました。

それによって真守ちゃんが超能力者として承認されるはずだったと噂になり、研究者の間で八人目の消えた超能力者として定着しました。



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第二二話:〈共闘救済〉して彼方へと

第二二話投稿します。
次は八月二八日土曜日です。


「話は聞いたよ」

 

小萌先生の部屋で昏睡状態から目を覚ました上条は真守から話を聞いた。

 

インデックスの逃走防止用の魔術。

それを破壊すれば、インデックスは救われる。

 

「それで全部丸く収まるならやろうぜ。不安そうな顔するなよ、大丈夫だって」

 

上条は顔をしかめている真守を元気づけるように笑う。

 

「……昏睡状態の人間を起きてすぐにコキ使うのは心配になるに決まってるだろ」

 

体が辛いはずなのに気丈笑っている上条に、真守がしかめ面になるのは当たり前だった。

 

「それで、あいつらは?」

 

「待機してもらってる。連絡先は聞いているから大丈夫だ。……問題は小萌先生だ。目の前でやるとマズいから小萌先生が銭湯に行っている間にしようと思う。今日行くって言ってたんだ」

 

「分かった。……で、その魔術ってどこにかけられてんだ? インデックスの体に触れても何も起こらなかったんだけど?」

 

「それがステイルが言うには口の中、上顎のところに仕掛けてあるらしいが……」

 

「らしいが?」

 

「どんな魔術か見当がつかないらしい。インデックスも自分にかけられている魔術は解析できないからな。イギリス清教に問い合わせるワケにもいかないから色々と探っているんだがな」

 

「そっか。分からねえかもしれないけど、壊しちまったらなんでもいいんだろ?」

 

「……まあ、そうだな。壊してしまえば問題ないだろう」

 

上条のあっけらかんとした言葉に真守はふむ、と一つ頷く。

元々、インデックスの体を救う目的で魔術を壊すのだ。体にかかる負荷がなくなるのだから問題ない。

一番真守が懸念しているのはフィードバックなのだが、インデックスの体を蝕んでいるものを除去すれば問題ないか、と納得する。

 

「ちなみに、お前の方の野暮用はどうにかなったのか? すっげえ忙しそうだったけど」

 

上条が問いかけてくるので、真守は機嫌悪そうに顔を歪ませてから上条の額にデコピンをかます。

 

「てっ!?」

 

「私はこの通りピンピンしている。自分が重傷なのに人の心配するな、バカタレ。大体お前はその右手でなんでも打ち消してしまうから私の治療が効かないんだぞ」

 

真守が優しい怒りを上条に向けていると、上条は額を押さえながら頷く。

 

「まったくお前のその右手には困ったものだ。それにお前の右手を見ていると入学式の日を思い出す」

 

「あー……本当にすみませんでした……」

 

上条は入学式の日を思い出して申し訳なさそうに笑う。

 

真守は五年前まで研究所にいて、その後は病院に入院して治療を行っていたので中学校に所属はしていたが通ってなかった。

 

そのため高校に進学してから初めて普通の学校に行くことになったのだ。

エリート校ではなくてわざわざレベルの低い学校を選んだのは、好待遇なのと厳しい校則に行って耐えられるか心配だったからである。

 

入学式の日。

真守ははっきり言って緊張していた。

周りの生徒が自分を傷つける人間か分からないからだ。

そのため不安でいっぱいだったのだが、入学式がある体育館へ向かうためにクラスメイト全員で廊下を並んで歩いていたら、真守の後ろで上条が自分のズボンの裾を踏んでずっこけたのだ。

 

すると真守の背中に丁度右手が接触する形で上条は真守の方へ倒れてきた。

瞬間、幻想殺し(イマジンブレイカー)が発動して真守が体に薄く張っていたエネルギーが打ち消された。

 

真守が驚いて後ろを振り向こうとした瞬間、上条が真守を巻き込みながら転倒。

──そしてその結果。

 

真守は馬乗りになられて形の良いほどよい大きさの片乳を上条にしっかり掴まれた。

 

当然の如く錯乱した真守によって上条はぶっ飛ばされた。

 

その後は大騒ぎで上条をタコ殴りにして殺す寸前になりそうだった真守をクラスメイト全員が止めた。

入学して早々にクラスメイトが一つになった瞬間であった。

 

クラスメイト全員にはどう見ても、真守が尻尾を踏まれて怒った猫にしか見えなかったらしい。

そして女子生徒に囲まれて優しく慰められて大人しくなった真守は機嫌を取ってもらって大人しくなる猫に見えて、ますます猫っぽい少女だと思われた。

 

落ち着いた真守はクラスメイトに向けて『止めてくれてありがとう』と、深い感謝の念をこめて頭を下げたので、『あ、この子すっごい良い子だ』と、突然暴れ出した真守を彼らはクラスメイトとして受け入れてくれた。

 

真守の初めての学校生活は初日からそんなんだったが、割と受け入れられたのは上条のおかげだ。

……まあ、確かに乳を揉みしだかれた事は根に持っているが、上条自身は嫌いじゃない。

 

「入学式初日にあんな事があったから、お前の右手の事を私は知ったんだが。それにしても魔術があるって事は、御利益とかも本当にあるって事だ。……お前、神のご加護とやらをその右手で打ち消してるから、そこまで不幸なんじゃないのか?」

 

「うぐっ。そ、それ……インデックスさんにも言われました……」

 

上条はがっくりとうなだれて右手を見つめる。真守はそんな上条の前でクスクスと微笑んだ。

 

「あー! とうま! 目が覚めたの!?」

 

その時、小萌先生と夕食の買い出しに出ていたインデックスが、小萌先生と共に帰って来た。

 

「よお、インデックス」

 

「上条ちゃん、大丈夫ですか?」

 

近付いてきたインデックスと小萌先生に向かって心配しないでほしいと笑う上条。

 

(まったく……自分が人を大事にしたいからって自分の事をないがしろにしてどうするんだ、コイツ。まあ自分の芯がしっかりしているのは良い事だが、少しは周りを頼る事を覚えないとダメだぞ、上条)

 

真守は上条当麻を優しい目で見つめながら心の中で呟いていた。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

小萌先生を銭湯へと向かわせた後、真守は一応人払いのルーンをステイルにかけてもらった。

小萌先生の部屋は狭いので圧迫感があるが、そこに五人集合していた。

 

「じゃあ、行くぞ」

 

上条が目の前に座っているインデックスを見つめてごくッと喉を鳴らした。

真守は不穏な気配を感じて上条を睨みつけた。

 

「上条、エロい目で見たら潰す」

 

「何を!? 何を潰すんですか!?」

 

上条がバッと男の急所を押さえるので、真守は顔を真っ赤にしながら叫ぶ。

 

「殺すって言葉は使えないからぶっ潰すって言ってんだよ、変な方に考えるな!」

 

真守がガウッと唸ると、上条はほっと安堵してインデックスに向き合う。

 

「行くぞ」

 

「う、うん」

 

そしてインデックスが大きく開けた口の中に右手を入れて上顎に触れた。

 

バギン! という音が響いた瞬間、上条の右手は勢いよく弾かれて後ろへ突き飛ばされた。

 

「なっ!?」

 

声を上げたのは誰だったか分からない。

全員かもしれないし、一人かもしれなかった。

 

真守たちの前でインデックスが浮き上がって黒いオーラが放たれる。

そしてインデックスの両目が見開かれて、赤い魔法陣を浮かべた瞳で上条を見た。

 

自動書記(ヨハネのペン)は魔術を説明するための機構じゃなくて、防衛機構だったのか!」

 

真守が叫んだ瞬間、インデックスが上条へと衝撃波を放った。

 

その衝撃波によって家具も吹き飛ばされるが、真守は即座に能力を解放。

蒼閃光(そうせんこう)でできた猫耳と尻尾を現出させると家具にぶつけるように源流エネルギーを生成して、それらの家具を塵も残さずに焼き尽くした。

 

「警告、第三章第二節。第一から第三までの全結界の貫通を確認。再生準備、失敗。自動再生は不可能。現状一〇万三○○〇冊の書庫の保護のため、侵入者の迎撃を優先します」

 

真守たちの前でインデックスが無機質で機械的な言葉を吐く。

 

「……、そういやぁ、一つだけきいてなかったっけか。超能力者でもないテメエが、一体どうして魔力がないのかって理由」

 

「防衛機構に魔力のリソースが全て割かれているのか! だからインデックスは自分で魔術を使えない!」

 

上条の一言によって弾かれたように真守が叫ぶと、背後でステイルと神裂が息を呑んだ。

 

「書庫内の一〇万三○○〇冊により、結界を貫通した魔術の術式を逆算。──失敗。該当する魔術は発見できず。術式の構成を暴き、対侵入者用のローカルウェポンを組み上げます。侵入者個人に対して、最も効果的な魔術の組み合わせに成功しました」

 

インデックスが呟くと、彼女の瞳に浮かび上がっていた魔法陣が目から空間へと投射されて大きく展開される。

 

「これより特定魔術『(セント)ジョージの聖域』を発動。侵入者を破壊します」

 

そしてインデックスの瞳から黒い亀裂が辺りの空間にヒビのように走る。

 

部屋の隅々まで走り抜けるそれを感知した真守は雷撃のような感覚が体の中を突き抜けた。

あの亀裂の奥に潜むモノは危険だ。

 

真守が本能的に恐怖を覚えていると、その前でインデックスが煌々と光り輝く。

 

瞬間、高密度のエネルギーが練り上げられているのを感じた。

真守はその高密度エネルギーに対抗するための逆算を開始するが、目の前にどんな異能をも打ち消す右手を持つ上条がいるので、自分の能力を打ち消されると即座に判断した真守は声を上げた。

 

「上条! 右手、右手を早く前に出せ!!」

 

上条はインデックスから迸る光が強すぎて頭を守るように手をかざしていたが、真守が叫ぶと即座に前に出した。

 

インデックスから凄まじい光の柱が放たれる。

レーザー兵器のように光り輝く純白の『光の柱』が発射されて、それを上条は右手で真っ向から受け止めた。

光の奔流(ほんりゅう)(ほとばし)り、余波が真守たちの方へと流れていく。

 

真守は背後の二人を守るために上条に打ち消されない範囲に設定してエネルギーを生成、その余波によって部屋が吹き飛ばないように空間にエネルギーを満たして『固定』した。

ガガガガキ! と、歯車が噛み合いながらも回らずに軋む音を響かせて、蒼閃光が迸る。

 

(あのビームを構成するエネルギーの質は均一じゃない。あんな複雑性を持たれたら上条の右手が圧される可能性がある……っ)

 

真守は状況を打破するために考えるが、幻想殺しで自分の異能が打ち消されてしまうので手が出せない。

攻勢に出られない真守の前でインデックスから無機質な声が放たれた。

 

「『(セント)ジョージの聖域』は侵入者に対して効果が見られません。他の術式に切り替えて侵入者の迎撃を継続します」

 

インデックスが呟いた瞬間、インデックスからは放たれるエネルギーの質が大きく変化したのを感知した。

 

「ステイル、神裂!!」

 

真守は部屋が吹き飛ばされないようにエネルギーを展開して場を固定しているので、まだ何もしていないで突っ立っている二人に声をかけるとステイルが即座に反応した。

 

我が名が最強であることをここに示す(F o r t i s 9 3 1)!!」

 

ステイルはルーンが記述されたカードを操り、自分の体に貼りつけると、上条の背中に手を当てた。

ステイルが上条を支えた瞬間、インデックスがそれに応えるように力を増大させた。

 

それを受けて今度は神裂が動いた。

 

救われぬ者に救いの手を(S a l v a r e 0 0 0)!!」

 

神裂は七本のワイヤーを巡らせて部屋の畳を切り裂くと、足元を浮かされてインデックスはそのまま後ろへと倒れこむ。

 

インデックスの瞳と連動している光の柱は、体が上を向いた瞬間に天井を焼きながら天に向かって放たれた。

 

それは夜天に広がっていた雲を切り裂くように昇っていく。

 

「う!? 何かに当たったが!?」

 

真守がその光の柱のエネルギーが何かを貫いて爆発させたのを感じ取ってうめいた。

 

「え!? 何かって何!?」

 

「分からない! 今は目の前に集中しろ!」

 

真守のうめき声に上条が不安になるが、真守が命令口調で告げたので上条はインデックスを見た。

 

その時突如、天井が焼き切られて夜天が広がる部屋に天使の羽根が降り注いだ。

それは光で作られた羽根であり、暗闇の中で仄かに光りを放っていた。

 

「なんだこれ……?」

 

「これは、竜王の殺息(ドラゴンブレス)──伝説にある聖ジョージのドラゴンの一撃と同義です! それにたった一枚にでも触れてしまえば、いかなる力があろうとも大変な事になります!」

 

真守は光の羽根をじっと見つめながらその存在を直感に基づいて解析していく。

 

「……この羽根、物質として極めて不安定で曖昧になってる……? 上条の右手で打ち消しきれなかった()()()()()()か……! マズい……上条の右手でも打ち消せないこれに下手に干渉でもすれば、『揺らぎ』が生じて空間が歪む! 何が起こるか私でも察しがつかない、当たらないように気を付けるしかない!」

 

神裂に引き続き、真守が焦った声を上げると上条がひらひらと落ちる羽根を見つめた。

 

「……マジか!?」

 

そんな上条の前でインデックスが体勢を立て直し、光の柱の軌道を上条へと振り下ろした。

真守は上条の横に立って源流エネルギーを上条に打ち消されないように演算して展開、その光の柱を受け止めた。

 

真守の生成した源流エネルギーと光の柱が衝突して虹色の煌めきの奔流が辺りに吹きすさび、アパート周辺でさえ明るく染め上げられる。

 

「上条、今のうちだ!!」

 

真守が衝撃に耐えながら叫ぶと、上条がインデックスへと迫る。

 

「警告。第二十二章第一節。『天使の力(テレズマ)』に酷似している高純度エネルギーの解析に失敗。警戒を最大限に引き上げて術式を再構築。『(セント)ジョージの聖域』を第二、第三、第四、第五、第六、第七段階へと移行します。『正しい事を為せ(ファク・クォド・レクトゥム・エスト )(・ディク・)真の事を言え(クォド・ウィルム・エスト)』」

 

「──────嘘、だろ……っ!?」

 

より凶悪になった光の柱を、真守は源流エネルギーを初めて『練り上げて』受け止める。

 

光の柱と源流エネルギーの衝突によってその間を縫うかのように虹色の煌めきが吹きあがって、場が白く霞む。

 

衝突によって爆発が起こると真守は察すると、自分が放つエネルギーの指向性に手を加えて、源流エネルギーに真っ向からぶつかる光の柱を拡散させた。

 

拡散した光の柱が無数に飛び散り、小萌先生の部屋の壁に幾つもの大穴を空ける。

 

壁がぶち抜かれていく様子を神裂とステイルは、眩しくて目が上手く機能しない中必死に見つめていた。

 

「その幻想をぶち壊す!!」

 

そんな二人の前で上条はインデックスの周りに展開されている黒いヒビの形状を取っている『(セント)ジョージの聖域』に触れて、その先にある魔法陣を右手で打ち消す。

 

鋭く甲高い音が響く中、インデックスはゆっくりと後ろに倒れていく。

 

「警、告──最終章。第零…………『首輪』、致命的な…………破壊。再生、不可……」

 

夜天から白い羽根が何十枚も舞い落ちる中、事態は収束を見せた。

 

上条は倒れたインデックスへと近づいて、抱き寄せる。

 

そして、インデックスの無事を確認すると穏やかに微笑んだ。

 

「──────!!」

 

真守が叫ぶが、上条には聞こえていない。

 

上条が真守の声を受けてそっと振り返ると、その瞬間彼の頭に白い羽根が触れた。

 

天使の羽根が上条当麻の頭を一撫ですると、もうそこに彼は存在しなかった。

 

上条当麻は光の羽根からインデックスを守るように倒れ伏す。

 

そんな上条当麻の上に何十枚もの光の羽根が降り注ぎ、彼の体を白く染め上げていった。

 

上条当麻は、それでも笑っていた。

笑いながら、その指先は二度と動かなかった。

 

──七月二十八日。零時丁度。

 

上条当麻はその日、死んだ。

 

 

 

それは、それは。

周りにとって『不幸』な事で、彼にとっては『幸福』な最期だった。

 




真守ちゃんも上条くんの餌食に遭っていました。

ちなみに『神よ、何故私を見捨てたのですか?〈エリ・エリ・レマ・サバクタニ〉』ではないのはあれが対十字教用追加魔術だからです。
真守ちゃん十字教徒ではなく科学の徒なので、違うものにさせていただきました。



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第二三話:〈双六展転〉振り出しへ

第二三話、投稿します。
※次は八月三〇日月曜日です。


「手の施しようがないね?」

 

真守は深夜未明、冥土帰し(ヘブンキャンセラー)と対峙していた。

冥土帰しは電子カルテを見ながら真守に説明する。

 

「脳の記憶野、そのエピソード記憶の脳細胞が死滅している。真守くんも知っている通り、神経細胞は中枢神経系を形成した後は細胞分裂しない。だから──」

 

「日常的な記憶を、失ったと?」

 

真守は生唾を呑み込んで乾いた喉を潤してから、声を絞り出すようにして訊ねた。

 

「そうなるね?」

 

冥土帰し(ヘブンキャンセラー)の無慈悲な言葉に真守は押し黙る。

 

冥土帰しはどんな患者でも生きてさえいれば治してくれる医者だ。

そんな医者でも破壊されてしまった神経細胞とその中に溜め込んであった情報は復元する事はできない。

 

きっと上条当麻は冥土帰しにとって初めて救えなかった患者だろう。

 

「分かった。ありがとう、先生」

 

「僕は彼を救えなかったけれど?」

 

「いいや、先生がいつも死力を尽くしているのを私は知ってる。だって患者(わたし)のために生きていく術や生きる場所だって提供してくれたんだから」

 

冥土帰し(ヘブンキャンセラー)はどんな費用や手間が掛かったとしても、本当に患者に必要なら全てを用意してくれる。

朝槻真守という患者に冥土帰し(ヘブンキャンセラー)が必要だと思ったのは普通の人として暮らしていく全てだ。

 

研究所を壊滅させて脱走して、源白(みなしろ)深城(みしろ)というこの世で何よりも大切な存在以外何も持っていなかった真守に、冥土帰しは真守に全てを用意してくれたのだ。

 

「キミに用意しなければならないのは普通の学生としての暮らしだったから、それほど難しくはなかったけれどね?」

 

「難しい、難しくないの話じゃない。先生の用意してくれたものは本当なら私が手に入れられなかったモノばかりだった。先生はいつでも患者のために頑張っていてくれる。だから上条のために色々と手を尽くしてくれてありがとうって、お礼を言ったんだ」

 

真守が頭を下げると冥土帰し(ヘブンキャンセラー)は寂しそうに微笑んだ。

上条を救えなかった事が、心にきているらしい。

 

「キミがそうやって生きられるようになって良かったよ?」

 

「うん。私が人の好意を受け取ってお礼を言えるようになったのは、やっぱり先生と深城のおかげなんだぞ」

 

真守はにへらっとはにかむように笑うが、上条を助けられなかった罪悪感からその表情はほんの少し歪んでいた。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

翌日。

夏の高い空が広がり、太陽の光がじりじりと照り付けてセミの声が鳴り響く中、真守は自分が入院しているマンモス病院の裏玄関の柱に寄り掛かって立っていた。

 

「で、イギリス清教はなんだって?」

 

真守は学園都市を去ろうとしているステイルと神裂と話をしていた。

 

「上はあの子を連れ戻したがっていたが、キミに教えてもらった事を全て伝えたら現状維持に落ち着いた」

 

「上条のそばにインデックスを置いておく、という事か。お前たちはそれでいいのか?」

 

真守が事の経緯を簡潔に言葉で表現すると、神裂が優しい笑みを浮かべて頷いた。

 

「あの子の幸せが私たちの幸せですから」

 

「そうか」

 

真守は神裂とステイルのインデックスを想う気持ちに微笑んで頷く。

 

「ただ、イギリス清教は様子見をしている状態だ。僕たちはあの子を守るために情報を集める事にする」

 

「それが賢明だな。お前らは政治が絡んできているから特に動きづらいだろう。……強大な権力と戦うのは辛く険しい道だ。心が折れないように頑張れよ」

 

ステイルが真剣な表情をして決意を表明すると、真守はイギリスという国の一角を担っているイギリス清教に立ち向かうステイルと神裂の方針を肯定して、激励を飛ばした。

 

神裂がその激励に頷く隣で、ステイルは真守に向き直った。

 

「横からあの子をかっさらっていったあの男は正直気に入らない。だがキミには世話になった。ありがとう。……重ねるようで申し訳ないんだが、あの子のために超能力者(レベル5)としての力を使ってくれるかい?」

 

「勿論だ。……だが私が超能力者(レベル5)である事は秘密な。事実上は大能力者(レベル4)で、私が統括理事会の承認を蹴ったのは秘匿されているから。……まあ、お前たちにはあまり関わりない事情だがな」

 

真守が上層部の事を思いながら告げると、ステイルは肩を(すく)めた。

 

「キミも上層部に翻弄(ほんろう)されているようで大変だな」

 

「お互い様というところだ」

 

真守はフッと自嘲気味に微笑んでからステイルの言葉に軽口を叩くように応えた。

 

「じゃあ僕たちはこれで」

 

「また会いましょう、まもり(真実を守る人)

 

別れの挨拶を告げる二人を見て、真守は自分の名前に込められた意味を言葉にされて柔らかく微笑んでから訊ねた。

 

「インデックスに会わなくていいのか?」

 

「あの子の頭はあの男でいっぱいだからな」

 

ステイルはインデックスの事を考えてフッと寂しそうに笑った。

 

「嫉妬で見てられないのか」

 

真守がにやにやとしながら(いじ)ると、ステイルはうぐっと唸りながら顔を真っ赤にさせる。

 

「ぼ、僕はあの子をそんな目で見ていない! 尊敬する女性はエリザベス一世で好みのタイプは聖女マルタだ!!」

 

「ほーう?」

 

必死に言い訳するステイルが微笑ましくて、真守はふふっと声を漏らして笑った。

ステイルがぐぬぬ、と顔を歪ませる隣で、神裂はそんなステイルを見て苦笑していた。

 

「じゃあな二人共。学園都市に来るなら連絡してくれ。また何かあったら力になる」

 

「心強いよ、超能力者(レベル5)

 

「では、いずれ。──また」

 

ステイルと神裂は真守に挨拶をするとそのまま去っていく。

真守はヒラッと手を振って二人が見えなくなると、柱に寄り掛かるのをやめて自分で立つと顔を上げた。

 

夏の、雲一つないいつもと変わらない夏の晴天が広がっている。

 

「…………よし」

 

真守は一息つくと、彼に会いに行った。

 

新しい朝を迎えた上条当麻の下へと。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

上条当麻はベッドに座ったまま真守を怪訝そうに見つめていた。

初めて会う少女が何者だろうか、どう対応したら記憶喪失になっているとバレないか考えていたのだ。

 

「初めまして、は言わないぞ」

 

真守が先にそう宣言すると、上条は全てを悟った。

 

少女は自分が記憶を失った事を知っている。

あの白い修道服の少女に記憶喪失を隠すと決めていたのに。

 

そんな上条の絶望を感じ取り、真守は安心させるように目を細めて微笑んだ。

 

人の可能性を心の底から信じている意志が瞳に宿っている、と上条当麻は感じた。

そんな彼女を、自分は心のどこかで覚えている気がした。

 

「朝槻真守。お前の友達だ」

 

真守は上条のベッドの近くに丸椅子を持ってきて自己紹介した。

 

上条が『友達』という言葉に顔をしかめる。

 

友達だったはずなのだ。

 

ここにいる上条当麻は、彼女の知る上条当麻ではない。

真守は首を横に振ってから微笑んで、上条の思い込みを吹き飛ばした。

 

「私とお前は友達だった。そして今でも変わらずに友達だ。お前の記憶が消えただけでこの関係が変わる事なんてありえない。私が信じている上条当麻は、記憶がない程度では揺らがない」

 

上条は息を呑んで真守を見た。

過去の上条当麻の友達だったこの少女は、今の何も覚えていない上条当麻の味方になってくれると言うのだ。

 

自分の存在が危ぶまれている時に、その言葉は救いの言葉だった。

真守は救いの女神だとでも自分を見つめる上条に向かって、寂しそうに微笑んでから自身の罪悪感を口にする。

 

「私はお前を助けられなかった。それがとても心苦しい。だからお前のこれからを助けさせてほしい。そう願い出てもいいか?」

 

真守が悲痛な笑みを浮かべると、上条が言葉を口から零した。

 

「……そんな顔するなよ。俺、お前にそんな顔してほしくないな」

 

上条当麻は記憶を失くそうが、やっぱり彼の本質は何も変わらなかった。

真守は上条のその一言に今一度確信して、柔らかく微笑んだ。

 

「でも、そうだな。色々忘れちまってるから、そこんところはよろしく頼む」

 

上条が真守に頼むと、真守は力強く頷いた。

 

「もちろんだ、上条」

 

真守の反応を見て、上条は安堵して目を細めて微笑んだ。

 

「──さて、本人の許可を貰ったので今から勉強だ」

 

「……はい?」

 

だが真守が言い放った言葉の意味が分からず、上条は間抜けな声を出した。

 

「お前がこれから日常生活を送る上での一般常識だ。私はお前のクラスメイトだからな。お前の人間関係はもちろん把握している。それと現実を叩きつけるようで悪いが、お前ははっきり言って記録術(かいはつ)の単位が圧倒的に足りない落第ぎりぎりの『落ちこぼれ』だ。これ以上成績落とすと高校一年生もう一回だ。お前を助けると誓った私はお前を完膚(かんぷ)なきまでに助けなければならない。……分かったら勉強だっ!!」

 

「や、病み上がりなんですけど!? 病人! 俺、病人だから! ちょ、ちょっとまだあの、勉強はやりたくないって言うか……!」

 

真守がまくしたてた真っ当な言い分を聞いて上条は顔を真っ青にする。

 

そんな上条に真守はにっこりと微笑んだ

その瞳に決意の炎を灯らせて。

 

「逃げるな上条。お前の望み通りに私が助けてやる」

 

「い、いやあああああ勉強は嫌だあああああ!!」

 

叫んで逃げようとする上条だが、病人なので逃げる事ができない。

真守は愉快だと言わんばかりの声で上条に向かって宣言した。

 

「この夏休みの間にお前の脳みそにできる限りの『記憶』を詰め込む。私はこれでも忙しい身だ。課題を出してやるからきっちりこなせ!」

 

「スパルタ教師!? 俺が考えてたキャラとなんかちょっと違う!!」

 

「どうせお前から見た私の印象は気難しいヤツだろう。だが私は面倒見が良いとクラスでも評判だ。分かったら始めるぞ!」

 

「その違いが嫌なんですが────っ!?」

 

泣き叫ぶ上条へと、真守は勉強という暴力を持って近づく。

 

(やっぱり記憶がなくても上条は上条だ)

 

泣き叫ぶ上条の反応を見て、真守はくすくすと楽しそうな声を出して笑っていた。

 

 

 




神裂の言う真守の名前の意味は自動書記も察しており、前回の話で出てきた〈正しい事を為せ、真の事を言え〉という名称での魔術攻撃はある意味真守に対する皮肉です。
『流動源力』では、神裂は聖人ゆえに人間につけられた名前の本当の意味が分かるように設定されています。ご了承ください。


また活動報告にて『禁書目録篇:下』についてのメタ的な解説と上条くんの記憶の謎について触れています。
よければご覧ください。


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A Very Merry Unbirthday篇
第二四話:〈日常茶飯〉は穏やかに


二四話、投稿します。
次は八月三一日火曜日です。


真守は自分の病室にあるソファに座ってノートパソコンを動かしていたが、ふと顔を上げて立ち上がり、病室の扉の方まで歩いていった。

 

「垣根?」

 

「うおっ」

 

真守が病室の扉をガラッと開けると、今まさに病室の扉を開けようとしていた垣根が立っていた。

 

「お前、分かるようになったのか?」

 

「うん。垣根のAIM拡散力場は特徴的だから分かるようになった」

 

真守は得意気に笑って垣根の問いかけに答えた。

 

ここ数日、真守はAIM拡散力場専攻の大脳生理学者の木山春生と知り合った事によってAIM拡散力場について集中的に学んでいた。

 

幻想御手(レベルアッパー)は能力者の脳をAIM拡散力場によって束ねてネットワークを形成し、巨大な一つの演算装置にするために木山春生が学生に頒布(はんぷ)したものだ。

木山春生はその演算装置を使って実験により昏睡状態となった置き去り(チャイルドエラー)を救うための演算を行おうとしていたのだ。

 

だがネットワークの暴走によって幻想猛獣(AIMバースト)が生み出され、超能力者(レベル5)三人によって事件は収束、木山の目的は達成されなかった。

 

警備員(アンチスキル)に連行された木山だったが、彼女を救ったのは冥土帰し(ヘブンキャンセラー)だった。

冥土帰しはこの学園都市で顔の利く存在なので、置き去り(チャイルドエラー)を救うために木山を保釈するなんて簡単な事だった。

 

そんな冥土帰しに木山の事情を話したのは真守だった。

置き去りは昔の真守と同じような立ち位置にいたので、『昏睡状態の彼らを助けたい』と考えた真守は冥土帰しに懇願(こんがん)したのだ。

 

真守の事を手伝ってくれると言ってくれた垣根と共に、真守は冥土帰しの伝手を使って昏睡状態の置き去りを集めた。

 

木山と共に彼らを救う手立てを探している間に、木山が真守に自分ができる事はないか、と真守に聞いてきた。

何でもされっぱなしは性に合わないらしい。

 

真守にはAIM拡散力場を感じ取ることができる能力が備わっている。

 

これまでデータがなかったから分からなかったが、AIM拡散力場にはそれぞれの能力に(のっと)った特徴がある事を真守は理解していた。

 

専門家の木山がそうやって申し出てくれたので、AIM拡散力場の詳細データが欲しいと真守はお願いした。

サンプルデータがあれば、真守がAIM拡散力場を感知する事によってその能力者がどんな能力を所有しているか分かると考えたからだ。

 

木山は真守の要望に的確に答えてくれて、昏睡状態の置き去り(チャイルドエラー)のデータも提供してくれた。

 

彼らは『暴走能力の法則解析用誘爆実験』の被験者で、その実験は能力体結晶と呼ばれる『能力を暴走させる化学物質』を使って能力者のAIM拡散力場を刺激し、暴走の条件を調べるというものだった。

 

実験を主導していた人間が多くのデータを欲したため、被験者たちは念動力系、火炎系、電子制御系、大気系、精神干渉系など系統別に集められており、それ以外にも数人の特殊系の被験者がいた。

 

置き去り(チャイルドエラー)がそうやって系統別に分けられていた事によってサンプルデータが多くなり、真守は系統別でなら能力者の見分けがつくようになった。

 

流石に強度(レベル)や系統別内の詳しい分類などはまだ見分けがつかないが、それでも能力者がどんな能力を持っているか分かるようになるのは、自身の能力の応用性を追求し続ける真守にとって喜ばしい事だった。

 

系統別は分かるようになったが、できれば特殊系も手を出してみたい。

そう思った真守は無理を承知で未元物質(ダークマター)のAIM拡散力場のデータが欲しい、と垣根に言ってみたところ、解析したデータをくれるなら問題ない、と垣根は承諾。

そのため真守は垣根のAIM拡散力場を解析し、その結果として垣根が近付いてきたら分かるようになったのだ。

 

「……垣根、スーツ以外も着るんだな」

 

真守は白いインナーにダークブルーのシャツ、それとジーパンを履いて腰にウォレットチェーンをぶら下げた垣根の私服姿を見て思わず零した。

 

「あ? ……そうか。お前に会ったのは学生服かスーツの時だけか。あれは暗部として動く時に着てんだよ。俺だって私服くらい持ってる」

 

「気持ち入れ替えるためのカッコつけか」

 

「オイ、辛らつだなテメエ」

 

真守の言葉を暴言として受け取った垣根は片眉を上げて真守を睨む。

 

「別に辛らつじゃない。単純に良いと思ってるぞ」

 

垣根の機嫌が急降下しようと、真守はケロッとした様子で微笑んで自分の意見を述べた。

 

「……お前は口が悪いのか悪くないのかどっちなんだよ」

 

真守が悪気を持って言ったわけではない、と理解できても垣根は眉を(ひそ)めるが、真守はそれに反論した。

 

「別に私の口は悪くない。…………いつもスーツじゃないなら違う方が良かったかな」

 

「なんだって?」

 

反論した後の真守の呟きが聞こえなくて訊ねた垣根だったが、真守は首を横に振って答えた。

 

「なんでもない。ところでなんでここに来たんだ? 待ち合わせは第二二学区のハズだろ」

 

今日、真守と垣根は出かける約束をしており、その目的は虚空爆破(グラビトン)事件で買い損ねてしまい、幻想御手(レベルアッパー)事件で壊してしまったサンダルの新しいものを買いに行く、という目的だ。

 

待ち合わせ場所は第二二学区のとあるデパートであり、それも約束は一三時。

それでも垣根は真守の病室にやってきたし、今は一一時なので時間が明らかに早い。

 

「お前の主治医に頼まれたんだよ」

 

「何を?」

 

「お前に飯を食わすように」

 

垣根が責めるような目を真守に向けると、真守は目を泳がせた。

 

朝槻真守の能力、流動源力(ギアホイール)はあらゆるエネルギーを生み出す能力である。

それは生きていくエネルギーを自分で生成できるという事で、食事の必要がないという事だ。

 

能力で補えるというのは万能だが、日常生活を送るには困った弊害(へいがい)が出る。

能力に合わせて肉体が『最適化』されるのだ。

 

聞こえはいいかもしれないが、『最適化』というのは自分に必要のない機能を削ぎ落とすという事に繋がる。

 

真守は生命エネルギーを自分で生成できるため、消化器官が不要になり、内臓が退化してしまうのだ。

その退化を止めるのと、適正年齢に合わせた消化器官に整えるために、真守は冥土帰し(ヘブンキャンセラー)による治療を受けている。

 

だが真守は、日常生活において誰かと食事をする時だけに内臓が使えればいいと思っているので、普段食事をしないのだ。

 

そんな真守に主治医の冥土帰し(ヘブンキャンセラー)は、真守に一日に食べたり飲んだしなければならない量の食事を定めていて、真守はそれを最低限こなしている。

 

だがその食事の内容が経口補水液やら氷砂糖であり、冥土帰しはもっと別のメニューにしようと進言するのだが、真守は断固拒否。

自分でエネルギーを作れるから食事に必要性を感じないのと、研究所にいた頃の『実験』によって食への関心が薄くなっているからだ。

 

冥土帰しから真守の内臓器官の治療の話や食事情を説明された垣根は冥土帰しに『彼女を食事に連れ出して欲しい』とお願いされたのだ。

 

「食べられるならちゃんとしたモン食べた方が良いだろ」

 

垣根は溜息を吐きながらもそう呟くと、真守が気まずそうに顔をしかめた。

 

垣根は真守の食事情をずっと可哀想だと思っていたし、心配していたのだ。

経口補水液の飲み比べができるなんて味覚が刺激されていない証拠で、そんなに食べられないのかと考えていたし、冷凍うどんで幸せそうな顔をするなんて毎日一体何を食べているのだろうと思っていた。

 

冥土帰し(ヘブンキャンセラー)から真実を聞かされて研究所の真守に対する『実験』に殺意を抱きながらも、そういう風に育てられてしまっても表の世界で生きている真守が、人間らしい事をしようとしないのも悪いと思った。

 

真守は人の気持ちを無下にできない。

 

だから誰かに連れ出されて食事を続ければ人間の三大欲求の一つが刺激されて食べるようになるだろう、と冥土帰し(ヘブンキャンセラー)が医者として助言してきたので、垣根は真守をなるべく食事に誘おうと決めたのだ。

 

「……垣根が、一緒に食べてくれるなら、食べる……」

 

冥土帰しの言う通り、真守は垣根の気持ちを汲み取って拒否しなかった。

 

真守にとって垣根との食事は貴重なものだ。

事情を知っているから場の空気を考えて真守が無理に食べなくても良いし、ゆっくり時間をかけて食べても垣根は待ってくれる。

 

それに垣根と一緒だと真守は単純に食事が楽しかった。

 

「……良かった。行くぞ、来い真守」

 

垣根は穏やかに笑ってから、顎をクイッと動かして病室の外に出ようと真守を誘うと、真守は垣根の気遣いが嬉しくて控えめに微笑んで用意を始めた。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

 

真守と垣根は第二二学区の地下街のとあるパスタ料理専門店に入った。

 

真守は女性用のメニューで量が少なくなっている、中に具を詰めるタイプのラビオリを選び、垣根は日替わりメニューで学園都市外の海産物を使ったペスカトーレを頼んだ。

 

真守が半分食べ終わった頃には垣根は既に食べ終わっており、優雅にテーブルに肘をついて食後のコーヒーを飲んでいた。

 

「なあ、『樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)』が行方不明になったの知ってるか?」

 

「んぐっ!?」

 

垣根がまさかの話題を突然振ってきたので、真守は意表を突かれた。

その拍子に口に入れていたラビオリの中に入っていたひき肉が自分の喉に引っかかってしまった。

 

「悪い驚かせて。…………驚く内容だったか?」

 

思い切り咳き込む真守を見て、垣根は心配そうに見つめて謝るが、ふと真守の様子が気になって目を細めた。

真守は頼んでいたピーチのストレートティーを飲んで落ち着くと、気まずそうに目を逸らした。

 

「そうだな。私も話は聞いてる」

 

樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)』は七月二七日午後一一時一七分に消息不明となった。

七月二八日になってから捜索隊が派遣され、残骸(レムナント)の一部を回収したところ、正体不明の高熱源体の直撃を受けて大破した、という推測が出された。

 

秘匿された情報だが、上層部に直結している暗部の人間である垣根が知っていてもおかしくはない。

 

「知ってるって事はまさか、正体不明の高熱源体ってお前の破壊力抜群の源流エネルギーか?」

 

垣根は真守の生成する源流エネルギーの仕組みを解析できていない。

ただ全ての源であるエネルギーだということは確かだ。

 

そんな高密度、高純度エネルギーが『樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)』をぶち抜く正体不明の高熱源体になってもおかしくない。

 

「違う、私じゃない!」

 

垣根が咎めるような視線を真守に向けると、真守が思わず声を大きくした。

思い切り関わっていた事を告げてしまい、真守は顔を背ける。

 

真守は自分に超能力者(レベル5)である事を隠していた。

他にも隠している事があるだろう、と考えていた垣根は視線を鋭くして追及した。

 

「言え」

 

真守は話題を逸らすのが上手いので、真正面から切り込むに限ると垣根は考え、命令口調で告げた。

 

「……とある機関で、秘密裏に作り上げられたモノが暴走してしまってな。それが『樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)』を破壊してしまったんだ」

 

真守はぼそぼそと事の経緯をぼかして伝えた。

 

イギリス清教(とある機関)で秘密裏に作り上げられた魔導書図書館(モノ) (の防衛機構)が暴走して『樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)』を破壊した。

間違っても嘘は言っていない。

 

(流石にこのごまかしは気づかれないだろう。そもそも私でもよく分からない魔術なんてシロモノを垣根が知ったら、絶対面倒になる……!)

 

真正面から切り込まれようが、真守は超能力者(レベル5)の頭脳をフル回転させて言葉巧みに垣根の追及を回避する。

 

「なんでそんな曖昧なんだ?」

 

真守がごまかしていると知らない垣根は単純に疑問に思って真守に訊ねた。

 

先日、真守は能力者にゲームと称されて襲われていた。

そのゲーム参加者が幻想御手(レベルアッパー)という代物で強度(レベル)を上げているのだと、真守は襲われながらも調べ上げていたのだ。

 

高い情報収集能力を持つ真守が何故、詳細な事情を把握していないのか。

垣根の反応は至極当然だった。

 

「……私も色々と調べているんだが、全貌が把握できていないんだ。分かったら垣根にも説明する」

 

これも嘘は言っていない。

 

魔術という技術は能力開発とは全く別物で、真守は未だに魔術を理解できていない。

 

インデックスに少しずつ教わっているが、自分の頭で理解しようとすると、虚数や存在しない数を式に当て嵌めたりしなければならないのだ。

魔術の術式を一種の流れに見立てて仕組みを真守も理解しようとしているが、科学と全く別物の魔術を解析することは真守の頭脳でも一筋縄ではいかなかった。

 

「ふーん。……お前が分からねえってのは相当なんだな。分かったらすぐに教えろ」

 

真守の様子に、垣根は真守が本当に試行錯誤していると判断して、この場を収めた。

 

「うん!」

 

(乗り切った……っ!)

 

真守は面倒事が回避できたと思って、油断してにっこり笑ってしまう。

 

あからさまに取り繕っている笑みだったのに、真守の満面の笑みを見た事がなかった垣根はその笑みに思わず固まってしまった。

 

(その笑顔反則だろ……っ!?)

 

普段と満面の笑みのギャップに思わず固まってしまった垣根だったが、真守はそんな垣根を他所(よそ)に大層ご機嫌に食事を再開する。

 

真守が自分に隠し事をして乗り切ったことに安心した際の満面の笑みだと、真守のギャップにやられて不覚にもドキッとしてしまった垣根は最後まで気づくことがなかった。

 

 




デートは続きます。

原作者さま方も非公式含めイラスト書いておりましたが、垣根くんは『とある偶像の一方通行さま』では私服姿でそこら辺歩いていたのでスーツは仕事着かな、と思いました。
あの垣根くん三下ムーブがヤバいのと心理定規さんのフォローっぷりが面白い。

『とある偶像の流動源力さま』も幾つか作ったんですが、流動源力本編を投稿するのでさえ一念発起状態だったので更に躊躇っています。
偶像の二次創作って某イラストサイトでも少ないのも懸念の一つですね。
そもそも偶像時空って季節が巡っていて、ネタがあれば永遠に終わらない。
一体どこで終わればいいのか……。


でもやっぱり偶像には林檎ちゃん必須だと思います(個人的な意見)。


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第二五話:〈平常精神〉では終われない

第二五話、投稿します。
※次は九月二日木曜日です。


「お前っていつもハッキングで情報集めてんの?」

 

「ん?」

 

今日の目的である目当てのサンダルを箱から出していた真守だったが、垣根に声をかけられて顔を上げた。

 

「いつもそうしてる」

 

「なら上層部の主導している計画とか知ってるのか?」

 

垣根が言葉を(にご)して訊ねたのは『計画(プラン)』の事を真守が知っているのか知りたかったのだ。

 

自分が利用されているなんて真守が知ったら『計画(プラン)』を潰すために動くだろう。

アレイスターを相手にして真守が無事でいられるとは思えない。

真守の身の安全を心配して、垣根は()えてぼかして訊ねたのだ。

 

「私の知らないところで私の研究が行われているんだろうが、知ってしまったら手当たり次第に潰したくなる。だから私に直接降りかかった時だけ潰してる。一々目くじら立ててたら学園都市で生きていけないし」

 

真守は手に取っていたサンダルのストラップを足首に全て巻き付けて編み上げるように履くと鏡の前に行って体を捻って色々な角度から見る。

 

真守は白と黒のモノクロファッションを好みとしているので、今履いているサンダルも真っ白だった。

 

「うん。やっぱり黒よりこっちの方がいい。垣根、決まった」

 

真守が垣根に向かって距離を取って似合っているかポーズを取って見せつける。

足にストラップを何重にも交差させて巻き付ける白いサンダルは真守のほっそりとした足にぴったりだった。

 

「いいんじゃねえの。買ってやるから来い」

 

「え」

 

真守は鏡で何度も似合っているか確認していたが、目をきょとっと丸くして垣根を見上げた。

 

「う……いや、えっと……お、お願いします」

 

垣根が好意で買ってくれると言っているのを真守は拒否できなかったので、真守は躊躇(ためら)いがちにも垣根にお願いをした。

 

「おう」

 

垣根はそんな真守のお願いを聞き届けて笑った。

垣根は店員にサンダルを履いていくと伝えたので、最初から履いていたスニーカーを空いた箱に詰めてもらい、真守は新しいサンダルで店から出た。

 

「垣根。ありがとう」

 

真守が色んな角度からサンダルを見つめてから垣根を見上げて、ふにゃっと微笑む。

 

「気に入ったか?」

 

「気に入った!」

 

真守が笑顔の花を満開にして気持ちを表現したので、垣根はそれを受けて柔らかく目を細めた。

 

 

 

 

「垣根、こっち」

 

真守が垣根の腕を引っ張って次に向かったのは男性フロアだった。

 

「別に俺には用がねえけど? お前に用があるわけ……ねえよな」

 

「ある。垣根へのお礼を見るんだ。とても大事な用だぞ」

 

「お礼? サンダル買った礼ならいらねえぞ」

 

垣根が真守の言い分に首を傾げると、真守は目を細めて微笑み、軽やかに告げた。

 

「違う。幻想御手(レベルアッパー)の時に助けてもらったお礼だ。大丈夫、時間はかからない。買う物は大体決まってる。後は垣根に似合うか見るだけだからな」

 

真守に連れられて垣根が向かったのは、垣根が好んで着る高級スーツのブランド店だった。

 

「俺の着てるスーツのブランド、わざわざ調べたのか?」

 

「別に調べてない。でもここだろ?」

 

垣根の問いかけに真守は店を指さしながら首を傾げる。

 

「確かにあってはいるが、なんでお前が男物のブランド知ってるんだ?」

 

垣根が当然の疑問を口にすると、真守はその問いが良く分からないと首をひねった。

 

「有名なブランドだから知ってるの当然」

 

「……学園都市外の、しかも外資系だが」

 

「学園都市に店舗が入るくらいの有名店だぞ。それくらい頭に入ってる。見くびってもらっては困る」

 

真守がムスッとした表情で抗議するので、垣根は思わず閉口してしまう。

垣根の着ているスーツは外資系であり、高級志向で売り上げを出している小規模展開の店で、所謂(いわゆる)ファッションに詳しい男性が知っているブランドである。

 

女なのに男物のブランドまで把握しているなんて尋常じゃない程の知識を頭に詰め込んでいる証拠だ、と垣根は思う。

 

「早く行こう」

 

確かに学園都市最高峰に相応しい頭の容量だが、流石に度を越しているとも垣根が考えていると、真守は垣根の腕をぐいぐい引っ張って急かした。

 

真守は店員に持ってこさせたジャケットを垣根に着せて、スーツのアクセサリーを見比べるために両手に持って、時々垣根の胸に当てて真剣な表情で選ぶ。

 

二〇㎝も違うので垣根の胸元に当てる度に真守は一々背伸びをする。

そんな真守が、垣根には飼い主の体に張り付いて懸命に登って甘えようとしている子猫の姿にしか見えなかった。

 

虚空爆破(グラビトン)事件が起こったセブンスミストで自分の買い物は即決していた真守だったが、慎重に自分へのお礼を選んでいる姿に垣根は内心穏やかになる。

 

それに真守のその表情は真剣ながらも楽しそうだった。

垣根はそんな真守の姿が愛おしくなって頭に躊躇(ためら)いがちにも手をポン、と置いて優しく撫でる。

真守の髪の毛は猫っ毛でさらさらして触り心地が良かった。

 

真剣にアクセサリーを選んでいた真守は突然頭を撫でられたので『ん』と一度唸ってから垣根を見上げた。

 

「暇させてしまったか?」

 

「いいや、別に。……やりたかっただけだ」

 

「変な垣根」

 

頭から手を退けないまま撫で続ける垣根を見上げながら、真守はふふっと穏やかに微笑んだ。

 

「でも髪が崩れるからヤメテ」

 

直後、不機嫌な仏頂面になった真守から『NO』という拒否が出て、真守と垣根を取り巻いていたほんのりと甘い雰囲気は一瞬で霧散した。

 

「いい度胸じゃねえかこのアマ……!」

 

「いひゃい……ひゃって当然のこと言っただけだし……っ! あんまし引っ張るとふぉ、シールドでぇ弾くぞ!」

 

自分の両頬を引っ張りながら垣根が怒りを向けてくるので、真守はアクセサリーを手に持ったまま手をバタバタと動かして抗議する。

結局、真守は垣根の暴虐に耐えられなくなって垣根をシールドで弾いた。

 

ひりひりと傷む真守の両頬とびりびりとしびれる垣根の両手という、痛み分けで攻防は終了した。

 

「やっぱりこれが良い」

 

真守は垣根の行いに不機嫌になりながらもそれを選んだ。

ちまっとした両手で差し出されたのは大粒のスワロフスキーが付いた(いかり)のタイニーピンだった。

 

「俺の名前とかけてんのか?」

 

(いかり)と言えば、船。船と言えば船長。軍事的な船長は提督(ていとく)

自分の名前の読みを連想させるタイニーピンを見て、垣根は怪訝な表情をして問いかけた。

 

「それもあるけど単純に似合うから」

 

まったくからかう様子のない真剣な表情で真守は答える。

 

「お前がそれでいいと思ったんならそれでいい」

 

からかう事を一切しない真守の性格がクソ真面目、と垣根が思いながら笑うと、真守は垣根の許しを聞いてぱあっと顔を明るくした。

 

「これにする」

 

真守が近くで見ていた店員に声をかけて、ラッピングを選び始めた。

 

垣根が借りたジャケットを回収した店員は見るからにオーバーリアクションで頭を下げていた。

 

それもその筈、この学園都市では高位能力者ほど奨学金がふんだんに貰えるので、高級志向のブランド店に来るような学生は高位能力者だと決まっている。

金を持っている学生がリピーターになってくれれば確実に儲けになるので、店員が丁寧に対応するのは当然のことだった。

 

「はい、垣根。助けてくれてありがとう」

 

店を出ると、真守は両手でショッピングバッグに入ったプレゼントを垣根に渡す。

 

「おう」

 

真守の柔らかな笑みと礼に垣根は穏やかに微笑んで、真守からプレゼントを受け取った。

 

「ところで垣根。誉望は何が好きなんだ?」

 

「あ?」

 

突然『スクール』の構成員である誉望万化の名前が出て、垣根は穏やかな気持ちから一気に機嫌が急降下する。

 

「情報操作してくれたからお礼するのは当然だ。垣根、何か知らないか?」

 

幻想御手(レベルアッパー)事件で真守の情報操作をしてくれている人間がいると聞き、真守はその人間の名前を垣根にしつこく訊ねていた。

 

どうでもよくて適当に答えたが、真守があそこまでしつこく聞いてきたのはお礼をしたかったからだ、と垣根は今悟った。

 

確かに自分にプレゼントという形で礼をした真守が、誉望にもプレゼントをして礼を言いたい気持ちは分かる。それは真っ当だ。

 

だがそれを許容できる垣根ではなかった。

『スクール』の構成員、誉望万化は少し前に垣根帝督に戦いを挑んできた事がある。

『汎用性が自分と被る』とかいう言い分だったが、大能力者(レベル4)止まりの格下に負ける理由はどこにもない。

はっきり言って挑もうと考えてくるだけで不快だった。

 

自分の怒りに触れた誉望を、垣根はトラウマを植え付けてやるほどにコテンパンにした。

 

利用できそうだったから()()()()()()()()()『スクール』に入れさせた誉望万化(パシリ)

 

そんな人間に真守が懇切丁寧にお礼を述べるのが気にくわない。

 

「……垣根、誉望のコト嫌いなのか?」

 

機嫌が急降下した垣根の反応を見て真守が訊ねるが、垣根は答えない。

 

(うわ。筋金入りだ。面倒になるからこれ以上触れないでおこう)

 

「分かった。大丈夫、もう気にするな。垣根にこれ以上迷惑はかけない」

 

「ちょっと待て、そりゃ一体どういう意味だ」

 

真守はグッと親指を立ててから体の向きを変える。

その言葉が聞き捨てならなくて、垣根は歩き出そうとしていた真守の腕をパシっと掴んだ。

 

「勝手に調べるから垣根は気にするなって意味だ」

 

真守は振り返ってこれ以上迷惑かけない、と柔らかく微笑んだ。

真守は垣根が誉望のことを気にくわない相手だと看破して善意でそう答えた。

 

垣根はそんな真守の前で超能力者(レベル5)に相応しい頭脳をフル回転させる。

 

絶対できる。

暗部組織『スクール』の情報担当が相手でも、この規格外の超能力者(レベル5)ならば軽々と調べ上げる事が絶対にできる。確信がある。

 

これまでの行動からも分かる通り、このじゃじゃ馬娘は上層部でもコントロールできない破天荒さを持つ。

そのため真守は誉望に絶対接触するだろう。

 

真守に好意を寄せられれば、あんな思春期丸出しで欲望に忠実な人間は確実に落ちる。

 

垣根は誉望のことを華麗に罵倒しながら高速思考を終えると、突然真守の両肩をガッと掴んだ。

 

「礼の品は俺からアイツに渡す。いいか、テメエは絶対に接触するな。絶対にだ」

 

(そこまで嫌いなのか?)

 

絶対という言葉を二回も使って自分を据わった目で見下ろす垣根を、真守は見上げながら心の中で呟く。

 

「……わ、分かった」

 

真守は気迫が死ぬほどヤバい垣根を見上げながら素直に頷いた。

 

素直に頷いたのに垣根の機嫌が悪いままだったので、真守はこの後、垣根の機嫌を取るのに随分と苦労した。

 

 

 

後日。

ブチギレ寸前で地を這うような低い声を出す垣根から誉望に、真守が無難(ぶなん)に選んだカタログギフトが渡される事となった。

 

キレた垣根にコテンパンにされてトラウマになっている誉望がどんな思いをしたかは想像に(かた)くない。

 

 




真守ちゃんも一方通行と同じように頭の中に相当の知識を詰め込んでいます。
そういう情報頭に入れておいて、見た事ない服着てても特徴からブランド言い当てる事ができるってヤバすぎる原作の一方通行。

……あと、もうちょっと誉望くんに優しくしてください、垣根くん。



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乱雑解放事件篇
第二六話:〈無論心残〉を包み込む


第二六話、投稿します。
次は九月三日金曜日です。


真守が自分の入院するマンモス病院の第三新病棟へと帰ってくると、沈んだ雰囲気がその部屋に満ちていた。

 

「やっぱり駄目だったか」

 

真守はガラスの向こうの一〇数台のベッドに横たわって昏睡状態になっている置き去り(チャイルドエラー)に視線を向けながら告げた。

 

「ああ。やはりポルターガイストが起こってしまう」

 

最近、学園都市では断続的な地震が起こっている。

その地震の正体はポルターガイスト現象と呼ばれるものだ。

 

ポルターガイスト現象はRSPK症候群という、能力者が能力を無自覚に暴走させてしまう症状が同時に起きた場合にのみ発生する。

 

RSPK症候群を複数人が同時に発症した際に、暴走した能力が互いに融合し合うと、地震のような現象を引き起こすのだ。

 

何故ポルターガイストが起こってしまうのか。

 

それは『暴走能力の法則解析用誘爆実験』の被験者で昏睡状態に陥った置き去り(チャイルドエラー)が眠れる暴走能力者となっており、彼らを覚醒させようとすると連鎖的にRSPK症候群を引き起こしてポルターガイストになってしまうのだ。

 

「ポルターガイストが起こった自然公園に行ってきたが、死人と重傷者は出さないようにしておいた。それにMARがまた動いていたからな。問題なさそうだ」

 

これまで数度ポルターガイストが起こってしまい、真守はその度に死人や重傷者を出さないために現場に向かっていた。

 

真守はつい先日、AIM拡散力場を正確に捕捉するための知識を吸収したため、どこでポルターガイストが起きるのかが分かるので、その場所に急行できるのだ。

 

「キミには感謝してもしきれない。……本当にありがとう」

 

「お前は何度も私に言うが、私も何度でも言うぞ。私が言わなくても先生はお前を釈放して子供たちを救うために絶対に動いていた。直接お前の力になっているのは先生だ。先生に感謝しろ」

 

「キミにも感謝させてくれ。……キミの存在こそ、私の励みになるのだ」

 

木山にとって真守とは自分の教え子たちの理想の未来像だ。

 

真守も置き去り(チャイルドエラー)であり、過去に研究所に所属していて、そして人体実験の被験者だった。

そんな真守は現在陽の光の下で歩いており、木山が教え子たちに与えたい未来そのものだった。

 

「……みんな私を理想だとか思うが、私だってこの理想に(すが)って生きているんだぞ」

 

「え?」

 

真守のぼそぼそっとした呟きが聞こえずに木山が首を傾げると、真守は首を横に振る。

 

「何でもない。お前も少し休んだ方がいい。やっぱりファーストサンプルがないとダメなんだろう?」

 

「……ああ」

 

ファーストサンプル。

それは置き去り(チャイルドエラー)に投与された暴走を(うなが)す化学物質、能力体結晶が投与された第一被験者から採取されたものだ。

そのデータがなければ昏睡状態の置き去り(チャイルドエラー)を安全に目覚めさせることは難しい、というのが現状だ。

 

元々、能力体結晶とは絶対能力者(レベル6)を生み出すために造り出された。

 

絶対能力者(レベル6)

神ならぬ身にて(S Y S)天上の意思に辿り着くもの(T E M)

 

世界の真理を知るには神の領域に到達しなければならず、それは人の身では到達する事はできない。

 

そのため人間として最高峰の超能力者(レベル5)を超えた存在を造り上げれば、世界の真理を知る事ができる、という学園都市が世界の真理を紐解くために目指す最終目標だ。

 

その足掛かりとなるとされていた能力体結晶の研究自体は、十数年前から存在していた。

そのため能力体結晶は亜種が多く存在している。

 

能力を暴走させて飛躍的な強度(レベル)の向上を狙って深城に投与された能力体結晶と、絶対能力者(レベル6)を造るために置き去り(チャイルドエラー)に投与された能力体結晶はまったく別ものだった。

 

深城に投与された能力体結晶について調べていた真守だったが、能力体結晶はその亜種が多くて真守も全貌を把握しきれていない。

だが能力体結晶について、真守は理解が深い方で多くの知識を有している。

 

そんな知識を持っているという点においても、木山は真守に感謝していた。

そんな少女が自分を心配しているのだから休まなければならないと思うが、やはり教え子たちを早く救いたい。

 

「もう少しだけデータを整理してから上がるよ。キミは入院患者なんだろう? 私に付き合わないでゆっくり休んでくれ」

 

「……そうか。でもしっかり休む事も重要だからな」

 

真守は目の下の(くま)が酷くなった木山をしかめっ面で見つめながらもそう助言する。

そして真守は部屋から出ると、伸びをしながら第三新病棟を後にした。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

「よお。どうだ? 起こせる目途はついたか?」

 

夜。真守が第三新病棟にある私的な研究室でデータ整理をしていると、垣根が訪ねてきた。

 

スーツ姿なのでどうやら暗部組織の仕事をしてきた後らしい。

頑張って落としてきているため普通なら分からない程度だが、少しだけ硝煙の匂いがする。

 

「立ってない。木山が廃棄された先進教育局に行ってファーストサンプル探してる」

 

内心で垣根の心配をしながらも、真守は気取られないようにいつものダウナー声で垣根に報告した。

 

「……望み薄だな」

 

垣根が可能性が低いと睨んでいると、真守は木山を想いながら寂しそうに微笑んだ。

 

「藁にもすがりたい思いなんだよ」

 

「……そうだな。あ、それと。ちょっと論文借りるぞ」

 

木山の献身的な姿に垣根は声のトーンを落としながらも、資料やら論文やらがびっちり並んで何本も立っている真守の研究室にある資料棚の前へスーツのポケットに手を突っ込んだまま近寄った。

 

「前みたいに持って行かないならいいぞ」

 

「心配すんな。お前が嫌がったからしない」

 

真守を(なだ)めるように声をかけた垣根は、勝手知ったる様子で資料棚の前で目的の品を探す。

 

真守が所属していた『特異能力解析研究所』はその性質上、様々な研究所から委託された解析データが集まる場所だった。

 

そこの秘蔵っ子だった真守はその知識を頭に詰め込んでおり、それらをフル活用するために研究所から脱走した後も研究データや論文などを集めていた。

量が膨大となったため、見かねた冥土帰し(ヘブンキャンセラー)が真守にこの研究室を与えた。

その結果ここは真守の私的な研究室になっていて、知識を欲する者にとっては宝の山なのだ。

 

この資料棚の論文や研究データを使って、垣根は自分の能力である未元物質(ダークマター)の『無限の創造性』を模索していた。

それと同時に置き去り(チャイルドエラー)の覚醒方法の進展状況も聞いて口を出しながら、暗部としての仕事もこなしているので垣根は毎日忙しく過ごしていた。

 

垣根が自分の能力の可能性を模索している姿が真守は単純に嬉しくて、資料棚から論文を引っ張り出して読む垣根を後ろから見つめて微笑んでいた。

 

垣根がソファに座って論文を真剣に読み始めた頃、真守は外に灯りが見えているのに気が付いた。

 

「どうした?」

 

真守がガタッと椅子から立ち上がった音を聞いて、垣根は論文から目を上げずに訊ねた。

 

「MAR……」

 

「あ?」

 

垣根が真守の呟きに声を上げて窓辺に近づくと、第三新病棟の表にMARの車が数台停まっていた。

 

「ちょっと行ってくる」

 

真守がバタバタと研究室から出ていくので、垣根は目を細めながらも状況を確認するために後を追った。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

置き去り(チャイルドエラー)の病室の前には、冥土帰し(ヘブンキャンセラー)、木山春生。そしてその前に両手を広げた立ちはだかる御坂美琴の姿があった。

 

美琴の後ろには駆動鎧(パワードスーツ)たちと一人のスーツの女性が立っていた。

 

駆動鎧(パワードスーツ)はMARの隊員で、スーツの女性はMARの隊長である『テレスティーナ=ライフライン』だ。

彼らは昏睡した置き去り(チャイルドエラー)を執拗なまでに探していて、美琴を足掛かりにしてここに辿り着いたのだろう。

 

「……何の真似だ?」

 

真守が物陰から見つめる中、木山が立ちはだかった美琴に訊ねた。

 

「気に入らなければ邪魔をしろと言ったのはあなたでしょ?」

 

「どけ! あの子たちを救えるのは私だけなんだ!」

 

「救えてないじゃない!」

 

木山の献身的な様を、美琴は断じた。

 

幻想御手(レベルアッパー)を使って、ポルターガイストを起こして……! でも一人も救えてない」

 

木山は美琴の言葉に激しく狼狽しながらもその事実を受け入れられずに言葉を零す。

 

「……後少し、後少しなんだ……あと一息なんだ……だから!」

 

そんな木山に美琴は木山の心を折る事実を告げた。

 

「枝先さんは、今。助けを求めているの。春上さんが……あたしの友達が、彼女の声を聞いているのよ」

 

木山は美琴の言葉に頭が真っ白になって呆然としてしまう。

 

大切な教え子が、今目の前で眠りながらも誰かに助けをずっと求めている。

それを助けたいのに、研究が行き詰まっていて助けられない。

 

「──運び出せ」

 

木山が呆然としている前でテレスティーナが冷たく告げると、子供たちが連れていかれる。

 

途中でぐしゃっと、何かが潰れた音が響いた。

MARがいなくなった後に真守が部屋に入ると、カエルのお面が潰れていた。

どうやら先程の音は美琴がしていたお面が潰された音だったらしい。

 

「先生、その令状本物?」

 

真守が立ち尽くす美琴の隣を通り過ぎて冥土帰し(ヘブンキャンセラー)へと近づく。

 

真守は冥土帰しから令状を受け取ると、即座に読む。

不備はない。

警備員のMARと確かに書かれているし、公的なものだった。

 

「気になるから調べてみる」

 

「ちょっと!」

 

真守が冥土帰し(ヘブンキャンセラー)にそう宣言すると、後ろから美琴の声が上がった。

真守が振り返ると、美琴が顔をしかめて立っていた。

 

「調べてみる? どういう事よ! あの子たちはあれで助かるんだから私たちの出る幕はもう、」

 

「────ハッ」

 

美琴の耳に乾いた笑い声が一度聞こえると、どうでもよさそうに無気力ながらも、心底軽蔑するような笑い声が断続的に響いた。

 

その笑い声を発したのは垣根だった。

美琴が振り向いた瞬間、ヒッと美琴は悲鳴を上げた。

 

垣根から圧倒的な威圧感が出ていた。

 

御坂美琴が、目の前にいる虫けらが心底気に入らないとでも言いたげな、貫くような凍てついた眼光をその黒曜石の瞳に乗せていた。

 

「流石、純粋培養のお嬢サマは言う事がちげえなあ?」

 

「垣根」

 

垣根が挑発するような事を言ったので真守が止めに入るが、触発された美琴が叫んだ。

 

「……っ何よ。私はただ普通の事をしているだけよ! あんたにそんなこと言われる筋合いは、」

 

「そんなんだから理解できねえんだよ、三下」

 

その瞬間、垣根から殺気が放たれた。

 

ヂヂィッと空間をひりつかせる音が響き、美琴はその殺気に当てられて一瞬息ができなくなった。

 

その瞬間、美琴は悟った。

垣根帝督(第二位)御坂美琴(第三位)には、圧倒的な力の差があると。

 

自分が感じた事がない程に深く、(よど)みを持ちながらも純粋で鋭い殺気に当てられて、美琴は硬直する。

そんな美琴に、垣根は心底軽蔑した視線を向けて吐き捨てるように告げた。

 

「ああ、そうさ。何もかも犠牲にしてまで自分の大切なモン守ろうって気持ち、温室でぬくぬくぶくぶく育って大切なモンを一つも失くした事もねえヤツには理解できねえんだよ。そんなんだから木山を見てそういう事が言える。そんなんだから失くしそうになった真守が慎重になるのだって分からねえんだ」

 

「……な、なによ……それ、どういう、……」

 

垣根が自分を納得させるような言葉を吐くので、美琴は困惑して途切れ途切れになりながらも訊ねようとする。

垣根は首の後ろに手を当てて嗤いながら警告した。

 

「うろちょろされるとムカついてぶちのめしたくなる。それが嫌なら温室で丸くなって寝てろよ。なあ、純粋培養のキレイ子ちゃん?」

 

「垣根、怒っても仕方ない」

 

真守は垣根の怒りを感じて全てを察していた。

垣根は失った事がある人間で、その気持ちが分からないで好き勝手正義感をふりかざす美琴に怒りを覚えているのだと。

 

だから真守は垣根を助けるために迷いなく近づいて、殺気を出し続けている垣根が下ろしている方の手をぎゅっと握った。

 

垣根が鋭い眼光で真守を射抜いても、真守は顔色一つ変えずに垣根を見上げていた。

その目はとても悲しそうな目をしていた。

垣根を純粋に心配する真守の目に、垣根は少しだけ顔をしかめた。

 

「……ッチ」

 

垣根は殺気を抑えると、真守の手を振り払って研究室へと戻っていった。

 

バカに付き合ってる暇はない。

そう自分を無理やり納得させて、美琴を見逃したのだ。

 

去っていく垣根の後ろ姿を見つめながら、真守は溜息を吐く。

それから垣根の殺気で一歩も動けない美琴の方へ振り返った。

 

「御坂。お前の正義を私は笑わない。お前の正義は表で生きている人間ならば真っ当に持っているモノだからだ。だがそれが通じない人間もいる。それだけは覚えていてほしい」

 

真守が寂しそうな声色で告げるので、美琴はとっさに真守の顔を見た。

真守はいつもの通りに仏頂面だった。

だがその瞳には憐れみが混じっているように見えた。

そして真守は美琴を置いて早足で垣根の事を追っていった。

 

「な……なんなの……一体。なんなのよ……?」

 

美琴の呟きを聞いていたのは冥土帰し(ヘブンキャンセラー)だったが、何も言わなかった。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

「えい」

 

真守は研究室に入って、ソファに座って論文を読む酷く機嫌が悪い垣根に近づくと、ソファの肘に乗っかって身を乗り出してから、垣根の頬に人差し指を突き付けた。

 

「……んだよ」

 

ぷにっと真守が垣根の頬を押すと、垣根は目だけ動かして真守を見た。

 

「垣根は大切な人失くしたんだな」

 

「……昔の話だ」

 

垣根はそう呟くと、真守の人差し指を手で払ってから論文に目を落とした。

真守に自分が大切な存在を過去に失った事は言っていなかったが、どうやら先程の会話を聞いてそう察したのだと、垣根は推測する事ができた。

 

「そう」

 

真守は一言呟いてソファの真ん中を陣取っていた垣根の両隣に空いているスペースの片側にちょこんと座る。

真守は体が小さいので垣根が真ん中を陣取ろうと空いたスペースに体を滑り込ませられるのだ。

 

そして真守は黙って至近距離から垣根をじぃーっと見つめていた。

 

「…………その視線は何だよテメエ」

 

その視線に耐え切れずに垣根が真守を睨むと、真守は寂しそうにふにゃっと微笑んだ。

 

「垣根、傷を背負いながらも頑張ってるなって。偉いなって」

 

「別に頑張ってねえよ。俺はそんなモンとっくに克服してる」

 

真守の言葉を垣根は即座に否定するが、真守は首を横に振った。

 

「私は、お前が悲しみを乗り越えられたと思いながらも、ずっとそれを心残りにしているようだと感じていたよ」

 

「……、」

 

垣根は答えられなかった。

人の心を機敏に感じ取る事ができる真守がそう感じているなら、そうなのだろう。

でも垣根は真守の感じている事を認められなかった。だから黙るしかなかった。

真守はそんな垣根の考えを受け入れて頷いて、口を開いた。

 

「でも垣根が苦しんでいる事で、その大切な人は心を痛めていると思うぞ」

 

「死んだ人間がどう思うかなんて分からねえよ」

 

全てを察する事ができる真守だとしても、垣根は真守の言い分を即座に一蹴する。

死んだ人間はもういないのだ。

だから彼らが生きている者をどう思うかなんてわからない。

 

「ううん、絶対そうだ。だって一回私の下を離れて帰ってきた深城が言ったからな」

 

「源白深城が?」

 

垣根は真守の言い分に思わず目を見開く。

 

「私は深城を害した全てを壊そうとして行動していた。深城はその時AIM思念体を形成できなくて私に話しかける事ができなかったが、全てを見ていたんだ。深城は私の下に現れる事ができた後、ずっと謝ってた」

 

真守はその時のことを思い出してしまい、とても寂しそうに笑う。

 

「呪いのような言葉を残してしまってごめんって、苦しめたかったわけじゃないって。私に、世界を壊すような事をしてほしくないって。だからきっと垣根の大切な人も、今の垣根を見たら気にすると思うぞ」

 

「……死んだ人間全員が、源白深城と同じように考えるとお前は思うか?」

 

垣根の問いかけに真守はしっかりと頷いた。

深城から感じ取った気持ちは、絶対に死んだ人間全員の共通した考えだと真守は察する事ができたからだ。

 

「生きていく上で重荷にして欲しくないって、ただ一緒にいたという事実を覚えていてほしいって思うハズだ。……大切な人が幸せに生きていける事を、死んだ人間たちは絶対に望んでいる。私はそう感じる」

 

「そう、か。……確かに信憑性があるな」

 

垣根は真守の言い分を信じて、あの子の事を想って切なくなってフッと笑った。

真守はそんな垣根に向かって柔らかく微笑んで、垣根の茶髪に手を伸ばすとさらさらと肌触りの良い髪の毛をさらいながら優しく頭を撫でる。

 

「だから垣根の傷を受け止めるから。言って欲しい」

 

真守にされるがままで、垣根はそっと静かに穏やかに目を伏せた。

 

ぽつりぽつりと話をした。

研究所の子供たちは互いに関心がなかったが、その子だけは違った。

自分の翼を褒めてくれたし、柔らかな笑顔を向けてくれた。

 

でもその子は死んでしまって。自分は守れなくて。

 

それから一心不乱に頑張ったが、それでも欲しかった名声は手に入らなかった。

全てが憎かった。

だからこそ利用できるものを全て使って、全てを壊して自分の良いように造り替えて、自分の思い通りにして生きようと考えた。

 

誰もが自分勝手に生きているのだから、自分がそうしても問題ない、そう生きるのが普通だと思ったのだ。

 

「そうか。だから私を利用しようとして近づいたんだな?」

 

垣根は真守の問いかけに答えなかった。

今となっては自分にとって真守が大事な存在だが、最初の動機が不純だから黙るしかできなかった。

 

「私、垣根に会えてよかった」

 

垣根は自分の頭を撫でる真守を見つめた。

真守は微笑んでいた。

自分の全てを受け止めて、全てを慈しむかのように微笑んでいた。

 

「良かったよ、垣根。本当に良かった。苦しかったら言ってな。力になるから」

 

「……ああ」

 

真守の決して強要しない優しさに、垣根は頷いた。

 

いつまでも真守の傍にいたい。

この少女は自分が望めばいつまでも一緒にいてくれるのだろうと垣根は確信した。

 

真守は穏やかに微笑んだまま垣根の頭を撫でて、垣根の気が済むまでそうやって癒し続けていた。

 




原作では重傷者が多数出ていますが、『流動源力』では真守ちゃんが全員助けています。
夏祭りの時にも行っていましたが、初春と春上さんはMARが助けたのでその場にいましたがMARが色々と調べていたので足取りを掴まれると厄介なため、接触を控えていました。

深城の事を一度失って結果的に取り戻した真守だからこそ、見えるものがある。



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第二七話:〈潜在発露〉を覗かせて

第二七話、投稿します。
次は九月四日土曜日です。


『真守ちゃん。昨日も夜遅くまで机に向かってたけど、朝起きてからもずっと何調べてるの?』

 

真守が病室で自分の机に座ってPCに向かっていると、ふわふわと宙を浮く深城が後ろから声をかけてきた。

深城に話しかけられたので真守が時間を見れば、もうすぐ昼といった頃合いだった。

 

「……MARの公的記録を調べていたんだ。先進救助隊、という名前は伊達ではなくてな。昨日で全ての記録の閲覧が終わらなかったから続きを見てる。ざっと見て分かった事だが、どうやら幻想御手(レベルアッパー)事件の時にも出動していたみたいだ」

 

『へえ。で、何か分かった?』

 

「……今のところ、綺麗すぎて違和感がある」

 

『何か隠してるってことぉ?』

 

「十中八九な。これからネットに潜ってみる」

 

真守は深城と話をしながらハッキング用のPDAを取り出して能力を解放した。

 

真守は頭に猫耳のような蒼閃光(そうせんこう)でできた二つの三角形と、その三角形に正三角形を二つずつ連ねさせるように展開した。

そして椅子に座っているお尻からは背もたれを避けるように尻尾のように長いタスキを伸ばし、その根元にちょこんとリボンのような正三角形を二つ取り付けるように現出させた。

 

掌からパリパリィッと電気が(ほとばし)ると、真守が持っていたPDAの画面が高速で動いていく。

 

「…………綺麗すぎる理由が分かった。情報の流れを操作されている」

 

隠蔽(いんぺい)じゃなくて、流れが操作されてるの?』

 

「うん。流れが人工的に整ってるから私が違和感を覚えたんだな。……む。情報の流れに逆らった先で、プロテクトが何重にも仕掛けられてる。……だが私には無意味だな」

 

真守は深城の質問に答えながらハッキングを続けて、流れに逆らい、硬いプロテクトを突破して隠された情報を表示した。

 

「な」

 

表示されたとある人物の秘匿されたプロフィールを見て、真守は思わず声を上げてしまう。

 

「テレスティーナ=()()=ライフライン!? あいつ、木原の名前が悪名高いと知って隠していたのか!?」

 

『……きはら』

 

真守が驚愕の表情を浮かべている隣で、深城がぽそっとその名前を呟いた。

 

『木原』。──木原一族。

自身の(かか)げた目的のために手段を選ばない、学園都市の癌とも呼べる一族だ。

 

彼らの目指す目的は科学を大いに発展させるが『科学に犠牲は付き物』として科学のためにならばどんな犠牲も(いと)わない連中だ。

 

真守は彼らを『素晴らしい科学技術を悪用しなければ気が済まない』人間の集まりだと思っている。

良い事をしようとしてその過程としてどす悪いものを生む、という善を悪に利用するとも言い(がた)いような破綻した思考を木原一族は共通して持っている。

 

木原の犠牲になる子供たちは大抵が身寄りのない置き去り(チャイルドエラー)であり、その次に多いのが超能力者(レベル5)だ。

 

学園都市に利用価値があるとして超能力者(レベル5)認定されている能力者は、木原にとって研究に利用する価値がふんだんにあるのだ。

 

真守は研究所を壊滅させて脱走した後、様々な研究所を襲っており、その際に木原と衝突した事がある。

その木原を真守は一撃でこの世から『抹消』したが、置き土産に相当苦労させられたのだ。

 

能力開発を行っているが故に能力者の隙を突く事に長けている木原一族は、真守にとっても脅威的な存在だ。

 

「でも変だな。こざかしい木原が自分の名前を隠してまで警備員(アンチスキル)を隠れ蓑にするなんて、全然木原()()()()()

 

『真守ちゃんはたくさんの木原に会ってるからよく理解してるもんね』

 

「ああ。木原らしくないと感じるならば、普通の木原と違う事情持ちかもしれないな」

 

真守は深城と会話しながら『テレスティーナ=木原=ライフライン』という名前で検索をかけていく。

 

テレスティーナ=木原=ライフライン。

神ならぬ身にて(S Y S)天上の意思に辿り着くもの(T E M)界隈の重鎮である木原幻生の孫。

そしてそこには『能力体結晶の第一被験者』と記載されていた。

 

「モルモットにされた木原? ……確かに木原らしくないような事情だな。それにこの情報が正しければ、コイツはファーストサンプルを所持している事になる。……よし。ハッキングして調べ上げて丸裸にしてやる」

 

真守がPDAでハッキングを開始すると同時に、携帯電話が鳴った。

画面をスライドして表示させると、そこには『木山春生』と書かれていた。

 

「もしもし」

 

〈あの女は木原幻生の関係者だ! 子供たちを利用するつもりで私から奪ったんだ!〉

 

「落ち着け、木山。こちらも今把握した。お前は今どこだ?」

 

〈子供たちを取り戻しに行く!〉

 

真守が興奮している様子の木山を(なだ)めながら問いかけると、木山が興奮が冷めない様子で叫んだ。

 

「お前一人でか?」

 

〈もう調べた! すぐにでもあの子たちを取り返さないと大変な事になる!!〉

 

木山はそこでブチッと電話を切った。

 

「あ、ちょ……っああ。まったく。……本当に研究者らしくない、あの女……!」

 

通話を切られた携帯電話を見つめながら真守は毒吐くが、その視線には木山の教え子たちに対する愛情を敬う温かさが乗っていた。

 

「とりあえずこちらは情報を集めてから動くとしよう。さっきのプロテクトは崩し甲斐があった。本気出して丸裸にしてやる」

 

真守はペロッと唇を舐めて獰猛(どうもう)に嗤うが、すぐさま冷静さを取り戻して一つ頷く。

 

「……そうだな。木山のフォローにあの子を寄越してもいいか。何も知らないと言っても超能力者(レベル5)だ。一介の組織に太刀打ちできないなんて事はないだろう」

 

真守は携帯電話を取り出して操作すると、とある人物に電話をかけた。

 

御坂美琴。

表の世界に生きていようと超能力者(レベル5)であるならば木原から逃れる事はできない。

 

(三流の木原なら、慣れるのには丁度良い相手だな)

 

真守は親切心からそう心の中で呟くと、美琴へと連絡した。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

真守は高速道路の上空を飛びながら学園都市の街を睥睨(へいげい)していた。

 

「アレか」

 

真守が呟きながら見た先の高速道路では、民間の輸送車が三台走っている。

真守は空中で静止してその三台の輸送車に向かってピッと人差し指を向けた。

 

真守の演算開始に合わせて蒼閃光(そうせんこう)で形作られた猫耳の光が輝きを増して尻尾がピン、と伸びる。

 

その人差し指から生成した源流エネルギーが六本の細いビームへと変質して発射された。

 

ガガギギ! と、歯車が噛み合って鳴り響く重低音を響かせながら蒼閃光が(ほとばし)るそのビームは民間の輸送車三台の前輪すべてを貫いた。

エンジンを駆動させる前輪に不具合が生じて、三台の輸送車はその車体を崩すことなく安全にスリップする。

 

真守がそういう結果に落ち着くように演算を組み上げたのだ。

 

慌てたMARの職員たちが出てきたところに真守は急降下。

手加減の意味を込めて肉弾戦を用いて全員を昏倒させた。

 

状況が終了すると、真守は辺りを警戒しながら携帯電話を取り出して手早くメールを送った後、冥土帰し(ヘブンキャンセラー)に電話をかけた。

 

「先生。子供たちを取り戻した。教えたポイントに()()()の手配頼む」

 

〈キミはどうするんだい?〉

 

「子供たちが保護されたのを確認したら第二三学区の閉鎖された推進システム研究所に行く。あそこが木原の隠れ家だからな。必要なファーストサンプルのデータ奪ってくる。後、騙されて(しゃく)だから他のデータもついでに奪うつもりだ。(おとり)の方を追ってる木山に連絡しといて。テレスティーナがそっちに行ってるから交戦中だろうけど、美琴がいるから大丈夫だろ」

 

〈分かったよ?〉

 

真守はそこで通話を切って、病院車が来るまで待機する。

 

病院車とは観光バス程の大きさの特殊な救急車の事で、内部で手術を行う事ができる特殊車両だ。

日本では小回りが利かないと言われて失敗作とされたが、冥土帰し(ヘブンキャンセラー)は失敗作でも患者に必要なら所持する性質(たち)だ。

 

真守が病院車を待ちながら辺りを警戒していると、携帯電話に再び着信があった。

見てみると木山でも冥土帰し(ヘブンキャンセラー)でもなく、そこには『垣根帝督』と表示されていた。

 

〈真守、お前どこ行ってんだよ〉

 

「ちょっと木原潰してる」

 

〈は?! テメ、……待て。木原ってあの木原か?〉

 

真守がケロッとした様子で告げると、垣根は怪訝な声を上げながらも、『木原』という名字が学園都市の癌である『木原一族』の『木原』なのかと訊ねてきた。

 

「そうそう。MARのテレスティーナは木原である事を隠してたんだ。本名はテレスティーナ=木原=ライフライン。あいつ、能力体結晶の完成のために子供を使うつもりだったらしい。まあ、木原らしく研究目的を(かか)げてはいるが、警備員(アンチスキル)を隠れ蓑にしているなんて木原としては三流以下だな。だからこそ警備員を隠れ蓑にしてもボロが出なかったんだろう」

 

真守がテレスティーナを『木原らしくない』と評価するので、垣根は真守が木原について詳しい事を悟りながらも、そんな真守でも木原は危険だと考えて焦った声で問いかける。

 

〈お前まさか今から木原のところに一人で乗り込むんじゃねえだろうな?〉

 

「木山も来るぞ」

 

〈戦力として役に立たねえじゃねえか!〉

 

電話越しに怒鳴られて真守は耳がキーンとなってしかめっ面をしながらも告げた。

 

「大丈夫だ。木原の相手は心得ている。……前に()()()事があるからな」

 

〈……っそういう問題じゃねえんだよ。今どこにいるかさっさと吐きやがれ!〉

 

真守の躊躇(ためら)いがちに告げた『殺害』報告に垣根が一瞬動揺するが、即座に聞くべきことを怒鳴りながら問いかけてきた。

 

「これから第二三学区の閉鎖された推進システム研究所に行く。……あ、病院車来たから切る。じゃあな」

 

〈テメッ待ちやがッ────…………〉

 

真守は強引に垣根との通話を切ると、病院車にこちらに来いと手を振って指示を出した。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

真守は広い研究室の前のコンソールの前に立っていたが、バタバタと走ってくる音が聞こえてきて振り返った。

 

「木山、遅かったな」

 

真守がひらひらっと手を振ると、木山は真守に近づいてコンソールのモニターを見た。

 

「今、どんな状況だ?」

 

「データを抽出しているところだ。プロテクトが意外に硬くてな。流石木原といったところだ」

 

「そうか。……本当に、ありがとう」

 

真守に木山が感謝を告げていると、真守は後ろにいる人物に気が付いた。

 

そこには初春飾利とバットを持った見た事のない少女と、白井黒子と御坂美琴が立っていた。

御坂はボロボロで白井に肩を貸してもらっている状態だった。

 

美琴が真守を見つめてすまなそうな顔をしているのを、肩を貸している白井は美琴を心配そうに見つめていた。

 

「……あの、朝槻さん。私、」

 

「さっきも電話越しに言ったが、お前は謝らなくていい。木原が姑息(こそく)な手段を使っただけだ」

 

真守が素直に思っている事を告げると、美琴は目を伏せながらもそっと微笑んだ。

 

「さて、データの抽出はどんなじょうきょ、────……っ!?」

 

真守がコンソールの方を向いた瞬間、キィ────ンと不快な音が施設内に響き渡り、頭が()じ曲げられるような痛みが真守を襲った。

 

真守は頭を片手で押さえたまま、激痛でよろけて思わずコンソールに右手を突いた。

 

「どうした!?」

 

真守が頭を蹂躙(じゅうりん)される激痛に必死に耐えていると、初春飾利、白井黒子、御坂美琴も頭痛に苦しんでいた。

 

無事なのは真守が名前を知らない少女だけだ。

 

「これってキャパシティダウン!?」

 

名前を知らない少女が苦しみ出した真守たちを見て、周りを見渡しながら叫ぶ。

 

「キャパシティダウンとは!?」

 

「うえっ!? ええっと。能力者の演算を妨害するーとか、なんとか! 無能力者(レベル0)のあたしには効かないみたいなんです!」

 

木山が無事な少女に問いかけると少女は曖昧な説明をする。

 

(…………っ、AIMジャマーに似た対能力者用の音響兵器っ……!?)

 

少女の説明を聞き取った真守は苦しみに(もだ)えながらも思考して自身の中で攻撃の正体を特定する。

 

「この────クソガキ共が……」

 

真守が激痛の中で顔を上げると、頭から血を流して紫色の駆動鎧(パワードスーツ)を着ているテレスティーナが美琴と白井の後ろに立っていた。

 

「みさか……っ!」

 

真守が必死に声を上げるが、美琴が気づいた時にはテレスティーナが手に持っていた白いランスを振りかぶっていた。

 

「さっきの礼だぁっ!!」

 

そのランスによって白井と一緒に美琴は振り払われて壁へと激突する。

 

「白井さん、御坂さん!」

 

「貴様ぁあああああっ!!」

 

初春が叫んだ瞬間、真守の隣から木山が怒りに身を任せてテレスティーナへと特攻していった。

 

だが駆動鎧(パワードスーツ)を着こんでいるテレスティーナに木山は簡単にあしらわれてしまう。

 

「………………バカだな、お前」

 

真守はテレスティーナを睨みつけながら息を途切れ途切れにさせながら告げる。

 

「あーん? なんだ、テメエ。一体どこから湧いて出てきやがった?」

 

テレスティーナは真守の事を睨みつけて顔を不愉快そうに歪ませながら問いかけきた。

 

「能力体結晶で……っ絶対能力者(レベル6)が、生まれる確率は絶望的なのにっ…………研究に、(はげ)むなんて。本当にバカだな、お前……と、言ったんだ……っ」

 

真守が頭を押さえながらテレスティーナを嗤う。

そんな真守を見つめてテレスティーナは顔を歪ませるが、突然息を呑んだ。

 

「お前、まさか流動源力(ギアホイール)か!? 消えた八人目の超能力者(レベル5)……!!」

 

テレスティーナが真守を信じられないような目で見つめる中、真守は激痛に(さいな)まれながらも言葉を紡ぐ。

 

「確かに、…………っ能力体結晶による、自らのAIM拡散力場を意図的に暴走、増幅させて、……っ絶対能力者(レベル6)へと進化(シフト)しようというプロセスには、道理がある。……だが、その方法ではお前たちが望む、……世界の真理とやらは、ほんの一端しか垣間見ることができない……」

 

真守は激痛に耐えながらも、テレスティーナに説明し続ける。

 

「それに、そのプロセスには……、能力体結晶に適合する事が、大前提だ……。能力体結晶を、投与され、れば、体は傷ついて最後には確実に『崩壊』する……っ……っお前の研究は…………過程からして、破綻しているんだよっ……!!」

 

「……その破綻を置き去り(チャイルドエラー)を使って抑制しようとしてんだよ。それなのにお前らが私の()()()()を奪ったんだろォが!!」

 

テレスティーナは激昂して真守の下まで一直線に向かうと、持っていたランスで真守の腹を力強く突いて、そのまま上げて宙へと(かか)げて縫い付ける。

 

『実験材料』

人の命を(ないがし)ろにするその言葉だけは聞き捨てならなかった。

その言葉を聞いた瞬間、真守の中でプツン、と何かが弾けた。

 

「──────ふふっ」

 

普通なら突かれた腹の痛みに耐えらないはずなのに、真守はテレスティーナを睥睨(へいげい)して獰猛(どうもう)に嗤った。

 

瞬間、その場にいた人間のほとんどが感じていた痛みを忘れるほどの恐怖が彼らを襲った。

 

真守の笑みは、見ている者たちが食われる側だと心の底から理解させられるような、ゾッとするような笑みだった。

 

研究者であり真守たちをモルモットだと思っているテレスティーナでさえ、そんな表情をする真守に狩られるかもしれない、と恐怖を感じた。

 

「実験材料、か。そうだよな。お前たちから見たら、私たちはそういうモノだよな」

 

真守はテレスティーナの言葉を聞いてくつくつと嗤い、ギロッと鋭い眼光でテレスティーナを射抜いた。

 

その視線には人間の業に対するあらゆる全ての負の感情が込められていた。

悲しみに憎しみ。怒りと恨みつらみ。軽蔑、そして嫌悪に敵意。それと──殺意。

 

それら全ての感情の根幹である絶望と、ほんの少しばかりの恐怖も混じっていた。

 

「……やっぱり。……あんな、あんなおぞましイ存在を手に入れるためにお前たちはどこまでもヤるつもりなんだな!?」

 

真守が怒号を上げると、テレスティーナはそれを聞いて表情を変えた。

 

「お前、何を知っている!?」

 

「……っふ。ふふふ」

 

真守はテレスティーナの問いかけに低い声で笑った。

 

「あははははっ!! あははっははははっ!!!! はははっあはははは!!」

 

真守は狂ったようにひとしきり笑うと、自分に言い聞かせるように叫んだ。

 

「ああ、そうだ! お前たち研究者は本当にバカばっかりだ! ()くなき探求心!? 科学に犠牲は付き物!? 真理の探究(ごと)きで消費される命を考えないヤツらは全員愚か者だ!」

 

真守の豹変っぷりに固まっていたテレスティーナを真守は決意を秘めた瞳で睨みつけてから宣言した。

 

絶対能力者(レベル6)とかいうおぞましいものを求めてお前が考案した道を砕くために、()()()()()()ってヤツを見せてやる。ただし──」

 

テレスティーナを睨みつけながらも、真守はここではないどこかを見つめていた。

 

凡人から逸脱(いつだつ)した超能力者(レベル5)でも簡単には届かない領域。

 

そこへ真守は、躊躇(ためら)うことなく踏み込んだ。

 

「その後ヲmeewは──────塵ipev浄fl殺────iルがなァァァ!!!!」

 

真守がブレた言葉を吐いた瞬間、真守から何かが放たれた。

 

それに衝撃を()()()()()爆発的に引き起こされた力が空間を鈍く胎動させた後に、(なぶ)るように空間を這いずり回った。

 

テレスティーナは真守をランスで縫い留めていたが、その空間を軋ませる圧倒的な力に思わずランスを手放してしまった。

自分を縫い留めていたランスが地面に落ちて転がっても、真守は辺りに満ちている爆発的な力を基点にして宙に浮いていた。

 

その爆発的な力を真守が束ねると、真守の体から十数本の灰色の竜巻でできた()が広い研究室にうねりを上げて伸びた。

 

その灰色の竜巻で構成された翼がわずかに揺れ動く度に、空間が悲鳴を上げた。

 

「…………うっっぐぐぐ────あああァっ!?」

 

だが突然真守が顔を苦痛で歪めると、見開かれた真守の両方の白目が赤く染まり上がった。

 

キャパシティダウンによって暴れ狂う力を上手く押さえつけてコントロールする事ができずに、真守は苦しみ出す。

だが突然、体を宙に固定したまま四肢をぶらん、と弛緩(しかん)させた。

 

そして真守を中心にガギギギ! と、どす黒い閃光が歯車を砕くような音を響かせながら(ほとばし)った。

 

「な、なんだよ。お前……一体、なんなんだよぉおおおおお、テメエぇえええ!!」

 

テレスティーナが真守に向かって恐怖の雄たけびを上げた瞬間、真守はだらりと下がっていた右手をテレスティーナへと向けた。

 

真守の体から十数本も伸びていたその灰色の翼の竜巻の数本が、真守の右手に呼応するかのようにテレスティーナを貫く。

 

真守の灰色の翼に貫かれた瞬間、体中の骨が折れた事により、テレスティーナは失神する。

そしてそのまま背後の壁にまで吹き飛ばされて壁にクレーターを作り上げた。

 

テレスティーナが真守に撃破されても、キャパシティダウンが止まる事がなかった。

テレスティーナがスイッチを入れただけで元々の装置は止まっていないからだ。

 

だからキャパシティダウンの音は不条理にも鳴り響き、真守の演算能力を妨害し続ける。

 

「……………………うるさい、るさい。うるさいうるさい、るさいうるさい」

 

頭が割れそうで自分が生み出した()()()()()()()()()()力がコントロールできない。

 

このままではマズい。

 

全てが終わってしまう前に、このうるさい音をどうにかしなければならない。

 

「あああ、あァあああうううゥう────……! ……っぶち壊して殺る!!!!」

 

赤い白目に浮かんだエメラルドグリーンの瞳を震わせて真守は叫びながら、キャパシティダウンを発生させている装置がある場所を感知した。

 

真守はその装置がある方向へと、障害物関係なく灰色の翼を叩きつけた。

 

ドゴッ!! という鈍い音と共に瓦礫が散乱して、土煙がまき散らされながら真守の灰色の竜巻がその装置まで一直線に伸びて貫いた。

 

キャパシティダウンが破壊されたことによってその不快な音が鳴り止む。

 

演算が妨害されなくなったのでコントロールを取り戻したが、真守は演算の妨害をしながらも緻密(ちみつ)な演算をしていたので脳にかかった過負荷によって意識が飛び、縫い留められるように浮かんでいた宙から地面へと()()()いった。

 

真守が鋭い重低音を響かせながら地面に落下するとクレーターができるように地面が陥没し、亀裂が入って地面が瓦礫としてめくれあがった。

 

真守が撃沈しても、真守から伸びた無数の灰色の竜巻で構成された翼が消え去るのは少し後の事だった。

 

暴れに暴れ回ったその十数本の翼はフロアをぶち抜き、地面を砕き、壁を貫通する。

 

 

そしてひとしきり暴れ回った灰色の翼は空気に溶けるように消え去った。

 

圧倒的な破壊力を持った十数本の灰色の竜巻で作り上げられた翼。

 

 

だがその翼は最後まで、データが入ったコンソールや美琴たちを襲う事はなかった。

 





メルヘンの波動を感じる……。





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第二八話:〈事情不明〉でも物事は進む

第二八話、投稿します。
※次は九月六日月曜日です。


垣根が第二三学区の閉鎖された推進システム研究所に辿り着いた時には、既に全てが終わった後だった。

 

推進システム研究所は廃墟になっていた。

外からの攻撃ではなく、内からの破壊によって。

 

真守の安否を心配して焦って垣根が内部に入ると、真守は木山によって抱きかかえられていた。

 

垣根が木山に何があったのかを聞くと、真守がキャパシティダウンによって能力を暴走させられながらも過剰なまでの破壊力でテレスティーナを撃破したと説明された。

 

その現場となった研究室を見たが、驚愕するしかなかった。

 

縦横無尽に走る破壊痕。

その規模からして、この施設が倒壊していない方が不思議なほどだった。

暴利をむさぼった後の廃墟を見回りながら垣根は分析して回ると、破壊しても問題ない箇所と破壊したらマズい箇所がピンポイントに分けられている事が分かった。

 

だからこそ建物を支えている重要な柱は無事で、施設が倒壊していなかったのだ。

 

これらは恐らく、キャパシティダウンによって演算が阻害された事により真守の能力が暴走したが、その暴走を必死に真守がコントロールしようとした結果なのだろう。

 

だがこんな事が真守の能力である流動源力(ギアホイール)で可能なのだろうか。

 

流動源力(ギアホイール)はエネルギーを生成する能力だ。

もし演算が阻害されればエネルギーを生成できなくなるはずで、生成したエネルギーが暴走するという事態に納得がいかない。

 

何があったか聞きたいが、真守は気を失っている。

 

そんな真守は冥土帰し(ヘブンキャンセラー)に診察されて、自身の病室のベッドで眠っていた。

垣根は丸椅子を持ってきて座り、そんな真守の傍にいた。

 

診察した冥土帰し(ヘブンキャンセラー)は真守の脳に重大な負荷がかかったから昏倒したと言っていた。

しばらくすれば目を覚ますとも。

 

真守には、何かがある。

その何かを学園都市は利用しようとしているのだろう。

 

「……許せねえ」

 

垣根は、自分が何よりも大切にしたいものを全ての脅威から守り抜く事ができないと思って諦めていた節があった。

 

だが真守は、未元物質(ダークマター)の『無限の創造性』を使えば垣根ができないと諦めている事すらできるようになると、心の底から信じている。

真守自身が垣根にとって『何よりも大切にしたいもの』であることも知らないのに、ただまっすぐと朝槻真守は垣根帝督の可能性を信じていた。

 

自分にとってかけがえのない存在である真守を学園都市が利用しようとしているなんて考えただけでも吐き気がして、到底許せる事ではなかった。

 

そこで垣根はベッドで眠りについている真守の顔を見つめた。

その表情は普段とは比べ程にもならないくらいに穏やかで、愛らしい表情をしていた。

 

虚空爆破(グラビトン)事件の時は、名も知らない幼女を探して爆弾が設置されたデパートに戻った。

 

幻想御手(レベルアッパー)事件の黒幕だった木山と木山が救おうとしている置き去り(チャイルドエラー)を真守は救った。

 

その幻想御手(レベルアッパー)事件前に死にかけた少女を救うために徹夜した件と、その後の『樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)』を破壊するような事件だって、きっと誰かを救うために真守は動いたのだろう。

 

朝槻真守は自分の大切なものを守るだけじゃない。

自分たちの周りにいる人間のためにも戦っている。

 

学園都市の『闇』に息づく者たちにとって真守の()り方は『希望の光』そのものだ。

 

誰もがその光を求めるほどに、尊くて眩しい生き方だ。

 

その『闇』に自ら(はま)りにいった自分ですら救ってしまうほどの光だ。

 

そんな『希望の光』そのものである朝槻真守を、学園都市は利用しようとしている。

 

「……奪われてたまるか」

 

垣根は真守の頭をそっと撫でながら呟く。

 

何もかも好き勝手に奪っていく学園都市に、これ以上奪われるわけにはいかない。

思い通りに利用し尽くす奴らにいいように利用されたくなんてない。

 

この自分にとっての『光』を奪われてたまるものか。

 

垣根が顔を歪めて決意している前で、真守が目を覚ました。

 

「う…………」

 

「真守」

 

真守は焦点の合わない瞳を何度も瞬きさせてから、自分の頭に乗っている手を伝って垣根を見た。

 

「かきね……」

 

「何があったか覚えてるか?」

 

記憶を失っていないかと垣根が問いかけると真守はぼーっとした顔のまま体を起こした。

体を起こすのを垣根が手伝うと、真守は何があったか思い出したのか目を見開いた。

 

「あ……」

 

真守が一言漏らした後、真守の様子が一変した。

 

何かに恐怖していた。

エメラルドグリーンの瞳は動揺して震えているし、即座に顔色が真っ青になった。

 

そして垣根が支えている真守の肩が微かに震えていた。

 

「真守? どうした?」

 

垣根が問いかけると、真守は俯きながらも自分の肩を抱いている垣根の手に自分の手を添えた。

 

「きかないで」

 

消え入りそうな声だった。

 

いつもの自信たっぷりのダウナー声とは違う。

誰をも勇気づける思いやりに満ちた声ではなかった。

 

「おねがい。きかないで」

 

真守は震える声でぽそぽそと呟くと、垣根を伺うように顔を上げた。

 

まるで雨の日に捨てられて必死で飼い主を待ち続ける子猫のようだった。

 

垣根に嫌われたくない。

その一心で震えているのだと、垣根は真守のその瞳に乗せられた感情を読み取って悟った。

 

「い……いつか、……ちゃ、ちゃんと言うから。だから、今。今だけは、」

 

「大丈夫だ」

 

垣根は思わず食い気味になって真守を落ち着かせる言葉を放った。

 

きっと、自分の顔は悲痛で歪んでいただろう。

それだけ真守の様子が痛ましく、心が締め付けられる思いだった。

 

大切にしたいと思っている少女が怯えている姿を垣根は見ていられなかった。

 

「何も聞かない。大丈夫だから落ち着け」

 

垣根が真守の背中をさすると、真守は一度固まってからふにゃっと笑った。

 

真守の頭を垣根がそっと撫でると、緊張で固まっていた体が弛緩して真守が安堵したのが分かった。

 

垣根は真守が心配で、その夜はずっと真守の傍にいた。

いつもより弱気な真守がペースを取り戻したのは、朝になって自分が売店で買ってきた缶のコーンスープを飲んでからだった。

 

缶の底にコーンが残った、と仏頂面で奮闘する姿はいつもの真守で、垣根は安心した。

 

 

 

──────…………。

 

 

第八学区のとあるビルの最上階のフロアにある『スクール』のアジト。

 

垣根はとある部屋の一人掛けの四角いソファに座って、目の前のローテーブルのノートパソコンを苛立ちを込めて睨みつけていた。

 

その画面には真っ黒な下地に『SOUND ONLY』とだけ映し出されていた。

 

『スクール』に指示を出している仲介人。通称『電話の声』。

その人物は、今回仕事を持ってきたわけではなかった。

 

消えた八人目の超能力者(レベル5)流動源力(ギアホイール)。朝槻真守。

 

『電話の声』は真守についての話を持ち出してきたのだ。

 

真守は普段から上層部に監視されており、データを取られ続けていると言っていた。

監視している真守に『スクール』のリーダーである垣根が接触したのは、上層部に筒抜けだったというわけだ。

 

垣根が真守を利用しようとして近づいたという事実には気づいていないらしい。

もしかしたら気づいているのかもしれないが、そんな事よりも重要視されているのは──。

 

〈朝槻真守のそばに暗部の人間がいる。それはとても喜ばしい事だ〉

 

『電話の声』は随分と上機嫌で話す。

 

〈上層部は彼女の扱いに非常に困っていてな。エージェントを派遣して接触を試みても、勘が鋭いからバレるんだ。何人ものエージェントが再起不能になったよ。交渉するのが彼らの本職なのに、朝槻真守がその交渉術を軽々と打ち破るから、プライドが折られてしまうんだ〉

 

朝槻真守は源城深城を傷つけた上層部を憎んでおり、上層部に利用される事を絶対に許さない。

 

そんな真守をコントロールできないから上層部は放置しているが、流動源力(ギアホイール)には非常に利用価値があると彼らは考えている。

 

だからこそ監視もするし、何度も接触を試みようとするが、それらはことごとく失敗していた。

 

だがそんな中で暗部組織『スクール』のリーダーである垣根が真守に接触した事によって全てがひっくり返ったのだ。

 

〈暗部の人間が朝槻真守に接触できるなんて、これまでを考えればはっきり言って異常事態だ。この件について上は随分と注視していてな。朝槻真守に接触できた『スクール』、取り立ててお前の評価はうなぎのぼりだよ〉

 

上機嫌な電話の声に垣根は殺意が(つの)る。

 

最初は自分も真守を利用しようと近づいたが、現状、垣根はその気がすっかり失せていた。

真守の傍にいられればそれで良くて、それ以外に何もいらない程でさえある。

 

「……俺に、アイツの監視をしろって言いてえのか?」

 

〈そういきり立つなよ。そんなに朝槻真守が大事なのか?〉

 

「……、」

 

その問いに垣根が答えないでいると電話の声はますます上機嫌になった。

 

〈いいじゃないか。それだけ懐に入り込めているということだ。ああ、監視の件は()()気にしなくていい。今のところは暗部の人間が朝槻真守のそばにいるだけでいい、と上層部は考えているからな。……まあ、お前が嫌なら強制はしないさ。()()()()()()()()からな〉

 

垣根は『電話の声』が告げた一言にぴくッと反応した。

 

「代わりだと?」

 

〈お前がそばにいられるということは、朝槻真守の倫理観が育ったということだ。彼女の扱いは昔から難しくて、そこら辺が昔からネックだったんだが……ま、そんな事はどうでもいいか。だから必要なら用意するという事だ。降りるならお前は気にしなくていい。お前は既に成果を上げている。この成果を上げる事自体、これまではありえなかったんだからな〉

 

「俺以外のヤツをアイツに当てがってみろ。ソイツをぶち殺す」

 

『闇』から本気で抗おうとしている真守に『闇』の魔の手が伸びる。

その事実により沸き上がっていた怒りが最高潮に達し、高い事象干渉能力が作用して垣根の周りの空気がヂヂッとひりつく音が辺りに響く。

 

一緒にいた誉望はトラウマが蘇って吐き気を覚えてトイレへと駆けこんでいき、心理定規(メジャーハート)は巻き込まれたくないと距離を取った。

 

〈その調子で頼むよ。朝槻真守のことをくれぐれもよろしく。彼女のためならば融通を利かせるくらいこちらは全く問題がないからな〉

 

その言葉を最後にブチッと通話が切られる。

 

垣根は苛立ちに任せてその長い脚でローテーブルに思い切り蹴りを放った。

激しい音と共にローテーブルが蹴り上げられてノートパソコンが宙を泳ぎ、そのまま地面に落下して真っ二つに砕け散った。

 

それでも苛立ちが収まらず、手当たり次第に家具に当たり散らす。

 

部屋が瞬く間に散らかっていく中、心理定規(メジャーハート)はそれに巻き込まれないように移動する。

垣根のご立腹も気にしなければならないが、それよりも心理定規は電話の声が言っていた事が気になっていた。

 

(倫理観の欠如。扱いが難しい。それが昔からネック? ……あの子が?)

 

電話の声は愚痴を告げるように呟いていた。

 

朝槻真守はどう考えても倫理観が欠如しているように見えない。

確かに気難しそうな外見だが、外見からそう感じるだけで面倒見は良いし器量も良く、誰にでも優しい。

 

昔から、と言っているのだからそれは性格のようなものだと理解できるが、それにしたって今の印象と違いすぎる。

 

倫理観の欠如、というところは理解できないが、扱いが難しいという意味は理解できる。

心理定規(メジャーハート)は垣根に命令されて朝槻真守に気が付かれないように近付いた事があった。

 

近付いて分かった事は二つ。

 

一つは朝槻真守が身に纏っているシールドはあらゆる干渉に対して自動的に反応するという事。

 

心理定規(メジャーハート)が自身の能力、『他人との心理的な距離を変える』力によって干渉しようとしたら真守がこちらを認識していないのに干渉を跳ね除けたのだ。

 

恐らく弾かれても構わずに干渉を続けていたら、朝槻真守は心理定規の存在に気が付いただろう。

 

その事を心理定規(メジャーハート)幻想御手(レベルアッパー)使用者に襲われる丁度前日に垣根に話しており、気になった垣根が幻想御手事件の際に真守の能力を解析をしたところ、真守は源流エネルギーに指向性というある種の数値を入力している事が分かった。

 

そしてその数値を複雑化すれば、恐らく複合的な性質を付与できるのだろうとも推測できた。

 

その数値の入力が無意識下で行われるので、外部からは『源流エネルギーから電気エネルギーを生成している』という過程がすっ飛ばされて電気エネルギーを直接生成しているように見えるのだ。

 

体にシールドのように纏っている源流エネルギーにもそれは適用されており、外部から干渉されると源流エネルギーが干渉を跳ね除けるように自動で変質するのだ。

 

だから外部から精神干渉系能力者が干渉したらその干渉を無意識に跳ね除け、それでも干渉を続けると真守が自動的に変質している事を感知して気が付くのだ。

 

そして心理定規(メジャーハート)が真守に近づいて気づいた事は真守の人との心の距離についてだ。

 

朝槻真守は一部の人間を除いて、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

真守が知り合いでない心理定規(メジャーハート)も、真守のクラスメイトも心の距離が等しく同じなのだ。

 

流石の心理定規もそんな人間に会ったのは初めての事だった。

 

朝槻真守にとっては、誰も彼もが平等に大事で、誰も彼もが有象無象に過ぎないのだ。

それは全ての命を平等として捉えていると言っても過言ではない。

 

だがその普通に当てはまらない人物がいる。

 

源白深城。

彼女を傷つける者を、真守は絶対に許さない。

それがクラスメイトであっても、源白深城を傷つけるならば真守は平等に敵と見なすだろう。

 

何よりも大事な存在である源白深城。

 

そんな例外である源白深城のように、心の距離が有象無象よりも真守に近づいている人間が一人いた。

それは自分たち『スクール』のリーダーである垣根帝督だ。

 

消えた八人目の超能力者(レベル5)である自分の全てを受け止め、助けてくれると言ってくれた垣根は、真守にとって替えが利かない存在となりつつあった。

 

真守にとっての垣根の心の距離が近くなっているのと同じように、垣根も真守との心の距離が非常に近くなっていた。

 

心理定規(メジャーハート)は垣根が真守に執着する理由がよく分かる。

 

『闇』の人間にとって眩しすぎる表の光を、朝槻真守はその身によって和らげて『闇』の人間を優しく癒すように照らしてくれるからだ。

 

彼女は表の世界にいながらも『闇』を知り尽くしている。

『闇』に囚われるのに必死に抗い、腐る事を拒んで人々を守るためにその力を振るう。

 

しかも人間の良し悪しに関わらず心の距離が平等だから、悪人であろうとなんであろうと人の命を無下に扱わなければ平等に柔らかな視線を向けるのだ。

 

世界が汚いと知りながらも、それを寛容に受け止める。

自身のやるべきことを見据えて全てに向けて全力で微笑む少女がいたならば、『闇』の人間は誰しもが惹かれるだろう。

 

既に朝槻真守の『希望の光』に『スクール』も侵食され始めている。

誉望がそうだ。

 

朝槻真守の情報を集めて彼女の人物像をよく知っている彼は、朝槻真守からお礼を渡されている。

 

頭の上がらない上司に命令されたから情報操作をしたのに、『スクール』が自分を食い物にして色々と探っていた事を知っているのに、真守は誉望にお礼を送ってきたのだ。

(ほだ)されてしまうに決まってる。

 

……まあ、その真守のお礼を誉望に渡した時の垣根の機嫌の悪さと言ったら最高潮だったのだが。

 

ちょっと違った意味合いからだが、『スクール』のスナイパーである弓箭猟虎も真守の話を聞いて目を輝かせているので真守に『スクール』が感化されているのは確実だ。

 

そんな心理定規(メジャーハート)はというと、そこまでではなかった。

心理定規は精神干渉系能力者故に人間関係を俯瞰する癖があるからだ。

 

でもそんな彼女から見ても、朝槻真守は健気で尊くて。柔らかい陽だまりのようで。

 

そしてちゃんと可哀想だった。

 

きちんと汚れているのにそれでも清らか。

二律背反を持ち合わせている彼女は非常に危うい存在だと心理定規(メジャーハート)は感じていた。

 

 

 

──────…………。

 

 

垣根はひとしきり暴れた後、他の部屋に移ってそこに散らばっていた紙束を見つめた。

 

真守に接触すればするほど、上層部に情報を求められる。

だが学園都市に利用されそうになっている真守を一人にしてなんてしておけない。

 

それに真守を守るためには上層部が掴んでいる情報を集める必要がある。

そこには統括理事長が進めている『計画(プラン)』の詳細も勿論含まれていた。

 

垣根は無数の紙束の内、机の上に置いた一つを手に取って見つめる。

そこには殴り書きで情報網を構築するための理論が書かれていた。

 

「予定を早めて造り上げる必要があるな」

 

垣根はその資料を見つめながら一人呟いた。

 

 

 

──────…………。

 

 

真守は病室のベッドの上で携帯電話を見つめていた。

 

『科学世界と魔術世界のバランスが崩れる可能性がある。これは非常にデリケートな問題だ。だから超能力者(レベル5)であるキミはこの件に関わらないでほしい』

 

「手を出すな、か」

 

真守はステイル=マグヌスから送られてきたメールを見つめながら呟く。

 

学園都市に巣食った錬金術師、アウレオルス=イザードをイギリス清教所属のステイル=マグヌスが討伐する事になったが、科学サイドと魔術サイドの拮抗が崩れるから、超能力者(レベル5)の真守はこの件に関わらないでほしい、という内容だった。

 

メールを見る限り、真守はダメでも上条当麻は良いらしい。

 

超能力者(レベル5)の私がダメで、上条は問題ない……か。学園都市にとって、私は魔術世界のいざこざから守りたい存在であることは確かだな」

 

真守は溜息を吐きながら夏の空を見上げた。

 

「記憶を失ってからステイルと初めて会うみたいだが、大丈夫かな。上条」

 

真守は上条当麻の事を考えながらぽそっと呟いた。

 

 

 

──────…………。

 

 

後日。

上条当麻は真守と同じ病院に入院していた。

 

「ええっと……朝槻さん? なんですか、その冷たい目は」

 

上条当麻は病室にやってきて、無言で自分を睥睨する真守の視線に耐えられなくなって問いかけた。

 

「バカを見る目」

 

「うぐっ! 怖い、冷たい恐ろしい……これが塩対応の神アイドル本領発揮か!?」

 

入院するほどの重傷を負ったはずの上条だが、意外にノリが良くテンションが高い。

真守はそんな上条を見つめて、心配して損したと溜息を吐く。

丸椅子を持ってきてそこに座ると、真守は上条が首から吊っている右腕を見つめた。

 

「それで腕の方は?」

 

「ああ。先生が綺麗にくっつけてくれたからさ。大丈夫!」

 

上条は真守の心配を晴らすために笑って告げた。

 

アウレオルス=イザードによって上条の右腕は肩からぶった切られて上条の体から離れたが、冥土帰し(ヘブンキャンセラー)がその右腕を綺麗にくっつけてくれた。

そう上条当麻は思っているらしい。

 

冥土帰し(ヘブンキャンセラー)は上条の右腕を『ファンタジー』という言葉で表現していた。

 

あの科学技術で全てを救う医者がファンタジーなんて幻想表現を使うなんておかしい。

 

そこから察して、冥土帰し(ヘブンキャンセラー)は上条当麻の右腕を治してない。

勝手にくっつくかなんかして、上条当麻の右腕は元通りになったのだろう。

 

上条当麻の幻想殺し(イマジンブレイカー)は原理が一切不明だ。

 

真守は能力者とは全く違う異質さを上条当麻の右腕から感じ取っていた。

上条自身はその異質さを記憶を失った事により忘れてしまっている。

 

その現状が真守は心配だったが、幻想殺し(イマジンブレイカー)について真守が知っている事は上条も知識として覚えているので何もアドバイスできないのだ。

 

「……難しいな」

 

「え? なにが難しいんだ?」

 

上条の問いかけに真守は首を振ってから自然に話題を変えた。

 

「なんでもない。しかし、お前は随分と病院が好きになったようだな。いっそ私と同じようにここを住居にした方が良いんじゃないのか?」

 

「……入院費がバカにならないので苦学生には無理です」

 

超能力者(レベル5)無能力者(レベル0)は違うんです、とでも言いたげにがっくりと肩を落とす上条。

 

「あまりインデックスを心配させるな。あの子、怒っていたぞ」

 

「……ああ、それだけ気を付けないとな」

 

「それだけ? それだけじゃなくて自分の体の心配もしろ、バカタレ」

 

真守が叱責すると、上条は曖昧な表情で笑った。

 

「入院していても私の課題と夏休みの宿題はやれよ。サボったらどうなるか──分かっているな?」

 

「イ、イエスマァァァァァム!!」

 

真守がそんな上条を鋭く睨みつけると、上条はビシッと背筋を正して叫んだ。

 

「良い返事だ」

 

真守が上条の反応に満足していると、病室にインデックスがやってきた。

上条がまた無茶をしたと怒っているインデックスを真守が宥めている、穏やかな時間がその場に流れていた。

 




垣根くん、ここから悪党である事について考えるようになります。



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絶対能力者進化計画篇
第二九話:〈理想世界〉がすぐそばに


第二九話、投稿します。
次は九月七日火曜日です。
──絶対能力者進化篇、開幕。


真守は夜、病室で携帯電話を弄ってネットを見ていた。

 

「ふ、フロート。夏季限定、新商品……?」

 

ネットを見ていたらよくある広告が出てきたのだが、その広告が魅力的で真守は目を輝かせていた。

 

真守は最近、垣根に食事に連れ出されるようになって食に関心を示してきており、特に甘味を好みとしていた。

甘味は、苦味や辛味なんかと全く違って幸せな気持ちになれるのだ。

 

真守が目を輝かせている広告とは、とある有名チェーン店のコンビニでの新発売、夏季限定の『マンゴー尽くしフロート』だった。

 

「……お、おいしそう」

 

『実験』の弊害で食に関心がまったくない真守。

広告だけを見てそんな感想を抱くのは、はっきり言って奇跡に近かった。

 

この感情を大事にしなければならない。

真守は即決すると、ベッドから起き上がって病院を脱走する手筈を整え始めた。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

白髪の髪に、紅い瞳を持つ線の細い子供が夜道を歩いていた。

彼は一方通行(アクセラレータ)という能力名で呼ばれて、学園都市超能力者(レベル5)、第一位に堂々と君臨していた。

 

「後、九九七〇体かァ。……だりィ」

 

一方通行(アクセラレータ)はとある『実験』を終えてコンビニへと向かう。

彼が好む缶コーヒーを買うためだ。

 

明るく照らされたコンビニに入ると、『いらっしゃいませー』という、店員のやる気のない間延びした声が響く。

一方通行はその店員のやる気のなさを特に気にすることなく買い物かごを取ってドリンクコーナーへと向かった。

 

ハマっている銘柄の缶コーヒーが並んでいる場所は分かっているので気怠げに歩く。

すると、突然それは起こった。

 

一方通行(アクセラレータ)の体に正体不明の衝撃が走ったのだ。

 

一方通行の能力はベクトル操作。

運動量、熱量、電気量など、あらゆる種類のベクトルを自由に操作、変換する能力だ。

 

普段、全てのベクトルを『反射』するようにベクトル操作を体に『設定』してあるが、その『反射の定義』()()()()を揺るがすような衝撃が()()()()()叩きこまれたのだ。

 

「あうっ」

 

一方通行(アクセラレータ)が感じた事のない衝撃にのけぞって体勢を直すために数歩下がった時と同時に、少女の短い悲鳴が辺りに響いた。

 

「なン……っ──、」

 

一方通行(アクセラレータ)が正体不明の攻撃を受けてそちらを睨みつけるように見ると、そこにはよろけてドリンクが中に並べられている冷蔵庫の扉にガンッと肩をぶつけた少女がいた。

 

少女は猫っ毛が特徴的な黒髪ロングをハーフアップにして猫耳ヘアにキレイに結い上げており、猫のように吊り上がったエメラルドグリーンの大きな瞳に小さい口、とあからさまに人受けが良さそうなアイドル顔だった。

 

タンクトップの上に白と黒で構成されたオーバーサイズのパーカーを着ており、下半身はショートパンツに生足で、ストラップを編み上げるタイプの白いレースアップサンダルを履いていた。

 

全体的に高貴な黒猫を連想させる少女であり、『夜のコンビニにちょっと出かけてきた』と一目で判断できるような格好をしていた。

 

どこから見ても普通の少女。

普通の少女とぶつかってこれまで感じたことがない衝撃を受けるなんて、どうもちぐはぐすぎて一方通行(アクセラレータ)は困惑するしかできなかった。

 

小さい両手で携帯電話を握っていたので手を突く事ができずに肩から冷蔵庫の扉にぶつかった少女は、呆然とした表情のままとりあえず冷蔵庫に寄り掛かるのをやめて自分の足で立つ。

 

二人は目を見合わせて、自分たちの接触が意図的な理由なんて微塵もない不意の衝突であった事を即座に察した。

 

その不意の衝突が起こりえない状況を作り出したので、二人共固まっていた。

 

沈黙が続く中、先に口を開いたのは少女だった。

 

「ご、ごめん。お前……大丈夫だった?」

 

ダウナー声ながらも心配の感情を乗せた少女の問いかけに、一方通行(アクセラレータ)は思考が停止した。

 

一方通行(アクセラレータ)は学園都市の頂点である超能力者(レベル5)、それも第一位である。

 

数多くの人間に勝負を挑まれて、その全てを蹴散らしてきた。

彼らは最後に命だけは助けてほしいと、襲って悪かったと命乞いのために謝ってくる。

 

それが普通だった。

 

それなのに、今この目の前の少女は心の底から自分を心配しながら謝ったのだ。

 

いくら学園都市最高峰の頭脳を持っていようと、こんな異常事態は一方通行(アクセラレータ)にも推察できなかった。

 

一方通行が黙ったままなので、少女は場を繋ぐように慌てて言葉を紡いだ。

 

「いや、大丈夫なのは分かってる。私の纏うエネルギーとお前が膜? ……のように纏うソレは、どちらも干渉を跳ね除ける性質を持ち合わせていた。その二つが()()()()からこそ、私と、恐らくお前の感覚にも衝撃が走ったんだ。……お、お前も。それは理解しているか?」

 

一方通行(アクセラレータ)は少女の説明に躊躇(ためら)いがちになりながらも頷いた。

 

自分の能力なので何が起こったかのか理解する事は確実にできる。

それでも不可思議な事態に遭遇した少女──朝槻真守は、一方通行(アクセラレータ)を用心深く観察する。

 

(今の衝撃は感覚的なものだから、この子にも私にも物理的なダメージは実際には入ってない。でも競合したから私と同じ(たぐい)の能力である事は確かだ。だが恐らく、根本的にも原理的にも完全に別種のものだ)

 

真守は内心で冷静に考察してはいたが、実は精神的に追い詰められていた。

 

人生で初めて入ったコンビニ内を大冒険中だったからだ。

 

コンビニとは『気軽に食事が買える場所』と、真守は認識している。

食事に関心がない真守にとってコンビニはこの世で一番必要性を感じない場所なのだ。

 

初めてのコンビニで初めての商品を探す。

心細さと場違い感が半端なくて真守は絶賛追い詰められ中なのだ。

 

「気分悪くなっていないか? 大丈夫か?」

 

焦って不注意になり、人にぶつかってしまった事に気恥ずかしさを覚えながら真守が恐る恐る訊ねると、一方通行(アクセラレータ)はその向けられたことのない心配によって再び硬直してしまった。

 

真守は先程から困惑しっぱなしの一方通行の様子を察しながら観察を続ける。

 

目の前に立っている()とでも呼称するべき存在は、体内を流れるエネルギーの循環がおかしくなっている。

それによって性別不詳の体つきになってしまっており、だから真守も()と心の中で呼称するしかないのだ。

 

恐らく彼の膜が有害なものをなんでも跳ね返すせいで、外部刺激が少なくなって体内のエネルギー循環がおかしくなっているのだろう。

髪の毛と瞳の色素が抜け落ちているのも、彼の膜のせいだと真守は同時に察した。

 

強力な能力を持っている能力者は、その能力に合わせて体が『最適化』される傾向がある。

 

真守自身も消化器官が能力である流動源力(ギアホイール)によって不必要だと判断されて退化し続けているので、冥土帰し(ヘブンキャンセラー)の治療を受けるために入院していた。

 

真守は体に纏っている源流エネルギーが自動的に干渉を跳ね除けているが、この『設定』を弄れば、目の前の彼と同じように()()()()()()()()()()()()()()()()()()事もできる。

 

その『設定』にしていれば、恐らく真守も彼と同じような体付きに『最適化』されて、性別不詳になっていた事だろう。

 

(……まるで。まるで私のもう一つの可能性を突きつけられているような感じがする)

 

「あの。……お前、本当に大丈夫か? さっきから呆然としているが。そんなに衝撃的だったか?」

 

真守は心の中でそう感じながら動かない一方通行(アクセラレータ)の様子を心配して再び訊ねた。

 

第一位の自分を、恐怖を振りまく自分を。この目の前の少女は純粋に心配していた。

 

その異常事態に、一方通行(アクセラレータ)は思わず拒絶の言葉を放った。

 

「────ッ俺のことを心配すンじゃねェ。気色悪ぃンだよ」

 

真守は一方通行(アクセラレータ)が吐いた言葉で確信した。

 

この子は自分の生き写しだ。

自分が深城に出会っていなかったらという可能性(IF)だ。

 

真守は深城がいてくれたから、人に心を開く事ができた。

深城からの好意を受け入れるようになれたし、誰かに好意を伝える事もできるようになった。

 

この子には自分にとっての深城がいなかったから、人の好意に慣れていない。

だから人の心配が気色悪い。

 

真守は自分と目の前の彼をぴったりと重ねてしまった。

 

「心配、され慣れてないのか……」

 

真守は思わず独り言を呟いて、自分の分身のような存在である一方通行(アクセラレータ)を親身に思って、思わず一歩踏み込んでしまった。

 

 

「お前、そんな状態で生きるのが苦しくないか? 大丈夫か?」

 

 

「ッうるせェ!! 知ったよォな口を利くンじゃねェ!!」

 

真守の純粋な心配が自身の触れてほしくない部分へと辿り着いたと感じた一方通行(アクセラレータ)は、当然の如く激昂して、拒絶した。

 

その怒鳴り声を聞いて、品出しをしていた店員が真守と一方通行(アクセラレータ)に目を向けた。

 

真守はその視線を感じて、どうにかこの場を収めなければと思ってとっさに動く。

 

「余計な心配して悪かった。私はもう離れるから。本当にごめんな」

 

真守は自分がいたら彼の機嫌を損ねると即座に判断すると、そのまま後ずさってその場から離脱する。

その去り際には迷惑をかけたと言わんばかりに、真守はペコッと小さくお辞儀をした。

 

一方通行(アクセラレータ)は心を穿(うが)たれたような感覚を覚えて、店内をうろついて商品を探す真守を呆然と見つめていた。

 

自分は今、ずっと欲しいと思っていた真心を拒絶したのだ。

これまでの人生で一度も向けられてこなかった優しさを、心配を。

自らで跳ね除けてしまった。

 

あの少女は普通だ。

普通だから人の痛みが分かって。

普通だから心配して、手を差し伸べてきた。

 

その普通が自分は欲しかったのではなかったのか。

 

それを手に入れるために、()()()()()を求めているのではないのか。

 

すぐ目の前。

それも手が届くところに、自分が心の底から欲しかったものが存在している。

 

その事実に呆然としてしまって、一方通行(アクセラレータ)現実が上手く認識できなかった。

 

(……なっ、ない…………)

 

一方通行(アクセラレータ)が理想としているカタチである朝槻真守は現在、追い詰められて大ピンチだった。

 

もちろん、コンビニにやってきた目的の品である夏季限定のマンゴー尽くしフロートがどこに置いてあるか分からないからだ。

 

(こ、この狭い店内で目的の商品が見つからないって一体どういう事だ。コンビニが魔境なワケがないだろ? で、でも実際に見つからないし。……これって店員に聞くべきか? この狭い店内で商品がどこにあるか分からなくて聞くのか? コンビニで商品どこにあるか聞くのか!? ……や、ヤバい……)

 

人生初体験によって思考が滅裂になっており、どうすればいいか真守は本当に判断がつかなかった。

 

超能力者(レベル5)はその成り立ちからして非常識には柔軟に対応できるが、常識についてはとてつもなく弱いところがある。

 

超能力者(レベル5)が柔軟に対応できる非常識とは、『自分の命』という何よりも代えがたいものが脅かされる異常事態がほとんどだ。

 

生存本能が強く働く自己中心的な超能力者(レベル5)にとって、まったく命の危険性がない日常生活においての異常事態への対応はどうしても()()()()()()()は後手に回ってしまう。

 

真守はその異常事態に直面して焦る中、とある記憶が脳裏をよぎった。

 

先日。

忙しくて会う事ができないらしい垣根と真守が電話をしていた時の事だ。

 

コンビニの新商品がどうたらこうたらと垣根に言われたので、『コンビニに入った事がない』と真守は正直に話した。

 

すると垣根は鼻で嗤って、

 

『お嬢様って人種じゃねえのにそんな事になってんのは人として終わってんな。……お前、超能力者(レベル5)の中で一番頭のネジの飛び方がヤバいんじゃねえの? 第一位だってそこまでヤバくはねえぜ?』

 

心底馬鹿にした様子で半笑いしながら真守に告げたのだ。

 

(まずい……。こんなところでもたもたしてたらまた垣根にバカにされる……!)

 

真守は頭の中で鼻で嗤う垣根の顔が浮かび上がって、ふるふると体を怒りで震わせる。

 

(別に頭のネジ飛んでないが!? ただ必要な知識と不必要な知識を選別しているだけであって、ちゃんと常識は持ち合わせているんだが!? ……というか、よくよく考えてみれば暗部組織に所属してる癖に、誰にも教えてもらってないのに学校生活を順風満帆に送れてる垣根の方がおかしいんだ! アイツの器用さの方が超能力者(レベル5)としてよっぽどおかしいだろ!?)

 

真守は追い詰められてついに垣根の事を心の中で非難し始めるが、すぐに正気に戻る。

 

(か、垣根の事は今どうでもいい……この場を切り抜けなければ。て、店員に聞くしかない……のか? でも、その後の事を考えるのが怖い……絶対に店員にコイツ非常識だろって思われ、)

 

「オイ」

 

「うぇっ!? は、はいっ!!」

 

焦りすぎて思考が散逸していた真守は、突然後ろから声をかけられた事により、その場で飛び上がるように返事をした。

 

若干涙目になりながら真守が振り返ると、先程真守がうっかり一線を越えて怒らせてしまった一方通行(アクセラレータ)が立っていた。

 

一方通行は一方通行で謎に追い詰められた表情をしている真守に困惑する。

『心細くて死ぬしかない』とでも言いたげな真守の目を見つめて、一方通行(アクセラレータ)躊躇(ためら)いがちにも問いかけた。

 

「…………何、探してンだ?」

 

真守は問いかけられた瞬間、固まった。

 

自分が先程不快にさせてしまったのに、真守の様子を心配して彼は話しかけてくれた。

真守はその親切心にぱあっと顔を輝かせる。

 

対して一方通行(アクセラレータ)は自分の問いかけを救いの手だとでも言いたげに目を輝かせて感激している真守に、若干引いていた。当たり前である。

 

真守は一方通行(アクセラレータ)に駆け寄ると、隣に寄り添って携帯電話を見せる。

 

「あ、あのなっ。こ、このフロート。このフロートがどこにあるのか分からなくてっ!」

 

携帯電話には『夏季限定、新発売! マンゴー尽くしフロート』と表示されていた。

 

一方通行(アクセラレータ)は突然距離を詰めてきた真守に戸惑いつつも携帯電話の広告を見つめてから、見覚えがあって顔を上げてソレを指さした。

 

「そりゃァ店頭で買うンだ」

 

「店……頭?」

 

真守が初めて聞きましたみたいな声を出して一方通行が指さした方を見る。

 

レジの真後ろ。

そこには真守が携帯電話で見せた広告が引き延ばされて、これでもかと主張されて張り付けられていた。

 

ヒッと真守が唸り声をあげたので一方通行(アクセラレータ)が真守を見ると、真守は涙目になりながらどんよりとした雰囲気を醸し出していた。

 

「ふ、ふふふ……そうだよ、私は世間知らずだよ……コンビニに入った事なんてなかったから心細くて視野狭窄起こしてたよ……。だってアレだろ? コンビニってちょっと食料買える便利ってだけのトコで、病院の中の売店と何も変わらないだろ? わざわざコンビニに入る理由がないという事情も知らずに嗤うなんて、アイツやっぱりひどい……。意地悪だ…………」

 

……と、誰かに対してぶつぶつと泣き言を呟いており、それを聞いて全てを察した一方通行(アクセラレータ)は、『普通って案外こんなモンなのか』と真守を複雑な気持ちで見つめていた。

 

「本当にありがとう。お前も何か買いに来たんだろ? 奢らせてくれ。それで私の気が済む」

 

真守はひとしきり愚痴を零して正気に戻ると、一方通行(アクセラレータ)に向けて礼がしたいと申し出る。

 

真守にとっては至極当然の行動だが、一方通行は好意に慣れていないので思わず一歩後ずさってしまう。

顔を背けるも、真守が柔らかい笑みを浮かべて見つめてくるので真守を見ずに一方通行は、

 

「………………缶コーヒー」

 

と、ぽそっと告げた。

 

「分かった。好きなヤツを選んでくれ。ちょっとお高いヤツでも問題ないぞ」

 

真守が柔らかく微笑む前で一方通行(アクセラレータ)は思わず顔をしかめた。

 

その笑顔が眩しくて、自分はそれをどう受け止めていいのか分からなくて。

ただただ困惑するしかできなかった。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

「本当にありがとう」

 

コンビニの灯りに照らされた路上で、一方通行(アクセラレータ)のおかげで無事に買えたマンゴーフロートを大事そうに持ちながら、真守は笑顔でお礼を告げた。

 

「…………気に、すンな」

 

そんな言葉が自分から出る事に違和感満載ながらも一方通行(アクセラレータ)は呟いた。

自分の生き写しのような存在である一方通行の様子に、真守は切なくなって思わず目を細めた。

 

「そういえばまだ名前を聞いてなかったな。私は朝槻真守、お前は?」

 

一方通行(アクセラレータ)

 

真守はその名前に聞き覚えがあった。

正確には名前ではなく能力名だ。

 

真守は順位付けされた超能力者(レベル5)の能力については、なんとなくしか知らない。

だが一方通行という能力者は有名だから知っていた。

 

「もしかしなくとも学園都市第一位の一方通行(アクセラレータ)か?」

 

真守が純粋に問いかけてくるので一方通行はしまったと思った。

 

学園都市第一位とは最強であり、恐怖の象徴だ。

それをこの普通の少女が知ったら恐れおののくに違いない。

 

それだけ第一位とは人々に怖れを抱かせる順位なのだ。

 

「へえ。お前、すごいんだな。……そうか、ベクトル操作か。なるほど、合点がいった」

 

一方通行(アクセラレータ)が焦っている前で、真守は一方通行の事を素直にそう評価した。

 

超能力者(レベル5)という肩書きは面倒なものだと真守は感じている。

 

そもそも学園都市にとって利益があるからという理由で順位付けされているのだ。利用する気満々の学園都市の順位付け制度からして、真守は気にくわない。

 

最近になって真守はその制度に特に嫌気がさしていた。

その理由は実際に超能力者(レベル5)として承認されている第二位の垣根帝督や第三位の御坂美琴に出会ったからである。

 

垣根と美琴がファミレスで初めて顔を合わせた時に超能力者(レベル5)共通の話題を数多くしていたが、二人の話を聞く限り、超能力者(レベル5)には専門の分析や研究機関があてがわれるらしい。

 

垣根は上手く頭を使ってそれらの機関をあしらっているらしいが、美琴は超お嬢様であり根が真面目なので日々、それに振り回されているらしいのだ。

 

そんな一つの話題からして分かるように、超能力者(レベル5)は色々と苦労しているのだ。

 

超能力者(レベル5)とは学生全員の憧れであり、学園都市の代表である。

真守もそれは理解している。学生にとって喉から手が出るほど欲しい地位。

 

だがその実態は、認めたくはないが学生の中で壊すのが惜しいほどに価値がある研究材料集団だ。

 

真守はAIM拡散力場で相手が本来出せる出力を感知する事ができるのだが、大能力者(レベル4)の中でも強大な能力を放つことができるであろう人間がちらほらいるのだ。

 

その大能力者(レベル4)超能力者(レベル5)を分かつ理由はただ一つ。

利用できるか利用できないか、それだけの違いである。

 

一方通行(アクセラレータ)は第一位という重責を背負いながらも堂々と暮らしている。

重責も利用されるのも何もかも嫌だと駄々をこねている自分とはけた違いなほどに偉いと、真守は感じていた。

 

真守が素直に感嘆していると、一方通行はありえないとでも言いたげに真守を見つめていた。

自分の力の強大さに恐れることなく、それどころか(たた)えてさえいる。

 

あり得ない事が立て続けに起こっていて一方通行(アクセラレータ)はめまいがしそうになり、真守が何に納得しているか聞きそびれてしまった。

 

真守は一方通行の困惑を理解しながらも優しく問いかけた。

 

「でも一方通行(アクセラレータ)とは能力名だろう? 私は名前を聞いたんだが」

 

「……………………もォ、忘れた」

 

上が二文字で下が三文字。

どこにでもありふれた名前だった事は確かである。

 

だがしばらく使っていないその名前を一方通行(アクセラレータ)はどうしても思い出す事ができずに、真守の問いかけに一方通行はそう答えるしかなかった。

 

「そうか。じゃあ今度会うまでに思い出しておいてくれ」

 

真守はその事情を悲しく思って、柔らかく微笑みながら優しくお願いをした。

真守も五年前まで研究所にいたから自分の名前を忘れてしまうという事情が理解できる。

 

研究所では名前なんて意味のないもので、能力名で呼ばれる事が普通だった。

真守も深城に名前を呼んでもらうまで、長らく名前で呼ばれていなかった。

 

流動源力(ギアホイール)』『解析研の秘蔵っ子』『()()

 

真守の呼び名はたくさんあったが、そのどれもに名前は使われなかった。

 

「……今度、だとォ?」

 

「そうだぞ。同じ場所で暮らしているんだ。また会える」

 

怪訝な声を上げる一方通行(アクセラレータ)に真守はそこで一方的な約束をする。

本当は連絡先を聞きたかったが、そこまで距離を詰めては一方通行が困惑してしまうだろうと思って、真守はぐっとこらえた。

 

「だからその時になったら教えてくれ。本当にありがとう。またな、一方通行(アクセラレータ)

 

真守は一方通行に手を振って微笑んで後ろを向いて歩いていく。

一方通行はその手にどう反応していいか分からなかったが、震える手をそっと挙げた。

 

一方通行(アクセラレータ)が挨拶を返してくれたので、真守は嬉しくてはにかむように笑いながら何度も手をひらひらと振って一方通行と別れた。

 

どうすればいいか分からなかった。

自分に好意を向けてくれた人間の引き留め方なんて、一方通行(アクセラレータ)は知らない。

 

そもそも引き留めてどうしようと言うのだろうか。

 

彼女にとって誰かに優しくする事は普通の事で、日常茶飯事で。

取り留めて特別でもないその優しい手を、何よりも欲しかったその手を、少女は一方通行(アクセラレータ)に偶然差し出してきただけだった。

 

あの少女はきっと世界の中心にいるだろう。

そうでなければおかしいほどに、眩しい存在だった。

 

自分の望む世界の中心に少女は存在している。

その世界が欲しかった。その居場所が欲しかった。

 

それを叶えるためには。現状を打破するためには。

 

絶対的な力を手にするしかない。

 

あんな少女が世界に(あふ)れていれば、自分はそんな力を必要としなくても良かったはずだ。

だが自分に優しく笑いかけて心配してくれる人間はあの少女だけだ。

 

世界が自分を受け入れないのが普通で、あの少女の存在こそが異常なのだ。

 

(力を。……絶対的な力を必ず手に入れる。どンな手を使っても)

 

自分の手に入れたい世界の片鱗を垣間見てしまったがために、一方通行(アクセラレータ)は絶対的な力をこれまで以上に求める事になった。

 

 

 

──八月二〇日。

それは闇深まる夜の出来事だった。

 

 




一方通行と会合。

真守ちゃんは『闇』からみた『希望の光』なのでどうしても一部の人を焚きつける結果を生んでしまいます。
真守ちゃんもそれを理解していて気を付けるようにはしていますが、在り方によってそうなってしまうので、全てを防ぐ事は難しいです。

というか真守ちゃんは全然普通じゃないですよ、一方通行。




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第三〇話:〈不穏暗雲〉がひたひたと

第三〇話、投稿します。
次は九月八日水曜日です。


真守は深城と一緒に第六学区の水族館へと来ていた。

深城がどうしても最新型のイルカショーを真守に見てほしいと言うからだ。

 

特に拒否する理由もないので、真守は周りから見たら一人で駅から降りて水族館へと向かっていた。

 

歩いていると着信音が響いたので、真守はポケットから携帯電話を取り出す。

表示されていたのは『垣根帝督』だった。

 

「もしもし?」

 

〈今暇か?〉

 

真守が即座に電話に出ると、垣根は突然真守の現状を聞いてきた。

 

「今水族館に向かってる」

 

〈水族館?〉

 

「深城がどうしても私と一緒に行きたいって言うから。断る理由ないし」

 

〈源白深城と? ……お前、本当に見えてるんだな〉

 

垣根は幻想御手(レベルアッパー)事件の時に冥土帰し(ヘブンキャンセラー)から聞かされた『源白深城はAIM思念体になっており、真守だけには彼女が見える』という話を思い出しながら訊ねた。

 

「うん。で、何の用で掛けてきたんだ?」

 

〈ちょっとお披露目したいものがあってな。いつだったら空いてる?〉

 

「お披露目? んー。今日は夕方にも用事があるからなー……うん、明日だったら大丈夫」

 

〈……また何か首突っ込んでんじゃねえだろうな?〉

 

頭の中で予定を確認するために小首を傾げていると垣根が声を低くして訊ねてきた。

 

「ただ単に買い物。取り寄せた本が夕方の便で届くから、それを受け取りに行くんだ。……垣根、お前は何か勘違いをしているようだが、私はなんでもかんでも首を突っ込むワケじゃないぞ」

 

〈説得力ねえんだよバーカ。『樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)』ぶっ壊した現場にいたくせに〉

 

「アレは成り行き。仕方ないんだってば。それに私はバカじゃない。お前の知らない『知識』だって私の頭にはたくさん入ってる。頭の良さはお前に負けない自信がある」

 

真守は垣根の流れるような罵倒にムッと口を尖らせる。

 

〈その『知識』はお前が能力者としてやっていくための『知識』で、人間として生きていくための知識なんて欠片も持ってねえだろ。その証拠にコンビニだって入った事ねえんだからな〉

 

「こ、コンビニには入った! 昨日入った! もう入った事あるから入った事ない、なんて事実にはならない!」

 

〈お前がなんでわざわざコンビニ行くんだよ〉

 

真守がムキになって声を荒らげると、垣根が怪訝な声を出す。

 

「……苺フロート買いに行ったんだ。それで食べた。おいしかった!」

 

〈……マジで?〉

 

「本当だ。レシートだってちゃんとある」

 

垣根が真守の再三の主張を聞いても信じられないので問いかけると、真守はふふんっと鼻を鳴らしてから得意気に告げた。

コンビニに一度入ったくらいで得意気になっても困るのだが、真守からしてみたら偉大な進歩なのだ。

 

〈そんな事もあるんだな〉

 

垣根がしみじみとした声で告げるので真守は顔をしかめて畳みかける。

 

「私だって人間として日々成長しているんだ。見くびってもらっては困る。だからバカじゃない!」

 

〈分かった分かった。じゃあ明日昼前、俺の寮に来い。なんか作ってやる〉

 

真守の怒りを込めた叫びを適当に流した垣根は、当初の目的である約束を真守に取り付けてくる。

 

「本当か? 楽しみにしてる!」

 

垣根がご飯を作ってくれるのが非常に嬉しい真守は顔をぱあっと明るくする。

 

「……待て。お前、私の事をいま流そうとしたか?」

 

だがハッと正気に戻って顔をしかめて携帯電話を横目で睨む。

 

〈そうだな。じゃあ、伝えたからな〉

 

適当に返事をした垣根はそこでブチっと電話を切った。

真守は携帯電話を耳から外して睨みつける。

 

(垣根のバカ。……確かに非常識かもしれないけど! 一方通行(アクセラレータ)に迷惑かけたけど! ……私だって頑張ってるんだから……)

 

『真守ちゃん。誰からだったのぉ?』

 

真守はため息を吐きながら携帯電話を仕舞うと、真守の周りをくるくると回って真守が電話しているのを楽しそうに見つめていた深城が問いかけてきた。

 

「垣根。意地悪な垣根だった」

 

いつでも自分の味方になってくれる深城に告げ口するように真守が声を上げると、深城はにへらっと笑った。

 

『垣根さん? 真守ちゃん仲良しさんだねえ。こんなに頻繁(ひんぱん)に連絡くれる人、あんまりいないもんねえ』

 

「垣根は心配性って言うか過保護って言うか。……なんか仲良しとはちょっと違う」

 

深城が自分の事を(なだ)めにかかっていると気づいていない真守は、深城のペースに乗っている事も知らずにぽそぽそと呟く。

 

『どぉ違うの?』

 

「よく分からないけど、違うように感じる」

 

真守が自分でもよく分からない感情になっていると首を傾げると、深城が真守の前にやってきて目を細めて幸せそうに微笑んだ。

 

『じゃあ、初めての関係性だねえ。真守ちゃんが新しい人間関係構築できて、あたしは嬉しいなあ』

 

「……ありがと」

 

真守は深城が我が事のように自分の些細な幸せを喜んでくれるので、ふにゃっと微笑んで深城に提案した。

 

「深城、早く行こう」

 

『うん! 真守ちゃんとイルカさんのショー! あ、ペンギンさんもアザラシさんも見ようねえ! 後はオットセイもいるんだよ! それとそれと、水中トンネルとか巨大水槽とか、お魚さんいっぱい見ようねえ!』

 

「……なんでオットセイだけ『さん』がつかないんだ?」

 

『え? なんか言ったあ?』

 

真守が率直な疑問を呟くが、深城本人は気にしていなかったのかコテッと首を傾げた。

 

「気づいてないのか。……なんでもない。早く行こう」

 

『? うん!』

 

真守が提案すると深城は一度疑問符を浮かべながらも頷いて、歩く真守の周囲をぷかぷかと幸せそうに浮かんでついていく。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

真守は夕方。大型チェーン店の古本屋内で本を見ていた。

真守が垣根に伝えた『わざわざ取り寄せた本』というのはオカルトの本だった。

 

魔術関連の本はどんなに適当な事が書かれていようとも学園都市では取り扱われていないし、書店に頼むと煙たがられるのだ。

 

そのため真守は普通の書店よりもガードが緩い古本屋を選び、わざわざ学園都市外から取り寄せてもらっているのだ。

 

魔術関連には哲学書なども絡んでくる事が多い。

哲学書などは学園都市でも取り扱われているので古本屋内にもちろんある。

 

「朝槻!」

 

真守がその哲学書の一冊を手に追ってパラパラとめくっていると、突然声を掛けられた。

真守が本から顔を上げると、そこには学生服の上条が立っていた。

 

「上条」

 

「奇遇だな、こんなとこで。お前も古本屋で本買うんだなあ」

 

「お前は私の事をなんだと思ってるんだ。まさか、お前も私を常識知らずとでも言いたいのか?」

 

上条の感想に、真守は垣根に『人間として生きていく事に関しては非常識』というレッテルを張られた事を連想してしまい、ムッと不機嫌になる。

 

「い、いや! そんなことは思ってねえよ! ……ん? お前『も』?」

 

上条が慌てて否定するが、真守の言い分が気になって首を傾げた。

 

「……なんでもない、こっちの話だ。ところでお前はなんでここに?」

 

「猫の飼い方の本を買いに来たんだ。別に昔から動物の飼い方なんて変わらねえんだし、古本で良いだろうと思って」

 

真守がバツが悪そうに目を泳がせた後に話題を切り換えて訊ねると、上条は自分の用事を真守に簡潔に話してくれた。

 

「……上条。その理屈を(くつがえ)すようで悪いが、動物の飼育方法は動物の生態系が解明されるごとに変化していってるぞ。後は倫理観なんかでもまるっきり変わる」

 

「え」

 

「その話の前に、学生寮はペット飼育禁止じゃなかったか?」

 

「……、」

 

真守に次々と問題点を指摘されて閉口する上条を見て、真守は溜息を吐きながらも提案する。

 

「しょうがないから一緒に選んでやる」

 

「ありがとうございます、朝槻さま!!」

 

「なんで猫飼うことになったんだ?」

 

真守の救いの手によって感激する上条の前で、真守は哲学書を棚に戻して上条を誘導するように店内を移動しながら至極当然な疑問を投げかける。

 

「インデックスのヤツが聞かなくてなー。それに御坂妹も黒猫飼いそうだし。本買って教えてやろうかと」

 

「御坂妹? 御坂に妹がいたのか?」

 

真守は上条の口から出た『御坂美琴の妹』という単語が気になって小さく首を傾げた。

 

「うん、黒猫抱えてるから表で待ってる。……複雑なご家庭みたいでな。家の中でその妹、名字で呼ばれているらしい。美琴は超能力者(レベル5)だけど、御坂妹は強能力者(レベル3)くらいだから、そこで差が出てるみたいなんだ。俺からしてみれば二人共常盤台で凄いと思うんだがなあ。本人気にしてないみたいで大丈夫そうだけど、心配だよなあ。でも部外者が首突っ込んでいい話じゃないし……」

 

上条が性質(たち)の悪い言いふらしをしているのではなく、純粋に心配して御坂家の事情を話しているので真守は真剣な表情で頷く。

 

「どこのご家庭も大変なんだな。……わかった。話題になったら私がフォローする」

 

「心強いよ、頼む」

 

(そりゃあ純粋培養のお嬢様と言えど、色々あるもんな。しかも家庭環境とは根強い問題だ。今度それとなくなんか奢って話を聞いてやろう。私自身は置き去り(チャイルドエラー)で、家庭環境から遠い存在だから何もアドバイスできないが、話せばすっきりすることもあるからな)

 

「そういえばなんで朝槻は古本屋で本を見てるんだ? お前だったら新書の一〇冊や二〇冊、余裕で買えるだろ」

 

真守がこの場にいない美琴を想ってそう決意していると、今度は上条が真守の事情を聞いてきた。

 

「魔術関連の本を見てたんだ。オカルト本は学園都市に置いてないからな。外部から取り寄せるしかない」

 

「へえー……。なるほど。勤勉だなあ」

 

真守の知識に対する姿勢を聞いて素直に感心する上条だが、真守はキロッと目を鋭くして上条を見た。

 

「……勤勉と言えば、お前は私の課題と夏休みの宿題はちゃんとやっているか?」

 

「うぐっ!? や、やってるよ。一昨日も記憶術(かいはつ)の課題は提出しただろ!? それに朝槻のおかげで夏休みの宿題も少しずつ進んでいるから問題ない……多分」

 

上条の曖昧な表現に真守は疑いながらも許すために一つ頷く。

 

「まあお前の言い分を信じるとしよう。ところでここら辺が動物に関する本なんだが」

 

「あ、マジで? ……って」

 

真守の追求から逃れられて安堵して、上条は真守に促されるがままに本棚を見つめる。

だがそのラインナップを見て思わずげんなりとしてしまう。

 

『猫の飼い方』の本の隣に『美味しい牛肉の調理法』という本が突っ込んであったからだ。

その隣には『最新! 牧場ビルの科学牛』と書かれていた。

 

確かに動物だけどさ、と上条は呟きながらも『最新! 牧場ビルの科学牛』という本を手にした。

 

「……そう言えば学園都市外の人間ってこういう『農業ビル』が気色悪いんだろ?」

 

上条が手に取ってパラパラとめくる本を、真守は少し背伸びをして覗き込みながら告げる。

 

「空気清浄機やら栄養剤やらで徹底的に管理されているのが気持ち悪いとかいうアレか? だから学園都市の高級レストランは外部の有機栽培食物を使う傾向がある……みたいな」

 

「産業廃棄物とか工業廃水とか、ナニ混じってっか分っかんねー土から育った野菜なんて口にできねえよな」

 

「……成程。『中』での気持ち悪さの概念はそういうものなのか」

 

「そういう朝槻は平気なのか?」

 

真守が上条の考えを学園都市の『中』での共通した考えだと受け取って納得していると、上条が首を傾げながら訊ねてきた。

 

「体の中で分解された時に変な物質混じってなかったら全部一緒だろ」

 

「……さいですか」

 

真守は能力的な観点からどうしてもエネルギーとしての質が良いか悪いかで考えてしまうのだ。

それに食事に関心がないという事もあって『農業ビル』についての人々の考えはなんとなく知っていた真守だが、学園都市の『中』と『外』で気持ち悪いと考える基準がまったく異なっていると知らなかったのだ。

 

(朝槻の感性がイマイチ分からん。超能力者(レベル5)だからか……?)

 

上条は真守の反応に内心首を傾げながらも、『最新! 牧場ビルの科学牛』という本を戻して『猫の飼い方』の本を手に取った。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

真守は目的の本と幾つかの哲学書を買い、上条は真守と選んだ猫の飼い方の本を買って古本屋を後にする。

 

「ありゃ?」

 

だが店先に出てすぐに、上条が声を上げて辺りを見回した。

 

「どうした?」

 

「御坂妹がいない。黒猫を無理やり預けたから怒ってどっか行っちまったのかな?」

 

上条が周りを見渡す中、真守はレンガが敷かれた地面に、耳を伏せてびくびくとしながら一匹でいる黒猫に気が付いた。

 

真守は膝を折って黒猫に人差し指を向ける。

黒猫はビクッとするが、鼻の前に添えられた人差し指を躊躇(ためら)いがちに嗅ぐ。

真守は黒猫が嗅ぐのを確認してから人差し指を向けるのをやめてそっと抱き上げた。

 

真守の腕の中で黒猫はミー、と小さく鳴いてから、安心したように丸くなる。

先程までの怯えようが嘘のような黒猫を見て、上条が感嘆の声を上げて親指をグッと立てた。

 

「おおっ! 一瞬で懐いた。流石同類。扱いが上手いな!」

 

「ぶっ飛ばすぞお前」

 

真守が上条に冷たい視線を向けると、上条がごまかすように口笛のような擬音を口から発して顔を背ける。

 

「……え?」

 

「どうした?」

 

顔を背けた先で上条が何かに気づいて声を上げたので、真守もそちらを見た。

 

古本屋と他の雑居ビルの隙間の路地。

 

アスファルトの上に、女の子の靴が片方落ちていた。

 

上条が吸われるようにそれに近づいたので、真守も後を追う。

 

片方だけ転がった女の子の靴は、サイズの小さい茶色い革靴だった。

 

「これ、常盤台中学指定の革靴だ。なんでこんなトコに」

 

真守は革靴の正体をすぐに看破する。その瞬間、真守と上条に嫌な予感が走った。

 

 

「「御坂妹!」」

 

 

真守と上条は路地裏へと躊躇(ためら)いなく入っていった。

 

 

路地裏のその先にはもう片方の革靴も落ちていた。

 

壁に破壊痕がある。鉄の杭をやたらめったらに振り回したかのような痕。

 

その床には薬莢(やっきょう)が落ちており、辺りには火薬のにおいが立ち込めていた。

真守は薬莢を一つ摘まみ上げてじっと観察する。

 

「特徴的な薬莢だな。……F2000R、通称『オモチャの兵隊(トイソルジャー)』。そんなトコか」

 

「銃ってことか?」

 

「赤外線感知式、電子制御型。軽反動。銃口を向けるだけで必中するように作られた銃で、素人でも簡単に扱える。つまり──中学生の女の子でも絶対に当てることができる」

 

「え」

 

路地裏の奥深くから嫌な空気が流れていた。濁ったような、絡みつくような。

 

ひたひたと近付いてくる『闇』。

 

真守はその『闇』に臆することなく進んでいった。上条は真守の事を頼りに向かった。

 

息が詰まるような沈黙の中、二人は路地裏を進む。

 

 

進んだ先。

 

 

──そこには御坂美琴と同じ姿をした、恐らく彼女の妹の死体が転がっていた。

 

 

投げ出された四肢はズタズタに引き裂かれていて、制服は元の色が分からなくなるほどに真っ赤に染まっている。

 

その衣服には傷一つなかった。

 

彼女は仰向けになって倒れており、その周りに血の海が広がっていた。

 

その血の海は何も床だけに広がってるのではなかった。

真守の身長ほど、つまり上条の目の高さほどの壁までその血で赤く塗り潰されていた。

 

「ぅ……、あ…………」

 

上条が真守の後ろでよろめいた。

真守は黒猫の視界を片手で(おお)うと、その死体に(おく)する事なく近づいた。

 

パシャッと、真守は血だまりを踏む。

 

だが『血液』という外からの干渉を真守のシールドが弾いたことで、垣根に買ってもらった新しい白いレースアップサンダルに血が飛んで汚れる事はなかった。

 

死者を忌避するように思われるだろうが、垣根に買ってもらった大事な靴を汚す事はできなかった。

 

真守は死体を冷静にじっと見つめて、彼女の死因を察した。

 

血液が逆流させられたのだ。

 

その逆流した血流が血管内を傷つけて、心臓に到達した。

心臓には逆流を防ぐ弁が存在しているが、それら全てをなぎ倒す形で逆流させられている。

 

全身の血管をズタズタにされて、心臓の中を(えぐ)られるように傷つけられ。肺に送られる血液の循環すらも逆流させられて、想像を絶する痛みの中で彼女は死に絶えた。

 

 

体の芯が冷え切っていく気がした。

 

 

研究所時代。

その時の自分が機械的な作業によって作り上げ、築き上げていた(しかばね)の一つが、目の前にあった。

 

 

──過去が、ひたひたと近づいてきている。

 

 

自分が起こさなくてもこの世界にはこういう事がよくある、と。

 

そういう事をさせられている人間はまだこの世界に残っているぞ、と。

 

お前だけ逃げたって意味がないぞ、と。

 

お前の代わりはこの世界にまだまだ存在しているのだ、と。

 

 

──そんな事実を証明するものが、目の前で引き起こされていた。

 

 

呆然とする真守の後ろで、上条が吐いた。

 

当然だろう。

一五歳の学生が見て、平然としている方がおかしいのだから。

 

 

上条当麻は駆け出した。

きっと警備員(アンチスキル)を呼びに行ったのだろう。

 

 

朝槻真守は動かなかった。

ただ御坂妹の死体を見つめていた。

 

 

 

「その黒猫を抱いているという事はあの少年の知り合いですか、とミサカは符丁(パス)の確認を取る前に問いかけます」

 

 

 

真守は不意の投げかけに振り返った。

 

 

そこには目の前で死んでいた御坂妹と寸分(たが)わない、御坂美琴の姿をした何者かが存在していた。




過去はどこまでも追いかけてくる。
逃げる事などできない。

ところで昨日付けで『流動源力』を投稿して一か月経ちました。
多くの方にご覧いただけて嬉しい限りです。ありがとうございます。
これからも投稿続けさせていただきますのでよろしくお願いいたします。


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第三一話:〈計画発覚〉で現実を知る

第三一話、投稿します。
次は九月九日木曜日です。


目の前にいるのは間違いなく御坂美琴だった。

 

だがその焦点の合ってない瞳は分散しているように視界に映る全てのものを(とら)え、その瞳に乗る感情も無機質なように感じる。

おおよそ普通の人間にはできない視界を有している彼女。

そういう風に作り上げられたのだと、真守は一目見て直感した。

 

「お前、御坂美琴の体細胞クローンか?」

 

真守は御坂美琴本人と見分けがつかない程に似ている存在が二人もいる事実を受けて、確信を持って訊ねた。

 

「はい。学園都市で七人しか存在しない超能力者(レベル5)、お姉さまの量産型軍用モデルとして作られたクローン──妹達(シスターズ)ですよ、とミサカは答えます」

 

真守の問いかけに、妹達(シスターズ)と自分を呼称したミサカははっきりと告げた。

 

体細胞クローンとは、主に人間の毛髪から摘出した体細胞を用いた受精卵を使用され、体細胞クローンを造り上げるにはDNAマップが必要不可欠だ。

 

『闇』に関する研究所所属の能力者は全てを管理されるので、DNAマップを取られてもおかしくない。

 

だが御坂美琴は学園都市の『闇』になんて関わっていない。

関わっていれば、表の人間が無自覚に振るい、『闇』の人間を傷つける正義感を振りかざしてなんていられないからだ。

 

(……騙されたのか)

 

御坂美琴は恐らく何らかの理由でDNAマップを提供させられた。

美琴が現状、それを知っているかは分からないが、数日間に起きた出来事に心当たりがあって真守は恐らく知っているのであろう、とそう推察した。

 

真守が思考していると、真守と話をしていたミサカの後ろから別のミサカが次々と現れた。

 

符丁(パス)の確認の前で申し訳ないのですが、この現場を実験に関係ない一般人に見られるわけにはいきません。後始末を先にしてもかまいませんか? と、ミサカは既に後始末を開始するために行動しながら問いかけます」

 

妹達(シスターズ)はどんどんと集まってきて、後始末を始めた。

 

真守は自分と話をしているミサカに(うなが)されて血だまりから出ると、ミサカをまっすぐと見つめた。

 

「実験とは?」

 

「ZXC741ASD852QWE963`と、ミサカは符丁(パス)の確認を取ります」

 

「セキュリティランクA以上の符丁(パス)か。上層部の実験だな?」

 

「今の符丁(パス)を解読できない時点であなたの問いに答えることは禁則事項に当たります、とミサカは実験に関係ないながらも事情をご存じのあなたに注意勧告をします」

 

(先程まで生きていた人間が死体になっていて、それが『実験』だったなんて上条にどうやって説明すればいいか……とりあえず、聞き出せるだけ情報を聞き出す)

 

真守は死体袋に詰められていくミサカを視界に入れながら内心そう思って問いかけた。

 

「上条と話をしていたのは死んでしまったあのミサカか?」

 

「あの少年と今日接していたミサカは検体番号一〇〇三二号、つまりこのミサカです、と答えます。今日の実験で死亡したミサカは検体番号一〇〇三一号。昨日あの少年がお姉さまと一緒に遭遇(そうぐう)したミサカです」

 

(上条が会ったミサカは今死んだのか……)

 

「ミサカは電気を操る能力を応用し、互いの脳波をリンクさせています。他のミサカは一〇〇三二号の記憶を共有させているにすぎません、とミサカは追加説明します」

 

真守がギリ、と歯噛みしている前でミサカ一〇〇三二号は淡々と説明するので、真守は歯噛みするのをやめて問いかける。

 

幻想御手(レベルアッパー)と同じ手法だが、同一個体という事もあって少し違うのだろう。……つまるところそれは、お前たち妹達(シスターズ)は個体一人一人が脳細胞の役目を担っており、ネットワーク自体が一人の人間のような意思を獲得している──という事になるのだな?」

 

「その推測に間違いはありません、とミサカは答えます。理解が早いようですが、あなたもどこかの研究所に所属し、実験を行っているのですか? 実験場が重なる、という事態をミサカは知り得ませんでしたが」

 

「……昔の話だ」

 

「昔? ……──他の個体から連絡がありました。警備員(アンチスキル)があの少年とこちらにやってくるそうです。疑惑をかけられる可能性があるので一緒に来る事を推奨します、とミサカは進言します」

 

真守は死体袋を持ち上げながら告げたミサカ一〇〇三二号についていく。

 

真守は携帯電話を操作して、上条へとメールを入れる。

 

『上条、警備員(アンチスキル)が帰ったら奥まで進んできてT字路を右に入れ』

 

真守は簡潔にメールを送ると、携帯電話をしまった。

 

少しして、上条当麻が辺りを探りながら真守の下へとやってきた。

上条は真守の姿を見つけてこちらへと走り寄ってくる。

 

「朝槻! 御坂妹の死体がないんだ! 一体何がどうなって……!」

 

そこまで言いかけて突然ピタッと上条は止まった。

真守の隣に死体袋を抱えたミサカが立っていたからだ。

 

「黒猫を置き去りにした事については謝罪します。ですが、無用な争いに動物を巻き込む事は気が引けました、とミサカは弁解も同時にします」

 

「……どういう事だ? ……死体は俺の見間違いで、俺は錯乱しちまって警備員(アンチスキル)を呼びに行ったのか? わ、悪い。朝槻、俺何か勘違いしたみたいだ」

 

「……いまいちあなたの言動には理解しがたい部分があるのですが。ミサカはきちんと死亡しましたよ、とミサカは報告します」

 

「は?」

 

上条は表情を固まらせてから真守を見た。真守はそっとミサカが持っている死体袋に目をやった。

 

その死体袋のファスナーの隙間から茶色い髪がはみ出していた。

 

「ちょっと待て。お前、一体なに抱えてんだ? その寝袋、一体何が入ってんだよ」

 

その死体袋が上条には寝袋に見えたらしい。

それもそうだ。死体袋を死体袋として認識できる一般の学生なんて存在しない。

 

「念のため、符丁(パス)の確認を取ります、とミサカは有言実行します。ZXC741ASD852QWE963`とミサカはあなたを試します」

 

「な、に? お前、さっきっから何言ってんだ?」

 

「今の符丁(パス)を解読できない時点であなたは実験の関係者ではないですね、とミサカは論理的な証拠を見出します」

 

上条は意味が分からないと真守を見つめるが、真守は無言のままだった。

 

「あなたの言うその寝袋に入っているのは妹達(シスターズ)ですよ、とミサカは答えます」

 

真守とミサカの後ろから他の個体が声をかけた。

 

「あなたには謝罪をしなければなりません、とミサカは頭を下げます」

 

その後ろから何人もの妹達(シスターズ)が顔を見せて上条の前に現れた。

 

「どうやら本実験のせいで、無用な心配をかけてしまったようですね」「と、ミサカは謝罪します」「しかし心配ならさずとも」「ここにいるミサカは全てミサカです」「警備員(アンチスキル)に通報したのは適切な判断ですが」「ミサカが本当に殺人犯だったらどうするつもりだったのですか」「どちらにせよ」「事件性はありません、とミサカは答えます」

 

「……あ? なんだ、これ……あ、朝槻……!」

 

「行くぞ、上条。やることができた」

 

真守は黒猫を抱えたまま、困惑する上条の腕を引っ張って路地裏を後にした。

 

「猫をお願いいたします、とミサカは去っていくあなたたちに声をかけます」

 

 

 

──────…………。

 

 

 

真守はミサカの無機質な言葉に応えずに路地裏を後にする。

 

怒りでおかしくなりそうだったし、嫌な予感がぐるぐると体の中でうず巻いていた。

 

体細胞クローンを消費する『実験』。

その『実験』で妹達(シスターズ)の一人、ミサカ一〇〇三一号は血流を逆流させられる事で死に至っていた。

 

つまるところそれは()()()()()()()()()()()に繋がり、その能力者に真守は丁度昨日の夜に会っていた。

 

一方通行(アクセラレータ)

 

人に言われたことをやっていた以前の自分と同じような雰囲気を醸し出す彼。

自分のもしかしたらという可能性の彼。

 

彼はあの場の近くにいた。

 

AIM拡散力場が感知できる真守は、一方通行(アクセラレータ)の特徴的なAIM拡散力場を記憶していたのだ。

 

だから分かった。

 

ミサカを殺したのは一方通行(アクセラレータ)に間違いない。

 

(あの子が何に関わっているか調べなければ……!)

 

真守は心の中でそう呟きながら無言で表通りまで進んでいき、上条を連れたまま公衆電話を探して辺りを彷徨(さまよ)う。

 

「なあ朝槻。もしかしてこの事、ビリビリは知ってるんじゃないのか? 昨日会った時、御坂妹も一緒にいたんだよ。知ってないとおかしいじゃねえか。実験に協力してんのか? あんな非人道的な実験に……」

 

「その質問の前に情報を集めたい。その方が話をするのも早そうだ。それでもいいか?」

 

「……ああ」

 

上条と会話をしていると、真守は公衆電話を見つけた。

真守は上条に黒猫を預けて公衆電話の扉を開けて中に入った。

ウェストバッグからルーターとPDAを取り出すと、公衆電話に差し込んでPDAを起動させた。

 

「何やってんだ?」

 

黒猫を抱えたまま公衆電話の扉を半分開けて中を覗き込む形で上条は訊ねるが、真守は無言で能力を解放した。

 

蒼閃光(そうせんこう)によって形作られた猫耳のような三角形に、二つ連なるように小さい正三角形が展開される。

ショートパンツのお尻の上から細長いたすきのような尻尾が飛び出して、その付け根に二つの三角形がリボンのようにぴょこっと飛び出した。

 

上条は真守が本気で能力を行使するところを記憶がなくなってから初めて見たので目を見開いた。

 

そんな上条の前で、真守は指先から電気エネルギーを生成してパパリパリッと帯電させると、PDAを操作、ハッキングを開始した。

 

「さっきミサカが言っていたあの符丁(パス)。あれはセキュリティランクAの重要機密に使われているコードだ。だからあの符丁(パス)が合致する実験を探す」

 

「え。それってハッキングじゃないのか……?」

 

上条が何のためらいもなくハッキングをする真守に呆気に取られているが、真守は即座に実験の情報を引き出した。

 

「出た」

 

真守が呟くと、上条も扉を押しのけて公衆電話の中に入って真守のPDAを覗き込んだ。

 

 

量産型能力者(レディオノイズ)計画「妹達(シスターズ)」の運用における超能力者(レベル5)一方通行(アクセラレータ)」の絶対能力者(レベル6)への進化方法』

 

 

「レベル……6?」

 

上条が呟く隣で、真守は時が停まった気がした。

 

『学園都市には七人の超能力者(レベル5)と未承認の超能力者(レベル5)が一人存在する。「樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)」を用いて予測演算した結果、』

 

 

『まだ見ぬ絶対能力者(レベル6)へと安定して到達することできる者は()()という事が判明した』

 

 

『他の超能力者(レベル5)は成長の方向性が異なる者か、逆に投薬量を増やす事で身体バランスが崩れてしまう者しかいなかった』

 

第一位『一方通行(アクセラレータ)

第二位『未元物質(ダークマター)

第三位『超電磁砲(レールガン)

第四位『原子崩し(メルトダウナー)

第五位『精神掌握(メンタルアウト)

 

五人の詳細データが並べられており、第六位はデータが消去され、第七位は絶対能力者(レベル6)に到達予測不明と書かれていた。

 

未承認『流動源力(ギアホイール)

 

そして付け加えるように、真守のデータも並べられていた。

 

 

 

絶対能力者(レベル6)に辿り着ける者は一方通行(アクセラレータ)流動源力(ギアホイール)である』

 

 

 

上条は思わずPDAを操作する指先以外凍り付いている真守を見た。

朝槻真守がまだ見ぬ可能性である絶対能力者(レベル6)に至ることができる。

その真実が、信じられなかった。

 

真守はごくッと生唾を呑み込んでから読み進めていく。

 

『「樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)」によると一方通行(アクセラレータ)は通常の時間割り(カリキュラム)を二五〇年組み込む事で絶対能力者(レベル6)に辿り着くと算出された』

 

その下には、人体を二五〇年活動させる方法がまとめてあり、

 

『そして流動源力(ギアホイール)だが、「樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)」によると特別な時間割り(カリキュラム)を組み上げる事で()()()()()()到達する事が分かった』

 

その下には『特別な時間割り(カリキュラム)』の内容が綿密に書かれていた。

 

真守は最初を読んだだけでろくな時間割り(カリキュラム)ではなかったので、それを上条に見せないためにわざと早くスクロールした。

 

 

『その特別な時間割り(カリキュラム)を一〇歳から(ほどこ)すはずだったが、その時間割りには流動源力(ギアホイール)の協力が不可欠だ。だが流動源力(ギアホイール)は倫理観が酷く欠如しており、制御不能状態にある。絶対能力者(レベル6)に辿り着いたとしても、我々に反旗を(ひるがえ)す可能性さえある』

 

 

『そのため特別な時間割り(カリキュラム)を組む前に、まずは情操教育を(ほどこ)すために()()()()()()()()()()()()()事にする』

 

 

その下には、情操教育相手としての候補者を各研究所から集める(むね)が記載されていた。

その候補者の中には。

 

()()()()の名前が記載されていた。

 

あのまま研究所にいたら、何も知らないうちに絶対能力者(レベル6)へと進化(シフト)させられていたという事実に気づいて、真守は恐怖を覚えて上手く息ができなかった。

 

流動源力(ギアホイール)の情操教育の終了予測は「樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)」でも演算不可能だ。そのため、経過観察をしながらも進展がない場合を考えて、一方通行(アクセラレータ)絶対能力者(レベル6)への進化も並行して本計画として進めることとする』

 

『どちらが成功しようとも我々には関係ない。むしろ絶対能力者(レベル6)が二人も現れれば、()()()()()()()()()()()二つに増えるという事だ』

 

学園都市が追い求める『世界の真理』──所謂(いわゆる)『神さまの答え』。

 

その『神さまの答え』を知るためには、まず『神の領域』へと辿り着かなければならない。

『神の領域』へと辿り着くためには人間を超えた身体を手に入れなければならない。

 

絶対能力者(レベル6)とは人の身でありながら、全ての可能性へと手をかける権利を得た神と同等の存在である人間の事だ。

 

(すなわ)ち、神ならぬ身にて(S Y S)天上の意思に辿り着くもの(T E M)

 

それが学園都市の追い求める『世界の真理』、ひいては『神さまの答え』を知るための()だ。

 

一方通行(アクセラレータ)の「二五〇年法」の件は時間がかかりすぎる。そのため「二五〇年法」を保留とし、別の方法を探してみた。特定の戦場を用意し、シナリオ通りに戦闘を進める事で「実戦における成長」の方向性をこちらで操る、というものだ』

 

『「樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)」を用いて演算した結果、一二八種類の戦場を用意し、超電磁砲(レールガン)を一二八回殺害する事で、一方通行(アクセラレータ)絶対能力者(レベル6)進化(シフト)する事が判明した』

 

『だが同じ超能力者(レベル5)である超電磁砲(レールガン)は一二八人も用意できない。そこで、我々は過去に凍結された「量産型能力者(レディオノイズ)計画」の「妹達(シスターズ)」を流用してこれに代えるとする』

 

『それでも本家の超電磁砲(レールガン)と量産型の妹達(シスターズ)では性能(スペック)が異なる。量産型の実力は大目に見積もっても強能力者(レベル3)程度のものだろう』

 

『これを用いて「樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)」に再演算させた結果、武装した妹達(シスターズ)を大量に投入する事で性能差を埋める事とし、二万体の妹達(シスターズ)と戦闘シナリオをもって、絶対能力者(レベル6)への進化(シフト)を達成させる事が判明した。二万種の戦場と戦闘シナリオについては別に記載する』

 

そこにはずらりと殺される妹達(シスターズ)とそれを殺す一方通行(アクセラレータ)のシナリオが二万通り書かれていた。

 

妹達(シスターズ)の製造法は元あった計画のものをそのまま転用する。まずは肉体面(ハード)超電磁砲(レールガン)の毛髪から摘出した体細胞を用いた受精卵を用意。Zid-02、Rix-13`、Hel-03等の投薬を用いて、およそ一四日によって超電磁砲(レールガン)と同様の一四歳の肉体を手にすることができる』

 

『次に人格面(ハード)だが、言語・運動・倫理など基本的な脳内情報は〇~六才時に形成される。だが異常成長を遂げる妹達(シスターズ)に与えられた時間はわずか一四四時間弱ほどなため、通常の教育法で学ばせる事は難しい。そこで外部スタッフである布束砥信監修の下、彼女が考案した学習装置(テスタメント)を用いて基本的な脳内情報を強制入力(インストール)させ、経過観察を適宜(てきぎ)、彼女に委ねる事とする』

 

『最初の九八〇二通りの「実験」は所内でも行える。だが、残り一〇一九八の「実験」は戦場の条件上、屋外で行うしかない。死体の処分などの関係から、我々は戦場を学園都市内の一学区に絞って行うものとする』

 

 

────……。

 

 

そこまで読んで上条は気が付いた。

屋外実験に自分と真守は遭遇したのだと。

 

真守は美琴の事を思い出していた。

 

何も知らないで幸せに暮らしていけるなら幸せに暮らしていければいい。

だが御坂美琴は知ってしまったら幸せに生きていけない事を知ってしまった。

『闇』に引きずり込まれた。

 

何も知らないで幸せに生きられる超能力者(レベル5)なんて存在しない。

誰も彼もが、学園都市に利用される事となる。

 

 

その事実を、真守はこの計画で知ることとなった。

 




幻想御手事件は垣根くんと真守ちゃんのターニングポイントでしたが、絶対能力者進化計画は真守ちゃんの置かれている状況が明らかになるターニングポイントです。
……というより、事件が起こるたびに割とターニングポイントが発生している気がする。

思うんですがとあるの少年少女ってメンタル強すぎですよね。
クローン勝手に造られてたり残酷な死体を見たりなんて現実でそんな事あったらその時点でメンタルボロボロですし。
そんなメンタルつよつよの少年少女の中でも肝が据わっている真守ちゃんもメンタル鋼です。




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第三二話:〈無間探求〉に呑み込まれる

第三二話、投稿します。
次は九月一〇日金曜日です。


真守は『絶対能力者進化(レベル6シフト)計画』を見て強張(こわば)っていた体から力を抜くために一息つくと、無言でPDAを覗き込んでいた上条に声を掛けた。

 

「情報は集まった。お前の質問に答える前に一つ聞きたいことがある」

 

「……なんだ?」

 

「最近美琴に会ったか?」

 

真守の問いかけに上条は少しの間だけ沈黙してぽそぽそっと答えた。

 

「……昨日会った。でも御坂妹を見たら顔色変えてどっかに連れて行っちまったよ」

 

「美琴が自分にそっくりな人間が目の前に現れても取り乱さなかったという事は計画を知っている、という事実に繋がるのは理解できるか?」

 

「そりゃそうだよな。うん、分かるよ」

 

「では最近、研究所の不審火が続いているのは知っているか?」

 

「不審火?」

 

真守は上条の疑問に答えるために『絶対能力者進化(レベル6シフト)計画』の情報を映していたPDAを操作して普通のネット検索画面に切り替えて、不審火のニュース記事を幾つか表示した。

 

『樋口製薬・第七薬学研究センター』

『品雨大学付属DNAマップ解析ラボ』

『金崎大学付属・筋ジストロフィー研究センター』

『みずほ機構・病理解析研究所』

 

「この四つ以外にも多くの研究所で不審火が相次いでる。これらは全てDNAに関する研究を行っている研究所で、恐らく絶対能力者進化(レベル6シフト)計画の関連施設だ。そこの不審火が続いているという事は誰かが集中的に攻撃していることとなる。……DNAを提供させられた美琴が怒りに任せて襲撃したのだろう」

 

「なんでそうやって推測できるんだ? 根拠は?」

 

「……これは、私の経験則から言わせてもらうが、超能力者(レベル5)は管理される立場にある」

 

「管理?」

 

上条が真守の言葉を繰り返すので真守は頷き、過去において自分が徹底的に管理されていた事を思い出しながら呟く。

 

「全てのデータが利用できるからだ。だから超能力者(レベル5)になる素質がある者は大体研究所に所属している。お前は私に情操教育相手があてがわれていたのを知ったな。つまり肉体面はもちろんの事、精神面もすべて管理されるという事だ。だが御坂美琴はそういった管理される研究所には所属していない」

 

「どうしてわかるんだ?」

 

「そんな気配がしないほどに美琴は清らかで、真っ当な正義感を持っているからだ。そんな表の世界に生きる少女がこんな計画のためにDNAマップを無償で提供するなんてありえない。あの子と接していれば分かる。これは確実だ」

 

「……てことは、目的を知らされずに騙されて提供させられた……?」

 

「それしかありえない」

 

「なっ、なんであいつは誰にも頼らないで実験を止めようって一人で行動してんだ!? 警備員(アンチスキル)やどっかきちんとした機関に言えば非人道的な実験だから止められるはずだろ!?」

 

真守が断言すると上条は声を荒らげて真っ当な言い分を吐いた。

 

「お前も証拠隠滅されていたところを見ただろう。学園都市にはそこら中に監視カメラが設置されている。あの路地裏にももちろんあった。それでも騒ぎにならないということはこの実験を上層部が主導しているということだ。……上層部の言いなりである警備員(アンチスキル)が止めることなんてできない」

 

真守が冷静に上条に(さと)すように告げると、上条はふるふると首を小さく横に振ってから真守に向かって激情を吐露(とろ)した。

 

「そんな……そんな非道が許されていいのかよ!? クローンだって人間だろ!? 御坂妹はどうしたって人間だった! 俺と一緒にジュースを運んでくれた! インデックスが拾ってきた猫のノミを取ってくれた! 黒猫に餌を上げて戸惑いながらも嬉しそうだった! エリート様一人を育て上げるために勝手に造られて殺されるなんて事、許せるはずねえだろ!?」

 

「ああそうだよ! こんな実験、許されないコトだ!!」

 

真守はPDAから顔を上げてそこで初めて上条の目を見て叫んだ。

 

「許されていいハズがない実験が行われていて! 美琴はそれを知ってしまって、自分が騙されても自分が()いた種だから一人でどうにかしようとして苦しんでいるんだ! 人を苦しませて、命を使い潰す非道がまかり通っていいハズがない!!」

 

珍しく叫んだ真守のその表情は悲痛で酷く歪んでいた。

 

等しく大切である命が使い潰されるのが真守は絶対に許せない。

深城と接している事で深城の命の価値を知った真守は、その深城に全ての命が大切だと教えてもらったからだ。

深城からそうやって教えてもらったからこそ、真守は深城の命も他の命も分け(へだ)てなく大切だと知る事ができて、命を大切に想えるようになったのだ。

 

深城の命の価値を守ろうとして他の命を切り捨てた時に、自分が人でなしになってしまっていたと、真守は後から感じていた。

 

命をもう一度粗末に扱えば、その時に戻ってしまい、自分の人間としての大事な部分が失われてしまう気がする。

 

人でなしには、あの時の自分の冷たさには戻りたくない。

そんな想いもあって真守はより一層、命を大事に想っているのだ。

 

真守が泣き叫ぶように声を上げたので、上条は一瞬閉口してから呟く。

 

「じゃあ、一体どうすれば……」

 

真守は上条に怒りをぶつけても仕方がないとして冷静になるために息を整えると、超能力者(レベル5)に相応しい頭脳をフル回転させて思考する。

 

「……この二万通りのシナリオは『樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)』による精密な予測演算で組み上げられている。要はこのシナリオをぶち壊せばいいだけだ」

 

「乱入するってことか? でも『樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)』がもう一度予測演算したら無駄になるんじゃないのか?」

 

上条の問いかけに、真守は上条が記憶を失くしてしまったから伝えていなかった事実を告げる。

 

「『樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)』は既に破壊されている。残骸(レムナント)が回収されてその破壊が確認されているからもう一度予測演算するなんて不可能だ」

 

「破壊された? ……じゃあ最近天気予報が外れるのってそのせいだったのか……!」

 

上条が『樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)』が破壊された事によって起こった身近での異変を思い出しながら呟く。

真守はそんな上条をまっすぐと見て、上条に言い聞かせるようにゆっくりと告げる。

 

「お前の力が必要だ、上条」

 

「俺も実験を止めるためには何かしたいって思うけど……わざわざ(かしこ)まってお前が言うって事は俺の力が必要なんだな?」

 

真守は上条の問いかけに頷いてから話し始める。

 

一方通行(アクセラレータ)は二万通りの戦闘によって経験値を稼ぎ、段々強くなっていく。もし私が実験を止めるために一方通行と戦ったら、超能力者(レベル5)で莫大な力を持っている私と戦ったことにより一方通行(アクセラレータ)の経験値が溜まり、逆に絶対能力者(レベル6)進化(シフト)させてしまう可能性がある」

 

真守はそこでPDAを操作して先程ハッキングで手に入れた『絶対能力者進化(レベル6シフト)計画』の概要(がいよう)から二万通りの妹達(シスターズ)の殺され方と一方通行(アクセラレータ)による殺し方が書かれているページを呼び出してスクロールさせながら説明する。

 

「このシナリオには勝利が絶対条件で、一方通行(アクセラレータ)が『最強』である事を前提として行われている。──でも、もし一方通行が無能力者(レベル0)に負けてしまったら?」

 

「計画が、破綻(はたん)する……?」

 

上条が目を見開いて真守の作戦を理解したところで、真守は時間を確認した。

 

一九時三三分。次の実験開始時刻まで後一時間弱。

 

「とりあえず美琴がどうなってるか心配だから答え合わせも()ねて先に会いに行け。それからお前が主体となって実験を止めるぞ。……この計画には私も関わりがある。そっちの対処をしたいのと色々と調べたいことがあるから別行動でもいいか?」

 

「分かった。無理するなよ!」

 

「……ありがとう」

 

上条は黒猫を抱いたまま、真守にそう注意して公衆電話から出ていって走っていく。

真守はその後ろ姿を見た後、PDAを持っていた両手をだらりと脱力させた。

 

(研究者は人の事を実験材料だとしか考えてない)

 

上条と話をするために何度も息を整えて話をしていたが、限界だった。

必死に抑えていたから上条に気づかれなかったが、上条がいなくなった事によって、抑えていた体の震えが表に現れてしまった。

 

(だからこそ考えない)

 

ふるふると震える体を真守はPDAから離した手で必死に押さえて(うめ)くように心の中で呟く。

 

 

(絶対能力者(レベル6)になった()()()()()()なんて、あいつらは微塵(みじん)も考えようともしない……っ)

 

 

絶対能力者(レベル6)とは『神さまの頭脳』に『神さまの身体』を手にいれた人間だ。

それらの頭脳と身体を手に入れた時。

 

 

()()()()存在していた精神は、果たして一体どうなってしまうのだろうか。

 

 

真守は肩で息をしながら顔に手を当てて、その指の隙間から目を出して呆然と床を見つめながらそのエメラルドグリーンの瞳を揺れさせる。

 

自分を(むしば)んでいく悪意なき探求心を感じながら、真守はインデックスの事を思い出していた。

 

自動書記(ヨハネのペン)

それで目醒(めざ)めている時。

彼女は、確かに言っていた。

 

 

『何だかどんどん冷たい機械になっていくみたいで、恐いんだよ』

 

 

自分が明確に違うものへと造り替えられていくのが恐ろしい。

 

インデックスがその悩みを告白してくれた事で、真守は人間ならば誰しもが直面したら感じる恐怖だと知ることができた。

 

 

真守は五年前、研究所から逃げ出した後に怒りのままに力を振るい続けた。

その最中。

 

偶然、絶対能力者(レベル6)へと手をかけた。

 

本当はそのまま変わり果てても良かった。

深城が使い潰された世界なんてどうでも良かった。

変わり果てて神のような力を得て、全てを壊せば良いと本気で考えていた。

 

そんな真守を止めたのは──やっぱり源白(みなしろ)深城(みしろ)だった。

 

自分が手にかけてはいけないものに手をかけたと気づいた時に真守は突然恐ろしくなった。

 

『神さまの頭脳』と『神さまの身体』を手に入れて、自分の精神が全く違ったものに造り替えられて。

 

 

──この世界で一番大切にしている深城のことを、大事に想えなくなったらどうしよう。

 

 

その恐怖が、真守を支配した。

真守はそれからずっと、その恐怖に悩まされている。

 

真守の恐怖やその悩みを、学園都市は理解しないだろう。

世界の真理を知ることができる切符を手に入れれば、これ以上に幸せな事はないからだ。

 

人の悩みなんて千差万別だ。

持って生まれた力も、精神も考えも。そして置かれた環境さえも違うから、人の悩みなんて他人からしてみれば理解不能の塊だ。

 

だからこそ真守はそれを受け止め、その人の立場に立って、その悩みを理解する。

朝槻真守としての立場で見ただけでは他人の悩みなんて理解できないからだ。

 

そしてそれは。

朝槻真守の悩みや何に怯えているのかを、朝槻真守の立場から見なければ誰一人として理解できない事にも繋がっていた。

 

 

誰にも理解されない悩みに、真守はずっと苦しめられてきた。

 

そしてこれからも。

 

学園都市が『神さまの答え』を求める限り、苦しめられ続けるだろう。

 

 

────……。

 

 

真守は公衆電話を箱のように囲うガラスに寄り掛かって呆然と夜空を見上げた。

 

学園都市は自分をいつでも衛星と監視カメラで捕捉(ほそく)し続けている。

 

きっと自分が絶対能力者(レベル6)に手をかけたことに学園都市は気が付いている。

 

だが真守をコントロールすることができないから上層部はあえて静観している。

もし何らかの方法で自分をコントロールする術を見出したら。

 

 

この『七年間の特別な時間割り(カリキュラム)』を(ほどこ)されて絶対能力者(レベル6)へと進化させられる。

 

 

そこに、自分の気持ちを考える人間なんて存在しない。

そもそも絶対能力者(レベル6)になって自分の気持ちが存在しているかも分からない。

 

進化(シフト)とは、まったく別の存在に()るという事だ。

その先にある精神状態が人と同じ可能性は限りなく低い。

 

少し考えれば頭の良い研究者にだって分かる事だ。

 

人間だって祖が同じなはずの猿とは雲泥(うんでい)の差があって、猿の気持ちを人は理解できない。

その理屈に(のっと)れば、絶対能力者(レベル6)は人間の気持ちを理解できないし、人間だって絶対能力者(レベル6)の気持ちを理解できない可能性が出てくる。

 

それが深城の事を真守が大切に想えなくなる可能性に通じるのだ。

 

だからこそ真守は絶対能力者(レベル6)進化(シフト)するのが怖い。

 

研究所から脱走したって。

表の世界に逃げたって。

 

学園都市の『闇』は、真守を捕らえようと表の世界にまで侵食してきていた。

 

他の誰かが絶対能力者(レベル6)へと進化(シフト)させられようとしているという最悪の形で、その計画に自分も関わっているという凶悪な事情を含んで、自分をじわじわと(むしば)んできた。

 

「………………う、」

 

真守は思わず口に手を当てて(うめ)く。

 

この世界に逃げ場はない。

だったら、戦うしかない。

学園都市が相手だろうと、何があっても。

徹底的に抗戦するしか、自分の人としての尊厳を守り抜くことはできない。

 

一方通行(アクセラレータ)を、止めなければ」

 

真守は決意の言葉を絞り出すようにして呟く。

 

絶対能力者(レベル6)進化(シフト)してあの子が遠くに行く前に、絶対に引き留めなければダメだ……っ!」

 

 

────……。

 

 

源白深城は憔悴(しょうすい)している真守が心配で、切なそうに微笑んでいた。

 

自分には何があったのか詳しい事は分からない。

それでも一つだけ分かる事がある。

 

真守が恐怖を覚えながらも、自分と一緒に生きていこうと前に進み続けようとしている。

 

この世で一番尊い生き方を、真守がしていることだけは源白深城も理解していた。

 

(できることないけど、いつまでもずっと一緒にいるからね。真守ちゃん)

 

深城は意識の中でそう想いを(つむ)ぐと、必死で追い詰められた表情でハッキングを開始した真守をそっと見守っていた。

 




飽くなき探求心に呑み込まれる。


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第三三話:〈相対立場〉の会話とささやかな願い

第三三話、投稿します。
次は九月一一日土曜日です。


真守は現在、とある研究所に侵入していた。

 

その研究所は二階建ての小さな研究所と巨大な三つの培養施設で構成されており、敷地面積は大きいものの研究所は極めて小さい設備の方を重要視した研究所だった。

 

御坂美琴は絶対能力者進化(レベル6シフト)計画に気づき、実験を止めようとありとあらゆる研究所を襲撃し続けた。

実験が中止に追い込まれるのは困る。

そのため実験の主導部は、外部の様々な研究所に実験を委託する事によって対抗した。

 

施設を一つ破壊されようが、他の施設がその役割を担えばいい。

利益を分散させるというデメリットが発生しても、実験を止めるよりもメリットがあると判断したのだろう。

それに美琴が研究所を潰せば潰すほど、利益が主導部に返ってくるから問題ないとも思ったのか。

 

そんな事は真守にとってどうでも良かった。

 

外部に委託するとどうしても主導部と外部の間に()ができる。

真守の所属していた『特異能力解析研究所』は研究の解析を外部から委託されており、外部と繋がっているという事実の隠ぺいに力を注いでいた。

その『解析研』の叡智(えいち)を全て吸収した真守は、その隠ぺいの仕方でさえ学んでいたのだ。

 

そのため絶対能力者進化(レベル6シフト)計画を主導している研究所を探すために外部の研究所から辿(たど)るのは別に難しいことではなかった。

 

御坂美琴は見抜けなかったが、そういう知識もあって真守は絶対能力者進化(レベル6シフト)計画の主導している研究所がここであると突き止めた。

 

 

────……。

 

 

窓のない部屋の中には無数のモニターが並んでおり、大量のデータがそこら辺に束ねられ、まき散らされている。

 

冷却ファンの音が重く響く中、真守はコンソールを操作しており、真守の周りには二〇数名の研究者たちが昏倒(こんとう)していた。

 

「やっぱりあの子の動機はどこにもないな」

 

真守は自分が所有しているデータサーバーへとデータを送信する手筈を整えながら呟く。

 

「なあ。お前は何か知ってるか、研究者」

 

真守は振り返ってその研究者を睥睨(へいげい)した。

 

研究者らしい、化粧っ気もないし適当な服をしている二〇代だと思われるのその女は『芳川桔梗』と書かれたネームプレートを胸から下げていた。

 

「教えてもいいけどその前に挨拶させてちょうだい。まさかここで本物に会えるとは思わなかったわ。朝槻真守さん?」

 

芳川は軽い調子で真守に話しかけた。

芳川は拘束されておらず、ただ椅子に座って足を組んで真守の様子を眺めているだけだった。

真守が芳川を拘束していないのはただ単に芳川に抵抗する気がないと感じているからで、実際に芳川自身も真守に刃向かうのは無駄だと考えていた。

 

朝槻真守は地球が滅亡したとしても死なない能力者だからだ。

 

一方通行(アクセラレータ)は核でも死なないというキャッチコピーだが、人間として最低限必要な補給を絶たれれば死ぬ。

 

だが朝槻真守は核で死なないのはもちろんの事、人間として必要最低限の補給を絶たれても自分の能力で必要なエネルギーを(まかな)う事ができるため、死なないのだ。

 

だからこそ真守は学園都市が制御できない能力者であり、上層部は放置しているしかないのだ。

 

脅されている立場の芳川が随分(ずいぶん)と軽い調子で真守に話しかけてくるので、真守は思わず顔をしかめる。

 

「随分と余裕だな、お前」

 

「余裕とはまたちょっと違うわね。あなたの機嫌を(そこ)ねないように慎重に行動しているのよ」

 

芳川は真守の呟きに肩をすくめてから応えた。

 

「私は研究者が嫌いだ。だからおまえと世間話をするつもりなんてないし、そんな暇もない」

 

「第一〇〇三二次実験が始まるから? ここを襲撃したって事はやっぱり実験を止めるつもりなのね? 自分以外の人間が絶対能力者(レベル6)進化(シフト)するのがそんなに気に入らない?」

 

「その減らず口を今すぐ閉じないと、死なない程度にお前の尊厳を踏みにじるぞ」

 

真守はコンソールを(いじ)ってこの研究所にあるデータを自分のデータサーバーに複製する作業を開始しながら芳川を脅す。

 

「彼の動機、だったかしら?」

 

芳川は真守ならばその脅しを楽々とこなす事ができると判断して真守の質問に答えようとした。

 

「そうだ」

 

真守が芳川の言葉に頷くと、芳川は自分が知り得ている一方通行(アクセラレータ)の動機について話し始める。

 

「自分を取り巻く環境を(くつがえ)すための絶対的な力を手に入れることだそうよ」

 

「……環境」

 

「ええ。彼なりに思うところがあるんじゃないのかしら。私の考えでは人間関係ね。あなたと違って彼は一人で生きていけないから」

 

真守は芳川の主張に反論しなかった。

実際、真守は宇宙空間であろうが一人で生きていけるからだ。

 

芳川の推察(すいさつ)の通り、一方通行(アクセラレータ)は今の孤独な環境を変えたくて絶対的な力を求めたのだろうと真守も察する事ができた。

 

一方通行(アクセラレータ)は真守の好意に触れて随分と戸惑っており、人の好意に触れていないからこそ人とどう接していいか分からずに、真守にも手探りで接していた。

 

きっと強大な力を持っているから誰も彼もが自分から離れていって、一方通行(アクセラレータ)自身も彼らを自分の強大な力で傷つけないように心を閉ざしてしまったのだろう。

 

(あの子は私とは違う)

 

一方通行(アクセラレータ)は真守から見れば、人を想いやる事ができる()()()()()()()()()()でしかなかった。

 

朝槻真守は能力の特性上、流れを見極める事ができる。

真守には人の想いも、ただの事象も。それらがどこへと行きつくのか全て分かっていた。

 

全ての物事の流れを理解できるという事は全てを網羅(もうら)しているという意味だ。

手を伸ばせばなんだって届く。

 

 

何もかもが叶えられる世界にいる真守には()()()()()が必要だった。

 

 

その基準が『自分の利益になることをして、自分の不利益になることをすべて拒絶する』という極めてシンプルな損得勘定だった。

 

その基準に違反すれば、真守は即座に違反したものを拒絶してきた。

 

その内に研究者が自分の事を懐柔(かいじゅう)しようとしてきたが、そんな事で真守の基準は揺るがず、研究者が自分を利用しようとしていると察すると即座にその研究者を()()した。

 

自分の損得勘定の基準を(おか)さなければ、真守は人を傷つけなかった。

 

そんな真守の『基準』は普通の人間から見たらどこまでもエゴ的で『異常な基準』だった。

だからこそ倫理観が欠如していると判断されて、絶対能力者(レベル6)になる特別な時間割り(カリキュラム)(ほどこ)される前に情操教育なんてものが挟み込まれたのだ。

 

真守は深城が情操教育のために自分の前に現れた少女だと知っていた。

 

他の情操教育相手はいつだって真守に気に入られようとしていた。

気に入らなくて壊せばまた新しい相手がやってくるから、無視していた。

 

だから深城の事も無視しようとしたら、鬱陶(うっとう)しいくらいに距離を詰めてきた。

だがそこに悪意が一切ないのだ。

深城は無償(むしょう)の愛を自分に与えたいと感じ、その感性に(のっと)ってただ実行しているだけなのだと、真守は自分の能力の特性からなんとなく察する事ができた。

 

深城は真守の知らなかった『人間として大切にしなくてはならない事』をたくさん教えてくれた。

真守が知らなかった基準を教えてくれた。

 

「……自分以外の絶対能力者(レベル6)が現れるのが嫌じゃないなら、あなたはどうしてこの実験を止めるの? 良ければあなたの考えを聞かせてくれるかしら?」

 

深城との出会いを思い出していると、芳川の問いかけによって真守は現実に引き戻された。

 

研究者が実験材料の気持ちを聞くなんて真守が知っている研究者ならば考えられない事で、真守は思わず驚愕(きょうがく)して唖然と芳川を見つめた。

 

何か真守の機嫌を損ねるような事を言ったのか。

それにしては筋が通らない反応だと芳川が内心で小首を傾げていると、真守が口を開いた。

 

「お前、なんで研究者なんてやってるんだ?」

 

「え?」

 

研究者としてはちぐはぐすぎる芳川に真守が思わず問いかけると、当然の反応として芳川は首を傾げた。

 

自分の気持ちを聞きたいと歩み寄ってきた人間を真守は無視する事なんてないし、できない。

だからこそ真守は芳川の問いかけに躊躇(ためら)いがちにも答えた。

 

「……あの子が、違う存在になってしまうのが嫌だから。遠くに行ってほしくないから」

 

一方通行(アクセラレータ)と、まさか友達だとでもいうの?」

 

一方通行(アクセラレータ)に友人と言えるべき存在がいる。

それならば彼は人の輪に戻ることができていて、絶対的な力を手にしようとしなくても良かったはずだ。

芳川が驚きの声を上げる中、真守は首を横に振ってから答えた。

 

「友達じゃない。ただ、あの子の気持ちを受け止めただけ。……でも、きっと。これから友達になれる。行かなくていいところには行かなくていい。あんなモノのためにあの子にミサカたちを殺させたくない。あんなモノのためにミサカたちが死ぬのが当然だなんて考え、あの子に持ってほしくない」

 

絶対能力者(レベル6)がどんなものか知っていて、あなたはそれになりたくないのね?」

 

「……お前は、どう思う」

 

真守は芳川の問いかけに答えずに逆に質問した。

 

「え?」

 

「おまえは『樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)』で私にどんな時間割り(カリキュラム)が組まれたか知ってるだろう。お前はアレをどう思う?」

 

真守はサーバーの中に保存されている真守に(ほどこ)される予定だった『七年間の特別な時間割り(カリキュラム)』についての意見を芳川に求めた。

 

芳川は、困惑しながらも主観に基づいた気持ちを零した。

 

「……あなたを巨大な延命装置に繋いで、効果が期待されるも体の特定の部位を溶かす副作用がある未認可の薬を数種類使う。その新薬の効果が出たら欠損した器官たちをあなたの体組織から培養してイチから造り上げてその器官を移植して元通りにする。これは一例に過ぎないけれど、あなたの尊厳を考えていないことは明らかね」

 

「お前はそれをするべきだと思う?」

 

「研究者としてそれを求められるのであれば、やるべきだわ」

 

真守は芳川の言葉にそっと目を伏せた。

 

(できればやりたくないけれど打算的に考えてやるべきだと。お前はそう思うんだな)

 

真守はデータサーバーに全てのデータが送信された(むね)を伝える表示を見つめてから、真守はデータサーバーに残っていた真守に関するデータだけを完全に抹消した。

 

妹達(シスターズ)一方通行(アクセラレータ)のデータを消さなかったのは一方通行ならまだしも、計画がとん挫した後に妹達の情報が消されていると色々と困った事が起こるという理由からだった。

 

自分のデータを消去しても上層部が全てのデータを保有しているから意味がないと真守も思うが、自分のデータをここに残しておきたくなかった。

 

「お前、研究者に向いてないよ」

 

「え」

 

真守はデータが消去された事を確認しながら振り返った。

自分の表情はきっと芳川には寂しそうに見えただろう。

実際そうだった。

 

芳川桔梗が打算的な生き方でなければ生きられないのが、朝槻真守はとても悲しかった。

 

真守の表情を見て固まる芳川に向けて、真守は言葉を零すようにぽそぽそと喋る。

 

「私は実験体になった教え子のために学園都市に刃向かって、教え子を救った研究者を知っている。お前は、なんか……研究者だったその人と似てる。きっと誰か大切な人ができたらお前はなんでもできてしまう人間だよ。私はそう感じる」

 

真守は枝先絆理たちを救った木山春生を思い出しながら告げる。

 

「この実験が中止されて行き場がなくなってもお前は生きていけそうだな。でも困ったら相談に乗ってやる。お前ならそうしてもいいかなって私は思うから」

 

「……どうやって実験を中止させるの?」

 

真守は呆然と自分に問いかけてきた芳川桔梗の隣を通って研究室から出る扉に向かいながら告げる。

 

「あの子に勝てる無能力者(レベル0)を知っている。そして私があの子の心を折ってしまえばいいんだ」

 

「折る?」

 

「命を使い潰してまで絶対的な力を手に入れなくていいと、分からせてしまえばいい」

 

真守は研究室の扉を開きながら振り返って告げる。

 

「この施設はミサカたちに何かあった時の培養施設だからな。壊さないでおいてやる」

 

真守は柔らかく微笑みながら告げると、研究所内を闊歩(かっぽ)して第一〇〇三二次実験の実験場である第一七学区の操車場に向かった。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

真守がビルとビルの間を飛んでいると携帯電話に着信があった。

『御坂美琴』と表示されていて、真守は即座に出た。

 

「もしもし」

 

〈朝槻さん……〉

 

「うん、私だ。どうした、ゆっくり話してみろ」

 

美琴の声が酷く憔悴(しょうすい)していたので、真守は優しくそう(さと)した。

 

〈…………私、朝槻さんや垣根さんが見ていた世界を初めて知って……それがとても深い闇に(おお)われた世界で、私が綺麗事ばかり吐いていた事に気が付いたわ〉

 

「お前が知らないで幸せに生きられるならそれでよかった。私はそれで良いと本気でそう思っていた」

 

自分のこれまでの態度を反省して美琴が真守に謝罪しようとしてきたので、真守はそれを(さえぎ)って告げた。

 

真守の優しさに触れて美琴はグッと声を押し殺した後、自分の気持ちを吐露(とろ)した。

 

〈どうにかしようって思ったけど一人じゃどうしようもできなくて……。でももう後がないから私の命を使って実験を止めようとしたらあのバカが来て……朝槻さんが色々調べてくれたって。私が騙されてたって、本当か? ……って聞いてきて。どうして私が騙されたって分かったの? あのバカは朝槻さんが経験からそう理解したって言ってたけど……どういう事?〉

 

真守はその問いに答えるためにビルの屋上に一度降りる。

そして夜の学園都市の風を感じながら寂しそうな声で告げた。

 

「お前が綺麗だったから。『闇』に染まっていないって分かるほどに清らかだったから」

 

〈朝槻さんは綺麗じゃないって言うの?〉

 

真守は美琴のその問いかけに顔をしかめており、歪ながらも微笑んだ。

 

「私はお前が想像もつかないことをたくさんしたよ。ずっとそうやって生きてきた。お前たちのように清らかに生きられたらよかったって思うよ。表の世界で何も知らないで生きられたらどれほど良かったかって、心の(すみ)でいつも考えてる」

 

〈……何も知らないで楽しく過ごしてた私たちが憎くないの?〉

 

「さっきも言っただろ。知らなくて幸せに暮らしていけるなら知らない方がいい。幸せに暮らしていることに罪なんてない。……誰もが幸せに生きられたら本当に良いと思う。だからお前には笑っていてほしい。闇を知っても、陽の光の下で暮らしていけると──私に、示してくれ」

 

〈示す?〉

 

美琴のオウム返しに真守は一つ頷いてから答える。

 

「お前の生き様が私たちを照らしてくれるんだ。その光が眩しすぎて『闇』に生きる人間は受け入れられないかもしれないけれど、私はその光が存在している事自体が嬉しい。だから私に示してくれ。できるか?」

 

〈うん……分かった。頑張る〉

 

真守の心からの願いに、美琴は即座に応えた。

 

「大丈夫、一人で頑張らせない。私もお前の力になる。妹達(シスターズ)のことは私も放っておけない。使い潰されて良い命なんてない。……あの子たちは生まれて何も分からない時に、研究者たちにモルモットだって教えられた。人がそうやって教え込んでしまえば、あの子たちは自分たちの価値をそうだと思い込んでしまう」

 

〈……そうね、きっとそうなんだわ。あの子たちは真っ白で生まれてきたから、モルモットって教え込まれれば自分たちの存在をモルモットだと思うに決まってる〉

 

「ああ。でも妹達(シスターズ)を人間として見ている私たちが彼女たちに、お前たちは人間だと教えればいい。……でもクローンは一般人には受け入れ(がた)い。あの子たちはこれからも苦難の道を歩むだろう。でも人間として生きられるならその方がいいはずだ。だからあの子たちが人間として生きていけるように一緒に頑張ろう、美琴」

 

〈手伝ってくれるの?〉

 

「首突っ込んだんだから最後まで私も協力する。途中で投げ出すのは性に合わない。分かったか?」

 

真守の問いかけに美琴は鼻をグスッと鳴らしてから小さな声で告げた。

 

〈ありがとう……〉

 

「私も今向かっているから。お前はゆっくり来い。良い結果を見せてやる」

 

〈うん。ありがとう、朝槻さん〉

 

「うん。じゃあな」

 

真守はピッと携帯電話の通話を切って夜空を見上げた。

 

(学園都市の『闇』は深い。私は近い将来、必ず絶対能力者(レベル6)進化(シフト)する。時間を稼ぐことはできても、行き着く先は変えられないから)

 

真守は唇を噛みながら顔を歪ませて、夜空に浮かぶ三日月へと手を伸ばした。

 

(絶対能力者(レベル6)になったらどうなるか分からない。進化(シフト)するってそういうことだから。でもそれまで(つむ)いだ絆はなくならない)

 

真守は三日月へと手を伸ばすのをやめてそっと自分の胸に手を当てた。

 

(私の魂は変わらない。私の本質は変わらない。だからきっと私は私のままだけど、でもやっぱりどうなるか怖い)

 

真守は自分の恐怖を今一度理解するために心の中で呟く。

 

(私が変わってしまっても。もうみんなと一緒にいられなくても。みんなが幸せならそれでいい。本当にそう思うから)

 

「なあ、深城」

 

真守は自分の隣に浮いている深城へと声を掛けた。

 

『なぁに、真守ちゃん』

 

「いつまでも一緒にいてくれるよな。私が、……どんなになっても…………」

 

真守が切なそうに顔を歪めると、深城は真守に触れられないと知っていても真守の頬に手を伸ばした。

 

『何言ってるの? 当然だよぉそんなこと。今更聞くなんてひどいねえ、真守ちゃん」

 

「……ごめん」

 

『大丈夫だよぉ。ずぅっと一緒。真守ちゃんが約束してくれたんでしょ?」

 

「……うん、そうだね」

 

わざと意地の悪い言い方をして微笑んでいる深城を見つめながら、真守は小さく頷く。

 

(……でも)

 

真守は深城を見つめながら全く違う事を考えていた。

 

 

(進化(シフト)してしまったら垣根とはもう一緒にいられない気がする…………)

 

 

変わり果ててしまった自分の(そば)から垣根が離れていってしまうのか、変わり果てた自分が垣根と一緒にいる事に意味を見出せないのかは分からない。

でもそんな未来が待っている事を真守はなんとなく察していた。

 

(垣根は私が変わってしまったらどう思うだろうか……。分からないけれど、私が私じゃなくなるその最後の瞬間まで、ずっと一緒にいられたらいいな)

 

「よし」

 

真守はささやかな願いを心の中で呟いてから、ビルの屋上から飛び立って学園都市の夜の街を再び駆け始めた。

 




芳川さん、一方通行をきちんと子供として見てくれているので、少し違ったら本当に木山春生のようになっていたな、と思います。

とある魔術師と気が合いそうな真守ちゃん。それにもしかしたら垣根くんの原作の未来の姿と同じになっていたという……。


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第三四話:〈正義支援〉はお手の物

第三四話、投稿します。
次は九月一二日日曜日です。


上条当麻は第一〇〇三二次実験の実験場となる第一七学区の操車場へとやってきていた。

 

ここに来るまでに自分の命を犠牲にして実験を中止させようとする御坂美琴を止めるために身を犠牲にして電撃を浴びたり、心臓が一瞬停まったりしたが、なんとか実験開始前に辿り着く事ができた。

 

「よお、御坂妹」

 

上条は操車場でこれから実験のために準備をしているミサカ一〇〇三二号へと声をかけた。

 

「お前を助けにきた」

 

上条はそうはっきりと宣言した。

 

「何をやっているんですか、とミサカは問いかけます」

 

「実験を止めにきた」

 

「意味が分かりません。ミサカは必要な器材と薬品があればボタン一つでいくらでも自動生産できるんです、とミサカは説明します。作り物の体に、借り物の心。単価にして一八万円、在庫にして九九六八人も余りあるモノのために『実験』全体を中断するなど、」

 

「──うるせえよ」

 

上条はミサカのつらつらとして言い訳を途中で切るように声を上げた。

 

「な、に?」

 

「そんなもん、関係ねえんだよ。作り物の身体とか、借り物の心にボタン一つでいくらでも自動生産できるとか、単価一八万円とか。お前がどういう風に作り出されたとかそんな小っせえ事情なんかどうでも良いんだよ!!」

 

上条は激情を口にしてミサカ一〇〇三二号が自分に言い聞かせるように呟く、彼女の存在価値を真っ向から否定した。

そして高らかに宣言する。

 

「俺は、お前を助けるためにここに立ってんだよ! 他の誰でもない、この世界でたった一人しかいないお前のために戦うって言ってんだ!」

 

ミサカはそれに応えずに、ただ呆然と感情の乗っていない目を見開かせているだけだった。

 

「今からお前を助けてやる。お前は黙ってそこで見てろ」

 

上条はそこでミサカから目を離して前を見た。

そこには白い髪に赤い瞳。整った顔立ちをしながらも線の細い、男か女かも分からない人物が怪訝そうな表情で立っていた。

いきなり始まった押し問答の行方がどうなるか静観していたのだ。

 

「お前が、一方通行(アクセラレータ)か?」

 

「あァ? なンだ、テメエ?」

 

一方通行がいら立ちを隠さずに、突然実験に割り込んできた上条を睨んだ。

 

「この実験を止めるためには、無能力者(レベル0)の俺が超能力者(レベル5)のお前を倒さなくちゃなんねえそうだ。だから──俺に負けてもらうぜ、三下」

 

上条が自分の事を三下呼ばわりしたのでぴくッと頬を動かすと、一方通行(アクセラレータ)は鼻で嗤った。

 

「オマエ、ナニサマ? 誰に牙剥いてっか分かって口聞いてンだろォなァ、オイ。学園都市でも七人しかいねェ超能力者(レベル5)、更にその中でも唯一無二の突き抜けた頂点って呼ばれてるこの俺に向かって……三下? オマエ、何なンだよ。カミサマ気取りですか、笑えねェ」

 

「勝手に頂点(かた)ってろよ、三下ぁ!!」

 

上条は誰よりも強い超能力者(レベル5)の少女がいる事を知っている。

それは何も能力だけが最強だというわけではない。

 

自分のするべき事を、守るべきものを。それをきちんと見定めて進もうとしているその()り方が、他の超能力者(レベル5)の誰よりも強い輝きを放つのだ。

 

確かに朝槻真守は普通の女の子とは言えない。

上条当麻が錯乱(さくらん)して警備員(アンチスキル)を呼びに行くために半分逃げるように駆け出したあの路地裏で、彼女は平然と立っていたし、その後公衆電話に入って躊躇(ためら)う事なくハッキングしていた。

 

何か後ろ暗い過去がありそうだし、それに絶対能力者(レベル6)なんていう人を超えた何かに進化(シフト)する可能性が目の前の一方通行(アクセラレータ)よりも秘められていると頭の悪い自分でも分かる。

 

 

それでも全てを忘れた上条当麻の大切な友達である事に変わりなかった。

 

 

「……、へェ。オマエ、面白ェなァ──」

 

一方通行(アクセラレータ)は上条当麻を敵と定めた。

実験よりも一〇〇倍先決に潰さなければならない人間を見つめる一方通行(アクセラレータ)の紅い瞳に、殺意が灯る。

 

 

そして、無能力者(レベル0)超能力者(レベル5)の戦いが始まった。

 

 

「うおぉおおおおお!!」

 

上条が雄たけびを上げながら拳を振りかぶって一方通行(アクセラレータ)へと駆け出す。

一方通行はそれを見て獰猛(どうもう)に鼻で嗤って、その場で足を上げてつま先で地面を踏んだ。

 

その瞬間、一方通行(アクセラレータ)の足元の砂利が吹き飛ばされる形で、上条に向かって衝撃波が繰り出された。

上条はその衝撃波に吹き飛ばされて、砂利と共に飛んできた石に全身を強く打たれた。

 

その中でも一際(ひときわ)大きな石が、上条の腹に突き刺さるように打ち込まれた。

 

「……遅っせェなァ」

 

上条が(うめ)く前で、一方通行(アクセラレータ)がもう一度地面を踏みしめて衝撃波を放った。

 

上条は何度も体を縦に回転させられながら吹き飛ばされて、地面に投げ出されて仰向(あおむ)けになって転がった。

 

「全っ然、足りてねェ」

 

一方通行(アクセラレータ)は吐き捨てるように告げながら操車場に敷かれたレールの下へとゆっくり歩いていき、そのレールを軽く足で小突いた。

 

その瞬間、留められたボルトを全て弾きながら一本のレールが一方通行の前で直立した。

 

「オマエ、そンな速度じゃ一〇〇年遅ェぞ?」

 

一方通行(アクセラレータ)が直立したレールを拳で軽く叩く。

レールがくの字に何度も折れ曲がっていき、起き上がろうとしていた上条に鋭い速度で襲い掛かった。

 

上条は即座に立ち上がってその場から離れる。

さっきまでいたところにレールが突き刺さり、土埃と共に石がいくつも跳ね上がってその一つが上条の顎を弾き、そして腹を貫くようにレールが飛んできた。

 

そのレールが致命傷にならないように上条は間一髪のところで避けるが、左わき腹をかすめた。

制服が切り裂かれるのと、その衝撃が左わき腹に入って上条はごろごろと操車場の地面を転がって、痛む脇腹を押さえながら体勢を整える。

 

上条が上空を見ると、折れ曲がったレールが数本向かってきた。

それを視認すると、上条はとっさにその場から飛び退いた。

 

だがそれを予見していたかのように鋼鉄のレールが上条の背後に突き刺さり、飛び退いた上条の背中にレールが突き刺さった衝撃波で吹き飛ばされた数十もの砂利や石が打ち込まれた。

背中に不意の攻撃が入ったことによって息が詰まった上条は地面の上にうつ伏せに倒れ込んだ。

 

風切り音が聞こえて頭上を見上げるとレールが何本もこちらに飛来してきていた。

そのレールは上条自身を突き刺すことなく周りに突き刺さった。

 

そして再び巻き上げられた石が数十も上条の身体を打つ。

 

美琴の電撃で足がおぼつかないし、口の中は血の味で充満していて、全身を石で何度も打たれて上条当麻は満身創痍だった。

 

一方通行(アクセラレータ)からの一方的なレールと砂利や石の攻撃を受け続けながら後退する上条。

何度もごろごろと転がっていると、何かに背中をぶつけた。

 

「コンテナの壁……?」

 

一方通行(アクセラレータ)の攻撃から逃れようと動き続けた結果、操車場の周りに五段、六段と山積みにされていたコンテナの壁まで追いやられてしまったらしい。

 

「余所見たァ余裕だなオイ! ンなに死にたきゃギネスに載っちまうぐれェ愉快な死体(オブジェ)に変えちまォかァ!!」

 

狂った笑い声が響いた時、一方通行(アクセラレータ)が思い切り地面を飛び上がってコンテナの壁に飛び蹴りした。

 

積み上げたコンテナがその一度の飛び蹴りによって山のように崩れ、上条へと向かって落ちてきた。

上条は息を呑んでそれを見上げて、即座に避けた。

 

「無様に這いつくばって逃げろよォ、三下ァ!!」

 

一方通行(アクセラレータ)は落ちてきたコンテナによって上条当麻を視認できなくなったが、周りにあったコンテナを彼は弾き飛ばして、上条がいるであろう場所へと落とし続ける。

 

それらのコンテナを上条が見上げた時、それは起こった。

 

コンテナが()()()()()()()()()落ちてくるのだ。

 

(──動かない方がいい!?)

 

上条はとっさに避けるのをやめて頭を(かば)うようにその場に立ち尽くした。

 

そして一方通行(アクセラレータ)が繰り出したコンテナ群は上条を避けるかのように周りに落下して、中に入っていた白い粉末を辺りにまき散らした。

 

(今何が起こったんだ? 俺にぶつからないようにコンテナが()()()()()()()()()()()()()()落ちた……?)

 

「デカい口叩いた割に、バカみたいに突っ込ンでくるだけとはなァ。無能力者(レベル0)でも雑魚中の雑魚じゃねェか」

 

白煙の中から一方通行(アクセラレータ)が上条に向かって声をかける。

 

「コンテナの中身は小麦粉みてェだなァ。今日はイイ感じに無風状態だし、こりゃあひょっとすっと危険かもしンねェなァ? ……空気中に粉末が(ただよ)ってて、ソイツに火が()くと酸素の燃焼速度がバカみてェに速くなって空間そのものが爆弾になるンだが」

 

一方通行(アクセラレータ)は上条へ丁寧に説明をしながら白煙を振り払う形でコンテナを上空へと打ち上げた。

 

そのコンテナは、白煙に呑まれてた上条でも認識する事ができた。

 

上条が打ち上げられたコンテナを見てその場から逃げようとして背を向けた瞬間、背後から一方通行(アクセラレータ)の声が響いた。

 

「粉塵爆発って言うンだぜェ、三下ァ」

 

 

──直後、小麦粉がまき散らされた空間全てが爆発し、巨大な黒煙と炎が噴き上がった。

 

 

上条は小麦粉が舞った空間から逃げて爆炎からは逃れる事ができた。

 

だが衝撃波が背中を叩き、それと共に小石が飛んで体に叩きつけられる。

 

 

()()()()()

 

 

その粉塵爆発の衝撃波は、上条の横を通り抜けるように繰り出された別の衝撃波によって吹き飛ばされた。

 

「な、ん……!?」

 

上条が驚愕の声を上げる。

 

おかしかった。

粉塵爆発は辺り一面の酸素を奪い取り、気圧を急激に下げると『知識』で知っていた。

その気圧の変化で上条は内臓を(しぼ)り上げられるような圧迫を感じるはずだった。

 

だが横を駆け抜けた衝撃波が粉塵爆発の衝撃波を相殺すると共に、気圧の変化をも調節したので上条の内臓は無事だった。

 

そんな芸当ができる能力者は上条が知っている人物の中で一人しかいない。

 

あらゆるエネルギーを生成する消えた八人目の超能力者(レベル5)流動源力(ギアホイール)。朝槻真守。

 

(そうか……っ! 朝槻はどっかで見て、そんで分からねえように援護してくれてるのか!)

 

上条は一方通行(アクセラレータ)を警戒しながらもその考えに行きついた。

 

一方通行(アクセラレータ)が見ている前での上条への攻撃は一方通行に感づかれる恐れがあるため真守は手を出せなかった。

だが山積みになったコンテナや粉塵爆発によって一方通行(アクセラレータ)の視界が(さえぎ)られている瞬間を狙って、致命傷になるはずだったそれらの攻撃から真守は上条を守ったのだ。

 

朝槻真守は実験を中止に追い込むには一方通行(アクセラレータ)という最強を、最弱である上条当麻が倒す必要があると言っていた。

それに真守が実験を止めようとして一方通行(アクセラレータ)と衝突すると、逆に一方通行が絶対能力者(レベル6)進化(シフト)するのを短縮してしまう恐れすらある。

 

だからこそ朝槻真守は一方通行(アクセラレータ)に分からないように密かに上条当麻を援護していた。

 

(こっちには最強の超能力者(レベル5)がついてんだ……絶対に俺がアイツを負かす!)

 

上条は一方通行(アクセラレータ)がいるであろう方向を睨みつけていた。

 

「酸素奪われるとこっちも辛いンだなァ。こりゃ核を撃っても大丈夫ってキャッチコピーはアウトかなァ? ────で? 身構えてどォすンの、オマエ?」

 

一方通行(アクセラレータ)は目の前で体の痛みに(むしば)まれながらも構えたボロボロの様子の上条に近づく。

 

(器用に避けまくってェ運の良いヤツだなァ)

 

真守が援護していると知らない一方通行(アクセラレータ)は上条当麻が致命傷を負っていないのを『運がいい』という言葉で片付けた。そうするしか判断できなかったのだ。

 

「ポテンシャルの低さが逆に幸いしてるよなァ。そんな弱っちィンじゃ逆に『反射』が上手く働かねェ。ま、オマエはオマエで頑張ったと思うぜ。この一方通行(アクセラレータ)を前にしてまだ呼吸してンだ。だからまァ────」

 

一方通行(アクセラレータ)はそこまで行って手を薄く広げた。

 

「イイ加減楽になれ。好きな方の手に触れろ。それだけで血の流れを。生体電気の流れを逆流させて死ねるからよォ」

 

左手は血の流れを逆流させて、右手は生体電気の流れを逆流させる。

そういう風に一方通行(アクセラレータ)は『設定』した。

 

「どっちがいい? 苦手か、毒手か」

 

一方通行(アクセラレータ)は地面を蹴って衝撃波を繰り出しながら上条へと迫った。

 

「くっ!」

 

上条は(うめ)きながら右手を振りかぶった。

 

「それとも──両方かァ?」

 

そんな上条に、一方通行(アクセラレータ)は両方の手を伸ばした。

 

 

────……。

 

 

気づくと、一方通行(アクセラレータ)の視界には三日月と星が浮かんだ夜空が見えていた。

 

(つ……き? 何で月なンか見てンだ……?)

 

一方通行(アクセラレータ)はそこで自分が地面に手を付いたことに気が付いた。

 

(……俺が、仰向けになってるからか……じゃあ、何で俺は地ベタに寝転がってンだ?)

 

一方通行(アクセラレータ)が目を動かすと、目の前には拳を振りかぶった上条当麻が立っていた。

 

(!? アイツ……目の前にいたはずがいつの間に……イヤ。そもそもなぜヤツは五体満足で立っていられンだ? ……なンだ?)

 

一方通行(アクセラレータ)は異変に気が付く。

 

(痛ェ。痛て……ェ?)

 

顔が殴られたように痛い。

そう思って自分の顔に手を()えると、血がべっとりと付いた。

 

(痛み……だとッ!?)

 

「なっ……なンだコリャああァッ────!!」

 

(ぶっ飛ばされたってのか? 俺が? ありえねえッ。それならヤツの腕の方が折れているはず。俺に触れる事さえ……っ)

 

一方通行(アクセラレータ)は困惑しながらも嗤いながら立ち上がった。

 

(両手に集中して、全身の『反射』を無意識に切っちまったって事か? マヌケ過ぎんぞ、クソがっ!?)

 

「面白れェハハハ。イイぜ。最っ高にイイねェ。愉快に素敵にキマっちまったぞ、オマエはァ!!」

 

一方通行(アクセラレータ)は狂ったように嗤いながら叫んで右手を上条へと伸ばす。

 

上条は一方通行(アクセラレータ)の手に『設定』されていた、血液の流れを逆流させる攻撃を右手の幻想殺し(イマジンブレイカー)によって打ち消してパシッと軽く跳ね除けた。

 

そしてその右手を拳にして握り込む。

 

「歯を食いしばれよ、最強(さいじゃく)────俺の最弱(さいきょう)はちっとばっか響くぞォおおお────!」

 

上条は雄たけびを上げながら一歩踏み込んで一方通行(アクセラレータ)の顔を真正面から殴りつけた。

 

そして一方通行(アクセラレータ)が地面を何度もリバウンドして地面の上を舐めるように(すべ)っていき、止まる姿を見てから告げる。

 

「くだらねェモンに手ェだしやがって。妹達(シスターズ)だって精一杯生きてきたんだぞ。全力を振り絞ってみんな必死に生きてんだ! ……なんだってテメェみてえなのに食い物にされなきゃなんねえんだ!」

 

一方通行(アクセラレータ)は上条当麻の言葉が理解できなかった。

 

(生きてる?)

 

一方通行が視線を動かした方には妹達(シスターズ)がいた。

 

今夜の第一〇〇三二次実験で死ぬはずだった実験材料(モルモット)

 

(何言ってンだ? アイツらは人形だろ。そう言ってたじゃねェか)

 

一方通行(アクセラレータ)は動揺する中で強く願った。

 

(力がいる……コイツを黙らせる力。──いや、理もルールも全て支配する、圧倒的な力。……そォか。そこら辺にあるじゃねェか、これを全部支配すりゃァ────……)

 

一方通行(アクセラレータ)が夜空に向かって手を伸ばした瞬間。

 

 

その夜空に飛来する人影が見えた。

 

 

その人物は袖なしの黒いブラウスに、オーバーサイズの真っ白なパーカーを前開きのジッパーを閉じて肩がむき出しになるように着ていた。

その下にはハイウェストで白いリボンがポイントで取り付けられた黒いショートパンツを履いており、足元にはあの夜も履いていたストラップを編み上げるタイプの白いレースアップサンダルを履いていた。

 

「な…………っ」

 

一方通行(アクセラレータ)はその人物を見て、思わず言葉を漏らす。

 

一方通行(アクセラレータ)が夜のコンビニで会った朝槻真守が、昨日よりもきちんとした服を着て夜空を飛んでいたからだ。

服装はそんな感じだったが、その()()は違った。

 

猫耳ヘアに綺麗に結い上げた頭には蒼閃光(そうせんこう)で形作られた猫耳のような三角形が一つずつ浮かんでいて、その三角形には二つずつ小さい正三角形が連なっていた。

 

ショートパンツの臀部(でんぶ)からはタスキのような細長い尻尾が出ていたし、その根元にはリボンのように正三角形が二つ付いていた。

 

ネオンのような青い光で作られた猫耳と尻尾を身に(まと)うその姿で、朝槻真守は一方通行(アクセラレータ)(とら)えると、長い艶やかな黒髪と、尻尾のように伸びる蒼閃光の(きら)めきをひらめかせながら、夜空からそっと()ちてきた。

 

その姿を見て一方通行(アクセラレータ)の頭に過去の記憶が(よみがえ)った。

 

 

連れて行かれたどこかの研究所。

その隔離区画のとある部屋で(たたず)んでいた、人形のように無機質なエメラルドグリーンの瞳を持つ、不気味で美しい少女。

 

()()()()()()が成長した姿で自分の前に降り立った。

 

「──一方通行(アクセラレータ)

 

その少女は一方通行(アクセラレータ)の名前をそっと呼んだ。

 

ダウナー声でぶっきらぼうに。

 

それでも優しく穏やかに。

 

一方通行(アクセラレータ)の名前を、朝槻真守は昨日の夜のように親しみを込めて呼んだ。

 

 




真守ちゃんはどっちかって言うと、誰かが頑張ってるのを手助けする方が好きです。



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第三五話:〈夜月優美〉が全てを癒す

第三五話、投稿します。
次は九月一三日月曜日です。


「よぉ、朝槻。サンキューな」

 

夜空から飛来してきた真守に上条が地面に尻餅をついてボロボロの状態で声をかけてきたので、真守はそんな上条を見て寂しそうに微笑む。

 

「もっとちゃんと守れれば良かったんだがな。この子、辺りのベクトルを操る能力の性質上、空間把握能力が高いから感知されないようにするの大変だった。ベクトルの向きが変えられたことが分からないようにエネルギーの薄い膜を生成して、その中に違うエネルギーを生成して通すなんて、初めてやったぞ」

 

「? 意味が分からないんだが?」

 

「……記憶術(かいはつ)の課題を増やさなければ…………」

 

「うげっ!? そ、それは勘弁してください!」

 

真守がぽそっと呟く言葉に上条が慌てふためくと、真守はくすくすと笑った。

真守と上条の親しげな会話を一方通行(アクセラレータ)は地面に仰向けになったまま動けずに呆然と見つめていた。

真守はそんな一方通行の視線に気が付いて腰を落とした。

 

「なンで…………オマエ、が」

 

「お前を止めにきた」

 

一方通行(アクセラレータ)躊躇(ためら)いがちに訊ねるが、真守のきっぱりとした宣言に一方通行は瞳を揺らす。

真守はそんな一方通行を上から覗き込みながら両手を一方通行へと伸ばした。

 

一方通行が伸ばされた真守の手に体を固まらせる中、真守はそっと一方通行の頭に触れる。

その瞬間、窓ガラスを割るような甲高い音が響き、一方通行の組み上げた『定義』を真守が()()()()()()()()()()()()『定義』で砕いた。

 

その音と衝撃は現実的に響いたのではなく、初めて会ったあの夜の不意の接触と同じく、定義を生み出す事ができる真守と一方通行(アクセラレータ)にだけ理解できた感覚だった。

 

「な…………ッ」

 

競合して互いに弾きあった昨日とは違い、真守に存在しなかったベクトルを差し込まれて反射の定義を崩された。

今まで経験した事のない感覚に一方通行(アクセラレータ)は思わず(うめ)くように声を漏らした。

真守はそんな一方通行の頭をそっと優しく撫でながら告げる。

 

「私の能力はお前の能力に例えれば、新たなベクトルを生成する事だ。だからお前のベクトル操作の定義を崩す形で私がベクトルを入力すれば、お前の定義を(くつがえ)す事ができる」

 

朝槻真守と一方通行は言ってしまえば、どちらもベクトルを操る能力者だ。

 

正確に言うと流動源力(ギアホイール)はベクトル生成であり、生成したそのベクトルを既存のベクトルにぶつける事で、()()()()全てのベクトルを操作する。

 

対して一方通行(アクセラレータ)は自分の肌に触れた全てのベクトルを()()操作する。

 

そんな両者が衝突した場合、既存のベクトルに新たなベクトルを入力する朝槻真守に軍配が上がるが、真守が一方通行を圧倒できる()()()()()()

 

真守が生成したベクトルを一方通行が空間にある既存のベクトルとして『定義』してしまえば、一方通行も真守の攻撃を操れるからだ。

 

つまり流動源力(ギアホイール)による先制攻撃は一方通行(アクセラレータ)に効かないことになるが、一方通行は真守に決定的な一撃を加える事ができない。

 

一方通行の攻撃は物理攻撃であり、真守に物理攻撃は効かないからだ。

それに真守が一方通行の定義を壊すようにベクトル生成を行えば、その一撃を無効化して逆に操る事もできる。

 

この力関係はじゃんけんをしたら五分五分の勝率だが、後出しじゃんけんならば真守だけが必ず勝てるという寸法だ。

 

この少女は自分が定義する外側にいるのだと、一方通行(アクセラレータ)は真守が触れてきた事によって理解した。

そして原理が全く異なりながらも同種の力を持つ真守だからこそ、自分の気持ちを察する事ができて、昨日の夜に真守が自分の触れてほしくない部分に踏み込めたのはそういう理由だったのだと一方通行は理解した。

 

「絶対的な力。それがあればなんだってできる。そう思ったんだよな。でもお前は私と違って、人を傷つけるために力を求めたんじゃないって分かってる」

 

真守は一方通行(アクセラレータ)が自分たちの関係を明確に理解したと知りながら本題に移ると、その言葉に一方通行は目を細めた。

 

この能力はいつか世界そのものを滅ぼしてしまうだろう。

本当に全てを滅ぼす力をこの能力は持っている。

力が争いを生むのならば、戦う気も起きなくなるような絶対的な存在になればいい。

そうすれば、自分も朝槻真守のいる世界へ行けると思った。

だが朝槻真守も世界を壊す力を持っていた。

 

両者の道が分かたれたのは何故なのか。

 

「私を導いてくれた人がいたんだ」

 

一方通行(アクセラレータ)が疑問に思っていると真守が口を開いた。

自分を導いてくれた源白深城。

戦いになるからと少し遠くで待ってもらっているあの心優しき少女を思い出しながら、真守は穏やかに微笑んだ。

 

「あの子は身も心も清らかで、優しくて。太陽のように輝いていて、いつだって楽しそうで、全力で。あの子がいたから私はこうやって生きていられるんだ」

 

一方通行(アクセラレータ)は真守の言葉に絶望した。

朝槻真守には自分に寄り添ってくれる存在がいて、自分にはいなかった。

選ばれた者と、選ばれなかった者。

良い未来と悪い未来に分かたれたのはたった一人の特別な存在の差だと、一方通行は心の底から理解した。

 

「大丈夫だ。私がお前を導いてあげる」

 

真守から伸ばされた救いの言葉に、一方通行は呆然と微笑む真守を見上げた。

その微笑みは月の光のように柔らかく、闇を照らすような温かさを持っていた。

 

「確かに私はあの子のように身も心も清らかじゃない。あの子の光を受けて私は輝いているだけ。所詮、私は太陽に照らされていないと夜空で輝けない月のようなモノだ」

 

真守の言葉に一方通行(アクセラレータ)は夜空に浮かぶ三日月を見上げた。

その光は闇の中で淡く光り輝いていた。

真守は月を見上げる一方通行に(うた)うように語りかけた。

 

「でも月が誰かを癒せないことはない。いつだって夜空を照らすのは月なんだ。『闇』を照らすのは、月の役目だ」

 

一方通行(アクセラレータ)は思わず真守へと手を伸ばした。

ずっと欲しかった世界にいる真守に、その世界へ導いてほしかった。

孤独な世界からその世界へと連れ出して欲しくて、必死に手を伸ばした。

 

真守は一方通行の妹達(シスターズ)を殺し続けてきた、人を傷つける事しかできなかったその罪に(まみ)れた手を優しく取った。

 

一方通行の細い手を、真守は小さくてふにふにとした手で優しくぎゅっと握って、一方通行を見つめて微笑んだ。

 

(わたし)が、(おまえ)を照らしてあげる。だから使い潰さなくていい命を使い潰すのはやめよう。絶対的な力なんて、なくたっていい」

 

一方通行(アクセラレータ)はそっと目を伏せる。

 

この少女のようにできると自分には思えない。

この少女はひたむきに、血の滲むような努力をして今の世界を手に入れたのだろう。

絶対的な力を手に入れる方が楽だと考えられるほどにもがき苦しみながらも努力をしたのだろう。

その努力が自分にできる自信がなかった。

それでもこの少女のように頑張れば、自分もその世界に少しでも近づくことができるだろう。

 

「大丈夫。お前は一人じゃないから」

 

真守が柔らかく微笑む姿を見て、一方通行(アクセラレータ)は真守について考える。

一方通行は朝槻真守を知っているが、過去に会った事を真守は覚えていないようだった。

 

あの時、何か話していれば変わったのだろうか。

二人で生きられたのだろうか。

自分も朝槻真守も、間違うことなく進めたのだろうか。

何が良かったか、分からない。

分からないけれど。

 

もう一度会えたことはきっと良い事だと、一方通行は感じていた。

 

生き写しでありながらも、全く違う可能性へと至った二人を、上条当麻は穏やかな笑みで見つめていた。

そして次の瞬間に気絶して、一方通行の手を握る真守を見て固まっていた美琴は上条へと駆け寄り、真守は一方通行の手を握りながら携帯電話を取り出して冥土帰し(ヘブンキャンセラー)へと電話を掛けた。

 

 

──────…………。

 

 

 

一方通行(アクセラレータ)は朝槻真守によって連れて来られたとあるマンモス病院で顔の傷の処置を受けて廊下のソファで座っていた。

 

「鼻の骨、折れてなくてよかったな」

 

そんな一方通行に軽い調子で声をかけてきたのは、もちろん朝槻真守だ。

真守は手に缶コーヒーと医療用のストローボトルを持っていて、一方通行へと近づいてきて缶コーヒーを昨日の夜に何の下心もなくごく自然に差し出す。

 

「銘柄が同じのなかったが良かったか?」

 

一方通行は真守の問いに行動で応えるためにその缶コーヒーをそっと受け取った。

 

「上条の顔面グーパンを二回も顔に食らったヤツはそうそういないんじゃないかな。あいつのアレは一発でも破壊力抜群だし」

 

自分から缶コーヒーを受け取った一方通行(アクセラレータ)の隣に真守は座ると、ストローボトルから経口補水液を飲みながら共通の話題を提供してきた。

 

上条、とは自分に一撃を入れたあの無能力者(レベル0)のことで、真守はその友人らしい。

 

何故、突然真守が計画を止めようと動いたのか疑問に思っていると、真守が一方通行の気持ちを察して説明し始めた。

 

上条当麻と真守が本屋で偶然会って本屋から出ると、上条と一緒にいた妹達(シスターズ)の一体が姿を消していた。

消えた彼女を探していると実験場に辿り着き、その場で死んでいる別の妹達(シスターズ)を見つけて実験が発覚。

実験を止めるために真守は上条当麻と協力して一方通行の前に立ちはだかったのだ。

 

一方通行は初めて知ったが、真守はどうやら消えた八人目の超能力者(レベル5)らしく、計画を止めようと乱入しても逆に計画を進めてしまう可能性があったため、『無能力者が乱入して予測演算に誤差が出た』として計画自体を中止に追い込むことにしたのだと。

真守は直接手を出せないから主体となる無能力者(レベル0)の援護をしており、秘密裏に致命傷から守っていた。

そう真守は一方通行(アクセラレータ)に説明した。

 

「ただ殴られてハイ、終わりじゃ嫌だろ。ちゃんと経緯知っておかないとな」

 

普通、鉄拳制裁をしたら気まずくて話しかけられないはずなのに、真守がこうも軽い様子なのはあの無能力者(レベル0)の少年と共にこれまでも色々な事件に首を突っ込んで止めてきたのだろう。

随分と慣れた様子の真守を見て、一方通行(アクセラレータ)はそう推察できた。

 

「別にお前が私より先に絶対能力者(レベル6)進化(シフト)するのが嫌だったからとかじゃないぞ。絶対的な力なんてなくたって私がそばにいてやる。私のできるコトはなんでもするつもりだぞ」

 

真守が少し怒った調子で告げるので、一方通行は思わずフッと口から呆れたように息を零してしまう。

 

「絶対的な力。確かにそれがあれば無敵だ」

 

真守はストローボトルを手のひらの上で転がしながら呟く。

 

「…………でもそれを手にするためには色々と捨てなくちゃいけないんだ。その中には人として生きることも含まれている」

 

「……?」

 

気落ちした真守の声音に反応して、一方通行は真守をそっと横目で見た。

真守はとても寂しそうな顔をして、その瞳には恐怖の色が濃く出ていた。

 

(人として……大事なモンを失うから、コイツは俺を止めたンだな)

 

絶対的な力を手に入れれば、誰もがひれ伏すだろう。

だがその力を手に入れて人間としての大切な何かを失うという事は、まったく別の存在へと造り替えられてしまう事だ。

まったく別の種類の生命体ならば分かりあうことは難しく、話もろくにできない。

 

(なンで…………)

 

何故そんな簡単なことに気が付かなかったのだろう。

現状を変えるには絶対的な力しかない。

そんな仲介人の言葉を鵜呑みにして、クローンは人間ではないという言葉も疑うことなく信じて。

クローンを──人間を一万体以上殺した。

 

誰も傷つけたくなくて絶対的な力を欲したのに、その過程で人を傷つけて殺してしまった。

 

「お前はただ周りに(うなが)されて自分のやるべき事をしただけだ」

 

自ら進んでやった罪深いはずの一方通行(アクセラレータ)を、真守は擁護(ようご)するような言葉を呟いた。

 

「それ以外の道がないように追い込まれたようなものだ。……でもそれが罪にならないわけじゃない。やってはいけない事はやってはダメだし、人間として大事なモノを失っている状態が良いワケない」

 

その言葉は朝槻真守が自分自身に言い聞かせているように一方通行(アクセラレータ)は思えた。

これまでの行いを後悔し恥じて、罪だと感じてそれを忘れないように真守は日々を生きているのだと一方通行は察した。

 

「だから私はお前の傍にいる。私は清らかじゃないけれど、寄り添う事はできるよ」

 

寂しそうに微笑む真守はあの頃に出会った少女とは似ても似つかない存在だった。

 

「オマエに…………」

 

「うん?」

 

その事を思い出しながら一方通行(アクセラレータ)が口を開くと、真守は柔らかく微笑んで小首を傾げる。

 

「昔、会ったことがある」

 

だが次の瞬間、一方通行から放たれた言葉を聞いて呆然と目を見開いた。

 

「…………研究所で?」

 

真守の問いかけに、一方通行は薄く頷く。

 

「お前。私のところに連れて来られた情操教育相手の……一人だったのか?」

 

一方通行(アクセラレータ)は真守の所属していた『特異能力解析研究所』に一度も所属したことはない。

だが能力解析のために連れて行かれたことがあったのだ。

数日間滞在している最中にとある少女に会わされた。

 

人間味が欠片も感じられない、身も心も人形のような少女だった。

蒼閃光(そうせんこう)でできた猫耳と尻尾を常に展開している少女で、何かの『実験』をしていると、一方通行(アクセラレータ)は聞かされた。

 

その少女と同じ部屋に押し込まれた一方通行(アクセラレータ)は、その時には既に人間に対して感情を向けないようにしていたので何もしなかった。

自由時間だと言うのにその少女はおもちゃや雑誌に目もくれずに何かを紙に書き殴っていた。

 

一方通行(アクセラレータ)が盗み見ると、それは論文だった。

エネルギーに関する論文だが、それが能力由来だと理解できた。

複雑な数式が書き連ねられており、その数式をエネルギーに入力する事でどんな作用と性質が生まれるかの論文だった。

その少女の頭の中の演算を、数式や言葉に置き換えているのだと一方通行は悟った。

 

演算能力は感覚に頼る人間も多く存在する。

その中で一方通行は演算を全て数値に置き換えることができる。

だがそれを理路整然と並び立てて構築式に換えて方程式として組み上げ、再び演算する際の時間を短縮、演算効率を比較的に上げようとしている少女はやっぱり歪に見えた。

数日間『特異能力解析研究所』にいて、少女と一緒にいた。

その中で自分と彼女は一度も話をしなかった。

ただ酸素を共有しているだけだった。

 

昨日、真守と初めて会った時に超能力者(レベル5)らしく記憶力の良い一方通行(アクセラレータ)が真守を一目見ても気が付く事ができなかったのは能力が競合して動揺してしまったからではなく、記憶の中の少女と似ても似つかなかったからだ。

恐らく真守が能力を解放しなければ、一方通行はきっと一生気が付かなかっただろう。

 

「そうか。ちょっと待て」

 

真守はPDAを取り出して(いじ)る。

 

「この中に、お前の名前は入っているか?」

 

それは朝槻真守に情操教育相手としてあてがわれた少年少女たちのリストだった。

 

「………………あ、」

 

見つけた。長らく使われていなかった名前だったが、字面を見て一方通行は思い出した。

一方通行が向けた視線の先にあった名前を見て、真守は微笑んだ。

 

「お前の名前、良い名前だな」

 

真守が笑顔で告げるので、一方通行はそうなのだろうかと考えた。

朝槻真守が言うのだからそうなのだろう。

自分の事を信じてくれる彼女が言うのだから、きっとそうなのだ。

 

「お前は何て呼ばれたい?」

 

一方通行(アクセラレータ)

 

「そうか。それはちょっと残念だ。でもお前に会ったら、私は心の中でそう呼ぶよ」

 

真守の笑みに一方通行は視線を缶コーヒーに落とした。

 

数年前は酸素を共有しているだけだった。

 

だが今この時は穏やかな空気を共有していたことが一方通行には分かった。

 

真守も分かっていて、数年前には共有できなかった雰囲気に柔らかく微笑んでいた。

 

 

そんな様子を不穏な目つきで(うかが)う存在がそばにいたことに、真守は最後まで気が付かなかった。

 




真守ちゃん、垣根くんよりも先に一方通行と前に会っていたというお話でした。
上条くんと食蜂さん、それに美琴ちゃんの関係みたいなものです。

それとこの話と同時で一方通行についての考察も活動報告にて載せさせていただきました。
よければご覧ください。


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絶対能力者進化計画篇:後日談
第三六話:〈新造生命〉との出会い


第三六話、投稿します。
次は九月一四日火曜日です。
後日談篇です。絶対能力者進化計画が長くなってしまうので区切りました。



(眠たい……)

 

はふ、と欠伸をして涙を目に滲ませながら真守は公衆電話でハッキングを続けていた。

 

(美琴の心を折るために主導部が外部に委託しまくった結果、私の情報があらゆる研究所に拡散。一八三か所のハッキングに加え情報の流出を防ぐのは流石に骨が折れる)

 

真守は能力を行使しながらぶつぶつと心の中で呟く。

 

(テレスティーナが執着していた能力体結晶は『絶対能力者進化(レベル6シフト)計画』のメインストリームから切り取られたもので、木原幻生が能力体結晶について提唱したのは知っていた……が、まさか一方通行(アクセラレータ)の『絶対能力者進化計画』の提唱者も木原幻生とはな。SYSTEM研究分野の重鎮であるヤツは現在行方不明……私に行方が追えないってなると、相当食えないヤツだ)

 

真守はそこでもう一度欠伸をしてまるで猫が顔を洗うように目をごしごしと(こす)る。

 

(垣根にまた徹夜かお前って言われる……。でもしょうがないし。これだけはどうにかしないといけない。……それに垣根にバレたくないから早めに処理しないと)

 

垣根帝督は統括理事会直属の暗部組織『スクール』に所属している。

情報収集能力は高く、情報担当の誉望万化もなかなかの腕前を持っている。

調べようと思えば垣根は『絶対能力者進化(