とある科学の流動源力-ギアホイール- (まるげりーたぴざ)
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邂逅篇
第一話:〈都市伝説〉の消えた八人目


【注意事項】はお読みになられましたでしょうか。
大丈夫でしたらこのままお楽しみください。
+初心者ですので温かい目でご覧ください。


──ねえ、学園都市には七人の超能力者(レベル5)がいるでしょ?

──そりゃあ常識だからね。

──消えた八人目の超能力者(レベル5)ってのがいるらしいよ。

──消えた?

──あ、その噂知ってる! 確か、流動源力(ギアホイール)っていう超能力者(レベル5)だよね?

──流動源力(ギアホイール)? 確かに七人の中にはいないけれど、どんな能力?

──よく分かんないけれど、字面からして何か駆動させるんじゃない?

──曖昧な。

──でねでね、その能力者は黒猫みたいな姿をしていて遭遇すると不幸になるんだって!

──不幸? オカルトでよく言う黒猫が横切ったらなんちゃらってヤツ?

──それとは違くて。凶暴だから会うと能力で殺されちゃうんだって!

──へえ。普通に怪談になってんじゃん。

──あー信じてないなあ!?

──信じられるわけないでしょ。

──まあ、それは言えてる。

──ちょっと、信じてよーっ!

 

 

──────…………。

 

 

 

手にストローボトルと呼ばれる、医療業界で使われるような簡素な水筒を持つ少女。取り立てて特徴のない高校のセーラー服を着ている彼女の鼻歌が、夜道に響く。

 

その少女は濡れたように光る黒髪ロングの猫っ毛をハーフアップにして、猫耳ヘアにしている。

エメラルドグリーンに輝く、吊り上がった猫のような瞳。生粋のアイドル気質の顔立ちはあどけない様子で整っていて、愛くるしい。

顔立ちが幼くても、彼女は決して幼児体型ではない。一五九㎝にDカップという、女性の理想のモデル体型と呼べる体つきをしていた。

 

少女は鉄橋の上で立ち止まって柵に寄り掛かり、ストローボトルの中身の経口補水液を飲むためにストローを口にした。

 

「お前が流動源力(ギアホイール)か?」

 

水分補給をしようとした少女は、声を掛けられて振り向く。するとそこには数人の不良がいて、少女を取り囲んでいた。

 

「強すぎて順位付けから外された超能力者(レベル5)ってのがどんなヤツかと思ったら、女じゃねえかよ。こんなお嬢ちゃんが本当に超能力者(レベル5)?」

 

自身を取り囲んで下品な笑い方をする不良を、少女は一人ずつ見つめる。

その視線に不良たちが警戒心を露わにする。だが少女は興味を失い、彼らに背を向けて学園都市の夜空を眺める。そしてストローボトルに口を付けて、チューッと優雅に水分補給する。

 

「舐めやがって、このアマ!」

 

少女の余裕そうな態度を見て、男が一人襲い掛かる。

少女の身体に拳が叩きこまれる瞬間、少女が身に纏う見えないシールドによって男の拳が阻まれる。そして蒼閃光(そうせんこう)を迸らせながら、少女のシールドが男の拳を焼いた。

 

「うぎゃああああああああああっ!!」

 

男は皮膚がめくれ上がって焼かれる激痛に身悶えして、のたうち回る。

少女は面倒そうにちらっとそれを見ると、柵に寄り掛かるのを止めた。

 

呆然とする不良の前で、少女の姿がいきなり変化する。

 

猫耳ヘアの丁度真上。

そこに、大きな三角形に正三角形が二つ付いた蒼閃光によって形作られた猫耳が、ぴょこっと現出する。

そして、同時に少女のお尻を包むセーラー服の上から蒼閃光で造られた四角い帯のような猫の尻尾が現れる。その尻尾の付け根には三角形が二つ、リボンのように帯を挟む形で携えられる。

 

少女はネオンのような蒼閃光の煌めきでできた猫耳と尻尾を纏って、ストローボトルを持っていない人差し指をピッと不良に向けた。

 

すると。蒼閃光を纏ったエネルギー球が、少女の指の先から撃ち出された。

そのエネルギー球は不良たちの目の前で爆発し、少女を取り囲んでいた不良全員を凄まじい爆発の熱で焼き焦がした。

 

ぷすぷすと肌が焼け焦げる匂いを漂わせながら、声にならない悲鳴を上げて不良はその場に次々と倒れ伏していく。

 

少女は能力を解放するのを止めて蒼閃光でできた猫耳と尻尾をフッと消すと、柵に寄り掛かって再び学園都市の夜空を見上げた。

 

彼女の視界には夜空だけが見えているわけではなかった。

どこかの女子制服を着た小学校高学年くらいの年齢の少女が、ぷかぷかと宙を浮いている姿が見えるのだ。

 

『さっすが、真守ちゃん! イチコロだね!』

 

猫耳ヘアの真守と呼ばれた少女──朝槻(あさつき)真守(まもり)は経口補水液を飲むのを止めてストローから口を離すと、空に浮かぶ少女へと声をかけた。

 

「深城、お前どこ行ってたんだ?」

 

真守はダウナー気味ながらも可愛らしい声で、宙に浮いている少女──源白(みなしろ)深城(みしろ)に問いかける。すると、深城は宙を泳いで真守の寄り掛かる柵にそっと座って微笑む。

 

『タダで映画見てた! でもその映画あんまり面白くなかった~。B級ってやっぱり千差万別だよね~今度は大々的に宣伝されてる恋愛ものを見に行きたいな~チラッチラ』

 

「……今度一緒に見に行けばいいの?」

 

思わせぶりな深城の発言に真守は小首を傾げながら訊ねる。真守が首を傾げると、あからさまに深城は顔を輝かせ、ガッツポーズをして笑顔を浮かべた。

 

『やった、一緒に見よぉ! その映画ってあたしの好きな三角はおろか、四角にも五角にもなるような昼ドラよりもドロッドロな恋愛モノなんだ! 真守ちゃんと一緒に見られてうれしい!』

 

「やっぱり嫌だ」

 

真守は深城のセンスに顔をしかめながら、ストローボトルを鞄の中に片付ける。

そして鞄の中から氷砂糖の袋を取り出してバリッと開けると、中から一粒取り出して口に含んだ。

 

『え~なんでよぅ!!』

 

深城は真守の拒否に『一回良いって言ったんだからいいでしょぉ!』と抗議する。だが真守は断固拒否といった雰囲気を醸し出して、氷砂糖の袋を鞄に仕舞った。

 

『ねえねえ、真守ちゃん! あたしが映画見ている間何してた?』

 

深城は今度また誘おう、と意気込んでから柔らかく真守に問いかけると、真守はその問いかけに氷砂糖を口の中で転がした後に淡々と告げた。

 

「学校」

 

『学校終わった後は?』

 

「不良に絡まれてた」

 

『もう! その前その前! 学校終わって不良に絡まれる間の出来事!』

 

真守は深城の必死の問いかけに顔を上げた。

そして、深城の絶壁と呼んで相応しい胸をじぃっと見つめて微笑を浮かべる。

 

「深城の残念な胸に合う服を見てたんだ。そのナリだからこそ、ワンピースはよく似合うよな」

 

『まーもりちゃあああああん!!』

 

深城はバッと胸元を隠して顔を真っ赤にして失礼な真守に向かって怒鳴る。すると真守はそれを受けて、ふふっと柔らかく微笑んだ。

 

「可愛いのがあったからテーラーに頼んだ。きっと気に入る」

 

深城は真守に体型の事をイジられてぷんぷんと怒る。だが真守が自分を想ってくれる気持ちは本物だとして、真守を許して柔らかく微笑んだ。

 

『真守ちゃんが選んだお洋服ならばっちりだね』

 

「当たり前だ」

 

真守はふふん、と得意げに笑うと、柵に寄り掛かるのを止めて歩き出す。

そんな真守の周りを中心に、深城は泳ぐように宙を舞ってから真守の斜め前に落ち着き、後方に見える不良を視界に入れる。

 

『それにしてもぉ、真守ちゃんは相変わらず人気者さんだねえ。書庫(バンク)上では真守ちゃんは大能力者(レベル4)力量装甲(ストレンジアーマー)になってて、超能力者(レベル5)流動源力(ギアホイール)じゃないですよぉって事になってるのに。一体誰が真守ちゃんの情報流しているんだろうねえ』

 

「前に言ったかもしれないけど、都市伝説として根付いてるんだ」

 

深城の質問に真守は簡潔に答えた。

 

『都市伝説?』

 

真守は携帯電話を取り出して即座に操作、そして都市伝説サイトにアクセスして深城に画面を見せた。

 

「消えた八人目は黒猫みたいな外見の女の子なんだと」

 

そこには八人目の外見の特徴と、能力を発動した際に現れる身体的特徴が、しっかりはっきりと書かれていた。

 

『あ~真守ちゃんは、美人さんでお高い黒猫さまだからにゃあー』

 

深城は[高貴な黒猫の印象ながらも能力者を殺す不幸の象徴!]と書かれている都市伝説の一文を読んでから、にゃんにゃんと招き猫のポーズをして微笑む。

 

「上層部は私が本当は流動源力(ギアホイール)ってコトをひた隠しにしたくて、昏睡状態の深城を超能力者(レベル5)に仕立て上げてるし。あっちもこっちもやりたい放題だな」

 

真守の目の前にいるのは源白深城本人ではない。

源白深城は現在、幽霊のようにそこら辺を漂っており、本体は昏睡状態で別の所にあるのだ。そんな深城は他の人間には見えず、真守にだけしか見えない。

 

誰にも認識できない深城。それでも深城は楽しそうに、真守の周りをふわふわと浮いて微笑む。

 

『実は、消えた八人目は昏睡状態で入院中なのです! そんな人間を超能力者(レベル5)のランク付けに含む道理はありません! ……だっけ?』

 

「そう。そして深城を超能力者(レベル5)と思って接触してきた連中は、もれなく敵だ」

 

『不良もきちんとした敵でしょぉ? ……あ、危険度の問題だっけ?』

 

深城の問いかけに真守は手に持っていた携帯電話をフリフリと横に振ってから、真剣な表情に切り替えた。

 

「うん。上層部の情報を鵜呑みにして深城に会いに来るヤツらは、消えた八人目を利用するしか考えてないと思った方が良い」

 

真守は深城が深く頷いたのを確認すると、携帯電話を仕舞ってから深城を安心させるように柔らかく微笑んだ。

 

「大丈夫、深城は私がいれば死なないから」

 

その真守の表情と言葉に、深城は頼もしさを感じてうっとりするように微笑んだ。

 

『一人にしないでね、真守ちゃん』

 

「ずぅっと一緒だ。私にはその力があるから大丈夫」

 

真守がふにゃっと照れたように笑うと、深城も釣られて笑った。

 

真守は深城と微笑み合いながら、夜の学園都市の街を歩く。

 

 

 

──────…………。

 

 

第八学区。とあるホテルの最上階フロア。

 

深夜の街並みを睥睨する一人の男子高校生がいた。

高級仕様のクラレット色のスーツ。シャツの前を全て開け、その下にワインレッドのセーターを着こなす、女子受けが確実に良い顔立ちの整った少年だ。

 

 

心理定規(メジャーハート)。テメエの言ったことは本当か?」

 

少年は背後のソファに座ってマニキュアを塗っているピンク色のドレスを着た女子中学生──心理定規(メジャーハート)に話しかける。

 

「ええ。アレイスターの『計画(プラン)』の要は第一位ではないわ。第一位もまさかの『第二候補(スペアプラン)』なのよ」

 

「じゃあ誰が『第一候補(メインプラン)』なんだよ。まさか第三位なワケねえだろ?」

 

心理定規は男子高校生の滲み出る苛立ちを知りながらも、どこ吹く風で答える。

 

「──消えた八人目」

 

「八人目だと?」

 

怪訝そうに問いかける男子高校生に向けて、心理定規は興味深いとでも告げるように柔らかく微笑む。

 

「八人目の幻の超能力者(レベル5)がいるって都市伝説を聞いたことない? その都市伝説は本物なのよ。一体、都市伝説ってどこから生まれるのかしらね。あなたはどう思う?」

 

「そんなクソどうでもいいこと聞くんじゃねえ。質問に答えろ。その八人目はなんでランク付けされてないんだ」

 

世間話を一蹴した男子高校生は心理定規(メジャーハート)を睨みつける。

 

「上層部が制御しきれなかったらしいわ。手が付けられないからそのまま放置されているってことよ」

 

「……ってことは一方通行(アクセラレータ)よりも強いんだな?」

 

学園都市第一位、一方通行も一方通行で十分脅威的だが、その一方通行は第一位の枠組だ。

その枠組に制御できなかったから入れられていない八人目とは、相当にぶっ飛んでいる。

男子高校生の問いかけに心理定規は種明かしをするように告げる。

 

流動源力(ギアホイール)。あらゆるエネルギーを生み出すことのできる能力者らしいわ」

 

「それって新たなベクトルを自在に生み出せるって事か? そりゃあ既存のベクトルを操る一方通行の面目丸つぶれだな」

 

男子高校生は自分よりも上位に位置している一方通行がコケにされるような能力があるのかと知って、呆れたように嘲笑する。

 

「ええ。そんな怪物をどうやって倒せばいいのかしら?」

 

心理定規がからかうように男子高校生に問いかけると、その疑問を男子高校生は一蹴した。

 

「テメエ舐めてんのか? 俺の未元物質(ダークマター)に常識は通じねえんだよ」

 

そう。

男子高校生は超能力者(レベル5)、第二位。未元物質(ダークマター)、垣根帝督だ。

 

そして暗部組織『スクール』のリーダーである闇の住人だ。

 

そんな彼の部下である『スクール』の構成員、心理定規は楽しそうに問いかける。

 

「それで『補助候補(サブプラン)』のあなたはどうするの?」

 

「アレイスターの『計画(プラン)』をめちゃくちゃにするには『第一候補(メインプラン)』を見極める必要がある。一方通行はもう眼中にねえ。その流動源力(ギアホイール)っていう能力者の情報を集めろ、今すぐにだ」

 

垣根は傍らで青い顔をしていた『スクール』の構成員に命令する。その構成員は何度も頷くと、顔を青くさせたまま奥へと引っ込んでいった。

 

「──流動源力(ギアホイール)か。一方通行(アクセラレータ)以上にぶっ飛んだ野郎だな、きっと」

 

垣根帝督はまだ見ぬ八人目の事を考えながら、鼻で嗤った。

 

 



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第二話:〈日常風景〉と不穏な影

連続投稿です。
少し長め。キリの良いところがなかった。


第七学区にあるマンモス病院。

 

そのとある多人数部屋の病室が、真守と深城の住居だった。

多人数用の部屋には風呂とトイレがあるのは勿論だが、簡素なキッチンもついており、室内はパーテーションで区切られている。手前が深城、奥が真守のスペースだ。。

 

真守は自分が所属する高校のセーラー服を着ると、鞄を持って奥から出てきた。

そして、ベッドに横たわって眠っている深城を見つめた。

 

深城が一二歳であった『あの時』から成長が停まっている深城の身体に、深城の意識はない。

 

五年前から一度たりとも、深城の意識がこの身体に戻った事はない。

 

『真守ちゃーん。私の姿見て何思ってんのぉ?』

 

深城を見て動かない真守に声をかけたのは、真守の着替えるところを宙に浮いて見ていた深城だった。

 

「ごめんな、深城」

 

真守が本当に申し訳ないと謝るので、深城は悲しそうに微笑んでから真守を慰めるために近づいた。

 

『……なんで謝るの?』

 

優しく自分を見つめる深城をじっと見上げてから、真守は至極真剣な表情で告げた。

 

「私の力がもっとあれば……。──深城は絶壁のままじゃなかったのかもしれない」

 

『まーもりちゃあああああん!!』

 

深城は胸元をバッと抑えて、真守の耳元で叫ぶ。だがその声は正確には音ではないので、真守の耳が壊れることはなかった。

脳に直接響いてはいるが。

 

『もうっなんで真守ちゃんは私のコトをカラダネタでイジるのかなあ!? 真守ちゃんはいいよねえ、体を成長させるためのエネルギーを自分で補填できて!』

 

深城は真守の能力について言及する。

 

消えた八人目の超能力者(レベル5)流動源力(ギアホイール)

 

それはあらゆるエネルギーを生み出す能力だ。

 

真守はこの世で真守だけが生成できる全ての源である、源流エネルギーを生成することができる。

 

そしてその源流エネルギーに指向性を付与する事で、電気、熱量、運動量、その他この世で発見されながらも明確に定義されていない生命力──人間が生きていくために必要なエネルギーなど、あらゆるエネルギーを生成できる。

 

そのため真守は能力によって、体の成長を促進させるためのエネルギーを自分で生成できる。

 

『でもでも、知ってる! 真守ちゃんはおっぱいはおろか、自分の身長にまで無頓着なんだよ! どこまで成長させていいか分からなかったから、G〇〇gle先生に聞いて理想の女性の体型にしたの知っているんだから! でもでも、そこから成長分考えなかったから一㎝伸びてるし! 恵まれてる能力なのにその力を適当に使ってるところがムカつく!』

 

 

真守は深城の愚痴を聞きながら、キッチンの冷蔵庫から経口補水液が入ったストローボトルを三本取り出して、二本を鞄に仕舞う。

そして手に持っていた一本を開けて口を付けながら、深城を見た。

 

「私は自分の体に興味がない。それに深城の体にも興味がない。そしてそして、他の人間の体にも興味がない」

 

『……じゃあなんであたしのこと、カラダネタでイジるの?』

 

「深城の反応が面白いからだ」

 

真守がケロッと告げると、そんな真守に向かって深城は殴るように手をぽかぽかと振るう。だがその手が真守の身体に触れることはなく、虚しく真守の体をすり抜ける。

 

真守は他の人に見えない深城と共に病院内を歩いて、とある診察室を開ける。そして、そこに座っていたカエル顔の医者──冥土帰し(ヘブンキャンセラー)を視界に入れた。

 

 

「先生、学校行ってくる」

 

真守が声をかけると、冥土帰しが真守にゆっくりと諭すような口調で声をかける。

 

「経口補水液は三本持ったかい?」

 

「ちゃんと持ってる。……でも一日くらい欠かしても私の内臓は退化しないぞ」

 

「衰えるといざという時に普通の食事ができなくなるよ? というか、僕的にはきちんと普段から食事を摂って欲しいんだがね?」

 

「いつでも食べられるようにしてるだけ偉いと思ってくれ」

 

真守は冥土帰しにそう言ってのけると、冥土帰しは肩をすくめた。

 

「行ってくる」

 

真守が冥土帰しに手を振ると、冥土帰しは手を振り返して真守を見送った。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

真守が教室の扉を開いた瞬間にすぐさま目の前に広がったのは、人の背中だった。

 

真守は驚きも身じろぎもせずに、それを見つめていた。

 

そして真守の身体に人の背中が触れそうになった瞬間、その誰かは真守が身に纏っていた見えないエネルギーのシールドに弾き飛ばされた。

と、同時にガキガキッ! と、歯車を強引に噛み合わせるような音が響き渡り、蒼閃光が迸る。

 

「土御門、邪魔だ」

 

真守は自分に吹き飛ばされて地面に顔をこすりつけ、お尻を天井に高く上げてへたりこむ金髪アロハシャツ男──土御門元春の横をすり抜けながら自身の机へと向かう。

 

そんな土御門にクラスのクラスの三バカ(デルタフォース)と呼ばれる青髪ピアスと上条当麻が近づいた。

 

「ふぉぉぉぉぉ! 土御門、お前なんちゅーヤツや! あの『塩対応の神アイドル』である朝槻さんの大能力者(レベル4)力量装甲(ストレンジアーマー)に弾いてもらえるなんて!」

 

「朝でテンション下がってるとかそういう事関係ない、ナチュラルな塩対応流石だな、朝槻! つーか、土御門! ケツヒクヒクしてる場合じゃなくて朝槻にきちんと謝れよ! 朝槻が能力者じゃなかったらちょっとしたお色気シーン(ハプニング)だったぞ!」

 

「うにゃ!? そ、それはそれでよかった気がしなくもない感じだぜい……! ……あ、ごめんなさい、朝槻さま! そんな冷たい視線を向けないでください! 我々の業界ではご褒美ですにゃー!!」

 

真守が汚泥で産卵する羽虫を見つめるかのような軽蔑の視線で土御門を見ると、土御門はぞくぞくっと背中に快感が走ったのか興奮した様子で体をくねらせた。

 

真守は相手にするだけ無駄なので無視すると、自分の机に座った。

その真守の冷たい無視すら、神アイドルの塩対応だと歓喜される辺り、本当にふざけている時のあいつらに関わるとろくなことがない。

 

深城は学校にいてもやる事がないので、今頃どこかで遊び惚けていることだろう。

真守は自分の席に座って大切な少女の事を思いながら一人、ストローボトルから経口補水液を飲みながら初夏の空を見つめていた。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

暗部組織『スクール』のリーダー、垣根帝督とその構成員である心理定規(メジャーハート)は、消えた八人目と噂される超能力者(レベル5)流動源力(ギアホイール)が入院しているという病院を訪れていた。

 

「ここか? その消えた八人目とやらが入院してんのは」

 

「そうね。でもまさか、昏睡状態だとは思わなかったわ。だからランク付けもされていないのかしら?」

 

「そんな人間が『第一候補(メインプラン)』だとか普通なら考えられねえが、今の学園都市の技術なら、本人の意志に関係なく能力使わせる事くらいできる。意識があろうとなかろうと構わねえはずだ」

 

垣根は学園都市の上層部の思惑を推察しながら、心理定規と共に病院に入って受付へと向かった。

 

「入院している源白(みなしろ)深城(みしろ)に面会に来た」

 

受付のナースは垣根の言葉に目をぱちくりとする。

 

「ええっと、源白さまですか?」

 

「ええ、源白深城さん。彼女、私の古い友人なんだけれど今の彼女について聞いてもいいかしら?」

 

心理定規は問いかけながら、流れるように能力を発動した。

 

心理定規(メジャーハート)──他人に対する心理的な距離を識別し、それを基に相手の自分に対する心理的な距離を自在に調整できる能力だ。

 

これにより拷問などをしなくても他者から情報を抜き取ることができるという、非常に便利ながらも厄介な能力である。

 

そして、現在。

心理定規とナースの心の距離を近づけて親友と設定する事により、口を軽くさせようとしていた。

 

「源白さまの古くからのご友人だと知らなかったわ。朝槻さま以外にご友人がいらっしゃったなんて」

 

心理定規の思惑通り、ナースは柔らかく微笑む。そして即座に彼女の情報を口にした。

 

「朝槻さま?」

 

心理定規は柔らかく微笑んで問いかけると、ナースは気軽に個人情報をぺらぺらと喋る。

 

「ええ。朝槻(あさつき)真守(まもり)さまと言うの。源白さまの主治医が源白さまと一緒に引き取った女の子で、源白さまと同じ病室に入院しておられるのよ」

 

「それは知らなかったことだわ。詳しく教えてくれるかしら?」

 

心理定規が源白深城の身辺に興味が出て訊ねると、ナースは懐かしむように目を細めた。

どうやら、古くから彼女たちを知っているらしい。

 

 

「二人共置き去り(チャイルドエラー)で、どこかの研究所の施設に入っていたとか。そこで源白さまが瀕死の重傷を負って、朝槻さまが源白さまをこの病院に連れてきたの。朝槻さまも内臓器官に重度の発達障害が見られていて、治療をする必要があったのよ。でも施設を抜け出したことによって身寄りがなかったから、お二人を診た主治医が引き取って、そのままこの病院に入院しているのよ」

 

垣根はナースの口から軽やかに告げられる、源白深城と朝槻真守の過去に衝撃が隠せない。

嫌な記憶が蘇ると共に、吐き気がした。

人体実験の横行する研究所に所属させられた置き去り(チャイルドエラー)

そこで際限なくすり潰されていく命。その異常に誰も彼もが慣れており、誰が死のうが気にも留めないし、そんな存在はいなかったと、知らないと口々に告げる。

そこから逃げ出した彼女たちの行動力は()()()()()にはできなかったことだった。

 

「……その施設はその後、一体どうなった?」

 

主導権を心理定規が握っているのに、垣根は思わず施設がどうなったか気になって問いかけてしまった。

 

「どのような経緯かは不明ですが、既にないそうですよ」

 

ナースはにこやかに垣根に笑いかけた。

 

源白深城。

上層部が制御しきれないで、ランク付けできずに放置していた能力者。

つまり研究所を破壊するほどの制御が利かない人間だったが、昏睡状態になって身動きが取れないので超能力者(レベル5)のランク付けなどする必要がないので放置しているという事らしい。

 

「そうなの。最近の彼女を知らなかったから教えてくれてありがとう。部屋を教えてくれるかしら?」

 

「ええ」

 

垣根が源白深城について考えていると、ナースはテキパキと事務手続きを行う。

 

垣根と心理定規は入院病棟を歩く。

 

そして、とある病室の前に立ち止まった。

 

『朝槻真守 源白深城』

 

確かにそこにはナースが言っていた二人の少女の名前が書かれていた。

躊躇なく病室の扉を開く。二人部屋と言っても多人数部屋として扱われている部屋なので、思ったよりも広かった。

 

病室とは思えないほどに生活感に満ちている。

中はパーテーションで分けられており、奥は見えなかったが、黒猫をモチーフとしている少女趣味のグッズが多かった。

 

 

そして、手前のベッドに目的の少女がいた。

 

一二、三歳前後の少女だった。

身じろぎ一つしたことがないとも言いたげな程に、綺麗に横たわっている少女。

薄く桃色づいた髪は綺麗に伸ばされており、艶めいていることから丁重に扱われているのだろう。

 

幼さが残る表情は愛らしい。

ふっくらとした体つき、病人とは思えない健康体。

 

 

だが、垣根にはそれが不気味に思えた。

ゾッと背筋が怖気だつほどに。

 

死んでいるようだった。

 

バイタル値が生きていることを証明しているが、そこに生気は一切感じられなかった。

 

何故生きているのかと思うほどに、死の気配がその少女に満ち満ちていた。

 

その様子は自分の手からこぼれ落ちていった『あの子』を連想させる。

 

自身の手の中で冷たくなっていく温かく柔らかな肉体。

人間の生気が全て消え失せて、今まで動いていたのだと考えるのも恐ろしくなるくらいにひたひたと近づいて蝕んでいく死の気配。

 

もう動かないからだ。

もう笑いかけてくれないかお。

そして、もう動かないくち。

 

あの時のあの子に、目の前の少女は非常に似ていた。

 

あの子のことなんてもうとっくに克服したはずなのに、消えた八人目の源白深城を眺めているとそのトラウマが蘇る。

 

「ちょっと、大丈夫かしら?」

 

心理定規が固まってしまった自分の顔を心配そうにのぞき込む。答えない垣根に心理定規はため息をつきながらも、場を繋ぐように呟く。

 

「無理もないわ。私も流石に衝撃的よ。こんな状態の人間と一緒に暮らすのは正直ごめんね。これは一緒に生活している朝槻真守も相当頭のネジが外れているみたいだわ」

 

「……大切な人間が生きているに越したことねえだろ」

 

「え?」

 

小さく呟いた垣根の言葉を心理定規は聞き返すが、垣根は首を振った。

 

「なんでもない。こんなガキが消えた八人目だとは思わなかったな」

 

「……その子、一八歳らしいわ」

 

「なんだと?」

 

心理定規はナースから善意によって借り受けた、受付で使う身体的特徴が書かれた書類を読む。カルテは流石に主治医の部屋にあると思うのだが、電子カルテにはご丁寧にロックがかかっているので奪えなかった。

 

「体の成長が止まっているらしいわよ。恐らく実験の弊害ね」

 

垣根の目の前の横たわる少女の暗い過去が浮き彫りになる。

 

「……おい、とりあえず物色しろ」

 

「自分が物色するのは流石に不味いから?」

 

「バーカ。俺は奥の朝槻真守ってヤツのスペース見てくんだよ」

 

心理定規がからかうように笑うと、垣根は苛立ちを隠さずに罵倒した。

 

肩を竦めた心理定規に源白深城は任せて、垣根はパーテーションで区切られた奥に行く。

そちらも生活感で満ちていたがどこか殺風景で、持ち主の性格が物に頓着しないことが伺えた。

 

デスクにはPC、教科書が乱雑に置かれていて棚には多くの本が並んでいた。

その多くが宗教に関する本だった。

 

「十字教徒なのか?」

 

垣根は本を一つ棚から抜き出す。

そこには、『ギリシア神話 神統記』と書かれていた。他にも『天使図鑑』『天国・地獄』など多数の本が並んでいた。

 

「学園都市の人間なのにオカルト好き? 変わったご趣味だな」

 

垣根は鼻で嗤って棚に本を戻す。そして、据え置き型のPCの電源を入れてみるが、そのPCにはロックがかかっていて使えなかった。

 

どうやら情報関連に朝槻真守は明るいらしい。

多重ロックがかかっていることから、恐らくハッキングしたら確実にバレるだろう。

 

「誉望を連れてくるべきだったか。まあ、様子見だな」

 

垣根はPCの電源を落として、周りを見る。

 

少女が使うにはハイブランドの化粧品。ここまで高いものを使えるということは、朝槻真守は高位能力者らしかった。

 

何故ならこの学園都市では能力の強度によって金銭的地位が決まる。

能力が優秀なほど研究所に声を掛けられやすいし、能力に価値があれば奨学金も自ずと多くなる。

 

朝槻真守の生活環境から、垣根はそう推測できた。

 

垣根は棚の上に薬の袋が置いてあったので、自然とそれを手に取る。

 

中には錠剤やら無痛注射針(モスキートニードル)を使う薬やらが入っているが、専門知識を要する薬のため何の薬だか分からない。

そのため薬の名称を全て記憶してから、垣根は薬の袋を基に戻した。

 

次に目を上げると、コルクボードには学園都市の風景を撮った奇妙な写真が貼られていた。

 

だがどれにも整合性がなく、何故この景色を撮ったのかと疑問に思うほどの日常風景が写真に収められていた。

 

クローゼットも一応開けてみたが、中には全てハイブランドで白と黒にまとめられた服が入っているだけで、特に変わった点は見られない。

 

……ちなみに、下着類が入っている棚は流石に開けてない。男のプライド的な意味で。

 

本人の写真が一枚でもあるかと思ったが、どこにもないのでどんな人物か分からなかった。

 

だがこの生活風景を見る限り、朝槻真守は一般人として生活しているようだった。

 

垣根がパーテーションで区切られた奥から出てくると、心理定規が興味深そうに源白深城のタンスをチェックしていた。

 

「他の女の趣味が気になるのか?」

 

「それもあるけれど。この子が持っている服、全部オーダーメイドの高い服だわ。これは同室の子がこの子のためにわざわざテーラーに任せて買っているのね」

 

「それがどうした」

 

「愛されているって事よ。よっぽどこの不気味な子が大事なのね」

 

「……まあ、瀕死の重傷の人間を研究所から連れ出すんだ。執着はあんだろ」

 

垣根は朝槻真守の異常性を認識しながらも、納得することはできる。

 

自分の生きがいである人間が生きているだけで活力になる。

だから朝槻真守の感性は間違っていない。

 

「それで? この子の息の根を止めるの?」

 

「は?」

 

心理定規の疑問の意味が分からずに、思わず垣根は首を傾げる。

 

「だってこの子が『第一候補(メインプラン)』なのよ。ここで殺せば『第一候補(メインプラン)』の座から引き下ろすことができるわ。それが一番簡単じゃない?」

 

垣根は死にかけの少女を睥睨する。

 

確かに殺意を向けている自分の目の前で、悠長に眠りこけてる超能力者(レベル5)を殺すことは簡単だ。

 

だがこの少女を殺したら、朝槻真守はどう思うだろうか。

 

ここまで死に体の少女を後生大事に扱っている。

 

もし、ここで源白深城の息の根を止めれば、朝槻真守は絶望するだろう。

 

まだ見ぬ少女だが、垣根は彼女の気持ちが痛いほどわかる。

 

自分も過去に同じ経験をしているからだ。

 

確かに朝槻真守の直面した現実は学園都市に星の数ほどに存在する、ありふれた悲劇だ。

 

だが、その悲劇は本人にとって非常に痛ましく、根強く自身を縛るものだ。

 

「とりあえず様子を見る。コイツの能力の詳細すらわかんねえんだ。まずは情報収集をする。それにこんな死にかけ俺はいつでも殺せる」

 

「それもそうね。病院って言っても不用心にもほどがあるから。一応ここはVIPルームらしいけれど、私の能力の前じゃ意味ないし。でもどうやって情報集めをするの?」

 

「この死にかけを後生大事にしている朝槻真守から当たる。普通に学校通ってんだ。情報は倉庫(バンク)にも学校にもあんだろ」

 

「まあ、あなたと同じ学生だものね」

 

「俺のことはどうでもいいだろ」

 

垣根は源白深城を睥睨する。

 

アレイスターの『計画(プラン)』の要である『第一候補(メインプラン)』。

 

利用されるために事情を知らずに朝槻真守によって生かされている、悲しきモルモット。

 

「悲劇のヒロインなんてこの学園都市に腐るほどいんだよ」

 

垣根は源白深城が特別じゃないと吐き捨てて、病室を心理定規と後にした。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

「面会?」

 

真守が病院に帰ってくると、顔見知りのナースにそんなことを告げられた。

 

「ええ。女子中学生と男子高校生よ。源白さまの古い御友人ですって」

 

「……知らない」

 

真守は不快感をあらわにしながら眉をひそめる。

 

深城に古い友人なんていない。いるわけがない。

あの子は置き去りで、研究所でずっと自分と一緒だったから、古い友人なんて存在は絶対にいない。

 

真守は自然と辺りに深城がいないか探すが、今日は昼休みの時に第六学区の水族館に行ってくると言っていた。しかもナイトショーまでばっちりと見ると豪語していた。絶対にいないと分かっているのに、真守はそれでも異常事態が起こっていて深城の姿を思わず探してしまった。

 

「どんな外見だ? 私も一度くらいは会ったことあるかもしれない」

 

真守の問いかけに、ナースは面会者の外見をつらつらと説明する。

 

「スーツを着た男の子とドレスを着た女の子。全体的に高級志向で、すっごく遊んでそうな雰囲気があるけれど、とっても綺麗な子たちだったわ」

 

「なんだそれ。ホストとキャバ嬢?」

 

「違うわよ、どう見ても未成年だったわ」

 

真守が吐き捨てるように問いかけると、ナースは真守の冗談にクスクスと笑った。

 

「名前は?」

 

別に冗談じゃない、と真守が心の裡で思いながらも、病院に来たのだから名前が分かるはずだとナースに訊ねた。

 

「名前? ええっと、確か……あら。何てことしたのかしら、私。聞きそびれちゃったわ」

 

真守はナースの不可思議な様子に目を細めて、警戒心を露わにした。

 

「……記録は?」

 

「ちょっと待ってね。……あら。私記録もしてないわ。どうしましょう、なんでこんなことに……」

 

真守は慌てるナースを見て黙る。

 

この病院のナースたちは教育が行き届いているため全員勤勉だが、そんなナースの中でも彼女は輪をかけて勤勉だ。

 

普通なら、絶対に彼女が聞き忘れたり記録をし忘れるなんてことはありえない。

 

「用意周到だな」

 

真守はぽそっと呟く。この様子だと病院内にある監視カメラは意味がないだろう。

人間を操れる精神操作系能力者だから、監視カメラも人を操って消去させればどうとでもなる。

 

「一体、誰だ?」

 

真守は警戒心を露わにする。

許さない。自分と深城に悪意持って近づく人間は許さない。

 

そもそも、真守は自分を利用しようとするヤツは即座に潰す事にしている。

今後一生自分に刃向かえないように、完膚なきまでに叩き潰す。

 

敵に容赦がない真守だが、真守は人間が優しいことを知っている。

 

その優しさによって、自分が生かされていることを知っている。

 

だから、殺すということはしない。

叩き潰すのは心であり、身体的ではない。

 

誰だって改心する事ができる。

 

なんせ、世界を呪って壊そうとした真守を深城が改心させてくれたからだ。

 

深城がいなかったら真守は衝動的に犯した殺人を省みることなく、そのまま止まることなどできずに殺人を犯し続けてこの学園都市を崩壊に追い込んでいた。

 

深城がいてくれたから。

 

深城がずっと一緒にいてくれたから。

 

真守はこうやって陽の光の下を歩けるのだ。

 

真守にとっての『光』であるその深城を利用しようと近づく者は許さない。

 

 

「絶対に叩き潰す」

 

 

真守はぽそっと言葉を零して決意を新たにして、行動するために自分の病室へと帰って行った。

 

 




真守ちゃんは上条たちと同じ高校でクラスメイトです。
クラスのマドンナという種類ではないけれど高位能力者という事もありアイドル的存在。




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第三話:〈邂逅遭遇〉は淡々と

連続投稿は三話で終了です。
次の投稿は八月八日日曜日を予定しています。
二次創作原案は旧約書き終わってるのでエタらなければ最後まで行きつく……ハズ。



垣根帝督は、第七学区のショッピングモールを数人の知人と訪れていた。

 

暗部組織『スクール』のリーダーではあるが、学園都市の五本指に入る第七学区にある名門高校の二年生である。そのため、人付き合いというものがあるのだ。

 

適当にぶらついていると、自販機が置いてある休憩所も兼ねたトイレの前で迷惑そうな顔をしている少女が立っていた。

 

その少女に、垣根は心当たりがあって立ち止まる。

 

濡れたようにつややかな猫っ毛の黒髪ロングをハーフアップにして猫耳ヘアにしている、あどけなさを感じさせる整ったアイドル顔の少女。

少し吊り上がった猫のような瞳はエメラルドグリーンで、口は食事がし辛そうと思えるほどに小さめ。

形の良いほど良くふくよかな胸によって押し上げられる有名校ではない高校のセーラー服。

 

垣根の目の前にいる少女は、消えた八人目の超能力者(レベル5)と共に生活をしている朝槻真守だ。彼女は普通の学生。垣根は『スクール』の構成員が難なく倉庫(バンク)と所属している高校から引き出してきた情報を頭に思い浮かべる。

 

真守の目の前には、見るからに不良の三人が立っていた。

 

女性の理想の体型の塊であり、あの整った容姿に高貴な黒猫を連想させる少女ならば、声をかけられてもおかしくはない。

 

「邪魔」

 

真守は絡んできた不良をまっすぐと見つめて、ダウナー系の口調ではっきりと言い放つ。

 

意外と気の強い少女だ、という印象を持った垣根。

 

だが、そんなのは不良には逆効果である。

 

「この女、下手に出てりゃあいい気になりやがって……!」

 

真守は怒る不良を興味なさそうに見上げる。

 

それを見て、トイレへと休憩にやって来た学生たちが真守と不良を見てこそこそと喋っていた。

風紀委員(ジャッジメント)警備員(アンチスキル)に連絡した方が良いのかと相談しているのだ。

 

「躾してやるからこっち来い!」

 

そんな中、不良の一人が真守に手を伸ばした。

 

真守はその手に恐怖を覚えることなく見つめていた。

 

真守の肩を不良が掴もうとした瞬間――蒼閃光が迸り男の拳を焼いた。

 

「う、がああああああ!?」

 

不良の拳が光によって焼かれ、その痛みと衝撃で不良はのたうち回る。

 

垣根は何が起きたか理解できずに呆然と見つめていた。

 

肉がめくりあがった拳からは、プスプスと焦げる音が聞こえてくる。

 

だが、驚いたのはそこではない。

 

少女の体を纏っているものは、既存の法則で計れるエネルギーではなかった。

 

垣根帝督は超能力者(レベル5)第二位、未元物質(ダークマター)という能力者だ。

 

それは、この世に存在しない物質を操る能力。

 

未元物質(ダークマター)という物質が物理法則に新たに加われば、ひとつひとつの現象において既存の物理法則とは全く違った結果が生じる。

 

太陽光線を殺人光線に変えたり。地面をマグマのように煮えさせたり、はたまた地面から氷の結晶を生やしたりできる。

 

垣根が能力を一度発動すれば常人には何が起きるか理解できない空間と化すが、その能力を行使する垣根は違う。その空間で何が起きるかを演算できる。

 

その演算能力の有能性は、能力を発動しなくても日常生活で現れている。

 

空間で起きるすべての事象を把握しているということは、能力を解放していなくとも物理法則を観測、解析できるということだ。

 

そのため理解できた。

 

――朝槻真守が薄い膜のように纏っている装甲は、この世界の既存の法則で計れるエネルギーではないということが。

 

朝槻真守の能力は大能力者(レベル4)力量装甲(ストレンジアーマー)

肉体の生命力の余剰エネルギーを体の周りに装甲として展開して、それによって身を守ることができる能力。

窒素装甲(オフェンスアーマー)と呼ばれる窒素を装甲にできる能力もあるから、それと同じような能力だと考えていた。

その能力概要で考えると、人間の生命力エネルギーは学園都市第二位である垣根にすら理解できないエネルギーということだ。

 

自分の既知ではない生命力エネルギーというものに、ただ単純に興味が湧いた。

 

超能力者(レベル5)、源白深城が所属していた研究所はエネルギーに関する珍しい能力者が集められていた『特異能力解析研究所』という場所だ。

朝槻真守もその研究所出身であるならば、その纏うエネルギーに特異性があってもなんらおかしいところはない。

 

真守は微動だにせず、三人の不良を自滅させるように撃退した。

 

垣根が真守の能力によって即座に倒れた不良を睥睨していると、倒れている不良の携帯電話が鳴った。

 

その携帯電話は開かれており、勝手に留守番電話に切り替わって新しく録音され始めたメッセージが勝手に垂れ流される。

 

その録音メッセージを聞く限り、不良たちを束ねるリーダー的な存在らしい。

 

そのリーダーが『トイレにいつまで時間かけてんだ、しょうがねえからそっちに行く』と言った声が聞こえてきた。

 

 

――その時、真守がふっと垣根を見た。

 

 

垣根が突然のその視線に体を固まらせるが、真守が見ていた方は垣根の後ろだった。

 

垣根が振り向くといかにも不良の親玉です、と言った男と数人の不良がこちらへと歩いてきていた。

 

真守がどこまでできるか垣根は興味があったが、接点を作ることの方が重要だ。

 

そのため垣根は不良に動じることなく立っていた真守に近づいて声をかけた。

 

「来い」

 

手を取ると未知のエネルギーによる装甲で弾かれる可能性があるので、垣根は真守に向かってくいくいっと逆手で呼ぶ仕草をする。

 

真守は垣根を見て目をきょとっと目を見開いて、驚きの色を浮かべていた。

 

「早く」

 

垣根が苛立ちを込めて告げると、真守は後ろをちらっと見てから頷いた。

 

どうやら人の好意を無下にする人間ではないらしい。

 

真守は垣根の後を追って、ショッピングモールのバックヤードを抜けて外へと出た。

 

真守は不良が追ってきていないか辺りを伺っている、少年をじぃーっと見つめていた。

綺麗にくしを通して整えられている、明るい茶色の髪。

長く伸ばされたその前髪の向こうには、黒曜石のような瞳が垣間見える。

そして、それらに見合った整った顔立ち。

 

恐らく身長は自分よりも二〇㎝以上は高く、足がすらりと長いモデル体型。

その体型を際立たせるかのように、学園都市の五本指に入る第七学区の名門高校の制服を華麗に着崩していた。

 

誰もが怖いものみたさで近寄りたくなるオーラを放っている、という印象を真守は受けた。

 

(あそこで出てくるのは流石に怪しまれたか?)

 

垣根がその視線に気が付いて、自身の行動に不備が有ったか考える。

 

だが、真守は心の中で垣根を絶賛していた。

 

誰もが関わりたくないと言う雰囲気を発して遠巻きに見ている中、自分を心配して声をかけて、あまつさえ逃がしてくれた目の前の少年。

 

(助けたいって思ったら即座に行動できるひとだ!)

 

正義感の強い少年だと、真守は純粋に思って目を輝かせた。

 

自身の容姿が整っている人間は大抵自尊心で満たされて傲慢なハズなのに、心まで完璧に美しい人間がいるとは思わなかった。

 

真守は助けてくれたことが嬉しくて、柔らかく微笑んだ。

 

「ありがとう」

 

無表情で興味がなさそうにヤンキーを睥睨していた真守が、自分に向かって心の底から感謝を覚えて純粋な気持ちを向けて微笑んでいる。

 

その眩しい表情に、垣根は打算的に動いた自身の行動に罪悪感が募った。

 

「お礼がしたい」

 

真守は柔らかく微笑んだまま、垣根の手を伸ばした。

 

一瞬装甲で弾かれるかと思ったが、その小さな手は意外にも垣根の手を柔らかく掴んだ。

そして華奢な外見からは伺えない強い力で、ぐいぐいと引っ張る。

 

「お、おい!」

 

「遠慮するな」

 

真守は表通りに出る裏道を歩きながら、振り返って垣根を見た。

その表情は、はにかむように笑っていた。

 

気まぐれで高貴な黒猫が純粋に好意を向けている印象だったので、垣根は無言と無抵抗しか取れずに連れられていく。

 

 

真守が垣根を連れてきたのは、落ち着いた雰囲気の男でも入れるような喫茶店だった。

 

この喫茶店のメニューはカロリーがバカ高く、見栄えばかりに気を使った体に悪いメニューとは別物だ。上品で質の高いスイーツや軽食が楽しめる喫茶店で、垣根も心当たりがあった。

 

真守は店員に案内された後、垣根に向かってソファの方を指さす。

 

硬い椅子よりもソファに座れという、真守の指示。だが垣根は女性にそこまでされる必要はないと首を横に振ってから、椅子に座った。

 

その様子を見て、おーっと更に感心した表情をした真守は、ソファにちょこんと座った。

 

「私、朝槻真守。お前は?」

 

真守は警戒心など微塵も感じさせない様子で首を傾げる。垣根は罪悪感を悟られないようにぽそっと告げた。

 

「垣根帝督」

 

「私、一年。同級生? それとも先輩?」

 

真守は自分が高校生の中で一番位が低いと自覚している。そのため失礼のないように前置きをして真守は慎重に訊ねた。

 

「二年だ。……別に先輩は付けなくていい」

 

「垣根。さっきはありがとう。本当に嬉しかった」

 

真守はエメラルドグリーンの猫のように若干吊り上がった目を細ませて微笑む。そしてメニュー表を垣根に渡した。

 

「なんでも頼んでくれ」

 

真守が垣根を見てニコニコとするので、垣根はメニュー表を見つめる。

そして、適当に決めてから真守を見た。

 

真守はご機嫌にしているだけで、一度もメニュー表を見ていない。

 

「お前はいいのか、あしゃつ――」

 

真っ当に疑問を持った垣根が話しかけると、真守の名前を盛大に噛んだ。

 

きょとっとした目を向ける真守と、気まずそうに視線を逸らす垣根。

 

普通はからかってくるところだったが、真守はにこっと微笑んだ。

 

「真守」

 

「……あ?」

 

「真守って呼んでほしい」

 

真守が小さな口の口角を上げて微笑む。

 

自分が舌足らずで盛大に噛んで嗤いもしなければ追及もしない人間に、垣根は初めて出会った。

 

そして言いにくいからと名字ではなく名前で呼んでほしいと進言する真守の優しい気遣いに、逆に疑問を持った。

 

裏表がなさすぎる。腹に何か一物持っているかもしれない。

 

その疑念と純粋に何故真守がそんな気遣いをするのかと、疑問の半々で問いかける。

 

「……笑わねえのか」

 

「だって言いにくいだろ」

 

真守は柔らかく微笑んで、垣根に微塵の気まずさも感じさせずにやんわりと擁護する。

 

「……そうか。で、真守。お前はいいのか?」

 

「飲み物だけ頼む。もう決まってる」

 

「……金ないのに俺に奢るのか?」

 

垣根が自分の分を頼まない=金銭的に苦しいと判断して問いかけると、真守は首を横に振る。

 

「違う。……そうじゃない」

 

真守は寂しそうに微笑みながら、必死で言葉を探す。

 

「私、消化器官が弱いんだ。だから間食はあんまりできない」

 

絞り出した言葉と共に、真守はにへらっと垣根に笑いかけた。

 

本当は消えた八人目である朝槻真守は、流動源力(ギアホイール)という能力のおかげで、食事を摂らなくても自身でエネルギーを生成できるので生きていける。

そのため研究所に所属していた時に実験と称されて、数年間まったく食事を摂らないで、自己で生成したエネルギーによって生きていた。

 

内臓器官が不必要なので、その影響で内臓が大幅に退化してしまっているのだ。

 

普通、人間は食事の喜びを分かち合って行うものだ。

真守が高校に通うのにそれができないということは、日常生活に支障をきたす。

 

そのため冥土帰し(ヘブンキャンセラー)が内臓器官の治療を行ってくれているのだ。

 

それでも実験と称されて数年間何も口にしなかった真守には、食への関心がまるでない。

だが、日常生活で人と食事をしなければならない時が来る。

その時はいつも無理をして食べているのだ。

 

味覚を毎日刺激されていないので、苦いものも辛いものも味が濃いのも苦手。

 

もっと言うと、味覚を感じること自体が真守にとっては違和感満載なのだ。

 

食事は好きじゃない。それでも、皆は好きだから合わせるしかない。

 

だが自分を助けてくれる心優しい垣根ならば、無理して食べて無理をして笑っていたら怪訝に思うかもしれない。

それならば垣根にはっきりと告げた方が良いと感じて真守は素直に喋った。

 

「垣根の前なら無理しなくていいかと思って。垣根、優しいから」

 

真守はそう言って、もう一度控えめに微笑んだ。

 

垣根の事を心底優しい人間だと信じて疑わない真守を見て、垣根は息を呑む。

 

垣根は真守の消化器官が弱いどころではなく、極度の障害を負っていることを知っている。

 

『スクール』の構成員、誉望万化に真守の病室で見つけた薬を調べさせたからだ。

 

真守の病室で垣根が暗記した薬は、全て消化器官を補強するための薬だった。

胃の分泌液を出す薬、腸が栄養を吸収しやすくする薬などは勿論、他にも消化器官の性能を向上させる一般的には使われていない新薬も含まれていた。

 

真守のカルテは残念ながら病院のセキュリティが強固で抜き取れなかった。だがおそらく実験の弊害で消化器官が大幅に機能低下しているようだった。

 

真守にとって食事をすることは何よりも苦痛なのだろう。それでも周りに合わせていつも無理をしなければならないことだと垣根は理解した。

 

「……消化器官が弱いヤツもいんだろ。気にすんな」

 

申し訳ないと思っている真守の感情を読み取って、垣根は何の気もなしに店員に向かって手を挙げる。

真守はそんな垣根を見て、信じてよかったと微笑んでいた。

 

 

垣根が店員にメニューを頼むと、店員が去っていった後に真守が垣根に話しかけた。

 

「垣根の通う学校、五本指に入る学校だよな。一回誘いが来たから私もよく知ってるぞ」

 

「……お前、ウチに来られるような能力者なのか。そう言えばチンピラ弾き飛ばしてたな」

 

垣根は真守から能力を聞き出していないので、一拍置いてから訊ねる。

 

「うん、力量装甲(ストレンジアーマー)。一応大能力者(レベル4)なんだ」

 

「なんでウチに来なかった?」

 

「低いランクの学校の方が高位能力者には好待遇だから。サボっても怒られないし」

 

真守が悪戯っぽく笑いながらも意外と打算的な事を考えているのを知って、垣根は笑った。

 

「でも、本当に残念だ。何か少し違ったら後輩だったのに」

 

真守の中で自分の評価が爆上がりしているのを感じて、垣根は微妙な気持ちになる。

 

一回助けたくらいで大袈裟すぎる。

 

だが、真守にとっては人の好意は喜ばしいことなのだと垣根はなんとなく悟った。

 

研究所出身の真守は恐らく、人間の悪意なき探求心を知っている。

その探究心にさらされ続けて、それによって大事な友達を殺されそうになった。

そのため人間の好意は喜んで受け止めるのだろう。

 

そんな好意に本当は裏があり、裏切られた時には彼女は何を思うだろうか。

垣根はもしものときの真守の反応を考えながら、何でもないように告げる。

 

「別に後輩にならなくてもこうやって会えたんだからいいだろ」

 

「うん! あ、連絡先教えてくれ。ダメか?」

 

「いいぜ」

 

真守が笑顔の肯定の後に寂しそうに首を傾げるので、垣根はそれに微笑んだ。

 

真守と接点を持てば、源白深城にも近づける。

 

腹に一物抱えている垣根の肯定の意図なんて知る由もない真守は、あからさまに顔を輝かせて、いそいそとポケットから携帯電話を取り出す。

その携帯電話はハイブランドで、現在人気で品薄になっているスライド型の携帯電話だった。

 

「良いの使ってるじゃねえか」

 

「分かるのか。これ、先行販売で買ったんだ。学校サボってPCにかじりついたんだぞ」

 

「情報機器に興味あんだな」

 

「ほぼ趣味だな」

 

真守は照れ隠しに柔らかく微笑む。

実際には真守は自身の能力、流動源力(ギアホイール)によって、電気エネルギーを生成できるので、高位能力者の電撃使い(エレクトロマスター)のように機器さえあればハッキングが可能だ。

 

そのため、新型の精密機器の流行には敏感である。

 

垣根は真守の病室を物色したときはあまり気に留めなかったが、PCも起動スピードから見ても高スペックだったことを思い出して、それが趣味であると納得した。

 

真守と垣根がアドレスを交換していると垣根が頼んだサンドイッチとコーヒーと、真守の頼んだホットのオレンジティーが運ばれて来た。

 

そこで垣根は、男も入りやすいこの喫茶店を真守が選んだ理由に気が付いた。

女子受けを狙って見栄えばかりを気にしたカロリー爆弾のスイーツが、真守の消化器官には重すぎるのだ。

だからこういったカフェを選ぶしかないのである。

 

本格的な夏が到来しそうなこの時期に、消化器官に優しい温かい飲み物を飲んでいる真守を見て、可哀想なヤツだと思っていた。

 

だが、それと同時に羨ましいとも思っていた。

 

学園都市の闇にいいように扱われていたにもかかわらず、傍らにいたのが超能力者(レベル5)なため、その少女のおかげで陽の光の下に帰れた少女。

 

自分も抗っていれば、あの子と一緒に陽の光の下へと帰れたのかと考えてしまう。

 

真守を見ていると、思わずあの子の事を思い出してしまう。

 

だが、嫌な気持ちはまったくなかった。

 

目の前に座って自分に微笑みかける真守が、あの子に重なったからだった。

 

「少しは食べるか?」

 

垣根は真守にひょいっとサンドイッチの一切れを差し出した。

 

垣根の頼んだサンドイッチは大きさが一口サイズで、彩り豊かに種類が取り揃えてあるタイプだった。

そのため、消化器官が悪いと言っても一切れくらい大丈夫だろうと、垣根差し出した。

 

真守がきょとっとした目を向けてくるので迷惑かと垣根は思ったが、真守は手をおしぼりで拭くと垣根から受け取る。

一口サイズなのに真守はそれを少しだけ口に含んで、恐る恐る食べる。そして、ゆっくりと噛むと顔をほころばせた。

 

「とってもおいしいっ」

 

真守はしっかりと飲み込んでから、満面の笑みで告げる。

 

「おぅ……」

 

喜んで少しずつ食べる真守を見て、思わずそんな言葉を漏らしてしまった。

 

真守はこの後も垣根の好意に甘えて、もう一切れ食べた。

 

楽しそうに食事をする真守を見て、垣根は単純な人間だと思っていた。

 

 

下校時間まで喫茶店で喋って、真守と垣根はカフェを後にした。

 

「家まで送るか?」

 

「消化器官のせいで入院してるし近いから大丈夫だぞ。ほら、ここから見えるあの病院だ」

 

真守は遠くからでも見えるマンモス病院を、スッと指さす。

 

「そうか」

 

真守はにたーっと垣根を見て微笑む。真守が何を考えているか分からずに垣根が眉根を寄せると、真守は告げた。

 

「垣根といて楽しかった。連絡したら会ってくれるか?」

 

「一緒にいて悪い気はしなかったからいいぜ」

 

垣根の言葉に嘘はなかった。

 

昔の事を思い起こさせるような過去を持つ少女なのに、どこからどう見ても真守は人畜無害っぷりの雰囲気をまとっている。垣根は一緒にいて不思議と悪い気がしなかった。

 

むしろ、自分のことを純粋に慕って思っていてくれているので居心地が良い。

 

「嬉しい! じゃあな、垣根!」

 

真守は笑顔の花を咲かせると、少し離れて手を振った。

 

垣根は気まぐれな黒猫感満載の真守を見てふっと微笑んで、手を挙げた。

 

真守がそれにえへへっと笑うと、帰路につく。

 

「朝槻真守……か」

 

垣根は小さくなっていく真守を見ながら、名前を思わず呟いて微笑む。

 

その笑みの意味に、垣根は気が付かなかった。

 

 

 

――――――…………。

 

 

 

『真守ちゃんの隣にいた男の子ってイケメンなのぉ?』

 

真守は垣根と別れて、ふわふわと宙を舞う深城に笑いかける。

 

「深城には認識できなくてわからないと思うが、すごくかっこいいぞ」

 

深城は真守以外の人間はそこにいるということが分かるだけで輪郭がぼやけているのだ。

真守の姿も声もはっきりと聞こえるが、他の人間の区別も付かなければ何を話しているのかさえ曖昧だ。

 

深城にとって、真守はこの世界でたった一人の理解者なのだ。

 

そして、真守にとって深城は『光』そのものだ。

 

互いが互いを必要としている。その関係だけでも一緒にいるのには十分だった。

 

『真守ちゃんが私以外の子と仲良くなれてよかった』

 

「深城はいつもそれを心配する。私もクラスの人とは話すぞ」

 

『真守ちゃんにはもぉっと色んな人と接してほしいな。もちろん、私の事も忘れてほしくないよ。でも、真守ちゃんに笑ってほしいって今も昔も願ってるから』

 

「深城のことは忘れないに決まってる。絶壁にしたの私なんだから」

 

『まーもりちゃあああああん!!』

 

真守はバッと胸を抑えて怒る深城を見て、くすくすと微笑む。

 

「帰ろう、深城」

 

『……もうっ! 帰ろう、真守ちゃんっ!』

 

真守と深城はいつもの通りに話をしながら、病院への帰路を行く。

 

 

 

これは、七月上旬の出来事。

 

二人が初めて言葉を交わした瞬間であった。




心が痛い。
ちなみに真守ちゃん、端から見れば人格者ですがレベル5としての異常性は上条と同じ方向です。
ある意味歪んでる。
ここまでお読みくださってありがとうございました。
次話もよろしくお願いします。


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第四話:〈注意勧告〉はやんわりと

第四話、予告通りに投稿しました。


その日、上条当麻は日用品を買い込んで電車に乗って寮へと帰宅しようとしていた。

 

駅構内には自分のクラスメイトであり、塩対応の神アイドルと揶揄されている真守がいた。

 

「あれ、朝槻じゃねえか。おー……い!?」

 

上条が食材を詰めていないビニール袋を持ってない右手で手を振るが、即座に固まった。

 

学園都市の五本指に入るとエリート校の制服。

その制服を華麗に着崩した一八〇㎝以上はある高身長のイケメンが我らがアイドルと親しそうに話をしていた。

 

塩対応の神アイドルと謳われる真守だが、別にいつも塩対応ではない。

 

塩対応とはその喋り方がぶっきらぼうでいつでも冷静なので、そう揶揄されるだけだ。

クラスメイト全員と良好な関係を築いているし、真守はクラスで唯一の大能力者(レベル4)なので気が向くと授業内容で首をひねるクラスメイトに分かりやすく説明してくれたりする。

 

ぶっちゃけその喋り方以外に態度までもが塩対応になるのは、クラスの三バカ(デルタフォース)がふざけている時だけであり、それ以外は自分たちにも普通に喋ってくれる。

 

確かに気まぐれで高貴な黒猫のようにマイペースで、自分のしたくないことは絶対にしない主義だが、周りの人間を邪険に扱ったりはしないのだ。

 

まあ神アイドルと呼ばれる所以はプライベートで誘っても気が向かない限り絶対に断る、という意味も含まれており、私生活でファンを寄せ付けないアイドルの雰囲気を漂わせているからでもある。

 

そのクラスのアイドル的な存在が、勝ち組の権化である少年と一緒に話をしている。

それも親しげに。慕っているように。そして、仲良く駅構内へと入っていく。

 

「す、スキャンダルだあ──!!」

 

上条は去っていく二人を見て、思わず朝槻真守のアイドル生命の危機だと叫んだ。

 

 

 

──────…………。

 

 

今日はクラスの三バカ(デルタフォース)が気になって仕方がない。

 

真守は確かに身分を隠して学校に通っているが、万物の流れを読み取り、そこに新たな流れを加える力を持つ消えた八人目である超能力者(レベル5)だ。

 

高位能力者にもなると能力を発動していなくても演算能力の有用性が現れる。

 

真守のその演算能力の有用性とははっきり言って直感に通じる。

物事の流れによってなんとなくそれがどこに行きつくのかを直感する事ができる。

それに加え、超能力者(レベル5)という学園都市最高峰の頭脳を持っているため、そのなんとなくという手がかりがあれば物事を正確に把握できるのだ。

 

この直感は物事を考えると表情や仕草、そして雰囲気に出る人間にも通用する。

 

そのため、人間を良く知っていれば企みや考えが理解できる。

だが、真守は人の思考を読み取る精神干渉系の能力者ではないので内容までは分からない。

 

だから今のようにクラスの三バカ(デルタフォース)が真守の様子を伺って、どう切り込もうとしているかは分かる。だが何に関して彼らが切り込もうとしているのかは真守には分からなかった。

 

それでも絶対に良からぬ事に決まってる。断言できる。

真守はふざけているあの三人に関わるとろくなことがないので無視してストローボトルから経口補水液を飲む。

ズズズッと音がして飲み終わったのを感じ取ると、真守は口を離して中身が空になったか確認するために試験管を振るように底だけを振った。

 

「朝槻! 飲み物切れたんだろ? 奢ってやるぜえい!!」

 

そんな真守の様子に気づいて即座に声をかけてきたのはクラスの三バカ(デルタフォース)の一角、土御門元春。

 

「下心ありすぎだ」

 

「なっなんのことですかにゃー!?」

 

真守が心底嫌そうな視線を向けると、土御門はドキーンと、体を硬直させた。

 

「朝槻、良く聞きぃ! 土御門はいっつもおんなじモンを飲んどる朝槻の気分転換になればいいと思って提案したんや!」

 

「そうそう! その好意は受け取っておくべきだぜ、朝槻!」

 

土御門をフォローするかのように近づいて声をかけてきたのは青髪ピアスと上条。

真守は自分を取り囲んだクラスの三バカ(デルタフォース)を一人一人見た後に溜息を吐いた。

 

「自販機行く」

 

真守は何か裏があるにしろ、乗ってみないと分からないと判断して立ちあがった。

てっきり塩対応を繰り出されるかと思った三人はそこでガッツポーズを取った。

 

 

「で、何が聞きたいんだ」

 

真守は土御門に苺牛乳を奢ってもらって一口飲んだ後、自身も自販機で飲み物を買おうとしていた土御門に問いかけた。

土御門が大袈裟にビクビクッとすると、上条と青髪ピアスが盛大に目を泳がせる。

 

「ええっと、俺ら別に聞きたい事なんてないんですけれど~?」

 

「雰囲気で分かる、嘘つくな」

 

真守がすっとぼける土御門を睨んでいると、真守の携帯電話が鳴ってメールの着信音が響いた。

 

「急ぎの用だったら困るからちょっと待って」

 

真守は三人に断ってから携帯電話をポケットから取り出し、スライドさせて起動させるとそれに視線を落とした。

……べ、別に誰とメールしようが何の関心もありませんよ、という雰囲気でそろーっと覗き込む三人。

 

『駅前に売ってた』

 

その短い単語と共に送られてきた写真は一口サイズのベビーたい焼きだった。

 

真守は生命エネルギーを能力に使うので、経口補水液や氷砂糖と言った簡単に口に含めるもので常時エネルギーを取り続けている。

それを日常生活を共にしている三人はよくご存じだ。

そのため消化器官の能力の大幅低下を引き起こしている。

結果、真守は超偏食になった。

……と、彼らは思っているが、実際には真守が色々と隠し事をした結果、勝手にそう思われているのである。

 

それでも真守の好みだけは変わらない。

だから、彼らは一口サイズのものが真守の好みだと知っていた。

このメールの送り主もそれは同じで、真守の好みを理解しているらしい。

それは真守と仲が良いという証になる。

 

だがこのメールの送り主が真守のスキャンダル相手だと確証が三人にはない。

 

「……その垣根ってヤツ誰だ?」

 

上条と青髪ピアスがどうやって切り込もうかと悩んでいると、土御門が訊ねた。

真守の携帯電話を盗み見ていたという事実を土御門はすっかりスルーして。

 

盗み見られている不快感に突き動かされて、真守は土御門の腹にグーパンを入れた。

 

真守が体に張っているシールドは常時展開型だが、別にその能力を自分の意志で切れないわけではない。そのため、相手をシールドで焼くことなく拳を叩きこめる。

 

ぐっふ! という悲鳴を上げて土御門は腹を抑えて膝を地面について倒れこむ。

それを見て顔を真っ青にしている二人を真守はキッと睨み上げた。

 

青髪ピアスと上条は私たちは見ていませんと揃って首を横に振る。

 

「お前たちが気になってるのは私の交友関係か?」

 

真守はため息をついてじろっと上条を睨み上げて問いかける。上条はそれに、観念したように言葉をぽそっと漏らした。

 

「この前、朝槻がエリート校のクッソイケメンと一緒にいたから気になって」

 

「神アイドルの不祥事なんて放っておけへんやん!」

 

真守は声を荒らげた青髪ピアスの腹に拳を叩きこむ。

 

うぐへっ! っと何故か嬉しそうな声を上げながら撃沈する青髪ピアス。

真守は上条をまっすぐと見つめる。

 

変なこと言ったらお前もこうだぞ、という脅しの視線に上条はごくッと喉を鳴らした。

真守は恐怖で震えている上条を見ると、溜息を吐いて事の経緯を話し始めた。

 

「不良に絡まれてたら助けてくれた」

 

メールの相手と上条の見た相手が同じだと真守が暗に告げると、上条が首を傾げた。

 

「不良? でもお前って結構強いじゃん。自分で倒せたんじゃねえの?」

 

「うん。三人ぶちのめした後に増援が来た。別に倒せたけど騒ぎが大きくなるし大変だって思われたらしくて、逃がしてくれたんだ」

 

「ちょっとちょっと朝槻さん。すでに倒した後だったんですか?」

 

「別にその後もイケたぞ」

 

けろっと答える真守。そんな真守を見て流石クラスで唯一の大能力者(レベル4)、と上条は震える。すると復活した土御門が床から立ち上がった。

 

「質問に答えろ、朝槻。その垣根って垣根帝督か?」

 

「何で知ってるの?」

 

真守がきょとっと驚いた目で首を傾げる。何か知ってそうな土御門の言い分に上条も首を傾げて、地面に膝をついているままの青髪ピアスも顔を上げた。

 

「あのエリート校の垣根って言ったら有名だからな。超能力者(レベル5)だぜ、知らないのか?」

 

「……そうなの?」

 

真守は土御門の話を信じられずに驚いて、目を再びきょとっとしながら訊ねた。

 

「うっそ、マジ!? 超能力者(レベル5)!?」

 

「朝槻さんの純情がそんなすごいヤツにとられたとか納得やわー!!」

 

青髪ピアスがバッ、と体を起こして真守に背を向けるように土御門に向かって叫ぶ。それが気に食わなかった真守は、青髪ピアスの背中に今度は蹴りをお見舞いした。

 

ごろんごろんごろーん、とゴミ箱を盛大にひっくり返しながら転がって壁にぶつかった青髪ピアス。そんな彼を真守は認識すらせずに、土御門に声をかけた。

 

「知らなかった、初耳だな」

 

「……本人から聞いてなかったのか?」

 

「別に他人の能力一々気にして接してない。何位なの?」

 

「学園都市第二位で未元物質(ダークマター)。この世にありえない物質を生み出すとかなんとか」

 

真守の無関心っぷりに苦笑しながら、土御門は垣根帝督についての情報を与えた。

 

「へえ」

 

真守は土御門の曖昧な説明に興味がなさそうに反応した。

 

真守が操るのはまだ誰も触れた事のない、真守以外が触れる事は叶わない全ての源になる源流エネルギーだ。

未元物質(ダークマター)とやらがどんなものか知らないがその物質だって何かしらのエネルギーで構成されており、そのエネルギーに源流が負ける事は絶対にありえない。

 

源流エネルギーによって焼き尽くされない物質はこの世に絶対に存在しない。

……それが未知の物質であろうとも、だ。

 

超能力者(レベル5)としての自信ではなく、自らの操るエネルギーが何よりも尊い事を知っているが故の核心だった。

 

「垣根は優しいから大丈夫。でも、土御門の気持ちはきちんと受け取っておく」

 

真守が柔らかく微笑みながら告げた一言に、土御門は目を見開いた。

 

土御門が垣根帝督という超能力者(レベル5)を危険視している雰囲気が真守に伝わってきたからこそ、放った言葉だった。

 

超能力者(レベル5)は人格破綻者の集団だと言われるほどに我が強い。

 

何故なら能力者は自分の世界を強く信じ込めば信じ込むほどに能力が強くなるからだ。

この自分だけの世界観について自分だけの現実(パーソナルリアリティ)と表現される。これが強固なものになるという事は、それだけ自己中心的に世界を見ているという事だ。

真守は自分をそこまでだとは思わないのだが、学園都市の学生から見た超能力者(レベル5)の印象はそんなもんだ。

 

だからこそ、土御門は真守が垣根に振り回されるのを心配しているのだろうと感じた。

 

真守は自分を学園都市最高峰の能力者と信じて疑わない。だが自分は無敵だと思い込んだり、誰の意見も取り入れないで我が道を進むほど傲慢ではない。

 

人は一人では決して生きていけない。

 

源白深城と共に生きる事を掲げている真守は心底それを理解している。

だから自分のことを本気で心配している土御門の気持ちを無下になんてしないのだ。

 

「その言葉だけで十分だ」

 

自分の感性に固執して他者からの想いを突っぱねることを決してしない真守。彼女の事を、土御門はよく理解しているため、ふっと柔らかく微笑んで安心するように頷く。

 

「ジュースありがとう」

 

真守もニッと微笑んでから土御門にお礼を言うと、携帯電話を操作して垣根にメールの返信をしながら教室へと帰っていく。

 

「いやあ、大能力者(レベル4)には超能力者(レベル5)が惹かれるんだなあ。これも能力主義ってことか。上条さん現実の非情っぷりを久しぶりに感じましたよ」

 

「か、上やん。そないなことええから助けたって~ゴミ箱が嵌って抜けられん」

 

「お前はもうちょっとそこで反省してろ。言いすぎにもほどがある」

 

「そんな~!」

 

ゴミだらけになりながらゴミ箱と仲良くドッキングしている青髪ピアス。そんな彼と上条がそんなバカげた話をしているのを聞きながら土御門は呟く。

 

「クソッ。なんでこんなことに……」

 

だから、土御門の切迫した独り言を聞いている者はその場にはいなかった。

 




神アイドルの不祥事(笑)
真守ちゃん、きちんと超能力者やってます


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第五話:〈完全人間〉の思うところ

第四話と第五話繋がっているようなものなので連続投稿です。
次の更新は八月九日月曜日。
よろしくお願いします。


『窓のないビル』。

 

一切の照明がない広大な空間には、星のような輝きが大小数万にも及ぶ機械群から発されている。機械からはコードやケーブル、チューブ類が無数に伸びていて、それらは全て空間の中央へと向かっていた。

 

その中央には、巨大なビーカーがあった。

 

ビーカーの中は、橙色の弱アルカリ性培養液によって満たされている。そしてその中には、緑色の手術衣を着た『人間』が逆さになって浮いていた。

 

銀色の髪を持つ、男にも女にも見えて、大人にも子供にも見えて、聖人にも囚人にも見える、まごうことなき『人間』。

 

「どういう事だ、アレイスター!」

 

その人間の名前を叫んだのは、入り口がないこの『窓のないビル』の空間移動系能力者である『案内人』の手によってやって来た土御門だ。

 

土御門の目の前にいる『人間』は学園都市、統括理事長。アレイスター=クロウリー。

この学園都市を統べる学園都市の神とも言えるべき存在だ。

 

土御門元春は多重スパイだ。その所在を明らかにはしていないが、彼はとある事情から学園都市の味方である事に重点を置いており、アレイスターと共に学園都市の裏で暗躍している。

 

統括理事長は口を動かさずに土御門へと声をかけた。

 

「『第一候補(メインプラン)』のことか?」

 

「それ以外に何がある! 何故、朝槻に暗部の人間である第二位を接触させた!?」

 

土御門は知っている。

垣根帝督が暗部組織『スクール』のリーダーであることを。

 

土御門にとって朝槻真守は上条当麻の次に重要な監視対象だ。

アレイスターの『計画(プラン)』の要を上条当麻と朝槻真守は担っている。

あの二人を同じ学校、同じクラスに所属させたのもアレイスターの仕業だ。

 

二人は誘導されているとすら気が付かずに共に生活をしている。

 

自分の監視対象でありながらも確かな意志を胸に抱いている二人を、土御門は好ましく思っていた。

 

だから土御門は朝槻真守の素性を正確に把握していた。

消えた八人目と言われる超能力者(レベル5)であること。

自身の所属していた研究所の職員を塵一つ残さずに文字通り『抹消』して、そしてその後も何の関係もない研究所を回って、職員を『抹消』しながら破壊の限りを尽くした事も。

 

大切な存在を傷つけられて怒りを覚え、憎悪のままに人を殺してしまった事を今は悔やんでいる事を土御門は知っている。

 

だから朝槻真守は自分に向かってくる不良を絶対に殺さない。

 

相手が報復に来ても絶対に殺さない。

流石に二度目にもなると完膚なきまでに叩き潰すが絶対に命だけは取らない。

 

明確な決意を持って日常生活を送ろうと、たゆまぬ努力を続けている事。

 

そして何より。

朝槻真守は人の気持ちを正確に読み取って裏があろうとなかろうと受け入れて、その人の気持ちを理解しようとする。

人に対して異常なまでに寛容な少女だ。

真守は確かに身分を隠してはいるが、それは上層部がそう仕向けただけだ。

確かに真守もそれに甘えているかもしれないが、彼女は何も悪くない。

 

朝槻真守は土御門にとってかけがえのない友人だ。

 

そんな陽の光の下を眩しく思いながらも懸命に歩く彼女に、学園都市の闇が接触するなんて到底見過ごせる事ではない。

朝槻真守が垣根帝督を悪人だと理解していても傍に置いているのに、垣根帝督がそれに付けこんで悪い企みをしている事でさえ、怒りを助長させる。

怒りを露わにする土御門にアレイスターは口を動かさずに告げる。

 

「虚数学区・五行機関の鍵を握っているだけでは手綱が取れまい」

 

「なんだって? それだけで、とは一体どういうことだ」

 

土御門が声を上げるが、アレイスターはその質問に答えないで先程の土御門の疑問を晴らすために口を開いた。

 

流動源力(ギアホイール)は『第一候補(メインプラン)』だ。だが、『第一候補(メインプラン)』の不測の事態のためにも、『第二候補(スペアプラン)』『補助候補(サブプラン)』がある。その二つの群を抜くほどに『第一候補』は順調だが、他の二つもきちんと進めておきたい」

 

「朝槻と垣根帝督の接触が『補助候補(サブプラン)』としての成長を促すと?」

 

「ああ。大幅な短縮が予想される。『補助候補(サブプラン)』は『第二候補(スペアプラン)』とは()()()役割を持っているからな」

 

「何もかも手の(うち)か。言っても無駄かもしれないが、アレイスター。彼女の心を利用する事は許さないぞ」

 

「さあ、どうしようかね」

 

とぼけるアレイスターを見て土御門は舌打ちをして、土御門はアレイスターの下を去っていく。

 

 

 

土御門が『案内人』と共に姿を消してからアレイスターは呟く。

 

「汝の欲する所を為せ、それが汝の(テレマ)とならん。全ての男女は星である。愛は(テレマ)だ、それが意志の力で支配される限り」

 

アレイスターは呟くと、ガラスのビーカーに映し出された映像を見つめる。

そこには、朝槻真守と垣根帝督が映し出されていた。

 

「やはり、星は男女でなくてはな。……まあ、どうなるかは興味ないが」

 

柔らかく親しみを込めて『補助候補(サブプラン)』に微笑んでいる『第一候補(メインプラン)』。そんな『第一候補』に複雑な感情を向けながらも控えめに微笑む『補助候補』。

その二人を見つめながらアレイスターは『計画(プラン)』が着々と進んでいるとほくそ笑んでいた。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

「垣根って超能力者(レベル5)だったのか?」

 

真守はベビーたい焼きを一つ摘まみながら首を傾げる。

そんな真守を見て、垣根は自身の思惑に気づかれないように警戒心を露わにして訊ねる。

 

「誰に聞いた?」

 

真守はベビーたい焼きをきちんと咀嚼して呑み込んでからさらっと告げた。

 

「同級生から。一緒にいた男は誰だ、もしやお前のスキャンダルかーって騒がれた時に」

 

「スキャンダル?」

 

「それは別にどうでもいいんだ。それで垣根は超能力者(レベル5)なんだな?」

 

スキャンダル云々のことは詳しく聞かれても話すと長くなるから、と真守は説明する事を拒んだ。

スキャンダルってなんだ? と、首を傾げながらも垣根は自信たっぷりに答えた。

 

「ああ。そうだ、学園都市の超能力者(レベル5)第二位。未元物質(ダークマター)。垣根帝督だ」

 

「すごいな」

 

「……お前、本当に興味ねえんだな」

 

まったくもって心がこもってない真守の反応に思わず垣根はツッコミを入れる。

 

普通の学生なら超能力者(レベル5)と聞けば目の色を変えるはずだ。

真守の近くには源白深城という超能力者(レベル5)がいるため、ありがたみが薄れているのかと垣根が考えていると、真守はムッと口を尖らせて理由を口にした。

 

「そんなこと気にしてたら私は垣根のことを教えてくれた友達を見下すことになるだろ」

 

「……そうだな。上昇志向があればそもそも今の学校にも通ってねえな」

 

高位能力者にしては珍しい考え方だが、真守の人格的に考えればそう異様な事ではないだろう、と垣根は素直にそう捉えた。

 

連絡を取るようになったからこそ分かった事だが、真守は一貫した自分の意志を持つが、それを他人に押し付けるような事はしない。

 

我が強いには強いが、人に迷惑をかけるタイプではないという事。

つまり、我が強くてコントロールしにくい学生が多いこの学園都市にとって、非常に重宝される人格を持った高位能力者だ。

垣根が真守を心の中でそう評価していると、真守がそんな垣根に目を合わせた。

 

エメラルドグリーンの瞳がしっかりと垣根の瞳を捉える。

 

その曇りなき、確かな純粋な意志が感じられる真守の視線に、垣根は本能的に恐れを抱いた。

 

「私は能力で人を評価しないけど、垣根の事は純粋に凄いと思うぞ。超能力者(レベル5)はなろうと思ってなれるものじゃない」

 

「……それは素質的な意味で?」

 

もしかしたら真守が学園都市が秘密裏に作り上げた、能力者が将来どの強度(レベル)にまで昇り詰める可能性があるかという素養格付(パラメータリスト)の存在を知っているのかもしれない。

 

垣根が訊ねると、真守はふるふると首を振って即座に答えた。

 

「七人しかなれてないから普通じゃできないってことだ」

 

「七人じゃないかもしれねえぜ?」

 

垣根が好機だと思って仕掛けると、真守はその言葉に反応してベビーたい焼きを取ろうとする手を止めた。

 

「……なんで?」

 

真守は垣根を見ずにベビーたい焼きを見つめている。その反応をつぶさに観察しながら垣根はゆっくりと切り出した。

 

「消えた八人目っていう都市伝説があるらしい。知ってっか?」

 

真守はベビーたい焼きを摘まんで、じぃーっと見ながら告げる。

 

「都市伝説ってどこから生まれるんだろうな。それって純粋に気になる」

 

「その噂では、消えた八人目の外見はお前ってことになってるが」

 

真守が核心に触れようとしないので、垣根はしびれを切らして切り出した。

真守はそれに目を見開いて、垣根を見上げる。

 

「知ってるのか?」

 

「そりゃあお前が不良によく絡まれてるの見て疑問に思わねえわけねえだろ」

 

何故か武装無能力集団(スキルアウト)や噂の中では消えた八人目の超能力者(レベル5)である流動源力(ギアホイール)は真守の外見と一致する。

 

確かに流動源力(ギアホイール)と似たようなエネルギーを生成する力量装甲(ストレンジアーマー)だ。だが真守がこれまで発しているのは、真守が生命エネルギーと呼称する力だけだ。

 

空間に展開されている事象を解析できる垣根をもってしても、真守の発している生命エネルギーを未だ解析できていない。だがそれでも、真守が力量装甲(ストレンジアーマー)に使えるエネルギーしか使えないのは確かである。

 

真守は不自然なほどに不良に絡まれる。

垣根帝督という威圧感が半端ない存在が隣にいても絡まれる。

 

垣根自身、能力を行使しなくてもフィジカルには自信があり、ケンカでは絶対に負けない自信もあるから不良に絡まれようが問題ない。

 

この話題を持ち出しても問題ないと思ったのは、異常に絡まれるから心配になったと言っても大丈夫だと判断したからだ。

それに、これだけ頻繁に絡まれていれば不良に興味のなさそう瞳を向けることも同時に理解できた。

 

「…………そんな噂が流れてるのは確かだ」

 

「違うって否定しなくていいのか?」

 

真守があえてどうでもよさそうに告げると、垣根は純粋に心配になって思わず訊ねた。

 

「噂の出所が分からないし、勝手に自滅していくからどうでもいい」

 

真守はいつも不良に絡まれても、興味なさそうに突っ立ったまま何もしていない。

勝手に向こうが真守に突っ込んでくるのを力量装甲(ストレンジアーマー)でいつも撃退するだけだ

攻撃に出る必要性すら感じていないのは、不良に絡まれる事自体、本気でどうでもいいと思っているのだろう。

 

「でも垣根に迷惑かけてる事は確かだ」

 

「それは別にいいって前に言っただろ。お前は被害者なんだから」

 

「ありがとう、垣根」

 

真守は垣根に向かって微笑むと、ベビーたい焼きをパクッと食べた。

 

(流石にまだ距離が遠いから源白深城のことについては口割らねえか。もう少し時間を置いて情報を聞き出す必要がありそうだな)

 

真守には普通の少女に効く落とし方が通じない。

だがこういう駆け引きの頭脳戦は得意だった。

 

そのはずだったのだが。

 

垣根はいつの間にか、真守を単純に心配するようになってきていた。

もし自分が目的達成のために源白深城を殺したら、昔の自分と同じように真守も絶望を覚えるのだろう、と。

だが目的を達成するためならば、犠牲を考えている場合ではない。

自分をそう納得させようとしても、どこかその考えに引っ掛かりを覚えていた。

 

真守は垣根の考えている事は分からないが、一つの結論をこの場で出した。

 

 

垣根帝督は流動源力(ギアホイール)を探っている。

 

 

上層部では源白深城が超能力者(レベル5)と偽造情報を流している。垣根はその情報を頼りに、自分に接触してきたのだとも真守は理解していた。

 

(何で消えた八人目を第二位が気にしているのかは不明。……垣根が知っている情報では、私を流動源力(ギアホイール)だと絶対に特定できない。()()()()()()()()()()()から。垣根の事をもっと知る必要がある。そうじゃなきゃどうするべきか結論が出せない。でも、悪い人ではないと感じている。ただ。敢えて表現するなら。……そうだな)

 

真守は真守の持っていた箱からベビーたい焼きを一つ取って食べている垣根を見ないで、感じたことを心の中で素直に表現する。

 

(垣根は、光を求めて闇の深く奥深くまで潜って闇の核を見つけて、その元凶を打ち砕いて差し込んだ光へと手を伸ばそうとしてるみたい。……全ての闇をぶち壊して私の『光』を守ろうとした昔の私みたいに危うい)

 

真守は垣根が悪人だろうと昔の自分を見ているようだと、純粋に垣根を心配していた。

 

垣根は自分が行動する事によって真守が自分と同じ絶望をこれから抱くことになるかもしれないと危惧していた。

 

 

互いが互いに自身と姿を重ねあって、これからの未来に危機感を抱いているということを二人は知らない。

 




意志の力によって支配される愛を欲する限り、それが自身を縛る強固な法となる。
その法は、できれば男女であることが好ましい。

ちなみにアレイスターさんが呟いているようにあの人間は別にカプ廚ではなく、ちゃんとした意図があって二人を接触させました。


補助候補。……補助って?



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虚空爆破事件篇
第六話:〈買物風景〉はこんな空気


第六話投稿します。
原作に入りました。
自分で書いたけど前置き長い。
次は八月一〇日火曜日投稿予定です



『おっかいものー!! 真守っちゃんっとおっかいものぉ!!』

 

深城はテンション爆上がりで真守の周りをふわふわと漂う。

真守はそんな深城をよそに、携帯電話を弄って今年の夏のトレンドを探っていた。

 

『夏用の化粧品とー夏用のお洋服とーそれからそれからー!』

 

「深城、落ち着いて」

 

頭にぐわんぐわん響く深城の声に、真守は携帯電話に目を落としたまま、怪訝そうな表情で制止の声を鋭く告げた。

 

「真守?」

 

その時、頭に響く深城の声ではなく、はっきりとした音で自分の名前が呼ばれた。

 

真守が慌てて携帯電話から顔を上げて周りを見ると、デパートの壁際に避けて携帯電話を弄っていた垣根がこちらに視線を向けていた。

 

「垣根だ」

 

『お~垣根さんがそこにいるのぉ?!』

 

真守が垣根に近づくと、深城がそれを追いかけた。

 

真守が垣根と呼んだ少年の周りを深城はくるくると回ってから、至近距離でじぃーっと見つめる。だがやっぱりうまく顔が認識できないのか、不思議そうな顔をして首を傾げていた。

 

「お前、なんでこんなとこに?」

 

幽霊状態の深城に勿論気づかない垣根は、携帯電話を流れる手つきで仕舞いながら真守に訊ねる。

『スクール』の下部組織と連絡を取っていたので、真守に知られるとマズいと考えたからだ。

 

「夏休みに必要なものをセブンスミストに買いに行くんだ」

 

「いつから夏休みだ、二十日から?」

 

「うん。垣根のところは?」

 

「俺も同じ。……暇だから付き合ってやる」

 

(下部組織のしょうもない報告待つまでの暇つぶしができたな)

 

打算的なことを垣根が考えている前で、真守は垣根の隣で浮かんでいる深城をちらっと見た。

 

深城は真守の視線によって垣根がついてくる事をなんとなく悟った。

深城は親指をグッと立てて、

 

『勝手に口出すからいいよぉ!』

 

と、力強い言葉をくれた。

 

「……じゃあ、よろしく」

 

真守は深城からオッケーが出たので、垣根の申し出に頷くと垣根も頷いた。

 

 

真守と垣根は第七学区のセブンスミストへと入店する。

 

女性フロアに赴き、真守は事前にチェックしていた情報を基にテキパキと必要なものを買っていく。

 

真守は毎回のお会計時に、入院している自分の病室へと宅配するように店員に頼んでいた。

 

毎回毎回頼むのは面倒に感じるかもしれないが、やり方を心得ていればスムーズに終えられる。それに荷物を持つ必要がないので身軽に買い物が続けられるからだ。

 

(心理定規(メジャーハート)に買い物に連れてこられた時より楽だな)

 

垣根は店員と宅配便の手続きをしている真守を後ろから見ながら、心の裡で呟く。

 

以前、心理定規に買い物に連れて来られた時には買い物は長いわ、ああだこうだ言われたあげく、どちらが似合うかなど視線から読み取られる、などなど振り回されて散々だった。

 

だが真守は二つの商品のどちらを買うかしばし考えた後に薄く頷くと、即座に欲しいものを一つに絞り込んで買っている傾向がよく見られた。

 

女の買い物でも随分違うんだな、と垣根は思っていた。……が、真守は迷ったら深城の意見を聞いて、買う方を決めているだけだった。

垣根には深城が見えないから、真守が即決しているように見えるだけである。

 

「垣根は見なくていいのか?」

 

「お前に付きあってんだから別にいい」

 

自分を振り回さないばかりか、飽きていないか気遣う姿勢を見せる真守を見て、垣根は真守が裏表のない人格者だとここではっきりと判断した。

 

「あれ、朝槻?」

 

垣根と真守がフロアを歩いていると、真守は名前を呼ばれて振り返った。

 

「上条」

 

そこにはクラスメイトの上条当麻が幼女を連れて立っていた。

 

真守と同じ高校の男子制服を着ている少年を見て、垣根はチャンスだと思った。

真守から引き出せない情報が引き出せるかもしれない。

 

真守は近づいてきた上条と、その隣にいる幼女を見て首を傾げた。

 

「誘拐?」

 

真守が親しげな友人に向かって軽口を言う所を垣根は初めて見たので、新鮮さを覚えながらも真守らしい反応だと思ってくすっと小さく笑った。

 

「してねえよ! この子が洋服店探しているって言うから案内してきただけだ!!」

 

真守のかたわらに立っているイケメンに笑われたので、上条は必死になって否定した。

 

「事案かと思った」

 

真守がくすくす笑って冗談を告げると、上条はがっくりとうなだされた様子を見せてから真守に問いかけた。

 

「事案って……あのですね。朝槻さん。俺の事どう思ってるんですか?」

 

クラスの三バカ(デルタフォース)

 

「そこは相変わらずの塩対応。ていうか、そちらの方はもしかしてあの……?」

 

上条は真守から視線を外して、隣に立っていた垣根を伺うように盗み見た。

 

「うん、それで合ってる。垣根帝督」

 

「やっぱりスキャンダル相手か!」

 

上条が大声を上げて納得したように頷くので、真守は即座に上条の腹にグーパンをお見舞いした。

みぞおちにクリーンヒットした真守の拳を受けて、上条は低い唸り声を上げながら体をくの字に曲げる。

不良に手を出さない真守がクラスメイトに容赦なく拳を叩きこんだので、その行動に驚きながらも垣根は前から気になっていた事を訊ねた。

 

「……スキャンダルって話をこの前も聞いたが、結局一体なんなんだ?」

 

垣根の問いかけに真守が思いきり嫌な顔をすると、上条が痛む腹を抑えながら呟く。

 

「朝槻さんはですね、口調は勿論のこと、誰かの誘いは絶対に断るという手堅さと、黒猫を連想させるアイドル容姿が相まって、ウチのクラスでは塩対応の神アイドルと呼ばれていまして……」

 

「……成程?」

 

垣根は真守をちらっと見つめる。

確かにアイドルとして見られても問題ない外見だ。

唯一の欠点は満面の笑みを浮かべないところだが、それも塩対応というアイドルの新ジャンルに当てはめる事ができる。

それに低位能力者ばかりの生徒がいる高校で唯一の大能力者(レベル4)だ。

アイドルとして祀り上げられてもしょうがないだろう。

 

そんな真守は上条の説明に嫌悪感を表情全面に出していた。

その表情を盗み見て、垣根は塩対応だと揶揄されても仕方がないな、と思って小さく苦笑する。

 

「上条、自己紹介」

 

垣根の苦笑が聞こえて、真守は気まずそうにしながらも上条に挨拶しろ、と促した。

上条も礼儀正しい性格なので、慌てて自己紹介をした。

 

「朝槻のクラスメイトの上条当麻です。ええっと、めちゃ背が高いからもしかして先輩、ですか……?」

 

「二年だが、垣根で良い」

 

「そっか、よろしく。垣根!」

 

上条は顔を輝かせてフランクに挨拶をする。それを受けて、垣根は爽やかに頷いた。

そんな一連の流れを静観していた幼女が垣根に訊ねてきた。

 

「お兄ちゃんの高校すっごく有名だよね。高位能力者なの?」

 

「ああ。学園都市に七人しかいない超能力者(レベル5)だぜ」

 

幼女に対して自分が超能力者だと隠す意味がないので、垣根は自信たっぷりで告げる。

幼女は目をキラキラーっと輝かせた。これが普通の反応で、真守はそっけなさすぎるのだ。

 

超能力者(レベル5)なの!? 凄い!」

 

「このお姉さんも大能力者(レベル4)なんだぞ。エリート様たちだぜ、エリート様」

 

上条が真守もついでと言わんばかりに紹介すると、幼女がはしゃいで声を上げた。

 

「高位能力者カップルだー!」

 

「カップルじゃない」

 

真守は幼女の認識をくつがえすために、少し厳しめなダウナー声で否定する。

真守が恋愛系の話に動揺することはないと思ってはいたが、即否定についてはそれはそれで垣根の胸の奥が軋む。

……真守との心の距離を心理定規に訊ねたくなるくらいには。

 

真守の即否定を聞いて、きょとんとする幼女。

 

「カップルじゃないの?」

 

「違う。垣根に失礼」

 

垣根は真守が自分の事を考えて即否定したのを聞いて、何故だか分からないが胸のつかえがすとん、と取れた。

幼女は真守の二度目の否定を聞いて二人をぼけーっと見る。

高身長でイケメンの垣根と黒猫を連想させるアイドル顔の真守。

 

「お似合いだと思うけれどなあ……」

 

「だから──「まあまあ!」……」

 

幼女が恋愛話から離れないので真守が眉をひそめて反論しようとすると、上条が慌てて間に入った。

 

「洋服見るために来たんだ! 探そうぜ、な!」

 

「あ、そうだった!」

 

幼女は自分の目的を思い出して笑顔で頷くと、パタパタと上条を置いて走っていった。

幼女が走り去っていく前で真守は上条の事をじろっと睨んだ。

 

「上条、人の話遮るな」

 

「朝槻さん、お願いがあります。小さい子供に塩対応はやめてくださいませんか?」

 

相手が誰であろうとも揺るがないスタンスをどうにかしてくれ、と上条に言われて真守は黙る。

垣根が嫌な思いをするかと思って、つい厳しいことを言ってしまったのだ。

 

「ごめん、気を付ける」

 

真守は即座に自分の非を認めて、上条に謝った。

 

「いやいや、そこまで気にしなくてもいいよ。お前の気持ちは分かってるし」

 

上条が真守の隣にいる垣根を見ながら微笑むと、真守も頷いた。

クラスメイト同士、気持ちが通じ合っている二人を垣根はつまらなそうに見ていた。

 

その時、ふと上条が顔を上げて、何かに気づいたようにおっと唸った。

 

真守と垣根が上条の見た方を向くと、そこには常盤台中学の制服を着た少女が立っていた。

 

(……あれは第三位?)

 

垣根はその少女が、超能力者(レベル5)第三位。超電磁砲(レールガン)の御坂美琴だと即座に看破した。

御坂美琴は子供っぽいファンシーなパジャマ服を前に目を輝かせていた。

 

「あ、ビリビリ」

 

「もしかして襲ってきた子?」

 

「うん」

 

真守と上条が御坂美琴に関して一言二言話すと、上条は御坂美琴に近づいていった。

 

「お前の知り合いか?」

 

「違う。上条のこと追いかけまわしてる子。前に聞いた」

 

真守が即座に首を横に振ると垣根は怪訝そうな表情をした。

超能力者がただの能力者に興味を持つとは考えにくい。

 

「アイツの強度(レベル)は?」

 

何か特別性があるかもしれない、と垣根が訊ねると、真守は思案した後に小さく呟く。

 

「……上条、無能力者(レベル0)だけどあれは機械では測定できない能力だから」

 

「どういう事だ?」

 

上条の能力が身体検査で測れないほどの珍しい能力だと聞いて、垣根は興味が出た。

真守はそんな垣根の興味を受けて、上条へ近寄りながらはっきりと言い放った。

 

「詳しい事は上条から聞いて」

 

他人の能力について勝手に吹聴する気は真守にはない。

人の個人情報を勝手に漏らさない様子に、真守らしいと垣根は思う。

だが、隠されれば普通に気になる。

 

(後で誉望に調べさせるか)

 

垣根は心の裡で考えながら。真守の後を追った。

真守と垣根はファンシーなパジャマを体に当てようとした御坂美琴と上条に近づく。

 

「なんであんたがここにいんのよ!」

 

「いちゃ悪いのかよ」

 

上条と美琴が言いあっている中、真守は二人の輪に入って上条に声をかけた。

 

「上条、紹介して」

 

真守が紹介を求めると、美琴が真守とその後ろにいる垣根に目を向けた。

美琴が首を傾げていると、上条が流れるように紹介をした。

 

「この子がビリビリ中学生こと常盤台のエース、御坂美琴だ」

 

「そうなの? 上条を追いかける子だからどんな凶暴な子かと思ったら、案外真面目そう」

 

「うぐっ。ちょっと、あんた! なんであたしとあんたの勝負を他の人に言ってんのよ!」

 

真守が美琴を見て率直な感想を述べると、美琴が声を上げて上条を睨む。

 

「いや、言いたくて言ったんじゃねえし。居眠りしてる最中に寝言で呟いてたらしくて」

 

「常盤台のビリビリ中学生が追いかけてくる~って唸ってた」

 

「そんなはっきりした寝言言うのかあんたは! というか、授業中は寝るんじゃない!」

 

(上条当麻(コイツ)はどう見ても落ちこぼれだな。そんな男に御坂美琴が食いつくって事はよほど貴重な能力らしい)

 

垣根がそんな事を思っていることなど知らずに、真守は怒りを露わにしている美琴に律儀に挨拶をした。

 

「初めまして、御坂。上条のクラスメイトの朝槻真守だ」

 

「あ、初めまして! 御坂美琴です」

 

美琴は真守の自己紹介を受けて、慌てて姿勢を正して挨拶する。

お嬢様らしい優美な仕草だった。

 

「よろしく」

 

真守が柔らかく笑うと、美琴も少しぎこちないが微笑んだ。

そして、真守の隣にいた垣根をちらっと見てから、遠慮がちに訊ねる。

 

「……ええっと、そちらは彼氏さんですか?」

 

「違う。垣根に失礼」

 

「──垣根帝督だ。よろしくな、超電磁砲(レールガン)?」

 

再三にわたって即座に否定する真守の言い分にイラついたので、垣根は肘置きに丁度良い真守の頭に肘を乗っけながら威圧の笑みを浮かべる。

真守は頭に乗っかった垣根の腕の重さに顔をしかめていた。

恋に恋する少女である美琴は二人を見てとっさに判断した。

 

これは、男の方の片思いだと。そして、女の方は微塵も気が付いていない。

 

「よ、よろしくお願いします。……なんか、大変ね」

 

美琴の最後の呟きに真守が何が大変なんだ、と首を傾げていると、上条が声を上げた。

 

「ああ。そういや、お前は知らないんだな。垣根は──「お兄ちゃあ──ん!!」……あ」

 

上条が垣根が実は超能力者(レベル5)だと明かそうとしていると、先程の幼女が走り寄ってきた。

上条は別に能力の話は後でもいいか、と考えて幼女に笑いかけた。

幼女は真守たちと一緒にいる美琴に気が付くと、声を上げた。

 

「あー! 常盤台のおねえちゃんだ!」

 

「え? ……ああ、鞄の!」

 

どうやら幼女と美琴は、どこかで会った事があるらしい。

美琴は幼女の存在に気が付いた後、上条をハッとした顔で見上げた。

 

「お兄ちゃんってあんた妹がいたの!?」

 

「違う違う。俺はこの子が洋服店探してるって言うからここまで案内してきただけだ。そしたら別口で来てたクラスメイトの朝槻と垣根に、ばったり会ったんだよ。俺も垣根にはついさっき挨拶したばかりなんだ」

 

「へえ……」

 

美琴は事情を知って真守と垣根を見つめる。

 

(デートをしているということは脈ありなのかしら?)

 

二人をちらっと見ながら美琴がそんなことを思っていると、真守は美琴の視線で何か勘違いされている気がする、と眉を顰めた。

真守が怪訝な表情をしている前で、幼女が声を上げた。

 

「私もテレビの人みたいに洋服でおしゃれするんだもん!」

 

「そうなんだ。今でも十分おしゃれでかわいいわよ」

 

美琴が幼女の頭を優しく撫でていると、上条がぽそっと呟く。

 

「短パンの誰かさんと違ってな」

 

どうやら美琴はスカートの下に短パンを履いているらしい。

女っ気がねえなと、垣根が心の中で呟いていると美琴が顔を赤くして臨戦態勢に入る。

 

「何よ、やる気!? だったらいつぞやの決着を今ここで!!」

 

「はあ? お前の頭の中はそれしかねえのかよ……。大体、こんな人の多い場所で始めるつもりですかあ? こっちはクラスメイトとそのスキャンダ……違う違う。ついさっき知り合ったヤツがいるんだけど」

 

上条が再び垣根を真守のスキャンダル相手だと言ったので、真守が無言で拳を掲げると、上条は慌てて言い直した。

そんな上条に幼女が上条の服の端を引っ張って主張する。

 

「ねえねえお兄ちゃん! あっちみたい!」

 

「お、分かった。朝槻たちはどうする?」

 

上条の問いかけに、真守は垣根を見た。

 

「私もまだ見るところがあるから行く。それでいい、垣根?」

 

「俺は別に構わねえよ。元々お前に合わせて来てんだからな」

 

「ありがとう。じゃあ、御坂。上条、じゃあね」

 

「あ、はい」

 

真守が垣根と相談を終えると、上条と美琴に向かって別れるために手を振った。

美琴が手を振り返すと真守は、ん。と一言唸ってから、垣根と共に去っていった。

美琴は真守と垣根の後姿を見ながら上条にぽそっと訊ねた。

 

「……ねえ、あの二人は本当に何もないの?」

 

「何かあったら面白いんだがなあ」

 

スキャンダルとか言っておきながら何かあったら面白いのに、と思っていた上条は美琴にそんな風にぼやいた。

 




垣根くんと上条くん(幻想殺し)が初めて会った回でした。


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第七話:〈真価発揮〉を互いにこなす

第七話、投稿します。
虚空爆破事件篇はこれで終了です。
次は八月一一日水曜日に投稿予定です。



上条たちと別れて真守は携帯電話で案内図を見ながら垣根に声をかけた。

 

「垣根、時間かかるけど靴見てもいい?」

 

「別に構わねえよ」

 

「良かった。夏用のパンプス買い替えなくちゃいけないの。同じブランドの新作をいくつか考えてるけど、どうしても靴の大きさって一つずつ違うから」

 

真守は垣根に許可を貰ってから靴屋に向かう。

 

(別にイチから見る訳じゃねえのに、律儀な奴だな)

 

女の買い物は悩みに悩んで堂々巡りをするものだが、真守は連れを振り回して買い物をする気はないらしい。

男に気を使って買い物をしているのか、そもそも男を振り回して買い物をしたことがないのか。どちらも性格的には納得できるな、と垣根は考えていた。

 

〈お客様にご案内申し上げます〉

 

真守が真剣に靴を選んでいると突然アナウンスが流れた。

 

〈店内で、電気系統の故障が発生したため誠に勝手ながら本日の営業を終了させていただきます〉

 

「あ?」

 

「……多分、事件だと思う」

 

怪訝な声を上げる垣根に向かって真守は冷静に告げた。

 

「なんでそう思うんだ?」

 

真守の突然の推測に垣根が純粋に声を上げると、真守は持っていた靴を棚に戻す。

デパート内を知覚するかのように瞳の焦点を散らしながら真守は理由を話した。

 

「私の能力はエネルギーに関することだから。エネルギーの流れに敏感になる。電気系統の故障にしてはちゃんと電気が通ってるから」

 

「……ああ。電撃使い(エレクトロマスター)も情報機器に強いとかそういうのがあるもんな」

 

「うん」

 

垣根にはぼかして伝えたが、真守はあらゆるエネルギーを操る超能力者(レベル5)流動源力(ギアホイール)である。

周囲のエネルギーの流れ。

つまり、電気エネルギーの流れがおかしいなら、真っ先に感知できる。

そこに異常が見られないので故障ではなく、店を閉めなければならない何らかの事情があるのだ、と真守は推測できたのだ。

真守の事を大能力者(レベル4)力量装甲(ストレンジアーマー)だと思っている垣根はその珍しい能力故にそういう事もあるだろうと納得してから、真守と共に店員の案内に従ってセブンスミストから外に出た。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

(日が高い時間で、なおかつ一般客が多いデパートで事件、か。暗部の人間はこんな目立ったことしねえからただの一般人か)

 

真守と一緒に外に出てきた垣根は心の裡でそう推測していた。真守は、と言うと垣根に気づかれないように視線を上に向けて宙を浮く深城を見ていた。

 

『真守ちゃん、お靴買い損ねちゃったね。また今度買いに行こうね?』

 

真守が深城の言葉に薄く頷いていると、上条が慌てた様子で真守に近寄って来た。

 

「朝槻!」

 

「上条。どうした?」

 

「あの子見なかったか!?」

 

上条は周りを確認して、自分が案内してきた幼女が近くにいないか探していた。

 

「え。はぐれたのか?」

 

真守が上条の切羽詰まった質問に即座に気がついて訊ねる。

 

「外にいないんだ、見かけてないか?」

 

「外にいないなら中だろ。先に探しに行く」

 

「頼む。俺はビリビリにも聞いてくる」

 

真守と上条が方針を立てると即座に二人は行動を開始した。

二人は頷きあうと、上条は美琴の下へ、真守はそのままセブンスミストへと駆け出す。

 

「おい、真守!?」

 

垣根がセブンスミストへと戻っていく真守に制止の声をかけたが、真守はセブンスミストに迷いなく駆け込みながら途中で振り返って声を上げた。

 

「垣根は外にいていい。大丈夫。私は何があっても死なないから」

 

「……ったく! 女一人で行かせられるか!」

 

躊躇うことなくセブンミストへと戻っていった真守に向けて、垣根が毒吐く。

垣根も真守を追ってセブンスミストへと戻っていった。

 

 

 

追いかける垣根の前で真守は軽やかにエスカレーターをタタタッと走って登っていく。

 

(こいつ、意外とすばしっこいし体力がある)

 

自前のポテンシャルが高い垣根は余裕で真守に追いつくが、真守のフィジカルが大層なモノと感じた垣根。

 

それもそのハズ。

真守は自身に必要なエネルギーを自分で生成し、体に行き渡らせることができるため、効率的に体を動かす方法を知っている。

ちまっとした印象からは考えられない程の力が出せるのは、能力が能力だからだ。

 

真守に追いついた垣根は真守と共に広いフロアを探して走る。

 

曲がり角を曲がった瞬間、真守と垣根の目の前を幼女が走っているのが見えた。

 

「いた」

 

真守が後ろから声を掛けようとすると、幼女は風紀委員(ジャッジメント)の腕章をした花飾りの少女へと近づいていた。

 

「あ。保護された」

 

「ったく、人騒がせなヤツ」

 

真守が幼女の無事を確認するように言葉を零すと、垣根が毒吐いた。

口が悪い言葉が出たが内心、何事もなく安心していたのは事実だ。

真守と垣根はスピードを落とし、目の前にいる風紀委員の少女と幼女に近づく。

 

だが、次の瞬間。

 

風紀委員の少女がバッと幼女から不格好なカエルのぬいぐるみをひったくると、真守と垣根の前に投げ捨てた。

 

真守はその瞬間、重力子というエネルギーが急速な収縮をしている事を感知。

そして隣に立っていた垣根は目の前で事象の法則に変化があったことに気が付いた。

 

「「爆弾!?」」

 

二人が声をそろえて叫ぶと、その目の前で風紀委員の少女が遅れて告げる。

 

「逃げてください! アレが爆弾です!」

 

その時、突如美琴が風紀委員の少女の横から出てくるが、爆弾の先に真守と垣根が立っている事に気が付く。

コインを持って臨戦態勢になっていたが、爆弾を弾き飛ばせば真守と垣根にぶち当たるととっさの判断ができなかった。

 

美琴の前に上条が飛び出してくると、上条はとっさに真守にアイコンタクトをした。

 

真守はそれを受けて即座に能力を解放した。

 

頭。丁度猫耳ヘアの真上にそれぞれ、青白い蒼白光の三角形が二つとそれに連なるように正三角形が二つずつ浮かび上がる。

セーラー服のスカートの上から細長いたすきのような猫の尻尾が伸びて、その尻尾の付け根にはリボンのように正三角形が二つ携えられるように現れた。

 

真守は能力を解放すると同時に、両腕を前でクロスさせ、生成したエネルギーを前方にシールドのように展開させた。

 

(良い位置。これなら垣根に爆発に巻き込まれない。上条がいるからあっちは大丈夫)

 

真守が高速で思考して爆発に備えると真守の目の前が突如真っ白に包まれた。

 

「──え」

 

その瞬間、爆弾が爆発した。

 

辺りには爆風と熱波が放たれて、それと同時に爆弾の欠片が飛び散るはずだった。

真守はそれら全てをエネルギーのシールドで防ぐことができたハズだった。

 

だが。

目の前が真っ白になっただけで、爆発が自分のシールドに届くことがなかった。

 

爆発音だけが聞こえてそれが止むと、真守の白くなった目の前が開けていき、視界が確保された。

真守の前では左手を添えて右手を前に突き出してる格好で御坂、風紀委員の少女、幼女を守った上条の姿が見えた。

 

上条の右手には身体検査(システムスキャン)で測る事の出来ない幻想殺し(イマジンブレイカー)という全ての異能を打ち消す力があり、それによって上条は自分たちに向かってきた爆発を打ち消し、三人を守ったのだ。

 

真守は彼らを気にすることなく自身を覆っていた白い壁を目で追って振り返った。

 

真守が白い壁だと思ったモノの正体は純白の翼だった。

 

純白の翼が三対、六枚。

垣根の背中から伸びており、それが白い燐光を周囲に放っていた。

 

真守はその翼を見て目を見開く。

 

柔らかな光。

聖なる光。

一点の穢れもない無垢なる光。

 

その翼が、垣根の未元物質(ダークマター)という能力で形作られているのだと真守はなんとなく理解した。

 

(コイツも見た目変わんのか)

 

真守が垣根の翼にじぃっと見惚れていると、垣根も能力を解放した事によって猫っぽさが増した真守を見ていた。

 

垣根には真守の能力がどれだけ防げるか知らない。

だから自分の身を守ると共に真守の事も守ったのだ。

 

そんな垣根に、真守はぽそっと呟くように告げる。

 

「……綺麗な翼」

 

「あ?」

 

垣根が自分には似合っていないと自覚しているビジュアルについて言及されたので、不機嫌な声を上げた。

 

真守は垣根の機嫌が急降下するのになんて気にも留めずに、垣根の姿を清く気高いものを見ているかのような優しい瞳で、そして柔らかくにっこりと微笑んだ。

 

「垣根の能力は正義の天使みたいだ。綺麗な翼。本当に綺麗だ。綺麗な能力だ」

 

「──っ」

 

興奮しているように告げる真守を見て、自分のビジュアルを嗤っている訳ではなく、純粋に賞賛しているのを感じて、垣根は言いよどんだ。

 

似ている。真守はあの子に良く似ている。

 

自分が唯一心を許していたあの子。

自分の事を気にかけてくれたあの子。

そして、自分の掌からこぼれ落ちていったあの子。

 

「垣根の能力は人を守れる凄い能力だ」

 

真守の心の底からの感嘆の笑顔を初めて見て、垣根は何も言う事ができずに黙って真守を見つめるしかできなかった。

 

「垣根!? なんかすっごい羽根出てるけれど大丈夫か!?」

 

二人を軸に時が一瞬止まっていたが、上条が声を上げたのに気づいて垣根は我に返った。

自分のビジュアルについて何かマイナスなことを言いたげな上条を、垣根は睨み、そして地を這うような声を出した。

 

「なんか文句あるか?」

 

「い、いいえ。ないですけど」

 

上条は垣根が自身の能力によって生じる翼と、自分のビジュアルが一致していないことを気にしていると即座に理解して、首を横にブンブンと振った。

 

垣根はフッと翼を消して未元物質の発動を抑える。そして、真守を見つめた。

 

「お前は能力全開にするとますます猫っぽくなんだな」

 

「勝手に出るから仕方ない」

 

真守はスカートの上から伸びた尻尾をゆらゆらと横に揺らしながら告げる。

どうやら真守の意志で猫耳や尻尾が動かせるらしく、ますます自分の羽根と似ていると純粋に思って、垣根はぽそッと呟く。

 

「……お前もそうか」

 

「なんだ垣根もか。一緒だ」

 

真守は柔らかく微笑んで、ぴょこぴょこと猫耳の向きを変えて動かせることを示した後、能力を抑えて蒼閃光(そうせんこう)で出来た猫耳と尻尾をフッと消した。

 

「上条の方は無事?」

 

「ああ、問題ねえ。あの爆弾はやっぱり能力か」

 

「当たり前。爆弾持ち込む馬鹿はいない」

 

(つーか、ますますこいつは俺に似てんな……逆に不気味なんだが)

 

垣根は真守の能力の事を考えながら二人の会話を見ていた。

 

「皆さん、お怪我はありませんか!?」

 

風紀委員の花飾りの少女が真守と垣根に近づいて来たので真守は安心させるために即座に頷いた。

 

「大丈夫、垣根が守ってくれた」

 

真守が風紀委員(ジャッジメント)の少女と話をしている隣で上条は美琴の姿が見えなくて首を傾げた。

 

「あれ、ビリビリはどこ行ったんだ?」

 

「え。本当だ、御坂さんどこに行ったんでしょうか……。ですが、あの……ご迷惑をおかけしました!」

 

真守たちは風紀委員の少女に突然謝られて首を傾げた。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

虚空爆破(グラビトン)事件って風紀委員(ジャッジメント)狙いだったんだ」

 

真守は風紀委員の少女──初春飾利から事の詳細を聞いて納得する。

 

虚空爆破事件とは最近学園都市で起こっていた連続爆破事件の俗称だ。

量子変速という能力を使って、アルミを基点に重力子を加速して爆弾にしていたらしい。

人的被害が出始めて風紀委員が勢力を上げて捜査をしていた事件である。

 

事件の全貌に納得した真守に、垣根はいい迷惑だ、という感情を込めて吐き捨てるように告げる。

 

「どうせ逆恨みだろ。あのひょろっちいの標的にされそうだからな」

 

垣根は美琴が捕まえてきた犯人の外見を見てそう判断していた。

カツアゲにでもあって風紀委員が助けてくれなかったから風紀委員に恨みを抱いた。

その様子が垣根にも分かるほどに滲み出ていたのだ。

 

「……力があるなら自分と同じ人守る立場に回ればいいのに」

 

量子を変速させるという量子変速は真守の能力に通じるところがある。

あの能力が造り上げた爆弾を間近で見た真守は、彼の能力の強さに思わず呟く。

 

真守の言い分に垣根は苛立ちを込めながら、変えようのない現実を真守に諭すように告げた。

 

「ああいう奴はひがむしかできねえ。そんな立ち回りができる筈ねえだろ?」

 

「そう? 要は頭の使いようだ。風紀委員にでもなったら公的権限で自分をコケにしたヤツを潰せるのに」

 

確かに、あの少年が風紀委員に入れば、真っ当な理由で自分を狙った相手に報復できる。

それでも、その動機はどこか本質的な所で歪んでいる。

 

そんなやり方を人格者であるハズの真守が推奨するので、垣根は思わず眉を顰めた。

 

「お前……意外とアグレッシブなんだな」

 

「自分をけなしたヤツを潰したらダメだってことはない」

 

真守が報復を我慢する事はない、と真面目な口調で告げると、垣根はフッと笑った。

 

「まあ、間違ってないな」

 

「そうだろう」

 

真守の言い分に納得して笑った垣根を見て、真守も悪だくみをするように微笑んだ。

 

垣根にとって表の世界での生活とは面倒な事この上なかった。

だが悪目立ちしてしまうと何かと動き辛くなるので、面倒でもそつなくこなしていた。

裏で活動しようが表での活動を疎かにしてはならないと。その両立が自分にはできるから的確にこなしていただけだ。

 

だが。

この陽の光の下を歩く少女と打算的ながらも一緒に行動していると、どうしても心のどこかで思ってしまう。

 

心の底から嫌悪するこの学園都市での表の生活も、悪いものではないのだと。

 

「垣根。今日は色々あったけれどありがとう。楽しかった」

 

「────おう」

 

真守が改めてお礼を言うので垣根はその言葉に絆されて柔らかく微笑む。

 

真守は嬉しそうににししっと笑うと、そのまま二人で帰路についた。

 




メルヘンな外見になる二人(笑)
ちなみに真守ちゃんが垣根くんの翼を絶賛していたのは明確な理由があります。
杠林檎ちゃんみたいに『天使様みたい』という理由ではないです。
……天使だとはもちろん思ってるんですが。

デートが書けて大満足。




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禁書目録篇:上
第八話:〈魔術初見〉は突然に


第八話、投稿します。
次は八月一二日投稿予定です。
キリが悪くて少し長め。
……確認したところ、何故かルビがおかしな事になっているのですがこれはどうすればいいんでしょうか。
……プレビューでは無事だったのですが。一体どういう事だ……。
※優しいお方に教えていただき、ノタリコンの方は修正させていただきました。
本当にありがとうございました。


夏休み初日。

真守は学園都市内を歩いていた。

白と黒のスポーティーなオーバーサイズパーカー。それに白い袖なしブラウスに黒のハイウェストショートパンツ。黒いタイツの先にはウェッジソールの白のパンプス。それとバイク乗りがよく使用するような黒い革のパンク風ウェストバッグ。

 

塩対応クールアイドルに似つかわしい服装をした真守にとって初めての高校生活の夏休みは、バイトを集中して入れられる期間だった。

 

真守は消えた八人目の超能力者(レベル5)流動源力(ギアホイール)だ。

能力は全てのエネルギーの源である源流エネルギーを生み出すことだ。

そして真守は源流エネルギーに指向性を加えて電気エネルギー、運動エネルギー、熱エネルギーなど様々なエネルギーへと変える事ができる。

 

そのエネルギーを売ることをバイトと称しており、幸か不幸か昨日は落雷があってライフラインが絶たれたので、電気を欲している施設が多くて結構稼げた。

 

一応、学園都市の『闇』に関係なさそうな場所で、更に口が固そうなところを狙って身元が他にバレないように売っているが、上層部が真守ではなく深城を超能力者、流動源力としているので真守の身元がバレてもあまり意味を成さない。

 

ただでさえ不良たちに絡まれるのに、これ以上情報が拡散されて注目なんかされたくない。

 

夏休みとは解放感に満ちている、と真守はしみじみ思う。

いつもは深夜に病院を抜け出すと、冥土帰しに咎められるような目をされるのだが、夏休みくらいは良いだろうとその目を向けてこない。

ということで。真守は完全下校時刻を過ぎても意気揚々と遊んでいた。

 

「朝槻──!!」

 

真守が道を歩いていると後ろから声をかけられた。

真守が振り返ると上条が真守を神様仏様女神さまー朝槻さま! ……なんて目を向けてくるので、真守は首をひねった。

上条は真守に近づくと、突然腰を九〇度直角に曲げて華麗に頭を下げた。

 

「朝槻さま! お願いがあります! 補習のプリント教えてください!」

 

「上条、お前補習だったのか?」

 

「……はい。夏休み初日から『すけすけ見る見る』やってんのに補習のプリントまで出されたんだよ。お願いします、この通り! 今度なんかおごるから!」

 

『すけすけ見る見る』とは目隠しをした状態でポーカーに一〇回勝つという透視能力専攻の時間割りである。

超能力者(レベル5)と言えどまるっきり専門外で真守だってできない事を、この無能力者(レベル0)は夏休み初日からやらされていたのだと知ると、なんだか可哀想になる。

それなのに補習プリントを出されたなんてますます不憫に思える。

 

「いいよ。上条の家でいい?」

 

「ありがとうございます! やっぱり持つべき友は大能力者(レベル4)!」

 

「絶賛するな」

 

上条が声を上げて感激するのでつまらなそうに真守が告げるが、上条は感激しっぱなしである。

真守と上条は自分たちの高校の学生寮にある上条自宅へと向かう。

 

「お前、夏休み初日から災難だな」

 

「そうなんですよ、冷蔵庫の中身は昨日の落雷でおじゃんになるし、キャッシュカードは踏み砕くし、何故かシスターさんがベランダで布団の代わりに干されているし」

 

「し、シスター? 布団の代わり……?」

 

真守がそれは一体どんな不幸のシチュエーションだ? と、首を傾げていると、上条がそのシスターを思い出しているのか思案顔になる。

 

「なんか、魔術とかなんだとか言ってたな。追われてるとか。まあ、ウチにフード忘れていったし、もしかしたら会えるかもな」

 

「ふーん……?」

 

上条の説明に真守はますます意味が分からなくなる。

学生寮に着くと、上条に先導されるがままにエレベーターに乗った。

目的の階について上条宅へと向かうと、とある部屋の前で清掃ロボットが三台わらわら動いていた。

 

「なんで清掃ロボットが三台も」

 

「人の部屋の前で何掃除してんだ?」

 

真守が首を傾げると、どうやらよりにもよって上条の自宅の前らしい。

清掃ロボットが頑張って清掃しようとしていたのはゴミではなかった。

 

「……人?」

 

「インデックス?」

 

白い修道服を着た銀髪碧眼の少女が倒れていた。

 

真守が即座に近寄ると、上条もそれに続く。

上条にインデックスと呼ばれた少女に真守が近づくと、その様子に目を見開いた。

 

「上条、この子重症だ!」

 

清掃ロボットをどけて少女の前に膝をついていた真守が鋭い声を上げる。

上条がその言葉に反応して近づくと、真守の言う通りに少女は背中をバッサリと斬られて、白い修道服が真っ赤に染まっていた。

 

「しっかりしろ、インデックス!」

 

「意識がないけれどまだギリギリ大丈夫そう」

 

「一体どこの誰にやられたんだ!」

 

「上条、意識がないんだって。落ち着け」

 

上条を宥めていると真守はピリッと背中に走る異変を感じた。

 

(何これ。私ですら生成したことないエネルギーを感じる!)

 

真守が弾かれたように顔を上げた。

周りを見渡すと、先程自分たちが曲がった角から異様な気配が漂っていた。

 

「誰!?」

 

真守が警戒心を露わに叫ぶと、現れたのは長身の神父の黒い服を着た一四、五歳の少年だった。

 

真っ赤な髪にたくさんのピアス。

目元にはバーコードの入れ墨があり、口には煙草をくわえているという変人の域に片足を突っ込んでいるのに、整った顔立ちをしている。

 

「随分と勘の良いお嬢さんだ」

 

完璧に気配を殺していたはずなのに、真守が気づいたので感嘆した声を上げる。

気配を殺そうが、そこにこちらを伺っている人間がいれば、空気の流れを機敏に察知できる真守には丸わかりだ。

 

「誰だと聞いてるんだ」

 

真守が再び問いかけると男はひょうひょうと答えた。

 

「僕たち、魔術師だけど?」

 

「……は?」

 

魔術師という単語を聞いて真守は首を傾げる。男はそんな真守と上条を無視してインデックスを見た。

 

「うーん、こりゃまた随分と()()も派手にやっちゃったねえ」

 

「なんで……」

 

男が『神裂』という第三者の名前を呟いたので、真守は単独犯じゃないと警戒心を露わにする。その隣で上条が唸るように呟いた。

 

「ここまで戻ってきた理由? さあね、忘れ物でもしたんじゃないかな?」

 

「忘れ物? ……それってフードの事?」

 

先ほどシスターがフードを忘れていったと上条から真守は聞いていた。

真守が問いかけると男は不敵に微笑んだ。

 

「正解、あれってどこで落としたんだろうね?」

 

「フードに残った魔力を探知してここまで来た……?」

 

「魔力? どういう事だ? ……アイツは探知系の能力者なのか?」

 

上条の呟きの意味が分からずに真守が首を傾げると、上条は突然怒鳴った。

 

「このバッカ野郎!」

 

「上条?」

 

「原理はよく分からねえが、一つだけ分かる事がある! コイツは俺を巻き込まないためにここに帰ってきたんだよ!」

 

真守は上条の憤りに意識のない少女を見た。

ベランダに引っかかってただけの不可思議な出会いをした上条とインデックス。

この少女は自分が狙われているにも関わらず、上条の事を守るために帰ってきた。

 

自分の身が危険なのに誰かを守ろうとしている心優しい少女ならば、尚更自分が守る価値がある。

 

「この子から話が聞けない限り、お前から話を聞き出すしかないな」

 

即座に長身の男を叩き潰す敵と認識して、真守は睨みつけた。

 

「それを斬ったのは僕じゃないよ。神裂だって何も血まみれにするつもりじゃなかったんじゃないかな。その修道服『歩く教会』は絶対防御なんだけれど、何の因果で砕けたんだかね?」

 

「……なんでだよ。俺は魔術なんてメルヘン信じられねえし、てめえら魔術師みてえなモンは理解できねえ。けど、お前たちにだって正義と悪くらいあるんだろ!? ……こんな小さな女の子、寄ってたかって追い回して血まみれにしてこれだけのリアルを前に、まだ自分の正義を語ることができんのかよ!!」

 

「言いたいことが済んだらどいてほしいな。それ、回収するから」

 

「回、収……?」

 

上条が長身の男の言葉に呆然として、真守はその言い分にぴくッと反応した。

そんな二人の前で長身の男は高らかに告げる。

 

「そう、回収だよ。回収。正確にはソレの持ってる一〇万三〇〇〇冊の魔導書だけどね。この国では禁書目録って言葉で良いのかな。教会が『目を通しただけで魂まで穢れる』っていう悪しき禍々しき本が魔導書。ああ、注意したまえ。キミたち程度の人間だったら一冊でも目を通せば廃人コース確定だから」

 

「ふざけんなよ、そんなもの一体どこにあるっていうんだ!」

 

上条がもっともなことを訊ねると、長身の男はインデックスを指さした。

正確には、インデックスの頭を。

 

「あるさ、ソレの頭の中に」

 

「え?」

 

「完全記憶能力。一度見たものを一瞬で覚えて、一字一句を永遠に記憶し続ける能力をソレは持ってる。その能力でソレは世界各地に封印されて持ち出すことのできない魔導書を記憶して頭に保管している魔導書図書館ってワケなのさ。ま、ソレ自身は魔力を練ることができないから無害なんだけれど。その一〇万三〇〇〇冊は少々危険なんだ。だから、魔術を使える連中に連れ去られる前にこうして保護しにやってきたって訳さ」

 

上条がインデックスの事情を聞いてそれが理解できないで呆然としている中、真守は音もなくゆらりと立ち上がった。

 

「──何語ってるんだ?」

 

真守から言葉が発せられた瞬間、上条もそして魔術師でさえも恐怖が体を駆け抜けた。

 

空気がひりつき、真守から凶悪過ぎる威圧感が放たれていた。

真守の感情の高ぶりと共に、彼女の高すぎる事象干渉力によって空間が震えているのだ。

 

その空間を震わせる様子は、圧倒的な強者の存在感をほうふつとさせた。

その威圧感はこれまで強大な敵と戦ってきた長身の男の裡で、警鐘を鳴らさせるほどだった。

はっきり言って黒猫のように可憐で無害な少女から出される威圧感ではなかった。

 

人のことを傷つける事すら許せないのに、モノ扱いまでする男。

あの研究所にいた人間と同じ姿勢を見せるこの男を、真守は到底許す事なんてできない。

 

真守は場の緊張で高まる中、冷たく言い放った。

 

「はっきり言ってお前の言う事は意味が分からない。でもね、お前が何を考えているのか一つだけ分かった。──人をモノとして扱う、ただそれだけ」

 

真守はそこで能力を解放した。

 

真守の頭に青白い蒼閃光(そうせんこう)の三角形が二つ猫耳のように展開されて、それに連なるようにそれぞれ二つずつの三角形が浮かび上がる。

ハイウェストのショートパンツのお尻の上から尻尾のようなタスキがぴょこっと伸びて、その付け根にリボンのように三角形が二つ尻尾を挟むように現出する。

 

「そんな扱いを私は許さないぞ、このペテン師」

 

あからさまな臨戦態勢に真守が移行したのを見て男も構えた。

 

「っ……別に僕たちのモノだし、それに僕は彼女を保護しようとしているんだよ。幾ら常識と良心があったって拷問には耐えられないからねえ。そんな連中に女の子の体を預けるなんて考えたら、キミだって心が痛いだろう?」

 

「女の子の体考えるなら斬りつけるなよ」

 

真守は長身の男の言葉によって怒りが頂点になった。

 

そして、その場からフッと消えた。──ように見えた。

真守は長身の男の目が追いつけない程の速度で足元に迫り、魔術師の男の腹を思い切り蹴りつけた。

 

「ぐぅはっ!!」

 

魔術師の男は真守の蹴りをもろに食らって吹き飛ばされるが、倒れることなく踏みとどまってから真守を強大な敵と認識して嗤った。

 

「……女の子だと思って甘く見てたよ。流石この街の子供だね」

 

「お前、外から来たんだ? 侵入者?」

 

長身の男の言葉に真守が頭を回転させて訊ねると、そんな様子の真守に勘が鋭くて頭が回る少女だと、男は警戒心を強めた。

 

「ステイル=マグヌスというのが僕の名前なんだけれどね。良い蹴りを繰り出す君には、我が名が最強である理由をここに証明する(F o r t i s 9 3 1)と名乗った方が良いかもね」

 

「勇敢? それとも強者?」

 

真守はラテン語の直訳を即座に口にして訊ねる。

 

「語源はどうだっていいんだよ。僕たちの魔法名だからね。聞き慣れないかな?」

 

「なんだそれ」

 

「僕たち魔術師って生き物は、魔術を使う時に真名を名乗ってはいけないそうだ。古い因習だから理解できないけれど、重要なのは魔法名を名乗り上げた事でね。僕たちの間ではむしろ──殺し名、かな」

 

ステイルはそう告げると咥え煙草を口から外して外に放り投げた。

 

炎よ(Kenaz)──」

 

そして、咥え煙草から大きな炎が吹きあがってステイルの右手へと火球となって集まっていく。

上条は熱波から顔を守るように手をかざすが、真守は涼しい顔でステイルを見つめていた。

 

巨人に苦痛の贈り物を(Purisaz Naupiz Gebo)

 

その瞬間、真守たちに向かって炎の塊を投げ飛ばした。

 

真守は両手を胸の前でクロスさせて源流エネルギーを生成して、即座にシールドのように纏った。

真守たちに向かって放たれた炎は、真守がシールドとして展開したエネルギーと真っ向から衝突した。

 

蒼閃光が迸るごとに歯車が軋みを上げるような音が辺りに響く。

 

真守たちを襲った炎が真守の生成した源流エネルギーを衝突すると、何故か虹色の煌めきを辺りにまき散らした。

それは真守の展開したシールドの表面を流れていくように舞い散っていく。

 

エネルギーと炎の衝突の余波からインデックスを守るために、上条は身を挺して彼女を庇った。

 

(この虹色の煌めき……。源流エネルギーが炎を構成する謎のエネルギーを焼き尽くした事で生まれたモノ? この感触は生命エネルギーに似てる。……そうか。あのステイル=マグヌスとかいう男が能力の基盤に使っているのは、生命エネルギーを基に精製しているのか……?)

 

両手を胸の前でクロスさせるのをやめながら冷静に分析する真守を、ステイルは見つめた。

 

「……キミ、一体なんなんだい?」

 

ステイルは冷静に分析している真守をしかめっ面で見つめた。

自分の操る魔術の炎が、目の前の少女が発生させた何らかの未知なるエネルギーによって、焼き尽くされたと感じたからだ。

 

「朝槻真守。外から来た人間には理解できないかもしれないけど、私は強いぞ」

 

それは純然たる事実だった。

 

何故なら真守は消えた八人目とされる学園都市の頂点、超能力者(レベル5)流動源力(ギアホイール)だからだ。

 

「興味がある。お前、その未知のエネルギーは生命エネルギーから精製しているものだな?」

 

真守はステイルが未知のエネルギーを精製している臓器を寸分違わずに指さしてからスッとステイルの顔に指を向けた。

 

「何故、魔力の集中的な精製ポイントが分かる!?」

 

「私はエネルギーの流れを感知できる。それくらい当たり前だ。そうか、それは魔力というのか。またオカルトチックな名称だな」

 

「バカな! 魔力すら知らないのに何故そこまで看破を!?」

 

「エネルギーを感知できるからと言った。上条、魔術って能力とは全く別物らしい。あれは能力者みたいに周囲の事象に介入しているんじゃない。魔力というエネルギーを使って無理やり事象を作り出しているみたいなんだ」

 

「じゃあ、魔術っていうのは明確に科学技術じゃないってことか?」

 

真守の推測に上条が訊ねると真守ははっきりと頷いて断言した。

 

「仕組みが違っても、世界を侵食するように意図的に造り出された異能ならお前の右手は打ち消せるぞ」

 

「……やっぱり、俺の右手は魔術を打ち消せるのか。思えば、インデックスの服を木っ端みじんにしたのだって俺の右手だったし」

 

「え。……お前、女の子に何してるの?」

 

自分の右腕を見つめて呟いた上条の言葉に真守は即座に反応した。

一転して軽蔑のまなざしを真守が上条に向けると、上条が大きな声で言い訳をした。

 

「いやですね! インデックスさんが絶対防御だから包丁刺しても大丈夫って大見栄切るから! それで少し押し問答になって、俺の右手だったらお前のそれ、魔術って分かるんじゃねーかって、ちょっと軽い気持ちでやってしまっただけですよ!?」

 

「ふーん」

 

「この状況で塩対応止めてくれませんか!?」

 

言い訳を聞いて、ますます上条へと真守が心底軽蔑の視線を送っていると、上条が悲痛な声を上げた。

その二人の会話を聞いていたステイルは興味深そうに呟いた。

 

「成程。その経緯を聞いてやっとわかったよ。『歩く教会』はキミが破壊したんだね?」

 

ステイルの様子を伺いながら真守は上条にそっと囁くように声をかける。

 

「……上条、お前腹が立ってるだろ」

 

「当たり前だろ!」

 

「じゃあ、あの子のことは私に任せて。傷を塞ぐ手立てがあるからお前には時間稼ぎをしてほしい」

 

「そんな事ができるのか?」

 

「能力を応用すればな」

 

上条は真守の能力を力量装甲(ストレンジアーマー)という体の周りに生命エネルギーの余剰を纏ってシールドにする能力だと思っている。

 

その能力で説明がつかない流動源力としての力を使うから、真守は『応用すれば』という言葉であえて曖昧に表現する。

消えた八人目である事を隠しているのは心苦しいが、説明するのに時間が惜しい。

 

それ程までにインデックスが重症なのだ。

 

「分かった。あのステイルって奴は俺に任せて、お前はインデックスを!」

 

「頼む」

 

真守は上条と居場所を交代してインデックスの下に膝を下ろす。

 

ステイルは二人の会話を聞いて怪訝な表情をした。

自分の炎を焼き尽くすことのできるほどの破壊力を生み出せる能力者が、人を救う事もできるなんて尋常じゃない。

 

「でたらめな能力者だ。そんな能力者は後ろに下がってキミが僕の相手になるのかな?」

 

「なれるに決まってんだろ!」

 

ステイルと上条は睨み合う。

 

「────世界を構築する(M T W O T)五大元素のひとつ(F F T O)偉大なる始まりの炎よ(I I G O I I O F)

 

それは生命を育む(I I B)恵みの光にして( O L)邪悪を罰する裁きの光なり(A I I A O E)

 

それは穏やかな幸福(I I)を満たすと同時に(M H)冷たき闇を滅する(A I I)凍える不幸なり(B O D)

 

その名は炎、その役は剣(I I N F I I M S)

 

顕現せよ、我が身を食らいて力と為せ(I C R M M B G P)────!」

 

呪文のようなモノをステイルが詠唱すると、真守たちの前に巨大な炎によって形作られた巨人が姿を現した。

 

魔女狩りの王(イノケンティウス)。その意味は、『必ず殺す』」

 

「──邪魔だ!」

 

ステイルが放った魔女狩りの王(イノケンティウス)という炎の巨人を、上条は右手の幻想殺しで即座に打ち消した。

 

真守がインデックスの手を握って処置を始めようとしていると、真守の後ろに上条が打ち消した炎がなびいていく。

その炎が再び集まっている事に気が付いて、真守は後ろを振り返った。

 

そこには、魔女狩りの王(イノケンティウス)が再び顕現していた。

 

熱波と炎が真守とインデックスを襲う。

真守は左手を突き出して、インデックスと自分を守るように源流エネルギーを展開、その炎を全て焼き尽くした。

 

「上条!」

 

虹色の煌めきが辺りに吹きすさぶ中、真守がインデックスを庇っているので動けないと暗に告げると、即座に上条が真守の前に立って、魔女狩りの王(イノケンティウス)に立ち向かった。

 

魔女狩りの王(イノケンティウス)は凝縮された炎である光を帯びた十字架を手に取って、上条に向かって振り下ろす。その十字架に真正面から上条は右手を当てた。

 

どんな異能でも通常なら上条の右手の幻想殺し(イマジンブレイカー)は打ち消すはずだ。

 

だが、魔女狩りの王(イノケンティウス)とその十字架は上条の右手に触れているにも関わらず、その形を保ち続けていた。

真守はそこで、学生寮全体に帯びるエネルギーの異常な流れを知覚した。

 

「上条! この学生寮からソイツにエネルギーが集まってるぞ!」

 

「じゃあ、コイツに触れても意味がないのか!?」

 

「──ルーン」

 

上条と真守が未知の技術に困惑していると冷たく無機質な声が響いた。

 

それは、真守が手を握っているインデックスの声だった。

 

「『神秘』、『秘密』を指し示す二四の文字にしてゲルマン民族により二世紀から使われる魔術言語で、古代英語のルーツとされます」

 

「……ルーンって北欧神話の、神々の創造した魔法とか言うアレ? ……というか、お前意識が戻ったのか?」

 

真守は突然、目を見開いて冷静に言葉を紡ぐインデックスに問いかけた。

 

真守はオカルトを齧っている。

齧っていると言っても小説家が資料として集めるオカルト本をつらつらと見たり、十字教の聖書を読んだりするくらいだ。

そこには魔術の使い方も、こうして魔術が存在しているのなんて当然書かれていない。

むしろ今の今まで魔術とはフィクションであり、あったらいいなくらいで語り継がれていた幻想だと思っていた。

 

真守はオカルトに興味はなかったが、オカルトに触れなければならない理由があった。

 

源城深城。

まるで幽霊のようになってしまったあの少女。

自分の身に起こった事態に()()()()()()()()()にもかかわらず、深城は魂やら幽霊やら、天使なんかを信じていた。

 

(深城の信じているモノが知りたくて私はオカルトを齧った。その延長線上にある魔術。それが本当にあるって事は、もしかして魂も存在するって事か?)

 

真守がこの場にいない深城のことを考えているとインデックスが言葉を続ける。

 

「──『魔女狩りの王(イノケンティウス)』を攻撃しても意味がありません。壁、床、天井。辺りに『刻んだルーンの刻印』を消さない限り、何度でも蘇ります」

 

「お前、インデックスだよな……?」

 

「はい」

 

上条の確認するような問いかけにインデックスは迷わず即答する。

 

「はい。私はイギリス清教内、第零聖堂区『必要悪の教会(ネセサリウス)』所属の魔導書図書館です。正式名称はIndex-Librorum-Prohibitorumですが、呼び名は略称の禁書目録で結構です。自己紹介が済みましたら、元のルーン魔術に説明を戻します。『魔女狩りの王(イノケンティウス)』を形成しているのはルーン文字。それを消さなければ『魔女狩りの王(イノケンティウス)』を倒すことはできません」

 

「キミたちにそれは不可能だ。灰は灰に(Ash To Ash)──」

 

ステイルは真守たちの目の前で呟きながら右手に炎の剣を生み出した。

 

「──塵は塵に(Dust To Dust)

 

ステイルは続けてその左手にも炎の剣を生み出した。

 

「────吸血殺しの紅十字(Squeamish Bloody Rood)!」

 

ステイルが叫んで特攻してくるが、上条は動けない。

とっさに真守はステイルがいる方向へと源流エネルギーを放ってその炎の剣にぶつけた。

 

その瞬間、酷い爆発が学生寮の廊下を焼いた。

上条はそれによって階段の方へと吹き飛ばされた。

 

インデックスを抱いて視界が晴れるまで真守が辺りを警戒していると、ステイルもいなかった。

 

恐らく上条を追っていったのだろう。

 

「上条は自分の役目を担っている。私もやるべきことをしなければ」

 

真守はインデックスの体に手を当てると、スッと目を閉じた。

 

源流エネルギーに指向性を加えて電気エネルギーを生成する。

その生成した電気エネルギーをバチバチと掌に帯電させると、インデックスの体にその電気を通した。

その電気エネルギーを緻密に操作して、細胞一つ一つに分裂を促進させるように働きかける。

自然治癒を使って傷を急速に塞ぐ手法で真守はインデックスの治療を始める。

 

真守が生成できる生命エネルギーを直接体に注いで治療しないのは、真守が過去にそれで失敗したからだ。

真守が生み出す生命エネルギーは、死の向こう側に行こうとしていた人間すら救うが、その人間にある種の()()()を与える。

 

つまり、真守が生命エネルギーを注ぎ続けなければ、その人間は命を保つことができないのだ。

朝槻真守はほぼ死んでいた源白深城をそれで生かした。

 

その結果。

深城の体の成長が止まり、なおかつ真守が生命エネルギーを注ぎ込み続けなければ生きていけなくなってしまった。

真守と深城の体は目に見えない特殊なバイパスによって繋がっており、真守はそのバイパスを使って深城に生命エネルギーを注ぎ込み続けている。

 

真守がいれば深城は死なない。

 

だが、それは真守がいなければ深城は生きていけない事にも繋がる。

深城はずっと一緒にいてほしいと願った。

 

『死にたくない、一人にしないで』と、彼女は死の間際に言った。

 

その時、既に深城がかけがえのない人間になっていた真守はその願いを引き受けた。

絶対に離れないと誓った。

 

運命共同体である二人は、そうやって互いが互いを必要として生きている。

 

(深城みたいな事には絶対にさせない。インデックスは確実に私が救う! 救ってみせる!!)

 

真守は固くそう決意してインデックスの傷を癒すために祈るように能力を行使していた。

 




真守ちゃんの罪が明らかになった回。
深城に真守ちゃんは負い目がありますが、それ以上に真守ちゃんは深城のことを想ってます。

ちゃんと罪があってちゃんと汚い、でも命に対して真摯な真守ちゃん。



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第九話:〈渾身看病〉の果てに

第九話、投稿します。
※次は八月一四日土曜日投稿予定です。



真守と上条は自分たちのクラスの担任教師である月詠小萌先生のアパートを訪れていた。

 

上条はステイル=マグヌスとの戦闘に勝利した。

学生寮中の壁にべたべた貼られていたカードに書かれたルーン文字のインクを、スプリンクラーの水によって滲ませて消したのだ。

魔女狩りの王(イノケンティウス)』はその何千枚のルーン文字によって構成されており、そのルーン文字が使い物になら無くなれば力を失くす。

そうやって『魔女狩りの王(イノケンティウス)』を無力化して、上条はステイル=マグヌスを撃破した。

 

迫りくる魔術師を撃破したのはいいが、問題が残った。

上条の学生寮は火事騒ぎで救急車が来たり消防車が来たり大騒ぎ。

その場に留まるのは非常にマズいが行く当てがないのだ。

 

真守は病院に入院中だからIDのないインデックスを連れていく事なんてできないし、そもそも上条の自宅は相手に知られているので再び襲撃を受ける可能性がある。

 

それにインデックスの傷は深く、電気エネルギーで刺激を与える事で細胞の再生速度を促す方法で治療しているので、完治にまだまだ時間がかかる。

 

ゆっくりと治療できる場所を求めた結果、二人は担任を頼る事にしたのだ。

自分たちの担任──月詠小萌先生を。

 

真守がインターホンを何度か鳴らすが小萌先生が出てくる気配がない。

 

「この時間で眠ってたら流石に外見通りだが」

 

「くっそ。早く出て来てくれ、よ!!」

 

上条がインデックスをおぶったまま不躾にもアパートの扉を蹴り上げると、中から声が響いて来た。

 

「はいはいはーい。対新聞屋さん用に、ドアだけは頑丈なんです。今開けますよーっと!」

 

ガチャッと扉を開けたのは、何故かピンクのウサギ耳付きのパジャマを着ている小萌先生。

 

「朝槻ちゃん! ……え、上条ちゃんも!? 新聞屋さんのアルバイトでも始めたのですか?」

 

「そんなわけあるかい。ちょっと色々困っているんで、入りますね。先生」

 

「失礼するぞ」

 

真守と上条は横暴な様子で小萌先生の部屋へと侵入した。

 

「ちょ、ちょちょちょっと! 先生困りますぅー!!」

 

小萌先生の声が後ろから響く中、真守と上条は担任の自宅を見て呆然とする。

 

オンボロアパートなのは外から見れば分かっていた。

それに関しては何も言わない。

 

はっきり言おう。小萌先生の自宅は汚部屋である。

 

無数に転がっている酒の空き缶。

それらにはぎっちりと吸った後の煙草がねじ込まれており、酒好きに煙草好き。

まさかそんな事はないと思いたいが、ギャンブルも好きだったら人間として道楽に明け暮れて楽しく生きてますねという有り様だった。

 

小萌先生が慌てて片付け始めるが絶対にこの量は片付かない。

 

「こんな状況で聞くのはあれなんですけれど。煙草を吸う女の人は苦手ですか?」

 

小萌先生は上条に問いかけるが、上条はその問いかけに答えず、空いたスペースにインデックスをうつ伏せに寝かせる。

インデックスの傷を見て小萌先生が叫んだ。

 

「ど、どうしたんですか。それ……」

 

「見て分かる通り重症」

 

「いや、そういうことを聞いているのではなくてですね!?」

 

真守がケロッと告げると、ツッコミを入れんばかりに小萌先生が叫んだ。

 

「ちょっと色々あったから先生の部屋を貸してほしい。理由は聞かないで」

 

「ええっ!? ちょ、それは聞き逃せないですよ、朝槻ちゃん!」

 

「ごめん、小言なら後で引き受けるから。今は治療に専念させて」

 

能力開放の証として体の表面に展開してた猫耳と尻尾を、真守が抗議の意味を込めてぴょこぴょこフリフリと動かすと、小萌先生は黙った。

 

「わ、分かりました……」

 

小萌先生が小さく頷くのを確認した真守は、手の平の表面にパリパリッと電気エネルギーを迸らせる。

そして、その手の平をそっとインデックスの体に手を当てた。

真守が能力を精密に操って、本格的にインデックスの体の傷を塞ぐために集中している姿を、二人は固唾を呑んで見守っていた。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

翌朝。

真守と上条は体を起こしたインデックスと顔を合わせていた。

 

真守は夜明けまで能力を行使していたため疲労困憊だが、先程まで仮眠を取っていたので頭はきちんと働いている。

 

「てゆーか。なんでビール好きで大人な愛煙家の小萌先生のパジャマが、お前にぴったり合っちまうんだ?」

 

下半身を布団に突っ込んで座っているインデックスは現在、小萌先生の私物であるピンクのうさ耳パーカーを着ていた。

 

インデックスが着ていたあの白い修道服だが、血がべったりとついていたので小萌先生が服を貸してくれたのだ。

修道服は上条の右手で本当にパーツごとに分解されており、インデックスは安全ピンで留めて着用していた。

 

本当に素っ裸にしたのかコノヤロウ、といった真守の軽蔑の視線に、上条は気まずくて顔を赤くして目を逸らしていた。

 

「年齢差、一体いくつなんだか」

 

上条が体型がまったく一緒の二人を見比べて溜息を吐く。

 

「……見くびらないで欲しい。私も、流石にこのパジャマはちょっと胸が苦しいかも」

 

「なん……っ! その発言は舐めているのです!」

 

インデックスの言い分に小萌先生が声を上げて、わいわいと騒ぎ始める。

 

一応の所元気になったインデックスの様子を見て、真守が安堵していると、小萌先生がそんな真守を見た。そして、次に上条を見る。

 

「ところで上条ちゃん、朝槻ちゃん。結局この子は一体なんなんです?」

 

「私の妹」

 

「大嘘吐きにも程があるのです、朝槻ちゃん! 確かに碧眼は朝槻ちゃんと通じるところがあります、が! 朝槻ちゃん、あなた身寄りがないじゃないですかー!! 一体いつ肉親が見つかったのですかーっ!?」

 

ごまかせなかったか、と真守は顔を背けてチッと小さく舌打ちする。

小萌先生が態度の悪い真守を見て、顔をしかめている隣で、上条は真守が置き去り(チャイルドエラー)だという事を初めて知ったので目を見開いていた。

 

「朝槻ちゃん、上条ちゃん!」

 

「……先生、一つだけ。聞いてもいいですか?」

 

「ですー?」

 

小萌先生が叱咤するところで、上条は小萌先生へと進言した。

小萌先生が首を傾げるので、上条はおずおずと訊ねた。

 

「事情を聞きたいのは学園都市の理事会へ伝えるためですか?」

 

「上条ちゃんたちが一体どんな問題に巻き込まれるか分からないですけど、それが学園都市の中で起きた以上、解決するのは私たち教師の役目です。大人の義務です。上条ちゃんたちが危ない橋を渡っていると知って、黙っているほど先生は子供ではないのです」

 

小萌先生は『教師』モードになって『生徒』二人を諭す。

 

「……先生には言いたくない」

 

小萌先生に事情を説明しなければ、と上条は口を開こうとしたが、真守が上条を制止させる形で拒絶の言葉を吐いた。

 

「朝槻ちゃん!」

 

「先生には()()()()迷惑かけたくない」

 

真守はこれだけは譲れないと明確な意志を持って小萌先生をまっすぐと見つめた。

 

真守は超能力者(レベル5)流動源力(ギアホイール)という身分を偽って学校に通っている。

担任である小萌先生は真守が身分を偽っていると知っているのだ。

倉庫(バンク)の情報と真守の実際の能力が違うと、担任教師である小萌先生には隠し通す事なんて不可能だからだ。

 

上層部は真守が超能力者(レベル5)としての能力を有していると認識しているが、とある理由からそれを公的に認めようと動くことはない。

そんな上層部の意向を汲みながらも、真守を一生徒として守るために、小萌先生は色々と便宜を図ってくれている。

 

魔術とかいうよく分からないモノで、これ以上小萌先生に真守は迷惑をかけたくない。

ただでさえ上層部と真守の間で小萌先生は板挟みになっているのだ。

 

自分たちが解決できるならば先生を巻き込みたくない。

 

小萌先生は真守の様子を見て、溜息を吐いてから立ち上がる。

するとそのまま廊下へと向かっていった。

 

「先生?」

 

上条が去っていく小萌先生を見つめて首を傾げると、小萌先生は立ち止まって振り返った。

 

「執行猶予です。先生、スーパーに行ってご飯のお買い物してくるです。朝槻ちゃん、それまでにどう何を話すべきか、きっちりかっちり整理しておいておくんですよ? ……それと」

 

「……何?」

 

真守が小萌先生の言葉の続きに眉を顰めると、小萌先生はトテトテと歩きながら呟く。

 

「先生、お買い物に夢中になってると忘れるかもしれません。帰ってきたらズルしないで話してくれなくっちゃダメなんですからねー?」

 

そのまま、小萌先生は玄関から外に出ていった。

真守はそれを見送った後、インデックスの前にちょこっと座ってから目を伏せた。

 

「ごめん。どうしてもあの人だけは巻き込みたくない」

 

「ううん。私の事を助けてくれたあなたの気持ちだもん。私は大丈夫。……それに、これ以上私に関わる人を増やすのは良くないからね」

 

「一体どういう事だ?」

 

上条が真守の隣に座るために動いているとインデックスの言葉の意味が分からずに首を傾げた。

 

「魔導書っていうのは危ないんだよ。そこに書かれている異なる常識や違える法則、そういう違う世界って、善悪の前にこの世界にとっては有毒なの」

 

「有毒?」

 

「うん。魔術師ならともかく、この世界の人間が、違う世界の知識を知るとそれだけで脳は破壊されてしまうから」

 

真守はインデックスの言葉を聞いて頭の中で整理してから訊ねた。

 

「この世界、というのは科学世界の事を指しているのか?」

 

「そうじゃない。この地球って事。でも、そうじゃなくてもキミたち超能力者は魔術を使っちゃダメ」

 

「どうして?」

 

真守が問いかけるとインデックスは上条と真守を見てから諭すように告げた。

 

「魔術って言うのは才能のない人間が才能ある人間と同じことがしたいから生み出されたの。才能ある人間と才能ない人間は、回路が違うの」

 

「それは能力者が脳を無理やり開発して、それによって回路が異なっているという意味か?」

 

「そうなるね」

 

真守が即座に質問するとインデックスは頷いた。真守は畳みかけるように質問する。

 

「……それは能力者全員が等しく使えないのか? 能力者にも強度(レベル)があって、超能力者(レベル5)無能力者(レベル0)という才能の違いがあるんだが」

 

「回路を変えているという時点でもうダメなの。強度(レベル)? は問題じゃないんだよ」

 

「……お前は昨夜、あの神父と戦っている間にイギリス清教所属と言っていたな。魔術というのはイギリス清教が行っている超能力開発なのか?」

 

真守が昨夜、インデックス自身が言っていた『イギリス清教第零聖堂区「必要悪の教会(ネセサリウス)」所属』と言っていた事を思い出しながら訊ねると、インデックスは恥ずかしそうに眉を顰めた。

 

「もしかして、私は自動書記(ヨハネのペン)覚醒(めざ)めてた?」

 

自動書記(ヨハネのペン)?」

 

「うん。魔術を説明するための装置……みたいなものかな。覚醒めてた時のことはあんまり突っ込まないでほしいかも。……意識がない時の声って、寝言みたいで恥ずかしいからね。──それに」

 

インデックスは言いにくそうにしながらも自分の気持ちを吐露した。

 

「何だかどんどん冷たい機械になっていくみたいで、恐いんだよ」

 

インデックスの告白に、上条は息を呑んで、真守は目を細めた。

 

自分が少しずつ違う存在になるというのは、当の本人にとって恐怖しかない。

体の端から徐々に、自分という存在が蝕まれて段々と違うものへと変貌していく。

 

変化してしまったら、自分という存在が保てなくなる。

どう変化するのかは、変化した後にしか分からない。

 

変化した後の状態が心底嫌で、変わった事を変わった後に後悔しても。

その時にはもう元には戻れないかもしれない。

 

自分が明確に違うモノに造り替えられていく恐怖は、何も知らない人間にとって理解しがたいものだ。

 

「お前の恐怖は理解した。でも、お前は今ここにお前として確かに存在している。だから恐がらなくて大丈夫だ」

 

真守がインデックスの手を優しく握って切実な気持ちを込めて言い聞かせる。

──まるで、自分を鼓舞するかのように。

 

インデックスは真守の手の温かさを感じて、そっと微笑んだ。

 

「質問に応えてもらってもいいか?」

 

真守が訊ねると、インデックスはしっかりと頷いてから真守の先程の質問に答えた。

 

「私は確かにイギリス清教所属だけど、魔術は十字教全体で使われているの。それと超能力開発とは違う。魔術は超能力とはまったく別の技術だから」

 

「まったく別の技術。……だから回路が違うと使えないんだな?」

 

「うん。……十字教なんて元は一つなのに、どうしてローマ正教とかイギリス清教、もっと大きく言えば旧教や新教に別れちゃったと思う?」

 

インデックスは真守の問いに頷くと逆に問いかけてきた。

魔術が使われている十字教について、訪ねてきたのだ。

 

「そりゃあ……」

 

「政治に宗教を使ったからだ。まあ、宗教に政治を混ぜたとも言えるか」

 

上条が言いにくそうにしていたが、十字教に所属しているインデックスが問いかけてきたので、真守は侮蔑にならないと捉えて、正確な答えを告げた。

 

「うん。同じ神様を信じているのに分裂し、対立し、争いになった。それぞれが独自の進化を遂げて、個性を手に入れたんだよ」

 

「個性ねえ……」

 

上条が個性という言葉にピンと来ないで首を傾げている前で、インデックスは自分の身の上を話し始めた。

 

「私の所属するイギリス清教は、……もっと言えば、イギリスは魔術の国だから。魔女狩りや宗教裁判、そういう対魔術師用の文化が異常に発達したの。魔術結社っていう魔術師の集団もたくさんあるしね。穢れた敵を理解すれば心が穢れ、穢れた敵に触れれば体が穢れる。イギリス清教にはその穢れを一手に引き受ける、特別な部署があるんだよ」

 

「それが必要悪の教会(ネセサリウス)で、だからお前は一〇万三〇〇〇冊もの魔導書をその頭に記憶させられたのか?」

 

「そう。魔術っていうのは式みたいなものだから。上手に逆算すれば、相手の術式を中和する事ができるの。世界中の魔術を知れば、世界中の魔術を中和できるから」

 

「……そんなヤバいモンなら、読まずに燃やしちまえばいいじゃねえか」

 

上条がもっともな事を告げると、インデックスは首を横に振った。

 

「重要なのは本じゃなくて中身だから。原典を消してもそれを伝え聞かせちゃったら意味がないの。それに、原典の処分は人間には無理」

 

「え?」

 

「正確には、人の精神では無理なの。どうしようもないからこそ、封印するしか道がなかったんだよ」

 

魔導書の重要性を理解した真守は、インデックスに確認する目的で訊ねた。

 

「つまり、連中はお前の頭の中にある爆弾を回収したいってワケなんだな?」

 

「一〇万三〇〇〇冊は、全て使えば世界を例外なく捻じ曲げる事ができるからね。それがあれば大抵の事は叶えられるし」

 

「テメエ……なんでそんな大事な話、今まで黙っていやがった!!」

 

上条が拳を振り上げてインデックスへと怒鳴る。

上条の怒りを受けて、インデックスは布団から顔を半分出して気まずそうな顔をする。

 

「上条、怒鳴るな。落ち着け」

 

上条の事を横目で真守が諫めると上条は気まずそうな顔をして拳を下ろす。

 

「……だって、信じてくれると思わなかったし怖がらせたくなかったし、それに。あの……嫌われたくなかったから」

 

「ざけんなよ、テメエ! 舐めた事言いやがって! 必要悪の教会(ネセサリウス)? 一〇万三〇〇〇冊の魔導書!? とんでもねえ話だったし、聞いた今でも信じられねえ!! だけどな、たったそれだけなんだろう?」

 

「え?」

 

インデックスが上条の言い分が理解できずに首を傾げると上条は自分の主張を続けた。

 

「見くびってんじゃねえ。たかが一〇万三〇〇〇冊覚えたくらいで、気持ち悪いとか思うとか思ってんのか?」

 

「そうだぞ。完全記憶能力自体はそう珍しくない。覚えている内容がどうだろうと、お前が普通の女の子である事には変わりない」

 

「ちったあ、俺たちを信用しやがれ。人を値踏みしてんじゃねえぞ」

 

真守と上条がインデックスは普通の女の子であると口々に主張すると、

 

「ふえ…………」

 

インデックスは顔をくしゃくしゃにして泣きそうになる。

 

「ほら。俺って右手があるし、朝槻はなんと超能力者(レベル5)だ! 敵なんていねえって!」

 

既に真守は上条に自分が超能力者(レベル5)である事を話しており、それをインデックスを勇気づけるために使った。

それを聞いて、インデックスはジト目で上条を見つめる。

 

「……でも、学校に行かなきゃならないって言ったから」

 

「言ったっけ……?」

 

上条がすっとぼけると、インデックスが頬を膨らませた。

 

「絶対言った」

 

「そしてそれは補習なんだぞ、インデックス」

 

「朝槻さん!?」

 

真守がインデックスの味方をするように上条の情報を漏らすので、上条が顔を引きつらせた。

 

「……い、いいんだよ!! 学校なんて!!」

 

「じゃあ、なんで学校にいなきゃならなかったの? ……私がいると居心地悪かったんだ」

 

インデックスはふくれっ面になって訊ねるので真守は目を細めて上条に訊ねた。

 

「そうなのか、上条」

 

真守とインデックスの問いかけに上条は顔を背けるだけだった。

 

「悪かったんだ」

 

「……、」

 

インデックスが確認するように言葉をぶっきらぼうに零すと、上条は顔をもっと大袈裟に逸らした。

インデックスはそんな上条を捉えて口をあんぐりと開いて犬歯をきらーんと見せると、

 

「がぶっ!!」

 

っと、思い切り上条の頭に噛みついた。

 

噛んで噛まれての攻防を繰り広げているのを傍観してた真守は、突然自分の携帯電話が鳴り響いた事に気が付いた。

真守が上条とインデックス二人に断りを入れてから携帯電話をスライドさせて起動させる。

 

真守は表示された画面を見て、薄く目を見開いた。

 

「……ごめん、上条。主治医から帰ってこいって言われた」

 

真守が顔を上げて上条に伝えると上条はあー……。と、申し訳ない表情をした。

 

「入院しているのに夜通し帰ってなかったらそりゃ怒るよな……」

 

「うん。だから帰るね。何かあったら連絡して」

 

上条に帰る旨を真守は伝えると、何故か玄関に行って靴を取ってきた。

 

上条とインデックスが首を傾げている前で、真守は小萌先生の部屋にある窓に寄り掛かって靴を履き始める。

 

「え!? お前どっから出るの!?」

 

「ちょっと()()()()からここから出る」

 

上条が真守のまさかの行動に制止の声を上げるが、真守はそれを聞かずに靴を履く。

足を窓から投げ出した状態で靴を履き終えると、真守は蒼閃光で形作られた猫耳と尻尾を現出させて能力を解放した。

 

「んじゃ。上条、インデックス。またな」

 

真守は手を二人に振って挨拶をすると、そのままひょいっと窓から飛び降りた。

慌てて上条とインデックスが窓に近づいて外を見るが、既に真守の姿は見えなかった。

 

「行っちゃった……」

 

「お猫さまは気まぐれだなー……」

 

インデックスと上条は口々に既にいなくなってしまった真守についてそんな感想を述べていた。

 

 

 

──────…………。

 

 

(まずい……)

 

真守は体内にエネルギーを効率よく循環させて人間の身体能力を向上させて街中を爆走していた。

真守は走りながら携帯電話を睨みつける。

 

(最悪のタイミングで『再燃』した……っ!!)

 

真守の携帯電話には、とあるサイトの掲示板が表示されていた。

 

[消えた八人目の超能力者(レベル5)流動源力(ギアホイール)。朝槻真守の撃破ゲーム!]

[何をやっても死なない能力者! サンドバッグにピッタリ!]

[能力の腕試しをしたい人間はこの女が目印!]

 

そんな謳い文句と共に、真守の写真がアップされていた。

目に薄い線を入れただけでどんな顔をしているか一発で分かる写真だ。

その写真の服装は現在真守が着ている服であり、恐らく昨日どこかで盗撮されたのだろう。

 

朝槻真守は消えた八人目の超能力者(レベル5)である。

その身分は隠されている──ハズなのだ。

 

だが時々、掲示板などで真守の外見と共にこの能力者を襲撃して楽しもう、という悪趣味なゲームが開催される。

 

このゲームが度々開催されるから、真守は普段から不良に絡まれるのだ。

これまで何度か『再燃』しているこのゲーム。

 

(昨日ほぼ寝てないから体調が万全じゃない! いつもだったら余裕で『鎮火』するまで耐えられるけど、流石に今のコンディションでは不安が残る……!)

 

そのゲームが開催されるタイミングが最悪だから真守は焦っていた。

 

昨夜。

真守は魔術師と交戦した後にインデックスの深い傷を治療すために、電気エネルギーを生成してそれを操作し、細胞を活性化させて傷を塞ぐ──という、電子顕微鏡レベルの精密演算を夜通し行っていた。

少しばかり仮眠を取ったが、能力行使に必要な演算をするための脳は疲弊している状態だ。

 

真守が携帯電話に視線を落とすと、既に居場所を捕捉されており、どの方面に向かっているかリアルタイムで書かれていた。

 

不良たちの中には情報戦に長けている人間が必ずいるので、どこかに逃げ込んでも発見されてしまう。

 

だからゲームが『再燃』している間、真守は逃げ回らなければならない。

病院に帰るなんてもっての他だ。

 

大体ゲームはいつも二、三日で『鎮火』する。

それまで真守は仮眠を少しずつ取りながら対応しているのだが、疲弊している状態でゲームが『再燃』してしまうのは今回が初めてだった。

 

(とりあえず、一回どこかでわざと引きつけてから逃げるしかない)

 

真守は即決すると、相手を誘い出すために大通りからあからさまな路地裏に入って行った。

 

 

少しして。

その裏通りから凄まじい蒼閃光が迸り、真守が交戦に入った事が伺えた。

 

 

不良が自分の能力を振りかざすためのゲーム。

 

 

だが、今回のゲームはいつものゲームとは()()()

 

 

 

 

『とある代物』によって普段よりも過激なゲームになっている事を、真守はまだ知らない。

 




真守ちゃん、ハードモード突入。



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幻想御手事件篇
第一〇話:〈心配憂慮〉が心に灯る


第一〇話、投稿します。
次は八月一五日日曜日投稿予定です。
※誤字脱字をご指摘くださり、ありがとうございました。
 修正させていただきました。



垣根は携帯電話が震えているのに気が付いて顔を上げた。

『スクール』の仕事をこなしていた未明くらいまでは記憶があったのだが、どうやら寝落ちしてしまったらしい。

 

時刻は昼過ぎ。

随分と明るくなっている。

ぼんやりとした頭で携帯電話の着信を見ると、そこには『スクール』の構成員である誉望万化からの着信だった。

 

「なんだ」

 

〈……っあの、少し気になる情報を見つけまして。ご連絡を〉

 

あからさまに機嫌の悪そうな垣根の声に、誉望はビクつきながらも要件を説明する。

 

流動源力(ギアホイール)関連の情報で気になるのを見つけまして〉

 

「話せ」

 

〈朝槻真守が流動源力(ギアホイール)に仕立て上げられてます。そして、掲示板でターゲットとされて襲撃を受け続けています〉

 

「……真守が? どういうことだ、オイ」

 

朝槻真守は力量装甲(ストレンジアーマー)大能力者(レベル4)だ。

それなのに何故そんな事が起きているのか。

 

垣根は頭を即座に覚醒させて問いかけた。

 

〈分かりません。ただ、流動源力(ギアホイール)の外見が朝槻真守として掲示板にアップされて、そこを利用するユーザー……まあ、不良が多いんスけれど。そいつらがゲーム感覚で朝槻真守のことを襲撃していて。……あ、今。朝槻真守が撃退したって書かれました。どこの方面に逃げたかも書かれてる。足取りが完全に追われています〉

 

「狙われ続けてるって事か?」

 

〈はい。逐一情報がアップされていて、これじゃいつか疲弊して叩かれるのは確実ですね。結構な数を撃退しているんですが、それを面白がって他の掲示板でも騒がれるようになってて。情報が拡散しています〉

 

垣根はそこで真守のことを思い出した。

自分に向かってくる人間は容赦なく叩き潰すが、命は絶対に獲らないし自分から手を出す事なんてしない。いつでも真守は相手の自滅を待っている。

何度刃向かってきてもそのスタンスを崩さないので垣根が注意したところ、真守は『挑戦することは良い事』だと言い放って自分を呆れさせた記憶がある。

 

真守は人間に対して優しすぎる。人を疑おうとしないのだ。

人の好意に裏があるかもしれないのに。

 

悪党であり、裏がある自分の好意を素直に受け取って、真守はいつも微笑んでいる。

控えめで自分のしたいことはあんまり言わない。

それらすら周りの人間に迷惑をかけたくないという優しさが根底にあるのだ。

 

垣根が遠慮することないと言った時には、はにかみながら律儀にお願いしてくるのだ。

優しさに慣れていないから、照れ隠しにいつも微笑むのだと、真守の過去を調べた垣根は知っている。

 

そんな心優しい真守が、襲撃を受け続けている。

 

真守は絶対に何も悪いことをしていない。

あの能力は絶対防御だから、面白おかしくゲーム感覚で狙われているのだ。

 

そんなの、許せるはずがなかった。

 

「────情報を集めろ」

 

垣根は空間をヂヂィッとひりつかせる殺気を出しながら誉望に命令した。

誉望は電話越しにさえ感じるその威圧感に顔を真っ青にして吐く直前になりながらも声を絞り出した。

 

〈…………はいっ…………!〉

 

誉望はそこでガチャガチャッと電話の向こうで動きながら通話を切った。

垣根は即座に携帯電話を操作して真守に連絡を取った。

 

 

 

 

──────…………。

 

 

 

垣根と誉望が連絡を取っている間、真守は絶賛撃退後だった。

真守は能力を行使してビルの屋上まで一気に飛び上がると、柵の上に立って辺りを見回していた。

そこら辺に不良がうようよして、真守を探しているようだった。

 

(おかしい。不良の強度(レベル)が異様に高い……)

 

真守はいつものゲームとは違う雰囲気を感じ取っていた。

真守は自分で生成する源流エネルギーを体に薄く膜のように張っているので、自分の身に攻撃は絶対に通らない。

だが、そのシールドに加えられる衝撃を感じ取ることができる。

 

それが異様に強いのだ。

 

しかも銃火器やナイフといった小手先の武器ではなく能力を使って、真守を襲撃する不良がいつもより圧倒的に多い。

 

(武装無能力集団(スキルアウト)だけじゃなくて普通の学生もちらほら混じってるし。それにしても強度(レベル)が高すぎる。おかしい。絶対に何かある)

 

真守はそう推測するが、それを調べるための行動に移る事ができない。

 

襲撃が止まないのだ。

勿論、真守もただ襲撃され続けているのを黙っているような性質ではない。

 

持ち歩いているPDAによって電撃使い(エレクトロマスター)のように掲示板にハッキングを仕掛けて、自動で自分の情報を削除するようにプログラムを組み上げてある。

だが面白がって対抗するハッカーがいて、情報の拡散が止まらないのだ。

 

先程、ダミー情報をばらまいた真守はそのままホテルに逃げ込んで三〇分程仮眠を取った。

 

だが夜通しのインデックスの治療の疲弊がやはり抜けない。

真守は学園都市の街並みを見下ろしながらため息を吐いた。

 

(いつもみたいに誰が最初に掲示板に私の事を書き込んだか分からなかった。それに関しては()()()が仕掛けたって分かってる。でも、絶対にそれだけじゃない。何かが今回のゲームに絡んでいる。偶然とは言い難い何かが。……どっちにしろ、一筋縄じゃいかない)

 

真守が危機感を抱いていると、着信があり携帯電話が鳴り響く。

真守が確認すると『垣根帝督』と表示されていた。

 

「垣根、どうした?」

 

真守は疲労を感じさせないようにケロッとした声を出しながら、器用に柵に座ると、足をぶらぶらとさせる。

 

〈どうしたじゃねえよ、テメエ〉

 

しょっぱなからキレ散らかしている垣根の声を聞いて、真守は思わず耳から携帯電話を離して目を見開き、携帯電話を見つめてしまった。

 

真守を襲ってきた不良に対して、垣根は容赦なく怒りを向けたりするのだが、その怒りのまま垣根が真守に話しかけてきたことはなかった。

 

「なんで怒ってるんだ?」

 

真守がびくびくして声をかけると、電話越しで垣根が息を呑んだのが聞こえた。

どうやら怒ってはいるが、真守を怖がらせるつもりはないらしい。

 

〈……わりぃ。お前に怒ってるわけじゃない。いまどこにいる? 朝からずっと襲撃され続けてんだろ〉

 

「なんで知ってる?」

 

自分の現状を垣根が知っているので真守は不審がる。と、すぐに思い至った。

流動源力(ギアホイール)の情報を収集している垣根であれば、気づくに決まっている。

 

(まずい。下手な事言ったら事態がよりややこしくなる……!)

 

真守が何とかして切り抜けないと焦っていると、通話越しに心の底から心配している声で垣根が訪ねてきた。

 

〈掲示板であれだけ騒がれてたら嫌でも気づく。で、お前今どこにいる?〉

 

「……なんで?」

 

真守が自分の居場所を聞いてくるので、警戒の度合いを引きあげて訊ねる。

 

こういう場合は情報を簡単に渡してはダメだ。

 

真守が心の中でそう考えて質問に質問で返すと、垣根が怒鳴った。

 

〈なんでって、お前。自分の状況考えて言ってんのか?! 不良って言っても物量で圧されたらお前だってマズいだろうが!! 助けが必要じゃねえのかこのバカ!! お前一人で対処できるはずがねえだろうが!!〉

 

真守は心が締め付けられる想いだった。

 

垣根は真守の事を流動源力(ギアホイール)としてではなく、力量装甲(ストレンジアーマー)として認識している。

力量装甲では防戦一方だと考えて垣根は真守を本気で心配しているのだ。

 

(垣根は私を助ける気だ。でも、この状態で手を出されたら確実に私が流動源力(ギアホイール)だって事がバレる! バレたら消えた八人目の事を敵視している垣根にどう出られるか分からない。最悪戦闘になるかも。……第二位。超能力者(レベル5)の、それも第二位だ。この世に存在しない物質を生み出すって事は『無限の創造性』があるって事。不良なんて比較にならない手数で圧される! 今のままじゃ追い詰められる!)

 

いつもの真守ならば、相手を言葉で誘導して、簡単にこの状況を切り抜けられただろう。

 

だが真守は現在疲弊している状態であり、不良に追われながら掲示板を確認してハッキングしたり、裏で誰が糸を引いているのかなど、既に並列処理で思考している状態だ。

だから垣根への対策にまで即座に思考を巡らせる事ができなかった。

 

〈真守? 大丈夫かオイ。襲われてんのか? 今どこだ! 早く教えろ!〉

 

真守がどうすればいいか良い案が出ずに沈黙していると、垣根が焦った声を上げた。

 

何か言わなければ。

でも何を言えばいいのか。

その策を組み立てる事ができない。

自分がそれくらい疲弊しているのが分かる。

だからどうすればいいか分からない。

どうすれば垣根帝督と敵対する事なくこの場を切り抜けるのか。

どうしたら、どうすれば。どのように──。

 

良い策が思い浮かばずに真守の中で焦りが最高潮に達した時、思わず口を開いた。

 

「…………な、いで」

 

〈あ?〉

 

 

「──来ないで!」

 

 

真守ははっきりとした拒絶を大声で上げると、そのまま勢いに任せて電話を切った。

呆然と携帯電話を見つめていた真守だが、即座に電話を切った事に後悔した。

 

(やってしまった……どうしよう!? と、とりあえず移動しないと!)

 

真守はとりあえず追跡防止のために携帯電話の電源を切る。

PDFからでも掲示板へのハッキングは可能だから、携帯電話の電源を切った所で大した問題じゃない。

 

そして真守は場所を移動するために、即座にビルの上から飛び降りた。

 

 

──────…………。

 

 

ツーツー、という通話が切れた音を聞きながら、垣根は呆然としていた。

 

明確な拒絶だった。

その拒絶に乗った感情は明らかに切羽詰まっていて、いつもの冷静な真守ではなかった。

 

冷静さを欠くほどに追い詰められているのは確実だ。

垣根は携帯電話を操作すると通話をかける。

 

「誉望、真守の現在位置を調べろ、早く!」

 

垣根が怒りを明確に表したので、ヒッと唸って誉望はすぐに行動を開始した。

 




垣根くんは『無限の創造性』を持っていないです。
でも真守ちゃんは能力の真髄に気づいています。



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第一一話:〈光芒一閃〉で新たな道へ

第一一話、投稿します。
次は八月一六日月曜日投稿です。


真守は第七学区の廃ビルの最上階に身を隠していた。

 

(周りに人はいない。衛星と学園都市内に設置されたカメラから辿れない経路を使ったから流石に大丈夫か)

 

真守は身だしなみチェック用の鏡で辺りを確認してから廃ビル内に引っ込んで、柱の一つに寄り掛かってずるずるとうずくまる。

 

(問題は垣根だ。深城が超能力者(レベル5)という情報に基づいて私に近づいてきたって事は確実に上層部に近い所にいるか、自前の情報網を持っているかのどっちか。後者だったらここもバレるかも。変な電話の切り方してしまったからきっと探してる)

 

『真守ちゃん』

 

真守がこれからどうしようかと対策を練っていると、ふわっと目の前のガラスが砕かれて吹き抜けになっている窓の向こうから深城がやってきて心配そうに自分を見下ろしていた。

 

『大丈夫?』

 

「問題ない。少し考えたいから周り見といてくれる? 顔が分からなくても誰か来るくらいは分かるだろ?」

 

『うん、分かったよぉ』

 

深城は素直に頷くとビルの向こうからふわっと浮かんで降りていった。

 

(問題が多すぎる。垣根の事もそうだけど、どうして今回のゲームで襲ってくる不良たちはみんな強いんだ? まるで強度(レベル)が全体的に底上げされているような印象を受ける)

 

真守は口に手を当てて熟考する。

 

(何かの装置を使っている? そんな代物があったらこの学園都市の無能力者(レベル0)はもっと減ってるハズ。ここ最近開発された? 上層部はそんなの絶対に作らない、その確信が私にはある。だとしたら誰かが意図的に流布している? ……都市伝説に何かあるかも)

 

真守はPDAを取り出してから辺りを見回す。

この廃ビルは電気が生きているのでどこかに電話線があれば良いと思って探すと、目的の電話線があった。

ウェストバッグからルーターを取り出して電話線に取り付けると、真守はPDAを起動させる。

 

そして、蒼閃光(そうせんこう)で形作られた猫耳と尻尾を出して能力を解放すると電気エネルギーを発生させてハッキングを開始する。

 

「検索ワードは、そうだな。『強度(レベル)・上げる・装置』……こんなモンで良いか」

 

真守は簡易的な言葉を並べてそれを条件にしてネットを探る。

 

検索エンジンでもそうだが、何かを調べたい時は言葉を簡潔にした方がヒットしやすい。

この場合は『強度(レベル)を上げる装置』よりも『強度(レベル)・上げる・装置』など三つの言葉を羅列させた方が情報検索の効率が圧倒的に良い。

真守がネットを探っていると、気になる言葉が出てきた。

 

幻想御手(レベルアッパー)……?」

 

幻想御手(レベルアッパー)。使えば能力の強度(レベル)を簡単に引き上げる事ができる夢のアイテム。

 

(すごい騒がれてるな。取引されているみたいだがどんな代物かどこにも書いてない。頒布している人間が意図的に隠しているのか。とりあえず、今のうちに情報収集を──)

 

真守がPDAを続けて操作しようとすると異変を感じ取って天井を見た。

 

(人の気配がする)

 

真守はPDAと簡易ルーターをとっさにしまって立ち上がり、柱に背を預けながら辺りを探る。

 

(いきなり屋上に現れたって事は空間移動系能力者? 手加減が面倒なんだよな、連中……!)

 

真守は息を殺して屋上の人物を警戒する。その人物は移動して屋上からビルの中へ入ろうとしていた。

真守は階段から見えない死角へと移動して警戒する。

 

(床に散らばったガラスの破片が踏み砕かれる音からして一人。歩幅的に身長が高い。随分と早足だ。……なんか焦ってる?)

 

真守は嫌な予感がして鏡を取り出して階段の方を映すと、そこにはクラレット色のスーツにワイシャツの前を開けて中にワインレッドのセーターを着こんでいる垣根帝督がいた。

 

真守のいるフロアにやってきて辺りを見回している姿が見えて、真守は息を止めた。

 

(垣根……? ここまで追ってくるなんて情報収集能力が高い証拠だ。それにスーツ? ……病院に来た深城の古い友人を騙った二人組はスーツとドレスだった。片方が垣根。あの二人組はナースの精神を操作してた。垣根の背後には精神系能力者がいる。なら、監視カメラや衛星から逃れたって意味がない。ここにいるのがバレるに決まってる……!)

 

「……真守、そこにいんのか?」

 

真守は突然垣根に声をかけられて目を見開いた。ふと、鏡を見ると垣根が鏡を見つめていた。

どうやら太陽光の反射で光る鏡に垣根は気が付いたらしい。

 

(こういう手に気づくって事は垣根はやっぱり暗部の人間!)

 

真守はハッと息を呑んで、思考が鈍った頭をフル回転させる。

 

(どうにかしてこの場を切り抜けなきゃ!! ……垣根は私の事、常識人だと思ってる。闇から逃れられた幸運なヤツだって。だから追い詰められてる可哀想な私の事を助けに来た。……もしかしたら私が垣根と同じ『闇』にどっぷり浸かってるって知ったら、なんとか追い返せるかも……っ)

 

真守は高速で思考すると、柱の影から垣根の前に姿を現した。

 

「垣根」

 

真守が垣根の名前を呼ぶと彼はあからさまに安堵の表情を浮かべて近づいてきた。

だが、途中で真守の様子を見て立ち止まった。

 

真守が訝しんでいる前で、垣根は思わず呆然としてしまった。

 

真守があからさまに疲弊していたからだ。

寝ていないのか顔色が悪いし、いつも綺麗に結い上げてある猫耳ヘアは乱れており、汗によって前髪が張り付いている。

羽織っているパーカーは綺麗だが、その中に着ている白い袖なしのブラウスが汗によって体に張り付いているし、ウェッジソールの白いパンプスは薄汚れている。

 

長時間逃げ続けた結果が真守の外見に現れていた。

 

「びっくりした。どうして来たの?」

 

真守が過酷な環境に置かれているのだと気づいて愕然としている垣根に、真守はいつものようにぶっきらぼうな口調で訊ねた。

 

「……どうしてって、お前が心配だからに決まってんだろ?! あんな風に電話切りやがってそのまま連絡つかねえし……今までずっと逃げてたのかよ!」

 

「そう。逃げてた」

 

「逃げてたって……とにかく、まともに休める場所を俺はいくつか知ってる。こんなクソみてえな場所から早く移動しようぜ」

 

垣根が真守を連れていくために一歩近づくと、真守は一歩下がった。

 

「真守?」

 

「垣根。私は別に大丈夫。垣根が助けなくちゃならない程弱くない」

 

「……お前、そんな格好してそんなに疲れ切った顔して何強がってんだよ!!」

 

「私は垣根が思っているような人間じゃない。だから助けなくていい」

 

「俺がお前をどう思っていようが、お前が助けを拒む理由にはなんねえだろうが!?」

 

垣根が怒鳴るので真守はキッと垣根を睨み上げて拒絶の意志を示して冷たく言い放った。

 

「お前は私の事を人格者だと思ってるんだろう。……そんなワケない。お前は勘違いしている。私は、お前が助けなくちゃいけないって思うような人間じゃない!」

 

「だから、俺がお前をどう見てるかなんてなんで関係あるんだよ!!」

 

 

「私は、人を殺したことがある!!」

 

 

真守の突然の告白に垣根は呆然として思考が真っ白になる。

 

「な……ん、……それ、どういう……」

 

「私は人を殺せる側の人間だ。そんな人間をお前は助けなくていい。助けるべきじゃない」

 

「なに突然嘘ついてんだよ! お前は絶対に人を殺さないようにしてるじゃねえ────……!!」

 

垣根は自分の言い分におかしなところがある事に気が付いて言葉を詰まらせた。

 

人を殺さないようにしている。

それは以前に人を殺したことがあるからこそ、殺さないように手加減できるという事だ。

真守の告白が真実ならば。

 

真守は人を殺した事を悔やんでこれ以上殺さないように心掛けているだけの事だった。

 

「私は、まちがえた」

 

真守は過去を思い返して呟く。

 

「大切な人を傷つけられて、何もかもが憎かった。良い人も悪い人も区別なく、たくさん殺して、その人たちの全てを奪った。その人たちは何も悪いことしてない。ただそこにいたからっていう理由で私に殺された。その人たちの命だってかけがえのない命で、替えのない人生で。……そんな人たちを私は平等に殺した」

 

垣根はその告白を聞いて真守の身の上を思い出した。

朝槻真守は、重傷を負って昏睡状態となった源白深城を連れて研究所から逃げ出した。

 

恐らく、その時に殺人を犯したのだ。

 

真守が源白深城と共に研究所を逃げ出したのは約五年前と推測できる。

真守があの病院に入院したのが五年前からだからだ。

 

五年前。つまり、一〇歳という幼さで真守は既に人を殺す事ができたのだ。

そんな自分を異常だと認識しているからこそ、真守は垣根に助けなんて要らないとかたくなに拒絶してきたのだ。

助ける価値なんてないと。殺人ができる人間を助ける意味なんてないと。

 

真守はたった一五歳で。

一人で。

罪を背負いながらも、強く自分を律して陽の光の下で懸命に生きてきたのだ。

 

垣根は勘違いしていたと知った。

真守は陽の光の下で楽しく暮らしていたのではない。

 

『闇』に囚われないように懸命に戦いながら陽の光の下にいたのだ。

 

真守は垣根の考えている事なんて気にも留めずに、自分の気持ちを吐露する。

自分がそうやって生きていかなければならないという固い決意を口にする。

 

「……確かに、大切なものを傷つけられて守るために、戦うのはいい。でも、何があっても人の命を奪っちゃだめだ。どんなに憎くて苦しくて、何もかもめちゃくちゃにしたくても。……何も知らないで幸せに暮らしている人を殺しちゃいけない。人の幸せを奪っていい人間なんてこの世にいない」

 

真守はぎゅっと胸の前で手を握って、垣根を見上げる。

 

「私はそれを()()()()()()()()()、自分から人を傷つける事はしない。大事なモノを守れればそれでいい。私にはその力がある。──人を不用意に傷つけないで、大切なモノを守り抜く力が」

 

真守の固い決意の言葉が垣根の胸に深く突き刺さった。

 

どんなに汚い手を使ってでも、この学園都市を都合のいいように利用し尽くす。

誰を犠牲にしても、何が犠牲になったとしてもこの憎い学園都市を必ず支配する。

支配して、壊して作り替えて。骨の髄まで利用し倒す。

利用される側であった自分が、今度は学園都市を利用するのだ。

それを信条として垣根はここまで生きてきた。

 

学園都市を良いように利用するためには、一度壊さなければならない。

だからこそ垣根帝督は統括理事長、アレイスター=クロウリーが進めている『計画(プラン)』をめちゃくちゃにするために『第一候補(メインプラン)』である流動源力(ギアホイール)の情報を得るべく朝槻真守に接触した。

 

その朝槻真守は垣根帝督のようにこの学園都市のありふれた悲劇に遭遇していた。

そして学園都市を壊すために復讐を決意して、そしてその復讐の最中誰かにそれがいけないことだと教えてもらった。

 

朝槻真守は、既に垣根帝督が進もうとしていた道の先へと到達していたのだ。

真守は今、新たな可能性を模索している最中なのだ。

復讐で背負ってしまった罪を償いながら、何が本当に良いことなのか考えながら手探りで前へ前へと進み続けている。

 

この少女の後を追うように自分がこのまま道を突き進めば、きっと朝槻真守が今背負っている罪が待っており、朝槻真守のように新たな可能性を苦しみながら模索しなければならなくなるだろう。

 

自分の望むとおりに全てを壊したら、そこで幸せに暮らしていた人間を不幸にする。

それでも垣根帝督は良かったのに。

朝槻真守がそれを酷く後悔しているから。

自分も後悔してしまうのだろうか、とそう考えてしまった。

 

全てを壊した先には何が待っているだろうか。

達成感なんてなくて、全てを壊したという虚無だけが残り、罪悪感に呑まれるのだろうか。

もしかしたら、虚無と罪悪感の中、苦しんで死に絶えるかもしれない。

 

朝槻真守はそんな結末に行きつきたくないから、自分ができる事を必死に探して日々を懸命に生きている。

 

垣根帝督の未来のカタチが、朝槻真守という一人の少女として、目の前に存在している。

存在しているからこそ、垣根帝督は自分の行きつく未来を想像する事ができた。

 

 

垣根帝督はこれまで自分がやろうとしていたことや、信条としてきたものがボロボロと崩されていくのを感じた。

 

 

真守は呆然としている垣根を睨み上げるように見つめていた。

垣根帝督は確実に暗部組織の人間だ。

暗部。

それは学園都市で表沙汰にできない後ろ暗い裏方の仕事を秘密裏に処理する組織だ。

所謂、学園都市の『闇』。

真守がいた研究所も学園都市の『闇』の一部で、研究所では人体実験が横行していた。

 

使い潰される命。それをどうとも思わない研究者。

それを許容する『闇』。

人を殺さないで自分の大切な存在を守れればいいと思っている真守は、自分や深城に伸びる『闇』の魔の手から逃れればそれでいいと考えている。

それに、学園都市が存続してく中で必要な『闇』を消すことは、何の地位もない消えた八人目の超能力者(レベル5)である真守には到底不可能な事だ。

 

真守は垣根が自分のことを無害な人間だと認識している、と感じていた。

助けるべき人間だと。おそらく『闇』から守るべき人間だと垣根帝督は心の底から思っている。

優しい人だ。

朝槻真守は、垣根帝督が優しすぎるが故に傷ついて自暴自棄になっているとずっと感じていた。

 

そうと言っても、垣根帝督が自分や深城を利用しようと近づいてきたのは事実だ。

垣根が『闇』として深城に手を伸ばしてくるならば容赦しない。

 

だから、垣根にはここで引いてほしかった。

 

自分と同じ『闇』であると落胆して、助けるべき人間ではないと知って欲しくて、このまま立ち去って欲しかった。

 

だから人を殺したと、そんな人間を助けることなんてしなくていいと、真守は再三にわたって垣根に伝えたのだ。

 

場に沈黙がもたらされて、真守は目を細めて垣根を見ていた。

垣根が黙って動かないのを疑問に思いながら、真守は口を開いた。

 

「分かった? 私はお前が助けるべき人間じゃない。だからこのまま帰って」

 

真守は、そこで言葉を切ってぐっと力を込めてから言い放った。

 

 

 

「それでもう、きっと。二度と会う事はない」

 

 

 

垣根帝督は流動源力(ギアホイール)を探っている。何かに利用しようとしている。

それが明確に理解できた今、もう一緒にいられない。

一緒にいるには何か対策を講じなければならない。

その時間も余裕も、今の朝槻真守にはない。

 

真守が決別の言葉を吐くと、その言葉に垣根は呆然として真守の顔を見た。

 

真守もそんな垣根の表情を見て息を呑んだ。

 

垣根が酷く傷ついた顔をしていたからだ。

 

一緒にいられなくなる事が認められない、そんな事になってしまうのが信じられない。

 

そんな現実は受け入れられない、と。

 

「ど……どうしてそんな顔するんだ?」

 

真守は思わず一歩後ろに下がりながら、震える声で訊ねた。

 

流動源力(ギアホイール)の情報を聞くために垣根は近づいてきたハズだ。

打算で自分と一緒にいたハズだ。

その内に垣根は自分の事を人格者だと信じるようになって、気に入っていたのではなかったのか。

人格者じゃないと分かったら。

垣根自身と同じ『闇』に手を染めていたと分かったら。

落胆して離れていくと思ったのに。

 

どうして縋りつくような目で自分の事を見てくるのか、真守には分からなかった。

 

「………………お前は、それでこれからどうするんだ?」

 

自分と真守が共にいられない未来が待っている。

真守はそんな未来で、自分から離れて。

これからどこに向かうのだろうと、垣根は純粋に疑問に思って訊ねた。

 

酷く冷静だった。

関係がここで断ち切られると分かっているのに、酷く心がかき乱されているのに。

 

何故か、いつもよりも穏やかな声が出た。

 

真守は垣根の様子に困惑しながらもこれからの方針を簡潔に告げた。

 

「……とりあえず逃げる。いつもの事だから二、三日で収束するハズだし」

 

「いつも?」

 

「そう。いつもの事だ。こうやって時々ゲームが再燃する。私は連中にとって珍しい存在だから。ただ、それだけの話だ」

 

「……お前が本当は超能力者(レベル5)じゃないのに?」

 

「……、」

 

真守は垣根の問いかけに思わず口を噤む。

口を噤んだのが、まずかった。

真守が後悔したと同時に、垣根が真守の沈黙を読み取って訊ねてきた。

 

「……お前、本当は消えた八人目なんだな?」

 

真守は覚悟を決めた。

垣根と戦う事になったとしてもしょうがない、と。

 

「そうだ。私の本当の能力名は流動源力(ギアホイール)。お前が探している消えた八人目とは私の事だ」

 

真守は明確な敵意を持って垣根に宣言した。

 

自分が流動源力(ギアホイール)だという事を示すために、能力を発動した。

真守は周りに電気エネルギーを迸らせて火花を散らす。

そして、その外側に運動エネルギーを生み出して垣根へとけん制するように風を巻き起こした。

真守の演算能力の特徴は並列処理にある。

エネルギーを数種類、同時に生成して操る事なんて真守には簡単な事だ。

 

真守のけん制に垣根は怒りも敵意も覚える事もなく、穏やかな声のまま、真守に訊ねた。

 

「俺が消えた八人目を探してるって知ってたんだな?」

 

「……途中から。垣根がどんな人か分からなかったし、目的も何も分からなかったから、黙ってた。……だから。だからな、」

 

真守は垣根の言葉にしっかりと頷いた後、顔を歪ませて悲痛な声で叫んだ。

 

「人を殺した事があるって言えば、私の事を人格者だと思ってるお前は引き下がると思った! だからそんな顔させたくて言ったんじゃない! 優しいお前を傷つけるために言ったんじゃない! こんなっ……っ()()()()()()()()()()()()()()!!」

 

垣根帝督は暗部組織『スクール』のリーダーで、アレイスターの『計画(プラン)』をぶち壊すために流動源力(ギアホイール)の事を探って打算で朝槻真守に近づいた。

 

だが、その朝槻真守は人をきちんと見極める確かな目を持っていた。

 

その朝槻真守が自分を優しいと言えば、自分の本質はそういうものなのかもしれないと思う事だって、()()()()()()()()()()にはできる。

いつからか、垣根帝督は朝槻真守を信じるに値する人間だと思っていたのだ。

 

人の事を見る確かな目を持ち、自分の進むべき道をきちんと見極めている朝槻真守。

消えた八人目という明確に地位が存在しない彼女は、誰の力も借りられない。

 

『闇』に囚われないように学園都市と真っ向から戦う道を選んだ真守は、これからもその道を孤独に突き進んでいくだろう。

 

確かに真守の傍らには源白深城がいる。

でも源白深城は昏睡状態で。真守にとって彼女こそがかけがえのない存在で、真守が何としてでも守っていかなければならない少女だ。

朝槻真守の傍には事実上、誰もいないのだ。

何処まで行っても一人ぼっち。

誰も真守の抱えているものを知らないから、誰も力になる事ができない。

 

ならば。

 

全てを知った自分がすることは決まっていた。

 

「助ける」

 

「え」

 

「俺が助ける。俺が傍にいる。だから、もう二度と会えないなんて言うな」

 

真守は必死で懇願してくる垣根の姿を見て、思わず能力を発動し続けるのをやめてしまった。

 

電気エネルギーは散って、運動エネルギーによる風も起こらなくなった。

真守の起こした風によってなびいていた垣根の長い髪の毛が元の位置である肩に降りた。

 

真守は眉を八の字にして悲痛な表情をしながら思わず訊ねた。

 

「……私の事、許せるの?」

 

垣根は流動源力(ギアホイール)の事を敵視していた。

真守はそれを知りながらも超能力者(レベル5)である事を隠して、垣根の出方を伺っていた。

それらを許せるのか、真守は問いかけていた。

 

「そんな事はもうどうでもいい。……どうでもいいんだ」

 

本当にもう、どうでも良かった。

人を殺した事があるとか。

消えた八人目であることを隠していた事とか。

流動源力(ギアホイール)の情報を収集するためとか。

自分の信条を折られた事とか。

自分が似合わない言葉を言っているとか。

 

()()()()()()()、この少女が自分から離れていく方が嫌だった。

 

「……じゃあ、助けてくれるの?」

 

「ああ」

 

真守が訊ねると垣根はしっかりと頷いた。

 

真守は恐る恐る垣根へ近づくために一歩踏み出した。

 

垣根は真守が近寄ってきてくれる事を望んで動かなかった。

 

真守は垣根の傍まで歩いてきて自分よりも身長が二〇㎝以上も高い垣根を見上げた。

 

そして真守は切なそうに顔を歪めてから口を開いた。

 

「助けて、垣根。助けてほしい」

 

「ああ。絶対にお前を救ってやる」

 

 

真守は垣根の決意の言葉を聞いてふにゃっと安心して微笑んだ。

 

そして、垣根の右手へ手を伸ばして両手で柔らかく包み込むと、自身の顔の前まで移動させて頬をそっとすり寄せて微笑んだ。

 

「ありがとう、垣根」

 

心からの安堵とお礼と共に、柔らかな笑顔が自分に向けられる。

 

垣根はそんな真守の様子に、これまでの自分の行いに、罪悪感が(つの)って胸が苦しくなる。

 

 

それでも。

真守がこれからも自分の傍にいてくれる事に──心の底から安堵した。

 

 



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第一二話:〈生存姿勢〉が眩しくて

第一二話、投稿します。
次は八月一七日火曜日投稿予定です。


垣根は真守を自分の学生寮へと連れてきた。

 

垣根が所属している学校は五本指に入るエリート校だ。オートロックで壁が厚く、休むにはぴったりの場所である。

 

それでも最初、垣根は隠れ家としても使えるホテルに行こうと思っていた。

だがホテルに逃げ込むと必ず特定されていた真守がホテルに行くことを渋ったのだ。

 

現在、垣根は『スクール』構成員で、とある過去がきっかけで自分に頭が上がらない誉望万化に真守の情報操作をさせている。

 

そのため普通のホテルに行っても特定されることはないのだが、過去に襲撃されたことを覚えている真守はホテルに行っても安心して休めないだろう。

 

垣根はそう考えたため、オートロックで学生寮の中で比較的安全な自分の部屋に真守を案内したのだ。

 

真守は自分が渋ったことで垣根の方針を変えてしまったと落ち込んだが、垣根が気にするなと言ったので気を取り直した。

 

「垣根。何作ってるんだ?」

 

朝から走り回って汗だくだった真守は風呂を借りた後、キッチンに立って調理している垣根に近づいて首を傾げた。

 

「俺も昼飯まだだったんだよ。だから、お前の分も一緒に作って──」

 

垣根は熱湯が入った鍋に冷凍うどんを入れようとしており、袋をバリッと開けながら真守の方を振り向いたが、絶句した。

 

髪の毛が風呂で洗われた事により、だだでさえツヤがあった長い黒髪が、しっとりと濡れている。

ほぼ徹夜状態だったので真守の顔色は驚くほどに悪かったが、温まってきた事により血色がよくなり、頬が赤く色づいている。

そして極めつけは垣根が上下貸したジャージを上半身しか着ていなかったのだ。

男受けが良さそうなほっそりとした生足がむき出し状態。

 

シャワーに入ってきてただでさえ色気たっぷりなのに、自分のジャージをミニスカワンピースのように着ている真守を見て、垣根は顔を赤くした。

 

「……っお前、なんで下履いてねえんだ!?」

 

「履いてみたけど、大きすぎて紐を締めてもストーンッて落ちる。それ以前に丈が長すぎて歩けないし。上も上で明らかオーバーサイズだしお尻隠れるからいいかなって」

 

垣根の身長が大きすぎる、と真守は手を振って抗議する。

その手も袖を頑張ってまくってもずり落ちてきているようで、ちまっとしか手が出ていなかった。

 

二〇㎝以上の身長差と男女の体格さがあればこうなる事は容易に想像できたはずである。

 

「………………そう、か」

 

自分の見通しの悪さも感じていたが、自分のジャージが大きすぎると嘆く真守を見て、その真守の体の小ささに垣根は可憐さも少し感じていた。

 

垣根も思春期の男の子である証拠だった。

 

垣根の心中が穏やかではない事なんて真守は考えもせずに、垣根が持っていた冷凍うどんの袋と、その隣においてあったあと二つの袋を見た。

 

「おうどんだ、おうどん。でも、そんなに食べられない」

 

「……だから、俺も昼飯まだだったって言っただろうが。つーか、うどんにおを付ける人間は初めて見たぞ」

 

「? おうどんはおうどんだよ。深城が言って……た」

 

「源白深城が?」

 

「……うん」

 

垣根の問いかけに真守は頷きながら、近くに浮いていた深城をちらっと盗み見た。

 

垣根が冷凍うどんの袋を持っていた時点で、その様子を見ていた深城が『おうどん、おうどんだよ、真守ちゃん! お昼ご飯作ってもらうの初めてじゃない!?』と連呼しながらはしゃいでいたので、釣られて言ってしまったのだ。

ちなみに深城は人の顔が分からないだけで、何を持っているとか何をしているとかは認識はできているのだが。

 

「……そう言えば、うどんで良かったか?」

 

垣根は普段自炊をしないので、冷凍食品に頼るか外食がほとんどだ。

今の状態で外食を選べば、真守が不良に捕捉されるのは必然だったので外食をするワケにはいかない。

そんな理由で冷凍食品に手を出したのだが、真守に昼食の内容がうどんで良いか聞くのを垣根はすっかり忘れていた。

 

「消化が良くて好き」

 

真守はうどんに目を輝かせて上機嫌に告げるので、垣根は真守を気の毒に思った。

真守の消化器官には重度の発達障害があり、食事を満足に食べられないと知っているからだ。

 

真守が上機嫌なのは、別に垣根が消化の良いうどんを昼食に選んだワケではない。

病院食以外で誰かに食事を作ってもらう事が初めてだから、上機嫌になっているのだ。

 

真守はご機嫌なまま垣根から離れていき、ローテーブルの方へ駆け寄ってその前にちょこんと座る。

テーブルの近くにはコンビニで買い物したビニール袋が置いてあり、その中から真守は市販の経口補水液を取り出して蓋を開けた。

 

「いつもと味が違う」

 

真守が一口飲んでからしかめっ面をして首を傾げているので、垣根は真守をますます気の毒に思った。

 

コンビニには普通にジュースなどが並んでいたのに、真守が選んだのはよりにもよって経口補水液だった。

経口補水液なんて、病気で弱っている時にしかおいしいと感じない程の薄味だ。

それなのにその経口補水液の味の違いが分かるとまで言い出したのだ。

 

人間の三大欲求である食欲と、真守は一体どうやって付き合って生きているのだろう、と垣根は疑問に思いながら昼食作りを再開する。

 

『実験』の弊害でまったく食に関心がない真守は、垣根が昼食を作っている間に部屋を見渡していた。

 

綺麗に整頓されて掃除が行き届いている部屋。

インテリアはシンプルながらも高級ブランドで取り揃えてあるので、高級スーツを着ている垣根にぴったりだな、と真守は勝手に思っていた。

 

「部屋見回して楽しいか?」

 

「うん。垣根っぽい」

 

自分の感じた事を微笑みながら真守が素直に告げると、垣根はその笑みが眩しくて目を細めた。

 

真守に純粋な好意を寄せられると、これまでの罪悪感が募り、垣根はどう反応すればいいか困ってしまうのだ。

真守は垣根が後ろめたい想いになっていると感じて、柔らかく微笑んだ。

 

垣根が作ってくれたうどんが入ったどんぶりが目の前に置かれた真守は、目を輝かせると手を合わせた。

 

「いただきます」

 

真守は手を合わせて食事前の挨拶をしっかりして、おまけに少し頭を下げた。

 

(イマドキ食事の時に心の底から感謝するガキなんていねえよ)

 

垣根は心の裡で呟きながらも、真守の様子を穏やかな目で見つめていた。

 

真守は外見通りの猫舌なので、うどんに何度も息を吹きかけてから口にする。

だが、それでも熱かったのか耐えるように顔を歪ませた。

 

よく噛んで飲み込むと、真守は斜め右に座っていた垣根に向かって顔をほころばせた。

 

「おいしい!」

 

「……そうか」

 

冷凍うどん如きで高級レストランの食事に舌包みを打つようにとろけた顔をする真守。

そんな真守を大袈裟な奴だ、と思いながらも垣根はふっと柔らかく微笑んだ。

真守はゆっくりと時間をかけて食事をすると、所持していた薬を経口補水液で飲んでから一息つく。

 

「聞いてもいいか?」

 

「私が襲われている理由か?」

 

「ああ」

 

垣根は『スクール』の構成員である誉望に調べさせた事を思い出しながら呟く。

ゲームを主導して、ターゲットを真守にした原因となったのは一つの掲示板にアップされた真守の画像と謳い文句だ。

それを書き込んだ人間を誉望に調べさせたのだが、誰か特定できなかったのだ。

 

暗部組織『スクール』の情報網を使っても誰か特定できないという事は『スクール』よりも上位に位置している存在しかありえない。

 

「ゲームは、学園都市上層部が糸を引いてんだな?」

 

「うん」

 

真守は勝手知ったる様子で頷いて、続けた。

 

「私は超能力者(レベル5)として承認されてないから、データを取るためにこうやって時々不良をけしかけられる。耐久テストみたいなモンだ。上層部が情報を流す度に、それが必ずネット上のどこかに残るから、普段もちょこちょこ不良に絡まれる。それすらも利用して、ヤツらはデータ収集してると思う」

 

垣根は事情を聞いてあからさまな敵意を抱いた。

 

学園都市は何もかも好き勝手に奪っていく。

人の命を使い潰して大事なものを奪っていく学園都市が憎い。

学園都市に星の数ほどの悲劇があり、それをしょうがないと諦めている連中も腹立たしい。

自分のやりたいようにやってふんぞり返っている学園都市の喉元を垣根は食いちぎってやると決意した。

 

だからアレイスターが主導している『計画(プラン)』を突き止めてめちゃくちゃにして主導権を握って全てを変えたかった。

だから『計画(プラン)』の主要人物である流動源力(ギアホイール)の情報を探して、そして――真守に会えた。

真守の在り方によって自分の信条を折られたが、それでもやっぱり真守が大事な存在である事に変わりはない。

 

そんな真守を学園都市は己の利益のために良いように扱っていた。

 

許せない。

傷ついて。罪を犯して、立ち上がって。大切なものを守るために不用意に人を傷つけないようにしながら、この学園都市の『闇』と一人で戦っている真守が学園都市に良いように扱われているなんて、到底許せる事じゃない。

 

垣根の殺意が溢れて空間がヂヂィッとひりつく音が辺りに響く。

 

「垣根」

 

真守はそんな垣根の殺気をモノともせずに手を垣根の頬に添えた。

 

柔らかく小さな温かい手が自分の頬に触れた事によって、呑まれた怒りから垣根は現実に帰還する事ができた。

垣根は自分の頬に手を伸ばした真守の顔を見た。

 

「私のために怒ってくれてありがとう」

 

垣根が誰のために、そして誰に対して怒っているかを正しく理解している真守は、柔らかく微笑んで感謝を垣根に伝えた。

 

垣根は長い前髪の向こうでそっと黒曜石の瞳が輝く目を伏せた。

真守はそんな垣根を見つめて微笑みながら、ふと思い出したことがあった。

 

「でも気になる事があるんだ。今回の耐久テストはおかしい。上層部の意図に、違う意図が干渉している」

 

「違う意図?」

 

真守はウェストバッグからPDAを取り出して起動させると、とある掲示板を見せた。

 

幻想御手(レベルアッパー)……?」

 

「これがどうも関係しているみたいなんだ」

 

「どういう事だ?」

 

「私に襲い掛かってくる連中、不良だけじゃなくて普通の学生も多いんだ。しかも、みんな能力の強度(レベル)が高い。まるで、手に入れた力がどこまで通用するか腕試しをしているようだった。少し調べたら、都市伝説に幻想御手(レベルアッパー)ってのがあったんだ。どこから漏れているのか知らないが、都市伝説には学園都市の『闇』の真実が多い。だから、コレは確実にあると思うんだ」

 

「ふーん。……使えば強度(レベル)が格段に上がる? なんだコレ。そんなのが本当にあったら無能力者(レベル0)なんていなくなるだろ」

 

幻想御手(レベルアッパー)

それを上層部が作る理由はない、と垣根は考える。

伸びしろがある能力者を選別するために素養格付(パラメータリスト)というものがある。

素養格付(パラメータリスト)によって、学園都市上層部は未来がある能力者を選定し、予算を効率よく回わしているのだ。

 

だから無能力者(レベル0)の強度を上げる幻想御手(レベルアッパー)なんて作る意味がない。

学生の六割は上層部が育てる価値がないと判断した学生たちだからだ。

 

「……待て。幻想御手(レベルアッパー)っつーモンが本当にあるとして。なんでお前はコレが上層部の意図じゃないって気づいてるんだ?」

 

真守は上層部と幻想御手は別口だと先程言っていた。

上層部が幻想御手(レベルアッパー)を作るハズが無いと真守は知っているのだ。

 

(研究所にいたからの素養格付(パラメータリスト)の事を知っている?)

 

垣根が疑問に思っていると、真守は躊躇(ためら)いがちに告げた。

 

「垣根が知っているか分からないが……。学園都市は能力者の時間割り(カリキュラム)に手を抜いているから」

 

素養格付(パラメータリスト)を知っているんじゃなくて、手を抜いている?」

 

「垣根、素養格付(パラメータリスト)の事知っているのか?」

 

真守が逆に問いかけきたので、思わず訊ねた垣根はしまったと思った。

 

真守は垣根が暗部の人間だと気が付いているが、垣根は真守がどこまで自分の身分に気づいているか知らない。

素養格付(パラメータリスト)を知っているという事は、学園都市の『闇』にどっぷり浸かっているという事を示しているので、まずは暗部組織に所属している話からするべきなのか。

 

垣根が説明に困っていると、真守は垣根の困惑に気が付いて経緯を話した。

 

「私が素養格付(パラメータリスト)の存在を知ったのはつい最近だ。でも、前から違和感を覚えていたんだ。……垣根、AIM拡散力場については理解が深いか?」

 

「理解が深いってどれくらいかは知らねえが、超能力者(レベル5)として必要な知識は持ってる」

 

AIM拡散力場。

能力者が無自覚に発している力の事で、精密機器を使わなければ人間には観測できないレベルの微弱なものだ。

AIM拡散力場は能力者の強度(レベル)に関係なく発されており、それぞれに個性があるとまで言われて研究が進められている。

 

だが、何故ここでAIM拡散力場の話が出てくるのだろう。

垣根が疑問に思っていると真守がそれに応えた。

 

「AIM拡散力場を感じ取ってみるとな、もう少しまともな強度(レベル)で能力を発生させられる子たちが異常に多いんだ。私のクラスメイトは特にそれが顕著(けんちょ)で、学園都市が手を抜いているとしか思えなかったんだ」

 

「待て。お前、AIM拡散力場を感じ取る事ができるだけじゃなくて、その能力者の本当の出力まで測れるのか?」

 

流動源力(ギアホイール)は簡単に言えば、新たな流れを作る能力だ。だから元々あるエネルギーの流れを、私は感知する事ができる。微弱な力だろうがなんだろうが関係ない。……AIM拡散力場には能力者の()()()()()が現れるんだ。だから色々調べた結果、素養格付(パラメータリスト)に辿り着いた」

 

真守の能力由来の特技に、垣根は絶句した。

 

AIM拡散力場を研究している研究者にとって真守の力は垂涎(すいぜん)モノだ。

AIM拡散力場の研究が進めば、能力者の気配は愚か、相手がどのくらいの強度(レベル)であるかさえ分かると希望を持たれている。

 

真守はその希望を感覚だけで掴んでいるという事だ。

 

流動源力(ギアホイール)

その能力の利用価値には無限の可能性が秘められている。

本当に真守が超能力者(レベル5)として正統に順位付けされていたら、一方通行(アクセラレータ)なんて余裕で押しのけて第一位に君臨するほどに。

 

流動源力(ギアホイール)が制御できない程に強大な能力で、それが理由で上層部が超能力者(レベル5)として順位付けしていない、という事実が真守の告げた能力の有用性で明るみになった。

 

その気になれば真守は学園都市を滅亡させる事だって可能だが、真守は学園都市へと反旗を翻す気がない。

身勝手に力を振るえば人々が傷つくと知っているから。

学園都市から伸びる魔の手を振り払いながら、他人の事を思いやりながらも、自分の周りにいる大切な存在のために戦う。

 

この学園都市で抗いながら生きていく真守の在り方は、『闇』に囚われている者たちにとって『希望の光』だ。

『闇』に生きる誰もが真守の在り方を目指したら、きっと学園都市の『闇』は消え去るだろう。

それくらい、朝槻真守が生きようとしている道は険しくも眩しく、尊いものだった。

 

「垣根? 大丈夫か?」

 

垣根が物思いにふけっていると真守が心配そうな視線を自分に送っていた。

 

「問題ない。それで、幻想御手(レベルアッパー)の事だが……真守?」

 

「? なんだ?」

 

切り出そうとした垣根だが、真守の異変に気が付いてふと、真守の名前を呼んだ。

真守は名前の呼ばれた意味が分からずにきょとっと目を丸くしていたが、垣根は顔をしかめたまま訊ねた。

 

「お前、本当に大丈夫か? 顔色すごい悪いぞ」

 

お風呂に入って顔が赤くなっていた真守だが、その顔色が真っ青になっていた。

真守はぺたぺたと顔を触ってから申し訳なさそうに笑った。

 

「消化器官が頑張ってるからどうしても疲れが顔に出てしまうんだ。昨日あんまり寝てなかったし……正直、具合は良くない」

 

「早く言えよ。とりあえず幻想御手(レベルアッパー)の事はこっちで調べておく。お前は少し休め」

 

垣根は焦った表情で真守にベッドへ行くように促すと、真守はもう一度申し訳なさそうに微笑んでから横になった。

 

余程疲れていたのか、真守は五分どころから一瞬で眠りについてしまった。

五分以内に寝るのはほぼ気絶に近いと言われているからそれで寝てしまえば相当だ。

垣根はそこまで真守が疲弊していたと知らなくて、真守の置かれている現状に歯噛みする。

 

垣根は眠る真守の、肌触りの良い黒い猫っ毛に覆われた頭をそっと撫でてから立ち上がると、誉望へと通話をかけた。

 

「誉望。今すぐ幻想御手(レベルアッパー)について調べろ」

 

垣根が苛立ちを込めて誉望に命令すると、誉望は垣根の機嫌がここ最近で一番急降下している事に恐怖を覚えながらも迅速に対応した。

 

 




パシリな誉望くん。
真守ちゃんが一六〇㎝くらいなのにちんまりとしているのは、身長を能力で無理やり伸ばしたせいです。
元々真守ちゃんは遺伝的に大きくなる子じゃなかったんですが、『実験』によって体が成長していなかったので伸ばす必要があった。
女性の平均や理想くらいあったら大丈夫と考えて、自分が本来成長する身長よりも大きくしたせいで体が身長のわりに小さい。
そういう経緯です。


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第一三話:〈強大技量〉を見せつけて

第一三話、投稿します。
次は八月一八日水曜日です。


柵川中学一年生、佐天涙子は無能力者(レベル0)だ。

 

そんな彼女が最近知り合ったのは、学園都市の五本の指に入る常盤台中学校のエースとその露払い。

超能力者(レベル5)超電磁砲(レールガン)の御坂美琴と大能力者(レベル4)空間移動(テレポート)。白井黒子だ。

 

彼女たちと出会ったのはクラスメイトの初春飾利を通じてだった。

初春飾利は風紀委員(ジャッジメント)の第一七七支部に所属しており、そこで相棒を務めているのが白井で、白井は御坂美琴の事を『お姉様』と呼んで慕っていた。

初春が美琴に一度会ってみたいと白井に言って、その時佐天も傍にいて、そこで知り合ったのがきっかけである。

 

二人と知り合ってから、佐天は自分が無能力者(レベル0)であり、力がない事を思い知らされてしまった。

劣等感の中、都市伝説にあった『能力の強度(レベル)が上がるアイテム』という幻想御手(レベルアッパー)があればいいのにな、となんとなく佐天は思っていた。

 

だがある日。とある音楽サイトを閲覧している時に隠しページを見つけ、そこに幻想御手(レベルアッパー)の音楽ファイルがぽつんと置かれており、佐天は偶然、幻想御手を手に入れる事ができた。

だが幻想御手を入手してもすぐに使うことはなく、佐天はずっと葛藤し続けていた。

 

そんな佐天は高架下で、幻想御手(レベルアッパー)の音楽ファイルを取り込んだ携帯電話を見つめていた。

 

その画面には幻想御手のファイルを消去するか否かの表示が出ていた。

その消去ボタンに手をかけながら心の裡で佐天は考える。

 

(幻想御手、か。あたしでも能力者になれる夢のようなアイテム。だけど、得体の知れないモノは怖いし、苦労して身に着けるハズの能力を楽して手に入れる事は良くない……よね)

 

幻想御手(レベルアッパー)、譲ってくれるんじゃなかったのか!!」

 

「え?」

 

佐天は突然男の声が聞こえてきて、顔を上げた。

高架下から出て、佐天が伺うように見ると、廃ビルの前で一人の小太りの男が三人の不良に取り囲まれていた。

 

「さっき値上がりしてさ。コイツが欲しけりゃ、もう一〇万持ってきてよ」

 

不良の一人は手に持った幻想御手が入っているであろう音楽プレーヤーを目立たせるように横に振ってから、冷たく言い放った。

 

「……だ、だったら金を返して――……っ!!」

 

小太りの男が取引は中止で金を返して欲しいと言いかけると、音楽プレーヤーを持っていた不良の男が小太りの男の腹に膝蹴りを打ち込んだ。

小太りの男はそのまま不良に何度も蹴りつけられて暴行される。

 

佐天は彼らのすぐ近くまで来て、それを傍観していた。

 

「お前らの強度(レベル)がどれくらい上がったか、ソイツで試してみるか?」

 

小太りの男は二人の不良に抵抗できないように拘束されて、そこにリーダー的な存在の不良が近付いて嗤った。

 

(とりあえず、風紀委員(ジャッジメント)警備員(アンチスキル)に連絡しないと……っ!)

 

佐天が携帯電話を持ち出すが、丁度携帯電話のバッテリーが切れてしまう。

 

(ヤバ……っ充電切れ?)

 

佐天はその場からそっと立ち去る。

 

(しょうがない……よね? あたしが何か、出来るわけじゃないし……あっちはいかにもな連中が三人。こっちはちょっと前まで小学生やってたんだし……)

 

「――ねえ」

 

佐天がその場から逃げようとしていると、突然声が響いた。

自分が呼びかけられたのかと思って振り返ると、不良三人と小太りの男に男女二人組が近付いていた。

 

一人は少女。

艶やかな猫っ毛の黒髪ロングをハーフアップにして猫耳ヘアに結い上げ、白と黒に統一された服を着ていた。

澄んだエメラルドグリーンの瞳と容姿のせいで、高貴な黒猫を連想させるアイドル顔。

 

もう一人は少年。

綺麗なさらっとした茶色の髪を肩口まで伸ばしており、その長い前髪の向こうには黒曜石のような瞳が見え隠れしている。

彼はエリートだと直感できるような高級スーツを身に纏っていた。

 

モデルになってもおかしくない美男美女が、確かな存在感を放ってそこに立っていた。

 

「お前、幻想御手(レベルアッパー)持ってるって本当?」

 

「なんだぁ? お前も幻想御手が欲しいのか?」

 

少女がダウナー声で問いかけると、不良のリーダーは振り返る。

そのまま少女と少年へと近づき、値踏みするようにじろじろと見つめた。

 

「ふーん。お前可愛いな。良いぜ、体で支払ってくれればマけてやるよ」

 

少女はその不快な視線をつまらなそうに見ていたが、隣にいた少年の目が鋭くなった。

 

(あの男の人なんかマズい。すごくヤバい気配がする)

 

佐天が危機感を覚えている前で、少女は『んー』と唸った後に告げた。

 

「お前たち蹴散らして奪い取るから、そんな事はしない」

 

少女が挑発的な事を告げると、リーダー格の不良は不快感をあらわにした。

そして、すぐさま獰猛に嗤った。

 

「笑わせてくれるじゃねえか!!」

 

リーダー格の不良の男は少女に向かって駆け出すと即座に蹴りを繰り出した。

その蹴りが不自然に曲がって――そして、何かに弾かれた。

 

「うがああああああああ!?」

 

リーダー格の少年は突然迸った蒼閃光(そうせんこう)によって、ズボンを貫通される形で足を焼かれた。

肉がめくれ上がって焼け焦げた足を押さえて、少年はゴロゴロと地面の上をのたうち回る。

 

「……今の何。なんか足曲がったけど。偏光する能力?」

 

「光を捻じ曲げて実際とは違う位置に像を結ばせたとか、そういうのじゃねえの?」

 

少女は隣にいた少年に首を傾げながら問いかけると、少年が興味なさそうに能力を看破する。

 

「へえ。お前、割と面白い能力持ってるな」

 

少女は感心した様に呟いて、引きつった悲鳴を上げる不良のリーダーに近づいた。

 

「でも残念だったな。不意の攻撃だとしても私には通じない。さあ、幻想御手を渡せ」

 

少女がリーダー格の不良に向かって手を伸ばす。

 

「お、お前!! お前の能力は一体……!?」

 

リーダー格の少年は少女の能力がどんなモノかも分からずに叫び声をあげる。

 

少女は不満そうに目を細めると、無言の圧力と共に、手をもう一度振って渡すように催促した。

 

それでも不良の少年が恐怖で動けないのを見ると、少女はため息を一つ吐きながら後ろで小太りの男を取り押さえて呆然としていた不良二人を見た。

 

「お前たちも痛い目に遭わせないとダメか?」

 

少女が不快感を露わにして問いかけると、不良の少年二人はリーダー格の少年を見た。

 

リーダー格の少年がやられては自分たちも適うハズがない。

少女の能力がどのようなモノか分からないが、不意の攻撃すら一切通じないのはどうしようもない。

それに少女の隣にいる少年はまだ能力を発動してすらいなかった。

攻撃が通らない少女の隣で確かな存在感を放って立っているのだ、少年も高位能力者に違いない。

 

「わ、分かった! 渡す!! 幻想御手(レベルアッパー)を渡すから!!」

 

不良の一人が恐怖で震えながら少女へと音楽プレーヤーを差し出した。

 

「音楽プレーヤー?」

 

少女は顎に手を当てながら身を前に乗り出して、小首を傾げる。

 

「れ、幻想御手は、音楽ファイルなんだ! 本当だ、嘘じゃない!!」

 

少女は怪訝そうな顔をしながらも音楽プレーヤーを受け取った。

 

「どう思う?」

 

「中身解析すりゃ分かる事だろ。……嘘だったら許さねえがな」

 

少女が少年に問いかけると、少年はそれに答えながらも不良たちを睨んだ。

蛇に睨まれた蛙状態の彼らはヒッと声を上げた。

 

「――お待ちなさいな」

 

そこに新たな人物の声が響いた。

少女と少年が振り返ると、そこには風紀委員(ジャッジメント)の腕章をつけた常盤台中学の少女が立っていた。

 

(白井さん……!)

 

白井黒子。風紀委員(ジャッジメント)で佐天の親友である初春飾利の同僚。

白井も幻想御手(レベルアッパー)の事件を風紀委員として追っていて、恐らく幻想御手の取引現場であるここを訪れたのだろう。

 

「先日ぶりですわね。朝槻さん、垣根さん」

 

「白井だ、久しぶり」

 

少女は知り合いだと言う風に親しげに白井の名前を呼んで近づく。

 

「一般人が何をやってらっしゃいますの。幻想御手(レベルアッパー)の件はわたくしたち風紀委員(ジャッジメント)が捜査していますから、あなた方が出る幕ではありませんの」

 

「しょうがないだろ、被害者なんだから」

 

「……被害者? どういう事ですの?」

 

幻想御手(レベルアッパー)使用者に、コイツが襲撃されてんだよ」

 

白井の疑問に答えたのは少年だった。その少年の言い分を聞いて白井は驚愕した。

 

「襲撃……!? い、一体いつから!? ……何はともあれ。ここを収めてからの方がよさそうですわね。支部でゆっくりと事情をお聞かせくださいますか?」

 

少女は少年の方を見る。少年が好きにしろ、とでも言わんばかりに肩をすくめるので少女は頷いた。

 

「分かった」

 

「ご協力感謝しますわ。さて、まずは警備員(アンチスキル)に連絡しないと」

 

白井はそこで携帯電話を取り出して警備員へと連絡を取り始める。

 

 

佐天はその場から逃げるように後にする。

 

少女の能力は底が見えない程に強かった。そんな少女の隣にいる少年もきっと高位能力者なんだろう。それに、少年の方は明らかに場数を踏んでいる気がした。

二人共、自身に満ち溢れていた。自分の能力に余程自信があるのだろう。

その証拠に、少女は自分から手を出さないまま不良三人に勝利した。

 

そして、あの二人と親しげな白井。

 

「……嫌だな、この気持ち」

 

(あたしと同じ中学生で。あたしと同じ年齢で。あたしと同じ女の子なのに。白井さんは、ああいう人たちと普通に話してる。……あたしと違う世界に住んでいる人がいる。能力者と無能力者(レベル0)では、何もかもが違う)

 

佐天はそこで俯きがちに電源の切れた携帯電話を握り締めて俯く。

 

「――涙子!」

 

佐天が走っていると、声をかけられて顔を上げた。

 

「アケミ、むーちゃん。マコちんも!」

 

佐天は柵川中学校のクラスメイトと共に道を歩く。

 

「一人で何してたの、買い物?」

 

「……まあ、そんなトコ。アケミたちは?」

 

佐天が先程の事件現場での事を思い出すも、笑いながらごまかして逆に訊ねた。

 

「図書館で勉強。能力はどうにもならないけれど、勉強くらいはねー」

 

「そうだね」

 

「……あー、でもさ。聞いた? 幻想御手(レベルアッパー)っての?」

 

能力開発に諦めが見えるクラスメイトたちの中で、アケミが突然幻想御手(レベルアッパー)の話題を切り出した。

佐天は不意を突かれてえ。と、小さく呟く。

 

「幻想御手? なぁに、それ?」

 

「あ。知ってる! 使うと能力が上がるとかいうヤツでしょ?」

 

「そうそう。噂じゃ今、高値で取引されているらしいよ?」

 

「お金なんかないよー」

 

クラスメイトたちが幻想御手(レベルアッパー)というものが手元にあったら良いねーと話をしているのを聞いて佐天は控えめに手を挙げた。

 

「……あ、あのさ!」

 

「「「ん?」」」

 

クラスメイトたちが一斉に佐天を見た。佐天は迷った末にぎこちない笑みを浮かべて切り出した。

 

「あたし、それ……持ってるんだけど」

 

佐天の主張に三人は目を合わせて驚愕の表情を浮かべていた。

 

 

 

 

――――――…………。

 

 

 

真守と垣根は風紀委員(ジャッジメント)の一七七支部を訪れていた。

 

「……成程。朝槻さんが超能力者(レベル5)だという書き込みが掲示板にされて、それを見た幻想御手(レベルアッパー)使用者が腕試しにあなたを襲っている……という事ですね?」

 

「そうなる」

 

白井はケロッとした真守の返答に怒りが爆発して大声を上げた。

 

「どうして風紀委員(ジャッジメント)か、警備員(アンチスキル)に連絡しませんでしたの!?」

 

「言っても無駄だから」

 

真守の返答に白井は閉口する。

 

「無駄、って……! 大能力者(レベル4)であり、絶対的な防御性を持つからといって、一人で解決しようとしないでくださいな! そんな事になっていれば風紀委員(ジャッジメント)に通報をするのが普通です!」

 

「一人じゃない、垣根がいるから」

 

白井が倉庫(バンク)で確認した真守の能力、力量装甲(ストレンジアーマー)の事を言及しながら注意すると、真守は首を横に振ってから答えた。

 

「……確かに垣根さんはお姉様よりも格上の超能力者(レベル5)ですわ。ですが! 超能力者(レベル5)の殿方と一緒だとしても、風紀委員を頼ってくださいまし!」

 

「じゃあ、お前たちは次々向かってくる一〇〇名くらい相手する事ができた?」

 

「ひゃ、一〇〇……?」

 

真守が告げた数字が膨大過ぎて白井は呆気にとられたままオウム返しする。

 

「私を襲ってきた不良の数。少なくとも九〇%くらいは幻想御手を使ってると思う。お前たちはその数から私を守る事が本当にできるの?」

 

「そ……っそんなに数が多いなら頼ってくださらないと逆にこちらが困りますのよ!? 風紀委員(ジャッジメント)の名折れですわ! 警備員(アンチスキル)の先生方の失態です!!」

 

けん制するために真守は言ったが、白井の怒りの炎に逆に油を注いでしまう結果となってしまった。

真守は面倒そうな顔をして白井を見た。

 

それを見て、白井がキーッと声を上げると、見ていた相棒の初春飾利が白井を宥める。

 

「……で、だ。幻想御手(レベルアッパー)についてはどこまで調べてある?」

 

白井は垣根の問いかけに、当事者ならば仕方がないとして情報を開示した。

 

「犯罪に走った能力者たちはみんな、昏睡状態なので話が聞けてませんの。ですからわたくしたちも、現物を求めて取引現場を回っていたところでしたのよ」

 

真守は机の上に置かれた音楽プレーヤーを見ながら頷く。

 

「じゃあ、現状はアレだけしか手がかりがないのか」

 

「治安組織なんてそんなモンだ」

 

(お姉様と同じ匂いを感じますの……)

 

垣根が風紀委員の事を歯牙にもかけてない言い分を吐き捨てるように告げるので、白井は顔をしかめる。

そんな白井をよそに初春は苦笑しながらも現状を伝える。

 

「大脳生理学者の先生と協力関係を結んでいるんです。これからご教授願おうと思っているんですよ」

 

「誰?」

 

「木山春生先生ですの」

 

真守が興味を示して訊ねると、話に戻ってきた白井が名前を告げた。

 

「AIM拡散力場専攻している人?」

 

真守が即座に切り返してきたので白井は目を見開く。

 

「え、ええ。よくご存じですのね。その通りです」

 

良く知っているという装いの真守に、垣根が囁くように小さく訊ねた。

 

「AIM拡散力場はお前の能力に関係するから論文でも何か読んだのか?」

 

「うん。興味深い論文だった。その人が協力してるのか?」

 

真守が垣根の質問に頷くと白井へと問いかけた。

 

「はい、そうですの。今回の幻想御手(レベルアッパー)事件にて声をかけさせていただきました」

 

「そう。じゃあ何か分かったら情報をこちらにも流してくれ」

 

真守が幻想御手(レベルアッパー)を提供したんだからな、と付け加えると、白井はどうすればいいか分からないと困惑しながら、風紀委員(ジャッジメント)として一応けん制する。

 

「……いくら幻想御手(レベルアッパー)被害者と言っても、一般人に情報を渡すのはやっぱりいただけませんの」

 

「一般人? 超能力者(レベル5)大能力者(レベル4)の俺たちを一般人の枠に入れんなよ。協力関係を築けないんだったらこっちはこっちで勝手に動くが。それでもいいのか?」

 

あくまで風紀委員(ジャッジメント)としてのスタンスを崩さない白井に、垣根が苛立ちを覚えて脅すように訊ねる。

それを受けて白井と初春はアイコンタクトをしてから、頷いた。

 

「……仕方ありませんの。勝手に動かれるよりこちらで手綱を握っている方が安心ですし。……協力関係でよろしいんですの?」

 

「決まりだな。物分かりがいいじゃねえか、白井黒子」

 

垣根が上から目線で嗤うと、白井はムッとする。

だが垣根は超能力者(レベル5)であり、敬愛する美琴よりも順位が上なので、白井は何も言う事ができなかった。

 

「じゃあ、何か分かったら連絡して。連絡先交換するから」

 

「それは良いのですけれど! あなたが襲撃されるのをわたくしたち風紀委員(ジャッジメント)は黙って見ているわけにはまいりませんの! 警護に風紀委員か警備員(アンチスキル)を配備します。それは了承してくださいまし!」

 

「……遠くから見てるなら別にいい」

 

「お前らが来る前に終わるだろうがな」

 

真守と垣根が付き纏われるのが心底面倒だと言う表情をしていると、白井は顔を背けてぶつぶつと呟く。

 

「お姉様と同じ香りを感じますの。まったく。何故、高位能力者というのはどうしてこう、我が強いんでしょうか……?」

 

「白井さん……それ人のこと言えませんよ」

 

同僚である初春が思わず白井にツッコミを入れる。

初春から見たら白井も大能力者(レベル4)として相応しい自己中心的な性格の持ち主だった。

 

 

こうして真守と垣根は、風紀委員(ジャッジメント)第一七七支部と幻想御手(レベルアッパー)事件を収束するための協力関係を構築する事となった。

 

 




強大すぎる能力は時として誰かに劣等感を抱かせてしまう。


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第一四話:〈事態急変〉の匂いがする

第一四話、投稿します。
次は八月一九日木曜日です。


真守と垣根が情報を求めて風紀委員一七七支部を訪れると、その場に御坂美琴がいた。

風紀委員(ジャッジメント)の方ではこれといった情報がなかったのと、昼時という理由もあって、二人は美琴と共にファミレスへと向かうこととなった。

虚空爆破(グラビトン)事件の時は顔を合わせただけだったのでゆっくり話がしたい、と美琴が言いだしたのだ。

 

「え!? 垣根さんって第二位なの!?」

 

軽い自己紹介をすると自然と能力の話となった。垣根が自分のことを超能力者(レベル5)で第二位だとカミングアウトすると、美琴は驚きの声を上げた。

 

「ああ。俺が未元物質(ダークマター)、垣根帝督だ」

 

自分よりも格上の超能力者(レベル5)であるという事を知って驚愕の表情を浮かべる美琴。そんな美琴を見て、垣根は得意気に嗤った。

 

(私の興味なさそうな反応がそんなに嫌だったのか……)

 

何故か自分にも勝ち誇ったような顔をしている垣根を見て、真守は心の中でそう呟いていた。

そんな真守の隣で、美琴がごくッと喉を鳴らした。

 

「わ、私より順位が上の人に初めて会った……」

 

「そりゃそうだろ。二人しかいねえんだから」

 

垣根は呆れた目をしながらカップを手にして、優雅に珈琲を飲む。

 

「そ……そうなんだ。私より強い人か……そうなんだ」

 

「テメエ、まさか俺に挑もうなんて考えてんじゃねえよな?」

 

美琴が呟きながら自分を挑戦的な瞳で見つめるので、垣根はその敵意を感じて語気を強めた。

 

「……っい、いいじゃない。私は目の前にあるハードルは飛び越えなくちゃ気が済まないタイプよ!?」

 

垣根のけん制に触発されて、美琴は臨戦態勢だと言わんばかりの言葉を放つ。

 

「へえ。じゃあ、身の程を分からせてやろうか?」

 

美琴のやってやろう宣言に乗っかって垣根が楽しそうに嗤ったのを見て、真守は垣根のジャケットの裾を引っ張った。

 

「なんだよ」

 

垣根は苛立ちを隠す事なく、自分を止める仕草を見せた真守に視線を向ける。

そんな垣根の視線を受けて、真守は困った様子で首を横に振った。

 

「第二位と第三位がぶつかったら学園都市がめちゃくちゃになるからやめて」

 

「……お前、人のこと言える立場か?」

 

垣根は真守が実は消えた八人目の超能力者(レベル5)であると知っている。

もっと切り込んだことを言えば、第一位として学園都市に君臨している一方通行(アクセラレータ)よりも強い可能性を能力に秘めている。

 

それに何より。

流動源力(ギアホイール)は統括理事長、アレイスターが推し進める『計画(プラン)』の要である『第一候補(メインプラン)』なのだ。

 

そんな強大な能力を持つ人間に言われても説得力皆無だった。

 

「私、別に暴れないから」

 

真守が明確な決意を口にすると、垣根はチッと舌打ちをした。

 

「……分かったよ」

 

垣根は真守に従って、とりあえずこの場は引き下がった。

真守は垣根にその気がなくなったのを感じて、安堵する。

そして未だ臨戦態勢であり、邪魔が入ったと睨みつけてくる美琴を、真守はまっすぐと見た。

 

「御坂も垣根にちょっかい出さない。上条だけにしてくれ」

 

「…………そう言えば、朝槻さんってあのバカと同じ学校なのよね?」

 

美琴は真守が上条のクラスメイトであることを思いだして、思わず訊ねる。

 

「うん、クラスメイト。席も近い」

 

「ち、ちなみに聞くけれど……あのバカって、学校でどんな感じなの?」

 

「上条の様子?」

 

(やっぱ気があるのか?)

 

「何だよお前。上条当麻に気があんのか?」

 

真守の心の中の呟きを明確な言葉にしたのは、真守のために自分が頼んだファミリーサイズのフライドポテトへとフォークを伸ばしていた垣根だった。

 

「なっ……ち、違うわよ! 勝負相手の情報は知りたいと思うのが普通なの! 情報収集よ情報収集!!」

 

大袈裟に否定する美琴の様子に意地悪く笑みを深くする垣根。

そんな垣根に、真守は咎めるような視線を向けていた。

 

「へえ。そういうことにしといてやるよ」

 

真守の視線を気にすることなく、垣根は主導権を握れている事にほくそ笑みながら軽やかに告げた。

 

「くっ……! こ、このぉおおお……! 表に出なさい!!」

 

「──上条は!」

 

美琴がヒートアップしてテーブルを揺らしながら立ち上がったのを見て、真守は美琴を止めるために声を荒らげた。

 

「上条は」

 

「あ、うん。……あのバカは?」

 

真守が二回言葉を繰り返すので、美琴はバツが悪くなってそっと席に座った。

 

垣根は弄りがいがあるヤツだな、と美琴を大変ご機嫌な目で見ており、真守は垣根の様子に眉を顰めながらも告げた。

 

「上条はクラスの三バカ(デルタフォース)

 

「で、でるたふぉーす?」

 

真守は美琴がオウム返ししたのを聞いてコクッと頷く。

 

「あの三人がふざけている時、関わるとろくなことがない。大体被害に遭う」

 

「……お前、被害に遭ってんのか?」

 

真守の言葉に反応したのは、美琴ではなく垣根だった。

上条当麻の私生活なんて興味がなかった垣根だが、真守が被害者になっているという話は聞き逃せなかった。

 

「うん。……し、塩対応の神アイドルって言いだしたのあいつらだし。怒ったら怒ったらで悦ばれるから意味がないし」

 

真守が上条当麻、土御門元春、青髪ピアスを思い出しながら恥ずかしそうに呟く。

アイドル顔の真守をからかう上条他二人の気持ちを、美琴は分かりたくもないが理解してしまった。

真守は嫌がられてもちょっかいを出したくなるような高貴な黒猫の印象だからだ。

 

垣根は本気で迷惑している真守を見て、苛立ちが(つの)る。

そして片眉を上げて怒りを滲ませながら真守に提案した。

 

「いいぜ。ムカつくから今度あったら殴ってやろうか」

 

「ステゴロじゃなきゃダメ。ヤツはある意味無敵だ」

 

「許可が出たしやるか。よし、誘いだせ」

 

垣根が乗り気になって提案すると、美琴は上条が来る可能性に目を輝かせる。

 

だが真守は首を横に振った。

 

「上条は今大変だから。また今度な」

 

「あのバカ、一体どうしたのよ」

 

上条の現状がよほど気になるのか、身を乗り出しながら真守に訊ねる美琴。

 

「女の子匿ってるんだ」

 

真守が簡潔に告げると、美琴は固まった後に地を這うような低い声を出した。

 

「……なんですって?」

 

「女の子が死にかけてて、私もそこに居合わせて一緒になって助けた。あの子はまだ追われる身なんだが、私も追われてるから一旦上条に任せてある」

 

機嫌が急降下する美琴の様子に顔をしかめながら、真守は魔術関連をごまかしながら事の経緯を話す。

 

「……お前、だから眠れてなかったのか?」

 

「そう。夜通し能力使ってた。仮眠取ったけどほぼ徹夜だったから、垣根が助けてくれて本当に良かった」

 

真守が柔らかな笑顔を浮かべる隣で、垣根は健気に頑張っていた真守のことを想って顔を歪ませた。

その向かいで、突然美琴が叫んだ。

 

「夜通し!? ほぼ徹夜!? それって、ひひひ一晩あのバカと一緒にいたって事!?」

 

「……小萌先生のところでその子を治療してた」

 

あからさまな動揺を見せる美琴を、真守は面倒そうに見つめながら、第三者がいた事を真守は的確に伝えた。

 

「小萌先生?」

 

「私と上条の担任の先生」

 

幼女の外見をしている月詠小萌を思い浮かべながら真守が小萌先生について話をすると、美琴は明らかに安堵の声を上げた。

 

「そ、そうなのー! なぁんだ、先生も一緒だったのね。良かったわ!」

 

「……お前、重症の人間の前で恋愛模様が発展するわけねえだろ」

 

垣根は恋愛脳の美琴の頭を心配して呆れるように告げた。

 

「分からないじゃない! 愛は障害が多い方が燃えるって言うでしょ!?」

 

美琴の正論に急に不安になる垣根。真守はそんな垣根を面倒に思いながらも素直に心境を話した。

 

「上条はそういう対象じゃない。だから頑張れ、御坂」

 

「なん!? なななな何を頑張れって言うのかしらぁ!?」

 

「……動揺しすぎだろ、お前」

 

心底美琴に呆れて垣根が呟くと、美琴が顔を真っ赤にして叫んだ。

 

「どっ動揺なんてしてないわよ!! 言いがかりするなら表に出なさい!」

 

「……へえ。やっぱ一度痛い目見ないと分からねえみてえだな?」

 

「お前らちょっと落ち着け。……まったく。どうして超能力者(レベル5)って自分勝手なんだか」

 

真守は自分の事を棚に上げながら呟き、喧嘩を始めようとしている二人を止めに入った。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

 

幻想御手(レベルアッパー)を誉望が解析した結果、面白いことが分かった」

 

早朝。真守が目を覚ますと垣根は興味深そうに端末でデータを見ていた。

真守は垣根から、誉望というパシリ的な存在がいると聞かされており、その人物が幻想御手(レベルアッパー)の音源の解析をしてくれていると聞いていた。

真守は即座に頭を切り換えて、垣根から端末を貰ってデータに目を通す。

 

「共感覚性に働きかけるように仕立て上げた音源。……これで強度(レベル)が上がるならば、ほぼ洗脳に近いな」

 

共感覚性とは、暖色を見たら温かい気持ちになり、寒色を見たら冷たい気持ちになるという視覚で得たもので触覚すら感じるなど、一つの感覚を刺激されて他の感覚を覚える事だ。

 

かき氷のシロップのベースは全て同じ味なのに、色や香料によって味が変わったという感覚に陥るなど、多種多様の例が挙げられる。

 

「真守、お前。学習装置(テスタメント)って知ってるか?」

 

学習装置(テスタメント)

それは五感全てに対して電気的な情報を入力して、技術や知識を脳にインストールする装置の事で、幻想御手(レベルアッパー)は共感覚性を用いる事により学習装置と同等の効果を音だけで再現しているらしい。

 

垣根は真守がどこまで『闇』について知っているか分からないので、学習装置(テスタメント)の知識がないなら説明しなければと訊ねたのだ。

 

「精神を歪めるアレだろ?」

 

だが真守から予想外の答えが返ってきて、垣根は眉を顰めた。

 

「……できなくはないが、それは本来の用途から外れた使い方だ。なんでそんな中途半端に知ってんだ?」

 

真守は垣根の問いかけに気まずそうな顔をする。

垣根が怪訝な表情をしていると、真守は意を決して口を開いた。

 

「私、昔研究所にいたんだ」

 

「……そこで使われたのか?」

 

真守が痛ましい過去を口にしようとしているのを見て、垣根は真守を労わるために優しい声で訊ねた。

 

「私は秘蔵っ子だったから使われてない。……その研究所は、『特異能力解析研究所』ってとこで、エネルギーに関する珍しい能力の解析を行っていた。『解析研』は特別な解析機器が導入されていたから、外部から委託された研究の解析も行っていた。その外部から委託された研究の中に学習装置(テスタメント)を用いた『人の精神をどれだけ歪ませる事ができるのか』というものがあったんだ」

 

真守の告白した内容を垣根は既に調べ上げていたので知っていた。

だが、情報を探すのに垣根は苦労したのだ。

真守が『特異能力解析研究所』を壊滅に追い込んでいたからだ。

『解析研』の主目的である『エネルギーに関する能力の解析』をしていたという事実は断片的にしか残されていなかった。

垣根が『解析研』に辿り着けたのは、外部から委託された研究が、委託した側の研究所の記録に残っていたからだ。

 

外部からの委託を『解析研』が受け入れていなければ、垣根は『解析研』の詳細を知る事ができなかった。

 

しかも『学習装置(テスタメント)を使った精神変質の研究解析』というのは、垣根が丁度『解析研』の主目的に辿り着くために使った糸口だった。

 

「……お前は、そこで何をされた?」

 

垣根は真守の傷を(えぐ)ると分かっていながらも問いかけた。

 

単純に真守の事が知りたかった。

その痛みを知って、理解したかった。

 

真守も垣根が傷口を抉るために聞いている訳ではないと知っているので素直に喋った。

 

「私は、『勉強』してた」

 

「勉強?」

 

「解析研が解析したデータを、私の能力の糧にするために『勉強』させられてた」

 

『特異能力解析研究所』は外部から委託された本来秘匿されるべきデータを、強奪して主目的に利用していたのだ。

それは『解析研』が朝槻真守の流動源力(ギアホイール)という能力を、より素晴らしい能力へと昇華するために、全てを利用していた事になる。

 

自分たちが心血を注いだ研究成果を横取りされていたなんて、委託した側の研究所が知ったら怒り狂う事案だった。

 

「お前の能力は汎用性が高いからな。知識を詰め込めば、詰め込んだ分だけ能力の応用性に幅が利くようになる」

 

「うん。……私は、他の研究所で行われていた人体実験も『知識』として食い物にしてたってことだ」

 

真守が自嘲気味に笑うのを見て、垣根は胸が苦しくなった。

 

真守は使い潰された命の上に君臨してるのだ。

真守がその過去を、本当に悔やんで疎ましく思っているのが垣根には理解できた。

人間の命を大事にしているのに、人の命の上に立っている事実を真守が許容できるはずがないからだ。

 

だが真守が本当に嫌悪しているのは、使い潰した命の上に立っていたことではなかった。

 

真守が研究所で行っていた『勉強』。

その『勉強』をした成果は『実験』して確かめなければならなかった。

だからこそ真守は生命エネルギーを自分で補う『実験』を強要されたし、それ以外にも数多くの『実験』をさせられた。

 

『勉強』も『実験』も、それが人道的である必要はない。

人体について『勉強』させられれば、その壊し方も理解するのと同義であり、それを『実験』して確かめなければならなくなる。

 

真守にとっては、その『実験』を嫌がることなくこなしていた自分自身こそが許せないのだ。

研究所で過ごしていた過去の自分自身に、真守は一番嫌悪感を抱いていた。

 

そんな研究所時代と今の真守の間に一線を引いてくれたのは源白(みなしろ)深城(みしろ)だった。

深城が導いてくれたからこそ、今の真守があるのだ。

 

「ごめん。話が脱線してしまったな。幻想御手(レベルアッパー)についてだった」

 

真守は過去の自分への嫌悪を頭の(すみ)に追いやりながら、苦笑して話を元に戻す。

 

「……そうだな」

 

「うん。で、だ。気になることがあるんだ。一つの曲による洗脳だけで、どうして系統が違う能力者の強度(レベル)が上がるんだろうか」

 

真守の疑問に垣根も思案する。

能力によって演算方法はまるで異なる。

演算方法が異なるのに、どうして一つの曲で全ての強度(レベル)を上げられるのか、未だ不透明だった。

 

「その大脳生理学者にでも聞けば分かるかもな。こっちからコンタクト取るか?」

 

垣根が提案すると、真守は即座に首を横に振った。

 

「そんな人に頼らなくても誰よりも人体に詳しい人がいる」

 

「誰だ?」

 

「私の主治医の先生。通り名は冥土帰し(ヘブンキャンセラー)

 

「あの天才外科医か?」

 

冥土帰しとは、最先端医療技術が発達している学園都市の中で、有名になるほどの天才外科医であり、垣根も彼の存在をなんとなく知っていた。

 

だがその人物が真守の主治医である事を垣根は知らなかった。

 

真守は垣根の問いかけに肯定の意味を込めて頷くと、携帯電話を取り出した。

真守は携帯電話で『カエル先生』と登録された番号を選んで電話をかけた。

 

〈真守くん?〉

 

「先生、ちょっと聞きたいことがある」

 

〈丁度良かった。僕も少しキミに伝えたいことがあってね?〉

 

「……先に聞く」

 

〈キミを襲ってきた子たちは、キミの力によって焼かれているから僕が対応しているんだけれどね? 彼らの体は僕が完璧に治したのに、何故か次々と昏睡状態になっているんだよ。もちろん、他の患者もね? 何か関係性があるかもね?〉

 

「……そっちに一度戻る」

 

真守はそこで電話を切って顔を上げて簡潔に告げた。

 

「特定の幻想御手(レベルアッパー)使用者だけじゃなくて使用者全員が昏睡状態になってるって。先生に話を聞きに行きたい」

 

「専門家の話を聞くのが一番だ、行くぞ」

 

垣根は即座に頷いて、真守は垣根と共に垣根が所有している車で病院へと向かった。

 

免許はどうした未成年、と普通は思うが、真守も運転の仕方は一通り学んでいるので、とやかく言うつもりは欠片もなかった。

 

 




垣根くんがちらっと前に言っていましたが、真守ちゃんが研究所を壊滅させて冥土帰しの所に来たのは五年前です。
アクセラレータは九歳まで特力研でそれから転々としていますが、真守ちゃんはアクセラレータと違って解析研にずっと所属していました。



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第一五話:〈犯人補足〉と罪の痕

第一五話、投稿します。
次は八月二〇日金曜日です。


真守は垣根と共に自分が入院している病院へと数日ぶりに帰ってきて、冥土帰し(ヘブンキャンセラー)の私的な研究室に呼ばれ、彼が来るのを待っていた。

 

垣根は天才外科医の研究室が珍しいのか物に触らない程度に物色をしていて、真守は勝手知ったる場所なので特に何もせずに待っていた。

扉が開けられて冥土帰しが入ってきたと振り返ると、そこには白井黒子と御坂美琴が立っていた。

 

「御坂、白井」

 

「お二人共、どうしてこちらへ?」

 

「その医者はこいつの主治医だ」

 

垣根が簡潔に述べると、美琴が冥土帰しを見て納得するように頷いた。

冥土帰しは四人を集めて一台のPCの前に座り、四人はその後ろに立ってモニターに表示されたデータを見る態勢に入る。

 

そのデータとは特定の人間の脳波パターンだった。

冥土帰しは次々とデータを羅列していく。

そのデータは寸分違わずすべて同じ脳波パターンだった。

 

「これ本当に全部違う人間なのか?」

 

真守が問いかけると冥土帰しが一つ頷いて説明を始めた。

 

「脳波は個人で違うのは知っているね? だから同じ波形になる事はありえない。ところが、このように幻想御手(レベルアッパー)被害者は共通の脳波パターンになっている」

 

「幻想御手の音楽ファイルを聞いたことで脳波が統一されてしまった……?」

 

「そうだね? そして他人の脳波パターンで無理やり脳を動かされている状態だとしたら、人体に多大な影響が出るだろうね?」

 

「幻想御手に無理やり脳を動かされてるから、植物状態になったってこと?」

 

「誰が何のつもりで?」

 

美琴と白井の問いかけに冥土帰しは振り返りながら告げた。

 

「僕は職業柄、いろいろと新しいセキュリティを構築していてね? その中の一つに人間の脳波をキーにするロックがあるんだね? それに登録されているある人物の脳波が、植物患者のものと同じなんだね?」

 

冥土帰しが情報を引っ張り出してモニターに表示させる。

そこには大脳生理学者木山春生(はるみ)のプロフィールが表示されていた。

 

「木山春生!?」

 

白井が声を上げる前で、冥土帰しは振り返って真守を見た。

 

「ねえ、真守くん? 膨大な『知識』を有するキミに一つ訊ねたいことがあるんだね?」

 

「……何?」

 

冥土帰しが『解析研』で得た『知識』をアテにしての質問するので、真守は怪訝な表情をしながらも冥土帰しの質問を待った。

 

「同一の脳波を持つ人たちの脳波の波形パターンを電気信号に変換したら、その人たちの脳と脳を繋ぐネットワークのようなものを構築できるかな?」

 

「可能だが媒体を用意しないとな」

 

「媒体とは?」

 

即座に告げた真守の答えに、白井が首を傾げて真守に問いかける。

真守はつらつらと説明し始めた。

 

「PCとPCだって間に通信媒体として電気を使っているだろう? だからネットワークを構築するためには、当然として通信するための媒体が必要だ」

 

真守はそこで言葉を切って、神妙に告げる。

 

「もし脳波を同一にさせただけで意思疎通ができるならば、同一の遺伝子を持っている一卵性双生児はその時点で精神感応(テレパス)ができてしまう。でもそうじゃない。だから脳波を同一にして、かつ媒体を用いないとネットワークが構築できないということは明白だ」

 

「じゃあどうして木山春生の脳波に統一されているのかしら……」

 

美琴の疑問を浮かべる隣で、真守はふと、冥土帰しがモニターに表示していた木山春生のプロフィールが目に入った。

 

木山春生。AIM拡散力場専攻。誕生日:八月──。

 

「木山春生の専攻はAIM拡散力場だ」

 

真守がプロフィールの一文を読み取って呟く。垣根はその呟きにすぐさま反応した。

 

「そうか。能力者ならば誰でも保有しているAIM拡散力場を通信媒体に使って、ネットワークを構築できる」

 

「木山春生の論文は脳波、それも調律に関するものばかりだった。脳波を同一にしてAIM拡散力場を媒体としてネットワークを形成する理論を、木山は構築できるはずだ」

 

真守が木山春生がクロかもしれない、と判断すると、白井が息を呑んだ。

 

「……初春。初春が木山春生のところに行ってますの!」

 

黒子は即座に携帯電話を取り出して通話を始めた。

 

「──初春! ……繋がらないですの! お姉様! わたくし一度、支部に戻ります!」

 

白井と美琴は慌てて冥土帰しの研究室を後にする。

 

「先生、PC貸して」

 

真守が鋭い声で冥土帰しに願い出ると、冥土帰しは溜息を吐きながらも場所を退いた。垣根はそんな真守を見て首を傾げた。

 

「何するんだ?」

 

「木山春生の居場所を探す」

 

「……木山なら捕まるだろ。これだけ大騒ぎになってたら人質取ろうがもう終わりだ。学園都市からは誰だって逃げられないからな」

 

学園都市は外部に逃げる人間を許さない。

研究データを持ち逃げされたらたまらないからだ。

この学園都市に所属した時点で、外に逃げる事は困難を極める。

暗部組織に所属して、学園都市から脱走する人間が処分される部隊の存在を知っている垣根は、その事実を良く知っていた。

 

「それでも黙って見ているわけにはいかない」

 

真守は能力を解放して蒼閃光(そうせんこう)でできた猫耳と尻尾を出しながら焦った表情でハッキングを始める。

モニターに触れた真守の手からパリパリッと電気エネルギーが(ほとばし)ったかと思うと、素早い速度で情報が羅列されていく。

学園都市内の監視カメラにハッキングを仕掛けて、木山春生を片っ端から探しているのだ。

 

「……コケにされたからか?」

 

「違う、そんなことはどうでもいい。木山春生がネットワーク構築に使ったのはAIM拡散力場だ。アレを好き勝手されて黙ってるわけにはいかない! それに何でこんなことやったか聞き出さないと気が済まない!」

 

「だからなんで?」

 

「垣根、くん。だったかな? ちょっといいかい?」

 

垣根が切羽詰まっている真守に問いかけると、冥土帰し(ヘブンキャンセラー)が垣根を呼んだ。

 

それに反応した真守は、振り返って冥土帰しを見た。

 

「ボクが話すよ。時間が惜しいんだろう?」

 

冥土帰しが気の利いた言葉を告げたので、真守は目を見開いた後に真剣な表情になって頷いた。

真剣な表情ながらも真守の瞳には悲しみが浮かんでいたと、垣根は感じた。

 

冥土帰しはそんな真守に一つ微笑んでから、垣根を研究室の外に呼び寄せた。

 

「真守くんが超能力者(レベル5)に値する事は知ってるんだね?」

 

「あいつが狙われてんの知ってるから当然だろ」

 

「じゃあ、彼女が研究所から脱走した事も?」

 

「何が言いてえ」

 

何度も確認してくる冥土帰しの態度に苛立ちを見せていると、冥土帰しは再び訊ねた。

 

「真守くんが僕のところに連れてきた源白(みなしろ)深城(みしろ)くんのことも勿論知っているんだね?」

 

「……源白深城の話か?」

 

「そうなるね?」

 

源白(みなしろ)深城(みしろ)

真守がこの世の中で何よりも大事にしている、現在昏睡状態の少女。

この場面で何故、源白深城なのか。その問いに冥土帰しは答えた。

 

「深城くんはね、力量装甲(ストレンジアーマー)という能力者だ。でも倉庫(バンク)にある力量装甲とは字面が同じだけで明確に違う能力なんだね? 上層部がわざと書き換えたと言ってもいいかもね?」

 

「本来の力量装甲(ストレンジアーマー)の能力は?」

 

垣根はまた上層部が絡んでいるのか、と内心苛立ちを覚えながらも訊ねる。

冥土帰しは深城の能力を簡潔に説明した。

 

「AIM拡散力場を圧縮し、装甲にして自身の体に(まと)わせるんだ。深城くんはAIM拡散力場に干渉する、非常に珍しい能力者だったんだよ?」

 

「……だから真守と同じ研究所にいたのか」

 

『特異能力解析研究所』はエネルギーに関する珍しい能力者の解析を行う研究所だった。

AIM拡散力場という、計測機器でしか測れない微弱なエネルギーに干渉できる能力ならば、所属させられてもおかしくはなかった。

 

垣根が深城が研究所に所属させられた理由を知ると、冥土帰しは衝撃的な一言を吐いた。

 

「深城くんは、一度死んだんだね?」

 

「……は?」

 

冥土帰しの言葉の意味が理解できずに垣根は眉を顰めた。

冥土帰しはそんな反応をされると分かっていたので、淡々と話をする。

 

源白深城に起こった不幸中の幸いと呼べるか分からない結果と、朝槻真守が引き起こした罪のような(あと)について。

 

「深城くんは確実に死んだ。死んだところを無理やり真守くんがこの世に引き戻したんだ。その結果、『存在の希釈』とでも言うべきかな。確率的にあり得ない程の条件が揃って、深城くんの意識はAIM拡散力場を自身の体と認識しているんだね?」

 

あり得なさすぎる話に垣根は一瞬思考が停まった。

 

AIM拡散力場に干渉出来る能力をたまたま持っていた源白深城。

彼女は死んでしまった事により、自分の体と外の境界線が()()()()()()()()()()()()

そして自分の体と外の境界線が曖昧になったまま、真守が源白深城を蘇生した。

その時にAIM拡散力場に干渉出来る能力が偶然にも作用してしまい、AIM拡散力場自体も自分の体だと認識してしまった。──らしい。

 

そういうことを、冥土帰し(ヘブンキャンセラー)は言っているのだ。

 

「どういうこと、だ。じゃあこの学園都市に蔓延しているAIM拡散力場全部が、源白深城の体とでも言いたいのか?」

 

「その解釈で合っているよ? だから彼女の意識は、AIM拡散力場があるところには必ず存在している。深城くんを蘇生させたのも、深城くんを今生かしているのも、真守くんの力だ。だから二人の間には特殊なパスが形成されて、真守くんには深城くんが見えている。今もきっと、真守くんの近くにはA()I()M()()()()ともいうべき存在となった深城くんが、寄り添っているだろうね?」

 

「……源白深城の体を形成しているAIM拡散力場を木山春生がおもちゃにしてるから、真守は自分の手でどうにかしようとしてんだな?」

 

冥土帰しがそれを肯定するように深く頷いたところで、研究室の扉が開かれた。

真守がハッキングを終えて木山春生の居場所を特定したらしい。

 

「話は聞いた」

 

真守が現れたので垣根は即座に話しかけた。

 

「お願い、垣根。車出して。後は自分でなんとかする」

 

真守は哀しそうな顔をしながら垣根に懇願した。

 

真守にとって源白深城はこの世で何よりも大切な存在だ。

どんな事情があったかは分からない。それでも、真守は源白深城を人の領域から遠ざけてしまったことに負い目を感じているのだ。

垣根は真守の表情から、その想いを読み取ることができた。

 

「……助けてやるって言った。だから、最後まで面倒見てやる」

 

「ありがとう」

 

垣根が決意を新たにすると、真守は心底安堵した表情をして、ふにゃっと微笑んだ。

 

そして二人は、木山春生を追うために行動を開始した。

 




冥土帰しが言う『存在の希釈』とは、新約で垣根くんが白くなって無限増殖した時の状態と同じようなものです。
身体を修復した垣根くんと死んだのに無理やり蘇生させられた深城は、経緯は違えど自分の体と能力の区別が曖昧になってしまった。
垣根くんの場合は未元物質に命や精神が希釈される事により、未元物質と自分自身の区別がつかなくなった。
深城の場合は能力が能力だったので、AIM拡散力場全体に命や精神が希釈される事により、AIM拡散力場と自分の体の区別がつかなくなった。
二人は能力の違いによって別の道を歩みましたが、一連の流れは同じです。

アドリブ好きのあの人間のことですからほくそ笑んだんじゃないでしょうか。




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幻想猛獣篇
第一六話:〈本領発揮〉で敵を討つ


第一六話投稿します。
次は八月二一日土曜日です。


真守と垣根は車で学園都市外周に位置する第一〇学区へと向かっていた。

木山春生の青いスポーツカーは既に警備員によって囲まれており、木山春生は警備員の声掛けによって車から降りて両手を頭の後ろに組んでいた。

 

《確保じゃん!!》

 

警備ロボの列の後ろに並んだ警備員(アンチスキル)が黄泉川愛穂の号令によって銃を構えて近づく。

そんな警備員の前で、木山は不敵に笑って目を細める。

 

その左目の白い部分が、赤く染まった。

それと同時に警備員の一人が仲間の足を銃で撃った。

 

撃たれた警備員が仰向けになって地面に倒れ伏すと、それを見ていた仲間が声を上げる。

 

「一体何を!?」

 

「ち、違う! 俺の意志じゃない!!」

 

警備員は何が起こったか分からずに困惑する。

警備員の包囲網が崩れたところを見計らって、木山は右手を前に突き出した。

 

その右手の掌から突如、突風が巻き起こった。

 

「バカな!? 能力者だと!?」

 

木山が突然能力を行使し出したので、それに黄泉川が悲鳴に似た驚きの声を上げた。

木山は黄泉川の荒らげた声に満足したのか、ニヤッと笑うと、能力を行使した。

大気をコントロールしてその場に大爆発を引き起こした。

爆発した道路へと近づくことができないため、垣根が随分と手前で車を急停止させる。

真守はシートベルトを外して助手席から降りて、木山と警備員の下へ駆け出した。

真守の目の前で、木山は突風を起こして警備員(アンチスキル)をけん制、そして生み出した大量の水の濁流で警備員の車両を押し流した。

次に念動能力(サイコキネシス)を使用して車両と警備ロボを浮かせ、なぎ倒して道路にランダムに落とし、警備員(アンチスキル)たちを散り散りにさせる。

 

多重能力(デュアルスキル)!? 実現不可能なはずだろ!?」

 

多重能力(デュアルスキル)とは二つ以上の能力を使える能力者の事だ。

多くの研究所がその研究を行って人体実験をしていたが、脳への負担が大きすぎるとして諦められた能力だった。

その結果を出すために数多くの少年少女たちが犠牲となった。

その忌むべき力を、何故能力開発を受けていない木山春生が使えるのか。

 

「────木山春生!」

 

垣根が疑問視する隣で、真守は破壊の限りを尽くした木山に鋭い声を上げる。

 

「学園都市の第二位? ……それと、そっちはまさか。消えた八人目?」

 

 

木山は振り返って垣根を見て、次に真守を見て首を傾げた。

 

「……お前、真守が都市伝説と同じ外見しているからって物分かりが良すぎないか?」

 

真守が消えた八人目の超能力者(レベル5)である噂は都市伝説として根付いている。

だが一般の大脳生理学者が都市伝説を知っていようと、眉唾ものだと一蹴するはずだ。

それでも木山春生は真守のことを正確に看破した。

 

垣根が警戒心を(あら)わにしていると木山は一瞬、口を噤んだが、その事実を切り出した。

 

「……昔、とある研究所にいてね。そこで聞いた事がある」

 

どうやら木山は研究所で真守の話を聞いたらしい。

真守の話を聞くとは相当な『闇』の中にいたはずだ。

 

(ただの大脳生理学者じゃない?)

 

「その消えた八人目が何故ここに?」

 

垣根が訝しんでいると、木山が真守に質問してきた。

 

「用があるからに決まってる」

 

真守がぶっきらぼうに不機嫌に告げると、木山は慎重に訊ねた。

 

「……一体何の用だね?」

 

「お前の作った幻想御手(レベルアッパー)を使った人間、一〇〇名以上に私は襲撃された。これだけでもお前を潰す理由になるのに、よくもAIM拡散力場を利用したな。その二重の意味を込めてお前を潰す。覚悟はいいな?」

 

「ちょっと待て、それは一体どういうことだ?」

 

木山はいきなり真守に事情を説明されて困惑する。

 

幻想御手(レベルアッパー)は木山春生が高度な演算処理として用いるために作成したものだ。

それで誰かを傷つけるつもりはなかったし、全てが済んだら彼らを解放するつもりだった。

その幻想御手使用者が徒党を組んで消えた八人目を何故襲ったのか、理解できない。

 

「やっぱりあいつらをけしかけた上層部とは別口か。だがお前のせいで私は大迷惑だ。この落とし前は付けさせてもらう」

 

真守の言い分に木山は目を見開いた。

 

上層部は何らかの手法で朝槻真守を幻想御手(レベルアッパー)使用者に襲撃させた。

その被害にあった彼女が、元凶となった木山を討とうとするのは当然の反応だ。

 

木山春生が幻想御手を開発しなければ、上層部にそれを利用されて真守が襲撃されることなどなかったのだから。

 

「……上は私のやることを散々邪魔したあげく、私が行動を起こして事件を引き起こせばそれを利用する。まったく、反吐が出る」

 

「どうやらお前も上層部と何かあったらしいな」

木山春生は吐き捨てるように嗤って、真守は目を細めた。

 

木山はそれに答えなかった。

何かを悔しがって、堪えているようだった。

 

 

そんな様子を聞いていた人間がこの場に他にいた。

 

「──朝槻さんが消えた八人目?」

 

御坂美琴だ。

タクシーでここまで来た美琴は白井と通話しながら非常階段を登って、その会話を聞いていた。

 

美琴には都市伝説が好きな友人、佐天涙子がいる。

 

彼女から『消えた八人目の超能力者(レベル5)流動源力(ギアホイール)』という能力者がいると、聞いたことがあった。

あらゆるエネルギーを生成する能力者。

黒猫のように優美であり、それでいて不吉。遭遇すると『不幸』になる。

 

都市伝説の内容と真守の外見は一致している。

 

「まさか……本当に?」

 

美琴はその時、違和感の正体に気が付いた。

真守は幻想御手使用者に消えた八人目の超能力者(レベル5)として襲われていた。

 

だが真守が自分が超能力者(レベル5)ではないのにどうして襲ってくるのか、そうやって怒っていたことが一度としてなかった。

 

それは自分が本当に超能力者(レベル5)であって、否定する理由がなかったのだ。

 

「上層部と仲が悪いってことは何があった。お前、何が目的?」

 

真守が黙った木山に問いかける中、美琴は非常階段を駆け上がって青いスポーツカーに近づくと中の初春に声をかけた。

 

「初春さん! しっかりして!」

 

真守は美琴の声で人質がいることをすっかり忘れていた事に気が付いた。

深城に関係のあるAIM拡散力場を木山に利用された憤りで、すっかり周りが見えなくなってしまっていたのだ。

 

「安心しろ」

 

真守が初春の安否を心配して慌てて振り返ると、木山は既に気持ちを切り替えたのか、美琴に冷静に話しかけた。

 

「戦闘の余波を受けて気絶しているだけだ。命に別状はないよ」

 

木山春生はそう告げると、三人を見つめた。

 

「公式では学園都市に七人しかいない超能力者(レベル5)。第二位、垣根帝督。第三位、御坂美琴。そして、消えた八人目の朝槻真守。超能力者(レベル5)が三人も揃うとは……だが、流石のキミたちも私のような相手と戦ったことはあるまい。キミたちに一万の脳を統べる私を止められるかな?」

 

「止められるかなですって……? ──当たり前よ!」

 

美琴がそこで前に出た。真守と垣根も臨戦態勢に入った。

 

その瞬間、木山春生が目を細めた。

駆け出していた美琴の足元、そして垣根と真守が立っていた場所のコンクリートが丸く削り取られて焼失した。

駆け出していた美琴はそれをギリギリ避けたが、真守と垣根は足場を失った。

 

垣根は即座に未元物質(ダークマター)の翼を広げて、宙に浮く。

真守も即座に自身の能力を開放。

蒼閃光(そうせんこう)でできた猫耳と尻尾を現出させると空中にエネルギーを放出してホバリングするように空中で制止していた。

真守と垣根、それと逃げる美琴の隙を狙って、木山春生が爆発を起こした。

 

真守と垣根はその爆発から逃げるように高く空を飛ぶ。

 

美琴も爆風の中から前へと飛び出した。

 

「驚いたわ! 本当に幾つも能力が使えるのね。多重能力(デュアルスキル)だなんて、楽しませてくれるじゃない!」

 

「私の能力は理論上不可能とされるアレとは方式が違う。謂わば──多才能力(マルチスキル)

 

木山が告げると同時に宙に浮く真守と垣根、それと美琴めがけて風の刃が襲う。

垣根はその風の刃を未元物質(ダークマター)の翼で防ぎ、真守はその風の刃に自身の手から発したエネルギーをぶつけて相殺した。

 

美琴は横に少しだけ動いて最小の動きで避けると、体の表面に電流をバチバチと鳴らす。

 

「呼び方なんてどうでもいいわよ! こっちがやることに──変わりはないんだから!!」

 

美琴は声を挙げながら右手を前に突き出して、木山に向かって電撃を飛ばした。

 

自分を中心に半円のシールドのように誘電力場を張った木山は、その美琴の雷撃を上空にいる二人に直撃するように器用に受け流した。

 

「うわ」「あ?」

 

真守は驚きの声を挙げながらも余裕でその電撃をシールドで相殺し、垣根は翼が自動的に展開されてその攻撃を防いだ。

 

「あれ?」

 

美琴は自分の電撃が利用された事に気が付いて表情を引きつらせる。

 

「……御坂、もう少し周りをよく見て」

 

「ったく、お前それでも超能力者(レベル5)か? 自分の電撃の面倒は最後まで見ろよクソッタレ」

 

「ご……ごめんなさい!」

 

軽蔑の眼差しと非難の言葉を向ける二人を見て、美琴は平謝りする。

 

美琴は電撃を利用されただけで悪くない。

だが能力者にとって、自分が発動した能力が自分のコントロールを離れて利用されるなんて、赤っ恥もいいところだった。

 

「どうした。超能力者(レベル5)たち。複数の能力を同時に使うことはできないと踏んでいたのかね?」

 

木山は自身の身から衝撃波を辺りに生み出す。

 

その衝撃波が空中にいる真守と垣根の下まで届いた。

二人はその衝撃波からシールドを展開、翼を広げて身を守った。

 

美琴はと言うと、彼女が立っていた鉄筋コンクリートは衝撃波によって粉々に砕け散った。

 

高速道路がガラガラと崩れ落ちていく。

 

立て直しをしようとしていた警備員(アンチスキル)は高速道路が崩れたことによって悲鳴を上げた。

 

木山は崩れ落ちた高速道路の真下の地面へと、ゆっくりと降下する。

 

崩落に巻き込まれた美琴は高速道路の鉄筋コンクリートの柱に電気で磁場を形成して張り付いて無事だった。

 

(なんてヤツ……! 自分を巻き込むのもお構いなしに能力を振るってくる!)

 

「拍子抜けだな。超能力者(レベル5)という力を見せてくれないのか?」

 

「──潰す」

 

木山が挑発したので、真守は空中からフッと消えた。

 

真守がエネルギーを効率的に循環させて体を動かした結果、そのスピードが速すぎて消えたように見えただけだ。

 

真守は音速に近いスピードでまっすぐと木山に向かっていく。

木山はそんな真守を正確に把握して、真守を止めるべく再び衝撃波を繰り出した。

 

それで真守は止まる、木山はそう思っていた。

 

だがその衝撃波を前方に展開したシールドによってなんなく跳ね除けた真守は、スピードを落とすことなく木山の懐に入り込んだ。

 

至近距離にいる真守に、木山は驚きの目を向けた。

 

「跳べ」

 

真守は冷たくそう言い放つと、その足で思い切り蹴り上げた。

真守の生み出した破壊的な蹴りによって、木山はぎりぎり崩落していなかった高速道路へと吹き飛ばされて激突する。

 

激しい爆発音と共に、再び高速道路の崩壊が始まった。

 

真守は地面にトッと軽く降り立つ。

そして自分に向かって落ちてくる高速道路の瓦礫へ右手を向けて、自分の頭の上に源流エネルギーを展開。

その瓦礫を源流エネルギーによって塵も残さずに焼き尽くした。

 

「手ごたえがないな」

 

真守がつまらなさそうに言い放つと、余裕の表情をして木山が爆風の中から姿を現した。

真守は一瞬の隙も見せずに顔を上げて木山を見据えた。

 

初めて目の当たりにした真守の能力のほんの一端にすら、垣根は驚きを隠せなかった。

 

真守が急降下したのは目で追えずに、垣根は事象の揺らぎによってその攻撃を知覚していた。

その速さの中、即座に防御するという真守の演算能力の並列処理を見せつけられた。

 

消えた八人目の超能力者(レベル5)流動源力(ギアホイール)

超能力者の第二位と第三位の間には、絶対的な差があると言われているが、真守はその壁を楽々と超えている。

 

真守の流動源力(ギアホイール)とは、あらゆるエネルギーを生成する能力だ。

 

それは新たなベクトルを生み出すということと同義だ。

真守はその新たなベクトルを既存のベクトルにぶつけて間接的に全てのベクトルを操っている。

 

真守の能力は既存のベクトルを操作する一方通行(アクセラレータ)に、大打撃を与えるだろう。

 

真守の能力の汎用性は極めて高い。

エネルギーを生成するという『創造性』と、全てを焼き尽くすという『破壊性』。

一方通行が持つ『破壊性』と垣根帝督が持つ『創造性』、その二つの性質を持つのが、朝槻真守の能力、流動源力(ギアホイール)だ。

 

(真守が『計画(プラン)』の要になるのも頷ける。あの能力はアレイスターにとって利用価値が大いにある)

 

真守の能力を分析していた垣根の近くで、美琴は真守の能力に呆然としていた。

 

格の違いを見せつけられた気分だった。

自分の前に置かれたハードルは飛び越えなければ気が済まない美琴だが、真守というハードルを越える事は不可能かもしれない、そう感じてしまった。

 

垣根と美琴は初めて見た真守の能力に驚きを隠せなかった。

 

そんな二人の前で、木山は真守を捉えて腕を振りかぶった。

その手に光の刃が伸びて、真守へ向けて放たれる。

真守はガガキ! という歯車が軋むような音を一度響かせると、蒼閃光で形成されたエネルギー球を飛ばした。

 

光の刃は、真守の源流エネルギーの塊に焼き尽くされて消え去る。

源流エネルギーの塊は減衰することなくそのまま木山に直撃して爆発した。

 

木山は爆風に呑まれながら地面に落下するが、地面に直撃する体勢を立て直して地面に片膝を突きながら満身創痍の状態で降り立った。

 

「格の違いを理解した?」

 

真守が冷徹な声で木山にそう話しかけると、木山は咳き込みながら真守を見つめた。

確かに消えた八人目の超能力者(レベル5)は強い。

恐らく自分は手加減されているのだろう。

それでも、引き下がることなんて木山春生にはできなかった。

 

 

「私は、ある事柄について調べたいだけだ。それが終われば全員解放するつもりでもある。それまではたとえ、超能力者(レベル5)三人でも相手にする」

 

「……お前、何を抱えている?」

 

真守が木山の目的を知るために問いかけた。

木山は本当に悔しそうに顔を歪めながら、真守の問いかけに答えるために切り出した。

 

「……キミたちが日常的に受けている能力開発。あれが安全で人道的なものだとでも思っているのか?」

 

美琴はその言葉の意味が分からなかったが、真守と垣根はピクッと反応した。

 

二人が反応したことを受けて、木山は薄く笑った。

 

「どうやら、超能力者(レベル5)の中で世間知らずなお嬢様なのはキミだけだそうだ。第三位」

 

「……どういうこと?」

 

「学園都市の上層部は能力に関する重大な何かを隠している。それを知らずにこの町の教師たちは学生の脳を、日々開発しているんだ。それがどんなに危険なことなのか──分かるだろう?」

 

真守は薄く目を見開いた。

 

この街の大人にしてはありえない思考を持つ木山を、驚愕の表情で見つめていた。

 

「なかなか面白そうな話じゃない!」

 

そんな真守の前で美琴は不敵に笑った。

そして高速道路の柱に張り付くのをやめて地面に降り立つと、手を地面にピタッとつけた。

 

「あんたを捕まえた後でゆっくりと──調べさせてもらうわ!!」

 

美琴は砂鉄を帯のように操ると、それを何本も木山に向けて伸ばした。

木山は能力を行使して鉄筋コンクリートの塊を動かして壁にして、表面が高速で振動して切れ味が鋭くなっている砂鉄の帯から身を守った。

 

「残念だが、まだ捕まるわけにはいかない」

 

木山はゴミ箱に捨ててあった大量のアルミ缶を念動力(テレキネシス)で操作して三人へと向かわせる。

 

「空き缶!? ……──虚空爆破(グラビトン)!」

 

大量のアルミ缶が空に浮かぶ様子を見て、美琴はアルミを基点に重力子を加速させて爆弾に変えていた虚空爆破(グラビトン)事件を思い出して叫ぶ。

 

「さあ──どうする?」

 

木山春生が挑発した瞬間、美琴がバチバチ! と前髪から電流を迸らせた。

 

「私が全部吹っ飛ばす!!」

 

美琴は力を体に込めて、全身から強力な電撃を放つ。

 

美琴は真守と垣根のことを純粋に守ろうと思ってアルミ缶を全て落ち落そうとするが、垣根は身を守るために上空に退避するし、真守はアルミ缶が降ってくるであろうポイントから弾かれるように離れる。

 

二人共、美琴をまったく信用していない防御姿勢だった。

その事実にちょっとショックを受けながらも、美琴はアルミ缶を全て電流で吹き飛ばした。

 

「すごいな。──だが」

 

木山は美琴の能力に関心していたが、手に持っていた三つのアルミ缶を空間移動(テレポート)させた。

 

「どう、ざっとこんなもんよ!」

 

美琴が言い放った瞬間、真守は自身の後ろで収縮するエネルギーを感知。

垣根も事象の揺らぎによって背後に何かが現れるのを感じて、即座に振り返った。

 

二人は背後で虚空爆破(グラビトン)が起きようとしていることに感づいて防御行動に出た。

だが美琴は直前まで気が付かなかった。

 

三人がいた場所で虚空爆破(グラビトン)が同時に引き起こされた。

 

木山は三つの爆発を見つめて呟いた。

 

「絡め手が通じるか、否か……」

 

木山が呟く中、美琴が後ろから木山に抱き着いた。

 

「つーかまーえた」

 

「バカな……!?」

 

木山が美琴がいた場所に目を向けると、美琴を守るように磁力で鉄骨やらパイプのシールドができていた。

 

「磁力で即席の盾を組み上げたのか!?」

 

「零距離からの電撃……あのバカには効かなかったけれど。いくらなんでもあんなトンデモ能力までは持ってないわよねえ!?」

 

木山がやられる前に美琴を倒そうと周りのパイプを念動力(テレキネシス)で動かして美琴を襲う。

 

「遅い!!」

 

美琴が叫んだ瞬間、木山を中心に凄まじい電撃が上がった。

 

「うわああああああ!!」

 

木山が叫び声を上げる。

虚空爆破(グラビトン)なんて物ともしなかった真守の隣に、同じく問題なかった垣根がそっと降りてきた。

 

多才能力(マルチスキル)ってヤツは、ネットワークに繋がった能力者の個々の力を、あいつが借り受けてるって感じだな」

 

「頭の中に二つの能力を入れるやり方とは違うから、確かに多重能力(デュアルスキル)ではないな」

 

真守と垣根は美琴から(ほとばし)って天へを伸びる電撃の光を悠長に見つめながら、木山の使った能力の仕組みについて、考察のすり合わせをしていた。

 

電撃が止むと木山の体から力が抜けて、それを美琴は後ろから支えた。

 

「一応手加減はしといたから…………!?」

 

そこまで呟いた美琴に異変が起きた。

目を見開いて、瞳の焦点を合わせないで何かを見ている。

 

「な、に……? 頭の中に、直接!? これは、木山春生の記憶? 私と木山の間に電気を介した回線が繋がって…………っ!」

 

真守は美琴の口から零れた言葉を聞いて即座に駆け寄った。

電気エネルギーをパリパリッと掌から迸らせながら、呆然としている美琴の前で木山の体にその掌を押し付けた。

 

「真守!?」

 

「御坂は電気のパスが木山と繋がって記憶を見てる! 御坂に出来るなら私にも可能だ、木山が何でこんなことしたか記憶を暴いてやる! コイツはずっと後悔してるから、絶対に記憶に何かある!」

 

真守はずっと木山が何故こんな事をしたのか気になっていた。

その手掛かりが過去にあって木山の過去を覗く事ができるのであれば、好機だと踏んだのだ。

 

真守は電気的な繋がりを構築すると、木山と自分を接続して記憶を覗き込んだ。

 

冥土帰し(ヘブンキャンセラー)は真守と深城の間には特殊な目に見えないバイパスによって繋がっていると言っていた。

 

それは他人とのバイパスを作る事に長けているという事だ。

動かなくなった真守と美琴を見て、垣根は木山春生に近づいてその背中に触れた。

 

「俺だけ見られないのは納得いかねえな。覗かせてもらうぞ」

 

垣根は蚊帳の外はつまらないとして、真守と美琴のパスを参考に未元物質(ダークマター)でパスを作り上げて記憶を覗いた。

 

 




幻想御手篇長いので幻想猛獣篇と分けさせていただきます。


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第一七話:〈後悔追憶〉と共鳴して

第一七話投稿します。
次は八月二二日日曜日です。


若い木山春生の声がする。

 

『四〇七KIHARA』と書かれた部屋に入って老人の研究者と話をしている。

 

『私が教師に? 何かの冗談ですか?』

 

『いやいや。キミは教員免許を持っていたよね』

 

『ええ』

 

木山は躊躇(ためら)いがちにも老人の言葉に頷く。

 

『なら教鞭をとっても何もおかしくはないじゃないか』

 

『しかしあれはついでに取っただけで……』

 

木山春生が渋るので、老人は立ち上がって窓辺へと向かって歩き、外を見つめながら話をする。

 

『研究から離れろ、と言っているわけではないよ。それどころか、統括理事会肝いりの実験を任せたいと思っているんだ』

 

『本当ですか!?』

 

老人の言葉に研究者として期待されていると感じた木山は、明らかに声を明るくして老人へと迫る。

 

『あの子供たち』

 

老人が窓の外で遊んでいる子供たちを見つめるので、木山も見下ろした。

 

『彼らは置き去り(チャイルドエラー)と言ってね。何らかの事情で学園都市に捨てられた身寄りのない子供たちだ』

 

『はあ……?』

 

『そして。今回の実験の被験者であり、キミが担当する生徒である』

 

『え?』

 

彼らの教師になれ、という老人の言葉に、木山は思わず老人を見た。老人は木山の事を見ずに、置き去り(チャイルドエラー)の子供たちを見下ろしながら滑らかに話す。

 

『実験を成功させるには被験者の詳細な成長データを取り、最新の注意を払って調整を行う必要がある。だったら担任として受け持った方が手間が省けるでしょう』

 

『それは、そうかもしれませんが』

 

────……。

 

木山は『先進教育局、小児用能力教材開発所、同開発所付属小学部』という看板を見て、小さく溜息を吐きながらも教室へと向かう。

 

黒板に自分の名前を書いた後、机に座っている子供たちの方へ振り返った。

 

『あー。今日からキミたちの担任となった木山春生だ。よろしく』

 

『『『よろしくお願いしまーす』』』

 

(厄介な事になった)

 

子供たちが大きな声で楽しそうに笑うのを見ながら木山は独り言ちる。

 

────……。

 

木山が教室へと入るために引き戸を開けると、頭の上にトラップとして設置されていたバケツから大量の水が降り注いだ。

 

『やーい、引っかかった!』

 

『『引っかかった引っかかったー!!』』

 

『こらーっ!』

 

悪いことをした男子生徒二人にカチューシャの女子生徒が当然として、咎めるような声を上げる。

 

『先生大丈夫?』

 

『ああ、晴れてることだし。干しておけばすぐに乾く』

 

二つ結びの女子生徒が訊ねると、木山はワイシャツを脱ぎ出して下着一枚になる。

 

『わあー! こんなところで着替えないでぇ!!』

 

『男子、あっち向いてろ!!』

 

『ダメだよ、先生! 女の人なんだから!』

 

女子生徒が木山の事を心配する声を上げる中、一応木山を見ないように振り返った男子生徒二人は、気まずそうにしながらも強気な事を言う。

 

『べ、別に先生のぺちゃぱい見てもしょうがねえよな!』

 

『う……ウン』

 

『ぺ……ぺちゃ』

 

木山が子供からの辛らつな評価に顔を固まらせた。

 

(子供は嫌いだ。デリカシーがない)

 

────……。

 

教室の廊下を歩いていると、男子生徒が嬉しそうに話しかけてきた。

 

『先生ってモテねーだろ! 彼氏いんの?』

 

『な、何を……!』

 

『なんなら、俺が付き合ってやろうか?』

 

(失礼だし)

 

────……。

 

『そして、このように──』

 

木山が授業を進めるために黒板から教科書へ目を落とし、喋りながら教科書のページをめくる。

そこにはムカデの玩具が置いてあった。

 

『うわああ!!』

 

驚いて黒板に張り付く木山を見て、男子生徒二人はいたずらが成功して楽しそうに大声で笑う。

 

(いたずらするし)

 

────……。

 

『うっ、ううっうっ……』

 

木山は目の前で女子生徒が泣いていて、おろおろとしながらも声をかける。

 

『どうしたんだ? 何か困ったことがあるのなら、先生に……?』

 

『うわああああああん!!』

 

いきなり大声を出して泣き出した女子生徒を見て、どうすればいいか分からなくて狼狽(ろうばい)してしまう。

 

(論理的じゃないし)

 

────……。

 

『あー! スキキライしちゃダメなんだよ!』

 

木山が給食のシチューのニンジンを避けていると、それを見ていた女子生徒の一人が注意した。

 

『え? ……ああ』

 

(馴れ馴れしいし。すぐに懐いてくる)

 

 

 

(子供は嫌いだ)

 

 

 

────……。

 

雨の中、木山が傘を差して歩いていると、目の前に傘を手放して地面に座り込んでいる、カチューシャをした女子生徒がいた。

 

『どうした、枝先』

 

『あ、木山先生! ……えへへ。滑って転んじゃった』

 

枝先と呼ばれた少女が恥ずかしいところを見られた、と笑う。

泥だらけの様子の枝先を見て、木山は一つ提案をした。

 

『私のマンションはすぐそこだが、風呂を貸そうか?』

 

『いいの!?』

 

目をキラキラと輝かせて枝先は風呂に期待を寄せていた。

 

────……。

 

木山が枝先の服を洗濯機に入れていると、風呂場を覗いてお湯が溜めてある湯船を見つめて枝先が声を上げた。

 

『わあ、お風呂だ!』

 

『風呂がそんなに嬉しいか?』

 

『うん! ウチの施設、週二回のシャワーだけだもん! ねえ、本当に入っていいの?』

 

『……ああ』

 

『やった! みんなに自慢しちゃおうっと!』

 

枝先は心の底から嬉しそうにお風呂場へと入って行く。

木山は枝先が最後に脱いだ服を洗濯機に放り込んでスイッチを押し、洗濯を始める。

そして目を閉じて壁へと寄り掛かった。

 

『せんせー?』

 

『ん?』

 

洗濯機の振動音を聞いていた木山は、枝先の声が聞こえて片目を開けた。

 

『私でも、頑張ったら大能力者(レベル4)とか超能力者(レベル5)になれるかなあ?』

 

『……今の段階では何とも言えないな。高位能力者に憧れがあるのか?』

 

『うーん、もちろんそれもあるけれどー。……私たちは学園都市に育ててもらっているから! この街の役に立てるようになりたいなーって』

 

枝先の言葉に木山はそっと溜息を吐いた。

 

────……。

 

珈琲メーカーで淹れた珈琲を持って木山がキッチンからリビングへとやってくると、枝先が自分のワイシャツを着たままソファへと横たわっていた。

木山は枝先が寝てもスペースが空いているソファへと座った。

 

(研究の時間が無くなってしまった。本当に良い迷惑だ)

 

 

 

(子供は、嫌い…………だ)

 

 

 

そこから記憶が流れるように溢れていく。

 

────……。

 

(騒がしいし、デリカシーがない)

 

頭から黒板消しの粉を被って立ち尽くす木山を笑う生徒の姿。

 

────……。

 

『ねえねえ、俺の彼女になりなよ!』

 

『はいはい』

 

(失礼だし、悪戯するし)

 

廊下でいつぞやの男子生徒と話している記憶。

 

────……。

 

『わ、私……?』

 

『うん!』

 

(論理的じゃないし)

 

お世辞にも綺麗だとは言えない絵を見せて喜ぶ女子生徒。

 

────……。

 

『『『先生! お誕生日おめでとう!』』』

 

木山のために飾り立てられた教室に、枝先が大きな花束を木山に向けている。

 

木山は穏やかな気持ちになるのが自分でも分かった。

 

────……。

 

『スキキライは』

 

『……しちゃ、ダメだったな』

 

木山が枝先に注意されてビーフシチューのニンジンを頑張って口にすると、その場で一緒に食べていた女子生徒たちは嬉しそうに微笑んだ。

 

 

 

(子供は……)

 

 

 

────……。

 

 

『チクッとするよ』

 

木山は機材のベッドの上に座っている男子生徒の腕に針なし注射器で薬剤を打ち込む。

 

『数値に異常はないか』『ええ、こちらは問題ありません』『こちらも大丈夫です』『よし、分かった』

 

木山以外の研究員たちが実験の準備を次々と進めていく。

木山に『教員になれ』といった老人が、二階のデータを取るための部屋からその様子を見下ろしていた。

 

カチューシャを取ってデータを採取するための機材を頭に乗せられた枝先に木山は近づく。

 

『怖くないか?』

 

『全然! だって木山先生の実験なんでしょう? 先生のこと信じてるもん!』

 

(これで先生ごっこもおしまいか)

 

枝先が微笑むので木山も微笑むが、少しだけ寂しかった。

 

────……。

 

アラートが実験室に鳴り響き、赤いランプが何度も点滅する。

 

『ドーパミン値、低下中!』

 

『抗コリン剤投与しても効果ありません!』

 

『広範囲熱傷による低容量性ショックが……』

 

『乳酸リンゲル液輸液急げ!』

 

『無理です! これ以上は……!』

 

『早く病院に連絡を!』

 

『──ああ、いいからいいから』

 

慌てふためく研究員を(なだ)めたのは、モニターに表示されたデータを注視していた老人だった。

 

『しかし、このままでは……!』

 

『浮き足立ってないでデータをちゃんと集めなさい。この実験については所内にかん口令を敷く。実験はつつがなく終了した。キミたちは何も見なかった。いいね?』

 

『は、はい……』

 

それは、事実を隠蔽(いんぺい)するための命令だった。

この実験の責任者である彼の言葉を、研究員は拒否できなかった。

 

────……。

 

呆然と実験室を見つめていた木山は突然、老人に肩を叩かれてヒッと唸る。

 

『木山くん、よくやってくれた。彼らには気の毒だが、科学の発展に犠牲は付き物だよ。今回の事故は気にしなくていい。キミには今後も期待しているからね』

 

老人は木山を労うとそのまま去っていく。

 

────……。

 

木山は誰もいなくなった実験室を一人ふらふらと歩いていた。

 

そして枝先がいた機材のベッドへと近づく。

 

そこには血に濡れたカチューシャが置いてあった。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

衝撃的で思わず美琴は木山を離してしまった。

真守と垣根は、木山が手からゆっくり離れていくのを感じていた。

どさっと、低い音を立てながら木山は瓦礫の上に倒れ込んだ。

 

「い……今のは」

 

「見た……な……?」

 

木山は地面に左手を突いて、右手で頭を押さえながら三人を見た。

 

「なんで……? なんで、あんな実験(こと)!!」

 

木山は右手で頭を押さえながらふらふらと立ち上がり、真守たちから距離を取った。

 

「あれは表向き、AIM拡散力場を制御するための実験とされていた。……が、実際は暴走能力の法則解析用誘爆実験だった。能力者のAIM拡散力場を刺激して暴走の条件を探るものだったんだ!」

 

「え?」

 

美琴が呆然とした声を上げるが、真守は顔を俯かせて呟く。

 

「ちがう」

 

「真守?」

 

学園都市が子供の命を使い捨てにしている実験を見て、目を伏せていた垣根は真守の異変に気が付いた。

垣根が声を上げたので、木山と美琴はよろよろと下がった真守を見た。

 

圧倒的な力を振るっていた真守は、自分の体を搔き抱いて震え出していた。

 

「……能力体結晶の投与実験……────」

 

真守は、実験の様子と木山の見ていたモニターに表示されたデータを正しく読み取って呟いた。

木山が聞き慣れない言葉に眉を(ひそ)めるが、垣根は真守の呟きを正しく理解した。

 

能力体結晶。

それは意図的に拒絶反応を起こして能力を暴走させる科学的な物質だ。

あの置き去り(チャイルドエラー)の子供たちはそれの投与実験をされたのだ。

 

真守が何故、今の木山の記憶の断片でそこまで理解できたのか垣根は疑問に思う。

真守は垣根の疑問の視線に気づかないでただ震えていた。

 

 

嫌な記憶が蘇る。

冷たくなっていく身体に、延々と吐き出される血液。

人の命が自分の掌から零れ落ちていく感覚。

死に瀕して焦点が合わずに揺れ動く瞳が、()()()見上げた。

 

 

『死にたくない、一人にしないで。…………まもり、ちゃ……』

 

 

「あ、……ああ、ああァああああああ──!!!!」

 

真守が頭を掻き抱いて突然叫び出したのを、木山と美琴は何も言えずに見つめているしかできなかった。

 

「真守!」

 

垣根が真守に近づこうとすると、真守を中心にゴッ! と、風が吹き溢れる。

精神的に不安定になり、高すぎる真守の事象干渉能力が辺りに影響を及ぼしているのだ。

 

だがその風は人を傷つけるものではなかった。

だから垣根は躊躇(ためら)いなく真守に近づいて、その両肩に両手を置いて抱き留めた。

 

「真守、しっかりしろ!」

 

真守は頭を押さえたまま、そっと顔を上げて垣根を見つめた。

その瞳は恐怖で震え、ここではないどこかを見つめて恐怖していた。

 

「体晶……能力……暴、走………………み、()()…………────」

 

真守の途切れ途切れの呟きを聞いて、垣根は目を見開いた。

 

源白(みなしろ)深城(みしろ)は能力体結晶を投与された事により、能力を暴走させられて死に瀕したのだ。

置き去り(チャイルドエラー)たちに行われた実験と、源白深城の過去に起きた出来事が重なって真守は取り乱したのだ。

 

「まさか……キミは……────」

 

震える真守を心配して肩を抱く垣根と真守を、木山は見つめながら呆然と呟く。

 

「そうだ……私は、知ってる。研究者のお前が噂で聞いたなら当然だろう? 私だって研究所に所属していた」

 

真守はキッと睨みつけるように木山を見た。

その瞳には深い絶望と共に固い意志が見えた、そう木山は感じた。

 

「お前が騙されてやらされた実験と同じようなのを、私は幾つも知ってる!」

 

真守の叫びに木山はふらっと後ずさった。

 

美琴は真守の言葉を正しく理解してその恐怖の真実を呟く。

 

「…………人体、実験…………?」

 

木山春生は真守の身の周りで起きた実験や、自分の教え子たちの事を想って、感情を爆発させた。

 

「……そうだ。人体実験だったんだ。あの子たちは一度も目覚めることなく、今もなお眠り続けている……私たちはっ……あの子たちを使い捨てのモルモットにしたんだ!!」

 

「でも……そんなことがあったんなら、警備員(アンチスキル)に通報して──「二三回」……は?」

 

美琴は真っ当な意見を言おうとすると、木山は遮ってある回数を呟く。

 

木山は辛酸を嘗めさせられた過去を思い出して口にする。

 

「あの子たちの回復手段を探すため、そして事故の原因を究明するシミュレーションを行うために『樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)』の使用を申請した回数だ……っ。『樹形図の設計者』の演算能力を持ってすればあの子たちを助けられるはずだった……! もう一度太陽の下を走らせてやることもできただろう。だが却下された……っ──二三回とも、すべて!」

 

「え!?」

 

「統括理事会がグルなんだっ! 警備員(アンチスキル)が動くわけがない……っ!!」

 

木山が教え子たちの救済を拒み続けられた事に顔を歪ませる。

 

救いたかった。

たとえ、どんなことをしても。

どれだけの犠牲を強いても。

 

「ッ……だからって、こんなやり方!」

 

手段を選ばないと誓った木山を、陽の光の下で何も知らずに育った美琴は、糾弾するしかできなかった。

 

「────……キミに、何が分かる!!」

 

美琴の糾弾に激昂して、木山は頭を押さえながら、激情を口から迸らせる。

 

「あの子たちを救うためなら私はなんだってする! この町の全てを敵に回しても、止めるわけにはいかないんだ!!」

 

木山春生が天を仰いでその決意を再び言葉にした瞬間、異変が起こった。

 

「──────ヴ!!」

 

木山は自身の体に脈動を感じて目を見開き、静止する。

そして、頭を押さえたまま唸り声を上げて、苦しみ出す。

 

「ちょっと……!」

 

美琴が木山の異変に声を上げる中、垣根は怪訝な表情をする。

真守は木山の異変に、自分が精神的に不安定になっている場合ではないと気づいて表情を硬くした。

 

何かが起きようとしている。

物事の流れが能力の特性によって分かる真守には、これからマズい事が起こると感じた。

 

「……………………ネットワークの、暴走……!?」

 

木山が呟きながらも、ゆっくりうつ伏せに倒れる。

木山が地面に叩きつけられた音は虚無にまみれていて。

その音は重いはずなのに、酷く軽い音に感じた。

 

その倒れた木山の背中から、エメラルド色の煙がうっすらと出始める。

 

それが突然、天へと向かって伸びた。

 

天へと伸びたエメラルド色の煙が球体状になると、中から青い輝きが見える。

 

そう感じた瞬間、それを核として、半透明の体が生み出され始める。

 

大きな胎児のような怪物が、そこにいた。

 

胎児の体からはエメラルドの帯が何本も伸びており、頭には天使の輪のようなものが浮かび上がる。

 

「…………胎児?」

 

美琴が呟いた瞬間、胎児が赤く染まった白目に、金色の瞳が見える目を開いた。

 

 

胎児はつんざくような悲鳴を上げた。

 

 

 

まるで、自分の誕生を嫌悪するかのように、壮絶な叫び声だった。

 




滝壺ちゃんに比べて、深城はそこまで耐久性はありませんでした。



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第一八話:〈暴走離反〉で手の届かない所へ

第一八話、投稿します。
次は八月二三日月曜日です。


それは、胎児のようだった。

アクアマリンの宝石のような煌めきを体内に持つ、半透明の体を持っていた。

頭には天使の輪を掲げており、白目は赤く染まり、金色の瞳はぎょろぎょろと動いている。

背中から伸びたエメラルド色の帯がゆらゆらと蠢くそれはどこからどう見ても胎児の姿を取っていた。

 

「……胎児? 肉体変化(メタモルフォーゼ)? こんな能力聞いた事──」

 

美琴が呟くと同時に、胎児の怪物は耳につんざくような泣き声を上げて、周囲へと衝撃波を何度も繰り出した。

 

真守は両手をクロスさせて前方にエネルギーを生成して、垣根は未元物質の翼を広げて自身の身を守る。

 

美琴も磁力でコンクリートの壁を作り、その衝撃波から身を守った。

そして美琴は爆風の中、前に出て胎児の怪物へと電撃を飛ばす。

 

すると胎児の背中を美琴の電撃が軽々と吹き飛ばした。

 

「ええ!?」

 

攻撃した美琴も胎児の怪物の体が簡単に抉れたところを見て驚愕する。

そんな美琴の前で胎児の怪物は体を即座に再生させて、更に進化するように背中から小さな両手が新たに生えた。

 

それを皮切りに、胎児の怪物が体を脈動させて一際体を大きくした。

 

「おいおいなんだありゃ!」

 

「大きくなってる!」

 

垣根と美琴が声を上げる中、真守は胎児の怪物を見つめる。

AIM拡散力場を軸としている事は確かだ。

だがAIM拡散力場を軸として、AIM思念体として意識を結んでそこら辺を漂っている深城とは、明確に違う何かに真守は見えた。

 

「分からない。深城とは別種のような気がする……」

 

「別種だと?」

 

垣根が真守に問いかけるが、真守はじっと胎児の怪物を見つめているだけだ。

 

AIM思念体とは中心となる人間が存在しなければならない。

深城の存在はAIM拡散力場全体に希釈されているが、その中心核となっているのは深城の成長が停まった本来の体だ。

要はAIM拡散力場全体が深城の体であり、深城の本来の肉体は心臓のような役目を担っている。

 

心臓である深城の本体が壊されたらAIM思念体の深城も死に至る。

 

深城の体を生かし続けているのは真守なので、真守が死ななければ深城の命は脅かされない。

体を傷つけられてもすぐに再生させられるし、しかも深城が傷つけられたと真守は感知できるので、深城を攻撃した相手を潰しに行く事ができる。

 

そんなAIM思念体の深城と、目の前の胎児の怪物はまったく別の存在だと、真守は感じた。

まるで基盤となるものがあの怪物の中心にあって、肉体が外付けされているような印象だ。

 

AIM拡散力場に理解が深い真守が、意味不明だとしか考えられない胎児の怪物に向けて、垣根は警戒心を露わにする。

 

真守が困惑し、垣根が警戒、そして美琴が呆然と胎児の怪物を見つめる。

その胎児の怪物は瞳をカメラのレンズのようにぎょぎょっと大きさを変えて三人を捉えた。

 

胎児の怪物の目の前で、空気中の水が凝縮され始める。

その水が一気に凍結して氷柱となって鋭い切っ先を三人に向けたまま数十本空中に浮かび、三人に向かって放たれた。

 

垣根はその氷柱から身を守るように未元物質(ダークマター)の翼を展開した。

真守は試しに氷柱の一つを源流エネルギーで吹き飛ばして強度を確認する。

その強度を受けて、源流エネルギーで一々焼き尽くしていたら面倒だと即座に判断した真守は、猫の様に身を翻して地面を不規則に駆けて避け続ける。

 

真守は地面をトッと蹴り上げると、そのまま空中を泳いで空を飛んでいる垣根の隣まで飛んできて、空中で静止した。

 

「能力が使えんのか、あの怪物!」

 

「垣根。御坂が初春のところ行ってる。行くぞ」

 

真守が促した方を見ると、美琴が人質になっていた初春飾利の下へと走り寄っていた。

真守と垣根は美琴と並走して胎児の怪物から距離を取る。

 

「朝槻さん、垣根さん。無事!?」

 

「これくらいでへこたれるワケねえだろ」

 

「同じく」

 

「うへぇ……朝槻さん、本当に超能力者(レベル5)なのね……」

 

美琴が全速力で走っているスピードに、真守が余裕で並走しているので、真守が超能力者(レベル5)だと改めて認識した。

 

そんな三人に後ろから追撃するかのように氷柱が飛来した。

真守が宙に浮かんだままその場で静止すると、両手を前に突き出してガキガキ!、と歯車が噛み合う音を響かせる蒼閃光(そうせんこう)(ほとばし)らせる。

 

そして源流エネルギーを極太ビームになるように生成、高密度のままそれを拡散させるように放つ。

拡散されながらも十分すぎるほどの威力を持つ源流エネルギーによって構成されたビームは、氷柱を塵一つ残さず焼き尽くした。

 

その圧倒的な威力によって巻き起こった余波が容赦なく三人に襲い掛かり、凄まじい突風で瓦礫が浮かび上がったので、三人はその瓦礫から身を守る必要に迫られた。

 

「このバカ! 周りの事考えて撃て!」

 

人の事をまるで考えていない能力の行使をした真守に向かって、当然の反応として垣根が怒鳴る。

 

真守は長い黒髪を余波でなびかせながらも、申し訳なさそうな表情をする。

 

「ごめん。誰かに考慮して能力なんて発動した事なかったら、考えが及ばなかった」

 

「核レベルの破壊力持つんだから手加減覚えろよ! ……ったく、制御不能でも地位を与えとけば超能力者(レベル5)として力振るって力の制御覚えられるのに、放置してるからこういう事になるんだよ……!」

 

垣根の愚痴にも似た呟きに反応したのは美琴だった。

 

「え!? 制御できないからって理由で消えた八人目だったの? ……それで力隠して朝槻さんが能力の調整覚えられないなら、二重の意味で制御不能になるじゃない! ちょっと朝槻さん、共闘してるんだから加減早く覚えて!」

 

「……本当にごめん」

 

超能力者(レベル5)二人からブーイングが放たれて申し訳ないと、眉を八の字にする真守。

垣根が真守の事を怒っている隣で、美琴は鉄筋コンクリートの柱で真守の余波から身を守っていた初春に近づく。

 

「初春さん、大丈夫!?」

 

「あ、はい! 大丈夫です。あの、」

 

「ダメじゃない! こんなところに降りてきちゃ!」

 

美琴が食い気味に注意すると初春が身を縮こま瀬ながらも表情を硬くさせた。

 

「……ご、ごめんなさい!! でも!!」

 

初春が未だに美琴に自分の気持ちを吐露しようとするが、美琴はそんな初春へと再び注意を促す。

 

「そこから出ないで! よく分かんないけれど……やるってんなら相手に──「御坂!」え?」

 

真守が美琴の事を鋭く呼んで、美琴が振り返る。

 

「おい、あいつこっち向いてないみたいだぜ」

 

垣根はビッと親指で背後にいる胎児の怪物を指さしながら美琴に状況を説明した。

 

「追ってこない……闇雲に暴れてるだけなの?」

 

「……あれがもし、AIM思念体と同一のモノであるならば、核となるモノが必要だ。もしかしたらその核がきちんとした意志を持っていないのかもしれない」

 

「核? 核って具体的に何なの?」

 

「AIM思念体であるならば、もちろん人間が核となっている。だからこそきちんとした意志があるんだが、アレにはそれが見受けられない。……やっぱり同類でも別種だと思う」

 

「……なら、アレは幻想御手(レベルアッパー)で束ねられた学生たちの意識の集合体が核なんじゃねえの?」

 

「昏睡状態の学生全員分の思念の塊という事か。そう考えればアレが胎児の姿をしているのにも理由がつく。思念の塊として今生まれたばかりだから明確な意志がないんだ。……どちらにせよ、早くアレをなんとかしないと。明確な意志がない状態なら何をするか分かったもんじゃない」

 

真守と垣根が二人で推察を繰り広げていると、初春が手をバタバタと動かす胎児の怪物を見て悲しそうに呟く。

 

「まるで……何かに苦しんでいるみたい」

 

確かにもがき、苦しんでいる様だった。

途方もない絶望に囚われて、途方に暮れて。

どこへと向かえばいいか分からないような、そんな迷子に見えた。

 

胎児の怪物は移動を始めると、それに向けて警備員が発砲する。

胎児の怪物は銃弾によって体が砕けるがすぐに再生し、より凶悪となっていく。

 

「すごいな。まさかあんな化け物が生まれるとは。学会に発表すれば表彰ものだ。……最早ネットワークは私の手を離れ、あの子たちを取り戻す事も回復させる事も叶わなくなったか。おしまいだな」

 

木山が胎児の怪物を見ながらふらふらと立ち上がり、笑うので真守は即座に近づいた。

 

「何勝手に諦めてんの。アレが現れたところで、お前が立ち止まる理由にはならない」

 

真守は、躊躇(ためら)う事なく満身創痍の木山の頬を平手打ちした。

 

強大な能力を使用する真守が、敢えて自身の手を使って木山を打ったのだ。

それが気付けのためだと、木山ははたかれた頬を押さえながら真守を呆然と捉えた。

 

真守は、怒っていた。

あんな怪物を生み出したからではなかった。

木山が簡単に諦めたから、怒っているのだ。

 

「お前は、すごいよ」

 

真守は心の底から思っている事を口にする。

 

「お前は自分の教え子の事を大切に想っている。研究者にありえない形でな。お前の教え子が私は羨ましい。……誰も、私たちを助けてくれる人はいなかった」

 

真守の諦観に満ちた声を聞いて、木山は顔を歪めた。

 

研究者は人体実験をしても後悔なんてしない。

真守のいた研究所では、毎日子供たちが入れ替わっていた。

それは外部からの実験や解析を委託されているからで、他の研究所よりもその入れ替わりは異質だっただろう。

 

悪意なき純粋な好奇心に駆られる研究者。

科学の発展に犠牲は付き物、なんて謳い文句を掲げて自らの正統性を訴える。

その犠牲になって使い潰されていく命。

 

真守が木山をじっと見据えている少し後ろで、垣根は視線を下に落としていた。

学園都市に星の数ほどある悲劇。

その悲劇に襲い掛かられた子供たちは。

そこで生き残ってしまった子供たちは、一生物の傷を背負って、『闇』に囚われたまま、もがき苦しみ生きなければならない。

 

だからこそ、『闇』に真っ向から立ち向かい、光の下で生活する真守の在り方は美しかった。

 

「お前は人に迷惑をかけるやり方をしたからこんな結果になった。だから責任を取れ。そして自分のやった行いを悔いて、迷惑かけた人たち全員に謝れ。それからなら子供たちを救うのを私が手伝ってやる。超能力者の頭脳を舐めるなよ、研究者」

 

それは真守の決意の言葉だった。

使い潰されても、まだこの世に息づいている命。

それを真守が救いたいと思うのは当然だった。

真守の勇気づける言葉に木山は泣きそうになりながらも頷いた。

 

「お前はあれをどう見る?」

 

「そうだな。……仮に、幻想猛獣(AIMバースト)とでも呼んでおこうか」

 

「こっちで勝手に推測したんだが、AIM拡散力場のネットワークによって束ねられた幻想御手(レベルアッパー)使用者の思念の塊だと思う。専門家的にはどうだ?」

 

「……恐らく、抑圧された潜在意識だろう。だからあんなに苦しんでいる」

 

真守と木山の会話を聞いていた垣根、初春と美琴は幻想猛獣(AIMバースト)を見上げた。

 

「なんか……かわいそう」

 

「……おい、木山。お前、学生は最後には解放するって言ってたよな。その解放の仕方は?」

 

「そうだな。あれは幻想御手使用者のAIM拡散力場ネットワーク。ネットワークを崩壊させられればあれも消え失せるはずだ」

 

垣根と真守が畳みかけるように訊ねると、木山は超能力者(レベル5)の思考の速さに自嘲気味に笑った。

 

「やはり超能力者(レベル5)は他の能力者と一線を画すな。そうだ、私が作ったワクチンソフトでネットワークは崩壊するだろう」

 

「あ、私がもらった……!」

 

初春はそこでポケットからメモリを取り出した。

 

「それで本当に幻想猛獣(AIMバースト)を止められるか……試してみる価値はあるさ」

 

木山は初春がポケットから出したワクチンプログラムを横目で見ながら、少し投げやりな言葉で告げる。

 

美琴は方針が決まったところで幻想猛獣(AIMバースト)を睨み上げた。

 

「……朝槻さん、垣根さん。力を貸して。あれをなんとか足止めしなくちゃ」

 

「年下に言われなくてもやる事はやる」

 

「上から物言うなよ、格下。力を貸してください、だろ?」

 

真守と垣根が突然仕切りだした美琴を、心底不愉快だという風に見つめる。

 

「うぐっ……超能力者(レベル5)って我が強すぎんのよ……っ!」

 

「「お前に言われたくない」」

 

人の事が言えない美琴に言われて声をそろえて告げる二人。

 

「う……初春さんは私たちが食い止めている間に警備員(アンチスキル)の所に行って!」

 

「分かりました!」

 

せめて初春に指示を出そうとしている美琴を置いて、真守はエネルギーを放出して、地面をトッと蹴り上げて浮遊する。

真守が動き出したのを確認した垣根は、未元物質(ダークマター)の翼で飛んで真守を追う形で幻想猛獣と戦っている警備員(アンチスキル)の下へと向かう。

 

「あ! あんたたち飛べるのズルくない!?」

 

「地面を這いつくばってる方が悪いだろ」

 

「御坂。お前磁力でそこら辺にくっついて上がってこられるだろ、頑張れ」

 

垣根と真守は宙を飛ぶ事ができる汎用性を当然として、逆にそれを持っていない美琴をけなし始める。

 

「ううううっ~! この事件が終わったら私の実力証明してやるから、待ってなさいよ!」

 

美琴はそんな二人にあからさまに闘志を露わにするが、当然面倒に思えた真守と垣根は美琴の言葉をスルーして、幻想猛獣へと迫る。

 

「無視するなーっ!」

 

後ろから美琴の声が響く中、目の前で展開していた警備員(アンチスキル)の一人に真守は見覚えがあった。

 

自分の高校で別クラスの教師をやっている黄泉川愛穂だ。

真守はその黄泉川が幻想猛獣(AIMバースト)の触手によって弾かれて吹き飛ばされたので、吹き飛ばされる方へと先回りする。

そして警備員(アンチスキル)の装備で重くなっている黄泉川を生成したエネルギーで自分を補助して難なく受け止めた。

 

「──うっ!? お、お前……!? 月詠先生んトコの生徒じゃん!?」

 

「黄泉川先生こんにちは。精が出るな」

 

真守が黄泉川に悠長に語りかけていると、目の前で違う気弱そうな眼鏡をかけた警備員の女性に幻想猛獣(AIMバースト)の触手が伸びた。

 

その警備員(アンチスキル)は銃火器で触手を撃つ。

だが銃弾を撃ち込まれて肉が飛び散る先からその触手は再生していってしまう。

 

再生している途中で、その触手の先から目玉がぎょろっと生まれ、そして小さな二本の手が生えた。

 

「い……いやっ!」

 

目玉と小さな手が生えた触手が目の前に差し迫って警備員(アンチスキル)が硬直するなか、垣根がその警備員の襟を無造作に引っ張った。

 

警備員を高速道路の防音壁まで垣根は乱暴に放り投げる。

そちらに真守と黄泉川がいたので好都合だったのだ。

 

するとその場に残った触手が垣根に向かって念動力(テレキネシス)を発動させた。

 

未元物質(ダークマター)の翼が自動的に広がり、その念動力(テレキネシス)の押しつぶしを跳ね除けた。

バツン、という空間がねじ曲がった音が辺りに響く中、垣根は真守の下まで後退する。

 

触手は垣根を追う事はなかった。その場でゆらゆらと揺れ動いているだけだ。

 

「ほら見ろ。攻撃しなかったら襲ってこないんだ。下手な鉄砲数撃って刺激するんじゃない」

 

真守が注意している隣に、垣根がそっと降り立つ。

真守はふらふらの黄泉川に肩を貸して立ち上がらせた。

 

「なんで一般人がこんなところにいるの!」

 

垣根に助けられた気弱そうな警備員(アンチスキル)は尻餅をついた情けない格好のまま、真守と垣根に向かって突然怒鳴りつけた。

 

「お前無様な自分の状況分かって言ってるか?」

 

「流石警備員(センセイ)サマだな。自分の事(かえり)みずに説教か?」

 

真守と垣根がそれぞれげんなりした顔をしていると、警備員の女性は気圧されながらも声を上げた。

 

「とにかく! すぐにここから離れ──」

 

警備員(アンチスキル)が怒鳴ると、突然幻想猛獣が触手で攻撃を繰り出してきた。

真守は肩に寄り掛かっていた黄泉川をエネルギーを生成してひょいっと抱き上げると、その場から離脱する。

 

垣根は舌打ちをしながらもへたり込む警備員の女性の首根っこを掴んで横に放り投げて、真守を追うようにその場から後退する。

美琴が遅れてその場にやってくると、真守と垣根は幻想猛獣が向かう方向を見ていた。

 

「マズいな」

 

「え、何が?!」

 

いつもと同じダウナー声だが、少し焦った表情をしている真守に、美琴は走り寄りながら訊ねた。

 

「バーカ、あの壁にご丁寧に貼られた標識見れば分かるだろ。あいつ、原子力実験施設に向かってんぞ」

 

垣根に罵倒されながらも美琴が幻想猛獣(AIMバースト)の向かっている建物を見る。

その建物は高い壁で囲まれており、その壁には大きな黄色と黒の放射線記号がイラスト化された鉄板が打ち付けてあった。

 

「嘘でしょ!?」

 

「いや、大マジ」

 

驚愕する美琴に真守が冷静にツッコミを入れていると、垣根が助けた警備員(アンチスキル)の女性が何かに気が付いた。

 

「何やってんの、あの子!」

 

警備員(アンチスキル)の女性の怒声に黄泉川がそちらを見ると、そこには高速道路の非常階段を登ってきている初春の姿があった。

 

「あれは……木山の人質になってた子じゃん!」

 

「違うわ」

 

黄泉川が声を上げると、美琴が即座に否定した。黄泉川が美琴の顔を見ると、美琴は真剣な表情をして初春を見ていた。

心の底から信じている、そういった顔をしていた。

 

「初春さんは人質でも、逃げ遅れているワケでもないの」

 

「黄泉川先生、頼みがある」

 

真守が黄泉川に肩を貸すのをやめながら黄泉川をまっすぐと見据えた。

その真守の真剣な瞳に黄泉川も気づき、気持ちを切り替えて頷いた。

 

「あの子が幻想猛獣を消滅させるワクチンソフトを持ってる。音楽ファイルだから警備員(アンチスキル)の車両を使ってそれを学園都市に流してほしい。どんな手段でも構わないから」

 

黄泉川は真守のお願いに頷くと、真守は一歩下がって姿勢を低くした。

 

そして蒼閃光でできた猫耳と尻尾の輝きを増加させると、足に力を込めてその場から姿を消して幻想猛獣(AIMバースト)へと疾走した。

空間を裂くように幻想猛獣(AIMバースト)へと突き進む真守。

 

AIM拡散力場をおもちゃにして幻想御手(レベルアッパー)を作り出した木山を叩き潰したい一心で、ここまでやってきた。

 

その木山は置き去り(チャイルドエラー)の自分の教え子を救うために、幻想御手を作り上げた。

木山が作り上げた幻想御手(レベルアッパー)の使用者は、恐らくネットワークが暴走して体に多大な負荷がかかっている事だろう。

 

幻想御手(レベルアッパー)使用者は自分の力が欲しかった。

自分の無力さを思い知らされて苦しんでいたから。

劣等感に苛まれていたから。

現状から抜け出したいと思って、結果として甘い誘惑に乗ってしまった。

得体の知れない物に手を出したツケだと考えられるだろう。

 

でもその心が悲鳴を上げていた事には変わりない。

現状を打破したくて、苦しんで苦しんで苦しんだ結果、幻想御手に手を出したのだ。

 

この事件を終わらせて幻想御手(レベルアッパー)使用者を救う。

それから木山が救おうとしていた置き去り(チャイルドエラー)も救う。

 

自分が関わったのだから最後まで責任持って救ってやる。

真守は爆速で幻想猛獣(AIMバースト)へと向かいながらそう決意していた。

 

 




深城の現在の状態はAIM思念体と呼称されていますが、幽体連理の千夜ちゃんのAIM思念体とはちょっと違います。
真守ちゃんにそういう風に見えているだけであって、千夜ちゃんのように水分を媒体として憑依された人に見えるようになるのとは明確に違うからです。


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第一九話:〈事件収束〉を求めて

第一九話投稿します。
次は八月二四日火曜日です。


垣根と美琴は爆速で飛び出していった真守の余波に吹き飛ばされそうになりながらも、小さくなっていく真守に目を向けた。

 

「チッ。あいつ、行くなら行くって言えよ!」

 

「ちょっと、私を置いていくなっての!」

 

垣根は宙を浮いて真守を追うと、美琴が電磁場で距離を稼ぎながらその後を追う。

真守は幻想猛獣(AIMバースト)に一足先に辿り着くと、そのスピードに乗った足で幻想猛獣へと蹴りを叩きこんだ。

 

円を描くように肉が(えぐ)れて飛び散るが、すぐに再生してしまう。

再生しきると同時に幻想猛獣が真守をターゲットに捉えた。そして、雷撃を溜め込んだ球を何発も真守へと撃ち出した。

真守は両手を前にクロスさせてエネルギーをシールドとして展開、雷撃の球全てを後方へと逸らした。

流石にあれだけの雷撃を源流エネルギーで焼き尽くすのは手間がかかって仕方がないとして、受け流したのだ。

 

その雷撃の球が一つ、地面を走っていた美琴のすぐそばに落ちた。

 

「ちょっと……っ!! あ、危ないじゃない!!」

 

地面が衝撃で抉れた事により生み出された土煙を受けて、美琴が咳き込みながら真守に抗議する。

 

「ちゃんと当たらないように演算した」

 

「当たりそうな場所を悠長に歩いている方が悪いだろ」

 

真守がぶっきらぼうに告げて、垣根は電撃の塊を避けながら美琴に言い放つ。

 

そんな三人の前で幻想猛獣(AIMバースト)は頭の上で雷のエネルギーを収縮させるとそれを出たらめに撃った。

真守はその危険性に気が付いて即座に宙に飛び上がると、高速道路の方へ飛びそうだった雷球をエネルギーのバリアで防いだ。

垣根は幻想猛獣(AIMバースト)が飛ばしてきた雷撃の球を未元物質(ダークマター)の翼で余裕で防ぐ。

幻想猛獣がもう一度真守へと雷撃の球を放つためにエネルギーを収縮する。

 

だがそこで美琴が幻想猛獣(AIMバースト)の体を電撃で撃ちぬいた。

 

「さっきから誰も彼も私の事見下して! あげくあんたもシカトですって……? あたしの事忘れてんじゃないわよ! みっともなく泣き叫んでないで──真っ直ぐ私に向かってきなさい!」

 

「御坂、見下されてるの?」

 

「俺が見下してる」

 

「そこうるさいわよ! それと朝槻さんは無意識に見下しているから余計性質(たち)が悪いの!!」

 

真守と垣根がブチ切れている美琴を見ながらこそこそ二人で話をしていると、美琴がガウッと二人に向けて吠えた。

 

「別に見下してないんだが、な!」

 

闘争心が強い美琴を面倒に思いながらも、幻想猛獣(AIMバースト)が進む方向へと疾走して先回りする。

 

そして懐に潜り込むとその侵攻を抑えるために真守は前方にいつも展開するよりも厚いエネルギーのシールドを生成した。

幻想猛獣(AIMバースト)と真守の生成した源流エネルギーが衝突して、ガガガガキ! と、歯車と歯車が噛み合う鈍い音と共に周囲に蒼閃光(そうせんこう)が迸った。

だが幻想猛獣(AIMバースト)の体は源流エネルギーに焼かれながらも端から再生していき、その勢いが止まる事はなかった。

 

そしてあろうことか、源流エネルギーを分厚く壁として展開している真守を押して、原子力実験炉へと突き進んでいく。

 

「体が焼き切れようと源流エネルギーの層を押すのか!? なんていう力技……っ!」

 

真守が呻く前で、幻想猛獣(AIMバースト)は源流エネルギーに身を焼かれる痛みからなのか、空間を揺るがす衝撃波を放ちながら鳴き叫び、周囲へとめちゃくちゃにビームを撃ち放ち始める。

 

美琴は砂鉄を操ってそれを全て弾き、垣根は六枚の翼で身を守る。

そして垣根は宙高く飛び上がって幻想猛獣を(とら)えると、未元物質(ダークマター)を展開。

垣根は重力という物理法則に未元物質(ダークマター)で干渉し、何十倍もの重力になるように物理法則を捻じ曲げた。

展開した事象の演算が完了すると共に、垣根はクンッと手を地面に向かって落とした。

 

幻想猛獣(AIMバースト)だけを捉えた垣根の何十倍もの重力の攻撃によって、幻想猛獣は真守の前で押しつぶされる。

そして幻想猛獣(AIMバースト)によって真守が押されるのがやっと止まった。

 

超能力者(レベル5)二人がかりでやっと止まんのか。おもしれえじゃねえか、この怪物」

 

垣根が能力を発動しながら幻想猛獣(AIMバースト)のタフさに嗤う前で、幻想猛獣は垣根に圧し潰されて源流エネルギーに身を焼かれながらも、手当たり次第に触手を振り回し始めた。

 

そしてその触手の先からあらゆる能力を乱発し始める。

垣根はその能力の連発具合を避けるために上空へと高く飛んで幻想猛獣(AIMバースト)を圧し潰す演算をし続ける。真守は源流エネルギーを自身の周りに張って幻想猛獣のメチャクチャな攻撃を全て焼き切る。

 

凄まじい爆発音が巻き起こる中、音によって構成された波が至る所から流れ始めた。

 

(何だこれ?)

 

真守がそれを感じ取って首を傾げていると、幻想猛獣(AIMバースト)が暴れるのが少し収まった。

そして次の瞬間、幻想猛獣が真守の源流エネルギーによって吹き飛ばされた。

 

「え」

 

突然、体の肉を弾け飛ばしながら吹き飛んでいった幻想猛獣(AIMバースト)を見て、真守は思わず言葉を零した。

どうやら真守の源流エネルギーに対抗する事ができなくなったらしい。

身を焼かれた感触に痛みを覚えているのか、ひっくり返ってる状態で幻想猛獣(AIMバースト)がのたうち回る。

 

「……この音、治療プログラムか!」

 

真守が辺りに流れている音楽の正体を知って声を上げると、上空から真守の下に垣根が降りてきた。

 

「ネットワークが崩壊し始めたらしいな」

 

「じゃあこれであれは消滅するってこ、と────ねっ!?」

 

美琴がそこでのたうち回る幻想猛獣(AIMバースト)へと向かって雷撃の槍を放った。

 

半透明で薄く肌色になっていた体表面が真っ赤に焼け焦げて、幻想猛獣(AIMバースト)は形を(たも)てずにぶくぶくと膨張しながらもがき苦しむ。

 

「うわあ。なんか赤ん坊虐めてるみたいでちょっと引く」

 

「良いとこ持っていってふんぞり返るんじゃねえよ、御坂美琴」

 

真守が幻想猛獣(AIMバースト)を見つめながらげんなりしている隣で、垣根が美琴の行為を鼻で嗤った。

 

「別においしいところ持ってってないわよ!? というか朝槻さんの攻撃で先に四分の一くらい体吹っ飛んでるじゃない!」

 

垣根の言い分に美琴が抗議しながら真守の所業(しょぎょう)を責めていると、真守は美琴の向こうに人影が立っているのに気が付いた。

 

「木山?」

 

真守が呟くと、垣根が美琴から視線を()らしてそちらを見た。

美琴も振り返って確認すると、木山がふらふらと足を引きずりながらこちらに来ていた。

 

「気を抜くな!!」

 

木山がこちらに向かってきながらも叫ぶ。

 

「え!?」

 

「まだ終わっていない!」

 

美琴が驚きの声を上げる前で、木山は幻想猛獣(AIMバースト)を見上げた。

一同が幻想猛獣を見つめると焼け焦げて体を一部分吹き飛ばされた幻想猛獣(AIMバースト)がゆっくりと体を起こした。

 

「……そうか、核だ! 力場を固定している核を破壊しないと倒せないんだ!」

 

真守が幻想猛獣(AIMバースト)の体内のエネルギーの流れを感知して核があると叫ぶと、立ち上がった幻想猛獣から突然声が漏れた。

 

『……なのかな』

 

「佐天さん?」

 

その声はどうやら美琴の知り合いらしかった。

その声に共鳴するように今度は違う声が次々と聞こえてくる。

 

無能力者(レベル0)って欠陥品?』『だと思ってやがるんだろ』『許せない』『ダメだって』『無能力者(レベル0)って……』

 

「これは……?」

 

真守は顔をしかめて幻想猛獣(AIMバースト)を見上げた。

 

恐らく昏睡状態になった幻想御手(レベルアッパー)使用者の劣等感が声として聞こえているのだろう。

 

幻想御手(レベルアッパー)使用者全員の根底には、劣等感が存在している。

その共通した劣等感が一つとなり、幻想猛獣(AIMバースト)へと昇華されてしまったのだ。

 

だからこそ手当たり次第に壊そうと、幻想猛獣(AIMバースト)は原子力実験施設に向かっていった。

真守が考察する前で、なおも幻想猛獣(AIMバースト)は嘆く。

 

『毎日が、どれだけ無気力か』『あんたたちには分からないでしょうね』『その期待が、重い時もあるんですよ』

 

「……下がって。これはあたしがやる。巻き込まれるわよ」

 

美琴はその幻想御手(レベルアッパー)使用者の嘆きを聞いて真守、垣根、木山にそう宣言した。

 

「構うものか! 私にはアレを生み出した責任がある!」

 

「あんたが良くても、あんたの教え子はどうするの!? 快復した時、あの子たちが見たいのはあんたの顔じゃないの!?」

 

木山は美琴にもっともな事を告げられて、口を(つぐ)む。

 

「木山」

 

そんな木山の名前を真守が小さく呼ぶと、木山が真守を見た。

真守は明確な怒りを口にした。

 

「何もかも放り出して死ぬ事なんて許さない」

 

真守が言い放った途端、幻想猛獣(AIMバースト)が三人に焼けた触手を伸ばして攻撃する。

その触手に向けて真守は即座に源流エネルギーを放って焼き尽くす。

ガガキ! と、歯車が噛み合う低音と共に蒼閃光(そうせんこう)(ほとばし)る。

 

「朝槻さん、垣根さん。木山春生の事よろしくね! 巻きこんじゃうから──!!」

 

美琴は真守と垣根に願い出ると同時に、前方へと加減なしに電撃を放った。

 

木山はその電撃の衝撃波から頭を守っていたが、真守が即座に近づくと木山を後ろから抱きしめて持ち上げると、そのまま垣根と共に美琴の後方の上空へと逃げた。

 

美琴が放った電撃は、幻想猛獣(AIMバースト)が前方に張った誘電力場によって防がれるが、美琴はそんな事をモノともせずに出力を上げ続ける。

そして誘電力場に守られているはずだった幻想猛獣の体が焼け焦げ始める。

 

「電撃は直撃していないのになんで……。そうか、……強引にねじ込んだ電気抵抗の熱で体の表面が消し飛ばしているのか!? ……まさか、私と戦った時のアレは全力ではなかったのか!?」

 

「当たり前だろ。超能力者(レベル5)の力をフルに使えば人間なんて消し炭だ」

 

真守の言い分に垣根が追加説明するように鼻で嗤う。

 

「自分の頭で超能力者(レベル5)を測るんじゃねえよ。俺たちは学園都市のトップだぜ? 元々、一般人の常識は通じねえんだよ」

 

「垣根はその中でも常識が通じない。未知の物質使って物理法則ねじ曲げるし」

 

「……お前だってエネルギー生成して事象を強引にねじ曲げてるだろうが」

 

真守がヤバすぎる、という目を垣根に向けると、垣根は目を細めてツッコミを入れた。

 

「私は別に物理法則を直接ねじ曲げてない」

 

「間接的だろうとやってる事に変わりねえだろ」

 

 

「──ごめんね、気付いてあげられなくて」

 

 

垣根と真守が互いの規格外っぷりについて話をしていると、美琴が幻想猛獣(AIMバースト)に向かって声をかけた。

 

幻想猛獣(AIMバースト)はそれに応えるように触手を束ねて大きな手にすると、美琴に向かってその手を叩きつける。

美琴はその触手を砂鉄によって弾き飛ばした。

 

『誰だって』『能力者に』『なりたかった』

 

なおも幻想猛獣(AIMバースト)が美琴に向かって氷柱を繰り出すが、それを美琴は砂鉄の壁で難なく打ち破る。

 

「頑張りたかったんだよね」

 

『しょうがないよね』『あたしには何も……』『なんとかして……』『力を』

 

幻想猛獣(AIMバースト)が鳴き叫び、それと共に学生の叫びが木霊(こだま)する。

 

『何の力もない自分が嫌で』『でも、どうしても……憧れは捨てられなくって』

 

「うん、でもさ。だったらもう一度頑張ってみよう」

 

美琴はそこでポケットからゲームコーナーで使われるメダルコインを取り出す。

親指の上に乗せて、それを天へと高く弾いた。

 

「こんなところで、くよくよしてないで。自分で自分に、嘘つかないで──もう一度!」

 

弾いたコインが手元に落ちてくると、美琴は笑顔でそう告げて自分の能力の代名詞である超電磁砲(レールガン)を放った。

 

凄まじい閃光と共に幻想猛獣(AIMバースト)の体を貫き、それは少しの狂いもなく幻想猛獣の核である三角柱を体から弾き出して撃ち抜いた。

 

三角柱が砕ける音が響くと、幻想猛獣(AIMバースト)の体からエメラルドの光が漏れ出しながら炭化していく。

 

「ハッ。綺麗事だな」

 

垣根が美琴の言い分を聞いて鼻で嗤う。

 

努力ではどうにもならない壁が彼らの前には存在している。

それは素養格付(パラメータリスト)というもので彼らの前に立ちはだかっている。

 

御坂美琴は学園都市の『闇』を全く知らないからこそ、綺麗事を吐けるのだ。

何も知らない人間の言葉など何の慰めにもならないし、何か知っていたとしてもどうにもできない。

綺麗事を吐く美琴を垣根が睥睨していると、真守がぽそっと告げた。

 

「そうか? そういう言葉が必要な人間もいるぞ。……何も知らない人間には、何も知らない人間の言葉が一番良く響く」

 

「……、」

 

垣根は真守の呟きに応えない。真守も返答を求めてなかった。

 

「だからこそ私は、向こう見ずなことを言わないんだがな」

 

朝槻真守は能力で人を贔屓(ひいき)しない。

だが能力の強度(レベル)なんてどうでも良いとは微塵も思っていない。

 

能力に劣等感を持つ人間に『お前の良いところは能力じゃないよ』と言われても能力に固執している人間は『能力者には無能力者(レベル0)の自分の気持ちなんか分からない』と言われるに決まっている。

 

能力とは一種のステータスで、それに学生が固執する事を真守はよく理解している。

真守はそれを理解してそこを(かんが)みながら、能力に関係ない人としての大事な在り方を真守は探す。

 

だからこそ垣根が超能力者(レベル5)と明言した時に、超能力者(レベル5)になれるのは凄い事と真守は手放しに褒めたのだ。

そして真守は、超能力者(レベル5)としてのラベルを貼られている垣根帝督という人間の本質をずっと知ろうとしていた。

 

垣根帝督の本質とは。

自分の身を自分で(おとし)めてまで、自分の目的のために戦い続ける事だ。

その根底には、理不尽が許せずに全てを変えたいという優しい気持ちがあると真守は感じていた。

 

実際、その通りで。

 

垣根帝督は朝槻真守を助けると言ってくれた。

自分が似合わない事を言っているとしても、そうするべきだと自身の心に従ったのだ。

 

真守はずっと能力者というステータスで測れない垣根の本質を探していた。

真守は垣根の人間としての本質が知りたかったから一緒にいた。

それを知る事ができて、本当に良かった。

垣根帝督の優しい心に気づけて良かった。

 

真守の言葉に思うところがあってそっと目を伏せている垣根を、真守は横目で見ながら、にへらっと笑った。

 

「これが、超能力者(レベル5)か」

 

そんな真守に抱きしめられていた木山は、目の前で破壊的ながらも優しく奮い立たせてくれる力を放った美琴を見つめて微笑んだ。

 

 




次回で幻想猛獣篇終了です。


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第二〇話:〈新生可能〉へと至る

第二〇話投稿します。
※次は八月二六日木曜日です。


木山春生は手錠をかけられて警備員(アンチスキル)の護送車へと歩いていた。

 

「あの!」

 

そんな木山に美琴が声をかけた。木山が振り向くと、美琴が気まずそうな顔をしていた。

 

「……どうするの、子供たちのこと」

 

美琴に問いかけられて木山は真守を見た。

真守は一つ頷くと、木山は視線を外して美琴を見て微笑む。

 

「もちろん諦めるつもりはない。もう一度やり直すさ。刑務所だろうと世界の果てだろうと。私の頭脳はここにあるのだから」

 

木山が自信たっぷりに言うと、美琴と初春は安堵して微笑む。

 

「ただし」

 

だが次に放たれた木山の一言で、怪訝そうな表情をした。

 

「今後も手段を選ぶつもりはない。気に入らなければその時はまた邪魔しに来たまえ」

 

警備員(アンチスキル)の護送車に乗せられた木山は黄泉川と共に去っていく。

 

「やれやれ、懲りない先生だわ」

 

美琴が呆れた表情をしながら笑っていると、そこにタクシーが一台近付いてきた。

降りてきたのは白井黒子だった。

 

「あ、黒子」

 

「お姉さ、ま────!!」

 

「うぐえっ!?」

 

何が起こったかというと、白井はタクシーから降りるとともに空間移動をして距離を詰めて美琴に真正面から抱き着いたのだ。

 

美琴はその衝撃で唸り声を発しながら、地面に背中から激突する。

 

「黒子は心配しましたのよ! 心を痛めておりましたのよ! ……ハッ! 御髪に乱れが! お肌に無数の擦り傷が! へっへっへ……どうやら電撃を放つ体力も残っていないご様子。ここは黒子が? 隅々まで見てさすって癒してあげますの!! ……あ、そうですわ。初春」

 

一人の世界にトリップしていた白井は何かを思い出したかのように振り返ると、困り顔をしていた初春を見た。

 

「何ですか?」

 

「先ほど病院から連絡がありましたの。幻想御手の使用者たちが、次々と意識を取り戻していると。あなたのおかげですわよ、初春」

 

白井が労いの言葉を初春に向けると、初春は達成感から微笑んだ。

白井は初春から視線を逸らして、自分が押し倒した美琴を見つめて目を輝かせる。

 

「──と、いうわけで、お姉様!! うふ、うふふふふっ!」

 

「何すんの、ちょ!?」

 

美琴に襲い掛かった白井を見て、垣根はげんなりとした顔をする。

 

「壊れてんなこの女」

 

「うん、本当に」

 

真守は遠い目をして頷いた。

 

(深城がこんな色狂いじゃなくて良かった。アイツ私に触れられないケド)

 

真守は生贄になっている美琴を哀れみの目で見つめていた。

 

「……しっかし、大分手前に停めたはずだが車は無事だろうな? 真守、帰るぞ」

 

垣根がこの現場まで来た車の心配をして歩き出すので、真守は頷き、自分に目を向けていた垣根へ向かって一歩踏み出した。

 

「ん?!」

 

「おっと」

 

真守が突然足を滑らせたかのようにバランスを崩す。

垣根はよろけた真守の腕をとっさに掴んで、真守が倒れないように引き留めた。

 

真守が顔をしかめてすすーっと視線を足元に向けると、右足のサンダルの底が外れていた。

 

「壊れた」

 

真守が白いウェッジソールサンダルの厚底部分であるウェッジと、パンプスの部分が外れてしまったサンダルを残念そうな目で見つめていた。

 

「そういえば虚空爆破(グラビトン)の時に買い損ねた靴、結局買ってなかったのか?」

 

「うん。流石にまだ大丈夫かと思ってたが、連日の戦闘で逝ってしまった」

 

真守は底と足を固定する布部分が外れて残念な事になっているサンダルを、足を上げてぷらぷらと揺らしながら垣根の言葉に頷く。

 

虚空爆破(グラビトン)事件現場となったセブンスミストに真守と垣根が行っていたのは、真守が夏休みに必要な物を取りそろえる必要があったからだ。

その中には夏用サンダルも含まれていたのだが、その靴を見ている最中にデパートから避難しなくてはならなくなってしまい、結局買い損ねてしまったのだ。

 

まだ大丈夫だろ、夏休みに入って都合の良い時に行こう、と思っていた真守だったが、連日の酷使には耐えられない程にはサンダルが消耗していたらしい。

 

「スニーカーはあるんだが、暑苦しいんだよな」

 

「しょうがねえから買うのに付き合ってやるよ」

 

真守が面倒そうにサンダルを見つめていると、垣根がそう提案してきた。

真守は顔を上げて垣根の顔を見上げると、その申し出が嬉しくて控えめながらも笑った。

 

「うん。ありがとう垣根」

 

靴が壊れて落胆していた真守だったが、垣根の提案に顔を明るくすると、垣根もそれを見て柔らかく微笑んだ。

 

「とりあえず応急処置してやるから貸せ」

 

垣根の腕を借りて真守がサンダルを片方脱ぐと、垣根はそのサンダルを手に取って目を細めた。

外れた底をくっつけるくらいならば未元物質(ダークマター)の翼を広げずとも能力を行使できる。

 

くっつけた所で壊れているサンダルをわざわざ使い続ける理由はないので、応急処置とはそういう事だ。

垣根は、応急処置をして未元物質(ダークマター)で底をくっつけたサンダルを真守へと渡した。

 

真守はサンダルをじっくりと見つめながら感激する。

 

「垣根の能力すごい」

 

「そうだな、俺にそこらの常識は通じねえからな」

 

垣根が得意そうに告げると、真守は垣根の能力の可能性を感じて微笑む。

 

「新しい生命の創造ができるとか、神さまみたいだな」

 

「……その期待に応えたいところだが、俺が作る未元物質(ダークマター)は無機物だ。有機は無理だな」

 

垣根の説明に真守は目をきょとっとして丸くする。

 

「なんで勝手に自分の能力の幅を狭めているんだ?」

 

「あ?」

 

垣根は真守の問いかけに思わず機嫌を損ねる。

自分の能力については手足のようなもので自分が一番理解しているからだ。

 

垣根が視線を鋭くして真守を見つめると、真守は垣根が何故分かっていないのか疑問に思いながらも口を開いた。

 

「垣根の未元物質(ダークマター)は言ってしまえば役割を与える事だろう? だったら一つ一つに違う役割を与えてそれを組み上げれば、複雑かつ、複合的な性質を持たせる事ができると思うが?」

 

真守の言い分に垣根は目を見開いた。

 

未元物質(ダークマター)にそれぞれの役割を与えて組み上げる。

それは未元物質(ダークマター)を、()()()()()()()()()()()()()という事だ。

 

分子や原子が造り上げられるという事は、そこから発展して細胞へと組み上げることもできる。

それは真守の言った新しい生命の創造の可能性に繋がる。

 

真守が示唆する自分の能力の可能性について考えて、垣根は固まった。

本人が気づかないことをこの少女は見抜くことができる。

 

流動源力(ギアホイール)という既存の流れを把握し、そこに流れを新たに作り出す能力を持っているから。

だからこそ物事の行きつく先が分かるのだろう。

それは誰も彼もの未来を真守は見据えることができるという事。

 

真守は垣根にとって大いに利用価値がある。

 

この少女を利用すれば、アレイスターに牙を剥く事もできるのだろう。

牙を剥いて、学園都市の枠組みを壊して。そして自分の都合の良いように造り替える。

ヤツらが奪って自分のために利用するなら、奪われた側が牙を剝いて逆に利用し尽くしてもいいはずだ。

 

そんな目的と考えを、垣根帝督は自身の未来のカタチである朝槻真守によって崩された。

 

朝槻真守の()り方に、垣根帝督はこれからどうすればいいか分からなくなった。

 

学園都市は憎い。枠組みを壊して自分の都合の良いように造り替えて利用したい。

この街には利用する価値()()はある。

そんな思惑はまだ心の中に残ってる。

 

だが垣根帝督のやり方を朝槻真守は止めるだろう。

人の幸せを願うこの少女は、絶対に自分を止める。

 

自分が『希望の光』だと感じる真守と敵対する事が、垣根にはどうしてもできなかった。

それに自分の目的のために真守を利用なんてしたくない。

そんなことを考える事すら、嫌だった。

 

真守を傷つけたくない。

真守に柔らかく笑っていてほしい。

真守が自分に笑みを向けてくれる世界にいたい。

真守に──傍にいてほしい。

 

真守に『無限の創造性』を示唆されて、自分はどのようにそれを使っていくべきか。

 

堂々巡りの思考の中にいる垣根に、真守は背伸びをして顔をずずいっと近づけた。

垣根は真守の突然の行動に体を固くする。

 

ここ数日一緒にいて垣根が何か悩んでいる事に気づいていた真守は、そんな垣根に柔らかく微笑み、自分の気持ちを素直に吐露した。

 

「お前の能力の可能性は無限大だ。『無限の創造性』とはそういう事だ。垣根の能力は凄い能力だ。翼だってすごくきれい。だからなんだってできる。お前が自分には絶対にできないって諦めている事も、全部」

 

真守は垣根が自分にできない事があると思っていることを知っていた。

 

垣根帝督ができないと思っている事は()()()()()()()だ。

手からこぼれ落ちていく命を、自分は真守と違って守ることなんてできなかった。

だからこそ悪党でしかなくて。自分は完璧に表で生きる事なんてできなくて。

 

真守は垣根ができないと思っているその内容を知らずに、それが『無限の創造性』によって()せると信じているのだ。

垣根は真守のその表情と言葉から、そう受け取った。

 

真守は垣根に限った話ではなく、全ての人の可能性を信じている。

命を取らないのは、生きてさえいれば人間は何度だってやり直せると信じているから。

 

挫折しても乗り越えられて、人々が正しい方向へと進めると真守は信じている。

人間を信じているからこそ、自分が読み取ったその人間が最初から持っている可能性を、最も発揮できる使い方として示す。

 

真守の在り方の根底には、バカみたいに人を信じるところがある。

だがそれでも真守は決してお人好しなんかじゃない。

 

人の汚さも、人の悪意も。人の悪意なき探求心も。

その全てを理解して、その全てをその人を構成する要素として受け止めて、そしてその全てを受け入れるのだ。

そしてその人間を、そこに秘められている可能性を。真守は心の底から信じる。

 

そのバカみたいに人を信じる在り方が、真守をお人好しという枠組みから逸脱させていた。

超能力者(レベル5)らしい、普通に囚われない異常な考え方だった。

 

真守も真守で人格が破綻していた。

だがその破綻の仕方が垣根にとってバカみたいに尊く、誇らしかった。

 

真守が信じる可能性を、真守を信じているからこそ自分も信じる事ができるから。

だからこそ垣根は、真守が信じてくれた未元物質(ダークマター)の『無限の創造性』を真守のために使いたいと、心の底からそう思った。

自分の方針は決まった。

この少女が新たな可能性とその先にある進むべき道へと導いてくれた。

それが本当に嬉しくて。

 

「お前は良いバカだな」

 

「い、良いバカ!? バカに良いも悪いもあるか!」

 

垣根が冗談交じりに笑って真守をからかうと、真守はそれに反応して頬を膨らませた。

 

「私は超能力者(レベル5)らしく最高峰の頭脳を持ってる。スポンジみたいになんでも吸収できる。訂正してもらうぞ、私はバカじゃない!」

 

「そういうことじゃねえよバーカ」

 

「ま、またバカって! 私は後先考えないで突っ走るバカじゃない!」

 

垣根が楽しくてクツクツと笑うと、真守はシャーッと子猫のように垣根を威嚇して牙を剝いた。

その姿が本当に愛らしくて。

垣根は真守の傍にいるだけで幸せだった。

 

「もう。……垣根。まだやる事あるから行くぞ」

 

なんだか一人で楽しくなっている垣根を真守はジト目で睨みつけて、ぶずっとむくれたまま垣根に直してもらったサンダルをきちんと履き直した。

そして垣根を置いてすたすたと一人で歩き出す。

 

「お前はやる気だな?」

 

垣根が後ろから問いかけると、真守は振り返って自信たっぷりに答えた。

 

「当たり前だろ、放っておけない」

 

真守が当然だと憤慨(ふんがい)する姿を、垣根は長い前髪の向こうから黒曜石の瞳で見つめて、そして優しくその目を細めた。

 

「乗り掛かった舟だ、手伝ってやる」

 

途中で投げ出すのは性分じゃない。

それにこの少女が頑張るならば力になりたい。

 

自分の事を垣根がまた助けてくれると言ったので、真守は嬉しくてはにかむように笑った。

 

二人は互いの可能性を信じて、並んで歩いて帰路に就く。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

『野暮用は大体終わった。後始末がまだ残ってるがな。そっちは大丈夫か?』

 

真守は無事だった車に乗って携帯電話でメールを打つと、それを送信した。

即座にメールが返ってきて、真守は目を落とす。

 

『襲撃はされてないし、インデックスも元気にやってる。今日はこれから銭湯に行くんだ。まだ後始末があるならこっちは大丈夫だから、ちゃんと最後までやってこい』

 

真守は上条からのメールを見て、微笑む。

 

『ありがとう。でも心配だから明日顔出すよ』

 

真守がメールをすると、上条から『了解』というメールが来た。

 

助手席のシートに深く座り直しながら、真守は夕焼けに染まる学園都市の街並みを見つめていた。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

「先生」

 

真守は病院に着くなり、冥土帰し(ヘブンキャンセラー)の下に来ていた。

 

「お帰り? 二人共怪我していないかい?」

 

冥土帰し(ヘブンキャンセラー)は主治医らしく真守と垣根に問いかける。

真守は大丈夫とでも言いたげに両手を広げて体を見せる。それを受けて冥土帰しは柔らかく微笑んだ。

 

「先生にお願いがあるんだ」

 

「なにかな?」

 

「あのな。教え子を救うために道を誤った木山春生を助けてほしい。それで教え子を救う手伝いをしてほしい。先生は顔が利くだろ。能力体結晶が実験に使われたんだ。お願い聞いてくれるか?」

 

「……詳しく聞かせてくれるかい?」

 

冥土帰し(ヘブンキャンセラー)は真剣な表情になって真守を見つめた。

真守はしっかりと頷いてから、事の経緯を話し始めた。

 

置き去り(チャイルドエラー)を救うまで、今回の事件は終わらない。

 

最後まで面倒を見る。

 

真守はそう誓ったので、その誓いを果たすべく動き出す。

 

 




真守ちゃん、垣根くんに『無限の創造性』を教えてくれました。

物語の大事なターニングポイントですので長くなりました。
お付き合いいただきありがとうございます。

なお、垣根くんの目的と心境は原作とスピンオフからの作者の自己解釈ですので、原作とは明確な差異があります。
作者の完全な押し付けかもしれませんが、垣根くんの話を読んでいてそうとしか思えなかった。
そう読み取ったので、垣根くんに幸せになって欲しいとこの物語を書きました。

幻想御手事件篇、幻想猛獣篇はこれにて終了です。
次章もお楽しみいただけたら幸いです。




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禁書目録篇:下
第二一話:〈喧嘩上等〉から始まる交流


第二一話投稿します。
次は八月二七日金曜日です。



「……で、なんだって? 完全記憶能力で覚えた一〇万三〇〇〇冊の知識が脳の八五%を占めていて記憶を圧迫している? だから一年ごとに記憶を消さなきゃいけない──だと?」

 

真守はつまらなさそうに告げながら、足元を睥睨(へいげい)する。

 

真守は現在、人の上に座っていた。

人というのは二人であり、それはステイル=マグヌスと彼の仲間の神裂火織だ。

 

幻想御手(レベルアッパー)事件が収束した後、真守は垣根と冥土帰し(ヘブンキャンセラー)と共に置き去り(チャイルドエラー)の子供たちを救う手はずを整えていた。

 

その翌日。掲示板の騒ぎが収まったのを確認してから真守が夕方に上条とメールで約束した通りに小萌先生の家に顔を出すと、昏睡状態の上条とそれを悲しそうに見つめているインデックスがいた。

 

真守が上条に連絡した時、上条は『夜に銭湯に行ってくる』とメールしてきていたが、その銭湯に行く最中に襲われたらしい。

 

襲撃してきた魔術師がインデックスを『回収』していないので近くにいると踏んだ真守は、監視カメラにハッキングを仕掛けて彼らを探した。

 

上条を襲ったのにインデックスを『回収』しなかった理由を聞きたかったのもあるが、単純に()()である。

 

真守が二人を見つけて接触すると、二人は妙な事を(わめ)いてきた。

話をするためにはコテンパンにした方が手っ取り早いと思った真守は戦闘を開始。

 

結果、二人の魔術師は真守に完敗した。

 

そして現状、二人は地面に這いつくばって鏡餅のように重ねられて、真守に上から乗られているのだ。

ちなみに神裂火織がステイルの下である。

戦った男女の内、女性を男性よりも(おもんぱか)る気持ちなんて真守には欠片もなかった。

 

「ありえません……聖人の私についてこれる人間がいるなんて、ありえない……」

 

『聖人』というのは生まれた時から神の子に似た身体的特徴や魔術的記号を持つ人間の事だ。

神の力の一端をその身に宿しており、人間を超えた力を使う事ができる彼らは、世界に二〇人といない貴重な人材らしい。

 

「だから何度も言っているだろうが。私は自分で生成したエネルギーで身体能力にブーストをかける事ができる。お前は人間の限界を超えた力を持つが、体が脆くて全力を出せない。私は人間の限界を超えた力を、身体機能を補助するエネルギーを同時に生成する事によって十全に扱える。どちらが勝てるかなんて目に見えているだろう」

 

「だから……っなんでそんな高速戦闘を可能にしながら、衝撃波やら光線やら電撃やら撃てるんだよ……っ! おかしいだろぉが!!」

 

神裂が悔し混じりに語気を強めるが、負け犬の遠吠えなんて怖くない。

 

「私の演算能力は並列処理に長けていてな。それくらい朝飯前だ。ちなみにお前らの事を源流エネルギーだけで圧しても良かったんだが、それだと私の力が示せないから数種類のエネルギーをわざわざ使って、私の強大な力を演出してやったのだ。ありがたく思え」

 

真守がケロッと答えると、ステイルが唸るように呟く。

 

「こんな人間がゴロゴロいるなんて……学園都市の能力開発はやっぱり凶悪過ぎる……!」

 

超能力者(レベル5)は私を含めて八人しかいないから大丈夫だぞ」

 

真守は軽い口調で呟きながら、二人の上で足を組んで自分の膝に肘を乗せる。

 

「……で、だ。お前たちがイギリス清教に騙されている話をしようか?」

 

「……騙され、……?」

 

神裂が真守の言葉の意味が分からないと顔をしかめると、真守は懇切丁寧に説明をし始める。

 

「まず、脳というのは様々な機能がある。言葉を話すための言語野、運動をするための運動野、そして記憶野……そういう風に部分部分で違う機能を持っているんだ。ここまでは分かるか?」

 

「……ええ」

 

「では質問だ。その八五%というのは記憶野の中での八五%か? それとも脳全体の八五%か?」

 

「……いや、あの。それは……、」

 

真守はしどろもどろになった神裂の様子を見て、大きく溜息を吐いた。

 

「答えに詰まる時点でアウトだ。お前たちは脳の構造を全く理解していない。イギリス清教の言葉を鵜呑みにしているだけだ。そして更にお前たちに現実を教えてやろう。完全記憶能力は生まれ持った体質で、お前の聖人という(たぐい)と同じモノだ。聖人は力を引き出せば体が悲鳴を上げるそうだが、完全記憶能力は違う。何から何まで覚えるだけで、その記憶が脳を圧迫する事なんてありえない」

 

「……な、んだって?」

 

ステイルが真守の説明に唸り声を上げる。真守は人差し指をピッと立てて説明を続ける。

 

「人間の記憶というのはエピソード記憶や意味記憶など、数種類にも分けられるんだ。ここまでは分かるか?」

 

「えっと……すみません、そこからよく分かりません」

 

「じゃあ例を挙げてやろう。代表的なのはエピソード記憶。ご飯何食べた? とか、誰と話した? みたいな個人が日常的に経験した記憶だ。で、意味記憶。これが知識、つまりインデックスが一〇万三〇〇〇冊を覚えている部分だ。これらはまったく別の意味を持った記憶という事だ。ここまで説明したら理解できるだろう?」

 

「……それは、科学的根拠があるんだな?」

 

ステイルが一応真守に確認を取ると、真守はそれを不快に思わずに頷く。

魔術師に突然科学を説いても、理解しがたいと分かっている。

真守はステイルと神裂が自分の話を聞こうと押し黙るので、言葉を続ける。

 

「では、記憶の種類が全く違うという事が分かる良い例として、記憶喪失を挙げよう。お前たち、こうやっていつも戦闘するだろう? だったら戦闘で記憶が飛んだこともあるんじゃないのか? お前たちじゃなくてもいい。周りで記憶喪失になった人間はいるか?」

 

「……いる。自分が誰か分からなくなった人間なんて山ほどいるよ」

 

ステイルが彼らの事を思い出して悔しそうな顔をしているので、真守は頷いた。

 

「そうか。じゃあそいつらは赤ん坊に戻ってしまったか?」

 

「どういう意味だい?」

 

ステイルが真守の言っている意味が分からずに首を傾げる。

 

「記憶が一種類ならば記憶喪失になるとすべて忘れてしまう。それは生まれた時に戻ってしまう事になるんだが、記憶喪失者は赤ん坊になっているか? 自分の名前やらを忘れてしまっただけで、食事も摂れるしトイレにだって行ける。全部忘れてしまうなら食事を摂る必要性も、用を足す意味すらも忘れてしまうハズなのに」

 

「……つまり、そこからでも分かる通り記憶が一つではないと?」

 

「そうだ。だからまったく種類の違う記憶を消したって意味がない。日常生活の記憶が知識の記憶を圧迫するなんてありえない。それと、意味記憶に詰め込める知識はざっと一四〇年分だからな。インデックスはまだ一四、五歳。まだまだ全然、余裕があるという事だ」

 

真守が一通りの説明をすると、ステイルは呻くように呟いた。

 

「じゃあ、なんであの子は記憶を僕たちは消さなくちゃならないんだ?」

 

真守はその問いに簡潔に答えた。

 

「決まっている。逃げないようにするためだ」

 

「逃げないように?」

 

呆然とするステイルに、真守は上層部の思惑を推察しながら告げる。

 

「逃げ出さないための()()という事だ。一年ごとに記憶を消去するという事は、一年に一回手元に引き戻して管理できるという事だ。それに記憶を消せばインデックスは味方であった人間を忘れるから、誰かに助けてもらいたいと思って知り合いの下へと逃げ出す心配もなくなる。だから一年で記憶が圧迫されるように魔術をかけられているんだ。魔術ってのはある意味万能なんだろう? だったら人の記憶を縛る事なんて簡単だろうが、違うか?」

 

「で、では……あの子を管理する、たったそんな目的のためだけに、私たちはあの子の記憶を消さなければならなかったのですか!? そんな事のためにあの子は一年に一回苦しみを味わわなければならなかったなんて!!」

 

神裂はステイルに下敷きにされながらも拳を地面に振り下ろす。ドン、という音と地面が地割れする感覚がステイル越しに響いたので、真守はその憤りを受けて目を細めた。

 

「お前たちは騙されていたという事だな」

 

「あの女狐……事情を聞いたら僕たちがあの子を守るって知っていたから黙ってたんだ!!」

 

あの女狐というのがどの女狐か真守は分からないが、彼らのトップに違いないのだろう。

真守はその女だけではなく、イギリス清教の方針について推察する。

 

「イギリス清教というのは、政治を絡めた組織なのだろう。要は人を駒のように動かす連中だ。自分の利益になるように駒には必要以上の情報は与えないし、必要なら嘘も教える。学園都市も、イギリス清教も根っこは同じだ。私は上層部の汚さを良く知っている」

 

真守は学園都市上層部に超能力者(レベル5)に認定されていない。

超能力者(レベル5)として統括理事会に承認されそうになったのを受けて、真守が暴れ回って抵抗してその承認を取り消させたからだ。

 

だから彼らにとっては真守は八人目の消えた超能力者(レベル5)であり、事実上の制御不能状態である。

制御不能状態ならそのまま放置しておけばいいのに、彼らは真守に利用価値があると知っているからちょっかいを出してくる。

 

利用するために超能力者(レベル5)に承認しようとするが、それを本人に拒絶されて抗われても上層部はあの手この手で利用しようとする。

 

上層部のなんでも利用できるなら利用するという方針を知っている真守だからこそ、違う組織であってもトップが腐っている事を真守は容易に想像できた。

 

「あの子の記憶を消さなくていいのであれば、記憶を消したくありません……っ!」

 

神裂が歯噛みしていると、その上でステイルが声を荒らげた。

 

「だが僕たちには術がない! イギリス清教、必要悪の教会に所属している以上、上層部には逆らえない……っ!!」

 

真守はその二人の嘆きを聞いて楽しそうに微笑んで提案した。

 

「ほう。それならば私たちがインデックスを助けてやろう。お前たちはそれを止められなかったという(てい)にして、密かに私たちに協力すればいい」

 

「……はい?」

 

神裂が真守を見上げるが、真守は報復が楽しいとでも言うようににやにや笑っていた。

 

「反旗を(ひるがえ)したという事実を隠蔽(いんぺい)しろ、と言っているのだ。それにお前たちは上層部を脅せる立場なんだぞ。『なんで隠していた、公表してやる!』とな。しかるべきところに申し出れば、上層部の数人の首をちょん切れるだろうなあ」

 

「そ、それは……そうですが」

 

いきなりアグレッシブな事を言い出した真守を見上げて、神裂は若干引き気味になりながらも頷く。

 

「お前たちは騙されていた憤りを発散できて、インデックスは救われる。それなら全て丸く収まる。それでいいじゃないか、簡単だ」

 

「ですが、具体的にどうやって……」

 

真守はそこで悪巧みを明かす事ができると笑みを深くして、ステイルと神裂の上から退いた。

 

そして振り返ると、ステイルと神裂に救いの手を差し伸べた。

 

「忘れたか? こっちにはどんな異能も打ち消せる右手を持った男がいるんだぞ?」

 

ステイルと神裂は目を見開く。

 

上条当麻。

彼の右手にはあらゆる異能を打ち消す能力、幻想殺し(イマジンブレイカー)が宿っている。

その右手を使えばインデックスを助けられる。記憶を消さなくて良くなるのだ。

 

真守はステイルの手を引っ張って立ち上がらせて、神裂にも手を差し伸べる。

 

「では()()()()大切なあの子を助けに行こう。それが私たちにはできる。できるならばやらないに越した事はない」

 

神裂は震える手で真守の手を取った。

真守はその手をしっかりと握り締めて、神裂を立ち上がらせた。

 

眩しい笑顔で、頼もしい表情だった。

自分のするべき事をきちんと見据えた、決意の光を瞳に宿していた。

 

その救済の手は、小さいながらも温かった。

 

「お前たちがインデックスの事を想っているように。インデックスもお前たちの事を想っていた。お前たちも嫌われたままなのは嫌だろう? だから全てを話してインデックスを救おう。インデックスはお前たちを忘れたくなかっただろうし、私や上条の事も忘れたくないはずだから。……だってな」

 

真守は二人を優しく見つめながら寂しそうに微笑んだ。

 

「変わる事を恐れているあの子は、大切な記憶を失って変わってしまう事が何よりも怖いハズだ。私はインデックスに怖い思いをさせたくない」

 

それは懇願(こんがん)の様だと、二人は思った。

頼むからインデックスを助ける事を手伝ってほしい。インデックスに悲しい想いをしてほしくない。だから手伝ってほしい。

お前たちの力が必要だと、憤るお前たちこそが救うべきだと。

 

強大な力を持つこの少女が、助けたい一心で自分たちに願い出ている。

 

ステイルと神裂はその願いを受け入れた。

 

そしてインデックスを救うために行動を開始した。

 

 

 

 

──────…………。

 

 

 

インデックスは真守の優しく諭すような状況説明を静かに聞いていた。

 

「そっか。私はあなたたちの事を忘れさせられちゃったんだね」

 

真守の説明を受けて、インデックスは悲しそうに呟く。

真守がインデックスを慮って握っていた手に、自然と力が入る。

 

インデックスは自分を追って襲撃を仕掛けてきた二人を見つめて悲しそうに微笑む。

 

「忘れたく、なかったよ」

 

インデックスの一言にステイルと神裂は顔を悲痛に歪ませる。

 

「とうまの事も、まもりの事も。こもえの事も、忘れたくないよ……っ」

 

インデックスが忘れる事に恐怖を覚えて目を潤ませる。

真守はインデックスの手をぎゅっと握った。

 

「大丈夫だ、インデックス。私たちには上条がいるからな。魔術なんて打ち消せて、それで全て丸く収まる」

 

「ほんとう?」

 

「上条を信じろ」

 

「……うんっ。でも……とうまは……」

 

インデックスが悲しそうに布団に眠っている上条を見つめた。

 

上条当麻は重症だった。

昨夜、神裂火織と戦って重傷を負って昏睡状態なのだ。

上条を傷つけてしまった事に神裂が罪悪感を覚えていると、真守は神裂を見た。

 

「上条だって分かってくれる。大丈夫」

 

真守がそっと勇気づけてくれるので、神裂は控えめに頷いた。

 

「こいつは後二日もすれば意識が戻るだろう。エネルギーの流れからそう読み取れる。タイムリミットは七月二八日の午前零時だろう。それまでには起きるから問題ない」

 

真守は上条を柔らかな目で見つめながら頷く。

そして、気まずそうにしている神裂とステイルに視線を移した。

 

「さて。お前たちはそれまで()()()だ」

 

「「え?」」

 

ステイルと神裂が真守の『お勉強』という言葉を聞いて固まった。

 

「イギリス清教をぎゃふんと言わせるために、脳の構造について理解してもらうぞ。じっくりきっちり教えてやるからな!」

 

真守が瞳を輝かせて自分たちに迫ってくるのを見て、『スパルタ教育!?』と恐れおののいた二人だったが、真守の懇切丁寧な説明を聞いて二人は脳の構造について深く理解する事ができた。

 

頭が良くて面倒見が良くてすさまじく強いとか万能人間か? と思った二人だが、話していると年頃の娘らしく拗ねたり冗談を口にするので、ぎりぎり人間味は感じられた。

 

それでも規格外なのは変わらない、と二人は心の中で思っていた。

 

 




統括理事会で承認されるという事は既に精査されているという事で、真守ちゃんはそれに気づいて承認されて利用されるのが嫌で暴れ回って承認を取り消させました。

それによって真守ちゃんが超能力者として承認されるはずだったと噂になり、研究者の間で八人目の消えた超能力者として定着しました。



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第二二話:〈共闘救済〉して彼方へと

第二二話投稿します。
次は八月二八日土曜日です。


「話は聞いたよ」

 

小萌先生の部屋で昏睡状態から目を覚ました上条は真守から話を聞いた。

 

インデックスの逃走防止用の魔術。

それを破壊すれば、インデックスは救われる。

 

「それで全部丸く収まるならやろうぜ。不安そうな顔するなよ、大丈夫だって」

 

上条は顔をしかめている真守を元気づけるように笑う。

 

「……昏睡状態の人間を起きてすぐにコキ使うのは心配になるに決まってるだろ」

 

体が辛いはずなのに気丈笑っている上条に、真守がしかめ面になるのは当たり前だった。

 

「それで、あいつらは?」

 

「待機してもらってる。連絡先は聞いているから大丈夫だ。……問題は小萌先生だ。目の前でやるとマズいから小萌先生が銭湯に行っている間にしようと思う。今日行くって言ってたんだ」

 

「分かった。……で、その魔術ってどこにかけられてんだ? インデックスの体に触れても何も起こらなかったんだけど?」

 

「それがステイルが言うには口の中、上顎のところに仕掛けてあるらしいが……」

 

「らしいが?」

 

「どんな魔術か見当がつかないらしい。インデックスも自分にかけられている魔術は解析できないからな。イギリス清教に問い合わせるワケにもいかないから色々と探っているんだがな」

 

「そっか。分からねえかもしれないけど、壊しちまったらなんでもいいんだろ?」

 

「……まあ、そうだな。壊してしまえば問題ないだろう」

 

上条のあっけらかんとした言葉に真守はふむ、と一つ頷く。

元々、インデックスの体を救う目的で魔術を壊すのだ。体にかかる負荷がなくなるのだから問題ない。

一番真守が懸念しているのはフィードバックなのだが、インデックスの体を蝕んでいるものを除去すれば問題ないか、と納得する。

 

「ちなみに、お前の方の野暮用はどうにかなったのか? すっげえ忙しそうだったけど」

 

上条が問いかけてくるので、真守は機嫌悪そうに顔を歪ませてから上条の額にデコピンをかます。

 

「てっ!?」

 

「私はこの通りピンピンしている。自分が重傷なのに人の心配するな、バカタレ。大体お前はその右手でなんでも打ち消してしまうから私の治療が効かないんだぞ」

 

真守が優しい怒りを上条に向けていると、上条は額を押さえながら頷く。

 

「まったくお前のその右手には困ったものだ。それにお前の右手を見ていると入学式の日を思い出す」

 

「あー……本当にすみませんでした……」

 

上条は入学式の日を思い出して申し訳なさそうに笑う。

 

真守は五年前まで研究所にいて、その後は病院に入院して治療を行っていたので中学校に所属はしていたが通ってなかった。

 

そのため高校に進学してから初めて普通の学校に行くことになったのだ。

エリート校ではなくてわざわざレベルの低い学校を選んだのは、好待遇なのと厳しい校則に行って耐えられるか心配だったからである。

 

入学式の日。

真守ははっきり言って緊張していた。

周りの生徒が自分を傷つける人間か分からないからだ。

そのため不安でいっぱいだったのだが、入学式がある体育館へ向かうためにクラスメイト全員で廊下を並んで歩いていたら、真守の後ろで上条が自分のズボンの裾を踏んでずっこけたのだ。

 

すると真守の背中に丁度右手が接触する形で上条は真守の方へ倒れてきた。

瞬間、幻想殺し(イマジンブレイカー)が発動して真守が体に薄く張っていたエネルギーが打ち消された。

 

真守が驚いて後ろを振り向こうとした瞬間、上条が真守を巻き込みながら転倒。

──そしてその結果。

 

真守は馬乗りになられて形の良いほどよい大きさの片乳を上条にしっかり掴まれた。

 

当然の如く錯乱した真守によって上条はぶっ飛ばされた。

 

その後は大騒ぎで上条をタコ殴りにして殺す寸前になりそうだった真守をクラスメイト全員が止めた。

入学して早々にクラスメイトが一つになった瞬間であった。

 

クラスメイト全員にはどう見ても、真守が尻尾を踏まれて怒った猫にしか見えなかったらしい。

そして女子生徒に囲まれて優しく慰められて大人しくなった真守は機嫌を取ってもらって大人しくなる猫に見えて、ますます猫っぽい少女だと思われた。

 

落ち着いた真守はクラスメイトに向けて『止めてくれてありがとう』と、深い感謝の念をこめて頭を下げたので、『あ、この子すっごい良い子だ』と、突然暴れ出した真守を彼らはクラスメイトとして受け入れてくれた。

 

真守の初めての学校生活は初日からそんなんだったが、割と受け入れられたのは上条のおかげだ。

……まあ、確かに乳を揉みしだかれた事は根に持っているが、上条自身は嫌いじゃない。

 

「入学式初日にあんな事があったから、お前の右手の事を私は知ったんだが。それにしても魔術があるって事は、御利益とかも本当にあるって事だ。……お前、神のご加護とやらをその右手で打ち消してるから、そこまで不幸なんじゃないのか?」

 

「うぐっ。そ、それ……インデックスさんにも言われました……」

 

上条はがっくりとうなだれて右手を見つめる。真守はそんな上条の前でクスクスと微笑んだ。

 

「あー! とうま! 目が覚めたの!?」

 

その時、小萌先生と夕食の買い出しに出ていたインデックスが、小萌先生と共に帰って来た。

 

「よお、インデックス」

 

「上条ちゃん、大丈夫ですか?」

 

近付いてきたインデックスと小萌先生に向かって心配しないでほしいと笑う上条。

 

(まったく……自分が人を大事にしたいからって自分の事をないがしろにしてどうするんだ、コイツ。まあ自分の芯がしっかりしているのは良い事だが、少しは周りを頼る事を覚えないとダメだぞ、上条)

 

真守は上条当麻を優しい目で見つめながら心の中で呟いていた。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

小萌先生を銭湯へと向かわせた後、真守は一応人払いのルーンをステイルにかけてもらった。

小萌先生の部屋は狭いので圧迫感があるが、そこに五人集合していた。

 

「じゃあ、行くぞ」

 

上条が目の前に座っているインデックスを見つめてごくッと喉を鳴らした。

真守は不穏な気配を感じて上条を睨みつけた。

 

「上条、エロい目で見たら潰す」

 

「何を!? 何を潰すんですか!?」

 

上条がバッと男の急所を押さえるので、真守は顔を真っ赤にしながら叫ぶ。

 

「殺すって言葉は使えないからぶっ潰すって言ってんだよ、変な方に考えるな!」

 

真守がガウッと唸ると、上条はほっと安堵してインデックスに向き合う。

 

「行くぞ」

 

「う、うん」

 

そしてインデックスが大きく開けた口の中に右手を入れて上顎に触れた。

 

バギン! という音が響いた瞬間、上条の右手は勢いよく弾かれて後ろへ突き飛ばされた。

 

「なっ!?」

 

声を上げたのは誰だったか分からない。

全員かもしれないし、一人かもしれなかった。

 

真守たちの前でインデックスが浮き上がって黒いオーラが放たれる。

そしてインデックスの両目が見開かれて、赤い魔法陣を浮かべた瞳で上条を見た。

 

自動書記(ヨハネのペン)は魔術を説明するための機構じゃなくて、防衛機構だったのか!」

 

真守が叫んだ瞬間、インデックスが上条へと衝撃波を放った。

 

その衝撃波によって家具も吹き飛ばされるが、真守は即座に能力を解放。

蒼閃光(そうせんこう)でできた猫耳と尻尾を現出させると家具にぶつけるように源流エネルギーを生成して、それらの家具を塵も残さずに焼き尽くした。

 

「警告、第三章第二節。第一から第三までの全結界の貫通を確認。再生準備、失敗。自動再生は不可能。現状一〇万三○○〇冊の書庫の保護のため、侵入者の迎撃を優先します」

 

真守たちの前でインデックスが無機質で機械的な言葉を吐く。

 

「……、そういやぁ、一つだけきいてなかったっけか。超能力者でもないテメエが、一体どうして魔力がないのかって理由」

 

「防衛機構に魔力のリソースが全て割かれているのか! だからインデックスは自分で魔術を使えない!」

 

上条の一言によって弾かれたように真守が叫ぶと、背後でステイルと神裂が息を呑んだ。

 

「書庫内の一〇万三○○〇冊により、結界を貫通した魔術の術式を逆算。──失敗。該当する魔術は発見できず。術式の構成を暴き、対侵入者用のローカルウェポンを組み上げます。侵入者個人に対して、最も効果的な魔術の組み合わせに成功しました」

 

インデックスが呟くと、彼女の瞳に浮かび上がっていた魔法陣が目から空間へと投射されて大きく展開される。

 

「これより特定魔術『(セント)ジョージの聖域』を発動。侵入者を破壊します」

 

そしてインデックスの瞳から黒い亀裂が辺りの空間にヒビのように走る。

 

部屋の隅々まで走り抜けるそれを感知した真守は雷撃のような感覚が体の中を突き抜けた。

あの亀裂の奥に潜むモノは危険だ。

 

真守が本能的に恐怖を覚えていると、その前でインデックスが煌々と光り輝く。

 

瞬間、高密度のエネルギーが練り上げられているのを感じた。

真守はその高密度エネルギーに対抗するための逆算を開始するが、目の前にどんな異能をも打ち消す右手を持つ上条がいるので、自分の能力を打ち消されると即座に判断した真守は声を上げた。

 

「上条! 右手、右手を早く前に出せ!!」

 

上条はインデックスから迸る光が強すぎて頭を守るように手をかざしていたが、真守が叫ぶと即座に前に出した。

 

インデックスから凄まじい光の柱が放たれる。

レーザー兵器のように光り輝く純白の『光の柱』が発射されて、それを上条は右手で真っ向から受け止めた。

光の奔流(ほんりゅう)(ほとばし)り、余波が真守たちの方へと流れていく。

 

真守は背後の二人を守るために上条に打ち消されない範囲に設定してエネルギーを生成、その余波によって部屋が吹き飛ばないように空間にエネルギーを満たして『固定』した。

ガガガガキ! と、歯車が噛み合いながらも回らずに軋む音を響かせて、蒼閃光が迸る。

 

(あのビームを構成するエネルギーの質は均一じゃない。あんな複雑性を持たれたら上条の右手が圧される可能性がある……っ)

 

真守は状況を打破するために考えるが、幻想殺しで自分の異能が打ち消されてしまうので手が出せない。

攻勢に出られない真守の前でインデックスから無機質な声が放たれた。

 

「『(セント)ジョージの聖域』は侵入者に対して効果が見られません。他の術式に切り替えて侵入者の迎撃を継続します」

 

インデックスが呟いた瞬間、インデックスからは放たれるエネルギーの質が大きく変化したのを感知した。

 

「ステイル、神裂!!」

 

真守は部屋が吹き飛ばされないようにエネルギーを展開して場を固定しているので、まだ何もしていないで突っ立っている二人に声をかけるとステイルが即座に反応した。

 

我が名が最強であることをここに示す(F o r t i s 9 3 1)!!」

 

ステイルはルーンが記述されたカードを操り、自分の体に貼りつけると、上条の背中に手を当てた。

ステイルが上条を支えた瞬間、インデックスがそれに応えるように力を増大させた。

 

それを受けて今度は神裂が動いた。

 

救われぬ者に救いの手を(S a l v a r e 0 0 0)!!」

 

神裂は七本のワイヤーを巡らせて部屋の畳を切り裂くと、足元を浮かされてインデックスはそのまま後ろへと倒れこむ。

 

インデックスの瞳と連動している光の柱は、体が上を向いた瞬間に天井を焼きながら天に向かって放たれた。

 

それは夜天に広がっていた雲を切り裂くように昇っていく。

 

「う!? 何かに当たったが!?」

 

真守がその光の柱のエネルギーが何かを貫いて爆発させたのを感じ取ってうめいた。

 

「え!? 何かって何!?」

 

「分からない! 今は目の前に集中しろ!」

 

真守のうめき声に上条が不安になるが、真守が命令口調で告げたので上条はインデックスを見た。

 

その時突如、天井が焼き切られて夜天が広がる部屋に天使の羽根が降り注いだ。

それは光で作られた羽根であり、暗闇の中で仄かに光りを放っていた。

 

「なんだこれ……?」

 

「これは、竜王の殺息(ドラゴンブレス)──伝説にある聖ジョージのドラゴンの一撃と同義です! それにたった一枚にでも触れてしまえば、いかなる力があろうとも大変な事になります!」

 

真守は光の羽根をじっと見つめながらその存在を直感に基づいて解析していく。

 

「……この羽根、物質として極めて不安定で曖昧になってる……? 上条の右手で打ち消しきれなかった()()()()()()か……! マズい……上条の右手でも打ち消せないこれに下手に干渉でもすれば、『揺らぎ』が生じて空間が歪む! 何が起こるか私でも察しがつかない、当たらないように気を付けるしかない!」

 

神裂に引き続き、真守が焦った声を上げると上条がひらひらと落ちる羽根を見つめた。

 

「……マジか!?」

 

そんな上条の前でインデックスが体勢を立て直し、光の柱の軌道を上条へと振り下ろした。

真守は上条の横に立って源流エネルギーを上条に打ち消されないように演算して展開、その光の柱を受け止めた。

 

真守の生成した源流エネルギーと光の柱が衝突して虹色の煌めきの奔流が辺りに吹きすさび、アパート周辺でさえ明るく染め上げられる。

 

「上条、今のうちだ!!」

 

真守が衝撃に耐えながら叫ぶと、上条がインデックスへと迫る。

 

「警告。第二十二章第一節。『天使の力(テレズマ)』に酷似している高純度エネルギーの解析に失敗。警戒を最大限に引き上げて術式を再構築。『(セント)ジョージの聖域』を第二、第三、第四、第五、第六、第七段階へと移行します。『正しい事を為せ(ファク・クォド・レクトゥム・エスト )(・ディク・)真の事を言え(クォド・ウィルム・エスト)』」

 

「──────嘘、だろ……っ!?」

 

より凶悪になった光の柱を、真守は源流エネルギーを初めて『練り上げて』受け止める。

 

光の柱と源流エネルギーの衝突によってその間を縫うかのように虹色の煌めきが吹きあがって、場が白く霞む。

 

衝突によって爆発が起こると真守は察すると、自分が放つエネルギーの指向性に手を加えて、源流エネルギーに真っ向からぶつかる光の柱を拡散させた。

 

拡散した光の柱が無数に飛び散り、小萌先生の部屋の壁に幾つもの大穴を空ける。

 

壁がぶち抜かれていく様子を神裂とステイルは、眩しくて目が上手く機能しない中必死に見つめていた。

 

「その幻想をぶち壊す!!」

 

そんな二人の前で上条はインデックスの周りに展開されている黒いヒビの形状を取っている『(セント)ジョージの聖域』に触れて、その先にある魔法陣を右手で打ち消す。

 

鋭く甲高い音が響く中、インデックスはゆっくりと後ろに倒れていく。

 

「警、告──最終章。第零…………『首輪』、致命的な…………破壊。再生、不可……」

 

夜天から白い羽根が何十枚も舞い落ちる中、事態は収束を見せた。

 

上条は倒れたインデックスへと近づいて、抱き寄せる。

 

そして、インデックスの無事を確認すると穏やかに微笑んだ。

 

「──────!!」

 

真守が叫ぶが、上条には聞こえていない。

 

上条が真守の声を受けてそっと振り返ると、その瞬間彼の頭に白い羽根が触れた。

 

天使の羽根が上条当麻の頭を一撫ですると、もうそこに彼は存在しなかった。

 

上条当麻は光の羽根からインデックスを守るように倒れ伏す。

 

そんな上条当麻の上に何十枚もの光の羽根が降り注ぎ、彼の体を白く染め上げていった。

 

上条当麻は、それでも笑っていた。

笑いながら、その指先は二度と動かなかった。

 

──七月二十八日。零時丁度。

 

上条当麻はその日、死んだ。

 

 

 

それは、それは。

周りにとって『不幸』な事で、彼にとっては『幸福』な最期だった。

 




真守ちゃんも上条くんの餌食に遭っていました。

ちなみに『神よ、何故私を見捨てたのですか?〈エリ・エリ・レマ・サバクタニ〉』ではないのはあれが対十字教用追加魔術だからです。
真守ちゃん十字教徒ではなく科学の徒なので、違うものにさせていただきました。



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第二三話:〈双六展転〉振り出しへ

第二三話、投稿します。
※次は八月三〇日月曜日です。


「手の施しようがないね?」

 

真守は深夜未明、冥土帰し(ヘブンキャンセラー)と対峙していた。

冥土帰しは電子カルテを見ながら真守に説明する。

 

「脳の記憶野、そのエピソード記憶の脳細胞が死滅している。真守くんも知っている通り、神経細胞は中枢神経系を形成した後は細胞分裂しない。だから──」

 

「日常的な記憶を、失ったと?」

 

真守は生唾を呑み込んで乾いた喉を潤してから、声を絞り出すようにして訊ねた。

 

「そうなるね?」

 

冥土帰し(ヘブンキャンセラー)の無慈悲な言葉に真守は押し黙る。

 

冥土帰しはどんな患者でも生きてさえいれば治してくれる医者だ。

そんな医者でも破壊されてしまった神経細胞とその中に溜め込んであった情報は復元する事はできない。

 

きっと上条当麻は冥土帰しにとって初めて救えなかった患者だろう。

 

「分かった。ありがとう、先生」

 

「僕は彼を救えなかったけれど?」

 

「いいや、先生がいつも死力を尽くしているのを私は知ってる。だって患者(わたし)のために生きていく術や生きる場所だって提供してくれたんだから」

 

冥土帰し(ヘブンキャンセラー)はどんな費用や手間が掛かったとしても、本当に患者に必要なら全てを用意してくれる。

朝槻真守という患者に冥土帰し(ヘブンキャンセラー)が必要だと思ったのは普通の人として暮らしていく全てだ。

 

研究所を壊滅させて脱走して、源白(みなしろ)深城(みしろ)というこの世で何よりも大切な存在以外何も持っていなかった真守に、冥土帰しは真守に全てを用意してくれたのだ。

 

「キミに用意しなければならないのは普通の学生としての暮らしだったから、それほど難しくはなかったけれどね?」

 

「難しい、難しくないの話じゃない。先生の用意してくれたものは本当なら私が手に入れられなかったモノばかりだった。先生はいつでも患者のために頑張っていてくれる。だから上条のために色々と手を尽くしてくれてありがとうって、お礼を言ったんだ」

 

真守が頭を下げると冥土帰し(ヘブンキャンセラー)は寂しそうに微笑んだ。

上条を救えなかった事が、心にきているらしい。

 

「キミがそうやって生きられるようになって良かったよ?」

 

「うん。私が人の好意を受け取ってお礼を言えるようになったのは、やっぱり先生と深城のおかげなんだぞ」

 

真守はにへらっとはにかむように笑うが、上条を助けられなかった罪悪感からその表情はほんの少し歪んでいた。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

翌日。

夏の高い空が広がり、太陽の光がじりじりと照り付けてセミの声が鳴り響く中、真守は自分が入院しているマンモス病院の裏玄関の柱に寄り掛かって立っていた。

 

「で、イギリス清教はなんだって?」

 

真守は学園都市を去ろうとしているステイルと神裂と話をしていた。

 

「上はあの子を連れ戻したがっていたが、キミに教えてもらった事を全て伝えたら現状維持に落ち着いた」

 

「上条のそばにインデックスを置いておく、という事か。お前たちはそれでいいのか?」

 

真守が事の経緯を簡潔に言葉で表現すると、神裂が優しい笑みを浮かべて頷いた。

 

「あの子の幸せが私たちの幸せですから」

 

「そうか」

 

真守は神裂とステイルのインデックスを想う気持ちに微笑んで頷く。

 

「ただ、イギリス清教は様子見をしている状態だ。僕たちはあの子を守るために情報を集める事にする」

 

「それが賢明だな。お前らは政治が絡んできているから特に動きづらいだろう。……強大な権力と戦うのは辛く険しい道だ。心が折れないように頑張れよ」

 

ステイルが真剣な表情をして決意を表明すると、真守はイギリスという国の一角を担っているイギリス清教に立ち向かうステイルと神裂の方針を肯定して、激励を飛ばした。

 

神裂がその激励に頷く隣で、ステイルは真守に向き直った。

 

「横からあの子をかっさらっていったあの男は正直気に入らない。だがキミには世話になった。ありがとう。……重ねるようで申し訳ないんだが、あの子のために超能力者(レベル5)としての力を使ってくれるかい?」

 

「勿論だ。……だが私が超能力者(レベル5)である事は秘密な。事実上は大能力者(レベル4)で、私が統括理事会の承認を蹴ったのは秘匿されているから。……まあ、お前たちにはあまり関わりない事情だがな」

 

真守が上層部の事を思いながら告げると、ステイルは肩を(すく)めた。

 

「キミも上層部に翻弄(ほんろう)されているようで大変だな」

 

「お互い様というところだ」

 

真守はフッと自嘲気味に微笑んでからステイルの言葉に軽口を叩くように応えた。

 

「じゃあ僕たちはこれで」

 

「また会いましょう、まもり(真実を守る人)

 

別れの挨拶を告げる二人を見て、真守は自分の名前に込められた意味を言葉にされて柔らかく微笑んでから訊ねた。

 

「インデックスに会わなくていいのか?」

 

「あの子の頭はあの男でいっぱいだからな」

 

ステイルはインデックスの事を考えてフッと寂しそうに笑った。

 

「嫉妬で見てられないのか」

 

真守がにやにやとしながら(いじ)ると、ステイルはうぐっと唸りながら顔を真っ赤にさせる。

 

「ぼ、僕はあの子をそんな目で見ていない! 尊敬する女性はエリザベス一世で好みのタイプは聖女マルタだ!!」

 

「ほーう?」

 

必死に言い訳するステイルが微笑ましくて、真守はふふっと声を漏らして笑った。

ステイルがぐぬぬ、と顔を歪ませる隣で、神裂はそんなステイルを見て苦笑していた。

 

「じゃあな二人共。学園都市に来るなら連絡してくれ。また何かあったら力になる」

 

「心強いよ、超能力者(レベル5)

 

「では、いずれ。──また」

 

ステイルと神裂は真守に挨拶をするとそのまま去っていく。

真守はヒラッと手を振って二人が見えなくなると、柱に寄り掛かるのをやめて自分で立つと顔を上げた。

 

夏の、雲一つないいつもと変わらない夏の晴天が広がっている。

 

「…………よし」

 

真守は一息つくと、彼に会いに行った。

 

新しい朝を迎えた上条当麻の下へと。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

上条当麻はベッドに座ったまま真守を怪訝そうに見つめていた。

初めて会う少女が何者だろうか、どう対応したら記憶喪失になっているとバレないか考えていたのだ。

 

「初めまして、は言わないぞ」

 

真守が先にそう宣言すると、上条は全てを悟った。

 

少女は自分が記憶を失った事を知っている。

あの白い修道服の少女に記憶喪失を隠すと決めていたのに。

 

そんな上条の絶望を感じ取り、真守は安心させるように目を細めて微笑んだ。

 

人の可能性を心の底から信じている意志が瞳に宿っている、と上条当麻は感じた。

そんな彼女を、自分は心のどこかで覚えている気がした。

 

「朝槻真守。お前の友達だ」

 

真守は上条のベッドの近くに丸椅子を持ってきて自己紹介した。

 

上条が『友達』という言葉に顔をしかめる。

 

友達だったはずなのだ。

 

ここにいる上条当麻は、彼女の知る上条当麻ではない。

真守は首を横に振ってから微笑んで、上条の思い込みを吹き飛ばした。

 

「私とお前は友達だった。そして今でも変わらずに友達だ。お前の記憶が消えただけでこの関係が変わる事なんてありえない。私が信じている上条当麻は、記憶がない程度では揺らがない」

 

上条は息を呑んで真守を見た。

過去の上条当麻の友達だったこの少女は、今の何も覚えていない上条当麻の味方になってくれると言うのだ。

 

自分の存在が危ぶまれている時に、その言葉は救いの言葉だった。

真守は救いの女神だとでも自分を見つめる上条に向かって、寂しそうに微笑んでから自身の罪悪感を口にする。

 

「私はお前を助けられなかった。それがとても心苦しい。だからお前のこれからを助けさせてほしい。そう願い出てもいいか?」

 

真守が悲痛な笑みを浮かべると、上条が言葉を口から零した。

 

「……そんな顔するなよ。俺、お前にそんな顔してほしくないな」

 

上条当麻は記憶を失くそうが、やっぱり彼の本質は何も変わらなかった。

真守は上条のその一言に今一度確信して、柔らかく微笑んだ。

 

「でも、そうだな。色々忘れちまってるから、そこんところはよろしく頼む」

 

上条が真守に頼むと、真守は力強く頷いた。

 

「もちろんだ、上条」

 

真守の反応を見て、上条は安堵して目を細めて微笑んだ。

 

「──さて、本人の許可を貰ったので今から勉強だ」

 

「……はい?」

 

だが真守が言い放った言葉の意味が分からず、上条は間抜けな声を出した。

 

「お前がこれから日常生活を送る上での一般常識だ。私はお前のクラスメイトだからな。お前の人間関係はもちろん把握している。それと現実を叩きつけるようで悪いが、お前ははっきり言って記録術(かいはつ)の単位が圧倒的に足りない落第ぎりぎりの『落ちこぼれ』だ。これ以上成績落とすと高校一年生もう一回だ。お前を助けると誓った私はお前を完膚(かんぷ)なきまでに助けなければならない。……分かったら勉強だっ!!」

 

「や、病み上がりなんですけど!? 病人! 俺、病人だから! ちょ、ちょっとまだあの、勉強はやりたくないって言うか……!」

 

真守がまくしたてた真っ当な言い分を聞いて上条は顔を真っ青にする。

 

そんな上条に真守はにっこりと微笑んだ

その瞳に決意の炎を灯らせて。

 

「逃げるな上条。お前の望み通りに私が助けてやる」

 

「い、いやあああああ勉強は嫌だあああああ!!」

 

叫んで逃げようとする上条だが、病人なので逃げる事ができない。

真守は愉快だと言わんばかりの声で上条に向かって宣言した。

 

「この夏休みの間にお前の脳みそにできる限りの『記憶』を詰め込む。私はこれでも忙しい身だ。課題を出してやるからきっちりこなせ!」

 

「スパルタ教師!? 俺が考えてたキャラとなんかちょっと違う!!」

 

「どうせお前から見た私の印象は気難しいヤツだろう。だが私は面倒見が良いとクラスでも評判だ。分かったら始めるぞ!」

 

「その違いが嫌なんですが────っ!?」

 

泣き叫ぶ上条へと、真守は勉強という暴力を持って近づく。

 

(やっぱり記憶がなくても上条は上条だ)

 

泣き叫ぶ上条の反応を見て、真守はくすくすと楽しそうな声を出して笑っていた。

 

 

 




神裂の言う真守の名前の意味は自動書記も察しており、前回の話で出てきた〈正しい事を為せ、真の事を言え〉という名称での魔術攻撃はある意味真守に対する皮肉です。
『流動源力』では、神裂は聖人ゆえに人間につけられた名前の本当の意味が分かるように設定されています。ご了承ください。


また活動報告にて『禁書目録篇:下』についてのメタ的な解説と上条くんの記憶の謎について触れています。
よければご覧ください。


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A Very Merry Unbirthday篇
第二四話:〈日常茶飯〉は穏やかに


二四話、投稿します。
次は八月三一日火曜日です。


真守は自分の病室にあるソファに座ってノートパソコンを動かしていたが、ふと顔を上げて立ち上がり、病室の扉の方まで歩いていった。

 

「垣根?」

 

「うおっ」

 

真守が病室の扉をガラッと開けると、今まさに病室の扉を開けようとしていた垣根が立っていた。

 

「お前、分かるようになったのか?」

 

「うん。垣根のAIM拡散力場は特徴的だから分かるようになった」

 

真守は得意気に笑って垣根の問いかけに答えた。

 

ここ数日、真守はAIM拡散力場専攻の大脳生理学者の木山春生と知り合った事によってAIM拡散力場について集中的に学んでいた。

 

幻想御手(レベルアッパー)は能力者の脳をAIM拡散力場によって束ねてネットワークを形成し、巨大な一つの演算装置にするために木山春生が学生に頒布(はんぷ)したものだ。

木山春生はその演算装置を使って実験により昏睡状態となった置き去り(チャイルドエラー)を救うための演算を行おうとしていたのだ。

 

だがネットワークの暴走によって幻想猛獣(AIMバースト)が生み出され、超能力者(レベル5)三人によって事件は収束、木山の目的は達成されなかった。

 

警備員(アンチスキル)に連行された木山だったが、彼女を救ったのは冥土帰し(ヘブンキャンセラー)だった。

冥土帰しはこの学園都市で顔の利く存在なので、置き去り(チャイルドエラー)を救うために木山を保釈するなんて簡単な事だった。

 

そんな冥土帰しに木山の事情を話したのは真守だった。

置き去りは昔の真守と同じような立ち位置にいたので、『昏睡状態の彼らを助けたい』と考えた真守は冥土帰しに懇願(こんがん)したのだ。

 

真守の事を手伝ってくれると言ってくれた垣根と共に、真守は冥土帰しの伝手を使って昏睡状態の置き去りを集めた。

 

木山と共に彼らを救う手立てを探している間に、木山が真守に自分ができる事はないか、と真守に聞いてきた。

何でもされっぱなしは性に合わないらしい。

 

真守にはAIM拡散力場を感じ取ることができる能力が備わっている。

 

これまでデータがなかったから分からなかったが、AIM拡散力場にはそれぞれの能力に(のっと)った特徴がある事を真守は理解していた。

 

専門家の木山がそうやって申し出てくれたので、AIM拡散力場の詳細データが欲しいと真守はお願いした。

サンプルデータがあれば、真守がAIM拡散力場を感知する事によってその能力者がどんな能力を所有しているか分かると考えたからだ。

 

木山は真守の要望に的確に答えてくれて、昏睡状態の置き去り(チャイルドエラー)のデータも提供してくれた。

 

彼らは『暴走能力の法則解析用誘爆実験』の被験者で、その実験は能力体結晶と呼ばれる『能力を暴走させる化学物質』を使って能力者のAIM拡散力場を刺激し、暴走の条件を調べるというものだった。

 

実験を主導していた人間が多くのデータを欲したため、被験者たちは念動力系、火炎系、電子制御系、大気系、精神干渉系など系統別に集められており、それ以外にも数人の特殊系の被験者がいた。

 

置き去り(チャイルドエラー)がそうやって系統別に分けられていた事によってサンプルデータが多くなり、真守は系統別でなら能力者の見分けがつくようになった。

 

流石に強度(レベル)や系統別内の詳しい分類などはまだ見分けがつかないが、それでも能力者がどんな能力を持っているか分かるようになるのは、自身の能力の応用性を追求し続ける真守にとって喜ばしい事だった。

 

系統別は分かるようになったが、できれば特殊系も手を出してみたい。

そう思った真守は無理を承知で未元物質(ダークマター)のAIM拡散力場のデータが欲しい、と垣根に言ってみたところ、解析したデータをくれるなら問題ない、と垣根は承諾。

そのため真守は垣根のAIM拡散力場を解析し、その結果として垣根が近付いてきたら分かるようになったのだ。

 

「……垣根、スーツ以外も着るんだな」

 

真守は白いインナーにダークブルーのシャツ、それとジーパンを履いて腰にウォレットチェーンをぶら下げた垣根の私服姿を見て思わず零した。

 

「あ? ……そうか。お前に会ったのは学生服かスーツの時だけか。あれは暗部として動く時に着てんだよ。俺だって私服くらい持ってる」

 

「気持ち入れ替えるためのカッコつけか」

 

「オイ、辛らつだなテメエ」

 

真守の言葉を暴言として受け取った垣根は片眉を上げて真守を睨む。

 

「別に辛らつじゃない。単純に良いと思ってるぞ」

 

垣根の機嫌が急降下しようと、真守はケロッとした様子で微笑んで自分の意見を述べた。

 

「……お前は口が悪いのか悪くないのかどっちなんだよ」

 

真守が悪気を持って言ったわけではない、と理解できても垣根は眉を(ひそ)めるが、真守はそれに反論した。

 

「別に私の口は悪くない。…………いつもスーツじゃないなら違う方が良かったかな」

 

「なんだって?」

 

反論した後の真守の呟きが聞こえなくて訊ねた垣根だったが、真守は首を横に振って答えた。

 

「なんでもない。ところでなんでここに来たんだ? 待ち合わせは第二二学区のハズだろ」

 

今日、真守と垣根は出かける約束をしており、その目的は虚空爆破(グラビトン)事件で買い損ねてしまい、幻想御手(レベルアッパー)事件で壊してしまったサンダルの新しいものを買いに行く、という目的だ。

 

待ち合わせ場所は第二二学区のとあるデパートであり、それも約束は一三時。

それでも垣根は真守の病室にやってきたし、今は一一時なので時間が明らかに早い。

 

「お前の主治医に頼まれたんだよ」

 

「何を?」

 

「お前に飯を食わすように」

 

垣根が責めるような目を真守に向けると、真守は目を泳がせた。

 

朝槻真守の能力、流動源力(ギアホイール)はあらゆるエネルギーを生み出す能力である。

それは生きていくエネルギーを自分で生成できるという事で、食事の必要がないという事だ。

 

能力で補えるというのは万能だが、日常生活を送るには困った弊害(へいがい)が出る。

能力に合わせて肉体が『最適化』されるのだ。

 

聞こえはいいかもしれないが、『最適化』というのは自分に必要のない機能を削ぎ落とすという事に繋がる。

 

真守は生命エネルギーを自分で生成できるため、消化器官が不要になり、内臓が退化してしまうのだ。

その退化を止めるのと、適正年齢に合わせた消化器官に整えるために、真守は冥土帰し(ヘブンキャンセラー)による治療を受けている。

 

だが真守は、日常生活において誰かと食事をする時だけに内臓が使えればいいと思っているので、普段食事をしないのだ。

 

そんな真守に主治医の冥土帰し(ヘブンキャンセラー)は、真守に一日に食べたり飲んだしなければならない量の食事を定めていて、真守はそれを最低限こなしている。

 

だがその食事の内容が経口補水液やら氷砂糖であり、冥土帰しはもっと別のメニューにしようと進言するのだが、真守は断固拒否。

自分でエネルギーを作れるから食事に必要性を感じないのと、研究所にいた頃の『実験』によって食への関心が薄くなっているからだ。

 

冥土帰しから真守の内臓器官の治療の話や食事情を説明された垣根は冥土帰しに『彼女を食事に連れ出して欲しい』とお願いされたのだ。

 

「食べられるならちゃんとしたモン食べた方が良いだろ」

 

垣根は溜息を吐きながらもそう呟くと、真守が気まずそうに顔をしかめた。

 

垣根は真守の食事情をずっと可哀想だと思っていたし、心配していたのだ。

経口補水液の飲み比べができるなんて味覚が刺激されていない証拠で、そんなに食べられないのかと考えていたし、冷凍うどんで幸せそうな顔をするなんて毎日一体何を食べているのだろうと思っていた。

 

冥土帰し(ヘブンキャンセラー)から真実を聞かされて研究所の真守に対する『実験』に殺意を抱きながらも、そういう風に育てられてしまっても表の世界で生きている真守が、人間らしい事をしようとしないのも悪いと思った。

 

真守は人の気持ちを無下にできない。

 

だから誰かに連れ出されて食事を続ければ人間の三大欲求の一つが刺激されて食べるようになるだろう、と冥土帰し(ヘブンキャンセラー)が医者として助言してきたので、垣根は真守をなるべく食事に誘おうと決めたのだ。

 

「……垣根が、一緒に食べてくれるなら、食べる……」

 

冥土帰しの言う通り、真守は垣根の気持ちを汲み取って拒否しなかった。

 

真守にとって垣根との食事は貴重なものだ。

事情を知っているから場の空気を考えて真守が無理に食べなくても良いし、ゆっくり時間をかけて食べても垣根は待ってくれる。

 

それに垣根と一緒だと真守は単純に食事が楽しかった。

 

「……良かった。行くぞ、来い真守」

 

垣根は穏やかに笑ってから、顎をクイッと動かして病室の外に出ようと真守を誘うと、真守は垣根の気遣いが嬉しくて控えめに微笑んで用意を始めた。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

 

真守と垣根は第二二学区の地下街のとあるパスタ料理専門店に入った。

 

真守は女性用のメニューで量が少なくなっている、中に具を詰めるタイプのラビオリを選び、垣根は日替わりメニューで学園都市外の海産物を使ったペスカトーレを頼んだ。

 

真守が半分食べ終わった頃には垣根は既に食べ終わっており、優雅にテーブルに肘をついて食後のコーヒーを飲んでいた。

 

「なあ、『樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)』が行方不明になったの知ってるか?」

 

「んぐっ!?」

 

垣根がまさかの話題を突然振ってきたので、真守は意表を突かれた。

その拍子に口に入れていたラビオリの中に入っていたひき肉が自分の喉に引っかかってしまった。

 

「悪い驚かせて。…………驚く内容だったか?」

 

思い切り咳き込む真守を見て、垣根は心配そうに見つめて謝るが、ふと真守の様子が気になって目を細めた。

真守は頼んでいたピーチのストレートティーを飲んで落ち着くと、気まずそうに目を逸らした。

 

「そうだな。私も話は聞いてる」

 

樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)』は七月二七日午後一一時一七分に消息不明となった。

七月二八日になってから捜索隊が派遣され、残骸(レムナント)の一部を回収したところ、正体不明の高熱源体の直撃を受けて大破した、という推測が出された。

 

秘匿された情報だが、上層部に直結している暗部の人間である垣根が知っていてもおかしくはない。

 

「知ってるって事はまさか、正体不明の高熱源体ってお前の破壊力抜群の源流エネルギーか?」

 

垣根は真守の生成する源流エネルギーの仕組みを解析できていない。

ただ全ての源であるエネルギーだということは確かだ。

 

そんな高密度、高純度エネルギーが『樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)』をぶち抜く正体不明の高熱源体になってもおかしくない。

 

「違う、私じゃない!」

 

垣根が咎めるような視線を真守に向けると、真守が思わず声を大きくした。

思い切り関わっていた事を告げてしまい、真守は顔を背ける。

 

真守は自分に超能力者(レベル5)である事を隠していた。

他にも隠している事があるだろう、と考えていた垣根は視線を鋭くして追及した。

 

「言え」

 

真守は話題を逸らすのが上手いので、真正面から切り込むに限ると垣根は考え、命令口調で告げた。

 

「……とある機関で、秘密裏に作り上げられたモノが暴走してしまってな。それが『樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)』を破壊してしまったんだ」

 

真守はぼそぼそと事の経緯をぼかして伝えた。

 

イギリス清教(とある機関)で秘密裏に作り上げられた魔導書図書館(モノ) (の防衛機構)が暴走して『樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)』を破壊した。

間違っても嘘は言っていない。

 

(流石にこのごまかしは気づかれないだろう。そもそも私でもよく分からない魔術なんてシロモノを垣根が知ったら、絶対面倒になる……!)

 

真正面から切り込まれようが、真守は超能力者(レベル5)の頭脳をフル回転させて言葉巧みに垣根の追及を回避する。

 

「なんでそんな曖昧なんだ?」

 

真守がごまかしていると知らない垣根は単純に疑問に思って真守に訊ねた。

 

先日、真守は能力者にゲームと称されて襲われていた。

そのゲーム参加者が幻想御手(レベルアッパー)という代物で強度(レベル)を上げているのだと、真守は襲われながらも調べ上げていたのだ。

 

高い情報収集能力を持つ真守が何故、詳細な事情を把握していないのか。

垣根の反応は至極当然だった。

 

「……私も色々と調べているんだが、全貌が把握できていないんだ。分かったら垣根にも説明する」

 

これも嘘は言っていない。

 

魔術という技術は能力開発とは全く別物で、真守は未だに魔術を理解できていない。

 

インデックスに少しずつ教わっているが、自分の頭で理解しようとすると、虚数や存在しない数を式に当て嵌めたりしなければならないのだ。

魔術の術式を一種の流れに見立てて仕組みを真守も理解しようとしているが、科学と全く別物の魔術を解析することは真守の頭脳でも一筋縄ではいかなかった。

 

「ふーん。……お前が分からねえってのは相当なんだな。分かったらすぐに教えろ」

 

真守の様子に、垣根は真守が本当に試行錯誤していると判断して、この場を収めた。

 

「うん!」

 

(乗り切った……っ!)

 

真守は面倒事が回避できたと思って、油断してにっこり笑ってしまう。

 

あからさまに取り繕っている笑みだったのに、真守の満面の笑みを見た事がなかった垣根はその笑みに思わず固まってしまった。

 

(その笑顔反則だろ……っ!?)

 

普段と満面の笑みのギャップに思わず固まってしまった垣根だったが、真守はそんな垣根を他所(よそ)に大層ご機嫌に食事を再開する。

 

真守が自分に隠し事をして乗り切ったことに安心した際の満面の笑みだと、真守のギャップにやられて不覚にもドキッとしてしまった垣根は最後まで気づくことがなかった。

 

 




デートは続きます。

原作者さま方も非公式含めイラスト書いておりましたが、垣根くんは『とある偶像の一方通行さま』では私服姿でそこら辺歩いていたのでスーツは仕事着かな、と思いました。
あの垣根くん三下ムーブがヤバいのと心理定規さんのフォローっぷりが面白い。

『とある偶像の流動源力さま』も幾つか作ったんですが、流動源力本編を投稿するのでさえ一念発起状態だったので更に躊躇っています。
偶像の二次創作って某イラストサイトでも少ないのも懸念の一つですね。
そもそも偶像時空って季節が巡っていて、ネタがあれば永遠に終わらない。
一体どこで終わればいいのか……。


でもやっぱり偶像には林檎ちゃん必須だと思います(個人的な意見)。


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第二五話:〈平常精神〉では終われない

第二五話、投稿します。
※次は九月二日木曜日です。


「お前っていつもハッキングで情報集めてんの?」

 

「ん?」

 

今日の目的である目当てのサンダルを箱から出していた真守だったが、垣根に声をかけられて顔を上げた。

 

「いつもそうしてる」

 

「なら上層部の主導している計画とか知ってるのか?」

 

垣根が言葉を(にご)して訊ねたのは『計画(プラン)』の事を真守が知っているのか知りたかったのだ。

 

自分が利用されているなんて真守が知ったら『計画(プラン)』を潰すために動くだろう。

アレイスターを相手にして真守が無事でいられるとは思えない。

真守の身の安全を心配して、垣根は()えてぼかして訊ねたのだ。

 

「私の知らないところで私の研究が行われているんだろうが、知ってしまったら手当たり次第に潰したくなる。だから私に直接降りかかった時だけ潰してる。一々目くじら立ててたら学園都市で生きていけないし」

 

真守は手に取っていたサンダルのストラップを足首に全て巻き付けて編み上げるように履くと鏡の前に行って体を捻って色々な角度から見る。

 

真守は白と黒のモノクロファッションを好みとしているので、今履いているサンダルも真っ白だった。

 

「うん。やっぱり黒よりこっちの方がいい。垣根、決まった」

 

真守が垣根に向かって距離を取って似合っているかポーズを取って見せつける。

足にストラップを何重にも交差させて巻き付ける白いサンダルは真守のほっそりとした足にぴったりだった。

 

「いいんじゃねえの。買ってやるから来い」

 

「え」

 

真守は鏡で何度も似合っているか確認していたが、目をきょとっと丸くして垣根を見上げた。

 

「う……いや、えっと……お、お願いします」

 

垣根が好意で買ってくれると言っているのを真守は拒否できなかったので、真守は躊躇(ためら)いがちにも垣根にお願いをした。

 

「おう」

 

垣根はそんな真守のお願いを聞き届けて笑った。

垣根は店員にサンダルを履いていくと伝えたので、最初から履いていたスニーカーを空いた箱に詰めてもらい、真守は新しいサンダルで店から出た。

 

「垣根。ありがとう」

 

真守が色んな角度からサンダルを見つめてから垣根を見上げて、ふにゃっと微笑む。

 

「気に入ったか?」

 

「気に入った!」

 

真守が笑顔の花を満開にして気持ちを表現したので、垣根はそれを受けて柔らかく目を細めた。

 

 

 

 

「垣根、こっち」

 

真守が垣根の腕を引っ張って次に向かったのは男性フロアだった。

 

「別に俺には用がねえけど? お前に用があるわけ……ねえよな」

 

「ある。垣根へのお礼を見るんだ。とても大事な用だぞ」

 

「お礼? サンダル買った礼ならいらねえぞ」

 

垣根が真守の言い分に首を傾げると、真守は目を細めて微笑み、軽やかに告げた。

 

「違う。幻想御手(レベルアッパー)の時に助けてもらったお礼だ。大丈夫、時間はかからない。買う物は大体決まってる。後は垣根に似合うか見るだけだからな」

 

真守に連れられて垣根が向かったのは、垣根が好んで着る高級スーツのブランド店だった。

 

「俺の着てるスーツのブランド、わざわざ調べたのか?」

 

「別に調べてない。でもここだろ?」

 

垣根の問いかけに真守は店を指さしながら首を傾げる。

 

「確かにあってはいるが、なんでお前が男物のブランド知ってるんだ?」

 

垣根が当然の疑問を口にすると、真守はその問いが良く分からないと首をひねった。

 

「有名なブランドだから知ってるの当然」

 

「……学園都市外の、しかも外資系だが」

 

「学園都市に店舗が入るくらいの有名店だぞ。それくらい頭に入ってる。見くびってもらっては困る」

 

真守がムスッとした表情で抗議するので、垣根は思わず閉口してしまう。

垣根の着ているスーツは外資系であり、高級志向で売り上げを出している小規模展開の店で、所謂(いわゆる)ファッションに詳しい男性が知っているブランドである。

 

女なのに男物のブランドまで把握しているなんて尋常じゃない程の知識を頭に詰め込んでいる証拠だ、と垣根は思う。

 

「早く行こう」

 

確かに学園都市最高峰に相応しい頭の容量だが、流石に度を越しているとも垣根が考えていると、真守は垣根の腕をぐいぐい引っ張って急かした。

 

真守は店員に持ってこさせたジャケットを垣根に着せて、スーツのアクセサリーを見比べるために両手に持って、時々垣根の胸に当てて真剣な表情で選ぶ。

 

二〇㎝も違うので垣根の胸元に当てる度に真守は一々背伸びをする。

そんな真守が、垣根には飼い主の体に張り付いて懸命に登って甘えようとしている子猫の姿にしか見えなかった。

 

虚空爆破(グラビトン)事件が起こったセブンスミストで自分の買い物は即決していた真守だったが、慎重に自分へのお礼を選んでいる姿に垣根は内心穏やかになる。

 

それに真守のその表情は真剣ながらも楽しそうだった。

垣根はそんな真守の姿が愛おしくなって頭に躊躇(ためら)いがちにも手をポン、と置いて優しく撫でる。

真守の髪の毛は猫っ毛でさらさらして触り心地が良かった。

 

真剣にアクセサリーを選んでいた真守は突然頭を撫でられたので『ん』と一度唸ってから垣根を見上げた。

 

「暇させてしまったか?」

 

「いいや、別に。……やりたかっただけだ」

 

「変な垣根」

 

頭から手を退けないまま撫で続ける垣根を見上げながら、真守はふふっと穏やかに微笑んだ。

 

「でも髪が崩れるからヤメテ」

 

直後、不機嫌な仏頂面になった真守から『NO』という拒否が出て、真守と垣根を取り巻いていたほんのりと甘い雰囲気は一瞬で霧散した。

 

「いい度胸じゃねえかこのアマ……!」

 

「いひゃい……ひゃって当然のこと言っただけだし……っ! あんまし引っ張るとふぉ、シールドでぇ弾くぞ!」

 

自分の両頬を引っ張りながら垣根が怒りを向けてくるので、真守はアクセサリーを手に持ったまま手をバタバタと動かして抗議する。

結局、真守は垣根の暴虐に耐えられなくなって垣根をシールドで弾いた。

 

ひりひりと傷む真守の両頬とびりびりとしびれる垣根の両手という、痛み分けで攻防は終了した。

 

「やっぱりこれが良い」

 

真守は垣根の行いに不機嫌になりながらもそれを選んだ。

ちまっとした両手で差し出されたのは大粒のスワロフスキーが付いた(いかり)のタイニーピンだった。

 

「俺の名前とかけてんのか?」

 

(いかり)と言えば、船。船と言えば船長。軍事的な船長は提督(ていとく)

自分の名前の読みを連想させるタイニーピンを見て、垣根は怪訝な表情をして問いかけた。

 

「それもあるけど単純に似合うから」

 

まったくからかう様子のない真剣な表情で真守は答える。

 

「お前がそれでいいと思ったんならそれでいい」

 

からかう事を一切しない真守の性格がクソ真面目、と垣根が思いながら笑うと、真守は垣根の許しを聞いてぱあっと顔を明るくした。

 

「これにする」

 

真守が近くで見ていた店員に声をかけて、ラッピングを選び始めた。

 

垣根が借りたジャケットを回収した店員は見るからにオーバーリアクションで頭を下げていた。

 

それもその筈、この学園都市では高位能力者ほど奨学金がふんだんに貰えるので、高級志向のブランド店に来るような学生は高位能力者だと決まっている。

金を持っている学生がリピーターになってくれれば確実に儲けになるので、店員が丁寧に対応するのは当然のことだった。

 

「はい、垣根。助けてくれてありがとう」

 

店を出ると、真守は両手でショッピングバッグに入ったプレゼントを垣根に渡す。

 

「おう」

 

真守の柔らかな笑みと礼に垣根は穏やかに微笑んで、真守からプレゼントを受け取った。

 

「ところで垣根。誉望は何が好きなんだ?」

 

「あ?」

 

突然『スクール』の構成員である誉望万化の名前が出て、垣根は穏やかな気持ちから一気に機嫌が急降下する。

 

「情報操作してくれたからお礼するのは当然だ。垣根、何か知らないか?」

 

幻想御手(レベルアッパー)事件で真守の情報操作をしてくれている人間がいると聞き、真守はその人間の名前を垣根にしつこく訊ねていた。

 

どうでもよくて適当に答えたが、真守があそこまでしつこく聞いてきたのはお礼をしたかったからだ、と垣根は今悟った。

 

確かに自分にプレゼントという形で礼をした真守が、誉望にもプレゼントをして礼を言いたい気持ちは分かる。それは真っ当だ。

 

だがそれを許容できる垣根ではなかった。

『スクール』の構成員、誉望万化は少し前に垣根帝督に戦いを挑んできた事がある。

『汎用性が自分と被る』とかいう言い分だったが、大能力者(レベル4)止まりの格下に負ける理由はどこにもない。

はっきり言って挑もうと考えてくるだけで不快だった。

 

自分の怒りに触れた誉望を、垣根はトラウマを植え付けてやるほどにコテンパンにした。

 

利用できそうだったから()()()()()()()()()『スクール』に入れさせた誉望万化(パシリ)

 

そんな人間に真守が懇切丁寧にお礼を述べるのが気にくわない。

 

「……垣根、誉望のコト嫌いなのか?」

 

機嫌が急降下した垣根の反応を見て真守が訊ねるが、垣根は答えない。

 

(うわ。筋金入りだ。面倒になるからこれ以上触れないでおこう)

 

「分かった。大丈夫、もう気にするな。垣根にこれ以上迷惑はかけない」

 

「ちょっと待て、そりゃ一体どういう意味だ」

 

真守はグッと親指を立ててから体の向きを変える。

その言葉が聞き捨てならなくて、垣根は歩き出そうとしていた真守の腕をパシっと掴んだ。

 

「勝手に調べるから垣根は気にするなって意味だ」

 

真守は振り返ってこれ以上迷惑かけない、と柔らかく微笑んだ。

真守は垣根が誉望のことを気にくわない相手だと看破して善意でそう答えた。

 

垣根はそんな真守の前で超能力者(レベル5)に相応しい頭脳をフル回転させる。

 

絶対できる。

暗部組織『スクール』の情報担当が相手でも、この規格外の超能力者(レベル5)ならば軽々と調べ上げる事が絶対にできる。確信がある。

 

これまでの行動からも分かる通り、このじゃじゃ馬娘は上層部でもコントロールできない破天荒さを持つ。

そのため真守は誉望に絶対接触するだろう。

 

真守に好意を寄せられれば、あんな思春期丸出しで欲望に忠実な人間は確実に落ちる。

 

垣根は誉望のことを華麗に罵倒しながら高速思考を終えると、突然真守の両肩をガッと掴んだ。

 

「礼の品は俺からアイツに渡す。いいか、テメエは絶対に接触するな。絶対にだ」

 

(そこまで嫌いなのか?)

 

絶対という言葉を二回も使って自分を据わった目で見下ろす垣根を、真守は見上げながら心の中で呟く。

 

「……わ、分かった」

 

真守は気迫が死ぬほどヤバい垣根を見上げながら素直に頷いた。

 

素直に頷いたのに垣根の機嫌が悪いままだったので、真守はこの後、垣根の機嫌を取るのに随分と苦労した。

 

 

 

後日。

ブチギレ寸前で地を這うような低い声を出す垣根から誉望に、真守が無難(ぶなん)に選んだカタログギフトが渡される事となった。

 

キレた垣根にコテンパンにされてトラウマになっている誉望がどんな思いをしたかは想像に(かた)くない。

 

 




真守ちゃんも一方通行と同じように頭の中に相当の知識を詰め込んでいます。
そういう情報頭に入れておいて、見た事ない服着てても特徴からブランド言い当てる事ができるってヤバすぎる原作の一方通行。

……あと、もうちょっと誉望くんに優しくしてください、垣根くん。



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乱雑解放事件篇
第二六話:〈無論心残〉を包み込む


第二六話、投稿します。
次は九月三日金曜日です。


真守が自分の入院するマンモス病院の第三新病棟へと帰ってくると、沈んだ雰囲気がその部屋に満ちていた。

 

「やっぱり駄目だったか」

 

真守はガラスの向こうの一〇数台のベッドに横たわって昏睡状態になっている置き去り(チャイルドエラー)に視線を向けながら告げた。

 

「ああ。やはりポルターガイストが起こってしまう」

 

最近、学園都市では断続的な地震が起こっている。

その地震の正体はポルターガイスト現象と呼ばれるものだ。

 

ポルターガイスト現象はRSPK症候群という、能力者が能力を無自覚に暴走させてしまう症状が同時に起きた場合にのみ発生する。

 

RSPK症候群を複数人が同時に発症した際に、暴走した能力が互いに融合し合うと、地震のような現象を引き起こすのだ。

 

何故ポルターガイストが起こってしまうのか。

 

それは『暴走能力の法則解析用誘爆実験』の被験者で昏睡状態に陥った置き去り(チャイルドエラー)が眠れる暴走能力者となっており、彼らを覚醒させようとすると連鎖的にRSPK症候群を引き起こしてポルターガイストになってしまうのだ。

 

「ポルターガイストが起こった自然公園に行ってきたが、死人と重傷者は出さないようにしておいた。それにMARがまた動いていたからな。問題なさそうだ」

 

これまで数度ポルターガイストが起こってしまい、真守はその度に死人や重傷者を出さないために現場に向かっていた。

 

真守はつい先日、AIM拡散力場を正確に捕捉するための知識を吸収したため、どこでポルターガイストが起きるのかが分かるので、その場所に急行できるのだ。

 

「キミには感謝してもしきれない。……本当にありがとう」

 

「お前は何度も私に言うが、私も何度でも言うぞ。私が言わなくても先生はお前を釈放して子供たちを救うために絶対に動いていた。直接お前の力になっているのは先生だ。先生に感謝しろ」

 

「キミにも感謝させてくれ。……キミの存在こそ、私の励みになるのだ」

 

木山にとって真守とは自分の教え子たちの理想の未来像だ。

 

真守も置き去り(チャイルドエラー)であり、過去に研究所に所属していて、そして人体実験の被験者だった。

そんな真守は現在陽の光の下で歩いており、木山が教え子たちに与えたい未来そのものだった。

 

「……みんな私を理想だとか思うが、私だってこの理想に(すが)って生きているんだぞ」

 

「え?」

 

真守のぼそぼそっとした呟きが聞こえずに木山が首を傾げると、真守は首を横に振る。

 

「何でもない。お前も少し休んだ方がいい。やっぱりファーストサンプルがないとダメなんだろう?」

 

「……ああ」

 

ファーストサンプル。

それは置き去り(チャイルドエラー)に投与された暴走を(うなが)す化学物質、能力体結晶が投与された第一被験者から採取されたものだ。

そのデータがなければ昏睡状態の置き去り(チャイルドエラー)を安全に目覚めさせることは難しい、というのが現状だ。

 

元々、能力体結晶とは絶対能力者(レベル6)を生み出すために造り出された。

 

絶対能力者(レベル6)

神ならぬ身にて(S Y S)天上の意思に辿り着くもの(T E M)

 

世界の真理を知るには神の領域に到達しなければならず、それは人の身では到達する事はできない。

 

そのため人間として最高峰の超能力者(レベル5)を超えた存在を造り上げれば、世界の真理を知る事ができる、という学園都市が世界の真理を紐解くために目指す最終目標だ。

 

その足掛かりとなるとされていた能力体結晶の研究自体は、十数年前から存在していた。

そのため能力体結晶は亜種が多く存在している。

 

能力を暴走させて飛躍的な強度(レベル)の向上を狙って深城に投与された能力体結晶と、絶対能力者(レベル6)を造るために置き去り(チャイルドエラー)に投与された能力体結晶はまったく別ものだった。

 

深城に投与された能力体結晶について調べていた真守だったが、能力体結晶はその亜種が多くて真守も全貌を把握しきれていない。

だが能力体結晶について、真守は理解が深い方で多くの知識を有している。

 

そんな知識を持っているという点においても、木山は真守に感謝していた。

そんな少女が自分を心配しているのだから休まなければならないと思うが、やはり教え子たちを早く救いたい。

 

「もう少しだけデータを整理してから上がるよ。キミは入院患者なんだろう? 私に付き合わないでゆっくり休んでくれ」

 

「……そうか。でもしっかり休む事も重要だからな」

 

真守は目の下の(くま)が酷くなった木山をしかめっ面で見つめながらもそう助言する。

そして真守は部屋から出ると、伸びをしながら第三新病棟を後にした。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

「よお。どうだ? 起こせる目途はついたか?」

 

夜。真守が第三新病棟にある私的な研究室でデータ整理をしていると、垣根が訪ねてきた。

 

スーツ姿なのでどうやら暗部組織の仕事をしてきた後らしい。

頑張って落としてきているため普通なら分からない程度だが、少しだけ硝煙の匂いがする。

 

「立ってない。木山が廃棄された先進教育局に行ってファーストサンプル探してる」

 

内心で垣根の心配をしながらも、真守は気取られないようにいつものダウナー声で垣根に報告した。

 

「……望み薄だな」

 

垣根が可能性が低いと睨んでいると、真守は木山を想いながら寂しそうに微笑んだ。

 

「藁にもすがりたい思いなんだよ」

 

「……そうだな。あ、それと。ちょっと論文借りるぞ」

 

木山の献身的な姿に垣根は声のトーンを落としながらも、資料やら論文やらがびっちり並んで何本も立っている真守の研究室にある資料棚の前へスーツのポケットに手を突っ込んだまま近寄った。

 

「前みたいに持って行かないならいいぞ」

 

「心配すんな。お前が嫌がったからしない」

 

真守を(なだ)めるように声をかけた垣根は、勝手知ったる様子で資料棚の前で目的の品を探す。

 

真守が所属していた『特異能力解析研究所』はその性質上、様々な研究所から委託された解析データが集まる場所だった。

 

そこの秘蔵っ子だった真守はその知識を頭に詰め込んでおり、それらをフル活用するために研究所から脱走した後も研究データや論文などを集めていた。

量が膨大となったため、見かねた冥土帰し(ヘブンキャンセラー)が真守にこの研究室を与えた。

その結果ここは真守の私的な研究室になっていて、知識を欲する者にとっては宝の山なのだ。

 

この資料棚の論文や研究データを使って、垣根は自分の能力である未元物質(ダークマター)の『無限の創造性』を模索していた。

それと同時に置き去り(チャイルドエラー)の覚醒方法の進展状況も聞いて口を出しながら、暗部としての仕事もこなしているので垣根は毎日忙しく過ごしていた。

 

垣根が自分の能力の可能性を模索している姿が真守は単純に嬉しくて、資料棚から論文を引っ張り出して読む垣根を後ろから見つめて微笑んでいた。

 

垣根がソファに座って論文を真剣に読み始めた頃、真守は外に灯りが見えているのに気が付いた。

 

「どうした?」

 

真守がガタッと椅子から立ち上がった音を聞いて、垣根は論文から目を上げずに訊ねた。

 

「MAR……」

 

「あ?」

 

垣根が真守の呟きに声を上げて窓辺に近づくと、第三新病棟の表にMARの車が数台停まっていた。

 

「ちょっと行ってくる」

 

真守がバタバタと研究室から出ていくので、垣根は目を細めながらも状況を確認するために後を追った。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

置き去り(チャイルドエラー)の病室の前には、冥土帰し(ヘブンキャンセラー)、木山春生。そしてその前に両手を広げた立ちはだかる御坂美琴の姿があった。

 

美琴の後ろには駆動鎧(パワードスーツ)たちと一人のスーツの女性が立っていた。

 

駆動鎧(パワードスーツ)はMARの隊員で、スーツの女性はMARの隊長である『テレスティーナ=ライフライン』だ。

彼らは昏睡した置き去り(チャイルドエラー)を執拗なまでに探していて、美琴を足掛かりにしてここに辿り着いたのだろう。

 

「……何の真似だ?」

 

真守が物陰から見つめる中、木山が立ちはだかった美琴に訊ねた。

 

「気に入らなければ邪魔をしろと言ったのはあなたでしょ?」

 

「どけ! あの子たちを救えるのは私だけなんだ!」

 

「救えてないじゃない!」

 

木山の献身的な様を、美琴は断じた。

 

幻想御手(レベルアッパー)を使って、ポルターガイストを起こして……! でも一人も救えてない」

 

木山は美琴の言葉に激しく狼狽しながらもその事実を受け入れられずに言葉を零す。

 

「……後少し、後少しなんだ……あと一息なんだ……だから!」

 

そんな木山に美琴は木山の心を折る事実を告げた。

 

「枝先さんは、今。助けを求めているの。春上さんが……あたしの友達が、彼女の声を聞いているのよ」

 

木山は美琴の言葉に頭が真っ白になって呆然としてしまう。

 

大切な教え子が、今目の前で眠りながらも誰かに助けをずっと求めている。

それを助けたいのに、研究が行き詰まっていて助けられない。

 

「──運び出せ」

 

木山が呆然としている前でテレスティーナが冷たく告げると、子供たちが連れていかれる。

 

途中でぐしゃっと、何かが潰れた音が響いた。

MARがいなくなった後に真守が部屋に入ると、カエルのお面が潰れていた。

どうやら先程の音は美琴がしていたお面が潰された音だったらしい。

 

「先生、その令状本物?」

 

真守が立ち尽くす美琴の隣を通り過ぎて冥土帰し(ヘブンキャンセラー)へと近づく。

 

真守は冥土帰しから令状を受け取ると、即座に読む。

不備はない。

警備員のMARと確かに書かれているし、公的なものだった。

 

「気になるから調べてみる」

 

「ちょっと!」

 

真守が冥土帰し(ヘブンキャンセラー)にそう宣言すると、後ろから美琴の声が上がった。

真守が振り返ると、美琴が顔をしかめて立っていた。

 

「調べてみる? どういう事よ! あの子たちはあれで助かるんだから私たちの出る幕はもう、」

 

「────ハッ」

 

美琴の耳に乾いた笑い声が一度聞こえると、どうでもよさそうに無気力ながらも、心底軽蔑するような笑い声が断続的に響いた。

 

その笑い声を発したのは垣根だった。

美琴が振り向いた瞬間、ヒッと美琴は悲鳴を上げた。

 

垣根から圧倒的な威圧感が出ていた。

 

御坂美琴が、目の前にいる虫けらが心底気に入らないとでも言いたげな、貫くような凍てついた眼光をその黒曜石の瞳に乗せていた。

 

「流石、純粋培養のお嬢サマは言う事がちげえなあ?」

 

「垣根」

 

垣根が挑発するような事を言ったので真守が止めに入るが、触発された美琴が叫んだ。

 

「……っ何よ。私はただ普通の事をしているだけよ! あんたにそんなこと言われる筋合いは、」

 

「そんなんだから理解できねえんだよ、三下」

 

その瞬間、垣根から殺気が放たれた。

 

ヂヂィッと空間をひりつかせる音が響き、美琴はその殺気に当てられて一瞬息ができなくなった。

 

その瞬間、美琴は悟った。

垣根帝督(第二位)御坂美琴(第三位)には、圧倒的な力の差があると。

 

自分が感じた事がない程に深く、(よど)みを持ちながらも純粋で鋭い殺気に当てられて、美琴は硬直する。

そんな美琴に、垣根は心底軽蔑した視線を向けて吐き捨てるように告げた。

 

「ああ、そうさ。何もかも犠牲にしてまで自分の大切なモン守ろうって気持ち、温室でぬくぬくぶくぶく育って大切なモンを一つも失くした事もねえヤツには理解できねえんだよ。そんなんだから木山を見てそういう事が言える。そんなんだから失くしそうになった真守が慎重になるのだって分からねえんだ」

 

「……な、なによ……それ、どういう、……」

 

垣根が自分を納得させるような言葉を吐くので、美琴は困惑して途切れ途切れになりながらも訊ねようとする。

垣根は首の後ろに手を当てて嗤いながら警告した。

 

「うろちょろされるとムカついてぶちのめしたくなる。それが嫌なら温室で丸くなって寝てろよ。なあ、純粋培養のキレイ子ちゃん?」

 

「垣根、怒っても仕方ない」

 

真守は垣根の怒りを感じて全てを察していた。

垣根は失った事がある人間で、その気持ちが分からないで好き勝手正義感をふりかざす美琴に怒りを覚えているのだと。

 

だから真守は垣根を助けるために迷いなく近づいて、殺気を出し続けている垣根が下ろしている方の手をぎゅっと握った。

 

垣根が鋭い眼光で真守を射抜いても、真守は顔色一つ変えずに垣根を見上げていた。

その目はとても悲しそうな目をしていた。

垣根を純粋に心配する真守の目に、垣根は少しだけ顔をしかめた。

 

「……ッチ」

 

垣根は殺気を抑えると、真守の手を振り払って研究室へと戻っていった。

 

バカに付き合ってる暇はない。

そう自分を無理やり納得させて、美琴を見逃したのだ。

 

去っていく垣根の後ろ姿を見つめながら、真守は溜息を吐く。

それから垣根の殺気で一歩も動けない美琴の方へ振り返った。

 

「御坂。お前の正義を私は笑わない。お前の正義は表で生きている人間ならば真っ当に持っているモノだからだ。だがそれが通じない人間もいる。それだけは覚えていてほしい」

 

真守が寂しそうな声色で告げるので、美琴はとっさに真守の顔を見た。

真守はいつもの通りに仏頂面だった。

だがその瞳には憐れみが混じっているように見えた。

そして真守は美琴を置いて早足で垣根の事を追っていった。

 

「な……なんなの……一体。なんなのよ……?」

 

美琴の呟きを聞いていたのは冥土帰し(ヘブンキャンセラー)だったが、何も言わなかった。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

「えい」

 

真守は研究室に入って、ソファに座って論文を読む酷く機嫌が悪い垣根に近づくと、ソファの肘に乗っかって身を乗り出してから、垣根の頬に人差し指を突き付けた。

 

「……んだよ」

 

ぷにっと真守が垣根の頬を押すと、垣根は目だけ動かして真守を見た。

 

「垣根は大切な人失くしたんだな」

 

「……昔の話だ」

 

垣根はそう呟くと、真守の人差し指を手で払ってから論文に目を落とした。

真守に自分が大切な存在を過去に失った事は言っていなかったが、どうやら先程の会話を聞いてそう察したのだと、垣根は推測する事ができた。

 

「そう」

 

真守は一言呟いてソファの真ん中を陣取っていた垣根の両隣に空いているスペースの片側にちょこんと座る。

真守は体が小さいので垣根が真ん中を陣取ろうと空いたスペースに体を滑り込ませられるのだ。

 

そして真守は黙って至近距離から垣根をじぃーっと見つめていた。

 

「…………その視線は何だよテメエ」

 

その視線に耐え切れずに垣根が真守を睨むと、真守は寂しそうにふにゃっと微笑んだ。

 

「垣根、傷を背負いながらも頑張ってるなって。偉いなって」

 

「別に頑張ってねえよ。俺はそんなモンとっくに克服してる」

 

真守の言葉を垣根は即座に否定するが、真守は首を横に振った。

 

「私は、お前が悲しみを乗り越えられたと思いながらも、ずっとそれを心残りにしているようだと感じていたよ」

 

「……、」

 

垣根は答えられなかった。

人の心を機敏に感じ取る事ができる真守がそう感じているなら、そうなのだろう。

でも垣根は真守の感じている事を認められなかった。だから黙るしかなかった。

真守はそんな垣根の考えを受け入れて頷いて、口を開いた。

 

「でも垣根が苦しんでいる事で、その大切な人は心を痛めていると思うぞ」

 

「死んだ人間がどう思うかなんて分からねえよ」

 

全てを察する事ができる真守だとしても、垣根は真守の言い分を即座に一蹴する。

死んだ人間はもういないのだ。

だから彼らが生きている者をどう思うかなんてわからない。

 

「ううん、絶対そうだ。だって一回私の下を離れて帰ってきた深城が言ったからな」

 

「源白深城が?」

 

垣根は真守の言い分に思わず目を見開く。

 

「私は深城を害した全てを壊そうとして行動していた。深城はその時AIM思念体を形成できなくて私に話しかける事ができなかったが、全てを見ていたんだ。深城は私の下に現れる事ができた後、ずっと謝ってた」

 

真守はその時のことを思い出してしまい、とても寂しそうに笑う。

 

「呪いのような言葉を残してしまってごめんって、苦しめたかったわけじゃないって。私に、世界を壊すような事をしてほしくないって。だからきっと垣根の大切な人も、今の垣根を見たら気にすると思うぞ」

 

「……死んだ人間全員が、源白深城と同じように考えるとお前は思うか?」

 

垣根の問いかけに真守はしっかりと頷いた。

深城から感じ取った気持ちは、絶対に死んだ人間全員の共通した考えだと真守は察する事ができたからだ。

 

「生きていく上で重荷にして欲しくないって、ただ一緒にいたという事実を覚えていてほしいって思うハズだ。……大切な人が幸せに生きていける事を、死んだ人間たちは絶対に望んでいる。私はそう感じる」

 

「そう、か。……確かに信憑性があるな」

 

垣根は真守の言い分を信じて、あの子の事を想って切なくなってフッと笑った。

真守はそんな垣根に向かって柔らかく微笑んで、垣根の茶髪に手を伸ばすとさらさらと肌触りの良い髪の毛をさらいながら優しく頭を撫でる。

 

「だから垣根の傷を受け止めるから。言って欲しい」

 

真守にされるがままで、垣根はそっと静かに穏やかに目を伏せた。

 

ぽつりぽつりと話をした。

研究所の子供たちは互いに関心がなかったが、その子だけは違った。

自分の翼を褒めてくれたし、柔らかな笑顔を向けてくれた。

 

でもその子は死んでしまって。自分は守れなくて。

 

それから一心不乱に頑張ったが、それでも欲しかった名声は手に入らなかった。

全てが憎かった。

だからこそ利用できるものを全て使って、全てを壊して自分の良いように造り替えて、自分の思い通りにして生きようと考えた。

 

誰もが自分勝手に生きているのだから、自分がそうしても問題ない、そう生きるのが普通だと思ったのだ。

 

「そうか。だから私を利用しようとして近づいたんだな?」

 

垣根は真守の問いかけに答えなかった。

今となっては自分にとって真守が大事な存在だが、最初の動機が不純だから黙るしかできなかった。

 

「私、垣根に会えてよかった」

 

垣根は自分の頭を撫でる真守を見つめた。

真守は微笑んでいた。

自分の全てを受け止めて、全てを慈しむかのように微笑んでいた。

 

「良かったよ、垣根。本当に良かった。苦しかったら言ってな。力になるから」

 

「……ああ」

 

真守の決して強要しない優しさに、垣根は頷いた。

 

いつまでも真守の傍にいたい。

この少女は自分が望めばいつまでも一緒にいてくれるのだろうと垣根は確信した。

 

真守は穏やかに微笑んだまま垣根の頭を撫でて、垣根の気が済むまでそうやって癒し続けていた。

 




原作では重傷者が多数出ていますが、『流動源力』では真守ちゃんが全員助けています。
夏祭りの時にも行っていましたが、初春と春上さんはMARが助けたのでその場にいましたがMARが色々と調べていたので足取りを掴まれると厄介なため、接触を控えていました。

深城の事を一度失って結果的に取り戻した真守だからこそ、見えるものがある。



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第二七話:〈潜在発露〉を覗かせて

第二七話、投稿します。
次は九月四日土曜日です。


『真守ちゃん。昨日も夜遅くまで机に向かってたけど、朝起きてからもずっと何調べてるの?』

 

真守が病室で自分の机に座ってPCに向かっていると、ふわふわと宙を浮く深城が後ろから声をかけてきた。

深城に話しかけられたので真守が時間を見れば、もうすぐ昼といった頃合いだった。

 

「……MARの公的記録を調べていたんだ。先進救助隊、という名前は伊達ではなくてな。昨日で全ての記録の閲覧が終わらなかったから続きを見てる。ざっと見て分かった事だが、どうやら幻想御手(レベルアッパー)事件の時にも出動していたみたいだ」

 

『へえ。で、何か分かった?』

 

「……今のところ、綺麗すぎて違和感がある」

 

『何か隠してるってことぉ?』

 

「十中八九な。これからネットに潜ってみる」

 

真守は深城と話をしながらハッキング用のPDAを取り出して能力を解放した。

 

真守は頭に猫耳のような蒼閃光(そうせんこう)でできた二つの三角形と、その三角形に正三角形を二つずつ連ねさせるように展開した。

そして椅子に座っているお尻からは背もたれを避けるように尻尾のように長いタスキを伸ばし、その根元にちょこんとリボンのような正三角形を二つ取り付けるように現出させた。

 

掌からパリパリィッと電気が(ほとばし)ると、真守が持っていたPDAの画面が高速で動いていく。

 

「…………綺麗すぎる理由が分かった。情報の流れを操作されている」

 

隠蔽(いんぺい)じゃなくて、流れが操作されてるの?』

 

「うん。流れが人工的に整ってるから私が違和感を覚えたんだな。……む。情報の流れに逆らった先で、プロテクトが何重にも仕掛けられてる。……だが私には無意味だな」

 

真守は深城の質問に答えながらハッキングを続けて、流れに逆らい、硬いプロテクトを突破して隠された情報を表示した。

 

「な」

 

表示されたとある人物の秘匿されたプロフィールを見て、真守は思わず声を上げてしまう。

 

「テレスティーナ=()()=ライフライン!? あいつ、木原の名前が悪名高いと知って隠していたのか!?」

 

『……きはら』

 

真守が驚愕の表情を浮かべている隣で、深城がぽそっとその名前を呟いた。

 

『木原』。──木原一族。

自身の(かか)げた目的のために手段を選ばない、学園都市の癌とも呼べる一族だ。

 

彼らの目指す目的は科学を大いに発展させるが『科学に犠牲は付き物』として科学のためにならばどんな犠牲も(いと)わない連中だ。

 

真守は彼らを『素晴らしい科学技術を悪用しなければ気が済まない』人間の集まりだと思っている。

良い事をしようとしてその過程としてどす悪いものを生む、という善を悪に利用するとも言い(がた)いような破綻した思考を木原一族は共通して持っている。

 

木原の犠牲になる子供たちは大抵が身寄りのない置き去り(チャイルドエラー)であり、その次に多いのが超能力者(レベル5)だ。

 

学園都市に利用価値があるとして超能力者(レベル5)認定されている能力者は、木原にとって研究に利用する価値がふんだんにあるのだ。

 

真守は研究所を壊滅させて脱走した後、様々な研究所を襲っており、その際に木原と衝突した事がある。

その木原を真守は一撃でこの世から『抹消』したが、置き土産に相当苦労させられたのだ。

 

能力開発を行っているが故に能力者の隙を突く事に長けている木原一族は、真守にとっても脅威的な存在だ。

 

「でも変だな。こざかしい木原が自分の名前を隠してまで警備員(アンチスキル)を隠れ蓑にするなんて、全然木原()()()()()

 

『真守ちゃんはたくさんの木原に会ってるからよく理解してるもんね』

 

「ああ。木原らしくないと感じるならば、普通の木原と違う事情持ちかもしれないな」

 

真守は深城と会話しながら『テレスティーナ=木原=ライフライン』という名前で検索をかけていく。

 

テレスティーナ=木原=ライフライン。

神ならぬ身にて(S Y S)天上の意思に辿り着くもの(T E M)界隈の重鎮である木原幻生の孫。

そしてそこには『能力体結晶の第一被験者』と記載されていた。

 

「モルモットにされた木原? ……確かに木原らしくないような事情だな。それにこの情報が正しければ、コイツはファーストサンプルを所持している事になる。……よし。ハッキングして調べ上げて丸裸にしてやる」

 

真守がPDAでハッキングを開始すると同時に、携帯電話が鳴った。

画面をスライドして表示させると、そこには『木山春生』と書かれていた。

 

「もしもし」

 

〈あの女は木原幻生の関係者だ! 子供たちを利用するつもりで私から奪ったんだ!〉

 

「落ち着け、木山。こちらも今把握した。お前は今どこだ?」

 

〈子供たちを取り戻しに行く!〉

 

真守が興奮している様子の木山を(なだ)めながら問いかけると、木山が興奮が冷めない様子で叫んだ。

 

「お前一人でか?」

 

〈もう調べた! すぐにでもあの子たちを取り返さないと大変な事になる!!〉

 

木山はそこでブチッと電話を切った。

 

「あ、ちょ……っああ。まったく。……本当に研究者らしくない、あの女……!」

 

通話を切られた携帯電話を見つめながら真守は毒吐くが、その視線には木山の教え子たちに対する愛情を敬う温かさが乗っていた。

 

「とりあえずこちらは情報を集めてから動くとしよう。さっきのプロテクトは崩し甲斐があった。本気出して丸裸にしてやる」

 

真守はペロッと唇を舐めて獰猛(どうもう)に嗤うが、すぐさま冷静さを取り戻して一つ頷く。

 

「……そうだな。木山のフォローにあの子を寄越してもいいか。何も知らないと言っても超能力者(レベル5)だ。一介の組織に太刀打ちできないなんて事はないだろう」

 

真守は携帯電話を取り出して操作すると、とある人物に電話をかけた。

 

御坂美琴。

表の世界に生きていようと超能力者(レベル5)であるならば木原から逃れる事はできない。

 

(三流の木原なら、慣れるのには丁度良い相手だな)

 

真守は親切心からそう心の中で呟くと、美琴へと連絡した。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

真守は高速道路の上空を飛びながら学園都市の街を睥睨(へいげい)していた。

 

「アレか」

 

真守が呟きながら見た先の高速道路では、民間の輸送車が三台走っている。

真守は空中で静止してその三台の輸送車に向かってピッと人差し指を向けた。

 

真守の演算開始に合わせて蒼閃光(そうせんこう)で形作られた猫耳の光が輝きを増して尻尾がピン、と伸びる。

 

その人差し指から生成した源流エネルギーが六本の細いビームへと変質して発射された。

 

ガガギギ! と、歯車が噛み合って鳴り響く重低音を響かせながら蒼閃光が(ほとばし)るそのビームは民間の輸送車三台の前輪すべてを貫いた。

エンジンを駆動させる前輪に不具合が生じて、三台の輸送車はその車体を崩すことなく安全にスリップする。

 

真守がそういう結果に落ち着くように演算を組み上げたのだ。

 

慌てたMARの職員たちが出てきたところに真守は急降下。

手加減の意味を込めて肉弾戦を用いて全員を昏倒させた。

 

状況が終了すると、真守は辺りを警戒しながら携帯電話を取り出して手早くメールを送った後、冥土帰し(ヘブンキャンセラー)に電話をかけた。

 

「先生。子供たちを取り戻した。教えたポイントに()()()の手配頼む」

 

〈キミはどうするんだい?〉

 

「子供たちが保護されたのを確認したら第二三学区の閉鎖された推進システム研究所に行く。あそこが木原の隠れ家だからな。必要なファーストサンプルのデータ奪ってくる。後、騙されて(しゃく)だから他のデータもついでに奪うつもりだ。(おとり)の方を追ってる木山に連絡しといて。テレスティーナがそっちに行ってるから交戦中だろうけど、美琴がいるから大丈夫だろ」

 

〈分かったよ?〉

 

真守はそこで通話を切って、病院車が来るまで待機する。

 

病院車とは観光バス程の大きさの特殊な救急車の事で、内部で手術を行う事ができる特殊車両だ。

日本では小回りが利かないと言われて失敗作とされたが、冥土帰し(ヘブンキャンセラー)は失敗作でも患者に必要なら所持する性質(たち)だ。

 

真守が病院車を待ちながら辺りを警戒していると、携帯電話に再び着信があった。

見てみると木山でも冥土帰し(ヘブンキャンセラー)でもなく、そこには『垣根帝督』と表示されていた。

 

〈真守、お前どこ行ってんだよ〉

 

「ちょっと木原潰してる」

 

〈は?! テメ、……待て。木原ってあの木原か?〉

 

真守がケロッとした様子で告げると、垣根は怪訝な声を上げながらも、『木原』という名字が学園都市の癌である『木原一族』の『木原』なのかと訊ねてきた。

 

「そうそう。MARのテレスティーナは木原である事を隠してたんだ。本名はテレスティーナ=木原=ライフライン。あいつ、能力体結晶の完成のために子供を使うつもりだったらしい。まあ、木原らしく研究目的を(かか)げてはいるが、警備員(アンチスキル)を隠れ蓑にしているなんて木原としては三流以下だな。だからこそ警備員を隠れ蓑にしてもボロが出なかったんだろう」

 

真守がテレスティーナを『木原らしくない』と評価するので、垣根は真守が木原について詳しい事を悟りながらも、そんな真守でも木原は危険だと考えて焦った声で問いかける。

 

〈お前まさか今から木原のところに一人で乗り込むんじゃねえだろうな?〉

 

「木山も来るぞ」

 

〈戦力として役に立たねえじゃねえか!〉

 

電話越しに怒鳴られて真守は耳がキーンとなってしかめっ面をしながらも告げた。

 

「大丈夫だ。木原の相手は心得ている。……前に()()()事があるからな」

 

〈……っそういう問題じゃねえんだよ。今どこにいるかさっさと吐きやがれ!〉

 

真守の躊躇(ためら)いがちに告げた『殺害』報告に垣根が一瞬動揺するが、即座に聞くべきことを怒鳴りながら問いかけてきた。

 

「これから第二三学区の閉鎖された推進システム研究所に行く。……あ、病院車来たから切る。じゃあな」

 

〈テメッ待ちやがッ────…………〉

 

真守は強引に垣根との通話を切ると、病院車にこちらに来いと手を振って指示を出した。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

真守は広い研究室の前のコンソールの前に立っていたが、バタバタと走ってくる音が聞こえてきて振り返った。

 

「木山、遅かったな」

 

真守がひらひらっと手を振ると、木山は真守に近づいてコンソールのモニターを見た。

 

「今、どんな状況だ?」

 

「データを抽出しているところだ。プロテクトが意外に硬くてな。流石木原といったところだ」

 

「そうか。……本当に、ありがとう」

 

真守に木山が感謝を告げていると、真守は後ろにいる人物に気が付いた。

 

そこには初春飾利とバットを持った見た事のない少女と、白井黒子と御坂美琴が立っていた。

御坂はボロボロで白井に肩を貸してもらっている状態だった。

 

美琴が真守を見つめてすまなそうな顔をしているのを、肩を貸している白井は美琴を心配そうに見つめていた。

 

「……あの、朝槻さん。私、」

 

「さっきも電話越しに言ったが、お前は謝らなくていい。木原が姑息(こそく)な手段を使っただけだ」

 

真守が素直に思っている事を告げると、美琴は目を伏せながらもそっと微笑んだ。

 

「さて、データの抽出はどんなじょうきょ、────……っ!?」

 

真守がコンソールの方を向いた瞬間、キィ────ンと不快な音が施設内に響き渡り、頭が()じ曲げられるような痛みが真守を襲った。

 

真守は頭を片手で押さえたまま、激痛でよろけて思わずコンソールに右手を突いた。

 

「どうした!?」

 

真守が頭を蹂躙(じゅうりん)される激痛に必死に耐えていると、初春飾利、白井黒子、御坂美琴も頭痛に苦しんでいた。

 

無事なのは真守が名前を知らない少女だけだ。

 

「これってキャパシティダウン!?」

 

名前を知らない少女が苦しみ出した真守たちを見て、周りを見渡しながら叫ぶ。

 

「キャパシティダウンとは!?」

 

「うえっ!? ええっと。能力者の演算を妨害するーとか、なんとか! 無能力者(レベル0)のあたしには効かないみたいなんです!」

 

木山が無事な少女に問いかけると少女は曖昧な説明をする。

 

(…………っ、AIMジャマーに似た対能力者用の音響兵器っ……!?)

 

少女の説明を聞き取った真守は苦しみに(もだ)えながらも思考して自身の中で攻撃の正体を特定する。

 

「この────クソガキ共が……」

 

真守が激痛の中で顔を上げると、頭から血を流して紫色の駆動鎧(パワードスーツ)を着ているテレスティーナが美琴と白井の後ろに立っていた。

 

「みさか……っ!」

 

真守が必死に声を上げるが、美琴が気づいた時にはテレスティーナが手に持っていた白いランスを振りかぶっていた。

 

「さっきの礼だぁっ!!」

 

そのランスによって白井と一緒に美琴は振り払われて壁へと激突する。

 

「白井さん、御坂さん!」

 

「貴様ぁあああああっ!!」

 

初春が叫んだ瞬間、真守の隣から木山が怒りに身を任せてテレスティーナへと特攻していった。

 

だが駆動鎧(パワードスーツ)を着こんでいるテレスティーナに木山は簡単にあしらわれてしまう。

 

「………………バカだな、お前」

 

真守はテレスティーナを睨みつけながら息を途切れ途切れにさせながら告げる。

 

「あーん? なんだ、テメエ。一体どこから湧いて出てきやがった?」

 

テレスティーナは真守の事を睨みつけて顔を不愉快そうに歪ませながら問いかけきた。

 

「能力体結晶で……っ絶対能力者(レベル6)が、生まれる確率は絶望的なのにっ…………研究に、(はげ)むなんて。本当にバカだな、お前……と、言ったんだ……っ」

 

真守が頭を押さえながらテレスティーナを嗤う。

そんな真守を見つめてテレスティーナは顔を歪ませるが、突然息を呑んだ。

 

「お前、まさか流動源力(ギアホイール)か!? 消えた八人目の超能力者(レベル5)……!!」

 

テレスティーナが真守を信じられないような目で見つめる中、真守は激痛に(さいな)まれながらも言葉を紡ぐ。

 

「確かに、…………っ能力体結晶による、自らのAIM拡散力場を意図的に暴走、増幅させて、……っ絶対能力者(レベル6)へと進化(シフト)しようというプロセスには、道理がある。……だが、その方法ではお前たちが望む、……世界の真理とやらは、ほんの一端しか垣間見ることができない……」

 

真守は激痛に耐えながらも、テレスティーナに説明し続ける。

 

「それに、そのプロセスには……、能力体結晶に適合する事が、大前提だ……。能力体結晶を、投与され、れば、体は傷ついて最後には確実に『崩壊』する……っ……っお前の研究は…………過程からして、破綻しているんだよっ……!!」

 

「……その破綻を置き去り(チャイルドエラー)を使って抑制しようとしてんだよ。それなのにお前らが私の()()()()を奪ったんだろォが!!」

 

テレスティーナは激昂して真守の下まで一直線に向かうと、持っていたランスで真守の腹を力強く突いて、そのまま上げて宙へと(かか)げて縫い付ける。

 

『実験材料』

人の命を(ないがし)ろにするその言葉だけは聞き捨てならなかった。

その言葉を聞いた瞬間、真守の中でプツン、と何かが弾けた。

 

「──────ふふっ」

 

普通なら突かれた腹の痛みに耐えらないはずなのに、真守はテレスティーナを睥睨(へいげい)して獰猛(どうもう)に嗤った。

 

瞬間、その場にいた人間のほとんどが感じていた痛みを忘れるほどの恐怖が彼らを襲った。

 

真守の笑みは、見ている者たちが食われる側だと心の底から理解させられるような、ゾッとするような笑みだった。

 

研究者であり真守たちをモルモットだと思っているテレスティーナでさえ、そんな表情をする真守に狩られるかもしれない、と恐怖を感じた。

 

「実験材料、か。そうだよな。お前たちから見たら、私たちはそういうモノだよな」

 

真守はテレスティーナの言葉を聞いてくつくつと嗤い、ギロッと鋭い眼光でテレスティーナを射抜いた。

 

その視線には人間の業に対するあらゆる全ての負の感情が込められていた。

悲しみに憎しみ。怒りと恨みつらみ。軽蔑、そして嫌悪に敵意。それと──殺意。

 

それら全ての感情の根幹である絶望と、ほんの少しばかりの恐怖も混じっていた。

 

「……やっぱり。……あんな、あんなおぞましイ存在を手に入れるためにお前たちはどこまでもヤるつもりなんだな!?」

 

真守が怒号を上げると、テレスティーナはそれを聞いて表情を変えた。

 

「お前、何を知っている!?」

 

「……っふ。ふふふ」

 

真守はテレスティーナの問いかけに低い声で笑った。

 

「あははははっ!! あははっははははっ!!!! はははっあはははは!!」

 

真守は狂ったようにひとしきり笑うと、自分に言い聞かせるように叫んだ。

 

「ああ、そうだ! お前たち研究者は本当にバカばっかりだ! ()くなき探求心!? 科学に犠牲は付き物!? 真理の探究(ごと)きで消費される命を考えないヤツらは全員愚か者だ!」

 

真守の豹変っぷりに固まっていたテレスティーナを真守は決意を秘めた瞳で睨みつけてから宣言した。

 

絶対能力者(レベル6)とかいうおぞましいものを求めてお前が考案した道を砕くために、()()()()()()ってヤツを見せてやる。ただし──」

 

テレスティーナを睨みつけながらも、真守はここではないどこかを見つめていた。

 

凡人から逸脱(いつだつ)した超能力者(レベル5)でも簡単には届かない領域。

 

そこへ真守は、躊躇(ためら)うことなく踏み込んだ。

 

「その後ヲmeewは──────塵ipev浄fl殺────iルがなァァァ!!!!」

 

真守がブレた言葉を吐いた瞬間、真守から何かが放たれた。

 

それに衝撃を()()()()()爆発的に引き起こされた力が空間を鈍く胎動させた後に、(なぶ)るように空間を這いずり回った。

 

テレスティーナは真守をランスで縫い留めていたが、その空間を軋ませる圧倒的な力に思わずランスを手放してしまった。

自分を縫い留めていたランスが地面に落ちて転がっても、真守は辺りに満ちている爆発的な力を基点にして宙に浮いていた。

 

その爆発的な力を真守が束ねると、真守の体から十数本の灰色の竜巻でできた()が広い研究室にうねりを上げて伸びた。

 

その灰色の竜巻で構成された翼がわずかに揺れ動く度に、空間が悲鳴を上げた。

 

「…………うっっぐぐぐ────あああァっ!?」

 

だが突然真守が顔を苦痛で歪めると、見開かれた真守の両方の白目が赤く染まり上がった。

 

キャパシティダウンによって暴れ狂う力を上手く押さえつけてコントロールする事ができずに、真守は苦しみ出す。

だが突然、体を宙に固定したまま四肢をぶらん、と弛緩(しかん)させた。

 

そして真守を中心にガギギギ! と、どす黒い閃光が歯車を砕くような音を響かせながら(ほとばし)った。

 

「な、なんだよ。お前……一体、なんなんだよぉおおおおお、テメエぇえええ!!」

 

テレスティーナが真守に向かって恐怖の雄たけびを上げた瞬間、真守はだらりと下がっていた右手をテレスティーナへと向けた。

 

真守の体から十数本も伸びていたその灰色の翼の竜巻の数本が、真守の右手に呼応するかのようにテレスティーナを貫く。

 

真守の灰色の翼に貫かれた瞬間、体中の骨が折れた事により、テレスティーナは失神する。

そしてそのまま背後の壁にまで吹き飛ばされて壁にクレーターを作り上げた。

 

テレスティーナが真守に撃破されても、キャパシティダウンが止まる事がなかった。

テレスティーナがスイッチを入れただけで元々の装置は止まっていないからだ。

 

だからキャパシティダウンの音は不条理にも鳴り響き、真守の演算能力を妨害し続ける。

 

「……………………うるさい、るさい。うるさいうるさい、るさいうるさい」

 

頭が割れそうで自分が生み出した()()()()()()()()()()力がコントロールできない。

 

このままではマズい。

 

全てが終わってしまう前に、このうるさい音をどうにかしなければならない。

 

「あああ、あァあああうううゥう────……! ……っぶち壊して殺る!!!!」

 

赤い白目に浮かんだエメラルドグリーンの瞳を震わせて真守は叫びながら、キャパシティダウンを発生させている装置がある場所を感知した。

 

真守はその装置がある方向へと、障害物関係なく灰色の翼を叩きつけた。

 

ドゴッ!! という鈍い音と共に瓦礫が散乱して、土煙がまき散らされながら真守の灰色の竜巻がその装置まで一直線に伸びて貫いた。

 

キャパシティダウンが破壊されたことによってその不快な音が鳴り止む。

 

演算が妨害されなくなったのでコントロールを取り戻したが、真守は演算の妨害をしながらも緻密(ちみつ)な演算をしていたので脳にかかった過負荷によって意識が飛び、縫い留められるように浮かんでいた宙から地面へと()()()いった。

 

真守が鋭い重低音を響かせながら地面に落下するとクレーターができるように地面が陥没し、亀裂が入って地面が瓦礫としてめくれあがった。

 

真守が撃沈しても、真守から伸びた無数の灰色の竜巻で構成された翼が消え去るのは少し後の事だった。

 

暴れに暴れ回ったその十数本の翼はフロアをぶち抜き、地面を砕き、壁を貫通する。

 

 

そしてひとしきり暴れ回った灰色の翼は空気に溶けるように消え去った。

 

圧倒的な破壊力を持った十数本の灰色の竜巻で作り上げられた翼。

 

 

だがその翼は最後まで、データが入ったコンソールや美琴たちを襲う事はなかった。

 





メルヘンの波動を感じる……。





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第二八話:〈事情不明〉でも物事は進む

第二八話、投稿します。
※次は九月六日月曜日です。


垣根が第二三学区の閉鎖された推進システム研究所に辿り着いた時には、既に全てが終わった後だった。

 

推進システム研究所は廃墟になっていた。

外からの攻撃ではなく、内からの破壊によって。

 

真守の安否を心配して焦って垣根が内部に入ると、真守は木山によって抱きかかえられていた。

 

垣根が木山に何があったのかを聞くと、真守がキャパシティダウンによって能力を暴走させられながらも過剰なまでの破壊力でテレスティーナを撃破したと説明された。

 

その現場となった研究室を見たが、驚愕するしかなかった。

 

縦横無尽に走る破壊痕。

その規模からして、この施設が倒壊していない方が不思議なほどだった。

暴利をむさぼった後の廃墟を見回りながら垣根は分析して回ると、破壊しても問題ない箇所と破壊したらマズい箇所がピンポイントに分けられている事が分かった。

 

だからこそ建物を支えている重要な柱は無事で、施設が倒壊していなかったのだ。

 

これらは恐らく、キャパシティダウンによって演算が阻害された事により真守の能力が暴走したが、その暴走を必死に真守がコントロールしようとした結果なのだろう。

 

だがこんな事が真守の能力である流動源力(ギアホイール)で可能なのだろうか。

 

流動源力(ギアホイール)はエネルギーを生成する能力だ。

もし演算が阻害されればエネルギーを生成できなくなるはずで、生成したエネルギーが暴走するという事態に納得がいかない。

 

何があったか聞きたいが、真守は気を失っている。

 

そんな真守は冥土帰し(ヘブンキャンセラー)に診察されて、自身の病室のベッドで眠っていた。

垣根は丸椅子を持ってきて座り、そんな真守の傍にいた。

 

診察した冥土帰し(ヘブンキャンセラー)は真守の脳に重大な負荷がかかったから昏倒したと言っていた。

しばらくすれば目を覚ますとも。

 

真守には、何かがある。

その何かを学園都市は利用しようとしているのだろう。

 

「……許せねえ」

 

垣根は、自分が何よりも大切にしたいものを全ての脅威から守り抜く事ができないと思って諦めていた節があった。

 

だが真守は、未元物質(ダークマター)の『無限の創造性』を使えば垣根ができないと諦めている事すらできるようになると、心の底から信じている。

真守自身が垣根にとって『何よりも大切にしたいもの』であることも知らないのに、ただまっすぐと朝槻真守は垣根帝督の可能性を信じていた。

 

自分にとってかけがえのない存在である真守を学園都市が利用しようとしているなんて考えただけでも吐き気がして、到底許せる事ではなかった。

 

そこで垣根はベッドで眠りについている真守の顔を見つめた。

その表情は普段とは比べ程にもならないくらいに穏やかで、愛らしい表情をしていた。

 

虚空爆破(グラビトン)事件の時は、名も知らない幼女を探して爆弾が設置されたデパートに戻った。

 

幻想御手(レベルアッパー)事件の黒幕だった木山と木山が救おうとしている置き去り(チャイルドエラー)を真守は救った。

 

その幻想御手(レベルアッパー)事件前に死にかけた少女を救うために徹夜した件と、その後の『樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)』を破壊するような事件だって、きっと誰かを救うために真守は動いたのだろう。

 

朝槻真守は自分の大切なものを守るだけじゃない。

自分たちの周りにいる人間のためにも戦っている。

 

学園都市の『闇』に息づく者たちにとって真守の()り方は『希望の光』そのものだ。

 

誰もがその光を求めるほどに、尊くて眩しい生き方だ。

 

その『闇』に自ら(はま)りにいった自分ですら救ってしまうほどの光だ。

 

そんな『希望の光』そのものである朝槻真守を、学園都市は利用しようとしている。

 

「……奪われてたまるか」

 

垣根は真守の頭をそっと撫でながら呟く。

 

何もかも好き勝手に奪っていく学園都市に、これ以上奪われるわけにはいかない。

思い通りに利用し尽くす奴らにいいように利用されたくなんてない。

 

この自分にとっての『光』を奪われてたまるものか。

 

垣根が顔を歪めて決意している前で、真守が目を覚ました。

 

「う…………」

 

「真守」

 

真守は焦点の合わない瞳を何度も瞬きさせてから、自分の頭に乗っている手を伝って垣根を見た。

 

「かきね……」

 

「何があったか覚えてるか?」

 

記憶を失っていないかと垣根が問いかけると真守はぼーっとした顔のまま体を起こした。

体を起こすのを垣根が手伝うと、真守は何があったか思い出したのか目を見開いた。

 

「あ……」

 

真守が一言漏らした後、真守の様子が一変した。

 

何かに恐怖していた。

エメラルドグリーンの瞳は動揺して震えているし、即座に顔色が真っ青になった。

 

そして垣根が支えている真守の肩が微かに震えていた。

 

「真守? どうした?」

 

垣根が問いかけると、真守は俯きながらも自分の肩を抱いている垣根の手に自分の手を添えた。

 

「きかないで」

 

消え入りそうな声だった。

 

いつもの自信たっぷりのダウナー声とは違う。

誰をも勇気づける思いやりに満ちた声ではなかった。

 

「おねがい。きかないで」

 

真守は震える声でぽそぽそと呟くと、垣根を伺うように顔を上げた。

 

まるで雨の日に捨てられて必死で飼い主を待ち続ける子猫のようだった。

 

垣根に嫌われたくない。

その一心で震えているのだと、垣根は真守のその瞳に乗せられた感情を読み取って悟った。

 

「い……いつか、……ちゃ、ちゃんと言うから。だから、今。今だけは、」

 

「大丈夫だ」

 

垣根は思わず食い気味になって真守を落ち着かせる言葉を放った。

 

きっと、自分の顔は悲痛で歪んでいただろう。

それだけ真守の様子が痛ましく、心が締め付けられる思いだった。

 

大切にしたいと思っている少女が怯えている姿を垣根は見ていられなかった。

 

「何も聞かない。大丈夫だから落ち着け」

 

垣根が真守の背中をさすると、真守は一度固まってからふにゃっと笑った。

 

真守の頭を垣根がそっと撫でると、緊張で固まっていた体が弛緩して真守が安堵したのが分かった。

 

垣根は真守が心配で、その夜はずっと真守の傍にいた。

いつもより弱気な真守がペースを取り戻したのは、朝になって自分が売店で買ってきた缶のコーンスープを飲んでからだった。

 

缶の底にコーンが残った、と仏頂面で奮闘する姿はいつもの真守で、垣根は安心した。

 

 

 

──────…………。

 

 

第八学区のとあるビルの最上階のフロアにある『スクール』のアジト。

 

垣根はとある部屋の一人掛けの四角いソファに座って、目の前のローテーブルのノートパソコンを苛立ちを込めて睨みつけていた。

 

その画面には真っ黒な下地に『SOUND ONLY』とだけ映し出されていた。

 

『スクール』に指示を出している仲介人。通称『電話の声』。

その人物は、今回仕事を持ってきたわけではなかった。

 

消えた八人目の超能力者(レベル5)流動源力(ギアホイール)。朝槻真守。

 

『電話の声』は真守についての話を持ち出してきたのだ。

 

真守は普段から上層部に監視されており、データを取られ続けていると言っていた。

監視している真守に『スクール』のリーダーである垣根が接触したのは、上層部に筒抜けだったというわけだ。

 

垣根が真守を利用しようとして近づいたという事実には気づいていないらしい。

もしかしたら気づいているのかもしれないが、そんな事よりも重要視されているのは──。

 

〈朝槻真守のそばに暗部の人間がいる。それはとても喜ばしい事だ〉

 

『電話の声』は随分と上機嫌で話す。

 

〈上層部は彼女の扱いに非常に困っていてな。エージェントを派遣して接触を試みても、勘が鋭いからバレるんだ。何人ものエージェントが再起不能になったよ。交渉するのが彼らの本職なのに、朝槻真守がその交渉術を軽々と打ち破るから、プライドが折られてしまうんだ〉

 

朝槻真守は源城深城を傷つけた上層部を憎んでおり、上層部に利用される事を絶対に許さない。

 

そんな真守をコントロールできないから上層部は放置しているが、流動源力(ギアホイール)には非常に利用価値があると彼らは考えている。

 

だからこそ監視もするし、何度も接触を試みようとするが、それらはことごとく失敗していた。

 

だがそんな中で暗部組織『スクール』のリーダーである垣根が真守に接触した事によって全てがひっくり返ったのだ。

 

〈暗部の人間が朝槻真守に接触できるなんて、これまでを考えればはっきり言って異常事態だ。この件について上は随分と注視していてな。朝槻真守に接触できた『スクール』、取り立ててお前の評価はうなぎのぼりだよ〉

 

上機嫌な電話の声に垣根は殺意が(つの)る。

 

最初は自分も真守を利用しようと近づいたが、現状、垣根はその気がすっかり失せていた。

真守の傍にいられればそれで良くて、それ以外に何もいらない程でさえある。

 

「……俺に、アイツの監視をしろって言いてえのか?」

 

〈そういきり立つなよ。そんなに朝槻真守が大事なのか?〉

 

「……、」

 

その問いに垣根が答えないでいると電話の声はますます上機嫌になった。

 

〈いいじゃないか。それだけ懐に入り込めているということだ。ああ、監視の件は()()気にしなくていい。今のところは暗部の人間が朝槻真守のそばにいるだけでいい、と上層部は考えているからな。……まあ、お前が嫌なら強制はしないさ。()()()()()()()()からな〉

 

垣根は『電話の声』が告げた一言にぴくッと反応した。

 

「代わりだと?」

 

〈お前がそばにいられるということは、朝槻真守の倫理観が育ったということだ。彼女の扱いは昔から難しくて、そこら辺が昔からネックだったんだが……ま、そんな事はどうでもいいか。だから必要なら用意するという事だ。降りるならお前は気にしなくていい。お前は既に成果を上げている。この成果を上げる事自体、これまではありえなかったんだからな〉

 

「俺以外のヤツをアイツに当てがってみろ。ソイツをぶち殺す」

 

『闇』から本気で抗おうとしている真守に『闇』の魔の手が伸びる。

その事実により沸き上がっていた怒りが最高潮に達し、高い事象干渉能力が作用して垣根の周りの空気がヂヂッとひりつく音が辺りに響く。

 

一緒にいた誉望はトラウマが蘇って吐き気を覚えてトイレへと駆けこんでいき、心理定規(メジャーハート)は巻き込まれたくないと距離を取った。

 

〈その調子で頼むよ。朝槻真守のことをくれぐれもよろしく。彼女のためならば融通を利かせるくらいこちらは全く問題がないからな〉

 

その言葉を最後にブチッと通話が切られる。

 

垣根は苛立ちに任せてその長い脚でローテーブルに思い切り蹴りを放った。

激しい音と共にローテーブルが蹴り上げられてノートパソコンが宙を泳ぎ、そのまま地面に落下して真っ二つに砕け散った。

 

それでも苛立ちが収まらず、手当たり次第に家具に当たり散らす。

 

部屋が瞬く間に散らかっていく中、心理定規(メジャーハート)はそれに巻き込まれないように移動する。

垣根のご立腹も気にしなければならないが、それよりも心理定規は電話の声が言っていた事が気になっていた。

 

(倫理観の欠如。扱いが難しい。それが昔からネック? ……あの子が?)

 

電話の声は愚痴を告げるように呟いていた。

 

朝槻真守はどう考えても倫理観が欠如しているように見えない。

確かに気難しそうな外見だが、外見からそう感じるだけで面倒見は良いし器量も良く、誰にでも優しい。

 

昔から、と言っているのだからそれは性格のようなものだと理解できるが、それにしたって今の印象と違いすぎる。

 

倫理観の欠如、というところは理解できないが、扱いが難しいという意味は理解できる。

心理定規(メジャーハート)は垣根に命令されて朝槻真守に気が付かれないように近付いた事があった。

 

近付いて分かった事は二つ。

 

一つは朝槻真守が身に纏っているシールドはあらゆる干渉に対して自動的に反応するという事。

 

心理定規(メジャーハート)が自身の能力、『他人との心理的な距離を変える』力によって干渉しようとしたら真守がこちらを認識していないのに干渉を跳ね除けたのだ。

 

恐らく弾かれても構わずに干渉を続けていたら、朝槻真守は心理定規の存在に気が付いただろう。

 

その事を心理定規(メジャーハート)幻想御手(レベルアッパー)使用者に襲われる丁度前日に垣根に話しており、気になった垣根が幻想御手事件の際に真守の能力を解析をしたところ、真守は源流エネルギーに指向性というある種の数値を入力している事が分かった。

 

そしてその数値を複雑化すれば、恐らく複合的な性質を付与できるのだろうとも推測できた。

 

その数値の入力が無意識下で行われるので、外部からは『源流エネルギーから電気エネルギーを生成している』という過程がすっ飛ばされて電気エネルギーを直接生成しているように見えるのだ。

 

体にシールドのように纏っている源流エネルギーにもそれは適用されており、外部から干渉されると源流エネルギーが干渉を跳ね除けるように自動で変質するのだ。

 

だから外部から精神干渉系能力者が干渉したらその干渉を無意識に跳ね除け、それでも干渉を続けると真守が自動的に変質している事を感知して気が付くのだ。

 

そして心理定規(メジャーハート)が真守に近づいて気づいた事は真守の人との心の距離についてだ。

 

朝槻真守は一部の人間を除いて、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

真守が知り合いでない心理定規(メジャーハート)も、真守のクラスメイトも心の距離が等しく同じなのだ。

 

流石の心理定規もそんな人間に会ったのは初めての事だった。

 

朝槻真守にとっては、誰も彼もが平等に大事で、誰も彼もが有象無象に過ぎないのだ。

それは全ての命を平等として捉えていると言っても過言ではない。

 

だがその普通に当てはまらない人物がいる。

 

源白深城。

彼女を傷つける者を、真守は絶対に許さない。

それがクラスメイトであっても、源白深城を傷つけるならば真守は平等に敵と見なすだろう。

 

何よりも大事な存在である源白深城。

 

そんな例外である源白深城のように、心の距離が有象無象よりも真守に近づいている人間が一人いた。

それは自分たち『スクール』のリーダーである垣根帝督だ。

 

消えた八人目の超能力者(レベル5)である自分の全てを受け止め、助けてくれると言ってくれた垣根は、真守にとって替えが利かない存在となりつつあった。

 

真守にとっての垣根の心の距離が近くなっているのと同じように、垣根も真守との心の距離が非常に近くなっていた。

 

心理定規(メジャーハート)は垣根が真守に執着する理由がよく分かる。

 

『闇』の人間にとって眩しすぎる表の光を、朝槻真守はその身によって和らげて『闇』の人間を優しく癒すように照らしてくれるからだ。

 

彼女は表の世界にいながらも『闇』を知り尽くしている。

『闇』に囚われるのに必死に抗い、腐る事を拒んで人々を守るためにその力を振るう。

 

しかも人間の良し悪しに関わらず心の距離が平等だから、悪人であろうとなんであろうと人の命を無下に扱わなければ平等に柔らかな視線を向けるのだ。

 

世界が汚いと知りながらも、それを寛容に受け止める。

自身のやるべきことを見据えて全てに向けて全力で微笑む少女がいたならば、『闇』の人間は誰しもが惹かれるだろう。

 

既に朝槻真守の『希望の光』に『スクール』も侵食され始めている。

誉望がそうだ。

 

朝槻真守の情報を集めて彼女の人物像をよく知っている彼は、朝槻真守からお礼を渡されている。

 

頭の上がらない上司に命令されたから情報操作をしたのに、『スクール』が自分を食い物にして色々と探っていた事を知っているのに、真守は誉望にお礼を送ってきたのだ。

(ほだ)されてしまうに決まってる。

 

……まあ、その真守のお礼を誉望に渡した時の垣根の機嫌の悪さと言ったら最高潮だったのだが。

 

ちょっと違った意味合いからだが、『スクール』のスナイパーである弓箭猟虎も真守の話を聞いて目を輝かせているので真守に『スクール』が感化されているのは確実だ。

 

そんな心理定規(メジャーハート)はというと、そこまでではなかった。

心理定規は精神干渉系能力者故に人間関係を俯瞰する癖があるからだ。

 

でもそんな彼女から見ても、朝槻真守は健気で尊くて。柔らかい陽だまりのようで。

 

そしてちゃんと可哀想だった。

 

きちんと汚れているのにそれでも清らか。

二律背反を持ち合わせている彼女は非常に危うい存在だと心理定規(メジャーハート)は感じていた。

 

 

 

──────…………。

 

 

垣根はひとしきり暴れた後、他の部屋に移ってそこに散らばっていた紙束を見つめた。

 

真守に接触すればするほど、上層部に情報を求められる。

だが学園都市に利用されそうになっている真守を一人にしてなんてしておけない。

 

それに真守を守るためには上層部が掴んでいる情報を集める必要がある。

そこには統括理事長が進めている『計画(プラン)』の詳細も勿論含まれていた。

 

垣根は無数の紙束の内、机の上に置いた一つを手に取って見つめる。

そこには殴り書きで情報網を構築するための理論が書かれていた。

 

「予定を早めて造り上げる必要があるな」

 

垣根はその資料を見つめながら一人呟いた。

 

 

 

──────…………。

 

 

真守は病室のベッドの上で携帯電話を見つめていた。

 

『科学世界と魔術世界のバランスが崩れる可能性がある。これは非常にデリケートな問題だ。だから超能力者(レベル5)であるキミはこの件に関わらないでほしい』

 

「手を出すな、か」

 

真守はステイル=マグヌスから送られてきたメールを見つめながら呟く。

 

学園都市に巣食った錬金術師、アウレオルス=イザードをイギリス清教所属のステイル=マグヌスが討伐する事になったが、科学サイドと魔術サイドの拮抗が崩れるから、超能力者(レベル5)の真守はこの件に関わらないでほしい、という内容だった。

 

メールを見る限り、真守はダメでも上条当麻は良いらしい。

 

超能力者(レベル5)の私がダメで、上条は問題ない……か。学園都市にとって、私は魔術世界のいざこざから守りたい存在であることは確かだな」

 

真守は溜息を吐きながら夏の空を見上げた。

 

「記憶を失ってからステイルと初めて会うみたいだが、大丈夫かな。上条」

 

真守は上条当麻の事を考えながらぽそっと呟いた。

 

 

 

──────…………。

 

 

後日。

上条当麻は真守と同じ病院に入院していた。

 

「ええっと……朝槻さん? なんですか、その冷たい目は」

 

上条当麻は病室にやってきて、無言で自分を睥睨する真守の視線に耐えられなくなって問いかけた。

 

「バカを見る目」

 

「うぐっ! 怖い、冷たい恐ろしい……これが塩対応の神アイドル本領発揮か!?」

 

入院するほどの重傷を負ったはずの上条だが、意外にノリが良くテンションが高い。

真守はそんな上条を見つめて、心配して損したと溜息を吐く。

丸椅子を持ってきてそこに座ると、真守は上条が首から吊っている右腕を見つめた。

 

「それで腕の方は?」

 

「ああ。先生が綺麗にくっつけてくれたからさ。大丈夫!」

 

上条は真守の心配を晴らすために笑って告げた。

 

アウレオルス=イザードによって上条の右腕は肩からぶった切られて上条の体から離れたが、冥土帰し(ヘブンキャンセラー)がその右腕を綺麗にくっつけてくれた。

そう上条当麻は思っているらしい。

 

冥土帰し(ヘブンキャンセラー)は上条の右腕を『ファンタジー』という言葉で表現していた。

 

あの科学技術で全てを救う医者がファンタジーなんて幻想表現を使うなんておかしい。

 

そこから察して、冥土帰し(ヘブンキャンセラー)は上条当麻の右腕を治してない。

勝手にくっつくかなんかして、上条当麻の右腕は元通りになったのだろう。

 

上条当麻の幻想殺し(イマジンブレイカー)は原理が一切不明だ。

 

真守は能力者とは全く違う異質さを上条当麻の右腕から感じ取っていた。

上条自身はその異質さを記憶を失った事により忘れてしまっている。

 

その現状が真守は心配だったが、幻想殺し(イマジンブレイカー)について真守が知っている事は上条も知識として覚えているので何もアドバイスできないのだ。

 

「……難しいな」

 

「え? なにが難しいんだ?」

 

上条の問いかけに真守は首を振ってから自然に話題を変えた。

 

「なんでもない。しかし、お前は随分と病院が好きになったようだな。いっそ私と同じようにここを住居にした方が良いんじゃないのか?」

 

「……入院費がバカにならないので苦学生には無理です」

 

超能力者(レベル5)無能力者(レベル0)は違うんです、とでも言いたげにがっくりと肩を落とす上条。

 

「あまりインデックスを心配させるな。あの子、怒っていたぞ」

 

「……ああ、それだけ気を付けないとな」

 

「それだけ? それだけじゃなくて自分の体の心配もしろ、バカタレ」

 

真守が叱責すると、上条は曖昧な表情で笑った。

 

「入院していても私の課題と夏休みの宿題はやれよ。サボったらどうなるか──分かっているな?」

 

「イ、イエスマァァァァァム!!」

 

真守がそんな上条を鋭く睨みつけると、上条はビシッと背筋を正して叫んだ。

 

「良い返事だ」

 

真守が上条の反応に満足していると、病室にインデックスがやってきた。

上条がまた無茶をしたと怒っているインデックスを真守が宥めている、穏やかな時間がその場に流れていた。

 




垣根くん、ここから悪党である事について考えるようになります。



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絶対能力者進化計画篇
第二九話:〈理想世界〉がすぐそばに


第二九話、投稿します。
次は九月七日火曜日です。
──絶対能力者進化篇、開幕。


真守は夜、病室で携帯電話を弄ってネットを見ていた。

 

「ふ、フロート。夏季限定、新商品……?」

 

ネットを見ていたらよくある広告が出てきたのだが、その広告が魅力的で真守は目を輝かせていた。

 

真守は最近、垣根に食事に連れ出されるようになって食に関心を示してきており、特に甘味を好みとしていた。

甘味は、苦味や辛味なんかと全く違って幸せな気持ちになれるのだ。

 

真守が目を輝かせている広告とは、とある有名チェーン店のコンビニでの新発売、夏季限定の『マンゴー尽くしフロート』だった。

 

「……お、おいしそう」

 

『実験』の弊害で食に関心がまったくない真守。

広告だけを見てそんな感想を抱くのは、はっきり言って奇跡に近かった。

 

この感情を大事にしなければならない。

真守は即決すると、ベッドから起き上がって病院を脱走する手筈を整え始めた。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

白髪の髪に、紅い瞳を持つ線の細い子供が夜道を歩いていた。

彼は一方通行(アクセラレータ)という能力名で呼ばれて、学園都市超能力者(レベル5)、第一位に堂々と君臨していた。

 

「後、九九七〇体かァ。……だりィ」

 

一方通行(アクセラレータ)はとある『実験』を終えてコンビニへと向かう。

彼が好む缶コーヒーを買うためだ。

 

明るく照らされたコンビニに入ると、『いらっしゃいませー』という、店員のやる気のない間延びした声が響く。

一方通行はその店員のやる気のなさを特に気にすることなく買い物かごを取ってドリンクコーナーへと向かった。

 

ハマっている銘柄の缶コーヒーが並んでいる場所は分かっているので気怠げに歩く。

すると、突然それは起こった。

 

一方通行(アクセラレータ)の体に正体不明の衝撃が走ったのだ。

 

一方通行の能力はベクトル操作。

運動量、熱量、電気量など、あらゆる種類のベクトルを自由に操作、変換する能力だ。

 

普段、全てのベクトルを『反射』するようにベクトル操作を体に『設定』してあるが、その『反射の定義』()()()()を揺るがすような衝撃が()()()()()叩きこまれたのだ。

 

「あうっ」

 

一方通行(アクセラレータ)が感じた事のない衝撃にのけぞって体勢を直すために数歩下がった時と同時に、少女の短い悲鳴が辺りに響いた。

 

「なン……っ──、」

 

一方通行(アクセラレータ)が正体不明の攻撃を受けてそちらを睨みつけるように見ると、そこにはよろけてドリンクが中に並べられている冷蔵庫の扉にガンッと肩をぶつけた少女がいた。

 

少女は猫っ毛が特徴的な黒髪ロングをハーフアップにして猫耳ヘアにキレイに結い上げており、猫のように吊り上がったエメラルドグリーンの大きな瞳に小さい口、とあからさまに人受けが良さそうなアイドル顔だった。

 

タンクトップの上に白と黒で構成されたオーバーサイズのパーカーを着ており、下半身はショートパンツに生足で、ストラップを編み上げるタイプの白いレースアップサンダルを履いていた。

 

全体的に高貴な黒猫を連想させる少女であり、『夜のコンビニにちょっと出かけてきた』と一目で判断できるような格好をしていた。

 

どこから見ても普通の少女。

普通の少女とぶつかってこれまで感じたことがない衝撃を受けるなんて、どうもちぐはぐすぎて一方通行(アクセラレータ)は困惑するしかできなかった。

 

小さい両手で携帯電話を握っていたので手を突く事ができずに肩から冷蔵庫の扉にぶつかった少女は、呆然とした表情のままとりあえず冷蔵庫に寄り掛かるのをやめて自分の足で立つ。

 

二人は目を見合わせて、自分たちの接触が意図的な理由なんて微塵もない不意の衝突であった事を即座に察した。

 

その不意の衝突が起こりえない状況を作り出したので、二人共固まっていた。

 

沈黙が続く中、先に口を開いたのは少女だった。

 

「ご、ごめん。お前……大丈夫だった?」

 

ダウナー声ながらも心配の感情を乗せた少女の問いかけに、一方通行(アクセラレータ)は思考が停止した。

 

一方通行(アクセラレータ)は学園都市の頂点である超能力者(レベル5)、それも第一位である。

 

数多くの人間に勝負を挑まれて、その全てを蹴散らしてきた。

彼らは最後に命だけは助けてほしいと、襲って悪かったと命乞いのために謝ってくる。

 

それが普通だった。

 

それなのに、今この目の前の少女は心の底から自分を心配しながら謝ったのだ。

 

いくら学園都市最高峰の頭脳を持っていようと、こんな異常事態は一方通行(アクセラレータ)にも推察できなかった。

 

一方通行が黙ったままなので、少女は場を繋ぐように慌てて言葉を紡いだ。

 

「いや、大丈夫なのは分かってる。私の纏うエネルギーとお前が膜? ……のように纏うソレは、どちらも干渉を跳ね除ける性質を持ち合わせていた。その二つが()()()()からこそ、私と、恐らくお前の感覚にも衝撃が走ったんだ。……お、お前も。それは理解しているか?」

 

一方通行(アクセラレータ)は少女の説明に躊躇(ためら)いがちになりながらも頷いた。

 

自分の能力なので何が起こったかのか理解する事は確実にできる。

それでも不可思議な事態に遭遇した少女──朝槻真守は、一方通行(アクセラレータ)を用心深く観察する。

 

(今の衝撃は感覚的なものだから、この子にも私にも物理的なダメージは実際には入ってない。でも競合したから私と同じ(たぐい)の能力である事は確かだ。だが恐らく、根本的にも原理的にも完全に別種のものだ)

 

真守は内心で冷静に考察してはいたが、実は精神的に追い詰められていた。

 

人生で初めて入ったコンビニ内を大冒険中だったからだ。

 

コンビニとは『気軽に食事が買える場所』と、真守は認識している。

食事に関心がない真守にとってコンビニはこの世で一番必要性を感じない場所なのだ。

 

初めてのコンビニで初めての商品を探す。

心細さと場違い感が半端なくて真守は絶賛追い詰められ中なのだ。

 

「気分悪くなっていないか? 大丈夫か?」

 

焦って不注意になり、人にぶつかってしまった事に気恥ずかしさを覚えながら真守が恐る恐る訊ねると、一方通行(アクセラレータ)はその向けられたことのない心配によって再び硬直してしまった。

 

真守は先程から困惑しっぱなしの一方通行の様子を察しながら観察を続ける。

 

目の前に立っている()とでも呼称するべき存在は、体内を流れるエネルギーの循環がおかしくなっている。

それによって性別不詳の体つきになってしまっており、だから真守も()と心の中で呼称するしかないのだ。

 

恐らく彼の膜が有害なものをなんでも跳ね返すせいで、外部刺激が少なくなって体内のエネルギー循環がおかしくなっているのだろう。

髪の毛と瞳の色素が抜け落ちているのも、彼の膜のせいだと真守は同時に察した。

 

強力な能力を持っている能力者は、その能力に合わせて体が『最適化』される傾向がある。

 

真守自身も消化器官が能力である流動源力(ギアホイール)によって不必要だと判断されて退化し続けているので、冥土帰し(ヘブンキャンセラー)の治療を受けるために入院していた。

 

真守は体に纏っている源流エネルギーが自動的に干渉を跳ね除けているが、この『設定』を弄れば、目の前の彼と同じように()()()()()()()()()()()()()()()()()()事もできる。

 

その『設定』にしていれば、恐らく真守も彼と同じような体付きに『最適化』されて、性別不詳になっていた事だろう。

 

(……まるで。まるで私のもう一つの可能性を突きつけられているような感じがする)

 

「あの。……お前、本当に大丈夫か? さっきから呆然としているが。そんなに衝撃的だったか?」

 

真守は心の中でそう感じながら動かない一方通行(アクセラレータ)の様子を心配して再び訊ねた。

 

第一位の自分を、恐怖を振りまく自分を。この目の前の少女は純粋に心配していた。

 

その異常事態に、一方通行(アクセラレータ)は思わず拒絶の言葉を放った。

 

「────ッ俺のことを心配すンじゃねェ。気色悪ぃンだよ」

 

真守は一方通行(アクセラレータ)が吐いた言葉で確信した。

 

この子は自分の生き写しだ。

自分が深城に出会っていなかったらという可能性(IF)だ。

 

真守は深城がいてくれたから、人に心を開く事ができた。

深城からの好意を受け入れるようになれたし、誰かに好意を伝える事もできるようになった。

 

この子には自分にとっての深城がいなかったから、人の好意に慣れていない。

だから人の心配が気色悪い。

 

真守は自分と目の前の彼をぴったりと重ねてしまった。

 

「心配、され慣れてないのか……」

 

真守は思わず独り言を呟いて、自分の分身のような存在である一方通行(アクセラレータ)を親身に思って、思わず一歩踏み込んでしまった。

 

 

「お前、そんな状態で生きるのが苦しくないか? 大丈夫か?」

 

 

「ッうるせェ!! 知ったよォな口を利くンじゃねェ!!」

 

真守の純粋な心配が自身の触れてほしくない部分へと辿り着いたと感じた一方通行(アクセラレータ)は、当然の如く激昂して、拒絶した。

 

その怒鳴り声を聞いて、品出しをしていた店員が真守と一方通行(アクセラレータ)に目を向けた。

 

真守はその視線を感じて、どうにかこの場を収めなければと思ってとっさに動く。

 

「余計な心配して悪かった。私はもう離れるから。本当にごめんな」

 

真守は自分がいたら彼の機嫌を損ねると即座に判断すると、そのまま後ずさってその場から離脱する。

その去り際には迷惑をかけたと言わんばかりに、真守はペコッと小さくお辞儀をした。

 

一方通行(アクセラレータ)は心を穿(うが)たれたような感覚を覚えて、店内をうろついて商品を探す真守を呆然と見つめていた。

 

自分は今、ずっと欲しいと思っていた真心を拒絶したのだ。

これまでの人生で一度も向けられてこなかった優しさを、心配を。

自らで跳ね除けてしまった。

 

あの少女は普通だ。

普通だから人の痛みが分かって。

普通だから心配して、手を差し伸べてきた。

 

その普通が自分は欲しかったのではなかったのか。

 

それを手に入れるために、()()()()()を求めているのではないのか。

 

すぐ目の前。

それも手が届くところに、自分が心の底から欲しかったものが存在している。

 

その事実に呆然としてしまって、一方通行(アクセラレータ)現実が上手く認識できなかった。

 

(……なっ、ない…………)

 

一方通行(アクセラレータ)が理想としているカタチである朝槻真守は現在、追い詰められて大ピンチだった。

 

もちろん、コンビニにやってきた目的の品である夏季限定のマンゴー尽くしフロートがどこに置いてあるか分からないからだ。

 

(こ、この狭い店内で目的の商品が見つからないって一体どういう事だ。コンビニが魔境なワケがないだろ? で、でも実際に見つからないし。……これって店員に聞くべきか? この狭い店内で商品がどこにあるか分からなくて聞くのか? コンビニで商品どこにあるか聞くのか!? ……や、ヤバい……)

 

人生初体験によって思考が滅裂になっており、どうすればいいか真守は本当に判断がつかなかった。

 

超能力者(レベル5)はその成り立ちからして非常識には柔軟に対応できるが、常識についてはとてつもなく弱いところがある。

 

超能力者(レベル5)が柔軟に対応できる非常識とは、『自分の命』という何よりも代えがたいものが脅かされる異常事態がほとんどだ。

 

生存本能が強く働く自己中心的な超能力者(レベル5)にとって、まったく命の危険性がない日常生活においての異常事態への対応はどうしても()()()()()()()は後手に回ってしまう。

 

真守はその異常事態に直面して焦る中、とある記憶が脳裏をよぎった。

 

先日。

忙しくて会う事ができないらしい垣根と真守が電話をしていた時の事だ。

 

コンビニの新商品がどうたらこうたらと垣根に言われたので、『コンビニに入った事がない』と真守は正直に話した。

 

すると垣根は鼻で嗤って、

 

『お嬢様って人種じゃねえのにそんな事になってんのは人として終わってんな。……お前、超能力者(レベル5)の中で一番頭のネジの飛び方がヤバいんじゃねえの? 第一位だってそこまでヤバくはねえぜ?』

 

心底馬鹿にした様子で半笑いしながら真守に告げたのだ。

 

(まずい……。こんなところでもたもたしてたらまた垣根にバカにされる……!)

 

真守は頭の中で鼻で嗤う垣根の顔が浮かび上がって、ふるふると体を怒りで震わせる。

 

(別に頭のネジ飛んでないが!? ただ必要な知識と不必要な知識を選別しているだけであって、ちゃんと常識は持ち合わせているんだが!? ……というか、よくよく考えてみれば暗部組織に所属してる癖に、誰にも教えてもらってないのに学校生活を順風満帆に送れてる垣根の方がおかしいんだ! アイツの器用さの方が超能力者(レベル5)としてよっぽどおかしいだろ!?)

 

真守は追い詰められてついに垣根の事を心の中で非難し始めるが、すぐに正気に戻る。

 

(か、垣根の事は今どうでもいい……この場を切り抜けなければ。て、店員に聞くしかない……のか? でも、その後の事を考えるのが怖い……絶対に店員にコイツ非常識だろって思われ、)

 

「オイ」

 

「うぇっ!? は、はいっ!!」

 

焦りすぎて思考が散逸していた真守は、突然後ろから声をかけられた事により、その場で飛び上がるように返事をした。

 

若干涙目になりながら真守が振り返ると、先程真守がうっかり一線を越えて怒らせてしまった一方通行(アクセラレータ)が立っていた。

 

一方通行は一方通行で謎に追い詰められた表情をしている真守に困惑する。

『心細くて死ぬしかない』とでも言いたげな真守の目を見つめて、一方通行(アクセラレータ)躊躇(ためら)いがちにも問いかけた。

 

「…………何、探してンだ?」

 

真守は問いかけられた瞬間、固まった。

 

自分が先程不快にさせてしまったのに、真守の様子を心配して彼は話しかけてくれた。

真守はその親切心にぱあっと顔を輝かせる。

 

対して一方通行(アクセラレータ)は自分の問いかけを救いの手だとでも言いたげに目を輝かせて感激している真守に、若干引いていた。当たり前である。

 

真守は一方通行(アクセラレータ)に駆け寄ると、隣に寄り添って携帯電話を見せる。

 

「あ、あのなっ。こ、このフロート。このフロートがどこにあるのか分からなくてっ!」

 

携帯電話には『夏季限定、新発売! マンゴー尽くしフロート』と表示されていた。

 

一方通行(アクセラレータ)は突然距離を詰めてきた真守に戸惑いつつも携帯電話の広告を見つめてから、見覚えがあって顔を上げてソレを指さした。

 

「そりゃァ店頭で買うンだ」

 

「店……頭?」

 

真守が初めて聞きましたみたいな声を出して一方通行が指さした方を見る。

 

レジの真後ろ。

そこには真守が携帯電話で見せた広告が引き延ばされて、これでもかと主張されて張り付けられていた。

 

ヒッと真守が唸り声をあげたので一方通行(アクセラレータ)が真守を見ると、真守は涙目になりながらどんよりとした雰囲気を醸し出していた。

 

「ふ、ふふふ……そうだよ、私は世間知らずだよ……コンビニに入った事なんてなかったから心細くて視野狭窄起こしてたよ……。だってアレだろ? コンビニってちょっと食料買える便利ってだけのトコで、病院の中の売店と何も変わらないだろ? わざわざコンビニに入る理由がないという事情も知らずに嗤うなんて、アイツやっぱりひどい……。意地悪だ…………」

 

……と、誰かに対してぶつぶつと泣き言を呟いており、それを聞いて全てを察した一方通行(アクセラレータ)は、『普通って案外こんなモンなのか』と真守を複雑な気持ちで見つめていた。

 

「本当にありがとう。お前も何か買いに来たんだろ? 奢らせてくれ。それで私の気が済む」

 

真守はひとしきり愚痴を零して正気に戻ると、一方通行(アクセラレータ)に向けて礼がしたいと申し出る。

 

真守にとっては至極当然の行動だが、一方通行は好意に慣れていないので思わず一歩後ずさってしまう。

顔を背けるも、真守が柔らかい笑みを浮かべて見つめてくるので真守を見ずに一方通行は、

 

「………………缶コーヒー」

 

と、ぽそっと告げた。

 

「分かった。好きなヤツを選んでくれ。ちょっとお高いヤツでも問題ないぞ」

 

真守が柔らかく微笑む前で一方通行(アクセラレータ)は思わず顔をしかめた。

 

その笑顔が眩しくて、自分はそれをどう受け止めていいのか分からなくて。

ただただ困惑するしかできなかった。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

「本当にありがとう」

 

コンビニの灯りに照らされた路上で、一方通行(アクセラレータ)のおかげで無事に買えたマンゴーフロートを大事そうに持ちながら、真守は笑顔でお礼を告げた。

 

「…………気に、すンな」

 

そんな言葉が自分から出る事に違和感満載ながらも一方通行(アクセラレータ)は呟いた。

自分の生き写しのような存在である一方通行の様子に、真守は切なくなって思わず目を細めた。

 

「そういえばまだ名前を聞いてなかったな。私は朝槻真守、お前は?」

 

一方通行(アクセラレータ)

 

真守はその名前に聞き覚えがあった。

正確には名前ではなく能力名だ。

 

真守は順位付けされた超能力者(レベル5)の能力については、なんとなくしか知らない。

だが一方通行という能力者は有名だから知っていた。

 

「もしかしなくとも学園都市第一位の一方通行(アクセラレータ)か?」

 

真守が純粋に問いかけてくるので一方通行はしまったと思った。

 

学園都市第一位とは最強であり、恐怖の象徴だ。

それをこの普通の少女が知ったら恐れおののくに違いない。

 

それだけ第一位とは人々に怖れを抱かせる順位なのだ。

 

「へえ。お前、すごいんだな。……そうか、ベクトル操作か。なるほど、合点がいった」

 

一方通行(アクセラレータ)が焦っている前で、真守は一方通行の事を素直にそう評価した。

 

超能力者(レベル5)という肩書きは面倒なものだと真守は感じている。

 

そもそも学園都市にとって利益があるからという理由で順位付けされているのだ。利用する気満々の学園都市の順位付け制度からして、真守は気にくわない。

 

最近になって真守はその制度に特に嫌気がさしていた。

その理由は実際に超能力者(レベル5)として承認されている第二位の垣根帝督や第三位の御坂美琴に出会ったからである。

 

垣根と美琴がファミレスで初めて顔を合わせた時に超能力者(レベル5)共通の話題を数多くしていたが、二人の話を聞く限り、超能力者(レベル5)には専門の分析や研究機関があてがわれるらしい。

 

垣根は上手く頭を使ってそれらの機関をあしらっているらしいが、美琴は超お嬢様であり根が真面目なので日々、それに振り回されているらしいのだ。

 

そんな一つの話題からして分かるように、超能力者(レベル5)は色々と苦労しているのだ。

 

超能力者(レベル5)とは学生全員の憧れであり、学園都市の代表である。

真守もそれは理解している。学生にとって喉から手が出るほど欲しい地位。

 

だがその実態は、認めたくはないが学生の中で壊すのが惜しいほどに価値がある研究材料集団だ。

 

真守はAIM拡散力場で相手が本来出せる出力を感知する事ができるのだが、大能力者(レベル4)の中でも強大な能力を放つことができるであろう人間がちらほらいるのだ。

 

その大能力者(レベル4)超能力者(レベル5)を分かつ理由はただ一つ。

利用できるか利用できないか、それだけの違いである。

 

一方通行(アクセラレータ)は第一位という重責を背負いながらも堂々と暮らしている。

重責も利用されるのも何もかも嫌だと駄々をこねている自分とはけた違いなほどに偉いと、真守は感じていた。

 

真守が素直に感嘆していると、一方通行はありえないとでも言いたげに真守を見つめていた。

自分の力の強大さに恐れることなく、それどころか(たた)えてさえいる。

 

あり得ない事が立て続けに起こっていて一方通行(アクセラレータ)はめまいがしそうになり、真守が何に納得しているか聞きそびれてしまった。

 

真守は一方通行の困惑を理解しながらも優しく問いかけた。

 

「でも一方通行(アクセラレータ)とは能力名だろう? 私は名前を聞いたんだが」

 

「……………………もォ、忘れた」

 

上が二文字で下が三文字。

どこにでもありふれた名前だった事は確かである。

 

だがしばらく使っていないその名前を一方通行(アクセラレータ)はどうしても思い出す事ができずに、真守の問いかけに一方通行はそう答えるしかなかった。

 

「そうか。じゃあ今度会うまでに思い出しておいてくれ」

 

真守はその事情を悲しく思って、柔らかく微笑みながら優しくお願いをした。

真守も五年前まで研究所にいたから自分の名前を忘れてしまうという事情が理解できる。

 

研究所では名前なんて意味のないもので、能力名で呼ばれる事が普通だった。

真守も深城に名前を呼んでもらうまで、長らく名前で呼ばれていなかった。

 

流動源力(ギアホイール)』『解析研の秘蔵っ子』『()()

 

真守の呼び名はたくさんあったが、そのどれもに名前は使われなかった。

 

「……今度、だとォ?」

 

「そうだぞ。同じ場所で暮らしているんだ。また会える」

 

怪訝な声を上げる一方通行(アクセラレータ)に真守はそこで一方的な約束をする。

本当は連絡先を聞きたかったが、そこまで距離を詰めては一方通行が困惑してしまうだろうと思って、真守はぐっとこらえた。

 

「だからその時になったら教えてくれ。本当にありがとう。またな、一方通行(アクセラレータ)

 

真守は一方通行に手を振って微笑んで後ろを向いて歩いていく。

一方通行はその手にどう反応していいか分からなかったが、震える手をそっと挙げた。

 

一方通行(アクセラレータ)が挨拶を返してくれたので、真守は嬉しくてはにかむように笑いながら何度も手をひらひらと振って一方通行と別れた。

 

どうすればいいか分からなかった。

自分に好意を向けてくれた人間の引き留め方なんて、一方通行(アクセラレータ)は知らない。

 

そもそも引き留めてどうしようと言うのだろうか。

 

彼女にとって誰かに優しくする事は普通の事で、日常茶飯事で。

取り留めて特別でもないその優しい手を、何よりも欲しかったその手を、少女は一方通行(アクセラレータ)に偶然差し出してきただけだった。

 

あの少女はきっと世界の中心にいるだろう。

そうでなければおかしいほどに、眩しい存在だった。

 

自分の望む世界の中心に少女は存在している。

その世界が欲しかった。その居場所が欲しかった。

 

それを叶えるためには。現状を打破するためには。

 

絶対的な力を手にするしかない。

 

あんな少女が世界に(あふ)れていれば、自分はそんな力を必要としなくても良かったはずだ。

だが自分に優しく笑いかけて心配してくれる人間はあの少女だけだ。

 

世界が自分を受け入れないのが普通で、あの少女の存在こそが異常なのだ。

 

(力を。……絶対的な力を必ず手に入れる。どンな手を使っても)

 

自分の手に入れたい世界の片鱗を垣間見てしまったがために、一方通行(アクセラレータ)は絶対的な力をこれまで以上に求める事になった。

 

 

 

──八月二〇日。

それは闇深まる夜の出来事だった。

 

 




一方通行と会合。

真守ちゃんは『闇』からみた『希望の光』なのでどうしても一部の人を焚きつける結果を生んでしまいます。
真守ちゃんもそれを理解していて気を付けるようにはしていますが、在り方によってそうなってしまうので、全てを防ぐ事は難しいです。

というか真守ちゃんは全然普通じゃないですよ、一方通行。




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第三〇話:〈不穏暗雲〉がひたひたと

第三〇話、投稿します。
次は九月八日水曜日です。


真守は深城と一緒に第六学区の水族館へと来ていた。

深城がどうしても最新型のイルカショーを真守に見てほしいと言うからだ。

 

特に拒否する理由もないので、真守は周りから見たら一人で駅から降りて水族館へと向かっていた。

 

歩いていると着信音が響いたので、真守はポケットから携帯電話を取り出す。

表示されていたのは『垣根帝督』だった。

 

「もしもし?」

 

〈今暇か?〉

 

真守が即座に電話に出ると、垣根は突然真守の現状を聞いてきた。

 

「今水族館に向かってる」

 

〈水族館?〉

 

「深城がどうしても私と一緒に行きたいって言うから。断る理由ないし」

 

〈源白深城と? ……お前、本当に見えてるんだな〉

 

垣根は幻想御手(レベルアッパー)事件の時に冥土帰し(ヘブンキャンセラー)から聞かされた『源白深城はAIM思念体になっており、真守だけには彼女が見える』という話を思い出しながら訊ねた。

 

「うん。で、何の用で掛けてきたんだ?」

 

〈ちょっとお披露目したいものがあってな。いつだったら空いてる?〉

 

「お披露目? んー。今日は夕方にも用事があるからなー……うん、明日だったら大丈夫」

 

〈……また何か首突っ込んでんじゃねえだろうな?〉

 

頭の中で予定を確認するために小首を傾げていると垣根が声を低くして訊ねてきた。

 

「ただ単に買い物。取り寄せた本が夕方の便で届くから、それを受け取りに行くんだ。……垣根、お前は何か勘違いをしているようだが、私はなんでもかんでも首を突っ込むワケじゃないぞ」

 

〈説得力ねえんだよバーカ。『樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)』ぶっ壊した現場にいたくせに〉

 

「アレは成り行き。仕方ないんだってば。それに私はバカじゃない。お前の知らない『知識』だって私の頭にはたくさん入ってる。頭の良さはお前に負けない自信がある」

 

真守は垣根の流れるような罵倒にムッと口を尖らせる。

 

〈その『知識』はお前が能力者としてやっていくための『知識』で、人間として生きていくための知識なんて欠片も持ってねえだろ。その証拠にコンビニだって入った事ねえんだからな〉

 

「こ、コンビニには入った! 昨日入った! もう入った事あるから入った事ない、なんて事実にはならない!」

 

〈お前がなんでわざわざコンビニ行くんだよ〉

 

真守がムキになって声を荒らげると、垣根が怪訝な声を出す。

 

「……苺フロート買いに行ったんだ。それで食べた。おいしかった!」

 

〈……マジで?〉

 

「本当だ。レシートだってちゃんとある」

 

垣根が真守の再三の主張を聞いても信じられないので問いかけると、真守はふふんっと鼻を鳴らしてから得意気に告げた。

コンビニに一度入ったくらいで得意気になっても困るのだが、真守からしてみたら偉大な進歩なのだ。

 

〈そんな事もあるんだな〉

 

垣根がしみじみとした声で告げるので真守は顔をしかめて畳みかける。

 

「私だって人間として日々成長しているんだ。見くびってもらっては困る。だからバカじゃない!」

 

〈分かった分かった。じゃあ明日昼前、俺の寮に来い。なんか作ってやる〉

 

真守の怒りを込めた叫びを適当に流した垣根は、当初の目的である約束を真守に取り付けてくる。

 

「本当か? 楽しみにしてる!」

 

垣根がご飯を作ってくれるのが非常に嬉しい真守は顔をぱあっと明るくする。

 

「……待て。お前、私の事をいま流そうとしたか?」

 

だがハッと正気に戻って顔をしかめて携帯電話を横目で睨む。

 

〈そうだな。じゃあ、伝えたからな〉

 

適当に返事をした垣根はそこでブチっと電話を切った。

真守は携帯電話を耳から外して睨みつける。

 

(垣根のバカ。……確かに非常識かもしれないけど! 一方通行(アクセラレータ)に迷惑かけたけど! ……私だって頑張ってるんだから……)

 

『真守ちゃん。誰からだったのぉ?』

 

真守はため息を吐きながら携帯電話を仕舞うと、真守の周りをくるくると回って真守が電話しているのを楽しそうに見つめていた深城が問いかけてきた。

 

「垣根。意地悪な垣根だった」

 

いつでも自分の味方になってくれる深城に告げ口するように真守が声を上げると、深城はにへらっと笑った。

 

『垣根さん? 真守ちゃん仲良しさんだねえ。こんなに頻繁(ひんぱん)に連絡くれる人、あんまりいないもんねえ』

 

「垣根は心配性って言うか過保護って言うか。……なんか仲良しとはちょっと違う」

 

深城が自分の事を(なだ)めにかかっていると気づいていない真守は、深城のペースに乗っている事も知らずにぽそぽそと呟く。

 

『どぉ違うの?』

 

「よく分からないけど、違うように感じる」

 

真守が自分でもよく分からない感情になっていると首を傾げると、深城が真守の前にやってきて目を細めて幸せそうに微笑んだ。

 

『じゃあ、初めての関係性だねえ。真守ちゃんが新しい人間関係構築できて、あたしは嬉しいなあ』

 

「……ありがと」

 

真守は深城が我が事のように自分の些細な幸せを喜んでくれるので、ふにゃっと微笑んで深城に提案した。

 

「深城、早く行こう」

 

『うん! 真守ちゃんとイルカさんのショー! あ、ペンギンさんもアザラシさんも見ようねえ! 後はオットセイもいるんだよ! それとそれと、水中トンネルとか巨大水槽とか、お魚さんいっぱい見ようねえ!』

 

「……なんでオットセイだけ『さん』がつかないんだ?」

 

『え? なんか言ったあ?』

 

真守が率直な疑問を呟くが、深城本人は気にしていなかったのかコテッと首を傾げた。

 

「気づいてないのか。……なんでもない。早く行こう」

 

『? うん!』

 

真守が提案すると深城は一度疑問符を浮かべながらも頷いて、歩く真守の周囲をぷかぷかと幸せそうに浮かんでついていく。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

真守は夕方。大型チェーン店の古本屋内で本を見ていた。

真守が垣根に伝えた『わざわざ取り寄せた本』というのはオカルトの本だった。

 

魔術関連の本はどんなに適当な事が書かれていようとも学園都市では取り扱われていないし、書店に頼むと煙たがられるのだ。

 

そのため真守は普通の書店よりもガードが緩い古本屋を選び、わざわざ学園都市外から取り寄せてもらっているのだ。

 

魔術関連には哲学書なども絡んでくる事が多い。

哲学書などは学園都市でも取り扱われているので古本屋内にもちろんある。

 

「朝槻!」

 

真守がその哲学書の一冊を手に追ってパラパラとめくっていると、突然声を掛けられた。

真守が本から顔を上げると、そこには学生服の上条が立っていた。

 

「上条」

 

「奇遇だな、こんなとこで。お前も古本屋で本買うんだなあ」

 

「お前は私の事をなんだと思ってるんだ。まさか、お前も私を常識知らずとでも言いたいのか?」

 

上条の感想に、真守は垣根に『人間として生きていく事に関しては非常識』というレッテルを張られた事を連想してしまい、ムッと不機嫌になる。

 

「い、いや! そんなことは思ってねえよ! ……ん? お前『も』?」

 

上条が慌てて否定するが、真守の言い分が気になって首を傾げた。

 

「……なんでもない、こっちの話だ。ところでお前はなんでここに?」

 

「猫の飼い方の本を買いに来たんだ。別に昔から動物の飼い方なんて変わらねえんだし、古本で良いだろうと思って」

 

真守がバツが悪そうに目を泳がせた後に話題を切り換えて訊ねると、上条は自分の用事を真守に簡潔に話してくれた。

 

「……上条。その理屈を(くつがえ)すようで悪いが、動物の飼育方法は動物の生態系が解明されるごとに変化していってるぞ。後は倫理観なんかでもまるっきり変わる」

 

「え」

 

「その話の前に、学生寮はペット飼育禁止じゃなかったか?」

 

「……、」

 

真守に次々と問題点を指摘されて閉口する上条を見て、真守は溜息を吐きながらも提案する。

 

「しょうがないから一緒に選んでやる」

 

「ありがとうございます、朝槻さま!!」

 

「なんで猫飼うことになったんだ?」

 

真守の救いの手によって感激する上条の前で、真守は哲学書を棚に戻して上条を誘導するように店内を移動しながら至極当然な疑問を投げかける。

 

「インデックスのヤツが聞かなくてなー。それに御坂妹も黒猫飼いそうだし。本買って教えてやろうかと」

 

「御坂妹? 御坂に妹がいたのか?」

 

真守は上条の口から出た『御坂美琴の妹』という単語が気になって小さく首を傾げた。

 

「うん、黒猫抱えてるから表で待ってる。……複雑なご家庭みたいでな。家の中でその妹、名字で呼ばれているらしい。美琴は超能力者(レベル5)だけど、御坂妹は強能力者(レベル3)くらいだから、そこで差が出てるみたいなんだ。俺からしてみれば二人共常盤台で凄いと思うんだがなあ。本人気にしてないみたいで大丈夫そうだけど、心配だよなあ。でも部外者が首突っ込んでいい話じゃないし……」

 

上条が性質(たち)の悪い言いふらしをしているのではなく、純粋に心配して御坂家の事情を話しているので真守は真剣な表情で頷く。

 

「どこのご家庭も大変なんだな。……わかった。話題になったら私がフォローする」

 

「心強いよ、頼む」

 

(そりゃあ純粋培養のお嬢様と言えど、色々あるもんな。しかも家庭環境とは根強い問題だ。今度それとなくなんか奢って話を聞いてやろう。私自身は置き去り(チャイルドエラー)で、家庭環境から遠い存在だから何もアドバイスできないが、話せばすっきりすることもあるからな)

 

「そういえばなんで朝槻は古本屋で本を見てるんだ? お前だったら新書の一〇冊や二〇冊、余裕で買えるだろ」

 

真守がこの場にいない美琴を想ってそう決意していると、今度は上条が真守の事情を聞いてきた。

 

「魔術関連の本を見てたんだ。オカルト本は学園都市に置いてないからな。外部から取り寄せるしかない」

 

「へえー……。なるほど。勤勉だなあ」

 

真守の知識に対する姿勢を聞いて素直に感心する上条だが、真守はキロッと目を鋭くして上条を見た。

 

「……勤勉と言えば、お前は私の課題と夏休みの宿題はちゃんとやっているか?」

 

「うぐっ!? や、やってるよ。一昨日も記憶術(かいはつ)の課題は提出しただろ!? それに朝槻のおかげで夏休みの宿題も少しずつ進んでいるから問題ない……多分」

 

上条の曖昧な表現に真守は疑いながらも許すために一つ頷く。

 

「まあお前の言い分を信じるとしよう。ところでここら辺が動物に関する本なんだが」

 

「あ、マジで? ……って」

 

真守の追求から逃れられて安堵して、上条は真守に促されるがままに本棚を見つめる。

だがそのラインナップを見て思わずげんなりとしてしまう。

 

『猫の飼い方』の本の隣に『美味しい牛肉の調理法』という本が突っ込んであったからだ。

その隣には『最新! 牧場ビルの科学牛』と書かれていた。

 

確かに動物だけどさ、と上条は呟きながらも『最新! 牧場ビルの科学牛』という本を手にした。

 

「……そう言えば学園都市外の人間ってこういう『農業ビル』が気色悪いんだろ?」

 

上条が手に取ってパラパラとめくる本を、真守は少し背伸びをして覗き込みながら告げる。

 

「空気清浄機やら栄養剤やらで徹底的に管理されているのが気持ち悪いとかいうアレか? だから学園都市の高級レストランは外部の有機栽培食物を使う傾向がある……みたいな」

 

「産業廃棄物とか工業廃水とか、ナニ混じってっか分っかんねー土から育った野菜なんて口にできねえよな」

 

「……成程。『中』での気持ち悪さの概念はそういうものなのか」

 

「そういう朝槻は平気なのか?」

 

真守が上条の考えを学園都市の『中』での共通した考えだと受け取って納得していると、上条が首を傾げながら訊ねてきた。

 

「体の中で分解された時に変な物質混じってなかったら全部一緒だろ」

 

「……さいですか」

 

真守は能力的な観点からどうしてもエネルギーとしての質が良いか悪いかで考えてしまうのだ。

それに食事に関心がないという事もあって『農業ビル』についての人々の考えはなんとなく知っていた真守だが、学園都市の『中』と『外』で気持ち悪いと考える基準がまったく異なっていると知らなかったのだ。

 

(朝槻の感性がイマイチ分からん。超能力者(レベル5)だからか……?)

 

上条は真守の反応に内心首を傾げながらも、『最新! 牧場ビルの科学牛』という本を戻して『猫の飼い方』の本を手に取った。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

真守は目的の本と幾つかの哲学書を買い、上条は真守と選んだ猫の飼い方の本を買って古本屋を後にする。

 

「ありゃ?」

 

だが店先に出てすぐに、上条が声を上げて辺りを見回した。

 

「どうした?」

 

「御坂妹がいない。黒猫を無理やり預けたから怒ってどっか行っちまったのかな?」

 

上条が周りを見渡す中、真守はレンガが敷かれた地面に、耳を伏せてびくびくとしながら一匹でいる黒猫に気が付いた。

 

真守は膝を折って黒猫に人差し指を向ける。

黒猫はビクッとするが、鼻の前に添えられた人差し指を躊躇(ためら)いがちに嗅ぐ。

真守は黒猫が嗅ぐのを確認してから人差し指を向けるのをやめてそっと抱き上げた。

 

真守の腕の中で黒猫はミー、と小さく鳴いてから、安心したように丸くなる。

先程までの怯えようが嘘のような黒猫を見て、上条が感嘆の声を上げて親指をグッと立てた。

 

「おおっ! 一瞬で懐いた。流石同類。扱いが上手いな!」

 

「ぶっ飛ばすぞお前」

 

真守が上条に冷たい視線を向けると、上条がごまかすように口笛のような擬音を口から発して顔を背ける。

 

「……え?」

 

「どうした?」

 

顔を背けた先で上条が何かに気づいて声を上げたので、真守もそちらを見た。

 

古本屋と他の雑居ビルの隙間の路地。

 

アスファルトの上に、女の子の靴が片方落ちていた。

 

上条が吸われるようにそれに近づいたので、真守も後を追う。

 

片方だけ転がった女の子の靴は、サイズの小さい茶色い革靴だった。

 

「これ、常盤台中学指定の革靴だ。なんでこんなトコに」

 

真守は革靴の正体をすぐに看破する。その瞬間、真守と上条に嫌な予感が走った。

 

 

「「御坂妹!」」

 

 

真守と上条は路地裏へと躊躇(ためら)いなく入っていった。

 

 

路地裏のその先にはもう片方の革靴も落ちていた。

 

壁に破壊痕がある。鉄の杭をやたらめったらに振り回したかのような痕。

 

その床には薬莢(やっきょう)が落ちており、辺りには火薬のにおいが立ち込めていた。

真守は薬莢を一つ摘まみ上げてじっと観察する。

 

「特徴的な薬莢だな。……F2000R、通称『オモチャの兵隊(トイソルジャー)』。そんなトコか」

 

「銃ってことか?」

 

「赤外線感知式、電子制御型。軽反動。銃口を向けるだけで必中するように作られた銃で、素人でも簡単に扱える。つまり──中学生の女の子でも絶対に当てることができる」

 

「え」

 

路地裏の奥深くから嫌な空気が流れていた。濁ったような、絡みつくような。

 

ひたひたと近付いてくる『闇』。

 

真守はその『闇』に臆することなく進んでいった。上条は真守の事を頼りに向かった。

 

息が詰まるような沈黙の中、二人は路地裏を進む。

 

 

進んだ先。

 

 

──そこには御坂美琴と同じ姿をした、恐らく彼女の妹の死体が転がっていた。

 

 

投げ出された四肢はズタズタに引き裂かれていて、制服は元の色が分からなくなるほどに真っ赤に染まっている。

 

その衣服には傷一つなかった。

 

彼女は仰向けになって倒れており、その周りに血の海が広がっていた。

 

その血の海は何も床だけに広がってるのではなかった。

真守の身長ほど、つまり上条の目の高さほどの壁までその血で赤く塗り潰されていた。

 

「ぅ……、あ…………」

 

上条が真守の後ろでよろめいた。

真守は黒猫の視界を片手で(おお)うと、その死体に(おく)する事なく近づいた。

 

パシャッと、真守は血だまりを踏む。

 

だが『血液』という外からの干渉を真守のシールドが弾いたことで、垣根に買ってもらった新しい白いレースアップサンダルに血が飛んで汚れる事はなかった。

 

死者を忌避するように思われるだろうが、垣根に買ってもらった大事な靴を汚す事はできなかった。

 

真守は死体を冷静にじっと見つめて、彼女の死因を察した。

 

血液が逆流させられたのだ。

 

その逆流した血流が血管内を傷つけて、心臓に到達した。

心臓には逆流を防ぐ弁が存在しているが、それら全てをなぎ倒す形で逆流させられている。

 

全身の血管をズタズタにされて、心臓の中を(えぐ)られるように傷つけられ。肺に送られる血液の循環すらも逆流させられて、想像を絶する痛みの中で彼女は死に絶えた。

 

 

体の芯が冷え切っていく気がした。

 

 

研究所時代。

その時の自分が機械的な作業によって作り上げ、築き上げていた(しかばね)の一つが、目の前にあった。

 

 

──過去が、ひたひたと近づいてきている。

 

 

自分が起こさなくてもこの世界にはこういう事がよくある、と。

 

そういう事をさせられている人間はまだこの世界に残っているぞ、と。

 

お前だけ逃げたって意味がないぞ、と。

 

お前の代わりはこの世界にまだまだ存在しているのだ、と。

 

 

──そんな事実を証明するものが、目の前で引き起こされていた。

 

 

呆然とする真守の後ろで、上条が吐いた。

 

当然だろう。

一五歳の学生が見て、平然としている方がおかしいのだから。

 

 

上条当麻は駆け出した。

きっと警備員(アンチスキル)を呼びに行ったのだろう。

 

 

朝槻真守は動かなかった。

ただ御坂妹の死体を見つめていた。

 

 

 

「その黒猫を抱いているという事はあの少年の知り合いですか、とミサカは符丁(パス)の確認を取る前に問いかけます」

 

 

 

真守は不意の投げかけに振り返った。

 

 

そこには目の前で死んでいた御坂妹と寸分(たが)わない、御坂美琴の姿をした何者かが存在していた。




過去はどこまでも追いかけてくる。
逃げる事などできない。

ところで昨日付けで『流動源力』を投稿して一か月経ちました。
多くの方にご覧いただけて嬉しい限りです。ありがとうございます。
これからも投稿続けさせていただきますのでよろしくお願いいたします。


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第三一話:〈計画発覚〉で現実を知る

第三一話、投稿します。
次は九月九日木曜日です。


目の前にいるのは間違いなく御坂美琴だった。

 

だがその焦点の合ってない瞳は分散しているように視界に映る全てのものを(とら)え、その瞳に乗る感情も無機質なように感じる。

おおよそ普通の人間にはできない視界を有している彼女。

そういう風に作り上げられたのだと、真守は一目見て直感した。

 

「お前、御坂美琴の体細胞クローンか?」

 

真守は御坂美琴本人と見分けがつかない程に似ている存在が二人もいる事実を受けて、確信を持って訊ねた。

 

「はい。学園都市で七人しか存在しない超能力者(レベル5)、お姉さまの量産型軍用モデルとして作られたクローン──妹達(シスターズ)ですよ、とミサカは答えます」

 

真守の問いかけに、妹達(シスターズ)と自分を呼称したミサカははっきりと告げた。

 

体細胞クローンとは、主に人間の毛髪から摘出した体細胞を用いた受精卵を使用され、体細胞クローンを造り上げるにはDNAマップが必要不可欠だ。

 

『闇』に関する研究所所属の能力者は全てを管理されるので、DNAマップを取られてもおかしくない。

 

だが御坂美琴は学園都市の『闇』になんて関わっていない。

関わっていれば、表の人間が無自覚に振るい、『闇』の人間を傷つける正義感を振りかざしてなんていられないからだ。

 

(……騙されたのか)

 

御坂美琴は恐らく何らかの理由でDNAマップを提供させられた。

美琴が現状、それを知っているかは分からないが、数日間に起きた出来事に心当たりがあって真守は恐らく知っているのであろう、とそう推察した。

 

真守が思考していると、真守と話をしていたミサカの後ろから別のミサカが次々と現れた。

 

符丁(パス)の確認の前で申し訳ないのですが、この現場を実験に関係ない一般人に見られるわけにはいきません。後始末を先にしてもかまいませんか? と、ミサカは既に後始末を開始するために行動しながら問いかけます」

 

妹達(シスターズ)はどんどんと集まってきて、後始末を始めた。

 

真守は自分と話をしているミサカに(うなが)されて血だまりから出ると、ミサカをまっすぐと見つめた。

 

「実験とは?」

 

「ZXC741ASD852QWE963`と、ミサカは符丁(パス)の確認を取ります」

 

「セキュリティランクA以上の符丁(パス)か。上層部の実験だな?」

 

「今の符丁(パス)を解読できない時点であなたの問いに答えることは禁則事項に当たります、とミサカは実験に関係ないながらも事情をご存じのあなたに注意勧告をします」

 

(先程まで生きていた人間が死体になっていて、それが『実験』だったなんて上条にどうやって説明すればいいか……とりあえず、聞き出せるだけ情報を聞き出す)

 

真守は死体袋に詰められていくミサカを視界に入れながら内心そう思って問いかけた。

 

「上条と話をしていたのは死んでしまったあのミサカか?」

 

「あの少年と今日接していたミサカは検体番号一〇〇三二号、つまりこのミサカです、と答えます。今日の実験で死亡したミサカは検体番号一〇〇三一号。昨日あの少年がお姉さまと一緒に遭遇(そうぐう)したミサカです」

 

(上条が会ったミサカは今死んだのか……)

 

「ミサカは電気を操る能力を応用し、互いの脳波をリンクさせています。他のミサカは一〇〇三二号の記憶を共有させているにすぎません、とミサカは追加説明します」

 

真守がギリ、と歯噛みしている前でミサカ一〇〇三二号は淡々と説明するので、真守は歯噛みするのをやめて問いかける。

 

幻想御手(レベルアッパー)と同じ手法だが、同一個体という事もあって少し違うのだろう。……つまるところそれは、お前たち妹達(シスターズ)は個体一人一人が脳細胞の役目を担っており、ネットワーク自体が一人の人間のような意思を獲得している──という事になるのだな?」

 

「その推測に間違いはありません、とミサカは答えます。理解が早いようですが、あなたもどこかの研究所に所属し、実験を行っているのですか? 実験場が重なる、という事態をミサカは知り得ませんでしたが」

 

「……昔の話だ」

 

「昔? ……──他の個体から連絡がありました。警備員(アンチスキル)があの少年とこちらにやってくるそうです。疑惑をかけられる可能性があるので一緒に来る事を推奨します、とミサカは進言します」

 

真守は死体袋を持ち上げながら告げたミサカ一〇〇三二号についていく。

 

真守は携帯電話を操作して、上条へとメールを入れる。

 

『上条、警備員(アンチスキル)が帰ったら奥まで進んできてT字路を右に入れ』

 

真守は簡潔にメールを送ると、携帯電話をしまった。

 

少しして、上条当麻が辺りを探りながら真守の下へとやってきた。

上条は真守の姿を見つけてこちらへと走り寄ってくる。

 

「朝槻! 御坂妹の死体がないんだ! 一体何がどうなって……!」

 

そこまで言いかけて突然ピタッと上条は止まった。

真守の隣に死体袋を抱えたミサカが立っていたからだ。

 

「黒猫を置き去りにした事については謝罪します。ですが、無用な争いに動物を巻き込む事は気が引けました、とミサカは弁解も同時にします」

 

「……どういう事だ? ……死体は俺の見間違いで、俺は錯乱しちまって警備員(アンチスキル)を呼びに行ったのか? わ、悪い。朝槻、俺何か勘違いしたみたいだ」

 

「……いまいちあなたの言動には理解しがたい部分があるのですが。ミサカはきちんと死亡しましたよ、とミサカは報告します」

 

「は?」

 

上条は表情を固まらせてから真守を見た。真守はそっとミサカが持っている死体袋に目をやった。

 

その死体袋のファスナーの隙間から茶色い髪がはみ出していた。

 

「ちょっと待て。お前、一体なに抱えてんだ? その寝袋、一体何が入ってんだよ」

 

その死体袋が上条には寝袋に見えたらしい。

それもそうだ。死体袋を死体袋として認識できる一般の学生なんて存在しない。

 

「念のため、符丁(パス)の確認を取ります、とミサカは有言実行します。ZXC741ASD852QWE963`とミサカはあなたを試します」

 

「な、に? お前、さっきっから何言ってんだ?」

 

「今の符丁(パス)を解読できない時点であなたは実験の関係者ではないですね、とミサカは論理的な証拠を見出します」

 

上条は意味が分からないと真守を見つめるが、真守は無言のままだった。

 

「あなたの言うその寝袋に入っているのは妹達(シスターズ)ですよ、とミサカは答えます」

 

真守とミサカの後ろから他の個体が声をかけた。

 

「あなたには謝罪をしなければなりません、とミサカは頭を下げます」

 

その後ろから何人もの妹達(シスターズ)が顔を見せて上条の前に現れた。

 

「どうやら本実験のせいで、無用な心配をかけてしまったようですね」「と、ミサカは謝罪します」「しかし心配ならさずとも」「ここにいるミサカは全てミサカです」「警備員(アンチスキル)に通報したのは適切な判断ですが」「ミサカが本当に殺人犯だったらどうするつもりだったのですか」「どちらにせよ」「事件性はありません、とミサカは答えます」

 

「……あ? なんだ、これ……あ、朝槻……!」

 

「行くぞ、上条。やることができた」

 

真守は黒猫を抱えたまま、困惑する上条の腕を引っ張って路地裏を後にした。

 

「猫をお願いいたします、とミサカは去っていくあなたたちに声をかけます」

 

 

 

──────…………。

 

 

 

真守はミサカの無機質な言葉に応えずに路地裏を後にする。

 

怒りでおかしくなりそうだったし、嫌な予感がぐるぐると体の中でうず巻いていた。

 

体細胞クローンを消費する『実験』。

その『実験』で妹達(シスターズ)の一人、ミサカ一〇〇三一号は血流を逆流させられる事で死に至っていた。

 

つまるところそれは()()()()()()()()()()()に繋がり、その能力者に真守は丁度昨日の夜に会っていた。

 

一方通行(アクセラレータ)

 

人に言われたことをやっていた以前の自分と同じような雰囲気を醸し出す彼。

自分のもしかしたらという可能性の彼。

 

彼はあの場の近くにいた。

 

AIM拡散力場が感知できる真守は、一方通行(アクセラレータ)の特徴的なAIM拡散力場を記憶していたのだ。

 

だから分かった。

 

ミサカを殺したのは一方通行(アクセラレータ)に間違いない。

 

(あの子が何に関わっているか調べなければ……!)

 

真守は心の中でそう呟きながら無言で表通りまで進んでいき、上条を連れたまま公衆電話を探して辺りを彷徨(さまよ)う。

 

「なあ朝槻。もしかしてこの事、ビリビリは知ってるんじゃないのか? 昨日会った時、御坂妹も一緒にいたんだよ。知ってないとおかしいじゃねえか。実験に協力してんのか? あんな非人道的な実験に……」

 

「その質問の前に情報を集めたい。その方が話をするのも早そうだ。それでもいいか?」

 

「……ああ」

 

上条と会話をしていると、真守は公衆電話を見つけた。

真守は上条に黒猫を預けて公衆電話の扉を開けて中に入った。

ウェストバッグからルーターとPDAを取り出すと、公衆電話に差し込んでPDAを起動させた。

 

「何やってんだ?」

 

黒猫を抱えたまま公衆電話の扉を半分開けて中を覗き込む形で上条は訊ねるが、真守は無言で能力を解放した。

 

蒼閃光(そうせんこう)によって形作られた猫耳のような三角形に、二つ連なるように小さい正三角形が展開される。

ショートパンツのお尻の上から細長いたすきのような尻尾が飛び出して、その付け根に二つの三角形がリボンのようにぴょこっと飛び出した。

 

上条は真守が本気で能力を行使するところを記憶がなくなってから初めて見たので目を見開いた。

 

そんな上条の前で、真守は指先から電気エネルギーを生成してパパリパリッと帯電させると、PDAを操作、ハッキングを開始した。

 

「さっきミサカが言っていたあの符丁(パス)。あれはセキュリティランクAの重要機密に使われているコードだ。だからあの符丁(パス)が合致する実験を探す」

 

「え。それってハッキングじゃないのか……?」

 

上条が何のためらいもなくハッキングをする真守に呆気に取られているが、真守は即座に実験の情報を引き出した。

 

「出た」

 

真守が呟くと、上条も扉を押しのけて公衆電話の中に入って真守のPDAを覗き込んだ。

 

 

量産型能力者(レディオノイズ)計画「妹達(シスターズ)」の運用における超能力者(レベル5)一方通行(アクセラレータ)」の絶対能力者(レベル6)への進化方法』

 

 

「レベル……6?」

 

上条が呟く隣で、真守は時が停まった気がした。

 

『学園都市には七人の超能力者(レベル5)と未承認の超能力者(レベル5)が一人存在する。「樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)」を用いて予測演算した結果、』

 

 

『まだ見ぬ絶対能力者(レベル6)へと安定して到達することできる者は()()という事が判明した』

 

 

『他の超能力者(レベル5)は成長の方向性が異なる者か、逆に投薬量を増やす事で身体バランスが崩れてしまう者しかいなかった』

 

第一位『一方通行(アクセラレータ)

第二位『未元物質(ダークマター)

第三位『超電磁砲(レールガン)

第四位『原子崩し(メルトダウナー)

第五位『精神掌握(メンタルアウト)

 

五人の詳細データが並べられており、第六位はデータが消去され、第七位は絶対能力者(レベル6)に到達予測不明と書かれていた。

 

未承認『流動源力(ギアホイール)

 

そして付け加えるように、真守のデータも並べられていた。

 

 

 

絶対能力者(レベル6)に辿り着ける者は一方通行(アクセラレータ)流動源力(ギアホイール)である』

 

 

 

上条は思わずPDAを操作する指先以外凍り付いている真守を見た。

朝槻真守がまだ見ぬ可能性である絶対能力者(レベル6)に至ることができる。

その真実が、信じられなかった。

 

真守はごくッと生唾を呑み込んでから読み進めていく。

 

『「樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)」によると一方通行(アクセラレータ)は通常の時間割り(カリキュラム)を二五〇年組み込む事で絶対能力者(レベル6)に辿り着くと算出された』

 

その下には、人体を二五〇年活動させる方法がまとめてあり、

 

『そして流動源力(ギアホイール)だが、「樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)」によると特別な時間割り(カリキュラム)を組み上げる事で()()()()()()到達する事が分かった』

 

その下には『特別な時間割り(カリキュラム)』の内容が綿密に書かれていた。

 

真守は最初を読んだだけでろくな時間割り(カリキュラム)ではなかったので、それを上条に見せないためにわざと早くスクロールした。

 

 

『その特別な時間割り(カリキュラム)を一〇歳から(ほどこ)すはずだったが、その時間割りには流動源力(ギアホイール)の協力が不可欠だ。だが流動源力(ギアホイール)は倫理観が酷く欠如しており、制御不能状態にある。絶対能力者(レベル6)に辿り着いたとしても、我々に反旗を(ひるがえ)す可能性さえある』

 

 

『そのため特別な時間割り(カリキュラム)を組む前に、まずは情操教育を(ほどこ)すために()()()()()()()()()()()()()事にする』

 

 

その下には、情操教育相手としての候補者を各研究所から集める(むね)が記載されていた。

その候補者の中には。

 

()()()()の名前が記載されていた。

 

あのまま研究所にいたら、何も知らないうちに絶対能力者(レベル6)へと進化(シフト)させられていたという事実に気づいて、真守は恐怖を覚えて上手く息ができなかった。

 

流動源力(ギアホイール)の情操教育の終了予測は「樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)」でも演算不可能だ。そのため、経過観察をしながらも進展がない場合を考えて、一方通行(アクセラレータ)絶対能力者(レベル6)への進化も並行して本計画として進めることとする』

 

『どちらが成功しようとも我々には関係ない。むしろ絶対能力者(レベル6)が二人も現れれば、()()()()()()()()()()()二つに増えるという事だ』

 

学園都市が追い求める『世界の真理』──所謂(いわゆる)『神さまの答え』。

 

その『神さまの答え』を知るためには、まず『神の領域』へと辿り着かなければならない。

『神の領域』へと辿り着くためには人間を超えた身体を手に入れなければならない。

 

絶対能力者(レベル6)とは人の身でありながら、全ての可能性へと手をかける権利を得た神と同等の存在である人間の事だ。

 

(すなわ)ち、神ならぬ身にて(S Y S)天上の意思に辿り着くもの(T E M)

 

それが学園都市の追い求める『世界の真理』、ひいては『神さまの答え』を知るための()だ。

 

一方通行(アクセラレータ)の「二五〇年法」の件は時間がかかりすぎる。そのため「二五〇年法」を保留とし、別の方法を探してみた。特定の戦場を用意し、シナリオ通りに戦闘を進める事で「実戦における成長」の方向性をこちらで操る、というものだ』

 

『「樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)」を用いて演算した結果、一二八種類の戦場を用意し、超電磁砲(レールガン)を一二八回殺害する事で、一方通行(アクセラレータ)絶対能力者(レベル6)進化(シフト)する事が判明した』

 

『だが同じ超能力者(レベル5)である超電磁砲(レールガン)は一二八人も用意できない。そこで、我々は過去に凍結された「量産型能力者(レディオノイズ)計画」の「妹達(シスターズ)」を流用してこれに代えるとする』

 

『それでも本家の超電磁砲(レールガン)と量産型の妹達(シスターズ)では性能(スペック)が異なる。量産型の実力は大目に見積もっても強能力者(レベル3)程度のものだろう』

 

『これを用いて「樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)」に再演算させた結果、武装した妹達(シスターズ)を大量に投入する事で性能差を埋める事とし、二万体の妹達(シスターズ)と戦闘シナリオをもって、絶対能力者(レベル6)への進化(シフト)を達成させる事が判明した。二万種の戦場と戦闘シナリオについては別に記載する』

 

そこにはずらりと殺される妹達(シスターズ)とそれを殺す一方通行(アクセラレータ)のシナリオが二万通り書かれていた。

 

妹達(シスターズ)の製造法は元あった計画のものをそのまま転用する。まずは肉体面(ハード)超電磁砲(レールガン)の毛髪から摘出した体細胞を用いた受精卵を用意。Zid-02、Rix-13`、Hel-03等の投薬を用いて、およそ一四日によって超電磁砲(レールガン)と同様の一四歳の肉体を手にすることができる』

 

『次に人格面(ハード)だが、言語・運動・倫理など基本的な脳内情報は〇~六才時に形成される。だが異常成長を遂げる妹達(シスターズ)に与えられた時間はわずか一四四時間弱ほどなため、通常の教育法で学ばせる事は難しい。そこで外部スタッフである布束砥信監修の下、彼女が考案した学習装置(テスタメント)を用いて基本的な脳内情報を強制入力(インストール)させ、経過観察を適宜(てきぎ)、彼女に委ねる事とする』

 

『最初の九八〇二通りの「実験」は所内でも行える。だが、残り一〇一九八の「実験」は戦場の条件上、屋外で行うしかない。死体の処分などの関係から、我々は戦場を学園都市内の一学区に絞って行うものとする』

 

 

────……。

 

 

そこまで読んで上条は気が付いた。

屋外実験に自分と真守は遭遇したのだと。

 

真守は美琴の事を思い出していた。

 

何も知らないで幸せに暮らしていけるなら幸せに暮らしていければいい。

だが御坂美琴は知ってしまったら幸せに生きていけない事を知ってしまった。

『闇』に引きずり込まれた。

 

何も知らないで幸せに生きられる超能力者(レベル5)なんて存在しない。

誰も彼もが、学園都市に利用される事となる。

 

 

その事実を、真守はこの計画で知ることとなった。

 




幻想御手事件は垣根くんと真守ちゃんのターニングポイントでしたが、絶対能力者進化計画は真守ちゃんの置かれている状況が明らかになるターニングポイントです。
……というより、事件が起こるたびに割とターニングポイントが発生している気がする。

思うんですがとあるの少年少女ってメンタル強すぎですよね。
クローン勝手に造られてたり残酷な死体を見たりなんて現実でそんな事あったらその時点でメンタルボロボロですし。
そんなメンタルつよつよの少年少女の中でも肝が据わっている真守ちゃんもメンタル鋼です。




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第三二話:〈無間探求〉に呑み込まれる

第三二話、投稿します。
次は九月一〇日金曜日です。


真守は『絶対能力者進化(レベル6シフト)計画』を見て強張(こわば)っていた体から力を抜くために一息つくと、無言でPDAを覗き込んでいた上条に声を掛けた。

 

「情報は集まった。お前の質問に答える前に一つ聞きたいことがある」

 

「……なんだ?」

 

「最近美琴に会ったか?」

 

真守の問いかけに上条は少しの間だけ沈黙してぽそぽそっと答えた。

 

「……昨日会った。でも御坂妹を見たら顔色変えてどっかに連れて行っちまったよ」

 

「美琴が自分にそっくりな人間が目の前に現れても取り乱さなかったという事は計画を知っている、という事実に繋がるのは理解できるか?」

 

「そりゃそうだよな。うん、分かるよ」

 

「では最近、研究所の不審火が続いているのは知っているか?」

 

「不審火?」

 

真守は上条の疑問に答えるために『絶対能力者進化(レベル6シフト)計画』の情報を映していたPDAを操作して普通のネット検索画面に切り替えて、不審火のニュース記事を幾つか表示した。

 

『樋口製薬・第七薬学研究センター』

『品雨大学付属DNAマップ解析ラボ』

『金崎大学付属・筋ジストロフィー研究センター』

『みずほ機構・病理解析研究所』

 

「この四つ以外にも多くの研究所で不審火が相次いでる。これらは全てDNAに関する研究を行っている研究所で、恐らく絶対能力者進化(レベル6シフト)計画の関連施設だ。そこの不審火が続いているという事は誰かが集中的に攻撃していることとなる。……DNAを提供させられた美琴が怒りに任せて襲撃したのだろう」

 

「なんでそうやって推測できるんだ? 根拠は?」

 

「……これは、私の経験則から言わせてもらうが、超能力者(レベル5)は管理される立場にある」

 

「管理?」

 

上条が真守の言葉を繰り返すので真守は頷き、過去において自分が徹底的に管理されていた事を思い出しながら呟く。

 

「全てのデータが利用できるからだ。だから超能力者(レベル5)になる素質がある者は大体研究所に所属している。お前は私に情操教育相手があてがわれていたのを知ったな。つまり肉体面はもちろんの事、精神面もすべて管理されるという事だ。だが御坂美琴はそういった管理される研究所には所属していない」

 

「どうしてわかるんだ?」

 

「そんな気配がしないほどに美琴は清らかで、真っ当な正義感を持っているからだ。そんな表の世界に生きる少女がこんな計画のためにDNAマップを無償で提供するなんてありえない。あの子と接していれば分かる。これは確実だ」

 

「……てことは、目的を知らされずに騙されて提供させられた……?」

 

「それしかありえない」

 

「なっ、なんであいつは誰にも頼らないで実験を止めようって一人で行動してんだ!? 警備員(アンチスキル)やどっかきちんとした機関に言えば非人道的な実験だから止められるはずだろ!?」

 

真守が断言すると上条は声を荒らげて真っ当な言い分を吐いた。

 

「お前も証拠隠滅されていたところを見ただろう。学園都市にはそこら中に監視カメラが設置されている。あの路地裏にももちろんあった。それでも騒ぎにならないということはこの実験を上層部が主導しているということだ。……上層部の言いなりである警備員(アンチスキル)が止めることなんてできない」

 

真守が冷静に上条に(さと)すように告げると、上条はふるふると首を小さく横に振ってから真守に向かって激情を吐露(とろ)した。

 

「そんな……そんな非道が許されていいのかよ!? クローンだって人間だろ!? 御坂妹はどうしたって人間だった! 俺と一緒にジュースを運んでくれた! インデックスが拾ってきた猫のノミを取ってくれた! 黒猫に餌を上げて戸惑いながらも嬉しそうだった! エリート様一人を育て上げるために勝手に造られて殺されるなんて事、許せるはずねえだろ!?」

 

「ああそうだよ! こんな実験、許されないコトだ!!」

 

真守はPDAから顔を上げてそこで初めて上条の目を見て叫んだ。

 

「許されていいハズがない実験が行われていて! 美琴はそれを知ってしまって、自分が騙されても自分が()いた種だから一人でどうにかしようとして苦しんでいるんだ! 人を苦しませて、命を使い潰す非道がまかり通っていいハズがない!!」

 

珍しく叫んだ真守のその表情は悲痛で酷く歪んでいた。

 

等しく大切である命が使い潰されるのが真守は絶対に許せない。

深城と接している事で深城の命の価値を知った真守は、その深城に全ての命が大切だと教えてもらったからだ。

深城からそうやって教えてもらったからこそ、真守は深城の命も他の命も分け(へだ)てなく大切だと知る事ができて、命を大切に想えるようになったのだ。

 

深城の命の価値を守ろうとして他の命を切り捨てた時に、自分が人でなしになってしまっていたと、真守は後から感じていた。

 

命をもう一度粗末に扱えば、その時に戻ってしまい、自分の人間としての大事な部分が失われてしまう気がする。

 

人でなしには、あの時の自分の冷たさには戻りたくない。

そんな想いもあって真守はより一層、命を大事に想っているのだ。

 

真守が泣き叫ぶように声を上げたので、上条は一瞬閉口してから呟く。

 

「じゃあ、一体どうすれば……」

 

真守は上条に怒りをぶつけても仕方がないとして冷静になるために息を整えると、超能力者(レベル5)に相応しい頭脳をフル回転させて思考する。

 

「……この二万通りのシナリオは『樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)』による精密な予測演算で組み上げられている。要はこのシナリオをぶち壊せばいいだけだ」

 

「乱入するってことか? でも『樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)』がもう一度予測演算したら無駄になるんじゃないのか?」

 

上条の問いかけに、真守は上条が記憶を失くしてしまったから伝えていなかった事実を告げる。

 

「『樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)』は既に破壊されている。残骸(レムナント)が回収されてその破壊が確認されているからもう一度予測演算するなんて不可能だ」

 

「破壊された? ……じゃあ最近天気予報が外れるのってそのせいだったのか……!」

 

上条が『樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)』が破壊された事によって起こった身近での異変を思い出しながら呟く。

真守はそんな上条をまっすぐと見て、上条に言い聞かせるようにゆっくりと告げる。

 

「お前の力が必要だ、上条」

 

「俺も実験を止めるためには何かしたいって思うけど……わざわざ(かしこ)まってお前が言うって事は俺の力が必要なんだな?」

 

真守は上条の問いかけに頷いてから話し始める。

 

一方通行(アクセラレータ)は二万通りの戦闘によって経験値を稼ぎ、段々強くなっていく。もし私が実験を止めるために一方通行と戦ったら、超能力者(レベル5)で莫大な力を持っている私と戦ったことにより一方通行(アクセラレータ)の経験値が溜まり、逆に絶対能力者(レベル6)進化(シフト)させてしまう可能性がある」

 

真守はそこでPDAを操作して先程ハッキングで手に入れた『絶対能力者進化(レベル6シフト)計画』の概要(がいよう)から二万通りの妹達(シスターズ)の殺され方と一方通行(アクセラレータ)による殺し方が書かれているページを呼び出してスクロールさせながら説明する。

 

「このシナリオには勝利が絶対条件で、一方通行(アクセラレータ)が『最強』である事を前提として行われている。──でも、もし一方通行が無能力者(レベル0)に負けてしまったら?」

 

「計画が、破綻(はたん)する……?」

 

上条が目を見開いて真守の作戦を理解したところで、真守は時間を確認した。

 

一九時三三分。次の実験開始時刻まで後一時間弱。

 

「とりあえず美琴がどうなってるか心配だから答え合わせも()ねて先に会いに行け。それからお前が主体となって実験を止めるぞ。……この計画には私も関わりがある。そっちの対処をしたいのと色々と調べたいことがあるから別行動でもいいか?」

 

「分かった。無理するなよ!」

 

「……ありがとう」

 

上条は黒猫を抱いたまま、真守にそう注意して公衆電話から出ていって走っていく。

真守はその後ろ姿を見た後、PDAを持っていた両手をだらりと脱力させた。

 

(研究者は人の事を実験材料だとしか考えてない)

 

上条と話をするために何度も息を整えて話をしていたが、限界だった。

必死に抑えていたから上条に気づかれなかったが、上条がいなくなった事によって、抑えていた体の震えが表に現れてしまった。

 

(だからこそ考えない)

 

ふるふると震える体を真守はPDAから離した手で必死に押さえて(うめ)くように心の中で呟く。

 

 

(絶対能力者(レベル6)になった()()()()()()なんて、あいつらは微塵(みじん)も考えようともしない……っ)

 

 

絶対能力者(レベル6)とは『神さまの頭脳』に『神さまの身体』を手にいれた人間だ。

それらの頭脳と身体を手に入れた時。

 

 

()()()()存在していた精神は、果たして一体どうなってしまうのだろうか。

 

 

真守は肩で息をしながら顔に手を当てて、その指の隙間から目を出して呆然と床を見つめながらそのエメラルドグリーンの瞳を揺れさせる。

 

自分を(むしば)んでいく悪意なき探求心を感じながら、真守はインデックスの事を思い出していた。

 

自動書記(ヨハネのペン)

それで目醒(めざ)めている時。

彼女は、確かに言っていた。

 

 

『何だかどんどん冷たい機械になっていくみたいで、恐いんだよ』

 

 

自分が明確に違うものへと造り替えられていくのが恐ろしい。

 

インデックスがその悩みを告白してくれた事で、真守は人間ならば誰しもが直面したら感じる恐怖だと知ることができた。

 

 

真守は五年前、研究所から逃げ出した後に怒りのままに力を振るい続けた。

その最中。

 

偶然、絶対能力者(レベル6)へと手をかけた。

 

本当はそのまま変わり果てても良かった。

深城が使い潰された世界なんてどうでも良かった。

変わり果てて神のような力を得て、全てを壊せば良いと本気で考えていた。

 

そんな真守を止めたのは──やっぱり源白(みなしろ)深城(みしろ)だった。

 

自分が手にかけてはいけないものに手をかけたと気づいた時に真守は突然恐ろしくなった。

 

『神さまの頭脳』と『神さまの身体』を手に入れて、自分の精神が全く違ったものに造り替えられて。

 

 

──この世界で一番大切にしている深城のことを、大事に想えなくなったらどうしよう。

 

 

その恐怖が、真守を支配した。

真守はそれからずっと、その恐怖に悩まされている。

 

真守の恐怖やその悩みを、学園都市は理解しないだろう。

世界の真理を知ることができる切符を手に入れれば、これ以上に幸せな事はないからだ。

 

人の悩みなんて千差万別だ。

持って生まれた力も、精神も考えも。そして置かれた環境さえも違うから、人の悩みなんて他人からしてみれば理解不能の塊だ。

 

だからこそ真守はそれを受け止め、その人の立場に立って、その悩みを理解する。

朝槻真守としての立場で見ただけでは他人の悩みなんて理解できないからだ。

 

そしてそれは。

朝槻真守の悩みや何に怯えているのかを、朝槻真守の立場から見なければ誰一人として理解できない事にも繋がっていた。

 

 

誰にも理解されない悩みに、真守はずっと苦しめられてきた。

 

そしてこれからも。

 

学園都市が『神さまの答え』を求める限り、苦しめられ続けるだろう。

 

 

────……。

 

 

真守は公衆電話を箱のように囲うガラスに寄り掛かって呆然と夜空を見上げた。

 

学園都市は自分をいつでも衛星と監視カメラで捕捉(ほそく)し続けている。

 

きっと自分が絶対能力者(レベル6)に手をかけたことに学園都市は気が付いている。

 

だが真守をコントロールすることができないから上層部はあえて静観している。

もし何らかの方法で自分をコントロールする術を見出したら。

 

 

この『七年間の特別な時間割り(カリキュラム)』を(ほどこ)されて絶対能力者(レベル6)へと進化させられる。

 

 

そこに、自分の気持ちを考える人間なんて存在しない。

そもそも絶対能力者(レベル6)になって自分の気持ちが存在しているかも分からない。

 

進化(シフト)とは、まったく別の存在に()るという事だ。

その先にある精神状態が人と同じ可能性は限りなく低い。

 

少し考えれば頭の良い研究者にだって分かる事だ。

 

人間だって祖が同じなはずの猿とは雲泥(うんでい)の差があって、猿の気持ちを人は理解できない。

その理屈に(のっと)れば、絶対能力者(レベル6)は人間の気持ちを理解できないし、人間だって絶対能力者(レベル6)の気持ちを理解できない可能性が出てくる。

 

それが深城の事を真守が大切に想えなくなる可能性に通じるのだ。

 

だからこそ真守は絶対能力者(レベル6)進化(シフト)するのが怖い。

 

研究所から脱走したって。

表の世界に逃げたって。

 

学園都市の『闇』は、真守を捕らえようと表の世界にまで侵食してきていた。

 

他の誰かが絶対能力者(レベル6)へと進化(シフト)させられようとしているという最悪の形で、その計画に自分も関わっているという凶悪な事情を含んで、自分をじわじわと(むしば)んできた。

 

「………………う、」

 

真守は思わず口に手を当てて(うめ)く。

 

この世界に逃げ場はない。

だったら、戦うしかない。

学園都市が相手だろうと、何があっても。

徹底的に抗戦するしか、自分の人としての尊厳を守り抜くことはできない。

 

一方通行(アクセラレータ)を、止めなければ」

 

真守は決意の言葉を絞り出すようにして呟く。

 

絶対能力者(レベル6)進化(シフト)してあの子が遠くに行く前に、絶対に引き留めなければダメだ……っ!」

 

 

────……。

 

 

源白深城は憔悴(しょうすい)している真守が心配で、切なそうに微笑んでいた。

 

自分には何があったのか詳しい事は分からない。

それでも一つだけ分かる事がある。

 

真守が恐怖を覚えながらも、自分と一緒に生きていこうと前に進み続けようとしている。

 

この世で一番尊い生き方を、真守がしていることだけは源白深城も理解していた。

 

(できることないけど、いつまでもずっと一緒にいるからね。真守ちゃん)

 

深城は意識の中でそう想いを(つむ)ぐと、必死で追い詰められた表情でハッキングを開始した真守をそっと見守っていた。

 




飽くなき探求心に呑み込まれる。


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第三三話:〈相対立場〉の会話とささやかな願い

第三三話、投稿します。
次は九月一一日土曜日です。


真守は現在、とある研究所に侵入していた。

 

その研究所は二階建ての小さな研究所と巨大な三つの培養施設で構成されており、敷地面積は大きいものの研究所は極めて小さい設備の方を重要視した研究所だった。

 

御坂美琴は絶対能力者進化(レベル6シフト)計画に気づき、実験を止めようとありとあらゆる研究所を襲撃し続けた。

実験が中止に追い込まれるのは困る。

そのため実験の主導部は、外部の様々な研究所に実験を委託する事によって対抗した。

 

施設を一つ破壊されようが、他の施設がその役割を担えばいい。

利益を分散させるというデメリットが発生しても、実験を止めるよりもメリットがあると判断したのだろう。

それに美琴が研究所を潰せば潰すほど、利益が主導部に返ってくるから問題ないとも思ったのか。

 

そんな事は真守にとってどうでも良かった。

 

外部に委託するとどうしても主導部と外部の間に()ができる。

真守の所属していた『特異能力解析研究所』は研究の解析を外部から委託されており、外部と繋がっているという事実の隠ぺいに力を注いでいた。

その『解析研』の叡智(えいち)を全て吸収した真守は、その隠ぺいの仕方でさえ学んでいたのだ。

 

そのため絶対能力者進化(レベル6シフト)計画を主導している研究所を探すために外部の研究所から辿(たど)るのは別に難しいことではなかった。

 

御坂美琴は見抜けなかったが、そういう知識もあって真守は絶対能力者進化(レベル6シフト)計画の主導している研究所がここであると突き止めた。

 

 

────……。

 

 

窓のない部屋の中には無数のモニターが並んでおり、大量のデータがそこら辺に束ねられ、まき散らされている。

 

冷却ファンの音が重く響く中、真守はコンソールを操作しており、真守の周りには二〇数名の研究者たちが昏倒(こんとう)していた。

 

「やっぱりあの子の動機はどこにもないな」

 

真守は自分が所有しているデータサーバーへとデータを送信する手筈を整えながら呟く。

 

「なあ。お前は何か知ってるか、研究者」

 

真守は振り返ってその研究者を睥睨(へいげい)した。

 

研究者らしい、化粧っ気もないし適当な服をしている二〇代だと思われるのその女は『芳川桔梗』と書かれたネームプレートを胸から下げていた。

 

「教えてもいいけどその前に挨拶させてちょうだい。まさかここで本物に会えるとは思わなかったわ。朝槻真守さん?」

 

芳川は軽い調子で真守に話しかけた。

芳川は拘束されておらず、ただ椅子に座って足を組んで真守の様子を眺めているだけだった。

真守が芳川を拘束していないのはただ単に芳川に抵抗する気がないと感じているからで、実際に芳川自身も真守に刃向かうのは無駄だと考えていた。

 

朝槻真守は地球が滅亡したとしても死なない能力者だからだ。

 

一方通行(アクセラレータ)は核でも死なないというキャッチコピーだが、人間として最低限必要な補給を絶たれれば死ぬ。

 

だが朝槻真守は核で死なないのはもちろんの事、人間として必要最低限の補給を絶たれても自分の能力で必要なエネルギーを(まかな)う事ができるため、死なないのだ。

 

だからこそ真守は学園都市が制御できない能力者であり、上層部は放置しているしかないのだ。

 

脅されている立場の芳川が随分(ずいぶん)と軽い調子で真守に話しかけてくるので、真守は思わず顔をしかめる。

 

「随分と余裕だな、お前」

 

「余裕とはまたちょっと違うわね。あなたの機嫌を(そこ)ねないように慎重に行動しているのよ」

 

芳川は真守の呟きに肩をすくめてから応えた。

 

「私は研究者が嫌いだ。だからおまえと世間話をするつもりなんてないし、そんな暇もない」

 

「第一〇〇三二次実験が始まるから? ここを襲撃したって事はやっぱり実験を止めるつもりなのね? 自分以外の人間が絶対能力者(レベル6)進化(シフト)するのがそんなに気に入らない?」

 

「その減らず口を今すぐ閉じないと、死なない程度にお前の尊厳を踏みにじるぞ」

 

真守はコンソールを(いじ)ってこの研究所にあるデータを自分のデータサーバーに複製する作業を開始しながら芳川を脅す。

 

「彼の動機、だったかしら?」

 

芳川は真守ならばその脅しを楽々とこなす事ができると判断して真守の質問に答えようとした。

 

「そうだ」

 

真守が芳川の言葉に頷くと、芳川は自分が知り得ている一方通行(アクセラレータ)の動機について話し始める。

 

「自分を取り巻く環境を(くつがえ)すための絶対的な力を手に入れることだそうよ」

 

「……環境」

 

「ええ。彼なりに思うところがあるんじゃないのかしら。私の考えでは人間関係ね。あなたと違って彼は一人で生きていけないから」

 

真守は芳川の主張に反論しなかった。

実際、真守は宇宙空間であろうが一人で生きていけるからだ。

 

芳川の推察(すいさつ)の通り、一方通行(アクセラレータ)は今の孤独な環境を変えたくて絶対的な力を求めたのだろうと真守も察する事ができた。

 

一方通行(アクセラレータ)は真守の好意に触れて随分と戸惑っており、人の好意に触れていないからこそ人とどう接していいか分からずに、真守にも手探りで接していた。

 

きっと強大な力を持っているから誰も彼もが自分から離れていって、一方通行(アクセラレータ)自身も彼らを自分の強大な力で傷つけないように心を閉ざしてしまったのだろう。

 

(あの子は私とは違う)

 

一方通行(アクセラレータ)は真守から見れば、人を想いやる事ができる()()()()()()()()()()でしかなかった。

 

朝槻真守は能力の特性上、流れを見極める事ができる。

真守には人の想いも、ただの事象も。それらがどこへと行きつくのか全て分かっていた。

 

全ての物事の流れを理解できるという事は全てを網羅(もうら)しているという意味だ。

手を伸ばせばなんだって届く。

 

 

何もかもが叶えられる世界にいる真守には()()()()()が必要だった。

 

 

その基準が『自分の利益になることをして、自分の不利益になることをすべて拒絶する』という極めてシンプルな損得勘定だった。

 

その基準に違反すれば、真守は即座に違反したものを拒絶してきた。

 

その内に研究者が自分の事を懐柔(かいじゅう)しようとしてきたが、そんな事で真守の基準は揺るがず、研究者が自分を利用しようとしていると察すると即座にその研究者を()()した。

 

自分の損得勘定の基準を(おか)さなければ、真守は人を傷つけなかった。

 

そんな真守の『基準』は普通の人間から見たらどこまでもエゴ的で『異常な基準』だった。

だからこそ倫理観が欠如していると判断されて、絶対能力者(レベル6)になる特別な時間割り(カリキュラム)(ほどこ)される前に情操教育なんてものが挟み込まれたのだ。

 

真守は深城が情操教育のために自分の前に現れた少女だと知っていた。

 

他の情操教育相手はいつだって真守に気に入られようとしていた。

気に入らなくて壊せばまた新しい相手がやってくるから、無視していた。

 

だから深城の事も無視しようとしたら、鬱陶(うっとう)しいくらいに距離を詰めてきた。

だがそこに悪意が一切ないのだ。

深城は無償(むしょう)の愛を自分に与えたいと感じ、その感性に(のっと)ってただ実行しているだけなのだと、真守は自分の能力の特性からなんとなく察する事ができた。

 

深城は真守の知らなかった『人間として大切にしなくてはならない事』をたくさん教えてくれた。

真守が知らなかった基準を教えてくれた。

 

「……自分以外の絶対能力者(レベル6)が現れるのが嫌じゃないなら、あなたはどうしてこの実験を止めるの? 良ければあなたの考えを聞かせてくれるかしら?」

 

深城との出会いを思い出していると、芳川の問いかけによって真守は現実に引き戻された。

 

研究者が実験材料の気持ちを聞くなんて真守が知っている研究者ならば考えられない事で、真守は思わず驚愕(きょうがく)して唖然と芳川を見つめた。

 

何か真守の機嫌を損ねるような事を言ったのか。

それにしては筋が通らない反応だと芳川が内心で小首を傾げていると、真守が口を開いた。

 

「お前、なんで研究者なんてやってるんだ?」

 

「え?」

 

研究者としてはちぐはぐすぎる芳川に真守が思わず問いかけると、当然の反応として芳川は首を傾げた。

 

自分の気持ちを聞きたいと歩み寄ってきた人間を真守は無視する事なんてないし、できない。

だからこそ真守は芳川の問いかけに躊躇(ためら)いがちにも答えた。

 

「……あの子が、違う存在になってしまうのが嫌だから。遠くに行ってほしくないから」

 

一方通行(アクセラレータ)と、まさか友達だとでもいうの?」

 

一方通行(アクセラレータ)に友人と言えるべき存在がいる。

それならば彼は人の輪に戻ることができていて、絶対的な力を手にしようとしなくても良かったはずだ。

芳川が驚きの声を上げる中、真守は首を横に振ってから答えた。

 

「友達じゃない。ただ、あの子の気持ちを受け止めただけ。……でも、きっと。これから友達になれる。行かなくていいところには行かなくていい。あんなモノのためにあの子にミサカたちを殺させたくない。あんなモノのためにミサカたちが死ぬのが当然だなんて考え、あの子に持ってほしくない」

 

絶対能力者(レベル6)がどんなものか知っていて、あなたはそれになりたくないのね?」

 

「……お前は、どう思う」

 

真守は芳川の問いかけに答えずに逆に質問した。

 

「え?」

 

「おまえは『樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)』で私にどんな時間割り(カリキュラム)が組まれたか知ってるだろう。お前はアレをどう思う?」

 

真守はサーバーの中に保存されている真守に(ほどこ)される予定だった『七年間の特別な時間割り(カリキュラム)』についての意見を芳川に求めた。

 

芳川は、困惑しながらも主観に基づいた気持ちを零した。

 

「……あなたを巨大な延命装置に繋いで、効果が期待されるも体の特定の部位を溶かす副作用がある未認可の薬を数種類使う。その新薬の効果が出たら欠損した器官たちをあなたの体組織から培養してイチから造り上げてその器官を移植して元通りにする。これは一例に過ぎないけれど、あなたの尊厳を考えていないことは明らかね」

 

「お前はそれをするべきだと思う?」

 

「研究者としてそれを求められるのであれば、やるべきだわ」

 

真守は芳川の言葉にそっと目を伏せた。

 

(できればやりたくないけれど打算的に考えてやるべきだと。お前はそう思うんだな)

 

真守はデータサーバーに全てのデータが送信された(むね)を伝える表示を見つめてから、真守はデータサーバーに残っていた真守に関するデータだけを完全に抹消した。

 

妹達(シスターズ)一方通行(アクセラレータ)のデータを消さなかったのは一方通行ならまだしも、計画がとん挫した後に妹達の情報が消されていると色々と困った事が起こるという理由からだった。

 

自分のデータを消去しても上層部が全てのデータを保有しているから意味がないと真守も思うが、自分のデータをここに残しておきたくなかった。

 

「お前、研究者に向いてないよ」

 

「え」

 

真守はデータが消去された事を確認しながら振り返った。

自分の表情はきっと芳川には寂しそうに見えただろう。

実際そうだった。

 

芳川桔梗が打算的な生き方でなければ生きられないのが、朝槻真守はとても悲しかった。

 

真守の表情を見て固まる芳川に向けて、真守は言葉を零すようにぽそぽそと喋る。

 

「私は実験体になった教え子のために学園都市に刃向かって、教え子を救った研究者を知っている。お前は、なんか……研究者だったその人と似てる。きっと誰か大切な人ができたらお前はなんでもできてしまう人間だよ。私はそう感じる」

 

真守は枝先絆理たちを救った木山春生を思い出しながら告げる。

 

「この実験が中止されて行き場がなくなってもお前は生きていけそうだな。でも困ったら相談に乗ってやる。お前ならそうしてもいいかなって私は思うから」

 

「……どうやって実験を中止させるの?」

 

真守は呆然と自分に問いかけてきた芳川桔梗の隣を通って研究室から出る扉に向かいながら告げる。

 

「あの子に勝てる無能力者(レベル0)を知っている。そして私があの子の心を折ってしまえばいいんだ」

 

「折る?」

 

「命を使い潰してまで絶対的な力を手に入れなくていいと、分からせてしまえばいい」

 

真守は研究室の扉を開きながら振り返って告げる。

 

「この施設はミサカたちに何かあった時の培養施設だからな。壊さないでおいてやる」

 

真守は柔らかく微笑みながら告げると、研究所内を闊歩(かっぽ)して第一〇〇三二次実験の実験場である第一七学区の操車場に向かった。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

真守がビルとビルの間を飛んでいると携帯電話に着信があった。

『御坂美琴』と表示されていて、真守は即座に出た。

 

「もしもし」

 

〈朝槻さん……〉

 

「うん、私だ。どうした、ゆっくり話してみろ」

 

美琴の声が酷く憔悴(しょうすい)していたので、真守は優しくそう(さと)した。

 

〈…………私、朝槻さんや垣根さんが見ていた世界を初めて知って……それがとても深い闇に(おお)われた世界で、私が綺麗事ばかり吐いていた事に気が付いたわ〉

 

「お前が知らないで幸せに生きられるならそれでよかった。私はそれで良いと本気でそう思っていた」

 

自分のこれまでの態度を反省して美琴が真守に謝罪しようとしてきたので、真守はそれを(さえぎ)って告げた。

 

真守の優しさに触れて美琴はグッと声を押し殺した後、自分の気持ちを吐露(とろ)した。

 

〈どうにかしようって思ったけど一人じゃどうしようもできなくて……。でももう後がないから私の命を使って実験を止めようとしたらあのバカが来て……朝槻さんが色々調べてくれたって。私が騙されてたって、本当か? ……って聞いてきて。どうして私が騙されたって分かったの? あのバカは朝槻さんが経験からそう理解したって言ってたけど……どういう事?〉

 

真守はその問いに答えるためにビルの屋上に一度降りる。

そして夜の学園都市の風を感じながら寂しそうな声で告げた。

 

「お前が綺麗だったから。『闇』に染まっていないって分かるほどに清らかだったから」

 

〈朝槻さんは綺麗じゃないって言うの?〉

 

真守は美琴のその問いかけに顔をしかめており、歪ながらも微笑んだ。

 

「私はお前が想像もつかないことをたくさんしたよ。ずっとそうやって生きてきた。お前たちのように清らかに生きられたらよかったって思うよ。表の世界で何も知らないで生きられたらどれほど良かったかって、心の(すみ)でいつも考えてる」

 

〈……何も知らないで楽しく過ごしてた私たちが憎くないの?〉

 

「さっきも言っただろ。知らなくて幸せに暮らしていけるなら知らない方がいい。幸せに暮らしていることに罪なんてない。……誰もが幸せに生きられたら本当に良いと思う。だからお前には笑っていてほしい。闇を知っても、陽の光の下で暮らしていけると──私に、示してくれ」

 

〈示す?〉

 

美琴のオウム返しに真守は一つ頷いてから答える。

 

「お前の生き様が私たちを照らしてくれるんだ。その光が眩しすぎて『闇』に生きる人間は受け入れられないかもしれないけれど、私はその光が存在している事自体が嬉しい。だから私に示してくれ。できるか?」

 

〈うん……分かった。頑張る〉

 

真守の心からの願いに、美琴は即座に応えた。

 

「大丈夫、一人で頑張らせない。私もお前の力になる。妹達(シスターズ)のことは私も放っておけない。使い潰されて良い命なんてない。……あの子たちは生まれて何も分からない時に、研究者たちにモルモットだって教えられた。人がそうやって教え込んでしまえば、あの子たちは自分たちの価値をそうだと思い込んでしまう」

 

〈……そうね、きっとそうなんだわ。あの子たちは真っ白で生まれてきたから、モルモットって教え込まれれば自分たちの存在をモルモットだと思うに決まってる〉

 

「ああ。でも妹達(シスターズ)を人間として見ている私たちが彼女たちに、お前たちは人間だと教えればいい。……でもクローンは一般人には受け入れ(がた)い。あの子たちはこれからも苦難の道を歩むだろう。でも人間として生きられるならその方がいいはずだ。だからあの子たちが人間として生きていけるように一緒に頑張ろう、美琴」

 

〈手伝ってくれるの?〉

 

「首突っ込んだんだから最後まで私も協力する。途中で投げ出すのは性に合わない。分かったか?」

 

真守の問いかけに美琴は鼻をグスッと鳴らしてから小さな声で告げた。

 

〈ありがとう……〉

 

「私も今向かっているから。お前はゆっくり来い。良い結果を見せてやる」

 

〈うん。ありがとう、朝槻さん〉

 

「うん。じゃあな」

 

真守はピッと携帯電話の通話を切って夜空を見上げた。

 

(学園都市の『闇』は深い。私は近い将来、必ず絶対能力者(レベル6)進化(シフト)する。時間を稼ぐことはできても、行き着く先は変えられないから)

 

真守は唇を噛みながら顔を歪ませて、夜空に浮かぶ三日月へと手を伸ばした。

 

(絶対能力者(レベル6)になったらどうなるか分からない。進化(シフト)するってそういうことだから。でもそれまで(つむ)いだ絆はなくならない)

 

真守は三日月へと手を伸ばすのをやめてそっと自分の胸に手を当てた。

 

(私の魂は変わらない。私の本質は変わらない。だからきっと私は私のままだけど、でもやっぱりどうなるか怖い)

 

真守は自分の恐怖を今一度理解するために心の中で呟く。

 

(私が変わってしまっても。もうみんなと一緒にいられなくても。みんなが幸せならそれでいい。本当にそう思うから)

 

「なあ、深城」

 

真守は自分の隣に浮いている深城へと声を掛けた。

 

『なぁに、真守ちゃん』

 

「いつまでも一緒にいてくれるよな。私が、……どんなになっても…………」

 

真守が切なそうに顔を歪めると、深城は真守に触れられないと知っていても真守の頬に手を伸ばした。

 

『何言ってるの? 当然だよぉそんなこと。今更聞くなんてひどいねえ、真守ちゃん」

 

「……ごめん」

 

『大丈夫だよぉ。ずぅっと一緒。真守ちゃんが約束してくれたんでしょ?」

 

「……うん、そうだね」

 

わざと意地の悪い言い方をして微笑んでいる深城を見つめながら、真守は小さく頷く。

 

(……でも)

 

真守は深城を見つめながら全く違う事を考えていた。

 

 

(進化(シフト)してしまったら垣根とはもう一緒にいられない気がする…………)

 

 

変わり果ててしまった自分の(そば)から垣根が離れていってしまうのか、変わり果てた自分が垣根と一緒にいる事に意味を見出せないのかは分からない。

でもそんな未来が待っている事を真守はなんとなく察していた。

 

(垣根は私が変わってしまったらどう思うだろうか……。分からないけれど、私が私じゃなくなるその最後の瞬間まで、ずっと一緒にいられたらいいな)

 

「よし」

 

真守はささやかな願いを心の中で呟いてから、ビルの屋上から飛び立って学園都市の夜の街を再び駆け始めた。

 




芳川さん、一方通行をきちんと子供として見てくれているので、少し違ったら本当に木山春生のようになっていたな、と思います。

とある魔術師と気が合いそうな真守ちゃん。それにもしかしたら垣根くんの原作の未来の姿と同じになっていたという……。


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第三四話:〈正義支援〉はお手の物

第三四話、投稿します。
次は九月一二日日曜日です。


上条当麻は第一〇〇三二次実験の実験場となる第一七学区の操車場へとやってきていた。

 

ここに来るまでに自分の命を犠牲にして実験を中止させようとする御坂美琴を止めるために身を犠牲にして電撃を浴びたり、心臓が一瞬停まったりしたが、なんとか実験開始前に辿り着く事ができた。

 

「よお、御坂妹」

 

上条は操車場でこれから実験のために準備をしているミサカ一〇〇三二号へと声をかけた。

 

「お前を助けにきた」

 

上条はそうはっきりと宣言した。

 

「何をやっているんですか、とミサカは問いかけます」

 

「実験を止めにきた」

 

「意味が分かりません。ミサカは必要な器材と薬品があればボタン一つでいくらでも自動生産できるんです、とミサカは説明します。作り物の体に、借り物の心。単価にして一八万円、在庫にして九九六八人も余りあるモノのために『実験』全体を中断するなど、」

 

「──うるせえよ」

 

上条はミサカのつらつらとして言い訳を途中で切るように声を上げた。

 

「な、に?」

 

「そんなもん、関係ねえんだよ。作り物の身体とか、借り物の心にボタン一つでいくらでも自動生産できるとか、単価一八万円とか。お前がどういう風に作り出されたとかそんな小っせえ事情なんかどうでも良いんだよ!!」

 

上条は激情を口にしてミサカ一〇〇三二号が自分に言い聞かせるように呟く、彼女の存在価値を真っ向から否定した。

そして高らかに宣言する。

 

「俺は、お前を助けるためにここに立ってんだよ! 他の誰でもない、この世界でたった一人しかいないお前のために戦うって言ってんだ!」

 

ミサカはそれに応えずに、ただ呆然と感情の乗っていない目を見開かせているだけだった。

 

「今からお前を助けてやる。お前は黙ってそこで見てろ」

 

上条はそこでミサカから目を離して前を見た。

そこには白い髪に赤い瞳。整った顔立ちをしながらも線の細い、男か女かも分からない人物が怪訝そうな表情で立っていた。

いきなり始まった押し問答の行方がどうなるか静観していたのだ。

 

「お前が、一方通行(アクセラレータ)か?」

 

「あァ? なンだ、テメエ?」

 

一方通行がいら立ちを隠さずに、突然実験に割り込んできた上条を睨んだ。

 

「この実験を止めるためには、無能力者(レベル0)の俺が超能力者(レベル5)のお前を倒さなくちゃなんねえそうだ。だから──俺に負けてもらうぜ、三下」

 

上条が自分の事を三下呼ばわりしたのでぴくッと頬を動かすと、一方通行(アクセラレータ)は鼻で嗤った。

 

「オマエ、ナニサマ? 誰に牙剥いてっか分かって口聞いてンだろォなァ、オイ。学園都市でも七人しかいねェ超能力者(レベル5)、更にその中でも唯一無二の突き抜けた頂点って呼ばれてるこの俺に向かって……三下? オマエ、何なンだよ。カミサマ気取りですか、笑えねェ」

 

「勝手に頂点(かた)ってろよ、三下ぁ!!」

 

上条は誰よりも強い超能力者(レベル5)の少女がいる事を知っている。

それは何も能力だけが最強だというわけではない。

 

自分のするべき事を、守るべきものを。それをきちんと見定めて進もうとしているその()り方が、他の超能力者(レベル5)の誰よりも強い輝きを放つのだ。

 

確かに朝槻真守は普通の女の子とは言えない。

上条当麻が錯乱(さくらん)して警備員(アンチスキル)を呼びに行くために半分逃げるように駆け出したあの路地裏で、彼女は平然と立っていたし、その後公衆電話に入って躊躇(ためら)う事なくハッキングしていた。

 

何か後ろ暗い過去がありそうだし、それに絶対能力者(レベル6)なんていう人を超えた何かに進化(シフト)する可能性が目の前の一方通行(アクセラレータ)よりも秘められていると頭の悪い自分でも分かる。

 

 

それでも全てを忘れた上条当麻の大切な友達である事に変わりなかった。

 

 

「……、へェ。オマエ、面白ェなァ──」

 

一方通行(アクセラレータ)は上条当麻を敵と定めた。

実験よりも一〇〇倍先決に潰さなければならない人間を見つめる一方通行(アクセラレータ)の紅い瞳に、殺意が灯る。

 

 

そして、無能力者(レベル0)超能力者(レベル5)の戦いが始まった。

 

 

「うおぉおおおおお!!」

 

上条が雄たけびを上げながら拳を振りかぶって一方通行(アクセラレータ)へと駆け出す。

一方通行はそれを見て獰猛(どうもう)に鼻で嗤って、その場で足を上げてつま先で地面を踏んだ。

 

その瞬間、一方通行(アクセラレータ)の足元の砂利が吹き飛ばされる形で、上条に向かって衝撃波が繰り出された。

上条はその衝撃波に吹き飛ばされて、砂利と共に飛んできた石に全身を強く打たれた。

 

その中でも一際(ひときわ)大きな石が、上条の腹に突き刺さるように打ち込まれた。

 

「……遅っせェなァ」

 

上条が(うめ)く前で、一方通行(アクセラレータ)がもう一度地面を踏みしめて衝撃波を放った。

 

上条は何度も体を縦に回転させられながら吹き飛ばされて、地面に投げ出されて仰向(あおむ)けになって転がった。

 

「全っ然、足りてねェ」

 

一方通行(アクセラレータ)は吐き捨てるように告げながら操車場に敷かれたレールの下へとゆっくり歩いていき、そのレールを軽く足で小突いた。

 

その瞬間、留められたボルトを全て弾きながら一本のレールが一方通行の前で直立した。

 

「オマエ、そンな速度じゃ一〇〇年遅ェぞ?」

 

一方通行(アクセラレータ)が直立したレールを拳で軽く叩く。

レールがくの字に何度も折れ曲がっていき、起き上がろうとしていた上条に鋭い速度で襲い掛かった。

 

上条は即座に立ち上がってその場から離れる。

さっきまでいたところにレールが突き刺さり、土埃と共に石がいくつも跳ね上がってその一つが上条の顎を弾き、そして腹を貫くようにレールが飛んできた。

 

そのレールが致命傷にならないように上条は間一髪のところで避けるが、左わき腹をかすめた。

制服が切り裂かれるのと、その衝撃が左わき腹に入って上条はごろごろと操車場の地面を転がって、痛む脇腹を押さえながら体勢を整える。

 

上条が上空を見ると、折れ曲がったレールが数本向かってきた。

それを視認すると、上条はとっさにその場から飛び退いた。

 

だがそれを予見していたかのように鋼鉄のレールが上条の背後に突き刺さり、飛び退いた上条の背中にレールが突き刺さった衝撃波で吹き飛ばされた数十もの砂利や石が打ち込まれた。

背中に不意の攻撃が入ったことによって息が詰まった上条は地面の上にうつ伏せに倒れ込んだ。

 

風切り音が聞こえて頭上を見上げるとレールが何本もこちらに飛来してきていた。

そのレールは上条自身を突き刺すことなく周りに突き刺さった。

 

そして再び巻き上げられた石が数十も上条の身体を打つ。

 

美琴の電撃で足がおぼつかないし、口の中は血の味で充満していて、全身を石で何度も打たれて上条当麻は満身創痍だった。

 

一方通行(アクセラレータ)からの一方的なレールと砂利や石の攻撃を受け続けながら後退する上条。

何度もごろごろと転がっていると、何かに背中をぶつけた。

 

「コンテナの壁……?」

 

一方通行(アクセラレータ)の攻撃から逃れようと動き続けた結果、操車場の周りに五段、六段と山積みにされていたコンテナの壁まで追いやられてしまったらしい。

 

「余所見たァ余裕だなオイ! ンなに死にたきゃギネスに載っちまうぐれェ愉快な死体(オブジェ)に変えちまォかァ!!」

 

狂った笑い声が響いた時、一方通行(アクセラレータ)が思い切り地面を飛び上がってコンテナの壁に飛び蹴りした。

 

積み上げたコンテナがその一度の飛び蹴りによって山のように崩れ、上条へと向かって落ちてきた。

上条は息を呑んでそれを見上げて、即座に避けた。

 

「無様に這いつくばって逃げろよォ、三下ァ!!」

 

一方通行(アクセラレータ)は落ちてきたコンテナによって上条当麻を視認できなくなったが、周りにあったコンテナを彼は弾き飛ばして、上条がいるであろう場所へと落とし続ける。

 

それらのコンテナを上条が見上げた時、それは起こった。

 

コンテナが()()()()()()()()()落ちてくるのだ。

 

(──動かない方がいい!?)

 

上条はとっさに避けるのをやめて頭を(かば)うようにその場に立ち尽くした。

 

そして一方通行(アクセラレータ)が繰り出したコンテナ群は上条を避けるかのように周りに落下して、中に入っていた白い粉末を辺りにまき散らした。

 

(今何が起こったんだ? 俺にぶつからないようにコンテナが()()()()()()()()()()()()()()落ちた……?)

 

「デカい口叩いた割に、バカみたいに突っ込ンでくるだけとはなァ。無能力者(レベル0)でも雑魚中の雑魚じゃねェか」

 

白煙の中から一方通行(アクセラレータ)が上条に向かって声をかける。

 

「コンテナの中身は小麦粉みてェだなァ。今日はイイ感じに無風状態だし、こりゃあひょっとすっと危険かもしンねェなァ? ……空気中に粉末が(ただよ)ってて、ソイツに火が()くと酸素の燃焼速度がバカみてェに速くなって空間そのものが爆弾になるンだが」

 

一方通行(アクセラレータ)は上条へ丁寧に説明をしながら白煙を振り払う形でコンテナを上空へと打ち上げた。

 

そのコンテナは、白煙に呑まれてた上条でも認識する事ができた。

 

上条が打ち上げられたコンテナを見てその場から逃げようとして背を向けた瞬間、背後から一方通行(アクセラレータ)の声が響いた。

 

「粉塵爆発って言うンだぜェ、三下ァ」

 

 

──直後、小麦粉がまき散らされた空間全てが爆発し、巨大な黒煙と炎が噴き上がった。

 

 

上条は小麦粉が舞った空間から逃げて爆炎からは逃れる事ができた。

 

だが衝撃波が背中を叩き、それと共に小石が飛んで体に叩きつけられる。

 

 

()()()()()

 

 

その粉塵爆発の衝撃波は、上条の横を通り抜けるように繰り出された別の衝撃波によって吹き飛ばされた。

 

「な、ん……!?」

 

上条が驚愕の声を上げる。

 

おかしかった。

粉塵爆発は辺り一面の酸素を奪い取り、気圧を急激に下げると『知識』で知っていた。

その気圧の変化で上条は内臓を(しぼ)り上げられるような圧迫を感じるはずだった。

 

だが横を駆け抜けた衝撃波が粉塵爆発の衝撃波を相殺すると共に、気圧の変化をも調節したので上条の内臓は無事だった。

 

そんな芸当ができる能力者は上条が知っている人物の中で一人しかいない。

 

あらゆるエネルギーを生成する消えた八人目の超能力者(レベル5)流動源力(ギアホイール)。朝槻真守。

 

(そうか……っ! 朝槻はどっかで見て、そんで分からねえように援護してくれてるのか!)

 

上条は一方通行(アクセラレータ)を警戒しながらもその考えに行きついた。

 

一方通行(アクセラレータ)が見ている前での上条への攻撃は一方通行に感づかれる恐れがあるため真守は手を出せなかった。

だが山積みになったコンテナや粉塵爆発によって一方通行(アクセラレータ)の視界が(さえぎ)られている瞬間を狙って、致命傷になるはずだったそれらの攻撃から真守は上条を守ったのだ。

 

朝槻真守は実験を中止に追い込むには一方通行(アクセラレータ)という最強を、最弱である上条当麻が倒す必要があると言っていた。

それに真守が実験を止めようとして一方通行(アクセラレータ)と衝突すると、逆に一方通行が絶対能力者(レベル6)進化(シフト)するのを短縮してしまう恐れすらある。

 

だからこそ朝槻真守は一方通行(アクセラレータ)に分からないように密かに上条当麻を援護していた。

 

(こっちには最強の超能力者(レベル5)がついてんだ……絶対に俺がアイツを負かす!)

 

上条は一方通行(アクセラレータ)がいるであろう方向を睨みつけていた。

 

「酸素奪われるとこっちも辛いンだなァ。こりゃ核を撃っても大丈夫ってキャッチコピーはアウトかなァ? ────で? 身構えてどォすンの、オマエ?」

 

一方通行(アクセラレータ)は目の前で体の痛みに(むしば)まれながらも構えたボロボロの様子の上条に近づく。

 

(器用に避けまくってェ運の良いヤツだなァ)

 

真守が援護していると知らない一方通行(アクセラレータ)は上条当麻が致命傷を負っていないのを『運がいい』という言葉で片付けた。そうするしか判断できなかったのだ。

 

「ポテンシャルの低さが逆に幸いしてるよなァ。そんな弱っちィンじゃ逆に『反射』が上手く働かねェ。ま、オマエはオマエで頑張ったと思うぜ。この一方通行(アクセラレータ)を前にしてまだ呼吸してンだ。だからまァ────」

 

一方通行(アクセラレータ)はそこまで行って手を薄く広げた。

 

「イイ加減楽になれ。好きな方の手に触れろ。それだけで血の流れを。生体電気の流れを逆流させて死ねるからよォ」

 

左手は血の流れを逆流させて、右手は生体電気の流れを逆流させる。

そういう風に一方通行(アクセラレータ)は『設定』した。

 

「どっちがいい? 苦手か、毒手か」

 

一方通行(アクセラレータ)は地面を蹴って衝撃波を繰り出しながら上条へと迫った。

 

「くっ!」

 

上条は(うめ)きながら右手を振りかぶった。

 

「それとも──両方かァ?」

 

そんな上条に、一方通行(アクセラレータ)は両方の手を伸ばした。

 

 

────……。

 

 

気づくと、一方通行(アクセラレータ)の視界には三日月と星が浮かんだ夜空が見えていた。

 

(つ……き? 何で月なンか見てンだ……?)

 

一方通行(アクセラレータ)はそこで自分が地面に手を付いたことに気が付いた。

 

(……俺が、仰向けになってるからか……じゃあ、何で俺は地ベタに寝転がってンだ?)

 

一方通行(アクセラレータ)が目を動かすと、目の前には拳を振りかぶった上条当麻が立っていた。

 

(!? アイツ……目の前にいたはずがいつの間に……イヤ。そもそもなぜヤツは五体満足で立っていられンだ? ……なンだ?)

 

一方通行(アクセラレータ)は異変に気が付く。

 

(痛ェ。痛て……ェ?)

 

顔が殴られたように痛い。

そう思って自分の顔に手を()えると、血がべっとりと付いた。

 

(痛み……だとッ!?)

 

「なっ……なンだコリャああァッ────!!」

 

(ぶっ飛ばされたってのか? 俺が? ありえねえッ。それならヤツの腕の方が折れているはず。俺に触れる事さえ……っ)

 

一方通行(アクセラレータ)は困惑しながらも嗤いながら立ち上がった。

 

(両手に集中して、全身の『反射』を無意識に切っちまったって事か? マヌケ過ぎんぞ、クソがっ!?)

 

「面白れェハハハ。イイぜ。最っ高にイイねェ。愉快に素敵にキマっちまったぞ、オマエはァ!!」

 

一方通行(アクセラレータ)は狂ったように嗤いながら叫んで右手を上条へと伸ばす。

 

上条は一方通行(アクセラレータ)の手に『設定』されていた、血液の流れを逆流させる攻撃を右手の幻想殺し(イマジンブレイカー)によって打ち消してパシッと軽く跳ね除けた。

 

そしてその右手を拳にして握り込む。

 

「歯を食いしばれよ、最強(さいじゃく)────俺の最弱(さいきょう)はちっとばっか響くぞォおおお────!」

 

上条は雄たけびを上げながら一歩踏み込んで一方通行(アクセラレータ)の顔を真正面から殴りつけた。

 

そして一方通行(アクセラレータ)が地面を何度もリバウンドして地面の上を舐めるように(すべ)っていき、止まる姿を見てから告げる。

 

「くだらねェモンに手ェだしやがって。妹達(シスターズ)だって精一杯生きてきたんだぞ。全力を振り絞ってみんな必死に生きてんだ! ……なんだってテメェみてえなのに食い物にされなきゃなんねえんだ!」

 

一方通行(アクセラレータ)は上条当麻の言葉が理解できなかった。

 

(生きてる?)

 

一方通行が視線を動かした方には妹達(シスターズ)がいた。

 

今夜の第一〇〇三二次実験で死ぬはずだった実験材料(モルモット)

 

(何言ってンだ? アイツらは人形だろ。そう言ってたじゃねェか)

 

一方通行(アクセラレータ)は動揺する中で強く願った。

 

(力がいる……コイツを黙らせる力。──いや、理もルールも全て支配する、圧倒的な力。……そォか。そこら辺にあるじゃねェか、これを全部支配すりゃァ────……)

 

一方通行(アクセラレータ)が夜空に向かって手を伸ばした瞬間。

 

 

その夜空に飛来する人影が見えた。

 

 

その人物は袖なしの黒いブラウスに、オーバーサイズの真っ白なパーカーを前開きのジッパーを閉じて肩がむき出しになるように着ていた。

その下にはハイウェストで白いリボンがポイントで取り付けられた黒いショートパンツを履いており、足元にはあの夜も履いていたストラップを編み上げるタイプの白いレースアップサンダルを履いていた。

 

「な…………っ」

 

一方通行(アクセラレータ)はその人物を見て、思わず言葉を漏らす。

 

一方通行(アクセラレータ)が夜のコンビニで会った朝槻真守が、昨日よりもきちんとした服を着て夜空を飛んでいたからだ。

服装はそんな感じだったが、その()()は違った。

 

猫耳ヘアに綺麗に結い上げた頭には蒼閃光(そうせんこう)で形作られた猫耳のような三角形が一つずつ浮かんでいて、その三角形には二つずつ小さい正三角形が連なっていた。

 

ショートパンツの臀部(でんぶ)からはタスキのような細長い尻尾が出ていたし、その根元にはリボンのように正三角形が二つ付いていた。

 

ネオンのような青い光で作られた猫耳と尻尾を身に(まと)うその姿で、朝槻真守は一方通行(アクセラレータ)(とら)えると、長い艶やかな黒髪と、尻尾のように伸びる蒼閃光の(きら)めきをひらめかせながら、夜空からそっと()ちてきた。

 

その姿を見て一方通行(アクセラレータ)の頭に過去の記憶が(よみがえ)った。

 

 

連れて行かれたどこかの研究所。

その隔離区画のとある部屋で(たたず)んでいた、人形のように無機質なエメラルドグリーンの瞳を持つ、不気味で美しい少女。

 

()()()()()()が成長した姿で自分の前に降り立った。

 

「──一方通行(アクセラレータ)

 

その少女は一方通行(アクセラレータ)の名前をそっと呼んだ。

 

ダウナー声でぶっきらぼうに。

 

それでも優しく穏やかに。

 

一方通行(アクセラレータ)の名前を、朝槻真守は昨日の夜のように親しみを込めて呼んだ。

 

 




真守ちゃんはどっちかって言うと、誰かが頑張ってるのを手助けする方が好きです。



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第三五話:〈夜月優美〉が全てを癒す

第三五話、投稿します。
次は九月一三日月曜日です。


「よぉ、朝槻。サンキューな」

 

夜空から飛来してきた真守に上条が地面に尻餅をついてボロボロの状態で声をかけてきたので、真守はそんな上条を見て寂しそうに微笑む。

 

「もっとちゃんと守れれば良かったんだがな。この子、辺りのベクトルを操る能力の性質上、空間把握能力が高いから感知されないようにするの大変だった。ベクトルの向きが変えられたことが分からないようにエネルギーの薄い膜を生成して、その中に違うエネルギーを生成して通すなんて、初めてやったぞ」

 

「? 意味が分からないんだが?」

 

「……記憶術(かいはつ)の課題を増やさなければ…………」

 

「うげっ!? そ、それは勘弁してください!」

 

真守がぽそっと呟く言葉に上条が慌てふためくと、真守はくすくすと笑った。

真守と上条の親しげな会話を一方通行(アクセラレータ)は地面に仰向けになったまま動けずに呆然と見つめていた。

真守はそんな一方通行の視線に気が付いて腰を落とした。

 

「なンで…………オマエ、が」

 

「お前を止めにきた」

 

一方通行(アクセラレータ)躊躇(ためら)いがちに訊ねるが、真守のきっぱりとした宣言に一方通行は瞳を揺らす。

真守はそんな一方通行を上から覗き込みながら両手を一方通行へと伸ばした。

 

一方通行が伸ばされた真守の手に体を固まらせる中、真守はそっと一方通行の頭に触れる。

その瞬間、窓ガラスを割るような甲高い音が響き、一方通行の組み上げた『定義』を真守が()()()()()()()()()()()()『定義』で砕いた。

 

その音と衝撃は現実的に響いたのではなく、初めて会ったあの夜の不意の接触と同じく、定義を生み出す事ができる真守と一方通行(アクセラレータ)にだけ理解できた感覚だった。

 

「な…………ッ」

 

競合して互いに弾きあった昨日とは違い、真守に存在しなかったベクトルを差し込まれて反射の定義を崩された。

今まで経験した事のない感覚に一方通行(アクセラレータ)は思わず(うめ)くように声を漏らした。

真守はそんな一方通行の頭をそっと優しく撫でながら告げる。

 

「私の能力はお前の能力に例えれば、新たなベクトルを生成する事だ。だからお前のベクトル操作の定義を崩す形で私がベクトルを入力すれば、お前の定義を(くつがえ)す事ができる」

 

朝槻真守と一方通行は言ってしまえば、どちらもベクトルを操る能力者だ。

 

正確に言うと流動源力(ギアホイール)はベクトル生成であり、生成したそのベクトルを既存のベクトルにぶつける事で、()()()()全てのベクトルを操作する。

 

対して一方通行(アクセラレータ)は自分の肌に触れた全てのベクトルを()()操作する。

 

そんな両者が衝突した場合、既存のベクトルに新たなベクトルを入力する朝槻真守に軍配が上がるが、真守が一方通行を圧倒できる()()()()()()

 

真守が生成したベクトルを一方通行が空間にある既存のベクトルとして『定義』してしまえば、一方通行も真守の攻撃を操れるからだ。

 

つまり流動源力(ギアホイール)による先制攻撃は一方通行(アクセラレータ)に効かないことになるが、一方通行は真守に決定的な一撃を加える事ができない。

 

一方通行の攻撃は物理攻撃であり、真守に物理攻撃は効かないからだ。

それに真守が一方通行の定義を壊すようにベクトル生成を行えば、その一撃を無効化して逆に操る事もできる。

 

この力関係はじゃんけんをしたら五分五分の勝率だが、後出しじゃんけんならば真守だけが必ず勝てるという寸法だ。

 

この少女は自分が定義する外側にいるのだと、一方通行(アクセラレータ)は真守が触れてきた事によって理解した。

そして原理が全く異なりながらも同種の力を持つ真守だからこそ、自分の気持ちを察する事ができて、昨日の夜に真守が自分の触れてほしくない部分に踏み込めたのはそういう理由だったのだと一方通行は理解した。

 

「絶対的な力。それがあればなんだってできる。そう思ったんだよな。でもお前は私と違って、人を傷つけるために力を求めたんじゃないって分かってる」

 

真守は一方通行(アクセラレータ)が自分たちの関係を明確に理解したと知りながら本題に移ると、その言葉に一方通行は目を細めた。

 

この能力はいつか世界そのものを滅ぼしてしまうだろう。

本当に全てを滅ぼす力をこの能力は持っている。

力が争いを生むのならば、戦う気も起きなくなるような絶対的な存在になればいい。

そうすれば、自分も朝槻真守のいる世界へ行けると思った。

だが朝槻真守も世界を壊す力を持っていた。

 

両者の道が分かたれたのは何故なのか。

 

「私を導いてくれた人がいたんだ」

 

一方通行(アクセラレータ)が疑問に思っていると真守が口を開いた。

自分を導いてくれた源白深城。

戦いになるからと少し遠くで待ってもらっているあの心優しき少女を思い出しながら、真守は穏やかに微笑んだ。

 

「あの子は身も心も清らかで、優しくて。太陽のように輝いていて、いつだって楽しそうで、全力で。あの子がいたから私はこうやって生きていられるんだ」

 

一方通行(アクセラレータ)は真守の言葉に絶望した。

朝槻真守には自分に寄り添ってくれる存在がいて、自分にはいなかった。

選ばれた者と、選ばれなかった者。

良い未来と悪い未来に分かたれたのはたった一人の特別な存在の差だと、一方通行は心の底から理解した。

 

「大丈夫だ。私がお前を導いてあげる」

 

真守から伸ばされた救いの言葉に、一方通行は呆然と微笑む真守を見上げた。

その微笑みは月の光のように柔らかく、闇を照らすような温かさを持っていた。

 

「確かに私はあの子のように身も心も清らかじゃない。あの子の光を受けて私は輝いているだけ。所詮、私は太陽に照らされていないと夜空で輝けない月のようなモノだ」

 

真守の言葉に一方通行(アクセラレータ)は夜空に浮かぶ三日月を見上げた。

その光は闇の中で淡く光り輝いていた。

真守は月を見上げる一方通行に(うた)うように語りかけた。

 

「でも月が誰かを癒せないことはない。いつだって夜空を照らすのは月なんだ。『闇』を照らすのは、月の役目だ」

 

一方通行(アクセラレータ)は思わず真守へと手を伸ばした。

ずっと欲しかった世界にいる真守に、その世界へ導いてほしかった。

孤独な世界からその世界へと連れ出して欲しくて、必死に手を伸ばした。

 

真守は一方通行の妹達(シスターズ)を殺し続けてきた、人を傷つける事しかできなかったその罪に(まみ)れた手を優しく取った。

 

一方通行の細い手を、真守は小さくてふにふにとした手で優しくぎゅっと握って、一方通行を見つめて微笑んだ。

 

(わたし)が、(おまえ)を照らしてあげる。だから使い潰さなくていい命を使い潰すのはやめよう。絶対的な力なんて、なくたっていい」

 

一方通行(アクセラレータ)はそっと目を伏せる。

 

この少女のようにできると自分には思えない。

この少女はひたむきに、血の滲むような努力をして今の世界を手に入れたのだろう。

絶対的な力を手に入れる方が楽だと考えられるほどにもがき苦しみながらも努力をしたのだろう。

その努力が自分にできる自信がなかった。

それでもこの少女のように頑張れば、自分もその世界に少しでも近づくことができるだろう。

 

「大丈夫。お前は一人じゃないから」

 

真守が柔らかく微笑む姿を見て、一方通行(アクセラレータ)は真守について考える。

一方通行は朝槻真守を知っているが、過去に会った事を真守は覚えていないようだった。

 

あの時、何か話していれば変わったのだろうか。

二人で生きられたのだろうか。

自分も朝槻真守も、間違うことなく進めたのだろうか。

何が良かったか、分からない。

分からないけれど。

 

もう一度会えたことはきっと良い事だと、一方通行は感じていた。

 

生き写しでありながらも、全く違う可能性へと至った二人を、上条当麻は穏やかな笑みで見つめていた。

そして次の瞬間に気絶して、一方通行の手を握る真守を見て固まっていた美琴は上条へと駆け寄り、真守は一方通行の手を握りながら携帯電話を取り出して冥土帰し(ヘブンキャンセラー)へと電話を掛けた。

 

 

──────…………。

 

 

 

一方通行(アクセラレータ)は朝槻真守によって連れて来られたとあるマンモス病院で顔の傷の処置を受けて廊下のソファで座っていた。

 

「鼻の骨、折れてなくてよかったな」

 

そんな一方通行に軽い調子で声をかけてきたのは、もちろん朝槻真守だ。

真守は手に缶コーヒーと医療用のストローボトルを持っていて、一方通行へと近づいてきて缶コーヒーを昨日の夜に何の下心もなくごく自然に差し出す。

 

「銘柄が同じのなかったが良かったか?」

 

一方通行は真守の問いに行動で応えるためにその缶コーヒーをそっと受け取った。

 

「上条の顔面グーパンを二回も顔に食らったヤツはそうそういないんじゃないかな。あいつのアレは一発でも破壊力抜群だし」

 

自分から缶コーヒーを受け取った一方通行(アクセラレータ)の隣に真守は座ると、ストローボトルから経口補水液を飲みながら共通の話題を提供してきた。

 

上条、とは自分に一撃を入れたあの無能力者(レベル0)のことで、真守はその友人らしい。

 

何故、突然真守が計画を止めようと動いたのか疑問に思っていると、真守が一方通行の気持ちを察して説明し始めた。

 

上条当麻と真守が本屋で偶然会って本屋から出ると、上条と一緒にいた妹達(シスターズ)の一体が姿を消していた。

消えた彼女を探していると実験場に辿り着き、その場で死んでいる別の妹達(シスターズ)を見つけて実験が発覚。

実験を止めるために真守は上条当麻と協力して一方通行の前に立ちはだかったのだ。

 

一方通行は初めて知ったが、真守はどうやら消えた八人目の超能力者(レベル5)らしく、計画を止めようと乱入しても逆に計画を進めてしまう可能性があったため、『無能力者が乱入して予測演算に誤差が出た』として計画自体を中止に追い込むことにしたのだと。

真守は直接手を出せないから主体となる無能力者(レベル0)の援護をしており、秘密裏に致命傷から守っていた。

そう真守は一方通行(アクセラレータ)に説明した。

 

「ただ殴られてハイ、終わりじゃ嫌だろ。ちゃんと経緯知っておかないとな」

 

普通、鉄拳制裁をしたら気まずくて話しかけられないはずなのに、真守がこうも軽い様子なのはあの無能力者(レベル0)の少年と共にこれまでも色々な事件に首を突っ込んで止めてきたのだろう。

随分と慣れた様子の真守を見て、一方通行(アクセラレータ)はそう推察できた。

 

「別にお前が私より先に絶対能力者(レベル6)進化(シフト)するのが嫌だったからとかじゃないぞ。絶対的な力なんてなくたって私がそばにいてやる。私のできるコトはなんでもするつもりだぞ」

 

真守が少し怒った調子で告げるので、一方通行は思わずフッと口から呆れたように息を零してしまう。

 

「絶対的な力。確かにそれがあれば無敵だ」

 

真守はストローボトルを手のひらの上で転がしながら呟く。

 

「…………でもそれを手にするためには色々と捨てなくちゃいけないんだ。その中には人として生きることも含まれている」

 

「……?」

 

気落ちした真守の声音に反応して、一方通行は真守をそっと横目で見た。

真守はとても寂しそうな顔をして、その瞳には恐怖の色が濃く出ていた。

 

(人として……大事なモンを失うから、コイツは俺を止めたンだな)

 

絶対的な力を手に入れれば、誰もがひれ伏すだろう。

だがその力を手に入れて人間としての大切な何かを失うという事は、まったく別の存在へと造り替えられてしまう事だ。

まったく別の種類の生命体ならば分かりあうことは難しく、話もろくにできない。

 

(なンで…………)

 

何故そんな簡単なことに気が付かなかったのだろう。

現状を変えるには絶対的な力しかない。

そんな仲介人の言葉を鵜呑みにして、クローンは人間ではないという言葉も疑うことなく信じて。

クローンを──人間を一万体以上殺した。

 

誰も傷つけたくなくて絶対的な力を欲したのに、その過程で人を傷つけて殺してしまった。

 

「お前はただ周りに(うなが)されて自分のやるべき事をしただけだ」

 

自ら進んでやった罪深いはずの一方通行(アクセラレータ)を、真守は擁護(ようご)するような言葉を呟いた。

 

「それ以外の道がないように追い込まれたようなものだ。……でもそれが罪にならないわけじゃない。やってはいけない事はやってはダメだし、人間として大事なモノを失っている状態が良いワケない」

 

その言葉は朝槻真守が自分自身に言い聞かせているように一方通行(アクセラレータ)は思えた。

これまでの行いを後悔し恥じて、罪だと感じてそれを忘れないように真守は日々を生きているのだと一方通行は察した。

 

「だから私はお前の傍にいる。私は清らかじゃないけれど、寄り添う事はできるよ」

 

寂しそうに微笑む真守はあの頃に出会った少女とは似ても似つかない存在だった。

 

「オマエに…………」

 

「うん?」

 

その事を思い出しながら一方通行(アクセラレータ)が口を開くと、真守は柔らかく微笑んで小首を傾げる。

 

「昔、会ったことがある」

 

だが次の瞬間、一方通行から放たれた言葉を聞いて呆然と目を見開いた。

 

「…………研究所で?」

 

真守の問いかけに、一方通行は薄く頷く。

 

「お前。私のところに連れて来られた情操教育相手の……一人だったのか?」

 

一方通行(アクセラレータ)は真守の所属していた『特異能力解析研究所』に一度も所属したことはない。

だが能力解析のために連れて行かれたことがあったのだ。

数日間滞在している最中にとある少女に会わされた。

 

人間味が欠片も感じられない、身も心も人形のような少女だった。

蒼閃光(そうせんこう)でできた猫耳と尻尾を常に展開している少女で、何かの『実験』をしていると、一方通行(アクセラレータ)は聞かされた。

 

その少女と同じ部屋に押し込まれた一方通行(アクセラレータ)は、その時には既に人間に対して感情を向けないようにしていたので何もしなかった。

自由時間だと言うのにその少女はおもちゃや雑誌に目もくれずに何かを紙に書き殴っていた。

 

一方通行(アクセラレータ)が盗み見ると、それは論文だった。

エネルギーに関する論文だが、それが能力由来だと理解できた。

複雑な数式が書き連ねられており、その数式をエネルギーに入力する事でどんな作用と性質が生まれるかの論文だった。

その少女の頭の中の演算を、数式や言葉に置き換えているのだと一方通行は悟った。

 

演算能力は感覚に頼る人間も多く存在する。

その中で一方通行は演算を全て数値に置き換えることができる。

だがそれを理路整然と並び立てて構築式に換えて方程式として組み上げ、再び演算する際の時間を短縮、演算効率を比較的に上げようとしている少女はやっぱり歪に見えた。

数日間『特異能力解析研究所』にいて、少女と一緒にいた。

その中で自分と彼女は一度も話をしなかった。

ただ酸素を共有しているだけだった。

 

昨日、真守と初めて会った時に超能力者(レベル5)らしく記憶力の良い一方通行(アクセラレータ)が真守を一目見ても気が付く事ができなかったのは能力が競合して動揺してしまったからではなく、記憶の中の少女と似ても似つかなかったからだ。

恐らく真守が能力を解放しなければ、一方通行はきっと一生気が付かなかっただろう。

 

「そうか。ちょっと待て」

 

真守はPDAを取り出して(いじ)る。

 

「この中に、お前の名前は入っているか?」

 

それは朝槻真守に情操教育相手としてあてがわれた少年少女たちのリストだった。

 

「………………あ、」

 

見つけた。長らく使われていなかった名前だったが、字面を見て一方通行は思い出した。

一方通行が向けた視線の先にあった名前を見て、真守は微笑んだ。

 

「お前の名前、良い名前だな」

 

真守が笑顔で告げるので、一方通行はそうなのだろうかと考えた。

朝槻真守が言うのだからそうなのだろう。

自分の事を信じてくれる彼女が言うのだから、きっとそうなのだ。

 

「お前は何て呼ばれたい?」

 

一方通行(アクセラレータ)

 

「そうか。それはちょっと残念だ。でもお前に会ったら、私は心の中でそう呼ぶよ」

 

真守の笑みに一方通行は視線を缶コーヒーに落とした。

 

数年前は酸素を共有しているだけだった。

 

だが今この時は穏やかな空気を共有していたことが一方通行には分かった。

 

真守も分かっていて、数年前には共有できなかった雰囲気に柔らかく微笑んでいた。

 

 

そんな様子を不穏な目つきで(うかが)う存在がそばにいたことに、真守は最後まで気が付かなかった。

 




真守ちゃん、垣根くんよりも先に一方通行と前に会っていたというお話でした。
上条くんと食蜂さん、それに美琴ちゃんの関係みたいなものです。

それとこの話と同時で一方通行についての考察も活動報告にて載せさせていただきました。
よければご覧ください。


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絶対能力者進化計画篇:後日談
第三六話:〈新造生命〉との出会い


第三六話、投稿します。
次は九月一四日火曜日です。
後日談篇です。絶対能力者進化計画が長くなってしまうので区切りました。



(眠たい……)

 

はふ、と欠伸をして涙を目に滲ませながら真守は公衆電話でハッキングを続けていた。

 

(美琴の心を折るために主導部が外部に委託しまくった結果、私の情報があらゆる研究所に拡散。一八三か所のハッキングに加え情報の流出を防ぐのは流石に骨が折れる)

 

真守は能力を行使しながらぶつぶつと心の中で呟く。

 

(テレスティーナが執着していた能力体結晶は『絶対能力者進化(レベル6シフト)計画』のメインストリームから切り取られたもので、木原幻生が能力体結晶について提唱したのは知っていた……が、まさか一方通行(アクセラレータ)の『絶対能力者進化計画』の提唱者も木原幻生とはな。SYSTEM研究分野の重鎮であるヤツは現在行方不明……私に行方が追えないってなると、相当食えないヤツだ)

 

真守はそこでもう一度欠伸をしてまるで猫が顔を洗うように目をごしごしと(こす)る。

 

(垣根にまた徹夜かお前って言われる……。でもしょうがないし。これだけはどうにかしないといけない。……それに垣根にバレたくないから早めに処理しないと)

 

垣根帝督は統括理事会直属の暗部組織『スクール』に所属している。

情報収集能力は高く、情報担当の誉望万化もなかなかの腕前を持っている。

調べようと思えば垣根は『絶対能力者進化(レベル6シフト)計画』について調べられる立場を持っているのだ。

 

垣根には自分が絶対能力者(レベル6)という人ではない何かに進化(シフト)できるという可能性を持っている事を知られたくなかった。

それは絶対能力者(レベル6)進化(シフト)できないとされている垣根を気遣っているのではなく、ただただ純粋に人以外の何者かに進化するという可能性を秘めているのを知られたくないのだ。

 

(私のハッキング技術に対抗できるのは『守護神(ゴールキーパー)』くらいだから垣根が動く前に何とかすれば大丈夫だろう。……そう言えば『守護神』って風紀委員(ジャッジメント)なんだっけか。もしかして初春飾利?)

 

真守は一七七支部で圧倒的な情報処理能力を持っていた初春飾利を思い出す。

 

(一七七支部にちょっかい出せば分かるかな。久しぶりに腕試しができそうで面白……じゃない。今は目の前の問題を片付けなければ)

 

真守はPDAでウィルスを組み上げて、それを一八三か所の研究所に送りつけた。

 

「よし、これでデータは消去できる。その前に複製したデータを借りているデータサーバーに収集するように指示を出して、っと」

 

真守が演算に割いていた脳のリソースを解放して外に意識を向けた途端、ふと違和感があった。

 

「……ん?」

 

真守はそっと公衆電話の天井を見上げた。

 

「垣根?」

 

垣根帝督が放つAIM拡散力場の反応が天井にある。

正確には天井の上。

 

(いや、でもなんか微弱だな。小さいし。……なんだろう。垣根のAIM拡散力場の一部分を複製しているみたいな。……何かの実験に垣根が使われてる?)

 

真守がPDAとルーターを片付けると、公衆電話を箱のように区切ってあるガラスに手を触れて、天井へと伝うように能力で衝撃波を与えた。

 

トンッと、軽い音を立てて何かが地面に転がり落ちた。

それはひっくり返って六本の足をジタバタとして体勢を立て直そうとしていた。

 

「え」

 

真守は公衆電話から出てそれに近づくと、膝を曲げて地面に腰を下ろして固い大きな背中によってひっくり返っているそれを両手でむんずと掴み上げた。

 

「何だコレ」

 

白いカブトムシ。

B5レポート用紙に乗るくらいの体長二〇センチほどのカブトムシで、曲線で構成された体は生物的。それでも表面が車のフレームのようにつるっとしながらも輝きを帯びており、日光に当たると表面が薄く虹色に煌めく。

ヘーゼルグリーンの瞳を持つ、どっからどう見ても白いカブトムシとしかいいようがない摩訶不思議な生物が真守の手の中にいた。

 

「いや、これ一体? ……人造生命体か? ……あ、もしかして未元物質(ダークマター)で垣根が作ったのか!?」

 

真守がカブトムシを(かか)げて目線を合わせながら叫ぶと、カブトムシはヘーゼルグリーンの瞳をレンズのように拡大、縮小して真守を捉えた。

そして背部の装甲が展開されて真守の目の前で薄い羽が展開された。

 

(え、こんながっしり掴んでるのに飛んで逃げられるのか? どんな馬力だ?)

 

自分の手から逃れるためにカブトムシが羽を広げたのか真守が心の中で呟くと、真守の予想を超えてカブトムシはその薄い羽を高速振動させて疑似的な声を発した。

 

『私は知っていますが、あなたは私の事を知らないのではじめまして、と挨拶させていただきます』

 

「……ハジメマシテ」

 

真守は挨拶をされたので律儀に挨拶を返して小さく頭を下げる。

 

『私たちは超能力者(レベル5)第二位。垣根帝督(オリジナル)により未元物質(ダークマター)によって生み出された人造生命体、通称カブトムシです』

 

「あいつは人造生命体を一か月足らずで造り上げたのか。なんという創作意欲。……ん? 私『たち』?」

 

真守は垣根の向上心に感心するが、自分で強調した単語が気になってコテッと首を傾げた。

複数形という事は目の前にいるカブトムシだけ垣根が造ったわけではないらしい。

 

『はい。私たちカブトムシはネットワークを構築し、そのネットワークによって完全に意志を統率されている人造生命体群です』

 

「最近のトレンドはネットワーク構築なのか?」

 

『トレンドというのは分かり兼ねます』

 

カブトムシが真守の言い分にヘーゼルグリーンの瞳をカメラのレンズのように収縮させるが、真守はそんなカブトムシの前で顔をしかめて思考する。

 

「垣根は妹達(シスターズ)の事は絶対に知らなそうだし、木山春生がAIM拡散力場で脳を束ねたからそこを参考にしたのか。成程。つまりお前たちは未元物質(ダークマター)でネットワークを構築して、意志を統率。そして未元物質(ダークマター)を通じて垣根とも繋がっているんだな?」

 

『正確には違います』

 

「……正確には?」

 

真守がカブトムシの言葉にきょとっと目を見開くと、カブトムシがつらつらと説明する。

 

『私たちは垣根帝督(オリジナル)のAIM拡散力場の一部を基盤(ベース)にして組み上げられており、垣根帝督とAIM拡散力場を共有しています。つまり垣根帝督(オリジナル)からの一方的な繋がりが確立されています』

 

「ちょっと待て。今なんて言った?」

 

聞き捨てならない台詞だったので、真守は即座にカブトムシに説明を求めると、カブトムシが詳しい説明をする。

 

『私たちは垣根帝督(オリジナル)とAIM拡散力場を共有する事で、垣根帝督との繋がりを確立していると言いました。ですが私たちに植え付けられたAIM拡散力場は垣根帝督の一部ですので垣根帝督(オリジナル)とは限定的に繋がれており、垣根帝督からのオーダーだけが一方的に通る形となっています。反逆防止機構の一つですが、そもそも垣根帝督(オリジナル)のAIM拡散力場を一部しか植え付けられていない私たちは垣根帝督には勝てません』

 

「AIM拡散力場の一部を基盤(ベース)にした!? ……あ、アイツ! だからデータの提供にやけに乗り気だったのか!!」

 

真守は木山春生主導の下、AIM拡散力場を感じ取って能力者を系統別に見分ける力を身に着けた。

その時に系統別に属さない特殊事例のデータが欲しかったのだ。

 

その時丁度近くに大変希少な能力である未元物質(ダークマター)を保有する垣根帝督がいたので、垣根のAIM拡散力場のデータ提供を真守はダメ元で『お願い』した。

 

自分の能力がこの世で一番有用性があり、他の誰に分析されるのもそれを利用されるのも嫌がりそうな垣根は絶対断ると思った真守だが、垣根は真守の予想を超えてやけに積極的だった。

 

ただ単に自分のAIM拡散力場の分析に興味があるのかと思っていたが、『幻想御手(レベルアッパー)のようにAIM拡散力場を媒体とするネットワーク構築に用いるための自分のAIM拡散力場の分析データが欲しかった』というのがどうも積極的な理由だったらしい。

 

『あなたの分析結果が私たちと垣根帝督(オリジナル)を繋ぐための架け橋となりました。ありがとうございます』

 

「……まあ、この状態だとWin-Winの関係になったから私は別に構わないケド。……ん? AIM拡散力場の一部を植え付けた……?」

 

真守はそこで引っかかりを覚えて目を瞬かせた。

AIM拡散力場の核には自分だけの現実(パーソナルリアリティ)が存在する。

 

自分だけの現実(パーソナルリアリティ)とは言ってしまえば能力者が主観的に捉えている世界の事で、それがあるから能力者は能力を行使できる。

 

AIM拡散力場の完全解析が研究者の間で終了していない現状、AIM拡散力場から能力を行使するための自分だけの現実(パーソナルリアリティ)を抽出するなんて夢のまた夢だ。

 

だが真守はこの学園都市においてAIM拡散力場を一番緻密(ちみつ)に解析できてていると言っても過言ではない程で、その証拠に自分だけの現実(パーソナルリアリティ)()()()()数値化に成功している。

 

その真守の解析結果を垣根は流用した。

それはつまり──。

 

「ちょっと聞きたいんだケド、まさかお前たちは単体で未元物質(ダークマター)を使える……とかはないよな?」

 

真守が恐る恐る訊ねると、カブトムシは無機質な発声で告げた。

 

垣根帝督(オリジナル)によって「更新」が続く限り、未元物質(ダークマター)を発動する事ができます』

 

真守はカブトムシの爆弾発言に、思わず声を荒らげた。

 

「それは垣根が存命している限り『無限の創造性』をお前たちも持てるって事だろ! つまりお前たちは垣根の命令一つでネズミ算式に無限増殖するってワケだ! ……という事は……っ!?」

 

真守はそこでとある事に気が付いて息を呑んだ。

 

「アレか!? アイツは一人で軍団でも作るつもりか!? ま、まさか……っ()()でも作ろうとしているのか!? 自分の名前が名前だから!? ……それだとお前たちはアレか? アイツの名前と字面を取ってまさか『()()()()』とでも言うのか!? 何だソレ超能力者(レベル5)一人でも国家の軍隊と戦えるのにアイツは世界を相手取って戦うつもりじゃ……──だとしたら世界征服!? まさか世界を更地にして()()でも作り出す気じゃ、」

 

 

『テメエ黙ってりゃ好き勝手言いやがって、筒抜けなんだよコラ』

 

 

「きゃあっ!?」

 

突然カブトムシからガラの悪い疑似的な発声の音が響いたので、真守は意表を突かれてカブトムシをぽーんっと宙へ放り投げた。

 

真守に放り投げられたカブトムシは空中での姿勢制御が優秀なのか、くるっと一回転すると空中でその羽を振動させてヘリコプターのように静止した。

 

真守の先程の攻撃が不意打ちだったから公衆電話から落とされただけで、性能は十分良いらしい。

 

真守の前でカブトムシはホバリングしながらその薄い羽で発声する。

 

『帝兵さん。いいですね』

 

『オイ何気に入ってんだよ。全力でコケにされてんだよ分かってんのか?』

 

真守は二種類の疑似的な声が聞こえてきて目を白黒とさせる。

どうやらカブトムシが自分に配慮して垣根との会話が聞こえるように話をしているらしい。

 

『可愛いです』

 

『……チッ。オイ真守どうしてくれる。コイツらネットワーク上で自分たちの事そう呼び始めたぞ』

 

「………………自分の一部と自分でボケとツッコミしてる…………一人コント?」

 

『よーし。その減らず口ウチに来たら絶対に(ひね)り上げてやる』

 

真守がごくッと喉を鳴らすと、カブトムシの支配権を垣根が奪ったのか、カブトムシが真守の前にぶーんと飛んできて、薄い羽で風を勢いよく起こしてビクつく真守の整えられた前髪を巻き上げる。

 

真守はしっしっとカブトムシを手で払って前髪を直しながら顔をしかめ、カブトムシ越しに垣根に問いかけた。

 

「…………垣根、ずっと私のそばにこの子置いてたのか?」

 

『帝兵さんです』

 

「ていへいさん」

 

『おい端末。お前が話すとややこしくなるからちょっと黙ってろ。そんで真守もコイツの期待に応えるんじゃねえ」

 

真守が平坦な口調で呟くとカブトムシのヘーゼルグリーンの瞳がきょきょろっと動いて垣根が自分の端末(カブトムシ)に命令を送る。

 

「……で、どうなんだ?」

 

『元々コイツらは独自の情報網を手に入れるために作ったんだよ。その情報網に『絶対能力者進化(レベル6シフト)計画』の実験が引っかかって、それにお前が気づいて止めようと奮闘してたから様子を見てたんだ。…………お前が心配で』

 

真守は事の経緯を話した垣根をカブトムシ越しに悲痛な表情で問いかける。

 

「……じゃあ、ずっと見てたのか…………?」

 

『……まあな』

 

垣根がずっと自分を心配して見守っていたという事は、真守が垣根に知られないように絶対能力者進化(レベル6シフト)計画の痕跡を消そうと躍起(やっき)になっていたのも全部知っているという事だ。

そして真守が何に恐怖しているのかも、それが人には理解できない贅沢な悩みという事も知ったのだ。

 

垣根に知られたショックで、真守は思わず、ぺたんと地面に座り込む。

 

(…………今度こそ、垣根にあの事話さなくちゃいけないのか? で、でも。……どうしよう。絶対能力者進化(レベル6シフト)計画の事知られても、い、言いたくな、)

 

『真守』

 

垣根は空中に浮かぶカブトムシを地面に降ろすと、顔を真っ青にしている真守の太ももに、真守を慰めるために足を一本かけるようにカブトムシに命令する。

 

『早く後始末してウチに来い。そうじゃなきゃゆっくり話もできねえ。……お前の恐怖は分かったから』

 

「…………うん」

 

真守はカブトムシに手を伸ばして抱き上げて自分の目線に合わせ、カブトムシのヘーゼルグリーンの瞳越しに垣根を見つめて頷いた。

 

無機質な色を放っているカブトムシの瞳には真守を思いやる垣根の気持ちが乗せられており、確かにそこに存在していた。

 




真守ちゃんが超えてはいけないラインを反復横跳びした事によって爆誕した垣根帝督(提督)の兵隊さん。略して帝兵さん。

真守と帝兵さん(愛称)の会話にあった通り、『流動源力』のカブトムシは新約のカブトムシのように能力の噴出点を分けているのではありません。
新約の05は自分を垣根帝督として『再定義』する事で垣根帝督としての白い体を獲得しましたが、『流動源力』のカブトムシはあくまで垣根くんの端末であり、垣根くんが死ねば端末であるカブトムシは機能しなくなりますので『流動源力』のカブトムシが白い垣根くんの体を得るという事はありえません。
白い垣根くんが登場する時点で垣根くんはほぼ死んでるようなもので、垣根くん死んだら『流動源力』のカブトムシも機能が停止するので、二重の意味でありえないと明言しておきます。

垣根くんが情報網として白いカブトムシ作ったならば、偵察用の白いトンボが妥当では? となるかもしれませんが、作者はカブトムシの方が好みなのでカブトムシです(身勝手の極致)。
後々都市伝説になった時トンボよりもカブトムシの方がかっこいいですし。
でも新約で出てきた05のような一五メートルくらいの個体も作ろうと思えば作れます。
『無限の創造性』ってすごい。


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第三七話:〈行先不安〉で一筋の光

第三七話、投稿します。
次は九月一五日水曜日です。


「成程な。絶対能力者(レベル6)が縦に突き抜けてんなら俺は横に広がりを見せてんのか」

 

垣根は真守から受け取った『絶対能力者進化(レベル6シフト)計画』の概要にある超能力者(レベル5)のこれからの成長の方向性の予測について記載された部分を自前の端末で読みながら呟いた。

 

垣根帝督の未元物質(ダークマター)、その『無限の創造性』とは群体となることで初めて完成する。

そのため個として完成している絶対能力者(レベル6)と同じ性能を垣根帝督は手にする事ができるが、垣根帝督の存在は絶対能力者(レベル6)という完成された個体を追い求める研究者にとっては望むべきものではなく、研究者たちは絶対能力者(レベル6)が生まれなかったときの()()()くらいにしか恐らく考えていないのだろう。

 

「つーか超能力者(レベル5)の成長方向ってバラバラなんだな。初めて知った。絶対能力者(レベル6)進化(シフト)させるとなると超電磁砲(レールガン)は体が耐えられねえ。原子崩し(メルトダウナー)は生存本能によってセーブされちまって、その生存本能をぶち壊して絶対能力者(レベル6)にしようとすると廃人確定。精神掌握(メンタルアウト)は人体に干渉する域から出られず人体の真理しか知ることができないから絶対能力者(レベル6)と言えない……ってところか?」

 

超能力者(レベル5)の方向性をそう簡潔に述べた垣根は真守と一方通行(アクセラレータ)のデータを見る。

 

「……で。お前と一方通行(アクセラレータ)は方向性が異なるが、二人共万物を完全なる個として掌握できる域に達する。要は神みたいなもんだ。だから絶対能力者(レベル6)に分類される。そういうことだな?」

 

「……うん。そうみたいだ」

 

真守は垣根の問いかけに頷きながら瓶に入ったチーズケーキを躊躇(ためら)いがちにスプーンですくい、それを意気消沈したまま口に運ぶ。

 

真守が食べているチーズケーキは一個一〇〇〇円もする高級チーズケーキで、垣根が真守に食べてもらいたくて事前に準備していたものだった。

カブトムシを連れて垣根の下にトボトボやってきた真守は顔が真っ青であからさまに気落ちしており、垣根が落ち着かせるために真守に与えたのだ。

 

「ふざけんじゃねえよ」

 

そんな真守の前で垣根は怒りを明確にして吐き捨てるように呟いた。

垣根の高い干渉能力によって空間がヂヂィッと鳴り、部屋の至る所にいたカブトムシたちのヘーゼルグリーンの瞳が垣根の怒りに呼応するように一斉に赤く染まった。

 

「勝手に絶対能力者(レベル6)って枠組み決めて、俺がその枠組みに綺麗に(はま)ってないからってコケにしやがって。関係者全員ぶち殺してやろうか、ああ?」

 

「……そしたら学園都市丸ごと消失することになると思う。絶対能力者(レベル6)は学園都市の悲願だし」

 

真守は体を縮こませてはいるが、垣根の殺意に対してはまったく反応しておらず、ぽそぽそと呟くとスプーンの腹の背をカプッと小さい口で噛んだ。

 

真守が絶対能力者(レベル6)になる可能性があり、その事について話すにはまず情報が必要だとして、真守から『絶対能力者進化(レベル6シフト)計画』の概要を貰ったが、自分を落第品呼ばわりされてつい頭に血が上ってしまった。

自分のことをコケにした研究者たちに殺意を向けていてはいつまで経っても本題に入れないので、垣根は一息ついて無理やり怒りを鎮めてから真守に問いかけた。

 

「……で、お前は絶対能力者(レベル6)に手をかけた事があるんだな?」

 

真守はスプーンを噛むのをやめて垣根の問いかけにぽそぽそと俯いて呟く。

 

「………………うん。五年前に深城が傷つけられて怒った時に……全部壊そうとして手をかけたら深城に止められた」

 

「自分が自分じゃなくなると気づいて怖くなったのか?」

 

昨日の夜の真守の行動を全て見ていた垣根は、真守の恐怖の正体をそうやって看破(かんぱ)して重ねて問いかけた。

 

「…………怖いよ」

 

真守は顔を歪ませて、瞳を涙で潤ませながらそこで垣根を見上げた。

本当に心の底から真守が恐怖している姿を見て、垣根は胸が苦しくなる。

そんな垣根に、真守は必死に(すが)りつくように呟く。

 

「別のものに組み替えられていくんだ。私の人としての大切なものが壊れてしまって、すべて組み替えられた後、私がどうなるか分からない。深城も、垣根も。……他の人たちのことも、どうでもよくなったら怖いよ。そんな事になりたくない」

 

周りの人間の事を思いやれる人としての気持ちを失うのが真守は怖い。

人の幸せを考えて全てを壊す事をしてはならないと自分を戒めているのに、人の事を考えられなくなったらその幸せを奪ってしまうかもしれない。

絶対能力者(レベル6)になって手に入れた強大で理不尽な力で無慈悲に無感動に、人々を蹂躙(じゅうりん)してしまうのを真守は恐怖しているのだ。

 

絶対能力者(レベル6)になったらそこに人としての朝槻真守はそこに存在しない。

 

(上層部は真守の事を逐一監視してやがる。だったら真守が自力で絶対能力者(レベル6)へと進化(シフト)できるのももちろん知っているはずだ。だが上層部は真守をコントロールできない。だから現状は静観している。……それでも真守が隙を見せれば上層部はその隙に付け込んでくる。結果、真守は絶対能力者(レベル6)に強制的に進化(シフト)させられちまう)

 

研究者たちは『神さまの頭脳』に『神さまの体』を手に入れ、世界の真理を解き明かそうとしか考えていない。

絶対能力者(レベル6)にされて人間としての生き方を奪われる真守の気持ちなんか、学園都市は考えない。

いつだって奪われて苦しむのは奪われる側の人間だ。

いくら力を持っていたとしても奪われる時は奪われる。

その奪う機会を、上層部は虎視眈々と狙っている。

 

「一人で戦うな」

 

一人で懸命に学園都市に抗い続ける真守を想って、垣根は真守に告げる。

 

「お前のことを助けるって俺は言った。だから俺を頼れ」

 

垣根が以前に決意した言葉を吐くと真守が瞳を不安そうに揺らしながら呟いた。

 

 

「……私が私じゃなくなったら、垣根はどうする?」

 

 

「あ?」

 

真守の問いかけの意味が分からずに垣根は怪訝な声を上げる。

真守は自力で絶対能力者(レベル6)へと進化(シフト)できるが、真守にはその気がない。

だから七年間の特別な時間割り(カリキュラム)を組まれないように学園都市に隙を見せずに徹底抗戦していけば大丈夫なはずだ。

自分には『無限の創造性』があるし、真守も一方通行(アクセラレータ)の絶対防御を崩す事ができる最強の超能力者(レベル5)だ。

二人で徹底抗戦すれば学園都市だって敵じゃない。

それなのに真守は何をそんなに恐れているのだろうか、と垣根は至極真っ当な疑問を持った。

 

能力の特性上、全ての物事が見えている真守は物事の真理というものを告げた。

 

「人は始まった時から少しずつ終わりへと向かってる。それが決まってる。その過程で少しずつ成長するのが人間だ。……誰も、その流れには逆らえない」

 

垣根は真守だからこそ分かる万物流転の仕組みに息を呑んだ。

 

 

「だから私はいつか私ではなくなる。私は望まなくても絶対能力者(レベル6)になる。そうなる未来が決まってるんだ」

 

 

真守はグッと息を呑んでから垣根をじっと見据えて、もう一度垣根に問いかける。

 

「私が私じゃなくなったら、垣根はどうする?」

 

朝槻真守には全ての可能性が見えている。

それは()()()()()()()すら見えているという事だ。

自分で変えることができない強大な流れならば、どれだけ嫌がってもそちらに流れていくのは必然だ。

 

どうしたって、何をしたとしても真守は自分が絶対能力者(レベル6)へと進化(シフト)するのを避ける事ができないと分かっている。

 

そんな最悪の結末に辿り着く事が分かっている真守は、蟻地獄に落ちて終わりが目に見える形で迫ってきている虫のような境遇であり、それは深い絶望を真守に与えてた。

 

確かに人間もゆっくり死へと向かっており、蟻地獄に落ちているようなものだ。

だが人間は蟻地獄に落ちているという感覚がない。

それはリアルに人として終わる事を感じたことがないからだ。

だが真守は既に絶対能力者(レベル6)へと手をかけており、自分が組み変わってしまう恐怖を知っている。

 

学園都市は真守が放っておいても絶対能力者(レベル6)へと進化(シフト)すると知っており、だからこそ真守に七年間の特別な時間割り(カリキュラム)を無理やり施そうとせずにただ監視しているだけなのだと、垣根は悟った。

 

呆然とする垣根の前で真守はぽそぽそと呟く。

 

「…………もしかしたら私は私のままでいられるかもしれない。でも怖いよ。怖くて怖くてたまらない。能力の可能性が広がるのはとてもいいと思う。でも知らないうちに知らない方向へ向かって制御領域の拡大(クリアランス)の取得をしていったらどうなるか分からない。……怖いよ。まさかこんな形でもう一度自分が絶対能力者(レベル6)進化(シフト)するんだって自覚させられるなんて思わなかった」

 

垣根はぎり、と奥歯を噛み締める。

 

真守の流動源力(ギアホイール)の特性である可能性の提示は素晴らしい可能性ばかりを提示するわけではなかった。

同じように悪い可能性も見えているのだ。

ただ単に真守がそれを周りに伝えないだけで、真守はいつだってその悪い可能性を知っているのだ。

それなのにひたむきに人の事をずっと想ってきた。

絶対能力者(レベル6)へと進化(シフト)したくないのも人の事を想えなくなるからだ。

他者の幸せを奪うような事をして、絶対に傷つけたくないからだ。

絶対能力者(レベル6)へと進化(シフト)した真守は人とは明確に違う生き物で。

真守の事を理解してくれる人間はどこにもいない。

真守がどんなに人の事を想おうとも、真守は孤独でしかない。

何もかも一人で背負わなければならず、誰の力も借りられない。

 

 

自分はそれが嫌だったから真守の助けになると決断したのではなかったのか。

 

 

それならばやる事はやっぱり決まっていた。

 

「真守」

 

垣根は真守のその柔らかくて小さい手をそっと握る。

真守が不安そうに瞳を揺らす。そんな真守を垣根はじっと見つめていた。

 

 

「お前がどんなになってもそばにいてやる」

 

 

真守は垣根を見つめながら目を見開いた。

 

そしてすぐに目を細めてぼろっと涙を零した。

 

ぽろぽろと音もなく美しい姿で泣く真守を見つめて、垣根は胸が苦しくなって真守の手を握る手に少し力が入る。

 

不安で仕方なくて身動きが取れなくなるはずなのに、それでも最後の瞬間まで絶望せずに懸命に生きようとする真守に、垣根は優しく自分の思いを告げる。

 

「お前が嫌がっても一緒にいてやる。それでお前に殺されることになっても、俺は最後までずっとお前のそばにいる」

 

「……私、かきねのこと、殺したくない……………………」

 

真守がふるふると力なく首を横に振ると、垣根は真守を安心させるために微笑む。

 

「だったら絶対に死なないで一緒にいてやる。お前が教えてくれた『無限の創造性』ってのはそんなにヤワじゃねえ。分かってんだろ?」

 

真守はぽろぽろと真珠のような大粒の涙を零しながら一つ頷き、それを皮切りに何度も頷いて、真守は垣根が優しく握ってくれている手と反対のスプーンを握っている手でごしごしと目をこすって涙を(ぬぐ)う。

 

それでもやっぱり垣根の言葉が嬉しくて。

大粒の嬉し涙が後から後から零れてしまって。

真守がその涙を拭おうと強く目をこすると、そんな真守を見ていた垣根はその手を優しくどけて丁寧に(ぬぐ)ってやった。

 

真守は何があっても真守だが、いつか彼女は遠くに行ってしまうだろう。

遠くに行ってしまっても、絶対に離さない。

自分に大切なものをたくさんくれた少女を、垣根帝督は人とは少し違う存在になったくらいで離したくなんてなかった。

 

「……垣根。ずっとそばにいてくれるって言ってくれて、ありがとう」

 

垣根が真守の涙を(ぬぐ)い終わると真守は目を赤くしたままふにゃっと笑った。

 

「やっぱり垣根は優しい」

 

真守は涙を拭った後も頬に添えてもらっている垣根の手を感じながら、心の底から幸せを感じて微笑んだ。

その幸せそうな真守の表情に安堵を覚えた垣根は、長い前髪の向こうに潜む黒曜石の瞳を薄く細めた。

 

「……お前が相手だから優しくなれるだけだ」

 

「そう。特別で嬉しいな」

 

真守はとろけるような笑みを浮かべながら垣根の手に頬を摺り寄せる。

垣根はそんな真守をじっと見つめており、真守の気が済むまで真守の頬に手を添えていた。

 

源白深城以外、自分を見てくれる人はいなかった。

誰も彼もが自分を化け物として、利用できる実験材料だと思っていて。

誰も朝槻真守の人間としての本質を見てくれる人はいなかった。

 

垣根帝督は源白深城のように何があっても一緒にいてくれると言ってくれた。

 

それが本当に嬉しくて。

 

「垣根。ずぅっと一緒にいてね。絶対、絶対だぞ」

 

真守が強く強調すると、垣根はしっかりと頷いてくれた。

 

 

この瞬間。

朝槻真守にとって垣根帝督は何物にも代えがたい二人目の『特別』となった。

 




垣根くんの二度目の決意。ターニングポイントでした。

それにしても色々とすっ飛ばしている垣根くん。
それを気にしない真守ちゃん。
最早恋愛の枠組みに収まってない。



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第三八話:〈格別亀裂〉はやっぱり深い

第三八話、投稿します。
次は九月一六日木曜日です。


絶対能力者(レベル6)にまつわる真守の話は終わった。自分のこれからの方針も確定した。

だが垣根には一つ真守を問い詰める事があった。

 

「おいコラ真守テメエ。もう一つ大事な話がある」

 

「……なんでそんなにケンカ腰?」

 

真守は幸せそうに瓶の底の方のチーズケーキを必死にスプーンですくっていたが、垣根の臨戦態勢にきょとっと目を見開いてから垣根を見上げて小首を傾げた。

 

「喧嘩腰にもなる。お前、いつ一方通行(アクセラレータ)と会ったんだよ」

 

「……一方通行。えっとー……五、六年前だと思う」

 

真守は目を泳がせながら垣根のその追及に答えた。

 

「は?」

 

(昨日今日じゃねえ……だと?)

 

垣根が愕然としているのに気まずさを感じつつも、真守はつらつらと説明する。

 

一方通行(アクセラレータ)は『解析研』に来たことがあったらしくて。あの子が言うには私とあの子、数日間一緒に過ごしていたらしいんだ。深城に会うまで私は人間にまったく興味がなかったから、一緒にいたとしても同じ酸素吸ってるだけの関係って表現すれば良いと思う。それに私は自由時間中、ずっと自分の能力について考えていたから会話なんて絶対にしてない」

 

「け……研究所時代に…………会ってた……?」

 

「え? 嫌いなのは知ってるがなんでそこまで怒りを押し殺そうと頑張っているんだ……?」

 

奥歯を噛み締めて何かに耐えるように唸っている垣根を見て、真守は小首を傾げた。

 

ポルターガイスト事件の際に垣根の過去と心境について聞いた真守は、垣根が一方通行(アクセラレータ)の事をこの世で最も憎い敵として認識していると知っている。

 

垣根は自身の能力、未元物質(ダークマター)がこの世で唯一無二のどんな能力よりも可能性を秘めた能力だと自負しており、実際に未元物質(ダークマター)は『無限の創造性』も有している。

だが『破壊性』を持つ一方通行のベクトル操作の方が『創造性』を持つ自分よりも価値があると研究者に勝手に決められてしまったのだ。

自分の生まれ持った性質における他人からの評価は努力によって(くつがえ)す事ができないので、垣根は随分と辛酸を嘗めさせられたらしい。

 

一番にはなれない永遠の二番手。

三番目ならばまだ諦めの余地はあるが、あと一歩届かない地位にいるというのは悔しいものだ。

一方通行(アクセラレータ)に敵意どころか殺意を覚えている垣根。

だが自分が過去に一方通行に会った事があると言ってどうしてそこまで怒りを押し殺す必要があるのか、その怒りが一体どこから湧いてきたのか、真守は即座に判断できなかった。

 

(……嫉妬で憎さ倍増か?)

 

真守が推察した理由は当たっていた。

この世で最も憎い敵である一方通行(アクセラレータ)が『絶対能力者進化(レベル6シフト)計画』の実験で自分が大切に想っている真守と接触した事に垣根は心の底から腹を立てていた。

それに加えて自分は情報でしか知らない真守の研究所時代に会った事があるなんて事実が発覚して、垣根の一方通行(アクセラレータ)への憎悪はますます募るばかりだった。

 

「……えーと、垣根?」

 

自身の嫉妬と憎悪、それと劣等感に燃えている垣根に真守は声をかける。

 

「あ?」

 

「機嫌ワル。あのな、垣根。私にとって垣根は特別だ。だって何があってもそばにいてくれるんだろう?」

 

垣根が地を這うような声を出して返事するので、真守は顔をしかめながら垣根の頬に手を伸ばして触れてから、ふにゃっと微笑んで告げた。

 

「……ああ」

 

「私は確かに周りの人を救いに動くが、何があってもそばにいてくれるお前の下にちゃんと戻ってくるから。な?」

 

真守は垣根に純然たる事実を言い聞かせるようにゆっくり告げた。

(なだ)められているのが垣根にも分かるが、反論できないこの言い方をすれば垣根のささくれだった心を癒せるのだ。

 

「ダメだ」

 

だが今回ばかりは通用しなかった。

 

「お前が誰を助けに行っても構わねえ。だがヤツだけは絶対にダメだ。近づくな」

 

ブチ切れた垣根は怒りで片方の眉を跳ね上げたまま、真守へと語気を強めて迫ってきた。

真守は一瞬時が停止したかのように固まった後、

 

「無理」

 

と、ジト目のまま首を横に振って垣根の『お願い(命令)』を拒絶した。

真守の言い分が気にくわない垣根は自分の頬に触れていた真守の手をガッと掴むと怒号を上げるために口を開く。

 

「無理じゃねえ! こっちはヤツがお前に接触した時点でぶち殺したいのに、お前が人殺しを嫌うから仕方なく気持ちを落ち着けてんだよ!!」

 

「仕方ないとか言うな! そこで我慢できるなら一方通行(アクセラレータ)と会うのも見逃せよ!」

 

「そこはもう許容範囲超えるんだよ!」

 

真守が珍しく声を上げて反論すると、真守よりも大きな声で垣根が心中を暴露した。

真守は思わず小さな口をぽかんと開けてしまう。

 

先程自分が人ではない何かに変わってしまったとしても垣根は一緒にいてくれると言ってくれたばかりだった。

 

なのに。

 

なのに……。

 

一方通行(アクセラレータ)に対して器が小さすぎる!!」

 

真守は一方通行(アクセラレータ)の境遇など一切考えずにただ自分の上に立っているだけで一方通行に敵意を向けている垣根の懐の狭さに思わず叫んだ。

 

「小さい! 小さすぎるよ垣根! もうちょっと大きい男になれよ!」

 

真守が小さい小さいとわめくと垣根はその真守の叫びよりも大声で怒鳴る。

 

「別に小さくねえよ! お前がデカすぎるだけだ!!」

 

「別に私の器のデカさは今関係ないだろうが!」

 

真守が垣根に匹敵するようにガウッと吠えると、垣根がピキッと顔を引きつらせて叫んだ。

 

「うるせえ! とにかく会うんじゃねえ!!」

 

(めんどくさい。……すごくめんどくさい!)

 

真守はブチ切れている垣根を見つめながら心の中で思わず何度も呟く。

先程まで気落ちしており、垣根の救いの手によって真守は暗闇の中で一筋の光を見つけられて心の底から穏やかな気持ちになれて、心底自分が幸せ者だと思っていた。

だが真守は現在、何もしてないのに浮気していると見られ、恋人に糾弾されるような何とも形容しがたい悲しい気持ちになっていた。

この落差は流石にないと思う。

 

垣根は元来優しい性格だ。

だが研究所時代に大切な人が使い潰されて、研究者の悪意なき探求心を知った。

そこから彼らを見返そうと必死に努力しても研究者は自分の利益しか考えず、それにこの街の六割の無能力者(レベル0)は最初から切り捨てられた学生たちだと知って努力は無駄だと気づいた。

 

結果、垣根帝督は誰もが身勝手をするならば自分もやりたい放題してしまえばいいとして、他人を全く思いやらない暴君と化してしまった。

 

(あれ? 垣根が私に優しくするのって本当に奇蹟的なんじゃ……?)

 

先程垣根に真守が相手だから優しくできると言われたことを思い出した真守はその事実に愕然とする。

ひょっとしたらこの世で一番扱いが面倒な人間に捕まってしまったかもしれない。

 

(でも、一緒にいてくれるって言ってくれたし。それに扱いが面倒な点については深城も一緒だし……)

 

真守はそこで宙に浮いて事態を見守っていた深城にチラッと目を向ける。

深城は恍惚な笑みを浮かべて真守と真守に詰め寄る垣根を見て目をきらきらと輝かせていた。

 

深城は垣根の顔も声も認識できないが、長い付き合いの真守の反応で大体何が起こっているか把握する事ができる。

 

(あの真守ちゃんが……あの真守ちゃんが人に恋沙汰で詰め寄られてる……っ!)

 

修羅場大好きな深城は大好きな真守がラブコメを展開している事に感激して、心の中で何度もそう呟く。

最早コイバナ好きで娘の恋に口出しする母親と化していた。

 

絶対に後で何があったか根掘り葉掘り聞かれる。そして全部話すまで深城は自分の頭の中で声を響かせて騒ぎ立てるだろうな、と真守は遠い目をして考えていた。

 

(なんで私の周りってこう癖が強いヤツが多いんだ? ……ああ、なんかどっと一気に疲れがきて眠くなってきた……)

 

「……垣根」

 

「あ?」

 

真守は突然来た眠気に襲われて垣根に声を掛けると、垣根は地を這うような低い声を出した。

どうやら垣根は一方通行(アクセラレータ)と会わない約束しないと開放する気はないらしい。

 

「めんどくさいし、徹夜で眠くなってきたから寝る」

 

真守はそう宣言してぴょこっと蒼閃光(そうせんこう)でできた猫耳と尻尾を出すと、自分の手を強く掴んでいた垣根の手をバチッとシールドで弾いた。

 

「……ッ!? このアマ! 逃げるんじゃねえ! まだ聞きたいことがあんだよ!」

 

「なんだよ」

 

垣根が真守のシールドに弾かれた手を押さえながら声を上げるので、真守は毛足の長いカーペットからいそいそと立ち上がりながら心底めんどくさそうに顔をしかめて垣根を見る。

 

「お前は実験止める前にヤツとどこで会ったんだよ! 操車場でヤツを止めた時も、病院でヤツと話してる時も随分と親しそうだったじゃねえか!」

 

「……、」

 

真守は垣根の器の小ささに呆れてしまってジト目で垣根を睨みながらすすすーっと後ろ歩きをして垣根のベッドへと向かう。

 

真守はぽふっとベッドに座りながら、なおも糾弾する視線を送ってくる垣根をじぃーっと見つめてから、

 

「もー……別にどこでもいいだろうが」

 

と、めんどくさくなって投げやりになるとごろん、と垣根のベッドに横になった。

 

「よくねえ! お前がどんな人間助けようが俺は一向に構わねえ。だがヤツだけは駄目だ、絶対に接触するな!」

 

垣根がベッドに近づきながらまくしたてる中、真守は体の向きを変えて鬼の形相でこちらに向かってくる垣根を眠くなってとろんとした目で見上げる。

 

「そんなコト考えてないで自分の器の小ささについてちょっと考えてろ…………」

 

真守はその言葉を残してふあ、と猫のように優雅に欠伸をしてから一瞬で寝た。

蒼閃光で形作られた猫耳と尻尾を出して能力を解放したまま、真守は小さな寝息を立てて寝始める。

 

(寝たまま能力使えるとか、イルカみたいに右脳と左脳で半球睡眠でもしてんのかよコイツ)

 

垣根はベッドに近づいてベッドの上で丸くなって穏やかな表情で眠り始めた真守を睥睨する。

 

(人の気も知らねえでこのアマ……)

 

心の中で毒吐いていた垣根だが、すやすやと眠る真守の姿が愛しくなって、結局(ほだ)されてしまってふっと微笑んだ。

 

(しっかし絶対能力者(レベル6)か……)

 

垣根はテーブルの上に置いてあった端末を取り寄せて『絶対能力者進化(レベル6シフト)計画』を再び精査し始める。

 

(『神の頭脳』に『神の身体』か。そういや真守に聞くの忘れたが、この二つって具体的にどんなもんなんだ?)

 

垣根は真守と一方通行(アクセラレータ)のグラフデータを見つめるが、絶対能力者(レベル6)がどのような形に進化(シフト)するか当然のごとく書いてなかった。

 

(この七年間の特別な時間割り(カリキュラム)も真守が何を施せばどこがどういう風に変わっていくかは書かれてねえし、『樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)』が弾きだした予測演算もデータやグラフだけで俺や真守だからこそ読み取れたが、普通の人間なら何が書いてあるか見当もつかねえシロモノだ)

 

垣根は端末を操作して『絶対能力者進化(レベル6シフト)計画』の概要のデータを読み進めながら心の中で呟き、端末から顔を上げて真守を見た。

 

朝槻真守は絶対能力者(レベル6)進化(シフト)したとしても、朝槻真守であることには変わりない。

流動源力(ギアホイール)という能力が新たな制御領域の拡大(クリアランス)の取得をしたところで自分だけの現実(パーソナルリアリティ)という真守の主観、つまり本質は何も変わらないからだ。

だがそれでも『人の精神』から『神の精神』に変質する事に変わりはない。

 

精神が組み変わっていく事に人間が恐怖を覚えるのは人として当然だと垣根は思う。

人ではない何かに変わるのが自分の行き着く先だと知れば普通の人間は絶望する。

それでも真守は自暴自棄にならずに学園都市で幸せに暮らす学生たちのことを考え、彼らの幸せを奪わないように学園都市と戦っている。

自分の結末が人でなしであろうと、その恐怖と絶望に(さいな)まれながらも真守は懸命に生き続けている。

 

真守は孤独な戦いを五年間ずっとしてきた。戦いながら陽の光の下へ暮らしてきた。

そんな真守は自分の凝り固まった考えを崩して、自分に生きる希望と可能性を与えてくれた。

垣根にとって真守は何物にも代えがたい大切な女の子となった。

そんな少女が穏やかに眠っている姿を見て、垣根は心が温かくなって目を細めた。

 

絶対能力者(レベル6)へと真守が進化(シフト)して人の枠組みから超えてこの世に永遠に存在できるようになっても、『無限の創造性』を持っている自分はその永遠に付き合える。

全てが滅びようとも自分は真守と永遠に一緒にいられる。

 

「俺は能力者が滅んでAIM思念体の形を保てなくなってお前と意思疎通ができなくなる源白深城とは違う。俺はお前のそばにいつまでもいる。……必ず」

 

垣根は眠る真守へとそっと決意を口にする。

 

真守は良い夢でも見ているのか、垣根が口にした決意に応えるように声を小さく漏らして幸せそうに微笑んだ。

 

 




友達に会っただけで糾弾してくる重い恋人みたいな垣根くん(一方通行限定)。

垣根くん……だから原作でチンピラって言われるんですよ……。




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第三九話:〈事態終結〉して細々と

第三九話、投稿します。
※次は九月一八日土曜日です。


絶対能力者進化(レベル6シフト)計画』を止めた二日後。

真守は冥土帰し(ヘブンキャンセラー)の下にやってきて端末を見つめていた。

 

「『絶対能力者進化(レベル6シフト)計画』の概要でも懸念されていたが、やはり培養液の中で投与された薬品が妹達(シスターズ)の余命を一、二年にまで縮めていたか。対応はどうするんだ?」

 

「急速な成長を促すホルモンのバランスを整えて細胞核の分裂速度を調整すると、ある程度の寿命が回復できるね?」

 

真守の問いかけに冥土帰し(ヘブンキャンセラー)が軽く答えるが、真守は妹達の個体データを羅列しながら問題点を指摘した。

 

「一万体弱を一人ずつ的確に処置するのは大変では?」

 

「学園都市の外の協力機関に要請をし、各機関に振り分けして調整していく方針を考えているよ?」

 

真守は冥土帰し(ヘブンキャンセラー)の方針に眉を顰める。

学園都市の計画が失敗して助かった大量のクローンを外に出すという事は、学園都市が失態を世界に公表するようなものだ。

学園都市の失態は真守にとってどうでもいいのだが、問題は妹達(シスターズ)がどのような目で見られるかである。

 

「……まあ、協力機関ならギリギリ大丈夫だろう。ここでも預かるのか?」

 

「うん。何人か残ってもらう予定だね?」

 

「──あの、少しよろしいですか。とミサカは問いかけます」

 

真守と冥土帰し(ヘブンキャンセラー)が話をしていると扉の外から声が聞こえてきた。

 

「どうぞ?」

 

冥土帰し(ヘブンキャンセラー)が促すと入ってきたのは事前に申告まがいのことをしていたミサカだった。

 

「あなたに訊ねたいことがあって来ました、とミサカは先に明言しておきます」

 

「何が聞きたい?」

 

真守はミサカに指名されて端末を冥土帰し(ヘブンキャンセラー)に返しながら柔らかく微笑む。

真守にギリギリ分かる程度に意を決して、ミサカは無表情のまま口を開いた。

 

「あの少年は死亡したミサカ一〇〇三一号とこのミサカ、一〇〇三二号と接点がありました。お姉さまはDNAマップを提供した本人です。何故ミサカ個人にも実験にも関係ないあなたはミサカを救おうと動いたのですか?」

 

真守はその返答にちょっと困った。

真守が『絶対能力者進化(レベル6シフト)計画』に実は組み込まれていたと言ってもミサカを困惑させるだけだろうし、一方通行(アクセラレータ)を助けたいとか妹達(シスターズ)の命を守りたいとか色々事情があったのだ。

 

どこから説明すればいいか分からないから、とにかく真守はあの時ずっと思っていた気持ちをミサカに伝えた。

 

「気に入らなかったんだ」

 

「気に入らなかった?」

 

ミサカは真守の気持ちが理解しがたいものなのでオウム返しをして、そして表情は変わらないが驚いた様子だった。

真守はそんなミサカの反応を見てからそっと目を伏せ、自分の掌を見つめてぎゅっと拳を作ってから、真守が『実験』を止めた様々な理由の中から妹達(シスターズ)の命を守りたかったから、という理由をミサカにゆっくり(さと)すように説明する。

 

「そう。気に入らない。全ての命は平等なハズなのに、使い潰して良い命と使い潰したらマズい命に分けるのが気に入らない。妹達(シスターズ)の命は使い潰すための命なんだと勝手に決めつけて、お前たちをモルモットに(おとし)めたヤツらが私は大嫌いだ」

 

「あなたも個人的な感情でミサカたちを助けたと言うのですか、とミサカはあの少年やお姉さま(オリジナル)と同じ気持ちだったのかとあなたに問いかけます」

 

ミサカは予想外の真守のエゴ的な発言に、瞳を揺らす。そんなミサカを見て真守は微笑んだ。

 

「そうだぞ。生まれたてのお前たちにはまだ分からないだろうが、人間はエゴで動くんだ」

 

真守の言う通り、人間はエゴでできている。

それは自分を存続させたいという生存本能からくるものだ。

誰も彼もが自分のエゴに基づいて動くだけで、結果的にそれが誰かを救うだけなのだ。

だが彼女たちはそれが理解できないだろう。

学習装置(テスタメント)の刷り込みしか知らない生まれたばかりで無垢な彼女たちは、真守が知る人間の本質であるエゴというものが分からない。

だからこそ真守は軽やかに告げる。

 

「上条はお前を一人の女の子として助けたかった。美琴はDNAマップを利用されたから実験を止めたかった。私はただ気に入らなかった。……個人の気持ちなんてそんなもんだ。誰だって自分勝手なんだ」

 

「自分勝手……それが、人間とでも言うのですか?」

 

「そうだ。そしてお前たちも自分勝手になっていいんだ。だって同じ人間なんだから」

 

ミサカはそれを聞いて熟考してから一つ頷いた。

 

「ミサカたちは殺されるために造り出されました。ただそれのみが存在意義であり、生み出された理由でした。それがなくなった今、ミサカたちは自分勝手に生きていいと。そう言っているのですか?」

 

「自分勝手、という言葉は少し言い方が悪いな。なんでもやっていいワケではないし、人間として生きていくために必要な最低限の秩序とかいうヤツは守らなければならない。それだけ頭に入れて、お前たちは行きたいところに行って帰りたいところに帰ればいい。そうやってお前たちは穏やかにゆっくり過ごして生きればいいんだ」

 

「穏やかに……」

 

真守の言い分に引っかかるところがあったのか、ミサカは呟いた後に真守へと問いかけた。

 

「穏やかに生きるとはどういったものでしょうか、とミサカは問います。ミサカは実験のために存在していましたから他の生き方を知りません。ですから穏やかな生き方がどういったものなのか、あなたに提示してもらいたいです、とミサカはお願いします」

 

「……そうだな。お前は何か好きなことがあるか?」

 

「好きなこと?」

 

真守はそのお願いを聞いて少し考えてからミサカに問いかけるとミサカはオウム返しした。

 

「簡単に言えば好きな食べ物とか。飲み物とか。そういう好みとか、これまでお前たちが経験した中で印象的だったことはあるか?」

 

ミサカは真守の問いかけに考える。

これまで妹達(シスターズ)にとって印象的だった記憶をミサカネットワークで検索をかけ、ゆっくりと精査してからミサカは口を開いた。

 

「……ミルクティー。外に初めて出た時の世界の美しさ。お姉さまと一緒に食べたアイス、苺ショートケーキ。それとお姉さまからもらった缶バッジです」

 

真守はミサカの印象的だったミサカの『すきなこと』を聞いて微笑んだ。

理路整然と思考を組まれた彼女たちにも、やっぱり人間らしさはある。

人間として生まれたのだから、どう教えられようと人間として生きられるのだ。

『人間』という枠組みにいることができれば、人間として生きていける。

 

真守はそこまで考えて、やっぱり自分が人から外れるのが怖くなった。

ぎゅっと手に力を込めてから真守はミサカに笑いかけた。

 

「そういう好きなものだけを日常に詰め込んで生きるって事が、穏やかに生きるってことだ。大丈夫だ。お前たちはこれからそんな人生を過ごせばいい。私はお前たちの命が使い潰されないように見守っているから」

 

「あなたは穏やかに生きていられていますか?」

 

ミサカの問いかけに真守は少し目を見開いた。

その問いかけのために真守は自分がこれまで進んできた道、これから避けては通れない道について考えて、素直に自分の心境を吐露した。

 

「……私の置かれている状況はお前たちより複雑だから穏やかとは言えないな。でも私は好きなものに囲まれて生きているよ。守りたいもの。大切なもの。かけがえのない人とか思い出とかものとか。私がこれまで得てきてかけがえのないものたち全てが宝物だ。そこにはもちろんお前たちだって入っている」

 

真守が優しく微笑むとやはりミサカは無表情だが、戸惑った様子だった。

自分にとってかけがえのないもの。──人々。

自分が命を賭けて守り抜きたい少女、源白深城。

深城を目覚めさせられなければ殺すと脅したのに、脅した真守の事も患者として診てくれて、親身になって治療してくれている冥土帰し(ヘブンキャンセラー)

病院でお世話になった人たち。

初めて学校に通ってできたクラスメイトや友達。

 

そして何があってもそばにいてくれると約束してくれた垣根帝督。

 

「かけがえのないものがあるから私は苦しくても頑張れる。穏やかじゃなくても生きていける。お前たちはまず体を調整し、体調を万全にしてからかけがえのないものを見つけるんだ。そしてゆっくり穏やかに暮らしていけばいい」

 

真守が微笑んで告げると、ミサカはそこで綺麗に頭を下げた。

 

「ありがとうございます。参考になりました、とミサカは妹達(シスターズ)全体からの感謝を代表してあなたに伝えます」

 

「お前たちは私が示した生き方に(じゅん)じなくてもいい。これを参考にして生きたいように生きるんだ」

 

「はい。では失礼します、とミサカは頭を下げながら退出します」

 

ミサカは真守の優しさにそっと瞳を細めてからそう告げて部屋から出ていった。

 

「キミは僕の患者だ。一人でなんでも背負わなくていいんだね?」

 

真守がミサカが出ていった扉を見つめていると、冥土帰し(ヘブンキャンセラー)が真守をまっすぐ見つめたまま微笑んだ。

自分の重荷を冥土帰し(ヘブンキャンセラー)が一緒に背負ってくれようとしているだけで真守は幸せで、その幸せを噛み締めながら真守は冥土帰しに向けて微笑んだ。

 

「ありがとう、先生」

 

「そこに付けこんで悪いんだけど、そろそろ普段の食事のメニューを変えるのはどうかな?」

 

「う。………………分かった。ちょっと変える……」

 

ダメもとで言ったのに真守が了承したので冥土帰し(ヘブンキャンセラー)は少しだけ目を見開いた後、真守が少しずつ前進している事が微笑ましくて嬉しそうに目を細めた。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

「上条、具合はどうだ? ……って、お前退院するのか?」

 

真守が冥土帰し(ヘブンキャンセラー)との話が終わって病院の廊下を歩いていると、松葉杖を突いて入院着から普段着に着替えた上条が前を歩いていた。

 

「入院費がバカにならないからさー。インデックスも腹ペコで噛みついてくるし……」

 

「……何度かあの子がご飯食べたいって私の下に来たが、お前はやっぱり噛みつかれてたのか…………」

 

真守は遠い目をしたまま上条当麻に哀れみの目を向けて呟く。

 

「で? 歩いているようだが具合の方はどうなんだ?」

 

「今回は全身打撲と全身筋肉痛だけだからな。そこまでじゃねえよ」

 

「それは常人だったら重傷で、私はお前の基準が日々おかしくなっていくのが心配なんだが」

 

真守が白い目を向けていると上条は躊躇いがちにも問いかけてきた。

 

「……なあ、朝槻。一方通行(アクセラレータ)はどうした?」

 

真守は薄く目を開いてから一方通行(アクセラレータ)を想って微笑んだ。

 

「……あの子も妹達(シスターズ)と一緒で、周りからミサカたちがモルモットだって教え込まれて実験してたからな。妹達が人間だって言われて罪の意識に(さいな)まれているが、私があの子に寄り添う。一人で悩ませない。……でも、ちょっと器の小さい男がいてな。ソイツが機嫌を損ねるから色々と面倒なんだが、絶対にあの子を一人にはしないよ」

 

「? なんかよく分かんねえけど、お前も大変なんだな。頑張れよ」

 

真守が目を泳がせて垣根のことを思い出していると上条は首を傾げながらも真守を元気づけてくれた。

 

「うん。お前も気を付けて帰れよ」

 

「ああ、じゃあな」

 

松葉杖を慣れた様子で突いて歩き出す上条に、怪我に慣れられても困る、と思いながらも真守はぼそっと呟く。

 

「私の課題ちゃんとやれよ」

 

真守の言葉にピタッと止まって上条はギギギーっと首を動かして振り向き、真守を見つめた。

 

「……あの、入院してたので免除とか」

 

「ダメ」

 

「スパルタ教育ぅー!!」

 

上条は叫びながら松葉杖を先程よりも早く突いて去っていく。

 

(あれだけ元気なら大丈夫そうだな)

 

「──朝槻さん!」

 

クスクスと笑っていると唐突に名前を呼ばれたので、真守は振り返った。

 

「美琴、どうした?」

 

振り返るとそこにはやけに気合の入った美琴がいて、真守は怪訝に思って小首を傾げた。

 

「その……朝槻さん忙しそうでお礼渡せてなかったから……これ!」

 

美琴は手に持っていた紙袋の内、一つを真守に差し出した。

 

「……ありがとう。開けてもいいか?」

 

真守が美琴に断りを入れてから紙袋を開けるとラッピングされた小さなカゴの中に数種類のクッキーが入っていた。

 

「その……あ、あのバカがクッキーは手作りが良いとか言うから! 渡せなかった朝槻さんへのお礼も一緒に作ったんだけど……あ、ついでとかじゃないのよ!? あのバカが無理にねだってくるから仕方なく……」

 

「嬉しい」

 

しどろもどろで言い訳をする美琴を見ずに、真守は紙袋の中に入ったクッキーを見つめながら微笑して明るい声を出した。

いつもよりも明らかにテンションが上がっている真守を見て美琴は思わず固まってしまった。

 

「私、誰かに手作りのお菓子貰ったの初めてだ。だからとっても嬉しい。ありがとう、美琴」

 

真守が周囲に花を咲かせるような幸せそうな笑みを浮かべたので、美琴はそれを見て決意した。

 

(これから何かあったら朝槻さんにお菓子作ってあげよう。仕方ないからあのバカにもおすそ分けしてあげよう。そう、仕方なく!)

 

「あ。そういえばついさっき上条は退院したぞ」

 

美琴が心の裡でそう決意しているのを知らずに、真守は上条が去って行ってもういない方を見つめながら美琴にその事実を伝えた。

 

「え!? なんであのバカあの傷で退院したのよ!?」

 

「入院費がかさむから。苦学生には厳しいもんな」

 

真守が苦学生の事情を伝えると、美琴は顔をしかめっ面にして呟く。

 

「……それならそうと言ってくれれば、お礼で入院費くらい出したのに……」

 

「そこまであいつも甘えられないだろ。それに年下に養われるって結構こたえるぞ?」

 

真守が拗ねた美琴を見てくすくすと笑っていると美琴はそれもそうか、と納得するように頷いた。

 

「でもさっき出たからすぐに追いつけると思うぞ。まあ、どうせ上条の学生寮知ってると思うがな」

 

「べっ! 別にあのバカの学生寮知ってようが知らなくても追いつけるわよ!?」

 

美琴が顔を真っ赤にしながら叫ぶので、真守はくすくすと笑った。

 

「そうか。じゃあさっさと行け」

 

美琴は楽しそうな真守を見つめながら唸るが、こほん、と咳ばらいをして姿勢を正した。

 

「朝槻さん、本当にありがとう。助かったわ」

 

「うん。また困ったことがあったら言えよ、美琴」

 

「…………ありがとう」

 

真守は美琴に手を上げて挨拶してから美琴から貰ったクッキーが入った袋を大事に抱え直して微笑むと、隣に浮かんでいた深城が声を掛けてきた。

 

『真守ちゃん、手作りのクッキー嬉しいねえ』

 

「うん。早く食べたいから病室行こう」

 

真守が嬉しそうにはにかみながら告げると、深城も笑顔で頷いて二人は病室へと向かう。

 

『真守』

 

真守が病室の扉を開けると、ぶーんと白いカブトムシが飛んできた。

 

「垣根。帝兵さんこっちに寄越したのか?」

 

『ああ。ここに連絡用として一体置いてく。何かあったら言え。……つーかそのあだ名、定着しちまったのか…………』

 

『えー! カブトムシさんから声がするー!!』

 

真守の問いかけに答えた垣根が最後にぼやいていると、深城が真守の右肩にしがみついたカブトムシを興味深そうに見つめながら声を上げた。

 

「あ。そうか、深城には分かるのか。これ垣根。垣根が喋ってる」

 

『えーっそぉなの!? ていへいさん? で、垣根さんとお話しできるの!?』

 

『……源白深城がそこにいるのか?』

 

真守が虚空へと話しかけたので、垣根は真守にしか見えていないAIM思念体の源白深城を即座に思い出して、真守に訊ねる。

 

『そぉなの! 初めまして垣根さん! うわー真守ちゃん以外の人とお話するの久しぶり!』

 

「深城がはじめましてだって。垣根と話ができてすっごく喜んでる」

 

『……そうか。生身の人間が認識できないだけでデータとかに通せば源白深城は人間を認識できるんだっけな』

 

真守が間に入って垣根に深城の言葉を伝えていると、深城がおーっと声を上げて感心する。

 

『そぉなんだよ! 垣根さんよく知ってるねえ! えらいえらい! 良い子さんだぁ!』

 

「深城、良く知ってるね、イイコイイコって垣根のこと褒めてる」

 

『イイコって……ああ、そうか。上から目線で普通にムカついたが、そういえば源白深城は一八歳で俺より年上だったな』

 

『ねえねえ垣根さん! 聞きたいことがあったの!』

 

本体の成長が停まってはいるとは言え、深城は一八歳で自分より年上だった事を垣根が思い出していると、深城がやけに騒ぎ立てた。

 

「深城が垣根に聞きたいことがあるって」

 

『なんだ?』

 

 

『垣根さんは真守ちゃんのどこが好きになったのぉ?』

 

 

「は!?」

 

興味津々で目をきらきらと輝かせる深城の質問に真守は思わず声を上げた。

 

『ねえ真守ちゃん! 垣根さんに聞いてー? だってずぅっと一緒にいてくれるんでしょぉ? 真守ちゃんから片時も離れたくないんでしょぉーねえ聞いて!』

 

「ちょっ……ばっお前っ! 私がそれを直接聞かなければならない事に関してお前はどう思う!?」

 

カブトムシの向こうで慌てふためく真守に首を傾げている垣根の前で、真守は頬を赤く染めて深城に詰め寄る。

 

『愛されてる証拠が聞けるからいいじゃない!』

 

「あぃ……っ!?」

 

真守は深城の爆弾発言によってかぁーっと顔を真っ赤にした。

 

「うー…………っ深城のバカ! ばかばかばかばか……っ!」

 

『あはは。真守ちゃん真っ赤になってくぅあわいいー!』

 

真守が顔を真っ赤にして触れられないのに深城へと手を伸ばすと、深城は嬉しそうに笑って宙を泳いで逃げ回る。

 

『……真守、大丈夫か……?』

 

「大丈夫じゃない! 深城がっ! 深城がバカなこと言うからっ!」

 

垣根に深城は見えないのに、真守は思わず深城を指さして叫ぶ。

 

『……そのバカなことってのはもしかして色恋の話か?』

 

カブトムシ越しの垣根の問いかけに真守はピシッと固まった。

真守はふるふると小さく震えた後、羞恥心で瞳を潤ませて呟く。

 

「…………………………そうだから、きかないで…………」

 

『………………おう』

 

源白深城にからかわれているのは分かるが、どんな風にからかわれているのか分からないので下手なことが言えない垣根は返事だけした。

 

『えー何々真守ちゃーんっ。垣根さんに色恋の話をしてるってバレちゃった~?』

 

真守は顔を真っ赤にして涙目になったまま、ニマニマ笑って上から覗き込んでくる深城を見上げた。

 

「………………………………いじめないで、みしろ」

 

『ぐはっ!!』

 

真守が今にも泣きそうな声で深城を見上げて懇願すると、深城は胸を銃で穿たれたように胸を抑えた後、空気に解けるように消えていった。

 

「……………………悪は、去った」

 

『…………そうか』

 

スン、と鼻を鳴らして深城を撃退した事を垣根に報告すると、垣根は『スクール』のアジトの一室で真守にカブトムシ越しにそう伝えた。

垣根も真守の反応で顔を赤らめており、それを隠すように顔を片手で(おお)っていた。

 

「……かわいすぎんだろ…………」

 

垣根がぽそっと呟くと、丁度報告にきた誉望が部屋に入ってきたので、垣根は無言で部屋の中に待機させていたカブトムシを誉望に向かって放ち、部屋から追い出した。

 

追い出された誉望が心理定規(メジャーハート)に垣根の様子がおかしいと告げると、心理定規は誉望に急かされて垣根の様子を見に行った。

扉を薄く開けて垣根の様子を伺うと、垣根は心理定規(メジャーハート)ですら見た事のない表情をしていた。

気味が悪くなった心理定規はそっと扉を閉めてから明らかに動揺している誉望の下へと向かった。

 

「……どうでした?」

 

垣根の機嫌で自分の具合が左右される誉望はハラハラとした様子で心理定規(メジャーハート)に訊ねる。

 

「アレは恋(わずら)いよ」

 

「恋!? 誰に!?」

 

誉望は垣根に春が来た事が信じられなくて悲鳴に似た驚きの声を上げると、心理定規(メジャーハート)は腕を組みながらため息を吐いた。

 

「一人しかいないじゃない」

 

誉望はそこで頭を回転させて該当する一人の人間を思い浮かべる。

 

「……ああ。朝槻さんスか。…………でも垣根さんが恋って……ええ……」

 

誉望が現実を受け入れらずに全力で引いていると、心理定規(メジャーハート)も若干引いているらしくぽそっと呟く。

 

「それも結構な重傷ね。心の距離がほとんどゼロに近い。もう一心同体よ」

 

「そんなに!?」

 

自分のトラウマ製造機である垣根帝督が恋に悩むお年頃だという認識が上手くできずに、誉望はくらっとめまいがしてしまい、血の気が引いて顔が真っ青になる。

 

 

その後しばらく誉望は垣根に会うと垣根の恋(わずら)いを思い出してしまい、サーっと血の気が引いていくようになってしまった。

会う(たび)に顔が真っ青になる誉望に、垣根は怪訝な視線を毎回向けていた。

 




早速弄られる真守ちゃん。
真守ちゃんが後押ししてくれたので美琴はクッキーを上条に渡せました。
食べ物と聞くとインデックスが飛んでくるのでその後はお察しできるかと……。

これにて絶対能力者進化計画篇は後日談含めて終了です。
これからも更新続けていきますので新章もよろしくお願い致します。




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革命未明篇
第四〇話:〈神罰匹敵〉の所業


第四〇話、更新します。
次は九月一九日日曜日です。
──革命未明篇、開幕。

※三五話の題名の意味が季節と合わなかったので変更しましたが、内容に変更はありませんのでご了承ください。


(ん? この強力な発電系能力者のAIM拡散力場って、美琴じゃないか?)

 

第三新病棟の私的研究室から病室に戻る途中で、真守は強いAIM拡散力場を感じ取って首を傾げた。

気になった真守はAIM拡散力場を追って歩き、曲がり角からひょこっと顔を出す。

するとやはりそこには美琴がいて、廊下にある待合用のソファに座っていた。

美琴の隣には黒髪の少女が座っており、真守はその少女にどことなく見覚えがあった。

 

「美琴、どうした?」

 

あからさまに気落ちした重い空気を感じて真守が心配して二人に声をかけると、真守に気づいた美琴と少女は同時に顔を上げた。

 

「あ、朝槻さん」

 

美琴が真守の登場に目を見開くもやはり元気のない声で呟く。その隣で黒髪の少女が目をぱちぱちと瞬かせた。

 

「この人が消えた八人目の超能力者(レベル5)なんですか? 推進システム研究所で会った……?」

 

「あ、うん。佐天さんは二度目よね。そう、朝槻真守さん」

 

美琴が佐天と呼ばれた少女に真守の紹介をする中、真守はどことなく見覚えがある少女を見つめて記憶を探り、そして思い出して声を上げた。

 

「……ああ。お前、そう言えばテレスティーナと敵対した時に一緒だったな。自己紹介が遅れてごめん。初めまして、朝槻真守だ。よろしく」

 

「あ、ハイ。佐天涙子です。よろしくお願いします。……うわ、都市伝説の消えた八人目だ、本物だぁ……」

 

真守が挨拶すると佐天は感激した様子で真守をじっと見つめる。

 

「お前、私の都市伝説知ってるのか?」

 

真守が訊ねると自称、都市伝説ハンターの佐天は目をキラッキラと輝かせる。

 

「はい! あらゆるエネルギーを生成する消えた八人目の超能力者(レベル5)流動源力(ギアホイール)! 黒猫のように優美であり、それでいて不吉。遭遇すると『不幸』になる……! って、あたしも不幸になっちゃうんですか!?」

 

佐天は真守の都市伝説をすらすらと告げてからハッと息を呑んで真守を見上げる。

真守は佐天の反応に困ったように顔をしかめ、美琴は佐天の都市伝説好きに苦笑していた。

 

「不幸になるのは私を襲ってきて私に撃退される不良なんだ。外見が黒猫に似てるから遭遇したら誰も彼もが不幸になるとか噂されているが、私はそんななりふり構わず人を襲わない。まったく、良い迷惑だ」

 

「なるほどね。確かに朝槻さんに会った不良はみんな不幸になるわね」

 

真守が不愉快そうに眉を顰めると、真守の強さが身に染みている美琴は思わず苦笑する。

 

「お前たちはなんでこんな夜遅くに病院にいるんだ?」

 

自己紹介が終わったので真守が最初から思っていた疑問を口にすると、美琴と佐天は顔を合わせてからここ数日の出来事を話し始めた。

美琴たちが数日前に公園で見つけた置き去り(チャイルドエラー)の女の子、フェブリ。

馴染みの施設に引き取ってもらうまで美琴たちが一時的にお世話をしていたのだが、その子が原因不明の高熱を出してしまった。

その処置のために病院に行ったが、設備が整っていないと言われ、その病院からこのマンモス病院を紹介されて運び込まれたらしい。二人はその付き添いというわけだ。

 

「それは心配だな。でも先生に任せておけば問題ない。あの人は生きてさえいればどんな命をも救ってくれる人だ。だから少し気を抜いた方が良い。その子が元気になる前に、お前たちが疲れてしまうぞ」

 

「そんな凄い先生がいるんですか?」

 

真守が得意気に呟くと佐天が目を見開いて真守に問いかけた。

 

「うん、私の主治医だ。カエルに似ているからカエル顔の医者だとか呼ばれるが、とっても有名な人だ。だから大丈夫」

 

「……うん。あの人なら安心よね。そうよ、大丈夫だわ…………」

 

真守が冥土帰し(ヘブンキャンセラー)を手放しに褒めると、美琴が歯切れの悪い言い方をした。

元気づけたのに相変わらず暗い様子の美琴が気になって、真守は怪訝な表情で目を細めた。

 

「美琴、お前大丈夫か?」

 

「……ええ。問題ないわ」

 

どう見たって思い詰めているのに気休めだとあからさまに分かる反応を美琴がするので、真守はムッと口を尖らせる。

御坂美琴は『絶対能力者進化(レベル6シフト)計画』で思い詰め過ぎてしまって、自分の命を投げ出そうとした前科がある。

真守は美琴に近づくとそのおでこにデコピンを食らわせた。

 

「いたっ! い、いきなり何すんのよ……っ!」

 

「美琴。お前は思い詰める癖がある。お前にそんな顔は似合わない。私にお前の生き様を見せてくれるんじゃなかったのか?」

 

美琴は真守のぶっきらぼうな言葉に目を見開く。

真守は美琴に『絶対能力者進化(レベル6シフト)計画』の時に『闇を知っても陽の光の下で暮らしていけると自分に示して欲しい』と告げた。

 

表の世界にいたのに『闇』に引きずり込まれてしまった美琴が表の世界でこれからも穏やかに生きていくという生き様は、新たな『闇』との付き合い方なのだ。

美琴のこれから進む道に非常に価値を感じた真守は、美琴にその生き様を見せてほしいとお願いした。

 

そんな美琴が『また「闇」が関わっているかもしれない』と気落ちしている姿は『闇』に負けてしまっているようなもので、真守はそれが非常に気になった。

美琴にはどうか絶望しないで頑張って欲しい。

 

そんな真守の想いを理解した美琴は柔らかく微笑むと、気分を入れ替えるために小さく頷いてからいつもの強い意志を瞳に宿した。

 

「ええ。分かってるわ、そんな事」

 

いつもの美琴に戻った姿を見て、真守はそれでこそ美琴だと言わんばかりに頷いた。

 

「良かった。……お前たちがフェブリが心配で緊張する気持ちは分かるが、緊張しっぱなしだと疲れるぞ。飲み物奢ってやるからそれで一息つくと良い」

 

「え? い、いいですよ! そんな!」

 

佐天がほぼ初対面の真守に遠慮すると、真守は既に歩き始めながら首だけで動かして二人を見つめて微笑んだ。

 

「年上には甘えておけ、中学生?」

 

真守はそれだけ告げると、手を挙げて去っていく。

 

「やっぱり、かっこいい人ですね……」

 

「うん、本当に。……やっぱり?」

 

佐天の呟きに美琴は心の底からしみじみと告げたが、佐天の言葉に首を傾げた。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

佐天と美琴が自分の話をしているのを知らない真守は、ただ淡々と自販機へと向かっていた。

 

『真守ちゃん』

 

真守が歩いていると、深城が突然現れて真守に並走して宙を泳ぐ。

この時間、本来ならば深城は学園都市の夜を駆け回っているはずで、深城が病院内にいるのは珍しかった。

 

『なんかね。さっき不思議な子が病院に入ってきたの。綺麗な金髪に紫色のおっきなまん丸な瞳をぼうっとさせててね。あ、それとかわいいゴスロリ着てたの』

 

「……待て。お前に認識できる人間だと?」

 

深城の言い分に真守は怪訝な表情をして深城を見上げた。

源白深城は朝槻真守以外の人間を認識できない。

その場に誰かがいることは分かるが、それが誰だか分からない。

映画などの一度データにされた映像などの人物は理解できるのだが、生身の人間の容姿が分かるなんて本来あり得ない事だ。

 

「その子は一人で来たのか?」

 

『ううん、服装からして女の子かな? その二人が付き添ってたよぉ』

 

真守は女の子二人、と言われて美琴と佐天を思い浮かべる。

 

「じゃあフェブリって子か」

 

『フェブリちゃんって言うのぉ? その子、純粋な人間じゃないよ』

 

「……は?」

 

真守は深城の爆弾発言に首を傾げた。

 

『分かるよぉ。帝兵さんと一緒! 不思議なんだけど、分かるんだよねえ』

 

帝兵さん。それは垣根が未元物質(ダークマター)で造り出した人造生命体群のカブトムシの事だ。

それと一緒だと深城は言う。──つまり。

 

「……誰かが造ったって事か?」

 

『うん。そうだと思うよお』

 

真守が問いかけると、深城は曖昧な表現を使いながらも確信を持って告げた。

 

「……人造物? じゃあ先生に治せない。あの人は人間専門だからな。誰かが意図的に造ったものは設計図がないと分からない」

 

『じゃあ心配だねえ。人造物って言っても命があるから』

 

顔をしかませた真守の周りを、深城はくるくると回って心配する。

 

「うん。ジュース買ったら先生のところに行ってみる」

 

真守は深城の話を聞いてとりあえず冥土帰し(ヘブンキャンセラー)に話を聞こうと思って自販機へと早足になって向かった。

 

 

 

 

──────…………。

 

 

 

真守がジュースを二つ適当に買って美琴と佐天のいる廊下の待合い用のソファの前へと戻ると、初春飾利と白井黒子が二人に合流していた。

 

「増えてる」

 

真守が正直な感想を口にすると、白井と初春が気が付いた。

 

「あら。朝槻さんですの、こんばんは」

 

「どうしてこちらに?」

 

白井が挨拶をして初春が疑問に思って首を傾げるので、白井は初春の疑問に答えた。

 

「初春には言ってませんでしたね。朝槻さんはこの病院に入院してますの」

 

「え、どこかお体が悪いんですか?」

 

初春が心配して真守を見つめるが、真守は首を横に振ってから初春を安心させるために微笑む。

 

「ちょっと内臓器官が弱いだけだ、問題ない。……二倍に増えたからジュースが足りないな。もう二本買ってくるからこれ持ってろ」

 

真守は手に持っていた缶ジュースを黒子に向かって二本連続ひょいひょいっと投げる。

 

「わわっちょ、ちょっと! 突然投げないでくださいまし!」

 

「待ってろ」

 

慌てて受け取る白井を見て、真守はフッと微笑みながら身を(ひるがえ)して、二度手間になっても文句など言わずにもう一度ジュースを買いに行った。

 

「……気遣いが自然過ぎて引き留められませんでしたの」

 

「最初は気難しい方かと思っていましたが、優しい方ですよね。やっぱり人は見かけにはよりませんね……」

 

白井をちらちらと横目で見つめながら初春が呟くので、白井はその様子が気に障ってムッと口を尖らせて初春を見た。

 

「ちょっと、なんでわたくしを見つめながらしみじみ言いますのよ」

 

「いやあ、なんでもないでふよいへへへー」

 

初春が笑ってごまかして曖昧に返事するので、白井はその返事に怒って初春の頬を(つね)る。

そんな様子を佐天と美琴は苦笑いをしてみていた。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

真守は四人にジュースを買い与えると用事があると言い、その場を離れて冥土帰し(ヘブンキャンセラー)の下へ向かって診療室に入った。

 

「先生、単刀直入に聞きたい。フェブリは人造物だな?」

 

「おや? なんで分かったんだい?」

 

真守の率直な問いかけに冥土帰し(ヘブンキャンセラー)は当然の反応をした。

 

「深城が認識できたんだ。それで分かった」

 

真守の言葉に冥土帰し(ヘブンキャンセラー)は薄く目を見開いた後、深城の言い分に正当性が見られて一つ頷く。

 

「成程、深城くん経由か。深城くんの言う通り、あの子は人造物だ。高熱の原因は体内に毒素が溜まったからで、その毒の中和用に普段飴を舐めているんだね? でも何らかの要因で飴を舐めるのをやめてしまって毒素が体に溜まった結果、高熱が出てしまったんだよ?」

 

「……それは首輪か? それともそういう()()か?」

 

人造物を管理するためか、元々の性能故にそうなっているのかと真守が問いかけると、冥土帰し(ヘブンキャンセラー)はフム、と一つ頷いてから答えた。

 

「それは設計者に問い詰めないとそれは分からないね?」

 

「学園都市の人造細胞研究は人間が干渉できないものに干渉できるようにするなど、人間の限界を超えるための研究が主流なハズだ。等身大の人間、つまり人造人間を造り上げる研究は聞いた事がない。……それでも一応、手持ちの『知識』で類似する技術があるか確認したい。フェブリのデータをくれ。体内構造のデータは勿論、ひと通り調べただろう?」

 

最近の学園都市の人造細胞研究の主流を真守が簡潔に説明してから冥土帰し(ヘブンキャンセラー)にデータを要求すると、冥土帰しは机の上に置いてあったタブレット端末を差し出してきた

 

「キミならそう言うと思ったよ? この端末に転送済みだね?」

 

「ありがとう、先生」

 

真守は冥土帰し(ヘブンキャンセラー)が差し出した端末を手に取って操作する。

表示されたデータを高速でスクロールさせ、真守は頭の中の『知識』と照らし合わせていく。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

真守は翌朝、フェブリが入院している部屋へと入った。

 

「あ、朝槻さん。フェブリ、元気になりましたよ!」

 

佐天が元気よく声を上げるので、真守は一つ頷いて佐天のその言葉に応えた。

佐天の言葉に真守はそうやって反応した後、ベッドの上に座って飴を(くわ)え、指に装着したピンクのカエルの指人形で遊んでいるフェブリに近づいた。

 

「ねこみみ?」

 

フェブリは真守の猫耳ヘアを見上げて小首を傾げる。

真守はそんなフェブリに目線を合わせると、柔らかく微笑んだ。

 

「初めまして、フェブリ。私は真守、朝槻真守だ」

 

「まもり?」

 

フェブリが自分の名前を聞いてオウム返しするので、真守はフェブリの頭を撫でながら微笑む。

 

「そう、真守。お前のそばにいる美琴お姉ちゃんたちと友達だ」

 

「そうなの? よろしくね、まもり!」

 

フェブリは真守に頭を撫でられて気持ちよさそうに目を細めながら微笑む。

真守はフェブリの長い金髪を()かすように撫でてから手を離した。

 

「私は美琴お姉ちゃんと話があるから、また今度な」

 

「うん。ばいばい」

 

フェブリが手を振るので真守は手を挙げてその挨拶に応えて、振り返って美琴を見た。

 

「美琴、というワケでちょっと来い」

 

「え、あ。うん!」

 

 

 

──────…………。

 

 

 

真守は美琴を呼んで病室から出ると、美琴に一言も声をかけずに冥土帰し(ヘブンキャンセラー)の下へとただ淡々と向かった。

美琴は冥土帰しの姿を見ると、駆けよって綺麗にお辞儀をした。

 

「先生! ありがとうございました」

 

「いや。僕は何もしていないね?」

 

「え?」

 

冥土帰し(ヘブンキャンセラー)の言葉に美琴は驚いて頭を上げながら声を漏らす。

 

「美琴。単刀直入に言う。あの子は人間じゃない」

 

「人間じゃない……? え、だってあの子は……一体、どういう事?」

 

美琴が動揺する中、真守は(さと)すようにゆっくりと告げた。

 

「フェブリは人間じゃない。お前の体細胞クローンであるミサカたちとも違う。あの子は一〇〇%、科学的に造られた人造物だ」

 

「……人工的に造られた人間って事?」

 

「その認識で間違っていない」

 

真守が美琴の理解が合っていると肯定すると、美琴は目を見開いて叫んだ。

 

「そんな、まさか。そんなことないわよ……!」

 

「そうだね? 常識的に考えればあり得ない話だ。だが人は時として常識を飛び越えようとする。キミには。……いいや、キミたちには理解できるだろうね?」

 

冥土帰し(ヘブンキャンセラー)が研究者たちの悪意なき探求をそれとなく(ほの)めかしたので、それに怒りを覚えた美琴はギリ、と奥歯を噛み締める。

 

「フェブリのあの反応からして、自分が普通の人間ではないという自覚があの子にはないと思う。だがあの子の体を構成しているタンパク質は自然界に存在しないものなんだ。……見た目も機能も、私たちと違う点は全く見受けられない。だがあの子が新陳代謝をすれば、とある毒素を一定量生み出してしまうんだ」

 

「毒?」

 

美琴がオウム返しするので冥土帰し(ヘブンキャンセラー)がつらつらと説明する。

 

「うん。僕が見た限り、蓄積された毒は放っておけば内臓の機能不全を引き起こして、最悪死に至るね?」

 

「あの子が!? でも今あの子は元気になったわ!」

 

冥土帰し(ヘブンキャンセラー)の医者としての宣告を聞いて美琴が叫ぶので、真守は追加説明をする。

 

「フェブリが舐めている飴。あれには特殊な成分が含まれていて、それが毒を中和してくれるんだ。この意味は分かるな?」

 

「じゃあ、あの飴がなくなったらフェブリは生きていけないって事?」

 

美琴がフェブリの現状を正しく理解した事を受けて、真守は話を先に進める。

 

「技術的な問題か、意図的な首輪か……いずれにせよ、フェブリの体を根本的な部分から『直す』事ができるのはフェブリを造った製作者たちだけだ」

 

「誰が……誰がフェブリを造ったの? なんのために!? またこの街の上層部がバカげた実験を始めたってことなの!?」

 

真守は興奮した様子の美琴に落ち着きを取り戻させるためにきっぱりと言い放った。

 

「その可能性は低いと思う」

 

「……どうして?」

 

美琴が断言した真守に問いかけると、真守はその理由を説明する。

 

「人造人間を作る理由がないからだ。学園都市は実験場で、学生は学園都市にとって研究材料だ。研究材料がたくさんいるのにわざわざ科学的に一から研究材料を造り上げる理由が上層部にはない」

 

真守の推察に続けるように、冥土帰し(ヘブンキャンセラー)は有益な情報を口にする。

 

「何年か前に科学的に人間を造り出す研究が進められていると僕は聞いた事があるよ? でも今の人造細胞研究の主流じゃないからいつの間にか噂を耳にしなくなってしまったがね? 当時、その研究には暗部が関わっていたんだね?」

 

「暗部?」

 

聞き慣れない単語に美琴が首を傾げるので、真守は勝手知ったる暗部の素性を説明した。

 

「学園都市には裏方の仕事を秘密裏に処理する闇の組織がある。それが暗部だ。『絶対能力者進化(レベル6シフト)計画』は上層部主導だが、上層部が主導せずとも暗部組織では様々な実験が行われている。フェブリを造ったのはおそらくそこら辺だろう。……暗部組織は上層部の意向を受けて動くところも多いから警備員(アンチスキル)が手を出せないんだ。だから手ごわい」

 

「そんな組織がたくさんあるの……?」

 

美琴が呆然としている前で、暗部で行われている研究に嫌気がさしている真守は忌々しそうに呟く。

 

「研究者は悪意なき探求にご執心だからな。お前は『絶対能力者進化(レベル6シフト)計画』の時に周りを巻き込まないように動いていたが、今回ばかりはフェブリの命に直結する。白井たちに話すか話さないかはお前に任せるよ。私はとりあえずフェブリのデータを精査してあの子の体の仕組みを調べてみる」

 

 

俯いたまま固まって動けない美琴に真守はそう宣言し、冥土帰し(ヘブンキャンセラー)に目配せをしてからフェブリに使われている技術を調べるために自分の研究室へと向かった。

 




真守ちゃんの都市伝説の由来の話がされました。





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第四一話:〈適材適所〉で救済を

第四一話、投稿します。
次は九月二〇日月曜日です。


「んー。人造細胞の主流から外れてるから見当たらないな」

 

真守はPC机にだらしなく寄り掛かってぐでーっと体を弛緩させて座っていた。

人工的に生み出されたフェブリの技術を探しているが、手持ちの『知識』の中にそれらしいものが一つもないので手ごたえが掴めず、行き詰まっているのだ。

 

『人造人間なんてマイナーな実験、俺も聞いたことねえな』

 

「そりゃそうだろ。私だって聞いた事ない」

 

真守は椅子に座り直して机に片肘を突いてから、机の上に乗っていた未元物質(ダークマター)で垣根が造り上げたカブトムシのツノをつんつん触りながら呟く。

どうやらこのツノは圧縮砲を撃ち出す砲身らしく本来ならばツノの先端を触るなど銃口に手を突っ込むような危険行為なのだが、真守は気にせずにつついていた。

 

『暗部組織の実験っつっても色々あるからな。俺だって有名どころしか知らねえ』

 

「有名どころ?」

 

真守がオウム返しすると垣根は淡々と告げる。

 

『「暗闇の五月計画」。一方通行(アクセラレータ)の演算パターンを植え付けて自分だけの現実(パーソナルリアリティ)を最適化、能力者の性能を向上させる、なんて言うイカれた実験だ』

 

真守は『暗闇の五月計画』の実験内容を聞いて目を鋭くさせる。

 

「その計画は今どうなった?」

 

『研究者全員皆殺し』

 

「……もうないのか。被験者はどうなったのだろう。大丈夫かな」

 

真守は『暗闇の五月計画』で被験者になっていた子供たちの事を想ってぶつぶつと呟く。

 

『「暗闇の五月計画」にまでお前は首突っ込むのかよ』

 

「──少し、よろしいでしょうか」

 

真守が垣根のぼやきに応えようとすると研究室の扉の向こうから声が聞こえてきた。

 

「いいぞ」

 

真守が入室を許可すると、妹達(シスターズ)の一体が扉を開けて入ってきた。

 

「失礼します、とミサカは頭を下げてから入ります」

 

口で言っているだけでまったく頭を下げていないミサカは黒猫を抱いたまま、真守の前までやってきた。

真守に気づいた黒猫がミー、と鳴くので真守はミサカから黒猫を受け取って膝の上に乗せると、その額をくすぐるように撫でる。

真守の猫の扱い方を参考にするために、ミサカは真守の仕草を全て記録してミサカネットワークにアップしながら口を開く。

 

「あなたがお調べになっているあの少女の事で話があってきました」

 

「ん? フェブリがどうかしたのか?」

 

真守が黒猫の背中を撫でながら告げるとミサカは、はいと返事してから切り出した。

 

「お姉さまにはもう話したのですが、昨日あの少女と深夜に少し話をしました、とミサカは事後報告をします」

 

「……それで?」

 

フェブリの情報が不足している今、ミサカからもたらされる情報は重要なものであると真守は感じて、視線を鋭くさせながら頷く。

 

「あの少女にはどうやら姉がいるそうなのです、とミサカは少女との会話を思い出しながら告げます。それと彼女の持つ知識にはその偏り方に一定のパターンがあるように感じられました」

 

「偏り方のパターン? ……お前たちと同じように学習装置(テスタメント)で知識を学習したという事か?」

 

「はい。学習の初期状態と似ています、とミサカは明言します」

 

学習装置(テスタメント)。……成程。肉体面(ハード)人格面(ソフト)で作り上げた人間が違うのか」

 

真守はミサカからもたらされた情報を基に思考する。

 

(そりゃそうだ。肉体面(ハード)人格面(ソフト)両方作りだせる研究者なんて早々いないからな)

 

真守が心の中で呟いていると、ミサカから何か迷っているような印象を受けて、真守はミサカを正面から見つめた。

ミサカは真守の視線を受けて、真守にギリギリ分かる程度に躊躇(ためら)いがちになって話し始める。

 

「彼女の人格面(ソフト)にはミサカと類似性が感じられます、とミサカは報告します。つまり彼女の学習装置(テスタメント)のプログラムを開発したのは、ミサカの時と同じ人物である可能性が高いのでは、とミサカは推測を述べます」

 

「同じ人物……? お前たちの人格の基礎を監修したのは布束砥信だったな。ソイツか?」

 

真守はミサカの推測に目を瞬かせてから『絶対能力者進化(レベル6シフト)計画』の概要に書かれていた人物の名前を挙げて小首を傾げる。

 

「はい、彼女で間違いないかと思います」

 

「布束砥信……確か『量産型能力者(レディオノイズ)計画』にはがっつり、『絶対能力者進化(レベル6シフト)計画』では初期のみに関わっていたハズだが、その人物が暗部でまだ活動していると?」

 

真守が問いかけるとミサカはその焦点が分散している瞳を少しだけ揺らした。

 

「彼女はミサカにミルクティーと世界の美しさを教えてくれました。願わくば、彼女にもう一度会ってお礼を言いたいです、とミサカはささやかな希望を口にします」

 

自分の意見を人格形成の際に押し殺すように設定されているミサカが希望を口にしたので、真守は柔らかく微笑む。

 

「そうか。その人はお前にとって大事な人なんだな」

 

「はい。彼女はミサカが穏やかに生きていくために大切なものをくれました、とミサカは告げます」

 

真守が以前に教えた生き方についてミサカが言及すると、真守はしっかりと頷いた。

 

「分かった。フェブリの技術を探していけば辿り着くだろうから、一緒に探ってみる」

 

真守は黒猫を抱き上げてミサカに返すと、ミサカは受け取ってからそっと目を伏せた。

 

「よろしくお願いします、とミサカは頭を下げます」

 

真守がミサカが扉を閉めるのを見送っていると携帯電話に着信があった。

表示されていたのは『御坂美琴』で、真守はその電話に出た。

 

「もしもし?」

 

〈朝槻さん。私、みんなに話したわ。だから一緒にやってくれる?〉

 

美琴の決心とお願いを聞いて、真守は通話越しなので美琴に見えないのに、しっかりと頷いた。

 

「もちろんだ。私はフェブリの製造技術について調べているが、そちらはどうなっている?」

 

〈初春さんはフェブリを造った人たちを探しているの。監視カメラが作動しなかったからシステムに侵入された可能性があるかもって。それと佐天さんがね、フェブリが生きるために必要な飴が作れないか考えているの。病院に行ったと思うから会ってくれるかしら?〉

 

「分かった。私のところに来られるように手配しておく。美琴、お前は一人で突っ走らなくていいんだぞ。お前には白井もいるんだから」

 

真守が釘をさすと、美琴は電話の向こうで一つ苦笑をしてから応えた。

 

〈……ええ、分かってる。朝槻さんも一緒にいてくれてありがとう〉

 

「うん。ではまた後で」

 

〈うん、じゃあね〉

 

真守は通話を切って携帯電話を机の上に置く。

 

『……暗部が関係しているから状況を見極めなきゃ表立って動けねえが、何かあったら言え』

 

真守が携帯電話を置くと、カブトムシが薄い羽を広げて伝えてきたので真守はカブトムシの頭を撫でながら微笑んだ。

 

「ありがとう、垣根」

 

真守が頭を撫でるとカブトムシが嬉しそうにヘーゼルグリーンの瞳をきょろきょろっと動かすので、それを受けて真守はにへらっと幸せそうに笑った。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

「失礼しまーす」

 

佐天は真守の研究室を訪れてそっと扉を開いた。

中は広く、資料が綺麗に押し込められた棚がいくつも並んでおり、そこら辺に無造作に資料が散らばっていた。

 

(うわ。超能力者(レベル5)の研究室ってこんなんなんだ……)

 

佐天が辺りを見回しながら心の中で呟くと、机の上にある六枚のマルチモニターにはそれぞれグラフやら資料やらを表示されており、真守はその前で高速タイピングをしてデータの分析を行っていた。

 

「もう少しで手が空くからそこにソファがあるから座ってくれ。……それと忠告しておくが、ここにある研究資料を外で漏らしたら色々と面倒事に巻き込まれるぞ。それが嫌なら見ない事をおすすめする」

 

「え」

 

真守は佐天の方を振り返るが、タイピングを止めずに佐天にそう忠告する。

そこら辺に散らばっている資料やら論文が危険極まりないものだと知って佐天は硬直する。

それでも真守に言われた通りにソファが二つ向かい合って並べられている一つに座った。

目の前のローテーブルにも資料が散らばっており、佐天は目のやり場に困って目を泳がせた後、モニターに視線を戻して真剣な表情をしている真守の横顔を見つめた。

 

消えた八人目の超能力者(レベル5)流動源力(ギアホイール)

御坂美琴が自分の家でクッキーを作っていた時に渡すと明言していた人。

美琴は随分と真守に世話になったらしく、真守の話をしている時は穏やかな笑みを浮かべていた。

 

(気難しいように見えるけど、御坂さんから話を聞いたり昨日の夜のこと考えると、とっても優しい人なんだよね。……力を持ってて、まったく攻撃が効かなくって。よく覚えていないけど、幻想御手(レベルアッパー)使って昏睡状態になっていた時に、あの人の強くて凛々しい力を感じた気がする)

 

佐天が胸の内でそう考えていると、真守は一息ついて佐天と話をするために椅子をくるりと回して振り返った。

 

「先に言っておこう。飴を作り出す事は一日二日ではできない」

 

「そう、なんですか?」

 

真守は分析のために自動で動いているモニターの一画面を見ながら呟く。

 

「飴の組成から分析しているが、分析の途中経過を見る限り自然界に存在しない物質が含まれている。まずはコレの精査が必要で、その後にも毒と、その中和に使われている成分の関係性も調べなくてはならない。それに加えて毒がどういったプロセスでフェブリの中で生成されるか、その毒に中和成分がどのように作用するかの確認など、一つ一つの課題をクリアしないと飴を作り上げるのは難しいな」

 

真守は分析データをマウスでスクロールさせながらつらつらと説明すると、佐天は顔をしかめて申し訳なさそうな顔をする。

 

「ええっと……専門的すぎてあたしにはちんぷんかんぷんなんですけど……」

 

「つまり飴の中和成分と毒の分析、それとその二つの因果関係を調べ上げなければ中和剤は作れないという事だ」

 

「なるほど、それなら分かります。やっぱり難しいんですね……」

 

佐天は真守の簡潔な説明に頷くが、すぐに表情を曇らせた。

 

「できない事はない。だが時間がかかるからこれは進めておくとして、私はフェブリの製造技術も調べてみる。数年前と先生が言ってたから(さかのぼ)るのは大変だが、なんとか見つけてみせる。だからお前たちは事件として捜査する方から探ってくれ。お前たちにしかできない事もあるしな」

 

「あたしたちにしかできないこと?」

 

佐天がオウム返しで訊ねてくるので、真守は力強く微笑んで告げた。

 

「フェブリはお前たちを信頼している。私は所詮ぽっと出で、あの子が本当に自分を守ってくれると信じている人間はお前たちだ。だからあの子の期待に応えてほしい。それ以外のフォローなら何だってする。だからお前にはお前にしかできない事を精一杯こなせ。私も、私にしかできない事を必ずやり遂げてみせる。それがフェブリのためになる。まあ簡単に言ってしまえば適材適所、というヤツだ」

 

佐天は真守の言葉に目を見開いた。

人はそれぞれ違う役割を持っている。

その役割を十全にこなせば、力を合わせて誰かを救う事ができるのだ。

 

「……はい!」

 

佐天はフェブリの下へと戻るために立ち上がって、真守へと頭を下げた。

 

「朝槻さん、ありがとうございました! あたし、行きますね!」

 

「道中気を付けて帰れよ」

 

「はい!」

 

佐天は元気な声を上げて満面の笑みを浮かべて駆け足で去っていく。

 

(真っ直ぐな子だな。佐天はきっとあの真っ直ぐな気持ちを誰にでもぶつけることができるんだろう。だからフェブリも心を許して信頼関係を築けたんだ)

 

真守は佐天が出て行った扉を見つめながら真守は心の中でそう呟きながら目を柔らかく細めた。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

真守は美琴が渡してきたルームキーホルダーのような紫色の四角柱のカプセルを貰って分析にかける。

 

(このカプセルの中身に含まれているAIM拡散力場。仮想物質化とでも言うべき状態になっているようだ)

 

真守がカプセルを見つめて自分にしか分からないエネルギーについて思考していると、カプセルの中に入ってた繊維状のものの分析結果がモニターに表示された。

 

「どう?」

 

「フェブリの体を構成している成分と同じだな。この形状から察するに髪の毛だ」

 

「フェブリの髪の毛が入っているの?」

 

美琴の問いかけに真守は他のモニターにデータを表示させて見比べながら呟く。

 

「いや、違う。フェブリのものじゃない。別個体……つまりミサカ一〇〇三二号がフェブリから聞いた姉のものである可能性が高い」

 

「やっぱりフェブリにお姉ちゃんがいるのね……」

 

美琴がミサカの話を思い出しながら呟くと、真守はモニターを見つめるのをやめて美琴を見据えた。

 

「それと、お前に伝えなければならない事がある」

 

「……何かしら?」

 

真守の真剣な表情に美琴が緊張していると、真守は一つ頷いてから真実を包み隠さず告げた。

 

「率直に言う。フェブリの所有する飴の量を考えて約七二時間でフェブリは死に至る」

 

「そんな……飴の成分分析は?!」

 

美琴が声を荒らげるが、真守は美琴のその様子に心を痛めつつも淡々と説明する。

 

「自然界に存在しない化学物質が使われているからな。分析が終了してもすぐには造れない。あの子を『直せる』人間はあの子を造った人間だけだ。フェブリの命は製作者が握っている。……大丈夫。探す手立てはあるから問題ない。少し時間をくれ。それでフェブリを救おう」

 

「……ええ」

 

美琴は真守から元気づけられるが、フェブリの命の危機が刻一刻と迫っている事を知って気落ちしたまま真守の研究室を去っていく。

 

『良いのか、言わなくて』

 

美琴が去った研究室で、カブトムシ越しに垣根が真守に声をかけた。

 

「私が一人で対処できそうだから大丈夫。それに美琴を仲間外れにしてるのではなく、役割分担というヤツをしているだけだ」

 

真守は垣根に自分の行動についてそう説明しながら、パソコンのモニターを切り換えて美琴に隠していた情報を映し出す。

『スタディコーポレーション』という企業と暗部組織『スタディ』。

真守は既に企業を隠れ蓑にしてフェブリを造り出した暗部組織に辿り着いていたのだ。

 

冥土帰し(ヘブンキャンセラー)から数年前に人造人間を造る噂を聞いた事があると聞かされたため、真守はこの数年間に学園都市で開催されたコンペにそういった研究計画が発表されていないかネットワーク上やデータベース内に片っ端にハッキングをかけて探していたのだ。

 

コンペとはコンペティションの事で研究費用を目的として支援者を探すための催し物で、研究計画をプレゼンテーションさせて競い合わせ、支援者が優劣を決めて研究費用を出資するか審査する場である。

人造人間を造る研究は人造細胞技術の主流から外れているため、コンペで支援者を募らなければ計画を推し進める事ができないはずだと真守は推察したのだ。

 

真守が検索にかけてヒットしたのは一件だけで、その名称は『ケミカロイド計画』。

安価に能力者を大量生産しようとするプロジェクトだ。

この論文を書き上げたのは有冨春樹という学生とその以下数名。

彼らの名前で検索をかけると、学園都市研究発表会、通称『学究会』の入賞常連メンバーだった。

有冨春樹はこの『ケミカロイド計画』を同志と共にコンペにかけたが上手く行かなかったため、『スタディコーポレーション』を立ち上げて自ら資金を調達し、『ケミカロイド計画』を実行した。

 

「『ケミカロイド計画』はとん挫寸前だった。なんせ肉体面(ハード)を用意しても人格面(ソフト)が造り上げられなかったからだ」

 

『だが妹達(シスターズ)の人格面を作り上げた布束砥信をヤツらが「闇」から買い取って、人格面(ソフト)を造り上げさせた。お前の話ではそういうからくりだったな』

 

「そう。だからこそフェブリとミサカたちの人格面(ソフト)が類似している理由に繋がるんだ。要はフェブリは妹達の疑似的な妹、というコトだな」

 

真守はパソコンを動かしてハッキングプログラムを使って『スタディ』の情報を暴く。

 

「というわけで布束砥信を助けて、フェブリの姉妹個体も助けて、それで『ケミカロイド計画』での人造人間製造技術もぶんどってくる」

 

真守は垣根にそう宣言して立ち上がると、垣根はカブトムシのヘーゼルグリーンの瞳を動かして真守に待ったをかけた。

 

『俺も行く。それで「スクール」として後始末つけてやる』

 

「え?」

 

真守が垣根の申し出を聞いて目を見開いていると、垣根は付け加えるようにカブトムシから呟かせた。

 

『お前が嫌がらなかったら、の話だが』

 

真守が『闇』の事を嫌っているから『闇』である『スクール』の手を借りるのを嫌がるかと、垣根は懸念(けねん)しているのだ。

真守は垣根の優しさに微笑みながら、とりあえず椅子にもう一度座り直す。

 

「確かに私は暗部組織があまり好きじゃない。でも垣根が不用意に人を傷つける人間じゃないって知ってるから、私のために垣根が力を使ってくれるのは嬉しいよ。でも『スクール』としては大丈夫なのか?」

 

『統括理事会直轄って言っても他の暗部組織との小競り合いなんてしょっちゅうある。「絶対能力者進化(レベル6シフト)計画」みたいな上層部主導の実験への介入は流石にマズいが、学生のお遊び連中なら気に食わないって理由で余裕で潰せるから問題ねえ』

 

「そうか。……垣根が私のために自分の配下の事を動かしてくれるのは嬉しい。でも垣根には私のために無理しないで欲しい。色々としがらみが多いはずだから」

 

垣根の立場を聞かされて、垣根が動くのには問題ないと考えているのが分かった真守だったが、それでも垣根が心配で真守はその想いを垣根に伝えた。

 

『お前はそんなこと気にしなくていい。俺は俺が持っている力をお前を助けるために使うって決めただけだ』

 

垣根の方針が自分のためであると聞かされ、真守は嬉しくなってふにゃっと微笑んだ。

 

「ありがとう、垣根。……でも一つだけお願いがあるんだ」

 

そこで真守は眉を八の字にして控えめながらもお願いをする。

 

『なんだ?』

 

その姿がおやつを欲しがっている子猫のように見えて、垣根はカブトムシの向こうでフッと笑ってから応えた。

 

「……『スタディ』の人のこと、殺さないで欲しいし、売らないで欲しい……ダメか?」

 

『安心しろ。お前が俺を信じてるから不用意に人を傷つける事はしない。それに俺は格下に寛容だ。俺が敵と判断した人間以外は見逃すし、一般人にも手は出さない』

 

真守は垣根の言葉にぱあっと顔を輝かせてカブトムシを抱きあげて微笑む。

 

「お願い聞いてくれてありがとう」

 

『俺の方針に、お前のお願いとやらが合致しただけだ。気にするな』

 

「うん。それでもありがとう」

 

真守はにこにことカブトムシを抱き上げながら微笑む。

 

「じゃあ早速動かないとな。あ、『スタディ』の情報はどこに送ればいい? 共有していた方がいいだろ?」

 

『今「スクール」で使ってる暗号回線を教える。……そうだな、カブトムシにデータを転送する機能を今度つけるか』

 

「ふふっ改良の余地ありだな」

 

真守はカブトムシを机の上に降ろしてつんつんとツノをつつきながら微笑んだ。

 

 

こうして真守は垣根率いる『スクール』のメンバーと共に『スタディ』を襲撃する手筈を整えて行動を始めた。

 




『スクール』のメンバーと初めて行動を共にします。

それにしても真守ちゃんが万能すぎる。




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第四二話:〈強襲救済〉で陽光の下へ

第四二話、投稿します。
次は九月二一日火曜日です。


有冨春樹は『スタディコーポレーション』という企業の取締役で暗部組織『スタディ』の構成員だ。

ラボを多く所有していたが、その本命のラボに『スクール』と一人の少女が強襲してきた。

 

『スクール』は統括理事会直轄の暗部組織であり、統括理事会直轄という事もあって暗部組織のトップ層に君臨している。

有冨は『アイテム』の超能力者(レベル5)第四位、麦野沈利を利用して彼女のデータを取っており、つい先日には第三位の御坂美琴のデータも取れて大変満足していた。

 

それに加えてまさか第二位の垣根帝督のデータまで取れるとは思わず、ついに運が自分たちに回ってきたと有冨は喜んでいたが、結果は惨敗。

麦野沈利、御坂美琴と比べ物にならないくらい、垣根帝督は強かった。

 

圧倒的な力を持つ彼の隣には、確かな存在感を放つ少女が立っていた。

垣根帝督が軽く『スタディ』を圧倒してしまったので暴れたりなかったのか、少女は随分と不服そうな顔をしていたと有冨は感じていた。

 

その少女──朝槻真守は有冨たちに近づくと、フェブリとその姉、そして布束砥信を助けに来たと宣言した。

 

真守が彼女たちを助けに来た事の経緯を聞かされた有冨たちは、真守が圧倒的な才能を有しているのだと思い知らされた。

何故なら真守は、わずか数日で自分たちが数年前にコンペに一回出した『ケミカロイド計画』を膨大な情報の中から拾い上げ、それを基にハッキングをして『スタディ』と『スタディコーポレーション』を丸裸にしたというのだ。

 

真守の力は有冨たちが持っていない才能に他ならない。

自分たちに圧倒的に才能がないことを思い知らされた有冨たちは絶望した。

 

だが真守はそんな有冨たちの絶望を鼻で嗤った。

 

『才能があろうとなかろうと、人を傷つけて良い理由にはならないし、命を粗末に扱っていい理由にもならない』

 

その言葉は真守が自分自身に言い聞かせている言葉だと有冨たちはなんとなく思った。

 

『お前たちにも色々と苦しみがあると思う。才能のある人間に何を言われても響かないかもしれないが、これだけは言わせてもらう』

 

真守はそう前置きしてから有冨たちに救いの言葉を差し伸べた。

 

『お前たちには研究者としての才能がある。だからその才能を人のためになる善い事に使え。もしこの学園都市の癌みたいに「科学に犠牲は付き物」なんて考えて命を粗末に扱った日には、お前たちを全力で叩き潰して更生させてやるから覚悟しておけ』

 

真守は超能力者(レベル5)の自分の言葉は有冨たちには響かないと知っている。

それでも有冨たちにお前たちには研究者としての才能があるとどうしても教えてあげたかったのだ。

 

真守は研究者としての才能がいかに人を傷つける可能性を秘めているか身に染みているため、快く思っていない。

だから有冨たちが研究者の道を進む事に関して真守はあまりおすすめしないが、進んだら進んだで道を踏み外したら今回みたいに叩き直してやると言ったのだ。

 

何がダメとか、何が正しいとか頭ごなしに押し付けるのではなく、自分が教えた才能を信じて進むなら進めと真守は有冨たちに告げたのだ。

 

有冨たちは学園都市研究発表会、通称『学級会』でテロを起こそうとしていたという理由で警備員(アンチスキル)に連行されて裁きを下される。

罪を償わなければならないが、その後自分たちは研究者として一から始めようと有冨たちは思っていた。

 

消えた八人目の超能力者(レベル5)として確かな才能を持つ朝槻真守が自分たちの才能を教えてくれたのだから、きっとその才能を信じて自分たちは生きていけると有冨たちは希望を持てたのだ。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

「成程なあ。面白い研究してるじゃねえか」

 

垣根は真守が事態を収束させた後、『スタディ』のラボの端末で彼らの研究についてのデータを閲覧していた。

 

「誉望、『ケミカロイド計画』についての情報は『スクール』で独占する。警備員(アンチスキル)には絶対に渡すな。……まあ、こんな技術あいつらに使えるわけねえが、念のためにな。分かったか?」

 

「はあ。何か目ぼしいものでもありましたか?」

 

楽しそうに嗤っているご機嫌な垣根に、誉望は逆に恐怖を感じながら問いかける。

 

幽体拡散(ディフュージョンゴースト)っていう能力者を『ケミカロイド計画』は生み出した。この研究を進めれば、あらゆる能力を生み出せるようになるって事だ」

 

垣根はジャーニーの能力、幽体拡散(ディフュージョンゴースト)の詳細データをスクロールしながら告げる。

幽体拡散とは能力者の髪を媒介にして、それが密閉された空間のAIM拡散力場を仮想物質化して操る能力で、その仮想物質化した力場には事前に幾つかの命令を入力できる。そのプログラムによって駆動鎧(パワードスーツ)や警備ロボを遠隔操作する事ができるのだ。

 

「……垣根さん、能力者を生み出すんですか? 命を粗末にすると朝槻さんに怒られますよ」

 

誉望が奥で布束砥信と話をしている真守をちらっと横目で見ながら告げると、垣根は苛立ちを込めて誉望を睨んだ。

 

「ちげえよバーカ。俺は『無限の創造性』を持ってんだぞ。カブトムシにこの研究技術をぶち込めばいいだけじゃねえか」

 

垣根帝督は自らの能力、未元物質(ダークマター)によって人造生命体群であるカブトムシを生み出している。

そのカブトムシに『ケミカロイド計画』の技術を応用すれば未元物質(ダークマター)以外の好きな能力をカブトムシに与えられるのだ。

 

「真守のAIM拡散力場の解析を待たなくたって複数の能力が手に入れられそうだな。真守のために『スクール』で後始末するのに何も文句はねえが、良い土産が手に入ったもんだ」

 

(うわあ……ただでさえ凶悪なカブトムシがもっと凶悪に…………)

 

誉望は『スクール』のアジトのあちこちにうじゃうじゃいるカブトムシを思い出しながらゾッとして顔を真っ青にする。

誉望が悪だくみをする垣根を恐怖して見つめていると、頭に被っていた土星型のゴーグルに通信が入った。

 

「垣根さん。仲介人から電話です」

 

「あ?」

 

ご機嫌だった垣根が唐突に怪訝な声を出すので、その落差に誉望はびくびくとしながら自分の頭からケーブルを一本伸ばし、持っていた携帯電話に突き刺すと、それを垣根に渡した。

 

「なんだ?」

 

〈朝槻真守と共に随分と派手に動いたそうじゃないか〉

 

最初から切り込んできた『電話の声』に垣根は思い切り舌打ちする。

 

「真守の監視網から知ったのか」

 

垣根が電話を睨んでいると、『電話の声』は軽やかに笑ってから切り出した。

 

〈ああ。静観しているつもりだったが、一つ問題があってな〉

 

「問題?」

 

〈『スタディ』は『アイテム』にも手を出していてな。そちらの方はこっちで手を打っておいた〉

 

「……何を考えてやがる」

 

垣根は上層部の手厚い真守への対応に警戒心を(あら)わにして問いかけた。

 

〈言っただろう? 朝槻真守に関しての事ならば我々は融通を利かせると。それに統括理事会直轄の暗部組織が衝突するのは避けたいからな。あちらの仲介人とはコンタクトを取ってある。気にするな〉

 

「真守絡みだから手が早いって事か。そんなにアイツにご執心かよ」

 

〈我々ではなく、学園都市がな〉

 

「……そーかよ」

 

垣根は学園都市が大切な真守を食い物にしようと虎視眈々と狙っている事に機嫌が急降下した。

そんな垣根を見てトラウマを植え付けられた誉望は顔を真っ青にしてウッと(うめ)いた後、口を押さえた。

 

〈では、朝槻真守をよろしく頼むよ〉

 

垣根は勝手に通話を切った『電話の声』にヂリッと苛立ちで空気を鳴らしながら携帯電話を握り締めた。

そしてバキッと盛大な音を響かせて砕いた携帯電話を手から地面にバラバラと落とす。

慌てて誉望がケーブルの刺さっている携帯電話の欠片ごとケーブルを引っ張って回収した瞬間、垣根の長い脚がとどめを刺すように携帯電話だったものへと叩き落とされた。

 

粉々になった携帯電話をぐりぐりと苛立ちを込めて踏みつぶす垣根に、事態を静観していた心理定規(メジャーハート)が溜息を吐きながら声を掛けた。

 

「物を粗末に扱っているところをあの子に見られたら幻滅されるわよ」

 

「うるせえバーカ死ね」

 

垣根は携帯電話をギリギリと踏みにじる事を止めずに心理定規(メジャーハート)へ暴言を吐く。

 

「……本当にあの子と一緒にいる時がおかしいのね」

 

心理定規(メジャーハート)が呆れる中、心理定規の隣にいた誉望はトラウマを刺激されてその場から消えており、『スタディ』のラボのトイレへと駆けこんでいた。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

真守は能力を行使させるための紫色のポッドに入れられたジャーニーの前に立っていた。

真守の隣にはコンソールを動かしてジャーニーを目覚めさせようとしている布束砥信の姿がある。

 

「フェブリを助けるために来てくれてありがとう。おかげでジャーニーも助ける事ができるわ」

 

布束はコンソールを動かしながら真守の方を見ずにお礼を言う。

 

「私はフェブリを助けるためだけに来たんじゃない。私はお前も助けに来たんだ、布束」

 

「私も? 何故?」

 

自分の言い分に布束が思わず手を止めて顔を上げて見つめてくるので、真守はそんな布束に柔らかな視線を送って微笑む。

 

妹達(シスターズ)がな、お前に会いたいって」

 

「……え?」

 

「お前に生きていくために大事なものを貰ったから、お礼が言いたいって。その願いも引き受けて、私は『闇』に売られたお前とフェブリと、姉であるジャーニーを助けるためにここに来たんだ」

 

「どうして……」

 

真守がここに来た目的を正直に話すと、布束は震える声を出した。

 

「私は、罪を犯したわ。妹達(シスターズ)がお礼を言うべき人間じゃない。だって私たちは彼女たちを勝手に生み出して勝手に殺した。フェブリとジャーニーだって、私がいなければこんな事にはならなかったわ」

 

布束が生み出してしまったと後悔している、眠ったままポッドに入っているジャーニーを見上げながら真守は呟く。

 

「お前が後悔しているのは分かる。でもお前たちが生み出さなかったら妹達(シスターズ)もフェブリもジャーニーも、この世界に生まれてこられなかったぞ」

 

「……そうだけど。でも、私が罪を犯した事に変わりはないわ……」

 

布束は罪の意識があるからこそ、かつて御坂美琴を救った上条当麻と同じような言葉に救われなかった。

そんな布束に、彼女と同じように罪を背負っている真守は一歩踏み込んで救いの手を差し伸べる。

 

「罪と感じているなら、それを清算するように生きていけばいいんじゃないのか?」

 

「清算……?」

 

真守はジャーニーから視線を外して布束をまっすぐと見据えてから、(うた)うように呟いた。

 

「お前が罪を償うためには……そうだな。生み出した命のために生きていけばいいんじゃないのか?」

 

「生み出した命のために……?」

 

真守が指し示す生き方を聞いて、布束は真守を呆然と見つめながらオウム返しする。

 

「お前は生み出した命たちの事を大切に想っている。だからフェブリを逃がしたんだろ? だったらフェブリたちや妹達(シスターズ)のために生きればいい。あの子たちの命が唯一無二だと知っているお前があの子たちの命を守ればいい。……まあ、強制はしないがな」

 

真守が柔らかく微笑むと布束は瞳を涙で潤ませながら頷いた。

妹達(シスターズ)とケミカロイドたちは人間の身勝手で生み出された。

彼女たちの命は大切であり、何物にも代えがたい命だ。

だがそれらの命を人々は諸手を上げて受け入れる事はない。

 

だからこそ彼女たちの味方になる事ができる自分たちが守ればいい。

 

罪を背負って後悔しているならば、命を生み出した人間として責任を取って、生み出した命のために行動すればいい。

真守は布束にその道を示したのだ。

 

「私はお前の手伝いをするよ。私だけじゃなくて心強い味方は他にもたくさんいる……私だって罪を犯した。その罪を背負って忘れずに、私は運命に抗っていくつもりだ。…………人として生きられる、最後の最後まで」

 

いずれ自分は絶対能力者(レベル6)となり、人間という枠組みから超えてしまうと真守は知っている。

確かに朝槻真守という存在がいなくなる事はないが、人間として終わってしまうのは確実だ。

だが最後のその時まで諦めることなく運命に抗い、人間として生き抜くことを真守は決めている。

 

それに垣根帝督と源白深城は朝槻真守が変わってしまっても一緒にいてくれると言った。

だから絶対能力者(レベル6)になってしまう未来が目の前に迫っていても、朝槻真守は絶望しないでいられるのだ。

 

「そうか。……あなたも、戦っているのね……」

 

布束が言葉を漏らしている中、真守は布束へと手を差し出した。

 

「うん。だからお前も私と一緒に陽の光の下で『闇』に抗うんだ。少し大変だけど、そういう人間は私以外にもいるから大丈夫。……だから布束、この手を取ってくれないか?」

 

「……ええ。もちろんだわ」

 

 

布束はその手を見てぼろぼろと涙を零しながら頷くと、コンソールから手を離して真守の小さな手をそっと握った。




垣根くん、カブトムシに他の能力を宿すための知識を手に入れました。

ちなみに真守ちゃんは布束が『闇』で売られたとしか知らずに何が理由で売られてしまっていたのかは知りません。




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第四三話:〈心理伝達〉と事後報告

第四三話、投稿します。
※次は九月二三日木曜日です。


「あなたが彼を骨抜きにできた理由が分かった気がするわ」

 

真守が『スタディ』のラボ内で作業を行っていると、心理定規(メジャーハート)が真守に近づいてきて、微笑みながらそう切り出した。

 

「ほ、骨抜き……そ、その表現は恥ずかしいな…………」

 

(あら。鉄壁かと思ったら意外と可愛いところあるのね)

 

真守が頬を赤く染めて目を泳がす姿を見て、心理定規(メジャーハート)は目を瞬かせてから意外だと驚いた顔をする。

 

「そ、そんな風に見えるか……?」

 

「そうね。私は能力が能力だから分かるけど、他の人から見たらそこまでじゃないんじゃない?」

 

心理定規(メジャーハート)はニヤッと笑い、真守はそんな心理定規を見て呆気にとられた後、目を細めた。

 

「そうか。お前精神干渉系能力者だったな」

 

「あら。彼から聞いたの?」

 

心理定規(メジャーハート)が訊ねてくるので、真守は首を横に振ってから答えた。

 

「深城の友人を(かた)った人間がドレスの女とスーツの男って聞いた。ナースの精神を操ったようだが、スーツの男は垣根だったからドレスのお前が精神干渉系能力者だと思った。違うか?」

 

「あら鋭い。そうすると私が嫌いってことかしら? それとも好き?」

 

「……精神干渉系能力者がなんで好きか嫌いか聞いてくるんだ? お前たちなら心が読めるだろ?」

 

真守が心理定規(メジャーハート)の問いかけに首を傾げていると、心理定規は真守を興味深そうに観察しながら理由を述べる。

 

「確かに私はその人と他人との心の距離を測ることができるけど、彼とあなたの大事な女の子以外、あなたはあらゆる人間との心の距離が一定なのよ。だからあなたが私の事をどう思っているのか単純に気になったの」

 

「……別に私はお前の事、嫌いじゃないぞ」

 

「じゃあ精神干渉系能力者は嫌い?」

 

真守が心理定規(メジャーハート)を嫌いじゃないと素直に告げると、心理定規は畳みかけるように真守に訊ねてきたので真守は眉を顰める。

 

「なんでだ?」

 

「あなたが精神干渉系能力者が干渉できないようにシールドを張っているから。あなたが何が嫌いで何に興味があるのか、その基準が知りたいのよ」

 

「私は操られて上層部に利用されるのが嫌なだけで、精神干渉系能力者を毛嫌いする理由は特にないが?」

 

心理定規(メジャーハート)が精神干渉系能力者だからこそ気になっていると正直に伝えると、真守は顔をしかめながら告げた。

 

「どうして?」

 

精神干渉系能力者は心を操る事ができるので他の能力者から(うと)まれる傾向にあるのだ。

精神干渉系能力者と聞けば大体の人間は警戒心を抱く。警戒心を持たないのは人をバカみたいに信じる人間だけだ。

バカみたいにお人好しではない真守が何故そんな考えを持てるのか、心理定規(メジャーハート)は単純に気になった。

 

「私は精神干渉系能力者が一番心を大事にできる人間だと思っている」

 

「……その根拠は?」

 

真守の特別な事だと考えてない淡々とした発言に、心理定規(メジャーハート)は困惑して眉を顰めませながら疑問をぶつける。

 

「誰だって人の心を知ろうとする気持ちはあるだろうし、好きになった人間の事は隅々(すみずみ)まで知りたくなるものだ。精神干渉系能力者はそれが少し得意なだけだと私は思っているし、お前たちも悪気があって心を知ってしまうわけではない。そういう才能を持っているだけだ」

 

心理定規(メジャーハート)は真守の言い分に呆然としてしまう。

普通の人間は自分の心が暴かれて良いように操られてしまうのが嫌だから、精神干渉系能力者を忌避するのだ。

だが朝槻真守は精神干渉系能力者を毛嫌いするどころか評価している。

 

「あなたみたいな考えを持つ人には初めて会ったわ。……どうしてそういう風に思えるのか参考までに聞いていいかしら?」

 

「お前たちはなりふり構わず人の精神を操るか? 垣根とか誉望とかを自分の思い通りに操っているか?」

 

真守が心理定規(メジャーハート)に問いかけられたので逆に問いかけると、心理定規は自分の考えを真守に話していいものかと一度考えてから呟く。

 

「……流石にそんなことしたら後者はどうとでもなるけれど前者は報復が怖いわね。それに、そんななりふり構わず人を操ったらマズいじゃない」

 

「そこだ」

 

心理定規(メジャーハート)が誉望の事を軽視しているという発言を真守はとりあえずスルーして、心理定規の言葉を指摘する。

 

「そこって?」

 

真守の一言に心理定規(メジャーハート)がオウム返しすると真守がつらつらと自説を口にする。

 

「お前たちは人の心を無暗に操ってはならないという自制心がある。それは人の心を何よりもかけがえのないものだとその心に触れて理解しているからだ。そうだろう?」

 

「……、」

 

根っからの悪ではない精神干渉系能力者全員が持っている自制心を言い当てられて、心理定規(メジャーハート)は思わず沈黙する。

 

「……まあ、精神干渉系能力者に私が操られる事がないからそんな考えが持てると言われたらおしまいだが、それでもお前たちは私の心を読み取る事だけはできる。心を暴かれるのが嫌な人間がほとんどだが、私は私の事を誰よりも理解してくれるならとても嬉しい。だから私はお前たち精神干渉系能力者が嫌いじゃない」

 

「……精神干渉系能力者じゃないのに、よくそんなことに気が付いたわね」

 

真守が畳みかけると、心理定規(メジャーハート)が真守の洞察力に怖れを抱きながら呟いた。

 

「精神干渉系能力者に自制心がなくて好き勝手していたら世界なんてとっくに終わってるだろ。それが起こらないのはお前たちに強い自制心がある証拠だ。証拠は日常生活のどこにでも転がってる。それに普通の能力者が気づかないだけだ」

 

真守が顔をしかめて気づかない方がおかしいと告げると、心理定規(メジャーハート)は呆気にとられていたが頑張って自分のペースを掴み直してニヤッと笑った。

 

「でもそれに私が該当するか、あなたには分からないと思うけど?」

 

「じゃあお前は垣根や誉望、後もう一人……弓箭だったか? あいつらをいいように操作しているのか?」

 

「……してないわ」

 

真守が心理定規(メジャーハート)に逆に質問すると、心理定規ははっきりと事実を告げた。

確かにいきなり距離を詰めてきた『スクール』の弓箭猟虎が怖くて心の距離を遠ざけたが、それだけで好きなようには操ってないし、他の二人に至っては一度も能力を使ったことがない。

それに『スクール』というチームで活動している仲間を操る意味もない。

そう考えている心理定規(メジャーハート)に、真守は心理定規が絶対にしないと分かっていても問いかける。

 

「同じ暗部組織の仲間だからこそ自由に操った方が好都合だと思わないのか?」

 

「彼なんて操ったら大変な事になるじゃない」

 

垣根が傍若無人だと心理定規(メジャーハート)は理解しているので、操ったとバレたら恐ろしい事になると発言すると、真守は意地悪そうにニヤッと微笑む。

 

「大変な事にならないように、お前の言う骨抜きとやらにすればいい。やり方はいくらでもある」

 

「……あなた、常識人に見えて人でなしなのね」

 

「私が常識人なワケないだろ。『ケミカロイド計画』だって統括理事会のデータベースにハッキング仕掛けてまで手に入れたんだからな」

 

超能力者(レベル5)らしく人格が破綻している真守を心理定規(メジャーハート)がそう評価すると、真守も自覚しているのか自分の人格破綻っぷりを笑って自虐する。

 

「私は精神干渉系能力者には特に嫌な気持ちを覚えていないし、お前の事も別に嫌いじゃないよ。むしろ垣根たちを大事にしているみたいで安心した」

 

人格破綻者にも信じるものがあり、それが精神干渉系能力者を信じている事だと真守が自分の考えを素直に告げると、心理定規(メジャーハート)が完全にペースを乱されたので素に戻って辟易(へきえき)した様子で呟く。

 

「……あなた、正直苦手だわ。でも悪気がまったくないからどう対応したものか……」

 

「正直で結構。……あ」

 

真守が軽く笑っていると心理定規(メジャーハート)の後ろに垣根がいるのが見えた。

心理定規(メジャーハート)が振り返ると、垣根は意地悪くにやにやと心底愉快だという風に嗤っていた。

 

「いっつも余裕そうなお前が困惑しているなんざ、随分と面白い展開じゃねえか」

 

「「趣味が悪い」」

 

真守がジト目で、心理定規(メジャーハート)は頬を赤く染めて顔をしかめながら、声をそろえて垣根を糾弾した。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

「ちょっと朝槻さん! フェブリを造った人たち捕まえたってどういう事!?」

 

次の日、美琴は真守の研究室に乗り込んできて開口一番真守を糾弾してきた。

 

「それで飴のレシピも貰って、ついでにジャーニーってフェブリのお姉ちゃんも見つけて、フェブリたち造った人たちに利用されてた布束砥信を助けたって……どうして私に一言も言わないでそんなこと決行しちゃったのよ!」

 

「人間には得意な事と不得意な事がある。それに(のっと)って私は私の役割をきちんとこなしただけだ」

 

真守がケロッと答えると、美琴が火に油を注がれた状態になって怒鳴り声を上げる。

 

「それでも……危ない組織なんだから私たちにも声かけてよ! 黒子だって初春さんだって風紀委員(ジャッジメント)よ! 朝槻さんには手助けなんていらないだろうけど……でも、言ってほしかったわ!」

 

「最初も言ったが、暗部絡みは警備員(アンチスキル)が動けないし、風紀委員(ジャッジメント)も警備員と直結しているから動けないと思ったんだ。それにお前たちに伝えたら動き出すだろう。フェブリの命に直結してたからお前たちの準備を待っているワケにはいかなかった。私の気持ち、理解してくれるか?」

 

真守は正当な理由をつらつらと説明したが、暗部組織である『スクール』に後始末を任せた手前、美琴や風紀委員(ジャッジメント)を巻き込むわけにはいかなかったのだ。そのため真守はその事実を伏せながら、美琴が反論できないように話術で丸め込みにかかる。

 

「確かに……そういう理由ならしょうがないけど……」

 

「まだ後始末は終わってないんだぞ。『スタディ』が『学究会』で企てたテロに使われる二万体の駆動鎧(パワードスーツ)を撤去しなくちゃいけないんだからな」

 

真守の思惑通り反論できないで拗ねる美琴に、真守は柔らかく微笑んでまだまだ協力してやる事があると言及(げんきゅう)する。

 

「……そうだった。今黒子たちが対策を練っていて、朝槻さんの力も借りたいって伝えてって言われたのよね。ほら、私は電磁場で磁力で操って、朝槻さんは運動エネルギーでも生成してコンテナを運ぶ事ができるじゃない?」

 

『スタディ』が企てたテロに使われるはずだった駆動鎧(パワードスーツ)は『スタディ』が意図的に起こした停電の際に『学究会』会場に既に運び込まれており、そのコンテナに詰め込まれた駆動鎧(パワードスーツ)を撤去するにはコンテナを持ち上げられる真守と美琴の力が非常に役立つのだ。

真守はその要請を快諾する意味を込めて力強く頷いた。

 

「分かった。ところで『学究会』の方は予定通り開催できるのか?」

 

「開催できるんだけど『学究会』までに撤去が終わりそうにないから、『学級会』が終わった後にも撤去の続きをするそうよ。でも、コンテナの量が量だから結構時間食われそうね」

 

「そうか。じゃあ早く終わらせるために頑張ろうな、美琴」

 

真守が美琴に協力しようと告げると、美琴は拗ねた表情をしながらもそれに頷く。それから神妙な顔つきになって真守に訊ねた。

 

「……それで、布束さんとジャーニーはどうなったの?」

 

「暗部組織に絡まれたからこれから安全に所属できる場所を探す事になっている。とりあえず事情聴取があるからな。それが終わったらジャーニー連れて妹達(シスターズ)に会いにここに来る。だから美琴も布束にあって欲しい」

 

「……そうね。私も布束さんがどうして暗部で売られたのか気になるし。……多分、例の実験を止めようとしたからだと思うんだけど」

 

「うん。布束も『絶対能力者進化(レベル6シフト)計画』止めようとしたら捕まってしまったって言ってた。だからお前と一緒で頑張ってたアイツを救えてよかったな。美琴」

 

真守が美琴と布束の頑張りを褒め(たた)えると、美琴は恥ずかしそうにしながらも頷いた。

 

「……ええ。本当によかったわ」

 

「ところでフェブリの事だが、もうしばらくお前たちに面倒を見てもらってもいいか? 布束が引き取る事になるんだろうが、色々と立て込んでいてな。私が面倒見るよりお前たちが面倒見る方がフェブリも嬉しいだろう。だからこの飴はお前たちに渡そうと思って。足りなくなったら言ってくれ」

 

真守は近くに置いてあった段ボールを引き寄せて中に入っている大量の飴を美琴に見せながらそれを手渡す。

 

「こんなにいっぱい。……ええ、分かったわ。フェブリの事は任せて、朝槻さん」

 

美琴は段ボールを真守から受け取って感想を呟いてから力強く頷いた。

 

「うん。お願いな、美琴」

 

「……朝槻さん、今回もありがとう。すごく助かったわ」

 

真守が笑ってお願いすると、美琴は段ボールに入った飴を見つめながら微笑んで真守に感謝を零す。

 

「さっきから言ってるだろう。役割分担をきちんとして、一緒に頑張ったんだ。……私に協力してくれてありがとう、美琴」

 

「! ……ええ! 朝槻さんも困ったことがあったら言ってね。朝槻さんは何でもできると思うけれど……でも、力になりたいわ」

 

真守の言葉が嬉しくて、そして真守の力になりたいのだと美琴が告げると、真守は美琴のその優しさに薄く目を見開いた。そしてすぐに柔らかな微笑を浮かべて頷く。

 

「ありがとう、美琴。その心を持ってくれるだけで嬉しい」

 

「嬉しいと思ってるだけで頼ってくれなきゃ困るんだからね」

 

美琴が拗ねたように顔をしかめるので、真守はくすくすと軽やかに笑ってから幸せを感じて柔らかく目を細めた。

 

「うん。何かあったらよろしくな、美琴」

 

 

こうしてフェブリという少女を深城が人造人間だと見抜いた事から始まった今回の出来事は、テロを事前に防ぎ、フェブリやジャーニー、布束砥信、そして『スタディ』の救済という形で幕を下ろした。

 




食蜂さんもそうですけど、精神干渉系能力者って人格が破綻してても心に触れる度に人間性が成長していくと思うんですよね。打ち止めに触れて一方通行が人間として成長したみたいに。
食蜂さんはまさにその典型って感じです。

これにて革命未明篇終了です。
次章もお楽しみいただけると幸いです。


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八月三一日篇
第四四話:〈地位献上〉は突然に


第四四話、投稿します。
次は九月二四日金曜日です。
八月三一日篇、開幕。


(Aug.31_AM12:45)

 

八月三一日。

夏休み最後の日。

 

昨日夜更かしした真守は先程起床して着替え始めた。

白いジップアップタンクトップに白と黒のオーバーサイズのデザインパーカーを羽織り、ボタンがついた黒のフリル付きボックススカートを着用し、垣根に買ってもらったお気に入りの白いレースアップサンダルを履いた。

顔を洗い、髪の毛をいつものように完璧に猫耳ヘアに結い上げて身支度を終えると、伸びをしながら病室内を歩き、パーテンションで区切られた自分のスペースへと戻る。

 

そこで机の上に置いてあった携帯電話が光っているのに気が付いた。

 

「あ、バイトが一件入ってる」

 

真守は携帯電話を取り上げてスライドさせて画面を付けてカコカコと弄り、メールをスクロールさせて呟く。

第一七学区。工業製品を製造している学区にある工場から臨時のエネルギーを所望する連絡が来ていた。

 

(一応調べてから向かうか。んー。今の時間はレストランとか混んでるから、バイトが終わったらお昼ご飯食べようっと)

 

真守は今日の予定を決めて携帯電話を片付けるとそっと空を見上げた。

高校生活初めての夏休みが終わろうとしている。

相変わらず青く澄んだ高い空を見上げて真守は柔らかく微笑んだ。

 

「明日からまた学校だ。みんなに会うの、楽しみだな」

 

学校は真守にとって人として大事な事を学ぶ場所だ。

一般の学生が学校に行きたくないという気持ちが真守には理解できるが、それでも真守にとって学校というのはとても楽しいところなのだ。

それに学校生活は高校生になってから初めてなので新鮮な事が多くて楽しい。

 

真守は学校が始まるのを楽しみに思いながら、PCを起動させてバイト先の工場の情報を洗い出し始めた。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

(Aug.31_PM03:33)

 

垣根は第八学区のとあるビルの最上階フロア『スクール』のアジトにいた。

暗部組織としての仕事は夜に入ることが多い。

それは『闇』に生きる人間は真昼間から行動しないからで、そのため『スクール』は昨日未明から仕事をこなしていた

 

「もう一五時半過ぎてんのか」

 

仕事を終えた垣根は先程起床してシャワーを浴びており、髪の毛を乾かし終えたところで壁に掛かっている時計で時間を確認してそう呟く。

 

「垣根さん!」

 

気怠げに欠伸をしていると、コンコンッと素早く扉をノックする音が聞こえ、それと同時に『スクール』の構成員である誉望の焦った声が聞こえてきた。

 

「なんだ?」

 

垣根が声を上げて入ることを許可すると誉望は慌てて扉を開けて顔を出した。

 

「その……仲介人から連絡があって……事前報告だとか」

 

「何の事前報告だ?」

 

 

「……九月一日付けで、朝槻真守さんを超能力者(レベル5)第一位に認定する、その事前報告です」

 

 

「────は?」

 

誉望の言いにくそうな報告に垣根は思わず目を見開いた。

 

(真守が超能力者(レベル5)を第一位に君臨するだと?)

 

垣根は足早に誉望と共に『電話の声』との連絡に使っているノートパソコンがある部屋へとやって来た。部屋には心理定規(メジャーハート)と『スクール』のスナイパーである弓箭猟虎もいた。

四人共仕事が終わった後にアジトで休んでいたので、全員そろっているのだ。

 

「オイ、一体どういう事だ?」

 

垣根はノートパソコンの前に置いてあった椅子に座り、ノートパソコンに映し出された『SOUND ONLY』という表示を睨みつけた。

 

〈どういう事だと言われても、そう決まっただけだ。統括理事会における承認は見送られていたが、九月一日付けで流動源力(ギアホイール)、朝槻真守は超能力者(レベル5)第一位と認定される。お前は彼女のそばにいるから、その事前報告というわけだ〉

 

「テメエらはアイツが制御できねえからって放っておいたんじゃねえのか?」

 

〈上層部は朝槻真守の情操教育が一定の成果を出すまで承認を見送っていたのだ。その成果が出た事によって、今回の決断に至った〉

 

「情操教育?」

 

(真守の情操教育は研究所で行われてただけじゃなくて今も行われていた? どうやって?)

 

垣根が愕然としていると、情操教育の意味が分からないと『電話の声』は考えたのか、つらつらと説明する。

 

〈朝槻真守は研究所で倫理観を学ぶために情操教育が施されていたんだが、効果が表れる前に最後の情操教育相手に触発されて暴走、そのまま脱走してしまったんだ。制御不能状態だから上層部がどうしようかと対策を練っていたら、外部との交流が情操教育の代わりとなっている事が明らかとなった。だからそのまま経過観察を行い、今回その成果が認められて承認に踏み切ったのだ〉

 

『電話の声』が告げたように、どうやら上層部は真守の情操教育が終了したと判断したらしい。

情操教育は真守が絶対能力者(レベル6)進化(シフト)する前に施さなければならなかったものだ。

それが終了したとみなされたのであれば、真守は絶対能力者(レベル6)へと進化(シフト)するための『七年間の特別な時間割り(カリキュラム)』が施される可能性がある。

 

垣根はその事実に気づいて固まった。

元々真守が超能力者(レベル5)第一位に認定されるのがただごとではないと感じていた誉望と心理定規(メジャーハート)は垣根が固まった事で警戒心を強めた。

弓箭は真守に会った事がないので蚊帳の外だったが、仲間が警戒心を露わにしているので、第一位として真守が垣根の上に君臨する以上にマズい事があると悟った。

 

「情操教育が終わったからこの機に乗じたと、テメエはそう言いたいのか?」

 

垣根がマズい状況だと内心で焦りながらも冷静に訊ねると、『電話の声』は淡々と告げる。

 

〈それもそうだが、こちらも朝槻真守を無視できなくなったのだ〉

 

「どういう意味だ」

 

〈朝槻真守が有用性を学園都市に示したからだ。幻想御手(レベルアッパー)事件の収束。その後始末でテレスティーナ=木原=ライフラインとの戦闘を経て彼女は置き去り(チャイルドエラー)を救った。極めつけは『絶対能力者進化(レベル6シフト)計画』だな。あの実験は無能力者(レベル0)の介入があったからこそ凍結されたが、あの件について本当に動いていたのは朝槻真守だ。しかも朝槻真守は一方通行(アクセラレータ)の絶対的な防御である『反射』を打ち破った。それに『学究会』のテロも朝槻真守が主軸となって未遂事件に(とど)めた。統括理事会はこれらの()()を重く受け止め、超能力者(レベル5)として承認する決断に至ったというわけだ〉

 

幻想御手(レベルアッパー)使用者に襲われた真守は、その犯人確保のために木山春生と対峙して幻想猛獣(AIMバースト)を倒すのに一役買った。

 

テレスティーナ=木原=ライフラインと戦う事になったのは、真守が置き去り(チャイルドエラー)を救うために動いていたらテレスティーナが横やりを入れてきたからだ。

 

絶対能力者進化(レベル6シフト)計画』は自分以外が絶対能力者(レベル6)になるのが嫌だからという理由で真守は『実験』を邪魔したわけではない。

一方通行(アクセラレータ)妹達(シスターズ)、それと御坂美琴を救いたくて真守は『実験』を止めたのだ。

 

『学究会』のテロを未然に防いだのは本当についでで、真守はただただ人造人間である『ケミカロイド』を救おうとしただけだ。

 

真守は統括理事会に有用性を示したくて、功績が欲しくて行動なんてしていない。

 

『闇』から逃れるために掲げた『希望の光』の()り方を体現するために、真守はいつだって『闇』の魔の手から抗い続けていただけだった。

 

(なんだよ、それ……っ)

 

真守が人を助けた功績が全て学園都市に良いように扱われている事実に、垣根は腹を立てて太もものスラックスの布を握り締める。

 

〈朝槻真守は研究所時代に超能力者(レベル5)承認の際に統括理事会のメンバーを三人ほど殺したが、今度こそ抗う事はしないだろう。今の彼女は絶対に人を殺せないからな〉

 

『電話の声』が告げた事実に垣根は目を見開いた。

真守が人を殺して脅してまで自分の超能力者(レベル5)承認を蹴ったとは知らなかったからだ。

統括理事会のメンバーを三人も殺していれば、上層部は制御不能だと考えて承認を見送るに決まっている。

 

垣根は真守が過去にどんな殺人を犯したのか把握していない。

真守が人を殺した事を酷く悔やんでいるから、話してくれるまで待つつもりだったのだ。

垣根が真守の罪について考えていると『電話の声』は続ける。

 

〈それに朝槻真守を超能力者(レベル5)第一位に()えれば、能力者全体が活気づくチャンスになるからな〉

 

「チャンスだと?」

 

〈低レベルの高校の大能力者(レベル4)。そんな存在が既存の超能力者(レベル5)全員を(くだ)して第一位に君臨する。たとえ有名な高校でなくとも、自身の努力によって超能力者(レベル5)へと到達できる。朝槻真守は学園都市の全能力者の新たな希望になるんだ。それを今の朝槻真守は拒めない。上層部はそう判断したからこそ、承認に踏み切ったのだ〉

 

その通りだった。

真守は能力者にとって能力が一つの指針となっていると知っている。

自分も頑張れば朝槻真守のようになれる。

そんな羨望に、人の気持ちを無下にできない真守は応えるしかない。

 

超能力者(レベル5)を新たに一人育て上げたという実績は学園都市の強大な力を世界に示すことにもなる。まあ朝槻真守は色々とやらかしてきたから、ここら辺で役に立って貰わないとな〉

 

『電話の声』からどこまでも真守を利用しようとしているという上層部の考えを説明されて、垣根はブチ切れ寸前で鼻で嗤った。

 

「オーケー。これでテメエらは満足ってワケだ。なら俺もお役目御免ってとこか? 俺から真守のデータを抜き取る事だって全部このためだったんだろ?」

 

〈いいや。このままでいてもらう。第一位についての情報を入手するための経路は多ければ多いほどいい。これからもよろしく頼むぞ、『スクール』〉

 

『電話の声』はそこで通話を切った。

 

 

その瞬間、垣根を中心に室内が爆発した。

 

 

 

(Aug.31_PM03:51)

 

 

 

慌てて退避した『スクール』構成員は三人で集まっていた。

 

「上層部も彼の地雷を踏むのが好きね。この夏の間にアジトが何回半壊したかしら」

 

「垣根さんを怒らせるより朝槻さんの方が重要ということなんでしょうか? 第一位に何が何でも認定したいようですし」

 

心理定規(メジャーハート)が溜息を吐く前で、弓箭は真守が何故そこまで重要になっているか分からず首を傾げていると、誉望がそんな弓箭に説明をした。

 

「お前は知らないだろうが、上層部は朝槻さんを使って『計画(プラン)』を進行させているんだよ」

 

「え? 垣根さんがそれ許していらっしゃるんですか? 心理定規(メジャーハート)さんの話では、結構な入れ込みようだと聞いてるんですけど」

 

「根が深い問題だから様子を見るしかないのよ」

 

「はぇー……超能力者(レベル5)も色々と大変なんですね」

 

実際に他人事なので心理定規(メジャーハート)の言葉に弓箭がそう漏らすと、心理定規は垣根の骨抜き状態を考えて呆れたように微笑んだ。

 

「彼があそこまで他人に入れ込むなんて思わなかったわ」

 

「それはその通りス。まあ、分からなくはないスけど」

 

心理定規(メジャーハート)の正直な感想に、誉望は悪夢の様だと言わんばかりにがっくりとうなだれる。

そんな誉望に弓箭はにやにやと笑って詰め寄る。

 

「あれあれー? 誉望さんその発言はもしかして朝槻さんに恋でもしちゃってるんですかー?」

 

「してないぞ!? そんな恐ろしい事できるか!」

 

「まあ、恋した瞬間この世からいなくなることは確実ね」

 

弓箭がからかうと誉望が顔を真っ青にする。

そんな誉望と弓箭を見つめながら、心理定規(メジャーハート)は誉望が真守に恋した瞬間に垣根がブチ切れて誉望を灰にするだろうと想像して苦笑する。

 

「でもでもー朝槻さんに貰ったカタログギフト楽しそーに見てたじゃないですかー!」

 

「あ、アレは珍しい最先端情報機器とかが載ってたからで、別にそんなんじゃない! ていうか盗み見るな!」

 

くすくすと弓箭が追撃するようにからかうと誉望は声を荒らげて弓箭のイジりに反抗する。

 

「あらあらぁ? 顔を真っ赤に否定しちゃって面白いですねー誉望さん」

 

「うるさい!」

 

「ほらほら。痴話ゲンカしないで目の前の問題について考えましょう。少し気になることがあるのよ」

 

弓箭は誉望を獲物認定してにやにやと笑っており、そんな誉望は顔を真っ青にして叫ぶ。

そんな二人に心理定規(メジャーハート)が溜息を吐きながら待ったをかけて、話題を引き戻した。

 

「してませんよ痴話ゲンカ。……何スか、何が気になるんですか」

 

「名もない高校に所属している大能力者(レベル4)が功績を積み上げて第一位に君臨するという、彼女のシンデレラストーリーについての話よ」

 

「はあ……?」

 

誉望が首を傾げると心理定規(メジャーハート)がつらつらと説明する。

 

「シンデレラストーリーの皮切りは幻想御手(レベルアッパー)事件。アレは彼女が耐久テストと称されて幻想御手使用者に襲われた事件だったでしょう?」

 

「そうスね。それで垣根さんが助けに行って幻想猛獣(AIMバースト)とか言う化け物を相手にする羽目になりました。……あの時、情報操作するの大変だったんですよ。朝槻さんのこともそうスけど、垣根さんの方は暗部組織のリーダーなんスから」

 

「そこで御坂美琴とあの子は共闘したわ。でもそこで御坂美琴と深く関わらなかったら?」

 

「もしかしたら『絶対能力者進化(レベル6シフト)計画』に関わらなかった……? いや、でもあの人勝手に首突っ込むと思うんスけど」

 

垣根に言われて真守の情報を集めていた誉望は、真守の人となりを知っているのでそう推測する。

 

「でも幻想御手(レベルアッパー)事件を上層部がシンデレラストーリーの皮切りにしたことは確かだわ」

 

「……それはつまり朝槻さんのシンデレラストーリーの発端を作ったのは上層部で、上層部は幻想御手(レベルアッパー)事件が動き出した時から朝槻さんを超能力者(レベル5)第一位に認定しようと機を(うかが)っていたって事ですか? でもそこまでして、どうして朝槻さんを第一位に()えたいのでしょうか。だって今の状態でも『計画(プラン)』? は進行できてるはずなんでしょう?」

 

心理定規(メジャーハート)の推測を聞いて弓箭が仮説を立てていると、その隣で誉望は腕を組んで思考する。

 

「もしかしたら幻想御手(レベルアッパー)事件以前から朝槻さんを超能力者(レベル5)に認定しようと狙ってたかもな。……でも、猟虎の言う通り、明確な地位を与えて一体何になるって言うんだ?」

 

「……外受けの問題かしら。制御不能の第一位よりもシンデレラストーリーを持つ第一位の方が誰からも愛されて外受け良さそうじゃない?」

 

心理定規(メジャーハート)は真守が学園都市の顔になるというところに着目して推測を口にする。

 

「朝槻さんをアイドル的な存在にして学園都市外でも人気を獲得しようとしているって事ですか……?!」

 

弓箭は驚愕して目を見開いた後、即座にどんよりと影を落としてぶつぶつと呟く。

 

「ふ、ふふ。さすが超能力者(レベル5)。その地位だけで人気者……ぼっちにはならない。地位があれば誰でも寄ってくる。ふ、ふふ……無能力者(レベル0)で見向きもされないわたくしとは大違い。垣根さんだってそばにいますし他にも友達多そうですし。それなのに明確な地位を与えてそれ以上の人気を得ようと……? ふ、ふふふ……わたくしだって力さえあれば……力さえ……」

 

「うわあ……ヤバいモードに入った……」

 

「とりあえず放っておいて、彼の様子見てきてくれる?」

 

誉望が弓箭の卑屈精神が発動したのを面倒そうに眺めていると心理定規(メジャーハート)が指示を出す。

 

「……マジ? 俺スか?」

 

「私は身を守る術がないもの。あなたは姿消せるからちょっと見に行くことくらい簡単でしょう?」

 

「ええ……わ、分かりました……」

 

誉望は心理定規(メジャーハート)の最もな言い分を聞いて肩を落としながら半壊したアジトの中を歩く。

そして念動能力(テレキネシス)の応用で自らの姿を消すと、垣根がいたであろう場所にひょこっと顔を出す。

 

「あれ?」

 

誉望は辺りを見回してから首を傾げた。

半壊したアジトの一室はもぬけの殻で、そこに垣根はいなかった。

 

「ええー……どこ行ったんだあの人…………」

 

誉望は呆然と、風通しの良くなったアジトの一室で一人立ち尽くしていた。

 

 

 

Aug.31_PM04:08終了

 




禁書目録篇以外のこれまでの事件全てが上層部に利用される形となりました。

布石が全部回収できました。ここまで長かった……。

ここまでお読みくださった方々はご承知のはずですが、この二次創作は超能力者第一位にオリキャラが認定されたり、一部のキャラが登場しない作品です。
『流動源力』は作者の独自解釈に基づいて物語が展開していきますので改めてご了承いただき、お楽しみくださると幸いです。



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第四五話:〈心中穿孔〉は的確で

第四五話、投稿します。
次は九月二五日土曜日です。


(Aug.31_PM03:57)

 

『お昼がだいぶ遅くなってしまいましたね。お腹は空いていませんか?』

 

真守はバイトを終えて第一七学区をカブトムシを右肩に乗せて歩いていた。

 

「んー大丈夫。満腹中枢がイカれてるらしくてお腹が空くってあんまり分からないんだよな」

 

『……それもどうかと思うのですが』

 

真守の言い分にカブトムシが苦言を呟くと、真守はカブトムシのツノをつつきながら微笑む。

 

「少しずつ治療してるから大丈夫。心配してくれてありがとう」

 

『いえ。それならいいんです。それでご飯はどこで食べますか?』

 

「ちょっと待って、今調べるから」

 

お昼ご飯の話題を口にしたカブトムシの言葉を受けて、真守はレストランを検索するために携帯電話を取り出した。

 

「……あれ。一方通行(アクセラレータ)からメールが来てる」

 

真守は携帯電話のメール受信ボックスに、一方通行(アクセラレータ)の名前が表示されているので思わず呟く。

 

垣根帝督(オリジナル)には黙っておいてあげますよ』

 

「帝兵さんは一方通行(アクセラレータ)に敵意抱いてないのか?」

 

真守が垣根の一方通行(アクセラレータ)嫌いを思い出しながら顔をしかめて訊ねると、カブトムシは簡潔に淡々と説明する。

 

垣根帝督(オリジナル)から感情が伝播してくることは多々ありますが、特には。私たちは垣根帝督(オリジナル)の一部、端末ですから』

 

「なるほど」

 

真守はカブトムシの簡潔な説明に一つ頷きながら、メールを開く。

 

真守と一方通行(アクセラレータ)は連絡先を交換して連絡を取っているが、一方通行からメールが送られてくるのは珍しく、真守は珍しいなと軽く思っていた。

 

『妙なガキが来た。妹達(シスターズ)の最終ロットとか抜かしてやがる』

 

「ガキ? 妹達(シスターズ)の最終ロット?」

 

真守は一方通行(アクセラレータ)の簡潔な文章に首を傾げる。

 

「……一方通行(アクセラレータ)の知っている最終ロットって二〇〇〇〇号のことか? それとも二〇〇〇一号の最終信号(ラストオーダー)? でもガキって言ってるから最終信号の方か?」

 

最終信号(ラストオーダー)?』

 

真守が一人で首を傾げていると肩に乗っているカブトムシが聞き慣れない単語だと思って真守に問いかける。

 

「あ。帝兵さんや垣根に言ってなかったかも。二〇〇〇一号。最終信号(ラストオーダー)。打ち止めって漢字を使う事もあったかな。ミサカネットワークが暴走した時、外から干渉するための入力装置(コンソール)安全装置(ストッパー)みたいなものだ。上位個体とでも呼べばいいかな」

 

妹達(シスターズ)にはそんな個体がいるのですね』

 

「うん。……そうだな。帝兵さんたちには必要ない仕組みだな」

 

真守の説明に、カブトムシは少し興味が出たのか真守の右肩の上で少し身じろぎするので、真守は垣根の造り上げたカブトムシのネットワークについて考える。

 

『そうですね。垣根帝督(オリジナル)は不特定多数にネットワークへの干渉権をわざわざ用意するなんてありえませんから』

 

「……気になってたんだが、お前たちには個性があるのか? 妹達(シスターズ)みたいに個々に意志があるのかなって、そういう意味だ」

 

真守がカブトムシに訊ねると、カブトムシはヘーゼルグリーンの瞳をカメラレンズのように動かしながら答える。

 

『ありません。意志を持たせてしまうと唯一無二になってしまい、個体の替えが利かなくなってしまうからです。そうなると新機能を搭載するための刷新をあなたに止められると垣根帝督(オリジナル)は考えたからです』

 

「私?」

 

突然自分が関わっているとカブトムシに言われて真守はきょとっと目を見開く。

 

『はい。唯一無二を愛するあなたならば個体一つ一つに感情移入してしまうと垣根帝督(オリジナル)は考え、あくまで人工知能の域を出ない範囲で私たちを造りました』

 

「……妹達(シスターズ)は妹達単体にそれぞれ意志があり、ネットワーク自体に宿っている大きな意志に個体の意志が影響されて動く、言わば半分機械みたいなものだ。だがお前たちは妹達とは違い、ネットワークによって完全に意志を統率された機械で、替えの利く存在だとでも言うのか?」

 

『はい。言わば普通の人間と一緒です。人間は脳細胞が集まって一つの意志として動いていますね。私たちカブトムシも個体一つ一つが脳細胞であり、ネットワーク自体が意志を持っています。そして脳細胞の一つが破壊されようとネットワークで共有されている記録を基に復元すれば、以前の脳細胞と寸分たがわないという事です』

 

垣根が自分のために考えて作り上げたカブトムシの仕組みを聞いて、真守は気恥ずかしくなって俯く。

 

「な、なるほど……そうか。垣根は私の事考えてくれてたのか……」

 

垣根帝督(オリジナル)はあなたのために「無限の創造性」を使うと決めました。あなたの事を考えるのは当然です』

 

「な、なんか実物を前にすると有言実行してくれてるんだなってとっても嬉し、……。ん、待てよ? 嬉しくなってる場合じゃない」

 

カブトムシが追い打ちをかけるように垣根が自分の事を考えてくれていると聞いて頬を赤く染める真守だが、おかしなことになっていると気が付いて思考を切り換えた。

 

『どうなされたのですか?』

 

「『実験』が中止された後、最終信号(ラストオーダー)は芳川桔梗という研究者が引き取ったんだ。でも最終信号は個体の特性上、あえて未成熟の体に(とど)めていなければならないから培養槽から簡単に出られない。だからあの子が一方通行(アクセラレータ)の下に行くのはおかしい。やっぱり二〇〇〇〇号が一方通行の下に行ったのか?」

 

真守が小首を傾げていると、突然カブトムシがヘーゼルグリーンの瞳を赤く染め上げた。

 

『後方注意です』

 

その瞬間、真守は背後から発火能力(パイロキネシス)による攻撃を加えられた。

 

だがシールドとして、干渉を跳ね除ける指向性を付与した源流エネルギーを纏っている真守には攻撃が利かない。

 

ガキガキキ! と、歯車が鳴り響く音と共に蒼閃光(そうせんこう)(ほとばし)る。

真守はその攻撃を焼き尽くしてから、面倒そうに顔をしかめた。

そしてゆっくりと振り返って、発火能力(パイロキネシス)を使ってきた襲撃者を見た。

 

「え」

 

服装は手術衣のような簡素なものに素足で歩いており、胸のふくらみと体付きで少女だと分かった。

 

その少女の顔は分からなかった。

 

典型的でピエロのリアルなフルフェイスの被り物で顔を隠してたからだ。

 

だがそのピエロの被り物よりも真守にとって一番衝撃的だったのは。

 

 

その少女が死んでいる事だった。

 

 

真守は流動源力(ギアホイール)という新たなエネルギーを生成する能力の性質上、あらゆる流れを読み取ることができる。

 

その少女は人間が生きるために必要不可欠な血が巡っていないし、心臓が止まっている。

 

どう頑張っても死んでいるとしか真守には思えなかった。

 

それでも、変わらずそこに(たたず)んでどういう原理か能力を行使していた。

 

「死……死んで……え?」

 

『死んでいる? ……確かに生体反応がない。アレは一体?』

 

真守が困惑してカブトムシが警戒心を露わにする中、その少女が発火能力(パイロキネシス)を発動した。

正確な強度(レベル)は分からないが、高位能力者クラスの火球が真守に向かって放たれる。

 

真守は呆然としながらも、カブトムシも守れるように源流エネルギーを生成して逆巻く炎を焼き尽くすと、爆風と煙の中から現れた。

 

目の前の少女には人間が生きるために必要不可欠な血が巡る代わりに、とあるエネルギーが巡っていた。

 

そのエネルギーとは、真守が源流エネルギーに指向性として特定の数値を入力すれば造れるエネルギーだった。

そのエネルギーをピエロの仮面で電気的に制御する事で、死体は能力を行使し体を動かしていた。

 

「……私の源流エネルギーが利用されている」

 

真守は思わず呆然となって呟く。

 

真守以外に源流エネルギーを生成できる人間はこの世に存在しない。

だが真守は研究所時代に研究者に()われたため、源流エネルギーを大量生成し、それを研究材料として提供した。

その時に研究者が保管していた源流エネルギーを誰かが利用している。

 

それが分かっても真守は動けなかった。

 

『真守? 大丈夫ですか、真守?』

 

カブトムシが声を掛けてこようとも真守は応えられず、指先一つ動かす事ができなかった。

 

目の前で死んでいるはずなのに動いている少女が立っている。

 

 

あれは、真守が助けられなかった場合の深城だ。

 

 

深城は死亡したが、真守が無理やり蘇生してこの世に引き戻した。

深城の蘇生は成功したが、深城の存在はAIM拡散力場全体に希釈されてしまい、AIM拡散力場を自身の体と認識していて意識が体に戻る事はなかった。

昏睡状態となった深城の希釈された存在を復元する事はできない。

どこから手を付ければいいか分からないし、今の状態が深城をぎりぎり繋ぎ留めているかもしれないのだ。

だから現状維持が好ましいとして、深城の体には現在、特別な処置は施されていない。

 

もし真守が深城を連れ戻すのがもう少し遅かったら、深城は完全に死んで真守の源流エネルギーによって操られるだけの動く屍となっていただろう。

 

 

丁度、目の前にいる少女のように。

 

 

「あ……」

 

どう対処すればいいか分からない。

 

死んでいるから痛みを与えて止まらせる事ができないし、死んでいるから説得が効かない。

 

そもそも深城が至っていたかもしれない結末に辿り着いた少女に、真守は攻撃する事ができなかった。

 

真守は呆然としたまま、よたっと足をふらつかせる。

 

直視したくない現実が目の前にあって、自然と息が荒くなるのが分かる。

 

恐怖で心臓が嫌な音を立てて軋む。

 

 

少しずつ、少しずつ。

 

 

真綿で首を絞められるように、少しずつ逃げ場所を奪われて、『闇』の魔の手が自分へと差し迫っていると真守は感じていた。

 

「ひ。……い、嫌だ…………嫌…………ど、どうすれば……いやだ……っ」

 

『真守、落ち着いて』

 

カブトムシが再度声を掛けてくるが、真守は完璧に錯乱した様子で、顔を歪ませてぶつぶつと拒絶の言葉を呟く。

 

無理もない。

 

目の前に(たたず)む少女は、真守のためだけに用意された悪夢なのだから。

 

追い詰められながらも、真守は解決策を探るために思考を巡らせる。

 

「…………そ、……そう。……そうだ、被り物……っ」

 

真守は恐怖で瞳を揺らしながらその事実に気が付いた。

 

エネルギーはピエロの被り物で電気的に制御されている。

 

それならば被り物を破壊すれば少女は動く事も能力を行使する事もしなくなり、何もかもが解決する。

 

本当に無理だった。

 

こんな現実が目の前に存在しているなんて耐えられない。

 

深城が辿りついていたかもしれない結末に辿り着いた少女が、利用されて良いように操られているなんて、そんなの耐えられるはずがない。

 

早くこの現実をどうにかしてしまいたい。

 

こんな現実を許してはいけない。

 

『真守!』

 

真守は自分の右肩に張り付いているカブトムシの制止を聞かずに、少女に向かってよろけながらも、蒼閃光で形作られた猫耳と尻尾を現出させて走り出す。

 

少女が発火能力(パイロキネシス)を使ってくるが、真守はシールドによってそれを弾き、火の海の中から手を出して被り物に触れる。

 

歯車がギチギチ、と無理やり噛み合わせるような苦しそうな音と共に蒼閃光が迸って、ピエロの被り物だけを真守はエネルギーで攻撃した。

 

ピエロの被り物が焼き切れる中、顔面蒼白で死んだ少女の虚ろな顔が見えた。

 

真守がやっと少女の顔を見る事ができた、解放できたと安堵した瞬間、ピーっという電子音が辺りに響く。

 

 

次の瞬間、真守の目の前で少女の頭が爆発した。

 

 

はじけ飛ぶ脳漿(のうしょう)。目玉、頭蓋骨。防腐処理された細胞。

 

頭を吹き飛ばされた屍は死んでいるため脆くなっており、地面に叩きつけられただけで骨が砕けて手足があらぬ方向へと曲がり、そのまま力なく地面へ四肢をくたっと投げ出した。

 

爆風や弾け飛んだ少女の脳漿は真守が纏っていた源流エネルギーによって焼き尽くされて、カブトムシ共々真守は綺麗な姿を保ち続け、そこに変わらずに(たたず)んでいた。

 

どうやら、ピエロの被り物が破壊されれば頭に埋め込まれた爆弾が爆発するようになっていたらしい。

 

真守は気が動転していて、爆弾が埋め込まれている事に気が付けなかった。

 

真守は頭のなくなった死体を呆然と見下ろすしかできなかった。

 

突然の強襲。

 

自分を襲った少女は死んでいるから口を割らない。

 

誰が何の意図で自分を襲ったか分からない。

 

何の情報もない。

 

だから自分に何が降りかかっているか分からない。

 

思考が停止してしまった真守へ、生きる屍となった少年少女十数人が殺到した。

 

 

Aug.31_PM04:11終了

 




垣根くん、真守ちゃんの事考えて帝兵さんの仕組みを造っていたという話でした。
というか真守ちゃん、普通に帝兵さんに接していますが割とヤバいモンを垣根くん造ってます。

そして超能力者にはやっぱり精神攻撃が一番効く……。




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第四六話:〈絶望泥闇〉から連れ出して

第四六話、投稿します。
次は九月二六日日曜日です。


(Aug.31_PM04:17)

 

気が動転していた真守だったが、途中から動く屍の体の中を循環しているエネルギーを破壊するようにエネルギーを生成して撃ち込む事で、爆弾が爆発しないように動く屍を停止させられる事に気が付く事ができた。

 

そのため、その方法に従って動く屍に対処したので、真守の周りには頭がない死体とピエロの被り物を被ったまま倒れている死体が散らばっていた。

 

『真守。垣根帝督(オリジナル)がこちらに向かっています。ですからあと少しの辛抱です』

 

「……ありがとう」

 

自分の事を元気づけてくれるカブトムシに力ない笑みを見せながらも、真守は電気エネルギーを手の平からパパパリッと音を鳴らして生成し、ピエロの被り物と爆弾の連動を断ち切っていく。

 

せっかく頭が吹き飛ばないように手心を加えたのに、遠隔操作で爆発させられて頭が吹き飛ぶところなんて見たくない。

 

真守はその思いを胸に抱いて必死に能力を行使しながら、自分を狙ってきた相手の事を並列処理によって頭の中で考えていた。

 

学園都市と言えど、こんな非人道的な仕組みを構築できる人間は限られているし、何より真守には人の尊厳を踏みにじる集団に心当たりがある。

 

最後の爆弾とピエロの被り物の連動を断ち切った瞬間、近くに転がっていた頭のなくなっている死体の一つ、その手術衣の中から着信音が鳴り響いた。

 

真守がその死体に近づいて手術衣の中を探ると、ご丁寧に内ポケットがつけられており、その中に携帯電話が入っていた。

 

『真守』

 

カブトムシは制止するが、真守は一つ息を吐いて『非通知』からの着信に応えた。

 

「…………木原か?」

 

〈正解でーす! 初めまして、真守さん!〉

 

真守が放った第一声を正解とした相手はどうやら若い男のようで、軽石のような中身のない、そして薄っぺらい声音だった。

 

〈木原相似っていいまーす〉

 

「…………お前がこの子たちをこんなにしたの?」

 

恐らく、木原相似は軽薄な笑いを浮かべて自分と話をしているのだろうと真守は想像しつつも、平常心を心掛けて訊ねる。

 

〈はーい、自分がやりました。体を動かしていた全てをあなたの源流エネルギーに指向性を付与したエネルギーで代替して、それを電気的に操って能力を放つ事のできる動く屍にしました!〉

 

「……どうしてこんな事をした? この子たちはお前が殺したのか!?」

 

真守が怒りを(あら)わにすると、木原相似は冗談じゃないと笑って軽やかに説明する。

 

〈この学園都市では絶望した学生が毎日自殺しているじゃないですか。その死体を拾ってきただけですよ〉

 

「……っ。……流石木原だな。研究の為ならばなんでも利用する、学園都市の癌……」

 

真守は顔に手の平を押し当てて苦しみに耐えながら呟き、精一杯の嘲笑を声色に乗せるために携帯電話を横目で睨みつけた。

 

「私の源流エネルギーをおもちゃにして随分と楽しそうだな。木原相似」

 

〈まだまだ全然楽しくないですよー。だって欲しいじゃないですか。全てのエネルギーを代替できる実験材料!〉

 

「……私は安くないぞ」

 

木原相似に自分がターゲットにされた事を忌々しく思いながら、真守はけん制の声を上げる。

 

〈そう。あの一方通行(アクセラレータ)を超える逸材ですからね。でも一回の奇襲で随分と動揺しているじゃないですか。これは一方通行の代替を造り上げなくても良かったですかね〉

 

一方通行(アクセラレータ)の代替……?」

 

真守が眉を顰めて木原相似の言葉に反応すると、電話越しに木原相似はストローで何かをズズズッと飲んだ。

 

〈あー美味い! 本物の果汁なんてほぼ入ってないのに、香料と甘味料でちゃんとジューシーな果物感! 代替ですよ。だ・い・た・い〉

 

「……それがお前の研究?」

 

木原相似が飲んでいるのは恐らく科学で完全に再現した学園都市製のオレンジジュースで、それが木原相似の研究理念に繋がっているのだと真守は推測して訊ねた。

 

木原一族は個人個人でそれぞれ、研究理念を打ち立てている。

その研究理念は科学を進歩させるという純粋で尊い理念だが、それを叶えるために木原一族は手段を問わない。そのせいで多くの人々が犠牲になってきた。

そして彼らは犠牲になった人々を(かえり)みず、あまつさえ『科学に犠牲は付き物』だと真顔で言ってのける非情さを持っているのだ。

だからこそ、真守の精神を折るためだけに動く屍を造り上げて真守が対処すれば頭を爆散させるなど人の命の尊厳をまったく考えてない手法で攻撃してくる。

 

〈はい! なんにでも代わりはあるんです。代わりのないものなんてこの世にはありません。手も足も主義主張だって代替品でまかなえます。その代替品を作るためにあなたが必要なんですよ、朝槻真守さん?〉

 

「私の源流エネルギーを全てのエネルギーの代替にすると?」

 

真守が頭の中で木原の非情さについて考えていると、木原相似は熱に浮かされたかのような恍惚(こうこつ)な声音でつらつらと目的を述べる。

 

〈はい。あなたの源流エネルギーには多大な価値を感じます。あなた一人がいれば全てのエネルギーの代替を作り上げる事ができますし、あなたは力やエネルギーを操る能力者の代替ができるんですよね。念動系能力、火炎系能力、発電系能力、大気系能力、光学系能力などなど、特殊な演算を必要としない一般的な能力の代替ですよ、代替! ……それに、あなたは頑張って隠しているようですが、精神操作も可能なんでしょう?〉

 

「……その根拠は?」

 

真守は舌打ちしそうになるほどに顔を歪め、胸のタンクトップの布をギュッと手で握り締めて、心の痛みに耐えながら木原相似に訊ねた。

 

〈あなたの能力、流動源力(ギアホイール)は源流エネルギーにあらゆる数値を入力して指向性として付与する。普段あなたはこの世に存在するエネルギーしか生成しないようにしてますが、やろうと思えば本来この世に存在しないエネルギーも生成できる。だから()()()()()()()()()()源流エネルギーに数値を入力して、そのエネルギーを人間に流し込めば精神干渉が可能なんでしょう?〉

 

「……そうだな。お前の想像通りだ」

 

(木原は能力開発のエキスパートだからやっぱり気づくか……)

 

真守が心の中で木原の洞察力に舌打ちしつつも肯定すると、カブトムシの赤く染まっていた瞳が驚いたように瞳を縮小する。

 

〈代替品としての価値が上がりましたね〉

 

木原相似は精神的に追い詰められている真守に向けて、軽薄な様子で心底楽しそうに告げた。

 

「……お前は一方通行(アクセラレータ)の代替品を用意したと言っていたな。私と一方通行の力関係は五分五分だ。それでも私には必勝法がある。お前が私を捕まえる事なんてできない」

 

『木原相似が一方通行(アクセラレータ)の代替を用意した』という話題へと戻って真守はけん制するが、木原相似は動じる事なく笑って応えた。

 

〈あなたはその代替品を殺せないじゃないですか。殺さないと止まらない一方通行(アクセラレータ)の代替品に対して、あなたに勝機はないじゃないですか。それにあなたを随分と焦燥させた生ける屍の在庫はまだまだたくさんありますよ?〉

 

「……………………殺してやる」

 

真守は沸き上がる殺意の(おもむ)くまま、地を這うような声で呟く。

 

だがその言葉を吐いた次の瞬間、真守は後悔した。

 

〈あらあら。いいんですか? あなたは殺しがお嫌いじゃなかったんでしたっけ?〉

 

真守の後悔を後押し、そして真守を追い詰めるように木原相似は軽薄な声で訊ねてきた。

 

「………………ころ、……っ殺し、て……殺してや…………でも、…………木原だけは、でも…………、いいや、でもやっぱり、……」

 

『真守』

 

真守は奥歯を強く噛み締めて殺意を抑えようとする。

そんな真守の様子をカブトムシは心配して、とっさに真守の名前を呼んだ。

 

真守はカブトムシに声を掛けられて一度息を呑み、その殺意を忘れようと冷静になろうとするが、この世で最も嫌悪している殺意から離れる事ができなかった。

 

殺意のままに動くか、殺意を抑え込むか。

 

そんな葛藤を覚えるのすらやってはならない事だと思って、真守は唇を強く噛む。

 

〈いいんですか? 線を引いちゃって〉

 

気が遠くなりそうな真守に、木原相似は楽しそうにからから笑って訊ねてくる。

 

〈あなたの源流エネルギーで人間を焼き尽くして殺すと、その人間の存在がこの世から『抹消』されるのに? あなたは人の存在を消去してしまうその恐怖で人を殺せないのに? それでもやるんですかーっ?〉

 

真守はビクッと体を震わせて、タンクトップを握り締めていた手にもっと力を込めた。

体を縮こませて、体の中心に力を入れて、真守は小さく呻く。

 

「……黙って、」

 

言葉にされるのも嫌だった。

 

木原相似の言う通り、流動源力(ギアホイール)の源流エネルギーは物質や下位互換のエネルギーを焼き尽くして『抹消』する特性を持っている。

 

物質や下位互換のエネルギーが源流エネルギーによって『抹消』されると、『存在の抹消』とも呼べるべき現象が起こり、後には『空白』だけが残される。

 

この『存在の抹消』に例外はない。

 

つまり人間を源流エネルギーで焼き尽くせばその『存在』がこの世から『抹消』され、周囲の人間は源流エネルギーによって焼き尽くされた人間の存在を()()してしまう。

 

想いあう男女がいたとして、その一方である男を真守が源流エネルギーで焼き尽くして殺し、その存在を『抹消』させたとしよう。

 

男の存在がこの世から『抹消』されたことにより、男を想っていた女は誰かを想っていたが、それがどんな人物で男か女かだった事すら思い出せなくなってしまう。

 

そしてぽっかりと空いたその『空白』には、その女にとって大切な存在としても不都合がない()()()()()()()が当てはめられる。

 

源流エネルギーによって引き起こされる『存在の抹消』とは凶悪過ぎる特性なのだ。

 

〈当然と言ったら当然ですけど、記録は残るんですよねーっ。電子的な情報に『存在の抹消』は流石に作用されない。だからこそ木原は気づいたんですけどね。何せあなたは僕の親族を三人も殺していますから〉

 

真守は木原相似の言葉に、ハッと息を浅く呑んだ。

 

〈……あなたの能力開発を行った、あなたが潰した『特異能力解析研究所』の所長だった木原分析〉

 

木原相似は真守を追い詰めるかのようにゆっくりと語り掛けてくる。

 

〈木原関数と木原円錐。それだけじゃありませんよねー?〉

 

そして木原相似の軽薄な声が、ゆっくりと真守の罪を暴いた。

 

〈あなたは九七二名の人間を殺した。研究者はもちろん、研究所に資材搬入をしていた人間や能力開発用機材を作っていた人間──つまり民間人もあなたは殺した。人を分け隔てなく平等に殺し、その存在を『抹消』した。……なんて恐ろしい人なんでしょうか、あなたは!〉

 

木原相似の楽しそうな声が響く中、真守は携帯電話から手から離して地面に落としながら、アスファルトが敷き詰められた道路にぺたんと座り込んだ。

 

するっと真守の手から落ちた携帯電話は地面に落ちて一度跳ねると、跳ねた先でクルクルと回転してその場に(とど)まった。

 

九七二名。

 

その人たちが遺したデータと、その人たちの最期。

 

真守はそれをすべて覚えている。

 

忘れたらこの世から彼らがいた痕跡が全て消えてしまうから。

 

この人数を十日にも満たない日数でこの世から『抹消』したのだから、どう考えても真守は人間を虐殺できる化け物だった。

 

〈木原的には、もっと殺して欲しいんですけれどねー〉

 

遠隔操作でスピーカーフォンに切り替えたのか、木原相似の声は自分は化け物で人でなしなのだと呆然と考える真守の耳にはっきりと届く。

 

衛星か監視カメラで見ているのかもしれない。

 

だが真守は精神を攻撃され過ぎて、どうやってこちらを把握しているのか考える気にさえなれなかった。

 

〈あなたが源流エネルギーで焼き尽くした際に現れる『空白』が増えれば増えるほど、あなたが消した存在が一体どうなるかその原理の解明が進むんですよ。だったら人間の二〇〇〇人や三〇〇〇人くらい、その解明の礎になったって問題ないでしょ?〉

 

真守は人をもう殺したくない。

 

それでも木原一族は科学の進歩のために、真守に人を殺せと言う。

 

「…………………………っわたし、は」

 

木原相似の言葉によって真守の世界がぐらぐらと揺れる。

 

やめてほしかった。もう何も言ってほしくなかった。

 

頼むから、頼むから。──そんな事、言わないで。

 

〈この世界に『空白』が生まれてしまうのに、その埋め合わせは一体どうなっているんでしょうねー? そして消えた人間とは果たしてどうなるのでしょうか。興味は尽きませんよ〉

 

真守が必死に言葉を紡ごうとすると、木原相似は興味をそそられたのか嬉しそうな声を出す。

 

道路の真ん中で夏の太陽に照らされる中、真守は虚ろな目を地面へと向ける。

 

「……、………………わたしは…………」

 

罪に(まみ)れた体を浄化の炎で焼かれるような感覚を覚える中、真守は消え入るような声で呟く。

 

「……………………ただ壊したかっただけだ」

 

真守は思い出す。

 

あの時の想いを。自分を突き動かしていた想いを。

 

どろどろと醜いあの感情を。

 

それを思い出しながら、許されない罪と知りながらも、誰かに許してほしくて。

 

真守はぽそぽそっと力なく言葉を()らした。

 

「……深城を殺した、世界が憎くて。深城を、助けられなかった自分が、許せなくて……その怒りをどこにぶつけたらいいか、分からなくて……っ手当たり次第に殺してしまって。でも、でも……私…………わたっ」

 

その時、真守の目からボロッと涙がこぼれた。

 

罪の意識に()し潰されそうで。

 

一人で耐えるのは厳しくて。

 

世界の全てへと懺悔(ざんげ)するように、真守は嗚咽(おえつ)()らしながら体を縮こまらせて呟く。

 

「…………………………この世の誰かを消したくなかった…………」

 

今すぐに学園都市から逃げ出したい。

 

全てのしがらみから解放されてどこか遠くへ行きたかった。

 

でもそれはできない。

 

真守にとって垣根と同じくらい大切な源白深城が学園都市に蔓延するAIM拡散力場を自分の体と認識しているから、学園都市から離れる選択肢なんて初めからない。

 

『死にたくない、一人にしないで。…………まもり、ちゃ……』

 

死ぬ前にそう(こぼ)した深城を置いていって自分は幸せになんかなれない。

 

深城が導いてくれたから自分は人間らしくなった。

 

深城がいなければ人間として生きていられない。ただの化け物に成り下がってしまう。

 

だからこそ真守は、深城を学園都市の『闇』の魔の手から守りながら学園都市で生きていくしかない。

 

だからずっと抗ってきた。

 

 

でも今回ばかりは駄目だった。

 

 

後少しで助けられなかった場合の深城のような少年少女を造り上げられて。

 

罪を(あば)かれて、古傷を(えぐ)られて、最も嫌悪する感情を呼び起こされて。

 

科学を崇拝する学園都市の悪意なき純粋な思想が自分を食らいつくそうとする。

 

苦しかった。

 

どうすればいいか、もう分からなかった。

 

この痛みとどうやって向き合えばいいか、全く分からなかった。

 

「………………………………かきね」

 

真守は追い詰められて長い沈黙の後、ぽつりと呟いた。

 

自分だけに向けてくれる、あの優しいまなざし。

 

差し伸べてくれる手。

 

それらを思い出して、真守はどうしようもなく垣根に会いたくなってしまった。

 

「垣根……垣根……………………たすけ、」

 

真守は右肩にしがみついていたカブトムシに手を伸ばしてぎゅっと胸の前で抱きしめる。

 

『大丈夫ですよ、真守』

 

カブトムシは羽が広げられないので、圧縮砲を撃ち出すための角で空気を振動させて真守に告げた。

 

真守が悲痛で顔を歪ませる中、ふと、垣根のAIM拡散力場が近付いてきているのが分かって顔を上げる。

 

夏の高い空。照り付ける太陽。

 

その向こうに、三対六枚の純白の未元物質(ダークマター)の翼を広げた垣根の姿があった。

 

「…………………………かき、ね」

 

真守はカブトムシを抱きしめたままく安堵で顔をしゃっと歪ませ、よたよたと立ち上がってカブトムシを片手で抱いて空高く舞う垣根へと手を伸ばした。

 

垣根は未元物質(ダークマター)の翼を動かしながら上空から舞い降りてきて、絵になるほど綺麗にぽろぽろと涙を零す真守の小さな体を優しく抱きしめた。

 

「…………………………垣根っ…………」

 

真守は片手でカブトムシを抱きしめたまま、空いた手で垣根の腰に手を回して必死に(すが)りつく。

 

「…………わ、私、わたっ……私…………あのな、」

 

真守が垣根の胸に額を押し付けながら泣きじゃくると、垣根は真守の後頭部を優しく撫でた。

 

「悪かった」

 

垣根は真守を安心させるようにゆっくりと告げる。

 

「お前を一人にして、一人で戦わせて……悪かった」

 

垣根の言葉にぼろぼろと大粒の涙を零しながら、真守は震える声を出して呟く。

 

「だいじょうぶ……………………っだって、垣根、来てくれた……」

 

そして真守は垣根のジャケットをくしゃっと握り締めながら嗚咽(おえつ)()らし、体を押し付け、垣根の広い背中に必死に(すが)りつく。

 

「ずっと一緒だって、約束守ってくれるために…………来てくれた……」

 

「ああ。……ずっと一緒だ。お前が離してって言っても絶対に離さねえ」

 

真守はぽろぽろと涙を(こぼ)しながら鼻をスンスンと何度も鳴らして、垣根の言葉に頷く。

 

〈おやおや。『スクール』のリーダーがそんなナリしてナイト気取りですかー?〉

 

そこで、全てを聞いていた木原相似の軽薄な声が二人の耳に届く。

 

「テメエがコイツのこと追い詰めた木原か」

 

垣根は真守の頭を抱きしめる手に力を入れながら携帯電話を睨んだ。

 

「流石に我慢ならねえ。丁寧にじっくり殺してやるからふんぞり返って待っていやがれ」

 

〈ええ、楽しみにしていますよ。では。──新たな超能力者(レベル5)第一位、朝槻真守さん。そして降格した第三位、垣根帝督さん? また後で〉

 

「…………え?」

 

真守は垣根の胸に頭を押し付けるのをやめて、驚きでひっくとしゃくりあげながらブツッと切れた携帯電話を見つめた。

 

「今、なんて。え?」

 

垣根は歯噛みしながら腕の中で困惑している真守の事を抱きしめる。

 

「とりあえず落ち着ける場所に行くぞ。そこで話をするから」

 

「……………………うん」

 

真守は垣根の胸に顔をうずめて小さく返事をした。

 

「でも、あと少しだけ。あと少しだけこうさせて…………おねがい」

 

真守がぎゅっと垣根の腰に回した片手に力を入れると、垣根は真守の事を柔らかく、そして壊れ物を扱うかのように優しく抱きしめた。

 

 

Aug.31_PM04:31終了

 




やっぱり木原一族でした。
しかも木原相似……そして一方通行の代替って事は、まさか……という事でお楽しみいただけたら幸いです。

真守ちゃんが過去にどんな殺人を犯したか、垣根くんが知る事となり、これで二人共全ての過去を共有した事になります。

それにしても、真守ちゃん絶対にピエロがトラウマになる……。




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第四七話:〈泥闇救出〉からの人タラシ

第四七話、投稿します。
次は九月二七日月曜日です。


(Aug.31_PM05:08)

 

垣根は真守をお姫様抱っこして未元物質(ダークマター)の翼で飛んで、第八学区のとあるビルの最上階にある『スクール』のアジトへ戻ってきた。

 

自分で飛ぶと言った真守だったが、垣根から見て真守はどう見ても精神的に消耗しているし、今日は珍しくスカートだったので甘えておけと垣根は言ったのだ。

 

先程『電話の声』によって半壊したアジトの一室は窓ガラスが割れているので、垣根はそこから躊躇(ためら)いなくアジトへと入る。

 

「垣根。ありがと」

 

真守は何故アジトが半壊しているのか気になりながらも垣根に降ろしてもらい、カブトムシをぎゅっと抱きしめたまま床に降り立った。

 

だが床に降り立った瞬間、コンクリートの破片を踏んでよろけてしまう。

 

バランスを崩して倒れそうだった真守の腕を垣根が引っ張って態勢を立て直させると、真守は垣根を見上げて力なく微笑んだ。

 

いつもだったらバランスを崩して転倒しそうになるなんてありえないのに、転倒しそうになったという事は精神的に消耗している証だった。

 

「ありがとう」

 

「こっち来い」

 

真守が精神的に消耗しているのに心を痛めた垣根は悲痛に顔を歪ませながら、真守の肩をそっと抱き寄せる。

真守はそれを受けて柔らかく微笑んで、垣根に肩を抱かれたまま半壊した部屋から出て、廊下を歩き他の部屋へ垣根と一緒に移動した。

 

アジトの中に複数あるホテルのような一室に真守を案内すると、垣根は真守をベッドに座るように(うなが)した。

垣根の誘導に乗って、真守はカブトムシを太ももの上にそっと乗せてベッドの端にちんまりと座った。

 

真守が座ったのを確認した垣根はそのままベッド横の内線の前まで歩いて行って、受話器を手に取った。

 

「誉望、弓箭連れてっていつもの場所で女が好む飯を適当に数種類買ってこい」

 

真守が昼食を食べていないのを知っている垣根は、誉望を呼び出してそう指示する。

 

〈……え。垣根さん!? 一体どこ行ってたんスか? 突然いなくならないでくださいよ、てっきり上層部の人間皆殺しに行ったのかと思いましたよ!?〉

 

「ッチ。うるせえな、どこだっていいだろ早く行け」

 

誉望が心底焦っていたと伝えてくるので、垣根は苛立ちを込めて舌打ちしてから命令する。

 

〈は、はい……!〉

 

誉望が垣根の逆鱗に触れて震える声で返事するのを聞くと、垣根は受話器を置いて真守に近づき、隣にそっと座った。

 

「……垣根、超能力者(レベル5)第一位ってどういう事?」

 

話ができる場所に来たら教えてくれると垣根が言ったので、真守は不安で瞳を揺らしながら木原相似が最後に言い残した『朝槻真守の超能力者(レベル5)第一位認定』について訊ねる。

 

真守は何も聞かされていないのだ。

事前に伝えると真守が拒絶する可能性を考慮して、上層部は真守に情報をギリギリまで開示しないつもりなのだろう。

 

「俺もさっき知ったんだが、明日付けでお前が超能力者(レベル5)として承認されるらしい」

 

これまでの真守の行動から、垣根は上層部が考えそうな事を頭の中で推察しながら自分が『電話の声』から事前報告されたことをぼかして伝える。

 

「…………もう逃げられないんだな」

 

もしかしたら上層部は真守に情報をつたえるであろう自分を使って真守を慰めさせるつもりだったのだろうか、と垣根が考えていると、真守はぽそっと呟いた。

 

「垣根。聞いたと思うが、前の時は統括理事会の人を私が殺して承認を蹴ったんだ。もう人を殺したくないから、私……今度は拒否できない。ごめん。ごめんな、垣根……」

 

「なんで謝るんだ?」

 

垣根の問いかけに真守は躊躇(ためら)いがちに垣根を上目遣いで見上げる。

 

真守のその表情が本当に苦しそうで、垣根は真守の表情を見て思わず胸が詰まってしまう。

 

「だって……垣根の順位下げちゃう」

 

垣根が順位に固執していると知っているので真守が本当に心苦しいと伝えると、垣根は(ゆる)く首を横に振った。

 

「……お前が気にする事じゃねえ」

 

垣根は真守を安心させるために告げたが、今はそこまで順位に固執していないというのが本音だ。

 

()()()()()()()順位付けによって真守が利用されるのと、真守がそれを受けて自分の順位を落としてしまうと嘆いている方が垣根は嫌だった。

 

「でも……垣根がゆるしてくれても他の子たちは違うかもしれない……。一方通行(アクセラレータ)、自分が第一位なの誇りに思ってたし、美琴だって私のこと、」

 

「真守、ちょっと落ち着け」

 

先程から動揺しっぱなしの真守を落ち着けるために垣根は真守の背中を優しくトントンと軽く叩いて安心させる。

 

「お前はあいつらのことよく分かってんだろうが。落ち着いて考えろ。あいつらはお前が自分たちの上に立っただけでお前の事を嫌うような連中か? お前が助けたあいつらはそんな事考えるようなヤツじゃねえだろ。……一方通行(アクセラレータ)の事はあんま擁護(ようご)なんてしたくねえがな」

 

真守の事を落ち着けるために色々言っていた垣根だが、やっぱり一方通行(アクセラレータ)が気に食わないので思わず最後にそう(こぼ)す。

真守はそんな垣根を見つめて、垣根が駆けつけてくれてから初めて柔らかく微笑んだ。

 

「かきね。器ちっちゃい」

 

「うるせえ。だから器がちいせえとか言うんじゃねえ」

 

真守に器が小さいと言われつつも真守が笑ってくれたので、垣根は心の中で安堵して真守を優しいまなざしで見つめる。

 

「ふふっ。……でも、そうだよな。二人共きちんと話せばわかってくれるよな」

 

「つーかあいつらは正当な順位付けだって思うだろ。一方通行(アクセラレータ)だってお前に絶対防御破られてんだぜ?」

 

「あれはできるヤツなら誰にだってできる」

 

「へえ。じゃあ俺もできるってお前は信じてんだ?」

 

真守が顔をしかめて告げるので、垣根はそんな真守が愛しくて意地悪く笑って(ささや)く。

 

「当たり前だろ。垣根の『無限の創造性』は凄いんだぞ。……って、お前自分でできる方法見出してるのに私に太鼓判押してほしくてわざと言ったな!?」

 

「ああ、そうだな。お前が教えてくれた俺の能力の応用性はもう全部分かってる」

 

垣根がわざと自分に言わせたのだと知って真守が怒ると、垣根は柔らかく微笑んで真守の頭を引き寄せた。

 

「う」

 

ぐいーっと垣根の胸の中に頭を引き寄せられた真守は、思わず頬を赤く染めて固まる。

 

肩から右半身にかけて垣根の体にピタッと寄り添う形になった真守の頭を、垣根は真守が綺麗に結い上げた猫耳ヘアを崩さないように優しく撫でる。

 

前に怒られた反省を生かして垣根が優しく丁寧に頭を撫でてくれるのに気が付いた真守は、垣根の優しさに触れたのと撫でられるのが気持ち良くて、それらに幸せを感じて柔らかく目を細めた。

 

そして躊躇(ためら)いがちにも、真守は垣根の腰に手を回して太ももの上に乗っているカブトムシが潰れないように注意しながら垣根にぎゅっと抱き着いた。

 

自分が抱きついたので垣根がどう思ったか気になって真守が顔を上げて垣根を上目遣いで見つめると、垣根は優しい視線で自分を見下ろしながら頭を撫で続けてくれる。真守はそれに幸せを感じてとろけるように顔を弛緩(しかん)させると、垣根にもっと強くぎゅーっと抱き着く。

 

全力で飼い主に甘えに来ている子猫に真守が見えて仕方がない垣根は、真守が愛しくて目を細めてふっと笑った。

 

真守と垣根が束の間の幸せを堪能(たんのう)していると、しばらくしてコンコンッと部屋の扉が叩かれて垣根に言われて買い物をしてきた誉望が両手にビニール袋を持って入ってきた。

 

「ちーっス。垣根さん、言われたものちゃんと買ってきま──うぇえぇえええ!? なんで朝槻さんがいるんスか?!」

 

アジトにいなかった真守が突然現れてあろうことか垣根に抱き着いているので、誉望は当たり前に驚愕して思わず声を上げる。

 

「うるせえ。なんでもいいだろぶっ飛ばすぞ」

 

「あ、あの方が朝槻さんですか……っ! わぁ……あの垣根さんに抱き着いてる…………」

 

アジトを半壊させた機嫌の悪い上司に命令されて謎の買い物から帰ってきたら上司が上司の女を腕の中に入れて抱きしめていた。

 

その事実に誉望が愕然(がくぜん)としているとその隣からひょこっと弓箭が顔を出して、初めて目の当たりにした真守が垣根に抱き着いているので、若干頬を赤く染めて(うかが)うように見つめた。

 

「あの子がもう一人?」

 

「ああ。ウチのスナイパーの弓箭猟虎」

 

垣根に甘えているところを見られた真守は恥ずかしくて頬を赤く染めたままいそいそと垣根の腕の中から出ると、姿勢を正して弓箭に向き直った。

 

「話は聞いてたけどはじめまして、弓箭。よろしくな」

 

「よ、よよよよろしく!? はぅあっ……よろしくって、お友達ってことですかぁ!?」

 

真守の挨拶に激しく動揺しながらも、『はじめましての挨拶=友達になってくれる』という式を脳内で組み立てた弓箭は思わず真守に問いかける。

 

「? 友達になりたいのか?」

 

「ともだっ!? な、なりたいと言ったらなってくれるんですかっ!?」

 

真守が小首を傾げると弓箭は興奮した様子で真守に詰め寄っていく。

垣根がそんな弓箭の事を心底気に入らないと言った顔で睨みつけていたが、弓箭は真守の言葉が嬉しくてその視線に気が付かなかった。

だが傍観していた誉望は当然気づいたので、弓箭を止めるべきかおろおろとビニール袋を両手に持ったまま顔を真っ青にする。

 

「別にいいけど」

 

真守が弓箭の豹変っぷりに目をきょとっと見開きながら快諾を言い放つと、弓箭は友達ができた衝撃で床にへたり込んで嬉しそうにぶつぶつと呟く。

 

「うひ。ふふふふふ。わたくしにもついにお友達が……ぼっちではない。もうぼっちなんて言わせない……! 朝槻さんは超能力者(レベル5)第一位になるお方。そんな朝槻さんの親友になったわたくしは朝槻さんと共に一気に学園都市の人気者に……! ふふふふふ……!」

 

「……弓箭、そんなにすぐに距離詰めなくても私はどっかに行かないぞ」

 

「ふぇっ!?」

 

真守が顔をしかめながら床にぺたんと座っている弓箭に話しかけると、弓箭はあからさまに興奮した様子で食い入るように真守を見つめて、瞳をきらきらと輝かせる。

 

「そ、それはどういう……もしかして一生隣にいて離れないでいてくれるという事ですか!?」

 

『どこか遠くに行かない=ずっと隣にいてくれる』と勘違いした弓箭がそう叫んだ瞬間、垣根の機嫌が急降下したのを感じた誉望は思わずウッと呻く。

 

「いや、そうではなく。……あのな、弓箭。人と人の繋がりは少しずつ(つむ)ぐものだ。だからそうやって即座に距離を縮めようと(せま)ると、誰もが逃げて行ってしまうぞ」

 

「逃げっ……!?」

 

真守が人付き合いについてちょろっと説くと、弓箭は固まる。

 

今、自分は真守に距離を詰めようと迫っている。

 

真守が言うにはそうやって迫ると誰もが逃げていく。

 

つまり、真守も逃げていってしまう。

 

その公式を頭の中で組み上げた弓箭は目を(うる)ませてふらっと立ち上がると、真守に突進した。

 

真守が突然抱き着いてきた弓箭に驚く中、真守の太ももに居座っていたカブトムシは危険を察知して太ももの上から脱出。垣根の右肩に()まったのでぎりぎり圧し潰されずに無事だった。

 

「嫌です、朝槻さん逃げないでください、猟虎が悪い子でした! ですからお友達のままでいてください逃げないでお願いしますぅぅぅー……!」

 

真守の細い腰に弓箭が抱き着くと、垣根が弓箭の行動にブチ切れ寸前になり、誉望はそんな垣根を見て吐き気を覚える。だが両手にビニール袋を持っているので口に手を当てられず、低いうめき声を断続的に上げていた。

 

「だからさっきも言っただろ。聞いてたか? 私は逃げないぞ」

 

垣根がブチ切れて弓箭を怒鳴りつける前に、真守は自分の腰にしがみついて涙目になっている弓箭の頭に優しく手を置く。そしてツインテールを崩さないように、ゆっくりと弓箭を撫でた。

 

「ふぇ?」

 

「お前が私の友達になりたいって気持ちは分かったから。だからお前はゆっくり歩み寄ってくればいい。私もゆっくりお前を知るから」

 

弓箭が半泣きで真守を見上げると、真守は柔らかな笑みを浮かべている。その微笑みが弓箭には聖母のように見えた。

 

「ふえ……朝槻さんみたいにっ……ゆっくり絆を(つむ)がせてくれる素敵なお方、周りにいなくてぇ……わたくし、いつも一人でぇ……! ぼっちで、でもぼっちが嫌で……っ!」

 

弓箭がひっくひっくとしゃくりあげながらぼろぼろと涙を零す。すると真守は苦笑しながらも、弓箭の涙をそっと(ぬぐ)って微笑んだ。

 

「私は別に特別じゃない。お前が人との距離の詰め方が苦手だから周りの人間が逃げているように見えるだけだ。急がないでゆっくり近づいていけば、その内友達になれるものだ。分かったか?」

 

「ふ、ふええぇえええ朝槻さん、ありがとうございますぅううううう!」

 

真守のお腹に顔をこすりつけて大号泣する弓箭。

真守はちょっと困った顔をしながらも微笑んでそんな弓箭の頭を優しく撫でた。

 

(……天然人タラシ)

 

(猟虎が一瞬で陥落(かんらく)した……や、ヤバすぎるこの人…………)

 

一方通行(アクセラレータ)でさえ心を許した真守の手腕を直で見た垣根は遠い目をする。そんな垣根の前で、誉望は垣根とは違うタイプの恐怖を真守に感じてガタガタと震えていた。

 

 

 

(Aug.31_PM05:38)

 

 

 

〈こちらでも捕捉したがマズいことになったな〉

 

『電話の声』と通信ができる予備のノートパソコン(n台目)を、垣根は苛立ちを込めて睨みつけながら『電話の声』と通話をしていた。

 

〈木原相似は朝槻真守の能力研究を行っていた一人だが、今回の暴走についてはタイミングが悪すぎる〉

 

「上も予測してなかった事態だとでも言いてえのか?」

 

〈そうなるな。『スクール』は朝槻真守を木原相似から守りながらヤツの居場所を特定、対処に回ってくれ。()()()()()()()

 

「あの木原のいる場所はテメエらでも分かんねえのか?」

 

垣根が問いかけると『電話の声』は溜息を吐いた後に面倒そうに告げた。

 

〈木原相似はなんでも代替する癖があってな。行方が分からない状態だ〉

 

「チッ。使えねえな。仕事をなんでもかんでも俺らに投げりゃいいとでも思ってんのか? あの木原が研究していた情報を寄越せ。知ってんだろ?」

 

垣根があからさまな舌打ちをしてから木原相似の情報を要求すると、『電話の声』は何か資料を探しているのか少し間を置いてから告げた。

 

〈朝槻真守の能力を使っての全ての代替さ。彼女を襲った生きる屍も作品の一つだが試作品だな。ヤツの目標は既存の能力者を強化して超能力者(レベル5)の代替を造る事だ〉

 

「ハッ。超能力者(レベル5)の代替だと? 凡人で代替できるほど、超能力者(俺たち)はお粗末じゃねえよ」

 

垣根が木原相似の(かか)げている研究理念が馬鹿みたいだと鼻で嗤うと、『電話の声』はふむ、と頷いてから真剣な声音を出す。

 

〈確かにまだまだ期待レベルにも届かないものだ。だからこそ朝槻真守を研究材料として欲しているのだろう。こちらとしてはいい迷惑だな。ここで朝槻真守を失う訳にはいかない。損害が大きすぎる〉

 

「損害、か」

 

垣根は『電話の声』の利益を重視する言い方を鼻で嗤う。

 

「そうだろうなあ。利益が十分に出る能力者を育てたには育てたが制御不能だから放置して監視。その監視の最中、やっと熟した果実を横取りされて腐らされるなんて、損害がすさまじいよなあ?」

 

〈……とりあえずそういう事だから。よろしくな〉

 

垣根の皮肉が効いたのか、『電話の声』はそこでブチッと通信をぶっちぎる。

 

気に入らなくてノートパソコンをぶち壊そうかと思った垣根だったが、何度も行っているその行為をやっと馬鹿らしいと思う事ができて取りやめた。

 

(第一位の障害になるなら木原の一人くらいどうでもいい、か。……いくら真守に価値があるからってここまでするか、普通?)

 

垣根の疑問は最もだ。

統括理事会直轄の暗部組織を一つ動かしてまで、学園都市の中核を担っている木原相似を殺せと命令するなんてはっきり異常事態だ。

 

(真守を超能力者(レベル5)第一位に位置付けるために数年間監視してずっと機会を(うかが)っていた。真守を第一位に()える事には能力者全体を活気づけるだけだとか、学園都市の力を誇示(こじ)するだとか真っ当な理由を取り付けてるだけで、それ以外の目的があるような気がしてならねえ)

 

その目的が何かは分からないが、真守の事を学園都市が利用しようと考えていることは確かだ。

 

「とりあえず真守の様子見に行くか」

 

垣根は情報が少ない中で、上層部の思惑を推察しても不毛だと考えて立ち上がると、既にほぼ夕食になっている昼食を食べている真守の下へと向かった。

 

 

Aug.31_PM05:45終了

 




ひとまず落ち着く事ができました。

それにしても猟虎ちゃんが即落ち過ぎる。恐ろし過ぎる真守ちゃん……。





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第四八話:〈会話模様〉は穏やかと不穏さを

第四八話、投稿します。
次は九月二八日火曜日です。


(Aug.31_PM05:36)

 

「ねえ、ずっと聞きたかったのだけど。あなた、一体彼のどこがいいの?」

 

「ふも?」

 

誉望と弓箭が買ってきてくれた数種類のお弁当の内、ロコモコ丼を選んで真守が食べていると、話し相手になってくれていた心理定規(メジャーハート)にそう切り出された。

 

「垣根の良いところ?」

 

「そう。それ以外に何かあるかしら」

 

真守がごくん、と飲み込んでから首を傾げると心理定規(メジャーハート)が真守の反応に目を細める。

 

「わ、わたくしも聞きたいです! 朝槻さん、どうして垣根さんのこと好きになったんですか?」

 

「す………………すき、」

 

弓箭に直球で聞かれて真守は頬をポッと赤く染める。

 

(やっぱり恋愛話には(うと)いのかしら? ……きっと研究所にずっといたから慣れていないのね)

 

心理定規(メジャーハート)が心の中で真守をそう分析していると、真守が恥ずかしそうに内ももをすり寄せながらぽそっと呟いた。

 

「………………優しいところ」

 

「どこが優しいのかしら?」「どこが優しいんですか?」

 

真守の垣根の良いところを告げると心理定規(メジャーハート)と弓箭の声が重なった。

 

「彼は敵対しても格下は見逃すし一般人には手を出さないけれど、利用できるものはなんでも利用するわ。見てくれがいいから女の子が怖いものみたさで寄ってくるけど、俺様気質で傍若無人。彼と一緒にいて疲れないの?」

 

「垣根さんはすぐに機嫌を損ねるじゃないですか。その時の威圧感が半端なくて、誉望さんなんかトラウマあるからトイレにいっつも駆け込むんですよ。機嫌取るの大変なんじゃないんですか?」

 

(ああ。やっぱり垣根ってそういう印象で、私に優しくしてくれるのは奇蹟なんだ……)

 

真守は『スクール』女子の辛らつな評価を聞いて思わず真顔になるが、垣根のフォローをするべく自分に対して優しい垣根について伝えるために口を開いた。

 

「確かに垣根はそういうところあるし、すぐに機嫌悪くなるし、器が小さいけど。でも私のこと心配でいつでもカブトムシそばに置いて見守っていてくれるし、私が一人で買い物に行くって言うと時間がある時はいつも買い物先で待っててくれるし、そのままご飯奢ってくれるし……とっても優しい」

 

「「それってストーカー?」」

 

心理定規(メジャーハート)と弓箭の言う通り、異性の人間が四六時中監視の目(カブトムシ)を向けているというのは本来異常な事でそれは立派なストーカーである。

だが真守は研究所時代も現状も学園都市に四六時中利用監視をされているので感覚がおかしくなっている。

それに学園都市は自分を利用するために監視しているが、垣根は心配だから自分を見守っていると真守は知っているため、優しさからくる監視は特に気にならないのだ。

 

「す、ストーカー……? あ、いやでも。ストーカー……なのか? んーちょっと違うような気がするんだが……?」

 

((お風呂の時とか着替える時とか一体どうしているんだろう))

 

真守の感覚がおかしくなっているのだと弓箭と心理定規(メジャーハート)は理解できたが、それでも女の子としてのプライベートはどうなっているのだろうと内心首を傾げる。

 

流石に垣根も真守が入浴中は病室からカブトムシを退散させているし、真守もお風呂に入ってくる時や着替える時は少し恥ずかしそうにしながらも、カブトムシにどこかへ行ってくれとお願いしているから問題ないが、二人の疑問は至極(しごく)真っ当である。

 

「……それで、一体どこまで進んでいるの?」

 

「す、進む?」

 

真守がロコモコ丼のタレが付いたご飯を箸で持ち上げていると心理定規(メジャーハート)にそう切り込まれ、その言葉に嫌な予感がして顔を固まらせる。

 

「キスとかその先とか」

 

「きっ……!」

 

真守は箸で掴んでいたご飯をぽろっとロコモコ丼の容器の中に落としてしまう。

 

「……………………さっき、初めて抱きついた……」

 

「「え」」

 

真守が頬を赤く染めて恥ずかしそうに(うつむ)くと、心理定規(メジャーハート)と弓箭は思わずハモってしまう。

 

「だっ……だって別に付き合うとか明言してないし! ……す、好きって言葉にした事もされた事もないから、そういう恋人みたいなのはあんまり考えてなくて……」

 

「「え?!」」

 

真守が顔を真っ赤にしている中、弓箭と心理定規(メジャーハート)はバッと背を向けてひそひそと喋る。

 

「わたくし、色恋についてはあまり経験がないのですが色々とすっ飛ばし過ぎてませんか?」

 

「私も色々な人と話をしてきたけれどこんなケースは初めてね。心の距離が近すぎると逆にバグるのかしら」

 

「垣根さんって命令には絶対服従を無言で強要してくるタイプですが、本当に大事にしたい人には奥手なんですかね?」

 

「あるいは、これまでにいないタイプ過ぎて手を出したら歯止めが利かなくなるから自制してるとか?」

 

「どっからどう見てもストーカーしてるのに?」

 

「もしかしてきちんとした恋愛をしたことがないのかしら? 彼って恋愛なんて面倒なんて言いそうなタイプだし」

 

「……そ、そんなにおかしいか? なんかそこまで言われるとおかしい気がしてきた……」

 

真守はひそひそと喋りながらも全力で聞こえている二人の会話を聞いて眉を八の字にして頬を染めて内ももをすりすりとすり寄せて恥ずかしそうにする。

 

「あなた的にはどうなの? 手を出されなくて寂しくないの?」

 

「う。…………分からない。でもさっきぎゅーってして頭撫でてもらった時は、幸せだった……」

 

心理定規(メジャーハート)に直球で訊ねられたので、真守は先程の幸せの感覚を思い出して、気恥ずかしさに体を縮こませて頬をもっと赤くしてその問いかけに答える。

 

「幸せの基準が低すぎるわね……外国ではハグなんて挨拶なのに……」

 

「わ、わたくしも! さっき朝槻さんに抱きしめてもらって頭撫でてもらった時はすごく幸せでした! 朝槻さんはあの時どうでしたか? 私と同じで幸せでしたか?!」

 

心理定規(メジャーハート)が思わず零していると、弓箭がハイハイ! っと手を挙げて自分も幸せを堪能(たんのう)したと主張してきた。

 

「……女の子に抱き着かれたの久しぶりだったからちょっとびっくりした。でも、とっても嬉しかったぞ」

 

「はぐぁっ!!」

 

真守が頬を赤く染めたまま素直に感想を言うと、ドスッと胸の中心を矢で射貫かれたような衝撃を受けた弓箭は胸を押さえてそのまま撃沈した。

 

「…………これはなんとかしないとマズい気がするわ。この様子だと手も繋いでなさそうだし」

 

身近に感じている二人の恋模様が(いびつ)すぎて心理定規(メジャーハート)が困った笑みで冷や汗を垂らしていると、突然真守のポケットに入っていた携帯電話が震えた。

 

真守がロコモコ丼を落とさないように携帯電話を取り出すと、そこには『一方通行(アクセラレータ)』と表示されていた。

 

「あ。そう言えばメールが……。ごめん、ちょっと出ていいか?」

 

「どうぞ」

 

真守は一方通行(アクセラレータ)からメールが来ていた事をすっかり忘れており、慌てて心理定規(メジャーハート)に一言断りを入れて立ち上がると、窓際に向かいながら電話に出る。

 

「ごめん。ちょっと立て込んでいて。……お前が言っていた妹達(シスターズ)とは二〇〇〇〇号か? それとも二〇〇〇一号?」

 

〈そこまで分かってンのか。なら話が早い〉

 

「何があった?」

 

一方通行(アクセラレータ)が説明の手間が省けたと告げるので、真守は顔をしかませて本題へと入るために一方通行を(うなが)す。

 

〈俺ンとこに来たのは二〇〇〇一号だ。アイツが妹達(シスターズ)の上位個体っつーコトはオマエも理解してンな?〉

 

「うん。最終信号(ラストオーダー)の命令をミサカたちは拒否できないようになっているんだよな。あの子は人間がミサカネットワークの暴走を止めるために使う入力装置(コンソール)だからな。だが最終信号(ラストオーダー)は『実験』の主導部の研究者だった芳川桔梗の管理下にあったハズだ。何か問題が起きたのか?」

 

〈実験を主導してた残党の一人がソイツにウィルスを打ち込んだンだ〉

 

真守が最終信号(ラストオーダー)、打ち止めの存在意義と『絶対能力者進化(レベル6シフト)計画』凍結後の処遇をつらつらと述べると、一方通行(アクセラレータ)は苦々しい口調で真守に事の経緯を簡潔に告げた。

 

「そのウィルスの内容と打ち込んだ人間は?」

 

〈中身は人間に対する無差別な攻撃。研究者の方は天井亜雄だ〉

 

「天井亜雄……あの神経質な男か」

 

〈会った事あンのか?〉

 

一方通行(アクセラレータ)が真守の知っている様子に驚いて訊ねると、真守は『絶対能力者進化(レベル6シフト)計画』を止める際に研究所に押し入った時の事を思い出す。

 

「ちょっと脅したら泡食って気絶しただけだからあんまり。……確かソイツは『量産型能力者(レディオノイズ)計画』の責任者で人格データを主体となって作り上げた人間だったな。ならばその最終信号(ラストオーダー)の人格データにウィルスを打ち込む事も簡単だろう」

 

〈……なンでそンなに詳しいンだよ〉

 

「計画を止めるために調べ上げただけだ。そんな事より、打ち込まれたウィルスはいつ起動するんだ?」

 

一方通行(アクセラレータ)の疑問に簡潔に答えると、真守はそのまま話題を押し戻して現状について話し始める。

 

〈タイムリミットは九月一日ジャスト零時〉

 

「対策は?」

 

〈コードは芳川が今解析してるからウィルスを打ち込んだ天井のクソを探してコードを吐かせる必要はねェ。だが頭ン中に爆弾抱え込ンだ当の本人がいなくちゃ話になンねェからな。ガキの保護が最優先だ〉

 

最終信号(ラストオーダー)の居場所は分かるのか?」

 

〈あァ。培養槽から出れば命の保証がねェよォな体だからなァ。それに俺と別れた時、既に動けるよォな状態じゃなかった。だから居場所は分かってンだ。オマエ今どこにいる? 手が空いてるならオマエにもその場所に行ってほしいンだが〉

 

一方通行(アクセラレータ)が頼ってくれるのは嬉しいが、真守はこれから木原相似と戦わなければならならないため、済まなそうに顔をしかめながら告げる。

 

「……悪い。ちょっと木原の野郎と色々あってこれから動かなければならないんだ」

 

〈木原だとォ? ……まァオマエなら大丈夫だろォが……クソッ。タイミング悪ィな〉

 

木原という名前に過剰反応してから毒を吐く一方通行(アクセラレータ)に、真守は優しくゆっくりと(さと)すような声で言葉を紡ぐ。

 

一方通行(アクセラレータ)。私はお前一人でも最終信号(ラストオーダー)の保護ができると思っているぞ」

 

〈ハッ。俺にゃ似合わねェよ〉

 

真守は一方通行(アクセラレータ)が自虐的に嗤うので視線を鋭くして少し語気を強めて告げた。

 

「そこを超えてこそ、お前は私の下に来られるんじゃないのか?」

 

〈……………………………………そォだな〉

 

一方通行(アクセラレータ)は多大な間を置いてからでも受け入れてくれたので、真守は柔らかく微笑みながら激励する。

 

「頑張って、一方通行(アクセラレータ)。私もこっちが終わったら行くから」

 

〈あァ。オマエも…………気を、つけろ〉

 

一方通行(アクセラレータ)からの精一杯の激励を返された真守は嬉しくて目を細めながら通話を切った。

 

そして窓の外を見ていたが、引きつった笑みのままゆっくりと振り返った。

 

 

そこには機嫌が最上級に悪い無表情の垣根帝督が立っていた。

 

 

「……………………垣根?」

 

真守がニコッとごまかすために微笑むと垣根の頭の中でブチーンと何かが切れた。

 

「テメエ俺のアジトであの野郎と通話するなんて良い度胸だなァあああああ!!」

 

「べ、別に私が一方通行(アクセラレータ)とどこで連絡しようが構わないだろうがぁ────!」

 

真守の叫び声が響く中、心理定規(メジャーハート)と弓箭は既に部屋から避難しており、二人は物陰から痴話ゲンカを苦笑したまま見守っていた。

 

 

 

(Aug.31_PM06:13)

 

 

 

「で、真守の精神状態は?」

 

垣根は心理定規(メジャーハート)と共に真守のいる部屋とは別の一室で話をしていた。

弓箭とは言うと、垣根に理不尽に怒られて両頬を引っ張られ不機嫌になった真守のそばにいて、()ねている真守を苦笑しながら(なだ)めていた。

 

「ええ、大丈夫そうよ。……あなたにいじめられた以外は」

 

心理定規(メジャーハート)は垣根と喧嘩してむくれていた真守を思い出しながらくすっと笑った。

 

実は会話の通り、真守が木原相似に精神的に痛めつけられたのを心配した垣根は秘密裏に心理定規(メジャーハート)に真守の精神状態を観測してもらっていたのだ。

 

真守は精神干渉系能力者の干渉をシールドによって弾くが、精神干渉系能力者の特技である心を読む事は真守にももちろん通用する。

 

垣根は心理定規(メジャーハート)にその力を使ってもらって真守の精神状態を確認してもらい、何かあったら言葉で元気づけるように心理定規に命令していたのだ。

 

(まあ、おかげであの子から面白い話が聞けたのだけれど)

 

心理定規(メジャーハート)は内心ほくそ笑んでから垣根に問いかける。

 

「仲介人はなんて?」

 

「真守の保護を最優先、木原は確実に潰せだと。簡潔に言えばそんなところだな」

 

「そう。ある意味異常だけど超能力者(レベル5)として承認できるまで苦労したんだもの。そのくらいは当然よね」

 

心理定規(メジャーハート)は上層部の思惑を正確に読み取って頷く。

 

伝え聞いた簡潔な説明だけで即座に理解できるのは、精神干渉系能力者としての実力か、それともただ単に洞察力が鋭いのか。

 

「ねえ。あの子のために一つだけ言いたいことがあるのだけど」

 

「あ?」

 

垣根が心理定規(メジャーハート)の洞察力についてどうでも良さそうにしながらもなんとなく考えていると、心理定規が真守のためと言ってきたので、垣根はその前置きに反応して意識を心理定規に向けた。

 

「きちんと言葉にしておいた方が良いわよ。手綱も握っている事に越した事ないんだから。女の幸せは男には分からないものよ」

 

「……お前は突然何言ってやがんだ?」

 

垣根が突然妙な事を言い出した心理定規(メジャーハート)をじろじろと見ると、心理定規は肩を(すく)めた。

 

「あら。あの子のためを想って言っているのよ。これから大変な目に遭うあの子にだって満たされた時間は必要じゃない?」

 

「……うるせえな。真守の幸せは俺もちゃんと考えてんだよ。あいつを絶対に一人になんかしねえ」

 

(そういうことを私は言っているんじゃないんだけど……まあ、痛い目見て現実を認識しなければ無理かもね。……あの子、超能力者(レベル5)第一位として公表されたら絶対にモテるだろうし。まあ、それで危機感を覚えなければ彼も男として終わりだけど)

 

心理定規(メジャーハート)は男と女の普通の恋愛を全く分かっていない垣根を見つめて心の中でため息を吐いた。

 

それからしばらく、垣根は木原相似の居場所を探すためにカブトムシを動かしており、この場ではないどこか遠くを胡乱(うろん)げな目で見つめていた。

 

カブトムシと情報を共有しているとどうもそんな目になってしまうらしく、女性が見たらどこか影があって色気を醸し出しているイケメンに見える事だろう。

 

『木原相似に類似する人間を見つけました』

 

カブトムシがわざわざ発声したのは心理定規(メジャーハート)と丁度部屋に駆け足で入ってきた誉望のためだった。

 

「誉望。丁度お前を呼びに行こうとしてたところだ。情報共有する。ケーブルを寄越せ」

 

「垣根さん、少し待ってください」

 

垣根が誉望が頭につけている土星型のゴーグルにカブトムシから情報を送るための接続ケーブルを求めると、タブレット端末を持っていた誉望が待ったを告げた。

 

「あ? なんだよ」

 

「垣根さんの指示通り俺もネット上で情報収集していましたが、木原相似がいるであろう場所が三か所あるんです。衛星マップ上の位置や郵便配達の記録を木原相似の研究技術で代替していると思うんですが、どうします?」

 

垣根に木原相似の居場所を割り出して表示したタブレット端末を差し出しながら、誉望は調査結果を報告する。

 

「……俺の端末が見つけたのが本命なのは間違いねえが、万が一の事もあるな。よし。誉望は一人で、心理定規(メジャーハート)は弓箭と一緒に行け。本命は俺と真守が行く」

 

「彼女、連れて行くの?」

 

心理定規(メジャーハート)の問いかけに、垣根は事件があればすっ飛んでいく真守の性格を思い出しながらため息を吐く。

 

「狙われてんのにここに置いとくわけにいかねえだろ。つーか、あのじゃじゃ馬娘が大人しく待ってられるとお前らは思うのか?」

 

「思いません」

 

「まあ、ありえないわね」

 

誉望と心理定規(メジャーハート)の即答の同意を得て実感が湧き、垣根はコントロール不能な真守を思い出しながら顔をしかめさせていたが、即座に気持ちを切り替える。

 

「んじゃ、さくっと木原の野郎をぶっ殺しに行くか」

 

垣根はソファに浅く座って軽い前傾姿勢のままタブレット端末を軽く横に振りながら獰猛に嗤って木原相似の死刑宣告をした。

 

 

Aug.31_PM06:58終了

 




お気づきかもしれませんが、垣根くんと真守ちゃん、好きだとか言った事ないし手だって恋人的な意味で繋いだことないんです。

本当に心配になる恋愛模様。


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第四九話:〈醜悪優美〉なその御姿

第四九話、投稿します。
次は九月二九日、水曜日です。


(Aug.31_PM07:45)

 

真守は垣根と共に第二一学区にある総合運動公園にあるサッカーグラウンドにやってきていた。

正確にはその地下にある木原相似が所持している広大な研究施設なのだが。

 

二人は施設に侵入すると手当たり次第に部屋を調べて木原相似を探す。

そして真守と垣根が最後に行き着き、垣根が蹴り破った扉の向こうに広がっていたのはドーム型の大きな研究室だった。

 

その研究室には培養槽がずらりと並び、その中に学生たちの死体が入っていた。

 

中央には一際大きな培養槽と、低い唸り声を上げているフラフープ状の、恐らく真守の源流エネルギーを循環させて保管するための機械と、巨大な演算装置が置かれていた。

 

「どもども。真守さんに帝督さん!」

 

木原相似は電話で聞いた声の通り、軽薄な男だった。

二〇代前半で暗褐色の短い髪に、研究者には向かない七分丈のズボンとスニーカー、それに黒い革の手袋。

ピアスもたくさん開けており、どちらかと言うと研究者ではなく、どこかのチャラそうな大学生のようだった。

 

「よお。死体愛好家とは趣味が悪いな、木原」

 

培養槽に並べられている死体を見て表情を硬くした真守を庇うように垣根は前に出て、木原相似を鼻で嗤う。

 

「いえいえ。これらは真守さんの源流エネルギーに指向性として数値を入力する際にどうすれば効率が良いかを調べるための試作品ですので。でもまあ、源流エネルギーによって能力の強度が底上げされているので使えるんですけれどね?」

 

「……どの子が一方通行(アクセラレータ)の代替に造り上げられた子? お前が寄り掛かってる培養槽に入っている子?」

 

真守が問いかけると木原相似は待ってましたと言わんばかりに寄り掛かっていた培養槽から体を離して培養槽に視線を誘導するために手を差し向ける。

 

「『暗闇の五月計画』ってご存じですか?」

 

「……置き去り(チャイルドエラー)を使った一方通行(アクセラレータ)の演算パターンを植え付ける実験だ。でもあれは研究者死亡で計画が廃止になったハズだ。研究が潰れた後、多くの子供たちはどこに行ったか、死んでいるのかすら私にも追えなかった。多分、行き場を失って路頭にでも迷っていたのだろう。……その子がそうなのか?」

 

「ハイ。真守さんの言う通り、この子は路頭に迷っていたので僕が保護しておきました! ……と言っても計画で造られた時には失敗作だったので、僕が完璧に一方通行(アクセラレータ)の代替品に仕立て上げたってところです!」

 

真守は木原相似にそう説明されたので、真守は木原相似の『保護』という言葉に顔をしかませながらも、培養槽に入れられた少女を見上げた。

紺色の髪をショートカットにしており、薄手のキャミソールワンピースを着ている。

年齢的には一〇歳前後で、酷くやせ細っている。

栄養失調気味なのを(かんが)みて、恐らく研究所時代も今も満足のいく食事を与えられなかったのだろう。

 

「……あの子は生きてる」

 

真守が垣根に向かって伝えると、それを聞いていた木原相似は軽く嗤った。

 

「動く屍は実験用の試作品。僕の目標である超能力者(レベル5)の代替品は生身じゃないと意味ないじゃないですか。凄いですよ~この杠林檎さんは! 一方通行(アクセラレータ)の力を寸分違わず再現、そしてあなたの源流エネルギーによって耐久力が底上げされていますから。……殺さないと止まりませんよ?」

 

木原相似が告げた瞬間、培養槽が音を立てて開いた。

 

中から培養液が排出されて木原相似に杠林檎と呼ばれた少女が宙に浮いた。

 

林檎が虚ろな目をゆっくりと開いた次の瞬間、その場に爆発が巻き起こされた。

 

 

 

(Aug.31_PM08:04)

 

 

 

真守は地下の研究施設の天井をぶち抜く形で外に飛び出した。

 

猫の様に体を翻させて蒼閃光(そうせんこう)の猫耳と尻尾を展開させたままグラウンドに降り立つと、目の前に杠林檎が宙に浮かんでそこにいた。

 

林檎の周りにはサッカーゴール、照明器具、彼女が壊した瓦礫や鉄のポールやらが浮かんでいた。

 

それらが音速以上のスピードで真守に向かって飛んでくる。

 

真守は源流エネルギーを目の前に展開してそのサッカーゴールや照明器具を片っ端から焼き尽くした。

 

鋭い余波が辺りに吹きすさび、その衝撃によって地面がひび割れる。

 

(AIM拡散力場から考えるに、下地は念動能力(テレキネシス)。恐らく一方通行(アクセラレータ)の演算パターンを入力したから念動能力(テレキネシス)が変質してベクトル操作に限りなく近づいているんだ。出力だけは超能力者(レベル5)並みか……っ!)

 

「真守!」

 

「垣根は私の苦手な死体の相手をお願い! この子の相手は私がする!」

 

真守は地下にある研究施設から聞こえた垣根の鋭い声に応えながら、源流エネルギーを展開して前に出た。

 

真守は杠林檎の懐に入って掌底を食らわせようとしたが、目の前で林檎が消えた。

 

「────ッ!!」

 

真守の視界から消えた林檎は、真守の後ろへと周りこんで真守の背中を蹴りつける。

 

「くっ!」

 

音速を超えた少女が流れていった方向を真守は無意識下で把握、自動的と(うた)われるほどの凄まじい速度で逆算をし、林檎の蹴りから身を守るために真守は背中に衝撃波を展開して蹴りの衝撃を相殺した。

 

真守だからこそ防げたものの、並みの能力者だったら確実に一撃を貰っていただろう。

 

真守は林檎の蹴りと相殺している衝撃波を崩さないように体を(ひね)って背後の杠林檎を見るが、その瞬間に目を見開いた。

 

「マズい……っ!」

 

真守は一言漏らすと、林檎を避けるように体を動かしながら衝撃波の向きを変えて林檎の攻撃を即座に()らした。

 

林檎は真守によって向きを変えられたので、真守のすぐ横を通り過ぎて、真守から斜め左へと音速で通り過ぎていく。

 

真守に攻撃を逸らされた林檎は蹴りの体勢のまま、地面を割ってクレーターを作り上げながら、その中心地点に突き刺さる形で止まる。

 

真守が林檎に素早く体を向けると、林檎はクレーターの中心でふらふらと体をふらつかせながら膝に手を突いて息を荒らげていた。

 

(書き込まれた命令によって強制的に体を動かされているから身体的負荷を全然考えない。それにいくら私の源流エネルギーで耐久力を上げたとしても、あの子が能力に振り回されているから体が高速戦闘で悲鳴を上げている。このまま戦闘を長引かせたら命が危ない)

 

真守が林檎の体の心配をしているが、林檎はそんな事知らずに真守に向かって突進してきた。

 

真守は即座にシールドのエネルギーに指向性を付与して林檎の衝撃波を相殺すると共に電気エネルギーを生成し、林檎に鋭く浴びさせて感電させる。

 

林檎は真守の並列処理による演算で繰り出された防御からの追撃によって吹き飛ばされて、地面を(えぐ)るように転がると、転がった先で体を痙攣(けいれん)させながらも芝生がめくれあがった地面に手をついて起き上がろうともがく。

 

(神経に電気を走らせたから痛みと麻痺で立ち上がれないハズなのに、植え付けられた命令で動こうとするのか……っ木原の言う通り、殺さないと止まらない……か)

 

真守は立ち上がろうとしては地面に転がり、再び立ち上がろうとしてもがく林檎を見て顔を悲痛で歪ませる。

 

「……殺しなんてしない。化け物が『抹消』しかできないって誰が決めた!? 絶対にあの子を救ってみせる!!」

 

真守はキッと視線を鋭くさせながら吠えて、頭の中で高速で思考する。

 

(あの子の頭に書き込まれた命令を消去するしかない。大丈夫。学習装置(テスタメント)によって強制入力(インストール)された命令文(コード)の消去の仕方は分かる。学習装置によって書き込まれた命令文は理路整然としているから脳の電気信号の流れが無理やりに整えられている。その整えられた流れを、全体像を見ながら自然な流れに戻せばいい。そうすれば命令文(コード)の内容が分からなくても命令文が書き込まれていない元の状態に復元できる)

 

真守は林檎を鋭く睨みつけながらフッと自虐的に笑った。

 

(学習装置(テスタメント)の代わりを私がする。……『解析研』で『勉強』させられて『実験』して手に入れた成果がお披露目か、今日は色々と因果が巡ってくる日だ。……もう誰かの脳の電気信号なんてイジりたくないと思ってたのに、皮肉だな)

 

八月三一日。初めての夏休み最終日。

木原相似によって造られた、もしかした深城がこうなっていたかもしれないという可能性に襲撃された。

嫌な記憶が呼び起されて、精神的に消耗させられて。

挙句の果てにはもうやりたくないと思っていた誰かの脳を(いじく)り回すという所業をやらされるなんて。

 

「…………でも、垣根はずっと一緒にいてくれるって」

 

真守はそこで鋭い視線を(ゆる)めて穏やかな笑みを浮かべ、愛おしそうに呟く。

 

垣根は今、真守が立っているグラウンドの地下にある研究所で真守の苦手な死体と戦っている。その音が地下から響いてくる。

 

「垣根がそばにいてくれるから何も怖くない。……私が、私じゃなくなっても。ずっと一緒だって言ってくれたから」

 

真守は独り言を呟いて微笑む。

 

命令文(コード)が欠片も分からない現状、杠林檎を救うためにほぼ手探りで電子顕微鏡レベルの演算で脳の電気信号を(いじ)りながら超能力者(レベル5)級の戦闘力を誇る相手と戦うなんて無理だ。

 

──真守が、()()()超能力者(レベル5)ならば。

 

 

「深城、力を借りるぞ」

 

 

真守は何度呼んでも自分のそばに来なかった深城に一声かけて呟く。

 

深城の姿が見えなくても真守はこれっぽっちも心配ではなかった。

 

源白深城はいつだって朝槻真守のそばにいる。

 

 

そして──力を貸してくれる。

 

 

真守は息を吐いて脱力し、その場で祈るように顎の前で手を組んだ。

 

そして真守は目を閉じて源流エネルギーに指向性を付与し、エネルギーを体から噴き出させた。

 

そのエネルギーは周りの存在を『抹消』するものではなかった。

 

ただそのエネルギーは穏やかに広く、薄く伸びて辺りに満ちていく。

 

真守の目の前で、疑似的なベクトル操作を獲得した林檎が辺りに正体不明のエネルギーが満ちていく事を感知して何が起こっているか把握しようと体を起こして動きを止める。

 

真守はそんな林檎を見つめて寂しそうに微笑んだ。

 

そして真守は自分の体から放出したエネルギーを一斉に()び起こした。

 

 

次の瞬間、真守のエネルギーを触媒にして、学園都市全体に広がっているAIM拡散力場から爆発的な力が生み出された。

 

 

真守はそれを束ねて自分のものとして操作し、十数本の灰色の竜巻に()えて体から後方に灰色の翼として伸ばした。

 

 

その内の六つが大きく広がって(うな)りを上げる中、真守の外見に変化があった。

 

 

真守の体の表面には蒼閃光で形作られたネオンのような猫耳と尻尾が展開されている。

頭には猫耳の形状を取っている三角形二つと、その二つに連なるように正三角形が二つずつついており、尻尾になっているの四角いタスキとその根元にリボンのようについている二つの正三角形だ。

 

そのタスキのように伸びた尻尾が真守の背中を()うように昇っていく。

 

真守の背を這いあがると尻尾の形状が変わり、蝶の翅の翅脈(しみゃく)のような蒼閃光の光が空間に展開される。

 

一見すれば真守に蝶の翅が生えたように見える。

 

 

だが外見の変化はそれで終わらなかった。

 

 

頭に猫耳として展開されていたおおきな三角形が二つ、大きく展開されて重なり、それが六芒星となる。

 

その六芒星の外側に伸びた六つの頂点にそれぞれ、頭にあった小さい正三角形が四つと尻尾の根元にリボンのようについていた正三角形二つが大きさを合わせて展開された。

 

 

まるで、それは六芒星を基盤とした幾何学模様の天使の輪だった。

 

 

蝶の翅のような後光と六芒星の天使の輪が展開されると同時に、灰色の翼の質が変わった。

 

「大丈夫」

 

真守の口から放たれたその言葉は一体誰に吐かれた言葉だったのだろう。

 

目の前で死に(ひん)している杠林檎に対してか。

 

それとも自身が体内から組み替えられてしまっている感覚に対する恐怖を抑えるための言葉か。

 

それともその両方を勇気づける言葉だったのか。

 

真守自身、どうしてその言葉を吐いたか分からなかった。

 

だから今度こそ、真守は杠林檎に向けて宣言する。

 

 

「────────絶snhn救c魅────」

 

 

真守の口からぶれた言葉が飛び出すと、その灰色の翼の主軸となっていた六つに明確な変化があった。

 

 

灰色の翼が根元から純白と漆黒へとそれぞれ変化していく。

 

 

純白になった翼は白い羽根によって包まれて、漆黒になった翼は黒い羽根によって包まれていく。

 

二種類の色の翼は真守の背中から左右に綺麗に分かれて展開されたのではなかった。

 

真守から見て右側の三枚の翼は上から数えて一番目と三番目が純白の翼。

間に挟まれているのは漆黒の翼となった。

 

そして左側の三つの翼は右側と違い、一番目と三番目の翼が漆黒。その間に挟まれている翼が純白な翼として展開される。

 

 

互い違いに生えた純白と漆黒の翼。

 

 

()ちた天使を想像させる、歪な配色の三対六枚の翼。

 

 

白と黒、二種類混合の六枚で構成されているその翼は総合的に見て美しいとは言えない。

 

だが純白の翼も漆黒の翼も荘厳な輝きを放っていて単体で見ればとても美しいものだった。

 

 

 

それ故に真守は──天から()ち、堕落した、醜悪優美で歪な天使そのものだった。

 

 

 

真守は辺りに満ちているAIM拡散力場に干渉して杠林檎を空間に『固定』し、宙に縫い留めて(はりつけ)のように身動きを封じると、その三対六枚の歪な翼で浮かび上がって林檎の前にそっと立った。

 

林檎の焦点の合わない漆黒の瞳は、突然現れた()ちた歪な天使に縫い留められていた。

 

真守は両手を林檎の側頭部に柔らかく這わせる。

 

真守が目を細めた瞬間、翼が輝きを帯びて辺りに白と黒の光が泡となって噴き出した。

 

真守は拡張された演算能力で杠林檎の脳の電気信号の流れを知覚。

 

脳の電気信号のマップを把握、学習装置(テスタメント)によって植え付けられた命令文(コード)によって流れが無理やり変えられて、人工的に整えられている場所を一つずつ正確に見つけていく。

 

そんな中、真守は不自然な箇所を見つけた。

 

思考パターンを形成している電気信号の網目におかしな箇所がある。

 

その流れはまるで人工的に整えられた川が、年月によって水が流れやすいように少しずつ地面を削り、自らに都合の良いように流れを組み直そうと奮闘している最中の様だと真守は感じた。

 

人工的に整えられながらも自然に限りなく近付こうとしているその印象。

 

まるで馴染んでいる途中のような印象を受けるこの思考パターンは、恐らく『暗闇の五月計画』で植え付けられた一方通行(アクセラレータ)の思考演算パターンに、林檎の脳が柔軟に対応しようと奮闘しているのだと、真守は直感した。

 

このままゆっくり行けば、杠林檎の脳は一方通行(アクセラレータ)の思考演算パターンを受け入れる日がくるだろう。

 

だがその日が来る前に杠林檎の脳が対応しきれなくなって疲弊してしまい、林檎は死に至る。

 

真守は電気信号の流れに干渉して、学習装置(テスタメント)によって植え付けられた命令文によって整えられた電気信号の流れを自然に戻して学習装置の命令文(コード)を消去していく。

 

それと並行しながらも、真守は一方通行(アクセラレータ)の思考演算パターンを杠林檎の脳が徐々に受け入れていく工程をすっ飛ばして、一方通行(アクセラレータ)の思考演算パターンを完璧に受け入れた状態の、杠林檎の本来あるべき思考パターンへと脳の電気信号の網目図を整えていく。

 

真守による脳の電気信号の流れへの干渉によって、林檎がガクガクと体を震わせながら口を大きく開けて空気を求めて(あえ)ぐ。

 

林檎の体へのフィードバックが致命的にならないために、真守は時間をかけずに一気に林檎の脳の電気信号の流れを自然に戻して、整えていく。

 

そして一分にも満たない間に、真守は杠林檎の脳の電気信号の流れをこれから彼女が生きていくために必要な最適な流れへと変えた。

 

真守は林檎を呼び起こすために、林檎の意識や心と呼ばれる部分を司る電気信号を無理やり活性化させて林檎を覚醒へと導く。

 

意識が浮上してきた林檎が目の前の景色に像を結ばせると、その漆黒の瞳に光が宿った。

 

その瞳はぼーっとしていたが、真守をふと見上げてその目を丸く見開いた。

 

 

白と黒の互い違いの三対六枚の翼に、六芒星の天使の輪を持ち、蝶の翅のような後光を背負う()ちた歪な天使が、慈しみを込めた穏やかな瞳で自分を見つめていたからだ。

 

 

「………………………………てんし?」

 

林檎は頬を明るく染めて目を輝かせ、真守に訊ねた。

 

真守はそんな林檎の頬に手を添えて寂しそうに微笑んだ。

 

「私はただの歪な人間だ。……まだ、そう()りたいと思っているよ」

 

真守がゆっくりと林檎の頬を撫でると、林檎は真守の小さな手に真守よりももっと小さい自分の手を添えて、顔を輝かせて真守を見惚れるように見上げていた。

 

「素晴らしい……」

 

感嘆の声が聞こえてきたので真守がそちらを睥睨すると、そこには木原相似が真守を見上げて立っていた。

 

「その翼は一体何なんですか!? 周囲の事象が引っ張られていますね! まるで空間そのものをあなたが支配しているかのようだ! その翼の形状を取る理由は何ですか!? あーワクワクする! 楽しい、教えてくださいよ、真守さん!」

 

「うるさいな」

 

真守は空間に『固定』していた林檎を右手で抱き寄せながら、左手をスッと木原相似に向ける。

 

木原相似は真守に手を向けられた瞬間、ヅグン、と体が脈動するのが感じられた。

 

「が……ハッ…………!?」

 

体が外部からギリギリと締め付けられる感覚が木原相似を襲う。

 

「そ……う、ですか…………その翼に、よって……拡張された演算能力で、あなたは……AIM拡散力場に…………干渉して────っ!」

 

木原相似は真守が目を細めた瞬間、泡を吹いて膝から崩れ落ちた。

 

 

そして木原相似から少し離れたところには垣根帝督が未元物質(ダークマター)で造り上げられた三対六枚の純白の翼を広げてこちらを見上げて呆然と立っていた。

 

 

「垣根」

 

 

周囲にきらきらと淡い白と黒の光が真珠のように煌めかせる中、真守はそっと声を掛ける。

 

 

呆然と自分を見上げて立ち尽くしている軍師で()らせられる天使に向けて、()ちた歪な天使は寂しそうに目を細めて微笑んだ。

 

 

Aug.31_PM08:11終了

 




天で造り上げられて寵愛されながらも堕ちた天使は、地の果てで初めて自分以外の天使と出会った。



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第五〇話:〈全知手中〉で縛られる

第五〇話、投稿します。
次は九月三〇日木曜日です。


(Aug.31_PM08:09)

 

「チッ……あの野郎どこに行きやがった」

 

垣根は培養槽から飛び出して様々な能力を使ってくる生きる屍を楽々と倒し尽くし、悪態をつきながらいなくなった木原相似を探していた。

 

「あ? 戦闘音が止んだ?」

 

(戦闘が終わったんなら真守と合流して木原のクソ野郎を探すか)

 

垣根が一人心の中で方針を決めてから研究室のドーム天井に杠林檎が空けた大穴を見上げると、夜なのに妙な淡い輝きが地上から差し込んでいた。

 

「なんだ、あれ……」

 

その淡い光を見て、垣根は胸がざわついた。

 

何かが起こっている。

 

自分の能力に関する何かを掴める事態が地上で起きている。

 

垣根はその考えに突き動かされて未元物質(ダークマター)の翼を広げて地上へと誘い込まれるように上がった。

 

地上は真珠のようなプリズムを帯びた白い光と、黒真珠のように煌めく鈍色を帯びた黒い光がまき散らされて、辺りを明るく染め上げている。

 

その光を放っているのは、純白と漆黒の淡い輝きを放つ白と黒の互い違いの三対六枚の翼で、その翼を(たずさ)えた人物は六芒星の幾何学模様の天使の輪と、蝶の翅のような後光を背負っていた。

 

 

その人物とは、堕ちた歪な天使にも見えるこの世で最も垣根帝督が大切にしたい朝槻真守だった。

 

 

その瞬間、垣根帝督は未元物質(ダークマター)が一体何で、どこから引きずり出しているのか悟った。

 

言うなれば。

こことは違う世界における無機。神の住む天界の片鱗を自分はこの世界に干渉する形で引きずり出しているのだと。

 

そしてそれと同時に垣根帝督は真守が生成する源流エネルギーの正体も掴んだ。

 

真守の生成する源流エネルギーとは。

こことは違う世界における()()。神や神の住む天界を構成する純粋な力の根源であり、真守はその片鱗をこの世界を侵食する形で引きずり出しているのだ。

 

そう悟った瞬間、垣根帝督はこの世界の法則を全て集めても誰も自分に(かな)うことなどないのだという事実が頭に思い浮かんだ。

 

それでも、恐らく朝槻真守は自分に攻撃を加える事ができるのだろう。

 

真守の源流エネルギーとは純粋な力の根源であり、垣根が宿している天界の片鱗すらも生み出すエネルギーだからだ。

 

垣根や真守はここではないどこかの世界と繋がる扉のような存在だ。

 

ここではないどこかの世界。

 

そこへと近づけば、人間の肉体は()()し、()()()()()()()()()()()のだろう。

 

だから垣根帝督は体のポテンシャルが異常に高く、朝槻真守は体が能力のせいで未成熟ながらもそこに秘められている力が強大なのだろう。

 

そして垣根は真守がどうやって翼を広げて、そしてその行く末がどこへと向かうのかも悟っていた。

 

真守は自らを組み替える事によって、自らの存在をより高次元の存在へと近づけている。

 

その方法とは、この学園都市に蔓延するAIM拡散力場を自分の源流エネルギーを触媒にして爆発的な力へと換え、その力を使って自らの存在を組み替える手法だ。

 

高次元の存在。(すなわ)ち、神に等しき存在。──絶対能力者(レベル6)

 

真守が自力で絶対能力者(レベル6)へと進化(シフト)する方法とは、AIM拡散力場の力を借りて自身を高次元の存在へと完全に組み替えて、人として後戻りできない状態にする事なのだ。

 

AIM拡散力場は能力者の自分だけの現実(パーソナルリアリティ)を核としている。

 

自分の源流エネルギーを触媒にしてAIM拡散力場を爆発的な力に換えると言っても、AIM拡散力場の元は人間の主観的な考え、つまり人間の想いや心、()()が込もっている力だ。

 

それを操るという事は人間の()()()()を一手に引き受けなければならない。

その祈りと悪意を受け入れた結果、祈りが白い翼へ、悪意が黒い翼へと変わり、歪な互い違いの翼へと変貌するのだ。

 

真守が自分を高次元の存在として昇華できるのは、真守が人の心を分け(へだ)てなく受け入れて受け止める事ができるからで、普通の人間には()()進化(シフト)方法だ。

 

真守だからこそ、この手法を見つけて受け入れる事ができるのであって、真守以外にこの方法で絶対能力者(レベル6)へと至れる能力者は絶対に存在しないだろう。

 

この学園都市に存在するAIM拡散力場を生み出している能力者たちは『自分はもっと完璧な存在になりたい』と、純粋な祈りや醜悪な欲望でもどちらにせよ、心の底からそれを望んで日々研鑽(けんさん)を積んでいる。

 

能力者が完璧な存在を求めるのは道理だ。いつだって自分が素晴らしい存在に()りたいと人間は願っている。

 

だからこそ真守は、いつか今のように自分の意志でAIM拡散力場から力を借り受けるのではなく、AIM拡散力場が能力者の願いのまま、自分へと()()()()()()()自分の意志に関係なく絶対能力者(レベル6)へと強制的に進化(シフト)させられる日が来てしまうと知っている。

 

真守は人の想いを無下にできない。

 

だからこそ能力者の願いを受け入れて絶対能力者(レベル6)進化(シフト)するしか道はない。

 

垣根はそこで、これまでの真守の言動を思い出していた。

 

『……綺麗な翼』

 

『垣根の能力は正義の天使みたいだ』

 

『綺麗な翼。本当に綺麗だ。綺麗な能力だ』

 

『お前の能力の可能性は無限大だ。「無限の創造性」とはそういう事だ。垣根の能力は凄い能力だ。翼だってすごくきれい。だからなんだってできる。お前が自分には絶対にできないって諦めている事も、全部』

 

恐らく、真守は置き去り(チャイルドエラー)を救おうとしてテレスティーナ=木原=ライフラインと戦った時、翼を出そうとしたのだろう。

 

だがキャパシティダウンによって翼を構成する際に必要なエネルギーを放出して触媒とする演算、そのエネルギーを起爆してAIM拡散力場から爆発的な力を生み出す演算、それを束ねて演算の拡張を行う際の演算などなど、並列処理をしなければならない演算を全て乱されても、真守は無理やり翼を広げようとして暴走し、倒れた。

 

真守は人間が悪意を忌避し、純粋な祈りに焦がれる事を知っている。

 

真守自身は祈りも悪意も人の純粋な想いだから大切にしているが、悪意を形とした黒い翼の意味を知れば、周りの人間は嫌がると考えていた。

 

だから未元物質(ダークマター)で創り上げる綺麗な翼を持っている垣根帝督が、推進システム研究所で何があったか聞いた時にあんなにも動揺して、何をしようとしたか言いたくないと朝槻真守は拒絶したのだ。

 

朝槻真守は、垣根帝督に自分の翼を知られて嫌われるのが怖かった。

 

だからあんなにも怯えていて、ここで見捨てられたらどうしようと真守は考え、捨てられたと知りながらも必死に自分の事を捨てた飼い主に(すが)ろうとしている子猫に真守が見えたのだと、垣根は理解した。

 

ただただ純粋な無機物によって構成される翼を持つ垣根帝督は、泥沼のようにまとわりつく悪意と人の祈りの結晶である翼を受け入れられないと、真守は垣根と出会って間もない頃、そう思っていた。

 

だが今は何があっても垣根帝督が自分のそばにいてくれると知っている。

 

信じているからこそ、真守は自分を勇気づけて垣根の前で翼を広げたのだ。

 

何故真守は世界を丸ごと作り変える力を持っているのに、それを使って学園都市を壊して自分が生きやすいように全てを造り替えないのか。

 

そうすれば身勝手な願いを押し付けられて自分が絶対能力者(レベル6)へと至ることなどないのに。

 

垣根が真守の力の強大さを受けて考えた純粋な疑問の答えを、真守はずっと垣根に訴えていた。

 

心の底から憎くて苦しくて、何もかもを壊してしまいたいと思っても人の命を奪ってはいけない。

何も知らないで幸せに暮らしている人を殺してはいけないし、人の幸せを奪っていい人間なんてこの世にいない。

 

命の価値は全て等しい。だからこそ他の人の幸せを奪いたくない。

 

 

大切な存在と、その周囲にいる非道な扱いをされた人たちを守れればそれでいい。

 

 

真守は人の命の価値と自分がするべき事を自分の能力の特性で正しく理解しているからこそ、学園都市の枠組みに(はま)り、学園都市のルールに(のっと)って学園都市と戦っているのだ。

 

垣根が頭の中で漠然(ばくぜん)と全てを悟っていると、真守は拡張された演算能力で杠林檎を助け出し、周囲のAIM拡散力場に干渉して垣根の目の前に立っていた木原相似を()め上げて意識を奪った。

 

「垣根」

 

真守がこちらを見下ろして寂しそうに微笑んで自分の名前を呼ぶので、垣根は吸い寄せられるように未元物質(ダークマター)の翼を広げてそっと真守に近づく。

 

全てを知って、全てを悟って、その上で運命へと抗おうとしている真守。

 

いつだって健気に生きていて、いつだって幸せを求めていて。そしていつだって周りの人の幸せをも願っている。

 

 

まるで神さまのような彼女は、きっと神さまになるために生まれてきたのだろう。

 

 

でも神さまとしての幸せが真守の本当の幸せなのだろうか。

 

人々に()められ、(まつ)り上げられてその存在に(すが)られて、そこに真守の本当の幸せは存在するのだろうか。

 

願わくば。

 

 

この世で一番優しくて尊い生き方をする彼女が、彼女にとって本当の幸せを得られますように。

 

 

その幸せを与えられるのが自分であって、その幸せを与えるために、垣根帝督は朝槻真守へ寄り添うために近寄った。

 

真守は垣根をじぃっと見据えて寂しそうに微笑みながら、垣根が近寄ってきてくれるのを林檎を抱き寄せたままずっと待っていた。

 

幻想御手(レベルアッパー)事件の時のあの廃ビルでは、真守が自分に寄り添ってくれるのを垣根帝督は待ち続けて一歩も動かなかった。

 

今度は自分が真守に寄り添うために、垣根は行動していた。

 

真守は自分の前まで飛んできた垣根を見つめて微笑んだ。

 

「……一人にしないでくれる?」

 

その言葉はあらゆる意味が込められていたと垣根は感じた。

 

『自分の能力の本質や可能性に気がついても、変わらずにずっと一緒にいてくれる?』

 

『それとも全てに気が付いて自分の(おもむ)くままに力を使うためにどこかへと行って、私の事を置いていってしまうの?』

 

『約束したのに、約束を破るの?』

 

『……──お願いだから行かないで』

 

 

「何聞いてんだよ」

 

 

垣根はそっと真守の頬に手を添えながら告げた。

 

「当たり前だろ、そんな事。今更聞くんじゃねえ」

 

垣根が少し怒った口調で告げると、真守は涙で瞳を潤ませながらふにゃっと笑った。

 

「そう言ってくれるって思ってた」

 

真守が笑うと、垣根は真守の頬を撫でながら寂しそうに呟く。

 

「……お前を置いてどこにも行かない。お前の事も離してやるもんか」

 

「うん。私、幸せだよ。垣根」

 

「……そうか」

 

真守がとろけるような幸せそうな笑みを浮かべると、垣根は黒曜石の瞳を柔らかく細めて、穏やかに微笑んだ。

 

こうしてこの世界の法則に負ける事がなく、この世界を統べる事ができるはずの垣根帝督は、自らの言葉とこれまでの行動によって、朝槻真守に縛られる事となった。

 

それでも、良かった。

 

()ちた歪な天使がこれ以上堕ちないように繋ぎ留められれば、それ以外に何もいらないから。

 

そんな二人を、林檎は真守に抱き寄せられて宙に浮かんだまま、天国にでも迷い込んでしまったのかと、ぼんやりした目で見上げていた。

 

 

Aug.31_PM08:14終了

 




八月三一日篇は真守ちゃんの立ち位置にとってのターニングポイントでしたが、作者が自己解釈に基づいて組み立てたこの物語の確信を突く話でもありました。

展開が原作よりも大分速いですが、真守ちゃんが枷になっているので問題ありません。むしろ、このような展開でなくてはロシア篇にまで書かなければならない事が多すぎて、話が上手くたどり着かないんです。

それに垣根くん、原作では学園都市を掌握する事しか考えなかったのと外の技術について全く知らなかったので、これくらいの展開の速さが丁度良いと作者は考えています。

この話の終了によって、将来メルヘン三銃士が爆誕する事となりました。
学園都市の頂点が三人メルヘンを背負う事になります。圧巻ですね(笑)。
そして林檎ちゃん、覚醒めたらパラダイス(誇張じゃない)

それと今回で五〇話なのでお気づきの方もいらっしゃると思いますが、おそらく二〇〇話近くになると思います。超大作。
完走はよっぽどの事がない限りする所存ですのでお付き合いの方よろしくお願い致します。

山場は通り過ぎましたが、八月三一日篇はまだ続きますのでよろしくお願い申し上げます。



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第五一話:〈前虎後狼〉と少しのハプニング

第五一話、投稿します。
次は一〇月一日金曜日です。


(Aug.31_PM09:38)

 

木原相似の暴走による朝槻真守襲撃は収束を迎え、『スクール』のメンバーはその後始末に奔走していた。

そんな中、垣根は一足早く離脱して真守と共に車でマンモス病院へと向かっていた。

 

マンモス病院に向かうのは真守の隣に座っている杠林檎の為である。

木原相似によって一方通行(アクセラレータ)の代替にまで仕立て上げられた林檎は真守に助けられはしたが、栄養失調気味なのと後遺症が残ってないかという心配があるため、冥土帰し(ヘブンキャンセラー)に診てもらう必要があるのだ。

 

林檎は薄手のキャミソールワンピースしか着ていないので、現在真守が着用していた白と黒のオーバーサイズのデザインパーカーを羽織っており、真守が香りづけに使っているミストスプレーの匂いが気になるのか、さっきから袖口を鼻に当てててスンスンと匂いを嗅いでいた。

 

「お前は杠林檎という名前なのか?」

 

「うん。……?」

 

真守が問いかけると林檎は匂いを嗅ぐのをやめ、真守を見上げて小首を傾げた。

真守は自分の名前を求めていると雰囲気で察すると、柔らかく微笑んで自己紹介する。

 

「私は朝槻真守だ。今運転しているあっちは──」

 

「垣根、帝督?」

 

真守が垣根の名前も言おうとすると、林檎が真守の言葉を先回りして訊ねてきた。

 

「垣根、お前有名なんだな」

 

「そりゃお前と違って順位付けされてるからな。知っててもおかしくねえだろ」

 

垣根は運転中なので自分に声を掛けてきた真守をちらっとルームミラーで確認してから、すぐに視線を前に向けた。真守は垣根をじーっと見つめている林檎に優しく話しかける。

 

「お前は『暗闇の五月計画』の生き残りなんだな?」

 

「うん。一緒に実験してた子、急に暴れて研究所が壊れたから外に出た」

 

「そこで木原相似に拾われたと?」

 

「うん」

 

「大変だったな」

 

真守は自分の問いかけに答えるためにこちらを向いた林檎の頭を労わりを込めてそっと撫でる。

林檎は頭を撫でられた事がないのか、真守のちんまりとした手に撫でられてその感触にきょとんとしていた。

 

「『暗闇の五月計画』は置き去り(チャイルドエラー)を使った実験だったから、お前も置き去りなのか?」

 

「そう」

 

「私も置き去り(チャイルドエラー)なんだ」

 

「そうなの?」

 

真守は小首を傾げる林檎を見てから寂しそうに微笑む。

深城の事を救ってほしいと真守が襲った病院にたまたま冥土帰し(ヘブンキャンセラー)がいたから真守は冥土帰しの患者となって必要な物を全てそろえてもらえた。

そんな奇蹟的な出会いがなければ、実験材料だった置き去り(チャイルドエラー)が一人で生きていくのは難しい。

 

「私と一緒に来るか?」

 

「……いいの?」

 

そのため真守が優しく微笑みながら提案すると、林檎は真守の誘いに薄く目を見開いてからじーっと真守を見上げて問いかけた。

 

「あの医者に診せた後、お前が引き取るって言うのかよ?」

 

真守が林檎と話をしていると運転していた垣根が口を出した。

 

「木原相似と戦う前に先生に私が超能力者(レベル5)になる事掴んでないか聞くために電話しただろう?」

 

「ああ。確か通達は来てなかったが、あの医者もお前が第一位に認定される事は掴んでたな。……どっから掴んだが知らねえが、それでも色々と便宜図るつってたな。そこに付け入るってことか?」

 

真守は垣根の言い方が酷かったので顔をしかめさせ、口を尖らせて抗議する。

 

「む。先生はお願いしてくれればきちんと応えてくれる。その言い方はちょっと酷い。……垣根は反対か?」

 

「……お前がそれでいいならそれでいい」

 

「良かった」

 

真守の方針を聞いても問題がなさそうだと判断した垣根は真守に好きにしろと告げ、真守は垣根から許しが出た事で顔を明るくする。

 

「じゃあ朝槻と一緒?」

 

「うん。お前はそれでもいいか?」

 

話を聞いていた林檎がこれから自分がどうなるのかを理解して自分に問いかけてくるので、真守は柔らかく微笑んでから逆に訊ねる。

 

「うん。いい、よ…………」

 

林檎は承諾するが、言い終わる前に眠くなったのかかくん、と首を落とした。

 

「林檎?」

 

「んー」

 

真守が名前を呼ぶが、林檎は真守のパーカーの袖で目をぐしぐしと(こす)って起きようと頑張るが、抵抗虚しくそのまま寝てしまった。

 

「まだ話してる最中なのに突然寝た」

 

「……木原相似に色々弄られたからおかしくなってんのか?」

 

「どうだろう。先生に診てもらえれば大丈夫だと思う」

 

真守は車の振動で頭をガクガクと揺れさせながら眠る林檎の頭を自分の体に寄り掛からせながら、垣根と話をする。

 

(林檎を送り届ければ私のゴタゴタは終了だ。一方通行(アクセラレータ)はどうなっただろうか。必要なら車途中で降りてそのまま直行しても……)

 

真守は心の中でそう呟き、携帯電話を取り出して一方通行(アクセラレータ)に連絡を取ろうとする。

 

(あれ。上条から電話が来てる。それも鬼電……?)

 

「お前にしてほしくない事がある」

 

何故上条から着信がたくさん来ているのだろうと真守が首を傾げていると、垣根がそんな真守に声を掛けてきた。

 

「……何?」

 

真守は垣根の『してほしくない事』に心当たりがありながらもそう問いかける。

 

「AIM拡散力場を操って高次元の存在に自分を近づけるのはやめろ」

 

真守は携帯電話を見つめるのをやめて顔を上げ、ルームミラー越しに垣根を見つめる。

垣根は前を向いているが辛そうな顔をしていた。真守はそんな垣根を見て寂しそうに微笑みながら告げる。

 

「……自分を完全に造り替えなければ大丈夫だよ、垣根」

 

「もしもの事があったらどうするんだよ」

 

「今は演算能力を翼で拡張しているだけだ。私の体にメスは入れていない」

 

真守がそう言えば問題ないのだろう。

 

だがそれでも垣根は少しでも真守に自分を組み替えてほしくなかった。

 

「……頼むからやめてくれ」

 

垣根が(うめ)くように呟くと、真守は垣根の声を聞いて悲痛で顔を歪ませる。

 

「垣根の気持ちは分かった。……でも、この子を救うみたいに力が必要なら、やっぱり私は力を使うと思う。……私は、私が助けられる人間なら助けたい。その人たちの幸せを守ってあげたいから」

 

真守は鼻に髪がかかって息が苦しそうな林檎の髪の毛を払ってやりながら垣根に自分の気持ちを正直に伝えた。

 

「だったらお前がその力を使わなくていいように、俺がお前の代わりをしてやる」

 

「! ……垣根、ありがとう」

 

お前の代わりにお前が守りたい人間を守ってやる。

 

自分の事を大切に想ってくれている垣根の優しさに触れた真守はそれを聞いてふにゃっと微笑んだ。

 

「だから何かあったら言え。……ああいや、お前は絶対に俺を頼らねえから俺は俺で勝手に動く」

 

「ちゃ、ちゃんと頼る! 頼りにしてる。もう垣根がいなくちゃ嫌だ。だからそばにいてくれ。……ずっと一緒って言ってくれた! だから、一緒に……」

 

垣根がじゃじゃ馬娘の真守を信用していないと告げると、真守は焦った表情を浮かべて少しだけ声を大きくする。

 

「それは当たり前だろ、約束したんだからな。…………ただ俺が言ってるのはお前が一人で突っ走る事に関してで、それが俺は気に食わねえっつってんだよ!」

 

怒りがふつふつと湧いてきたのか、最後怒鳴るように垣根が語気を強めるので、真守はしゅんと小さくなって申し訳なさそうに俯く。

 

「う。以後気を付けます…………」

 

「気を付けるって言っても俺は信用しねえからな」

 

「酷い……」

 

真守がそんなに信用がないのか、とショックを受けて最初から縮こませていた体をもっと縮こませるので、垣根は『ちっとは反省しろ』と心の中で呟く。

 

真守はいじけたまま携帯電話をカコカコと(いじ)って一方通行(アクセラレータ)に現状がどうなっているか電話をくれとメールを送る。こちらから電話を掛けたら垣根の機嫌が急降下するからだ。

 

(よし。一方通行(アクセラレータ)には連絡した。……で、鬼電が来てる上条へと連絡……っと)

 

〈朝槻か!?〉

 

真守が心の中で呟いて、上条当麻を選んで電話を掛けると、上条は切羽詰まった様子ですぐに通話に出た。

 

「上条、電話に出られなくてすまなかった。少し立て込んでいてな。どうした、大丈夫か?」

 

〈インデックスが(さら)われた!!〉

 

「は? 攫われた? 誰に?」

 

真守が突然怪訝な声を出したので、垣根は問題がまた起こったのかと車を運転しながら嫌そうな顔をする。

 

〈ロリコン! ロリコン誘拐魔に!! それでバカ猫がまたバカな事をやらかして時間食って、そんで!!〉

 

「……ちょっと待て。分かるように最初から説明してくれ」

 

真守が落ち着くように(うなが)すと、上条は走っているのか息を切らしながら真守に説明する。

真守のおかげで夏休みの宿題がちゃんと終わった上条は、お祝いと夏休み最後の日という事もあって少し贅沢をしようとインデックスと一緒にファミレスに行った。

ウェイトレスにできたての熱々ご飯を頭から被せられたりしたが、なんとかして食事にありつこうとしたその瞬間、大男が襲撃してインデックスを拉致。

そして大男は文字通り姿を消してどこかへと消えてしまい、上条は攫われたインデックスを探している最中らしい。

 

朝槻真守は木原相似に襲撃されて『スクール』と共に戦った。

一方通行(アクセラレータ)打ち止め(ラストオーダー)妹達(シスターズ)を救おうと動いている。

そして上条当麻は魔術師に襲撃されて攫われたインデックスを救うために奔走(ほんそう)している。

 

「今日は厄日か……」

 

真守が思わず(うめ)くと、上条はそれを聞いて同意する。

 

〈厄日? そうなんだよ、不幸の上条さんでもこんな厄日はねえよ! 午前中はアステカの魔術師とやりあう事になっちまうし! なんで一日に二回も魔術師相手しなくちゃならねえんだよ!〉

 

「まさかの二人目!?」

 

(どうする……!? インデックスと最終信号(ラストオーダー)。どっちも大切……! でも私の体は一つしかない。どうする……どうする……!?)

 

真守は上条の言葉に驚愕しながらも二者択一を迫られて焦る。

 

ダラダラと汗を流す中、真守はルームミラー越しにこちらを(うかが)っていた垣根の存在に気が付いた。

 

「か、垣根!!」

 

真守が自分の名前を呼んでくるので、垣根はハッと嗤いながら告げる。

 

「やっと頼る気になったか。これでお前がスルーしたらどうしてやろうかと、」

 

 

一方通行(アクセラレータ)最終信号(ラストオーダー)を帝兵さんで探して! 頼む!」

 

 

「……あ゛?」

 

当然の(ごと)く真守のトンデモ発言に垣根が機嫌を急降下させるので、真守は必死に垣根を説得にかかる。

 

「き、嫌いなのは分かってる! でも私の体一つしかないから全く違う二人を同時に助ける事ができない! だからお願い! 一方通行(アクセラレータ)最終信号(ラストオーダー)は垣根に頼めるんだ! とりあえず見つけたら現状どうなっているか私に教えてくれ! お願い! 手助けしろとまでは言わないから!」

 

「ああ゛? なんで俺が一方通行(アクセラレータ)のために動かなくちゃ、」

 

真守の頼みごとを拒絶しようと口を開いた垣根だが、すぐに言葉を詰まらせる。

 

先程自分を頼れと垣根は真守に言った。

 

その舌の根も乾かないうちに拒絶するのか? 

真守がやっと頼みごとをしてきているのに?

でも自分にこの世で最も憎い敵のために動けと普通言うか?

 

「上条、今から行くから場所教えろ!」

 

垣根が頭の中で葛藤していると、真守は時間が惜しくて上条に声を掛ける。

 

〈何か色々立て込んでるみたいだけどすまん、頼む! ええっとここはどこだー? うわっ美琴のヤツがまだ追ってきやが……っ!!〉

 

真守が居場所を聞くと、何故か上条は美琴に追われているらしく、バリバリバリッと電撃が走る音が電話越しに聞こえてくる。

 

(なんで美琴に追われてるんだ? ええい、しょうがない! 上条の携帯電話にハッキングして居場所を特定……いいやインデックスを探して連絡した方が早いか……!)

 

「じゃあ、垣根! 一方通行(アクセラレータ)の情報収集よろしくな!」

 

真守は上条の現状がうまく呑み込めず心の中で困惑しながらも方針を打ち立て、携帯電話を構えたまま後部座席のドアのロックを解除する。

 

「待て! テメエ勝手に決めてんじゃねえ!」

 

「待てない!」

 

葛藤から復帰した垣根に怒鳴られながらも真守は即座に声を上げて蒼閃光(そうせんこう)でできた猫耳と尻尾をぴょこっと出してドアを開ける。

 

「おい、まも────!?」

 

垣根がドアを開けた真守を止めようと振り返るが、その瞬間垣根は言葉を詰まらせた。

真守が履いているスカートが後部座席の扉を開けた事により入ってくる風でパタパタはためいている。

そのせいで何が起こるかと言うと、スカートの中に隠れていた真守の下着がチラッチラ、チラチラ垣根の視界に入ってくるのだ。

 

「く…………──っ!?」

 

垣根は真守の下着を見てしまい、思わず叫びそうになる。

 

思わず垣根が呟こうとした通り、真守の下着は黒。

 

しかもその下着はなんとも洗練されたデザインで、大事なところを隠す布地の部分は少ないし、腰にかかる部分は何本もの細い紐で支えられている所謂(いわゆる)紐パンに分類されるものだった。

 

しかもただでさえ紐パンなのに布地が少ないので真守の小ぶりのお尻の割れ目がちょっと見えている。

 

垣根が顔を固まらせている間に、真守はタイミングを計ってバッと扉から外へと出る。その瞬間、これまでちらちら見えていただけの下着ががっつり垣根の目に入った。

 

「垣根、一方通行(アクセラレータ)が何してるかは移動しながら話すから! 帝兵さんこっち来て!」

 

真守は車と並走する形で飛ぶと、車に一緒に乗っていたカブトムシにそう指示する。

 

ぶーんと飛んできたカブトムシが右肩に留まるのを確認した真守は、後部座席の扉を閉めて車と並走するのをやめて夜の街へと繰り出す。

 

「ちょ、おまっそれで飛んでくのは止めろ!!」

 

垣根の制止むなしく真守はひらひらとスカートをひらめかせてどエロ下着をちらちら見せながら飛んでいく

 

「オイ! アイツのスカート守れ!」

 

『今注意してスカートの上から押さえています。一方通行(アクセラレータ)の方は?』

 

垣根がネットワーク上から真守についていったカブトムシにオーダーを出すと、カブトムシから淡々とした返事があった。

 

「テメエに言われなくても分かってる! 一方通行(アクセラレータ)を探、うっ!?」

 

垣根は全体にオーダーを出そうとするが、そこで(うめ)いて言葉を切る。

 

カブトムシが真守のスカートを押さえるために真守の腰からお尻にかけて張り付いた事により、カブトムシに個別オーダーを出すためにリンクしていた垣根に真守のお尻の感触が流れ込んできたからだ。

 

「真守の尻の感触伝えてくるの止めろ!」

 

『感覚共有はオンオフ切り替えなため、感触だけ切る事は出来ません。他の感覚も共有できなくなりますので、真守の現状をリアルタイムで垣根帝督(オリジナル)に伝える事ができなくなりますが、よろしいでしょうか?』

 

「それでいい! つーかテメエは俺の分身だろうが! なんでそんな平常心なんだよ!?」

 

カブトムシのあまりの冷静さに、垣根は林檎が寝ているにも関わらず思わず声を荒らげると、カブトムシは変わらずに淡々と述べる。

 

垣根帝督(オリジナル)の端末と言えど、私たちはあなたと明確に違う生き物です。確かに嬉しい気持ちはありますが、性的な欲情は持ち合わせていませんので』

 

「やっぱり嬉しいのかよ!? それ絶対真守に言うんじゃねえぞ!? 後ストレートに表現すんな!」

 

『……というか垣根帝督(オリジナル)がそういう風に造ったのに何故今更そんな事を確認するのですか?』

 

「うるせえ動揺してんだよ悪ぃか!?」

 

自分よりも格下であり、感情の起伏があまりないはずのカブトムシから白い目を向けられた感じがした垣根は、思わず怒鳴る。

 

『それで一方通行(アクセラレータ)の探索のオーダーをきちんと出していただけますか? 私たちは垣根帝督(オリジナル)が掛けた反逆防止機構により、全体での動きには制限が設けられていますので』

 

「……っテメエに言われなくても分かってる! 一方通行(アクセラレータ)最終信号(ラストオーダー)を全機で探せ! 最終信号(ラストオーダー)の方は妹達(シスターズ)と身体的特徴一致で捜索! 記録も参照してとっとと探せ!」

 

垣根が顔を赤くしながらネットワーク上にオーダーを流すとカブトムシが一斉に動き出す。

 

「…………これからアイツに絶対スカート履かせるわけにはいかねえ…………!!」

 

垣根はネットワーク上でカブトムシが一方通行(アクセラレータ)最終信号(ラストオーダー)を探し始めるのを確認しながら、頬が熱くなるのを感じて(うめ)く。

 

ちなみに垣根の願いは真守の高校の制服がセーラー服な時点で土台からして無理な話である。

 

 

Aug.31_PM09:52終了

 




作中でも何度も登場していますが、真守ちゃんはモノクロファッションで洗練されたデザインが好みなので、自分がいいなと思った服ならばスカートでもズボンでもなんでも着ます。
だから下着ももちろん白と黒。

そして洗練されたデザインが好きなので高校生にしてはえちえちな大人デザインの下着を着用してます。
風紀委員のあの空間移動と好みが合いそう……。



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第五二話:〈艱難辛苦〉を乗り越え、安堵?を手に

第五二話、投稿します。
次は一〇月二日土曜日です。


(Aug.31_PM10:07)

 

〈上条、インデックスを見つけた。今からそっちに場所送る〉

 

「サンキュー!」

 

上条は救援を要請した頼れる真守が即座にインデックスの居場所を見つけてくれたので、ほっと安堵しながら一度真守との通話を切って携帯電話に送られてきたポイントを地図で確認する。

 

「うわ! このバカ猫が生ゴミ漁ったところじゃねーかっ! コイツの案内間違ってなかったのかよ!?」

 

実は上条、インデックスを探すために街中を駆け回っていた時に真守が送ってきたポイントに既に一度辿り着いていた。

だが辿りついた理由が三毛猫の案内であり、その(くだん)の三毛猫はゴミ捨て場の生ゴミが入ったポリバケツに直行したので、主人を探すためではなかったと上条は判断してしまったのだ。

 

実は良い線行っていた三毛猫は現在上条に首根っこを掴まれて全力脱力しており、『ほれ見た事か』とでも言いたげに恨めしそうに上条を睨みつけていた。

 

「朝槻! 場所は把握した! 今からそっちに行くから……そうだなあ、ホテルの裏口……ごみ置き場でいっか! そこで合流を、」

 

 

「君、第七学区のファミリーレストランでガラスを割る騒ぎを起こさなかったか?」

 

 

「え?」

 

上条が真守に電話をかけて集合を提案していると、警備員(アンチスキル)が突然声を掛けてきたので上条は振り返って目を(またた)かせる。

どうやら交番の前に立っていた警備員(アンチスキル)がいつの間にか上条に近づいてきていたらしい。

 

〈上条、どうかしたか?〉

 

上条が妙な声を上げるので電話越しに真守が怪訝な声を上げるが、上条はそれに応えている暇ではない。警備員(アンチスキル)が自分の事を疑わしい目でじろじろ見てくるからだ。

 

「被害届を出してきた店長さんの心を読心能力者(サイコメトラー)に読まさせて似顔絵を描いたんだが……、待ちたまえ。君、どうもどこかで見た顔だな」

 

上条がダラダラと汗を流す中、警備員(アンチスキル)は持っていたタブレット端末を動かして顔をしかめさせる。

 

「む。昼にも同じ第七学区ビル倒壊の件で君の姿を目撃したという証言があるな。あれによって第二級警報(コードオレンジ)が発令されたはずだが……まさか今の第一級警報(コードレッド)も全て繋がっているという事ではあるまいな?」

 

「………………、えー?」

 

上条は笑顔を引きつらせたままニコッと間を持たせるように笑ってから──即座にダッシュ。

 

「こ、こら! 止まりなさい! 待たんか!」

 

警備員(アンチスキル)が後ろから声を放つが、やましい事をして止まれと言われて止まる人間はいない。

上条が必死に走っていると、突然後ろから銃声が鳴り響いた。

 

「うげっ!」

 

振り返ると、警備員(アンチスキル)が二二口径の銃を構えてその銃口から硝煙(しょうえん)をくゆらせていた。

 

「殺す気か不良警官! テメエ人を何だと思ってやがる!」

 

「案ずるな。子供の人権を考えてしっかりゴム弾だ」

 

上条が思わず怒鳴ると、警備員(アンチスキル)はグッと親指を立てて答える。

 

「空砲じゃないの!? ってかゴム弾でも肋骨ぐらいは折れるんですけど! つーかなんかノリノリじゃね!? 幼気(いたいけ)な学生虐めて楽しいか!?」

 

上条が警備員(アンチスキル)に向かって叫ぶと、全てを察した真守は困惑したまま上条へと声を掛けた。

 

〈上条? なんか警備員(アンチスキル)の所有している独特な音の銃声が聞こえたが、お前なんで追いかけまわされてるんだ……?〉

 

「銃声聞いただけで分かるなんて、流石ですね朝槻さん! いや、ちょっと色々あって上条さん猛ダーッシュ!!」

 

上条は真守を称賛しながら警備員を()くために夜の学園都市を駆け回る。

 

 

 

(Aug.31_PM10:47)

 

 

 

ビルの屋上には無数の縄が張られており、その縄はロープのように給水塔を頂点として八方向へと伸ばされ、ビルのフェンスへと縛り付けられている。

八本の縄の途中には和紙に墨で記された護符が一定の間隔で複数張り付けられており、見る者に運動会の万国旗のような印象を受けさせる事だろう。

 

「これは……神楽舞台?」

 

縛られたインデックスは儀式場と化したビルの屋上を見回しながら呟く。

 

「そんな大それた代物ではない。差し詰め、盆踊りの会場といったところだな」

 

そう答えたのは日本神道にゆかりのある魔術師、闇咲逢魔だった。

 

インデックスは日本神道の専門家ではないので神に舞を奉納する神楽舞台だと考えたが、儀式場を仕立て上げた闇咲が言うには盆踊りの会場らしい。

確かに給水塔を(やぐら)、ロープにかかった護符を提灯(ちょうちん)として見れば神仏混合の配置に見えなくもない。

 

(だけど、そんなものを用意して……まさか、私に何か()かせる気──痛っ!)

 

もぞもぞと動いているとお尻で何か固いものを踏んづけてしまい、インデックスは痛みに耐えながら振り返ってお尻の辺りを見つめる。

 

踏んづけたのは上条に持たされた〇円ケータイであり、携帯電話の使い方がイマイチ分からないインデックスは画面がピカピカと光っていてもどうしようもできない。

それでも闇咲の視線を引きそうだったので携帯電話をササッと背中に隠した。

 

そんなインデックスの動きに闇咲は気が付かず、右腕に装着していた弓を誇示(こじ)するようにインデックスに見せつけた。

 

「なに。結界を張ったのは少しばかりコイツの威力を増強しようという魂胆だ。この弓は、元々舞踊の席で使うべきものだから」

 

「……、梓弓(あずさゆみ)?」

 

「素晴らしい。日本の文化圏もカバーしているのか、その魔導書図書館は。……()れの元々の威力はせいぜい心の患部に衝撃を与え、(ゆが)みを正す程度の力しかないのだが」

 

闇咲は梓弓──矢を(つが)えずに弓を引き、鳴り響かせた弦の音によって魔を(はら)うとされる日本神道の呪具をそっと撫でながらインデックスを称賛する。

 

梓弓は元々、弦の音を使って舞を踊る巫女をトランス状態に導いて神降ろしを行うためのものだ。

 

そんな性質を(はら)む梓弓を(たずさ)えて、闇咲は頭上の縄を指し示す。

 

「このように一定の条件さえ(そろ)えば──相手の心の中を詳細に読み事ができる。……そう、例えば胸の内に必死に隠している一〇万三〇〇〇冊を暴く事なども、な」

 

インデックスが驚愕した瞬間、縄を中心として空間そのものが淡く紫色に輝きを帯びる。

 

闇咲は儀式場の力を借りて梓弓の強化を行い、インデックスの頭の中にある魔導書を読むためにインデックスに向かって右腕の梓弓の弦を引き(しぼ)る。

 

「だ、ダメ! これは、あなたの思っているようなものじゃないの! 普通の人間なら一冊も読めば発狂しちゃうんだから。いかに特別な魔術師って言ったって、三〇冊も耐えられない! 私以外の人間が一〇万冊以上もの魔導書を読み取れば何が起こるか、あなただって分かるでしょう!?」

 

「無論、百も承知」

 

インデックスが必死に止めようとするが、闇咲は止まらない。

 

 

「──そこまでやって魔導書に触れたいという事は、何か叶えたい望みでもあるのか?」

 

 

その瞬間、ビルの屋上より高く飛び上がった人影が夜天より飛来した。

その人物とは蒼閃光(そうせんこう)で形作られた猫耳をぴこぴこと動かし、尻尾と黒髪、それとスカートの(すそ)をひらひらとはためかせた朝槻真守だった。

そしてその小脇には自分よりも明らかに体が大きく、顔を真っ青にさせた上条当麻を抱えているが、真守はケロッとした余裕の表情である。

 

「まもり! とうま!」

 

「む。何らかの結界か。ほら行け上条。ちゃんと右手を前に突き出すんだぞ」

 

「え。ちょ、おわぁあああ────!?」

 

インデックスが自分たちの名前を叫ぶ中、真守は淡く光る屋上全体から闇咲の右腕に装着している梓弓へと力が流れ込んでいるのを感知して呟くと、小脇に抱えていた上条を儀式場に向かってぶん投げた。

 

上条が真守にぶん投げられて屋上へと上から落とされると、真守に言われた通り構えていた右手の幻想殺し(イマジンブレイカー)が屋上に展開されていた淡く紫色に光る儀式場を打ち消した。

 

「どわっ!?」

 

異能を打ち消した上条はそのまま屋上へと顔からダイブしそうになるのでなんとか身を(ひね)るが、捻った先で(したた)かに背中を()ったので屋上に転がった彼は悶絶(もんぜつ)する。

 

真守は儀式場が破壊されたと知ると、ひらひらと舞うスカートを右手で押さえつけながら屋上に降り立つ。

 

まあ真守がスカートの前を押さえようと後ろをカブトムシが押さえようと空から飛来した時点で上を向いた闇咲とインデックスにはばっちり真守の下着が見えていたのだが、突然儀式場を破壊された闇咲はそんな事を考えられず、そしてインデックスは上条と真守が駆けつけてくれて嬉しかったのと、同性という事もあってまったく気にしていなかった。

 

「大丈夫か、インデックス?」

 

「──断魔(だんま)の弦」

 

真守がインデックスの下に降り立った瞬間、闇咲は真守に向けて梓弓によって圧縮空気の刃を放った。

真守は右手をとっさに動かして源流エネルギーを生成し、その空気の刃を弾いた。

その瞬間、虹色の煌めきが辺りにまき散らされて闇夜を明るく照らし出す。

 

「無駄だ」

 

真守は歯車が噛み合うガギギギッという音と共に蒼閃光(そうせんこう)(ほとばし)らせる源流エネルギーを手の平で生成しながら、闇咲へと声を掛ける。

 

「お前の力は私には効かないし、お前は私の力を防げない。冥土の土産に聞いてやる。どうしてインデックスを拉致した? やはり頭の中に用があったのか?」

 

「…………抱朴子(ほうぼくし)

 

真守に圧倒的な力を見せつけられて闇咲が絶句するが、真守が歩み寄ろうとしてきているのを感じた闇咲は息を()みながら(うめ)くように呟く。

 

「抱朴子?」

 

「中国文化における不老不死、『仙人』となるための魔導書だよ」

 

「禁書目録の言う通りだ。……私は、あらゆる病や呪いを解く薬を作る『錬丹術』という術式が知りたかった」

 

真守が首を傾げる中インデックスが説明し、インデックスの説明に付け加えるように闇咲は目的を告げる。

 

「……梓弓の効果は医療行為に用いられるってあなたは言ったよね。もしかしてあなたは自分では助けられない人を助けたかったの?」

 

インデックスが問いかけると、闇咲はギリ、と歯噛みしてから自虐的に嗤った。

 

「……ハ。そうだ、私は魔術師になれば何でもできると思って生きてきた。もう二度と挫折したくなかったからだ」

 

魔術師は才能のない人間が才能のある人間へと追いつきたいがためにその道を志す。

だからこそ己の欲に忠実に動き、時には世界を破滅させる事も躊躇(ためら)わない。

真守たちの目の前のいる魔術師も例に漏れず既に挫折しており、劣等感に呑まれて必死に力を求めた。

だからこそ、他の魔術師のように闇咲逢魔は悲痛で切実な願いを口にする。

 

「……死にかけの女一人救えないようでは『なんでもできる』や『挫折したくない』という私の夢に傷がついてしまう。……つまらない、取るに足らないあの女を助けられなければ……。助けてと叫ぶ気力も残っておらず、目視(もくし)に迫る死に対して微笑むしかできない無力な女を救えなければ自分が今まで大事に育ててきた夢が傷ついてしまう。自分の夢に傷がつく事なんて耐えられない」

 

 

「はあ。つまりお前はなんだかんだ言うがその人の事が好きなんだな」

 

 

真守はインデックスの縄を生成したエネルギーで焼き切ってインデックスを解放しながら、闇咲の動機に対して気のない返事をしながら顔をしかめて告げた。

 

「な、何を言っている。私は私の夢のために行動している! 決してあの女のために禁書目録を傷つけるのではない! あんなつまらない女のために罪を犯すのではない! 私は私の夢のために行動しているんだ!」

 

真守は闇咲の意固地になった言葉にぽかんとした後、即座にふふっと噴き出した。

 

「な、何がおかしい……!」

 

「いや、すまない。……っふふっ。お前が本当にその人の事を想っているんだなって思って。思わずそのツンデレっぷりに笑ってしまったよ、ふふっ」

 

「つ。つんでれ……?!」

 

男に対しては不名誉なレッテルを貼られて闇咲が呆然とする前で、真守はくすくすと笑いながら告げる。

 

「自分のためだって何度も言ってるが、それって結局その人に重荷を背負わせたくないからそう言っているんだろう? どうせ『お前のせいで俺が罪を犯したんじゃない。自分のためにやった事だからお前は俺の犯した罪に責任を感じなくていい』とか考えてるんじゃないのか? その人の事、大好きって言っているようなもんだろ、お前……それに、つまらない女つまらない女って言って自分にとってどうでもいいんだって必死に主張するし。くくっ」

 

「だから……あんなつまらない女のためにやっているのではない! 私のためだ!」

 

大の男が遠回りな愛を叫ぶのが面白くて真守が笑っていると、闇咲は違うと(かたく)なに叫ぶが、それは真守の笑いを助長するだけだった。

真守の横でぽかんとしていたインデックスも真守と闇咲の掛け合いを聞き、シスターらしい慈愛に満ちた温かい目で闇咲を見つめる。

 

「ふふふっ。ほーら、そうやって主張する辺りがツンデレなんだ。『べ、別にあんたのためにやってるんじゃないんだから! 絶対、絶対よ!』って言いながら甲斐甲斐しく風邪を引いた意中の男の子を介抱する女の子と、何が違うんだよ」

 

闇咲は突然文字通り()ってきて人の気持ちを確実に言い当ててにやにやと笑う真守を見つめて絶句する。

 

「それは普通の医学では治せないのか? ここは天下の学園都市。お前がその人を本当に治したいと言うのであれば、私が良い医者を紹介してやる。あの人は患者である私に保護者が必要だと判断したら即座に後継人になってくれるような優しい人だ。私が助けてほしい人がいると言えば、自分の得意分野だと率先してお前の大切な人を救ってくれるぞ」

 

「……科学ではどうにもできない。……呪いだ」

 

ひとしきり笑った真守が自分の主治医で恩人である冥土帰し(ヘブンキャンセラー)を紹介しようか、と持ち掛けると闇咲は意気消沈した様子で呟いた。

 

「呪い?」

 

「東洋風に言うなら鏡と剣を使った呪禁道(じゅごんどう)厭魅(えんみ)術、西洋風に言うの出れば類感(るいかん)魔術の一種『類似の呪い』……とりあえず、科学では治せないものなんだね?」

 

インデックスが小首を傾げた真守の代わりに闇咲に問いかけるので、闇咲はそっと頷く。

 

真守はインデックスと顔を見合わせてから、地面で痛みにごろごろと身もだえしている上条を見るように闇咲に(うなが)しながら告げる。

 

「異能由来のものだったらそこで背中を(したた)かに()って魚のように口をパクパクしている男の右手が打ち消せるぞ」

 

「……は?」

 

真守は背中を打って悶絶している上条に近づき、その背中に向けて右手の幻想殺し(イマジンブレイカー)に当たって打ち消されないように位置を調節して衝撃波を放って痛みを打ち消してやる。

どう考えてもショック療法だが、上条は真守の衝撃波を受けて一度咳き込みながらまったく感じなくなった背中の痛みにきょとんとしながら真守を見上げた。

 

「着地くらいできるようにしろ、上条。それだったらいつか死んでしまうぞ」

 

「いつか!? 俺いま死ぬかと思ったけど!?」

 

「ほら、そこの大男。見ていろ」

 

横暴な真守の言い分に上条が声を上げるが、真守は闇咲の方を振り返りながら右手に蒼閃光を(ほとばし)らせて手の平でエネルギーを生成し、上条を見ずに放った。

 

真守が放った源流エネルギーは足を開いて座っていた上条の股のすぐ真下でさく裂し、源流エネルギーによって地面が焼き尽くされた事によりその場にちょっとしたクレーターができた。

 

「うおぉっ!? 上条さんちょっと男として死ぬかと思った股間がひゅんってした!!」

 

「私は今からコイツに向かって同じエネルギーを撃ち出す。ちゃんと見るんだぞ」

 

上条がぷすぷすと自分の一番大事な部分のすぐ下にできたクレーターに体をひるませていると、真守は上条の右手を狙って源流エネルギーを放つ。

 

「うぉおお!? あぶねえェえええ!!」

 

真守の源流エネルギーに本能的な恐怖を感じた上条は叫び声を上げながら、幻想殺し(イマジンブレイカー)で真守の源流エネルギーを打ち消した。

 

「朝槻!? なんか今日ちょっとお前機嫌悪い!?」

 

「疲労がたまっていて誰かをイジりながらじゃないと話ができない。それと早く事を済ませたい。大丈夫だって垣根は言ったけど心配は心配だし……病院で治療受けててあの子、本当に大丈夫なのか……?」

 

「俺を虐めないでくれる!? 後それ完全にお前の都合だし、お前一体何に巻き込まれてたの!?」

 

上条が真守の理不尽な行動に泣き叫ぶ中、真守の破壊力抜群の源流エネルギーを打ち消した上条当麻の右手を見ながら固まっていた闇咲に真守は告げる。

 

「このように。この男の右手は触れただけで『異能』を打ち消す事ができる。呪いだって『異能』だからな。例外じゃない」

 

「本当だよ」

 

真守の言葉が普通ならば信じられないと知っているインデックスは魔術の専門家として闇咲に話しかけて、太鼓判を押す。

 

「まもりが実践したみたいに、とうまの右手はなんでも打ち消しちゃうの。だからその女の人の呪いだって簡単に打ち消せるんだよ」

 

「あ、……まさか。本当に?」

 

闇咲が現実が上手く呑み込めずに困惑していると、真守はフッと微笑んだ。

 

「本当だ。だから問題ない。上条がいればその人は助かる。なあ、上条?」

 

「ああ。アンタの大切な人は必ず助け出す。それには世界でたった一人のアンタの力が必要だ。アンタだって自分の手で助けたいんだろう? だから案内してもらうぜ?」

 

「う、あ…………」

 

真守が上条に笑顔で問いかけると、上条はしっかりと頷いて救いの手を差し伸べた。

闇咲はそんな二人を見つめて声を漏らすと、ぼろぼろと涙を零す。

 

「じゃあ夏休み最後に気持ちよく、ちょっくら人を救いに行くか!」

 

「あ、上条。ごめん、私はついていけないんだ」

 

気合を入れた上条に水を差すようで悪いと思った真守はちょこっと手を挙げて気まずそうに告げる。

 

「え。なんで?」

 

「私、超能力者(レベル5)第一位に認定される事になったんだ。で、そんな人間が今学園都市の外に出ると脱走とみなされて、学園都市が総力を挙げて私を引き戻そうとする。そんな壮絶な追いかけっこ始まったら人助けしている場合じゃなくなるだろ? だから私は行けないんだ、ごめん」

 

「え!? 超能力者(レベル5)第一位!? マジで!?」

 

突然の告白過ぎて上条が目を()く中、真守はトントンと上条の背中を軽く叩いて気合を入れる。

 

「だから一人で頑張って行ってこい。それと、インデックスも行ったら行ったで色々面倒になるからお留守番だ」

 

「え!? 私も行きたいよ、まもり!」

 

真守に行っては駄目だと言われたインデックスが抗議するので、真守はインデックスに向き直ってゆっくり(さと)すように告げる。

 

「お前はイギリス清教が学園都市に預けてる身だ。だから簡単に学園都市の外に出たらマズいだろう? 今日から明日にかけて必要なご飯を好きなだけコンビニで買っていいから、上条の家で大人しく留守番していろ、分かったな?」

 

「本当!? じゃあしょうがないね! とうま、頑張ってきて!」

 

「お前変わり身が早すぎんだろ……。上条さんちょっと悲しい。……朝槻さん、俺にもご褒美で何か買ってくれませんか?」

 

真守の目論見通りにインデックスが餌で釣られている現場を目撃した上条は、インデックスが羨ましくておずおずと真守に提案する。

 

「帰ってきたら何か奢ってやる。だから行ってこい」

 

「よっしゃあ! じゃあ行くぞ……って、アレ。そういやお前の名前はなんて言うんだ?」

 

真守に約束を取り付けた上条はあからさまに元気になって闇咲を見るが、そう言えば闇咲の名前を聞いた事が無かったので上条は問いかける。

 

「……闇咲。闇咲逢魔だ」

 

「そうか、闇咲と言うのか。私は朝槻真守だ。闇咲、上条と一緒にお前の大事な人を救ってこい」

 

真守が柔らかな笑顔を自分に向けてくるので、闇咲はその笑顔に洗われて最後に(こぼ)した涙を(ぬぐ)うと、しっかりと頷いてから応えた。

 

「…………ああ」

 

真守は闇咲の言葉にニッと微笑んで安堵した。

 

(良かった。今日は事件盛りだくさんだったが、全部無事に収束してよかった)

 

真守は垣根から一方通行(アクセラレータ)の方は落ち着いていて今治療を受けていると聞いていたのでそう安堵した。

 

だが実のところ、垣根は真守に衝撃的すぎる事実を隠していた。

 

一方通行(アクセラレータ)

彼が脳に損傷を受けてしまい、現在生死を賭けた緊急手術が行われているという事を──。

 

朝槻真守は、まだ知らない。

 

 

Aug.31_PM10:59終了

 




闇咲さんはどう頑張ったってツンデレです。異論は認めます。

そして垣根くん、真守ちゃんに大事な事伝えてません。
まあ同じ病院ですので遅かれ早かれバレるんですけれどね。





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第五三話:〈意気消沈〉でも事は進む

第五三話、投稿します。
※次は一〇月四日月曜日です。


(Aug.31_PM11:54)

 

「垣根、なんで黙ってんだ!?」

 

真守は病院の廊下で声を荒らげて垣根へと抗議していた。

 

「お前が人助けしようと頑張ってる時に余計な事伝えるわけにはいかねえだろ」

 

「そうだけど……そうだけど! 一方通行(アクセラレータ)が脳損傷して緊急手術しているってどうして教えてくれなかったんだ!!」

 

真守がインデックスに食事を買ってあげて上条の寮へと送った後、真守は病院へと帰って来た。

 

真守はインデックスを救出に行く前に垣根に、『一方通行(アクセラレータ)の現状を探って教えて欲しい』と頼んでおり、垣根は真守がインデックスを探している最中に『事態は収束して一方通行はお前の入院している病院で治療を受けている』と真守に伝えていたのだ。

 

だがその治療というのが致命傷を負ったための緊急手術だとは知らなかったのだ。

 

詳しい事までは分からなかった垣根は入院している妹達(シスターズ)の下へわざわざ出向き、何があったかミサカネットワークで共有していないか真守のために話を聞いており、一連の話の流れを聞いた。

絶対防御を持つ一方通行(アクセラレータ)が何故脳を損傷する事になったのか知りたかったからだ。

どうやらは一方通行(アクセラレータ)打ち止め(ラストオーダー)を救うために電子顕微鏡レベルの緻密な演算を行っており、そのため『反射』に演算のリソースを()く事ができず、至近距離から銃弾を受けて脳に損傷を負ったらしい。

 

銃弾に使われたのは衝槍弾頭(ショックランサー)と呼ばれる対能力者用の特殊弾頭で、言ってしまえば弾丸が通った後に衝撃波の槍を作り出す銃弾であり、土壇場で『反射』を取り戻す事ができた一方通行(アクセラレータ)はその衝撃波の槍を『反射』できた。

 

だが衝撃波の槍を作り出すために先行していた弾丸は防げなかったのだ。

 

それでもその衝撃波の槍を作り出す弾丸はその特性上速度が死ぬため、その弾丸は一方通行(アクセラレータ)の頭蓋骨に亀裂を入れただけで一方通行を即死させる事はなかった。

 

だが割れた頭蓋骨の破片が一方通行(アクセラレータ)の前頭葉に突き刺さり、現在その破片を取り除くための緊急手術が行われている、というのが垣根が真守に伏せた事情だった。

 

後遺症が残るのは確実で、真守は一方通行(アクセラレータ)のことを想って顔を歪ませて痛みに耐える。

 

「俺が知った時にはもう手術中だったし、一方通行(アクセラレータ)が負傷した時、お前は戦闘が終わったくらいだったろ。その後、木原相似の人格にメス入れたり後始末してたからな。絶対に間に合わなかった。……非常に気に食わねえが、お前はヤツを大事に想ってるからな。そのまんま伝えてお前が人助けしてる時に気落ちさせるような事はしたくなかった」

 

真守は垣根の言葉にウッと(うな)る。

 

垣根の言い分は最もだ。

自分は木原相似と戦っていたからどう頑張っても一方通行(アクセラレータ)を助ける事はできなかった。

それにそんなことをインデックスを探している最中に言われてしまえば、動揺して演算が狂ってしまって上手く身動きが取れなかっただろう。

 

「ごめん、理不尽な事言ってしまって……」

 

真守が悲しそうに顔をしかませて俯くので、垣根は真守をそっと抱き寄せた。

 

「執刀医はお前の主治医だから問題ねえだろ。ヤツの腕はお前が一番良く分かってるしな。……それにアイツがあれくらいで死ぬようなタマかよ。そんなんだったら俺は逆に怒りでおかしくなる」

 

「……うん。ごめん、垣根。ありがとう」

 

真守は垣根に抱きしめられたので必死に心を落ち着けて、そのためにきゅっと垣根のシャツを握って垣根の胸に頬を摺り寄せた。

 

最終信号(ラストオーダー)は?」

 

「今培養槽に入れられて経過観察中。……後、もう一人研究者が重傷だが、どうも一方通行(アクセラレータ)が助けたらしい。アイツが人を助けるなんざ、考えられなかった事だ。……お前と会ったから、アイツも変われたんだな」

 

「あの子は別に変わってないよ。垣根と一緒で、あの子は最初から優しい子だ」

 

真守が顔を上げて上目遣いで垣根を見つめて微笑むと、垣根は心底嫌そうな顔をする。

 

「なんで俺がアイツと同類じゃなくちゃなんねえんだよ。俺はアイツとはちげえ」

 

「……だから、一方通行(アクセラレータ)に対して器が小さいんだってば」

 

「なんだとコラ」

 

真守がぽそっと呟くと、垣根は真守のおでこを弾く。

 

痛いっ! と言って真守がムーっと(うな)ると、垣根は大袈裟にため息を吐いた。

 

「それで、林檎はどうした?」

 

真守は垣根に弾かれたおでこをさすりながら問いかけると、垣根は片眉を上げながら気を取り直した様子で冷静に告げる。

 

「あのガキは今精密検査中だ。……お前は少し休め。顔色が悪い。精神的に嫌な事があったから疲れただろうが。……聞きたい事は山ほどあるがな」

 

「……山ほどって、えーっと」

 

真守が垣根を見上げながら目を泳がせると、垣根は額に青筋を立てる。

 

「お前が思い描いている通り、あの闇咲逢魔とかいうヤツの能力やらイギリス清教やら魔術ってモンについてだ」

 

「……垣根、林檎の事よろしくな」

 

汗を垂らしながら真守が垣根の腕からすり抜けて逃げ出そうとすると、垣根は真守の事をきっちり腕の中でロックして引き留める。

 

「待ちやがれっごまかされるとでも思ってんのか!」

 

「うぐっくるしい……いたい…………内臓が……っ」

 

体に脂肪が少ない真守はぎゅーっと抱きしめられた事によって弱い内臓器官に直に圧力がかかり、垣根の腕の中で(うめ)き声を上げる。

 

「……わりぃ。だが流されると思うなよ、じゃじゃ馬娘」

 

垣根は真守を抱きしめるのをやめるが、代わりに真守の両頬をつまんで思い切り引っ張る。

 

「むー。ひゃってめんほくひゃいこほ(だってめんどくさいこと)になるほほもっふぁんらもん(になるとおもったんだもん)

 

「面倒な事になるからってこの俺に隠し事するんじゃねえ! 逆に面倒な事になんのが分からねえのか!」

 

垣根が真守の言い分をきちんと受け取って真守の両頬を引っ張ると、真守がふむー! と声を上げて垣根の前で手をバタバタとさせる。

 

真守が涙目になっていくので垣根は溜息を吐いて真守の両頬から手を離す。これ以上やると真守のシールドで弾かれる気がしたからだ。

 

真守は涙目でつねられた両頬を押さえており、どっからどう見ても『私、むくれてますから』という顔になっていた。

 

「……きちんと話すから。でもちょっと色々込み入った話だから長くなる」

 

だが垣根の視線に心の底から自分を心配している想いががっつり乗っていたので、真守は不機嫌な声を出しながら歩み寄る。

 

「話す気はあんだな?」

 

「うん。だって垣根、何があってもずっと一緒にいてくれるんだろう? どこにも行かないんだろう?」

 

「何回聞くんだよ」

 

垣根は自分の事を上目遣いで見上げてくる真守の肩にかかっている髪の毛を一筋(すく)って告げる。

 

「今更手放すわけねえだろ。……手放すもんか」

 

「うん」

 

垣根が切なそうに自分への想いを告げるので、真守はえへへっと照れ隠しに笑ってから頷く。

 

「明日は忙しくなると思うから話せるか分からないけど、落ち着いたらすぐに話すから。だからちょっと待っててくれ」

 

「ああ。……ゆっくり休め」

 

垣根は真守の髪の毛を触るのをやめてそっとその柔らかな頬を優しく撫でながら微笑む。

 

「うん。じゃあ林檎の事よろしくな、おやすみ──垣根」

 

「……おやすみ、真守」

 

真守は垣根から離れるのが寂しくなりながらも柔らかな笑顔を浮かべてから別れ、寝るために自身の病室へと向かう。

 

一人で歩き出すと、どっと疲れが押し寄せてきた。

 

明日から学校なのに、とんでもない夏休みの終わりだったな、と真守は思う。

 

(明日から超能力者(レベル5)第一位か。……一体どうなるんだろうか)

 

真守は心の中で呟きながら病室の扉を開けると、柔らかな月の光が病室の中へと差し込んできていた。

 

 

真守がその光に目を細めながら病室に入ると、誰かが深城のベッドに腰かけていた。

 

 

「────え」

 

 

真守はその人物を見て思わず言葉を漏らした。

 

月明かりの中、その人物は真守に向けて柔らかな笑みを浮かべていた。

 

座っているから分からないが、恐らく背は真守よりも高いし、胸も真守よりも断然大きい。

 

女の子らしい豊満な体にはどこかの学校の制服であるブラウスに赤い短いネクタイ、それと紺色の長いスカートに革靴を履いていた。

 

柔らかでふわふわなウェーブがかった薄桃色の長い髪に、蜂蜜のような色のまん丸の瞳。

 

人懐こい笑みが良く似合う整った顔。

 

 

「真守ちゃん」

 

 

その人物は無償の愛で人をダメにするような甘ったるい声で真守の名前を愛おしそうに呼んだ。

 

 

その瞬間、真守は彼女と()()()()()()時の事を思い出していた。

 

 

流動源力(ギアホイール)。新しいお友達ですよ』

 

 

研究者に話しかけられても、真守はレポート用紙に計算式を書く手を止めなかった。

 

だが息を呑んだ声が聞こえてきた瞬間、その人物は駆け出しており、そのまま真守に抱き着いた。

 

抱き着かれた瞬間、真守の書いていた計算式がズレたので真守はとっさにその人物を睨みつけて攻撃しようとした。

 

『かわいいっ!! お猫さんみたいだぁ!!』

 

だが真守は攻撃をするために動かした手をぴたりと止めた。

 

自分に抱き着いてきた少女は簡単に壊れてしまうと分かるほどに柔らかく、真守にこれまで感じた事のない命の息吹を伝えてきた。

 

そしてその柔らかな体の全身からは真守が今まで向けられた事のない温かな感情が溢れ出ていた。

 

まったく悪意のない、裏表のない純粋で自分を想う気持ち。

 

『なんて言うお名前なの? あたしは源白深城って言うの!! お名前教えてぇ?』

 

『…………知ってるだろ』

 

真守はここに連れてこられる子供たちが既に自分のプロフィールを把握済みだと理解している。

 

わざとらしい少女の言葉に真守は嫌そうに顔をしかめつつも、その言葉にまったく悪意がない事に困惑しながらぶっきらぼうに告げた。

 

真守が情操教育相手の問いかけに口を開いたのを見た研究者が驚いている前で、その少女は自分に真守が話しかけてくれたのが嬉しくて、ぱあっと顔を輝かせて柔らかく微笑む。

 

『あたし、あなたの口からあなたの名前が聞きたいなっ!』

 

『…………朝槻、真守』

 

『真守ちゃん! 真守ちゃん、可愛い名前だねぇ! これからよろしくね、真守ちゃん!』

 

少女は自分の名前を大切そうに呼び、あまつさえ可愛いと告げてこれからずっと一緒だと言わんばかりに微笑む。

 

なんだろう、この生き物は。

 

真守が理解不能な生物を怪訝そうに睨んでいると、その少女は幸せそうに微笑んだ。

 

まるで珍妙な生き物として見られているだけで、その感情を自分に向けられているだけで幸せだと言わんばかりに、その少女は心の底から真守に笑いかけていた。

 

 

「……………………深城?」

 

 

真守はその少女──源白深城の名前を呆然と呟く。

 

一八歳らしい姿に成長した源白深城は、一二歳で成長が停まった源白深城の本体が横たわるベットの(ふち)に座り、いつだって変わらない柔らかな笑みを真守に向けていた。

 

 

月の光に照らし出された源白深城はとても儚く、すぐに消えてしまいそうなのに──確かにそこに存在していた。

 

 

Sep.01_AM00:00終了

 




源白深城、参戦。

次回『力量装甲』篇、開幕。





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力量装甲篇
第五四話:〈依存継接〉はお互い様


第五四話、投稿します。
次は一〇月五日火曜日です。


理解不能な事態が目の前で起きていた。

 

真守が死の淵から強引に引き戻した結果、AIM拡散力場を自身の肉体と認識してAIM思念体とも言うべき姿になった源白深城が何故か年相応の姿を取って自分の目の前にいる。

 

何が起きたか理解できずに真守が呆然としていると、深城はスッと立ち上がって真守へと近づいてきた。

ビクッと真守が肩を揺らすと、深城は安心させるように柔らかく微笑んだ。

 

「真守ちゃんにもう一度触りたいってずっと思ってた」

 

深城は真守の右手をそっと握って自分の頬に誘導すると、スリッと頬を()り寄せて微笑む。

その柔らかな頬の感触とその温かみで、深城が実体を得てここに立っているのだと気が付いて、真守は驚愕する。

 

「そうしたら体が突然できたの。びっくりだねぇ」

 

深城が花を周囲に咲かせるような笑みを浮かべて自分を見つめてくる。

真守は深城の頬に触れていた手はそのままに、自分のもう片方の手を深城の反対の頬に這わせる。

そっと両手で深城の頬を包み込むと深城は幸せそうに目を細めた。

 

「えへへ~」

 

深城が心底幸せそうな表情をする前で、真守はふにふにと深城の頬を触っていたが、次の瞬間、深城の両頬を思いきりぎぎぎぎーっと引っ張った。

 

「ん!? い、いひゃいいひゃい(痛い痛い)いひゃいっへばまもりひゃん(痛いってば真守ちゃん)!!」

 

「……お前、一体何をしたんだ」

 

「へう?」

 

真守の地を這うような声に、深城はきょとんとしながらも反応する。

 

力量装甲(ストレンジアーマー)はAIM拡散力場を凝縮、圧縮して体に(まと)わせる能力だ。つまりAIM拡散力場をある種物質化してるとも言える。それをお前は応用して体に仕立て上げたのか?」

 

真守の追及に深城は頬を引っ張られたまま懸命に言葉を紡ぐ。

 

ひゃからまもりひゃん(だから真守ちゃん)いもういっかいさわへたら(にもう一回触れたら)いいふぁっておもっふぇ(いいなって思って)はらへにひれ(たら手に入れ)られまひた(られました)

 

「私に触れたいって思ったら手に入るモノなのかこの体は! だったらこの圧倒的な胸部装甲はなんだ!? 妄想か!? 妄想なのか!? お前の絶壁は一体どこ行った!!」

 

ぎぎぎーっと深城の頬を引っ張りながら真守は目線を深城の顔から下に向けて、たわわに実った自分よりも大きい深城の巨乳を睨みながら叫んだ。

 

「へぅ!?」

 

「おかしい……深城の胸がこんなにデカいなんておかしい……わ、私の深城がどっかに行ってしまった。……待て、AIM拡散力場は自分だけの現実(パーソナルリアリティ)という能力者の本質が現れてくる。……ということはその本質というものには自身の本来あるべき姿が関係しているのか? だったら深城のこの姿は本来あるべき姿であり、まさか深城の体の成長が停まらなかったらこうなっていたとでも言うのか……!?」

 

真守は深城の頬を引っ張りながら深城の謎の肉体について考察するが、自分の中の深城と目の前にいる深城がうまくかみ合わずに思わず動揺してしまう。

 

「ふもーまもりひゃん(真守ちゃん)いひゃいからはなひて(痛いから離して)!」

 

そんな真守の前で、深城は力量装甲(ストレンジアーマー)を展開してパパパリッという音を体から響かせた。

 

深城の力量装甲(ストレンジアーマー)はどうしたって真守の源流エネルギーの下位互換なので、真守の身に(まと)っているシールドによって弾かれるはずだ。

 

だが次の瞬間、何故か真守が一方通行(アクセラレータ)とぶつかった時に似た衝撃が真守と深城両方に入った。

 

バツン! という音が響いて真守と深城は弾かれるように吹き飛ばされる。

 

「いったあーい!」

 

深城はドテッと尻餅をつくが、真守は数歩後ろに下がってバランスを上手くとって地面にしっかりと立つ。

 

研究所時代、深城は能力の特性故に力は強いがはっきり言って運痴だった。

どうやら新しい肉体を得てもそれは同じらしく、まったく受け身を取れていない様子で、深城はお尻から腰にかけて走った痛みに耐えていた。

 

「……一方通行(アクセラレータ)と競合した時は感覚に衝撃が叩きこまれただけだったのに、今のは確実に物理的な痛みだった。……私が深城にエネルギーを注ぎ込み続けてる関係でパスが作られているから私のシールドと深城の力量装甲(ストレンジアーマー)が変な干渉を起こしたのか……?」

 

真守は自分の感覚に走った衝撃と、じんじんと物理的な痛みが走る両手を見つめながら呆然とする。

 

「いたたた…………ふっふーん。まーもりちゃあああああん!!」

 

深城はお尻を押さえながら立ち上がると、ババッと両手を広げて真守に抱き着いた。

 

「ぐえっ」

 

真守はやけに俊敏(しゅんびん)な動きをする深城にぎゅぎゅーっと抱きしめられ、カエルが潰れた時に出すような悲鳴を上げた。

 

「真守ちゃん! 真守ちゃん! かわいい真守ちゃんに触れられてあたし幸せ!!」

 

「む、胸……圧倒的なボリュームの、胸で、圧し潰され……っ」

 

深城が真守の頭をぎゅーっと自分の胸にうずめる形で抱きしめてくるので、真守は柔らかながらも確かな凶器である深城の胸に顔が圧し潰されてうめき声を上げる。

 

「真守ちゃん、これからはどこに行っても一緒だからねえ」

 

「お前がヒマしているだけでこれまでも一緒だっただろ……」

 

深城が幸せそうにうっとりと呟くので、真守は深城のふにふにと柔らかい胸を押しのけながら声を漏らす。

 

「えへへ~それとこれは違うんだよぉ」

 

「……そう」

 

深城をAIM思念体にしてしまったのは真守だ。

だから自分に触れられるようになって嬉しがる深城を至近距離で感じて、真守は罪悪感が(つの)る。

 

「真守ちゃんが気にする事じゃないよ。だってあたしのお願い叶えてくれたでしょう?」

 

「……うん」

 

深城は真守の気持ちを汲み取って微笑むが、真守は気落ちしたままだった。

 

「……あ、そぉだ! あたし、人の顔が分かるんだよ! だから真守ちゃんにお願いがあるの!」

 

自分の言葉が慰めにならないのが少し寂しくなりながらも、深城は真守の気持ちを切り換えさせるために話題を変えた。

 

「なに?」

 

「垣根さんに会いたいな!」

 

真守は深城のお願いを拒絶する気持ちなんてない。深城をAIM思念体にしてしまったのは真守の責任だからだ。

だから真守は深城のお願いを叶えるために、病室から出て深城の手を引いて垣根の下へと向かった。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

「え~!! 垣根さんって背ぇ高いんだね~写真より生で見る方がイケメン~!! すっごい人見つけたねえ真守ちゃん!! 真守ちゃんアイドル顔でお猫さまだからそんじょそこらの人だと隣にいると引き立て役にしかならないけど、相乗効果で二人共輝いてみえるよぉ!!」

 

垣根は輝かんばかりの瞳と恍惚(こうこつ)とした満面な笑みを深城に向けられて困惑していた。

 

「真守ちゃんと一緒にいてくれてありがとぉ!! あたしもこれから垣根さんと仲良くしたいなあって思ってて、よろしくねぇ!!」

 

「深城、あんまり垣根に詰め寄らないで」

 

「垣根さんって真守ちゃんの一個上なんだよねえ? 歳の差的にばっちり!! 真守ちゃん良い人見つけたねえ! エリート様でイケメンなんて! 真守ちゃんのこと大事にしてくれてるなら、あたしもう感無量だよぉ!! え~嬉しいなあ嬉しいなあ! 垣根さんって真守ちゃんの事一目惚れだったぁ?」

 

真守の制止(むな)しく深城はマシンガントークで喋り続け、直球過ぎる質問に真守は顔をかーっと赤く染める。

 

「…………いや、別に、」

 

垣根がぐいぐい迫ってくる深城に気圧されていると、深城は顔を輝かせたまま垣根のドン引きなんて気にもせずに喋り続ける。

 

「あたしは一目惚れだったよぉ!! 真守ちゃん研究所時代はずぅっと能力開放してて、お人形さんみたいに無表情だったからもうお猫さまのお人形みたいでぇ! もう、ほんっと可愛くて抱き着いちゃったんだぁ! 真守ちゃんに自己紹介してって言ったら、『何だこの世に存在しない生物は』って目で見てきてねえ! そこで初めて感情が乗った真守ちゃんの瞳見られて、あたし嬉しくって思わず頬ずりしたら流石にぐいーっと手で顔を押しのけられちゃったぁ!」

 

これまで散々自分の外見に惹かれた女に黄色い声を上げられて迫られて来た垣根だったが、黄色い声で誰かの惚気(のろけ)を延々と自分に垂れ流し続ける深城のようなタイプは初めてなので、どう対応したらいいか分からない。

 

しかも真守がこの世で最も大切にしたいと思っている女の子なので、下手な事はできない。

それに加えてこの少女、悪意や下心が欠片も感じられないので尚更どうしたらいいか分からない。

 

垣根が困惑していると、真守が垣根の困惑を受け取って深城の襟首(えりくび)を掴み、垣根から引っぺがす。

 

「ちょっと落ち着いて」

 

「え~やだぁ! 真守ちゃん以外とずっと話してなかったからもっとお話しする~!」

 

「垣根は逃げていかない。それと夜遅いから静かにしろ」

 

深城がぶーぶー文句を垂れるので真守はため息を吐いてから深城をジロッと睨み、至極真っ当な注意をする。

 

「は~い」

 

深城は真守の首根っこを掴まれたまま先生に(さと)された教え子のように素直に返事をした。

 

「み……源白深城ってこんななのか……」

 

「昔からそう。最初から距離感がバグってる子だった」

 

真守の忠告を受け入れてにこにこしている深城を見て垣根が(うめ)くと、真守は申し訳ない気持ちでいっぱいになりながら先程思い出した深城との出会いを再び思い出しながら呟く。

 

「……そりゃあ情操教育受けさせられるほど人間に興味なかったお前が心開くのも頷けるな……」

 

「うっうっ……! 真守ちゃんが他の人とお話している姿がちゃんと見られてあたし嬉しい……! 昔はあたし以外とお話しなんてしなかったのにぃ……嬉しいなあ嬉しいなあ!」

 

垣根と真守が話をしていると突然深城が感涙でむせび泣く真似を始める。

そして次の瞬間、深城は真守の方へぐるっと体を向け直すと、ぎゅーっと抱き着いた。

 

「ぐえっ」

 

真守はカエルが潰れた時に発する悲鳴を上げる中、深城は幸せそうに真守をぎゅうぎゅう抱きしめる。

 

「真守ちゃん真守ちゃん真守ちゃーん!」

 

「く……苦し…………っぷはっ! っだからその胸部装甲が凶悪なんだよ! 抱き着いてもいいけど私の顔を胸にうずめさせるな! 後、頭を撫でるなら垣根みたいに髪が崩れないように優しく撫でて! そうじゃなきゃダメ! もうっ……撫でるなぁっ!」

 

「…………源白、お前はある意味一番ヤベエよ」

 

深城の事を大事に想っている真守は深城に対して下手に強気な態度を取れない。

物静かなあの真守が()れた弱みに付け込まれて深城に翻弄(ほんろう)されている様子を蚊帳の外で見ていた垣根は、思わずそう(こぼ)した。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

深城に突如訪れた異変によって完全に寝るタイミングを逃した真守は、疲れた様子のまま一人で林檎の検査結果を馴染みのナースに聞いていた。

 

垣根は木原相似の後始末についての報告があったので席を外しており、深城はマンモス病院を自分の足で探検したいと言ってふらふらとどこかへ行ってしまった。

 

病院から出るなときつく言っておいたので多分問題ないが、深城が何よりも大事な真守は心の底から深城を心配していた。

 

そんな心境の中真守がナースに話を聞けば、林檎は栄養失調気味で免疫が落ちているのと、実験の後遺症が心配なため定期的な検査とその都度(つど)対応した治療が必要だが、真守と一緒に冥土帰し(ヘブンキャンセラー)が確保する住居に一緒に行けるだろうと言われた。

 

「真守くん。どうやら学校から連絡があったみたいだよ?」

 

真守がナースと別れると、丁度冥土帰し(ヘブンキャンセラー)が廊下を歩いて真守の下へとやって来た。

 

「先生。芳川桔梗の手術は終わったのか? というかこんな時間に学校から連絡が?」

 

冥土帰し(ヘブンキャンセラー)は今の今まで一方通行(アクセラレータ)と共に打ち止め(ラストオーダー)を救おうとして負傷した芳川桔梗の手術を行っており、それが終わったのだろうか、と真守は純粋に気になって問いかけた。

 

「うん。問題なく終わったよ? それで連絡の方だけど、明日の一二時付けでキミが

超能力者(レベル5)に承認されるという連絡で、色々と手続きがあるから早めに登校するように、という事だったよ?」

 

「……承認まできっかり一二時間。私が前回承認を蹴ったから、ギリギリまで隠して私が動き出す前に承認してしまえって魂胆だな、きっと」

 

真守が上層部の思惑を考えて苦々しげに表情を歪ませて呟くと、冥土帰し(ヘブンキャンセラー)が困ったように笑みを浮かべる。

 

「上層部はどんな手段を使ってもキミを第一位に()えたいようだからね?」

 

「……ずっと監視されてたからそれは前から分かってた」

 

「まあ、正当な判断だと思うけどね? ああ、それと早めの登校とは学校の開門と同じくらいが好ましいとキミの担任は言っていたよ?」

 

「確か開門は七時一五分だったかな。分かった。気が向かないけどちゃんと行く」

 

「そうするべきだね? じゃあ僕は一方通行(アクセラレータ)の手術に行くよ? まだまだ難航しているらしいからね?」

 

冥土帰し(ヘブンキャンセラー)は真守に伝える事を伝えて去ろうとすると、真守は冥土帰しが身を(ひるがえ)してしまう前に頭を下げた。

 

一方通行(アクセラレータ)のことお願い、先生」

 

「勿論だ。……キミから彼の話は聞いていたけど、ずいぶんと優しい子だね?」

 

一方通行(アクセラレータ)は芳川桔梗の命を繋ぐために、意識がない状態でずっと演算を続けていたのだ。

その事に関して優しいと冥土帰し(ヘブンキャンセラー)が告げるので、真守は柔らかな笑みを浮かべてから頷く。

 

「……そう、あの子は優しいんだ。優しいから人を傷つけるのが怖くて人を遠ざけてたんだ。私にとって大事な子だからあの子のことお願い、先生」

 

真守は一方通行(アクセラレータ)の事を想って笑うと、冥土帰し(ヘブンキャンセラー)はしっかりと頷いた。

 

「僕を誰だと思っているんだい? あそこは僕の戦場で、僕はこれまで患者と共に何度も生還してきた。──もちろんだよ」

 

冥土帰し(ヘブンキャンセラー)はそう言って真守を安心させると、そのまま真守と別れて廊下を歩く。

 

 

「あなたが、あたしの先生なんですか?」

 

 

冥土帰し(ヘブンキャンセラー)が歩いていると、目の前に深城が立っており、深城は突然そう訊ねてきた。

 

「人づてに聞いたよ。本当にその体はAIM拡散力場で作られているのかな?」

 

「うん、()()()()()。……先生なら分かるよね。全部()()()のせいなの」

 

冥土帰し(ヘブンキャンセラー)は深城の言葉に目を薄く見開いてから一つ頷く。

 

「……まあ、そういう事が()にはできるね?」

 

「真守ちゃんには秘密にしてほしいの。お願いします」

 

冥土帰し(ヘブンキャンセラー)が頷いたのを見ると、深城は頭を綺麗に下げる。

 

「それでいいのかい?」

 

「……真守ちゃんに残された時間は少ないから。それにどうにもできない事だってあるよ」

 

深城が寂しそうに呟くと、冥土帰し(ヘブンキャンセラー)はフム、と一つ頷いてから頭を上げた深城に笑いかけた。

 

「……キミの気持ちは分かったよ?」

 

「ありがとう、先生。それにいつもあたしの体を大切にしてくれてる事もお礼言いたかったの。いつもありがとうございます。これからもよろしくね」

 

「キミも真守くんも僕の患者だ。だから当然の事をしているまでだね?」

 

深城がに感謝の気持ちを伝えると、冥土帰し(ヘブンキャンセラー)はそれが普通であると深城に教える。

 

「でもでもありがとう! あたし真守ちゃんのところに行くね! じゃあね!」

 

深城はにへらっと微笑んで冥土帰し(ヘブンキャンセラー)へと手を振った。

 

「やれやれ。一体どちらがどちらを繋ぎ留めているんだろうね?」

 

冥土帰し(ヘブンキャンセラー)が一人で呟いていると、病院の廊下の向こうから潰れたカエルのような真守の悲鳴が聞こえてきたので、冥土帰しは思わずにっこりと微笑んだ。

 




深城の破壊力が凄まじい。そして真守、深城が大切なので結局やりたい放題させてしまうと言う。
垣根くんそれを見て呆然。

そして少し不穏な雰囲気が流れてきました。
AIM拡散力場というとあの人間が必要としている力ですのでそりゃ介入してきますよね……。



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第五五話:〈立場一新〉で変わりゆく日常

第五五話、投稿します。
次は一〇月六日水曜日です。


翌日、九月一日。

真守は自分の高校のセーラー服を着て林檎の病室の前に来ていた。

 

「垣根、林檎のことお願いな? 私も手続きが終わったら合流するから」

 

「飯と服与えりゃいいんだろ?」

 

真守が垣根を見上げて両手の平を胸の前で合わせて懇願(こんがん)すると垣根は大雑把に答えた。

 

今日の一二時付けで超能力者(レベル5)第一位に承認される真守は諸々の手続きがあって学校に行かなければならない。

そこで問題になってくるのは誰が林檎の面倒を見るかで、真守は申し訳ない気持ちでいっぱいになりながらも垣根に林檎を預ける事にしたのだ。

 

「いや、それはそうなんだけど適当な言い方だな。……でも私は垣根に頼む立場だし、垣根は優しいから大丈夫だし。……大丈夫だよな?」

 

真守が不安になって眉を八の字にして垣根を見上げると、垣根はため息を吐きながらも真守を安心させるため真守の頭に手をポンと乗せる。

 

「大丈夫だ。気にしないでお前はちゃんと手続きしてこい」

 

小さな子供の面倒を見るなんてごめんだが、始業式に出る気持ちが微塵もないのでどうせ時間があるのと、何よりも真守の頼みなので垣根には断る理由がなく、そう告げて真守を安心させる。

 

「うん、お願い」

 

真守は垣根に頭を撫でられて目を細めながら安心してふにゃっと笑った。

 

「……それよりアレのお守は大丈夫なのか?」

 

垣根がビッと親指を立てて真守の視線を誘導したのは、少し扉が開いた病室の中で林檎と話をしている深城だった。

 

深城はほわわーんとした雰囲気で林檎の事を包み込んでおり、林檎も深城の明るい雰囲気に触発されて無表情に近いがそれでも穏やかな顔つきをしていた。

 

「垣根と林檎と待っているように言ったんだが……私と一緒に学校に行くって聞かないんだ。それに連れて行ってくれないなら一人で行くって言うし、しょうがないだろ」

 

真守は幸せそうに微笑む深城を見つめながらため息を吐く。

 

人の顔が認識できるようになった深城は、真守と一緒に学校に行って真守のクラスメイトの顔を見たいと言い出したのだ。

真守は超能力者(レベル5)についての諸々(もろもろ)の手続きがあるため深城に構っていられないのでまた今度と優しく(さと)したのだが、深城はむくれて『真守ちゃんが連れて行ってくれないなら一人で行く!』とだだをこねた。

 

深城の子供のようなわがままっぷりを見ていた垣根は『……アレが一八歳だと?』と(いぶか)しんでいたが、五年間も真守以外と接してないと精神年齢も成長してないよな、と納得して深城に手を焼いている真守をどう手助けすればいいかわからないので、傍観(ぼうかん)するしかできなかった。

 

「……まさか源白が真守を上回るじゃじゃ馬娘だとは思わなかった」

 

たった数時間だけで真守を好き勝手振り回す深城の恐ろしさを目の当たりにし、垣根は思わずそう零す。

 

「私は別にじゃじゃ馬娘じゃない」

 

「じゃあ俺の言う通りにどこにも首突っ込まないで大人しくしてろ」

 

真守がムッと口を尖らせると、垣根は真守のおでこを人差し指で弾きながら告げた。

 

「イタッ。……垣根のバカ。お前の言う通りになんかしてやんないっ! 大体私は別に首突っ込んでない。やらなくちゃいけない事やってるだけだ!」

 

「そういうところがじゃじゃ馬娘だっつってんだよ……!」

 

真守がおでこを両手で押さえながら顔をしかめて(わめ)くと、垣根は片眉を上げて苛立ちを示す。

 

「真守ちゃん! お話終わったぁ?!」

 

「ぐえっ」

 

垣根が真守をどうしようか考えていると深城が少し開いていた病室の扉をばーっんと開けて突然現れ、真守に流れるような動作で抱き着いてくるので、真守は本日何度目か分からないカエルが潰れた時のような悲鳴を上げてしまう。

 

「早く学校行こぉー!」

 

深城は口から魂が抜けて遠い目をしている真守をひょーいと軽く抱き上げると、自分を中心に真守をくるくると振り回す。

 

「やめろっ回すなっー! ……お前っ力はっあるくせにっー運動神経がっ極端に低いからーっ怖いんだよーっ!」

 

真守は深城の運動神経が信用ならずにぐるぐる回されながら悲鳴を上げて待ったをかける。

 

「じゃあ垣根さん行ってきまーす!」

 

それでも深城は好き勝手真守を振り回して地面に降ろすと、ぎゅっと抱きしめて垣根に向かってぶんぶんと手を振ってから真守をずるずると引きずって去っていった。

 

「…………おう。……まあ、なんだ……頑張れよ、真守」

 

「ううっ……ペースが崩される……でも深城がすっごく喜んでるから何もできないー……」

 

垣根は真守の遠くなっていく泣き言を聞きながら、大変だなあと他人事のように思っていた。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

「いい? 深城。お前の本体と私がパスで繋がってるからなのか、私には今のお前の位置も大体わかる。それでも絶対に遠くに行ったら駄目だからな。……それと! 私のクラスメイトにはツンツン頭で人畜無害そうな上条当麻という男がいるが、ソイツの右手は異能ならばなんでも打ち消す幻想殺し(イマジンブレイカー)と呼ばれるモノだ。近づくときは絶対に気を付けろよ、危ないんだから!」

 

真守は昇降口で腰に手を当てて少し前かがみになって深城を見上げて、真守はゆっくりと注意事項を告げる。

 

「右手……幻想殺し(イマジンブレイカー)……? ああ! あたしの体消してる子かなあ?」

 

「……あいつ、AIM拡散力場も打ち消しているのか。最強だな」

 

真守が幻想殺し(イマジンブレイカー)すごすぎる、と思っていると深城は他人事みたいに微笑む。

 

「ねえ。すごい子だねえ。で、その子の何が危険なのぉ?」

 

「……お前のその体は頭のてっぺんからつま先まで異能の力でできている。だから今のお前の体にアイツが右手で触れたらお前のその体は消し飛ぶだろう。それだけならいいが、もしかしたらお前の命に関わるかもしれない。ここまでは分かるか?」

 

「うん、なんとなく?」

 

真守はいまいち理解していない様子の深城をジト目で睨みながら言葉を続ける。

 

「だから保険として力量装甲(ストレンジアーマー)を展開しておくんだ。……アイツの不幸は主に女の子を巻き込むから心配なんだ。だからちゃんと能力を展開させておくんだぞ。そしたら上条に不意の接触をされても力量装甲(ストレンジアーマー)が打ち消されるだけで、お前の体には届かないからな。確かにお前は異能力者(レベル2)だけど、今回に限って強度(レベル)はどうでもいい。分かるか?」

 

「うん。分かった!」

 

真守の注意に深城は笑顔で親指をグッと立てて頷く。

 

「……本当に分かってるのか?」

 

まったく信用ならない深城をジト目で(にら)みつつ、真守はため息を吐いてから深城と別れて職員室へと向かう。

 

 

──────…………。

 

 

 

「失礼しま、」

 

パンッ!

 

「わっ」

 

真守が断りを入れながら職員室の扉を開けると、破裂音と共に自分の体へとテープが降りかかってきたので、そのテープを自分の身に(まと)っているシールドで焼き切る。

 

「朝槻ちゃん、おめでとーございますです!」

 

蒼閃光(そうせんこう)(ほとばし)った中真守が目を(またた)かせていると、小萌先生が真守の前にやってきて笑顔で真守の事を祝ってきた。

 

「朝槻ちゃんが超能力者(レベル5)として承認されるの、先生はずっと待っていたのですよ」

 

小萌先生はクラッカーを持ったまま(うる)んだ瞳で真守を見上げて微笑む。

 

超能力者(レベル5)に承認されて利用されるのが嫌で真守は承認を蹴ったが、それを知らない小萌先生はずっと真守が正当な評価が下る事を願っており、小萌先生のその想いを聞くたびに真守は胸が苦しくなっていた。

 

「…………ありがと」

 

自分が望んでいなくとも、小萌先生が自分の事を想って超能力者(レベル5)承認を望んでいたという小萌先生の気持ちを真守は受け取って、その賞賛に少し寂しそうな顔で微笑む。

 

「で、手続きって何すればいいの?」

 

「朝槻ちゃんが超能力者(レベル5)として承認されるので、まずは学生の援助組織さんについての契約を更新しないといけないのですよ。それと朝槻ちゃんには専門の分析機関や研究機関が付きますからねー。後、緊急身体検査(システムスキャン)しなくてはいけませんし、やる事が山積みなのですよーっ?」

 

小萌先生は机の上に置いてあった三〇㎝ほどの高さの書類を指さす。

 

「これで全部?」

 

「これだけじゃないのですよ、応接室にもたくさんありますよーっ」

 

真守が書類の多さにげんなりしていると、小萌先生はよいしょ、と小さい両手に大量の書類を持つので、真守は顔をしかめながらも小萌先生が持った書類を半分貰うと、二人で応接室へと向かう。

 

「今日は転校生ちゃんがいますから先生は途中で抜けますが、朝槻ちゃんは始業式に出ないでちゃちゃっと終わらせちゃってくださいね。朝槻ちゃんの頭脳なら午後までかからないと思いますし」

 

「……転校生?」

 

「はい、姫神秋沙ちゃんなのです。霧ヶ丘女学院からの転校生ちゃんですよ」

 

真守が転校生という言葉に首を傾げていると、小萌先生がつらつらと転校生について説明してくれる。

 

「……確か上条が助けた女の子で、吸血殺し(ディープブラッド)とかいう珍しい能力者だったな。力を抑えたから学校にいられなくなったとかなんとか上条は言ってたっけ。……そうか、霧ヶ丘だったのか。私もそうだが、先生は特殊な事情を持つ手のかかる生徒が本当に好きなんだな」

 

「なっ! 生徒さんに対して好きとか嫌いとかなんてないですからねーっ! ただちょっとダメな生徒さんのお世話をしたくなるだけであって、そこまでではないんですから!」

 

「それは出来の悪い生徒が大好きって言っているようなもんだが。というか自覚があったんだな……」

 

真守は小萌先生の言い分を簡潔にして呟くと、小萌先生を見つめて呆れたように微笑む。

 

「先生。いつも私のために頑張ってくれてありがとう」

 

「む。何を言っているのですか、朝槻ちゃん。生徒のために先生ができる事をするのは当然なのです。では朝槻ちゃん、応接室の扉開けてくださいですー。ちゃっちゃと終わらせちゃいましょう」

 

小萌先生は少し怒り気味になりながらも最後は笑って真守を(うなが)す。

 

「うん」

 

真守は柔らかく微笑んで応接室の扉を開けると、小萌先生を先に中へと入れて自分も入っていった。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

深城は校舎内を隅々(すみずみ)まで渡り歩いた後、食堂へと来ていた。

 

学校に登校する学生を昇降口で見ていた深城だったが、ホームルームが始まってみんな教室に引っ込んでしまったので暇なのだ。

 

(ほぇー。真守ちゃんが全く興味ないから来た事なかったけれど、学食ってこんなに色々あるんだなぁ。あたしも今なら真守ちゃんと一緒にご飯食べられるから、真守ちゃんが食べられない分あたしが食べてあげて一緒に食べたいなーっ)

 

厨房で調理音が響く中、深城は食券販売機の前に立って豊富なメニューの種類を見てにこにこと真守の事を考えて微笑んでいた。

 

「あなたは誰? こんなところで何してるの?」

 

「え?」

 

だが突然声をかけられて深城が振り向くと、そこには金の装飾が施された真っ白な修道服を着こんだ銀髪碧眼の少女が胸元に三毛猫を入れて、そしてその両手に二千円札を持って立っていた。

 

「あたしは源白深城。シスターさんのお名前は?」

 

「インデックスって言うんだよ。よろしくね、みしろ!」

 

深城がにこーっと微笑んで自己紹介をすると、きょとんとしていた少女──インデックスは深城の笑顔を受けてにぱっと微笑んだ。

 

「よろしくねえ。インデックスちゃんはどうしてここにいるの? もしかして転校生なのかな?」

 

「とうまがお昼ご飯準備してくれてなくて教室まで行ったんだけど、こもえに追い返されちゃったんだよ。でも、こもえが二千円札くれたんだよ!」

 

深城が優しく問いかけると、インデックスはムッと口を尖らせて不満を口にするが、貰ったお金を深城に見せつけるかのように前に出して笑った。

 

「とうま? もしかして上条当麻くんの事?」

 

「とうまを知ってるの?」

 

深城が真守から聞いた『要注意人物:上条当麻』を思い出しながら首を傾げると、インデックスも一緒に首を傾げた。

 

「うん。真守ちゃんが教えてくれたんだあ。上条くんとインデックスちゃんは仲良しさんなんだねえ」

 

「みしろ、まもりのことも知ってるの?」

 

インデックスが真守の名前が出て目をまん丸にして見開くと、深城は胸を張って得意気に答える。

 

「うん、そうなんだよぉ。あたしにとってこの世の誰よりも大切な子なの。インデックスちゃんも真守ちゃんの事知ってるんだねえ!」

 

「そうなんだ、素敵だね! まもりはね、私のことをとうまと一緒に助けてくれたんだよ!」

 

インデックスは真守に助けてもらった事があると聞いて、深城は目を見開いてから幸せそうに微笑んだ。

 

「じゃあ、あたしと一緒だねえ」

 

「みしろもまもりに助けてもらったの?」

 

「うん。それでね、ずぅっと一緒にいてくれるって約束してくれたの。だから、ずぅっと一緒にいるんだぁ」

 

インデックスが小首を傾げると、深城は胸に手を当てて世界が終わっても絶対に破らないと誓った真守との約束をインデックスに大事だと言わんばかりに優しい声で伝えた。

 

「……私も、とうまとずっと一緒にいたいな」

 

「叶うよっ!」

 

インデックスのささやかな願いを聞いて、深城はにへらっと笑うとインデックスに抱き着いて彼女の頭にほおずりしながら甘い声で告げる。

 

「一緒にいたいってお祈りしておけば大丈夫。だってあなたシスターさんなんでしょぉ? シスターさんはお祈りを神さまに捧げて願いが叶いますようにするって真守ちゃんから聞いた! お祈りすれば神さまは叶えてくれるんだよね。だったらお祈りすれば大丈夫!」

 

インデックスは記憶を消去されているので昔の記憶がない。

 

そのため記憶喪失になってから女の子に初めて抱きしめられたのでびっくりしながらも、深城の言葉に幸せそうに微笑みながら頷く。

 

「……みしろの言う通りだね。私たち修道女はそうやって教えを広めてきたんだ。祈りは届くから。絶対に」

 

「うん! ……あ、そうだ。あたしは真守ちゃんのこと待ってるんだけどね。インデックスちゃんもあたしと一緒に上条くんのこと待つ?」

 

インデックスのしみじみとした言葉を聞いて深城は周囲に花を振りまくような笑顔を浮かべてインデックスから体を離しながらそう提案する。

 

「うん! 一緒に待つんだよ!」

 

「じゃあ、丁度ここは食堂で椅子があるし、座って待ってようか!」

 

インデックスが自分の提案に笑顔で頷くので、深城はインデックスの手を引いて、二人で話をするためにゆっくりと食堂の中へと入っていった。

 




二学期に入りました。

活動報告やこの小説の注意事項でも書きましたが、『流動源力』には『人工天使』である風斬氷華が出てきません。
ですがアレイスターはアドリブを利かせているだけで、AIM拡散力場を制御するために風斬氷華の『計画』について考えていました。
それが話の骨組み的には登場しませんが、設定を多数取り入れているという注意事項の理由です。

作者も風斬氷華というキャラが好きなのですが、深城と立ち位置が被っているので泣く泣くこの方針を取る事に致しました。
風斬氷華ファンの方には申し訳ありませんが、二次創作の一種としてお楽しみいただければ幸いです。
……まあ、それが多方面に喧嘩を売っている作品と作者が自称する理由でもありますが……。
これからも『流動源力』の投稿は続けさせていただきますので、ご理解のほどよろしくお願い申し上げます。



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第五六話:〈不束紡績〉は少しずつ

第五六話、投稿します。
次は一〇月七日木曜日です。


垣根は杠林檎と共にマンモス病院から出て電車に乗り、真守が諸々(もろもろ)の手続きを終えて合流する場所に選んだ第二二学区の地下街に来ていた。

 

「歩くスピード合わせてんだから俺の事見てねえで前向いて歩け」

 

自分の事をじぃーっと見上げて歩くスピードが(おろそ)かになっている林檎に、垣根はぶっきらぼうに声をかける。

 

「うん」

 

林檎は垣根の言葉に素直に頷くと前を見るが、その視線がきょろきょろと辺りを彷徨(さまよ)っているのが分かった。

 

(『暗闇の五月計画』や木原相似に強引に脳を(いじ)り回された実験の弊害(へいがい)か? ああでも、真守が全部治したっつってたな……。じゃあぼーっとしてんのは元々の性格か?)

 

垣根は林檎について頭の中で考えながら、林檎を連れて朝食を食べるためにカフェにやってくる。

そのカフェとは、真守と初めて会った後にお茶をしたチェーン店の別店舗だった。

 

朝で人が(せわ)しなく移動しているにも関わらず、相変わらず落ち着いた雰囲気の店内に入って垣根と林檎は二人席に向かい合って座る。

 

垣根はメニューをさらっと見て自分が頼むのを決めると、メニュー表の表紙をじーっと見つめている林檎を見た。

 

どうやら好きなものを頼むということは(おろ)か、メニュー表の見方も分からないらしい。

 

「……しょうがねえな」

 

垣根は店員を呼んで自分と同じものを林檎の分も頼んで、ついでに飲み物やサイドメニューを頼んだ。

 

林檎にかける言葉もないので垣根は携帯電話を取り出してメールを確認する。

 

(あ? 木原相似との戦闘の際の真守の情報を寄越せだと……? やっぱり上層部も真守のアレが絶対能力者(レベル6)への足掛かりだって知ってんのか)

 

垣根はチッと舌打ちを付きながら携帯電話を睨みつけながら思考する。

 

(真守の事良いように扱いやがって。真守が良いってんなら即座に上層部をぶっ潰してやるのに。……でも、待てよ? なんか引っかかるな)

 

垣根はそこで八月三一日、真守と接触していた『外』の人間、闇咲逢魔を思い出して何が引っかかっているのか気づいた。

 

(そうか、『外』の技術についてか。……『外』には能力開発とは別の超能力がある。学園都市上層部、それもアレイスターは『外』の技術を絶対に知ってるはずだ。だったら『外』の技術者のトップと必ず面識があってそれぞれの領分を侵略してこねえか互いに監視しているはずだ)

 

学園都市が異能界隈で一強ならば世界の覇権を握っていて問題ないが、『外』にも別の異能を扱う集団がある。

それならばアレイスターは『外』の技術としのぎを削っている状態で、もしアレイスターが倒れれば付け入る隙を見せてしまい、ハイエナのように『外』の技術連中は群がってきて学園都市を食い物にして利益を得ようとするはずだ。

 

(真守は他人の幸せを奪っちゃならねえって学園都市の今の体制を崩そうとしねえ。それに加えて『外』と学園都市が睨みあってるからなおさら崩しちゃマズいとでも思ってんのか? ……無能力者(レベル0)がそんな技術があるとしたらそっちに流れるに決まってるから、アイツが『外』の技術を俺や周りにひた隠してる理由も分かる。……アイツ、バランス取るためにずっと秘密裏に奔走(ほんそう)してたってことか?)

 

垣根は真守が随分と色々なことに巻き込まれているのを知って歯噛みする。

 

(真守が全部自分で解決しようとする癖があんのは知ってる。だったらまだ隠してることでもあるはずだ。……合流したらとっちめてや、……)

 

「なんだよ」

 

垣根が真守について考えていると、林檎がじーっと自分の事を見ているのに気が付いき、垣根は怪訝(けげん)な声を上げる。

 

「垣根は朝槻とどこで会ったの?」

 

「別にどこだっていいだろ」

 

今は死んでも離したくないと思っている垣根だが、真守に近づいた理由は率直に言って利用するためだった。

真守は何とも思っていないが他人から見たら最低の極みであり、何も事情を知らない真守が助けたから相手している部外者(林檎)に、自分たちの出会いについて話す必要なんてない。

 

「言えない? 言いたくない?」

 

垣根が返答を拒否すると林檎はしつこく聞いてくる。

 

「お前には関係のない事だ」

 

垣根が苛立ちを込めて林檎の質問を再び突っぱねると林檎は気にせずに口を開いた。

 

「目的があったの?」

 

「──お前には関係ねえって今言ったよな?」

 

核心を突かれるような疑問を投げかけられて、垣根は林檎を殺意を込めた視線で睨みつけた。

 

「お前じゃない。杠林檎」

 

だが林檎は垣根の殺意に一切動じずに自分の名前を呼んでほしいと主張してきた。

 

「……ハッ。わりぃわりぃ。名前で呼ばれねえのはムカつくもんな。ゆじゅりは──……」

 

垣根は林檎の神経が図太い事を嗤って適当に答えていたが、噛んだ事により場に沈黙が流れる。

 

「ゆじゅりは……」

 

「っせえ噛んでねぇ」

 

垣根が否定すると林檎は真守から借りているパーカーの袖口を口に当てて笑いをこらえるように呟く。

 

「噛んだ」

 

「噛んでねぇっつってんだろ!」

 

「絶対噛んだ」

 

林檎が少しだけ目を細めて楽しそうにしていると垣根は林檎に見えないように苛立ちを込めて太もものスラックスの布地をぐしゃっと握り締める。

 

(なんてモン押し付けたんだよあのじゃじゃ馬娘! …………つーかやっぱこういう反応が普通で、真守が気を回したのが異常だったのか……)

 

垣根が真守と初めて会って喫茶店に入って真守の名前を噛んだ時、真守は垣根の失態を笑いもせずに優しく微笑んで自分を下の名前を呼んでほしいと言ってきた。

人として器量が良すぎる真守についてちょっと考えていたが、場に流れる雰囲気に垣根は気まずくなる。

 

気まずい雰囲気がいたたまれなくなってトイレにでも行こうかと垣根が席を立とうとすると、丁度店員が料理を運んできた。

 

「飯来たぞ。……どうでもいい事言ってないで食え」

 

林檎は垣根の事をなおも咎めるように見つめていたが、目の前に置かれたガレットに目を奪われてガレットをじっと眺める。

 

「ほら」

 

垣根がカトラリーボックスからナイフとフォークを取って林檎に寄越すと林檎が右手にフォークを、左手にナイフを持った。

 

「逆だ、逆。ナイフが右手だ」

 

垣根が教えてやると林檎はナイフとフォークを交互に見てから二つを取り換えて持つ。

 

「ん」

 

「そうだな、ちゃんと持ててよかったな」

 

林檎がちゃんとやったとでも言わんばかりに垣根の方に両手に握ったナイフを差し出して短く(うな)るので、垣根は適当におだてながら自分もナイフとフォークを持って朝食を食べ始める。

 

林檎は垣根が綺麗な手つきで食べているのを見てから、たどたどしい持ち方のナイフで切って恐る恐るフォークで差して食べる。

 

一口噛んだ瞬間、ガレットのおいしさに林檎は顔をぱあっと明るくした。

 

「どうした?」

 

「おっおいしい。これっ。こんな、おいしい食べ物……っ!」

 

固まって動かない林檎を怪訝な表情で垣根が見ると、林檎は興奮した様子で昨日から一緒にいて初めて明るい声を上げた。

 

「ガレットなんて別に珍しくもないだろ。……真守は『実験』で食事を与えられなかったが、お前には必要だろうが。まさかろくなモン食べてなかったとか言うんじゃねえだろうな?」

 

垣根が嫌な予感がして問いかけると、林檎は勢いよくごっくんと飲み込んでから告げた。

 

「食べ物、いつも。四角くてボロボロ。緑のプルプル。ピンクのネチネチ。あと点滴」

 

「レーション以下かよ。今どき最前線の兵士だってまともな飯食ってんぞ」

 

(真守んトコもそうだが、計画がクソだと食事もクソになんだな)

 

垣根が『闇』に染まった研究所がどこもかしこもろくでもないのが普通なのだと理解している前で、林檎ははむ、と再び一口食べて顔を輝かせて垣根を見た。

 

「これすごく、とってもおいしいっ。すごい!」

 

垣根を一度見てから林檎はガレットを口いっぱいにほおばって、幸せそうにモグモグ口を動かしてすごい勢いで食べる。

 

研究所でろくな食事にありつけなかったら普通なら林檎のように食に対して貪欲になるはずだ。

 

だが真守は突き抜けてしまいすぎたのか食にまったく関心がない。

 

その証拠にこの夏休みの中ごろから冥土帰し(ヘブンキャンセラー)が一日一食好きなものを食べなさいと指示し始めたのに、真守は好きな食べ物がないし気分じゃないと言って食べないのだ。

 

しょうがないからカブトムシに一食抜いたら注意するように命令を出しており、真守はその(たび)にめんどくさそうにしながら菓子パン一つなどちょろっとだけ売店に買いに行くので、そこでもちゃんとした食事を買うようにカブトムシに口を出させている。

 

(真守もこれだけ食に関心があればいいんだがな……)

 

垣根はぱくぱくと夢中になってご飯を食べる林檎を見つめながら心の中で呟く。

 

「ゆっくり食べろよ」

 

林檎の楽しそうな様子が自分と食事をしている時の真守と重なって垣根が林檎を柔らかく注意すると、林檎は口をもぐもぐと早く動かしていたが、コクッと頷いてゆっくり幸せを噛み締めるように食べ始める。

 

ガレットを食べ終わると、林檎はフライドポテトと共に置いてあった二種類のソースの内、ケチャップベースのソースが入った容器を持ち上げる。

 

「それはそこのポテトにつけて食うんだ」

 

林檎がくんくんとソースの匂いを嗅いでいるので垣根が注釈すると、林檎はソースに指を突っ込んだ。

 

「おーい」

 

林檎は垣根の静止も意味なく指にべったりつけたソースを口に含む。

 

「おいしい。濃い」

 

「単体で食うもんじゃねえよ。……コイツの食育を真守に任せたらマズい事になりそうだな。源白はどう見たってポンコツだから甘やかすに違いねえし……」

 

垣根は食に関心がない真守と食に興味津々な林檎の組み合わせが極端すぎて思わず呟く。

 

(あ? でも林檎が真守に食事をせがめば真守も食べるようになるかもしれねえな?)

 

案外良いコンビかもしれないと垣根が心の中で思っていると林檎は指をちゅぱちゅぱと舐めていた。

 

垣根がおしぼりを林檎に差し出すと、林檎はソースを置いて手を拭き、少し考えてからフライドポテトにソースを付けてぱくっと食べる。

 

「おいしいっこれも、すごくおいしいっ!」

 

次々とフライドポテトをフォークで突き刺して食べる林檎を見て、垣根はその様子が楽しそうで優しいまなざしで林檎のことを見つめていた。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

垣根は林檎を連れて真守と一緒に来た事があるデパートの子供服売り場へとやってきていた。

 

(二、三着服を買ってあげてほしいって真守は言ってたが、好みについては何も言ってなかったな。林檎に好みがあるとは思えねえし……俺が選ぶしかねえな)

 

垣根はぼーっと立っている林檎の体に服を当てて似合うか考える。

 

キャミソールワンピースを着ているのでワンピースで良いかと思って適当に三着選んで林檎に押し付けると、垣根は林檎を連れて試着室へと向かった。

 

「ほら、これ着てみろ」

 

「……どうやって着るの?」

 

「は?」

 

林檎が着ているキャミソールワンピースは上から被ればいいものだったが、垣根が選んだのはボタンを留めたり、順番がちゃんとあったりはするが簡単な服ばかりだった。

 

「ちょっといいか?」

 

垣根は服の着方が全く分からない林檎のために店員を呼び、林檎と共に入るように要求して林檎を任せる。

 

垣根が欠伸をして待っていると店員が試着室のカーテンを開けて林檎を連れて出てきた。

 

「ふうん。馬子にも衣装ってヤツだな」

 

垣根は黒い半袖シャツの上にデニムワンピースを着てどこかの薄幸そうな令嬢になった林檎の姿を見て感想を述べた。

 

「靴も合わねえから買うか。あるか?」

 

「お持ちします」

 

店員がパタパタと去っていく中、林檎は何故か真守が貸したオーバーサイズのパーカーを上に着用し始めた。

 

「暑くねえの?」

 

「これがいい」

 

林檎は真守のパーカーを着て袖口を顔に寄せてスンスンと匂いを嗅ぎながら微笑む。

 

(こいつぜってえ借りパクするぞ。……でも真守なら別にいいって言いそうだな……)

 

真守はデザインと機能性重視の高級ブランドを気に入っており、林檎に貸したパーカーもそのブランドで結構値が張る代物だ。

 

そんな高級パーカーの価値を知らない少女が借りパクすれば当然借りパクされた側は怒るが、真守にはそれに適用されないだろうな、と垣根は考えていた。

 

「ほら、行くぞ」

 

垣根は林檎が着ていた服と今買った服や靴が入ったショッピングバッグを肩にかけて片手をポケットに入れて林檎を呼ぶ。

 

「……、」

 

「なんだよ」

 

林檎がじーっと見つめているので垣根が睨みつけると、林檎は垣根がポケットに手を突っ込んでない反対の方の手のジャケットの袖口を真守のパーカーの布越しに掴んだ。

 

「チッ。……行くぞ」

 

林檎が(うかが)うように見上げると、垣根は舌打ちをしてから自分のジャケットを控えめに掴む林檎の手を真守のパーカーの上から取って引っ張る形で歩き出す。

 

林檎は垣根に引っ張られる形でデパート内を歩きながら、目を細めて嬉しそうに微笑んでいた。

 




垣根くん、スピンオフでは林檎ちゃんを利用するために連れ回していましたが、真守ちゃんに面倒を頼まれたので色々世話を焼いてます。

垣根くんと林檎ちゃんのコンビが書けて楽しかった。

ちなみに林檎ちゃんの服装などはとある方のファンアート(?)からオマージュしてます。垣根くんと林檎ちゃんの色んなイラストが見られますので幸せです……。



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第五七話:〈承認宣言〉で再び決意を

第五七話、投稿します。
次は一〇月八日金曜日です。


「垣根。あそこ何?」

 

みすぼらしい恰好から一転、どこぞの薄幸そうなお嬢様に変貌した林檎は垣根に繋いでもらっていない手と反対の手を動かして何かを指さした。

 

「あ? ゲーセンだよ、ゲーセン」

 

林檎が指さした方向にはチェーン店のゲームセンターだった。

 

「げーせん?」

 

「ゲームセンターの略。遊ぶ場所だ」

 

「ゲーセン……」

 

林檎はほえーっと好奇心のままゲームセンターを見つめる。

 

「入ってみるか?」

 

興味があるのに入りたいと言わない林檎を(うなが)すために垣根が問いかけると、林檎はぱあっと顔を明るくする。

 

「うん」

 

林檎は垣根から手を離してもらってテテテーッと走って一目散にゲームセンターに入っていく。

 

垣根は林檎が今まで着ていた服と新しく買った服が入ったショッピングバッグを背負い直すと、林檎の後を追ってゲーセンへと入った。

 

今日は新学期が始まる始業式がある日なので、店内に学生の姿は少なかった。というか不良くらいしかいない。

 

林檎は店内の入り口近くでぼけーっと立ち尽くしていた。

どうやらあちこちから洪水のように溢れている音楽に圧倒されているらしい。

 

「お前、研究所が壊滅してから木原相似に捕まるまでずっと裏路地にいたのか?」

 

「裏路地? じめじめしてるところにいた」

 

「それを裏路地っつうんだよ」

 

垣根がなんでも物珍しそうに見る林檎にそう問いかけると林檎は小首を傾げるので、垣根は林檎の知識力のなさに呆れながらもきちんと言葉を教える。

 

「裏路地……」

 

林檎は垣根に教えてもらった言葉を繰り返すと、ふらふらと店内を歩く。

 

垣根はそんな林檎の後ろをついていき、林檎はUFOキャッチャーのとある躯体の前で止まった。

 

中には林檎が抱きかかえられるほどの白いうさぎのぬいぐるみが入っており、その背中からは真っ白な翼が三対六枚生えていた。

 

(ガキはこういうの好きだよな)

 

垣根は目をキラキラと輝かせて躯体を見上げている林檎を見ながら心の中で呟く。

 

「…………おい、林檎」

 

垣根は思わず林檎に声を掛ける。

すぐに目移りしてどこかに行くだろうと思っていた垣根だが、林檎は一向に動かずに白いウサギのぬいぐるみに目が釘付けだった。

 

「欲しいのか?」

 

「くれるの?」

 

垣根が問いかけると林檎は顔を上げてきらきらとした目で垣根を見つめた。

 

「ナメんじゃねえよ、どけ」

 

UFOキャッチャー如きができないと思われたのがムカついたため、垣根は林檎を避けさせると躯体の前に立った。

 

「……三回だな」

 

垣根は脳内でシミュレーションを行うと三〇〇円入れてゲームを始めた。

 

林檎が動くアームを何度も首を動かしながら目で追っている中、垣根は宣言通り三回目でぬいぐるみをゲットした。

 

「ほらよ」

 

垣根が取り出し口からぬいぐるみを林檎に渡すと、林檎は受け取る前に目を輝かせながら体を動かして色んな方向からぬいぐるみを見てから、垣根から壊れ物を貰うかのようにそっと受け取る。

ぬいぐるみの翼をフニフニと触り、それから林檎はぎゅっとぬいぐるみを抱きしめた。

 

「垣根、すごく。とっても、かっこいい」

 

林檎は幸せそうな顔をしてから垣根を見上げて興奮した様子で声を上げる。

 

「垣根はかっこいい!」

 

林檎が顔を輝かせて垣根を絶賛すると、垣根はフッと笑ってから林檎の頭を撫でた。

 

「そりゃそうだろ」

 

「うん! 垣根、ありがとう」

 

林檎は垣根の言葉に嬉しそうに頷いて、ぬいぐるみを右手で抱きしめ、頭を撫でてくれている垣根の手に左手で触れて微笑む。

 

「おう」

 

垣根は機嫌よく返事をする。

真守は垣根の本当の価値を見極めて絶賛するが、林檎は垣根の価値を知らないのに絶賛する。その絶賛は明確に別種のものだ。

垣根にとって林檎の反応は真守の自分に対する反応とまた違ってとても新鮮で、それが普通では受け取る事ができない反応だと理解して、柔らかく笑った。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

「垣根、お腹空いた」

 

垣根はお腹を押さえる林檎を見つめながら思案する。

 

「そうだな。真守はまだ応接室で紙束と格闘してるし、先に昼飯食っちまうか」

 

「応接室? 紙束?」

 

カブトムシで真守の様子を確認して呟くと、林檎は小首を傾げて垣根を見上げた。

 

「あー……あいつはじゃじゃ馬娘で放っておくと突っ走ってくから、お目付け役として俺の独自の情報網の一体をそばに置いてんだよ」

 

垣根はいまいち自分の説明を理解していない林檎のために第二二学区に展開しているカブトムシの一匹を呼び寄せる。

ぶーんと飛んできて垣根の腕に留まった白いカブトムシを見て、林檎は目を見開いた。

 

「白いかぶとむし」

 

林檎が垣根の差し出した腕にくっついているカブトムシに向けて背を伸ばしてツンツンとしていると、カブトムシが喋った。

 

『帝兵さんです』

 

「ていへいさん?」

 

「……もうその名称でいいや。テメエらの好きに呼びやがれ」

 

垣根は止めたって無駄な自分の端末に好きにしろと投げやりに告げると、カブトムシはヘーゼルグリーンの瞳を呼応するかのようにカメラのレンズのように縮小させた。

 

「帝兵さん、よろしくね。私は杠林檎」

 

『よろしくお願いします、林檎』

 

カブトムシは自己紹介すると林檎の頭の上までぶーんと飛んで着地する。

カブトムシが自分の頭の上に乗る時に足をわきわきと動かしたので、その感触がくすぐったくて林檎は目を細める。

 

頭にカブトムシを乗せ、腕にウサギのぬいぐるみを抱いたファンシーさ満開になった林檎を連れて、垣根はステーキハウスに入る。

 

メニューを頼んだ後、林檎は膝の上にウサギのぬいぐるみを乗せてギュッと抱き寄せながら、テーブルの上に乗っかっているカブトムシにちょっかいを出すためにツンツンと体をつついていた。

 

林檎が年相応にわくわくしている姿を見て、垣根は優しく穏やかな気持ちになる。

真守以外と一緒にいて気持ちが落ち着く事はなかったので、垣根はその居心地の良さに柔らかくそっと目を細めた。

 

その内食事が運ばれてきて垣根は林檎がぬいぐるみを抱きしめたまま離さないので、食事に邪魔だからと言ってぬいぐるみを取り上げる。

 

林檎はむくれていたが、真っ白なウサギのぬいぐるみが汚れると悲しいだろ、と垣根が告げると渋々頷き、目の前のステーキを食べ始める。

 

「この肉塊、すごい美味しい。とても!」

 

「肉塊……死体みたいに言うなよ。今食べてんだよ」

 

一口食べてフォークとナイフをぶんぶんと振って喜びを表す林檎を見て、垣根は自分のステーキを見つめながらげんなりとする。

 

垣根と林檎が食事をしていると、店内にあったモニターが切り替わった。

 

「朝槻だ」

 

「あ?」

 

林檎がナイフでモニターを指し示すので垣根が振り返って見つめると、そこには倉庫(バンク)に登録されている真守の真正面から撮影した証明写真が映し出されていた。

 

『統括理事会より、全学生へお知らせです。本日、九月一日一二時付けで第七学区内の高校に通う朝槻真守を、学園都市八人目の超能力者(レベル5)として承認、流動源力(ギアホイール)と能力を改名。順位を第一位と位置付けます。既存の超能力者(レベル5)の順位の前後はありません。統括理事会より、全学生へのお知らせです。本日、九月一日付けで朝槻真守を学園都市八人目の超能力者(レベル5)として承認──』

 

(随分と手が込んでんな。そんなに真守を第一位として象徴化したいのか……?)

 

第一位に位置付けるからと言って、学園都市中に放送を掛けるなんて本来ならばあり得ない事だ。

だが真守は全能力者を鼓舞する存在になると『電話の声』は()()()()()()確かに言っていた。

そのプロパガンダの一環かと垣根が(いぶか)しんでいると、林檎がモニターを見上げながら小首を傾げた。

 

「朝槻、超能力者(レベル5)の一位になるの?」

 

「ああ」

 

垣根がモニターを睨みつけたまま頷くと、林檎が思案顔をして訊ねてきた。

 

「……垣根、一つ順位落ちるの?」

 

「そうだな。……ったく、クソ忌々しいな」

 

「朝槻が上にいるの、嫌?」

 

垣根が吐き捨てるように告げると、林檎は少しだけ顔を歪ませて悲しそうに問いかけてきた。

 

「そっちの忌々しいじゃねえ。……今は別に順位付けに関してどうこうは思ってねえしな」

 

垣根は店内に流れる真守が第一位に承認された(むね)を伝える放送に顔をしかめながら呟く。

 

学園都市の順位付けにて、垣根は自分の未元物質(ダークマター)という能力はどの能力よりも優秀であるはずなのに、第二位とされているのが心底気に食わなかった。

 

しかも第一位はあの一方通行(アクセラレータ)

 

認めたくはないが今の一方通行(アクセラレータ)の能力にはあらゆる可能性が秘められている。

 

だが当時の一方通行はベクトル操作を破壊する事にしか用いられなかった。

 

『破壊性』しか持ちえない一方通行(アクセラレータ)の能力が、『創造性』を体現している未元物質(ダークマター)の上に位置付けられて、『破壊性』が『創造性』よりも勝っていると学園都市に勝手に決めつけられた。

 

それだけでも(はらわた)が煮えくり返る思いなのに、アレイスターが推し進める『計画(プラン)』では自分が『補助候補(サブプラン)』となっており、てっきり一方通行(アクセラレータ)の『補助』をする役目なので、統括理事長まで自分の能力をコケにしているのだと殺意が(つの)っていた。

 

まあ結局のところ一方通行(アクセラレータ)でさえ『第二候補(スペアプラン)』であり、『計画(プラン)』の要である『第一候補(メインプラン)』は真守だったのだが、消えた八人目であり、存在がない事にされている真守を知る(すべ)は皆無だった。

 

長らく第二位であることが気に食わなかった垣根だが、真守と出会ってから視野が広くなったので今は違う。

 

「上層部が真守を利用しようとしてんのが忌々しいんだよ」

 

垣根はそうやって林檎へ自分の心境を打ち明ける。

 

学園都市代表というのは聞こえはいいかもしれないが、学園都市にとって一番利用価値があるからその地位を与えているだけで、要は『第一位という身分を与えるから好き勝手利用させてね』という意味であり、『とりあえずうるさいから飴を与えておけばいいか精神』で上層部は地位を授けているのだと垣根は真守に気づかされた。

 

だからこそ真守は統括理事会の人間を数人殺しても超能力者(レベル5)第一位の地位を拒絶した。

 

物事の本質を(とら)えて全てを見通す真守と出会わなければ、自分は視野の狭い凝り固まった考えに囚われ続けていた事だろう。

 

真守と一緒にいると、自分が目先の欲に囚われていたのをとことん思い知らされる。

 

だが真守と一緒にいれば自分が一番大切にするべきものが見えてくるし、その大切なものである真守を学園都市の魔の手から守れる気がする。

それに垣根は一人でいつも震えている真守を絶対に放っておけないし、何よりも大切な存在である真守を死んでも手放したくなかった。

 

「…………朝槻、悪い人に利用されるの?」

 

上層部や真守を利用する、という言葉を林檎が悪い人という言葉に変換して自分に訊ねてくるので、垣根は食事を再開しようとナイフでステーキを切り分けながら告げる。

 

「そんな事にはさせねえ」

 

「うん」

 

林檎が頼もしすぎる垣根を見つめて目を細めている中、垣根は周りに意識を向けていた。

 

真守が超能力者(レベル5)と承認されたという放送が流れた直後、店内の人々がにわかに真守の事について話し始めた。

 

中には携帯電話をおもむろに取り出してどこかと電話をしている大人さえいて、真守の事を話しているのは確実だ。

 

「……本当に気に入らねえ」

 

真守は利用される代わりに与えられる超能力者(レベル5)としての地位を望んではいなかった。

 

真守は学園都市から離れられない源白深城と一緒にひっそりと穏やかに生きていければそれだけでよかった。

 

人の幸せを壊すことなく、『闇』の魔の手から逃げ続けて、陽の光の下で懸命に生きていく。

 

その想いや真守の気高い()り方を上層部は踏みにじったのだ。

 

「絶対に守ってやる」

 

学園都市は真守を本格的に利用し尽くそうと動き出した。

 

自分がするべきことは何が何でも真守を利用しようとする学園都市からあの少女を守ることだ。

 

真守が嫌うことは極力したくはないが、真守のためならば手を汚す。

 

垣根は暗部という『闇』に浸かっているからこそ、その『闇』として使える手段を真守のために使おうと決めていた。

 

「……ん?」

 

垣根が再び決意していると、真守を見守っていたカブトムシから気になる情報が頭に入ってきた。

 

昨日真守が助けた白い修道服の少女と上条当麻と親しそうに話をしている真守だったが、突然話題が自分と真守が恋人なんじゃないのかという話になって、真守が顔を真っ赤にして慌てふためき始めていたのだ。

 

真守は何もかもが見通せているので冷静でぶっきらぼうな口調で普段は仏頂面だが、笑う時は笑うし、その瞳には様々な感情が乗っている。

 

そんな真守が自分の話題で自分の事を想ってるのだと勘ぐられてしまい、それが事実だと分かるほどに必死に否定している。

 

追求から逃れようとムスッとした表情で一人で歩き出した真守だったが、後ろを歩く三人に見えないように幸せそうにえへへ~と小さく呟いてふにゃっと笑っていた。

 

あの表情は自分にだけ見せる表情なので、絶対に自分の事を考えている。

 

「………………マジでやめてくれ……かわいすぎんだろ……」

 

垣根が自分の事を密かに想って微笑む真守の可憐さにやられて頭に手を当てテーブルに肘をついて俯きがちになりながら呟くと、もぐもぐと口を動かしていた林檎は垣根の突然の反応に首を傾げていた。

 




九月一日一二時になったので真守ちゃん、承認されました。

時間が少し巻き戻りますが、次回は真守ちゃんのターンです。



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第五八話:〈苦労慰安〉は誤解(?)と幸せと共に

第五八話、投稿します。
次は一〇月九日土曜日です。


「インデックス! お前、こんなところにいやがったのか!」

 

上条が始業式に行く学生の列から抜けてインデックスを探して校内を歩き回っていると、食堂のテーブルの一角を彼女が陣取っているのを見つけて、上条はインデックスにずんずんと近づく。

 

「あ、とうま!」

 

「『あ、とうま!』じゃねえんだよ! なんでまだこんなところに……って、そっちの女の子は一体……?」

 

インデックスに怒っていた上条だったが、インデックスの向かいに知らない女の子が座っていたので首を傾げた。

 

背も高ければ胸もでかい。薄桃色の髪にはちみつ色の瞳を持った、少し子供っぽい表情をしている女の子。

 

「私の友達でみなしろみしろって言うんだよ。まもりの大事な人だって!」

 

インデックスの説明に上条は目を瞬かせる。

 

「朝槻の? そうか、わりぃな。インデックスの面倒見ててくれて」

 

そもそもインデックスが迷惑をかけていて深城には申し訳なかった上条だったが、深城が自分の大切な友達である真守の大切にしている人間だと知って尚更(なおさら)申し訳なくなる。

 

「む。その表現はちょっといただけないかも」

 

「ううん、大丈夫。あたしも真守ちゃん待ってる間に楽しく過ごせたからよかったよ!」

 

インデックスが口を尖らせる中、深城はふふふっと軽やかに笑って上条の迷惑をかけたという申し訳なさを払しょくさせる。

 

「朝槻……? そういや、今日は朝槻の姿見てねえんだけど、学校に来てんのか?」

 

上条が教室にいなかった真守の事を思い出しながら首を傾げると、深城が困った笑みを浮かべて事情を説明した。

 

「真守ちゃんは今日の一二時付けで超能力者(レベル5)として承認されるから、その手続きで忙しいんだよぉ」

 

「あー。そういや昨日そんな事言ってたなあ。超能力者(レベル5)として承認される前日に学園都市から出ると学園都市が総力挙げて追ってくるとか、なんとか」

 

「上条くん、もう聞いてたんだねえ」

 

上条が真守の事情を知っているほどに真守に近いところにいると分かった深城は、嬉しそうに目を細める。

 

「『れべるふぁいぶ』ってすごいの?」

 

「……インデックスさん? 科学が絡むと途端にポンコツになるあなただって、流石に超能力者(レベル5)は知っていないとマズいですよ?」

 

「だって分からないんだもん。ねえ、みしろ。『れべるふぁいぶー』って一体どんなの?」

 

上条の呆れた様子にインデックスはムスーッと拗ねながらも深城の方へ向き直って問いかけた。

 

「学園都市の能力開発における頂点で、七人しかいないんだよ。まあ、真守ちゃんは一度承認を蹴ってるから、上層部では八人いるって認識だったんだけど、一般には知られてなかったの。真守ちゃん、今回正式に第一位に承認される事になったんだよ」

 

「ふーん。じゃあまもり、すごい人になるんだ! さすがまもりだね!」

 

「そうなんだけどねえ。超能力者(レベル5)に認定されると良い事ばっかりじゃないんだあ」

 

インデックスの喜びに水を差すようで悪いが、真守は苦笑いをしながら事実を口にする。

 

「どうして?」

 

「真守ちゃん、学校始まってクラスメイトの子たちに会うの楽しみにしてたの。でも、超能力者(レベル5)に認定されて朝から事務作業だから、教室に行って友達に会う事も、一緒に始業式に出る事もできないの。超能力者(レベル5)はみんなの憧れだけど、大変だって言うのもインデックスちゃんには知って欲しいな」

 

インデックスの純粋な問いかけに深城がお願いを込めて告げると、それを聞いていた上条が腕を組んで、成程。と頷いた。

 

「そうだよな。超能力者(レベル5)には超能力者(レベル5)の悩みがあるもんなあ。だったら朝槻の事務手続きが終わるまで待って、おめでとうじゃなくてお疲れさまって言ってやろうぜ」

 

「うん、そうだね。とうま!」

 

「ありがとう、上条くん。インデックスちゃん。真守ちゃんもきっと喜ぶと思うなあ。……ところで上条くんは始業式に行かなくてもいいの?」

 

上条とインデックスの優しさに深城はとろけるような笑みを浮かべるが、途端に今は始業式の最中だと思い出したので上条にそう問いかけた。

 

「あ。……今から行っても目立つしなあ。始業式終わったら教室に戻ってしれっと出てましたアピールするかな」

 

上条が堂々とサボる宣言をしても深城はそれを咎めるつもりが全くなく、笑顔の花を咲かせて提案した。

 

「じゃあ、お話して待ってよっか。インデックスちゃんもそれでいい?」

 

「うん!」

 

インデックスが満面の笑みで答えると上条はインデックスの隣に座る。

 

「あ。そぉだ。言っておくことがあるの、上条くん」

 

「なんだ?」

 

「あたしのこの体、能力でできてるんだ。あなたの右手に触られちゃったらどうなるか分からないから、真守ちゃんが気をつけなさいって言ってたの。こっちも一つだけ防壁張ってあるから不意の衝突一回までなら大丈夫なんだけど、気を付けてくれるかなあ?」

 

「え。能力でその体ができてんのか?」

 

深城の説明に、上条はどう見ても普通の体にしか見えない深城の体を思わず無遠慮に見つめながら訊ねる。

その上条の視線がインデックスにはいやらしく見えて、密かにムッと口を尖らせた。

だがそんな無遠慮な視線を気にせずに、深城は困った顔で微笑む。

 

「うん。ちょぉっと色々あってね。でも今まで真守ちゃんに触れなかったから、こんな体でも嬉しいんだぁ。それに上条くんやインデックスちゃんともお話ができてとってもうれしい!」

 

「……そうか。お前も色々と大変なんだな。分かった、気を付けるよ」

 

「とうま。本当に気をつけてよね。みしろが消えるなんて私は嫌だよ」

 

上条のしみじみした言葉を受けて、インデックスは右手を見つめながら真守の言葉に頷く上条をじろっと睨み上げて念を押すように注意をする。

 

「わ、分かってるって! 俺だって朝槻の大切な人を傷つけたくない!」

 

「ほんとーに気をつけてよね!」

 

インデックスが再三に渡って念を押すと、それを見ていた深城はくすくすと微笑む。

 

「ふふっ。インデックスちゃん、ありがとぉね」

 

深城が幸せそうに微笑むので、インデックスと上条は顔を見合わせて微笑む。

 

それから深城と上条、インデックスは始業式が終わるまで楽しくお喋りをしていて、上条は始業式が終わると教室へと戻っていって、ホームルームが終わったら二人に合流する事を約束した。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

真守が応接室で契約書の束を小萌先生とまとめていると、校内放送が流れてきた。

 

『統括理事会より、全学生へお知らせです。本日、九月一日一二時付けで第七学区内の高校に通う朝槻真守を、学園都市八人目の超能力者(レベル5)として承認、流動源力(ギアホイール)と能力を改名。順位を第一位と位置付けます。既存の超能力者(レベル5)の順位の前後はありません。統括理事会より、全学生へのお知らせです。本日、九月一日付けで朝槻真守を学園都市八人目の超能力者(レベル5)として承認──』

 

「一二時になったのですよーっ朝槻ちゃん! おめでとーなのですっ!」

 

「……ありがと」

 

小萌先生が祝福する中小萌先生に礼を言うと、真守は学園都市中に統括理事会からの通達が流れているのに気が付いて応接室の窓から空を見上げた。

 

学園都市の空に浮かぶ飛行船の大画面には、真守の写真とどこの高校に所属しているなどのプロフィールが出ており、個人情報の秘匿なんてあったものじゃなかった。

 

真守はそんな飛行船を不安そうに見上げてからため息を吐いて、書類に不備がないか確認するために視線を落とした。

 

(これからどうなるんだろう。……早く終わらせて、深城と合流して垣根と林檎に会いに行こう……)

 

真守は(ささ)やかな願いを心の中で呟きながら、淡々と手を動かしていた。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

真守が解放されたのはそれから三〇分程後のことで、学園都市中にアナウンスが流れなくなったとしても飛行船の大画面には真守が超能力者(レベル5)になったニュースが映し出されたままだ。

真守は飛行船を不愉快そうに見上げながらも深城がいる気配のする食堂へとやってくると、そこにはインデックスと上条が共にいた。

 

「上条、インデックス。深城に付き合わされてたのか?」

 

「お前を待っていたんだよ。お疲れ様、朝槻」

 

深城が迷惑かけていないか真守が心配して上条に問いかけると、上条はその言葉を否定してから真守に(ねぎら)いの言葉を掛けた。

 

「ありがとう、上条」

 

上条の言葉に、真守は仏頂面ながらも嬉しそうに頷く。

その様子を見ていた上条は、突然真剣な表情をして真守に向き直った。

 

「お前にとって超能力者(レベル5)認定って色々と大変だとは思うけど、俺にとってはお前の力が認められたことが嬉しいから。お前が嫌だって分かってる。でも言わせてほしい。……おめでとう、朝槻!」

 

「! うん……ありがとう、上条」

 

上条が最大限自分の気持ちを汲み取ってくれているので真守は控えめに微笑み、その祝福の言葉を受け取った。

 

「まもり! よく分からないけれどおめでとうなんだよ!」

 

「ありがとう、インデックス」

 

真守がよく分からないのに祝ってくれたインデックスに向けて優しく笑うと、深城が真守のその笑みを見てガターン! と席を立った。

 

「真守ちゃん真守ちゃん! その笑顔! その笑顔あたしにもちょーだい!!」

 

「いつもあげてるだろ」

 

真守が顔をしかめて深城にツッコミを入れると、深城は泣きそうになりながらバッと両手を広げた。

 

「そんなぁー! 真守ちゃあああん!」

 

真守は深城の抱き着きから逃げようとしたが、深城は真守の行動パターンを知り尽くしているので先回りするとガバッと抱き着いた。

 

「だ、だからくっつくなって……!」

 

真守は最初は嫌がっていたが、深城にがっちりホールドされて頬ずりされて逃げられないと気が付くと、『好きにして』と遠い目をして深城にぎゅうぎゅう抱き着かれていた。

 

「ねえ、真守ちゃん! あたしインデックスちゃんと上条くんともっと仲良くなりたいなあ。一緒に遊ぼうよ!」

 

「お。いいな、それ! 飯でも食いに行くか!」

 

「みしろと話してたら忘れてたけど、私もうお腹ぺこぺこなんだよ」

 

上条とインデックスが自分の意見に同意するので深城はにへらっと笑って真守を見つめる。

 

「ねえ、真守ちゃん良いよねぇ?」

 

「……うん、いいけど。垣根と合流する予定、もしかしてお前忘れてる?」

 

「あ。……まあ垣根さん許してくれるよ!」

 

深城がグッと親指を立てて叫ぶので、真守は垣根がどう思うか不安になって顔をしかめた。だが林檎も深城もいるし、別に二人きりでどこかへ出かけるわけではないからいいか、と真守は思って、そこではた、と気が付いた。

 

(な、なんで二人きりだったら垣根に申し訳ないとか思ったんだ? ……あ、そっか。垣根の器が小さいから拗ねると思ったのか)

 

「垣根? ……ああ、お前のスキャンダル相手!」

 

真守が自分の疑問に納得していると、上条が『垣根』という名前に聞き覚えがあったので声を上げた。

真守は上条が記憶を失った際に人間関係について説明しており、上条が垣根と会った事があるため垣根の事を『スキャンダル相手だとお前は思っていた』と説明していたのだ。

 

きちんと説明しなければならないと思いつつも、『スキャンダル相手』というのがあまり好きではない真守は少し嫌な顔をしながら上条に話していた。

 

「……上条、確かに私は垣根の事をお前にそうやって説明したが、ちょっとその言い方はやっぱりよくないから、その事に関しては秘密な?」

 

「あ。お前やっぱり嫌だったのか? 説明してた時嫌そうだったしな。だったらお前と垣根、本当はどんな関係なんだ?」

 

「ど、どんな関係……?」

 

真守は上条の問いかけに身を固くする。

どんな関係と言われて正直に答えれば、垣根は深城と同じように何があっても一緒にいてくれると約束してくれた大切な人だ。

 

でもその約束が一般的にはどう頑張っても恋人的に聞こえてしまうのと、そもそもその約束をした理由がいつか自分が人ではなくなってしまうかもしれないという理由なので、どこからどう説明したらいいか分からず、真守は困り果ててしまう。

 

「垣根さんはね、真守ちゃんとずぅっと一緒にもがもがっがももも」

 

「お前は口が軽すぎる! 重しを乗せてやるからちょっと黙ってろ!」

 

だが突然深城が全てを包み隠さず言おうとしたので、真守は深城の口を塞いで叫んだ。

 

「もももっぷはっ。真守ちゃん! 真実はちゃんと言わなくちゃダメなんだよ!」

 

深城は力任せに真守の手を自分の口から引っぺがして真守に向き直ると真剣な表情で告げる。

 

「お前はもうちょっとオブラートに包む言い方を考えた方がいい!」

 

「え。オブラート……?」

 

真守が頬を赤く染めて叫ぶので上条は(いぶか)しんだ後に全てを察してぽん、と手の平に拳を叩きつけて合点がいったと頷く。

 

「な、成程。付き合ってたのか。……本当にスキャンダル相手だったんだな。大丈夫、クラスの連中には黙っておくから」

 

「ちがう! 別に付き合ってない! ……確かに周りから見たらそうなのかもしれないけれどちょっと違うの! そういうんじゃないの!」

 

上条が真守に対してグッと親指を向けるので、真守が顔を赤くして叫ぶと、上条は腕を組んで何度も頷く。

 

「分かった分かった。恥ずかしいから朝槻はあんまり言われたくないんだな。そりゃ朝槻も完璧超人って言っても女の子だもんなあ」

 

「上条っ! 私をそんな温かい目で見るなぁっ!!」

 

真守は顔を真っ赤にして上条を見上げて睨みつけるが、上条はにやにやと笑って楽しそうに真守の表情を観察している。

 

「……もう、先に行くからな!」

 

真守は恥ずかしくて顔を真っ赤にすると、食堂の入口へと一人で歩き出す。

 

(垣根は恋人とかそれ以上に私のこと大切にしてくれてる。だから私と垣根の関係は特別なものだ! 表現できないけど恋人じゃない、絶対ちがうっ!)

 

真守は慌てて三人が追う中、スタスタと歩いて頭の中で思考する。

 

(……だって、だって垣根、ぎゅーってして頭撫でてくれるのがすっごく優しいし、私のこと、壊れ物みたいに大切に扱ってくれる。アレやってもらうと恥ずかしいけどとっても幸せ。えへへ。……ん? 恋人ってそういうものなのか? ……でもやっぱりちがうと思う。……考えたら垣根に会いたくなってきた。垣根、林檎と仲良くやってるかな。学校から出たら連絡とってみよう)

 

真守は垣根に抱きしめてもらった時の事を考えて幸せそうに微笑みながら、心の中でこれからの方針を決めて昇降口へと急ぐ。

 

その様子を唯一見ていたカブトムシ越しに垣根がそれを見て、ステーキハウスで身もだえしている事を真守は知らなかった。

 




真守ちゃん、コイバナ的な話になると女の子らしく動揺してしまいます。

それにしても色々とすっ飛ばしているので普通の言葉で形容できない関係性になっている二人。心理定規も言ってたけど、女の幸せ考えなくていいのか垣根くん……。



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第五九話:〈不穏分子〉が詰め寄って

第五九話、投稿します。
次は一〇月一〇日日曜日です。


「やっと二二学区についた……」

 

「と、統括理事会が顔写真付きで公表するからこういう事になるんだよ……っ」

 

上条と真守は顔に明らかに疲労を見せて第二二学区の地下街にまでやって来ていた。

 

四人が街中へと繰り出した最中、真守が超能力者(レベル5)として承認された事を知った学生や大人たちに真守は取り囲まれてしまったのだ。

 

声を掛けてくるのは主に研究所所属や企業の大人で、学生たちの多くは野次馬的に人垣を作って真守の盗撮をしていたくらいだが、中には名門校の制服を着て話しかけてくる猛者もいた。

 

盗撮も勿論駄目だが、声をかけられてくるよりよっぽど良いくらいに真守は迷惑していた。

 

人混みに呑まれた上条がどんぶらこっこどんぶらこっこと流されて遠ざかっていた時はどうなる事かと思ったが、頑張って回収して野次馬を振り切り、四人は地下街へとやって来た。

 

「ごめんな、インデックス。移動に時間がかかってしまって昼食が遅くなって」

 

地下街の(すみ)っこの人気がない場所までやってくると、真守はインデックスに申し訳なさそうに声を掛けた。

 

「問題ないんだよ! みしろが『たこやき』っていうの買ってくれたから! 外がカリッカリで中がとろーっとしてて、入ってる魚介? がおいしいんだよ!」

 

インデックスは手に乗っている木目調の紙である船に乗ったタコ焼きを(かか)げながらにっこりと満面の笑みを浮かべる。

 

「んふふ~真守ちゃんが人に囲まれている間にインデックスちゃんに何か買ってきてって真守ちゃんがお金くれたんだよ~」

 

深城は真守の気遣いをインデックスに伝えると、インデックスはパクッとタコ焼きを食べながら目をきょとんと見開いてからにぱっと笑った。

 

「そうなの? まもりありがとう!」

 

「迷惑をかけてしまったからな。これくらい安いぞ、大丈夫」

 

インデックスが笑顔で自分にお礼を言うので、真守は柔らかく微笑んでインデックスに声を掛ける。

 

そんな真守の隣で深城が人差し指を立ててニコニコと笑顔で講釈を垂れる。

 

「ちなみにちなみに、中に入ってるのはタコって言うんだよぉ。タコ焼きのタコって魚介のタコの事だからね~」

 

「で、デビルフィッシュ!? ……あんなぐなぐなしたのがおいしく調理されるなんて、日本文化は凄いんだよ……!!」

 

インデックスは手に持っている船に乗ってる残り三つのたこ焼きを見つめながら愕然とする。

 

「でびるふぃっしゅ?」

 

「タコの事だ。外国ではデビルフィッシュ、直訳のまま悪魔の魚って呼ばれてるんだ」

 

上条が首を傾げたので真守が説明すると、上条はその意味に引っかかりを覚えて真守に質問する。

 

「オクトパスじゃなくて?」

 

「通り名とか俗称みたいなモンだな。……そうだな、ライオンの事を百獣の王って言うのと同じだ」

 

「あだ名ってことか。へえー。外国でもそういうのあるんだなあ」

 

真守の説明に、上条は納得したように何度も頷いて感心する。

 

「さて、これからどうしようか。お前たちだけで先に食事に行くか? 私がいたらまた人混みができるだろうし……」

 

「いやいや。奢ってもらうのに先に行くのはちょっとなー」

 

第二二学区まで来るのに上条に苦労させてしまったので、真守は既に上条に昼食を奢ると言っており、上条はその事を気にしながら呟く。

 

「こら、そこのあなたたち!」

 

真守と上条が今後の方針について考えていると、女子高生がこちらに駆け寄って注意してきた。

 

真守と上条が女子高生に目を向けると彼女は風紀委員(ジャッジメント)の腕章をつけており、風紀委員の仕事に従事している最中らしい。

 

「さっきも風紀委員(ジャッジメント)に人混み作るなと言われたが、あっちから勝手に寄ってくるだけだ。だから私たちに悪気はないぞ」

 

真守は先程、自分を取り囲む人垣が大きくなりすぎて風紀委員(ジャッジメント)が出張してきた事を思い出しながら顔をしかめて風紀委員の少女に声をかける。

 

「……? 何を勘違いしているのか知らないけれど、私が注意しているのはあなたたちを避難させるためよ! 早く逃げなさい、早く!」

 

真守はその言葉に目を細めて警戒心を(あら)わにして、上条は目を(またた)かせ、隣で聞いていたインデックスは最後のたこ焼きを食べながら深城と一緒にきょとんとした顔をしていた。

 

そんな四人を見つめながら風紀委員(ジャッジメント)の少女はムッと顔をしかめた。

 

念話能力(テレパス)が聞こえているはずでしょ、ほら!」

 

少女が顔を赤くしながら力ませると、インデックスはきょろきょろと辺りを見回す。

 

「む。何か頭の中から直接声が聞こえたような気がするかも」

 

インデックスが顔をしかめる中、深城は頭を片手で押さえながらインデックスに説明をする。

 

「インデックスちゃん。これ念話能力(テレパス)って言って、あの人が話しかけてきているんだよ」

 

「てれぱす?」

 

念話能力(テレパス)とは離れた人間と会話できる能力の総称で、糸電話、生体電流の読み書き、可聴域外の低周波音声など、伝達経路は能力者によって違うんだ。その中でもお前は糸電話タイプだな?」

 

インデックスが深城の説明に首を傾げると、真守は少女の念話能力(テレパス)の仕組みを感じ取ってつらつらと説明する。

 

真守の分析の通り、少女は空気の振動の伝達率が変動して『見えない糸』を作り出すタイプの念話能力者なのだ。

 

「そういや小萌先生が補習でそんな事言ってたな。しっかし念話能力(テレパス)ってまだ開発研究続いていたんだな。携帯電話の普及と共にポケベルみてーに消えていったって聞いてたけど」

 

「……上条、それはただの噂だぞ。念話能力(テレパス)は精神感応と一部被っているからその能力開発には一定の価値があるし、高位能力者になれば姿が見えなくてもパスを繋げられれば会話可能なんだ。携帯電話みたいに一々電波使わなくても意思疎通できるから、秘匿情報のやり取りにはとても役に立つ良い能力だぞ」

 

「あ、あなた詳しいのね……。ちょっと待って。あなたどこかで見た気が……あ、もしかして新しい超能力者(レベル5)!?」

 

少女が真守の知識の深さに感心していると、真守の顔に見覚えがあって頭の中で情報を探り、真守が超能力者(レベル5)第一位に位置付けられた少女であると思い当たって驚愕した。

 

「そんなことは今どうでもいいだろ。……それより何かあったのか? 私は念話能力(テレパス)の干渉を弾くようにできているし、上条も違う意味で念話能力(テレパス)が効かない。口頭で説明してくれないか?」

 

「私の念話能力(テレパス)が通じない? 流石、超能力者(レベル5)……。分かったわ、口頭で説明しますね。現在、この地下街にテロリストが紛れ込んでいます。特別警戒宣言(コールレッド)も発令されており、今から……えっと、九〇二秒後に捕獲作戦を始めるため、隔壁を下ろして地下街を閉鎖。これから銃撃戦になるのでここから退避してください。……分かりましたか?」

 

特別警戒宣言(コールレッド)だと? ……昨日も発令されていたな。その延長線……としてはおかしいな、別口か?」

 

真守が学園都市が臨戦態勢になっている事に顔をしかめてぶつぶつと呟いていると、風紀委員(ジャッジメント)の少女が説明する。

 

「当のテロリストに捕獲準備の情報を知られると逃げられるかもしれないから、こうして音に頼らないあたしの念話能力(テレパス)が入用になったの。だからあなたたちも騒ぎを起こさないで、できる限り自然に退避してくださいね」

 

念話能力(テレパス)はその性質上、相手を選び取る事ができる。ということはテロリストの顔は既に分かってるんだな?」

 

「うっ、流石超能力者(レベル5)。頭の回転が速い。……その通りです、顔写真付きで手配書は回してもらっているわ。……ほらほら、分かったら早く逃げてください。閉鎖までもう八〇〇秒もありませんよ」

 

風紀委員の少女は真守たちを(うなが)すと、他の学生たちにも注意をするために素早く立ち去る。

 

「……ごめん、インデックス。せっかくここまで来たのに地下街での食事は難しそうだ」

 

真守が申し訳なさそうに告げると、インデックスは最後に食べたタコ焼きを飲み込んで真守を安心させるために微笑んだ。

 

「まもりのせいじゃないよ。てろりすとー? が悪いんでしょ? ……でも、とうまが日本の昔話だけで出てくるような擬音で流されなかったらご飯にありつけたかも」

 

インデックスはジロッと上条の事をジト目で睨む。

 

「俺だってでっかい桃が勝手に流されるみたいに、人間の波に呑まれたくて呑まれたワケじゃなくってですね!」

 

「とりあえず垣根に連絡とらなくちゃな。えーっと帝兵さんどこだろう?」

 

上条がインデックスの追及に声を上げている隣で、周囲を見回して第二二学区に展開しているカブトムシを呼び寄せようとした瞬間。

 

 

『──見ぃつっけた』

 

 

何もない壁から女の声が聞こえた。

 

四人が壁に視線を向けると茶色い泥の中央に人間の眼球が浮かび上がっていた。

 

眼球がぎょろぎょろと真守たちを一人ずつ見回す。

 

上条と深城に嫌な予感が突き抜ける中、真守は警戒を最大限に引き上げてその目玉を睨みつけ、インデックスはその目玉を無表情で見つめていた。

 

『うふ。うふふ。うふうふうふふ。禁書目録に、幻想殺し(イマジンブレイカー)に、虚数学区の鍵。おまけに最上級の熾天使すらいるなんて、どれがいいかしら。よりどりみどりで困っちゃうわ』

 

ゆったりとした妖艶(ようえん)な声色だが、どこか軋みを上げているような声が(うた)うように呟く。

 

(虚数学区の鍵? 最上級の熾天使?)

 

真守は眼球が深城と自分を見つめていた時に呟いた、恐らく自分たちの俗称(ぞくしょう)であるそれに顔をしかめた。

 

『──ま、全部ぶっ殺しちまえば手っ取り早いか』

 

そんな真守の前で、その声は突然(よど)んで乱暴なものへと切り替わって明確な敵意を(あら)わにした。

 

真守は深城を見ることなく、その手を取って深城を自分の体の後ろに回らせた。

 

深城の方が横にも縦にも大きいので真守が(かば)っているのはどう見ても違和感満載だが、深城は真守に絶対の信頼を寄せているので真守の後ろに素直に回って、真守から離れていない事を真守に示すために、真守の右肩にそっと手を置いた。

 

インデックスはそんな二人の前で眼球を見つめながら淡々と告げる。

 

「神は人を土から創り出したという伝承に基づいた、土より出でる人の巨像を操るカバラの術式。ユダヤの守護者たるゴーレムを無理やりに英国の守護天使に置き換えている辺りが、ウチのアレンジの仕方とよく似ているみたいだね」

 

「ゴーレム? ……確か体にシェムハメフォラシュという七二の聖音を刻み、起動する際に『emeth(エメス)』と刻み、役目が終わったら『e』を消して破棄するとかなんとかっていう土人形か?」

 

真守は魔術の使い方ではなく、歴史や魔術にどんな種類があるかの概要をインデックスに教わっており、その『知識』を思い出しながら呟く。

 

「うん。それが基盤となっているだけで時代の変化によって進化してるけどね。大体そんな感じかな」

 

「ゴーレムって、この目玉が?」

 

インデックスが真守の方を見て頷いていると、上条が目玉を見つめながら顔をしかめる。ゴーレムというのはRPGでも良く出てくるので、上条も『知識』で知っていたのだ。

 

「この魔術師は探索、監視用に眼球部分のみを特化させた泥人形を作り上げたんだと思う。本来は一体のゴーレムを作るのが精いっぱいだけど、一体あたりのコストを下げる事で、大量の個体を手駒にしているんじゃないのかな」

 

「魔術師がテロリストとして学園都市に侵入したのか!?」

 

インデックスの説明に上条は真守が既に気づいている事実を叫んで驚愕の表情を浮かべる。

 

『うふ。テロリスト? うふふ。テロリストっていうのは、こういう真似をする人たちを指すのかしら?』

 

その言葉と共に眼球は泥と共に吸い込まれるようにとぷん、と壁の中に消えていった。

 

その次の瞬間、地下街全体がドンッ! と、地響きを上げて震えた。

 

「なん……っ!?」

 

上条が驚く中、真守は即座に能力を解放。

 

頭の猫耳ヘアの丁度真上に三角形を二つ猫耳のように展開、その三角形にそれぞれ二つの正三角形を連ならせる。

 

セーラー服のスカートの臀部(でんぶ)の上からタスキのような長く四角い(おび)をぴょこっと出すと、その帯の付け根に正三角形を二つリボンのように(たずさ)える。

 

それと同時に、こちらに倒れてきたインデックスを抱き留めて自分の肩に手を乗せている深城の無事を確認する。

 

振動がいくつも重なって地下街全体が揺れる。

 

どうやらこの振動は余波であり、あの魔術師が行動を起こしたのは随分遠くのようだった。

 

天井から粉塵がパラパラ落ちてきた瞬間、地下街を明るくしていた蛍光灯がチカチカチカッと(またた)いたと思ったら一斉にフッと消えた。

 

真っ暗になった後、遅れて非常灯の赤い光が辺りを照らす。

 

テロリストに気取られないようにゆったりと避難していた人々は、戦闘が始まったと知り、恐怖で震えた悲鳴を上げながら出口へと殺到する。

 

その直後、地下街全体に連続的に金属の重低音が響き始める。

 

警備員(アンチスキル)が隔壁を下ろし始めたのか? 予定より早すぎる」

 

真守が顔をしかめた瞬間、隔壁が落ちたことを告げる地面を叩く低い音が幾度も響く。

真守と上条が出口の方を見ると、逃げ損ねた人々が隔壁に(すがり)りつくようにしがみついてパニックの声を上げて出してと口々に叫ぶ。

閉じ込められて困惑、憔悴(しょうすい)した人々のわめき声が辺りに響く。

 

『さあ、パーティーを始めましょう。──土の被った泥臭ぇ墓穴の中で、存分に鳴きやがれ』

 

柔らかい穏やかな声が、徐々に怨嗟(えんさ)の声へと変わっていく。

 

酷い憎悪を帯びた声だ。

 

全てを憎んでいて、自分がここにいる事すら憎しみを抱いている。

 

大切な何かを(うしな)って憎悪をたぎらせているようだと、真守は声だけでなんとなくそう察していた。

 




ゴーレム魔術師、来襲。



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第六〇話:〈作戦会議〉で方針決め

第六〇話、投稿します。
次は一〇月一一日月曜日です。



真守は源流エネルギーに指向性を加えて光球をいくつも浮かべて辺りを照らし出す。

 

「ここにいる四人全員、どうやらあいつの標的のようだな」

 

「俺とインデックス、朝槻は魔術世界に関係があるから分かる。でもなんで源白までターゲットなんだ?」

 

上条が呟いた通り、三人にはそれぞれ狙われる理由がある。

インデックスは一〇万三〇〇〇冊の魔導書を記憶した魔導書図書館。

上条は幻想殺し(イマジンブレイカー)でこれまで多くの魔術師と敵対してきた。

真守は上条よりも交戦経験が少ないが、テロリストとして学園都市に侵入してきた魔術師が超能力者(レベル5)第一位にケンカを売る理由には正当性がある。

 

だが今日深城と知り合った上条は深城が特殊な立ち位置にいる事を知らないので、そんな疑問を持つのは当然である。

 

「……深城は学園都市と一体化しているようなもんなんだ。学園都市が攻撃されるとなると、深城も標的になるのもまあ理解できる。……でもなんでそんな裏事情を魔術師が知っているのかが分からない。インデックス、本当にあの魔術師はイギリス清教式の魔術を使っているのか?」

 

「確実とは言えないね。でも似ている部分がたくさんあるからイギリス由来の魔術師であることは確かなんだよ」

 

魔術の専門家であるインデックスが言うのならば間違いはないのだろうが、真守は深城がテロリストの標的になっていること以外にも引っかかることがあって顎に手を添えながら呟くように思考する。

 

「ステイルと神裂の話だとイギリス清教は学園都市と協定を結んだハズだ。だから組織的にはイギリス清教に敵対する理由がない。でも魔術師は個人で動くから、イギリス清教の思惑を無視して行動してるのは確実だ。……まあ、具体的な思惑なんて分からないから、本人に直接聞けばいいか。深城、インデックス。私から離れるな、分かったか?」

 

「うん、真守ちゃん」

 

真守が自分の肩に手を置いている深城に声を掛けると、深城はコクッと頷いた。

 

「まもり、私は魔術の専門家だから大丈夫だよ!」

 

だがインデックスは自分の『知識』に自信があるため、守られなくても大丈夫だと豪語する。

 

「それでもお前だって身を守れる場合と守れない場合があるだろ。任せておけ。……と言っても魔術は科学と明確に違うからな。源流エネルギーで弾くとイマイチよく分からない現象も起きるし、慎重に行かないと」

 

「む。……分かった。確かにまもりは強いし。だったら専門家としてフォローは任せてほしいかも!」

 

「分かった。よろしくな、インデックス」

 

真守がお願いすると、インデックスは任せて! と言わんばかりに自分の平たい胸を叩く。

 

(深城をターゲットにした事、後悔させてやる)

 

真守がインデックスを見つめながら心の中でそう決意していると、遠くからこちらへと近づいてくる靴音が辺りに響く。

 

「敵か?」

 

上条の疑問に真守は即座に首を横に振る。

 

「違う。あれはローファー、多分学生。……あ、それにこの感じ。美琴と白井だ」

 

「え? なんでそんな事が分かるんだ?」

 

真守がAIM拡散力場から強力な電磁波と、空間移動系能力者にありがちなAIM拡散力場の事象に対する揺らぎを読み取り、その組み合わせの二人に心当たりがあって声を上げると、上条は真守の推察に首を傾げた。

 

「探知系の応用力を身に着けたんだ」

 

「……流石超能力者(レベル5)。成長が(とど)まる事を知らない……」

 

真守が何の気なしにケロッと告げると、上条はその向上心に思わず言葉を漏らした。

 

「美琴、白井!」

 

真守が声をかけると靴音が四人の方へと向かってきて、真守が浮かべていた光球に美琴と白井が照らし出される。

 

「朝槻さん! ……と、アンタも!」

 

真守を見つめて美琴は顔を驚愕させるが、隣に立っていた上条を見て、即座に喧嘩腰になる。

 

「とうま、この品のない女たちは一体誰なの。知り合い? どんな関係? そっちの短髪、この前のクールビューティーに似ているけど、違う人だよね」

 

インデックスは突然現れた美琴と白井を認識すると、ムッと口を尖らせて自分を抱き留めてくれた真守から離れて美琴と白井を睨みつけた。

 

明らかに喧嘩腰のインデックスに、美琴は片眉を跳ね上げさせて怒鳴り声を上げた。

 

「ちょっと! この明らかに失礼なこの子はアンタの一体何なワケ?!」

 

「とうま! この短髪とは一体どういう関係なの!? 説明して!」

 

美琴と上条の仲が親しいものだと判断したインデックスは、同じようにインデックスと上条が親しそうだと感じた美琴と二人して上条を睨みつけ、怒鳴り声を上げる。

どうやら二人共相手を即座にライバルとでも認識したらしく、二人の間には険悪なムードが(ただよ)っている。

上条は美琴とインデックスに同時に睨みつけられた上条はヒィッ! と、情けない悲鳴を上げて固まった。

 

「朝槻さん! どういう事なのかしら?!」

 

「まもり! とうまとこの短髪の間に何があったのかな!?」

 

上条が使えないと即座に判断した二人が真守に迫る。

 

「……どっちも上条当麻が恩人だが?」

 

真守が簡潔に二人の立ち位置を表現すると、二人共信じられない、と言った顔をする。

 

「それってまもりにも助けてもらったの、この短髪!?」

 

「この子もあたしと同じで朝槻さんに助けてもらったの!?」

 

「……仲良いなあ、お前たち」

 

真守は同時に声を上げてから相手を睨みつける二人を見ながらぽそっと呟く。

 

そんな真守に白井が向き直って問いかける。

 

「……で、どういう事か説明してくださいますか、朝槻さん? どうせ今回の騒動の中心にあなたはいらっしゃいますのでしょう?」

 

「その言い方だと、まるで私がいつも騒動に巻き込まれているみたいだが」

 

「前科がありすぎますのよ! 前科が!」

 

 

『そうだな、前科がありすぎるんだよお前』

 

 

真守の心外だ、という言葉に白井がツッコミを入れると、そのツッコミに同意するかのような声が聞こえてきて、真守以外その場にいた人間はその声の在り処を探す。

 

すると暗闇の中にヘーゼルグリーンの瞳が二つ浮かび上がっており、ぶーんという低い音と共に姿を現した白いカブトムシは、一同の前までやってくると真守の左肩にしがみついた。

 

「「「「……カブトムシ?」」」」

 

垣根が未元物質(ダークマター)で造り上げた人造生命体であるカブトムシを初めて見た四人は真守の左肩にしがみついたカブトムシを見つめて一斉に目を(またた)かせる。

 

「垣根が造った通信端末のような子で、通称帝兵さん」

 

「垣根さんが造ったんですの?」

 

真守が色々と説明が面倒なので端折(はしょ)って紹介すると、白井はびっくりした顔で問いかけ、美琴は白いカブトムシに見覚えがあってカブトムシをじぃーっと見つめる。

 

「このカブトムシどっかで……あ! 朝槻さんの研究室の机の上にいたあの!? ……これ、垣根さんが造ったロボットだったのね……てっきり置物か何かと思っていたわ」

 

『ロボットじゃねえよ。……まあ説明が面倒だからいいか』

 

垣根が説明を放棄すると美琴はそこから、白いカブトムシを無遠慮にじろじろと見つめる。

 

「帝兵さんって随分と可愛い名前つけたのね……そうなの。そういう趣味なんだ……」

 

『俺の趣味じゃねえよ。このじゃじゃ馬娘が勝手につけて勝手に言いふらしている間に、忌々しいことに定着しちまったんだよ』

 

「おっきなカブトムシなんだよ、とうま!」

 

「世の中の能力者ってなんでもできるんだなあ……」

 

垣根が不本意な名前だと美琴に告げる隣で、インデックスが目を真ん丸にして興奮した様子で上条のシャツの(すそ)を引っ張っており、上条は自分が無能力者(レベル0)であることに悲しくなって遠い目をした。

 

『で。どういう状況なんだよ。一から十まで話してもらうぞ、ああ?』

 

「分かったから喧嘩腰になるなよ、ちゃんと話すから」

 

真守は溜息を吐きながら魔術云々(うんぬん)を色々ぼかしてテロリストに標的にされたと事情を説明する。

 

その魔術云々がどういうものか垣根は聞きたかったのだが、やっぱり他の学生には隠したいと真守が思っているのだと感じ取ると、後で聞こうと静観する。

 

「成程。……ねえ、黒子。やっぱさっきのキレたゴスロリと繋がりがあると思う?」

 

「そうですわね。朝槻さん方が聞いたとされる声の特徴からしても、関与していると考えるのが妥当(だとう)でしょう。しかし、天然モノの能力者がいて、しかもその人物が学園都市に攻めてくるなんて」

 

どうやら美琴は既に魔術師と交戦しているらしく、その場にいた白井と顔を合わせて話をする。

 

「学園都市の他にも能力開発機関があるのかしら。でも、『外』の超能力の噂なんて政府のUFO陰謀説と同じくらい信憑性がないのよね」

 

「今朝は二組の侵入者がいたと聞き及んでいますの。片方がこの騒ぎですから、もう片方の侵入者も心配ですわね。警備員(アンチスキル)の方ではどうなっているのでしょうか」

 

「え。二組も? それは聞いてないんだけど」

 

美琴が白井から新情報に目をぱちぱちと(またた)かせる。

 

「ええ、お姉様。警備員(アンチスキル)の情報によれば、侵入者は合わせて二人。経路や方法が異なっていた事から別口らしいとは聞きましたが、今の情報だけで断定はできませんわね」

 

「あー……」

 

二人の話を黙って聞いていた真守だったが、感情の乗ってないまま間延びした声を上げると、ちらっと自分の隣でダラダラと冷や汗を流す上条を見た。

 

「とうま。何か体が小刻みに震えているけど、どうかしたの?」

 

「くっくっ……アンタが暑苦しい格好してるから鬱陶しいんじゃないの?」

 

「うっとうしくないもんっ!!」

 

美琴がインデックスの服装を笑っていると、インデックスが美琴を睨んで怒鳴った。

 

「白井。上条が言いにくそうだから言うけど、侵入者の一人は学園都市に帰ってきた上条なんだ」

 

「はい?」

 

白井が目を見開いて首を傾げ、美琴は眉を顰ませて、インデックスは昨日のことを知っているのに『侵入者=とうま』という図式が組上がらずにきょとんとして上条を見つめた。

 

「いやー……実は昨日さ、闇咲っていう不器用な男と知り合って、その知り合いを助けるために学園都市の外に出て、それで今朝帰ってきたところなんだよ。あの……何だよ? 『分かった分かったいつもの病気だろ』みたいな目は」

 

『同じ病気(わずら)ってる人間が二人近くにいるとか、この病気って感染すんのか?』

 

「垣根うるさい。別に感染してないし、そもそも病気じゃない」

 

上条が白井と美琴に呆れたような目で見られる中、カブトムシがヘーゼルグリーンの瞳を動かして真守を見上げるので、真守は横目でカブトムシを睨みつけて顔をしかめながら白井と美琴に向き直った。

 

「……で、白井と美琴はなんでここに? 救援に来たのか?」

 

「はい。空間移動(テレポート)で閉じ込められた方たちを脱出させるために」

 

白井が風紀委員(ジャッジメント)としての仕事をこなしていると説明すると、上条が首を傾げた。

 

「ん? じゃあなんで美琴はここにいるんだ?」

 

「え、いや……別に、私は…………その。な、何よ! 別になんでもいいでしょうが、何でも!!」

 

(……上条の事が心配だったのか)

 

上条に訊ねられて顔を真っ赤にして怒鳴る美琴を、真守は温かいまなざしで見つめていた。

 

そんな真守たちに白井は心の底から楽しくなさそうに淡々とした様子で喋る。

 

「予定を切り上げて隔壁を下ろしたという事はもう時間がありませんの。あなた方も避難をしてくださいな」

 

「白井、質量限界的にお前は一度に何人まで空間移動(テレポート)できるんだ?」

 

「二人くらいが限度ですの。まあ体重によりますけれど」

 

白井の空間移動(テレポート)の条件を聞いて真守は一つ頷いて思考する。

 

(上条は幻想殺し(イマジンブレイカー)が働いて絶対に飛べない。魔術に触れさせたくないから美琴には飛んでもらいたい。深城は心配だから絶対に飛ばせたくない。……となると、美琴を遠ざけたいという理由を隠すためにインデックスをカモフラージュで飛ばしてもらうか。携帯電話持ってるから口頭でアドバイスしてもらえそうだし)

 

そこまで真守が高速で思考すると、白井に指示を出す。

 

「インデックスと美琴を先に出してくれ。私と上条、それと深城がこの場に残る」

 

「分かりました。では、お二人共。行きますわよ」

 

「「ちょっ」」

 

白井が何か言いたげな二人に手をかけた瞬間、三人がその場から消える。

 

その瞬間、地下街全体が再び揺れて、その揺れの発生箇所がこちらへと段々近づいてきているのが分かった。

 

遠くから銃声が連続的に鳴り響く音と人の怒号やうめき声が聞こえてくる。

 

「こっちは朝槻に昼飯奢ってもらう約束してんだからな! さっさと終わらせてただ飯食うぞ!」

 

上条はそこで気合を入れるために叫ぶと、ずんずんと戦闘音のする方へと進んでいく。

 

「……真守ちゃんもあれだけ食に貪欲(どんよく)だったらなあ」

 

『本当にな』

 

「二人共うるさい。いいだろ別に関心がなくたって。それに最近ちゃんと食べてるぞ」

 

『嘘つけ。この前も気分じゃない、メンドクサイって食べなかったくせに』

 

「……真守ちゃん。気分とメンドクサイで食べないのは、あたし怠慢だと思うなあ」

 

真守が顔をしかめて主張すると、カブトムシがヘーゼルグリーンの瞳をきょきょろっと動かして真守を睨み上げ、深城がそれに呼応して非難の目を向けてくる。

 

「……早く行くぞ!」

 

真守は一人と一匹の視線に気まずくなって声を上げると、上条の後を追って駆け出し、テロリストを倒すために動き出した。




インデックスと美琴が初めて会いました。
禁書目録と超電磁砲って魔術サイドと科学サイドのそれぞれのヒロインって事ですよね?
一体どっちが上条の本命なんだろう……。
というか隠れヒロインに食蜂ちゃんもいますし、複雑すぎるヒロイン事情……。



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第六一話:〈存在顕示〉で歩み寄る

第六一話、投稿します。
次は一〇月一二日火曜日です。


学園都市のにぎやかな地下街は戦場へと変貌しており、二〇人ほどの負傷した警備員(アンチスキル)は辺りに散って傷の応急手当をそれぞれ行っていた。

 

真守は自分の肩に乗せた深城の手にそっと自分の手を重ねてぎゅっと力強く握る。

 

深城が彼らの傷を見て、恐怖を覚えないなんて事はないからだ。

 

「大丈夫だよ、真守ちゃん。確かにちょっと怖いけど、この人たちは自分の意志で戦って怪我をしたんだから、気分悪くなったりしない。ううん、しちゃいけないの」

 

深城は自分が恐怖を覚えている事を明確に伝えた上で、精神的に問題ないと真守に簡潔に伝えた。

 

「良かった。危ないところに行くけれど安心して。お前の事は必ず私が守るから」

 

「ありがとぉ」

 

真守が力強く微笑むと、深城はにへらっと笑った。

 

「あ! 朝槻!? それと、そっちは月詠先生んトコの悪ガキじゃん!」

 

三人が歩いていると負傷した自分の体を治療していた黄泉川が声を荒らげた。

 

「……どうした、閉じ込められたの? だから隔壁の閉鎖を早めるなって言ったじゃん! 逃げるなら方向が逆! A03ゲートまで行けば後続の風紀委員(ジャッジメント)が詰めてるから、出られないまでもまずはそこへ退避! メットも持っていけ、ないよりはマシじゃん!」

 

「黄泉川先生、任せて。行くぞ、上条」

 

真守は自分たちを心配して避難の指示を出す黄泉川の横を、上条と深城と共にすり抜ける。

 

「え。ちょ、朝槻!! 第一位だからって子供を前に出すワケにはいかないじゃん!?」

 

「大丈夫。私は絶対に死なないから」

 

負傷して動けない黄泉川が必死に止めようとするが、真守は振り返りながら微笑み、上条と深城と共に爆発があった方へと駆けていく。

 

地下街を走り、赤い照明に照らされた通路の先へと出る。

 

真守が照明代わりに(かか)げた光球によって遠くに照らし出されたのは一人の女性だった。

 

手入れをしていない軋んだ金の髪の毛。浅黒い肌に擦り切れた漆黒のゴスロリ。

 

(かたわ)らには鉄パイプ、椅子、タイル、土、蛍光灯など、地下街で手に入れられる近代用品を体に取り込んだ巨大なゴーレムが立っていた。

 

真守たちの前で巨大なゴーレムはゆっくりと動き、負傷して動けない警備員(アンチスキル)七、八人へと近づいている。どうやらとどめを刺すつもりらしい。

 

「あの野郎!」

 

「上条くん!?」

 

上条が駆け出したのを見て深城が声を上げるが、真守が止めようとしないので、深城は真守に従ってその様子を緊張した顔で見つめていた。

 

ゴーレムが動けない警備員(アンチスキル)へと拳を繰り出すが、そのゴーレムの拳に駆け寄った上条が自分の右拳をぶつけた。

 

瞬間、上条の幻想殺し(イマジンブレイカー)が異能を打ち消してゴーレムの拳を元の素材である土や鉄パイプなどに分解していく。

 

「エリス! ……くふ。でも幻想殺し(イマジンブレイカー)(ごと)きに私のエリスはやられないわ!」

 

どうやらゴーレムを女性は『エリス』と呼んでいるらしく、女性はゴーレムをそう呼ぶと、妖艶に笑ってオイルパステルを振り上げた。

 

そして一閃すると、地下街の壁の至る所に魔法陣が浮かび上がって、それに連動するようにゴーレムの拳に鉄パイプや土などが集まってきてもう一度拳を形成する。

 

「エリス!」

 

女性がオイルパステルを横に()ぐように動かすと、その動きに合わせてゴーレムが上条へと迫った。

 

「上条!」

 

真守は上条の名前を呼びながら右手の平を前に突き出してエネルギーを生成し、即座に衝撃波を繰り出す。

 

その衝撃波はゴーレムを後方に吹き飛ばし、そして上条の右手にぶつからないように彼の体を同時に絡めとった。

 

「おわっ!? ああァああああ────!?」

 

真守の衝撃波に(あお)られて地面から足が離れ、空中を舞う上条は衝撃波に絡めとられたまま真守の前まで運ばれてきた。

 

真守は自分の目の前に飛んできた上条の襟首をガッと掴んで地面へと下ろす。

 

「大丈夫か、上条?」

 

「し、死ぬ気がする。現在進行形で……ぐえっ……」

 

上条は地面に尻餅をついているが、真守に襟首を掴まれた事でシャツの首元が締まり、カエルが潰れた時に発するような声を出す。

 

「あ、ごめん」

 

「ゲホッゲホ。……流石超能力者(レベル5)。あのデカブツ吹き飛ばしながら人を助ける演算を難なくする。やっぱ普通じゃねえ……」

 

真守は上条の襟首から手を離すと、上条は大きく咳をしながらぶつぶつと呟く。

 

「別に普通だろ」

 

真守がケロッと答えると、その様子を見ていた魔術師はくすくすと笑った。

 

真守が怪訝な表情をして、上条は喉を押さえながら、深城は強張った表情で魔術師を見ると、魔術師は高らかに喋り始めた。

 

「よく来たわね。幻想殺し(イマジンブレイカー)に虚数学区の鍵。それと(あわ)れなモチーフを込められた超能力者(レベル5)。どれをぶち殺したとしても問題なさそうねえ?」

 

「……お前、魔術師だろ。なんで当の本人たちが知らないような学園都市の事情に詳しいんだ?」

 

真守ですら知らない単語をポンポンと告げる魔術師を、真守は顔をしかめながら睨みつける。

 

「お前ではない。シェリー=クロムウェルよ。学園都市と繋がっているイギリス清教の魔術師。でも、こんな事情あなたたちに話してもねえ。どうせ死ぬんだから」

 

魔術師、シェリー=クロムウェルの所属を聞いて真守は顔をしかめ、上条は思わず叫んだ。

 

「やっぱりイギリス清教なのか?! インデックスと同じ組織の人間が、なんで!?」

 

「戦争を起こすんだよ。その火種が欲しいの! だから多くの人間に私がイギリス清教の手駒だって知ってもらわないと、ね? ──エリス」

 

シェリーは獰猛(どうもう)に叫んだ後、柔らかな声でゴーレムを呼び、手に持っていたオイルパステルを一閃する。

 

「地は私の力。そもそもエリスを前にしたら、誰も地に立つ事などできはしない!」

 

「舐めるんじゃない」

 

ゴーレム=エリスがずんずんと真守たちに近づいてくるが、真守は深城を連れて前へと出る。

 

そんな真守へとゴーレム=エリスは巨大な拳を振り下ろそうとする。

 

真守はスッとゴーレム=エリスへと右手の平を向け、ガッキン、ガッキンガッキンと歯車が完璧に噛み合って荘厳に鳴り響く音を(とどろ)かせながら蒼閃光(そうせんこう)(ほとばし)らせて、源流エネルギーを手の平から生成し始める。

 

次の瞬間、源流エネルギーはゴーレム=エリスの巨体に合わせて拡散するように真守の手の平から放たれ、ゴーレム=エリスを跡形もなく焼き尽くした。

 

ゴーレム=エリスの質量が質量だったので余波と魔術を焼き尽くしたことによって生まれた虹色の煌めきが暴風のように辺りに吹き荒れる。

 

それを真守は前に突き出している右手から衝撃波を放ち、その暴風に新たなベクトルを入力。

 

様子を退避して見守っていた警備員(アンチスキル)が暴風によって吹き飛んで負傷しないように演算して余波を安全に辺りに流していく。

 

真守が暴風を操作すればその風に乗っている虹色の煌めきが辺りに舞い散り、光の粒が乱反射して辺りを明るく染め上げる。

 

「不本意だけど、私も名乗ってやる」

 

真守は虹色の光の粒がきらきらと舞い散る中、あっけに取られているシェリーを睨みつけて、その時初めて自分の明確な地位を認め、宣言する。

 

「学園都市の頂点、超能力者(レベル5)。その第一位に君臨するのがこの私、流動源力(ギアホイール)だ。私の生成する源流エネルギーはこの世に事象として存在している全てを『抹消』して焼き尽くす。……仕組みが不明瞭な魔術であろうとなんであろうと、私は敵対する全てを焼き尽くし、大切なものを守り抜いてみせる!」

 

ゴーレム=エリスが跡形もなく消し飛び、真守が第一位に君臨した事を『外』の人間である自分に宣言するのを聞いて思わずシェリーは呆然とする。

 

ゴーレム=エリスには再生機能が付いているが、もし再生させて真守に向かわせていったとしてもあの源流エネルギーによって塵一つ残されずに焼き尽くされる。

 

それにゴーレム=エリスを作り上げている間に(ふところ)に入られたら終わりだ。

 

だが勝機が無くても動かなければならない時がある。

 

それでも動けなかった。

 

自らを最強だと言わしめる少女の気迫と、大切なものを必ず守り抜くという信念に、シェリーは()()()()()()()からだ。

 

そんな学園都市の新たな頂点、朝槻真守は真剣な表情でシェリーを見つめた。

 

「お前は学園都市と繋がりがある魔術師なんだな? 一体何があった。何故、戦争なんて起こそうと思ったんだ? お前の憎悪の根源は一体なんだ、何がそんなに許せなかった?」

 

真守が敵対していた自分に歩み寄ろうと言葉を投げかけてくるので、シェリーはその想いに息を呑んだ。

 

「そうだよ、お前何考えてんだよ。裏方がどうなってるとか俺にはよく分からない。でも、今は科学も魔術もバランスが取れてんだ。なんでわざわざそれを引っ掻き回そうとするんだ?」

 

上条が畳みかけるように問いかけると、シェリーは(うつむ)いて、くっと小さく(うな)ってから喋り始める。

 

「……超能力者が魔術を使うと肉体が破壊されて死ぬ。聞いたことはないかしら?」

 

「確かに能力開発を受けた人間は魔術を使ったら肉体が内側から破壊されて最悪死んじまう。でも、それが一体どうしたって言うんだよ?」

 

「おかしいとは思わなかったの? 一体どうしてそんな事が分かってるかって」

 

上条の問いかけに答えたシェリーの言葉を聞いて、真守はシェリーの一言にハッと息を呑む。

 

真守と上条が能力開発を受けた人間は能力を使えない、と聞いたのはインデックスからだった。

インデックスは科学に触れたことがないのに何故それを知っていたのだろう。

それは、つまり──。

 

「能力者が魔術を使えないか試したのか? ……それでお前の身近な人間が死んだ、のか?」

 

真守が思わず一歩シェリーへと前に出て問いかけると、上条が真守のその問いかけに息を呑んだ。

 

「エリスは私の友達だった」

 

シェリーはグッと胸の服を掴みながら呻くように呟いた。

 

「……今からざっと二〇年ぐらい前に、イギリス清教と学園都市。つまり、魔術と科学が手を繋ごうって動きがウチの一部署で生まれてな。私たちはお互いの技術や知識を一つの施設に持ち寄って、能力と魔術を組み合わせた新たな術者を生み出そうとした。……エリスはその時、学園都市の一派に連れてこられた超能力者の一人だった」

 

(……そうか。シェリーが学園都市の内情に詳しかったのは学園都市が超能力者を貸し出すほどに密接な繋がりがある部署にいたからか)

 

真守はシェリーの説明に心の中で納得しながら、シェリーの話の続きを待った。

 

「施設は互いの技術や知識が流れないようにって同じイギリス清教の者によって潰された。施設を潰そうとしてやってきた『騎士』たちの手から私を逃すために、エリスは私が教えた術式を使ったの。……魔術を使った瞬間、エリスは血まみれになった。エリスは、そのまま棍棒(メイス)で打たれて死んだの」

 

シェリーは当時の記憶が(よみがえ)ってきたのか顔を悲痛で歪ませながらここその底からの咆哮(ほうこう)を上げる。

 

「戦争を、『火種』を起こさなくっちゃならねえんだよ! 学園都市はどうもガードが(ゆる)くなってる。イギリス清教だってあの禁書目録を他所(よそ)に預けるだなんて甘えを見せてる! 私たちの時でさえあれだけの悲劇が起きた! これが学園都市とイギリス清教全体なんて規模になったらどうなるか分かる!?」

 

つまりシェリーが学園都市にテロリストとして侵入した理由は、科学と魔術双方が結びつく事で起こる悲劇によって、これ以上犠牲が出ないためだった。

 

学園都市とイギリス清教の今の密接な繋がりを絶つための最も効果的な方法は、両者にとってそれぞれ重要な存在を殺すこと。

 

その標的に選ばれたのが、真守たち四人だったのだ。

 

シェリーは自分たちが悲劇を生まないためにしなければならない事を、魔術に関わりがある科学の徒である真守たちに必死に言い聞かせる。

 

「私たちは住み分けすべきなのよ。だっていがみ合うだけじゃなくて分かりあおうとしたって駄目だったんだから。魔術師は魔術師の、科学者は科学者の領分を定めておかなければならないのよ……っ!」

 

「そんな悲劇がもう一度引き起こされるならば、私たちが止めてやる」

 

真守が真剣な表情で自分にとって軽々しい発言をするので、シェリーは真守を即座に睨みつけた。

 

真守はそんなシェリーから目を離さないで、自分の肩に手を置いていた深城の手を取ってシェリーにとってのエリスのような存在が自分にとっての深城だと言わんばかりに深城の手をぎゅっと握った。

 

シェリーも、真守にとっての深城が自分にとってのエリスだと気が付いて動揺して瞳を揺らした。

 

真守がなんとしてでも守り抜くと宣言した存在を、自分は殺そうとしていたからだ。

 

「そんな悲劇、私は絶対に許さない。私だけじゃない。上条だって、この子だって。悲劇に呑まれながらも懸命に前を向いている人間だって絶対に許さない」

 

真守の言葉を聞いて、深城はシェリーを慈しみを込めて穏やかに微笑んだ。

 

「真守ちゃんはね、あたしを守りながら多くの人たちを救えるようにずっと頑張ってるの。真守ちゃんは学園都市の顔になったんだ。だから真守ちゃんが学園都市の『外』の人たちを守ろうって思ったら、ちゃんと動ける地位にいるんだよ」

 

真守は深城の事を握り締めしている手とは反対の手、つまりカブトムシが肩にくっついている左の方の手をシェリーへと向けた。

 

「お前がもうこれ以上自分たちのような存在を生み出したくないって、もうこれ以上自分が感じた悲しい思いを、誰かに感じさせたくないってそう思うなら。科学も魔術も飛び越えて私たちが手を取り合って協力すればいい。だからこの手を取って、お願い」

 

「……私の話、聞いてたの? 私たちはそれぞれの領分を定める必要があるのよ!」

 

超能力者(レベル5)第一位がお願いしてきたことに心の底から動揺しながらも、シェリーは自分の心のよりどころとなっている主張を再度叫ぶ。真守はそんなシェリーをまっすぐと見つめて微笑む。

 

「大丈夫。絶対に大丈夫だから。私たちは守るために手を取り合える。な、上条」

 

「ああ。話を聞く限り問題なさそうだな」

 

「何を根拠に言ってるんだよ!?」

 

 

「「お前とお前の大事なエリスが証明したんだ」」

 

 

真守と上条の会話の意味が分からずにシェリーが叫ぶと、真守と上条はそんなシェリーへと柔らかな言葉を掛けた。

 

彼女が心の底から理解して、理解していなければならない大事なことを。

 

「……な、」

 

二人の言葉に、シェリーは(うめ)きながらよたよたと数歩下がる。

 

「お前たちは科学と魔術という全く別の所属だったけど友達になれた。それって人の事を想う気持ちに、科学も魔術も関係ないって事だ。だから私たちは多くの人の幸せを想って、それを守るために必ず手を取りあう事ができる。証明したのはお前たちだ。だからお前が一番分かっているだろう?」

 

「むしろお前がそれを否定しちまえば、お前とエリスの友情がなかったことになっちまうんじゃねえか?」

 

シェリーは二人の言葉に愕然(がくぜん)とする。

 

彼らの言う通り、ここでシェリーができないと言ってしまえば、自分とエリスの友情はなかった事になってしまう。

 

だからシェリー=クロムウェルは真守が上条と共に差し出した救済の手を拒む事ができなかった。

 

持っていたオイルパステルを頭を殴られたような衝撃で取り落とし、ふらふらと体をよろけさせながらシェリーは三人に歩みよるために歩き出した。

 

真守と深城は同時に踏み出し、上条を(たずさ)えてシェリーへと歩み寄った。

 

シェリーが震える手を伸ばすと、真守はそっと握りしめてぐいっと引き寄せた。

 

魔術と科学が悲劇を生み出さない関係を構築できるように、双方は歩み寄った。

 

そんなシェリーに真守は自信たっぷりに笑った。

 

「大丈夫、私は学園都市の新しい超能力者(レベル5)、第一位。学園都市の代表として、学園都市だけじゃなくてお前たちの事だって守ってみせる」

 

真守の力強い言葉に、シェリーは泣きそうになりながらも頷いた。

 

 




……正攻法で人を落とす達人、真守ちゃん。

まあ、それもこれも深城が命を教えてくれたからできるようになった事なのですが。
力量装甲篇はもう少し続きます。



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第六二話:〈純正人間〉が望むモノ

第六二話、投稿します。
次は一〇月一三日水曜日です。


「……源白、深城だと?」

 

ドアも窓も廊下も階段もエレベーターも通風孔すら存在しないビルの一室で、土御門元春は空中に浮かぶ映像から目を離して呆然と呟く。

 

そんな土御門の前で、巨大なガラスの円筒の中で逆さになって浮かぶ統括理事長、アレイスター=クロウリーはうっすらと笑っていた。

 

「何故虚数学区・五行機関に核を与えて自由に動き回れるようにした?! 好き勝手に彼女が動いてうっかり幻想殺し(イマジンブレイカー)にでも触れたら大変な事になる。正気の沙汰とは思えない!」

 

虚数学区・五行機関。

 

学園都市最初の研究機関と言われており、魔術師たちの間では『窓のないビル』だと考えられている。

 

だが実際には違う。

 

虚数学区・五行機関の正体はAIM拡散力場そのもので、学園都市に住む二三〇万人もの学生が周囲に無自覚に発してしまう事により自然発生する力が、虚数学区・五行機関を形作っているのだ。

 

AIM拡散力場によって自然に生み出される五行機関とは、学園都市に能力者がいれば自然と形作られるものだ。

 

五行機関は有害か無害かさえ、分かっていない。

 

確かに五行機関は機械で計測しなければ分からない程度の力で、一目見れば分かる原子力のすさまじさとは違う。

 

だが五行機関は一定の衝撃を与える事でその力が爆発的に増してしまう、極めて危険な力の塊なのだ。

 

現に、五行機関に莫大な力が秘められているという事実は朝槻真守が証明している。

 

真守はAIM拡散力場に干渉するようにエネルギーを放出、それを触媒として反応させて爆発的な力を生み出し、それを束ね、自らの存在を高次元のものへと近づける事によって莫大な力を得ている。

 

昨日、真守がそうやって自らを高次の存在に近づけたことを知った時、土御門は呆れてしまった。

 

何故なら真守は虚数学区・五行機関という名称を知らなかったのに、その可能性を正確に読み取り、自分の力へと()える方法をたった一〇歳の時に既に編み出したからだ。

 

学園都市から見れば何が起こるか分からず、どこまで踏み込んでいいものか全くわからない虚数学区・五行機関。

 

学園都市が仕組みを理解できないが故に足踏みしている五行機関を、朝槻真守は流れを察する事ができるという能力の特性に(もと)づいて直感で自らの力に換えている。

 

学園都市は朝槻真守が五行機関の力を使おうとする(たび)に、世界の終わりが待っているかもしれないと気を揉んでいる。

 

だが真守はそんな事欠片(かけら)も知らずに、いつだって極めて危険な綱渡りを確実に成功させている。

 

そんな朝槻真守のそばにいる源白深城。

 

彼女は朝槻真守の手により蘇生された時からAIM拡散力場を自身の体と認識している。

 

つまり彼女は虚数学区・五行機関そのものであり、一人の人間として確立されているのだ。

 

そんな少女にアレイスターは核を与えて自由に動き回れるようにした。

 

「今回俺に黙認しろと言ったのは源白深城の自律駆動を確認するためだったんだな。そしてあわよくば彼女が虚数学区・五行機関の力を使うところが見られるかもしれないと考えた。残念だったな、朝槻真守がそばにいる限り、彼女が力を使う事はないぞ」

 

力量装甲(ストレンジアーマー)もある種、虚数学区・五行機関の力そのものだ。その展開を見られた時点で、力の一端は確認できた。後は数学的観点に基づき全体の力を算出するだけだ」

 

「くそったれが。これが虚数学区・五行機関を制御するための方法か?」

 

「ああ。形を取っていた方がこちらからのコンタクトもできる。源白深城は朝槻真守と違って寛容(かんよう)だからな。そんな源白深城の意見を朝槻真守は絶対に跳ねのけない」

 

土御門はその言葉に思い切り舌打ちする。

 

源白深城。その隣にいる学園都市の制御できない力を制御できる朝槻真守。

 

計画(プラン)』の『第一候補(メインプラン)』である存在。

 

 

朝槻真守が『第一候補(メインプラン)』たりえるのは、近くに虚数学区・五行機関の鍵である源白深城がいるからなのだ。

 

 

しかも二人は研究所時代からの知り合いで、お互いがお互いを必要としており、いつまでも一緒にいる事を誓っている仲でもある。

 

「まさにお得セットというわけだ。だが、ここまでして虚数学区を掌握する意味があるのか。確かに虚数学区は学園都市の脅威だが、脅威とは内側だけにあるものではないぞ。……イギリス清教の正規メンバーを警備員(アンチスキル)の手を借りて撃退した事により、魔術サイドとは確かな亀裂が入った。お前が黙認した事で世界は(ゆる)やかに狂い始めたんだ。まさか、お前はこの街一つで世界中の魔術師たちに勝てるなどとは思ってないだろうな」

 

「魔術師どもなど、あれさえ掌握できれば取るに足らん相手だよ」

 

「あれ、だと?」

 

虚数学区・五行機関は確かに学園都市にとって不気味な存在で、同時に不穏分子でもある。

 

だが五行機関は能力者が放出するAIM拡散力場によって成り立っているため学園都市内限定のものであり、その不穏分子を朝槻真守と源白深城を媒介にすれば確実に制御する事ができる。

 

(待て、よ……なんだって?)

 

そこまで考えていた土御門だったが、嫌な感覚が背中を走り抜ける。

 

(虚数学区・五行機関とは、ある種この世に存在しているが人々には認識できない世界だ。そしてそれを体として認識している源白深城に核を与えて実体化させた。そんな源白深城の体を()()()()制御する事ができて、なおかつ彼女の心と体に密接に繋がっている朝槻真守……、だと?)

 

魔術世界では別位相に存在する()()という概念がある。

 

そこに住まうのはある種の力の集合体によって構成される生命体。

 

その生命体を創り上げて使役し、愛しながらもそれらを統べる存在がいる。

 

その存在たちは、魔術用語でも重要な意味を持つ。

 

 

「アレイスター……お前はまさか、人工的に作り上げた天界に住まう源白深城(天使)と、それを遣いとする朝槻真守()を生み出そうとしているのか!?」

 

 

「──さてね」

 

アレイスターはつまらなそうに答える。

 

あらゆる宗教、魔術は既存のルールに従って実行される。

 

人工的に新たな『界』を科学的な力のみで作るという事はその既存のルールを全てひっくり返して新たなルールを作り上げる事だ。

 

朝槻真守を使って『界』を掌握(しょうあく)、既存のルールを新しいルールに変えれば、既存のルールに縛られている魔術は使い物にならなくなる。

 

ルールが変わってしまった状態で魔術を使えば、体が爆発し、魔術によって支えられている神殿や聖堂などは柱を失って自ら崩れていくだろう。

 

朝槻真守の能力である流動源力(ギアホイール)

 

流動源力(ギアホイール)とは新たなエネルギーを生成し、新たなベクトルをこの世に生み出し、それによって既存の定義を破壊して『新たな定義』を創り出す能力だ。

 

アレイスターは朝槻真守を利用し、彼女が日常的に行使している能力の本質である『新たな定義の構築』の規模を拡張・肥大化させる事によって、魔術世界の滅亡を目論んでいるのだ。

 

土御門元春はめまいがした。

 

一体どこからこの『人間』は目論見を始めていたのだろうか。

 

朝槻真守が能力を得た瞬間? それとも朝槻真守と源白深城を引き合わせた時?

 

どこから企んでいたか分からないのは大半をアドリブによって回し、その都度(つど)辻褄(つじつま)が合うようにアレイスターが適宜(てきぎ)計画(プラン)』を柔軟に対応させたからだと、土御門は気づいた。

 

「神を造り出すという行為は一神教である十字教の終わりを意味する……! そんなものを魔術世界は認めないぞ!!」

 

アレイスターの目的を知って土御門は激しく狼狽(ろうばい)しながら叫び声を上げる。

 

アレイスターの目的。

 

 

それは朝槻真守を新たな科学の神と(あが)め、魔術は愚か宗教そのものを撲滅(ぼくめつ)させる事だ。

 

 

この世の全ての宗教の終わり。

 

『科学』という宗教と呼ぶべきでさえない、新たな時代の始まり。

 

その準備は、とうの昔に終わっている。

 

何故なら真守と上条の手によって救われた一万弱もの妹達(シスターズ)は治療目的で世界中に点在している学園都市の協力機関に送られているからだ。

 

何故わざわざ『外』で体の調整を行う必要があったのか土御門は疑問だったが、AIM拡散力場を世界中へと広げる事により、学園都市の外でさえ朝槻真守が統治できる様にするためだったのだ。

 

一方通行(アクセラレータ)を使ったあのバカげた『実験』は絶対能力者(レベル6)へと進化(シフト)させるためではなかった。

 

世界中に自然に人造能力者を配置するためには、一度『量産型能力者(レディオノイズ)計画』を潰し、隠れ蓑であるはずの『絶対能力者進化(レベル6シフト)計画』も潰す必要があったのだ。

 

二重の偽装を得て、妹達(シスターズ)は全世界へと蔓延(まんえん)した。

 

学園都市の外の人間はまだ気づいていない。(いな)、気付けるはずもない。

 

何故ならば妹達(シスターズ)の一件を外の人間は学園都市内の内輪もめの後始末くらいにしか考えておらず、まったく脅威として受け取れないようにアレイスターが(はか)ったからだ。

 

虚数学区・五行機関は世界中に妹達(シスターズ)が配置された事によって世界全土に広がった。

 

虚数学区・五行機関そのものである源白深城を朝槻真守が制御して新たな『界』として起動させれば全世界の魔術師は己の力の暴走によって自滅する。

 

後に残るのは、能力開発によってAIM拡散力場を無自覚に発している異能を使いこなせる存在だけだ。

 

(いや……本当にこれがアレイスターの最終目標なのか? この人間にとってこれは下準備に過ぎないんじゃないのか? ……それとも、何も考えていない?)

 

土御門には分からなかった。

 

男にも女にも見えて、大人でも子供でもあり、聖人にも囚人にも捉える事ができるアレイスターは人間としてのあらゆる可能性を内包しているため、アレイスターの考えは予測がつかない。

 

「……同情する。シェリー=クロムウェルは悪役じゃなかった。ヤツは自分の世界を守るために立ち上がったもう一人の主役だったんだ」

 

土御門は吐き捨てるように告げてからアレイスターをキッと睨み上げた。

 

「これがイギリス清教に知られれば即座に開戦だな。分かっているのか、アレイスター?」

 

「馬鹿馬鹿しい妄想を膨らませるな。私は別に教会世界全体を敵に回すつもりは毛頭ない。そもそもキミの考えにある人造天界とやらを作るには、まずオリジナルの天国やらを知らねばならない。それはオカルトの領分だろう。科学にいる私は専門外だ」

 

アレイスターが土御門の推測を夢物語だと断じると、土御門はハッと嗤った。

 

「抜かせ。お前以上に詳しい人間がこの星にいるか、そうだろう? 魔術師・アレイスター=クロウリー」

 

アレイスター=クロウリー。

 

かの者は世界で最も優秀な魔術師であり、世界で最も魔術を侮辱(ぶじょく)した魔術師だ。

 

何故なら彼は(きわ)めた魔術を全て捨て、一から科学を(きわ)めようとしたのだから。

 

魔術師の頂点であるクロウリーが何を考えたかは誰にもわからない。

だが、名実共に世界一の魔術師が魔術を捨てて科学に頼ろうとしたのは、魔術世界に対するこの世で最も偉大で罪深い侮辱だった。

 

魔術文化代表を名乗っていたアレイスターが勝手に科学文化へ降伏してしまった事実を受けて、アレイスター=クロウリーは全世界の魔術師の敵と認識され、今でさえイギリス清教には対アレイスター=クロウリー用の特別な部署が置かれているほどだ。

 

だがアレイスター=クロウリーを長年追っているイギリス清教は学園都市統括理事長、アレイスター=クロウリーを同姓同名の偽名を使う別人だと思っている。

 

アレイスターが意図的にイギリス清教に誤情報を掴ませているからだ。

 

だからアレイスターを魔術的、あるいは科学的に調べたところで、誰にも彼を同一人物だとは確定することはできない。

 

土御門はアレイスターをサングラスの向こうで睨み上げて告げる。

 

「まるっきり負け惜しみになるがな、お前に一つだけ忠告してやる。アレイスター」

 

「ふむ、聞こうか」

 

「お前はハードラックという言葉の意味を知っているか?」

 

「『不幸』だろう」

 

アレイスターは土御門の問いかけに即座に答えた。土御門はアレイスターを睨みながらつらつらと説明する。

 

「『地獄のような不幸に何度遭遇しても、それを常に乗り越えていく強運』という裏返しの意味も持つ。……オレにはお前が考えていることなど分からないし、恐らく説明を受けても理解出来ないだろう。だが、あの幻想殺し(イマジンブレイカー)流動源力(ギアホイール)を利用するというなら覚悟しろ。生半可な信念ぐらいで立ち向かえば、あの右手はお前の世界(げんそう)を食い殺し、あの人(たぶら)かしはお前が納得せざるを得ない可能性とやらを提示されるぞ」

 

土御門が言い放った瞬間、空間移動能力者が部屋に入って来た。

 

三〇㎝も背が低い少女に連れられて、土御門はビルから出て行った。

 

誰もいなくなった部屋の中、人間は一人呟く。

 

「ふむ。私の信じる世界など、疾うの昔に壊れているさ。……それに、私に可能性を論じる事は彼女にもできまい」

 

アレイスターは呟くと、ビーカーのガラス表面に映像を映し出していた。

 

そこにはシェリー=クロムウェルからもたらされた魔術世界での自分の『役割(ロール)』について聞き、呆然としている朝槻真守の姿が映し出されていた。

 

「そろそろ自らが危うい存在だと自覚してもらわねばな。……だが『内』に関してはあなたを受け入れる態勢が整った。そして『外』も緩やかにあなたを受け入れ始めつつある」

 

アレイスターは朝槻真守を見て獰猛(どうもう)に嗤う。

 

「それ故、さして気にすることなくあなたは流れに逆らう事なく自らの流れをゆけばいい。その流れを整え、制御するのは私の役目だ」

 

アレイスターの声が機械の光しか灯らない暗闇の中で一人呟く。

 

人間の思惑を知る者は、ここにいないし、この世には彼の思惑を把握できる者はいなかった。

 

 




天使と神。
力量装甲篇は『物語の核心を突く』ターニングポイントでした。

それにしても土御門くんにも『人誑かし』と認識されている真守ちゃん……一体どれだけ手玉に取ってきたんだ……(戦々恐々)



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第六三話:〈真実暴露〉で誓いを胸に

第六三話、投稿します。
次は一〇月一四日木曜日です。


夜。

垣根は真守の病室にあるデスクの椅子に座り、長い脚を組んで本を読んでいた。

 

その本は真守の病室の本棚にあるオカルト本の一つだ。

 

真守が言うには能力開発とは全く別の法則で成り立っている『魔術』という技術が学園都市の『外』にあるらしい。

 

学園都市が『科学』を信仰するならば、魔術世界は『神秘』を信仰する。

 

そうやって住み分けをしていたはずだが、イギリス清教と学園都市が協力体制を敷いた事でその住み分けが曖昧になりつつあった。

 

以前、イギリス清教の一部と学園都市の一部が秘密裏に新たな能力者を生み出そうとした時に悲劇に()ったシェリー=クロムウェルは、その協力体制によって再び悲劇を生ませないために両者を切り裂く目的で学園都市に侵入、テロを敢行(かんこう)した。

 

現状、とても危うい状態でバランスを保っている科学と魔術。

 

そんな科学と魔術は全く別の技術でありながらも、どうやら目指している場所は同じらしい。

 

それは思想や文化が違えど、あらゆる神話が同じ末路を辿ってしまうのと同じだと真守は言っていた。

 

人類が人類であるが故に行き着こうとする先は同じなのだとも。

 

そのため()()()()()()()()()事もできるし、その逆もまたできるのだ。

 

垣根が手に取っているのは天使の本だった。

 

真守はシェリー=クロムウェルが警備員(アンチスキル)に連れて行かれる前に自分の事を『最上級の()天使』と呼んだのは一体どういう意味だと訊ねた。

 

熾天使とは天使の階級の一つで九段階の最上とされている。

 

本来ならば熾天使に『最上級』なんてつけない。熾天使という地位が階級としての最上位だからだ。

 

その熾天使には四人の天使が分類されているが、現状が四人だけであるだけで、本来ならば熾天使は()()いた。

 

 

光を掲げる者(ルシフェル)

 

 

神と対等であるとされ、神の右側に座る事を許された唯一の天使。

 

神と等しい力を持つ証として六対一二枚の翼を持ち、神に最も愛された神の遣い。

 

だが光を掲げる者(ルシフェル)は天から()ちて地獄に身を()とし、熾天使の座から引きずり降ろされ、天界に戦争を巻き起こした。

 

光を掲げる者(ルシフェル)が神に等しい力を振るえるのと同じように、真守は絶対能力者(レベル6)として神に等しい力を望まずとも近い未来に手に入れる事が決まっている。

 

真守の翼は()えて未完成にとどめているので、やろうと思えば最大()()()()()まで翼を展開できる。

 

白と黒の歪な翼は、まるで天界から()ちて身を()としたようで、真守は堕ちた歪な天使と言える。

 

これだけ当てはまれば、光を掲げる者(ルシフェル)は真守にピッタリな表現だ。

 

そしてもし光を掲げる者(ルシフェル)であるならば。

 

 

朝槻真守の結末は学園都市()から()ちて身を()として学園都市の敵となり、学園都市に()()()()()()()()という事だ。

 

 

科学の徒が魔術の徒(オカルト)(かか)げる結末に辿り着くはずがない。

 

そもそも魔術の徒(オカルト)なんて科学の徒は誰も信じない。

 

誰もが与太話と笑い、まさかそんな事が真守に限って起こるわけないと考えるだろう。

 

だが納得せざるを得ない周囲が知らない証拠が多々あるし、魔術には『偶像の理論』という法則がある。

 

『偶像の理論』とは、かたちや役割(ロール)が似ているものはお互いに影響し合い、性質・状態・能力などが似通うという法則で、かたちと役割が似ていればホンモノの力の何%かが宿るというものだ。

 

オリジナルがレプリカへと力を分け与える事ができる理論であり、オリジナルに対してレプリカに類似性があればあるほどその力が強力となる。

 

聖人も『偶像の理論』に基づいており、神の子と聖人は身体的特徴が似ているからこそ、神の子の力の一端をその身に宿す事ができるのだ。

 

『偶像の理論』は様々な場所に存在している。その『偶像の理論』を使って、あらゆる神話に類似性を見出してそれを利用する魔術師だっている。

 

科学技術であろうと、『偶像の理論』を(かか)げる魔術世界が真守の事を光を掲げる者(ルシフェル)と表現すればその結末だって同じなのだ。

 

それに真守は自分が絶対能力者(レベル6)へと進化(シフト)すれば自分が自分でなくなると感じている。

 

真守はシェリーから告げられた自分の役割(ロール)を聞いて全てを理解した。

 

このまま自分が何もしないまま絶対能力者(レベル6)へと進化(シフト)したら学園都市の、ひいては人類の敵になるのだと。

 

だから学園都市は何らかの手法で自分を制御しようと考えており、自分に(ほどこ)された情操教育はそのための一環だったのだと、そこまで真守は流れを読み取って正確に理解した。

 

『…………私、このままだと垣根や深城の敵になるらしい』

 

真守の呆然とした表情を思い出して、垣根はオカルト本を持っていた手に力が入った。

 

真守がその言葉を吐きながら何を考えていたか、真守とこの夏の間一緒に過ごした垣根には分かっている。

 

 

『七年間の特別な時間割り(カリキュラム)』を受けて学園都市の制御下で絶対能力者(レベル6)へと進化(シフト)した方が良いのではないのかと真守は考え、学園都市が運営する研究所に戻るべきかもしれないと考えているのだ。

 

 

真守は研究所を壊滅させて脱走した身なので、自分が本来あるべき場所へ戻ると真守が言えば、学園都市は諸手(もろて)を上げて真守を歓迎し、『七年間の特別な時間割り(カリキュラム)』に必要な施設を楽々と作り上げるに決まっている。

 

それだけ真守には利用価値があるからだ。

 

だがあの時間割り(カリキュラム)は真守の尊厳など欠片も考えていない時間割りで、それに真守は絶対能力者(レベル6)へと進化したら人ではなくなってしまう。

 

だがいつか絶対能力者(レベル6)へと進化する事が決まっていて、彼らの舞台で進化(シフト)せずに勝手に進化(シフト)してしまったら人を傷つけてしまう。

 

学園都市に反抗している場合ではなく、彼らの支配下へと戻るべきかもしれない。

 

だが学園都市はいつだって学生を食い物にしている。

 

真守が学園都市の支配下に戻れば、真守は学園都市の非道を許すことになる。

 

垣根はそこで真守の悩みを一旦(すみ)に追いやり、真守が知らないが自分が知っている『計画(プラン)』について考える。

 

第一候補(メインプラン)』である真守は『計画(プラン)』の要で、恐らくアレイスターは『計画(プラン)』にいずれ絶対能力者(レベル6)へと到達する真守を制御する方法を組み込んでいるのだろう。

 

その『計画(プラン)』の中で垣根帝督は『補助候補(サブプラン)』に位置付けられている。

 

 

その『補助』という役目はもしかしたら『第一候補(メインプラン)』である真守の制御の『補助』のために存在しているのではないか。

 

 

そんな考えが(ぬぐ)えない。

 

真守がアレイスターに『計画(プラン)』の要として不当に利用されるならば、垣根は『計画(プラン)』を破綻させようと垣根は考えていた。

 

真守が示してくれた『無限の創造性』を彼女のために使おうと決めた時から、真守の笑顔を絶やさないように、守るためにずっと動いてきたのだからそれは当然だった。

 

だから『計画(プラン)』についての情報を集めるためにカブトムシという独自の情報網を形成した。

 

だが『計画(プラン)』こそが真守の尊厳を守るための鍵なのかもしれない。

 

計画(プラン)』と真守は運命共同体で、真守が学園都市の敵にならないようにするために『計画(プラン)』は必要不可欠なのかもしれない。

 

「垣根さん」

 

自分の背中に冷や汗が流れ落ちているのを垣根が感じていると、病室に深城が入ってきており、パーテーションの中にいる垣根を覗き込むようにして声を掛けてきた。

 

「真守は?」

 

真守が深城のそばにいないので訊ねると、深城は簡潔に説明する。

 

一方通行(アクセラレータ)さんが目覚めたってお医者さまから聞いたから、一方通行さんのところにいるの」

 

「脳に損傷を受けて周りが上手く認識できねえんじゃないのか?」

 

一方通行(アクセラレータ)は弾丸を頭に撃ち込まれて前頭葉が傷つき、言語能力や運動能力、それと演算能力にも支障が出てしまっている。

 

手術後に目覚めたとしても話ができるはずがない。

 

垣根がそう思って深城に訊ねると、深城は目を柔らかく細めて少し寂しそうに答えた。

 

「真守ちゃん、言葉を使わなくても一方通行(アクセラレータ)さんと意思疎通ができるの」

 

「……それは精神感応(テレパス)みてえに真守は自分の脳で一方通行(アクセラレータ)の代理演算ができるという意味か?」

 

「んー、真守ちゃんは色んなやり方できるから、正確には分からないなあ。ただ、疑似的なパスを繋げることは確実にすると思う」

 

垣根は新たなエネルギーを生成してこの世界の定義を造り変える事ができる真守の能力、流動源力(ギアホイール)を頭に思い浮かべながら訊ねると、深城はにへらっと笑う。

 

「……まあ、あいつの能力の応用性は高いからな」

 

垣根がそう呟いていると深城は垣根へとまるで大事な話をするかのように向き直った。

 

「垣根さん。真守ちゃんがいない今、あなたに言いたいことがあるの」

 

「……なんだ?」

 

深城がかしこまって告げるので、垣根は片眉を跳ね上げさせて深城の言葉の続きを待った。

 

 

「あたしね、統括理事長さんと話をする機会があったの」

 

 

「──は?」

 

垣根は深城の告白に時が停まった気がした。

 

だが深城ならばできない事はない。学園都市のAIM拡散力場を体と認識している深城なら、アレイスターが『窓のないビル』に(こも)っていようが接触できる。

 

垣根が瞬時に把握したのを感じ取った深城は、口を開いた。

 

「真守ちゃんは放っておけば悪い神様になるって言われたの。そんな真守ちゃんを学園都市も世界も滅ぼす悪い神様にしない、制御方法があるって言われたの」

 

垣根はその『制御方法』を聞いて嫌な予感がした。

 

この世で最も危険で最も利用価値のある真守を、アレイスターならどんな手段を用いても制御しようと画策するだろう。

 

「その制御方法は?」

 

垣根が深城越しにアレイスターを睨みつけて殺意を(つの)らせていると、深城はそっと呟いた。

 

 

「人との繋がり」

 

 

「……繋がり?」

 

その言葉にピンと来ない垣根は、深城にそう問いかけ、深城はそれにコクッと頷いた。

 

「人と繋がる事で、真守ちゃんは()()()()()()()()()()存在する事ができるんだ。……要は真守ちゃんが何を優先するか優先しないか、心の持ちようなんだって」

 

絶対能力者(レベル6)へと進化(シフト)して真守が人の精神から神と呼ばれる精神となる。

 

だが神は人ではない精神を持っていようと自分を(あが)めて信仰する人間には必ず慈悲を授け、進むべき道を示してくれる。

 

「……確かに筋が通ってるな。だったら真守は俺やお前がいれば問題ないって事か?」

 

垣根の問いかけに深城はふるふると首を横に振った。

 

「それだけじゃダメなんだよ。あたしや垣根さんや、周りにいる人間だけじゃダメなんだ。真守ちゃんは、一人の人間が繋ぎとめられるほどちっぽけな存在じゃないんだよ。もうそういう次元を超えているの。たくさんの人が真守ちゃんを繋ぎとめなくちゃいけないの」

 

(繋ぎとめる人間は多い方がいい。それは真守の事を多くの人間が知って神として認めなければならない。多くの人間が知る……って事はまさか、)

 

垣根はそこで心当たりがあって目を見開き、即座に深城に訊ねる。

 

「上層部があれだけ大々的に真守の事を公表して超能力者(レベル5)第一位に位置付けたのは、真守を繋ぎとめるための学生──信徒を集めるためか?!」

 

「そう。今日、色んな人が真守ちゃんを知ったよね」

 

深城はスッと窓の外に浮かんでいる飛行船を指さした。

 

飛行船の大型モニターには統括理事会からのお知らせがまだ映し出されており、真守の写真も一緒に映っていた。

 

「真守ちゃんの存在を学生全員が認識して、超能力者(レベル5)第一位として認める。誰もが真守ちゃんを目指して努力して、真守ちゃんに羨望の眼差しを向ける。真守ちゃんを偶像(アイドル)に仕立て上げて人々の心に根付かせる事こそ、真守ちゃんを縛る強固な繋がりになるんだ」

 

上層部は真守を繋ぎとめるために超能力者(レベル5)第一位に位置付けたかったが、真守がそれを拒絶していた。

 

それでも超能力者(レベル5)第一位に位置付けることは真守を制御するために重要であるため、真守が許容できるようになるまで辛抱強く待っていた。

 

だからこそ執拗(しつよう)に監視し、真守が逃げられないように外堀を少しずつ埋めていったのだ。

 

学園都市は真守に与えた超能力者(レベル5)第一位という地位を、ただ単に真守に利用するために(なだ)める飴として与えたかったわけではなかったのだ。

 

 

「お願い、垣根さん。あたしと一緒に真守ちゃんのそばにいてほしいの」

 

 

深城は垣根に近づき、祈るように両手を組んで垣根に心の底からのお願いをした。

 

「神さまになったら人から崇められて真守ちゃんの幸せを誰も考えないの。自分の幸せを求めて神さまに願うんだから当然だよね。だから真守ちゃんの幸せを願う人がそばにいるべきなの」

 

深城は自分が真守の幸せを一心に願っている事を垣根に伝えて、それから寂しそうに、でも心の底から幸せそうに微笑んだ。

 

「あたしには真守ちゃんがあなたと何を話しているか、分からなかったよ。でも真守ちゃんはあなたと話していると、とっても幸せそうで楽しそうで。あたしもとっても嬉しかった。真守ちゃんが幸せなら、あたしはそれでいいの。だからお願い。真守ちゃんのそばにいてあげて」

 

必死に真守の幸せを願う深城を、垣根は眩しいものを見るかのように目を細めて見つめる。

 

「俺の覚悟は決まってる」

 

垣根はそこでギュッと太もものスラックスの生地を掴んで、はっきりと宣言した。

 

「お前に頼まれなくたって、俺はアイツのそばにいる。アイツのそばにいるためならなんだってする。利用できるものは全部利用する。アイツを傷つけるヤツはお前だって許さない」

 

真守が絶対に守ろうとしている深城が真守の幸せを奪うのならば、自分は深城にも容赦しない。

 

その覚悟を伝えるべく、垣根は深城に挑発的な事を言った。

 

「それでいいよ」

 

深城は垣根のその言葉に怒ることなく微笑んだ。

 

「でもあたしも真守ちゃんの幸せを一番に願っているって、忘れないでね」

 

垣根のその決意に、深城は自分も同じ気持ちで、垣根がもし真守の幸せを損なうのならば容赦しないと宣言した。

 

「……お互い、面倒な人間に惚れたな」

 

垣根が真守の事を想ってフッと笑うと、深城はにっこりとおどけて告げた。

 

「そうかな? ちょっと一目惚れしちゃった女の子が、少しだけすごい子だっただけだよ」

 

「ハッ。……違いねえな」

 

深城は垣根の同意を得られてくすくすと微笑む。

 

「垣根さんに伝えたいこと伝えられたし、あたしは林檎ちゃんのところに行くね。垣根さんはどうする?」

 

「ここの本を読んでおきたい」

 

垣根は棚に並べられているオカルト本に目を向ける。どうやらここにあるだけではなく、部屋の中のちょっとしたクローゼットに入っている段ボールの中にもたくさんあるらしい。

 

普通の人間は読むのに一苦労しそうだが、学園都市最高峰の頭脳と称される超能力者(レベル5)ならば苦ではない。

 

「分かった。……林檎ちゃん、垣根さんに懐いているからちゃーんと相手してあげてね」

 

「……あれで懐いてんのか?」

 

垣根はぼーっとしてイマイチ反応が悪い林檎を思い出しながら首を傾げる。

 

「そうだよぉ。なんだか垣根さんは前から特別で、真守ちゃんは助けてくれたから特別で、あたしには別の意味で懐いているけどね」

 

「前から? ……なんでお前には分かんだよ?」

 

「そのうち垣根さんにも分かるよぉになるんじゃないかな?」

 

垣根が怪訝そうな顔をして問いかけてくるが、深城はくすくすと笑ってそんな垣根を置いて林檎の下へと向かう。

 

 

〈取り引きをしようか、源白深城〉

 

 

廊下を歩きながら深城は垣根に話さなかったAIM拡散力場に直接プログラムを書き込んで対話を勝手に始めた統括理事長との話の内容を思い出す。

 

〈朝槻真守は「神」に()る。「神」には「天使」が必要だろう?〉

 

いつか朝槻真守は源白深城を必要としなくなる。

 

それでも深城はそばにいられればそれでよかった。

 

だが『人間』は『神』が必要とする『天使』の役目を深城に与えると言ってきた。

 

『そこまでしてこの世界を引き裂きたいの?』

 

深城は自分がAIM拡散力場を体と認識しているので、自身の体であるAIM拡散力場にこの世界を引き裂く力があると知っている。

 

だからこそ、アレイスターは自分に『天使』の役目を与え、その代わりにAIM拡散力場によって世界を引き裂こうと考えていると推察する事ができたのだ。

 

〈キミはそれを拒まないはずだ。世界なんてどうでもいい。朝槻真守の隣に自分がいられればなんだっていいと考えているキミならば、ね〉

 

深城が訊ねると、アレイスターはそう返してきた。

 

『……確かに、あたしは真守ちゃんのそばにいられればどうでもいい。世界が滅びようがあなたが何をしようとどうでもいい。……あたしはね』

 

〈朝槻真守は許さないと?〉

 

深城が強調すると、即座にアレイスターは訊ねてきたので、深城はその時はまだなかった胸を張って答えた。

 

『そういう子だもの』

 

〈アレは随分と非情な存在だぞ?〉

 

『真守ちゃんをそんな風にしたのはあなたたちでしょ』

 

〈……で、取引はどうする?〉

 

深城が語気を強めて責めると、アレイスターはそれを軽くいなして訊ねてきた。

 

『……取引なんて、するつもりないくせに』

 

深城は怒りでAIM拡散力場を軋ませながら呟く。

 

『どうせあなたはあたしのことも真守ちゃんのこともいいように扱うんだから。飴を与えておけばどうとでもなるって思ってるんでしょ?』

 

〈それを知ってもキミには何もできまい?〉

 

深城がびりびりと『陽炎の街』を震わせながらアレイスターを責めると、アレイスターは脅しなんて物ともせずにそう問いかけてきた。

 

『そうだね。あたしには別に何もできない。でもね、真守ちゃんはなんだってできる。それをあなたも知っている。だからあなたは真守ちゃんの事を欲している。でも真守ちゃんはあなたが簡単に制御できる子じゃないんだから』

 

〈気に留めておくよ〉

 

その言葉を残してアレイスターは何も言わなくなった。

 

 

その直後、深城の体であるAIM拡散力場に核が生まれて、源白深城はAIM思考体としての体を得た。

 

 

(あたしにできることはないよ。だってあたしはずっと真守ちゃんに守ってもらっているから)

 

朝槻真守が最終的に人ではなくなってしまう事を深城は知っている。

 

結末は変えられない。それはその通りだ。

 

(でも真守ちゃんのそばにいるって決めた。何があっても、真守ちゃんのそばから離れないって決めた。……それは垣根さんも同じだ。あたしたちは何があっても真守ちゃんを一人にしない)

 

深城はそこで真守に初めて会った時の事を思い出した。

 

(初めて見た時、神さまみたいな子だって思った)

 

蒼閃光(そうせんこう)で造り上げた猫耳と尻尾を展開している、無表情で人形みたいに美しい少女を。

 

(でも、だからこそそばにいなくちゃいけないって思ったの)

 

自分の事を無感動に見つめる透き通ったエメラルドグリーンの瞳を。

 

(あの子の幸せを、考えられる人間になりたいって思ったの──)

 

それらを思い出しながら、源白深城は朝槻真守を想って寂しそうに目を細めた。

 

神の幸せを誰も願わない。

 

神に幸せを願うのだから当然だ。

 

だからこそ。

 

朝槻真守が神さまではない時から神さまと感じていた源白深城は、どうしても朝槻真守の個人の幸せを願わずにはいられなかった。

 

あの子に幸せになってもらうために、自分は無償の愛を捧げる。

 

自分と同じように真守の事を想っている垣根帝督と共に、源白深城はいつまでも朝槻真守のそばにいる。

 

(ずっと一緒だからね、真守ちゃん)

 

深城は心の中で絶対に破らないと誓った約束を呟くと、林檎の病室へと笑顔を浮かべて入っていった。

 




真守ちゃんの『役割』が明らかとなりました。
そして垣根くんも『計画』について察し始めます。でも真守ちゃんを真守ちゃんとしていさせるためには許容するしかない。ジレンマ。

そして深城、愛が純粋過ぎてある意味ヤバい。




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第六四話:〈深切体温〉が心地いい

第六四話、投稿します。
※次は一〇月一六日です。


真守は一方通行(アクセラレータ)の病室に来ていた。

 

一方通行(アクセラレータ)はベッドに完全に横になっており、バイタルを測定するための機械に繋がれてあらゆるチューブやケーブルを体に取りつけられており、頭には痛々しい包帯が巻かれていた。

 

そんな一方通行(アクセラレータ)の右手を布団から出して、真守は優しく握っていた。

 

現在真守は蒼閃光(そうせんこう)で形作られた猫耳と尻尾を展開しており、淡い蒼閃光を体に帯びており、からくり時計が歯車を噛み合わせるようなカチ、カチ、カチという軽い音が響いていた。

 

『そォか。オマエが第一位に』

 

一方通行(アクセラレータ)の思念が真守の頭の中で響く。

 

真守は源流エネルギーに指向性を付与して一方通行(アクセラレータ)との間に疑似的なパスを構築しており、それによって一方通行の脳に直接自身の考えを書き込んでおり、そして一方通行が考えたことをもう一種類の精神に干渉するエネルギーによって読んで会話をしていた。

 

『脳がまともに動かない状態でも、お前にはどうしても言っておきたくて。無理させてしまったか?』

 

『問題ねェ。つーかこっちは思考はできンのに外に出力することができねェから正直暇だった』

 

『……本当に大丈夫か? 苦しくないか?』

 

『ハッ。そンな何度も聞かなくても問題ねェっつってンだろ。お優しいこったなァ』

 

『私にとって大切なお前に優しくするのは当たり前だ。……そんなお前が一番頑張っている時にそばにいて力になれなかったのが、私は酷く心苦しい』

 

自分の心配を一方通行(アクセラレータ)が嗤うので真守はムッと口を尖らせて抗議し、しおしおとうなだれた。

 

『オマエだって木原と戦ってたンだろォが。あいつらは簡単に倒せるヤツらじゃねェ。……それに、俺はオマエに背中を押されたンだ』

 

『背中?』

 

『あのクソガキを救いてェって考えた時、オマエの顔がちらついた。オマエならどォするかって考えた。……絶対に目の前の命を諦めねェと思った。オマエにできンなら、似たよォな力持ってる俺にもできるハズだって思った。……まァ、オマエのよォに上手くいかなくて、このザマだがな』

 

一方通行(アクセラレータ)が自嘲気味に思念会話の中で嗤うので、真守は空いている手で一方通行の肩を優しく撫でる。

 

『……ううん。私だって初めて救った時には失敗して本当の意味で救えなかったから。だから一緒だ。お前はよく頑張ったよ』

 

『そォか。……オマエもそォだったンだな』

 

一方通行(アクセラレータ)がしみじみとした思念波を送ってくるので真守は一方通行の手を撫でながら、冥土帰し(ヘブンキャンセラー)に伝えるように言われていた事を思い出して伝える。

 

『お前の代理演算についてはな、私たちの先生がなんとかしてくれるんだ。大丈夫、あの子たちだってお前に恩があるんだから、きっと力になってくれるよ』

 

『そォか』

 

『うん。だからお前はゆっくり休め、頑張ったんだからな』

 

真守が手を優しく撫でていると、その感触に少しだけ目を細めた一方通行(アクセラレータ)はそっと目だけを動かして真守を見た。

 

『……なンか気落ちしてるみてェだが、オマエにそれは似合わねェよ』

 

『え』

 

真守がその言葉にきょとっと目を見開くと、一方通行(アクセラレータ)が真守が握っていた手に少しだけ力を入れた。

 

元気づけるように。託すように。信じているという風に。

 

一方通行(アクセラレータ)はそっと真守の手を握った。

 

『オマエは俺より前を歩いてンだから、後ろにいる俺に胸張りやがれ』

 

真守は一方通行(アクセラレータ)の優しさに触れて照れ隠しに笑ってから一方通行に脳に書き込む形で語り掛けた。

 

『うん、ありがとう。一方通行(アクセラレータ)最終信号(ラストオーダー)も芳川桔梗も問題ないから、ゆっくり休んで』

 

『あァ。…………オマエも休めよ、そンなに顔色悪ぃンだからな』

 

『あはは。ちょっと徹夜しててな、寝れば治る。お休み、一方通行(アクセラレータ)

 

『あァ』

 

真守は一方通行(アクセラレータ)から手を離して微笑むと病室を後にするために椅子から立ち上がり、最後に一方通行に手を振ってから出ていった。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

(私は、ここからどうすればいいのだろう)

 

一方通行(アクセラレータ)に励まされた真守は廊下を歩きながらぽそっと心の中で呟く。

 

やるべき事は分かっている。

 

自分の制御ができるであろう学園都市上層部の下へと戻り、その管理下に入ればいいのだ。

 

そうすれば絶対能力者(レベル6)へと進化しても誰も傷つける事はない。簡単な事だ。

 

上層部の下に行くという事は今の生活を全て捨てるという事だ。

 

病院での生活も、学校生活も。陽の光の下での生活全てを捨てる。

 

学園都市の支配下に戻るべきだ。

 

でも学園都市の非道を許す事はできないし、何よりも、垣根帝督と離れたくなかった。

 

(垣根だけじゃない。クラスの子とも上条たちとも、美琴たちとも。『スクール』の子たちや一方通行(アクセラレータ)からも離れたくない)

 

籠の中の小鳥は大空という広い世界を知らないが、それでも幸せに暮らしている。

 

表の世界での幸せを知らないでいられたら、真守は上層部の管理下である意味本当の幸せを知らずに狭い世界でそれなりに幸せに暮らせていたのだ。

 

もしかしたら、自分は深城と会わなければ良かったのかもしれない。

 

そうすれば深城の命を想って暴走して研究所を破壊する事なんてなかった。

 

いいや、そうじゃない。

 

だって深城は自分の情操教育相手として連れてこられたのだ。深城に悪いところはない。

 

情操教育を受けなければならない自分のせいだ。

 

(そしたら、やっぱり)

 

真守は眠っていない思考が鈍った頭でぼーっと考えながら心の中で呟く。

 

(私が、私として生まれた事自体が、いけなかったのかもしれない)

 

真守はそこまでふと思ってしまい、考えてはいけない事だと首を横に振って、自分の病室の前までやってきて扉を開けた。

 

「真守か?」

 

「…………垣根」

 

真守がパーテーションで区切られた自分のスペースへと戻ると、垣根がデスクに座ってオカルト本を読んでおり、垣根は真守を視認してからパタンとオカルト本を閉じた。

 

「…………垣根、あのな」

 

「お前はこのままここで生きればいい。ヤツらの下に戻ろうとなんかしなくていい」

 

真守が俯きがちに言葉を紡ぐと、真守が何を言いたいのか察した垣根は先回りして自分の気持ちを伝えた。

 

「……でも」

 

真守がぽそぽそとそれでも呟くので、垣根は立ち上がって真守に近づくとそっと抱きしめた。

 

「お前がどこか行くのは許さねえ。学園都市の支配下に収まるなんて尚更許せねえ」

 

真守は垣根の言葉を聞きながらきゅっと唇をかみしめて垣根の腰に手を回した。

 

「でも、私……」

 

「でもじゃねえ。お前はここにいていいんだ。お前がそばにいるだけで、俺は嬉しい」

 

真守は垣根の言葉を聞いて顔をくしゃっと歪ませながら垣根を見上げた。

 

「……本当? 私がいて、うれしい?」

 

「当たり前だろ、何言ってんだよ」

 

垣根帝督は朝槻真守がそばにいることを望んでいる。

自分が生きている事を望んでいる。

自分に会えてよかったと、心の底から思っていてくれている。

 

だからこそ、不安になって真守は思わず問いかけてしまった。

 

「私……生まれてきて、よかった?」

 

垣根は真守のその言葉に愕然とした。

 

真守は自分のせいで周りの人間が迷惑していると思っているのだ。

 

自分は絶対能力者(レベル6)進化(シフト)する際に誰かに制御してもらえなければ人類の敵になる。

 

そんな迷惑ばかりかけているのであれば、自分が人を傷つけるのでしかないなら、元々生まれなければ良かったのではないのか。

 

そもそも自分が置き去りにされた事だって自分がいけなかったのではないか。

 

きっと、真守は今日一日でがらりと世界が変わってしまってその変化に上手くついていけなくて困惑しているのだろう。

しかも昨日は色々あって徹夜だ。真守は徹夜だと演算は正確にできても思考が鈍ることが多々ある。

 

真守だって一五歳の女の子で。精神的に未熟で、弱い部分もある。それは自分だって同じだと垣根は思う。

恐らくその弱い部分がいま、如実(にょじつ)に表れているのだろう。

 

「真守」

 

垣根はそっと真守の頬に手を添えてゆっくりと(さと)すように告げる。

 

「俺は、お前に会えて。お前が生まれてきてくれてよかったよ」

 

瞳を揺らす真守を見つめながら、垣根はそっと真守の頬を撫でる。

 

「源白深城だって、杠林檎だって、お前がこれまで助けてきたヤツらはお前がいなけりゃ救われなかったんだ。お前がいなくて一体誰が俺たちを救ってくれるんだよ」

 

そう。垣根帝督は朝槻真守に救われたのだ。

 

光を求めて深い暗闇へと降りていった自分に、月光のように傷ついてボロボロになった体を癒してくれるような優しい光を与えてくれた。

 

真守がいなかったら自分はきっと一生一人で。

 

きっと守りたいものなんて一生できなくて、全てを利用して最後まで生きたことだろう。

 

だから生まれてこない方がよかったかもなんて真守に垣根は思ってほしくなかった。

 

「お前は迷惑かけてる分だけ人間救ってんだ。プラマイゼロで問題ねえよ」

 

「……プラスにもマイナスにもならないの、嫌だなあ」

 

垣根の気持ちを受け取った真守はふにゃっと笑いながら呟く。

 

「だったらお前がもっと人間救えばいいだけだろ。……お前はいつか、もっと多くの人間を救うようになる。だから問題ねえよ」

 

垣根は真守が学園都市の神に()ってあらゆる人の幸せを叶える存在になると知っている。

 

だからこそ、真守をそうやって垣根は鼓舞した。

 

「じゃあ、垣根と一緒にいる」

 

真守は心の底から幸せを感じているようにとろけるような笑みを浮かべてそっと垣根の胸に頭をうずめた。

 

「じゃあじゃなくても一緒にいんだよ」

 

垣根はすりすりとすり寄ってくる真守の後頭部をそっと撫でながら告げる。

 

「それに上層部だってバカじゃない。何かあったらあいつらが手を出してくるからお前は生きたいように生きればいい」

 

「うん。ありがとう、垣根」

 

真守はその言葉を聞いて垣根の体に顔をうずめるのをやめて顔を上げて垣根を見上げるとふにゃっと微笑んだ。

 

そんな真守の事を垣根は愛しくなってもっと固く、それでも優しくぎゅっと抱きしめる。

 

「……深城は林檎のところかな。林檎に任せっきりだと林檎が大変になるし……ちょっと回収に行ってくる」

 

真守は幸せに浸っていたが、終わりが見えないのとこのままだといつまで経っても垣根から離れられない甘ったれた人間になってしまうと思ってもごもごと呟くと、名残惜しそうに垣根の腰に手を回すのをやめる。

 

「源白にいいように振り回されて、保護者サマは大変だな」

 

「べっ別にそういう気持ちはないけど。……でもまあ、あの子から目が離せないのはそうだ。あの子結構能天気だからどこに行ってどんな問題起こすか分からないし」

 

「人の事言えねえだろ、じゃじゃ馬娘」

 

垣根がぽそぽそと呟く真守を見て、しっかりしなければと考えている真守が可愛くてハッと幸せそうに笑いながら告げると、真守は恥ずかしそうにしながらも口にムッと力を入れて抗議する。

 

「わ、私は深城みたいに切れた凧みたいにどこかいかない。ちゃんと帰る場所に帰ってくる……ちゃんと、垣根のそばに……帰ってくる」

 

「じゃあお前は帰巣本能だけはしっかりしてるお猫サマだな」

 

真守の可愛らしい抗議を受けて垣根が真守に愛しさを感じながらコツっと真守の額を小突くと真守は『テッ!』と小さく(うな)ってから両手で額を押さえてむくれる。

 

「……垣根のばかっいじわるっふーんだ!」

 

真守は垣根に向けてシャーッと全力で威嚇するとパタパタと病室を後にする。

 

「なんであんなにかわいいんだろうな」

 

垣根は機嫌悪くしてそっぽを向いてスタスタ去っていく気まぐれな猫を真守に重ねてふっと笑い、独り言を呟いた。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

「深城、帰るぞ」

 

真守が拗ねていた気を取り直してガラッと林檎の病室を開けると、深城は真守に背を向ける形で林檎のベッドに座っており、声を掛けられてぐるんと深城は首を右に回すが良く見えなかったのかすぐに左に首を回して真守を(とら)えた。

 

「真守ちゃん!」

 

深城が真守を見てぱあっと顔を輝かせる隣で、林檎は真守をじぃーっと見つめていた。

 

「どうした、林檎?」

 

「朝槻、神さまになるの?」

 

真守は林檎の問いかけに身を固くさせたが、すぐに柔らかく微笑んで林檎に近づく。

 

「……うん。そうなる事が決まってる」

 

「大丈夫」

 

真守が寂しそうに笑うと、林檎は自分に目線を合わせてくれた真守の頭にそっと手を伸ばして、でも手が幼いなりに短くて前髪を撫でる形になったとしても真守の頭をなでなでと撫でる。

 

「朝槻は神さまになっても、きっときれいだよ」

 

真守は林檎の言葉に目を見開いた。そして寂しそうに微笑むと、林檎の事を優しく抱きしめた。

 

「ありがとう、林檎」

 

「うん」

 

林檎に真守が頭を摺り寄せると、林檎は幸せそうに目を細めながら頷いた。

 

「林檎ちゃん良いなーっ真守ちゃん、あたしもぎゅーっ!!」

 

真守に抱きしめられる林檎が羨ましくなって深城は真守に(すが)りつくように抱きしめる。

 

「ぐえっ。ちょ、林檎が潰れる!」

 

「真守ちゃんを潰そうとしているからだいじょうぶ!」

 

「な、……なにもだいじょうぶじゃない…………っ」

 

真守は深城の圧倒的な胸部装甲に背中を圧迫されて息が詰まって苦しくて(うめ)く。

 

真守が頑張って林檎が潰されないように踏ん張っているのに気が付いて、林檎は真守が回してくれている腕にそっと自分の手を添えて目を細め、口角を少しだけ上げて微笑んだ。

 

深城と出会って、研究所から逃げ出して。人を殺した事により罪を背負った。

 

それでも懸命に陽の光の下で生きてきて、大切な人々と出会えた。

 

変わってしまう事はやっぱり怖い。

 

でも自分を信じてくれる大切な人たちがいるなら、きっと自分は自分でいられるだろう。

 

真守は林檎を抱きしめながら、深城に抱きしめられながら、垣根の優しさを思い出して、そう心の中で呟いていた。

 




素敵空間三連発。

これにて力量装甲篇終了です。
次回からは死霊術師篇が始まります。『とある科学の一方通行』のお話です。
お楽しみいただければ幸いです。



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死霊術師篇
第六五話:〈極々普通〉な某日事案


第六語話、投稿します。
次は一〇月一七日日曜日です。

死霊術師篇、開幕。


(もう昼か。布束の見送りに意外と時間がかかったなあ。午後から学校行こうかと思っていたけど……うん、面倒だから今日はサボろう)

 

真守は先程まで第二三学区の空港で学園都市協力機関へと旅立つ布束砥信と、ジャーニー、フェブリの見送りをしており、マンモス病院まで戻ってきていた。

 

残暑が厳しいうだるような熱気で満ちている駐車場を歩いていると、真守の横を通り過ぎて一台のロングバンが停まった。

 

(全面スモークガラスに後部座席の窓を特注で取り付けてない秘匿性の高い車両か。あからさまな悪党宣言……逆に引く…………)

 

過剰な悪党宣言に真守がドン引きしていると、その車のバックドアが観音開きのように開け放たれた。

 

「あ?」

 

意気揚々と降りてき声を上げたのは、真守よりも身長が一五㎝ほど小さいオレンジ色の髪をロングヘアに伸ばした少女だった。

 

その格好は異様で、ボディースーツにプロテクターを装着し、腕にブレード、そしてそのブレードから伸びるチューブは背中に背負われた機械に繋がっていた。

 

その背中の機械には弾倉(マガジン)のようにカートリッジが幾つもカーブを描くように取り付けられており、いかにもな兵器を背負っていますという雰囲気だった。

 

「……お前、今から病院襲うのか?」

 

真守は引き気味になりながらもオレンジ色の髪の少女に問いかけた。

 

「それがどうかしたのか? 腰抜けたかァ一般人?」

 

オレンジ色の髪の少女は真守のドン引きして震える声を恐怖を覚えて震えている声だと認識したのか、真守を鼻で嗤った。

 

するとオレンジ色の髪の少女の後ろから長身の少女が降りてきて、真守に気が付くとヒッと(うめ)いた。

 

長身の少女はオレンジ色の髪の少女が背中に背負っているカートリッジの交換部品を手にしており、その格好はオレンジ色の髪の少女のように奇抜ではなく普通にどこかの制服を着ていた。

 

「…………う、嘘。流動源力(ギアホイール)!?」

 

長身の少女は真守を見つめてすぐさま看破して驚愕する。

 

「あ? 流動源力(ギアホイール)? ……って、新しい第一位!?」

 

長身の少女の悲鳴にも似た叫びを聞いてオレンジ色の髪の少女も真守が超能力者(レベル5)第一位である事にやっと気が付いて驚きの声を上げた。

 

「なっなんで新しい第一位がこんなとこにいんだよ!!」

 

「私がこの病院に入院してるからだが」

 

オレンジ色の髪の少女の問いかけに真守が答えると、オレンジ色の髪の少女と長身の少女は揃って驚愕の表情をした。

 

「も、元第一位だけじゃなくて現第一位も入院してるってのか、この病院! どんだけだよ!!」

 

「……その様子だと、お前たち一方通行(アクセラレータ)のこと襲いに来たのか?」

 

真守はオレンジ色の髪の少女たちの思惑を呆れた様子で訊ねると、その場に長身の少年が大きなボストンバッグを持って降りてきた。

 

そんな青年も突然エンカウントした真守を見て驚愕したが、驚きの声を上げないのと口を出してこないところを見るに、元来口数が少ない少年らしい。

 

そんな少年に意識を割かずに、少女は怒鳴り声を上げる。

 

「そうだよ! あたしたちが用があるのは元第一位様だ! お前は引っ込んでろ!」

 

「あの子のこと襲うって宣言されて引っ込むバカがどこにいるんだよ……」

 

真守が呆れた様子でため息を吐くと、オレンジ色の髪の少女は焦りながらも叫んだ。

 

「デカい口叩いてるところで悪いけど、こっちには対一方通行(アクセラレータ)用の兵器があんだよ! 死んじまえ、超能力者(レベル5)!」

 

オレンジ色の髪の少女は叫ぶと右手のブレードから薄い水色の透明なブレードを現出させる。

 

そしてそのブレードを薄く伸ばしたまま右手を振って、しならせながら真守に向かって振り下ろした。

 

振り下ろされたブレードは真守が身に(まと)っていたシールドにぶつかって当然弾かれる。

 

ギギッガッガガ、と歯車が軋む音と共に蒼閃光(そうせんこう)(ほとばし)って爆発、辺り一帯が煙に包まれる。

 

「やった!」

 

「そういうセリフは死亡フラグと言うんだが、お前は知ってるか?」

 

オレンジ色の髪の少女が引きつった笑みで勝ち誇った瞬間、真守は煙の中から飛び出して少女めがけて疾走する。

 

真守の体表面には蒼閃光でできた猫耳と尻尾が展開されており、尻尾に見える細長い四角い帯が真守が飛び出した事で軌跡を描くように揺れていた。

 

真守はそのままオレンジ色の髪の少女に接敵すると、即座に飛び蹴りを繰り出した。

 

「ぐぁっ────!」

 

オレンジ色の髪の少女は今さっき自分が出てきた車の中へと叩きこまれて運転席と助手席をなぎ倒しながらフロントガラスに激突する。

 

車が衝撃で爆発しなかったのは、真守が爆発しないように緻密な演算をして飛び蹴りしたからだ。

 

「ふうん。ウォーターカッター技術か。この大気中の成分を見る限り、液体窒素を超高圧で放射しているんだな。……だがそれはブラフ。本命は踏み込んできた相手を窒息死させる……という感じか? 確かに酸素がなくなったら死んでしまう対一方通行(アクセラレータ)用兵器だが……」

 

真守は辺りに散っている窒素に手を伸ばし、先程踏み込んだ瞬間の空気の感覚の違いを思い出しながら一人で呟く。

 

一瞬で全てを看破した真守に二人が固まっている中、真守はそこで目だけを動かして二人を射抜く。

 

「残念だったな。私は酸素がなくても生きていけるし、あの子は全てのベクトルを操作する能力者だ。風のベクトルを操作すれば酸欠なんてお粗末なことにはならない。そういうワケでお前たちは私たちに太刀打ちできない。どうする? もしこのまま刃向かってくるつもりなら──私はお前たちに死んだ方がマシな程の苦痛を与えるぞ?」

 

真守の脅しと鋭い眼光を受けて、二人は真守に本能的な恐怖を覚えていた。

 

新たな学園都市の超能力者(レベル5)第一位、流動源力(ギアホイール)

 

プロフィール、能力名、そしてその能力がエネルギーを生成する能力だとしか知らない彼らは、新たに第一位として君臨した超能力者(レベル5)の怖さを思い知った。

 

真守の真髄を知らずに、ただ能力のほんの一端を垣間見ただけでも、その圧倒的な力の前にはひれ伏すしかなかった。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

「朝槻!」

 

真守は名前をキツく呼ばれて耳がキ──ンとなって顔をしかめた。

 

「学校サボって何してんじゃん!」

 

「サボってない。友達が学園都市の協力機関に移るからその見送りをしてたんだ。小萌先生に聞いてみてくれ」

 

真守は警備員(アンチスキル)の服装をして、警備員として病院内から現れた黄泉川愛穂に叱られていた。

 

「本当?」

 

「嘘じゃない。超能力者(レベル5)に認定されたせいか小萌先生が前よりも心配性で朝には必ず電話を寄越してその日の予定を聞いてくるんだ。だから今日のことも小萌先生はもちろん知ってる」

 

真守がぶすっとしたまま毎日の鬼電を思い出して辟易(へきえき)していると黄泉川は納得したようにあー、と声を上げた。

 

「そりゃ自分の生徒が超能力者(レベル5)として承認されたら月詠先生は心配になるじゃんよ」

 

「……小萌先生に迷惑かけているのは分かってる。学校にも問い合わせがバンバン来てるみたいだし、私が街を歩くと盗撮写真が出回るし、野次馬に囲まれたりするから……」

 

真守が小萌先生に対して後ろめたい思いを感じていると黄泉川は知ると、真守の頭にポン、と手を置いた。

 

「生徒を守るのが教師の仕事だから、お前はそんなに気にするなじゃん?」

 

「……ありがとう、黄泉川先生」

 

真守はキレイに結い上げた猫耳ヘアを潰される形で頭に手を置かれたので、しかめっ面になりながらもお礼を言う。

 

「それにしてもさあ。あんたは何でこう、色々な事件に首突っ込んじゃうの?」

 

「好きで首突っ込んでるワケじゃない。普通に病院に帰ってきたら目の前で病院襲おうとしているヤツがいたんだ。むしろあっちからこっちにやってきたんだぞ」

 

「トラブル体質?」

 

真守は猫耳ヘアの形を整えながら口を尖らせて告げると、黄泉川は小首を傾げて呟く。

 

「そんな人をベッタベタな漫画の主人公みたいに言わないでくれ。それにこの街じゃ珍しくない。……それで? あの子たちは一方通行(アクセラレータ)を襲撃にしにきたのか?」

 

真守は連行されていく三人を横目で見つめながら黄泉川に問いかけると、黄泉川は手に持っていたタブレットで情報をつらつらと読む。

 

「鷹田杏子、木寺実莉、名荷原弘見。今日未明に大気連続体力学研究所を襲った子たちじゃん。そこで開発されていた対一方通行(アクセラレータ)用の秘匿兵器を奪って、それで一方通行を襲おうと考えたみたいじゃん?」

 

「対一方通行(アクセラレータ)用兵器と銘打ってもあれは所詮オモチャだろ」

 

真守が先ほどのウォーターカッター技術が使われたお粗末な兵器を思い出しながら顔をしかめると黄泉川も違う意味で顔をしかめた。

 

「オモチャって……一応、地上から地下道まで切断した結構な威力を持つ兵器じゃん」

 

「それは一般人から見たら脅威なだけで、国家の軍を一人で相手取れる超能力者(レベル5)にとってはただの銃みたいなものだ。……待った。もしかしたら対流動源力(ギアホイール)用の秘匿兵器とか民間で開発され始めてるのか? ……面倒だけど後で調べとこう」

 

真守は超能力者(レベル5)の自分から見た秘匿兵器の評価を辛らつに告げるが、対一方通行(アクセラレータ)用秘匿兵器、というのを思い出してそれが自分にも当てはまるのが開発されているのではないのかと気が付き、ぶつぶつと呟く。

 

「どうやって調べるじゃんよ、朝槻ぃ?」

 

「あ、いやごめん。大人しくしておく……」

 

黄泉川が真守の頭に肘を乗せて圧をかけてくるので真守は目を泳がせながら口を動かすが、後で調べる気が満々である。

 

「まったく、午後の授業はちゃんと出るじゃんよー!」

 

「はーい」

 

真守は黄泉川から解放されてまたもや崩された猫耳ヘアを整えながら、返事をして病院へと向かう。

 

(サボる気満々だったのに……病院にテロリストなんて来るから……)

 

真守はぶつぶつと心の中で呟きながら病院の正面玄関へとまっすぐと向かっていた。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

「また暴れたの、朝槻さん?」

 

真守が病院に入って中を歩いていると、総合窓口の近くに立っていたパジャマ服にガウンを羽織った女性が手に紙パックのジュースを持ったまま話しかけてきた。

 

「芳川」

 

女性の名前は芳川桔梗。

遺伝子専門の研究者として『絶対能力者進化(レベル6シフト)計画』の主導部に籍を置き、妹達(シスターズ)肉体面(ハード)のメンテナンスを行っていた人物だ。

 

八月三一日に負傷し、一方通行(アクセラレータ)と同じように冥土帰し(ヘブンキャンセラー)の患者となり、この病院に入院している。

 

真守と芳川が知り合いなのは真守が『絶対能力者進化(レベル6シフト)計画』の『実験』を止めるために芳川のいる主導部に侵入したからで、その時真守は芳川のことを『研究者に向いてない』と発言し、どうやらそれが芳川にとって嬉しかった事らしく、芳川は真守に心を寄せている節がある。

 

「私は暴れたくて暴れたワケじゃない。面倒事があっちから歩いてきただけだ」

 

そんな芳川は現在重傷患者なので、そんな人間をわざわざ自分の方へと歩かせるわけにはいかないので真守は早足で芳川に近づきながら告げる。

 

気を配った真守に気が付いた芳川は控えめに微笑みながら真守が近付いてこようとしているのでその場立ち止まって真守がこちらへ来るのを待った。

 

「そう言って首を突っ込むのはあなたの悪い癖ね。『実験』の時だってそうだったじゃない?」

 

芳川は近づいてきた真守にからかい交じりで言葉を投げかけるので真守はムッと口を尖らせる。

 

「別に癖じゃない。やらなければならない事をやっているだけだ」

 

「そうね」

 

芳川はくすくすと楽しそうに笑うので、相変わらず自分をからかう芳川を見て、ますます顔をしかめる。

 

「……というか、私はまだお前に怒っているんだぞ。どうして最終信号(ラストオーダー)が逃げ出した時に私に直接助けを求めなかったんだ。先生とは連絡とり合ってた癖に。私を仲間外れにしてそんなに楽しい?」

 

「あら。カエル顔のお医者様からあなたは人造人間を助けていて、よくよく聞けばその後もテロ未遂の後始末してたって聞いたけど?」

 

「う」

 

真守は痛いところを付かれて(うめ)く。

 

八月三一日の一週間前、打ち止め(ラストオーダー)がウィルスを打ち込まれた脱走した際、真守は丁度『ケミカロイド計画』で生み出されたフェブリとジャーニーの製造技術について調べていた。

その後垣根たち『スクール』と一緒にフェブリとジャーニーを造った『スタディ』に強襲をかけたり、テロに使われそうだったコンテナの撤去などを行っていたのだ。

 

「……それならフェブリとジャーニー救ったら先生教えてくれたって良かったのに……そうすればコンテナの撤去と並行してやったのに……」

 

「医者として言わないという判断をしたんじゃないかしら?」

 

「……、」

 

真守は芳川に何も言い返せずに黙ってしまう。

 

真守は冥土帰し(ヘブンキャンセラー)に既になんで教えてくれなかったんだと直談判しており、そうやって真守が抗議したら『徹夜常習犯の患者にこれ以上の生活破綻を引き起こすような事を(うなが)してしまって一体どうするんだい?』と言われて、それでもなお食い下がったら『専門家がいるんだから専門家に任せておけばいいんだよ?』と論破されてしまったのだ。

 

言わば、『キミ、色々首突っ込み過ぎて自分が入院患者だって忘れてるから大人しくしていなさい。ハイハイ、ドクターストップドクターストップ』状態だったのだ。

 

(私に言ってくれれば一方通行(アクセラレータ)は負傷しなくて済んだのに。……ああ、でもコンテナ片付けながら最終信号(ラストオーダー)探して、それで八月三一日に木原に絡まれてたら流石にヤバかったかな。……もしかしたら私が芳川のところ出入りしてる時に木原に襲われたり……ああ、もう。タイミング本当に悪い……)

 

真守が心の中でぶつぶつと顔をしかめて文句を言っていると、芳川が真守を怪訝そうに見つめていたので、真守はハッとして芳川を見て話題を提供する。

 

「そう言えば出歩いて大丈夫なのか? 心臓の冠動脈破裂で包帯取れてないはずじゃ?」

 

「回復は順調よ。余程の事がない限り大丈夫ね」

 

雲行きが怪しくなってきたので気まずそうに真守が話題を換えると、芳川はくすっと笑いながら答えた。

 

真守の言う通り芳川は一方通行(アクセラレータ)打ち止め(ラストオーダー)を守るために天井亜雄という男の道連れになる事を決めて、胸に天井の銃弾を受けて冠動脈が破裂している。

 

何故即死が決まっている彼女が助かったかというと、一方通行(アクセラレータ)が自分の脳を損傷してしまっていたにも関わらず、能力を行使し続けて芳川の血を一滴も零さずに体に巡らせ続けていたからだ。

 

言わば一方通行(アクセラレータ)は芳川にとって命の恩人である。

 

「その余程の事がさっきの一方通行(アクセラレータ)襲撃で起こったらどうするつもりだったんだ、まったく」

 

真守が芳川を見上げて怒っていると芳川は余裕をたっぷり持って微笑む。

 

「あら、心配してくれるの?」

 

「当たり前だ」

 

芳川は冗談交じりに真守に問いかけるが、『何でそんな事を今更聞くんだ』と憤慨(ふんがい)した様子で答えると、芳川は真守の本気の度合いを知ってプッと噴き出した。

 

「む。まったく、私のことを人の心配もしない冷血人間だとでも思っているのか? ……とりあえず怪我人はベッドで大人しくていろ」

 

「あなたもベッドで大人しくしてた方がいいんじゃないの?」

 

「私は別に大丈夫だ」

 

「……気になってたのだけど」

 

真守がからかわれて不機嫌になってその場を後にしようとすると、芳川がそんな真守に声を掛けてきた。

 

「何が?」

 

真守がくるっと振り返って不機嫌に言葉を漏らすと、芳川は興味半分、心配半分で問いかけてきた。

 

「どうしてあなたは入院しているの? あれだけ能力が十全に扱えて学校にも通えるなら、何も問題ないんじゃない?」

 

「……私は能力によって体の『最適化』が施されている」

 

「つまり?」

 

真守の一言だけでは事情が分からないので芳川が問いかけると、真守はつらつらと説明する。

 

「エネルギーを自分で生成できるから不必要な内臓器官が退化するんだ。一方通行(アクセラレータ)の髪の毛と瞳の色素が抜けてホルモンバランスがおかしくなっているのと一緒だな」

 

「……そうなの。あなたも彼と同じなのね」

 

強力な力を持つと色々と弊害(へいがい)も出てくる。

 

そのルールに漏れなく該当している真守と一方通行(アクセラレータ)のことを想って、芳川は寂しそうに微笑む。

 

「別に気にすることじゃない。私も一方通行(アクセラレータ)も特に気にしてないからな。……ただ人に溶け込んで生きていくには内臓器官の退化はちょっと問題だ。だから先生のところでお世話になってる」

 

「能力による内臓器官の退化なんて、あの人以外対処できなそうだものね」

 

「うん。だから先生には感謝してる。お前も一方通行(アクセラレータ)と先生に命を繋いでもらったんだから感謝しろ。もう二度と命を粗末に扱うんじゃない」

 

真守は芳川の事を軽く注意すると、その場から去っていく。

 

「……私はやっと一歩踏み出したんだもの。死ぬなんてバカな真似はもうしないわ」

 

芳川は去っていく真守の後姿を見つめながらそっと微笑んだ。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

「あ! あなた、こんなトコにいたの!? ってミサカはミサカは嬉しさを前面に押し出して飛び跳ねてみる!」

 

最終信号(ラストオーダー)。私を探していたのか?」

 

真守が病院内を歩いていると、走り寄ってきたのは検体番号(シリアルナンバー)二〇〇〇一号、打ち止め(ラストオーダー)で、打ち止めは真守のそばまでやってくると、声を小さくして真守に内緒話をし始める。

 

「あのね。あの人の包帯取れた記念パーティーをしたいって言ったじゃない? ってミサカはミサカはこの前言ったことをあなたが覚えているか確認を取ってみる」

 

「うん。私の病室に来てお前が教えてくれた事、もちろん私は覚えているぞ」

 

真守が打ち止め(ラストオーダー)の頭を優しく撫でると、打ち止めは真守の小さな手を感じて嬉しそうに微笑む。

 

「そのパーティーは今日の夜なんだけどあなたにも来てほしいって、その方があの人も嬉しいかもって、ミサカはミサカはあの人の気持ちを想像して頼み込んでみる!」

 

「分かった。今日の夜は空けておくよ」

 

「よろしくね! ってミサカはミサカはあなたに大きく手を振って走り去ってみる!」

 

真守が打ち止め(ラストオーダー)の頭から手を離すと、打ち止めは嬉しさをぴょんぴょんと飛んで表してから真守の方を振り返りながら走り去っていく。

 

「危ないから前向いて走れよ」

 

「うん! ってミサカはミサカは遠くからあなたの優しい注意に頷いてみる!」

 

打ち止め(ラストオーダー)は真守の注意を聞いてくるくると回転して返事しながら去っていく。

 

「くるくる回ってるから私の注意聞いてないだろ、まったく。……ああ、頷いただけなのか、揚げ足取りな」

 

真守がしょうがないなあとため息をついているとポケットに入っていた携帯電話が鳴った。

真守が携帯電話を取り出すと『源白深城』と表示されていた。

 

深城が肉体を得たので必要だと思った真守は深城に携帯電話を買い与えていたのだ。

ちなみに深城は機能性の全くないデザイン重視の黒猫型携帯電話を所望して、それがいいと駄々をこねたので真守は深城の駄々こねに頭痛を感じながらも買ってあげた。

 

「もしもし」

 

〈あ、真守ちゃん? 今林檎ちゃんとケーキ屋さんに来てるんだけど、何か欲しいものある?〉

 

「ケーキ」

 

真守は深城の問いかけに目を(またた)かせてから一つ良いアイデアを思いついて深城へそれをお願いする。

 

「じゃあ大人数で分けられるようなエクレア? とか、シュークリームとか、まあそんな感じのたくさん小さいのが入っているヤツを適当に数種類買ってきてくれるか?」

 

〈誰かと一緒に食べるのぉ?〉

 

深城の問いかけに、真守は一方通行(アクセラレータ)打ち止め(ラストオーダー)妹達(シスターズ)の事を考えながら微笑む。

 

「うん。パーティーに誘われたんだ。でも好みが分からないからあんまり甘くないのをお願い。……お願い、聞いてくれるか?」

 

〈真守ちゃんがパーティーにお呼ばれしたの!? いいねえ、分かったよぉ! 万人受けするのをちゃあんと選んでくるからね!〉

 

「ありがとう」

 

真守がはにかみながら深城にお願いすると深城は全力肯定して気合が入った声で告げる。

 

〈うんっ! 真守ちゃんにも別で買うねぇ!〉

 

「え。私はそんなに食べられな──って、通話切った。まったく、昔から私が拒否しようとすると、絶対に私の話聞かないでおせっかい焼くんだから」

 

真守はブチっと通話を切られた携帯電話を見つめながら顔をしかめる。

 

「……まあ、楽しそうだしいいか」

 

真守は林檎と一緒に楽しそうにケーキを選んでいる深城を思い浮かべて微笑むと、とりあえず学校に顔を出さなければならないと思って自分の病室へと鞄を取りに行った。

 

 




死霊術師篇、始まりました。

深城が九月一日後も普通にいるのは風斬氷華さんと違って元が人間であり、力量装甲というAIM拡散力場を操る能力ですので安定した体を保持できるからです。そのため普通に買い物できます。



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第六六話:〈正体不明〉の襲撃と魔術

第六六話、投稿します。
次は一〇月一八日月曜日です。


夜。真守は枕を抱いて病室の自分のベッドに寝転がり、布団の上にいるカブトムシ越しに垣根と話をしていた。

 

「もーそんなに怒らないで、垣根。一方通行(アクセラレータ)の包帯取れた記念パーティーに行ったくらいで」

 

『怒ってねえ』

 

真守が垣根の怒っている理由を面倒そうに呟くと、垣根は食い気味にカブトムシの薄い羽を使って声を出させた。

 

「怒ってるだろ。一方通行(アクセラレータ)のことお前が嫌いだからって別に私が一方通行に会いに行っても良いだろ。器のちっさい男め」

 

『別に器小さくねえって言ってんだろ! 当然の反応だコラ!』

 

真守が責めるようにじろりとカブトムシを睨むと、垣根がカブトムシから衝撃波にも似た叫び声を上げた。

 

「まったくもう。私は器の小さい男は嫌いだぞ」

 

『……、』

 

真守は溜息を吐きながらカブトムシの角をつんつんとつつきながら告げると、垣根(カブトムシ)はきょろきょろと動かしていたヘーゼルグリーンの瞳を動かすのをやめて沈黙した。

 

(あ、ヤバい。本気で傷ついてる)

 

真守は危機感を覚えて枕を持ったまま体を起こして焦って声を上げた。

 

「……ほ、ほら! 垣根の器が小さかろうと私にとってみればそれは可愛い欠点だし、垣根の良いところはそこじゃない! むしろ器が小さくなってしまったのは環境的な問題で、お前の良いところは環境で左右されない本質的な優しさにあるし! な!?」

 

『……、』

 

それでも答えない垣根に、真守は枕を抱きしめるのをやめてぽすっと自分の隣に置くと、カブトムシを抱き上げて太ももに乗せると、切なそうに眉をひそめた。

 

「…………私のこと、嫌いになったか?」

 

『あ、いや。そういうワケじゃ、』

 

真守が傷ついたような声を出したので垣根が焦った声をカブトムシから上げる。

 

「……垣根、私のそばにいてくれるよな? 器ちっさいからって今の一言で離れていったりしないよな……?」

 

『うるせえ離れていかねえから器が小さいって何度も言うんじゃねえ!!』

 

真守が寂しそうにぽそぽそと呟くと(しゃく)に障ったのか、真守の太ももをカブトムシの六本の足でだしだしと叩いて地団太を踏む。

 

「良かった!」

 

『……なんか上手く乗せられて気がするのは気のせいか?』

 

切なそうな顔から一転、真守がぱあっと顔を輝かせるとカブトムシから垣根の納得の言っていない声がぽそぽそっと聞こえてくる。

 

「気のせい、気のせい。……そう言えば、引っ越す先の候補が出揃ったんだ。明日には決めるから引っ越しの時は手伝ってくれるか?」

 

真守はカブトムシのつるりとした角を撫でながら話題を換える。

 

『構わねえが日にちは決まってんのか?』

 

「ううん、まだ。でも遅くても大覇星祭までには絶対に引っ越しする事は決まってるんだ」

 

『大覇星祭? ……ああ、外部の人間が出入りするから病院にいると色々とマズいのか』

 

真守は垣根の納得に気まずそうに目を泳がせる。

 

「それもあるんだが。大覇星祭で私、選手宣誓を任されたんだ」

 

『あ? 選手宣誓だと?』

 

垣根が怪訝な声を出すのでますます居心地悪くなった真守は声のトーンを落としてぽそぽそと呟く。

 

「外部へのお披露目も兼ねてで、上層部直々の命令が小萌先生のところに来て、小萌先生にこれ以上無理させるワケにいかなかったから断れなかったんだ。公式で人前に出るとプライバシーの観点から普通の病室に入院しているのはマズいから、大覇星祭までには絶対に引っ越しをすませる必要が出てきたんだ」

 

『……そうか。大変かもしれねえが頑張れよ』

 

真守は垣根からの激励を聞いてきょとっと目を見開いてから小首を傾げた。

 

「? てっきり垣根は悪態()いて選手宣誓なんて断れとか言うと思ってたが、応援してくれるのか?」

 

垣根は努力や希望などの幻想が大嫌いなはずである。

 

学園都市は能力者に希望を与えるような事をして努力を強要する癖に、素養格付(パラメータリスト)などで最初から一部の能力者以外を見捨てている。

 

しかも才能があっても利用価値によって必要か不必要か判断されると言うのに、それらを知らずに努力やら希望やらを信じて学園都市の覇権を争う大覇星祭なんて垣根にはお遊びにしか見えないのだ。

 

垣根は自分の事を大事に想ってくれているから垣根が嫌いな大覇星祭の見世物になるのを嫌がるはずだと真守は思っていた。

 

そのため言いにくかったのに、垣根が激励を飛ばしてくるのが真守は変だと思ったから垣根にそう問いかけたのだ。

 

真守自身は知らされていないが、垣根は真守に与えられた超能力者(レベル5)第一位の地位が実はいずれ絶対能力者(レベル6)へと進化(シフト)してしまう真守を繋ぎとめるための(くさび)であると知っている。

 

その楔を強固にするためには、超能力者(レベル5)第一位として多くの人々から認められる必要があるため、真守が大覇星祭で選手宣誓をするのが良い手だと思って激励した垣根だったが、確かに自分の事を知っている真守から見たらおかしな話である。

 

『……っ別に、俺には関係ねえからな』

 

垣根が自分と真守は無関係だと主張するので、真守はなんか納得がいかないがそれよりも追求したい事があってカブトムシをジト目で見つめる。

 

「そこで関係ないって思えるなら、私が一方通行(アクセラレータ)に会いに行くのだって許してくれてもいいのに」

 

『無理』

 

(ほんっとうに器が小さいなあ……)

 

真守がカブトムシを呆れた様子で見つめていると、突然外からバババッと複数の銃声が響いた。

 

『銃声?』

 

真守は弾かれたように立ち上がるとカブトムシを抱えたまま窓のそばに近寄って垣根にも見えるようにカブトムシを(かか)げて外を見つめる。

 

外では一方通行(アクセラレータ)が駐車場で警備員(アンチスキル)とやりあっていた。

 

『オイオイ。ついにあいつは警備員(アンチスキル)にもケンカ売るようになったのか?』

 

「違う、あれは警備員(アンチスキル)じゃない。だって警備員は子供に銃を向けない」

 

『……確かにそうだな。凶暴な元第一位、現第二位だろうがヤツだって学生でガキだからな』

 

垣根と真守の会話の通り、警備員(アンチスキル)が一般人、それも子供に対して銃を向ける事なんてありえない。

 

それに警備員(アンチスキル)の中には子供に対して絶対に銃を向けないで警棒と盾で戦う教師だっている。

 

絶対におかしい。

 

「ちょっと様子見てくる」

 

『俺も行く』

 

真守が椅子に掛けてあるパーカーを着るためにカブトムシを宙に放つと、垣根は薄い羽を展開して飛んで宙で静止しながら告げた。

 

一方通行(アクセラレータ)の前に出るんだぞ? 嫌じゃないのか?」

 

『お前の身が危ねえならそれとこれとは話が別だ』

 

真守がパーカーを着ながら問いかけると垣根はそう告げて、パーカーを着た真守の右肩にしがみついてよじよじと動いて収まりをつける。

 

「……そうか」

 

(いつもこうやって切り替えてくれればいいんだがなあ)

 

真守が垣根の自分を想う気持ちを嬉しく思いつつも、垣根の一方通行(アクセラレータ)への憎悪に呆れてカラカラと病室の窓を開ける。

 

「真守ちゃん、やっぱり行くの?」

 

パーテンションの向こうでは冥土帰し(ヘブンキャンセラー)が特別に用意したソファベッドに腰かけて話を聞いていた深城が立ち上がっており、真守に近づいてそうやって声を掛けてきた。

 

「お前は林檎のところに行ってあげて。あの子、負荷がかかると植え付けられた一方通行(アクセラレータ)の精神に引っ張られる傾向があるから。前はそうなった時記憶が曖昧だったが、私が直したから今は違う。……あの子、自分の人格が一方通行の人格に変質していく感覚に恐怖を覚えてると思うから、そばにいて安心させてあげて」

 

一方通行(アクセラレータ)相手に戦おうと思う人間が何かを用意していないはずがないので、これから大規模な戦闘になり、その音は凄まじくなるだろう。

 

その戦闘音で林檎にストレスがかかるかもしれない。

 

そう思って真守が深城にお願いすると、深城はコクッと力強く頷いた。

 

「変わっていくことが怖い真守ちゃんと同じだね。分かった!」

 

「……一言余計だけど、まあいっか。行こう、垣根」

 

『おう』

 

真守はカブトムシが落ちないか肩を二、三度震わせてから蒼閃光(そうせんこう)でできた猫耳と尻尾を展開して窓から外に出た。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

真守が駐車場の上空に踊り出ると、一方通行(アクセラレータ)に突撃してきた警備員(アンチスキル)の車両を一方通行が『反射』で後方まで吹き飛ばして大爆発を起こしたところだった。

 

「──オイ! 俺が優しく撫でてやってる間に消えろ。でないと潰すぞォ!!」

 

「き、貴様……害獣の分際で許さんぞ!」

 

警備員(アンチスキル)が叫びながら何かのスイッチを押すと、警備員の後ろに控えていた車両の荷積みの部分が白い煙を吐き出しながら中心から左右に割れるように開かれた。

 

「見せてやる! 貴様に、絶対の正義をなぁあああ──!!」

 

警備員(アンチスキル)が叫ぶ後ろで車両の中から這い出てきたのは巨大な兵器だった。

 

半透明の球体の中に脳のような緑色の器官が搭載されており、球体の正面には赤い光が灯されている。

 

その球体は水晶玉を支える台座のように球体よりも大きな四つ足によって支えられていた。

 

足を動かす度に機械が駆動する鈍い音を響かせながら、その兵器は体勢を整える。

 

「何だこりゃァ? サンタクロースにでもおねだりしやがったかァ?」

 

一方通行(アクセラレータ)が楽しそうに話しかける前で、兵器の球体部分の表面に紫色の光を帯びた紋様が浮かび上がった。

 

(魔法陣!?)

 

真守が驚愕の表情を浮かべている目の前で、魔法陣の中心から青い炎が一方通行(アクセラレータ)に向かって放たれる。

 

それを受けても一方通行(アクセラレータ)は無傷で、即座に青い炎をベクトル操作で一掃して散らした。

 

(あれはどう頑張っても発火能力(パイロキネシス)だ。なんで魔法陣から能力が放たれるんだ? 科学と魔術は明確に違う技術だ。だからそれが複合できるなんてありえない……できなかったからこそシェリーはテロを起こしたんだぞ!?)

 

「ッフ。良く跳ね返したな、害獣。だがこれはどうだ!?」

 

真守が心の中で現状が理解できずに困惑している真下で警備員(アンチスキル)が意気揚々と叫ぶ。

 

そして兵器の前方の球体部分で青い炎が大きな火球として練り上げられ始める。

 

「貴様らのような能力を自分のことにしか使えない輩は所詮悪だ! 何も守れない。誰も救えない! 悪は正義の牙にかみ砕かれるのみだ!!」

 

兵器は炎を巻き起こしながらどんどんと火球を大きく作り上げていく。

 

「ギャハ」

 

一方通行(アクセラレータ)警備員(アンチスキル)の言葉を聞いて一つ笑いを零すと、そこから大きな声量で心底愉快そうに嗤い出した。

 

ギャハ、ギャハハハ! と一方通行(アクセラレータ)が狂ったように盛大に嗤いだしたので、警備員(アンチスキル)は一方通行を見つめて顔を引きつらせる。

 

「正義を気取るのがそンなに好きかァ? ならオマエの前に立っているこの俺という悪をかみ砕いてみろォ!!」

 

一方通行は嗤いながら警備員(アンチスキル)へと一歩一歩杖を突いたまま近づく。

 

「できねェなら、自分の腕にでも噛みついてやがれ。どォせ同じ味だ。俺に比べれば随分と薄味だろォがなァ!!」

 

「ふ、ふざけるな。我々を貴様と同じ悪党にするな! リミッター解除だ!!」

 

一方通行が警備員(アンチスキル)を追い詰めると、警備員は手に持っていたスイッチを押しながら叫ぶ。

 

兵器が溜め込んでいた火球が一方通行(アクセラレータ)に向かって放たれる。

 

火球は駐車場に停めてあった車を巻き込みながら一方通行(アクセラレータ)を中心に爆発した。

 

爆発して火球は振り払われた後、その場には大きなクレーターができていたが、一方通行(アクセラレータ)が立っている場所だけは無傷だった。

 

「自慢の玩具なのは分かったがよォ。ソイツもスクラップの時間かァ!?」

 

一方通行(アクセラレータ)は自分が立っている場所の地面を崩しながら飛び上がると兵器へと上から迫る。

 

そんな一方通行(アクセラレータ)に、兵器は球体部分に紫色の光の魔法陣を再度浮かばせながら火球を一方通行に向かって放った。

 

一方通行(アクセラレータ)は伸縮自在の杖を仕舞って右手を自由にすると、その火球をベクトル操作によってその右手に掴んで兵器に投げつけた。

 

兵器は格納されていた両腕を伸ばして球体部分の前で交差させて防御の姿勢を取ってその火球を防ぐ。

 

だが兵器が火球に気を取られている間に一方通行(アクセラレータ)は地面に着地して即座に飛び上がり、左手を兵器の球体部分の赤く点灯している目のような部分に手を伸ばしてベクトル操作を施した。

 

一方通行(アクセラレータ)に触れられた中心から球体部分を構成していたガラス表面にバキバキとヒビが入っていく。

 

中に入っている液体はガラスの球体部分にヒビが入った事により支えてもらえなくなり、自壊するようにヒビが広がり球体部分を更生するガラスが砕け、中から液体が大量に流れだす。

 

その衝撃で兵器は後ろへと倒れていき、四つ足をだらしなく弛緩させて沈黙した。

 

「逃げられるとォ────!?」

 

一方通行が逃げ出した警備員(アンチスキル)を追おうとするが、すぐそばに落ちてきた棺のような部品に驚いて立ち止まった。

 

 

棺の前部分が開かれると中から下着姿の少女が地面へと落ちてきた。

 

 

少女が力なく地面に倒れこむ姿を、一方通行(アクセラレータ)は目を見開いて固まっていた。

 

その少女は死体だった。

 

一方通行(アクセラレータ)の脳裏に一万体以上の妹達(シスターズ)の死体が思い起こされる。

 

「………………何のつもりだァ」

 

一方通行(アクセラレータ)(うめ)くように呟く。

 

「中に死体なンか詰めやがってェ…………!」

 

一方通行(アクセラレータ)は動揺で思わず顔に片目を出す形で手を当てる。

 

妹達(シスターズ)を殺したのは自分だ。

 

だがこの少女は殺してない。

 

もしこの少女を自分が殺していたら命を奪う感触に絶対に自分は気が付くはずだ。

それにこの少女が兵器に搭載されている事に気が付かなかったのは、生体反応がまったくなかったからだ。

だから最初からこの少女は死んでいた。

自分は殺してない。

 

でも──万が一殺していたら?

 

「──一方通行(アクセラレータ)!」

 

一方通行(アクセラレータ)の脳裏にその可能性が駆け巡った時、自分の名前を呼ぶ声が聞こえた。

 

 

夜空を一方通行(アクセラレータ)が見上げると、そこにはいつかの夜のように朝槻真守が天から()ちるように自分へと一直線に向かってきていた。

 

 

真守は一方通行(アクセラレータ)の前へと躊躇(ためら)うことなく降り立って目線を合わせて眉をひそめる。

 

「大丈夫か?」

 

真守が心の底から心配そうに告げるのを聞いて一方通行(アクセラレータ)は真守から目を逸らした。

 

この少女はいつだって自分の心配をしてくれている。

 

クローンと言えど、人間を一〇〇〇〇人以上殺した自分を。

 

「…………………………あァ……、問題ねェ」

 

「本当か?」

 

「大丈夫だっつってンだろォが」

 

真守の再度の問いかけに嫌そうに真守を睨むと、真守はそんな一方通行(アクセラレータ)へと柔らかく微笑んだ。

 

「そうか。良かった」

 

真守が柔らかく微笑むのを、一方通行(アクセラレータ)は直視できなくてそっと顔を逸らす。

それでも真守が自分のことを見つめて安堵の笑みを浮かべているのを感じて、一方通行(アクセラレータ)もその笑みにささくれだっていた心が癒されてそっと目を細めた。

 




真守ちゃん、垣根くんの扱いに慣れてきました。

あと垣根くん、真守ちゃんのためなら嫌なことでもこなします。
でもやっぱりまだ三流チンピラから完璧に脱せられてない……。頑張れ。



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第六七話:〈痴話騒動〉と方針決め

第六七話、投稿します。
次は一〇月一九日火曜日です。


真守は一方通行(アクセラレータ)の無事を確認すると、うつ伏せになって倒れている死体へと近づく。

 

そして自分よりも高い身長に赤茶色の腰まで伸びる髪の毛を持つ少女を難なくひょいっと抱き上げると、綺麗に横たわらせてその頬にぴとっと手で触れた。

 

(死後二日とちょっと。これは防腐処理をすぐに施されたのかな。……でも、なんだコレ?)

 

真守は体温なんて微塵もない死体の冷たさを手で感じながら、少女の状態を確認する。そして内心首を傾げた。

 

(原理不明の力が働いている? 上手く言い表せないこの感触。さっきの魔法陣といい、やっぱりこの子には魔術が使われているのか。……でも能力者に、しかも死体に魔術を使わせるなんて絶対にできない。……原理が逆? もしかして魔術で能力者を動かしているのか? 死体を操る魔術。……それなら辻褄が合うな)

 

「……オイ」

 

真守がじぃーっと死体の少女を観察していると、真守の背中から一方通行(アクセラレータ)が声を掛けてきた。

 

「なんだ?」

 

「さっきから気になってたンだが……オマエの右肩にくっついてるソレは何だ?」

 

一方通行(アクセラレータ)が真守にその存在を問いかけたのは垣根が未元物質(ダークマター)で作り上げた人造生命体である白いカブトムシだった。

 

「あ。えーっとこれは、その……通信媒体にもなる新手のアンドロイド……に近い何かとか?」

 

真守は右肩にくっつき、ヘーゼルグリーンの瞳に無機質さをわざと演出して一方通行(アクセラレータ)を睨みつけているカブトムシ(垣根)をそう表現する。

そんなカブトムシの視線にさらされた一方通行(アクセラレータ)はカブトムシを見て怪訝な表情をして──。

 

「……そンなのが?」

 

爆弾発言をした。

 

場の空気が凍るが次の瞬間、カブトムシがヘーゼルグリーンの瞳を赤く染め上げて、ババッと薄い羽を展開して真守の右肩から離れて一方通行(アクセラレータ)へと特攻しようとする。

 

「落ち着け!」

 

そのため真守は飛んでいるカブトムシを両手で挟み込むように掴み上げる。

 

真守に掴まれたカブトムシは空中でバタバタと六本足を暴れさせて薄い羽を高速振動させて馬力を生み出すと、真守を引っ張りながらも一方通行(アクセラレータ)へその鋭利な角を突き出して特攻しようと前へ進む。

 

真守はそこで体内のエネルギーの循環効率を上げると、カブトムシの馬力以上の力を引き出してカブトムシを(ふところ)まで持ってきてぎゅーっと動けないよう覆いかぶさるような体で抱きしめる。

 

「バカにされて怒る気持ちは分かる! ほら、一方通行(アクセラレータ)、ちょっと謝って!!」

 

「……悪かったなァ?」

 

「ほら謝った! 一方通行(アクセラレータ)が謝ったぞ、だから落ち着け!!」

 

一方通行(アクセラレータ)が真守に言われたので状況が上手く呑み込めずに疑問符をつけたまま謝ると、真守はそれを受けて小学生が使いそうな『形だけでも確かに謝ったから良いだろ理論』で垣根を丸め込もうとする。

 

だがカブトムシはバタバタ真守の手から離れようともがく。

しかも心なしかさっきよりも抵抗が激しくなっている気がする。

 

それもそのはず。

 

垣根は真守と話をするのと状況を見極めることを目的としてカブトムシと五感をリンクさせている。

 

真守はカブトムシを全力で押さえつけるために、そのふくよかな胸の谷間にぎゅうぎゅうカブトムシを押しこむ形で抱きしめている。

 

つまり──真守の胸の感覚がダイレクトに垣根に伝わるのだ。

 

それはつまり、真守の胸に全身が包まれている感触なわけで。

 

最早一方通行(アクセラレータ)への怒りを向けている暇ではなく、早く真守の胸から脱したい垣根は自分の体を抱きしめている真守の腕を前足二本でべしべしと叩く。

 

それでも真守が離してくれないので、あまりやりたくないが後ろ足で真守の胸をふにゅんと踏んで離すようにジェスチャーで示した。

 

「あ」

 

真守はそこでカブトムシ(垣根)が何を考えているか全て察して声を上げた。

 

そしてかぁーっと顔を赤くして胸からカブトムシを開放すると、真守の胸から脱する事ができて安堵している垣根に向けて、真守はカブトムシを自分の目の高さに持ってきて声を掛ける。

 

「…………かきねのえっち」

 

真守が眉を八の字にして顔を赤くしてムーっと口を尖らせると垣根は真守に掴まれたまま『お前のせいだろ!?』と言いたいがためにバタバタとカブトムシの六本足を空中でばたつかせた。

 

そしてそれと同時に垣根はカブトムシの五感リンクを一括にしないでバラバラでも起動できるプログラムを急ピッチで造り上げる事を決意した。数日前にもこんな事があり、まさか二回目が起こるはずもないと思っていた自分が馬鹿だったとも思いながら。

 

(カキネ? あのカブトムシもしかして人間の男が操ってンのか? ……五感とかリンクさせてンならそりゃァ酷だろォなァ)

 

顔を赤くしてじとーっとカブトムシをジト目で見つめる真守と、抗議するように六本足をバタつかせるカブトムシの一連の様子を眺めていた一方通行(アクセラレータ)は心の中で呟く。

 

そんな破壊痕が目立つ三人がいる駐車場に、警備員(アンチスキル)の車両が到着した。

 

「朝槻、またお前じゃん?」

 

「黄泉川先生」

 

真守は警備員(アンチスキル)の車両から降りてきた黄泉川を少し赤らめた顔で見上げた。

 

「──DA? 聞いた事ないじゃん」

 

黄泉川にここで何があったかを真守が話し、それに一方通行(アクセラレータ)が補足する形で事の経緯を説明すると、黄泉川はそんな言葉を吐きながら首を傾げた。

 

どうやら一方通行(アクセラレータ)の話では病院に入ってきた侵入者を追っていたDAを名乗る警備員(アンチスキル)と戦闘になったというのだ。

 

真守も黄泉川と辺りを探してみたが怪しい人物はおらず、どうやら先程の戦闘のどさくさに紛れてその少女は逃げたらしい。

 

学園都市に展開している垣根のカブトムシでも全く知らない人物を探すのは困難を極める。

 

「装備一式はどう見ても警備員(アンチスキル)のものだったが、ヤツらは絶対に警備員じゃない」

 

「なんでじゃん?」

 

そのため真守はDAに追われて病院に侵入した人間を探すのを一旦保留にして黄泉川にそう推測を述べると、黄泉川は当然の疑問を口にした。

 

「オマエたちは笑っちまうくらいクソ真面目だから丸腰の一般人に銃なンか向けたりしねェだろォが」

 

「成程ね。……で、あの遺体は?」

 

黄泉川は真守と一方通行(アクセラレータ)の意見に納得し、現在進行形で死体袋に詰められている少女の死体を横目で見てから問いかける。

 

「あのガラクタの中に入っていたンだ。死んで二日は経ってる」

 

「え? どういう事じゃん!?」

 

一方通行(アクセラレータ)の言っていることに間違いはないぞ。正確には死後二日ちょっとだ。大体二日前の夕方頃に死んだと思う」

 

真守が一方通行(アクセラレータ)の説明に補足を入れると黄泉川は真守と一方通行を見比べてから首を傾げた。

 

「何でそんなことが分かるの?」

 

「生きてるヤツとはベクトルの通りが違う」

 

一方通行(アクセラレータ)の言い分は確かに真っ当だった。

一方通行の能力はベクトル操作。ベクトルを通せば理解できる事だ。

 

「……ベクトルで? 朝槻は一方通行(アクセラレータ)に教えてもらったんじゃん? それにしては一方通行よりも時間に正確だけど」

 

「根本的な仕組みは違うが言ってしまえば私の能力はベクトル生成だ。一方通行(アクセラレータ)に分かる事は私にも分かる。……まあ、体内のエネルギーの残存具合でも大体死んでから何日経ってるとか分かるが、どっちにしろ私にも一方通行にも分かることに変わりはないな」

 

真守は黄泉川の問いかけにつらつらと自分と一方通行(アクセラレータ)の能力の関係性を述べると黄泉川は納得したように頷いた。

 

「だから彼女が死後二日なのは間違いないぞ。……それにあの遺体の保全性から考えて、防腐処理は死んですぐに行われた。……殺されたんじゃないのか?」

 

「いいや、違うぞ」

 

真守が黄泉川と話をしていると、黄泉川と同じ班の髪の毛が短い青年が歩いてきて真守の推測を否定した。

 

「あの遺体は人皮挟美。二之腕高校一年。三日前に川に飛び込んで自殺を図り、救急搬送中に死亡となっている」

 

「でもお前たちはあのロボットは能力を使ったって言ってたじゃん? 死んでたら能力使えないはずだろ?」

 

同僚の説明に黄泉川が至極当然な疑問を持つと、それを聞いていた一方通行(アクセラレータ)はチッと舌打ちしながら面倒くさそうに説明する。

 

「オマエたちのパチモンが、死体を盗んでガラクタに押し込ンで死んだ脳から能力を引き出したって事だろォが」

 

「仮にそうだとしても彼女は異能力者(レベル2)だぞ。この惨状を作るにはどう見積もっても大能力者(レベル4)はいるんじゃないのか?」

 

「ハッ。引き出すだけじゃなくて底上げもしてるってわけだ」

 

一方通行(アクセラレータ)が吐き捨てるように告げると、茶髪の警備員(アンチスキル)はますます今回の事態が奇妙で顔をしかめた。

 

「そんな事例聞いたことがない」

 

「どういうことじゃん?」

 

茶髪の青年と黄泉川が首を傾げていると一方通行(アクセラレータ)は気怠そうに立ち上がった。

 

「それを調べンのがオマエたちの仕事だろォが。俺はもォ帰る。オマエは?」

 

「そうだな。とりあえず私も病室に戻ろうかな」

 

一方通行(アクセラレータ)の言葉に真守が頷くと、真守は黄泉川を見上げた。

 

「じゃあ黄泉川先生。後はよろしく」

 

真守は右肩に再びしがみついたカブトムシを連れて黄泉川に別れを告げてから、先に杖を突いて歩き始めていた一方通行(アクセラレータ)の後を追った。そして一方通行に追いつくと、真守は一方通行の歩くスピードに合わせて隣を歩きながら思考する。

 

(ブードゥー教には生きたままゾンビにされるっている刑罰があったハズだ。そこから発展したもので死体を操っていたのか? でもあれは生者をゾンビにする刑罰だから死ぬ事はない。イマイチ違う気がするな。……そう言えば道教には僵尸(キョンシー)という札を額に張り付けて動く術があったが、それ関係か? まあなんにせよ私は魔術にあまり詳しくないからな。インデックスに聞くしかないか)

 

真守が使用されている魔術についてインデックスから得た知識を(もと)に思考してそう結論づけると病院内に入り、一方通行(アクセラレータ)と別れを告げる。

 

「じゃあなァ」

 

「うん、おやすみ。一方通行(アクセラレータ)

 

一方通行(アクセラレータ)は病院の二階に病室があり、階段を上がって帰れるが、真守はVIPルームがある最上階なのでエレベーター前へと向かってボタンを押す。

 

そう言えば深城と林檎のもとに行かなければならないとエレベーターに乗ってから気が付いて、真守は林檎の病室がある階のボタンを押してエレベーターの壁に寄り掛かる。

 

(先日もシェリーが科学と魔術の関係性に暴れてたのに、能力者の死体を操って魔術を使う事件とかタイミングが悪すぎる。イギリス清教に連絡したら能力者の死体を操れば能力が使えるとバレてしまうから教えられないし、そもそもシェリーの一件で学園都市と駆け引きしている最中だから絶対に教えられない。もう夜遅いし、明日インデックスだけに伝えて学園都市内で処理を、)

 

『……さっきから何考えてんだ?』

 

真守が思案顔をしていると、垣根は真守の右肩にしがみついているカブトムシ越しに躊躇(ためら)いがちにも問いかけてきた。

 

「…………さっきのオモチャについて」

 

さきほど垣根の顔に胸で感覚的に全身を(おお)ってしまうように抱きしめてしまった真守は、その事を思い出して頬を少しだけ赤らめながら目を泳がせて呟く。

 

『……学園都市には能力者の意志そっちのけで能力を引き出す技術もある。幻想御手(レベルアッパー)だって植物状態になっても能力者から能力を引き出してたんだ。能力を底上げする技術だってあるだろ』

 

垣根も若干気まずいのか間を置いてから推測を述べる。

 

真守はそれを受けていつまでも照れていてはしょうがないと考え、一息ついて気持ちを落ち着けてから真剣な表情をして先程の事件で自分が感じたことを告げる。

 

「垣根。アレには魔法陣が浮かび上がっていた。だから純粋な科学じゃないんだ」

 

『は? つーことは『外』の技術、魔術ってことかよ?』

 

「魔術には死霊魔術と呼ばれるものがある。字面(じづら)のまま死体を操ることができる魔術だ」

 

真守は垣根の疑問に一つ頷いてから魔術を全く知らない垣根にも分かりやすいように簡潔に説明する。

 

『能力者は魔術を使えないって話じゃなかったのか?』

 

「能力者が魔術を使うんじゃなくて、魔術師が能力者の死体を使うんだ」

 

垣根は真守の言い分に一瞬間を置いてから再びカブトムシの薄い羽を使って発声する。

 

『それなら拒絶反応みたいなのはでないな。辻褄が合う。で、どうすんだ? 魔術だったら手も足も出ねえだろ。……ああ、正確には能力使ってんのか。クソッややこしいな』

 

「餅は餅屋。知り合いに魔術を知り尽くしている子がいる」

 

真守がインデックスのことを思い浮かべながら告げると、垣根はカブトムシのヘーゼルグリーンの瞳の光を鋭くさせる。

 

『その知り合いってのはあのシスターか?』

 

「うん。インデックスって女の子だ。あの子に聞けば間違いないと思う」

 

真守はそこでエレベーターが目的の階に到着したので降りて林檎の部屋へと向かう。

垣根はそんな真守の右肩にしがみついている六本足のうち、一本を使って真守の腕をぺちぺちと叩く。

 

『そこら辺もしっかり話してもらうからな』

 

「分かってる、ちゃんと話すって約束する。だがまずはDAについて調べないといけないな」

 

『逃げたDAは別のカブトムシ(端末)で追ってるが。どうする?』

 

真守が約束を取り付けてくるので魔術についての話題は終了したとして、垣根は現在進行形でできることについて問いかける。

 

「あんなオモチャを持ってるって事は結構大きな組織なハズだ。慎重に動きたいからまずは情報収集だ、ヤツらのアジトの一つだろうけど、場所は一応特定しておいてくれ。……魔術が関わってるから慎重に動かないといけない」

 

『……確認するが、魔術はこの世の法則じゃねえんだよな?』

 

垣根の問いかけに真守はコクッと真剣な表情をして頷く。

 

「うん。だから()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んだ。それに私も気を付けなくちゃならない。源流エネルギーで魔術由来の異能を焼き尽くすと不思議な現象が起こるからな」

 

『不思議な現象?』

 

「シェリーのゴーレムを焼き尽くした時に虹色のきらきらーっとしたのが舞っただろ。あれが不可思議な現象だ。それに魔術を焼き尽くすと余波がいつもよりすさまじいんだ。ゴーレムの質量と同等の他の物質を焼き尽くしても、余波が暴風並みに吹き荒れることなんてありえない。それにおかしなことに私の源流エネルギーで魔術を焼き尽くすとどうも空間に歪みが生じるんだ」

 

『源流エネルギーによる「存在の抹消」が歪みを生じさせてるってことか?』

 

「恐らくそうだ。だから魔術に対しては慎重にならざるをえない」

 

『……一方通行(アクセラレータ)が関わってくるから表立って動きたくねえが、見過ごせねえから影から手伝ってやる』

 

(垣根、やっぱり一方通行(アクセラレータ)に対してだけ器が小さいなあ)

 

真守は真剣な話をしていたのに一方通行(アクセラレータ)への敵意は忘れない垣根の様子に、思わず心の中でそう呟きながらガラッと林檎の病室を開けた。

 

「…………わぁお」

 

真守が思わず呟いたのは林檎が念動能力(サイコキネシス)であらゆる家具、それと深城すら浮かせていたからだ。

 

「あ、真守ちゃん! 大変だよぉ林檎ちゃんなんでも浮かせられるんだよ!」

 

どうやら警備員(アンチスキル)一方通行(アクセラレータ)の戦闘は林檎のストレスに微塵もならなかったらしく、それでも深城が自分のもとに来た目的が自分を精神的に安定させるためだと林檎は知り、深城を安心させるために能力を使ってみたところ、どこまでできるか試したくなりこのような事態になっているらしい。

 

『どういうことだ。林檎の念動能力(サイコキネシス)低能力者(レベル1)から異能力者(レベル2)の間を行ったり来たりしてるんじゃねえのかよ』

 

「脳の電気信号イジって一方通行(アクセラレータ)の思考演算パターンを林檎用に最適化したからどうやら能力が大幅に向上したらしいな。……ん? 林檎? なんで下の名前?」

 

『そんなこと気にするんじゃねえ。俺がアイツを名前で呼ぼうがどうでもいいだろうが』

 

真守が垣根の『林檎』呼びに疑問を持つと、垣根はあからさまに嫌そうに告げる。

 

(その言い方、なおさら何かあったって言ってるようなもんだが。……ゆずりは……そうか、私の時と同じでまた噛んだのか)

 

真守が全てを察してふふっと小さく笑うと、右肩にしがみついていたカブトムシの足を垣根は一本動かして真守の肩を怒りを込めてダシダシと叩く。

 

特に痛くもかゆくもないので真守は深城や周りの家具を楽々と持ち上げている林檎へと近づいてベッドに座っている林檎に視線を合わせる。

 

「林檎。お前の体が心配だから能力を使うのは一旦やめろ」

 

「うん」

 

真守に指示された林檎は素直に頷き、深城をベッドの上に降ろして家具を全て元の位置に戻した。

 

「……林檎の能力の正確な計測が必要だな。でも林檎は『暗闇の五月計画』出身で学校に所属してないから簡単には計測できないし……小萌先生に頼むか……? でも小萌先生は発火能力(パイロキネシス)専攻だから、結局他の人に頼まなくちゃいけないし……」

 

真守が小萌先生を思い浮かべて思案していると、真守の腕の中からカブトムシが飛び立ってベッドの上に降り立ち、真守を見上げた。

 

『誉望が林檎と同じ念動能力(サイコキネシス)だからあいつに見守らせて、ウチで保有してる計測機器使って能力の測定するか?』

 

「え。ああ、そうか。誉望は大能力者(レベル4)だったな。なるべく早い方がいいからできればすぐに誉望に連絡とってもらいたいんだが、あいつの予定はどうだろう。聞いてみてくれないか?」

 

『アイツの予定なんてあったもんじゃねえから気にするな。それに呼び出せば絶対に来る。つーかそれ以外の選択肢は許さねえ』

 

真守が誉望にお伺いを立ててほしいと垣根に伝えると、垣根は心底どうでも良さそうに答える。

 

「……垣根。あんまり誉望にパワハラしないで」

 

『あいつは前に俺につっかかってきてんだよ。だから俺があいつのことをパシリみたいに使っても問題ねえ。あいつだって文句ねえだろ』

 

真守が垣根の誉望に対する扱いに苦言を(てい)すると、垣根はあざ笑った様子でつらつらとカブトムシから発声させる。

 

「垣根。それは『文句がない』じゃなくて『文句を言えない』んだぞ。分かってるか?」

 

『うるせえ。別にいいだろ、あんなヤツ』

 

(本当に私以外には辛らつだなあ……)

 

真守が内心ため息をついていると、方針が固まった様子なので深城がそこで真守の肩をちょんちょんとつついて声を掛けてきた。

 

「真守ちゃん。それでもう表の方は大丈夫なのぉ? すっごい音が響いてビカァッて光ってたけど」

 

「うん? うん、とりあえず大丈夫だ。……そうだな、もう夜遅いし寝ようか」

 

「うん! 林檎ちゃんおやすみーっ」

 

真守の提案に頷いた深城は寝る前の挨拶として林檎をぎゅーっと抱きしめる。

林檎は深城に抱き着かれた方の片目を閉じながら深城の手に自分の手を添えて少しだけ口角を上げて微笑んだ。

 

「おやすみ、深城」

 

「うん、おやすみ。あ。丁度良いから帝兵さん、林檎ちゃんのことよろしくね?」

 

『はい。分かりました。源白もおやすみなさい』

 

垣根ではなくカブトムシがそう了承する隣で、林檎はいそいそと布団の中に入ってよじよじ歩いて林檎の枕もとに向かってきたカブトムシにも布団を少しだけかけてあげて、真守と深城を見上げた。

 

「朝槻、おやすみ」

 

「おやすみ、林檎。それと垣根も、おやすみ」

 

真守は林檎の頭をそっと撫でながら微笑みカブトムシにも笑いかける。

 

『お前もちゃんと寝ろよ』

 

「うん。垣根もゆっくり休んでな?」

 

真守は林檎の頭から手を離すと垣根とそう言葉を交わして、深城と共に林檎の病室を出て自分の病室へと戻って就寝に入った。

 

 




垣根くん、ここで一方通行と初めて接触(カブトムシ越し)。

そして真守ちゃんの胸に全身を包まれるという謎の異空間に飛ばされてしまう……思春期男子にはキツい……垣根くん、色んな意味で応援するから頑張れ……。

作中でもある通り、魔術の攻撃はこの世の法則ではないので、この世に負ける事が無くなった垣根くんにも魔術ならば攻撃が通ります。
原作では垣根くん、『外』の技術を知らなかったので無敵だと思っていましたが本当はそんなことなく……本当に井の中の蛙だったんだなあ、と思います。




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第六八話:〈不意会合〉は突然に

第六八話、投稿します。
次は一〇月二〇日水曜日です。


一方通行(アクセラレータ)、私はこれから用事があるから出るが、お前は昨日みたいに外に出ないで大人しく──」

 

病室に入りながら一方通行(アクセラレータ)に声を掛けた真守だが、途中で言葉をピタッと止めた。

何故ならば金髪巨乳、碧眼、左目の下にほくろがあるタイトな服にコートを着た少女が窓際に立っていたからだ。

 

「誰だ?」

 

「わ、私はエステル=ローゼンタール。死霊術を生業としているローゼンタール家二三代目当主だ」

 

エステルと名乗った少女は突然現れた真守を見つめて不安そうな声を出しながら自己紹介する。

 

「…………そう、か」

 

(なんで魔術師が一方通行(アクセラレータ)の部屋に?)

 

真守が現状が理解できずに固まっていると、それを見て一方通行(アクセラレータ)が鼻で嗤った。

 

「歴史だの伝統だので思いこみを強化して『自分だけの現実(パーソナルリアリティ)』を拡張してンだろ。ソイツがドン引きするってことは、オマエ相当な電波ちゃンだぞ?」

 

「電波ちゃん?」

 

エステルは一方通行(アクセラレータ)の告げた言葉の意味が分からずに小首を傾げる。

 

(そういう理由ではないんだがな……というか、一方通行(アクセラレータ)。あれが純粋な科学技術じゃないって気づいてないのか。まあ『外』の技術なんて知らないし、能力を主体として使っているから気づかないよな。……だったらこのまま隠しておけばいいかな。あまり魔術に巻き込みたくないんだよな。色々と面倒だし、垣根にだってそれが嫌で隠してたわけだし)

 

「私は朝槻真守。一方通行(アクセラレータ)の友達だ」

 

「……、」

 

真守が自己紹介すると、一方通行(アクセラレータ)がその紹介に思わず沈黙する。いまだに真守の友達宣言に慣れていないのだ。

 

「そうなのか。そういえば昨日この人の近くにいたな。よろしく」

 

それを気にせずにエステルが頷くので真守は自己紹介が終わったところでエステルに切り込んだ。

 

「お前、あのオモチャについて何か知っているのか?」

 

「おもちゃ? ……ああ、『棺桶』のことか。あれには我がローゼンタール家の術式が使われているんだ。……私が菱形に協力しなければ、こんな事にはならなかった」

 

「……一方通行(アクセラレータ)。ちょっとこの子借りてもいいか?」

 

『棺桶』という兵器に関わっている魔術師から話を聞くためには、魔術のことを教えないと決めた一方通行(アクセラレータ)から引き離す必要がある。

そのため真守が一方通行(アクセラレータ)に訊ねると、一方通行は鼻で嗤って答えた。

 

「好きにしろォ。コイツはただここに居座ってるだけだ。連れ出すのにいちいち俺の許可なンて必要ねェ」

 

一方通行(アクセラレータ)が本気でどうでも良さそうに答えるので、真守は苦笑しながらも話が見えないできょとんとしているエステルへと向き直った。

 

「ということでエステル、私と一緒に来い。話がある」

 

「? ああ、分かった」

 

エステルは真守に声を掛けられたので、よく分からないが頷いて、真守の後ろをついて行く。

 

真守は二階の端っこまでやってくると、エステルの方へくるっと向き直る。

 

「お前、所属は?」

 

「所属?」

 

エステルがオウム返しするので、真守はその反応に眉をひそませながらも問いかける。

 

「イギリス清教、ローマ正教、ロシア成教とか。私は別にどこでも構わないから教えてくれないか?」

 

エステルは真守の問いかけの真意を知って気まずそうに俯く。

 

「……私は、いいや。ローゼンタール家はどこにも所属していない。追放された一族だ」

 

「追放?」

 

意味が分からずに真守が問いかけると、エステルは胸に手を当てて悲痛な面持ちで呟く。

 

「……我が一族は元々完全なるゴレムを生み出すために様々な手法を試していた」

 

「完全なるゴレム? ……ゴーレムとは違うのか?」

 

「ああ。『完全なるゴレム』とは完全なる魂魄と完全なる体を持つ存在だ。我がローゼンタール家は『神』を作ろうとしていたのだ。……『神が土から人間を創造した』という伝承をもとにしてな」

 

人間は知恵の実を食べたが生命の実を食べることは許されなかった。

生命の実を食べるという事は永遠の命を持つことになり、神と等しい存在になることであり、それをを神に恐れられたからだ。

 

そのためこの地上にいる人間は不完全な生き物止まりで、いまだ進化の途中だと言う。

 

それを人間の手で進化させ、完全な生き物にすることによって神を造り上げることができる。

 

(完全なるゴレム、つまり『神』……か。ローゼンタール家は絶対能力者(レベル6)と同じ存在を作り上げようとしていたのか)

 

真守は『完全なるゴレム』と『絶対能力者(レベル6)』を同列に考えて心の中で呟く。

 

絶対能力者(レベル6)は『神ならぬ身にて天上の意思に辿り着く者』と表現されるように、神ではない人間を神として進化させる手法によって生み出される。

 

つまり学園都市とローゼンタール家は同じものを目指しているのだ。

 

魔術と科学は全く別の異能の技術だが、行き着く先は同じである。

 

それを証明するような理想を学園都市と同じように追い求めているのがローゼンタール家だというわけだ。

 

「我が祖オベドはある日、死体に疑似魂魄を植え付ける方法を編み出した」

 

科学と魔術についての関係性について真守が考えていると、エステルはローゼンタール家が歩んできた歴史を紐解いていく。

 

「疑似魂魄?」

 

真守が問いかけるとエステルはコクッと頷いてつらつらと説明する。

 

「死霊から生み出したのが疑似魂魄で、それを死体に定着させて動かすのが死霊術だ。単純な命令しか実行できなかったゴレムだが、疑似魂魄を人間の脳に定着させることで確かな知性を手に入れることができた。……だがそれはラビたちに認められず、異端として故郷を放逐された我が祖先は東洋に流れ着いた」

 

(……成程。神を造り上げるというのは神を冒涜するような行為だ。追放されるのも頷ける)

 

真守が納得していると、エステルは淡々と呟く。

 

「そこで四代目のイサクが道教の跳尸(ちょうし)術と出会い、それさえも取り込み、ローゼンタール流とでも言うべき新たな魔術の系譜を生み出した」

 

「それでお前はどうして大陸から島国の日本へ来たんだ?」

 

東洋、と言っても日本までやってきたのではなく大陸止まりらしく、真守がその事に関して訊ねると、エステルはグッと唇を噛んでから苦々しげに呟く。

 

「……『プロデュース』のスーパーバイザーとして騙されて学園都市にやって来た」

 

「『プロデュース』とは暗部組織の研究所だな?」

 

真守がエステルの言葉に空気をピリッとひりつかせると、エステルは責められているのかと感じたのかびくびくしながら答える。

 

「……ああ。そこで私は菱形と出会った。……そして妹の蛭魅にも」

 

「ヒシガタ? その兄弟は『プロデュース』とどういう関係がある」

 

真守の問いかけにエステルは首を横に振った。

 

「菱形は研究者で、蛭魅は『プロデュース』に参加していた被験者の一人だ。私は蛭魅と友達になって一緒に過ごした。……だが蛭魅は自殺してしまったんだ。元々病気で余命が迫っていて……でも絶対能力者(レベル6)に憧れがあって。それで私たちに夢を託して死んだんだ」

 

そこでエステルはグッと(こら)えるように言葉を詰まらせた。

 

エステルが再び話し始めるまで真守は無言で待っており、エステルは震える声で続きを離す。

 

「…………蛭魅は、檮杌(とうこつ)の符を私から奪って自殺したんだ。檮杌とは五代目、ネイサンが編み出した『ナンバーズの悪霊』の一つで極めて危険な疑似魂魄なんだ。……私は最初、蛭魅が生き返ったのか、檮杌の疑似魂魄が蛭魅を動かしているのか分からなかった。でも死霊術師は人を生き返らせる事はできない。それに私は蛭魅に魔術を教えた事など一度もなかったのに、一万回以上の死を経験した個体の記録が完全なるゴレムを生み出すために必要だと言い出したんだ」

 

一万回以上の死を経験した個体。それは打ち止め(ラストオーダー)で間違いない。

 

どうやらエステルは打ち止め(ラストオーダー)を守るために菱形のもとから逃げてきて、病院に侵入。だが追ってきたDAに捕まってしまい、それでも一方通行(アクセラレータ)とDAの戦闘時に逃げ、そして一方通行の前に再び姿を現したらしい。

 

「じゃあ今も菱形蛭魅のフリをした檮杌が最終信号(ラストオーダー)を狙っているのか?」

 

「ああ。そうじゃないとおかしいんだ。私は彼女を蛭魅だと信じたかった。……でも違うんだ。あれは蛭魅じゃない。友達だから分かる。蛭魅は……死んだんだ」

 

エステルが菱形蛭魅を想う気持ちを真守は受け止めて、一つ頷いた。

 

「……分かった。お前はこれから一方通行(アクセラレータ)と一緒に最終信号(ラストオーダー)を守るつもりなんだな」

 

「ああ。そのために私は菱形のもとから逃げてきたんだ」

 

エステルが自分のするべき事を今一度確認すると、真守も自分の方針をエステルに伝える。

 

「私も放っておけないから動く。最終信号(ラストオーダー)には今保護者がついているからそこまで心配しなくてもいいが、まあお前は既に決めている通りにあの子を守ればいい」

 

「……あなたはどう動くんだ?」

 

「まずは情報を集める。魔術が関わっているとなると慎重にならなくちゃいけないからな」

 

エステルの問いかけに真守が答えると、エステルは目を(またた)かせる。

 

「……あなたにはそんな力があるのか?」

 

「不本意だが私は学園都市の頂点、超能力者(レベル5)第一位だ。学園都市で最強の能力者だからな、実力は認められている」

 

真守がいまだにその地位に慣れていなくてぶすっとむくれた様子で自分の身分を明かすと、エステルは大袈裟過ぎるほどに目を見開いて驚きの声を上げた。

 

「そ、そうなのか!?」

 

「ああ。だから私の心配はしなくていい。一方通行(アクセラレータ)にもそう言っておいてくれ」

 

「分かった」

 

エステルに背を向けながら真守が告げると、エステルは強く頷いた。

 

真守はエステルと別れて病院の廊下を歩きながら心の中で呟く。

 

(能力者の死体を操る術をあいつらに教えるわけにはいかないから、やっぱりイギリス清教には連絡しないでおこう。それにエステルは追放された魔術師の家系だし、色々と面倒ごとに巻き込まれる)

 

追放された魔術師などはイギリス清教の対魔術師用の部署である『必要悪の教会(ネセサリウス)』の管轄だが、仮にこの問題を収束できてもエステルの身柄をイギリス清教が拘束して非道な扱いをするかもしれない。

必要悪の教会(ネセサリウス)』とは魔術世界の治安維持組織みたいなものなので、そういう側面もどうしても持たなければならないのだ。

 

(インデックスにも知らせなくていいかな。十字教から大きく外れてるし、何より死霊術を生業(なりわい)としている専門家がいるんだ。……それにインデックスに言うと上条にも絶対に伝わることになる。一方通行(アクセラレータ)は上条を話題にするとすっごい嫌そうにするから接触させない方があの子の精神的にも良さそう)

 

真守はインデックスとイギリス清教に教えない方針をまとめると、そのまま自分の病室へと帰っていった。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

(『プロデュース』。まあ暗部組織らしい非人道っぷりだな)

 

真守は『スクール』が所有している能力開発研究施設の測定部屋の観測室の椅子に座り、能力を解放して蒼閃光(そうせんこう)で作られた猫耳と尻尾を出した状態でPDAを手に持ち、ハッキングを行いながら心の中でそう呟く。

 

真守がハッキングで手に入れた『プロデュース』という研究チームの目的とは、『自分だけの現実(パーソナルリアリティ)』の解明だ。

 

それもAIM拡散力場から『自分だけの現実(パーソナルリアリティ)』を抽出するのではなく、脳のどの部分に『自分だけの現実』が宿っているか調べるための人体実験を行っており、その人体実験の内容は能力者の脳をどんどん小さく切り分けていって、脳のどの部位に『自分だけの現実』が宿っているか調べるという、人の尊厳を微塵も考えない最悪な手法だった。

 

(『プロデュース』は現在活動停止。理由は実験体不足。……だったら実験体が確保できれば動き出すってことだ。活動停止でたくさんのマッドサイエンティストが野に放たれてるし、これは活動再開すればまたマッドサイエンティストが集まってくることになる)

 

真守は参加していた科学者たちの名前の羅列をスクロールしながら思考を続ける。

 

(ヒシガタ……菱形幹比古か。コイツ、『プロデュース』を途中で抜けてる。それから行方知れず。DAという組織を使ってエステルを捕まえようとしたからDAと繋がっているのは確実。……DAの方から調べるか)

 

真守はハッキングして手に入れた『プロデュース』の情報を閉じて新たにハッキングを開始してDAという組織についての情報を手に入れる。

 

(出た)

 

DAという名称は『ディプシナリー・アクション』の略称であり懲戒処分を受けた警備員(アンチスキル)の互助組織の名称らしい。

 

だが実態は秘密結社であり、『完全なる正義を実現する』という信念を(かか)げているのだと真守はそう読み取った。

 

(懲戒処分された警備員(アンチスキル)の集まりから始まって、信念や理想に共感した正常な警備員や元警備員から情報、金、技術……その他諸々を与えられて成長。……DAには多くのスポンサーがついているのか。その内容は不採用された防衛企業、お偉い人間、学者などなど。大層な悪の巣窟だな。ふーん、スポンサーの中には学園都市上層部の人間もいるんだな。腐ってる……)

 

真守はつらつらとハッキングで芋づる式に引き上げられたお偉い方の名前を頭に叩き込んでいく中、画面のスクロールをやめて一人の名前に着目した。

 

(亡本裏蔵? 確かコイツ統括理事会のメンバーだ。だからDAの存在が完全に隠匿されてるのか。秘密結社に出資している時点で首が切れる案件だな。こういうヤツはDAへの出資以外にも悪いことしてるだろ。暴いて統括理事会の他の正常なメンバーに送りつけてや、)

 

「朝槻さん、ちょっと気になる事がありまして──」

 

「え?」

 

真守が統括理事会の一人を潰せると嗤っていると、丁度真守がいる観測室に誉望が入ってきた。

 

「な、なんか悪だくみでもしてたんスか?」

 

真守が嗤っているのを見て、ゾゾゾーっと怖気がたった誉望がびくびくと震えているので、真守はちょっと嗜虐心が(つの)ってニヤッと笑う。

 

「……人の弱みを握るのって楽し──って、冗談だ冗談。そんなドン引きして顔真っ青にしなくてもいいだろ」

 

真守が少し意地の悪い冗談を言うと、誉望は即座に顔を真っ青にして後ずさりし、足をガァン! と壁にぶつけたので、真守は慌てて訂正する。

 

「あなたが言うとマジで怖いんですよ……」

 

誉望が顔を真っ青にしてびくびくとしながら真守に近づいてくるので、真守は誉望の大袈裟な様子に不愉快になって眉をひそませる。

 

「失礼だなあ。私は垣根みたいに暴君的な精神持ってないぞ」

 

(垣根さんは確かに暴君だけど、そんな暴君を手懐けてる朝槻さんも朝槻さんで女帝なんだよなあ……)

 

真守はなんか誉望が心の中で失礼なことを考えていると感じて、じろっと誉望を睨みつける。

 

「……それで? 林檎の計測は終わったのか?」

 

そして機嫌悪そうに問いかけると、誉望はビシィッと背筋を良くして『何も考えてません』と首を横に高速で振りながらタブレット端末を真守に差し出す。

 

「……その、出力だけは大能力者(レベル4)級なんですが、応用性が見られないため強能力者(レベル3)判定止まりですね……」

 

「ふむ。まともな能力開発を受けてないから応用性の部分はあまり見られないと私も思ってたぞ。……待て。これは本当か?」

 

真守は誉望から受け取った端末の画面をスクロールさせて計測結果をチェックしていたが、気になる部分があってスクロールするのをやめ、誉望に問いかける。

 

「はい。疑似的なベクトル操作ができるようになってます」

 

誉望の言う通り、林檎の念動能力(サイコキネシス)は主軸から外れており、使い方を変えれば一方通行(アクセラレータ)のベクトル操作を疑似的に再現する事ができるという計測結果が出ていた。

 

「なるほど。この計測結果を見るに、現状で既に音の波形を変えずに指向性をイジったり風の流れる向きを変えたりできそうだな。……これを応用して並列処理が行えるようになれば光を束ねて電磁ビーム、なんてこともできるようになるかも。まあ原理がまるで違うから、一方通行(アクセラレータ)のように世界の定義はできそうにないな」

 

「え」

 

真守がつらつらと計測データから林檎の能力の可能性を整理していると、誉望が声を上げたので真守はタブレット端末から顔を上げた。

 

「……何かおかしかったか?」

 

「え、あ。いや……なんでそんな人の能力について理解が早いのかな、と思いまして……俺と違って杠と同じ能力でもないのに」

 

「垣根から聞いてないのか。私は能力の特性上、物事の流れが分かる。基礎的な情報があればそれがどのような応用性を秘めているかすぐに把握できるんだぞ?」

 

誉望のしどろもどろの疑問に真守がケロッと答えると、誉望は顔を引きつらせて真守を見た。

 

「……チートですか?」

 

「失礼な。能力の特性上だ、チートじゃない。……ちなみに垣根に未元物質(ダークマター)の『無限の創造性』を教えたのだって私なんだぞ。帝兵さんたちだって私のAIM拡散力場の分析データが無ければネットワーク構築できなかったんだ。どうだ、私の言ってることは間違いじゃないだろう?」

 

「……マジ?」

 

「……お前の念動能力(サイコキネシス)だって応用性がまだまだあるぞ。お前は姿を消せるんだったよな。それは光を捻じ曲げられているということと同義で、だったらもっと偏光して自分の像をズラして投影すれば自分の居場所を欺瞞(ぎまん)することだってできる」

 

誉望が信じられない様子なので真守はムッと口を尖らせて、信じさせるためにつらつらと誉望の念動能力(サイコキネシス)について言及する。

 

「は」

 

誉望が声を漏らすのを聞きながらも、真守は頭を高速で回転させて誉望へ能力の可能性を提示し続ける。

 

「それに大能力者(レベル4)念動能力(サイコキネシス)って目視の範囲でなら能力使えるはずだから、お前が少し頑張れば遠くのモノの姿だって消せるようになる。それだったらドローンとか遠隔制御型の機械を使ってその姿を消させて敵に気づかれないように近付かせて攻撃することもできるだろ」

 

「うぐ」

 

「……お前たち念動使い(サイコキネシスト)の演算特性は複数のものを同時に動かすという並列処理だから、もちろんお前は自分のことを消しつつ、ハッキングもしつつ、普通に念動能力(サイコキネシス)で自衛できるよな?」

 

「……、それは、流石に……無理です……」

 

誉望は自分が全く気づいていない能力の応用性を真守に羅列されて、才能の差を感じてがっくりとうなだれて地面に両ひざと両手をついて完璧に打ちのめされた姿勢になりながらそれはできないと告げる。

 

「私ができると言ったらお前の努力次第でできるという事だ。まあ自分の姿消してハッキングしてるのに攻撃されるって普通はないから言ってみただけなんだが」

 

「……、」

 

真守の言葉に誉望は応えられない。

本人が気づいていない自身の能力の可能性をまったく別の人間に指摘されれば、そりゃあ我が強い人間以外は打ちひしがれるに決まっている。

 

「……汎用性のある能力を持つ人間って、どうしてこうも自分の可能性を狭めてしまうんだろうな? できることが多くなると自分の主観に囚われてしまって可能性が見えなくなるのか? それとも元から発想が湧かないのか? 脳みその出来の問題か?」

 

「…………俺に聞かないでください……」

 

真守は蒼閃光で造り上げた尻尾をゆらゆらと揺らしながら不思議そうな顔をして誉望に疑問をぶつけると、誉望は(うめ)くように呟く。

 

「オイ、真守。林檎が能力使って腹減ったって抜かしやがるから少し早めの昼飯に──って、何やってんだ、誉望?」

 

誉望が真守に撃沈させられていると観測室の自動扉が開いてスーツ姿の垣根と垣根が選んだシックなワンピースを着ている林檎がやってくるが、垣根はがっくりとうなだれている誉望を見て当然の反応をして首を傾げる。

 

「…………才能の違いに打ちのめされたところです……」

 

「あ? そんなのお前を俺が負かした時点で分かってなきゃマズいことだろうが。今更何言ってんだよ」

 

「垣根、打ちひしがれているのに追い打ちをかけるのはよくないぞ」

 

垣根は怪訝な声を出した後に鼻で嗤うので、真守は猫耳をぴこぴこ不満そうに動かしながら、垣根を注意する。

 

林檎は垣根の隣からテテテッと誉望のもとまで歩いて膝を折って誉望の顔を覗き込む。

 

「誉望、おなかすいた」

 

慰めてくれるのかと思って林檎を見た誉望だったが、林檎は『そんなことしてる時間があったら早くご飯食べたい』と言わんばかりに自分の腹の空き具合について誉望に伝えた。

 

「……杠。お前マイペースに生きてないでちょっとは人のこと考えろよ……というかお前だって朝槻さんに今打ちのめされたんだぞ」

 

「? 朝槻、どういうこと?」

 

誉望が自分を意気消沈状態で見つめてくるので、林檎は首を傾げて尻尾をふらふら揺らす真守を見上げて小首を傾げる。

 

「だから別に打ちのめしてないってば。それに可能性を提示してもらったんだからこれから頑張ればいいだろ」

 

「……ああ、真守に能力の可能性を説かれてなんで自分は気が付かなかったとか思って落ち込んでんの? そいつは規格外だから一々気にしてたら生きていけねえぞ」

 

「ほら誉望。先駆者が言ってるんだから立ち上がれ。ご飯食べに行こう」

 

垣根が納得するようにしみじみ言う前で、真守は能力を解放するのをやめて猫耳と尻尾を引っ込めながら立ち上がり、誉望の前へと歩いてきて手を差し伸べる。

 

「…………先駆者、かあ」

 

誉望が『そう言えば垣根さんも朝槻さんに教えてもらったんだっけ』と心の中で考えて思わずぼそっと呟くと、垣根が思い切り舌打ちしたので誉望は顔を真っ青にする。

 

そんな垣根を真守はじろっと睨みつけており、『器が小さい』と小さく言った瞬間垣根が怒って真守の両頬を引っ張るので、真守はムーっと(うな)って垣根を身に(まと)っているシールドで弾き、そこでまたぎゃあぎゃあと言い争いになる。

 

林檎は痴話喧嘩はいいから早くご飯、と思っており、誉望は真守に打ちのめされたショックで立ち上がれず、そこからしばらくして四人は事態を収束させると、外で暇だから買い物をしていた深城と合流して、お昼ご飯を食べに向かった。

 

 




エステル登場しました。
ところでエステルが言っているラビって厳密にはユダヤ教なんですが、とあるであまりユダヤ教って出てこないのでこの世界でユダヤ教ってどうなっているんでしょうね。
仏教と神道は天草式十字凄教が取り込んでいるのと闇咲が神道系術式を使っているので作中で出てきてるんですが……どうなんだろうか。

そして真守ちゃん、自分の能力の特性で誉望くんをぼっこぼこにするという……悪意のない正論が一番恐ろしい……。





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第六九話:〈局面急変〉で行動を

第六九話、投稿します。
次は一〇月二一日木曜日です。


「え。一〇〇四六号がDAの人質に取られた?」

 

真守が垣根たちと一緒に昼食を摂り、これからDAの施設を襲撃してDAのどこかの施設にいる菱形を探し出そうとしていると、ミサカ一九〇九〇号から真守の携帯電話に着信があった。

 

電話に出てみるとDAが病院を襲撃、それを一方通行(アクセラレータ)が迎撃しようとしたが、一方通行の頭の傷が開いてしまいその間にDAが逃走。

DAが逃走するために人質に取ったのがミサカ一〇〇四六号で、彼女はそのまま誘拐されてしまったらしい。

 

〈はい。あの異国の少女が追っています、とミサカは事後報告をあなたにします〉

 

「それで一方通行(アクセラレータ)は?」

 

〈手術の方に問題はありません。夕方には目覚めるとあのカエル顔のお医者さまは仰っていました、とミサカは報告します〉

 

「……私はDAを襲撃してミサカを取り戻す。だからお前は一方通行(アクセラレータ)が目覚めたら連絡してくれるか?」

 

〈了解しました、とミサカはあなたからのお願いを引き受けます〉

 

「ありがとう」

 

真守は通話を切ると、少し離れたところにいた垣根たちへと近づく。

 

「ちょっと野暮用ができた。垣根と誉望は林檎と深城のことよろしく頼む」

 

「野暮用?」

 

「……DAだな?」

 

誉望は真守の野暮用という言葉に首を傾げるが、垣根は事情を知っているので真守に問いかける。

 

「うん。ミサカが人質に取られたらしいんだ。ちょっと行ってくる」

 

「誉望、調べろ」

 

止めても真守が行くと分かっている垣根は隣にいた誉望へと顎を動かして指示をする。

 

「はい」

 

「……いいの?」

 

特に逡巡(しゅんじゅん)することことなく頷いた誉望を見つめた後、真守は垣根を見た。

 

「俺のモノを俺がどう使おうが俺の勝手だろ」

 

「……誉望、お前の人権は一体どこにあるんだ? モノ扱いされてるケド」

 

「懐柔されて『スクール』に入った時からですからもう慣れました……」

 

真守は垣根の言い分を聞いて誉望に憐憫のまなざしを向けると、誉望はフッと寂しそうな笑みを浮かべて目を逸らした。

 

「懐柔というか隷属じゃないか?」

 

誉望から放たれた悲しい言葉を聞いた真守は、思わず垣根を横目で見ながら呟く。

 

垣根がチッと舌打ちする中、林檎は誉望の服の裾を引っ張って(なだ)めて、深城は大変だねぇと呟いて泣く誉望の頭をよしよしと撫でていた。

 

女児と年上に慰められた誉望はなんだかみじめな気持ちになりながらも、DAを殲滅するために動き出した。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

『オマエ、DAを潰して回って妹達(シスターズ)を探し回ってたンだな?』

 

『うん。でもDAに目をかけていたスポンサーが見限ったらしくて、警備員(アンチスキル)に情報が回り出して警備員が動き出したんだ。お前が目覚めたって聞いたし、丁度良いからDAのことは一旦警備員に任せてこうやって帰ってきたんだ』

 

真守は現在、一方通行(アクセラレータ)の病室へと来ており、自身の能力である流動源力(ギアホイール)でエネルギーを生成、パスを形成して一方通行と意思疎通を行っていた。

 

一方通行(アクセラレータ)と真守の会話の通り、真守は垣根たちの力を借りてDAの施設を潰して回っており、誘拐されたミサカを探していたが、秘密結社であるDAが大きすぎて目ぼしい情報がヒットせず、中々ミサカへとたどり着けなかった。

 

その間に統括理事会メンバーの亡本裏蔵がDAを見限って警備員(アンチスキル)に情報を回し始め、警備員が本格的に動き出そうとしていた矢先に一方通行(アクセラレータ)が術後の麻酔から目覚めたと聞いて、区切りが良かったので病院へと戻ってきたのだ。

 

垣根たちは暗部組織で表の組織である警備員(アンチスキル)といざこざを作ると面倒なので現在は待機状態である。

 

『DAと警備員(アンチスキル)が本格的に衝突したら人質にされているミサカにも動きがあると思うから、見つけやすくなる。だから行ってくるよ。警備員がミサカを助けるって言っても楽観視していられないしな』

 

『そォか。俺も行く、ヤツらの拠点を教えろ』

 

真守が自分のこれからについて一方通行(アクセラレータ)に教えると、一方通行が自分を睨みながら命令口調で告げるので、真守は呆れた目で一方通行を見つめる。

 

『お前、手術したばかりだろ』

 

『あァ? やられっぱなしじゃ終われねェンだよ』

 

『……バッテリーを手の届かないどっかに置いていってやろうか』

 

『ンなことしたら這ってでも行く』

 

真守がムッとした表情で一方通行(アクセラレータ)を脅すと、一方通行は顔に獰猛な笑みを浮かべて、真守に鋭い視線を向けて告げる。

 

『……分かった。心配だから一緒に行こう。それに私がいたら電気エネルギー生成できてバッテリーの充電無限にできるし』

 

真守がため息を吐きながら折れると、一方通行(アクセラレータ)は真守に打ち勝ったので勝ち誇った表情を浮かべて嗤った。

 

『至れり尽くせりだなァ第一位様よォ』

 

『…………いじわる』

 

真守が第一位の座を望んで手に入れたわけではないと一方通行(アクセラレータ)は知っているのにわざと強調するので真守が口を尖らせると、一方通行が目を細めて表情を柔らかくした。

 

『ったく。早く慣れやがれ。そンなンじゃ学園都市最強の名が泣くぞォ』

 

『……分かった。お前がそう言うならちゃんと胸張る』

 

真守は最強の座に君臨していた一方通行(アクセラレータ)に言われたので顔をしかめさせながらも頷いた。

 

『ンじゃまァ行きますかァ、第一位?』

 

『うん。行くぞ、第二位』

 

真守は一方通行(アクセラレータ)の問いかけにしっかりと頷いた。そして、充電しているバッテリーに手を伸ばして一方通行の電極に取り付けて、真守は一方通行に流していたエネルギー供給を止めてパスを生成するのをやめると、二人で行動を開始した。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

エステル=ローゼンタールは死霊術師だ。

 

彼女は一方通行(アクセラレータ)と交戦した『棺桶』という兵器に入れられていた人皮挟美を安らかに眠らせるために一度、『薔薇渓谷家参式(ローゼンタール・サードナンバー)禍斗』という疑似魂魄を人皮挟美に定着させた。

 

だが禍斗の定着が終了し、後は回路を閉じればいいだけだったところにDAが人皮挟美の死体を処理しようと現れ、一方通行(アクセラレータ)と激突。

 

その最中、一方通行(アクセラレータ)は頭の傷が開いてしまいその場で昏倒、エステルは自分を守るために動き出した禍斗と共にDAを追うが、DAが途中で一般人を人質に取って逃走してしまった。

 

禍斗の身を犠牲にすれば追いつく事もできたが、万全の状態で追うために一度態勢を立て直し、一方通行(アクセラレータ)へ伝言を残して禍斗と共に一般人と呼称されているミサカ一〇〇四六号を救出に向かった。

 

彼女たちが人質に取られた一般人と彼女を連れ去ったDAの匂いを辿って向かったのはDAのアジトの一つである第一四学区にあるスクナビコナ食品のサプリメント工場。

 

そこにはDAを殲滅するための警備員(アンチスキル)も集っており、既に戦闘が行われていた。

 

そんなDAと警備員(アンチスキル)の戦闘に、突然第三勢力が加わった。

 

統括理事会所属でDAのスポンサーだった亡本裏蔵の始末屋であり、その命令を受けてDAを殲滅に来た暗部組織の屍喰部隊(スカベンジャー)の四人組だ。

 

その四人は警備員(アンチスキル)とDAを殲滅すると、警備員の黄泉川とエステルを『センセー』と『優等生』と称して憎悪を向けて攻撃してきた。

 

そして屍喰部隊(スカベンジャー)の一人であり、念動能力(サイコキネシス)を基盤にした浸紙念力(パーフェクトペーパー)という能力を使うナルという少女の猛攻をエステルと禍斗は受けた。

 

エステルは彼女と応戦するために禍斗に土でできた『死者の鎧』を(まと)わせるが、その纏わせた『死者の鎧』を削るために、ナルは紙で巨大な掘削機を作り出して禍斗の死者の鎧を削ってそのまま禍斗を殺そうと迫る。

 

禍斗はその掘削機を持って特攻してくるナルから逃げ続ける。

 

「ちょっ逃げるなぁ!!」

 

ナルは悔しそうな声を出して禍斗を追って何度も掘削機を振るが、禍斗は疑似魂魄らしく表情一つ動かさずに避け続ける。

 

「逃げるなぁって! 今度こそ──っ!」

 

しびれを切らしたナルは掘削機を持ったまま飛び上がると禍斗に向かって掘削機を上から垂直に振り下ろす。

 

だが禍斗はその掘削機を難なく避けて、ナルは地面に回転して土を削る掘削機を当てた事で自身がぐるぐると回ってしまい、目が回ってふらふらとする。

 

「ナル! 金髪を狙え!」

 

屍喰部隊(スカベンジャー)のブレインであるリーダーと呼ばれるマスクをした赤髪の少女が目を回すのから復帰したナルに鋭い口調で指示を出した。

 

エステルは標的にされると思って逃げようとするが、そこで思い至ってバッと振り返った。

 

エステルの後ろには死体袋に詰められたミサカ一〇〇四二号と黄泉川が気を失って倒れているのだ。

 

(ダメだ……今は動けない!)

 

エステルは焦った表情で心の中で呟くと、掘削機を構えて迫ってくるナルを見て、二人を守るために両手を開いて通せんぼをするように立ち塞がった。

 

エステルをご主人様(アドナイ)と認識している禍斗はご主人様(アドナイ)の危機だとして即座に動き、掘削機とエステルの間に滑り込むとその掘削機を『死者の鎧』によって受け止めた。

 

「禍斗!」

 

「お~初ヒット! じゃあこのまま~スピードアップぅー!!」

 

エステルが自分を守った禍斗が心配でとっさに名前を叫ぶと、その前でナルは浸紙念力(パーフェクトペーパー)で造り上げて着込んでいるウサギの着ぐるみの尻尾の部分のブースターを起動させて、前へと推し進む。

 

ナルのスピードアップしてより強力となったその攻撃によって、禍斗の腕に装着されている『死者の鎧』が掘削機によってどんどんと削られていってしまう。

 

「禍斗、やめろ!!」

 

「問題ありません。ご主人様(アドナイ)はお逃げください」

 

エステルが叫ぶが、主を守ることを第一としている禍斗はその命令を拒んで逆に主に逃走するように(うなが)す。

 

「禍斗、やめるんだ!」

 

ご主人様(アドナイ)の安全を最優先とします」

 

「あ~あ~ヤだねえ。点取り虫はぁ。回転あげま~す!」

 

ナルは互いを思いやる二人の会話を聞いて心底嫌そうに笑ってから掘削機の回転速度を上げる。

 

その瞬間、禍斗が手に(まと)っていた『死者の鎧』が砕けた。

 

それでも禍斗はご主人様(アドナイ)を守るために両腕で掘削機を受け止める体勢へと移行する。

 

エステルの前で禍斗の腕から血が流れて雫となって吹き飛び、エステルの頬を赤く染まり、エステルはそれを受けてヒッと(うめ)いた。

 

「もう……やめてくれ……! お願いだ……やめてください……っ」

 

「「や」」

 

「だ」

 

「よ~!」

 

エステルが懇願するも、見ていた屍喰部隊(スカベンジャー)の他の隊員三名も、ナルと一緒にそれぞれ声を上げて心の底から愉快そうに笑う。

 

「何故……何故、こんな事ができるんだ……!」

 

エステルが屍喰部隊(スカベンジャー)の非道に泣き叫ぶように訊ねると、髪の毛を帽子の中にまとめた少女が呟く。

 

「ん~セイギのためかなあ?」

 

エステルはそれを聞いて愕然とする。

 

正義とは人々を守るためにあるものだ。

 

人々を傷つけるためにあるものじゃない。

 

「こんなの……正義じゃない……っ!」

 

「あっそう」

 

自分が信じている正義と屍喰部隊(スカベンジャー)の正義がかけ離れていると感じたエステルは声を絞り出して否定すると、リーダーと呼ばれた少女は冷めた声で軽く告げる。

そしてエステルを冷酷な瞳で蔑むように見つめた。

 

「キミの正義と僕たちの正義は違うから。まあどうでもいいことだ。仕事に戻るぞ、ナル」

 

そして自分たちの正義は『仕事』だと言わんばかりにナルという少女に声を掛ける。

 

「じゃあ! まずは『優等生』を殺して、その次は『センセー』!」

 

リーダーに命令されたナルは元気よく返事をしてから誰から殺すか順番を決めて、掘削機を回し続ける。

 

「そして最後はあんた……この世に絶望してあの世に行きな」

 

セーラー服の長身がエステルへと死刑宣告をすると、エステルは膝をついて涙をぽろぽろと零す。

 

「どうして……どうしてこの世界には絶望しかないんだ……っ」

 

自分は菱形蛭魅を救えなかったばかりか、蛭魅のフリをした檮杌(とうこつ)に踊らされている菱形幹比古の目を覚まさせてやれなかった。

 

それどころか、多く人間の命を(もてあそ)ぶ術を菱形に教えてしまった。

 

自分がこれまで見てきた絶望を嘆くエステルを見て、ナルはにやっと無邪気に笑う。

 

「それはぁ、全部『センセー』が悪いんだよぉ? だからぁ──」

 

ナルはそう言いかけると掘削機の形状を変化させて、土を砕くためではなく肉を砕くためへと変貌させた。

 

「ちゃぁんと皆殺しにしてあげるから──!!」

 

肉を砕くための掘削機を巨大化させると、エステルと禍斗、二人同時に確実に殺すためににナルは迫る。

 

「これで、おしまいだぁ──!!」

 

エステルが目をぎゅっと閉じた瞬間、その場に降り立つ人間がいた。

 

一方通行(アクセラレータ)

 

彼は天から舞い降りた無慈悲な天使のようにそっと地面に降り立ち、伸縮自在の杖の先を持ち手にしまうと右手を前に出してベクトルを操作。

 

ナルが浸紙念力(パーフェクトペーパー)によって作り上げた巨大な掘削機を紙にまで分解、そしてそれを生み出していたナルを吹き飛ばした。

 

「う、うわァッ────!?」

 

「ナルっ!」

 

髪の毛を帽子にまとめた少女がナルを心配するが、ナルは一方通行(アクセラレータ)に吹き飛ばされて地面に激突し、爆風を生み出した。

 

「なんだ?」

 

リーダーと呼ばれるマスクをした少女はひらひらと舞う紙吹雪の中、自分たちを睥睨(へいげい)する白い天使を見つめて呆然とする。

 

「ったくよォ。学芸会ごっこは一人でやれ」

 

一方通行は心の底から面倒くさそうにそう呟き、首に手を当ててゴキゴキッ! と鳴らしながら屍喰部隊(スカベンジャー)の面々を一人ずつ一瞥(いちべつ)する。

 

「そォしないと──俺みたいなのが寄ってくるからよォ!」

 

一方通行(アクセラレータ)屍喰部隊(スカベンジャー)を睥睨しながら愉快そうに笑みを深くして高らかに自身の存在をアピールした。

 

エステルは目の前に降り立った頼もしい一方通行(アクセラレータ)の姿に安堵して、ひっくとしゃくりあげて涙を(ぬぐ)うと、顔をほころばせて一方通行を見上げていた。




誉望くんの扱いが相変わらず垣根くんは雑です。

そして一方通行、あの屍喰部隊の目の前に現れて次回は蹂躙タイムです。



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第七〇話:〈最凶蹂躙〉はほどほどに

第七〇話、投稿します。
次は一〇月二二日金曜日です。


真守はスクナビコナ食品のサプリメント工場の入り口と違う場所を打ち破って侵入し、中枢へと向かっていた。

 

(一方通行(アクセラレータ)が戦闘音のした方へ行ったことだし、私は菱形に繋がる線を探さないとな)

 

真守は蒼閃光(そうせんこう)で造り上げた猫耳と尻尾を展開して能力を開放し、暗い通路の中をエネルギーを光球に生成して照らしながら歩く。

そしてエネルギーの流れを感知してこの食品工場の情報の中枢であるデータサーバーがある通信室の前へと立つ。

 

「ここか」

 

扉を蹴り破って臨戦態勢で入るが、中には誰もいなかった。

 

(全員出払って警備員(アンチスキル)と交戦してるのか、それとも外部と通信できる端末を全員が所有しているのか……後者だったらDAの一人を捕まえればそれで済んだが、まあしょうがない)

 

真守は通信室内を歩いて、壁一面に並べられたモニターがあるコンソールの前までやってくる。

 

「……ん。一方通行(アクセラレータ)が映ってる」

 

モニターの一つには一方通行(アクセラレータ)とその後ろにエステル、人皮挟美。それとその後ろには死体袋に入れられたミサカ一〇〇四二号と黄泉川愛穂が気絶した状態で横たわっていた。

そして、一方通行(アクセラレータ)の目線の先には暗部組織の人間だと思われる四人組が立っていた。

 

『おーい、そこのキミ! キミがいれば人数も丁度五人だし! 戦隊モノで言うところのブラックのポジションを与えてあげるよ! 魅力的だろ? どうかなー僕たちと一緒に「センセー」退治! やろうよ、ねえ!』

 

真守がコンソールを操作して一方通行(アクセラレータ)が映っているカメラの音声をスピーカーに出力した途端、赤い大型多脚兵器の上に乗っている特徴的なマスクをした赤髪の少女が一方通行を悪の道へと引きずり込もうとしている誘い文句が聞こえてきた。

 

(なんか一方通行(アクセラレータ)が熱烈なラブコール受けてる)

 

真守はびっくりして思わずモニターを注視してしまう。

 

『おい、コラ! 無視すんな!』

 

少女は一方通行(アクセラレータ)に無視されて大型多脚兵器から降りて一方通行へと近づきながら叫ぶ。

 

『なんとか言えー!』

 

『なンとか…………ねェ?』

 

一方通行(アクセラレータ)は少女をその赤い瞳で捉えると右足を地面に叩きつけて衝撃を生み出した。

 

ベクトル操作によってその衝撃が束ねられながら進んでいき、少女の下まで数度地面を叩きながら伸びると少女を弾き飛ばした。

 

『おわっぁあああ──!?』

 

少女は一方通行(アクセラレータ)の前までスライディングする形で吹き飛ばされ、一方通行の足元の前までやってくると、呆然とした顔で一方通行を見上げた。

 

『な・ン・と・か』

 

ポケットに両手を突っ込んだまま上体を前に倒して顔を少女に近づけると、一方通行(アクセラレータ)はゆっくりと発音した。

 

『……うぇ? ………………はい?』

 

一方通行(アクセラレータ)は意味が分からないと困惑している少女をため息を吐きながら見つめるとゆっくりと上体を起こす。

 

『オマエが「なンとか」言えつったンだろォがァ!!』

 

そして次の瞬間、声を荒らげて右足を思いきり地面に叩きつけた。

 

一方通行(アクセラレータ)はその衝撃を操って増幅させると、背後の一二〇トンはある大型多脚兵器を盛大に高く宙へと浮かばせて少女の上に落とす。

 

『ギャハハハハハハ!! 虫けらが虫けらに潰されるぞォ!!』

 

『うわぁあああああ──!!』

 

『『『リーダー!!』』』

 

リーダーと呼ばれた大型多脚兵器に圧し潰されそうになった少女を助けたのはウサギの凶悪な着ぐるみを裸体に(まと)った少女で、その腕にはセーラー服を着た長身と帽子の中に髪の毛を纏めて入れている少女が抱きかかえられていた。

 

鋭い閃光のように着ぐるみたち三人がリーダーと呼ばれる少女を助けたと同時に大型多脚兵器はクレーターを作り上げながら地響きを轟かせ、辺りに粉塵を巻き起こしながら地面に着地した。

 

一方通行(アクセラレータ)はベクトル操作で大型多脚兵器の上に向かって飛び上がると、ガァン! と甲高い音を響かせながら難なく着地する。

 

そして自分を恐怖の目で見上げている四人組を睥睨(へいげい)する。

 

(冗談言ったのに反応が薄かったから気にくわなかったんだあ)

 

真守は一方通行(アクセラレータ)の気持ちを察してモニターを見つめながら思わず苦笑する。

 

(あ、ヤバい。見てないでハッキングハッキング)

 

真守はそこで自分のするべきことを思い出すと、コンソールを操作してパリパリッと掌から電気エネルギーを(ほとばし)らせると電撃使い(エレクトロマスター)のようにハッキングを開始する。

 

真守がハッキングを始めると、四人組の暗部組織がひそひそと作戦会議をし始める。

 

『──コンビネーションで行く』

 

暗部組織の少女たちが動揺して作戦会議をする中、赤髪にマスクをしたリーダーと呼ばれた少女が最大限まで警戒心を高めて呟いた。

 

『『『え?』』』

 

屍喰部隊(スカベンジャー)の連携攻撃から逃れたヤツはいない。……そうだろ?』

 

リーダーの言葉に三人が頷く。

 

『我らは無敵の、屍喰部隊(スカベンジャー)だ!!』

 

(おー。すごい気合入れてる。頑張れー)

 

真守はハッキングを行いながら並列処理をして監視カメラ越しの一方通行(アクセラレータ)──というか屍喰部隊(スカベンジャー)を見守る。

 

一方通行(アクセラレータ)がこの場から離脱しようとしているエステルを眺めているとウサギの着ぐるみを着た少女がセーラー服を着た長身を一方通行へと投げつけた。

 

セーラー服の長身は一方通行(アクセラレータ)のすぐ横に降り立つと、両手を大型多脚兵器にピタッと張り付け、何らかの能力を発動する。

 

すると一方通行(アクセラレータ)の周りに能力が作用したのか、淡く発光した。

 

『よし! 人は摩擦係数のない場所では動けない! ──ナル!』

 

『芸術はぁ~さく裂だぁ──!!

 

リーダーと呼ばれた少女が着ぐるみの少女をナルという名前で呼ぶと、ナルと呼ばれた少女は身に(まと)っていた着ぐるみを紫色の光を帯びた無数の紙へと戻していき、一方通行(アクセラレータ)の周りに展開する。

 

『ほい、完成!』

 

その紙はアイアンメイデンのような形状を取り、一方通行(アクセラレータ)をすっぽりと中に収めた。

 

『やっくん!』

 

次にリーダーの少女は後方にいた髪の毛を帽子にまとめていれている少女の名前を呼ぶと、やっくんと名前の呼ばれた少女は腰に巻いたポーチから野球ボールほどの鋼でできた球と薬品が入った二本の試験管を取り出した。

 

『たぁあああ────!』

 

やっくんと呼ばれた少女が試験管内の薬品を野球ボールのような鋼の球に注入すると、その鋼の球を野球ボールらしく投擲(とうてき)した。

 

投擲された鋼の球はアイアンメイデンの頭まで放物線を描いて飛んでいくと、タイミングよくアイアンメイデンの口がガポッと開く。

 

鋼の球はそのまま吸い込まれるようその口の中に入り、ゴロン、と何かに当たって固い音を内部から響かせた。

 

そして次の瞬間、内部から強く土色の煙が噴き出した。

 

『お、優等生たちが戻ってきた!』

 

『遅かったねえ。ヤツならあの中だよ』

 

着ぐるみの少女に畳みかけるようにリーダーと呼ばれた少女が声を上げると、エステルは一方通行(アクセラレータ)がいたであろう場所を見つめた。

 

そこにあるアイアンメイデンの表面は赤熱し、酷い熱波が立ち昇って辺りを陽炎(かげろう)のように揺らし、黒い煙が噴き出していた。

 

『リキッドテルミット反応。反応の際に出る熱は四〇〇〇度。まあ、骨の欠片も残らないんじゃないかな?』

 

髪の毛をまとめて帽子に入れている少女は先程投擲(とうてき)した鋼の球と同じものを手が転がせながら愉快そうに説明する。

 

『そんな……』

 

『アイアンメイデン。罪深き者にはぴったりの末路だ』

 

エステルが膝をついて嘆く中、リーダーと呼ばれる少女の嘲笑が響く。

 

『さあ、次は「センセー」だ』

 

『害虫「センセー」は潰さないと』

 

『命乞いしても無駄だよーっ?』

 

(バカだなあ。……というか、消えた八人目だって噂されてる私はともかく、一方通行(アクセラレータ)のこと知らない暗部組織の人間っているんだな)

 

真守は屍喰部隊(スカベンジャー)の余裕に満ちた声を聞きながら呆れた様子で一人心の中で呟く。

 

(……お、このアジトは意外と深いところに繋がっているな。これだったら菱形の居場所を突き止められそうだ)

 

そして一方通行(アクセラレータ)を微塵も心配せずにコンソールを操作して即席でプログラムを組み上げていると監視カメラに接続されているスピーカーから一方通行(アクセラレータ)の声が聞こえてきた。

 

『センセーセンセーってうるせェんだよ』

 

一方通行(アクセラレータ)は気怠そうに告げると、モニターに映っていた赤熱していたアイアンメイデンを爆発させて無数の紙に戻し、無傷で現れる。

 

『今から俺が「センセー」だ。オマエたちに正しい悪党を教えてやるよォ……!』

 

傷一つ負わずに紙吹雪が舞う中、獰猛に余裕の笑みを浮かべる一方通行(アクセラレータ)を見て、屍喰部隊(スカベンジャー)は呆然とする。

 

『ま、マジ!?』

 

『完璧なコンビネーションだった……!』

 

『ありえない……』

 

『こいつは一体……?』

 

『──一方通行(アクセラレータ)!』

 

屍喰部隊(スカベンジャー)が困惑して一方通行(アクセラレータ)を見上げる中、エステルが嬉しそうに一方通行を見上げて彼の名前を叫んだ。

 

一方通行(アクセラレータ)……?』

 

リーダーという少女は一方通行(アクセラレータ)の名前を聞いてさーっと顔を青くする。

 

『聞いた事がある。白い顔、白い髪。赤い目。まさか、コイツ……元第一位、現第二位!?』

 

『オォイ……? ちまちました小ネタはもう品切れかァ?』

 

リーダーと呼ばれる少女の呟きによって恐怖で呆然とする屍喰部隊(スカベンジャー)に、一方通行(アクセラレータ)は愉快そうに訊ねた。

 

『なンだその面はァよォ……? こっちのテンションが下がッちまうだろォがァ……! ────あァ!?』

 

一方通行(アクセラレータ)屍喰部隊(スカベンジャー)の反応が気に食わず、叫びながら音速を超えて移動すると、セーラー服を着た長身に近づいてその腹に右拳を押し付けて自分と一緒に強引に音速移動させる。

 

『喜べよォ! 良いベッドが見つかったぜェ!!』

 

セーラー服の長身が体に突然かかったGに苦しめられている中、一方通行(アクセラレータ)はそのままセーラー服の長身を横転しているトラックの荷台部分に叩きつけた。

 

『──ぐあっァあああ!?』

 

ドゴォッ! という音と共にセーラー服姿の長身は自分の体に走った衝撃に悲鳴を上げる。

 

セーラー服の長身はそのまま一方通行(アクセラレータ)に胸の部分を押し付けられて、クレーターができたトラックの荷台に縫い留められて宙ぶらりんにされる。

 

『人間の体ン中に、生体電流ってのが流れてるの知ってるかァ? ちっとばかしイジってやるから楽しめよォ……!』

 

『ああァっ──!? があああァああ──!!』

 

セーラー服姿の長身は生体電流を(いじ)られたことで体中に耐え切れない激痛が走り、体からパリパリと淡い紫色の光を発させながらガクガクと震えて叫び声を上げる。

 

『ちっとは楽しそォな顔しろよォ……』

 

一方通行(アクセラレータ)はずるずると滑り落ちてトラックの荷台に寄り掛かって激痛で失神しているセーラー服姿の長身から手を離して数歩下がって呟く。

 

『まァ無理かァ? このベッドは寝心地悪そォだもンなァ?』

 

『よくも清ヶを……! リーダー指示を! あいつを倒す、』

 

『このヤロォ────!』

 

髪の毛を帽子にまとめた少女がリーダーに指示を乞うが、その目の前で怒りに突き動かされたうさぎの着ぐるみを操る念動使い(サイコキネシスト)一方通行(アクセラレータ)に向かって疾走した。

 

『ナル、待て!』

 

『死ねェえええ──!!』

 

帽子の少女の制止むなしく、ウサギの着ぐるみの少女は一方通行(アクセラレータ)へと右拳を振り下ろす。

 

一方通行(アクセラレータ)はそっと着ぐるみの少女へ手をかざすと、着ぐるみの少女の着ぐるみを構成していた紙をばらばらと(ほど)けさせて淡い紫色の光を帯びさせた元の四角い紙へと戻していく。

 

『なっ──!?』

 

少女が一方通行(アクセラレータ)によって服を構成していた紙の制御権を奪い取られながら吹き飛ばされる中、一方通行は少女に向けてかざした手をそのまま地面について舌打ちを打つ。

 

『つまンねェなァ……。…………つまンねェよォ』

 

一方通行(アクセラレータ)が呟いた瞬間、床を割って杭のようにコンクリートの塊が四本、宙を舞う着ぐるみの少女の体へと突き立てられた。

 

『そンな小ネタじゃ俺には届かねェ。俺の定義を外側からぶっ壊すよォな人間でも連れてくるンだなァ!!』

 

真守は一方通行(アクセラレータ)の怒鳴り声によって顔を上げた。

 

「なんか今呼ばれた」

 

顔を上げた瞬間、モニターからプログラムが無事に走ってハッキングが完了した音が聞こえたので、真守はコンソールを再び見つめた。

 

「……──見つけた。おそらくここが菱形幹比古の隠れ家だ。……聖音高等学校第六科学棟、か。周辺状況を調べて残存勢力を確認。まあ多くのDAは出払っているだろうな」

 

真守はモニターから残された二人の少女の阿鼻叫喚の声が聞こえる中、コンソールを高速で操作してハッキングを仕掛ける。

 

『残るはオマエだけだがァ。幾ら俺でも無抵抗のガキをいたぶる趣味はねェからなァ』

 

一方通行(アクセラレータ)は帽子の少女を軽々と撃破して残ったリーダーと呼ばれた少女へと近づく。

 

『さァ。どォする……? なァ?』

 

リーダーが恐怖でたたらを踏んで床に盛大にお尻を打ち付ける中、一方通行(アクセラレータ)はゆっくりと歩いて顔を近づけた。

 

『だァからァ。な・ン・と・か、言えよォ──?』

 

一方通行(アクセラレータ)が邪悪に微笑むとリーダーは白目を剥いて失神した。

 

『──ッチ。ション便くせェガキがこンなトコ歩き回るとはなァ。ガキは大人しく布団にくるまって寝てろォ』

 

「聞こえるか、菱形幹比古」

 

一方通行(アクセラレータ)屍喰部隊(スカベンジャー)蹂躙(じゅうりん)し終わったのと同時に、真守は菱形幹比古へと通信を掛けた。

 

〈うん。キミはもしかしてもしかしなくとも流動源力(ギアホイール)だね?〉

 

「ああ、そうだ。九月一日付けで超能力者(レベル5)第一位に認定された流動源力(ギアホイール)──朝槻真守とは私の事だ」

 

真守は宣言をしてから真剣な表情で告げる。

 

「ちょっと話をしようか、菱形幹比古。……建設的な話をな」

 

 




一方通行蹂躙無事終了……。
真守ちゃん、その間に菱形に辿り着きました。

一つ気になることがあるのですが、この事件の時上条くんは何してたんでしょうね。
漫画版ではインデックスとアレイスターがちょこっと描かれていたんですけど、普通に学校に行ってたんでしょうか。
『流動源力』ではそれなりに辻褄合わせていますが、原作ではどうなんでしょう。気になる……。



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第七一話:〈悪意権化〉との議論

第七一話、投稿します。
次は一〇月二三日土曜日です。


〈キミの事は超能力者(レベル5)第一位ということ以外も僕は知ってるよ、うん。『解析研』の秘蔵っ子。制御不能の消えた八人目の超能力者(レベル5)。『絶対能力者進化(レベル6シフト)計画』の隠された本命。まだまだキミを形容する言葉はたくさんあるね〉

 

「エステルから聞いた。最終信号(ラストオーダー)を狙ったりミサカ一〇〇四六号を手元に引き寄せようとしたのはミサカネットワークに存在する死の記憶を求めてなんだな?」

 

〈うん、そうだ。『公式』を完成させるためにどうしても必要なんだよ〉

 

真守が自分のことなどどうでもいいと言わんばかりに問いかけると、菱形も真守の身の上話はどうでもよかったのか、淡々と答える。

 

真守は気になる単語があり、眉をひそめて問いかけた。

 

「公式?」

 

〈そうそう。一〇〇三一回の死の記憶を持ってして『公式』が完成は完成する。それをインストールして、蛭魅は絶対能力者(レベル6)へと進化できるんだ。完全な頭脳には死の記憶だってもちろん必要だろう?〉

 

「菱形蛭魅が絶対能力者(レベル6)となった後、お前たちは一体どうする気だ?」

 

真守がその目的の先に何があるのかと問いかける。

 

絶対能力者(レベル6)は神さまの答え──世界の真理を知るための手段だ。

 

その手段を菱形幹比古と菱形蛭魅が何に悪用しようとしているのかと真守が気になって問いかけると、菱形は『蛭魅が絶対能力者(レベル6)になったら、か』と一言しんみりと呟いてから思案する。

 

〈……朝起きて夜眠る。そんな平凡で幸せな毎日を送って静かに暮らすんだよ。僕と蛭魅、二人っきりで全てをやめて一緒に仲良く暮らすんだ〉

 

(絶対能力者(レベル6)が何をもたらすか理解していないのか、この男)

 

真守は心の中でそう呟くと菱形に切り出した。

 

「……お前は絶対能力者(レベル6)が世界に顕現(けんげん)したら一体どうなると思う?」

 

絶対能力者(レベル6)が顕現した世界? 何だい、それは〉

 

真守の問いかけが分からずに菱形は思わずオウム返しをする。

 

真守は訝しみながらもゆっくりと(さと)すように絶対能力者(レベル6)が顕現した世界について話す。

 

絶対能力者(レベル6)、つまり神さまが現れるということは今のこの世界が終わるということ。世界が終わるならば戦争が起きて誰も彼もがその中で命を落とす。……世界を相手取る力を持つ神は個人を優先してはいけない。その強大な力の責任を負わなければならないからだ。多大な力を持つ者には多大な責任が(ともな)う。それは統治者を見れば分かるはずだ」

 

〈それが?〉

 

真守が力を持つ者に与えられる責任を説いていると、菱形は興味なさそうな薄っぺらい声で告げた。

 

「……お前は絶対能力者(レベル6)がもたらす世界やその意味について、どうでもいいの?」

 

〈うん、どうでもいいね〉

 

真守が研究者にあるまじき人間だと顔をしかめていると菱形はそう断言した。

 

〈蛭魅の夢である絶対能力者(レベル6)に蛭魅が辿り着ければ世界なんてどうでもいい。世界が滅びようと蛭魅と僕が生きていればどうでもいいよ、うん〉

 

菱形はあざ笑う様子で彼が本当に心からしたい事をはっきりと宣言した。

 

「それでも絶対能力者(レベル6)に手をかけるべきじゃない。アレはお前の思っているようなものと違う。本当に菱形蛭魅のことを想っているならお前は止めるべきなんだ」

 

〈……その言い方、まさかキミは絶対能力者(レベル6)に手をかけたとでも言いたいのかい? ……キミは確かに『樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)』で既に絶対能力者(レベル6)へと進化できる可能性があるとお墨付きが出ている。もしかして、自分の意思で進化(シフト)していないのかい?〉

 

菱形は真守の言い分を聞いて震える声で訊ねてくる。

 

「だったらどうする?」

 

〈ありえない……まさか、キミは死を知っているとでも言うのかい?〉

 

どうやら菱形幹比古にとって気になるのは真守が何故絶対能力者(レベル6)になる権利を持っているのに進化をしないのか、という事ではなく、蛭魅が絶対能力者(レベル6)へと進化(シフト)するために必要な死の記憶を真守が持っているのかの方が重要らしい。

 

「……そうだな。お前が使う()()()()()()大事な死を知っているかと聞かれれば知っている。私は昔、人を死から引き戻したことがあるからな。その時に私は死に触れた。それは事実だ」

 

〈な、……なんてことだ〉

 

菱形は真守の告白に恐れおののく。

 

〈だったらその死をどうにかして教えてくれないか!? そうすれば打ち止め(ラストオーダー)は諦めよう、うん! キミは超能力者(レベル5)で現実を数字に置き換える事ができる逸材だ! だからキミの死についての詳細なレポートが聞きたい!〉

 

「……それを聞いてもお前はどうしようもないんだよ」

 

〈どうしようもないかは僕が決める事だ! キミに言われる筋合いはないね!〉

 

「……お前たち『プロデュース』は能力が脳のどの部位に宿っているか調べていたんだろう。非人道的すぎる実験を繰り返して解った事実は、『霊魂と呼ぶべき何かが能力を発動している』というオカルト的な見解だけ。だから──霊的な何か、つまり魂はある。お前たちが出した結論だ。それをお前たち自身が覆すことはしないだろう?」

 

〈突然何の話をしているんだい?〉

 

「……あの時、あの子の生命力の塊──魂はここではないどこかへと行こうとしてしまっていた」

 

真守は深城を死の淵から取り戻した時の事を思い出す。

 

「私はあの子の魂がどこかへ()()()()していたのを止めるために、ベクトル生成をしてこの世の法則を()()()()()()()()新たな定義を生み出してあの子の魂を繋ぎとめた。……だが、それだけじゃダメなんだ」

 

真守は息を吹き返したのにまるでそこに命がないと感じられるほどに空虚な深城の体を抱き上げた時の感触を思い出しながら呟く。

 

「あの子の存在そのものは既にあの子の体から周囲へと()けつつあった。つまり世界の定義を塗り替える私の能力をもってしても、人を完全に蘇生させる事は不可能だ。だから私のような特別な能力者が近くにいなかった菱形蛭魅は死んでいる。私の死の記録を聞いて、お前が『公式』に組み込んでも菱形蛭魅の願いを叶えるなんてできない。菱形蛭魅はこの世にもういないのだから」

 

〈……蛭魅は生きている〉

 

真守の話に筋が通っているのは菱形も分かっている。

 

だが自分の心の支えである蛭魅が死んでいるという事実を受け入れられないからこそ、おまじないのようにそう呟いた。

 

「私の話が研究者の視点から見て筋が通っているとお前は理解できる。その研究者としてのプライドを折っても、お前はそう思い込みたいのか?」

 

〈蛭魅は生きているんだ! 蛭魅が蛭魅としてここに存在しているんだから当然じゃないか!〉

 

菱形は真守の問いかけに激昂(げきこう)するが、真守もすかさず追撃する。

 

「では菱形蛭魅はどこからその公式の知識を持ってきたんだ? 魔術を欠片も教えたことがないとエステルは言っていた。その菱形蛭魅の中身は檮杌(とうこつ)なんじゃないのか?」

 

〈蛭魅が素晴らしい頭脳を持っていたからこの公式を導き出すことができたんだ!〉

 

「じゃあ百歩譲って菱形蛭魅がその公式を生み出したとしよう。だが菱形蛭魅は最終信号(ラストオーダー)のことを全く知らなかったのに、何故一〇〇三一回の死の記録を最終信号が保全しているなどと突然言い出したんだ?」

 

〈死の記録が必要だって分かった時に蛭魅が調べたんだよ! 当たり前じゃないか! キミはどうしても蛭魅が死んだことにしたいのかい!?〉

 

真守の追撃に菱形は(わめ)き散らしながら答える。真守はそこでグッと歯を噛み締めた後にそっと呟いた。

 

「……だってお前が菱形蛭魅を死んだと認めなければ今のままじゃ彼女は報われないじゃないか」

 

〈…………報われない?〉

 

菱形の問いかけに真守は、死がどんなものか知っているからこそ、やるべきことを菱形に教える。

 

「死んだのにまだ生きているはずだと、生きている人間に勝手に思われて弔ってもらえないなんて菱形蛭魅が浮かばれない。本当に彼女のことを想っているならば、死を認めて(いた)んだほうがいいに決まっている。……菱形蛭魅を楽にできるのはお前だけだ」

 

〈だから、蛭魅は生きているんだってば! キミは真の髄まで超能力者(レベル5)サマなんだね、うん! 自分の考えに凝り固まっている!〉

 

「だったらどちらの考えが凝り固まっているか証明してみようじゃないか」

 

〈証明?〉

 

菱形は嫌な予感がしつつも顔をしかめた真守の発言が気になって問いかけた。

 

「その菱形蛭魅の中に侵入している檮杌の魂を砕いても菱形蛭魅がそこに存在していたら、菱形蛭魅は死んでいない事になる。だからやってみよう、菱形。菱形蛭魅が本当に死んでいるのか死んでいないのか、明らかにしよう。菱形蛭魅が本当に死んでいるならばお前もそれを認めて弔ってやった方がいいに決まっている」

 

〈檮杌の魂を……砕く? 何を言っているんだい、だからこれは蛭魅だって、〉

 

「お前は私の噂を聞いたことがあるんだったな。だったら私の周辺で記録はあるのにいないことになっている人間が続出している、という噂は聞いたことがあるか? まあ、なくてもいい。そういう噂が存在してもおかしくないと私は思っているからな」

 

真守は菱形の動揺する声を途中で(さえぎ)って告げる。

 

〈……突然、何の話をしているのかな? さっきから話題が飛び飛びだよ、うん〉

 

「それは悪かったな。だが必要な話だから聞いてくれ」

 

真守は菱形の意味がうまく掴み取れないという苦言に、一言謝ってから忌々しそうに呟く。

 

「──私の源流エネルギーには私にとって面白くもなんともない特性がある」

 

真守が手から源流エネルギーを生成すると、歯車がガキガキガキ! と、荘厳に噛み合わされる音と共に蒼閃光(そうせんこう)(ほとばし)った。

 

「源流エネルギーは存在そのものの抹消をする性質を持つエネルギーだ。だから源流エネルギーに焼き尽くされて存在の確認ができるものはこの世にありえない。この源流エネルギーを使って人を殺すと人間の存在そのものが『抹消』されるんだ。誰も彼も、その人物がいたことを忘れることになる。私はこれで何百人もこの世からその存在を『抹消』した」

 

〈……は?〉

 

「今からそっちに行ってそこにいる菱形蛭魅を源流エネルギーで焼き尽くす。それで檮杌という存在が抹消されて菱形蛭魅という存在がこの世に残っていれば、菱形蛭魅が死んでいたという事になる。死んだ人間の死体を焼き尽くしてもそれは既にモノだから人間の存在は消えないんだ。おそらく魂を『抹消』していないからだと思うが……まあそんな憶測はどうでもいい。……この証明について、お前が理解できない部分はあるか?」

 

〈──そ、それで蛭魅が本当にこの世から消えたらどうするんだよ!〉

 

真守の説明に菱形幹比古は即座に声を荒らげた。

 

「蛭魅がこの世からその存在を『抹消』されれば、お前は蛭魅の存在そのものを忘れる。だからお前は悲しみすら覚えないだろう。『存在の抹消』とはそういうものだ。だから安心しろ。──何も、問題ない」

 

真守の冷静で残酷な言葉に菱形は絶句する。

 

だが自分の大事なものが、その存在そのものまで抹消されてしまうかもしれない恐怖を怒りですぐに怒鳴り散らし始めた。

 

〈殺す! 殺してやる!! 蛭魅を傷つけるヤツは全員殺してやるぅ!!〉

 

「『棺桶』か。楽しみにしているよ。でも菱形幹比古。忘れていないか?」

 

真守はそんな菱形の怒りにフッと柔らかく微笑みながら意地悪そうに呟く。

 

〈何をだ!?〉

 

錯乱するほどに怒り狂っている菱形に真守は悪魔のような囁きで恐怖を植え付けるように囁く。

 

「私の源流エネルギーで存在を抹消できないモノはこの世には存在しない。私は私の大切なものを守るために、すべてを平等に公平に焼き尽くす」

 

真守はそこでマイクをガッと掴んで目を鋭くして決意の言葉を口にする。

 

「目を覚まさせてやる、菱形幹比古。そうしなければお前は菱形蛭魅を(ないがし)ろにしたまま生きていく事になるからな」

 

真守は力を込めたマイクをバキバキバキ! と力任せに折ってブチッと通信を切る。

 

(……普通なら、こんな脅しは私もごめんだ。でも菱形はこれからも生きていかなくちゃいけない。菱形蛭魅がいないこの世で。だから荒療治が必要だ。……それに、今の菱形蛭魅はどう頑張ったって檮杌だ。それは間違いない。だってそうじゃなきゃ、流れがおかしいんだ。だから絶対に菱形蛭魅は死んでいる)

 

真守は自分が演技をしてまで菱形を追い込んだことについて心の中で言い訳を呟きながら真剣な表情をしてコンソールを操作し、真守が借りているサーバーへとデータを全て送信するように命令を出す。そしてデータの転送が終わったらこのデータサーバーが壊れるようにも追加命令を出した。

 

「……あの子はゆるしてくれたけれど」

 

真守は命令が正しく出た事を確認しながら、顔を歪めて小さな声で呟く。

 

「死が決まった人間の死を(くつがえ)してはならない。もし、不用意に覆し続ければ、この世のあらゆる流れが狂ってしまう。……それに、生と死を自らの都合で操る者は人間じゃない。……それは、人間ではない何かで──立派な人でなしだ」

 

真守はきゅっと自分の腕を握り締めながら、プログラムが正常に走っているか確認すると、気を紛らせるように首を横に振って通信室を後にした。

 




神さまに対する真守ちゃんの考えが少しだけ出てきました。
そして悪党ぶった真守ちゃん。
人を攻撃したくないのであまり悪党ぶりませんが、菱形のために頑張りました。偉い。



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第七二話:〈最強蹂躙〉で魅せつける

第七二話、投稿します。
次は一〇月二四日日曜日です。


「やはりあなたしかいない!」

 

一方通行(アクセラレータ)やエステルにこれから菱形幹比古が自分を殺しに来ると伝えるために、真守が一方通行たちのもとへとやってくるとそんなエステルの声が響いた。

 

「あ……あの! 一方通行(アクセラレータ)!! わ、私の……! 師匠になってくれ!!」

 

エステルはそう大きな声でお願いすると、両手に赤い紙風船を乗せ、一方通行(アクセラレータ)へと差し出す。

 

(なんか始まってる)

 

「あァ……?」

 

真守が目を瞬かせている前で一方通行(アクセラレータ)も意味が分からずに言葉を零しており、エステルはそんな一方通行へ畳みかけるように懇願する。

 

「我がローゼンタール家では師弟の契りを結ぶ時、弟子となる者が身に着けている装飾品や道具から赤いものを渡す習わしとなっている! 己が血肉を師匠に預けるという意味だ!」

 

エステルはそこまで説明すると赤い紙風船を口元に持ってきて空気を吹き入れて、紙風船として機能するように膨らませる。

 

「こうやって厚みを持たせて形を与える事によって、より己の血肉の意味も増す!」

 

「ンな事はアイツにでも頼め」

 

エステルが意気揚々と手の中の赤い紙風船を一方通行(アクセラレータ)に見せると、一方通行はそれを見ずに真守の方へ顔を向けた。

自分よりも真守の方が適任だと考えたのだろう。

 

「あ、いや! そんなこと言わずに頼む! 真守も確かにすごい! だがあなたの強さを学びたいんだ!」

 

エステルが頭を下げた瞬間、一方通行(アクセラレータ)は面倒くさくなって赤い紙風船をベクトル操作で操って宙に浮かすと、適当な方向へと放り投げた。

 

エステルは慌ててそれを追うが、一方通行(アクセラレータ)はそんなエステルを気にも留めずに真守に問いかける。

 

「クソ野郎の居場所は掴めたのかァ?」

 

「掴んで挑発したらこっちに秘密兵器を向かわせると叫んでいた。その秘密兵器をぶち壊して戦力をゼロにしてから向かおうと思う」

 

「丸裸にするってことかァ? 面白そォじゃねェか」

 

「む。私を襲ってくるんだからお前は手を出さなくていいぞ? 頭の傷口がまた開くだろ」

 

一方通行が獰猛に嗤うと、獲物を横取りされる肉食動物の気持ちになって真守は顔をしかめる。

 

「オマエが力ァ使ってるトコを見ンのが面白ェって言ってンだよ」

 

どうやら一方通行は真守の能力について興味があるらしい。

そう言えば『絶対能力者進化(レベル6シフト)計画』の時は一方通行(アクセラレータ)の定義をぶち壊しただけで戦闘はしてなかったな、と真守は思いながら視線をエステルへと向けた。

 

「……ところで、あれはいいのか?」

 

「あァ?」

 

真守が告げると一方通行(アクセラレータ)は後ろから近づいてきていたエステルに気が付いて胡乱(うろん)げに視線を向ける。

 

とりあえず赤い紙風船は懐にしまったらしいエステルは、禍斗という疑似魂魄を定着させた人皮挟美の(かたわ)らで頭を下げる。

 

「頼む! 師匠になってくれ! あなたの強さを学びたいんだ! ……禍斗! お前からも頼んでくれ!」

 

一方通行(アクセラレータ)が完全に顔を背けて無視をしていると、エステルは禍斗にそう命令する。

 

「承知しました。ご主人様(アドナイ)の命令を実行します」

 

禍斗は機械的にそう呟いた後、一方通行(アクセラレータ)が面倒くさそうに体を背けた方へ回り込むと正面から頭を下げた。

 

一方通行(アクセラレータ)ご主人様(アドナイ)の師匠になるよう要請します」

 

一方通行(アクセラレータ)は目の前に風を切り裂いて現れた禍斗を睨みつける。

 

「どうかこの通りだ。頼む!」

 

「……つか、何で服着てねェンだ?」

 

エステルも回り込んで二人が頭を下げる中、一方通行(アクセラレータ)はマントの下に下着しか身に着けていない禍斗に目を向けながらエステルに訊ねた。

 

「ああ。これは時間がなかったんだ。追いかける事を優先にしたんで装備を十分に用意できなかった。……確かにこれでは防御力が心もとないな。……そうか! 私の装備を禍斗に譲ればいいんだ! そうすれば禍斗の防御力が上昇する!」

 

エステルはぽん、と手の平に拳を乗せて明るい声で告げると妙案だとして、自分のナース服に手をかける。

 

「それではご主人様(アドナイ)の防御力の低下が懸念されます。……一方通行(アクセラレータ)の衣服を借りると言うのはいかがでしょうか?」

 

エステルは禍斗の言い分に再びぽん、と手の平に拳を落とすと、一方通行(アクセラレータ)へと向き直って頭を下げて手を出した。

 

「成程! 師匠ならば衣服の防御力になど頼る必要もないしな! では、お願いします!」

 

「で? そのバカはいつここに来るンだァ?」

 

「……聖音高等学校から頑張って飛んでくるからもうすぐじゃないか?」

 

まったく興味がなくガン無視した一方通行(アクセラレータ)が自分へと問いかけてきたので、真守はちらちらとエステルを見ながら一方通行の疑問に答えた。

 

「師匠! 無視しないでくれ!」

 

一方通行(アクセラレータ)ご主人様(アドナイ)の師匠になる事を要請します」

 

エステルは一方通行(アクセラレータ)へと近寄ると、禍斗と共に一方通行と真守の周りをぐるぐると回る。

 

「何も指導してくれなくていい、勝手に学ぶ! だから師匠になってくれ!」

 

ご主人様(アドナイ)の師匠になるように、重ねて要請します」

 

禍斗は二回目の要請だと強調するように二本指を立てながら一方通行(アクセラレータ)と真守の周りを歩き回る。

 

「師匠がいるかいないかには大きな違いがあるんだ!」

 

ご主人様(アドナイ)の師匠になるように、ひたすら幾重にも要請します」

 

禍斗は三回目の要請だと強調して二本指に一本、指を足す。

 

「なあ、お願いだ! どうしてもあなたに師匠になって欲しいんだ! 頼む!」

 

エステルはそこでついに一方通行(アクセラレータ)の服を掴んで懇願(こんがん)し始める。

 

「チッ。しつけェぞォ」

 

一方通行(アクセラレータ)は呟きながら電極のスイッチに触れて能力仕様モードに切り替えると、エステルと禍斗を吹き飛ばした。

 

「うわあああっ!」

 

真守のセーラー服のスカートの中の下着が見えない範囲でその衝撃波によって揺れ動く中、エステルと禍斗は衝撃波をもろに浴びて背中から地面に落ちる。

 

「頼む! あいつらを放っておいたら、世界が、」

 

それでもエステルは体を即座に起こして一方通行(アクセラレータ)へと懇願すると、一方通行がブチ切れてエステルの顔のすぐ横に衝撃波を飛ばした。

 

「うぇッ!?」

 

一方通行(アクセラレータ)の繰り出した衝撃波はエステルのすぐ横を通り過ぎて赤い大型多脚兵器のセンサーがついた頭部に風穴を空ける形で着弾し、エステルは人間の頭蓋骨を簡単に割るほどの威力に思わず固まる。

 

「世界とかどォでもいいンだよ。これ以上絡ンで来るなら本気で黙らせンぞ」

 

「私はどうしても蛭魅を止めたいんだ! 今の私では、蛭魅を止められない……強さが、強さがいるんだ……!」

 

エステルは涙を零しながら一方通行(アクセラレータ)と真守へと近づいて、一方通行に再び縋りつく。

 

「頼む!」

 

「フン。よくもまァテメエ勝手な事が、」

 

一方通行(アクセラレータ)が鼻で嗤って言いかけたその瞬間、真守のすぐそばに横たわっていたミサカがぴくりと反応したので一方通行はそちらを見る。

 

「う……」

 

「ミサカ、大丈夫か?」

 

エステルと一方通行(アクセラレータ)の掛け合いを静観していた真守は意識を取り戻したミサカ一〇〇四六号に近づいて顔を覗き込むように膝を折る。

 

「……あなたが助けて下さったのですか? と、ミサカは他の個体とは違い、あなたに直接助けてもらった事に少しだけ優越感を覚えながら問いかけます」

 

「私だけじゃなくて一方通行(アクセラレータ)も助けてくれたぞ」

 

ミサカが嬉しそうに控えめに微笑むのを見て、真守は顔を背けている一方通行(アクセラレータ)にミサカの視線を誘導させるように仕向ける。

 

「あの人もミサカのことを? とミサカは意外な人物に微かな驚きを覚えます」

 

「うぅ……アレ、どうなってんじゃん……」

 

ミサカが一方通行(アクセラレータ)を見つめて柔らかく微笑む中、ミサカの隣に横たわっていた黄泉川が目覚めて頭を押さえながら体を起こす。

 

「黄泉川先生、目が覚めたのか。良かった、とりあえずは大丈夫そうだな」

 

「朝槻……? あんた、また首突っ込んだんじゃん!?」

 

黄泉川に怒鳴られて耳がきーんとしながらも真守はミサカをちらっと見つめながらムスッとした表情をする。

 

「この子が誘拐されて黙って見過ごすなんてできるワケないだろ」

 

「……まったく、月詠先生が特別目をかける理由がわかるじゃん?」

 

黄泉川が真守の破天荒さに降参したようにしみじみ呟くと、真守は少しばつが悪そうに、でも嬉しそうにぶっきらぼうに告げる。

 

「小萌先生は生徒全員を愛してくれる。別に私だけに構ってない」

 

「優秀なのに目をかけてるって時点で特別ってことじゃん? あいつ、出来の良い生徒よりも出来の悪い生徒の方がタイプだし」

 

「それは私もそう思ってる。そして本人もちょっと気づいているらしいぞ」

 

「──オイ、無駄話は止めた方が良いぜェ。来たぞ」

 

黄泉川と真守が話をしていると夜空を見上げていた一方通行(アクセラレータ)が真守に声を掛けた。

 

立ち上がった真守は一方通行(アクセラレータ)(うなが)されて夜空を見上げた。

 

そこには綺麗な星々の中に人工的な光がぽつんと存在していた。

 

その光がどんどんと大きくなってこちらへと落ちてくる。

 

「さて、やっと来たか」

 

真守は風を繰り出しながら舞い降りた菱形幹比古が寄越した『棺桶』を見上げて不敵に笑う。

 

その『棺桶』は紫色に赤いラインが走った戦車の形状を取っていた。

 

キャタピラはついていないが、キャタピラに当たるところにはブースターがついており、その『棺桶』は真守たちの前の空中で静止する。

 

そして四つの赤い魔法陣が浮かび上がると、それが回転してその中心に大きな魔法陣が展開される。

 

「ローゼンタール式の魔法陣……? あれは、饕餮(とうてつ)だ」

 

「饕餮……。ああ、アレがナンバーズの悪霊の、四凶の饕餮か?」

 

エステルの呟きに真守が問いかけると、エステルは緊張した面持ちで呟く。

 

「ああそうだ。真守には以前に話したな。禍斗よりはるかに強力な符でローゼンタール家五代目当主、ネイサンが生み出したナンバーズの悪霊。その一つが饕餮だ……!」

 

エステルはそこで一方通行(アクセラレータ)と真守の前へと飛び出した。

 

「下がって! アイツの狙いは私だ! 私が、」

 

「オマエは下がってろ」

 

「でも!」

 

一方通行(アクセラレータ)の言葉にエステルは反論するが、そこで真守はエステルの前に出た。

 

「いいから見ていろ」

 

エステルがその言葉に首を傾げると、真守は一方通行とエステルの前へと出た。

 

そして真守は不敵に微笑みながら能力を解放した。

 

蒼閃光(そうせんこう)によって形作られた三角形を猫耳ヘアに被るように猫耳のように展開、その猫耳に正三角形を二つずつ連ねさせる。

 

セーラー服のスカートの上から四角く長いタスキを尻尾のように伸ばして、その根元にリボンのように三角形をぴょこっと出現させる。

 

「待ってくれ! そいつは何の能力を強化したか分からない! 慎重に……!」

 

エステルが言いかけた途端、饕餮の肩に乗っていたミサイルポッドからミサイルが四発発射された。

 

「真守!」

 

エステルが制止の声を上げるが、真守はそのミサイルを全て源流エネルギーで焼き尽くそうと、歯車が噛み合ってガキガキと鳴る音を響かせながら蒼閃光を(ほとばし)らせて源流エネルギーを生成、そして地面を蹴りつけて空中へと躍り出る。

 

だがそのミサイルは真守を捉えることなく四方に散っていく。

 

真守が四方に飛び散ったミサイルを訝しんでいると、突然饕餮の姿が真守の前から消えた。

 

四発のミサイルの内、一つのミサイルと饕餮の場所が入れ替わったのだ。

 

真守がミサイルと入れ替わった饕餮の方へと振り返った瞬間、饕餮は肩に取り付けられていた火炎放射器を真守へ放った。

 

爆発が起こり、あたりに煙が充満する。

 

「朝槻!」

 

黄泉川が悲鳴を上げるが、一方通行(アクセラレータ)はフッと嘲笑した。

 

「俺の定義を簡単にぶっ壊すよォなアイツが簡単にヤられるワケねェだろォが」

 

一方通行(アクセラレータ)の呟きの通り、真守は煙の中から炎からシールドで身を守りながらスカートをひらめかせて無傷で現れる。

 

「……確か饕餮に搭載された死体の能力は物体置換(リプレイス)だったな。本当にあの質量を入れ替えることができるのか。驚きだな」

 

真守は菱形のデータサーバーから引き出した情報を頭の中で展開しながら呟く。

 

真守に睨みつけられている饕餮は真守に向かってではなく四方へ飛び散るようにミサイルを放つ。

 

そして物体置換(リプレイス)が発動し、ミサイルの替わりに水色のボディを持つ犬型のロボットをそのまま大きくしたような兵器が現れた。

 

窮奇(きゅうき)だな。確か念動能力(サイコキネシス)超能力者(レベル5)並みに引き上げているとかなんとか。何が超能力者(レベル5)並みなんだか」

 

真守が呟いていると突然真守の目の前で突然空間が歪み、黄土色の円錐に球体が乗った兵器が現れる。その兵器は円錐状になっていた装甲を四枚、翼のように展開して中から犬のような小さい体を露出させて、その装甲から触手状のチューブを手足のように伸ばした。

 

「なるほど。あれが渾沌か。隠密隠形(ステルスハイド)で認識を阻害するという知覚に作用する能力だったな。三体現れたということか。菱形も必死だな」

 

真守はフッと笑いながら三体を視界に入れると、まず手始めに青い犬型ロボットの窮奇へと迫った。

 

窮奇は自分の体の周りに念動能力(サイコキネシス)のフィールドを形成する。

 

「……悪あがきだなァ」

 

「え?」

 

一方通行(アクセラレータ)が呟くので真守が宙を舞い踊るのを見つめていたエステルは思わず一方通行を見つめた。

 

「アイツは世界に自分の定義をねじ込むンだ。だからアイツの攻撃は物理法則を食い破るンだよ」

 

一方通行(アクセラレータ)が呟く前で、真守は右手に源流エネルギーを生成して槍のように先端を鋭くさせると、そのまま窮奇へと突進した。

 

ガキギギ! と、歯車をかみ合わせたような荘厳な音と共に蒼閃光が(ほとばし)り、真守の生成した源流エネルギーは念動能力(サイコキネシス)でできた壁を突き破ってそのまま窮奇の胴体をぶち抜き、大爆発を引き起こした。

 

辺りには爆風が吹きすさび、煙によって視界が阻まれる。

 

だが真守はひるむことなくそのまま饕餮の懐に潜り込むと、饕餮のセンサーが密集している頭部を思いきり蹴り上げた。

 

真守の強力な蹴りによって饕餮の頭部は戦車の形をとっていた胴体から離れ、接続パーツをまき散らしながら宙を舞う。

 

真守は饕餮の頭が宙を舞う中、饕餮の胴体の中枢部分に源流エネルギーを球にして叩き込み、完全に沈黙させる。

 

真守が一瞬で饕餮を破壊している間に、渾沌は自身に搭載されている能力隠密隠形(ステルスハイド)によって身を隠していた。

 

「馬鹿だな。空間の揺らぎでお前の位置は丸分かりだ」

 

だが真守はそう呟くと、自分の蹴りによって宙を舞っていた饕餮の頭に向かって猫のように身を(ひるがえ)して近づき、その饕餮の頭部をボールに見立ててオーバヘッドで身を隠した渾沌に蹴りつけてクリーンヒットさせる。

 

真守の攻撃を受けて渾沌の能力が解除されて渾沌は姿を現す。

 

真守はそんな渾沌の装甲の内部に向かって源流エネルギーを蒼閃光で彩られた極太ビームにして放った。

 

渾沌は胴体を破壊されて四つの装甲と頭部、それと両足がバラバラになる。

 

真守は地面に激しい地響きを鳴らして落ちた渾沌の頭部へと着地すると、表面の装甲をべりべりと剥がして中のセンサーを露出させた。

 

ケーブルを数本思い切り引っ張って引き出すと、手の平に電気エネルギーを生成させてハッキングを開始して回線を繋げる。

 

「菱形幹比古。お前の『棺桶』は役に立たなかったぞ?」

 

〈わ、悪かった……悪かったから蛭魅を殺すのはやめてくれ……!!〉

 

真守が威圧を込めて笑いながら告げると渾沌の目に当たる部分がビカビカと光る。

 

「だから私はさっきから言っている。菱形蛭魅は既に死んでいるんだ。それを証明するためにお前のもとに出向いてやる。だから待ってろ」

 

〈いや、そうじゃなくて……! あれ、そうなんだっけ? で、でも蛭魅は生きて……生きているんだっ!〉

 

菱形が真守への恐怖で錯乱状態にある中、真守は柔らかく(さと)すように告げる。

 

「菱形蛭魅が生きていると思い込んでいたら死んでいる菱形蛭魅がいたたまれない。死んだならちゃんと悼んでやらないと。そうじゃなきゃ悲しいだろう」

 

〈やめ、やめ……来るなァ!〉

 

「ダメだ。菱形蛭魅に憑いている檮杌(とうこつ)をどうにかしないといけないんだ。じゃあな、菱形幹比古。また後で」

 

真守はブチィッと手に持っていたケーブルを引きちぎって通信を終えると、渾沌から飛び降りた。

 

「黄泉川先生。警備員(アンチスキル)じゃ手に負えない存在だけを私たちが始末してくるから、その後菱形幹比古を確保して、アイツが昔所属していた『プロデュース』の捜索をしてほしい」

 

「『プロデュース』?」

 

「うん。後で『プロデュース』がやってた実験についてのデータを渡すから。お願い。後ミサカのこと頼むな」

 

「この子のことは分かったけど……私たちが手に負えない存在って、そんなにヤバいモンをあんたが相手するの?」

 

真守がお願いをすると、黄泉川は真守の表現に警戒心を(あら)わにする。

 

「問題ない。私は超能力者(レベル5)だ。できないことはない。……それこそ、神さまに手をかけることだってできるんだから」

 

真守が自嘲気味に笑うと黄泉川は首を傾げた。

 

「……それに面倒な事はさっさと終わらせて私は病院に帰りたい。深城たちも待っているし、これ以上この件に関して動いていると垣根の機嫌が悪くなるし」

 

真守が片目を閉じながらチラッと一方通行(アクセラレータ)を横目で見つめると、一方通行は怪訝な表情をする。

 

真守はそんな一方通行(アクセラレータ)の怪訝な表情に応えず伸びをする。

 

菱形幹比古が逃げないのは分かっている。

 

何故なら、死んでしまって菱形蛭魅のフリをしている檮杌が巨大な機械に繋がれていて聖音高等学校から逃げる事ができないからだ。

 

「……誰よりもかけがえのない存在がいるから強大な魔の手が差し迫っていても逃げられない気持ち、私にも分かるよ」

 

真守は学園都市と一体化している深城を置いて学園都市から逃げられない自身と、機械に繋がれた菱形蛭魅を置いて逃げられない菱形の今の状態に対して共感を覚えてそうぽそっと呟くと、振り返ってエステル、禍斗、一方通行(アクセラレータ)を見つめる。

 

「では檮杌を止めに行こうか?」

 

真守の問いかけで頷いた三人がやる気であることを知って、真守はにこっと(ひか)えめに微笑んだ。

 




真守ちゃんも蹂躙しました。

ちなみに漫画の方でもwikiでもリプレイスやステルスハインドの四文字での表記がなかったので作中で出てきたものは『流動源力』オリジナルです。
ご了承ください。



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第七三話:〈喪失同志〉は支え合う

第七三話、投稿します。
次は一〇月二五日月曜日です。


「初めまして、菱形幹比古」

 

真守が挨拶をすると、菱形はぶるぶると震えて真守へと銃を向けていた。

 

警備員(アンチスキル)が扱うサブマシンガンに似ている。おそらくDAが持っていたものの流用だろう。

 

「その後ろに隠れているのが菱形蛭魅か?」

 

真守がちらっと菱形幹比古の後ろに隠れている状況が分かっていないような顔をしている菱形蛭魅を見つめて問いかける。

 

「……死んでるな」

 

生命力の塊である魂ではなく疑似魂魄しか感じられないため、真守がそう判断すると菱形幹比古は叫んだ。

 

「蛭魅は生きているんだ!! 蛭魅はぁ!!」

 

「菱形。認めたくないだろうが菱形蛭魅は死んでいる。それが事実だ」

 

「そんなことはない! 蛭魅はここにいるじゃないか! 生きている!!」

 

菱形は自分が庇っている蛭魅を抱きしめながら叫ぶ。

 

「エステル」

 

真守は菱形を感情を抑えた目で見つめながら呟く。

 

舜帝(しゅんてい)の剣を」

 

真守の言葉にエステルはコクッと頷いて腰のベルトに下げていた鞘から刀身がひび割れている両刃の短剣を手に取った。

 

ローゼンタール家に代々伝わる霊装、『舜帝の剣』。

これでローゼンタール流の疑似魂魄を定着させた死体を貫けば、死体に定着している疑似魂魄を強制的に死体から引き剥がすことができる。

 

真守がエステルに疑似魂魄が暴走した時のセーフティはないのかと問いかけると、『舜帝の剣』があると言ったので、エステルと蛭魅の思い出の地に行って用意してきたのだ。

 

「……ある」

 

エステルは蛭魅に『舜帝の剣』を向けて目を閉じ、再び目を開いてからそう呟いた。

 

『舜帝の剣』をかざせば符の位置をサーチすることができるのだ。

 

サーチできるということは疑似魂魄が作用しているということで、疑似魂魄が死体に定着していることになる。

 

つまり今動いているのは檮杌で菱形蛭魅ではなく、菱形蛭魅は死んでいるということだ。

 

そのため真守が確認した別の方法でも、菱形蛭魅は死んでいると証明されたことになる。

 

「な、なにをするつもりだ、やめろぉ!!」

 

真守は(わめ)き散らす菱形幹比古へ接近してその頭をガッと手で掴む。

 

「がぁっ!?」

 

その瞬間サブマシンガンが暴発するが、暴発するかもしれないと読んでいた真守はその銃弾を全てこの場にいる人間に当たらないように源流エネルギーで焼き尽くした。

 

それと同時に菱形幹比古の頭に電気エネルギーを流して失神させる。

 

顔だけ掴まれて四肢から力が抜けた菱形を抱き留めると、真守は彼をひょいっとお姫さまだっこしてその場から離れ、近くの長ソファに横たわらせた。

 

「エステル」

 

真守が邪魔者を排除したと告げると、エステルはこくっと静かに頷いて蛭魅へと近づく。

 

菱形蛭魅は動かない。だが次の瞬間、機械的な口調で喋り始めた。

 

『継続欺瞞対象の意識途絶を確認。そのたメ、菱形蛭魅ノ再現を停止しマす』

 

「……やっぱり、檮杌なんだな?」

 

エステルがごくッと唾を呑み込んで菱形蛭魅──檮杌へと近づくと、檮杌は薄く頷く。

 

『ハイ。エステル様に起動していただいた檮杌でございます』

 

「狂っていないのか……?」

 

『私は自己診断プログラムの結果、正常と判断されています』

 

「だがお前は私の命令を無視した!!」

 

エステルが叫び声を上げると、檮杌は(うやうや)しく頭を下げて告げる。

 

『ローゼンタールの宿願を優先いたしました』

 

「どういうことだ!?」

 

(ローゼンタールの宿願というと『完全なゴレム』、つまり神を創造するということか?)

 

真守が二人の会話を聞きながら顔をしかめると、檮杌はすらすらと事の経緯を説明する。

 

『私が一七回目に起動した際に、私を形成する疑似魂魄に接触する存在がございました。私は〇.三二秒逡巡(しゅんじゅん)ののち、交信を許可いたしました』

 

「それは一体誰だ!?」

 

エステルが激昂する中、檮杌は対称的に冷静な様子で淡々とその人物を口にする。

 

『その存在は自らを悪魔と自称しました』

 

「本当に悪魔と言ったのか……?」

 

『はい。悪魔を自称する存在は私にローゼンタール家の悲願、「完全なるゴレム」を作成する方法を教えると言いました』

 

「それが『公式』とかいうヤツの正体か?」

 

真守が思わず口を出すと檮杌はピタッと止まるが、真守の問いかけに正当性が見られたので頷いた。

 

『ハイ。悪魔はこう言っておりました。我々の疑似魂魄を構成するセフィロトに特殊な「公式」を書き加えると』

 

「……思った通り、輪廻転生を(もてあそ)ぶのか」

 

セフィロト。セフィロトの樹。

 

十字教やカバラで用いられる概念であり、一〇のセフィラとそれらを繋ぐ二二のパスからなる魂の階級を記した身分階級表だ。

 

魂は輪廻転生を繰り返す。疑似魂魄を構成するセフィロトに特殊な公式を書き加えるということは、輪廻転生の仕組みを崩すことになり、だからこそエステルはその行いが非道だとして歯噛みしながらそう表現したのだ。

 

『それとこうも言っておりました。人の魂魄は死を一〇〇〇〇回繰り返す事でゆっくりと進化し、最終的に最上位のケテルへと至る。人造で生み出された我々の疑似魂魄でも死の証を一〇〇〇〇回書き加えることによってケテルに至ると。そして死によって物質界から消え去るはずの人の記憶……我々がケテルに至るために必要な死の記憶が……一〇〇三一の死の記憶がこの学園都市に保管されていると』

 

「……それがあの子を狙った理由か?」

 

エステルが問いかけると檮杌は迷いなく、躊躇(ためら)いなく、人を傷つけるのに何も(いと)わないと言った様子で機械的に頷く。

 

『はい。ですから一〇〇三一の死の記憶がローゼンタール家の悲願を成就するために必要なのです、エステル様』

 

「……そんなものは要らない」

 

エステルは顔を俯かせて体をふるふると震わせて告げる。

 

そしてバッと顔を上げて檮杌へと自身の心中を吐露した。

 

「死を弄ぶな! 私は知った! 死を弄ぶ呪われた技を使い続けるべきではないと! 私は……私は友達を蘇らせようとして失った……私は気づいたのだ! 人は限りあるから、死ぬから、それが悲しいからこそ生きる意味があるのだと! 完全なゴレムなど望むべきではない! 死を弄ぶべきではない! ……頼む」

 

エステルはそこで檮杌に懇願するように命令する。

 

「悪魔などに騙されるな、悪魔も神も我々には必要ない!!」

 

『それは悪魔を自称する存在の指示を聞き続けるべきではないということでしょうか?』

 

檮杌が問いかけるとエステルは檮杌をビシッと人差し指で指して叫ぶ。

 

「その通りだ! まだ私にはご主人様(アドナイ)権限があるのであれば、ローゼンタールの現当主の名において命じる。悪魔を自称する存在の命令を聞くのは止めて、活動を停止しろ!」

 

『……了解いたしました。ローゼンタールの現当主の名において悪魔を自称する存在の命令を拒否、活動停止をします』

 

檮杌はエステルの命令を受けて、少し俯きがちに目を閉じる。

 

だが次の瞬間、目を見開いて獰猛に嗤った。

 

『んなわけねえだろ?』

 

「と……檮杌?」

 

エステルが変わり果てた檮杌の様子に思わずたじろぎ、ふらっと後ろに下がる。

 

それを禍斗はそっと抱き留めてエステルと一緒に自分と同じ疑似魂魄を見つめた。

 

『せっかく四百年の悲願の成就が待ってんのに、一九代も過ぎるとここまでアホになんのかよ、あァ!? 思わずイラついて出てきちまったじゃねえか!!』

 

「一九代……?」

 

「お前、魂をコピーでもしたのか?」

 

エステルがその言葉に驚愕する中、真守は冷静に檮杌に問いかける。

 

『あァ? お前はそこのバカとはちげぇようだなぁ、死を知っている人間サマよぉ! そうだよ、この檮杌の魂は病で死にかけたイサク=ローゼンタールの魂魄が傷つく前にネイサンの野郎が檮杌に転写したんだよ!!』

 

「四代目のイサク様……!?」

 

「成程。だが悪魔というのは少し誇張が過ぎるんじゃないのか?」

 

真守は檮杌が実は自身の祖先であったことに驚きを隠せないエステルを庇うように前に出て、不敵に告げる。

 

『んだよ、選ばれた人間がごちゃごちゃ上から物言うんじゃねえよ!!』

 

「選ばれた人間……?」

 

先程からわけが分からないエステルでも、檮杌──イサクの言葉が気になって声を上げた。

 

『あァそうだよ! コイツは選ばれた人間だ! 俺たちが欲してやまない才能を持ってる人間だ! 単体で完全なゴレムへと至る要素を全て兼ねそろえた個体だ!!』

 

「ま、真守が……!?」

 

エステルが愕然と真守を見つめるが、真守は応えずに喚くイサクをじっと見つめていた。

 

その瞳が気に入らないという風に、イサクは菱形蛭魅のツインテールを崩すようにガシガシと頭を搔く。

 

『ただ俺の技術と仕組みや原理が全く違うから使えねえんだよ!! 死体を乗っ取っても無駄だ! 俺の技術で再現できねえ人間の才能をどうやって使えばいいってんだよ! あァ!?』

 

真守はイサクの様子にため息を吐く。

 

完全なるゴレム。神さまそのもの。

 

それに憑りつかれた過去に生きていた人間は自分の話を聞いてくれない。

 

だからこそ真守はイサクの主張に付き合ってられずに、イサクから目を離さずに背後にいるエステルへと声を掛けた。

 

「……くだらない。エステル、押さえておくからさっさと剣で疑似魂魄を剥離しろ」

 

「え!? あ、ああ、分かった!」

 

エステルはそこで『舜帝の剣』を構える。

 

『チクショウ! チクショウチクショウ!! 上から物言いやがって! 俺たちを見下しやがって!!』

 

真守は悔しがるイサク=ローゼンタールの亡霊を見つめながら呟く。

 

「……一つ、言っておこうと思う。イサク=ローゼンタール」

 

『あァ!?』

 

「私が見下しているのではない。お前たちが見下されると思っているんだ。お前たちにだって唯一無二のものがあるのに。……まあ、私の言葉が響くはずがないか。妄執(もうしゅう)に憑りつかれた亡霊?」

 

『あァ!! 響くわけねえだろぉが!! よく分かってんじゃねえか!!』

 

イサクが吠える中、真守はイサクへと柔らかな慈悲の視線を告げた。

 

この世界との別れがやってくるのであれば、せめて最期は柔らかな気持ちで哀れみをあたえてやるべきだと。

 

「お前の時間は死んだ時から止まったままだ。だからもう変われない。命がないのだから当たり前だ。……だから静かに眠れ。それでもう二度と、この世に呼び起こされることなどないだろう」

 

 

 

──────…………。

 

 

 

菱形は覚醒して目の前が良く見えるようになると、そこに視界いっぱいの天井と真守の顔がぽつんとあったので顔を歪める。

 

「起きたか、菱形幹比古」

 

「……ハハッ、悪魔め…………」

 

真守が声を掛けると菱形が力なく笑う。

 

「悪魔と言われようがしょうがない。だってお前は現実を知る必要があった。そして菱形蛭魅をきちんと弔わなければならない」

 

真守の言葉を聞きながら菱形は顔を歪ませる。

 

本当に自分の妹は死んでいたのだ。これまで自分のそばにずっといたのは自分を利用するために蛭魅になりすましていた檮杌だったのだ。

 

「……蛭魅がいないなんて…………生きてる意味がない……」

 

菱形は両手で顔を(おお)って涙を流し始める。

 

「死にたい…………」

 

菱形の言葉が力なく放たれる。

 

真守はその言葉に欠片も反応しなかった。

 

だがこの場には涙が流れるのを必死にこらえてこぶしを握り締める少女がいた。

 

「……お前を慰める言葉を私は持ち合わせていない。だがこれだけは言わせてもらう」

 

「………………は。なんだい……?」

 

菱形はハハッと力なく笑い、何もかもを持っている超能力者(レベル5)第一位の言葉を適当に聞き流せばいいかと思いながらも反応する。

 

絶対能力者(レベル6)進化(シフト)したら菱形蛭魅はお前の知る菱形蛭魅ではなくなっていた。絶対能力者とはそういうものだ。目前に絶対能力者へ進化(シフト)する可能性が差し迫った時、菱形蛭魅は廃人になっていただろう。並大抵の精神で絶対能力者へと至ることは無理だ。()()()()()人格破綻者と呼ばれるほどに自己意識が強い超能力者(レベル5)が絶対能力者への可能性を秘めているんだ」

 

「…………それで、なにが言いたいんだい?」

 

菱形は絶対能力者(レベル6)に進化できる可能性を持ち合わせている真守だからこそ言える助言で、それを真守が伝えてくる意味が分からずに思わず問いかける。

 

「菱形蛭魅のことを想うなら……眠らせてやれ。そして弔ってやれ。お前ができることはそれだけだ。いつだって死者は生者が生きている限り、思い出として生き続ける。お前が覚えていれば、この世界にまだ菱形蛭魅は存在している」

 

「詭弁だね」

 

「詭弁にするかどうかはお前次第だ。ただ私から言わせてもらえば……そうやって覚えていなければこの世にいなかったとされてしまう人々がいるという事実だけだ」

 

真守の言葉を菱形は当然として笑う。だが真守はそんな菱形にそっと優しく笑いかけて、寂しそうに顔をしかめた。

 

「…………君が殺した人間かい?」

 

菱形幹比古は先程、真守との通信で真守の源流エネルギーの特性について聞かされている。

 

真守が本当に後悔している様子から源流エネルギーの特性が真実なのだと思って菱形がそう問いかけると、真守はそっと目を伏せた。

 

「……そうだ。私はあの人たちのことを忘れてはならない。私はこれから先、絶対に死ぬことはないだろう。永遠を生き続けることになる。……そんな予感があるんだ。だからずっとあの人たちは、私と共に生き続けることになるよ」

 

菱形はその言葉に光を見た気がした。

 

だからこそ、力なく言葉を呟く。

 

「……………………蛭魅も」

 

「うん」

 

真守は菱形の言葉にそっと頷く。

 

「……蛭魅のことも、覚えていてくれるかい?」

 

菱形がささやかな希望を願いとして口にすると、真守はしっかりと頷いた。

 

「ああ。菱形蛭魅がいたこと、お前の妹だと言うこと。エステルという友達が彼女にいたこと。お前が菱形蛭魅のことを大事に想っていること。私はそれら全てを絶対に忘れない」

 

朝槻真守は全ての人々の記憶を持って、いつまでも生き続ける。

 

人を忘れないように、その存在が確かにこの世界に存在していたのだと証明するために、決して忘れないという。

 

「…………僕は、どうやって生きていけばいいかな」

 

だったら自分はどうすればいいのか。

 

これから自分の大切な妹がいない世界で、どうやって生きていけばいいか。

 

その答えを朝槻真守が知っているとは思えない。

 

それでもそう言葉を零すことしか菱形幹比古にはできなかった。

 

真守はそんな菱形に救いの手を差し伸べた。

 

「お前のように大切な人間を失った人が近くにいるだろう? その人と共に助けあって生きていけばいいんじゃないのか?」

 

その時、一人の少女が視界の端で震えているのに菱形は気がついた。

 

エステル=ローゼンタール。

 

菱形蛭魅の、自分のたった一人の大切な妹の──大切な親友。

 

「………………エス、テル」

 

「……菱形」

 

エステルはそこでぐすぐすと涙を零し始め、目を(こす)りながら菱形に近づくと、菱形が寝ているソファの前に膝を折って正座して、顔を近づけた。

 

「……蛭魅は、死んだんだ」

 

エステルが蛭魅の死を心の底から悲しんでいること。

 

菱形蛭魅を心の底から(いた)んでいるということ。

 

菱形蛭魅を失くした気持ちを、菱形幹比古と共有したいと思っていること、それら全てに気が付いた菱形幹比古は顔を歪ませて涙を零す。

 

「……っああ、そうだね。……蛭魅は、死んでしまったんだ……僕が不甲斐ないばかりに……っ!」

 

「違う。菱形が不甲斐ないなら私も同罪だ! 私だって、蛭魅のそばにいたのに……気づいてっ……あげられなくて……っ!」

 

エステルは菱形の手を握ってボロボロと涙を零す。

 

真守はその場から離れて、禍斗に二人を任せて施設から出る。

 

空は白み始めていて、もうすぐ朝が来る。

 

真守が外に出たのは警備員(アンチスキル)がやってくるサイレンの音が聞こえたからだ。

 

菱形幹比古はDAと同じように事件の犯人として連行されるだろう。

 

真守はそこでふふっと微笑んだ。

 

(牢獄に入っているだけが罪を償う方法じゃない。だからお前がそれを選ぶなら黙認してやる。まあ命の重みを知ったあいつは大丈夫だし、エステルと間違うことなく生きていけるだろう)

 

「……悪党を救っちまうなンて、相変わらずだなァ」

 

真守が柔らかく微笑んでいると一方通行(アクセラレータ)に声を掛けられた。

 

ずっと一方通行(アクセラレータ)は真守が悪党を救うところを静観していた。

 

その救済の手を、自分が横から不用意に手を出さないように。

 

その救済の手は真守だからこそ差し伸べられる手であって、自分は絶対に邪魔してはならないと。

 

かつてその手を差し出してもらって手を取った一方通行(アクセラレータ)は、真守のその救済を差し伸べる姿を神聖視しているからこそ、じっと黙って見つめていたのだ。

 

「相変わらずって言うか、これが私のやりたいことだからな。やりたいようにやっているだけだ。……なんだ? 嫌か?」

 

「いいや」

 

真守が意地悪く問いかけると一方通行(アクセラレータ)はフッと笑って答えた。

 

「オマエはそォやって生きるのが似合ってる」

 

一方通行(アクセラレータ)の言葉に真守はふふっと笑って装備を整えてミサカを病院に送り届けて近づいてきた黄泉川を視界に入れながら告げた。

 

「命があればやり直せる。だから私は絶対に手を差し伸べる。……命には、それほどの価値があるんだから」

 

真守の言葉に一方通行(アクセラレータ)は無言になる。

 

その命を一万人以上奪ってしまった自分には何ができるだろうか。

 

自分の最後の希望。打ち止め(ラストオーダー)

 

真守の言葉を聞いて、彼女を守ることだけが自分にはできることで、やらなければならないことだと一方通行(アクセラレータ)は再び決意した。

 




菱形幹比古生存エンド。

ちなみに菱形蛭美は『公式』をインストールするまで漫画ではまったく喋っていなかったので菱形蛭魅に関して『流動源力』はアニメ沿いではなく漫画沿いです。
それと色々な部分に改変が入っていますことをご了承ください。



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第七四話:〈争闘終了〉して旅に出る

第七四話、投稿します。
※次は一〇月二七日水曜日です。


「朝槻! ちょっと良いじゃん?」

 

真守が病院の最上階から外の景色を見ていると、廊下の先から黄泉川が歩いてきながらそう声を掛けてきた。

 

「先生。警備員(アンチスキル)の格好してるけど、今日は警備員として動いて、教師としてはお休みなのか?」

 

真守が窓に手を置くのをやめて体を黄泉川に向き直していつもの調子のダウナー声で語りかけると、黄泉川はバインダーを肩に乗っけて真守の前までやってくる。

 

「いんや。ちゃんと授業するじゃんよ。でも警備員(アンチスキル)としてお前に言わなくちゃいけないことがあるからきちんとした格好じゃないとお前に悪いだろ?」

 

「カッコつけか」

 

「……いきなり辛らつになるじゃん?」

 

真守がきっぱりと言い放つと、黄泉川は顔をしかめて真守に向けて困ったような笑みを向ける。

 

「別に辛らつじゃない。形から入るのは良いと思う。気持ちがしゃっきりするから」

 

「……本当にそう思ってる?」

 

真守が何の気なしに告げると、黄泉川は笑みを引きつらせながら訊ねる。

 

「思ってるよ、酷いな。生徒のこと信じられないのか?」

 

「それを言われたらおしまいじゃんよ」

 

真守はムッと口を尖らせて目をジト目にして抗議すると、黄泉川はため息を吐く。

 

「で、一体なんだ?」

 

真守が用は何だと訊ねると、黄泉川は真守から少し距離を取って(たたず)まいを整えた。

 

「うん。──申し訳なかった。おかげで警備員(アンチスキル)の膿を出すことができたじゃん」

 

そして頭をきっちりと前に倒して下げて、真守に謝礼を述べる。

 

「別に黄泉川先生のためにやったわけじゃないけど。……でも、良かったな。黄泉川先生は生徒のために警備員(アンチスキル)やってるからな」

 

「生徒のためだけじゃない。この街の正義を守るためじゃんよ」

 

真守が優しい言葉を掛けると、頭を上げた黄泉川が腰に手を当てながらさわやかに告げる。

 

「そんなこと言ってると狂信者のDAになっちゃうぞ?」

 

「そんなわけないじゃん!!」

 

真守のいじわるに黄泉川が大声で否定すると、真守はおどけた様子を辞めてフッと寂しそうに微笑む。

 

「分かってるよ。……だって黄泉川先生は私ですら守ろうとしてくれるからな」

 

「……たとえ超能力者(レベル5)だって、お前も大事な子供じゃん。子供を守らない大人なんてクソ食らえだ。そういう人間からこそ、お前たちを守るべきじゃん?」

 

真守の寂しそうな笑みを受けて、黄泉川は真守の頭にポン、と手を置いて撫でまわす。

 

「うん。……それは分かったんだが、私の頭を撫でる時、猫耳に結わったところをわざわざ潰すのやめてくれないか?」

 

「あ。ごめんごめん。割としっかりしてるから潰したくなるじゃんね?」

 

真守が頭を撫でる黄泉川の手を睨みつけていると、黄泉川はパッと手を離して言い訳をしながら笑う。

 

「ひどい」

 

真守はぶすーっと顔をしかめながら形が少しおかしくなった猫耳ヘアの手入れをする。

 

そんな真守を見ながら、黄泉川は言いづらそうに目を泳がせる。

 

「どうした?」

 

「ああ。……菱形幹比古についてなんだけど……」

 

「逃亡したか?」

 

「どうしてわかった?」

 

真守が言いにくそうにしている黄泉川の言葉の先を読んで問いかけると、黄泉川はきょとんとして大きく目を見開いた。

 

「ふふっそんな気がしただけだ」

 

真守は黄泉川の問いかけに微笑んで、窓から再び空を見上げた。

 

真守は菱形が警備員(アンチスキル)に連れて行かれる前にそっと囁いていた言葉を思い出す。

 

『僕はエステルと一緒に学園都市を出るよ』

 

そう告げた菱形の顔はこれまで人の命の尊厳など微塵も考えていなかった研究者の顔ではなかった。

 

『日の当たる場所を、エステルと探すんだ』

 

きっと、エステルが日の当たる場所に行きたいと言ったのだろう。

 

魔術の前では科学技術なんて通用しない。

 

真守は手助けしていないが、おそらくエステルが警備員(アンチスキル)に連れて行かれた菱形を助けに行ったのだろう。

 

彼らは二人で日の当たる場所を探しに行く。

 

禍斗については既にお別れを済ませており、無事に人皮挟美の遺体を家族のもとへ送ることができるらしい。

 

だから彼らは二人で旅に出たのだろう。

 

「…………いつでも、帰ってくればいい。ここはお前たちの帰るべき場所なんだから」

 

真守がそっと呟くと、空に何かあるのかと真守の視線の先を見つめていた黄泉川が首を傾げた。

 

「朝槻? なんか言ったじゃん?」

 

「いいや? 何も言って、」

 

「真守ちゃぁーん!!」

 

真守が言いかけた時、トタトタと足音を響かせて高速で真守の後ろから飛びつく人物がいた。

 

「ぐえっ」

 

後ろから不意に深城に抱き着かれた真守はカエルが潰れたような声を出して深城にぎゅーっと抱きしめられたままがくがくと揺らされる。

 

「もぉー真守ちゃん成分が足りないぃー最近あたしのことほっぽりすぎじゃない!?」

 

「べ、別にほっぽってない! 大切に想ってる!」

 

「えぇー!? じゃあ一緒にいてよぉ!!」

 

真守ががくがくと深城に揺らされながら叫ぶと、深城はそこから更にヒートアップして真守をぐわんぐわんと盛大に揺らす。

そして真守をぎゅーっと抱きしめた。

 

「深城、一緒に、いるからっ胸、押し付けないで……っくる、しい……っ!」

 

「……熱烈ラブコールじゃん。その子誰? ウチの生徒じゃないよね?」

 

真守が深城の巨乳に顔をうずめられて胸に溺れて溺死しそうになっているのを見て、黄泉川はプッと噴き出しながら訊ねる。

 

「うん! あたしは真守ちゃんのこと大切に想ってるから一緒にいるの! 昔からずぅっと一緒にいて、これからもずぅっと一緒にいるの!!」

 

「へえ。いいじゃん?」

 

どこの学校所属とは言ってくれなかったが、深城が幸せそうににっこり笑って叫ぶので、黄泉川は深城が幸せなんだな、と感じてその幸せを肯定する。

 

「いいでしょぉ! あ、ねえ真守ちゃん! 学校行く前に朝食食べに行こう! 林檎ちゃん待ってるよ!!」

 

「え。私は別に朝食は要らな、」

 

「ダメだよぉ食べなきゃ! せんせーこの子朝食食べないって言います!!」

 

深城の胸から脱した真守は朝食を拒否しようとすると、深城はハイハイ! っと元気よく手を挙げて教師である黄泉川にチクる。

 

「ん? コラ、朝槻。ちゃんと食事は一日三回食べなきゃダメじゃん? 大きくなれないよ?」

 

「これ以上大きくならなくちゃいけない理由はないんだけど……」

 

黄泉川が小学生に教える先生がごとく真守を(なだ)めると、真守は顔をしかめる。

 

「それでもご飯食べなきゃだめ! 行くよ、真守ちゃん!!」

 

「あー……もう、黄泉川先生、またな」

 

真守はため息を吐きながら深城に連れられて行き、離れていく黄泉川へと声を掛ける。

 

「ああ。学校に遅刻しないようにちゃんと行くじゃんよー!」

 

「分かってる」

 

真守は黄泉川を見つめながらため息をついてずんずん進む深城に連れられて林檎の病室へと向かった。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

「林檎、おはよう」

 

「朝槻、おはよう」

 

真守が白いカブトムシのツノをつついて遊んでいる林檎に声を掛けると、林檎はカブトムシから視線を外して真守をしっかりと見て、そう挨拶を返した。

 

「林檎ちゃん、真守ちゃん連れてきたし朝ごはん食べに行こう!」

 

「! ガレット食べたい!」

 

「ガレット? なんで?」

 

『俺と一緒に食ったのが気に入ったらしい』

 

真守が林檎の主張に小首を傾げていると、垣根がカブトムシ越しにそう声を掛けてきた。

 

「垣根、おはよう。そうか。垣根と一緒に九月一日に食べて気に入ったんだな?」

 

「うん」

 

「じゃあ食べに行こうか、林檎」

 

林檎の肯定を聞いて、真守は林檎に視線を合わせて微笑みかける。

 

「うれしい」

 

林檎はそこでいそいそとベッドから降りて病室に置いてあるソファへと近づくと、座席に置いてあった三対六枚の翼を持つ純白のウサギをぎゅっと抱きしめた。

 

「……林檎、その垣根に取ってもらったぬいぐるみ持っていくのか?」

 

「うん。この子と一緒に行く」

 

『そんなの邪魔なだけだろ』

 

真守が問いかけると林檎が固い決意で頷き、それを聞いていた垣根が呆れた様子で呟く。

 

「大事だから一緒に行くの」

 

『……そうかよ』

 

「ふふっ大事にしてもらえててよかったな、垣根」

 

林檎の主張に垣根が少しだけ恥ずかしそうなトーンでカブトムシ越しに告げるので、真守はカブトムシを抱き上げながら微笑む。

 

『うるせえ』

 

垣根は真守にそう告げると、ぶーんと真守に持ち上げられたカブトムシを飛ばして定位置である真守の右肩にしがみつく。

 

「じゃあ行こうか、林檎ちゃん!」

 

「うん」

 

「垣根は今日どんな予定だ?」

 

『これから寝る。未明に仕事が入ってたからな』

 

先に歩き出した深城と林檎を追いながら真守がカブトムシに問いかけると、垣根は今日の予定を教えてくれる。

 

「そうか。じゃあお休みだな。垣根、ゆっくり休んでな」

 

『ああ。……つーか良かったのかよ。菱形幹比古を学園都市の外に出して』

 

真守の気遣いに頷いた後、垣根は周りに警備員(アンチスキル)がいないか確認してから真守にそう声を掛けてきた。

 

「ん? 何か問題でもあるか?」

 

『ヤツはお前の嫌いな人体実験してたヤツだぞ。その罪についてはどうすんだ』

 

真守は垣根の問いかけに柔らかく目を細める。

 

それをカブトムシ越しに見ていた垣根は、真守は菱形に慈悲を向けていると分かった。

 

「……垣根は、罪を償うことが牢獄に入れられることだと思っているか?」

 

『お前は違うって思うのかよ』

 

「ああ、違うと思う」

 

真守は垣根の問いかけにコクッと頷いてからエレベーター乗り場の近くにある小さな窓から青い空を見上げる。

 

「世界に悪いことをしたのであれば、世界に良いことをすればいいんだ。牢獄に入って自由を奪われるだけが償いじゃない。反省してないヤツはそうすればいいけど、世界に対して申し訳ないって思ってるなら、世界に対して償いをさせるように行動させた方がいいだろう?」

 

『……そういうモンか』

 

「そういうものだ。それにエステルには菱形が必要だし。菱形も生きていくにはエステルが必要だ。……大丈夫、またいつか会える」

 

垣根が自分の考えにイマイチ納得していない様子なので真守は右肩にしがみついているカブトムシの角をつんつんとつつきながら微笑む。

 

『なんでそう思うんだよ?』

 

垣根の問いかけに真守は一度目を閉じてから柔らかな慈悲の笑みを浮かべる。

 

「世界が広かろうとどうであろうと、二人がこの世界にいることに変わりない。それに学園都市はずっとここにあり続ける。だからいつでも帰ってこられる」

 

垣根はカブトムシの向こうで真守らしいとフッと笑う。

 

『……土産話、聞けるといいな』

 

「きっとたくさん話してくれるぞ?」

 

『…………眠くなってきた。寝る』

 

真守がくすくすと軽やかに笑うと、垣根は少しだけ間を置いてから答えた。

 

どうやらベッドに寝転がったらしい。

 

「うん、お休み。垣根、──良い夢を」

 

『ああ。……おやすみ、真守』

 

真守が挨拶をすると、垣根も挨拶を返してそこでフッと垣根の気配が消える。

 

その時ポーンとエレベーターがやってきたので真守は右肩にしがみついているカブトムシに声を掛けた。

 

「じゃあ行こうか、帝兵さん」

 

『はい。行きましょう』

 

真守はカブトムシに声を掛けるとふふっと微笑んで深城と林檎の後を追ってエレベーターへと入る。

 

学園都市はいつだってここにある。

 

だから、いつでも帰ってくればいい。

 

侵入するのは本来ならば大変だが、魔術を使える彼らはいつだって来られる。

 

(だから世界を見て回るんだ。そして日が当たる場所を探してくれ。エステル、菱形)

 

真守は心の中でそう呟くと、一度目を閉じて柔らかく微笑んだ。

 




これで死霊術師篇は終了です。

次回は残骸篇……ではなく『A Very Merry Unbirthday:Ⅱ篇』です。
オリジナル回が続きます。超能力者第一位になって変わってしまった真守ちゃんの日常。
垣根くんともイチャイチャします(メインコンテンツ)。

お楽しみいただければ幸いです。



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A Very Merry Unbirthday:Ⅱ篇
第七五話:〈生活一新〉でやるせない


第七五話、投稿します。
次は一〇月二八日木曜日です。


今日、真守は垣根と共に引っ越した先の新居に必要な物を買いに行く事になっていた。

 

超能力者(レベル5)となって新しく冥土帰し(ヘブンキャンセラー)から与えられた住居はエントランス含めて五階建ての医療特化型のソーシャルアパートメントと称されているが、その実医療用の設備が使えるような変電施設と非常電源が搭載されているマンション型のシェアハウスの強化版だ。

 

学生寮ではなくマンション的なシェアハウスを一つ用意するのは学園都市で普通できることではないが、冥土帰し(ヘブンキャンセラー)は患者に必要なものなら用意してくれるし、何より超能力者(レベル5)である真守のために住居を探していると、聞きつけた研究機関が真守と縁を作る目的で援助金を山のように出してきたのだ。

 

まあ研究機関の魂胆については色々と思うところがあるが、患者のことを第一に考える冥土帰し(ヘブンキャンセラー)が結局住居を決めたので、安全性が保障されていることには間違いない。

 

そんな真守は現在一人であり、一緒に回ってくれる垣根を待ち合わせ場所で待っている状態にある。

 

真守が深城と林檎を連れて来ていない理由は単純で、深城に自由に家具を選ばせると大変ファンタジーな空間が出来上がってしまうからだ。

林檎の方は元々家具に興味がないので真守が買い物に出ている間、深城の相手をしてもらっている。

……まあ、一〇歳の女の子に一八歳の女の子の相手をしてもらうというのはおかしいが、相手はあの深城なのでお察しである。

 

 

(でもまさか先生が垣根に一部屋あげるから私の食生活よろしくなんて頼むとは思わなかった……)

 

真守が心の中で呟いた通り、シェアハウスには垣根の一室が用意されており、何故か真守は垣根と同棲チックになることが既に決まっている。

 

垣根は学生寮ではなく第八学区にある『スクール』のアジトで寝泊まりしていることが圧倒的に多く、その場合は『スクール』の構成員と共同生活じみた状態になるので同棲的な生活にあまり抵抗がない。

 

真守の方はというと、入院生活を五年ほど続けているので垣根と同じように集団生活には元々抵抗がないからやっぱり問題ない。

 

それでも異性と一つ屋根の下というのは年頃の娘らしくドキドキするものがあり、真守は少し頬を赤くして(うつむ)く。

 

「ひゃっ!?」

 

真守が俯いた瞬間、携帯電話に着信があって真守は可愛らしい悲鳴を上げた。

 

慌ててセーラー服のポケットからスライド式の携帯電話を取り出して画面を表示させると、そこには『ステイル=マグヌス』と表示されていた。

 

「もしもし、ステイル?」

 

〈やあ。こっちは残暑が厳しいね〉

 

真守はステイルの返しに目をきょとっとさせて携帯電話を横目で見た。

 

「学園都市に来ているのか?」

 

〈ああ。ちょっとあの子の力が必要でね〉

 

「……学園都市内で?」

 

〈いいや、『外』でさ〉

 

ステイルの言葉に真守は鋭く目を細める。

 

「……上条も同伴なのか?」

 

上条当麻は禁書目録の今代の管理人となっている。インデックスが必要ならば上条も必要なはずだ。

 

〈そうなんだよ、忌々しいことに小細工をしてまであの男を外に出さなくちゃいけない〉

 

真守がそのことについて言及すると、ステイルは電話の向こうで心底嫌そうな表情が想像できるほどに忌々しそうな声で告げたので、真守は思わず苦笑する。

 

「上条は科学の徒だから魔術界隈(かいわい)に首突っ込んだらマズいんじゃ?」

 

〈上条当麻を外すように交渉をしている暇がないんだよ〉

 

真守はそこでステイルの言い分に顔をしかめて問いかける。

 

「そんなに切羽詰まっているのか? 今回の問題について聞いても大丈夫か?」

 

〈キミなら問題ないし、僕もあの子のことを任せた君には話そうと思っていた。『法の書』が盗まれた。正確には『法の書』を解読できるオルソラ=アクィナスと一緒にね〉

 

真守の問いかけにステイルは先程上条に向けていた忌々しそうな声から真剣な声音になって今回の問題についてそう切り出した。

 

「『法の書』? ……あの稀代の変態魔術師と噂されてる、アレイスター=クロウリーが書いた『法の書』ってヤツか?」

 

〈『法の書』ともなれば有名どころだから君も知っているか、それなら話が早い。『法の書』の原典はローマ正教のバチカン図書館にあったんだ。そして『法の書』は誰にも解読できない魔導書で、解読できたら十字教が終わるとまで言われている代物だ〉

 

真守が問いかけるとステイルは特に驚かず、淡々と『法の書』について説明してくれるので、真守はその説明を聞いて引っかかったことを訊ねた。

 

「誰にも解読できない? ……ちょっと待て、じゃあインデックスにも解読できてないのか?」

 

〈うん。あの子の頭の中には未解読の暗号文のまま詰め込まれている。そんな『法の書』を解読できる人間が現れた〉

 

「それがオルソラ=アクィナス。一体誰がそんな大層な代物をセットで盗んだんだ? ううん、個人じゃ無理だよな。どこの組織だ?」

 

〈天草式十字凄教だ。キミならもう知っていると思うが、神裂が女教皇(プリエステス)をやっていた日本の十字教勢だ。まあ十字教勢力の一つとされているが僕は認めていない。あそこは神道や仏教が混ざりすぎて十字教の原型を留めていないからね〉

 

真守はステイルの説明にふむ、と一つ頷いて日本史についての知識を引っ張ってくる。

 

「日本で十字教と言うと、時代の流れで一度迫害されてる。欺瞞するために神道や仏教、その他諸々を取り込んだと、そういうことか?」

 

〈そうだ。天草式十字凄教は小さな組織で女教皇(プリエステス)だった神裂が抜けたことにより新たな力として『法の書』とオルソラ=アクィナスを求めたんだ。丁度『法の書』がバチカン図書館ではなく、国際展示会を開くために日本の博物館に移送していたのがいけなかったね〉

 

真守が問いかけるとステイルは天草式十字凄教の現状や今回の『法の書』絡みについての経緯を説明し、真守はそれを聞いてふむふむと何度も頷く。

 

「成程。一般公開とは権威を示すために開かれるものだから、そこが狙われたのか」

 

〈ローマ正教は学園都市に巣くっていた(くだん)の錬金術師に『グレゴリオの聖歌隊』を打ち破られて戦力ダウンしている。一般公開して意地でも『新たな信徒』が欲しいのさ〉

 

真守が納得すると、ステイルはそこで次に現状のローマ正教についてつらつらと説明し、真守はその説明に嫌な顔をする。

 

「きな臭い話だ。天草式十字凄教とローマ正教の派閥争いということか。……それでイギリス清教のお前がどう関係しているんだ?」

 

〈『法の書』の解読方法が分かったなんてことになれば、対魔術師用の専門機関である『必要悪の教会(ネセサリウス)』も無視できない。……それと、神裂と連絡が取れない〉

 

「え。神裂が?」

 

真守はそこで目を瞬かせて自体の危うさに気づく。

魔術世界で『聖人』というと、核兵器に匹敵する最終兵器でそんな神裂はイギリス清教の『必要悪の教会(ネセサリウス)』所属だ。

もし神裂が元仲間のために手を出したら派閥争いにイギリス清教も巻き込まれてしまうのだ。

 

「……一大事だな」

 

〈ああ。だから神裂が動く前に全て終わらせる。そのためにはあの子の力が必要なんだ〉

 

真守の全てを察した呟きにステイルは同意して、そして最初に話した学園都市に来た目的を繰り返した。

 

「それで? もう学園都市には来ているのか?」

 

〈もうそこまで迫ってるよ。上条当麻は近くにいるかい? 今日は学校だろ〉

 

真守がステイルの現状を訊ねると、ステイルがそう質問を返してくる。

協力するならば上条に伝えてほしいということらしいが生憎真守には用事がある。

 

「……ごめん。私は今日少し用事があって学校を休んでいるんだ。連絡しておこうか?」

 

〈いいや、それで問題ないよ。せいぜいあの男は翻弄(ほんろう)されればいいさ〉

 

真守が謝るとステイルは面白くもなんともなさそうに吐き捨てるように告げるので、真守はそこでくすっと微笑んだ。

 

「恋敵に当たりが強いのは相変わらずだな」

 

〈こっ!? だ、だから僕はあの子を恋愛感情で見ていない! 尊敬する女性はエリザベス一世、好みのタイプは聖女マルタだ!〉

 

真守はステイルの狼狽(ろうばい)っぷりにくすくすと笑ってから軽やかに口を開く。

 

「はいはい。分かった分かった。ステイル、お前は私がこの話題に触れると大体そうやって主張してく────はぅっ!?」

 

真守は突然背中に走る嫌な予感を受けて、途中で言葉を止めてギギギーっと首を動かして振り返った。

 

そこには学園都市五本指のエリート校の学生服を着て、スラックスのポケットに両手を突っ込んで薄い鞄を小脇に抱えた、機嫌が最高潮に悪い垣根帝督が自分を睥睨して立っていた。

 

〈? どうしたんだい?〉

 

「い、いや……なんでも、ない。ちょっと知り合いの機嫌が悪くて…………は、ハハハ……」

 

真守はステイルの疑問にだらだらと冷や汗を流しながら、冷えた視線をこちらに寄越す垣根を見上げ、乾いた笑い声を出す。

 

「じゃ、じゃあステイル。私は用事があるから。もう話すことはないよな、な!?」

 

〈え? ああ、うん。全て話したよ。……君が機嫌を取らなくちゃいけない相手って一体……?〉

 

「気にしないでくれ。ちょぉーっと器が小さ……ああっごめん怒らないで! 事態が収束したらまた連絡してくれ! じゃあな!」

 

〈え。ああ、うん〉

 

真守は自分の言葉で更に機嫌を悪くした垣根をびくびくと見つめながら、ステイルとの電話を終える。

 

真守は通話を切って携帯電話を片付けて、垣根に向き直る。

 

「………………なんか言ってくれるか?」

 

通話を終えても機嫌が悪い状態で自分を無言で睥睨している垣根に、真守は恐る恐る声を掛けた。

 

「……べっつに。ステイルっつー明らか外国人と通話してようが、俺には関係ないけど?」

 

(いつもみたいに怒鳴らない代わりに()ねてる!? 何だコレ新パターンか!?)

 

いつもの垣根なら怒りを露わにして自分の頬をつねって糾弾してくるはずだ。

それをしてこないで地を這うような声で拗ねた言葉を吐きだした垣根を見上げて、真守はそう心の中で呟きながら愕然とする。

 

「あ、あのな。垣根! ステイルはこの前話したイギリス清教のガラの悪い神父でな、学園都市にいる魔術の専門家、インデックスに恋心を抱いているのに認めない、ちょっと面白いヤツなんだ! 少し問題が発生したから連絡してきただけで、何もやましいことはない! 本当だ!」

 

「誰も追及してねえけど?」

 

真守が必死に言い訳をすると垣根は冷え切った視線のまま真守にぶっきらぼうな言葉を投げかける。

 

「う。……だ、だって垣根がなんか怒ってるから……ちゃんと事情を説明しなくちゃダメなのかと思って……」

 

真守は異性に会っただけで白い目を向けられる恋人の気持ちを味わいながら、顔を俯かせてしどろもろに呟く。

 

「…………あんなに楽しそうなら(ねた)ましく思うに決まってんだろ」

 

「え。なあに? なんて言ったんだ?」

 

真守は垣根が呟いた言葉が聞こえなくて顔を上げるが、垣根は真守のことを切なそうに見つめてから首を横に振った。

 

「何でもねえ。それよりお前に追求したいことがある」

 

「……その追及はいつものことだからまあしょうがないとして、垣根はなんで今日制服なんだ? 私と買い物したら学校に行くのか?」

 

真守はそう垣根に質問して垣根の学生服をちらちら見ながら小首を傾げる。

 

垣根は普段完全オフの日以外はスーツを着ており、二学期に入ってから垣根が学生服を着ているのを真守は初めて見たほどだ。

 

今日は二人でデートっぽい買い物に行くので垣根的には完全なオフだ。

 

そのため真守はてっきり垣根が私服で来ると思っていたのだが、学生服をわざわざ着ているので気になるのは当然である。

 

ちなみに真守は学校がある平日はきちんと制服を着用しており、今日も黒いニーハイソックスにヒール高めのローファー、そして指定のセーラー服である。

 

「…………別になんだっていいだろ。ほら、行こうぜ」

 

真守の問いかけを軽く流した垣根はポケットから手を出して真守の手を優しく握ると、少し乱暴に引っ張って歩き出す。

 

「わわっ……ちょ。ちょっと垣根!」

 

「なんだよ」

 

垣根に引っ張られる形でも、垣根と初めて手を繋ぐことになったので真守がびっくりして声を上げると、垣根は真守の方を見ずに怪訝な声を上げる。

 

「……なんでもない」

 

真守は頬を少しだけ赤く染めて俯き、ぽそっと呟く。

 

(…………垣根の手ぇ、おっきい。冷たい。ひんやりしてる)

 

(思わず手が出ちまったが、やっぱ真守の手小さいな。それにガキの体型なんかしてねえのに体温高い)

 

真守と垣根はそれぞれ相手の手の感触にそんな感想を抱きながら、無言で歩いた。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

真守は垣根に連れられて最近オープンした期間限定で様々な国の料理を出す、現在ハワイアンフェアを開催しているレストランに入った。

 

「一体どういうことだ。テメエいつの間にあんな大それたことしやがった」

 

真守と垣根がそれぞれ頼みたいものをオーダーすると、垣根がケンカ腰で切り出した。

 

「垣根は何をそんなに怒っているんだ……?」

 

真守は垣根に手を握られたことを思い出し、恥ずかしくて顔をしかめさせながら問いかけると、垣根は苛立ちをこめた視線で真守を射抜く。

 

「統括理事会のメンバーの一人、亡本が失脚した」

 

真守は垣根から放たれた言葉にきょとっと目を見開かせると、思い当たる節があって頷いた。

 

「ああ。あの汚職まみれのバカタレか。あいつは自分で蒔いた種で失脚したんだぞ。あることないことでっちあげてないから、垣根が気にすることじゃないと思うけど?」

 

「……確かに亡本はDAなんてお粗末な秘密結社のスポンサーやってたり、自分が所有する豪華客船でワシントン条約違反の希少動物食い散らかしてたりした。それに子供たち捕まえて文字通り甘い汁すすってたクソ野郎だが、お前がその情報をリークしたことに問題があるんだよ」

 

現在公共の場である店内にいて人目がある状態なので、垣根はテーブルを拳で叩きたい衝動を押し殺しながら真守を睨みつけて一気にまくしたてる。

 

「私がリークしたことは誰にも調べられないハズなのに、どうして垣根が知っているんだ? ……もしかして上層部で私だって特定されたとか? それだったら対応を考えなくちゃいけないけど」

 

「上層部は特定できてねえ。ただやり口が完璧すぎるから、俺にはお前以外に考えられなかったんだよ」

 

「バレてないなら別に良いだろう」

 

「今のところはな」

 

垣根は真守の平常運転さに嫌気がさして頭痛を感じ、テーブルに突いた肘から伸びる手の平で軽く頭を押さえながら告げる。

 

「統括理事会のメンバーが次は自分かもしれねえって個人的に所有してる暗部組織を動かして犯人を探してんだよ。暗部全体がそれでざわついてんだ。この状況分かってんのか?」

 

「垣根は私のこと知ってるから特定できただけで、判断材料はないに等しいんだろう。だったら見つからないから大丈夫」

 

「……このアマ、心配してんだからきちんとそれ受け取って、下手な動きしないように気を付けろよ!!」

 

真守が再三に渡って大丈夫だと言っていると、そこで堪忍袋の緒が切れて垣根が大声を上げた。

 

真守は周りで食事をしていた人々がざわっとしたのを気まずく思いながら口を開く。

 

「……垣根を心配させたのは謝る。でも私は命を使い潰すヤツだけは許せない。亡本はネクターと呼ばれる能力体結晶の元を子供から採取してその子供を使い潰してた。そんなヤツ許せるわけないだろ」

 

「……お前が何しても止まんねえのは分かったよ。それなら俺と約束しろ」

 

真守が至極真っ当な意見を告げると、垣根は再度ため息を吐きながら真守をじっと見つめる。

 

「……何を?」

 

「やってもいいから何かするときは事前に俺に一言言ってくれ。頼むからなんでも一人でこなそうとするな」

 

垣根が悲痛な表情で懇願(こんがん)してくるので真守は罪悪感を覚えながら頷く。

 

「分かった、約束する。……心配させてごめん。ちゃんと言うから」

 

真守はそこで垣根がテーブルに置いている手へと自分の手を伸ばしてそっと重ねる。

 

「……ああ」

 

垣根は真守が自分に重ねた体温の高い小さな手のひらを感じながら頷き、真守を許した。

 

真守が自分を心配している垣根に柔らかく微笑んでいると、そこに丁度ウェイトレスが食事を運んできた。

 

「おいしそう、いただきます」

 

ブルーベリーソースとホイップクリームが乗ったパンケーキを目の前にして真守は目を輝かせ、きちんと挨拶をした真守はナイフとフォークを綺麗な仕草で扱って食べ始める。

 

「ふふっ。おいしいっ」

 

真守は小さく切ったパンケーキの欠片を食べて、とろけるような幸せな笑みを浮かべる。

 

「?」

 

そして笑みを浮かべた瞬間、店内がザワッとしたので真守はナイフでパンケーキを切り分けながら周りを見た。周りはサッと真守から視線を外すが、自分を見ていたのは確実である。

 

(超能力者(レベル5)第一位に位置付けられてから前よりもやけに人に見られるようになったなあ。……まあ、街中歩いててもナンパ目的の人間がいっつも私のことじろじろ見てたから大して気にならないけど、流石に表情変えただけでざわざわされるのは嫌だなあ)

 

真守が周りの反応に顔をしかめていると、垣根は自分の左手を下ろして真守に見えないように学生服のスラックスのズボンを苛立ちを込めて握り締めた。

 

珍しいアイドル体型という完璧なプロポーションに、どう頑張っても純日本人には見えない整った容姿を持っているだけで確かに真守は街中を歩けば注目されていた。

 

だがその真守の完璧な容姿に追加するかのように超能力者(レベル5)第一位という輝かしい地位が与えられたので、真守は誰からも惹かれる存在となったのだ。

 

真守は自らで望んで消えた八人目となったとは言え、公式には存在しない超能力者(レベル5)だった。

そのため自分にちょっかいを出してくる学園都市の人間と敵対していても、誰にも頼れない立ち位置にいたのだ。幻想御手(レベルアッパー)事件なんかいい例である。

 

真守のことを以前は誰も見向きもしなかった。ただ容姿が優れた少女だけだったからだ。

 

だが地位を与えられた途端、誰もが真守に目を止めるようになった。

 

誰にも見向きもされないで一人で『闇』と戦っていた真守に手を差し伸べたのは自分だけだ。

 

真守のその輝きを知っているのは自分だけだったのに。

 

それなのに後からしゃしゃり出てきて真守の表面だけ見て惹かれる人間が心底気に入らない。

 

ただでさえ真守の輝きに惹かれた一方通行(アクセラレータ)も気に入らないのに、気に入らない人間が増えてきて更に垣根は気に入らない。

 

真守を繋ぎとめるために、真守が超能力者(レベル5)第一位に認定されなければならない理由があるのは分かってる。

 

理解はできるが、(つの)ってくる嫉妬をどうやったって抑えつけることができなかった。

 

垣根が今日学生服でいるのも、周りへのけん制の意味合いが強い。

 

真守は低レベルの学校であり、お嬢様やエリートよりも断然話しかけやすい。

そのため何かきっかけがあれば自分もお近づきになれるんじゃないのかと視線に思惑が乗っている人間が多いのだ。

 

垣根の通う学校は学園都市の五本指に入るエリート校なのでブランド力が非常に高く、真守のそばに自分がいるだけで真守にそう簡単に近づけるわけではないと底辺の連中にそう思わせることができる。

 

それに真守の隣にスーツで立っていると非常に目立つ。私服姿と学生服を取った場合、学生服の方がメリットがあるので学生服を着ているのだ。

 

真守に近づこうとする人間をけん制できても、真守を見つめる人間には対処できない。

 

現在も視線を集めており、真守が幸せそうに食事する姿に見惚れている男もいる。

 

夏休みに自分が連れ出すようになるまで真守は人前で食事することなく、それでもその時は超能力者(レベル5)第一位という明確な地位はなかったので、その愛しい笑みは自分だけに見せてくれるもので、自分だけの特権だった。

 

そんな幸せそうな笑顔を横から勝手に見て、勝手に見惚れる男なんて死んじまえ、と垣根は本気で思っている。

 

(誰にも笑顔見られないようにもういっそ外食に誘わなくしちまうか? ……っていうのはマズいんだよな、分かってる)

 

冥土帰し(ヘブンキャンセラー)が言うには真守が頻繁に食事を摂るようになったので、消化器官が活発な動きをし始めて普通の人間らしく動くようになってきているらしく、ここで食事を辞めると色々と台無しになってしまうのだ。

 

そのため引っ越しで環境が変わって真守が食事をしなくなるのを防ぐために、冥土帰し(ヘブンキャンセラー)は真守の新しい住居に垣根の部屋を一室用意するから垣根に食事の監督をしてほしいと頼んだのだ。

 

まあ部屋が幾つか余っているのでどうせ同棲的なことになるであろうと冥土帰し(ヘブンキャンセラー)は考え、それならば食事の監督を頼めばいいやと思っているのも事実である。

 

色々背景があろうとなかろうと、垣根は真守の食事を邪魔するようなことは絶対にしてはならないと思っている。それは事実だ。

 

それでも真守のとろけるような幸せな笑みを誰かに見せたくない。

 

垣根は本日何度目か分からないため息を吐きながら、真守が食べられるように頼んだ果肉がごろごろしているマンゴーソースとホイップクリームが乗ったワッフルを切って口に運ぶ。

 

(…………甘ったるい)

 

垣根は口の中に広がる甘さを感じながらも、苦い思いを胸に抱いて真守と共に食事をしていた。

 




アレイスター=クロウリーを変態魔術師だと思っている真守ちゃん。

そして垣根くん、真守ちゃんが有名になった事でジェラシー感じてます。ここ数日ずっともやもやしてました。

ここからやっと恋愛的な距離の進展です。長かった……。



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第七六話:〈環境変化〉で事態好転

第七六話、投稿します。
次は一〇月二九日金曜日です。



「垣根、垣根はどんな家具が好きだ?」

 

「……品があるヤツ」

 

「品……高ければなんでもいいワケではないしな。私はやっぱりシンプルなのが好きだ。深城や林檎の部屋もシンプルにして、二人の好きな趣味に少しだけ近づけようと思ってるんだ」

 

「あー……源白はお前とセンス合わねえし、林檎に至ってはセンスの一欠片も意味が解ってないからな」

 

「…………うん」

 

(垣根、楽しくないのかな……)

 

真守は家具のカタログを見つめながら隣で同じように自分と話をしながら同じようにカタログを見ている垣根をちらっと横目で見た。

 

何だか今日はやけにイライラしているし、周りに対して刺々しているように感じる。

 

(せっかく二人で買い物来てるのに、垣根が楽しくないのは嫌だな)

 

真守はカタログを見つめながらしゅん、と小さくなる。

 

どうすれば垣根が楽しくなれるだろうか。

 

それでもその正解が分からなくて真守は顔をしかめる。

 

こういう時は本人に聞くしかない。

 

「垣根?」

 

真守はそこで決意すると、遠慮がちに垣根の学生服の裾をちょんっと引っ張る。

 

「あ? なんだ?」

 

「…………垣根、どうしたら楽しくなる?」

 

「は?」

 

真守が率直に問いかけると、垣根は意味が分からずに声を上げる。

 

「垣根、ずっとイライラしてるし、何か焦ってるだろ? ……私、深城がそばにいない状態でお出かけするの初めてだから垣根が楽しくできないならどうすればいいか分からない……だから、どうしたら楽しくなる? 教えてくれ」

 

真守が不安そうに瞳を揺らして見上げてくるので垣根はピシッと固まった。

 

マズい。

 

真守の取り巻く環境によって生まれたこのイライラをぶつけて八つ当たりしないように気を付けていたが、真守に不安を覚えさせてしまっているこの状況は非常にマズい。

 

「────悪かっ、」

 

垣根は真守に謝ろうとした時、酷く冷徹な視線を感じて背筋がぞくっとした。

 

視線の先を見ると、真守と垣根の対応をしていたインテリアプランナー(女性)がにっこりと笑顔で怒っていた。

 

『彼女と一緒にいるのに機嫌悪くしてんじゃねえよこの野郎』

 

そんなことを思っているだろうなという視線をプランナーは垣根に向けており、その後ろでは待機している女性プランナーが真守に同情して垣根を非難の目で見つめていた。

 

「真守、大丈夫だから。そんな顔させて悪かった」

 

威圧感を覚えながら垣根はポン、と真守の頭に手を置くが、真守は悲しそうに顔を歪ませたままだ。

 

「本当に大丈夫か? ……そう言えば垣根、ご飯食べてる時にすごく周りを気にしてた。そんなに周りの視線が気になるか?」

 

「……いや、確かに気になるっつーのは気になるけど、お前のせいじゃねえから」

 

垣根は先程まで苛立ちを感じていた周囲の視線に加えて、プランナーからの非難の目に気まずさを感じながら告げると、真守は眉をひそませる。

 

「やっぱり私が目立つのが嫌なのか? それはどうしようもできない。……ごめんな、垣根」

 

「……ッ大丈夫だから。お前が気にすることじゃない」

 

「……うん」

 

しょんぼりとした真守を見て、垣根は慌てて真守にそう告げるが、真守の心は気落ちしたままだ。

 

「真守」

 

垣根はそこで真守の両肩に手を置いて自分を見上げた真守に声を掛けた。

 

「これは俺の気持ちの問題で、お前のせいじゃねえから。だからお前は気にしなくていい。俺はお前と一緒に居られて楽しいし、お前がそんな顔しているのは嫌だ」

 

「……本当?」

 

「嘘じゃねえ。だからお前は気にするな」

 

真守が訊ねてくるので垣根がはっきりと告げると、真守はじーっと垣根を見上げて嘘ではないと察して、ふにゃっと微笑む。

 

「そっか、良かった」

 

フロアにいる女性プランナーの非難の視線が棘のように刺さるが、真守がひとまず気持ちを落ち着かせたので、垣根はそこで安堵のため息を吐いた。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

「垣根、なんかちょっと疲れてるみたいだし少し休憩しよう」

 

真守は家具売り場で非難の目にさらされて気疲れした垣根の服の袖を引っ張ってショッピングモールの広場へと来ると、軽食を売っている移動販売車を指さして微笑む。

 

「垣根、コーヒー好きだよな。買ってくるから待ってて」

 

「お前がわざわざ買いになんて行かなくていい。俺が買ってくる」

 

垣根が真守の言葉にそう告げると、真守は首を横に振ってふにゃっと微笑んだ。

 

「ううん、買わせて。それで気分入れ替えて楽しく回ろう?」

 

「……分かった」

 

真守が気を使っている姿を見て垣根は(うめ)くように頷くと、真守はニコッと微笑を浮かべて人が集まっている移動販売車へと走っていった。

 

「…………カッコわりぃ……」

 

垣根は広場の周りにあるショッピングモールの柱に寄り掛かりながら呟く。

 

自分のこのカッコ悪ささえ真守はカッコ悪いなんて言わずに優しく包み込んでくれて気に掛けてくれる。

 

真守はいつだって優しい笑顔を見せてくれるし、この世の全ての命へと平等にその優しい笑顔を向けてくれる。

 

人を殺す悪党だろうが誰であろうが誰にでも自身の可能性を信じて前に突き進む人間ならば、真守は平等に救いの手を差し伸べてくれる。

 

だが。いいや、だからこそ。

 

できることなら真守を手の内に入れたままどこかへ閉じこめて、あの笑顔が自分にだけ向くようにしたい。

 

そして他の人間に真守を見せないで独り占めしたい。

 

それほど朝槻真守の輝きは自分のことを癒してくれるのだ。

 

(……ひっでえ独占欲…………)

 

閉じ込められているのが真守の幸せになるとは思えないのに、どうしても自分だけを見てほしいという気持ちが消えない。

 

余裕がなくなっているのは分かっている。

 

真守のことになると必死になってしまうのだ。

 

手の平から大切にしたかった命を一度取り落としてしまってるからか、今度こそ何があっても真守を手放したくなかった。

 

それでもいつか真守が絶対能力者(レベル6)となって離れていってしまうかもしれないと考えると、苦しくて胸が痛くてどうにかなってしまいそうだ。

 

だからこそ今この瞬間を大事にしたいが、それでも真守へ向けられている視線を感じるとどうもそっちに気がいってしまう。

 

自分の心の中の薄暗い欲望に呆れている中、垣根は移動販売車の注文するための列に並んでいる真守をぼーっと眺めていた。

 

そんな真守の周りに男たちが寄ってきた。

 

真守が仏頂面で話をしているため、ナンパされているのは確実だった。

 

「あの野郎共……!」

 

一瞬の隙を突いて真守に近づいてきた男に殺意が即座に(つの)った垣根は、その殺意で空間をヂヂヂィッと震わせる。

 

垣根の周囲にいた客は突然垣根が威圧感を放ったので恐怖を覚えて騒然とする。

 

ただでさえ周囲の視線にイライラしているのに、直接手を出している様子を目撃して気持ちを抑えられることなんてできない。

 

真守は垣根が怒っているのを瞬時に感じ取ると、怒り狂ったまま足早に近づいてくる垣根に向かってナンパ男たちに断りを入れずに走り寄る。

 

「垣根、怒らないで。大丈夫だから」

 

真守は垣根の胸をやんわりと圧して、今にも喧嘩を始めそうな垣根を抑える。

 

真守に男の連れがいたことに舌打ちしていたナンパ男たちだったが、その連れの男である垣根が尋常もないほどの威圧感でブチ切れているので、彼らは本能的に敵わないと感じて顔を真っ青にして逃げていった。

 

真守は騒然とする広場と垣根両方を落ち着けるために垣根の手を引っ張って、ショッピングモールの人気のない方へと連れて行く。

 

「垣根、私は大丈夫だから。だからそんな辛そうな顔しないで。いつものことだし、な?」

 

「……分かってる」

 

真守が垣根のことを必死に(なだ)めていると、垣根は(うめ)くように呟いた。

 

「垣根、もしかして今日ずっと私が好奇の目で見られるのが嫌だったのか?」

 

真守は余裕のない表情をしている垣根を見つめて、今日ずっと垣根が抱いていた気持ちが自分を取り巻く環境のせいなのかと訊ねた。

 

「……そうだよ。今までヤツらはお前に見向きもしなかったんだぞ!? 気に入らねえに決まってる!!」

 

垣根が思わずやけになって大声で叫ぶと、真守はすごく悲しそうな顔をして瞳を揺らす。

 

しまった、と垣根は思った。

 

どうしようもないことに腹を立てて、それで真守を悲しませるなんて本末転倒もいいところだ。

 

真守はそこで顔を悲痛で歪めながらそっと垣根の腰に手を回して抱きしめた。

 

「垣根に大変な思いさせてしまってごめん」

 

「……お前が謝ることじゃない」

 

「そうかもしれないけれど、垣根に悲しい思いさせてしまってとても心苦しい。なんとかしたいけど、なんともできないのが心苦しい」

 

真守は垣根に顔を押し付けて頬を摺り寄せながら悲痛な声で漏らす。

 

「だから苦しくなったらこうやってぎゅーってしてあげる。それで一旦落ち着けるか?」

 

真守はそこで少しだけ体を離して垣根を見上げる。

 

垣根は自分を気遣ってくれる真守の小さな体を覆い隠すように抱きしめる。

 

自分のことを考えてくれるこの少女が愛しくてたまらない。

 

小さくて柔らかい体に猫っ毛のサラサラの髪の毛。

 

真守の全てが愛おしくて、それでも絶対に壊したくなくて。垣根は優しく壊れ物を扱うかのように真守を抱きしめる。

 

かわいい。本当にかわいい。自分のことを気遣ってくれるこの生き物はかわいすぎる。

 

垣根はそこで気持ちが抑えられなくなって真守の黒い猫っ毛におおわれた頭に頬を()り寄せると、そっとキスを落とした。

 

「……ッ!?」

 

真守は突然感じた頬とは違う柔らかい感触に体を硬直させる。

 

垣根は真守がびっくりしていると分かっていながらもその体を愛おしそうに一層抱きしめる。

 

(……愛おし過ぎるのが悪い。そう、コイツがかわいすぎるのが悪いんだ)

 

垣根は心の中でそう言い訳をすると真守の柔らかな猫っ毛を()かすように後頭部を撫でながら何度もキスをする。

 

「!? ──ッ!? …………ッ!!」

 

真守は垣根から何度もキスをされて顔を真っ赤にして垣根の腕の中で困惑して、思わず垣根の腰に回している両手に力が入る。

 

「………………ふ、ぇ?」

 

真守はそこで胸が突然ドクッと跳ね上がって情けなく声を漏らした。

 

(………………あう。いま、きづいた……)

 

真守は垣根にぎゅーっと(すが)りつくように抱きついたまま、速まる鼓動を感じながら心の中で呟く。

 

(なんかっ……女の子に抱きしめられているのとぜんぜんちがうっ……!!)

 

自分に以前抱き着いてきた弓箭やいつも自分に飛び掛かるように抱き着いてきている深城たち女の子はふにふにとしていて柔らかかった印象だが、垣根は男として体ががっしりと固く頼もしい印象がある。

 

それに垣根は肉体の再構築化も相まってとても頑丈な造りをしていて、ポテンシャルが非常に高いし、ちょっとやそっとで死なない程に頑丈な体で、喧嘩でも負けなしの強さを誇るのを真守は知っている。

 

他の男性に抱きしめられたことなどないが、おそらく絶対に普通の男性よりも体がしっかりとしていて固いことだろう。

 

(……お、おとこのこ……垣根っておとこのこなんだ…………っ!)

 

真守は女の子と男の子の違いを直で感じてしまって気恥ずかしくて思わず涙目になる。

 

(はた)から見たら身長が高い大きな男子高校生が人目のないところで背のわりにちんまりとしている女子高生を強く抱きしめているようにしか見えないが、真守には垣根の唇の感触があるから恥ずかしくて仕方ない。

 

(…………ど、どうしよう……垣根が落ち着けるまで離れられないし……っでも、胸が苦しくって……あぅ……どうしよう…………)

 

(こいつ、外見からも分かるがすっげえ華奢。マジで華奢。ポテンシャルが高いつってもやっぱり女の子なんだな…………かわいい)

 

真守が目をぐるぐると回していて困惑する中、垣根は頬ずりしたり何度も真守の頭にキスを振らせながら心の中で呟く。

 

(……まあアイドル体型なのは『実験』の弊害(へいがい)で成長してなくて自分で遺伝子情報考えずに成長ホルモン出したからとか、まったく食事しないとか色々理由があるが……それにしてもちんまりしすぎだろ……)

 

垣根はそんなことを心の中で呟きながらもっと真守と密着したくなって、ちょっと力を入れれば折れてしまいそうな真守の細い腰に手を回して抱き寄せる。

 

「……………………はぅ」

 

真守は腰をグイッと抱き寄せられて、心臓が流石に耐えられなくなってしまう。

 

(もう無理……っ)

 

「…………かきね……垣根、かきねぇ」

 

「…………何?」

 

真守が必死に垣根の名前を呼ぶと、垣根は真守の耳元で甘く囁く。

真守はそのゾワッとした感覚に耳まで真っ赤にする。そして力を入れすぎて、最早感覚が分からなくなってしびれている手を震わせて垣根を見上げる。

 

「そ、その…………かきねが、落ち着くまでって言ったけど…………もう、げんかい…………恥ずかしくて……っ」

 

垣根が真守を抱き込むのをやめて少し離すと、真守は涙目で小さな口を震わせて顔を真っ赤にしていた。

 

意識しすぎて目が合わせられないのか、視線を横に背けてその瞳を羞恥で揺らし、うるうるとさせている。

 

「………………っ」

 

(かわいすぎる…………っ)

 

このままだと自分の内なる雄が抑えられそうにないので、垣根はバッと真守のことを自分から引きはがす。

 

「う、うぅー……の、飲み物買ってくるっ!!」

 

真守は恥ずかしくて(うな)りながら顔を真っ赤にして来た道を戻り、広場に向かうと、移動販売車へと突っ走っていく。

 

「………………ほんっとうにあぶねえ…………」

 

垣根は顔に手を当てて、真守の可憐さにときめくのを必死で抑えていた。

 

でも本当にかわいい。誰の目にも届かない場所に閉じ込めて自分だけのものにしたい。

 

でもやっぱりそんなこと考えるのはマズい。マズいけどそうしたい。

 

これから自分は人目に付かない一つの屋根の下で真守と一緒にいられる。

 

だから何も問題ない。

 

こんな考えを持つのはマズいと、垣根が何度も自分に言い聞かせて気持ちを落ち着けていると、落ち着いたところで丁度真守が帰ってきた。

 

どうやらナンパに引っかからないで無事に帰ってこられたらしい。

 

「垣根。買ってきた……ラテで良かったか……?」

 

真守は垣根の好きなカフェラテと自分用のリンゴジュースを買ってきて、そっと垣根に右手に持っていたカフェラテを差し出す。

 

真守は恥ずかしくて気まずいのか目を合わせられないし、しかも頬がまだ少しだけ赤く染まっている。

 

「あ、熱いから気を付けてな……?」

 

「……悪い、サンキュー」

 

「ううん、だいじょうぶ…………」

 

動揺で声を震わせて羞恥に悶える真守を見て、垣根は思わず抱きしめたい衝動をぐっと(こら)えてコーヒーを受け取る。

 

気まずい雰囲気が流れて沈黙が二人を包み込む中、垣根が無言でコーヒーを飲んでいると、ポケットに入れていた左手に感触が合って目を見開いた。

 

見ると真守が垣根の腕にちょんと触れており、そこで垣根が真守の顔を見ると、真守は恥ずかしそうに眉を八の字にしながら垣根を上目遣いで見つめる。

 

「………………垣根、苦しいなら外では手、繋ぐから。……だから、……ぎゅーってしてちゅーするのは……外では、ちょっと、……は、恥ずかしいから……」

 

真守がぽそぽそと呟くので、垣根はぎゅーっと愛しさで胸が締め付けられながら、ポケットから手を出して真守の小さな手を握る。

 

真守も顔を赤くして目を背けながらも垣根の手をそっと握って、ジュースをストローからちまちまと飲む。

 

恥ずかしがる真守が可愛くて、垣根はグッと真守の手を引いて胸の前に持ってくると、その手をぎゅーっと握り締めた。

 

腕を引っ張られ、垣根に引き寄せられて顔を真っ赤にする真守だが、まだ許容範囲なのか羞恥で身悶えはするが嫌がらない。

 

「これ飲んだらホームセンターに日用品買いに行くか」

 

「……うん」

 

垣根の誘いに真守は頷いて、幸せそうにそっと微笑む。

 

(垣根に手ぇ繋いでもらえるの、幸せ。…………でも)

 

だが真守はそこまで心の中で呟くと顔を悲痛で歪ませてそっと目を伏せる。

 

(私、垣根のこと……神さまになってもちゃんと想えるかな)

 

自分が絶対能力者(レベル6)、つまり神に成ること。

 

それは決まっていて、(くつがえ)ることはない。

 

だからこそ幸せに過ごせていると真守は時折悲しくなってしまう。

 

人のことを大事にする感情が消えてしまわないか、自分はずっと垣根や深城のことを特別だと思えていられるのか。

 

本当に冷たい神さまになったら、もしかしたら全てを滅ぼして垣根や深城を殺してしまうかもしれない。

 

真守はそこまで考えて、ふるふると首を緩く横に振った。

 

(大丈夫。大丈夫……だって垣根はずっと一緒にいてくれるって言った。深城も、私が思えなくなっても一緒にいてくれるって。……だから大丈夫)

 

真守がそこでコーヒーを飲んでいた垣根を見上げると、垣根は真守の視線に気が付いて柔らかく微笑んだ。

 

(どうか神さまに成っても、垣根を特別な男の子として見られますように──)

 

真守はその笑顔を見て、泣きそうになりながらも心の中でそう呟いて微笑んだ。

 




デートしました。垣根くんついに手を出しました(言い方)。

もう今回思い残すことは……ない……っ! 圧倒的満足……っ!




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第七七話:〈先駆同類〉の助言

第七七話、投稿します。
次は一〇月三〇日土曜日です。


(どうしよう……一体、どうすればいいのか…………)

 

「よー朝槻!」

 

真守が上条の入院している病室の前で携帯電話を見つめて困惑していると、自分の名前を呼ぶ(ほが)らかな声が聞こえてきて真守は顔を上げた。

 

「土御門」

 

そこには真守が名前を呼んだとおり、アロハシャツに青いサングラスをした真守と上条のクラスメイト、土御門元春が歩いてきた。

 

どうやら真守と同じでローマ正教と戦っていつものごとく入院した上条当麻の見舞いに来たらしい。

 

「……お前、私に何か言うことがあるよな?」

 

真守が携帯電話を片付けながら土御門をじとーっとジト目で見つめると、土御門はぺかーっとバカらしいほどの朗らかっぷりを演出している笑みを浮かべた。

 

「じっつはー土御門元春はイギリス清教『必要悪の教会(ネセサリウス)』所属の魔術師でー学園都市に紛れこんだスパイだにゃー!」

 

「知ってた」

 

「あり? やっぱり?」

 

真守が(すさ)まじいカミングアウトに特に驚きもせずに告げると、土御門は真守が気づいていると知っていたので焦ることなくおどけてみせた。

 

「うん。上条が学園都市外で御使堕し(エンゼルフォール)なるものに巻き込まれて、お前にボコボコにされて病院に入院した時に話を聞いた」

 

「なんだーカミやんも人のこと言えずに口が軽いぜよー。じゃあなんで俺に魔術師かって聞いてこなかったんだにゃー?」

 

「お前を信じてるから」

 

真守の一言に軽い調子で喋っていた土御門はピタッと硬直した。

 

「私はお前が色々な顔を持っていることに当然気づいてた。イギリス清教のスパイというのもその顔の一つなのだろう?」

 

「……最初から気づいてたってわけか。スパイ的には痛恨の一撃ですたい。……ならなんで俺のことを信じられるんだ?」

 

「楽しそうだったから」

 

土御門の問いかけに、真守はけろっとした調子で告げた。

 

「……へえ?」

 

「私たちと一緒にいるのはお前にとって作業の一つだ。だけどお前の気持ちにいつだって嘘はない。むしろ私と上条を気に掛けていた。そんなお前をどうして私が責めなくちゃいけないんだ?」

 

土御門が真守の言い分を興味深そうに聞くので真守はつらつらと自分の気持ちを土御門に伝える。

 

真守は土御門がずっと自分を心配しているのを知っていた。

 

友情を感じているからこそ自分たちを守ろうとしてくれているのだと、真守は上条と土御門の間に御使堕し(エンゼルフォール)の時にあった出来事を上条から聞いて確信した。

 

自分や上条のことを大切に想っているが故に自らの腹を切り、それを気取られないためにいつだってひょうひょうとした態度を取る。

 

真守や上条の重荷にならないように、二人が穏やかな生活が送れるように。

 

いつだって自分の苦心を周りの人間に悟られないように隠している土御門のことを、真守が咎めることなんてありえないのだ。

 

「それすらも嘘だったらどうするんだぜい?」

 

「私が信じている土御門元春は大事なもののためならば嘘はつけない。でもそれだったら面白い。コテンパンにやっつけてやるから覚悟しろ?」

 

土御門がニッと挑発的に笑うので、真守もその挑発に応えてふっと微笑むと、土御門は大袈裟に体を震わせた。

 

「おお、恐いにゃー」

 

「大丈夫。そんなことは絶対にない。だってお前は義妹を大事に想える優しい人間だから」

 

「……舞夏のことを引き合いに出されちゃおしまいぜよ」

 

土御門の全面降伏を受けて真守がクスクスと笑うので、土御門は思わずため息を吐いた。

 

真守はひとしきり笑った後、自分よりも背が高い土御門を見上げて微笑む。

 

「スパイとは良い顔をあらゆる方面にしなければならない常時綱渡り状態の職種だ。それなら大切な人なんて作らなければいいのに。お前は人間臭すぎる。……歯車になるなら、完璧な部品として生きれば生きやすいのに。まあそこがお前の良いところだがな?」

 

土御門は朝槻真守がそうやって半笑いしながらぼやく理由を知っている。

 

真守の能力、流動源力(ギアホイール)には源流エネルギーという『絶えず流動し続ける全ての源の力』という意味ももちろん含まれているが、本質は別にある。

 

歯車(GEAR)は回転し、仕組みを動かし続けるためにある。

 

車輪(WHEEL)は回転し、進むべき道を進み続けるためにある。

 

『世界の()()()()()()()()、そして絶えず世界を()()()()()()()』ことにこそ、真守の能力の本質は()る。

 

新たな定義を造り出すことができるのも真守の能力の本質で、世界を進み続けさせるためには新たな定義を加える必要があるからだ。

 

そしてそれはこの世に存在するあらゆるものは移り変わっていくという『万物流転の法則』と同じである。

 

あらゆる組織、機関の間を縫うように生きて、あらゆる組織のバランスを取るために部品として動くならば、部品らしく動けるように何か大切なものに囚われずに人間性を捨て去って部品に徹すれば、熱くならずに済んで身を滅ぼすこともなくなる。

 

物事の流れを見出すことができるエネルギー生成の能力者であり、『世界の仕組み』に(たずさ)わる人間として『部品として世界を回す人間』の()り方を確実に理解できるから、真守は土御門にそうやって遠回しにぼやくように助言したのだ。

 

「そうやって俺にアドバイスしてくれるが、朝槻自身は俺がそうなることを望んじゃいないだろ?」

 

「当たり前だ。私の信じている土御門元春は部品なんて言うチンケな役にハマる人間じゃない」

 

土御門がおどけて告げると、真守は軽やかに笑いながら自分が信じている土御門に関して言及して告げる。

 

真守が軽やかに笑うと土御門は笑うしかなかった。

 

真守がどこまでも人を信じるからこそ、この少女にできることが自分にあるのであれば土御門元春はできる限りのことをしようと思うのだ。

 

「……で、そんな(ふところ)のひろーい真守さんは、何をそんな深刻な顔をしていたんだにゃー?」

 

土御門に問いかけられて真守はウッと(うめ)いた。

 

「……上条の病室に来たら、丁度小萌先生から連絡があったんだ」

 

「朝槻にか? あの人心配性だから朝槻が超能力者(レベル5)に認定されてから毎日電話かけてるだろ。それとは別件ですたい? しかもこんな朝早く?」

 

真守は土御門の問いかけに自分でも動揺しているのが分かるがどうすればいいか分からず困惑ながら、ぽそぽそっと呟く。

 

 

「……私の、親族が…………見つかったって」

 

 

「へ? SHINZOKU?」

 

真守が躊躇いがちに呟いた言葉に意表を突かれて、土御門はスパイにとって失態にもなり得るような本心からの驚きを思わず漏らしてしまった。

 

「……私は学園都市のプロパガンダの一貫として全世界に超能力者(レベル5)として発表されただろ? そんな私を一目見て自分の身内だと悟ったその人は即座に学園都市に連絡してきたんだ。事情が事情だったからその人を学園都市が特別に受け入れて統括理事会監視のもとでDNA鑑定所で鑑定したところ、本当に私の肉親だったみたいで……」

 

「朝槻が超能力者(レベル5)として有名になったから親として名乗り出て、朝槻の人気にあやかって甘い汁(すす)ろうってことか?」

 

土御門が苛立ちを(にじ)ませて問いかけると、真守は首を横に振った。

 

「名乗り出てきたのは私の死んだお母さまの親族で、私のことを学園都市に置き去りにしたのは父親なんだ。私のお母さま、実家から出奔(しゅっぽん)してて疎遠になっていたんだが、そんなお母さまのことを実家の人たちは変わらずに大事に想ってたんだ。……お母さまが亡くなったのも、私が生まれてることも全て知った時には、何もかも遅かったんだよ」

 

土御門はそこで全てを悟った。

 

おそらく学園都市は置き去り(チャイルドエラー)にされてしまった真守を必死に探していた親族から真守の存在を意図的に隠したのだろう。

 

真守はその能力の希少さから能力開発を受けた直後、置き去り(チャイルドエラー)凄惨(せいさん)な実験を行っていた『特異能力解析研究所』に所属させられることになり、真守の開発官(デベロッパー)は『解析研』の所長である木原分析となった。

 

そして何より、真守は学園都市統括理事長、アレイスター=クロウリーが進める『計画(プラン)』に欠かせない人物だ。

 

置き去り(チャイルドエラー)になった時点でその子供は学園都市の所有物であり、その所有物が『計画(プラン)』の要で、そんな存在を親族が返せと言ってくるならば秘匿するに決まっている。

 

それに学園都市の『闇』にどっぷり浸かっている真守の口から凄惨な人体実験が外部に伝われば学園都市の権威は地に落ちる。そして真守を探して慌てふためいた親族ならば真守を必ず学園都市の『闇』から救い出し、そのまま真守を学園都市から引き離そうとするだろう。

 

それは学園都市にとっても統括理事長にとっても痛手過ぎる。だから真守は自分のことを探している親族に秘匿されて引き離されていた。

 

だが学園都市は真守を超能力者(レベル5)第一位に認定して、世界にその存在を公表した。

 

そんな大々的に公表されれば真守のことを探していた真守の親族は真守が身内だと気づく可能性がある。

 

それを予測していたであろう学園都市は真守の親族を特別に学園都市内に受け入れ、本来ならば秘匿されるべき研究所で採取した真守のDNAを使って鑑定をここ数日で迅速に済ませたのだろう。

 

そんな真守の親族は現在学園都市にいる。真守のすぐ近くに。

 

「小萌先生に学園都市が受け入れた親族と会ってみるか聞かれたんだな?」

 

こんな朝早くに何の連絡かと思った土御門だったが、真守にとって非常に重要な案件であるため小萌先生も即座に連絡を取ったのだろう。

 

土御門がそう問いかけると、真守はコクッと肯定を示すために一つ頷いた。

 

「今学園都市に来てる人は私のお母さまの一卵性双生児の姉なんだって。だから遺伝子的に見ればお母さまと同じなんだ。……小萌先生が言うには、髪色以外そっくりらしい。伯母さまは銀髪なんだって」

 

「外国人なのか?」

 

「うん。まあ、私の瞳と顔立ち見れば一発でルーツが外国だって分かるけど、それ以外にも私は肌が弱いんだ。日光ですぐに赤くなってしまうから夏でも長袖着なくちゃいけないくらいだし。だから白人系の血が入っているのは前から分かってた」

 

真守は自分のエメラルドグリーンの瞳を指さしながら呟く。

 

確かに真守は黒髪で一見日本人っぽいが、瞳はどう頑張っても異国の血を引いているし、なんなら顔立ちだって日本人とは言えない。

 

「朝槻は会うか会わないか迷ってるんだな?」

 

「ううん。会った方がいいのは分かってるんだ。会うべきだと私も思ってる」

 

「じゃあ何で悩んでいるんだ?」

 

土御門が至極真っ当な疑問を投げかけて来るので、真守は顔をしかめながらもぽそぽそと呟く。

 

「……親族なんて知らないで生きてきたからどうすればいいか分からないんだ。どう対応すればいいのか……。普通の人たちとどう違うんだろう……つ、土御門はどうだった? 舞夏と最初、どうだった?」

 

真守は動揺して瞳を揺らしながら土御門を見上げた。

 

土御門の妹は義妹だ。

 

それはつまり、最初から家族ではなかったのに、途中から家族になったということだ。

 

だからこそ突然できた家族とどう付き合っていいか真守は聞きたくなってしまった。

 

「……か、家族ってものがあったかいものだって言うのは分かってる。でも自分に家族がいるって言われても、突然過ぎてはっきり言ってどうすればいいか分からない……だから土御門は義妹ができた時どう思ったか聞いてみたくて。……その、良ければ教えて欲しい。無理ならいいんだ」

 

いつも冷静な真守が突然現れた身内に動揺してしまう理由を土御門は理解できる。それくらい突拍子もない事態だからだ。

 

そして自分がスパイ的な立ち位置だからそういうプライベートを聞いては駄目だと真守が考えていることも、それでもやっぱり突然現れた家族とどうやって付き合っていけばいいか困惑しているのも、土御門には分かっている。

 

朝槻真守は土御門元春にとって大事な友人だ。大変な立場にあるのだから平穏な生活が少しでもできればいいと思っている。

 

「『家族』ってのは、接するのにどんな思惑があるなんて勘ぐらなくていい」

 

だからこそ土御門元春は『家族』についての持論を真守に伝えた。

 

「そう、なのか?」

 

土御門の信じる『家族』というものの()り方を少し聞いた真守は不安そうに訊ねた。

 

「ああ。裏があるとかそういうのを考えなくていいんだ。心の底から本当に気を許せる相手ってのが『家族』ってもんだ。遺伝子的には母親と一緒なんだろ? そんな人たちがずっとお前を探したってことは、直接顔を見たこともないお前を本当に大切に想っている証拠だ」

 

「……そうだよな。私も、そうだと思う。でも……突然現れた人たちをどうすればいいか本当に分からなくて……」

 

「……まあ、受け入れがたいよな。だがこれだけははっきりしてる」

 

土御門は珍しく弱気な真守を見て、そうなっても仕方がないと真守の境遇にため息をついて、そして真守を奮い立たせるよう言葉を掛けた。

 

「その人たちはお前を愛しているよ。絶対にな」

 

真守は土御門の断言を聞いて真守は目を見開いた後に安堵してふふっと微笑んだ。

 

「ありがとう、土御門。そうだな、一度も会った事がない私のことを愛してくれているんだからきっと大丈夫だな」

 

真守が柔らかく瞳を細めて微笑むと、土御門もニカッと笑って応えた。

 

二人が穏やかに笑っていると上条の病室内で動きがあったことに二人共気が付いた。

 

「起きたみたいだ」

 

「お、そうだな。──おーっす、カミやーん、遊びに来たぜい。メロン一個は高すぎるから小さなカットメロンの乗ったコンビニデザートの豪華プリンで我慢ぜよ」

 

「上条。具合の方はどうだ?」

 

土御門はコンビニで買った見舞い品の入ったビニール袋をぐるぐる振り回しながら病室の扉を開けて入っていき、真守はその後ろからひょこっと顔を出して上条に声を掛けた。

 

「うーす。土御門、朝槻! わざわざこんな朝早くにありがとな。……あ、ごめん。神裂。なに言おうとしてたんだっけ?」

 

真守と土御門が病室へと入るとベッドに寝ている上条の近くで顔を真っ赤にしている神裂がいて、上条はそんな神裂に声を掛けていた。

 

「おおう、なんだねーちん。ついにカミやんに平謝りする時が来たって感じですかい? どうせまたベッタベタの王道的にも『今までかけた迷惑の借りを返します』とか『なんでも言いつけてください』とかって進言するつもりだぜい。やーい、このツルのエロ返しー」

 

だっはっはっはー! と笑ってウッと(うな)る神裂を生き生きした様子でイジる土御門を見て、真守は『コイツ、イギリス清教内でも通常運転なのか……』と土御門を横目でじとーっとジト目で見つめながら心の中で呟く。

 

「ちっ違います! 誰がこんな常識知らずの子供にそんな台詞(セリフ)を吐きますか!?」

 

「……こんな、じょうしき、しらずー~~」

 

神裂に辛らつな言葉を吐かれた上条はその三連続の言葉に(うめ)く。

 

「あ、いえ。だからそういうつもりで言ったのでは……そうではなくて、今のは土御門の暴言を撤回させるためにだけに使った言葉ですので、恩を返すという部分は、ええと……」

 

土御門はしろどもどろになる神裂に詰め寄って悪魔のささやきを繰り返す。

 

「でも結局ねーちんは脱ぐんでしょ? お詫びにどんな服でも着るんでしょ?」

 

「ぬ、脱ぎませんし着ませんよ! 結局ってどういう意味ですか?!」

 

「……土御門。それ流石にセクハラ」

 

自分よりも一五センチは高い神裂の前へ移動した真守は神裂を背中に庇ったまま白い目で抗議する。

 

(……お詫びに、どんな服でも……?)

 

「なんかすごく邪な感情の気配がする!?」

 

真守はそこであらぬ妄想をしはじめた上条からただならぬオーラを感じ、神裂を守りながらバッと振り返って上条を睨みつける。

 

「えっ!? い、嫌だなー朝槻さん! 流石の俺もあんなもんを男の手でレジまで持ってくなんてわたくし上条当麻の人生が崩壊しますのでそんな事は全然考えてませんよーっ」

 

「……お前、神裂にどんな服を着させるつもりだ……!?」

 

真守は上条の意味不明な言葉に首を傾げている神裂を全力で守るために、神裂のファッション上むき出しの腹にぎゅっと抱き着いた。

 

体の小ささからして真守が神裂に(すが)りついているようにしか見えないのだが、目が子猫を守る母親のそれなので妙に迫真の勢いがある。

 

「くっくっく。さあ汝の望みは何だ! 年上の膝枕で母性本能丸出しの耳かきか! お姉様の意外にも小さくて可愛らしいお手製弁当か!?」

 

「やめてーっ! 野郎同士のバカトーク中ならともかく女の子たちの前で俺のピンポイントを暴いていかないでーっ」

 

「か、上条…………そうか、そういう趣味なんだ……」

 

土御門によって暴露された性癖を上条が肯定したのを聞いて、真守は思わずそう呟く。

 

「ヤバい! どうするんだよ土御門! 俺の救いの女神サマが引いちゃってるんだけど!?」

 

「え? 何々カミやん。まさか朝槻にも女神プレイを強要するのかにゃー? ダメダメ。コイツにはこわーい超能力者(レベル5)さまが公共の場で慰め目的でハグしてもらったのに気持ちが抑えられなくなって頭に何度もキスするくらい熱烈ラブコール飛ばしてるから、そんなことすればカミやんの命なんてろうそくの火みたいにフッと儚く消えてしまうぜよ」

 

上条が土御門に抗議すると、土御門は上条へと耳を寄せて『聞き捨てなりませんなー』と言いたげにしながら一気にまくし立ててぶっちゃけた。

 

「ぶっ!?」

 

「……超能力者(レベル5)? って、やっぱり垣根のことか?!」

 

上条が思わず噴き出してしまった真守をちらっと見つめながら疑問の声を上げると、真守は顔を真っ赤にして事情が分かっていない神裂から離れ、土御門にふらふらと動揺しながらも詰め寄る。

 

「おまえっなんで!? お前、どっ一体どこでぇ見っ……ナンデー!!」

 

「ふっふっふ。土御門さんはなんでもお見通しぜよー! シェアハウスするとかなー!」

 

「シェアハウス?! 同棲!?」

 

真守は土御門から放たれる言葉に一々驚いている上条をギンッと睨みつける。

 

「上条! 深く聞いたら殺す!!」

 

「ハッハイ!!」

 

「ちょっと話し合うぞ土御門! お前がどういう情報経路を持っているかについてぇ!!」

 

上条が真守の殺気に当てられて背筋をピィン! として裏返った声で返事する中、真守は即座に土御門に向き直ってこれ以上余計なことを言われる前にぐいぐいと土御門を病室の外へ出そうとする。

 

「えーそんな強引なー朝槻ー俺に触れるなよーお前の事好きな超能力者(レベル5)サマがすっ飛んでくるだろーがー」

 

「うるさい! ああ、もう!! いっそその面倒な口を取ってしまおうか!?」

 

「え!? そんなご無体なー!! やーめーてー!!」

 

真守はなおも軽い調子の土御門を即座に病室から叩きだすために怒りを込めて掴み上げると、片手で病室の扉を思いきり開けて土御門を外へと放り投げる。

 

「お前ぇぇぇ本当に一体どういうことだ!!」

 

「神裂ねーちんもカミやんと二人きりになりたそうだったし、丁度良いタイミングだったろ?」

 

真守が病室から出て顔を真っ赤にして土御門に掴みかかるとおちゃらけた調子を失くして先程の戯れは二人に気を利かせたかったからだと暗に告げる。

 

「…………お、お前はほんっとうに……!」

 

「朝槻」

 

「な、なんだいきなり真面目になって」

 

真守が一転して真面目な声音で自分を呼んだ土御門を見つめていると、土御門はサングラスをくいっと指で押し上げながら告げる。

 

「お前が相手の立ち位置を全部知って楽しくやってんなら俺はそれでいい。それでも色々気を付けろよ。分かったか?」

 

「……忠告ありがとう」

 

真守は突然真面目になった土御門を掴み上げるのをやめて顔を赤くしたまま俯かせてぽそぽそ呟くと、土御門は真守から離れてくるっと向きを変えて歩き出す。

 

「おう。んじゃなー引っ越し頑張れよー。それと!」

 

「……まだ何かあるのか?」

 

真守が土御門の後姿を睨みつけていると、土御門は真守に背を向けて手を振りながら告げる。

 

「親族に会うのも、楽しんでな」

 

「…………ありがと、土御門」

 

土御門が心の底から激励を飛ばしてくるので真守はまったく、とため息を吐きながら柔らかく目を細めてお礼を告げた。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

「土御門元春……か」

 

垣根は上条当麻の病室の外に張り付けていたカブトムシで病室内の一部始終を珍しく自分の学生寮の部屋で見ており、そう独り呟いた。

 

(真守のそばにいられるってことはアレイスターにも媚び売ってるのは確実だな。……まあ、真守が言うには義理人情に厚い男みたいだが、──要注意人物だな)

 

垣根は土御門元春を危険人物と敵視しながら、彼に自分の行動が全てバレていたのを知って顔をしかませ、一体どこから見ていたんだとアレイスターに通じている土御門の情報網を忌々しく思って今度はバレないようにしてやる、と決意した。

 

バレるところでやるのが確実に悪いが、垣根は最後までそれに気が付かなかった。

 




土御門のカミングアウトと真守ちゃんのルーツにまつわる話でした。

真守ちゃんの能力の本質についてでてきましたが、原作で能力名を自分でつける学生もいると明記されているように、真守ちゃんも自分の能力名を直感でつけました。

超電磁砲は美琴が自分でつけたと書いてありましたし、一方通行はそうですし、超能力者はみんなそうなんですかね。未元物質も垣根くんが自分でつけそうです。



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第七八話:〈面識皆無〉の大切なヒト

第七八話、投稿します。
次は一〇月三一日日曜日です。


真守は学校の応接室の扉を開けて自分を見た瞬間、泣き崩れた女性を見つめながら困惑していた。

 

小萌先生が女性に近づいて(なだ)めようとしているが、女性はずっと嗚咽(おえつ)を漏らして泣きっぱなしだった。

 

真守は革張りのソファから立ち上がって躊躇(ためら)いがちにその女性と小萌先生に近づく。

 

「あの、どうすればいいか困ってしまうから……泣かないでください」

 

珍しく真守が困惑した様子で敬語を使うと、女性は顔を上げてエメラルドグリーンの(うる)んだ瞳で真守を見上げた。

 

「お…………伯母さま?」

 

真守が困った顔で問いかけると、女性はボロボロと涙を零して声を上げて泣く。

 

真守は人の気持ちがわかる。誰かに寄り添いあうことができる。

 

でも今回ばかりはどうすればいいか分からなかった。

 

初めて顔を合わせる肉親に対してどうやって寄り添えばいいか、分からなかった。

 

でも土御門が肉親のことを勘ぐらなくていいからと言ってくれたから。

 

真守は泣き崩れた女性に近づいて、柔らかく微笑みながらその背中をそっと撫でた。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

あるお屋敷に双子の姉妹が生まれました。

 

姉妹の内、妹は一族を出奔(しゅっぽん)して数学者になってしまいます。

 

実家と疎遠になった中、妹は一人の実業家と出会い、結婚して女の子を出産します。

 

ですが妹は病気になり、実業家に我が子を預けて亡くなってしまいました。

 

その実業家は実はとんでもないクソ野郎で他に手を出していた女性がいて、女にそそのかされた実業家はその女の子を学園都市に捨ててしまいました。

 

お屋敷の人々は疎遠になって飛び出し、亡くなった娘に子供がいると知って大慌て。

 

実業家が学園都市に捨てたと知り、置き去り(チャイルドエラー)の保護施設を捜し回っても娘が生んだ子供はいませんでした。

 

さて、子供は一体どこに行ってしまったのでしょうか。

 

「……っていうのが、真守ちゃんの詳しい身の上話だってぇ」

 

深城は新しい住居であるシェアハウスのラウンジに積まれた段ボールを仕分けしながら、深城が真守から話を聞いた時にタイミング悪く『スクール』の仲介人から連絡が入って聞けなかった垣根に事情を説明する。

 

「なんつーか。クソ家庭環境が問題の置き去り(チャイルドエラー)だったんだな、真守」

 

垣根は深城と同じように段ボールの仕分けをして林檎や引っ越しを手伝っている誉望を呼び寄せ、念動能力(サイコキネシス)で目的の部屋へと運ばせながら嫌そうに顔をしかめた。

 

「うん。それでね、ここからがすごいんだけど」

 

深城は必要な段ボールが違う段ボールの下に積まれていたため、上の段ボールを力量装甲(ストレンジアーマー)で強化した両手でひょいっと持ち上げながら告げる。

 

「あ? 何がすごいって?」

 

運動神経は悪いのに力だけはある深城が力任せに段ボールを持ち上げるのに垣根は不安を覚えて、よたよたとする深城から段ボールを取り上げながら声を上げた。

 

「真守ちゃんのお母さまの実家って古物商の重鎮で、マクレーン古物商って言ってイギリスを主体としてヨーロッパで商売してるおうちなんだって。もう数百年続いている老舗らしいとかなんとか、だから真守ちゃんのお母さま、古いしきたりとかが嫌で出ていったんだって」

 

「古物商? ……あいつ、外国の良いとこのお嬢様だったのか?」

 

深城の話がふわっとしているので後で真守にきちんと聞こうと考えながら垣根が深城に声を掛けると、深城は段ボールを持ち上げたことで腰がおかしくなったのか、伸びをしながらコクッと頷く。

 

「まあ瞳見れば純日本人じゃないのは分かるよねぇ。緑色の瞳とか絶対にヨーロッパの方じゃなくちゃありえないし」

 

「そうか。……真守の実家は真守を探してたのか」

 

深城があっけらかんと真守の特徴について言及するのを聞きながら垣根は自分が持っている段ボールを指定の場所に置ながら少し安堵の表情を見せた。

 

「うん。……でも真守ちゃんを引き取ったの、学園都市の『闇』の研究所だからねえ」

 

「はん。見つかるわけねえよな、そりゃあ」

 

深城は寂しそうに微笑みながら告げると、垣根は学園都市を嘲笑しながら告げる。

 

「でもこうやって会えたよ。真守ちゃん。超能力者(レベル5)に認定されて大変だったけど、良いことあったねえ」

 

「……まあな」

 

超能力者(レベル5)になって真守はあらゆるしがらみに囚われるようになった。

 

だが超能力者(レベル5)に認定されたことで真守は親族に見つけてもらえることができた。

 

実は自分を繋ぎとめるために超能力者(レベル5)にされたことを知らない真守にとって、親族が見つかったのは本当に幸福なことなのだ。

 

一人でずっと孤独に戦ってきた真守が家族に会えてよかった。

 

垣根は何故か少し寂しさを覚えながらも、真守を大切にしてくれる身内がいてくれたことが嬉しくて、真守のことを想って柔らかく目を細めた。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

真守は応接室のソファで向かい合って自分の伯母と対峙していた。

 

アシュリン=マクレーン。

 

二〇代後半と言われても問題ないほどに若い彼女は真守の髪の毛を銀髪にして、ショートカットにして少し真守の年を取らせたような大人の女性だった。

 

泣き崩れた彼女は自分が泣くと分かっていたので耐水性の化粧をしていたらしく、泣いても綺麗な化粧を保っていた。

 

きちんと先を見据えて対処してあったり、泣いてしまったことを恥ずかしそうにしながらも凛としている辺り、気品があって内面も外見も美しい人だな、と真守は感じた。

 

「じゃあ、真守ちゃんはお金に不自由なく暮らしているのね?」

 

アシュリンは古物商で世界を渡り歩いているからか、使い慣れた様子の日本語で滑らかに喋り、真守のことを『真守ちゃん』と親しげに呼ぶ。

 

「うん。超能力者(レベル5)に認定されたから奨学金も増えたし、大丈夫」

 

真守はその柔らかな問いかけに、上ずった声を出しながらもきちんと答えるので、アシュリンはほっとした様子で微笑む。

 

「良かった。あ、でも真守ちゃんのために銀行作ってきたから後で口座教えるわね」

 

「……えっと、断ればいいのか喜べばいいのか。分からない……」

 

真守が所在無さげにすりすりと内ももを擦り合わせて顔をしかめると、アシュリンはそんな真守を見て柔らかくいたずらっぽく微笑む。

 

「貰えるものは貰っておくものよ」

 

「普段はそうしているんだが……み、身内から貰うってなるとちょっと違くて。……遠慮してしまうんだ」

 

とても自分を産んだ母親と同じ年齢だと思えないくらい若々しいアシュリンの前で真守が困惑していると、アシュリンは体を前に乗り出させて人差し指を振り、優しく注意してきた。

 

「真守ちゃん、身内のわたくしには甘えなさい。今まで甘えるなんてことできなかったんだから。お金のことを気にかけているのであれば問題ないわ。真守ちゃんのおうちはきちんとした家柄だもの。真守ちゃんに少し分けたくらいで減らないから」

 

「……ありがとう」

 

『真守ちゃんのおうち』という言葉がくすぐったくて真守は照れ隠しに微笑む。

 

アシュリンはそんな真守をじぃーっと見てから柔らかく微笑むと、真守の隣に座っていた小萌先生へとしっかり頭を下げる。

 

「月詠先生。真守ちゃんのこと、ずっと守ってくださってありがとうございます。これからも真守ちゃんをよろしくお願いいたしますね」

 

「は、はいなのですっ。生徒を守るのは先生の役目です。朝槻ちゃんを預かる身としてできる限りのことをしますよ。マクレーン様もこれからよろしくお願いしますです。何か分からない事があったら仰ってくださいね」

 

深く頭を下げられたので小萌先生もその小さな頭をしっかりと下げる。

 

お嬢様らしく綺麗な仕草で頭を上げると、アシュリンは(かたわ)らに置いてあった紙袋の中身を取り出して真守に手渡してきた。

 

それはアンティーク調の重い写真立てだった。

 

「真守ちゃん。これがわたくしの妹で、あなたのお母さまの写真よ。最後に姉妹で撮った写真だけど、あなたのお母さまであることに違いはないわ」

 

真守はアシュリンから手渡された写真立てを手元に引き寄せて見つめる。

 

仲睦まじそうな銀髪碧眼の双子が寄り添うように笑顔で映っていた。

 

「……右が、私のお母さま?」

 

「ええ、そうよ。ふふっ。真守ちゃんも確かな目を持っていて嬉しいわ」

 

真守が右側に映っている銀髪を真守のように背中の中ほどまでロングに伸ばした女性へとそっと写真立てのガラス越しに触れる。

 

「アメリアお母さま……」

 

アメリア=マクレーン。

 

それが真守の母親の名前らしい。

 

マクレーン古物商の古さが気に入らずに実家から離れて数学者になり、真守のことを捨てた男と結婚した女性。

 

「……真守ちゃんには悪いけれど、あの子はバカでね。知っても知らないふりをして幸せに過ごせるならそれでいいって考えていたのよ。そのせいで実家とも色々あったのだけど」

 

そんな考えだったから実業家が他の女に手を出していたと知っていても一緒にいたらしい。

 

あるいは、実家に帰れないから(すが)りつくしかなかったのか。

 

 

それとも。

 

「きっと、自分が一緒になった人を最期まで信じたかったのでしょう。それくらいの気概はあるとあの子はあのクソ野郎を信じていたのよ」

 

「……優しい人だったんだな」

 

真守が突然口の悪くなったアシュリンの言葉を聞いて苦笑しながらしみじみ告げると、アシュリンは寂しそうに笑う。

 

「そうね。優しすぎて自分の幸せを逃してしまったのよ。……真守ちゃんがもし幸せじゃなかったら、何が何でも本国に連れて帰ろうと思っていたのよ」

 

「ま、マクレーン様。そ、それはちょっと……」

 

小萌先生が慌てて苦言を(てい)すると、アシュリンはそんな気ありませんよ、と小萌先生に目配せした後真守を見た。

 

「でも大丈夫そうで安心したわ。真守ちゃんを一目見て分かったわ。あの子とは違うって」

 

「……そう、なのか?」

 

「わたくしだって古物商の血筋。物事を冷静に見極める目には自信があるわ。だから真守ちゃんはここで幸せになりなさい。真守ちゃんにとってはそれが一番の幸せだと思うから」

 

アシュリンの言葉に、真守はそっと顔を俯かせてぼそぼそと呟く。

 

「……大切なものが、たくさんあるんだ」

 

「ええ。分かっているわ」

 

「だから…………アシュリン伯母さまのことも、マクレーンの人たちのことも、大切にしたい……」

 

真守が躊躇いがちに自分の意見を言うとアシュリンはきょとっと目を開いて真守を見た。

 

その顔が本当に自分の表情と同じで真守は思わずふふっと笑ってしまった。

 

そんな真守を見つめて、アシュリンは柔らかく目を細めて微笑む。

 

「……そう。そうなのね。ええ。大事にしてくれると嬉しいわ」

 

「うん」

 

自分の伯母とは初めて会ったはずなのに、なんだかとっても懐かしくて、くすぐったくて。

 

真守はアシュリンのしみじみとした呟きにふにゃっと安堵の笑みを浮かべた。

 

「それで真守ちゃん。聞きたいんだけど、気になる男の子とかいるの?」

 

「ふぇっ!?」

 

真守は突然アシュリンにそう問いかけられてすっとんきょうな声を上げて、真守の隣で一息ついていた小萌先生は飲んでいたお茶を噴き出した。

 

「き、気になるおとこのこ……?」

 

真守はわくわくとした表情のアシュリンから目を逸らしてしどろもどろに呟く。

 

「真守ちゃんが悪い虫に食べられないか心配なのよ。……あなたのお母さまはそうだったし」

 

そこでアシュリンがフッと寂しそうに笑うので、どうフォローすればいいか分からない真守だったが、顔をしかめながらもぽそぽそと呟く。

 

「気になる男の子なのかはよく分からないけど……でも、私のことを想ってくれている人なら確実に二人いる」

 

「……二人共男の子なの?」

 

「ちがうっ……男の子と、女の子!」

 

『その歳で男を翻弄(ほんろう)してる方なの……?』とアシュリンがちょっと引いている中、真守は垣根と深城のことを考えながら猛烈に抗議する。

 

二人はきっと、初めて伯母と会っている自分のことを心配してくれていることだろう。

 

そう思うと、心が温かくなって真守は思わず二人を想って柔らかく目を細める。

 

「私のことを第一に考えてくれる子たちなんだ。私の幸せをいつだって願ってくれる、優しい子たちなんだ」

 

真守が幸せそうに微笑んだのを見て、アシュリンは目を見開いてから柔らかく微笑む。

 

「……その笑顔で全部分かったわ。良い子たちに会えたのね」

 

「うん。だから大丈夫。私はずっと幸せだったぞ。……それで、えっと。……伯母さまに会えてもっと幸せになった。ふふ」

 

真守はアシュリンのしみじみとした声に応えるように真守がはにかむように微笑むと、それを聞いていた小萌先生ははらっと涙を零してアシュリンは愛しい存在を温かな目で見つめていた。

 

真守はそんな二人の前で垣根と深城のことを想って、彼らに叔母と楽しく和やかに話したことを伝えたいな、と温かい気持ちのまま柔らかく微笑んだ。

 

 




真守ちゃんの事情が明らかになりました。

とあるの話では親の話なんてほとんど出てきませんが、一方通行とか垣根くんの家族構成ってどうなってるんでしょうね。原作で片方は将来大物になるし、片方は死んでしまうし……気になる……。



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第七九話:〈必要不可〉と考える者たちの対話

第七九話、投稿します。
次は一一月一日月曜日です。


アシュリンは少女に手を引かれて空間移動(テレポート)でその建物の中へとやってきた。

 

真守に見せていた甘い顔はどこにもない。淑女然とした鋭い冷たさを持つ雰囲気を纏ってアシュリンは薄暗い建物内を歩く。

 

「こんにちは、統括理事長さま」

 

アシュリンは確かな足取りでピンヒールを鳴らして『窓のないビル』内に安置された巨大なビーカーに逆さになって浮かんでいる統括理事長、アレイスターを見上げた。

 

「本来ならば保護者殿が私のもとへ来ることなどないのだが、事情が事情だからね。アシュリン=マクレーン。いいや」

 

アレイスターはそこで言葉を切って自分を不敵に見上げているアシュリンを見つめた。

 

「イギリス清教の関係者殿?」

 

アレイスターが告げると、アシュリンは先程まで真守に見せていた甘い表情からは想像できない程に軽やかに、そして獰猛に嗤った。

 

「やっぱり知っていますのね、統括理事長さま」

 

「イギリス清教から連絡があったのだ。改めて超能力者(レベル5)に認定された少女が、ウチが抱えている古物商とよく似ている、とね」

 

「あら、ローラも目が濁ってなかったのね。彼女、人間のことを(ラベル)としてしか見ていないのに」

 

アシュリンはイギリス清教の最大主教(アークビショップ)をそう嗤ってからアレイスターに真剣な表情をして告げる。

 

「わたくしたちはイギリス清教に服従しているわけではありません。わたくしたちにとって魔術とはあくまで()()()()()ですから、彼らとわたくしたちはまったく立ち位置が違うのですよ」

 

「ふむ。そこら辺はまったく分からないのだが、スタンスが違うことがどう関係してくるのだ?」

 

アシュリンの言葉にアレイスターが問いかけると、アシュリンはにこにこと柔らかな笑みを浮かべて人差し指をピッと立てて提案をする。

 

「つまりぎゃあぎゃあうるさいイギリス清教は放っておいて、わたくしとあなたで全てを終わらせてしまいましょう、という提案です」

 

「確かにその方がこちらも嬉しいが。……で、どうやって始末をつけるつもりだ?」

 

アレイスターの問いかけにアシュリンは人差し指を立てるのをやめてスッと(たたず)まいを正してアレイスターを見上げた。

 

「これまで通り真守ちゃんを所有する権利は学園都市がお持ちください。わたくしはイギリス清教とゆかりのある魔術的物品を取り扱う古物商ではなく、真守ちゃんの血族として真守ちゃんを見守ります。ですが真守ちゃんを認知して見守るとなると、色々と横やりを入れられそうですから。──わたくしたちの『失態』を公表しようと思います」

 

アレイスターが具体的な案を訊ねてくるのでアシュリンが淡々と告げると、アレイスターはそれを聞いて体を全く動かさずにふむ、と一つ頷く。

 

「自分たちが捨てた子供にたまたま才能があった。だから学園都市側に魔術世界を侵食する意図はなく、彼女の所有権を今更主張することは自分たちにはできない、というわけか。こちらとしてはそれで問題ない。口をはさむ理由がないな」

 

「そうでしょうね。……ですが。こちらに失態があったとしても、わたくしたちが必死で探した真守ちゃんの存在を、わたくしたちからわざと隠したのはいただけませんよ」

 

アシュリンは自分たちの方に非があると肯定しながらも、学園都市の非道を許しているわけではないとアレイスターにくぎを刺す。

 

「それはこちらの不手際としか言いようがないな」

 

「……まあ、真守ちゃんが学園都市にとって最大の利益になり、手放したくないということでしたら致し方ない処置ですし。思惑がどうであろうと、わたくしがあなたと同じ立場ならそうしますから責められないですね」

 

軽くいなしたアレイスターを見つめてやっぱりボロは出さないか、とアシュリンは心の中で呟きながら自身の気持ちを素直にアレイスターに伝えた。

 

「おや、意外とキミも薄情なのだな」

 

「別に薄情ではありませんよ。わたくしたちの信条は『価値あるモノは価値が分かる者へ。真価を発揮できる場所に我々が導く』ですから。……まあ水に流すと言いましたが、許すとは言っていませんのでお忘れなく」

 

アレイスターの呟きにアシュリンが自分たちの矜持(きょうじ)を口にすると、アレイスターはそれに特に響くことがないので変わらずに喋る。

 

「キミたちとやり合う気はないから留意しておくよ。……一応聞くが、キミたちはそれでいいのかね? キミたちにとってその公表はデメリットしかないと思うが?」

 

アレイスターの言う通り、マクレーン家は古い家柄なので厳格で清廉な身の上が求められる家だ。

 

だからこそ真守を捨てたとなれば非難は必須。しかもそれが超能力者(レベル5)第一位に認定されるほどの才能を持っていれば、真守が置かれていた状況を考えずに魔術世界は学園都市に何故そんな存在を渡したのか、とマクレーン家を糾弾するだろう。

 

もしあらゆる組織に『朝槻真守とマクレーン家の人間はよく似ている。実は血縁関係があるのでは?』と勘繰られる結果になったとしても『他人の空似では?』としらを切ればマクレーン家に傷一つつかない。

 

それなのにマクレーン家は一目見れば誰にでも分かるデメリットを見過ごして、真守と血縁関係を公表すると言う。

 

何を考えて自分たちが不利益なことを公表するのか。

 

アレイスターが至極真っ当な問いかけをすると、アシュリンは胸に手を当てて心中を吐露する。

 

「わたくしたちは真守ちゃんを見守ることができればそれで良いのです。あの子には既に辛い思いをさせてしまいましたから」

 

「随分と身内を大切にするのだな」

 

アレイスターは嘲笑とも取れる言い方をするが、その実感心しているような印象でそんな言葉を投げかけてきた。

 

アシュリンはそれを聞いて、アレイスターにも意外と人間らしいところがあるのだな、と心の中で微笑みながら頷く。

 

「確かにわたくしの妹はウチを出奔(しゅっぽん)しましたが、それでも気に掛けていなかったことはないのですよ。ですから真守ちゃんのことも大事です。科学世界にいようが魔術世界にいようが、真守ちゃんを見守れればわたくしたちはそれでよいのです。……まあでも、結構なじゃじゃ馬娘に見受けられますが? あの子の扱いは大変ではなくて?」

 

「そうだな。つい先日も統括理事会のメンバーを一人失脚させられたよ」

 

アシュリンがくすくすと笑いながら告げると、アレイスターは自分たちの失態なのに淡々と事実を述べる。

 

「ふふっ。お転婆娘ですね。見守り甲斐がありそうです。……ですから真守ちゃんのことはお好きにしてください。ですがあの子がわたくしたちに助けを求めてきたときはその限りではありません。……まあ、あの子の性格上それはありえなさそうですけれど」

 

「ふむ。それは同意見だな。それで今後の予定は? 統括理事会は大覇星祭が終わるまで滞在を許可しようとしているが」

 

アシュリンが真守のことを思って笑うと、アレイスターもそれに同意して今後を問いかける。

 

「あら、嬉しいですわ。その提案に甘えさせていただきます。なんせ姪の晴れ舞台ですもの。楽しみにしていますわ」

 

アシュリンは既に真守と小萌先生から大覇星祭の選手宣誓をするから学園都市に残らないのかと聞かれているのだ。

 

そのためアシュリンはアレイスターに大覇星祭までいたいと言うつもりだったが、アレイスターの方から提案してもらえて渡りに船として、柔らかな笑みを浮かべて答える。

 

「滞在先はこちらで指定させてもらう」

 

「ええ。問題ありません。あの子にはあの子の生活がありますし、出しゃばろうと思いませんから。まあ遠くから見守っていますが、意中の男の子はいるようですし、親友もいるようです。守るべき少女もいる。何もかも揃っています。感謝していますよ、アレイスター」

 

「感謝?」

 

アレイスターがアシュリンの言葉に何か裏があるのかと訝しむと、アシュリンは柔らかな笑みから一転、射貫くような鋭い瞳に変えてうっすらと笑う。

 

「ええ。あの子の行く道を整えてあげているのでしょう? ……一目見れば分かります。あの子は危険すぎる。ですからあの子をきちんと舵取りできるといいですね?」

 

アシュリンはくすくすと笑って空間移動(テレポート)で再び現れた少女の腕に手を掛け、アレイスターに一度頭を下げてから空間移動(テレポート)で『窓のないビル』の外へと去っていった。

 

「……どうやら今も昔も変わらずにマクレーン家は優秀らしい。まああそこはいつでも古い名家らしく高水準の人格者集団としてあらねばならないからな。その努力を今も怠っていないということか」

 

アレイスターは誰もいなくなった『窓のないビル』の中でマクレーン家を正当に評価する。

 

「彼らの()り方が変わっていないのであれば何も問題はない。価値あるものが価値を発揮するならば世界を壊してもいいとさえ思う連中だからな。……久しぶりに懐かしい気持ちになってしまったよ。本当に」

 

そしてしみじみとした声を『窓のないビル』内で響かせ、アレイスターは問題にもならなかった今回のことを忘れていつもの日常へと戻っていった。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

真守は自分の新たな住居を見上げていた。

 

五階建てのソーシャルアパートメントと称されているマンション型のシェアハウス。

 

その建物のエントランスに入ってオートロックの扉を所定の手続きで開けると、そのまま中を歩いて二階のラウンジに直通しているエレベーターに乗る。

 

エレベーターに乗って入り口で靴からスリッパに履き替えると、ラウンジの扉を開けた。

 

仕分け作業は既に終わっているらしく、ラウンジには備え付けの家具が綺麗に配置されているだけで段ボールが一つもなかった。すべて部屋に運び込まれているのだ。後は開けて中身を出すだけである。

 

「真守」

 

「おかえりなさいっ!」

 

ラウンジ内を見渡していた真守だったが奥の巨大なテレビが置いてあるリビングスペースのソファに座っていた垣根と深城に声を掛けられて、そちらの方へ顔を動かした。

 

そこには満面の笑みをこちらに向けている深城と、温かい視線を黒曜石の瞳に乗せている垣根がいる。

 

突然現れた肉親によって、これまでの幸せな生活がどうなってしまうか心配だった。

 

でも伯母は優しくて、自分の幸せを本当に考えていてくれて。自分の今の生活を彩っている周囲の人間との関係を壊さないように細心の注意を払ってくれていた。

 

「ただいま」

 

真守は肉親が現れようと自分のことを何も変わらずに自分のことを大切に想ってくれている二人に、ふにゃっと安堵の笑みを見せてパタパタと走り寄ると、二人もソファから立ち上がって近づいてきてくれた。

 

「どうだったあ?」

 

「うん。とっても優しい人だった」

 

真守はアシュリンからもらった写真立てが入った紙袋をがさごそと探って中から写真立てを見せる。

 

「ほら。これがお母さまと伯母さまなんだ。少し若いけど、大体こんな感じ」

 

真守は写真立てを覗き込んだ二人に右が母で左が伯母だと告げる。

 

「「……、」」

 

「? どうした?」

 

何のリアクションもない二人に真守が首を傾げていると、深城がガッと写真立てを持っていた真守の手を握って叫んだ。

 

「そぉっくり!!」

 

「……確かにこれだったら分からねえと逆にマズいな」

 

真守の遺伝子が濃すぎる件について垣根が思わずぼやいていると、深城は写真を見つめながらわなわなと震える。

 

「な、なんだこれ……真守ちゃんの家族ってみんな真守ちゃん顔なのぉ!? なんだコレ!?」

 

「……た、多分お母さまと伯母さまが私に似ているだけであってそこまでじゃな、」

 

「なんでぇ!? もしかしたら面影があってみんなこういう顔かもよぉ!?」

 

真守が少し引きながら深城に声を掛けると、深城は真守が言い終わる前にくわっと目を見開いてまくしたてる。

 

「……なんで興奮しているんだ?」

 

真守が興奮している深城に若干引いていると、垣根は『真守のこと好きすぎだろ』と呆れた様子で白い目を向けていた。

 

真守から受け取った写真立てを深城は興奮した様子で丁寧に持ち、感心した声を出しながら穴が開くほどに真守の母親と伯母の写真を見つめ始める。

 

真守がそんな深城を見ながら『大袈裟な……』と呟いていると、垣根はそこで真守の頭に、ポンと手を置いた。

 

「垣根?」

 

真守がきょとっと目を開いて垣根を見上げると、垣根は真守の頭を優しく撫でながら柔らかな笑みを浮かべる。

 

「良かったな、真守」

 

「うん。よかった」

 

「垣根さん、段ボールきちんと指定の場所に全部置きましたよ。……って、あ。朝槻さんチーッス」

 

真守が垣根の言葉に幸せを感じて目を細めると、そこに上階から降りてきた誉望と林檎の姿があった。

 

「朝槻、おかえり」

 

「誉望、手伝ってくれてありがとな。林檎、ただいま」

 

真守が駆け寄って足に抱き着いてきた林檎の頭を撫でながら、誉望にお礼を言うと誉望は照れ隠しに目を背ける。

 

「誉望さぁん! 見て見て、真守ちゃんのお母さまと伯母さまだってぇ!!」

 

「え? ……ああ、今日それで学校に行ってたんスよねェえぇえええソックリ!?」

 

深城に見せられた真守の母と伯母の写真を見て思わず驚愕する誉望。そんな誉望を面白くなさそうに見つめていた垣根に真守が視線を向けると、垣根がその視線に気づいて真守を見た。

 

「垣根、とっても楽しいね」

 

真守がそんな言葉と共にふにゃっと微笑む姿を見て、真守のその笑みが愛しくて、真守が幸せなのが嬉しくて。垣根は真守の頬に手を添えてそっと優しく撫でる。

 

「よかったな、真守」

 

「うん」

 

真守は垣根の手にすりすりと頬を寄せながらじぃーっと物欲しそうに見上げてきていた林檎の頭を笑いながらそっと撫でて、柔らかで温かい幸せをいつまでも噛み締めていた。

 




真守ちゃんの家族も真守ちゃんと一癖強いというお話でした。

アレイスターが呟いている通りマクレーン家は昔からあります。そのためイギリス清教とも深い関係があり、物語が進めば少しずつ明らかになっていきますのでお楽しみいただけたら幸いです。



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第八〇話:〈心中吐露〉は信頼の証

第八〇話、投稿します。
次は一一月二日火曜日です。


「朝槻のお母さん、きれいだね」

 

真守が自室で教科書を机の上に並べていると真守の手伝いをしていた林檎は念動能力(サイコキネシス)で真守に渡そうとしていた教科書を浮かせたまま、棚の上に飾ってある真守の母と伯母の写真を見て呟く。

 

「ありがとう。私もお母さまのこと知らなかったから、知ることができてよかった。お母さまのこと、優しい伯母さまから聞けてとっても嬉しい。今日は忘れられない一日になった」

 

「朝槻、幸せ?」

 

真守が柔らかな笑みを浮かべて告げると、林檎は真守を見ずにぽそぽそっと呟いて真守にそう聞いてきた。

 

「うん? ……うん、とっても幸せだぞ?」

 

「……そう」

 

真守が突然の林檎の問いかけにきょとっと目を見開くが、即座に答えると林檎は頷く。

 

「朝槻はさ、」

 

林檎はそこで真守をじぃっと見上げてから口を開いた。

 

「絶対に忘れちゃいけないことってある?」

 

林檎の問いかけに真守は目を薄く見開いた後、教科書を片付けるのをやめて林檎をひょいっと抱き上げた。

 

「わっ」

 

「少し休憩しようか」

 

真守が教科書を念動能力(サイコキネシス)で持ち上げたままの林檎を抱き上げて微笑むと、林檎はこくっと頷き、念動能力(サイコキネシス)で浮かせていた教科書を机の上に置いた。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

真守は林檎を抱き上げたままラウンジへとやってきた。

 

「あ。真守ちゃんお片付け終わったのぉ?」

 

「ちょっと休憩。……垣根、今日はこっちに泊まっていくのか?」

 

「もう遅いしな」

 

真守は三人掛けのソファに座っている深城を見て質問に答えてから、深城の横の一人掛けのソファに座っている垣根に声を掛けると雑誌を読んでいた垣根は顔を上げてそう返答した。

 

真守は抱き上げていた林檎を深城の隣にそっと下ろし、自分も林檎の隣に座って覗き込むように林檎を見た。

 

「何か飲むか?」

 

そして林檎に真守が優しく問いかけると、真守に問いかけられた林檎はふるふると首を横に振った。

 

林檎が随分と気落ちしているのに気づいた深城と垣根が目を向けると、林檎はぎゅっと自分の手首を握った。

 

「たいせつな人がいたの」

 

林檎はそう最初に呟いてからぽつぽつと話し始めた。

 

『暗闇の五月計画』の被験者は一方通行(アクセラレータ)の演算パターンを植え付けられる。

 

その演算パターンとは言わば一方通行(アクセラレータ)の精神の一部であり、林檎に植え付けられたのは執着心だった。

 

研究者たちも植え付けられた林檎にもあるとは思えない一方通行(アクセラレータ)の執着心を植え付けられた林檎の能力は安定せず、それでも薬剤投与や暴力により一定の負荷(ストレス)を与えれば(かんば)しい数値が出たので、林檎への実験は続けられた。

 

そんな林檎に寄り添ってくれていたのは流郷知果という少女だった。

 

「実験は怖くて嫌だったけど知果と一緒のときは嫌じゃなかった。知果はいつも笑ってた。いつも笑顔で楽しそうで」

 

林檎はぽそぽそと呟くと顔を上げてそっと深城を見た。

 

「深城と知果はよく似てた」

 

林檎のその言葉が全てを物語っていた。

 

林檎にとっての流郷知果とは真守にとっての源白深城のような存在で、垣根帝督が助けられなかった大切なあの子と一緒なのだと。

 

「知果は心臓が弱かったの。人がいなくなるのが当たり前なのが普通だけど、誰にも覚えてもらえないまま死ぬのは怖いって言ってた」

 

そんな会話をした直後。

 

林檎は実験に呼ばれて鎖を足に取り付けられた。

 

そこに何故か知果が呼ばれ、そのまま実験が始まって知果がスタンガンで打たれたのだ。

 

林檎が苦しむ知果を助けようと能力を発動すると、数値が上がって研究者たちは喜ぶ。

 

何度やめてと言っても研究者は知果をスタンガンで叩きながら実験を続けろと言う。

 

林檎が必死に懇願(こんがん)すると、研究者は言った。

 

『キミの執着心の対象を刺激することで数値は上昇した。たった今、キミが証明したんだ』

 

自分のせいで知果は死んでしまう。

自分といたせいで。

知果が悪いわけではないのに。

 

その事実によって錯乱した林檎に研究者が実験を続けようと近付くと、息も絶え絶えの知果が研究者を止めた。

 

これ以上、林檎にひどいことをしてほしくなくて。

 

だがその研究者は躊躇うことなく知果をスタンガンで殴った。

 

動かなくなった知果。

 

林檎が必死に手を伸ばすと知果がこちらに手を伸ばしてきて告げた。

 

『ッぁ………………りんごちゃ……私を覚えててくれる?』

 

深城は流郷知果の最期の言葉を聞いてぼろっと涙を零した。

 

自分も真守に呪いの言葉を残してしまって、真守を追い詰めてしまったからだ。

自分があそこであんな言葉を吐かなければ、真守は人を殺さなかった。

 

そしたら人を殺したという罪を背負わなかったはずだった。

 

震えることなくただぽろぽろと涙を零す深城に林檎は気が付かなかった。

深城の変化に気づけるほど安定した精神状態ではなく、視野が狭くなっていたからだ。

 

林檎は途切れ途切れに、息を呑みながら呟く。

 

「知果が動かなくなって私は暴走したの」

 

スタンガンみたいな銃で止められたけど、部屋はメチャクチャだった。

そこに研究者が二人来て話をしてたの。

多分、一人は私を捕まえて改造した木原相似だった。

その人が瓦礫の中から何かを取り出したの。

 

「それが…………それが、………………っ」

 

林檎はギュッと自分の腕に爪を立てて息を荒くする。

 

「私がっ………………私が、知果を…………ころ、したの」

 

林檎はぎゅうっと自分の手首を掴んで震える。

 

「だから、忘れちゃいけないの。知果のこと殺した私なら、知果を覚えていられる。殺したから覚えてる。……朝槻に助けられてから、知果みたいな深城に会って、心の(すみ)でずっと知果のこと考えてた」

 

林檎はそこで言葉を切って、そして一度目を閉じてから顔を歪ませて心中を吐露する。

 

「私、今幸せだよ。朝槻と深城、それに垣根といられてとっても幸せ。でもそれでいいのかな。知果を殺した私が幸せになってもいいのかな」

 

林檎はずっと思ってた。

 

天使のようにきれいな翼を持つ二人に囲まれて、自分の大切な人と同じ境遇にいる少女と心を通わせることができて、とっても幸せだった。

 

でも自分は大切な少女を殺した。

 

そんな自分が幸せになっていいのだろうか。

 

大切な少女を殺してしまったのに、その少女を置いて幸せになっていいのか。

 

ただ殺した彼女を覚えているだけで、幸せになっていいのか。

 

林檎はそこまで思って爪を立てていた腕を一層ギュッと掴む。

真守はそんなうっ血して血が(にじ)み出た林檎の手をそっと握った。

林檎が真守を見上げると、真守は目を閉じる。

そして能力を解放せずに電気エネルギーを生み出して林檎の傷を治し始めた。

 

じんわりと温かくなる腕を林檎はじっと見つめていた。

 

そこで深城がぐすっと鼻を鳴らしたので、林檎は初めてぼろぼろと涙を零していた深城に気が付いた。

 

「深城」

 

「あたしは…………死ぬのが怖かったの。ひとりになりたくなかった」

 

深城は真守の治癒の邪魔をしないように林檎のことを優しくぎゅうっと抱きしめながら呟く。

 

深城は今でも真守に最期に言った言葉を覚えている。

 

『死にたくない、一人にしないで。…………まもり、ちゃ……』

 

深城は呪いの言葉を吐いた時の事を思い出しながら呟く。

 

「死んで真守ちゃんのそばにいられなくなるのが、いやだったの」

 

死にたくない。死が怖い。

 

一人が嫌だ。真守ちゃんのそばにいられないのが嫌だ。

一人で死にたくない。死んでもいいから一人になりたくない。

でもやっぱり死にたくない。

 

『死』と『孤独』。

それが自分を襲って、深城は死んで一人になるのが怖くなった。

真守のそばにいられなくなるのが、たまらなく嫌だった。

 

だからこそ深城は今際(いまわ)(きわ)にその言葉を遺した。

 

それらが眼前に迫った時、恐怖でぐるぐると思考が巡り、深城は真守の人生を変えてしまう呪いの言葉を吐いてしまった。

 

「きっと……知果ちゃんも、いろんなことを考えて。それで最期に大事な人に伝えたかった言葉を遺したと思うの」

 

死を経験したからこそ死んだ者の気持ちが分かる深城は、必死に林檎に伝えようと努力する。

 

「大事な人を、苦しめるために……言ったわけじゃないの」

 

「そうだな」

 

垣根は深城の心の底からの嘆きを聞いてそれを肯定する。

 

「源白が後悔してるのと同じように、流郷知果もお前を縛りつけて苦しめたかったわけじゃない。……確かに死んだ人間の気持ちなんて誰にも分からない。でもお前のこと大切に想ってその言葉を託したんなら、お前がいつまでも流郷知果のことを覚えてりゃいい」

 

垣根はそう林檎に声を掛けてそこでそっと目を伏せる。

 

いつか、垣根と真守が能力体結晶の投与実験で昏睡した置き去り(チャイルドエラー)を救おうとしていたあの時。

 

自分自身、克服したと思っていた大切なあの子との別れに本当は苦しめられていたのを真守に気づかされた。

 

そして真守に救われた。

 

だから垣根は真守から受け取った救いの言葉を自分の言葉で林檎に伝えた。

 

「過去にひどい目に遭おうが、お前が今後も同じ道を歩まなきゃならない道理はねえ。だからお前は幸せになってもいいんだ。流郷知果だってお前が幸せになって自分のことを覚えてもらってた方がいいって思うに決まってんだろ。……お前に優しかったソイツはお前の不幸を願うヤツだったのか?」

 

自分のことを大切に想ってくれていた人間が自分の不幸を望むはずがない。

 

自分に話しかけて柔らかな笑顔を向けて自分の翼を褒めてくれたあの子が、自分の不幸を願うはずがない。

 

だってあの子は優しくて、温かくて。

 

あの頃の自分が信じることができる唯一の人間だったから。

 

だから林檎のことを大切に想っていた流郷知果もそうなのだと、あの子を信じている垣根が流郷知果のことも信じてそう問いかけると、林檎は慌てて首を横に振った。

 

「違う。知果はそんな子じゃない」

 

「だったら信じてやれ。そんでお前は幸せのままソイツを覚えていればいい」

 

「……うん」

 

林檎は垣根からそう言われて、柔らかく目を細めながら感極まった様子で頷いた。

 

「林檎」

 

「何?」

 

真守が林檎の名前を一つ呼ぶと、林檎は真守を見上げる。

 

「私も、私が殺した人たちのこと忘れてはならないんだ」

 

真守は治療し終わった林檎の綺麗になった腕を撫でながら告げる。

 

「だから一緒に覚えていよう、林檎。約束だ」

 

真守はそこで小指を出して微笑む。

 

「! ……うんっ」

 

そこで林檎は真守と小指を絡めて。

 

光に解けていってすぐに消えてしまいそうな儚さを秘めた笑顔で、確かに頷いた。

 

林檎が約束してくれたことに真守は優しく目を細めて、そして林檎の頭をそっと撫でる。

 

ぐぎゅるるるぅ────……。

 

優しく撫でてくれる真守の手に林檎が気持ちよさそうに目を細めていると、自分のお腹が鳴る音が盛大に響いた。

 

「朝槻、おなかすいた」

 

「…………ふっ。腹ペコエンドかよ」

 

垣根がお腹が鳴り続けている林檎を横目にくつくつと笑う。

 

「何か頼むか。何がいい?」

 

「ガレット!」

 

自分が問いかけると林檎が嬉しそうに声を上げるので、真守は柔らかな笑みを浮かべて林檎を見つめる。

 

「そうか。……そうだな、林檎はお手伝いを頑張ったから、それ以外にも頼んで良いぞ。何がいい?」

 

「フライドポテト!」

 

「真守ちゃん、あたしナゲットも食べたい!」

 

分かった分かったと、真守が深城の主張に柔らかく答える中、垣根は幸せそうに笑う真守たちを見てそっと微笑む。

 

「垣根。垣根は何が食べたいんだ?」

 

そこで真守は自分たちをそっと温かな目で見つめていた垣根に向かって話しかけて微笑む。

 

「……どこで何を頼むかで決めるから、とっとと決めてくれるか?」

 

垣根はそんな微笑を浮かべる真守を見つめて柔らかく目を細めて、真守に声を掛ける。

 

「じゃあ垣根もどこがいいか一緒に選ぼう」

 

真守はそこで垣根に向かってふにゃっと笑った。

 

垣根はその笑顔を愛しく思いながら三人の輪に入り、これから何をどこで頼むかの話に加わった。

 




林檎ちゃんと知果ちゃんの話でした。

林檎ちゃんが深城のことだけは『深城』と下の名前で呼ぶのは知果ちゃんと重ねているからです。
深城はいつだって楽しそうにしていますし、何より太陽のような存在なので、林檎ちゃんも特別に思っています。



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第八一話:〈秘匿花園〉で女子会を

第八一話、投稿します。
※次は一一月四日水曜日です。


「あっ! 朝槻さーん!」

 

「弓箭」

 

真守、深城、林檎が学舎の園の八か所あるゲートの一つの前にやってくると、ID読み取り機越しに弓箭が学舎の園内からブンブンと手を振ってきた。

 

あまりの必死さにID読み取り機を通っていくお嬢様に笑われて弓箭は恥ずかしくて少し小さくなるが、真守たち三人が駅の改札口の有人エリアへと近づいたのでぱたぱたと三人を追って移動する。

 

「枝垂桜学園の弓箭猟虎からの招待で来た、朝槻真守、源白深城、杠林檎だ」

 

「はい、弓箭さまから承っていますよ」

 

真守が招待券を渡すと、警備員(アンチスキル)は真守たちを迎えに来た弓箭をちらっと見ながら、微笑ましいものを見つめるように温かな目をしたままコンソールを操作し、閉じられていたゲートを開いた。

 

「朝槻さん! 来てくださって嬉しいです!」

 

「ううん。こっちが頼んだから。招いてくれてありがとう」

 

真守たちが学舎の園内に入ると、弓箭がぱあっと顔を輝かせて真守に近づいてくるので真守は柔らかく声を掛ける。

 

「いえ! あ、こちらの方が学舎の園に来たいって仰った杠さんですか?」

 

真守の言葉に弓箭は問題ないとぶんぶんと首を横に振り、そこで深城と手を繋いでいたふんわりとしたネイビーカラーのお嬢様風のワンピースに、ベレー帽をかぶった林檎に視線を移した。

 

「うん。そうだぞ。ほら、林檎。挨拶は?」

 

「弓箭、招待してくれてありがとう。今日はよろしくおねがいします」

 

真守に(うなが)された林檎はベレー帽が落ちないように練習したお辞儀でぺこっと頭を下げる。

 

「はわわっこれはこれはご丁寧にありがとうございます」

 

林檎に頭を下げられた弓箭はそれに応えるために、綺麗な仕草でお嬢様らしく片足を後ろに落とし、スカートを広げて優雅にお辞儀した。

 

「わぁ~すごい綺麗だねえ。猟虎ちゃん素敵!」

 

深城が華麗なお嬢様仕草の弓箭を見つめてうっとりと微笑むと、弓箭は最後まで気を抜かずにお辞儀を終えて綺麗な仕草で姿勢を元に戻すと、そのままはにかんだ。

 

「えへへ……。源白さんも先日の引っ越しはお疲れ様でした。お荷物はもう片付け終わりましたか?」

 

「うん、大丈夫。気にしてくれてありがとうね?」

 

「そ、そんな。だだだだって…………その、……お、友達になる方ですし……し、心配するのは当然じゃないですか……」

 

真守が言うには、深城はどうやら自分の友達になってくれるらしい。

 

それでも弓箭は深城から友達にならないと言われたらショックなので、ぽそぽそと控えめにそう口にした。

 

「! じゃあ一緒に遊ぶからもうお友達だねえ! よろしくね、猟虎ちゃん!」

 

弓箭がお友達を望んでいることを聞かされてなかった深城だが、すぐに弓箭が友達というものに対してコンプレックスがあると深城は悟って、弓箭の両手を取ってにこーっと笑う。

 

「は、はわわわわっよ、よろしくお願いしますっ!!」

 

(や、やりました! 朝槻さんやりましたよ!)

 

弓箭が目をキラキラとして無邪気な笑みを浮かべてアイコンタクトで自分へと報告してくるので、真守は子犬みたいだな、と思いながらそれに応えて頷く。

 

「……はっ。立ち話もなんですし、ご案内いたします」

 

弓箭は友達認定されて至福を感じていたが、案内をしなければとやらなければならないことを思い出して真守たちを先導し始めた。

 

学舎の園は地中海に面した古い街並みに似ており、地面は石畳、建物は全て白い建物で、綺麗に染色された旗がいくつも垂れ下がっている。

 

横断歩道も信号機も独自のものが使われており、古い街並みと最新技術が上手く調和するようにデザインされているのも特徴的だ。

 

「外国みたい」

 

「ふぁ~いつ見ても綺麗だよねぇ!」

 

林檎が感想を述べてその隣で深城が感激の声を上げると弓箭が深城の言葉にコテッと小首を傾げた。

 

「源城さん、いらっしゃったことがあるんですか?」

 

「んー話せば長くなるから色々と割愛するけど、深城はちょっと特殊な能力者で、学園都市のどこにでも行くことができるんだ。……どっちかっていうと不法侵入だけど、来たことがあるのには変わりないかな」

 

弓箭の問いかけに答えたのは真守で、真守は深城の特異性をそうかいつまんで説明する。

 

「ふぇ~そうなんですか」

 

以前の弓箭だったら『超能力者(レベル5)には特別な能力者がお友達になってくれるのか』と卑屈になっているところだったが、真守が能力で贔屓しないと接していて知っているため、深城の特異性を聞いても弓箭は卑屈になることがなく、普通に感心する。

 

「朝槻、こういうところが故郷なんだね」

 

「んー。学舎の園はどっちかって言うと地中海風かな。私の実家はウェールズだから牧草地が多いらしいぞ」

 

真守がアシュリンから聞いたマクレーン家の実家の場所を思い出しながら告げると、林檎は真守の言い分にコテッと首を傾げた。

 

「うぇーるず? 朝槻の故郷はイギリスじゃないの?」

 

「イギリスは四つの国でできているんだ。帰ったら国の勉強しような」

 

「朝槻の出身地なら知りたい」

 

真守が林檎の背中を撫でながら告げると、林檎は興味が出たのか笑って真守にお願いした。

 

「地中海の雨の少ない街並みと言えど、全てを再現しているわけではないんです。教会や人間をモデルとした彫刻は置いていないんですよ」

 

真守が林檎の申し出を聞いて一つ頷いていると弓箭が真守の簡単な説明に補足し、それを受けて深城は辺りを見回す。

 

「そういえば宗教関係のは見たことないなあ」

 

「ここは天下の学園都市ですから」

 

弓箭の説明に深城はきょろきょろと辺りを見回しながら感心するので、弓箭はふふっと柔らかく微笑む。

 

真守たちが学舎の園を歩くと、ひそひそと学舎の園の学生たちが真守たちを見つめる。

時には立ち止まったりしてぼうっと真守たちを眺めている者までいた。

 

「うぅ……こんなに注目されると逆に恥ずかしいんですね……」

 

超能力者(レベル5)で本来いないハズの私が学舎の園にいることは目立つしなあ。……好奇の視線にさらしちゃってごめんな、弓箭」

 

弓箭が多くの視線に縮こまっていると、真守は弓箭に素直に謝った。

 

真守の発言の通り、真守は超能力者(レベル5)第一位として学園都市の学生全員に認識されているので、学舎の外の学校に通っている真守が学舎の園内にいるということは、学舎の園の生徒たちにとってちょっとしたゲリライベントである。

 

「い、いえ! これはこれで有りかとおもいます! それに朝槻さんの友達として学舎の園の方たちに認識されるのはとても嬉しいです……これを機にお友達が増えるかもしれませんし……!」

 

「んー私を餌にして群がってくる子たちは意外とお前を食い物にしそうだから慎重にな?」

 

真守が友達を作ることに燃えている弓箭を柔らかく注意していると目的の店へと着いた。

 

その目的の店とは『PASTICCERIA MANICAGNI』というイタリアの洋菓子店で、日本では学舎の園の中にしか出店していない珍しいケーキ屋だ。

 

深城と林檎が二人でケーキ店の特集を見てた時に林檎が興味を示したので、深城が真守に伝えたところ、真守がその時丁度弓箭とメールのやり取りをしていたのでその流れで弓箭に学舎の園に招待してくれないかとお願いしたのだ。

 

もちろん弓箭は真守のお願いを断る理由が一ミクロンもないため快諾。

 

こうしてケーキ店を目的として弓箭の招待で真守たちは三人で学舎の園へと来たのだ。

 

「朝槻さん決まりましたか? 何かお悩みですか?」

 

深城と林檎が感激してきゃあきゃあわいわいケーキを選ぶ隣で、真守が黙って顔をしかめてケーキを見つめているので、弓箭は真守に柔らかく話しかける。

 

「テイクアウトを幾つかしていこうと思うんだけど……何買えばいいか分からなくて……」

 

「い、一緒に選びましょうか?」

 

食に関心がない真守はケーキの良しあしなんて分からない。

そのため悩んでいると弓箭が上ずった声で緊張しながらも問いかけてくれたので、真守は頷く。

 

「お願い。不幸少年と腹ペコシスターと……もちろん垣根にも買いたくて。誉望も引っ越し手伝ってくれたから買ってあげたくて……そこまでいったら心理定規(メジャーハート)にも買っていったほうがいいよな」

 

「不幸少年と、腹ペコシスター? ……ですか?」

 

真守が誰に買っていくか呟いていると、弓箭は最初に呟かれた二人について知らないので首を傾げる。

 

「うん。不幸少年は私のクラスメイトで、腹ペコシスターはその居候。二人にも良くしてもらっているから買っていこうと思ってて。……上条は苦学生だから一個五〇〇円以上するケーキなんて早々食べられないから高いのにして、インデックスの方は質より量だから二、三個買ってこうかとか考えてるんだけど、どれがいいか全くわからないんだ」

 

「でしたら苦学生のお方はこちらの少しお高めの期間限定ケーキの中から選んで、シスター様はこちらの三つセットのケーキを選んだらいかがでしょうか」

 

「おー。確かにその方がいいかも」

 

真守は弓箭に促されて期間限定のケーキ数種類とAセットとBセットと二つに分かれている三種類セットのケーキを値踏みする。

 

だがやっぱり食に関心がない真守にはケーキの良しあしが分からないので、弓箭に何が良いか選んでもらってテイクアウトするケーキを決めた。

 

「真守ちゃん真守ちゃん! ジャムと紅茶も買って!」

 

「んー? 一つずつなー」

 

「やったあ!」

 

真守が店員にテイクアウトするためのケーキを伝えていると、横から深城が声を上げてきたので気のない返事をしながらもきちんとOKを出す。

 

深城と林檎はケーキが並んでいるショーウィンドウを背にしてジャムやクッキーなどが置いてある棚へと移動してはしゃいでジャムと紅茶を選ぶ。

 

 

────……。

 

 

「それで……バイオリンでご学友の方とお近づきになれればと思って弾いているのですが、話しかけてきてくださらないんです……」

 

真守たちは自分たちがここで食べるケーキを運んでもらって座席へと移ってお茶会を始めると、弓箭がそう気落ちした状態で切り出した。

 

どうやらバイオリンをきっかけに友達を作れないかと画策しているのだが、上手くいかないらしい。

 

「聞いて欲しいって自分からお願いしてみたらどうだ? 例えば自信がないから感想聞かせてくれないか? みたいに」

 

「な、成程……でも断られないでしょうか?」

 

真守がケーキをちまちまと食べながらアドバイスすると、弓箭は真守の助言を真剣に聞き、そして不安そうな顔をした。

 

「弓箭の話聞いてるとお前のクラスメイト良い子たちっぽそうだし、お嬢様って寛容だから大丈夫だと思うぞ」

 

「そ、そうですね。頑張ってみます……!」

 

「弓箭、友達ほしいの?」

 

真守と弓箭が友達作りに関して話していると、両頬を大きく膨らませてケーキをモグモグ食べていた林檎が弓箭に問いかけてきた。

 

「は、はい。欲しいです、とっても。朝槻さんと源白さんがお友達になってくださったので学舎の園の外では寂しくないのですが、学校では相変わらずぼっちですので……」

 

「朝槻と深城とは友達なの? じゃあ私も弓箭と友達になりたいな。一緒がいい」

 

「本当ですか!? 是非よろしくおねがいします……!!」

 

弓箭は林檎の申し出にぱあっと顔を明るくすると幸せを感じて微笑む。

 

「……弓箭、弓箭がコンプレックスに思ってるのを知ってるからあまりツッコミたくないけど、弓箭の能力って一体どんなのなんだ?」

 

それからケーキを楽しく食べていた真守たちだったが、真守は気になってふと弓箭にそう訊ねた。

 

「わたくしの能力、ですか?」

 

「うん。特徴的なAIM拡散力場だなーっと思って。参考に聞いてもいい?」

 

「AIM拡散力場? 朝槻さんにはそんなものまで分かるんですね……。……わたくしは無能力者(レベル0)ですが、わたくしの妹と同じような能力に分類されます」

 

「妹?」

 

真守がその言葉にきょとっと目を見開くと、弓箭はしおしおとうなだれる。

 

「……はい。出来損ないのわたくしと違って大能力者(レベル4)波動操作(ウェイブコンダクター)で、常盤台中学に通っているんです。入鹿ちゃんは、わたくしよりも優秀なんです。わたくしは入鹿ちゃんと違ってダメな子なんです。……それで小さい頃からぼっちでした……」

 

「わわっ猟虎ちゃん大丈夫だよぉ。大丈夫だから、今はあたしも真守ちゃんも、林檎ちゃんだっているんだからね」

 

「ぐすっ……ありがとうございますぅ……」

 

深城が慌ててしおれてしまった弓箭を(なだ)めると、弓箭はぐすっと鼻を鳴らしながら深城の元気づける言葉に力なく笑う。

 

(大能力者(レベル4)の妹。成程、その妹がいたから強能力者(レベル3)程度の力は出せるのに、弓箭は切り捨てられたんだな)

 

真守はAIM拡散力場から能力者が最大で出力できる強度(レベル)を読み取ることができる。

 

波動操作(ウェイブコンダクター)という波形を操作する能力とは系統外に属するもので、普通ならば珍しい能力故に率先して能力開発が行われるはずだ。

 

だが弓箭の妹が素養格付(パラメータリスト)によって弓箭よりも強度(レベル)が高くなると分かり、弓箭入鹿がいればそれに劣る弓箭猟虎は要らないと学園都市上層部にそう判断されたのだ。

 

学園都市は予算を効率的に回すため必要のない能力者を切り捨てる傾向がある。

 

弓箭はそれに則って切り捨てられた能力者の一人だったのだ。

 

「弓箭」

 

真守は自分の隣に座ってぐすぐすと泣いて、深城と林檎に慰められている弓箭の手を取ってじっと見据える。

 

「私が能力を伸ばす手伝いをさせてほしいと言ったら受け入れてくれるか?」

 

「え」

 

弓箭は真守の申し出にきょとんと目を見開いた。

 

能力開発は薬や暗示、直接的な電気刺激、それとガンツフェルト実験などを用いて行う。

真守はその全てを自前の能力で行えるのだ。

 

「……わたくしの能力が開花することってあるんですか?」

 

「ああ。お前の可能性は素晴らしいものだ。だからお前が望むならそれを私はお前に渡してやりたい。お前がずっと能力で悩んでいるなら、その悩みを取り払ってやりたい」

 

「わ……わたくしの、悩みをとりはらう……? で、できるんですか……?」

 

弓箭が震える声で真守に訊ねると、真守はしっかりと頷いた。

 

「うん。私に任せておけ。本当は無暗(むやみ)に人の強度(レベル)を上げると色々厄介事に巻き込まれるからやらないけど、お前は垣根と一緒に何度も私のことを助けてくれたから。お礼がしたい」

 

「わっわたくし、お強い朝槻さんのこと、助けられていますか……?」

 

ぐすぐすと嗚咽(おえつ)を漏らして感激に涙を目に溜める弓箭を見て、真守は心の底から感謝していると強く頷いて頭を撫でる。

 

「うん。お前はいつだって私のこと助けてくれてるよ。こうやって学舎の園に来たいと言ったら招待してくれたし。いつもありがとう、弓箭」

 

「あう、あうぅ……うれしいです……とっても、うれしいですぅ……! ありがとうございます、朝槻さぁん……!」

 

弓箭が涙をぽろぽろと流し目を強くこするので、真守はいつか垣根がしてくれたみたいに手を退けてそっと涙を(ぬぐ)ってあげる。

 

すると弓箭が感極まって真守に抱き着いてくるので、真守は弓箭の背を軽く撫でながら微笑む。

 

(帰ったら弓箭の能力について勉強しなくちゃな。……まあ、妹はちゃんとした時間割り(カリキュラム)組まれているんだし、それを基にすればいいからそんなに難しくないだろ)

 

真守は弓箭の背中を撫でながら先を見通してそう心の中で呟いていた。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

お茶会が終わって学舎の園を見学した一同は下校時間になったので、学舎の園を出て四人は夕暮れの学園都市を歩く。

 

弓箭の学生寮は学舎の園の外にあるのだ。学舎の園は閉鎖的なのでお嬢様を箱入りにしないために学生寮を外に置いてあり、学生寮に向かう弓箭は真守たちと途中で別れることになっている。

 

「弓箭、招待してくれてありがとう。それとケーキも」

 

「いえ! 朝槻さんのためですから、へっちゃらです!」

 

大事そうに抱えているケーキを真守が嬉しそうに見つめているので、弓箭は本当に嬉しくて元気よく返事する。

 

「猟虎ちゃん、今度はウチに来てねえ。いっぱいおもてなしするから!」

 

「嬉しいですっ。その時は今日行ったお店のケーキを買っていきますね」

 

弓箭が深城の言葉に微笑んでいると、林檎は弓箭の言葉を聞いて跳ね上がる。

 

「チーズケーキおいしかった!」

 

「分かりました。では杠さんのためにチーズケーキも買っていきますね」

 

林檎がおいしかったチーズケーキを買ってきてほしいとおねだりすると、弓箭は林檎のベレー帽に当たらないように前髪を撫でる。

 

「弓箭も楽しそうでよかった。今度は学舎の園じゃなくて、また違う場所に一緒に遊びに行こうな」

 

真守がそう提案すると、弓箭は幸せでとろけるような笑みを浮かべた。

 

「はいっ!」

 

「──真守」

 

真守が弓箭の楽しそうな様子に微笑を浮かべていると、学生服を着た垣根が道の向こうから声を掛けてきた。

 

「垣根」

 

真守がタタタッと近づくと、垣根はご機嫌な様子の真守を見て柔らかく目を細める。

 

「楽しかったか?」

 

「弓箭が色々とガイドしてくれてな、とっても楽しかった」

 

真守が笑顔で告げると、垣根はそこ真守から視線を外して弓箭を見た。

 

「弓箭」

 

「は、ははははいっ!」

 

弓箭は垣根に話しかけられて緊張するが、その後放たれた言葉に目を丸くする。

 

「助かった」

 

「…………はいっ! 朝槻さんは大切な人ですからっ!」

 

弓箭が垣根から(ねぎら)われたことが嬉しくて満面の笑みを浮かべて応えると、垣根はフッと笑って真守からひょいっとケーキの箱を引き取って歩き出し、弓箭と別れる道まで来ると真守が立ち止まったので一緒に立ち止まる。

 

「確かここまでだよな、弓箭。また連絡するから」

 

「はい。わたくしも帰ります。ごきげんよう」

 

真守がそう笑いかけると、弓箭がひらひらと手を振って真守に別れの挨拶をするので真守たちもそれに応えた。

 

(ふふっ。お友達も大切な人もたくさんできました。ですから昔のわたくし、今のわたくしはもうぼっちじゃないですよ……っ!)

 

首だけ振り返って微笑む真守と、そんな真守を優しく見つめる垣根と、ちゃんと振り返って手を振る深城と林檎を見つめながら弓箭は幸せを感じてにへらっと笑った。

 




学舎の園へ行って弓箭ちゃんと絆を深めるお話でした。

これで『A Very Merry Unbirthday:Ⅱ篇』は終了です。

次回、残骸篇。開幕。



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残骸篇
第八二話:〈秘密接触〉で天高く


第八二話、投稿します。
次は一一月五日金曜日です。


真守は大覇星祭で着用するための勝負下着に使えるスポーツブラを求めてランジェリーショップに一人で来ていた。

 

勝負下着というと夜に女性が気合を入れるために着用されると思われがちだが、女性は気合を入れる時や上がらない気分を上げるためにも着用したりする。

 

大覇星祭というと真守は超能力者(レベル5)第一位として選手宣誓を任されているので、そんな大舞台に立つためならば勝負下着で気合を入れなければならない。

……と普通ならば思うかもしれないが、ただ単に選手宣誓が面倒過ぎて気に入っている下着で気分を上げないとやっていられないからだ。

 

そのためランジェリーショップに来ているのだが、一人で来ているのはただ単に深城と服の好みが一致しないからで、新居の家具を選ぶ時に連れて行かなかったのと同じ理由だったりする。

 

大覇星祭が七日間連続して行われるので、真守はこの際だから幾つかスポーツブラを買おうと思って何枚も手に取る。

 

そのどれもが清楚な白か妖艶な黒かの極限二択なのだが、自分の好みなので真守はそのふり幅を特に気にしていない。

 

(う。これもサイズが合わない。やっぱり一回サイズ調整してもらった方がいいなあ)

 

真守は気に入ったデザインの下着を選ぶと店員を呼んで仕立て直してもらいたいと要求する。

 

真守は自分が昔所属していた研究所で行われていた『実験』により成長が停まっており、どうにかして適正身長まで伸ばす必要があったので、背も胸も女性の平均と理想の間くらいを基準として成長させた。

そのため世の女子が憧れて仕方ないアイドル体型となっており、アイドル体型の下着なんて早々に置いてないのでサイズ調整してもらう必要がある。

 

まあぶっちゃけた話、真守は遺伝的に大きくなる方ではなかったのと内臓器官が発達していないので普通の人よりも腹部のボリュームがないなど、そういう理由があってアイドル体型になっているのだが、どちらにせよアイドル体型の下着なんて早々に置いてない。

そのため今日買った下着は全て手直しをしなければならず、真守は結局一枚も持ち帰ることができなかった。

 

(まあ別に下着を持ち帰れないのはいつものことだし、荷物持つの面倒だからいつも病院に宅急便で送ってたし。……選手宣誓の予行練習でうっぷん溜まってるから気分転換に何か見て、気に入ったものがあったら買って帰ろう)

 

真守は心の中でそう呟きながらデパート内を歩き、いつも計画的に店を回る真守にしては珍しくウィンドウショッピングを楽しんでいた。

 

(そういえば二学期になってから放課後を一人で過ごすの初めてな気がする)

 

真守は移動販売車のワゴンでクレープを買ってちまちまと食べながら一人心の中で呟く。

 

九月一日に深城が謎の体を得てから深城や自分が保護した林檎と一緒にいたり、深城がいない時は垣根と二人で過ごしていたから完全に一人きりになるのはこの日が初めてだった。

 

(……と、ひとりでいると嫌な連中が接触してくるんだよなあ)

 

真守はそこでクレープを食べながら仏頂面で振り返った。

 

「何の用だ?」

 

真守が振り返って声を掛けた先には車椅子に乗り、どこかの制服を着た焦げ茶色の髪をショートボブにして藤を模した髪飾りを()げている少女がいた。

 

「こんにちは第一位」

 

「お前は?」

 

真守が警戒心を最大にして訊ねると、少女は柔らかな笑みを浮かべた。

 

「仲介人、と言えば分かるかしら?」

 

真守は少女の言葉を聞きながらクレープを一口パクっと食べる。そしてゆっくり咀嚼(そしゃく)してから呑み込んで口を開いた。

 

『仲介人』とは学園都市が超能力者(レベル5)に接触するために文字通り仲介を請け負う人間だ。

 

真守も超能力者(レベル5)第一位となったのでいつか仲介人が接触してくると思っていたが、まさか車椅子に乗った女子学生だとは思わなかった。

 

「で?」

 

真守が不機嫌に問いかけると、仲介人の少女はにこやかに笑う。

 

「統括理事会からちょっとしたお願いがあるの。聞いてくださるかしら?」

 

「で?」

 

「……『樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)』についての話よ」

 

「で?」

 

「…………『樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)』が破壊されて、その『残骸(レムナント)』を狙った者たちが各国から集まってきているの」

 

「で?」

 

「……ちょっと、その気のない返事止めて下さらない? せっかく良い話を持ってきたのに」

 

少女は真守の気のない返事の連発で流石にいら立ちが(つの)ったのか、ぶっすーっと顔をむくれさせて抗議する。

 

「統括理事会は『樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)』の『残骸(レムナント)』を狙ってくる他国の機関を私に退けろと命令してきているんだな? その見返りは?」

 

「見返りを求めるの?」

 

意外と子供っぽい仲介人だな、と真守が思っていると、少女は気を取り直して柔らかく微笑む。

 

「そんなもの見返りを求めないとやっていられないだろう」

 

「『絶対能力者進化(レベル6シフト)計画』。その『実験』の再開は絶対にしないと誓うわ」

 

真守が憮然(ぶぜん)として呟くと、仲介人である少女は目を細めて滑らかに交換条件を出した。

どうやら真守がそう言うと思って既に交換条件を用意していたらしい。

 

「それを誓って何になる?」

 

「だって『実験』が再開しなくても痛手はないでしょう?」

 

「……、」

 

真守はそこで沈黙する。

 

学園都市は絶対能力者(レベル6)を求めている。

その絶対能力者(レベル6)は何がどう転んでもいつか絶対に現れる。

何故なら真守が近いうちに絶対能力者(レベル6)進化(シフト)する運命は避けられないからだ。

 

だから彼らはわざわざ『実験』を再開しなくても良いと思っている。

 

確かに学園都市は絶対能力者(レベル6)が二人欲しくて『実験』を進めていた。

だがそこまで『二人』という人数に学園都市上層部は固執していないらしく、真守と交渉する手段として使えるならば『実験』の永久凍結をしても構わないらしい。

 

実は『実験』が妹達(シスターズ)を学園都市の外に出してAIM拡散力場を学園都市外に広げさせるためのカモフラージュだったことを知らない真守は、そう考えるしかなかった。

 

「つまり『残骸(レムナント)』で『樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)』を復元させても『実験』は再開しないから協力しろ、という事か? これからあらゆる悲劇を生む『樹形図の設計者』の復元を私が見過ごすと本気で思っているのか?」

 

「でもあなたがそれを見過ごすことで、一万弱のクローンとあなたの生き写しと『実験』を止めようと奮闘していた少年少女が救われることは確実だわ」

 

真守は車椅子の少女の話を聞いて思考する。

 

学園都市外の勢力が『樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)』の技術を持つことは極めて危険だ。それは当然、真守もきちんと理解している。

 

だから学園都市が『残骸(レムナント)』を回収しなければならないのは当然だ。

 

残骸(レムナント)』によって『樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)』が復元されるとなれば『実験』が再開される恐れがある。

 

そんな事態を『実験』を止めようとしていた御坂美琴と打ち止め(ラストオーダー)妹達(シスターズ)を大事に想っている一方通行(アクセラレータ)が絶対に許すはずがない。二人が上条当麻を巻き込んで動くことは絶対にないと思うが、それでも二人がそれぞれ動き出すのは確実だ。

 

(他国に関しては私が押さえて、学園都市が回収した『残骸(レムナント)』は情報をどうにかあの子たちに掴ませてあの子たちに任せればいい。……となると、先にけん制しておく必要があるな)

 

「他国の機関を退けて回収の護衛()()はやってやる。後はどうにかしろ」

 

「それでいいわ。私たちもそれ以上のコトはあなたに望まないから」

 

真守が学園都市が回収した『残骸(レムナント)』を誰かが壊そうが絶対に助けないという意味を込めて告げると、少女は柔らかく微笑む。

 

(……『樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)』は学園都市にとってそれほど重要じゃないのか? 復元できても復元できなくてもいいが、外部に盗られるのだけは我慢ならない。そういったところか)

 

「それで私に何をしろと?」

 

真守が仕事を引き受けるとその言葉で宣言すると、車椅子の少女は微笑んだ。

 

「宇宙に行ってもらいます」

 

「は」

 

これからやることを簡潔に言われて真守は思わず声を上げる。

 

「実は既にスペースシャトルが次々と打ち上がっていてね。あなたには単体でそれを退けてもらうわ☆」

 

少女がにっこりと微笑むので、真守は馬鹿らしくなって頭を押さえる。

 

「た……確かに宇宙で宇宙服なくても自由に活動できるのは私だけだし、宇宙空間で身動き取れないシャトルに乗った一般人を追い返すのは簡単だ。……でも今から?」

 

「い・ま・か・ら!」

 

車椅子の少女はパンパン! と手を叩き、周りに隠れていて真守にバレバレだった彼女のボディーガードを呼んで車椅子を押させて移動し始める。

 

「さあ行きましょう」

 

真守はクレープを食べながら顔をしかませて車椅子の少女の後を追う。

 

「……お前、本当に足が動かないんだな」

 

そこで真守は気になったことがあって思わず少女にそう声を掛けていた。

 

真守は人間のエネルギーの循環を読み取ることができる。

その能力に(のっと)って少女のエネルギーの循環を読み取ったところ、一歩間違えば組織が損傷し、床ずれが起きてしまうくらい少女の下半身の血の巡りは悪かった。

 

本当に歩いていなければこうならない。

 

真守がそう判断して問いかけると少女は軽く笑った。

 

「あら。あなたの気を引くための工作だと思ったの? ごめんなさいね、本当に動かないのよ。ちょっとした事故でね」

 

あまりにも良心的すぎる仲介人が何を考えているのか気になった真守は、彼女の顔から情報を読み取るために彼女の隣まで早足で向かって並走する。

すると、少女が柔らかな笑みで真守を見た。

 

まるで人と話すのが──自分と話すのが楽しいといった様子の少女に、真守は思わず目を見開く。

 

「その足を治してもらうために仲介人を?」

 

真守が(いぶか)しみながら問いかけると、少女は首を横に振って微笑む。

 

「いいえ。別にこの足は治そうと思えば治せるのよ」

 

「なんで治そうと思わないんだ?」

 

「学園都市は割とバリアフリーだし、私には手足になる人がいるもの。だから大丈夫」

 

少女は真守に心配しなくていいという風に微笑む。

 

今までの自分に近づいてきた仲介人はいつだって自分に取り入ろうとしていた。

 

だがこの少女は自分のことをよく理解しているといった節を見せており、それ故に距離を無理に縮めようとしないし、まるで自分に寄り添おうとしている気概すらある。

 

(変な子だ。何かを見通してそれに全ての信頼を預けているような感じがするし、私のことをよく知っているようだ。……上層部が集めていた情報で私を知ったのか? ううん、ちょっと違う気がする。……なんだろう、この感覚)

 

真守は心の中で少女を訝しみながらショッピングモールから出た瞬間、ちらっと辺りを見てから少女に声を掛ける。

 

「私の帰りを待っている子たちがいるから連絡してもいいか? 突然宇宙に行くことになったら驚くと思うからちゃんと伝えておきたい」

 

「ええ。いいわよ。じゃあ車を回してくるからここで待っていて。私は乗車に時間がかかるし」

 

少女はそう真守に笑いかけて、ボディーガードと共に車へと向かう。

 

「帝兵さん、垣根に繋げて」

 

真守が虚空に声を掛けると、姿を隠していたいブトムシがぶーんと飛んできて真守の肩に張り付く。

 

『なんだあいつら』

 

そう呟いた垣根に真守が『樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)』の『残骸(レムナント)』を他国が回収しようとするのを阻止してほしいと言われたと簡潔に告げると垣根はカブトムシの向こうで不快に顔を歪ませる。

 

『今から宇宙にだと?』

 

「うん。他国のシャトルを退(しりぞ)けて、学園都市が打ち上げるシャトルの護衛をしろだって」

 

『その見返りに「実験」は再開しないって? 御坂美琴たちにそれ伝えんのか?』

 

「言わない。言わなかったら学園都市が回収した『残骸(レムナント)』を破壊しようって動いてくれると思うから、そのまま動いてもらって『残骸(レムナント)』を破壊してもらう。復元された『樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)』で凄惨な実験計画が練られるかもしれないし、『残骸(レムナント)』は確実に破壊してもらいたい」

 

『他国はお前。学園都市はあいつらってことか』

 

垣根が状況を理解してくれたので真守はコクッと頷く。

 

「だからちょっと宇宙に行ってくる。もし美琴や一方通行(アクセラレータ)が動かなかったらどうにかして情報を渡してくれるか?」

 

『……しょうがねえな』

 

「ありがとう、垣根」

 

真守が渋々頷いた垣根にお礼を言うと、そこで垣根はカブトムシを操作してぶーんと真守の背中に回らせるとピタッと張り付く。

 

そして、もぞもぞもと真守が下ろしている黒髪をかき分けて中に隠れた。

 

「ひゃっ」

 

『この個体はAIM拡散力場を仮想物質化して景色を欺瞞する能力を付与させてある。お前の髪の毛の中で隠れた状態で姿消せばバレないだろ』

 

垣根は、以前『ケミカロイド計画』を進めていた『スタディ』から安価に能力者を生み出す技術を強奪しており、その技術を基にAIM拡散力場を仮想物質化させる系統の能力を扱えるカブトムシを複数造り上げており、このカブトムシはその一体だと真守に垣根は説明した。

 

「垣根、分かったけどびっくりするから先に何か言って」

 

カブトムシが真守の背中からひょこっと髪の毛をかき分けて顔を出すので、真守はくすぐったさに身もだえしながら顔をしかめる。

 

『悪い』

 

「もう」

 

真守がムスーッとしていると、真守の前に車が停まって後部座席の窓が開く。

 

「それでは行きましょうか」

 

後部座席の奥に座っている仲介人の少女が笑顔で告げるので、真守は車の後部座席の扉を開けて車へと乗る。

 

真守が注意をして後部座席に身を預けるとカブトムシは仲介人に見えないように扉の方へ移動して収まりをつけ、真守たちは車に乗ってどこかへと向かって行った。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

車の行先は航空・宇宙開発を専門としている第二三学区だった。

 

「エンデュミオン?」

 

真守は宇宙へと続く宇宙エレベーターを見上げながら首を傾げる。

 

エンデュミオンとはオービット・ポータル社が学園都市に建設した宇宙エレベーターで学園都市内では割と有名だったが、つい先日世界に向けて正式な発表がされたばかりの建造物である。

 

「あなたが最初のお客様ね。私もあなたに便乗して入れるのよ。少しわくわくしているところなの」

 

「……お前、何で本当に仲介人できてるんだ……?」

 

仲介人にしては色々と規格外過ぎる少女を見下ろしながら真守は思わず零す。

 

「あら。そう言えば名前を言ってなかったかしら。私は八乙女。霧ヶ丘女学院の八乙女緋鷹(ひだか)よ。よろしくね」

 

「仲介人が名乗るなんて聞いたことない」

 

真守は顔をしかめてそう呟きながら、エンデュミオン内に入るために仲介人の少女──緋鷹と並んで歩く。

 

(……霧ヶ丘女学院。ということは特殊な能力者か? ……自分の名前も所属も言ってるし、倉庫(バンク)で調べろと言わんばかり。……まあ調べるんだけど。それにしても何考えてるのか判断材料に欠けるからイマイチ分からないなあ)

 

真守は緋鷹を訝しみながら、統括理事会からの依頼をこなすために緋鷹と、秘密裏にカブトムシを連れて一緒に宇宙へと上がった。

 

緋鷹が宇宙に上がって思いきりはしゃいでいたのでやっぱり変な仲介人だと真守は思いながらも他国が『残骸(レムナント)』を回収するのを防ぐために秘密工作を開始した。

 




仲介人の少女が出てきました。真守ちゃんが不可思議な子だな、と思うのは察しが良い真守ちゃんにしてはとても珍しいです。ミステリー少女。

そして垣根くん、『スタディ』の技術をがっつり利用しています。手が早いですね(言い方)。



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第八三話:〈天翔乙女〉は地に墜ちて

第八三話、投稿します。
※次は一一月七日日曜日です。


真守は眼下に広がる青い地球を見つめていた。

 

蒼閃光(そうせんこう)で形作られた猫耳と尻尾は鋭い輝きを放っており、真守が能力をフルに使用している事が理解できた。

 

そんな真守と『樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)』の『残骸(レムナント)』へと近づくシャトルがあった。

 

真守はエネルギーを生み出して推進力を得て宇宙を泳いでシャトルに接近、手の平からパリッパパリと音を響かせて電気エネルギーを生み出して即座にシャトルにハッキング。

学園都市の科学技術に遠く及ばないシステムに軽々と侵入した真守は、シャトルに自前で搭載されている地球への帰還プログラムを動かしてシャトルを地上へと送り帰す。

 

〈今、『残骸(レムナント)』を狙っている機関全てに学園都市が非公式の声明を送ったわ。内容教えてほしい?〉

 

シャトルからそっと離れた真守の右耳に取り付けられていた無線機から緋鷹の声が聞こえてくるので、真守はイヤホンに触れて『必要ない』という意味を込めて二回叩く。

 

〈え? 教えてほしくないって? じゃあ教えちゃおうかしら〉

 

真守が緋鷹の言葉に顔をしかめると、緋鷹はうきうきと声明文を読み上げる。

 

〈『現在、我々学園都市は超能力者(レベル5)第一位を宇宙空間に配置し、「残骸(レムナント)」を回収しに来たシャトルたちを平和的に地球へと帰還させている。これは実際に起こっている事で、我々が超能力者(レベル5)第一位にシャトル撃墜を命令しないのは慈悲であり、再度「残骸」を回収しようものなら撃墜も(いと)わない』。……ですってー。かぉっこいい、超能力者(レベル5)第一位さん〉

 

真守がイヤホンを何度も苛立ちを込めてトントンと叩くが、緋鷹はその圧に負けずにけらけらと笑い、楽しそうに声を掛ける。

 

〈声明も発表したし、学園都市も『演算中枢(シリコンランダム)』を回収して地上に降ろしたから、これで面倒事は終わりよ。お疲れ様。エンデュミオンに戻ってきて祝杯でも上げましょう〉

 

緋鷹はそれきり無線を切って応答しなくなる。

 

(なんかやっぱりちょっとよく分からない仲介人だよなあ)

 

真守は心の中で緋鷹のことを考えて(いぶか)しみながら、緋鷹の言葉通りにエンデュミオンへと戻っていった。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

「なんだって?」

 

エンデュミオンの静止軌道ステーション内の外周部、オールビタルリング内を真守は疑似的な重力を発生させて地上で歩くように移動していたが、簡素な推進ジェットで移動している仲介人の緋鷹からとんでもないことを告げられて、怪訝な声を出して緋鷹を見上げた。

 

「だから学園都市が回収した『残骸(レムナント)』、それも『演算中枢(シリコンランダム)』が外部の組織と結託した能力者に奪われたのよ」

 

「……私がせっかくお膳立てして回収させてやったのに、それを奪われるとは一体どういうことだ。なんでそういうこと起こすかなあ」

 

真守がぼやくと、緋鷹は手に持っていたタブレットから情報を読み取って真守に伝えてきた。

 

「外部の組織は『科学結社(Asociacion de ciencia)』。ケープケネディから『残骸(レムナント)』を狙っているそうよ」

 

「学園都市の声明を聞いても諦めきれない連中か」

 

「あんなに頑張ったのに学園都市が『演算中枢(シリコンランダム)』を奪われるなんてねえ」

 

真守が緋鷹から伝えられた情報について苛立ちを込めて呟くと、緋鷹は学園都市上層部が慌てる緊急事態なのに他人事のように告げてきた。

 

「その言い方すごくムカつく。大体、『演算中枢(シリコンランダム)』以外の『残骸(レムナント)』が盗まれても復元不可能なのに、なんで私が『超能力者(レベル5)第一位は宇宙空間でも生存できる』なんていう学園都市の自慢に付き合わされなくちゃならないんだ」

 

「あら。あなたが護衛したシャトルによる調査で分かった事なんだからしょうがないじゃない?」

 

「それはそうだけど、プロパガンダに使われてイラつくのは当たり前だろ」

 

真守と緋鷹の会話の通り、『演算中枢(シリコンランダム)』以外の『残骸(レムナント)』を回収したところで『樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)』は復元できないが、それが分かったのは真守が護衛したシャトルの調査結果なため、真守が事前に情報を仕入れて学園都市からの仕事を意味ないからやらないと拒絶することはできなかった。

 

調査結果を知った時憤慨した真守だったが、学園都市の自慢に付き合わされるとしても請け負った仕事は最後まできちんとこなそうと頑張っていた。

それなのに学園都市の失態を聞いて真守はますます機嫌を悪くしており、そんな真守を緋鷹は上から覗き込むようにして小首を傾げ、微笑んで声を掛けてきた。

 

「どうする? エンデュミオンから降りるには少々時間がかかるけど」

 

「それを聞いてくる時点で私に大気圏突入してどうにかしろと言っているようなモンだろ」

 

真守は緋鷹をジト目で見上げながらため息を吐くと、疑似的な重力を生み出すのをやめて地面をトッと蹴って宙に浮き、緋鷹に近づく。

 

「もうここまで来たらお前たちの言う通りにしてやる」

 

「ええ。そう言ってくれると思ってもう用意しているわ」

 

真守が緋鷹に顔を近づけて心底気にくわなそうに告げると、緋鷹はくすくすと笑って頷いた。

 

完全に緋鷹に自分の心が読まれている真守は不快感に顔をしかませると、腹いせに緋鷹の推進ジェットに干渉してあらぬ方向へと飛ばした。

すると緋鷹はきゃーっと軽い悲鳴を上げてはしゃぎだした。

 

どうやら真守が本気で自分を害すことなどないと信じているらしい。

 

(本当になんなんだ、コイツ)

 

真守は心の中でため息を吐きながら、緋鷹を引き寄せてそのままエンデュミオンから地上に大気圏突入で降りる準備をさせ始めた。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

絶対能力者進化(レベル6シフト)計画』という凍結された計画があり、その計画は『樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)』の予測演算にて成り立っていた。

 

だがその予測演算を狂わす形で『実験』に介入してきた者たちがいて、その者たちの目論見の通りに予測演算に誤差が生じて、結果『実験』は凍結された。

 

だが何者かに破壊された『樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)』の『残骸(レムナント)』が回収されて『樹形図の設計者』が復元されると、『実験』のための再演算によってその誤差を修正されて、『実験』が再開させられてしまうのだ。

 

『実験』は今生存している妹達(シスターズ)を全員、超能力者(レベル5)である一方通行(アクセラレータ)が殺害することで完遂される。

 

そのため妹達(シスターズ)の命を守りたいと考えている一方通行(アクセラレータ)は情報を掴んで『残骸(レムナント)』を木端微塵にするために『残骸』を外部の組織に運び出そうとしていた人間のもとにやって来た。

 

だがその『残骸(レムナント)』を運び出そうとしている人間は壊れかけた能力者だった。

 

一方通行(アクセラレータ)は八月三一日に打ち止め(ラストオーダー)を救おうとして脳に損傷を受け、自前の演算能力を喪っている。

 

それを知っているその能力者は自分が負けるはずがないと嗤っていたが、一方通行(アクセラレータ)が弱くなったところでその少女が強くなったわけではないし、それに一方通行は弱くなったからと言って誰にも負けるつもりはなかった。

 

それ故に一方通行(アクセラレータ)は少女を楽々と撃破して『残骸(レムナント)』を木っ端みじんに破壊することに成功した。

 

(……まァ。規格外で勝ち筋が見えねェヤツらがいるけどよォ)

 

一方通行(アクセラレータ)は戦闘が終わった場所で手ごたえがなさ過ぎて、自分の定義を壊した彼女と自分の攻撃を打ち消した少年を思い出して心の中で呟きながら松葉杖をついてその場を後にしようとする。

 

「あァ?」

 

その時、夜空に不自然な流れ星が煌めいたので一方通行(アクセラレータ)は思わず夜天に目を向けた。

 

その流れ星は蒼い輝きを帯びていて、普通の流れ星ではないことが一目で分かった。

 

「…………あの光」

 

一方通行(アクセラレータ)が呟く中、蒼い流星がどんどんと大きくなっていく。

 

それは一方通行(アクセラレータ)のすぐ近くの地面に落ちた。

 

「──あ。良かった。もう終わったか?」

 

ズッドォ──ン、と鈍い音を立ててアスファルトの地面にクレーターを作る形でその人物は降り立ち、煙の中から一方通行(アクセラレータ)に声を掛ける。

 

「あァ。……つーかオマエ、宇宙に行ってたってクチかァ?」

 

一方通行(アクセラレータ)は生身で大気圏突入してピンピンしている真守に特に驚きもせずにそう問いかけると、真守は頷く。

 

「行ってた。統括理事会に言われて『樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)』の『残骸(レムナント)』を回収しようとする他国の機関を追い帰してた」

 

「……それはご苦労ォなこった」

 

朝槻真守のキャッチコピーはそう言えば地球が滅亡しても死なない能力者だったな、と一方通行(アクセラレータ)はなんとなく思い出しながら告げる。

 

「『残骸(レムナント)』はお前に完膚なきまでに破壊されているし、私の望み通りになったな。まだお前は入院中だし、後始末は私がやるからお前は病院に帰っていいぞ。というか、随分髪が伸びたなあ」

 

「……あの能力者も救うつもりかァ?」

 

真守が一方通行(アクセラレータ)に向けて世間話をしていると、一方通行は墜落防止用の金網のフェンスの上で気絶している結標淡希を横目に見ながら告げる。

 

「救うとは大げさな。少し悩みを聞いてやるだけだ」

 

真守はクスクスと笑いながら地面を軽く蹴って結標淡希の下まで飛び上がる。

 

「……ふン」

 

一方通行(アクセラレータ)は自覚がないままに人を救う真守を見上げながら鼻で嗤い、彼女に言われた通り病院に帰るためにその場から去っていった。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

結標淡希は救急車の中でぼうっと自分を見下ろす真守を見上げていた。

 

なんとなく意識があった結標は規格外の超能力者(レベル5)第一位が宇宙から降りてきたのを知っている。

その第一位は元第一位と話をすると自分のもとにやってきて体に触れてきて、怪我の具合を診ると救急車を呼び、自分を介抱し始めた。

 

結標は自分に宿った能力が怖かった。

人を傷つける力を持っている自分が怖かったのだ。

 

自分の能力に恐怖を感じていたある日、『絶対能力者進化(レベル6シフト)計画』の『実験』に使われるクローン人間の存在を知った。

 

能力者の能力の要は脳だ。

遺伝子構造が同じであるならば、同じ能力の同じ強度(レベル)がクローンにも宿るはずなのに、オリジナルとクローンには強度(レベル)の違いが見られた。

 

それは単純な脳の構造以外に能力には何らかの重要なカギがあるということだ。

 

そのカギを調べるために『樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)』の『残骸(レムナント)』を復元、演算すれば、もしかしたら人間の代わりに超能力を扱える個体がいると分かるかもしれない。

 

そうすれば自分が能力者になる必要はなかった。だから『樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)』によってこの世界に問いかけたかった。

 

自分が能力者になった意味があるのかと。

 

だから自分よりも劣った空間移動系能力者である白井黒子に、同胞になりえる彼女に一緒に真理を探してみないかと結標が勧誘したところ、白井黒子は『今更それが何になるのか』と結標に問いかけてきた。

 

結標淡希が能力者である事実は真理が明るみになろうと変わらない。

一生お前は能力者で、一生お前は人を傷つける人間だと白井黒子は結標淡希に告げた。

 

その瞬間、結標淡希は白井黒子に自分の考えを粉々に砕かれた。

 

白井黒子が言った通りだ。

 

だから結標は自分が変われないのだと絶望し、能力の制御を失い、一方通行(アクセラレータ)によって打ちのめされて能力者として完全に使い物にならなくなってしまった。

 

自分がこれからどうすればいいか分からない。

 

「お前、自分の能力が怖いのか?」

 

そんな自分の行く末を失い、呆然としている結標に真守は問いかけた。

 

真守が何故結標の動機を知っているかというと、救急車を待っている間に妹達(シスターズ)の一体であるミサカ一〇〇三二号に助けを求められた上条と一緒に駆けつけてきた御坂美琴に全て聞いたからだ。

 

「そうじゃなかったな。自分が人を傷つける人間だと言うのが怖いんだったな」

 

真守は御坂美琴から聞いた結標の動機を頭の中で組み立てて結標淡希が本当に恐怖していることを察しており、先程の言葉を撤回して確信を持ってそう告げた。

 

結標淡希は統括理事長がいる『窓のないビル』の『案内人』をやっていた。

 

統括理事長が進める『計画(プラン)』に真守は関わっており、そのため結標淡希は真守が超能力者(レベル5)第一位に認定される前から真守の存在を知っていた。

 

そんな真守の能力である流動源力(ギアホイール)という特性によって、真守が少しの情報からその物事の流れを正確に読み取って全てを見破ってしまうと結標淡希は知っていたため、自分の心の底に隠し持っている気持ちを看破されても特に驚かなかった。

 

「大丈夫だ」

 

真守は結標の頬に手を添えて微笑む。

 

「お前がこれまで人を傷つける人間だったとしても、これからもそうでなければならない理由はない。だからこれからお前は人を傷つけないように気を付ければいいんだ。それだけで世界は変わる」

 

「無理よ……だって、私。……能力が、暴走しちゃうもの…………もう、壊されてしまったのだし」

 

「できるよ」

 

真守は力なく呟く結標に救いの手を伸ばした。

 

「人にできないことはない。強く願ってその願いを叶えるために進み続ければ、その願いに絶対に辿り着ける。それに強い能力を持っているお前は思い込みが強いからな。お前が変われるって強く思い込めば、お前は絶対に変われるよ」

 

「……っは。…………詭弁ね」

 

結標が真守の言葉を嗤うと、真守はそんな結標にいたずらっぽく微笑む。

 

「詭弁になるかどうかはお前のこれからの行動に掛かってるぞ。それはお前も分かるだろ?」

 

「…………あなた、本当に人たらしね」

 

真守の言葉に反論できなくて結標は降参し、真守を見上げながらそう告げて柔らかく微笑む。

 

結標は真守がこれまで多くの人間を救ってきたと知っているから、真守をそう揶揄(やゆ)することができるのだ。

 

「え。……何だソレ。ちょっとどういうことだ」

 

「さあ?」

 

真守が何故人たらしなんて不名誉な言い方を初対面の結標に言われなければならないと憤慨していると結標は笑ってごまかす。

 

「……傷だらけなのにそこまでの減らず口。そんな口が利けるならお前はまだ大丈夫だよ。壊れてなんかない」

 

真守は結標の自分に対する言葉にムッと口を尖らせるが、それでも次の瞬間には微笑んで、結標のぼさぼさになった髪の毛を整えてやる。

 

「私だって人を傷つける人間だったけど、こうやってお前の気持ちを聞ける人間になれた。努力すれば人としての()り方なんてどうとでもなる。……人を傷つけるのが怖いなら、人を傷つけられるほどのその強力な力で周りの人間を守ればいい。お前の力は素晴らしいものだ。使い方次第でお前は変われる。だから大丈夫」

 

(……正直、なんでこんな女に周りは簡単に(ほだ)されるのだろうって思ってた)

 

結標は髪の毛を整えてくれる真守の手を感じながらぼうっと頭の中で考える。

 

(…………でも、意外と悪くないわ。ええ、この人の言葉を信じてみたくなるくらいには)

 

結標は蓄積された疲労からそっと目を伏せると、そのまま意識を薄れされていく。

 

「大丈夫。人は変われるんだ。……変われるからこそ、そこから逸脱してしまうこともあるんだがな────……」

 

そんな真守の寂しそうな声を聞きながら、結標は意識を落としてゆっくりと眠りに落ちていった。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

「で? 宇宙に行った感想は?」

 

垣根は宇宙から帰ってきてラウンジで一息ついている真守の隣に座って声を掛けた。

 

「地球は意外と青かった」

 

真守は垣根が前にも買ってきてくれて、すっかり真守のお気に入りになった一個一〇〇〇円もする瓶に入ったチーズケーキをスプーンですくってあむ、と食べながら告げる。

 

「なんだ、意外とって。……なあ、宇宙空間で酸素必要としないでいるってどんな感じだ?」

 

「なんでわくわくしてるんだ? ……そうだなあ。本能的なものを脳の電気信号イジって全部抑えてるし、感覚が鈍っている所と鈍ってないところがあるって感じだなあ。でもその違和感も覚えないように色々と細工してるから……とりあえず不快じゃないぞ」

 

「他国はお前が抑えた。そして学園都市が回収した『残骸(レムナント)』は一方通行(アクセラレータ)が壊した。……お前が望む展開になってよかったな」

 

真守がワクワクしている様子の垣根に感覚的なものを告げると、垣根はふーんと言いながら柔らかく目を細めて真守の思惑が叶ってよかったと告げた。

 

「んー白井が負傷してなかったら完璧だったんだけどなあ」

 

真守は結標淡希と『演算中枢(シリコンランダム)』を争って負傷させられた白井黒子の心配をしながらチーズケーキをすくって食べる。

 

「まあ良かったじゃねえか。……一人でよく頑張ったな、真守」

 

『後で見舞いに行こう』と考えている真守の頭に垣根はポン、と手を置き、真守の頭を優しく撫でてそう声を掛けて真守を(ねぎら)う。

すると真守はそれを受けて柔らかく表情を弛緩させた。

 

「うん。垣根もありがと。だってそれとなく一方通行(アクセラレータ)に情報を渡してくれたもんな?」

 

「……アイツの手助けするのはもうごめんだ」

 

垣根に真守がお礼を告げると、垣根は一方通行(アクセラレータ)のために動いたことが心底嫌でチッと舌打ちをする。

 

「そう言うなよ。ありがとうな、垣根」

 

「……ああ」

 

真守がふにゃっと柔らかな笑みを浮かべて気持ちよさそうに目を細めて何度も自分にお礼を言う姿を見て、垣根は思わず笑みをこぼしながら真守の頭を撫で続ける。

 

「えへへ。垣根に頭撫でられるの、好きだな」

 

はにかむ真守が可愛くて、垣根は真守の頭を撫でるのを一旦止めると、ソファの背中から真守の肩に腕を通して真守を自分の方にそっと倒す。

 

「はぅっ」

 

そして再び垣根が腕の中で真守の頭を撫で始めると、真守は顔を赤らめて動揺の声を上げるが、それでも垣根の腕の中に大人しく収まってチーズケーキを食べながら大人しく頭を撫でられる。

 

「あー! 垣根さん、真守ちゃんを胸の中で抱きしめてる! ずるい!」

 

垣根が真守と甘い時間を過ごしていると、それを邪魔する声が上がった。

 

「お前はいつも真守のこと抱きしめてるんだからいいだろ」

 

垣根が振り返るとそれはやっぱり深城で、垣根は顔をしかめながら深城に声を掛ける。

 

「人が抱きしめてると抱きしめたくなるー! ねー林檎ちゃん!」

 

深城は隣にいた林檎に声を掛けると、林檎は無言でテテテっと垣根と真守に近づいて、「ん」と(うな)って垣根へと両手を広げて前に立つ。

 

「なんだよ林檎。お前は抱き上げて欲しいのか? あとな、あと」

 

「むー」

 

垣根が笑って告げて、真守のことを見せつけるようにギューッと胸の内で抱きしめると林檎は不満そうな声を上げる。

 

「かっ垣根。もういいから。林檎のことぎゅーってしてやれっ」

 

真守は力強く自分をロックしている垣根に告げると、垣根は不満なのか真守のことを自分に密着させる。

 

それに慌てる真守が愛おしくて、そして意地悪をしたくて真守の頭にちゅっとキスをすると、それを見た深城があー! と声を上げる。

 

林檎は垣根の前で不機嫌になって垣根の膝をぽんぽんと叩き、真守は垣根の腕の中で顔を真っ赤にしてフルフル震えて涙目になっていた。

 

垣根は大切な少女と彼女を取り巻く穏やかな世界に(ひた)っていつまでも穏やかな気持ちのまま柔らかな笑みをこぼしていた。

 

そんな垣根の想いに気が付いた真守は居心地良さそうに笑って垣根にすり寄り、そんな真守を見て深城が地団太を踏む姿を笑って見ていた。

 




これにて『残骸』篇は終了です。

実は結標ちゃんが探していた『能力を使える別の生命体』というのは垣根くんが自分の能力で造っちゃってます。
とんでもないことしでかしている垣根くんですが、その偉業に全く気付いていません。ただ道具として使っているだけです。完全無自覚。

次回『エンデュミオンの奇蹟』篇。開幕。



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エンデュミオンの奇蹟篇
第八四話:〈休日休息〉はまさかの出会い


第八四話、投稿します。
次は一一月八日月曜日です。


第三学区のプライベートプール。

 

ここは幾つものシチュエーションプールが取り揃えてあり、その中から好きなプールを選んで遊ぶことができる場所だ。

 

「Cタイプは予約済み? 一体どこの誰よ、まったく」

 

このプライベートプールを贔屓にしている超能力者(レベル5)第五位、麦野沈利は受付カウンターで不機嫌な声を上げた。

 

「どうします麦野。気分転換にレジャーついてるところ使おうって言ってましたけど」

 

隣に立っていた絹旗最愛が麦野を見上げて訊ねると、麦野は身を乗り出して訊ねる。

 

「そっちの予約は動かせないの? 私たちがリピーターなの分かってるわよね?」

 

「すみません、麦野さまでも変更するわけにはまいりませんので。誠に申し訳ありません。その代わりサービスを一つ無料で提供させていただきますので、ご了承ください」

 

「ちっ。どこの成金よ、まったく」

 

「えー。レジャーで遊びたかったー。完っ全にその気分だったってワケよ! ねえ滝壺!」

 

麦野が受付嬢の言葉に苛立ちを見せている中、フレンダ=セイヴェルンが隣に立っている滝壺理后へと声を掛ける。

 

「んー。浮いて漂うスペースがあればそれでいい」

 

「ええー……」

 

フレンダは特殊なプールの楽しみ方をしている滝壺の楽しみ方に思わず声を上げる。

 

彼女たちは全員『アイテム』という暗部組織のメンバーであり、普段も四人で過ごしたりするなど、仲間意識が強い暗部組織である。

 

そんな暗部組織『アイテム』のリーダーである麦野が数種類の中から無料にしてもらうサービスを選んでいるとエントランスへと団体が入ってきた。

 

「麦野。アレがCタイプの予約客じゃないですか?」

 

「あ?」

 

麦野が絹旗に急かされて顔を上げるとそこには男女一組が麦野たちへと近づきつつあった。

 

異国の血が入っていると分かるエメラルドグリーンの瞳の整った顔立ちに長い猫っ毛の黒髪を猫耳ヘアにして結い上げ、白と黒でまとめたファッションをアイドル体型に(まと)わせた美少女と、茶色い髪を肩口まで伸ばした黒曜石の瞳の高身長のホスト風のスーツを着たイケメン。

 

「あ?」

 

その高身長のイケメン──垣根帝督は麦野沈利に気づいて怪訝な声を上げる。

 

アイドル体型の美少女──朝槻真守は、垣根が怪訝な声を突然上げたので垣根の視線の先にいた麦野を見つめて小首を傾げた。

 

「……未元物質(ダークマター)

 

原子崩し(メルトダウナー)か」

 

互いが互いの能力名を呼ぶと二人の間にピリッとした一触即発の空気が生まれる。

 

原子崩し(メルトダウナー)……?」

 

「まもりちゃーん!!」

 

「ぐえっ」

 

真守が垣根の呟いた能力名に小首を傾げていると、後ろから抱き着いてきた深城に体を締め付けられて、カエルが潰された時のような声を真守は上げた。

 

「どぉしたのー? 垣根さんの知り合い~?」

 

「「なんでここに」」

 

深城がふんわりと笑って訊ねると、垣根と麦野は同時に問いかけた。

 

ハモったため、思わず無言になる二人。

 

「垣根。原子崩し(メルトダウナー)……って、超能力者(レベル5)の?」

 

「ああ。麦野沈利」

 

真守が小首を傾げて垣根のシャツの裾を引っ張ると、垣根が反応して真守に声を掛けた。

 

「……麦野! あの猫耳ヘア、新しく超能力者(レベル5)第一位になった流動源力(ギアホイール)じゃない!?」

 

そんな真守の前でフレンダも麦野の服の裾を引っ張って真守を指さした。

 

「人を指さすとは何事だ」

 

真守がムッと口を尖らせて自分を不敬にも指さしてきたフレンダを睨みつけると、フレンダは顔を引きつらせて『ひっ』と(うめ)く。

 

超能力者(レベル5)の機嫌を損ねたら何があるか分からないからだ。

 

「初めまして、流動源力(ギアホイール)。随分と有名になったそうじゃない」

 

「初めまして。別に有名になりたくなかったんだけどな」

 

真守は麦野に声を掛けられて仏頂面をしながらも麦野の言葉に応えて、そしてコテッと首を傾げた。

 

「お前の名前はなんて言うんだ? 知っているかもしれないけど、私は朝槻真守と言うんだ。よろしくな」

 

「……麦野沈利だけど」

 

「麦野。麦野も泳ぎに来たのか?」

 

麦野は真守のフレンドリーさに思わずうろたえながらも答えるが、真守は特に気にせずに麦野に声を掛ける。

 

「……ええ。そうだけど」

 

「そうか。まあ、ここに来るんだからそうだよな」

 

真守が納得したように頷いている姿を見た麦野は、取っつきにくい外見に似合わず意外と社交的ね、と内心思いつつくいっと顎を動かして自分を睨みつけている垣根に真守の視線を向けさせる。

 

「その男の付き添い?」

 

「あたしと林檎ちゃんが来たいって言ったのぉ!」

 

麦野の問いかけに答えたのは真守に抱き着いていた深城で、麦野は深城の能天気っぷりに思わず顔をしかめる。

 

「……林檎?」

 

絹旗が深城の告げた名前に反応すると、垣根の後ろ、深城の隣からひょこっと林檎が顔を出した。

 

最初からいたが体が小さくて見えなかったのだ。

 

「あ」

 

絹旗がそこで声を上げて、林檎は怪訝な顔をする。

 

「林檎、知り合いか?」

 

「んー……。あ、実験で一緒だった子」

 

真守が問いかけると林檎は少し考えた後、思い当たる節があって思わず絹旗をビッと指さしながら告げる。

 

「指さすのはやめろ」

 

「うん」

 

真守が注意すると林檎は指をさすのをやめてすすすーっと垣根の後ろに体を隠す。

 

林檎が垣根に随分と懐いている事、彼らと行動を共にしていることに絹旗が驚いていると、真守はフム、と一つ頷く。

 

「そうか。お前も『暗闇の五月計画』の被験者なのか」

 

真守が独り言のように呟いた言葉を聞いた麦野は、暗部の実験を知っている真守に警戒心を(あら)わにした。

 

真守が『闇』にどっぷり浸かっていると気づいたからだ。

 

「あんたの組織の新しいメンバーってわけ?」

 

「なんでテメエにいちいちそんな事話さなくちゃなんねえんだ?」

 

麦野が問いかけてくるので垣根は苛立ちを隠さずに逆に問いかけた。

 

「あら。あなたたちお揃いで」

 

垣根と麦野が一触即発の中、後ろから優雅に歩いてきた心理定規(メジャーハート)がひょこっと顔を出した。

 

その後ろには大量に荷物を持った誉望とその隣に何も持たずに並走している弓箭がいて、弓箭は垣根と真守が誰かと話しているのを不思議そうに見ていた。

 

(やっばー。多分あっちも暗部組織ってワケよ!)

 

(マズいですね。超一触即発の状態です。あっちには第一位と第三位……戦力的にはウチの方が超不利です)

 

フレンダと絹旗が内心焦っていると、真守は状況を察し、垣根の服の裾を再び引っ張った。

 

「垣根。喧嘩してる場合じゃない」

 

「……そうだったな。こんなくだらねえ事に時間使ってる場合じゃねえ」

 

垣根が矛を収めるのを確認すると、真守は機嫌を明らかに損ねている麦野に目を向けて申し訳なく思って眉を八の字にする。

 

「麦野。麦野もせっかく泳ぎに来たのに嫌な思いさせてごめんな」

 

「え……。そ、そうね。別に大丈夫……よ?」

 

麦野は真っ向からの謝罪に思わず面食らいながらも返事する。

 

「オイ、なんでお前が謝るんだよ」

 

「垣根。そんな苛立ち向けられて気分悪くしない人間なんていないだろ。それにこんなところでいさかい起こしてどうするんだ。私たちは遊びに来たんだぞ?」

 

「……チッ」

 

異議を唱えた垣根だったが、真守の言葉に正当性が見られるため、舌打ちしつつも引き下がる。

 

(えー!? なんかすっごい人格者なワケよ。麦野と大違い!)

 

(第一位……割とまともそうですね……一触即発の状態を回避するなんて)

 

フレンダと絹旗は超能力者(レベル5)に本来欠けている人間性を真守が見せたので内心驚く。

そんな二人の前で真守は柔らかく微笑を浮かべて麦野に声を掛けた。

 

「私たちは急いでいないから受付、ゆっくり済ませてもらっていいからな」

 

真守はさらりと自然な気遣いを口にすると、垣根の裾を引っ張って後ろから自分に抱き着く深城をずりずりと引きずり、受付の近くにある待ち合いの意味を兼ねているソファとテーブルへと向かう。

 

そして大量に荷物を持った自分を追いかけてきた誉望を見て、誉望が持っていた荷物を次々と受け取り、床に降ろしていく。

 

「あの、麦野さま。受付を続けさせていただいてもよろしいですか?」

 

麦野が呆気に取られて真守たちを見つめていると、受付嬢が後ろがつかえていると一言も告げずに麦野を促す。

 

麦野が真守たちから視線を外して受付嬢と話す中、フレンダと絹旗はじろじろと真守たちを見つめ、滝壺はぽーっとした眼で真守たちを見ていた。

 

「チッ。見世物じゃねえんだよ」

 

垣根が苛立ちを込めて小さく呟くと、近くにいた誉望が顔を真っ青にする。

 

「暗部組織の顔見知りか?」

 

真守は不機嫌な垣根を眉をひそませながら心理定規(メジャーハート)に問いかけると、心理定規は軽い調子で答える。

 

「ええ。ウチと同じ統括理事会直轄の暗部組織で『アイテム』と言うのよ。麦野沈利がリーダーで、『アイテム』の仕事は主に学園都市内の不穏分子の削除・抹消なの」

 

「へー。ウチは統括理事会の命令に合わせてなんでもこなしますから汎用性が重視されますけど、あの方たちは役割がきちんと決まってるんですねえ」

 

心理定規(メジャーハート)の説明に声を上げたのは弓箭で、弓箭はチラチラッと四人組の少女たちを見ながら呟く。

 

弓箭の言う通り、『スクール』は情報収集から暗殺まで上層部から下された命令ならばなんでもこなす。統括理事会直々の命令もあれば統括理事会メンバーの個人的な依頼まで様々だ。

 

そのため中距離から近距離に対応できるスナイパーや尋問用の精神干渉系能力者、情報収集から暗殺ができる汎用性の高い念動使い(サイコキネシスト)、そして応用性に富んだリーダーと、臨機応変に活動できる人材が『スクール』集まっているのだ。

 

心理定規(メジャーハート)さんよく知ってますね。お知り合いで仲いいんですか?」

 

弓箭が感心していると心理定規(メジャーハート)は柔らかで余裕そうな表情で理由を述べる。

 

「生活圏が彼女たちと被るのよ。こういうレジャー施設でも会うし、デパートとかでもよく会うわね」

 

「ああ。例の小遣い稼ぎやそれ用の調達の時にか」

 

「小遣い稼ぎ?」

 

垣根が心理定規(メジャーハート)が行っている『人と話をして金を払ってもらう』というキャバ嬢じみたことを小遣い稼ぎと揶揄(やゆ)して訊ねると、真守が小首を傾げた。

 

「あなたには縁のない世界よ。私がしている事をあなたがしたら、あなたにご執心の彼が相手を殺しちゃうもの」

 

「……ああ。それだけで何してるのか分かった」

 

心理定規がしている小遣い稼ぎが援助交際まがいだと察した真守は遠い目をして呟く。

 

「え? 何してるのぉー?」

 

「お前は知らなくていい」

 

抱き着いて訊ねてきた深城の頭をぐいーっと押しのけながら、真守は深城に心理定規(メジャーハート)が何をしているか純粋な深城に話すのを拒絶した。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

誉望はプールサイドでそわそわとしていた。

 

垣根がプールに付き合えと自分に言ってきた時は天変地異が起こるかもしれないと恐怖したが、理由を聞けば『男一人になるのは嫌だ』という人数合わせ目的だったので密かに安堵した。

 

垣根は前開きのシャツに海パンを着て肩にかかっている髪の毛を一括(ひとくく)りにしてプールサイドチェアに座って真守たちを優雅に待っているが、同じような格好をしている誉望は落ち着くことができずにそこらへんをうろうろしていた。

 

誉望はなんといっても思春期真っ只中の男子高校生で、女子とプライベートプールに来るなんて初めての経験なのだ。

 

幾ら垣根の意中の少女と仲間である『スクール』の女子と言えど女子は女子。

 

落ち着かずにパーカーを着直したりしていると、プールサイドに真守たちが来た。

 

真守はいつもの猫耳ヘアに白と黒のホルターネックにレースアップのビキニを着ており、デザイン性の高い無駄な紐が細い腰や胸周りを締め付けているのが特徴的だ。

 

真守の隣にいる深城はレースの薄桃色のハイネックビキニを着ており、布部分は真守よりも大幅に多く、本人も自分がけっこうなむっちり体質だと知っているので、着やせ効果が見られる水着だ。

 

そんな深城と手を繋いでいる林檎はビタミンカラーのタンクトップビキニを着ており、頭に子供が着けるようなチープなサングラスを乗せている。

 

心理定規(メジャーハート)はピンクの紐ビキニにパレオを巻いており、優雅な印象を与える水着で、ところどころがフリルに覆われている。

 

そして心理定規(メジャーハート)の隣を歩いている弓箭は純白のワンピースタイプの水着だが、胸の質量は質量なのでグラマラスな印象が見受けられた。

 

そんな水着を着た女子たちが入ってくると、誉望は目のやり場に困り垣根に視線を移す。

すると垣根はおもむろに立ち上がって何故か手元に持っていた女物のパーカーを持って真守に近づいて真守の肩にパーカーをかけた。

 

「ちゃんと着とけ」

 

「なあ。どうしてプライベートプールで上着を着なくちゃいけないんだ? 教えてくれるか?」

 

真守は垣根が自分の肩にかけたパーカーを見た後、ジト目を垣根に向けて顔をしかめる。

 

「というかなんでお前が女物のパーカーを持ってるんだ」

 

「お前が着てこねえと思ったからだよ」

 

「だからどうしてプライベートプールで着なくちゃならないかって聞いてるんだ!」

 

「うるせえちゃんと着とけ」

 

(うわあ……過保護だ…………)

 

真守と垣根が上着の攻防をしているのを遠目に見て心の中で呟いていた誉望に、弓箭はにやにやとしながら近づく。

 

「誉望さ~ん。見てくださいおニューの水着ですよ、おニューの水着! どうですか?」

 

「ああ。いいんじゃないか」

 

「適当! 適当に答えないでください! むぅ~」

 

弓箭は適当に答えた誉望が気に入らなかったのか、突然ワンピースをぴらっと上げた。

 

思わずバッと見てしまった誉望は弓箭がワンピースの下にホットパンツのような水着を着ているところを目撃する。

 

「あら~朝槻さんみたいにセクシーな水着を期待しましたか~ほらほら~」

 

「くっ……!」

 

弓箭がぴらぴらとワンピースをひらめかせてにやにやとするので、誉望は男として条件反射してしまった事に悔しさを覚える。

 

というか前にもこんなことあった、と誉望が後悔していると真守と垣根の言い合いがヒートアップしていく。

 

「大体、深城と林檎はウォーター・パークに行きたいって言ったのに、お前がプライベートプールじゃなくちゃダメだって散々言ったからここに来たのに! 人目がないんだから別に着なくていいだろ!?」

 

「公共のプールにお前を行かせられるわけねえだろ! ただでさえ街中歩いてりゃ色目使われるっつーのに! それにそんなとこ行ったら人に囲まれて泳げるわけねえだろ!」

 

垣根が怒鳴ってくるので、真守はムーっと口を尖らせる。

そしてガウッと牙を剥いて垣根に反論する。

 

「寄ってきたら一人見せしめに撃退すれば大丈夫だって言ったのに!」

 

「ッチ。この分からず屋! しょうがねえから教えてやる! お前のその姿を誰かに見られんのが耐えられねえんだよ、バーカ!」

 

「バカって言うな! というかなんでそんな微妙なところでお前はいつも器が小さいんだよ!」

 

「だから小さくねえつってんだろ!!」

 

垣根と真守がぎゃあぎゃあ言い合いをしている中、それを見ていた林檎は不毛な争いだと思って深城の手に触れてぐいぐいと引っ張った。

 

「深城、ウォータースライダーに一緒に乗りたい」

 

「うん、いいよぉ。心理定規(メジャーハート)さん、ああいうの使うの初めてだから一緒に来てくれる?」

 

「いいわよ」

 

真守と垣根が言い合いをしている中、林檎は通常運転で深城を急かして、深城は心理定規(メジャーハート)にお願いしてプールを楽しむために行動を開始する。

 

「もう、プール入れば一緒だろ!」

 

真守は垣根との不毛な争いをするのが嫌になって肩にかかっていたパーカーをびたーんと床に捨てると、プールへと飛び込む。

 

ばっしゃーんと華麗に着水した真守はそのまま綺麗な仕草で潜水していく。

 

普通は準備運動をした方がいいが、体内のエネルギーの循環を操れる真守に限って足をつるなどの事態にならないので準備運動は彼女に必要ないのである。

 

「オイ真守、逃げんじゃねえ!」

 

「弓箭ー浮き輪持ってきてー! 一緒に入ろう!」

 

垣根が怒鳴り声を上げながら真守に触発されてプールに飛び込むと、真守は既にプールの端っこまで行っており、潜水するのをやめて水面から顔を出すと、弓箭へと声を掛けた。

 

「あ、はい!」

 

弓箭は誉望で遊んでいたが、真守に声を掛けられて律儀に軽く柔軟を始める。

 

「もう。垣根しつこいぞ!」

 

真守は自分に近付いてきた垣根から逃げるようにすいーっと背泳ぎで遠ざかりながら追ってくる垣根に声を大きくして憤慨する。

 

「お前の危機感がなさすぎんだよ! セーラー服の下にもスパッツ穿きやがれ! 確かオーバーパンツとか言うのもあるんじゃねえのか!?」

 

「なんでいきなり下着の話になるんだ!?」

 

「うるせえ前から言おうと思ってたんだよ! お前の下着はエロ過ぎる! 男が食いモンにするからヤメロ!!」

 

「別にいいだろうが! かわいい下着着てるとテンション上がるし、別にかわいくない下着穿いてるわけじゃないから見えても大丈夫だろ!?」

 

「下着でテンション上げんなよ!! つーかお前見られてもいいと思ってんの!? 危機感なさすぎだろ!?」

 

垣根が困惑しながら怒鳴り声をあげて近づいてくるので、真守はすいーっと長く潜水して逃げ出し、それを垣根が泳いで追いかけるという攻防が続く中、弓箭がプールに入ってきたので真守は弓箭へと近づく。

 

「もうっ。垣根しつこいっ! なんで下着にまでケチ付けられなくちゃいけないんだよ! なあ弓箭!」

 

「ふぇっ!? あああ朝槻さん、落ち着いてください!」

 

真守はうきわを浮かべようと手を挙げている弓箭にぎゅーっと抱き着くので、弓箭はうきわを掲げたまま顔を赤らめてあからさまな動揺する。

 

「弓箭! 可愛い下着はテンション上がるよな!?」

 

「え!? は、はいそうですね。今日は可愛い下着着ていると思うと自信がつきますし」

 

突然鬼気迫った様子で真守が声を掛けてくるので弓箭が慌てながらも頷くと、真守は自分と弓箭に近づいてきていた垣根をキッと睨み上げた。

 

「ほらあ! えっちする時だけ女がかわいい下着身に着けると思ったら大間違いだぞ!」

 

「え……っ!? テメエなんて事言いやがる!」

 

「事実だろうが! 男の方がえっちでそーいうこと考えてるくせになんで今更動揺するんだ!」

 

「偏見ヤメロ! つーか俺が動揺してんのはお前の口からそういうことが出たからだ!!」

 

「は、はうぅ~朝槻さん、さっきから柔らかいものがぎゅうぎゅう当たってます~ていうか腰すっごい細いですね……!」

 

垣根と口論しながら真守がぎゅーっと弓箭に抱き着くと、弓箭は真守のアイドル体型のすさまじさを実感して顔を赤くする。

 

(これが進んでいる男と女の話なのか……というかこれで付き合ってないってどういう事なんだ、一体……)

 

誉望はぎゃあぎゃあと騒ぐ彼らを見つめながらビーチサイドシートに寝転がって高みの見物をしていた。

 

だがそれを真守が許すはずもなく、真守に呼ばれた誉望はあまり近づきたくない真守と垣根、それと弓箭の輪にすぐに入っていくことになる。

 




エンデュミオンの奇蹟篇、開幕しました。
上条くんがアリサちゃんと初めて会った日は昼食をインデックスと食べてバッティングセンターに行っているのでおそらく学校は休みだったんじゃないかと思って、真守ちゃんたちにも休日を楽しんでもらいました。水着回に満足。



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第八五話:〈遊戯最中〉に問題投入

第八五話、投稿します。
次は一一月九日火曜日です。


垣根と真守の攻防は垣根が真守にパーカーを強制的に着せるということで一旦終了した。

 

そんな攻防を気にもしなかった深城はじゃぶじゃぶとプールを泳いでうきわに浮いている弓箭の方へと林檎と一緒に近づいてにへらっと弓箭に笑いかけた。

 

「猟虎ちゃーん。林檎ちゃんと一緒に潜水勝負しよーっ」

 

「潜水、ですか?」

 

弓箭はぷかぷかと浮き輪に乗ったまま深城の言葉にコテッと小首を傾げる。

 

「うん! 長くプールの中に潜っていられたら勝ち!」

 

「はわ……わたくし、水の中で怖くて目ぇ開けられないんですよーっ」

 

弓箭が上手くできないと嘆いていると、深城は弓箭の浮き輪に手をかけてグッと親指を立てる。

 

「大丈夫! 目ぇ開けなくても潜水できるよ!」

 

「深城、弓箭に強要するな。そしてお前運痴なんだからやめとけ」

 

真守はプールの縁に寄り掛かって深城に注意をする。

 

垣根との攻防に負けた真守は不服な顔をしており、深城に声を掛けるにしては珍しくぶっきらぼうな口調だった。

 

「なにをぅ!? 無限に潜ってられる人に言われたくないね!」

 

「私が無限に潜れようが、お前が運痴なのに変わりはないだろ」

 

真守が機嫌悪そうに告げると、深城は地団太を踏んでちゃぷちゃぷとプールを揺らす。

 

「あら。その曲聞いたことあるわ」

 

そこで突然、プールサイドチェアに横たわっている心理定規(メジャーハート)が声を上げたので、真守は気になってプールに入ったまま顔を後ろに向けて心理定規を見た。

 

心理定規(メジャーハート)が声を掛けたのは同じように隣に設置されているプールサイドチェアに横たわっている誉望で、誉望はその手にタブレット端末を持っており、そこから流れてきた曲について彼女は誉望に声を掛けたらしい。

 

「最近有名になってる『ARISA』ってアーティストスよ。ネットとかストリートライブで活動してて、よく第七学区でもストリートライブしてるそうです」

 

「ああ。この曲が『ARISA』なのね。噂では彼女の歌を聞けばいい事が起きるらしいわよ」

 

「良い事? 都市伝説には必ず裏がありますから、何らかの関係があるんですかね」

 

誉望が首を傾げていると、テーブルの上に置いてあった真守の携帯電話に着信があった。

 

「朝槻さん! 着信です! 『神裂火織』さんから!」

 

「神裂?」

 

真守は誉望と心理定規(メジャーハート)の会話を聞いていたのですぐさまプールから上がると垣根に強制的に着させられたパーカーから水をぽたぽた垂らしながらテーブルに近づき、携帯電話に手を伸ばす。

 

携帯電話は防水仕様なので手が濡れてようが問題ないが、その携帯電話をいつのまにか近づいてきていた垣根がひょいっと先に奪った。

 

「『神裂火織』……ねえ? あの女じゃねえか」

 

「返して」

 

垣根が上に手を伸ばして真守の身長的に届かない位置に携帯電話を(かか)げるので、真守はムッと口を尖らせて携帯電話へと向けて背を伸ばすが、届く距離ではない。

 

「話した内容俺に言うなら返してやる」

 

「意地悪なヤツには教えなっ……──い!」

 

真守は顔をしかませながらそこで声を上げて高くジャンプし、垣根の体にしがみつくと携帯電話を取り返す。

 

「う……っ!?」

 

「きゃあっ!」

 

真守が胸をむぎゅっと押し付けるように自分にしがみついてきたので、垣根はその真守の胸の柔らかい感触に思わずバランスを崩してしまう。

 

垣根に胸を圧しつける形でしがみついていた真守は垣根に完全に重心を預けていたので、二人共空いているプールサイドチェアにもつれるように倒れ込んだ。

 

しかも真守が垣根を押し倒す形で、垣根の足の間に片足を割り入れる状態で。

 

「「!!」」

 

真守が重力によって押し付けてくる柔らかな感触とハプニングによって固まる垣根の上で真守は無表情で上体を起こし、次の瞬間能力を解放して蒼閃光の猫耳と尻尾をぴょこっと出した。

 

「垣根のばかっ!!」

 

真守はガガギギギッと歯車が不快に鳴り響く音と共に蒼閃光(そうせんこう)(ほとばし)らせる。そして次の瞬間。真守はバリバリババリッという雷鳴と一緒に、鋭い電撃を生み出した。

 

「もしもし」

 

〈真守? どうしてそのように不機嫌なのですか?〉

 

「ちょっとバカ野郎がいたんだ。そいつのせいで機嫌が悪いだけで、お前は全く悪くない」

 

真守はむすーっと顔を赤くしてプールサイドの隅っこの方に寄っており、神裂と通話を開始する。

 

そんな真守の後方では垣根がプールサイドチェアの上で撃沈していた。源流エネルギーでこの世界の攻撃が通用しない垣根の定義を食い破った真守は、その上から電気エネルギーを流すという二段構えの方法で垣根を撃沈させたのだ。

 

ちなみに心理定規(メジャーハート)は呆れており、誉望はあの垣根に攻撃を通す真守に怯え、一部始終を見ていた深城はあらーっと満面の笑みで嬉しそうにしていた。

 

そして弓箭と林檎はと言うと、弓箭の方は潜水でいっぱいいっぱいで事態に気が付いていなかった。そして林檎は弓箭が溺れないように見ていたので、二人は最初事態を呑み込めず、真守が突然垣根へ攻撃したのでびっくりしていた。

 

〈鳴護アリサを知っていますか?〉

 

「鳴護アリサ?」

 

真守は神裂の問いかけによって、能力を解放したままで現出している尻尾をぴょいっと傾げながら声を上げた。

 

〈『ARISA』という名前でアーティスト活動を行っているのですが〉

 

「うん? 今丁度その『ARISA』については小耳に挟んだばかりだけど。その子がどうかしたのか?」

 

真守は先程聞いたばかりの話題が神裂の口から出てきていたのできょとっと目を見開く。そして、何故神裂の口から彼女の話が出てきたのか怪訝な表情をした。

 

〈彼女は『聖人』。もしくはそれと同等の力を持っているかもしれないんです〉

 

真守は神裂から放たれた言葉に、目を鋭く細める。

 

聖人。

それは『神の子』と身体的特徴が似ているが故に『神の子』の力の一端を身に宿した人間だ。

神裂火織もその『聖人』に分類されており、彼女は『聖痕』を解放してその莫大な力を使うことができる。

だが『神の子』の力は膨大であるためそれに人間の肉体の方が耐え切れず、高速戦闘を長時間行うことはできないという欠点も持ち合わせている。

それでも凄まじい力を持つのには変わらないので、魔術世界では核兵器並みと位置付けられている存在である。

 

「それは本当か? 鳴護アリサは学園都市に住んでるから、確実に能力者なんだぞ?」

 

真守が心の中で『聖人』に関して復習しながら問いかけると、神裂はつらつらと説明する。

 

〈前例がありませんから、『聖人』が能力開発を受けたらどうなるか分かっていないんです。そして彼女が普通に暮らしていられることから、『聖人』の素質が能力開発によってどうにかなってしまうわけではないようです〉

 

「……確かにそうだけど。鳴護アリサは本当に聖人なのか? その根拠は?」

 

〈『聖人』というのは定義が曖昧ですから正確には分かりません。ですが暫定で既に第九位。覚醒すれば私をもしのぐ力を得るでしょう〉

 

聖人である神裂が言うのだから多少曖昧でもそうなのだろう、と真守は納得する。

そして相変わらず顔をしかめたまま、真守は神裂に問いかけた。

 

「魔術世界にとっての核兵器が科学世界にいたら確かにマズい。それでイギリス清教的にはどう動くんだ?」

 

〈とりあえず実地調査をしています。あなたから何か情報を得られればと思ったんですが、いかがでしょう〉

 

「私も少ししか知らないけど、気になるから鳴護アリサについて調べておくよ。ネットに顔出ししてるし、すぐに情報が集まると思う」

 

〈助かります〉

 

神裂が頼もしい真守に礼を言っていると、真守はふと気になって神裂に問いかけた。

 

「ところで一人で来たのか? 他にも誰か来ているのか? ステイルとか」

 

〈ええ。彼も来ています。別働隊ですけれど〉

 

「隊? 団体で来ているのか?」

 

真守が神裂の表現に首を傾げていると、神裂はそこで爆弾発言をした。

 

〈ええ。彼の弟子と共に〉

 

「でっ……弟子!? あいつ私より年下なのに弟子いるのか!?」

 

真守が思わず驚愕すると、その驚愕を表すかのように真守が展開していた猫耳と尻尾がピーンと上向きへ伸びる。

 

〈ルーンの腕は確かですから〉

 

神裂が少し棘のある言い方をするが、それが気にならないほど真守は驚いており、思わず声をひそませて問いかける。

 

「……ち、ちなみに女? 同年代? それとも年下?」

 

〈? ええ、三人共女の子で、同年代か年下だと思いますよ?〉

 

(……アイツはちっこい女の子が好きなのか…………)

 

真守はぴこぴこと蒼閃光の猫耳の片方を動かしながら、神裂の言葉によって思わず『ステイルロリコン説』を心の中で唱えてしまう。

 

「じゃあステイルにもよろしく言っておいてくれ。何か分かったらこちらから連絡する」

 

〈頼みましたよ〉

 

「ああ。……じゃあ、なっ!」

 

真守は神裂との通話を切りながらその場から飛び上がる。

 

猫の様に身を(ひるがえ)して宙へと逃げて先程まで自分が立っていた場所を見ると、そこにはブチ切れて完全に目が据わっている垣根がいて、自分をキッと睨み上げていた。

 

「心底ムカついた。今日という今日はテメエを泣かしてやる!」

 

「なんかそれ表現がえっちだしそもそも逆切れじゃないか!?」

 

垣根が未元物質(ダークマター)の翼を広げて自分に叩きつけようとしてくるので、真守は空中で身を翻してひょいっとそれをかわして壁にトッと足をつけて張り付く。

 

「この女……っ!」

 

垣根は飛んで真守へ向けて未元物質(ダークマター)の翼を再び叩きつけようとするが、攻撃を読んでいた真守は垣根が攻撃してくる前に前方へと躍り出る。

真守が突然前に出てきたことによって虚を突かれた垣根は照準が定まらずに甘い攻撃を繰り出してしまい、そんな垣根の攻撃を真守は空中で体をひねって難なく避けた。

 

「なんでプールに来て鬼ごっこしなくちゃなんないんだ!」

 

「うるせえ! テメエが大人しくしてればいいだけだろうが!」

 

「だって大人しくしたら垣根がえっちな事してくるだろうが!」

 

「……ッテメエ……その減らず口叩きのめしてやるっ!」

 

真守との口論でヒートアップした垣根は執拗に真守を追う。

 

垣根がプールの破壊なんて気にするわけがないと知っている真守は、施設に垣根の攻撃が当たらないように垣根の攻撃を誘導しながら縦横無尽にプール内を駆け回って垣根から逃げ続ける。

 

真守に攻撃を誘導されているので垣根は苛立ちを見せるが、流れを読める真守の生み出す流れに逆らうことはできない。

 

「わーっ、猟虎ちゃん、林檎ちゃん。見てアレ。アレが超能力者(レベル5)カップルの喧嘩だよ」

 

「スケールが大きすぎますね……」

 

「二人共空飛んでる。朝槻、翼出さないかな」

 

「んー。真守ちゃんはあんまり翼出さないねえ」

 

プールに入っている三人は呑気な会話をして、心理定規(メジャーハート)は呆れた様子でプールを目いっぱい使って普通なら鬼ごっこをしている二人を傍観し、誉望は常人なら死ぬ攻撃を意中の相手にする垣根の精神が恐ろしくてガタガタ震えていた。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

プールから帰ってきた真守は垣根と喧嘩したまま不機嫌極まりなくしており、垣根がラウンジに来ても無視してタブレット端末で鳴護アリサについて調べていた。

 

だが次の瞬間、垣根が真守に向かって身をかがめて頭にキスしてきたので、真守は体を飛び上がらせた。

 

「……っ!?」

 

頭に柔らかな唇の感触に真守が顔を赤くしてバッと垣根を見上げると、垣根が切なそうに自分を見つめてくるので、真守は思わずドキッとしてしまう。

 

「な……な、べ、別にちゅーされたくらいで私は許さな、」

 

「悪かった」

 

真守の言葉を(さえぎ)った垣根は、真守の髪の毛を一筋すくって自分の口に持ってきてキスをしながら謝る。

 

「お前のことが心配なのにお前がいつも大丈夫だって怒るから俺もつい怒っちまうんだ。……悪かった」

 

垣根が辛そうな顔をして謝ってくるので真守はきゅーんと胸が苦しくなる。

 

「……っ。こ、こっち来て。神裂から言われた話、するから……」

 

確かにプライベートプールでパーカーを着させたのは垣根の立派な『嫉妬』だが、神裂からの電話を巡ってのケンカは真守がまた問題に巻き込まれるかもしれないという垣根の真っ当な『心配』であった。

 

パーカー事件で真守も垣根も互いに頭に血が上っていたので神裂の電話で二回目の喧嘩に発展したのはあまりよくなかったな、と真守は反省して、しょんぼりしながら自分の座っている右隣をぽんぽんと叩き、垣根に座るように指示をする。

 

垣根は真守の髪の毛から手を離して真守の隣に座ると、ぐいっと真守の腰を抱き寄せて自分の方に引き寄せる。

 

「…………っはう、」

 

「嫌か?」

 

垣根に寄り添う形になってしまった真守は胸がドキドキしてしまって思わず情けない声を出すと、垣根が甘い声で耳元で囁いてきた。

 

「……べ、別に嫌、じゃない……けどっ」

 

真守は顔を真っ赤にしてしどろもどろになりながらも、意を決してコテッと垣根の体に頭を預けてケンカは終わりだと暗に告げた。

 

「せ、聖人……って言うのは、偶像の理論の一種だ」

 

垣根が自分の胸に寄り掛かる真守の頭をそっと撫でていると、真守は頭を撫でられるのが気持ちよくて恥ずかしくて体を硬直させながらも懸命に説明を始める。

 

「お前に天使の役割が与えられているのと同じで、聖人も何らかの役割を与えられてんのか?」

 

「与えられた、というよりそういう素質を持って生まれたんだ。聖人というのは生まれた時から神の子に似た身体的特徴と魔術的記号を持つ人間のことで、その身に神の力の一端を宿せるんだ。……けどそれは諸刃の剣。神の力の一端が強大すぎて、制御が難しい。最悪自爆する可能性もある」

 

「その聖人ってのがこの女なのか?」

 

垣根は真守が端末に映し出している『ARISA』という名前でアーティスト活動をしている鳴護アリサを見つめながら問いかける。

 

「神裂が言うには、聖人と同等の力を持つ……らしいんだけど結構曖昧なんだ。しかも聖人が能力開発を受けたことなんてないからどうなってるか分からない。まあ普通にアーティスト活動できてるみたいだから大丈夫そうだけど」

 

「聖人って魔術使えんだろ? 能力開発受けたら死にそうだが、そこは大丈夫なのか?」

 

垣根が問いかけると、真守はビッと人差し指を上げて説明口調になる。

 

「能力開発が行われた能力者が魔術を使うと死にそうになるのは、体内で魔力を精製する時に肉体に莫大な負荷がかかって血管や内臓が傷つくからだ。魔力というのは血液の流れや内臓の活動リズムを意図的に崩して精製するから、能力を開発するために整えられた体のリズムを崩せば、体に重大な負荷がかかってしまうんだ」

 

「つまり能力開発を受けた聖人でも、魔力を精製しなかったら普通に暮らしていけるってことか」

 

垣根が問いかけると真守はコクッと頷き、真剣な表情で顔をしかませる。

 

「聖人が身に宿している『天使の力(テレズマ)』は魔力と全く違う力だからな。だから多分、能力開発を受けても問題は生じないんだと思う」

 

「『天使の力(テレズマ)』?」

 

「『天使の力(テレズマ)』とは天使が使う力、天使そのものを構成するエネルギーの事だ。……どこか違う世界から呼び出す源流エネルギーとは明確には違うけど、それでも莫大過ぎるから似通っていると私の友達のシスターに言われたことがある」

 

「ふーん。それで? 事の経緯ってのは鳴護アリサに聖人って疑いがあるからそれを調べるために神裂火織がお前に連絡したって事で良いんだよな?」

 

「うん。今回はいつもよりも慎重になる必要がある。聖人は魔術世界の住人だ。科学世界に本来ならばいるべき存在じゃない。……強硬策が取られなければいいんだけど」

 

「殺すってことか。短絡的だな」

 

「うん。私は彼らにこの子を殺させたくないし、この子にも死んでほしくない。だから慎重にコトを進めたい」

 

垣根の嘲笑に(こた)えた真守は端末に映って楽しそうに歌っている鳴護アリサを見つめながらこの子を守りたいという顔つきをする。

 

人を誰よりも大切に想う真守が決心している姿が懸命で愛しくて、垣根は真守を愛でるために真守の頭にそっとキスを落とした。

 

「はぅ」

 

真守は柔らかい唇の感触に情けない声を出すと、垣根の胸板をぐいぐいと押す。

 

「垣根ぇー……何かあったら頭にちゅーするのやめて……っ」

 

真守は顔を真っ赤にして離れようとするが、男の垣根の方が力が強いし、何より肉体のポテンシャルが垣根は普通の男よりも高くなっているので自分を引き寄せる力が強くて全然離れられない。

 

「なんで。別に外じゃねえからいいだろ」

 

「ううー……でもなんか恥ずかしい……っ」

 

真守が体に力を入れて自分に落とされるキスの感触に震えている様子が可愛くて、垣根は意地悪い笑みを浮かべると真守の耳元で甘く囁く。

 

「じゃあほっぺがいいか?」

 

「もっとダメっ!」

 

真守は耳をバッと手で押さえて垣根を睨み上げるが、垣根は顔を真っ赤にして自分を意識しまくっている真守が愛しくて真守の頭に頬を摺り寄せる。

 

「じゃあ我慢しろ」

 

「ううー……っ」

 

垣根が自分のことを全力で愛でてくるのでその恥ずかしさで真守が(うな)っていると、そんな真守と垣根にそっと近づく影があった。

 

「朝槻」

 

「はぅあっ!? な、なんだ、林檎?」

 

真守が大袈裟に声を上げて振り返ると、そこには真守が垣根に愛でられるところを目撃しようがいつもの表情で立っている林檎の姿があった。

 

「ケータイに着信来てるよ。ほら」

 

林檎は真守の着信音が鳴り響いている携帯電話を差し出す。

 

「チッタイミング悪ぃな」

 

垣根に気を取られていてまったく着信音が聞こえていなかった真守が慌てて林檎から受け取ると、垣根は真守の耳元すぐ近くで苛立ちを込めて舌打ちをする。

 

「……私にとってはベストタイミングだったんだが」

 

自分の腰を離さないでここで電話しろと暗に告げている垣根を真守は顔を赤くしてジト目を向けながら、『上条当麻』と画面に表示されている携帯電話をスライドさせて通話に出た。

 

「もしもし?」

 

〈朝槻か!? 今ステイルが襲ってきたんだけど! いや、正確には鳴護アリサって子を狙ってきてだな!?〉

 

「あの不良神父。やっぱりか」

 

真守は興奮して声が大きくなっている上条に対して顔をしかめつつ、短絡的な行動をすぐに取るステイルの行動を考えてため息を吐いた。

 

〈やっぱりって?〉

 

「神裂から連絡があったんだ。鳴護アリサが聖人かもしれないって。それでステイルが手っ取り早い方法で事を収めようと鳴護アリサを襲撃したんだろう」

 

〈嘘だろ? だってアリサは……!〉

 

真守の的を射た憶測を聞いて上条はあからさまな動揺を見せる。

 

「鳴護アリサについてはこっちで調べておく。ステイルはバカ一直線だからまた性懲(しょうこ)りもなく襲ってくるだろうから、上条はそれまで彼女をお願い。大丈夫そうか?」

 

〈……ああ、言われなくても! アリサは俺とインデックスの友達だからな!!〉

 

「うん。それでも何かあったら連絡しろ、な?」

 

(『聖人』かもしれない鳴護アリサ。んーなんか胸騒ぎがする。こういう勘って当たるからマズいんだよなー)

 

真守は鋭い決意を秘めた上条の声を聞いてから一言二言話してからピッと携帯電話の通話を切り、真剣な表情をして心の中で呟く。

 

そして話が終わって邪魔が入らなくなった垣根が頬ずりを再開したので、真守は『林檎の前でしないでっ!』と声を上げる。だが、垣根は真守のことをかわいがるのをやめないし、林檎は林檎で輪に入りたくて真守の前にやって来て膝をぺちぺちと叩き、頭を撫でるようにおねだりし始める。

 

真守が顔を赤くしながら林檎の頭を撫でていると、そこに深城がやって来て『いちゃいちゃしやがって! あたしも交ぜてーっ!!』と叫ぶ。真守は事態がもっとややこしくなって、思わずため息を吐いた。

 

でもみんな幸せそうでよかった、と真守はそっと心の中で呟いて、その幸せな空間の中心で温かな幸せを堪能していた。

 




水着回と『エンデュミオンの奇蹟』の本題についてでした。

ここから垣根くんと真守ちゃんのイチャイチャ成分が高くなっていきます。
もっとイチャイチャさせたい(願望)。



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第八六話:〈偶像活動〉で不穏が始まる

第八六話、投稿します。
次は一一月一〇日水曜日です。


「ええかっカミやん! アイドルを応援する醍醐味っちゅーのは! 青田買いにあるんや!」

 

早朝。教室で青髪ピアスは上条の机をバーンと叩いて朝から熱く語っていた。

青髪ピアスはバッと手を広げて辺りを見るように上条に促した。

周りでは、タブレット端末や携帯電話で今話題のアーティスト、『ARISA』の動画や記事を見ているクラスメイトが多数いた。

 

「特にこのご時世ARISAちゃんみたいに突然火がついて、アッと言う前にメジャーになってしまうんや。ほんま一瞬たりとも気ィ抜けへん世界なんやで~? そこでや!」

 

「おっナニナニ? 何かあるのかにゃー?」

 

青髪ピアスが気合を入れて言葉を切ると、それを聞いていた土御門は楽しそうににやにや笑って先を急かす。

 

「俺は古参アピールと特別な近さにいるっちゅーのをこの頒布(はんぷ)でアピールしてるんや!」

 

青髪ピアスが取り出したのはブロマイド風に加工された幾つかの写真だった。

手渡された上条は両手にその写真を持って一枚ずつ見る。

 

「……朝槻の写真?」

 

そこには真守が授業を受けながら外を見つめている姿、体育で棒高跳びを越えている姿、廊下でストローボトルのストローを口に含んで胡乱(うろん)な表情をしている姿など真守の学校生活の様子が一枚一枚映し出されていた。

 

超能力者(レベル5)第一位、朝槻真守の日常生活の一コマをパシャッと撮ったモンや! これによって巷で噂の学園都市最強の意外性を広めるとともに! 我ら朝槻のクラスメイトが朝槻のことを最初に『塩対応の神アイドル』と崇め始めたと世間に広めるんや!」

 

「これ盗撮だし……朝槻知ったら怒るんじゃないのか……?」

 

「ん~カミやん今日はなんかお疲れモードだにゃー?」

 

上条が弱弱しいツッコミを入れるので、土御門は上条が朝からぐったりしているのに気が付いて上条の顔を覗き込んだ。

 

「寝不足なんだよ。昨日から居候が増えて……まくらも毛布も全部奪われた……」

 

「……上条」

 

上条が自分のベッドで眠る鳴護アリサとインデックスを思い出していると、後ろから地を這うような声で自分を呼ぶ声が聞こえた。

 

「へ?」

 

上条が振り返るとそこには据わった目をして、ゴゴゴゴォ──っと能力由縁の圧倒的憤怒オーラを噴き出させている学園都市最強が立っていた。

 

「お前がその手に持っているのはどう頑張っても私の盗撮写真だよな? どうしてお前が持っているか教えてくれるかぁ?」

 

「へ」

 

上条は蔑みの目で自分を見つめる真守の視線を受けて手に持っていたブロマイド──青髪ピアスによる真守の盗撮写真に目を落とす。

 

「あっいや、これは青髪が勝手に頒布してるヤツで、コイツが意気揚々と見せてくるから持ってるだけで、別に俺は貰ってない! 貰ってないってば!!」

 

真守は上条の言葉を聞いて、上条の前に立って自分が噴出させるオーラが怖すぎて一歩も動けない青髪ピアスを殺意をたぎらせてギロッと睨みつけた。

 

「……何か言うことは?」

 

「盗撮写真でもかわええな! あさつ、」

 

青髪ピアスが言い終わる前に真守はガッと青髪ピアスの頭をアイアンクローで鷲掴みにしてぎりぎりと力を籠める。

 

「処す」

 

そう真守が呟いた瞬間、真守の頭とお尻から蒼閃光(そうせんこう)で作られた猫耳と尻尾が現出し、バチバチバチッと教室に電気の火花が(ほとばし)った。

 

悲鳴が上がる教室。

自分の席に座っていた上条は椅子を蹴って逃げ出して土御門は楽しそうに笑ってひらりと逃げる。クラスの三バカ(デルタフォース)でユニットを組み、青髪ピアスと一蓮托生な二人でも、流石に超能力者(レベル5)の怒りからは逃れたい。

 

「あ、朝槻ちゃん!? 何朝からバイオレンスなことしてるんですかーっ!? 青髪ちゃんが死んでしまいます! 落ち着いて、落ち着いてくださいーっ!!」

 

全身に電気を走らされて快感によって頬を赤く染め、泡を吹いて気絶寸前の青髪ピアス。そして人を射殺せそうな目で青髪ピアスを睨みつけている真守。両者を見て、授業を始めに来た小萌先生は慌てて止めに入る。

 

真守がクラスの三バカ(デルタフォース)にイジられて怒るのはいつもの通りだ。だが真守が超能力者(レベル5)に認定されてからブチ切れているところをクラスメイトは初めて見て、『超能力者(レベル5)をイジるってあいつら中々高度な遊びを普段からしてたんだなあ』と呑気に思っていた。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

青髪ピアスを処断した次の日。真守は第一五学区のとある駅前にいた。

 

学校の補習があって、上条当麻はステイル=マグヌスに狙われている鳴護アリサの護衛ができない。そのため真守は上条に、自分の代わりにアリサの護衛をしてほしいと

頼まれたのだ。

 

真守に上条の頼みを断る理由はない。そのため二つ返事でオーケーを出して、待ち合わせ場所である駅で鳴護アリサを待っているのだ。

 

「あの。あなたが朝槻真守ちゃんでいいんですか?」

 

携帯電話を見つめていたら声を掛けられたので、真守は顔を上げる。

 

(とき)色の長い髪を一つにくくり、鳥打帽子(とりうちぼうし)に鳥のブローチを付けて被っている、自分と同い年くらいの少女。

 

鳴護アリサ。

 

「……うん。私が朝槻真守だ、よろしくな、鳴護」

 

真守は一拍おいた後、アリサに向けて営業スマイル(微笑)を見せて挨拶をする。

 

「あ、うん! 今日はよろしくお願いします!」

 

アリサが深くお辞儀をして頭を下げるので、真守は礼儀正しい子だな、となんとなく思う。

 

「私もネットにアップされてる歌を聞いたけど、とてもいい歌だった。純粋な想いが込められていた」

 

「! ありがとう! 私、歌だけはできるから、頑張りたいの!」

 

「そうか。できることを一生懸命やるのは当たり前だが難しいことだ。私も応援している」

 

「ありがとう、真守ちゃん!」

 

真守はそこでアリサを促して二人で第一五学区内を歩く。

 

(この子……何か違和感のようなものを感じるけど、どっからどう見ても普通の女の子だ。でもなんか違うっていう違和感が拭えない。……『聖人』だからか?)

 

真守は心の中でアリサを注意深く観察しながら、オービット・ポータル社が指定した契約や撮影について行われるビルへと向かう。

そしてエレベーターに乗ると、背面が全面ガラス張りになっていて、そこから第二三学区にある『エンデュミオン』が見えた。

 

「オービット・ポータル社については知っているか? ……ああ、契約とかちゃんとするなら知ってた方がいいから、分からなかったら仮のマネージャーとして教えた方がいいかなと思って」

 

「ありがとう! 私も一応調べてみたの。三年前の、……オリオン号事件を起こした会社で、経営難になって買収されてレディリー=タングルロードさんが社長になったんだよね。それで会社が持ち直して、宇宙エレベーター『エンデュミオン』を建設したって」

 

アリサはエレベーターから見えるエンデュミオンを眺めながら、寂しそうに微笑む。

 

オリオン号事件とは、三年前にスペースプレーンでの宇宙旅行を実現としたオービット・ポータル社による、開業記念試験飛行の際に起こった事故だ。帰還直前のオリオン号にスペースデブリが接触。学園都市の第二三学区に不時着をして、奇蹟的に乗客乗員八八名が生還した。

 

オリオン号が不時着した第二三学区には、奇蹟を表すための記念碑が建てられており、その近くにエンデュミオンは建設されているのだ。

 

(社長のレディリー=タングルロード……。公式では一〇歳って公表されてるが、アレは絶対に一〇歳のできるふるまいじゃないんだよなあ)

 

真守はきな臭さを感じながらアリサを連れて目的の階に停まったエレベーターから出て、撮影スタジオの裏側であるアンティーク調の調度品が無造作に置かれている通路を進む。

 

「ん?」

 

真守は声をあげ乍ら、アンティーク調の椅子に座っている人形に目を留めた。

 

その人形は金髪をツインテールにしており、黒い小さな帽子を顎の下に紐を回して被っている。耳には大きなステンドピアスをつけ、へそ出しルックでチェックの服に真っ赤なマントを羽織っていた。

 

碧眼の瞳はガラス玉のような輝きを帯びて、人形らしく一点を見つめている。だが彼女は人形ではなく、れっきとした生きている人間だ。

 

「レディリー=タングルロード? 何してるんだ、こんなところで」

 

「え?」

 

真守は人形のように動かないレディリー・タングルロードを見つめて、小首を傾げる。すると真守の後ろを歩いていたアリサは、突然の社長出現に目をぱちぱちと(またた)かせた。

 

「こんにちは。私の初めてのお客さま」

 

「初めてのお客さまって?」

 

「私はつい先日にエンデュミオンに乗って一足先に宇宙に行っているんだ。……その時には会わなかったけど、私もあなたには会いたいと思っていた。エンデュミオンを一足先に使わせてもらったからな」

 

真守はエンデュミオンを利用するきっかけとなった『樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)』の『残骸(レムナント)』争奪戦について、アリサにふんわりと説明する。

 

「別に構わないわ。非公開だけど、初めてのお客さまが超能力者(レベル5)第一位なんて奇蹟的ね。それで、あなたがそうね?」

 

レディリーは真守に笑いかけていたが、真守から視線を外してアリサをじっと見据えた。

 

「アナタの歌、好きよ。こんなに気に入ったのはジェニー・リンド以来かしら」

 

真守はレディリーの言葉に怪訝な表情をして目を細めるが、レディリーは気にせずにアリサを見つめて微笑む。

 

「頑張ってね」

 

レディリーはそれだけ告げると、コツコツとヒールの音を響かせて去っていく。

 

「びっくりした……社長さんってあんな人なのね……」

 

「そうだな。まあ、ああいう変わった人間もいるだろう。そうじゃないと世の中面白くないしな」

 

真守は何事もなかったかのようにアリサに声をかけると、再び歩き始める。

 

(あの女……どうしてエネルギーがメビウスの輪のように矛盾しながらも結び目なく循環しているんだ?)

 

真守はレディリーに感じた違和感についてそっと考える。するとすぐに撮影場所につき、隣を歩いていたアリサが前に出た。

 

「アリサです! よろしくお願いします!」

 

アリサが帽子を取って頭を下げて大きな声ではっきりと挨拶すると、待っていたスタッフは顔を上げてアリサを見た。

 

「「よろしくお願いしまーす」」

 

スタッフが応える中、スタイリストのお姉さんが歩いてきてアリサに握手を求めた。

 

「よろしく」

 

「お世話になります」

 

「あら。……隣にいる子ってもしかして、超能力者(レベル5)第一位の朝槻真守さん!?」

 

「え。……う、うん。そうだけど」

 

真守は自分を見つめて目を輝かせたスタイリストを見て、若干押され気味になりながらも頷く。

 

「どうしてこちらに?」

 

「マネージャーとして来たんだ」

 

「マネージャー……ふーん。いいわねえ」

 

(な、なんか嫌な予感がする……っ!)

 

真守は自分に近づいてきて上から下まで見つめるスタイリストの視線を受けて、じっとりと嫌な汗が噴き出したのを感じた。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

垣根は苛立ちを隠さずに顔を歪ませて手すりを握って、第七学区のとあるショッピングモールにある眼下のステージを睨みつけていた。

 

「垣根さーん。嫉妬の目がすごいよぉ」

 

深城は林檎がステージを見下ろせるように抱き上げたまま、自分よりも少しだけ背が高い垣根を苦笑いして見上げた。

 

「当たり前だろっ!!」

 

「垣根、認めた」

 

林檎は切羽詰まってなりふり構っていられない様子の垣根を見つめながら思わずぽそっと呟く。

 

鳴護アリサのデビューイベントは大変好評で、多くのメディアと一般客が集まっていた。

カメラのシャッター音と共にフラッシュが何度も焚かれる被写体は、何故か()()

 

アリサの後ろに半分隠れて裏方に徹している真守の姿があるのだ。

 

アリサは大きな帽子から綺麗に編み上げた鴇色の髪の毛を垂らしており、タキシードを模した胸元に大きなリボンが施されたコスチュームを着こんでいる。

彼女がポーズを取るために動く(たび)にテイルコートが(ひるがえ)り、そのたびに何度もフラッシュが焚かれていた。

その後ろで真守はアリサと同じようにタキシードを模したコスチュームを着こんでいるが、デザインがスカートではなくショートパンツ。そして全体的に裏方っぽい様子の衣装でポーズを決めたまま、一ミリも動かずに写真を撮られていた。

 

(垣根の不機嫌オーラがすっごく分かる……見なくても分かる……っ)

 

真守はどちらが主役か分からないからカメラ目線にならないようにと言われている。そのためステージから観客を見渡すことはできないが、それでも背中に垣根の『何やってんだよオイ』という視線がズキズキと突き刺さって心の中で嘆く。

 

「……オイ、あの男鳴護アリサじゃなくて真守に見惚れてるじゃねえかっ」

 

垣根は握っている手すりに力を込めすぎて、若干くの字にひしゃげさせる。そして目敏(めざと)く真守に見惚れて写真を撮っている男を睨みつけた。

 

「そうだねぇ。真守ちゃん可愛いもんねえ」

 

深城は微笑ましいものを見るかのように垣根を温かい目で見つめる。すると、深城の腕の中にいる林檎が小首を傾げた。

 

「深城、いつもみたいにはしゃがないの?」

 

「んー。なんか隣で嫉妬している人がいるとぉーなんだか冷静になっちゃうんだよねぇ」

 

「そういうもの?」

 

「そぉいうもの」

 

深城と林檎が話している横で、垣根は抑えられなくなって苛立ちを(あら)わにし、空間をヂヂィッと鳴らす。

幸い近くに人はいないので問題なかったが、垣根の近くに一般人がいたら失神していたし、誉望がいたら華麗に嘔吐していたことだろう。

真守が垣根の嫉妬の炎で焼かれそうになっていると、突然スポットライトが消えて音楽が鳴りやんだ。

 

「停電かー?」「ヤダー」「どうなってるんだ?」「せっかくのイベントなのにー」

 

周囲から困惑の声が聞こえる中、真守はアリサを庇うように前に出て背中にアリサを隠す。

 

「……故障かな?」

 

「違う。……電源が全て落ちている。今の状態は大元の供給が途切れないとおかしいから故障じゃない」

 

真守はエネルギーの流れを正確に読み取り、悪意から電源を落としたのだと推測する。テロかもしれない。だがアリサやイベントに来た人間が困惑しないようにテロだとはっきりと断言せずに警戒する。

 

次の瞬間、ビルの基部が爆破されてドドドドドと、地響きが鳴り響いた。

 

「やっぱりそうか!!」

 

真守はテロだと断定すると、頭に蒼閃光(そうせんこう)で形作られた三角形を猫耳のように二つ展開し、そこに正三角形を二つずつ連ねさせる。そしてショートパンツの上からに四角く長い尻尾と、その根元にリボンのように三角形を二つずつ展開させた。

 

真守は座り込んだアリサを守るために片膝を突きながら、天井へと手を伸ばす。

 

手の平からステージとその周りにいる観客を包み込むように、真守は手のひらから上へとドーム状に源流エネルギーを生み出す。

 

ガラスの破片が源流エネルギーに焼き尽くされる度に、ガギガギガギッ! と、歯車が荘厳に鳴り響く音と共に蒼閃光が(ほとばし)った。

 

ステージのスポットライトを支えていた鉄骨が次々と倒れこんでくる。そのため真守は源流エネルギーの放出を増大させようとした。

 

(なんだこれ……っ!?)

 

だが真守は、驚愕で目を見開く。

 

虹色のオーラと共に星のような無数の淡い白い光が辺りに満ちていくのを真守の感覚が捉えた瞬間。真守が吹き飛ばそうとした鉄骨が、不自然な軌道で観客に当たらないように次々と倒れていくのだ。

 

(なんだコレ……これまで私ですら感じたことのない得体の知れない力が働いている……? これは、鳴護から発せられているのか? 倉庫(バンク)では確か、鳴護は霧ヶ丘所属になっていた。この力を計測するために霧ヶ丘に……?)

 

「奇蹟だ……」

 

真守が呆然とアリサを見つめている中、観衆の一人からそんな言葉が零されたのを真守は聞いた。

 

「奇蹟だ」「奇蹟だわ……!」「奇蹟、奇蹟よ!!」

 

そんな声がところどころから呟かれて、誰も怪我をしなかったテロを『奇蹟』と称して観客は一気に沸き立つ。

 

「真守!」

 

真守は沸きたつ観衆の前で、恐怖で顔を歪ませている鳴護の肩を抱きしめる。するとい、垣根が両脇に深城と林檎を抱えてステージへと降り立って、真守に近づいてきた。

 

「この感覚、起爆はショッピングモールの基部からだ。帝兵さんで様子を見てくれるか?」

 

「分かった」

 

真守のお願いに垣根は即座に頷いて、カブトムシ数匹を警戒態勢で基部がある地下へと送り込む。

 

「大丈夫か、鳴護」

 

胡乱げな瞳で、遠くを見つめるような目をしてカブトムシに指示を出す垣根。そのの横で、真守はアリサに話しかけた。

 

「うん、平気だよ。大丈夫」

 

アリサは真守を安心させようと笑って呟くが、その表情は引きつっていて全然無事には思えない。

おそらく自分の歌で『奇蹟』が起こることが心の底から嫌で、そして心の底から恐怖しているのだろう。

自分の歌ではなく、『奇蹟の歌』だから人々が自分の歌を求めるのかもしれないと、そう感じて。

 

「大丈夫だ」

 

「え?」

 

「お前が歌いたい時にお前は歌を歌えばいい。お前が心から楽しんで、伝えたいことを詩に乗せて歌う。それが何よりも重要なことだ。だからお前の歌を誰がなんと言おうが、お前は気にせずに自分のしたいように歌を歌えばいい」

 

「真守ちゃん…………。……ありがとう……っ」

 

アリサは真守の救いの手に心の底から嬉しそうに微笑む。

 

(奇蹟を起こす鳴護の歌……奇蹟を売りにしているオービット・ポータル社。……そして、レディリー・タングルロード。……注意が必要だな)

 

真守が心の中で警戒心を鋭くしていると、それに気が付いた垣根も警戒心を露わにした。

 

イギリス清教がこんな派手に鳴護アリサの命を狙ってくるとは思えない。

 

だから鳴護アリサを狙っている勢力が他にもいる。

 

垣根は学園都市側からアリサを狙っている勢力を洗い出すべきだ、と方針を固めて即座に行動を開始した。

 




真守ちゃんちょろっとアイドル活動しました。

垣根くんが再び嫉妬です。もうちょっと垣根くんの心を安らかにしてあげてください、真守ちゃん……。



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第八七話:〈急転直下〉で世界を救いに

第八七話、投稿します。
次は一一月一一日木曜日です。


〈レディリー=タングルロードが魔術師かもしれないって? そう思う根拠はなんだぜい、朝槻?〉

 

ショッピングモールでテロがあった夜。真守は自室のベッドに寝転がって土御門元春に電話を掛けていた。

 

「レディリー=タングルロードのあの体内エネルギーの流れ……あれは始点と終点が存在せず、メビウスの輪のように捻じれという矛盾を生じさせながらも円環しているんだ。何故ああなっているのか、あらゆるエネルギーを生成できる私でさえも分からないんだ」

 

〈つまり専門家であるお前にも解明できないから魔術の領分だと考察した。……成程、納得いったぜい〉

 

クッションを手元に引き寄せて抱きしめながら、真守は土御門の言葉に一つ頷く。

 

「ああ。……アイツは恐らく不老不死だ。それもすごく長く生きてる」

 

〈なんだって?〉

 

真守は土御門の疑問に毛足の長いクッションに無限()のマークを書きながら告げる。

 

「人間は始まった時から終わりが決まっている。つまりエネルギーの循環に始点と終点が存在しないということは、人の枠組みから外れているということなんだ。あれでは殺されたとしてもメビウスの輪の矛盾点から生き返ると思う」

 

〈だったらロリっ子じゃなくてロリババアって事かにゃー!? それは解釈違いぜよ、朝槻ーっ!!〉

 

土御門が性癖的な好みに反すると叫ぶので真守は思わずジト目で顔をしかめる。

 

「いや、問題はそこじゃないだろうが。……不老不死を裏付ける理由もきちんとあるんだ。レディリー=タングルロードは体の成熟具合と精神性について矛盾点が多く見受けられてな、」

 

そこまで言いかけたら突然バターン! と自室の扉が開け放たれたので、真守は猫のように体を飛び上がらせながら振り返る。

 

「な。何入ってきて……!」

 

扉を思いきり開け放ったのは当然垣根で、真守は垣根に注意するために声を掛けるが、それを途中でやめた。

 

垣根が嫉妬ではなく、真剣な表情をして自分に向けて手を出してくるからだ。

 

「貸せ。ソイツには話がある」

 

土御門元春が多角スパイだと知っている垣根は、一度土御門ときちんと話をしなければならないと思っていた。

真守の友達であろうと、アレイスターに繋がっている土御門を垣根が放っておけるわけがない。

真守もいつか面倒ごとになるだろうな、と思っていたので携帯電話に手を当てて顔をしかめて土御門に話しかける。

 

「……土御門。ごめん、垣根が……えぇと、超能力者(レベル5)第三位の垣根帝督がな……」

 

〈ん? ああ、そろそろ来ると思ったぜよ。代わってくれ〉

 

真守が言いづらそうに土御門に声を掛けると、土御門は瞬時に何があったか察して真守に垣根と電話を代わるように言うので、真守はおずおずと垣根に携帯電話を差し出す。

 

「よお、忠犬」

 

〈犬はお互い様だろ。統括理事会直轄の暗部組織のリーダーサマ?〉

 

土御門がアレイスターの犬だと考えていた垣根のカマ掛けに対し、土御門は即座に肯定し、なおかつ垣根の身分を知っていると牽制をしてきた。

 

「チッ。やっぱり何もかもお見通しってことか。ますますクソ野郎じゃねえか」

 

自分よりもアレイスターに近いところにいて、なおかつそんな人間が真守の近くにいることに垣根は苛立って舌打ちをし、臨戦態勢で土御門と言葉を交わす。

 

〈で? お前の懸念事項はやっぱり朝槻か?〉

 

「当たり前だろ、舐めてんのか。いいか、俺はお前を信用しない。もし真守を利用するならブチ殺してやる」

 

「ちょ、垣根……!」

 

垣根が冗談では済まさないという真剣な表情で告げるので、真守は垣根を制止しようとするが、垣根は『黙ってろ』と視線で真守に訴えてくる。

 

〈そっちこそ朝槻を泣かしたらただじゃすまない。そいつは俺にとっても大切なんだ〉

 

「ハッ。どの口が言うんだか。知ってんだよ、コイツのこと虐めてテメエが(えつ)に浸ってんのをよぉ、なあクラスの三バカ(デルタフォース)?」

 

垣根はもちろん真守のことをイジっているクラスの三バカ(デルタフォース)を知っており、つい先日も青髪ピアスが無断で真守の盗撮写真をばらまいていた事も知っている。

下部組織を動かしてその写真を回収して事態を軽く収めたが、あの手のバカは直接真守(被害者)に制裁を下されても学習しないのが問題だ。

直接言っても意味がないとは思うが、それでも圧を掛けておくのに越したことはない。

 

〈あれー? もしかして俺たちが適度に朝槻をイジれるのが羨ましいんだかにゃー? 朝槻が大切過ぎて奥手になってるていとくーん?〉

 

だが垣根がそう思っていると、先程までの駆け引きをどっかにやって土御門が全力でおどけてきた。

 

「……なんだとコラ?」

 

垣根はいきなりふざけだした土御門に呆然としながらも携帯電話を横目で睨みつけた。

 

〈ぷぷー。手を出したらぁー盛りっぱなしになっちゃってぇー歯止めが利かなくてぇー朝槻のこと泣かしちゃって嫌われたらどうしよーって怯えてるヤツにぃーほどよい虐め方について責められる理由なんてないぜよー。まあ、髪の毛にばーっかりキスするなんて我慢できてない証拠だがにゃー☆ ぷぷぷ〉

 

「ぐっ……なっ────……っ?!」

 

バカっぽそうでその実策士である土御門が全力でおちゃらけたまま自分の気持ちを正確に読み取ってくるので垣根は思わず絶句してしまった。

 

何か反論しようと口を開くが、あまりにも動揺しすぎて垣根は言葉に詰まってしまう。

そんな垣根を笑って、土御門は畳みかけた。

 

〈良ければ俺が手加減の仕方とか心構えとか教えてやってもいいぜよー? なんせ土御門さん、ちゃーんと相手を(たの)しませることができるできた人間だからにゃー!〉

 

「テメエぶち殺す! 今からテメエがいる場所に大群送り込んで(なぶ)り殺しにしてやるから首洗って待っていやがれ!!」

 

土御門のイジりについにブチ切れた垣根が暴言を吐くので、真守は垣根に抱き着いて体を張って止める。

 

「垣根ダメ! 土御門殺したら許さないっもう一生口利かない!!」

 

「うるせえ! 真守、よく聞け! コイツとんでもねえ性悪だぞ!? なんでこんなヤツのダチやってんだよ!!」

 

極悪非道な土御門の魔の手が真守にいつも伸びていることが心底許せなくなった垣根は、抱き着いてきた真守のことを土御門の魔の手から守りたいばっかりに思わず庇うように抱きしめながら叫ぶ。

 

「土御門は優しいヤツだ! 義理の妹にすっごく優しくできるとっても良いヤツ!」

 

垣根に庇われそうになりつつも、真守は土御門を守るために声を大きくして垣根に抗議する。

 

「テメエ誰も彼も優しい優しいって言うが、優しいの定義が甘すぎんだよ!」

 

「あ、甘くない! 私は確かな目を持ってる!!」

 

〈っくくく……ほらほら痴話ゲンカは後でやってくれにゃー。それに朝槻まだ言いたいことがあるみたいだったからほれ。とっとと代われ〉

 

ぎゃーぎゃーわめく二人が仲良さそうで笑っていた土御門だったが、話題を元に戻すために垣根にそう切り出す。

 

「テメエマジで覚えとけよ……!」

 

土御門に向けて地を這うような声を垣根は出すが、一つ息を吐いて気持ちを入れ替えると、真守にぶしつけに携帯電話を差し出す。

 

真守が携帯電話を受け取って垣根から離れてくるっと回ると、自分から真守が離れたのが気に食わず、垣根は後ろから真守を抱きしめてがっちりホールドして真守の頭に顎を乗せ、全身から不機嫌オーラを出し始める。

 

〈で、朝槻。レディリー=タングルロードが不老不死を裏付ける違和感って結局なんなんだ?〉

 

「う、うん。……精神は体の成長と共に育つ。レディリー=タングルロードの記者会見など見たが、彼女は精神が成熟しつつも肉体に引っ張られている傾向が見られる」

 

真守は垣根にいつぞや外でキスされた時のように覆い隠されるように抱きしめられていることにドキドキしながらも自分が感じたレディリーへの違和感を口にした。

 

〈魔術師の中には肉体の成長を停める人間もいるにはいるが……そこを加味してもおかしいとお前は感じているんだな?〉

 

「ああ。アイツと直接会った時には鳴護も一緒にいたんだが、レディリーは鳴護とジェニー=リンドを同列に考えた。ジェニー=リンドは一九世紀初期の女性だ。一〇歳がそんな昔のオペラ歌手と鳴護を同列に考えるなんて、どう頑張ってもおかしい」

 

真守は先程のおちゃらけモードから魔術師に戻って冷静な土御門の言葉に即座に頷いて答えた。

 

〈成程……一九世紀初期の女性を好きって言ったならそれですでに二〇〇年だからな。……分かった。こっちで調べてみるぜ〉

 

「後は鳴護についてのことだが」

 

真守は自分の長い髪の毛の毛先を弄ぶ垣根に顔をしかませながらも、話題を切り換えてもう一つ土御門に伝えたかった事柄について切り出す。

 

「お前ももう掴んでいるかもしれないが、学園都市は鳴護が聖人的な資質を持っていると知ってあの子の資質と能力を解剖学的に解明しようとしてる。幾つか芽は摘んでおいたが、裏で糸を引いている人間がいる。おそらくレディリー=タングルロードだ。あいつ……相当ヤバいぞ? ここまで調べているのに私に弱みを一切見せない」

 

〈そうか。経験でお前の実力に勝ってるところからしても、お前はおかしいと思ってるんだな? いやはや、朝槻の能力に経験で勝るなんてとんでもないヤツですたい〉

 

「魔術的にレディリー=タングルロードの身元が分かったら連絡してくれ。あいつは所詮外の人間。学園都市側のデータサーバーには判断材料にならないモノばかりだし、超能力者(レベル5)第一位である私が迂闊に手を出すと色々と厄介な問題に発展しかねない」

 

レディリーの底が知れないと告げる土御門に真守が自分の立場を考えながらもお願いすると、土御門はそれに気前よく答える。

 

〈分かった。それに関しては専門だからな。上手くやってみせるぜい。じゃあな、朝槻。うまく垣根帝督飼いならして俺のこと殺させないでくれにゃー?〉

 

「……とりあえずお前のことはきちんと守るから安心しろ」

 

真守は土御門と会話しながら、自分の毛先に不機嫌な顔でぶすっとむくれてキスを落とす垣根の顔をぐいーっと手の平で押しのけながらお願いをする。

 

〈頼むぜい、んじゃなー!〉

 

土御門との通話を切った瞬間、垣根を押しのけていた手の平に垣根がキスしてきたので真守はびっくりして思わず蒼閃光(そうせんこう)で作られた猫耳と尻尾を出して能力を開放してしまい、そのまま垣根を睨み上げた。

 

「調子に乗り過ぎだっ!!」

 

次の瞬間、顔を真っ赤にした真守から垣根に向けて源流エネルギーと電気エネルギーの合わせ技が放たれた。

 

先日のプールの時と同じように再び撃沈した垣根に真守はぷんぷんと怒っており、『電話してる時くらいは大人しくしていろ、ばか!』と怒鳴られて流石にちょっとやりすぎだったと垣根は真守の怒りに正当性を見出して反省した。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

「で? イギリス清教が新しい命令を出して鳴護を保護しようとしてお前は動いたけど、結局鳴護は連れ去られてしまったということか?」

 

真守は早朝、真守が以前入院していたマンモス病院にある上条がいつも入院したら使う病室の中で気まずそうな顔をしているステイルを睨み上げて問い詰めていた。

 

昨夜、鳴護アリサを巡る戦いでステイルたち魔術世界の住人と統括理事会の認可を得た民事解決用干渉部隊を名乗る黒鴉部隊が激突した際、上条はその戦いに巻き込まれて負傷して病院に担ぎ込まれてしまったのだ。完全にとばっちりである。

 

「新しい命令というのは?」

 

「……シュメールのジグラット。バベルの塔、万里の長城、ギゼーのピラミッド……合理性を超えた規模を持った建築物はたとえ純粋に科学的に作られていても存在した時点で魔術的意味合いを帯びてしまうのさ。これは分かるかい?」

 

そのとばっちりの元凶であるステイルは顔をしかめつつも真守にそう説明するので真守は超能力者(レベル5)に見合った頭を高速でフル回転させる。

 

「魔術は人の文明と密接に関係して発展してきたから応用が利き、柔軟性が高い。だから科学にも柔軟に対応してしまう。だからこそイギリス清教は問題視していると?」

 

「そう。そんな『エンデュミオン』を使ってギリシャ占星術を得意とする『予言巫女(シビュラ)』であるレディリー=タングルロードは、エンデュミオンに『聖人』を組み込んだ超大規模魔術を行使しようとしているんだにゃー」

 

真守の問いかけに答えたのは上条の病室に入ってきた土御門で、真守は土御門の方に振り返った。

 

「土御門」

 

「おっはー朝槻。……現時点では詳細不明だが、エンデュミオンを組み込んだ魔術が発動したら北半球丸ごと全滅なのは間違いない。それくらい大きな反応が宇宙にはあるんだ」

 

「全滅?」

 

真守は自分に挨拶をしてそのままシリアスモードに移行した土御門の話を聞いて、きょとっと目を見開く。

 

その言葉がやけに引っかかったのだ。

 

「エンデュミオンも北半球だけど、エンデュミオンももしかしてその術式の範囲内に入っているのか?」

 

「それは分からんぜよ。……わざわざ聞くってことは何か引っかかるのか、朝槻?」

 

「……エンデュミオンがもし本当に範囲内に入っていたらレディリー=タングルロードは当然死ぬ。それが目的なんじゃないのか? 不老不死は人の心にはあまりにも重いものだ。死にたくても死ねない苦しみは凄まじいと思う。だから彼女は死ぬつもりじゃないのか?」

 

「あの魔術の目的が北半球を巻き込んでの盛大な自殺? それに不老不死だって?」

 

ステイルが真守の憶測を聞いて理解できないと顔をしかめていると、土御門は真守の推察に納得がいって頷く。

 

「ステイル。朝槻が言うにはレディリー=タングルロードにはエネルギー循環の始点と終点が存在しないで、存在がねじ曲がっているんだ。だからヤツは人間の枠組みから超えて不老不死になり果てている。もし生きることに疲れて死を望んでいるのであれば、何が何でも自殺しようとするだろう」

 

「……核を始末するか、あの塔を破壊するしかないな」

 

土御門の説明を聞いて合理性を理解したステイルは、そこで一瞬黙ってからいつものように短絡的な解決策を口にする。

 

「そんなことすれば当然全面戦争になっちまうんだぜい。科学の方は関係者だけ始末するって方向で進んでるんだにゃー」

 

「そんなことはさせねえ」

 

魔術側のステイルと科学側の土御門の立場からそれぞれの対処法を聞いたところで、ベッドに横たわっていた上条が体を起こした。

 

上条が決意の表情をしているので、真守もそれに同意するようにコクッと頷いた。

 

「上条の言う通りだ。……科学と魔術、どちらも鳴護を殺そうとするなら、私たちが相手になってやる。もちろん、世界を見捨てることなんてしない。丸ごと救って責任もって終わらせてやる」

 

「ああ。アリサも世界も、まとめて俺たちが奪い返すしかないんだ!! やってやる!!」

 

上条がそう宣言をして布団を引っぺがしてベッドから降りる隣で、真守はステイルと土御門に笑いかけた。

 

「それに鳴護や世界だけじゃない。レディリーも救ってやる」

 

「不老不死の彼女を救う手立てがあるのかい? ……キミのことだから、どうせ殺してやるなんてことはしないんだろ?」

 

着替え出した上条に背を向けた真守が背中越しに宣言すると、真守のやり方を知っているステイルは顔をしかめながらもからかい口調で真守に声を掛けた。

 

「私の能力は流動源力(ギアホイール)。どんなエネルギーでも生成することができる能力者だ。彼女のエネルギーの循環を壊してやって一度限りの命を取り戻させてやるくらいなんてことない」

 

ステイルに問いかけられて真守が得意気に告げると、ステルスはため息を吐く。

 

「流石超能力者(レベル5)第一位。はっきり言って規格外過ぎるね」

 

ステイルの隣で土御門もやれやれと肩をすくめているので、真守は二人の反応を見てくすくすと小さく笑う。

 

「お誉めに預かり光栄だ。では動くぞ、上条?」

 

真守が振り返ると、そこにはいつもの学生服に着替えた上条がいた。

 

「ああ!」

 

真守の言葉に上条は頷き、そして廊下にいたインデックスと共に全てを助けるために動き出した。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

「あ。……久しぶりね、垣根さん」

 

「よお御坂美琴。上条当麻に会いに来たのか?」

 

垣根が病院のフロントのソファに座って真守のそばにいるカブトムシと感覚を共有していると、美琴が両手にジュースを持って垣根に近づいてきた。

 

「ええ。風紀委員(ジャッジメント)で後輩で、アンタも知ってる黒子から私の知り合いの子がさらわれたって聞いて動いたら、その現場にあのバカがいたから。それでここに来たの」

 

「ふーん。ならここにいていいのか?」

 

「どうしてよ?」

 

垣根は両手をポケットに入れながら立ち上がってきょとんとした美琴をにやにやと嗤って見つめ、彼女が知らない現状を教えてあげる。

 

「上条当麻は真守とその他数名と一緒に病院から抜け出していったぞ」

 

「は?!」

 

「つーわけで俺もここに用はねえから。じゃあな」

 

垣根は驚愕する美琴を置いて、フロア内をツカツカと歩きながら正面玄関へと向かう。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ! あたしも行く!!」

 

「来るなら勝手にしろ。──ただし、俺について来られるんだったらな?」

 

垣根はそうやって美琴を挑発しながら正面玄関前に出ると、未元物質(ダークマター)の翼を広げて宙へと踊り出る。

 

「と、飛んでいくのはズルいでしょうが!? ちょっと、待ちなさいよ!! ねえ!?」

 

美琴は飛んでいく垣根を見上げて叫び声を上げるが、すぐにその声と美琴の姿は垣根が離れたことで小さくなっていく。

 

「んで真守? お前は上条当麻とそのシスターを第二三学区に送り届けたら生身で宇宙に行くつもりかよ」

 

垣根は自分が構築したネットワークに接続して、真守の右肩にくっついているカブトムシ越しに真守に声を掛けると、ネットワークを通して真守の声が聞こえてくる。

 

『決まってるだろ。私は生身で宇宙に向かえるし』

 

「俺には黒鴉部隊に制圧されたエンデュミオンの対処に行けって言うのに、お前は優雅に宇宙散歩か?」

 

『機嫌悪くしないで、垣根。……機嫌悪くても、もちろん私のお願い聞いてくれるんだろ?』

 

真守が軽く笑いながら自分に声を掛けてくるので、垣根はチッと軽く舌打ちをしながらも柔らかな微笑を浮かべて答えた。

 

「お前のためだ。しょうがないからやってやる」

 

『垣根は暗部組織の人間だから簡単に表に出ちゃいけないのにいつもありがとう』

 

真守が嬉しそうな声で礼を言うと、垣根は鼻で嗤ってから応える。

 

「気にすんな。俺は俺がやりたいようにやってるだけだ」

 

『じゃあちょっと言い方変える。……いつも私のために頑張ってくれてありがとう』

 

「良いな。そっちのありがとうの方が断然ヤル気が出る。……なるべく早く帰ってこい。怪我だけはすんなよ」

 

真守の言い方が気に入った垣根は柔らかく笑って真守を送り出すための言葉を呟く。

 

『ふふっ誰に言ってるんだ? ──行ってくるね、垣根』

 

真守がカブトムシ越しに軽やかに笑うと、垣根に最後にきちんと挨拶をした。

 

「おう」

 

垣根はそれに応えつつ、学園都市の街並みを睥睨しながらエンデュミオンへと向かって行った。

 

大切な女の子の助けをするために。

彼女が愛する世界を守るために。

本当なら柄じゃないが、それでも真守のためならば自分らしくないこともする。

そしていつかそれが自分らしい行いになるだろうと垣根は思いながら、エンデュミオンへと向かっていた。

 




垣根くんと土御門が邂逅しました。土御門、垣根くんのことを全力でイジります。楽しそう。

ちなみに髪の毛にキスというのは『触ってみたい』『構ってほしい』『独占したい』『我慢している』『愛しくてたまらない』『自分のものアピール』という意味があります。
独占欲満タンな垣根くん。



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第八八話:〈役割分担〉で必ず救いを

第八八話、投稿します。
次は一一月一二日金曜日です。


「……これは?」

 

上条は真守、インデックス、土御門と共に低い唸り声を上げる第二三学区のとある滑走路に停められたスペースシャトルを見上げながら、土御門に訊ねた。

 

「『バリスティックスライダー』。学園都市の次期主力宇宙輸送機のコンペで敗れた不遇の新型シャトルシステム。──カミやんにはこれで行ってもらうぜよ!」

 

「え。行くって……どこに?」

 

土御門はそこで空を指さしながら腰に手を当てて叫び声を上げるので、上条は面食らって土御門と共に一緒に空を見上げながら土御門に訊ねた。

 

「宇宙に決まってるぜよ!!」

 

土御門が指さした先は、雲を纏いながら青い天を貫くエンデュミオンのその先、広大な宇宙だった。

 

「じゃあ土御門。上条とインデックスのこと、よろしくな」

 

いきなりスケールがデカくなったと上条が驚く隣で、真守はシャトルを見上げるのをやめて土御門に二人を託した。

 

「おうよっ! そー言えば朝槻は推進力生み出すと余波でシャトルの推進食っちまうから並走はできないんだっけかにゃ?」

 

「うん。だから先に行く」

 

「先に行くって?」

 

上条が真守と土御門の会話の意図がくみ取れず首を傾げている前で、真守は無言で能力を解放した。

 

蒼閃光(そうせんこう)で形作られた三角形が猫耳ヘアの丁度真上に猫耳のように頭に浮き上がり、その三角形に二つずつ小さな正三角形が連なる。

そして真守のセーラー服のスカートのお尻の上からは蒼閃光でできたタスキのような四角形の帯が伸びて、その根元に正三角形が二つ、リボンのように展開された。

 

「帝兵さん、行くぞ。大丈夫か?」

 

『スカートの下に何かきちんと穿いていますか?』

 

真守は右肩にくっついていたカブトムシに声を掛けると、カブトムシはヘーゼルグリーンの瞳をカメラレンズのように縮小させながら真守を見た。

 

「……今日は戦闘がありそうだったからちゃんとスパッツ穿いてきた」

 

『良かったです』

 

真守はカブトムシの安堵に不機嫌な表情をしながら地面をトッと軽く蹴って宙に躍り出る。

 

「というワケで先に行くぞ、上条」

 

「さ、先に行くって生身で!? 生身で行くんですか朝槻さん!!」

 

「当然だ」

 

真守は太陽を背にして上条の方へ体を向けて見下ろして微笑む。

 

「私は超能力者(レベル5)、第一位。流動源力(ギアホイール)。地球が滅んでも死なない能力者だからな。宇宙に行くことなんて息をするように簡単なことだ」

 

真守はニッと笑って告げると、源流エネルギーをロケットブースターのように体から後方に放射して重力を振り払り、歯車が機械的に鳴る音と共に蒼閃光を(ほとばし)らせて天高く昇っていく。

 

「うわーあっという間にまもりが見えなくなったんだよ!」

 

「すげーなあ超能力者(レベル5)って……」

 

「いやいや、アレは朝槻にしかできない芸当ですたい」

 

インデックスと上条が小さくなっていく真守を見上げながら呟くと、土御門は二人にツッコミを入れる。

 

そして三人も真守の後を追うべく行動を開始した。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

「地下のリニアトンネルや資材搬入道路はどうなってるじゃん?」

 

エンデュミオン周辺には警備員(アンチスキル)の車両が数十台停車しており、近くには仮設テントが組み上げられて、その中に黄泉川愛穂が立って、情報を収集している警備員に状況を報告するように告げる。

 

「すべて侵入されて閉鎖されています」

 

「……ということは……今使えるのこの橋のみ……か」

 

黄泉川は呟くが、エンデュミオンの正面入り口には大型の紺色でところどころに赤いラインが入った多脚兵器が鎮座していた。

 

「突撃準備!」

 

 

「──ああ。お前ら一般人は俺より前に出るんじゃねえ」

 

 

黄泉川が警備員(アンチスキル)にそう指示したと同時に、仮設テントの近くに降り立ってテントの中を覗き込んだ人物がいた。

 

「あ、お前は……!」

 

黄泉川はクラレット色のスーツにシャツのボタンを全て開けてワインレッドのセーターを中に着こんでいる垣根帝督を見つめて目を見開く。

 

「やられるのがオチだろ。ザコは引っ込んでろ」

 

垣根は鼻で嗤ってから仮設テントから離れて多脚兵器が鎮座している橋へと近づく。

 

「いくら能力者って言ったって危ないじゃん!」

 

「──はん。いくら能力者だって、ねえ?」

 

垣根は追ってきて自分を止めようとする黄泉川の制止の声を聞いて小さく乾いた笑いを零しながら面倒そうに首の後ろに手を当てながら未元物質(ダークマター)の三対六枚の純白で淡い光を放つ翼を広げた。

 

その純白の大きな翼に、黄泉川は思わず立ち止まって目を見開く。

 

天より舞い降りて地上に降り立った天使のような少年は多脚兵器を見つめて鼻で嗤う。

 

「そんな常識──俺の未元物質(ダークマター)には通用しねえんだよ!!」

 

垣根が叫んだ瞬間、大きく伸びた翼が多脚兵器に突き刺さり、楽々真っ二つに引き裂いた。

 

空間が軋みを上げて未元物質(ダークマター)によって浸食されていき、風が吹きすさび、絶対に崩れることのないこの世の物理法則が静かに歪み始める。

 

そして、垣根帝督は真守のために黒鴉部隊なんてチンケな輩を(ほふ)るために優雅に戦闘を開始した。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

エンデュミオンの特設会場では、アリサが豪奢な衣装に身を包み、踊りながら歌ってライブが開催されていた。

 

そんな中、レディリーは中継地点のステーションで宇宙の暗闇で、淡く光り輝きながら転輪するエンデュミオンの様子を腕輪から空間に金の光で照射した魔法陣を片手に見つめていた。

 

「生と死。有限と無限……。すべてが交差するこの空間では地上(ラビュリントス)とは違う法則が働く。アリュアドネの糸で天に昇りつめた人々の熱狂と血は、神々の宴に捧げる供物。その息吹が──エンデュミオンの永久(とわ)の呪いを打ち破る!!」

 

レディリーは叫びながら目的の魔法陣を起動させる。

 

レディリーはそこで地上に置いてある自動人形と視界をリンクさせるために目を閉じて、地上で警備員(アンチスキル)と、超能力者(レベル5)である垣根帝督に御坂美琴が加勢して黒鴉部隊と戦い始めたのを確認する。

 

「うふふ。……下は大騒ぎみたいね。……でももう間に合わないわ」

 

「それはどうかな?」

 

レディリーが一人呟いた瞬間、学園都市統括理事会の認可を得た民事解決用干渉部隊、『黒鴉部隊』のリーダーであるシャットアウラ=セクウェンツェアが暗がりから姿を現して彼女に小銃を向けた。

 

シャットアウラ率いる『黒鴉部隊』に元々レディリーは鳴護アリサの警護を頼んでいた。

だがシャットアウラが自分の目的を知ってしまったが故にレディリーは彼女を幽閉。

そんな彼女は『黒鴉部隊』の部下に救出され、こうしてレディリーを追ってエンデュミオンを使って宇宙へとやってきたのだ。

 

「……バカな子! 来てしまったのね」

 

レディリーがシャットアウラに笑いかけた瞬間、シャットアウラは忠告もなしに発砲してレディリーの心臓を正確に撃ち抜いた。

 

レディリーは血を噴き出させながら衝撃で地面に倒れ伏すが、血を吐きながら体を起き上がらせてシャットアウラを見上げて力なく笑った。

 

「言ったはずだ。父を殺したお前を絶対に許さないと!!」

 

シャットアウラは立ち上がろうとしていたレディリーの体を何度も銃で撃って衝撃で転がらせて、レディリーを殺せるまで攻撃し続ける。

 

シャットアウラが告げた通り、レディリー=タングルロードはシャットアウラの父、ディダロス=セクウェンツェアが死亡するに至った原因を造った張本人である。

 

ディダロス=セクウェンツェアは三年前の『八八の奇蹟』が起こったオリオン号事件で死亡したただ一人の人物で、その死を隠蔽されていた。

 

オリオン号が事故に遭った時、実はオリオン号には乗客乗員合わせて()()()が乗っていた。

何故なら密閉空間であるはずのオリオン号に突如として八九人目の鳴護アリサが現れたからだ。

そのため一人だけ死亡者が出たのに最初に乗っていた人数と帳尻があってしまった。

『オリオン号の八八の奇蹟』から零れ落ちたたった一人。

それがシャットアウラの父、ディダロス=セクウェンツィアなのだ。

 

だからこそシャットアウラ=セクウェンツェアは奇蹟を信じない。

当然のことだ。父だけがその『奇蹟』で助からなかったのだ。そんなものは『奇蹟』でもなんでもない。

『奇蹟』なんてものは量子力学的な偶然の偏差と『見えざる手』を求める人々の欲望で生み出されたものなのだから。──そう思わないとシャットアウラは正気を保っていられなかった。

 

そんな『オリオン号の八八の奇蹟』を生み出し、自らの父を失った元凶であるオリオン号にスペースデブリが接触した事故。

 

それはレディリー=タングルロードが不老不死から解き放たれるために、オリオン号の乗客乗員八八人を巻き込んで盛大な自殺を図ろうとしたことが原因だった。

 

レディリー=タングルロードは真守の推測通りどうしても死にたかった。

 

生まれたのは一二世紀。

十字軍の遠征で負傷した兵士を助けた際に『アンブロシア』を貰った。

『アンブロシア』とはギリシア神話由来の神々の食物であり、神々の食物であるが故に不死の効力を持っている。

そんなギリシア神話の英雄や神にゆかりあるものをレディリーは食べてしまい、不老不死となったのだ。

 

「……そう…………もう千年は生きたかしらね」

 

レディリーは今まで生きてきた人生を(かえり)みながら傷が瞬く間に癒えていく自分の体の感触を忌々しく思いながら、虚ろな目で独り()ちるように呟いた。

 

シャットアウラはそれを見て舌打ちをしながら弾倉(マガジン)を替えてレディリーに向けて再び銃を構えた。

 

「オリオン号の実験も結局失敗したけど……その代わり、思わぬ副産物が生まれたわ。……それがアリサよ。あの奇蹟の力で……私は死ぬことができる……!!」

 

レディリーはシャットアウラを狂喜の瞳で射貫いた。

 

死という心の底から恋焦がれたものがすぐそばまで来ている喜びと共に、左手を力弱く(かか)げて宇宙に広がる巨大な魔法陣へと伸ばした。

 

その瞬間、レディリーの左腕の腕輪の石が黄金色に輝き、エンデュミオンの周りに展開されている魔法陣が呼応するように輝く。

 

「さあ一緒に終わりましょう!!」

 

「させるか!!」

 

シャットアウラがレディリーの目論見を阻止しようと銃を構えると、そこへと長身のライダースーツを身にまとった仮面の男がシャットアウラの後ろから迫って来た。

 

シャットアウラは振り返って仮面の男へ銃を撃つが、仮面の男は魔術で作られた自動人形なため、人間には到底真似できない速さで銃弾を避けてシャットアウラへと近づく。

 

シャットアウラは初め自動人形に()されていたが、機転を利かせ一瞬の隙を突いて自動人形の顔面を銃で撃った。

 

自動人形は激しくのけ()るが、仮面と左眼球が破損しただけで身を(ひるがえ)して地面へと身をかがめて降り立つと、姿勢を整える。

 

そこを狙ってシャットアウラが狙い撃ちするが、自動人形は身をかがめたまま地面を滑るように移動して避け続け、レディリーを庇うように通路の真ん中に立った。

 

シャットアウラは自動人形が下がった瞬間を見計らって自分の背中に取り付けてあるバックパックからレアアースでできた円盤を取り出し、仮面の男に守られるレディリーの前方へとレアアースの円盤を複数個投げた。

 

そしてシャットアウラはレアアースを自在に操る自らの能力、大能力者(レベル4)希土拡張(アースパレット)によって起動させて連鎖的な爆発を起こす。

 

中継ステーションの外は宇宙で真空だ。

そのため爆発で施設が損傷して穴が空けば施設内の空気が真空である宇宙へと流れ出してしまい、宇宙空間へと人間は放り出されてしまう。

 

そのため爆発が起こる前にシャットアウラは既にその場から駆け出しており、地面を前転しながら距離を取ってその先で匍匐前進をするように床にしがみつく。

 

次の瞬間爆発によって宇宙空間と室内を仕切っていた強化ガラスが割れ、中から外へと空気の流れが生み出される。

 

レディリーと仮面の男──魔術的に生み出された自動人形はそのガラスの穴から宇宙空間へと放り出されたが、地面にしがみついていたシャットアウラは暴風に耐えながら爆発と衝撃でひしゃげてしまった柵へと手首のワイヤー射出装置からワイヤーを射出してくくりつけて必死にその場に(とど)まった。

 

レディリーは宇宙空間に放り出されたことにより、酸欠に襲われる。

だが苦しいだけで死ねなかった。

やはりエンデュミオンで構築した術式でしか死ぬことはできない。

 

 

そう思った瞬間、レディリーは視界の端に宇宙空間にいるはずのない人影を見た。

 

 

先程自分と一緒に宇宙へと放り出されてバラバラに砕け散った自分の自動人形ではない。

 

その生身の人間は超能力者(レベル5)、第一位。流動源力(ギアホイール)、朝槻真守だった。

 

宇宙空間をわがもの顔で華麗に泳ぐ真守を見て、レディリーは目を見開いた。

 

(……あの超能力者(レベル5)、数日前にエンデュミオンで宇宙(そら)に昇って何をしていたか知らされていなかったけれど、宇宙空間で活動できるから統括理事会に指示されて何らかの秘匿工作を行っていたのね……!)

 

レディリーが心の中で考えていると、真守はレディリーに近づいてそっとお姫様だっこして抱え込むと、そのままエネルギーをジェットのように噴射してエンデュミオンへと戻ろうと動く。

 

レディリーはそこで息ができない苦しさがなくなって目を見開いた。

 

相変わらず宇宙は真空で息がないはずなのに、何故か苦しくない。

 

そこでレディリーは悟った。

 

朝槻真守が自身の生命活動に必要な全てを取りそろえ、体を密着させることによって自分へと送ってくれていることに。

 

『お前の永遠を終わらせてやる』

 

レディリーはそこで必要なエネルギーと一緒に流れ込んできた真守が自分の脳に書き込んできた言葉に目を見開いた。

 

『だからもう少しだけ頑張れ、レディリー』

 

レディリーはその言葉に硬直して動けない。

 

この少女は本気だ。

 

本気で自分を救おうとしてくれている。そして、その手立てが見えている。

 

たった一五歳の少女。自分の百分の一程度しか生きていない少女。

 

そんな少女がレディリーには救いの女神にしか見えなかった。

 

真守の右肩にくっついている謎のカブトムシが無機質なヘーゼルグリーンの瞳で自分を見ているが、真守はエンデュミオンへと戻ろうとしていて自分を見ていない。

 

だがそのエンデュミオンを見つめる瞳に自分がこれまで向けられたことのないほどの多大な慈愛が秘められていると感じて、レディリーはただただ真守に見惚れるようにじぃっと見上げていた。

 




真守ちゃん、再び宇宙へ。

エンデュミオンは記念作品で映画ということもあり、とある作品の良いところが全てギュギュっと詰め込まれていますので、垣根くんにも真守ちゃんのために本気出してもらいました。

堕ちた英雄なんて言わせない。



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第八九話:〈嫌悪共闘〉でも共に奇蹟を

第八九話、投稿します。
次は一一月一三日土曜日です。


〈ねえ。今のは何なの?〉

 

垣根はエンデュミオン内を未元物質(ダークマター)の翼で飛びながら真守と共にいるカブトムシと情報を共有して即座に無線を使って美琴の問いかけに答える。

 

「エレベーターの中継地点ステーション付近で起こった爆発だな。施設が連鎖崩壊興してやがる」

 

〈……マズいです。重力バランスが崩壊してこのままだとエレベーターが倒壊して地上に倒れてしまいます!〉

 

そこで警備員(アンチスキル)のテントでナビをしている風紀委員(ジャッジメント)の初春が焦った声を上げるため、垣根は舌打ちをしながら初春に指示を出す。

 

「倒壊に際しての緊急プログラムがあるだろうが。それを早く調べろ」

 

〈ええっと……緊急用の切り離し(パージ)システムですね。本来はリモートで点火できるんですけど……今はシステム自体が凍結されています……。この三か所の爆砕ボルトを手動で点火させる事ができれば……〉

 

垣根の指示に従ってエンデュミオンの情報にアクセスした初春が自信なさげにそう呟くので、美琴が即座に声を上げた。

 

〈今はなんでもやってみるしかないわ。一か所は私が引き受ける〉

 

「もう一か所はしょうがねえから俺が行ってやる」

 

(後一か所だが……手がねえならカブトムシに行かせるが……)

 

〈なら一か所はこちらで引き受けるじゃん〉

 

垣根が頭の中で考えていると、黄泉川が引き受けるといったので丁度良いと鼻で嗤った。

元々カブトムシは情報収集のために構築したネットワークなので、統括理事会の言いなりになっている警備員(アンチスキル)にはできる限りその存在を秘匿したいと思っていたのだ。

 

「……真守の帰る場所が無くなったらマズいからな。しょうがねえからやってやる」

 

垣根はそこでカブトムシを呼び寄せてエンデュミオン内の地図を確認しながら、宇宙で魔術を止めようと奮闘している真守のことを想って柔らかく笑った。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

「ここが魔術の中心地点か?」

 

真守はレディリーをお姫様抱っこしたまま魔法陣の基盤部分へとやってきていた。

 

目の前には淡い赤紫色の輝きを帯びたクリスタルの核と、その周りに規則的に並び立つ透明な角柱と地面にびっしり埋め込まれた魔法陣が広がっていた。

 

「……もう一度聞かせて」

 

「何をだ?」

 

真守がお姫様抱っこしていたレディリーを地面に降ろすと、レディリーは真守を見上げて祈りを捧げるように手を組んで真守に目の前に差し出された救いに(すが)りつくような目を向けて問いかけた。

 

「本当に私のこの命を終わらせることができるの?」

 

「勿論だ。私は全てのエネルギーの源である源流エネルギーを生成する能力者。本来あるべき形へとエネルギーの流れを戻すことなんて造作もない。……ただ、お前の不死性を解くだけだから、後一度だけの命は残るけどな」

 

「あなたは私がすぐに自殺することは許さないのね?」

 

真守ができると宣言すると、レディリーは顔を安堵で表情を弛緩させながら真守に今一度確認を取った。

 

「うん、許さない。だから後一度きりの命の輝きを楽しむんだ。……それがお前のその不死性から解き放つための代償だ」

 

真守が柔らかくレディリーを見つめながら告げると、レディリーは真守から視線を外して(うつむ)き、そっと自分の組んだ手を見つめて微笑む。

 

「……代償。これまで終わらなかった命に比べれば安い代償だわ」

 

「そうか」

 

真守がくすっと微笑むと、レディリーは真守を見上げて柔らかく微笑んでから真守に背を向けて魔法陣を見つめた。

 

「私には魔力を精製することができないの。だからこの魔法陣は既に起動して私の手の届かないところにあるわ。今の私にできるのは発動を遅くするか早めることだけなの。……どうやってこれを止めるの?」

 

「私の友達にやってもらうんだ」

 

真守がレディリーにそう説明されてから儀式場の入り口を見ると、そこには真剣な表情をして周りの魔法陣を見つめて精査していたインデックスの姿があった。

 

「友達?」

 

「インデックス」

 

レディリーが首を傾げて振り返る中、真守は自分の友達であり、魔術の専門家であるインデックスの名前を呼ぶ。

 

「あ、まもり! う、わわっ! 地面に上手く足が付かないんだよっ?!」

 

真守に名前を呼ばれて表情を輝かせたインデックスは真守に駆け寄ろうとするが、地上と重力が違うのに地上と同じように地面を蹴ってしまって浮き上がってしまったので、インデックスはバランスを取ろうと両手をばたつかせる。

 

「大丈夫か?」

 

地面から足が離れて慌てるインデックスへと即座に地面を強く蹴って近寄った真守は、インデックスの手を優しくそっと取って誘導し、レディリーのもとへと戻る。

 

真守は自分の広がった黒髪を揺らしてレディリーのもとに近づきながら、修道服のフードをはためかせながら自分に手を引かれているインデックスを見た。

 

「上条は?」

 

「ありさを助けに行ったよ」

 

(先程から戦闘音が続いているし……もしかしてあの黒鴉部隊のシャットアウラが暴れているのか? 大丈夫かな、上条。……ううん、きっと大丈夫だな)

 

真守はインデックスから上条の現状を聞いて心の中で呟くと、自分を見つめているインデックスに微笑みかけた。

 

「上条が頑張ってるならこちらも頑張らないとな。……お願いできるか? インデックス」

 

「うん!」

 

真守の問いかけにインデックスが頷く中、真守はレディリーのそばに降り立ち、インデックスもちゃんと地面に着地させた。

 

「……こんな無茶な術式は初めて見たんだよ。地球を壊しちゃう気だったんだね」

 

インデックスは辺りの魔法陣を見つめた後、スッとレディリーを見た。

 

真守がそばにいて毒気が抜けていることからレディリーが既にこの魔術を必要としていないことをインデックスは見抜いたため、過去形で声を掛けたのだ。

 

「あなたの友達というのは禁書目録のことだったのね。……聞いたことあるわ。一〇万冊三〇〇〇冊の魔導書を記憶させられた、人間図書館」

 

レディリーは自分を見た後、即座にあたりの術式を再び精査し始めたインデックスを見つめながら一人呟く。

 

「ああ。インデックスは世界を救ってくれる。それがこの子にはできる。……いけそうか、インデックス?」

 

真守が問いかけるとインデックスはしっかりと頷く。

 

「うん、もちろんだよ。まもり、世界を……ありさを救おう!」

 

「ああ」

 

真守はそこで儀式場の核を見上げた。

 

必ず救ってみせる。何もかもを無駄にはさせない。

 

だってこの世界は理不尽で罪深きながらも、あらゆる可能性に満ちているのだから。

 

そんな世界を壊させるわけにはいかない。

 

真守はそう決意してエンデュミオンから放たれる魔法陣を見つめていた。

 

 

──────…………。

 

 

 

〈こちら黄泉川。すまないが、たどり着けそうにないじゃん!〉

 

垣根は爆砕ボルトへ向かう間に何もかもを切り裂く円盤を苛立ちを込めて未元物質(ダークマター)の翼で(さば)きながら聞こえてきた黄泉川の声に舌打ちした。

 

エンデュミオンにもともと仕組まれていた防衛システムを黒鴉部隊に起動させられているため、自分と同じように警備員(アンチスキル)や美琴も要所要所で足止めを食らっているらしい。

 

(ッチ。警備員(アンチスキル)の前で使いたくなかったが展開していたカブトムシに指示を、)

 

〈──大丈夫です〉

 

(なんだ? 割り込みか?)

 

垣根が頭の中で考えながら円盤を全て(さば)いていると美琴によく似た無機質な声が無線に割り込みを掛けてきた。

 

〈構わず、スリーカウントで点火してください、とミサカはお願いしてみます〉

 

プログラムじみたその声。そして『ミサカ』という一人称と特徴的な喋り方。

 

(妹達(シスターズ)? なんでここに。……ああ、病院にあいつら入院してっからそこから聞き出したのか)

 

垣根はそう思うがふと不安になった。

 

妹達(シスターズ)は現在調整中である前に彼女たちは超能力者(レベル5)の欠陥品とされたのだ。彼女たちに爆砕ボルトを起爆させるほどの火力があるとは思えない。

 

そう思った時、垣根の中で嫌な予感が走り抜けた。

 

そのため即座にエンデュミオン内に展開していたカブトムシに指示を出すと、そのカブトムシたちの一体と視界を共有することになり、その人物を認識した。

 

右手に現代的な松葉杖を突いたやせ細った体。

 

真っ白な髪に深紅の瞳。

 

「ああ!? なんでやっぱり一方通行(アクセラレータ)のヤツがここに来てんだよ!?」

 

垣根は打ち止め(ラストオーダー)と一緒に爆砕ボルトへと気怠そうに向かっている一方通行(アクセラレータ)の存在に声を荒らげながら、全ての円盤を捌いて未元物質(ダークマター)の翼をはばたかせて爆砕ボルトへと向かう。

 

途中、真守の知り合いの魔術師であるステイル=マグヌスが魔女っ()の服を着た三人の女の子と共に金髪のやけに機械的な行動をする女性と戦っていたが、無視をして爆砕ボルトの前までやって来た。

 

「くっ……ここでアイツとまさかの共闘だと…………!?」

 

垣根が(うめ)きながら淡く青色に輝く爆砕ボルトの前に降り立つと、自分の腕にくっついていたカブトムシが暗い空間の中で淡い輝きを放つヘーゼルグリーンの瞳をキロッと動かした。

 

『きちんとやり遂げなければ真守の帰ってくる場所が無くなってしまいますよ』

 

「うるせえ! 言われなくても分かってんだよ端末!!」

 

垣根がカブトムシを怒鳴りつけると、カブトムシは垣根の腕にしかがみつくための足を一本だけ離して垣根の腕をとんとんと叩きながら無機質な声音を薄い翅によって発する。

 

『ですが垣根帝督(オリジナル)から何もかも投げ出したいと思う程に嫌そうな感情がネットワークによって伝播してきましたので、くぎを刺したほうがよろしいかと』

 

「ああ!? 嫌に決まってんだろ舐めてんのか!?」

 

『垣根?』

 

垣根がカブトムシを怒鳴りつけた瞬間、カブトムシのヘーゼルグリーンの瞳がキュキュッと収縮して、突然発声の音が変わって真守の声が聞こえてきた。

 

「……真守?」

 

『垣根、こっちは魔術を止められそうだから大丈夫。そっちでも分かってると思うけど、エンデュミオンは爆発で重力バランスが崩壊している。地上の方で何か対処をしているか?』

 

垣根が突然聞こえてきた真守の声に怪訝な声を出すと、真守は状況を説明してくれて、垣根の方ではどうなっているかと現状を聞いてきた。

 

「……これから爆砕ボルトを破壊してエンデュミオンをパージする。その後は運だが、お前ならなんとかできるだろ」

 

真守が何も知らずに訊ねてくるので、垣根は一方通行(アクセラレータ)と共闘していることについて嫌悪感を抱きつつも、真守を不安にさせるわけには行かないので冷静になって真守に報告する。

 

『? 垣根、なんか機嫌悪い?』

 

「うるせえ別に悪くねえ」

 

だが真守が即座に自分の機嫌の悪さを察したので垣根が早口に告げると、一瞬真守が沈黙する。

 

『え。一方通行(アクセラレータ)が来てる!?』

 

どうやら真守のそばにいるカブトムシが真守に理由を話したらしく、真守はそんな驚愕の声を上げた。

 

『か、垣根。……その、本当に嫌だと思うけど……その、私のために頑張ってくれるか……?』

 

垣根が事情を知った真守の言葉を黙って聞いていると、真守が申し訳なさそうに告げるので、垣根はチッと舌打ちする。

 

「分かってるよお前のためにやってやる。ただし、貸しイチな」

 

『……かしいち…………』

 

垣根は後で真守のことをいつもより好きにしようそうしようと心の中で決めていると、真守が垣根の言葉に不安を覚えて復唱する。

 

『う、うぅ……なんかすっごく嫌な予感がするけど……わ、分かった。垣根頑張ってな』

 

真守が嫌な予感を覚えながらも自分を激励してくるので、垣根はフッと柔らかく笑った。

 

「お前も気を付けろ」

 

垣根が声を掛けると、そこで通話が終了してカブトムシがヘーゼルグリーンの瞳をカメラレンズのように収縮して垣根を見上げた。

 

『これでやる気が出ましたね』

 

「テメエ俺の端末なのに俺を操作するようなことするんじゃねえよ」

 

垣根が自分の手にしがみついているカブトムシを腕をぶんぶんと振って揺すりながら責め立てる。

 

〈行くわよ! ────スリー!〉

 

そこで美琴の声が聞こえてきたので、垣根は未元物質(ダークマター)の翼を大きく広げて振りかぶった。

 

「ッチ! おぅ、らっ!!」

 

そして大きく盛大に舌打ちをしてツーカウント目を数えて翼を爆砕ボルトへと切り裂くようにぶつけて起爆させる。

 

その次に一方通行(アクセラレータ)が最後に爆砕ボルトを起爆させた。

 

激しい振動と共に全ての爆砕ボルトが爆発し、エンデュミオン全体が揺さぶられる。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

「エンデュミオンが切り離された! インデックス!!」

 

真守は振動を感じながらよろけたレディリーとインデックスの肩をそれぞれ支えなががらインデックスに声を掛けた。

 

「うん。今ならできるよ……折り重なった術式を解いて、崩す方法を見つけられる」

 

真守の声に応えたインデックスは真守に肩を抱かれたまま祈るように目を閉じる。

 

そしてインデックスは頭の中の一〇万三〇〇〇冊から『知識』によって術式を解くための最適解を探す。

 

エンデュミオンが断続的に揺れる中、インデックスは真守からゆっくり離れて手を組んで俯き、息をゆっくりと吸った。

 

『運命の──……シンフォニー──』

 

インデックスが歌い出した途端、インデックスの周りから淡い水色の光の奔流(ほんりゅう)が流れ出す。

 

その歌は()しくもアリサと共に完成したら一緒に歌おうと約束した歌詞だった。

インデックスも真守も知らないが、この瞬間ステージでアリサも歌っていた。

自分に才能を分け与えて生み出した自分の半身であるシャットアウラ=セクウェンツェアと一緒に。

 

『幾──重──もの──傷痕の────最期を──みとる、から──』

 

その光の奔流に呼応するように外の魔法陣が輝きを増していき、魔法陣の核である水晶も鋭い光を放ち始め、魔法陣も光り輝き、真守たちがいる儀式場がまばゆい輝きに包まれる。

 

そしてインデックスの歌によって緻密に編まれた魔術が少しずつ端から空気へと()けるように(ほど)いていく。

 

『私は──……うたおう。……いま、光をあつ──めて──』

 

(……今、分かった)

 

『無限へと還っ──た──愛を──静かに眠ら──せて──』

 

真守はインデックスの歌を聞きながら辺りに満ちていく虹色のオーラと共に星のような無数の淡い白い光を感じながら心の中で呟く。

 

『あなたへ、うたおう──……もう何も失──わず──……』

 

(これは、この現象は……人の想いが世界の根底にある法則を捻じ曲げているんだ)

 

真守はそこで思わず空間へと手を(かか)げて今一度人の想いが織りなす奇蹟へと手を伸ばす。

 

(……私がいつか、科学の徒の願いにとって絶対能力者(レベル6)へと至るのと同じ……)

 

『誰もが──笑顔に──……な──れ、る──確かな日々が』

 

(私が人の祈りと悪意、その想い全て力に換えるように。人々の想いが歌によって編み上げられて力に換えられて、奇蹟を生み出す)

 

『ず──っと続くように──…………』

 

(鳴護アリサとは。あの子は、きっと──)

 

『Get over again──……天空(そら)へと向かって──……』

 

(奇蹟を願った人間の想い、願いや祈りによって生み出された人間だ)

 

『Get over again──…………羽撃こう──……』

 

(その本質は、純粋無垢で、そして。歪で醜いながらも、美しい)

 

インデックスが魔術を停止させるための歌を紡ぐ中、真守はエンデュミオンが地上へと落下するのを防いだ奇蹟を生み出して、元の場所へと還っていった鳴護アリサを想って宇宙へと手を伸ばし続けていた。

 




垣根くんまさかのこの世で一番憎い敵(一方通行)と共闘です。

これ原作では『スリー』で第三位の美琴が、『ワン』のカウントで第一位の一方通行が爆砕ボルトを起爆させたんですよね。

ということなので『スリー』から『ワン』まで超能力者の順番に則って起爆させました。まあ真守ちゃんが第一位なので若干違いますが、順番的には合っているということで。
そもそも第一位から第四位まで共闘していますし。豪華すぎる……。

ちなみに初めて使用楽曲情報入力したんですがこれで合っているんでしょうか。間違っていたら直しますので確認の程よろしくお願いします……自信ない……。



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第九〇話:〈真実御手〉でも日常への帰還

第九〇話、投稿します。
※次は一一月一五日月曜日です。


〈結局、なんだったんでありけるのかしら? あの乙女は〉

 

「……そうだね。例えるならば、『願い』というところかな」

 

統括理事長、アレイスター=クロウリーは『窓のないビル』内にあるビーカーの中で手術衣のまま逆さに浮かび、イギリスの聖ジョージ大聖堂にいる最大主教(アークビショップ)と話をしていた。

 

〈願い?〉

 

「能力者のものでなくとも人の願いというのは……主観を歪めてしまう。複数の願いが同一の指向を与えられればそれは因果律にすら干渉しうる力になる。無論、それはよっぽどの事がない限り起こることではない。しかし、人々の『願い』の指向を誘導するものがあったとしたら?」

 

〈それが『歌』だと?〉

 

「ああ」

 

アレイスターが頷くと最大主教(アークビショップ)は魔術の総本山であるイギリス清教を束ねるために使われる頭脳を回転させて思案顔で映像越しに呟く。

 

〈……成程。呪術的な力を帯びたもうた『歌』とオリオン号に施されたるレディリー=タングルロードの術式。それらの相乗効果によりけり、願いの力は一人の少女の因果律を分断し、二人に別れさせたもうた。その歪みで多くの人々の運命を変えしたりけるのが、八八の奇蹟の正体だと?〉

 

「そして同じ二人が一人に戻ろうとした時、ある種の歪曲が発生して今再び奇蹟が引き起こされた。……レディリーは興味深い実験をしてくれたよ」

 

アレイスターはビーカーにエンデュミオンの映像とデータを幾つも表示させながら微笑む。

 

〈そのレディリー=タングルロードのことだけど。愚痴のようになりしで悪いのだけど、そちらも関係あるからして一応伝えてやらんと思って〉

 

「一体どんなことだ?」

 

〈マクレーン家が彼女の身柄を引き取らんというのよ〉

 

「朝槻真守の血族が彼女を引き取ると?」

 

最大主教(アークビショップ)が『計画(プラン)』の要である朝槻真守の名前を出してきたので、アレイスターは興味深そうにする。すると、最大主教はあからさまにため息を吐いた。

 

〈ウチの血族が彼女を救いしたりけるのだから、身柄はもらいうける。彼女の処遇はお前たちに任せるが、もし不用意なことをしたらただでなりしはおかない……と、脅したりけるのよ。まったく、あの一族には困りしものだわ〉

 

「事情はよく分からないが、魔術サイドでは影響力の強い一族なのかね?」

 

アレイスターが問いかけると、最大主教(アークビショップ)は頭を悩ませていると言わんばかりにカメラ越しでも分かるように額に手を当てる。

 

〈かの一族に連なる者たちはね、イギリスという国に強く根付いているのよ。彼らは純粋なケルトの一団。イギリスが建国する前からかの地に居つく存在で、清教派にも、騎士派にも、あまつさえ王室派にもコネを持ちたるの。イギリスの縁の下の力持ち、と言ったところかしら。古きしきたりや因習の多い自然崇拝を(かか)げて魔術を道具としてみているが故に、完全にイギリス清教に(くみ)しているというわけではないのよ〉

 

「成程。よく分からないが面白い一族というわけだな」

 

アレイスターが興味深そうに告げると、最大主教(アークビショップ)はカメラを覗き込んで片眉を跳ね上げさせて告げる。

 

〈ちょっと。面白いで済ませないでちょうだい。まったく、マクレーン家の令嬢が古いしきたりに嫌気がさして海外へ出奔しなければ、こんな複雑なことにはならなくってよ〉

 

アレイスターは最大主教(アークビショップ)のボヤキを聞いてそれまで動かさなかったビーカー内で唇を弧に描きながら告げる。

 

「……それもまた、因果が絡み合った故に起きた結果だろう。こちらとしては、利用価値のあるものが手に入ったとでも言っておこうか」

 

〈はあ。マクレーン家は審美眼と観察眼が鋭い一族故に彼らが魔術世界と科学世界、ひいてはイギリス清教と学園都市の関係に混乱をもたらすことはありえない。けだし、面倒な一族であることに変わりなきしことよ。そちらも振り回されるのではなくて?〉

 

「彼女は物分かりがとても良い。特に問題には発展しなかったよ」

 

〈……待って。もしかして会おうたの?〉

 

最大主教(アークビショップ)がそこでぴくッと止まって問いかけてくるのでアレイスターはひょうひょうと答えた。

 

「朝槻真守の処遇についてで話し合った。既に様々な上層部に通達が行っているのではないのかね?」

 

〈はあ!? 聞いてなかりしことなのよ、それ!?〉

 

「おや、キミは随分とマクレーン家のご令嬢に軽視されているようだね」

 

アレイスターに言われて最大主教(アークビショップ)はつばぜり合いをしている相手の前だとしても思わず素に戻ってしまい、したり顔のアシュリン=マクレーンを思い出して顔を引きつらせる。

 

〈あ、アシュリン=マクレーン……! あの女狐め!〉

 

「キミに女狐と言われるのは恐らく彼女も心外だろう」

 

アレイスターは怒りまくる最大主教(アークビショップ)に呆れた声をかける。

 

(……少しずつ、少しずつ真実へと辿り着かんとするその姿勢、いやはや感服に値するよ、朝槻真守)

 

アレイスターは怒っている最大主教(アークビショップ)他所(よそ)に。学園都市の道を歩いている朝槻真守をビーカーの表面に映し出す。そして静かに、ビーカーの中で獰猛に嗤った。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

真守は暗くなってきた学園都市の街を一人で歩いていた。

 

(シャットアウラ=セクウェンツェア。彼女には才能があった。その才能と歌で、奇蹟を願った人間の想いを束ねて生み出したのが鳴護だと、レディリーは言っていた。……そんな少女に上条が右手の幻想殺し(イマジンブレイカー)で触れても、その存在は打ち消せなかった)

 

真守はエンデュミオンの騒動が終わり、明日からの大覇星祭の準備を急いで完了させようと動く人々を見つめながら、心の中で呟く。

 

(人の想いや願い、祈りを幻想殺し(イマジンブレイカー)は打ち消すことができない。何故だ? ……同種の力は競合し、力が上手く働かないことがある。私と一方通行(アクセラレータ)がそうだ。……もしかして、)

 

幻想殺し(イマジンブレイカー)は誰かの願いで生まれたちから……とか?」

 

真守は呟きつつも歩き続け、新たな自宅となった五階建てのマンション型のシェアハウスへと入る。

 

「真守ちゃんお帰りーっ!」

 

一階のエントランスから二階に上がってラウンジに入ると、深城が一直線に真守に抱き着いてきた。

 

真守は深城が抱き着くことを予期していたので、さっと手に持っていた紙の箱を避けて深城の抱きしめを受けた。

 

「真守ちゃん頑張って宇宙に行ったねえ、えらいねえ!」

 

「朝槻、おかえり」

 

深城の抱擁を真守が受けていると、テテテーッと林檎が駆けてきた。真守は微笑む林檎に、笑みを返す。

 

「ただいま、林檎。……深城、垣根は?」

 

「……、えぇっとすっごく機嫌悪くて部屋に引っ込んだよ?」

 

真守は深城の言葉にため息を吐いた。

 

垣根は一方通行(アクセラレータ)と共闘して、爆砕ボルトを破壊したことについて機嫌を悪くしているのだ。

 

「やっぱり。……ちょっと行ってくる」

 

(本当に一方通行(アクセラレータ)のこと嫌いだなあ……まあ、しょうがないって分かってるから何も言えないけど)

 

真守は心の中でそう呟きながらラウンジから出て階段を上がり、垣根の部屋へと向かう。

 

「垣根? 私だ、真守。……入っていいか?」

 

真守がコンコンと扉をノックすると、即座に扉が開け放たれた。

 

「わっ」

 

そして廊下にいた真守の手を垣根が引っ張って部屋に連れ込んだため、真守はその力強さに驚いて声を上げた。

 

「あ、あの垣根っケーキ潰れちゃうからちょっと待って」

 

引っ張られた先で垣根に抱きしめられそうになった真守は、慌てて垣根に声を掛けた。

 

「……ケーキ?」

 

機嫌が悪く地を這うような声を出す垣根を、真守は見上げて両手に大事に持っていたケーキの箱を垣根に見せる。

 

「これ頑張ったご褒美に垣根にだけ買ってきたんだ。ザッハトルテ。垣根、上品な質の高いお菓子好きだから。試食して、垣根が好きな味だなってちゃんと確認してから買ってきたんだ。私は使ってないだけで味覚は正常だからな。むしろ舌がバカになってなくて、高性能なくらいだ」

 

真守は食に関心が無くて、甘いモノ事情を理解していない。それなのに真守が一生懸命調べて買ってきてくれたことが垣根は嬉しくて、ケーキの箱を避けて真守をぎゅーっと抱きしめる。

 

「わ、わっ……っ垣根。今、深城にお茶淹れてもらってるから。食べよう?」

 

真守が垣根の広い背中に片手を回してトントンと叩きながら告げると、垣根は『ああ』と一言返事してから真守と一緒に部屋に引っ込んだ。

 

真守は深城が運んできた紅茶と食器をローテーブルに広げてお茶の準備をしており、そんな真守を垣根はじぃーっと見つめていた。

 

(うぅ……視線が刺さる…………恥ずかしいけど、垣根は嫌いな一方通行(アクセラレータ)と共闘頑張ったもんな。……好きにさせておこう……)

 

真守は顔を赤くしながらも、頑張ってお茶の準備をして垣根に皿に切ったザッハトルテを載せて差し出した。

 

「はい、垣根」

 

「……ああ。サンキュー」

 

垣根が真守からケーキが載った皿を貰ってくれるので真守は安堵しながらも自分の前に置いてあるケーキに手を伸ばした。

 

「真守、こっち来い」

 

「え?」

 

真守が食べようと小さい口を開けていると、垣根がちょいちょいっと真守のことを呼び寄せるので真守は首を傾げながらも膝立ちして垣根へと近づく。

 

すると、垣根は真守を自分の前に座らせて後ろから抱きしめてきた。

 

「──……っ!? ……っ!!」

 

真守が動揺して顔を真っ赤にして目を白黒させていると、垣根はちんまい真守を胸の中にしまってテーブルの上に置いてあるケーキを手繰り寄せて食べ始める。

 

「……さっきの貸しのことだが」

 

硬直しながらもケーキを食べ始めた真守。だが、垣根に『一方通行(アクセラレータ)と共闘した件』についての貸しについて切り出されたので、びくっと垣根の腕の中で飛び跳ねる。

 

「今度二人っきりでデートな」

 

「でっ!?」

 

真守はわなわなと震えながら振り返って、垣根を見上げる。

 

「で……ででで……っでーとぉ……?!」

 

顔を真っ赤にしている真守。そんな真守を見つめて、垣根は思う。

 

(デートっつっただけでこの慌てよう……こんな少しのことで動揺する女相手にどう切り込むか慎重になるに決まってんだろ。それなのにあの多角スパイ、言いたい放題言いやがって。何がイジメの加減教えてやるだよ。別に奥手じゃねえしこちとら慎重になってるだけなんだよクソッタレ)

 

垣根は一方通行(アクセラレータ)ではなく、にゃーにゃー言う多角スパイに静かな怒りを向ける。そして小さい口を震わせて顔を真っ赤にしている真守の顎をくいっと掴んで、真守の唇をふにっと押した。

 

「!?」

 

途端に真守は涙目になって体を震わせ始める。

 

(やっぱスゲエ奥手なのは真守の方だろうが。これくらいで涙目になるし体カチコチに固まるし。俺は絶対に奥手じゃねえ真守に合わせてんだよ……っ!)

 

垣根はにゃーにゃー言う多角スパイへと怒りを(つの)らせているので全く気が付いていないが、普通気になる異性に突然唇を触られたら硬直するものである。

 

垣根に唇をふにふにふにふに触られている真守は垣根が誰かに怒りをぶつけており、そのとばっちりを自分は食らっているのだと察して涙をにじませる。

 

(深城ぉ……たすけてぇ…………)

 

垣根のことを意識しすぎてぐるぐると目が回ってきた真守が心の中で深城に助けを求める。すると、真守が助けを呼んでいると自身と真守を繋ぐ特殊なパスによって感じた深城は、ラウンジから垣根の部屋へとすっ飛んできた。

 

「真守ちゃんどぉしたの!? わぁあああ──!?」

 

バーンと扉を開ける深城。すると垣根が真守のことを股の間に入れて、その小さな唇をふにふに押しているので、深城は思わず驚愕する。

 

「あ?」

 

「深城ぉ……」

 

垣根が邪魔をされたことで苛立ちを込めて声を上げ、真守が情けない声を出しながらこちらを見つめるので、深城は高速で考えを巡らせる。

 

(くっ真守ちゃんと垣根さんにはくっついて欲しいけど、このままだとくっつくまで真守ちゃんがもたない!)

 

「垣根さんストップ! 何イライラしてるか分からないけど、真守ちゃんがもう限界だから! お願い、離してあげて!! それちょっとやりすぎだから!! 耐えられないから!!」

 

深城に叫ばれた垣根はようやく普通の人間でも突然唇を触れられたら耐えられないと思い至って、とっさに真守の顎から手を離した。

 

「うぅー……!」

 

真守は垣根から手を離され、ひっぐとしゃくりあげながらぴょこっと蒼閃光(そうせんこう)でできた猫耳と尻尾を出す。すると、ビガァァア! と辺りを白く染め上げるような光を放った。

 

「な!?」

 

「わぁっ真守ちゃん!?」

 

垣根と深城が声を上げて白く染め上がった視界から復活すると、そこにもう真守はいなかった。

 

「あの逆境でも立ち向かってく真守ちゃんが逃げるなんてとんでもないことやったよ垣根さん! あたしは真守ちゃんのこと慰めてくるから、垣根さんはちょっと反省してて!!」

 

深城はわなわな震えた後垣根にぴしゃりと言いつけると、バタバタと走ってどこかへと去っていった真守を追う。

 

「……流石にやりすぎたな」

 

垣根は一般からかけ離れているウブ過ぎる真守への接し方が難しくてチッと舌打ちをする。そして、真守が自分のために買ってきてくれたザッハトルテをぱくっと一口食べた。

 

垣根はその後落ち着いた真守にちゃんと謝った。

真守は目をそらしながらも頷いて、『エンデュミオン』と鳴護アリサを取り巻く事件から日常へと帰還した。

 




真守ちゃん幻想殺しの意味について気づきつつあります。これだけヒントを見せられたら真守ちゃんなら気づいてしまいます。
そしてマクレーン家の立ち位置が出てきました。ケルトの大英雄とか、ああいう感じのケルトです。
それと垣根くん、真守ちゃんへの攻め方を考えあぐねてるってことは恋愛慣れしてないと思うんですが、ムキになって否定しています。ガンバッテ……。

今回で『エンデュミオンの奇蹟篇』は終了です。
次回から大覇星祭篇です。原作二巻分+超電磁砲なので少し長めですが、色々と盛りだくさんにしておりますのでお楽しみいただけたら幸いです。



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大覇星祭:魔術side:刺突杭剣篇
第九一話:〈外部披露〉は盛大に


第九一話、投稿します。
次は一一月一六日火曜日です。
大覇星祭篇、開幕。


大覇星祭。

 

九月一九日から七日間にわたって大規模に展開される学園都市全ての学校が参加する大運動会。

能力者同士の大規模干渉の観測を目的としたもので、この日限りは能力の全力使用が許可され、なおかつ学園都市が一般客を迎え入れる数少ない行事だ。

 

大覇星祭は一八〇万人もの学生が参加するため開会式は三〇〇か所以上で行われるのだが、真守はその中でも一番広大で、主軸であり、全世界にテレビ中継される大型スタジアムにいた。

 

真守がそのグラウンドへと入場した瞬間、ざわざわとしていた会場がしぃんと静まり返った。

 

新たな学園都市の頂点、超能力者(レベル5)、第一位。流動源力(ギアホイール)──朝槻真守。

 

真守の長い艶やかな黒髪はヘアマニキュアで輝いており、彼女が普段結い上げているように猫耳ヘアへと整えられていた。

だが猫耳の下にそれぞれ蒼銀のリボンとレースがあしらわれており、猫耳部分にはスワロフスキーの輝きがちりばめられている。

頭には大粒の学園都市製の人工ダイヤモンドが煌めくティアラが載せられており、前髪にはアラビアン衣装でよく見られるヘアクリップの細やかなティアラが付けられていた。

 

いつも真守は薄化粧だが、大覇星祭が巨大な運動会である事を考慮してナチュラル風ながらもしっかりとした舞台化粧を施されていて、爪には光沢のみを重視したマニキュアが塗られており、つま先から指先まで華麗にドレスアップされている。

 

服は真守が通っている高校の体操服で、ほっそりとした足に黒のニーハイソックスを穿いていて純白のおろしたてのシューズが良く似合う。

 

極めつけには体操服の上に煌びやかな刺繍が施された蒼銀の学園都市製の高級人工毛皮マントを羽織っており、王者の風格を表している。

 

真守が堂々と歩くたびにマントが(ひるがえ)り、そして真守は選手宣誓に使われるお立ち台の上に乗った。

 

それから開会式が始まり、選手宣誓が回ってきた。

 

『──選手宣誓』

 

真守は静まり返る会場の中、スッと息を呑んで選手宣誓を始める。

 

その声はダウナー声で在りながらも良く透き通る声だった。

 

そのダウナーさも朝槻真守に相応しいと感じさせるような調子だった。

 

『私たち学生一同はスポーツマンシップに(のっと)り、本年の大覇星祭に臨み。若人の熱い血潮を力に換えて、共に学生生活を送り切磋琢磨し合う仲間と消えることのない絆を携え。日ごろ学んだことの成果を発揮し、己の成長した姿を見せることで父兄への感謝を表し。この大会が私たちにとっても、父兄にとっても。来場者の皆さまにとっても最高の思い出になるようにあらゆる困難、艱難辛苦が待ち受けていようとも断ち切れることのない絆で乗り切ることを──誓います』

 

真守は長い選手宣誓をつっかえることなくはっきりとした発音で言い切った。

 

しぃぃぃんっと静まり返る会場からどこからともなく拍手が沸き上がり、それが大喝采へと繋がる。

 

学園都市総合体育祭『大覇星祭』の開会式。

そこで、真守は新たな頂点として全世界から認められて賞賛された。

 

そんな喝采の中。

 

真守はどこかで見ているであろう深城や垣根、真守にとってかけがえのない大事なことを教えてくれる人々のことを想って、大喝采に気圧されることなく堂々と立っていた。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

「残暑が厳しい……暑い、……ゆだる……茹でダコになりそうだったけど……涼しいぃ~」

 

真守は開会式が終わって移動用に用意された冷房が効いたリムジンの中で冷風を浴びて涼んでいたが、少しして白いハチマキを手に取り自分が白組だと示すために首元に回してネクタイのように結び、競技の準備を始める。

 

大覇星祭は学校対抗で得点が加算されていくが、学校内でも白組と赤組に分かれており、白組にされた学生対、赤組にされた学生として学校の垣根を超えて行われる競技もある。

そんな複雑性を秘めながらも総合得点を学校単位で競い合い、大覇星祭は順位を決めるのだ。

 

(去年は長点上機が一位で、常盤台は二位だったからリベンジに燃えてて大変だって美琴は言ってたっけ)

 

長点上機学園と常盤台中学は学園都市で五本指に入るエリート校だが、両学校はスタンスが大きく異なる。

 

どんな違いかと言うと、長点上機は能力開発においてナンバーワンでありまた一芸に秀でていれば誰でも入学可能だが、常盤台中学は世界有数のお嬢様学校で強能力者(レベル3) 以上ではないと入学が認められないというものだ。

 

(そう言えば垣根の学校は霧ヶ丘女学院と長点上機を足して二で割ったような校風だったな。……垣根、大覇星祭嫌いだから学校の制度利用して特別公欠で大覇星祭に出ないって言ってたし……まあ、垣根が学生らしく運動しているところなんて想像できないけどな)

 

垣根が通っている学校も学園都市の五本指に入るエリート校だが、校風は真守の呟き通り、特殊な能力者を育てる霧ヶ丘女学院と、一芸に秀でていれば誰でも入学できる長点上機の特徴を持っている学校だ。

 

そして秘匿されてはいるが、暗部組織や公的な機関で働く特別な能力者が多い学校だ。

そのため『特別公欠』というものが導入されており、『仕事』がある能力者は学校を休むことができるという、学業よりも社会での活躍を優先する学校である。

 

垣根のような『仕事』がある特殊な能力者はごくわずかなので、その者たちをカモフラージュするために一芸に秀でている学生を集めており、その学生たちが大覇星祭を『五本指』として頑張るので特異な能力者は参加を強要されずに、それでもエリート校らしくいつも好成績を残しているのだと真守は垣根から聞かされていた。

 

大覇星祭の特別公欠を学校が許可しているのだって能力がバレると面倒な『仕事』をしている能力者を大覇星祭から守るためで、垣根はそれを利用しているに過ぎない。

 

ただ特別公欠制度を知らない学生にとっては普通のサボりと同じだと思われるらしく、垣根は付き合いがあるクラスメイトからことあるごとに『出席日数がヤバいんじゃないの?』とメールが来ているらしい。

真守にとっては心配してくれるクラスメイトがいるだけでありがたいと思うが、当の本人は心底面倒に思っていたりすることを真守は知っている。

 

そんな特色豊かなエリート校たちだが、真守もあらゆるエネルギーを生成するという能力者なため、長点上機学園、霧ヶ丘女学院、そして垣根の通っている学校など、様々なエリート校からオファーが来たが、真守が学校に通ったことがないのもあって、冥土帰し(ヘブンキャンセラー)はどこにでもあるあまり目立たない真守が今通っている平々凡々な高校を選んでくれたのだ。

 

普通というものが分からない真守にとって今の学校はありがたくて新鮮で毎日が楽しいし、小萌先生は優しいし、クラスメイトも学校の全てを真守は気に入っていた。

 

(色々と飾り立てられていたからその飾りを取るのに随分と時間が食われてしまった……。どうしよう、間に合うかな。吹寄にごめんって言わないと……)

 

真守はリムジンの中でそんな自分が気に入っているクラスメイトの一人で大覇星祭の運営委員である吹寄制理が自分の到着を待って気を揉んでいないかと焦る。

 

だがリムジンは道路交通法を守って進んでいるので、真守の気持ちは焦るばかりである。

 

(飛んだ方が早いって言ったんだけどなあ……流石に選手宣誓直後に超能力者(レベル5)第一位が空を飛んでいたらそれだけで騒動になるって言われたんだよなあ。……それにしても、初めての大覇星祭がコレかぁ)

 

真守が心の中で呟いた通り、真守は五年前まで研究所に所属していて、中学は内臓器官の退化の治療のためという名目で、冥土帰し(ヘブンキャンセラー)のもとで学校に通えるようになるほどの真っ当な倫理観を学ぶために病欠していたので、初めて大覇星祭に参加するのだ。

 

初めての大覇星祭で選手宣誓を任されて、超能力者(レベル5)第一位として全世界に紹介されるのは異常すぎて流石超能力者(レベル5)と言われるだろう。

 

真守はそんな自身の異常性を感じつつも、リムジンの中でそわそわとしながら自分の学校のグラウンドで行われる最初の競技に間に合うか気を揉んでいた。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

真守はリムジンから降りて駆け足でクラスメイトが待機している選手控えエリアへと急ぐ。

 

「吹寄!」

 

真守はクラスメイトである上条当麻のことを睨み上げている吹寄の名前を呼び、前日から競技に真守が自分が間に合うか酷く心配していた彼女を安心させるために駆け寄る。

 

「ごめん、ギリギリになってしまった!」

 

「朝槻。ううん、大丈夫よ。それよりお疲れさ、」

 

吹寄が言いかけていると、突然真守と吹寄にバシャッ!! と、水道水が降りかかった。

 

「「……」」

 

何が起こったかと言うと、元凶はやっぱり上条当麻である。

 

どうやら上条がグラウンドの砂埃をある程度抑えるために地面に這わせてある散水用のゴムホースを踏んでいたらしく、上条の足で水が()き止められたことによって圧力がかかり、水が逃げ場を得ようとした結果、散水専用の蛇口に付けられていたホースの口が勢いよく外れたらしい。

 

そんな蛇口の近くにいたのが吹寄で、大覇星祭体育委員の彼女のもとに選手宣誓で遅れそうになってしまった真守が近付いてしまったわけで。──二人は大量の水を頭から被ってしまった。

 

「ふ、吹寄、朝槻ィいいい!? おのれカミジョー属性、俺たちの最後の砦とカリスマアイドル属性付与の超能力者(レベル5)を!!」

 

「もう駄目だ。カミジョー属性の手にかかれば、あの堅物たちも濡れ透けの餌食か」

 

「そして実は可愛らしい下着とかエロエロの下着とかがバレて、いつものラブコメになっちまうんだ……」

 

「我々人類の絶望やね。──っつか、吹寄と朝槻でダメなら後は誰が残っとんねんボケェ!」

 

阿鼻叫喚のクラスメイトの中、ぽたぽたと前髪から水がしたたり落ちながら(うつむ)いていた真守はキッと上条を睨み上げた。

 

「……っこの野郎、人が……っ人が面倒なモノから解放されて、競技に間に合うか車の中でそわそわしてやっと合流できたと安堵した途端に……コレかァ────!!」

 

真守はぽたぽたと滴る水を振りまきながら上条へと一直線に近づくと、ガッと襟元を掴み上げて上条当麻を宙へと縫い付ける。

 

「わぁああああ朝槻さんストップストップ! いやこれわざとじゃなくてですね!? ほんっと。ほんっとうに超能力者(レベル5)第一位様を濡れ濡れの透け透けのエロエロにしたかったわけではなく!! ていうか本当、お前すんげえ下着着てんな!?」

 

上条は真守の体操服が濡れて透けて見えている下着をガン見して思わず叫び、その叫び声に呼応するかのようにクラスメイトの男子の半数以上が真守の下着を見て鼻血を噴き出した。

 

真守は『樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)』の『残骸(レムナント)』騒動の時にランジェリーショップに大覇星祭用の下着を買いに行っており、その時に買ったスポーツブラタイプの勝負下着を身に着けていた。

 

その勝負下着とは、黒のレースに紐が背後でクロスして、交差した場所にバタフライモチーフがついているスポーツブラだった。

 

スポーツブラで気合を入れるような勝負下着はこういうものしかないのだ。

 

高校生にしては大人びている下着だが、真守が着ているとなるとなんら不思議ではない。

 

「……っ上条、お前ってヤツはなんでそういう注目集めること口にするんだァあああああ────!!」

 

真守が顔を真っ赤にして雄たけびを上げて上条をぶんぶんと振り回し始めたので、クラスメイトは我に返って騒然とする。

 

「ヤバいっ!! 朝槻、それは流石にマズい! 大覇星祭始まってすぐに超能力者(レベル5)がクラスメイトをボコるのは大問題だ!!」

 

「入学式の時の再来キタ!? ヤバいぞ、あいつ今超能力者(レベル5)だぞ!? 今度こそ上条が死ぬ!!」

 

「女子! 女子組早く来いっ!! 朝槻を(なだ)めろ、アイツは宥めればちゃんと止まる!!」

 

真守の下着を見て鼻血を噴き出していたクラスメイトは我に返って上条と真守に次々と殺到し、怒れる超能力者(レベル5)を止めた。

 

騒動が少し収まると、真守はクラスメイトの女子に宥められながら低く(うな)って上条を睨みつけており、女子たちは真守を囲んで必死に宥めていて、そんな真守たちの前で吹寄はぷんすか怒って怒りを鎮めるために紙パックの牛乳を飲んでいた。

 

男子たちは真守と吹寄の下着を見ないように顔を赤くしてそっぽを向いているが、ちらちらと意識がいって仕方なかった。

 

だが真守が上条を睨み上げている中、突然それは起こった。

 

バサッと。

 

真守の視界を(さえぎ)るようにして何かが落ちてきたのだ。

 

「え。ナニコレどっから落ちてきたの?! 空!?」

 

「でも何もいないけど? ……風で飛んできたの?」

 

「この無風で残暑厳しい晴れ模様で?」

 

真守の周りにいた女子生徒たちが困惑している中、真守は頭に落ちてきたその何かから顔を出した。

 

「……ジャージ?」

 

真守が頭から取って両手に持ったのはジャージの上着だった。

それは黒地に赤いラインが肩や裾に入っているスタイリッシュなブランド物の高級ジャージで、とても普通の学生が着用することはできない逸品だ。

 

「男用? なんか、コレ見覚えが……」

 

真守は男性が好む柔らかなシプレのフレグランスが(まと)わせてあるジャージを抱えながら小首を傾げると、固い感触があってジャージを探る。

 

固い感触とは胸元についていた二種類のピンであり、一つは校章でもう一つは紳士服に着けるピンだった。

 

「あ」

 

真守はその二つに見覚えがあった。

 

一つは真守がお礼としてとある人物に選んでプレゼントした大粒のスワロフスキーがついた(いかり)のピンで、もう一つはとある人物の所属している学園都市五本指に入るエリート校の校章をモチーフにしたピンだった。

 

真守はそれを見てとある人物が誰か見破り、ダバッと滝汗を流して心の中で叫ぶ。

 

(ヤバい、みんな消される!!)

 

真守にジャージを頭から落としたとある人物とは学園都市五本指の学校に通う超能力者(レベル5)であり、暗部組織『スクール』のリーダーである垣根帝督に間違いない。

 

彼は『特別公欠』で大覇星祭を休んでいる。

そして真守が大覇星祭を初めて経験するので、大覇星祭中はずっと自分と一緒にいて超能力者(レベル5)第一位として有名になった自分のボディーガードをしてくれると言ってくれた。

 

つまり──最初の競技が行われるこのグラウンドの観客席にいる。

 

多分、未元物質(ダークマター)で造り上げた姿を消せる人造生命体であるカブトムシによって真守の上からジャージを落としたのだろう。

 

あの独占欲の塊である垣根が随分とご執心の自分の下着を見た人間に怒り狂わないはずがない。

 

特にこんな事故を引き起こした上条当麻。

 

ヤツは必ず消される。

 

真守がジャージを抱き込んだまま硬直していると、周りの女子生徒が首を傾げた。

 

「……そんなことは……絶対に、────ですよーっ!」

 

「……馬鹿馬鹿しい──に決まって……ですか」

 

「あれ?」

 

真守が沈黙した途端、誰かが言い争う声が聞こえてきて真守は小首を傾げた。

真守が落ち着いて余裕が出た女子生徒たちにもその声が聞こえてきたので、真守と一緒にその声がする方へと顔を動かした。

渦中(かちゅう)の真守が目を(またた)かせて何かに気を取られたので、クラスメイトたちもそちらの方へ──体育館の裏手へと意識を向ける。

 

「だから! ウチの設備や授業内容に不備があるのは認めるのです! でもそれは私たちのせいであって、生徒さんたちには何の非もないのですよーっ! それに、ウチの頑張り屋さんが超能力者(レベル5)第一位に認定された事もあって、設備の援助が始まっていて授業内容もそれによって適宜変更しているのですっ!」

 

体育館の裏手で声を上げていたのは真守たちのクラスの担任である月詠小萌先生で、身長一三五㎝のプリティー体型に何故かチアリーダーのような応援コスチュームを着ていた。

 

小萌先生と向き合っているのはスーツを着込んだ男性の教師で、彼は嘲笑を浮かべていた。

 

「はん。確かに統括理事会から追加資金が下りたそうですが、それは朝槻真守のためであって学校のためではないでしょう? それにあなたは超能力者(レベル5)という成功作を一つだけしか生み出していないじゃないですか。その証拠として一学期の期末能力測定も、朝槻真守以外酷かったんでしょう? まったく、失敗作を抱え込むと色々苦労しますねえ」

 

「せ、生徒さんには成功も失敗もないのですーっ! あるのはそれぞれの個性だけなのですよ! みんなは一生懸命頑張っているっていうのに! それを……それを、自分たちの都合で切り捨てるなんてーっ!」

 

小萌先生は抗議するように手を挙げているが、そんな小萌先生を睥睨して男性教師は嗤ってまくしたてる。

 

「それが己の力量不足を隠す言い訳ですか。はっはっはっ。中々夢のある意見ですが、私は現実でそれを打ち壊してみせましょうかね? 私の担当育成したエリートクラスで、お宅の落ちこぼれと所謂『棚ぼた』を完膚なきまでに撃破して差し上げますよ。エリート軍団とエリートではエリート軍団の方が勝ちますからね。うん、ここで行う競技は『棒倒し』でしたか。いや、くれぐれも怪我人が出ないように準備運動は入念に行っておくことを、対戦校の代表とし忠告させていただきます」

 

「なっ……」

 

小萌先生が絶句する中、男性教諭は振り返って後ろ手を挙げながら去っていく。

 

「あなたには前回の学会で恥をかかされましたからねえ。全世界に放映される競技場で借りは返させていただきますよ? ああ、それと。超能力者(レベル5)がいるならば手加減はしません。愚図もろとも完膚なきまでに叩きのめして差し上げますよ」

 

「……、違いますよね。みんなは、落ちこぼれなんかじゃなりませんよね……?」

 

小萌先生は、自分のせいで大切な生徒が罵倒されてしまったのだと心の底から責任を感じており、ぽそっと呟いてからこらえるように空を見上げた。

 

「……──お前たち、話は聞いたか?」

 

真守がジロッと阿鼻叫喚だったクラスメイトに訊ねると、クラスメイトたちはそれぞれゆらりとやる気のオーラを立ち上がらせた。

 

「やる気がねえとかじゃねえ……」

 

「オールで体力が尽きたとか、そういう問題じゃねえ……」

 

「何が何でも曲げちゃならねえことがあんだよ……っ」

 

やる気に満ち溢れていくクラスメイトたちを睥睨して、上条当麻は拳を掲げる。

 

「……ああ。テメエら、やるぞォ──────!」

 

雄たけびを上げて気合を入れた小萌先生の教え子たちは、その時猛者と成り果てた。

 

こうして大覇星祭初日、真守たちは最初の競技を勝利で収めることができた。

 




大覇星祭篇開幕です。
しょっぱなからラッキースケベの上条さん。そして怒り狂っているであろう垣根くん。

これで過去に上条くんが真守ちゃんの胸わし掴みしたって垣根くんが知ったら本当に上条くん殺されそう……。



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第九二話:〈温和空気〉は一転して

第九二話、投稿します。
次は一一月一七日水曜日です。


真守は競技が終了して観客席を見回しながら垣根たちを探して歩いていた。

携帯電話で連絡を取れば良いと思うが、携帯電話は選手宣誓をした時から深城に預けているため連絡が取れないのだ。

それに観客席はそこまで人が多くなく、まばらなので見つけられると思ってこうして徒歩で探している。

 

(まあ、見つからなかったら帝兵さん呼んで連絡とればいいんだが)

 

「あ、ねえキミ! 選手宣誓してた超能力者(レベル5)第一位の子だよね?」

 

真守がきょろきょろとしていると、観客席にいた男子学生の一人に声を掛けられた。

 

「……そうだけど」

 

真守が警戒して告げると、男子学生がわらわらと寄ってきて真守を好奇の目で見つめる。

 

「生で見た方が可愛いなー」

 

「ねえ。学校でどんな時間割り(カリキュラム)やってんの? あんまり有名じゃない高校なのに超能力者(レベル5)になれるってやっぱり普通の時間割りじゃないんだよな?」

 

「いやいや。努力でなったんだろ。超能力者(レベル5)第三位……あれ、今は第四位だっけ? の、御坂美琴だって最初は低能力者(レベル1)だったんだし」

 

最初、男子学生は内輪で話していたが、真守を見つめて笑いかけてくる。

 

「それにしても、さっきの競技は凄かったなー。気迫が違うっつーか。アレでしょ? 朝槻さんがいるからクラスの子たちも頑張ろうって気合入ってんだろ?」

 

「あ。俺たちわざわざ見に来たんだけど、良ければ俺たちの競技も見てよ。次の競技まで時間があるだろ?」

 

真守は男子学生に囲まれてしまい、顔をしかめて着ていただぼだぼの垣根のジャージの袖で口を隠してその中で口を尖らせる。

 

学園都市は現在一般開放されているため、ここでも来場客の目がある。

 

いつもだったら適当に撃退してしまうのだが、超能力者(レベル5)第一位と大々的に宣伝されているのでこのまま手を出したら色々とマズい。

 

「──オイ」

 

どうすればいいか真守が困っていると、やっぱり垣根が来てくれた。

 

垣根が男子学生たちを射抜いて威嚇すると、男子学生は全員、暗部組織で日々死闘を繰り広げている垣根の殺意を受けて固まった。

 

「真守、こっち来い」

 

垣根が逆手にしてクイッと自分のことを指で呼ぶので、真守は立ち尽くす男子学生の間をスルッとすり抜けて垣根のそばへと近寄る。

 

「ごめん。私、色々と忙しいから」

 

手をグイッと引っ張られた真守は垣根に連れていかれながら振り返って、固まる男子学生たちに断りを入れてからその場を後にする。

 

「垣根、ありがとう」

 

「ッチ。競技が終わって即座に合流しようとするまでにこれかよ。お前、俺や源白置いて絶対どっかに一人で行くんじゃねえぞ。あっという間に囲まれる」

 

垣根が極限までイライラしているのに人の目があるため必死に抑えているのを、力が入っている手から感じた真守は柔らかくギュッと垣根の手を握る。

 

「うん。でも垣根が今みたいに助けに来てくれるから大丈夫」

 

「……そーかよ」

 

垣根は真守の信頼が嬉しいのか、機嫌悪そうな声音から少しだけ気分を上げて真守を見ずに呟く。

 

「あ。真守ちゃん!!」

 

垣根に連れられて観客席を歩くと、他所(よそ)行きで綺麗なシフォン系の淡いワンピースを着た深城と、カブトムシを抱えてマリン風のワンピースに大きなパーカーを着て頭にセーラー帽を被った林檎がいる席にたどり着く。

 

「まーもりちゃあああああん!! 可愛かったしカッコよかった! あのアクセサリーってもらえないのぉ? マントはマントはぁ?」

 

深城は真守に向かって突撃してきて、ぎゅーっと真守を抱きしめる。

 

「アレはどっかの展覧会とかに寄贈されるからもらえない。……むー。深城、あんまりくっつかないで。とても暑い……」

 

朝から残暑が厳しいのに運動した真守は冷却目的のエネルギーを体に循環させているとはいえ、うっすらと汗を掻いている。

 

「あ、ごめんねえ。そうだよねえ。頑張ってきたからくたくただよねえ。何か飲む? 林檎ちゃん、真守ちゃんにあげてくれる?」

 

真守の肌がじっとりとしているのに気が付いた深城はいそいそと離れて微笑むと、(かたわ)らにいた林檎に声を掛けた。

 

「うん、朝槻。これあげる」

 

「ありがとう、林檎」

 

真守は深城に促された林檎からスポーツドリンクを受け取って柔らかく目を細めた。

 

「垣根。屋台のご飯食べに行きたい」

 

コクコクと真守が喉を鳴らして懸命に飲んでいると、林檎が垣根のジャージの中に着ていたデザインシャツのインナーの裾を引っ張っておねだりする。

 

「あ? ……あー真守の次の競技まで時間があるから行ってもいいか。確かここから行くと屋台エリアに行くまでの道が吹奏楽のパレードで通行止めになっちまうんだったな。行くなら早く行くぞ」

 

「あ。垣根、ジャージありがとう。今脱ぐからな?」

 

垣根が移動しようとするので、真守はスポーツドリンクを飲むのをやめて着ていたジャージを脱ぎながら垣根に差し出す。

 

(俺の服着てんのかわいかったな……)

 

垣根はそう思いながらも、流石にジャージの上を着てないのはファッションセンス的に許せないので真守から受け取ろうとする。

 

だが真守が垣根に渡す前にきゅっとジャージを握ったので垣根は内心首を傾げた。

 

「あのな、垣根。……上条のこと、怒らないでほしいな」

 

「許せねえモンがある」

 

真守がお願いしようと垣根は真守に水をぶっかけて大衆に下着をさらした上条当麻(不届きもの)を許せるはずがない。

 

「……垣根ぇ」

 

垣根が即答したのを聞いた真守が悲しそうに眉をひそませるので、垣根はため息を吐きながら真守からジャージを受け取って着て、ピッと襟を正す。

 

「……ったく、しょうがねえな。行くぞ」

 

垣根が真守のお願いを聞いてポケットに両手を突っ込んで歩き出したので、真守は顔を輝かせてそんな垣根の隣を歩き、深城と林檎は手を繋いでその後ろを歩く。

 

「朝槻。ビーム出してなかったけど手加減してたの?」

 

一般客が多い中、超能力者(レベル5)第一位の少女やイケメン、そしてグラマラスな体型の少女に幼女という組み合わせで好奇の視線を向けられながらも四人が歩いていると、林檎が真守に問いかけてきた。

 

「競技には高位能力者制限というものが設けられていてな。私はこの大覇星祭中、どんな競技であっても私は外部にエネルギーを放出してはならないんだ」

 

「あ? じゃあお前は体内エネルギーの循環効率を上げた肉弾戦しかできねえってことか?」

 

林檎に説明していると、垣根が声を上げたので真守はコクッと頷く。

 

「うん。……肉弾戦についても色々と制限されるところだったらしいんだけど、テレビ映えを意識してそっちには制限はかけられなかったんだ」

 

「確かに衝撃波やら火の玉が繰り広げられる中、高速移動してそれを避ける猫耳猫尻尾の第一位サマがいたら絵になるだろうなあ」

 

垣根が面白くなさそうに呟くので、真守はちょんちょんと垣根のジャージの裾を引っ張り、垣根が顔をこちらに向けた瞬間、真守はそっと微笑んだ。

 

「垣根。私頑張るから見ていてくれな?」

 

「……大覇星祭なんてクソくらえだが、まあお前は初めて参加するしな。……一応見といてやる。楽しめよ」

 

「うん」

 

嫌なのに自分のことを想って激励を送ってくれる垣根を見て、真守はその気遣いが本当にうれしくてふにゃっと笑った。

そんな真守が愛しくて垣根は目を細めると、真守の頭に手を置いて撫でてふっと柔らかく微笑んだ。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

「林檎。何食べたい?」

 

「あれ」

 

真守が屋台スペースに来て問いかけると、林檎は辺りを見回した後スッと指さした。

それはりんご飴の屋台で、綺麗に赤く色づけされた飴が(まと)わされたりんご飴が美味しそうに並んでいた。

 

「共食いかよ」

 

「垣根、そういうこと言わない」

 

真守は深城の背負っているバックパックから財布を出すように指示をしながら嗤った垣根を睨む。

 

「あ。真守ちゃん! 私じゃがバター食べたい!! 真守ちゃんの分も買ってくるからお金ちょぉだい!」

 

「ええー……私は別に。あんまりお腹空いてないし」

 

「疲れているんだから何か食べた方がいいよぉ! それに真守ちゃんのお腹空いてないは当てにならないんだからね!」

 

深城にぷんぷんと怒られた真守は嫌そうにしながらも、深城に五〇〇〇円札を渡す。

余分に渡されたお金を見て、真守から自分の分も買ってこいのお許しが出た深城はぱあっと顔を輝かせて切れた凧みたいにぴゅーっと小さくなっていく。

 

真守は深城を横目で見つつ、りんご飴を売っている屋台で林檎のために飴を買ってあげる。

 

その様子を少し遠くから見ていた垣根の視界の端に、カラカラと何かが滑り込んできた。

 

「ん?」

 

垣根の視界に入ってきたのは携帯電話だった。見ると、少女が地面に鞄の中身をぶちまけてしまっていて、落ちた荷物を懸命に拾っていた。

 

「お嬢さん。携帯電話落としたぞ」

 

「あっありがとうございますっ!!」

 

垣根が目の前に落ちてきた携帯電話を拾って少女に渡すと、少女は突然現れて自分に親切にしてくれた高身長、イケメンの好青年にドキッとして顔を赤くしながらもお礼を言う。

 

「気を付けろよ」

 

垣根が柔らかな営業スマイルで少女を送り出すと、少女はきゃあきゃあ言いながら一緒にきた友達と話しながらちらちら垣根を見て去っていく。

 

真守たちの買い物は終わっただろうか、と軽い気持ちで垣根は振り返る。すると、そこには愕然(がくぜん)とした表情をした真守と、りんご飴を買ってもらえてご満悦ながらもじーっと垣根を見上げている林檎がいた。

 

「どうかしたか?」

 

垣根が様子のおかしい真守を見つめて怪訝な表情をすると、真守はわなわなと震えて呟く。

 

「……呼ばれたことない」

 

「あ?」

 

「垣根にお嬢さんって呼ばれたことない……っ!!」

 

怪訝な声を上げる前で、真守は体に力を入れて呆然としたまま震える。

 

「……そうだったか?」

 

「そっそんなキャラなの!? 垣根の他所(よそ)行きってそういう感じだったのか!?」

 

「そんなってなんだよ。……俺だって外面ってモンがあるんだよ」

 

真守が必死な表情で問いかけてくるので、まるで責められているように感じた垣根はムッとしながら真守の問いかけに答える。

 

「わっ私の時はそんなんじゃなかった!」

 

「……そうだったか?」

 

垣根は真守と初めて会った時の事を思い出す。

あの時は確か真守が完全に受け身のまま不良をぶちのめし、そこに加勢が来たので接点を作るために丁度良いと思って逃走を助けたのだ。

 

(まさか真守がここまで大事になるなんて思いもしなかったな)

 

「か……か弱い女の子にはそうなのか……? 私が不良ぶちのめしてて、どっからどう見てもか弱い女の子じゃなかったからお嬢さんって優しく言ってくれなかったのか……?!」

 

垣根がぼーっと七月初めのことを思い返していると、真守も思い返していたのかぶつぶつと呟く。

 

(……かわいい)

 

「ね、お願い垣根。私のこと一回だけでいいからお嬢さんって呼んでみて……? に、にこって笑って。ね?」

 

嫉妬と呼んでいいか分からないが、真守が慌てふためく姿が面白い垣根。すると、真守はおずおずと人差し指を立てて、垣根にお願いをした。

 

「嫌だ」

 

「なっナンデーッ!?」

 

真守に意地悪したくなった垣根が真守のお願いを断ると、真守は心の底からショックを受けた。

垣根にお願いを断られる日が来るなんてうぬぼれだとしても事実ありえないと思っていた真守は、愕然として虚空を見つめて固まった。

 

「真守ちゃーん。じゃがバター買ってきたよぉ──って、何々!? 真守ちゃんなんでそんな顔してるの!? かわいい!!」

 

じゃがバターを買って帰ってきた深城は衝撃で固まっていた真守を見て、真守大好きが故に色んな真守の表情を見たい彼女は顔をほころばせてきゃーっと嬉しそうに叫ぶ。

 

「えぇ? 林檎ちゃん! 真守ちゃんと垣根さんどぉしたのぉ?!」

 

「朝槻がお嬢さんって垣根に呼んで欲しいんだって」

 

「えぇ!? そぉなの!? ……垣根さんが真守ちゃんのことお嬢さんって呼んだ時の嬉しそうな表情をする真守ちゃんも見てみたいけど、今の愕然としている顔もかわいいからこのままでもいい気がする……! ああ真守ちゃんかわいい…………!」

 

「朝槻って大変だね」

 

うっとりと恍惚の笑みを浮かべている深城の隣で、林檎は過保護な垣根と真守ガチ勢の深城に挟まれている真守のことを想ってぽそっと呟きながらりんご飴を口にした。

真守が『うぅ……』と小さく(うめ)いてふるふると震えている姿を、好きな女の子に意地悪したくなる精神で垣根が心の中でかわいいと感じていると、深城のポケットに入れられていた携帯電話が震える。

 

「わわっ林檎ちゃん、携帯電話! 真守ちゃんの携帯電話ぽっけから出して!」

 

「ん」

 

林檎は飴をぱくっと口に含んだ状態で、じゃがバターを両手に持っている深城のワンピースのポケットから真守から深城が預かっていた真守の携帯電話を取り出す。

 

「朝槻、電話。『すている=まぐぬす』から」

 

「……え?」

 

真守は垣根にお願いを断られたショックを覚えながらも林檎の言葉に反応すると、その名前を聞いて真守にいじわるしていた垣根が怪訝な表情をした。

 

「もしもし」

 

〈? なんでそんなに落ち込んでいるんだい?〉

 

「……なんでもない。で? 何の用だ、イギリスに帰ったんじゃないのか?」

 

ステイルに問いかけられて自分の声が気落ちしているのに気が付いた真守は、首を緩く横に振って気分を切り換える。

 

〈……一度神裂たちと一緒に帰国しようと思ったんだがね。問題が発生した〉

 

「問題?」

 

真守はステイルの言葉がきな臭くなってきたので顔をしかめて、そんな真守を見て垣根は警戒心を高めていた。

 

〈今学園都市は一般来場客を招くために警備を甘くしているだろう?〉

 

「……それに紛れて魔術師が入ってきたと?」

 

真守がステイルの言葉を先回りして告げると、ステイルは頷いた。

 

〈ローマ正教のリドヴィア=ロレンツェッティ。そいつが雇ったイギリス生まれの運び屋オリアナ=トムソン。両方女で、彼女たちの取引相手がいるんだけど、こちらは確定していない。まあロシア成教のニコライ=トルストイが怪しいんだけどね〉

 

(ローマ正教にイギリスの運び屋、それにロシア成教? 色んな勢力が関わってるじゃないか)

 

「取引って? この学園都市で物品の取引をしようとしているのか?」

 

真守は心の中でまったく立場の違う人物たちについて考えながら問いかけると、ステイルは学園都市の現状を今一度確認する。

 

〈学園都市は魔術師に無暗に手を出せないからね。大覇星祭中のこの街は絶好の取引場所なんだよ〉

 

「ふーん。つまりお前たちも動き辛いから少数精鋭じゃなくちゃいけないてことだな。大方知り合いの魔術師としてこちらに来たんだろう?」

 

真守が気のない返事をして面白くなさそうにステイルに問いかけると、ステイルも心底面倒そうに答えた。

 

〈キミの言う通りだ。イギリス清教として大々的に動いたら、この機に乗じて他の勢力も乗り込んでくるからね。今回の話は非常にデリケートな問題なんだ〉

 

「それで? 取引される物品は?」

 

〈教会に伝わる霊装。……って言ってキミに分かるかい?〉

 

「アレだろ。魔術を行使する際に手助けしてくれるのとか、魔力を通せば大規模魔術が行使できるヤツ。どんな霊装だ? そこまで言うなら教会由来のものなんだろう?」

 

真守がインデックスから聞いた霊装について簡潔に告げると、真守が霊装について理解していると踏んだステイルは本題に入った。

 

〈『刺突杭剣(スタブソード)』。それの効力は──あらゆる『聖人』を一撃で即死できるシロモノだよ〉

 

「……神裂は?」

 

〈キミの懸念通り、今回は使えないんだ。僕たちで対処するしかない。今土御門と合流する。キミも色々と忙しそうだし、僕も何回も説明するのは面倒だ。詳しいことは競技の合間に土御門から聞いてくれ〉

 

真守が自分の知り合いであり、ステイルの同僚である聖人について言及すると、ステイルは真守の懸念を肯定しながら詳しい話を真守のクラスメイトでイギリス清教所属の多角スパイ、土御門元春に聞くように指示をする。

 

「分かった。また後でな」

 

真守はそこでピッと携帯電話の通話を終えて顔をしかませながら、真守の携帯電話から音を懸命に拾い取っていた垣根を見上げた。

 

「どうやら楽しい大覇星祭になりそうだ」

 

真守が苦笑しながら告げると、垣根は大覇星祭が初めての真守にとって、まったく普通ではないお祭りごとが始まってしまったと歯噛みした。

 




相変わらずナンパされる真守ちゃんとそれに怒る垣根くん。最早テンプレ。

そして話の流れ的に垣根が真守ちゃんのことをお嬢さんって呼んだことないなーって思ってたのでどうしても入れたかった話でした。
真守ちゃんにいじわるする垣根くん。男の子なんだな……。



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第九三話:〈重要取引〉に次々参戦を

第九三話、投稿します。
次は一一月一八日木曜日です。


真守は大玉転がしが終わってスポーツドリンクを飲んでいた。

 

大玉転がしは学年対抗で、それぞれ二五個の大玉を転がして敵軍の後方にあるゴールラインへと半数以上を先に入れた方が勝ちというシンプルなゲームだ。

敵も自陣の後方にあるゴールラインへと大玉を転がしてくるので、最低一度は自軍と敵軍の大玉が交差する。この瞬間に大玉をぶつけたり、能力を飛ばして相手を妨害するのだ。

 

真守のクラスは女子組と男子組、それと男女混合組で計三つ大玉を担当していたのだが、競技中に女子組の大玉が男子組の大玉にぶつかってしまい、逃げ遅れた上条当麻が大玉に()かれるという事故が起こった。

いつもの上条当麻の不幸体質による事故だったが、真守は男女混合組だったので被害はなかった。

 

「うわあ。上条、背中に思い切り踏みつけられた跡がついているぞ」

 

真守はスポーツドリンクを飲みながら、大玉に轢かれてその大玉を転がしていたクラスメイトに踏んづけられた跡が背中にくっきり残っている上条の白かった体操服を見つめながら呟く。

 

「いてて……不幸だ……で? 『刺突杭剣(スタブソード)』ってのがどうして聖人に効くんだよ?」

 

どうやら上条はステイルと土御門が話しているところを目撃はしたが、学園都市というナイーブな場所で取引が行われており、その取引にイギリス清教が表立って動いて事態を収束できないこと、そして取引される物品、『刺突杭剣(スタブソード)』があらゆる聖人を一撃で即死させられるということしか聞いていないらしい。

そこら辺はステイルから連絡を受けた真守と一緒だった。

 

真守も詳しい話を聞きたかったのでそう切り出した上条と一緒に土御門を見つめた。

 

「聖人ってのはあれですたい。『神の子』に身体的特徴が似ているから強い力を秘めている人間ってこと。カミやんには前に話したと思うが、『偶像の理論』ってのに基づいているんだにゃー」

 

「『偶像の理論』って……ああ、なんか十字架のレプリカにはある程度力が宿るとかって言う……?」

 

上条が随分とふんわりした言い方をするので、土御門は苦笑する。

 

『偶像の理論』とは姿や役割が似ているとその性質を宿すというもので、真守にも『偶像の理論』に基づいて『光を掲げる者(ルシフェル)』の役割(ロール)が付与されていたりする。

 

そんな『偶像の理論』を真守が頭の中で復習していると、土御門が説明を続けた。

 

「『神の子』の処刑に使われた十字架を模したレプリカにはある程度の力が宿る性質と同じで、『聖人』は『神の子』と身体的特徴が似ているから『神の子』の力の一端を持つことができるんだにゃー。その一端だとしても超絶大な力で、だから聖人は魔術世界の核兵器みたいなもんですたい。だが、聖人には欠点が一つある」

 

「欠点?」

 

上条が土御門の説明の最後に反応すると、土御門はここからが重要事項だと言うように真剣な声で告げる。

 

「簡単に言えば、『神の子』の弱点そのものも受け継がれちまってるってことだ」

 

「……なるほど。つまり刺突か。納得がいった」

 

「刺突って? 『神の子』の弱点がなんで刺突なんだ?」

 

真守が土御門の言葉に即座に反応すると、上条は首を傾げる。

 

「上条。『神の子』が聖書で一体どうなったか、それくらいは知っているだろう?」

 

真守は呆れた様子で上条を見つめながら、簡単に『神の子』の弱点について紐解くために問いかける。

 

「え? ……ええーっと、確か復活したとかなんとか……あれ、でも復活したらどこ行ったんだ?」

 

真守は上条の聖書知らずを聞いて『コイツマジか。聖書も勉強させなくちゃいけないようだな』と、久しぶりに上条に勉強を教えようと決意して、そんな真守の隣で土御門は思わず苦い顔をして笑った。

 

「いいか、上条。簡単に言うと『神の子』は一度死んで復活して天に昇ったんだ。一度死んだ、その死に方が弱点になるんだ。その死に方とは、両手と足に鉄の釘を打って十字架に固定されて、最後には槍で脇腹を刺殺されるというやり方だ。刺突されて死んでるだろう?」

 

「あ! だから『刺突杭剣(スタブソード)』……!」

 

上条がそこで初めて『刺突杭剣(スタブソード)』の意味を理解して声を上げる。

 

「まあ槍がトドメだったのか生死を確かめるための一撃だったのかは神学者でも意見が分かれるんだけどにゃー」

 

そこで土御門は真守の説明に本職として思わず補足説明をして、それから真剣な表情に変わる。

 

「詳しい説明を始めるぞ。『刺突杭剣(スタブソード)』ってのは、処刑と刺殺の宗教的意味を抽出し、極限まで増幅・凝縮・集束させた『竜をも貫き大地に縫い止める』とまで言われる霊装ですたい。普通の人間には何の効果もないが、相手が聖人ならば『偶像の理論』に基づき、一撃で葬る力がある。距離に関係なく、()()()()()()()()()()()で聖人は死ぬ」

 

「な……っ距離に関係なく!?」

 

真守が土御門の説明に驚愕で静かに目を見開く中、上条が声を上げた。

そんな二人の反応を見て土御門はにやにやと嗤いながら、その実全く何も面白くないとでも言いたげに告げる。

 

「怖いだろう? 『刺突杭剣(スタブソード)』は一度発動したが最後、核シェルターに籠ろうが、地球の裏側にいようが、冥王星まで逃げ延びようが切っ先を向けられただけで聖人は死ぬ。その凶悪さと利便性はレーザー兵器どころじゃないぜい。元々は私欲に走る聖人を葬るために作られたものらしいんだけどにゃー」

 

「そんなもんを取引して、魔術師たちは何をするつもりなんだよ……?」

 

上条が恐ろしさに(うめ)きながら訊ねると、土御門はスポーツドリンクを軽く振ってケロッと言い放つ。

 

「もちろん、戦争だろうさ。さっきも言ったが聖人ってのは、魔術業界じゃ核兵器に等しい意味を持つ。敵軍の聖人だけを上手く殺し、味方を保護するだけでも戦況は随分変わってくるぜい」

 

「けど、聖人以外の魔術師だっていっぱいいるんだろ? 例えばイギリス清教だって、神裂がいなくても戦えそうな気がするけど?」

 

『戦争になる』というスケールの大きさにピンと来ていない上条を見て、真守は現実味を帯びさせるためにとある質問をした。

 

「上条。お前、超能力者(レベル5)を確実に殺せる兵器を魔術師連中が造ったって言ったら一体どうなると思う?」

 

「大問題だろ。最悪、戦争に……」

 

真守が現実味を感じさせるために意図的にした質問によって、上条はハッと息を呑んで言葉を途切らせた。

 

「朝槻の言う通りぜよ。力の象徴である聖人の死は、魔術社会の制度全体の破滅を想像させちまうものなんだぜい。……聖人を恣意(しい)的に殺され、宗教的パワーバランスを狂わされた国や組織が一か所でも崩れれば、周りが動く事になる。それだけで戦争の火種だ。そんなの、対魔術師用の国際治安維持機関であるイギリス清教の『必要悪の教会(ネセサリウス)』が黙って見過ごせるわけないにゃー」

 

「でも、そんなヤバイ問題ならインデックスに協力を仰いだ方がよくないか?」

 

魔術の専門家であるインデックスに何故教えないのかと上条が当然の疑問を口にすると、土御門は肩を竦めて告げる。

 

「禁書目録はいつでも事件の中心にいる。だから禁書目録を中心として魔術師は学園都市の外からレーダーみたいな術式を使って魔力の流れを感知しているのさ。少しでも動きがあれば即踏み込めるようににゃー。学園都市へ大量の魔術師たちが組織的に踏み込んでくるのがマズい。だから特例で俺やカミやん、朝槻やらステイルなんかが動いているわけだが。……それを快く思っていない組織もある」

 

「科学世界は学園都市一強だが、その科学世界を狙っている魔術世界は多勢力に分かれていつでも隙を伺っている、か。……だからこそ面倒なんだよな」

 

「つまり、俺たちだけで動くしかないって事かぁー……」

 

土御門と真守の淡々とした説明に上条が深刻な問題だと呟くと、真守はとても気まずそうな顔をして上条をちらっと見た。

 

「ちなみに、今回私も表立っては動けない」

 

「え。なんで?」

 

「カミやん。朝槻は科学世界を背負って立ってんだぜい? 大覇星祭のプロパガンダに使われている超能力者(レベル5)第一位が出るって競技に本人が出なかったら大問題だにゃー」

 

「……そうか。お前、そう言えばこの大覇星祭の目玉だもんなあ」

 

上条がしみじみした様子で呟くので、真守はムッと顔をしかませて上条を睨み上げる。

 

「お前は超能力者(レベル5)が周りにいすぎて少しおかしくなってるんだ。一八〇万人の中で超能力者(レベル5)は八人しかいないんだぞ。レア中のレアだ、まったく」

 

「そうか。……朝槻と神裂が動けない。結構な痛手だなあ……」

 

「……まあアテがないワケじゃない」

 

ぼやく上条に真守が顔をしかめながら呟くと、当然の如く上条がきょとんとした。

 

「え? どういうことだ?」

 

「ふっふーん。朝槻の近くには使い勝手がいい人間がいるんだぜーい。そんでアイツ、協力してくれそうかにゃー?」

 

「詳しく説明してないけど、多分大丈夫。私が絡んでくるなら絶対に口出すヤツだし。それに大覇星祭の競技に出ないから自由に動けるし。……でも気難しいヤツだから大変じゃないか? 土御門、お前相当嫌われてるけど」

 

土御門が問いかけてくるので、真守はつい先日に土御門に対してブチ切れていたとある人物の機嫌を取るのが大変だったなあ、と顔をしかめながらも土御門を心配する。

 

「まったく人生の先輩がちょっと言っただけで拗ねるとかどんだけですたい」

 

「お前たちは何言ってんだ?」

 

「決まってるだろ」

 

二人の会話の意図が読めない上条が当然の如く小首を傾げると、土御門はニヤニヤと嗤いながら告げる。

 

 

「垣根帝督。超能力者(レベル5)第三位のアイツなら自由に動けるってことにゃー」

 

 

 

──────…………。

 

 

 

「あらあらまあまあ。何かマズいことになっているわねえ」

 

真守たちが大玉転がしをしたグラウンドの観客席では、真っ白なレースの日傘を差した銀髪碧眼の貴婦人──アシュリン=マクレーンが座っており、姪の真守と上条、それと土御門の話を魔術で盗み聞きして、心底楽しそうにくすくすと微笑んでいた。

 

「どうされますか? アシュリン様」

 

隣にいた黒いスーツを着た従僕が話しかけてくるので、アシュリンはくるくるとレースの日傘を回しながら微笑む。

 

「真守ちゃんが関わるならば黙って見過ごせるわけないでしょう? それにしてもローラめ。考古学的な意味合いのある物品の取引なのに、わたくしのこと蚊帳の外にして楽しんでいるのかしら? 今度会ったら髪の毛でも抜ける呪いをかけて差し上げようかしらね?」

 

(……あなたが出しゃばると問題が悪化するからでは?)

 

アシュリンがイギリス清教の最大主教(アークビショップ)、ローラ=スチュアートの事を思って黒い笑みを浮かべていると、従僕はそんなアシュリンを見つめて心の中で思わず呟く。

 

「何を考えているの? 従僕の分際で」

 

アシュリンが従僕の心の中を的確に見抜いて微笑むと、従僕は咳ばらいをしてから居住まいを正す。

 

「失礼しました。……で、いかがいたしましょう」

 

「真守ちゃんの競技を見ること以上に重要事項は存在しないわ。それにローラとわざわざコンタクト取るのも面倒。だから──ステイル=マグヌスを探しなさい。一介のルーン魔術師に(おく)れを取るようならさらし首よ?」

 

「拝命いたしました」

 

アシュリンがさらりと残酷な事を告げるが、従僕は慣れているのかそれとも自分の実力を誇っているのかこれっぽっちも恐怖せずに頷く。

 

「それにしても『刺突杭剣(スタブソード)』ですって。鑑定しがいがありそう。一体どんな伝承や意味合いが込められているのかしら。……この魔術と関わり合いのない地で行方不明という事にして、横からかすめ取ってしまうのもよさそうねえ」

 

「……また最大主教(アークビショップ)に怒られますよ。だからあなた様を蚊帳の外にしたのでは?」

 

「あら。あの女狐がキーキー怒ったって怖くないわ。色々と枷をかけられている立場の者たちを翻弄することほど、面白いものはなくってよ」

 

アシュリンの隣に座っていた女性の従僕が(なだ)めると、アシュリンはそんな従僕に綺麗な仕草でウィンクをした。

 

「……そういう性格だから怒られるんですよ」

 

「あら次は真守ちゃん、パン食い競走ですって。いつから日本でパン食い競走は主流になったのかしら。面白い文化よねえ?」

 

アシュリンは従僕がため息を吐く隣でパンフレットを取り出して真守の出場する競技を見ており、そんなアシュリンを見て従僕は再びため息を吐いた。

 

その様子はどこからどう見ても強者の余裕を秘めており、そして彼女にはその雰囲気に伴う実力があった。

 




説明回でした。

垣根くん、ここで初めてがっつり魔術に関わることになります。しかも真守ちゃんがいないところで土御門と共闘です。またイジり倒される……。
そしてアシュリンも動きだしました。次回から本格的に動く事になります。波乱の予感ですね。



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第九四話:〈唯一無二〉のために動き出す

第九四話、投稿します。
次は一一月一九日金曜日です。


「……で、お前は俺にあのクソ野郎と一緒に魔術師を探せって言うのか?」

 

真守は競技が終了して深城と林檎と歩きながら垣根に状況を説明しており、全てを聞いた垣根は顔をしかめて真守に問いかけた。

 

「垣根が土御門のこと嫌いなのは分かってる。でもえり好みしている場合じゃないんだ。魔術世界で争いが生まれれば、その余波は学園都市にもやってくる。……何より、イギリス清教には友達がたくさんいるから、できれば守ってあげたいんだ」

 

真守が躊躇(ためら)いがちに自分の気持ちを告げているので、垣根は真守の頭にポンッと手を置いた。

 

「垣根?」

 

「あの忠犬のことは気に入らねえが、お前の頼みだ。やってやる。それに魔術に触れる良い機会だしな」

 

真守は垣根がお願いを聞いてくれたことにぱぁっと顔を輝かせるも、垣根のことを心配して眉をひそめた。

 

「気を付けてな。逃げ回る魔術師を見つけるのは大変だ。帝兵さんも使えないから」

 

「そうだな。衛星も監視カメラもごまんとあるこの学園都市で取引しようとしてんだ。ヤツらは必ず魔術を使う。そしたらカブトムシ(端末)も役に立たねえ。……でも、お前は心配しなくていい。大覇星祭、初めてで楽しいんだろ?」

 

垣根は真守に優しく微笑みかけると、真守は気まずそうに顔をしかめながら告げる。

 

「……分かる? 垣根、大覇星祭嫌いだから垣根の前であんまりはしゃがないようにしてたんだけど」

 

「見てれば分かるに決まってんだろ。……お前が楽しそうでよかった。だからそのまま楽しんどけ」

 

垣根がぽんぽんと自分の頭を撫でてから手を離すので、真守はその手の感触に恥ずかしそうにふにゃっと笑いながらも頷く。

 

「うん、ありがとう。垣根」

 

「あの忠犬に連絡しろ。しょうがねえからやってやるってな」

 

「むぅ。そういうこと言わないで任せておけって言ったらかっこいいのに……」

 

真守はぶつぶつと呟きながら携帯電話を取り出して土御門元春に連絡する。

 

「もしもし土御門?」

 

〈朝槻!? 悪い手短に頼む! 今カミやんが魔術師見つけて追いかけてる途中なんだ!〉

 

「え。垣根が手伝ってくれるって言ったんだけど、今どこだ?」

 

真守の問いかけで土御門が魔術師を追い詰めていると知った垣根は、視線を鋭くさせて真守の携帯電話へと耳を近づけた。

 

〈カミやんのGPSコード送るからそれ追いかけて来てくれ!〉

 

GPS機能付きの携帯電話には『友人の現在地を探す』というサービスがあり、専用のコードをメールで受け取ればそのサービスを利用できて、友人がどこにいるか分かるのだ。

 

真守は土御門の言葉に即座に頷いて通話を切り、そのGPSコードが書かれたメールが土御門から送られてくるのを待つ。

 

「垣根、コード。これ」

 

真守が土御門から送られて来たメールに書いてあったコードを垣根に見せると、垣根は取り出していた携帯電話にそのコードを打ち込んで上条の動き続ける居場所を確認した。

 

「行ってくる。何かあったらカブトムシ(端末)で俺に繋げろ」

 

そして垣根は真守の髪の毛を一筋(すく)って、さらりと撫でてから離れていく。

 

「垣根!」

 

真守が離れていく垣根に声を掛けると、垣根は振り返って怪訝そうな顔をする。

 

「ありがとな、垣根。……魔術には気を付けて」

 

魔術は科学とは全く別の仕組みで動いている。

だからこそ、この世界の法則に負けることがない真守と垣根の致命傷になる可能性があるのだ。

それを真守が心配しているのを知っている垣根は力強く頷いた。

 

(おく)れは取らねえ」

 

垣根が応えてくれたので真守はふにゃっと笑って垣根へと手を振って見送る。

 

「朝槻、何か大変なこと起こってるの?」

 

「垣根が私の代わりに頑張ってくれるんだ」

 

「垣根さん、優しいねえ」

 

林檎と深城に囲まれた真守は彼女たちの言葉に応えつつも、垣根が見えなくなるまで垣根の後ろ姿を見つめていた。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

垣根は自律バスのバスターミナルにやってきて整備場に足を踏み込んだ。

 

「おっ。随分な重役出勤だにゃーていとくーん」

 

「黙れ。次その呼び方で呼んだらぶっ殺すぞ」

 

垣根が辺りを警戒しながら歩いていると、垣根に気が付いた土御門がぶんぶんと手を振っておちょくってくる。

 

土御門の隣には上条がいて、上条は記憶が無くなってから初めて会う垣根がびっくりするほどの高身長のイケメンで、思わずその勝ち組っぷりに絶句していた。

 

「で? お前たちが追ってたヤツはどっちだ? その様子だと取り逃がしたんだろ?」

 

「『追跡封じ(ルートディスターブ)』、オリアナ=トムソン。運び屋の方にゃー。でもヤツが使っている霊装は確保した。コレで逆探の術式を組む」

 

「テメエは魔術が使えねえ体じゃねえのかよ」

 

「え。垣根ってなんでそこまで詳しく知ってるんだ?」

 

二人の会話を聞いていた上条が思わず訊ねると、垣根は真守が大変気にかけている上条を上から下まで見てから面白くなさそうに告げた。

 

「真守から大体聞いてる」

 

「……垣根さん、もしかしてなんか怒ってます?」

 

上条が最初から機嫌が悪い垣根を見て思わず問いかけると、隣にいた土御門が笑って答える。

 

「違う違うカミやん。コイツは朝槻以外には大体いつもこんな感じにゃー」

 

「うるせえよ、忠犬」

 

垣根が土御門に純粋な殺意を向けている少し離れたところで、ステイル=マグヌスは焦った表情をしていた。

 

突然降ってきた符から声がしたと思って警戒したら、なんと相手はイギリス清教お抱えの魔術的物品を取り扱う古物商のマクレーン家だったのだ。

 

マクレーン家は何もただの古物商ではない。

 

イギリス建国以前から居ついているケルトを取り仕切り、そしてケルトのドルイドを生業とする集団なのだ。

 

ドルイドとは神官、占い、政治、その他諸々を引き受ける魔術的意味合いを持った『樫の木の賢者』と呼ばれる者たちで、ケルト人の精神的手中である。

 

そのためマクレーン家はイギリスという国家の縁の下の力持ち的存在となっているのだ。

 

その証としてマクレーン家自体は公爵家の地位を(たまわ)っているので王室派も無視できないし、そんなマクレーン家に関係する者たちの中にはデイムやナイトの叙勲(じょくん)を受けた人間だって存在する。

それに加えてイギリス清教お抱えの古物商であったり、もっと言えば過去にイギリス清教と敵対していたため清教派と対話ができるほどの地位を持っていたりなど、王室派、騎士派、清教派それぞれに縁があってがっつりイギリスの中枢に食い込んでいるのだ。

 

「……それは本当なんですか?」

 

ステイルがアシュリン=マクレーンの告げた真実が信じられなくて問いかけると、符の向こうでアシュリンはくすくすと笑った。

 

〈真守ちゃんがわたくしの妹の子供なのは本当よ。一連の流れを話すと、妹はわたくしたちケルトが気に食わなくて出奔。それから真守ちゃんを産み、死んでしまったの。その後何の因果か、よりにもよって学園都市に真守ちゃんは捨てられてしまったのよ。あなた方一介の魔術師には公表されていないみたいだけど、真守ちゃんとわたくしたちマクレーン家の血縁関係は学園都市が保証して魔術世界のお偉い方には既に通知済みよ〉

 

「戦争が起こってないということは丸く収まったという見解でよろしいんですよね。……しかし、最大主教(アークビショップ)が言っていた、新たな第一位となった朝槻真守の情報が魔術連中に流れないように管理しているイギリス清教のスポンサーとは、あなた方だったんですね。身内のためならば確かに情報操作をする。……納得いたしました」

 

〈ええ。その認識で合っているわ。ところでステイル。随分と面白い物品がここで取引されているわねえ?〉

 

「……一枚噛ませろと?」

 

ステイルはアシュリンの言葉に背筋を寒くする。

マクレーン家はイギリスの中枢にがっつり食い込んでいるため、あの最大主教(アークビショップ)でさえ手こずる相手なのだ。

アシュリン=マクレーンの機嫌を損ねればどうなるか分かったもんじゃない。

ステイルが冷や汗をたらしながら問いかけると、アシュリンは軽やかに笑った。

 

〈わたくしもレディーよ。そこまではしたなくないわ。ただちょっと味見くらいしてもいいと思って、ねえ?〉

 

「……まあ、僕にあなたを止める権利はないので。ですがくれぐれも危ない橋は渡らないでくださいよ」

 

〈心得ているわ。じゃあね、ステイル〉

 

ステイルはそこで燃えつきて灰になった符を見つめながらため息を吐いた。

そして土御門と上条の下へと向かうと、そこに垣根がいてステイルは首を傾げた。

 

「誰だい、この男は?」

 

「朝槻が寄越した助っ人だにゃー」

 

土御門が即座に告げると、ステイルは自分と二〇㎝弱くらいしか差がない、日本人にしては背が高い垣根を見下ろす。

 

「……もしかしてキミは朝槻真守の伯母から紹介を受けてきたとかじゃないよね?」

 

「あ? なんでそこで真守の身内が出てくんだよ」

 

「別口か。ならいいんだ」

 

垣根がステイルの問いかけに純粋に首を傾げると、ステイルは頭痛のタネだと言わんばかりにため息をつく。

 

「どういうことだ?」

 

「今は時間が惜しいからそれは朝槻の伯母から直接聞いてくれにゃー。あの人も朝槻に話さなくちゃなんねーだろうからな」

 

「……よく分からねえが大体何に関することか分かった。で? オリアナ=トムソンはどうやって探すんだ?」

 

垣根はそこで真守の実家がイギリスということもあってがっつりステイルたちに関わってきているのだと察し、それに関しては後で謎を解消するとしてそのまま話を進める。

 

「ああ。さっきも言ったが魔力の霊装は押さえてある。オリアナが逃げながら遠隔操作でこれを操ってたんなら、ケータイみたいに魔力の送受信が行われていた可能性が高いぜい。コイツを使って逆探知の術式を組みたいんだが、ステイル。手伝ってくれるかにゃー」

 

土御門は筆記体で『Soil Symbol』と青い文字で書かれた厚紙を軽く振って告げる。

 

土御門が言うには土の属性である『()』ではなく水の属性である『青』の文字を使うことによってズレた配色を意図的に設置してその反発力を攻撃力に変換しているらしい。悪い相性は悪い効果を生むという五行でいうところの相克(そうこく)らしいが、垣根にはちっともわからない。

 

土御門はそこで整備場の地面にオリアナ=トムソンが使った霊装を地面に置き、それを中心として円を描いたり、色とりどりの折り紙を配置し始める。

 

「……ちなみに、能力者の前で魔術を使う件については大丈夫なのかい? 彼女はきちんとしているし、迂闊に魔術に手を出さないから問題ないが、僕は初めて彼に会ったんだ。……信用できるのかい、土御門?」

 

垣根が陣を描く土御門の様子をじぃっと見つめていると、そんな垣根の前でステイルは土御門に直球であからさまな質問をぶつけた。

普通ならば失礼な行為だが、共闘するならば不安を潰しておきたいと言うステイルの考えが垣根にも理解できるので、垣根は特に失礼だと感じずむしろ真っ当な疑問だな、と考えてさえいた。

 

「だってよ。どうだ、超能力者(レベル5)サマ。魔術ってのに初めて触れてどう感じたかにゃー?」

 

「まったく分からん。つーかそこら辺に残ってる魔術の残存情報を未元物質(ダークマター)でなぞって解析したが、上手く逆算できねえ。あんなのが本当に異能として機能してる方に違和感があるくらいだ」

 

垣根と土御門の会話はステイルに『とりあえず共闘する意志はある』と伝えるための茶番的な会話だが、こうでもしてステイルを安心させなければこの先共闘できないと垣根は考え、自分が調べたことと感じたことを正直に告げた。

 

「科学に当てはめようとするから分からないんだぜい」

 

「科学に当てはめないで能力者がどうやって異能について考えんだよ。つーかテメエは能力者なのに一体どうやって魔術使ってんだよ」

 

理解不能と言った顔をしている垣根に土御門は笑って告げるが、垣根には心底理解できないことなので、ステイルを安心させるための会話だと理解していながらも思わず土御門にボヤいてしまう。

 

「ちゃんと魔術のセオリーに(のっと)ってるぜい? お前や朝槻なんて特にそうだが、お前たち超能力者(レベル5)は事象を数式に置き換える癖がある。魔術は数式では組み立てられないんだ。そういうもんなんだよ、魔術ってのは」

 

「セオリーねえ。そのセオリーが分からねえんだよ。数式使わないで異能使うとか、マジで理解できねえ」

 

垣根が顔をしかめると、低位能力者でもある土御門はエリートだからこそ理解できないと捉えられる垣根の言葉に苦笑する。

 

「だからお前たちは魔術に触れても再現できる手立てがないと判断するから大丈夫なんだにゃー。……だが、なまじ感覚で能力使ってるヤツは普通に魔術にも手を出そうとする。その点、お前や朝槻はブラックボックスである魔術に簡単に手を出そうとしない。まあ、お前たちが強力な能力持ってるっていう理由もあるが、実際のところ採算が合わないんだろ?」

 

「ああ。まったく釣り合わねえな。一回使っただけで死んじまいそうになる力をどうやって活用すんだよ」

 

垣根は真守から聞いていた『魔術を能力者が使うと死ぬ』という事を思い出しながら告げる。

 

土御門が言うには魔術を使うのはロシアンルーレットのようなものであり、四、五回楽に耐えられることもあれば一撃で死ぬこともあるらしい。

 

そんな使い勝手の悪い技術に手を出す理由が『無限の創造性』を持っている垣根には根本的にないのだ。確かに興味深い技術であるが、敵を知るために理解したいのであって使うために理解しようとは全く思わない。

 

「だと思った。というわけでステイル、今の会話聞いてたら分かると思うが、コイツの前で魔術を使っても問題ねえですたい。それに朝槻がストッパーになってるからコイツは絶対に下手な事はしない」

 

「成程。まあ彼女が寄越した人間だからそこまで警戒していなかったが、今の会話を聞く限りまったく問題がなさそうだね」

 

ステイルはテキパキと陣を完成に導く土御門の言葉を聞いて頷く。

 

垣根は真守から大体の事情を聞いているので知っているが、ステイル=マグヌスはインデックスと自分自身を救ってもらった朝槻真守に多大な信頼を寄せている。

 

だから真守が信頼して寄越して魔術に関わらせようとしている垣根のことも、ステイル=マグヌスは普通に警戒はしたが、信頼には値する人間だと思っているらしい。

 

(俺がどんな人間か分からねえのに真守が寄越したってだけで信用するなんてな。……真守の人たらしは不良神父にまで及ぶのかよ)

 

垣根は行く先々で人をたらしこんで懐に潜り込む真守を思い浮かべながら、呆れたように顔をしかめる。

 

(つか、なんで真守の伯母ががっつり魔術に関わってんだよ)

 

垣根は陣を描いている土御門の一挙手一投足を正確に記憶しながら心の中で呟く。

 

(まあ、何にせよ。『刺突杭剣(スタブソード)』の取引を中止させれば問題ねえだろ。……そう言えば真守の実家は古物商とか言ってたな。魔術的物品を取引する古物商か……確かに魔術にがっつり食い込んでてもおかしくねえな)

 

垣根は心の中で真守とマクレーン家について考えている前で、土御門はテキパキと準備を進めていく。

 

(真守が関わってる魔術。……どんなものか見定めさせてもらうぜ、忠犬?)

 

垣根は土御門を横目で睨みつけながら心の中で呟く。

 

土御門は垣根の疑いの目を感じて不快感を覚えるが、垣根がどうして自分を疑っていて、誰を自分から守りたいのか知っているので心の中で同類め、と密かに笑っていた。

 




ここから垣根くんが主人公です。堕ちてない英雄(ヒーロー)頑張ります。

ちなみに土御門が垣根くんを『同類』だと言ったのはお気づきかもしれませんが、二人共絶対に裏切れない大切な人(舞夏と真守)を持っているからで、大切な人間のためならば殺しも厭わないからです。

するとステイルとも同類ということになり、案外この人たちみんな似てることになります。まあとあるは大切な人間のために戦う人多めですので垣根くんもその一人に加わったということで……真守ちゃんが垣根くんを堕ちないように助けたからですね。人たらし……。



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第九五話:〈本職人間〉からのご高説

第九五話、投稿します。
次は一一月二〇日土曜日です。


土御門は陣を描きながら魔術を全く知らない垣根と上条のために説明する。

 

「術式の名前は『理派四陣』って言うんだが──『御使堕し(エンゼルフォール)』ん時もコイツが使えりゃ楽だったんだけどにゃー……俺は魔術一回使って体ボロボロ。神裂ねーちんは結界張るのが苦手。んでロシア成教に魔術教えるのもマズかったし、使えなかった代物ぜよ」

 

「あ? 『御使堕し(エンゼルフォール)』? なんだそりゃ」

 

「文字通り、天使が落っこちてきた事件だにゃー」

 

垣根が『御使堕し(エンゼルフォール)』について反応すると、土御門は手を動かしながらあっけらかんと言う。

 

「へえ。そんな御大層なことが魔術で起こせるのか。天使落とすとかその度に世界が終わりそうなモンだがな。意外と頑丈なんだな、この世界」

 

学園都市でも大概色々と起きてはいるがそれはあくまで内々なだけで、実は世界規模で見てみると『御使堕し(エンゼルフォール)』だけではなく何度も人類滅亡の危機がやってきているらしい。

やっぱり真守みたいに視野は広く持った方がいいな、と垣根が考えていると、ステイルが焦った表情をする。

 

「いやいや。あれはちょっと異常だったよ。というよりキミ、割と柔軟性が高いんだね。普通科学サイドの人間が天使なんて聞いたら意味不明だって思うけど?」

 

「んーこいつはどっちかって言うと存在自体がメルヘンだからにゃー。理解が早いに決まってる」

 

ステイルの焦りに土御門が手を動かしながら自分を罵倒してくるので、垣根は殺気を込めて土御門を睨みつける。

 

「オイ。ぶっ飛ばすぞお前。つーかアイツだって翼出るし。もちろん知ってんだろ?」

 

「直接は見たことないが知ってるにゃー」

 

「チッ。やっぱり信用ならねえ」

 

「何の話してるんだ?」

 

垣根が多角スパイでなんでも知ってる土御門のことを敵視していると、それを聞いていた上条は小首を傾げた。

 

「ちょっと込み入った話だにゃー。あ、カミやん、『理派四陣』の術式砕かないように下がってろ。どうせ俺もカミやんのそばまで下がるし、垣根もなー」

 

土御門に言われた上条と共に垣根が陣から下がると、土御門は地面に印をつけて陣を完成させた後、告げた通りに二人のもとまで下がった。

 

土御門が作り上げた陣は直径五〇㎝の黒い円で、中心にオリアナが魔術に使った厚紙が置いてある。

その円の四方には青、白、赤、黒の新品の折り紙が設置してあり、それぞれ東西南北に照らし合わせて置かれているらしい。

 

ステイルは土御門の描いた陣の前で片膝を突いて両手を祈るように組んで目を閉じた。

 

「──風を伝い(IITIAW)しかし空気ではなく(HAIICT)場に意思を伝える(TPIOA)

 

ステイルがノタリコンを呟くと四枚の折り紙が起き上がって垂直に立ち、ぐるぐると円を描いて回り始め、そしてその円は少しずつ中心へと向かい小さくなっていく。

 

「ルーンってのは染色と脱色の魔術で意味のある文字を刻み、その溝を力で染めることで術式を発動し、脱色することでスイッチを切る。ステイルの場合は、印刷という手段を使って『あらかじめ染めておいた』カードを使うから術式の発動が異様に速いぜよ」

 

「魔術が科学使ってもいいのかよ?」

 

垣根が土御門に問いかけている最中も円はどんどんと中心へと向かって狭まっていく。

 

「別に魔術師が科学使っちゃダメ、なんて規定はないにゃー。まあ確かに科学に弱い人間もいるにはいるが、大体は科学に頼ってるぜい。『エンデュミオン』で術式発動しようとしたレディリー=タングルロードとかが良い例だにゃー。……ステイルはあらかじめ染めておいたカードを『燃やす』ことで脱色のプロセスも一瞬で済ませられるんだ。まあ普段はあらかじめ『染めておいた』術式しか使えないワケだがな」

 

「つまり『染色と脱色』の法則さえ守れば臨機応変に対応できるってことか?」

 

「そうそう。さっすが超能力者(レベル5)。仕組みの理解が早い。ちなみにルーンの標準フサルク二四文字から外れてもルーン魔術ってのは発動できるんだにゃー。実際、単に『ルーン文字』っつっても時代によって数パターンにも派生しているし」

 

話している最中に円がオリアナの厚紙へと迫っていき、後一五センチまでのところまで迫る。

 

「これを使うと、そんなぴたりとオリアナの位置が分かるもんなのか?」

 

「ま、半径三キロ以内ならほぼ確実だにゃー。けど、そのラインから外に出られちまった場合は何もつかめないぜい。ついでに言うと一回『理派四陣』を発動させると次の準備に一五分ぐらいの空き時間が必要になっちまうにゃー。一回で成功させりゃー問題ないない」

 

「使い勝手が悪ぃな。問題だらけだろ」

 

上条の質問に土御門が術の仕組みを話すので垣根はそれにケチをつける。

 

そのケチに土御門は手を横に振ってナイナイと動かす。

 

「いやいやていとくん。俺だって魔術師なんだぜい。一発限りになっちまうが困った時は『赤ノ式』で終わらせちまう手があんだよ」

 

「だからいちいち(かん)に障る名前で呼ぶんじゃねえ。つーかテメエ、魔術使ったら死ぬんじゃねえのかよ。それとお前が魔術使って迎撃するとお前が魔術師ってバレるし、外に張ってる魔術師が学園都市になだれ込んでくるだろうが」

 

垣根が青筋を立てて土御門を睨みつけると、土御門はおどけた風ににやーっと笑う。

 

「おやおや心配してくれているのかにゃーん?」

 

「ムカついた。殺してやろうか?」

 

「朝槻が怒るぜい?」

 

「…………この野郎……!」

 

自分の脅しに間髪を容れず現在大覇星祭を頑張っている真守の名前を出してくるので、垣根は殺意を込めて拳を握り締める。

 

「まあ、ふざけるのも大概にして。一撃必殺で決めたら危機は去ったからお前たちの出番はないって言えるし、『赤ノ式』は火の術式だから誰が魔術使ったって追及されたら炎が得意なステイルが砲撃しましたって言えば済むって話なんだぜーい」

 

「……ま、また大胆だな。そんなに上手く騙せんのか?」

 

土御門の話題転換に食いついたのは上条で、垣根は土御門の言葉に嫌そうに顔をしかめてチッと舌打ちしているが、話はちゃんと聞いていた。

 

「できるできる。『必要悪の教会(ネセサリウス)』には魔導書一〇万三〇〇〇冊分の知識が保管されてんですよ? 十字教の術式以外を勉強してたって少しもおかしくないし、何よりステイルのルーンは十字教と関係ない術式だからカモフラージュにはぴったりだぜい。まあ魔力の練り方を東洋じゃなくて西洋っぽく加工しなくちゃなんねーが、気を付けるのはそれくらいだしなー」

 

「……それ、何かすっげえこじつけだな」

 

「ごまかし方としては妥当だろ」

 

上条が顔をしかめて苦言を(てい)するので垣根が吐き捨てるように呟くと、土御門が両者の意見の食い違いに笑う。

 

「あっはは。そこら辺は正攻法を好むカミやんと邪道も躊躇(ためら)わないで使うていとくんの見解の相違だにゃー。なんにせよ、オリアナの位置さえ正確に掴めればこっちの勝ちだぜい。欲を言えば捕まえてリドヴィアともう一人の取引相手についても吐かせたいが、今はとにかく『刺突杭剣(スタブソード)』の取引中止が最優先だにゃー。そのためなら『刺突杭剣』を吹っ飛ばそうがオリアナの体を砕こうがお構いなしだぜい」

 

「……今、空間に干渉するような魔術使ってたから良かったなあ。そうじゃなかったら空間ごとテメエを圧し潰してたぞ、コラ」

 

「うわー超能力者(レベル5)サマキレたらマジヤバーい」

 

再三に渡る土御門のイジりに垣根がイライラと殺意を込めた目で土御門を睨むが、土御門はまったく気圧されずに、にまにまとおどけた様子で笑う。

 

「マジでこれ終わったら潰す……!」

 

垣根が土御門を睨みつけていると、四枚の折り紙がオリアナの残した厚紙に触れてパン! と乾いた音と共に折り紙が弾けて人の中に精密な地図が浮き上がる。

 

その精度は緻密なもので、衛星から撮影した超高解像度写真と化していくので垣根は土御門への怒りを忘れて思わず息を呑んだ。

 

「ごっがァあああああ────ッ!?」

 

だが次の瞬間、いきなりステイルが体を九の字に折り曲げて叫んだ。

 

それと同時にバギン! という物音と共に地面に描かれていた地図のラインが四方八方に飛び散った。そして骨が砕かれるような音が響き、上条はステイルの骨が砕けているのかと息を呑み、垣根は何らかの理由で空間が歪み、軋みを上げる音だと気が付いて警戒心を露わにした。

 

「魔力の暴走で空間がたわんだ単なるラップ音だ! カミやん、ステイルの体を殴れ! 多分それで止まると思う!!」

 

上条は垣根が感じていたことを的確に表現した土御門の言葉に従い、ステイルの懐に飛び込んで彼の背中を慌てて力加減など考えずに叩いた。

 

空気が抜けるような音が響き、空間が軋みを上げる音が止んで、ステイルが脱力したように地面に倒れ込んだ。

 

「なん、だ。今のは……逆探知の防止術式の一種みたいなものか……?」

 

ステイルが汗で額に張り付いた赤い長髪を掻き上げる前で、土御門は動かなくなった折り紙の一枚を地面から拾い上げて精査する。

 

「だったら、『理派四陣』の魔法陣たるこっちにも影響がありそうだが……そんな痕跡はないぜい。恐らくステイルの魔力を読まれて、ステイル個人の魔力に反応して作動するような迎撃術式が組まれてんだろうさ。オリアナの狙いは俺たちに魔術を使わせて魔力を読み取り、それを迎撃することだったんだろうさ」

 

「魔力には能力者が発するAIM拡散力場みてえに個性があって、それを読まれて攻撃されたってことか?」

 

垣根が現状からそう読み取ると、土御門は肩をすくめて告げた。

 

「魔力は能力者のAIM拡散力場とは全然違うにゃー。魔力ってのは術者の練り方次第によって質と量が変わるんですたい。完璧な迎撃術式を即興で組み上げるなんてことは普通できないぜい」

 

「じゃあオリアナはどうしてるんだよ?」

 

上条の尤もな疑問にステイルは体を起こしながら独り言を呟くように説明する。

 

「魔力そのものは複数のパターンが存在するが、その前段階なら違うんだ。つまり生命力を読まれた。……しかし、処刑(ロンドン)塔とかウィンザー城地下とか、魔術師を収容するための大規模拘束施設を利用するならまだしも、生身一つで生命力の探知・解析・逆算・応用・迎撃まで全てをやってのける術者がいるだなんて──流石は『追跡封じ(ルートディスターブ)』のオリアナ=トムソンと言ったところだね」

 

追跡封じ(ルートディスターブ)』オリアナ=トムソン。

 

その名にたがわぬ曲者(くせもの)の運び屋という事実が明るみになり、ステイルの言葉に芳しくない雰囲気が辺りに満ちて場の空気が少し重たくなっていった。

 

それでもどんな強敵であっても『刺突杭剣(スタブソード)』の取引は絶対に阻止しなくてはならない。

 

そのため土御門たちは次の一手を考え始め、垣根はそんな土御門たちを注意深く観察し、上条は気を揉んでその様子を見ていた。




土御門の魔術講座。

ここら辺魔術についての説明が多くなりますが、垣根くんが魔術を学ぶ大事な場面ですので少し続きます。ご容赦ください。



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第九六話:〈初見技術〉が山積する

第九六話、投稿します。
次は一一月二一日日曜日です。


ステイルが箱から新しい煙草を取り出す横で、土御門は手の中の折り紙に赤の筆ペンで印をつけ、この状況を打破するための陣の作成に入る。

 

「……生身一つで生命力の探知・解析・逆算・応用・迎撃ができる人間ねえ。なんでそんな人間が運び屋なんてやってんだよ。つーか専門ならからくりとか分からねえの?」

 

垣根が問いかけると、ステイルは煙草にライターで火をつけて一服した後、煙草を指で挟んだままゆらゆら動かして告げる。

 

「科学風に言えば超高速のコンピュータを一台用意して、そちらに解析を任せているような状態と言えばいいかな。それだったら逃げられるだろう?」

 

「そんなモンがポンポン用意できるわけねえだろうが。……チッ。その言い方だとオリアナ=トムソンが何してんのか分かってんだろ。もったいぶってねえで早く話せ」

 

「俺にも分からないから教えてくれよ。一体オリアナはどうやってんだよ?」

 

垣根が悠長に煙草を吸っているステイルの説明に苛立ちを見せていると、その隣で同じ疑問を持っていた上条も疑問の声を上げた。

 

「いやいや。カミやんほどアレの近くにいる人間はいないと思うけどにゃー。何せ、お前の隣にはアレを一〇万三〇〇〇種類も記憶している禁書目録がいるんだぜい?」

 

「まさか……魔導書?」

 

上条は一〇万三〇〇〇冊、という具体的な数字を言われ、それがインデックスが記憶している魔導書のことだととっさに察して声を上げた。

 

「そうだやカミやん。魔導書の原典だ」

 

「魔導書って……ただの知識が蓄えられた本じゃねえの?」

 

上条と土御門の会話に垣根が首を傾げていると、土御門は手を止めて垣根を見ておっ? と、少し驚きの表情を見せた。

 

「あり。そこら辺は朝槻から聞いてないか? 魔導書の原典ってのは、魔術についてのノウハウを記した書物のことだが、まともな人間が内容に目を通せば精神が崩壊すると言われるんだ。ここまでは知っているかにゃー?」

 

ステイルに手を動かせと視線で注意された土御門は再び筆ペンで折り紙の四隅に印をつけながら垣根に問いかけた。

 

「ああ。だから闇咲逢魔に魔導書読ませないように真守が止めたんだろ?」

 

「え? なんで垣根、闇咲の事知ってんだ?」

 

垣根が八月三一日に起きたことについて言及するので上条が当然の如く首を傾げると、垣根は理由を話す。

 

「真守から聞いた。つーか、お前の要請でシスター探しに行く直前まで、真守は俺と一緒にいたんだよ」

 

(……そういやアイツがエロい下着見せびらかしたのもあの時か……。……つーか上条当麻。不幸体質だかなんだか知らねえが真守の下着バカ共に見せやがって……! 本当はぶち殺したいところだが、真守がうるせえから手ぇ出さないでおいてやる……!)

 

垣根が若干思い出したくないことを思い出し、そしてそれに関連付けるように先程のことを思い出してしまったので上条への怒りを(にじ)ませていると、妙な気迫がある垣根に首を傾げつつも、それが自分への怒りだと気が付かずに上条は頷く。

 

「? ああ、そういや朝槻も色々と立て込んでたって言ってったっけ。……って、悪い。土御門。話が脱線しちまった」

 

「別に気づいたからいいぜい。んで、だ。魔導書ってのは文章・文節・文字が一つの魔法陣として起動しちまうんだ。だからそもそも魔導書の原典にある半永久かつ半自動的に迎撃を行っちまう効果は魔法陣によるもので、それで魔導書は破壊できないんだにゃー」

 

上条が脱線してしまったと気づいて土御門に詫びを入れると、土御門は特に気にせずに折り紙に折り目を付けながら筆ペンをその上に滑らせて説明をし始める。

垣根もいつまでも怒っていてもしょうがないと思いつつも、やっぱり怒りが忘れられなくて苛立ちを滲ませたまま、それでも大人しく土御門の話を聞いていた。

 

「魔導書と魔法陣のどこが似てるってんだ。魔導書ってのは古びた本で、魔法陣の方は良くRPGに出てくる、円の中にお星さまが描いてあるようなヤツだろ?」

 

上条が土御門に問いかけると、煙草を吸って一服していたステイルはため息を吐くように煙を吐き出す。

 

「……またくだらない例えを。それはダビデの刻印だ。それが単品ではなく、円形陣の一部として使われたのは中期の魔法陣だよ。まず陣の説明から始めてやるか……。最初期の魔法陣は単なる円だった。こんな感じだ」

 

ステイルは地面に落ちていた石を拾うと地面にしゃがみ込み、アスファルトにフリーハンドで恐ろしいほど正確に直径五〇㎝ほどの円を描いた。

 

「魔術に(うと)いキミたちでも思い浮かべられる五芒星や六芒星は、追加効果に使われているものだ。ベースとなる円の効果を増すために、ソロモンやダビデの刻印などを重ねて描いたというわけさ」

 

(手先が器用だな。……まあ魔術師にとってはこういうのを正確に描くのが必須スキルみてえだから当たり前か)

 

垣根が感心して少し目を細めている中、ステイルは説明しながら円の中に五つの頂点が完全に五等分された五芒星を一切直線に歪みを生じさせずに描く。

 

「後期の魔法陣では、さらに他の物を重ねて描く。それは文字だ。多くの場合は円の外周に力を借りたい天使の名前を書いたりするわけだが……こんな風に、まずは力を借りるべき天使の名を書く」

 

ステイルはそこら辺に売っているオカルト本からでも得られるほどに有名な天使の名前を英語で書き連ねていく。

 

「『火』や『風』と言った風に欲しい力の種類を指定し、どんな質の『天使の力(テレズマ)』をどの程度の量が必要なのかを明記する。力の質もそうだが、意外に重要なのは量なんだ。少なければ術式は発動せず、多すぎても余剰で暴走する。何事も適量が求められる。これが意外に難しい」

 

そこでアルファベットで円を一周すると、ステイルはそのまま手を停めずにその外側に二列目の文章を書き込んでいく。

 

「異なる界から適切な質を保った必要量の『天使の力(テレズマ)』を取得したら、次はその力をどうしようするかを書き記す。術者の杖に注いで特殊な効力を得たり、魔法陣の周囲に配して防御力を手に入れたり、とかね。すると──本のページみたいに見えるだろう?」

 

二列目、三列目、四列目──どんどんと増えていく『文字による式』に垣根は納得する。

 

超能力者(レベル5)第一位から第三位は汎用性の高い能力を持つが故に『数式』で物事を考える。

真守は源流エネルギーに数値を入力する際に数学的考えで入力するし、一方通行(アクセラレータ)は空間に展開されているベクトルを数値として捉えてそれを操る。

垣根も周囲の物理法則を数式として捉えて、その法則に未元物質(ダークマター)を入力することによって物理法則を変えているし、そもそも『無限の創造性』として使うために未元物質(ダークマター)に性質を付与する時だって数式を用いる。

 

能力に『数式』が必要なように魔術にも『言葉による式』が必要で、案外科学と魔術は発動する際の工程に似たようなところがあるのだと、垣根はステイルの説明を聞きながら考えていた。

 

「尤も、こういった方法の魔法陣にも弱点がある。図形を複雑にすればするほど、誤読が生まれるんだ。……まぁ、自分で描いた魔法陣の意味を自分で読み違える、というのは相当に間抜けな術者だと言えるけどね」

 

「結局、魔法陣ってのは情報量の多さが威力に直結しているんだぜい。すると一冊丸々魔術の知識が詰め込まれた魔導書ってのはどれだけの情報量を誇ってると思う? 言っちまえば、魔導書の原典ってのは超高密度の魔法陣ってトコなんだよ。プロの魔術師でも手を焼くほどにゃー」

 

ステイルが魔法陣についての説明を最後までし終わると、土御門はそこから最初の話である魔導書の原典に話を戻した。

それに上条が首を傾げて疑問を口にする。

 

「ならオリアナはその魔導書を保有する魔術師ってことになるのか?」

 

「んー。俺にはどうもオリアナには不安定な部分があるように思える。それにマジで魔導師として完成しているとすりゃ、アイツにレクチャーされた魔術師が部下としてついているはずだ。どっちかってーとそれはリドヴィアの役割だと思うぜい」

 

「……オリアナ=トムソンは今回の取引のために自動制御の迎撃術式の魔導書の原典を一冊用意した……? ……そんなことが本当にできるとは到底思えない。ヤツは運び屋だ、仕事の度に原典を編むなんて事できるはずがない」

 

「いいや、確かに一冊の本を丸々作るとなれば、それぐらいの時間は必要だろうにゃー。でも、オリアナの目的はそうじゃないだろ。アイツにとって重要なのは、魔法陣化した魔導書の効果だけだぜい。本の体裁なんざ気にしちゃいない。他人に読めるかどうかも分からない、走り書きのメモ見たいな感じなんじゃねーのかにゃー」

 

「……『速記原典(ショートハンド)』、といったところか。僕にはやはりできるとは思えないが……いや、良い。今はどんな可能性でも考慮しておこう」

 

専門家であるステイルと土御門の予測を静かに聞いていた垣根と上条だが、そこで上条が尤もな疑問を口にする。

 

「原典ってのは誰にも壊せない魔導書なんだろ? そんな風に戦う度にポイポイ原典を作り出してたら、世界中が原典だらけになっちまうと思うんだけど」

 

「そうだにゃー。あくまで予測だが、オリアナの『速記原典(ショートハンド)』はハンパなもので、短時間で勝手に崩壊しちまうんだ。原典と魔術師の混合術式──知識や技術を後世に伝えるためではなく、今一瞬で使って捨てちまう原典……ってトコだにゃー」

 

「その原典だの魔法陣だのってのはいまいち理解できなかったんだけどさ」

 

上条の『自分分かってません』宣言に反応したのはステイルと垣根で、二人はいまいち把握できないという顔をしている上条を白い目で見つめる。

 

「……、君は本当に説明しがいのない人間だね」

 

「……お前、真守に勉強教えてもらっても吸いの悪ぃスポンジみてえに、教えてもらったことを吸収しきれねえでぼたぼた垂れ流してんじゃねえだろうな?」

 

上条は二人からの、特に垣根からの視線を受けてぶんぶんと首を横に振る。

 

「いやいや!? 朝槻は分かるまで根気強く教えてくれるから、ちゃんと上条さんの頭に収納されていますよ!?」

 

「じゃあ僕も彼女みたいにキミにきっちり丁寧にみっちり教え込まなくちゃいけないってことかな? 嫌だね、そんなこと」

 

「出来の悪ぃ生徒にきちんと教える真守はほんっと良いバカだなー」

 

ステイルが心底嫌そうに呟くので、垣根は真守のお人好し加減にため息を吐く。

そんな二人の前で、土御門は苦笑しながらも朱色の墨で多分に水を含んだ折り紙を破らないようにまだまだ丁寧に塗りたくる。

 

「ああ、もう! 上条さんの頭の悪さは今関係なきことですよっ!? そうじゃなくて話戻すけど、迎撃されるならステイルはもうオリアナにどんな魔術使えないってワケか?!」

 

「忌々しいけれどキミの言う通りだよ。僕がどんな魔術を使おうが関係ない。何のために使用される魔術、なんて識別をわざわざ付け加える必要はないからね」

 

「それなら結局どうするんだ? ステイルはもう魔術は使えない。その『理派四陣』……だっけ? それでオリアナの位置を探知するのは難しいんじゃないのか?」

 

上条が顔をしかませていると、手を止めずに土御門が今一度説明する。

 

「いや。言ったろ? これは『速記原典(ショートハンド)』による自動迎撃術式だ。ならそいつを押さえれば良い。上手くいくと対抗策としての護符も作れるかもしれないが、相手は曲がりなりにも原典。まずはぶっ壊してステイルの魔術を使えるようにした方が無難かもしれないにゃー」

 

「『速記原典(ショートハンド)』を潰すのは良いが、それをやっている間にオリアナが『理派四陣』の探索範囲外へ逃げる可能性は?」

 

「ある。が、速攻で逃げ切る自信があるなら、わざわざ迎撃術式なんて組まないと思わないかにゃー? あれだって用意するのは手間がかかるだろう。ただでさえ切羽詰まった中で、わざわざ仕事量を増やすような真似なんて、普通はしないぜい」

 

土御門とステイルが魔術師としての見解を再び話しているのを聞いて上条は腕を組んで無い知恵を振り絞る。

 

「なあ、その『速記原典(ショートハンド)』ってのは、結局どこにあるんだ?」

 

「僕はどこかに仕掛けているんだと思っているけどね」

 

「同感だな。どこかに仕掛けて俺たちが対処してる内に逃げようとしてんだろ」

 

ステイルの推測に同意したのは垣根で、土御門がその推測に肉付けして確信へと導かせる。

 

「まあ『速記原典(ショートハンド)』の細かい使用条件が分からないから正確には何とも言えないが、オリアナがステイルの生命力パターンを探ったのが設置型だった。だからこの一連の術式のラストも同系統の設置型……って考えるのが妥当じゃねーのかにゃー?」

 

「じゃあどこに『速記原典(ショートハンド)』を仕掛けたのかって分かってるのか?」

 

「これからそいつを調べるんだにゃー」

 

土御門はそこで赤い筆ペンをポケットにしまってステイルを見た。

 

 

「ステイル。なんでも良いから魔術を使え。どこから妨害がやってくるのかを知りたい」

 

 

上条は土御門の無慈悲な言葉に息を呑んだ。そんな上条の横で垣根は目を細めた。

 

(やるべき時はやる。利用できるものは犠牲があっても利用する。……考えたくないが、やっぱりコイツは俺と同類だな)

 

それでも垣根帝督は土御門元春の考え方が少し前の自分ではなく、今の自分と同じ考えなのだと感じていた。

 

周りが自分勝手にしているのだから自分も利用できるものはどんな犠牲があろうとも利用する、という真守に会う前の傍若無人な自分ではなく、朝槻真守というかけがえのないもののためならば、どんな手段でも使うという今の自分。

 

(同族嫌悪だってのは分かってる。アイツがふざけた態度取るのもアイツが俺と自分が同類だって知ってるからだ。……全部分かってるから気に入らねえんだよ)

 

垣根はそこで小さくチッと舌打ちをして、何かを守るために戦うという、ちょっと前なら場違いだと感じるこの場に何気なく溶け込んでいることに顔をしかめていた。

 




お勉強会の続きでした。

そして垣根くん、土御門が自分と同類なの分かっています。
土御門も分かっているので互いが互いのことを理解しています。ある意味相思相愛的な何かになっていますがそんなこと言ったら垣根くん確実にブチ切れます。土御門も垣根くんおちょくることしなければいいのに……。



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第九七話:〈同類犠牲〉でも進み続ける

第九七話、投稿します。
次は一一月二二日月曜日です。


土御門は淡々とこれからやるべきことを説明する。

 

「オリアナはステイルの生命力を読み取った後に『速記原典(ショートハンド)』を使ってこちらの動きを妨害してる。その迎撃の術式にしても、魔力が使われているはずだ。この『占術円陣』は迎撃魔術の魔力に反応する形で起動し、どこから魔力が飛んできたのか、その方角と距離を逆算してくれる」

 

「だって無理だろ土御門! 迎撃が入るって具体的に何が起こるか分かってんのか!? そんなの実行すればもう一度ステイルが倒れる羽目になるんだぞ!」

 

上条のステイルを思っての言葉に、土御門は冷酷な笑みを浮かべながらサングラスの表面をキラッと(きら)めかせる。

 

「もう一度? 誰がそんな事を言った。一度で済むはずがないだろう? それにステイルはここでリタイアするわけじゃないぜい。最低でも迎撃術式を破壊した後にもう一回、オリアナを捜すための『理派四陣』を使ってもらう。それ以前に一度の『占術円陣』で迎撃術式の場所が掴めなければ──何度でも試してもらうしかない」

 

「……、テメエ。本気で言ってんのか?」

 

上条は土御門の残酷な発言に体操服の(えり)を掴み上げる。あまりの強さにブチブチと土御門が首にしていた金のネックレスがはじけ飛んだ。

 

「カミやん。忘れているようなら一つだけ教えておく。これは命がけの戦いだ。結果によっては国や世界が傾くほどの、な」

 

「でも……ッ!!」

 

上条はそこで歯噛みをして、片手で今まで土御門の襟を掴み上げていたが、両手で土御門に殴りかかる前のように顔を近づけて襟首を引っ張る。

 

「分かったよ。それで行こう」

 

「だって、お前……!! 垣根も何か言えよ! こんなことは間違ってんだろうが!!」

 

だがステイルが即座に土御門のやり方を肯定したので、上条は土御門に顔を近づけるのをやめるが、それでも襟首を引っ張りながらステイルを見て、その次に垣根をその視界に(とら)えた。

 

「あ? それ以外方法がなくて本人が嫌がらないでやる気ならいいんじゃねえの?」

 

「!? 垣根!!」

 

「気持ちが悪いから慣れ合うなよ上条当麻。それで全部終わらせられるなら問題はない」

 

上条が垣根に怒りの矛先を向けていると、ステイルはやれやれと言わんばかりに頭を横に振ってから土御門を睨みつけた。

 

「代わりに何があっても迎撃術式の居場所を突き止めろ。そしてこの問題は僕たちだけできちんと片付ける。これ以上大きな問題には絶対に発展させない。分かったか?」

 

「オーケー。これ以上問題をこじらせることでインデックスに強制帰還命令が下るような結果にはさせないぜい。彼女の学園都市での生活は確実に守る。それがお前の条件だったな?」

 

ステイルの言葉を受けて、土御門はステイルの要求を上条と垣根に言い聞かせるかのようにわざと口にする。

それを聞いていた上条は、土御門の襟を掴んでいた手を思わず離した。

ステイルが体を張る理由が、自分と一緒にいるインデックスの平穏を守るためと知ったからだ。

 

(……この不良神父はそこまであのシスターに入れ込んでんのか)

 

垣根が真守から聞いた話では、(くだん)のシスター、インデックスは現在イギリス清教が特別に学園都市で生活することを認めている状態にある。

だがそれは綱渡りのようなもので、どちらか一方に不利益が生じたり、情勢が変わったことによってすぐに崩れてしまうような生活なのだ。

 

それにインデックスはイギリス清教に管理されるために記憶を一年ごとに消されていたらしい。

おそらくインデックスは同僚だったこの不良神父のことを何も覚えていないのだろう。

 

記憶を消されて自分のことを忘れられたとしても、どんなことがあってもステイル=マグヌスはインデックスが学園都市で幸せに生活することを願っている。

いつだって彼女の幸せを願っている。

 

それは朝槻真守が人ではない何かになって、自分を必要とせず、離れていってしまっても絶対に一人にしないと誓った垣根帝督と同類のようなモノだ。

 

(同類多すぎんだろ)

 

「上条当麻。……僕は、キミが今ここにいることが気に食わない」

 

垣根が嫌な顔をしている前で、ステイルは土御門が朱色で描いた『占術円陣』の円の中へ迷わず踏み込みながら告げる。

 

「何故、あの子のそばにいないんだ。あの子がそれで顔を曇らせたら、全部キミのせいだろうが」

 

(でも土御門のクソ野郎と違ってこの魔術師は嫌いじゃねえな。……やっぱりアイツが気に入らねえだけか)

 

垣根は土御門の性格そのものが同族嫌悪の前に気に入らないと理解して、嫌そうに顔をしかませながらも、ルーンの炎を発動させたことにより迎撃術式に迎撃され、絶叫を(とどろ)かせるステイル=マグヌスを無言で見つめていた。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

秋風がそよそよと整備場を流れて彼の黒い装束を揺らすが、地面に横たわったステイル=マグヌスは動かない。

浅く小さな息が聞こえてくるので生きてはいるのだろうが、それでも反応がないので体調が悪いことは確実だ。

 

「反応は……出た出た。ここが、こう変化すると……方角的には北西か? 『速記原典(ショートハンド)』らしき反応までの距離は……、この色の強味から考えて、三〇二メートル。チッ。意外と近くに仕掛けてやがったのか。反応が全く動かないところを見ると、予想通り設置型って感じかにゃー。オイていとくん。地図持ってないかにゃー? ここから北西三〇二メートル地点に何が建ってるかを知りたい」

 

「だからその名前で呼ぶんじゃねえよ。つーかテメエ早く傷の手当しろよ。致命傷になるぞ」

 

相変わらず土御門に名前でイジられるので、垣根は舌打ちをしながらも、言われた通りに携帯電話をジャージのポケットから取り出す。

 

「にゃー。お前、結構優しい性格なんだぜい? だから朝槻も惚れてんのか」

 

「うるせえやっぱりそのまま死ね」

 

「……? 何の話してんだ……?」

 

土御門がにぱーっと笑い、(から)元気でおちょくってくるので垣根が暴言を吐くと、土御門の冷徹に静かに怒りを燃やしていた上条は二人の会話におかしな点があると感じて、顔を怪訝そうにしかめた。

 

「あーカミやんには分かんないかにゃー?」

 

土御門がおどけて言った瞬間、彼の額がピッと薄く切れた。

そしてじわじわと脇腹の体操服が赤く染まっていく。それはまるで刺し傷のように。

 

「つ、ちみかど……?」

 

「『占術円陣』は……飛んでくる術式の魔力に反応して、距離と方角を伝えてくれる。そんな便利なシロモノを、魔力を使わずに発動できるはずがないだろう……俺がもっと魔術を使えてりゃ、ステイルは、こんなことにはならなかった。認めてやるよ、だから……、好きなだけ恨め」

 

土御門はポケットから取り出した包帯を体に巻き付けながら息も絶え絶えに呟く。

 

真守が心配したようにぽそっと呟いていたから垣根は知っているが、土御門は無能力者(レベル0)だとしても肉体再生(オートリバース)という自身の体を再生させる能力者なので、魔術を使っても普通の魔術師よりも魔術を使う回数に多く耐えられるらしい。

それでもやっぱり重要な器官や血管が傷ついてしまえば、能力によってカバーしきれないで死んでしまうのだ。

 

ステイルと同じように命を懸けて守るべきものを守ろうとしている土御門。

 

アレイスターの犬という点で垣根は気に食わないが、こうやって接していると真守の言う通りに根っからの悪党ではないらしい、と垣根は携帯電話で地図を見ながら考えていた。

 

「俺は必ず『速記原典(ショートハンド)』を見つけて破壊する。そしてオリアナも捕まえて、『刺突杭剣(スタブソード)』の取引も、絶対に、この手で潰す。それで、まずはイーブンだ。残りの利子は、全部、終わってから……ステイルに返してやるさ」

 

「オイ、手当てが済んだら早く動いた方がいいみてえだぞ」

 

土御門が息も絶え絶えで悔しげに包帯を巻いている中、垣根は片手をポケットに突っ込んだまま携帯電話から顔を上げた。

 

「マズいことでもあったかにゃーていとくーん」

 

「うるせえテメエも懲りねえヤツだな。……『速記原典(ショートハンド)』の設置場所は中学校の校庭のど真ん中だ。オリアナのヤツがそんなところに行くはずねえだろうから、第三者の手でそこまで運んでもらったとかだろうが……面倒な状況なのには変わりねえな」

 

垣根が携帯電話で二人に地図を見せながら告げると、位置を確認した二人の顔が驚愕で固まる。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

上条と土御門はもう少しで競技が行われるという『速記原典(ショートハンド)』が設置された中学校まで急行していった。

 

垣根はというと、ステイルを一人にしておけないという上条のお願いを聞いて整備場に残っていた。

 

まあ専門家である土御門の指示で幻想殺し(イマジンブレイカー)を持つ上条が『速記原典(ショートハンド)』を破壊すれば済む話なので、無駄な労力が嫌いで大体人をコマにして動かす垣根は元から現場に行く気がなかったのだが。

 

垣根は動けないステイルを引っ張って整備場の端の方に移動する。

整備場にはメンテナンス機械をメンテする技師たちが行き来しているからだ。

彼らに見つかったら流石にマズい。

 

(常盤台中学か……あのお嬢様学校が校庭で暴れんなら、いくら魔術の術式でもでも壊れそうなモンだが……そんな簡単にはいかねえか。迎撃術式ってんなら一般人が触っただけでアウトになりそうだしな。まあなんにせよ、アレを破壊すればオリアナの居場所が見つけられんだから問題ねえな)

 

垣根は浅い息を吐くステイルの隣で心の中で一人呟く。

 

垣根の率いる未元物質(ダークマター)で造り上げたカブトムシを中学校の校庭に秘密裏に送り込んで『速記原典(ショートハンド)』を探せば効率がいいが、あれは真守のために秘密裏に築いたネットワークだ。

アレイスターが進めており、真守ががっつり関わっている『計画(プラン)』の情報もカブトムシで集めているので、アレイスターの手先である土御門の前で使うことはできれば避けたい。

 

そのため垣根は土御門と合流してからカブトムシとのネットワークに接続しないようにしているが、真守が心配なので真守のそばで警護させているカブトムシには、何かあれば自分に連絡するようにオーダーを出していた。

 

(何も連絡がないってことは真守の方は大丈夫そうだな)

 

「……キミは、彼女の一体なんなんだい?」

 

「あ?」

 

垣根が真守のことについて考えていると、そこでステイルに真守について声を掛けられたので、垣根は怪訝な声を出して息を荒らげているステイルを見た。

 

「いや。なんでもかんでも自分で解決できるから、彼女は誰かに頼みごとをしたりするのが根本的に苦手だろう? それなのにキミを寄越したということは、そこまでキミが彼女に近いところにいるのかと気になってね」

 

ステイルの問いかけに、垣根は軽く笑ってから答える。

 

「確かにアイツは人を頼ったりしねえ。つーか人が頼れっつってんのに未だに一人でなんでもこなそうとしやがる。ありゃ完全に病気だな。……そんなアイツのことをお前はよく分かってんだな」

 

「これでも神父だからね。人を見る目はある方さ」

 

ステイルは自分が不良神父だとでもいう自覚があるのか、自嘲気味に笑う。

垣根はそんなステイル=マグヌスを横目で見た。

 

世界で一番大切な女の子に忘れ去られてもなお、その少女の幸せを願う男。

 

これから世界で一番大切な女の子がもしかしたら自分のことを欠片も想ってくれなくなったとしても、その少女を一人にしないと垣根帝督は誓った。

 

自分の幸せが大切な女の子の幸せで、その幸せを守るためならばどんなことでもするという生き方。

 

少し違うが、垣根帝督はいつかステイル=マグヌスのような生き方をするようになるのだろう。

 

「……お前、あのシスターに忘れられてんだろ」

 

「そんなことがどうかしたのかい?」

 

ステイルがそんな些末(さまつ)な問題はどうでもいいのだと告げるので、垣根は薄く笑った。

 

()()()()()。……俺にとって真守は、そんなお前にとってのシスターみたいなモンだよ」

 

「……そうかい、それは簡潔で良いね。納得だ」

 

ステイルは垣根の同意した言葉に、柔らかくフッと笑った。

 

(やっぱコイツからは不快な感じはしねえな。……つーことは土御門のクソ野郎が気に入らないだけで、アイツに対する不快感は別に同族嫌悪じゃねえんだな)

 

そんなステイルを横目で見ながら、垣根はいつでもおちゃらけている土御門元春の性格自体が嫌いなのだとそこでもう一度自覚していた。

 

そこから二人は話すこともないのでそのまま待機していると、ステイルは携帯電話に着信があったので胸元から携帯電話を取り出して、土御門からの通話をスピーカーフォンにして電話に出た。

 

〈カミやんがオリアナの『速記原典(ショートハンド)』を破壊した。なんか体調に変化あるかにゃー?〉

 

「言われたところで、実感はないが……」

 

ステイルはルーンのカードを一枚取り出す。

そのルーンのカードには以前上条当麻との戦闘で見受けられた水に弱いという欠点をカバーするためにラミネート加工が施されており、垣根はそれを見てただの印刷技術だけを使ってんじゃねえんだな、と思っていた。

 

そんな垣根の前でステイルが一度深呼吸してから小さく呟くと、小さなボッという音と共に、ステイルの人差し指の先に魔術の炎が灯った。

そのままじっと待つステイルだったが、全身に襲い掛かる日射病のような迎撃術式の攻撃がやってこないと知ると、構えて力を入れていた体からフッと力を抜いた。

 

「……いける。問題はなさそうだね」

 

〈そうか。なら『理派四陣』の探索術式を頼むぜい。折り紙と魔法陣の配置は事前に俺が用意しておいたはずだけど、使い方は分かるな?〉

 

「みくびるなよ」

 

ステイルはそこで土御門が描いた円と四方に置かれた折り紙と、その中心に置かれたオリアナが使用した厚紙の前に立つ。

 

「しかしそちらは大丈夫なのかい? オリアナの迎撃術式は競技場の真ん中に設置されているから選手として競技に潜り込んだんだろう? カメラの目と観客の目があるから競技が終わるまでは不用意に抜け出せないんじゃないのか?」

 

〈それなら問題ないにゃー。俺たちはもう競技場の外に出ているぜい〉

 

「……、どうやって?」

 

〈俺たちの目の前で生徒が一人やられちまった。そいつは重度の日射病ってことで病院に運び込まれてる。俺たちは意識を失ったソイツを介抱し、競技場の外へ運ぶふりをしながら退場したってワケだ〉

 

土御門の言葉に垣根は薄く目を見開く。

速記原典(ショートハンド)』を破壊できれば犠牲者が出てもどうでもいいと思っていた垣根だったが、それでも本当に、しかも一般人に犠牲者が出たということは、オリアナ=トムソンに容赦がないということだからだ。

 

オリアナに対して垣根が警戒心を(あら)わにしていると、ステイルがぽそっと呟くように土御門に問いかける。

 

「……上条当麻は、荒れているか?」

 

〈分かっているなら頼むぜい。そろそろこっちも反撃に出たい。じゃねーと、倒れちまった生徒さんに申し訳が立たないにゃー〉

 

土御門はそこで一旦通話を切る。

 

「……誰だって完璧なワケじゃない。上条当麻でも失敗するということだね。……だからこそ、自分の未熟を悔いている、か」

 

ステイルは一人呟くと『理派四陣』の魔法陣を起動する。

 

真守でさえ源白(みなしろ)深城を完璧に助けられなかったのだ。

誰も彼もが完璧に周りの人間を助けることなんて不可能だ。

 

垣根は魔法陣を発動したステイルの隣で、深城を完璧に助けられなかったと自分に告白した時の真守の悲痛を帯びた顔を思い出しながら、同じ感情を上条当麻も抱いているのだろうとなんとなく考えていた。

 




垣根くん、土御門のことが普通に嫌いだと悟りました。

それでもなんだかんだ言っても優しいからちゃんと心配しています。真守ちゃんが大切にしている人ですし、真守ちゃんに家族のことでアドバイスしてましたから、それなりに恩は感じています。

……でもやっぱり気に入らないという垣根くん。多分一生土御門のこと好きになれない。



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第九八話:〈追跡撃墜〉のために動き出す

第九八話、投稿します。
次は一一月二三日火曜日です。


上条と土御門は携帯電話をスピーカーフォンにしてステイルと垣根と会議通話にしたまま道を走っていた。

垣根とも会議通話にしているのはステイルを置いて垣根も別口でオリアナの居場所へと向かっているからだ。

 

〈オリアナ=トムソンの位置は第七学区の地下鉄、二日駅近辺だ。もう少し時間があれば、もっと正確な場所を特定できる〉

 

「二日駅!? 通り過ぎちまったぞ!」

 

上条はステイルの声を聞いて急停止をして体を反転させて走り出す。

 

〈北上……そう、北方向へ動いているみたいだ。道は……三本に分かれているが、どれかまだ分からない。すぐに特定させる……三本の道は……今、今……出た。良いか──〉

 

「一番右の道だ、見つけた!!」

 

ステイルの案内を聞いていた上条だったが、前方二〇メートルぐらいにオリアナの姿を見つめて声を荒らげた。

そんな上条の大声によってオリアナはバッと振り返る。

 

オリアナは自分を追いかけてきている上条と土御門を確認すると、脇道へと()れて走り、そのまま客の出入りが少ないためシャッター通りになっている人気の少ない通りへと入った。

 

するとオリアナを追いかけていた上条と土御門の隣を自律バスが走り抜けていき、オリアナは自律バスを停車させるためにバス停にあるボタンを押した。

 

即座に自律バスは停車し、オリアナは乗車する。

 

土御門と上条は走ってバスへと駆け寄るが、人が運転していない自律バスはあくまでプログラムで動いているため、待てと言っても待ってくれない。

 

「なあカミやん。あのバスの中ってオリアナの他に乗客がいたかにゃー?」

 

「あん? そんなのどうだって良いだろ!?」

 

「カミやん!」

 

上条が土御門の言葉に叫ぶように怒鳴ると、土御門はしつこく上条に人がいなかったかと聞いてきた。

 

「いなかったよ! 多分、昼間にこの近くでやるリレーの予選A組を観るためにみんな降りたんだ!! それがどうしたって!?」

 

「それなら安心だ」

 

上条が半ばキレながらも質問に答えると、土御門は上条にそう告げてから携帯電話に声を掛けた。

 

「ステイル。自律バスの整備場でバスの壁面にルーンのカードを張り付けていたな? それがまだ生きているならオーダーを頼む。車体番号5154457に張り付けたカードを吹っ飛ばせ」

 

土御門の言葉にステイルは即座に反応し、自律バスの車体側面に張り付けていたルーンのカードを起動、起爆させた。

 

すると自律バスは起爆された衝撃で車体側面を横転させ、滑っていった先で停止するとガソリンに引火して大爆発。

 

辺りに黒煙をまき散らして炎を噴き上がらせた。

 

「効果は絶大……過ぎたかにゃー?」

 

勢いよく炎を噴き出して炎上するバスを見つめて上条は呆然とする。

 

だが次の瞬間、霧でできた竜巻がバスの車内から巻き起こされて炎が黒煙もろとも吹き飛ばされたので驚きで表情を固まらせた。

 

そしていつの間にか、青い文字で『Wind Symbol』と書かれた単語帳の一ページを口に(くわ)え、全身をびしょ濡れにしたオリアナ=トムソンが自律バスの前に立ち尽くしていた。

彼女は白い布に巻かれた大荷物を小脇に抱えており、不敵に笑っている。

 

「うふふ。魔力を使い意思を通した炎ならともかく、ただ物理的な燃焼だけではお姉さんを熱くすることは出来ないわね」

 

オリアナはゆったりと慣れた口調で単語帳の一ページを口に咥えたまま話し、話し終えるとそれをプッと横へ吐き捨てた。

 

「もっとも、少々焦って濡らしちゃったけど。見てみる? 下着までびちゃびちゃだよ」

 

「……お前が仕掛けた術式で、全く関係のない人間が倒れたぞ。お前と初めて会った時に俺と一緒にいた女。お前の目には、アイツが魔術と関係あるように見えたのかよ?」

 

そう。

 

土御門はステイルと垣根に詳しく話してはいなかったが、迎撃術式に触れて犠牲になってしまったのは二人と真守のクラスメイトであり、大会運営のために競技場にいた吹寄制理だったのだ。

 

上条が言った通り、吹寄はオリアナと会っていた。

だがそんなことは関係ないとオリアナは暗に示して微笑む。

 

「この世に関係のない人間なんていないわ。その気になれば、人は誰とだって関係できるものよ?」

 

「分かっては……いるんだな。分かっていて、それでも反省する気はないんだな?」

 

上条が怒りを押し殺しながら訊ねると、オリアナは手に持っていた単語帳を口元に添えながら告げる。

 

「あの子を傷つけるつもりはなかったの。ホントだよ? お姉さんだって、一般人を傷つけるのはためらうもの。こういうのとは違って」

 

そして次の瞬間、オリアナは単語帳から厚紙のページを一枚破って口に含み、魔術を発動した。

 

途端にグラスとグラスをぶつけた甲高い、澄んだ音が辺りに響く。

 

「が…………ッ!!」

 

その音が響くと同時に、上条の後ろにいた土御門が体を硬直させた後、膝から崩れ落ちて脇腹を片手で押さえた。

 

「土御門!!」

 

上条は振り返って土御門に駆けつけるが、傷口が開いたり、新たな傷を負った気配はない。

それでも土御門は苦しみに(もだ)えて顔を青くしており、何かが起こっている事は確かだった。

 

「あら。てっきり怪我を負っているのはあなたの方だと思ったんだけどね。使い道を誤ってしまったかしら」

 

「お前、土御門に何をした!?」

 

「再生と回復の象徴である火属性を青の字で打ち消しただけ。音を媒介に耳の穴から体内へ潜り、一定以上の怪我を負った人間を昏倒させる術式よ」

 

オリアナの説明を聞きながら、上条は倒れて痛みに打ち震える土御門の肩へと右手を伸ばして土御門の体を(おお)っていた青いオーラのようなものを幻想殺し(イマジンブレイカー)で打ち消す。

 

だが、すぐに青いオーラが噴き出してきて土御門が再び苦しみ始めた。

 

(一定以上の傷を負っている人間を例外なく昏倒させる術式……多分、土御門の傷が完治しねえと術式の効果が発動し続けるんだ。だったらあのカードを潰さないと駄目なのか……っ!)

 

「彼を助けたければ、一刻も早くお姉さんを倒すこと。さもなくばお姉さんが良いと言うまで彼はずーっとお預けよ? そもそもそれまで彼は長持ちするかしら。案外短い方だったりして、ね?」

 

オリアナは上条を挑発しながら口に咥えていた昏倒術式が書かれた札を左手で掴んで後方へとひらりと放り投げた。

 

昏倒術式の単語帳のページはひらひらと風に流されて遠い場所まで連れて行かれてしまう。

 

「テメエ……! なんで、だよ。『刺突杭剣(スタブソード)』なんてモノの価値なんて知らない。それがどれだけ歴史を大きく変えられるのか、世界をどういう風に動かしていけるかなんてきっと俺には正しく理解できない。……けど、そんなくだらないもののために、誰かが傷つくなんて間違ってる!」

 

上条は拳を握りしめながらオリアナを睨みつけて宣言する。

 

「『刺突杭剣(スタブソード)』ってのがこんなクソつまらない結果しか生まないような道具なら、俺はソイツをこの手で砕いてぶっ壊してやる!!」

 

「仕事だから仕方がなかった、というのは依頼主に対して不誠実よね。仕事の目的はともかくとして、どういう経緯で達成するかはお姉さんに任されているわけだし」

 

オリアナは上条の言葉を聞いて馬鹿馬鹿しいとでも言いたげに微笑み、巻き込まれた人間の価値など歯牙にもかけないと告げる。

 

「人の、命で────遊んでんじゃねェぇぇえぇえ!!」

 

上条は一〇メートルも離れていないオリアナへと駆け寄るが、オリアナが単語帳の一ページを咥えてちぎる方が早い。

 

ビッとちぎれた音を出した紙には緑色の文字で『Wind Symbol』と書かれており、直後にオリアナと上条を分かつように地面から厚さ五〇㎝の氷の壁が天に向かって伸びる。

 

上条は雄たけびを上げながらその氷の壁に右拳を叩きつけた。

 

次の瞬間、異能で造り上げられた氷の壁が幻想殺し(イマジンブレイカー)によって打ち消されて、甲高い音を立てながら粉々に砕け散った。

 

そして氷の壁の向こうにいたはずのオリアナの姿が消えていると上条は気付き、辺りを見回す。

 

すると真横から風切り音が聞こえてきたので、体をそちらに寄越して右手を(かか)げた。

 

風切り音の正体である風の刃は上条の右手の幻想殺し(イマジンブレイカー)によって弾け飛ぶが、それでも上条の頬の皮膚をピッと何かが薄く切った。

 

「あむ。なかなか刺激的な切れ味でしょう?」

 

薄く笑うオリアナは口に新しくちぎった単語帳のページを咥えており、その術式がどうやら上条の頬を薄く切ったらしい。

 

「んふふ。……初めて握手した時も感じたんだけど、学園都市って随分と珍しい子を集めているのね。お次は影の剣。飽きさせないわよ?」

 

オリアナは咥えていた単語帳のページをプッと吐き出して再び別のページを咥えてちぎり、術式を発動してその手に闇を凝縮して形にしたような剣を握って飛び上がり、それを上条へと投げつけた。

 

その影の剣は防御のために右手を突きだした上条の足元の影に滑り込むと、突然爆発して上条を下から突き上げる衝撃を放って上条を吹き飛ばした。

 

(マズい……っオリアナは一定以上の傷があるだけで昏倒する術式を持ってる!)

 

上条は何度も地面の上を転がりながら昏倒術式が来ると焦る。

 

だがオリアナは土御門を昏倒させた術式を何故か使わなかった。

 

全身を打った痛みと擦り傷に耐えて上条が立ち上がると、オリアナは困惑している上条の心中を察して薄く笑った。

 

「んふ。お姉さんは一度使った術式を何度も使う趣味はないの」

 

オリアナはそこで妖艶に笑って単語帳の一ページを口でちぎって()みながら前に出る。

 

上条は構えるが真後ろから突風が巻き起こされ、つんのめる形でオリアナの下へと引き寄せられる。

 

そんな上条の顎へ、オリアナは手に持っていた白い布を巻いた看板のような物品の角で強烈なアッパーカットを加えてそのまま身を(ひるがえ)し、そして上条の腹に突き刺すようにその看板のような物品、おそらく『刺突杭剣(スタブソード)』を叩きこんだ。

 

上条は腹に叩きこまれた衝撃でそのまま地面に倒れこむと、痛む腹を押さえて(うめ)く。

 

「だらしないわねえ。今のは前戯だっていうのに、もう足腰がダメになってしまったの?」

 

上条が呻いていると、オリアナは新しい魔術を行使する。

 

途端に上条は地面から爆発するように噴き出した衝撃によって宙へと打ち上げられて、そのまま地面に倒れこんだ。

 

「一度使った魔術は二度と使わないってのに……なんでそんなに組み合わせのパターンが多いんだよ……っ!」

 

「うふふ。お姉さんの術式はただ単に五大元素の仕組みだけではないのよ。『星座と惑星の関係はその角度によって役割を変える』っていう、西洋占星術の基礎である座相法則(アスペクト)を用いているの。それに加えてページ数に数秘的分解も取り入れているけれどね。だから厳密な意味で同じ魔術は二度使えないんだけど──そんなことは戯れの前では別に問題にならないわよねえ?」

 

オリアナはにやにやと笑って上条へとご高説をすると、うっすらと目を細めて呟く。

 

「……これがお姉さんの限界。精一杯頑張って魔導書を書いても『原典』は安定してくれずに暴走と自滅を繰り返し、それどころかあまりにも文章が汚くて誰にも理解してもらえなかった、魔術師としても魔導士としてもハンパな人間の実力」

 

それでも自分の実力を知り尽くしているからこそ、オリアナ=トムソンは自分の実力でできる全てを使う。

自分がどこまでできるかという限界を知っているからこそ、その限界ギリギリまで力を使うことを躊躇(ためら)わない。

 

「しかし、故にお姉さんは常に魔導書を書く手を止めず、新たな術式を生み出し続けている。立ち止まり、そこで妥協すれば迷わず負けるとお姉さんは自覚している。だからこそ、お姉さんは永遠に前へ進むのよん。──初心忘れるべからず、ってね」

 

オリアナは笑って厚紙を口に()む。

だがページを破ることなくそのまま上条に向けて宣言した。

 

「次に放つのは赤色で描く風の象徴。角度にしてジャスト〇度の〇度から九度(コンユンクティオ)。総ページ数にして五七七枚目の使い捨て魔導書、『明色の切断斧(ブレードクレーター)』。一応宣言しておくわね」

 

オリアナはそこでページをちぎって魔術を発動し、宣言した。

 

「あなた、そこから動けば死ぬわ」

 

その瞬間、オリアナを中心にして地面に虹色の地割れのようなヒビが鈍い音共に響き走り渡る。

 

そして総数にして二〇八本の真空刃が上条を取り囲むように設置された。

 

これで彼は動けない。

 

後は動けなくなった彼を昏倒させるだけだった。

 

だが。

 

 

「──はん。だったら動けるやつが動けばいいじゃねえか」

 

 

オリアナは突如、空から降ってきた言葉に驚いて顔を上げた。

 

「なっ──…………!?」

 

オリアナ=トムソンは顔を上げて空を見ると、思わず絶句する。

 

学園都市の秋空。その高い空。

 

 

そこには三対六枚の純白の翼を背中から伸ばし、片手をポケットに入れて優雅に浮遊しているジャージ姿の少年がいた。

 

 

明るい茶髪を肩口まで伸ばし、長い前髪の向こうに見え隠れする黒曜石の瞳。

 

イケメンと言っても差し(つか)えない程に整った顔立ち。そして極めつけの高身長。

 

天から舞い降りてきた天使の如く美しい少年の名は──垣根帝督。

 

一国家の軍隊を一人で相手取ることができるとされる学園都市の頂点の一人、超能力者(レベル5)第三位だ。

 

学園都市の中でも珍しい、この世に存在しない物質を生み出す未元物質(ダークマター)という能力によって『無限の創造性』を持つ、その能力故に限りなく天使に近付いた肉体を持つ少年。

 

世界を支配することなんて楽にこなせるが、たった一人の少女が望まない限り絶対にしない圧倒的強者。

 

「──なあ、魔術師」

 

垣根帝督は優雅に学園都市の空を飛びながら、顔を引きつらせたオリアナ=トムソンに声を掛けた。

 

「お前たちの常識は、俺の未元物質(ダークマター)についてこられるか?」

 

そう問いかけたその表情は、新たな強敵に出会ったことで闘争心を(たぎ)らせている肉食動物のような獰猛な笑みで。

 

そんな表情で垣根帝督はオリアナ=トムソンを余裕たっぷりで見下ろしていた。

 






垣根帝督、参戦。



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第九九話:〈未元物質〉は別位相に挑む

第九九話、投稿します。
次は一一月二四日水曜日です。


オリアナ=トムソンは絶句していた。

 

学園都市がまるで神を冒涜(ぼうとく)するかのような、三対六枚の純白の翼を広げた能力者を造り上げていたからだ。

だが魔術世界は学園都市に翼を持つ能力者を造ってもいいかと一々お伺いを立てろなんて言っていない。

 

それに学園都市製の能力者は才能がある者たちだ。

その才能を開発して学園都市は能力者を育てており、恐らく彼には元々翼を広げることができる素質があったのだろう。

 

魔術世界で多大な意味を持つ翼を見て呆然としているオリアナの前で、垣根は獰猛(どうもう)に笑ってみせる。

そして空から六枚の翼の内、一枚をひゅっと伸ばしてオリアナを襲撃した。

 

「くっ────!?」

 

オリアナは正体不明の翼に本能的な恐れを抱き、素早い身のこなしで翼から逃れるためにその場から飛び退いた。

 

だが垣根の狙いはオリアナではなかった。オリアナが展開していた術式『明色の切断斧(ブレードクレーター)』だった。

 

翼が叩き下ろされると『明色の切断斧(ブレードクレーター)』が起動し、二〇八本もの真空刃が噴き出した。

 

「上条当麻。一番()()()()()から出て、とっとと土御門のバカの魔術を解いてやるんだな」

 

「ああ! サンキュー垣根!!」

 

垣根が上条を促すと、土御門は痛みに震えながらタイミングを見計らって手を出してきた垣根に向かってうっすらと皮肉を込めて嗤い、そんな土御門を助けるために上条は自分を取り囲んでいる真空刃の壁が一番薄いところを狙って幻想殺し(イマジンブレイカー)で打ち消して、真空刃のカーテンから脱出した。

 

そして上条は警戒しながらオリアナから離れ、オリアナが放り投げて風に乗って飛んで行ってしまった昏倒術式が記述された厚紙のもとへと走る。

 

オリアナは上条当麻を視界の端に入れながらも、自分の目の前に降りて来て地面に足を付けた垣根の翼を見てうっすら引きつった笑みを見せた。

 

「まさか、学園都市が天使を作ってるなんてね」

 

「んな胡散臭いモンとこの俺、垣根帝督を一緒にするんじゃねえよ。大体、この学園都市には翼が生えるやつが最低でも後一人はいるぜ? そう珍しいモンじゃねえよ」

 

オリアナが(うめ)くように告げるので、垣根は余裕の表情でハッと嘲笑する。

 

「んふ。お姉さんそれも驚きだけど、その翼あなたに全然似合ってないのも驚きだわ?」

 

「心配するな、自覚はある」

 

オリアナが自信たっぷりの雰囲気を放っている垣根に引き笑いをしながら皮肉を込めて告げるが、垣根は顔色を変えずに滑らかに口を動かした。

 

「でも気に入ってるヤツもいるモンにはいるんだ。だから外の人間であるお前に何言われようが心底どうでもいい」

 

垣根が自分の翼を無条件で好きだと言ってのける真守と林檎のことを考えて告げると、オリアナはふふっと妖艶に笑う。

 

「あら。大事な人がいるからお姉さんにはなびかないってことかしら?」

 

「いなくともテメエみたいな痴女はごめんだな」

 

垣根は余裕ぶったオリアナの服装──第二ボタン以外留めていない、大分はしたない格好の作業服に軽蔑の視線を向けながら吐き捨てるように告げた。

 

圧倒的強者。

 

おそらくこの学園都市の中でも有数の能力者だ、とオリアナ=トムソンは垣根のその余裕っぷりに対して警戒心を一層強める。

 

「──でもね。誰が相手だろうと、お姉さんは負けるわけにはいかないの!」

 

オリアナはそう叫ぶと、単語帳の一ページを口に(くわ)えて、ビッとちぎる。

 

そして炎の剣をいくつも宙に浮かばせると、それを一斉に垣根に向けて放った。

 

その炎の剣は垣根の未元物質(ダークマター)の翼に次々と突き刺さり、そこで爆発する。

 

──はずだった。

 

翼に突き刺さった炎の剣が現実に生み出した現象は違った。

 

何故か炎の剣は翼に突き刺さるとカッと()()()()()(ほとばし)らせたのだ。

 

「!?」

 

自分が今使ったのは完全に五大元素、火に由来する術式だ。雷を生み出せる術式ではないし、あの緑の閃光にも心当たりはない。

 

「おー。成程なあ。真守が能力と魔術がぶつかると不可思議な現象が起きるっつってたが、どうやら本当らしいな」

 

オリアナが困惑していると、翼の中から顔を出した無傷の垣根が感心したように自身の能力で造り上げた未元物質(ダークマター)の翼を確認しながら告げる。

 

どうやら彼の言う通り、魔術と能力がぶつかると不可思議な現象が起こるらしい、とオリアナは不可思議な現象を目の当たりにしてそう認識した。

まあ実際には一部の能力者のみに起きる事態なのだが、そんなことをオリアナは知る(よし)もない。

 

「なあ、魔術師」

 

臨戦態勢で自分を睨みつけているオリアナに、垣根は余裕たっぷりで笑いかける。

 

「魔術ってモンはこの世の法則に縛られねえんだよなあ?」

 

笑いながら余裕たっぷりで告げる自分よりも年下の少年に、オリアナは不本意ながらもゾクゾクとしてしまう。

 

垣根の顔立ちが整っているのもそうだが、俺様気質で傍若無人っぷりが凄まじくて、オリアナは敵対関係になければ絶対に自分はひれ伏すか、組み敷くかしていただろうな、と心の隅でなんとなく思っていた。

 

そんな多くの人間を(とりこ)にするほど美しい、天使の翼を生やした少年は告げる。

 

「だったら俺の未元物質(ダークマター)は、魔術にどこまで通用するんだ?」

 

瞬間、垣根は既に展開していた未元物質(ダークマター)励起(れいき)させて、物理法則を捻じ曲げた。

 

するとオリアナの立っていた地面からオリアナを貫き刺すように氷柱が突きあがった。

 

「くっ!?」

 

オリアナは飛び上がりながら宙で単語帳の一ページを口でちぎり取って、風の防御壁を生み出して宙に浮く。

 

「俺もせっかくだからお前にご高説してやるよ。心して聞け、魔術師」

 

垣根は余裕の表情で空中へと逃げたオリアナを見上げながら告げる。

 

「俺の能力は未元物質(ダークマター)未元物質(ダークマター)ってのはこの世界に存在しない新物質だ。そいつに既存の物理法則は通じない」

 

そこで垣根は自分が未元物質(ダークマター)で生み出した氷柱をくいっと顎で示しながら続ける。

 

「今のは()()()()()()()()()地面に付着している水蒸気を未元物質(ダークマター)によって凝固させて地面からお前を貫くように生成したんだ。異物ってのはそういうモンだ。たった一つ混じっただけで世界がガラリと変わっちまうんだよ」

 

(ヤツが使う魔術は全部根っこは同じだ。仕組みが同じなら()()()()()()()()()()()()()()、逆算すれば攻撃は必ず通る)

 

オリアナが自分の説明によって驚愕して顔を固まらせる中、垣根は高速で思考、そして演算して冷静に心の中で呟く。

 

垣根帝督はここ二、三か月、朝槻真守と共に過ごしてきた。

 

真守は流動源力(ギアホイール)という新たなエネルギーを生成する能力で、世界の物理法則に()()()()()()()()()()()し、物理法則を捻じ曲げている。

 

真守は新たな力を生成する能力者。対して垣根は新たな物質を生成する能力者だ。

 

だったら真守と同じように、魔術が展開されて歪められた世界を再定義し、その上で未元物質(ダークマター)を組み込み世界の法則を歪めれば、未知の技術である魔術にも対抗できる。

 

朝槻真守の近くにいて見出すことができた世界を再定義する方法。

 

その再定義には、魔術という法則を相手に発動させる必要がある。

真守が一方通行(アクセラレータ)の定義を壊すために後から能力をかぶせるように使うのと一緒だ。

 

オリアナ=トムソンは上条当麻との戦闘で一つの法則に基づいた魔術を数種類使用している。

 

仕組みは同じなのに違う効果を生む魔術を次々と繰り出すということは、魔術の仕組みを知るためのサンプルを次々と提示してくれているということだ。

 

オリアナ=トムソンという魔術師は、初めて魔術を世界に組み込んで再定義する垣根帝督にとって、これ以上はない程にやりやすい相手だった。

 

「ここはテメエで歪めた魔術によって作られる空間じゃねえんだよ!」

 

垣根が叫ぶと、オリアナは焦りながら口に咥えていた単語帳の一ページをプッと吐き出して次の魔術を発動しようとする。

 

だが既に未元物質(ダークマター)を展開させていた垣根はオリアナの風の防御壁を貫くための熱波を生み出し、オリアナに放った。

 

その熱波は暴風壁を突き破ってオリアナの持っていた白い布で巻かれた物品を弾き飛ばした。

 

だがオリアナは弾き飛んでいく物品をに目もくれず、単語帳の一ページをちぎって魔術を発動させて渦巻く水を垣根へと放った。

 

垣根は未元物質(ダークマター)の翼を展開させて自分の身を守る。

 

その瞬間、再び不可思議な現象が起こった。

 

渦巻く水が未元物質(ダークマター)の翼にぶつかると、突然炎へと変わって爆発したのだ。

 

だが既に不可思議な現象が起こると知っている垣根は冷静に対処した。

 

翼を動かして炎を完全にかき消すと、垣根はその勢いで翼を広げてオリアナ=トムソンを(とら)えるために視界を確保した。

 

「あ?」

 

だがオリアナ=トムソンが先ほどまでいた場所から消えていた。

 

辺りを見回してもどこにもおらず、オリアナ=トムソンは忽然(こつぜん)と姿を消していた。

 

「チッ。良いところだったのに尻尾巻いて逃げやがった」

 

垣根は魔術に対して自分の未元物質(ダークマター)がどこまで通用するか少しばかり楽しみながら戦闘していたのに、水を差すようにオリアナが逃走して苛立ちを露わにする。

 

するとオリアナが持っていた白い布に巻かれた物品が丁度自分のもとに落ちてきたので、垣根はそれを片手で楽々とキャッチした。

 

「垣根!」

 

そして垣根が地面にそっと降り立つと、そこに上条と土御門が駆け寄ってきた。

 

「にゃははー。流石超能力者(レベル5)ってところかにゃー。カミやんがあんなに手こずったオリアナを防戦一方に追い込むなんて」

 

「当然だろ。俺を誰だと思ってやがる。……そういうテメエは上条に助けてもらったようだな。チッ。そのまま後もう少し苦しんでりゃよかったのに」

 

垣根は悪態を()きながら未元物質(ダークマター)の翼をすぅっと空気に溶けさせるように消す。

 

そして器用に持ち上げていたオリアナ=トムソンが手放した『刺突杭剣(スタブソード)』であろう物体をガン! と、地面に立てるように振り下ろしてそれに寄り掛かった。

 

「で? これはどうすりゃいい」

 

「なーんかオリアナの動きに違和感があるが……カミやん。ちゃちゃっと『刺突杭剣(スタブソード)』を破壊してくれないかにゃー」

 

「違和感?」

 

上条が土御門の言葉に首を傾げると、垣根がその違和感を説明する。

 

「オリアナ=トムソンが簡単に『刺突杭剣(スタブソード)』を手放したのが違和感ってことだ。まあでも、これがここにあるってことはリドヴィア=ロレンツェッティが計画していた取引は完全に潰せる。……早くしねえと炎上した自律バスに気づいた警備員(アンチスキル)がやってくんぞ。やるならさっさと終わらせろ」

 

「わ、分かった」

 

上条は垣根からもらった『刺突杭剣(スタブソード)』を地面に置くと、白い布を取り外そうとする。幻想殺し(イマジンブレイカー)で直接触れなければいけないからだ。

 

「く……ッ! 何だこれ、結構硬いな……!」

 

「──貸せ」

 

垣根は『刺突杭剣(スタブソード)』の前で白い布に格闘する上条の真ん前に立って体をかがめると、巻き付けてあった布の一部を掴むとそのまま引き裂いた。

 

結構頑丈に巻かれていた丈夫そうな布を片手で引きちぎった垣根の腕力に唖然としながらも、上条は『刺突杭剣(スタブソード)』を見た。

 

「は?」

 

だが上条は思わず声を上げてしまう。

 

垣根が引きちぎった布の中から出てきたのは『アイスクリーム屋さん』と可愛い文字が書かれたハンドメイドされた看板だった。

 

大覇星祭期間中にオープンされる学生主導の屋台に使われるであろう看板。

 

オリアナ=トムソンはこれを後生大事に抱えて逃げ回っていた。

 

オリアナが手から弾かれたこれに目もくれずに逃げたのは、この看板が『刺突杭剣(スタブソード)』のカモフラージュに使われたものだったからだ。

 

最初からオリアナ=トムソンは看板を持って逃げ回っていた。

 

オリアナが塗装業者に扮装(ふんそう)して歩いていたのは看板を手に持っていたからで、オリアナはそれに最適な格好をしていただけだったのだ。

 

「カモフラージュつっても本物はどこにあるんだよ」

 

「……いや、もしかしたら前提から間違っていたかもしれないにゃー」

 

呆然としている上条と違って冷静な垣根の言葉に、ただの何の変哲もない看板を見つめながら土御門はぽそっと呟く。

 

「あ? ……前提? ってことは、まさか」

 

「ああ。──『刺突杭剣(スタブソード)』の取引が行われる。ここからして、もう一度調査しないといけないかもしれないぜい?」

 

土御門はそこで笑いながらも内心で焦りつつ、携帯電話を取り出して即座にステイルと連絡を取った。

 

「どうなってる……?」

 

上条は『前提から間違っていたかもしれない』と告げる土御門の言葉に困惑して(うめ)き声を上げた。

 

時刻は昼前。

 

大覇星祭一日目は折り返しを見せようとしていたが、まだまだ騒動は終わらない。

 




垣根くんが初めて魔術師と戦いました。

名言連発です。カッコイイ。



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第一〇〇話:〈舞台裏側〉での攻防と出会い

第一〇〇話、投稿します。
※次は一一月二六日金曜日です。



「はぁい。ローラ。元気にしてらして?」

 

アシュリン=マクレーンは大覇星祭で賑わう学園都市の街を歩きながら微笑み、日本語で軽く挨拶をした。

日傘を持っていない手には携帯電話が握られており、その携帯電話に取り付けられた白猫のストラップの瞳がピカピカとエメラルドグリーン色に輝いていた。

それは盗聴防止用魔術で通話をしている証拠で、彼女は挨拶を電話相手にしたのだ。

 

〈マクレーン! 何故統括理事長と大事な取り決めを交わしもうしたにも関わらず、イギリス清教、最大主教(アークビショップ)であるこの私にそのその取り決めの通達をせずにいたのかしら!? よくも蚊帳の外にしたりけらしたわね!?〉

 

アシュリンはイギリス清教の最大主教(アークビショップ)、ローラ=スチュアートが怒鳴ってきたので不快感を(あら)わにして顔をしかめた。

 

だが怒鳴り声に不快感を示したのではない。

 

最大主教(アークビショップ)の日本語に不備があるのだ。

 

「……そんなバカな喋り方をする人にどうして言わなければならないの?」

 

〈なっバカにするとは何を考えたりけるのや!?〉

 

「だってバカな喋り方だし……いつもの威厳はどうしたの? 本当に日本語の扱いに不自由にしているのね。噂通りだわ」

 

〈なっ既に英吉利(イギリス)中の風聞(うわさ)になりているの!?〉

 

「ええ。有名よ? でもまさかそんな噂が真実だなんて思わなかったわ。英国語(クイーンズ)は古い発音ながらも風靡(ふうび)をまとって優雅に華麗に(うた)うように(つむ)ぐというのに。何故そんなになってしまったの? 威厳の威の字もないじゃない」

 

〈なっ……〉

 

アシュリンが悲しそうに呟くと、ローラは先程までアシュリンへの怒りで声が震えていたが、今度は嬉しそうに声を震わせた。

 

〈ま、まさかマクレーンがそこまで私の英国語(クイーンズ)を評価したりけるとは……審美眼確かなりしなマクレーン家の令嬢にそこまで言わせしめられると、自信が出てくるものなりけるのよ〉

 

「だからそんなあなたがそこまでバカな喋りをしていると思うと、脱力するというかなんというか。……英国語(クイーンズ)で話した方がいいかしら」

 

〈ハッ! そんなもので流されなしにことよ! どうして統括理事長との話し合いについて私に何も言わんとしたのよ!! 後私の日本語はおかしくなかりけりよ! きちんと『必要悪の教会(ネセサリウス)』の日本人に教えを(たまわ)ったのだから!〉

 

「帰ってから言えばいいと思ったから。それにその人物って一体どなた? ふざけるのも大概にしなさい」

 

淑女らしくなく怒鳴るローラにアシュリンがため息を吐くと、ローラが『ぐぬぅうぅぅぅ~』と(うな)り声を上げる。

 

〈マクレーンめ!! 清教派権限で身ぐるみはいでやりおうかしら!?〉

 

「そうしたら王室派と騎士派が黙っていないわよ?」

 

〈う、ぐぬぬ…………ッ!!〉

 

完膚なきまでに叩きのめされたローラの悔しげな声を聞いてアシュリンはくすくすとひとしきり笑うと、声のトーンを落ち着けた。

 

「本題に入りましょう、ローラ。少し面倒なことが起こっているのよ」

 

〈面倒なこと……? ふむ。話を聞きいれても良きなのよ〉

 

アシュリンはローラのバカな喋りに気が抜けつつも、もうどうでもよくなってきたので恥をさらし続けてしまえ、と思い日本語のまま本題に入る。

 

「『刺突杭剣(スタブソード)』についてよ。大英博物館にいるマクレーン配下の『記録官(アーキビスト)』に調べさせて、それを(もと)にもうすぐそちらに『保管員』をしているチャールズ=コンダーが向かうと思うけど……先に言っておくわ。──『刺突杭剣(スタブソード)』というのはね、元々存在しないのよ」

 

〈……詳しく話したりてくれるかしら?〉

 

「この世には製作目的が不明なものが数多く存在するわ。ナスカの地上絵、イースターのモアイ像、そして我が国自慢のストーンヘンジ。その製作目的は時として人が勝手に決めつけてしまうことがあるの。聖母様(マザーマリア)の肖像画のように、……と言えば分かるかしら?」

 

アシュリンが古物商としての専門家であるマクレーン家の令嬢として告げると、ローラはふむ、と頷いて考える。

 

〈聖母崇拝の代表的なアイテムである聖母様(マザーマリア)の肖像画。かのアイテムの伝承は涙を流したるというものだけであった。それなのに、やれ『触れたりしだけで傷が治る』やら『かざしたりしで悪霊が消え失せる』という伝承ができてしまった……そういう風に様々な伝承が乱立されし事態が、『刺突杭剣(スタブソード)』でも引き起こされていると?〉

 

「ええ、その通りよ。そうやって人々は製作目的不明のものにも勝手に意味をなすりつけてしまうの。でも逸話が膨れ上がるのは世の常。ある意味それも間違いでないのが、面倒な点ね」

 

〈つまりは、かような話なの? 元々ローマには大理石によりて作られし珍妙な剣があった。しかしてローマ正教は誰がいかなる目的で作りた物かは分からぬため、自らが手前勝手に『こうに違いない』と決めつけてウワサし合いたつのが、伝承・文献に残りてしまった、と〉

 

「言葉遣いがバカ過ぎて脱力してしまうけれど伝わったのは分かったわ。『刺突杭剣(スタブソード)』も一緒。人々が曲解してしまうのはよくあることでしょう? いいえ、曲解しなければならない、とでも言うのかしら? あなたには、いいえ。あなただからこそ心当たりがあるでしょう?」

 

アシュリンがローラの言葉使いに眉をひそませながら告げると、ローラは最大主教(アークビショップ)として神妙な面持ちをする。

 

〈そなたの言わんとすることはわからんでもないわ。元々十字教なりしものは、『神の子』の教えを自分たちに見合いしける形にして──曲解する形で宗派へと発達せしめたのだから。……でも、ローマ正教が意図的に『刺突杭剣(スタブソード)』の伝承を使いて真実を隠したるとしたら?〉

 

「憶測でしかないけれど、そう考えることができてもおかしくないわ。何故なら『刺突杭剣(スタブソード)』の本来の伝承は非常に厄介なものだから」

 

〈厄介?〉

 

ローラはアシュリンの言葉に危機感を持つ。アシュリンは電話の向こうでローラが形の良い眉を跳ね上げているだろうと考えながらここからが本番だと言うように声を鋭くして告げる。

 

「剣ではないのよ。アレは十字架。それも現地では『使徒十字(クローチェディピエトロ)』と呼称されていた物品だわ」

 

〈ペ……ペテロの十字架だと!?〉

 

最大主教(アークビショップ)、ローラ=スチュアートはその言葉を聞いてあからさまな動揺を見せる。そんなローラに、アシュリンは笑いかけた。

 

「とんでもないものをローマ正教は使おうとしているわね、ローラ=スチュアート? それであなたはどうするのかしら?」

 

アシュリンが問いかけると、ローラは電話の向こうで黒い笑みを出す。

 

〈……ふふ。それを言いたりけるのはあまりにも愚弄なことなりしよ〉

 

「あらそう」

 

アシュリンは『自分の思惑をお前なんかに教えてやらない』と、暗に言ったローラにあっけらかんとした態度を取る。

 

「じゃあわたくしの方も好きに動くわ。あなたの不利益になることも、こっちは楽しくやらせてもらうわね?」

 

〈やっぱり話し合うべきかなとわたくしは考えたりけるのよ〉

 

アシュリンが意地悪くそう告げると、手の平をくるっと返すローラ。

 

「ふふっじゃあね、ローラ。これからわたくし、真守ちゃんと昼食なの。あなたと話すのはまた今度。……騒動が終わった後かもねえ?」

 

〈ちょ……っ!?〉

 

そんなローラにアシュリンが別れの挨拶をするとローラがアシュリンを止めようとするが、アシュリンは動じずにピッと通話を切った。

 

「権力者を翻弄(ほんろう)するのはいつでも楽しいわね。さて、真守ちゃんに連絡を──」

 

アシュリンはそこで携帯電話に意識を向けていると、強いビル風が吹いて差していた日傘が吹き飛ばされてしまう。

 

「んぶ……っ!」

 

そして風にさらわれた日傘は女性と歩いていた男性の顔にクリーンヒットしてしまった。

 

「あらあらまあまあ!」

 

アシュリンは慌てて日傘をすっぽり被ってしまった男性へと近づいて心配そうに男性を見上げる。

 

「ごめんなさいね、大丈夫ですか? 骨組みで怪我していませんか?」

 

日傘を引っ掴んで顔を出した男性は、突然自分に声を掛けてきた銀髪碧眼の貴婦人に心配されて顔をデレっとさせながらも何度も頷く。

 

「問題ありません、大丈夫です! ええ、何も問題ありませんとも!!」

 

「本当ですか? 鼻が赤くなっておりますよ?」

 

アシュリンが男性の鼻が赤くなっているのを心配してそっと手を伸ばすと、男性は手を伸ばしたことでふわっと香ったアシュリンの香水の匂いに『大人の女性らしい……!』と鼻を伸ばす。

 

「問題ないですっ大丈夫です! ハッ!? ……斜め後方から迫りくる母さんの視線が痛いっ!」

 

「あらあら、嫉妬させてしまったのかしら? 申し訳ありません……ってあら?」

 

アシュリンは後ろから鬼の笑みを見せる女性に軽く笑って謝るが、途中ではた、と気が付いて女性と男性を見比べる。

 

「どこかで見させていただいた顔ですわね……?」

 

「え!? え、えーっと……その、か、海外に出張しているのでもしかしたら……!」

 

外国人女性がずずいっと顔を近づけてくるので男性は香水の良い香りがもっとしてどぎまぎしてしまう。

それを鬼の形相の笑みを浮かべて妻らしき女性が見ているが、アシュリンは気にせずに声を上げた。

 

「そうだ、分かりましたわ。お二人共真守ちゃんのお友達に面影と雰囲気がありますのよ」

 

「お友達?」

 

アシュリンの納得したような声に、男性と女性は突然『真守ちゃんのお友達』という何の脈絡もない人物が出てきてきょとんとする。

 

「はい。朝槻真守ちゃんのクラスメイトのツンツン頭の男の子。あなた様方、あの男の子に似てますわねぇ」

 

「あら。もしかして当麻さんのことじゃないかしら?」

 

女性は男性のモテ体質でアシュリンが興味を示したのではないと知ると、途端ににこやかな笑みを浮かべてアシュリンへと声を掛ける。

 

「当麻くん? ああ、そうそう。上条当麻くん! どうもこんにちは、わたくし当麻くんのお友達の朝槻真守ちゃんの身内ですの!」

 

外国人女性がっぱっと顔を輝かせるので、男性は顔を赤くしながらもその名前に覚えがあって思い出す。

 

「朝槻真守さん……ああ、大覇星祭の開会式で選手宣誓をした女の子ですね。確か超能力者(レベル5)の。いやはや、ウチの当麻がいつもお世話になっております。上条刀夜とその妻、詩菜です」

 

「初めまして、上条ご夫妻。アシュリン=マクレーンと申します」

 

アシュリンが上条刀夜から受け取った日傘を畳んで居住まいを正しながら頭を下げると、刀夜と詩菜もぺこっと頭を下げた。

 

「アシュリンさん。そうか、どこかで見たことがあると思ったら真守さんのお身内の方ですか、そっくりですね」

 

「うふふ。そう言っていただけて嬉しいですわ」

 

「上条さん! あら。もしかしてご友人の方ですか?」

 

アシュリンと上条刀夜が話していると、若い茶髪の女性が体操服姿のよく似た中学生の女の子と一緒に近づいてくる。

 

「え。朝槻さん!?」

 

茶髪の中学生の女の子──御坂美琴は外国人女性が真守にそっくり、というかまったく瓜二つで真守を成長させたらそうなるんだろうな、という顔立ちに驚いて声を上げた。

 

「あら。真守ちゃんのお友達かしら? 初めまして、アシュリン=マクレーンと申します。お嬢さんはなんて名前?」

 

アシュリンの自己紹介に、美琴は目を白黒としてその美しさにドギマギしながら答える。

 

「御坂美琴です……ええっと、でも。朝槻さんって確か……?」

 

「ええ、そうです。事情があってそばにいられませんでしたが、真守ちゃんのそばにいられることになったんです」

 

アシュリンが事情を知っている様子の美琴に笑いかけると、美琴はアシュリンが超能力者(レベル5)になったから近づいてきたのかと顔をしかめる。

 

それでもアシュリンが純粋で下心が一切ない柔らかな視線で真守の知り合いである自分のことを見つめているので、下心があってアシュリンが真守に近付いたのではないと美琴は悟った。

 

「……もちろん、朝槻さんは知っているんですよね?」

 

真守は自身に下心があって近づいてきた人間を許すことはない。

分かってはいるが、それでも心配なので美琴が一応問いかけると、アシュリンはゆっくりと頷いた。

 

「ええ、もちろん。真守ちゃんは優しい子ですから、事情を全て知って許してくれましたよ。これから合流して真守ちゃんと一緒に食事を摂るんです」

 

「あ! だったら一緒に『場所取り』しませんか? 朝槻真守ちゃんって超能力者(レベル5)第一位の子でしょう? 美琴ちゃん以外の超能力者(レベル5)の子がどんな感じか知りたいわ!」

 

アシュリンが美琴を安心させるために柔らかく微笑んでいると、美琴の隣にいた身内の女性が声を上げた。

 

「あら。美琴さんも真守ちゃんと同じで超能力者(レベル5)なんですか?」

 

「は、はい。いつも助けてもらっているんです」

 

「まあ、是非話が聞きたいわ。ご一緒してよろしいかしら?」

 

「ええ、もちろんです!」

 

アシュリンが顔をほころばせて告げると、隣に立っていたアシュリンを誘った美琴の身内が美琴の肩を抱きながら静観していた上条夫妻を見た。

 

「上条さんたちもどうですか?」

 

「ご一緒させてほしいです。当麻の友達のお身内とあらば是非仲良くさせていただきたいです。なあ母さん?」

 

「ええ。若干の下心を刀夜さんから感じますが、当麻さんが学校でどうされているか気になっていますし。こちらこそよろしくお願いします」

 

「ではご一緒させていただきますね、どうかよろしくお願います」

 

上条夫妻も同意してくれたのでアシュリンは貴婦人らしくニコッと微笑みながら頭を緩く下げる。

 

本場の貴族の人かも、とアシュリンの様子を見ていた美琴はお嬢様学校で目標とされている貴婦人の仕草に、一人ごくッと喉を鳴らしていた。

 




刺突杭剣篇、終了です。

大覇星祭は本当に長い……まだまだ終わりません。

ところで『流動源力』ですが、今回の話で一〇〇話突破しました。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
最後まで更新続けさせていただきますので今後ともどうぞよろしくお願い致します。



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大覇星祭:魔術side:使徒十字篇
第一〇一話:〈戦後余韻〉で情報整理


第一〇一話、投稿します。
次は一一月二七日土曜日です。


「『使徒十字(クローチェディピエトロ)』……。こっちの言葉ではペテロの十字架、といったところか。まったく、なんて話だ」

 

ステイルは携帯電話で報告を受けて、通話を切り、懐に携帯電話をしまいながらぽつりとつぶやいた。

 

彼らは今、自律バスの整備場から少し離れたオープンカフェにいた。

 

不自然に思われるから目の前にはプラスチックのボトルに入った飲み物が置かれているが、垣根以外それに手を付けていない。

土御門に至っては先程の戦闘のダメージが残っているので全力脱力して椅子にもたれかかるように座り、上空へと視線を向けていた。

 

「なぁ。そのペテロの十字架ってのは何なんだ? 不思議物質ペテロで作った十字架って意味で合ってんのか?」

 

先程死闘を繰り広げたのにも関わらず平然とアイスコーヒーを飲んでいる垣根を横目に、上条は場にいる人間に声を掛ける。

 

「バーカ。ペテロは人名で一二使徒の一員だ。主から天国の鍵を預かった人間だよ」

 

垣根がプッとストローを吐きながら苛立ちを込めて告げると、それにステイルが同意した。

 

「彼の言う通りだよ。でもここで重要なのそっちの神話ではなく別の伝承だね」

 

「別の?」

 

上条が小首を傾げるので土御門は椅子に座り直してテーブルに肘を突きながらまだ体調が悪そうに気だるげに口を開く。

 

「ペテロさんってはの、あれだぜい。……教皇領バチカンの所有者なんだよ。いや、厳密にはペテロの遺産である広大な土地の上に教皇領バチカンを作った、てトコかにゃー」

 

「バチカンって……あの、なんか世界で一番小さな国とかってヤツか?」

 

「ふん。『バチカン市国(Vatican City State)』は当時、日本の戦国時代みたいになってたイタリアが統一されたことに合わせて、少しずつ削られたから世界で一番小さな国になったんだ。最盛期にはローマを中心として四万七〇〇〇平方キロメートルに渡って広がっていたんだよ。それに『バチカン市国』は一九二九年にラテラノ協定で決められるまで『ローマ教皇領』と呼ばれていたりしたね」

 

上条の問いかけにステイルが宗教家らしく説明すると、それに土御門が付け加えるように続いた。

 

「で、そこで問題となるのがローマ教皇領の作り方ですたい。──墓を立てたんだよ。ペテロの遺体を埋めて、十字架を立ててな」

 

その言葉に上条当麻はぎょっとして顔を青くした。

『ペテロの十字架』というものは『ペテロという人物の墓に立てられた十字架、という意味だったからだ。

 

「この地にはペテロさんが眠ってるんで、教会はその眠りを妨げないように遺産の管理ともども頑張ります、ってな。コンスタンティヌス帝が贈呈・建設した聖堂を最初にして、今じゃペテロさんが眠っている上には(サン)ピエトロ大聖堂がある。名実ともに世界最大の教会にして、死者の上に建つ聖域だぜい」

 

「うーん……それってあれか。偉い人を(たてまつ)ってる建物とか、そんな感じなのか?」

 

「どうかにゃー。裏を返せば『聖人の死体を利用して新しく建てる教会の権威を補強した』とも言えるんだぜい」

 

「なんか……少し抵抗がある話なんだけど。ローマ正教ってのは、そこまでやっちまう宗派なのか?」

 

垣根は伝え聞いた話なので詳しく知らないが、上条当麻は九月の初めにローマ正教とオルソラ=アクィナスという修道女を巡って対立している。

その時にローマ正教の裏のやり方を見てしまったので、どうもローマ正教に抵抗があるのだ。

 

「あん? この程度のことならどこでもやってるぜい」

 

だが、土御門は上条のその不快感を一蹴した。

 

「イギリス清教始まりの地、って呼ばれているカンタベリー寺院でも聖トマス=ベケットが暗殺されてんだ。アレで反感を(つの)らせられた『王室派』は教会の独立権を認めざるを得なくなった。だから始まりの地って呼ばれてんだぜい。……『聖人の眠る場所』ってのはそれだけでデカい効果があるんだよ」

 

「……、で。オリアナが運んでたのは『刺突杭剣(スタブソード)』じゃなくてそっちの『クローチェなんとか』だったってんだろ。それってやっぱり危険な物なのか? それとも美術品みたいに、変なレア価値が付いてんのか?」

 

宗教的な歴史をちょろっと勉強すれば誰でも分かるほどのメジャーな話なので、垣根が復習にもならないとつまらなそうに聞いている隣で、まったくついていけていない上条は『とりあえず偉い人が関わった教会というのはそれだけで価値が上がる』という点だけ覚えて本題に入る。

 

「どちらも、と言いたいところだけど、僕たちが気にするべきは、もちろん前者だ。さっきも言っただろう? ローマ教皇領は広大な土地──というか、厳密には空間にだが、『使徒十字(クローチェディピエトロ)』を立てたところから始まったって。なら逆も言えるんだ」

 

「逆?」

 

「それが学園都市だろうと『使徒十字(クローチェディピエトロ)』を立てた場所(エリア)はどこであろうとローマ正教の支配下になるってことか? はん。御大層な霊装だな」

 

上条が首を傾げる前で、垣根が逆説から導きだした答えに土御門が頷くので、上条はそれに再びぎょっとした。

 

「ああ。元々『刺突杭剣(スタブソード)』には『竜をも貫き地面に縫い止める剣』っていわくがあった訳だが、翼を持つ巨大な存在であり、眠れる財宝の守護から私欲の虐殺まで行う『竜』とは、つまり神に仕える『天使』と身を堕とした『悪魔』の隠語ってワケだにゃー」

 

「竜が『天使』と『悪魔』の隠語?」

 

「お。なんだぜていとくん。何か気になることでも?」

 

「……なんでもねえ。話を続けろ」

 

垣根がぴくッと反応したので、土御門が訊ねると垣根はごまかした。

 

(イジりに反応しない? 隠語がそんなに気になるのか……?)

 

土御門は垣根の反応に首を傾げながらも話を続ける。

 

「つまり『刺突杭剣(スタブソード)』の『竜を地面に繋ぐ』ってのは『この大地を天使に守護してもらえるような聖地に造り替える』って意味だ。そこからでも分かる通り、『刺突杭剣(スタブソード)』と『使徒十字(クローチェディピエトロ)』は同一だったってワケだにゃー。まったくクソッタレなことに」

 

「ちょっと待った! 支配ってなんだよ。あいつら、ここで一体何をしようとしてるんだ?」

 

上条が慌てると、上条を落ち着かせるために土御門が優しいトーンで告げる。

 

「バチカンって国は、その内部全体が巨大な教会になってるようなものなんだにゃー。あの内部は空間がおかしくなっててな。何をやってもローマ正教にとって都合がよくなるように、幸運や不幸のバランスが捻じ曲げられてるんですたい」

 

「具体的に言えばバチカンという範囲内に、指向性のある魔力が充満しているんだ。それによって常にローマ正教にとって都合よく話が進むようにできている。言ってしまえば『ローマ正教全体にとって都合の良い方向へ、自動的に導いていくだけ』の術式だ。しかし、そんなものを学園都市に立てたらどうなると思う?」

 

「どうなるって言われても……えっと……ローマ正教にとって都合が良くなるんだよな。じゃあ学園都市にローマ正教徒がやってきたら、そいつがやたら幸運になったりとか?」

 

ステイルの突然の質問に上条はあまりよくない頭を巡らせて自信なさそうに告げる。

 

「ま、そうだね。『使徒十字(クローチェディピエトロ)』の効果が文献通りなら、ローマ正教徒にとって都合がいいだけではなく、建てられた地にとっても良いことが起きるだろうね。ギャンブルの無茶な大勝負でも何故か勝ち続けるだろう。それが不自然なぐらいにね」

 

垣根はそこでステイルの説明に顔をしかめて、警戒心を露わにしてステイルを横目で見た。

 

「それだったら当然負ける人間が出てくる。そいつは不幸になるはずだ。……まさか、その認識すら変わっちまって、ソイツは()()()()()()()なんて思うようになるってことか?」

 

「ああ。そしておそらく『使徒十字(クローチェディピエトロ)』はローマ正教徒以外の人間も救ってくれるんだよ。爆弾が爆発しても、ローマ正教徒も他の人間も致命傷を負わないんだ。みんな無事で良かった、という幸せな状況になるというワケだね」

 

「それって、みんなが幸せになるって事だろ? だったら何も問題ないじゃねーか」

 

「バーカ。もしローマ正教徒に路上で鞄をひったくられたら、被害者が『ローマ正教徒サマに強盗されて良かった』って思わされるんだよ。被害に()ってんのに『強盗してくれてありがとう』って逆に感謝することになるかもしれねえな。そんなのはどう考えたって(てい)のいい『洗脳』だろうが。クソッタレ」

 

垣根が端的に表すと上条はそれを聞いて呆然とする。

 

「ていとくんの言う通りだぜい。それは真っ当な幸せじゃない。その幸せはいつだってローマ正教が中心に立っている。つまり何もかもがローマ正教の都合の良い幸せが作り上げられて、その違和感に誰も気が付かないってことだ」

 

「理不尽な要求をローマ正教に突きつけられているはずなのに、何故かそれを納得して受け入れてしまう。……まさしく、ローマ正教にとっては極めて居心地の良い『聖地』だろう?」

 

土御門から放たれた言葉にステイルが補足説明する。

すると、土御門は悪い笑みを浮かべて肩をすくめた。

 

「もし、科学世界の長である学園都市が都合よくローマ正教の傘下に治まれば、科学サイドと魔術サイドのバランスが一気に崩れてローマ正教の一極集中となってしまうんだぜい」

 

「そうだ。世界の半分の力を持っている科学サイドとローマ正教から攻められれば『どちらか片方の世界』に属しているだけの組織や機関では太刀打ちできない。これは腹と背を同時に殴られているようなものだね、どう頑張ってもリンチの出来上がりさ」

 

「じゃあオリアナたちの言っている取引ってのは……」

 

土御門とステイルの説明に上条はごくッと唾を呑み込んでから訊ねた。

 

「ああ。『刺突杭剣(スタブソード)』だの『使徒十字(クローチェディピエトロ)』だのといった、霊装単品の取引じゃない。『ローマ正教の都合の良いように支配された』──学園都市と、世界の支配権そのものだろう」

 

ステイルの言葉によって、その場に重たい雰囲気があふれ出す。

 

学園都市が支配される。その支配を誰もが幸せと感じる。

それは人の尊厳の自由を奪う行為だ。

決して許してはならない所業(しょぎょう)である。

 

「運び屋のオリアナ=トムソンと、送り手側のリドヴィア=ロレンツェッティ。彼女たちの他に、もう片方の受取先が分からなかったのは当然さ。──この取引には、他の誰も関わっちゃいなかった。ロシア成教が怪しいなんて話もハズレさ。ローマ正教が自分で自分に送るだけのものでしかなかったんだから」

 

ステイルはその言葉を残して立ち上がると、(まと)っている服を整えて振り返った。

 

「止めるよ、この取引。さもなくば、世界は崩壊よりも厳しい現実に直面する事になる」

 

そう告げたステイルに、アイスコーヒーを飲み終わった垣根はストローから口を離して見上げた。

 

「だったらその『使徒十字(クローチェディピエトロ)』の使用条件を先に調べろ。お前らもそれが重要だって分かってんだろ?」

 

「キミに言われなくてももちろん分かってるよ。分かってないなら逆に恥だね」

 

ステイルは忌々しそうにしながらも頷き、垣根はそれを見て嘲笑するように『そーかよ』と告げた。

 

「え? なんでそれが先なんだ?」

 

上条が即座に疑問符を上げるので、垣根は上条を睨みながら説明する。

 

「取引自体がなくて『使徒十字(クローチェディピエトロ)』を最初からリドヴィア=ロレンツェッティが持ってんなら、すぐに使えばいいだろうが。だが、それをやらねえでオリアナ=トムソンがカモフラージュに看板持ってそこら辺うろついてた。そんなの使用条件を探してるか、条件が整うまで時間稼ぎしているようにしか見えねえだろうが」

 

「あーなるほどなあ」

 

上条がオリアナの行動の意味を説明されてやっと理解できたので感心して呟くと、垣根はジロッと上条を横目で睨みつける。

 

「……お前、本当にバカなんだな」

 

「上条さんは無能力者(レベル0)ですよ!? 超能力者(レベル5)サマとは頭の出来が違うんですっ……って、なんか自分で言ってて悲しくなってきた……」

 

がっくりとうなだれる上条の前で、垣根の推察に土御門は頷く。

 

「確かに霊装の威力が凄まじいから呪文を唱えておしまい、なんてことは絶対にありえない。発動・制御・安定させるには何らかの複雑な条件をクリアする必要があるからにゃー」

 

「霊装の調査ならイギリス清教の方と、……ああ。あまり頼りたくはないが、専門家がそこら辺うろついているな…………」

 

「その専門家ってのは真守の実家なのか?」

 

土御門の言葉にステイルが方針を固めていると、垣根はそこで気になってステイルにそう問いかけた。

 

「え!? 朝槻の実家って魔術にどっぷり浸かってんの!? え。つーかアイツ、置き去り(チャイルドエラー)だったんじゃ……!?」

 

「真守を捨てた父親はクソだったが、もう死んでた母親の実家は真っ当だったってことだ。真守が超能力者(レベル5)第一位に認定されて世界にお披露目された時に、真守のこと探してた母親の親族がウチの子じゃねえかって真守のことを学園都市に問い合わせたんだよ。DNA鑑定したら本当に血の繋がりがあった。……第一位に認定されていいこともあったってことだな」

 

「で、その親族がマクレーン家って言って、ちょっと特殊な立場にいる魔術大家なんですたい」

 

垣根がつらつらと真守の身の上話を話すと、土御門はそれに補足説明をする。

 

「そ、それって……魔術と科学のバランス的に大丈夫なのか……?」

 

上条の真っ当な疑問に土御門はつらつらと説明する。

 

「朝槻はマクレーン家に捨てられた。それは言わば所有権を放棄したってことだぜい。そんな朝槻に救いの手を差し伸べた学園都市から、マクレーン家が朝槻の所有権を返せと言ったって不当な要求にしかならない。そもそも朝槻の母親は魔術が嫌で出奔(しゅっぽん)してんだ。魔術世界はどう頑張っても不利益にしかならないから手を出せないんだにゃー」

 

「た、確かに……それで返せって言ったら誰の目から見ても理不尽だよな……」

 

「それに加えてマクレーン家は古い家柄で身の潔白を求められる立場にあるんだぜい。だからそんな不当な要求したら方々(ほうぼう)からの反発は確実だ。……だから朝槻が魔術世界に知れ渡った時、マクレーン家は結構な打撃を受けちまってるんだにゃー。子供を捨てるなんて清いマクレーン家のすることじゃねえ……ってな」

 

上条が土御門の簡潔な説明に頷いていると、土御門は他人事なので大変だろうな、と半分笑って告げる。

だが垣根は土御門からもたらされた真守も知らないであろう新事実に呆然とした。

 

第一位に認定されたことで真守は自分の実家を知る事ができた。

 

だがその裏で自分の実家が大打撃を受けていると知ったならば、好きで超能力者(レベル5)第一位に認定されたわけではない真守は悲しむに決まってる。

 

突然現れた親族だけでも結構な衝撃なので、おそらく真守にはまだマクレーン家が魔術にどっぷり浸かってると聞かされていないのだろう。

聞かされていたら真守は絶対に自分に言ってくるはずだ。

 

真守が事実を知らされて心を痛めないか垣根が心配していると、ステイルは淡々と告げる。

 

「土御門は結構な打撃と言うが、マクレーン家にももちろん言い分がある。それにあそこは政治慣れしているから、痛くもかゆくもないと思ってるんじゃないかな。それにあの様子ではそんな打撃なんてどうでもいいくらいに彼女の事を大事に想っているだろうね。なんせ血縁関係を認めない方が絶対に良い。自分の身を切られても大事な身内に寄り添おうとしているんだ。その愛情は本物さ」

 

ステイルの言葉に上条は納得する。

 

マクレーン家が真守を捨ててしまったと公表すれば、マクレーン家の痛手になる事は確実だ。

だがそれでも、マクレーン家は真守との血のつながりを公表した。

損害を(こうむ)ってでも真守と付き合おうとするのであれば、それは立派な愛情である。

 

「まあ朝槻は絶対に気づくから、機を狙って言おうとマクレーン家も考えてんじゃねーのかにゃー。あそこはイギリス清教のトップ、最大主教(アークビショップ)を相手に笑ってるところだし、色々と算段があるんだろ」

 

土御門はマクレーン家の舌戦(ぜっせん)の強さについての噂を聞きつけているのでそう呟くと、立ち上がってステイルのそばへと寄っていった。

 

「マクレーン家の方には僕からコンタクトを取るよ。彼女に迷惑はかけられないからね。後は僕たちがやっておくから、キミたちは自分のいるべき場所に帰るといい。特に上条当麻。あの子のそばに早く戻れ。あの子が泣いてたら骨まで焼いてやる」

 

ステイルと土御門はそこでテラスを後にして、上条はインデックスを探しに、垣根は真守のもとへと戻るために挨拶もそこそこに動き出した。

 




使徒十字篇、開幕しました。

垣根くんがいることで上条くんのバカが際立っていますが、元々頭の良い方ではないのでしょうがないということで……。
まあ、上条くんの頭の悪さは愛されるポイントですし、頑張ってくれ……。



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第一〇二話:〈昼飯休憩〉で一息を

第一〇二話、投稿します。
次は一一月二八日日曜日です。


「垣根!」

 

垣根が真守との合流地点に向かうと、垣根に気が付いた真守は嬉しそうな顔をしてパタパタと垣根に駆け寄る。

 

「あ? その男は?」

 

垣根が気になったのは真守と一緒にいた黒スーツの男だった。肩からはバカでかい保温ケースを()げており、垣根にぺこっと綺麗なお辞儀をした。

 

「伯母さまのボディーガードだって。私を迎えに来てくれたんだ」

 

「ボディーガード? ふーん、やっぱすげえ家なんだな」

 

垣根が真守の説明に納得していると、そこに黒スーツの男と一緒にいた深城と林檎が話に加わる。

 

「垣根さん垣根さん! 真守ちゃん凄かったよぉ! ビデオ撮影したから後で見てあげてね!」

 

「垣根、私が撮ったんだよ」

 

はしゃぐ深城の隣で林檎が得意げな顔をしているので、垣根はふっと柔らかく目元を緩ませてポン、と林檎の頭に手を置く。

 

「そうか、よく頑張ったな。……で? 肝心のお前の伯母はどこにいんだ?」

 

「喫茶店で場所取って待ってるって。ボディーガードさんから聞いたんだが、上条の両親とか美琴と一緒らしいんだ。……垣根、行こう?」

 

真守は遠慮がちに垣根のジャージを引っ張って告げる。

その顔は若干緊張していた。

そりゃそうだ。

真守はこの前伯母に初めて会ったため、まだまだ緊張する相手なのだ。

垣根も深城も真守の伯母は写真で見たから知っているには知っているが、アレは少し若い時だったし、伯母がどんな人なのか、今どんな外見をしているのかまったく分からない。

そのため垣根も若干緊張しており、深城もどことなくそわそわしている。

何せ大事な女の子の身内なのだ。緊張するに決まっている。

 

「……会ってくれるよな?」

 

だが自分よりも緊張している様子の真守を見たら垣根は冷静になってきており、真守のことを安心させるために、林檎の頭を撫でていた手を真守の頭に置いて安心させるようにそっと撫でた。

 

「会うに決まってんだろ。大丈夫だ、心配すんな。ちゃんと挨拶しなくちゃいけないもんな?」

 

「うん。垣根や深城、林檎のことを大事な人だって伯母さまに紹介したい」

 

真守がはにかむように告げるので垣根はそっと目を細めて柔らかく微笑んだ。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

真守がアシュリンと合流して席に着くと、垣根と深城はアシュリンの前に座り、林檎はアシュリンの隣に座った真守の隣にちょこんと座った。アシュリンも真守と同じで小柄で、その隣に林檎が丁度すっぽりと収まったからだ。

 

「初めまして。アシュリン=マクレーンです。よろしくね」

 

そう挨拶をして来たアシュリン=マクレーンの第一印象は場数を踏んだ歴戦の猛者だった。

貴婦人として完成された雰囲気を(まと)っているが、ただの綺麗な貴婦人ではなく、あらゆる舌戦(ぜっせん)を繰り広げて勝利を手にしてきたようだった。

確かに自分が感じた雰囲気のままであれば、真守の事を第一に考えてマクレーン家の実害が出ても舌戦で勝利して周囲を丸く収める事ができそうだ、と垣根は安心する。

 

「垣根帝督です」

 

「源白深城って言います」

 

「杠林檎、です」

 

「あらあら。ご丁寧にどうもありがとうございます。ふふっ真守ちゃんの大事な子たちに会えてうれしいわ」

 

アシュリンは垣根たちを見つめてにこにこと微笑む。その隣で真守はもじもじと内ももを()り寄せて気まずそうにしており、そんな真守を林檎はじーっと見上げて、真守の横っ腹を真守が落ち着けるようにそっと撫でていた。

 

「じゃあ当麻くんが来るまで待ちましょうか。そう時間はかからないそうだし」

 

アシュリンはそこで後ろに座っている上条一家の上条刀夜と上条詩菜に笑いかける。

 

「すみません、ウチの当麻が遅くて。御坂さんも申し訳ありません。もうすぐ来ると思うんですが」

 

「いえいえ気にしないでください。問題ないですよ」

 

上条一家の隣には御坂一家が座っており、御坂美琴と恐らく美琴の身内の女性が座っており、美琴の身内がそう答える。

 

「……それにしてもここまで似てるのか。そっくりじゃねえか」

 

「ええ。髪の色一緒にしたら見分けが歳以外つかないんじゃないかしら……」

 

黒髪と銀髪、そして成熟具合以外はそっくりな真守とアシュリンを見つめて垣根が思わず(こぼ)すと、それに同意したのは美琴で、自分も自分でそっくりなのにそっくりすぎる真守とアシュリンを見つめながらごくッと(つば)を呑み込んだ。

 

「そうだよね、本当にそっくりだよねえ。真守ちゃんが二人いるみたい……銀髪も銀髪で良い……!」

 

「朝槻ってもしかして分裂して生まれたの?」

 

深城と林檎も真守とアシュリンを見つめながら呟いており、似ていると言われた真守は、嬉しいが恥ずかしくなってしまって柔らかく笑いながら(うつむ)いた。

 

「うふふ。似ていると言われて本当に嬉しいわあ。……I'm glad, Didn't look(あのクソ野郎に真守ちゃんが) that such a jerk.(似なくて本当に良かった)

 

((今なんか腹黒さが出た気がする))

 

他のテーブルに座っている美琴にはアシュリンが小声で呟いた英語が聞こえなかったが、がっつり聞こえた真守と垣根は心の中で同じことを考えて固まる。

 

「おう当麻! こっちだこっちー」

 

真守と垣根がアシュリンの裏の顔に硬直している中、上条刀夜は喫茶店に入ってきた自分の息子である上条当麻とチアガール姿のインデックスへと手を振った。

 

「あらあら刀夜さん。そんな大きい声を出してはいけませんよ」

 

「おう、父さん……い!?」

 

上条は刀夜に気が付いて手を()げるが、その手前に座っている真守とアシュリンに目がいって驚愕する。

 

「に、似てる……! 全世界に紹介されたら秒で分かるレベルで似てる……!」

 

「うふふ。あらあら、真守ちゃん嬉しいわねえ」

 

「う。……嬉しいけど、やっぱりなんかむずがゆい」

 

上条の驚愕にアシュリンが嬉しそうに微笑み、真守は照れて顔を赤くする。

 

「しっかし、よくこんなところ見つけたなー。朝槻の身内の方に紹介してもらったのか?」

 

「いやいや。そちらの方が教えてくれたんだ」

 

ちょこちょこと後ろを着いてくるインデックスと一緒に、上条が刀夜に近づきながら声を掛けると、刀夜は手のひらを向けて出して、自分たちの隣にいるテーブルを見るように上条を(うなが)した。

 

「御坂です」

 

刀夜が促した先にいた女性がニコッと笑いかけてくるので、上条は美琴を一瞥(いちべつ)もせずにぺこっと頭を下げる。

 

「そうですか、どうもありがとうございました。あーお腹ペコペコだー、」

 

「ちょっとアンタ! 何で私のことだけいっつも検索件数ゼロ状態なのよ!」

 

「ああいや、流れ的にこんなもんかと」

 

思いっきり無視された美琴がテーブルにダァン! と手を突いて立ち上がると、上条は笑って告げた。

 

「こっこんなもんじゃないわよ! アンタの周りに自然な流れなんてあるもんか! そもそも、アンタのそばにいつもくっついてるこの子はどこに住んでる誰なの!?」

 

「誰って、そりゃお前──」

 

美琴がギッと睨みつけたインデックスを見ながら、上条はそこで言葉を濁した。

言えない。

実は男子寮の一室で女の子を(かくま)っていて、一つ屋根の下で生活しているなんて純情少年上条当麻さんには言えない。

 

「そうだぞ当麻。言われてみればその子は誰なんだ? 泊まりがけで海へ行った時にも一緒についてきていたが。海の家では父さんたちの質問もうまくはぐらかされていたし」

 

「う、海って! と、とととと泊まりがけで海ってアンターッ!?」

 

上条が返答に困っていると刀夜が爆弾発言をして美琴が大袈裟に慌てる。

そんな美琴を見て、インデックスはムッと口を尖らせて顔をしかめた。

 

「かくいう短髪だって、どこに住んでる誰なの? とうまのガールフレンドかなにかなのかな?」

 

「えっ!? い、いや、別に私はこんなのと何かあるわけじゃ……」

 

西洋人なインデックスが至極真っ当な表現で問いかけると、東洋人の美琴はその表現に若干の違いを感じて先程とは違う意味で慌てる。

 

「とうまの学校の応援にも来てたよね。確か『ぼうたおしー』の時」

 

「ちがっちょ、黙りなさいアンタ!!」

 

「あらあら青春ねー」

 

美琴とインデックスがバチバチにつばぜり合いをするラブコメ的展開を見ていたアシュリンは柔らかく微笑んで、頬に手を当てて微笑む。

 

「青春も確かにいいけれど、そろそろご飯にしちゃいましょう。えっと、お名前は上条当麻くんで良いのかな?」

 

御坂の身内の女性が自分に笑いかけてくるので、上条は頷きながらも問いかける。

 

「そうですけど。あの、そっちは御坂のお姉さんか何かで?」

 

「ううん。私は御坂美鈴。美琴の母です、よろしくね」

 

御坂美鈴の一言に、場は一度沈黙する。

 

「「HAHAァ!?」」

 

声を上げたのはインデックスと上条だけだったが、真守と垣根、その他諸々はびっくりしすぎて声を上げることができなかった。

 

「だ、だって先程は大学がどうのこうのって言っていたじゃないですか!?」

 

「ええ、ですから近頃になってもう一度学び直しているんですよ。この歳になって色々分からない事に遭遇できるっていうのも結構刺激的なのよねー」

 

刀夜が慌てて美鈴に問いかけると美鈴は笑顔で自分の状況を説明すると、アシュリンがゆったりと上品な雰囲気を(まと)ったまま美鈴に声を掛けた。

 

「あら。雰囲気的に年齢が近しいとは思っていましたが、やっぱりお母さまでいらっしゃったのですね」

 

「ね、年齢が近いって……?」

 

上条が微笑んでいるアシュリンの言葉に嫌な予感がして呟くと、そこで刀夜も嫌な予感がして上条に続けて声を上げる。

 

「ま、マクレーンさんって真守さんに『おばさま』と呼ばれていましたが、姪である真守さんと年が近い『叔母』じゃないんですか!?」

 

「わたくしは真守ちゃんの母の姉ですわ。しかも一卵性双生児の」

 

「「そっちの伯母なの!?」」

 

アシュリンの言葉にインデックスと上条が再び叫び声を上げて、事情を知らなかった人々は驚愕する。

 

「まあ……言われてみればウチだってそんな感じなんだし、わざわざおかしいと叫ぶほどの事でもない……のか?」

 

上条は刀夜の隣に座っている若々しい詩菜をちらっと見つめながら呟く。

すると、隣に立っていたインデックスが眉を跳ね上げて叫んだ。

 

「おかしいに決まってるんだよ! とうまの周りには『こもえ』とか『しいな』とか不自然に若い大人がたくさんいるけど、こんなの普通に考えたらありえないもん! 何なのかな、この若さいっぱいの世界は。ここはピーターパンが案内役を務める子供たちの楽園なの!?」

 

インデックスが思わずツッコミを入れる中、一同は自己紹介が終わりそれぞれ昼食の話になる。

 

「じゃーん。今日のメニューはライスサンドです。あら、少し形が崩れてしまっているわね」

 

上条宅は詩菜が作ってきたお手製のお弁当で、インデックスはそれを見て目を輝かせる。

 

「で? ママは何にするの?」

 

「何も頼まないわよー。ほら、私だってちゃんと弁当持参してきたんだぞ。どうよ美琴、これってちょっと母親っぽくない?」

 

その隣で美琴がメニュー表を手繰(たぐ)り寄せながら美鈴に問いかけると、美鈴はバッグをごそごそと探りながら得意気に告げる。

 

「母親っぽいんじゃなくてちゃんと母親してくれないと困るのよッ! で、昼食は何を作ってきたの?」

 

「へっへっへー見て驚くんじゃないわよ?」

 

美鈴は得意気にしながらバッグから次々に食材を取り出す。

各種チーズに白ワイン、平たい丸い形状の鍋、そして小型ガスコンロ。

 

「じゃーん! 今日のメニューはチーズフォンデュー!」

 

「学園都市に危険物(プロパンガス)なんか持ち込んでくるんじゃないわよ!」

 

美琴は声を上げながらスパーン! と美鈴の頭を手ではたく。

流石の美琴も能力者ではない母に電撃を浴びせてはならないという分別が付いているらしい。

 

「うわぁー娘にぶたれたー。……もう、私がなんでこんなに大量の乳製品(チーズ)を持ち込んできたと思ってんのよ。小さなお弁当でチマチマ食べても育って欲しいところに栄養が行き渡らないでしょう?」

 

「なっちょ…………。育つとか大きくなるとかって、いきなり何の話を始めてんのよ!!」

 

美琴は美鈴の言葉に控えめ過ぎて絶壁な胸を見降ろしてから顔を真っ赤にして胸を押さえて叫ぶ。

そんな美琴を見て美鈴はにやにやと笑う。

 

「あらーん? 何の話かしらーん? 私は骨の健康を考えてカルシウムを摂りましょうって言っただけなんだけどー……もしかして、美琴ちゃんてば他にもどっか具体的に大きくなりたいトコロがあっるのっかなーん? そもそもなんで大きくなりたいって急に考え始めちゃったのかにゃーん?」

 

「だっ黙れバカ母!!」

 

美琴は美鈴のイジりに大声を上げる。

その横で刀夜が美鈴の大きな胸に見惚れていると、詩菜が笑顔のまま刀夜を見つめて、刀夜はそれに気まずさを感じて目を()らした。

 

上条はそんな二人の前でちらっとインデックスの胸を見つめてから、

 

「いっぱい食べたら大きく……か。なるといいよなぁ」

 

と、ぽそっと呟き、インデックスの怒りを買った。

 

「とうま!!」

 

インデックスは大口を開けて上条に噛みつこうとするが顔を真っ赤にして俯く。

先程インデックスは上条に着替え現場をいつものように(のぞ)かれた際に、いつものように怒って頭に噛みつこうと思ったら誤って頬にキスするかのようにかぶりついてしまったのだ。

 

そのことが頭から離れずにインデックスがわなわなとしている横で、アシュリンは笑顔のままくるっと真守を──正確には女性の理想サイズのふくよかで形の良い胸を見つめる。

 

「そういう真守ちゃんは胸が大きいけど、それは学園都市の力かしらー? ウチの家系はあの子も含めて控えめなのに。とても興味があるわぁ?」

 

「いや、その……ちょっと色々事情があって……や、ヤバい。確かな圧を感じるぞ……ッ!?」

 

ないわけではないが真守と比べると明らかに劣るアシュリンの控えめながらもふっくらとした胸を見ないように目を泳がせた真守は、アシュリンから放たれる黒いオーラを感じてダラダラと冷や汗を流す。

 

言えない。『実験』の弊害(へいがい)で成長してなかったから女性の理想サイズ(自分の願望含む)まで成長させたなんて自分の胸にコンプレックスを持っている人間に言えない。

 

アシュリンににっこり責められて焦っている真守がそれでも楽しそうにしているので、垣根と深城は柔らかく目を細めて、林檎は楽しそうに控えめに口角を釣り上げてその様子を見ていた。

 

「まあその追及は後にして。ご飯にしましょう」

 

アシュリンは姪っ子をいじめるのをやめて、机の横に置かれていたボディーガードがここまで運んできた保温ボックスの蓋を開けながら告げる。

 

中には大量の高級弁当が入っており、高級フレンチや中華など、和洋折衷(せっちゅう)色々入っていた。

 

「真守ちゃんたちの好みが分からなかったから、わたくしが学園都市で気に入ったお店の料理を取りそろえたの。食べたいもの食べてね」

 

「どれも学園都市有数の高級レストランだな。流石ご令嬢……」

 

「……私の家ってとっても裕福なんだなあ」

 

アシュリンが次々とテーブルの上に置く弁当につけられた店名を見ながら垣根と真守は思わず呟く。

 

「ご飯を食べたら少しお散歩しましょう。真守ちゃんと二人っきりで学園都市の中を歩きたいわ」

 

「? 分かった」

 

アシュリンの提案に真守は小首を傾げながらも素直に頷く。

 

(ここで話せねえってことは、魔術とか家の話すんのか。まあ二人じゃなきゃやりづらいだろうし、ここはカブトムシで見守っておくか)

 

垣根は次々にテーブルに並べられていく高級料理に目を輝かせる深城と林檎の前で、心の中でそう呟き、食事を始めた。

 




真守ちゃん久しぶりに登場です。
アシュリンと真守ちゃんの胸の話はしておきたかったので満足しました。

ちなみに超電磁砲だと、昼休憩の時はソファタイプのテーブルに座っているのでそっちを起用しました。インデックスの方は最初から座れる人数が決まっているので、そしたら色々面倒だな、と思って超電磁砲の方にしました。



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第一〇三話:〈怪物覚醒〉で急展開

第一〇三話、投稿します。
次は一一月二九日月曜日です。


「伯母さまから聞いたんだ。おうちのこと。……それと『使徒十字(クローチェディピエトロ)』のことも」

 

真守はアシュリンからマクレーン家がイギリスに強く根付くケルトの精神的中枢であるドルイドの一族であり、そして公正な判断をするように求められ自分の存在が不利益になること、そして母親はそんな古臭いしきたりでまみれたマクレーン家が嫌で出奔したという、垣根がこれまで断片的に聞かされたことを詳しく全て話された。

そして『使徒十字(クローチェディピエトロ)』についても話をされて、それらについて垣根と相談するために垣根のもとへと帰ってきた。

アシュリンは深城や林檎と共に競技の席を取りに行き、垣根と真守は現在二人きりである。

 

「垣根、やっぱり『使徒十字(クローチェディピエトロ)』は私も捜索した方がいいんじゃないのか? 学園都市がローマ正教の庇護下に入るのはマズすぎる」

 

「あのマルチスパイは学園都市に直結してんだ。アイツがオリアナ=トムソンを見つけられねえってことはお前がネットワークにハッキングして監視カメラで探すのも難しいってことだ。やっぱあの不良神父が魔術で捜索するしかねえ。だからお前は競技に出てろ、な?」

 

垣根は顔をしかめて悩んでいる真守の髪の毛を一筋(すく)って指先で遊ばせながら、柔らかい笑みを見せて穏やかに告げる。

 

「……んー。でも伯母さまも垣根も頑張ってるのに」

 

「何かあったらお前を呼ぶから」

 

尚も渋る真守に垣根が告げると、真守は躊躇(ためら)いがちにも頷く。

 

「……分かった。絶対に呼んでくれよ。約束な?」

 

「おーていとくん、こんなところで逢瀬(おうせ)ですかーい?」

 

真守と垣根が話をしていると、手を振って二人のもとにやってきたのは土御門元春だ。

 

「つ、つちみかど!? 逢瀬って……!」

 

「なんだよ。つーかその呼び方止めろっつってんだろクソ野郎」

 

真守が顔を赤く染めて大袈裟に体を跳ねさせると、垣根は自分が手にしている真守の髪の毛を手元で変わらずに遊ばせながら告げる。

 

「ちょーっと手を借りたいんだが……いいか? 『スクール』のリーダー?」

 

「「!」」

 

真守と垣根は土御門が垣根のことを暗部組織のリーダーとして頼っていると知り、警戒心を高める。

 

「監視カメラは効かねえんだろ?」

 

現状、垣根たちはオリアナ=トムソンの捜索を目的としている。

その捜索に、土御門は垣根の暗部としての権限を使おうと考えているのだと垣根は看破してそう問いかけた。

 

「魔術をずっと発動することはできない。だからお前には暗部組織が使う手段で学園都市のセキュリティにアクセスしてほしい。俺は警備員(アンチスキル)風紀委員(ジャッジメント)なんかが使う手順でアクセスする。手段は多い方がいいだろう?」

 

土御門の提案に垣根は高速で思考を巡らせる。

 

(暗部組織としての権限を望んでくるってんなら、コイツは俺のカブトムシ(端末)の情報網を知らねえってことになる。……いや、もしかしたら知っててわざと言ってんのかもな。まあなんにせよ、魔術を知らない誉望たちを巻き込むのはマズい。つーか心理定規(メジャーハート)は知らねえが後の二人は競技に出るとか言ってたし。……ここは俺が動くしかなさそうだな)

 

「……ッチ。行ってくる」

 

垣根はあからさまな舌打ちをして自分だけが動く方針を固めると、突然真守の方を見て手に持っていた真守の髪の毛へと別れの挨拶としてキスを落とす。

 

「ふぁ!?」

 

「ひゅー見せつけてくれちゃってぇー」

 

真守が土御門の前で垣根が大胆な行動をとったので硬直して声を上げると、土御門はそんな二人の様子を見てはやし立てる。

 

垣根はそんな土御門を睨みつけて、爆弾を投下した。

 

「うるせえ中学生の義妹に手を出した不届き野郎が」

 

「え!? ナンデそのこと知ってるんだかにゃー!? 朝槻!? 朝槻お前俺のこと売った!? もしかして売ったのか!?」

 

「だって垣根のこといじめるから……嫌がることはしちゃダメなんだぞ」

 

あからさまに動揺する土御門の様子を見て垣根が嗤っている横で、真守は顔を赤らめながらもしかめっ面にして理由を話す。

 

共闘した際に散々土御門にイジられた垣根は真守に『土御門の弱みはないか』とアシュリンと合流する前に聞いたところ、真守は『弱みか分からないけどロリコンな不届き者』として『義妹に手を出しているらしい』など『上条から話を聞いたし、アイツの雰囲気的に絶対そう』と教えていたのだ。

 

「にゃー!? べ、別にイジめてないし!? 親しみを込めて呼んでるだけだし!?」

 

「親しみ込めて呼ぶんじゃねえよこのヘンタイ!」

 

「義妹を愛することの何が悪いんだぜい!?」

 

垣根がロリコンに親しみを持たれているのが我慢ならなくて怒鳴ると、土御門が開き直るので垣根はことさら不快感を(あら)わにする。

 

「それでも色々ヤベエだろうが、このロリコン!」

 

「ロリの何が悪いって言うんかにゃー!? SM気質がありそうなていとくん!?」

 

「んなアブノーマルな趣味はねえ!!」

 

不名誉を与えられそうになって垣根がキレると、土御門はスンッと真顔になる。

 

「朝槻のことイジめ倒して泣かし倒したいという願望がないとは言わせないぜい。気の強い澄ました女の子を屈服させるのが(オス)の宿命ですたい」

 

「いきなり真顔になって言うんじゃねえヘンタイ! 男の(たの)しみを決めつけんな!!」

 

「またまたー朝槻をエッロエロのトロットロにしてやりたいだろ?」

 

「だからそういう話をするんじゃね、…………ッ!」

 

真守の話題が出たので垣根が真守を横目で見ると、真守は涙目で(うつむ)き、顔を赤くしてぷるぷると震えていた。

 

「………………真守、」

 

「私の前で、性癖の話を、しないでっ!!」

 

垣根が躊躇いがちに声を掛けると、真守はそう叫んで蒼閃光(そうせんこう)でできた猫耳と尻尾をぴょこっと出した。

 

だがその猫耳と尻尾はヴヴヴッと動揺でぶれており、次の瞬間ビガアァッと光り輝いて垣根とサングラスをしているのに土御門の視界まで真っ白に染め上げた。

 

どうやらただの光ではなく、脳の方を麻痺させるエネルギーを真守は放出したらしい。

 

スタングレネードじみた真守の攻撃が垣根と土御門に入り、目が慣れた頃にはそこに真守はいなかった。

 

カブトムシで垣根が追わせてみれば、真守は顔を赤くして『うーっ』と軽く(うな)りながらビルの間を駆けて次の競技場へと向かっていた。

 

「いやー普通にイジったらあんな顔見られないのに、目の前で好きな男の子が性癖について話してるとあんな顔になるんだにゃー。……つーかあの泣き顔は破壊力抜群。お前頑張って正気保ってたんだな」

 

「しみじみ言うなこのヘンタイ!!」

 

垣根がにやにや笑っている土御門へと怒鳴りつけると、土御門は真剣な表情になった。

 

「垣根」

 

「な、なんだよ。分かったよ。くだらねえこと言ってねえで気持ち切り換えろって言うんだろ。ったく、テメエが振ってきた話題だろうが……」

 

「ああ」

 

垣根が突然空気をガラッと変えた土御門を見て舌打ちしながらも真剣な表情になると、土御門は内緒話をするようにそっと自分の口に手の平を添えた。

 

「実際のところ、さっき俺が言ったみたいにアレをとことん甘やかしてとろっとろのエッロエロにして朝槻はみんなのものだけど、そんな姿は自分のものなんだって(えつ)(ひた)りたいんだろ?」

 

「死ね!!」

 

当然の(ごと)くブチ切れた垣根が自前の事象干渉能力で空間を殺意でヂヂィッと震わせると、土御門は脱兎(だっと)のごとく駆け出していく。

 

「じゃあちゃんとオリアナ探せよ~!」

 

「殺す! アイツやっぱりぶっ殺す……!!」

 

垣根はぴゅーっと小さくなっていく土御門に殺気を飛ばしていたが、殺した場合真守に口を利いてもらえなくなるからと必死で殺意を抑える。

 

それでもやっぱり後で一発は絶対にぶん殴ると決めた垣根であった。

 

 

 

 

──────…………。

 

 

 

垣根は『スクール』が所持しているビルの一つから第五学区へと向かっていた。

 

先程まで暗部組織権限によってオリアナ=トムソンを捜索していたが、西部山駅出入り口から出てくるのを発見して土御門と連絡を取った。

土御門はステイルと上条と合流することができなかったため、死を覚悟して『理派四陣』を発動。

 

オリアナを探知術式で追っていたが、オリアナは探知術式から逃れるために探知術式を発動している土御門を強襲したのだ。

垣根はオリアナに強襲された土御門の居場所をカブトムシの記録から検索をかけて探していたが、探し当てて急行している間にオリアナは土御門の『通信術式で垣根帝督を呼んだ』とはったりをかけてオリアナを逃亡させた。

 

「やーていとくーん。お早いお着きにゃー…………」

 

土御門は血まみれで壁に寄り掛かって座っており、それでもひらひらと垣根に向かって手を振った。

 

「チッ。もうちょいテメエが引きつけてればオリアナのヤツを捕らえられたものの」

 

「お前が……ここに……辿り着く……保証が、なかったからにゃー……俺が……死んじまったら……マズい、だろーがー……流石に、死んだら……カミやんたちが、悲しむぜい…………」

 

「……まあ、確かに俺も真守にも合わせる顔がねえけど」

 

自分の悪態に真っ向から真っ当なことを言ってきた土御門へと垣根は近づく。

そしてその手を引いて肩を貸した。

嫌いな人間と言っても真守が大事にしている人間だし、ここで放っておくわけにはいかない。

 

「すまねーにゃー……クソ、本当に…………」

 

垣根が肩を貸すと、土御門は息も絶え絶えにしながら謝ってきた。

自分に謝ってきた土御門を横目で睨みながら、垣根はコレがきちんと芯を持った上で裏切り者として生きていると今一度確信して声を掛ける。

 

「とりあえず応急処置だ。大覇星祭中だからコンビニにでも救急セットが売ってんだろ。それから上条たちと合流して次の手を考えねえとな」

 

垣根は土御門が歩きやすいように、自分の肩に回している土御門の腕をぐっと引き寄せると、土御門はそれに頷く。

 

「ああ。……って、まずはカミやんたちに……連絡しないとにゃー……」

 

土御門は辛そうに息を吐きながらも、壊された携帯電話をちらっと見る。

垣根は舌打ちをしつつも自分の携帯電話を取り出して、通話を開始しながら土御門を連れてコンビニに向かった。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

真守は能力を解放して蒼閃光で造り上げられた猫耳と尻尾を出したままビルとビルの間を駆け抜けていた。

 

次の競技場へと深城と林檎、アシュリンと向かっている最中に、深城が真守から預かっていた携帯電話に公衆電話から着信があったのだ。

 

真守が(いぶか)しみながら出るとそれは小萌先生で、真守のクラスメイトである姫神秋沙が女の人に襲われて死にそうだと連絡を受けた。

 

真守は小萌先生の前で背中に致命傷を受け、病院に運び込むことができないインデックスを夜通し治療したことがあった。

その時の事を小萌先生は覚えていて、真守に頼ってきたのだ。

 

姫神は真守のクラスメイトだ。

だから絶対に救ってみせる。

 

真守はそう決意をすると、小萌先生に呼ばれた公園へと上空から迫った。

 

公園の一角には人が集まっており、その中心では小萌先生が必死な様子で姫神秋沙を介抱していた。

 

だが専門の人間が一目見れば姫神は助からないと判断されるだろう。

 

何故なら命を繋ぐための血液がおびただしいほどに、一目で分かるほどの重傷である傷口から地面へと流れ出しているからだ。

 

その血だまりは広範囲に広がっており、小萌先生の可愛らしいチアガールの服や顔を赤く染め上げていた。

 

「小萌先生!」

 

「あ、朝槻ちゃん……!!」

 

真守が上空から降り立つと、小萌先生はぐすぐすと鼻を鳴らして涙を(こぼ)し、姫神の体に包帯を巻きつつ真守を見上げた。

姫神は上半身がズタズタに引き裂かれており、血だまりの中に多くの肉片が散らばっている。異能で傷つけられたと一目見て分かる致命傷だった。

 

「どいて!」

 

真守は小萌先生にぴしゃりと言いつけると、小萌先生はその言葉にヒッと小さく(うめ)く。

だが今は姫神を助けることが最優先だと小萌先生は慌てて姫神のそばから離れる。

真守は即座に小萌先生が空けてくれた場所に体を落として、姫神の頭にそっと手を置いた。

 

(血管損傷により血液量低下、それに伴うショック症状。これ以上血液が流れ出るのを防ぐために破れた血管の代用としてベクトル生成による圧力で疑似的な血管を形成、血液を循環。それと並行して脳の電気信号に電気的に干渉、神経系を麻痺させて痛覚を(ゆる)やかに遮断、ショック症状から離脱させる!)

 

真守は姫神に対する処置を頭の中で即座に組み上げると、その処置と共に体力回復のために適宜必要なエネルギーを生成し、それを循環させつつ、脳に干渉して血液を増幅させる措置を取る。

 

真守の蒼閃光で形作られた猫耳と尻尾が鋭い光を放つ。

 

浅い呼吸をしていた姫神の呼吸が正常なものへと変わっていき、強張(こわば)っていた全身から力が抜けて真守の補助によって身体機能が上手く稼働し始めた時、その場にバタバタと近づいてきた二人組がいた。

 

「か、上条ちゃあん!!」

 

「小萌先生!?」

 

小萌先生はぐすぐすと泣きながらステイルと共に駆け寄ってきた上条へと近づく。

 

「何で、そんな……姫神が? 朝槻が? 先生、ここで何が起きたんだ! こんなの、誰が!?」

 

上条は状況が上手く呑み込めないので小萌先生に(せま)る。

 

「わ、分からないんです。せ、先生、ここで女の人とぶつかったんです……。それで、先生はちゃんとごめんなさいって言って、その人に笑って許してもらえたと思ってたんですけど。何か、急に怖い顔したと思ったら、いきなり……姫神ちゃんに……ッ!」

 

小萌先生はそこで一つひっぐ、としゃくりあげると、必死に姫神の治療をしている真守を見た。

 

「上条ちゃんも知ってる通り、朝槻ちゃんが……朝槻ちゃんが、シスターちゃんの傷を治してくれたことがあったから……先生、それを覚えていて……だから、朝槻ちゃんを、出るか分からなかったけど電話番号知ってるので、それで、それで…………!」

 

「……ちょっと待て、あの子の傷を治した?」

 

ステイルは小萌先生の発言に驚愕する。

 

ステイルは知らなかったが、真守はインデックスを二度救っている。

一度目は神裂に斬られた傷を夜通しで治癒して救い、二度目はステイルたちと共にインデックスを『首輪』から解き放つために救った。

 

真守はわざわざインデックスを二度も救ったんだぞ、と自慢する人間ではないからステイルは知らなかったのだ。

 

「……彼女はやっぱりすごいね。彼女に治療を任せて僕たちはオリアナを追うぞ。そうじゃなければ傷ついた女学生に示しがつかない」

 

「もしかしてこの惨状を作り上げたのがオリアナだって言うのか!? だって姫神を襲う理由なんかないだろ!? コイツは今回の件とは何の関係もないじゃないか!!」

 

「あれだ」

 

ステイルは血だまりの中に落ちていた十字架を指さした。

姫神の『吸血殺し(ディープブラッド)』という特別な能力を封じるためにイギリス清教が作り上げ、姫神に渡したものだ。

 

「あれに使われている『歩く教会』という方式の霊装は、僕や土御門、神裂にだって配備されていない特殊な一品だ。それを見たオリアナがこの子を禁書目録クラスの重要な魔術師だと受け取ってもおかしくはない」

 

「ま、ちがえた……?」

 

上条はステイルのその説明に喉がひりつきながらも呻く。

 

「それだけ、なのか。ここまでやっておいて、姫神のことをこんなにして、その理由が、間違えただけだって? 吹寄も傷つけて、その次は姫神まで? ……、あ、の野郎。ふざけ、……──ッ!?」

 

上条が声を荒らげようとした時、誰も彼もの心臓が止まりそうになるほどの怒気が辺りに満ちた。

 

ドッと自分たちに押し付けられる重圧に、思わず上条は体をかがめて、小萌先生はその圧力にペタッと尻餅をついた。

 

ステイルだけは無事だった。

この空気のひりつきと凶悪過ぎる威圧感をステイルは以前感じたことがあったからだ。

 

ステイルが以前に感じたことのある怒気。

 

その怒気はもちろん、学園都市超能力者(レベル5)第一位の朝槻真守から発せられていた。

 

真守は終始無言だったが、その身から発せられる空間を震わせるほどのオーラによって心の底から怒り狂っているのが分かった。

それでも演算に狂いがないのは、真守が学園都市最高峰の頭脳を持つ超能力者(レベル5)第一位であるからに他ならない。

 

これより( T P I)この場は( M I M)我が隠所と化す(S P F T)

 

ステイルがそっと呟くと、姫神を治療する真守の様子を見ていた野次馬たちが散っていく。

 

「彼女が頑張っている姿を野次馬の視線にさらすなんて僕が許せるはずないだろう」

 

ステイルはそうぽそっと怒りを込めて呟くと、小萌先生に目を向けた。

 

「キミは路地の入口で待っているといい。この中にいると救急隊員はキミたちの姿を発見できなくなるから。──行くよ、上条当麻。彼女の頑張りを無駄にしてはいけない。彼女をまたいで僕たちは進まなければならない」

 

「……分かってる」

 

「上条ちゃん、い、行くんですか……?」

 

ステイルの言葉に頷いた上条におずおずと声を掛けたのは小萌先生だった。

 

「悪い、先生。俺はどうしても行かなくちゃなんねえ」

 

「姫神ちゃん……姫神ちゃんは、上条ちゃんのこと、ナイトパレードに誘いたがってました…………だから、だから……!」

 

「ああ。ナイトパレードが始まるまでに、お前の病室に帰る。だから必ず待っていてくれ」

 

上条は涙目になっている小萌先生から視線を外して真守が必死に治療する姫神の姿を見つめて、そう宣言する。

 

そして上条は公園から出るためにその場を後にする。

 

それにステイルも続こうとするが、途中でピタッと止まって一言も話さない真守を見た。

 

「……無茶はしないでくれよ。キミを想っているのは何も彼だけじゃないんだからね」

 

ステイルは精一杯の言葉を掛けてから立ち去る。

 

真守はその言葉に応えなかった。

 

自分のことを誰もが必要としてくれているのは分かっている。

 

だからこそ、譲れないものがあった。

 

だからこそ──(たお)さねばならない敵がいる。

 

オリアナ=トムソン。

 

朝槻真守は彼女を完膚なきまでに叩きのめすことに決めた。

 






──次回、世界がひっくり返る。



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第一〇四話:〈同族嫌悪〉で呆然自失

第一〇四話、投稿します。
次は一一月三〇日火曜日です。


オリアナ=トムソンは『使徒十字(クローチェディピエトロ)』が学園都市内で唯一使える『天文台(ベルヴェデーレ)』へと移動しようとしていた。

 

使徒十字(クローチェディピエトロ)』は十字架に星の力を集めることで星座を魔法陣に利用して発動する魔術だ。

星座を利用するという条件なので、当然特定の場所で、しかも特定の時間でしか発動できない。

 

だが『使徒十字(クローチェディピエトロ)』を持つリドヴィア=ロレンツェッティは学園都市内にいない。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだから、別に学園都市で発動する必要はないのだ。

 

そのため、リドヴィア=ロレンツェッティは既に学園都市の外の発動できるポイントにいる。

 

後はオリアナが陽動として学園都市の中にある『使徒十字(クローチェディピエトロ)』が使えるポイントへと向かえばいい。

 

そのポイントとは、第二三学区。

 

向かえばいいだけ。

 

 

だが何故、自分は学園都市遥か()()()()()()()()()()で空中に十字架で縫い止められるように(はりつけ)にされて学園都市を見下ろしているのだろうか?

 

 

視えない何らかの力が自分を抑えつけているから、体にいくら力を込めても視線だけしか動かせない。

 

その目が動かせる先には学園都市の大覇星祭で沸き立つ街並みしか見えていない。

 

一体何が起こっているのか。

 

「良い眺めだろう? オリアナ=トムソン」

 

オリアナが息が詰まるほどに困惑していると、突然死の宣告を授けるような冷酷な声で囁かれた。

 

何かがいる。

 

でもその何かの声が聞こえるだけで視界に映らない。

 

心臓が跳ね上がる中、その何かは自分の目の前へとスッと現れた。

 

超能力者(レベル5)、第一位。流動源力(ギアホイール)、朝槻真守。

 

その少女は大覇星祭の参加者らしい体操服姿に蒼閃光(そうせんこう)で形作られた六芒星の幾何学模様の天使の輪を浮かばせている。

蝶の(はね)翅脈(しみゃく)のみを伸ばしたような後光、それと三対六枚の純白と漆黒の互い違いの翼。

 

そんな()ちた歪な天使はオリアナの頬へそっと手を添える。

 

「これがお前の壊そうとしていた私の世界だ」

 

「…………──っ!」

 

ぴとっと添えられた小さな手から死が伝わってきた気がして、オリアナは叫びたいのをこらえて息を呑んだ。

もし叫んでしまったならば、この目の前で静かに怒り狂っている天使の機嫌を損ねてしまうかと思ったからだ。

 

怪物。

学園都市が作り上げた怪物を前に、歴戦の運び屋であるオリアナ=トムソンはひりつく喉で必死に息をする。

 

どうすればいいかオリアナ=トムソンは分からない。

これまで多くの追っ手から逃げてきて、捕まらずに運び屋を続けてきた。

だが一体どうすれば、身動き一つ取れない状態で、この落ちたら確実に死ぬ高さで身を隠して逃げることができるのだろうか。

 

「お前は知らないだろうけど、私にはとても心強い味方がいる」

 

この場の主導権を握っている真守はオリアナの頬を優しく撫で、ゆっくり(さと)すように、そして(なぶ)るように告げる。

 

「イギリス出身のお前なら知っているだろう? 大家のマクレーン家だ。実は私はそこの血族なんだ。だから私は伯母さまであるアシュリン=マクレーンから『使徒十字(クローチェディピエトロ)』の発動方法の推測を聞いた」

 

オリアナはそれに驚愕する。

魔術世界のお偉い方にはマクレーン家から出奔した娘の子供が超能力者(レベル5)第一位であることが通達されている。

だがオリアナはどこの組織にも所属していない人間だ。当然のことながら真守がマクレーン家の血筋を引いていることを知らない。だからこそ驚愕するしかなかった。

 

「まあそれだけでは追えないだろう。だがお前は時々絶対に監視カメラに映っていた。監視カメラに点々と映っていて、『使徒十字(クローチェディピエトロ)』が使えるというポイントを回っていれば、流れを読み取ることのできる超能力者(レベル5)第一位の私には、お前の居場所などお見通しだ」

 

魔術の専門家、とりわけ古典美術に詳しいマクレーン家。

それをバックに持つ、圧倒的な推察力と機動力を持つ超能力者(レベル5) 第一位。

 

そんな怪物からオリアナ=トムソン如きが逃れられることなどできないのだ。

 

これが、学園都市が生み出した科学で造り上げられた怪物。

 

オリアナは先程、垣根帝督という三対六枚の純白の翼を持った少年と戦った。

だがこの少女は、彼とけた違いなほどに恐ろしく、どこまでも怪物だった。

あの少年の翼はどこまでも清純で純白に輝いていた。

 

確かに朝槻真守の翼も純白の翼は真珠のような輝きを持ち、漆黒の翼も黒真珠のように鈍く光り輝いている。

だがその翼が互い違いに展開されている時点で、地獄へと身を()として神に仇を成した堕天使のように醜く禍々(まがまが)しかった。

 

真守はそこでガッとオリアナの金髪で(おお)われた頭を掴み上げた。

その怒りで満ちたエメラルドグリーンの瞳で射抜かれたオリアナ=トムソンは息を止めてその怒りを助長させないようにするしかできない。

 

「科学の申し子を舐めるなよ、ペテン師」

 

その言葉を、オリアナ=トムソンは否定したかった。

 

科学が祈りを込めて創り上げた申し子ではない。

学園都市は悪意を込めて怪物を生み出したのだ。

冷たく人々を呑み込む、全ての悪の根源を。

学園都市は生み出したのだ。

 

その悪の根源を呼び覚ましてしまったのが自分だという考えすら思いつかず、オリアナ=トムソンは震える体を必死に抑える。

真守はそんなオリアナに冷たく問いかけた。

 

「リドヴィア=ロレンツェッティはどこにいる? 『使徒十字(クローチェディピエトロ)』はどこにある?」

 

真守の問いかけにオリアナは恐怖で答えられない。

思考が停止して、どうすればいいか分からない。

 

「恐怖で口が利けないのか? いいだろう」

 

真守はオリアナの頭を掴む手にグッと力を込める。

 

「お前の記憶に直接聞くから」

 

その瞬間、オリアナは頭に走った激痛によって精神に亀裂が入った。

 

真守は能力により生み出した源流エネルギーにとある数値を入力して生み出したエネルギーによって脳に干渉できる。記憶を読み取るなんてお手の物だ。

 

だが外からエネルギーを送り込まれて脳内の記憶をまさぐられるのは精神に激痛が走るので、それを行う場合は同時に電気エネルギーを生成して感覚を麻痺させる必要がある。

 

真守はオリアナに感覚を麻痺させる処置を施さなかった。

だからオリアナ=トムソンは廃人になった。

 

だが次の瞬間、オリアナは精神を強引に呼び起こされて正気に戻させられた。

 

廃人一歩手前まで追い詰めたのも真守だったが、その廃人になるのを救済したのでさえ真守だった。

苦痛を与えられたのにその苦痛がなかったことにされてしまう。

そのあり得なさがオリアナの精神を震えさせた。

 

「確かな基準点、だと?」

 

真守はオリアナの記憶を読み取ってそう呟く。

 

オリアナ=トムソンは絶対的な基準点である主義主張が欲しかった。

その主義主張のもとで、誤解やすれ違いなんて起こらずに、もう二度と悲劇を生まない世界が欲しかった。

誰かの親切が誰かを傷つけることなんてない、絶対的な一つの秩序のもとに成り立つ世界を作り上げたかった。

それをするのは一人では無理だ。だからオリアナ=トムソンはリドヴィア=ロレンツェッティに加担した。

一人では無理なら誰かがやってくれると信じて、その人間を助けるために自分は行動した。

 

「他力本願にも程がある」

 

真守はオリアナ=トムソンが掲げた魔法名『礎を担いし者(Basis104)』という名前を一蹴した。

 

「バカバカしい。人の幸せなんて千差万別。全てを等しくするなんて無理に等しいのに」

 

真守は人の幸せが一律ではないことを知っている。

 

だから守れるならば全ての幸せを守りたくて、自分が枠組みを壊すことで人々の幸せが終わってしまうならば、その枠組みの中に(はま)って戦うと決めた。

 

その真守の生き方を根本から崩すことを、オリアナ=トムソンは魔法名に刻んだ。

 

それを許せる朝槻真守ではなかった。

 

真守の体から怒気が漏れ出して、それは空間を震わせて純白と漆黒の翼から淡い光を噴出させる。

 

「オリアナ=トムソン。お前がやっている事は人間の尊厳を砕く行為だよ。だって人々の尊い価値観を無視して、お前は勝手に決めた基準点を押し付けているんだからな」

 

オリアナは真守の言い分を聞き、その言い分だけは聞き流せないと真守をキッと睨みつけた。

それでもよかった。

偶然なんて言葉で自分の親切心を裏切られるのであれば、その裏切りが自分の隣に立つ人間を傷つけるならば、絶対的な基準点を築き上げた方がいい。

主義主張が束ねられれば誰もが幸せに暮らせるのだから。

 

「なるほど。考えを改める気はないんだな?」

 

真守はオリアナの髪の毛を引っ張って自分にオリアナの顔を近づけた。

 

「だったら私もお前に私の基準点を押し付けることにするよ」

 

「…………ど、うやって?」

 

オリアナは真守の無機質なエメラルドグリーンの瞳に射抜かれながらも嗤って告げる。

真守に何をされようと譲れないものがある。

人々に平等な幸せを与える。

それだけは、オリアナ=トムソンも科学の怪物に譲れない願いだった。

 

「私の基準点。それは、()()()()()()()()()()()()()()、だ」

 

オリアナは真守の言い分に眉をひそめる。

 

「その意味は」

 

真守はそんなオリアナにそっと囁くと、その意味を口にした。

 

 

「──命を取らなければ、何をやっても構わないということだ」

 

 

オリアナはその言葉の意味が分からずに固まる。

そんなオリアナに真守は懇切丁寧に説明する。

 

「人格を歪めようが。死んだ方がマシだという苦痛を与えようが。自分が誰か分からなくなろうが、最後には人間としてまっとうに生きられればそれでいい」

 

真守の言葉がじわじわとオリアナに浸透していって、その意味がリアリティを増していく。

 

「命があれば何でもできる。なあ? その通りだろう?」

 

これからこの堕ちた歪な天使に自分は蹂躙(じゅうりん)される。

死んだ方がマシだと何度も思わされても最後には改心させられたことを泣いて喜ぶようにされる。

 

使徒十字(クローチェディピエトロ)』によって歪んだ幸福を与えられるのと同じように、オリアナ=トムソンは真守の手によって科学的に幸福を押し付けられる。

 

そこにオリアナ=トムソンの尊厳なんてあったもんじゃない。

人の尊厳を踏みにじることを、この堕ちた歪な天使は自分に許さないと言ったのに。自分の尊厳を踏みにじらんとにじり寄ってくる。

 

そこでオリアナははた、と気が付いた。

学生二人を絶対的な基準点の(いしずえ)にするために傷つけて。

そしてこれから学園都市の住人全員の尊厳を踏みにじろうとしている。

先に人々の尊厳を踏みにじってしまったのは自分だから、真守も同じようにオリアナの尊厳を踏みにじっても良いと、彼女はそう考えているのだ。

 

全てに正当性が見られて、彼女の言葉や行動には全て筋が通っている。

 

だがそこまでして突き抜けた一つの行動指針を持っているなんて、あらゆることに影響されて流される本質を持つ人間のできることじゃない。

 

朝槻真守は、普通の人間ではない。

 

全ての定石が通じない、彼女が持っている基準にしか準じない怪物なのだ。

 

オリアナが真守を怪物認定する中、それを知ってか知らずか、あるいはどうでもいいように真守はうっすらと笑った。

 

「お前を更生してやるよ、オリアナ=トムソン。お前は自分の親切心が裏目に出て苦しむ人々を、何度だって助けなければ気が済まないようにしてやる。お前を、私は絶対に諦められない正義の味方(ヒーロー)にしてやるよ」

 

オリアナが硬直する中、真守は本当に救いようのない人間だとオリアナを見つめながら冷酷に告げる。

 

「お前の記憶を頼りにすれば、吹寄は重度の日射病になったそうだな?」

 

真守はオリアナを更生し直す前段階の罰をゆっくりと値踏みしながら甘く囁く。

 

「姫神はお前に上半身を切り裂かれた」

 

これから自分が何の罰を食らわされるのかオリアナが理解できるように、真守は愉快そうに微笑みながら告げる。

 

「その痛みと同じ痛みを疑似的に与えてから、お前を組み直すことにするよ」

 

その言葉と共にうっすらと目を見開いた真守の前で、オリアナの絶叫が学園都市の空に響き渡った。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

垣根帝督は焦った様子で夕日に染まる学園都市の空を昇っていた。

大覇星祭の競技に出ていたはずの真守がカブトムシのネットワークに引っかからなくなったからだ。

 

それに気が付いたのは土御門の治療を終えたという連絡を上条とステイルに取った時で、上条に真守がオリアナに致命傷を負わされた姫神の治療をしてくれたと聞かされたすぐ後のことだ。

 

土御門の治療はいつものマンモス病院で行っており、救急車によって運び込まれる姫神秋沙と共に真守もやってくると考え、垣根は土御門を先に上条達に合流させて救急車を待っていた。

 

だが救急車から降りてきたのは真守の担任の名物ミニ教師の小萌先生で、彼女が言うには姫神の命を繋いで救急隊員に託した真守は、忽然(こつぜん)と姿を消してしまったそうだ。

 

慌ててカブトムシで真守の姿を探したが、真守の姿がどこにもない。

 

超能力者(レベル5)第一位である真守が本気で隠れたら、カブトムシの情報網で探しても真守を見つけられないという事実を突きつけられた垣根は愕然(がくぜん)とした。

 

真守が遠くへ行ってしまう。

そんな嫌な予感が(ぬぐ)えずに、垣根は必死に真守を探した。

 

そして突然。爆発的な力の発生を複数のカブトムシが感知した。

それはAIM拡散力場に自分のエネルギーをぶつけて莫大な力を真守が得て、翼を広げようとする時に引き起こされる力だ。

 

真守がこれ以上翼を広げなくていいように、もし真守が翼を広げるなんて事態に(おちい)っていたらすぐに助けに行けるように。

垣根はカブトムシに爆発的な力の発生については優先的に知らせろと命令してあったのだ。

 

垣根がカブトムシで観測すると、真守は翼を広げてオリアナ=トムソンを捕らえて彼女を(さら)うと上空一〇〇〇メートルまで一気に上昇した。

 

おそらくオリアナ=トムソンが逃げられないように逃げ場がない空を選んだのだろう。

 

垣根も必死に真守を追っており、未元物質(ダークマター)の翼を広げて上昇してはいるが、体の構造が未元物質(ダークマター)により強化されていると言っても一〇〇〇メートル上昇するには一定時間かけなければならない。

 

だが真守は体を保全するエネルギーを生成できるので、オリアナのことも、そして自分の体にも負担を掛けずに一気に上空へと昇る事ができる。

 

垣根が必死で空を昇っていると、オリアナの枯れた声での絶叫が聞こえてきた。

 

豆粒ほどにしか見えなかった空中へと十字架で磔にされるように縫い止められているオリアナと怒り狂っている堕天使の姿が大きくなってくる。

 

「真守!!」

 

垣根は怒鳴り声を上げて、堕ちた歪な天使を地上に繋ぎとめるために名前を呼んだ。

 

自分の名前を呼ばれて、真守はオリアナに罰を与えながら見返り美人のように首だけを(ひね)って垣根を見つめた。

 

その表情は化け物のそれだった。

 

地獄の中に落とされたのだとでも言うべき絶叫を続けて、声が枯れたとしてもなお声を上げ続ける人間の前で真守はにこりとも笑っていないし、悲痛で顔を歪ませてもない。

 

全くの興味のなさそうな無表情。

 

いつも柔らかい感情が乗っているのに、そのエメラルドグリーンの瞳は酷く無機質で、そして怒りが込められていた。

 

いつも自分のそばにいて笑っているあの真守はどこに行ったんだろう。

 

人の命のことを尊んで柔らかく微笑む真守は、幸せそうに微笑む真守は。

 

自分の存在に安堵して、心の底からの安らぎを手にしてふにゃっと笑う真守は、一体どこに行ってしまったんだろうか、と垣根は呆然とした。

 

「──やめろ、真守」

 

垣根は思わず声を震わせながら真守に声を掛けた。

 

「なんで止めるんだ?」

 

真守はオリアナに苦痛を与え続けながら、酷く平坦な声で垣根に訊ねる。

 

「お前に、そんなことしてほしくない」

 

「なんで?」

 

真守は弱弱しく告げる垣根に目を細めながら問いかける。

 

「木原相似の時は止めなかったのに」

 

八月三一日。木原相似に真守は襲われた。

その時木原相似の人格を真守はイジっており、彼を真っ当な人間へと更生させていた。

 

確かに木原相似の人格をイジった時に、垣根は何も思わなかった。

だが今の真守の様子はあの時と明確に異なっている。

 

真守は怒り狂っている。

 

怒り狂っているが故に逆に無機質じみており、気に入らないからという理由で必要以上の苦痛をオリアナに与えている。

 

「やめてくれ」

 

垣根はひりつく喉を強引に鳴らしながら真守に懇願(こんがん)する。

見ていたくなかった。

人を怒りで傷つける真守を見ていられなかった。

それと一緒に、垣根は体内を駆け巡る恐ろしい感覚で背筋が凍りそうだった。

 

「お前が、遠くに行っちまいそうな気がする」

 

そう。

いつも人のことを想って行動していた真守が人を傷つける姿を見た垣根は、真守がどこか遠くへ行ってしまうのではないかと感じていた。

だから垣根は、自分から離れていってしまおうとしている真守を繋ぎ留めるために口を開く。

 

「だから、やめてくれ」

 

垣根が(すが)りつくような声を出すと、真守はその瞬間にオリアナ=トムソンに苦痛を与えるのをやめた。

その無機質だったエメラルドグリーンの瞳が動揺で震える。

 

 

真守の脳裏に、はっきりと『あの時』が蘇る。

 

 

五年前。全てを壊すために自らを高次元の存在へと近づけた時。

源白深城を構成するAIM拡散力場を利用しようとした時、深城はAIM拡散力場を媒介にして必死に自分に話しかけてきた。

 

『真守ちゃんそんなことしないで、しなくていいから!』

 

脳裏に響いた自分を繋ぎとめるために縋りつくような深城の声。

 

『お願いだから遠くに行っちゃわないで』

 

必死に自分を引き留めようとした五年前の深城と、垣根の今の姿が真守の中で重なった。

 

(…………私、)

 

真守は突然放心状態になった自分を心配して見上げてくる垣根を視界に入れながら、心の中で呟く。

 

(()()、何かまちがえた?)

 

あの時、真守は深城に人を殺してはならないと教えられた。

深城の命の価値に気が付いていたのに、その他の人間の命も大事なのに。

それを全て踏みにじろうとした自分に深城はそんな事はしていけないと、間違っていると必死に伝えてきた。

 

(人として、しちゃいけないことした?)

 

あの時の自分はどこからどう見ても人でなしで、怪物だった。

その怪物になってはいけないと深城が言ったから、真守は必死に人間として生きてきた。

深城が教えてくれた命の価値を、台無しにしたくなくて。

深城を悲しませたくなくて。

深城が望むような真っ当な人間として生きたいと思って、そうやって生きてきた。

 

(なんで?)

 

自分は確かに人間として歩んできた。

 

(どうして?)

 

人の命を大切にして、大切にできてここまで生きてきた。

人として守るべき最低限の()()である、『人の命を奪ってはならない』というものを必死で守ってきた。

 

(どうしてそんな顔するの、垣根)

 

間違ったことはしていない。

深城に教えてもらったことはちゃんと守っている。

それなのに。

 

(なんで、あの時の深城みたいな顔するの?)

 

何が悪いか、分からない。

自分は何も悪いことをしていないはずだ。

守るべきことは守って、人間として生きられているはずだ。

それなのに、どうして。

 

(私が、人間じゃない怪物になってどこか遠くへ行ってしまうんじゃないかって顔、するの?)

 

何もわからない。

どうすればいいか分からない。

何をすれば垣根がそんな顔をしないでいてくれるのかが分からない。

何もわからない自分ができることはただ一つ。

垣根の言う通りにオリアナに罰を与えないことだけだ。

 

「…………………………わかった」

 

真守が呆然と頷く中、垣根はなんだか心の底から悲しくなって、悲痛で顔を歪ませた。

 

垣根が自分のことを怪物だと感じて、そして深城のように遠くに行ってしまってほしくないとして自分を止めているのは分かる。

 

それでも真守はどう弁明したらいいか分からない。

 

どう垣根に声を掛けて、どう許しを乞えばそんな顔をしないでくれるか、朝槻真守にはどうしても分からなかった。

 



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第一〇五話:〈対処不能〉から確かな絆を

一〇五話、投稿します。
次は一二月一日水曜日です。


真守は夕暮れの中、最後の競技が終わって夜が(せま)った学園都市の中を呆然と歩いていた。

 

深城たちに会いたくなかった。

垣根にはもっと会いたくなかった。

だからクラスメイトが作り出すグループとグループの間に入って一人で歩いていた。

 

あの後。

真守はオリアナ=トムソンの心に傷が残らないように処置をして土御門に身柄を渡した。

オリアナ=トムソンの身柄を受け取った土御門は冷静で真守に必要以上のことは聞いてこなかった。

 

真守はオリアナの記憶を読み取り、リドヴィア=ロレンツェッティが学園都市内にいないこと、そして学園都市の外にある『使徒十字(クローチェディピエトロ)』を発動できる『天文台(ベルヴェデーレ)』にいると土御門に話した。

そしてその『天文台(ベルヴェデーレ)』が使える時間がナイトパレードの開催時刻と被っていて、このまま放置していても『使徒十字(クローチェディピエトロ)』は使えないという事実も伝えた。

 

土御門やステイルは後始末をするとその場を後にして、上条は声を掛けて欲しくなさそうな真守に『とりあえず姫神のことは任せておけ』と声を掛けて姫神のもとへと向かった。

 

垣根とは一言も話さなかった。

そしてそのまま別れて、真守は最後の競技へと向かった。

 

(何がダメだったか言ってくれないと分からない)

 

自分が遠くへ行かないように必死に(すが)りついてきた垣根の表情が忘れられなくて、真守は学園都市内を歩きながらぽそっと心の中で呟く。

 

(最低限のことは守っていたのに、一体何が悪かったんだろう)

 

「朝槻さん!」

 

真守がぼーっと考えて歩いていると、突然声を掛けられた。

そこには垣根と同じ学校の生徒が三人立っていた。

 

「あの、少し時間いいですか?」

 

話しかけてきたのは真ん中に立っていた少年で、少し気弱ながらも意を決している様子が見て取れた。

 

「…………うん」

 

真守は意を決した少年が何をしようとしているか察して、頷いた。

少年に付き添っていた二人とは公園の入り口で別れて、真守は少年に連れられて公園の中を歩く。

そして少年はピタッと止まって真守を真正面から見つめた。

 

「大覇星祭の選手宣誓で一目惚(ひとめぼ)れしました! 本当は最終日に言おうと思ったんですけど……我慢できなくて! ──付き合ってください!!」

 

真守の予想通り、少年は真守に恋人になって欲しいと告白してきた。

 

一目惚れ。

それはその人のことを何も知らないのに一目見て気に入ってしまったということだ。

その感情にやましいものなんてない。一目惚れとはそういうものだ。

だが一目惚れでは朝槻真守がこれまで行ってきた悪事の数々を測ることなどできない。

 

自分がここで人を殺したことがあると言ったら、きっとこの少年は自分を怪物だとでも言わんばかりの目で見つめるだろう、と真守は思う。

真守が先程も他人に死んだ方がマシと思わせるような苦痛を与えて、それなのに何の感慨(かんがい)も抱いていないことを知ったら、人間じゃないと罵倒(ばとう)するだろう。

 

目の前の少年のように、垣根も真守が過去、どんなにひどい怪物だったか知らない。

知っているのはずっと真守のそばにいた深城だけだ。

 

深城は実験に連れて行かれる人を真守が見殺しにしようが、自分の『知識』の(かて)にするために人を食い物にしようが、その後たくさんの罪のない人を惨殺してもそばにいてくれた。

深城は朝槻真守の全ての罪を()の当たりにして、そして深く理解している。

でも垣根はそれを聞いたことしかなくて。目の当たりになんかしていない。

 

「ごめんなさい」

 

真守は頭をしっかりと下げる。

一目惚れの少年と付き合っても、いつか絶対に彼は離れていく。

垣根帝督のように、自分の怪物性を目の当たりにして呆然とするに決まってる。

だから付き合うなんて到底不可能だ。

 

(かな)しかった。

大好きな垣根が自分に見切りをつけてどこかへ行ってしまうのが、哀しかった。

大好きだから、離れていってほしくなかった。

この大好きは、きっと深城のことを誰よりも大事にしたいと思う気持ちと違う。

 

 

そう思った時、朝槻真守は垣根帝督のことを一人の男の子としても必要としているのだと、そこでやっと自覚した。

 

 

だって、いつも頭を撫でてくれた。その綺麗で大きな手が優しくて大好きだった。

何度も壊れ物のように扱って抱きしめてくれて。何もかもから守ってくれるような感じがして、実際に守ってくれるから、とても安心できた。

恥ずかしいけれど何度も頭にキスをされる(たび)に、大事にされていると思えて心の底から嬉しかった。

 

「………………好きな、ひとが」

 

真守が断りを入れた時点でやっぱりか、と諦めた少年に、真守が続けて言葉を告げようとすると、ボロっと真守が大粒の涙を零したので、少年は目を見開いてあからさまに慌てる。

 

「………………好きな、ひとが……いるの…………だいすきなひとが……」

 

真守が胸の前でぎゅっと両手を握って縮こまって(うつむ)き、ポロポロと涙を零すので、少年はどうすればいいか分からなくてオロオロする。

 

それでもとっさに、その少年は真守の小さな背中を撫でた。

 

だけど真守はその手の平の感触が自分の欲しいものではないと心の底から思い知らされて、尚更涙が止まらなくなってしまった。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

垣根は夕暮れから夜に変わりゆく学園都市の街中を一人で歩いていた。

 

自分がやめろと言った時の真守の呆然とした顔が頭から離れない。

本当にやめてほしかっただけだ。

真守が怒り狂ったまま人を傷つける姿を見たくなかった。

だがその後、どう声を掛けていいか分からなくなってしまった。

 

あの放心状態は普通じゃなかった。

取り返しのつかない事を自分はしてしまったと、よく理解できないながらも呆然としていた感じだった。

そんな真守にどう声を掛ければいいか、垣根帝督には分からなかった。

 

垣根はそこで携帯電話に着信があったのに気が付いて、ジャージのポケットから携帯電話を取り出した。

『源白』と表示されていて、垣根はそれに出た。

 

〈垣根さん、大変だよ! 非常事態だよ!!〉

 

「非常事態?」

 

既に非常事態に見舞われている垣根が顔をしかめて声を上げると、深城がその非常事態の内容を口にした。

 

〈真守ちゃん、告白されたみたい!!〉

 

「は!?」

 

垣根は思わず人目もはばからずに大声を上げてしまう。そんな垣根に、深城はつらつらと経緯を説明する。

 

〈なんかね、真守ちゃん競技中から様子おかしかったんだけど、その後どっか行っちゃったの。だから頑張って探して会いに行ったらぼーっとしてててね。『告白された。少し考えたいから一人にして』って! なんかあそこまでぼーっとしてるの五年ぶりに見たからあたし、びっくりしちゃって! そんなに告白が衝撃的だったのかなあ!?〉

 

(…………か、)

 

垣根は思わず心の中で呆然とする。

 

(…………考えたいって……考えたいってなんだよ!?)

 

そして、ふつふつと真守に対して怒りがこみあげてきた。

あんなに自分が真守のことを()でて大事にしているのに、真守もそれを受けて恥ずかしそうにしながらも嬉しそうにしていたのに。

今更その全てを放り出して他の男になびくのか。

 

(そ、んなにその男がいいのか……っ俺よりも……っ!)

 

垣根が嫉妬を超えた怒りで打ち震える中、ふと気が付いた。

 

自分と真守は今、とてもマズい別れ方をしてしまった。

もしそれで『もう垣根は自分のことが嫌いになってしまったんだ』と真守が勘違いして傷心していたら?

そこで良い男が都合の良いように颯爽(さっそう)と登場して傷心の真守を癒したら?

普通の思考ができない傷心真守はコロッといってしまうかもしれない。

 

サーッと垣根は自分の血の気が引いていくのが分かる。

 

奪われる。

横からかっさらわれる。

絶妙なタイミングで現れたどっかのクソ野郎に。

奪われて、自分が大切にしてる女の子が本当に遠くに行ってしまう。

 

〈垣根さん!? 放心している場合じゃないよ! 真守ちゃんこのままじゃ遊ばれるかもしれないんだよ!?〉

 

「ま、真守は……それで真守はどこ行ったんだ!?」

 

垣根は深城の真っ当な意見を聞いて、カブトムシに捜索命令を出せばいいのに思わず動揺して深城に問いかけてしまう。

 

〈真守ちゃんがどこに行ったかはなんとなく見当ついてるよ! 真守ちゃんはね、一人で考え事したい時はよく病院抜け出してそこに行ってたの。そこに行くときはあたしに来ないでーってことだったから、あたしは近寄ったことないんだけど〉

 

「そこってどこだ?! もったいぶってねえで早く言いやがれ!!」

 

〈第七学区の一番高い鉄塔だよ。今もそこにいるんじゃないかな!〉

 

垣根は深城に礼を言うのも忘れてブチっと通話を切って、人目もはばからずに三対六枚の未元物質(ダークマター)の翼を広げて真守のもとへと直行した。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

真守は深城がおそらくいるだとろうと言った第七学区で一番高い鉄塔のてっぺんに座り、背が高い割にちんまりとした体を縮こませて、ぽろぽろと涙を(こぼ)して一人で泣いていた。

 

大好きな垣根にそばにいてほしい。

でももうきっと駄目だ。それは叶わない。

 

深城は自分の怪物性を知って一緒にいてくれたが、自分の全てを知らないで一緒にいてくれると言った垣根が自分の怪物性を知っても一緒にいてくれるとは到底思えない。

 

だからきっとここでお別れで。

明日から垣根のいない朝が来る。

それからずっとそうやって生きていって。

いつか絶対能力者(レベル6)となって、人ではなくなってしまう。

 

深城は一緒にいてくれると言った。だから絶対能力者(レベル6)になっても一人にはならない。

それでもやっぱり、一緒にいてくれると言ってくれた大好きな男の子である垣根がそばにいないのは耐えられない。

 

でもどうやって垣根を繋ぎ留めればいいか分からない。

いつだって自分を繋ぎ留めようとしてくれたのは垣根で、自分はどうやったら彼を引き留められるのか、真守には全く分からなかった。

 

分からなくて、寂しくて。

そばに垣根がいてくれなくて、哀しくて。

どうすればいいか分からなくて、涙がずっと(あふ)れてきて止まらない。

 

「真守!!」

 

そんな中、真守は突然名前を呼ばれて涙をぼろっと一つ零しながら振り向いた。

そこには酷く焦った表情をした垣根が立っていた。

 

「どうした、なんで泣いてんだ!?」

 

「……や、」

 

垣根が慌てて鉄骨を歩いて自分へと早足で近寄ってくるので、真守はどうすればいいか分からなくなった。

会いたかったけれど、会ってどうすればいいか分からない。

どうして垣根がここに来たか、分からない。

もう何もわからなくて、どうすればいいか分からない。

 

「来ないで……来ないで……っ!!」

 

大切な女の子である真守が自分を全力で拒絶するので、垣根は胸が張り裂けそうだった。

それでも大切な女の子が一人で泣いているのを放っておけるはずがない。

自分が拒絶しても垣根が近づいてくるので、真守は恐怖で強張(こわば)った表情のまま立ち上がり、距離を取ろうとする。

 

「あっ、」

 

だが、次の瞬間。動揺から真守は鉄骨から足を滑らせてしまった。

 

「真守!」

 

ずるっと鉄骨から落ちた真守が受け身を取ろうともしないので、垣根は展開していた未元物質(ダークマター)の翼で飛び、真守の手を強引に掴んでそのまま引っ張り上げて腕の中に抱き留めた。

 

「やだ……離して、離してっ……! やだやだっ離して……おねがっお願いだからっ……!」

 

「大丈夫だ、落ち着け。大丈夫だから」

 

真守がパニックを起こしているので、垣根は鉄骨の上にそっと降り立ち、真守の背中を落ち着けるようにそっと撫でる。

その大きくて優しい手が自分の欲しかったものだったので、真守は身を固くしたままひっく、としゃくりあげた。

 

「……だって、垣根。どっか行っちゃうんだろ……?」

 

「なんでそう思うんだよ」

 

垣根は自分の腕の中で硬直する真守の緊張を解くために背中を優しく撫でたまま問いかける。

 

「だって、垣根。幻滅した……」

 

真守は体に力を込めたまま、震える声で告げる。

 

「っ垣根、私の酷い時、知らないから……深城は私が一番悪いことしてた時のこと知ってて、それでも一緒にいてくれるって言った。でも垣根、その時のこと知らない。聞いたことしかない。だからさっき幻滅したんだろ?」

 

真守はぽろぽろと涙を(こぼ)しながら、頑張って息を呑んで続けて口を開く。

 

「私が怪物に見えて、どっか遠くに行っちゃうと思ったんだろ? そういうところが私にあるって初めて見て知って、呆然としたんだろ? だから垣根、もう一緒にいてくれないって思って……。化け物の私を見たら、嫌になったと思って。もう、きっと一緒にいられないって……」

 

「そんなことありえねえ。絶対にない。お前はそんな心配しなくていい。大丈夫だから落ち着け」

 

真守が何に恐怖しているのか知った垣根は力強く告げる。

 

「わかんないよ。だって私、垣根の信じてる私じゃない。私は人でなしだ、化け物だ」

 

それでも垣根の言葉が信じられなくて、真守はぽろぽろ涙を零しながらしゃくりあげて告げる。

 

「垣根がひどいって思うこと、私……オリアナにしてもなんとも思わなかった。正当な罰だと思った。そう思った時点で化け物だ。深城は化け物の私のこと知ってて一緒にいてくれる。垣根、知らないだろ。垣根、何もわかってない。……だから、だから、絶対に、」

 

 

真守が『何もわかってない』と先程からしきりに告げるのでいら立ちが(つの)った垣根は、真守のことを黙らせるためにキスで口をふさいだ。

 

 

「んっ……──!?」

 

真守はそれに驚愕して目を見開く。

 

「や、やだやだ離してやっ……──んぅ!」

 

だが当然として真守が突然垣根にキスされてパニックに陥って顔を背けると、もう一度、今度は深く垣根は真守にキスをした。

 

そして真剣な瞳で自分のことを茶色く長い前髪の向こうからじぃっと見つめてキスをしてくる垣根から目を離せない真守はふ、ふぅと短く荒く息をしながら顔をしかめてそのキスを受ける。

 

真守が強制的だとしても大人しくなったので、垣根はそっと真守から口を離した。

 

 

「は、初めてらったのにぃ…………」

 

 

真守は初めての深いキスにろれつが回らない状態で呟く。

そんないっぱいいっぱいになって逆にパニック状態から脱した真守を確認した垣根は、真剣な表情のまま顔をしかめた。

 

「しょうがねえだろ。お前がパニック起こしてんだから」

 

「うぅ、ひどい。……ひどいよぉ、かきねぇ。ひどい……こんなのってない……あらりょーじに初めてを使わないでよぉ……いじわる。ばかばかばかばか、かきねのばかぁ……」

 

「真守」

 

真守が顔を(うつむ)かせて抗議してくるので、垣根は真守の頬に手を添えてぐいっと強引に自分へ向けて、その黒曜石の瞳で真正面から射抜いた。

 

「言っただろ。お前を一人にしないって」

 

真守は垣根の言葉に切なそうに顔を歪ませた。

 

「だったら垣根、なんであんな顔してたの? わたっ……私、分からないよ。何が、何がいけなかったの? 私の何が気に入らなかったの? どうして」

 

「気に入らなかったんじゃない。お前が怒り狂ってたからびっくりしただけだ」

 

垣根は自分に答えを求めて(すが)りついてくる真守の目に溜まった涙を(ぬぐ)いながら、自分の気持ちを吐露(とろ)する。

 

「怒りって……私、怒ってたのか?」

 

真守がきょとっと目を見開きながら垣根に訊ねると、垣根は先程拭った方と反対の目の涙を拭いながら優しく声を掛ける。

 

「怒ってただろ。お前、俺が見たこともないほどに怒り狂ってて、そんで我を忘れてた」

 

「……どうして?」

 

「そんなの分からねえよ。オリアナがお前のどうしても超えちゃならねえ一線を越えたんじゃねえの?」

 

垣根の問いかけに真守は沈黙する。

絶対的な基準点を求めていたオリアナ=トムソン。

誰かに自分の価値観を押し付けようとしていた彼女。

 

「…………多分、オリアナが昔の私に重なったから」

 

「重なった?」

 

垣根が問いかけると、真守は呆然と告げる。

 

「昔の私は、自分の基準で生きてた。自分のことを(おか)してくる人間は悪だって思って、全員排除してた。……ううん、昔の私じゃない」

 

真守はそこでくしゃっと顔を歪ませた。

 

「今だって私は深城に教えてもらった人の命だけは奪っちゃいけないって基準で生きている。深城に言われたことだけを守ってる。それだけ守れば人間として生きてられると思ってる。そうやって思ってる時点で、私は人間じゃない。化け物なんだ」

 

「そんなことねえよ」

 

「ある。あるよ……」

 

垣根の否定を聞いても、真守はふるふると首を横に振って悲痛で目を細めた。

 

「私、教えてもらえなくちゃ何もわからない。自分が怒ってるのも分からなかった」

 

真守は頑張って息を呑んでから懸命に垣根に伝える。

 

「深城はっ、誰かに私のことを愛してくれって言われなくても……私を、愛してくれた、大事にしてくれた。……垣根だって、誰にも教わってないのに普通に学校に行って溶け込めて、人と普通に付き合えてる。……私、そんなことできない。何もできない。できることなんてない。何もいいところなんてない」

 

「そうだな」

 

真守の弱弱しい発言に、垣根は一度同意する。

ひっぐ、としゃくりあげた真守の事を垣根は優しく抱きしめて、そして自分が感じていることを教えるために真守にそっと(ささや)いた。

 

 

「お前は教えてもらわなきゃ何もできないただの女の子だ。そばにいて誰かが支えなくちゃ何もできない、ただの女の子だ」

 

 

「おんな、のこ……?」

 

真守は垣根に抱きしめられたまま、びっくりして目を見開く。

 

「ああ。今のお前をどっからどう見たって、俺に嫌われたくないって一人で泣いてる女の子だよ」

 

真守は垣根の言葉に呆然としていたが、ふえ、と弱弱しく声を漏らした。

 

「うそだ、うそだよっ」

 

「嘘じゃねえ」

 

垣根は真守の言葉を即座に否定して、真守をもっと優しく抱きしめる。

 

「だって……何もできない女の子なら、垣根、一緒にいていいことなんてないよ」

 

真守はそれでもひっぐひっぐと何度も嗚咽(おえつ)()らして垣根に伝える。

 

「いいことなんて求めてねえ。ただ一緒にいたいから一緒にいるんだ」

 

垣根は真守を抱きしめるのをやめて、真守のエメラルドグリーンの瞳をまっすぐと見つめて自分の気持ちを伝えた。

 

「どうして…………どうしてなんだ? 分からない、私……っ」

 

「理由なんてねえ」

 

垣根は分からず屋、と真守のことを心の中で優しくなじりながらも、柔らかく微笑む。

 

 

「この想いに理由なんて必要ない。……ただ、そうしたいから俺はお前のそばにいて、お前を支えるだけだ」

 

 

真守はエメラルドグリーンの瞳でまっすぐと垣根から目を離さないで呟く。

 

「……理由、なくても一緒にいてくれるのか?」

 

「ああ」

 

真守の問いかけに力強く答えた垣根を見て、真守はぼろっと再び一つ涙を(こぼ)して呟く。

 

「私……垣根と一緒にいたい。いたいよ……」

 

「一緒にいる。一緒にいるから」

 

垣根は泣き顔すら綺麗な真守をじぃっと見つめる。

 

 

「愛してる。真守」

 

 

垣根の愛の告白に真守はつーっと涙を流す。

垣根はそんな真守の頬にそっと手を添えながら、先程よりも真剣な瞳で真守を射抜く。

 

「俺と付き合ってくれるか?」

 

「私のこと……こ、恋人にして一緒にいたいの…………? ……え。……ほ、ほんとうに……?」

 

真守が躊躇(ためら)いがちに訊ねると、垣根はしっかりと頷いた。

 

「ああ。お前がもし告白されても付き合ってる男がいるって言えるようにしたい」

 

先程、真守が告白されたと深城から聞かされて自分は本当に焦ったのだ。

今しかないと、垣根は思った。

この(いと)しい命をモノにするのは、きっと今しかない。

そんな垣根の愛の告白を聞いて、真守はふるふると首を横に振った。

 

「……だめ、だよ。そんなことになっちゃいけないよ」

 

「なんで?」

 

弱弱しい真守の拒絶の言葉に垣根が優しく問いかけると、真守はそっと目をそらしながら呟く。

 

 

「だって私、いつか……いつか。きっと、垣根のこと、なんとも…………思わなくなるよ」

 

 

いつか絶対能力者(レベル6)となったら自分はきっと垣根への気持ちを忘れてしまう。

忘れるという保証もないが、覚えていられるという保証もないのだ。

だから愛しているだなんて言われても、自分自身が垣根をだいすきだろうと、その気持ちに応えることなんて真守はできない。

 

「大丈夫だ」

 

真守の不安を(ぬぐ)うために、垣根は泣き続ける真守の額に自分の額をコツッとつける。

真守は顔をしかめながらも、至近距離まで迫って祈るように目を閉じる垣根を躊躇(ためら)いがちに見上げる。

 

 

「きっと、お前の気持ちは消えないから。消えても、また俺が教えてやるから」

 

 

「…………じゃあ言っても良いの?」

 

ぐす、っと真守は呻きながら、そっとおでこを離した垣根を見上げた。

 

「ああ」

 

「垣根……だいすき。だいすきって、ずっと言いたかった……」

 

真守は垣根の腰に震える手を回してぎゅっと抱きしめると、そのまま垣根の胸に顔をうずめてうれし涙をぽろぽろと零す。

 

垣根はそんな真守の背中を優しく撫でていたが、真守が落ち着いたところで真守を少し離して優しいキスをした。

 

そんな優しい長いキスの後、真守は涙を一粒零して、縋りつくような瞳で垣根を見た。

 

「ずっと一緒にいて、垣根」

 

「ああ。絶対に一緒にいる」

 

真守の言葉に、垣根は力強く頷いた。

 

「よかった」

 

真守は心の底から安堵した表情でふにゃっと笑うと、そっと垣根の胸に頭を()り寄せて微笑む。

 

「本当に、よかった…………」

 

真守の心の底から安堵した声を聞きながら、垣根は真守のことを優しく抱きしめる。

 

その時。

二人が結ばれたのを祝福するのかのように。

大覇星祭一日目、午後六時半からのナイトパレードの始まりを知らせる花火が夜空に打ち上がった。

 

 




心理定規が前に仄めかしていましたが、垣根くんは自信たっぷりで余裕しゃくしゃくなので、周りに触発されないと既に将来を決めて自分に好意を向けてきて、自分に虜になっている相手をわざわざ恋人にしようとしません。する理由があんまりない。
もう真守ちゃんは自分のモノだという意識が強いんですよね。言葉や明確な立場がないと色々困るのにそれに気づいていない垣根くん。
それでもくっついたのでこれで万事問題ないです。

恋愛モノと銘打っているということもあり、ここからイチャイチャ成分が多めになりますが、真守ちゃんと垣根くんをこれからもよろしくお願いいたします。



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第一〇六話:〈初々愛情〉と人間の影

一〇六話、投稿します。
※次は一二月三日金曜日です。


「つーか、マジで焦った」

 

「なんでだ?」

 

真守は第七学区で一番高い鉄骨の上で、垣根に後ろから抱きしめられながら花火を見つめていたが、垣根の呟きを聞いて垣根に寄り掛かりながら顔を上に向けて下から垣根を見つめた。

 

「そりゃ好きな女が他の男に告白されて焦らねえ男はいねえだろ。隙を突いて横からかっさられるなんて最悪じゃねえか」

 

真守の事を胸の中できゅっと抱き寄せながら垣根が安堵のため息を吐くので、真守は垣根の自分へ向ける愛情が嬉しくてえへへーと幸せそうにふにゃっと笑う。

 

「……やっぱりお前は泣いてる顔より笑ってる顔の方が可愛いな」

 

垣根は自分の腕の中で楽しそうにする真守を全身で感じ取ると、そっとこめかみへ軽いキスをする。

 

真守は『ん』と一つ(うな)って顔をしかめるが、それは恥ずかしいだけで別に不快ではなく、むしろ幸福で目を細め、くすぐったそうに身をよじる。

 

だが、突然瞳を(またた)かせてからきょとっとすると、そこでもう一度垣根を見上げた。

 

「垣根、私が泣いてるより笑ってる方が好きなのか?」

 

「当たり前だろ、何言ってんだ」

 

垣根が当然だろ、と怪訝そうな顔をすると、真守は眉を八の字にして垣根を見上げた。

 

「……じゃあ垣根、私のことイジメないのか?」

 

「は?」

 

垣根が真守の突然の疑問に意味が分からずに声を上げると、真守は気まずそうに目を泳がせた後、垣根を上目遣いで見上げた。

 

「だって、男の子は女の子のことイジメるの好きなんだろ?」

 

「……ちょっと待て。お前誰からその入れ知恵された」

 

垣根が嫌な予感がして真守に問いかけると、真守は言いづらそうに告げる。

 

「土御門とか、青髪ピアスとかが主体だけど、やっぱり上条もよくそういう話してるぞ。あ、あとバニーガールとか、メイドさんとか、あと猫耳とかナースさんとか。男の子はみんなコスプレでテンション上がるって言ってた」

 

「アイツらやっぱりぶちのめす」

 

大切な女の子にマズい知識をもたらすあの三人組をどうにかぶちのめさないと、と垣根が決意すると、真守は顔を(うつむ)かせて恥ずかしそうにしながらも呟く。

 

「でも垣根は私のこと愛してくれてるから私は何されても嫌じゃない。……あ。でも、できればなんだけど……私のことイジメてもいいから、その後は頭なでなでしてぎゅっとしてくれたらいいな、なんて思ってる」

 

「──真守。お前、今とんでもねえこと言ってるって分かってっか?」

 

垣根は、一瞬だけ思考が停止したが、真守を止めるべく声を上げた。

 

「へ」

 

真守は垣根を見上げてめをきょとっとさせて小首を傾げる。

全く分かっていない様子の真守に、垣根はマジか、と思いながらもゆっくりと告げる。

 

「その発言よーく考えてみろ。お前、その危険思想によって苦しんでることすら分かってない人間が一定数いるって分かってんだろ」

 

「……え」

 

真守は垣根の言葉に目を瞬かせて思考する。

 

恋人に何されても問題ない。それがはたから見たらマズい事でも、恋人にメロメロになっているが故にまったくそれが悪いことだと気づいておらず、他人から別れた方が良いと言われても絶対にその恋人から離れられない。

 

「も、もしかしてDV男やヒモに捕まる女の子のこと言ってるのか?」

 

「もしかしなくてもそうだろうが」

 

垣根が即座に答えるので、真守はごくッと喉を鳴らして恥ずかしそうに俯いてぽそぽそと呟く。

 

「成程、よく分かった。……あの子たちの気持ちがよく分からなかったけど、当事者になったら納得できる。確かに何されてもなんでも許せちゃう」

 

「オイ、あの子たちとか言って親近感持って共感するんじゃねえ。暴力はダメだ、絶対に」

 

垣根が顔をしかめて告げると、真守はもぞもぞと垣根の腕の中で動いてくるっと垣根の方を振り返ると、満面の笑みを浮かべる。

 

「大丈夫! 垣根以外には言わないし、こんな気持ちにはならないから!」

 

「そこが問題じゃねえんだよ。いやそれも大問題なんだが、そういう事軽はずみに言うんじゃねえ。……俺は、お前のこと大事にしたいんだよ」

 

垣根はそっと真守のことを壊れ物を扱うかのように胸の内にぎゅっと収めて願いを口にする。

この世で一番大切な女の子だから常識で測れないほどに莫大(ばくだい)な幸せを与えてあげたい。

誰にもできない程の幸せで包み込んであげたい。

 

「垣根、私のこと『女の子として』大事だから心配しているのか?」

 

「決まってんだろ。何当たり前のこと聞いてんだ」

 

真守の問いかけに垣根はそっと真守を抱きしめる手に力を込めながら頷く。

 

「ふふっうれしい。とってもうれしい。垣根が女の子として大事にしてくれてるってー当たり前だってーえへへ」

 

そう幸せそうに告げる真守は垣根の胸にそっと猫のようにすり寄って、にこにこと笑う。

 

(コイツ、途端にデレデレになったな。男の(ふところ)に収まるとなんでもオーケーになんのかよ。……悪い男に引っかかんなくてよかった……)

 

垣根はさっきからずうっと幸せそうにしている自分の腕の中にいるちんまい真守を感じながら心の中で呟く。

暗部組織に所属している時点で垣根も相当に悪い男なのだが、本人は気づいてないし真守もそんなことを今更気にする人間ではないので、普通ならあまり好ましくない状態なのだということに二人共気が付かない。

 

「あ。深城、心配してるかも……私、あの子置いてきてしまったから……」

 

真守は幸せそうに笑っていたが、突然深城のことを思い出して途端に不安そうな顔をした。

 

「そうだな。ケータイ貸してやるから電話しろ」

 

真守は垣根から携帯電話を受け取って深城へと電話を掛ける。

 

「深城? あの、心配かけてごめ」

 

〈真守ちゃん! で、誰と付き合うの!?〉

 

「うぇっ!?」

 

真守は突然深城にそう問いかけられて大袈裟に垣根の腕の中でビクつく。

深城に、真守は『告白された。少し考えたいから一人にして』と言ってふらっとこの鉄塔の上までやってきたのだ。そりゃそういう反応になる。

 

「……か、垣根が……その、付き合ってくれるって…………」

 

〈本当!? 良かったあ!! あたしは女の子だから、真守ちゃんに赤ちゃん産む喜び教えてあげられないなーって思ってたからとっても嬉しいっ!!〉

 

「あ、赤ちゃん!?」

 

自分の腕の中で通話が繰り広げられていたので丸聞こえだった垣根は、驚愕して声が裏返る真守を抱えたままブッと噴き出した。

 

「だ、だめ!! 赤ちゃんはだめ!!」

 

真守は声が裏返った後に慌てて声を戻すと、携帯電話を両手で持って叫んだ。

 

〈え~垣根さんとえっちするのが嫌なのぉ〉

 

「えっ!? …………え、ええっええぇぇぇ……っ!?」

 

真守が顔を真っ赤にして口をパクパクとさせて固まる。

硬直からいつまで経っても復帰しない真守の手から、垣根はひょいっと携帯電話を取り上げて耳に当てた。

 

 

「……おい源白。真守が思考停止して動かなくなったんだが」

 

垣根が頬をぷにぷにと突いてもうんともすんとも言わない真守を見ながら告げると、深城は嬉しそうに声を上げる。

 

〈え~? ちょぉっと止まっちゃうだけだよ~だいじょぉぶだいじょぉぶ!〉

 

「ちょっとじゃねえよ大分止まってんぞ!」

 

垣根は自分の腕の中で携帯電話を奪われた形で硬直して顔を真っ赤にしている真守を抱きしめながらツッコミを入れると、深城はけらけらと通話の向こうで笑う。

 

〈別に大丈夫だよぉ。……というか、垣根さんは真守ちゃんとの赤ちゃん欲しくないの?〉

 

「俺にその話題を振るんじゃねえ!!」

 

〈はぁ~?! じゃあ垣根さんは真守ちゃんとエッチしたくないって言うのぉ!?〉

 

「……そういう事じゃねえよ! つーかお前、外にいるのになんでそう明け透けもなく言えんだよ!! 隣に林檎もいんだろうが!」

 

〈べぇつにあたし、悪いこと言ってないしぃ~というか、あたしは真守ちゃん以外にどう思われようがどうでもいい!〉

 

「テメエ本当に真守のことしか考えてねえな!?」

 

〈あ、後林檎ちゃんは今いないよ~トイレ行ってる〉

 

垣根がツッコミを入れていると深城がのほほんと告げるので、垣根はそれにブチ切れて先程よりも大声を出した。

 

「テメエは要らないこと考えてねえで、保護者らしく林檎を見守っておけ!!」

 

〈はぁい。まあ、冗談はこのくらいにしといてぇ~〉

 

「冗談に聞こえねえよ!」

 

垣根が連続で深城にツッコミを入れていると、深城は『冗談じゃなくても良かったんだけどねえ』と、前置きしてから告げる。

 

〈まあまあ垣根さん。こっちのことは気にしないで真守ちゃんと一緒に二人でナイトパレード見てきなよぉ! あっつあつの二人の間に割って入る人間がいたら刺されるべきだからね!〉

 

「……お前、本当に時々過激なこと言うよな」

 

垣根が思わず脱力してそう告げると、深城は朗らかな声を出した。

 

〈じゃあ真守ちゃんによろしくねえ!〉

 

そこで深城がブチッと携帯電話での通話を切るので、垣根はため息を吐きながら硬直している真守を見た。

 

「おい、真守? 危機は去ったぞ」

 

「……、」

 

垣根は硬直して応えない真守を見下ろして、先程と同じように頬をツンツンと突き、優しい声で(ささや)いた。

 

「真守」

 

「ハッ! え。危機は去った!?」

 

垣根が耳元で安心させるように自分の名前を呼んだので、真守は正気に戻って、ふるふると首を横に振って辺りを確認する。

 

「おう。厄介オタクはもういねえぞ」

 

「あぁあ~深城のばか……赤ちゃんなんて、責任取れないに決まってるのに……」

 

「責任?」

 

普通責任は男が取るもんじゃ? と垣根が考えていると、真守は悲しそうに俯く。

 

「だって、最後までちゃんと愛してあげられるか分かったもんじゃない……」

 

真守は絶対能力者(レベル6)にいつか進化(シフト)する。その時に子供のことをきちんと愛してやれるか自信がないのだ。

しかも真守は元置き去り(チャイルドエラー)だ。尚更人の命についての責任を感じているのだろう。

 

垣根は(うつむ)く真守の首筋にそっと顔を摺り寄せて抱きしめると、ちょっと試したくなって甘い声で囁く。

 

「……もしお前が欲しかったら、お前が気にしなくてもいいように俺が責任きっちり取ってやるよ。それに子供がいたら尚更お前を繋ぎ留められそうじゃねえか?」

 

「!?」

 

真守はかぁーっと顔を赤くしていじわるをしてきた垣根から身を離そうとするが、垣根が後ろからがっちりとホールドして来ているので離れられない。

 

「む、無理! むりむりむりむりぃ!! え、ええぇえ……えっち、……も恥ずかしいのにむり!! 絶対だめぇ!!」

 

離れられないと理解した真守はふるふると震えながら声を大きくして叫ぶ。

 

「……そんなに拒絶しなくてもいいだろ」

 

『むり』と連呼する真守を抱き寄せながら垣根はため息を吐き、男女の行為に関して真守がどこまで許容できるか試したかった垣根は、『この動揺っぷりではまだまだ当分お預けだな』、と思いながらも腕の中にいた真守を抱き上げて立ち上がる。

 

「わっ!」

 

「源白がナイトパレード二人で見てこいって。話聞いてたか?」

 

「え。い。……ああ、聞いてた。聞いてたっ!! 聞いてた聞いてたからっ!」

 

垣根が真守のことを抱き上げてお姫様抱っこして問いかけると、真守は垣根が直視できなくて顔を赤くしたまま目を()らして何度もこくこくと頷く。

 

「じゃあ行くか、お姫さま?」

 

「う。……別に、お姫さまじゃない~」

 

色々と限界な真守をそっと抱き寄せて、垣根は未元物質(ダークマター)の翼を広げるとそのまま鉄塔からふわっと降りていく。

 

「わぁ……」

 

降りようとすると、丁度大通りにパレードが来ているのに気が付いて真守は感嘆の声を上げる。

着ぐるみが踊ったり、煌びやかな電飾がピカピカと輝いたり、テレビで見るような芸能人がサービスで手を振ったりしている。

 

「すごい、きれい! 垣根、すごいよ!」

 

「……別に大覇星祭に初めて参加するっつっても、毎年こんなモンだから見飽きてるだろ」

 

垣根がはしゃいで語彙力(ごいりょく)が無くなった真守の言葉に応えて人々を睥睨(へいげい)しながら嫌そうに呟くと、真守は垣根の首にぎゅっと手を回して無邪気に微笑む。

 

「でもな、垣根。やっぱり外から見るのと参加するので見える景色は違うから。とても楽しい。垣根と一緒に見られてとても幸せ」

 

垣根は真守の心の底から嬉しそうな声と幸せそうな笑みを見て、今自分は酷いことを言ったのだとハッとした。

 

真守は学校に所属していなかったり、学校生活というもの自体に慣れていなかったので、ずっと大覇星祭に参加できず今回参加するのが初めてだ。

 

真守は大覇星祭を嫌うことも好きになることもできない立場だった。参加権限が与えられていないのだから当然だ。

だから大覇星祭というものを普通に与えられて参加権限をずっと持っていた垣根帝督のように嫌いだと言えるような立場ではなかった。

 

だから何もかもが新鮮で、目の前の全てがきらきらと輝いて見えて。

全てが愛しく思えて、真守にはこの醜く歪んだ世界も大切に想えるのだ。

 

守ってやりたい。

 

この少女の小さな幸せを、自分の大切なかけがえのない存在である彼女を。

一人で泣いて震えて、悲しまなくていいように。ずっと守ってあげたい。

 

いつか自分が人として終わると分かっているのに、それでも泣き叫ばないで日々を懸命に生きてその終わりまで自暴自棄にならずに進み続ける少女を、垣根帝督は絶対に守ってやりたいと思った。

 

「真守」

 

「なんだ?」

 

垣根が自分を抱き上げている手に力を入れているのを感じた真守は小首を傾げて垣根を見上げた。

そんな真守を少し抱き上げた垣根は真守の頭に頬を()り寄せて決意を込めてそっと甘く囁いた。

 

「お前がお前でいられる内に、色んなものをお前に見せてやるから」

 

「! ……うん、お願いな?」

 

真守は垣根の言葉に一度目を見開いてからふにゃっと微笑む。

 

「垣根、もっと近づこう! 私、もっともっと近くで見たい!」

 

真守がパレードを指さして幸せそうに微笑むので、垣根はその微笑みを見て柔らかく目を細めて笑う。

 

「そんなにはしゃがなくても逃げていかねえよ?」

 

「だって垣根と一緒に初日のナイトパレード見られるのは一回だけなんだぞ? だからちゃんと堪能(たんのう)したい!」

 

自分が近い未来自分ではなくなることが分かっている真守には一瞬一瞬が大事な時間であり、それらが全て輝いて見える。

 

今までなんてことない日常を大切にしたことがなかった垣根は、なんてことない日常だからこそ輝くことを知り、大事なことをたくさん教えてくれる真守をそっと大事そうに抱き寄せると、空から地上へと降りていった。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

学園都市の第七学区にある『窓のないビル』。

核爆発の高熱や衝撃波程度を難なく吸収・拡散させる特殊建材で造られた学園都市随一(ずいいち)の要塞には、一人の『人間』が根城にしている。

 

それは学園都市統括理事長、『人間』、アレイスター=クロウリーだ。

 

「ふむ」

 

彼は円筒のビーカーのような培養槽の中で緑色の手術衣を身に纏って逆さまになって浮かんだまま、口を動かさずに一つ声を上げた。

 

「『使徒十字(クローチェディピエトロ)』の使用による、学園都市の支配化と世界の利権の確保、か」

 

男か女か、大人か子供か、聖人か囚人かもわからないその『人間』はぽつりとつぶやく。

 

使徒十字(クローチェディピエトロ)』を用いた学園都市に対する攻撃はローマ正教がオリアナやリドヴィアの後ろについていなければできない芸当だ。

もしかしたらローマ正教が立案した計画をオリアナやリドヴィアが自分たちの利益のために利用しようと考えて動いたかもしれない。

 

「……随分と、大きく揺らいでしまったものだな」

 

学園都市統括理事長、アレイスター=クロウリー。

(いな)、元魔術師アレイスター=クロウリーはローマ正教の昔からの姿を知っているが故に、そう呆れたように漏らした。

 

信徒二〇億人を抱えるローマ正教が十字教世界最大宗派、というのは見かけだけだ。

何故ならガリレオ=ガリレイが生きた時代、つまり、十字教から自然科学へ移行していくのを止められなかった時から、ローマ正教の支配には確実に陰りが落とされていたからだ。

 

それに魔術業界における十字教派閥にはローマ、ロシア、イギリスと三本の柱が打ち立てられいるが、ローマ正教は二〇億の信徒を抱えているにも関わらず、総人口九〇〇〇万人で、その中の人間全員がイギリス清教所属でもないのにイギリス清教と戦力の釣りあいが取れてしまっている。

それだけでも問題なのに、ローマ正教内の『グレゴリオの聖歌隊』や『アニェーゼ部隊』など、主要戦力が撃破・または離脱しているのだ。

 

ローマ正教の主戦力は確実に削れているのに、イギリス清教は『オルソラ=アクィナス』や『天草式十字凄教』を取り込み、戦力が日に日に増していっている。

 

世界のトップを意地でも守り抜きたいローマ正教は意固地になっている。

 

今回の行動もそうした背景があり、失敗に終わった今、ローマ正教を治める教皇なり枢機卿なりといった面々は想像もできないような顔色をその表情に浮かべている事だろう。

 

アレイスターは魔術を捨てた身だ。

 

対局である科学サイドを万全の体制で集中管理している者としては、彼らの情勢に対して侮蔑を込めた嘲笑で眺めていた。

 

「しかし、だ」

 

醜く権力にしがみつく者だからこそ、なりふり構っていられなくなるとアレイスターは知っている。

今回だって『使徒十字(クローチェディピエトロ)』という莫大な力を持った霊装を持ち出された。

今回限りでローマ正教の攻撃が終わると到底思えない。

 

使徒十字(クローチェディピエトロ)』の一件は結局、同族嫌悪で怒り狂った超能力者(レベル5)が収めた。

 

「魔術を触れさせるという大事な意味があるとしても、少々アレは目立ちすぎたかな」

 

アレイスターはビーカーに映った垣根帝督の手を引いて幸せそうに微笑む朝槻真守の映像を見つめながら一人呟く。

彼女の映像と一緒にビーカーには複数のグラフが映し出されており、それぞれ数値が目まぐるしく変動していた。

 

(『計画(プラン)』の鍵となる幻想殺しの成長は未だに不安定。『第一候補(メインプラン)』たる流動源力(ギアホイール)は順調。……いいや、順調というよりはこちらの想定をはるかに超えて成長中だ。だが舞台が整う前に完成してしまうのは目に見えていた。こちらの準備も抜かりはない)

 

そこでアレイスターは新しく建物の見取り図と共に、その完成形である見取り図にどれほどまで着工が進んでいるかの報告書を呼び出し、『ふむ』と、一つ(うな)る。

 

「朝槻真守。あなたが生まれたからにはその存在を存分に利用させてもらう」

 

アレイスターはその報告書を読みながら一人呟く。

 

「それにしても、科学は異教か」

 

そしてリドヴィア=ロレンツェッティが考えていたであろう思想を考えて獰猛に嗤った。

 

「全くその通りだな。科学とは宗教という古き枠組みをかみ砕く、新たな可能性の提示だ」

 

世界最強の魔術師であり、世界最高の科学者であるアレイスター=クロウリーは嗤う。

 

ただどこまでも『人間』である彼は、『人間』らしく胸の奥に野望を秘めて、その野望のために獰猛にどこまでも突き進んでいく。

 




使徒十字篇、終了です。
毎回言っていますが、今回は真守ちゃんと垣根くんが恋愛モノ観点から一歩進んだというターニングポイントでした。

これでインデックスの大覇星祭篇は終了です。

次章、『RAIL_GUN:LEVEL[PHASE]-NEXT』篇。
引き続き、お楽しみいただければ幸いです。



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大覇星祭:科学side:RAIL_GUN:LEVEL[PHASE]-NEXT篇
第一〇七話:〈早朝幸福〉は甘々で


第一〇七話、投稿します。
次は一二月四日土曜日です。


垣根は朝いつもの時間に起床し、五階の自分の部屋から出て、二階のラウンジへの階段を下りていた。

 

(昨日は魔術師が侵入してきたが、一回って決まってるワケじゃねえだろうしな。ま、何にせよこの大覇星祭中には仕事入れてねえでフリーだし、何かあっても真守の助けになれるから問題ねえか)

 

「あ。垣根」

 

垣根がぼーっとしたままそんなことを思考しつつラウンジに入ると、ラウンジのソファには真守が座っており、朝からいつもつけっぱなしのテレビで大覇星祭の特集を見ていた。

 

真守も垣根と同じで寝起きであり、まだ寝間着のもこもこのルームウェアを着ていたり、髪の毛を猫耳ヘアに結んでいなかったりしている。

 

垣根の方も寝るのに使っているニット風のシャツとチノパン風のスウェットで、もちろん制服やスーツではなかった。

 

そんな朝よく見る光景の真守はいつもの朝の垣根の姿を見ると、一目散に垣根に駆け寄ってギュッと抱き着いた。

 

真守が突然抱き着いてきてふにゃっと幸せそうな笑みを浮かべて自分を見上げてくるので、垣根はそれを受けて当然硬直した。

 

「垣根、おはよう」

 

(なんだこのかわいい生き物)

 

真守が甘い声で朝の挨拶をしてきたので、垣根は思わず心の中で呟く。

そこで垣根は真守が自分に想いを伝えたので、遠慮しなくなったのだと気が付いた。

 

途端に胸が締め付けられるほど真守が愛しくなった垣根は、自分の腹に頬を()り寄せ、もこもこのルームウェアを着て感触が大変心地よい真守をぎゅーっと抱きしめる。

 

「えへへ」

 

真守が幸せそうに笑うので、その姿が愛おしくて垣根はかがんで真守にキスをした。

 

「ん。垣根、よく眠れたか?」

 

真守は垣根に朝から恋人らしく口にキスをされて、恥ずかしそうに(うな)りながらも幸せそうに微笑んで、コテッと小首を傾げて垣根を見上げた。

 

「ああ。お前は?」

 

「よく眠れた!」

 

(なんだコイツマジかわいすぎんだろ)

 

真守がにぱっと満面の笑みを見せて垣根に幸せそうに告げるので、垣根は顔が(ゆる)むのを必死でこらえながら、幸せそうな真守をギューッと抱きしめる。

 

(……早く好きって言って、真守のこと安心させりゃよかった)

 

垣根が明確な地位を真守に与えなかったことを後悔しながら真守の頬を撫でると、真守は垣根の大きな冷たい手が気持ち良くて目を細め、すりすりと自分から垣根の手に頬を摺り寄せてきた。

 

(かわいい……)

 

猫が飼い主に撫でてほしいところを押し付けるかのような印象を覚えた垣根は、本日既に何度目か分からない言葉を心の中で呟くと、何度も真守の頭にキスを落とす。

 

「んーえへへ。垣根、今日の朝ご飯はガレットだって深城が言ってた」

 

真守は垣根のキスのシャワーを浴びて恥ずかしそうに微笑みながら、今日の朝食について話をする。

 

「林檎が食べたいって言ったのか?」

 

「うん。垣根と一緒に食べたからきっと好きになったんだぞ」

 

真守は垣根と林檎が初めて一緒に食べたのがガレット、という話を思い出しながらにへらっと笑って垣根を上目遣いで見つめる。

 

「……源白って運痴で力加減上手くできねえが、なんでか手先は器用なんだよな。アイツの料理って普通に美味い」

 

垣根はそんな真守の頭をウリウリと撫でながらしみじみ呟く。

 

「日中暇なのと、私と林檎にたくさん色んなご飯食べさせたいんだって。だから頑張ってお料理の勉強するんだってこの前宣言してた」

 

「お前も源白の飯なら食べるもんな。きちんと食べろよ?」

 

垣根は真守の言葉に真守のおでこを突きながら意地悪く笑う。

 

「んっ。……分かってる。深城のご飯、とってもおいしい。垣根と一緒に食べるともっとおいしい!」

 

真守が幸せそうにとろけそうな笑みを見せるので、垣根はそんな真守を見つめて硬直した後、顔に手を当てて目を()らしてぼそぼそと呟く。

 

「……俺のこと喜ばせるのうますぎだろ……」

 

「? 垣根、何か言ったか?」

 

「……なんでもねえ」

 

垣根はコテッと首を傾げて不思議そうに自分を見上げる真守をもっと愛でていたいという衝動を必死に抑え込み、真守と共にラウンジの奥にあるキッチンとダイニングへと向かう。

 

「垣根、おはよう。深城がね、ガレット作ってくれてるの」

 

背が足りない林檎のためにキッチンに置かれているお立ち台から降りてきた林檎は、テテテーッと真守と垣根に走り寄ってきてキラキラと目を輝かせる。

 

「おう。良かったな」

 

垣根が林檎の頭を撫でていると、そこにガレットを載せた皿を両手に持った深城がキッチンから顔を出した。

 

「あ。垣根さんおはよぉ! 林檎ちゃん、持ってって~」

 

「うん!」

 

林檎は深城に呼ばれて垣根から離れて深城に近づき、深城から朝食のガレットを受け取ってダイニングへと持って行く。

 

「いただきます」

 

真守が笑顔で告げる前で、垣根もぽそぽそっと一応小さな声で挨拶し、深城が作ってくれたガレットを四人そろって食べ始める。

 

「おいしい。深城、おいしいぞっ」

 

真守がパクっと小さな一口を食べてとろけるような笑みを浮かべるので、垣根はそれを見てフッと微笑む。

そんな真守の横で、深城は真守を見て幸せそうにぱあっと顔を輝かせた。

 

「よかったぁ! ゆっくり食べてねぇ!」

 

「うん、ありがとう。深城」

 

真守はそんな深城にお礼を言って、幸せに(ひた)ってにこにこ微笑を浮かべながら食事を進める。

 

「今日はどうすんだ?」

 

垣根は自分も食べながら真守に問いかけると、真守は小さく切ったガレットをちまっと食べてから今日の予定を話し始める。

 

「競技はもちろんあるけど、今日は少し余裕があるから大覇星祭の屋台とか、後は限定グッズとかのお店回ろうと思ってる。あ、後弓箭の競技も見に行くんだ。垣根も一緒に回ってくれるか?」

 

「大覇星祭中はお前に付き合うって言ったんだ。一緒に回ってやるに決まってんだろ」

 

「ありがとう、嬉しい」

 

真守は垣根が言ってくれた頼もしい言葉が嬉しくて、目を柔らかく細めて幸せそうに笑う。

 

「あ、でも一回病院に行くんだ」

 

「病院? ……ああ、あいつらの様子見にか?」

 

「うん。土御門はもちろんだけど、上条だって魔術ばかすかブチ当てられて入院してるし、吹寄は今日復帰できるっていうけど、姫神は後一日二日は駄目だから様子を見に行きたい。でもあの傷の様子じゃ姫神、大覇星祭の見学くらいはできるかなって。ついでに一方通行(アクセラレータ)最終信号(ラストオーダー)にも会ってくる! ……あ、」

 

真守はうきうきと今日の予定を考えていたが、一方通行(アクセラレータ)打ち止め(ラストオーダー)のことを話してしまい、一方通行のことが嫌いな垣根がどんな表情をするか(うかが)い見る。

 

「分かった。『一緒には』行ってやる」

 

「……垣根、怒らないのか?」

 

真守が垣根の余裕そうな態度に目を(またた)かせていると、垣根はフッと笑って告げる。

 

「お前がヤツに見せねえような顔を俺だけに見せてくれるならそれでいい」

 

「……垣根、器がちょっとでっかくなった」

 

真守が目を真ん丸に開いて感心を込めた声で呟くと、垣根が苛立ちを込めて片眉を上げる。

 

「最初からちっこくなかったんだよ。ったく、このじゃじゃ馬娘。口動かす方法変えろ。ただでさえ食うの(おせ)ぇんだから」

 

「む。……ふふ。分かった」

 

垣根が機嫌悪くなってそう(うなが)してきたので、真守はそんな垣根が愛しくて小さく笑ってから食事を再開する。

 

ちまちまとハムスターが食事するように小さい口で食べる真守の様子が可愛くて、垣根は少し見ていたが、真守が視線に耐え切れずに恥ずかしそうに上目遣いで見てくるので、本日何度目か分からない程にかわいいと思いながら自分も食事を再開した。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

「オイ林檎。いつまで時間食ってんだよ。真守と源白はもう下まで降りたぞ」

 

垣根は自分の部屋に入ったまま出てこない林檎を呼ぶために、林檎の部屋の前までやってきて扉をノックする。

 

「林檎? 入るぞ」

 

垣根がもう一度ノックをしてから扉を開けて中に入ると、ベッドの上には明らかにむくれていますという顔の林檎がちょこんと座っていた。

その手には垣根が林檎にUFOキャッチャーでとってやった三対六枚の翼がついた白いウサギのぬいぐるみが抱きかかえられている。

 

「……ソイツは今日も持ってったらダメだ」

 

垣根が林檎にそう告げると、林檎はぷくーっと頬を膨らませた。

 

昨日も林檎はぬいぐるみを持って大覇星祭を回りたいと駄々をこねていたのだが、昨日は真守の選手宣誓を見るために混みあったスタジアムに行くから、という理由で諦めさせたのだった。

 

今日は真守の選手宣誓がないから別に良いだろう。

でもきっと垣根や真守や深城は今の垣根みたいに絶対に言う。

だからせめてもの無言の抗議として、こうして部屋でぬいぐるみを抱きしめていたのだ。

 

「……そーいや大覇星祭モデルの『てんうさ』のぬいぐるみ出てたよな」

 

「!!」

 

林檎は垣根のひとりごとじみた呟きにバッと垣根を見上げた。

 

垣根が林檎にUFOキャッチャーでとってやった白いウサギのマスコットキャラクターは『天使なうさぎ様』という名前で、どっかの女子中学生が好きなマスコットキャラクターのように『てんうさ』もたくさんグッズが出ているのだ。

 

「それ、持って行かないで良い子にしてんなら買ってやらねえこともないが?」

 

垣根がそう提案すると、林檎は目をきらっきらと輝かせ、ぎゅっとウサギのぬいぐるみを抱きしめた後、枕元の脇に大切に置いて垣根に駆け寄る。

 

「垣根、行こう。深城と朝槻、待ってる」

 

そして林檎は、垣根の手を小さな両手で掴んでぐいぐいと引っ張って深城と真守のもとへと誘導する。

 

(俺もガキの扱いがうまくなっちまったな……)

 

垣根は嬉しそうな林檎を見つめながらフッと笑って自虐するが、林檎が楽しそうなのでまあいいか、と考えて、大人しく林檎に手をぐいぐい引かれていた。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

「……深城」

 

「なぁに、真守ちゃん。そんな深刻そうな顔してぇ」

 

垣根は林檎と共に一階のエントランスへと降りてくると、真守と深城の話し声が聞こえてきた。

 

「私…………もうちょっと太った方がいいかな……」

 

深城が感じた通りに真守の声が沈んでいるのに気が付いて垣根が顔をしかめていると、真守からそんな言葉が飛び出した。

 

(……普通痩せた方がいいって言うだろ、何言ってんだ?)

 

「え!? なんでなんでぇ!?」

 

垣根が怪訝な表情をする中、深城も気になったのか声を大きくして真守に詰め寄る。

 

垣根がそっと柱の影から真守を見ると、真守はエントランスにある姿見の前に立って自分の腹を体操服の上から触りながら告げた。

 

「男の子はちょっとぷにってしてる方が好きだって言うし……私、その前に脂肪がなさすぎて直で骨だし……胸はあるけど……垣根。よくぎゅーってしてくれるけど、抱きしめ心地、悪いかなって……」

 

真守の体は『実験』の弊害(へいがい)で成長が停まっていて、真守はそれをホルモンバランスを自分で整える事によって自分の思い通りに成長させた。

 

だが当時の真守は身長や体重がどうでもよく、胸の大きさは女の子らしく大きい方がいいと考えて大きくはしたが、体型は身長さえ普通にあればどうでもいいだろとあまりふくよかにしなかったのだ。

 

真守の母親と同じ遺伝子を持つ伯母であるアシュリン=マクレーンを見ればわかる通り、真守の家系はどうやらそこまで背が高くなる家系ではなく、胸も控えめで割と華奢な印象の体付きを持つ遺伝的体質を持っている。

 

そのような様々なことが重なり、真守は骨格が華奢で腹が薄いにもかかわらず、出るところは出ていると言ったアイドル体型になっている。

 

普通ならばアイドル体型は女の子の憧れだが、真守はそれよりも垣根が自分を抱きしめた時にどう感じているのかが気になるらしい。

 

真守が好みのタイプの女の子である垣根は真守が華奢であろうが腹が薄かろうがどうでもいいのだが、垣根のことが大事な真守にとっては気になることなのだ。

 

深城は真守の体を見つめながら頷くと、にやにや笑って真守のお腹に手を回す。

 

「なるほどなるほどぉ。確かにそのお腹の薄さだったら将来考えた時に心配だよね~後真守ちゃん、ご飯あんまり食べられないから栄養たくさん巡らせられないと思うし~流石にエネルギー生成できるからって言って、新しい命にそれを強要するのはどうかと思うし~」

 

「!? な、何の話してるんだ!! いまちがう話してたのにっ!!」

 

真守は当然として顔を真っ赤にし、後ろから抱き着いてきた深城に怒りの声を上げる。

 

垣根は『ガキの話が好きだな源白……』と呆れており、林檎は垣根がどうして隠れて真守と深城の話を盗み聞きしているのか分からずに小首を傾げる。

 

「え? そういうことじゃないのぉ?」

 

「ちがうっ! だっだからそういう事は考えてないっ!」

 

真守がぶんぶんと首を横に振ると、深城はムーっと口を尖らせて叫んだ。

 

「じゃあ真守ちゃんはどういう事考えてるのっ!」

 

「うぇ!? ど、どうってぇ……?」

 

真守が深城の叫びに困惑していると、深城はそこで畳みかける。

 

「垣根さんとうわべだけのイチャイチャだけじゃよくないでしょぉっ!?」

 

「どこが垣根とうわべだけで……そのっいちゃいちゃしてるんだ! 恋人を肉体関係を持つ人間同士に直結させるのヤメテ!!」

 

「もぉ! なんで垣根さんってば、普段は常識通用しねえとか言ってるのに真守ちゃんには奥手なのかなぁ!? 常識通じないって言うなら、真守ちゃんのこと翻弄(ほんろう)するくらいにアブノーマルなことしてえっろえろなことやるべきなのにぃ!」

 

「あ……あぶのーまる……え、ええええろえっろろろろ!?」

 

深城からとんでもない愚痴が飛び出したので、真守は顔を真っ赤にしてぐるぐると目を回す。

 

「テメエ人をなんだと思ってやがる!!」

 

そこで垣根は耐え切れなくなって林檎の両耳に手を当てたまま柱の陰から出てきて叫んだ。

 

「はぁ!? 常識通じないって豪語する割にぃ、常識の範囲内から出てないから言ってんのぉ!!」

 

「人間のモラル的に逸脱したらマズいだろ! そんな事も分からねえのか!? つーか、俺は未元物質(ダークマター)で世界の法則()じ曲げられるってだけで、アブノーマルな趣味を持ってるとか一言も言ってねえ!」

 

「そんなので『無限の創造性』の使い手かぁ!? えっちにも使えや!!」

 

「うるせえ!! テメエはなんで俺と真守がくっついた瞬間に口出すようになったんだよ! 若い人間に口出す厄介ババアか!?」

 

垣根が不名誉な能力の使い方を強要されるので叫ぶと、深城もつかさず叫んだ。

 

「真守ちゃんの女としての幸せ考えてるんだよぉ!! 真守ちゃんの男になったら責任取れよ! 真守ちゃんのこと女として幸せにしろぉ!!」

 

「テメエ……俺が真守の女としての幸せを考えてねえって言いてえのか!?」

 

垣根が深城の言い分が聞き捨てならないと叫ぶと、深城はもーっと声を荒らげて告げる。

 

「えっちしないならそうでしょうがぁ!!」

 

「しないとは言ってねえ!!」

 

「じゃあいますぐ押し倒せ!」

 

「だからモラルがねえこと言ってじゃねえ! 人間は獣じゃねえんだよ! ムードとか大事にするのが分からねえのか!!」

 

とんでもないことを言い争っている二人の前で、真守は林檎を垣根の手から奪い取って両耳を手でふさぎながらかぁーと顔を赤くする。

 

「ムードなんて本能の前には役に立たないよぉ!!」

 

「お前は本能で生きすぎなんだよ!!」

 

「……林檎。もうあの二人放っておいて上条たち迎えに行こうか」

 

真守はずっとぎゃあぎゃあ言い争っている垣根と深城を置いて、林檎を連れてスタスタと去っていく。

 

「え? いいの? よく分からないけど、朝槻のことで言い合ってるよ?」

 

「あんな人たちは放っておこう。そうしよう」

 

「? 朝槻がいいならいいよ」

 

真守が無表情で告げるので、林檎は怪訝な表情をしながらも真守に任せると告げた。

 

「よし、行こうか」

 

そして真守は手に負えない二人を置いて去っていく。

 

(というか垣根、やっぱりえっちしたいんだ……男の子だなあ)

 

真守は心の中で垣根の先程の叫びを聞いてドキドキしながら林檎と歩く。

 

後から真守と林檎がいなくなった事に気が付いた垣根と深城は真守に呆れられたと知り、またいがみ合うのだが、真守の知った事ではなかった。

 




大覇星祭の二日目が始まりました。

そして幸福世界が爆誕。
というか学生で既に恋人と同棲してるってやっぱり常識が通用しない恋愛している垣根くんと真守ちゃん。
最初から色々とすっ飛ばしていましたが、やっぱり恋人になってもそれは変わらないという……。
恐ろしい。



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第一〇八話:〈交友関係〉は変わらず良好

一〇八話、投稿します。
次は一二月五日日曜日です。


一方通行(アクセラレータ)

 

真守はガラッと病室の扉を開けてひょこっと顔を出すと、ベッドの上で靴を履いて横たわって足を組んでいる一方通行(アクセラレータ)の姿が見えた。

 

「よォ」

 

「あ! 久しぶり! ってミサカはミサカはあなたの顔が直接見られて嬉しくて飛び跳ねてみたり!」

 

自分の枕もとに座っていた打ち止め(ラストオーダー)がぴょんぴょんと飛び跳ねるので、一方通行(アクセラレータ)は迷惑そうに打ち止めを見ていたが、打ち止めはそんな一方通行を欠片も気にせずにぴょんっと跳んで真守のもとへと駆け寄る。

 

「久しぶりだな、最終信号(ラストオーダー)。元気にしてたか?」

 

「うん! あなたも元気そうって、ミサカはミサカは昨日のあなたの選手宣誓のかっこいい姿を思い出しながらはしゃいでみたり!」

 

「見てくれていたのか? ありがとう」

 

真守は目の前ではしゃぐ打ち止め(ラストオーダー)に柔らかな笑みを向けていると、打ち止めは突然コソッと声を小さくして真守に耳打ちするように手を口の横に添える。

 

「あのね、ミサカはテレビで見てたんだけどね。どうやらあの人は開会式のグラウンドまで行ってたみたいなの、ってミサカはミサカは蚊帳の外にされた悲しさで告げ口してみる」

 

一方通行(アクセラレータ)、会場まで来てくれたのか?」

 

真守が目元を柔らかくして一方通行(アクセラレータ)を見ると、一方通行は気まずそうにして目を()らす。

 

「……ッチ。行ったら悪ィかよ」

 

「ううん。お前に見てもらえたなんてとっても嬉しい。見世物みたいで嫌だったが、やった甲斐があるというものだ」

 

「……そォかよ」

 

真守が柔らかく目を細めて嬉しそうにしているその様子を見た一方通行(アクセラレータ)は、そう(こぼ)して照れ隠しにふいっと顔を背ける。

 

「それならミサカも連れて行ってくれればよかったのに、ってミサカはミサカはぶーたれてみる」

 

「オマエがいると寄り道ばっかさせられて開会式会場に辿り着かねェだろォが。そっから場所取りとかもしなくちゃなンねェンだしよォ」

 

打ち止め(ラストオーダー)の主張に一方通行(アクセラレータ)がケッと吐き捨てるように告げると、打ち止めは頬を膨らませる。

 

「ミサカだってちゃんと時と場合は考える、ってミサカはミサカは主張してみる!」

 

「そンで昨日の午後にオマエに付き合って大覇星祭回った後、検査があるからまっすぐ病院に帰らなくちゃなンねェ、……って時に秒でいなくなったのはどこのどいつだァ!?」

 

一方通行(アクセラレータ)が怒鳴ると、打ち止め(ラストオーダー)は気まずそうに目を逸らして頬をぽりぽりと搔く。

 

「あ、あれは美味しそうな屋台がたくさん並んでたのが悪いかも、ってミサカはミサカは誘惑がたくさんあるのがいけないって主張してみる!」

 

「学園都市中がテメエにとって誘惑だらけなンだから開会式までに絶対に辿り着かねェだろォが!!」

 

「う、ぐぐぐ……! でもミサカはミサカは!」

 

「ほら。朝から騒ぐな。それにしても一方通行(アクセラレータ)、すっかり最終信号(ラストオーダー)の保護者だな」

 

一方通行(アクセラレータ)打ち止め(ラストオーダー)の言い合いが終わらないと思った真守はクスクスと笑いながら仲裁に入る。

 

「……コイツが糸の切れた(たこ)みてェにどっかに行くから目が離せねェだけだ」

 

「んー。そこはかとなくその気持ちが分かるのが悲しいなあ」

 

一方通行(アクセラレータ)打ち止め(ラストオーダー)に対する表現を聞いた真守は、糸の切れた凧代表の深城を思い出して苦笑する。

 

「あなたは今日も競技に出るの? ってミサカはミサカはあなたの姿が中継されるのかワクワクしながら聞いてみる!」

 

「ああ。今日も出るから見といてくれ。パンフレットあるか? 印つけてやるから出してくれ」

 

「あるよ! ってミサカはミサカは即座に身を(ひるがえ)して持ってきたり!」

 

真守は打ち止め(ラストオーダー)が持ってきたパンフレットに赤いペンで印をつけていく。

 

「……楽しいか?」

 

そんな真守を見て、一方通行(アクセラレータ)はぽそっと訊ねた。

 

「うん? うん、楽しいぞ。初めてだからな。お前も来年ならきっと一緒に出られるぞ。頭蓋骨の亀裂も良くなってきたんだろ? それと一緒に髪の毛も伸びてるけどな」

 

真守は一方通行(アクセラレータ)の問いかけに笑顔で答え、そして自分の頭をトントンと人差し指で叩きながら、一方通行の頭蓋骨の亀裂を治すためにベクトル操作をしたことにより副作用的に伸びた髪について言及する。

 

「……あと少しで退院できる」

 

「そしたらどうするんだ?」

 

「芳川にアテがあるからこのガキと一緒に行くつもりだ」

 

一方通行(アクセラレータ)は真守が印をつけているパンフレットを覗き込んでいる打ち止め(ラストオーダー)をちらっと見ながら告げる。

 

「そうか。じゃあお前が落ち着いたら会いに行くよ。お前も落ち着いたら私のところに来てくれ」

 

「……気が向いたらなァ」

 

真守は一方通行(アクセラレータ)の言葉にフッと微笑み、印をつけ終わったパンフレットを打ち止め(ラストオーダー)に差し出した。

 

「はい、最終信号(ラストオーダー)。これで全部だ」

 

「わーい、ありがとう! ってミサカはミサカはクルクル回って喜びを表現してみたり!」

 

打ち止め(ラストオーダー)は真守からパンフレットを貰って喜びの舞を踊る。

そんな打ち止めから目を離して、真守は一方通行(アクセラレータ)を優しいまなざしで見つめた。

 

「じゃあ私は行くよ。これから予定が詰まっているからな。またな、一方通行(アクセラレータ)

 

「あァ。気を付けろよ」

 

「うん。ありがとう!」

 

随分とスムーズに真守への心配の声を掛けられるようになった一方通行(アクセラレータ)に、真守は柔らかく微笑を浮かべて手を振り、病室を後にする。

 

「あの人、なんだか前より楽しそうだね。ってミサカはミサカは伝えてみる」

 

「……あァ。アイツの周りには愉快な人間がいるからなァ。楽しいンだろ」

 

一方通行(アクセラレータ)が少しだけ寂しそうに告げると、打ち止め(ラストオーダー)はにぱっと太陽のような笑みを一方通行に向けた。

 

「あなたもきっとあの人にとってかけがえのない大切な人だと思うな、ってミサカはミサカはあの人が思ってることを代弁してみる! もちろん、ミサカもそうだけどね、ってミサカはミサカは付け加えてみる!」

 

「……そォだな」

 

一方通行(アクセラレータ)は笑顔で去っていた真守のことを考えて、フッと優しく笑い、打ち止め(ラストオーダー)からパンフレットを貰って真守の出る競技を見ていた。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

「で。あなたは一体こんな場所で。一体何をしているの?」

 

姫神は自動カーテンにより個人スペースが仕切られた六人一部屋の普通の病室のベッドで、床に座って上半身をベッドになだれ込ませていたインデックスを見た。

 

「あふぁ……。朝になるとベンチ使っちゃダメって言われるから、あいさのところまで避難してきた次第です。ふかふかベッドー……」

 

「こらこら。布団は噛むものではなく掛けるもの。あと。無意味によだれを垂らすと、白い目で見られるのは私」

 

インデックスは本能の(おもむ)くままにあったか布団を求めて、もぞもぞと顔を押し付けて顔をうずめる。

 

「あったかー……」

 

そしてインデックスがぬくぬくとしている姿を見ると、姫神はインデックスが眠くて覚醒していないのかと思い、ベッドの(かたわ)らにある高さ一メートル前後のミニ冷蔵庫の扉を開けて氷を取り出す。

 

「冷凍庫の氷で。覚醒を(うなが)してみる。えいや」

 

「冷たーっ!?」

 

氷をおでこにぶつけられた直後、インデックスは絶叫。病室にいる全員から白い目を向けられてしまったので、姫神は一度ぺこりと頭を下げると、仕切りの自動カーテンを閉じた。

 

「あいさはもう大丈夫そうだね。だってまもりが治してくれたんだもん」

 

インデックスは、姫神が自分のおでこにくっつけて飛び上がったことにより跳ね返ってしまった氷を空中でパクっとキャッチし、口に含みながら告げる。

 

「……うん。骨まで見えるような傷だったのに。治してくれた。傷の方はカエル顔のお医者様が。残らないようにしてくれるって」

 

姫神はパジャマを引っ張って、胸元に輝く十字架の下に巻かれている包帯を見つめながら呟く。

酷い怪我に思えるが、それは真守が内部から傷を修復していったから結果的に表面が(おろそ)かになっているだけであり、その傷も冥土帰し(ヘブンキャンセラー)という医者が治してくれるそうだ。

 

『まったく、彼女は本当にやりがいがあるところを残してくれるよね?』と心なしかあの医者、自分の傷を治すことにうきうきしていたのは何故だろうかと姫神は理由を考えてみるが、やっぱり分からない。あの超能力者(レベル5)ならば分かるのだろうか。

 

「そっかあ。良かったねえ」

 

姫神が真守のことを考えていると、インデックスも真守に傷を治してもらったことがあるので、姫神が真守に傷を癒してもらったのが我がごとのように嬉しくて微笑みながらそう告げた。

 

「……でも、あの人。すごく怒ってた。こっちが怖くなるくらいに」

 

姫神は麻痺している思考の中でもはっきりと分かるほどに怒っていた真守を思い出してゾッとする。

 

「そりゃそうだよ。まもりは人が傷つくのが嫌だもん。正確にはね、命を粗末にする人が嫌いなんだよ」

 

だがインデックスは姫神のその恐怖を感じて、怖いものじゃないと微笑みながら告げる。

 

「そうなの」

 

「うん。だからまもりは傷ついた人の味方なんだよ。あいさの味方なんだよ」

 

インデックスは得意気に告げてからにへらっと微笑む。そんなインデックスを見つめながら姫神は真守の事を思い出していた。

 

時々学校をサボっているが、どうやらそれはいつも面倒ごとに巻き込まれているらしい、と上条は言っていたし、他のクラスメイトも真守が登校してない時は大体人を助けている時だと笑って言っていた。

 

「あの人。とても忙しそうだから。私はあまり話したことがなくて。気まずかったんだけど。……優しい人ね」

 

姫神がとっつきにくくて近寄りがたい、それでも近寄ってみたいという高貴なお猫様な外見をしている真守の事を思い出しながらふふっと笑う。

 

「そうだよ。まもりは外見で勘違いされるかもだけど、すごく優しい人なんだよ。だからね、あいさも気まずいとか思わないで、ガンガン話しかければいいんだよ。まもり、笑った顔がかわいいんだよ」

 

「うん。上条くんも言ってた。朝槻さんはとっても優しい人で。とってもかっこいい人だって」

 

インデックスが真守の柔らかく控えめに笑う表情を思い出しながら告げると、姫神はインデックスの言葉に頷いた。

 

「とうまからまもりの話聞いたの?」

 

きょとんとするインデックスの前で、姫神は気後れしながらもこくっと頷いた。

 

「昨日のナイトパレードの時に。かけがえのない大切な友達で恩人だって。……私も。友達になれるかな」

 

「なれるよ! だって私の友達でもあるんだから!」

 

「っつか、吹寄さ──」

 

インデックスが叫んだ瞬間、廊下の向こうから聞き慣れた声が聞こえてきた。

 

「いきなり人の病室訪ねてきて最初にビンタ浴びせるってのはどういうことなんだっつの! そんな元気いっぱいなら病院にいる意味とかなかったんじゃねーの!?」

 

「だっ黙りなさい貴様! いきなり男の裸なんて見たら誰だって驚くわよ!!」

 

「いや、確かにちょっと気まずいけど、着替えている途中にいきなり病室に入ってきたのはお前()()じゃ、」

 

「上条当麻! さっさと準備しろまだ寝ぼけ気味なのそれなら脳の活性化にはテアニンよ紅茶に多く含まれているからグィーッといきなさい!」

 

「熱ァああっ!? ふ、吹寄のお馬鹿さん! 照れ隠しで人の喉奥に熱湯を流し込むんじゃねぇよ!」

 

「──で、姫神さんの病室はこっちで良いの、朝槻?」

 

どうやらそれは上条と吹寄のようで、姫神は吹寄が声を掛けた人物の存在に自分の心臓が高鳴ったのが分かった。

 

「うん。こっちだ」

 

今まで静かにしていただけで、どうやら真守もいたらしい。そんな真守に柔らかく確認を取った吹寄はキッと声を荒らげた。

 

「というか、いきなり行っても迷惑に思われないでしょうね、上条当麻!」

 

「あん? っつか、姫神は無口だけど静かなのが好きってわけじゃないぞ。よく見ると分かるんだけど、アイツは嬉しい時には口元がちょっとだけほころぶんだ。隠れ世話好きな吹寄さんならこんぐらいわかってるモンだと思ってたんだけどなー」

 

「世話好き? ……誰が?」

 

「ぷぷー。そりゃお前、姫神の病室がどこか分からなくて俺んトコまで相談に来たり、売店で果物とお花を選ぶのに三〇分も悩みまくるところが健気な友達想いだって熱がぁ!? だから紅茶は流し込むモンじゃねえっつってんだよ!」

 

「吹寄。これ以上上条が無駄に活性化しても面倒だ。……というかテアニンってそんな効果じゃなかった気がするけど? まあ、いいか。早いところ姫神連れてクラスに合流しよう」

 

「それもそうね。今日は第一種目からヘビーな全校男子騎馬戦・本戦A組なんだから。上条当麻、怪我で見学している人も応援に参加してよかったって思えるような競技内容にしなさいよ!」

 

「分かってるって声がデケェよ。姫神、いるかー?」

 

上条が声を掛けてきたので、姫神はカーテンを開くボタンを押す。

ゆっくりと開いたカーテンの先には、姫神秋沙の望んだ世界がそこにあった。

 

「一時退院できるらしいから大覇星祭の空気感じに行こうぜ!」

 

その世界の中心に(たたず)む上条が車椅子を持ったままにこっと笑う。

その頬には昨日と同じように湿布が張ってあり、戦いに勝利してきた証拠だった。

 

「姫神さん? 傷の具合はどうかしら?」

 

「む。私と先生が治したんだから大丈夫だぞ。そこは気分はどうだ、と聞くべきだ」

 

「ああ、ごめんごめん。気分はどう、姫神さん?」

 

真守の抗議に吹寄は困ったように笑い、そのまま姫神に声を掛ける。

 

「うん。大丈夫。……あの、朝槻さん。……と、吹寄さん」

 

「うん? なんだ?」

 

「何かしら?」

 

姫神の問いかけに真守と吹寄はきょとんとしており、そんな二人に姫神はおずおずとお願いを口にした。

 

「友達に…………なってくれる?」

 

真守と吹寄はその姫神のお願いを聞いて微笑んだ。

 

「クラスメイトだからそういうこと遠慮しないの」

 

「私はクラスメイトになった時点でお前を友達だと思ってたぞ」

 

姫神が吹寄と真守の言葉に密かに微笑んでいると、吹寄は突然バッと真守を睨みつけるように見た。

 

「なにをう!? それだったら私の懐が浅いみたいじゃない!」

 

「友達の定義は人によって違うから、そういうこともある」

 

「うっ。相変わらず朝槻の意見に反論できない。……まあ、さっきまで友達じゃなくても今友達になったから別にいいけど!? ね、姫神さん!?」

 

突然自分に話題を振ってきた吹寄に驚きながらも姫神はこくこくと頷く。

 

「え。あ。うん。……友達、だね」

 

「じゃあ、行こうか。姫神」

 

真守がスッと手を差し出してくるので、姫神はその手をそっと握った。

柔らかく体温の高い小さな真守の手を感じて、姫神は微笑む。

 

そして、姫神秋沙は自分の望む世界へと一歩足を踏み出した。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

「……で? お前もクラスメイトだろうが。行かなくていいのか?」

 

垣根は病院の一階にいある待合場所にて、隣に座った土御門元春に声を掛けた。

 

「イギリス清教として、そして学園都市の人間としても色々後始末があるからにゃー。こういう時は配下が欲しくなったりするが、裏切られた時どうもなー。そこんところどう思う?」

 

「知らねえよ。使えるモンは使えばいいじゃねえか。裏切られたら即処分だ」

 

垣根がすっぱりと告げると、土御門は口で『ひゅー』と、口笛を吹く真似をして擬音を口にした。

 

「流石組織のてっぺんに君臨する人間は違うぜよ。まあ、土御門さんは軽い身でいたいから、何から何まで自分でしないと気が済まないっていう意味もあるがにゃー」

 

「……で、オリアナの奴は?」

 

土御門が軽口をたたく中、垣根は苛立ちを見せながらも気になっていた事を直球で訊ねた。

 

「朝槻に会いたがってる」

 

「……あれだけ苦痛を与えられたのに会いたがってんのか?」

 

普通、苦痛を与えられた相手に会いたいなんて言う人間がいるはずない。

垣根が(いぶか)しんでいると、土御門は言いにくそうにぽりぽりと頬を搔いた。

 

「いやはや。……それがにゃー……。んー、ていとくんに言った方がいいか迷ったんだが……まあ、言った方がいいか」

 

「なんだよその曖昧な返事。つーかナチュラルにていとくんって呼ぶんじゃねえ」

 

垣根がいつまでも自分の事を馴れ馴れしく呼んでくる土御門を睨みつけると、土御門はサングラスの表面をきらっと光らせ、

 

「初体験」

 

と言い放った。

 

「は?」

 

当然の如く垣根が顔をしかませると、土御門は口を尖らせてぶーぶー言う。

 

「だーかーらー。初体験を朝槻に奪われたからもう一回会いたいと。まったく高次元過ぎて土御門さんには分からない世界ですたい」

 

「……は、つた?」

 

垣根が土御門から聞かされたオリアナの言い分がぶっ飛びすぎてて困惑していると、土御門は人差し指をフリフリと動かして講釈垂れる。

 

「朝槻が苦痛を与えたのにぜーんぶなかったことにして戦いの傷もぜーんぶ治した状態で俺に引き渡したから、夜の大運動会の後で疲労困憊(ひろうこんぱい)なのに妙に満たされた感じに近くてもう一度体験してみたい……って言うのがヤツの言い分ですたい」

 

「本物の変態か」

 

「流石に常識が通用しないていとくんでもそう思うかにゃー?」

 

垣根が片頬を引きつらせながら告げると、土御門はにやにやとして垣根を『お前が言うな』と言わんばかりに顔を向けてくる。

 

「うるせえその話するんじゃねえ。つーかそんな危険人物、早くイギリス清教に引き渡せ。そんで情報搾り取りやがれ」

 

垣根はここに来る前、深城に『どうせ常識ないから真守ちゃんにあぶのーまるなこと教えればいいのに!』とイジられている。

嫌なことを思い出させられた垣根は、殺意を込めて土御門を睨みつけて、そう命令口調で告げた。

 

「拷問に長けたイギリス清教に渡したら渡したで情報抜き取れっけど、その前に学園都市がやりたいって話だぜい。学園都市がイギリス清教に負けず劣らずの情報収集できんの、お前も知ってんだろ?」

 

「……まあな」

 

垣根の所属する暗部組織『スクール』にも心理定規(メジャーハート)という心の距離を自在に操って尋問する能力者がいるので、学園都市がその気になれば何でもできると垣根は知っている。

 

そのためそう返事すると、土御門は怪我を感じさせない軽快な挙動で立ち上がった。

どうやら無能力者(レベル0)と言っても肉体再生(オートリバース)が十分機能しているらしい。

 

「つーわけで土御門さんは後始末に行ってくらー。吹寄に見つかんない内にお(いとま)(いとま)

 

「オリアナが会いたいって言ってるまでは言わねえが、真守にオリアナは問題ねえって伝えるぞ」

 

歩き出した土御門にそう告げると、土御門はニヤッと笑って振り返る。

 

「よろしくだにゃー。んじゃー朝槻とお幸せに♪」

 

「……やっぱりアイツ、どっかから見てやがったな?」

 

垣根はぺたぺた靴をわざと鳴らして歩いていく土御門に、真守と自分が昨日くっついた事を見透かされて苛立ちを込めて呟く。

 

垣根が少し待っていると、よく聞いたことのある少女のぶっきらぼうな口調でのダウナー声が聞こえてきた。

 

その声が聞こえてきた廊下の方を見ると、車椅子を押した上条の隣に吹寄、そして車椅子に乗っている姫神を挟んで隣に立って歩く真守の姿があった。その後ろには、ジュースを手に持った深城と林檎が手を繋いで歩いている。

 

(源白と林檎の後ろからついていきゃいいか)

 

垣根が考えていると、真守が垣根に気が付いて二人の目が合った。

その瞬間、真守がふにゃっと微笑み、隣にいた姫神に声を掛けて、姫神の視線を誘導して垣根を見た。

 

どうやら彼らの輪に入って共に移動することになりそうだ、と垣根は察した。

 

本来ならばただの学生と仲良しこよしするのにはストレスがかかるが、真守が大事にしているクラスメイトと、何より自分にとって大事な真守が一緒なら苦にならない。

 

垣根は立ち上がって両手をジャージのポケットに突っ込み、自分の存在に気が付いて手を上げる上条や真守たちに近づいた。

 

姫神秋沙と同じように、垣根帝督も自分の心のどこかで密かに望んでいた穏やかな世界へと、ゆっくりと近づいてその世界の中心へと入っていった。

 




垣根くんと姫神ちゃんが幸せそう。

とあるの原作、一一巻の最後、刺突杭剣と、使徒十字騒動の後日談でした。
オリアナが高度な遊びを覚えてしまっていますが、愛に溢れている女性ということで……。
流石の垣根くんも動揺する初体験。ある意味一番ヤバい。



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第一〇九話:〈世界凶荒〉は突然に

一〇九話、投稿します。
次は一二月六日月曜日です。


大覇星祭二日目。

『スクール』のスナイパー、弓箭猟虎は自身が所属する枝垂桜学園の生徒として大覇星祭に参加しており、飴食い競走で見事一位になった。

 

「一位おめでとうございます、弓箭さま」

 

「弓箭さまは運動神経がよろしいんですのね」

 

「あ、ありがとうございます……!」

 

ゴールした後、観戦していたクラスメイトに囲まれて賞賛された弓箭は嬉しそうに顔を明るくしていた。

 

(ああ……こっこの前、朝槻さんに教えてもらった方法でバイオリンの感想を貰う作戦のおかげです……っわたくしを中心にご学友が集まっています……ああ、これも朝槻さんのおかげです……! 神さまみたいな救世主……朝槻さん流石です……!)

 

「弓箭」

 

「はぅっ!? 朝槻さんの声がっ!?」

 

真守を救いの女神と(あが)めて絶賛していた弓箭は真守の声がして辺りを見回す。

するとレースに使われていた道路の脇の歩道にフェンスを立てて作られた観客席から真守が手を振っていた。

 

「朝槻さん! あ、あの……お友達に会いに行ってきてもよろしいですか?」

 

「ええ。どうぞ行ってくださいませ、弓箭さま」

 

「ご雄姿を見ていただけたならば会いに行かなければ失礼ですものね」

 

弓箭はクラスメイトの輪から出て真守に駆け寄り、フェンス越しに真守に手を伸ばす。

 

「弓箭、飴見つけるの上手いな。足速いし」

 

真守は弓箭が自分に伸ばしてきた手を柔らかくとって、目を細めた。

 

「ありがとうございます。朝槻さんのおかげです。少し能力を使いましたし……」

 

弓箭はそう言って顔を赤くする。

 

弓箭は無能力者(レベル0)だったが、あらゆる波を操る波動操作(ウェイブコンダクター)という非常に珍しい能力を発現させることが『素養格付(パラメータリスト)』によって分かっていた。

だが彼女の妹である弓箭入鹿が姉と同じ能力で、なおかつ弓箭よりも優れた強度(レベル)へと成長することが分かっていたので、弓箭は予算的に学園都市に切り捨てられてしまったのだ。

 

弓箭は自分が無能力者(レベル0)であることを悩んでおり、それによって歪んだ思考を持ち合わせるようになってしまった。

そのため真守は弓箭の悩みを解消するために、学園都市の能力開発を自前の能力、流動源力(ギアホイール)によって担い、弓箭が能力を使えるようにしたのだ。

 

「自分の息で作った波を操って片栗粉を吹き飛ばして飴を探したのか? それともエコーロケーション?」

 

「前者です。後者はまだ感覚がよく分からないので……」

 

「そうか。きっとできるようになるからちょっとずつな? 能力開発はそんなに焦ってするものじゃないから」

 

真守は弓箭の頭をそっと撫でながら微笑む。

 

能力開発は少しずつ時間をかけて行われる。

しかも弓箭は強能力者(レベル3)程度には伸びると既に分かっているので、今更焦る必要などないのだ。

 

「は、はいぃ……! あの、朝槻さんの選手宣誓、とても凛々しくカッコよかったです……! 本当にかっこよくて……わたくし、きちんと録画しているんです。今日も見返させていただきました!」

 

「ありがとう。お前にそう言われて嬉しい。……っと。私も競技に出なければならないんだ。もう行かなくちゃいけないんだ。ごめんな?」

 

真守が時間を確認しながら告げると、弓箭はぶんぶんと首を横に振ってから微笑む。

 

「いえいえ! 見に来てくださってありがとうございます! わたくしも後で朝槻さんの競技を見に行きますので、その時に是非声を掛けさせていただければ……!」

 

「うん。応援よろしくな」

 

「はいっ!」

 

真守は弓箭と別れてそのまま歩いて行く。

真守が見えなくなるまで弓箭が手を振っていると、そこにクラスメイトの少女たちが集まってきた。

 

「弓箭さま。超能力者(レベル5)第一位のお方とお友達なんですか?」

 

「流石弓箭さまですわ。あんな素敵な方とお友達だなんて」

 

クラスメイトが遠くなっていっても存在感抜群の真守を見てそう口々に告げると、弓箭はにへらっと笑った。

 

「……はい。とっても優しい方なんですよ! わたくしの自慢のお友達です!」

 

弓箭の笑顔が素敵でクラスメイトは良い友達なのですね、とにこにこ微笑む。

 

優しい友人に囲まれるようになったのは真守のおかげに他ならない。

そのため、弓箭は真守に感謝しながらも掴んだ日常を噛みしめて、大覇星祭を楽しんでいた。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

垣根帝督は大覇星祭のために歩道に立てられている柵に寄り掛かりながら、気怠そうに電話をしていた。

 

〈へえ。あの子と付き合うことになったの? ふーん?〉

 

電話の相手は『スクール』の構成員である心理定規(メジャーハート)。心の距離を自在に設定することができる能力者で、人心掌握に長けた少女である。

 

「何だよ、その気のない返事は。テメエがいちいち俺と真守の関係聞いてくるから教えてやったのに、文句あんのか?」

 

〈ないわよ、別に。ただ予想通りだと思っただけ〉

 

「予想通り?」

 

心理定規(メジャーハート)は真守と連絡先を交換しており、何かあれば心理定規に真守がお土産を買っていくほどには親しい間柄である。

そう言う理由もあってわざわざ電話したのだが、心理定規の言葉が引っかかって垣根は怪訝な顔をする。

 

〈あなた、あの子が超能力者(レベル5)第一位になって周りが騒ぎ始めたから嫉妬して手を出し始めたのでしょう? やっとここまで来たのね、って思って〉

 

「……、」

 

精神操作系能力者だから人の気持ちが考えが分かる心理定規(メジャーハート)の才能に垣根はチッと舌打ちする。

すると、心理定規が呆れた声を出しながら苦笑した。

 

〈当たりみたいね。どこからどう見てもあなた、あの子のこと大切にしたいあまり、奥手になってたみたいだし。良かったじゃない。あの子の幸せを考えてあげられるようになって〉

 

「まさかお前も女の幸せはガキ産むことだって言うのか?」

 

何としてでも真守に子供を産む喜びを持たせたい深城を思い出して、垣根は苛立ちを込めて訊ねる。

 

〈……それは少し飛躍しすぎじゃないかしら?〉

 

流石の心理定規(メジャーハート)もそれには少し引いてしまい、そんな言葉を漏らした。

 

「源白のヤツがうるせえんだよ」

 

垣根が心底迷惑してそうな声を出すので、心理定規(メジャーハート)はくすっと笑ってから垣根に声を掛ける。

 

〈あなたも色々大変ね。お疲れ様〉

 

「うるせえな。お前にとっちゃあ他人事だろうが、そう言われると言われるでムカつくんだよ。だから余計なこと言うんじゃねえ」

 

心理定規(メジャーハート)はいつもと同じ傍若無人な垣根の言い分を聞いてため息を吐く。

 

〈あなたは相変わらずね。……ところであの子は近くにいるの?〉

 

「あ? ……ああ、大覇星祭の限定グッズ欲しいっつって今店に入ってる」

 

正確には次の競技を観戦して応援するまで時間があるので、林檎が好きなマスコットキャラクターの大覇星祭バージョンを、垣根が金を出すとして深城と林檎と一緒に真守は買いに行ったのだ。

せっかくだから雑貨も色々見てくる、とはにかみながらふにゃっと笑って、真守は向かって行った。

 

〈プレゼントしてあげないの?〉

 

いちいちかわいいヤツだと垣根が思っていると、心理定規(メジャーハート)がそんなことを聞いてきた。

 

「いつもプレゼントしてる。余計なお世話だ。……それに、四六時中買ってやってたら重たい男みてえじゃねえか」

 

〈そう? 愛する人からのプレゼントはなんでも嬉しいと思うけど?〉

 

垣根がそうぽそっと告げると、心理定規(メジャーハート)は既に重い男になってるけど、と内心思いながら告げる。

 

「……そういうもんか?」

 

垣根がぴくッと心理定規(メジャーハート)の言葉に反応していると、心理定規は通話の向こう側で年相応で恋に悩んでいるのね、と垣根が微笑ましくなってくる。

 

〈そういうものよ。でもあなたの好きにすればいいと思うわ。じゃ私、これから用事があるから。また今度仕事でね〉

 

心理定規(メジャーハート)は一方的に挨拶をすると、垣根との通話を終了させた。

 

「……プレゼントか」

 

勝手に切られた電話に対して、いつもなら垣根は苛立ちを見せるはずだが、既に垣根の頭の中は真守へのプレゼントでいっぱいで気にも留めなかった。

 

「垣根」

 

垣根が真守へのプレゼントを何にするか考えていると、真守が垣根のもとへと帰ってきた。

 

「楽しかったか?」

 

「うん。あのな、垣根。これ、あげる」

 

垣根が柔らかく問いかけると、真守はドキドキして垣根の顔が見られなくて(うつむ)いたまま、そっとそのちんまい手に持った紙袋を垣根に差し出した。

 

「?」

 

垣根がそっと貰って中身を取り出すと、それはシルバープレートでできた黒猫のストラップだった。

 

「あのな。それ、対になるペアストラップがあるんだが……その、私も買ったからつけてくれると嬉しいな、って。大覇星祭関係ないけどかわいかったから……」

 

真守は垣根に断られるかドキドキしながらそっと自分の携帯電話にすでにつけているもう片方のペアストラップを見せる。

どうやら猫の尻尾が絡み合って一つになるらしい。

 

「お……重いかなって思ったんだが……でも、垣根とおそろいのつけたくて」

 

(何コイツやっぱりいつでもかわいい。重いの上等)

 

確かに大事な人が選んでくれたプレゼントはなんでも嬉しい。

垣根は先程心理定規(メジャーハート)に重い男になりたくないと言ったが、その考えを即座に改めて、真守に色んなものをプレゼントしようと固く誓った。

 

「ありがとな」

 

垣根は自分に嫌がられないか不安そうに顔を俯かせている真守に愛しさで胸が締め付けられ、外なのにその頬にキスをする。

本当は口にしたかったが、真守は初心(うぶ)なので垣根はぐっと我慢した。

 

「垣根っここ外っ! 前にも外ではヤメテって言った!!」

 

「安心しろ。周りが見てねえ時にやったから」

 

真守がかあーっと顔を赤くしてキスされたところを恥ずかしそうに押さえるので、垣根は大切そうに真守からもらったプレゼントをジャージのポケットにしまいながら笑いかける。

 

「ほ……本当? でも、それでもダメだっ! ダメったらダメ!」

 

「分かったよ」

 

真守が顔を真っ赤にして首を横にフルフルと全力で振る中、垣根は上機嫌で真守の髪の毛を指先で遊ばせながら笑う。

 

「お前ほんっとうにかわいい」

 

「う。あんまりかわいいかわいい言わないで……恥ずかしい」

 

自分のことを今日だけで十回はかわいいと言っている垣根の言葉が嬉し恥ずかしくて真守が弱弱しくそう抗議すると、垣根はフッと柔らかく笑った。

 

「実際かわいいんだからしょうがねえだろ」

 

「な、何もしょうがなくない! 私はただ普通にしているだけだっ!」

 

(それがかわいいんだっつーの。まあ分かんねえか)

 

垣根は恥ずかしがっている真守を見つめながらふっと笑っていたが、そこに深城と林檎が店を出て近寄ってきた。

 

「垣根、垣根。見て見て。大覇星祭バージョンのてんうさ。可愛い!」

 

林檎が手に握っているのは『天使なうさぎ様』のスクールバッグにも付けられるような小さなマスコット人形で、その『てんうさ』は大覇星祭限定に相応しい体操服を着ていた。

 

「おう、良かったな」

 

垣根は嬉しそうにはしゃぐ林檎の頭を撫でると、林檎はわしゃわしゃと髪を掻きまわすように撫でられて、嬉しそうに目をぎゅっとつむる。

 

「真守ちゃん。垣根さんにちゃんと渡せたぁ?」

 

「うん。垣根、ちゃんともらってくれたぞ。なあ垣根?」

 

真守は深城の問いかけに笑顔で答えて、垣根に同意を求めてふにゃっと笑いながら垣根を見上げた。

 

「ああ。『お揃い』を俺はもらったぜ?」

 

「悪意ある言い方ぁ!!」

 

垣根が真守からもらった大事なプレゼントがしまわれているジャージのポケットを大事そうに触りながらそう強調して告げると、深城は頬をぷくーっと膨れさせる。

 

「いいもん! あたしだって真守ちゃんとお揃いのものいーっぱい持ってるから別にいいもん!」

 

嫉妬でむくれる深城を横目に、真守は苦笑しながら携帯電話を取り出して時間を見た。

 

「吹寄が応援にも気合入れてるから、そろそろ次の競技の観戦のために動こうか」

 

真守は携帯電話をポケットにしまいながら深城を見た。

 

「深城、良い近道を知ってるか?」

 

「ん? あーそぉだねえ! 公園通ったら近いよぉ!」

 

深城はパンフレットを取り出して次の真守の学校の競技の場所を確認すると、ついっと公園の方を指さした。

深城は今のAIM拡散力場の体を手に入れる前は幽霊のように学園都市を彷徨(さまよ)っていたので、学園都市の道に詳しいのだ。

 

「じゃあ行こう、真守ちゃん!!」

 

深城は真守の手を握って手を引いて歩きだす。

いつも林檎と手を繋いでいる深城は明らかに垣根に対抗するように真守の手を引いているのだが、そんな深城の対抗の様子は垣根にとって、『そんなことしても真守は俺のモン』と、逆に優越感を覚えさせるくらいにしかならない。

 

深城の小さな対抗に真守は苦笑していたが、とても真守は幸せそうだった。

自分のジャージの裾を掴む林檎も手に持っているぬいぐるみを幸せそうに見つめながらちょこちょこと着いてくる。

 

真守や、林檎。そして深城が幸せそうに笑っている大覇星祭。

 

垣根にとっては嫌いでしかない大覇星祭だが、それでも真守たちの幸せな様子が見られるなら、大覇星祭にも価値が見い出せると垣根は感じて、柔らかな気持ちになっていた。

 

「垣根、優しい顔してる」

 

公園の入り口に差し掛かった時、じぃーっと自分の顔を見上げていた林檎がそう告げたので、垣根は顔をしかめながらも優しく林檎を見た。

 

「悪ぃかよ」

 

「ううん。垣根のその表情、いつもいいなって思ってる」

 

「いつも?」

 

垣根は林檎の言い方が気になって怪訝な表情をする。そんな垣根に、林檎は目を細めて柔らかく微笑んだ。

 

「垣根と一緒に初めてガレット食べた時から時々、そんな顔してるの見る。その時、朝槻が近くにいたらいっつも朝槻のこと見るから、朝槻のこと考えてるんだって分かった」

 

垣根は子供らしくよく人を見ている林檎の言い分を聞いて目を見開く。

 

「……今は、」

 

「?」

 

「今はお前のことも考えてたぜ?」

 

垣根は小首を傾げる林檎の頭をそっと撫でて微笑む。

 

「! そうなの?」

 

「ああ」

 

間違いではない。

大覇星祭で三人が楽しそうにしているのが垣根は嬉しかった。

今まで奪われていて自由を謳歌(おうか)できなかった少女たちが幸せそうに微笑んでいるのが、とても幸福に感じるのだ。

 

「…………嬉しい」

 

林檎もそんな垣根の想いを聞いて、自分のことも垣根が考えてくれていることに、林檎は幸せそうに目を細める。

 

林檎を見つめていた垣根だったが、突如真守と一緒に目の前を歩いていた深城に変化があって顔を上げた。

 

 

顔を上げた垣根の前で、深城はふら、っとたたらを踏んでよたよたすると、そのまま意識を失くし、突然気絶した。

 

 

「深城!?」

 

真守は突然意識を失い、倒れそうになる深城を慌てて抱きかかえた。

 

「なんだ!? どうした!?」

 

垣根が驚きの声を上げる中、真守が垣根の方を振り返ろうとしたその瞬間、

 

「ぐっ……────っっ!?」

 

真守は突然、着ていたジャージの上からギュッと心臓の辺りを握り締めた。

 

「真守!」

 

垣根が異変を見せた真守へと近寄ろうとするが、真守がふるふると首を横に振った。

 

そして顔を悲痛で歪ませて、絶望に染まった瞳で垣根を捉えた。

 

「っ垣根……離れてっ……────!!」

 

真守が顔を引きつらせながら声を絞り出した瞬間、真守を中心にカッと光が(ほとばし)り、分厚い雲を突き抜けて天を穿つように蒼閃光(そうせんこう)の輝きを帯びた柱が公園に打ち立てられた。

 

幸せで満ちていた時間はそこで終わりを迎えた。

 

そして、もう一つの絶対能力者進化計画とも言えるべきものが、大覇星祭で(にぎ)わう学園都市で密かに始まった。

 




RAIL_GUN:LEVEL[PHASE]-NEXT篇の本編突入しました。



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第一一〇話:〈一寸未来〉は希望で満ちて

一一〇話、投稿します。
次は一二月七日火曜日です。


蒼閃光(そうせんこう)の輝きを放つ柱から莫大なエネルギーが迸っているのを感じ、それがだんだん大きくなって自分たちを呑み込もうとしていると感じた垣根は、林檎を抱き寄せて未元物質(ダークマター)の翼を展開して身を守った。

 

未元物質(ダークマター)の翼を焼き尽くさんばかりの凄まじいエネルギーに対抗するのが精いっぱいで、垣根は何が起こっているか解析できない。

 

それでも垣根は耐え続け、ビリビリと空間が震える中でそのエネルギーが収縮していき、翼の羽根の間から蒼閃光の光が漏れなくなった。

 

そっと垣根が翼から顔を出すと、何の変哲もない学園都市の公園が荘厳な雰囲気に包まれていた。

 

木々が呼応するようにまばゆく輝き、空気が清浄なものに浄化されて透き通っている。

辺りには真珠のように淡い輝きを放つ光の泡と、黒真珠のように(にぶ)い輝きを放つ光の泡が乱立し、きらきらと相乗効果によって煌めいている。

 

 

その中心には、自らの天使を抱きかかえた神が片膝を立てて鎮座していた。

 

 

蒼閃光でできた後光は蝶の翅の翅脈(しみゃく)のように空間に縦横無尽に走っているが、その一つ一つの線は目をこらして見れば、小さな歯車が噛み合うことによりできている線だった。

その小さな歯車は全て連動するように回っており、数万もの歯車の相乗効果によってごうん、ごうんと機械が作動する音のように聞こえて低く辺りに響いている。

 

そして、蒼閃光で形作られた六芒星の幾何学模様の天使の輪は輝きを放ちながら転輪しており、時々ぱちぱちとその表面が不規則に(またた)く。

その天使の輪が浮かんでいる猫耳ヘアに整えられた艶やかな黒髪は色が抜け、()()()()()()()()()()()()()()へと変化しており、この世の人工的な染色では不可能な色味になっていた。

 

極めつけは、そのジャージを着込んだ背中から伸びる五対一〇枚の翼。

 

真守から見て右側の五枚の翼は上から数えて一番目、三番目、五番目が漆黒であり、それ以外が純白の羽根に包まれている。

その反対側の左側の五枚は、上から数えて二番目、四番目の翼が漆黒に、それ以外の翼が純白の羽根に包まれていた。

 

以前真守が広げた三対六枚よりも明らかに量が増えている互い違いの色の翼。

 

醜悪さと荘厳さと神々しさが増した、その翼。

 

その翼を(たずさ)えた真守のエメラルドグリーンの瞳は酷く無機質な輝きを帯びていた。

 

その瞳がゆっくりと垣根を射抜いた。

 

真守の瞳にはいつだって豊かな感情が乗っていた。

それなのにその瞳からは全く感じられない。

 

いつもと違う真守の瞳に射抜かれて、垣根の精神は凍り付いた。

 

何が起きたか理解できない。

先程まで幸せな世界の中にいたはずだ。

だが。──世界はこうも簡単に終わりを告げて、静かに狂い始める。

 

「大丈夫」

 

絶望に落とされた垣根に、真守はそっと声を掛けた。

その声は酷く冷静で、無機質で。そして真守はその声を発してゆっくりと微笑んだ。

 

その微笑みを見て垣根は少し安堵したが、ちっとも大丈夫なんかじゃない。

何故なら真守が明確に組み替えられて、絶対的な力を有しているからだ。

 

「まだ間に合う。だからお願い、垣根。話を聞いてくれないか?」

 

垣根は真守の言葉に顔を悲痛で歪ませながらも、腰を下ろして林檎を抱きしめるのをやめて真守へと近づいた。

林檎もきゅっと垣根のジャージを掴んだまま、、呆然とする垣根を心配しながら真守に一緒に近づく。

 

「俺が…………()()()()()?」

 

自分に声を掛けている時点で真守が自分を認識していることは分かっている。

それでも問いかけなければ垣根はやっていけなかった。

 

真守は垣根のことを無機質な瞳で見つめながらも目を細めて笑う。

 

それでも垣根は目の前で起こっていることに呆然としてしまう。

 

「分かる。大丈夫だぞ。少し感情が希薄になっているだけだから。制御権は私の手の内にあるから問題ない」

 

垣根は真守から大丈夫と聞かされてもどうすればいいか分からなくなってしまう。

 

感情が希薄になっているということは、真守の存在が確実に組み替えられている証拠だ。

 

垣根がそっと真守へ手を伸ばそうとした瞬間、学園都市を(おお)っていた厚い雲から突如ゴロゴロと雷が鳴り響く。

 

垣根は身が怖気(おぞけ)だつほどの威圧感を覚えてバッと空を見上げた。

 

 

次の瞬間、公園の近くに建っていた『窓のないビル』を凄まじい雷撃が包み込み、地面を揺らすほどの落雷を叩き落とした。

 

 

空気を裂く音と共に落雷が『窓のないビル』に落ちたことにより、『窓のないビル』を煙が包み込む。

煙が黙々と上がる中、『窓のないビル』の壁面がバチバチと青白い閃光を迸らせるが『窓のないビル』は無傷で建っていた。

 

「……なッ!?」

 

垣根は『窓のないビル』が核の直撃にも耐えることができる建材によって作られていると知っている。

だからこそ、あの凄まじい雷撃が振りかかっても変わらずにそこに建っているのだと推測できた。

だがそれでも驚かない理由にはならない。百聞は一見にしかずと言うが、見るのと聞くのでは明確に違うのだ。

 

「あの建材。雷撃に最適な振動を当てて威力を相殺したのか」

 

垣根は呆然と『窓のないビル』を見上げていたが、真守の何の気もなさそうな声を聞いてハッとして真守を見た。

 

「真守、何が起こっているか分かるんだな? だったら説明してくれ。どうすればお前を助けられる? ……それとも、もう無理なのか?」

 

垣根は絶対能力者(レベル6)になった者は世界の真理を知る術を握った者だと真守から聞かされている。

そのため今の真守ならば何が起こっているか分かるはずだとして、垣根は真守に問いかけた。

 

「まず、結論から言う」

 

垣根は真守の言葉に心臓が握り潰される思いだった。

手遅れと言われたら一体どうすればいいか分からないからだ。

 

「私は絶対能力者(レベル6)進化(シフト)していない。未だ途中の状態だ」

 

「……途中?」

 

垣根が問いかけると、真守は薄く頷く。

 

「流れからしてみるに、おそらくミサカネットワークに何者かがウィルスを打ち込み、ミサカネットワークの力を暴走させている。その暴走がAIM拡散力場に影響を及ぼしてるんだ。深城はAIM拡散力場を自分の体としているし、私は深城と特殊なパスで繋がっている」

 

真守はそこで言葉を切って冷静に、ここからが重要だとして続きを(つむ)いだ。

 

「だからAIM拡散力場である深城を通して、私もミサカネットワークの暴走に巻き込まれたんだ。だから私は暴走しないために()()()()()()ここまで自らを組み替えた」

 

「ミサカネットワークの暴走がAIM拡散力場を媒介にしてお前に……?」

 

真守は垣根の困惑している様子を無表情で見つめながら、コクッと頷いた。

 

「どうやらミサカネットワークはAIM拡散力場に干渉するために作られたネットワークらしい」

 

「どういうことだ?」

 

最終信号(ラストオーダー)入力装置(コンソール)として造られたのも、ミサカネットワークを媒介にしてAIM拡散力場を意図的に操作するためだ。ミサカネットワークも、お前のネットワークも能力を媒介にしているからAIM拡散力場に干渉できる。ここまでは分かるか?」

 

「……ああ。AIM拡散力場を利用してるなら、そこからAIM拡散力場にハッキングする形で干渉することは確かにできるな」

 

真守から自分の作った人造生命体群のネットワークとミサカネットワークが同質であると今一度はっきりと聞かされて、垣根はこれまで真守から伝えられた情報を(もと)に疑問を口にする。

 

「だったらどっかのクソ野郎が最終信号(ラストオーダー)にウィルスを打ち込んだのか? ……つーことは、一方通行(アクセラレータ)が無力化されたのか?」

 

現在、打ち止め(ラストオーダー)一方通行(アクセラレータ)と共に入院しており、いつだって打ち止めの隣には一方通行がいる。

 

ミサカネットワークに代理演算を任せているのと、タイムリミットがあると言っても一方通行(アクセラレータ)は強い。

そう簡単にやられない相手がやられたかもしれないという事態に垣根が危機感を覚えていると、真守は首を横に振った。

 

最終信号(ラストオーダー)にはウィルスを打ち込まれていない。精神干渉系能力者がやったことだ」

 

「その根拠はなんだよ?」

 

真守の即答に垣根が問いかけると、真守はつらつらと説明する。

 

「精神干渉系能力者ならば、ネットワークを形作る能力者が人間だから精神面を媒介にして干渉できる。ミサカネットワークの流れにずっと()()()()()を感じるから、精神干渉系能力者がやったことに間違いはない。……でも、腑に落ちないことがある」

 

「それは?」

 

「ミサカネットワークを洗脳するなんて人間である能力者ができることじゃない。この学園都市の精神干渉系能力者の頂点に立つ精神掌握(メンタルアウト)ですら、こんな方法でミサカネットワークに干渉することなんてできない。だから何か絡繰りがあるはずだ」

 

「……精神掌握(メンタルアウト)が裏で糸引いているわけじゃねえってことか?」

 

垣根は超能力者(レベル5)元第五位、現第六位である常盤台中学所属の精神干渉系能力者の最高位に位置している食蜂操祈について思い出しながら問いかける。

 

「うん。もしかしたら利用されてるかも」

 

「……ミサカネットワークの暴走でAIM拡散力場が影響を受けた。AIM拡散力場を自身の体として認識している源白は自身の体をかき乱されたから気絶した。で、お前はそんな源白の本体とパスを繋いでいるから暴走に巻き込まれた。……媒介媒介っつってもまさかここまで影響が出るってことは……ミサカネットワークは相当強力で危険なものなんだな」

 

垣根が真守から聞かされた情報を簡潔に言葉に表すと、真守はコクッと頷いた。

 

「それでここからが本題。ミサカネットワークが暴走させられて生み出されたチカラ。これを注ぎ込まれ続けている人間がいる」

 

「人間、だと? ……まさか、さっきの落雷……御坂美琴か!?」

 

垣根が驚愕する前で、真守は再び頷く。

 

「そう。美琴は今、絶対能力者(レベル6)へと強制的に進化(シフト)させられようとしている」

 

「……待て、御坂美琴は確か絶対能力者(レベル6)進化(シフト)する前に肉体と精神が崩壊するんじゃなかったか? そいつが絶対能力者に仕立て上げられるってことは……」

 

垣根は以前に『絶対能力者進化(レベル6シフト)計画』の資料を真守から見せてもらったことがある。

そこには超能力者(レベル5)全員が絶対能力者(レベル6)へと到達できるかが書かれており、美琴は確か絶対能力者になる前に精神と体が崩壊して到達不可能とされていたはずだ。

 

それを思い出して垣根が問いかけると、真守は無機質に光る瞳で事実を淡々と告げた。

 

「このままいけばあの子は壊れる。そしてあの子が壊れるのと同時に、この学園都市が地図から消えることになる」

 

「……そんなイカれた実験しようってヤツは、木原しかいねえな」

 

垣根の呟きに、林檎がビクッと肩を震わせた。

木原相似に改造されたことがある林檎は木原一族が怖い。

そのため恐怖している林檎を垣根はそっと自分の体の側面に抱き寄せると、その背中を撫でて安心させる。

 

「とりあえず、ミサカネットワークの暴走をどうにか抑えればいいんだな?」

 

「うん。早くしないとあまりいいことにはならない」

 

「……これ以上の何が起きるってんだ」

 

先程から真守の言葉一つ一つが、垣根にとって不穏なもので、聞かされたら聞かされただけ垣根の中で背中に嫌な感覚で駆け抜けていく。

真守だって本来ならば自分と同じように恐怖を感じているはずだ。

だがそれでも真守は冷静で淡々としており、何なら余裕を感じていそうだ。

どうやら絶対能力者(レベル6)へと限りなく近付いたことによってあらゆることが手に取るように分かる万能を手に入れたからだと、垣根はなんとなく理解したくなくても理解できた。

 

「美琴と私は今、共鳴関係にあるんだ。つまり美琴の暴走状態がこのまま続き、絶対能力者(レベル6)へと徐々に近づいて行ってしまえば、私も釣られるように進化させられる。──結果、絶対能力者が二人生まれることになる」

 

「…………共、鳴?」

 

垣根が真守の言葉に思わず(うめ)くが、真守は再び淡々と頷いた。

 

「どちらにせよ、学園都市が地図から消えることには変わりない。それに私は安定して絶対能力者(レベル6)へと進化(シフト)できるけど、美琴は半分くらいで人格が別次元のものへと変質してしまう。あの子がこの世のものではなくなる前に、どうにかしないといけない」

 

真守が危機的状況だと告げるので、垣根は顔を悲痛で歪ませながらも息を一つ吐いて、冷静さを取り戻そうとしつつ問いかける。

 

「今、御坂美琴の進化(シフト)がどこまで行ってるか分かるか?」

 

「ほんの数%程度」

 

「……分かった。行くぞ、真守」

 

早くどうにかしないといけない。

そうしなければ真守も御坂美琴も遠くへ行ってしまい、本当に戻れなくなる。

それに。

真守が絶対に全てから守りたいと願っている源白深城が自らの手の中でぐったりと気絶しているのに、不安な顔一つしない真守なんて見ていたくない。

 

「垣根、ちょっと待って」

 

「……なんだ?」

 

垣根が歯噛みしていると、真守が無機質な瞳で自分をじっと見上げてくるので、垣根はその瞳を一瞬見た後、見たくなくてすぐに()らして答えた。

 

「聞いて」

 

それでも真守がきちんと聞いて欲しいと訴えてくるので、垣根は真守に目を合わせる。

綺麗で澄んだエメラルドグリーンの瞳だった。

つい先ほどまで、そこには確かな感情の(いろど)りが見えていた。

それなのにその瞳には何も浮かんでいない。

垣根の胸が苦しくなる中、真守はそっと口を開いた。

 

 

「垣根への、気持ち。消えてないんだ」

 

 

真守のその一言に、垣根は息を呑んだ。

 

そうだった。

この少女は自分への気持ちが消えてしまうから想いを口にすることなんてできないと思っていた。

一緒にいても生半可な覚悟では一緒にいられなくなることを知っていて、真守は深城以外の人間に歩み寄ろうとしなかった。

 

自分が絶対能力者(レベル6)へと進化(シフト)して、人間を大事にできなくなったらどうしよう。

 

その恐怖にずっと(さいな)まれてきていたのに、今のところ感情が希薄になっただけで、あらゆるものを見据えるようになっただけで。

 

朝槻真守が誰かを想う気持ちは──消えていなかった。

 

「私、まだ垣根のことも。深城のことも他の人たちの事も大切に想えている。これなら少し希望が持てる。だから、良かった」

 

真守はそこで薄く、本当に薄く目を細めた。

垣根は深城を抱き上げている真守の両肩にそっと手を置いて俯く。

 

「………………何も」

 

垣根はまだ感じられる真守の体温を感じながら、(うめ)くように告げる。

 

「何も良くない。お前が怖い思いしてんのに、その怖い思いすら希薄になってんのに何もいいことなんてねえよ。……感情が希薄になってるって時点で、お前が自分が組み替えられたと自覚している時点で、何もいいことなんてないんだ……、」

 

垣根はゆるく首を横に振ってから真守の顔を見た。

エメラルドグリーンの瞳が少しだけ感情によって揺らいでいる。

それが見られただけで垣根は少しだけ安堵できたが、それでもすぐに逆になおさら切なくなって目を細めた。

 

「……………………でも、良かった……」

 

垣根は真守の肩に触れたまま心の底から安堵した。

真守はそんな垣根を見上げて柔らかく微笑を浮かべた。

 

「うん。垣根の恋人だって気持ち、消えてない。だから、大丈夫。……、垣根。こんな私でも愛してくれる?」

 

「当たり前だろっ!?」

 

垣根は真守の問いかけにカッとなって声を荒らげた。

 

「お前は俺の女だ! ずっと俺のモンだったが、やっと昨日俺のモンだって言える関係を築いたんだ! ……お前を……お前みたいな存在が……昔から……」

 

垣根はそこで言葉を切ってから怒鳴るように悲痛な叫びをあげた。

 

 

「昔から俺は、心の底からお前みたいなかけがえのないヤツがずっと欲しかった!!」

 

 

研究所時代に自分にとってかけがえのない命が自分の手から(こぼ)れ落ちていってしまった。

それからずっと、自分は大切な存在を作ってもこの悪意に満ちて、悲劇を(こととごと)く生み出す学園都市から守り抜くことなんてできないと思っていた。

 

この世界が自分勝手ならば、自分も自分勝手にしよう。

全部を利用して、自分の思い通りに生きよう。

 

そう思っていた。

そう思うしかできないように選択肢を奪われていたのだろう。

 

でも。

真守に会って。真守が笑いかけてくれて。真守がなんでもできると言ってくれたから。

だからもう大切な存在を作っても大丈夫だと、自分は何をしても守り抜けると。

信じることができた。真守が信じさせてくれた。

 

ずっと、一人で生きてきた。

ずっと、一人だった。

ずっと──辛いと知らないまま辛い思いをしていた。

 

それが真守と出会って、真守を大切に想ってしまって。

そして誰かにそばにいて欲しいと、ずっと思っていたのだと思い知らされた。

自分が知らない内からただただ欲していた存在が目の前にいる。

 

「やっと手に入れたんだ!! お前が人間じゃなくなったくらいで手放せるわけねえだろ!?」

 

きっと自分は大切なものを作って弱くなってしまったのだろう。

今まで一人で生きてこられたのに、大切な存在である真守がいなければ生きていけなくなってしまった。

真守だけじゃない。真守の周りにいて、自分に笑いかけてくれる人たちがいなくなったらきっと生きていけない。

 

もう一人では生きていけない。

だから──絶対に目の前の存在を手放したくない。

 

何があっても。

どうなっても。

もうなんでもいいから。

どうしても一緒に──いたかった。

 

「うれしい」

 

自分の情けない叫びに、真守は確かに幸せそうに笑ってくれた。

垣根はそれに胸が張り裂けそうになる。

それでも真守が笑って自分のことを想ってくれるから、垣根はまだ大丈夫だった。

 

「うれしいって思えるから、まだ大丈夫」

 

『まだ大丈夫』

その言葉が酷く悲しいけれど。

 

「……、真守。……愛してる」

 

垣根はそっとまだ自分のことをきちんと想ってくれている真守の頬へ手を添えて愛を告げる。

 

「ありがとう」

 

真守はすり、と垣根の手の平に頬を摺り寄せて垣根を上目遣いで見上げた。

その表情は垣根に触れてもらえたと、心の底から幸せそうな表情をしていた。

 

「私も垣根のこと、だいすき」

 

真守がふにゃっと笑うので、垣根は目を細めて肩から力を抜いた。

 

そして真守にそっと優しいキスをした垣根は、決意を固めて真守を見た。

 

 

「行くぞ真守。……全部、──救ってやるから」

 

 

大切な女の子の全てを奪わせないために。

大切な女の子の守りたい全てを守るために。

垣根帝督は行動を開始した。

 




自分の思いの丈を、真守ちゃんに垣根くんがぶつける回でした。
そして少しずつ絶対能力者(レベル6)に近づく真守ちゃん。
ついに五対一〇枚まで来ました。
後何枚増えるか……お気づきの方もいらっしゃると思いますがお付き合いください。



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第一一一話:〈救済女神〉は舞い降りて

一一一話、投稿します。
次は一二月八日水曜日です。


上条当麻は絶対能力者(レベル6)へと進化(シフト)させられそうになっている御坂美琴の前へとやって来ていた。

 

美琴の姿は大幅に変わっている。

体操服の姿のままだが、その体に白い閃光に青い稲妻を(ほとばし)らせ、額から二本の触角のような角を生やしてそれを揺らしている。

そして体の周りには二本の細長い白く発光する羽衣を(まと)っており、全身からバチバチと雷撃を(またた)かせ、突き刺すようなオーラを放っていた。

 

知らない誰かが言うには、精神干渉系能力とミサカネットワークが悪用されて美琴はあんな姿にされており、上条当麻の右手に宿る異能を打ち消す幻想殺し(イマジンブレイカー)が近くにあることで美琴が絶対能力者(レベル6)へと進化(シフト)することを遅らせられるらしい。

 

そしてこれは憶測でしかないのだが、現在の美琴に洗脳は効かない。

そのため深層心理に働きかけられて誘導されているのだが、それもどこかの誰かさんには確証を得られないもので、状況も詳しいことも何もわからない上条に同意を求めてきた。

 

まあ何はともあれ上条が右手で直接触れば元に戻るかもしれないから頑張ってみろ、と言われて、上条は考える。

 

(こういう時は朝槻と連携して対抗策を練ってもらうのが一番なんだけど……ケータイに連絡しても出ないしなあ……多分誰かにケータイ預けてんだと思うんだが……まあ、朝槻ならこんだけビリビリしてたら異変に気が付いてくるだろうし。……それまでいっちょ一人で頑張りますか!)

 

上条はそこまで考えて気合を入れる。

 

ちなみに真守が何故電話に出られなかったかというと、ミサカネットワークの暴走に巻き込まれて自らを絶対能力者(レベル6)に近づけることで制御権を得ようとした時に、放出したエネルギーによって携帯電話の基板がお亡くなりになってしまったからなのだが、そんなこと上条が知るはずない。

 

上条は虚空を見つめて動かない美琴へと駆け出してその肩に触れようとする。

だが上条が近付いた途端、美琴の体から電撃が(ほとばし)り、その電撃を打ち消すのに幻想殺し(イマジンブレイカー)のリソースが割かれてしまった。

 

「このタイミングなら……どうっ──!?」

 

上条は余波で吹き飛ばされはしたが、即座に駆け出して右手でもう一度美琴に触れようとする。

だが横から磁力を使った鉄筋コンクリートの塊が吹き荒れたのでそれに吹き飛ばされてしまった。

 

地面に叩きつけられながらも体勢を立て直そうとしていると、美琴の体から数十もの青い稲妻が走った。

その稲妻は上条を攻撃するわけではなく、周りの鉄筋コンクリートの欠片を集めて周りに渦のように展開させた。

 

「やっぱ……そう簡単にはいかないわけなんだな……っうぇ!?」

 

上条が顔をしかめていると、突然渦巻いていた鉄筋コンクリートが自分に向かって飛んできた。

 

「おわァァァッッ!?」

 

上条は飛んでくる鉄筋コンクリートの塊を避けるが、飛んでくるものの中には鉄骨も含まれており、自分のすぐ近くに鉄骨が突き刺さって『どぅわーっ!?』と悲鳴を上げる羽目になる。

 

「鉄分含んでりゃなんでもポンポン飛ばしていいもんじゃないですよ!?」

 

上条は必死でダッシュをしながら美琴が飛ばしてくる飛来物を避け続ける。

だが次の瞬間、背中を突き刺す威圧感を覚えた上条は電撃が来ると予測。

上条は振り返りざまに右手を横に一閃(いっせん)するように()いで飛んできた極大の雷を右手の幻想殺し(イマジンブレイカー)によって打ち消した。

 

「行けるっ!!」

 

打ち消した事によって鋭い蒸気が辺りに舞うが、上条は確信する。

 

「威力はスゲエけど、右手で消せる!! なら…………っ!?」

 

上条は勝機を掴めたと思っていたが、右手で雷撃を打ち消した際の白い蒸気の霧が晴れた途端絶句する。

美琴の頭上で鉄分を含んだ鈍器の数々を寄せ集めることで生み出された巨大なボールのような塊が浮かんでいたからだ。

 

「いやいやいやいや! それは反則っ!!」

 

上条が飛来してくる磁力によって生み出された巨大な鈍器の塊を見上げながら叫ぶと、後ろから軽い足音が聞こえてきた。

その足音を持つ人物は近くに突き刺さっていた鉄骨を足掛かりにして飛ぶと握りこぶしを作り、

 

「ハイパーエキセントリックウルトラグレートギガエクストリーム──もっかいハイパ────すごいパーンチ!!」

 

白い余波を辺りにまき散らし、拳から爆炎を噴出させながら鉄の塊を殴って吹き飛ばした。

 

上条がその威力によって生み出された余波に大幅にジャージや体操服を揺らされながら呆然としていると、鉄筋コンクリートの塊や鉄骨の破片が周りにゴロゴロと転がっていく。

 

突然ものすごいパンチを繰り出したのは頭に鉢巻を巻き、肩に赤いジャージをひっかけた体操服姿の少年だ。

彼は足を滑らしながら地面へと降りて、上条の斜め右前くらいで体を急停止させた。

 

「だいじょぶかー?」

 

そして何事もなかったかのようにケロッとした表情で振り返り、上条の安否を心配した。

 

「……あ? ああ!」

 

上条は土埃が舞う中、安物の運動シューズでひび割れた地面を歩き、その少年のもとへと向かう。

 

「わりぃ、助かった」

 

「なんかスゲーのがいるなあ。角生やすとか根性あるよなーっ!」

 

上条に声を掛けられた少年は青い稲妻を身に(まと)ってバチバチと言わせている美琴を見つめながらちょっとわくわくした様子で告げる。

 

「よし。後は俺に任せとけ」

 

「え」

 

少年は自分の胸を叩いて上条に告げる。

上条は呆気(あっけ)に取られるも、未だ虚空を見つめ続けている美琴を見た。

 

「いや、あんなだけど知り合いなんだ。わりぃけど、他人には任せられねえよ」

 

「でもありゃただものじゃねえぞ。いいから避難しとけ」

 

少年は上条の言葉を聞きながら様子がどうみてもおかしい美琴をちらっと見ながら告げる。

 

「それに倒すんじゃない。なんか……操られているって表現の方が近いみたいだし」

 

「操られてる……? そりゃ根性が足りねえな。俺が注入してやる!」

 

「いや、そういう問題じゃなくて……!」

 

上条が曖昧な表現をしながらも美琴の現状を説明すると、少年は右の拳をパシッと左手の平に打ち付けて気合を入れて告げるので、上条は即座に待ったをかける。

 

「何。あいつもちょっと道を踏み外して悪ぶってるだけだ。根性があれば!」

 

「だから聞けって!」

 

そんな二人の前で美琴からバチバチバチッと先程よりも青い稲妻を走らせ、それが二つの雷撃となって言いあう二人へと向かってくる。

二人は互いを睨みつつ、上条は飛んできた雷撃を右手の幻想殺し(イマジンブレイカー)で打ち消し、少年は拳で地面に叩き落とした。

 

(雷撃を……はたき落とした?)

 

(雷撃をかき消した?)

 

((なんだコイツ))

 

上条と少年は互いが見せた雷撃の(ほふ)り方を見て、思わず顔を見合わせる。

だが次の瞬間、少年の方は不敵に笑った。

 

「俺は削板軍覇。オマエは?」

 

「上条当麻」

 

「よっしゃ!」

 

少年──超能力者(レベル5)第八位、削板軍覇は上条の言葉に再び拳を手の平にパシッと軽い音を立てて当て、気合を入れる。

 

「足引っ張んなよ、カミジョー!」

 

「こっちの台詞だ!!」

 

世界最大の原石と、異能をなんでも打ち消す右手を持った上条。

二人は御坂美琴を助けるために共闘することとなった。

 

 

上条と削板に向かって鉄筋コンクリートや鉄骨が次々と襲い掛かる。

削板は自分へと飛んできた鉄骨を鉢巻を巻いた額で受け止めると、その額に傷一つ付ける事なく横に吹き飛ばし、鼻をくぃっと得意気に()きながら自信たっぷりに告げる。

 

「へっ。おもしれー技だが────」

 

削板が言っている途中で、そこで初めて美琴が上条と削板を見た。

だがその瞳は普通じゃない。白目と黒目の境界が消えて黒く染まり、その中心だけに青い光を灯していた。

 

「そろそろ飽きたぜ!!」

 

削板は地面に拳を打ち付けて自分を不気味な目で見た美琴がいる方へと地面をめくりながら、黄金色の閃光を(まと)った衝撃波を放つ。

それは青い稲妻を(まと)った美琴へとぶつかり、辺りに黒煙と爆炎をまき散らしながらチュドーン! とベタベタな爆発音を(とどろ)かせながら爆発した。

 

「おい、そぎ──い!?」

 

上条は削板の名前を呼びながら爆発によって美琴が死んでいないかを確認するために慌てて黒煙の中を見つめて目を()らすが、美琴が黒いもやのような球体によって守られていたので途中で削板の名前を呼ぶのを止める。

 

「あれは……砂鉄のバリアか?」

 

これまで幾度となく美琴に浴びせられてきた表面が振動する砂鉄の剣と、異なりながらも似たような雰囲気を醸し出している球体のシールドを見て上条が首を傾げると、それを近くで見ていた削板が腕を組んで砂鉄のバリアを見つめる。

 

「砂鉄ぅ? 砂遊びとは、まだ根性のなんたるかが分かってねえなあ」

 

削板はそうやってぼやきながら、美琴が自身を砂鉄のバリアで守りながら上空に作り上げた鉄筋コンクリートやビルの塊を見上げる。

 

「なっ……また!?」

 

鉄の塊の破壊力を知っている上条が焦ると、削板がそこで前に出た。

 

「下がってろカミジョー!」

 

ふ、と削板は短く息を吐いて気合を入れながら右拳を握ると、それを後ろに引いて風を巻き起こし、そのまま拳を前に突き出して爆発と共に鉄筋コンクリートの塊へと衝撃波を叩きつけた。

 

「うおぉらぁ──────!」

 

そして削板は爆風の中から飛び出すとまだ崩れていなかった鉄筋コンクリートや鉄骨の塊の本体の前まで飛んでいき、拳を叩きつけて粉々にする。

 

肩にかけているジャージを取り落とすことなく削板は美琴の攻撃を(さば)き終えてふわっと着地すると、その周りに削板の何倍もの大きさの鉄筋コンクリートの欠片が地面に降り注ぐ。

 

だが削板が着地を取った隙を突いて、青い稲妻が削板を射抜こうと駆け抜けた。

 

上条は削板をフォローするために地面を駆けると、削板の隣に潜り込んでその青い稲妻に右手で触れて幻想殺し(イマジンブレイカー)によって打ち消した。

そこに追撃と言わんばかりにもう一撃青い稲妻が放たれるので、それを受けて上条は右手をもう一度振りかぶって打ち消す。

そして上条は右手を構えたまま削板に背中を合わせる形で地面に降り立った。

 

「やっぱおもしれーな、その右手!」

 

「ああ。できればこの手で触れて、あいつが元に戻るか試したいんだけど……」

 

上条は自分の目の前で砂鉄のバリアに守られた美琴を見つめる。

だが次の瞬間、砂鉄のバリアから砂鉄が鋭く細く伸びて上条を突き刺そうと(せま)った。

 

「い!?」

 

上条と削板は同時に後退するが、上条は後退しながらも空中で身を(ひね)って自身へと迫った砂鉄へと右手を伸ばし、幻想殺し(イマジンブレイカー)で異能を打ち消す。

その瞬間、塊になっていた砂鉄は空気に解けるように散り散りとなり、片膝を突いた状態で上条は一息つく。

 

「……これじゃ近づくのもままならないなあ」

 

上条のボヤキを聞いて、上条の後方に降り立った削板は上条を見つめながら思案顔を少しだけする。

 

「……成程。そういうことか」

 

そしてニッと不敵に笑って、砂鉄のバリアによって守られた美琴を見つめた。

 

「よし、任せとけ!」

 

「え?」

 

上条が声を上げると、削板はグッと運動シューズに力を込め、ただでさえひび割れていたアスファルトを踏み抜いて粉々にして、土の地面にしっかりと足を付ける。

 

「ふぅ──────……」

 

削板は体を構えさせると、目を閉じて服や鉢巻をたなびかせながら精神統一をする。

そして次の瞬間カッと目を見開くと、体中から黄金のオーラを噴出させながら拳を振りかぶる。

 

「超──────すごい、パ────ンチ!!」

 

削板が叫んだ瞬間、右手の拳から黄金色の衝撃波が繰り出されて辺りを白く染め上げ、そこら辺にあった鉄筋コンクリートを灰にする。

その衝撃波は収束して一直線に美琴へと伸びると、美琴を守っていた砂鉄のバリアを吹き飛ばした。

削板の思惑通り、中から上条と削板に背を向けてじぃっと『窓のないビル』がある方向へと向いている雷神のような姿を模した美琴が(あら)わになった。

 

「すごっ……──!?」

 

上条は砂鉄のバリアを一撃で吹っ飛ばした削板の力にあっけに取られていたが、削板に突然ジャージの首根っこを掴まれた。

 

「へ?」

 

「今の内だ!」

 

上条が気の抜けた声を出していると、削板は自分が引っ掴んだ上条のジャージの(えり)を基点にして上条を振りかぶる。

 

「いやいやいやちょっと待てちょっと待てちょっと!?」

 

上条が必死に自分をぶん投げようとしている削板を止めようと叫ぶが、削板は止まらない。

 

「カミジョー! 行ってこ────い!!」

 

「うわぁぁあああああ!!」

 

上条は空中へと凄まじいスピードで発射されて叫び声を上げながら、美琴めがけて吹っ飛んでいく。

 

「ええいッもうヤケクソだぁ!!」

 

空中では何もできないので上条が腹をくくって体勢を立て直して美琴を睨むと、美琴は砂鉄を集めてもう一度バリアを形成しようとしていた。

 

「くっ!!」

 

上条は短く(うめ)きながらも、右手を前に突き出して大津波のように自分へと(せま)っていた砂鉄の黒い壁を幻想殺し(イマジンブレイカー)で打ち消す。

バッと散った砂鉄を突き抜けた上条はそのまま美琴へと迫ってその左肩を右手で触れた。

 

そして削板にぶん投げられた速度そのままで美琴の上空を飛ぶと、上条の視線の先で幻想殺し(イマジンブレイカー)で触れた美琴の肩の表面に薄く張っていた青白い結晶の膜のようなものが()けるように散っていく。

だが次の瞬間、その肩の結晶の膜の(ほころ)びは即座に修復されてしまい、元の光り輝く青白い肌へと戻ってしまった。

 

「くっ……え!? 着地!!」

 

上条は着地をどうすればいいか分からずに焦る。

 

そんな中、上条の脳裏に数少ない記憶が蘇った。

 

それは八月三一日。

インデックスが闇咲逢魔に(さら)われて、助けようとした時のこと。

空を軽々と飛べる真守によってインデックスと闇咲がいるビルへと真守がひとっ飛びして空中から飛来した時、真守はあろうことか自分をロケットのように射出した。

 

まあ屋上に展開されていた盆踊りの会場に似た結界を破壊するために真守が放り投げたのだが、その後上条当麻は(したた)かに背中を打って悶絶(もんぜつ)した。

その時真守は闇咲と話をしていたが、話がいち段落した時に機嫌が悪いこともあり、上条に冷たく言い放った。

 

 

『着地できるようにしろ、上条。それだったらいつか死んでしまうぞ』

 

 

(た、確かに死ぬ…………っ!!)

 

上条は真守の言葉を走馬灯のように思い出してゾッとする。

 

受け身の練習をしたらよかったのか。

でもどうやって?

そもそもなんでそう何度もポンポン着地を考えなければならない場面に遭遇(そうぐう)するのだろうか。

 

上条がぐるぐると頭の中で高速思考をしている間に地面は近づいてくる。

 

(あ、俺。終わったな)

 

上条がそう悟った瞬間、シュッと自分の横を自分よりも早く駆け抜ける少年、削板の姿を見た。

 

そして次の瞬間、上条は自分に向けて弾丸のように飛んできた削板にお姫さま抱っこをされて助けられ、そんな上条を助けた削板はそのまま足に力を込めて滑りながらもしっかりと地面に着地する。

 

「へ?」

 

上条は削板にはお姫さま抱っこされたまま固まるが、削板が真剣な表情で美琴を見つめているのでごくッと喉を鳴らしてから告げる。

 

「さ、さんきゅー」

 

上条がお礼を言うと、削板はそっと上条の腰を支えながら地面に降ろす。

 

「……まあ、危なくなったのはお前のせいだけどなー……」

 

上条が目を細くしてぼやくが、削板は気にせずに上条を見た。

 

「どうだ?」

 

「ダメだ。外からよく分からない力が入り続けているみたいで消しきれない。触れた箇所に一瞬効果はあったけど、すぐ戻っちまった」

 

「じゃあどうすんだよ?」

 

「俺たちの他にもアイツを元に戻そうとしているヤツがいる……っぽい? 誰かは分からないが」

 

上条はこちらに背を向けている美琴を見つめる。

 

「そいつが力の元栓を閉めてくれるまで足止めするしかなさそうだ。その誰かさんが言うには俺が近くにいることで、アイツの変化が抑えられるみたいなんだが──」

 

そこで美琴がぐるん、と顔を向けた。

 

「い!?」

 

上条がその動きにゾッと背筋を嫌な予感が通り抜けるが、美琴が見ているのは上条ではなかった。

 

「ん? ……誰だ、アレ?」

 

「え?」

 

削板が美琴の見た方向へと顔を向けると、そこには宙に浮かんでいた異形の姿があった。

 

五対一〇枚の互い違いの純白と漆黒の翼。

六芒星の幾何学模様の転輪に、蝶の翅の翅脈のように空間に走る蒼閃光の後光。

無機質なエメラルドグリーンの瞳に、蒼みがかかったプラチナブロンドへと変わった()()

 

「あれは……朝槻!?」

 

超能力者(レベル5)第一位。流動源力(ギアホイール)、朝槻真守。

 

()ちた源流の光を(まと)うなりかけの神と、天の雷を(かて)とする雷神。

二柱はそこで視線を合わせ、雷神はなりかけを見上げ、なりかけは雷神を睥睨(へいげい)して、今邂逅(かいこう)を果たすこととなった。

 




朝槻真守、参戦です。



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第一一二話:〈少女進化〉を止めるべし

第一一二話、投稿します。
次は一二月九日木曜日です。


辺りにキィ──────ン、という甲高い音が響き渡る。

何かと何かが共鳴しているような音。

それはまさしく、絶対能力者(レベル6)へと進化(シフト)しかけている二人の乙女が互いに影響を与え合っているからこそ響く音だった。

 

『美琴』

 

真守は黒い眼に青い光を灯したままじぃっと見つめてくる美琴へと声を掛ける。

 

『美琴、分かる?』

 

現在、真守と美琴は共鳴関係にある。

そのため同調すれば、思念で会話することができるのだ。

 

『…………みこと』

 

真守が問いかけると美琴の方から返答があった。

 

『……………………ダレ』

 

美琴が呟いた瞬間、美琴に変化があった。

 

(あま)羽衣(はごろも)のように体に(まと)われていた白い帯状のものが空間を走り抜けて格子状へと変わりゆく。

そして美琴のおでこの根元から生えていた二本の触角のような角が(うごめ)き、交差すると突然天へと向かって伸びて一つになり、その先に黄金の輪が複数浮かび円球が中心に浮かび上がる。

それらが現れた途端、天へと向かって伸び、一つになっていた角の中腹が割れて黒い稲妻が走ると、黒い球体に青い虹彩の瞳がぎゅるん! と生み出された。

それが展開されると美琴の周りに広がっていた格子状の翼が美琴の後ろに(たずさ)えられる。

 

そんな美琴の変化と共に、真守の六芒星で幾何学模様の転輪がヴヴヴッとブレるように蠢いた。

 

(釣られている。でもまだ大丈夫だ)

 

真守はその変化を感じながらそっと上条の下へと降りてきた。

 

「上条、状況は分かっているか?」

 

「あ…………さつき、なのか? お前!?」

 

「そうだ。私は朝槻真守。超能力者(レベル5)第一位、流動源力(ギアホイール)。私には明確な意志があるが、あの子にはない。そうだろう?」

 

「もしかして、全部状況分かってんのか?」

 

真守が上条の問いかけにコクッと薄く頷くと、真守はそのまま上条の隣にいる削板を見つめた。

 

「お前は?」

 

超能力者(レベル5)第一位、って……あぁ、あのお嬢ちゃんか! なんだなんだその根性の入ったようで入ってないような翼は!」

 

「私の翼は気にするな。それでお前、名前は?」

 

真守は削板の言葉に顔をしかめるが、それでも話を進めるためにもう一度問いかける。

 

「おっ! わりぃわりぃ! 俺は削板軍覇! 超能力者(レベル5)第なな……あ、第八位だっけか? 第八位の削板軍覇だ!」

 

「お前は美琴を止めに来たのか?」

 

真守が削板の自己紹介を聞いて訊ねると、削板はビッと鼻を拭くように触れてから意気揚々と答える。

 

「おう! なんか雷が地面から出てっから気になって来てみれば、カミジョーがいたんだ! な、カミジョー!」

 

瞬間、削板は上条の背中を叩き、上条はその衝撃に『ぐあっ!』と、(うめ)く。

 

「イッタぁー……そ、そういう事だ、朝槻。削板も手伝ってくれてるんだよ」

 

「そうか。美琴は今、強制的な進化(シフト)で精神が崩壊しつつあるから心を閉ざしているんだ。人として大事なことも徐々に失っている。だから、」

 

真守がそこまで言った瞬間、美琴が真守に向かって凄まじいスピードで格子状の翼を飛ばしてきた。

真守は視界の端でそれを捉えると、人差し指をピッと格子状の翼に向けて鋭い衝撃波を生み出し、美琴が放った格子状の翼に対抗した。

真守の攻撃を受けた格子状の翼は近くのビルにまで吹っ飛ばされ、ビル側面に叩きつけられる。

ビルがはじけ飛んで中階層からぽっきりと折れてしまう程の衝撃が足元まで伝わってきた上条はたたらを踏み、削板は突然崩れたビルを見つめて驚愕する。

 

()えたか?」

 

真守の問いかけに削板は美琴のもとへと戻っていく翼を見つめながら呟く。

 

「……視えなかった。……こりゃ根性入れねえとヤベエぞ……」

 

「視えない攻撃は私が(さば)こう。それ以外は頼めるか?」

 

「嬢ちゃんはどうすんだ?」

 

「あまり期待はできないが、美琴に話しかけてみる」

 

「話しかけるって、どうやって?」

 

真守と削板の会話を聞いていた上条が問いかけると、真守はつらつらと説明する。

 

「今、私と美琴は共鳴関係にある。だから精神的に同調すれば思念波を送り込めるんだ。でもそれであの子が元に戻るかは怪しい。あの子は今、深層心理を精神操作されてるし、力が注ぎ込まれ続けている。でも大丈夫だ」

 

「大丈夫って?」

 

「垣根が力の元栓を閉めるために今回の黒幕を探してくれてる。私は火力があって美琴に対抗できるから、美琴を直接止める役を受けてここに来たんだ」

 

「垣根? 垣根も手伝ってくれてんのか!」

 

「カキネって誰だよ?」

 

上条が心強い味方がもう一人いると喜んでいると、隣で蚊帳の外になっていた削板が首を傾げる。

 

超能力者(レベル5)第三位、垣根帝督。大丈夫。とっても頼りになる人だから。私たちは美琴の足止めに徹しよう」

 

「何、超能力者(レベル5)!? へー超能力者(レベル5)総出であいつの根性を叩き直してやんのか! おもしれーことになってきたぜ!」

 

削板が真守の簡潔な説明にやる気を出しているので、上条はどこまでも根性を気にする削板に思わず呆れる。

 

「根性って……いやいやだから根性でアレどうにかなってるってワケじゃ、」

 

「よぉーし、アサツキ! 背中は任せた!」

 

「って聞けよ!!」

 

ツッコミを入れても聞かないで気合を入れ直している削板を見て、真守は顔をしかめながら無機質に光るエメラルドグリーンの瞳で上条を見た。

 

「上条、どうやらこういうヤツらしい。行くぞ」

 

「ああっもう! 朝槻さんはそんな姿になっても順応力が高いというか臨機応変というか……つーかお前、その姿元に戻んだよね!?」

 

「安心しろ。自分からこうなったから戻り方も分かっている」

 

「自分でそうなれんの!?」

 

上条が淡々とした真守の言葉に驚いている中、そこで気合を入れ直した削板が拳を固く握りしめた。

 

「行くぞ、カミジョー、アサツキ!」

 

「ああっもう──どうにでもなぁーれっ!!」

 

上条は思わず投げやりになりながらも叫んで、二人と一緒に御坂美琴を救いに行動に移った。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

食蜂操祈は窮地(きゅうち)に陥っていた。

 

絶対能力者(レベル6)へと強制的に進化(シフト)させられている御坂美琴は、どうやら進化(シフト)率五三%の時点で精神が別次元のものへと変質してしまうらしい。

 

そんな御坂美琴の精神を縫い止めておくために必要なのが『外装代脳(エクステリア)』のリミッター解除コードだ。

 

外装代脳(エクステリア)』とは精神干渉系能力者の最高峰、食蜂操祈の大脳皮質の一部を切り取って培養、肥大化させたもので、どんな人間でも食蜂の能力である心理掌握(メンタルアウト)を使えるようにする、という目的で設計されたものだ。

 

外装代脳(エクステリア)』を作り上げた研究者たちは食蜂が洗脳していたのと様々な工作を行っていたため、これまでその存在は秘匿されており、この第二学区のとあるビルに安置されていた。

 

その『外装代脳(エクステリア)』は普段からリミッターが掛けられており、リミッター解除コードというもので『外装代脳』を最大出力で行使できる。

 

美琴の精神を繋ぎ留めておくのにそのリミッター解除コードが必要不可欠だ。

だからこそ、今回の事件の首謀者である木原幻生はそれを唯一知っている食蜂操祈を狙っている。

 

木原幻生は『神ならぬ身にて天上の(S Y S)意思に辿り着くもの(T E M)』界隈の重鎮であり、かの悪名高い『絶対能力者進化(レベル6シフト)計画』を提唱した老人でもある。

 

木原の名に相応しいその老人は食蜂操祈の頭の中にしかない『外装代脳(エクステリア)』のリミッター解除コードを狙ってきているが、食蜂操祈は精神干渉系能力者の最高峰なので、精神干渉を跳ね除ける事ができる。

 

だがそれは能力が十全に扱える時のみだ。

 

一定以上の苦痛を与えられたり意識を刈り取られてしまえば、当然精神干渉を跳ね除ける事は出来ない。

 

そのため木原幻生は木山春生が作り上げた幻想御手(レベルアッパー)によって多才能力(マルチスキル)を獲得し、あらゆる能力を使って食蜂を追い詰めてきていた。

 

あと一歩のところまで追い詰められた食蜂だったが、突然木原幻生が多才能力(マルチスキル)による千里眼で何かを捉えて興奮し始めた。

 

『ひょ、ヒョオ────!? な、なにが一体起こっているんだ!? 何故朝槻くんが絶対能力者(レベル6)へと近づいている!? ……そうか! ミサカネットワークの暴走の余波でAIM拡散力場に影響が!? まさかそこまで朝槻くんがAIM拡散力場と密接に繋がりを持っているだなんて!! アレイスターくんめ、朝槻くんを独り占めしたいからってまさかそこまで僕たちに情報を隠しているとは!! こうしちゃおれん! 手持ちの機器と分析系能力者を総動員して────』

 

(あれはバカ力が高すぎるわねえ……)

 

食蜂はあと一歩のところまで追い詰めた標的に逃げる隙を自らで与えた木原幻生を思い出し、思わず呆れる。

 

(でもバカの話を聞く限り朝槻さんの絶対能力者(レベル6)への進化(シフト)は想定外らしいけどぉ……想定外なら想定外でもしかしたらどっちも共鳴力発揮して暴走するとかありそうだしぃ……ま、何にせよ。正気力の低い爺さんをどうにかしなきゃいけないのは変わらないんだけどぉ……っと)

 

真守と会ったこともないのに真守のことを良く知っている食蜂は、のそのそと歩くのをやめてパッと振り向いた。

そして待ち構えている、食蜂と同じくらいのスピードでゆっくりと近づいてくる木原幻生と対峙した。

 

「お。やあ食蜂くん。ふぉっふぉっふぉっふぉ。いやいや、さっきは年甲斐もなく興奮して失礼したねえ。予想外の事態を見ちゃうと周りが見えなくなるのが僕の欠点でね。それが原因で何度も死にかけたよ」

 

(その時ちゃあんと死んどきなさいよねえ……)

 

食蜂は興奮すると視野狭窄(しやきょうさく)になってしまうと、おどけて笑っている木原幻生を睨みながら心の中で呟く。

 

「しかし、意外だねえ。食蜂くんの方から待ち構えているなんて。てっきり逃げ回っているものかと」

 

木原幻生はそう言いながら一歩、また一歩と食蜂へと近づく。

 

透視能力(クレアボイアンス)を持つアナタから逃げ切れるとは思えないしねえ」

 

食蜂はそれを受けて一歩一歩木原幻生を見つめながら下がっていく。

 

「ビルの外で捕まったらセキュリティ力もない丸裸状態だしぃ。……だから、交渉しに来たの」

 

「交渉とは?」

 

「リミッター解除コードを教えてあげるからぁ……見逃してちょーだい?」

 

「ほお?」

 

木原幻生は食蜂のかわいくおねだりしてきた提案に声を一つ上げる。

 

「よくよく考えたら御坂さんがどうなろうが関係ないしぃ? 学園都市が消し飛ぶって言うなら、その前に退散させてもらうわぁ☆」

 

食蜂は取引に応じてほしいため、額に汗を垂らしながらもニコッと微笑む。

 

「待ってたのは下手に逃げ回ってタイムリミットを消費したくなかったからよぉ?」

 

「ふぅん? なるほどねえ」

 

木原幻生の反応はイマイチながらも一歩食蜂に近づく。

 

(よし、あと少し……)

 

食蜂はある一点を睨みながら呟く。

食蜂の視線の先にはこのビルに仕込まれている食蜂専用のトラップがある。

そこまで木原幻生を誘導できれば勝ちだ。

 

「でも、その交渉に僕はメリットがないんじゃないのかなあ」

 

「アナタには私の心理掌握(メンタルアウト)が通用しないしぃ。私なんて能力が無かったら可愛くて可憐でスタイル力抜群のただの美少女よぉ? そんなか弱い女の子を痛めつけるなんて性癖、まさか枯れたおじいちゃんにはないでしょぉ?」

 

(あと二歩……! 超高出力の振動体を埋め込んだトラップ『魔女の抱擁(ハッグズハグ)』。一度足を踏み入れたら最後、足元から撃ち込まれた振動波が体内で反射。増幅しながら移動し、終端の頭部に収斂! 三半規管を破壊した後で脳をシェイクしてあげるわぁ!)

 

食蜂は木原幻生の気が向くように口を回しながら、木原幻生が一歩一歩トラップに向かってくるのをじっと見つめる。

 

「フム」

 

(あと一…………ッ!)

 

食蜂が木原幻生の足を見つめて心の中でそう呟くと、木原幻生はピタッと足を止めた。

 

「!?」

 

「確かにリミッター解除コードさえ手に入れば、食蜂くんには用がないねえ。でも気になる点が一つある」

 

木原幻生は足を浮かべたまま硬直する食蜂へと声を掛けた。

 

「さっきからある一点に熱い視線を送っているけど、……ここに何かあるのかなあ?」

 

「バレ!? …………ふふっ☆ なーんてねっ!」

 

食蜂は驚愕で顔を引きつらせていたが、次の瞬間即座に笑った。

すると、木原幻生の足元の床がスッと無くなる。

 

「ひょ?」

 

木原幻生は足元が無くなった穴へとそのまま背中から落ちていく。

 

「そっちはデコイ! 本命力は既にアナタの足元よぉ! 重力子奇木板(グラビトンパネル)! 本来はショートカット力のある私専用通路を作るものだけどぉ今回は床に最初から偽装させてたんだゾ? このまま挟み込んで──」

 

勝ち筋を見た食蜂が落下していく木原幻生へと笑いかけると、木原幻生は腰に両手を当てたまま体勢を少しだけ立て直すと、足の裏から空気を発して空中を何度も蹴るように上へ上へと登っていく。

 

「足が爆発……じゃない!」

 

食蜂は駆け上がってくる木原幻生から距離を取るために後ろへと下がり走り出す。

 

(足元の空気を圧縮して足場にしているんだわ! 私を窒息させようとしたり炎の軌道を変えたりできたのも風力使い(エアロシューター)の能力ね!?)

 

食蜂は運動音痴なりに全速力で走りながら楽々と自身と同じ通路にまで上がってきてストッと降り立った木原幻生の方を振り返る。

食蜂はタッタッタッと走ってシステムを作動させて途中にあった隔壁を閉める。

だが木原幻生はその隔壁を能力で丸く削り取って食蜂を視認し、食蜂の背中へと風力使い(エアロシューター)の能力によって圧縮空気砲を撃ち込んだ。

 

「あぐっ────!!」

 

木原幻生の攻撃によって、食蜂が能力を行使するために使うリモコンを入れたバッグはチェーンが切れて吹き飛ばされ、食蜂自身も地面に倒れこむ。

 

「流石に、これ以上時間をかけてはいられないからねえ……!」

 

木原幻生はそこで丸く切り取った隔壁の上を通過させて食蜂へと右腕を伸ばす。

 

「もう、逃がさないよぉ? 今、ここで……ッ!?」

 

木原幻生はそこまで呟くが異変を感じて言葉を止めた。

木原幻生が丸く切り取った隔壁の上へと手を伸ばした瞬間、その右腕を圧搾(あっさく)するように重力子奇木板(グラビトンパネル)が集まりだしたのだ。

 

「う!? ぎぃ、ああああああ!!」

 

「ふっ。どぉかしら? 何重にも張り巡らせた罠の、とっておきがこれよぉ?」

 

食蜂は頭から血を流しながら叫び声を上げる木原幻生を見つめ、ふらっと立ち上がって不敵に笑う。

 

「ゆっくり圧搾するから虚を突く必要があるけれどぉ……重力子奇木板(グラビトンパネル)にはこういう応用力もあるんだゾ? 建設工事の仮設足場用に開発された技術だけどぉ、おじいちゃんの細腕をへし折るくらいの展開力はあるわよぉ?」

 

そこで食蜂は落ちていたリモコンを手に持って微笑む。

 

「激痛の中で、私の心理掌握(メンタルアウト)を防げるかしらあ?」

 

「────ひょお?」

 

「!?」

 

食蜂が先ほどまで叫んでいた木原幻生を見つめると、重力子奇木板(グラビトンパネル)の向こうで木原幻生は笑いだした。

 

「イーヒッヒッヒッヒヒヒ! あひゃっひゃひゃひゃ、ヒーッヒッヒッヒ! いやぁー酷いねえ。こんな幼気(いたいけ)でか弱い老人を痛めつけるなんてぇ!! ……まあ、へし折ろうにも腕がないんだけどね?」

 

木原幻生はその瞬間、カコッと腕を引っこ抜いて食蜂に袖の中が無くなってぶらぶらしている手の先を見せる。

 

「ぎ、義手!?」

 

「言ったでしょ? 実験で何度も死にかけたって。僕の体は代替技術の見本市状態なんだよ。まあ、それ以前に食蜂くんの狙いは大方読めていたけれどね?」

 

「? …………ヒッ────!?」

 

食蜂は木原幻生の言葉を呆然と聞いていたが、突然悲鳴を上げてリモコンを取り落とした。

 

「逃げ惑うふりをしていても策がある人間は狙いが仕草に現れる。僕の眼はその逆転の予兆を見逃さない。だからこそ今の食蜂くんを見れば分かる。もうこの状況を覆す秘策はなーんにも残っていないってね」

 

木原幻生は窒息死させられそうになって苦しむ食蜂を見つめながら笑う。

 

「さぁて、リミッター解除コードを貰うよ────」

 

 

木原幻生が余裕で呟いていると、次の瞬間、突然木原幻生が立っていた場所の側面が何者かが放った攻撃によって吹き飛んだ。

 

 

不意の衝撃とドゴォッ!! と豪快な音を立てて通路が吹き飛ばされたことによって、木原幻生は衝撃波に廊下の壁に体を打ち付けて床に落ちたところで、飛んできた瓦礫に圧し潰される。

 

「なっ────グえッ!?」

 

木原幻生は瓦礫(がれき)の下敷きになりながらも、ギリギリ無事だった頭を何者かにガッと上から容赦なく踏みつぶされた衝撃で地面に鼻を盛大に打ち付け、鼻骨が折れてしまい、(うな)り声を上げる。

 

「あ?」

 

木原幻生を踏みつぶした人物は、木原幻生の頭を地面に叩きつけるとガチン、っと鈍い金属の音が響きわたったので怪訝な声を上げる。

 

「なんだ、頭にチタンでも詰め込んでやがんのか?」

 

そう呟いたのはビル群が立ち並ぶ様子をバックに、ジャージ姿に未元物質(ダークマター)の三対六枚の純白の翼を広げ、両手をポケットに突っ込んで立っている垣根帝督だった。

 

「ふーん。……なら、思いきり踏んでもいいよなあ?」

 

垣根帝督は空間を自前の干渉力でヂヂヂィィッと揺らして嗤いながら、ぐりぐりと木原幻生の頭を足を動かして踏みにじり続ける。

垣根のその足蹴(あしげ)の威力は凄まじく、床のタイルが踏み抜かれてコンクリート部分が露出するほどだった。

 

木原幻生はチタン製の頭蓋骨が悲鳴を上げるほどの威力で頭をギリギリと踏みつけられるのと、鼻骨が折れた激痛で能力が行使できない。

もし木原幻生の頭にチタン製の頭蓋骨が入っていなかったら、確実に頭蓋骨が割れていたことだろう。

 

「ヒュっ……かひゅ。そ、そのまま……キープ力を、続け……てちょうだぁい、垣根さぁん?」

 

食蜂は取り落としたリモコンを四つん這いになりながら拾って、木原幻生へと向けながらこんな事態を引き起こした木原幻生へブチ切れている垣根へと声を掛ける。

 

そして食蜂はピッとリモコンのボタンを押して、木原幻生の意識を刈り取った。

 

途端に白い目を剥いてフッと気絶する木原幻生。

 

垣根は気を失って動かなくなった木原幻生を睥睨(へいげい)しながらチッと舌打ちをし、最後にガンッと蹴りつけると、そのまま未元物質(ダークマター)の翼をすぅっと消して両手をポケットに突っ込んだまま食蜂操祈へと近づく。

 

「ほらよ」

 

そして食蜂の前に立つと、垣根は両手をポケットから出してジャージを脱ぎ、食蜂へとジャージを優しく投げつけた。

 

「男の前でその格好は流石に嫌だろ」

 

垣根は右わき腹から胸にかけて引き裂かれている食蜂の体操服から目をそらしながら告げる。

 

「……あら、あらあらぁ…………見かけによらず割と紳士なのねえ………………」

 

「うるせえな。一言余計だ早く着ろ。……立てそうか?」

 

垣根が苛立ちを込めながら訊ねると、食蜂はひゅーひゅー浅い息をしながらいそいそと垣根のジャージを着て、一息ついてから首を横に振る。

 

「すぐにはぁー無理、そうねえ…………爺さんと追いかけっこしてぇ……体力使ったしぃ」

 

垣根はチッと舌打ちをすると食蜂に近づき、食蜂の要望通りにお姫様抱っこで抱き上げた。

 

「お前アイツよりくっそ重い。早く木原幻生の記憶読んで御坂美琴の止め方を探れ」

 

「重っ!?」

 

垣根の一言に食蜂は顔を引きつらせて垣根の腕の中で暴れ出す。

 

「なっ!! なななな、一体ダレと比べてるのかしらぁー!?」

 

「お前より百億倍良い女」

 

「は、はぁ────!? な、何なのかしらぁその小学生が使いそうな表現力はぁ!! ば、バカにしてるのぉ!?」

 

「割と元気じゃねえか、お前。いいから早く記憶読め。じゃねえと落っことすぞ」

 

垣根が面倒くさそうに言うと、食蜂はギリギリと自分の手を(おお)っているレースの手袋を歯噛みしながらぼそぼそと呟く。

 

「くぅっ…………イケメン力全開だからって言っていいことと悪いことがあるんだからねえ……! そんなんだったら彼女が苦労するゾ!」

 

「アイツは細けぇこと気にしないほど良い女だよ。お前と違ってな」

 

「なっ惚気(のろけ)られた上に罵倒された!?」

 

食蜂がぎゃーぎゃー(わめ)いていると、垣根はそんな食蜂を抱きかかえたまま木原幻生の前まで近づいてきて顎をクイッと動かす。

食蜂は何か言いたげだったが木原幻生を睨みつけると、その頭へとリモコンを向けてピッとボタンを押した。

 

「え」

 

その瞬間、食蜂から思わず呟きが漏れた。

それを垣根が訝しんでいる事を知っているが、食蜂は最後まで答えなかった。

とりあえず木原幻生を無力化することに成功し、解決策を垣根と食蜂は手に入れた。

 

(これでミサカネットワークの暴走が止まれば御坂美琴の進化(シフト)も止まるか……)

 

垣根は真守より断然重たい食蜂を抱き直して心の中で呟く。

 

(真守……頼む。問題なく終わってくれ……)

 

真守のことを想って目を細める垣根をちらっと見ていた食蜂はそこでふぅん、と小さく漏らし、人のことを想える男が助けてくれたことにやっと安堵できて微笑を浮かべた。

 




垣根くんマジヒーロー。

『外装代脳』ですが、既に他の組織に『外装代脳』の存在が知られてしまったので食蜂ちゃんはこの事件の後に『外装代脳』を廃棄します。
原作のように『流動源力』でも食蜂ちゃんは自壊コードとリミッター解除コードの認識を入れ替えております。
ですが廃棄の際に反対になっていても問題がないので(一度リミッターが解除されるだけ)、あの時反対にしたのねえ、とぽそっと思いますが廃棄することに変わりはありません。
本編で書かないのでここで明記させていただきました。



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第一一三話:〈事態収束〉でも残る爪痕

第一一三話、投稿します。
次は一二月一〇日金曜日です。


『美琴』

 

真守は美琴から放たれた稲妻を幻想殺し(イマジンブレイカー)によって打ち消している上条の隣から、美琴へと声を掛ける。

 

『………………だから、ダレ』

 

『美琴、そっちに行ってはいけない。戻ってきて』

 

真守が美琴を引き止めた瞬間、真守に向かって格子状の翼が飛んでくる。

真守はそれを自身の漆黒の翼と純白の翼を一枚ずつ伸ばして弾き飛ばした。

 

真守のその隣では削板が飛んできた鉄骨を砕く。

だが次の瞬間、削板へと鋭い稲妻が走ったので、上条がそこで前に出て、その稲妻を右手の幻想殺し(イマジンブレイカー)で打ち消した。

甲高い音が響き渡り、稲妻が吹き消されて余波が吹きすさぶ。

 

土煙が盛大に上がる中、その土煙が晴れた向こうで美琴の姿が変化していた。

 

鋭く天へと伸びた角の周りには、風車のように三本の羽根が付いた転輪が浮かんでいる。

肩から上は宇宙の煌めきを閉じ込めたような漆黒へと変わり、美琴の顔はその漆黒に呑まれて凹凸さえ分からない。

そしてそれ以外の上半身から下半身にかけては白く発光する体となっており、その足と腕は木の枝のように複雑に絡み合いながらも伸びており、腕の方は先端まで含めると通常の腕の二倍くらいの長さになっている。

 

『イケる、これならきっと──!』

 

美琴にそんな変化が起きた時、真守と美琴しかいない空間に第三者の声が響いた。

 

『お前、誰だ』

 

『え』

 

真守に問いかけられたその人物は美琴に枝垂(しだ)れかかっていたが、バッと振り返って真守を見た。

ツインテールであることを抜きにしてもシルエット的には女。だが、ここは精神的な世界なので誰かは分からない。

 

『お前が美琴を誘導しているのか?』

 

真守を見た瞬間、第三者は呆然としていたが、真守が問いかけてきたので焦った様子を見せた。

 

『だ、誰……アンタ誰なの!? 』

 

『お前は』

 

真守はそんな困惑する名も知らない第三者に向かってスッと手を伸ばした。

 

『邪魔だっ!!』

 

真守はそこで、『外装大脳(エクステリア)』を経て美琴を誘導していた少女──警策看取を精神世界から弾き飛ばして美琴を誘導させるのを強制的に止めさせた。

 

真守は邪魔者の第三者が消えた世界で、『窓のないビル』へと照準を合わせて()()()()()美琴へ再び声を掛ける。

 

『美琴、そんなことをしてもダメだ。この世界は、学園都市は変わらない』

 

美琴は真守の制止を聞かずに、右手から凄まじい煌々と輝く、黒い禍々しいエネルギーの球体の塊を作り上げて『窓のないビル』を見つめる。

 

『アレを壊さないと』

 

『美琴』

 

真守は美琴へ正面から近づいて、そっと肩に手をかける。

 

『今の枠組みを壊してはいけない。壊したら多くの人が不幸になってしまう。きっと、お前の周りの人間も影響を受けるだろう』

 

美琴はその言葉にぴくッと反応した。

 

『一緒にやるって言った。一緒にあの子たちの世界を作ろうって。それは何も今ある世界を壊せばいいんじゃない』

 

そこで美琴は何かに気が付い方のように思考が一瞬停止し、無表情ながらもその表情に陰りが見える。

 

それと同時に、美琴と真守がいた空間の一部にバキバキと亀裂が走って暗闇が粉々に砕けた。

そして、美琴がハッと息を呑んで正気に戻った。

 

(力の供給が止まった)

 

真守は美琴に流れ込むミサカネットワークの暴走と、その余波を受けて自身にも影響を与え続けていたAIM拡散力場の変化に気が付いて心の中で呟く。

 

(垣根がやってくれたんだ)

 

真守がそう安堵していると、現実では美琴が作り上げた球体のエネルギーの質が変わり、バチバチと黒紫(こくし)の稲妻を走らせ始める。

 

「上条、暴走は静まった。今ならいけるぞ」

 

「……オウ!!」

 

真守に言葉を掛けられる前に、力の元栓が閉められたことによって起きた変化に気が付いていた上条は強く頷く。

 

『美琴、分かる?』

 

真守が再び美琴と同調すると、美琴は呆然と真守を見上げた。

 

『朝槻さん……? どうして、ここに』

 

『良かった』

 

真守は無機質に光るエメラルドグリーンの瞳を柔らかく細めて、美琴を抱きよせて安堵する。

ぬくもりはないが、その優しさに美琴は目を細める。

だが美琴はそこでハッと気づき、振り返って亀裂が走った世界の向こうを見た。

 

そこにはどす黒いエネルギーが見え隠れしており、全てを呑み込もうとしていた。

 

『何、コレ』

 

『美琴』

 

『ダメっ! 止まって!! お願い!! 朝槻さん、逃げて!! これは私じゃもうどうにもできない!!』

 

『大丈夫』

 

真守は慌てふためく美琴から体を離して美琴の頬へとそっと手を添える。

 

『お前の仄暗(ほのぐら)い感情も、憤りも、その怒りの塊も──全て、打ち消してくれる存在(ヒト)がいる』

 

真守がそう美琴に話しかけていると、そんな真守を巻き込んでねばついた赤い糸が二人に絡みついてくる。

 

『ダメよっ!! 朝槻さんまで巻き込んじゃう!!』

 

『そんなことにはならない』

 

真守はふるふると柔らかく首を横に振り、美琴を安心させるために薄く儚く笑った。

 

『大丈夫だから。みんなを信じて」

 

 

「────行けるか、上条。削板?」

 

 

真守はそこで隣に立っていた二人に声を掛ける。

上条はコクッと頷き、削板は真守へと声を掛ける。

 

「あれは別世界からの得体の知れないモンだ。カミジョーの右手で消せるもんなのか?」

 

「うん、大丈夫」

 

真守は空間を割くようにバチバチと黒い稲妻を周囲に走らせる美琴と、自分が精神世界で抑え込もうとしているエネルギーを感じながら告げる。

 

「上条の右手は、世界をあるべき姿へと戻すから」

 

「……やっぱおもしれーな、お前たち」

 

真守の一言に削板はニッと笑い、そして拳を左手の平に打ち付けて気合を入れる。

 

「ヨッシャ行こうぜ! アサツキ、背中は任せた!」

 

「うん」

 

削板は真守が頷く横で腰を低く落とすと、周囲のコンクリートの欠片を空中へと浮かせながら気合を入れる。

 

「うぉ────!!」

 

そして地面を踏み割って足場を強制的に作り上げると、辺りに白いオーラを噴出させながら額に手を当てて胸に拳を抱き、気合を入れ始める。

 

「い!?」

 

上条は空間をびりびりと鳴り、頭上に黄金色の衝撃波の塊が浮かび上がるので悲鳴を上げるが、覚悟を決めて美琴へと向き直った。

 

「ぶちかまして来い!!」

 

削板はそこで上条に声を掛けると、天から降り落とした衝撃波によって強引に美琴の下へと道を作って周囲にバチバチと辺りを縦横無尽に駆け回る黒い稲妻を抑え込む。

 

「アサツキ!」

 

真守は削板に声を掛けられて右手の平を前へと伸ばす。

削板が抑え込んだで道を作っても、その道の周りには削板が作った道を穿(うが)とうと暴れ回る稲妻が数百存在する。

真守はそれら全てを俯瞰(ふかん)しながらも狙いを定めた。

そして真守は空間へ圧力をかけるように源流エネルギーを生み出し、黒い稲妻にぶつけて黒い稲妻を根本から破壊する。

ガギガギギ! と歯車と歯車が噛み合って鳴り響く音と共に蒼閃光(そうせんこう)(ほとばし)り、黒い稲妻を食らい尽くさんと暴れ回る。

その衝突によって吹きすさぶ余波を真守はきちんと最後まで面倒を見て、上条が通る削板が作った道の外へと流していく。

 

「上条!」

 

「うぉぉぉおおおおお──────!!」

 

上条は自身が歩むべき真守と削板が切り(ひら)いた道を全速力で駆け、美琴が抑え込もうと踏ん張っているこの世では測れない高密度な、源流エネルギーとはまた違った禍々しいエネルギーの塊へと向かう。

 

その瞬間、黒い稲妻にエネルギーが充填されて暴れ回り、それを懸命に抑え込んでいた削板の腕から血が噴き出た。

 

真守は左手を削板が作り出す衝撃波に手を伸ばすと、削板が作り出す衝撃波に干渉してエネルギーを充填、その強度を補強してやる。

 

「くっ────やれェえええカミジョー!!!!」

 

削板と真守が上条当麻を全力で支える中、削板が声を荒らげると上条がそれに呼応するように右手の拳を今一度固くぎゅっと握り締めた。

 

「ぬぅおおおおおお!!」

 

上条の右手が球体エネルギーへと届く。

だが、それを打ち消そうとした右手は鋭い力によって肩から弾かれ、大きく後ろへとばつん! という音を立てながら反り返る。

 

 

反り返った上条当麻の右腕はその鋭い力に耐えられず、肩から引きちぎられるように断裂して吹き飛ばされた。

 

 

上条の右手が衣服の袖と共に宙高く舞う。

 

 

それでも上条当麻は歯を噛みしめて諦めなかった。

 

 

そんな上条当麻の諦めない心に呼応するように黒い閃光が走ると、上条の右肩から白い竜が飛び出した。

 

その白い竜は口を大きく開けて球体エネルギーへと噛みつく。

 

白い竜だけではない。次々と様々な色の竜が飛び出した。

 

黒い色の竜は吐息を熱く吐き、その隣には首をもたげた水色のぎょろっとした瞳を持つ竜が現れて唾液をぼたぼたと獰猛に垂れ流す。

緑色の昆虫のような竜は空気を衝撃波のように揺らしながら、黄金の竜は角のように伸びた頭から雷光を辺りに走らせる。

そして結晶でできた白銀の竜は静かに動き、白い翼を頭から生やした白金の竜は羽根を散らしてみせる。

 

 

炎を逆巻く赤い竜は獰猛に嗤いながら──それらの竜と共に、美琴が生み出した球体エネルギーへと食らいついた。

 

 

そして球体の禍々しいエネルギーを噛みちぎり、筋のように引き延ばし、見ている人間が怖気立つような食らい方をしてエネルギーを捕食していく。

 

禍々しいエネルギーの塊は様々な竜に犯されるように食されて、その威力を殺されていく。

 

そして食らい尽くされた禍々しいエネルギーは最後に中心から閃光を走らせると、天まで伸びて美琴が造り出した濃灰色の雲を貫いて吹き飛ばした。

 

 

青空と本物の白い雲が(あら)わになる。

 

 

そしてその中心にいた美琴の体にまとわりついていた力が砕かれた。

 

 

頭に載っていた天使の輪は白と金色の欠片に砕け散り、美琴の体にまとわりついていた宇宙を満たす暗黒もバラバラと欠片になって崩れ落ちると、空気に()けるように消えていく。

 

美琴が呆然と空から前へと視線を移すとそこには上条が立っていた。

 

美琴が上条を見つめると、上条は左手の拳をトンッと美琴の額に当てた。

 

「学園都市にろくでもない面があるのは俺も知ってるし、それは俺たちが手出しできないような偉い奴が裏で操ってんのも分かってる。だけどさ、それを力尽くで排除するってやり方じゃ、仮に成功してもお前が望む世界にはならないと思うんだ」

 

上条は美琴に言い聞かせるように告げながらジャージの上着をそっと脱ぐ。

 

「俺以外にもお前を助けようと頑張ってたヤツ、心当たりあるだろ?」

 

上条はそこで、白い閃光を(まと)った欠片と黒い宇宙を塗り固めたかのような黒い欠片が剥がれて素っ裸になってしまった美琴の体にグッとジャージを押し付けて隠してやる。

 

「そいつらと少しずつ変えていけばいいんだ。もちろん、俺も協力する」

 

「…………うん」

 

美琴は目を涙で(うる)ませながらジャージを掻き抱くように抱きしめると、しっかりと頷いた。

 

「……ってあんた! 腕! 病院!!」

 

だが美琴はそこで上条の右腕が吹き飛んでしまったことを思い出して、慌てて声を上げた。

 

「え。……あ、あれ?」

 

「うえ!?」

 

だが次の瞬間、二人は思わず困惑した。

上条当麻の吹き飛んだはずの右腕がきちんと肩から生えているのだ。

右肩のジャージの袖はぶった切られるように布が無くなっているのに、右腕だけはなんともない。

 

「普通に動く……?」

 

ぐるぐると腕を回して上条が感触を確かめていると、美琴は呆然としたまま呟く。

 

「あんたの体、どうなってんのよ……?」

 

「さあ……」

 

二人が話しているのを真守が見ていると、ふと気配を感じて空を見上げた。

 

「真守」

 

そこには未元物質(ダークマター)の三対六枚の翼を広げた垣根帝督が浮かんでおり、自分のことを切なそうに、それでも愛おしげに呼んでくれた。

 

「垣根」

 

真守が垣根を見上げて無機質な輝きを持つエメラルドグリーンの瞳をそっと細めると、垣根は真守の前に降り立って真守の両肩に手を置いて抱き寄せた。

 

「む。……なんか他の女の匂いがする」

 

真守は自分も垣根も到底つけない、あまり好きじゃない香水の匂いを嗅いでジャージの上を着ていない垣根をじろっと見上げた。

 

「……お前、鼻が良すぎ」

 

垣根が思わず(うな)くように告げると、真守はジト目をして口をムッと咎たせる。

 

「お姫さま抱っこしたのか。……私以外の女を」

 

真守が無機質なエメラルドグリーンの瞳で垣根をじぃっと睨むと、垣根はその無機質な瞳を見たくないのと気まずくて目を逸らす。

 

「しょうがねえだろ、ヤツが動けなかったんだから」

 

垣根が自分に助けてもらって治療目的としてどこかに行った食蜂操祈を思い出しながら呟くと、真守は眉をひそませる。

 

「むぅ。……人命救助なら許してやる」

 

垣根は一応嫉妬にケリをつけた真守を見つめて柔らかく訊ねる。

 

「戻れそうか?」

 

「うん。大丈夫」

 

真守はスッと目を閉じると、垣根から離れるために数歩後退し、力をゆっくりと抜く。

 

ブワッ! っと鋭い風が吹いて、カッと真守の体が蒼閃光(そうせんこう)によって包まれる。

次の瞬間、真守の翼も転輪も後光も消え失せて、いつもと変わらない姿となった真守がそこに立っていた。

 

「………………垣根」

 

真守は姿を元に戻して目を潤ませると、垣根へと縋りつくように抱き着いた。

そして垣根の胸に頬をそっと摺り寄せて、かすれた声で自分の正直な気持ちを吐露する。

 

「…………………………こわかった」

 

垣根はそんな真守のことを悲痛な表情をしながらもそっと抱きしめる。

 

「大丈夫だ、真守。どんなことになってもそばにいてやる。だから……────っ!」

 

垣根がそっと真守の頭へと顔を()り寄せると、それが視界に入って驚愕で体を固くした。

 

「垣根?」

 

突然体を固くした真守が垣根を見上げようとするが、垣根がぐっと抱き寄せたままなので顔が上げられず真守は困惑で顔をしかめる。

 

「真守……………………髪、が」

 

「え?」

 

垣根が震える声で呟くので、真守は垣根に抱き着いたまま背中に降りていた髪の毛を前に持ってきて愕然とする。

 

真守の黒髪は絶対能力者(レベル6)に近づいたことで蒼みがかかったプラチナブロンドへと変わっていた。

 

今、真守の髪の毛はいつもと同じ艶やかな猫っ毛の黒髪だ。

 

だが。

 

毛先だけは蒼みがかったプラチナブロンドのままだった。

 

戻ったはずなのに。

自分のことを戻したはずなのに。

確実に、自分はまだ人なはずなのに。

 

 

その体には、確かに絶対能力者(レベル6)へと近づいた証が残されていた。

 

 

蒼みがかった染髪料でも生み出せない色になっている自分の髪の毛を真守はぎゅっと握る。

 

そして手を開くと、髪の毛はさらさらと重力に(のっと)って落ちていき、毛先が滑り落ちるときらきらと人工物的な煌めきを内包して淡く輝く。

 

もう一つの『絶対能力者進化(レベル6シフト)計画』。

暴走の余波を受けて、真守の存在が高次の存在へと組み替えさせられ、近づいた事件。

御坂美琴を救うことは確かに成功した。

事件を収束させることができた。

 

それでも。その爪痕は生々しく、痛々しく。

 

 

そして確実に、真守に恐怖を植え付けて収束した。

 



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第一一四話:〈絶望泥闇〉から連れ出すために

一一四話、投稿します。
次は一二月一一日土曜日です。


シャキン、シャキンという何かを切断する音が静かな部屋の中に響く。

 

切られているのは真守の髪、正確にはその毛先だ。

 

美琴が絶対能力者(レベル6)へと進化(シフト)させられそうになった際に、その余波に巻き込まれた真守は絶対能力者(レベル6)へと意図的に自分の存在を近づけさせられた。

 

その際真守の黒髪は蒼みがかかったプラチナブロンドへと変化してしまい、事件が終わっても毛先の色が黒髪に戻ることがなかった。

突然、髪先だけだとしても現存する染髪料でも表現できないような輝きを髪の毛が帯びてしまったらあまりにも不自然である。

 

毛先だけならば切っても真守は自分の能力、ベクトル生成によって体内のエネルギーを操って成長を(うなが)して元の長さまで伸ばせるので、色が変わってしまった毛先を切っているのだ。

 

だがその鋏を握っているのは真守ではなく垣根だった。

 

真守が鋏を手に切ろうとしたら垣根が切ってくれると言ったのだ。

正直背中は見えないので切ってもらえると助かる。

 

そのため真守は自室で垣根にベッドに座ってもらい、自分は床にぺたんと座って垣根に背を向けて髪の毛を切ってもらっていた。

 

「終わったぞ」

 

サラサラと髪の毛の先を整えられるように触りながら垣根が声を掛けるが、真守は応えない。

 

「真守?」

 

「……ん」

 

真守は垣根に背を向けたまま短くなってしまった髪の毛を首元から触れて前に持ってきて毛先を見た。

垣根が丁寧に切ってくれたのでなんら問題はない。

後は髪の毛を伸ばせばいいだけなのだが、真守はその気になれなかった。

 

「真守」

 

垣根がどう見たって気落ちしている真守の肩を優しく掴んで振り向かせると、真守が動いた瞬間、雫が軌跡のように空中を舞った。

 

真守は静かにぽろぽろと涙を(こぼ)して泣いていた。

 

垣根に分からないように体の震えを押さえて泣いていた真守はどうにかして垣根が髪の毛を切り終わる前に涙を引っ込めようと思っていた。

だが結局できなくて、真守は垣根に泣き顔を見られることになってしまったのだ。

 

「……真守」

 

「……、」

 

真守は垣根の声に応えない。ただ静かにぽろぽろと涙を零すだけだ。

垣根はそんな真守を見て、胸が締め付けられるように苦しくなってしまう。

 

絶対能力者(レベル6)へと近づけられて感情が希薄になった後、真守は普通の人に戻った。

絶対能力者(レベル6)へと近づけられていた時、真守は恐怖なんて感じなかった。感情が希薄になっていたからだ。

だが人の感性が戻ってきた事によって、その時自分が明確に違う生き物になっていたと自覚してしまったのだ。

 

自分が明らかに違う存在──万能的な力をもつ存在へ確実に近づいてしまったことに愕然とした。

その明らかに人とは違う知覚の仕方に、いつか完全に造り替わってしまうのだと知ってしまった。

自らが自らでなくなってしまうのを実体験的に感じてしまったので、真守には尚更恐怖が(つの)っていた。

 

あのまま絶対能力者(レベル6)へと進化(シフト)していたら、人として今感じているこの恐怖や苦しみは感じなかっただろうと真守は思った。

自分は万能であるべきで、それが普通であると心の底から感じるようになるのだと、真守は感じた。

 

人とは明確に違う感性を手に入れてしまって、それが当然だと感じる。

だが、真守はそこで自分が明確に違う存在になったとしても、感情が消えないという事実を知った。

 

それでも、人の精神に戻った朝槻真守は恐怖に震えていた。

怖い。

垣根はその感情に支配されている真守の頬に手を添えて濃く作り上げられてしまった涙の筋を指でグイッと消して、その瞳に溜まっていた涙を優しく(ぬぐ)った。

 

どんな言葉を掛けていいか分からない。

何故ならば絶対能力者(レベル6)へと進化する人なんていないからだ。

未知の領域へと到達する事ができるのは真守と一方通行(アクセラレータ)だけで、その未知の領域へと踏み込むことすらできない人間が何をどう言ったって慰めにもならない。

 

真守の精神的な安定薬である源白深城は、現在真守がこの前まで入院していたマンモス病院にいる。

深城の体は普通の人間ととある臓器以外は同じ構造をしているらしく、冥土帰し(ヘブンキャンセラー)が言うには体調を整えるのに既存の機械が使えるらしい。

普通の医療機器が使えるとしても、とある臓器──脳に関してはそうはいかない。

 

深城のあの一八歳の肉体には()()()()()()()()()()()

その代わりに幻想猛獣(AIMバースト)の時に美琴が破壊した核のような三角柱の結晶が内包されている。

 

現在深城は意識を回復しており、冥土帰し(ヘブンキャンセラー)が言うにはその三角柱に問題はない。

だがこれから身体的な面で問題が出てくる可能性があるのと、これを機に深城の体を詳しく調べるために現在深城は冥土帰しのいるマンモス病院にいるのだ。

そんな深城に付き添ってくれているのは林檎で、彼女は真守が明らかに疲弊していたので深城のことは任せて、と力強く言ってくれたのだ。

 

「何か飲むか?」

 

真守と現在二人きりの垣根は鋏や切った髪の毛を片付けて真守に優しく問いかけるが、真守は返事をしない。

 

(……そういや、コイツに聞いても意味がないんだった)

 

垣根は食に関心がない真守に聞いても意味がない。だがそんな真守でも、、差し出されたものは飲むだろう。垣根はそう思って、二階のラウンジにあるキッチンへと向かおうとベッドから立ち上がる。

だが真守は立ち上がって動き出そうとした垣根のズボンをぎゅっと掴んで、垣根を引き留めた。

 

「真守?」

 

「……………………い、で」

 

真守がぼそぼそと(うつむ)いて呟くので垣根には聞こえず、顔をしかめる。

真守はそんな垣根へと顔を上げて涙をぽろぽろ流しながら口を開いた。

 

「………………いかないで…………」

 

(すが)りつくような表情だった。

暗闇の中、絶望の中。一筋の光へと。救済へと(すが)りつくような表情だった。

 

「おねがい、かきね。いかないで…………」

 

真守はエメラルドグリーンの瞳を恐怖で揺らして眉を八の字にして懇願する。垣根はそんな真守のために、再び腰を下ろした。

 

「ひとりはいやだよ……………………」

 

真守は自分に目線を合わせるように近付いてきてくれた垣根を認識しながら、毛足の長いカーペットにぽろぽろと涙を落とす。

 

「真守」

 

どこか行くわけじゃない。そう考えて垣根が真守を落ち着かせようとすると、真守はもう片方の手でも垣根の腕をぎゅっと掴んで、悲痛で(かす)れた声をあげた。

 

「……おねがいだから、いかないで……そばにいて、かきね。…………そばに、」

 

ひっくひっくと子供のようにしゃくりあげる真守。そんな真守を見つめて、垣根は胸が痛くなって目を細めた。

 

「…………分かった」

 

垣根は真守のことを安心させるために、ギュッと腕の中に抱きしめる。

 

「一緒にいるから」

 

心の底から、苦しかった。

 

自分の大切な存在が苦しんで悲しんで。それでももう嫌だと、自暴自棄になって全てを終わらせてしまおうと考えないのが切なくて。

 

人のことを想って、自らを犠牲にしつつ。それでも自分を犠牲にしていることを周りの人間には悟られないようにして、本当に心を許している人間にしか弱みを見せない。

 

どこまでも機械的な思考で公正に人のことをいつも考えているのに、それでも確かなぬくもりと感情の起伏と優しさがあるこの少女は、本当に神さまに成るために生まれてきたような少女だった。

 

だからこそ。まだ神に成ることを真守自身が自覚すらしていない時に、深城が真守を一目見た時に『神さまみたいな子だ』と思ったのだろう。

 

それでも、やっぱり真守は一人の人間で。

まだ一五歳の、子供の。小さな女の子で。

自分が変わりゆくことに怯えている少女だった。

 

垣根が真守のことを優しく抱きしめてその背中を撫でる。すると、真守は垣根の広い背中にぎゅっとしがみついて、垣根の首筋に頭を摺り寄せる。

 

「私、ちゃんとここで生きてるよ…………生きてるよね……?」

 

「ああ。ちゃんとここにいるから」

 

だってぬくもりがある。

女の子らしく柔らかくて甘い匂いがして、そして温かい鼓動を感じる。

 

「まだ、私だよね?」

 

「お前はいつだってお前だ」

 

きっと、神さまに成っても真守は真守だ。

それは絶対に変わらない。

 

「でも、怖いよ。垣根」

 

それでも真守は怖いのだ。

変わってしまうことが、どうしようもなく怖かった。

 

「信じられない、どうしよう」

 

精神的に変化していたことを思い知らされた。

そして肉体的にも変化が見られた。

だからとても怖い。何も分からなくなるくらいに。何も信じられなくなるくらいに。

 

「……私、ちゃんとここにいるか、……よく分からなくなってしまって……ここに私として存在しているのは、夢なんじゃないかって……」

 

真守が信じる世界全てがここにあると垣根は示すために真守をギュッと抱きしめる。

そして垣根は少しだけ体を離して真守の顔を見つめる。

 

「夢じゃない」

 

「でも、それでも。……怖いよ、垣根…………」

 

自分はここにいるのか、まだ人間なのか。

もしかしたらもう自分の体は明確に変わってしまって、最後の夢を見ているのかもしれない。

 

 

真守がまだ人間であり、ここにいるという実感がないなら与えてやればいい。

 

 

絶望に呑まれてここにいるのか分からず信じられないなら、幸せで満たしてあげてここにいると実感させればいい。

心で信じられないなら、身を持って分からせてやればいい。

不安でしょうがないならぬくもりを感じさせて安心させてやればいい。

 

そう思った垣根は(うる)んだ瞳で自分を見上げる真守の顎に手を添えて、自分の方にクイッと引いた。

 

「真守」

 

垣根はそう囁くと真守に顔を近づけ目を閉じて、深いキスをする。

 

「ん」

 

真守が小さく(うな)る中、垣根は真守に長いキスをする。

そっと口を離すと、真守が熱を帯びた息を吐きながら、とろんとした瞳で自分を見上げていた。

そんな煽情的な目を向けられながら、垣根は真守に優しく甘くゆっくりと囁く。

 

 

「これからお前に、ここにいるんだって分かるくらいに幸せで満たしてやるから」

 

 

「………………うん、おねがい」

 

 

垣根がそっと甘く囁くと、真守は垣根の胸元の服をぎゅっと掴みながら熱に浮かされた潤んだ瞳で告げる。

これから垣根が自分に何をしてくれるのか、何をされるのか全て悟って。期待と不安で震えながら。

 

「垣根。…………ここにいるって実感させて……」

 

「ああ。──分かった」

 

垣根は涙を瞳に浮かばせて不安に打ち震えている真守を安心させるために、一つキスを落とす。

そして真守のことを優しく抱き上げると、そのまま立ち上がってベッドへと真守を降ろした。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

垣根は腕の中で静かな寝息を立てて眠る真守の後頭部を、柔らかで艶やかな猫っ毛の黒髪を()かしながら優しく撫でていた。

 

垣根は以前から知っていたが、真守は自分の髪の毛の手入れを念入りに行っている。

肉体の変化がよりにもよってそんな大事にしている髪の毛に出てしまったので、真守は本当に恐怖を感じて絶望していたのだ。

 

真守が髪の毛の手入れに力を入れているのには理由がある。

やっぱりその理由は源白深城だ。

 

研究所時代に適当に伸ばしていた真守の髪の毛を深城がよく櫛で()かしていたらしい。

『真守ちゃんの髪の毛は猫っ毛で細いんだよ。すぐ痛むからきちんとお手入れしなくちゃ』と深城は意気込んでいたらしく、真守が研究所から脱走して自分が幽霊状態になっても人が読んでいるファッション雑誌を盗み見ては、髪の毛の手入れの仕方を真守に教えていたらしい。

 

真守が猫耳ヘアにしているのも深城がしてほしいと言ったからで、最初は嫌々やっていたのだが、今ではすっかりトレードマークになっている。

 

そんな手入れが良く施されている真守の髪の毛を垣根が撫でる(たび)に、垣根好みの上品な花の香りが辺りに漂う。

 

垣根が真守の髪の毛を撫でていると、窓の外から鋭く叩きつけるような雨音が聞こえてきた。

先程までしとしとと降っていた雨が強まったらしい。

 

御坂美琴が絶対能力者(レベル6)進化(シフト)させられそうになった時に超大型の積乱雲が接近していると放送が掛かっていたが、美琴が雷雲を呼び込む前から元々今日の午後から未明まで雨が降る予報だった。

確かに美琴が絶対能力者(レベル6)から人に戻った時に雲が払われたが、アレは一時的なもので逆に強い雨雲を呼び込む結果となり、今どしゃぶりの雨が降っているようだった。

 

「……ん」

 

その雨音を聞いていた垣根だが、腕の中で真守が小さく(うな)ったので視線を真守へと移した。

どうやら雨音で目が覚めたらしい。

 

「真守、起きたのか?」

 

ぼーっとしている様子の真守に垣根が声を掛けると、真守はくしくしと目を(こす)ってからとろんとした瞳で垣根を見上げた。

 

「……いま、何時?」

 

「一時半」

 

垣根が真守の部屋に掛けてある電子時計を見てから呟くと、真守は垣根の胸に手を突いて体を起こす。

 

「明日も大覇星祭だから、ちゃんと寝なくちゃ……その前にお風呂入りたい……肌がぺたぺたする…………」

 

真守がじっとりと汗ばんでいる体を感じて(うめ)いていると、垣根は真守の頭をそっと引き寄せながら垣根は囁く。

 

「なあ、真守」

 

「うん?」

 

真守は引き寄せられたことによって視界いっぱいに広がった垣根の胸板を見ながら返事すると、垣根は真守の後頭部を撫でながら告げる。

 

「やっぱり全部壊しちまおう」

 

真守はその言葉に目を(またた)かせるが、そっと垣根の胸に手を添えながら寂しそうに呟く。

 

「…………壊したって、どうにもならないよ」

 

「なんで」

 

「壊したって何も変わらない。私がいつか変わってしまうことには変わりない。だから、私のことを制御してくれる学園都市がなくなるのは困る……」

 

真守がぽそぽそと呟くと、垣根は真守の細い腰に手を回してぎゅっと抱きしめて訊ねる。

 

「学園都市と一緒に生きるのか?」

 

「だって私は学園都市のモノだ。私の所有権は学園都市が持っているから」

 

「違うな」

 

「?」

 

自分の言葉を即座に否定した垣根を真守が見上げようとすると、垣根は真守の頭をがっちりとホールドして自身の胸にうずめさせて(おお)い隠すように抱きしめる。

 

「お前は、俺だけのものだ。俺のものだ。だからお前が幸せに笑っていられる世界を造ってやる。お前が幸せになれる世界を、お前が教えてくれた『無限の創造性』で造ってやる」

 

真守はそんな垣根の決意の言葉を聞いて優しく笑った。

 

 

「……じゃあ垣根。みんなが笑って幸せに暮らせる学園都市を造ってほしい。少しずつで良いから学園都市をよりよくしてほしい。私はそんな学園都市で生きていきたい」

 

 

「……それが、お前が幸せに笑っていられる世界か?」

 

垣根が腕を(ゆる)めて真守に問いかけると、真守は体を少し起こして微笑む。

 

「うん。私は学園都市に住んでるみんなが好きだから。私が生きていられるのは、やっぱり学園都市のおかげだから」

 

真守が見せたその笑みが綺麗で、儚くて。

 

「分かった」

 

垣根はそんな笑みを浮かべる真守に向かって決意の表情を見せて笑った。

 

「約束する。お前が幸せになれるような学園都市に俺たちがしてみせる」

 

真守は『俺たち』という言葉に嬉しそうに目を細めて、真守は自分の頬に手を添えている垣根の手に自分の手を重ねて微笑む。

 

「ありがとう、だいすきだよ。垣根」

 

「ああ。俺も愛してる」

 

垣根の言葉に真守がふにゃっと微笑むと、その瞬間『くぅ──……』と、大変かわいらしいお腹の鳴る音が響いた。

 

「……お、お腹が鳴った…………っ!」

 

真守は自分の薄い腹に手を当てて視線を落としてびっくりしてわなわなと感動で震える。

 

「感動するなよ、普通恥ずかしがるところだろ。……まあ、分からないことはないがな」

 

垣根がフッと笑うと、真守は恥ずかしそうに顔をこわばらせながらもえへへと笑う。

 

「そうだな。恥ずかしいのが普通だもんな。ご飯食べたいって思えるの新鮮だから。……でもご飯食べるにしても先にお風呂入りたい……」

 

「なんか用意しといてやるから風呂入ってこい。……それとも二人で入るか?」

 

真守がもじもじと体を居心地悪そうに動かすので、垣根は笑って告げる。

 

「なっ!? ……お、お風呂は一人で入るモノだから!!」

 

真守がかぁーっと顔を真っ赤にして叫ぶので、垣根は目を柔らかく細めた。

 

「そーかよ。今更恥ずかしがることでもねえのに」

 

「かっ……かきねのえっち!!」

 

真守が体を縮こませて叫ぶと、垣根は起き上がった真守を見つめて笑った。

 

「エロいのはどっちだよ」

 

真守は垣根の視線の先に、自分の一糸(まと)わぬ姿がある事に気が付いてバッと体の前面を両腕で隠す。

だが細い肢体よりももっと細い真守の両手で隠したとしてもたかが知れていた。

 

「うぅー……。……見ないで!」

 

「俺はお前の体じゃなくてさっきのお前のことについて言ったんだけど?」

 

垣根はわざといじわるを込めて告げると、真守は先程の自分の様子を思い出して涙目になってベッドに敷いていたタオルをバッと引っ張って体を隠しながらふるふると震わせる。

 

「う。うぅううう~……垣根のスケベ! ヘンタイっ! 色狂い~!」

 

「……聞き捨てならねえ。スケベでもヘンタイでも色狂いでもねえよ!!」

 

垣根が真守に襲い掛かろうとする動きをわざと見せると、効果てきめんの真守はぴゃっと飛び上がってタオルを持ったままベッドから転げ落ちるように逃亡する。

 

「垣根のばかばかばかばかえっちばかぁっ!!」

 

真守は涙目で叫びながら手早く着替えを手にするとバタバタとお風呂場へと向かった。

 

『ほぼすっ裸で廊下走るなよ、はしたねえ』と垣根が廊下に向けて言うと『わぁあああん!』と真守の悲鳴が聞こえてきたので垣根はくつくつと笑う。

 

垣根はそこでベッドから出て、ベッドの近くに脱ぎ散らかされて落ちていた服を拾って着ると、携帯電話を手に取る。

 

〈こんな時間に一体何の用かしら?〉

 

愚痴を言いながらもきちんと出た心理定規(メジャーハート)に垣根は簡潔に命令する。

 

「統括理事会、……いいや。学園都市にとって弱みになるような情報を集めろ」

 

〈……それはあの子のため?〉

 

少しだけ楽しそうに訊ねてくる心理定規(メジャーハート)の問いかけに垣根ははっきりと答えた。

 

「ああ。学園都市を変える。俺たちの手で」

 

〈へえ。それは面白そうね?〉

 

くすくすと心の底から楽しそうに笑う心理定規(メジャーハート)の声を聞いて垣根は不敵に笑って訊ねる。

 

「できねえと思うか?」

 

〈いいえ。あなたは、……私たちならばやろうと思えばできるわよ。必ずね〉

 

「そうか」

 

心理定規(メジャーハート)の言い直しに垣根はフッと小さく笑う。

 

真守に会って、色々な事が変わった。

自分の世界もそうだし、自分の周りの人間の世界にさえ、彩りを与えてくれた。

モノクロのような味気ない世界を、黄金の粒が舞い散る柔らかな光の中、輝き、色めき立つ世界へと変えてくれた。

あの少女のためならば、自分たちはなんでもできる。

あの少女が可能性を提示してくれた自分たちには、無限の可能性が秘められている。

 

「お前のことなんざ信用できねえと思ってたがな」

 

垣根はそこで笑みを(こぼ)して嘘偽りない心境を吐露した。

 

「……今は信用しても良いと思ってる」

 

人を信じるなんてばかばかしいと思っていたが、真守が信じるならば信じてやっても良いと垣根は思っている。

『スクール』の面々はそれぞれ真守のことを一目置いて考えている。

そんな人間ならば、信じないわけにはいかないのだ。

 

〈そう?〉

 

そんな垣根の随分な物言いに心理定規(メジャーハート)は変わらないトーンで応えて、言葉を紡ぐ。

 

〈私はあなたのことを最初から信じていたわ〉

 

「はん。本当かよ」

 

〈そこから信用してみれば?〉

 

垣根が一蹴すると、心理定規(メジャーハート)はふふっと電話越しに笑って愉快そうに呟く。

 

「……そうだな。──信じてやる」

 

真守が信じる人間ならば、信じられる。

 

人の可能性をどこまでも信じて、どこまでも神さまのように公正で。

でもそうだとしてもやっぱり一人の女の子である真守を想って、垣根は柔らかな気持ちになって優しい表情で、一人で微笑んでいた。

 




相変わらず恋の定石が通じない恋愛をしているし、色々おかしいですが無事に結ばれました。
まあ他の女にすぐに連絡するのは常識的にどうかと思いますが、流石常識が通じない垣根くん。
あと、昨日(大覇星祭一日目:数話前)無理って言ってた真守ちゃんですが、一日ちょっとでひっくり返しました。ナンテコッタ。
原作でもここから急展開ですが、ここから『流動源力』も怒涛の展開ですのでお付き合いいただければ幸いです。



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第一一五話:〈大覇星祭〉は幕閉じて

第一一五話、投稿します。
※次は一二月一三日月曜日です。


「真守ちゃん見てたよーっ常盤台中学と対決して勝っちゃうんだねぇ!!」

 

「まあ高位能力者制限があろうと、流石に音速以上で動く(まと)は常盤台の子でも止めることはできないだろ」

 

大覇星祭三日目。

真守の高校と常盤台中学が直接対決となり、真守たちの高校が勝利した。

 

常盤台中学の女子生徒は超能力者(レベル5)である真守を集中的に狙ってきたが、真守が音よりも早く逃げ続けるので攻撃が当たらなかったからだ。

そして真守に常盤台のお嬢様たちが翻弄されているその隙に、真守の学校の生徒が得点を重ねるという戦法で真守たちは常盤台に勝利した。

 

途中から真守が囮になっていると分かった常盤台の少女たちは得点を重ねようと競技に集中したが、真守は自分を狙う常盤台中学の少女たちを引きつけながら得点を重ねる少女たちがいる方へと逃げて同士討ちを誘発して得点を抑えた。

 

あちらには超能力者(レベル5)が二人いるが、第六位の食蜂操祈は真守が少し小突いただけで体力を消耗してしまいほぼリタイア状態、体力があるとしても美琴の攻撃は真守を(とら)えることができないので二人共真守に翻弄されていた。

 

常盤台中学の少女たちはお嬢様なので真守一人に翻弄された試合結果に心が折れるかと思ったが、彼女たちは向上心の塊らしく来年は必ず勝つ! と真守用の対策部門を立ち上げるとかなんとか美琴が言っていた。

まあそれでも常盤台は追い上げが凄まじいので、真守のような平々凡々な学校に一度負けようが覇権争いに影響はないのだが。

 

「でもいいなあ。あたしも生で見たかったぁ。ビデオなのが悲しいぃ」

 

「しょうがないだろ。検査入院ってのはそんなものだ」

 

深城はぶーぶーと白いベッドの上で文句を言う。

深城は現在、あらゆる機材で精密検査をされて、AIM拡散力場でできた体について調べられている。

既に体には何の異常もないが、それでも深城は数日間病院にいなければならない。

だが今日はちょっと難しかっただけで、大覇星祭中ずっと病院にいなければならない羽目にはならないのだ。

 

「ちゃんと明日一緒に回るから。その時楽しみにしててな?」

 

「……うん」

 

そのため真守がそう元気づけると、深城は少し不満そうな声を出しながらも頷いた。

 

「深城? どうした?」

 

「真守ちゃん、ちょっとこっち来て」

 

深城の不満そうな声が大覇星祭に対してではなさそうなので真守が首を傾げていると、深城はちょいちょいっと手を動かして真守を呼んだ。

 

「うん?」

 

真守は深城に呼ばれてスッと体を深城の方へと寄せると、深城は真守を抱きしめてスンスンと匂いを嗅ぐ。

 

「…………真守ちゃん、垣根さんとえっちしたでしょ」

 

「なっなんで匂いだけで分かるの!?」

 

真守が慌てて声をひっくり返しながら問いかけると、深城はじとーっと真守を見つめながらぽそっと一言。

 

「垣根さんの香りがべったりする」

 

「お前の鼻は人間離れしているのか?」

 

真守が思わず真顔になってから『確かにあり得るけど……』と、動揺した声を上げると、深城はむすーっと口を尖らせる。

 

「…………あの、深城……」

 

「なぁに」

 

「……恥ずかしくて、言えなかったんだけど」

 

深城の不機嫌そうな声に、真守は眉をひそませて所在無さげに内ももをすりすりと()り寄せながらも告白する。

 

「……というか、言うタイミングを考えてたんだけど……」

 

「うん」

 

深城は珍しくはっきりしない様子の真守に口を尖らせながらも、その視線に優しく温かな感情を乗せて頷く。

 

「……………………かきねと…………その、え、えっ……ち、しました……」

 

真守が顔を真っ赤にして(うつむ)いてぽそぽそ呟くのを見て、深城はそこで口を尖らせるのをやめて、フフッと小さく笑って真守の頬へと手を添える。

 

「別に怒ってないよ」

 

「……ほんと?」

 

真守は深城が自分の頬に添えてくれる手に、自身の手を重ねながらおずおずと問いかける。

 

「うん。だって真守ちゃんが言いたそうにしてたの分かったもん。ただ真守ちゃんの口から早く聞きたかったからいじわるしただけ」

 

深城の優しさに触れて、真守は今度こそちゃんと言わなくちゃいけないと思ってはっきりと告げる。

 

「……垣根とえっち、した」

 

深城は真守の告白にくすくすと笑い、真守の頬に添えている手で真守の頬を優しく撫でる。

 

「そっか。幸せだった?」

 

「…………生きてるって、実感できた。不安じゃなくなった」

 

真守の一言に深城は目を見開く。

そしてすぐに切なそうに顔を歪ませながらも優しい笑みを浮かべた。

 

「……そっか!」

 

深城が笑ってくれたので、真守も釣られて顔を少し赤らめながらふにゃっと微笑む。

 

「ところでさ、真守ちゃん」

 

「うん?」

 

二人で幸せに浸っていると深城が真剣な表情をして問いかけてくるので、真守はきょとっとした様子で首を傾げる。

 

「真守ちゃんってば、あぶのーまるな恋愛してるってことに気が付いてる?」

 

「へ」

 

真守はそこで目をぱちくりとさせる。

 

一般人の思い描く学生の男女の健全なお付き合いというのは、まず友達から恋人になり、そしてそこから健全な関係を少し育み、記念日で肉体的な関係を持つ、というものだ。

冷静に考えなくとも、真守と垣根の恋愛は前提からしておかしい。

 

垣根は夏休みの時から自分を一人にしない、一生そばにいると宣言してくれていたが、アレははっきり言って最早プロポーズ並み、いやそれ以上の宣言かもしれない。

 

それを真守は深城と同じことを言ってくれている、嬉しいとしか考えていなかったが、普通の人間が聞いたらそれで付き合ってないの!? ……と、度肝を抜かれるような事態である。『スクール』の面々が驚くのも無理はないことだった。

 

そしてしかもやっと明確な恋人になった翌日に事を致すのだ。

絶対に普通じゃない。

いやむしろ超能力者(レベル5)同士の恋愛が普通なのも逆におかしいかもしれないが、確かに普通じゃない。

真守はそのことに気が付いて再び顔を真っ赤にする。

 

「か、垣根がしょっちゅう常識は通用しないとか言ってるから普通じゃない恋愛しちゃうんだぁ……!」

 

「俺のせいにするんじゃねえ!」

 

真守が顔を真っ赤にしてぷるぷると震えていると、タイミングよく部屋に入ってきた垣根がガウッと吠えた。

 

「あ。えっちな人だ」

 

深城は真守のことを庇うようにぎゅっと自分の胸を圧しつけながら真守の腕を取って真顔で告げる。

 

「誤解を招くような言い方するんじゃねえよ!」

 

垣根が叫ぶと、垣根に買ってもらったクレープを一心不乱に食べていた林檎がぐむっとクレープを呑み込んでから顔を上げる。

 

「垣根、えっちなの?」

 

「ほら源白テメエ! ガキが信じるからそういうことぽんぽん言うんじゃねえ!!」

 

林檎に純粋なまなざしを向けられて聞かれた垣根は、怒りを込めて深城を睨んで怒鳴り声を上げる。

 

「林檎ちゃん。垣根さんには常識が通じないから、えっちとかえっちじゃないとかの次元を超えているんだよ」

 

そんな怒れる超能力者(レベル5)を他所に、深城は恥ずかしそうに俯く真守の腕に抱き着いたまま人差し指を立てて林檎に言い聞かせる。

 

「そうなの。すごいね、垣根」

 

「……その評価は俺をおちょくってるんじゃなくてマジで純粋にそう思ってるんだよな。……お前の頭ん中で俺はどういう位置づけにいるんだよ」

 

林檎がきらきらとした目で自分を見上げてくるので林檎をジト目で睨みつけていた垣根だったが、ここまで真守が一言も発していないのに気が付いて真守に視線を移した。

 

真守は学校指定のジャージの袖を口に当て、恥ずかしそうに垣根に目を合わせないで俯いている。

冷静になった今、垣根の顔を見たら昨日の事を思い出してしまうので、今日の朝からずっと真守はこんな調子なのだ。

 

一回くらいで顔が見られなくなっては困るが、自分を意識しまくってる真守がかわいい。

 

垣根は意地悪く笑うと、林檎と共に何気なく深城のベッドへと近づく。そして真守が俯いているからこそ分からない角度から、真守のその小さな背中につうっと人差し指を走らせた。

 

「ひゃっ!!」

 

真守は突然背中にぞくぞく走った感触で思いきり飛び上がり。そのまま丸椅子から転げ落ちる。

 

どんがらがぁーん! と音が響き渡り。垣根のいたずらが見えなかった林檎は目をぱちくりとしており、深城は困った様子で笑った。

 

真守は椅子から落ちた状態で魚のように口をパクパクとさせていたが、垣根が意地悪をしたと理解した次の瞬間、

 

「ふぇ」

 

と一言漏らし、即座に目を潤ませてぽろっと涙を一つ(こぼ)した。

 

恥ずかしくて気まずいのにびっくりさせられて、しかも足やら何やらが痛み、真守は許容量をオーバーしてしまったのだ。

 

「わ、悪かった。真守!」

 

垣根はぎょっとして真守を抱き上げて、自分の腕に座らせる。

真守は垣根の肩に片手を乗せてバランスを取りながらひっくひっくとしゃくりあげて涙を(にじ)ませる。

 

「別に恥ずかしいことじゃねえって! むしろそんな意識されてる方が嫌なんだよ!」

 

「……っじゃあ、どうしてそう言ってくれなかった? どうしていじわるしたんだ?」

 

真守がしゃくりあげながら告げるので、垣根はウッと(うめ)いてから顔を背けて気まずそうに告げる。

 

「………………お前がかわいくて、つい……」

 

「……いじわるしたくなったんだ?」

 

真守が問いかけると、垣根は目を泳がせて真守の追求から逃れようとする。

 

「そうなんだ」

 

「……、」

 

真守が問いかけても垣根が答えないので、真守はひっくとしゃくりあげて口を大きく開けて叫んだ。

 

「やっぱりかきねも好きな女の子イジメる男の子だーっ! どうせ垣根もいつか私にメイドさんのこすぷれさせて恥ずかしいことさせるんだきっと!! あんな欲望丸出しのこと、私は恥ずかしくてできる気がしないっ!! ばかばかばかばか垣根のえっち!!」

 

「オイちょっと待て! それは誰の欲望だ、もしかして土御門か!?」

 

垣根が真守の口から出た衝撃発言に思わず大声で訊ねるが、真守は垣根の腕の上でバタバタと暴れる。

 

「あぶねえ真守、落ち着け!」

 

垣根は暴れる真守を落とさないために地面に優しく降ろして、真守のことを(なだ)めにかかる。

 

「何してもいいからその後はぎゅってしてなでなでしてって言った!」

 

真守は垣根に向けて両手を広げ、抱きしめるのを強要する。

 

「ああっもう、分かった! 悪かった、真守! な?」

 

垣根は真守をぎゅっと抱き寄せてよしよしと頭を撫でる。

ちなみに真守が泣き始めたのでびっくりした林檎は、深城が抱き寄せて耳と目を塞いでいるので今の様子は伝わっていない。

何が何だか分からないままなので林檎は深城の腕の中で疑問符をずっと上げており、深城は苦笑していた。

 

「……べつに」

 

垣根に慰められていた真守は、垣根の顔を見ずに垣根の胸に顔をうずめたままぽそっと呟く。

 

「なんだ?」

 

垣根が真守の機嫌を損ねないようにするために、真守に接するいつもの態度の三割増しくらいで優しく問いかけると、真守は垣根のジャージの布を握り締めながら告げる。

 

「…………べつに、怒ってないから……垣根、いじわるだったけど……でも、いじわるするって私のことだいすきってことだから…………ゆるしてあげる…………」

 

(あ。マジでイジメても抱きしめて頭撫でりゃ機嫌取れんのか)

 

垣根は自身の嗜虐心に火が付くのを感じた。

だが即座に垣根が悪いことを考えていると気が付いた真守がじろっと自分を睨み上げてくるので、垣根は真守のことをぎゅっと抱きしめる。

 

「そうだな。愛あるイジメはいいよな」

 

「調子乗るな」

 

「いやお前が言ったんだろうが」

 

「……調子乗るな」

 

真守は垣根のツッコミを聞きながらもすりっと垣根に頬を摺り寄せる。

幸せそうに自分に甘えてくる真守が愛おしくて、垣根は真守の腰を引き寄せて抱きしめる。

 

「あのーここ病院なんでいちゃいちゃしないでくれるかなあ。というか林檎ちゃんがいるからやめてくれなあい?」

 

深城は未だ深城の胸に抱かれて状況が分かってない林檎がいると伝えて、二人の世界に浸るのを強制的に止めさせて現実に帰還させた。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

「大覇星祭も終わりだねえ」

 

最終日。

深城は糸引き飴の糸を口から垂れさせている林檎と手を繋ぎながら、りんご飴を食べて微笑む。

深城は現在大覇星祭の最終日ということもあって外出が許可されているが、明日から本格的な検査が始まるので数日マンモス病院に泊まることになっている。

そのため深城は林檎に数日間会えないので、林檎と一緒に大覇星祭の最後を全力で楽しんでいた。

 

「楽しかった。朝槻、かっこよかった」

 

「そうだねえ。真守ちゃんかっこよかったねえ」

 

深城と林檎はにこにこと真守の話で盛り上がり、そんな深城と林檎の後ろで真守と垣根は並んで歩いていた。

真守の手にはかき氷が握られており、垣根の手にはプラスチックカップに入ったジュースが握られているので手は繋いでいない。

それでも寄り添って幸せそうに歩いているので、カップルであるということは周りになんとなく気が付かれていた。

 

「……深城、あれ何してるの?」

 

そんな真守と垣根の前で、林檎は目の前の広場でキャンプファイアーを中心として学生たちが輪を作って踊っているのを指さして深城に問いかけた。

 

「ん? あれはフォークダンスだねえ」

 

深城が顔を上げてそう答えると、林檎はきょとんとしたまま首を傾げた。

 

「ふぉーくだんす?」

 

「そういう踊りがあるんだよぉ。男女で踊るの!」

 

「へー」

 

林檎が踊っている学生たちを物珍しそうに眺めていると、垣根はフォークダンス会場の近くに見知った少年を見つけた。

 

「あれ上条じゃねえの?」

 

「ん? 本当だな。上条!」

 

垣根が呟くので真守が呼ぶと、誰かと待ち合わせていたらしい上条が顔を上げた。

 

「おう、朝槻! 垣根! それに源白も……ええとその友達もか!」

 

上条はその場から動かずに手を振ってくる。待ち合わせしているから動けないのだ。

そのため四人が上条へと近づいた。

 

「上条はこれから踊るのか? もちろん女の子?」

 

「ああ、そうだよ。借り物競走の時にお守り借りた子にお礼に一緒に踊ってくれないかって頼まれたんだ」

 

「へえ。その相手は一体どこにいやがるんだ?」

 

垣根はこのカミジョー属性とかいうのがあると言われているこの女たらしにまた引っかかった少女がいるのかと呆れながら辺りを見回し、上条に頼んできた後輩を探す。

 

「後から来るって言ってたぞ。垣根は朝槻と踊らねえの?」

 

「あ?」

 

「垣根はそういうの好きじゃないから」

 

真守が上条の問いかけに機嫌悪そうに声を上げた垣根のフォローをするので、上条はふーんと声を上げる。

だが次の瞬間、上条は真守へと顔を近づけてじーっと見つめた。

 

「なんだ? 何かおかしいか?」

 

「いや、ずっと気になってたんだけどよ」

 

真守が怪訝そうな顔で問いかけると、上条は顎に手を当てて真剣な表情で真守に訊ねてきた。

 

「……なんか雰囲気変わった?」

 

「へ」

 

真守が小首を傾げると、上条は顎に手を当てるのをやめて腕を組んで真守をじろじろと見る。

 

「いやー数日前からなんか変わったなーって気がしてて。正確には……大覇星祭三日目くらいから」

 

「「……、」」

 

真守は上条の洞察力に絶句して、垣根は上条の洞察力に目を見開いて固まる。

 

「べ、別に変わってない!! 私は、正常! 正常だ!!」

 

真守が顔を真っ青にしてそう主張すると、上条は首を傾げながら真守を見た。

 

「そうなのか? ……まあ、俺の推察なんて当てにならないからなあ。朝槻がそう言うんだったらそうなんだろうな」

 

だが真守がそう言うのであればそうなのだろうと上条が納得すると、真守はそれが正しいと何度もこくこく頷いて肯定した。

 

「そそそそそう! 別に変わってない!! ちょっと二日目の事件が大変だっただけで、なんともない!!」

 

「あー確かに二日目の事件は大変だったなあ。あれは流石に死ぬかと──」

 

そこまで上条が言いかけた時、早足で二日目の事件の中心にいた御坂美琴が近付いてきた。

そしてガッと上条の手を美琴は掴み、真っ赤な顔で涙目で上条を見上げた。

 

「へ?」

 

上条が声を上げる中、美琴は上条を連れて無言でずんずん進んで上条と共にフォークダンス会場へと入っていく。

 

「連れて行かれたな」

 

「後輩の子って美琴だったのか? なんか色々あったように感じるけど……」

 

真守と垣根は目の前から消えていった上条と美琴を見つめながら呟く。

そして真守は上条と美琴が踊る様子を、かき氷を食べながらじぃーっと見つめていた。

垣根がちらっと見ると、真守は楽しそうだなーとか、いいなーとか思ってそうだった。そのため垣根はチッと舌打ちをしながら、真守から少しだけ残っているかき氷をひょいっと奪い取る。

 

「垣根?」

 

そして奪ったかき氷と自分が飲んでいたジュースを深城に預けると、真守の手を引いてスタスタとフォークダンス会場へと向かう。

 

「か、垣根!?」

 

「源白、林檎。そっから動くなよ」

 

「うん、行ってらっしゃい」

 

「真守ちゃん! 楽しんできてねえ!」

 

深城と林檎が見送る中、真守はずんずんと進んでいく垣根に慌てて声を掛ける。

 

「か、垣根。別に嫌だったらいいんだから。ちょっといいなって思っただけだから、別に垣根に強要したいわけじゃ、」

 

「うるせえ。踊ってやんだから文句あるか?」

 

「…………な、ない」

 

真守は垣根に連れられてフォークダンス会場へと行くと輪に入って垣根とフォークダンスを始める。

真守は顔を赤くしながらもはにかみながらも嬉しそうに笑っており、そんな真守が見られて垣根はふっと柔らかく笑う。

美男美女の超能力者(レベル5)カップルがフォークダンスを初々しい様子で踊っているので周囲の注目を集めていたが、突然、わぁぁと悲鳴が聞こえてきた。

 

「え?」

 

真守が声を上げてそれと一緒に垣根が振り返ると、丁度白井黒子が上条当麻にドロップキックをして立ち上がっているところで、近くにいた美琴が驚愕して固まっていた。

 

「…………ふふふっ」

 

垣根は白井黒子の御坂美琴好きに呆れていたが、隣から真守の楽しそうな声が聞こえてきたので真守を見た。

 

真守は笑っていた。

幸せそうに、それを噛み締めるように。少し寂しそうに目を細めながらも。

楽しそうに鈴の音を転がすような軽やかな笑い声をあげていて笑っていた。

垣根はそんな真守を見て、愛しくなって切なくて。そしてこらえきれずにその頬にキスをした。

 

「なっ!」

 

真守は垣根にキスをされて慌てて辺りを見回すが、美琴と上条、それと白井に注目していた周りは見ていなかった。

 

「お前が恥ずかしがるからちゃんと人目気にしたんだぜ?」

 

「……だからっそれでもダメだからっ! 人前でしないでって言った!!」

 

真守が頬を赤く染めて恥ずかしがるので、垣根は真守の頭に自分の頬を寄せて甘く囁く。

 

「俺はこれからも変わらずに、俺がしたい時にお前にキスしてやる」

 

「だっだからそれじゃダメって、」

 

真守が目を泳がせてダメだと再三に渡って主張すると、垣根はちろっと真守の首筋を舐めた。

 

「!?」

 

真守はそれを受けてビクゥッと体を跳ねらせて硬直した後、驚愕で腰が抜けて足に力が入らなくなる。

 

「よっと」

 

そんな真守を、垣根は地面に尻餅をつく前にひょいっと抱き上げた。

 

「満足か?」

 

「……っもう、お腹いっぱい…………」

 

垣根はふにゃふにゃと恥ずかしそうにしながら目を泳がせている真守を見て、満足そうに笑った。

 

「お前との大覇星祭、案外楽しかったぜ」

 

「! ……私は、とっても楽しかった!」

 

垣根が楽しかったと言ってくれたので、真守はにぱっと満面の笑みで応える。

 

学園都市で七日間行われる大覇星祭。

真守にとっての初めての大覇星祭は、色々なことがありつつも垣根との仲をより一層深める形で無事に幕を閉じた。

 




垣根くん、真守ちゃんのためならフォークダンスだろうとなんだってしてくれます。太っ腹。
これにて大覇星祭篇は終了です。
次回、九月三〇日事件篇、開幕。



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〇九三〇事件篇
第一一六話:〈幸福毎日〉でもうすら寂しい


第一一六話、投稿します。
次は一二月一四日火曜日です。


薄暗い早朝。真守は衣擦(きぬず)れの音で目が覚めた。

 

ほの白い光がカーテンの隙間から差し込む中で目を(こす)ると、ベッドのすぐそばで垣根がスーツのジャケットを着ていた。

真守は垣根が何かを羽織る時に襟元をピッと正す仕草が大好きだった。

その様子をじぃっと真守が見ていると、垣根は真守の方を振り返ってベッドに手を付くと、その口にそっとキスをした。

 

「ん。……垣根、気を付けてな」

 

真守が目を細めて告げると、垣根は真守の頬をそっと撫でて微笑む。

 

「ああ、行ってくる」

 

垣根はそう告げると、真守の部屋から出ていく。

廊下を歩く垣根の足音が遠くなっていく中、真守はベッドの上で膝を抱える。

そして寂しそうに微笑んで、立てた膝にそっと顔をうずめた。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

真守は自宅の一階の外に停まったタクシーに近づいた。

 

「深城、おかえり」

 

真守が笑いかけた先にはタクシーから降りてきた深城がいて、深城は真守の姿を見ると、タクシーのトランクから荷物を下ろす事も忘れてぎゅーっと真守に抱き着く。

 

「ただいまぁーっ! やっと真守ちゃんのところに帰ってこられたぁー!」

 

「ん。おかえり、深城」

 

真守が思いっきり抱き着いてきた深城の背中を優しく撫でると、深城はきょとんとした表情で真守を抱きしめるのをやめて真守の顔を見た。

 

「なんだ?」

 

「いつもだったらカエルが潰れたみたいな声出すのに、反応違うなあって」

 

「……最近深城に抱き着かれる瞬間が分かるようになってきたんだよ……」

 

深城の問いかけに真守が目を遠くして呟くと、深城はへーっと言ってからグッと親指を立てる。

 

「それは適応能力というヤツだね、真守ちゃん」

 

「あのーお荷物はどうすれば?」

 

「私がもらい、ます」

 

運転手が困った様子でトランクから深城の荷物を取り出して持っていると、林檎が両手を差し出す。

運転手が林檎に荷物を渡そうとすると、林檎はそれを受け取らずに念動能力(サイコキネシス)でふわっと浮かせて受け取った。

結構重い荷物を小さな林檎が念動能力(サイコキネシス)で楽々と浮かすので、運転手はびっくりしながらもぺこっと頭を下げてそのまま立ち去る。

 

「林檎ちゃんありがとぉ。良い子にしてたあ?」

 

「うん。朝槻にちゃんとご飯食べさせた」

 

「えらぁーい!!」

 

深城が問いかけると林檎が得意気に告げるので、深城は真守から離れて林檎の頭を優しく撫でる。

 

「ちょっとそれ、おかしくないか?」

 

「おかしくないよぉ。垣根さんは?」

 

真守がムッと口を尖らせてると、深城はにんまり笑って真守を見つめて問いかけてきた。

 

「……垣根は、忙しいから」

 

「そぉなの?」

 

真守が寂しそうに笑うと、深城は目をぱちくりと瞬かせる。

すると、林檎は念動能力(サイコキネシス)でふわふわと荷物を浮かせたまま深城を見た。

 

「垣根、最近夜しか来てない」

 

「夜?」

 

林檎の補足説明に深城がコテッと小首を傾げると、

 

「朝槻の部屋に夜遅くに入っていって一緒に寝て、朝またどっかに行く」

 

林檎は爆弾と気づかずに爆弾を投下した。

深城はそこで、ゆっくりと目を()らしている真守を見た。

 

「……真守ちゃん、ただれた生活してるねえ」

 

「べ、べつに毎日じゃない!!」

 

深城がしみじみ言うので真守は大声を出して否定する。

 

「? 大覇星祭中から毎日そうだよ?」

 

「そぉだよねえ、ただれてるよねえ」

 

林檎が文面通りに受け取って首を傾げると、深城は何も知らない無垢な林檎にすり寄ってジト目で真守を責めるように見つめる。

 

「う。別にただれてない……一週間もそういう生活してないんだから……」

 

深城の責めるような視線に真守が寂しそうに目を細めるので、深城は目を数回(またた)かせてから林檎に視線を合わせる。

 

「林檎ちゃん、お荷物あたしの部屋に持って行ってくれる?」

 

「うん、分かった」

 

林檎は頷くと、念動能力(サイコキネシス)で荷物を浮かせたままテテテーッと軽快に自宅の中へと入っていく。

 

「で? 結局のところ、垣根さん何してるの?」

 

深城は気落ちしている真守の肩を抱き寄せ、一緒にゆっくりとマンションに入りながら林檎にあまり聞かせていいものか分からない話を真守に訊ねる。

 

「……私のために頑張ってくれてる」

 

「そっか! それでも真守ちゃんのこと安心させるために一緒に寝てくれるんだあ」

 

深城は真守のために垣根が忙しくしてること。

それでも真守が寂しい思いをしないように絶対に一日一回は真守に会いに来ているというマメさを垣間見せているので安心した様子で微笑む。

 

「じゃあなんで真守ちゃんは寂しそうにしているの? 何か不満があるのぉ?」

 

真守の全てがお見通しな深城は、真守の心境を的確に理解してそう訊ねて来る。

深城がそう問いかけてくると分かっていた真守は、それでも言いにくそうに顔を(うつむ)かせた。

 

「…………垣根と、もっとずっと一緒にいて、たくさん話したいなって。……私のわがままなんだ。垣根は私のために頑張ってくれてるから、私は何も言ってはいけないんだ。だから垣根には内緒にしておいて。一日一回会えてたら本当は十分なんだから……」

 

垣根は真守がベッドに入っている時しか一緒にいてくれない。

できれば、もっとちゃんと話をしたいのだ。

深城はそんな真守の寂しそうな顔を見てスッと真顔になる。

 

「……垣根さんのことちょっとひっぱたいてくる」

 

「深城、大丈夫だから! お前が全力でひっぱたくと流石の垣根でも首が折れる。それに垣根、デートの約束してくれてるから!」

 

すぐに行動し始めようとした深城を慌てて真守が止めると、深城は振り返って真守を見た。

 

「……デート?」

 

深城が白い目を向けてくるので、真守は垣根をフォローするために必死に告げる。

 

「うん。貸しイチでデートする予定だったけど、恋人になったから。だから明日、学校が終わったらデートに行くんだ。明日は(ころも)替えのために午前授業だろ? だから学校終わったら待ち合わせしてデートしようって垣根が。……行ってきていいか?」

 

「もちろん! そのまま帰ってこなくたっていいんだよぉ?」

 

「か、帰ってくるに決まってるだろ!!」

 

深城が明け透けな言葉と共にグッと親指を立てるので真守が叫ぶと、深城はきゃーと軽い声を上げながらマンション内のエントランスを走っていく。

 

「ふふっうそうそ! おいしいご飯作って待ってるね!」

 

「……うん。ありがとう、深城」

 

真守は深城の優しさにふにゃっと微笑んで深城の後を追い、自宅へと帰って行った。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

『……と、真守は寂しそうに言ってましたよ』

 

「……、」

 

第八学区の『スクール』のアジト。

 

そこで垣根は椅子に座って長い足を組んでおり、目の前のテーブルに乗っている垣根が未元物質(ダークマター)で造り上げた人造生命体であるカブトムシ、通称『帝兵さん』と話していた。

垣根が気まずそうに黙っていると、カブトムシはヘーゼルグリーンの瞳をきゅきゅっとカメラレンズのように収縮させながら助言する。

 

『男としてすることだけしたって愛情は伝わりませんよ』

 

「うるせえ人間でもねえくせに」

 

垣根帝督(オリジナル)の端末と言えど、言わなければならないことは言わないと』

 

垣根が苛立ちを込めて自分の端末に声を掛けると、カブトムシはなんてことなさそうに薄い翅を振動させて淡々と発声させる。

垣根は自分の端末に助言されて苛立ちを隠さずに、トントンとテーブルを叩きながらカブトムシを睨みつける。

 

「俺だって真守のことちゃんと考えてんだよ。……知らねえとは言わせねえぞ」

 

『そうですね、主に欲望を』

 

「お前本当に一回刷新(さっしん)した方がいいんじゃねえの?」

 

垣根帝督(オリジナル)が作った私の自我成長の診断プログラムでは、成長度合いに問題は見受けられません。垣根帝督の心の狭さが問題では?』

 

さっきから自分に反抗しまくっているカブトムシに殺意を(つの)らせていると、カブトムシはその殺意に反応する事なく極めて機械的で業務的な定型文を告げる。

 

「俺の器は小さくねえよぶっとばすぞ。……ッチ。時間があればお前の意識にメス入れることでもきるが、あいにくと今は忙しい。……で? 何か、引っかかったか?」

 

垣根が舌打ちをしながら告げると、カブトムシはネットワークを探ったのか○.二秒ほど逡巡した後答えた。

 

『いいえ。やはり学園都市を揺るがすようなものは学園都市トップが全て握っているようです』

 

「……そうか。お前たちのネットワークにも引っかからねえからおかしいとは思ってたが、アレイスターはやっぱり特殊な情報網でも持ってるんだな」

 

垣根は今、学園都市の権力者と『平和的』に学園都市の体制について交渉できるような情報を探している。

その情報を探してはいるが、学園都市の根幹に関わるような情報はどこにも見つける事ができない。

そのためここ数日その糸口を見つけるために忙しくしていたのだが、真守を寂しくさせてしまっていたらしい。

 

心理定規(メジャーハート)の方で探っている件については?』

 

「まだ成果は出てねえが、アイツの『お客様』は学園都市のお偉いサマに直結してるからな。……アイツの高尚なバイトが役に立つとは思わなかった。あれでエロいことしてないってのが納得いかねえが……」

 

垣根が心理定規(メジャーハート)の『お金を貰って話を聞くだけのバイト』のことについて言及していると、カブトムシがヘーゼルグリーンの瞳を呆れたように収縮させる。

 

『そこに直結するのは男の悪い癖ですね』

 

「うるせえ端末。……真守に繋げ」

 

『はい』

 

垣根は反抗的なカブトムシに命令を出すと、カブトムシは案外あっさり頷く。

 

『……垣根?』

 

真守のことになると口答えしないんだよな、と垣根が思っていると、真守の声を的確に再現した音で真守の言葉が聞こえてくる。

カブトムシに真守に近づけさせろと言ったが、マジで目の前で会話しているのかと思う程に似ていた。

 

「時間が空いたから声が聞きたくなった。今、平気か?」

 

『うん。深城は林檎と一緒にお風呂入りに行ったから』

 

真守の顔を見ると絶対に会いたくなるので垣根が電話のように声を掛けると、真守は嬉しそうな声を出しながら告げる。

 

「そうか。……元気か?」

 

『? 別に元気だぞ。垣根は? ……無理してないか?』

 

真守は今更の問いかけに疑問を思いながらも答えて、垣根にそう返す。

 

「俺は別に問題ねえよ。やりたくてやってんだから」

 

『そうか。良かった』

 

真守が心の底から安堵した様子で告げるので、垣根はフッと柔らかく微笑んで甘く囁く。

 

「明日、楽しませてやるから」

 

『…………なんかちょっと言い方がえっちだぞ』

 

たっぷり間を置いてから真守の声が聞こえてくるので、真守が恥ずかしそうに顔をしかめているのを垣根は想像して、くつくつと笑う。

 

「俺はその方向性でも構わないが?」

 

『う。……あ、明日は違う方がいい』

 

そして意地悪を言うと、真守がしどろもどろになって呟くので、垣根はもっと笑った。

 

「そうか。お前の行きたいところに連れてってやるから、考えておけよ」

 

この手の誘いに一々かわいく(わめ)かなくなったのも寂しい気がするが、恥ずかしそうにしながらも自分の気持ちをちゃんと話してくれるのもかわいいな、と垣根が思いながら告げると、真守は声を上げた。

 

『あ。じゃあ携帯電話取りに行ってもいいか?』

 

「ケータイ? ……ああ、大覇星祭二日目にぶっ壊れちまって代替機だったんだっけ」

 

大覇星祭二日目。

御坂美琴が絶対能力者(レベル6)進化(シフト)させられそうになった時、余波を受けて自分も暴走しないように真守は自身の存在を即座に組み替えた。

その時携帯電話に配慮をまったくしなかったため、エネルギー放出で電子的な基盤を壊してしまったのだ。

 

『うん。さっき取り寄せ完了しましたってメールが来たんだ。なんかあの機種、今とっても人気らしくてな。……まあアレの後継機がコケて批判殺到したけど、その時にコケた一つ前のヤツの性能が高いって広まってしまってな。そんなわけで人気急上昇中なんだ』

 

「へえ。お前の目は確かだからな。後から人気が出るモン使ってんの、多いんじゃなかったっけ?」

 

『私の自作パソコンの部品か? アレのCPUは確かに今人気だな。ライバル会社が大コケして噂が広がったんだぞ。いつでも何かがコケると何かの人気が急上昇するんだな』

 

自分との会話で真守の声が明らかに弾んでいるので、垣根は本当に真守が普通の話がしたかったんだな、と実感する。

 

「真守」

 

垣根が優しい声音で真守の名前を呼ぶと、真守はきょとっとした感じの声を出した。

 

『なんだ?』

 

「少しは寂しい気持ち、(まぎ)れたか?」

 

『! ……うん、ありがと。垣根はなんでもお見通しだな』

 

垣根が問いかけると、真守は申し訳なさそうにしながらも垣根の気遣いにお礼を言う。

実際には垣根が気づいたわけではなく、真守のそばにいたカブトムシから話を聞いたのだが、真守にとってそこは重要視するところではないと垣根は知っている。

 

「じゃじゃ馬娘のお前を一人にしないためだ、気にするな」

 

垣根が軽口を告げると、真守はカブトムシの向こうでムッと口を尖らせた。

 

『私はじゃじゃ馬娘じゃない。……ちゃんと、ここ数日は大人しくしてる』

 

垣根は、真守が口を尖らせてしかめっ面になっているだろうと小さく笑う。

顔を見ないと真守の反応が一々どういったものか考えることができるので、割と楽しい。

 

「ああ。……良い子にして待ってろよ」

 

そんな事を考えながら垣根が優しく声を掛けると、真守の声が不機嫌な声から即座に明るくなった。

 

『垣根が頑張ってくれてるから、待ってる』

 

「……そのまま他の事件にも首突っ込むんじゃねえぞ」

 

真守が行儀よく答えるので、垣根はチャンスだと思って真守にくぎを刺す。

 

『それはムリ』

 

「そういうところが、じゃじゃ馬娘だっつってんだよ」

 

垣根があからさまなため息を吐きながら告げると、突然真守がぽそっと呟いた。

 

『……垣根は、やっぱり優しいね』

 

「あ?」

 

『だいすき』

 

垣根が怪訝な声を上げると、真守は心の底から幸せそうに呟くので、垣根は真守への(いと)しさが(あふ)れて優しいまなざしてカブトムシを見つめて自分の気持ちを吐露する。

 

「真守。俺も、愛してる」

 

『ありがとう。とってもうれしい。……じゃあ垣根、またな』

 

「もういいのか?」

 

『……あんまり話してると、会いたくなっちゃうからな。今日も夜、ちゃんと来てくれるか?』

 

「ああ。絶対に帰る」

 

垣根が力強く言うと、真守は寂しそうにしながらも満たされた様子で告げる。

 

『良かった。じゃあな、垣根』

 

真守との会話が終わると、垣根は気持ちを切り替える。

 

「よし。端末、一から洗い出せ。どっかに見落としがあるかもしんねえ」

 

『はい。垣根帝督(オリジナル)

 

垣根がカブトムシに指示を出すと、カブトムシはヘーゼルグリーンの瞳を(せわ)しなく動かしながら、ネットワークの情報を洗い出す。

 

(真守)

 

垣根は自らの端末が頑張っているのを見つめながら心の中で呟く。

 

(……お前が幸せに笑える学園都市を造るために、俺ができること全部やってやる。寂しい思いをさせるかもしれねえが、絶対に造ってやるから)

 

そう垣根は決意して、自分も動くために席を立った。

 




九月三〇日……の前日ですが、九月三〇日事件篇、始まりました。
お楽しみいただければ幸いです。



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第一一七話:〈充足幸福〉となった日常

第一一七話、投稿します。
次は一二月一五日水曜日です。


九月三〇日。

真守は自分の通う高校の教室で、本日最後の授業の前の休み時間を吹寄と姫神と共に過ごしていた。

 

「朝槻、そう言えば今日の朝持ってた花束は誰かへの贈り物?」

 

「ん?」

 

真守は自身の机のそばの窓に寄り掛かっていた吹寄にそう問いかけられて、心当たりがあって頷く。

 

「うん。今日、友達が病院を退院するから。そのお祝いの品なんだ」

 

「朝槻の友達、入院していたの?」

 

吹寄がデリケートな話になったので恐る恐る声を掛けると、真守は柔らかい微笑を浮かべた。

 

「そうなんだよ。その子はな、私たちにお馴染みのあのマンモス病院にずっと入院していたんだ。今日やっと退院できるからお祝いに渡したくて買ったんだ」

 

真守が説明すると、そこで口を閉ざしていた姫神が真守に問いかけた。

 

「そう。どれくらい入院してたとか。聞いてもいい?」

 

真守はわざわざ一度聞いてきた姫神の心遣いに、穏やかな気持ちになりながら説明する。

 

「かれこれもう一か月だ。退院の理由も完全治療ではなくて処置は全てやったという感じだから、健康体になれたわけではないんだがな。……それでも日常生活を体験できるくらいには元気になれたから。本当によかった」

 

「大事なひと。なのね」

 

「うん。とっても大事な優しい子だ」

 

姫神の問いかけに真守が頷くと、吹寄も真守がその子のことを大事にしていると知って優しく微笑んだ。

 

「吹寄はいるかー!?」

 

だが突如、吹寄は教室の扉をバァン! と開け放った上条当麻に所在を訊ねられてムッと顔をしかませる。

 

「呼ばれてるぞ、吹寄」

 

「何よ!」

 

真守が嫌な予感を覚えつつも吹寄に声を掛けると、吹寄は上条の方を腰に手を当てて振り向く。

 

「一生のお願いだから揉ませて、吹寄!!」

 

その瞬間、クラスの三バカ(デルタフォース)が宙を舞って吹寄へと突進してきた。

吹寄は当然ブチ切れて、土御門と青髪ピアスの腹にそれぞれパンチを決め込む。

そしてそのまま拳を基点に二人を吹き飛ばしながら前に出て、その綺麗なおでこで上条に頭突きをかました。

 

「ぐふっ────!!」

 

上条は背中から教室の床へと叩きつけられる。

 

「……あいつらはやっぱり馬鹿なんだな」

 

「通常運転」

 

真守と姫神が(いきどお)る吹寄の後ろでそれぞれ感想を感想を告げる中、上条達が開け放っていた教室の扉の向こうから小萌先生が現れた。

 

「さーて皆さん。本日最後の授業は先生のバケガクなのですよー……って。ぎゃああ!? ほのぼのクラスが一転してルール無用の不良バトル空間っぽくなってますーッ!?」

 

「平和のためです」

 

「一体何があったのですか!? 吹寄ちゃんが平和維持部隊にならなくちゃいけない理由は!?」

 

真顔で吹寄が告げるので思わず小萌先生が驚愕の声を上げる中、上条がのろのろと手を挙げる。

 

「せ、先生……別に誰が悪かったというわけでは……」

 

「じゃあなんでこんなことにーっ!?」

 

小萌先生が叫ぶと、上条は体を起こしながら不敬にも吹寄を指をさした。

正確にはその大きなふくよかな胸を。

 

「それは、吹寄さんがすごく気持ちよさそうなものを持ってるのに、ちっとも揉ませてくれないからですッ!!」

 

「上条ぉ────!!」

 

吹寄の怒号が教室に響く中、青髪ピアスがむくっと起きあがる。

 

「あ。別に吹寄やなくても形の良いほどよい大きさでごっつ柔らかそうな朝槻のでもゴボォ────!」

 

青髪ピアスが途中で言葉を途切れさせることになった原因はやっぱり真守だった。

真守は青髪ピアスが言い終わる前に体内エネルギーをとっさに操作し、片手で手近な机を持ち上げると青髪ピアスの顔面に投擲(とうてき)

青髪ピアスは派手な音を立てながら机と共に吹き飛ばされて壁際で沈黙した。

 

上条の欲望丸出しの言葉に小萌先生は倒れていたが、真守の怒りの鉄槌が下ったことによって意識を引き戻して必死に怒れる超能力者(レベル5)、朝槻真守を(なだ)めにかかった。

 

そんなこんなで今日も騒がしい小萌先生のクラスでは、大幅に遅れて本日最後の授業である化学の授業が始まった。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

八月三一日に、打ち止め(ラストオーダー)を助けるために脳の一部を損傷した一方通行(アクセラレータ)だったが、この(たび)必要な処置は終了したとのことで退院となった。

 

一方通行(アクセラレータ)は『絶対能力者進化(レベル6シフト)計画』に関係する『特殊開発研究室』という、彼一人しか生徒がいない学校に所属していたが、『絶対能力者進化計画』に関わるのはもうご免なので学校を辞めることにした。

だが学園都市では、学校に所属しなければ一部の例外を除いて路地裏の武装無能力集団(スキルアウト)のように生きなければならない。

 

超能力者(レベル5)元第一位、現第二位である一方通行(アクセラレータ)武装無能力集団(スキルアウト)(まぎ)れて生活すればもう色々な面からして学園都市の終わりである。

そのため統括理事会は教員免許を持つとある教師の庇護下で当面生活するように、と決定を下した。

 

そのとある教師というのが黄泉川愛穂。

真守が通うとある高校の教員であり、子供には絶対に銃を向けないという信念を胸に警備員(アンチスキル)として活動している人物である。

 

(こンな普通を体現したよォな学校がアイツの通ってる学校なのか……)

 

何の変哲もない、ごくごく普通の突出したところがどこにもない鉄筋コンクリートの学校を見上げながら一方通行(アクセラレータ)が病院から乗っていたタクシーから降りると、黄泉川愛穂と共に朝槻真守が立って待っていた。

 

真守の手には純白で固められた花束が抱かれており、一方通行(アクセラレータ)は彼女らしいと思いながら近づく。

そして一方通行(アクセラレータ)がその花束の次に目を奪われたのは、近付くまで気づかなかった真守の隣に立っていた人物だった。

 

「あ。こんにちは、そしてはじめましてなのです! 月詠小萌先生ですよー」

 

身長一三五㎝。

ピンク色の髪に瞳に、同じくピンクのカーディガンにピンクのワンピースを着ている、どこからどう見てもTHE☆幼女。

 

「何だこの説明不能な生き物は? どっから入り込ンできた」

 

小萌先生の挨拶だけで精神年齢が外見と差がありすぎることを看破した一方通行(アクセラレータ)がそう告げると、小萌先生は愕然とした表情を浮かべる。

 

「なっ初対面で説明不能とはなんですか! こう見えても私は先生なのですよ!」

 

「そォ主張するよォにされてるって事か? ……ッチ。これが『実験』当時囁かれていた『二五○年法』の実態ってヤツか」

 

「よく分からないけど違うのですよーっ! 先生は普通に大学を卒業して学園都市へやってきたのですー!!」

 

「オイ、オマエの学校はどォなってンだ!! まさかコイツはオマエが既に救った人間だとでも言いてェのか!?」

 

小萌先生の主張を全く聞かずに一方通行(アクセラレータ)が自分に話しかけてくるので、真守は至極真剣な表情と声音で一方通行に話しかけた。

 

一方通行(アクセラレータ)。小萌先生はよく分からないが天然なんだ」

 

「……オマエがそォ言うならそォなンだな?」

 

「ああ。よく分からないがそうなんだ」

 

「……コレが?」

 

真守の二度の言葉に一方通行(アクセラレータ)は、小萌先生に自分が使用している現代的なトンファーのような杖の先を向けて(いぶか)しむ。

 

「ああ。しかも一方通行(アクセラレータ)。小萌先生はヘビースモーカーで飲酒大好きでだらしない汚部屋に住んでいる私の先生だ」

 

「……設定盛りすぎじゃねェか?」

 

真守の補足説明を聞いて、外見からは全く想像できないそれらを聞いた一方通行(アクセラレータ)がぽそっと呟くと、小萌先生はまたしても心外だという顔をした。

 

「い、言うに事欠いて設定とは一体どういうことですかーっ!!」

 

「しかもな、この人の専攻は発火能力(パイロキネシス)で学会では割と優秀なんだ。この前もAIM拡散力場についての論文を発表して注目を浴びていた」

 

「なっ……そンな人間だったら確かにオマエの教師になってもおかしくねェな……」

 

「あのう!! 先生を無視して勝手に先生の話を進ませないでくださいー!! 朝槻ちゃんも何さっきから先生のことを無視してるんですかーっ!!」

 

真守と一方通行(アクセラレータ)が仲良さそうに話を続けるので、蚊帳の外状態の小萌先生がそう主張すると、黄泉川が満面の笑みを浮かべる。

 

「アッハハハ。いやー掴みはばっちりじゃんよ」

 

「もう! 掴みのために連れてきたんですか!?」

 

小萌先生が黄泉川へと抗議する隣で、真守は一方通行(アクセラレータ)打ち止め(ラストオーダー)、それと芳川桔梗に近づいて花束を差し出す。

 

一方通行(アクセラレータ)最終信号(ラストオーダー)、芳川。退院おめでとう。最終信号、花束持ってくれるか?」

 

「ありがとう! わあ良い匂い! ねえねえあなたも嗅いでみて、ってミサカはミサカは既にあなたに花束を近づけながらお願いしてみる!」

 

真守が差し出した花束を打ち止め(ラストオーダー)は嬉しそうに優しく抱きしめながら微笑み、一方通行(アクセラレータ)へと向ける。

 

「ブワっ!? テメエ、花粉が鼻に入ってくしゃみが出るだろォが!!」

 

最終信号(ラストオーダー)。あまり一方通行(アクセラレータ)を困らせてはダメだぞ。それにそれは学園都市製だから水に差しておけば二、三週間は持つからな。ちゃんと水は毎日替えるんだ。分かったか?」

 

鼻に突きつけられた花束のあまったるい香りと花粉によってむずがゆくなる鼻の感覚に一方通行(アクセラレータ)が顔をしかめていると、真守は打ち止め(ラストオーダー)へと優しく(さと)すように告げる。

 

「はぁーい! ってミサカはミサカは意気揚々に頷いてみたり!」

 

真守と打ち止め(ラストオーダー)が楽しそうにしている中、一方通行(アクセラレータ)はため息を吐きつつも様子を笑顔で見守っていた黄泉川へと向き直る。

 

「……っつか、オマエは良いのかよ?」

 

「ん? 何がじゃん?」

 

「この俺を居候なンかさせることに決まってンだろ。俺を取り巻く環境がどンなモンかは分かってンだよな。俺を匿うって事は、学園都市の醜いクソ暗部を丸ごと相手にするよォなモンなンだからな」

 

一方通行(アクセラレータ)が黄泉川に確認を取ると、黄泉川は半ばあきれた様子で告げる。

 

「だからこそじゃんよ。私の職業を忘れたか? 警備員(アンチスキル)の自宅を馬鹿正直に襲撃してくる連中は少ないと思うけどね。この街の『闇』は、私たちから見れない位置で活動するのが基本じゃん。下手に宣戦布告すれば、どっちが潰されるかなんて目に見えてんだし」

 

「……死ンでから文句を言うンじゃねェぞ」

 

「大丈夫だよん」

 

一方通行(アクセラレータ)が脅すと、黄泉川は特に気にも留めることではないと簡潔に述べる。

 

「オマエの名前が『連中』のリストに登録されることだってあるかもしンねェ」

 

「その不良グループを更生させんのが私の仕事でね。助けるべきガキを怖がってたら、最初の歩み寄りもできないじゃんよ」

 

「……、」

 

自分の再三の忠告を聞いても黄泉川が軽く答える様子を一方通行(アクセラレータ)は無表情で見つめながら、他にも言わなければならないことがあるか考える。

 

「にしても良かったよ。やっぱりあんたを助けるのは簡単そうじゃん」

 

そんな一方通行(アクセラレータ)を見て、黄泉川は柔らかく微笑んで安心したように呟いた。

 

「本気で言ってンのか?」

 

一方通行(アクセラレータ)が自分を更生できると黄泉川が本気で思っているのかとあざ笑うと、黄泉川はからからと笑って答える。

 

「だってそうじゃんよ。なんだかんだ言いながら、私と住むことになったって聞くと、チェックリストに一つ一つ印つけていって死角を潰そうとしてんじゃん。どんな小さな穴でも塞いで、万に一つも実際に襲撃されないようにって。つまりそれって私たちを守る気満々なんでしょ?」

 

「……、」

 

黄泉川が自分の気持ちを的確に表現したので眉間にしわを寄せた一方通行(アクセラレータ)を見て、真守はくすくすと笑う。

 

「じゃあ黄泉川先生。話がまとまったところで一方通行(アクセラレータ)のことよろしくな?」

 

「任せるじゃんよ!」

 

真守が黄泉川にお願いすると、黄泉川はグッと親指を立てて頷く。

 

「今日は退院したてで私が押しかけたら邪魔だと思うし、私も用事があるからまた今度遊びに行くよ。いいか?」

 

「もちろん! ってミサカはミサカはこの人の代わりに元気よく返事してみる!」

 

真守が問いかけると打ち止め(ラストオーダー)が代わりに答えてくれて、真守は一つ頷くと一方通行(アクセラレータ)へと笑いかける。

 

「ありがとう。じゃあな、一方通行(アクセラレータ)。少しずつ頑張るんだぞ?」

 

「…………ッチ。分かったよ」

 

一方通行(アクセラレータ)が舌打ちをしながらも頷いたのを見て、真守は目を細めて柔らかく笑った。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

垣根は一方通行(アクセラレータ)たちが真守と話をしていた校門の近くにいて、イライラと真守たちの様子を見守っていた。

 

(チッ。なんでよりにもよって真守の学校の警備員(アンチスキル)一方通行(アクセラレータ)の管理するんだよ。統括理事会のヤツら、絶対に仕組んでんだろ)

 

そう毒づく垣根の視線の先には黄泉川の車に押し込められた一方通行(アクセラレータ)打ち止め(ラストオーダー)へと手を振っている真守と、その隣に立っている真守の担任教師、月詠小萌が映っていた。

垣根は去っていく一方通行には、最後まで目を合わせなかった。

 

「ううっ先生は、先生は本当に普通に大学に通って卒業して学園都市へと来たんですよっー」

 

「分かったから先生。冗談だ、冗談だって」

 

外から見ていたので分かってはいるが、小萌先生は外見についてイジられたのを未だにショックに思っており、真守がそれを頑張って(なだ)めていた。

どう頑張っても幼女を宥めている女子高生にしか見えない図であるが、あれは泣いている方が先生、そして宥めている方が生徒である。ややこしい。

 

「……あ、そうです。朝槻ちゃん、先生。朝槻ちゃんに聞きたいことがあったんです」

 

「聞きたいこと?」

 

嘆く小萌先生が突然教師モードになって真剣な様子になったので、真守はコテッと首を傾げた。

 

「進路希望調査票のことです。朝槻ちゃんたちは高校一年生ですからざっくりしたものでいいんですけど、朝槻ちゃんはあれで本当に良いのですか?」

 

(あ? そういや真守、執拗に進路希望調査票はカブトムシ(端末)に見えないようにしてたし、俺も内容知らねえんだよな……)

 

垣根が(いぶか)しんでいる前で、真守は切なそうに顔をしかめ、おろしたての冬服のセーラー服をぎゅっと掴んだ。

 

「……ダメかな?」

 

「そんなことありません!!」

 

そんなに推奨されない進路なのかと垣根が考えていると、意外にも小萌先生は興奮した様子で真守の言葉を否定した。

 

「朝槻ちゃんは普通の子とは違いますが、それでも朝槻ちゃんが普通のことを望んではいけないというルールはないのですよ。先生は朝槻ちゃんの夢を応援します!」

 

「……うれしい。ありがとう、先生」

 

小萌先生の勇気づけに真守は幸せそうに控えめながらも微笑む。

 

「朝槻ちゃん。朝槻ちゃんは色々ありましたね。色んな大変な思いをしました。きっとこれからも超能力者(レベル5)第一位として色々と重圧がかかると思うのですよ。でも、初心忘れるべからず。普通の女の子の幸せを望んでい良いんですよ」

 

垣根が何に関して言っているのかと思っていたが、真守の前で小萌先生がしみじみと『女の子の幸せ』と告げるので、垣根は薄く目を見開いた。

 

「……怒られるかと思った」

 

垣根が聞いていることを知らない真守は、小萌先生に責められないと分かってほっと安堵していた。

 

「何故ですか? 先生は生徒さんの夢を決して笑いませんよ?」

 

「……だって、学園都市の顔だからそういう普通のこと望んじゃいけないと思ってたから。……学園都市のために、生きていかなきゃダメだとずっと思ってた」

 

垣根は真守のぽそぽそとした呟きを正確に聞き取って歯噛みする。

真守はずっと自分のことを学園都市の所有物だと思っていた。

それは違うと、垣根は言った。

真守は学園都市が利用するために所有しているモノではない。

真守は自分のモノで、そんな真守を自分は幸せにしてやると、学園都市のために幸せを犠牲にしなくていいと垣根は真守に伝えたのだ。

 

「学園都市の発展のために、朝槻ちゃんの幸せを犠牲にすることなんてないのですよ。……でもちょっと言わせてもらうと、朝槻ちゃんの夢は確かに職種ですが、先生的には進学先を普通に書いてほしかったです……」

 

小萌先生も同じ意見だったらしく優しく(さと)すが、小萌先生は大前提として教師なので最後にはしみじみと教師としての希望を呟く。

 

「ふふっ。どうせ私は専門の機関が作られて朝から夜まで実験三昧だぞ?」

 

「……朝槻ちゃん。朝槻ちゃんが嫌ならそんなところに行かなくてもいいのですよ。パン屋さんでもお花屋さんでも、朝槻ちゃんがしたいことをやれば良いのです」

 

そこで小萌先生は言葉を切ってそっと微笑む。

 

「先生はほっとしました。本当です。朝槻ちゃんに会った時はどうやってこの子に普通の幸せを教えてあげられるか考えましたから。……それを教えるのが先生の役目だと思っていました」

 

小萌先生は真守の幸せについて真剣に考えて、そして自分がずっとそれを願っていたのだと真守に伝えた。

真守はそんな優しい小萌先生を見つめながら呟く。

 

「確かに、私……高校に入学した時、普通ってのが何か分からなかった。でも先生たちに会えたから普通ってものに触れることができた。それが、私はずっと欲しかったんだって分かった」

 

真守は高校に入学してから今日までの事を思い出しているのか、すごく優しく、そして切なそうに思い出に浸りながら告げる。

 

「それで私がずっと欲しかった普通に触れて、夢を見るのもいいなって思った。何があっても希望を持った方がいいなって」

 

真守は心の底から幸せそうな、儚い空気に解けていってしまうかのような眩しい笑みを浮かべた。

 

 

「だから、お嫁さんになりたいなって思えたんだ。好きな男の子の、お嫁さん。皆に会えて、そう思えるようになったんだ」

 

 

垣根はその言葉にそっと目を伏せる。

真守が女の子としての普通の夢を持てたのは自分のおかげだなのだと。

自分も真守のおかげで誰も彼も敵視して全てを利用しようなんて自分勝手な考えから抜け出せたのだと。

自分たちの出会いが互いに良い影響をもたらせたのだと実感できて、垣根は静かに目を閉じた。

 

「うぅー朝槻ちゃんー!」

 

「ちょ、先生なんで泣くんだ!? なんでだ!? ま、まだ卒業式じゃないぞ!?」

 

真守が慌てた声を上げるも、小萌先生は何度もしゃくりあげる。

 

「先生は生徒さんが成長した姿を見ると、いつでも泣いてしまうのですよーっ!」

 

「うわっこの絵面はマズい! 幼女を女子高生が泣かしてる図になるっ!」

 

「うぇぇええ先生は幼女ではないのですー! ロリじゃないのですよーっ!」

 

「そうだ、その意気だ! 頼む泣かないで、先生! ロリっ子!」

 

「もぉー朝槻ちゃん! 先生はロリっ子ではないのですよーっ!!」

 

真守と小萌先生の楽しそうな会話が響く中、垣根は真守が楽しそうにしているのを間近で感じて微笑む。

そして二人の会話が遠くなっていき、垣根は真守が出てくるのをそっと待ち続けた。

やがて、ぱたぱたとよく聞いた足音が聞こえてくる。

 

 

「垣根!」

 

 

垣根が校門に寄り掛かるのをやめて少し歩いて真守の学校の方を向くと、自分の姿を見つけて幸せそうに笑いながら自分の名前を呼ぶ真守が見えた。

 

その姿が本当に愛しくて。

 

垣根はダイブするように自分に向かって走ってきた真守をそのまま抱き寄せる。

そして真守のこめかみにそっとキスをした。

 

「わわっ外でちゅーしないでっていつも言ってるだろ! 恥ずかしい……っ!」

 

真守がキスの感触に思い切り自分の胸板を押すが、垣根は真守が愛おしくて離せなかった。

真守はうーっと、恥ずかしそうに(うな)りながらも、垣根の腰に手を回してきゅっと抱き着く。

そして垣根の気が晴れるまで真守も垣根の腰に手を回しており、垣根が自分から離れようとしたので真守も体を離した。

 

「行くか、真守」

 

「うん。どこに連れて行ってくれるんだ?」

 

真守が人懐っこそうな自分にだけ向けてくる表情を見て、垣根は長い前髪の向こうで目を細めて告げる。

 

「とりあえず飯だ。心理定規(メジャーハート)に聞いたレストラン予約してある」

 

「心理定規から? じゃあ食べた感想伝えなくちゃな!」

 

心理定規(メジャーハート)、という人物の名前を聞いて真守が嬉しそうに微笑む。

日々の出会いや、なんてことない日常を楽しんでいるその姿が、垣根は本当に愛おしくて。

 

「お前が幸せそうで良かった」

 

垣根は想いを止められなくて、そう呟きながら垣根は身をかがめて真守の頬に再度キスをした。

 

「だっだから外でちゅーはヤメテ! ヤメテってさっき言った!」

 

真守が恥ずかしがって身を縮こませて手をぷるぷるとさせるので、垣根はその片方の手を取る。

ビクッと驚いて自分を見上げてきた真守に優しく笑いかけて、垣根はその手に自分の指を絡ませてしっかりと繋いで歩き出す。

真守はむすっとしていたが、垣根の手の大きさと冷たさにそっと目を細めてから垣根を幸せそうに見上げた。

そんな真守が愛しくて、垣根は穏やかな笑みを浮かべた。

 

「垣根。喋りたいことがいっぱいあるんだ」

 

真守が柔らかく笑いかけてくる様子が本当に愛おしくて。

垣根は真守が騒ぐと分かっていながらも自分と繋いでいる真守の小さくて体温が高い手の甲にそっとキスをした。

真守は口を震わせて顔を真っ赤にしても、嫌がらずに垣根と繋いでいる手をぎゅっと握り返した。

そして二人は仲良く歩き出して、垣根が予約してくれた第二二学区にある心理定規(メジャーハート)が教えてくれたレストランへと向かった。

 




真守ちゃんと垣根くんのデート、始まりました。
嵐の前の静けさですが、幸せそうで何よりです。



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第一一八話:〈逢瀬翻弄〉でも幸せで

第一一八話、投稿します。
次は一二月一六日、木曜日です。


「それでな、垣根。林檎は昨日、ついにガレットを自分で作ることに成功したんだ。ちょっと焦げてしまったけど、とってもおいしかったんだぞ」

 

真守は垣根と第二二学区の地下街の中を手をつないで歩きながら、ここ数日で起こったことを話していた。

林檎は元々食事への関心が高かったが、深城が不在だったことを理由に料理を始めた、という話だった。

最初は火を使わないで電子レンジ調理などをやっていたが、昨日の朝食はついに林檎の大好きな料理であるガレットに林檎が手を出したと、真守は垣根に林檎の成長が嬉しくて幸せそうに説明する。

 

「そうか。お前もそれくらい食事に関心があったらいいんだがな」

 

「さ、最近はちゃんと食べてるぞ」

 

焦りながらも主張する真守が愛しくて垣根が真守に笑いかけると、真守は垣根の顔からあからさまに目を()らした。

 

「……何か気に入らねえの?」

 

「あ。いや。……その、垣根。今日から冬服着てるから……かっこよくて……」

 

真守はちらちらと垣根の服装を見ながら呟く。

今日から学園都市は全校で冬服の慣らしを始めたので、昨日まで全員が夏服だったが様変わりして冬服になっているのだ。

真守も黒を基調としたセーラー服に変わっており、垣根も学園都市の五本指に入るエリート校の冬服に袖を通している。

 

「ふーん」

 

垣根が嬉しくてにやにやと笑って真守に顔を近づけると、真守は垣根が近付いてきたことによって、より直視ができなくなり、恥ずかしそうにしながら目を泳がせる。

 

「だ、だって。初めて見たからかっこよくて……べ、別にいいだろっしょうがないだろっドキドキしちゃうんだからっ」

 

「お前もかわいい。良く似合ってる」

 

垣根が真守の耳でそう甘く囁くので、真守は耳を押さえながら顔を真っ赤にして恥ずかしそうに身をよじる。

 

「は、恥ずかしい……けど、ありがとう。かきね……」

 

 

(((チッ。リア充が……!)))

 

 

道行く学生から美男美女の超能力者(レベル5)カップルに殺意が向けられているが、人から注目される事に慣れている二人は特に気にしないで歩く。

それにそこら辺の表で生活している人間の殺意なんて痛くもかゆくもないし、気にもならないのが本音だ。

そのため真守たちは柔らかい甘い雰囲気の中、幸せそうにして真守の携帯電話を受け取りに行くために地下街を歩いていた。

 

「さっきのご飯、とてもおいしかった。フランス料理ってやっぱり上品だよな。とても繊細で優しい味だったから私も美味しく食べられた」

 

心理定規(メジャーハート)も客に教えてもらったっつってたな。まあアイツは高給取りの人間捕まえてるから間違いはねえだろ」

 

「うん。後でお礼言わないとな」

 

「──ゲコ太とこの子を一緒にするな!!」

 

そこで見知った人物の怒鳴り声が聞こえてきて、真守と垣根は顔を見合わせていたが、そちらを見た。

 

「ゲコ太はこの子の隣に住んでいるおじさんで、乗り物に弱くてゲコゲコしちゃうからゲコ太って呼ばれてんのよ! こんな簡単な違いが分からないほどアンタおっさんだったワケ!?」

 

「……そのゲコ太おじさんのキャラ付けは本当にラヴリーなの?」

 

携帯電話ショップの前にいたのは美琴と上条で、何故か美琴はマスコットキャラクターとして一部の人間に大人気なゲコ太の設定について、若干引き気味の上条に力説していた。

 

「あ。……垣根、手ぇ離して」

 

真守は知り合いの前で恋人繋ぎを垣根としているのが恥ずかしくなり、垣根と繋いでいる手をゆすって垣根にお願いする。

だが垣根は離すどころか、ぎゅっと強く握りしめた。

 

「御坂に上条じゃねえか。こんなところで何やってんだ?」

 

「垣根!」

 

真守が顔を真っ赤にして垣根の名前を呼ぶので、美琴と上条は知っている人物たちの声が聞こえてきて真守と垣根を見る。

 

美琴と上条の視線の先には、当然として垣根と恋人繋ぎをして恥ずかしがっている真守と、しれっとした顔で見せつけるかのように真守の手を握っている垣根がいた。

 

二人は真守と垣根の顔を交互に見た後、恋人繋ぎをしているのを確認して、

 

「「やっとくっついたのか……」」

 

と安堵と呆れを見せた様子で同時に声を上げた。

 

「や、『やっと』ってなんだ!? 『やっと』ってぇ!!」

 

真守が物申したいと言った風に声を荒らげると、上条と美琴は二人して顔を見合わせる。

 

「いやー。垣根って大覇星祭中ずっと朝槻の競技見てたじゃん。移動する時だってずっと一緒だったし俺、それで付き合ってないってちょっとおかしいなあって思ってたんだよ」

 

「私は夏休み前、あんたたちとセブンスミストで初めて会った時からくっつくだろうなって思ってたわ」

 

「な、夏休み前!?」

 

美琴が言っているのは『虚空爆破(グラビトン)事件』の現場となったセブンスミストに、真守が夏に必要としているものを買いに行ったら途中で垣根と会って、そのままデートのような形で店を回っていた時のことだ。

幽霊状態の深城も一緒にいたにはいたのだが、それを美琴は知らないので、その時素直に『何もなさそうだけどそのうちくっつきそう』と感じていた。

 

そういやあの時から真守のことを意味合いは違うが好ましく思ってたか、と考えている垣根とまったくその気がなかった真守のリアクションを見て、美琴と上条は『やっぱり垣根(さん)から(せま)ったのかー』となんとなく考えていた。

 

「それで! ……そういう二人も、どうしてデートしてるんだっ!?」

 

「で、でーと!? ち、違うわよ!!」

 

真守が恥ずかしくて顔を赤らめてそう叫ぶと、美琴は大袈裟に慌てる。

 

「そうそう。大覇星祭の賭けの罰ゲーム中。ペア契約してゲコ太ストラップが欲しいんだと」

 

美琴が慌てている隣で、上条はこれからもっと振り回されるのか、と気落ちしながらも説明した。

 

「そそそそそうよ! ゲコ太が欲しいの!!」

 

「ストラップ?」

 

「あーなんか『ハンディアンテナサービス』って知ってるか?」

 

美琴の動揺しながらの答えに真守が小首を傾げると、上条が真守に質問してきた。

 

「……あの災害時以外はイマイチ実用性がないマイナー過ぎるあの制度? それがどうしたのか?」

 

『ハンディアンテナサービス』とは真守が言ったように災害時に頼りになる仕組みで、携帯電話が中継アンテナになるという代物だ。

 

災害時にアンテナが使えなくなってしまっても近くの人間とバケツリレーのように通信を飛ばして連絡を取りたい人物と連絡を取るもので、災害時用なため音質などに気を配っていないという欠点がある。

だがあくまで非常事態用の仕組みなのでそこまで力を入れないのは当然なのだ。

 

それに利用者が全員、携帯電話の電源をオンにしてなくてはうまく機能せず、しかもアンテナとして電波を発信し続けるのでバッテリーを異常に消耗するという欠点もある。

 

日常生活で使わないサービスについて真守が頭の中で考えていると、上条が携帯電話ショップのガラスの壁に張られているポスターに視線を向けた。

 

真守と垣根も視線を向けると、そこには『ペア契約ならさらに! 通話料割安! さらに男女ペアなら特製ゲコ太ストラップをプレゼント!』と書かれており、その隣には美琴が好きなマスコットキャラクター、ラヴリーミトンのゲコ太の写真が載せられていた。

 

垣根はその張り紙を見ていたが、そっと美琴に目を向けた。

 

「マスコットが欲しいっつうのを建前にして、上条とペアになりたいのか?」

 

「ゲコ太が欲しいに決まってるでしょぉがぁぁぁ!!」

 

垣根の問いかけに美琴は顔を真っ赤にして叫び、前髪からバチバチと電気を散らす。

そんな美琴を他所に、上条はそこで真守を見た。

 

「で? 朝槻と垣根はデートしてるのか?」

 

「うん。デート、だけど。……携帯電話を取りに来たんだ。大覇星祭の時に壊れてしまって今まで代替機使ってて」

 

真守はそう言って垣根と繋いでいない手でポケットから携帯電話を取り出す。

それは『代替機』とでかでかとラベルシールが張られている二つ折りの携帯電話で、あからさまに型落ちしているものだった。

 

「こんな携帯電話を使わなければならないなんて耐えられなくて、ここ数日誰とも連絡を取らなかったくらいだ……」

 

真守が寂しそうにフッと笑うので、上条は真守がよく教室で情報機器の雑誌を読んでいるのを思い出す。

 

「おお……流石ガジェットオタク……筋金入りだな」

 

「と、いうワケで行くぞ」

 

真守はそこで感心する上条の前で垣根に声を掛けて、ごく自然に店内へと入っていく。

 

「……私たちも行くわよ!」

 

そして本物カップルと偽物カップルは目的のものをゲットするために揃って入店した。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

「はー新しいケータイ……っ嬉しい、新品のケータイ……っ!」

 

携帯電話を受け取るだけだった真守は契約に時間がかかる上条と美琴に別れを告げて、うきうき顔で携帯電話ショップを後にする。

 

「よかったな」

 

「うん! このケータイ気に入ってるからとってもうれしい。帰ってバックアップ取ってたデータを全部移してー自分用に改造してーそれで垣根とおそろいのストラップ付けて──……」

 

真守にしては珍しい、キラキラした瞳で真守が楽しそうに携帯電話のセットアップの仕方を饒舌(じょうぜつ)に喋る姿を見て、垣根は柔らかく微笑む。

 

「楽しいか?」

 

「うん、楽しい!」

 

真守は垣根の問いかけに上目遣いで見上げてふにゃっと微笑む。

 

「そっか。良かった」

 

垣根は真守の頭にポンと手を乗せて優しく撫でる。

真守が垣根に頭を撫でられて恥ずかしそうに笑っていると、突然軍人が走るような規則的な軽い足音が聞こえてきた。

プロっぽいその足音に垣根が即座に反応して、真守を庇うために真守と恋人繋ぎしていた手で真守のことを自分に抱き寄せた。

真守はびっくりしつつも垣根と一緒に辺りを警戒した。

 

すると目の前から、何故かF200R、通称『オモチャの兵隊(トイソルジャー)』を構えたミサカが走ってきた。

 

「ミサカ? 一体どうしたんだ?」

 

「あなたでしたか、とミサカは辺りを警戒して上位個体を探しながら答えま──」

 

真守が声を掛けるとミサカは辺りを見回しながら真守に話しかけるが、その途中でピタッと言葉を止める。

現在真守は、垣根と恋人繋ぎをして抱き寄せられて庇われている状態だ。

その様子をきちんと視界に入れたミサカは、ガシャーンと派手な音を立てて銃を地面に落とした。

 

「ミ、ミサカ……?」

 

真守が心配になって問いかけると、ミサカはわなわなと震え、無表情ながらもショックを受けた雰囲気を醸し出して呟く。

 

「……勝、ち組……!!」

 

「え」

 

「た、確かにミサカよりもウェストは細いのに胸は大きいという生粋のアイドル体型のあなたはミサカよりも遥かに優秀……! そ、そんな人間が恋人を持っていない方がおかしい、とミサカは何故今まで気が付かなかったのだろうと愕然とします……!」

 

「あの、ミサカ……?」

 

ミサカが突然震え出してワケの分からないことを言い始めたので、真守は垣根と繋いでいた手を離してミサカに近づき、俯いたミサカの顔を覗き込む。

ちなみにミサカは真守よりも少し身長が大きいがどんぐりの背比(せいくら)べ程度なので、覗き込むことに不都合はない。

 

「で、では既に左手薬指に()める特別な指輪を貰っているのですか、とミサカは食い気味に訊ねます!」

 

「は!?」

 

真守が覗き込んでいると、ミサカがいきなり顔を上げて突然爆弾発言をするので、真守は顔をぼふッと真っ赤にする。

その後ろで垣根は『(かたよ)った知識をクローンに教えたのはどこのどいつだよ』とため息をつきつつも、カエル顔の医者のことを思い出していた。

 

「ば、ばばばばばばかなことを言うなっ! それは恋人を跳躍(ちょうやく)する行為だぞ!!」

 

真守が焦って赤くした顔で叫びように告げると、ミサカは無表情のまま首を少しだけ傾けた。

 

「? どういうことですか、とミサカは恋人以上に深い関係性は最早夫婦しかないと考えながらも問いかけます」

 

「そうだよ! 左手の薬指にするのは婚約指輪か結婚指輪だ!!」

 

「婚約……では、あなたはそちらの方と婚約はしていないということですか、とミサカは純粋な疑問をあなたにぶつけます」

 

「こっ!?」

 

真守はミサカからの純粋無垢な質問に顔を真っ赤にするだけではなく、涙目になってぷるぷると震える。

 

「してないっ! というか、私も垣根もまだ結婚できない年齢だからぁ!!」

 

「成程。結婚できるようになったら婚約指輪をもらうということですか、とミサカは興味津々に訊ねます」

 

「────……っ──……っ!!」

 

真守はミサカの問いかけに追い詰められてしまって口をパクパクとするが言葉が上手く出ない。

真守が結婚という言葉に翻弄(ほんろう)されてぐるぐると目を回している様子が可愛くて、垣根はくつくつと顔を()らして笑う。

 

「うぅっなんでお前はそんな(かたよ)った知識を持ってるんだっ! 一体どこの誰に教わった!!」

 

「あのカエル顔の方です、とミサカは何故あなたがそこまで動揺しているか分からずに告げます。ちなみにあの方は一般男性は女性が痩せている方が優秀であり、優秀な女性を男性は選択する傾向が強いと言っておりました、とミサカは彼から教わった知識をひけらかします」

 

「それ偏見! 男に対する偏見だから!!」

 

「そうですか、とミサカはあなたが言うのであれば納得します」

 

自分の主治医である冥土帰し(ヘブンキャンセラー)(親代わりのような人)の知りたくない趣味趣向を知ってしまって真守が顔を真っ赤にしていると、ミサカは薄く頷き、真守の後ろで真守の翻弄されっぷりを面白そうに見ていた垣根に顔を向けた。

 

「ではあなたはこの方を何の基準で選んだのですか、とミサカは男子学生であるあなたに問いかけます」

 

「!?」

 

ミサカは生まれて一年も経っていない体細胞クローンの一体である。

学習装置(テスタメント)でしか知識を仕入れていないので、彼女たちは無垢であると言える。

無垢だからこそ──時々、とんでもない爆弾発言をするのはご愛嬌というヤツだ。

真守が口をパクパクとさせていると垣根は至極真剣な表情をして目を斜め上に寄越す。

 

 

「運命的だったから基準とかねえな。それに俺に基準なんて通用しねえし」

 

 

垣根が真守を翻弄させるために至極真顔な表情を作って告げると、真守はへなへなと足から力が抜けてぺたっと地面に座り込んだ。

 

「運命的……とはえらく抽象的な表現です、とミサカは苦言を(てい)します。具体的にどのようなところが運命的だと思ったのですか、とミサカは追加説明を求めます」

 

ミサカは背の高い垣根の顔を懸命に見上げ、無表情ながらも真剣な表情をして問いかける。

 

「俺は俺を変えてくれるようなかけがえのない存在が欲しいなんて全く思ってなかった。それなのに、俺と接点持ったソイツがそう思わせてくれた。だから欲しいと思った、それだけだ」

 

垣根が真剣な表情をして告げるので、ミサカは良い情報が入手できそうだと意気込んで垣根への追及を続ける。

 

「欲しい……欲しいとは手に入れたいという意味ですか? 意中の殿方にそう思わせれば勝ち、ということですか、とミサカは身を乗り出して訊ねます」

 

「そうだな。後、男の本能的に欲しくなった。欲に直結だが、男にそう思わせたら勝ちだろ」

 

 

「いやぁー垣根ぇ!! もうヤメテ!! お願い、何も知らないクローンに変なこと教えないでぇ!!」

 

 

真守が耐え切れなくなって叫ぶと、垣根はくつくつと嗤い、ミサカは『男の本能とは……?』と疑問符を浮かべていた。

 

純真無垢なクローンに翻弄(ほんろう)されて顔を真っ赤にした真守は、そこでもうこれ以上の恥ずかしさを感じるにはいかないとして、意地悪く笑う垣根を引っ張ってミサカに別れを告げてその場を後にした。




とあるの原作12巻ってオールスター大集合みたいな感じで、アニメで描かれなくてもほとんどの主要人物が出てきていいですよね。
12巻で出てきたミサカ一九〇九〇号ちゃん可愛い。
超電磁砲で感情表現が豊かになっている理由が明かされていましたが、完全に後付けでもとても良かったです。



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第一一九話:〈幸福絶頂〉で何も要らない

第一一九話、投稿します。
次は一二月一七日金曜日です。


「…………酷い目にあった……」

 

真守はぐすん、と鼻を鳴らしながら垣根に手を引かれたまま、とぼとぼと歩く。

 

「まあクローンつっても年頃の娘だしな。ちゃんと答えてやりゃあいいじゃねえか」

 

真守の隣で垣根が真守の動揺が可愛くて半分笑いながら告げると、真守はキッと垣根を睨み上げる。

 

「かきねのばか」

 

そして真守はそのままプイッと顔を背ける。完全に()ねていた。

 

「悪かったって。何か食うか?」

 

「食べ物に釣られるほど私はバカじゃない」

 

真守が垣根の問いかけに真守が拗ねた調子のまま告げると、垣根は『ふーん』と言って意地の悪い笑みを浮かべる。

 

「本当にいらねえの? 俺と食べると楽しいんじゃなかったのか?」

 

「………………かきねのいじわる」

 

「買ってやるから一緒に食おうな?」

 

垣根が顔をしかませる真守の頭をポンポンと撫でると、真守は機嫌悪そうにしながらも垣根を見上げた。

 

「……しょうがないから一緒に食べてあげる」

 

そう答えた真守と垣根が地下街を歩いていると、地下街の通路の中央に、駅にある小さなコンビニのような貸店舗が置いてあり、そこで『どうぶつドーナッツ』というのが売っており、数種類の動物型のドーナッツが売られていた。

 

垣根が買ってくると真守に伝え、真守がテーブルで待っていると、しかめっ面の垣根が手に買った商品を手に持って近づいてきた。

 

「カエルだ。ちなみになんでカエルなの? 垣根、カエルが好きだったか?」

 

垣根が選んだ動物がカエルだったので、真守は小首を傾げて垣根にそう質問する。

 

「どうやら統計を取ってるみてえだ」

 

「統計?」

 

垣根は透明なパックと一緒に真守のために買ったペットボトルの小さいお茶をテーブルに置きながら、真守の向かいに座る。

 

垣根が言うにはとある大学が、どの動物を選ぶかによって統計学的に人間がどんなデザインを好むかという実験をしているらしい。

端的(たんてき)に言えば、流行がどのように流行るかの仕組みを解明するための実験をしているのだ。

 

「気に入らねえから、そこそこ人気がなさそうなヤツを選んできた」

 

あまり有名ではない大学の統計データを取られるのが(かん)に障ったのか、垣根は統計データにあまり影響がない『そこそこ』を選んできたらしい。

 

「卑屈精神……」

 

真守は垣根の性格を的確に表現してそう呟くと、振り返ってどうぶつドーナッツのラインナップをじぃーっと見つめる。

 

「どうした?」

 

「あの中でそこそこに人気がないのはうさぎだ」

 

真守がそこで断言するので、垣根は怪訝な表情をする。

 

「は? ウサギって女子受けいいだろ」

 

垣根が真守のきっぱりとした発言に首を傾げていると、真守は真顔で動物を一つ一つ見つめてつらつらと説明を始める。

 

「黄金比からほど遠い顔つき。あれは意図的に造形が崩されているんだ。それに全体的なバランスもあまり好ましくない。あれはわざとそうしているに違いない」

 

「……お前、流行系の仕事に適性があるんじゃねえのか?」

 

垣根は呆れた半分、感心半分と言った様子で呟く。

 

真守の能力は流動源力(ギアホイール)

物事の流れが分かる特性を持つので流行が手に取るように分かるのだ。

しかも一部の流行は人間が意図的に作っているものなので、真守にとってそれはとても読みやすいらしく、今もわざと流れを操作しようとしているのが分かったらしい。

 

「む。おいしい」

 

真守の口と比べると大きく見えてしまうカエルのドーナッツを、もふもふとちまちま食べながら、真守はそのおいしさに表情を明るくする。

 

「へえ。そこそこ美味いから許してやる」

 

『どうぶつドーナッツ』と表現されてはいるが、要はタコ焼きの生地をホットケーキ生地にして、中にカスタードクリームを入れたものだ。

それでも普通に味がいいので垣根がそう呟くと、真守は顔をしかめっ面にする。

 

「器がちっちゃい」

 

統計データを取られたことにまだ腹を立てているのか、と真守は垣根の器の小ささに呆れながらも、もふっと一口どうぶつドーナッツを口にする。

真守と垣根がお茶をしているとドンガラドンドーン! と誰かが何かにぶつかった音が盛大に響き渡った。

 

「?」

 

真守が振り返ると、そこには道端に置いてある観葉植物に突っ込んだ青髪ピアスがいた。

 

「あああああああ朝槻ぃぃぃそそそそそのイケメンはぁぁあぁぁぁ!」

 

高速振動している物体に顎を乗せたかのように声を震わせる青髪ピアスの隣には、にやにやと笑ってサングラス越しに垣根と真守を見つめる土御門が立っていた。

 

「ゲ」

 

一番はもちろん一方通行(アクセラレータ)だが、この世で二番目に嫌いと言っても過言ではない土御門に見つかった垣根は、全力で嫌そうな顔をする。

 

「ていとくぅーん。ナニナニデートですかぁー?」

 

「うるせえよ、その呼び方で呼ぶんじゃねえ。そしてどっか行けこのロリコン」

 

垣根が殺意を込めて土御門を睨むと、土御門は恥ずかしそうにフォークを口に含んで噛んで顔をしかめている真守を上から下までじっくりと眺める。

 

「いやぁー朝槻もどっちかって言うとロリアイドルみたいなモンしょーこのこのっ」

 

垣根はウザ絡みしてくる土御門の前で、テーブルにダァン! と拳を叩きつけた。

 

「真守のことをテメエの性癖に押し込めんじゃねえ!!」

 

そこで垣根と土御門が知り合いっぽく話をしていると感じた青髪ピアスは、観葉植物に抱き着いてそのまま一緒に倒れていたところから復帰して、二人のもとに直行する。

 

「土御門、そのイケメンと知り合いなん!?」

 

「おう。夏休み前にカミやんがくっそイケメンと朝槻が歩いていたって言ってたろ? コイツがその相手だぜい。垣根帝督」

 

土御門の説明に垣根が嫌な顔をしていると、青髪ピアスはぽん、と手の平に拳を打ち付ける。

 

「ああ、朝槻のスキャンダル相手やね!」

 

「そうそう、アレからずぅーっとアプローチしてて、ようやく朝槻を振り向かせることに成功したってちょっとすごいヤツだぜぃ?」

 

土御門の真守を落とした垣根の経緯を聞いて真守が顔を赤らめている前で、青髪ピアスは驚愕する。

 

「なんやて!? この難攻不落の『塩対応の神アイドル』を撃ち落とした!? もうアイドル引退やん! おめでた!?」

 

真守がブチ切れてガァン! フォークをアルミ製のテーブルに突き刺すと、土御門と青髪ピアスはそれに顔を真っ青にした。

そんな二人を真守は赤らめた顔でキッと見上げる。

 

「アイドルやってないし、おめでたでもない!! ここにまだいて私のことをイジるなら、心臓に電気流して数秒間心臓停止させるぞ!! いいか!?」

 

超能力者(レベル5)第一位の怒りに触れた二人は、楽しそうに笑いながらぴゅーっと走っていなくなる。

 

真守がアルミのテーブルに突き刺したフォークがプラスチックだったので、垣根は『何をどうやったらプラのフォークがアルミにぶっ刺さるんだ、能力か?』 と疑問を持ちつつ、真守があのバカ共を追っ払ってくれたことに感謝して、カエルのどうぶつドーナッツを口に入れた。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

「垣根、どこに行くんだ?」

 

真守は地下街から出て垣根に連れられて外へと出ていた。

雨雲が広がっているのと夕日が落ちそうになっているのもあって、辺りは薄暗い。

 

「こっちだ」

 

垣根は真守を連れて地下街の近くの大きな公園へと入っていく。

公園の中心には噴水があり、ライトアップされると綺麗だと最近有名な公園だった。

真守と垣根が噴水前に来たときはまだライトアップされていなかったが、ライトアップされる時間を知っていた垣根は噴水の真ん前を陣取ると、携帯電話で時間を見た。

 

「もうすぐだな」

 

垣根が呟いた数分後、完全に陽が落ちる。

そして陽が落ちたのをセンサーが感知したことによって、噴水のライトアップが作動した。

 

途端に水が幻想的に青い光を帯びて辺りが明るくなり、(きら)びやかな光景が浮かび上がる。

 

青いライトアップによって高いところから落ちる水が輝き、時間によって水の流れが変化して飽きさせない仕組みになっており、音楽が小さく鳴り響いているので幻想的な光景が辺りに広がっていた。

 

「…………きれい。……きれいだね、垣根」

 

真守は青い(きら)めきに光り輝く噴水を見つめて目を細めて、ぽーっとした顔で噴水を見つめていた。

辺りが暗いからよく映えるし、何よりこの噴水の水の流れはバリエーションが豊富だと有名なので、いつまでも見ていて飽きなかった。

 

「真守、これ」

 

噴水に気を取られていた真守だったが、垣根に声を掛けられて垣根を見た。

噴水のライトアップで手元まで良く見える。

だから真守は垣根の手に、リングケースが握られているのに気が付いた。

 

「え、え……え?」

 

真守が困惑していると、垣根が真守の両手を取ってそっとリングケースを握らせる。

 

「重たい男になる気はねえが、俺とおそろいのストラップでお前が喜んでたから。だから用意してみた」

 

真守は自分の小さい両手に置かれたリングケースを見つめて呆然としていたが、垣根を見上げて遠慮がちに問いかけた。

 

「……開けてもいい?」

 

「ああ」

 

垣根が即座に頷くので、真守は震える手でそっと蓋を開ける。

 

中には大きさの違うペアリングが入っていた。

宝石などはついていないが、光が入る角度で虹色に変化する精緻(せいち)な模様が入っており、二つで対になっている。

一目で高級品だと分かるものだ。

 

「こっこれは超がつくほどのブランド品だぞ!? はっきり言って婚約指輪レベルの……っ!!」

 

真守はリングケースの蓋の裏に刻まれていブランド名を見て、両手に載せていたリングケースを緊張でぎゅっと掴んで落とさないようにして垣根を見上げた。

 

「別に婚約指輪じゃねえよ」

 

垣根はそう告げると、長い前髪の向こうから優しいまなざしを向けて、リングケースをぎゅっと握る真守の左手の薬指をそっと撫でる。

 

「でも予約な?」

 

「よ……っよやっ…………!? ……ッ!!」

 

真守は垣根の言葉に目を思いっきり見開いて口をパクパクとする。

垣根の大きな手が自分の薬指を撫で続けるので、恥ずかしくなって真守は体に思いっきり力を込める。

 

タイミングが良すぎる。

 

つい先日、真守は進路希望調査票に『好きな男の子のお嫁さんになりたい』と書いたばかりだ。

それを垣根に見せるのは恥ずかしかったから、一度もカブトムシの前に出していない。

垣根が知っていたとしても、このリングのブランドは有名な高級店で、受注生産を主に行っているのですぐに作れるようなものじゃない。

だからあの進路希望調査票を見たから垣根が買ったわけじゃない、と真守は分かった。

分かったからこそ、タイミングが良すぎると、動揺してしまっているのだ。

 

「ここにつけるのは俺が作ってやる」

 

垣根が自分の左手の薬指を撫でながら優しく甘く囁くので、真守は感極まって目を(うる)ませてしまう。

垣根が言っているのは自分の能力である、『無限の創造性』を持つ未元物質(ダークマター)で指輪を造ってやる、という意味だ。

大切なものだから自分が誇りに思っている能力で作ったものを真守に渡したい、そう思って言ってくれているのだ。

 

「じゃ、じゃあこの指輪はどこにつければ……?」

 

真守がリングケースの中に光っているリングはどうすればいいのかと垣根に訊ねると、今度は真守の右手の薬指をそっと撫でる。

 

「右手の薬指。恋人がいるって証だろ?」

 

「そ、そうだけど……あわっ……わわ……私、し、幸せで死んでしまいそう…………」

 

真守は顔を真っ赤にしてしどろもどろになる。

 

ここ数日、垣根とあまりゆっくり話せなかったからデートしているだけでも幸せだったのに、指輪もくれて自分の将来の約束までしてくれるなんて、ありえない。

真守は既に天国にいるんじゃないのか、という気になってしまっていた。

 

「死なねえよ。俺たちが死ぬわけないだろ?」

 

「う。…………うん」

 

垣根の言葉に真守は寂しそうに頷く。

 

そうだった。

 

これだけ幸せでも、この先どうなるか分からない。

絶対能力者(レベル6)になって、人間ではなくなって。

人間と同じような気持ちを持っていたとしても、きっと、垣根を傷つける。

自分は垣根を傷つけてもそんなの気にしなくなる。

それでも垣根帝督は朝槻真守と一緒にいてくれると言った。

それが真守はとても申し訳なくて。それでもとても、嬉しくて。

 

「いつまで続くか分からない。だが、人間としての一生の思い出はできただろう?」

 

「……うんっ」

 

真守が感極まって目をうるうるさせていると、垣根はそんな真守の頬に優しく手を添えた。

 

「絶対にお前のことは逃がさない。神さまになろうが何しようが、ちゃんとお前の要望通り、俺の嫁にしてやる」

 

真守は垣根の言葉にぽろっと大きい涙を一つ落として、そのままぽろぽろと涙が止まらなくなってしまう。

垣根は真守の涙を優しく(ぬぐ)いながら微笑む。

 

「言っただろ。俺はお前みたいな存在がどうしても欲しかったって。知らない内に欲してたって。そんな存在、いまさら神さまになったくらいで手放せるかよ。──だから、絶対に離さない。ずっと一緒だ」

 

「うん…………っうん。……ありがとう、かきね…………」

 

真守は何度もしゃくりあげながらも、垣根に自分の涙を拭ってくれる垣根を見上げる。

 

「私、最近泣いてばっかりだ」

 

真守が照れ笑いをすると、垣根は真守の頭にコツっと自分の額をつけて笑う。

 

「お前が幸せで泣いてるなら、それでいい」

 

「うん」

 

真守は垣根のつけている上品な香りの香水を感じながら微笑む。

垣根も真守が身に(まと)っている甘い匂いを感じてそっと真守の口にキスをする。

そして真守の手の中にあるリングケースから真守の分の指輪を取ると、真守の右手の薬指にゆっくりとその指輪を通す。

 

「愛してる、真守」

 

真守は垣根からもらった指輪をぽーっととろけた目で眺めた後、優しいまなざしを向けてくれる垣根を見上げて、ふにゃっと微笑んだ。

 

「ありがとう、垣根。私も垣根のこと、だいすき」

 

真守は右手の薬指につけてもらった指輪をそっと撫でた後、垣根の右手の薬指にも、緊張して震える手だとしてもしっかりと指輪を通してみせた。

 

「もう怖くない。だいじょうぶ」

 

真守が自分と垣根の指に(はま)った指輪を見つめながら柔らかく幸せそうに微笑むので、垣根も優しい笑みを浮かべて安堵のため息を吐く。

 

「……良かった」

 

垣根が安堵すると、真守も幸せそうに微笑む。

 

幸せな時間はそう長く続かない。それを自分たちはよく分かっている。

だからこそ、一瞬一瞬を大事にして真守を幸せにしてやりたい。

垣根はそう思ってとろけるように微笑む真守を、ライトアップされて青く煌めく噴水の前で、長い間ずっと抱きしめていた。

 



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第一二〇話:〈日常侵食〉は敵対者襲来で

第一二〇話、投稿します。
次は一二月一八日土曜日です。


「垣根、送ってくれてありがとう」

 

真守は自宅のあるマンションの前で垣根に笑いかけていた。

これから垣根は第八学区のとあるビルの最上階にある『スクール』のアジトへと戻る予定で、真守を自宅まで送ってきており、自宅の前で別れを告げていたのだ。

 

「今日は帰れないかもしれない。それでもいいか?」

 

「うん。たくさん一緒にいたから大丈夫。それに垣根から大事なもの貰ったから、もう寂しくない」

 

真守は右手の薬指に輝くリングを左手でぎゅっと握って微笑む。

垣根はそんな真守の顎をクイッと引いて、自身の身をかがめて真守にそっとキスをした。

 

「ん。垣根、おやすみ。気を付けてね」

 

真守は垣根から口を離されて、幸せそうにとろける笑みを浮かべて目を細ませる。

 

「おやすみ。また連絡する」

 

「うん」

 

真守はマンションのエントランスから外に出て、傘を差す垣根を見送る。

学園都市では先程から雨が降り出していて、途中で降られた二人はコンビニで傘を買って帰ってきたのだ。

 

最後に垣根は真守の方を振り返って手を挙げると、そのまま去っていく。

真守は名残惜しそうに寂しそうに微笑みながらも、自分の薬指に()められた指輪をゆっくりと撫でて、エントランスを歩いてエレベーターに乗る。

 

真守は雨に少し降られ、冷えてしまった体を温めるために風呂に入ろうと考える。

だがその前に深城と林檎に帰ってきたことを報告する必要があるため、一度二階のラウンジに向かった。

 

「朝槻、おかえりなさい」

 

真守がラウンジに入ると、ソファに座って携帯ゲーム機で遊んでいた林檎が顔を上げた。

 

「ただいま、林檎。……深城は?」

 

真守が夕食を作っているであろう深城がキッチンにいないのでそう問いかけると、林檎は真守が待っていてくれるので、ゲームをきちんとセーブしてから顔を上げた。

 

「深城、買い物に行った。調味料が足りないんだって」

 

「え。雨降ってるけど傘持って行ったかな。ちょっと待て、いま連絡してみる」

 

真守は林檎が持ってきてくれたタオルを受け取りながら携帯電話を取り出そうとするが、設定が終わっていないことに気が付いて『あ』と声を上げる。

すると林檎が察して固定電話の子機を持ってきてくれたので、真守は林檎に礼を言いながら深城へと電話を掛ける。

 

〈なになにぃー林檎ちゃん?〉

 

深城は家から電話を駆けてきた=林檎と考えて、そんな第一声を放った。

 

「林檎じゃなくて私だ、真守だ。お前、傘持って行ったか? 必要なら迎えに行こうか?」

 

真守は自分であること前置きしてから深城を気遣うと、深城は携帯電話の向こうで嬉しそうな声を出した。

 

〈真守ちゃんお帰りなさい! 大丈夫だよぉ。ちゃんと傘持って行った! 林檎ちゃんが今日は夜、雨が降るかもって朝言ってくれたからねえ、大丈夫!〉

 

心配させまいと深城が明るい声を出すので、真守は小さく笑ってから頷いた。

 

「そうか。まだ時間がかかりそうか?」

 

〈うん。今近くの二四時間やってるスーパーに向かってるところだからねえ。そぉそぉ、真守ちゃん。お醤油が足りないんだけどね、この際薄口しょうゆと濃い口しょうゆどっちも買おうと思って! 和食のお料理本には、どっちか書いてあることが多いんだよ〉

 

深城が楽しそうに料理の話をしているので、真守は深城が楽しそうでよかった、と微笑を浮かべた。

 

「最終下校時刻が過ぎているから不良に気を付けるんだぞ」

 

〈大丈夫だよぉ。今雨降ってるから不良さんどこにもいない!〉

 

「そういう問題ではないぞ。きちんと気を付けろ、分かったな?」

 

真守が顔をしかめて注意していると、深城は電話の向こうで小さく笑った。

 

〈分かってるよぉ! ……あ、垣根さんとデートどうだったぁ? 楽しかった?〉

 

「うん。とっても楽しかった。たくさん幸せになれるもの貰った」

 

真守は右手薬指につけてある指輪を見つめながら告げると、深城は興奮した様子で声を大きくした。

 

〈えー!? 帰ってきたら話してね! 絶対だよぉ!?〉

 

「分かってる。たくさん話したいことあるんだ、深城。だから早く帰ってきてくれるか?」

 

〈うん! そしたらすぐにご飯作るから! それでご飯食べて、ゆったりまったりしようねぇ!〉

 

真守はそこで深城との通話を切って固定電話の子機から手を離す。

 

「深城、なんだって?」

 

「頑張って早く帰ってくるって。それまでご飯待てるか?」

 

林檎が子機を貰おうと手を差し出してくれるので、真守は林檎に子機を渡してタオルでセーラー服を拭き始める。

 

「だいじょうぶ。朝槻と深城と一緒に食べるご飯、おいしいから」

 

「そうか」

 

林檎がにこっと柔らかく笑うので、真守は手をきちんと拭いてから林檎の頭にポンと手を置いて撫でる。

 

「……本当は垣根とも一緒に食べたい。でも垣根、朝槻のために頑張ってるから」

 

頭を撫でられる感触に目を細めながら、林檎がぽそっと小さなお願いを言うので、真守はかがみ、目線を林檎に合わせて微笑む。

 

「そうだな。でも垣根は私や林檎のために頑張ってくれてるから、大人しく待っていような?」

 

「私のため?」

 

林檎がきょとんとした様子で告げるので、真守は柔らかく微笑んでしみじみと告げる。

 

「そう。垣根はな、私たちのために学園都市を良くしようとしてくれているんだ。私たちが幸せに笑えるようにな。だから良い子にして待ってような?」

 

真守が再び林檎の頭を撫でていると、林檎は嬉しそうに、でも意地悪さを瞳に見せて微笑む。

 

「じゃあ朝槻も下手に事件に首を突っ込んじゃダメだね」

 

「む。林檎、生意気だぞ」

 

真守が林檎のおでこを柔らかくツン、とつつくと林檎は額を押さえながら幸せそうに笑う。

 

「じゃあ私、お風呂に入ってくるよ。……そうだ、林檎も一緒に入るか?」

 

「うん。入る」

 

「じゃあ用意してきてくれ。私はお風呂のお湯張っておくから」

 

真守が誘うと林檎は胸を張って得意気にする。

 

「お風呂はもう沸かしてある。私がやった」

 

「林檎がやったのか? えらいぞ」

 

真守は林檎の頭をもう一度くしゃくしゃと撫でると、林檎に声を掛ける。

 

「じゃあお風呂に一緒に入ろうか。準備してきてくれ」

 

「うん」

 

林檎が廊下をテテテーッと走っていくので、真守も自分の部屋へと向かって入浴の準備を始めた。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

「あひるさん、かわいい」

 

真守がシャワーを浴びている中、林檎は湯船に浮かんでいるアヒルを見つめて一人で遊んでいた。

アヒルは大・中・小と三匹いて、隊列を作るように林檎は浮かばせていた。

そしてファンシーな魚を模した水鉄砲を取り出すと。真守に向けてぴゅーっと撃つ。

それでも飛距離が足りないため、真守に当たることはない。

 

「林檎ー。人に銃を向けてはダメなんだぞ」

 

「ん。分かった」

 

林檎は真守に注意されてお風呂の壁に張られている、水を当てると色が変わる(まと)に向かってぴゅーっと再び水鉄砲を撃つ。

 

「そうそう。偉いぞ」

 

真守はシャワーを止めて、林檎を後ろから抱きしめる形でお湯につかる。

真守が入ったことによって綺麗に隊列を組んでいたアヒルの隊列が崩れてしまった。

林檎はそれを見てグッと顔に力を込めると、念動能力(サイコキネシス)で水面を滑らかに移動させてアヒルの隊列を元に戻す。

 

「ごめんごめん」

 

「だいじょうぶ。誉望に教えてもらって、能力ちょっとずつうまく使えるようになってるから」

 

林檎は謝る真守に得意気に告げて、綺麗に隊列を整える。

 

「ねえ、朝槻。明日もずっと雨かな」

 

そして小さくぽそっと呟いた林檎の後ろで、真守は天井を見上げる。

 

「んー。そうだな、最近の天気予報は当てにならないから分からないな」

 

「最近の?」

 

林檎は真守の言葉が気になって真守の方を振り返りながら、コテッと首を傾げた。

 

「ちょっと前まで『樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)』という衛星が学園都市上空に浮かんでたんだ。……衛星というのは分かるか?」

 

「うん。私たちのこと空から監視してるヤツ」

 

「そうそう。それのすっごいバージョンが『樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)』というヤツでな。一か月の天気予報を演算で的確にはじき出していたんだ」

 

林檎は衛星のことを監視カメラの凄いバージョンだと思っているため色々と間違っているのだが、まあ認識は間違っていないので真守は肯定して『樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)』の簡単な説明をする。

 

「それは今、もうないの?」

 

「うん。壊れてしまってな。この前私が宇宙に行ったのもそれ関連だ」

 

「朝槻は宇宙に行けてすごいね」

 

林檎は真守の方を振り返るのをやめて、的にぴゅーっと水鉄砲を当てて再び遊び始める。

 

「学園都市の技術力は高いから林檎も宇宙に行けるぞ? まあでも、エンデュミオンがあったらもっと簡単に宇宙に行けたんだがなあ」

 

真守はそこで大覇星祭前の『エンデュミオン』に関しての事件の渦中(かちゅう)にいた、鳴護アリサとシャットアウラ=セクウェンツィア、そして不老不死()()()レディリー=タングルロードのことを思い出しながらしみじみする。

 

「……色々壊れすぎ?」

 

「そうだな。私もそう思う」

 

林檎が小首を傾げて告げるので、真守はそれらに全て自分が関わっていることを思ってくすくすと笑う。

今までいろいろな事件に首を突っ込んできたが、流石に学園都市の重要なものを壊してしまったのはそれくらいだ。

 

「朝槻、とっても楽しそう。よかった」

 

「? お前は楽しくないのか?」

 

真守が問いかけると林檎は少し寂しそうに微笑む。

 

「朝槻や垣根、深城が楽しくないと私も楽しくない。嬉しくない。だからよかった」

 

真守は優しい林檎の心を感じて幸せそうに目を細めた。

 

「じゃあ林檎のためにも、私たちは楽しくしておかなくちゃな」

 

「うん。だから朝槻が楽しそうでよかった。垣根とデートできてよかったね」

 

真守が笑いかけると林檎が目を細めて心の底から思ってしみじみと告げるので、真守はぎゅーっと林檎を後ろから抱きしめる。

 

「今度はみんなで遊びに行こうな? 遊園地でも行こうか」

 

「! 遊園地。行きたい。『てんうさ』のでっかいのがいるって深城が言ってた」

 

林檎は自分が好きなマスコットキャラクターである『天使なうさぎ様』の着ぐるみが遊園地にあると目を輝かせる。

 

「じゃあ一緒に行かなくちゃな。その時は朝から晩まで遊ぼうな? そうだ、どこかに泊まってもいいかもな」

 

「うん。楽しみ」

 

林檎が笑顔で告げるので真守もにっこり笑う。

 

「さ。のぼせてしまうから出ようか」

 

「うん」

 

林檎は真守の言葉に素直に従って、お風呂から出る。

真守も続いて出て、最後に軽くシャワーを浴びると風呂場から出て脱衣所に向かった。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

学園都市の夜の街を、一人の女が歩いていた。

一五世紀のフランス市民の格好を派手な黄色で塗りつぶした服装だ。

その女の顔には耳、鼻、唇、まぶたにまでピアスが取り付けられており、歩く(たび)にそれがじゃらじゃらと鳴る。

 

しかも唇を割って舌を出すと、女は舌の先にまでピアスを開けていた。

 

そのピアスは腰ほどまである長さの鎖と、その先に十字架を模したアクセサリーによって構成されており、それを女はゆらゆらと揺らして歩いていた。

 

「ふうん」

 

女は辺りに転がっている警備員(アンチスキル)一瞥(いちべつ)してから呟いた。

そして足元に転がっていた無線機の一つを蹴り上げて手に取ると、無線機のマイクに話しかけた。

 

「ハッアァーイ、アレイスター。どうせアンタはこーいう普通の回線にもこっそり割り込んでるってコトでしょう。さっさとお相手してくれると嬉しいんだけどなァ」

 

女が挑発的に告げると、無線機から通話先の切り替わる際の音がブツブツツ、っと響く。

 

〈何の用だ〉

 

明らかにクリアになって無線機から響き渡ったのは、男か女か分からない声だった。

 

「っふふん。統括理事会の顔を三つほど潰してきたトコだけど、『その程度』では(こた)えないか」

 

〈補充なら利くさ、いくらでもな〉

 

「問題発言よね、ソレ」

 

女が呆れたように告げると、アレイスターはまるで事務作業のように淡々と続ける。

 

〈捻じ伏せるだけの力もある〉

 

「私は、実はあんたは存在しない人間で、アンタの意見の裏にゃ統括理事会の総意が隠れている……と踏んでいたんだけど、こりゃ当てが外れちゃったかなあ。全然焦ってる様子もないコトだし。……まあいいや。私の素性は分かっている?」

 

〈さあな。賊については取り調べで聞く事にしているので〉

 

アレイスターがすっとぼけると、女は得意気そうに笑った。

 

「神の右席」

 

女の余裕そうで殊勝な言葉に、アレイスターは冷たい声で愉快そうに笑った。

 

〈おや、テロ行為指定グループにそのような名前はあったかな〉

 

「ふうん。白を切るってコトならそれでもいいけど、今ここで命乞いをしなかったコトを最後の最後で後悔しないようにね」

 

〈この街を甘く見ていないか?〉

 

アレイスターは先程よりも鋭い冷酷な声を出して、自らを『神の右席』と言った女に問いかけた。

 

「アラ。自分の街の現状すら掴めていないだなんて、すでに報告機能にも支障が出てんの? 失敬失敬。私は自分の潰した敵兵の量を数えられないからなあ。はは、オペレーターまでぶっ倒れているか」

 

〈……、〉

 

アレイスターは応えない。そんなアレイスターに女は意気揚々と告げる。

 

「六割、七割。八割は流石に行き過ぎかな。まあジキに一〇割全部倒れるコトになるだろうけど。警備員(アンチスキル)にィ風紀委員(ジャッジメント)だっけ? そんなチャチなモンで身を守ろうとしてるからあっさりクビを取られんのよ。自分がもう終わりだってコトぐらいは分かってんのよね?」

 

〈ふ〉

 

アレイスターは女の言葉に一つ笑い声を漏らすと、獰猛(どうもう)な声で嘲笑(ちょうしょう)しながら告げる。

 

〈その程度で学園都市の防衛網を砕けたと思っているのなら、本当におめでたいな。キミはこの街の形をまるで理解していない〉

 

「へェ」

 

〈隠し玉を持っているのはキミだけではないということだ。もっとも、君はそれを知る前に倒れるかもしれんがな〉

 

女はアレイスターの言い分を聞いて静かに笑うと、気持ちを切り替えて冷酷に、淡々とした声を出す。

 

「何であれ、私は敵対する者を全て叩いて潰す。コレは私が生まれた時からの決定事項だ」

 

女はそこでくるっと無線機の向きを変えて言葉を切って告げる。

 

「私は『前方のヴェント』。ローマ正教二○億の中の最終兵器」

 

アレイスターの挑発に女──前方のヴェントは自身の存在を明らかにする。

そしてアレイスターに宣戦布告をした。

 

「この一晩で全てを潰してあげる。アンタも、学園都市も、幻想殺し(イマジンブレイカー)流動源力(ギアホイール)も禁書目録も。──その全てをね」

 

そう宣言すると、前方のヴェントは学園都市へ向けて再び侵攻を開始した。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

『人間』、アレイスターは『窓のないビル』の内部、円筒形の生命維持装置の中で逆さに浮いていた。

 

この部屋に照明機器はない。

それなのに部屋が赤く輝いているのは、モニタ一つ一つから表示される複数のエラーのせいだ。

 

学園都市は現在、異常事態にある。

その原因は『前方のヴェント』と呼ばれるたった一人の魔術師。

 

『神の右席』の手によって、学園都市は死にかけている。

 

ほんの数十分で学園都市の治安を(つかさど)警備員(アンチスキル)の七割弱が犠牲となっている。

生体信号を探る限り死者はいないようだが、彼らが目を覚ます前に学園都市が陥落(かんらく)すれば、もう立て直しは図れない。

 

街のあちこちから被害報告や増援要求などの通信が入るが、いちいちそれらに応える気はアレイスターにはさらさらなかった。

 

「面白い」

 

学園都市が慌てふためくさまを『人間』、アレイスターはただただ笑って見ていた。

 

「最高に面白い。これだから人生はやめられない。こちらもようやくアレを使う機会が現れたか。時期は早すぎるが。『計画(プラン)』に縛られた現状では、イレギュラーこそ最大の娯楽だな」

 

口の中で転がすようにその感情を(もてあそ)びながら、同時にアレイスターは生命維持装置の内部から計器類に無数の操作命令を飛ばす。

無線装置の一つに干渉し、周波数や暗証番号などの段階を踏まずに、学園都市の闇に(うごめ)く者たちへ直に接続する。

 

猟犬部隊(ハウンドドッグ)、木原数多」

 

〈はい〉

 

木原数多という男の返事をする声が『窓のないビル』の中に響き渡ると、アレイスターは命令を下した。

 

「虚数学区・五行機関……AIM拡散力場だ。少し早いがヒューズ=ミナシロを使って『ヤツら』を潰す。手足は弾いても構わん。現在逃走中の検体番号(シリアルナンバー)二〇〇〇一号を捕獲次第、指定のポイントへ運んでくれ。──早急かつ、丁重にな」

 

〈了解〉

 

相手の短い返事を受けて、アレイスターは通信を終了する。そして、愉快そうに笑う。

 

「前方のヴェントに勝ち目などありえない。何故なら既にこの学園都市は科学の徒の聖域と化している」

 

アレイスターはそこでビーカーにとある映像を映し出す。

その映像には、彼女たちがラウンジとして使っている部屋で、自分が保護している幼女の頭を拭く朝槻真守の姿が映し出されていた。

 

羨望(せんぼう)とは時として『信仰』になりえる。それらを守らんとする手は『救済』である。その二つが合わさった学園都市(この街)で、最早あれに勝てる人間はいない」

 

アレイスターは朝槻真守のバイタルを別窓に表示して、そして進行中の急ピッチで組み立てたアドリブ満載(まんさい)の対応の進行状況を見て獰猛(どうもう)に笑う。

 

「全ての舞台は整った。さあ、久方ぶりの──楽しい楽しい潰し合い(ショータイム)だ」

 

 

 

運命の歯車は回り出した。

全てが終わり、新たな始まりが近付いている。

最後の(つか)()の夢は、幸福であるべきだ。

 

だからこそ、なのか。

 

朝槻真守は。

 

自らの終わりが近付いていることに、最後の瞬間まで気が付かなかった。

 



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第一二一話:〈燦然珠玉〉を胸に抱き

第一二一話、投稿します。
次は一二月二六日日曜日です。


風呂から出た真守は、携帯電話のセットアップを行おうと思って自室に一人でいた。

 

(深城……遅いな)

 

パソコンを起動させながら、真守は帰ってこない深城のことを想って顔をしかめる。

 

「ダメだ、気になる。迎えに行こう」

 

真守が椅子から立ち上がった瞬間、携帯電話に着信があった。

慌てて携帯電話を手に取ると、そこには『公衆電話』と表示されていた。

 

「深城、もしかしてケータイの電池が切れたのか? 今どこに、」

 

〈だとォ?〉

 

真守は携帯電話の電池が切れたことを理由に、深城が公衆電話から連絡を寄越してきたのだと思って電話に出ると、まったく違う声が聞こえてきた。

 

「その声……一方通行(アクセラレータ)か? どうした、どうして公衆電話から私に電話を?」

 

〈……オマエの大事なヤツか?〉

 

真守が動揺したまま問いかけると、一方通行(アクセラレータ)は真守が自分と勘違いした『深城』がどんな人物なのかと問いかけてきた。

 

「え。う、うん。大切な子だ。その子、帰ってきてなくてな。携帯電話の電池が切れて、公衆電話から電話をかけてきたのかと思って。ごめんな、一方通行(アクセラレータ)

 

〈今すぐソイツを連れ戻せ〉

 

「え?」

 

一方通行(アクセラレータ)の鬼気迫った声に、真守は思わず虚を突かれて言葉を零す。

 

〈学園都市がおかしくなってンだ。恐らく木原の野郎が演出してる。俺も襲われた〉

 

「木原!? お前、怪我してないか? 大丈夫か?!」

 

真守が一方通行(アクセラレータ)の言った『木原』という言葉に一方通行の無事を心配すると、一方通行は殴られて頬が腫れているのか話し辛そうに口を開く。

 

〈問題ねェ。……だが、あのクソガキが狙われてンだ。街中にヤツの部隊が展開してる。一般人がそれを目撃したら殺される可能性がある。だから早く連れ戻せ〉

 

「…………最終信号(ラストオーダー)、が?」

 

真守は一方通行(アクセラレータ)の言葉にドクン、と心臓が脈打つ。

 

〈? どォした?〉

 

木原が打ち止め(ラストオーダー)を狙っている。

打ち止めはAIM拡散力場を操作するために学園都市が用意した入力装置(コンソール)だ。

AIM拡散力場。

それを体として認識して、核として動き回っている深城が外出している。

真守は嫌な予感が湧きあがってきて、顔を引きつらせた。

 

「……ごめん。私、深城に電話しなくちゃ」

 

真守が嫌な予感が(つの)ってごくッと唾を呑み込んでから一方通行(アクセラレータ)にすまなそうに告げると、一方通行は決意した声を出した。

 

〈ここでオマエに手助けしてもらうのも筋違いだとは思ってたンだ。……あのガキはオマエの言う、俺の光だ。必ず取り戻す。……だから、オマエはオマエの光のことを考えていればいい〉

 

「うん。……ありがとう」

 

真守は一方通行(アクセラレータ)の頼もしい言葉に礼を言うと、そこで一方通行と連絡を終えて、深城に連絡をする。

だがやっぱり、出ない。

 

(深城が危ない! とりあえず無事を確認しないと!!)

 

真守は焦りながら自分の格好を確認する。

もこもこのルームウェアなんて戦闘に非効率的な服を着て外に出るなんてダメだ。

 

真守は服装を考えるのが面倒なのでセーラー服を着てニーハイソックスを履く。

そして手早く髪の毛を猫耳ヘアに結ぶと、机の上に置いてあった垣根からもらった指輪を見つめた。

 

(垣根……)

 

真守は不安に呑まれてそれを掴むと、ぎゅっと握ってから右手の薬指に通した。

 

 

 

「林檎!」

 

「朝槻、どうしたの?」

 

真守が慌ててラウンジに入って来て自分の名前を呼ぶので、ゲームをしていた林檎はびっくりして目を(またた)かせる。

 

「深城が危ないんだ。だから迎えに行ってくる。もしかしたら深城が帰ってくるかもしれないから、お前はここであの子の帰りを待っていてくれ。それで深城が帰ってきて行き違いになったらケータイに連絡してくれ。番号は変わってないから連絡帳入ってなくても連絡はできるからな。お願いできるか?」

 

「うん、分かった。気を付けて、朝槻」

 

真守が不安を押し殺してゆっくり(さと)すように声を掛けてくるので、林檎は真守を安心させるために力強く頷いた。

 

「ありがとう。……あ、ご飯まだ待てるか? ダメなら先に何か食べててもいいぞ」

 

真守が深城の買い置きしているカップラーメンがあるか考えていると、林檎は真守の前で首を横に振った。

 

「ううん。深城と、朝槻と一緒に食べる。待ってる」

 

「そうか」

 

真守はそう呟くと、優しく笑って林檎の頭をくしゃっと撫でる。

 

「じゃあ深城を迎えに行ってくる。そしたら三人で深城の作ったご飯食べような」

 

「行ってらっしゃい、朝槻」

 

真守は林檎に見送られてマンションのエントランスを抜けて外へと出る。

 

 

 

近場の公衆電話に入ってPDAを取り出して公衆電話にルーターを取り付けると、深城の携帯電話にハッキングを掛ける。

 

「……あった。スーパーの前で止まってる!」

 

真守は深城の携帯電話の位置を特定する。

これで深城の位置がすぐに分かるとは思えない。

それでもこの情報だけが頼りだ。この位置に向かえば監視カメラで深城の足取りがつかめるはずなのだから。

 

真守は既に能力を開放して、現出させていた蒼閃光(そうせんこう)で形作られた尻尾を揺らし、猫耳を不安そうにぴこぴこ動かして夜の学園都市を駆け抜ける。

 

「帝兵さん! 帝兵さん、ちょっとマズいんだ! いるか!?」

 

真守は声を張り上げて、周りにいるはずの垣根が未元物質(ダークマター)で造り上げた人造生命体であるカブトムシを呼ぶ。

 

だがおかしかった。

 

「な、んで……帝兵さんが来ないんだ……!?」

 

真守は思わず空中で静止して愕然とする。

 

垣根の未元物質(ダークマター)で造り上げた人造生命体であるカブトムシは、自己増殖を繰り返してこの学園都市に展開されている。

真守は今どのくらいの数のカブトムシがいるのか把握していないが、自分が呼べばいつだってすぐそばにいる個体が急行するはずなのだ。

 

それがいつまで経っても来ない。

 

真守はいつまで経っても現れないカブトムシに不安が(つの)って、携帯電話を起動させて震える手で暗記していた垣根の番号を打ち込んで、垣根に連絡を取る。

 

だが垣根には繋がらず、留守番電話サービスに移行してしまう。

 

「……繋がらない。妨害? でも、なんで……そんな」

 

真守は息が苦しくなる。

 

学園都市が、打ち止め(ラストオーダー)のように深城が必要だから捕まえたという推測が濃厚になってきた。

だから捕らえた深城を取り戻されないために深城のそばにいて、彼女を守る事ができる自分や垣根を分断して動きを鈍らせようとしている。

判断材料が少ないが、現状から見ればそう推察するしかない。

 

自分は無事だが、垣根はどうなのだろうか。

 

暗部組織のリーダーとして学園都市に服従している垣根は学園都市にとって利用できる相手なのでそう簡単に殺されないし、垣根が学園都市(ごと)きに殺されるなんてありえない。

 

それでも心配だった。

 

異様に静かな学園都市。垣根は本当に無事なのだろうか。

 

(垣根に何かあったら、私…………私っ)

 

最悪のケースを想定してしまって真守は、震える手で自分の右手に(はま)っている垣根からもらった指輪をぎゅっと握って垣根の存在を感じる。

 

(……っ大丈夫。だって垣根はずっと一緒にいてくれるって言った。私のこと、一人にしないって。だから負けるはずがない。垣根は大丈夫。この街を変えてくれるって言った、だから大丈夫……っこの世の誰にも負けない垣根が、学園都市に負けるはずない……っ)

 

真守は浅くなって荒くなる息を、体内のエネルギーを能力で操作して抑えると一息つく。

 

(とりあえず、今は深城だ。あの子は垣根と違って自衛行動ができないし、何より学園都市があの子を使おうとしているなら、守らなきゃ……!)

 

真守はそこで方針を決めると、深城が持っている携帯電話の位置へと急行した。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

真守は雨が降りしきる中、道路に立ち尽くしていた。

 

二四時間営業しているスーパー。

その前に広がっている駐車場に落ちている『ソレ』を拾い上げて真守は息を呑む。

 

深城が駄々をこねてこれがいいと叫んだ、黒猫型の機能性なんて微塵も考えていない二つ折りの携帯電話。

 

その近くには傘が落ちていて、アレも深城の持ち物で黒猫が描かれた傘だった。

 

真守は深城の携帯電話を握ってギリリ、と歯ぎしりする。

そして辺りを見回して監視カメラを探すと、一足飛びに監視カメラに飛び掛かってハッキングを開始した。

 

「え」

 

真守は思わず声を上げた。

監視カメラに映っていたのは、深城を誰かが(さら)う記録ではなかった。

深城は携帯電話と傘を取り落として、ふらふらと一人で雨に打たれてここからどこかへ行こうとしている映像だった。

 

「深城?」

 

(ま、さか……AIM拡散力場でできた体を操られて──?)

 

真守は知らないが、深城の体はアレイスター=クロウリーが与えた体だ。

だからこそ、源白深城の行動をアレイスターは制限することができる。

 

だがそれをもちろん知らない真守は監視カメラに張り付いてハッキングするのをやめると、深城がふらふらと行ってしまった方へと先回りし、近くにあった監視カメラをハッキングする。

そこには深城が手前の十字路で右に曲がったのが見えていた。

 

どう頑張っても普通の足取りじゃない。

真守は深城を追って何度も監視カメラをハッキングしてその足取りを追う。

 

 

真守はその時、ゾッと全身が怖気だつのを感じて、空を見上げた。

 

 

学園都市の空は変わらずに雨雲によって(おお)われている。

だが真守が見ていたのは空ではなかった。

 

学園都市が存在している空間そのもの。

 

 

そこに正体不明のフィールドが重なるように広がっていくのだ。

 

 

「な……なに、コレ……一体、何がどうなって……っ!」

 

真守は動揺していたが、そこで目を見開く。

これはAIM拡散力場だ。

誰かがAIM拡散力場を動かして何か新たな定義を展開したのだ。

 

「…………みし、ろ」

 

真守は空を見上げながら目を見開いて、自分が守らなければならない非力で大事な少女の名前を呼ぶ。

 

その時、真守は息を呑んだ。

いる。この近くに深城はいる。

 

真守は深城の位置をなんとなく知ることができるが、それは距離が近ければの問題だ。

だが新たな謎の定義であるフィールドが形成されたことにより、遠くにいる深城の位置が何故か鮮明に、真守には手に取るように分かった。

 

「深城」

 

真守が深城の名前を呼んだ瞬間、真守は異変を感じて思わず立ち止まった。

ゴン! という轟音(ごうおん)が世界を軋ませる。

地球の自転エネルギーが束ねられて莫大(ばくだい)な力へと変換されていた。

 

(地球の自転エネルギーが使われて、……自転が五分ほど遅れて…………──っ!?)

 

惑星の回転エネルギーを誰かが奪い取っている。

真守以外に惑星の回転エネルギーを奪い取ることができるのは、ベクトル操作を行える一方通行(アクセラレータ)だけだ。

 

一方通行(アクセラレータ)!!」

 

真守が叫んだ瞬間、真守が振り向いた方向でビルが弾丸のようにはじき出され、複数のビルを紙屑(かみくず)のように倒壊させながら突き進む。

 

そのビルは無人の銀行や役所の建物など軽く二、三軒は次々と吹き飛ばし、通りの向こうにあるビルとビルの間を突き抜けていく。

そして高層ビルの側面に取り付けられていた街灯モニターを(むし)り取り、学園都市の大規模破壊を引き起こしながら二キロ以上は突き進み、『窓のないビル』へと恐るべき速度で直撃した。

 

莫大な音の渦がさく裂して、それが真守の耳をびりびりと焼く。

 

だが。

地球の自転エネルギーを奪い取った一方通行(アクセラレータ)渾身(こんしん)の一撃でさえ、『窓のないビル』には効かず、『窓のないビル』は変わらずに平然とそこに健在していた。

 

(あのビルの建材……)

 

真守は『窓のないビル』を見上げながら心の中で呟く。

 

(あれが衝撃波を最適な振動で威力を相殺しているのは分かっていた。……だがあそこまで行くとあれは最早ベクトル変換の領域だ。そんな技術に対抗するためには『樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)』くらいのスパコンがなければ無理だ。そんな大層な装甲技術をふんだんに用いるなんて……。統括理事長はどれだけ技術を隠匿しているんだ……?)

 

真守は呆然としていたが、自分のやるべきこと、深城を助け出すことを思い出した。

 

一方通行(アクセラレータ)。待ってて、深城を取り戻したらすぐに行くから……っ!」

 

真守は地面を蹴って空中へと踊り出ると、深城のもとへと急行する。

人々がまったくいない街中を駆け抜けて、真守は愛しい少女を取り戻しに向かう。

 

 

 

 

「深城っ!!」

 

真守は上空から深城の姿を認識して声を荒らげた。

深城は横断歩道の真ん中で雨に打たれて立ち尽くしていた。

そんな深城は真守の声を聞いてそっと振り返った。

 

「みし、────……っ!」

 

深城は笑っていた。

柔らかく寂しそうに。

それでも自分を見ていつものように無償の愛を与えて、人を骨の(ずい)まで甘く()かしてしまうような笑みを浮かべていた。

 

 

「────、」

 

 

そして、真守へと一言だけ告げて──。

 

 

 

源白深城は天使へと変わり果てた。

 

 

 

真守は自らに向かってきた衝撃波によって吹き飛ばされ、体勢を空中で立て直そうとするが、威力が殺せずにビルへと背中から直撃した。

 

「がはっ!!」

 

深城の攻撃は何故か真守に通る。それは九月一日に分かっていたことだった。

だから真守の全身に衝撃波が入り、真守はビルに叩きつけられた。

 

背中を打ったことで息が上手くできなくて空気を求めて(あえ)ぎ、真守はそのまま地面に落下する。

 

真守を吹き飛ばすほどの凄まじい衝撃波は、辺りのアスファルトを次々と(めく)って粉々に砕いた。

深城を中心に衝撃波でクレーターが出来上がる中、その衝撃波は辺りのビルの窓ガラスを一斉に叩き割った。

そしてビルの外壁部にさえヒビを入れて亀裂を走らせ、剥がれたコンクリートが瓦礫として地面を叩いた。

 

真守は破壊の限りが尽くされたその場で、懸命に体に力を込めて立ち上がる。

 

 

そして、目の前で天使になり果てている深城を視界に入れた。

 

 

頭はグラッと垂れ下がっている。

 

半開きの口からは舌がだらりと垂れ下がり、見開かれた眼球はふらふらと文字を追うように視点が定まらずに震えている。

顔を()らす雨水と(よだれ)が混ざり合ってぼたぼたと地面に零れ落ちていた。

 

そして次の瞬間、ぶわんと頭の上に直径五〇センチほどの輪が浮かび上がり、それが直径を狭めたり広げたり不規則に動いている。

輪の外側には突然鉄串が吐き出されて、それが高速で短くなったり長くなったりとがしゃがしゃと音を繰り出していた。

 

真守は変わり果てた深城を見つめて呆然としていた。

 

ふらふらとしながらも踏ん張ってその場に立つ。

そして雨に打たれて分からないが、ぽろぽろと涙を(こぼ)した。

 

「ははっ…………」

 

そして力なく笑うと、深城の背中から飛び出している翼を見上げた。

 

一本一本が一〇メートルから一○○メートルにも及び、天上の意志を(おとし)めて凌辱(りょうじょく)し、反逆するかのように。翼は悠々自適に広がっていた。

次々と人々が精巧に造り上げた構造物を食い破り、その翼は全てを破壊し尽くさんとしている。

 

世界の(あるじ)は人間ではなく、この自分であると語るかのように。

傍若無人に、その巨大な水晶で編まれた孔雀の羽根のような翼は天高く自由に広がっていた。

 

そして真守はその向こうに見えない力の渦を感じた。

アレは自分のために用意されたものだ、と真守は分かっていた。

 

 

 

自分を絶対能力者(レベル6)へと進化(シフト)させるための力の塊だ、と理解していた。

 

 

 

「……………………おかしいと、思った」

 

真守は自分の身に叩きつけられる雨を感じながら呟く。

 

 

「だって、今日はすごく幸せだったから」

 

 

本当に、今日は天国にでもいるのかと思うほどに降伏の絶頂に立っていた。

 

自分が何よりもかけがえのない日常だと思っている学校に通って。

午後にはこの世で一番大好きな男の子とデートをして。

デートをしている最中に、自分にとってかけがえのない大事な人たちにたくさん会えて。

そして、大好きな男の子が未来を約束してくれた。

 

本当に幸せだった。

 

 

まるで、全てが仕組まれていたかのように、幸せの絶頂に立っていた。

 

 

「……………………でも、よかった」

 

真守は今日の幸せな時間を思って、そう呟く。

 

「最後に幸せでいられて、よかった」

 

真守は自分の右手の薬指に光っている精緻な模様が描かれた指輪を指から抜いて、その手に取る。

そして両手で大事に扱って、胸の前でぎゅっと握る。

──先程、深城は自分にこう言ったのだ。

 

『そばにいるね』

 

そばにいて。じゃなくて、そばにいるね。

深城も分かっていたのだ。

 

 

ここが、朝槻真守の人としての終わりだと。

 

 

きっと、この学園都市の静けさも垣根に連絡が取れないのも。

全部、きっと。

学園都市が朝槻真守を絶対能力者(レベル6)へと進化(シフト)するために用意した舞台なのだろう。

そうとしか、思えなかった。

 

じわじわと上空に集まった力の(うず)となっているAIM拡散力場から、人々の願いや祈り、そして悪意や憎悪が神を求めていると真守には分かった。

それは、打ち止め(ラストオーダー)によって真守に力を与えるようにと、(うなが)されていた。

 

真守はそこで携帯電話を取り出す。

操作しようとすると、誰かから着信があったのに気が付いた。

その番号は、確か上条当麻の電話番号だった。

 

真守はもしかしたらどこかで上条当麻が学園都市と戦っているかもしれない、と小さく笑うと、そのまま彼には連絡をせずに携帯電話を操作してどこかへと電話を掛けた。

 

 

「──。────、──」

 

 

真守のその声は雨音と天使から放たれる轟音(ごうおん)にかき消されて聞こえなかった。

 

だがそれでも。きちんと電話の相手には伝わるはずだと真守は信じた。

 

そこで真守は振り返って学園都市の厚い雲に(おお)われた空を見た。

そして、じぃっと見つめてから両手を空へと伸ばす。

そして垣根からもらった指輪を、ゆっくりと指から外して天へと(ささ)げるように(かか)げた。

 

 

そして能力を開放すると、自分が生み出したエネルギーに垣根から貰った大事な指輪をそっと乗せて、指輪を宙へと放った。

 

 

学園都市の雨空に(まぎ)れて、その指輪はあっという間に見えなくなる。

 

これは、賭けだ。

でも、きっと勝てる賭けだ。

 

真守はそう思って深城の方を向く。

 

深城はずっと、うわごとのように繰り返している。

先程から、ずっと自分の名前を呼んでいる。

 

真守はそんな深城を見つめて、涙をぼろぼろと流して。

それが自分に降りしきる雨が自分のセーラー服を濡らしているのか、分からないまま。

 

 

それでもふにゃっと、幸せそうに微笑んだ。

 

 

そして。

 

朝槻真守は。

 

 

 

人間を、辞めた。

 

 

 

 

 

──────…………。

 

 

 

──虚数学区・五行機関が部分的な展開を開始。

 

──該当座標は学園都市、第七学区のほぼ中央地点。

──理論モデル『源白深城』をベースに、追加モジュールを上書き。

──理論モデル、内外ともに変貌を確認。

──妹達(シスターズ)を統御する上位個体『最終信号(ラストオーダー)』は追加命令文(コード)を認証。

──ミサカネットワークを強制操作することにより、学園都市の全AIM拡散力場の方向性を人為的に誘導することに成功。

 

──第一段階は完了。

──物理ルールの変更を確認。

──これより、学園都市に『ヒューズ=ミナシロ』が出現します。

──関係各位は不意の衝撃に備えてください。

 

──続いて第二段階。

──虚数学区・五行機関という『界』構築を確認。

──学園都市の二三〇万人の『信仰』を確認。

──『ヒューズ=ミナシロ』という人造天使、出現確認。

──学園都市に『神殿形成』を確認。

 

 

──『人造神霊(デウスエクスマキナ)』、顕現します。

 

 

──関係各位は不意の衝撃に耐えて下さい。

──関係各位は不意の衝撃に耐えて下さい。

──繰り返します、関係各位は…………。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

夜の学園都市は、雨に包まれていた。

 

普段と比べて極端に交通量の少ない道路には光も(とぼ)しく、建物すら同様で閑散としていた。

街の住人が全てどこかに出かけてしまったかのようなゴーストタウン。

それでも、最先端の科学の街である学園都市は美しくかった。

 

そんな学園都市から世界を揺るがす衝撃が放たれ、それが世界を包み込んだ。

 

新たな時代が到来する。

 

人々が神に隷属(れいぞく)する時代が終わり。

 

 

(しるべ)』に導かれ、人間一人一人が神へと至る時代の黎明(れいめい)期が、今到来した。

 

 

それは(すなわ)ち。

オシリスの時代(アイオーン)から、ホルスの時代(アイオーン)への。明確な移行だった。

 

 

世界に散らばる全ての聖職者たちはその世界の変貌に恐れおののく。

 

だが一部の人間は世界の変貌に舌なめずりをした。

 

この機に乗じて世界を我が手中に収めようと考える者たちは、ぎらぎらとした野望を目の奥に秘めて、移ろいゆく世界を獰猛(どうもう)に笑って眺めていた。

 



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第一二二話:〈真理変化〉がもたらされて

第一二二話、投稿します。
次は一二月二〇日月曜日です。


上条当麻は、夜の学園都市を走っていた。

 

美琴と罰ゲームで地下街を連れ回されていた上条だが、そこでインデックスが自分を探して地下街まで一人でやってきた。

話を聞けばインデックスはどうやら親切な人にハンバーガーを食べさせてもらったらしく、その時に借りたポケットティッシュを『最新鋭生活日用品』と過大評価し、返さなければならないと言って慌てて走っていった。

 

インデックスを探して上条が地下街から地上に出ると、やけに警備員(アンチスキル)の数が多いのが気になった。

 

そんな大人数の警備員(アンチスキル)が上条の前で一斉に昏倒した。

 

何が起こっているのか訳が分からなかったが、そこに突如検体番号(シリアルナンバー)二○○○一号、打ち止め(ラストオーダー)が現れて『知り合い』を助けてほしいと言ってきた。

 

どうやらその『知り合い』と打ち止め(ラストオーダー)は襲われたらしく、襲われた現場に戻ると、そこには打ち止めとその『知り合い』を襲ってきた組織の仲間が現れた。

 

必死でファミレスまで逃げていた上条と打ち止め(ラストオーダー)だったが、そこにローマ正教最暗部、『神の右席』前方のヴェントを名乗る女性が現れ、襲い掛かってきた。

 

前方のヴェントはローマ教皇直々のサイン付きの書類を取り出し、『上条当麻の暗殺』と『朝槻真守の根絶』が決定されたと宣言。

 

上条はオルソラ=アクィナス救出、大覇星祭の『使徒十字(クローチェディピエトロ)』、そしてイタリアでの『アドリア海の女王』の撃破など、ローマ正教の暗躍を(ことごと)く打ち破ってきたため標的にされた。

だが真守は大覇星祭の時、一度しかローマ正教と敵対していない。

 

上条がその理由を問うと、天使を経て神へと、そしてその先へ至ろうとしているからだと言った。

 

『神の右席』として朝槻真守の()り方は看過できないと前方のヴェントは言った。

『神の右席』だからこそ、看過してはならないとも。

 

彼らの根本的な部分に真守が関わっていると上条は知ったが、それ以上ヴェントは何も言わずに攻撃を仕掛けてきた。

 

なんとか打ち止め(ラストオーダー)を逃がして前方のヴェントを退却させた上条は、打ち止めが落としていった携帯電話を拾って(かた)(ぱし)から彼女の知り合いに電話を掛けた。

 

電話に出たのは一人だけ。どこかで聞いた事があるような声だった。

 

上条は打ち止め(ラストオーダー)を逃がしたことを簡潔に告げて、電話の相手が打ち止めの言っていた『知り合い』だと知った。

 

『知り合い』が言うには、第七学区の一番大きな鉄橋が何かあった時の打ち止め(ラストオーダー)との合流地点らしい。

そのため上条はその『知り合い』との連絡を終えて、鉄橋へと向かっていた。

 

いつか、命を捨ててでも『絶対能力者進化(レベル6シフト)計画』を止めようとした美琴を助けると誓った鉄橋。

 

そこに向かいながら真守に連絡を取ったが、真守は電話に出なかった。

 

「なっ……テメエ!!」

 

上条は真守の心配をしながらも、鉄橋で口に手を当てて前かがみになっているヴェントを見つけて声を上げた。

 

「何でテメエがここにいる! 打ち止め(ラストオーダー)をどこにやった!?」

 

ヴェントはゆっくりと振り返って獰猛に嗤った。

 

「ラストオーダーだぁ? 知らねえんダヨ、そんなモンは!!」

 

ヴェントが叫んだ瞬間、凄まじい閃光が(ほとばし)った。

 

視界が塗りつぶされて何も見えなくなる中、頑丈な鉄橋が吹き飛ぶのではないのかという衝撃がその凄まじい閃光から噴き出した。

 

上条はその衝撃に吹き飛ばされてごろごろと地面を転がる。

そして吹き飛ばされた先で上条は懸命に目を開き、ヴェントはどうしているのかと警戒して辺りを見回した。

ヴェントは鉄橋の手すりに両手をついて、ハンマーを脇に置いてその光の根源を食い入るように見つめていた。

 

「あの野郎……アレイスターッ!!」

 

ヴェントの怒りを超えた殺意の(こも)った声を出す。。

 

「これが……これが虚数学区・五行機関の全貌ってコトか!!」

 

ヴェントはハンマーを手に取ると、上条にむき出しの敵意を向けた。

 

「テメエみたいな小物は後回しだ。……殺してやる。ナメやがって、そうまでして私たちを(おとし)めたいかぁあああああ────!!」

 

その咆哮と共に、ヴェントはハンマーを思いきり足元へと叩きつけた。

アスファルトがその衝撃波によって(めく)れる。

 

上条は両手で顔を守ったが、次の瞬間ヴェントは消えてしまった。

何が起こったか分からずに、上条は光の根源を見上げる。

 

そこには、天へと高く高く伸びた翼が広がっていた。

 

上条当麻は知っている。

非科学極まりない、死の気配を濃密に(ただよ)わせてくる見た者を戦慄(せんりつ)させる気配。

世界を破壊する術式を使い、片手間に聖人をいともたやすく葬り去ろうとした存在。

 

「まさか……天使!?」

 

上条が叫んだ瞬間、空間が胎動した。

 

「!?」

 

天使がいるであろう場所。

 

 

そこから、何かがこの世に生まれ落ちた。

 

 

世界そのものが揺さぶられる。

 

空は相変わらず雨雲に(おお)われているはずなのに、その(にび)色が紫、赤、オレンジ、黄色、緑、青、紫、赤と繰り返すように何度も塗り替えられて行く。

 

先程の天使が出現した時は、戦慄(せんりつ)するような気配だった。

 

だが今度は、存在そのものを跡形もなく消し飛ばされるかもしれないという予感がじわじわと上条を侵食してきた。

 

「…………ッ!!」

 

上条は思わず立っていられなくなった。

 

何かが起こっている。

学園都市で天使とは比較にならない、おぞましいとさえ言えない程の何かが産声を上げたのを感じた。

 

 

そして次の瞬間、天使から破壊の一撃が放たれた。

 

 

それは学園都市の外へと生物的な動きをしてうねりを上げて飛んでいき、それが直撃した森の土と木と、それと人々が高々と上空へと巻き上げられた。

 

残像でしか見えない程の破壊力が凄まじい一撃。

 

その直後、爆音が衝撃波のように全身に振りかかり、上条は何が起こっているのか分からないが、それでも身を守るために地面に張り付く。

 

(ちくしょう……打ち止め(ラストオーダー)のことも心配だが、あんなものが好き勝手に動き回ったらそれだけで学園都市は崩壊しちまう……それに、さっきから俺の存在そのものを揺るがすような悪寒が抜けない……ちくしょう。……どうにかしなくちゃならねえ……!!)

 

上条はそこで自らを奮い立たせる。

本来ならば自身の存在を揺らがされたら立ち上がることなど不可能だ。

だが彼は、自分を取り巻く世界を守るためならば何度だって立ち上がれる。

自分のために周りの人間を守るために、神さまにだって立ち向かえる。

だから上条は、ガクガクと震える足に力を入れて二本の足でしっかりと立つ。

 

(打ち止め(ラストオーダー)……まずは『知り合い』に連絡しなくちゃならねえ……!)

 

上条は打ち止め(ラストオーダー)の携帯電話を(いじ)って連絡を取る。

 

「なぁ! 鉄橋まで来たけど、打ち止め(ラストオーダー)はどこにもいなかった! そっちは見つかっ、」

 

〈バカじゃねェのか!? 本当に信じてンじゃねェよ!!〉

 

『知り合い』が出たと思ったら、上条はいきなり怒鳴られて面を食らう。

 

〈あのガキの居場所はもォすぐ突き止められそォだ。少なくとも、闇雲に街を走り回って見つかるトコにはいねェよ。後はこっちでやる。オマエはさっさと帰れ!!〉

 

「……、悪い。お前、今の状況分かるか? 町の一角に、すげぇ光と一緒に、何十本って翼が湧き出てるのと、その後に自分の世界を揺るがすような衝撃を……」

 

〈……学園都市の外周に向けて、何かを撃ってやがったヤツと、世界をおかしくしちまった『何か』だな?〉

 

『知り合い』もあの世界改編と(すさ)まじい一撃を見ていたのだと上条は理解して、静かに頷いて決意を口にする。

 

「俺は、あの『天使』と生まれた『何か』を止めなくちゃならない。だから本当に、アンタと協力するのは難しくなる」

 

〈構わねェ〉

 

「……悪い。──死ぬなよ」

 

〈互いにな〉

 

上条はそこで電話を切ると、顔を上げた。

 

ビルを倒壊させた『天使』と生み出されて未だに世界を食い荒らそうと胎動する『何か』──それらがあるであろう場所を見つめていた。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

インデックスは土砂降りの中、走っていた。

 

『最新鋭生活日用品』を返しに行った自分を助けてくれた親切な人は、ずっと迷子を捜しているようだった。

その迷子を捜すのを手伝うと言ったら、いつも上条が入院する病院に行って『ミサカネットワーク接続用バッテリー』を持ってこいと言われた。

 

だがそんなものはなく、病院にいる人間が避難することとなりインデックスも一緒に避難することになった。

だがじっとはしていられない。

学園都市に『天使』が出現したのだ。

 

インデックスの中にある一〇万三○○○冊の『知識』でも全く理解ができないあの『天使』。

 

(止めないと……あれを止めないと大変なことになる)

 

それにインデックスには気になる事がある。

あの世界を塗りつぶさんとする何かの産声。

 

あれは普通の人が感じたならば発狂するレベルのものだ。

 

実際に病院関係者の中には失神する者も現れて、その対処に追われた際にインデックスは飛び出してきたのだ。

不気味なほどに静まり返った街を土砂降りの中、インデックスは走り続ける。

 

「……え」

 

インデックスは思わず立ち止まる。

 

『天使』の翼はまるで何かを(いた)わるように鳴いている。

その『天使』に呼応するように生まれた『何か』はその存在を揺らめかせている。

『天使』と生まれ落ちた『何か』。

 

あの互いが互いを必要としているが故に確かな絆で結ばれている二人を、インデックスは知っている。

 

「みしろと……まもり?」

 

インデックスは修道服を(ひるがえ)して再び走り出す。

二人がいるであろう場所に、何が起こっているのかを知るために。

 

自分たちの望みであんなことをやっているはずがない。

自分を助けてくれたあの優しい彼女たちが世界を引き裂くようなことをしたいと望むはずがない。

インデックスが走っていると、突然ガッと腕を掴まれた。

 

「ちょ、ちょっと! アンタこんなトコで何やってんのよ! 危険だって分かんないの!?」

 

「離して!!」

 

インデックスは振り返らずに、その声が御坂美琴だと知って叫んだ。

 

「行かないと。あそこにはみしろとまもりがいるの。どうしているのか知らないけど、止めないと。あそこにいるのは私の大切な友達なんだよ!」

 

「待って、朝槻さんとあの人が!?」

 

「とうま!!」

 

美琴が驚きの声を上げた時に、インデックスは一〇〇メートルぐらい先の曲がり角から上条が現れたのでインデックスは声を上げた。

 

「ダメだよ、とうま! みしろとまもりを殺さないでッ!!」

 

インデックスの悲鳴のような声が夜の学園都市に響く。

かたわらで聞いていた美琴は何故彼女がそんなことを口走ったのか分からなかった。

だが美琴にも分かることがある。

 

朝槻真守と彼女が連れていた源白深城という少女に何かあったということを──。

 






長くなるのでここで一旦切ります。



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第一二三話:〈代替不可〉な友人のために

一二三話、投稿します。
次は一二月二一日火曜日です。


「ダメだよ、とうま! まもりとみしろを殺さないでッ!!」

 

上条はインデックスの声を聞いて硬直してから二秒くらいかけてゆっくりと振り返った。

そして美琴とインデックスを視界に入れて、二人が駆け寄ってくるのを見た。

 

上条は鉄橋でヴェントを見失ってから『天使』と『何か』を止めるために、ずっと走っていた。

その最中に打ち止め(ラストオーダー)を追っていた黒ずくめの連中と鉢合わせしてしまい、逃げていたのだ。

 

上条は彼女たち二人の腕をガッと掴んで路地裏へと入り込む。

黒づくめの連中がそこまで来ているからだ。見つかったらマズい。

 

そして上条の懸念通り、先程まで自分たちがいた場所に黒づくめの集団がやってきた。

上条は息をひそませて黒づくめの集団を(うかが)う。

 

するとインデックスが上条の手に(すが)りついて叫んだ。

 

「お願い、とうま。あそこには行かないで。どういう理屈かは私にも分からないけど、あそこにいる『天使』と『何か』はきっとみしろとまもりなんだよ。あれは絶対に止めなくちゃいけない現象なんだけど、でもとうまだけは関わっちゃ駄目! とうまが触ったら、善悪なんて関係なく二人が消えちゃうんだよ!」

 

「な、んだって……!?」

 

上条は『天使』が伸ばしている翼を見つめ、そして生まれ落ちた『何か』について考える。

先程生まれ落ちた存在は世界の根幹を揺るがすようなものだった。

世界の根幹を揺るがすなんて普通の存在ではない。

神が誕生した、と言ってもいいだろう。

 

上条はそこで思い当たることがあった。

妹達(シスターズ)を救うために真守が調べた『絶対能力者進化(レベル6シフト)計画』の概要。

そこには、真守と一方通行(アクセラレータ)だけが安定して絶対能力者(レベル6)へと進化(シフト)することができると書いてあった。

絶対能力者(レベル6)とは神と同義だ。

 

『天使』と『何か』が深城と真守。

 

その何かはもしかしたら『天使』を遣いとする『神』なのではないのだろうか。

 

(だ、……だから、朝槻に連絡が付かなかったのか……!?)

 

上条は愕然として携帯電話を取り出して操作するが、そこには真守からの着信はない。

当然だ。上条の推測で行くと、朝槻真守は『神』となって遠くへ行ってしまったのだから。

 

「とうま。あのふたりは私がなんとかするから。だから、手を出さないで……!」

 

「駄目だ」

 

「とうま!!」

 

上条のきっぱりと言い放った言葉にインデックスが悲鳴を上げると、上条は宣言した。

 

「二人は俺が止める。それに、問題はあれだけじゃない。お前だけには任せられない」

 

「でも、とうまの右手を使ったら二人に何が起こるか分からないんだよ! もしかしたら死んじゃうかもしれない!!」

 

インデックスの悲鳴のような主張に、上条は叫ぶように声を荒らげて反論した。

 

「死なせねえよッ!! 殺すためじゃねえ! 二人を助けるために立ち上がるっつってんだ! あんなのは普段の二人じゃねえ!! 何かが起きちまったからあんな風になっちまってんだよ!! だったら助けないと駄目だろうが!! ふざけんな。俺の大事な友達を助けるのに、いちいちお前の許可なんて必要ねえんだよ!!」

 

インデックスは上条の怒りを聞いて口をパクパクとさせるが、上条は構わずに続ける。

 

「俺には『天使』がどうだの、魔術的な仕組みだのは分からない。だからお前の知識が必要だ。でも、今二人に絡んでいるのは確実にAIM拡散力場だ。だからお前にも分からないことがあるかもしれない。だったらそっちは俺も手伝える。俺たちなら二人を助けられる!!」

 

上条の言葉は土砂降りの雨音を感じさせなくなるほどに力強い言葉だった。

そして上条はインデックスに今一度確認を取るために、真剣な表情でインデックスを射抜いた。

 

「今日一日、街じゃ色んな事が起きた。正直、俺にはいまだに全貌が掴めない事ばかりだし、解決の糸口だって分かんねえ。でもやらなきゃならねえことは分かってる! 二人を助けるのは俺たちだ! 違うか!?」

 

上条は自分たちの友達に対して、殺すとか殺さないとか言うインデックスに怒っていた。

そしてそんなことを考えているインデックスの目を覚まさせるために、上条はインデックスに手を差し伸べた。

 

「行くぞ、インデックス。二人を助けるためにお前の力を貸してくれ!!」

 

インデックスはその手を迷いなく取った。

それを見ていた美琴は眉をひそませる。

 

「ちょっと! 私を無視してんじゃないわよ!!」

 

美琴がいきなり怒鳴り上げたので、インデックスの手を取りながらびっくりした上条はそのまま美琴を見た。

 

「朝槻さんとみしろ? さんが関わってるなら私も手伝う! 朝槻さんには私だって世話になってんのよ、絶対に救ってみせる!!」

 

美琴はそこで振り返って、自分たちがいる路地裏へと入ろうとしている人間を電磁波を用いたレーダーによって感知し、前髪からバチバチと電気を走らせる。

 

「だからアンタたちは助けにいきなさい。こっちはなんとかするから──っ!!」

 

美琴はポケットからゲームセンターのコインを取り出して弾く。

そして美琴は自身の能力の名前にもなっている超電磁砲(レールガン)を放った。

音速の三倍で放たれたソレを、美琴は黒ずくめの集団を殺さないように調節し、衝撃波だけで彼らを吹き飛ばした。

 

「御坂ッ!!」

 

「罰ゲームよ!!」

 

突然美琴が大覇星祭での賭けを持ち出してきたので、上条は訳も分からず声を上げる。

 

「何だって!?」

 

「何でも言う事聞くって言ったでしょ!? 今日一日はまだ有効だからね、アンタは私があの二人を助けるのを手伝いなさい!! 破ったら承知しないわよ!」

 

「……ああ、必ず守る! だからテメエも死ぬんじゃねえぞ!!」

 

上条は美琴の言葉に力強く頷くと、インデックスと走り去った。

 

「あーあ。罰ゲームをこんなことに使っちゃって。まあ、いいか。朝槻さんのためだものねっ!」

 

美琴は一人失笑するように呟くと、自分に複数の銃口を向けてきた黒づくめの連中を見た。

 

「逃げないってんなら、それなりに死ぬ気で来なさい! あの二人を助けるのに邪魔をするならねっ────!」

 

 

 

──────…………。

 

 

 

上条とインデックスは走りながら会話をする。

 

「ねえ、とうま。さっきから町が静かなんだけど、これって何なの? みしろとまもり以外にも、なんだか別の魔力の流れを感じるんだよ!」

 

「ああ。静かなのは多分みんな気を失っているからだ。この街に入ってきた魔術師のせいでな! あいつの攻撃の仕組みも知りたい。皆を起こす方法があるならそいつもだ!」

 

インデックスは上条の説明を聞いてしばし沈黙する。

 

「多分……それは『天罰』だよ」

 

「なんだって?」

 

そして敵の魔術の正体を看破して告げると、上条はそれに首を傾げた。

 

「ある感情を鍵にして、その感情を抱いた者を、距離や場所を問わずに叩き潰す。だから神さまの『天罰』。……とうま、その魔術師はそういうそぶりを見せなかった?! 必要以上に、特定の感情を誘導するような!!」

 

「特定の感情?」

 

上条はそこで前方のヴェントを思い出す。

挑発するような言動。

反発心を持たせるような化粧やピアス。

民間人を狙って放たれた攻撃の数々。

 

「……嫌悪感? いや、敵意や悪意……? まさか、そいつが天罰術式の発動キーなのか!?」

 

「多分、その天罰術式には敵意に応じた段階があるはずだ。意識を奪ったり、肉体を縛ったり、外部からの干渉すら封じる。でも、どの段階であっても喰らえば終わり。魔術師が『天罰は必要ない』と判断するまで、絶対に昏倒した人は起きないと思う!」

 

「そんなのできんのか。魔術ってのはそこまで便利なのか!?」

 

インデックスから凶悪過ぎるヴェントの魔術の全貌を聞いて上条が驚きの声を上げると、インデックスは即座に首を横に振った。

 

「普通ならできないよ! 私の一〇万三○○○冊にもそんな記述はない。でもこの現象を言い表すならばそれしかないんだよ。……『天罰』ってのは天が与えるもの。ただの人の力でなんとかできるはずがないんだよ!」

 

「あの野郎、じゃあ一体どういう手法でそんな魔術使ってんだ!?」

 

上条が怒りの声を上げると、インデックスが慌てて上条を止めた。

 

「待って、とうま! 今の話が本当なら、私にその魔術師の素性を話さないで! 今の私の『歩く教会』は法王級の防御機能が失われているから、とうまと違って私だって天罰術式にかかっちゃうんだよ!」

 

「じゃあ源白の『天使』の仕組みはどうなってる。それと朝槻もだ! なんであいつらはあんなになっちまったんだ!? 『天罰』と関係あるのか!? 単なる現象の暴走じゃなくて、『天使』なんて明確な形になってる理由は!?」

 

上条が怒鳴り声に近い疑問を口にすると、インデックスはふるふると首を横に振った。

 

「分かんないよっ! 私の頭の中にある魔導書と、外観や仕組みだけならよく似てるの。でも使われているパーツが全部メチャクチャ。見た事もないようなものばかりなんだよ! まるで未知の文字で描かれていた壁画を見ているようなもの、絵面からは大体何をやっているか分かるんだけど、その文化性や精神性っていう、『奥』まで踏み込めないんだよ!」

 

「──、」

 

上条はそこで歯噛みする。

きっとオカルトを専門家としているインデックスも悔しいのだろう。

インデックスがいつもと違って声を大きくして興奮している様子なので、上条はそれを理解する事ができた。

 

「少なくとも、あそこにいる『天使』と、それを統率している『核』が別々の場所にあるのは分かるんだけど……」

 

「朝槻の方は!?」

 

上条が問いかけると、インデックスは虚空を睨みながら告げる。

 

「分からない。でも辺りに散らばっている力がまもりに力を貸していることは事実なんだよ! その力がまもりの存在を押し上げた! まるで、まるで人の手で人を人為的に進化させたみたいな──っ」

 

「それは分かってる! 朝槻は絶対能力者(レベル6)にされてんだ! それを戻す手立ては!?」

 

 

「……変わり果ててしまったものを戻す術はないんだよ」

 

 

インデックスの言葉に、上条は意識が空白化した。

 

「ううん。次のステージへと上がった者が、()()()()()()()()()()って言った方がいいかな。だから戻る方法をそもそも作る理由がないの」

 

インデックスの言っていることが分からない上条は、そのままインデックスの言葉の続きを舞った。

 

「人間はいつだって完璧な存在を求める。魔術師はそれを目指して魔術を練り上げる。その(いただき)を目標としたならば、その目標に向かって進み続ける。だから、どうしても手に入れたいと思っていた完璧な存在から元に戻る、なんて発想がもともとないんだよ。だから……」

 

「なっ……!」

 

インデックスの悲しそうな声に、上条は思わず声を上げた。

そして納得してしまう。

 

魔術師だって、人間だっていつも完璧な存在を求めてきた。

でもそれに誰も辿り着いていない。いつだって夢半ばでそれは途絶えてしまうからだ。

だからこそ人がまだ見ぬ世界に踏み込んだ存在を、こちらの世界へと取り戻す術はない。

何故ならそこに行く事こそ全ての人間は目標としていて、そこから戻ろうとする発想を持つわけがないのだ。

 

「でも変わり果ててしまったとしても、まもりはまもりなんだよ。それが絶対に変わる事なんてありえない。それだったら意味がなくなってしまうから。だから真守のところに行かなくちゃ!」

 

「……とりあえず、朝槻は俺に任せろ。お前は源白のことを頼む。何が描いてあるから分からない壁画でも、何が使われているか分かったら解けるんだろ!?」

 

「う、うん!」

 

インデックスが少し自信なさげにしながらも頷くと、上条は携帯電話を取り出して電話を掛ける。

 

(流石に出ないか……っ!)

 

インデックスは先程、使われているパーツが科学だから分からないと言った。

だったら科学の専門家にインデックスに分かるように解説してもらえばいいと思い、その専門家として小萌先生に連絡をしたが、繋がらなかった。

だから上条は携帯電話を操作して違う人物に連絡を掛けた。

 

「御坂ッ!」

 

〈だぁ!! な、なによ!〉

 

美琴は悲鳴に近い怒号を上げながら上条の電話に出た。

 

「どうにかしてあの天使を止めるための知識が必要だ! 確か常盤台中学ってのは大学レベルの講義もやってんだよな!? だからAIM拡散力場のアドバイザーをやってくれ!! お前だけが頼りだ、任せられるか!?」

 

〈ぶっ!?〉

 

美琴が噴き出した瞬間、通話越しに鋭い銃声が聞こえてきたので上条は慌てて美琴に声を掛ける。

 

「お、おい御坂! 撃たれたのか、おい!?」

 

〈違うわよ! ……や、やるしかないんでしょ!? 別のことに頭使いながら戦えって、本当に容赦ないわね、アンタ!!〉

 

美琴が了承したと知ると、上条はインデックスに美琴と連絡を取っている携帯電話を突き出して告げる。

 

「よし、じゃインデックス。俺の電話はお前に預けておく。なんか分からないことがあったら全部コイツに聞け!」

 

〈ええっ!?〉

 

「?? なんだ、どうした御坂!?」

 

上条が『え』と困惑しているインデックスに携帯電話を渡そうとすると、美琴が通話越しに間の抜けた声を出したので、思わず問いかける。

 

〈いや、えと……その、別にいいけど……でもええーっ!!〉

 

「インデックス、源白のことは任せた。俺は朝槻のところに行く!」

 

上条は美琴の驚きに構っている暇はないと思い、インデックスに携帯電話を押し付ける。

 

「分かった、とうま。まもりをおねがい!」

 

「お互い様だ、そっちも源白を頼んだぞ!!」

 

上条はそこでインデックスと別れてひた走る。

『天使』と『神』が召します場所へ。一直線へと突き進んでいく。

友人を助けるために。

変わってしまった友人を引き留めるために。

上条当麻は、静まり返った学園都市をひた走っていた。

 



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第一二四話:〈閉塞未来〉を切り拓く

第一二四話、投稿します。
次は一二月二二日水曜日です。


第七学区の、少しだけグレードの高いデパートや有名な企業の建物が軒並みそろっている見慣れた一角。

そこは、廃墟と化していた。

 

地面はアスファルトどころか土の地面すら(えぐ)り取られ、おわん型のクレーターを作り上げている。

半径一〇〇メートルは全ての建物が破壊されており、辺りは怪獣が蹂躙(じゅうりん)したように不規則に壊されていた。

 

前方のヴェントの『天罰術式』で動けなくなった人間は一体どうなったのだろうか。

生き埋めになってもう手遅れになった人間もいるかもしれない。

 

上条がそう思って爆心地へと向かうと、そこに神々しく辺りを青白く染め上げる存在が浮かんでいた。

 

 

『ソレ』は、がんじがらめに動けないように拘束衣で全身を縛られていた。

 

 

拘束衣と言ってもスリットが入った豪奢な白いドレスに黒い拘束バンドを幾つも厳重に体に巻き付けていると言った方が正しく、荘厳な存在をまるで幾重(いくえ)にも縛って身動きを制限しているかのような印象を与えていた。

 

拘束バンドに無残に縛られて美しさを失っている豪奢な白いドレスは、よく見れば純白の結晶によって作られており、パール塗装でも(ほどこ)しているのか表面がキラキラと虹色に輝く。

だが逆に拘束バンドは全てを吸い込みそうなほどの漆黒で、禍々(まがまが)しさを放っていた。

 

その拘束衣から垣間見える皮膚の色は宇宙の(きら)めきを閉じ込めたかのように輝きを帯びていて、それなのに表面は結晶のようにつるりとして、その上に何十本もの虹色に光るラインが走っていた。

 

首元からつま先まで黒い肢体と違い、真っ白な顔はどんな表情をしているか良く分からない。

何故なら顔も両目を隠すようにクロスするように拘束バンドが巻き付けてあり、顔で見えている部分と言ったら真守の生来の小さい口だけだった。

 

顔の大半を(おお)って、拘束チックな目隠しをしていても辺りを認識するのには問題ないのだろう。

その目隠しは力を封じるためのものであり、視界を(さえぎ)る用途に使われていないからだ。

 

髪の毛は身長よりもはるかに長くなっており、その髪は青みがかったプラチナブロンドで、その髪の毛の中には幾つもの星々が燦然(さんぜん)と輝いていた。

 

そんな髪の毛を上から乱暴に押し付けるかのように巻き付けてある拘束バンドの隙間からは、頭を守るかのように右から純白の翼が。そして左からは漆黒の翼が生えており、それが大きく広く展開されている。

 

背中からは五対一〇枚の翼が生えている。

その翼はやはり純白と漆黒を互い違いにした翼であり、向かって右側の五枚が上から一番目、三番目、五番目が漆黒の翼となっており、それ以外が純白。そして左側の翼も二番目、四番目が漆黒となっており、それ以外が純白だった。

頭から生えているのも含めると真守は六対一二枚の翼を(たずさ)えていることになる。

 

そんな互い違いの白黒の翼の後ろには、後光が差し込まれていた。

 

蝶の翅の翅脈(しみゃく)のように空間を侵食するように展開されている蒼閃光(そうせんこう)の後光は、その一つ一つの翅脈が実はすべて小さな歯車の連結によって成り立っている。

その小さな歯車は全て連動するように動いており、数万もの歯車が動くことによって辺りにまるで荘厳な曲のように音を響かせていた。

頭には六芒星の幾何学模様の転輪が浮かんでおり、それは絶え間なく鼓動するかのように命脈している。

 

「朝槻!!」

 

上条は変わり果てた自身の大事な友人の名前を呼び、そこで彼女が(そば)(はべ)らしている天使に目を向けた。

 

真守も真守だが、深城の方はもっと悲惨だった。

 

頭は垂れ下がって半開きの口からは舌がだらりと垂れ下げられているし、そこからはぼたぼたと涎か雨か判断が付かない雫が垂れている。

そして瞳は焦点が定まらないように震えており、その頭には直径五〇センチほどの輪が浮かび上がり、鉄串のような棒がたくさん生えている。それがしゃがしゃと音を立ててその長さを変えて、全体的に天使の輪は黄金色に輝いていた。

そして、その丸まった背中からは、やはり孔雀のような天使の翼が生えていた。

 

「くっ……朝槻! 分かってんだろ、朝槻!!」

 

上条は深城を見つめてから歯ぎしりし、真守へと必死に声を掛ける。

 

「俺だ、上条当麻だ! お前が友達だって言ってくれた人間だよ!! 分かってんだったら返事してくれ、なあ!!」

 

上条が真守へと叫んでいると、誰かがそこに現れた。

 

「ふざ……けてんじゃないわよォおおおおおお────!」

 

「!?」

 

上条が怒号に振り返ると、そこには前方のヴェントが立っていた。

前方のヴェントは殺意も敵意も嫌悪も悪意も、この世の全ての嫌悪されるべき感情を真守に向けていた。

 

「どこまで……っどこまで私たちを(おとし)めれば気が済むのよ!! 十字架を(かか)げる全ての人々をあざ笑ってそんなに楽しいか!? なんとか答えやがれよ、なあ!!」

 

前方のヴェントは真守に向かってハンマーを振り上げる。

そして自分の舌から伸びている十字架を思いきり叩きつけて衝撃波の弾丸を弾き出した。

真守は、動かなかった。

 

「朝槻!!」

 

上条が叫ぶ中、その衝撃波の弾丸はしなるように振り下ろされた深城の天使の翼から(こぼ)れ落ちた光によってはたき落とされる。

そしてまるで自動迎撃システムが作動したかのように、前方のヴェントに向かって翼の一本がひゅっと伸ばされる。

 

「ヴェント!!」

 

あの翼に攻撃されたらひとたまりもない。

上条がヴェントの安否を心配して叫ぶが、深城から出ている天使の翼を幻想殺し(イマジンブレイカー)によって打ち消せば深城が死んでしまう。

上条がどうすればいいか思考が停止した瞬間、真守はそれまでいた場所から消えた。

 

まるで空間移動(テレポート)するかのようにヴェントを庇うために現れると、真守は深城がヴェントに向けて放った翼を受け止めた。

 

凄まじい衝撃波がまき散らされてヴェントと上条はその場から吹き飛ばされる。

 

そんな二人の前で真守はその翼をきちんといなして、空へと天高く伸ばされた他の翼に()わせるようにヴェントを自動迎撃しようとした翼を群れに戻した。

 

すると真守が群れに戻した翼以外の一つが蛇のようにしなり、そのまま第二波を学園都市外へと放った。

 

再び爆風が辺りを席巻し、周りのビルを瓦礫へと変えていく。

衝撃波によって吹き飛ばされた上条はクレーターに降りていたので、そのクレーターの壁となっている所に激突する。

 

「がっ!!」

 

上条は叩きつけられた衝撃でカハッと息を吐く。

 

(ヴェ……ヴェントは…………?)

 

もう無茶苦茶だった。

無茶苦茶な力が辺りを呑み込み、学園都市を灰にしていく。

 

本当にあれを止める事ができるのだろうか。

インデックスがどうにかする前に全てが終わるのではないのか。

 

上条がそう考えながら咳を何度もしながらヴェントの姿を探ると、ヴェントは近くのビルに衝撃波で吹き飛ばされ、クレーターを作った場所から垂直に下ったところ、つまりビルの足元にいた。

 

そしてヴェントの前にはいつの間にか、真守が空中に浮いて(たたず)んでいた。

 

真守はスッと右手を前に突き出して返すと、くいっと人差し指で引っ掛けるような挙動をして何もない空中を掴んで引っ張り上げた。

その瞬間、ヴェントの舌についていたピアスが音もなく、ヴェントにダメージを負わせない形で綺麗に外れた。

 

そして長い鎖に繋がれた十字架はヴェントが掴んで取り戻す暇もなく、真守の手元に引き寄せられる。

 

その十字架を真守は右手で人差し指と親指で挟むと、次の瞬間パキンッと軽い音を立てて粉々に砕いた。

 

「………………ッ!!!!」

 

ヴェントは怒りを(あら)わにするが、頭に血が(のぼ)りすぎて逆に何も言えなくなってしまった。

 

真守は『天罰術式』を破壊しただけだ。

だがそれでも、その破壊の仕方が十字教への宣戦布告だった。

 

お前たちが(かか)げた十字架など、意味がないと。

その救済に(すが)っても仕方がないと。

 

そんな、十字教の全てを否定するようだった。

 

「…………こ、殺してやる…………っ!!」

 

敬虔(けいけん)な信徒であるヴェントは真守を睨み上げながら怒りで肩で息をする。

獣のような息遣いが響く中、真守は無言だった。

そして興味を失くしたのか、ヴェントに背を向けてすぅーっとその場から立ち去る。

 

無防備な背中を見せているように見えるが、ヴェントにはそう見えなかった。

 

何故なら真守の背負っている後光が凶悪だからだ。

 

あれに触れたら立ちどころにその存在を抹消される。

神を後ろから刺すことなど許さないとして。

存在を抹消されて、この世にいた痕跡すらも残してもらえない。

 

人間の存在を脅かす恐怖にヴェントが殺意を向けている中、真守は上条の前へとやってきた。

 

「……朝槻、俺が……分かるか?」

 

真守は応えないが、それでも上条は自分の心に流れ込んでくる真守の感情の色を言語的に(とら)えて理解できた。

 

『『分かる』』

 

その言葉が理解できて、上条は目を見開き、真守を呆然と見上げる。

 

「……大丈夫、なんだな?」

 

『『何も、問題ない』』

 

上条は真守の言葉を聞いて安心した。

分かる。朝槻真守は神へと至ろうが何も変わっていないと。

思考が人のソレから離れようと、根本的には優しい、朝槻真守のままで変わっていないのだと。

上条はそう感じることができた。

 

「そっか……………………良かった……」

 

「何も、よくねえんだよォ────っ!!」

 

上条が安心した時、ヴェントが真守に飛び掛かってきた。

 

真守に敵わない事は分かっている。

でもそれでも、十字教の神を信仰する信徒として譲れないものがある。

 

そんな決死の覚悟をしたヴェントを、真守は身じろぎせずに吹き飛ばした。

ヴェントはそのままビルに再びクレーターを作って地面に落ちると、そのまま沈黙する。

 

真守は初めてヴェントの方を振り返って、そんなヴェントへと手を伸ばした。

蒼閃光(そうせんこう)のような煌めきが発されて、それは空気に解けるように消えていた。

 

真守の手の先、そこでヴェントはしかめていた顔をフッと(ゆる)めた。

まるで、良い夢でも見てるように──。

 

「朝槻……?」

 

『『問題ない。少し(ほぐ)してやっただけだ』』

 

真守の言葉の意味が理解できない上条だったが、敵として現れたヴェントの心を気遣っているのだと上条は気づいて、柔らかく表情を弛緩(しかん)させる。

 

「って……安心してる場合じゃない! ここら辺の人たちの救助をしないと!!」

 

『『大丈夫。誰も殺してない。死なないようにした』』

 

「誰も殺してない…………っ!?」

 

上条は真守の言い分にそこで周りを見渡して驚愕(きょうがく)した。

辺りには確かに多くの学生や大人が倒れこんでいた。

だが、その誰もが気絶しているだけで致命傷を受けているような外傷が見受けられない。

 

「お前……守ってたって言うのかよ?」

 

『『深城に、罪は似合わない』』

 

「そうか。……お前は大丈夫そうだけど、源白はどうなってんだ?」

 

上条が問いかけると、真守は初めて深城を視界にとらえた。

 

『『自分の意志じゃない。だから、助けてあげてほしい』』

 

「そうか。大丈夫だ、インデックスが今助けに行ってんだ。だから待って欲しい」

 

『『ありがとう』』

 

上条は真守からの礼を受け取りつつも、首を横に振った。

 

「別に礼を言われる事じゃない。……お前には助けてもらった。それに友達だから、助けるのは当たり前だ。そうだろう?」

 

その問いかけに真守は薄く頷いた。

だが次の瞬間、突然真守と上条の後方のコンクリートの山が砕けて灰色の粉塵(ふんじん)が広がった。

だがそれで上条の視界が(はば)まれる事はなかった。

真守が全て吹き飛ばしたからだ。

 

「なっ……!?」

 

目の前には大男が立っていた。

白いゴルフウェアのような青い十字架が描かれた白い半そでシャツに、薄手のスラックス。

スポーティーな印象をうかがわせるその服装。

そんな大男は前方のヴェントを小脇に抱えていた。

 

「失礼。この子に用があったものでな」

 

「誰だ!?」

 

「後方のアックア。ヴェントと同じく、神の右席の一人である。……心配しなくてもいい。今日のところはこれで引き返す」

 

「そんなこと言われてみすみす逃がすと思ってんのかよ!? 学園都市の人間を傷つけたのはお前たちだろ!? 天罰術式の解き方を教えろ!!」

 

上条がアックアを睨みつけて臨戦態勢を取ると、アックアは空中に浮かぶ真守を見上げた。

 

「心配ない。天罰に必要な霊装はそこの『神人』が砕いた。制圧された人間もすぐに回復する」

 

「そんなので納得できるか!」

 

「だがここでヴェントを離せば、科学サイドに捕縛され間違いなく処刑だな」

 

「ッ!!」

 

上条はその言葉に動きを止めた。

その通りだった。学園都市を落としかけた人間を学園都市が許すはずがない。

もしかしたら科学的に解剖され、死よりも恐ろしい末路が待っているかもしれない。

 

「一つだけ、貴様に教えてやる」

 

上条がその事実に焦りの表情を浮かべていると、アックアは宣言した。

 

「私は聖人だ。無暗(むやみ)に喧嘩を売ると寿命を縮めるぞ」

 

そして地面をける(すさ)まじい音が響き、次の瞬間にはアックアとヴェントは既にそこにいなかった。

 

聖人とは魔術世界での核兵器だ。

そんな人間と戦えば、今度こそ学園都市は灰になるだろう。

 

危機は去った。

 

だがこれは序章に過ぎず、この後にもっと大きな危機が待っている。

 

今度こそ、学園都市は完全に落とされて科学の徒のよりどころがなくなるかもしれない。

 

「止めるんだ……この流れを必ず止める」

 

そこで上条は決意を込めて真守を見上げた。

『神』と成った、それでも自分にとって大切な存在である真守を。それまでと同じように『友人』だとして。

 

「だから朝槻、俺と一緒にやってくれ。絶対にこの戦いを終わらせる!!」

 

上条の言葉に、真守は応えない。

 

だがやる事は決まっていた。

自らを神と(あが)める者のために力を振るう。

それが神として顕現(けんげん)した、朝槻真守の存在意義だった。

 




真守ちゃん、神さまになりました。
次回が〇九三〇事件の最終話となります。



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第一二五話:〈秋冷夜半〉で全てが変わり

第一二五話、投稿します。
※次は一二月二四日金曜日です。


「真守ちゃん、どこに行くの?」

 

インデックスに『天使』化を解いてもらった深城は、雨の中、ただひたすらに目の前を歩き続けるこの世で最も愛しい少女の後ろをついて歩いていた。

 

今の真守は自身が所属している高校のセーラー服を着込み、いつものようにニーハイソックスとローファーを履いている。

そして身長よりも長かった蒼みがかったプラチナブロンドも、いつもの黒髪に戻っていた。

だがそれは体裁(ていさい)を整えているだけで朝槻真守はもう人ではないし、着ている服も実はエネルギーを偏光させているだけで本当は何も着ていなかった。

 

全裸でカモフラージュの服を着ていて学園都市の街を歩いていても、真守は何も思わない。

 

何故なら朝槻真守は絶対能力者(レベル6)へと至り、人ではない存在となってしまったから。

人の精神ではなく、神の精神を獲得した。

 

だからなのだろう。

 

朝槻真守は一度も、源白深城の問いかけに応えなかった。

 

「真守ちゃん」

 

深城はそれでも、何かを探して立ち止まったり、方向をくるっと変えたりして再び歩き出す真守の名前を何度も呼ぶ。

 

「ずっと何を探しているの? 何を探してるか言ってくれたら、あたしも探すから」

 

それでも真守は応えない。

 

真守は水辺を中心として歩き回っており、突然ピタッと止まると、向きを変えて市街地の方へと入っていった。

 

深城は雨の中真守を懸命に追う。

そんな真守が突然立ち止まった。

深城が(うかが)うように前を見ると、そこには電動車椅子に座った少女がいた。

 

八乙女(やおとめ)緋鷹(ひだか)

真守の仲介人として学園都市上層部が派遣してきた少女だった。

 

「お探しかしら?」

 

「探してた」

 

深城が訝しむ中、真守は深城の問いかけに一度も答えなかったのに、緋鷹の問いかけには間髪入れずに答えた。

緋鷹はそれを受けて柔らかく微笑む。

当然だと言うように、それでもほっと安心した様子で。

 

「なら、()()()()()()?」

 

緋鷹の言葉に真守は薄く頷いた。

そして緋鷹は真守の後ろから不安そうに見つめていた深城を見た。

 

「あなたはどうするのかしら?」

 

深城は緋鷹に問いかけられて息を呑んだ。

 

「………………そこに、真守ちゃんの幸せはあるの?」

 

「幸せ?」

 

緋鷹はそんなことを聞くのが心底おかしそうに微笑む。

 

 

「そうね。あなたの望む人としての真守さんの幸せはないかもね?」

 

 

深城はそれを聞いて沈黙する。

真守は振り返りもしない。ただ事態が収束するのを待っているだけだ。

 

「………………じゃあ、行かない」

 

「そう」

 

緋鷹はそこでくるっと電動車椅子を動かして背を向ける。

 

「でもあなたは真守さんの天使なのだから、わがままがいつまでも通用すると思わないで」

 

緋鷹はそう冷たく言い放つと、真守と一緒にその場を去っていく。

深城のことを、真守は一度も見なかった。

 

深城はきゅっと自分が穿いているデザインが気に入った、どこかの学校の冬服のスカートを握り締める。

 

そして、真守と緋鷹が消え去った方向とは真逆へと駆けだした。

 

冷たい雨が自分の全身を叩く。

途中で何度も転びそうになったけれど、それでも深城は必死に夜の学園都市を走り続けた。

 

真守の人としての幸せを取り戻すために。

真守の人としての日常を取り戻すために。

真守が人であった時に持っていたささやかな願いを守るために。

 

でも自分だけの力では、真守のために自分が願うものを取り戻せないと源白深城は分かっていた。

何故ならいつだって自分は朝槻真守に守ってもらっていたからだ。

 

だから。

自分と一緒に戦ってくれる心強い『彼』に真守の身に何が起こったか伝えるために、ただ懸命に学園都市内を走っていた。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

真守と緋鷹は何の変哲もないリムジンに乗って移動していた。

真守は夜の学園都市の風景をじっと見つめている。

 

「気分はどうかしら?」

 

「分かってるくせに」

 

真守は緋鷹の問いかけを聞いて、うっとりとした笑みで自分を見つめる緋鷹を見た。

 

まるで、幾星霜(いくせいそう)も待ち焦がれた存在へと会合を果たす事ができたと言った風に。

ずっと恋焦がれていたのだという感じに。

神である真守を見つめていた。

 

先見看破(フォーサイト)

 

緋鷹は真守の言葉にただただ笑う。

それは、予知能力系統に属する八乙女緋鷹の能力名だった。

 

予知能力系は『嫌な予感がしたんだよね』『何ソレ、予知能力(ファービジョン)でも目覚めたの?』と、学生の間では嘲笑に使われるような能力系統だ。

何故ならば未来を予見する能力とはオカルトが混じってくるので、誰も彼もがオカルトなんて、とあざ笑うのだ。

その証拠に未来予知の分野はほとんど解明されておらず、予知能力系は非常に珍しい。

 

「人間の時に倉庫(バンク)で調べたのね?」

 

緋鷹が絶対能力者(レベル6)に意味のない問いかけをすると、真守は興味無さそうな顔をした。

 

「調べた」

 

それでもきちんと答えた真守を見て、緋鷹は思わず目をぱちぱちと(またた)かせる。

 

「アラ、意外と素直ね」

 

「それで? お前はどの程度視えるんだ」

 

真守はそんな緋鷹を無視して、自分の気になっていることを問いかけた。

 

「つまらないものよ。それに私は大きな未来を()ることはできないの。視るには色々と手順も必要だし、役立たずな能力よ」

 

自分の能力を卑下する緋鷹を、真守は無機質なエメラルドグリーンの瞳で見つめて、そして淡々と告げた。

 

「それでもお前は()えていた」

 

「そうよ。あなたはいつだって私が苦しんだ先に立っていた」

 

緋鷹はそっと自身の動かない足を撫でながら微笑む。

 

「そんなあなたに恋焦がれるのは普通のことじゃない?」

 

真守はその問いに答えない。

 

「その足は代償か?」

 

そして質問を質問で返した。

そんな真守を見て、緋鷹はくすっと自嘲気味に笑う。

 

「ええ。大切な人を助けようとした代償。……それでもその人も運命には逆らえなくて、その時は生きたけど結局死んだわ」

 

真守は緋鷹の言葉に応えない。

そっと目を細めただけだった。

 

「お前はそんなに私がほしいの?」

 

「ええ」

 

真守の問いかけに緋鷹は間髪入れずに答えた。

 

「私たちはあなたが欲しい。正確にはあなたが根付いた優しい世界がね。だから私たちはあなたを安全に、そして尊く気高くこの地に根付かせてみせるわ。私たちの神さまを食い物になんかさせない。だって私たちが(かか)げるものは、教え導く宗教とは違うのよ」

 

真守は緋鷹の宣言を聞いてフッと視線を逸らして静まり返った夜の学園都市を見つめた。

 

「私は別にどうでもいい。それでもお前たちが望むのであれば、お前たちの好きにすればいい。──ただそれだけ」

 

「ありがとう。我が『(しるべ)』」

 

緋鷹は真守の言葉に柔らかく微笑み、そこで(ふところ)からハンカチにくるまれた『何か』を取り出した。

 

「探していたのでしょう。確認したら?」

 

「いい」

 

緋鷹はハンカチを広げて『それ』を差し出すが、真守は『それ』を見ずに告げた。

 

「無事なのは分かってるから」

 

「……では、お預かりするわね」

 

緋鷹は自分の動かないひざの上に、ハンカチに載せたまま『それ』を優しく置いた。

緋鷹はそれを愛おしそうに、そして切なそうに見つめる。

 

光が入る角度によって虹色に輝く、精緻(せいち)な模様が刻まれた女物の指輪を、何物にも代えがたいかけがえのないものとして緋鷹は柔らかく見つめ続けていた。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

「………………く、」

 

垣根帝督は朝日に照らされて意識を取り戻した。

ぼーっとしていたが、自身が気を失っていた事に気が付くと即座に身を起こした。

 

今は『スクール』の他の構成員と一緒に学園都市を揺さぶれるような情報の精査を行っていたはずだ。

だがその最中に学園都市に侵入者が来たと通達があり、厳戒態勢を敷くようにと言われた。

その侵入者について考え、弓箭を呼び寄せようと時、昏倒したのだ。

 

辺りを見回すと誉望万化、心理定規(メジャーハート)が昏倒しており、まだ起きていなかった。

 

垣根はそこで次の異変に気が付いた。

自分の端末であるカブトムシが完全に沈黙している。

垣根は即座にネットワークを励起(れいき)させて命令を送ると、カブトムシは機能停止状態に(おちい)ってはいるが指揮系統が生きていて、即座に再起動を始めた。

 

「何が…………」

 

一体、何が起こったというのだろうか。

垣根は時間を確認するために携帯電話を取り出す。

すると着信が何十件も来ていた。

 

源白深城と杠林檎、それとその下に真守の家にある固定電話からの連絡が最新に並んでいたが、(さかのぼ)っていくと真守からも連絡が入っていた。

 

そしてその真守からの一件だけの着信だけ、留守番電話にメッセージが残されていた。

 

垣根はそれを見て嫌な予感がした。

心臓が不穏な鼓動を打って脈打つのを認識しながら、留守電を起動させて携帯電話を耳に当てた。

 

 

〈垣根〉

 

 

真守の愛おしそうに自分を呼ぶ声が聞こえてきて、垣根は目を見開く。

 

 

〈だいすき〉

 

 

自分に愛を伝えてくれているのに、何故か心にぽっかりと穴が空くのを垣根は感じた。

 

 

〈またね〉

 

 

その言葉を最後に、メッセージが終了したとアナウンスが流れる。

 

ただ愛の告白を伝えたかっただけでまた話そうね、連絡するね、という意味ではないと垣根も分かった。

 

朝槻真守は。

 

今生の別れのために最期に言葉を遺したのだ。

 

 

その時、垣根帝督には光に(ほど)けて消えていってしまう儚い笑顔の朝槻真守の幻が見えた。

 

 

耳に当てていた携帯電話を握る腕に力が入らずに、ずるっと重力に(のっと)って垂れ下がる。

そして垣根はそのまま軽い音を立てて携帯電話を床に落とした。

垣根が携帯電話を落とした音で意識が覚醒したのか、心理定規(メジャーハート)が目を(こす)りながら目を覚ました。

 

「…………どうしたの?」

 

心理定規(メジャーハート)は朝日が立ち昇っていることよりも、垣根帝督が無表情のまま絶望していることに気が付いて動揺の色を見せた。

 

 

さっきまで、一緒にいたのに。

 

本当についさっきまで、幸せそうに笑っていたのに。

 

朝槻真守は自分のそばにいて、もう幸せそうに笑いかけてくれないのだと。

 

垣根帝督は心の底から思い知らされて、一ミリたりとも動けずに、ただ呆然としていた。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

この日。学園都市は正式に魔術集団の存在を肯定した。

 

学園都市の外──ローマ正教には『魔術』というコードネームを冠する科学的超能力開発機関があり、そこから攻撃を受けたのだという報告書を学園都市はまとめ、その日の内に世界各国のニュース番組で取り上げられた。

 

一方、ローマ正教は学園都市の内部で『神』ならびに『天使』の存在を確認。

 

十字教の宗教的教義に反する冒涜(ぼうとく)的な研究がおこなわれているとして、ローマ教皇自らが学園都市を非難した。

 

ローマ正教という神や天使という存在を肯定して信仰する者たちが、魔術という名の科学的超能力開発を行い、あまつさえそれを使って攻撃してきたと学園都市は主張する。

 

神や天使という存在を肯定しているローマ正教は、その二つを科学的超能力開発によって学園都市が(おとし)めていると主張した。

 

互いは互いの主張を『馬鹿馬鹿しい』と一切認めず、そして自らの主張のみを相手に叩きつける。

 

そこには一切の譲歩や妥協と言った色は見られず、むしろ争いが激化するのを望んでいるような動きさえあった。

 

争いの火種がつくられた。

学園都市とローマ正教の正面対立。

世界で三度目になるかもしれない。

 

科学と宗教というそれぞれの主張が衝突する、大きな大きな戦争が今、起きようとしていた。

 

 




〇九三〇事件、終幕。

次章。
暗部抗争篇。

垣根帝督が自身の欲望のためではなく、大切な人を取り戻すヒーローとして戦う物語が、いま幕を開ける。




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暗部抗争篇
第一二六話:〈既知未来〉だから覚悟はできてた


第一二六話、投稿します。
次は一二月二四日金曜日です。


「やはり朝槻さんの足取りは全くといっていいほど掴めません」

 

誉望は頭に取り付けた土星型のゴーグルからケーブルを伸ばし、手元のタブレット端末に差し込み、それを見ながら告げる。

 

「昨夜の襲撃により情報網が軒並(のきな)み壊滅してるので当然と言えば当然ですが……それでも圧倒的に情報量が少ないです。恐らく昨日の件について上層部が意図的にもみ消しているのでしょう」

 

そんな誉望の前で心理定規(メジャーハート)はテレビのリモコンを持っており、あらゆるニュース番組をチェックしていた。

 

「テレビでも第七学区と学園都市外周部の被害については触れられていないものね。集団昏睡事件という触れ込みも上層部仕込みかしら」

 

「わたくしは学生寮にいましたので……外の様子はまったく伝わっていませんでした。テレビも寮室内にはありませんし……それでも、寮監さまやラウンジのテレビを見ていた方たちは昏倒していたようですが……」

 

弓箭は申し訳なさそうに事件当時、いつもと変わらない日常を過ごしていたと告げる。

三人の視線の先には垣根がソファに座っていた。

ソファに前傾(ぜんけい)姿勢で座り、顔を(うつむ)かせて、彼らに顔を見せないようにしていた。

 

「……ずっと、分かってた」

 

垣根はぽそっと一人呟く。

 

あの少女が自分を置いてどこかへ行ってしまうのを。

あの少女が自分のあずかり知らぬ存在へと()ってしまうのを。

あの少女が自分に笑いかけることがなくなるのを。

 

ずっと分かってた。

 

それでもそばにいたかった。

 

誰よりも優しく、誰よりも気高く尊いあの少女を一人にしてはならないと。

一人で孤独に打ち震えて泣くなんて絶対に許せないと。

それだけは我慢ならないと、そう思ったからだ。

 

垣根はそこで一度ため息を吐いて脱力してから顔を上げた。

そして、決意の言葉を吐いた。

 

「取り戻す」

 

その言葉に、三人は決意のまなざしを宿す。

 

朝槻真守は『スクール』にとって大切な存在になっていた。

だからこそ、取り戻さなければならない。

 

絶対能力者(レベル6)という人ならざる者へと至ったって、朝槻真守は自分たちにとって大事な存在なのだ。

 

真守はいつだって人々の幸せを願っていた。

どんなに苦しい閉塞した未来が自分に待っていようとも、何度も執拗に精神的に追い詰められようとも。

それでも全てを憎まずに全てが愛おしいと笑って告げて、学園都市で生きる人々全員の幸せをただひたすらに祈る。

そんな、この世で最も尊い()り方をする少女なのだ。

 

彼女の輝きを、ささやかながらも壮大な願いを知っているならば、何があってもそばにいなければならない。

 

どんなにあの少女に力があっても関係ない。

あの尊い魂には、自分たちが寄り添わなければならない。

絶対に孤独にするわけにはいかない。

 

「俺たちはここ数日、学園都市を揺すれる情報を入手しようと動いていた。……テメエらもその理由は分かってんな?」

 

垣根が問いかけると『スクール』の面々は頷く。

 

あの夜。真守と自分が結ばれた夜。

垣根帝督は朝槻真守が笑っていられるような学園都市を作り上げると約束した。

だから学園都市と交渉できるような情報をずっと探していた。

 

だがそんな情報は当然ながらネット上には転がっていない。

統括理事会のサーバーにも、だ。

全ては学園都市統括理事長、アレイスター=クロウリーが握っている。

 

彼が独自に有している『滞空回線(アンダーライン)』と呼ばれる情報網。

 

そこに、その全てが詰まっている。

 

「真守の居場所はおそらくアレイスターしか知らねえ。学園都市統括理事会のサーバー上にも残されていないとなると、『滞空回線(アンダーライン)』が頼みの綱だ」

 

事実、真守の痕跡は手の届く範囲にはどこにも残されていない。

統括理事会すら真守の居場所を把握できていないことは確かだ。

何故なら各所で秘密裏に、絶対能力者(レベル6)へと進化(シフト)した流動源力(ギアホイール)を探す動きが出ているのだから、誰も真守の居場所を知らないのは確実だ。

だが、アレイスターが知らないはずがない。彼はこの学園都市の統括理事長だし、『滞空回線(アンダーライン)』と呼ばれる情報網を持っている。

 

「真守はアレイスターにとって最も重要な存在だ。だったら俺たちがそれを奪ってやれば、()()()()()()()()()()

 

計画(プラン)』の要。『第一候補(メインプラン)』である真守。

その存在をアレイスターが一番重要視するのは当たり前だ。

垣根はこの場の人間全員が分かっていることを今一度告げて、ほくそ笑む。

 

「俺たちは真守を取り戻せる。そして真守を学園都市との交渉のカードに使えば、真守のために学園都市をよりよくすることができる」

 

そして垣根は手のひらをギュッと握った。

真守をもう一度、この手の中に取り戻すために、その気合を込めて。

 

「要は真守をこの手に取り戻せばチェックメイトだ。何もかも俺たちの手に落ちることになる」

 

垣根は嗤って三人を見た。

 

「簡単じゃねえか。大切なものを取り戻すだけで全部丸く収まるんだからな」

 

垣根はソファに座るのをやめて立ち上がり、ポケットに手を入れて宣言する。

 

「やるぞ。ここが正念場だ」

 

垣根の言葉に『スクール』の面々は動き出す。

朝槻真守を取り戻すために。

彼女の幸せを、取り戻すために。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

源白深城は第八学区のとあるビルの最上階にある『スクール』のアジトの一室にいた。

深城はベッドに座って、膝の上で小さく丸くなっている林檎の頭を撫でる。

林檎はついさっき寝たばかりで少し苦しそうだった。

深城が林檎を見つめていると、部屋の扉が静かに開いて、廊下から垣根が中に入ってきた。

 

「垣根さん」

 

「林檎は寝たか?」

 

垣根は膝枕というか、深城にしがみついている形で眠っている林檎を確認して、近くにあるテーブルに寄り掛かる。

 

「うん。でも苦しそう。真守ちゃんがいなくなったの、やっぱりショックみたい」

 

「……そりゃそうだろ」

 

覚悟していた垣根自身だって呆然としてしまったのだ。

一〇歳の子供がショックを受けないはずがない。

 

「方針は決まったの?」

 

真守は林檎の髪の毛を撫でながら、顔を上げて垣根に訊ねる。

 

「『滞空回線(アンダーライン)』っていう情報網に焦点を当てたが、一応取りこぼしがないかあらゆる情報網も探ってる。だがまあ……厳しいだろう。そんなとこに上層部が情報を残すとは思えない。……だが虱潰(しらみつぶ)しに探していかなきゃ真守には絶対に辿り着けねえ」

 

「……ごめんね、垣根さん」

 

垣根が現状、難しいことを報告していると深城は心苦しそうに俯いた。

 

「なんでだ?」

 

「真守ちゃんを一人にしちゃって。でもここであたしまでついていったら意味がないと思ったの。だから、」

 

「お前の選択は間違っちゃいない。お前が真守と一緒に消えたら何が起こったか分からなかったし、俺はもっとどうすればいいか分からなかった」

 

垣根は謝る深城の言葉を(さえぎ)って告げる。

 

「……もう一度よく聞かせてくれ。あの日、何があったのか」

 

「うん」

 

深城は林檎の背中を優しく撫でながらあの日のことを垣根へともう一度伝える。

 

深城はあの日、スーパーに行く道すがらで体が強制的に操られた。

アレイスターに用意された体だ。

だから細工がされていると分かっていたから、そこまで怖くはなかった。

異様に静かな街を歩かされて、深城は自身の体と認識しているAIM拡散力場からなんとなく、全てを察した。

 

学園都市に魔術師が襲撃に来ていて、それによって街は死にかけていると。

食い止めるために、自分を使わなければならないということ。

 

それと同時に、この機に乗じて真守を安定して絶対能力者(レベル6)へと進化(シフト)させるつもりなのだと。

 

真守は極めて危険な存在だ。

絶対能力者(レベル6)へと進化(シフト)させる手法を間違えれば学園都市が落ちる。

だからこそ慎重にならざるを得ず、誰も彼もが気絶している九月三〇日が都合よかったのだろう。

 

そして、だからこそ。

朝槻真守は誰にも知られることなく、仲介人の八乙女(やおとめ)緋鷹(ひだか)と共に姿を消すことができた。

 

「ローマ正教の最暗部。『神の右席』、前方のヴェント……か。そいつ一人の『天罰術式』とやらで学園都市は落ちかけた。確かにヤベエな。学園都市が警戒してるのも頷ける」

 

現在学園都市は第三級警報(コードイエロー)が発令されており、はっきり言って厳戒態勢だ。

 

どこかの宗教団体が押しかけてくると学園都市の学生たちは楽観視しているが、そのどこかの宗教団体に所属するたった一人に学園都市は落ちかけたのだ。学園都市が危機感を覚えるのも無理はない。

 

「真守は学園都市の支配下に入るために自分の意志で仲介人について行った。……アレイスターが真守に課した『(かせ)』が働いたってことか」

 

「そうだね。私もそうだと思う。だから真守ちゃんをコントロールできるように、学園都市の第一位にしたり、他にも色々と手を尽くしてきたんだ」

 

垣根はそこで無言になる。

絶対能力者(レベル6)進化(シフト)した真守に人権があるとは思えない。

解剖学的に調べられてバラバラにされて元に戻されても、それでも真守はそこに存在しているだろう。

絶対能力者(レベル6)とはおそらくそういうものだ。

そんな非道が行われたとしても真守は苦痛を感じる事はなく、必要な行いならば当然として受け入れるだろう。

 

だがそれが許されていいはずがない。

 

そもそも真守は絶対能力者(レベル6)進化(シフト)したかったわけではないのだ。

人間らしいことを人間ではなくなって許容してしまうことに、真守は恐怖を覚えていた。

人としての尊厳を失い、それに関して自分がどうも思わなくなってしまうのが怖かった。

 

そして何より。

今のように大切な人たちから離れて、大切な人を大切だと思えなくなるのが嫌だった。

 

「まずは真守を取り戻すことだ」

 

垣根は胸が詰まり、一息吐いてから告げる。

 

「真守にとって今、何が本当に幸せかは分からねえ。でも俺たちは真守を一人にしないためにずっとそばにいるって言ったんだ。絶対に死なないでそばにいてやるって言った。だから、まずは真守をヤツらから取り戻すしかない」

 

垣根はこれまで何度も真守に言い聞かせてきたことを今一度呟き、ささやかな願いを口にする。

 

「俺は……真守を、人として扱ってやりたいから」

 

「……うん。そうだね。あの女の子は、真守ちゃんが行く場所には人としての幸せはないかもしれないって言ってた」

 

深城は八乙女(やおとめ)緋鷹(ひだか)の冷たい言葉を思い出しながら(うめ)くように呟く。

 

「でもさ、それって真守ちゃんに人としての幸せをどうにかすれば与えてあげられるってことだよね。だから真守ちゃんは幸せになれる。あたしたちは真守ちゃんを取り戻して人としての幸せを与えなくちゃ。あの子が一人になっちゃう」

 

深城が真守の幸せを一心に願っていることを告げると、垣根は薄く頷く。

 

「……分かってる。だから取り戻す。最小限のダメージで、迅速に。確実に」

 

「最小限のダメージ?」

 

深城は垣根の言葉にきょとんとして訊ねた。

 

「真守が学園都市の枠組みに(はま)って抵抗してたのは、学園都市の枠組みが壊れると多くの人間が不幸になるからだ。だがこの夏で、真守が魔術を知ったことによって、その意味合いが強くなった」

 

「そうだね。学園都市の枠組みを壊しちゃったら、魔術世界が付け込んでくるもんね」

 

「ああ。だから学園都市に大打撃を与えるのはマズい。……だが今、学園都市はローマ正教と戦う準備をして内からの攻撃に(もろ)くなってる。ここを狙わない手はない。だから最低限のダメージで真守を取り戻す。それしかねえ」

 

「……ふふ」

 

深城は垣根の熱弁を聞いて微笑むと、垣根がムッとした表情で深城を見た。

 

「何笑ってんだよ」

 

「ううん、垣根さん。優しいなあって思って。真守ちゃんのためなら他の人の命をどうでもいいって言うかと思った。だからどうしたら止められるかなあって」

 

垣根は深城の言葉にバツが悪くなって目を()らす。

確かに真守に会わなかったら、自分はなりふり構わず全てを壊して思い通りに利用して、いいように操っていただろう。

 

それでも真守と会って自分は変わった。

真守がなんでもできると教えてくれた。自分の可能性を自分で(せば)めてはならないと。

できないことなんてないのだと。

しがらみに囚われる必要はないのだと。

『闇』にがんじがらめに囚われなくていいと。

 

この世界は広く、そして自由なのだから。

本来ならば住み分けなんてないのだから。

自分が行きたいところに行って帰りたいところに帰ればいい。

一緒にいたい人と、一緒にいればいい。

 

「命があれば、何度だってやり直せる……か」

 

垣根はそこで、真守が深城から教えてもらって自分の基準点にしている信条を口にする。

 

「確かにその通りだ。命がある限り、この頭は動き続ける。這いつくばって泥水(すす)っても考え続けて諦めなければなんでもできる。失ったってそこで終わりじゃない。……自分で自分の命を絶たない限り、人生は続くんだ」

 

垣根は首に下げていたネックレス、正確には銀の細いチェーンに通した真守に渡したペアリングの対となる指輪を手に取りながら呟く。

 

「そうやって永遠を生きるアイツを、一生救い続けるって。……俺たちは誓ったんだ」

 

「うん。そうだね」

 

深城はうっすらと微笑む。

『俺たち』と言ってくれたことが嬉しくて。

 

「あたしは一目見た時から神さまみたいな子だなって思った。きっと神さまみたいになんでもできて、神さまみたいに冷たくて、神さまみたいに慈悲深いんだって」

 

深城は白い部屋で能力を解放して(たたず)んでいる少女を思い出して、あの時感じて願ったことを口にする。

 

「だからあの子に愛を与えたいって思ったの。誰にも与えられないような無償な愛で、どこまでもあの子を癒してあげたかった。……それに」

 

深城は寂しそうに微笑む。

自分が死んでしまったことで、真守に悲しみを与えてしまったことを。

酷く、悔やむように。

 

「あたしは真守ちゃんに背負わせてしまったから。今更真守ちゃんから離れるなんて虫のいいこと、絶対にできないよ」

 

「ああ。──だから取り戻す。絶対に真守を一人にしない」

 

「うん。絶対ね?」

 

深城が笑いかけると、垣根は頷いた。

 

絶対に取り戻す。

たとえ自分たちが今の彼女にとって不要でも。

人間だった頃に、未来を不安に思って震えていた真守に誓ったのだから。

絶対にそばにいると。絶対に一人にしないと。

 

それを聞いた真守は、笑っていたから。

本当にほっとして心の底から安堵して、ふにゃっと笑っていたから。

真守が信じたことを嘘にはしない。

だからこそ垣根帝督と源白深城は絶対に約束を守る。

 

その絶対に破ってはならない約束を守るために。

垣根帝督と源白深城は、そして『スクール』は。

朝槻真守を取り戻すために、立ち上がった。

 




暗部抗争篇、始まりました。
暗部抗争篇は学園都市の『闇』ががっつり関わってきますし、真守ちゃんがいなくなって全体的に暗めですが、それでもヒーローとして頑張る垣根くんをお楽しみいただけたら幸いです。



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第一二七話:〈大切存在〉を信じてる

第一二七話、投稿します。
次は一二月二六日日曜日です。


上条当麻は携帯電話を見つめていた。

 

今日はクラスメイトと一緒にすき焼きを食べにとある店に来ていた。

理由はもうすぐ戦争が始まるかもしれないから、物価が上がる前にたらふく食っておきたいというものだ。

 

先程まで店の中にいてすき焼きを囲んでいた上条だったが、育ち盛りの高校生にはセットの鍋だけでは足りないので追加注文を待っている状態だ。

そのため外に出てちょっと一休みしようとでも思っていたが、気になっている事があって全然休まらなかった。

 

これからの戦争のこと。

そして真守と九月三〇日以降連絡が取れないことが上条は気になっていた。

 

携帯に電話を掛けても一向に出ないため、冥土帰し(ヘブンキャンセラー)に無理を言って真守が暮らしている自宅を教えてもらって押しかけた。

するとその時丁度荷物を取りに来た深城と出会った。

深城に話を聞いたところ、『真守ちゃんは超能力者(レベル5)第一位だから学園都市から招集が掛かって忙しい』と言われた。

 

確かに真守は学園都市の顔なのでローマ正教と戦うことになれば必要な存在だろう。

だがその理由だけではイマイチ納得できなかった。

 

九月三〇日。真守は絶対能力者(レベル6)進化(シフト)したのだ。

絶対能力者(レベル6)がどんなものか知らないが、それでも真守が違う何かに変貌(へんぼう)したことは分かっている。

 

だからそのせいで体を色々調べられているんじゃないか、と上条は思っていた。

真守のことだから心配はないと思うが、それでも気にはなる。

だが上条当麻が一番気になっていることはそれではない。

 

「カミやん」

 

上条が声を掛けられて振り返ると、そこには土御門が立っていた。

 

「土御門」

 

「朝槻のことか?」

 

「ん? ああ、そうだな」

 

上条はそこで寂しそうに笑って、一番気になっていることを口にする。

 

「すき焼きを一緒に食べられなかったから、寂しく思ってねえかなって」

 

土御門は上条の言葉に思わず沈黙してしまう。

 

土御門は知っている。

朝槻真守は人ではない絶対能力者(レベル6)へと進化(シフト)してしまったことを。

だから、彼女はおそらく寂しいという感情は持ち合わせていない。

 

普通なら上条当麻の考えを異常だと思うだろう。

何故なら上条当麻は絶対能力者(レベル6)になった朝槻真守に(じか)に接触している。

彼女が人ではなくなり、神と()ったと痛感できるポジションにいるのに何故真守が寂しがらないか心配するのかと。

 

「確かにあいつは変わっちまったみたいだ。俺とは違ってたくさんのことが見通せてるんだと思う。……でもさ、」

 

上条は土御門の考えを読み取って一つ頷きながら告げる。

だがそこからニッと柔らかで心強い笑みをうかべて 告げた。

 

「アイツの根本的なところは何も変わっちゃいなかった。俺が信じてる朝槻だった。だからきっと寂しがってるよ、きっと」

 

上条当麻は、朝槻真守に救われている。

全てを忘れてしまったあの朝に。朝槻真守は何もかも失くした上条当麻にこう告げたのだ。

 

『私とお前は友達だった。そして今でも変わらずに友達だ。お前の記憶が消えただけでこの関係が変わる事なんてありえない。私が信じている上条当麻は、記憶がない程度では揺らがない』

 

だから絶対能力者(レベル6)に真守が至ったとしても、朝槻真守は朝槻真守だ。

そして、上条当麻と友達なのだ。

 

それに真守の本質は何も変わっていなかった。

どんなに変わってしまってもそこだけは変わっていなかった、と上条は感じた。

だから気になるけど朝槻ならきっと大丈夫だと、上条当麻は思っている。

 

「……そうか」

 

土御門はそう呟く。

上条当麻がそう感じるならそうなのだろう。

彼女がどこに行ったかも、どうしているかも土御門には分からない。

だがそれでも二人の友達である土御門元春は二人を信じようと、そう思った。

 

「ああ。アイツもどっかで頑張ってんだ。だから俺も頑張らないとな」

 

上条が寂しそうに笑うので、土御門は責任を感じている上条に事実を告げる。

 

「……これから起こる戦争は全部自分のせいだって思ってんなら大間違いだぞ。お前はこれまで周りの連中を守ってきたんだ。戦争が起こったのは裏方がしくじったからだ。始まるぞ」

 

「ああ、そうだな」

 

上条は土御門の言葉に頷く。

確かにさまざまなことに関して自分が中心にいたと思う。

それでもやらなければならないことはずっとやってきた。

間違えだけは起こさないようにやってきた。

だから自分のやってきたことに、悔いはない。

 

「戦いの規模が変わる。今のままでこれからの局面を潜り抜けるのは難しいだろう」

 

「……そうだな。むしろ、今までなんとかできてた方が奇跡的だったんだな」

 

上条はこれまで自分を助けてくれてきた真守、インデックス、イギリス清教の魔術師たち、土御門のことを考えて拳を握る。

 

「今まで俺は甘えていたんだ。自分の知らない世界のことを。全部他人に任せてた。でも、これからはそれじゃダメだ。俺は、今まで見てこなかった新しい世界に足を踏み入れなくちゃいけないんだよ。──土御門。俺は決めた」

 

「カミやん」

 

上条が覚悟を決めたので、土御門はその覚悟を聞いて緊張した様子で上条の名前を呼んだ。

そんな切迫した空気の中、上条は言い放った。

 

 

「そう。俺は──これから英語を勉強する!!」

 

 

「えええぇ────…………?」

 

土御門はその意外な決意を聞いて硬直し、思わず間延びしたドン引き声を上げた。

 

「今、日常会話のレベル3に挑戦してるんだけどやっぱり英語って難しいなあ。でもいい加減に日本語以外の言葉も覚えないと。ローマ正教とか『神の右席』の連中だって、いつもこっちの言葉に合わせてくれるとは限らねえからな!」

 

「あの。…………何故、この局面で。え、英語……?」

 

土御門が意味が分からないと上条に問いかけると、上条は腕を組んで怪訝な顔をする。

 

「え? ローマだからイタリア語の方がいいのかって? でも連中って世界に二〇億はいるんだよな。なら英語の方が良くないか?」

 

土御門は思わず上条の考えに呆然としてしまう。

 

生き残るための矜持とか、もっと決意とか、そういうものがあるはずだ。

それよりも、英語。

何としてでも、英語。

 

二〇億に対して言葉を叩きつける。

 

そんなバカげた話があるものかといったところだが、上条当麻は本気だった。

 

「まあ言葉が通じなくたってソウルは伝わると思うけどさ。やっぱ通じるに越したことはないと思うだんよ。みんながみんな日本語できるわけじゃねーもんな。っつーか、今まではみんな日本語で合わせてくれてたけれど、こっちがそれに甘え続けるのはダメなんだよ! つまり、結論を言うとだな、」

 

そこまで言って上条の意識は途絶えた。

何故なら上条の腹に土御門が拳を叩きこんだからだ。

土御門はため息を吐きながら気絶した少年を無視してすき焼き店へと戻っていった。

上条当麻が追加注文のお肉を食べられなかったことは、想像に(かた)くない。

事実、上条当麻は追加注文のすき焼きにありつけなかった。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

垣根帝督は薄暗い室内の中でベッドに寄り掛かってじっと首に掛けてある指輪を見つめていた。

真守に渡したペアリングの片割れ。

精緻な模様が光の入る角度で虹色に色を変える指輪だ。

それを見つめながら垣根は歯を食いしばる。

 

真守からの最期の言葉は、とても満ち足りた声だった。

私はとっても幸せだったから大丈夫。何も心配しなくていい。

そう心の底から思っているような声だった。

 

本当にそうだったのだろうか。

 

もっと自分が真守にしてあげられたことがあったかもしれない。

もっと一緒にいてあげれば良かったかもしれない。

もっと愛を伝えてあげればよかったかもしれない。

 

真守が寂しがっていたことを知っている。

寂しい思いをさせて済まないと思っていた。

それでも真守のために自分は頑張らなければならないと思った。

 

だが。

もしあの日、自分が真守のそばから離れなければ。

真守は絶対能力者(レベル6)へと進化(シフト)しなくて済んだだろうか。

 

考えたって仕方がないことだ。

自分があの日、真守のそばにいても大きな流れに乗った真守を止められるはずがない。

それでも一人で絶対能力者(レベル6)にならなくても済んだはずだ。

それに真守がどこかへと行ってしまった時について行けたかもしれない。

 

もし源白深城と自分があの時一緒にいて。

真守を繋ぎ留めることができたら、今も真守は一人じゃなかったのだろう。

 

考えても仕方がないことだ。

だがどうしても最善とはなんだったのかと考えてしまう。

心残りは確かにある。後悔なんてしてもし足りない。

それでもまだ、朝槻真守の命はこの手から(こぼ)れ落ちていない。

あの尊い命は、まだこの世で息づいている。

だから、取り戻す。

 

「…………かきね」

 

垣根はそこで扉が静かに開いて、誰かが自分の名前を呼んだことに気が付いた。

振り返ると、目をごしごしと眠たそうに(こす)って『てんうさ』と呼ばれるお気に入りの、純白の翼が三対六枚生えた白うさぎの大きな抱き枕をかかえた林檎が立っていた。

 

「どうした」

 

「…………ん。垣根、どうしてるかと思って」

 

林檎はトテトテと歩いてくると、ベッドに座っている垣根の前に立った。

垣根は眠そうな林檎のことを見つめてため息を吐くと、抱え上げてベッドの上に座らせる。

 

「別に問題ねえよ。いいからガキは大人しく寝てろ」

 

「朝槻がいなくなって寂しい?」

 

林檎はベッドの上にぺたんと座って、その膝の上に抱き枕を乗せて問いかけて来る。

 

「……だったらなんだよ」

 

「私も寂しい」

 

林檎はそこで抱き枕をぎゅっと抱きしめて呟く。

 

「だから一緒」

 

林檎の指先はかすかに震えていた。

きっと、林檎が大切に想っていた流郷知果のように、真守がいなくなってしまうのが怖いのだろう。

 

「大丈夫だ」

 

垣根はそんな林檎の頭にポン、と手を乗せる。

 

「必ず取り戻す。だからお前はそれまで元気にしてろ。そんで真守に会ったら説教だ」

 

「説教?」

 

林檎がコテッと小首を傾げるので、垣根は柔らかく笑って告げる。

 

「勝手にどっか行ったことを怒らなくちゃなんねえだろ。それにお前との約束も破ったんだ。悪いことしたらおしおきだ、おしおき」

 

「神さまにおしおき?」

 

「神さまじゃねえ。俺の女だ」

 

林檎の問いかけに真守は神ではないと告げると林檎は薄く笑った。

真守は神さまじゃない。

どうなったってあれは自分のモノで、自分だけのモノで。

学園都市の所有物でも、なんでもないのだ。

 

「……ふふ。いいね、おしおき」

 

「だろ?」

 

林檎がくすくすと笑うので、垣根も悪だくみをするように軽く笑う。

 

「うん。垣根、頑張ってね。私もできることする」

 

「ああ。なら早く寝ろ。分かったな?」

 

垣根が(うなが)すと、林檎はその場に横になって垣根のことを見上げて頷き、微笑む。

どうやら垣根が使っているこの部屋で眠りたいらしい。

 

「垣根。おやすみ」

 

林檎はそう挨拶をすると、すぐにすやすやと眠り始める。

そんな林檎の頭を撫でて布団を掛けてやる。

林檎を垣根は柔らかく目を細めて見つめていたが、そこで気持ちを切り替えた。

 

「……絶対に取り戻す」

 

垣根はもう一度自分が首から下げている指輪をぎゅっと握って不敵に笑う。

 

「だってあいつが俺の『無限の創造性』に気づいてくれたんだから。このチカラを使えば絶対にできないことなんてない。だから──絶対に取り戻せる」

 

 

 

──────…………。

 

 

 

「あら。まだ寝てなかったの?」

 

心理定規(メジャーハート)はカフェオレ片手に部屋へと入ってきた垣根にそう問いかけた。

 

「ああ。お前が重要な手掛かりの詳細について掴んだっつうからな」

 

そう言って自分が腰かけているソファの反対側に腰かけた垣根を見ながら、心理定規(メジャーハート)は話を始める。

 

「じゃあ本題に入るわね。アレイスターの個人的な情報網、『滞空回線(アンダーライン)』についてだけど」

 

「頼む」

 

心理定規(メジャーハート)は垣根に『頼む』と言われてくすぐったいような何とも言えない気持ちになりながらも口を開く。

 

「学園都市中に五〇〇〇万機ほど散布されてるナノマシンなのは分かってるわよね。言わばどこにもあるんだけど、中に収められた量子信号は外部から不用意に観察されると、その情報が変質してしまうの。だから内部に収められた情報を容易に入手することができない」

 

垣根はくすぐったい気持ちになっている心理定規(メジャーハート)の心境を知らずに、手に持っていたカフェオレの水面を見つめながら思案する。

 

「……俺たちでここら辺に(ただよ)ってる『滞空回線(アンダーライン)』を捕まえても、中身の情報を抜き取れない。未元物質(ダークマター)で量子信号を解析して情報を抜き取る仕組みを構築するにしても、既存の技術を参考にしなくちゃできるわけがねえ。だからその技術を探す……っつー方針だったが」

 

「ええ」

 

滞空回線(アンダーライン)』を解析する仕組みを未元物質(ダークマター)で造り上げるにしても、参考になる技術がなければできない。

人造生命体であるカブトムシを造り上げた時だって、真守が保管していた論文や自分で調べた技術を(もと)に作り上げたのだ。

だから参考にする技術の情報を掴むことは非常に重要で、その情報を心理定規(メジャーハート)は掴んだと言うのだ。

 

「超微粒物体干渉吸着式マニピュレーター、通称『ピンセット』。磁力、光波、電子などを利用して多角的に素粒子を吸い取り、掴むことができて解析できるものよ」

 

「はん。既にモノになってるのか。それを手に入れれば手っ取り早いな。未元物質(ダークマター)で作らなくてもそれを利用すりゃあいい」

 

垣根が嗤うと、心理定規(メジャーハート)は膝に肘をつきながらため息を吐く。

 

「ただそれがどこにあるかが分からないのよね。ほら、『滞空回線(アンダーライン)』に繋がるものだから色々と存在が秘匿されているみたい」

 

「当面の目標は『ピンセット』だな。それの居場所を探ってから作戦を立てる。まあ、俺たちならすぐに情報が集まるだろう。だから学園都市が戦争の準備にうつつを抜かしている間に事を終わらせる」

 

「暗部組織が邪魔してくると思うけど、先に潰さなくていいの?」

 

心理定規(メジャーハート)が真っ当な質問をすると、垣根はつらつらと理由を説明する。

 

「先に潰すと上層部に勘付かれるからな。やるなら全部いっぺんにやった方がいい。……それに他の暗部組織でもきな臭い動きが出てきてやがる。だからそれを上手く利用して暗部組織を同士討ちに持っていけば、そこまで面倒じゃない」

 

「……ねえ、一つ訊きたい事があったんだけど」

 

「あ? なんだ、作戦に不満があんのか?」

 

垣根が訝しげに心理定規(メジャーハート)を見つめながらカフェオレに口を付けると、心理定規は真剣な表情をした。

 

「あの子とは寝たのよね?」

 

心理定規(メジャーハート)の突然の問いかけに、垣根は飲んでいたカフェオレで盛大にむせてしまう。

 

「オイ中学生」

 

「気になるじゃない。ねえ。神さまになったらできなくなるのかしら。あなた的にはやっぱりできたほうがいいでしょ?」

 

「うるせえ。別にお前に関係ねえだろ」

 

垣根が心底嫌そうに言うと、心理定規(メジャーハート)は変わらずのトーンで言葉を紡ぐ。

 

「関係ないけど気になるものは気になるのよ」

 

これは言わなきゃ引き下がらねえと垣根は思って、顔を()らしながら真守の推測を口にする。

 

「……真守の見立てでは完璧な存在ではあるが、ベースに人間的な性能があるらしい。だから感情も失われなかったとかなんとか。……だから、性能的には。多分、デキる」

 

そうやって考えると疑問が残る。

人を想う気持ちが消えなかったとしても、どうして真守は自分や深城の前から姿を消してしまったのか。

 

「あら。良かったわね」

 

垣根が真守のいなくなった理由を考えていると、心理定規(メジャーハート)が軽い調子で呟く。

 

「もう一つ気になるんだけど。神さまの子供ってどうなると思う? どっかの宗教みたいに『神の子』にでもなったりするのかしら。ねえ?」

 

「うるせえ。テメエいいかげんにしろよ」

 

垣根が心底イラついた表情で心理定規(メジャーハート)を睨むと、心理定規はふふっと笑う。

 

「意外と大丈夫そうで安心したわ」

 

「あ?」

 

「あなたがちゃんとしてなくちゃあの子を取り戻すことなんてできないわ。だから頑張ってね、リーダーさん?」

 

「……分かってるよ」

 

垣根は、何故か親目線的になっている心理定規(メジャーハート)の言葉に嫌そうな顔をしながらも頷く。

 

「こんなところで砕けるかよ。いつかこういう日が来るのは分かってたんだ。……だから問題ねえ」

 

(割と精神的にはキテるみたいだけど……これだったらよほどのことが無ければ大丈夫そうね)

 

心理定規(メジャーハート)は垣根の精神状態をそう読むと、とりあえず問題は無さそうだと心の中でひっそりと笑い、機嫌を損ねた垣根を見守っていた。

 




少し補足説明を。
真守ちゃんの推測通り、真守ちゃんは絶対能力者(レベル6)になっても生殖機能が失われていません。
その理由について触れるとネタバレになってしまうので明かしませんが、ネタバレ以前に恋愛モノと称しているのにそういう関係がなくなると思うとちょっと面白くないので、真守ちゃんの女としての部分は残るような構成にしました。ご安心ください(?)。
……暴露しますと、人間の時の真守ちゃんの味を垣根くんに知って欲しくて、こういう構成にもしました。
今後、神さまとそういう行為するかもしれないとか、垣根くん純粋にすごい。神罰とか降りそう。



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第一二八話:〈情報収集〉は慎重に

第一二八話、投稿します。
次は一二月二七日月曜日です。


誉望は第八学区『スクール』のアジトの一室にある情報収集室にて一人座っていた。

誉望は八台の高性能PCに取り囲まれており、それら全てには誉望が頭に装着している土星型の特殊ゴーグルから伸びるケーブルが接続されている。

そして誉望の目の前には大型のモニターがぽつんと置かれており、それも八台の機器の内の一つに繋がっていた。

 

「インディアンポーカー?」

 

誉望は現在外にいる心理定規(メジャーハート)と連絡を取りあっており、一人きりの空間の中に彼の声が響き渡った。

 

〈ええ。自身の経験や技術を他者に継承させることができるカードよ〉

 

心理定規(メジャーハート)の言っていることは正しい。

だが実際にインディアンポーカーを使っている学生は、インディアンポーカーを『他人の夢を追体験できる』娯楽アイテムだと思っている。

『夢を与える側』がおもちゃを組み合わせて作り上げた装置を付けた状態で夢を見ると、その内容がカードに封入される。

そしてその作成されたカードのフィルムを剥がして枕元に置いて眠れば、アロマ成分が脳に作用してその夢が再現されるというものだ。

 

「それがどうかしたんスか?」

 

〈学園都市の科学者の間では最近このカードを使って、保険のために自分自身のエッセンスを残しておこうとする動きがみられるわ〉

 

「へえ」

 

〈もちろん、望み通りのデータが記録されるかは賭けだけど。それでも試みる者は相当数いるという話よ。科学者の頭の中は文章化できない領域が大きいものね〉

 

心理定規(メジャーハート)の説明を聞きながら誉望は呟く。

 

「……ということは、例の……」

 

〈ええ。私たちが探している超微粒物体干渉吸着式マニピュレーター。通称『ピンセット』。そのノウハウのカード化による流出が観測されたわ〉

 

「それは確かな筋の情報なんスか?」

 

〈さあ? でも少しでも目があるなら調べるしかないでしょ〉

 

誉望は心理定規(メジャーハート)との通話を切って一息つくと、念動能力(サイコキネシス)を発動して、機械を作動させた。

 

「セキュリティランクA~Dの全情報より、インディアンポーカー及び『ピンセット』との関連が疑われる会話を抽出」

 

『一三件あります』

 

誉望は高性能PCが音声を発しながら羅列させた情報を見つめて、一人呟く。

 

「ただの雑談にしか見えないものもあるが、万が一、億が一の可能性も(さら)っていかないことにはたどり着けないからな……それくらいしなければ朝槻さんにはたどり着けない」

 

誉望の声が部屋に響き渡る。

そして誉望は調べた情報を(もと)に、インディアンポーカーに書かれた『ピンセット』の情報を集め始めた。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

とある研究施設の喫煙所では、研究者が二人煙草を吸いながら談笑をしていた。

 

「どうだい、調子の方は」

 

「試作機無理っすわー。発表会はPVで乗り切らないと……」

 

そこまで言いかけた途端、研究者の視界に土星のようなゴーグルを頭に付けた少年が幽霊のようにうっすらと見えた。

 

「どうした?」

 

「今、一瞬何か……。疲れが目に来たかなあ……」

 

実は研究者が見たのは念動能力(サイコキネシス)で自身の姿を消していた誉望であり、誉望はセキュリティシステムにケーブルを差し込むととある部屋の扉のロックを解除した。

 

すると扉がガコッと音を立てて開いた。

 

(周囲の音をデリート)

 

侵入したことがバレないように、誉望は念動能力(サイコキネシス)を応用して扉が開いた音を消して中へと入る。

誉望は周りを見回しながら念動能力(サイコキネシス)を応用して室内を把握する。

すると目の前に壁に見えている部分に、目的のインディアンポーカーが入った小さな保管庫があった。

 

(この中か)

 

誉望はケーブルを二本伸ばしてセキュリティを確認する。

 

(流石にガチガチに固めてるなあ。解除するのは難しそうだ。警報を無視して警備ごと捻じ伏せるのはたやすいが、できれば『ピンセット』を狙っているという痕跡すら残したくない)

 

誉望はそこでポケットからインディアンポーカーを取り出す。

 

(何も書きこまれていない、未使用の『インディアンポーカー』)

 

そして保管庫の壁に見える部分に誉望は人差し指を向けて、演算を開始した。

 

(金庫内のカード情報をスキミング)

 

誉望は念動能力(サイコキネシス)によって、保管庫内のインディアンポーカーに封入されたアロマ成分を何も書き込まれていないインディアンポーカーに複写した。

 

「気密が足りないなあ。匂いを写し取れる能力者の侵入は想定していなかったか」

 

誉望が緑色の紋様が浮かんだ『インディアンポーカー』を見つめながらボヤていると、特殊ゴーグルに連絡が入る。

 

「ん。……どうした?」

 

誉望が通話に出ると、焦った様子の下部組織の人間の声が聞こえてきた。

 

〈ぬいぐるみが、ぬいぐるみが爆発して……!〉

 

「ぬいぐるみ?」

 

誉望がきょとんとしていると、下部組織はもっと慌てた様子になる。

 

〈周囲を爆炎で覆われて……状況が把握できません! 応援を……お願いします!〉

 

誉望は切羽詰まった下部組織の人間の声を聞いて思案する。

 

(Fチームの担当は確度の低い『インディアンポーカー』だったはずだが、反撃を受けたという事は思いのほか重要なヤマを当てたか?)

 

「……仕方ない。あの女を向かわせるか」

 

誉望はそこで一息つくと、下部組織との連絡を切って対処を始めた。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

学舎の園。枝垂桜学園。

この学校の生徒である『スクール』の構成員である弓箭猟虎は、手にバイオリンを持って歩いていた。

 

「弓箭さま。ごきげんよう」

 

「ええ。ごきげんよう!」

 

弓箭がクラスメイトに声を掛けられてあからさまに顔を輝かせて手を振ると、クラスメイトはかわいらしい、と微笑んで手を振り返して去っていった。

 

(ふふふ……朝槻さんのおかげで学校内でもわたくしにお友達が……!)

 

弓箭は以前、真守に立案してもらった『バイオリンの感想を聞きたいから演奏を聞いてほしい』作戦で仲良くなったクラスメイトのことを考えて有頂天になるが、すぐに表情を暗くする。

 

(朝槻さんは行方不明。もしかしたら非道な扱いをされているかもしれません。……早く、早く居場所を特定して猟虎たちがそばにいかなければ……)

 

「……弓箭さま? お顔が暗いですがご気分がすぐれないのですか?」

 

弓箭が悲しくて(うつむ)いていると、友人になったクラスメイト二人が声を掛けてきた。

 

「え?! ああ、いえ。問題ありません、わたくしは元気です!」

 

弓箭は自分に話しかけてきた二人に気が付いて、ふるふると首を横に振る。

 

(いけない……お友達を心配させるなんて……朝槻さんはとっても大事なお友達ですが、他のお友達のことも大切にしなければ朝槻さんに叱られてしまいます!)

 

「そうですか、それならばわたくしたちとこれから一緒に参りませんか?」

 

弓箭が気合を入れていると、クラスメイトの友人がそんな誘いをしてきた。

 

「ふぇ?」

 

弓箭がきょとんとしていると、もう一人の女子生徒がすかさずに口を開いた。

 

「わたくしたち、これから『学舎の園』のお外を冒険してみたいと思うのですが。御一緒にいかがですか?」

 

「わたくしとでございますか?」

 

「「はい」」

 

「よろこんで……!」

 

弓箭が顔をほころばせて頷いた途端、弓箭の携帯電話の着信音が鳴り響いた。

 

「……すみません、ちょっと失礼します」

 

〈猟虎か。任務だ〉

 

「分かりました」

 

誉望の任務に即座に反応して気持ちを入れ替えた弓箭は、背筋をピシッと伸ばした。

 

(ご学友とはまたお話ができます……朝槻さんを探すための任務の方が大事……!)

 

弓箭が心の中で気合を入れていると、誉望が淡々と指示を出す。

 

〈任務の情報は送っておく。準備ができ次第早急に向かってくれ〉

 

弓箭は誉望との連絡を終えると、振り返ってクラスメイト二人を見た。

 

「申し訳ございません。用事が入ってしまいました」

 

「まあ、それは残念ですわ」

 

「では、またの機会によろしくお願い致しますね」

 

「はい」

 

弓箭が断りを入れると、クラスメイトは柔らかな笑みを浮かべて去っていく。

 

「ごきげんよう。……さて、行きますか」

 

弓箭は二人に手を振ってから気合を入れると任務へと向かった。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

弓箭は前後が下部組織の人間によって封鎖された建設現場近くに来ていた。

下部組織のバンが二台スリップした状態で停められており、その一つの車の扉が開け放たれている。

その中にはぐったりと車内に座り込んでいる下部組織の人間がいた。

 

そんな彼らの前で、弓箭は爆発して頭だけになったぬいぐるみの腕を持って辺りを見ていた。

 

「戦場の痕跡から獲物は二匹。一匹は奪われたターゲットなので襲撃者は一匹。ローファーとハイヒール、二匹とも雌。歩幅から体長は一五五と一六〇。そして、通信記録と残骸を見るに、武器はぬいぐるみに偽装した爆弾」

 

弓箭はスンスンと鼻を鳴らしてから真剣な表情に切り替える。

 

「さて。朝槻さんに関わる手がかりを奪っていった人間を狩りましょう。あの方への糸口となるものを逃すわけにはまいりません」

 

弓箭はそこで宣言をして、行動に移った。

 

 

 

 

(むぅ。……気合い入れたはいいものの……少しマズいかもしれません)

 

弓箭は完璧に人ごみに溶け込みながら心の中でそう呟く。

目の前にはターゲットの黒髪セーラー服とそのターゲットを助けた外国人風の金髪少女。

だがその金髪少女に見覚えがあるのだ。

 

(あの金髪は朝槻さんと一緒にプールに行った時に会いました。垣根さんからもらった情報によると無能力者(レベル0)で爆弾使い。爆弾でターゲットを助けたことからも間違いありません)

 

弓箭はそこで携帯電話を取り出して友達に軽い連絡をするかのようにカコカコとイジる。

 

(現状、『ピンセット』を探しているというのを知られるのはマズい。誉望さんに判断を仰ぎましょう)

 

弓箭は心の中でそう呟くと、軽い様子を装いながら誉望に大事な連絡をする。

 

「誉望さん、今よろしいですか?」

 

〈なんだ、何かあったか?〉

 

「ターゲットを助けた人間。アレは『アイテム』の一員です」

 

〈なんだって?〉

 

誉望が声を上げる中、弓箭はぴったりと二人に張り付きながら通話をする。

 

「朝槻さんと一緒にプールに行った時のこと、覚えていますか? あの時にいた金髪クソリア充です。間違いありません。それに垣根さんからもあの金髪クソリア充については聞き及んでいます」

 

〈……垣根さんに伝える。お前はとりあえず監視を続けろ〉

 

「了解です」

 

弓箭は一定の距離を保って、金髪少女と黒髪少女に気づかれないように尾行する。

その内、弓箭の背中に何かがピタッと張り付いた。

 

『「アイテム」のヤツだな』

 

弓箭の背中に張り付いて垣根の声を再現して発したのは、垣根が未元物質(ダークマター)で造り上げた人造生命体群のカブトムシ、通称『帝兵さん』だ。

弓箭はその存在を知っており、近付いてくる気配もあったので、特に驚くことなく薄く頷く。

 

「ええ、垣根さん。どうしますか? ここで仕留めますか?」

 

『……ちょっと待て、あの「アイテム」の隣を歩いてんのがターゲットか?』

 

弓箭の背中にカブトムシを張り付けて視界が確保されていないが、垣根は他のカブトムシによってターゲットとターゲットを助けた金髪少女を確認していた。

垣根が本当にアレがターゲットなのか、と確認してくるので弓箭は肯定する。

 

「はい。あの黒毛です。間違いありません」

 

『撤収。戻れ』

 

「理由をお聞きしても?」

 

弓箭が即座に判断した垣根に問いかけると、垣根は簡潔に説明する。

 

『あれは御坂美琴経由で仲良くなった真守の友人だ』

 

「……分かりました、早急に撤退いたします」

 

弓箭は垣根の指示に従い、くるっと方向転換する。

 

(朝槻さんのお友達であれば何か情報を持っていても、朝槻さんの名前を出せば情報を引き出せます。……それに朝槻さんのお友達であれば、これ以上危険にさらすわけにはまいりません)

 

そこで弓箭は尾行されていると気付いていない金髪──フレンダ=セイヴェルンを感じながら笑う。

 

(……命拾いしましたね、金髪。ですがすぐに会うことになるでしょう。……その時は必ず死合いましょうね)

 

弓箭は獰猛な笑みを浮かべて、自身の首にかけている真守から貰ったホイッスルを手で触る。

そして彼女と戦うことを夢見て、その場を去った。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

弓箭が第八学区のとあるビルの最上階、『スクール』のアジトに戻ってくると構成員が全員集まっていた。

 

「『アイテム』に感づかれましたかね?」

 

誉望が頭に土星型のゴーグルを取り付けたまま垣根に問いかけると、垣根はカブトムシ越しに楽しそうにおしゃべりをしている佐天涙子とフレンダ=セイヴェルンの会話模様を聞きながら、胡乱げな瞳でアンニュイさを醸し出しながら答える。

 

「いや……そんな様子はねえな。どうもあの二人はただの友人で、フレンダ=セイヴェルンは佐天涙子をなし崩し的に助けたらしい。……っつーか、なんで佐天涙子が『ピンセット』の情報持ってんだよ、どういうことだ」

 

カブトムシと接続している時、垣根がそんな陰のある色男の雰囲気になってしまうのを『スクール』の構成員たちは知っている。

そのため誉望はそれについては気にせず、それでも顔をしかめて垣根を見た。

 

「すみません。『FUKIDASHI』で確認できた確度の低い『ピンセット』の情報だったんですが、確度が低いと言っても情報を収集しなければならないと思いまして。……(しらみ)潰しにしていかなければ、朝槻さんに辿り着けないですし……」

 

「いいや、別に責めちゃいねえよ。ただ運が悪かったって話だ」

 

真守の友人を危険な目に遭わせてしまい、垣根の怒りに触れてしまったかとびくびくする誉望に、垣根は軽い調子で告げる。

 

本当に運が悪いのだ。数あるインディアンポーカーから、よりにもよって自分たちが探している『ピンセット』に近いような技術を佐天涙子は手に取ってしまったのだから。

 

「何があろうと、おまえたちのおかげで『ピンセット』の情報が集まった。いまどこにあるかは不明だが、近日中に霧ヶ丘女学院近くにある施設で使用されるのは確かなソースだ」

 

垣根はテーブルの上に置かれている色とりどりのインディアンポーカーを見つめながら告げる。

インディアンポーカーは使い捨てなので、既に誉望にスキミングしてもらって複数確保してある。

その一枚を手にしながら垣根は『スクール』の構成員に声を掛ける。

 

「後はタイミングだが……まあなんとかなるだろ。適宜(てきぎ)計画は修正すりゃいい。誉望、お前にカブトムシ(端末)を預ける。アレで他の暗部組織の動きを調べろ。当日は引っ掻き回すことになるからな」

 

「はい」

 

心理定規(メジャーハート)は引き続き『ピンセット』関連や真守に関して情報を集めろ。弓箭はここで源白と林檎の護衛だ」

 

「ええ」「はい」

 

垣根が次々と指令を出すと、三人はそれぞれ行動を開始するためにその場を後にする。

垣根は誰もいなくなった部屋でふーっと息を吐く。

 

今頃真守はどうしているだろうか。

そこまで考えて、垣根は非道な扱いを受けてるに決まっていると結論付ける。

だがこうして真守を取り戻すための準備は着々と進んでいる。

 

垣根は(はや)る気持ちを抑えて息を吐くと、少し仮眠をしようと他の部屋に向かった。

 

 




弓箭ちゃん、死亡エンドを回避しました。
真守ちゃんという大切な人がいますから、『スクール』の構成員全員、原作よりも慎重に動いています。
まあここで弓箭ちゃんがリタイアしそうになっても、垣根くんは真守ちゃんが弓箭ちゃんを大切にしているので絶対に助けるんですが。
そういうわけで垣根くんは原作と違って『スクール』のことを大事に扱っています。
そもそも暗部抗争に身を投じる理由が違いますし、深城にも必要最低限のダメージでなんとかすると言っているので、『スクール』構成員の生存確率は凄まじく上がっております。



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第一二九話:〈現状報告〉はおふざけと共に

第一二九話、投稿します。
次は一二月二八日火曜日です。


「C文書?」

 

垣根は『スクール』のアジトの中で怪訝な声を上げる。

 

通話をしている相手は土御門元春。『グループ』の構成員でアレイスターが飼っている学園都市側の魔術師。

その所属はイギリス清教であり、イギリス清教にも情報を流している事から土御門は多角スパイとして活動している。

多角スパイと言っても土御門元春は大切な義妹が学園都市所属なため、学園都市の有利に働くように動いている。

義妹を裏切る行為を、土御門は絶対にしない。

 

〈正式にはDocument of Constantine。C文書は十字教を初めて公認したローマ皇帝、コンスタンティヌス大帝が記したものだにゃー〉

 

「十字教の最大トップはローマ教皇で、ローマに住んでる人間は全員ローマ正教に従えっていうモンだな。ローマ正教にとって胡散臭ぇぐらい有利な証明書だが、それがどうした?」

 

垣根がつらつらと頭に叩き込んでいる十字教の歴史について触れると土御門がおお、と感心したような声を出した。

 

〈それくらいは既に履修済みか、流石ていとくん。そのC文書が実は霊装なわけだぜい。まあ色々胡散臭い話はあったが、霊装としての力はその胡散臭い話程度のものじゃなかったんだよ〉

 

「……その効力は?」

 

垣根は何度言っても『ていとくん』呼ばわりしてくる土御門に観念して、話を進める。

 

〈「ローマ正教の発言全てが『正しい情報』になる」っていうものだぜい〉

 

「何だと?」

 

垣根はその効力に眉をひそめる。

つまりローマ教皇が『○○教は治安を乱す人類の敵だ』とした場合、ローマ正教徒にとってそれが真実となってしまい、途端に敵対してしまうというものだ。

物理法則を変えてしまうわけではなく、あくまで『教皇さまのいうことだから間違いない』という程度に認識を塗り替えるものである。

だがそれでも使い道は十分にある。

 

「各国で起こってる暴動はC文書が原因で、学園都市のヤツらは悪い連中だって認識させられちまったってことか?」

 

ここ数日、世界中では学園都市に対してのデモ活動が活発になっており、それで負傷者が多数出てきている。

今もニュースは暴動ばかりで、暴動が起き過ぎていてどれが最新に起こったのか分からなくなっているくらいだ。

 

〈ああ。というわけで俺とカミやんはちょっくら行ってくるぜって話だぜい〉

 

「それを俺に話して何になんだよ」

 

垣根が最初から最後まで蚊帳の外な自分に話をしてきた土御門に不審な感情を向けると、土御門はそこで声をひそめた。

 

〈ぶっちゃけこれは建前だ。……朝槻についてちょっと聞きたくてな〉

 

「……その言い分だと、やっぱりお前も真守の居場所については分かってねえんだな?」

 

垣根が問いかけると、土御門はそれに頷く。

 

〈どうやら統括理事会も知らないみたいなんだ。統括理事会の一人に直接聞いたから間違いない。……アレイスターはどう頑張っても朝槻を手中に収めておきたいらしいな。お前の方で何か掴んでないかと思ったが……まあ、難しいか〉

 

(やっぱ統括理事会のヤツらも知らねえのか)

 

垣根は心の中でそう呟く。

真守の居場所は統括理事会のデータベースにも載っていない。

しかも各方面で真守を探す動きが活発になってきていて、誰も彼もが真守の居場所が分からない状態だ。

アレイスターの一番近くにいる魔術師である土御門も知らないとなると、真守の情報は本当にアレイスターの独自情報網である『滞空回線(アンダーライン)』にしかないことになる。

 

「こっちだって何も考えてないワケじゃない」

 

垣根は顔をしかめながらそう告げて、土御門のバックについて考える。

土御門元春は『グループ』の構成員だ。『グループ』も統括理事会直轄の暗部組織なため、自分たちが真守を取り戻すために『ピンセット』を求めたら必ず戦うことになるだろう。

真守のためだと言えば彼らもひるむから、敵対勢力としてそこまで気にしていない。

だが彼らも暗部組織としてやっているため、こちらが動けば本気で潰しにかかってくるだろう。

 

「……ッチ。共闘した件と真守の友人っつーことで忠告しておく。俺は真守を取り戻すことに一切の容赦はしない。この意味が分かるか?」

 

知り合いだからこそやりづらいと判断した垣根だったが、それでも譲れないものがあるとして土御門にそう問いかける。

 

〈分かるさ。俺だって守りたいものがあるからな。だからこそ言っておく。俺も容赦はしない。……それでも協力できることなら協力してやる〉

 

土御門も垣根の気持ちを受け取って、苦笑しながらも協力を申し出た。

結局二人は一緒なのだ。

絶対に譲れないものがあるから、それのために戦っている。

垣根は気に入らないがそれを今一度認識して、そして鼻で嗤った。

 

「スパイの言うことなんて信じられるかよ」

 

〈まあ信じなくてもいいにゃー。ところで、朝槻の自宅に朝槻に関するものを送っておいたから回収よろしく頼むぜい〉

 

垣根があざ笑うと土御門が爆弾発言をするので、垣根は驚愕して声を大きくする。

 

「は!? テメエやっぱ信用ならねえ、真守に関してちゃっかり掴んでんじゃねえか!」

 

〈ハハハ。土御門さんを甘く見たらいかんぜよ。てなわけでじゃーなー〉

 

そこでブツッと土御門は通話を切る。

 

「真守の自宅だと? ……カブトムシ(端末)に回収させるか」

 

垣根は真守の自宅の近くにいるカブトムシに指示を出して、現場に急行させた。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

(インディアンポーカー?)

 

垣根は土御門から受け取った真守の手がかりがインディアンポーカー数枚だと知り、一枚を手に取って怪訝な表情をする。

茶封筒の中には手紙も入っていたが、インディアンポーカーを確認してから見るように、と指示が書かれていた。

インディアンポーカーは自分の技術を他社に継承させるアイテムだが、その用途は様々だ。

『ピンセット』についての情報もインディアンポーカーに記載されていたし、バカにならない。

 

(都市伝説の中には『学園都市が絶対能力者(レベル6)を生み出した』だの『願いを絶対に叶えてくれる能力の神さま』やら『歯車で音楽を奏でたらいい事が起こる』とか真守に関するもので溢れてる。その類だと思うんだが……)

 

垣根は自分が手に持っているインディアンポーカーを見つめて、心の中で呟く。

 

(まあなんにせよ、アロマ成分を解析したところで夢の内容が分かるわけじゃねえし、使ってみるしかないだろ。誉望捕まえて複製させたし)

 

垣根は複製されたインディアンポーカーを視界の端に捉えながらそう考えて、ベッドに横になる。

そしてペリペリとインディアンポーカーの表面のフィルムを剥がしてアロマ成分を揮発させると、インディアンポーカーをおでこに載せて目を閉じる。

 

ここ最近真守がどうなってるか心配であまり深く眠れていない垣根は、すぐに浅い眠りへとついた。

 

 

 

────……。

 

 

 

垣根はどこかの学生寮の一室の前に立っていた。

 

(ここ、どこだよ。つーかなんで俺は真守の学校の男モノの冬服着てんだ? いったいコレの何が真守に関することなんだよ)

 

垣根は内心でそう怪訝に思いながらもドアを見つめる。

何の変哲もない学生寮の一室の扉。

この中にはワンルームが広がっている事だろう。

 

(夢の中で考えてても仕方ねえか)

 

垣根はそこでため息を吐いてドアノブに手を掛けた。

そしてゆっくりと開けて中に目をやると──。

 

 

『にゃあ。ご主人、おかえりにゃさいっ!』

 

 

そこには黒い猫耳と尻尾が直に生えている真守が立っていた。

 

『!?』

 

ダウナー声ながらも甘ったるい声を出して微笑む真守に、垣根は固まる。

固まるしかないのだ。

何故なら真守はきわどいビキニ風のメイド服を着込んでおり、形の良い、ほどよい大きな胸は大事なところ以外ほぼ見えているし、薄い腹は丸見え。

腰には超ローなフリフリのエプロンが付いたスカートを履いており、少し動けば中に穿いているビキニのパンツがちらちらっと見えてしまう。

 

『お外は今日雨だったのかにゃ? ご主人の体から雨の匂いがするぞ』

 

そんな真守は垣根に近づいてスンスンと鼻を鳴らし、尻尾をご機嫌にふりふりと動かす。

どっからどう見てもエロい真守に垣根が固まっていると、真守が寂しそうに小首を傾げた。

 

『ご主人? どうかしたか? いつもみたいに真守をぎゅーってしてくれにゃいのか?』

 

真守が物欲しそうに見つめてくるので、垣根は(うめ)きながらもそっと真守を抱きしめる。

その抱き心地がいつもの真守で、垣根は少し悲しくなり切なくなってしまう。

だが久しぶりの真守の抱き心地に胸が満たされて、優しくギューッと真守を抱きしめた。

 

『にゃあ。えへへ。真守、ご主人にぎゅーってしてもらうの、だいすきだぞ?』

 

真守が幸せそうに微笑むので、垣根はちょっと泣きそうになる。

こんな夢を誰が見たのかとか、色んな意味で。

 

『……真守、その猫耳と尻尾は?』

 

垣根は先程から嬉しそうにふりふりと動かしている尻尾と、ぴこぴこ動く猫耳が気になって真守に訊ねる。

 

『? どうかしたかにゃ?』

 

『いや、どうって……生えてんぞ』

 

『生えてる??』

 

『つーか本当に生えてんのか? 学園都市製の脳波検知で動いてんじゃねえの?』

 

真守が自分の腕の中で小首をかわいく傾げるので、垣根は真守を抱きしめたまま、興味本位で真守の背中に回していた手で尻尾を引っ張った。

 

 

『ふみゃあっ!? し、尻尾つかまにゃいでっ!!』

 

 

その瞬間真守が大声を上げて叫んだので、垣根はビクッと体を跳ねさせ、可愛いリボンが付け根に結ばれている真守の尻尾を慌てて離す。

 

尻尾を掴まれたことで感じてしまった真守は尻尾をへにゃんと垂れ下げて、そして猫耳をぴこぴこぴこぴこ痙攣させるように動かす。

 

『……んんっ……ご主人、耳と同じでそこは敏感だって分かってるだろぉ……どうしていじわるするにゃあ……っ』

 

そして真守はぐすっと鼻を鳴らし、涙目で垣根を上目遣いで見つめて、とろとろとした甘い声で抗議してくる。

 

一体、これのどこが消えてしまった真守に関する情報なのだろうか。

 

(いや、待て……土御門のバカは真守に関するものとしか言ってなかったな……っついーことはまさか俺を(よろこ)ばせるために……っ!?)

 

『……にゃあ。ご主人、なんかちょっと変だぞ? 外で何かあったのかにゃ?』

 

垣根が土御門へと怒りを(つの)らせていると、垣根の腕の中で真守は寂しそうな声を上げる。

そして悲しみの感情が現れて、尻尾をしょぼんとしならせる。

 

『いや、……真守、なんでもねえから』

 

『……ご主人が言いたくにゃいのなら言わにゃくていいぞ。でも真守はいつだってご主人の味方だからな。いつも頑張っててご主人はえらいにゃ』

 

真守が柔らかな微笑みを浮かべて垣根の胸にすり寄る。

あれはポルターガイスト事件の時だったか。

あの時も真守は自分のことを『傷を背負ってても頑張って進んでいるのが偉い』と言っていた。

どうやらこの夢を見た人間は真守のことをよく理解しているらしい。

 

『イイコ、イイコ~』

 

でもなんか少し違う気がする。

前に自分の頭を撫でてくれた時と撫で方が違うし、そもそも真守は自分からふくよかな胸をこんなにエロく押し付けてなんか来ない。

 

『えへへ。ご主人の匂い、上品な香りがして真守、だいすきだにゃ』

 

垣根がやっぱりこれはフィクションか、と少し悲しくなっていると、背後でガチャッと扉が開いた音がした。

 

『にゃーていとくん、遊びに来たぜいっ!』

 

『土御門!? テメエ、一体これはどういうことだ!!』

 

垣根はバターンと扉を豪快に開けて、でれっでれの顔をして登場した土御門を睨みつける。

 

『おっ。なんだ、真守いるじゃねえか。よしよし、土御門さんが撫でてやるにゃー』

 

だが土御門はそんなことを気にせずに、垣根の腕の中にいる真守をあろうことか名前で呼んでそっと手を伸ばしてくる。

 

『フシャーッ!! ご主人以外は触るにゃっ! 八つ裂きにして消し飛ばす!!』

 

真守はそれを見て牙を剥くと、タシッと猫パンチを繰り出して土御門の手を叩き落とし、垣根の胸の中にいっそう(もぐ)り、土御門を威嚇する。

 

『相変わらずていとくん大好きだにゃー。ウチの舞夏は誰にでも服従しちまうのに。これだけ独占欲強めの飼いネコメイドも乙なものだぜい』

 

土御門は警戒心マックスの真守を見て、やれやれとため息を吐く。

垣根が呆然としている中、真守はぎゅうぎゅうといろいろなところを垣根に押し付けながら縋りついてくる。

 

『ご主人、早く追っ払ってくれにゃ! こいつは舞夏という飼いネコメイドがいるにも関わらず、人の飼いネコメイドにまで手ぇ出してくる不届きものにゃ! 今度井戸端ネコメイド会議で舞夏に言いつけてやるからにゃあっ!』

 

『何を──っ!? 全世界のネコメイドを愛しく思わない人間なんて男じゃないぜいっ☆』

 

『お前は全世界のネコメイドの敵にゃっ! それに真守はご主人以外に触られるにゃんて絶対に嫌だっ! ご主人、助けてっ! 早くあの不埒物を追い払ってほしい!! 真守のお願い、聞いてご主人っ!』

 

『……か、』

 

ぎゃあぎゃあと二人の言い合いを聞いていた垣根は思わず言葉を(こぼ)す。

 

 

「飼いネコメイドってなんだぁ──!!」

 

 

垣根は思わず叫びながらバッとベッドから飛び起きる。

その瞬間、おでこに載っていた使用済みのインディアンポーカーが宙を舞った。

 

「あ、あいつぶち殺す……!!」

 

垣根は土御門のバカを思い出し、肩で息をしながら殺意を(たぎ)らせる。

そして垣根は後数枚、封筒に入れられていたインディアンポーカーを睨みつける。

 

「なんつー真守の夢を見てんだよ! 真守を食い物にしやがって!!」

 

垣根は怒りを(あら)わにしながら、土御門から『インディアンポーカー見たら読むべし』と書かれた手紙を手に取った。

 

『少しは肩の力抜けたか? ちなみにこれは天賦夢路(ドリームランカー)っつーインディアンポーカーのランク付けでSランカーの地位を持ってるヤツに特別に作ってもらった逸品だぜ☆ あと付け加えとくと、コレ作ったヤツはお前が朝槻の彼氏だって知ってるから他の人間に朝槻のインディアンポーカーだけは渡すことはしないって誓ってたにゃー。よかったな☆』

 

どうやら土御門なりに垣根を気遣ってのことらしいが、垣根は土御門からの手紙をぐしゃっと握り潰す。

 

「あの野郎……なんで慰め方面がなんでエロ直結なんだよ!!」

 

そこで垣根は怒りを込めて叫びながらも、大変な事に気がついた。

 

(……待て。真守のインディアンポーカーだけは渡さないって……? これを作れるヤツは他の人間のも作ってそれはちゃっかり頒布(はんぷ)してるってことか……!?)

 

ヤバい。色んな意味でヤバい人間が学園都市で猛威を振るっている。

 

(……まあ、真守のが出回ってないならいいか。……いやいやよくねえな。もしかしたらこれ作った人間以外に真守のエロい夢作ってるヤツがいるかもしれねえ!!)

 

垣根はこめかみに青筋を立てながら、ヂヂヂィッと空間を震わせるほどの殺意を込めて宣言した。

 

「ぶっ潰す!!」

 

ちなみに(くだん)のインディアンポーカーを作ったSランカーが真守のクラスメイトである青髪ピアスであることを、垣根はまだ知らない。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

深城は『スクール』のアジトの一室に入り、そこに横たわっている自分の本体である一二、三歳の髪の毛を櫛で綺麗に()かしていた。

 

真守を取り戻すまで深城と林檎は自分たちと一緒にいた方がいいと垣根は考え、深城の成長が停まった本体の体を安置できる一室を整えてくれたのだ。

 

いつもは真守が深城の本体の世話をしていたが、真守がいなくなったことで誰もする人がいなくなってしまったから、深城は自分の体の世話をしていた。

 

だが、本当は世話なんかいらないのだ。

深城の本体はいつだって完璧で健康な状態を保ち続けているし、真守は深城のそばから離れたが、それでもきちんと深城の本体にエネルギーを送り続けている。

 

(真守ちゃんと私は繋がってる。でも、私は真守ちゃんから力を受け取る側だから、真守ちゃんの居場所は分からない。……私にも、真守ちゃんみたいにエネルギーを送り込める力が少しでもあったら、真守ちゃんの居場所が分かるのに)

 

考えても仕方ないことを深城は考えながら、自分の白桃色の髪の毛を綺麗にしていた。

 

「源白、ここにいたのか」

 

「垣根さん」

 

深城が自分の髪の毛を整えていると、そこに垣根がやってきて深城は顔を上げた。

 

「んー?」

 

だが深城が自分の顔を見上げたまま首を傾げたので、垣根も怪訝になって問いかけた。

 

「どうした?」

 

「垣根さん、何かあった? なんだか真守ちゃんがいなくなった理由とは別の理由で疲れてる感じがして……」

 

「な、なんでもねえよ」

 

垣根は深城の問いかけに思い切り目を()らす。

 

言えない。

先程男の夢とロマンがたっぷり詰まったインディアンポーカーで、真守のちょっと際どい夢を見てしまったなんて決して言えない。

たとえ土御門に騙されたと言っても、正直に言うのは絶対にマズい。

 

「? そう。ならいいんだけど。あんまり根詰めると真守ちゃん取り戻す前に疲れちゃうよ?」

 

深城は()に落ちないながらも深く突っ込んではいけないと思ってそう告げると、垣根はあからさまに気まずそうにしながらも頷く。

 

「分かってる。つーか、前から聞きたかったんだが」

 

「うん?」

 

深城は垣根に声を掛けられて垣根を見上げると、垣根はちらっと深城の本体を見ながら告げる。

 

「自分の本体見ても、お前は何も思わないのか?」

 

「……もう慣れちゃった、って言うのがいいかな」

 

「前は嫌だったのか?」

 

自分の言葉に垣根が繰り返し訊ねてくるので、深城はふるふると首を横に振った。

 

「別に嫌じゃないよ。ただ真守ちゃんがあたしの本体を見て悲しそうにしていたのが嫌だった。……真守ちゃんのせいじゃないのにね。あたしが真守ちゃんに言ったのが悪いんだよ。『死にたくない』って」

 

「……それでも、お前がいたから真守は一人じゃなかった」

 

「そうだね。でも色々と考えちゃうんだよ。仕組まれてたのかなって」

 

垣根の言葉に深城は寂しそうに笑って、今までなんとなく感じていたことを吐露した。

 

「なんでだ?」

 

当然の如く垣根が訊ねてきたので、深城は自分の髪の毛を一筋(すく)いながら呟く。

 

「だって色々と都合よすぎるでしょ。そう思っちゃうじゃん。……でも、多分。一つ一つはそこまで仕組まれたことじゃないんだよ。そうだな……なんて言うんだろう。色んな事件を全部利用して、突き進もうとする人の意志を感じるなあ」

 

「……アレイスターか?」

 

垣根はこの学園都市を作って『計画(プラン)』を遂行しているアレイスターの名前を出して問いかける。

深城は垣根の言葉に頷いて、そして目を鋭くさせて告げた。

 

「そぉだね。あの人は本当に怖いよ。全てを憎んでる感じがするもん」

 

「憎む?」

 

「なんとなくね。あの人はどこまでも『人間』だよ」

 

深城の言葉を聞いて垣根はアレイスターのどこが人間なのかと考えていると、深城は寂しそうに眉をひそませて告げる。

 

「あの人からは憎くて憎くて全てを壊したいって思ってる感じがするよ。いつかの真守ちゃんのように。そして、少し前までの垣根さんみたいなね」

 

「……それでも、真守をあいつが良いように使っていいって理由にはならねえ」

 

深城の言葉を訝しみながらも垣根が呟くと、深城はそれに同意して頷いた。

 

「そうだよ。それで人を傷つけていい理由にはならないから。……でも、あの人の憎悪は世界を切り裂くよ。それこそ、ばっさりとね」

 

垣根は深城の言い分を聞いて黙る。

源白深城は人間に関して勘が鋭いところがある。

深城がそう思うのであればアレイスターはそういう『人間』なのだろう。

 

それでも大切な存在である朝槻真守をくれてやるつもりはない。

 

垣根は深城と今日の夕食の話など業務的な連絡をしてその場を後にした。

 

真守を取り戻す戦いへと、戻っていった。

 




シリアスな場面をぶち壊しですが、インディアンポーカーで真守ちゃんのエロい夢を見る垣根くんがどうしてもやりたかった……。
閑話休題としてお楽しみください。

それとこの時点で、青髪ピアスは食蜂ちゃんに記憶を改ざんされていますが、記憶を改ざんされたとしてもインディアンポーカー自体が無くならなければ同じことを繰り返します、きっと。欲望のままに動いていますので。
そのため懲りずにドッペルゲンガー事件が収束するまでインディアンポーカーで遊んでいると思います。

とある高校の学ラン着た垣根くん……(ぼそっ)。



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第一三〇話:〈奪還作戦〉は幕開けて

第一三〇話、投稿します。
次は一二月二九日水曜日です。


一〇月九日。

学園都市が日本から『独立』した記念の祝日。

 

垣根帝督は日の出前にはもう起きていた。

『スクール』の構成員たちはまだ起きていない。だが朝が来ればすぐに準備を始めることだろう。

 

昨日の夕方から夜にかけて、学園都市はC文書を巡ってフランスのアビニョンに駆動鎧(パワードスーツ)部隊を出撃させた。

そのため学園都市は現在、自衛戦力が疎かになっている。

 

これは垣根たち『スクール』にとって好都合だった。

何故なら今日、真守を取り戻すための作戦を決行する予定だったからだ。

 

(まずは親船最中の暗殺未遂事件を起こす。学園都市にとっての最重要人物が襲われたとなれば、あらゆる場所の人員がそっちに割かれて重要施設の警備が手薄になる。……もちろん『ピンセット』がある素粒子工学研究所の警備もだ)

 

垣根はそこまで考えて眉をひそめる。

親船最中とは統括理事会の一二人の一人で、真面目に働いている方に分類される善人だ。

その証拠に、親船最中は土御門元春とコンタクトを取ってアビニョンに上条当麻と土御門元春を送って、統括理事会の総意に反して事態を早急に収束させようとした。

 

それに土御門元春が朝槻真守の居場所を統括理事会が把握していないか知る手立てとして、直接話を聞いた人間がおそらく親船最中だ。

今日の暗殺未遂の現場に使われるのだって、彼女が学園都市の子供たちに選挙権を与えるための講演であり、彼女は本当に学園都市の子供たちの事を考えている。

 

おそらく絶対能力者(レベル6)進化(シフト)した真守のことも一学生として考えてくれるだろう、と垣根は感じていた。

だが統括理事会において最も必要のない人材は彼女だから、警備が手薄になっているし、暗殺未遂事件が起こったとしても個人で暗部組織を持っていない彼女は犯人を追おうとするのに時間がかかる。

だからこそ親船最中なのだが、真面目に子供のために働ける統括理事会のメンバーは貴重なので、親船最中は最初から殺さない手筈となっている。

そういう風にカブトムシにも垣根は命令を出しているし、垣根はこの戦いで真守のために死人を出そうとは思っていなかった。

 

親船最中の暗殺未遂で素粒子工学研究所の警備を手薄にするのは、保険であり餌である。

必ずこの餌に食いついてくる暗部組織がいる。

それを叩けば、『ピンセット』を手に入れて真守を本格的に助けに行く時、邪魔をしてくる者たちを排除できる。

十中八九『アイテム』だろうが、次に可能性があるのは『グループ』だ。

だが『グループ』の構成員である座標移動(ムーブポイント)、結標淡希が『ブロック』に狙われているので、『グループ』は『ブロック』と対決することになるだろう。

 

暗部組織にはもう一つ『メンバー』と呼ばれる組織があり、あそこは統括理事長の命令しか聞かない生粋の犬だ。

おそらく『滞空回線(アンダーライン)』でアレイスターが情報を与えて絶対に邪魔しに来る。

もしかしたら『ブロック』の方に行くかもしれないが、戦力を分断して『スクール』も同時に潰しにかかってくるかもしれない。

戦力を分断するとなると手数が少なくなるが、そこは『滞空回線(アンダーライン)』という非常に厄介な情報網により大きなアドバンテージを持っているため、大きな戦力ダウンにはならないと予測できる。

 

(なんにせよ、厄介なのは能力追跡(AIMストーカー)だ)

 

垣根はテーブルの上に置いてある『アイテム』の構成員四人の写真を見つめながら、心の中で呟く。

 

『アイテム』の構成員は全部で四人。

林檎と同じで『暗闇の五月計画』出身の大能力者(レベル4)窒素装甲(オフェンスア-マー)の絹旗最愛。

超能力者(レベル5)第五位の原子崩し(メルトダウナー)、麦野沈利。

無能力者(レベル0)だが、近接戦闘と爆弾を使う事に慣れているフレンダ=セイヴェルン。

そして垣根が一番危険視しているのは、大能力者(レベル4)能力追跡(AIMストーカー)の滝壺理后だ。

 

能力追跡(AIMストーカー)とは、一度記録したAIM拡散力場の持ち主を太陽系外に出ても追い続けることができる能力だ。

真守も流動源力(ギアホイール)によってAIM拡散力場の特徴から能力を把握するという探査の方法を持っていたが、滝壺理后はこれの専門といったところだ。

 

滝壺理后にどこまでも追いかけられたら真守を取り戻すどころじゃない。

そのため滝壺理后は絶対に潰さなければならない。

 

(まあ、潰すっつっても殺したら元も子もねえ。せいぜい行動不能の重傷を負わせちまうくらいだがな)

 

垣根帝督は朝槻真守のために、最低限の犠牲でこの戦いを終わらそうと思っている。

そうしなければ人殺しを嫌がっていた真守に顔向けできないからだ。

 

真守のために殺しをしたなんてことになったら、真守がたとえ人間でなくなっていたとしても自分は朝槻真守のそばにいる資格がないと、垣根帝督は思っている。

真守が人でなくなっても、殺しなんてもうどうも思ってないとしても、真守に何も背負わせたくない。

それが垣根の本心だった。

 

(なんにせよ、真守をこの手に取り戻したら全てが丸く収まる。その時に能力追跡(AIMストーカー)が回復してようが、統括理事会はもう俺たちに手は出せなくなる)

 

垣根はカーテンの隙間から薄く光が差し込んできた外を見つめた。

 

今日で、この苦しかった数日間を終わらせて真守を取り戻す。

苦しい数日間が終わったとしてもここからが戦いだ。

何故なら、取り戻した真守を守り抜くための戦いが始まるのだから。

 

だが、今日までよりかは苦しくない。

真守が手の中にあるのだから、そんなこと苦にならない。

一番苦しいのは、真守が自分の手の届かないところで一人でいることだからだ。

 

「……そばにいく。約束は必ず守る」

 

垣根は首から下げている指輪を握って呟く。

今日一日で終わらせる。

垣根はそう決意して、気持ちを切り換えようとシャワーを浴びに行った。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

「この箱がそうね?」

 

「ああ」

 

垣根帝督は心理定規(メジャーハート)に確認されて、目の前の円筒形のガラス装置に入れられた正方形の金属体を見つめながら頷く。

親船最中暗殺未遂は成功した。

目論み通り、素粒子工学研究所の警備は手薄になり、こうして目の前に垣根帝督たち『スクール』が求めるモノが置かれていた。

 

「超微粒物体干渉用吸着式マニピュレータ。通称『ピンセット』。原子より小さな素粒子を掴む機械の指。コイツを使って、」

 

垣根はそこで言葉を止めて片眉を跳ね上げさせ、ポケットに手を突っ込んだまま視線を後ろに()らす。

 

「来たぞ。予想通り、『アイテム』だ」

 

「先行しますか?」

 

垣根が自身で造り上げた人造生命体であるカブトムシの包囲網に引っかかった暗部組織、『アイテム』を周知すると、近くにいた誉望が臨戦態勢で訊ねる。

その隣にいた弓箭猟虎は胸元から下げたホイッスルに触れており、戦う気合は十分だった。

 

「そうだな。やるぞ、お前ら」

 

垣根は『スクール』の構成員たちに命令を下し、それぞれ行動を開始した。

 

 

 

────…。

 

 

 

誉望はひらけたホールで、垣根帝督が下部組織へ指示を出し終えるまでの時間稼ぎをしていた。

相手は『アイテム』のリーダー、麦野沈利と守られるよう位置に立っている滝壺理后。

誉望は麦野の原子崩し(メルトダウナー)のビームを地面や壁、柱を使って立体的に動いて避け続ける。

 

「何あの蜘蛛女みてえに立体に動いてんだよ、テメエ!!」

 

(蜘蛛女?)

 

誉望はブチ切れた麦野の怒号を聞きながら顔をしかめる。

 

超能力者(レベル5)がブチ切れているのは確かに怖いが、麦野は照準をつけるのに時間がかかる能力だし、そもそも自分の上司以上に怖い超能力者(レベル5)はいない。

人を簡単に落とす真守も真守で誉望にとって恐怖の対象だが、どちらにせよ目の前でブチ切れている麦野沈利は怖くなかった。

 

生存本能によってセーブされている攻撃を(さば)くのは簡単だ。ただ一つ懸念事項がある。

 

(あのジャージの女が能力追跡(AIMストーカー)。あのサーチ能力は厄介だ。姿を消してもすぐにバレる。だったら、)

 

そこで誉望は念動能力(サイコキネシス)を発動させた。

 

「麦野、何か来る!」

 

滝壺がそう注意した途端、麦野の後方で念動能力(サイコキネシス)の応用によって、誉望が姿を消させたドローンが積んでいた爆弾が爆発した。

麦野は滝壺の注意を聞いて即座に反射的に体を守る。

 

「ガッ!?」

 

だが鋭い爆発のダメージを軽減できただけで、麦野は吹き飛ばされた。

 

(能力追跡(AIMストーカー)。ああいう手合いは勘が良い。それに能力を使用した攻撃だからなんとなく攻撃が予測できるのか)

 

誉望は冷静に分析する。

姿を消したドローンに爆弾を積んで不意打ちをする、というのは真守が誉望に示した可能性だった。

以前、真守が『ドローンや遠隔制御型の機械の姿を消して不意打ちを食らわせればいい』と誉望に何の気なしにケロッと伝えており、誉望はそのアドバイスに従って自分自身を囮にして不意打ちを織り交ぜることによって戦術の幅を広げていた。

 

「……格下が、調子乗りやがってェ……!!」

 

麦野は殺意を込めて誉望を睨む。

 

 

「オイオイ。その格下に華麗に無様にやられてるじゃねえか」

 

 

声を掛けてきたのは、余裕たっぷりで奥から歩いてきた垣根帝督だった。

 

「垣根ぇ……! こんなところで何が狙いよ!?」

 

「お前には関係ねえだろ」

 

垣根が軽い調子で笑って告げると、麦野は歯噛みした。

 

「……いなくなった流動源力(ギアホイール)の手がかりでも探してんのか?」

 

「へえ。なんでそう思うんだ?」

 

垣根が半笑いで余裕を醸し出していると、麦野がブチ切れた。

 

「ここ数日、あの女の尻拭いをさせられてんのよ!! あの女がいなくなった事で、あの女の居場所を探る連中が不穏分子として動いてるから、その削除・抹消を理念としている『アイテム(ウチ)』が!! 対処してやってんのよ!!」

 

「それはご苦労なこったな」

 

垣根が麦野の怒りを鼻で嗤うと、麦野は顔をしかめた。

 

「……お前は『第一候補(メインプラン)』になれなかったのを悔しがってたんじゃなかったの、『補助候補(サブプラン)』。随分な変わり身じゃない」

 

「悪ぃな。俺はもうそのステージには立っちゃいねえ。そんなものに興味はない」

 

垣根帝督は既に、そんなものに執着していなかった。

自分の劣等感を払しょくするために動く必要はない。

 

何故なら唯一無二の大切なものを見つけたからだ。

自分の欲望を満たす必要はもうない。

他のもので満たされることを知ったから。

 

だからこそ。

垣根帝督は再び、その温かな優しいかけがえのないものを得るために、いなくなってしまった朝槻真守を取り戻す。

 

「こっちにも予定があんだよ。ここで潰れろ、『アイテム』」

 

その言葉を最初にして、超能力者(レベル5)第三位と第五位は衝突した。

 

だが二人には圧倒的な差があった。

それは垣根帝督が麦野沈利よりも応用性に富んでいるからという理由や、麦野が垣根よりも下位にいるから、という理由ではない。

 

その理由の前に、圧倒的な壁があった。

 

守るものを持つ者と守るものを持たない者。

 

その時点で、『アイテム』のリーダー、麦野沈利は『スクール』のリーダー、垣根帝督に負けていた。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

フレンダ=セイヴェルンは気絶していたが、全身の痛みによって目を覚ました。

 

(ここって、確か……)

 

親船最中暗殺によって動き出した不穏分子を捕らえるために、自分たち『アイテム』は素粒子工学研究所に来たはずだ。

そして同じ暗部組織である『スクール』とぶつかって戦闘になった。

 

「起きましたかぁ?」

 

そこまで思い出していたフレンダは、ツーサイドアップの髪型の少女が自分に向かって声を掛けて来ているのに気が付いて、顔を上げた。

 

その少女は『スクール』のスナイパーである弓箭猟虎。

自分と戦っていた相手だった。

 

スナイパーである彼女が使う銃は服の中に仕込んでいる狙撃銃だ。

だがこの仕込み銃は右腕が近距離専用、左腕が中距離専用となっており、スナイパーでありながらも弓箭は近距離戦闘を最も得意としている。

爆弾使いでも近距離戦闘が得意な自分とは五分五分の戦力だった。

 

それでもどんどんとジリ貧になっていき、最終的に太ももと右肩、そして左耳をフレンダは弓箭に撃ち抜かれてしまった。

 

だがフレンダ=セイヴェルンも策がないわけではなかった。

フレンダは爆弾を仕込んでいた場所まで後退してそれを一斉に起爆させた。

そしてフレンダ=セイヴェルンは視界を(さえぎ)られた弓箭猟虎に接近した。

弓箭の胸元から服の中に爆弾を仕込み、扉が開いていた部屋へと蹴り入れて爆風から自分の身を守ろうとしたのだ。

 

だがフレンダ=セイヴェルンは冷静な弓箭猟虎に返り討ちにされてしまった。

 

弓箭は視界が確保できなくなると、首から下げていたホイッスルを大きな胸で跳ねさせて口に咥えた。

そしてホイッスルを吹いて音波による広範囲攻撃をして、視界が確保できなくなってどこにいるか分からなくなったフレンダに向けて無差別な攻撃を繰り出したのだ。

 

フレンダはただでさえ視界が悪いのに、目に見えない音波による攻撃を当然として防ぐことができず、そのまま気絶した。

そして撃ち抜かれた四肢の痛みによって意識を取り戻したのだ。

 

弓箭猟虎は無能力者(レベル0)とされていたが朝槻真守と会ってその才能を開花させられていた。

開花といっても、学園都市が切り捨てた能力者なのでそこまで強くない。

それに能力は少しずつ育てるものなため、弓箭の能力である波動操作(ウェイブコンダクター)異能力者(レベル2)止まりだ。

 

だがそれでも武器にならないことはないし、弓箭が異能力者(レベル2)なのには理由がある。

 

波動操作(ウェイブコンダクター)はあらゆる波を操ることができる能力だ。

だからこそ万能でなければ高い強度(レベル)は認められない。

弓箭は波を操ると言っても、音を操ることは得意だが、光を操るのがあまり得意ではないのだ。

 

だからこその異能力者(レベル2)止まり。

そして音波と光波で得意不得意がはっきりするからこそ、学園都市に予算的都合で見放されてしまった能力者だった。

だが音に関してのみ言えば、妹であり、同じ能力を持つ大能力者(レベル4)、弓箭入鹿に引けを取らない。

 

そのため真守から貰った首から下げたホイッスルで吹いた音を操り、超広範囲攻撃を繰り出すのは弓箭の得意とする戦法だった。

 

フレンダは弓箭を自分と同じ無能力者(レベル0)だと考えていたこともあって、能力による攻撃を受けるとは思わなかった。

 

「あ…………あ、」

 

フレンダは自分を獲物だと認識している弓箭に本能的な恐怖を感じていた。

死にたくない。

こんなところで命を落としたくない。

 

弓箭は死の恐怖に震えているフレンダを、ハンターとしての目を光らせながら恍惚としてた表情で見つめていたが、命令を思い出して上司へと声を掛けた。

 

「垣根さぁん、目を覚ましましたよぉ」

 

垣根は『ピンセット』を組み直している誉望を見ていたが、弓箭の声掛けに気づいてフレンダに近づいた。

 

「これは最後通告だ」

 

垣根は心底冷えた瞳で、フレンダを射抜きながら告げる。

 

「これ以上邪魔するなら殺す。殺されたくなかったら二度と俺たちの前に現れるんじゃねえ」

 

垣根の冷たい殺意を受けながら、フレンダは命が惜しくて何度も頷く。

 

「……それにお前、『表』に知人がいんだろ」

 

だが次の瞬間、垣根が妙なことを言い出したのでフレンダは目を瞬かせた。

 

「表で生きていけるならもう二度と『闇』に関わるな。俺は善人じゃない。自分から『闇』に戻ってくるようなヤツを助ける気はねえ。その時は殺してやるから覚悟しやがれ」

 

フレンダは垣根の言葉に顔を真っ青にしながらも頷く。

 

垣根帝督は知っている。

フレンダ=セイヴェルンには真守の友人である佐天涙子という知り合いがいる。

『スクール』の下部組織に捕まった佐天涙子をフレンダは確かに助けたのだ。

 

そこにどんな友情があるか垣根は知らない。

もしかしたらすぐに切れてしまうような縁かもしれない。

 

それでも佐天涙子という真っ当な人間と一緒に笑い合えるならば、フレンダ=セイヴェルンは表で生きていける人間だと垣根は確信していた。

 

「垣根さん。組み直し終わりました」

 

そこで誉望が『ピンセット』をあるべき形にして見せてくるので、垣根は頷いた。

 

「ここにはもう用はねえ。行くぞ、すぐに『メンバー』が動き出す」

 

垣根は既にフレンダから視線を()らしており、『スクール』の二人に声を掛ける。

 

心理定規(メジャーハート)。絹旗最愛は放っておけ。もう十分だ。戻ってこい」

 

垣根は(ひと)(ごと)に聞こえるが、それでも確かにカブトムシを介して心理定規(メジャーハート)に指示を出していた。

 

『スクール』は自分を見逃した。

 

フレンダは命の危険が過ぎ去ってほっと一息つく。

 

(数日、数か月……? 分かんないけど、とりあえずほとぼりが冷めるまでは潜伏するのが上策って訳よ。……でも『スクール』に『アイテム』として目を付けられたから、もう『アイテム』ではやっていけない。でも命があれば、結局どうとでもなるって訳よっ!)

 

フレンダはふらふらと立ち上がって、足を引きずりながら素粒子工学研究所を後にする。

 

フレンダ=セイヴェルンのことを垣根帝督は見逃した。

だが裏切る彼女を見逃さない人間がいる。

 

彼女の仲間である『アイテム』のリーダー、麦野沈利。

裏切り者を、彼女が許すはずがない。

 




『スクール』の構成員全員が生き残りました。祝。
……と、言いたいところですが、最後に少し不穏なところが。
明日の更新をお待ちいただければ幸いです。



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第一三一話:〈理想先駆〉は助言をし

第一三一話、投稿します。
次は一二月三〇日木曜日です。


浜面仕上は廃墟となったビルで一人震えていた。

彼は武装無能力集団(スキルアウト)だったが、とある任務に失敗して『アイテム』の下っ端として働くことになった。

『スクール』が襲った素粒子工学研究所へ『アイテム』の構成員を送り届けた次の仕事は、遺体の焼却処分だった。

 

ただの遺体ではなかった。

浜面は中身を見てしまったのだ。

正確には、焼却処分を言い渡してきた麦野沈利に見せられたと言った方が正しかった。

 

 

浜面が見せられたソレは、変わり果てた姿をしたフレンダ=セイヴェルンだった。

 

 

『ああ、見ちゃったの。あんたも「アイテム(わたし)」を裏切ったらそうなるから』

 

麦野から放たれた言葉によって浜面は震えが止まらない。

ただただ目の前にある実験動物廃棄用の電子炉を体を震わせて見つめるしかできない。

その中で、三五〇〇度の熱によってDNA情報すら破壊されて燃えていくフレンダ=セイヴェルンを見つめる以外何もできない。

麦野は味方だろうが容赦しない。

ただただ裏切ったら殺されて、全て焼かれて消えていく。

 

「はまづら」

 

そこで浜面は背後から名前を呼ばれてビクッと震えた。

ゆっくりと振り返ると、そこには『アイテム』のメンバーである滝壺理后が立っていた。

 

「……あ、」

 

なんて言えばいいのだろう。いや、言えないに決まっている。

麦野沈利が仲間であるフレンダを『粛清』して、そして自分は麦野に反抗して殺されるのが怖くて、仲間の死体を焼いているなんて口が裂けても言えない。

 

「はまづら。どうしたの?」

 

浜面は滝壺から目を()らしてガタガタと震える。

力があったとしてもなかったとしても、あの超能力者(レベル5)には勝てない。

 

「……人の命ってなんなんだろうな」

 

浜面の口からそんな空虚な言葉が(こぼ)れ落ちた。

 

「俺たちの命って……一体何なんだろうな。学園都市は何考えてんだろうな。なんでこんなに命が安くなっちまったんだろう。……なんで……」

 

浜面の情けない声を聞いても、滝壺理后は何も言わなかった。

ただ自身の命の軽さ、そして他の人間の命の軽さに震えているしかない浜面を、ただじぃっと見つめていた。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

(『メンバー』の追撃はなし。やっぱ『滞空回線(アンダーライン)』をアドバンテージにして人員を()いたか。『グループ』と『ブロック』の方も争ってるみてえだし、こっちはすぐに終わらせるか)

 

垣根は『アイテム』のアジトがある第三学区の個室サロンの中を堂々と歩いていた。

カブトムシという学園都市を網羅する独自ネットワークがある今、『アイテム』がどこにアジトを構えていようが、見つけることなど垣根には造作もないことだ。

目的のVIP室まで向かうと、垣根は一息ついて扉を蹴り破った。

 

未元物質(ダークマター)……!!」

 

中でくつろいでいた麦野沈利が自分のことを憎たらしそうに呼ぶ。

その(かたわ)らには絹旗最愛と目的の滝壺理后、そして『アイテム』の構成員ではない男が一人いた。

 

「名前で呼んで欲しいもんだな。俺には垣根帝督って名前があるんだからよ」

 

能力名で呼ばれるのはあまり好きではない。

お前はそれしか能がない人間だと言われているようで、学園都市につけられたラベルこそが自分の全てだと言われているようでムカつく。

だが自分の能力には絶対の自信があるのは確かで、それを誇りには思っている。

当然だった。

真守が教えてくれた『無限の創造性』は何もかもを叶えることができるし、そもそも圧倒的な『創造性』を持つ自分の能力が誇れないはずがない。

 

「その右腕は……『ピンセット』か」

 

麦野が呟いた通り、垣根の右手には誉望に組み直させた、金属製のグローブの中指と人差し指からガラス質の爪が伸びた『ピンセット』が装着されていた。

『ピンセット』は元々クローゼットほどの大きさだったが、盗難防止のために肥大化させられていただけであって、これが本来の形状なのだ。

 

「カッコイーだろ。勝利宣言しに来たぜ」

 

「ついさっきまでさんざん逃げ回ってたくせに、態度ががらりと変わってくれたわね」

 

「別に変えてるつもりはねえけどな。最初からお前なんて眼中にねえ」

 

垣根が余裕たっぷりでいると、絹旗は近くにあったテーブルを片手で持ち上げて垣根に不意打ちとして投げつけた。

バガン! という轟音が響き、テーブルが粉々に砕け散ったが、垣根の表情に変化はなく、静謐(せいひつ)な雰囲気を(まと)ったままだった。

一つの信念のために動いているような鋭さを保持したままだ。

 

「痛ってえな」

 

垣根は特に気にも留めずにそう告げると、絹旗を見た。

 

「そして、ムカついた。まずはテメエから粉々にしてやる」

 

垣根が笑いながらそう宣言すると、絹旗は即座に麦野とアイコンタクトを取り、小さな拳に窒素装甲(オフェンスア-マー)(まと)わせて多大な破壊力でサロンの壁を容赦なくぶち抜く。

そして滝壺と浜面の手を取って逃げ出した。

 

「テメエが俺に敵うわけねえだろ、格下。さっきの戦闘で思い知っただろうが」

 

垣根は面白くもなんともなさそうに歯ぎしりする麦野を見つめる。

そして未元物質(ダークマター)の翼を広げて、事実を率直に告げる。

 

「お前の原子崩し(メルトダウナー)は俺の未元物質(ダークマター)に効かないからな」

 

そう。

以前まで垣根の未元物質(ダークマター)の翼は超電磁砲(レールガン)までは楽々耐えられたが、麦野沈利の原子崩し(メルトダウナー)には耐えられなかった。

だが今は違う。

垣根帝督は朝槻真守の真髄(しんずい)を見た時に、自分の能力が本当はどんなもので、どこからその力を引き出しているのかを悟った。

そのため、この世界の攻撃は既に垣根帝督には効かないのだ。

 

「とっとと終わらせるぞ」

 

垣根は視線を鋭くして、戦闘に入った。

結果は言うまでもない。

麦野沈利は垣根の猛攻までもいかない攻撃に耐え切れずにあっさり沈黙した。

 

 

 

 

垣根は悲鳴が至るところから上がる個室サロン内を歩いていく。

『スクール』の構成員や下部組織に指示しているから、死人は出ていないハズだ。

垣根が死人が出ていないか懸念していると、個室サロンの廊下を走ってきた絹旗にばったり出くわした。

 

「よお。『暗闇の五月計画』の生き残り。『優等生』?」

 

「……流石に超事情通ですね、()()を引き取ってるくらいですから」

 

絹旗の言う彼女とは、『暗闇の五月計画』で同じ被験者だった杠林檎のことだ。

絹旗最愛は元々、大気制御系能力者であり、一方通行(アクセラレータ)の演算パターンを植え付けられたことにより一方通行の『反射』よろしく、自分の周囲に能力で作った防御フィールドを自動展開させる窒素装甲(オフェンスア-マー)を手に入れた。

 

だができるようになったと言っても、彼女にとってそれが『限界』だ。

 

何故なら『暗闇の五月計画』の真の目的は一方通行(アクセラレータ)と同等の超能力者(レベル5)を生み出すこと。

だからこそ彼女は『優等生』止まりで『卒業生』にはなれなかった。

 

「麦野はどうしたんですか?」

 

「ああ。大したことなかったな」

 

垣根が心底どうでも良さそうに告げると、絹旗は心の底から理解した。

垣根帝督にとって麦野沈利は遊びの相手にもならないのだ。

同じ超能力者(レベル5)でも、今の第一位と第三位までとそれ以下の能力者には絶対的な壁があると言われている。

だがその壁は今や、どこまで高い壁か分からなくなっているのではないのだろうか。

絹旗が圧倒的な力の差に内心で焦っていると、垣根は軽い調子で口を開いた。

 

能力追跡(AIMストーカー)はどこにいる? こっちが知りたいのはそれだけだ。場所を教えりゃ見逃してやる」

 

「そんな交渉に応じるバカがいるとでも思うんですか?」

 

「誇りと死を天秤にかけて誇りを選ぶってのか? 嫌いじゃねえな、そういうの」

 

垣根は口で(たた)えながらも嘲笑すると、絹旗は視線を鋭くした。

 

「言っておくが大能力者(レベル4)窒素装甲(オフェンスア-マー)は俺の未元物質(ダークマター)にゃ勝てねえよ。分かってんだろ?」

 

絹旗はそれでも臨戦態勢を解かない。

垣根は一つため息を吐いて、胡乱げに絹旗を見つめた。

 

「しょうがねえ。──じゃあな」

 

その瞬間、絹旗は未元物質(ダークマター)による単純な爆発を受けて吹き飛ばされた。

 

「っと」

 

垣根は吹き飛んで気絶したまま落ちるはずだった絹旗の服を引っ張って引き上げる。

 

「まあ使えそうだな」

 

垣根は一人で面白くなさそうに告げると、そのまま絹旗を連れて歩き出す。

 

垣根にとって『アイテム』の殲滅は心底面白くなかった。

自分の邪魔をしなければ特に気にも留めなくていい人間だからだ。

垣根にとっての敵は『アイテム』なんかじゃない。

 

垣根が敵と認識しているのは、真守を利用しようとする学園都市と、真守を亡き者にしようとしているローマ正教の『神の右席』だ。

学園都市の方はなんとかなるが、ローマ正教の『神の右席』に関しては一筋縄ではいかない。

 

早くこんなことを終わらせて真守のもとに行かなければならない。

それでも垣根は全く焦っておらず、逆に酷く冷え切った精神で行動していた。

もしかしたら冷え切っているというより、消耗して何も感じなくなっているかもしれない。

 

そう自嘲しながら垣根が歩いていると、エレベーターの前では必死に逃げようとしている滝壺理后と下部組織の男がいた。

 

「よお。お前がサーチ能力者で良いんだな」

 

垣根がこちらに気づいてない滝壺と男に軽快に声を掛けると、二人は汗を頬から流しながら垣根を見た。

そこで垣根は脅しの意味を込めて小脇に抱えていた絹旗を二人に向けて放り投げた。

 

「絹旗!!」

 

下部組織の男は絹旗を見て悲鳴を上げ、明確な焦りを見せた。

 

「(……お前はエレベーターに乗って下に降りろ)」

 

「(……でも、はまづら)」

 

「(……どっちみち、ここでテメエを見捨てて『スクール』から逃げたって、そんなことすれば今度は『アイテム(麦野)』に潰されんだ! 板挟みなんだよ、ちくしょう!!)」

 

垣根は話をしている二人を見て、面白くなさそうに顔をしかめた。

あの二人は自分たちを庇い合っている。

だが能力追跡(AIMストーカー)をここで潰さなければ、どこまでも『アイテム』は自分たち『スクール』を追ってくる。

 

「ッチ。嫌な役回りだぜ。まるで俺が悪者みたいじゃねえか。……でもまあ、俺のモンを取り戻すためには、仕方ねえよな?」

 

垣根が舌打ちをしながら笑って脅すと、浜面は滝壺を到着したエレベーターへ突き飛ばそうとしたが、滝壺はそれを避けて浜面を逆にエレベーターに突き飛ばした。

 

「テメエ、何してん──」

 

「ごめん、はまづら」

 

滝壺は閉じていくエレベーターの中で座り込む浜面を見つめる。

 

「でも、電子炉の時から考えてた。はまづらにはあんな『灰』になってほしくない。……大丈夫。私は大能力者(レベル4)だから。無能力者(レベル0)のはまづらをきっと守ってみせる」

 

滝壺はそう告げると、垣根に体を向け直した。

滝壺は垣根を見て、思わずきょとんとしてしまった。

 

垣根が心底嫌そうな顔をしていたのだ。

その顔の意味が滝壺には分からない。

それでも自分は守りたい人がいる。

 

そのため滝壺は(ふところ)からそっとそれを取り出した。

小さなピンクのタブレットケースだ。

その中からさらさらとした白い粉を取り出すと、それを一気に呑み込んだ。

 

「テメエッ!!」

 

垣根が声を上げるのを聞いて、滝壺はおかしいな、と思っていた。

何故か垣根帝督は自分が『体晶』を使った瞬間、酷く傷ついた表情をしていたからだ。

でも、もう遅かった。

滝壺は垣根のAIM拡散力場を乗っ取ろうと能力を暴走させた。

 

 

そして滝壺理后は自爆した。

 

 

「クソッ!」

 

垣根は能力を暴走させ、AIM拡散力場経由で自分を乗っ取ろうとして倒れた滝壺理后に近づく。

 

現在、垣根のAIM拡散力場は垣根一人に宿っているものではない。

垣根はAIM拡散力場を媒介にしてネットワークを構築した、未元物質(ダークマター)で造り上げた人造生命体群であるカブトムシのネットワークに自身を接続している。

そのため垣根帝督は人と比べ物にならない多量のAIM拡散力場を保持しているのだ。

その余りあるAIM拡散力場をどうこうして能力を乗っ取ることなど、能力を暴走させたとしても大能力者(レベル4)の普通の能力者である滝壺理后には最初から不可能なことだった。

 

(最悪だ……っこの女、体晶使って能力暴走させてサーチしてたのか……っ!)

 

垣根は倒れた滝壺を仰向けにさせ、楽な体勢を取らせると容体を見る。

 

(まだ『崩壊』には至ってねえ。だが『まだ』ってだけだ。後一回か二回チカラを使えば確実に『崩壊』する)

 

滝壺が使ったのは体晶。

だがそれはただの通称で、本来の名前は『能力体結晶』。能力の暴走を引き起こす化学物質だ。

 

源白深城は、体晶を使用させられて過去に一度死んでいる。

真守は深城を死なせた世界を憎み、深城を死なせる原因を作った大人たちを片っ端から殺し回った。

体晶とは、真守が罪を犯す元凶となった因縁深い代物なのだ。

 

幻想御手(レベルアッパー)事件』の時に木山春生という研究者と真守と垣根は対決した。

その時木山が関わった能力体結晶を使った『暴走能力の法則解析用誘爆実験』の記憶を見て、真守が錯乱状態となった時に垣根は知ったのだ。

 

だから真守は『暴走能力の法則解析用誘爆実験』の被験者になった 置き去り(チャイルドエラー)の子供たちを必死で救おうとしていた。

自分が本当の意味で救えなかった源白深城と重なって無視できなかったからだ。

 

能力追跡(AIMストーカー)、滝壺理后をこのままにしていたら体晶を使ったという理由で死亡する。

真守が深城を一度喪うことになった原因で、この少女の命を喪わせてはならない。

 

「大丈夫かしら? いまあなた、能力乗っ取られそうになってなかった?」

 

垣根が滝壺の脈を取っていると、そこに銃を手にした心理定規(メジャーハート)が現れた。

どうやら掃討が終わったらしい。

 

「今の俺の能力をAIM拡散力場経由で乗っ取れるわけねえだろ。心理定規(メジャーハート)。お前、今すぐに冥土帰し(ヘブンキャンセラー)に連絡を、」

 

垣根がそこまで言いかけた時、エレベーターが到着する音が響いて扉が開いた。

 

「滝壺っ!!」

 

そこに現れたのは、滝壺理后が必死で逃がした『浜面』という下部組織の男だった。

 

「丁度いい。お前、この女を第七学区の一番デケエ病院に連れて行け」

 

「はっ!?」

 

垣根が素早く告げると、浜面は混乱した様子で垣根と心理定規(メジャーハート)を見た。

 

「なっ何言ってやがる!! 滝壺をこんなにしたのはお前たちだろ!?」

 

男はレディース用の拳銃をバッと取り出すと構える。

だが垣根に標準を合わせるか心理定規(メジャーハート)に標準を合わせるか迷っている間に、垣根がはっきりとした事実を告げた。

 

「こいつは自爆したんだよ」

 

「……じ、ばく?」

 

「お前、知らねえのか?」

 

「どういう意味だよ!? 何言ってんだ?!」

 

垣根は滝壺の近くに落ちていた体晶が入ったタブレットケースを拾って、浜面に向かって放り投げた。

 

「『体晶』……正確には『能力体結晶』ってモンだ。この女が使ってるのは知ってたか?」

 

浜面は手の中にあるピンク色のタブレットケースを見ながら必死で頭を動かす。

 

「……能力を発動させるためにいつも使ってた。けど……!」

 

「『体晶』は意図的に拒絶反応を起こし、能力を暴走させる化学物質だ。それは『絶対能力者進化(レベル6シフト)計画』に使われていた亜種みてえなモンだ。大抵の場合はデメリットしかないが、ごく稀に『暴走状態の方が良い結果が出せる』ヤツもいる。この女もそういう能力者だったんだ」

 

「能力を暴走させてる……!?」

 

能力を暴走させる。

そんなことをすれば体に負担がかかるに決まってる。

それなのに滝壺は能力を使い続けた。

その事実を教えられて浜面が固まっていると、垣根は滝壺に目をやりながら告げる。

 

「こんな状態なら長くは保たねえ。それに処置を施したとしても今日から一生能力を使わないっつーなら大丈夫だろうが、後一回か二回チカラを使えば、この女は確実に『崩壊』する」

 

「なっ……死、死ぬ……滝壺が……?」

 

「死なせたくなかったら第七学区の一番デケエマンモス病院に行け。間に合わないって思ったら近くの病院に行って冥土帰し(ヘブンキャンセラー)に繋げろっつったら良い。そんで相手が出たら『体晶』使って死にそうだって言え。分かったか?」

 

「……な、なんなんだよ。滝壺を追いつめといて、なんでそこまで救おうとするんだよ」

 

浜面が至極真っ当な疑問を持つと、垣根がしかめっ面のまま毒吐く。

 

「こっちにも色々事情があんだよ。『体晶』使って死人出して助けましたなんて言ってハイ、そうですかで終われねえんだよ」

 

「……あの子と関係あるの?」

 

そこで静観していた心理定規(メジャーハート)が口を開くと、垣根は心理定規を見ずに答えた。

 

「お前は知らねえか。源白がこれで死んだ。あいつの全ての始まりだ」

 

垣根が心理定規(メジャーハート)に訳を話すと、心理定規は息を呑んだ。

その様子で浜面仕上は全てを悟った。

どうやら垣根帝督は大切な誰かを助けようとしており、その誰かは滝壺と同じように『体晶』を使って違う大切な誰かを喪っているのだ。

 

「お前、この女が大事か? 俺がいるって分かってんのに帰ってきたんならそうだよな?」

 

垣根は畳みかけるように浜面に問いかける。

 

「……あ、ああ」

 

「だったら早く連れてけ。そんでもう『闇』になんて関わらせるな。行くぞ、ここでの仕事は終わった」

 

「本命の仕事に取り掛かる前に、機材でチェックしてくれるかしら。あなた、あの子にAIM拡散力場経由で『自分だけの現実(パーソナルリアリティ)』を乱されたんでしょう? 彼女のもとに辿り着いても、あなたが暴走したら意味ないじゃない」

 

「そんなこと言われなくても分かってる。誉望たちは?」

 

「既に撤収作業に入らせているわ」

 

「分かった」

 

垣根帝督はそこで滝壺理后を抱き上げた浜面仕上を一瞥(いちべつ)すると、その場を後にする。

 

垣根帝督は大切なものを取り戻さなければならない。

だから人の心配をしている場合ではないから浜面仕上と滝壺理后に構っている暇ではない。

それに。

 

(自分が守らなくちゃなんねえモンは自分で守れ。そうじゃなきゃこの先守り抜くなんて不可能だ)

 

垣根はそう心の中で呟くと、その場を後にする。

 

『ピンセット』は手に入った。

追ってくる暗部組織も撃退した。

ここまで前哨戦だ。

ここから、真守を取り戻すための戦いが本当に始まるのだ。

垣根は気合を入れて、その場を後にした。

 

大切なモノを取り戻すために戦う垣根帝督の姿を、浜面仕上は呆然と見つめていた。

だが、浜面も守らなければならないものができた。

 

二人のヒーローはそこで交錯し、そして再び自分の道を歩き始めた。

大切な存在のそばにいるために。

大切な存在の命を守るために。

二人は自分の戦いへと身を投じていった。

 




フレンダ死亡について。
『流動源力』はフレンダ救済が目的ではなく、あくまで原作に準拠しながら垣根帝督を救うという物語ですので、今後の『アイテム』の展開と新約でのフレンダの『遺産』の話を考えて、フレンダには原作通りに死亡してもらいました。
でもフレ/ンダにはなりませんでした。それだけが救いです。

そして垣根くん、真守ちゃんのことが大事なので滝壺ちゃんのことを見過ごせませんでした。
浜面も垣根くんの行動指針を理解しましたし、駒場利徳を殺した一方通行より、険悪ではありません。……多分。



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第一三二話:〈真愛存在〉を再びこの手に

一三二話、投稿します。
※次は二〇二二年一月四日火曜日です。


垣根が機材で自分の身体検査(システムスキャン)をしていると、そこに心理定規(メジャーハート)が入ってきた。

 

「お前、こんな時にどこ行ってんだよ。また高尚なバイトか?」

 

「ええ。でもやっぱり学者はダメね。基本料金をきっちり計算していて、ちっともチップを弾んでくれない」

 

心理定規(メジャーハート)が悪びれもせずに告げるので、垣根はげんなりとしながら問いかける。

 

「一時間って時間が生々しいんだよ……本当にそれでエロい事しないの?」

 

「しないわよ。ホテルの一室に入って雑誌をめくりながら少し話しただけ。場合にもよるけど私の『客』はそういうの求めてこないし。金持ちがお店に通って女に金を渡す理由って知ってるかしら? 別に性欲を満たしたいんじゃなくて、単に仕事以外の人間関係を自力で構築したいだけなのよ」

 

「相変わらずよく分からん世界だ」

 

垣根がため息を吐くと、心理定規(メジャーハート)は苦笑しながらもつらつらと説明する。

 

「仕事人間っているじゃない。そういう人たちにとって、お金で構築できる関係ってのは一種の救いなのよ。お金ってのは仕事の結果。その金で友情や愛情を買うことで自己満足したいわけ。私はお金を貰ってコンプレックスを緩和させてあげているだけよ」

 

「いや説明されても意味が分からねえよ。つか理解したくもない」

 

垣根が呆れながらも心理定規(メジャーハート)の説明をきちんと聞いて顔をしかめていると、心理定規が話題を換えた。

 

「そうそう。私たちを追っていた『アイテム』が行動不能になったそうよ。原因は仲間割れ。リーダーの麦野沈利がダウンしたことで、組織を維持する力は失われたって」

 

垣根は心理定規(メジャーハート)の話に眉をぴくっと動かす。

 

「あ? 仲間割れ? 麦野が死んでねえのは知ってるが、誰が麦野を沈めたんだ?」

 

垣根は疑問を覚えるが、そこで思い当たる人物がいて目を見開いた。

 

「……! まさか……、嘘だろ?」

 

「嘘じゃないわよ? 下部組織のあの男、どうやら滝壺理后を守り抜いたらしいわよ?」

 

「……はん。やりゃあできんじゃねえか、あの男」

 

垣根が下部組織の男、浜面仕上を評価していると、心理定規(メジャーハート)はネイルの状態を気にしながら問いかける。

 

「……後、これはおそらくなんだけど」

 

「あ? なんだよ」

 

「フレンダ=セイヴェルン。彼女、麦野沈利に『粛清』と称して殺されたみたい」

 

垣根はそれを聞いて目を見開く。

 

「あのこらえ性のない女、そこまでやんのか?」

 

「やるみたいよ。どうもフレンダ=セイヴェルン、『アイテム』をやめるって馬鹿正直に麦野沈利に言いに行ったらしいのよ。そのまま逃げていればよかったのに」

 

「……バカ野郎」

 

垣根は仲間に対して誠実だったフレンダ=セイヴェルンの事を考える。

そしてそんなフレンダを簡単に切り捨てた麦野沈利に対して舌打ちをした。

 

「この戦いであなたは犠牲者を出さないように努力していた。だから気にする事はないわ。彼女たちの絆まで私たちが面倒見る理由なんてない。あれは彼女たちの問題よ」

 

心理定規(メジャーハート)は、『死人は出さない。最小限で終わらせる』という垣根の目標が汚されてしまったことを気にして、事実を口にした。

 

「分かってる。つーかこっちだって大事なモン奪われて取り戻す戦いしてんのに、どうして他人の尻拭いまでしなくちゃなんねえって話だ。ドロップアウトした先の平穏まで守れるかよ、ありえねえだろ」

 

「……それで? 機材の方でちゃんとチェックしたの?」

 

心理定規(メジャーハート)はそこで、自分が時間を潰すことになった垣根の能力の具合について訊ねた。

 

「問題ない。カブトムシ(端末)の方も自己診断させて、ネットワークに異常がないことを確認した。……まああいつらが滝壺理后の乗っ取りに反抗したから、あの女はあんなになっちまったんだがな」

 

垣根帝督(オリジナル)を守る防衛本能だ』と垣根が続けると、心理定規(メジャーハート)は笑った。

 

「あらあら。カブトムシ(端末)の方が優秀ね」

 

「あいつらは俺の端末で、垣根帝督(オリジナル)がいなくちゃ動けねえんだよ。バーカ死ね」

 

垣根がくすくすと笑う心理定規(メジャーハート)を罵倒していると、そこに誉望が現れた。

 

「垣根さん」

 

誉望には『ピンセット』から引き出した情報を(もと)に真守の居場所を探らせていた。

その精査が終わったことで報告に来たのだ。

 

「調べはついたか?」

 

「はい。第二学区の核シェルターですね。そこの所有者は黒でした。それに九月頭に買い取っているので時期的に間違いないかと」

 

「その所有者ってのは誰だ? アレイスターじゃないのか?」

 

垣根が調べたことについて怪訝な顔で訊ねると、誉望はタブレットを見つめながら告げる。

 

八乙女(やおとめ)緋鷹(ひだか)。霧ヶ丘女学院の生徒で能力名は先見看破(フォーサイト)。予知能力系の能力者です」

 

垣根は真守のことを連れてどこかへと消えていった仲介人の名前が出て、目を見開く。

 

「あいつか……! ……はん。確実じゃねえか」

 

「周囲の監視カメラは機能しておらず、衛星によるハッキングで探ってみましたが、あからさまな兵器は見当たりません」

 

「……だが何があるか分からねえ。源白と林檎は置いていく」

 

下準備を既にしている誉望の説明に、垣根は慎重になって指示を出す。

 

「覚悟はできてるの?」

 

心理定規(メジャーハート)に問いかけられて、垣根はそっと目を伏せながら告げる。

 

「……そんなの、あいつを一人にしないって決めた時からとっくにしてる」

 

 

 

──────…………。

 

 

 

(真守が俺のことを必要としなくてもそばにいる。……そう、誓った)

 

垣根は目の前の状況にそう心の中で呟く。

 

(……これは一体どうなってんだ?)

 

垣根は思わず呆れた調子で心の中で呟く。

ここは第二学区の核シェルターを改造して造り上げられた『施設(サナトリウム)』という名前の施設だ。

ここに真守は囚われており、自分たちは奪い返せばよかった。

 

だがどうやら実態は違ったらしい。

 

 

その証拠に、絶対能力者(レベル6)進化(シフト)した朝槻真守は現在、垣根帝督の目の前で寝息を立てて、ぐっすりすやすやと眠っていた。

 

 

よく見れば真守が使っている寝所は高級ホテル感満載の白と黒で構成されている、真守の好みに合わせた落ち着いた装いだ。

 

しかも真守はキングサイズの天蓋付きのベッドを一人で使って眠っており、大変良い生活をしていたようだ。

 

「はぁ────…………」

 

垣根は思わずそんな高級感満載の一室で盛大なため息を吐いて、ヤンキー座りで顔に手を当てて地面に座り込んでしまう。

 

なんだろうこの盛大な肩透かし感。

 

自分はここ数日ろくに休まる時間などなかったのに、真守はそんなこと微塵(みじん)もなかったらしい。

 

(まあ絶対能力者(レベル6)になって色々と変わっちまったんだろうけど……)

 

「このアマ……」

 

垣根はすやすやと眠り、全く起きる気配のない真守の頬をつつく。

ぷにぷにとした感触はこれまで散々つねってきた真守のほっぺそのもので、なんら変わりはなかった。

 

「さて、真守さんの無事は確認できたかしら?」

 

そんな垣根に声を掛けてきたのは、車椅子に座っている少女だった。

焦げ茶色の髪をショートカットボブにして髪飾りとして藤の花を模したものを頭に付けている、霧ヶ丘女学院の制服を着ている八乙女緋鷹である。

 

「ああ、ちなみにその人惰眠(だみん)(むさぼ)れるけど、今は絶賛『休眠』中だから。自分で定めた時間にならないと何しても起きないわ。というか不用意に何かしたら源流エネルギーで焼かれるわね」

 

「イマイチ分かんねえが、大丈夫なんだな? 八乙女……っつったか?」

 

垣根が問いかけると緋鷹はコクッと頷いた。

 

「ええ。八乙女緋鷹。ここにいる『(しるべ)』の代表みたいなものね」

 

「『(しるべ)』? ……洗いざらい話してもらうぞ」

 

垣根が鋭い視線を緋鷹に向けると、緋鷹は頷いた。

 

「ええ。説明しなければマズいもの。ついてきて」

 

そして車椅子をくるっと回して進み出すので、垣根は眠る真守を一瞥(いちべつ)してからそれを追った。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

垣根たち『スクール』が集められたのは、暗部組織の研究所じみた能力者実験室に似ている、白で統一された会議室だった。

 

「真守さんは学園都市に追われていたわ」

 

「追われてた?」

 

垣根が訝しむと、社長席に車椅子を着けた緋鷹が頷く。

 

「学園都市の理念をご存じよね?」

 

絶対能力者(レベル6)を生み出すことだ」

 

垣根が間髪入れずに答えると、緋鷹は頷く。

 

「ええ。絶対能力者(レベル6)は生み出されたわ。それって一大事じゃない? 学園都市の多くの研究機関や暗部組織が真守さんを大捜索中よ。あなた方もその片鱗を垣間見てきたでしょう?」

 

確かに各方面で当日の情報網が死んでいたのにも関わらず、『朝槻真守が絶対能力者(レベル6)進化(シフト)した』という情報を聞きつけた機関が真守を探していた。

 

そんな彼らから、緋鷹たちはどうやら真守を(かくま)っていたらしい。

 

理由は簡単だ。

 

真守の身柄を巡って学園都市内で対立が起きると、その戦闘の最中で共倒れして戦争に備えるどころではなくなるからだ。

 

〇九三〇事件で学園都市に隙ができてこれだけの抗争が起こった。

その隙を突いて絶対能力者(レベル6)を各方面の機関が確保しようとすれば、学園都市に多大な損耗が予想される。

 

そのため真守は身を隠していたのだと緋鷹が説明すると、垣根は顔をしかめた。

 

「なんでお前らは真守の味方してんだ? つーかそもそもおまえらを組織したのは一体どこのどいつだ?」

 

「アレイスターに決まってるわ」

 

垣根が真っ当な質問をすると、緋鷹はさらりと答える。

 

「アレイスターと学園都市では意見に食い違いが起きているのよ」

 

「真守の扱いでか?」

 

「そうなの。学園都市は真守さんを絶対能力者(レベル6)として利用したい。要は真守さんを自分たちの所有物だって学園都市は考えてる。でもね、アレイスターはそうではないの。アレイスターは学園都市こそ真守さんのものだって考えているの」

 

垣根が緋鷹の事情に顔をしかめた。

 

「アレイスターと学園都市が逆に考えてんのは、アレイスターが進めている『計画(プラン)』が関係してるんだな?」

 

アレイスターが遂行している『計画(プラン)』。

学園都市統括理事会はそれに従っているわけではなく、あくまで学園都市の運営を担っているのだ。

だからこそ、両者で少々意見の食い違いが出てもおかしくない。

 

なんせ学園都市の目的は『絶対能力者(レベル6)を生み出すこと』だが、アレイスターの目的は学園都市を使って『計画(プラン)』を実行することだからだ。

 

「アレイスターの目的は真守さんを神として新たな秩序を造り上げること。つまり、この世のあらゆる宗教を撲滅させることなのよ。まあそれが『計画(プラン)』の本筋ではなく()()()()()らしいけれど、でも真守さんに関してはそうよ」

 

緋鷹の説明が気になったのは誉望だった。

 

「宗教って、今どこかの宗教団体と学園都市は戦争しようとしてますが、そういう宗教団体全部をひっくるめて統括理事長は撲滅させようって魂胆なんスか?」

 

一介の学生であり、話に出てきた魔術世界とまったく関わりのない誉望がイマイチピンと来てない様子で訊ねると、緋鷹は頷く。

 

「正確には今学園都市が争っているのは十字教の一派、信徒二〇億人のローマ正教よ。まあどちらかというと、裏方がしくじったからここまで大きくなったのだけど……そこら辺、帝督さんは詳しいでしょう」

 

オカルトにまったく触れていない普通の学生にとって、世界で起こっている問題は有名な宗教団体ではなく、どっかの宗教団体程度にしか見えない。

普通なら知り得ない情報を緋鷹が知っているので、垣根は緋鷹がそれなりの立場にいるのだと警戒心を抱いた。

 

「あなた、詳しいの?」

 

そんな垣根に心理定規(メジャーハート)が訊ねてくるので垣根は頷く。

 

「真守ががっつり関わってんだよ。つーか『帝督さん』……?」

 

だが緋鷹から違和感を与えられて、垣根は怪訝そうに最後呟いた。

 

「あら。帝督さんは嫌?」

 

「いや、嫌っつーか……あんま呼ばれたことねえな」

 

垣根がなんとも言えない違和感を覚えていると、緋鷹は親しげに笑って告げる。

 

「そう? 嫌じゃないなら呼ぶわ。それで話を戻すけど、アレイスターと学園都市の間には意見の食い違いがある。だからアレイスターは真守さんを統括理事会に取られる前に隠したのよ。それがここ、『施設(サナトリウム)』なのよ」

 

緋鷹は現在、垣根たちがいる核シェルターを基盤として造り上げた『施設(サナトリウム)』の説明をする。

 

「一応備蓄、その他野菜や疑似肉の生産ラインがあるから、外からの補給が絶たれても二〇年くらいは問題ないようになっているわ。まあ元が核シェルターだから、そこら辺の設備は最初から整っていたというワケね」

 

「……真守をここまで隠し通せたのは、集団昏睡事件で学園都市が死んでたからできた芸当だな?」

 

「ええ。だから色々とあの事件は好都合だったのよ」

 

垣根の推測通り、真守の存在をここまで秘匿できたのは学園都市の住民の大半が前方のヴェントの『天罰術式』によって昏倒させられていたからだ。

目撃者がいなければ、後は監視カメラや衛星の映像を消すだけで、真守の足取りを完璧に消す事ができる。

だからこそ、学園都市が総力を挙げて探しているのにも関わらず、真守は十日間弱見つからなかったのだ。

 

「なんで俺たちに知らせなかった?」

 

「決まっているでしょう。あなたたちが暗部組織だからよ。統括理事会直轄なんて最悪じゃない。真守さんの居場所、すぐに分かっちゃうでしょ」

 

緋鷹が尤もなことを告げるので垣根は沈黙するが、即座に聞く事があるとして口を開く。

 

「お前たちはアレイスターの手先だから真守の味方してんのか? そこに何のメリットがある」

 

「アレイスターとはまた違った目的を持っているわ。言ってしまえば私たちは真守さんを神として人々の行動の指針にしたいわけ」

 

「行動の指針?」

 

垣根がオウム返しをすると緋鷹はつらつらと説明する。

 

「これまで真守さんは多くの人を救ってきた。でもその救い方ってどのようなものかしら? ずっと彼女は()()()()()救いを差し伸べていたわ」

 

そこで口を開いたのは心理定規(メジャーハート)だった。

彼女は精神干渉系能力者らしく分析をして、一つの事実を口にする。

 

「可能性を提示(ていじ)して(うなが)すだけで、後は自由にしろって感じね。彼女はいつだってそうやって救いの手を他者に差し伸べていたわ」

 

精神干渉系能力者らしく、人を俯瞰(ふかん)するように見ることができる心理定規(メジャーハート)の真守の救いの捉え方を聞かされて、緋鷹は頷く。

 

「真守さんは決して強要しないのよ。ただ人々に可能性を示唆(しさ)して後は自分たちの生きたいように生きなさいと伝える。一見して見放しているようだけど、違うわよね。あなたたちはそれをよくご存じのはずよ」

 

垣根は真守の救いと今の十字教の救済の仕方を比べて、根本から違う事に気が付いた。

 

「……そうか。それが今の宗教の形と違うから、アレイスターはそれを流行らせて宗教の撲滅を狙ってんだな?」

 

「そうよ。帝督さんが言った通り、真守さんの救済はこれまでの救いと全く別なの。あちらは教え導く方法。信仰させる事で人々を宗教に()()()()()()()()()()。でもね、真守さんを神とした場合は、(しるべ)を指し示すと言った方が正しいかしら」

 

そこで緋鷹は言葉を切って、自分たち『(しるべ)』が真守を神として世界に何をもたらそうとしているか宣言する。

 

「つまりこういう事よ。何を選ぶかは人々の自由で、人々は自由であるべきだと。決して真守さんという神は人々を縛り付けるものじゃない。むしろ、『お前たちも成りたいなら神に成っていい』のだと、そういう感じね」

 

「……で、真守をそんな神としてこの学園都市に根付かせようとしているお前らは、なんで真守のことを自分たちの神として(あが)(たてまつ)ってんだ?」

 

垣根の問いかけに緋鷹は待ってましたと言わんばかりに笑う。

 

 

「はっきり言ってしまえば、私たちは真守さんに救われた人間の集まりなの。正確には真守さんが救った人間と、真守さんに救われた人間の周囲の人々の、ね」

 

 

「真守に救われた……?」

 

垣根がその言葉に眉をひそめると、緋鷹は笑って軽やかに告げる。

 

「知らなかった? 真守さんはあなたに会う前から随分と人助けをしていたのよ。それが利用されて超能力者(レベル5)第一位に認定されたのは夏からの事件たちだけど、それまでだってあの子は数々の事件に立ち向かって人助けしていたのよ?」

 

垣根は緋鷹の説明に目を見開く。

 

「……お前たちは真守に救われたから真守を助けてんのか?」

 

 

「ええ、そうよ。だって真守さんが救ってくれたなら、真守さんが困っている時に手を差し伸べてもいいと思わない?」

 

 

「……、」

 

垣根はそれに何も言えない。

 

何故なら自分たちと一緒だからだ。

真守に助けてもらってその真価に触れたのならば、真守を守るために動いてもなんら問題はない。

 

むしろ自分からそうやって動くべきだ。

自分たちのように緋鷹たちも、真守を学園都市の食い物にしないために彼女たちなりに動いていたのだ。

真守を想っているのは垣根たちだけではなかった。

だからこそ緋鷹はそれを伝えるために口を開く。

 

「私たちを救って可能性を示してくれた真守さんが、私たちをコケにした学園都市に食い物にされる。そんなこと見過ごせるはずがないでしょう? そういう人間をアレイスターは随分前から集めていたのよ。まあ実質的に動いたのは私で、あの人は私に集めろと命令しただけなんだけど」

 

「じゃあマズいんじゃないスか?」

 

「え。何がですか、誉望さん?」

 

誉望の焦った声を聞いて弓箭が首を傾げると、誉望は弓箭につらつらと説明する。

 

「これだけ派手に動いたんだ。俺たちの行動は『スクール』の仲介人にもう捕捉されている。おそらく統括理事会は今頃俺たちを追って朝槻さんが隠れているここを特定しているだろう」

 

誉望が分かっていない弓箭に説明すると、弓箭は目を見開く。

真守は学園都市から狙われる立場にいたから、ここに匿われていたのだ。

真守が隠れている場所は『スクール』の動きで統括理事会に知られてしまった。

 

この施設(サナトリウム)に、おそらくすぐに襲撃が起こるだろう。

それに誉望が焦っていると、緋鷹が口を開いた。

 

「確かに彼らはここに真守さんがいると知ったわ。でも安易に手を出せないのよ。何故か分かる?」

 

緋鷹は誉望の懸念について即座に頷くが、それは問題ないとして逆に訊ねてくる。

それに答えたのは超能力者(レベル5)らしく、学園都市最高峰の頭脳を持っている垣根だった。

 

 

「俺たちが統括理事会を出し抜いて真守の居場所を突き止めたからだな?」

 

 

「そう。あなたたちは暗部組織を引っ掻き回して、統括理事会を出し抜いてここに辿り着いた」

 

緋鷹は柔らかく微笑みながら、『スクール』の功績を(たた)える。

 

「その過程であなたたちは統括理事会よりも力があると示したのよ。そんな人たちが真守さんの味方についたら、統括理事会は安易に手を出せなくなるわ」

 

そして自分たちに真守のことを完全に守れる力がなかったのを悔やむように、それでも心強い戦力ができたことに微笑む。

 

 

 

「あなたたちが真守さんを探したここ数日間には多大な意味があったのよ。私たちは真守さんを隠すまではできるけど、真守さんを守れるほどの力がないから」

 

 

 

「……お前は、全部分かってて動かなかったのか?」

 

緋鷹が自分たちの動きを称賛してくれているのは分かるが、全てを見通しているような言い方の緋鷹に垣根は怪訝な声で訊ねる。

 

「全部ではないわ。私は真守さんが神さまに成って、私たちがそれを隠さなければならないことは分かってた。そこから先、あなたたちが私たちのもとに辿り着けるのはほぼ賭けだったけど……」

 

だがそこで緋鷹は言葉を切って、垣根たち『スクール』を()()()()()()()()

 

 

「それでも。真守さんはあなたたちのこと、ずっと信じていたわ」

 

 

『スクール』はその言葉を聞いて目を見開いた。

 

話を聞けば確かに()()だ。

 

自分を巡って大きな争いが起こるから、真守は誰にも知らせずに身を隠した。

その争いで学園都市内が分裂して、ローマ正教との戦いどころの話ではなくなると知っていたからだ。

 

真守は人々と学園都市のことを想って身を隠したのだ。

 

人を信じる心を失くさなかった真守は、垣根帝督たちが来てくれると信じていた。

 

ずっと、ずっと。

信じて、自分が助けて、そして自分のことを守ると言ってくれた人たちと共にここで待っていたのだ。

 

「……真守は、人のことを想う心を失くさなかったのか」

 

垣根は心底安堵したようにぽそっと呟く。

 

「それであいつは、自分で集めた自分を守ってくれる人間と一緒にいたのか。……そのまま待っていれば、俺たち『スクール』が本当に自分を守ってくれる力になれるって、分かってたんだな」

 

真守は自分のことを大事に想ってくれる人々に守られていた。

そんな人たちに匿われて、真守は垣根たちのことを信じて待っていた。

人の心を失くさないで、ずっと自分を信じてくれていた。

その事実に、垣根帝督は良かったと心の底から思った。

 

「後はここに来る『グループ』をどうにかして退散させることだけど」

 

「『グループ』? ……そうか。一方通行(アクセラレータ)たちが尖兵としてここに来るんだな?」

 

緋鷹の懸念事項に垣根が声を上げると、緋鷹は敵側の現状を推察しながら告げる。

 

「そうよ。統括理事会があなたたち『スクール』の脅威を測るために『グループ』を寄越すつもりだわ。今暗部組織で生きているのは『グループ』だけ。でも問題ないわよね」

 

そこで緋鷹は『グループ』の構成員を考えて微笑む。

 

「だって『グループ』は全員真守さんと何らかの関わりがあるんだもの。真守さんを統括理事会の食い物にするわけないじゃない」

 

「……まあな」

 

人質を取られているからなりふり構っていられない彼らだが、それでも真守だって大事に決まっている。

だが人質を取られていることでどう転ぶか簡単に見当が付かない垣根は、曖昧に返事をする。

だが緋鷹にはなんとなく視えているのか特に気にせず、垣根たちを慈しみの瞳で見つめる。

 

 

「だからあなたたちの戦いは終わったわ。真守さんを取り戻せたし、あなたたちは学園都市と交渉できる立場を手に入れられた。万々歳よ。これ以上、真守さんを学園都市から守るための完璧な布陣はないわ」

 

 

そして緋鷹はそこで一区切りつけて、そっと自分の斜め右に座っていた垣根へと手を差し伸べた。

 

「お疲れ様。そしてありがとう。私たちだけじゃ真守さんを守れなかったから。これから一緒に頑張って行きましょう?」

 

「………………頼む。真守のそばにいてくれて、助かった」

 

垣根は緋鷹の手をしっかりと握る。

 

「真守が一人きりになってたわけじゃなくて、本当に良かった……」

 

緋鷹は垣根の心の底からの安堵を受けて、にっこりと笑った。

 

「ええ。でも私たちにできるのはここまでよ。その力で真守さんを助けてあげて。頼りにしているわ?」

 

一〇月九日。

垣根帝督は朝槻真守のそばにいることが再びできるようになった。

九月三〇日からたった九日。

それでもその九日が永遠のように感じていた垣根帝督は、やっとそこで肩から気を抜く事ができた。

 




暗部抗争篇、終了です。
真守ちゃんが姿を隠したのには色々な理由があったというお話でした。

次章、暗部抗争篇:奪還後。

※冒頭にも書きましたが、一月四日から毎日投稿を再開しようと思います。
真守ちゃんが再び物語に復帰します。
新年も変わらずに投稿していきますので、よろしくお願い致します。
良いお年を。



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暗部抗争篇:奪還後
第一三三話:〈舞台裏側〉の反逆者たち


新年あけましておめでとうございます。
第一三三話、投稿します。
次は一月五日水曜日です。


統括理事会直轄の暗部組織、『グループ』の次の任務は反乱分子『スクール』の掃討だった。

 

『スクール』は親船最中の暗殺未遂を起こし、その最中に素粒子工学研究所を襲撃。素粒子工学研究所に保管されていた『ピンセット』を強奪し、姿をくらました。

そんな『スクール』を止めろ、という命令だった。

 

現在、『グループ』は第七学区のとある路地裏に停車された移動用アジトの中で情報収集に当たっていた。

 

「『スクール』を止めようとした『アイテム』が仲間割れで追跡不能。彼らを止められなかった『アイテム』の代わりに私たち『グループ』に仕事が回ってきた……と言う話ね?」

 

座標移動(ムーブポイント)、結標淡希は情報を整理する。

 

「『ピンセット』、超微粒物体干渉吸着式マニピュレーター。……なんでしょう。それを使うということは、やっぱり何かの微粒子を解析しようとしたんでしょうか」

 

疑問の声を上げたのは海原光貴の顔を使っているアステカの魔術師、エツァリだ。

それでも構成員からは海原、と呼ばれている。

科学の専門家ではない海原がピンと来ない顔をしていると、『グループ』の構成員である一方通行(アクセラレータ)が口を開いた。

 

「微粒子の解析ってことはナノデバイスかァ? まァ何にせよ、潜伏したヤツらは再び動くはずだ」

 

「第三学区の個室サロンで捉えた『スクール』の構成員は四人。ホスト風の男、キャバ嬢のような女性。それと冴えない男に明らかに戦闘服の女性……ですか」

 

エツァリは一方通行(アクセラレータ)の推察を聞きながら大型モニターに映し出された衛星監視カメラを引き延ばした映像を見つめながら告げる。

 

「そいつらの情報は?」

 

「上に強請(ゆす)っても来ないわね。もしかしたら彼らに指示を出している仲介人が違う人間なのかも」

 

「ハッ。オレたちみてェなのに命令出してンのが何人もいやがるってことか。おめでてェこったなァ」

 

一方通行(アクセラレータ)と結標がそんな話をしている中、黙って聞いていた土御門は大型モニターに映った垣根を見つめながら心の中でボヤキを上げる。

 

(ったく、朝槻を探すために手段を選ばないとはこういうことだったのか……。だが垣根がこれで『滞空回線(アンダーライン)』から朝槻の情報を抜き取ったのは確実だな。後は衛星で動き出したヤツらの居場所を探せばいいが……どちらにせよ『グループ』と『スクール』がかち合うのは避けられないぞ)

 

土御門が一人考えていると、『グループ』の移動用アジトに連絡が入った。

 

「衛星が(とら)えた。『スクール』の居場所は第二学区だ。そこにヤツらはいる」

 

土御門はその連絡を聞きながら大型モニターにマップを映し出す。

 

「そこには何があるの?」

 

「個人所有の核シェルターだな」

 

結標の問いかけに土御門が確認していると、一方通行(アクセラレータ)が怪訝な表情をした。

 

「あァ? 誰か要人でも襲撃してンのか?」

 

「それにしては何も通達がありませんからね。……一体どうなっていることやら」

 

海原は要人ならば統括理事会から連絡が来るはずなのに、それが来ないことを訝しむ。

そんな海原の隣で土御門は結標を見た。

 

「とにかく、行ってみるしかない。装備の準備をしろ。結標、足は大丈夫か?」

 

結標は先程少年院で『ブロック』と戦った際に両足を負傷している。

その事を土御門が心配すると、結標は軽く笑った。

 

「問題ないわ。動くのに支障はないし、能力行使にも問題ない」

 

「さァて……一体どンなクソ野郎だァ?」

 

一方通行(アクセラレータ)は『スクール』の四人を考えて嗤う。

土御門はその言葉に応えない。

彼らがただ一人の少女のために動いたという話を、どうやったって話すことができないからだ。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

第二学区にある個人所有のシェルター。そこは西洋建築のドーム型の建物に似ていた。

 

「あァ?」

 

その入り口、そこに少年とその隣に車椅子に乗った少女がいた。

 

茶髪に黒曜石のような黒い瞳。

ワインレッドのセーターを着こんでシャツを全開にしてクラレット色のスーツを着ている、一見してホストのような身長の高い顔立ちの整った少年。

 

そんな少年の隣に車椅子に座って(たたず)む少女は、焦げ茶色の髪をショートカットボブにして藤の花を模した髪飾りを付けている。

育ちの良いお嬢様と言った様子な彼女は、霧ヶ丘女学院の制服に身を包み、膝にタオルケットをかけて車椅子にお淑やかに腰かけていた。

 

「八乙女緋鷹……!?」

 

結標が車椅子の少女を見て目を見開くので、土御門は垣根から視線を外さずに結標に声を掛ける。

 

「知り合いか?」

 

「ええ、学校の先輩よ」

 

結標が霧ヶ丘女学院内で足を不自由にしている彼女に会ったことがある、と土御門の問いかけに頷くと、土御門は緋鷹に視線を移す。

 

「能力は?」

 

「能力名は知らない。……でも予知能力(ファービジョン)系よ。もちろん直接的な戦闘は無理なタイプ」

 

結標の言葉に、海原は顔をしかませた。

 

予知能力(ファービジョン)……? オカルトが混じっている能力で、確かほとんど解明されていないっていう……」

 

海原が怪訝に思う中、スーツの少年──垣根帝督が声を上げた。

 

「よお、『グループ』」

 

垣根が声を掛けると、『グループ』は戦闘態勢に入る。

垣根はそんな『グループ』の面々を面倒そうに見た。

 

「通達が来るまで少し話をしようぜ。それに戦闘はごめんだ。ここを壊されたら困る」

 

「ハッ。テメエが困るなら壊し甲斐がありそォだなァ……!」

 

一方通行(アクセラレータ)が首のチョーカーの電源を能力行使モードにして嗤うが、そこで垣根の隣に立っていた少女、八乙女緋鷹が声を上げた。

 

「壊したらあなたたちに縁が深いとある女の子が困ることになるわ」

 

一方通行(アクセラレータ)はその言葉にピタッと止まった。

 

「……なンだと?」

 

「お前らは統括理事会に命令されて来たと思うんだが……ここがどんな用途で使われているか知らねえよな?」

 

垣根が核シェルターをビッと親指でさして問いかけると、結標が首を傾げた。

 

「用途? ここは個人所有の核シェルターじゃないの?」

 

「ええ、淡希さん。それは正しいわ。私の持ち物だから。でも所有者が私になっているだけよ」

 

怪訝な顔をしていた一方通行(アクセラレータ)は電極のスイッチから手を離さずに問いかける。

 

「オマエは命令されてここの管理をしてるって事かァ?」

 

そんな一方通行(アクセラレータ)の問いかけに緋鷹は薄く頷いた。

 

 

「ここは『施設(サナトリウム)』。絶対能力者(レベル6)進化(シフト)した朝槻真守さんを(かくま)っている場所なの」

 

 

その言葉が放たれた瞬間、『グループ』の構成員は一人を除いて呆然としてしまった。

結標淡希とエツァリはそれぞれ思考を巡らせる。

 

(……ちょっと待って。あの人が絶対能力者(レベル6)に? それに匿ってるってどういうこと?)

 

(朝槻真守……確か上条勢力の主要戦力。御坂さんとも深い交流があった……?)

 

約一名を除いた『グループ』の構成員は動揺を隠せなかったが、その中でも一番動揺してしまったのは一方通行(アクセラレータ)だった。

 

「……ど、ォいう事だ…………」

 

絶対能力者進化(レベル6シフト)計画』。

あの時に絶対能力者(レベル6)になって良いことなんて何もないと、彼女は寂しそうに言っていた。

何故寂しそうに言っていて、良いことなんてないと言ったのか。

何故気づかなかったのだろう。

 

朝槻真守は自分がいつか絶対能力者(レベル6)にされると分かっていて、それが絶対に良いものではないと感じていたのだ。

 

先見(せんけん)(めい)

一方通行(アクセラレータ)は真守の力をそのような言葉にして捉えていた。

それは間違いじゃない。

何故なら真守は物事を見通すことができ、それが絶対能力者(レベル6)へと進化(シフト)してより強固なものになったからだ。

 

「……九月三〇日」

 

垣根がぽそっといった言葉に『グループ』は即座に反応する。

 

前方のヴェントが学園都市を襲撃したあの日。

集団昏睡事件が起こったあの日。

神と天使と呼ばれるものがこの世界に顕現したあの日。

一方通行(アクセラレータ)が暗部に身を()としたあの日。

 

「学園都市が死にかけたあの日。誰も助けてやれない状況で、真守は絶対能力者(レベル6)進化(シフト)した」

 

垣根が平坦な声で告げるので一方通行(アクセラレータ)たちは黙るしかない。

あの日は昏睡状態にならなかった人間たちも人間たちで、それぞれ戦いを繰り広げていた。

真守にまで手を回すことなど、誰にもできなかった。

 

無能力者(レベル0)である上条当麻も、超能力者(レベル5)である一方通行(アクセラレータ)も。

誰も彼も、必死に戦っていたから。

本来助ける側であるはずの真守を、誰も助けられなかった。

真守に助けが必要なんて、思わなかった。

朝槻真守ならば問題ない。いつだって自分で物事を解決できる。

その信頼が、(あだ)となった。

 

垣根帝督は朝槻真守のことを『真守』と、愛おしそうに呼ぶ。

それを聞いて、『グループ』は垣根が真守のことを酷く大切にしていることに気が付いた。

そして『スクール』、垣根帝督は(かくま)われなければ身の危険がある朝槻真守を救うために動いたのだと、『グループ』の面々は理解した。

 

「だからここは真守にとって最後の砦だ。壊されたら困るんだよ」

 

垣根が苛立ちを込めて告げると、一方通行(アクセラレータ)は動揺しながらも口を開く。

 

「……なンで、オマエは…………」

 

真守と垣根がどこでどう出会ったのか。

どうして暗部組織を引っ掻き回しても真守のことを助けようとしたのか、その関係性は何なのか。

そう疑問に思った一方通行(アクセラレータ)と同等の頭脳を持つ垣根は、一方通行の疑問に気が付いて心底嫌そうに顔をゆがめた。

 

「ああ? 俺が真守とテメエよりも深い関係になってるのがそんなに嫌か? お前は所詮ぽっと出だろうが、アレは俺のだ。それの何が悪い」

 

しれっと喧嘩腰で告げた垣根を、緋鷹は見ないようにして内心ため息を吐く。

 

(……真守さんと七月頭に会ったくせに。どうして真守さんは俺様気質で傍若無人な帝督さんに惹かれたのかしら)

 

垣根帝督が誰よりも優しいことを朝槻真守は知っている。

そのため真守は垣根に惹かれたのだが、ひねくれた性格に完全に隠れた垣根の優しさなど簡単に理解できるものではない。

そのため真守が大切な自分の神さまであろうと、恋する女の子な真守が理解できない、と緋鷹は再び内心でため息を吐いた。

そんな緋鷹の前で、一方通行(アクセラレータ)が口を開いた。

 

「……オマエもアイツの居場所は知らなかったンだな?」

 

一方通行(アクセラレータ)が少しずつ与えられた情報を即座に整理して問いかけると、垣根はすぐさまそれを肯定する。

 

「ああ。統括理事会も知らなかった。知ってたのはアレイスターだけだ」

 

一方通行(アクセラレータ)は垣根の言い分を聞いてギリリ、と歯噛みする。

統括理事長、アレイスター=クロウリーは打ち止め(ラストオーダー)だけではなく、自分にとって大切な真守でさえも利用しようとしていたのだ。

 

「まあ、それが良かったのだけれどねえ」

 

何もかもを利用する学園都市に一方通行(アクセラレータ)が殺意を向けていると、緋鷹がぽそっと(こぼ)した。

 

「学園都市の理念は絶対能力者(レベル6)を生み出すこと。だからアレイスターが真守さんを庇わなければ今頃真守さんはバラバラだったわね。それ以上に悲惨だったかもしれないわ」

 

「……じゃ、なンだよ? あのクソ野郎がアイツを守ったとでも言いてェのか?」

 

一方通行(アクセラレータ)(うめ)きに垣根は吐き捨てるように告げる。

 

「守ったっつってもクソな目的のためだがな」

 

そこで状況を整理していた土御門がサングラスを指でくいっと押しあげた。

 

「なるほど、それで通達が来るまでの時間稼ぎか」

 

結標は垣根たちの思惑を全て理解したらしい土御門を見た。

 

「どういうことかしら?」

 

「統括理事会が知らなかった情報を『スクール』は突き止めた。それは『スクール』が統括理事会よりも優秀であるということだ。だとしたら統括理事会は安易に手が出せないだろう。『スクール』は今、統括理事会と交渉してるんだろ?」

 

土御門の問いかけに垣根は『ああ、そうだ』と肯定する。

それを聞いて、土御門は忌々しそうに呟く。

 

「その間に俺たち『グループ』が『スクール』を撃破できれば(おん)()。統括理事会は朝槻真守を手に入れて実験材料にできる……といったところか?」

 

土御門の予想に『グループ』の全員は愕然(がくぜん)とする。

 

要はここで戦闘を始めて自分たちが『スクール』を倒してしまえば、人でなくなったとしても朝槻真守の尊厳は学園都市に踏みにじられる。

 

『スクール』の少年も『グループ』の全員が真守を統括理事会に引き渡したくないと考えていると知っている。

 

だからこそ戦闘を開始しないで話をして時間稼ぎをしようと最初に言ったのだ。

 

「……アイツは今、どォしてる」

 

「安心しろ。悠長に眠りこけてる」

 

一方通行(アクセラレータ)の問いかけに、垣根は今でさえ柔らかな表情で『休眠』している真守を思い浮かべて告げる。

 

「……不自由はしてねェンだな?」

 

「そうね。外に出られないという点以外は私たちも最善を尽くしてきたわ」

 

緋鷹の言葉に一方通行(アクセラレータ)は沈黙する。

真守は学校に普通に通っていたはずだ。

真守は学校に行くのが楽しそうで、一方通行(アクセラレータ)に何度も自分が通う学校に来ればいいと言っていた。

一方通行も九月三〇日のことがなければ、長点上機学園に偽造目的で入学することなく、真守の学校に時期を見て転入していたことだろう。

学園都市が(かか)げた理念によって真守は日常を奪われた。

そんな真守を学園都市から守ることができるのか。

 

「オマエは…………アイツを守れンだな?」

 

「はん。誰に言ってやがる」

 

一方通行(アクセラレータ)がそう問いかけると、垣根は鼻で嗤って一方通行を睨みつける。

 

「俺は超能力者(レベル5)、第三位。未元物質(ダークマター)、垣根帝督。俺に常識は通じねえ。絶対能力者(レベル6)だろうが、全ての脅威から俺がアイツを守ってみせる」

 

「……そォか」

 

一方通行(アクセラレータ)は垣根の言葉にフッと笑う。

垣根は忌々しそうに一方通行を睨みつけていたが、そこで土御門の携帯電話に連絡が入った。

その連絡は統括理事会が八乙女緋鷹率いる『(しるべ)』と垣根帝督率いる『スクール』との交渉に応じるとのことで撤退せよ、という話だった。

 

「お前ら撤収だ」

 

土御門が声を掛けた瞬間、土御門の右耳にそっと囁くような声が聞こえてきた。

 

『……土御門、お前だけに聞こえるように話してる』

 

土御門は語り掛けてきたのが垣根であると知り、そう知りながらも振り返ることなく『グループ』の仲間と共に去っていく。

 

『後で聞きたいことがある。後日迎えを寄越す』

 

「じゃあな『スクール』……頑張れよ」

 

土御門はその言葉に応えない代わりに、振り返って何も不自然がない言葉を垣根に掛ける。

 

「ああ」

 

垣根は土御門の言葉に薄く頷くと、土御門はそれを見て小さく笑ってからその場を立ち去った。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

『で? 一体何の用だ?』

 

後日。

垣根は土御門のもとに自分の能力で造り上げた人造生命体のカブトムシを一体寄越しており、カブトムシ越しに会話をしていた。

 

「俺が『ピンセット』で『滞空回線(アンダーライン)』から引き出した情報に少し気になるモンがあってな。専門家の話を聞きたい」

 

『……アレイスターの情報網に魔術があったのか?』

 

土御門を専門家としていうのであれば、確実に魔術だ。

そのため土御門がそう問いかけると、垣根はそれを肯定した。

 

「何かの暗喩(あんゆ)もあるかもしれねえが……真守に当てはめられているモチーフのこともある。まあアレは魔術的に考えて、真守にその役割(ロール)が当てはまるってことだったがな」

 

光を掲げる者(ルシフェル)の話か?』

 

「ああ。それとはまた違うがな」

 

『違う?』

 

垣根の容量を得ない言葉に土御門が真っ当な疑問を浮かべると、垣根は視線を鋭くして垣根が『ピンセット』によって『滞空回線(アンダーライン)』から引き出したコードを口にする。

 

「『ドラゴン』」

 

『……「ドラゴン」?』

 

「お前、大覇星祭の魔術師の一件で『ドラゴン』は堕天使の暗喩だって言ってただろ。その『ドラゴン』について聞きたくてな。源白が『ANGEL』っていうプロジェクトで天使化させられたこともある。……アレイスターに繋がってるテメエの力は借りねえが知識には用がある。だから『ドラゴン』について詳しく聞かせろ」

 

垣根が土御門の立場を考えて一応配慮してそう言うと、土御門は戸惑った声を通信に乗せてきた。

 

『わかった、それ関連の資料を探してみる。……だが俺も「ドラゴン」というコードについては何も知らない』

 

「なんだと?」

 

『俺も聞いたことがない、その「ドラゴン」というコード。それが『滞空回線(アンダーライン)』から出てきたってことはよほど重要なモノらしいな。そのコードについて何か書かれていなかったか?』

 

「お前がそれを調べてどうするんだ?」

 

垣根が訝しむと、土御門は『グループ』としての立場を簡単に告げた。

 

『お前も知ってるだろう。俺たち「グループ」は全員人質を取られている』

 

「……一方通行(アクセラレータ)最終信号(ラストオーダー)妹達(シスターズ)。結標淡希は残骸(レムナント)事件の時の仲間。海原光貴……は、御坂美琴周囲で、お前は義妹か」

 

垣根が問いかけると、土御門はカブトムシの向こうで真剣な表情をした。

 

『ああ。だからあいつらと足並みをそろえてアレイスターに対する何らかの手立てを探している』

 

「そんなことしてお前の立場はどうなる? 大丈夫なのかよ?」

 

大切なものを守ろうと必死になっているくせに、気に入らない相手でも付き合いがある人間のことを気遣う垣根。

そんな垣根に、土御門は親しみを感じて軽く笑いかける。

 

『心配してくれるんだにゃー? ……問題ない。どうせ俺は自分のことを守る情報が必要だからな。俺だけだったらなんとかなるが、俺は舞夏を守らなくちゃならない。何があってもな』

 

「……ふーん。じゃあ暗部組織にまだ足突っ込んでるテメエにも情報を共有してやる。『ピンセット』の技術は既に解析済み。俺の能力で複製してやるから情報源として使え」

 

垣根はそこで、気のない返事をしながらも頷く。

 

『サンキュー。ていうかていとくんさあ、こんな便利なカブトムシがたくさんいるなんてよくも黙っていてくれたにゃー?』

 

土御門は話が終わったとして、垣根が未元物質(ダークマター)で造り上げた人造生命体群であるカブトムシを隠していたことについてぶーぶーと文句を言う。

 

「アレイスターの犬に誰が教えるかよ。……つーか、これでも真守を見つけられなかったんだ。それに前方のヴェントの時は何故か天罰術式が効いて機能不全に陥った。……まだまだ改良が必要だ」

 

『相変わらず向上心が高いにゃー』

 

「高くなくちゃ絶対能力者(レベル6)なんて守れるはずがねえだろうが」

 

垣根が忌々しくて吐き捨てるように告げると、土御門は声を静かにして告げる。

 

『朝槻のこと、頼んだぜい』

 

「お前に頼まれなくてもアイツは俺のモンだ。誰にも渡さねえ」

 

垣根が宣言すると、土御門は小さく笑って声音を真剣にした。

 

『……ちなみに』

 

「あ?」

 

垣根が真剣な声になった土御門に怪訝な返事をすると、土御門がぶち込んできた。

 

『神さまになってもお前は朝槻とヤるのか? つーかデキんの?』

 

「死ね」

 

垣根はインディアンポーカーの件と今の怒りをぶつけるために、カブトムシに空気砲をお見舞いするように手早く命令をする。

 

土御門の方にいたカブトムシと情報を共有すると、土御門は余裕の表情でカブトムシを挑発しながら空気砲を避けており、垣根は苛立ちを込めて土御門の周辺に展開していたカブトムシ数十匹を集結させた。

 

『刺突殺断』という反則技を繰り出す土御門も、『無限の創造性』を持つ垣根帝督には流石に勝てず、敗北宣言をした。

 

垣根は当たり前だと鼻で嗤いながらも、変わらずに真守のことを心配する土御門に少しだけ安堵して、小さく軽く笑っていた。

 




暗部抗争篇、奪還後。所謂後日談が始まりました。

垣根くんと一方通行が初めて対峙しました。
垣根くんが真守ちゃんのために頑張っているので、一方通行はチンピラだとは思っていません。むしろ垣根くんにヒーロー性を見出しています。

何はともあれ垣根くん、暗部抗争篇を生き抜きました。
ここから物語は佳境です。旧約篇、最後までお楽しみいただけたら幸いです。



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第一三四話:〈純愛存在〉と再び会話を

第一三四話、投稿します。
次は一月六日木曜日です。


垣根は真守が使っている部屋を訪れた。

自動扉をくぐって垣根が部屋に入ると、真守は変わらずにベッドの上で丸くなって眠っていた。

 

部屋の家具は全て真守が好むようなシンプルな家具が置かれている。

そんな家具に囲まれて天蓋付きのベッドで眠っている真守は、神さまとして本当に大事に扱われているらしい。

 

垣根はすぅすぅと寝息を立てて眠っている真守のベッドへと近づいて、そっと腰を下ろした。

真守は自分の高校のセーラー服を着ており、少し乱れているそれを垣根は直してやる。

すると垣根はあることに気が付いて薄く目を見開いた。

 

真守の右手薬指。

 

そこには垣根が真守に渡した、光の角度で虹色に光り輝く精緻な模様が刻まれた銀のペアリングが嵌められていた。

 

垣根はそれを見て胸が詰まってしまう。

真守は絶対能力者(レベル6)になっても人のことを大切に想う気持ちを忘れていなかった。

 

自分のことをちゃんと愛してくれていた。

 

それが本当にうれしくて。

垣根は躊躇(ためら)いがちになりながらも、真守の頭をそっと撫でた。

頭を(おお)っている真守の黒い艶やかな猫っ毛は何も変わっておらず、前と同じ手触りで垣根は酷く安堵した。

 

「真守」

 

垣根は眠っている真守に柔らかく笑いかけて髪の毛を撫でてやる。

 

「源白も、林檎と一緒に来るからな」

 

垣根の告げた通り、現在『スクール』の三人が深城と林檎を迎えに行っている。

三人で迎えに行かせたのは統括理事会が何かしてくるかもしれないからだ。

当初の予定では垣根も一緒に行くはずだったが、心理定規(メジャーハート)が大丈夫だから真守のそばにいればいいと気を使ってくれた。

垣根は真守の頭を撫でるのをやめて、真守が眠っている姿を見つめていた。

 

ここ数日、本当に苦しかった。

真守はずっと不当に扱われていて、苦しいはずなのに苦しいという感情を持てないようになっていたのだと思っていた。

まさか緋鷹が真守を統括理事会から隠し通していたとは夢にも思わなかった。

 

ずっと真守の無事を祈っていた。

 

だから真守が大事に扱われていて、心底ほっとした。

緋鷹が言うには、絶対能力者(レベル6)へと進化(シフト)した真守は自分の不必要な機能をスイッチを切り換えるようにオンオフできるらしい。

そのため緋鷹は真守が寝ているのではなく『休眠状態』だと表現したのだ。

 

 

垣根がずっと真守を眺めていると、その時がやってきた。

 

 

ぴくッと真守のまぶたが動き。

 

 

真守は、ゆっくりと目を開いた。

 

 

「真守」

 

垣根は真守の名前を震える声で呼んだ。

すると真守は、待ち焦がれていた愛しいその声に目を見開いた。

真守はもぞもぞと体を動かして起き上がると、澄んだエメラルドグリーンの瞳で垣根を見上げた。

 

「垣根」

 

いつものダウナー声ながらも無機質さを秘めている声音だった。

その声音で真守が本当に人から離れてしまったのだと垣根は気が付いた。

でも、真守の本質は何も変わっていないとも気が付かされた。

 

垣根はどうすればいいか分からなくなってしまった。

 

たくさん言いたい事があった。

たくさん抱きしめてやりたかったし、頭を撫でて、それでキスもして、できればそれ以上もしたかった。

 

だがいざ目の前にすると、どうしたらいいか分からなかった。

 

垣根がどうしようもなく動けないでいると、真守がスッと手を出した。

 

そして、その小さな手で垣根の頬に手を添えてそっと撫でて、柔らかく微笑んだ。

 

「来てくれてありがとう」

 

その言葉を聞いた瞬間、垣根は真守の手を引っ張って抱きしめた。

 

脂肪がないながらも女の子らしい柔らかな感触に垣根の手は震える。

それでも真守がここにいると感じられて、胸が締め付けられる思いだった。

真守は垣根に抱きしめられると、両手を動かして垣根の腰に手を回した。

そしてゆっくりと垣根の背中を腰の下から撫でて、垣根の頑張りを(いたわ)った。

 

「……真守」

 

垣根が切なくなって思わずぽそっと呟くと、真守は『ん』と小さく(うな)る。

 

「またねって言った。だから会えるって分かってた」

 

真守はそう言って垣根の胸へとすり寄って告げる。

 

「でも……やっぱり寂しかった」

 

垣根は真守の言葉を聞いて切なくなり、真守を抱きしめる腕に力が入った。

 

「真守」

 

垣根がそう告げると、真守はすり、と垣根の首筋に頬を摺り寄せる。

猫のような仕草が本当に真守だと垣根は理解できて、ほっと安堵の息を吐いた。

垣根はそこで真守をぎゅっと抱きしめて、真守の存在を一身に感じて口を開いた。

 

「会いたかった」

 

「私も」

 

「お前が心配だった」

 

「心配してくれてありがとう、垣根」

 

真守が柔らかく薄く笑って呟くと、垣根は真守の頭に頬を摺り寄せた。

 

「また会えて、よかった」

 

「うん、私も良かった。……とても良かったぞ」

 

真守は垣根の広い背中をギュッと抱きしめて告げる。

 

「垣根、私の気持ちは変わらないから。でも垣根が変わってしまった私のそばにいるのが辛くて、離れたくなったら離れてもいい。私はそれで構わない」

 

真守がゆっくりと(さと)すように告げるので、垣根は真守の腰に手を回したまま体を少しだけ離して、真守の顔を見た。

 

「ここまで必死こいてお前のところまでたどり着いたのに、そんなことできるわけねえだろ。舐めてんのか」

 

真守はそんな垣根を見て、くすくすと小さく笑う。

 

「垣根、相変わらず口悪い。……なあ、垣根」

 

「なんだ?」

 

真守は垣根を見上げて、ふにゃっと笑った。

 

「だいすき。それだけは変わらなかったよ」

 

垣根は真守が『それだけは』と言ったのが本当に苦しかった。

それでも、真守が自分のことを好きでいてくれて本当に良かったと垣根は思う。

別に真守が自分のことをもう愛してくれなくても、そばにいることができれば垣根はそれで良かった。

真守がひとりぼっちにならないで、非道な扱いを受けなければそれでいいと思ってた。

それでもやっぱり、想われている方が断然幸せだった。

 

「ああ。俺も愛してる。当たり前だ」

 

垣根は真守から離れてそっと頬に手を寄せる。

 

「キスしてもいいか?」

 

一応垣根が問いかけると、真守は即座に薄く頷く。

 

久しぶりに感じた真守の唇の感触は変わらなかった。

 

それが本当に良かったと、垣根帝督は心の底から思っていた。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

「緋鷹から聞いていると思うがな。垣根」

 

真守は自分のことを抱きしめたまま離さない垣根の背中を撫でながら口を開く。

 

「学園都市が隙を見せたことで生まれた争いと並行して、私が私を狙う学園都市の各所と争いをしてたら、どんなに最低限のダメージを心掛けても学園都市には致命的になる」

 

垣根帝督率いる『スクール』は真守を探し出すために動いていたが、『ブロック』という組織も動いており、アレイスターの居城である『窓のないビル』に奇襲を掛けようと学園都市の外から傭兵を(つの)っていた。

 

そんな『ブロック』を殲滅する目的で動いていた『グループ』を、『メンバー』はこの混乱に乗じて殲滅しようとしていた。

そんな『メンバー』は『スクール』にもちょっかいをかけてきたが、いくら『滞空回線(アンダーライン)』という最強の情報網を使えようと超能力者(レベル5)という最強戦力には勝てない。

 

暗部全体での争い。

あの戦いは何も垣根が引き起こしたものではなかった。

学園都市が隙を見せた事で、起こるべくして起こった暗部抗争だった。

そんな暗部抗争と絶対能力者(レベル6)である真守を巡る争いが同時に起こったら、それこそ学園都市は大ダメージを喰らう。

 

「私と同じでそれが分かっていた緋鷹がな、隠れるところを確保しているって言ったんだ。だからここにいた」

 

もし真守が身を隠さずに普通に過ごしていたら、真守を利用しようとする学園都市の上層部が攻撃を絶対に仕掛けてくる。

だが真守が身を隠すことで、真守を狙う者たちは『攻撃』ではなく『捜索』という方針を取るのだ。

攻撃をしなければ被害は出ない。捜索ならば水面下で事を進める。

だから学園都市が致命傷を受ける事はない。

 

真守は絶対能力者(レベル6)となって、この先自分に対する学園都市の動きがどのようになるか分かっていた。

緋鷹は限定的な未来しか()ることができないが、それでも真守が絶対能力者(レベル6)として顕現した時に学園都市で何が起こるか想定できていたので、対処するために既に動いていた。

 

九月三〇日。

真守は垣根から貰った指輪を絶対能力者(レベル6)進化(シフト)した余波で壊さないために、傷つけないように細心の注意を払って演算し、遠くへと放り投げた。

その指輪を拾いに行った時に、緋鷹は真守にしか分からない形で接触してきたのだ。

そして真守は緋鷹と共に『施設(サナトリウム)』に身を隠した。

それが、絶対能力者(レベル6)へと進化(シフト)した九月三〇日から今日までの真守の足取りだった。

 

「垣根が来てくれるか保証がない。それが()えないって緋鷹は言ってたけど、私は絶対に来てくれるって分かってた。絶対に来てくれて、私の味方になってくれるって信じてた」

 

真守はずっと信じて待っていてくれた。

真守が人の心を忘れてなくて本当に良かったと、垣根は真守と会話をしながらずっと思っていた。

 

「でもな、待ってるの苦しかった。だからここ数日間はずっと『眠って』た。みんなにすごく会いたかった」

 

垣根は寂しい思いをしていた真守のことを想って、真守の背中をそっと撫でた。

 

「約束通り、俺はお前のそばにちゃんと来たからな」

 

その手の感触が完璧に垣根のものだったので、真守は背中を撫でられて気持ちよくて目を細めながら、垣根を見上げた。

 

「垣根も、ここ数日間何があったか聞かせてくれるか?」

 

垣根は話をした。

人を傷つけて真守を求めたこと、その時死人を極力出さなかったこと。

それでもやっぱり死人が出てしまって。それを自分はどうしても止めることができなかったこと。

 

「俺がお前に辿り着くためにやったことだ。死人が出たことはお前のせいじゃない。絶対に気にするな。分かったな?」

 

「垣根、闇咲逢魔みたいなこと言ってる」

 

真守が言っているのは八月三一日、呪いを受けた愛する人間のためにインデックスを襲った神道系魔術師のことだ。

彼も愛する人間に罪を背負わせないために『俺のためにやったことだ』と再三に渡って宣言していた。

 

「……しょうがねえだろ。本気でそう思ってんだから」

 

闇咲逢魔と同じことを言ってしまってもしょうがないと垣根が顔をしかめると、真守は垣根の頬に手を添えて撫でながら控えめな微笑を浮かべる。

 

「垣根、『アイテム』の子たちのこと気に掛けてるのか?」

 

真守の問いかけに垣根は硬直する。

真守には今日あったことを全て話したのだ。

その中で『アイテム』と交戦して麦野沈利に粛清されたフレンダ=セイヴェルンのこと、自爆して生死の境をさまよっている滝壺理后のことももちろん包み隠さず話した。

 

「……。……ああ、そうだな。はっきり言って気にしてる。お前を取り戻す戦いでお前の全ての始まりを生み出しちまわないか……気になってる」

 

「じゃあ会いに行くか?」

 

垣根が真守の言葉に目を逸らして告げると、真守がそんな事を言いだした。

 

「は?」

 

「私がいればその子を助けられる。だから行こう。垣根」

 

真守は絶対能力者(レベル6)である前に人体にエネルギーを通して操ることができる超能力者(レベル5)だった。

化学物質に侵されて瀕死になっている人間の命を繋ぐことなど容易い。

それになんと言っても真守は能力体結晶について詳しい。

それでも垣根は、真守の言葉にたっぷり固まってから声を絞り出した。

 

「……お前、ここから出られるのか?」

 

自分のために真守が行動してくれるのは嬉しい。

それでも垣根は学園都市に実験材料として狙われている真守の立場が一番心配なのだ。

真守はそんな垣根の心配を消し飛ばすためにふにゃっと笑った。

 

「垣根が力を示してくれたから学園都市も下手な手を出せなくなった。だから私が外に出ても様子見するしかない。私を巡って垣根たちを巻き込んで、大きな争いを生み出すことは得策じゃないって上層部も分かってる。だから密かに動けば大丈夫だぞ」

 

垣根は自分の頬に手を添えている真守の手を取って優しく握る。

 

「……分かった」

 

「じゃあ行こうか、垣根」

 

真守は垣根の優しい言葉に柔らかく目を細める。

 

「……その前に、源白と林檎には会えよ」

 

「うん。分かってるぞ、大丈夫」

 

真守は垣根を安心させるために微笑んだ。

その笑みが変わっていなくて、垣根は本日何度目か分からない安堵の笑みを浮かべた。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

「真守ちゃん!!」

 

部屋に入ってきた深城は真守を見て、うるうると瞳をうるませる。

 

「深城、久しぶり」

 

真守が無機質な声音で告げても、深城は驚き一つ見せずに真守へと突進する。

 

「真守ちゃぁあああん!!」

 

凄まじいスピードで真守が座っていたベッドに突進し、真守をぎゅっと抱きしめる。

真守の隣に座っていた垣根は、とんでもないスピードで近づいてきた深城に反射的に体をのけぞらせた。

深城はそんな垣根を気にせずに真守にすりすりすり寄ってえっぐえっぐとしゃくりあげながら告げる。

 

「苦しかったでしょ、寂しかったでしょお? 不自由してたでしょぉ、もう大丈夫だからねえ!!」

 

「うん」

 

真守が頷くと、深城は真守をぎゅうぎゅうと谷間に溺れさせるかのように抱きしめて後頭部を撫でる。

 

「真守ちゃん、だいすき。愛してる。この世で一番だいすきこの世で一番大切にしてる!!」

 

「……むぐ、知ってる」

 

真守が胸から顔を出して告げると、真守のことをじぃっと正面から捉えた。

 

「真守ちゃんの幸せ、守ってあげるからねえ!」

 

「ありがと」

 

深城が自分のことを思って決意しているのを真守が聞いていると、そこに林檎がトテトテやってきてベッドの前に立つ。

そして、ていっと真守の膝を軽く叩いた。

 

「朝槻のばか。なンで約束破ったンだ!! おしおきだァ、おしおき!!」

 

林檎はぽかぽかと何度も軽い拳で真守を叩く。

深城を迎えに行って一緒にご飯を食べる約束を真守は林檎としていたが、それを破ったのだ。

若干一方通行(アクセラレータ)口調になっているのは林檎の感情が高ぶって、一方通行の口調に引っ張られてしまっているからである。

林檎は真守に一方通行(アクセラレータ)の演算パターンに合わせて脳の電気信号を最適化してもらったため、根底には一方通行の思考パターンがある。

気持ちが向上して口調が引っ張られるのは、一方通行(アクセラレータ)の演算パターンを植え付けられた人間の特徴だった。

 

「うん。おしおき受けてやる」

 

真守が深城に離してもらって自分を叩く林檎を抱っこすると、林檎はふん、と鼻を鳴らしてぷりぷり怒った様子でそっぽを向いた。

 

「朝槻」

 

だがすぐに真守を見つめて、真守の名前を愛おしげに呼んだ。

 

「なんだ?」

 

真守が林檎の呼びかけに応えると、林檎は真守の頭をなでなで撫でながら微笑む。

 

「大丈夫。朝槻は神さまになってもきれいだよ」

 

真守は自分の頭を控えめながらも大切そうに撫でる林檎の手を感じて、柔らかく目を細めた。

 

「お前のその言葉、本当にとっても嬉しかったんだ。ありがとう」

 

「あら、随分と良い暮らしをしていたみたいね」

 

真守が三人に囲まれていると、そこに『スクール』の構成員たちがこぞってやってきた。

 

心理定規(メジャーハート)、久しぶり」

 

真守がダウナー声ながらも無機質に告げると、心理定規(メジャーハート)はそれに少しだけ目を見開いた。

それでもニコッとすぐに笑って真守へと近づく。

 

「ええ、久しぶり。……あなた、本当に変わってないわね。安心したわ」

 

「うん」

 

「朝槻さんっ!!」

 

真守が頷くと、うずうずとしていた弓箭がわぁぁんと声を上げて真守に近づく。

真守は林檎をベッドの上に乗せると、両手を開いて弓箭に抱き着くように促す。

弓箭はふるふると震えながらも真守の細い腰に手を回す。

それが真守のいつもの抱き心地だと分かると、弓箭はひっぐ、としゃくりあげてボロボロと涙を零す。

 

「不自由はしてませんでしたかっ!? 不当な扱い受けてませんかっ!! これからは猟虎が朝槻さんのそばにいます、絶対に一緒にいますからっ! もう大丈夫ですよ!!」

 

「ありがとう」

 

真守は戦闘の証として全身から火薬の臭いが立ち込める弓箭の後頭部を、優しく撫でる。

そんな真守に、誉望がおずおずと声を掛けた。

 

「その、……ご無事で何よりです。朝槻さん」

 

「ありがとう、誉望」

 

真守は誉望にお礼を言いながら、そこで誉望の手を小さな手で取った。

 

「「!?」」

 

垣根と誉望が同時に目を見開く中、真守は柔らかく微笑む。

 

「これからも垣根がお前のこと良いように扱うと思うけど、何かあったらちゃんと言うんだぞ。私にとって、お前はとっても頼りになる人だから」

 

「……ハッ、ハイッ!」

 

誉望は裏返った声で真守に応えながら『早く離してください』と言わんばかりに震える。

真守はくすくすと笑って誉望から手を離した。

そして、とんでもない顔で嫉妬している垣根を見た。

 

「垣根。誉望のことイジめちゃダメだぞ?」

 

真守が柔らかく声を掛けてくるが、垣根はブチ切れ寸前で真守を見た。

 

「真守。お前、イジめたおされてえのか……?」

 

垣根が地を這う声を出すので、真守は小さく笑う。

 

「垣根、相変わらず嫉妬深いな。心配しなくても私は垣根の恋人だぞ?」

 

「心配とかじゃねえよただ単に気に食わねえんだよ一生他の男に触るな」

 

垣根が早口でまくしたてるので、真守はくすくすと笑う。

 

「相変わらず独占欲強めね」

 

心理定規(メジャーハート)は垣根を見てため息を吐く。

 

「……垣根さん、必死ですね。なんかちょっとかわいい」

 

弓箭は真守のお腹に抱き着きながらぽそっと呟き、女の子はセーフなんだ、と妙な優越感に浸って真守の薄い腹に頬を摺り寄せていた。

 

弓箭が真守に抱き着いていることもギリギリ許容範囲の垣根だが、格下の誉望は完全にアウトである。

 

いつもと変わらない調子で器が小さい垣根を見て、真守はくすっと小さく笑う。

 

そして自分が変わっても、変わらずに信じてくれている彼らの姿を見て、真守は安堵していた。

 




垣根くんたち、真守ちゃんと話ができました。
ここから本格的に真守ちゃん復活です。
次回、もう一人のヒーローが出てきます。



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第一三五話:〈同類追駆〉は決意する

第一三五話、投稿します。
次は一月七日金曜日です。


真守と垣根は暗部抗争で垣根と対峙して自爆した、滝壺理后が運び込まれた冥土帰し(ヘブンキャンセラー)のいるマンモス病院へと向かう準備をしていた。

そんな真守に、緋鷹は目立たないためにローブを着させており、緋鷹は真守のローブを整えながら車椅子に乗ったまま顔を上げた。

 

「いい? 統括理事会が手を出さなくたってあなたを狙っているところはたくさんあるのよ。危ないから絶対にここに帰ってきてね」

 

「うん。分かってるぞ」

 

「お前は真守の母親か?」

 

緋鷹と真守の様子を見ていた垣根が思わずぼやくと、緋鷹はキッと垣根を睨み上げた。

 

「何よ。こうやって言い聞かせてても勝手にどっか行っちゃうかもしれないんだから。言いたくなるに決まってるでしょ」

 

「真守はガキじゃねえよ」

 

「あなたはここ数日真守さんと一緒にいなかったからそういうことが言えるのよ。私の方がこうなった真守さんと一緒にいるのが長いの。文句は言わせないわ」

 

「……、」

 

垣根はその言葉に何も反論できずに口を(つぐ)む。

そんな垣根を、緋鷹は車椅子から真剣な表情で見上げた。

 

「帝督さん。真守さんのことよろしくね。あなたが頼りなんだから」

 

「お前によろしくされなくても分かってる。……行くぞ、真守」

 

垣根はそこで、自分の身を完全にローブで隠した真守のことをお姫様抱っこしようとする。

 

「私普通に飛べるぞ。しかも翼も出せる。垣根とお揃いだな」

 

真守が何も問題ないと告げると、垣根はそんな真守に早くこっちに来いと逆手で真守を呼びながら顔をしかめる。

 

「お揃いなのは別に良いが、スカートで飛ぶんじゃねえ。大人しくしてろ」

 

「別に問題ないのに」

 

真守は文句を言いつつも、垣根の肩に自分の手を置いてお姫様抱っこをしてもらった。

 

「こいつ……相変わらずパンツをモロに見せることに抵抗がねえな……」

 

垣根は絶対能力者(レベル6)進化(シフト)しても相変わらず下着を見られることに無頓着な真守に苛立ちを見せる。

まあ人間であった時に気にしていなかったことが絶対能力者(レベル6)になって気にすることなんてありえないのだが、それでも文句は言いたくなるものだ。

 

「真守」

 

垣根が真剣な声で自分の名前を呼ぶので、真守はコテッと首を傾げた。

 

「なんだ?」

 

「……頼むから、俺から絶対に離れるなよ。分かったか?」

 

垣根の切羽詰まった声を聞いて、真守は垣根のさらさらとした茶髪を撫でながら微笑む。

 

「分かってる」

 

真守が頷いたのを見た垣根は、そこで緋鷹の隣で真守を心配そうに見つめていた深城へと視線を移した。

 

「じゃあちょっと行ってくる」

 

「垣根さん、気を付けて。真守ちゃん、主治医さまが心配してたからちゃんと会いに行ってね」

 

深城が気にしているのは真守と自分の主治医である冥土帰し(ヘブンキャンセラー)だ。

真守も気になっているのでコクッと頷いた。

 

「私も先生と話がしたいから。大丈夫だぞ、深城」

 

垣根はそんな真守を見て柔らかく目を細めると、心配そうにしている『スクール』や、林檎と深城。そして緋鷹を見た。

無言で挨拶をすますと、真守の小さな体を感じてそっと抱き直して歩き出した。

 

 

 

垣根は核シェルターの外へ出て、未元物質(ダークマター)でできた三対六枚の純白の翼を広げた。

 

「真守、一つ聞いてもいいか?」

 

「なんだ?」

 

真守がきょとっと目を見開いて垣根を見上げると、垣根は真守を見ずにふわっと浮き上がる。

 

「八乙女はお前のこと、大事に扱ってんのか?」

 

「うん。とっても大事にしてくれる」

 

垣根が真守に視線を寄越さずに問いかけると、真守は薄く微笑む。

そして垣根の首に回していた手にギュッと力を入れた。

 

「あの子は私のこと、神さまだと思ってるからな」

 

「……そうか」

 

垣根はその言葉にどう応えていいか分からずに、そう呟いた。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

第七学区のマンモス病院。

その病院のとある廊下の待機用ののソファに座っていた浜面仕上は、そわそわと落ち着かない様子だった。

 

「浜面」

 

そんな浜面に声を掛けたのは松葉杖を突いて歩いてきた絹旗最愛だ。

彼女は体のあちこちに湿布を張ったまま、ゆっくりと浜面の隣に腰を下ろした。

 

「怪我は大丈夫なのかよ?」

 

自分も麦野との戦闘で耳が一つ潰れていたり全身に怪我を負っているが、それでも浜面は絹旗を心配する。

 

「超問題ありません。垣根帝督は超手加減してましたので」

 

彼が本気になったら私は生きていませんよ、と続ける絹旗の言葉を聞きながら、浜面はグッと奥歯を噛み締める。

 

大切なものを取り戻すために『アイテム』と戦って、学園都市に反旗を(ひるがえ)した垣根帝督率いる『スクール』。

 

彼らは大切な存在を取り戻せたのだろうか。

それともこの学園都市に敗北して死んでしまったのか。

確認することなんてできない。確認したってどうにもならない。

そして浜面仕上は彼らを気にしている暇なんてない。

 

重い沈黙が二人を包み込む中、滝壺の治療が行われている部屋の扉が開かれた。

両扉から出てきたのは、カエル顔の医者だった。

 

「滝壺は!?」

 

近寄ってきた浜面を見て、冥土帰し(ヘブンキャンセラー)は落ち着いた様子で告げる。

 

「まだ予断を許さない状態だが、死ぬことはないね?」

 

冥土帰し(ヘブンキャンセラー)の言っていることが分からず、浜面は疑問の声を上げた。

 

「?? 言ってる意味が分からねえ。それはつまり滝壺は大丈夫じゃねえのか、大丈夫なのかどっちなんだよ!」

 

「彼女を生存させるための機能を全て機械で代替している。だから死ぬことはないよ? 彼女の体が自らで調子を取り戻すまでそうやって処置をして、機械がいらなくなるまで代替すればいいんだね?」

 

冥土帰し(ヘブンキャンセラー)の説明を聞いた浜面は、足りない頭を使って状況を整理して声を荒らげた。

 

「つまり滝壺の自然回復を待つってことかよ!? もっと簡単に滝壺を治す方法はねえのかよ!!」

 

「今彼女の体に不用意な処置を施せば逆に危ないんだ。小康状態に持って行くまでこの状態でいるしかないよ?」

 

浜面はその言葉を聞いてチッと舌打ちする。

垣根帝督がこの医者に見せれば大丈夫だと言っていたのに、とんだヤブ医者だと思った。

だが浜面は知らない。

滝壺を生かしている技術が冥土帰し(ヘブンキャンセラー)の開発したもので、彼のもとに来なければ滝壺は確実に死んでいたことを。

冥土帰し(ヘブンキャンセラー)のことをなんとなく聞いたことがある絹旗は彼が言うならば問題ないと思っていたが、それを知らない浜面に説明しても意味がないと思って黙っていた。

あまり頭の良くない浜面は、そこで誰かの足音が聞こえてきてハッと顔を上げた。

 

「お前……!!」

 

そこには、スーツのポケットに片手を突っ込んでいる垣根帝督の姿があった。

垣根帝督は、(かたわ)らにいるローブを被って顔を隠した小柄な人物にピタッと寄り添うようにそこに立っていた。

絹旗は敵意のない垣根に困惑しつつも一応構える。

 

冥土帰し(ヘブンキャンセラー)はいつもだったらここで戦闘は禁止だと言うが、勝手知ったる彼らにそれをわざわざ注意しなくてもいいと知っていたので黙っていた。

黙って、ローブを(まと)った少女が自分に近づいてくるのをじっと待っていた。

その人影は冥土帰し(ヘブンキャンセラー)の前までやってくると、そっとローブから顔を出した。

 

「あ、あんたは!!」

 

浜面はローブの中から顔を出した人物に驚愕する。

 

無能力者(レベル0)の浜面でも知っているその少女は、超能力者(レベル5)、第一位。流動源力(ギアホイール)、朝槻真守だ。

 

ちょっと可愛い。いや生でみるとめっちゃ可愛い。

 

浜面は顔立ちの整った真守を見つめて不謹慎にもちょっと心が揺れ動く。

真守はそんな浜面と警戒心を(あら)わにしている絹旗を気にせずに、冥土帰し(ヘブンキャンセラー)にそっと抱き着いた。

 

「先生、心配かけた」

 

「問題ないよ? よく無事だったね?」

 

そこで浜面は全てを悟った。

垣根帝督が探していたのは朝槻真守で、朝槻真守はずっと自分の親しい人間たちから引き離されていたのだと。

 

「体の方は?」

 

「大丈夫。もう全部大丈夫になったんだ」

 

冥土帰し(ヘブンキャンセラー)が主治医らしく真守の体調について問いかけると、真守は問題ないと微笑んだ。

真守は絶対能力者(レベル6)進化(シフト)したおかげで完全な体に組み替えられた。

内臓器官も体に最適になっているから、内臓器官を助ける薬をもう飲み続ける必要なくなったのだ。

 

「彼女を助けに来たのかい?」

 

「うん、そうなんだ」

 

真守がノータイムで答えると、浜面と絹旗は驚愕した。

 

「この中だ」

 

冥土帰し(ヘブンキャンセラー)が真守に滝壺が寝かされている部屋を示したので、浜面が待ったをかける。

 

「ちょっと待て! お前が滝壺を診るのか?!」

 

「能力体結晶」

 

真守は滝壺の体を蝕んでいる化学物質の名前を淡々と告げた。

 

「私はそれをずっと調べていた。……能力体結晶を生み出した人間並みには詳しいぞ」

 

そこで浜面は思い出した。

垣根帝督が探していた存在は、過去に能力体結晶が原因で大切な人を喪っている。

だから垣根帝督はなんとしてでも朝槻真守のために滝壺理后を救おうとしたのだ。

真守は黙った浜面をちらっと見てから、そのまま滝壺理后がいる部屋へと入っていく。

冥土帰し(ヘブンキャンセラー)は両手をポケットに突っ込んで立っていた垣根を見つめた。

 

「彼女はどこにいたんだい?」

 

「真守のことを大事に想ってる人間に(かくま)われていた。だから誰も真守に手を出しちゃいない」

 

「そうか。それは良かったね?」

 

冥土帰し(ヘブンキャンセラー)と垣根が親しい様子で真守のことを話している姿を見て、浜面と絹旗は二人が本当に真守のことを大事に想っていて、そしてそれ故に取り戻そうと垣根が奮闘していたと今一度思い知らされた。

それから十分もしない内に真守は滝壺がいた部屋から出てきた。

 

「た、滝壺は?」

 

浜面が真守に駆け寄って声を掛けると、真守は蒼閃光(そうせんこう)で形作られた猫耳と尻尾をスゥッと消しながら告げる。

 

「人工透析による浸透圧で毒素を抜く必要がある」

 

「ドクソ?」

 

浜面がその言葉にきょとんとすると、真守は表情一つ変えずに詳しく説明する。

 

「細胞単位で毒素が溜まってる。能力体結晶を摂取し続けた副作用だ」

 

「それって能力体結晶そのものが超毒であるというわけではなく、それによって毒素が超溜まってしまったということですか?」

 

イマイチ状況を理解していない浜面の代わりに絹旗が整理して真守に問いかけると、真守はコクッと頷いた。

 

「うん。浸透圧は分かるか?」

 

「うぇ……えーっと…………?」

 

浜面は突然難しい言葉を掛けられたので必死に頭を動かすが、その単語の意味が分からない。

 

「料理で塩漬けしたものの塩を抜くために必要な迎え塩は分かるか?」

 

まったく勉強できない浜面にも分かりやすいように真守が問いかけると、浜面は目を瞬かせた。

 

「確か塩漬けした食べ物から塩を抜くために水につけるとき、効率よく塩を抜くために水に食塩をちょっと入れる……ってヤツか?」

 

浜面がそういう家庭的なものなら分かると頷くと、真守は淡々と『浸透圧』の説明をする。

 

「濃度の異なる二種類のものを混ぜた時、成分は当然として均一になろうとする。それが浸透圧だ。塩漬けしたものは濃度が濃い。対して迎え塩をした水は濃度が薄い。すると二つの塩分濃度が均一になろうとして、塩漬けしたものから塩水に早く塩分が抜けることになる」

 

浸透圧について説明を終えると、真守は滝壺の処置に関しての話に入る。

 

「人工透析をして血中にある毒素をある程度抜き、細胞に含まれている毒素を浸透圧で血液に出す。その血液を再び人工透析にかけて、また細胞に含まれている毒素を浸透圧で血液に出す……という作業を繰り返していけばいい」

 

「それって……ものすごく時間がかかるんじゃないのか?」

 

「かかる」

 

浜面が真守の詳しい説明を聞いて顔をしかめながら問いかけると、真守はそれを肯定した。

 

「それに今、私が滝壺理后の体のエネルギー循環を整えたから峠を越えられたが、能力体結晶の乱用で体内のあらゆる分泌物質のバランスが崩れている。人工透析を開始する前にまずはこれを治療しなければならない。お前は能力体結晶がどのようなモノか知っているか?」

 

真守が問いかけると、浜面はふるふると首を横に振った。

 

「能力体結晶とは、暴走能力者の各種神経伝達物質や異常分泌されたホルモンを凝縮、精製したものだ。だからそんなものを摂取したら体内のあらゆるバランスが崩れる。まずはそれの治療からだ。そんなの当たり前だろう?」

 

「え!? 能力体結晶ってどっかの誰かの分泌物だったの!? 滝壺はそれをずっと摂取してたってことォ!?」

 

浜面がまさかの能力体結晶の精製方法に声を上げると、真守はそんな浜面のリアクションを見て頷く。

 

「まあ普通は知らない事だよな」

 

真守が淡々と告げると、浜面は声を荒らげる。

 

「いや普通じゃなくても知らねえよ!! 俺は一〇〇人の武装無能力集団(スキルアウト)を束ねてたリーダーだぞ!?」

 

真守はそれを聞いてきょとっと目を開いて浜面を見た。

 

「それは自分を自分で貶めているのか優位に立とうとしているのか、どっちだ? ……どっちもか、それとも何も考えていないのか?」

 

「…………な、何も考えてないです」

 

浜面は全てを看破されて思わずぽそぽそと呟く。

真守は浜面に説明が終わったので冥土帰し(ヘブンキャンセラー)の方へと振り返り、滝壺について話を始める。

どうやら滝壺理后の体を循環するエネルギーのどこをイジり、足りないエネルギーをどうやって補填(ほてん)し、脳の電気信号の指令をどう出したとか、そういう専門的な話で浜面にはさっぱりわからなかった。

 

(つーか第一位って生で見ると本当にかわいいんだなー。写真で見た時は気難しそうでお高く止まってるとか思ったが、自分が大変だったのに滝壺のことを助けに来るとか優しいんだなあ。クールなのに優しいのか。ローブで見えないけれどアイドル体型っぽいし、ギャップ萌えでモテそうだよなー)

 

淡々と高度な話をしている真守を見つめて、浜面が思わず緊張がほぐれた頭でそんな色恋について考えをしていると、突然ゾッと怖気が立つ殺気が辺りに立ち込めてきて体を固まらせた。

カチコチ体を凍らせたまま浜面がギギギーッと首を動かして振り返ると、そこに冷酷な瞳で自分を射抜いていた垣根帝督が立っていた。

 

「オイ。ナニ俺の女に色目使ってんだよ握り潰すぞ」

 

「ヒィッ!? ドコ!? ドコをぉッ!?」

 

浜面が垣根の脅しにガタガタと震えていると、垣根は視線を下に向けて浜面の股の辺りを見た。

そしてゆっくりと浜面の顔に視線を戻して睨みつける。

 

「一つしかねえだろ」

 

「いやああああせめて頭にしてぇえええ!!」

 

浜面は男として終焉させられそうになったので声を上げる。

体をくねくねさせて股間を抑えて守る浜面が心底気持ち悪くて、垣根は『何だこの男』とげんなりする。

そんな中、絹旗が小さく手を上げた。

 

「いえ、浜面。頭だったら超即死ですけど、タマだったら死にませんよ」

 

「死ぬの!! 俺が男として死ぬの!! そしたら頭潰されるのと一緒ぉ!!」

 

誰もが直接言わなかったことをよりにもよって女の子の絹旗が言ったことに誰も突っ込まずに、浜面はいやだぁあああと叫び声を上げる。

 

「垣根、話が終わったぞ」

 

殺気を放っていた垣根だったが、真守はそんな垣根に近づく。

そしてちょいちょいっと垣根のジャケットの裾を真守が引っ張ると、垣根はその殺意をかき消して真守を見た。

 

「もういいのか?」

 

真守は垣根に声を掛けられて頷く。

 

「うん。先生ともちゃんとたくさん話した」

 

垣根は真守の満足そうな様子にふっと目元を柔らかく細めた。

 

「そうか。お前が良いなら俺もそれで良い」

 

垣根が柔らかく真守に笑いかけるので、浜面と絹旗はその変わりっぷりに思わず硬直する。

 

「帰るか?」

 

「うん」

 

垣根が問いかけると真守はコクッと即座に頷き、垣根は真守の頭にローブをかけてやってその顔を見えなくして、真守を優しく抱き上げた。

 

「じゃあな、冥土帰し(ヘブンキャンセラー)

 

「ああ、またね?」

 

垣根が声を掛けると、冥土帰し(ヘブンキャンセラー)は柔らかく微笑む。

そんな冥土帰しに向かって真守がふりふりと手を振っていると、垣根は浜面と絹旗を見た。

 

「俺はフレンダ=セイヴェルンに足を洗うように言ったからな」

 

垣根に声を掛けられて絹旗は硬直して、浜面はグッと唇をかみしめる。

 

フレンダは表でも生きていける。

佐天涙子という友達がいるということはそういうことだと垣根は理解した。

何故なら『闇』にどっぷり浸かった人間には表の世界の人間は眩し過ぎる。

それなのにフレンダ=セイヴェルンが佐天涙子と友達になれたのならば、彼女は表の世界でもやっていけるということだ。

 

表で生きていく。

だが麦野沈利はフレンダが『裏』から足を洗う行為を裏切りだとして『粛清』した。

 

確かに垣根が真守を取り戻すために動き出さなければフレンダは死ななかった。

だが垣根は大切な存在から引き離されてしまってどうしても我慢ならなかった。

 

その気持ちは分かる。

浜面も元仲間である麦野沈利と戦っても滝壺理后を守りたかったからだ。

 

何が悪かったかはっきり言えない。

だがそれでも一つの命がも喪われたことは明らかだった。

 

「あの女がそう簡単に死ぬとは思えねえ」

 

垣根の言葉に浜面はぎょっと目を見開いた。

あの女、というのはもちろん麦野沈利のことである。

 

超能力者(レベル5)ってのはそんなモンだ。利用できるならば骨の髄まで利用し尽くされる。俺も、コイツもな」

 

垣根はそこで、浜面たちを寂しそうに見つめていた真守を抱き直して呟く。

 

「お前らの問題はお前らでどうにかしろ。麦野沈利がフレンダ=セイヴェルンを殺したのはお前たちの絆に問題があったって分かってるよな?」

 

浜面はそれを聞いて(うつむ)く。

垣根の言う通りだ。

垣根はフレンダを見逃した。

その命を(おびや)かそうなんて微塵(みじん)も考えていなかった。

 

その命を奪ったのはフレンダが大切な仲間だと思っていた麦野沈利で、彼女たちの関係性がそこまでだとまったく知らない垣根には何の手出しもできない。

 

フレンダと垣根は知り合いでもないし、そもそも両者は敵対していたのだ。

フレンダを助けなければならない理由なんて、垣根にはどこにもない。

確かに『アイテム』と激突した『スクール』にも責任が少しくらいあるだろう。

だが結局少しだけだ。

フレンダを殺したのは仲間だった麦野沈利なのだから。

 

「それでも気にかけておいてやる。でもそれだけだ。テメエの尻はテメエで拭け」

 

垣根は抱き上げている真守を揺すらないようにゆっくり歩きながらそのまま病院を後にする。

 

浜面は何も言わなかった。

だが彼に頼ることはしたくないと思っていた。

何故ならば、滝壺の命を彼らは救ってくれたのだから。

後は自分たちの問題だ。

 

そこで浜面は何があっても滝壺理后を守り抜くともう一度決心して、守るための戦いをしようと立ち上がった。

 




滝壺ちゃんの毒素についてですが、完全に推測です。
ですが血中だけに毒が回っているのであれば、エリザリーナの魔術によって快復するはずです。
でもそうならずに創約まで引っ張られて人工透析が良いと言われたのは、おそらく毒素が細胞単位で溜まっているのではないかと推測しました。
果たして真実はどうなのか……。
気になるところですね。



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第一三六話:〈千変万化〉を思い知らされても

第一三六話、投稿します。
次は一月八日土曜日です。


絶対能力者(レベル6)進化(シフト)した真守の身の回りの世話をしているのは八乙女緋鷹である。

緋鷹はここ数日、絶対に真守の部屋に朝行って真守の様子を見ていた。

今日もそれは変わらなかった。

 

「……、」

 

だが緋鷹は来なければ良かったと後悔した。

 

昨日、垣根帝督率いる『スクール』が真守のもとへとたどり着いた。

緋鷹は真守の味方となってくれた『スクール』が滞在できるように部屋もきちんと用意していた。

 

だが目の前の天蓋付きの真守が使用しているベッドには垣根帝督の姿もあった。

しかも垣根は真守の腕の中で気持ちよさそうに眠っている。

あの傍若無人な気配など微塵も感じさせない程に。それはもう、安らかに。

 

真守は自身の身体機能をスイッチでオンオフを切り替えるかのように、機能を起動したり停止したりできる。

そのため性欲が消滅したわけではないのだ。

つまり、そういう行いをしようと思えばできる。

 

真守と垣根は永遠を誓った恋人だ。

恋人ならば一緒に眠っていてもおかしくない。

床やソファに真守の制服やら垣根のスーツやらが脱ぎ捨てられていても、何もおかしいことではない。

それでもそれを生々しく見せつけられると緋鷹は何とも言えなくなってしまう。

 

緋鷹がちらっと真守に視線を寄越すと、真守はしぃーっと人差し指を唇に当て、緋鷹に『垣根を起こさないように静かにして』と体で示していた。

緋鷹は真守から垣根へと静かに視線を移す。

 

昨日のように張り詰めた、追い詰められたような表情はしていない。

むしろ逆に恐ろしくなるくらい穏やかな表情で眠っている。

 

「……どうするの?」

 

緋鷹が声をひそませて真守に訊ねると、真守は胸の中で眠っている垣根に視線を落としてから緋鷹を見た。

どうやら起きるまでこのままにしておくらしい。

 

(『スクール』のリーダーさまと今後の打ち合わせをしたかったんだけど……まあ、他の三人と話を進めればいいか)

 

緋鷹は妥協案を考えると、車椅子を動かして真守の部屋から出ていった。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

完全に寝過ごした、と垣根は思う。

昨日は色々とお察しで確かに少し遅く寝たが、それでも一五時過ぎまで爆睡するなんて思わなかった。

ここ数日思い詰めていてろくに眠れてなくても、流石にこれはマズいと思う。

 

垣根が爆睡している間に真守が何をしていたというと、ずっと付き合って添い寝していた。

真守は休眠状態になれるし、惰眠も(むさぼ)れるが、本来眠る必要はない。

ここ数日休眠していたのは垣根を待ち続けるのが酷く辛いことだったからだ。

 

そんな本来眠らなくていい真守はおそらく昨夜から一睡もしていない。

何故爆睡中の垣根にそんなことが分かるのか。

 

それはずっと真守が自分の背中を優しく撫でている感覚が垣根にはあったからだ。

それで安心して穏やかにこんなに長い時間眠ってしまったのだ。

しかも垣根が起きたら真守は、あの無機質なエメラルドグリーンの瞳でじぃっと垣根を見つめていた。

 

確実に見られていた、と垣根は悟った。

そして幸せそうに微笑んでいたから、垣根が自分の腕の中で眠っているのが嬉しくて眠っている自分を眺めていてずっと起きていたに違いないとも、垣根は悟った。

 

そんな垣根は即座に身支度を整えて『スクール』の構成員が使用している『施設(サナトリウム)』内の会議室に向かったが、入った途端生温かい目で迎えられた。

 

その生温かい目と言っても心理定規(メジャーハート)は呆れており、誉望は上司のそういうところを見てしまい、気まずそうにしていた。

そして弓箭は垣根の微笑ましい部分を見てとても穏やかな表情をしていた。

 

垣根が『なんだテメエらその目は!』と声を荒らげると、緋鷹が『何って、私の神さまの腕の中で幸せそうに眠ってた男を見る目だけど?』と心底冷えた声で告げた。

軽蔑の視線を向けられた垣根は、緋鷹に割とがっつり見られていたと思い知らされて軽く死にたくなった。

 

彼らは垣根が不在のまま緋鷹と共にこれからの方針について話し合っており、ローマ正教の脅威がおさまるまで、当面はこの『施設(サナトリウム)』で共同生活を行うこととなっていた。

 

その手筈として色々と準備をしなければならなくなった『スクール』の一同。

そんな『スクール』のリーダー、垣根に緋鷹が下した指示は『全員で動き出すと隙が生じるから真守さんのそばにいること』というものだった。

 

まあ願ってもないことだし、ちょっと気まずかったので垣根は緋鷹の指示の通りに真守の部屋へと向かった。

 

 

 

「真守」

 

「?」

 

垣根が部屋に入ると、散らかっていた部屋が綺麗に整えられていた。

ベッドのシーツが綺麗になっていたが、この部屋にシーツの替えがあるとはとても思えない。

どうやら誰かが掃除をしたらしく、なんとも言えない気持ちになった垣根だったが、とりあえずソファに座っている真守に近づいた。

 

「……あー……、今源白の体をこっちに移してっから。それで他の連中は出払ってる」

 

「知ってるぞ。それに深城が私の服や大切なものを持ってきてくれようとしてるのも分かってる」

 

「……そうか」

 

垣根は既に真守が全てを知っている様子なので(うめ)くように呟く。

真守は人の格好をしてはいるが、絶対能力者(レベル6)へと進化(シフト)したのだ。

他人が一々伝えなくても察することができる。

そういうことらしい。

 

真守が絶対能力者(レベル6)へと進化(シフト)した片鱗を垣根が感じていると、真守はコテッと首を傾げた。

 

「垣根。もう少し寝るか?」

 

真守はそう言いながら自分の前に立っている垣根を(うなが)すために、ポンポンと自分の膝を叩く。

 

「……いや、ダメ人間になるからいい」

 

確かに垣根は真守がいない数日間の疲れが抜け切れているわけではない。

それに真守の膝枕はとても魅力的だが、一人の男としてそこまで甘えるのはダメな気がする。

そのため垣根は真守の誘いを断るが、それで引き下がる真守ではない。

 

「垣根。分かってないかもしれないが垣根はとても疲れているんだぞ。私が心配でよく眠れなかったんだろう?」

 

「……、」

 

真守が垣根の疲れを看破して遠慮しないでほしいと告げる。

垣根は真守からそっと目を()らしてその誘惑に耐える。

 

「本当に寝なくていいのか? 自由にしておいていいって言われたんだろ?」

 

「……いい」

 

垣根がもう一度断るが、それでも真守は引き下がらなかった。

垣根が本当に大切だからだ。

 

「誰も見てない。その証拠に、深城や林檎はもちろん、『スクール』の子たちもここにはいないんだから」

 

「……八乙女はいるだろ」

 

垣根が真守の優しさに甘えそうになるがぐっとこらえて、緋鷹の存在を口にすると、真守の表情に(かげ)りが見えた。

 

「どうした?」

 

垣根が瞬時に真守の様子を感じ取って小首を傾げると真守は呟く。

 

「垣根。……私のわがまま聞いてくれるか?」

 

「! 何かあんのか?」

 

真守が自分の願いを聞いて欲しいと言ってくるので垣根がそれに食いつくと、真守は上目遣いで垣根をじぃっと見上げた。

 

「緋鷹に、無理しないでほしいと言ってくれ。今すぐ、直接」

 

真守はそこで小さく寂しそうに笑った。

 

「あの子がアレを安心材料にしているのは分かっている。あの子が私のためにやりたいとやっている事だから私は止められない。でも、垣根は違うから」

 

「? ……分かった」

 

真守のお願いに首を傾げながらも、垣根は真守の部屋を後にして緋鷹のもとに向かった。

 

 

 

緋鷹がどこにいるか分からない垣根は『施設(サナトリウム)』内を歩き回った。

その内面倒になってきたのでカブトムシを一匹呼んで動体検知でサーチを掛けると、すぐ近くの部屋で緋鷹らしき反応があった。

 

「八乙女、真守が」

 

垣根がそう言いながら自動扉をくぐった瞬間、ごぼ、という咳き込む音が聞こえてきた。

 

垣根がそちらを見つめると、緋鷹が車椅子から転げ落ちて口に手を当てていた。

しかもその手の間からぼたぼたと血が(こぼ)れていた。

 

「八乙女!? お前一体どうしやがった!!」

 

垣根が即座に近づき緋鷹の背中に手を這わせようとすると、緋鷹は垣根を止めた。

背筋がぞわっとして異変を覚えたからだ。

 

キィ────ンという甲高い音が響き渡り、垣根は何かが緋鷹を中心に起きていると悟ると、(うつむ)いている緋鷹の肩に手をかけて自分の方へと顔を向けさせた。

 

緋鷹の瞳は通常、焦げ茶色だが、垣根が見るとその瞳は真っ黒に染まっていた。

その真っ黒に染まった瞳の中心に、何か白いものがちろちろと炎のように舞っている。

しかも垣根のことを見ておらず、何か虚空をぼうっと見つめていた。

 

「テメエ、能力を……ッ?」

 

垣根が驚愕している中、緋鷹はがふがふと小さく血を吐きながら能力を行使し続ける。

 

「こんな時に何やってんだ、早く医務室に行くぞ!」

 

垣根は緋鷹にもらった『施設(サナトリウム)』の見取り図を思い出しながら、足が動かない緋鷹をお姫様抱っこしようと抱え上げようとする。

 

だが次の瞬間、プシュッと炭酸ガスが抜けるような音が響き、垣根はその音がした方を見た。

緋鷹の腕には無機質なバングルがしてあり、どうやらそこから何かが緋鷹の腕に注射されたらしい。

それが注射されると緋鷹の息がみるみる正常に戻っていき、血を吐くこともなくなる。

 

おそらく緋鷹は自分で劇物を飲んで能力を行使して、その後能力行使が終了したから劇物の解毒薬を体内に注入したのだ。

 

もしかしたら最初から時限的に作用するように自分で仕掛けていたのかもしれない。

解毒薬を注入しても傷つけられた体がすぐに元通りになるわけではない。

とりあえず緋鷹を車椅子に乗せて、連れて行こうとすると緋鷹が垣根を見た。

 

「…………問題、ないわ。いつものことだし、だからここには誰も近づかなかったのに。……どうして来たの?」

 

垣根は気にする事はないと告げる緋鷹を睨みながら、推測を口にした。

 

「お前、林檎と一緒で負荷を掛けたら良い結果が出るタイプの能力者か」

 

杠林檎は一定の負荷をかけると能力の成長が見られたため『暗闇の五月計画』では薬物や物理的な痛み、そして最後には精神的に痛みを与えて能力の向上を測られていた。

それとまったく同じではないが、緋鷹も負荷をかければ一定の成果が出る能力者らしい。

 

「…………ええ、そうよ。ふふ、良いものが、()えたわ。……真守さんが夕食をあなたたちと食べているところが」

 

緋鷹の能力は先見看破(フォーサイト)。未来を視ることができる予知能力系だ。

どうして真守が普通に過ごしているなんてことない日常が良いものなのだろうか。

垣根は疑問に思ったが、そこで予知能力系の特徴が三次元的に事象を捉えて、未来を確定させるものだと思い出した。

真守が普通に過ごしているという事は、脅威がないということだ。

緋鷹は未来を確定する事で、真守の平穏を守っているのだ。

 

「予知能力系はみんな負荷を掛けなくちゃなんねえのか?」

 

垣根の問いかけに、緋鷹は息を整えながら苦笑する。

 

「……ふふ。……そうとも言えるし、そうでもないかもね。何しろ、……私たちの分野は発展してないのだから、安全に能力を行使する、方法なんて確立されていないわ」

 

そんな緋鷹に向けて、垣根は顔をしかめてぶっきらぼうに告げる。

 

「お前、もうこんなことはするんじゃねえ」

 

「……やめる、わけにはいかないのよ。これで()れば、真守さんが明日も明後日も、穏やかに存在していられるのが、分かるから……」

 

「その真守がやめろっつってんだよ。だから俺はここに来たんだ」

 

弱弱しく告げる緋鷹を見つめながら垣根はため息を吐く。

 

「…………え?」

 

「真守はお前がそれを安心材料にしてるから止められねえって言ってた。お前のことを思って何も言わなかっただけだ。だからやめろ。大体、俺たちが真守のそばにいるんだ。お前が命削ってまで全部守ろうとしなくていいんだよ」

 

ぽかんとした緋鷹に真守の気持ちを垣根が代弁して伝えると、緋鷹はふふっと柔らかく笑って力なく告げる。

 

「……盲点だったわ。……真守さんが私のこと、大切に思っているだなんて。自分を祀り上げている有象無象(うぞうむぞう)の一人だと、考えていると思ってたわ」

 

「真守がそんなこと思うかよ」

 

「甘いわね」

 

垣根が軽蔑の眼差しを向けると、緋鷹はキッと垣根を睨み上げた。

 

「これからあなたが思い知らされて一々傷つくのは面倒だから、この際はっきり言ってあげる」

 

そこで緋鷹は、垣根にとって冷酷ながらも事実を伝えた。

 

 

「真守さんはもう人じゃないの。あなたの知っている人であった真守さんはもういないのよ。真守さんはね、もう人間として測れる場所にはいないのよ」

 

 

垣根は突然冷や水を浴びせられた気分になって硬直した。

確かに自分に向けてきている感情は以前と同じで変わりはなかった。

だが真守の行動に少しずつ違和感があると垣根も感じていた。

昨日絶対能力者(レベル6)とへと進化(シフト)した真守に初めて会った垣根にも違和感が分かるくらいなのだ。

真守と親しくなくてもここ数日一緒に過ごしていた緋鷹は、真守の神さまとしての気質がよく分かっているのだろう。

 

「でも、あいつはお前のことちゃんと考えてる。それは事実だ」

 

「そうね、だからこそ盲点だと言ったのよ。真守さんはその気になればAIM拡散力場を操ってこの学園都市の全能力者を廃人にして自分の力を発し続ける苗床にできるのよ。真守さんはそれだけ危ない存在なの」

 

「それをしないのは、真守にアレイスターが施した『枷』が働いているからか?」

 

緋鷹が真守について詳しく知っているとしっかりと認識した垣根は、アレイスターの策略について緋鷹に訊ねた。

 

「ええ。学園都市の人間全員が真守さんを超能力者(レベル5)第一位として認識することで、真守さんは一人の能力者の枠組みに抑えられているの。でもAIM拡散力場から真守さんへ力の供給がされなくなった訳ではないし、学生は真守さんが学園最強だとも認識している。だから真守さんの力を一部奪っている状態にしかならないけれどね」

 

緋鷹はそこで言葉を切って荒い息を整えてから告げる。

 

「真守さんは人から神に()った。だから人に限りなく近いけれど、私たちの味方になってくれる訳じゃないの。私たちのために神さまに成ったんじゃなく、真守さんはそういう運命だとして、神さまに()ったのだから」

 

「……ならなんで、お前はそこまで真守に肩入れするんだよ」

 

垣根が(うめ)くように告げると、緋鷹はフッと柔らかく目を細めた。

まるで、恋焦がれた人間のことを想うかのように。

真守が近くに存在していて、そこにいるのが信じられないという風に。

儚く消えてしまう夢物語に触れているかのように。

緋鷹は、熱に浮かされた様子で口を開いた。

 

「真守さんはいつだって私の苦しみの先にいた」

 

八乙女緋鷹はいつだって能力を行使した先に朝槻真守の存在を感じていた。

苦しみの中、全てを笑い飛ばしてくれるほどに強大な存在である絶対能力者(レベル6)を感じていた。

 

「真守さんは私が閉塞させた未来を切り(ひら)いてくれるの。私は真守さんに直接救われたわけじゃない。でもいつだって真守さんの存在が私の生きる希望になってくれた。私の絶望を真守さんは打ち滅ぼしてくれるの」

 

「絶望?」

 

垣根がオウム返しすると緋鷹は足を見つめる。

 

「私の足。これはある人を助けようとして、助けられなかった結果なの」

 

垣根は緋鷹の言葉に目を見開く。

八乙女緋鷹も、大切にしていた人間を救えなかった。

緋鷹は、過去を思い出しながら小さく笑う。

 

「足を代償にしたとしてもあの人を救えなかった。運命には逆らえない。そんな運命を真守さんは変えてくれる。そういう存在なの。……だから私の真守さんのために生きていくの。私のたった一人の神さま。私の世界を変えてくれる、私が信じる神さまが真守さんなの」

 

八乙女緋鷹は大切な人を救うことができなかった。

自分の能力でその存在を救うことができなかった。

 

自分の能力は三次元的に物事を(とら)えるから、(くつがえ)そうと思ってもどこかで辻褄が合うように修正されてしまう。

だからこそ、大切な人を八乙女緋鷹は救えなかった。

 

でもその三次元的演算に基づいて展開される緋鷹の能力を、絶対能力者(レベル6)である真守は打ち破ることができる。

 

だからこそ、真守は緋鷹にとっての神さまで。

こんなちっぽけな自分が決めつけてしまった運命を変えることができる神さまなのだ。

 

「だったら真守を悲しませてやるな。あいつが切り拓いてくれる未来は、全員が笑っていられる世界だ。だからお前が辛い思いするんじゃねえ」

 

垣根から放たれた優しい言葉を聞いて、緋鷹は固まっていた。

この男が真守のことを想ったとしても、こんな優しい言葉を自分に掛けてくれるのか、と緋鷹は呆然とした。

だからこそ真守は垣根帝督に惹かれたのかと、緋鷹は真守の心を少しだけ理解することができて、嬉しくて小さく笑った。

 

「分かったわ」

 

「んじゃ医務室に行くぞ。一応診てもらわなくちゃなんねえだろ」

 

垣根は緋鷹が理解したのを確認して、緋鷹をお姫様抱っこで抱き上げて医務室へと向かうために歩き出す。

車椅子に緋鷹を乗せて移動するより、自分で歩いた方が断然早いからだ。

 

「帝督さん」

 

緋鷹は垣根の腕の中で自分の両手を祈るようにぎゅっと握って、垣根の名前を呼んだ。

 

「あ?」

 

「ありがとう」

 

怪訝な声を上げた垣根が緋鷹に視線を落とすと、緋鷹はふんわりと笑って垣根にお礼を言った。

 

「……お前に礼を言われるためじゃねえ。真守のためだ」

 

垣根はふいっと顔を背けてそのまま医務室へと向かう。

 

 

 

緋鷹を医務室に連れて行った垣根はそのまま医者に緋鷹を頼み、真守のもとへ帰った。

 

「真守」

 

「垣根、ありがとう」

 

垣根がソファの上に座っていた真守に近づくと、真守は控えめな微笑を浮かべる。

垣根はそんな真守の唇にキスをすると、真守は幸せそうにふにゃっと微笑んだ。

 

「緋鷹をお姫様抱っこしたの、許してやる」

 

垣根は真守のお許しを聞いて、そっと笑った。

 

「なんだよ、それ。嫉妬深いな、お前」

 

「垣根の方が嫉妬深い。独占欲の塊め」

 

真守が口を尖らせるので、垣根はそっと笑う。

 

やっぱり何も変わらない。

 

人でなくなっても神に()ったとしても、朝槻真守の本質は変わらないのだと垣根は実感した。

 

そして真守をまるで壊れ物を扱うかのように垣根が優しく抱きしめると、真守は少し寂しそうにしながらも幸せそうに笑った。

 




垣根くん、真守ちゃんに甘えました。
そして少しずつ真守ちゃんに違和感を覚えていますし、緋鷹に言われて思い知らされました。
真守ちゃんがどう変わってしまったのか。
少しずつ明らかになるのでお楽しみいただければ幸いです。



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第一三七話:〈久方逢瀬〉は穏やかに

一三七話、投稿します。
※次は一月一〇日月曜日です。


「おまえら何してんだ?」

 

垣根が真守の部屋を訪れると、心理定規(メジャーハート)、弓箭、林檎、深城が真守の周りに集まって雑誌を周りにまき散らして話をしていた。

そして真守の髪の毛が何故か弓箭のようにツーサイドアップになっていた。

 

「朝槻さんの気分転換です! ほらほら見てください、わたくしと一緒でツーサイドアップにしてみたんですよっ可愛いですよね、垣根さん!」

 

垣根の疑問に答えたのは真守の後ろに回って髪の毛を整えていた弓箭で、その手には櫛を持っていた。

 

「でもでもやっぱり真守ちゃんの髪型は猫耳ヘアがいいなあ」

 

そんな弓箭の隣に座っていた深城は口を尖らせてそう主張する。

真守が猫耳ヘアにしているのは、深城が似合うからと何度も主張したからだ。

真守も最初、あまり気が乗らないまま髪型を猫耳ヘアにしていたが、今ではすっかりトレードマークである。

 

「えーこの際だから違うのも試しましょうよぉ。サイドテールもかわいいと思いますよっ!」

 

弓箭が提案している中、垣根はそこで真守を見た。

 

「お前はいいのかよ?」

 

「弓箭が楽しそうにしてるからな。それに髪の毛イジられるくらい別に構わない」

 

変わらずに懐が広い様子の真守に垣根が安堵していると、心理定規(メジャーハート)が声を上げた。

 

「いい? 女の子らしいのがガーリッシュ。ファッションの流行をいくのがモード系。どう? 気に入りそうなのある?」

 

どうやら心理定規(メジャーハート)は林檎にファッションの種類の説明をしているらしい。

 

「これがいい。シックなやつがいい」

 

林檎は心理定規(メジャーハート)が林檎に見せている雑誌とは違う雑誌を指さして告げる。

 

「あら、ちょっとフォーマルチックがいいの? ……なるほどね、まあいいんじゃない? 彼と同じが良いんでしょ?」

 

心理定規(メジャーハート)が垣根をちらっとみながら告げると、林檎はこくこくと何度も嬉しそうに頷く。

垣根はそんな二人に声を掛けた。

 

「で、そっちは何やってんだ?」

 

「この子にファッションのなんたるかを教えているのよ。彼女に触発されてやる気が出たみたい」

 

そこで心理定規(メジャーハート)は深城と弓箭のおもちゃになっている真守を横目で見つめながら告げる。

 

「洋服いっぱいで楽しいよ、垣根」

 

「……そうかよ。つーか心理定規(メジャーハート)、お前高尚なバイトはどうした?」

 

垣根は林檎が楽しそうなのでまあいいだろ、と投げやりに思ってから心理定規(メジャーハート)に訊ねた。

 

「今日はオフなの。……それに、彼女が少し大変そうだからわざと仕事を減らしているのよ」

 

心理定規(メジャーハート)は真守のことをちらっと見る。

真守は手をふりふりと振って、心理定規にありがとう、と示していた。

 

「弓箭は学校の方はどうなってんだ? 枝垂桜学園っつーお嬢様学校の生徒だろ。真守のそばにいられるのか?」

 

垣根が気にしているのは、学校や他の仕事によって真守のそばを『スクール』の構成員が離れなければならないことに関してだ。

 

誉望なんかは最初から人権がないに等しいので真守のそばにいるのは強制的だが、後の二人はやはり誉望と立場が違う。

まあ誉望のことを良いように扱っていると真守が怒るのだが、真守の怒りを気にして真守の周りを手薄にするわけにはいかないので無視である。

 

そんな誉望と立場が違う少女たち、お嬢様学校所属の弓箭を垣根が見ると、弓箭は元気よく手を挙げて嬉しそうにする。

 

「はい! わたくしはどうとでもなりますし、朝槻さんのことを守れます!」

 

「あら。そういうあなたこそ学校どうしているの? クラスメイトから携帯電話に連絡来てなかった?」

 

弓箭の学校を気にする垣根を見て、心理定規(メジャーハート)は少し前に垣根が携帯電話を見ている時に盗み見たメールを思い出して訊ねる。

すると垣根は心底嫌そうな顔をした。

 

「いつ見たんだよ。アレは特別公欠とサボりの区別がつかねえヤツが送ってきたんだ。ほっとけばいい」

 

「心配してくれているならありがたいと思うけど?」

 

「うるせえな、分かってる。……そうか。それならローマ正教とのごたごたが終わるまでは今の状況を維持できるな」

 

垣根はそこで独り言を呟いた後、真守の周りにいる少女たちを見た。

 

「八乙女にはもう言ってあるが、真守をちょっと外に出そうと思う」

 

垣根の言葉に少女たちは顔色を変える。

そんな中、弓箭が心配そうに声を上げた。

 

「大丈夫なんですか?」

 

「俺を誰だと思ってやがる、問題ねえ。真守、お前は何も言わねえが、それでも外の様子が気になってるだろ?」

 

「連れてってくれるのか?」

 

真守がツーサイドアップのまま問いかけると、垣根はいつもと違う髪型の真守を愛おしく思いながら頷く。

 

「ああ。連れてってやるよ。弓箭、真守の髪の毛解いてやれ。どうせ帽子被るからいつもの髪型できねえし」

 

「はい! 分かりました!」

 

そこで弓箭は垣根に言われて、真守の猫っ毛を丁寧に扱ってツーサイドアップを解く。

 

「そのまま真守の用意頼むぞ」

 

「分かりました!」「おっけー」「分かったわ」

 

弓箭、深城、心理定規(メジャーハート)がそれぞれ返事をすると、全員動き出して真守のおめかしの準備を始めた。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

「帰りは迎えを寄越さなくていい。歩いて帰る」

 

「はい」

 

垣根は車を運転してくれた誉望と事務的な会話をして後部座席のドアを開いた。

真守は垣根のエスコートでいそいそと車から出る。

 

今日の真守はいつもと同じモノクロファッションだが、シックな少女らしいワンピースを着ており、頭には猫耳のついたキャスケット帽子を被っている。

 

垣根は真守がきちんと出てくると、後部座席の扉を閉めて真守の小さい手をぎゅっと握った。

 

「行くぞ」

 

「うん」

 

真守は垣根に手を握られてふわっと笑った。

 

 

 

真守と垣根は手を繋いで学園都市内を歩く。

真守は緋鷹に人目を避けるためにキャスケット帽子を被せられており、緋鷹の目論見通り人の目を集めていなかった。

どちらかというと、自分の容姿に惹かれて女子たちの目が集まってる、と垣根は周囲を観察しながら心の中で思っていた。

 

「どこ行きたい?」

 

「んー……いつもの喫茶店でご飯食べたい」

 

いつもの喫茶店、というのは垣根と真守が出会った喫茶店のことだ。

チェーン店なので垣根は真守の手を引いて、近くにあったその喫茶店へと向かう。

 

その途中で真守はきゅっと垣根と繋いでいる手に力を入れる。

垣根が気が付いて真守を見たら、真守は幸せそうに垣根を見上げて笑っていた。

だがその笑みがいつもより控えめなことを気にしながらも、垣根は柔らかく真守に笑いかけた。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

真守と垣根は二人が初めて入ったカフェのテーブル席で向かい合って座っており、それぞれメニュー表を見ていた。

メニュー表を見ている真守を見て、垣根は食欲に関してはあまり変わっていないな、と思っていた。

 

垣根が真守を外に連れ出したのは、これまでの真守と何が違うのかを確認するためだった。

 

緋鷹は以前の真守のことをあまり知らないので、真守の人間性が変わったのか分からない。

だが垣根は七月初旬からの真守を知っているため、その変化が分かるのだ。

 

垣根も真守が絶対能力者(レベル6)進化(シフト)してどこかどう変わったのか知る必要がある。

そう思って緋鷹に真守を連れ出す許可をわざわざ取って、久しぶりに出かけたのだ。

 

(今のところ変わってないのを確認できたのは夜の反応だけだからな。……まあ、それを八乙女に言ったところで白い目向けられるだけだしな)

 

垣根は心の中でそう思いながらも、とりあえずサンドイッチやパンケーキなど、軽食を中心に頼んだ。

 

「真守、ここ数日ずっと『施設(サナトリウム)』にこもりがちだが、問題ねえか?」

 

「別に問題ないぞ。ヒマなら『眠れば』いいし」

 

真守の『眠る』とは、体の機能を停止させるという休眠状態のことだ。

緋鷹も言っていたが真守の意志でオンオフができて、機能を停止しても生命的な死が訪れるわけではないらしい。

 

絶対能力者(レベル6)の特性上、真守はAIM拡散力場に常時接続されている状態だ。

そこから常時力をもらっている状態だから、真守は個体としての機能を停止しても生き続けられるのだ。

 

全ての機能を停止することができるため、本当なら息や心臓すらも停めることができる。

だがそれだと他人の心臓に悪いため、緋鷹は心臓や息を止めないで、と指示をしていた。

真守が休眠状態で息も心臓の鼓動も止まっているところに直面したら軽く自分は錯乱していただろうな、と垣根はそれを聞いて思ったので、緋鷹の指示には大変感謝した。

 

まあ何はともあれ絶対能力者(レベル6)として真守が変わってしまったところを突きつけられた垣根は、奥歯にグッと力を込める。

だが一々傷ついている場合ではない。まだまだ真守について知る必要がある。

そのため垣根は、次に気になっている質問を真守にした。

 

「内臓器官の方はどうなってんだ? 『施設(サナトリウム)』だと普通に食べてたが……」

 

「この前先生に言ったみたいに、内臓器官は絶対能力者(レベル6)進化(シフト)した時完璧なものになったから、なんでも食べられるぞ」

 

先日、真守は滝壺理后を治療しに行った時、冥土帰し(ヘブンキャンセラー)にもう大丈夫だと言っていた。

垣根も真守が薬を飲んでいるところを見たことがなかったからうすうす気が付いていたが、真守から直接聞いたのではっきりさせることができた。

 

「……お前が食べられるようになったんなら不幸中の幸いってことなんだろうな」

 

絶対能力者(レベル6)へと進化(シフト)していいこともあったが、進化(シフト)したこと自体は悲しいことである。

垣根が複雑な気持ちを抱いていると、そこに食事が運ばれてきた。

垣根は店員に並べられた中から思い出深い一口サイズのサンドイッチを手に取って、真守に差し出す。

 

このサンドイッチは真守に初めて垣根が食べさせたものだ。

真守がとても幸せそうに食べていたのを、垣根は覚えている。

 

あの時から真守になんとなく惹かれていたのだろう、と垣根が考えていると、真守は食べさせてほしいとあーんと口を開けてきた。

 

垣根は今の真守が変わらずに自分に甘えてきてくれているので、それが嬉しくてふっと微笑むと、真守にサンドイッチを食べさせる。

相変わらず小さい口で真守はパクッとサンドイッチを口で持つと、顔を戻して両手を添えてもくもくと食べる。

 

「おいしい」

 

真守はサンドイッチを飲み込むととろけた笑みを浮かべる。

真守の柔らかい表情に懐かしさを感じて、垣根は胸が詰まる。

 

「垣根、もっと欲しいな」

 

「あ? ……ああ、いいぜ」

 

垣根は真守を見つめて胸が締め付けられる思いをしながらも、真守が甘えてくれるので笑う。

そして垣根が真守にサンドイッチを食べさせると、真守は幸せそうにとろけた微笑を浮かべた。

 

そんな真守の前で垣根は次にパンケーキを切ってやって真守の前に出す。

真守は垣根からフォークを受け取ると、目の前に出されたパンケーキをちびちびと食べ始める。

 

真守はここ数日ぼーっとしている様子が多かったので、変わらない真守の姿を見られた垣根は思わず頬が緩まってしまう。

 

「辛いのとか苦いのはまだ苦手なのか?」

 

「…………食べようと思えば食べられるぞ」

 

真守が顔をしかめて呟くので、垣根はふっと軽く噴き出す。

 

「なら食べなくていい。……そうか、好みはあんま変わらねえのか」

 

独り言を呟くように垣根が小さく告げると、そんな垣根の様子をじぃっと見つめていた真守は小首を傾げる。

 

「垣根、楽しい?」

 

「あ? ……ああ、楽しいぜ」

 

本当は真守のどこが変わってしまったのか気になっていた。

安堵したり複雑な気持ちになったりするが、垣根はそれでも真守がそばにいることに幸福を感じていた。

 

「……そう」

 

真守はそうぽそっと呟いて、ぱくっとパンケーキを食べた。

 

真守には分かっている。

自分が変わってしまって、それに対して垣根が心を痛めていること。

そして自分と接することが怖いと垣根は思いつつも、愛しい相手なのには変わりないと穏やかな気持ちになっていること。

 

絶対能力者(レベル6)進化(シフト)したから分かるんじゃない。

人の感情を察するのは昔から得意だ。

垣根のことが真守は変わらずに大事で、だいすきで、とても大切にしたい相手だ。

 

だからこそ自分に対して不安を抱えている垣根に、真守はとても申し訳なかった。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

垣根は真守を連れ回して分かったことが幾つかある。

 

真守はぼーっとしているのが多くなった。

……というと言葉がおかしいかもしれないが、全てのことができる万能な存在となった真守は自然と周りから情報を得ることができるため、情報を得ている様子がぼーっとしているように見えるらしい。

 

知ろうと思えば全てを知ることができるし、やろうと思えばなんでもできる。

だから行動を起こす必要がないのだ。

だが行動しなくなったと言っても自分の意見が全くなくなっているわけではない。

 

それでも完璧な存在であるが故に人間の本能である欲求が著しく低下しており、何かを求めるということをするのが限りなく少なくなっている。

しかも真守は絶対能力者(レベル6)としての強大な力を自分勝手に振るってはならないと認識しているので、やや受け身の姿勢である。

 

だが垣根は以前の真守とあまり変わっていないように感じていた。

それでも絶対能力者(レベル6)進化(シフト)してしまったのは確かなのだ。

何故なら真守の端々から異質なものを垣根は感じるからだ。

 

そんな真守は現在未元物質(ダークマター)の翼を広げた垣根にお姫様抱っこされて空を飛んでおり、垣根は目的地について真守をそっと下ろした。

 

そこは真守が一人で泣いていて、垣根が告白して真守がそれを受け入れた第七学区の一番高い鉄塔だった。

 

垣根は真守に持たせていたフライドポテトやホットコーヒーやジュースが載ったお盆を受け取って横に置くと、真守を座らせる。

 

垣根に座らされた真守はじぃーっと鉄塔から見える景色を見つめていた。

景色を堪能しているわけではない。

少し前を懐かしんでいるのだ。垣根には分かる。

 

垣根は真守にリンゴジュースを渡してフライドポテトも手に取って口元に近づける。

真守はそれを見て、ぱくっと垣根の手から直接口にした。

そしてもぐもぐとちまちまハムスターのように食べ始める。

 

差し出せば嬉しそうな顔で迷いなく食べてくれる真守が可愛くて、垣根はついたくさん餌付けするように真守に差し出してしまう。

 

リンゴジュースを飲んでいる真守を見ながら、垣根は真守に被らせていた猫耳のキャスケット帽子を取ってやる。

垣根が帽子を取ると、真守は猫が体を震わせるようにふるふると首を横に振って帽子でぺたっとなった髪の毛をふんわりとさせる。

その動作で真守の髪の毛から以前と変わらない心地よい上品な花の香りがして、垣根は温かい気持ちになった。

 

自分を見て微笑んでいる垣根を真守は上目遣いで見つめ、そして垣根の頬にそっと手を寄せた。

 

「垣根、何か望みがあるか?」

 

「あ? ……なんで?」

 

突然の真守の問いかけに垣根が怪訝な顔をすると、真守はふんわりと笑った。

 

「私にとって大切な垣根のお願い、叶えてあげたいんだ。垣根が私のことで色々と苦心しているのは知ってる。だからお前のために何かできる事をしてやりたい。そう思うのは当然だろ?」

 

垣根は真守から淡々と告げられた言葉を聞いてそっと目を細める。

 

本当につらいならば我慢しなくてもいい。

本当につらかったならばそばにいなくても自分は構わない。

大切な垣根がしたいように生きればいい。

 

そう考えている真守の優しさに触れて、垣根は真守が自分の頬に添える手に自分の手を重ねて笑った。

 

「何もいらねえ。ただお前がそばにいてくれるだけでいい」

 

「垣根、少し前と違って無欲になったのか?」

 

真守が言っている少し前の垣根とは、何もかもを利用して自分が生きたいように自分勝手に生きていくことを信条としていた時のことだろう。

 

確かに全てを憎んでいた。

あらゆる存在が自分勝手に欲望を満たすなら、自分もそうやって生きていていいと。

それで周りの人間が何かを奪われたってどうでもいい。

ただ自分がやりたいようにやって生きていければそれでよかった。

 

でも、垣根帝督は朝槻真守に出会った。

 

真守は色々なことを教えてくれた。あらゆる可能性を見せてくれた。

そして何より、自分のことを誰よりも信じてくれた。

誰が何を言おうとも自分の本質を見抜いてくれて、ありのままの自分を見てくれた。

 

何があっても信じてくれる存在が、いつまでも自分のそばにいてくれる大切な存在が。

これだけがあれば生きられるというものが、垣根帝督はずっと欲しかった。

 

「……いいや?」

 

だからこそ、垣根は真守に笑いかける。

 

「前よりも貪欲(どんよく)になった。お前がそばにいないと耐えられないからな。だから俺はお前がいればそれでいい。お前が俺のそばにいれば、俺は生きていける」

 

真守はそれを聞いてふふっと小さく笑う。

 

「夜も満足に眠れないもんな」

 

「ああ。だからそばにいてくれ。俺の願いはそれだけだ」

 

垣根が真守にただ一つの願いを口にすると、真守は薄く微笑んだ。

 

「分かった」

 

「……お前は、どうしたい?」

 

「私?」

 

真守は垣根の問いかけにきょとっと目を見開いた。

 

「学園都市を、お前のために変えるって約束した。でもお前は絶対能力者(レベル6)進化(シフト)した。……前と同じように、この学園都市を変えたいって思ってるか?」

 

真守は垣根に問いかけられて、そっと目を伏せる。

 

「…………今のままがいい」

 

「今?」

 

垣根がオウム返しすると、真守はぽつぽつと呟く。

 

「垣根がそばにいる、今の状態が良い。垣根がいないととても困る。垣根がいい」

 

「真守?」

 

垣根が様子のおかしい真守の名前を呼ぶと、真守は垣根を上目遣いで見上げて、懇願(こんがん)するように顔をしかめた。

 

「垣根が私の神さまの部分を知って離れていくまででもいいから。ずっと一緒が良い」

 

「何言ってんだよ」

 

垣根は真守の不安を聞いてそれを一蹴した。

 

「離れていくわけねえだろ。お前が絶対能力者(レベル6)になろうが一緒にいるって約束した。今更その約束を反故にするようなこと言うんじゃねえ」

 

垣根が少し怒った様子で告げると、真守は安心したようにふにゃっと笑った。

 

「ありがとう、垣根」

 

そんな真守を見て、垣根は顔をゆがめた。

 

「お前は俺のモンだ。絶対に離すわけねえだろ。……今更、手放せるかよ」

 

「垣根」

 

真守は自分の手を縋るようにぎゅっと握る垣根の手を感じながら垣根の名前を静かに呼んだ。

 

「ちゅーしてもいい?」

 

「聞くなよ、そんなこと」

 

真守はそこで垣根へと自分からキスをする。

そして口を離すと、真守が顔をしかめた。

 

「……苦い」

 

真守は垣根とキスをしてから口を離して眉をひそませながら告げる。

垣根の飲んでいたコーヒーが真守にとっては苦すぎるのだ。

 

「お前は甘ったるい。……やっぱ物足りねえ。もう一回」

 

真守が飲んでいたリンゴジュースのフルーティーな味を感じて垣根は笑うが、満足できなかったため、今度は深いキスをする。

 

「ん」

 

真守は垣根からの深いキスに息が続かずにはふはふ幸せそうに息を荒くしながらキスをする。

そして垣根がそっと口を離すと、真守は熱い吐息を一つ吐く。

煽情(せんじょう)的にとろっとした表情をして目を(うる)ませる真守。

 

「はん。やっぱりお前がキスされた後の顔は変わらねえな」

 

垣根はそんな真守の顎をくいっと掴んで、その表情に熱い視線を向けながら甘く囁く。

 

「ん。…………恥ずかしい。みないで」

 

真守が恥ずかしそうにしているのが可愛くて、垣根は笑った。

 

「真守」

 

垣根がくつくつと笑いながら真守の名前を呼ぶと、真守は気まずそうに顔をしかめながらも垣根を上目遣いで見上げる。

 

「なに?」

 

垣根は真守の顎から手を離して、その頬を撫でながら告げる。

 

「お前は何も変わらない。俺が愛してる朝槻真守だ」

 

「そうか」

 

真守は垣根の冷たい大きな手に自分の手を重ねて微笑む。

 

「よかった」

 

真守のその言葉は、本心だった。

 

真守はずっと、垣根や深城のことを大切に想えなくなるのが怖かった。

怖くて怖くて、だから絶対能力者(レベル6)になりたくなんてなかった。

 

それでも今、神さまに成ってもこうして垣根や深城、そして周りにいる自分のことを心配して守ってくれる人たちの事を大切に想えてよかった。

 

真守は変わってしまったものと変わらなかったものについて考えながら、垣根に向かってふにゃっと微笑んだ。

 




暗部抗争篇、奪還後。これにて終了です。
次回、後方のアックア篇。
アックア篇が終わると後はフィアンマ、ロシア篇のみです。
よろしくお願いいたします。



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後方のアックア篇
第一三八話:〈完全真人〉の小さなわがまま


第一三八話、投稿します。
次は一月一一日火曜日です。


深城はふと雑誌から顔を上げると、真守がベッドにぺたんと座って携帯電話をカコカコボタンを押してイジッているのに気が付いた。

 

真守の使っている携帯電話はこれまでと同じスライド式の携帯電話だが、実は三代目だ。

九月三〇日の時に絶対能力者(レベル6)へと進化(シフト)した余波で数時間も持たずに二代目を壊してしまったからだ。

 

先日ようやく届いたので垣根がセットアップを色々としてくれて、真守はそれを受け取ったのだ。

もちろん、その携帯電話には垣根とおそろいのシルバープレートでできた猫のストラップが付いていた。

家に保管してあったのを垣根が一緒に持ってきてくれたのだ。

 

「真守ちゃん、誰と連絡してるの?」

 

「上条だぞ」

 

深城が真守の隣にすり寄って来て声を掛けると、真守は携帯電話を見つめたまま答える。

 

「上条くん! 元気にしてるって?」

 

「うん。今日は上条のせいでクラスメイトの大半がご飯にありつけなくなってしまったから、学校から脱走してコンビニにご飯買いに行ったそうだ」

 

真守はカコカコと携帯電話を操作して上条にメールの返信をしながら、深城に上条からのメール内容について簡潔に話していた。

真守は学園都市上層部から狙われていたため、上条やクラスメイト達、『表』で生活する人々にも連絡できなかった。

だが垣根たち『スクール』が学園都市よりも強い力を持っていると示したので、身の安全が保障され、こうやって連絡が取れるようになったのだ。

 

「脱走? 学校でご飯食べられないからってコンビニ行っちゃいけないの?」

 

「うん。行っちゃダメなんだぞ」

 

真守がフルフルと首を横に振ってNOを示すと、深城は真守のその仕草が可愛くて微笑み、真守の猫耳ヘアを崩さないように頭を撫でながら笑う。

 

「そぉなの? けっこう厳しいんだねえ」

 

「うん」

 

真守は深城に頭を撫でられて気持ちよさそうに目を細めながら、カコカコと携帯電話をイジってメールの返信を完了して、携帯電話を片付けた。

 

「……真守ちゃん、学校に行きたい?」

 

「今はやっぱり無理だと思う」

 

深城が寂しそうに問いかけると、真守は即座にそう切り返した。

深城は真守の頭を撫でるのをやめてゆっくりと真守の肩に降りている黒髪を手櫛(てぐし)()かしながら微笑む。

 

「行けるようになったら行きたい?」

 

「…………神さまは自分の遣いに(まぎ)れて地上に降りて来るんだ」

 

真守が髪の毛を綺麗に整えてくれる深城の手を感じながら呟くと、深城はきょとんと眼を見開いた。

 

「うぇ?」

 

深城が突然他の神について言われて、理解できずにコテッと首を傾げると、真守はそんな深城を見つめながら柔らかく微笑を浮かべる。

 

「私もそう()れたらいいなって思ってる」

 

「んー……つまり真守ちゃんは言い訳を無理やり作っても学校に行きたいんだよね?」

 

「うん」

 

深城が真守の心を察して訊ねると、真守はコクッとはっきり頷いた。

そんな真守の様子を見て、深城は真守の髪の毛を整えるのをやめて真守の額に自分の額をコツッとぶつけて笑った。

 

「真守ちゃんは神さまの前に一五歳の女の子なんだから。学校に行っていいんだよ。神さまだからって考えなくていいの。自由にしていいんだよ」

 

「ありがとう、深城。やっぱり言葉にしてもらえるのが一番うれしい」

 

真守には深城が神さまとしての身分を気にしなくていいと言ってくれるのが分かっていた。

分かっていたとしても、やっぱりはっきり言葉にされた方が嬉しい。

そんな真守を見て深城は穏やかに目を細めて額を離すと、真守の背中を優しく撫でる。

 

「ローマ正教と戦争が終わったら学校に行こうね。あ。一端覧祭っていうのがあるんでしょぉ? 楽しみだねえ」

 

「うん。楽しみだな」

 

真守が頷くと、深城はにこにこと笑う。

 

「大丈夫だよ真守ちゃん。何も心配しなくていいからね。全部みんなで良い方向に持って行くから」

 

「…………なあ、深城」

 

深城がにこにこして真守の背中をなでなで優しく撫でていると、真守が少し暗い声を出して深城の名前を呼んだ。

 

「うん?」

 

「深城は私のこと、一目見た時に神さまみたいな子だなって思ったんだったな」

 

「うん」

 

深城が即答すると、真守は深城をじぃっとまっすぐ見つめてから告げた。

 

「本当に神さまになるために生まれてきたって知ったらお前はどうする?」

 

「どういう意味?」

 

深城が怪訝な表情で即座に問いかけると、真守は深城の目を見て、ゆっくりと(さと)すように告げた。

 

「神さまってのは願いで生まれるんだ。私も多くの願いを束ねて生まれた。AIM拡散力場が私に力を与えてくれている。それはお前も分かるだろう?」

 

「うん? ……どういうこと? 学園都市の能力者が絶対的な存在を求めて願いを束ねて、真守ちゃんを神さまにしたんじゃないの?」

 

真守は『自分はもっと完璧な存在になりたい』という、自分がより素晴らしい存在になりたいという学園都市の全能力者が持っている願いや憧れというものを束ねられて絶対能力者(レベル6)へと進化(シフト)した。

 

この学園都市が絶対能力者(レベル6)を望んでいるから、真守はその望みの受け皿になれるから絶対能力者(レベル6)進化(シフト)する運命が定められていた。そのはずなのだ。

 

だから真守の言っていることが分からずに深城が困惑していると、真守ははっきりと事実を口にした。

 

「AIM拡散力場は、ここではないどこかの世界をこの世界に根付かせるための()()()()()()()()()だ。だから私はお前を通して、あっちともずっと繋がっていて、そこを統べることができている」

 

深城は真守の説明を聞いて目を見開いた。

 

「……もしかして真守ちゃん。あっちの世界には真守ちゃんを神さまにした何かが、」

 

深城はそこまで言ってハッと口を(つぐ)んだ。

それを言ってはならない気がするから。

そんな深城を見て、真守はふにゃっと微笑んだ。

 

「お前だから言ったんだ、深城」

 

深城は真守の言葉に目を見開き、そして何度もこくこくと頷いた。

そんな深城の頬に、真守は手を寄せた。

 

「深城。私はお前が信じる朝槻真守だ。それは間違いない。でも私は確かに変わったんだ。もうお前の信じる私ではないかもしれない」

 

真守は深城に、ゆっくり自身の想いを伝える。

 

「だからお前が離れていきたいのであれば離れていけばいい。私はそれで構わない。お前は私に縛られる必要なんてない。お前は自由だ。どこへでも行ける」

 

深城はその言葉を聞いて真剣な表情をして真守を見た。

 

「真守ちゃん。いまさら真守ちゃんから離れることなんてないよ」

 

深城は真守の気持ちを聞いてはっきりと宣言した。

 

「あたしはいつだって真守ちゃんの味方だよ。ずぅっと一緒にいてあげる。何があってもね。絶対に真守ちゃんと一緒にいるよ。だって、真守ちゃんは真守ちゃんだから」

 

そして真守の両肩に手を置いて、深城は真守のことを真正面から見て告げる。

 

「真守ちゃんは自分が神さまに成っちゃった部分を周りの人たちが知って、離れていってもしょうがないと思っているんだ。みんなが真守ちゃんの神さまの部分を知って傷つく前に、どこかへ行った方がいいって考える。そうだよね?」

 

真守は深城からの問いかけにコクッと頷いた。

 

「そうだよ。私は神さまであることを捨てる選択肢なんて持ち合わせていない。神さまでいたくないという感情も微塵も存在しない。私はいまの私であることに何の後悔もない。……でも、深城や垣根のこと、大事にしたいと思ってる。だからもう一度考えてほしいって思ってる」

 

真守の不安を聞いて深城は満面の笑みを浮かべた。

 

「大丈夫だよ。あたしたちが信じてる真守ちゃんは何も変わってない。だから誰も離れていかない。垣根さんも、林檎ちゃんも、主治医さまも。『スクール』の子たちも真守ちゃんのクラスメイトだって、真守ちゃんのそばから離れる事はないよ」

 

真守は深城に抱き寄せられて、コテッと首を深城に預けながら呟く。

 

「………………深城」

 

「なぁに?」

 

「ありがとう」

 

真守が柔らかく安堵の表情を見せるので、深城は真守のことをぎゅーっと抱きしめる。

 

「真守ちゃん。ずぅっと一緒だからね」

 

深城が真守の首筋をすりすりと頬ずりしてゆっくりと告げると、真守は深城の背中に手を回して、抱き着きながら告げる。

 

「……うん。ずっと一緒だ」

 

深城は嬉しくて真守の後頭部を撫でながら告げる。

 

「真守ちゃん。あたしはあなたと出会えてよかったよ。だからずっと一緒にいようね。……絶対だよ」

 

深城は真守の柔らかな体と体温を感じながら、いつまでもぎゅーっと真守を抱きしめていた。

 

(でもな、深城)

 

真守はそっと目を伏せる。

 

(全てが仕組まれていたって知ったら、何もかもが自分の歩んできたものじゃないって知ったら、その時人は絶望すると思う)

 

真守は目を細めて、深城の腰に回した手に力を籠めた。

 

(……私は、誰にも傷ついてほしくないよ。だから何度でも言う。……私から離れたいなら、離れていいって)

 

真守は深城の体温を感じて、深城に頬を摺り寄せながら考えていた。

大切な人たちのことを。どうやったら彼らが悲しまなくていいか。傷つかなくていいか。

どうしたら、垣根が辛い思いをしなくていいか。

考えることは、それだけだった。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

「『前方』、『左方』。今度は『後方』……『神の右席』の四人中三人がもう出てきてるのか。……つーことは当然としてもう一人は右方ってことだな」

 

垣根は机の上に大量に載せられた資料の一つを手に持ちながら、『施設(サナトリウム)』の中にある会議室で一人呟く。

 

『前方』、『左方』、『後方』。

『前方』というのは学園都市を襲撃し、九月三〇日に集団昏睡事件を引き起こした前方のヴェントのことだ。

そして『左方』とは左方のテッラのことで、テッラは学園都市とローマ正教が対立したため、C文書を使って学園都市を社会的に抹殺しようとした。

いずれも搦手(からめて)を使って学園都市を落とそうとしたが、『後方』を冠する『後方のアックア』は少し違った。

なんと、イギリス清教と学園都市に果たし状を送ってきたのだ。

 

『これより上条当麻並びに朝槻真守を粉砕しに(おもむ)く。止める気があるのであれば全力で臨まれたし』

 

その文面と共に、イギリス清教の方には左方のテッラの遺体まで後方のアックアは送っている。

真守を殺しに来ると言われて垣根は黙ってなんていられない。

そのため垣根率いる『スクール』と緋鷹率いる『(しるべ)』は協力して情報を集めていた。

 

その中で、垣根はイギリス清教からも情報が欲しいと考えた。

イギリス清教と直接連絡を取るという方法も考えられるが、公には動きたくない。

そのため垣根は真守とつながりがあるステイル=マグヌスや神裂火織、そしてシェリー=クロムウェルという線を使おうとした。

 

だがどこからか話を聞きつけてきたのか、真守の母方の実家であるマクレーン家の娘であるアシュリン=マクレーンが垣根にコンタクトを取ってきたのだ。

 

アシュリン=マクレーンとは真守の伯母であるが真守の母親と一卵性双生児なため、遺伝子的には真守に一番近い存在である。

 

そんな彼女は色々と後方のアックアについて調べてくれて垣根は情報交換をしていたが、真守が絶対能力者(レベル6)進化(シフト)させられた件についてアシュリンは触れてこなかった。

 

わざとその話題について触れないようにしているのは、おそらく問題にするとイギリス清教がぎゃあぎゃあ口出ししてくると考えたからで、アシュリンの言葉の端々(はしばし)からそれを垣根は察した。

 

イギリス清教が色々とうるさくなるのは分かっている。

だがマクレーン家は真守のことが心配であるため、何かあれば援助するためという意味も込めて垣根に声を掛けてきたのだ。

 

垣根は真守にこれといって問題はないこと、自分との関係も変わらず良好だと伝えた。

 

『不幸にしたら呪う』と魔術大家として大変意味がある脅し文句を口にされたが、絶対に真守のことを一人にしないと誓っている垣根は躊躇(ためら)わずに大丈夫だと宣言した。

 

そんなこんなでおそらく学園都市が握っている情報よりも多くのことを知っている垣根たちだが、彼らからもらってきた情報に気になるモノがあった。

 

「……なんで後方のアックアは左方のテッラを殺したんだ?」

 

イギリス清教に届けられた左方のテッラの遺体は不可解なことが多かった。

おそらく後方のアックアが左方のテッラを殺したと思われるのだ。

何故なら左方のテッラと戦った天草式十字凄教の五和が言うには、左方のテッラは『地殻破断(アースブレイド)』という学園都市の兵器によって全身を溶かされ欠片も残らなかったらしい。

 

それなのに左方のテッラの遺体は腰の部分から体を強引に引きちぎられていた。

全身を溶かされたはずの左方のテッラは肉体が残っているし、しかも無残な姿になっていた。

十中八九、同じ神の右席として莫大な力を持つ後方のアックアの手によるものなのだが、判断がイマイチつかない。

 

「彼らも人間だし、そこで何か行き違いがあったんじゃないのかしら。後方のアックアが左方のテッラを仲間として見ていなかったとか」

 

声を上げたのは、同じ部屋にいた八乙女緋鷹だった。

緋鷹は車椅子を会議室のテーブルに限りなく近付けて資料を読みながら呟く。

 

「どちらにせよ分かっているのは後方のアックアが『聖人』であること。これは真守さんに自分が『聖人』だと直接名乗っていたから確実だわ」

 

垣根は十字教的に意味が深い『聖人』について考える。

『聖人』とは『神の子』と身体的特徴が似ている人間のことで、『神の子』の一端を宿した強力な人間のことだ。

肉体が力に耐えられないという欠点を持つが、それでも魔術世界では核兵器並みの力を有している。

 

「『聖人』が天使の術式を使えるってのは相当な力を持っているはずだ。そんな後方のアックアの象徴は『神の力(ガブリエル)』、か」

 

垣根は手元の魔術的な資料に目を落とす。

 

神の力(ガブリエル)』。

水の象徴である青を司る、月の守護者にして後方を加護する者。

純潔の証である百合の花を持つ姿で書かれ、受胎告知をした天使だ。

そして最後の審判ではラッパを鳴らして死者を蘇らせる役を担う。

人間の前に何度も姿を現してはいるが、人を助けたりするのに都市を壊滅させる神の戦士であったりする、振れ幅が非常に激しい天使である。

 

「専門ではない私たちが天使の術式など考えても仕方ないわね。まずは警備体制について今一度確認を、」

 

緋鷹が言葉を止めたのは会議室の自動扉がシュンッと開いたからだ。

垣根と緋鷹が顔を上げると、そこには真守がいた。

 

「真守? どうした、何か用か?」

 

よほどのことがない限り自分の寝所から出てこない真守が会議室まで来たことに垣根は驚きつつ、それでも真守がやってきてくれたので柔らかい声を出して真守を出迎える。

 

「ん」

 

真守は背中に隠していた垣根が未元物質(ダークマター)で造り上げた人造生命体であるカブトムシを垣根に見せて一つ(うな)る。

 

カブトムシ(端末)がどうかしたか?」

 

垣根が問いかけると、真守は躊躇(ためら)いがちにも答えた。

 

「……帝兵さんで喋っててもいいからそばにいて」

 

どうやら真守は垣根がそばいなくて寂しいらしい。

 

「源白は?」

 

「深城はご飯作りにいった。だから、寂しい」

 

真守は先程まで深城と共にいたが、深城がいなくなって一人になってしまったのだ。

垣根は真守が甘えてくれたのが嬉しくて柔らかく目を細めると、カブトムシに指示を出して緋鷹のもとへと向かわせた。

 

「お前とカブトムシ(端末)に任せる。演算能力は高いし、何より俺が造った人工生命体だ。ちゃんと役目を果たす」

 

「分かったわ」

 

緋鷹はカブトムシと向かい合いながら、ふりふりと真守へと手を振った。

 

「緋鷹、いつもありがとう」

 

緋鷹が手を振ってきたので真守がひらっと手を振り返すと、緋鷹は真守からの感謝の言葉に目を見開いた。

そして顔を弛緩させて柔らかく微笑むと、首を横に緩く振った。

 

「その言葉だけで十分だわ」

 

「うん」

 

真守は緋鷹の言葉に一つ頷くと、真守は垣根と共に部屋から出る。

 

「……さて、私の神さまを守らないとね?」

 

緋鷹は自分の膝の上に乗っているカブトムシの背中を撫でながらそう微笑んだ。

カブトムシはそれに応えるようにヘーゼルグリーンの瞳をカメラレンズのように縮小させると、机に飛び乗って資料の精査を始めた。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

「寂しかったのか?」

 

垣根は真守の使っている寝室に向かいながら廊下を歩いて問いかける。

 

「自分勝手だって分かってる」

 

「俺が聞いてるのはそんなことじゃねえ。寂しかったかって聞いてんだ」

 

垣根が少し怒った口調で告げると、真守は(うつむ)き、そっと垣根の服の(すそ)を掴んだ。

 

「……寂しかった。垣根にそばにいてほしいって。今だけでもいいから、そばに」

 

垣根は最近、真守の様子がおかしい事に気が付いていた。

自分が絶対能力者(レベル6)進化(シフト)したことで垣根が離れていくのはしょうがない。

それでもそれは垣根帝督の自由だから止めないとしきりに言うのだ。

 

「真守」

 

垣根は自分の服の裾を掴んでいた真守の手を取って、まっすぐと真守を見た。

 

「俺はお前のそばにずっといるって決めた。それを(くつがえ)すことは絶対にしない。……お前が一人になるのが嫌だって、俺はそう思った。だから一緒にいる。これは何があっても決まってることだ、分かったな?」

 

「……うん」

 

真守がそれでも納得していない様子で頷くので、垣根はため息を吐く。

 

「……ったく。そんなに俺が信じられねえのか?」

 

「ううん、違う」

 

垣根の呆れた声を聞いて、真守は即座に否定した。

 

「垣根が大事だから。垣根には自由に生きて欲しい」

 

垣根は真守の言葉を聞いて顔をしかめた。

真守は人の心を失わなかった。

それはとても喜ばしいことだ。

 

だが真守は絶対能力者(レベル6)という神である()り方を持つのと同時に、人としての心を持ち合わせている。

真守の様子がおかしいのは、その相反する二つのものを矛盾させる事なく保持しているせいだと垣根は気が付いていた。

 

それでも真守は絶対能力者(レベル6)進化(シフト)したことを悔やんでいる様子は一度もない。

垣根は真守が人の心を失わなくて本当に良かったと思っている。

だが人の心を持ったまま絶対能力者(レベル6)へと進化(シフト)したら進化(シフト)したでそこに苦しみがあると、垣根は思ってもみなかった。

 

「真守。お前のそばにいることが、俺のしたいことだ」

 

そのため垣根が真守のことを安心させるために思いを口にすると、真守は『そうか』と一つ呟いてコクッと頷いた。

 

「ありがとう、垣根」

 

そして真守は顔を上げて垣根を見て、ふにゃっと笑った。

 

「ああ、ありがたがっとけ。お前は安心して俺のそばにいりゃあいい」

 

垣根が真守の頬に手を添えて微笑むと、真守はそんな垣根の手に自分の手を重ねた。

 

「…………本当に、ありがとう」

 

真守はすりすりと垣根の手に頬を摺り寄せる。

そんな真守を見て、垣根は顔を悲痛で歪ませた。

 

真守の考えがよく分からない。

だが人としての心を真守が持ち合わせているならば、いずれ真守の全てを理解することができる日もやってくる。

 

会話をして心を通わせることができれば、真守を理解できないことなんてない。

だから時間をかけてゆっくり真守を知ればいい、と垣根は考えている。

 

それを今一度考えながら垣根は真守の手を引き、再び部屋に向かうために歩き出した。

 




後方のアックア篇、始まりました。
真守ちゃんの秘密が少しずつ明らかになる章です。
何故朝槻真守という存在が学園都市にいるのか。
アレイスターは何故真守ちゃんを第一候補に据えたのか。
物語が徐々に核心へと迫りつつあります。お楽しみいただけたら幸いです。
一つ思ったのですが、フレンダはフレ/ンダになっていると嘆き悲しまれるのに左方のテッラは左方の/テッラになったことにあまり触れられない。
人徳の違いでしょうか。



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第一三九話:〈事態動転〉で天使降臨

第一三九話、投稿します。
次は一月一二日水曜日です。


垣根は第二二学区に展開していたカブトムシから大規模な戦闘があったと情報を受け取り、『施設(サナトリウム)』内を早足で歩いていた。

 

「八乙女、後方のアックアが動き出した。第二二学区だ」

 

垣根が会議室に入ると、車椅子に乗った緋鷹がノートパソコンを見ており、垣根が入ってきた事で垣根へと目を向けた。

 

「こちらも学園都市から通達があったわ。第二二学区で上条当麻の護衛をしていた天草式十字凄教と後方のアックアの衝突を確認。学園都市の無人機を中心とした駆動鎧(パワードスーツ)を展開。それと共に『オジギソウ』を散布するって」

 

「あ? 『オジギソウ』? ……って、あの『メンバー』の『ハカセ』とかいうヤツが使ってたナノデバイスもどきか?」

 

『オジギソウ』とは真守を取り戻すために行動していた時に垣根たち『スクール』が暗部組織『メンバー』と衝突した時、『ハカセ』という男が使用していたナノサイズの反射合金の粒子だ。

特定周波数によって反応する『オジギソウ』は微細なアームによりあらゆるものを(むし)り取ることができて、それによって『ハカセ』は垣根たち『スクール』の細胞を毟り取ろうとした。

 

「アックアに効くのか?」

 

科学と魔術で言えば、魔術の方が万能だ。

そのため微細な粒子と言えど、自分にも当然として効かなかったオジギソウが『神の右席』に通用するとは思えない。

そう思って垣根が問いかけると、緋鷹は苦笑しながらも口を開いた。

 

「やってみないと分からないでしょう? ……ところで真守さんは?」

 

「今源白と林檎と風呂に入ってる。知らせねえほうがいいか?」

 

「いいえ。それは無理よ」

 

垣根の問いかけに緋鷹が即座に首を振るので、垣根は怪訝な表情を浮かべた。

 

「無理だって?」

 

「真守さんはいま能力者が発するAIM拡散力場から力を供給されている状態なの。AIM拡散力場にはさまざまな情報が含まれているわ。これだけの大規模戦闘で足止めを喰らった能力者全員が不満を持っている。その不満を感知できる真守さんはおそらく後方のアックアの襲撃を察しているわ」

 

「能力者の感情から真守は学園都市で何が起こってるのかなんとなくわかるってことか?」

 

垣根が真守の規格外っぷりを聞いて顔をしかめて呟いていると、緋鷹がコクッと頷いた。

 

「それにこの学園都市は科学の街。そんな中に異物である魔術が紛れ込んでいるから、いつもよりもっと察することが真守さんには簡単なはずよ」

 

「……前は誰かが傷つくかもしれねえならなりふり構わず助けに行ってたのにな」

 

朝槻真守は人が人の命を粗末に扱うのが嫌だった。

何かあれば必ず傷ついていた人を助けに行っていた。

だが今はそうじゃない。

後方のアックアが天草式十字凄教と戦いを繰り広げているのを知りながらも手を出さない。

そんな真守をフォローするかのように緋鷹は口を開いた。

 

「真守さんは神さまになって自身の力が強大になっていることをよく理解している。力の責任があるから簡単には動けないのよ」

 

垣根は緋鷹の言葉に応えられない。

真守が変わってしまったことを今一度思い知らされている垣根を見て、緋鷹はため息を吐きながらも告げる。

 

「それに真守さんが動かないのは、真守さんが動かなくてもどうにかなるってことなんじゃないのかしら?」

 

「どういうことだ?」

 

垣根が緋鷹の言葉に目を見開いて緋鷹を見つめると、緋鷹は淡々と事実を述べる。

誰もが気づかない、この学園都市の真実を。

 

「この学園都市には自浄作用のようなものがあるの。学園都市を揺るがす事件はこれまで何度もあったのに、それで学園都市が本当に壊滅することはなかったでしょう? それはこの学園都市の学生たちが自浄作用に基づき動いたことによってなの」

 

「自浄作用だと? ……確かに学色々問題が起こっても、学園都市はこれまでギリギリでもやってこれてる。納得できると言えば納得できるが……誰がそうやって仕組んで、」

 

垣根はそこで言葉を切ってチッと舌打ちをする。

 

「またアレイスターのクソ野郎か。……『ブロック』なんかはアレイスターが学園都市を掌握できてねえで隙があるとか思ってたらしいが、そんなことあるわけねえ」

 

「そうね、アレイスターは『滞空回線(アンダーライン)』で人を逐一(ちくいち)監視して、わざと泳がせているから」

 

垣根と緋鷹の会話の通り、アレイスターはわざと人々を泳がしているだけでその全てを掌握している。

暗部抗争というあれだけの戦いがあったのに、アレイスターが介入してこなかったのは暗部組織の動きを『滞空回線(アンダーライン)』で把握しており、自分が動く必要もないと判断したからである。

 

「専門の取り締まり屋を作らねえで自浄作用なんて面倒なモンを良く作るよな。何もかもアイツの手の内で胸糞悪ぃにもほどがある」

 

垣根が吐き捨てるように告げる中、緋鷹は神妙な顔をしていた。

 

「……そうね」

 

「なんだ? 何か引っかかるのか?」

 

垣根が何か言いたげな緋鷹を訝しむと、緋鷹はふるふると首を横に振った。

 

「少しだけね。……不確かな自浄作用を作るなんて、機能しなかった時のことを考えないのかしら。まあ彼の目的も分からない私が考えても仕方ないけれど。やっぱり気になるものは気になるのよね」

 

「……アレイスターの目的は真守を使って宗教を撲滅することじゃねえのかよ?」

 

垣根が緋鷹から聞いたアレイスターのやろうとしていることについて言及すると、緋鷹は顔をしかめた。

この学園都市を造り上げたどこまでも『人間』であるアレイスター=クロウリ―のことを考えて、緋鷹は口を開く。

 

「アレイスターの考えなんて分かるはずないでしょ。この学園都市を作り上げた人間のことなんてね。……でも、なんだか違和感があるの。アレイスターの目的に沿っているから真守さんを利用しているだけなような。……そんな違和感がね」

 

「……それは予知能力系の勘か?」

 

垣根が真剣に訊ねると、緋鷹はからかうために言っているんじゃないという垣根の意思表示にふふっと柔らかな表情を浮かべる。

 

「そのようなものよ。第六感なんてアテにならないけれど」

 

「あながち間違いじゃねえと思うけどな」

 

魔術という不可思議なものがあるから『勘』という不確かなものも意味がある。

垣根がそう思って告げると、緋鷹はどこまでも優しい垣根の本性に温かいものを感じながら話題を切り換えた。

 

「まあそんなことより、後方のアックアが動き出したとなればこちらも真守さんを守らないと駄目だわ。上条当麻はギリギリ生かされているみたいだし」

 

緋鷹はノートパソコンに送られてきた現状報告を見つめながら告げる。

垣根がノートパソコンを見ると、そこにはアックアが一日待つと明言したと書かれていた。

上条当麻が自分で右手を差し出すのを待つと。そして朝槻真守が一日待って自分から出てこなかったら破壊の限りを尽くすとも。

 

「上条当麻は病院に運ばれ、イギリス清教が寄越した天草式十字凄教も敗れた。学園都市の兵隊じゃ無理だ」

 

垣根はそう前置きして、宣言した。

 

「俺が出る。つーか俺しか『神の右席』の相手なんてできねえだろ」

 

垣根が自信たっぷりで告げると、緋鷹は心強い垣根を見てしっかりと頷いた。

 

「じゃあ統括理事会と話を合わせておくわ。それまであなたは待機していて」

 

垣根と緋鷹は方針を決めて、自分たちのことを大切に想ってくれている真守を後方のアックアから守るために動き出した。

 

 

 

 

──────…………。

 

 

深城はドレッサーの前に座った真守の後ろに立っており、その両手に(くし)とドライヤーを持って真守の髪の毛を乾かしていた。

 

「ハイ、真守ちゃん。髪の毛綺麗に乾いたよ」

 

「ありがとう、深城」

 

真守は髪の毛を前に持ってきて、深城に綺麗にしてもらった髪の毛の毛先を見つめてお礼を告げる。

 

「私、深城に髪の毛を綺麗にしてもらうの、今でも好きだぞ」

 

真守の柔らかい言葉を聞いて、深城は嬉しさで胸がいっぱいになる。

 

「……真守ちゃんっ!」

 

そしてぎゅーっと真守に抱き着くと、真守は『苦しい』と一言告げる。

 

「昔はよく私が綺麗にしていたよねえ。真守ちゃん、自分の身だしなみに無頓着(むとんちゃく)だったから」

 

「今は別にそうじゃないぞ。ちゃんとやることはやる。やらなければならないことはな」

 

真守はそう告げると、そこでちらっと目を()らした。

真守の気が一瞬だけ違う方に向けられたと気が付いた深城は首を傾げる。

 

「どうしたの? 何か気になることがあるの? お外?」

 

深城は後方のアックアが襲撃して来ていることをまだ知らない。

だが真守は緋鷹が推察したように能力者からの不満の感情を受け取り、学園都市に後方のアックアがやって来ている事に気が付いていた。

 

「少し気になる」

 

真守は明確に壁の向こうを見つめた。

第二二学区がある方向へ。

垣根帝督が朝槻真守を『後方のアックア』から守り抜くために向かった方向を、真守はずっと見ていた。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

天草式十字凄教は後方のアックアと第二二学区、第四階層の天井部分で戦っていた。

 

第四階層の天井部分は第四階層に夜空を映し出すための空間で、床は一面スクリーンとなっている。

スクリーンは無数の円柱とワイヤーによって天井から吊るされており、結構な大きさ故に布地が厚く、ちょっとやそっとで破れることはない。

 

一度天草式十字凄教は後方のアックアに破れている。

 

だが学園都市が時間を稼いでいる間に戦力を整えて再び挑んだのだ。

 

何故なら、後方のアックアの攻撃によって病院のベッドで生死の境をさ迷っている上条当麻を守らなければならないから。

 

あの少年は守らなければならない。

かつて一人の修道女を救おうと一人で立ち向かった彼のように尊い存在は、この世界の宝だ。

 

天草式十字凄教の人々は救われぬ者に救いの手を差し伸べる、という誓いを胸に抱いている。

かつて彼らのトップに立っていながら、優しい心によって立ち去った聖人が信条としていたことだ。

 

だから誰も助けることができない上条当麻を救ってみせる、守ってみせるという思いが天草式十字凄教にはあった。

 

天草式十字凄教にとって大事なその聖人は、自分たちが弱いばかりに離れていってしまった。

だからそれ以来、天草式十字凄教は彼女がいつ戻ってきてもいいように研鑽(けんさん)を積んできた。

 

天草式十字凄教は集団として一定の規則性に基づいて動くことにより、『仲間のための』行動により肉体強化術式を使用できるように研鑽を積んだ。

 

その『本命』として存在しているのが『聖人崩し』だ。

 

五和の海軍用船上槍(フリウリスピア)を主体とした稲妻でできた光の十字架により、『聖人』の『神の子』と似た身体的特徴のバランスを意図的に崩して『聖人』の力を暴走させる術式。

 

それは『聖人』を止められなかった天草式十字凄教が『聖人』を止められるように造り上げた術式。

天草式十字凄教にだって強い力があるのだと、あの『聖人』に示すために。

『聖人』が天草式十字凄教を脅威的だと考えるほどに強いことを示すために、必死で作り上げたものだった。

 

『聖人』である『彼女』に認めてもらうためだけに生み出した『聖人を倒すためだけに存在する』専用特殊攻撃術式。

 

 

それをアックアの動きを一瞬だけ止めることができた天草式十字凄教はアックアの腹に叩きこんだ。

 

 

(魔力の体内暴走による硬直時間はおそらく三〇秒前後)

 

『聖人』だけに効く術式は普通の魔術師相手に練習することなどできない。

はっきり言ってぶっつけ本番だが、それでも五和には確かな手ごたえがあった。

 

(ここで『ただの人間』になったアックアを完璧に無力化させる!!)

 

「良い術式である」

 

だが五和の想いはアックアから放たれた言葉によって砕かれた。

 

『聖人崩し』が外部からの力によって強制的に解除され、五和の手の中に会った海軍用船上槍(フリウリスピア)が元の姿に戻る。

 

『聖人崩し』の術式を強制解除したのは、やはり後方のアックアであった。

 

アックアの腹に突き立ていたはずの槍は、実はアックアの左手によって止められていたのだ。

 

「私がただの聖人であれば、ここでやられていたかもしれないのである。だが惜しい。私は聖人であると同時に、『神の右席』でもあるのだよ」

 

アックアは笑いながら強敵と定めた天草式十字凄教に自らの()り方を告げると、それと同時に第二二学区に轟音がさく裂した。

 

地下街全体が揺れる。

 

五和は防御術式を使う暇もなく、後方のアックアの鋭い一撃を穿たれる。

 

そして、プラネタリウムのスクリーンを突き破って落ちていく。

 

落ちていく五和を助けようと天草式十字凄教の面々が防御術式を張り巡らせ、五和自身も術式を組み立てたが、それら全てによって落下の衝撃は抑えることなどできない。

 

だが五和はスクリーンから二〇メートル下の地面に叩きつけられなかった。

 

何かが自分を受け止めて、それが衝撃を代わりに引き受けたからだ。

 

「え?」

 

五和が思わず声を上げて自分を受け止めた存在を見ると、そこにはつるりとした光沢を持つ丸みを帯びたフォルムの白い何かが、振動波を発生させて自分のことをふわふわと浮かばせていた。

 

その白い何かは巨大なカブトムシだった。

 

五和が空中で慌てていると、白いカブトムシは衝撃波を起こすのをやめて五和を自分の体に乗せた。

 

「え? ……え?」

 

五和が何が起こっているか分からずに困惑する。

そんな五和に、カブトムシはヘーゼルグリーンの瞳をカメラレンズのように収縮させて五和に声を掛けた。

 

『大丈夫ですか?』

 

「え!? しゃ、喋った!? は、はい……大丈夫、です……?」

 

突然現れた巨大カブトムシが話しかけてきたので五和が困惑しながらも頷くと、引き裂かれたスクリーンの向こうで大量の水がさく裂する音が聞こえた。

 

五和が見上げると、そこでは大量の水が巨大な腕、もしくは竜の(あぎと)のように見える形で猛威を振るっていた。

 

そしてその圧倒的な質量で、後方のアックアは天草式十字凄教の人間を次々とスクリーンから叩き落とす。

 

「みんな!!」

 

『問題ありません』

 

カブトムシの言う通り、天草式十字凄教全員は第四階層のアスファルトに叩きつけられなかった。

 

落ちていく天草式十字凄教の面々は白いカブトムシに五和のようにキャッチされたり、その角に引っかけられたりして全員回収されていく。

 

そして安全に地面へと降ろされる。

 

その様子はメルヘンチックで、天草式十字凄教の人々を大変困惑させた。

 

「なるほど。学園都市には神を愚弄する人間がまだまだたくさんいるということか」

 

アックアは大層なメルヘン空間の中、第四階層の地面にふわっと羽毛のように軽やかに降り立つ。

 

アックアが無表情で見上げた向こう。

 

そこには天草式十字凄教の人間を助けた人物が、堂々と浮遊していた。

 

「…………え?」

 

思わず五和は声を零した。

 

五和だけじゃない。カブトムシに助けられた天草式十字凄教全員がその存在を見上げて硬直した。

 

三対六枚の純白の大きな翼。

クラレット色のスーツを着崩して、インナーにワインレッドのセーターを着こんでいる少年。

おそろしく整った顔立ちに、肩口に下りる長い茶髪、その向こうに隠れた黒曜石の瞳。

 

超能力者(レベル5)第三位、垣根帝督。

 

神のために自らの翼を広げる少年は『聖人』を睥睨して、そこに堂々と存在していた。

 




……カッコイイ登場シーンなのに、執筆最中にどうしても笑いがこみあげてきて一人で笑いながら書いていました。
メルヘン空間が全てを台無しに……。
新約での一端覧祭や大熱波の時も大変なメルヘン空間になってたんじゃないでしょうか。
一方通行とかよく笑わなかったな、と感心します。



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第一四〇話:〈超越者達〉の相対と会話

一四話、投稿します。
次は一月一三日、木曜日です。


後方のアックアと敵対する三対六枚の純白の翼を持つ少年。

その光景は天草式十字凄教の面々には信じられないものだった。

 

詳しくは知らないが、学園都市は『前方のヴェント』を天使のようなもので迎撃したと五和たちは聞いている。

あの少年がその『天使』なのか。

あれこそが学園都市が隠し持っているローマ正教を怒らせた原因の天使なのか。

 

「学園都市は一体いくつの『模造品』を作っているのかね?」

 

五和たちはそう考えていたが、アックアの言葉でその考えは砕かれた。

『いくつの』というのは少年が前方のヴェントを退けた天使とはまた別の天使だということだ。

 

「模造品? お前たちを真似たことなんてねえよ」

 

驚きに満ちている天草式十字凄教の前で少年、垣根帝督はアックアの前まで滑らかに降りてくる。

その様子は満天の星空から天使がゆっくりと舞い降りてきたようだった。

ただその全てが十字教にとって本物ではない。

 

スクリーンに映し出された偽りの夜空。

そして科学によって作られた『天使』。

何もかもが偽物であるはずなのに、その何もかもが美しく天草式十字凄教には見えた。

 

「大体、お前たちがアイツに勝手に役割を振ってるだけで、最初からアイツがあの役割を持って生まれたワケじゃねえんだよ。勝手に決めつけんな」

 

垣根が吐き捨てるように告げるが、アックアは表情一つ動かさずに口を開く。

 

「ふむ。貴様は幻想殺し(イマジンブレイカー)ではなく神であり人とされている『神人(しんじん)』にゆかりあるものか」

 

「『神人(しんじん)』? ……はん。あいつのことを教会世界ではそう呼んでんのか? 『神人』ねえ?」

 

垣根がお堅い『後方のアックア』を見つめながら半笑いで告げる。

 

「確かにあいつは絶対能力者(レベル6)だが人の心を持ってる。その呼び名は間違っちゃいねえ。……確か十字教では人間は不完全な生き物で、真なる人、つまり『真人(しんじん)』になれば神へと至れるとかいう主張があったな。……はん。字面だけでも合ってるな」

 

垣根が真守にとってぴったりな名称である『神人』について口にしていると、後方のアックアは視線を鋭くした。

 

「貴様がどの程度の能力者なのかは知らない。だが私は『聖人』である。そして『神の右席』としての力も有してる」

 

そう前置きをして、アックアは垣根へと宣言した。

 

「それを正しく理解した上で、なお守るべき者のために命を賭して戦うと言うであれば。私は人の持つ可能性とやらに期待する。その大言が寝言でないことを期待し、貴様が持てる力の全てをひとつ残らず受け止めて見せよう。その上で、勝つ」

 

「ははっ。流石騎士サマは言うことが違うな」

 

垣根が後方のアックアを嘲笑すると、アックアはその言葉にぴくッと片眉を少しだけ動かす。

 

「ちょっとイギリスに伝手(つて)があってな。そこが調べた限り、お前は傭兵から騎士様に任命される前に姿を消したらしいじゃねえか。なあ、傭兵。ウィリアム=オルウェル。『賢者』サマよぉ」

 

「……まさかそこまでの情報収集能力を持っていようとは。感服せざるを得ないな」

 

アックアは硬いまま垣根を称賛する。

そんなアックアがどこまでも騎士道精神に基づき動いているように見えて、垣根は苛立ちを見せた。

 

「そうかよ。そりゃありがとうって言っておくべきか?」

 

垣根はそこで、未元物質(ダークマター)の翼をけん制目的で広げてアックアへと嗤いかけた。

 

「騎士サマなら正々堂々戦ってみせろよ」

 

「私は騎士ではない。傭兵崩れのごろつき。傭兵の流儀(ハンドイズダーティ)を流儀としている」

 

「へえ」

 

垣根は後方のアックアの言葉に一つ感心の声を上げた。

だが即座に視線を鋭くして叫ぶ。

 

「その流儀は俺の未元物質(ダークマター)に通用しねえよ!!」

 

垣根が叫んだ瞬間、ドッと第二二学区が揺れるほどの威圧感が辺りに響いた。

少し遠くに退避させられた天草式十字凄教にも伝わるほどの威圧感。

 

五和はその威圧感を、アビニョンで感じたことがあった。

別格の存在。

奇蹟が起きれば勝てるかもしれないという幻想を根底から打ち砕かれるほどの、呼吸すらままならなくなる感覚。

 

「この世界をお前たちはお前たちの法則で歪めて良いように扱っているらしいが、この空間だけは違う。支配してんのは俺だ。ここは俺のモンだ。……いいや」

 

天使の翼を生やしている少年は、そこで言葉を切って怒りを燃やす。

 

「最初からテメエら魔術師が支配できる場所なんて、この世に存在しねえんだよ!!」

 

天草式十字凄教の前で、垣根帝督は後方のアックアを自らの敵と定めて戦闘を開始した。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

第二二学区全体が揺れて、何度も何度も爆音が轟き、爆発が引き起こされる。

 

その爆発の中心にいるのは学園都市に襲来して幻想殺し(イマジンブレイカー)と『神人(しんじん)』を討ち滅ぼさんとする『神の右席』、後方のアックア。

そして相対するは超能力者(レベル5)、第三位。未元物質(ダークマター)、垣根帝督。

 

『神の右席』はその肉体が人間よりも天使に近くなっている。

そして垣根帝督もこの世界ではないどこかの世界から力を供給され続けている関係上、その肉体が人間のものから天使のものへと変わりつつあった。

 

その両者の力の激突で何度も何度も第二二学区が揺れて第四階層が破壊されていく。

 

 

その様子を、『聖人』──神裂火織はただ呆然と見ていた。

 

同僚のステイル=マグヌスから、垣根帝督の話は聞いていた。

自分たちにとって大切な存在である朝槻真守のことを、ただ一心に想っていると。

自分たちがインデックスに向けているような想いを彼は朝槻真守に向けているのだと、そう伝えられていた。

少しひねくれた性格だったが、それでも真守に対してだけは一貫してずっと真摯だったと。

 

そんな少年が、天草式十字凄教の面々を助けてくれた。

ステイルの言う通り、言葉使いは乱暴だしひねくれてはいるがそれは性格上の問題で、本当は垣根帝督は優しい性格をしているのだと神裂は知ることができた。

 

「あなたは良い友を持ったようですね」

 

神裂は戦っている二人を見つめながら柔らかく後方に声を掛ける。

 

 

そこには純白と漆黒の翼を互い違いに三対六枚生やした朝槻真守がいた。

 

 

「友達じゃない。私が心から想っている大切な人で、私が神としても必要としている補助候補」

 

「ほ……?」

 

神裂は真守の言葉の意味が分からなくて困惑する。

補助候補とは何のことだろうか。

 

「……まあ、あなたたちの関係性は分かりませんが、あなたたちに特別な絆があることは確かなようですね」

 

真守は絶対能力者(レベル6)進化(シフト)したため前と自分に違和感を持っている神裂を見つめていたが、すっと視線を移した。

 

「あれで、勝てると思うか?」

 

神裂は真守の視線の先、爆発が(とどろ)き続けている方を見つめて呟く。

 

「難しいですね……」

 

神裂は顔を歪ませてはっきりと言い放った。

 

「後方のアックアとあの少年の力は拮抗しています。少年が力を増せば、後方のアックアもそれに呼応するように引き出す力を上げます。そこに上限が無いように感じます。……『聖人』の力は諸刃の剣です。それなのにどうしてアックアはあそこまで出力を上げ続けることができるのでしょう」

 

神裂の言う通り、垣根はアックアと互角の戦いをしている。

だがそれでも垣根には決定打を打つことができない。

垣根が力を入れてアックアを撃墜しようとすると、アックアが出力を上げて対抗してくるからだ。

その結果、両者は拮抗している。

 

戦闘が長引けば変わるかもしれないが、どちらも天使に近い肉体を持っているので耐久力があり、その拮抗はいつまでも続くかもしれない。

そうなればもしかしたら第二二学区の被害が拡大し、第二二学区という場所そのものの方が先に限界が来るだろう。

 

終わりの見えない拮抗。

それを感じ取って、神裂が何故聖人としてアックアの肉体に限界が来ないか疑問を浮かべていると、真守が口を開いた。

 

「聖母の慈悲」

 

真守が呟くと、神裂は神妙な顔色で頷く。

 

「……ええ。それがアックアの天使の術式。『神の子』を産むという十字教史上最高の偉業を成し遂げた歴史上でも最大クラスの聖人、『神の子』の母である聖母。彼女は厳正にして的確なる最後の審判すら歪め、魂を天国へと送り込む道標をも変更させる。あらゆる罪と悪に対する罰則などの制約行為は『神の罪』すら打ち消すあの身には効かない」

 

「何故あいつは『神の力(ガブリエル)』の中で聖母を選んだと思う?」

 

「……、……それは」

 

真守が問いかけると、神裂は顔をしかめる。

確かに『神の力(ガブリエル)』には多くの逸話が存在する。

その中で、アックアは何故攻撃的な術式ではなく、守護的な役割を果たす聖母を選んだのだろうか。

 

「あれがただの『聖人』じゃないからだ。『聖母の慈悲』を選んだし、多分聖母としての身体的特徴も兼ねそろえているハズだ」

 

神裂が言いよどむと真守は即座にその答えを告げた。

 

「どういう事ですかっ!? どうしてそれがあなたに分かるのですか……っ!?」

 

「私は流動源力(ギアホイール)。あらゆるエネルギーを操れるからこそ、あらゆるエネルギーの流れを理解できる。それが魔術であろうと解析不能であろうと、エネルギーの流れならば手に取るように分かる」

 

真守は垣根と戦っている後方のアックアを感じて話の続きを口にする。

 

「アックアの体を流れるエネルギーは二種類だ。その異なる二種類の力が相乗効果によって飛躍的に高まっている。二つのエネルギーを高め合うことにより、安定性を実現させたんだ。まるで、飛行機が一定の速度を出して安定性を見出すようにな」

 

「それなら、もしかして……っ!」

 

真守の言葉に神裂は即座に後方のアックアの倒し方に気が付いて声を上げたが、即座に言葉を詰まらせた。

 

「そうだ」

 

真守はそんな神裂が詰まらせたアックアの倒し方について明言する。

 

「お前は天草式十字凄教に助けを乞えばいい。それがアックアを(たお)すための唯一の方法だ」

 

真守の言う通り、後方のアックアは聖母と聖人二つの力を十全に引き出すことによって高速安定化ラインともいうべきものに達している。

エネルギーの操作を間違えると失墜し、爆発してしまうため、エネルギーの操作にはとても気を使わなければならない。

 

そのため『聖人』の身体的特徴のバランスを崩す対聖人専用の術式、『聖人崩し』が後方のアックアの唯一の弱点となるのだ。

 

だからアックアは天草式十字凄教が放った『聖人崩し』を人間用の魔術で受け止めた。

『聖人崩し』が何か分からないが、それでもアレを喰らったらマズいと本能的にアックアは悟ったからだ。

 

真守の『天草式十字凄教に協力を要請しろ』という意味の言葉に神裂は押し黙る。

そんな神裂に畳みかけるように真守は口を開いた。

 

「お前は天草式十字凄教に頼める立場にないと思っている。……もう一度肩を並べて戦いたいと、彼らの力が必要だとお前は言ってはいけないと思っている。何故ならお前は彼らの仲間ではなくなったから」

 

そこで真守は無言のまま顔を歪める神裂へと再び畳みかける。

 

「お前も、私も。本来ならば他の人間の力なんて借りなくていいんだ。ちっぽけな人間の力なんて羽虫程度のものだ。それくらい私たちと彼らには雲泥の差がある」

 

真守は神裂と自分の立場について言及する。

そしてその()り方を持ち合わせているからこそ、たった一つの残酷な真実を口にする。

 

 

「私たちに仲間は必要ない。一人でやっていける私たちにそんなものは不必要だ」

 

 

真守の冷酷な言葉に神裂は沈黙する。

 

「そう、かもしれません……」

 

神裂は(うめ)くように言葉を絞り出した。

神裂は真守の言った事実を否定できない。

それでも神裂の心は真守のその事実を拒絶した。

 

「私にとって天草式十字凄教は仲間です! 必要ないなんてことはない! 一緒にいたいから私は天草式十字凄教を抜けて力を求めたんです!」

 

「天草式十字凄教が大事ならそばにいるべきだ。お前は彼らのそばに戻るべきなんだ」

 

真守が鋭く告げると、神裂は声を荒らげた。

 

「そんな自分勝手で傲慢なことが許されますか!」

 

「そうだ。お前は傲慢だ」

 

真守の断言に神裂は言葉を詰まらせる。

まったく物事が見えていない神裂を正すために、真守は神裂と天草式十字凄教の関係性に踏み込んだ。

 

「天草式十字凄教の人間を守ってやらなければならない。それくらい彼らは弱いから。自分が全てを助けてやらなければ彼らは生き残れない。自分を()()という前提に置いて上から見下すなよ、聖人。その考えのどこが傲慢じゃないんだ」

 

自分が特別だから、彼らは弱いから。

だから弱い彼らを特別な自分が守らなければならない。

そんな弱い彼らを全員守れなかったから自分は未熟だ。

だから彼らから離れて、自分は力を研鑽するべきだ。

それらの考えは、全て自分が特別で天草式十字凄教の面々が弱者だという考えに基づいた身勝手である。

 

「お前は天草式十字凄教の人たちをちゃんと見ていない。お前は自分が特別で、彼らは弱者だとずっと思っている。それがお前の間違いだ。お前は口先だけで彼らを信じていると言って、実は背中を預けられるなんて微塵も思っていない」

 

真守の糾弾に顔を歪める神裂に、真守はそっと目元を柔らかくして優しい声で語り掛ける。

 

「上条当麻は弱くてもみんなと肩を並べて一緒に勝利を掴み取って笑っているぞ。あいつはいつだって一緒に戦う仲間を信じている。弱かろうが強かろうが肩を並べて共に一つの勝利を掴む。誰一人欠けることなくみんなで笑ってハッピーエンドへと向かう。その想いを胸に戦っている」

 

真守は記憶を失くしながらも変わらなかった上条当麻の()り方を神裂に伝える。

 

「天草式十字凄教はお前をいつまでも仲間だと信じてる。だからお前が自分たちの実力を信じてくれる日を手繰り寄せるために、あいつらは血の滲むような努力をして『聖人崩し』を生み出した」

 

真守は神裂へ言葉を掛けながらも、自分自身に言い聞かせるように呟く。

 

「人を信じるのは難しいよ。私にとって人間なんて存在は私の()り方を縛る『(かせ)』でしかない」

 

真守は胸に手を当ててぎゅっと拳を握り締めて、真剣な表情で神裂を射抜いた。

 

「それでも私は垣根のそばにいたい。深城の幸せを守りたい。私のことを自分たちの道標(みちしるべ)だって言ってくれるあの子たちのために前を歩き続けたい。それが朝槻真守の本心だ」

 

真守は爆発が続いている方向を見る。

自分のことを守ろうとしている垣根帝督のことを想って、ぽそっと呟いた。

 

「帰りたいところがあって帰れるのであれば、帰ればいい」

 

神裂は真守の言葉に目を見開いた。

真守は人であったあの頃に帰ることはできない。

真守は帰らなくていいと思っている。

自分は一人でもいいと思っている。

それで何も問題ないからだ。

一人でやっていけるのに、何を問題にすればいいのだろうか。

 

そんな真守と一緒に垣根帝督たちはあの頃に帰るのではなく、新しい今を始めようとしてくれている。

 

自分は幸せ者だと真守は思っている。

自分が違う存在に変わり果ててしまっても自分のことを想ってくれる人たちがいるなんて、とても幸せで奇蹟的なことだ。

真守が心の底からそう思っていると、神裂は理解することができた。

 

真守は神裂に黙っていることがが一つだけある。

実は真守は、後方のアックアの体内エネルギーを崩すことができるのだ。

 

流動源力(ギアホイール)というエネルギーを司る能力者だから、『聖人崩し』の真似事ができる。

 

でも神裂火織が天草式十字凄教に戻るために協力を求める必要があって、それに『聖人崩し』が必要で、誰もが()りし日に帰ることを望んでいるから。

 

真守がわざわざ自分にもできるなどと言う必要はどこにもない。

 

(……それに一度『聖人崩し』は防がれている。後方のアックアは普通の魔術も使えるし、一筋縄じゃいかない)

 

真守は一人心の中で呟き、神裂を見た。

 

「私は行く。私のことを大切に想ってくれる人たちが初めてくれた私の居場所に。……垣根のそばに。お前はどうする?」

 

神裂はそこで、少しだけ黙る。

だが即座に真守を見据えて自分の想いを口にした。

 

「私も行きます」

 

「そうか」

 

真守は神裂の決意を聞いて柔らかく微笑んだ。

 

「じゃあ行こう。私たちがそれぞれ大切にしている人のところへ」

 

神裂は真守の言葉に頷き、そして真守から離れて天草式十字凄教のもとへと急ぐ。

 

真守も、後方のアックアと戦っている垣根帝督のもとへと向かった。

 




一つ気になったのですが、この世界の聖母ってマリアと呼ばれているのでしょうか。
それとも『神の子』と呼ばれるように、直接的な表現はされていないのでしょうか。
大覇星祭の時に最大主教が言及した聖母の絵画のことをマザーマリアとルビが振ってあったのでマリアと呼ばれてるのかな、と考えたりしますが、そこはどうなっているのでしょうね。



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第一四一話:〈一致団結〉して行動する

第一四一話、投稿します。
次は一月一四日金曜日です。


五〇人近い天草式十字凄教は呆然としていた。

 

爆音、爆風、地を揺らす衝撃は余波なのにすさまじく、それら全てを近くにいるカブトムシが守ってくれていた。

このカブトムシたちはあそこで戦っている超能力者(レベル5)第三位、垣根帝督が能力で造り上げた人造生命体らしい。

カブトムシが言うには、垣根帝督は後方のアックアがターゲットにしたもう一人の少女、朝槻真守を守るために戦っているのだという。

 

本来ならばあの少年を助けなければならないのだろう。

だが自分たちが行っても邪魔にしかならない。

自分たちが入り込む隙がないのだ。

それほど少年の戦いは寸分狂わず計算し尽くされており、そして美しかった。

 

それに少年の戦い方にも問題があった。

 

少年の戦い方は空間を支配しているようで、それを後方のアックアは無理やり力技で突破している様だった。

そこに入っていけば自分たちも彼の能力の餌食になり、足を引っ張るどころか一緒に倒されてしまうかもしれない。

 

だがそれは言い訳だ。

実際、このカブトムシがいなければ自分たちはこの怪我だけでは済まなかった。

自分たちは助けてもらった側で。彼を助ける側にはなれない。

 

明らかな戦闘能力の差。

それに打ちのめされている天草式十字凄教に近づく人物があった。

 

それに一同は驚愕する。

 

かつて自分たち天草式十字凄教のトップに立っていた女教皇(プリエステス)

聖人、神裂火織。

この世で最も大切な存在が自分たちの前に現れた。

 

きっと、上条当麻を守りに来たのだろう。

そんな彼女が何故自分たちのもとに来たのか。

……そしてなんで、まるで緊張したように顔が強張っているのか。

 

疑問を持つ天草式十字凄教の前で神裂は一つ息を吐いてからギンッと目を開くと、震えた声で告げた。

 

「あなたたちの力が必要です」

 

その言葉に天草式十字凄教は雷で打たれたような衝撃が体に駆け抜けた。

神裂は後ろめたさを感じたまま、それでも淡々と胸の内を晒す。

 

「あなたたちは別に弱くありませんでした。私があなたたちを弱いと決めつけ、心のどこかで見下していた。背中を預けられないと、それに値しない人間だと思っていた。……私が弱かったのです」

 

神裂の言葉に天草式十字凄教は固まる。

 

自分たちは神裂が悪いと思ってなかった。

ただ自分たちが弱いのが悪いと思っていたからだ。

神裂も自分が未熟だから天草式十字凄教の面々を危険にさらしてしまい、天草式十字凄教から離れるべきだとして離れていった。

 

天草式十字凄教はそんな神裂を止めることすらできる力がなかった。

だから力を求めて『聖人崩し』を作りだしたのだ。

 

天草式十字凄教は神裂が悪いと思ってなかった。神裂自身も気づかなかった。

 

きっと、神裂は誰かに(さと)されたのだろう。

『聖人』に面と向かってお前が悪いと言えるなんて相当な人だ。

そして神裂もそれを受けて自分が悪かったのだと悟った。

聖人にも分からない事実を、その人間は見据えていた。

一体どこまで物事を正確に理解しているのだろう、と天草式十字凄教は思った。

そんな天草式十字凄教の前で、神裂は口を開く。

 

「こんなこと、私が今更頼める義理ではないのですが」

 

神裂はそう告げるとギュッと拳を握り、渾身の力を込めて口を開いた。

 

「もう一度あなたたちと共に戦いたいのです。あなたたちを信じ、あなたたちに背中を預け、そしてあなたたちに背中を預けてほしいのです」

 

そして神裂は頭をゆっくりと下げた。

 

「ですから力を貸してください、あなたたちの力を!」

 

あの『聖人』、神裂火織が頭を下げている。

ごくごく普通の天草式十字凄教に。特別な才能を持った『聖人』が。

自分たちの力こそ借りたいのだと。

自分たちの力が必要な局面に立たされているのだと。

自分たちの力で後方のアックアを撃破することができると、神裂は確信しているのだ。

だからこそ、無理を承知で神裂は自分たちに頼んできた。

 

女教皇(プリエステス)様」

 

そこで教皇代理、建宮斎字は神裂へと近づいて、敬意を持って神裂をそう呼んだ。

 

「頭を上げてくださいなのよ」

 

神裂は建宮にそう告げられて頭を上げた。

そこには自分の『仲間』である天草式十字凄教が柔らかな目で、そして決意を固くして神裂を見つめていた。

神裂の力に再びなるのだと、自分たちはなれるのだと。

そう、安堵しながらも必ず力になってみせると気合を入れて。

 

女教皇(プリエステス)様。我ら天草式十字凄教はいつだってあなたと共にあります」

 

建宮はしみじみとしながら、一つの事実を告げる。

教皇『代理』の重い荷が下りることを感じながら。

ただ思いやりだけでできた言葉を自らの主に優しく掛ける。

 

「ですが。()えて言うのであれば、帰りましょう」

 

建宮はそう前置きしてから、神裂にそっと手を差し伸べる。

 

「我ら天草式十字凄教の、あるべき姿へ!」

 

「…………っはい!」

 

神裂はその手を確かに、しっかりと握った。

ここに。再び団結し、前へと進み始めた新生天草式十字凄教が誕生した。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

(チッ。コイツ、どこまで力上げられるんだ?)

 

垣根は後方のアックアと戦いながら心の中で舌打ちをする。

 

後方のアックアは垣根が未元物質(ダークマター)で空間を支配して、物量で圧してもそれを『聖人』の力で無理やり捻じ伏せて突破してくるのだ。

 

垣根の領分である面で攻撃しても点で突破してくる。

 

そのため垣根は未元物質(ダークマター)によって肉体を強化して突っ込んでくる後方のアックアを翼で(さば)いているが、これ以上力を出されたら競り負けるかもしれない。

 

「大したものである、能力者。だがこれくらいで私を止められるとは思わないで欲しいである」

 

垣根が自分の不利を感じ取った時、後方のアックアは垣根にそう告げてきた。

 

垣根が苛立ちを込めて未元物質(ダークマター)の翼を後方のアックアの首を狙うために振るうと、アックアはそれを避けて目の前から消えた。

垣根は即座に辺りに散らばらせていたカブトムシによってアックアの居場所を探らせる。

 

するとアックアはプラネタリウムのスクリーンにまるでコウモリのように逆さに張り付いていた。

 

アックアから威圧感が噴き出し、逆さになって張り付いていたスクリーンに映し出されていた夜空に変化が起きる。

 

そして複数の火花がまき散らされて、スクリーンに巨大な月が映し出された。

 

どうやらプラネタリウムのスクリーンに映し出される映像がアックアの魔術によって干渉を受け、その絵を捻じ曲げられて月として映し出されているらしい。

 

大覇星祭の時、垣根帝督は上条たちと共に『使徒十字(クローチェディピエトロ)』という霊装を巡ってローマ正教と戦った。

 

あの霊装は発動するために夜空の星が重要だった。

だがナイトパレードの人工の光で夜空が塗り替えられてしまい、リドヴィア=ロレンツェッティを『使徒十字(クローチェディピエトロ)』発動までに捕らえることができずとも、『使徒十字(クローチェディピエトロ)』は発動できなかった。

 

人工の光が魔術を邪魔することもあれば、人工の光を魔術に応用することもできる。

後方のアックアはスクリーンに映し出された偽物の月から力を得て、鋭い一撃を放とうしているのだ。

 

聖母の慈悲は(T H M I)厳罰を和らげる(M S S P)

 

アックアが呟くと同時に、辺りに爆発的な力が満ちる。

 

(来る……っ!)

 

垣根は詠唱によって力を集め始めたアックアを見上げて防御行動を取る。

あの高さでは自分がアックアに辿り着く前にアックアの攻撃が放たれる。

それならば防御姿勢を取った方が良いに決まっているのだ。

 

時に、(T C T)神の理へ(C D B)直訴するこの力(P T T R O G)慈悲に包まれ(B W I M)天へと昇れ!!(A A T H)

 

垣根が防御姿勢を取る中、アックアは月の青白い閃光を受けた鋼鉄のメイスを構え、スクリーンを蹴散らしながら勢いよく垣根へと攻撃を繰り出してきた。

 

その特大のメイスから放たれたのは、斬撃や刺突、粉砕などではなかった。

 

圧倒的な破壊力。ただその一点のみの攻撃だった。

 

垣根は翼とカブトムシによって防御行動を取るが、それを全て砕かれ、強い一撃を叩きこまれる。

 

「……ぐっ…………ガッァァァあああああ!」

 

第二二学区の全てが揺らぐ。

 

アックアが垣根に放った一撃は、第四階層の地面を半径一〇〇メートルほど円形状に切り崩した。

 

その円形状にくりぬかれた大地は、垣根もろとも第五階層へ落ちていく。

 

垣根は空気を求めてあえぐことさえできずに、鋭く突き刺さるかのようなスピードでアスファルトを叩き割りながら第五階層の地面に激突した。

 

攻撃を受けた垣根は体が散り散りになっていない方がおかしかった。

だが垣根は天使に肉体が限りなく近付いて頑丈になっている。

そのため体は散り散りにならず、五体満足で無事だった。

 

だが無傷ではない。

 

翼はアックアの攻撃で吹き飛ばされてしまって三対六枚の内一枚しか残っていないし、全身はボロボロで高級スーツは見るも無残な姿になっていた。

 

(……アックアの、野郎は…………っ?)

 

 

垣根が激痛に苦しむ中、辺りに舞った粉塵に一つの影が見えた。

 

 

アックアではない。姿が小柄過ぎる。

 

 

「……………………ま、もり…………?」

 

垣根はそこで、粉塵のカーテンの中から出てきたのが真守だと気が付いた。

 

真守は全てを見ていたのだ。

おそらく垣根が攻撃を受けてボロボロになるのも見越していた。

 

それなのに、何もしなかった。

 

以前の真守だったら、何が何でも傷つけられる人がいれば傷つく前に助けていたはずだ。

だが、今の真守は動かなかった。

垣根が呆然とする中、真守はそっと腰を下ろした。

 

「垣根」

 

真守は無機質な声音で垣根の名前を呼びながら、垣根を上から覗き込むようにして垣根の両頬にそっと手を添えた。

 

 

「私は必要ならばこういう事をするぞ。それでもそばにいたい?」

 

 

こういう事というのは、垣根が傷つくのを必要ならば容認するという事だ。

人であった頃の真守は、他人が傷つくのがとても嫌だった。

誰も彼もが傷つかない未来を望んでいて、被害を最小限に抑えようとしていた。

 

だが絶対能力者(レベル6)進化(シフト)した今の自分は違うのだと。

 

必要であれば誰かが傷つくことも死ぬことも(いと)わないと。

必要な犠牲を良しとしなった人であった頃の自分とは、神と()った自分は明確に違うと。

 

神と()ったことを垣根に思い知らせるために、真守は後方のアックアの攻撃から垣根を庇わなかったのだ。

 

これから朝槻真守はその必要性があれば人を見捨てる。

大切な人だろうと関係ない。

 

絶対能力者(レベル6)として、神さまとして。やるべきことをする。

人としての感情よりも、神としてやらなければならないことを優先すると。

真守は実害を持って、垣根にそう明確に示したのだ。

 

「……………………変わらねえ、よ」

 

垣根は自分を見下ろす真守へと手を伸ばした。

 

「お前がどれだけ違う存在に()ったとしても、何を優先するにしたって。……俺は、お前のそばにいるって決めた」

 

垣根はそっと真守の柔らかな頬に触れながら切ない声を上げた。

 

「あの時約束した」

 

どこまでも尊い()り方をする真守を一人にしたくない。

自分のことをどこまでも考えてくれる真守を一人にしたくない。

人のことを想えなくなってしまうことが怖いと泣いていた少女を一人にしたくない。

 

だから約束した。

何があっても一緒にいると。どれだけ真守が残酷になっても共にいると。

自分のことを殺したくないと泣いた真守のために、生き続けると。

 

「お前が俺のこと不必要に思ったとしても、俺はお前のそばにいる。だからお前はしたいようにすりゃあいい。絶対能力者(レベル6)として動きてえならそれでいい。……だからな、真守」

 

垣根は心底辛そうに顔を歪めて真守を見上げた。

 

「頼むから、一緒にいさせてくれ」

 

真守はそれを聞いて、無表情だった顔を悲痛で歪めた。

 

「……私はお前に守られるほど、弱くないぞ」

 

「知ってる。お前、俺がアックアにやられるの知ってたんだろ」

 

垣根は力なく笑う。

垣根の推測通り、真守は垣根がアックアと拮抗はできるが勝てないことを知っており、既に神裂とも話をしていた。

垣根もアックアと戦って自分が決定的な一撃を放てないと思い知らされたのだ。

 

アックアは垣根がどれだけ力を出そうともそれに拮抗し、そして詠唱による鋭い一撃を放つ。

普通ならば体が壊れてしまう力を二つ合わせることにより、力を安定させて十全に扱うことができるのだ。

しかも聖母の慈悲であらゆる厳罰が効かず、人間用の魔術も使える。

自分が別格の超能力者(レベル5)であろうと、一人で戦って勝つのは厳しい相手だと垣根は感じていた。

 

それでも後方のアックアに真守が対抗できないことはない。

神である真守に聖人如きが敵うはずがない。

 

「私は、垣根が信じる人であった頃の私ではないよ」

 

「知ってる。だってお前、俺のこと試したもんな」

 

「お前は私に縛られなくていい。どこへでも行けるんだ」

 

「じゃあ俺をそばにいさせろよ。たくさん愛させてくれ」

 

垣根はそこで、ふにっと真守の唇に触れた。

そして垣根は真守のことをただ一心に想って、柔らかく笑う。

真守は垣根がふにふにと自分の唇の感触を楽しんで手を離すのを待ってから、口を開いた。

 

「……それでも、必要なら私はこういう手段を取る」

 

「お前、必要だっつっても悲しいんだろ? だったらその(たび)に俺が慰めてやるから。そんな顔するんじゃねえ」

 

真守はコクッと頷いた。

真守は垣根が傷つくのが嫌だった。

でもこれから先、垣根がもっと傷つく未来が待っている。

だからここで垣根が自分に傷つけられてそれが嫌で自分のそばから離れるならば、傷が最小限で抑えられると思ったのだ。

 

「俺が傷つくのが嫌だって思うのに俺のこと傷つけるんじゃねえよ。本末転倒じゃねえか」

 

「………………ごめん」

 

真守は垣根の頬を優しく撫でながら謝る。

 

「垣根のこと、本当に大事だから………………本当に、大事なんだ」

 

真守が涙目になって切ない声を絞り出すので、垣根は笑った。

 

「何があっても一緒にいる。これが俺の意志だ。分かったか?」

 

真守はそれを聞いて悲しそうに顔をしかめる。

垣根はその表情の意味を理解できない。

 

真守が何を考えているのか、どこまで先を見通しているのか分からない。

だから真守が自分が何で傷つくのが嫌なのか考えているのか分からない。

それでも真守が自分のことを考えてくれていることだけは垣根にも分かった。

 

自分を大切だと思ってくれる心を真守が持っているだけで、垣根帝督は十分幸せだった。

 

そこで真守は垣根から視線を外して顔を上げた。

 

「隠れるのはもうやめるのであるか、神人(しんじん)?」

 

真守は起き上がろうとした垣根のことを手伝いながら、アックアを見上げた。

 

「別に隠れていたつもりはないぞ。ただ(かくま)われていただけだ」

 

垣根のことを傷つけようとしているのか守ろうとしているのかよく分からない真守の行動に、アックアは顔をしかめながらも問いかける。

 

「では何故来たのであるか。貴様を守ろうとする人間がいるのであろう?」

 

「決まってるだろ」

 

真守は目を鋭く不敵に細めて、宣言する。

 

 

「この信仰の地(学園都市)で、お前に好き勝手されるわけにはいかないからだ」

 

 

真守の言葉に、後方のアックアは一つ頷く。

 

「正当な理由であるな」

 

「それと、もう一つある」

 

そんな後方のアックアに、真守は付け加えるように告げた。

 

「何だ?」

 

後方のアックアが反応すると、真守は柔らかい微笑を浮かべた。

 

「私の友達を殺そうとした報いを受けてもらわなければ気が済まないんだ。だからサンドバッグになってくれないか?」

 

「……神が私怨で動くのかね?」

 

アックアが苦々しげに自分を見つめるので、真守は垣根に手を添えながら相対してそして翼を広げた。

 

五対一〇枚の白と黒、互い違いのものと。

頭の側頭部から生えた純白と漆黒の禍々しくも神々しい翼を。

 

「お前はいま言ったじゃないか。──私は神人」

 

そこで真守は艶やかな黒髪を蒼みがかったプラチナブロンドに換えて、頭に六芒星を核とした幾何学模様の転輪する蒼閃光(そうせんこう)でできた輪を展開し、セーラー服姿のまま宣言する。

 

 

「神であり人であり、そして真なる者であり。神ならざる身にて天上の意思に辿り着く者である」

 

 

真守の宣言を聞いて、後方のアックアは不敵に微笑む。

 

「いいだろう。相手になるぞ、異教の神よ。その力を見せてもらおうじゃないか」

 

 

「あなたの相手は彼女たちだけではありませんよ」

 

 

後方のアックアが真守に挑発した途端、外から声がかかった。

 

「何だと?」

 

後方のアックアが振り返ると、そこには天草式十字凄教を引きつれた神裂火織がいた。

 

「我ら天草式十字凄教も共に戦います。よろしいですね、真守」

 

真守は自分に問いかけてきた神裂を見つめてニッと笑った。

 

「頼んだ」

 

真守、垣根。そして神裂率いる天草式十字凄教は後方のアックアを(とら)えた。

自分を狙う後方のアックアを打ち倒すために。

そして、彼にターゲットにされてボロボロになった上条当麻を守るために。

 

『神の右席』へと昇りつめた存在を(たお)すために、彼らは一つになって行動を開始した。

 




今回は特別な回でした。
以前の垣根くんなら試されるようなことがあったら激昂していましたが、自分を試した人が大切な人で、どうしてもそばにいたい人だったから怒りませんでした。それどころか懇願してまでそばにいたいと言った。
なりふり構っていられないほどに真守ちゃんが大切だという、垣根くんの変化が見られる話でした。



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第一四二話:〈勝利御手〉で一時平穏を手に

第一四二話、投稿します。
※次は一月一六日日曜日です。


真守、垣根、天草式十字凄教はアックアと相対しており、そんな中真守が告げる。

 

「お前の弱点は分かっている。『聖人崩し』だ」

 

真守の言葉に後方のアックアは眉間にしわを寄せて、垣根は怪訝な顔をする。

何が何だか分かっていない垣根のために神裂は説明を始める。

 

「後方のアックアは『聖母』という素質と『聖人』という素質を(あわ)せ持つ二重属性なんです。だからこそ、その二つの異なる力を使うことによって一定以上のラインを突破して、その力を安定させている。言うなれば高速安定化ライン。でもそのせいでアックアは対聖人用攻撃術式に弱くなってしまったのです」

 

垣根が飛行機と同じことをアックアが行っているのだと悟ると、そこで神裂は言葉を切ってアックアを睨みつけて告げた。

 

「『聖人崩し』とは『神の子』に似た身体的特徴のバランスを強引に崩し、体内で力を暴走させることによって聖人を一時的に行動不能に陥らせるもの。本来ならば数十秒が限界でも、あなたの場合は暴走する力の規模が違う。だからあなたは魔術的手段を用いたとしても『聖人崩し』を防御する必要があった! 違いますか!?」

 

後方のアックアは神裂の問いかけに獰猛に笑った。

その笑いが肯定しているようなものだった。

 

「成程な。お前にもやっぱ弱点はあるってことだ」

 

垣根は一つ納得したように呟き、真守に支えられながらも立ち上がった。

 

「じゃあさっさと潰れろ、このクソ騎士サマよォ!!」

 

垣根が叫ぶと、後方のアックアは先制攻撃に入った。

メイスを振り回して、苛烈な攻撃を衝撃波として連続して繰り出す。

そんなアックアの攻撃へ、真守は垣根に手を貸したままアックアに向かって手を突き出した。

するとアックアが繰り出した連続攻撃が見えない力に弾かれて霧散させられる。

 

「!」

 

アックアは自分の攻撃が何らかの力によって弾き飛ばされたことに目を見開く。

 

「垣根も言った」

 

真守は後方のアックアを無機質なエメラルドグリーンの瞳で見つめながら告げる。

 

「ここはお前の知る世界じゃない!」

 

そこでアックアは持ち前の危機察知能力で身を(ひるがえ)すと、その場から飛び退いた。

その瞬間、バツン! と弾けるような音が響き、アックアが立っていた場所の空間が捻じ曲げられる。

 

「辺りに満ちている力を使うのであるか!」

 

「AIM拡散力場と言うんだ。能力者が無自覚に発している力。それによってこの学園都市は満ちている」

 

真守は高速で逃げるアックアに何度もバツン! バツン! とAIM拡散力場を叩きつけながら告げる。

 

「この地で私の手数が途切れることはない!」

 

真守が叫んだ時、神裂が前に出て七天七刀によって衝撃波を繰り出す。

それをアックアは難なく避けるが、神裂は最初から避けられることを前提として攻撃を放っていた。

神裂の目論見通り、アックアに避けられた攻撃は彼の背後にある瓦礫の山に埋もれていたさび付いた有刺鉄線にブチ当たる。

 

神裂の目論見に気が付いたアックアが頭上に目をやると、空を飛んだ有刺鉄線の鋭い針金が円の形になるように展開されていた。

 

神裂は七閃と呼ばれるワイヤーによって周囲の瓦礫を切断して、魔術的意味を持った彫刻を出現させる。

現れたのは巨大な十字架。その近くには鋭い鉄の釘。そしてアックアの頭上にはいばらの冠。

 

「『神の子』の処刑の象徴であるか!!」

 

『聖人』とは『神の子』と身体的特徴が似ているが故に『神の子』の力の一端をその身に宿すことができる人間だ。

そのため、『神の子』のレプリカである『聖人』は力と共に『神の子』の弱点すら継承してしまっている。

だからこそ『神の子』の処刑場を神裂は作り上げ、それでアックアを止めようとしているのだ。

 

こんな付け焼刃のガラクタで普通の聖人は倒せない。

だが後方のアックアは『聖人』と『聖母』の二重属性を持つ『特別な聖人』なのだ。

聖母は十字教史上最高の聖人として扱われている。

そのため『処刑』の術式はアックアに致命的な一撃になる。

 

「揺らいでいます」

 

神裂はアックアの中にある聖人の力と聖母の力が外側から影響を受け、ぎしぎしと悲鳴を上げているのを感じてきっぱりと言い放つ。

真守もエネルギーの齟齬が起こっていることをエネルギーの流れから読み取って、視線を鋭くした。

 

「準備は整いました! 槍を持つ者(ロンギヌス)よ、今こそ『処刑』の儀の最後の鍵を!」

 

神裂に声を掛けられた五和は即座におしぼりを取り出して柄を包むように海軍用船上槍(フリウリスピア)を構えた。

 

『聖人崩し』とは天草式十字凄教全員が特定の動きをすることで発動する対聖人用特殊攻撃術式だ。

その中心核には五和がいて、五和はおしぼりを柄に見立て、海軍用船上槍(フリウリスピア)を管やりとして扱うことで『聖人崩し』の一撃を放つ。

 

そのため五和がおしぼりを取り出したところを見て、一度『聖人崩し』を防いだアックアはそれを見て笑った。

 

「面白い」

 

アックアはそう呟くと、有刺鉄線の束縛を強引に引きちぎった。

 

「天草式十字凄教に神人(しんじん)とその天使。その名は我が胸に刻むに値するものとする!」

 

そしてアックアは垣根ごとぶち抜いた第五階層と第四階層を繋ぐ穴から第四階層へと飛び上がって構える。

 

アックアの動きを何百本のワイヤーが追り、真守がAIM拡散力場でアックアを追ったが、アックアはそれら全てを力づくで突破した。

 

円形のクレーターの奥から第五階層へと降りそそぐ第四階層の光を巨大な月に見立てて、アックアはその月に背を向け、『後方のアックア』の名に相応しい出で立ちでメイスを構える。

 

聖母の慈悲は(T H M I)厳罰を和らげる(M S S P)

 

垣根に大打撃を食らわせた一撃をアックアは二倍の滑空距離で放とうとしている。

その攻撃は凄まじいものとなる。

第二二学区が無事でいれられないくらいに。

垣根は飛び上がったアックアが攻撃の態勢に入ったことで危機感を(あら)わにする。

 

『垣根、私に合わせてほしい』

 

(真守?)

 

そんな垣根に小さな体で懸命に垣根を支えている真守はエネルギーでパスを作り、垣根の脳裏に直接言葉を書き込んできた。

 

『私の力に、垣根が形を付けてほしい』

 

真守はアックアを睨みつけていたが、そこで呆然とする垣根をちらっと見た。

 

『お願い。私に垣根のその可能性をみせて』

 

垣根はその言葉に目を見開く。

絶対能力者(レベル6)へと進化(シフト)した真守には何もかもがある。

 

だが『無限の創造性』だけは真守も持ち合わせていないのだ。

 

それだけは垣根帝督の特権である。

朝槻真守にはないもの。垣根帝督にはあるもの。

それを真守が欲していると、垣根は気が付いた。

 

「いいぜ、俺のチカラをお前に見せてやるよ!!」

 

垣根が笑うと、真守は心底幸せそうに目を細めた。

 

そんな真守の前で、垣根は辺りに展開していた未元物質(ダークマター)を呼び起こす。

 

エネルギーはそれ単体でも強い。

だがエネルギーのその強みを生かすには、そのエネルギーの力を十全に引き出せるように()()()()()()()()()に決まっている。

 

白米を炊くために炊飯器に電気を通すように。

掃除するために掃除機に電気を通すように。

 

目的のために特化された器に必要なエネルギーを流せば、その目的を達成できる力に換わる。

 

だから真守は自分の生成する力を受け止められる器を、未元物質(ダークマター)によって作って欲しいと垣根にお願いしたのだ。

 

後方の後方のアックアの一撃を止めるという目的のために、自分のエネルギーの強みを十全に使える器を垣根に求めた。

 

普通ならばこの世にないエネルギーを受け止める器を作るなんて無理だ。

だが、垣根帝督の扱う物質もこの世にないものである。

 

この世にないもの同士であるエネルギーと物質。

 

それが一つになって正しい()り方で力を発揮できるのは道理である。

 

垣根帝督はこれまで朝槻真守のそばにいて、朝槻真守の生み出す全てのエネルギーの源である源流エネルギーをずっと見続けていた。

 

真守のそばにいたくて。

そしていつまでも一緒にいたくて。

真守のことを、理解したくて。

 

朝槻真守だけを見て、一身に求めてきた垣根帝督には分かる。

朝槻真守が自分に何を求めているのか。

何を望んでいるのか。

 

だからこそ、垣根帝督は源流エネルギーを受け止められる役割を持った未元物質(ダークマター)を生み出すことに成功した。

 

超能力者(レベル5)は高度な数式と演算で能力を行使する。

だが垣根はその時、初めて直感で未元物質(ダークマター)を動かした。

理論なんてない。

ただ真守のためになることをしたいという、純粋な願いを込めて能力を行使した。

 

そしてそれは不思議なことに。

 

未元物質(ダークマター)の本来あるべき形へと変わっていた。

 

時に、(T C T)神の理へ(C D B)直訴するこの力(P T T R O G)慈悲に包まれ(B W I M)天へと昇れ!!(A A T H)

 

垣根と真守が構えた瞬間、凄まじい速度で後方のアックアが攻撃を繰り出した。

 

蒼閃光(そうせんこう)が歯車の荘厳な鈍い音を響かせて(ほとばし)る中、それを包み込むように純白の光が辺りに満ちる。

 

形作られたのは、網だった。

 

全てを受け止める、慈悲の網。

 

それが『聖母の慈悲』を天使の術式として身に宿した後方のアックアが一撃を放ったメイスを網で絡み取るように受け止めた。

 

アックアは自らの渾身の一撃を止めた真守と垣根に驚愕する。

 

「「神裂!」」

 

そんな中、真守と垣根は同時に神裂の名前を呼んだ。

 

「はい!!」

 

神裂は即座に行動に移り、メイスを離して(ちゅう)へと逃れようとしているアックアをメイスとまとめてワイヤーで絡めとった。

 

「……ぬん!」

 

アックアはワイヤーを引きちぎるが、神裂が七天七刀を放り捨ててアックアの方をメイスごと引き留めにかかる。

 

「させぬ!」

 

だがアックアは自身に突進しようとしている神裂に向けて人用の魔術を放とうとする。

アックアの天使の術式は『聖母の慈悲』。

あらゆる枷を解き放つため、天使の術式しか使えない魔術をアックアは使うことができる。

 

だがその魔術は放たれなかった。

 

 

神裂がアックアに飛び掛かる前に、上条当麻がアックアに抱き着いたからだ。

 

 

その瞬間、人間が使える魔術が上条の右手に宿る幻想殺し(イマジンブレイカー)によって霧散する。

 

上条は傷ついたボロボロの体で飛び掛かった神裂と共にアックアにしがみつきながら、後方を見た。

 

「五和!」

 

「任せておいてください……」

 

上条に声を掛けられた五和はおしぼりで作った柄を握り直して槍を構え、天草式十字凄教の面々と『聖人崩し』の起動準備に入った。

 

「必ず当てます!!」

 

仲間から複数の術式の加護を受けた五和は叫ぶと共に爆走。

アックアはこれを回避しようとするが、渾身の一撃を垣根と真守に、そして動きを上条当麻と『聖人』である神裂に封じられて何もできない。

 

「お、おおおおおお──────ッ!?」

 

アックアは鋭い雄たけびを放った。

 

五和から『聖人崩し』を放たれる恐怖ではなく、五和の攻撃を受けてもなお倒れないという信念を持って、一本の雷撃へと形を変え、星のように輝きを放つ『聖人崩し』を受けた。

 

空気が震える音がさく裂して『聖人崩し』はアックアの腹に突き刺さり、背中から飛び出して六つの頂点を作り、星の輝きを得る。

 

『聖人崩し』の衝撃によって上条と神裂は吹き飛ばされてる。

そして神裂はボロボロの上条を受け止めて地面へと降り立った。

 

そんな二人の前でアックアは衝撃を受けて吹き飛ばされて、第五階層に作られていた人工の湖へと落ちた。

 

湖に落ちて見えなくなったアックアの様子を伺っていた真守たちの前で、突然暗い湖の底がカッと閃光に包まれて大量の水が丸ごと爆発する。

 

鋭い爆発によって完全に干上がった人工の湖の(ふち)(あら)わになり、人工の湖の大きさほどの水蒸気の柱が第五階層の天井にぶち当たって四方八方へと広がっていく。

 

凄まじいその水蒸気でできた巨木は、ただ単純にアックアの内包されていた凄まじい量の力を物語っていた。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

「垣根、あっちから力を引き出してる影響で体が頑丈になってて良かったな」

 

アックアとの激闘の後日。

真守はカットフルーツの詰め合わせのパックの蓋をカポッと開けながら垣根に笑いかける。

垣根は病院衣のままベッドの上で行儀悪く片足を立てて座っており、心底不機嫌そうにしていた。

 

「どうだ? 上条と一緒に病院に(かつ)ぎ込まれた気分は?」

 

「つーか未元物質(ダークマター)で繋げたから入院してなくてもいいだろ。俺はそんなにヤワじゃねえ」

 

垣根はムスーッとして、自分が病院の世話になっているのが心底気に食わないといった表情のまま真守の言葉に応えた。

 

現在、垣根は冥土帰し(ヘブンキャンセラー)の病院の世話になっており、経過観察で入院となっている。

 

垣根の肉体はここではないどこかの世界から力を引き出している関係上、天使に限りなく近くなっている。

そのため体が頑丈になっており、アックアの鋭い攻撃を叩きこまれたのに垣根はろっ骨を何本か折ったり全身の骨にヒビが入る程度で負傷をとどまらせていた。

その骨折や全身の骨のヒビも未元物質(ダークマター)によって繋げており、しかも垣根は骨の再生も未元物質(ダークマター)(うなが)している。

体に再生を促している以上、骨折を繋げてヒビをパテのように埋めた未元物質(ダークマター)もすぐにいらなくなるだろう。

 

そんな体の負傷を全て自分の能力で(まかな)った垣根には治療の必要がない。

だがそれでも体にダメージが遅れて出てくるかもしれないということで、垣根は経過観察で入院となっているのだ。

 

「文句は先生に言ってくれ」

 

「……ッチ。今から言ってくる」

 

「ダメ」

 

真守はぴしゃりと告げ乍ら、ベッドの上から動こうとした垣根の口にカットフルーツのパックに入っていた大きな白桃を詰め込んだ。

 

「むごっ!?」

 

垣根が慌てる中、真守は垣根の口に白桃をねじ込みながら淡々と告げる。

 

「先生に垣根のこと、入院中は病室に縫い付けるようにお願いされてる」

 

垣根は真守が強引にフルーツを口にねじ込んできたので当然として咳き込みそうになる。

だが真守が口から手を離さないのでどうにもできない状態である。

垣根が真守を鋭く睨むと、真守はため息を吐きながら垣根の口から手を離した。

 

げほっごほっと盛大にむせながらも垣根は白桃を呑み込むと、真守をキッと睨みつけた。

 

「垣根」

 

怒りに満ちている垣根を見て、真守は真剣な声で垣根の名前を呼んだ。

垣根は真守が神妙な顔つきになったのに気が付いて目を見開く。

真守はそんな垣根の頬に優しく手を添えてふにゃっと笑った。

 

「私はいつだって垣根のこと、欲しいと思ってるよ」

 

「……真守、お前」

 

垣根は真守のその言葉に目を見開く。

 

「誘ってんのか?」

 

「ちがう。垣根のばか」

 

真守は怒って垣根の頬を思い切り引っ張った。

 

「あにすんらよ」

 

「垣根の可能性を信じていることだ。どうしてえっちな事に思考を直結させるんだ、まったく。まったく!」

 

垣根の頬を真守はぷんぷんと怒ったまま引っ張り続ける。

真守は自分に持っていない垣根の『無限の創造性』を信じて、それを必要としていると伝えたかった。

それを垣根はもちろん理解している。

だが真守の言い方がエロかったのがいけない。

 

「垣根のばか。えっち、ヘンタイ。ばかばかばかばか」

 

真守が罵倒を止めずに自分の頬を引っ張ってくるので垣根は顔をしかめる。

だが垣根は、いつものように強硬手段を取って真守を捻じ伏せたりしなかった。

 

真守が怒りながらも優しく笑っていたからだ。

 

真守が幸せそうだから、垣根も真守に頬を引っ張られようが穏やかな気持ちになっていた。

 

絶対能力者(レベル6)へと進化(シフト)した真守の神としての考えは分からない。

それでも、人間の心を持って自分のことを想ってくれれば垣根は十分だった。

 

垣根が柔らかく真守を見つめていると、病室の扉がコンコンと叩かれた。

真守は垣根の頬から手を離して垣根と一緒に扉を見た。

 

「いいぜ。入って来い」

 

垣根が声を上げると、扉をカラカラと開けて入ってきたその人物を見て垣根と真守は驚愕して目を見開いた。

 

「な!?」

 

そこには白と黒によって構成されてなんともエロいイギリス製のゲテモノメイド服、『堕天使エロメイド』に身を包んだ『聖人』、そして天草式十字凄教の女教皇(プリエステス)である神裂火織が立っていた。

 

「か、感謝を示したくて!」

 

「感謝を示したくてメイド服着るか!? それが普通か!? おかしいだろ!!」

 

垣根が思わず大声で叫ぶと、廊下の方からげらげらげらげら聞き慣れた笑い声が聞こえてきた。

 

「オイ土御門か!? またテメエの差し金かよ!!」

 

垣根が人をおもちゃにして(えつ)(ひた)っている笑い声を聞いて即座に看破すると、顔を真っ赤にしている神裂の後ろからひょっこり土御門は顔を出した。

そして満面の良い表情でグッと親指を立てる。

 

「男のロマンぜよ!! これで何もかもをご奉仕されちゃってくれ☆」

 

「俺には真守がいんだよ!! 余計なお世話だ!!」

 

垣根が怒鳴り声を上げると、それを聞いて神裂がうなだれる。

 

「や、やっぱりこれくらいじゃ恩返しにはなりませんか……」

 

「!? 恩返しのためならもっと別のやり方で恩を返せ!!」

 

「あの少年はこれがいいと土御門が言っておりましたし、この姿を見せたら歓喜で震えてましたけど」

 

「そこのクソ野郎の言葉を助言として受け取るんじゃねえ!! 後上条は歓喜で震えてたんじゃねえ、絶対に!!」

 

ツッコミ疲れではあはあ肩で息をしていると、そこで真守がここまで静かにしていたことに垣根は気が付いた。

垣根が真守のことを見ると、真守は垣根のことをじぃーっと見ていた。

 

「な、なんだよ」

 

垣根がたじろいでいると、真守は垣根の手に触れながら微笑む。

 

 

「垣根。頑張ったご褒美に、今度猫のコスプレしてにゃんにゃん言ってお願いなんでも聞いてあげるからな」

 

 

「は!?」

 

垣根は真守から放たれた言葉に固まった。

確かに神裂に奉仕されるなら真守ににゃんにゃん言ってもらって奉仕された方がいい。

だがそれは密かに垣根が心の(すみ)で思っていたことで、決して口にも声にも出していない。

何故、それが真守に伝わったのか。

答えは単純。

 

「テメエ人の心をAIM拡散力場経由で読むんじゃねえ!!」

 

「へぇ~やっぱりていとくんってぇ~高貴な黒猫様な朝槻がどこまでも性癖だったんか~朝槻、お前に似合う衣装を用意してやるぜい!」

 

そこで土御門がぶっこんで来たので、真守は垣根に寄り添いながら土御門を見た。

 

「メイド服じゃなかったら考えてやる」

 

「ぐっ……どこからツッコんで良いか分からねえがとりあえずヤメロ!!」

 

垣根の怒鳴り声が響く中、神裂はきょとんとしており、その後ろで土御門は笑い転げていた。

真守は怒りで顔を真っ赤にして震える垣根を見つめながらふふっと柔らかく微笑み、穏やかな日常に一時的にでも帰還できたことを幸せに思っていた。

 




後方のアックア篇、これにて終了です。
次回、旧約最終章。ロシア篇。
最後までお楽しみいただけたら幸いです。



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ロシア篇
第一四三話:〈天上達者〉は旅に出る


第一四三話、投稿します。
次は一月一七日月曜日です。


暗闇の中、真守はぺたんと座っていた。

周りには泥のようにまとわりつく何かがあって、醜く脈動を繰り返している。

 

『ふむ。初めましてだな。神人?』

 

真守がそれらにそっと手を伸ばそうとした時、声が響いた。

真守が暗闇の向こう、目を向けるとそこに何かがいた。

だが輪郭(りんかく)がない。まるでこの世界に出力する力がないようだった。

 

『私が誰か分かるかね?』

 

『エイワスだろ』

 

『流石に分かるか。分からなければ逆にマズいからな』

 

真守が間髪入れずに声を上げると、エイワスは一つ頷く。

 

エイワスとはかつて魔術師、アレイスター=クロウリーが呼び出した存在であり、彼に必要な知識を必要なだけ授けた者だ。

 

地球外的生命体、聖守護天使。

近代西洋魔術結社群におけるシークレットチーフの真なる者。

多くの名称で呼ばれるエイワスは、聖書に記述される天使とは概念がことなる者だ。

 

『何の用だ?』

 

真守はそんな得体の知れない存在に対しても、いつもの口調で問いかける。

真守に泥のようにまとわりついていた『何か』が真守を守るかのように真守の体を包み込む。

『ソレ』を見て、エイワスは姿なき向こうで笑ってみせる。

 

『キミに助言をしに来た』

 

『助言?』

 

『エリザリーナ独立国同盟。そこに行けばキミの望むモノが手に入る』

 

真守はその言葉に顔をしかめた。

そして真守を守ろうと体を(おお)わんとしていた泥たちがピタッとその動きを止めた。

 

『キミはキミの存在意義を完璧に「補助」してくれる垣根帝督の理解が欲しいのだろう?』

 

『私はソレが欲しいんじゃない』

 

真守はエイワスの問いかけを即座に否定した。

 

『垣根が自分で生きたいように生きられる未来が欲しいんだ』

 

真守の言葉に、エイワスは沈黙する。

 

『……ふむ。()()()()()()()()キミが彼を欲していると伝えればいいものの。そう簡単に行かないからキミは迷っているのかね?』

 

真守はその言葉に目を細めるだけだ。そんな真守を見てエイワスはため息を吐く。

 

『彼はキミの虜だ。キミの望みならばなんでも叶えてくれるというのに。だからすべてを話せばよいものを。何があろうともキミたちが出会うことは()()()()()()。そうだろう?』

 

真守はするすると何かを撫でながら呟く。

 

『垣根は私が変わってしまったことにいま酷く傷ついている。私のことを理解しきれないで戸惑っている。そんな状態で真実を告げたところで、垣根をもっと傷つけるだけだ』

 

『つまり機を見れば話すと?』

 

『話すタイミングを間違えちゃいけない程に大切な話だ。間違えたら垣根が傷つく。それだけは嫌だ。……絶対に』

 

真守の言葉にエイワスは姿なきまま頷く。

 

『キミたちの出会いはいわば偶然が折り重なった必然だったはずなのに、それにアレイスターは手を加えて「計画(プラン)」に組み込んだ。つまり、そこに問題が発生するわけだ』

 

エイワスの言葉に真守は頷く。

 

アレイスター=クロウリー。

何もかもを利用しようとして世界に挑む『人間』。

 

彼によって、真守も垣根も大いに翻弄(ほんろう)されてしまっている。

だが、今更真守はそれをどうこう言うことはしない。

そんなこと、どうでもいい。

どうでもいいと思えるほどに、真守は垣根のことを考えていた。

 

『偶然が折り重なった必然だって人は毛嫌いする。誰かの手が入っているなんて知ったら、人間は怒り狂う』

 

真守はそっと目を伏せてぎゅっと祈るように手を組んだ。

 

『大切な人だから』

 

真守は暗闇に溶けているエイワスを見上げた。

 

『自分に課せられたものが気に食わないなら拒絶してもいいんだ。誰も責めない。人間は自由に生きられるんだから。だから垣根だって選べる』

 

真守は一息ついて、自分の気持ちを吐露する。

 

『私は確かに、垣根に私の神さまである部分を理解してほしい。でも私の気持ちよりも垣根の方が大事だ。()()()()()()はいくらでもある。でも垣根の人生は一つだけだ』

 

真守はそこで言葉を切って、この世の真理を口にする。

 

『人間は自由だ』

 

真守が心の底から信じていることを。

誰もが忘れてしまったたった一つの真実を、真守は愛おしそうに呟く。

 

『人間はどこへでも行ける。なんだってできる。何をしたっていい。それこそ、神さまに()ることだって、赦される』

 

命があれば何度だってやり直せるし、神に()ることさえ赦される。

朝槻真守という存在が、証明なのだ。

だからこそ真守はエイワスを見上げた。

悪魔か天使か分からない、全てを理解できる超常的な存在を見上げた。

 

『お前の言う通りに垣根と一緒にエリザリーナ独立国同盟へ行けば、垣根が進みたい道を選べる未来が来るのか?』

 

『ああ。そうすればキミの懸念事項は払われる。そして新たな未来が待っているだろう』

 

エイワスがそう告げる中、エイワスの存在が薄れていく。

ここから去らなければならない時がやってきたのだ。

だから少しずつ、エイワスの気配は消えていく。

 

『キミを神と仰ぎ見る存在たちとの新たなる未来がな』

 

エイワスが去った後、その場に残されたのは真守と泥のように(うごめ)く『何か』だった。

 

『……どちらにせよ、打って出る必要はあるしな』

 

真守はその泥を感じながら、ゆっくりと目を閉じた。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

一〇月一八日、朝。

絶対能力者(レベル6)、朝槻真守はゆっくりと目を開いた。

 

ベッドの天蓋が見える。

昨日は垣根が一緒に眠りたいと言ったので、『休眠』ではなく惰眠を(むさぼ)っていた。

真守が垣根の姿を探すと、愛しい人はベッドに腰かけ、穏やかな表情で自分を見つめていた。

 

愛しいからこそ、自由に生きてほしいと真守が心の底から願っている大切な人。

 

全てを理解して自分から離れていくならばそれでもかまわない。

垣根が大切だから。

だから垣根の生きたいように生きてほしい。

 

「朝だぞ、真守」

 

垣根は自分を見つめてぼーっとしている真守に柔らかな笑みを浮かべ、声を掛けた。

 

「おはよう、垣根」

 

「おう」

 

垣根は真守に名前を呼ばれて目を細める。

 

人でなくなって神に()っても、愛しく真守が自分の名前を呼んで想ってくれるのが本当に嬉しくて、垣根は幸せそうに笑う。

 

真守は幸せそうに笑う垣根こそを、大切にしたい。

だからこそ触れるのを真守は躊躇(ためら)ってしまう。

 

自分の()り方を垣根に隠しているのが、本当に心苦しくて。

 

それでもその柔らかな命に触れていたいから。

真守はそっと垣根の頬に向かって手を伸ばした。

垣根は真守が何をしたいのかを悟って、手を取って誘導してくれて自分の頬に真守の手を添えさせる。

 

「どうした?」

 

垣根が優しく問いかけてくるので、真守は垣根の黒曜石のような瞳をじぃっと見つめながら告げる。

 

「……垣根、お願いがあるんだ」

 

「なんだ? なんでも叶えてやる」

 

その言葉が、本当に真守は嬉しくて。

それ故に、申し訳なくなってしまって。

それでも垣根と一緒にいる未来を手にしたいから、真守はお願いを口にした。

 

「私と一緒に、エリザリーナ独立国同盟に行ってほしい」

 

垣根は真守の口から突然出てきた辺境の国に驚き、困惑しつつも頷く。

 

「お前が望むなら一緒に行ってやる」

 

「そうか」

 

真守は一つ呟くと、柔らかく微笑を浮かべた。

寂しそうに、それでも嬉しそうに。

ただ一心に垣根帝督のことを想って。

 

「ありがとう」

 

そう一言、お礼を告げた。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

垣根はエリザリーナ独立国同盟へ行く準備をして現在、『施設(サナトリウム)』の正面玄関前に乗りつけられた車の前で緋鷹と顔を合わせていた。

真守は既に車の後部座席に乗り込んでいて、車が発車するのを待っていた。

 

「外で運用できるようなグレードにまで落とした学園都市製のプライベートジェット機を用意したわ。これでエリザリーナ独立国同盟までなら補給なしで行けるわね」

 

「突然だったのによく用意できたな」

 

「学園都市が外と敵対している関係上、外へ出る手段は確保していた方が良いから。真守さんがいつでもローマ正教と戦えるように準備しておいたの」

 

「そうか。……助かった」

 

「別にあなたのためではないわ。真守さんのためだもの」

 

緋鷹は垣根が本当に恩に着ると思っているので、少し照れながら告げる。

そこに深城や林檎、『スクール』の面々が近付いてくるので、真守は窓を開けた。

 

「真守ちゃん。ロシアの方は寒いって言うからちゃんとお洋服着るんだよ」

 

「朝槻、行ってらっしゃい」

 

「うん。行ってくる」

 

真守が深城と林檎の言葉に頷くと、横から弓箭が泣きながら真守に手を伸ばしてくるので、真守はそっと弓箭の手を握る。

 

「朝槻さぁ~ん。ちゃんと帰ってきてくださいねえぇぇ」

 

「大丈夫。ここが帰る場所だって分かってるぞ」

 

真守はぐすぐす泣く弓箭の手をきゅっと握って微笑む。

そんな真守に声を掛けてきたのは、泣いている弓箭の隣にいた誉望だった。

 

「朝槻さん。気を付けて」

 

「うん、誉望もありがとう。『施設(サナトリウム)』の防衛、よろしくな」

 

「はい。……と言っても垣根さんが厳戒態勢でカブトムシを展開しているので、核で攻撃されない限り大丈夫だと思いますけど」

 

誉望は垣根が『施設(サナトリウム)』周辺に展開しているカブトムシを考えながら顔をしかめる。

そんな誉望に真守は笑いかけた。

 

「それでもお願い」

 

「……分かりました。気をつけておきます」

 

誉望はコクッと確かに頷く。

そこで誉望の隣にいた心理定規(メジャーハート)が口を開いた。

 

「彼らがもう言ったから私は特に言うことはないけれど……気を付けてね」

 

「ありがとう、心理定規(メジャーハート)。行ってくる」

 

真守が心理定規(メジャーハート)へと挨拶していると、垣根が運転席に乗る。

 

「誉望。八乙女にも言ってあるが、何かあったら迷わず連絡しろ」

 

垣根が運転席の窓を開けて外にいた誉望に声を掛けると、誉望は緊張した面持ちで答えた。

 

「はい。垣根さんも気を付けて」

 

垣根が誉望と顔を合わせていると、真守のそばに緋鷹が車椅子を動かしてやってきた。

 

「真守さん。行ってらっしゃい。気を付けてね」

 

「うん。全部用意してくれてありがと、緋鷹」

 

「あなたのためならば何でもするわ」

 

緋鷹は満足そうに笑う。

そんな緋鷹を見た後、垣根はルームミラー越しに真守を見た。

 

「真守、もういいか?」

 

「うん。大丈夫」

 

真守がコクッと頷いたのをルームミラーで確認した垣根はそのまま車を発進させる。

 

垣根がサイドミラーで確認すると、自分たちを見送っていた面々は見えなくなるまでこちらへと手を振っていた。

 

垣根は黙ったまま、車を走らせる。

 

真守がどうしてエリザリーナ独立国同盟に行きたいのか、垣根は聞いていない。

 

きっと、絶対能力者(レベル6)である真守にしか見えていないものがあって、自分がそれを知る事は叶わないのだろうと考えているからだ。

 

別に自分は知らなくていい。

ただ、真守が一人でエリザリーナ独立国同盟へ行こうとしなくてよかった。

 

自分に声を掛けてくれて、そして緋鷹や一緒に準備してくれた深城の手を借りてエリザリーナ独立国同盟へ行こうとしていることだけで嬉しかった。

 

垣根はそこでチラッとルームミラー越しに真守を見た。

真守はただ学園都市の和やかな普通の昼の街を見ているだけだった。

 

何を考えているか分からない。

無機質なエメラルドグリーンの瞳には、何も見えない。

それでも良かった。

 

何故なら朝槻真守が自分の手の届くところにいて、自分を頼ってくれるだけでよかったから。

 

エリザリーナ独立国同盟へ行って、真守の目的を果たしてこの学園都市に帰ってくる。

 

そう決意して、垣根は第二三学区へと向かっていた。

 




旧約最終章、ロシア篇始まりました。
神として人として。
真守ちゃんと垣根くんが第三次世界大戦を経てどこに向かうのか、お楽しみいただければ幸いです。



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第一四四話:〈世界情勢〉は不穏を見せて

第一四四話、投稿します。
次は一月一八日火曜日です。


現在、垣根と真守は飛行するプライベートジェット機の中にいた。

緋鷹が手配したプライベートジェット機はロイヤル級で、座席数は六席。バスルームやベッドルームなども完備されている。

そんなラグジュアリー感満載の飛行機の中とは思えない空間内で、真守は携帯電話での通話を終えた。

 

「で、なんだって?」

 

「うん。伯母さまたちに被害はなかったって。自分たちを襲ってきた『騎士派』を返り討ちにしたらしい」

 

「……返り討ち? 魔術を使ってか?」

 

自分の向かいに座って携帯電話を片付けている真守に垣根が怪訝そうに訊ねると、真守は携帯電話を片付けながら頷く。

 

「伯母さまたちはケルトの文化を色濃く継承している。ケルトには『誓い(ゲッシュ)』で体を増強する戦士がいるんだが、その手法で騎士に勝ったらしい」

 

「ケルトの大英雄とかがそうだったか? つーか、意外と武闘派なんだな。お前の実家」

 

真守は垣根の呆れた声にコクッと頷いた。

 

垣根と真守が話している内容とは、イギリスで第二王女キャーリサが配下の『騎士派』と共にクーデターを起こした件についてだった。

 

キャーリサは『新たなる光』と呼ばれる魔術結社にカーテナ=オリジナルという失われた英国最大の霊装を発掘させ、それを武器にイギリスの制圧を開始した。

 

カーテナ=オリジナルとは王家の人間にしか扱えない英国最大の霊装で、この儀礼剣を振るう者は天使長の『神の如き者(ミカエル)』の『天使の力(テレズマ)』を宿すことができる。

 

そしてその『天使の力(テレズマ)』を自らの『天使軍』と称した『騎士』に分配できるというものだ。

 

カーテナ=オリジナルはイングランド、スコットランド、ウェールズ、北部アイルランドという『四文化』の中で通用する特殊ルールなため、外に対しては力を発揮できないが、イギリスという大きな単体国家を舵取りできるように調整された強力な霊装だ。

 

そんな政治を動かすために最も有効な手段であるカーテナ=オリジナルで、キャーリサは『清教派』とキャーリサ以外の『王室派』を強襲。

 

それに加えて、キャーリサは真守の母方の実家であるマクレーン家にも奇襲をかけたのだ。

 

マクレーン家はケルト文化を継承しているイギリスの縁の下の力持ち的な存在だ。

そのためイギリスを構成している『王室派』、『騎士派』、『清教派』それぞれに強い影響を与えており、キャーリサはその重要性を理解しているため、マクレーン家に奇襲をかけた。

 

奇襲を受けたマクレーン家は『騎士派』をケルトに伝わる魔術で軽々と返り討ちにしてイギリス清教と合流して戦い、結果イギリスのクーデターを止めることに一役買ったらしい。

 

「そこに上条も居合わせてた……っつーかまた関わってたのか。それで上条の方はなんだって?」

 

垣根は相変わらずいろいろな問題に首を突っ込まされている上条のことを考えてため息を吐いて真守に聞くと、真守は淡々と答えた。

 

「『王室派』が管理していたインデックスの『自動書記(ヨハネのペン)』の遠隔制御霊装が右方のフィアンマに奪われたから、ロシアに向かうって」

 

「……ちょっと待て。一から説明してくれ。『自動書記(ヨハネのペン)』ってなんだ?」

 

垣根が待ったをかけるので、真守はまず『自動書記(ヨハネのペン)』について説明を始める。

 

「一〇万三〇〇〇冊の魔導書図書館に干渉してきた人間を残らず自動的に迎撃するシステム、それが『自動書記(ヨハネのペン)』だ。遠隔制御霊装とは『首輪』とも言えるそれを制御することのみに特化した霊装で、それが右方のフィアンマに奪われてしまったらしい」

 

「それはつまり、あのシスターが右方のフィアンマの操り人形にされちまったってことか?」

 

真守は垣根の問いかけにふるふると首を横に振ってから答える。

 

「そこまではいかないんだ」

 

「なんでそう言い切れんだ?」

 

「『首輪』は上条の幻想殺し(イマジンブレイカー)によって破壊されているんだ。『首輪』を壊された状態で遠隔制御霊装なんて使用する状況なんて想定していないから、インデックスは『首輪』の不具合で昏睡状態になっている。だからインデックスが手当たり次第に人を攻撃する事はない」

 

垣根は長い脚を組んで真守からの説明を自分の中で整理する。

 

「そのシスターが所有してる魔導書の『知識』は読み取り放題。そんで上条はそのシスターを救うために奪われた遠隔制御霊装を取り戻すためにロシアに向かってるって話だったな」

 

「うん。いま絶賛移動中らしい」

 

垣根は真守からもたらされた情報を完全に理解して顔をしかめた。

 

「……ロシア、か」

 

真守が行きたがっているエリザリーナ独立国同盟が(いさか)いを起こしているのがロシアなのだ。

何か関連しているのだろうか。

垣根がそう思っていると、真守は追加で上条からもたらされた情報を口にする。

 

「ロシアにはサーシャ=クロイツェフという天使を降ろした素体がいる。それを右方のフィアンマは狙っているらしい。……ロシア成教はローマ正教と手を組んだ。だからロシア成教に所属しているサーシャ=クロイツェフが捕獲されるのは時間の問題だと思う」

 

「お前はどうする? エリザリーナ独立国同盟に行きたいんだろ?」

 

真守の目的はロシアではなく、ロシアの近くの辺境国であるエリザリーナ独立国同盟である。

そのため垣根が問いかけると、真守は無表情ながらも全てを見通した瞳で遠くを見据えた。

 

「多分、エリザリーナ独立国同盟に右方のフィアンマは来る」

 

「……その根拠は?」

 

「物事の流れを読み取れる私には分かる。第三次世界大戦の要になるのはエリザリーナ独立国同盟だ。……だから私たちは変わらずに向かう。エリザリーナ独立国同盟へ」

 

真守は流動源力(ギアホイール)という能力を基にして絶対能力者(レベル6)になった。

超能力者(レベル5)だった頃から真守は情報を収集することで物事の流れを読み取り行き着く先を察することができていた。

そのため超能力者(レベル5)から絶対能力者(レベル6)と至った真守は、以前のように多くの情報を収集しなくても物事の流れを察せるようになったらしい。

垣根はそう推察して、そして口を開いた。

 

「真守」

 

「なんだ?」

 

真守が切なそうに顔をしかめる垣根の表情を見ると、垣根は真守に柔らかく笑いかける。

 

「お前の目的が果たせるかどうかは分からねえのか?」

 

「どんな結末になるか分からない。それでも何かしらの形で目的は達成できると思う」

 

「…………そうか」

 

垣根は真守の言葉を聞いて目を細める。

 

垣根帝督には、天上の意思に辿り着いた真守の考えることが分からない。

それでも真守の目的がどんな形で在れど果たせると聞いて、垣根は目をそっと伏せた真守の横顔をじぃっと見つめていた。

 

 

 

──────…………。

 

 

エリザリーナ独立国同盟に降り立ったプライベートジェット機の中で、真守は垣根に身支度を整えられていた。

真守は自分の所属する学校のセーラー服を着ており、その上にもこもこのファー付きのオーバーサイズのパーカーを羽織り、白い手袋をしている。

そんな真守に、垣根は白いイヤーマフをつけて細い首に白いマフラーを優しく巻きつけた。

 

「よし。これでオーケーだな」

 

垣根は完全フル防寒になった真守を見て満足そうに笑う。

 

「そこまで気にしなくても大丈夫だぞ。パーカー着てるからちゃんとあったかいし」

 

真守が顔をしかめて抗議すると、それを垣根は鼻で嗤った。

 

「お前のちゃんとは当てにならねえ。最近色々(おろそ)かになってんだよ、お前。ぼーっとしてんのが多くなったしな」

 

「情報収集しているだけだぞ、垣根」

 

「なんとでも言え。どっちにしろぼーっとしてんのも、(おろそ)かになってんのも変わらねえよ」

 

垣根が流れるような罵倒をしてくるので、真守はムッと口を尖らせた。

 

「そういう垣根だってきちんとシャツの前を閉めた方がいいと思う。あったかくしたいのか寒くしたいのか分からない」

 

完全フル装備になった真守の前で、垣根はクラレット色のスーツ、ワインレッドのセーター、全開のシャツという、いつもと同じ格好の上に黒いトレンチコートに赤いマフラーを巻いていた。

そんな垣根の服装について抗議すると、垣根は真守の額を軽く小突いた。

 

「バーカこれはファッションだ。いいんだよ、これで」

 

真守はムッと口を尖らせて額を抑える。

そんな真守を見て垣根は一人笑うと、真守に声を掛けた。

 

「ちゃんと準備できたな? 荷物は持って行くか? ()()()()()()

 

「持ってく。撃ってこないから大丈夫だぞ」

 

「あ?」

 

垣根は自分のトランクを持ってプライベートジェット機の出入り口から出た真守を怪訝そうに見つめながら、自分も後を追う。

真守と垣根が外に出ると、吹雪の中周りには武装した兵士が立っていた。

その中の隊長格の兵士が一人真守に近づき、真守に英語で声を掛けた。

 

「初めまして。絶対能力者(レベル6)

 

「こんにちは。ロシア語で喋れるから大丈夫」

 

真守は英語で話しかけてきた兵士にロシア語で返す。

 

「エリザリーナ様がお待ちです。ご案内します」

 

「うん」

 

真守はコクッと頷くと、兵隊についていく。

 

「おい。一体何がどうなってる?」

 

垣根は歩き出した真守に慌てて並走して日本語で訊ねる。

 

「『絶対能力者(レベル6)はとある都合でエリザリーナ独立国同盟がロシアに支配されるのは困る。勝手に守りに行くからそのつもりで』って、緋鷹に先に電報打ってもらっていたんだ。エリザリーナ独立国同盟のトップは優秀らしい。話を聞こうとしてくれているからな」

 

真守は垣根に日本語で返しながらごろごろとキャスターでトランクを引きずり、兵士の後をついていく。

 

「そんな話は初めて聞いたんだが」

 

「言わなくてもいいかなって。どうせ知ることになるし」

 

真守がけろっと答えると、垣根はがらがらとトランクを引きずりながらため息を吐く。

 

「……そこは言ってくれ」

 

「今度からちゃんと言う」

 

真守は垣根ときちんと約束して、兵士に連れられて軍用車に乗る。

 

そして、空港からそれなりの街並みへと連れて行かれた。

 

車を降りて広場を歩かされると、大きな教会を軍事施設用に改造された場所へと連れて行かれた。

 

真守と垣根が兵士によって連れられて行った部屋は一見、オフィスのような空間だった。

紙の資料やスチールデスクが随分と乱雑に置かれている辺り、ひっ迫した印象が見受けられる。

 

少し視線を動かすと壁際のホワイトボードには近隣の地図が張りつけられており、自軍とロシア軍の戦車や兵隊の配置がマグネットで張り付けられていた。

 

マグネットの量を見れば、エリザリーナ独立国同盟が圧倒的な不利に立たされているのが即座に理解できた。

 

「どちらが絶対能力者(レベル6)超能力者(レベル5)かしら?」

 

そんな空間の中心に立っていた女性は真守と垣根に日本語で問いかけてきた。

 

「私が絶対能力者(レベル6)進化(シフト)した超能力者(レベル5)第一位の朝槻真守。こっちが超能力者(レベル5)第三位の垣根帝督」

 

真守が簡単に金髪の随分と痩せている女性にそう自己紹介をすると、女性は一つ頷いてから身分を明かした。

 

「私はエリザリーナ。エリザリーナ独立国同盟を取りまとめている一応トップに当たるものよ」

 

そこでエリザリーナは腕を組んで真守を見た。

 

「単刀直入に聞くわ。あなたの都合って何かしら?」

 

「この戦いに勝利して、奪われたものを取り戻す。その争いの渦中がエリザリーナ独立国同盟だ。だからここを守りに来た」

 

真守が単刀直入の質問に簡潔に答えると、エリザリーナは眉をひそめた。

 

「……どうしてこの国が渦中だって分かるの?」

 

「私は物事の流れを読み取れる。だから分かる。世界の全てがこのエリザリーナ独立国同盟に集まりつつある。ここを守らなければ勝利できないと思った。ただそれだけだ」

 

エリザリーナが真っ当な問いかけに真守が淡々と理由を告げると、エリザリーナは真守の言い分を正確に読み取って問いかけた。

 

「つまり、絶対能力者(レベル6)という存在の勘ということ?」

 

「お前たちがこの戦いの中心になる。この事実に間違いはないだろう?」

 

真守が質問に質問で返すと、エリザリーナは頷く。

 

「……ええ、そうね。間違っていないわ。この戦い、と言っているのだから、あなたはもちろん今の状況を理解しているのよね?」

 

エリザリーナの問いかけに真守はコクッと頷いて、自分の知っている状況を推察も兼ねて淡々と説明した。

 

「現在、ローマ正教とロシア成教は結託して学園都市を滅ぼそうとしている。ここに来るまでにロシアが学園都市に宣戦布告をしたのもそのためだ。……だが、裏で糸を引いている右方のフィアンマの目的はそれじゃない」

 

そこで一度言葉を切った真守はエリザリーナの表情の機微(きび)を注意深く観察しながら告げる。

 

「右方のフィアンマはこの混乱に乗じてサーシャ=クロイツェフを回収することだ。私はエリザリーナ独立国同盟がこの戦いの中心点だと感じている。大方(おおかた)、サーシャ=クロイツェフはこの国に逃げてきているんじゃないのか? 違うか?」

 

エリザリーナは真守の推察を聞いて、合理性が見られたので即座に頷いた。

 

「ええ、そうよ。サーシャ=クロイツェフは現在、『神の右席』、前方のヴェントと共にこの国に来ているわ」

 

「前方のヴェントと一緒に?」

 

真守は目をきょとっと見開く。

先程まで淡々としていた真守が突然表情を変えたので、エリザリーナはそんな真守の様子を観察しながら問いかけた。

 

「その事に関してはあなたも察することができていなかったの?」

 

「私が察していたのはエリザリーナ独立国同盟が渦中であることだ。そこにローマ正教とロシア成教が手を組んだ事、右方のフィアンマが狙っているのがサーシャ=クロイツェフだという情報を基に、サーシャ=クロイツェフがここにやって来ているのではないかと推測を立てた」

 

「理路整然とした解説ね」

 

真守が少ない情報から状況を察したことによって、絶対能力者(レベル6)というものがどんなに規格外であるかエリザリーナは思い知らされた。

そしてそれを前提に考え込む。

 

(……完全なる存在である彼女の言葉にはどこにもほころびがない。そしてなんでもできてしまう全能性ゆえに、彼女には私たちを騙す必要が最初からない。だから目的のためにこの国に攻撃を加えるつもりがないのは確実、かしらね)

 

そこでエリザリーナは一人心の中で呟くのをやめて真守を見た。

 

「あなたたちの能力は国家一つの軍隊に匹敵すると言われているそうね。ここは互いの利益のために手を取り合うのが得策というところかしら」

 

エリザリーナが真守と垣根のことを受け入れる姿勢を取るので、真守は微笑を浮かべる。

 

「分かってもらえてうれしい。私はここで目的を達成できればそれでいいから」

 

「なんでもやってくれるのかしら?」

 

「なんだってできる。私にできないことはない」

 

エリザリーナの問いかけに真守が即座に頷くと、垣根は真守の即答に顔をしかめた。

なんでも、と言って本当になんでもやらされて利用し尽くされるのが垣根は気に入らないからだ。

そんな様子の垣根を見て、エリザリーナは超能力者(レベル5)第三位の方はそこまで協力的ではないのね、と内心考えながら、真守に声を掛けた。

 

「こちらの指示に従ってもらうわ。それ相応の情報も与えるから、それでいい?」

 

「うん」

 

「……話がすんなりとまとまるのは良いが、それでお前は本当に良いんだろうな? 後からとやかく言って寝首かくんじゃねえぞ」

 

誰かに利用されるのは一番嫌だ。

それでも垣根が一国家の主としては物分かりが良すぎるエリザリーナによって、この国が本当に存続していけるのか不安になって問いかけると、エリザリーナはそんな垣根を見て興味深そうに笑った。

 

「あら。口は悪いけどこの国のことを心配してくれているの? あなた、結構な思いやりがあるのね。だったらきちんとこの国を守ってくれそう。期待しているわ」

 

エリザリーナの言葉に垣根が顔をしかめていると、真守は親指をグッと立てた。

 

「垣根、ナイス。信用してもらえた。やっぱり垣根はなんだかんだ言っても私以外にも優しいな」

 

「ッチ。俺は単に気になっただけなんだよ。別に信用してもらいたくて聞いたわけじゃねえ」

 

真守が目を輝かせて自分を称賛してくるので、垣根は舌打ちをしながらもそう答える。

エリザリーナは意外と人間性がありそうな垣根を見つめて柔らかく笑う。

 

「こちらは、猫の手も借りたい状態なの。だから細かいことは気にしないし、文句も言わないわ、大丈夫」

 

神妙な面持ちで告げるエリザリーナを見て、垣根はホワイトボードの戦況を見つめた。

 

「どうやら本当にこの機に乗じて、ロシアは本腰入れてお前たちを支配しようとしてるみたいだな」

 

「ええ。だから四の五の言っている場合ではないの。……滞在先を準備するから、少し待ってちょうだい」

 

エリザリーナは人を呼び、ロシア語で会話をし始める。

ロシア語が分かる真守と垣根は自分たちのことを説明して今後の扱いと、住居の用意を指示しているようだった。

 

垣根は自分と同じようにロシア語を聞いている真守を見た。

真守は淡々とエリザリーナたちを見つめていたが、垣根の視線に気が付いて顔を上げた。

 

「どうした、垣根?」

 

「なんでもねえ」

 

真守がただ単に気になっただけで、特に何か言いたかったわけではない。

垣根がそう答えると、真守は柔らかい微笑を浮かべた。

 

「垣根、私の好きにさせてくれてありがとう」

 

ふにゃっと真守が安心したような笑みを見せると、垣根は柔らかく目を細めた。

 

「お前のために来てんだから。少しくらいは自由にさせてやるよ」

 

真守は優しい垣根の言葉を受けて、微笑を浮かべながら垣根へと手を伸ばす。

その手を垣根は取って、優しく握り締めた。

 

(あら。こんな辺境国に二人で来るくらいだから、仲が良いとは思っていたけれど……あの二人、恋人同士なのね。だったらそれ相応の対応を取らないと)

 

エリザリーナは真守と垣根が気持ちを通じ合わせていると知って一人心の中で呟くと、二人の関係性をうまくエリザリーナ独立国同盟の利益に使えないかと策士としてこそっと考えていた。

 




真守ちゃん。誰よりも一足先にエリザリーナ独立国同盟へと垣根くんと一緒にやってきました。
ブリテン・ザ・ハロウィンは真守ちゃんと垣根くんに直接関係がないので書いていませんが、いつかマクレーン家の活躍も書きたいと思っております。



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第一四五話:〈信仰外地〉で多くの会話を

第一四五話、投稿します。
次は一月一九日水曜日です。
※一四三話の題名の〈〉内が変わっておりますが、内容に変わりはありませんのでご容赦ください。


「で? 十字教を(おとし)める邪神がこの国にまで一体何のようなワケ?」

 

真守の目の前には前方のヴェントが敵意を抱かせるような挑発的な表情で座っていた。

 

ここは軍事施設の休息所のような場所で、エリザリーナに住居を用意するまでここで待てと真守と垣根は言われた。

丁度いいから真守はエリザリーナ独立国同盟にいる前方のヴェントと顔を合わせようと思い、エリザリーナに呼び出してもらったのだ。

そのため真守と垣根と同じテーブルには、前方のヴェントと共にサーシャ=クロイツェフが座っていた。

 

「欲しいものがあるんだ。だからここに来た」

 

真守が前方のヴェントの質問に答えると、前方のヴェントは怪訝な顔をした。

 

「欲しいもの? ……まあ、アンタが欲しいものつったら十字教関連じゃないと思うケド。何が欲しいのか参考に聞いてもいいかしら? 邪魔してやるわよ」

 

「少なくともお前が考えつくモノではない。それにお前が邪魔できるようなモノじゃないし」

 

真守が即答すると、ヴェントは舌に付けて口に咥えていた十字架をぎりと、歯噛みする。

それでも即座に気持ちを切り替えた。

絶対能力者(レベル6)であり十字教を冒涜する存在である真守を相手に、一々怒っていては時間が勿体ない。

 

「フィアンマのクソ野郎の野望をぶっ潰すのが先だから、ここでアンタとヤり合う気はアタシにはない。……でも、私たちの神を愚弄して敵に回したことは許さない」

 

「別に許さなくてもいいぞ?」

 

真守がひょうひょうと答えると、そこで口を開いたのは二人の険悪ムードを感じていた垣根だった。

 

「……真守。お前何しやがったんだ? この女はお前が十字教の神を愚弄(ぐろう)してるってこと以外で怒ってるようだが……いつもみてえに戦って仲良くなってねえのかよ?」

 

垣根は真守にこそっと耳打ちする。

いつもならば真守は戦った相手と和解し、手を取り合うことができるようになっている。

だが前方のヴェントはそれに当てはまらないようなのだ。

そのため真守が絶対能力者(レベル6)へと進化(シフト)した○九三○事件で何があったか垣根がこっそり説明を求めると、話が聞こえていたヴェントはギロッと垣根を睨む。

そして真守を親指でさしながら、真守が口を開く前に苛立ちを込めて吐き捨てるように告げた。

 

「このクソ女はアタシの前で十字架を粉々に砕いたのよ。それが愚弄(ぐろう)以外の何になんのよ」

 

「……お前、そんなことしてたのか?」

 

垣根が十字教の由来ともなっている十字架をこれみよがしに砕いた真守に思わず引いていると、真守はムッと口を尖らせた。

 

「ヴェントの『天罰術式』を壊すためにはそれが手っ取り早かったんだ。別に悪意を持ってやったわけじゃない」

 

「『天罰術式』……その十字架がそうなのか?」

 

垣根がヴェントが口に(くわ)えている舌につけたピアスから伸びた十字架が自分を昏倒させた術式だと警戒して見ると、ヴェントは肯定した。

 

「そうよ。……と言っても、このクソ邪神に調整してあった術式を完璧に破壊されたから、ろくな力を出せないけど」

 

ヴェントはそこで盛大な舌打ちをする。

真守はそんなヴェントへと柔らかく微笑みかけた。

 

「ヴェント」

 

「何よ。笑いかけないでくれる? 気持ち悪いから」

 

ヴェントは心底嫌そうにしながらも、返事をする。

そんなヴェントへと真守は躊躇(ためら)わずに声を掛けた。

 

「良い夢は見られたか?」

 

ヴェントは真守の問いかけに薄く目を見開く。

そして真守から視線を逸らした。

 

「…………アンタに見せられた夢がいいものなワケないでしょ」

 

「そうか」

 

真守がヴェントの言葉に頷いて、次にヴェントの隣に座っていたサーシャ=クロイツェフに視線を移した。

ヴェントと話したいことはもう話し終わったからだ。

 

「それでお前が天使を降ろした素体、フィアンマの探しているサーシャ=クロイツェフか?」

 

「第一の回答ですが、確かに私はロシア成教、『殲滅白書(Annihilatus)』所属のサーシャ=クロイツェフです」

 

自己紹介をしたサーシャの服装を見つめて、真守は顔をしかめる。

 

サーシャは赤いスケスケの薄い布を黒いベルトでめちゃくちゃに拘束した奇妙な拘束服に、同じ趣向のニーハイソックスを履いている。

しかも首にはリード付きの首輪、そして足には足枷をしているのだ。

どこからどう見ても奇人変人、ヘンタイの服装である。

 

「その拘束服は『天使の力(テレズマ)』を封じ込めるために着ているのか? ……そんなことをしても、お前は『素質』を持っているだけで無意味だと思うんだが」

 

流石の拘束服でもスケスケの布地にする必要はない。

そのためそういう趣味なのか真守が若干引きながら声を掛けると、サーシャは淡々と答える。

 

「第二の回答ですが、これは以前から上司に強制的に着せられているものです。付け加えますと、決して私の趣味ではありません。」

 

「……その上司も狂ってるが、その命令に服従してちゃんと着てる辺り、お前も十分狂ってんな」

 

垣根はサーシャをゲテモノを見る目で見つめて思わず告げる。

 

「第三の回答ですが、無礼者ですね。私は狂ってなどいません」

 

サーシャが少し怒った口調で主張する中、垣根はサーシャの外套内部の腰辺りを見た。

 

「腰からバールやらのこぎりぶら下げているお前に説得力なんかねえぞ」

 

「第四の回答ですが、これは処刑(ロンドン)塔の七つ道具というもので、立派な霊装です!」

 

「……なんでロシア成教がイギリス清教の霊装持ってんだ…………?」

 

あべこべすぎるサーシャに垣根が困惑していると、真守は垣根の腕をちょいちょいと引っ張って告げる。

 

「垣根、これ以上ツッコミを入れてはならない。平然として嫌がってないってことは、どうやらそういう趣味の気があるらしいから」

 

「はん。変態に好まれそうな御大層な趣味だな」

 

垣根が呆れた様子で趣味が悪いと断じると、サーシャはぷるぷると震える。

 

「第一の質問ですが、あなたたちは何か勘違いしていませんかっ!?」

 

サーシャの悲しい問いかけが響くが、真守と垣根の中ではサーシャは既に奇人変人の類に入ってしまっている。

 

それを(くつがえ)すことは、奇妙な服装を平然と着ているサーシャにはできなかった。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

真守と垣根はヴェントとサーシャに会った後、エリザリーナが用意してくれた住居へと(おもむ)いていた。

1LDKの家屋に鍵を使って入ると、真守は電気や水道、ガスなどのエネルギー関連を確認する。

その間垣根は住居の状態を確認しており、何か不備があれば未元物質(ダークマター)で補強していた。

 

「垣根。言っておくことがある」

 

エネルギーを生み出す能力者と『無限の創造性』を持つ能力者として自然に垣根と役割分担をした真守は電気プラグとHzの確認をしながら垣根に声を掛ける。

 

「なんだ?」

 

垣根は連れてきたカブトムシに命令を出しながら真守を横目に見た。

 

「ここは学園都市の外だからAIM拡散力場が薄い。だから私は超能力者(レベル5)としての能力を基盤として戦うことになりそうだ」

 

「薄い? なんだよ、薄いって。ここら辺に能力者はいねえから、AIM拡散力場なんて俺らやカブトムシ(端末)以外発してないだろ?」

 

垣根が真守の言葉に首を傾げていると、真守は淡々と事実を説明する。

 

「学園都市の外の機関には、妹達(シスターズ)が体の調整のために割り振られている。あの子たちが外にいるからこのエリザリーナ独立国同盟にもAIM拡散力場が薄く展開されてるんだ」

 

「そういやそうだったな。人造能力者つってもあいつらの素体は超能力者(レベル5)の御坂だ。各地に散ってるが、薄いくらいにはAIM拡散力場は展開できんのか」

 

垣根は妹達(シスターズ)を学園都市外に配置したところに何か上層部の意図を感じながらも納得する。

そんな垣根の前で、真守は真剣な表情になった。

 

「ここは勝手知ったる学園都市じゃないから。……ちゃんと情報を集めて動かないと危険なんだ。垣根も分かってくれるか?」

 

「お前に言われなくても分かってる。情報網に関しては、連れてきたカブトムシを量産体制にしてるからすぐに構築できる。偵察としてもロシアの方にも飛ばすから、お前は要らねえ心配しなくていい」

 

「………………うん」

 

真守は少し間を置いてから頷き、ベッドへと腰かける。

真守が物欲しそうにしている。

真守の一言でそう気が付いた垣根は意地悪く笑いながらも優しい声音で真守に話しかけた。

 

「どうした? してほしいことがあったら言わねえと分かんねえぞ?」

 

「…………こっち来てほしい」

 

「おう」

 

真守がぽんぽんと自分が座っているベッドの隣を叩くので、垣根は応じて真守の隣に座り、真守の細い腰を抱き寄せる。

真守は垣根に抱き寄せてもらったので、そっと垣根の腰に手を回してぎゅーっと抱き着いて頭を預ける。

真守は垣根にくっつきたかったのだ。

くっつきたいのに遠慮していた真守に以前との変化を感じながらも、垣根は真守のことを抱きしめる。

真守は垣根に抱きしめられながらぽそっと呟く。

 

「垣根。一緒に来てくれてありがとう」

 

「お前のためならどこにだって一緒に行ってやる。……絶対に一人にはしない。だからお前は何も不安に思う事なんてねえんだよ。分かったな?」

 

「……うん」

 

「ここまで言ってもらってもまだ不安なのかよ?」

 

垣根が元気づけても真守の声が暗いままなので、垣根は呆れながらも真守の頭を撫でて安心させる。

 

「……ううん、不安なんてない。私に不安なんてないから、垣根は気にしなくていい」

 

「…………そうか。分かった」

 

垣根は何が不安か真守が話してくれないので顔をしかめるが、無理やり聞き出そうとせずに真守のことを腕の中で抱きしめながら、気になっていた話題を口にした。

 

「お前はヴェントにどんな夢を見せたんだ?」

 

先程、真守はヴェントに良い夢を見られたか、と問いかけていた。

垣根はそれが気になっており、自分に頬をすりすりと摺り寄せる真守に問いかけたのだ。

 

「アイツは昔、弟と一緒に遊園地の事故に遭った。致命傷だったが、輸血すれば助かる傷だった。でも二人分の輸血が足りなくて、弟の方が身を引いてヴェントを助けたんだ。事故を起こして弟を見殺しにした科学をヴェントは憎んだ。憎くて憎くてしょうがなかったんだ」

 

真守はヴェントの記憶を覗いて得た情報を、淡々と垣根に伝える。

 

「アイツの弟は医療という科学を信じて、姉を助けてもらうために自分の命を譲った。ヴェントは弟が信じている科学を憎んでる。それって弟の気持ちを踏みにじっているってことだろ? ……だからあいつの記憶の中にある弟を再現して、夢の中で優しく(さと)しただけだ」

 

垣根はヴェントの過去と自分がやったことについて説明する真守を見て、寂しそうに笑った。

 

「……お前、本当に神さまやってんだな」

 

「別に私はアイツの神さまじゃない。アイツが信じているのは十字教だからな」

 

真守が事実を告げると、垣根はそっと真守の頭に頬を摺り寄せながら切なそうな声で告げる。

 

「…………俺の前では、」

 

「うん?」

 

垣根がそこで言葉を切ったので真守が顔を上げると、垣根は真守のことを真剣な表情で見つめながら自分の気持ちを真守に伝える。

 

「俺の前では神さまなんかやらなくていい。俺にとってお前はたった一人の大切な女の子だ。それ以上でもそれ以下でもねえ。……分かってんだろ?」

 

「……うん。ありがとう、垣根」

 

真守は垣根へとふにゃっとした安堵の表情を見せた。

 

「垣根、だいすきだぞ」

 

垣根はぎゅっと控えめに抱き着いてくる真守の小さな体を抱きしめながら頷く。

 

「……俺も、愛してる」

 

「うん」

 

垣根は頷く真守を優しく抱きしめる。

不安なんてないと真守は言うが、それでも真守がずっと何かを気にしているのを垣根は知っていた。

神さまの思考は分からない。

それでも言葉にしてくれれば分かる時が来るかもしれない。

だから垣根は真守が何を思っているか言ってほしかったが、強く出られずにいた。

 

「真守。俺は、いつまでもお前のそばにいる」

 

垣根は真守の首筋に頬を摺り寄せながら呟く。

 

「……ありがとう、垣根」

 

真守は垣根から体を離して、自分から垣根へと触れるだけのキスをした。

垣根はそんな真守のことをもう一度深く抱きしめる。

真守は柔らかで愛しい垣根の命を感じながら、そこでそっと目を伏せた。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

早朝。垣根はベッドから起き上がって携帯電話を手にしていた。

 

(かたわ)らには惰眠を(むさぼ)っている真守の姿があり、垣根は真守の髪の毛を優しく撫でながら携帯電話をイジッて目的の人間へと電話を掛けた。

 

〈おはよう。……と言っても、こちらはお昼なんだけどね〉

 

垣根が電話を掛けた相手は八乙女緋鷹で、緋鷹は軽い調子で声を掛けてきた。

 

「時差があるのは承知してる。それで? 学園都市の方は今どうなってる?」

 

〈少しきな臭いわ。……ああ、きな臭いって別にロシアに負けてるとかそういうことじゃないのよ〉

 

垣根の問いかけに渋い反応をした緋鷹の言葉を聞いて、垣根は頷く。

 

「そんなことはこっちも分かってんだよ。だから連絡したんだ」

 

垣根はここ数日、ロシアと学園都市の戦争の様子をカブトムシに調べさせていた。

学園都市の科学力がロシアに負けるはずがない。

その証として学園都市はロシア中に基地を幾つも作っており、空は学園都市の超音速戦闘機に完全に支配されている。

 

〈現地にいるあなたがそう思うってことはよっぽどって事ね〉

 

学園都市は事を隠して進めたがる傾向がある。

それでも本当にやるべき事ならアビニョンの時のように徹底的にやる。

そのどちらにも該当しない学園都市の動きに違和感を覚えた垣根に、緋鷹は掴んでいる情報を伝えた。

 

〈何か探し物をしているらしいわ。それがどんなものかは分からないけれど〉

 

「探し物、か。それで? 学園都市は俺たちに追手を放ったか?」

 

超能力者(レベル5)第一位で絶対能力者(レベル6)である真守と超能力者(レベル5)第三位である自分が学園都市から出れば、どう頑張ったって上層部が連れ戻しに部隊を派遣するに決まっている。

それを見越して垣根が問いかけると、緋鷹は垣根に学園都市の動向を伝える。

 

〈今のところ、そういう動きはないわね。なんてったって真守さんは学園都市から離反する理由がないし、『枷』が嵌められているからそもそも離反なんてできない。エリザリーナ独立国同盟へ行った目的が果たせれば帰ってくるとアレイスターに思われてるんじゃない? ……でもね〉

 

「なんだよ。もったいぶらねえで教えろ」

 

垣根が急かすと、緋鷹は慎重な声音になって告げる。

 

〈他の人間に対しては追手が派遣されているわ。上条当麻、一方通行(アクセラレータ)、浜面仕上にね〉

 

「は? ……ちょっと待て。上条当麻は分かる。でも後の二人がなんでそこで出てくんだ?」

 

垣根がローマ正教徒のいさかいに全く関係のない二人が出てきて眉をひそませると、緋鷹は何か資料を見ているのか、紙をガサガサとめくる音が聞こえてきた。

 

〈まずは一方通行(アクセラレータ)の方。あなたたちがエリザリーナ独立国同盟に旅立った後、彼は最終信号(ラストオーダー)を連れて学園都市から逃走したのよ。彼は『第二候補(スペアプラン)』。真守さんが『第一候補(メインプラン)』として安定期に入ったから彼はもう不要だから優先度は低いけど、問題は最終信号(ラストオーダー)の方なの〉

 

最終信号(ラストオーダー)がAIM拡散力場をコントロールするための入力装置(コンソール)だからか?」

 

垣根が以前真守に聞いたことを思い出して訊ねると、緋鷹は頷く。

 

〈ええ。情報が下りてこないから分からないけれど、それで連中は彼の逃亡を全力で追っているみたいなの〉

 

一方通行(アクセラレータ)はなんで最終信号(ラストオーダー)を連れて逃げたんだ?」

 

〈彼女を救う手立てを探しているらしいわ。それでロシアに向かっているみたい〉

 

最終信号(ラストオーダー)を救う手立てがロシアにある? 学園都市が科学技術のトップだ。ロシアにそんなのがあるとは思えねえ」

 

垣根は不可解に思って顔をしかめるが、すぐに気づいたことがあって目を薄く開いた。

 

「まさか魔術で最終信号(ラストオーダー)を救おうとしてんのか? でも一方通行(アクセラレータ)は魔術なんて欠片も知らねえだろ。誰がアイツをそそのかしたんだ?」

 

〈分からないけれど、それでも一方通行(アクセラレータ)最終信号(ラストオーダー)を連れてロシアに向かったのは確かだわ〉

 

垣根は緋鷹の言葉を聞いて眉をひそめる。

実際、深城が天使になってしまった○九三○事件で深城を助けたのは魔術の知識を持つインデックスだった。

科学で救えなくても魔術で救える可能性は十分にある。

それでも、どうして一方通行(アクセラレータ)は科学の街で打ち止め(ラストオーダー)を魔術で救えると知ったのだろうか。

誰に教えてもらったのだろうか。その相手は一体何を考えているのか。

 

「……分からねえこと考えても仕方ねえな。それで? 浜面仕上……あの無能力者(レベル0)はどうしたんだよ?」

 

〈彼はね、『計画(プラン)』を崩壊させる存在なの〉

 

「なんだと?」

 

一方通行(アクセラレータ)打ち止め(ラストオーダー)が直面している問題はAIM拡散力場に関することなので真守に少なからず関係している。

浜面も浜面で真守と関係している問題を抱えていることに垣根は警戒心を抱いた。

 

〈浜面仕上は暗部抗争で死ななければならない因子だった〉

 

緋鷹は上層部からもたらされてた情報を垣根に伝える。

 

〈でも超能力者(レベル5)第五位、麦野沈利を撃破して生き伸びてしまったの。何の価値もない彼が自分の手で何かを手に入れようとしている。それが『計画(プラン)』を狂わせるかもしれないの。だから浜面仕上を抹殺、そして彼が連れて行った滝壺理后を『回収』するために上層部は追手を出したのよ〉

 

「『計画(プラン)』に支障が出た場合、真守に何の影響がある?」

 

もし浜面仕上のせいで『計画(プラン)』に縛られる真守に何か問題が出るのであれば絶対に何とかしないといけない。

真守のためならば手段を選ばない垣根が警戒していると、緋鷹は軽い口調で告げた。

 

〈今のところは特にそういうこともないみたい。さっきも言ったけど、真守さんは『第一候補(メインプラン)』として安定期に入っている。これ以上不必要に手を出すことはしなくていいのよ。アレイスターからそれに関しては前に報告が来ていたから、確実だわ〉

 

「……そうか。今奴らはどこにいるかは……分からねえよな」

 

ロシアに来ているならば居場所を知っている方がいいと判断するが、それでもそんな情報を緋鷹が持っているとは思えずに途中で歯噛みする。

 

〈ええ。それでも浜面仕上の方は超音速旅客機で逃げたから大体の位置は分かるわ。一方通行(アクセラレータ)の方はロシアを既存の交通網を使って移動中じゃないかしら。彼には何も後ろ盾もないし〉

 

「そうか」

 

〈……で、真守さんは? どう?〉

 

垣根が山積する問題に顔をしかめていると、緋鷹は話題転換をして真守のことを垣根に訊ねた。

 

「悠長に眠りこけてる。まあいつものことだな」

 

垣根はすぅすぅと寝息を立てて眠っている真守の柔らかな猫っ毛の髪の毛を撫でながら告げる。

 

〈真守さんがエリザリーナ独立国同盟に行った目的は分かった?〉

 

「欲しいものがあるとは言ってた。それが何かは分からねえ。でもどんな形にしろ、それが手に入るって真守は分かってるみてえだ。だからそれを見つけて必ず帰る。あんまり気負わずに待ってろ」

 

垣根が真守の口から断片的に聞かされた情報を統合して緋鷹に伝える。

すると緋鷹は垣根の優しさに触れて微笑みながら、電話の向こうでゆっくりと頷いた。

 

〈ええ。真守さんのこと、お願いするわ〉

 

垣根はそれから一言二言緋鷹と話をしてから通話を切った。

それから垣根はすぅすぅと眠る真守を見つめていたが、しばらくしてから真守は目を覚ました。

真守は目を擦りながら体を起こして垣根を見上げた。

 

「……おはよう、垣根」

 

「おはよう」

 

垣根が真守の額にキスすると、真守はふにゃっと笑った。

 

真守は何を求めているのか。

謎は深まるばかりだが、垣根はとりあえず準備を始めて、エリザリーナのもとへと向かった。

そして今日するべき事を聞き、行動を開始した。

 




〇九三〇事件は真守ちゃんが絶対能力者(レベル6)へと進化(シフト)するということが主題でしたので、あの時にヴェントに何をしたのか描写できませんでしたが、ここで回収できました。
あと緋鷹がとても優秀。なんでも教えてくれる。



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第一四六話:〈来訪者達〉で事態急変

第一四六話、投稿します。
次は一月二○日木曜日です。


『ブリテン・ザ・ハロウィン』と呼ばれるイギリスのクーデター。

 

そのクーデターを止めるために一役買った上条当麻は、現在『新たなる光』と呼ばれる魔術結社に所属するレッサーという少女と共にロシアに来ていた。

 

上条の目的は右方のフィアンマが『王室派』より奪ったインデックスの遠隔制御霊装だ。

それを破壊しなければ、インデックスの身の安全は保障されず、昏睡状態に(おちい)ったままである。

 

上条はイギリスでインデックスの遠隔制御霊装を奪ったフィアンマと直接対峙している。

そのフィアンマは上条に『天使』を降ろした素体であるロシア成教所属のサーシャ=クロイツェフを回収しに行くと宣言し、ロシアへと向かった。

 

フィアンマを追って秘密裏にロシア入りした上条とレッサーはフィアンマに一度近づくことに成功した。

だが戦力差に踏みとどまり、その隙にフィアンマはエリザリーナ独立国同盟へ逃亡したサーシャ=クロイツェフを回収しに行ってしまった。

 

上条とレッサーはフィアンマがエリザリーナ独立国同盟を襲うという交渉材料を持ってエリザリーナ独立国同盟の国境警備隊に接触。

 

現在、エリザリーナ独立国同盟内を案内されて広場を歩いているところだった。

 

ガチガチに装備を固めている複数の大男に囲まれる形で上条がびくびくとしていると、そんな上条にレッサーが軽い調子で声を掛けてきた。

 

「大丈夫ですよ。エリザリーナ独立国同盟は、フィアンマの情報ならなんでも欲しいはずです。だから私たちがこのまま収容所に送られるようなことはありませんし、そもそもこの同盟にそこまで物騒な施設は存在しませんから」

 

「……ホントに? そこで予想を(くつがえ)すことが待っているのが不幸な上条さんのいつものパターンなんですよ? このままベルトのついた椅子だけ置いてある部屋に連れて行かれるかも」

 

上条がこれから先自分がどうなるか不安でガクガクと震えていると、レッサーはそんな上条を見つめて笑いながら適当に応える。

 

「はいはい。その時にはお詫びとしてベビードールを着て四つん這いになってお尻を振ってあげますよ。……ん、それいいな。なんなら今からやりましょうよ」

 

「まだ説教が足りなかったようだな、レッサーくん。ここじゃ迷惑になるからちょっとそっちの路地裏に行こうか」

 

ことあるごとに自分に色仕掛けをしてくるレッサーに腹を立てた上条がレッサーの首根っこを掴んでふらっと人の輪から外れようとすると、周囲の大男たちがロシア語で上条を警告し、ホルスターに入った拳銃に手を触れた。

 

「わあ!! 分かった分かった、くそ、やっぱり歓迎されている感じじゃないぞ!?」

 

「私だって冗談ですよ。周りの連中にサービスしたってイギリスの国益になりそうではないですしね。ベビードールを着るかは一旦おいといて、今は大人しくついていきましょう」

 

レッサーが慌てた上条の言葉に微妙な同意をしていると、そんなレッサーに兵士の一人がロシア語で話しかけてきた。

レッサーはふんふんと内容を聞くと、ロシア語が全く分からない上条の方へ顔を向けた。

 

「ロシア国内で、トラックで移送中だった親娘を助けたか、ですって。娘の方は二歳ぐらいの赤ちゃんと、一〇歳くらいの女の子らしいですけど」

 

「……? トラックと装甲馬車の車列には手を出したけど、あれ、何十人ぐらい乗ってたっけ? それだけじゃピンとこないな」

 

上条はここに来る前にレッサーの手を借り、強制収容所へと不当な理由で連行されそうになっている人々を助けている。

 

「あれは俺の姉と彼女の娘たちだ、そうです」

 

その中にどうやら兵士の身内がいたらしく、兵士はそれを感謝しているらしかった。

 

「そうだったのか……ってアレ?」

 

上条が兵士の感謝にへえーっと納得していると、兵士たちによって連れられて来た軍事施設の中で見知った少年を見つけた。

 

「よお上条」

 

「垣根!? え、なんでここにいんの!?」

 

上条がコートをしっかり着て冬支度をしている垣根を見て驚きの声を上げると、上条を囲っていた兵士の一人が垣根へとフランクな調子でロシア語によって声を掛けてきた。

 

ロシア語が分かるレッサーはそこで、垣根が兵士に知り合いだから敵対する必要はないと言っているのが分かった。

そんな会話内容が分からなくとも、上条は兵士が警戒を少しだけ解いたので垣根が自分たちのことを知り合いだと言ってくれたことになんとなく気づき、感謝をする。

 

どうやら拷問は回避できたらしい。

 

ほっと安堵する上条に、垣根は声を掛けた。

 

「真守がこの国で探しモンがあるらしくてな。第三次世界大戦が開戦した時から俺たちはここにいるんだ」

 

「探し物って?」

 

上条が真っ当な疑問を垣根に向けると、垣根は顔をしかめながらも答えた。

 

「俺も真守が何を探しているのかは聞いてねえ。探し物のためにはこの国が存続している必要があんだろう。この国は右方のフィアンマに狙われてるし、右方のフィアンマ自体もどうにかしなくちゃなんねえから、ここでエリザリーナの手伝いをしてるって訳だ」

 

「エリザリーナ?」

 

上条が垣根の口からぽんぽんと出てくる新情報に首を傾げていると、そんな上条にレッサーが横から説明をした。

 

「エリザリーナ独立国同盟の名前の由来になった女性ですよ。複数の国家を独立させ、結びつけるために活躍した聖女様ってヤツです」

 

「……そっちの女は誰だ?」

 

垣根がスカートの中から小悪魔のような尻尾を出しているレッサーを見つめて首を傾げると、レッサーは姿勢を正して挨拶をする。

 

「初めまして。わたくし、イギリスで『新たなる光』という魔術結社に所属しているレッサーと申します。イギリスの利益になると思ってこの方についてきました」

 

「……利益だと? 上条、お前イギリスの利益になんのか? だからこんなヤツに付きまとわれてんの?」

 

「いや、俺もさっぱり」

 

垣根が顔をしかめて上条に問いかけると、上条も考えたくないのか顔を無表情にして首を横に振った。

 

垣根は上条とレッサーの組み合わせに顔をしかめながらも、レッサーに自己紹介する。

 

そしてエリザリーナのもとへと行くと、エリザリーナと共にいた真守が上条の方を振り返って柔らかく目を細めた。

 

「上条、久しぶりだな」

 

「おう、朝槻。元気してたか?」

 

久しぶりに直接会った真守に上条が笑いかけると、真守はコクッと頷いた。

 

「うん。問題ないぞ」

 

真守と上条が親しそうに話をしている中、横からエリザリーナが口を出してきた。

 

「再会を喜ぶのは後にしてくれるかしら。……右方のフィアンマがこちらへ来るそうね」

 

彼女がエリザリーナですよ、とレッサーに耳打ちされ、上条は口を開く。

 

「国境の向こう側に隣接しているロシア軍の基地で、当人の口から直接出た言葉だからな。多分間違いないと思うけど。……ちょっと待て。エリザリーナさんは、その……右方のフィアンマっていうのが何を差しているのか分かるのか?」

 

エリザリーナに確認されたので上条は頷くが、途中でおかしいことに気が付いた。

右方のフィアンマとはローマ正教の最暗部に存在する『神の右席』の一人だ。

『神の右席』は表に出てこないため、多くの人間はその存在を知らない。

だがエリザリーナは右方のフィアンマをどうやら知っているらしい。

そのため上条が問いかけると、それにエリザリーナは首を縦に振った。

 

「ローマ正教の最暗部のことを知っているのかと問うているのであればそうよ。つたない腕で()りながらも、私も魔術師の一人だからね」

 

レッサーは隣にいた上条に声を掛ける。

 

「『魔術を知っている』者じゃなけりゃ、いくらあなたの友人がいるとしてもここまで迅速に一国の中枢にまで連れてくるように指示できませんよ」

 

そしてちらっとエリザリーナを見ながら、エリザリーナの功績を上条に説明する。

 

「彼女は表で政治的・経済的な国家独立のための基盤を整えて、裏ではオカルト的工作を行おうとするロシア成教の魔術師たちを片っ端から押し返した実力者です。本気でやり合ったら、私もぶっ飛ばされるかもしれませんね」

 

レッサーが自分とエリザリーナの戦力差が十分にあると告げると、エリザリーナは緩く首を横に振った。

 

「そこまで大それたことじゃないわ。いくつかの手続きの提案と手伝いをしただけ。『フランスの姉さん』に比べればまだまだよ」

 

「上条。そっちの女の子は誰だ?」

 

エリザリーナが謙遜しているのを尻目に、真守はレッサーに視線を固定させながら上条にそう問いかける。

 

「初めまして。あなたのボーイフレンドにはもう挨拶しましたが、わたくし『新たなる光』という魔術結社に所属しているレッサーと申します。お会いできて光栄ですよ、神人(しんじん)

 

「そうか。私は朝槻真守だ。よろしく」

 

本日二度目になるレッサーの挨拶を真守は受けて頷くと、自己紹介もそこそこにエリザリーナが話を進め始めた。

 

「右方のフィアンマは我が国への侵攻に関する重要人物よ。この機に乗じて彼を撃破できれば、それだけで民の命が脅かされる可能性はかなり減るでしょうね。……だけど、私の魔術師としての技量で簡単に右方のフィアンマを倒せるとも思ってない。この国にある全てをかき集めても無理でしょうね」

 

そしてエリザリーナはそう前置きをしてから自分たちの方針を告げた。

 

「我々にとって最も重要なのは、独立国同盟の住民の命よ。いたずらにそれが失われるようであれば、我々はフィアンマとの交戦を避けなければならないわ」

 

そこでレッサーはお尻から伸びる尻尾をふりふりと振りながら問いかける。

 

「ここまで来て、好きにやらせると?」

 

レッサーの問いかけにエリザリーナは即座に首を横に振って情報共有をする。

 

「フィアンマの目的はサーシャ=クロイツェフよ。彼女はすぐ近くにいるわ。命令すれば、いつでもここに来てくれる。……その上で、我々は国民の命を守りつつ、フィアンマの撃破をも考えている。……彼女たちにはもう話してあるけど、私が何を言いたいか、分かる?」

 

「……一度俺たち二人や朝槻たち、サーシャをエリザリーナ独立国同盟の外……ロシア国内に送り返した後に対フィアンマ用の作戦を実行するってわけか?」

 

上条がエリザリーナの言わんとしていることを推察して声を掛けると、エリザリーナは腕を組みながら告げる。

 

「そうよ。冷たい人間だと思ってもらっても構わないわ。でも事態はそれくらいデリケートなことになっているの。不用意な選択一つで、多くの無関係な人たちがころされるかもしれないほどにね」

 

上条は冷酷な判断をする事を許してほしい、と告げるエリザリーナを見て首を横に振った。

 

「元々俺たちだってサーシャの行方を捜すためにアンタたちを利用しようとしたんだ。むしろ、問答無用で手錠を掛けられなかっただけでも感謝できる。だから何も問題ねえよ」

 

「規模や程度は違うとはいえ、あなたにも守るべきものがあるようね」

 

上条の言い分を聞いてエリザリーナがそう判断すると、上条は即座に頷いた。

 

「誰にでもある。……そいつに気づくのが遅れたせいで、危うく奪われそうになっちまったがな。今ならまだ間に合うかもしれないんだ」

 

上条はそう一人呟くと、エリザリーナに問いかけた。

 

「具体的にどう動く?」

 

「こちらへ。……とはいえ、急なことなので、勝算は確約できないわよ」

 

エリザリーナはそこで腕を組むのをやめて、入り口に立ち尽くしていた上条とレッサーを案内しようとする。

 

 

『そうだな。この段階でまだ作戦会議をしている時点で、もう遅すぎるな』

 

 

だがそこで不意に男の声が虚空から響いた。

 

エリザリーナ独立国同盟に逃げ延びた天使を降ろした素体を狙う男の声が無情にも響き渡り、場は戦慄した。

 




右方のフィアンマ、襲来。



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第一四七話:〈対偶立場〉は相対する

第一四七話、投稿します。
次は一月二一日金曜日です。


『そうだな。この段階でまだ作戦会議をしている時点で、もう遅すぎるな』

 

突然、男の声が窓の外から響いて真守たちは即座に動き出した。

 

真守は五対一〇枚の翼を展開、垣根も未元物質(ダークマター)の三対六枚の純白の翼を広げて周囲に展開していたカブトムシに命令を出して集め始める。

 

レッサーはスチールデスクの上にあった伸縮する指揮棒の先端に棒磁石を結び付け、エリザリーナは水の入ったグラスの側面に、菓子を包むための青い半透明のセロファンを張り付ける。

 

そして数秒で即興の霊装を作り上げた二人は二種類の攻撃を窓へ向けて放った。

 

『挨拶だよ』

 

二人の攻撃で窓ガラスは粉々に砕け散ったが、声は止まない。

何故なら割れた窓ガラスの向こうにいたのは小麦粉を練って造り上げられた小さな人形だったからだ。

 

右方のフィアンマはどこにいるのか。

一同が警戒した時、そこで真守は攻撃を察して上を向いた。

 

 

その瞬間、軍事施設が半壊した。

 

 

鋭い轟音が響き渡り、瓦礫が散逸する。

振動が収まり土煙が晴れると、真守がその場にいた全員を守るために張ったシールドの向こうで軍事施設の天井が半分ほどが崩れているのが見えた。

そして真守が張ったシールドやその崩れた天井の向こうに、オレンジ色の光の壁が見えた。

 

それは壁ではなく、剣の一部だった。

 

長さだけで三~四〇キロはある巨大な剣。

右方のフィアンマはそれを遠距離から軍事施設へと向けて振り下ろしたのだ。

 

剣の根元は地平線の向こうに続いており、その先にいるフィアンマを真守は察した。

 

フィアンマはその剣を左右に細かく揺さぶってからゆっくりと振り上げる。

 

『サイズが大きいと狙いを定めるのも面倒だな』

 

気軽な声が聞こえて来た次の瞬間、オレンジ色の大剣がもう一度垂直に振り下ろされた。

 

真守はキッと視線を鋭くして左手の平を(かか)げて源流エネルギーを放出。

 

その巨大な剣を受け止めた。

 

ガギゴギガギガギ! と、歯車のかみ合わせが悪い時のような不快な音と共に蒼閃光(そうせんこう)(ほとばし)り、凄まじい地響きと衝撃波が辺りに蔓延(まんえん)する。

 

魔術と源流エネルギーが衝突すると、不可思議な虹色の光が辺りに飛び散る。

そのため今も大剣と源流エネルギーがぶつかったことにより、魔力が焼き尽くされ、虹色の光の奔流(ほんりゅう)が半壊した室内を埋め尽くした。

 

そんな中、真守が生成して厚く張った源流エネルギーからミシミシと軋む音が響き、少しずつ源流エネルギーが大剣によって押し切られていく。

 

「!!」

 

垣根はそれを見て目を見開き、焦りで顔を引きつらせた。

 

源流エネルギーとはこことは違う世界における源流。

神や神の住む天界を構成する純粋な力の根源だ。

 

その源流エネルギーが生命エネルギーという下位のエネルギーから精製された魔力で(つむ)がれる魔術に負けるはずがない。

 

()()()()垣根は懸念していたことが現実に起きてしまい、危機感が(つの)る。

 

真守は魔術世界において『光を掲げる者(ルシフェル)』としての役割を与えられていることになっている。

 

光を掲げる者(ルシフェル)』は神の右側という、神と対等の位置に座ることが許された唯一の天使だった。

だが堕天して神に逆らい、天界を混乱の坩堝(るつぼ)に落として戦争を引き起こした。

 

そして『光を掲げる者(ルシフェル)』は自らと対を()すように生み出された『神の如き者(ミカエル)』の右手によって斬り伏せられた。

 

右方のフィアンマは『神の右席』として『神の如き者(ミカエル)』の役割を担っている。

 

つまり『光を掲げる者(ルシフェル)』としての役割を課せられている真守は『神の如き者(ミカエル)』としての力を振るう右方のフィアンマに絶対に勝つことができないのだ。

 

絶対能力者(レベル6)であり、この世の誰にも負けるはずがない真守の唯一の弱点。

 

その弱点を突かれれば、真守に勝ち目はない。

 

「真守ッ!!」

 

垣根は真守の名前を呼び、左手を宙へと伸ばして白と黒の翼を互い違いに展開している真守を庇うように未元物質(ダークマター)の翼を大きく広げる。

 

そんな中、上条は真守が劣勢だと感じ取り、とっさに真守の前に立つ。

 

そして幻想殺し(イマジンブレイカー)を宿らせた右手を左手で支え、高く突き上げ、真守の源流エネルギーを押し切った大剣を受け止めた。

 

「おおおおおおっ──────!!」

 

ミシミシと嫌な音が骨の奥から聞こえるが、それでも上条は幻想殺し(イマジンブレイカー)でフィアンマの地上を裂くほどの一撃を受け止め、打ち消した。

 

大剣は幻想殺し(イマジンブレイカー)によって粉々に砕けて光の欠片となって真守たちに降り注ぐ。

 

垣根はその光の欠片から真守を庇うために未元物質(ダークマター)の翼を大きく広げる。

 

(フィアンマの狙いはサーシャ=クロイツェフだ。サーシャをフィアンマに渡しちまえばエリザリーナ独立国同盟をフィアンマが襲う意味はなくなる。国は守られて真守の探し物も変わらずに探せる。……だが『天使』を降ろした素体をアイツがヤバいことに使うのは間違いねえ。だから止めなくちゃならねえことは分かってる)

 

垣根は真守を未元物質(ダークマター)の翼で囲いながらチッと舌打ちを打つ。

 

(今の一撃だけで分かった。真守は右方のフィアンマに絶対に勝てない。アイツと戦わせちゃならねえ。なんとかしてカブトムシ(端末)で真守だけでも逃がす。……ただ問題は、)

 

そこで垣根は心の中で呟くのをやめて、大きく舌打ちをして真守の肩を強く抱きしめる。

 

(コイツが俺の言うことを聞くかだ……!)

 

朝槻真守は自分が死なないことを知っている。

死んだとしても、もう一度肉体を再構成して生き返ればいいだけだ。

この世にAIM拡散力場がある限り、力の供給源がある限り。

真守の存在がこの世から消滅することは在り得ない。

 

そのため朝槻真守は自らが果たさなければならない使命のためならば死ぬことすら躊躇(ためら)わない。

 

替えがある命ならば、真守は迷いなく消費するだろう。

だが命の替えがあるからと言って、真守が死を経験するのに変わりない。

この胸の内にいる少女が苦しみをものともしない姿なんて見たくない。

 

「なんだ、『ブリテン・ザ・ハロウィン』で少しは学習したと思っていたのだがな」

 

垣根が心中で焦る中、フィアンマの声が響いた。

突如、近くから声が聞こえてきて垣根はハッと息を呑んだ。

 

目の前に、それはいた。

 

赤を基調とした服装の男だった。

大して鍛えているように見えない体つきだが、不自然なまでの威圧感を与えてくる印象の人間。

 

それが右方のフィアンマだった。

 

フィアンマは余裕の表情で自らの右手を上条へと照準を合わせ、その右腕の付け根にある肩甲骨の辺りからオレンジ色の光を(ほとばし)らせる。

 

そこに割り込んだのはエリザリーナだった。

 

彼女の体は銀色に淡く輝いており、その両手の平をフィアンマに向けている。

そしてエリザリーナは高速で術式を組み上げる。

フィアンマはこれを物ともせず、攻撃を繰り出した。

 

途端に鋭い爆発が起こり、垣根はその爆発を未元物質(ダークマター)の翼で防ぎ、自分の翼の中に共にいる真守の無事を確認した。

 

真守は無表情でフィアンマがいる方を睨みつけていた。

 

どうやら未元物質(ダークマター)の翼越しでも絶対能力者(レベル6)の真守には感覚でフィアンマの位置が察せるらしい。

 

「なるほど。気軽に破るには少々硬い壁だったらしい」

 

フィアンマが土煙の中、意外そうに呟く。

 

そして土煙が晴れると、右方のフィアンマの天使としての術式が(あら)わになった。

 

巨大な右腕だ。

骨と皮でできたようなこげ茶色の異様な出で立ち。

そしてその枯れ枝のような五指の爪は鋭く伸びており、指は柔らかく広げられていた。

 

そんな禍々しい右腕は、フィアンマの背中、肩甲骨あたりから伸びていた。

 

垣根が翼の間から警戒しながらその右腕をできないなりにも解析しようとしていると、そこでフィアンマは一つ頷く。

 

「確かに硬い壁だが、叩き壊せんほどではないな。……あまり俺様を舐めるなよ?」

 

フィアンマが構えているエリザリーナに攻撃しようとする。

すると、エリザリーナに付き従っていた大男二人が即座に飛び出した。

 

「ベラッギ!! ロンギエ!! 下がりなさい!!」

 

エリザリーナが自身の部下を下がらせようとする中、右方のフィアンマは嗤う。

そしてフィアンマが第三の腕を振るうと、大男二人は真横に吹き飛ばされた。

確実に大男の一人は第三の腕の範囲外にいたのに、あの右手には間合いなど関係ないらしい。

 

屈強な大男を一撃で(ほふ)ったフィアンマを見て、上条当麻が叫ぶ。

 

「フィアンマ!!」

 

「お前はメインデュッシュだ。食べる前には下ごしらえをしなくてはな」

 

右方のフィアンマは笑って答え、そこで垣根の未元物質(ダークマター)の翼に隠されている真守に視線を移した。

 

「お前が『光を掲げる者(ルシフェル)』の役割を与えられた学園都市製の神か。俺様たち『神の右席』とは違うアプローチで生まれた神人。さて、お前は神上に至ることができるのかな?」

 

余裕の笑みを浮かべるフィアンマに対して真守の表情は硬かった。

真守は、『この男は自分の唯一の弱点を突くことができる人間だ』と自分の劣勢を感じていた。

右方のフィアンマは、『自分はこの神人を唯一斬り伏せることができる人間だ』と笑っていた。

 

そんな両者の思考が重なった瞬間、垣根が先制攻撃に出た。

 

未元物質(ダークマター)の翼に人体を塵にする役割を付与した状態で、垣根は躊躇(ためら)いなくフィアンマに叩きこむ。

 

その攻撃に対して、フィアンマは即座に第三の右腕を振り、垣根と垣根が庇っていた真守ごと吹き飛ばした。

 

真守と垣根はかろうじて残っていた壁まで弾き飛ばされ、ドゴッ! っと鋭い破壊音が響き渡り、土煙と瓦礫の向こうで沈黙した。

 

吹き飛ばされた二人を見ていたフィアンマに向かって、レッサーは『鋼の手袋』と呼ばれる四本指のような刃を構えた霊装をい勢いよく振り下ろす。

 

「邪魔だ」

 

フィアンマが一言告げると、レッサーの体が砲弾のように吹き飛ばされた。

そんなレッサーをベラッギが両腕を伸ばして受け止めた。

エリザリーナはレッサーが作った隙を逃すことなく、五本の指を複雑に動かす。

するとその指先に淡い光が不規則に揺れた。

 

「この俺様に向けて、『右腕』で術式を組むつもりか?」

 

フィアンマはそう問いかけながら、右腕から閃光を(ほとばし)らせ、エリザリーナに攻撃を加える。

 

そんなエリザリーナを狙った右方のフィアンマの攻撃を、上条の右手の幻想殺し(イマジンブレイカー)が受け止めた。

 

フィアンマの攻撃は打ち消されず、上条の右手から逃れるように四方へと散る。

 

そして四方に散ったその力はその場にいた人間を攻撃した。

 

フィアンマの攻撃で吹き飛ばされた垣根は真守を強く抱きしめ、未元物質(ダークマター)の翼で体を(おお)ってそれから身を守る。

 

翼から掻き毟られるような衝撃が伝わってくるが、それでも未元物質(ダークマター)の翼で、真守と自分の身を守ることができた。

 

垣根と真守以外の人々もなんとか上条の右手の幻想殺し(イマジンブレイカー)によって散った攻撃から身を守るが、その余波の多くは斜め上に吹き飛び、広場に面した石造りの建物の屋根を削り取っていく。

 

上条は幻想殺し(イマジンブレイカー)を構えたまま、フィアンマに不敵に声を掛けた。

 

「俺とやろうぜ。戦う理由は分かってるだろ」

 

「なんだ。お前はメインデュッシュだと言ったはずだがな。先にくれるのか?」

 

フィアンマが右腕を伸ばすと、上条のわき腹に向けてレッサーが『鋼の手袋』を直撃させて突き飛ばした。

上条がそれまでいたところにはフィアンマの右腕がギロチンのように落ちる。

すると右方のフィアンマの攻撃によって床が溶け落ちた。

レッサーが庇わなければ上条は確実に命を落としていた。

間一髪の上条に、右方のフィアンマは余裕たっぷりでゆっくりと告げる。

 

「知っているか? 現代の魔術師ってのは基本的に集団行動を嫌う。『黄金』や大体の魔術結社も思想が合わずに瓦解してたりするからな。だからこそ、個人の理想を(かか)げた魔法名が重要視され、『神の右席』という秘密組織が誕生したわけだ」

 

「何が言いたいんだ!」

 

上条が叫ぶと、フィアンマは笑みを濃くする。

 

「つまり、だ。目の前で罪なき民間人が数千人の規模で殺されそうになっているのを見殺しにできる魔術師は現代にいないということだよ」

 

右方のフィアンマが告げた瞬間、その人物が駆け抜けた。

 

黒いベルトで体を締め付ける紅い拘束衣に、外套を着こんだ少女。

サーシャ=クロイツェフ。

 

サーシャはフィアンマに向かってのこぎりとバールを振り下ろすが、右方のフィアンマが指で何かを弾いただけでサーシャは吹き飛ばされた。

 

「今日はラッキーデイだな。もう少し骨が折れるかと思ったんだが、まさかこんな簡単に目的のものが二つとも手に入るとはな」

 

 

弾き飛ばされたサーシャを見つめながらフィアンマが嬉しそうに呟いた途端、光が爆発した。

 

 

空間が泡立つ感触にその場にいた人間全員が怖気だった。

 

どこからともなくぶれた音が響き渡る。

 

それが声だと気づいたのは、その人物が自分を守ろうとした存在から離れて純白と漆黒の光の奔流を吐き出した瞬間だった。

 

 

その人物、朝槻真守は真の姿を右方のフィアンマに見せた。

 

 

蒼みがかかった星の煌めきを内包するプラチナブロンドの自身の身長よりも長い髪。

その頭上には蒼閃光(そうせんこう)で形作られた六芒星の幾何学模様の転輪が載せられていた。

 

背中からは五対一〇枚の翼が生えており、右側の五枚は上から一番目、三番目、五番目が漆黒の翼であり、それ以外が純白だ。

そして左側の翼はそれと配色が逆になるように生えている。

 

純白と漆黒の翼を互い違いに生やしているのは、真守が真の姿を現す前と変わらない。

 

だが蒼みがかったプラチナブロンドの髪の毛の間から翼が一対生えていた。

右側頭部から生えているのが純白の翼、左側頭部から生えているのが漆黒の翼。

全部で六対一二枚の、『光を掲げる者(ルシフェル)』と同じ枚数の翼。

 

そして背中から生えている五対一〇枚の翼の後ろからは、空間を(おか)すように後光が展開されている。

 

蝶の翅の翅脈(しみゃく)のように広げられた蒼閃光(そうせんこう)で形作られた後光。

その蝶の翅の翅脈(しみゃく)のような線は一つ一つが、実は小さな歯車の連結によって成り立っている。

それらは連動するように全て動いており、数万もの歯車が動くことによって辺りにまるで荘厳な曲を轟かせていた。

 

宇宙を閉じ込めたかのような輝きを帯びてつるりとしている肢体(したい)には何十本もの虹色に光るラインが走っている。

そんな体にはパール塗装が(ほどこ)されているような、表面がキラキラと虹色に光る豪奢な純白のドレスが身に着けられていた。

 

だがその豪奢な純白のドレスは、全てを吸い込みそうな禍々しい漆黒の拘束ベルトがめちゃくちゃに巻き付けられている。

そして真っ白な顔のその両目にも、同じ素材でできた拘束バンドがクロスするように巻かれていた。

 

「ほう。それが本来の姿か」

 

垣根も含めてその場にいた人間全員が覚醒した真守を呆然と見つめる中、右方のフィアンマだけは真守の姿を見て感心していた。

 

光を掲げる者(ルシフェル)』の役割を与えられた学園都市製の神。神人、朝槻真守。

 

対して『神の如き者(ミカエル)』の力を持つ、『神の右席』の一人、右方のフィアンマ。

 

世界を引き裂かんほどの力を持つその両者は、そこで真の姿を見せて対立した。

 



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第一四八話:〈相対立場〉は懸念する

第一四八話、投稿します。
次は一月二二日土曜日です。


光を掲げる者(ルシフェル)』という役割を与えられた絶対能力者(レベル6)と、『神の如き者(ミカエル)』として『神の右席』の一角を担う右方のフィアンマ。

 

そんな二人のうち、先に攻撃の手を見せたのは真守の方だった。

 

真守はスッと左手をフィアンマへと伸ばす。

するとフィアンマもそれに呼応するように即座に右腕を振るった。

 

真守が放ったエネルギーの塊とフィアンマの右腕が衝突し、辺りに爆風と爆熱を巻き起こす。

 

真守は『光を掲げる者(ルシフェル)』という役割ではなく、絶対能力者(レベル6)である神としての力を使い、『神の如き者(ミカエル)』として力を振るうフィアンマに拮抗する。

 

そして拮抗しているが故に両者は弾かれた。

 

右方のフィアンマは右腕が大きくのけぞっただけだったが、真守はフィアンマの右腕によって生じさせられた圧力によって地面に落とされる。

だがその寸前で踏みとどまり、体勢を立て直した。

 

「……お前、一体なんだ?」

 

そこでフィアンマは違和感を覚え、真守を訝しむような目で見つめ問いかけた。

そんなフィアンマに対して真守は答えない。

 

(この女……ただの『光を掲げる者(ルシフェル)』の役割を与えられて天上の意思へと至った者ではない? ……試すためにもう一撃与える必要があるな)

 

フィアンマは心の中で呟くと、もう一度右腕を振るおうとする。

 

だがフィアンマは不自然に首を横に振った。

 

フィアンマの頭があった場所、そこを突き抜けるように衝撃波が通っていき、彼の背後にあった建物の壁に正体不明の亀裂が走った。

 

「懐かしい顔だな」

 

右方のフィアンマが声をかけた方向に立っていたのは前方のヴェントだった。

前方のヴェントは右方のフィアンマに獰猛に嗤いかける。

 

「別にそこのガキやロシア成教のシスター、それと冒涜的な存在に肩入れする義理はないんだケドさ。いい加減、アンタがローマ正教を引っ掻き回すの、見てらんないのよねえ」

 

ヴェントが嘲笑を交えて告げると、フィアンマは余裕たっぷりで笑む。

 

「得意の『天罰』は使えんと報告は受けているが?」

 

「その程度で終わるとでも思ってるワケ?」

 

前方のヴェントと右方のフィアンマはその場から飛び上がると、ゆっくりと広場へと滑るように移動して、そこに降り立った。

 

垣根は真守の真の姿を見て、呆然としていた。

真守はそんな垣根へと滑らかに宙を滑って近づく。

 

変わり果てた真守の姿に垣根が悲痛な表情を浮かべる中、真守はゆっくりと垣根の前に降り立って垣根の腕に触れる。

垣根はそれに目を見開いた。

 

状況を見据えるべきだ。

 

真守が雰囲気だけでそう告げるので、垣根は顔を歪ませながらも真守の指針に頷いた。

 

そんな真守と垣根のやり取りを尻目に、ヴェントの周りに風が吹きすさぶ。

そしてその風は有刺鉄線を巻いたハンマーに変わり、それをヴェントは右手に持った。

 

「おかしなもんだ」

 

「どの辺が?」

 

フィアンマが眉を(かす)かに動かして呟くので、ヴェントは不敵に微笑む。

 

「『神の右席』は極端な調整を施された術式でなければ使えない。お前の中には学園都市を死に掛けにまで追いやった『天罰術式』が保管されているが、その発動を支えるための霊装は九月三〇日に粉砕されたはずだった、にも拘らず」

 

「こうして不可思議な現象を引き起こしたコトが、そんなに意外だと?」

 

ヴェントはそこで自身の得物を肩に載せながら、呆れた様子で告げる。

 

「それでも『天罰』の復元までは成功していないのだろう? 仮にそうだったとしても、その方法論ではこの俺様を倒す事はできんぞ」

 

前方のヴェントは右方のフィアンマを睨みつけながら吐き捨てるように告げる。

 

「悪意や敵意の考え方そのものが歪みまくってるアンタに、あんなもんを使おうとは思わないわよ」

 

「それなら、どうする?」

 

右方のフィアンマの問いかけに、前方のヴェントはハンマーの切っ先をフィアンマに向けた。

 

「『神の如き者(ミカエル)』のアンタは、現状では完全な力を振るえない」

 

ヴェントが断言すると、右方のフィアンマは特に何の感慨も抱かずにそれを肯定した。

 

「そうだな。そのためにサーシャ=クロイツェフと幻想殺し(イマジンブレイカー)を欲している」

 

フィアンマは自身の弱点をヴェントに指摘されたとしても余裕の表情のまま、ヴェントへ自身の目的を告げる。

 

「ええ、そうね。でもそんなのはあんたには渡さないわ。……その右腕は不完全で、そこらの雑魚と遊んだからもう『空中分解』している。『神の右席』は自分用に調整された術式しか使えない。例外はあるけどね。だから今のアンタはただの人間ってワケ」

 

「その程度で俺様との差を埋められるとでも?」

 

「いいや、面白いのはここからよ」

 

ヴェントが笑って告げた瞬間、フィアンマの体に氷でできた鋭い切っ先が突き刺さる。

 

そしてフィアンマは真後ろへ吹き飛ばされた。

 

その氷の切っ先は帆先で、虹色に輝く氷で作られた帆船の一部分だった。

帆船は広場の中央から雪の大地を割ってせり出してその体勢を整える。

そして爆音と共に船の側面から氷の砲台を飛び出させた。

 

即座に氷の帆船は吹き飛ばされて地面に投げ出されたフィアンマへとその砲台の照準を合わせ、フィアンマに十字架の形をした氷の一撃を放った。

 

その一撃をまともに喰らった右方のフィアンマは、白い雪原を(えぐ)りながら十字架と共に数キロ先へと吹き飛ばされて地面に四肢を投げ出す。

 

「イタリアのキオッジアで、ビアージオ=ブゾーニが『アドリア海の女王』と護衛の『女王艦隊』を指揮していたのは知っているかしら? あの『聖霊十式』を実用レベルに再調整したのはこの私。『アドリア海の女王』全体の制御は不可能だけど、大艦隊の一部分だけなら私にも操船するだけの親和性はあるのよ。それとね、」

 

ヴェントは訳も分からずに攻撃された右方のフィアンマのために手の内を明かすと、歯で噛んでいた十字架をジャラッと垂れ下がらせた。

 

「十字教じゃ船を守護するエピソードが結構多い。本来、私が司るべき属性は『風』や『空気』だケド、海の嵐は『風』と『水』の混合属性。このエピソードを介することで、私は『水』への干渉も可能となる。……『火』一辺倒のアンタとは違うのよ!!」

 

ヴェントは咆哮と共に舌から垂れ下げた十字架を媒介にして、フィアンマを下敷きにした氷の巨大な十字架を操り、起爆させる。

 

すると十字架の下敷きになっていたフィアンマは爆発に巻き込まれ、巨大な氷の剣山にも似た結晶の中に閉じ込められ、完全に沈黙した。

 

「『空中分解』したその右腕じゃ、今の一撃を防ぐコトはできないわ。無駄弾を撃ち過ぎなのよ、この間抜け。……っつっても、もう聞こえてないか」

 

前方のヴェントが勝利宣言をすると、そこで声が不意に響いた。

 

『そうか? 俺様はお前が思っているよりも物持ちは良い方だぞ』

 

音源不明瞭の声を聞いてヴェントは警戒心を(あら)わにして辺りを見回す。

 

するとフィアンマを(ほふ)ったはずの氷の結晶からオレンジ色の光が(ほとばし)り、氷の結晶が粉々に砕け散った。

 

真守は垣根の腕を引いて一緒に飛ぶと、上条、エリザリーナ、レッサーのもとに向かう。

 

そして彼らの少し上空で静止すると、手を前に出してシールドを張り、フィアンマが砕いたことによって数キロにわたって飛来する氷の結晶から上条たちを守った。

 

常人には見えないが、絶対能力者(レベル6)の真守は遠くを視認することができる。

そのため真守は垣根たちを守りながら、フィアンマがいる場所に目を向ける。

 

『空中分解そのものは避けられないようだが、その状態で固定する事には成功した』

 

余裕たっぷりで告げるフィアンマの背中から伸びる右腕は確かに復活している。

そしてフィアンマが人間としての右手に金属製の錠前を直立させているのを真守は見た。

 

そのダイヤル錠のような霊装にはアルファベットが刻まれているが、リング状の液晶に必要な文字だけを表示させており、半ばトリックアートのようなダイヤル錠となっていた。

 

「上条。あの錠前みたいな霊装がインデックスの遠隔制御霊装か?」

 

真守はそこで明確に口を動かし、無機質な声音のまま上条に訊ねる。

絶対能力者(レベル6)としての姿で真守に初めて肉声で声を掛けられた上条は驚きながらも、フィアンマがいる方向を見た。

 

上条には肉眼で確認できない。

それでもその霊装がインデックスの遠隔制御霊装だと知っている上条は悔しそうに真守の問いかけに頷き、歯ぎしりする。

 

そんな真守たちの前で、右方のフィアンマは宣言する。

 

『有り体に言えば、もはや今の俺様に制限など存在しない。だからお前の攻撃は無意味ということだ』

 

「フィアンマァあああああ!!」

 

ヴェントの絶叫と共に、ヴェントが乗っている『アドリア海の女王』から複数の砲台が飛び出てる。

そして爆音を吐き出しながらフィアンマに向けて十字架の砲弾が複数放たれた。

 

『破壊力はいらない。触れれば終わるのだから、相手を壊すための努力は必要ない』

 

フィアンマが(さと)すように告げると、ヴェントが放った十字架の砲弾は空中でさく裂して爆発が起こり、黒煙が上空にまき散らされる。

 

「ヴェント! 大丈夫なのか!?」

 

「黙ってな!」

 

ヴェントが上条の問いかけに答えるためにちらっと目を向けた瞬間、ヴェントの目の前にフィアンマが現れた。

 

「速度は要らない。振れば当たるのだから、当てるための努力は必要ない」

 

ヴェントは至近距離で囁かれ、体をフィアンマへと向ける。

 

だがその瞬間、フィアンマの一撃によってヴェントの体は真後ろへと吹き飛ばされた。

 

フィアンマは吹き飛ばされたヴェントを追随すると、ヴェントの舌から伸びる鎖の先に十字架がついたピアスをを無造作に掴み上げる。

 

後ろに吹っ飛ぶヴェントに対して、フィアンマが自分に引き寄せる形でその十字架を引くと、ピアスは簡単にヴェントの舌を引きちぎり、フィアンマの手の中に残った。

 

ヴェントが血を吐きながら飛んできたので、真守は即座にヴェントを受け止め、地面に降ろした。

 

十字教を(おとし)める存在である真守に寄り掛かりたくないため、ヴェントは口から大量の血液を吐きながら真守の体を拒絶するように押してふらふらと立ち上がる。

 

「舌がちょっと裂けただけで大袈裟だな、まったく」

 

フィアンマは瞬時にヴェントと真守の前に移動する。

そして駆けつけてきた垣根たちを睥睨すると、ヴェントの舌から引きちぎった鎖に繋がれた十字架のピアスを宙に放り投げ、その右腕で粉々に砕いた。

 

「ご、ぶっ!? な、にが……!?」

 

何が起きたか分からずにヴェントが困惑していると、右方のフィアンマは笑った。

 

「簡単なことだよ。俺様が保有しているのは右腕ではなく右腕に備わっているべき『力』だ。十字教の儀式は大抵右で行われる。つまり、俺様はそれだけ多くの十字教的超自然現象を自在に行使できるという訳だ。後はお前が想像しろ。それができないほど無能でもないだろ」

 

大天使『神の如き者(ミカエル)』が堕天使の長、『光を掲げる者(ルシフェル)』を切り伏せたのも右手。

『神の子』が病人を癒したのも右手。

聖書が記されたのも右手。

 

右手には様々な意味があり、それを集約した力こそが、右方のフィアンマの第三の腕だ。

それを前にすると、右方のフィアンマが言った通り、十字教の術式は何もかもが無意味になってしまう。

 

「馬、鹿な……その右腕、は……」

 

ヴェントがフィアンマの右腕の正体を知って息も絶え絶えに告げると、フィアンマは自嘲するように笑った。

 

「そうだよ、不完全だ。だが、それはお前が得意気に言えたことではない。『神の右席』は……いや、この世界自体はそんな風なあやふやな状態になりつつあるんだからな」

 

「……?」

 

前方のヴェントは右方のフィアンマが何を言っているか分からずに困惑する。

ヴェントが眉をひそめる中、真守は無機質な声音でフィアンマに声を掛けた。

 

「それは形式(フォーマット)が歪んでいることを言っているのか?」

 

その場にいる人間は真守の言っている意味が分からなかったが、フィアンマは真守の言葉に目を丸くした。

そして、高らかに腹を抱えて笑った。

 

「くっははははははは! 形式(フォーマット)か! 確かに科学的に見ればそう(とら)えられるなあ! ははははは!」

 

右方のフィアンマはひとしきり笑うと、そこで意味が分かっていない真守以外の者に説明を始める。

 

「『御使堕し(エンゼルフォール)』時、不完全な状態で現れた天使は、自らの名をミーシャと呼んでいた。ミーシャ(ミハイル)は『神の如き者(ミカエル)』の別名だ。『神の力(ガブリエル)』の名に相応しくない」

 

御使堕し(エンゼルフォール)』。

それは上条の父、上条刀夜が知らず知らずの内に組み上げてしまった術式だ。

天界から天使を落とし、自らが天使の座へと昇り詰めることができる大規模術式。

それで天界から落ちてきた天使が『神の力(ガブリエル)』、ミーシャ=クロイツェフだった。

 

「あの大天使は神に創られた役割そのものであるはずの名前をミーシャと称した。これがどれだけ重要な事かを理解できるか?」

 

「理解できるはずがない」

 

右方のフィアンマの問いかけに、真守が即座に答えた。

 

「人間はそれを異常と(とら)えていないのだから。逆にお前が気づいていることの方が異常だ」

 

真守が右方のフィアンマの方がおかしいと告げると、フィアンマはくつくつと腹を抱えて嗤う。

 

「そうか? 俺様にとってはこれが普通だ。……ピンと来ていないなら例を挙げようか。前方のヴェントは風と黄色と『神の火(ウリエル)』を、左方のテッラは土と緑と『神の薬(ラファエル)』を担っているとされているが、これもまたズレている。本来ならば風は『神の薬(ラファエル)』が、土は『神の火(ウリエル)』が対応していなければおかしいんだ」

 

ヴェントはフィアンマの言葉に心臓が止まったかのような衝撃を覚えた。

自分の心の柱となっていた自身の象徴がズレている。

その精神的な衝撃は現在感じていた物理的な痛みを超えてしまい、舌や全身の痛みが消え去ったほどだった。

 

「誰も気づいていないまま、四つの属性全てが歪み始めている。それなのに世界は何事もなく回り、魔術が発動できてしまう。お前たちが思っているより、この世界は危機的状況にあるんだよ。誰かが何とかしなければならんだろう」

 

真守はフィアンマの目的に気が付き、小さな口を薄く開いて息を呑んだ。

それに目敏く気が付いたフィアンマが嗤っていると、ヴェントが口を抑えるのを辞めて小さく告げた。

 

「ま、さか……『御使堕し(エンゼルフォール)』が、そこまでの余波を残していたとでも言うワケ?」

 

「逆だ。元々大きな法則にゆがみがあったからこそ、あんなデタラメな術式が発動してしまう隙が生じていたんだよ。……分かったか? なら、もういいな?」

 

フィアンマが右腕を動かしてヴェントを(とら)えた途端、真守がヴェントの後ろから消え去ってヴェントの前に出た。

 

フィアンマが右腕を容赦なく真守に振り下ろした瞬間、真守から途方もない威圧感とエネルギーが発された。

 

そして、フィアンマの右腕と真守が発したエネルギーは再び拮抗した。

 

鋭い衝撃が吹きすさび、その場にいたヴェントは後方へと吹き飛ばされ、上条たちは吹き飛ばされないように地面に膝を落とした。

 

雪が大地ごと(めく)りあがり、近くにあった『アドリア海の女王』が衝撃波によってその体躯に亀裂が走る。

 

ヴェントや垣根たちが無事なのは真守が力の逃げ場所を作り出しているからに過ぎなかった。

 

そのため垣根たちに襲い掛からないように真守が敢えて逃がすように散らした力は木々をなぎ倒し家屋を(えぐ)り取っていく。

 

莫大な力の奔流(ほんりゅう)が余波として噴き出すのを、その場にいる人間は見ているしかできなかった。

 

「そうか……そうか、そういうことか!!」

 

フィアンマは真守と拮抗しながら目を見開いた。

 

「お前の役割は()であり統べる者であり、()()()()ということか……!!」

 

フィアンマが何かに気が付いたことを知った垣根は未元物質(ダークマター)の翼で自らを守りながら顔をしかめた。

自分が知らない真守の秘密をあろうことか、敵である右方のフィアンマが気づいたからだ。

 

「……お前のその『光を掲げる者(ルシフェル)』の役割は枷。意図的にアレイスターが付与した()()。その弱点を付与しなければならないほどにお前は完璧な存在で、そしてアレイスターにとって脅威だったのか……だから慎重にならざるをえなかった……!」

 

フィアンマが真守と力をぶつけ合ったことで気づいた何か。

 

その何かは真守が欲していたものに通じているのかもしれない。

 

垣根が胸を焦がす思いでフィアンマを睨んでいると、そんな垣根の前でフィアンマは真剣に考える表情をした。

 

「……成程。お前には世界を穿つ力がある。もしかしたら俺様の計画をかき乱すマズいものかもしれない。……これは奥に潜むものを精査する必要があるか?」

 

 

フィアンマはそう呟くと、左手に持っていたインデックスの遠隔制御霊装を起動させた。

 

そして次の瞬間。

 

 

真守の胸の中心が、光の剣で穿(うが)たれた。

 

 

真守の蒼閃光(そうせんこう)で形作られた蝶の翅の翅脈の後光を砕く形で、背中からその光の剣が突き出す。

 

絶対能力者(レベル6)である真守がフィアンマの一撃をもろに食らった。

 

その様子を見ていた一同は衝撃を受けて時が止まったかのように思えた。

 

そんな一同の前で、真守はガクガクと震えてから機能を停止したかのようにカクン、と首から力が抜けて頭が垂れ下がる。

 

そしてそれきり、動かなくなってしまった。

 



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第一四九話:〈強固意志〉を胸に秘め

第一四九話、投稿します。
次は一月二三日日曜日です。


垣根の目の前で起きてはならないことが起こっていた。

 

この世の誰よりも愛しくて、自分が守りたいと思っている存在が傷つけられている。

 

あれくらいで真守は死なない。

絶対能力者(レベル6)はそんなチンケなものじゃない。

だが圧倒的な存在であり、大切な女の子である真守が傷つけられたことで垣根は思考が停止した。

 

そんな垣根の前で、フィアンマは機能停止したように動かない真守を光の剣で突き刺して宙に縫い止めたまま、じぃっと観察する。

 

「……コレの扱いにはアレイスターも随分と手間暇をかけているな。こんなあからさまな枷をするとは。……そんなもので果たしてコレを(ぎょ)せるのか? ……いいや、コントロールできているからこそ、こうなっているのか……」

 

フィアンマが思考を巡らせている声を聞いた瞬間、垣根は衝撃から脱することができた。

 

「………………ま、」

 

垣根はひりつく喉を唾を呑み込むことで懸命に震わせる。

 

「真守!!!!」

 

真守の名前を垣根が叫んだ瞬間、真守の指先が垣根の叫びに呼応するようにぴくッと動いた。

 

そしてマリオネットが糸で動かされるかのように、左腕をカクカクとさせながらフィアンマへと向ける。

 

だがフィアンマはそんな真守の体中を縫い止めるかのように細い光の剣を何本も突き刺した。

 

ドスドスドスッっと、容赦なく真守の体を貫く音が響き渡り、真守の体はめった刺しにされる。

 

「…………っ真守を、離しやがれェえええええ────!!」

 

垣根は真守が蹂躙(じゅうりん)される姿に激昂し、辺りに展開していた数千体のカブトムシを一斉にフィアンマへと向ける。

 

「ほう。その力……お前がこいつの『対』か?」

 

フィアンマはカブトムシの大群を見つめながらニヤッと笑った。

 

その瞬間、一斉攻撃をしたカブトムシがフィアンマの右腕一振りによって粉々に打ち砕かれた。

 

あの物量を一瞬で打ち滅ぼしたフィアンマの右腕に上条は驚愕する。

 

フィアンマの右腕は相手によってその出力が変化しており、いつだってフィアンマの右腕の力は相手の攻撃よりも少しだけ上回るように出力が調整されている。

そのため攻撃した側は必ず勝てないようになっている。

敵対者がどんな力を持っていようとも、フィアンマの右腕は敵対者の攻撃を上回り、全て無視して一撃で撃破する。

RPGのコマンドに『一撃必殺』という項目があるようなものだ。

だからちまちま『パンチ』やら『キック』やらを出す人間には勝てるはずがない。

 

彼と戦って勝ち目はどこにもない。

それは垣根にも分かっていた。

だが絶対に譲れないものがある。

 

だからこそ垣根は自分が展開させたカブトムシの陰からフィアンマに急接近して、カブトムシが全滅してしまうことを見越して攻撃を放った。

 

フィアンマも不意の攻撃には右腕が反応できないかもしれない。

 

そこに一縷(いちる)の望みをかけた垣根は、未元物質(ダークマター)の翼による渾身の一撃を放った。

 

そんな垣根の攻撃を、フィアンマの右腕は簡単に撃破した。

 

フィアンマの第三の腕から凄まじい力が吐き出され、それによって吹き飛ばされた垣根は地面の上で何度もバウンドしてから家屋に突っ込む。

 

ガラガラと瓦礫が崩れる中、それでも垣根はもう一度飛び出した。

 

垣根は未元物質(ダークマター)の翼が三対の片方が全て無くなり、ボロボロになっていた。

見るも無残な姿で必死になって、勝てもしない相手に策もなく、無謀にも向かって行く。

そんな愚かで冷静さが掛けた行動を本来ならば垣根帝督は嘲笑する側で。

そんな能無しが取る行動を、垣根帝督は普段なら絶対に取らない。

だからなりふり構っていられなかった。

余裕なんてない。

ただ真守を傷つけた右方のフィアンマへの怒りと殺意だけで、垣根帝督は動いていた。

 

「ふざけんじゃねェエエエエエエエ──────!」

 

「おいおい。(つがい)を取られて激昂するなよ、()()()

 

フィアンマは叫び声を上げる垣根を嗤って、もう一度右腕を振る。

 

凄まじい速度で突っ込んでいった垣根はフィアンマによって再び吹き飛ばされ、家屋を幾つもぶち抜いてから沈黙した。

 

「垣根!!」

 

上条は吹き飛ばされた垣根の名前を呼ぶ。

そして右方のフィアンマをギンッと睨みつけた。

 

「フィアンマアアアアアアア!!!!」

 

上条は右手を振りかぶってフィアンマに向かって疾走する。

だが真守すら拮抗するのがやっとだった第三の腕に、上条は軽々と吹き飛ばされた。

右方のフィアンマは、真守を光の剣で宙に縫い付けたまま上条を見た。

 

「愉快なヤツだ。お前は本当に愉快なヤツだよ。多くの他者に触発されて自ら危地へと(おもむ)いておきながら、結局すべての成果や報酬はお前自身の中へと蓄積されていっている。それがとても愉快だ」

 

「何が、言いたい?」

 

上条は雪の上を転げ回って止まってから体を起こして、フィアンマを睨みつけた。

 

「お前は自分の行動が本当に正しいと確信を持っているのか?」

 

フィアンマは笑いながら上条に問いかけた。

 

「俺様の行動と、お前のこれまでの行動は根本的な所で何も変わらないよ。俺様は自身の問題を解決するために右腕を振るう。お前は自身の周囲の問題を解決するために右腕を振るう。だが俺様はお前と違って、自らの行動によって絶対的な善の到来が来るという確信がある」

 

上条は喋るフィアンマを睨みながら震える膝で懸命に立ち上がろうとするが、お尻が重くて立ち上がることができない。

 

「……そのために、インデックスが散々苦しめられても放って置けって言うのか。朝槻が傷つけられるのを見過ごせって言うのか。ふざけるんじゃねえよ!」

 

上条がフィアンマに噛みつくと、フィアンマはそんな噛みつきを特に何とも思わずに上条当麻を睥睨する。

 

「なら、それを止めるお前は善だと?」

 

「善かどうかなんて関係ない! お前が始めたクソくだらない戦争のせいで、どれだけの人が泣いていると思ってやがる!? インデックスが苦しんでいるんだ! 目を覚ますこともできない女の子のために戦おうと思うことは、そんなに悪いことかよ!」

 

上条が拳を振り上げながら自分の気持ちを吐露すると、フィアンマは獰猛に嗤った。

 

「愉快だな。そのセリフ。お前が嘘を吐き続けているシスターの前でも言えるのか?」

 

「……!」

 

フィアンマの言葉に全身に嫌な怖気が走った。

 

上条当麻がインデックスに嘘をつき続けているという右方のフィアンマの言葉。

 

それはつまり上条当麻が実は記憶を失くしていて、それを知って悲しむインデックスを見たくないから記憶があるフリをしているとフィアンマに知られたということだ。

 

「遠隔制御霊装を通して、あの女の意識は俺様と繋がる時がある。俺様の見聞きした情報があの女へ伝わることもある」

 

右方のフィアンマは真守を貫いている光の剣が飛び出している遠隔制御霊装を見つめながら嗤う。

 

「さあ、この状況で、この条件で。お前はまだ同じことを言えるのか? 間違っていても問題はない。本当にそう思っているのだとすれば、お前は何故あの女の前で白々しい演技を続けている?」

 

上条はその言葉に呆然とする。

危機感などなかった。

ただ、とある少女を支えているはずの砂の城がサクサクと削り取られて不安定になっていくのを感じていた。

それを感じていて、上条当麻は動けなかった。

 

「お前は自己満足であの女を庇っているようだが、あの女がそれを知ってどう考えるかはあの女次第だ。救いなのか、否なのか。ジャッジが下るのが楽しみだ」

 

フィアンマはそこで上条から視線を外して真守を見上げた。

 

「さて、問題はコイツだ。俺様の計画と干渉する恐れがあるし、機能停止から復帰されて再び邪魔されるのは面倒だ。となると、面倒だが手元に置いておかなければならないか……」

 

フィアンマは呟きながら、真守を光の剣で射貫いたまま高く(かか)げた。

 

「! 朝槻!!」

 

上条が叫びながら懸命に立ち上がろうとする中、右方のフィアンマは少し思案する。

 

「この翼は持ち運びには邪魔だな」

 

フィアンマは心底面倒そうに呟く。

 

 

そして真守の五対十枚の翼を『神の如き者(ミカエル)』の右手の象徴である第三の腕で(むし)り取った。

 

 

「Cemeit穢E我fel失──────…………」

 

真守は小さな口からブレた言葉による絶叫が響き渡らせる。

そしてガクガクと震えたかと思うと、再び機能停止するようにがくんとうなだれた。

 

その場にいた人間は息を呑んだ。

 

上条は大切な友人が傷つけられて。

そして十字教徒に連なる魔術師であるエリザリーナ、レッサーは別の意味で。

ローマ正教の最暗部と呼ばれる前方のヴェントは同胞であったフィアンマの横暴に、息を呑んだ。

 

絶対能力者(レベル6)である真守は一神教の十字教から見たら極めて冒涜的な存在だ。

 

だが十字教徒が真守を見て危機感や嫌悪感を覚えるのは、真守が完璧な救いの神だから。

 

すぐそばに信じれば救ってくれる神がいる。

だからこそ、少しでも心を真守に許してしまえば。

あの神が自らに救いの手を差し伸べてくれれば。

 

十字教の神など放り出して、真守という神を妄信してしまうかもしれない。

 

それほどまでに真守の存在は神々しかった。

だからこそ、十字教の人々は真守を見て危機感や嫌悪感を覚えるのだ。

 

そんな自分たちの信仰心が揺らぐほどの圧倒的な神として顕現している絶対能力者(レベル6)である朝槻真守。

 

その権能の象徴であるはずの純白と漆黒を互い違いに持ち合わせる翼。

 

それを右方のフィアンマは(むし)り取った。

 

その白と黒の翼は暗に善意と悪意の肯定を告げている。

善意も悪意も全て受け止めて救いを差し出す、とその翼は宣言しているようなものである。

それらを肯定していることがどんなに難しくどんなに尊いか、人々はそれを深く理解している。

 

その全てを許す背徳的で魅惑的な印象を受けるその翼を(むし)り取る。

 

力の象徴である翼をもがれるということは、神が人の手によって(おとし)められることを意味する。

 

フィアンマは十字教徒にとってこの世で最も冒涜的な存在に最も冒涜的な行いをしたのだ。

 

だからレッサーやエリザリーナ、そしてヴェントまでもが顔を悲痛で歪ませたのだ。

 

フィアンマに吹き飛ばされて沈黙した垣根しか知らないことだが、真守の絶対能力者(レベル6)としての象徴である翼にはとある役割があった。

 

それは演算機能を拡張するために外付けされた機構ということだ。

 

それを毟り取られたということは、拡張している脳の一部を無理やりもぎ取ることに等しかった。

 

フィアンマが(むし)り取って無造作に放り投げた翼は形を保つことができずに、白と黒の翼が抜け落ちて骨組みだけとなり、そんな無残な骨組みすらもぼろぼろと崩れ落ちていく。

 

抜け落ちた白と黒の羽根はひらひらと宙を舞って地面に落ちて、白と黒の光となってどろどろと溶けるように散っていった。

 

「面倒だが、これ以上の面倒事はごめんだからな。コレと天使の素体は貰っていくぞ」

 

フィアンマはその人間の両手で真守を俵抱きにして右手と左手で支えて肩に抱え上げると、サーシャ=クロイツェフの体を第三の腕で掴んだ。

 

幻想殺し(イマジンブレイカー)もいただきたいところだが、予期していないことにこの手は塞がってしまった。それにお前の右腕の特殊効果で阻害されてしまうし、ここまでが限度かな。簡単に死ぬなよ。その右腕には、用があるからな」

 

「待て!」

 

上条の制止の声を聴くことなく、爆風が辺りを凌辱(りょうじょく)せしめた。

上条がとっさにそれを右手で打ち消した時にはフィアンマは既にそこにいなかった。

 

「くそったれ…………っ!!」

 

上条の言葉が無情にも響き渡る。

 

右方のフィアンマはサーシャ=クロイツェフと朝槻真守を簒奪(さんだつ)して、その場から消えた。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

自らも重症のエリザリーナだったが、それよりも優先する事があり、彼女は重症の身を懸命に動かして進む。

 

その行き先は垣根帝督がフィアンマによって吹き飛ばされて撃沈した家屋だった。

 

エリザリーナは数日前から垣根帝督と朝槻真守と一緒に国の防衛をしてきた。

朝槻真守が何かを欲してここに来て、垣根帝督は朝槻真守が何を欲しているのか知らないのに彼女を助けようとしていると、エリザリーナは聞かされていた。

朝槻真守と垣根帝督が互いに互いを想い合っているのを、エリザリーナは一目見て理解していた。

そして朝槻真守が垣根帝督に何らかの後ろめたいことを考えていることも、エリザリーナは察していた。

真守が垣根のことを想っているからこそ、真守は心苦しくしているのだとも、エリザリーナはなんとなく考えていた。

 

そんな互いを想い合っている二人はフィアンマによって引き裂かれた。

 

真守は絶対能力者(レベル6)だ。神々しいあの存在に死があると、エリザリーナには到底思えない。

それに真守は現在機能停止に(おちい)っているだけで、時間が経てば機能を回復するだろうとフィアンマは予想していた。

機能を回復されて何かの計画を邪魔をされ、その計画に真守の存在が干渉するのが面倒だからこそ、右方のフィアンマは真守を監視下に置いたのだ。

 

フィアンマには勝てる可能性が万が一になくても、真守が神である限り真に滅されることはない。

だから問題は垣根帝督の方だ。

垣根は人間である。

命の危機に瀕しているのは当然として、もしかしたら既に死んでいるかもしれない。

 

そう思ってエリザリーナが倒壊した家屋へと必死に向かうと、それを見て思わず硬直した。

 

垣根の右腕は肘の下からない。

そして左足も太ももの途中からなくなっていた。

横っ腹も大きく(えぐ)れているし、残っている内臓はメチャクチャに潰れていた。

 

 

だがそれでも、垣根帝督は生きていた。

 

 

エリザリーナはそこで垣根帝督の体が天使の肉体に近づいていることを悟った。

天使の肉体のように頑強になっていたからこそ、フィアンマのあの攻撃を二回受けても生きていたのだ。

その天使に限りなく近い頑丈な肉体。

 

それでも右方のフィアンマによって傷つけられた肉体を、垣根帝督は真っ白い物質である未元物質(ダークマター)で『修理』していた。

 

千切れた神経を未元物質(ダークマター)で繋ぎ合わせ、血管も足りない肉も機能を停止した内臓もその全てを補っていく。

 

その行いを『治療』ではなく『修理』だと感じたエリザリーナは驚愕の瞳のまま、固唾(かたず)を飲んで見守っていた。

 

そんな垣根帝督の周りに、垣根がカブトムシがわらわらと集まってきた。

垣根が自分の能力である未元物質(ダークマター)で造り上げた人造生命体群で、彼らを垣根は遠征に出していた。そのため右方のフィアンマの攻撃に加わらず、無事だったのだ。

 

そのカブトムシが集まってきたことによって、垣根帝督の『修理』はスピードアップしていく。

 

損傷した血管や神経を繋ぎ合わせ、内臓を補い、四肢を繋ぎ直す。

その全てに壮絶な痛みが走るはずなのに、垣根帝督は虚空を睨んだまま必死に演算を続けていた。

 

その黒曜石の瞳には、確かな信念が宿っているとエリザリーナは感じた。

 

朝槻真守を右方のフィアンマから取り戻すという、一つの強い意志が。

 

やがて五体満足の完全な体を手に入れた垣根は薄く息を吐き出して、カブトムシに服を作らせた。

 

彼がこれまで着ていたのと同じ服だったが、それら全てが純白でできていた。

 

そこで垣根帝督は歪ながらも、右方のフィアンマに攻撃される前の状態に完全に復帰した。

 

垣根が体を起こすと、それを慌ててエリザリーナが支えて抱き起こした。

 

「いきなり動くのは危険だわ!」

 

エリザリーナが声を荒らげるが、垣根はそんなことを気にしている暇ではない。

そのため垣根は重症であるエリザリーナの首をガッと掴んだ。

 

「グッ!!」

 

「すぐにこの体を動かすのは無理だ。慣らしが必要だからな。だから車を寄越せ。お前の大切なモンに手ェ出されたくなかったら大人しく差し出せ、いいな?」

 

呻くエリザリーナを睨みつけたまま、垣根は冷えた声で物品を要求する。

 

「一人で……行くつもり……っ?」

 

「一人でも行くに決まってんだろ!!」

 

垣根が怒声を上げると、エリザリーナは首を掴まれたまま薄く頷いた。

垣根は自分の要求を呑んだエリザリーナの首から手を離すと、即座に立ち上がった。

エリザリーナは首を押さえて必死に息をする。

 

「……さっきの、彼と……魔術師の女の子にも車両が欲しいと言われたわ。彼らと一緒に、行った方がいいんじゃない?」

 

「そうだな」

 

垣根は首を押さえてゲホゲホと咳をするエリザリーナの言葉に頷いた。

 

「上条の右手は役に立つ。それにフィアンマのクソはアイツの右手を狙ってやがる。餌として使えんだろ」

 

垣根は吐き捨てるようにそう告げると、地面に膝をつくエリザリーナを抱き上げた。

 

「え」

 

「お前に死なれたら困る。行くぞ」

 

垣根は冷えた声で痩せぎすのエリザリーナを抱き上げると、未元物質(ダークマター)で造り上げた体をぎこちなく動かしながらも上条たちがいるであろう広場へと向かう。

 

大切な存在が奪われて怒り心頭でどんな行動に出るか分からない垣根だが、どうやらまともな思考回路がまだ残っているとエリザリーナは心底安堵した。

 

でもやっぱり重症の女の首を絞めて脅迫するのは普通じゃない。

 

そう思いながらも、この怒れる支配者を刺激しないようにエリザリーナは大人しく垣根に抱き上げられ、上条たちのもとへと向かった。

 

 

 

「垣根!」

 

上条がエリザリーナをお姫様抱っこしたまま広場に戻ると、ヴェントの体の傷の手当てをしていた上条が立ち上がって垣根へと走ってきた。

 

「お前、大丈夫なのか?!」

 

「問題ねえ」

 

垣根は抱えていたエリザリーナをロシアの兵士に任せると、上条に声を掛けた。

 

「俺はフィアンマのクソ野郎のところに行くぞ、上条当麻。足手まといになんなよ」

 

垣根が上条を睨みつけるようにまっすぐ見つめながら宣言すると、上条は悲痛で顔を歪ませながらも頷いた。

 

(絶対に取り戻す……何を利用しても、何があっても、……必ず!)

 

垣根は強い決意を胸の中に抱き、右方のフィアンマに殺意を(つの)らせる。

 

上条当麻は遠隔制御霊装によって昏睡状態となったインデックスを救うために。

垣根帝督は世界が滅亡しようとそばにいることを誓った朝槻真守を取り戻すために。

 

それぞれ守りたいものがある二人は、大切なものを取り戻すために行動を開始した。

 



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第一五〇話:〈先駆少年〉は奮い立たせる

第一五〇話、投稿します。
次は一月二四日月曜日です。


エリザリーナ独立国同盟が用意したロシア製の軍用車に乗って垣根、上条、レッサーはフィアンマの基地へと向かっていた。

 

垣根はその車内の座席一列分に足を上げて横たわり、未元物質(ダークマター)で造り上げられた全身真っ白な服の上からロシア兵から貰った厚手の毛布をすっぽり被って体を休めていた。

 

フィアンマからの攻撃によって使い物にならなくなった体を、未元物質(ダークマター)で無理やり使えるようにしたのだ。

体力を消耗しており、休む必要がある。

そのため垣根は黙って静かにしていた。

 

垣根は一見冷静に見えるが、内心は(すさ)んでいた。

自分が何よりも大切にしたい少女を連れていかれてしまったのだから当然だ。

それでも思考は冷え切り、いつもより鋭くなっていた。

 

絶対に真守を取り戻し、真守の欲しかったものを手に入れるという強く鋭い意志で、垣根は動いていた。

 

「あなたはその想いを隠しながら必死に前へと進み続けてきた。その結果として幾人かの人生を救い、イギリスのクーデター阻止ですら含まれている。率直に言って、胸を張れる人生だと思いますよ」

 

垣根は窓に体を預けて座席に足を投げ出して目を閉じていたが、向かいの席に座っていた上条当麻を慰めるレッサーの声が聞こえてきたので薄く目を開いた。

 

どうやら上条当麻は記憶を失っているらしく、それを周りに隠していたようだった。

あの察しが良い真守は絶対に上条の記憶喪失を知っているに決まっている。

真守は誰かの力になることを躊躇(ためら)わない。

そのため上条が気にしているのでそれとなく真守はずっとフォローしていたのだろう。

 

垣根が真守の何もかもを知っているわけではないと歯噛みしていると、レッサーの隣に座っていた上条が悲痛な声を上げた。

 

「それでもさ。それでも、今まで俺が取ってきた行動がインデックスのためになっていたかどうかは、俺には決められないんじゃないかな」

 

「何ウジウジしてんだよ」

 

垣根が上条の気弱な言葉に思わず上条を睨みつけた。

上条がびっくりして自分を見つめてくるので、垣根は吐き捨てるように告げた。

 

「そのシスターは今も昏睡状態で苦しんでんだろ。大事な女が苦しんでるのにテメエは自分が間違った行いをしたかもしれねえって立ち止まるのかよ。ウジウジ悩むより、大事なことがあるだろうが。フィアンマのクソ野郎をぶちのめすっていう大事なことがよォ!!」

 

「!!」

 

垣根が苛立ちを込めて叫ぶと、上条は目を見開いた。

 

「……そのシスターを助けるのが先だろうが。助ける過程で知られちまったら助けてから誠心誠意謝れよ! ()()()()()()()()()()()()()()! 当然だろ、そんなこと!!」

 

垣根帝督だって朝槻真守を助けるとあの廃ビルで初めて告げた時、真守に隠し事をたくさんしていた。

だがそれでも、助ける方が先だった。

騙して済まなかったとか、利用しようとして近づいたとか、謝るのは二の次だった。

 

経験を(もと)にして上条に怒り向けた垣根は親指を外へビッと向けた。

 

「自分の行動(かえり)みて悩んでるヤツと一緒に行くなんて俺はまっぴらだ! メソメソしていちいち立ち止まって俺の邪魔するならここで降りろ!!」

 

垣根が怒号を上げると、上条は(うつむ)いて歯をグッと噛み締める。

垣根は真守を目の前で奪われている。切羽詰まっているのは当然だ。

 

「……悪い」

 

あからさまに気落ちする上条を見つめて、垣根は怒りを抑えるために息を吐く。

怒っても仕方ないのだ。それに上条が悩む気持ちを垣根は少し理解できる。

だから上条をフォローするために垣根は口を開いた。

 

「お前はそのシスターに対して思いやりを持って行動してきたのか?」

 

「え?」

 

上条が垣根の問いかけの意味が分からずに首をひねるので垣根は一つ舌打ちをする。

 

「ったく、理解が悪ぃな。テメエはそのシスターに自分がしてやりたいと思ったことを、ちゃんとしてやったのかって聞いてんだよ」

 

垣根の言葉に上条は目を見開いて、そして拳を握り締める。

上条当麻は思い出す。

今の自分になって初めてインデックスと会った時の気持ちを。

あの時、インデックスに対して自分が取るべき行動をとっさに取ったことを。

インデックスが泣かなくていいように、記憶があるフリをしようと決意した時のことを。

 

「俺は……俺はインデックスだけには泣いてほしくないなって思ったんだ。真っ白な俺でも、確かにそう思えたんだ。だから、俺はちゃんとインデックスにしてやりたいと思ったことをしてきた。それは胸を張って言える」

 

「だったらいいじゃねえか」

 

垣根は上条の言葉を聞いて吐き捨てるように告げ、自嘲するように一つ笑った。

 

「真守は俺のことなんて必要としてねえ。でも俺はアイツを一人にしたくないからそばにいるんだ。アイツがウザがっても、俺のこと本気で殺しに来ても、俺はなんとしてでも生きて、一生アイツのそばにいるって決めてる」

 

垣根は毛布の下で未元物質(ダークマター)で造り上げた右手で拳を握る。

力加減ができずにミシミシと音を立てるが、それでも垣根は力を込めて告げる。

 

「お前の大事な女はお前にどうしてほしいか言ってくれるんだ。だからちゃんとそのシスターの言うこと聞いてやれ。聞いてやるためにはあのクソ野郎をぶっ倒す。それしかねえだろ」

 

「……ああ、そうだな」

 

上条は垣根の言葉を聞いて、頷いた。

 

「ウジウジしてる場合じゃない。今は目の前のことに集中しないとな!」

 

上条が気合を入れて決意を口にすると、二人の様子を見ていたレッサーは内心で口笛を吹き、感心する。

 

(結構な荒療治でしたがこの人を立ち直らせるなんてやりますね。……朝槻真守はマクレーン家直系。彼女のことを大事に想っているこの方、イギリスの利益になるかもしれません。ああ、でも朝槻真守にゾッコンっぽいですし、どうにかしてこう、イギリスの味方に……)

 

感心してはいたが、結局最後はイギリスのためになるようにと画策するレッサーであった。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

一方通行(アクセラレータ)は、もう限界だった。

 

突然現れた化け物、エイワスに『打ち止め(ラストオーダー)を救いたければエリザリーナ独立国同盟を目指せ』と唐突に言われた。

そしてエイワスが出現したことで、今にも死んでしまいそうな打ち止め(ラストオーダー)を助けるために学園都市から逃亡した。

 

学園都市からの追手と戦いながら、一方通行(アクセラレータ)は謎の羊皮紙を手にした。

この羊皮紙に打ち止め(ラストオーダー)を救う科学以外の法則というものがあるとして行動していた一方通行(アクセラレータ)だが、そこに学園都市から新たな刺客がやってきた。

 

第三次製造計画(サードシーズン)として作られた御坂美琴の体細胞クローンである番外個体(ミサカワースト)

 

彼女はミサカネットワークから抽出された負の感情を(もと)に動く妹達(シスターズ)の一人だ。

妹達(シスターズ)を絶対に殺さないと誓った一方通行(アクセラレータ)は彼女に攻撃できない。

 

それでも番外個体(ミサカワースト)一方通行(アクセラレータ)を殺すために動き、憎悪を向けてどこまでも一方通行(アクセラレータ)を追い続ける。

 

一方通行(アクセラレータ)はそんな番外個体(ミサカワースト)に追い詰められてついにプツッと切れた。

 

勝っても負けても引き分けだろうが、それ以外の道を選ぼうが何をしたって自分の心が壊されるのは決まっていた。

 

それに気づいてしまい、一方通行(アクセラレータ)はついに壊れてしまった。

 

この世界に絶望した。腐ってしまって変えようのないこの世界に。

 

一方通行(アクセラレータ)が絶望した瞬間、自分の手で(なぶ)られ、自爆した番外個体(ミサカワースト)はまだ生きていた。

 

彼女を見た一方通行(アクセラレータ)の中に新たな目的が生まれた。

 

この救いようのない世界を壊して、悠長に笑っている人間を殺して回ろうと。

自分が誰かを守れるなんて欠片も思っていない彼らに、自分は誰かを守ることができると証明しようと。

ヤツらの思惑なんかに(はま)ってたまるか、という反抗的な目的が一方通行(アクセラレータ)の中に生まれ、一方通行(アクセラレータ)番外個体(ミサカワースト)を抱え上げ、救いに動く。

 

圧倒的な怒り。

それが人間を人間として動かすために必要な原動力として彼の体に満ちていく。

 

一方通行(アクセラレータ)の中にあった温かいものが粉々に砕かれて、彼は怪物としての産声を上げた。

 

 

その時、視界の端に何かが映った。

 

 

学園都市製のものではない、何の変哲もない外の技術が使われたロシア製の車による車列だ。

 

その車列の中の一つの車。それを見たことによって一方通行(アクセラレータ)の心が揺れ動いた。

 

学園都市の操車場。そこで自分を倒した無能力者(レベル0)の横顔がそこにあった。

 

絶対能力者進化(レベル6シフト)計画』を凍結させて、一万人弱の妹達(シスターズ)の命を自分にとって月のような存在である朝槻真守と共に救った正義の味方(ヒーロー)

 

そんな男の向かいには、決意を宿した瞳を持った超能力者(レベル5)が毛布にくるまり、車のシートに足を投げ出して窓に背中を預けていた。

 

たった一人のために学園都市を敵に回して、そして彼女を取り戻した悪で正義を為す半英雄(アンチヒーロー)

 

どんなに絶望的な状況でどんな危険にさらされても、絶対に救うべき人間を救うために動く、そんな人間たちが。

学園都市にいるはずの人間が。

ただの悪党である一方通行(アクセラレータ)が恋焦がれるヒーローが。

何故ロシアにいるのだろうか。

 

そして何故、すぐ近くで苦しみ悶えて命を失いそうになっている打ち止め(ラストオーダー)を助けずに、ただただ通り過ぎようとしているのか。

 

一方通行(アクセラレータ)は絶叫を(ほとばし)らせた。

 

そして雪まみれの岩を掴み取り、近くを走っていた大型車の後部に思い切りブチ当てて破壊、そして炎上させた。

 

はっきり言って一方通行(アクセラレータ)の行動はただの八つ当たりだ。

本人もそれを分かっていた。

だが、止められなかった。

 

妹達(シスターズ)を救ったヒーローなンだろォが……」

 

一方通行(アクセラレータ)の口から恨みの声が(こぼ)れる。

 

「アイツを悪行を為して救った、俺が求めてるヒーローなンだろォが……」

 

一方通行(アクセラレータ)は憧れていた。

罪を償いながらも懸命に生き続ける朝槻真守に。あの絶対能力者(レベル6)に。

そんな少女と共に正義の味方として突き進むあの無能力者(レベル0)に。

そして学園都市にケンカを売ってあの少女を取り戻した超能力者(レベル5)に、一方通行(アクセラレータ)は憧れていた。

 

だからこそ、自分の怒りが八つ当たりだとしても、何があっても許せなかった。

 

「だったら、あのガキの命だって救ってやれよ!! なんであのガキだけが、何も悪い事なンかしてねェのに、こンなに苦しめられなくちゃらねェンだよォォォおおおおおおおおおッッッ!!」

 

一方通行(アクセラレータ)の咆哮と共に、一方通行(アクセラレータ)の背中から生えた黒い翼が凶悪に羽ばたき、辺りに広がっていく。

 

善意の象徴である打ち止め(ラストオーダー)の笑顔があっても抑えられないほどに、一方通行(アクセラレータ)は怒りを持って八つ当たりをしていた。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

垣根と上条は突然振り払われた後部車両を確認して、攻撃が飛んできた方向を見て目を見開いた。

 

黒い竜巻のような翼が二本、濃黒の雲空へと突き抜けている。

 

あの黒い翼。

 

垣根は一目見た瞬間、それを誰が暴走させているのか即座に悟った。

上条は吹雪で誰があの翼を広げているのか分からず、懸命に目を凝らす。

そんな上条の隣で、垣根帝督は拳を握る。

 

「何やってんだよ、あの野郎……」

 

やっと力加減が分かってきた拳を握って垣根は呟く。

 

「テメエは俺の上に立ってんだろ……真守に生き写しだって思われてんだろ……だから悪に落ちても這い上がれるって、真守に信じられてんだろ……っ」

 

そこで垣根は怒気によって空間を持ち前の鑑賞力によってヂヂヂィッと震わせた。

怒れる超能力者(レベル5)の干渉力にレッサーが本気で顔を青ざめている中、垣根は怒号を上げる。

 

「それなのに、何勝手に一人で絶望してんだコラ!!」

 

垣根は自分がくるまっていた毛布を無造作に()ぐと、車の扉を開けて外に出た。

慌てて上条もその後に続き、レッサーは恐怖で一度体を硬直させたが、それでも降りた。

 

垣根は一方通行(アクセラレータ)へと迷いなく進んでいく。

 

一方通行(アクセラレータ)の肩からは黒い翼が出ている。

 

アレは完全にこの世の法則では成り立たないものだ。

アレはここではないどこかの世界から一方通行(アクセラレータ)が引き出しているものだ。

一方通行(アクセラレータ)が司る力は、向きを操る垣根と対極にある有機的なモノだ。

神にも等しい力の片鱗を振るう者。

 

魔術的な言葉を借りれば『天使の力(テレズマ)』というのだろう。

それを一方通行(アクセラレータ)はあちら側の世界から引き出しており、一方通行(アクセラレータ)はあちら側と繋がっている状態だ。

 

あちら側とは、朝槻真守が神として統べている世界のことだ。

 

自分や一方通行(アクセラレータ)、そして真守はその世界へと繋がることができる存在で、その力の一端をこの世界に呼び込むことができる。

一方通行(アクセラレータ)や垣根も、()()()()()()()()()()()その世界を統べることできた。

だが既に、ここではないどこかの世界は真守の領域である。

 

真守がこの場にいれば、一方通行(アクセラレータ)へと流れ込む力を()き止めることができるのだろうが、真守はあいにくここにはいない。

 

ここで止められるのは自分だけだ。

 

だからこそ、垣根帝督もあちら側に繋がる準備に入った。

 

だが垣根帝督の体が天使の肉体に近づいていようとも、単体であちら側に繋がることは不可能だ。

 

一方通行(アクセラレータ)はミサカネットワークに繋がれることによって、AIM拡散力場を媒介にしてあちら側に繋がっている。

人間であった時の真守も自身のエネルギーを使ってAIM拡散力場と繋がり、それを緩衝材として使っていた。

そのため資格があろうと、人間が単体であちら側に繋がることはできない。

 

だが垣根帝督も、朝槻真守と一方通行(アクセラレータ)とも違う方法でAIM拡散力場という緩衝材を有していた。

 

自らのAIM拡散力場の一部を植え付け、未元物質(ダークマター)によって作り上げた人造生命体であるカブトムシのネットワーク。

それとAIM拡散力場を共有している垣根帝督は、自分が操れるAIM拡散力場の塊と一方的に繋がっている。

 

それが垣根帝督にとって、あちら側と繋がる鍵だった。

 

ロシアに連れてきたカブトムシはフィアンマに壊された。

そして現在、垣根は遠征に出していて残っていた数体のカブトムシを全て複製するための役割を与えている最中なので、使うことはできない。

 

だが遠い学園都市には、数万体のカブトムシがいる。

 

ネットワークに距離は関係ない。ミサカネットワークを使っている一方通行(アクセラレータ)だってそばにいつも妹達(シスターズ)全員を(はべ)らせているわけではない。

 

だからこそ、垣根帝督は自前のAIM拡散力場を媒介にしてあちら側へと繋がった。

 

その瞬間、垣根帝督の頭に鈍い痛みが走った。

 

右脳と左脳が真っ二つに引き裂かれる感覚。

頭の中からあふれてきたそれを、垣根帝督は力づくで支配した。

 

神さまのような公平な存在である真守を取り戻したくて。

神さまのように全てを許してくれる真守のそばにいたくて。

 

そして。

 

誰よりも大切な女の子である真守のことだけを想う純粋な気持ちを持って、それを支配した。

 

その瞬間。

 

 

垣根帝督の頭に天使の輪が浮かび上がった。

 

 

純白の輝きを放つ、一つの丸い輪。

 

その天使の輪と共に、未元物質(ダークマター)の翼が機械的な鋭利さを帯びて、四方八方を(おお)い尽くさんばかりに広げられた。

 

そして一方通行(アクセラレータ)の黒い翼を攻撃して、その強大な力によって一方通行の黒い翼と拮抗した。

 

「あァ……?」

 

そこで一方通行(アクセラレータ)は垣根に気が付いて声を上げた。

そして垣根帝督が自分と同じステージに立って敵対していることを認識すると、一方通行(アクセラレータ)は獰猛に嗤った。

 

「いいぜ。やってやるよォ!! ニヒルなヒーロー様をここで倒せば世界はもォ終わってるってことだろォがよォ!!」

 

垣根帝督は一方通行(アクセラレータ)のその言葉だけで全てを悟った。

 

一方通行(アクセラレータ)は自分に降りかかるものだけではなく、この世界にすら絶望している。

 

朝槻真守が自分を犠牲にしても守ろうとした、この汚くも尊く、美しい世界を。

真守が愛する、善も悪も祈りも悪意も全てが内包された世界を。

 

一方通行(アクセラレータ)はその何もかもが内包された世界の悪という一部分が許せなかった。

だから、真守が愛するその世界を汚いものだと感じて、見放した。

 

「こんなヤツが……俺の上にずっと立ってたってことかよ」

 

垣根は完全にイカれてしまった一方通行(アクセラレータ)を見つめてギリ、と歯噛みする。

 

「こんなちっぽけな存在に、俺はずっと嫉妬してたってことかよ」

 

研究者たちが決めた自分の価値が気に食わなかった。

自分よりも一方通行(アクセラレータ)の方が優秀だとされて、永遠の二番手であると決められたのが気に食わなかった。

だが、あの真守が一方通行(アクセラレータ)を生き写しと言ったのだ。

だから一方通行(アクセラレータ)にも、何かしら真守のような尊い力があると垣根帝督は信じていた。

 

「ふざけんじゃねえ」

 

だが実際はこうだ。

一方通行(アクセラレータ)は絶望して全てを破壊しようとしている。

たった一度の絶望くらいで。

朝槻真守が懸命に守ってきた世界を破壊し尽くそうとしている。

 

「ふざけんじゃねえよ!!」

 

垣根帝督も朝槻真守が〇九三〇事件で絶対能力者(レベル6)へと進化(シフト)して自分から離れていってしまったことに絶望した。

だが『絶対能力者(レベル6)へと進化(シフト)してしまっても朝槻真守のそばにいる』というたった一つの約束を守るために、垣根帝督は戦った。

 

何度も何度も、朝槻真守のことを一人にしたくないと思った気持ちに従った。

 

まだ手の届くところに打ち止め(ラストオーダー)はいるのに。

たった一度の絶望くらいで。

道半ばで諦めるなんて、馬鹿げてる。

 

「何やってんだよ、一方通行(アクセラレータ)ァ!!」

 

そこで垣根は一方通行(アクセラレータ)へと黒い翼に自身の純白の翼をぶつけて弾きながら近づき、一方通行(アクセラレータ)へと右拳を振りかぶって殴った。

 

「真守が自分の存在を懸けて守ろうとした世界に、勝手に絶望してんじゃねえよ!!」

 

一方通行(アクセラレータ)は突然肉弾戦をしてきた垣根の一撃によって頬を殴られてふらふらと後ずさる。

 

ガツン、と脳を揺さぶられた一方通行(アクセラレータ)だったが、キッと垣根を睨みつける。

そして一方通行(アクセラレータ)は垣根へと拳を叩きこむが、それを垣根は手のひらで楽々止めた。

 

そして再び反対の手で拳を引き絞ると、一方通行(アクセラレータ)の逆の頬を殴り、垣根は怒号を浴びせた。

 

「この世界は汚ねェよ!! 悲劇を見てそれで(えつ)(ひた)って笑ってやがるクソどもだっている! ……でも、アイツはそんな人間たちも守ろうとしてるじゃねえか!! だからいつだって戦ってきたんだ!!」

 

垣根はそこで一方通行(アクセラレータ)へと、純然たる事実を言い放った。

 

 

「だから一万人強殺したクソ野郎のテメエにだって、真守は手を差し伸べたんじゃねえのかよ!!」

 

 

「!!」

 

垣根は自分の言葉で動揺した一方通行(アクセラレータ)へと右拳を繰り出す。

未元物質(ダークマター)で造り上げた右拳だったが、一方通行(アクセラレータ)を殴ることで完璧に力の制御ができるようになった。

そのため拳だけで一方通行(アクセラレータ)の命を奪うことはなく、適度な威力を持って一方通行(アクセラレータ)のことを吹き飛ばして地面に叩きつけた。

 

そんな一方通行(アクセラレータ)を睥睨して垣根は叫ぶ。

 

「テメエは最終信号(ラストオーダー)を守りたいんだろ!? たった一回心折られたくらいで自暴自棄になんのかよ!! ふざけんじゃねえよ!!」

 

「………………俺みてェな」

 

一方通行(アクセラレータ)は垣根に吹き飛ばされてふらふらと立ち上がって垣根を睨み上げた。

 

「俺みてェなクソッたれな悪党が今まで立ち上がっていた方がおかしかったンだよ!! どォ考えても場違いだろォがよ!! ヒーローなンかなれるワケがねェだろ!! 何をどォしたって、俺は!! 血みどろの解決方法しか選べねェンだよ!!」

 

「テメエはいつまでそこにいやがるんだ!!」

 

一方通行(アクセラレータ)が叫びながらふらふらと自分に向かって拳を振ってくるので、垣根はそれを楽々と受け止めながら叫ぶ。

 

「何が悪党だ、何が美学だ! そんなモンに酔いしれてる暇があったら大切な存在のそばにいろよ! 何があっても全力で守れるようにずっとそばにいろよ!」

 

垣根はそう叫び、一方通行(アクセラレータ)に初めて自分の思いをぶつけた。

 

 

「どうしても手放したくなかったのに零れ落ちた命だってあるんだ!! ()()()()()()()()、簡単に手放してんじゃねえよ!!」

 

 

「──、」

 

垣根は全てを悟って言葉を失った一方通行(アクセラレータ)へと右拳を振りかぶる。

 

「俺に見せてみろよ!! テメエが俺の上に立ってもいいって証拠をよォ!!!!」

 

そして垣根は全力で殴った。

 

これまで一方通行(アクセラレータ)が自分の上にいるのがコンプレックスだった。

 

どうあがいても自分の上にいる、目の上のたん瘤。

 

そんな一方通行(アクセラレータ)への嫉妬や執念、妄執を振り払うように垣根はその一撃を叩きつけて、そして一方通行(アクセラレータ)への全ての未練を全て断ち切った。

 

垣根帝督はそこで自由になった。

 

学園都市によって作られたしがらみを、垣根はやっとここで断ち切ることができた。

 








落ち着いたら垣根くんと一方通行、そして真守ちゃんとどこかの世界の関係性についての考察を活動報告に上げますね。



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第一五一話:〈本格戦闘〉を前にして

第一五一話、投稿します。
次は一月二五日火曜日です。


垣根帝督は一方通行(アクセラレータ)に初めて打ち勝ち、膝を突いている上条当麻とその隣に立っているレッサーへと近寄った。

 

そこには雪にまみれた毛布にくるまった打ち止め(ラストオーダー)が倒れていた。

 

上条は打ち止め(ラストオーダー)の熱を測るかのように額に右手の幻想殺し(イマジンブレイカー)によって触れており、打ち止め(ラストオーダー)は柔らかな表情をしていた。

 

そして上条は打ち止め(ラストオーダー)に目を向けるのをやめて近寄ってきた垣根を見上げる。

 

「九月三〇日。打ち止め(ラストオーダー)は源白を天使にするために精神を縛られてたんだってインデックスが言ってたんだ。でも今、源白は天使になってないよな? だったらコイツに負荷をかけている存在は別にいるはずだ」

 

垣根はそれを聞いて一人呟く。

 

「……源白の天使化に掛かった時よりもヤバい負荷、か。だったら最終信号(ラストオーダー)に負荷をかけてる存在に科学が通用しないのかもしれねえな。だから一方通行(アクセラレータ)最終信号(ラストオーダー)を救う手立てを魔術に定めて、ロシアに来た」

 

垣根はそこで気になる事があって口を(つぐ)んだ。

 

(問題は誰が一方通行(アクセラレータ)に魔術という手段があると教えたってことだ。……もしかして、最終信号(ラストオーダー)に負荷をかけてる存在ってヤツか? ……ありえない話じゃねえな)

 

垣根が考え込む中、二人の会話を聞いていたレッサーは尻尾を揺らしながら後方を見た。

そこにはエリザリーナ独立国同盟の人々が遠くから様子を伺っていた。

 

「この二人はエリザリーナ独立国同盟に任せるべきでしょう。彼らを連れてフィアンマのもとに行くなんてありえないですし」

 

「お前たちより俺の方が信頼が厚いからな。俺が話を付けてきてやる」

 

垣根はエリザリーナ独立国同盟の人々に、一方通行(アクセラレータ)打ち止め(ラストオーダー)を任せるために話をしに行く。

 

「垣根」

 

そんな垣根を上条が止めた。

 

「なんだよ」

 

垣根が振り返って上条を見ると、上条は打ち止め(ラストオーダー)のそばから立ち上がり、膝から雪を払いながら垣根に笑いかけた。

 

「お前、カッコよかったぞ。ヒーローみたいだった」

 

上条がいい笑顔で告げるので、垣根は嘲笑しながら告げる。

 

「はん。俺はそんなモンじゃねえよ。せいぜい反英雄(アンチヒーロー)ってところだな」

 

自分がヒーローというものになれるのであれば、それはいつだって真守のためであって、それが真っ当な正義のヒーローだとは思えない。

そう思って垣根が笑うと、そんな垣根を見ながら上条は垣根らしいと笑った。

 

「そっか」

 

そんな上条から視線を外して、垣根は歩き出す。

こんなところで立ち止まっている場合ではないからだ。

そんな垣根に目を向けていた上条だったが、そこでレッサーを見た。

 

一方通行(アクセラレータ)のためにも手がかりを残しておきたい。レッサー、紙とペンあるか?」

 

上条がレッサーに問いかけると、レッサーは上機嫌に尻尾を揺らしながら前傾姿勢を取る。

 

「いいですよ。お安くしてあげます」

 

「もしもし? 何をお安くするんですか?」

 

上条がレッサーの言葉に顔をしかめている中、垣根は既にエリザリーナ独立国同盟の人間とロシア語で話を付けており、ほどなくして一同は出発する事となった。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

一方通行(アクセラレータ)をエリザリーナ独立国同盟の人間に預けてから垣根たちはロシアへと密入国し、とある街で休息を取っていた。

 

トラックの車内には肉とソースの匂いが充満しており、垣根はそれ一人で食べるんですかレベルのハンバーガーが入った大量の紙袋の一つからハンバーガーを取り出していた。

 

大食いだとされる方ではないが、ついさっき垣根は右方のフィアンマの襲撃によって致命傷を負わされたばかりである。

 

自分の能力である未元物質(ダークマター)によって体の損傷個所を補い、未元物質(ダークマター)によって肉体の再生速度を上げているが、能力を使用するにはやはり食事によるエネルギーが必要である。

 

幸い超能力者(レベル5)としての地位を確立しているため資金には事欠かない。

そのためハンバーガー程度をどれだけ買っても、垣根には問題なかった。

 

だが隣の苦学生が学歴社会に憎しみを込めて睨みつけてきていたので垣根が嘲笑してみせたら、上条は悔しそうにハンカチを噛んでいた。

 

「しっかし、ロシアまで来てこの味を(たしな)むことになるとはなあ。せめてロシア限定ボルシチバーガーとかないもんなのか」

 

そんな苦学生、上条当麻はナゲットを口に放り込みながらぼやく。

垣根たちが食べているのは万国共通で食されているハンバーガーチェーン店のハンバーガーだ。

ロシアまで来て変わらないジャンクフードの味に上条が思わず呟くと、上条の隣に座っていたレッサーが口を開いた。

 

「いやあ、世界全土で変わらない味っていうのも便利なものなんですよ。現地の料理が口に合わない時には重宝します」

 

レッサーは世界を渡り歩いているからこそ持てるありがたさを上条に伝えながら、紙袋からポテトを取り出してもぐもぐ食べる。

 

「戦時中の団体旅行、それも密入国ブローカーに紛れてここまでやってきましたが、車両で進むのはこの辺りが限界でしょうね」

 

「そうだな。……それにしても密入国ブローカーかぁ」

 

上条がもろに犯罪を犯していることについて顔をしかめていると、レッサーは顔を上げてきょとんと上条を見つめた。

 

「ありゃ、聞き慣れません? 日本なんてめちゃくちゃ縁がありそうですけどねえ。陸地で地続きの国境が伸びる国では、夜中にフェンスを越えるだけで手軽に不法移民になれますし、ましてや今は戦争ど真ん中。鈍い爆音に押されるように『国を出たい』と思う人は後を絶ちませんよ」

 

上条はレッサーの淡々とした状況説明を聞いて表情に影を落とす。

 

「……エリザリーナ独立国同盟に流れていく人っていうのは、そんなに多いのか」

 

「いや、あの国に流れ込んでるっつーより、戦勝国に身を寄せたいって感じだな」

 

表情に影を落として呟く上条に声を掛けたのは垣根で、上条はジュースを手に取りながら垣根を見た。

 

「? どういうことだ?」

 

「ロシアと学園都市、どっちが勝つかは学園都市の力を知ってる俺たちにとっちゃ明白だ。だがそれは誰にでも分かることじゃねえ。それでも短期決着するってことは誰もが理解してる」

 

垣根は新しいハンバーガーの包みを開けながら続ける。

 

「敗戦国の人間になったら人生終了だ。だから戦線を読んで反復横跳びみてえに国を行き来している人間もいるだろ。だから一概にエリザリーナ独立国同盟に流れてるって言えるわけじゃねえんだよ」

 

垣根の分かりやすい説明に上条は大きく頷いた。

 

「嫌な流れが来てるってことか。……そういえばここまでエリザリーナの指示でトラックで一緒に来てくれた人たちはどうするんだ? これだけの人数で潜入なんてできないだろ」

 

上条が今後の心配をしていると、しっぽをふりふりと振りながらレッサーが顔を上げた。

 

「彼らとはここで別れて、私たちは地下にある資材搬入路の列車を使って潜入します。フィアンマのいるロシア軍基地まではおおよそ四〇キロってところですかね」

 

「……前に侵入したのとは違う方角じゃないか? こんな街なんてなかったぞ」

 

車の外を見つめてそんなことを言っている上条を、垣根は呆れながらジト目で睨む。

 

「上条。お前もうちょっと頭使って考えやがれ。侵入されてんだから対策されて警戒レベルを引き上げられてるに決まってんだろ。まったく同じルートで入ったら速攻でバレる。普通分かるだろ」

 

「そ、そうか。……確かにそうだな」

 

上条が垣根に気づくべきことを気づかなかったと責められ、分かってる風を装って慌てて頷く。

そんな上条の隣でポテトをパクパク食べていたレッサーが手に摘まんだポテトを振りながら垣根が知らない情報を口にする。

 

「それにあそこの発着駅でロシア成教の魔術師を一人拘束していますからねえ。連中の言葉遣いの(かす)かな訛りから、ほぼ確実にこの街に住む魔術師を動員していることは分かっています。となればこの街、あるいはその近辺に別の地下鉄が用意されていると考えるべきです」

 

「……そんなもんなのか?」

 

「秘密基地っていうのは、当人たちに使いやすいようにカスタマイズされていくものなんですよ。迷路やトラップだらけにするのは簡単ですが、そこを通るのに時間をかけてたら迅速な作業なんてできないでしょ。私もイギリス国内にこっそり拠点を構えていますからね。断言できます」

 

「アジトなんて極論見つからなきゃいいんだよ。俺にとっちゃ使い勝手が重視で、トラップは逃げる時に情報破棄するための時間稼ぎだな」

 

イマイチピンと来ていない上条にレッサーが説明し、垣根が自身の考えを上条に伝えると、そこでレッサーは目を細めてにやっと笑った。

 

「おや、もしかしてあなたは分かるクチですか? アングラな組織に身を置いたりしています?」

 

「はん。生憎と力を根こそぎ奪ったまま離反してやったぜ」

 

垣根が暗部を引っ掻き回して手に入れた力について嘲笑交じりに告げると、レッサーは目を鋭くさせて顎に指を当てた。

 

「ほほう、反逆して成功したというクチですか。……マクレーン家の直系である彼女のボーイフレンドですし、使えるかもしれませんねえ」

 

「あ?」

 

垣根がレッサーから不穏を感じて声を上げていると、隣から驚愕した上条が声を荒らげた。

 

「え!? 垣根、お前なに!? いつの間に学園都市でクーデター起こしてんの!?」

 

「起こしたっちゃあ起こしたが、別に学園都市を破壊しようとかは思ってねえよ。あいつらが真守に手ぇ出せないようにしただけだ。……そうだな。カッコよく言えば自治権を手にしたって感じか?」

 

垣根がふっと勝ち誇ったように告げると、上条はそれを聞いて顔を真っ青にして、とんでもないことをしでかした垣根を恐怖の目で見つめる。

 

「えええ……お前そんな大それたこといつの間にやってたのぉ? 超能力者(レベル5)恐るべし……御坂とは大違いだ……」

 

「お前は周りに超能力者(レベル5)がいすぎて感覚麻痺ってるが、俺たちは一八〇万人の頂点なんだぜ。もうちょっと俺たちのすばらしさ感じて敬いやがれ」

 

垣根が吐き捨てながらハンバーガーにかぶりつくと、上条は悔しそうに目を細める。

 

「……そうですね、苦学生の俺と違ってたっかいオーガニックバーガー十個も頼んでますし、超能力者(レベル5)はすごいですねえ……っ」

 

上条が学歴社会に悔しさを感じていると、レッサーはハンバーガーが入った箱を袋から取り出して声を上げた。

 

「何はともあれとりあえずパパっと栄養補給を済ませてしまいましょう! このトリプルなヤツでっ!!」

 

「おいおい、そんな跳び箱みたいなハンバーガー、分解しないと食べられないんじゃないのか?」

 

上条はレッサーが箱から取り出したハンバーガーの大きさについて心配になって問いかけると、それを聞いていた垣根は食べ終わったハンバーガーの包み紙を丁寧に折り畳みながら嘲笑した。

 

「値段じゃなくて量で決めるから不格好なモン買うことになんだよ」

 

「……そうですね。そういう垣根さんはお金をたくさん持っていますからね。金の暴力で解決できますね。くっ……学歴社会……!」

 

上条がふんだんに金を持っている垣根へと劣等感と憎しみを向けていると、そんな二人の前でレッサーは得意気に少し控えめな胸を張った。

 

「お二人共、ご安心ください。こう見えて私は周りのみんながびっくりするほど大きなものをほお張れるのが自慢なんです。多少卑猥な想像をしてもらっても構いません」

 

「……お前、もしかして上条に色仕掛けでもしてんのか?」

 

先程からレッサーが上条に攻めたことばかり言っているので、若干引き気味になりながらも問いかける。

するとレッサーは大きく頷いた。

 

「はい、そうです!! イギリスの利益になりそうな人を放っておけるわけないじゃないですか! それにはあなたとイギリスにばっちり直結している神人(しんじん)も含まれていますよ!! 色仕掛けはしませんけど!!」

 

「良い返事どうもありがとうクソアマ。言っとくがこいつはフラグ立てて気を持たせては放っておくハーレム野郎だぞ。ハーレム要員に数えられて捨てられんのがオチだよ」

 

「ふごっ!? おいちょっと! 垣根は俺のことどう思ってんの!?」

 

ハンバーガーを食べていた上条がまさかの垣根の評価に声を上げると、垣根は上条を『たくさんの人間に気を持たせて一人を選ばない』畜生だという意味を込めて睨みつける。

 

「今言ったとおりだが」

 

「まあまあなんにせよ、私は食べますよーあーん!」

 

レッサーはそう前置きすると、思いきり巨大ハンバーガーにかぶりつく。

 

直後。

レッサーがかぶりついたハンバーガーから牛ひき肉の塊とケチャップソースが発射され、それが上条の学生服の上に着弾した。

 

「チャッ、チャンス!! 体で支払います!!」

 

「何で瞳にお星さまをキラキラ輝かせて舌なめずりしてんだよ! ちっとも反省してねえだろ、お前!!」

 

「オイ俺の前で色仕掛け始めんな! 気色悪ぃモン見せるんじゃねえよ、このメスガキ!!」

 

車内でバタバタとちょっとした争いが起こる。

だがこれからフィアンマという強大な敵と戦うための良い気分転換となり、一同はここで一息ついて動き出した。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

源白深城は虚空を睨みつけていた。

 

彼女にしては、非常に珍しい険しい顔で。

 

深城がいるのは『施設(サナトリウム)』の一室で、周りには林檎や心理定規(メジャーハート)、弓箭もいるが、全員気を失っていた。

 

その元凶は深城の目の前にいる『ソレ』だった。

 

自分を製造ラインとして生み出された怪物エイワス。

 

深城はそんなエイワスを睨み上げていたのだ。

 

「というわけで、朝槻真守は敵の手に落ちた。垣根帝督は彼女を取り戻さんとしている。朝槻真守の最初のヒーローであるキミはどうする?」

 

エイワスはロシアで起こっていることを簡潔に説明してから深城に問いかけた。

 

「ヒーロー?」

 

自分がどうするかをエイワスに伝えるよりもその単語が気になった深城が問いかけると、エイワスは淡々と説明する。

 

「この地には多くのヒーローがいる。誰に教えられなくても、自身の(うち)から湧く感情に従って真っ直ぐに進もうとする者。過去に大きな過ちを犯し、その罪に苦悩しながらも正しい道を歩もうとする者。誰にも選ばれず、素質らしいものを何一つ持っていなくても、たった一人の大切な者のためにヒーローになれる者」

 

(上条くんに、一方通行(アクセラレータ)さん……後一人は誰だろう?)

 

深城がエイワスの言うヒーローというものに当たりを付けていると、エイワスは深城をすっと指さして告げた。

 

「キミは自身の(うち)からの衝動に身を任せ、見初(みそ)めた者に無償の愛を与えて寄り添い、手を差し伸べ続ける者。そして垣根帝督はたった一人のために、世界を滅ぼそうとすら考える者……と言ったところか」

 

「真守ちゃんは私のヒーローだよ」

 

深城が聞き捨てならないと即座に告げると、エイワスはただ淡々と事実を説明した。

 

「彼女の本質はヒーローではない。むしろそれに限りなく遠い素質を持っている。朝槻真守にあるのは圧倒的な公平だけだ。……それも、人に対しての公平じゃない」

 

深城はエイワスの真守に対する評価を聞いて顔をしかめる。

 

「それでも、真守ちゃんは私のヒーローなの。だって、あたしのことを助けてくれたんだから。それが仕組まれていたとしても、あたしにとって真守ちゃんはヒーローだよ」

 

深城が反論するとエイワスはふむ、と頷いてから深城に問いかける。

 

「だから行くのは必然だと? 大天使『神の力(ガブリエル)』はどうする? ……いいや、不完全性を個性として認めるならば、ここはミーシャ=クロイツェフと呼ぶべきか。ともあれ、あれは現在の人類の技術や軍事力でどうこうできる存在であるまい」

 

「うん、分かってる。あなたに言われなくてもちゃんと分かってる。……でも、」

 

深城が言いよどむと、エイワスは先回りして告げる。

 

「方策については問題ない。全世界に散らばった妹達(シスターズ)を媒介として使用し、AIM拡散力場に方向性を与えてやれば、学園都市からロシアの深部まで、帯状のAIM拡散力場エリアを伸ばせる」

 

深城はロシアへの向かう手助けをすると言うエイワスをじろっと睨み上げた。

 

「前は打ち止め(ラストオーダー)ちゃんの頭にウィルスを打ち込んであたしを天使にした。でもそれってあの子たちの意思があればいつだってあたしは『天使』の力を振るえるってことでしょ。あの時、打ち止め(ラストオーダー)ちゃんの頭にウィルスを撃ち込む必要はなかった」

 

「初めにウィルスを撃ち込むことによって形式(フォーマット)を造り上げる必要があった。……というのでは理由にならないか?」

 

「ならないね。あなたたちは打ち止め(ラストオーダー)ちゃんの頭に撃ち込んだウィルスで真守ちゃんの退路を断って、神さまに仕立て上げた。打ち止め(ラストオーダー)ちゃんに下地を作らなくちゃならなかったって言う陳腐な理由で、あたしが納得すると思う?」

 

深城が厳しい声を上げると、エイワスはそれに屈することなく自分にペースを保ち続ける。

 

「どちらにせよ、朝槻真守は神に成ることが運命づけられていた。先に話しただろう?」

 

「……それで、あなたはどうするの?」

 

深城が問いかけると、エイワスは突き放すように告げた。

 

「何も。私は見ていて興味のあることしか実行しない。ロシア国内での動きは多少面白そうだが、そのために戦うということに興味も価値も感じない」

 

深城はエイワスの言い分を聞いて(うつむ)く。だが即座に顔を上げて虚空に(たたず)んでいるエイワスをキッと睨み上げた。

 

()()が真守ちゃんや垣根さん、それと真守ちゃんが大切にしている人たちに手を出したら『共食い』になっても殺す。あたしは元の体があるから大丈夫だけど、お前は困るでしょ? この世界に形式(フォーマット)がないんだから」

 

「脅しと言うには、甘いな。だが、キミたちには興味がある。潰すには惜しいさ」

 

深城は自分の膝に頭を乗せて気絶している林檎を抱き上げてベッドの上に横たわらせて、弓箭や心理定規(メジャーハート)も楽な姿勢を取らせる。

 

「行ってくる。それで真守ちゃんと垣根さんと一緒に帰ってくる」

 

深城は宣言すると、そのまま部屋から出ていった。

 

そして誉望と共に気絶している緋鷹に書き置きを残して、『施設(サナトリウム)』から出る。

 

上空を仰ぎ見れば、自分の体であるAIM拡散力場の形が変化しつつあると深城は感じた。

既にエイワスが妹達(シスターズ)に指示を出しているのだろう。

 

深城は静かに目を閉じる。

 

すると即座に深城の薄桃色の髪の毛が光り輝き、カッと深紅に染まりあがった。

 

そして頭には天使の輪が幾重にも展開される。

 

目を開けた深城は、いつもの柔らかな笑顔から一切の容赦がないと思わせるほどの気高く凛とした表情へと変わった。

 

深城の背中からAIM拡散力場でできた何十本、何百本もの翼が孔雀の羽のように広がる。

 

 

そして深城はドンッ! と地面を蹴り上げ、空へと飛び立った。

 

 

凄まじい速度を出して、深城は一直線にロシアへと向かう。

 

自分にとって大切な存在であり、一目見た時に神さまだと感じた少女のもとへ。

本当に神さまに成るために生まれてきた少女のもとへ。

彼女のための天使として、彼女に振りかかる火の粉を払いのけるために。

 

源白深城はたった一人へのかけがえのない無償の愛を胸に抱き、翼をはためかせ飛翔した。

 







源白深城、参戦。



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第一五二話:〈空中要塞〉ベツレヘムの星

第一五二話、投稿します。
次は一月二六日水曜日です。


周囲には何もない雪原が広がっていた。

 

徹底的に遮蔽物が取り除かれており、その雪原はミサイルを撃ち込むためにわざと平らにされて用意されたものだ。

 

そんな雪原の近くにある低い丘では、垣根たちが白い雪に埋もれた下方へと繋がる巨大な穴を覗き込んでいた。

 

「……あるもんだなあ。そこらじゅう、秘密基地だらけじゃないか」

 

上条が呟くと、その隣に立っていたレッサーは上条を顔をしかめて見上げた。

 

「何言ってんですか。日本の学園都市なんてこんなもんじゃないでしょう。あの町なら湖が割れて巨大ロボが出てきたって驚きませんよ」

 

「そんなモンあっても驚かないし確かに作れるかもしれねえが、無駄が多すぎて誰も作ろうなんて思わねえよ」

 

典型的な『外』の人間が考える適当な想像に垣根は眉をひそめながらも横穴に潜り込むと、レッサーと上条も続いた。

横穴の中を五〇メートルも歩くと、三人は貨物列車用の発着駅に辿り着いた。

物陰に隠れて様子を伺っていたが、人の気配がなくて三人は発着駅の中へと入る。

 

「……誰もいないな」

 

「列車もありませんね」

 

きょろきょろと辺りを見回して会話をする上条とレッサーの横で、垣根は目線を天井に向けて目を細める。

 

「振動が全然ないな。ディーゼルの排煙の匂いもしない。……近くを走ってるって雰囲気もまったくねえな」

 

「……ひょっとすると、フィアンマの基地へ最後の資材を運び終えてしまった後なのかもしれません」

 

上条はレッサーの推察にぎょっと目を見開いた。

嫌な予感がしたからだ。

 

「ってことは……四〇キロも歩かなくちゃなんねえって事か!?」

 

「そうか。じゃここでお前らとはお別れだな」

 

垣根はそこで三対六枚の未元物質(ダークマター)の翼を広げてふわっと浮き上がった。

 

未元物質(ダークマター)で損傷個所を強引に繋ぎ合わせたことで違和感満載の体だったが、慣らしは既に終わっている。

だが念のため、垣根は未元物質(ダークマター)の翼を広げても問題ないか一応確かめる。

体に異常がないことから、これなら四〇キロなんて問題なく飛べそうだし、その後の戦闘にも支障は無さそうだ。

垣根がそう確信して行動に移そうとすると、そんな垣根を上条が止めた。

 

「置いていくな! 相乗り! 相乗りを希望する!!」

 

上条は垣根の翼をもぎとるかのように左手でむぎゅっと掴む。

左手なのは異能でできた翼に右手で触れると、幻想殺し(イマジンブレイカー)で打ち消してしまうからだ。

流石に失墜することはなかった垣根だが、突然翼を掴まれて垣根は少しバランスを崩す。

そしてマックスに苛立ちを込めて上条をギンッと睨みつけた。

 

「テメエ上条当麻! 俺の体は能力で補ってるっつっただろうが!! だからテメエが俺の体に不用意に触ると体が崩れるんだよ! 分かったらさっさと放しやがれ!!」

 

「垣根、冷静になって考えてくれ!! 俺がいたら朝槻に魔術がかけられていても打ち消せる!! だからその、超能力者(レベル5)的な力を何かをこういい感じに使って連れてってくれ!! なあ!?」

 

「うるせえ! お前に言われなくても冷静だよ! 冷静っつってもこちとら怒りが突き抜けて冷静になってるみてえなモンだがな! 逆にここまで冷静になれてんのに自分でも驚きだよ!」

 

垣根は上条に離れろと言わんばかりに翼を震わして叫ぶ。

 

「あのフィアンマのクソ野郎のそばに真守がいるってだけで手当たり次第に人間ぶち殺したくなるのに、お前のためにちまちま演算組んでる時間ねえんだよ!!  ……言ってたら腹が立ってきた。あの野郎、ただで殺しはしねえ。×××もいでのたうち回らせて永遠に苦痛を味わわせてやる!!」

 

「ヒィィ!? 怒れる超能力者(レベル5)怖い!! でもお願い! 俺も連れてってくれ──……?」

 

そこで上条は異変に気が付いて隣にいたレッサーを見た。

垣根と上条が言い合っている間にレッサーは『鋼の手袋』を逆さまに構えて魔女のホウキのように(つか)の部分をまたいでおり、それで浮かぼうとしていた。

 

「……ちょっと待て、レッサー。何ソレ?」

 

「何って『鋼の手袋』はこういう使い方もできるんですよ。ちょっと色々食い込むのがアレですけど、ベイロープなんかこいつを乗り回してロンドンの地下鉄を駆け巡っ──って、やめてくださいやめてください!! あなたには無理です右手が当たったらバラバラになります我慢して歩いてください一人きりで!!」

 

上条がレッサーに迫りレッサーが叫んだ瞬間、突然爆音が響いた。

 

そして魔術的なもので支えられていると分かる分厚い雪の天井が、まるで巨大なシャッターのように崩落する。

 

そして立て続けに鼓膜を破るような音がさく裂して通路の天井が次々と落ちてきた。

 

「ヤバい! とにかく出口まで戻ろう!」

 

「言われなくてもそのつもりです!!」

 

上条とレッサーが全力疾走する中、垣根は先行して穴の外へと出る。

 

「ッチ。学園都市の砲撃だ!」

 

垣根は外で駆動鎧(パワードスーツ)が好き勝手暴れている様子を見て、後ろからひぃひぃ声を上げて穴の外へと飛び出してきた上条とレッサーに視線を移した。

 

そして即座に上条とレッサーの襟首を掴み上げると、垣根は横穴の入り口だった丘の斜面へと二人をぶん投げた。

 

二人が抗議する前に、垣根も即座に回避行動を取ってレッサーと上条の隣に滑り込む。

 

その直後。

 

落下砲が垣根、上条、レッサーが先ほどまでいた場所に五〇以上は落ちてきた。

 

衝撃が辺りに響き渡り、圧倒的すぎる白一色の閃光(せんこう)(ほとばし)る。

 

垣根がレッサーと上条を放り投げて身を隠した場所はとっさの演算によって安全を確保してあり、そのため三人は五体満足でその攻撃から逃れることができた。

 

「機甲部隊か。厄介なタイミングで現れやがって……!」

 

垣根が縦横無尽に走り回る駆動鎧(パワードスーツ)を見て吐き捨てるように告げると、上条とレッサーが体を起こした。

 

「チャンスです!」

 

そんなレッサーの言葉に上条は顔をしかめながらツッコミを入れた。

 

「どの辺がだ!! ロシア軍の方からも砲撃が始まってるじゃないか。このままじゃ戦車同士の乱戦になるぞ!!」

 

レッサーの言葉に上条が反論するが、垣根は駆動鎧(パワードスーツ)の展開に合わせるように出てきたロシア軍を見つめながら上条とレッサーに声を掛けた。

 

「……いいや、確かにチャンスだ」

 

「なんでだ!?」

 

垣根は基地から展開してきたロシア軍に親指をビッと向けて、上条に見るように促す。

 

「見ろ。ロシア軍が出てきたってことは理由は分からないが、フィアンマはどうしたって基地から動きたくねえってことだ。地下が崩落したなら地上から向かうしかない。だから今はチャンスってことだ」

 

「つってもどうすんだ!? やっぱり俺は置いてけぼりか!?」

 

上条が先ほどのように自分に移動手段がないと叫ぶと、レッサーはそれを聞きながらしっぽをフリフリと振って学園都市側の装備を見た。

 

「仕方がありません。駆動鎧(パワードスーツ)を奪います。アレは私やこの人でも乗れば歩くことくらいできますでしょう?」

 

「確かに俺の頭には大体のマニュアルが入ってるし教えてやってもいいが、モノは自分で取ってこい。時間が掛かったらおいていくからな」

 

垣根が嫌々ながらもここまで上条とレッサーと共に来たのだから面倒を見てやろうと告げると、レッサーがふんふんと頷いた。

 

「私の『鋼の手袋』ならなんとかできますね」

 

そこまで告げると、レッサーは人差し指を上条に向けた。

 

「その代わり! あなたには感謝の印にベッドの中で頭をなでなでしてもらいますよ!!」

 

垣根はこんな時にまでイギリスの国益になるために動くレッサーを見て額に青筋を立てた。

 

「マニュアル教えんのダルくなってきた。コイツら置いてった方がいい気さえする」

 

レッサーの通常運転っぷりに垣根が静かにブチ切れていると、上条は慌ててレッサーに指令を出した。

 

「垣根様の機嫌を損ねること言うな! 黙って行ってこい、レッサー!」

 

レッサーがタタタッと走っていくのを見ていた上条はふと気になることがあって呟いた。

 

「……けど、妙だな。フィアンマの基地にはロシア軍の他にも魔術師がいるはずだ」

 

「あ? ……そういや、お前の話じゃ二〇〇人近くいたんだったな。学園都市の連中も魔術については知ってるし、フィアンマにここで魔術師を投入しない理由はねえ。……学園都市を迎撃するための大規模魔術でも準備してんのか?」

 

『残念ながらそれは既に終わっている。投入しなかったのは重要な幻想殺し(イマジンブレイカー)を招くためだよ』

 

「「!?」」

 

垣根と上条が会話していると、突然フィアンマの声が聞こえて驚愕の表情を浮かべる二人。

 

フィアンマの声が聞こえてきたのは上条の服の中からで、上条が左手で懐を探ると白い人形のようなモノが出てきた。

 

『俺様が誘導した大戦とはいえ、その辺の適当な砲撃に巻き込まれて右腕が失われるのは困る。それに俺様が幻想殺し(イマジンブレイカー)を狙っていると知られれば、お前をぶち殺すと主張する連中が出てくるかもしれない。だから手っ取り早く回収するためにわざと「穴」をあけておいたんだ』

 

「テメエ、真守に手を出してねえだろうな」

 

垣根が白い人形を睨みつけると、右方のフィアンマは相変わらず余裕たっぷりで答える。

 

『流石のアレも自分を守る(すべ)を持っているようだ。時間を掛ければ問題ないが、俺様はアレが邪魔をしないように縫い止めていられればそれでいい。だから手は出してないぞ、劣等品』

 

(真守は自分の身を守る術を持ってんのか? よく分からねえが、真守はコイツの手の出せないところにいるってことだ。それならまだ大丈夫だ。十分に間に合う)

 

垣根が少しだけほっとしている横で、上条は小麦粉でできた人形を見つめて宣言する。

 

「お前の望み通りに、俺はお前のところに行ってやるよ。右方のフィアンマ!」

 

宣言した上条はフィアンマが自分の服に仕込んだ通信用の霊装を幻想殺し(イマジンブレイカー)が宿る右手で破壊した。

 

 

その瞬間、垣根と上条の真下から轟音が響いた。

 

 

「なん、だ!?」

 

上条が声を上げると、突然二人の立っていた雪の大地がせり上がる。

 

あまりの振動に上条は膝を突く。

垣根は踏みとどまりながらも姿勢を低くして警戒していると、レッサーがせり上がった大地によって離れていく二人へと手を伸ばしているのが確認できた。

だが確認できただけだ。

彼女を引っ張り上げることができる位置に、既に垣根と上条はいなかった。

 

フィアンマがいるであろうロシア基地を中心として、垣根と上条がいる丘もろとも大地が空高く浮上していく。

 

浮上速度が急激なので、流石の垣根も危険を感じて片膝を突いた。

 

振動はどんどんと大きくなっていき、地上がどんどん小さくなっていく。

 

異様な重圧が体に叩きこまれて上条は地面へと押しつぶされ、垣根は未元物質(ダークマター)の翼を広げて自分の身を守り、その重圧から耐える。

 

そんな中、石の歯車を嚙み合わせるような低い轟音が次々と鳴り響いた。

 

垣根は一瞬、真守が能力を行使しているのかと思ったが、歯車の音が響くのは蒼閃光(そうせんこう)(ほとばし)るからだ。

その蒼閃光(そうせんこう)はどこにも見当たらない。

 

そこで垣根はハッと息を呑む。

 

隣にいたはずの上条がいない。

 

「分断されたか!? ……いいや、分断しようと思ってしたわけじゃねえのか……!」

 

どうやらフィアンマがいたロシア基地を中心にしていた大地は複数に分かれたらしく、そのため大陸浮上の重圧に耐えていた垣根と上条は為す術もなく切り離されてしまったのだ。

 

無数に分かたれた大地は全世界からかき集めてきた聖堂や教会が肉付けされ、巨大構造物へとその姿を変えつつある。

 

垣根は振動が収まり安全を確認すると、近くに組み上げられた塔のてっぺんへと翼で上がり、辺りを確認する。

 

垣根が先ほどまで立っていたのは石を組んで作った巨大な橋のような場所だった。

 

その橋は城のような『本体』へと伸びており、城から橋が四方に伸びている。

 

四方に伸びる巨大な長い橋は均一の長さをしているわけではなく、一方だけは二倍以上の長さがあった。

 

そのことからも分かる通り、どうやら城が中心にあるわけではないらしい。

 

要塞の進んでいる方向を『前』とすると垣根がいる場所が『後方』であり、一つだけ異様に長いのが『右方』となるのだろう。

 

文化も時代も違う教会の壁や尖塔などを強引にかき集めているようで、垣根が辺りを確認している今も複雑に形を変えつつあった。

 

数百年の歴史を感じさせる建造物群の中には鉄骨やパイプ、照明器具など科学的な技術で作られた近代文明を感じさせるものも含まれており、時代背景がよく分からない構成となっていた。

 

『準備していたのはこいつを組み上げるための空間だ。巨大な霊装や施設なんて蓄えは世界各地にいくらでもあるからな。俺様はその蓄えを切り崩すだけで良い。ただ、構築のためには無菌室のように作業場を整えなくてはならんのでな。そのための聖別に、莫大な費用と時間、人手が必要になった訳だ』

 

突然聞こえてきた声は当然として右方のフィアンマの声だった。

垣根が辺りを確認すると、右方のフィアンマの声は各場所に設置されたスピーカーから発されていることが確認できた。

 

『素材の量は問題じゃない。重要なのは、自己膨張するためのサイクルを作ってしまうことだ。そのサイクルを一度完成させてしまえば、後は補給なしに必要な分だけ拡張できる』

 

右方のフィアンマはそこで言葉を切って、スピーカーからこの場にいる全ての人間たちへ向けて告げる。

 

『歓迎しようか。ようこそ、俺様の城「ベツレヘムの星」へ』

 

「ベツレヘムの星、だと……!?」

 

垣根は空中要塞の名前を聞いて目を見開く。

 

ベツレヘムの星。

『神の子』の誕生を知らせて『神の子』が誕生したベツレヘムへと東方の三博士を導いた星。

 

それを魔術的に再現したのがこの空中要塞だった。

 

垣根はギリ、と歯噛みしてそのベツレヘムの星を見回した。

 

真守もここに乗せられているはずだ。

 

フィアンマのもとにいるかもしれないが、フィアンマにとって真守はベツレヘムの星を起動するまで邪魔されないように監視できればいい存在だ。

どこかに放置されている可能性が高い。

 

フィアンマに上条がターゲットにされている今、上条を囮にすればフィアンマに邪魔されることなく真守のもとへとたどり着ける。

それならば、上条と分断されたことは好機だったかもしれないと垣根は思った。

 

「真守。……今そばに行く。それでお前の欲しいものを必ず手に入れて学園都市に帰ろう」

 

垣根は苦しそうな声を上げ、自分の首から下げていた真守とペアで持っている指輪を握り締める。

右方のフィアンマの攻撃を受けて一度弾かれてしまった指輪だったが、無事だったのだ。

そのためきちんと回収して、未元物質(ダークマター)製の鎖に繋げて首から下げていた。

 

真守との繋がりを示す指輪。

 

それを手の中で感じて、垣根帝督は空中要塞ベツレヘムの星の上で行動を開始した。

 




物語も佳境に入ってきました。



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第一五三話:〈降臨天使〉は夜天を翔る

第一五三話、投稿します。
次は一月二七日木曜日です。


ベツレヘムの星。

宗教的にも魔術的にも深い意味が込められている空中要塞。

 

その要塞は半径数十キロにも及ぶ巨大な出で立ちをしており、高度三〇〇〇メートルもの上空に浮かんでいた。

 

三〇〇〇メートルも突然上昇すれば人体に影響が出るはずだが、垣根が辺りを解析したところ、気圧や気温は地上と同等になっていた。

 

どうやら要塞には魔術的な結界が張られているらしい。

 

『天使の媒体サーシャ=クロイツェフ。一〇万三〇〇〇冊の遠隔制御霊装。儀式場のベツレヘムの星。そして俺様の力を振るうにふさわしい右腕。必要な物は全て手に入ったことだし、そろそろ脇役にはご退場願おうか』

 

垣根が辺りを警戒しながらも状況を分析していると、右方のフィアンマは立て続けにスピーカーから声を発した。

 

『出撃だ、大天使「神の力(ガブリエル)」。全て吹き飛ばせ』

 

フィアンマが言い放った瞬間、世界が夜へと切り替わり、天上に巨大な魔法陣が浮かび上がった。

 

「!?」

 

一瞬にして夜となった風景に垣根は驚愕以外の感情を持つことができない。

地球と月と太陽の位置がまるきり変わってしまったら誰でもそうなる。

 

こんな世界の法則を捻じ曲げるようなことが果たして魔術の域に存在するのだろうか。

魔術に(うと)い垣根でも、この破格の所業が普通の人間には到底不可能であることだけは分かる。

 

フィアンマは巨大な魔法陣を展開し、夜を作り上げてしまう前に確かに『神の力(ガブリエル)』と言った。

(すなわ)ちこの魔術の域に存在しない世界を造り上げたのは『神の力(ガブリエル)』ということだ。

 

神の力(ガブリエル)』。

四大天使の一角を担う熾天使にして七大天使の一人。

水の象徴である青を司り、月の守護者にして後方を加護する者。

 

純潔の証である百合の花を持ち、最後の審判ではラッパを鳴らして死者を蘇らせる役を果たす。

受胎告知をした天使でもあり、それ以外でも人間の前に数度現れていることから人間にとって非常に身近な天使と位置づけられている。

 

それでも過去には悪逆の都へ天の罰を下したことがあるなど、人間の味方であるわけではない。

そんな神の忠実なるしもべである『神の力(ガブリエル)』は戦争を司る神の戦士でもあり、一説には楽園の監視も行ってもいるらしい。

 

『いいや、この場合はミーシャ=クロイツェフと呼んだ方が良いのかな?』

 

垣根はフィアンマがわざわざそう呼称したことに眉をひそめた。

 

神の火(ウリエル)神の薬(ラファエル)の属性が入れ替わってしまっているように、真守はこの世界の形式(フォーマット)が歪んでいると言っていた。

 

この世界に降ろされた『神の力(ガブリエル)』にもその歪みが見えるからこそ、フィアンマはミーシャ=クロイツェフと言い直したのだ。

 

それに気が付いたと同時に、垣根は漆黒の空に青い光点が浮かんでいるのを見た。

 

神の力(ガブリエル)』、ミーシャ=クロイツェフ。

 

体の大きさそのもの二メートル前後。

神話の中で唯一女性型の天使として描かれているからだろうか、シルエットは女性だ。

その体表面はすべすべとした白い布のようなもので(おお)われており、その上を金色の根が無数に這っている。

肘とふくらはぎからは魚のひれのような(はね)が生えており、同じようなものが腰から後ろにかけて燕尾服のように伸びていた。

そして、後頭部は花のように広がっている。

(かお)には目も鼻も口もついているはずなのに、その全てが体表面を(おお)う白い布のようなものによって(さえぎ)られている。

そのためミーシャの貌はタイツを被って押し付けて凹凸だけを表現しているようになっていた。

 

白と金でできた荘厳な天使。

その体は(ほの)かに光り輝いており、頭には天使らしく天使の輪が浮かんでいた。

 

そんなミーシャ=クロイツェフは巨大な氷の翼を広げ、見渡す限りの天空を翼で引き裂いた。

 

爆音が遅れてやってくるのを確認した時には、もう何もかもが遅かった。

無人戦闘機による数十機の編隊がまとめて破壊された後だったからだ。

 

そしてミーシャの巨大な翼は不安定なのか、暴利を(むさぼ)った瞬間、半分より先が折れてあらぬ方向へと吹き飛んだ。

その吹き飛んだ翼が落ちた場所は山だったが、翼が落ちた瞬間その山は消し飛んでしまった。

 

『ま、(もと)とした「御使堕し(エンゼルフォール)」自体、偶発的な術式でしかなかったからな。そこから更に派生させた召喚法では、安定に多少の問題はあるか』

 

多少の問題で済まされて良いことではなかった。

何故なら不安定で折れてしまった翼が落ちただけで山一つが消し飛ぶからだ。

 

ミーシャ=クロイツェフは不完全過ぎる。

不完全過ぎて世界がまだ形を保っていられるのに違和感を覚えるほどに、不安定さを見せていた。

 

あれを野放しになんてしておけない。

 

だが垣根帝督は世界の滅亡の危機よりも大切な存在を取り戻さなければならないことのほうが大事だった。

 

垣根帝督(オリジナル)

 

「来たか、(おせ)えぞ」

 

垣根は背後から声がかかって振り返る。

そこには大群のカブトムシが宙を飛んでいた。

若干不揃いだが、外見の完成度よりも数を望んだ結果であるから仕方ない。

 

「何体くらいいる?」

 

『せいぜい二〇〇体が限度でした』

 

「よし。じゃあ五〇体ずつ、四方向の外周から中心にかけて(しらみ)潰しに真守を探せ。隠密を第一だ。真守やフィアンマを見つけても手を出すな。ネットワークを通して俺に報告しろ。分かったな?」

 

『オーダーを受諾しました。これより行動を開始します』

 

カブトムシは命令を受け取ると、そのまま四方八方へと散っていく。

垣根はそれを確認してから自身も未元物質(ダークマター)の翼を広げてベツレヘムの星の中央地点に位置する橋へと向かう。

カブトムシたちが最後に集まる場所だ。

突っ立ってるより自分も先回りしてそこから周りを見ていった方が効率的である。

そのため垣根は翼を羽ばたかせて飛び、自らも行動に出た。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

深城は何十本、何百本もの孔雀の羽のように広がるAIM拡散力場の翼をはばたかせて、眼下に広がった空中要塞を睨みつけていた。

 

「いた!!」

 

深城は氷の翼を広げている『神の力(ガブリエル)』、ミーシャ=クロイツェフを捉えて叫ぶ。

深城は目を閉じて意識を集中させた。

そして、赤い閃光が(ほとばし)る光のプロテクターを体の部分部分に身に着けた。

深城の能力であるAIM拡散力場を圧縮、物質化して装甲として(まと)力量装甲(ストレンジアーマー)を、天使化によって本来の形にした姿がそのプロテクターだった。

 

「要は力技でいけばいいんでしょぉ……っ!」

 

深城はミーシャを睨みつけながら接近する。

ミーシャ=クロイツェフはモノレールに速度を合わせて進んでおり、モノレールを狙っている様子だった。

 

「! 上条くん!!」

 

深城はモノレール内で割と過激的な赤い修道服を身に(まと)った少女と向かい合うように座っている上条当麻を見つけて、声を上げる。

 

(上条くんを狙おうとしているのねっ……させないから!!)

 

「はぁあああああ────!」

 

深城はモノレールに注意を向けているミーシャに近づくと、雄たけびを上げて手を振りかぶる。

 

雄たけびだけで空気をビリビリと震わせながら、深城はミーシャへとラリアットを食らわせた。

 

岩と岩をぶつけるようなゴンッ! という鈍い音が響き、ミーシャは不意の攻撃によりベツレヘムの星の街並みを一直線に倒壊させながら盛大に吹き飛んだ。

 

深城はミーシャを吹き飛ばした後、モノレールの中で驚きの表情を浮かべている上条へと視線を移し、上条を安心させるために柔らかく笑った。

 

そして(うごめ)くミーシャに目を向けると、そのままAIM拡散力場の翼でミーシャに急接近する。

 

深城は再び空へと飛翔しようとしていたミーシャの花が咲いたような頭をアイアンクローの要領で右手で掴み上げる。

 

ミーシャの頭をミシミシと言わせるほどに深城は右手に力を込めると、そのままミーシャの体をぶんっと一回転するように振りまわして要塞へと叩きつけた。

 

ベツレヘムの星はミーシャ=クロイツェフが叩きつけられた場所から真っ二つになるように深い亀裂が入る。

 

だがその亀裂から噴き出した瓦礫が亀裂を塞ぐように修復させて、ベツレヘムの星は何事もなかったかのように元の形へと修復された。

 

「この空中要塞、壊しても壊しても元に戻るならぶち壊してもいいよねっ!!」

 

深城がそう叫ぶと、視界に白いものが映った。

 

「帝兵さんだ!?」

 

深城は視界の端に映った人造生命体が未元物質(ダークマター)で垣根が造り上げたカブトムシであると気が付き、声を上げる。

 

『源白、どうやってここに!?』

 

カブトムシは深城に名前を呼ばれてぶーんと飛んできて深城に声を掛ける。

 

「ミサカちゃんたちにAIM拡散力場を帯状に伸ばしてもらってここに来たの! 垣根さんは?!」

 

『真守が右方のフィアンマに連れ去られ、この空中要塞のどこかに放置されている可能性がありますので、現在捜索中です』

 

カブトムシが簡潔に状況を説明すると、ミーシャがふっと浮き上がって深城に視線を向けた。

そしてミーシャはその手に氷でできた剣を生み出し、剣の感触を確かめるかのように振った。

完全な敵対行動を取っているミーシャを見て、深城は頭の上にカブトムシを乗っけた。

 

「帝兵さんちゃんとしがみついててね!?」

 

深城がそう叫んだ瞬間、ミーシャは深城へと仕掛けてきた。

 

深城はミーシャが振りかぶった氷の剣を力量装甲(ストレンジアーマー)の深紅の装甲で受け止める。

 

その瞬間、音速で余波が吹き荒れ、辺り一帯の建物が消し飛んだ。

 

深城はガゴン! と鈍い音を立てながらミーシャの剣を弾き飛ばし、隙を見せたミーシャの腹に飛び蹴りをお見舞いした。

 

金属板に固い鉄球がぶつかったかのような鈍く甲高い音が響き、ミーシャは鋭い速度で吹き飛ばされ、そのまま家屋に激突し沈黙する。

 

カブトムシが凄まじい力技で戦う深城の頭に必死にしがみついていると、深城はカブトムシに気を向けた。

 

「帝兵さん大丈夫!?」

 

『は、はい。問題ありません』

 

カブトムシが肯定していると、そこにミーシャが氷の翼を伸ばして攻撃してきた。

 

「うわ!!」

 

深城は声を上げながらも余裕そうに、AIM拡散力場の紅電(くでん)の翼を氷の翼に勢いよく叩きつけた。

 

氷の翼に紅電の翼を叩きつけた瞬間、紅電(くでん)の翼は氷の翼によっていくつか霧散した。

その霧散によって再び鋭い余波が辺りに吹き荒れる。

 

深城は何度も氷の剣を振ってくるミーシャの攻撃を力量装甲(ストレンジアーマー)のプロテクターで受け止め果敢に攻め込む。

 

そんな中、ミーシャは突然止まってぶつぶつと何かを呟き始めた。

 

この世界の言葉ではない。人間が聞き取れる言葉でもない。

それでも人からかけ離れ、『天使』へと至った深城には分かった。

だが深城もミーシャの言葉が全て理解できるわけではない。

それでもなんとなく、深城はミーシャが言っていることが理解できた。

 

「hbo…………帰……fbyuo」

 

ミーシャは虚空に凹凸(おうとつ)のない顔を向けると、その体を赤や青へと薄く変色させた。

 

「帰る。Fr位置。正しい。座。uj。天界。元の。あるべき。qe場所」

 

深城はぶつぶつ呟くミーシャを見つめて驚愕の表情を浮かべる。

 

「フォーマットが違う二つの力が混ざってるの……?」

 

深城の呟きの通り、ミーシャ=クロイツェフは二種類の力を混ぜ込んで形を保っていた。

その二種類の力は絶対に混ざらないものだ。

だがミーシャはその二種類の力を強引に混ぜ合わせている。

そのため時間が経過すると、その二種類の力が分離してしまうのだ。

ミーシャの動きが突然止まったのは、分離してしまったその二種類の力を再び混ぜ合わせる必要があったからだ。

 

二種類の力はせめぎ合いを常時続けており、そのせいでミーシャ=クロイツェフは極めて不安定となっていた。

歪んでいるのにきちんと成り立っている。

だがそれでも、やはり歪みでその成り立ちに不安定さが見られる。

 

そんな状態を深城に指摘されたことを冒涜と受け止めたミーシャ=クロイツェフは怒りを深城に向けた。

 

「戻る。必要。作業t。行う。フィアンマ。利用。利害。接点。Y計画。協力」

 

「それでみんなを傷つけるっていうなら絶対にあなたを止めるから!!」

 

深城が叫ぶとミーシャはそれに呼応するようにぶつぶつと呟く。

 

「被害。無視。優先。帰る。正しい。位置。必要。邪魔。悪。同義。判断。全て」

 

そこでミーシャは深城へとありったけの力を込めて剣を振り下ろしてきた。

深城は頭の上で両手をクロスさせてガード態勢に入った。

深城が攻撃を受け止めても凄まじい圧力によってびりびりと空気が軋む。

その空間の軋みで、カブトムシが深城の頭から吹き飛びそうになる。

 

「帝兵さん、頑張って耐え────!?」

 

深城が口を開いた瞬間、ミーシャがぴくッと動いたので深城は言葉を止めた。

ミーシャは眉をひそめる深城の前で、深城から(かお)をふいっと()らした。

 

「捕捉」

 

ミーシャは一言呟き、己の今するべきことを認識して呟く。

 

「必要。情報。羊皮紙。入手」

 

その瞬間、ミーシャは深城に目もくれずに移動し始めた。

 

「帝兵さん、さっきよりちゃんとしがみついててね!!」

 

深城はそこでカブトムシを掴んできちんと頭に乗せると、音速でミーシャを追う。

 

(あの天使()、おうちに帰るのに必要な『よーひし』ってやつを奪いに行ったんだ! アレを持ってる人が危険だ、殺されちゃう! 止めないと!!)

 

深城はミーシャを追ってベツレヘムの星から離れていく。

 

「垣根さん、真守ちゃんのことよろしくねえ!!」

 

深城は大声を出してベツレヘムの星のどこかにいる垣根に話しかけながら、ミーシャに接敵してその拳を振るう。

 

水を象徴する青い天使と人工的な紅い輝きを持つ天使は何度も切り結ぶ。

 

そして着実に、羊皮紙を持っている『彼』へと近づきつつあった。

 



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第一五四話:〈真意理解〉で天から墜ちて

第一五四話、投稿します。
次は一月二八日金曜日です。


源白深城は垣根に真守を託し、ミーシャ=クロイツェフを追ってベツレヘムの星から遠ざかっていく。

 

「真守のことは任せろ! そっちは頼んだ!」

 

垣根はカブトムシ越しに深城にそう告げ、未元物質(ダークマター)の翼を広げる。

そしてカブトムシを引きつれて真守がいるであろうドーム状の聖堂へとやってきた。

 

真守が聖堂にいるかもしれないと垣根が当たりを付けたのは、聖堂に近づくカブトムシが軒並み撃墜されたからだ。

 

フィアンマは別の場所にいて、インデックスの遠隔制御霊装を使用した杖でミーシャ=クロイツェフを操っている。

そのため聖堂で待ち構えているのはフィアンマではない。

このベツレヘムの星にはフィアンマ以外に儀式を行っていた魔術師たちも乗っているが、フィアンマが彼らを切り伏せたため、聖堂に身を(ひそ)めて守る力など残っていない。

 

垣根が真守だと当たりをつけて探ってみると、確かにそこには真守の反応があった。

真守はAIM拡散力場に接続されており、自身も強大なAIM拡散力場を発している。

そのため真守の反応はAIM拡散力場から見ればとても分かりやすいし、それに真守の反応をカブトムシたちには察知できるようにしているため、確実に聖堂内にいるのは真守だ。

 

真守は現在フィアンマの手によって機能停止状態に(おちい)っている。

フィアンマは真守が自分を守る(すべ)を持っており、それを行使していると言っていた。

おそらくその身を守る(すべ)とは、自分に近づいてくる相手を自動的に迎撃する方法なのだろう。

 

真守は超能力者(レベル5)の時から眠りながら能力を行使することができていた。

そのため絶対能力者(レベル6)となった今ならば機能停止に(おちい)っていようと能力を行使でき、それで自らの身を守っているのだろう。

 

問題はそんな真守をどう呼び覚まして、自動で迎撃するのをやめさせるかだ。

 

(遠くから声を掛け続ければ、いずれ機能を回復した時に気が付くか? ……いいや。だったら未元物質(ダークマター)で覚醒を(うなが)した方が早いな……!)

 

垣根はそう考えながら真守の自動迎撃が作動しないギリギリの範囲まで真守に近づく。

 

すると、垣根の背筋に鋭い悪寒が走った。

 

「なんだ!?」

 

垣根が声を上げた瞬間、聖堂が内側から吹き飛んだ。

 

 

聖堂を吹き飛ばして飛び出してきた『何か』は垣根とカブトムシたちに容赦なく襲い掛かった。

 

 

垣根は未元物質(ダークマター)の翼で自分の身を守り、前に展開されていたカブトムシを即座に集めて防御姿勢を取る。

 

 

するとその『何か』はカブトムシによる防御壁をあっさりと喰い破った。

 

 

垣根は自分にまで伸びてきた『何か』から逃れるためにその場から離脱し、その『何か』の全貌を捉えた。

 

その瞬間、垣根は時が停まったような衝撃を受けた。

 

未元物質(ダークマター)を喰った『何か』は純粋な力の塊だった。

 

だが一つではない。その『何か』は何百もの力が重なって一つの生き物のように(うごめ)いていた。

 

聖堂の周りに展開されていたカブトムシたちはその『何か』に捕食されていく。

 

そして離脱した垣根のもとまでその『何か』はその魔の手を伸ばし、未元物質(ダークマター)で造り上げた服をかすめ、翼の片側三枚全てをまとめて喰いちぎった。

 

正体不明の攻撃を体に直接叩きこまれた瞬間、垣根は悟った。

 

 

『アレ』は真守が制御するべき力だ。

 

 

『アレ』は真守を必要としている。真守がいなければ『アレ』は動き回れない。

 

真守が意識を失っているため好き勝手に『アレ』は暴れ回り、そして同時に真守を守ろうとしている。

 

 

『アレ』が真守から離れて動き回るために必要としているのは『器』だ。

 

 

『アレ』は暴れ狂う自身の力を収めることができて、形としてこの世界に存在できる『器』をただ一心に求めている。

 

『アレ』は純粋な法則によって基づいているが、それを『形』にすることができないため『器』を求めているのだ。

 

だから『アレ』は。

 

 

役割を与えられればどんな形にも成り得る、この世ではなく『アレ』がいるべき世界の物質である未元物質(ダークマター)を求めている。

 

 

そのため真守を守るためだけに行動していた『アレ』は、『器』として機能する未元物質(ダークマター)が近付いてきたので『捕食』を開始したのだ。

 

だが『アレ』が未元物質(ダークマター)を『器』としようとして暴れても、あんな純粋な力の塊ではどう頑張っても未元物質(ダークマター)に収まらない。

 

何故なら『アレ』はエネルギーを操る能力者である真守の手によって、純粋な力をこの世界の形式(フォーマット)に一度収める必要があるからだ。

 

そこまで悟った時、垣根帝督は唐突に理解した。

 

アレイスターの進める『計画(プラン)』。

 

その『第一候補(メインプラン)』である真守。

 

そして『補助候補(サブプラン)』である自分。

 

垣根帝督はずっと、朝槻真守の何かを『補助』するために自分が位置付けられているのだろうと考えていた。

 

朝槻真守は元々、『何か』を制御する役割を持っていた。

 

その『何か』に干渉できるように、アレイスターは自分の真の目的に利用可能な真守を『計画(プラン)』に組み込んだ。

 

アレイスターにも真守が制御するべき『何か』がどういうものか分からない。

 

だから異常なまでに真守に対して様々な策を講じ、慎重に慎重を重ねて調整を繰り返していたのだ。

 

 

垣根帝督はアレイスターの都合に沿()うように、未元物質(ダークマター)という能力によって『何か』の『器』を用意し、朝槻真守がその『何か』を制御するための『補助』役として選ばれた。

 

 

アレイスターは複数のプロジェクトを並行して進めている。

 

だからアレイスターは垣根帝督(じぶん)を『補助候補(サブプラン)』と位置付けながらも、おそらく自分の『代わり』を幾つも用意しているのだろう。

 

だがその中で最も利用するのに適している自分を『補助候補(サブプラン)』として位置付けた。

 

アレイスターは学園都市全てを『滞空回線(アンダーライン)』で網羅している。

 

暗部組織の中には〇九三〇事件でアレイスターの支配が及ばない場所があるとしてクーデターを起こした暗部組織もいたが、実はそうじゃない。

 

アレイスターは自分がいつでも手を出せるから好き勝手にやらせているだけで、いちいちそんなのに構っていられないだけで、いつだって制御しようと思えば制御できるのだ。

 

七月初旬。

 

第一候補(メインプラン)』が消えた八人目の超能力者(レベル5)である流動源力(ギアホイール)だという情報を垣根が掴んだ時から。

 

垣根帝督がこの学園都市で能力開発を受けて、未元物質(ダークマター)という能力を発現した時から。

 

 

垣根帝督はアレイスターの手による丁寧に重ねられた偶然によってもたらされた必然によって、朝槻真守と出会うことが決められていた。

 

 

ずっとアレイスター=クロウリーは垣根帝督のことを制御していた。

 

アレイスターが用意したレールの上を、垣根帝督は走らされていた。

 

垣根帝督は自分で選んだ道を進み続けていたはずなのに。

 

垣根帝督が自分で選んだものなんて、本当はどこにもなかった。

 

いつか妹達(シスターズ)の一体に垣根が告げた真守との『運命』とは、幸せな『運命』ではなく残酷な『運命』だったと、垣根はそこで気づかされた。

 

「…………は」

 

垣根は笑い声を一つ漏らした。

 

自分の前で自分の端末であるカブトムシが『捕食』され続けているにも関わらず。

 

ネットワークから次々とカブトムシの識別反応が消えていっているにも関わらず。

 

思わず乾いた笑い声が、垣根帝督の口から()れた。

 

巧妙に仕組まれたレール。

 

最初から決められていた人為的な手が入った運命。

 

何もかもが偽物で、何もかもが自分のモノじゃない。

 

自分のモノなんて一つもない。

 

ただ大切な『あの子』を失った悲劇でさえ、仕組まれたものかもしれない。

 

それでも。

 

 

垣根帝督が朝槻真守に抱いた気持ちだけは、誰にも手出しができないものだった。

 

 

真守に対する愛は。

自分が真守に感じている愛しさは。

彼女を大切にして、そばにいて、一人にしたくないと思った気持ちは。

 

 

誰かに仕組まれたレールの上で生まれ落ちた気持ちだとしても、その気持ちに嘘偽りはない。

 

 

その気持ちだけは誰にも強制することができない、垣根帝督の純粋な想いだった。

 

 

真守は人の心は自由で、人はやろうと思えば何でもできて、人の可能性は無限大に満ちていると心の底から信じている。

 

そんな朝槻真守の()り方が美しかったから、垣根帝督は朝槻真守に惹かれた。

 

人の可能性を信じている真守の()り方は本物だ。

人のことを公平に想える真守だからこそ持てる、世界への希望だ。

 

いいや。本物か偽物か。そんなことは今どうでもいい。

 

今一番大事なのは。

 

 

垣根帝督が全てを知ってもまだ、朝槻真守を愛していることだった。

 

 

垣根はそこで崩れ落ちた聖堂の中に真守を見つけた。

 

拘束ベルトで(おお)われている無残な姿になっていた豪奢なドレスだったはずなのに、その禍々しい拘束ベルトがなくなっている。

 

おそらくフィアンマに弄られて目に見える枷が幾つか破壊されてしまったのだろう。

 

だから顔にクロスされるように巻き付けられていた二重の拘束ベルトも外されており、虚ろで意識がない無機質で透き通ったエメラルドグリーンの瞳が露出していた。

 

頭の翼と六芒星の幾何学模様の転輪は無事だが、五対一〇枚の翼はもぎ取られたままだ。

 

それに加え、真守の後光は中心がフィアンマの攻撃によって穿(うが)たれたままだった。

真守の後光はいつも歯車の音によって荘厳な曲を生み出してはいたが、そのせいで不協和音を築き上げ、とても苦しそうに音を響かせていた。

 

垣根がそんな満身創痍の真守を見て顔を悲痛で歪ませた瞬間、破壊音が連続して響き渡り、空間が軋んだ。

 

その破壊音とは、ベツレヘムの星の大地から響き渡っていた。

 

真守が操るべき『何か』が暴れ回り、破壊の限りを尽くしたため、真守を中心にベツレヘムの星に亀裂が入っているのだ。

 

「!!」

 

垣根が驚愕の表情と共に真守へ手を伸ばすと、その瞬間、ベツレヘムの星に限界が来た。

 

ベツレヘムの星が二つに引き裂かれるように亀裂が入り、真守がその亀裂から地上へと背中から落下していく。

 

その虚ろな瞳からも分かる通り、真守には明らかに意識がない。

 

だからこそ、真守は背中から地上へと落下し、重力に引かれるまま落ちていく。

 

六対一二枚の翼を持つ『光を掲げる者(ルシフェル)』はその身を天から()とした。

 

そんな天使と同じ役割を担わされた真守は、天から地へと()ちていく。

 

朝槻真守はそうやって、垣根帝督から遠ざかっていく。

 

「真守…………」

 

垣根帝督は震える声を出した。

 

「真守──────ッ!!!!」

 

垣根はそこでありったけの演算を込め、『何か』に捕食されて欠けた未元物質(ダークマター)の翼を再び広げると、真守を追ってベツレヘムの星の亀裂に飛び込んだ。

 

ベツレヘムの星には再生機能がある。

 

真っ二つになるように亀裂が走ったベツレヘムの星は亀裂がどんどんと塞がれていき、真守が放置されていた聖堂も元通りになっていく。

 

静寂を取り戻したベツレヘムの星にある聖堂。

 

そこにはもう、誰もいなかった。

 

絶対能力者(レベル6)と、かの存在を『補助』するために(つがい)として選ばれた人間は。

 

役割を対となるように与えられた二人は。

 

永遠を共にすると誓いあった男女は。

 

その場から地上へと、共に()ちていった。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

「……アレは落ちたか」

 

右方のフィアンマはベツレヘムの星に入った異常を感じ取って一人呟く。

その手にはインデックスの遠隔制御霊装を嵌めこんだ杖が収まっていた。

 

「アレの仕組みは大体解析した。よくもまあアレイスターもあんなものを利用しようと考えたものだ。放っておけばよいものを」

 

フィアンマはそこでフッと嘲笑すると『神の力(ガブリエル)』へと意識を向ける。

 

「さあ、早く俺様に『羊皮紙』を持ってこい。それで全てが丸く収まる」

 

それに呼応するかのように『神の力(ガブリエル)』はより一層力を増した。

 

幻想殺し(イマジンブレイカー)

 

アレを手にすれば、やっと全てを始めることができる。

 

プロジェクト=ベツレヘムを完遂することができる。

 

フィアンマはそう考え、世界を救済する力がもう少しで手に入ることに一人嗤った。

 



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第一五五話:〈情意統合〉と天使の打破

第一五五話、投稿します。
次は一月二九日日曜日です。


一方通行(アクセラレータ)は垣根と上条の手引きでエリザリーナ独立国同盟へ向かった。

 

そこに逃げ込んできた浜面仕上と重病人である滝壺理后と会って色々あったが、番外個体(ミサカワースト)と手を組んで羊皮紙について調べていた。

 

すると、エリザリーナ独立国同盟の主であるエリザリーナに羊皮紙を狙っている天使が来るから逃げろと言われた。

 

天使以外にも羊皮紙を求めたロシア兵がエリザリーナ独立国同盟へと流れ込む。

 

そのため一方通行(アクセラレータ)は彼らを引きつけて倒した後、乗用車に乗って逃走を始めた。

 

乗用車はあっという間に小さな市街地を抜けて雪原へと飛び込む。

 

「国境まで五分ぐらい。……それにしても、ここからでも分かるぐらいぶっ飛んでる戦場だよね。非科学的にもほどがある」

 

車のハンドルを握っている番外個体(ミサカワースト)の言う通り、造られた夜天には巨大な要塞であるベツレヘムの星が浮かんでいた。

 

その要塞をバックに、淡く光る二体の天使が激突を繰り返していた。

 

互いの翼が絡み合い、(むし)り取り、衝撃波のような絶叫が(ほとばし)る。

 

「が、ぁ……!?」

 

それらをまっすぐと捉えた瞬間、一方通行(アクセラレータ)は胸に巨大な圧迫を覚えて胸を押さえた。

心臓がどうにかなってしまったのではないかと感じる程の息苦しさだった。

 

「……オマエ、本当にアレに心当たりはねェのか? ミサカネットワークから負の感情を取り出しやすい体質ってことは、そこから情報を取得することもできるンだろォがよ」

 

「それはどっちの天使について? あっちの氷の翼の方? それとも、紅い雷の翼の方?」

 

番外個体(ミサカワースト)はニヤニヤ笑いながらルームミラー越しに一方通行(アクセラレータ)を見た。

 

「ついでに言えば学園都市に情報があるからと言って、それが必ずしも科学的とは限らないと思うけどね?」

 

一方通行(アクセラレータ)番外個体(ミサカワースト)が会話をしている中、上空で戦っていた二体の怪物たちは絡み合いながら一気に急降下してきた。

その二体の天使の風貌(ふうぼう)を捉えることができた瞬間、一方通行(アクセラレータ)は驚愕した。

 

「あの片方の天使……、アイツはまさか!?」

 

一方通行(アクセラレータ)が注視したのは(あか)い雷の方の天使だった。

 

一方通行(アクセラレータ)はあの少女を知っている。

 

源白深城。真守が自らの光で太陽のような存在だと言っていた少女だ。

 

一方通行(アクセラレータ)はそこで近づいてきた深城の様子を見て目を見開く。

 

深城の表情が鬼気迫っており、明らかに闘争心をむき出しにしているからだ。

 

遠目からしか見たことはないが、深城は普段、虫も殺せないような柔らかな笑みを浮かべている。

 

それなのに必死に戦う彼女の姿を見て、一方通行(アクセラレータ)は深城が真守や大事な人たちのために戦っているのだと気が付いた。

 

そして、頭にいつか見たことがあるカブトムシを乗せているのにも気が付いた。

 

(なンだァ? アイツの周りではメルヘンなカブトムシを持つのが流行ってンのかァ?)

 

一方通行(アクセラレータ)は胸に圧力を感じながら謎の人造生命体カブトムシを怪訝な表情で見つめる。

そんな一方通行(アクセラレータ)たちへ氷の翼を持った天使は接敵し、車と並走する。

 

「……この羊皮紙の『匂い』につられて来やがったのか?」

 

一方通行(アクセラレータ)(ふところ)に入っている羊皮紙を服の上から触ると、番外個体(ミサカワースト)が口笛を吹いた。

 

「ひゅう!! どうするどうする、ハリケーンが向かってくるよりヤバいかもよこれ!!」

 

「……天災と人災の違いは簡単だ。殺す敵がいるかいねェか。明確なターゲットがいるのは幸せだ。やり場のない怒りなンて厄介なものに縛られる必要がねェンだからな」

 

一方通行(アクセラレータ)はそこで言葉を切って車から出る準備を始める。

 

「アイツの大事な人間が必死に戦ってンだ。俺だって参戦しなくちゃなンねェだろ。ガキはオマエに預ける。俺たちがケリをつけるまで足で時間稼げ」

 

「信頼されても困るなあ。ミサカそういうの一番苦手なのに」

 

番外個体(ミサカワースト)が文句を言うと、一方通行(アクセラレータ)はため息を吐きながらも告げた。

 

「利用価値のある人間は運がいい。くだらねェジョークを言っても殺されずに済むチャンスが残っているンだからな」

 

「うん、ミサカそういう方が好き」

 

一方通行(アクセラレータ)は電極のスイッチを切り替えると、空気の流れを制御して四本の竜巻を翼のように背中から伸ばして飛び上がった。

 

「あれぇ!? 一方通行(アクセラレータ)さん!?」

 

深城は突然車から出てきた一方通行(アクセラレータ)に驚愕しながらも、ミーシャ=クロイツェフの頭をぶん殴って吹き飛ばす。

 

虫も殺せないような顔をしている深城だが、ステゴロで天使に挑んでいる辺り、流石真守に『光』と仰ぎ見られる存在だ、と一方通行(アクセラレータ)は一人思う。

 

「あれ!? ミーシャが追ってたのって『よーひし』を持ってる人だよね。もしかして一方通行(アクセラレータ)さんが『よーひし』持ってるの!?」

 

頭の悪そうで能天気で、妙に間延びした言い方だった。

 

だが天使がミーシャという呼称であり、そのミーシャが『羊皮紙』を狙っており、それを深城が止めようとしていると一方通行(アクセラレータ)は状況を理解することができた。

 

一方通行(アクセラレータ)は二人の間に飛び込んでミーシャの翼に『反射』を叩きこむ。

 

だが一方通行(アクセラレータ)の『反射』はうまく機能せずに、氷の翼はぐなっと曲がり、横の森を(えぐ)り取るように弾き飛んだ。

 

「うぇっ!? 一方通行(アクセラレータ)さん、アレ法則が違うからちゃんと法則の定義を確定しないと『反射』効かないよ!?」

 

「あァ? オマエ、何か知ってるクチかァ?」

 

「知ってるっていうか頭に入ってくるっていうか……!?」

 

深城が一方通行(アクセラレータ)に怪訝な表情をされたので頑張って直感を言葉にしようとしていると、態勢を立て直したミーシャが突撃してきた。

 

「うっ!!」

 

深城が声を上げて紅電(くでん)の翼を動かそうとするが間に合わない。

一方通行(アクセラレータ)は深城のAIM拡散力場で造り上げられた紅電(くでん)の翼に自身の能力によって干渉。

深城の翼を強制的に操ってミーシャへとぶつけた。

ミーシャは一方通行(アクセラレータ)が操作した紅電の翼で地面へと叩き落とされる。

 

「おぉっすごぉい!!」

 

(この能天気っぷり……アイツが(ほだ)されて好き勝手させる理由が分かった気がするなァ)

 

一方通行(アクセラレータ)は全く緊張感のない深城の(ほが)らかさに、打ち止め(ラストオーダー)と通じるものがある気がして思わず心の中で呟く。

 

そこで一方通行(アクセラレータ)と深城は周囲一帯に、重圧が(とどろ)いたのを感じた。

 

それを発したのはもちろんミーシャで、殺気が重圧となっていたのだ。

 

一方通行(アクセラレータ)に叩き落とされてから立ち上がったミーシャを中心として、地面に降り積もっていた雪は解けて水になる。

 

そしてそれをミーシャは集め、氷の翼を再び造り上げた。

 

その氷の翼は凶悪さを(にじ)み出させながら、夜天へと大きく広がっていく。

 

「露骨な野郎だ。自己紹介のつもりか?」

 

「なんかヤバそうな雰囲気がするよ!?」

 

深城が勘によって声を上げると、一方通行(アクセラレータ)はそんな深城に目を向けた。

 

「オイ。アレを倒したらオマエにもアイツにも知ってること洗いざらい話してもらうからなァ。学園都市製の天使んら知ってること山ほどあンだろォ。例えばエイワスとかなァ」

 

「あの化け物はよく分かんないけど、あれはあたしから造られたものだから大体分かるかも!」

 

「曖昧すぎる回答どォもありがとォ!」

 

深城の言葉に一方通行(アクセラレータ)が吐き捨てるように声を上げるが、その中で一方通行は確信する。

深城もミーシャも確かに怪物だが、エイワスには遠く及ばない。

何故ならエイワスには為す(すべ)もなく叩きのめされたが、深城の翼は操れるし、ミーシャにも攻撃が通るからだ。

 

(勝てる)

 

一方通行(アクセラレータ)が心の中で呟くと、ミーシャの口が動いた。

 

「……hbuiesdfosfnisadofhjohnvouaze──────……」

 

聞き取りにくいとかいう次元ではなく、どこの国でもない言葉で、何を語っているかも一方通行(アクセラレータ)には分からない音の羅列。

 

「……sergv範hy設定……」

 

だが突然一方通行(アクセラレータ)の中で革命が起こり、その言葉の意味が少しずつ分かるようになっていく。

 

「投gre準備……djku完了」

 

天使の言語を自分は理解できた。

そう一方通行(アクセラレータ)が思った瞬間、ミーシャの氷の翼が禍々しく夜天を切り裂いた。

電波塔のアンテナのように天空にいる何かに合図を送るがごとく、ミーシャは翼を高く高く伸ばす。

そして無慈悲にも告げた。

 

命令名(コマンド)『一掃』────投下」

 

夜空が輝いたと思ったら、半径二キロと設定された領域に数千万の破壊の(つぶて)が降り注いだ。

深城と一方通行(アクセラレータ)は礫に貫かれ、地面へと叩き落とされる。

 

『源白! 一方通行(アクセラレータ)!!』

 

深城はとっさにカブトムシを守っており、カブトムシは深城の腕の中で悲痛な声を上げた。

 

「ご……ご……がッ!?」

 

舞いあげられた雪で真っ白になった視界の中、ミーシャ=クロイツェフは変わらずに破壊の象徴として青く輝いていた。

 

そして夜天が再び不気味に輝く。

 

あの一発で終わらないのだ。

 

ミーシャは標的が動かなくなっても、目的の羊皮紙を回収するまで五発でも一〇発でも今の攻撃を放つだろう。

 

一方通行(アクセラレータ)さん……大丈夫……っ?」

 

「問題ねェ……倒せるか倒せないかじゃねェ。叩き潰す理由がありゃ十分だ!!」

 

頑張って起き上がろうとする深城と共に一方通行(アクセラレータ)も体を起こし、ミーシャを見上げる。

 

「第二ko波。攻wager撃準備ws開始。『一掃』再ise投下までnvsp三〇秒」

 

次が必ず来る。絶対に、確実に。

 

この大天使を止められるのは一方通行(アクセラレータ)と深城だけだ。この場にいるのが二人だけだからだ。

 

だから二人は、絶対に譲れないものを守るために再び立ち上がった。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

朝槻真守は意識を取り戻した。

 

真守の能力は流動源力(ギアホイール)

全てのエネルギーを生成、操る能力だ。

そして真守はここではないどこかの世界と繋がっており、そこを統べる力を手にしている。

 

 

そのため真守は自身の生命力の塊である魂をその世界へと移し、フィアンマからの精神攻撃を防いでいた。

 

 

その間、真守の体を守っていたのはここではないどこかの世界にいる住人だった。

 

真守を神と仰ぎ見て、真守を必要とする者たちだった。

 

それでも彼らに形はないし、ただそこに存在があるというだけ魂と呼べるものを持っているわけではない。

 

それでも彼らは自分たちが仰ぎ見る神である真守のことを守ろうとする。

 

真守の味方になろうと奮闘する。

 

だが彼らは真守以外をうまく認識できないため、真守を全ての脅威から守ろうとその力を無茶苦茶に振るうだろう。

 

手当たり次第に、何もかもを食い散らかす。

 

 

その様子を見た時、垣根帝督は全てを知るだろう。

 

 

自分がどういった存在で、どういった運命を仕組まれていて。

 

そして全てを知った垣根帝督は、そこで初めて自分の道を自由に選ぶことができるようになる。

 

その道が、自分から離れていく道だとしても真守は良かった。

 

人間は自由に生きていけるのだから、その資格を持っているのだから。

 

それを信じているからこそ、真守は垣根が自由に生きられることをただ一心に祈っていた。

 

垣根帝督は、自分の道を選んだ。

 

その道はどうやら自分と一緒にいることだと、真守は察した。

 

何故なら。

 

 

垣根が自分のことを抱き上げて、柔らかで安堵した表情で自分を見下ろしていたからだ。

 

 

真守はそんな垣根の頬へと手を伸ばす。

すると垣根は真守の手をそっと握って、自分の頬へと誘導した。

 

「よお。帰ってきたか、お姫さま?」

 

真守が垣根の頬に触れると、垣根は真守が完全に覚醒したと知ることができて、柔らかく微笑む。

 

そんな垣根を見て、真守は口を開いた。

 

「………………時期を見て、話そうと思ってたんだ」

 

真守は柔らかく垣根の頬に触れながらしっかりと口を開く。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それをアレイスターは利用して『計画(プラン)』に組み込んだ。私を神さまとして必要とした存在がアレイスターにもどんなものか分からなかったから、とても慎重になって色々と画策していたんだと思う」

 

真守は顔をしかませながらもまっすぐに垣根を見上げる。

垣根は真守に柔らかな視線を向けたままだ。

真守はそんな垣根へ、ゆっくりと真実を伝える。

 

「アレイスターは全ての偶然を利用しようとする。でも、どこまでが偶然でどこからが仕組まれたことかは私にも分からない。……だから、垣根の大切なあの子が死んでしまったことも、アレイスターが仕組んだことかもしれない」

 

真守はそこで言葉を切って、悲痛な表情を浮かべた。

 

「だから垣根にどう真実を話せばいいかとっても考えた。全部仕組まれたものだって知ったら、絶対に垣根が傷つくから」

 

真守は垣根の頬をゆるゆると撫でながら自分の気持ちを吐露する。

 

「私の気持ちも垣根の気持ちも本物だ」

 

一番理解してほしい事実を、真守は垣根に伝えた。

 

「だからこそ、なおさら話すタイミングが大事だと思ったんだ。だから今まで秘密にしてた。ごめんな、垣根」

 

真守が苦しそうに告げると、垣根は肩から力を抜いて微笑んだ。

 

「真守」

 

そして真守が自分の頬に添える手に重ねた自分の手に力をゆっくり込めて、真守の手を柔らかく握った。

 

「お前が俺のことを大事に想ってくれてるのはもちろん分かってる。だから別に怒ってねえ。お前がずっと苦心してたのは、俺だって分かってた」

 

真守はそれを聞いて切なそうに顔をしかめる。

 

「そんなお前から離れる理由がどこにあるんだよ。それに全部仕組まれてたとしても、今更お前を手放せるわけねえだろ。あの街で暮らしてるなら、何もかも仕組まれてるに決まってる。そんな街でお前と生きていくって決めたんだ。一々怒るわけねえだろ」

 

真守は垣根の言葉を聞いて、うるうると瞳を(うる)ませた。

 

 

「俺がお前を想う気持ちは本物だ。この気持ちは俺のモンだ。誰にも穢せない、俺だけが持てる気持ちだ。……ちゃんと分かってる」

 

 

垣根はそして一つ笑って、自分の気持ちを真守に伝えた。

 

 

「俺は、お前と一緒に生きていく。絶対に一人にはしない。ずっと一緒だ」

 

 

真守は鼻をスンと鳴らして、かすれた声を出した。

 

「…………本当に、それでいいの?」

 

「ああ。俺がこの能力を持って生まれたのは俺が俺だからだ。お前だって神サマになるために生まれてきた。俺たちが惹かれあうのは決まっていた。お前の言い方じゃ、アレイスターがそれを利用しただけなんだろ」

 

垣根はそこで言葉を切って、いたずらっぽく微笑んだ。

 

「だったらこういうのを、運命って言うんじゃねえの?」

 

真守は感極まった様子で息を呑む。

垣根が分かってくれて、でもそれでも申し訳なくて。

真守は切なそうに微笑んだ。

 

「そう思ってくれるの?」

 

真守が再度問いかけてくるので、垣根はふっと笑った。

 

「運命なんてのは免罪符だがな。……何があろうと俺はお前を離さない。お前は俺にとって一番大切な女の子なんだからな」

 

そこで垣根は笑いながら真守の薄い下腹部を柔らかく押した。

 

「ふぁ」

 

真守が突然垣根にお腹を触られて甘い声を上げると、垣根は意地悪く笑った。

 

「それにじっくり仕込んで俺好みにしたんだ。神サマなんて誰にも穢せないものに俺だけが手を出せる。そんな特権を手放すバカがどこにいるんだよ」

 

真守は垣根をぽかんと見上げた後、恥ずかしそうにムッと口を尖らせて顔をしかませる。

 

「……………………かきねのばか。えっち。信じられない」

 

ぷんぷん怒っている様子の真守だが、垣根が自分にいたずらをするほどに穏やかな気持ちになっているのが真守はとても嬉しかった。

そんな真守を垣根は柔らかく抱きしめた。

 

「お前はもう、俺に後ろめたいなんて思わなくていいから」

 

真守は垣根の背中に手を回しながら目を伏せる。

 

「………………垣根、ごめんな。ごめん、……本当にごめんなさい」

 

「なんで謝るんだよ」

 

「私、エリザリーナ独立国同盟に来たら垣根が欲しい未来を手に入れられるって言われたんだ。右方のフィアンマをどうにかしなくちゃいけなかったし、丁度良いと思った」

 

真守は垣根の体の異変を一身に感じて、震える声で告げた。

 

「でもお前が体を失うって分かってたら、絶対にお前を連れてこなかった。私があいつの言うこと真に受けたのが悪いんだ。やっぱり言う通りにしなければ良かった。ごめんなさい」

 

「お前が誰に言われたか、じっくり腰据えて話してもらうからな」

 

垣根は厳しい声を出したが柔らかく笑い、真守の首筋に頬を摺り寄せた。

 

「いつかお前と一緒にいるために造り替えなくちゃならなかった体だ。フィアンマのクソ野郎に壊されたことは気に食わねえが、元々この体に未練はない。お前が気にしてる方が心底嫌だ。吐き気がする。……だから、気にしないでくれ」

 

真守はスンッと鼻を鳴らしながら、垣根から体を離して、まっすぐ垣根を見上げた。

 

 

「私は垣根の心も体も、その能力も全部欲しい」

 

 

真守から自分の全てが欲しいと直球で言われて、垣根は嬉しくて目を細める。

 

「人の心としても神さまとしても、垣根が欲しい。私は神さまとして役割を果たさなくちゃいけない。でもそれ以外は全部垣根にあげる。……だから一緒にいて」

 

「当たり前だろ。そんなこと」

 

真守が切実に告げると、垣根は間髪入れずに答えた。

 

「お前の全部は俺のモンだ。俺のモンも全部お前にくれてやる。だからずっと一緒だ、真守」

 

真守はそれを聞いて、本当にうれしくてぽろっと涙を一つ零した。

垣根はそんな真守の涙を(すく)ってやって、涙を優しく指で拭く。

 

「垣根」

 

真守はそんな優しい垣根の名前を呼んで、ふにゃっと微笑んだ。

 

「だいすき」

 

本当に親しい人にしか見せない真守のその笑みを見て、垣根も柔らかく微笑んだ。

 

「俺もお前のこと、愛してる」

 

そして垣根は真守のその唇にキスをした。

長いキスの後、真守は熱い息を吐きながら垣根をとろっとした表情で見上げた。

その様子が本当に愛おしくて。垣根は真守のことを再び抱き寄せた。

 

「あのな、垣根。深城が来ているんだ。私の天使が」

 

真守が垣根にぎゅっと抱き着きながら告げると、垣根は頷いた。

 

「ああ、分かってる。一緒に行く」

 

垣根は真守から体を離して、真守のことを起こしてあげる。

垣根と一緒に立ちあがった真守は柔らかく笑った。

 

「私幸せだよ、垣根。これからずっと幸せで、とっても嬉しい」

 

「ああ。……俺もだ」

 

垣根は自分よりも二〇㎝も身長が低い真守に目線を合わせ、コツッとその額を合わせた。

 

神さまになって真守が遠くに行ってしまったと垣根は思っていた。

 

だがこの時、垣根は神さまになってしまった真守のことを完全に理解することができた。

 

本当の意味で、垣根は大切な存在と心を通わせられるようになった。

 

そんな垣根に、もう怖いものなんて何もなかった。

 

「真守、行くぞ」

 

「うん」

 

だからこそ垣根は真守にそう不敵に告げた。

 

真守もふっと柔らかく微笑み、頷いた。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

ミーシャと戦っていた一方通行(アクセラレータ)と深城だが、突然二人の前でミーシャに異変が起こった。

 

誰かにその力の大半を根こそぎ奪われ、そしてミーシャを構築するための何かが壊されたからだ。

 

そこを突いた学園都市の超能力者(レベル5)と科学の天使の猛攻を受けたミーシャ=クロイツェフは、ロシアの夜天に大天使の咆哮を炸裂させた。

 

その咆哮と共にミーシャの存在がブレる。

 

天使の力が枠にはまることができなくなり、莫大な量の純粋なエネルギーに戻ろうとしている。

 

それは最早爆弾であり、周囲を盛大に吹き飛ばすことは必至だった。

 

「……場違いだろォが、何だろォが……そンな事は問題じゃねェ」

 

一方通行(アクセラレータ)はそこで灰色の竜巻のような翼を展開しながら告げる。

 

「たった一つの幻想を守り抜くためなら、俺はどンな現実とだって立ち向かってやる!!」

 

「……そぉだよ。何も問題なんてないんだよ!」

 

一方通行(アクセラレータ)が飛翔する中、深城もそれに同意し、深城も一方通行(アクセラレータ)の後を追って飛翔した。

 

「絶対に守りたいのがあるの……」

 

深城はキッとミーシャ=クロイツェフを睨みつけて叫ぶ。

 

「真守ちゃんの信じるものを守りたいの!!」

 

「そォだ……そォなンだよ!! ……だからやってやる。やるしかねェ!!」

 

一方通行(アクセラレータ)は深城の叫びに同意して、そして叫んだ。

 

「抑え込めェェェえええええ──────!!!!」

 

一方通行(アクセラレータ)の求めに応じた深城は、一方通行に全力でAIM拡散力場をぶつけた。

 

その力を一方通行(アクセラレータ)は操って壁にして爆発を囲うように設置する

 

爆発は一方通行(アクセラレータ)が作り上げた壁によって(おお)われるが、その壁を斬り裂こうとせんばかりにその力を増大させる。

 

一方通行(アクセラレータ)は必死に抑え込もうと踏ん張った。

 

そんな一方通行(アクセラレータ)を深城は支えた。カブトムシも微力ながら力を貸した。

 

時間にして刹那の一瞬だった。

 

それでも。全てを破壊し尽くさんという爆発は二人と一匹の手によって防がれた。

 



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第一五六話:〈頂点集合〉で救いを手に

第一五六話、投稿します。
次は一月三〇日日曜日です。


一方通行(アクセラレータ)は人工天使、源白深城と共に『神の力(ガブリエル)』、ミーシャ=クロイツェフを見事打ち倒した。

 

自分は無事だったが、先程から自分と一緒に戦った人工天使である源白深城が見当たらない。

 

だが彼女はきっと大丈夫だ。

 

何故ならば、今ここに。

 

彼女の『神』である朝槻真守がいるのだから。

 

(あお)みがかった自分の身長よりも長いプラチナブロンド。その真上には六芒星を(もと)にした幾何学模様でできた転輪。

 

宇宙の煌めきを閉じ込めたような肢体。それを包み込む表面がパール加工されているのか虹色に光る結晶でできた豪奢な純白のドレス。

 

蝶の(はね)翅脈(しみゃく)のような蒼閃光(そうせんこう)で作られた後光からは、その翅脈(しみゃく)の線を形作っている、連結された小さな歯車が噛み合ったことで荘厳な音楽が奏でられていた。

 

そして六対一二枚の互い違いの純白と漆黒の翼。

 

あの白と黒の翼。

 

きっと人々はあの互い違いの翼を美しいが故に醜いものだと思うのだろう。

 

だが一方通行(アクセラレータ)は美しいも醜いも思わなかった。

 

祈りも悪意も、それら全てを抱いて愛することができる真守にぴったりで綺麗な翼だと、真守の真の姿を見た一方通行(アクセラレータ)は思った。

 

真守の(かたわ)らには、もちろん垣根帝督がいた。

 

おそらく垣根は真守のことを探して自分と打ち止め(ラストオーダー)の前をロシアの車で横断していったのだろう。

 

そして再び真守をその手中に収めたのだ。

 

そんな真守と垣根の後ろには、一つの車が守られるように停められていた。

 

その中では番外個体(ミサカワースト)が、かつて自分たち妹達(シスターズ)を助けた少女の変わり果てた姿に微妙な顔をしており、その後部座席では変わらずにぐったりとしている打ち止め(ラストオーダー)の姿も見られた。

 

真守は先程の大天使の爆発の余波で吹き飛ばされそうになった乗用車を垣根と共に守っていた。

 

その証拠に、真守と垣根が立っている後方だけが無事で、壁のような雪崩が真守と垣根を避けている。

 

大天使の爆発は深城と一方通行(アクセラレータ)が何とかできると察した真守は、一方通行の大事なものを守るために動いたのだ。

 

出会った時から朝槻真守は、誰かが頑張るのを応援するのが好きだった。

 

だから頑張っている一方通行(アクセラレータ)の支援をしたいと今も動いたのだろう。

 

「……オマエはいつだってそォだ」

 

一方通行(アクセラレータ)は悲鳴を上げている体を懸命に動かし、雪の地面に杖を突いて真守へと近づいた。

 

「いつだってオマエは俺の先を行って、そして助けてくれるンだ。俺に進むべき道を見せてくれるンだ」

 

一方通行(アクセラレータ)が穏やかに笑いながらそう告げる中、真守も柔らかく微笑んだ。

 

「お前が頑張っているから、私はお前を助けたいっていつも思うんだ」

 

そこで真守は一方通行(アクセラレータ)に向けて細めていた目で、違う方向を見た。

 

そのエメラルドグリーンの瞳は無機質で誰もが恐ろしく感じるのだろうが、一方通行(アクセラレータ)は彼女の人となりを知っているので全く怖くなかった。

 

むしろよく自分を見つめてくれて、よく目を細めて笑いかけてくれたと感謝するほどだった。

 

真守のことを神聖視している一方通行(アクセラレータ)は、真守が視線を向けた自分の後方に目を向けた。

 

「真守ちゃん……」

 

弱弱しく声を上げたのは、体が薄くなって姿が立体映像のようにブレている深城だった。

 

「深城」

 

真守が柔らかく両手を広げて深城の名前を呼ぶと、深城はぼろぼろと透明な涙を(こぼ)した。

 

「真守ちゃ……ん!!」

 

深城は空気に今にも解けてそうな体を懸命に動かして真守の胸へと飛び込み、ギューッと抱き着いた。

真守は胸に飛び込んできた深城の頭にそっと頬を寄せてキスをする。

深城の隣ではカブトムシがその(はね)で飛んでおり、真守はそんなカブトムシに手を伸ばした。

 

「帝兵さん。少し干渉するぞ」

 

真守はカブトムシに断りを入れてから干渉する。

 

真守はカブトムシに干渉し、学園都市に蔓延するAIM拡散力場をカブトムシのネットワークを介してこの場に引き出した。

 

そしてそれを操って真守は深城を包み込む。

 

真守がカブトムシから引き出したAIM拡散力場を基に深城の体を補うと、深城のブレて立体映像のように透明になっていた体が質感を取り戻していって、消えかけていた足がきちんと元通りになる。

 

「帝兵さん。深城はまだ不安定だから、しばらく離れないで頭の上に乗ってあげてくれ」

 

真守は深城を抱きしめたまま深城に力を供給し続けているカブトムシにそう指示すると、カブトムシは深城の頭にちょんっと乗った。

 

体が元通りになった深城はぐすぐすと鼻を鳴らして自分の体を作り上げてくれた真守をぐしゃぐしゃの顔で見つめる。

 

「怖かった~!!」

 

えっぐえっぐとしゃくりあげて深城が叫ぶので、真守は深城のことを優しく抱きしめる。

 

「あたっあたし……っ殴ったことも、ケンカしたこともなくてぇ……真守ちゃんに、守られてばっかりだったから……あたし……戦うのがこんなに痛くて怖いことだと知らなかったあ~!!」

 

「そうだな、深城。初めてなのによく頑張った。偉いぞ」

 

((初めて殴ったのが天使なのもある意味最強だな))

 

深城が泣いているのを真守が慰めているのを見ていた垣根と一方通行(アクセラレータ)は思わず心の中で寸分たがわず同じことを考える。

 

同じ思考をしていると感じた二人はバチッと目を合わせて、そして同時に何とも言えない気持ちになった。

 

だが二人共、不快感を覚えたわけではない。

 

先程全身全霊で力をぶつけ合ったのだ。

 

だからむしろ、清々しい気持ちで二人はそこに立っていた。

 

だがいつまでも大天使を打ち破った事に喜んでいる場合ではなかった。

 

打ち止め(ラストオーダー)を救う方法が見つかっていないのだ。

 

羊皮紙の使い方も分からないし、戦争は激化していく一方だ。

 

学園都市からの追手も来る。早く打ち止め(ラストオーダー)を救う手立てを見つけなければならない。

 

「えっぐ、えっぐ……うぅ……一方通行(アクセラレータ)さんは、打ち止め(ラストオーダー)ちゃんを助けにエイワスに言われてロシアに来たんだよねえ?」

 

深城は涙を真守に(ぬぐ)ってもらいながら焦る一方通行(アクセラレータ)の方を見る。

 

一方通行(アクセラレータ)が頷くと、深城は真剣な表情をして一方通行の方を向き直った。

 

「九月三〇日にね。インデックスちゃんが……あたしの友達が、打ち止め(ラストオーダー)ちゃんを助けてくれたの」

 

「!?」

 

一方通行(アクセラレータ)は突然深城から放たれた言葉に驚愕して、そんな一方通行に深城は続きを告げた。

 

「正確には打ち止め(ラストオーダー)ちゃんの頭の中に入ってたウィルスをとある歌で取り除いたの。AIM拡散力場をミサカネットワークで束ねるのが打ち止め(ラストオーダー)ちゃん。その打ち止め(ラストオーダー)ちゃんの精神を縛ることであたしを『天使』にしてたから、その『結び目』を解けばいいって」

 

「その歌はテメエに分かンのか!?」

 

一方通行(アクセラレータ)打ち止め(ラストオーダー)を救う手立てがあるとして声を大きくすると、深城はコクッと頷く。

 

「でもアレはあたしの形式(フォーマット)で表せない歌なんだ。だからあたしは教えてあげられない。けれど打ち止め(ラストオーダー)ちゃんの頭の中にも入ってるよ。そっちの方が電子的に処理していあるから扱いやすいと思う。……でもね、一つやらなくちゃいけないことがあるの」

 

「なンだ!? 早く言え!」

 

「アレはあたしに対応している歌なの。エイワスには通用しないと思う。でもそれなら、エイワス用に歌のパラメータを書き換えればいいんだよ。……そのエイワスのパラメータだけど、それは一方通行(アクセラレータ)さんも知っているはずだよ。だってアレに会ってるんでしょう?」

 

一方通行(アクセラレータ)は自分が急かした深城の口から放たれた言葉に沈黙する。

 

確かにエイワスには会った。

 

だが一方通行(アクセラレータ)はエイワスから攻撃を受けただけでエイワスのパラメータなんか知らない。

 

そこまで考えた時、一方通行(アクセラレータ)の脳内に衝撃が電撃のように駆け巡った。

 

エイワスから受けた攻撃を一方通行(じぶん)は『反射』しようとした。

 

だが『反射』は効かずに、それどころか対抗策が一つも思い浮かばなかった。

 

自分は完璧に叩き潰された。

 

だがエイワスの攻撃に()()()()()()()()()()()()()()()

 

一方通行(アクセラレータ)は既にエイワスから受けた『正体不明の法則』を自身の体に入力していた。

 

だが『正体不明の法則』な故に一方通行(アクセラレータ)の中に存在する知識で対抗できなかったから、一方通行はエイワスの攻撃を真っ向から受けることになった。

 

既に一方通行(アクセラレータ)はエイワスから『正体不明の法則』の一部である『情報』を受け取っている。

 

その『情報』を正体不明と割り切ってはいけない。ブラックボックスにしてはいけない。

 

違和感を違和感として処理できるならば、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

実世界には存在しない、机上の計算を解き明かすためだけの数字を思い浮かべればいい。

 

一方通行(アクセラレータ)はそこで(ふところ)から羊皮紙を取り出した。

 

この羊皮紙の中身は虚数に似た架空の数字を織り交ぜた、たった一行の『特異な物理公式』を入力すれば浮かび上がるまでは解析ができていた。

 

その『特異な物理公式』は重要じゃない。

 

自分のルールで羊皮紙に書かれているパズルが解けることこそが重要だったのだ。

 

自分の頭の中で粒子加速装置(アクセラレイター)を再現して、限りなく本物に近い推論を()()()()()()()弾き出せると一方通行(アクセラレータ)が気付くためのヒントがこの羊皮紙だったのだ。

 

粒子加速装置(アクセラレイター)

 

宇宙の始まりを再現するために幾つかの物理的な現象を再現して確認し、ビッグバンが『あったであろう』と確定するために使われた装置。

 

朝槻真守は一方通行(アクセラレータ)と初めて会った時から既に、一方通行の能力の本質が粒子加速装置(アクセラレイター)であることを察していた。

 

だから真守は一方通行(アクセラレータ)の頭の中にある粒子加速装置(アクセラレイター)の外から干渉することで、その定義を打ち破ることができたのだ。

 

一方通行(アクセラレータ)も、自分の能力の本質を知っていた。

 

自分の能力名を定めた時から、ずっと自分の能力の本質に気が付いていたのだ。

 

気付かなかっただけで、答えは最初から一方通行(アクセラレータ)の中にあった。

 

エイワスはロシアへ行けと言ったが、あの化け物はそこに打ち止め(ラストオーダー)を救う方法が丸ごと置いてあるとは確かに言っていなかった。

 

番外個体(ミサカワースト)。……話は聞いてたな?」

 

最終信号(ラストオーダー)が他の妹達(シスターズ)と共有させているバックアップから歌のデータを抽出して来いって? けけっ。それを私にさせる辺りに皮肉が効いてるわねえ。……いいわよ。やってあげる」

 

番外個体(ミサカワースト)一方通行(アクセラレータ)の考えを読み取って了承した瞬間。

 

 

夜天が大きく開いた。

 

 

人為的に配置された夜空の闇に放射線状の亀裂が走る。

 

その亀裂は縦横無尽に夜天を裂き、音もなく広がっていく。

 

そしてその向こうから黄金の光の粒が無数に舞い降りた。

 

絶えず降り注ぐその黄金の粒は次々とカーテンのように光の(おび)を生んだ。

 

あの黄金の正体は莫大な『天使の力(テレズマ)』。

 

 

右方のフィアンマは天使を呼び出したのではなく、天使のいる世界をこの世界に呼び出したのだ。

 

 

世界の天は変貌した。

 

後は地の底を組み替えるだけである。

 

そうすれば世界は右方のフィアンマの望む世界へと変わる。

 

真守はそこで、遥か天に浮かぶベツレヘムの星を見上げた。

 

『右方のフィアンマ』

 

そして、真守は右方のフィアンマにパスを繋げて声を届けた。

 

一方的な声だ。

 

それでも真守は右方のフィアンマが吐き出す息と吸い込む息で脳の稼働率を測り、彼が何を考えているか手に取るように理解することができる。

 

そのため意思疎通は可能だった。

 

『お前はこの世界を歪んでいるものとして見ているようだが、私はそうは思わない』

 

『四大属性が歪みを見せているこの世界が歪んでいないだと? ふざけたことを言うな』

 

真守の言葉に右方のフィアンマは頭の中で思考して応える。

 

彼は既に右手を完成させている。

世界を救う手立ては自分の手の内にある。

そんな満ち足りた思いで思考が満たされていた。

 

『ふざけてなんかない。本当に歪んでいないんだ』

 

真守は即座に否定してフィアンマへと真実を放った。

 

『世界は十字教の時代を終えて、新たなる世界へと踏み出そうとしているんだ。「変化」しないお前はそれを歪みと受け取るが、私は違う。私は流動源力(ギアホイール)という能力を持っている。だから分かる』

 

真守の能力、流動源力(ギアホイール)の本質とは、『世界の仕組みを動かし続け、そして絶えず世界を進み続けさせる』ことにある。

 

真守は『進化』しつつ、そこに()り続ける。

右方のフィアンマは『変化』せずに、ただそこに()り続ける。

そこに両者の考えの違いがあるのだ。

 

()り方に明確な違いがあるからな。だからお前と私は相いれない。それでも、一つ忠告しておく』

 

真守は古いルールで世界を救おうと躍起になっているフィアンマへと重大なことを伝えた。

 

『「ソレ」はお前の幻想など容易く食い殺すぞ』

 

「真守?」

 

真守が最後に忠告すると、垣根が真守に声を掛けてきた。

真守が垣根を見上げると、垣根は顔をしかめて真守を見つめていた。

 

「世界が戻ろうとしている。だから私にはやらなければならないことがある」

 

垣根は真守から放たれた言葉によって、嫌な予感がして途端に苦しくなる。

 

「またどこかに行くのか?」

 

「ううん。どこにも行かないぞ」

 

真守は不安になって苦しくなっている垣根に向けて、微笑を浮かべた。

 

「ここでできることだから。それに垣根のそばが私の居場所だ。絶対に、絶対に離れない。だって垣根の全部をもらったんだから。私の全部を垣根にあげたんだから」

 

真守はそこで言葉を切って、垣根にふにゃっとした笑みを向けた。

 

「これからずぅっと一緒だ」

 

垣根と永遠を共にすると口にした真守だったが、それでも少し距離を取らなければならないため、真守は音もなく地面から足を離した。

 

垣根は一瞬たりとも真守が自分から離れるのが許せなかった。

 

だがそれを理解している真守がそれでも離れなければならないと考えるならばしょうがないか、と拗ねた顔で真守を見上げていた。

 

真守はそんな垣根を見て小さく笑うと、深城とカブトムシに視線を移した。

 

深城は柔らかな慈愛の笑みを浮かべていた。

 

カブトムシは自らに名前を付けてくれた愛しい存在を、ただ一心にそのヘーゼルグリーンの瞳で見つめていた。

 

真守は一人と一匹に目を向けた後、打ち止め(ラストオーダー)を救おうとしている一方通行(アクセラレータ)番外個体(ミサカワースト)を見た。

 

一方通行(アクセラレータ)が新たな一歩を踏み出そうとしている姿に目を細めた後、真守はこの世で最も愛しい人を見つめる慈愛に満ちた視線を垣根に向けた。

 

そして垣根の両頬にゆっくりと手を添える。

 

垣根は不機嫌な顔をしていたが、それでも自分を納得させて真守が飛び立つのを待っていた。

 

垣根の存在を一身に感じた真守は垣根の両頬から手を離し、祈りと悪意を肯定する白と黒の翼で、ゆっくりと空へと飛び立っていく。

 

身を(ひるがえ)して態勢を立て直し、一○○メートルほど飛翔すると空中で停止した。

 

そして祈るように手を組み、無機質なエメラルドグリーンの瞳をそっと伏せた。

 

世界は今、十字教の形式(フォーマット)に再び戻されそうになっている。

 

変わり果てた天に合わせるように、地の底にある全ての歯車の再調整と、それを円滑に動かすための装置の設置が各地で行われ始めている。

 

「変わらなものなんてない。そして、世界は混沌で満ちている」

 

真守はこの世界を全身で感じて、慈愛に満ちた穏やかな声で言葉を紡ぐ。

 

「だから多くの可能性を秘めているんだ。そんな世界を『変化』のない世界にする道理はない」

 

朝槻真守の能力の本質は世界の()り方を変化させつつ、進み続けさせることだ。

 

だから真守は世界を一つ前の時代に戻そうと浄化を担う天を討ち滅ぼすことができる、唯一の対抗策だ。

 

真守には世界を一つ前に戻したくないという気持ちがある。

 

そして。

 

世界中には、真守と同じ気持ちで世界が変わってしまうことに抗う人々がいた。

 

それに加え、地上も一つ前の時代に戻ることを拒んでいた。

 

その結果、天から地上へと凄まじい力が降下して世界を蝕もうとしている。

 

真守はそこで、強大な力に立ち向かう人間と改変を拒む地上の手助けをした。

 

真守は絶対能力者(レベル6)として全ての人間に疑似的なパスを繋げることができ、そこから自分の力を分け与えることができる。

 

第三次世界大戦でいがみ合っている人間。

 

科学を崇拝する人間も魔術を崇拝する人間も。

 

 

全てに分け隔てなく、真守は全人類へとパスを繋げて人間の活力になる生命力を送り込んだ。

 

 

『お前たちの可能性を信じている』

 

その言葉を添えて、真守は大きく翼を広げた。

 

蒼閃光(そうせんこう)(ほとばし)る。

 

それと同時に、歯車が規則的に回り続けることで発される荘厳な音楽が辺りに響き渡る。

 

ロシアにいた人々は黄金のとばりを打ち破るとある奇蹟を目撃した。

 

 

黄金の天を貫く(あお)き救済の光と、それを祝福する荘厳な音楽を聞いた。

 

 

その最中、一方通行(アクセラレータ)は歌った。

 

自分の命よりも尊く輝く命を持つ、愛しい者のために。

 

その大切なものを守り抜けるようになるために。

 

体中の血管が爆発して血が流れようとも。

 

内臓が傷つき悲鳴を上げようとも。

 

ただひたすらに祈って、歌を紡いでいた。

 

大切な少女を救うために、歌い続けていた。

 

そんな一方通行(アクセラレータ)は既に悪党ではなかった。

 

善人でも悪人でもなく、人間でも怪物でもなく。科学や魔術にも囚われない。

 

一方通行(アクセラレータ)は一方通行という人物で、それ以外に当てはまる言葉はその姿にはなかった。

 

そんな一方通行(アクセラレータ)の姿を、かつてこの世界で一番の憎悪を向けていた垣根帝督は見つめていた。

 

世界を一つ前の時代へと戻さないように戦っているこの世で最も大切な少女の代わりに。

 

ただただ柔らかく、穏やかな慈愛の目を向けて。

 

やっと分かったのかよ、と呆れながらも安堵した表情で、微笑を浮かべていた。

 



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第一五七話:〈事態収束〉してあるべき場所へ

第一五七話、投稿します。
次は一月三一日月曜日。旧約最終回です。


一方通行(アクセラレータ)は知らず知らずのうちに魔術的に歌った歌によって傷ついた体に力が入らず、膝から崩れ落ちた。

 

もうこれ以上は歌うことができない。これ以上歌ってしまったら死んでしまうという確信があった。

 

だがこれ以上歌を続ける意味なんてない。

 

一方通行(アクセラレータ)は満ち足りた表情でそう感じていた。

 

「……大、丈夫……? って、ミサカはミサカは尋ねてみたり」

 

そんな満ち足りた気持ちを抱えながらも、視界が揺らぎ息を切らしていると、小さな声が聞こえてきた。

 

一方通行(アクセラレータ)がずっと聞きたかった声。

 

彼女の声は、もう命をいつでも失いかねなかった状態ではなかった。

 

もう大丈夫だ、と一方通行(アクセラレータ)は確信する。

 

確信すると、とっさの行動を取っていた。

 

震える両手を伸ばして、一方通行(アクセラレータ)打ち止め(ラストオーダー)の体をそっと抱き寄せた。

 

もう二度と失いそうにならないために。

 

もう二度と離さないために。

 

強く、優しく、自身の最後の希望を抱きしめた。

 

「……良かった……」

 

ぽそっと呟かれた一方通行(アクセラレータ)の声は震えていた。

 

「ちくしょう。良かった。本当に良かった……ッ!!」

 

一方通行(アクセラレータ)は自分が失ったと思っていた、もう既に自分の中にないと思っていた温かい感情と共にその言葉を吐きだした。

 

打ち止め(ラストオーダー)は意識が朦朧(もうろう)としており、命を失いそうになっていた時のことは何も覚えていない。

 

それでも一方通行(アクセラレータ)が自分のことを助けようと動いてくれたことだけは理解していた。

 

だからその小さな手を一方通行(アクセラレータ)の小さくなった背中に回して、ゆっくりと抱きしめた。

 

一方通行(アクセラレータ)打ち止め(ラストオーダー)の存在を確かに感じて、心の中で呟く。

 

(確かにこの世界は冷たく、厳しく、どォしよォもないくらい悪意に満ちている。だが、テメエの意思で手を伸ばせば足掻いて足掻いた先に必ず光が存在するンだ。その一筋の光を奪い取るほどには、この世界は絶望的じゃなかったってことか)

 

一方通行(アクセラレータ)さん」

 

一方通行(アクセラレータ)はそこで声を掛けられ、打ち止め(ラストオーダー)の後ろに立っていた人物を見た。

 

そこには歩行するための八本足の義足を腰から伸ばして立っている八乙女緋鷹の姿があった。

 

彼女はアメンボのように水の上を滑るかのように八本足を動かして一方通行(アクセラレータ)に近づく。

 

「……アイツの配下か。アイツはどォした」

 

「大丈夫。オーバーヒート気味だけどすぐに回復するわ。ただマズいことがあるの」

 

緋鷹は真守の無事を一方通行(アクセラレータ)に伝えながら空を見上げた。

 

そこには学園都市製の超音速爆撃機が数機、襲来していた。

 

「学園都市が俺やこのガキを『回収』しに来てンのか」

 

「ええ。真守さんや私たちに学園都市は手を出せないわ。でもあなたは違うし、彼らはあなたの懐のモノを何が何でも回収しないといけないみたい。……それでもあなたを見捨てたりしないわ。だって真守さんはあなたを生き写しのように大切に扱っているのだから」

 

「支援はするって事かァ?」

 

一方通行(アクセラレータ)がハッと嘲笑するように快活に笑うと、緋鷹は腕を組みながら頷く。

 

「あの人は人のことを助けるのが大好きだから。私もそうしたいと思っているわ」

 

「……良かった」

 

一方通行(アクセラレータ)はそこで思わず安堵の言葉を(こぼ)した。

 

緋鷹がその言葉にきょとんと不思議そうな顔をすると、一方通行(アクセラレータ)打ち止め(ラストオーダー)を抱き寄せてそっと呟いた。

 

「アイツが幸せな世界にいられて、本当に良かった」

 

「……あなたも、あの人のいる幸せな世界の一員なのよ」

 

緋鷹が柔らかく微笑むと、一方通行(アクセラレータ)打ち止め(ラストオーダー)から離れて懐の羊皮紙に触れた。

 

「そォか。コレは交渉に使えンのか。……なァ。このガキを頼めるか?」

 

一方通行(アクセラレータ)は緋鷹に打ち止め(ラストオーダー)を託す選択をした。

 

真守の配下ならば、打ち止め(ラストオーダー)をきちんと保護してくれると分かっているからだ。

 

「あなたの代わりに守ってみせるわ。もちろん、あの大きい子もね」

 

「どこへ行くの、ってミサカはミサカは質問してみたり」

 

緋鷹がしっかりと頷く中、打ち止め(ラストオーダー)は自分から離れようとしている一方通行(アクセラレータ)を見上げた。

 

「どこへも行かないよね、ってミサカはミサカは確認を取ってみる」

 

「心配はいらねェよ。すぐに終わらせる」

 

一方通行(アクセラレータ)打ち止め(ラストオーダー)を安心させるように微笑む。

 

「嫌だよ。ずっと一緒にいたいよ、ってミサカはミサカはお願いしてみる」

 

「……そォだな」

 

打ち止め(ラストオーダー)(すが)るように自分を見上げてくるので、一方通行(アクセラレータ)はそっと笑った。

 

「俺も、ずっと一緒にいたかった」

 

一方通行(アクセラレータ)はその言葉を放ち、黒い翼を広げた。

 

だが次の瞬間、黒い翼は根元から純白へと変化していき、柔らかな真っ白な羽根に包まれていく。

 

そして頭に黄金の天使の輪を浮かべて、一方通行(アクセラレータ)はその白い一対二枚の翼によって打ち止め(ラストオーダー)から離れていく。

 

打ち止め(ラストオーダー)が息を呑み、両手を上げて駆け寄ろうとするが、一方通行(アクセラレータ)はゆっくりと天に飛翔していく。

 

打ち止め(ラストオーダー)は遠くなっていく一方通行(アクセラレータ)へと手を向けて見上げ続けるが、緋鷹に肩を抱かれて緋鷹を見上げた。

 

「心配しなくても、あなたの天使は帰ってくるわ」

 

緋鷹が笑いかけると、打ち止め(ラストオーダー)はゆっくりと頷いた。

 

そして学園都市の超音速爆撃機へと迫る一方通行(アクセラレータ)の姿を、ずっと見守っていた。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

朝槻真守は、そっと目を開けた。

 

世界が変わる事に抗っている人々を支援して、一つ前の時代に戻されようとしていた世界を救った。

 

それと並行して世界を穿つ力から世界を守ったので、流石の絶対能力者(レベル6)でも演算領域がオーバーヒートを起こしたらしい。

 

白い雲で(おお)われた景色がぼうっと見える中、真守は自分の体が視界に入った。

 

純白のコート。その下には、真っ白な自分の所属する高校のセーラー服を着用していた。

 

下着もニーハイソックスも靴でさえ、垣根が未元物質(ダークマター)で造り上げてくれたものを真守は身に着けていた。

 

今の真守は絶対能力者(レベル6)として覚醒した姿ではない。

 

翼も転輪も服も全て形を失い、完璧に人に戻って素っ裸になってしまった。

 

そのため垣根が未元物質(ダークマター)で造って着せてくれたのだ。

 

真守は優しく自分のことを抱き上げてくれている少年に向かって口を開いた。

 

「……………………かきね」

 

真守が弱弱しく愛しい少年の名前を呼ぶと、垣根帝督は気が付いた。

 

「真守」

 

垣根は真守のことを優しく抱き直す。

 

「無茶しやがって、このバカ」

 

そして真守のことを罵倒しながらも、垣根は柔らかい笑みを浮かべた。

 

「八乙女が源白を追ってロシアに来てんだ。だからすぐに学園都市に帰れるぞ」

 

垣根がぼーっとしている真守にも分かるようにゆっくりと告げると、真守はどこを見ているか分からない瞳のまま呟く。

 

「…………………………かみじょう、は…………」

 

自分も大変なのにこんな時まで誰かのことを心配する真守に、垣根は怒っていいのか安堵して笑っていいのか分からないまま告げる。

 

「上条はまだベツレヘムの星だ。アレが落下して地上に被害が出ないようにイギリス清教と連携して北極に向かってる。さっきロシアに展開してたイギリス清教のヤツらが来て、説明してくれた」

 

お前の所業にヤツらは大層驚いてたよ、と垣根が続けて笑うと、真守は再び覇気のない声を上げた。

 

「…………………………いんでっくす、は?」

 

「安心しろ、あのシスターも無事だ」

 

垣根が真守のことを安心させるために優しく教えると、真守はふにゃっと笑った。

 

「……そう、か。………………よかった」

 

垣根はそんな真守のことを愛おしく思って優しく見つめる。

 

「もう大丈夫だ。お前は気にせずゆっくり休め。分かったな?」

 

真守は労ってくれる垣根を見上げて、そこで垣根の(かたわ)らに、深城と深城の頭に乗って力を供給し続けているカブトムシがいるのを見た。

 

真守は自分を柔らかく見つめている深城とカブトムシに向かってふにゃっと笑うと、垣根の真っ白なコートを掴もうと震える手を動かした。

 

だが手に力が入らなくて、真守は垣根の胸にトンッと手を寄せる。

 

「かきね」

 

真守は垣根の心臓の鼓動を感じながら、垣根に視線を戻した。

 

「なんだ?」

 

真守は自分を覗き込んでくれる垣根を見上げて、柔らかく目を細める。

 

「わたしが起きるまで、一緒にいてね…………ひとりはいや、だよ……」

 

真守はそう呟くと、そこで意識をふっと失った。

いつもの休眠状態ではなく、本当に意識がふっつりと途切れて深い眠りに落ちたのだ。

 

「決まってんだろ。起きた後もいつまでも一緒だ。……絶対にお前を一人になんかしない」

 

垣根は真守のことを優しく抱きしめて微笑む。

 

「俺は、お前を一人にすることだけは我慢ならなかったんだから」

 

あの廃ビルで。

 

朝槻真守の助けになりたいと、それまでの自分にはあり得ない思考に垣根帝督は至った。

 

あの時から全てが始まったのだ。それを垣根帝督はしっかりと理解している。

 

「何度だって助けてやる。だからいつまでもずっと一緒だ。……それこそ、永遠にな」

 

垣根はあの時からずっと胸の中に抱き続けている想いを今一度口にして、眠りについた真守が穏やかに眠れるように、真守を揺らさないように気を付けて歩き始めた。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

右方のフィアンマは鉄の扉を内側から開けて、転がるように脱出用コンテナから外へ出た。

 

上条当麻と右方のフィアンマはベツレヘムの星で対決した。

 

だがその最中、機能停止に(おちい)っていた朝槻真守がその機能を復活させて、上条当麻の奥にあるものを示唆(しさ)した。

 

右方のフィアンマは上条当麻の力に戦慄(せんりつ)した。

 

だが上条当麻はその力を抑えて捨てて、拳で殴りかかってきた。

 

その結果。右方のフィアンマは、上条当麻との戦いに敗れた。

 

上条に命を救われて、右方のフィアンマはベツレヘムの星から脱出用コンテナで脱出して、この低い山の上に落ちた。

 

ベツレヘムの星など浮かんでいない、世界の改変もない。

 

戦争の砲撃音も聞こえない当たり前のロシアの風景を、右方のフィアンマは眺めていた。

 

全て終わった。

 

立場も権威も道具も何もかもを失った自分は、これから世界に追われる羽目となる。

 

世界に追われ、逃げ続けるのは神経をすり減らすことだ。

 

だからすぐにでも世界に追われるのに耐えられなくなって、(みじ)めに自分は死に行くことが決まっている。

 

それなのに、上条当麻は自分に世界を見ろ、と告げた。

 

ベツレヘムの星から脱出するための唯一の望みである脱出用コンテナを譲って、そう告げた。

 

右方のフィアンマは逃亡生活をしながら、上条当麻が自分に見てほしいと告げた世界が見られるとは到底思えない。

 

それでも、右方のフィアンマは上条当麻が見ているものを見たいと思った。

 

上条が見ている世界を知ることなく、この命を終わらせることなどできなかった。

 

先に進む。

 

右方のフィアンマはそう思い、よろめきながらも一歩踏み出した。

 

 

その瞬間、右方のフィアンマの右腕が肩から切断された。

 

 

まったく感知できなかった攻撃に右方のフィアンマは絶叫し、片方の手で傷口を抑えて振り返った。

 

 

そこには、一人の魔術師が(たたず)んでいた。

 

 

色の抜けた銀色の髪に、碧眼を持つ端正な顔立ち。

 

緑色の手術衣だけをまとった、男性にも女性にも。大人にも子供にも、聖人にも罪人にも見えるという奇妙な印象を抱かせる、その存在。

 

「アレイスター=クロウリー……?」

 

右方のフィアンマは、その魔術師の名前を呼んで呆然とした。

 

魔術師、アレイスター=クロウリーは右方のフィアンマを興味なさげに見つめる。

 

「やはり『容器』を抜けると正しく認識されるらしい。生命維持装置を使って魔力の基となる生命力そのものを機械的に生み出すことで、あらゆる探査をくぐり抜けてきた訳だが、この状態ではその加護が受けられなくて当然、か」

 

学園都市の『窓のないビル』にいなければおかしい魔術師。

 

それが目の前に何の変哲もなく存在している。

 

その時点で、右方のフィアンマは悟った。

 

アレイスターは、次元の違う場所に立っている。

 

人類すべてと世界を救済する力を持っている右方のフィアンマよりも、アレイスター=クロウリーは高い次元に、さも当然のように(たたず)んでるのだ。

 

「……何故だ? 俺様にはできなかった。『神の子』と同じ、この世界を救うだけの力があったはずなのに。俺様にはそれができなかった」

 

アレイスターは右方のフィアンマの疑問に、心底つまらなそうに答える。

 

「それは力の質や量というよりも、使い方の問題に過ぎんよ。私の持論は『法の書』の完成と共に十字教術式の時代は終わったというものでね。実際、君はいいところまで行っていたと思うよ。『神上』という着眼点も含めてね」

 

アレイスターはそこで言葉を切ると、自らの定めた世界の基準を簡単に説明する。

 

「オシリスの時代。つまり、十字教単一支配下の法則ではなく、その先のホルスの時代をフォーマットに定めていれば、私と似たような地点を目指していたかもしれないな」

 

オカルトという魔術を肯定し、そこへ精密機械である科学をねじ込もうとする発想。

 

それは旧時代であれば考えるだけで処刑台へ案内されてしまうイレギュラーな思考回路だ。

 

その思想を当然のように持つアレイスターに、右方のフィアンマは思わず訊ねた。

 

 

「エイワスは、そこまで魅力的な存在か。そこまで魅力的な存在だからこそ、お前は朝槻真守をエイワスの制御装置として()()()()のか?」

 

 

そして右方のフィアンマは告げた。

 

あの少女を精査したことで理解した、たった一つの真実に。

 

「あの娘は神へと至るために何者かの介入があって生み出された。その何者かとは、朝槻真守を神と仰ぎ見て必要とする意志のみが存在する者たちだ。神へと至る必然性を持っていたあの娘を、お前はエイワスはおろか、科学の全てを支配・制御できる装置に加工した。そうだろう?」

 

右方のフィアンマの言う通り、アレイスター=クロウリーは必然的に発生した朝槻真守を絶対能力者(レベル6)へと加工しただけだった。

 

その存在が脅威だったから、自分がコントロールできるように、利用できるように加工したに過ぎなかった。

 

それを、アレイスター=クロウリーは肯定した。

 

「だからわざわざ弱点として『光を掲げる者(ルシフェル)』の役割を与えたのだ。かの存在は私たちのためにいるのではないからな。……それでも、あの弱点は彼女を思いとどまらせることしかできないがな」

 

そこでアレイスターは『計画(プラン)』の一端を口にする。

 

「だからこそ『神の如き者(ミカエル)』の役割を与えた垣根帝督がその右腕を振るう事に意味がある。愛する者の鉄拳ならば、自分が間違っていると理解するだろう?」

 

右方のフィアンマは垣根帝督が、自分と同じ役割でも違う側面を与えられた男だと分かっている。

 

アレイスター=クロウリーは人間を駒のように操り、自身の目的へと邁進(まいしん)する。

 

そんなアレイスターに右方のフィアンマは問いかけた。

 

「お前は世界のどこまでを掌握している?」

 

世界を盤面に置き換えて、それを掌握しているアレイスターは語る。

 

「ものの価値も分からんのに、君はあれらに深入りしすぎだ。彼女を理解するのはまだしも、あの右手が単なる『異能の力を打ち消す右手』であると思っていればよかったのだ。……君はその奥にあるものを垣間見ただろう。流石にあれを知って放置はしておけん。まったく不本意だが、私の出る幕となったわけだ」

 

「奥に、あるもの……?」

 

右方のフィアンマは上条当麻の奥にある力とそれを押しつぶした力を思い出して息を呑んだ。

 

「おまけにこの結末。よもや、私の手元から離れるとは。おかげで大分『回り道』をしなくてはならなくなった。……そうか、私という生き物は月並みに怒りを自覚しているのかもれん」

 

「……アレはなんだ?」

 

右方のフィアンマは警戒心を(あら)わにして問いかける。

 

「分かっているだろう」

 

アレイスターはそれに淡々と答えた。

 

「不出来で古すぎるプランであったが、私の『計画(プラン)』と君のやろうとしていたことは似通っていた」

 

アレイスターはそこで自らの『計画(プラン)』の根幹を語る。

 

「異形の力で満たされた神殿を用意し、その中で右腕の力を精錬し、その力で持って位相そのものの厚みを調整し、結果として世界を変ずる思想。学園都市というある種の力を封入された小世界とどう違う?」

 

右方のフィアンマはその問いに答えられない。

 

まさか自分が学園都市を造ったアレイスターの後追いを、十字教という古い枠組みで行っていたとは夢にも思わなかったからだ。

 

「君は、自らの行動を別の視点で捉えるだけで良い。それだけで、あの力の本質を理解できていたはずだ。……もっとも、それさえ成功できていれば、キミは私よりも一足早く目的を達していたかもしれないな」

 

「俺様は俺様なりに、世界の真実に近づいていたんだな」

 

右方のフィアンマは世界の真実に気が付いた。

 

そのためアレイスターはその世界の真実をフィアンマに言いふらされて『計画(プラン)』の実態が明るみにならないように、右方のフィアンマを潰しに来たのだ。

 

それを悟ったフィアンマは、アレイスターを見つめながらフッと笑う。

 

「お前の顔を見ていると、自分がやってきたことの虚しさを感じるよ。多分、俺様もそんな顔をしていたんだろう。……本当に世界を救う人間はそんな顔をしない。あの時、あの場所で、あいつは誰にも追いつけんところに立っていた」

 

右方のフィアンマはアレイスター=クロウリーという、自分と最も似通った男と対峙して、自分に足りないものに気が付いた。

 

フィアンマは右腕の傷を抑えていた左手を離し、噴き出す血を透明な第三の腕で(さえぎ)った。

 

自らの意思で制御することはできないが、まだ戦えると右方のフィアンマは思い、行動に移った。

 

「無駄だと思うがね」

 

アレイスターはパントマイムのような仕草をして、何かを掴んだ。

 

あるはずのない杖が、そこにあるのだと右方のフィアンマは錯覚した。

 

気配や雰囲気もないはずなのに、そこに『銀色』という色を見た気がした。

 

衝撃の杖(ブラスティングロッド)

 

極悪人であるアレイスター=クロウリーが、純粋な尊敬から師と仰ぐ古い魔術師の伝説にある一本の杖。

 

「無駄かどうかは問題じゃなかったんだ」

 

右方のフィアンマは激情を爆発させた。

 

上条当麻はアレイスター=クロウリーよりも、もっと大事なものが見えている。

 

魔導書の『原典』に記されていると言われる真理。

 

それよりも重要な、目に見えないとても大事なものを彼は知っている。

 

「踏みにじらせるわけにはいかない!!」

 

そんな何よりも尊く、かけがえのないもの全てをデータ化して簡単に踏みにじる男を野放しになんかしておけない。

 

 

だが勝敗など。最初から決まっていた。

 

 

二つが激突し、当然の如く一つが斬り伏せられて。

 

辺りに静寂が戻ってくる。

 

「……たかが十字教程度で、あの右手や幻想殺し(イマジンブレイカー)……そして『神浄』を説明しようと考えたこと。それ自体が、キミの失敗だ」

 

アレイスターは自らの身を空気に溶かしながら呟き、そして消えていった。

 

一〇月三〇日。

第三次世界大戦は異例の一二日間で終結した。

勝利したのは、学園都市。

 

そんな第三次世界大戦の最中、世界は改変の危機に(ひん)していた。

 

そんな世界の窮地(きゅうち)を救ったのは神人(しんじん)

 

神であり、人であり。神ならぬ身にて天上の意思に辿り着いた少女だった。

 

少女は自らを神として祀り上げる科学の都、学園都市に帰還する。

 

この世で一番大切な男の子の胸の内に抱かれて。

この世で一番大切な女の子と、この世に新たに生まれ落ちた生命に見守られて。

少女を神と崇める人々に守られながら。

 

信仰の地(学園都市)へと帰還した。

 




次回。旧約篇、最終回です。

計画(プラン)』についての考察を活動報告にてあげたいのですが、『流動源力(ギアホイール)』内で度々出てきた超能力者(レベル5)に対応する七大天使や一方通行や垣根くん、真守ちゃんとどこかの世界の関係性についても現在まとめ中ですので、ゆっくり投稿したいと思います。



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第一五八話:〈転変永久〉を再び誓う

第一五八話、投稿します。
旧約篇最終回です。


垣根帝督は、自分たちが住んでいるアパート型のシェアハウスの真守の部屋にいた。

 

シンプルな家具でまとめられた部屋。

 

そんな真守の部屋で、垣根は約束通り、ずっと真守のそばにいた。

 

現在、垣根は真守の部屋にあるコンポからゆったりとしたクラシックの曲を流し、真守が眠るベッドの前に椅子を持ってきて本を読んでいた。

 

硬い書籍や専門書ではない。気軽な気持ちで楽しめるライトノベルだった。

 

このライトノベルは真守の所持しているものだ。

 

真守は超能力者(レベル5)第一位であり、貴族の身内がいるので興味があるならば金銭を湯水のように使っても問題ない。

 

だから真守の部屋には様々な本が置いてあり、その中の一つを垣根は手に取っていた。

 

実は垣根が読んでいる本を真守は入院中の一方通行(アクセラレータ)に貸し与えていたのだが、その事実を今の垣根が知っても、もう問題になることはなかった。

 

真守は第三次世界大戦の終盤で世界を救い、演算機能をオーバーヒートさせてロシアで眠りについたままこの学園都市に帰ってきた。

 

診察をしてくれた冥土帰し(ヘブンキャンセラー)の見立てではすぐに目覚めるらしい。

 

冥土帰し(ヘブンキャンセラー)は生きている人間ならば必ず助けることができる。

これまでで助けられなかった人間は脳の細胞が死んでしまった上条当麻だけだ。

 

絶対能力者(レベル6)とは言っても、真守は人間性を保持している。

 

そのため人間の枠組みに入っているならば、冥土帰し(ヘブンキャンセラー)にも治す手立てはあるのだ。

 

というか絶対に治してみせると意気込んでいる様子だったが、真守が案外普通に目が覚めそうなので逆にがっかりしていた。本当に何故だろう。

 

垣根は真守が目覚めるまでこうしてずっと真守のそばにいるつもりだ。

何故なら、約束したから。

絶対に真守を一人にしないと。

だからこうして、片時も離れずに一緒にいる。

 

垣根は本から目を上げて、眠っている真守を見て優しく笑う。

 

思えば、ここ数か月はとても濃密な時間だった。

 

七月初旬。

 

垣根帝督はこの学園都市を利用し尽くすためにアレイスターの主導する『計画(プラン)』を探っていた。

 

その『計画(プラン)』の第一候補(メインプラン)

 

消えた八人目の超能力者(レベル5)流動源力(ギアホイール)

 

上層部は、真守の起こした多くの人間の存在を源流エネルギーで『焼失』させた殺戮の出来事を隠すために、源白深城を流動源力(ギアホイール)としていた。

 

事件当時に流動源力(ギアホイール)は眠っていたからその殺戮に関係していないと、記録をねつ造するためだった。

 

超能力者(レベル5)とされていた深城の近くにいる朝槻真守から、垣根は情報を得ようとした。

 

そんな真守は、清らかでありながらもきちんと汚れていた。

 

真守は過去に自分が誰よりも許されないことをして、罪を背負っていた。

真守が他人のことを何でも優しく許せるのは、誰よりも重い罪を自分が背負っているからだ。

そんな罪を持っていれば、誰も彼もを許せるようになる。

 

だから真守は決して、お人好しなんかではなかった。

懸命に光を求めていた。

ずっと一人で、この学園都市の『闇』に抗っていた。

 

そんな誰もに尊く見える()り方をする少女を放っておける人間なんて、この世にいないだろう。

 

そんな人間が本当にいたら、その人間は本当に救いようのないヤツだ。

 

過去に学園都市に星の数ある悲劇によって大切な存在を失った垣根は、当然として真守を放っておけなかった。

 

だから垣根帝督は朝槻真守の味方になった。

 

そしていつか人ではなくなるというとんでもない宿命を真守が背負わされていると知って、垣根は真守がどんなに遠くに行ってしまっても絶対に一人にしないと誓った。

 

真守が本当に愛おしくて。

 

真守が本当に大切で、絶対に離したくなくて。

 

身も心も自分のモノにした矢先に、真守は絶対能力者(レベル6)へと進化(シフト)して遠くへ行ってしまった。

 

朝槻真守は確かに絶対能力者(レベル6)へと進化(シフト)した。

 

神として様々なものを背負うことになった。

 

それでも、その人間性を失わなかった。垣根帝督を愛したままだった。

 

だから真守は垣根や自分の周りにいる人々が自由に生きられる未来のことを、ずっと考えていた。

 

垣根のために、真守は第三次世界大戦の地に(おもむ)いた。

 

様々なことがロシアで起こったが、全てを知った垣根は眠りについた真守を連れて学園都市に帰還し、同じ時間を共有している。

 

一緒に学園都市に帰ってこられて本当に良かった、と垣根は思う。

 

大切な女の子のそばにいられて、心からの幸せを垣根帝督は感じていた。

 

「垣根」

 

そこでコンコンッと扉を叩いて開けたのは杠林檎だった。

 

「垣根。ご飯食べよう」

 

林檎はトテトテと入ってきて垣根の前に立つ。

その手の中のお盆には、白米と味噌汁、それとサラダが三セット載せられていた。

 

「おかずはどこいった」

 

「あたしが持ってるよぉ。ここでご飯を食べようと思って持ってきたの」

 

垣根の声に応えたのは深城で、深城は揚げ物をたくさん載せた皿を両手に持っていた。

深城たちはローテーブルを持ってきて、真守の前で夕食を食べ始める。

 

「垣根さん。お風呂は?」

 

未元物質(ダークマター)で汚れ全部落としたから問題ない。風呂入るより綺麗なくらいだ」

 

垣根は真守から片時も離れないと約束した。

その約束を守るために、トイレ以外は全て自分の能力でどうにかしていた。

 

「やっぱり超能力者(レベル5)は便利だねえ」

 

深城は垣根の献身的な姿を見てにこにこと笑い、垣根と林檎と共に食事を開始した。

 

天使化していた深城だったが、今回は妹達(シスターズ)の全面的な協力を得て天使になっていたためあっさりと元の姿に戻れた。

 

九月三〇日はミサカネットワークを強引に捻じ曲げ、深城の天使化を安定してできるようにするために打ち止め(ラストオーダー)の頭にウィルスを打ち込まなければならなかったのだ。

 

その話を聞いた垣根は、ついでと言わんばかりに安定を目的として絶対能力者(レベル6)へと進化(シフト)させられた真守を想って憤慨した。

 

垣根が話を聞いた時に覚えた怒りを思い出していると、林檎が唐揚げを箸でつまんで、垣根のお茶碗の中に入れた。

 

「垣根、元気出して」

 

三食の飯がどんなことよりも好きな林檎が、自分に食べ物を渡してきた。

林檎がとても自分を気遣っていると知った垣根は、柔らかく目を細めた。

 

「サンキュー」

 

垣根が笑ってお礼を言うと、林檎は嬉しそうに頷いた。

 

深城はそんな二人を見てから眠り続けている真守を見た。

 

深城は真守と繋がっている。

真守は深い眠りについていると、深城はずっと感じていた。

でもすぐに目覚めるとも感じていた。

 

だから、深城は何も心配していなかった。

 

(早く目ぇ覚まして、それでたくさんおしゃべりしようね)

 

深城は心の中でそう思って真守を見ながらにへらっと笑って、食事を再開した。

 

 

 

――――――…………。

 

 

 

『楽しそうだな』

 

真守は泥のように(まと)わりつくあちらの世界の住人であり、形を与えられることを望んでいる『彼ら』に手を伸ばしながら顔を上げた。

 

真守が顔を上げた先にはエイワスが形を持って、金色の光を放ちながら(たたず)んでいた。

 

『愉快だとも。……と言うより、正確には愉快な時間が長引きそうで喜んでいる。アレイスターは少々急ぎ過ぎだからな。あの方法ではあっという間に終わってしまう』

 

『そのために一方通行(アクセラレータ)をロシアへ寄越したのか?』

 

真守が問いかけると、エイワスは即座に頷いた。

 

『そうだとも。私の出現の有無に限らず、あの司令塔は長持ちしなかった。よって、必要な強度を与えるためのヒントを提示してやった。……彼はよくやってくれたよ。この方法は私を排除するというより、別の領域へ移すと言うかたちに近いが、まあここまでやれれば上出来だ』

 

『お前が口を出さなくても、最終信号(ラストオーダー)は死ななかったぞ』

 

『ほう? キミが助けるからか?』

 

真守が告げるとエイワスは興味深そうに問いかけてきた。

真守は首を横に振って口を開いた。

 

『違う。人には無限の可能性がある。最初からできないと諦めているだけで、人にできないことなんて実は存在しない。だからなんでもできる。たった一人の大切な人を救うくらい、できるに決まっている』

 

真守が柔らかく笑って告げると、エイワスは楽しそうに笑う。

 

『ふふ。やはりキミは面白いな。脆弱な人間に余りある多くの可能性を見出している。私と同じで価値を見出している』

 

『同じだと言われて光栄だな』

 

真守は皮肉を言いながらクスクスと笑い、エイワスを穏やかに見上げた。

 

『いつかお前を討ち滅ぼせる人間が現れることを、お前は楽しみに待っているがいい』

 

真守が柔らかく告げると、エイワスの存在が遠くなっていく。

エイワスが遠くなっているわけではない。

真守の覚醒が近付いているのだ。

 

『ではな、神人。現実でも会うことがあるだろう。その時は垣根帝督も一緒にな』

 

エイワスの声だけが響き渡る。

 

真守は自分を神と仰ぎ見る者たちを撫でながら、そこでゆっくりと目を閉じた。

 

 

 

――――――…………。

 

 

 

真守がゆっくりと目を開けると、見慣れた天井が見えた。

 

うっすら光が差しているから、今は朝なのだろうか。

 

「真守」

 

真守がぼーっと時刻を考えていると、自分が起きたのに気が付いた大切な少年が名前を呼んでくれた。

 

ゆっくり頭を動かすと、自分の横たわっているベッドの近くに椅子を持ってきて座っていた垣根帝督がいた。

 

「かきね」

 

真守はもぞもぞと動いて、大好きなこの世でたった一人の大切な男の子である垣根へと手を伸ばす。

すると垣根は椅子から立ち上がってベッドの(ふち)に座りながら、真守のその手を優しく握った。

 

「体の方は大丈夫か? 具合悪いところは?」

 

「だいじょうぶ」

 

真守は垣根の大きな手に自分の手が包まれて、その居心地の良さに微笑んだ。

そして真守はゆっくりと体を起こそうとする。

垣根は真守と繋いでいる手を基点に、真守の背中に手を回して真守を優しく抱き起こす。

真守が問題なく体を起こして自分の力だけで座ったので、垣根はほっと一息ついてから柔らかく真守に笑いかけた。

 

「ちゃんと約束守ったぞ」

 

垣根は真守に体を寄せると、その(ひたい)にキスを落とす。

 

「ん」

 

真守は垣根にキスをされて幸せそうに微笑む。

 

「垣根、ちゃんと口にちゅーしてほしい。大丈夫だから」

 

垣根が自分のことを(おもんぱか)っているのを理解している真守は、垣根にそうおねだりをする。

 

そのおねだりを受けて、垣根はそっと真守の唇に自分の唇を重ねた。

 

「ん」

 

真守は垣根とキスができて幸せを感じて小さく唸る。

 

「……垣根。約束守ってくれて、ありがとう」

 

長いキスの後、真守はとろんとした表情をしながら垣根に自分の気持ちを伝えた。

 

「当たり前だろ。このバカ」

 

いつものように口が悪い垣根を見て、真守はふにゃっと笑った。

 

「深城と帝兵さんは? 緋鷹は?」

 

「安心しろ。ちゃんと一緒に帰ってきてる。源白はいま林檎と一緒に寝てるぞ。お前が望むなら起こしてきてやる」

 

垣根の申し出に、真守はふるふると首を横に振った。

 

「垣根が一緒にいてくれるだけでいい」

 

「そうか」

 

垣根は真守の頭に手を伸ばして、ゆっくりと撫でながら笑う。

真守は垣根の大好きな大きな手に頭を優しく撫でられて、嬉しそうに目を細めた。

 

「他のみんなは?」

 

一方通行(アクセラレータ)たちも問題ねえ。あいつ、羊皮紙と引き換えに暗部組織の解体を要求しやがったぞ。本格的に悪党辞めるつもりらしいな」

 

垣根が気合の入っている一方通行(アクセラレータ)に笑っていると、真守は寂しそうに笑った。

 

「上条は?」

 

「………………。……北極海で行方不明だ」

 

垣根は心底言い辛そうに真実を告げた。

 

上条当麻は消息を絶った。

 

ベツレヘムの星が向かって落ちた北極海を探したが、どこにもその姿がないのだ。

 

垣根も学園都市にいたカブトムシを派遣して学園都市と別口で探しているが、消息が掴めない。

 

死体も上がってこないのだ。どこかで生き延びている可能性があるが、まったく情報が掴めていなかった。

 

あの時カブトムシで上条を援護できればよかったのだが、真守から溢れた『アレ』によって食い潰されてしまったし、唯一残っていたカブトムシも深城に力の供給をしていたので無理だった。

 

「大丈夫だぞ」

 

垣根が歯噛みしていると、真守は垣根の頬に手を添えて微笑む。

 

「上条は生きてる。帰ってくる。基準点が死ぬはずがない」

 

真守は柔らかく垣根の頬を撫でて、目を細める。

 

「私は上条が学園都市に帰ってくるのを待つよ。信じて待つ。だから一緒に待とう、垣根」

 

「……そうだな」

 

垣根は自分の頬を撫でる真守の小さな手に自分の手を重ねて微笑む。

 

「上条が生きてるってお前が信じられるなら、俺も信じられる。だから一緒に待ってやる」

 

垣根はゆっくりと真守を引き寄せて優しく抱きしめる。

 

そして優しく頭を撫でて真守の少し高い体温を感じる。

 

「愛してる、真守。無事に起きてくれて本当に良かった」

 

垣根の心の底からの愛の告白に、真守も垣根の腰に腕を回しながら微笑む。

 

「ありがとう、垣根。私も垣根のことだいすき」

 

そして真守は体を少し離して、ふにゃっと笑って垣根を見上げた。

 

「ずぅっと一緒だぞ。ずうっとだ、垣根」

 

「ああ」

 

垣根は真守の言葉に柔らかく笑った。

 

「今更手放せるわけねえだろ。バーカ」

 

垣根は柔らかく笑って、ズボンのポケットに入れていたものを取り出す。

 

それは垣根が真守に渡した指輪だった。

 

光の加減で虹色に光る、精緻(せいち)な模様が刻まれた銀の指輪。

 

それを垣根は、同じ指輪をつけている右手で真守の右手薬指に優しく通す。

 

「お前は俺のモンだ。俺の女だ。永遠にな」

 

真守は垣根に右手薬指に再び通してもらった指輪を見つめながら、とろけるようにふにゃっと笑った。

 

「うれしい」

 

真守がにこにこと笑うので、垣根も嬉しくて笑う。

 

「だいすき、垣根」

 

真守はぎゅーっと垣根に抱き着きながら微笑む。

 

「世界が変わっても、何があってもずぅっと一緒だ。絶対に、絶対だぞ?」

 

垣根は小さな真守の体を優しく抱きしめて首筋に頬を摺り寄せる。

 

「ああ。もちろんだ」

 

絶対能力者(レベル6)という永遠の命を持つ朝槻真守。

 

無限の創造性という永続性を持った垣根帝督。

 

それぞれの永久(とわ)を保有する二人は、絶えず変わっていくこの学園都市で共に生きていく。

 

この世界が続く限り。そして、この世界が終わってしまったとしても。

 

いつまでも。

 

永遠に。

 

ずうっと一緒に。

 

 

だから。

 

大切な友人である上条当麻を、二人は待ち続ける。

 




ロシア篇、終了。旧約完結です。

ここまで来られたのは一五八話もの膨大な話数を読んでくださる皆様がいてこそです。
お付き合いいただき、本当にありがとうございました。

新約篇ですが、ストックの関係で週一投稿になる予定です。
スケジュールの調整もあり、三月から投稿を始めようと思っておりますが、それまで数話、場繋ぎとして閑話休題を不定期投稿する予定です。(以前あとがきに書いた偶像時空も……!)

また、一月三一日月曜日昼頃に活動報告にて『超能力者(レベル5)に対応する天使の考察』を上げる予定ですので良ければご覧ください。真守ちゃんについても触れております。

それと今年の一月にTwitterを始めました。※詳細はハーメルンのユーザープロフィールにあります。
そちらの方では『流動源力』の投稿予定日や裏話、そしてとある原作の考察などを日常的な呟きと共に上げていきますので、良ければご覧ください。

旧約篇はこれにて終了ですが、新約篇でも垣根くんと真守ちゃんの物語は続きます。
今後とも『流動源力』をよろしくお願い致します。



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とある閑話の幻想物語-ファンタジー-
Extra:01:とある暗部の潜入捜査〈IF〉


閑話休題の第一弾、投稿します。


第八学区のとある建物の最上階。

そこには統括理事会直轄暗部組織、『スクール』のアジトがあった。

 

『スクール』の構成員は四人。

 

汎用性に長けた念動使い(サイコキネシスト)の誉望万化。

精神干渉系能力者の心理定規(メジャーハート)

狩猟民族のスキルを身に着け、とある超能力者(レベル5)に能力開発を手助けされている弓箭猟虎。

 

そして。

 

『スクール』のリーダー。超能力者(レベル5)第三位、未元物質(ダークマター)。垣根帝督。

 

「あ? 潜入捜査だと?」

 

垣根はアジトの一室で一人用のソファに座り、目の前に置かれていた『SOUND ONLY』と表示されているPCを見つめていた。

 

〈そうだ。とある店に潜入してほしくてな。そこは最近統括理事会に対して不穏な動きを見せている。『スクール』にはその対処をしてもらいたい〉

 

「潜入捜査以外にもいくらでも方法はあるじゃねえか」

 

〈それがその組織は情報をネットワーク上に残していないんだ。スタンドアローンのサーバーにいれてある〉

 

「……つまり拒否権はねえってことか?」

 

〈分かればいい。では頼むよ〉

 

ピッと通信が切れると、潜入捜査先の情報が送られてくる。

垣根は面倒くさそうにその情報を確認し、そしてピキッとこめかみに青筋を浮かべた。

そしてギュッとスラックスの太ももの布を握り締める。

 

「なんで……」

 

垣根は空間をヂヂヂヂィッと震わせる。

垣根帝督は持ち前の干渉力が凄まじい。

そのため感情の起伏が激しくなると、その干渉力が暴走する傾向がある。

 

「なんで潜入先が執事喫茶なんだよォッ!!!!」

 

垣根の怒りと共に室内が爆発し、今年何回目か分からないアジト半壊が起こった。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

誉望万化はエレベーターの中で、隣に立っていた同じ暗部組織に所属している弓箭猟虎を見た。

 

「なんで俺がお前の装備の補填を手伝わなくちゃいけないんだよ」

 

弓箭は誉望のボヤキを聞いて、にやーっと笑った。

 

「後方支援の誉望さんが私の装備の準備の手伝いをするのは当然じゃないですか」

 

「……俺は別に後方支援が主じゃない。垣根さんが戦力として十分だから、俺がフォローに回ってるだけだ!」

 

「誉望さんのくせに生意気ですね。垣根さんのパシリなのに」

 

「ぐっ……こ、この女……ッ! 俺はお前の教育係で、先輩なんだぞ……ッ」

 

誉望は弓箭へと怒りを(つの)らせながらも、エレベーターから降りて垣根たちがいるはずの部屋の扉を開ける。

 

「チーッス。弓箭のせいで遅れましたぇええええええ!? 何スかコレ!? 敵襲スか!?」

 

誉望は窓ガラスが全て吹っ飛び、家具もボロボロになって床に転がり、壁紙も剥がれてヒビが入っている室内を見て驚愕する。

 

「違う違う。いつも通りに彼が暴れたの」

 

誉望の驚きに答えたのは心理定規(メジャーハート)で、心理定規(メジャーハート)はぼろぼろになって背もたれが破壊されたソファに座ってネイルの様子を見ていた。

心理定規(メジャーハート)が言う、暴れた張本人である垣根の姿はない。

暴れてもむしゃくしゃしたままで飛び出したのだろうか、と誉望は思う。

 

「危うく私まで巻き込まれるところだったわ」

 

ため息を吐く心理定規(メジャーハート)を見て、弓箭は部屋の惨状を見ながら声を掛ける。

 

「また朝槻さんのことで上層部に無茶ぶりでもされたんですか?」

 

「いいえ。それとは別件よ」

 

誉望は頭に土星型のゴーグルをつけながら、心理定規(メジャーハート)の口から飛び出した言葉に顔をしかめる。

 

「別件?」

 

「仕事が来たの。内容は潜入捜査。内部にしかない情報を引き抜いて来いって」

 

「はあ。その潜入捜査先は?」

 

垣根が怒っているということは相当な潜入先なのだろう。

誉望が緊張感を持って訊ねると、心理定規(メジャーハート)はため息を吐きながら告げる。

 

「執事喫茶」

 

「シツジキッサ? ってなんですか? 主人を助ける執事と喫茶店がどう関わっているんです……?」

 

お嬢様でそんな俗世の事情に(うと)い弓箭は首を傾げる。

 

「コンセプトカフェのことよ。メイド喫茶の執事バージョン」

 

メイド喫茶は弓箭もなんとなく聞いたことがある。

メイドさんがお給仕をしてくれる喫茶店だ。

そんなメイド喫茶と同じことを執事がする。

世の中には酔狂なものがありますね、と感想を告げる弓箭の隣で、黙って聞いていた誉望は戦慄(せんりつ)した。

 

「…………ウチがそこに潜入するんスか? 本当に?」

 

誉望が恐る恐る訊ねると、心理定規(メジャーハート)は頷いた。

 

「ええ。潜入するのはあなたでもいいけれど、顔立ちが整ってるって時点で彼の方が適性あるでしょ? それが分かっていてブチ切れて暴れたのよ」

 

「……そりゃ執事なんて見目麗しいのは垣根さんが最適ですもんね」

 

誉望は歩くだけで女が寄ってくる垣根の容姿をちらっと思い出しながら呟く。

 

「潜入捜査だけでも面倒なのに執事になれ、だなんて。彼がそれにハイ、そうですかって二つ返事するわけないでしょ?」

 

誉望と心理定規(メジャーハート)の会話を聞いていた弓箭は苦笑する。

 

「どちらかというと従える方ですからね」

 

誉望は苦笑している弓箭を、顔をしかめつつ見る。

 

「どっちかなんて言わなくても決まってるだろ。俺様気質で傍若無人なんだから。垣根さんは執事なんて絶対にしないだろ」

 

誉望が断言すると、心理定規(メジャーハート)は大きく溜息を吐いた。

 

「でも仕事は仕事だし、割り切ってもらわないと困るのよ。彼もそれは分かっているんだけど、誰かの世話をするなんてまっぴらごめんだから、ムシャクシャして暴れたのよ」

 

心理定規(メジャーハート)はため息を吐いて携帯電話を取り出した。

 

「しょうがないわ。奥の手を使いましょう」

 

「どこに連絡するんですか?」

 

「決まってるじゃない」

 

誉望がきょとんとした顔で問いかけると、心理定規(メジャーハート)は携帯電話をふりながら笑った。

 

「彼が唯一、シチュエーション的に服従しても構わないと思っている子に連絡するのよ」

 

 

 

──────…………。

 

 

 

現在、学園都市には超能力者(レベル5)が八人いる。

九月一日付けで超能力者(レベル5)に認定され、第一位に昇りつめた流動源力(ギアホイール)、朝槻真守。

 

彼女は緊張した面持ちで繁華街を歩いていた。

 

真守が歩くたびに繁華街を歩いている学生たちは真守に目を奪われる。

 

誰もが見惚れてしまうのは、超能力者(レベル5)第一位が気合いを入れて化粧や身なりを整えているからだ。

 

真守は艶やかな長い黒髪を猫耳ヘアに綺麗にいつも結い上げているが、今日は猫耳ヘアの下に白いリボンをつけており、可憐さが増していた。

整った顔立ちにはいつもより化粧がしっかりとされているが、華美過ぎる事はない。

 

そして服装もいつもと違っていた。

 

白いブラウスに黒いリボン。灰色のカーディガンに、真守が持っている中で一番丈が長いひざ丈の黒いスカート。

足には白いレースが付けられた黒いニーハイソックスに、少しだけ厚底のパンプスを履いていた。

 

いつもよりお嬢様を意識した格好。

そんな格好で、真守は緊張した様子で顔を上げた。

そこは垣根が潜入調査をしている執事喫茶が入っているビルだった。

 

心理定規(メジャーハート)から連絡を受けた時は驚いたが、恋人が頑張っているのであれば行かなくてはならない。

 

(執事服の垣根に会って私、正気でいられるかな……)

 

真守はドキドキとしながらも、執事喫茶のあるフロアを目指してエレベーターへと乗る。

 

真守は執事喫茶に一人で来ていた。

とりあえず真守が一人で先に行って、午後に林檎と深城が別口で来ることになっているからだ。

その理由は単純だ。

真守が執事な垣根のことを独り占めしたいからである。

 

(か、垣根……口悪いのかな。それとも敬語なのかな。……どっちだろう。執事だから敬語なのかな)

 

真守はドキドキとしながらもエレベーターから降りる。

 

エレベーターから降りた瞬間から煌びやかな空間がそこには広がっていた。

アンティーク調の家具。木目を意識した壁紙や柱。

 

コンセプトカフェなんて真守は初めて来た。

 

そもそも一〇歳まで研究所に所属しており、それから五年間かけて表の生活に慣れるために頑張っていた真守は、コンセプトカフェなんて来たことがない。

 

というか普通の喫茶店もあまり入らないのに、コンセプトカフェなんて来店する日が来るなんて真守は考えたこともなかった。

 

「お帰りなさいませ、お嬢様」

 

真守は突然声を掛けられてビクッと肩を震わせる。

見ると、執事服を着て片眼鏡(モノクル)をした長身の男がにこやかに笑いかけていた。

 

「あ、あの……ねっとで予約したんだが……」

 

「はい。お名前をお伺いしてもよろしいですか?」

 

「朝槻真守だ」

 

真守が緊張した様子で自分の名前を告げると、執事服の男は柔らかく微笑んだ。

 

「少々お待ちください」

 

そして懐からタブレットを取り出すと、それを操作して真守の名前で予約客と照会を行う。

 

「お目当ての執事は垣根帝督でよろしいですか?」

 

「は、はい……っ!」

 

(ほ、本当に垣根。潜入調査してるんだ……っ! ここで働いているんだっ!)

 

真守がどきどきと胸を高鳴らせていると、その瞬間が訪れた。

 

真っ白な手袋にシャツ。それと革靴。

ループタイにジャケット、そして燕尾服。

 

どこからどう見ても執事服を着た垣根が現れて、真守は固まった。

 

垣根は気まずそうな顔をしながらも真守を見ていた。

 

「…………はぅっ」

 

真守は固まっていたが、突然ふらっとよろける。

執事なのに色気たっぷりで主人よりも目立ちそうな垣根のカッコよさにやられてしまったのだ。

 

「っと、あぶねえ」

 

真守が垣根のカッコよさにやられて腰が砕けてしまうと、垣根はとっさに動いて真守のことを抱き留めた。

 

「大丈夫か、お嬢様」

 

真守は執事服姿の垣根に抱き留められて垣根を見上げたまま硬直する。

 

「…………あー…………お嬢様? 大丈夫でしょうか?」

 

垣根が固まったまま動かない真守に声を掛けると、真守は心臓を押さえてよろよろとしながらも自分で立つ。

 

「だ、いじょうぶ…………心臓止まったから能力でちゃんと動かしてる……っ」

 

「いやそれ大丈夫じゃねえな」

 

垣根は胸が詰まって息がしづらそうな真守を見て思わずため息を吐く。

真守はそんな垣根の前で居住まいを正し、垣根をじぃっと見上げた。

真守がまっすぐと見上げてきたことで、垣根は真守の格好がいつもと違い、お淑やかさを(まと)っていることに気が付いた。

自分のために相応の姿で着飾って来てくれたのだろう。

垣根が嬉しくなっていると、真守は頬を少し赤くしたまま垣根に声を掛けた。

 

「か、垣根」

 

「なんでしょうか、お嬢様」

 

垣根は真守に手を差し出して柔らかく笑った。

 

「……っ」

 

真守は白い手袋に(おお)われた大好きな垣根の大きな手に自分の手をちょこんと乗せる。

そして真守は垣根に見惚れたとろーんとした顔でふにゃっと微笑んだ。

 

「とってもかっこいい」

 

(お前の方がかわいい)

 

垣根はいつもより気合いを入れてお嬢様の格好をしている真守を見て、即座に心の中で呟く。

いつもなら抱きしめてたくさん愛でるところだが、今は潜入捜査中だ。

いつもと同じではならない。

そう考え、垣根はにこやかに真守に笑いかけた。

 

「僭越ながらもわたくしがエスコートさせていただきます。よろしいですか?」

 

「は、はいっ」

 

頬を赤くしたまま真守はこくこくと頷く。

そして真守は垣根に手を引かれて歩いて行った。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

真守と垣根は一緒に個室へと入り、垣根は真守のことをリードすると、椅子を引いて真守を着席させる。

 

「垣根、ありがとう。でも個室だし……」

 

真守は垣根の格好がかっこよくてドキドキしながらも、垣根に個室だから少し休憩したらいいと言おうとする。

だが垣根はしーっと人差し指を口に当てた。

 

「メニューをお持ちしますからお待ちください」

 

どうやら垣根はあくまで執事として動くらしい。

垣根は真守に対してならばシチュエーション的に執事をやってもいいと思っていた。

というか、恋人同士でマンネリ化を防ぐためには、こういう事が普通に行われている。

まあ主に夜の事情で行われることが多いが、それでも垣根はノリノリだった。

 

(垣根が執事……っ垣根が、執事……っ!)

 

真守はメニューを取りに行った垣根をじーっと見ながら心の中で歓喜する。

 

(男の子がめいど服とかばにー服を女の子に着させたい理由が分かる……確かに、そういうシチュエーションのお洋服着てもらえるととってもうれしい……っ)

 

真守は心の中で黄色い歓声を上げて垣根に見惚れており、垣根はそんな真守にメニュー表を差し出した。

 

「……お嬢様」

 

垣根が呼んでも真守は垣根に夢中なままだった。

 

「ったく、しょうがねえな。まーもり」

 

垣根は真守の頬にそっと手で触れる。

 

「はうっ!?」

 

ほっぺに突然触れられた真守はぴゃっと飛び上がる。

 

「あ。ご、ごめん。……かっこよくて、見惚れてしまって……」

 

真守は顔を赤らめてふにゃふにゃと目を()らす。

垣根は真守の新鮮な反応を見てにやっと意地悪く笑う。

そして真守にそっと顔を近づけた。

 

「安心しろ。お前が気にいったなら家で何度だって着てやる」

 

真守は垣根の甘い囁きにいっぱいっぱいになってしまう。

 

「メニューをご覧ください、お嬢様?」

 

垣根にそう言われながらメニュー表を手渡された真守は、顔を赤くしながらもメニューを選び始めた。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

はっきり言って幸せな時間だった。

 

いつも口の悪い垣根が敬語を使っているのには少し違和感があったが、優しくしてくれるし、全部やってくれるし真守はとても幸せだった。

 

まあ確かに垣根は普段から率先して自分に対しては色々とやってくれるのだが、執事として、という前置きが付くと全く違うと真守は感じた。

 

(んふふ。執事姿の垣根と写真撮っちゃった……っ。うれしい)

 

真守は垣根と撮った写真を入れたポシェットを大事に抱えながら微笑む。

 

(あ、だめだめ。あんまり浮かれちゃ。垣根は『スクール』の仕事として頑張ってるんだからな)

 

真守はそこで一つ気が付いたことがあって、目を薄く開いた。

 

(……仕事、か)

 

そして真守はしゅん、と気落ちする。

 

(垣根、他の女の子にも執事やってるんだよな……?)

 

真守は胸が苦しくなるのを感じた。

垣根が仕事している姿はとてもかっこよかった。

でもあんな風に他の女の子にも笑いかけていると思うと、悲しくなってくる。

中には垣根に惚れてしまう人もいるかもしれない。むしろ十中八九惚れてしまうだろう。

 

(むぅ。……かきね)

 

真守はきゅっと小さな手を握って顔をしかめる。

 

(垣根。今日、家に帰ってきてくれるかな……)

 

真守はとぼとぼと一人で歩く。

午後には深城と林檎が垣根のところに行く。

それは別に良いのだ。

良いけれど、やっぱり誰にも垣根のカッコイイ姿を見て欲しくなかったし、自分のためだけの執事でいて欲しいと真守は思っていた。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

深夜。

真守はベッドの上で体育座りをして垣根を待っていた。

今日は垣根が執事喫茶に潜入調査をしている関係で一緒に眠れないかもしれない。

 

そう思うと真守は胸がずきずきと痛くなり、きゅっと自分を掻き抱く。

 

いつもなら垣根が面倒なやきもちを焼くが、自分が酷いやきもちを焼くとは真守は思いもしなかった。

 

しぃんと静まり返った部屋の中で落ち込んでいた真守だったが、階段が軋む音が聞こえて目を見開いた。

ベッドから降りて真守は扉の前で待つ。

かちゃ、とドアノブが動いて扉が開いた瞬間、真守は垣根に抱き着いた。

 

「あ? どうした、まだ寝てなかったのか?」

 

垣根は突然抱き着いてきた真守に驚きながらも、真守の背中に手を回す。

真守は垣根に抱きしめられて幸せそうに目を細めるも、それでも顔はしかめっ面のままだ。

 

「…………仕事は?」

 

やけに積極的だな、と垣根が思っていると、真守がぽそっと呟く。

垣根はそれを聞いてあからさまにため息を吐く。

 

「今日で終わりだよ。クソ仕事だったぜ、まったく。なんで俺が誰かの世話しなくちゃなんねえんだよ。……それでも、お前と林檎や源白が予約入れてくれたからな。いくらか楽だった。ありがとな、真守」

 

真守はそれを聞いて、垣根の胸に顔をうずめるのをやめて垣根を見上げた。

 

「………………他の女の子の前でもやっぱり執事したのか」

 

垣根は真守の様子がおかしい理由に気が付いた。

 

「真守。お前もしかして()いてんのか?」

 

真守は垣根に嫉妬していると気が付かれて、再び顔を垣根の胸にうずめる。

 

「ふーん?」

 

垣根はそんな真守を見て、にやっと意地悪く笑った。

 

「お前が()くなんて珍しいな。顔見せろ」

 

垣根は真守が()いている表情が見たくて、くいっと顔を上に上げる。

 

「……ん」

 

真守はとても切なそうな顔をしていた。

眉を八の字にして、悲しそうに大きなエメラルドグリーンの瞳を細めていた。

 

あまり嫉妬しない真守が妬いている姿がかわいい。

 

そう思って垣根が悦に浸っていると、真守は嫉妬しているのが恥ずかしくて目を()らす。

 

そんな真守が愛しくて、垣根は真守の唇にキスをした。

 

「ん」

 

真守は小さく(うな)りながらも、垣根のキスに応える。

 

「かわいい」

 

垣根が口を離して自分を愛おしそうに見つめてくるので、真守は頬を赤くしたままムッと口を尖らせた。

 

「……かわいくない」

 

「なんでだよ。俺がかわいいっつってんだからかわいいんだよ」

 

垣根は真守のことをぎゅーっと抱き寄せる。

脂肪が少なくて体が薄いながらも、ちゃんとした女の子の柔らかい体。

そして上品で甘い匂い。

垣根が真守の頭に頬を摺り寄せて堪能(たんのう)していると、真守は躊躇(ためら)いながらもぎゅーっと垣根に抱き着く。

 

「ごめん、垣根」

 

「謝る必要はねえよ。クソ仕事回してきた上層部が悪いしな。それにお前が嫉妬してくれたから嬉しい。最悪だったが少しは役に立ったな」

 

「……そうなの?」

 

「お前全然嫉妬しないし。正直に言って嬉しい」

 

垣根は真守の額にキスをする。

そして真守のことを抱き上げた。

 

「わっ」

 

垣根は抱き上げた真守を見上げて、色気たっぷりに笑う。

 

「たくさんかわいがってやるから、それで機嫌直せ」

 

真守は胸が詰まってしまって口元に服の袖を持って来ながら眉を八の字に曲げる。

 

「垣根……っ」

 

真守は恥ずかしくても嬉しくて、垣根にきゅーっと抱き着いた。

 

そこからの時間はとても幸せで、甘々で、ふわふわしていて。

 

 

真守はそれを堪能(たんのう)して幸せな気持ちになりながら、目を覚ました。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

「ふぁ!?」

 

真守は悲鳴を上げながらガバッと飛び起きる。

なんだかすごい嫉妬して垣根に(なぐさ)められて、永遠と甘やかされる夢を見ていた気がする。

 

「よ、欲求不満…………!?」

 

真守はとんでもない夢を見てしまったと頭を抱える。

 

「真守?」

 

頭を抱えていた真守に声を掛けてきたのは、丁度部屋に入ってきた垣根だった。

 

「か、垣根」

 

「? なんだよ、どうしたんだ? 変な夢でも見たのか?」

 

垣根は手にマグカップを二つ持っており、真守に片方を寄越す。

 

「まだ本調子じゃねえんだから。ほら。これ飲んでゆっくり落ち着け」

 

真守は垣根が差し出してくれたホットミルクを受け取る。

そしてコクッと一口飲んだ。

とても甘い。

深城はこんな甘さになるまで砂糖を入れないから、作ってくれたのが垣根だと真守は察した。

 

真守はほっと一息ついてから室内を見つめる。

 

九月三〇日に絶対能力者(レベル6)進化(シフト)してから一度も帰ってきていなかった自宅の自分の部屋。

 

学園都市から追われていたり、ローマ正教とのいさかいがあったりして帰ってこられなかったが、第三次世界大戦が終結して一応の脅威が取り除かれ、真守は自宅に帰ってくる事ができたのだ。

 

「で? どんな夢見てたんだ? 言ってみろ」

 

垣根はベッドの(ふち)に座りながらコーヒーを一口飲む。

 

「…………言いたくない」

 

垣根は真守の返答を聞いて、コーヒーのカップから口を離して真守を睨んだ。

 

「真守」

 

真守は垣根の追及に目を背ける。

ロシアの地で垣根は絶対能力者(レベル6)としての真守を理解することができた。

しかも真守が夢を介してエイワスとかいう超常的な存在に接触されていた事も、真守から教えてもらった。

夢ならば、もしかしたらエイワスに関することかもしれない。

 

「言え」

 

垣根が圧を掛けると、真守は泣きそうになる。

 

「………………垣根が、暗部の仕事で……執事喫茶で働くことになって」

 

「あ?」

 

「垣根が暗部の仕事で執事喫茶で働くことになって、お、女の子たちにいい顔するから私が嫉妬する夢見たのっ!! そしたら垣根が(なぐさ)めてくれて、それでたくさん甘やかされる夢!! そ、そんなの見たって言えるわけないだろぉ……っ!!」

 

真守はうわぁあああんと泣き(わめ)く。

呆然としていた垣根だったが、真守が変な夢を見ていたと理解して噴き出し、くつくつと笑い出す。

そんな垣根を見て、真守は恥ずかしくて涙目になった。

垣根はひとしきり笑った後、真守の頭にぽんっと手を置いた。

 

「そーかそーか。お前はまだまだ甘やかされ足りなかったんだな。欲求不満ってことか。なあ?」

 

「別に欲求不満じゃないっ!! 垣根のばかっ垣根のばかっ!!」

 

真守がわあわあと(わめ)くと、垣根は真守の頭を優しく撫でる。

 

「…………かきね?」

 

真守が(いた)わるように頭を撫でてくれるので顔を上げると、垣根は柔らかな表情をしていた。

 

「お前が元気になって良かった」

 

垣根はロシアの地で無理をして眠ったまま学園都市に帰ってきた真守のことが心配だった。

そんな真守がえっちな夢を見てしまう程に元気になって良かった。

そう思って垣根が優しく撫でていると真守はムーッと口を尖らせる。

 

「垣根! 垣根のばか! 私が欲求不満になるほどに元気になって良かったとか思ってるだろ!?」

 

真守が叫ぶと、垣根はきょとんとした顔をした。

 

「何言ってんだよ。事実じゃねえか」

 

「事実じゃないっ!!」

 

真守は垣根の誤解をどうやったら解けるのか頭を痛くする。

気分が悪くなってきた真守は垣根にマグカップを押し付けて横になった。

 

そして布団をかぶっていじける真守が可愛くて愛しくて。

 

垣根は横になった真守の頭を優しく撫でて、いつまでも微笑んでいた。

 




夢落ち。
時系列的には一五八話のすぐ後です。
真守ちゃんの夢に執事垣根くんを登場させました。
執事服の垣根くんもいいですけれど、サンタも良いですよね。
ところで超能力者のサンタ服にはなんでトナカイのツノついているんでしょうね。
削板はトナカイ要らねえ! ってことで頭についてますけど、逆に何で一方通行はトナカイのツノついてなかったのか……謎だ……。



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Extra:02:とある偶像の流動源力さま〈邂逅篇〉

Extra:02投稿します。
偶像篇です。


超能力者(レベル5)とは、学園都市の頂点である。

公式には七人とされているが、実は未承認の超能力者(レベル5)が一人いる。

その超能力者(レベル5)は超能力者として承認されて学園都市上層部に利用されることを嫌がり、その地位を蹴った。

その能力者が超能力者(レベル5)という地位を蹴った時、学園都市上層部はその能力者にとある命令を下した。

 

学園都市の『闇』で利益を生み出し、生きたくないという意志は尊重する。

 

ならば『表』の世界で何かしらの利益を生み出して生きてみせろ、と。

 

かくして消えた八人目の超能力者(レベル5)、朝槻真守は『表』の世界でアイドルとして生きることとなる。

 

だが少女は知らなかった。

 

超能力者(レベル5)をアイドルとしてデビューさせ、ファンの力で絶対能力者(レベル6)への進化(シフト)を促す、絶対偶像進化(ミラクルアイドリゼーション)計画を──!!

 

 

 

──────…………。

 

 

 

第一五学区、ダイヤノイド中階層にあるテレビオービット内のとある楽屋。

楽屋の扉には『流動源力(ギアホイール)、朝槻真守様』という紙が下げられており、その中には猫耳と尻尾を生やした学園都市のトップアイドルがいた。

 

絶対偶像進化(ミラクルアイドリゼーション)計画、だと……!?」

 

黒猫系アイドル、朝槻真守はアイドル誌に顔を落としながらふるふると震える。

そして雑誌から顔を上げてそれをぎゅっと握り潰すと、声を荒らげた。

 

「上層部のヤツら……っ私をアイドルにしたのはファンの力で絶対能力者(レベル6)進化(シフト)させるためだったのか……っ!!」

 

真守はバッと立ち上がって、猫耳をぴこぴこ怒りで震えさせる。

 

『まあまあ真守ちゃん。非合法な非人道的実験をされないだけマシでしょぉ~』

 

真守に声を掛けたのは一八歳くらいの圧倒的な胸部装甲を持った少女、源白深城だった。

深城はぷかぷかと空中に浮き、真守の周りをふわふわと(ただよ)う。

 

「でもあいつら私を騙したんだぞ!」

 

『真守ちゃんに真実を伝えなかっただけで騙したわけじゃないでしょぉ~』

 

「お前はなんでそんなにまったりしているんだっ!」

 

『え~だってだって、真守ちゃんのアイドル姿見られて嬉しいんだもんっ!』

 

真守はムーッと口を尖らせて、尻尾を不機嫌そうにタシタシ自分の太ももに叩きつける。

 

朝槻真守は優美な黒猫の外見を意識してアイドルをやっている。

 

そのためアイドルとして表に出る時は、脳波検知で動く猫耳と尻尾を付けているのだ。

 

真守の猫耳と尻尾は学園都市の技術の(すい)を集めて作られたもので、直に生えているのではないかと言われるほどに感情豊かで、そして真守と完全に一体化していた。

 

『ふふふっその猫耳と尻尾かわいいねえ。バージョンアップした甲斐があったもんだよぉ』

 

深城は笑いながら真守の尻尾に手を伸ばそうとするが、深城の手は現在幽霊状態なので、真守の尻尾に触れることはできない。

 

源白深城はAIM拡散力場を肉体の一部としている。

 

そのためAIM拡散力場をアバターとして幽霊状態で浮遊することができるのだ。

 

この力は真守がアイドルになってから獲得した能力であり、深城はこの力を使って真守のマネージャーをしていた。

真守はそんな能力を行使している幽霊状態の深城を睨み上げる。

 

「ここまでバージョンアップしなくても良かったのに。おかげで私の感情は駄々洩れだ。一体いくら掛けたんだ」

 

『猫耳と尻尾は真守ちゃんのトレードマークなんだよ! 高貴なお猫様アイドルには絶対に必要なの!! だからお金はいくら掛けても問題ないんだよ!?』

 

深城が力説していると、コンコンッと扉がノックされた音が室内に響く。

 

「朝槻さーん! 準備お願いします! あ。源城さん! 朝槻さん連れて来てください!」

 

ノックをして扉を開けて入ってきたスタッフは、真守と深城を見て声を掛ける。

 

『はーい! 真守ちゃん! 準備準備!』

 

「……深城。そういえばお前、どこに体捨ててきたんだ?」

 

深城は能力でアバターを作れるが、意識をアバターに移している間は体から意識が抜けている状態だ。

深城の体は真守が命を繋いでいる。

そのため少し雑に扱っても真守が自分を生かしてくれると知っている深城は、よくどこかに体を置いてきて真守のフォローを優先するのだ。

真守はその(たび)に注意しており、今回もそうなのかと深城を睨む。

 

『捨ててないよぉ。ちゃんとベッドの上に置いてきたってば。だいじょぉぶ、心配しないで?』

 

「よかった。それならいいぞ」

 

真守はそこで一つ伸びをする。

それと一緒に尻尾がぴーんと伸び、猫耳の片方がピピピッと震える。

 

「行くぞ、深城」

 

『はぁーい!! 塩対応の神アイドル、御出勤ー!!』

 

真守はふよふよ浮かぶ深城と共にスタスタと歩いてスタジオへと向かう。

今日はレギュラー出演しているバラエティー番組の収録だ。

真守は気合を入れて現場へと向かった。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

「カップリングアイドルぅ……?」

 

真守は保護者の冥土帰し(ヘブンキャンセラー)がアイドルとして有名になった真守のために用意してくれたマンションで顔をしかめる。

 

その頭には猫耳を付けていないし、尻尾もない。

 

今日は完全にオフだからだ。

 

だがそれでも髪の毛は猫耳ヘアに結んでいるという、黒猫系アイドル少女という印象を崩さない徹底ぶりである。

 

「そぉそぉ! カップルちゃんねる? とかいう、男女でコンビを組んで動画撮るヤツのアイドル版だって。真守ちゃんにオファーが来ててね、男の子アイドルとコンビを組んで恋人的なシチュエーションを収録してファンを『(とうと)い』? で(もだ)えさせるのが目的なんだってぇ!」

 

「やらない」

 

真守がぷいっと顔を()らすと、深城は真守の体に抱き着いた。

今、深城はアバターではなく成長が停まった一二歳の体で動いている。

そのため真守に抱き着くことができるのだ。

 

「なんでぇ!!」

 

「だって嘘の関係だろ。嘘の関係はいやだ。相手にも失礼だろうが」

 

深城は真守のしかめっ面を見て目を(またた)かせる。

お付き合いは誠実にしたい。

人の命や心を大切に想っている真守だからこその考えだ。

 

「でもでもぉ相手の人がやる気満々なんだよねぇ」

 

「なんでだ」

 

真守が目を細めて自分に抱き着いている深城に問いかけると、深城は真守から離れてタブレット端末を見ながら告げる。

 

「ほら。一方通行(アクセラレータ)さんっているじゃない? 真守ちゃんと同じ事務所の後輩のぉ?」

 

「ちょっと芸能界のいろはを教えてやった子か。その子がどうした?」

 

真守は超能力者(レベル5)第一位で、自分の所属事務所の後輩の一方通行(アクセラレータ)を思い出す。

 

「あの子って性別不詳アイドルだからこの企画に参加できないでしょぉ? そしたら相手さんの人が『一方通行(アクセラレータ)にできない仕事をやってやる!』って張り切っちゃってぇ」

 

「相手の子は一方通行(アクセラレータ)に酷い劣等感でも抱え込んでいるのか?」

 

真守が眉をひそませて問いかけると、深城は人差し指を顎に当てて寂しそうに笑う。

 

超能力者(レベル5)第二位の人なんだけれどぉ。ほら、二番手って言うと色々あるでしょぉ?」

 

「……確かに三番目まで来ると諦めようがあるけれど、永遠の二番手っていうのは辛いよな」

 

真守は第二位という、いつでも一歩及ばない立ち位置にいるその超能力者(レベル5)のことを考えて寂しくなる。

 

超能力者(レベル5)の順位なんて学園都市上層部が自分たちの利益を考えて付ける順位だ。

超能力者(レベル5)まで上り詰めたならば、どんな能力だって一級品だ。

そこで順位を付ける方がおかしい。

 

「まったく。相変わらずこの街の上層部は自分の利益のことばかり考える。学生たちの心なんて二の次だ。自分の利益になるなら人体実験だってやるし……!」

 

真守が利益ばかり考える学園都市上層部の思考回路に怒りを燃やしていると、深城は優しい真守を見て嬉しそうに目を細める。

 

「真守ちゃんが超能力者(レベル5)になりたくないって言わなかったら、真守ちゃんが第一位だったよねぇ? そぉしたら相手さんの人も色々変わってたかもねえ」

 

「そんな()()()()の話。……でも、そうか。順位に振り回されている子がいるんだな」

 

真守はそこでまだ見ぬカップリングアイドルの相手、超能力者(レベル5)第二位のアイドルのことを考える。

 

(私は『絶対偶像進化(ミラクルアイドリゼーション)計画』に関係ないって思われているからな。そんな私と有名になれば、計画のトップに立てる、ということか……)

 

「カップリングアイドル企画の相手の子は何て言うんだ?」

 

真守が問いかけると、深城はタブレット端末に目を落として仕事相手のプロフィールを見る。

 

超能力者(レベル5)、第二位。未元物質(ダークマター)、垣根帝督。ファンの呼称は垣根帝国(エンパイア)だってぇ」

 

「垣根帝督……じゃあプロフィール集めておいてくれ。私は今日オフだから出かけてくる」

 

真守はカップリングアイドル企画について前向きに考えると深城に告げると、立ち上がって猫耳がついたキャスケット帽子を被ってサングラスを手にした。

真守は学園都市のトップアイドルだ。

顔を隠さなければあっという間にファンに囲まれてしまう。

深城は準備し始めた真守を見上げる。

 

「ハッキングで集めなくていいのぉ?」

 

「表の世界で生きていくって決めたんだ。そういうアングラな方法はもう使わない」

 

真守は深城にふりふりと手を振ると、出かけて行った。

 

「んふふふ。相手のこと考えて仕事受けるとか、真守ちゃんらしいなあ」

 

深城は真守を見送ると、真守のスケジュールを調整するために仕事を始めた。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

アイドルとしてデビューした超能力者(レベル5)第二位、垣根帝督は今日オフである。

そのため、学園都市へと繰り出していた。

垣根は学園都市中に貼られている超能力者(レベル5)アイドルの広告を見ながら歩く。

 

(仕事も軌道に乗って来た……が、一方通行(アクセラレータ)を出し抜くにはまだまだ足りねえ。ここらで話題性を出すためには、他のアイドルが考えもしないことをしなくちゃならない)

 

そこで垣根はふっと一人笑って、とあるアイドル少女の広告を見上げた。

 

それは『絶対偶像進化(ミラクルアイドリゼーション)計画』が動き出す前からアイドルをしており、現在トップに君臨している朝槻真守のポスターだった。

垣根帝督には、朝槻真守とカップリングアイドル企画のオファーが来ていた。

 

(カップリングアイドル……。アイドル同士が付き合うなんてスキャンダルものだが、最初からそれを売りにすりゃ話は別だ。男子が女子にしてほしいこと、女子が男子にしてほしいことをシチュエーションとして展開すればファンの満足度は高くなる!)

 

企画ものという性質上、それを受け入れられないファンもいるにはいる。

だが所謂(いわゆる)『解釈違い』を生まないようにファンの期待に応えていくのもアイドルの務めだ。

SNSは必ずチェックし、ファンの生声に応えてカップリングアイドルの方向性を決める。

それが今回のカップリングアイドル企画の方針だ。

 

(朝槻真守の『気まぐれ猫愛で隊』と俺の『垣根帝国(エンパイア)』はファン層が全く異なる。ここでカップリングアイドルとして仲の良さを見せつけて朝槻真守のファンを魅了すれば、俺のファンが多くなる!)

 

垣根は一人歩きながら朝槻真守を食い物にしてのし上がろうと画策する。

 

(打算で近づこうが何をしようが、一方通行(アクセラレータ)に勝てればどうでもいい! 俺はトップアイドルの座に君臨する! ……って、あ?)

 

垣根は野心を燃やしていると、とある事に気が付いた。

なんだか人だかりができているし、カメラのシャッター音が響き、フラッシュが(またた)いている。

 

(俺以外に誰が注目されてんだ?)

 

垣根はチッと舌打ちをしてからゆっくりと近づく。

すると、人だかりの中心にいたのは猫耳がついたキャスケット帽子を被り、サングラスをした朝槻真守だった。

真守は往来で好き勝手するファンに囲まれているらしい。

 

「邪魔!」

 

真守がフシャーッと猫の子のように威嚇すると、カメラのシャッター音が鳴り響く。

何を言っても嬉しそうにしているファンに、真守は随分と辟易(へきえき)しているようだ。

 

(チャンス! ここは窮地を救って接点を作り、好感度アップだ!)

 

垣根はそう考えてひとだかりへと声を掛けた。

 

「おい」

 

圧倒的な存在感を放って垣根が声を掛けると、厄介ファンは振り返った。

 

「なんや! いま塩対応の神アイドルの嫌な表情のご尊顔を拝見しているとこ、ろ?」

 

青い髪にピアスをした男がくわっと目を見開いて垣根を見ると、垣根は心底軽蔑(けいべつ)した目で睨みつけた。

 

「厄介なファンやってんじゃねえよ。本気で嫌がってんだろうが。そんなことも分からねえなんてファン失格だな」

 

垣根が告げると、青い髪にピアスをした少年は真守を見た。

 

「……今は、オフだから。撮影の時とかはいいけど。ヤメテ」

 

真守がはっきりと告げると、青髪ピアスはしょぼんとする。

 

「でもお前が私の熱狂的なファンであることは嬉しい。それに彼はああ言ったけど、ファンに合格も失格もないから。だから握手」

 

真守はあからさまに落ち込んでいるファンへと小さな手を出した。

その姿を見て、垣根帝督は思わず感心する。

 

朝槻真守が塩対応ながらもトップアイドルとして君臨しているのは、塩対応による鞭で叩いた後、優しい態度で飴をくれるからだ。

 

青髪ピアスは真守と握手をして、そのまま彼を『BLAU』と呼んで崇める取り巻きと共に去っていく。

真守はフリフリと小さく手を振っていたが、そこで垣根を見上げた。

 

「ありがとう。とても助かった。できればお礼がしたいんだけど」

 

真守は垣根へとふかーくお辞儀をする。

垣根は心の底から感謝している様子の真守を見て考える。

 

(……好感度アップに最適か。ここは乗っておくべきだな)

 

「いいぞ。ただ俺はアイドルだ。個室で頼む」

 

真守は垣根のその言葉にサングラスの向こうで、エメラルドグリーンの瞳をきょとっと見開いた。

 

「アイドル?」

 

「お前のところにも話が行ってんだろ。カップリングアイドルの相手の垣根帝督様だよ」

 

真守はそれを聞いて目を見開き、慌ててサングラスを取って垣根を見上げた。

 

「! お前が垣根帝督なのか!? 本当に!?」

 

垣根は真守の顔を真正面から見て固まった。

 

かわいい。

 

テレビで見るより何十倍も、何百倍もかわいい。

 

知らず知らずのうちに垣根の心を鷲掴(わしづか)みにした真守は、ふにゃっと顔を弛緩させて微笑んだ。

 

垣根はその笑顔に胸が大きく高鳴ったのを感じた。

 

「垣根って優しいんだな……っ」

 

真守が自分のことを称賛するので、垣根はそれでもっと心臓の鼓動が早くなるのを感じた。

 

「そ、そうか……カップリングアイドルなんて誠実な付き合いじゃない嘘の付き合いなんてちょっと嫌だったけど、垣根だったら……別に……っ」

 

真守は心臓が高鳴っている垣根の前でぽそぽそと呟くと、頷いた。

 

「垣根。親睦も込めて一緒に行こうっ! 一緒にいても大丈夫だぞ。スキャンダルだって騒がれても、そういう企画があるって公表すればスキャンダルにはならないっ!」

 

真守は小さな手のひらで垣根の大きな手をきゅっと握って、歩き出す。

 

「お、おい……っ!」

 

垣根はちんまりとした体付きに見合わない力の強さに驚きながら、真守のことを呼び留める。

 

「遠慮するな」

 

真守は垣根の手を引っ張りながら垣根の方を振り返って笑う。

垣根は胸がどきどきと高鳴るのを感じた。

 

(な、なんだ……なんだって言うんだ、一体……っ!?)

 

心の中で困惑しながらも、垣根は真守に連れられてその場を後にした。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

真守と垣根は喫茶店の個室に入り、向かい合うように座った。

 

「ここは私の(おご)りだから。なんでも好きなものを頼んでくれ」

 

垣根はメニュー表を手に取ったが、真守は垣根にそう声を掛けただけで、メニュー表を手に取る様子がない。

人の分は奢って、自分は食べないのか。

 

「お前はいいのかよ。あしゃつ──」

 

そのため垣根は真守に問いかけようとするが、盛大に噛んでしまって言葉を途切らせた。

 

(しまった……! 今日はオフだから滑舌(かつぜつ)の練習してなかった……っ!!)

 

垣根はアイドル失格と言わんばかりに顔を引きつらせる。

真守は垣根が噛んだことにきょとっと目を見開いたが、焦りを見せている垣根に柔らかな表情を見せた。

 

「真守って呼んでほしいな。これから一緒にやっていくなら、その方が良いだろ? ……あ、でも私は垣根のこと、垣根って呼びたいな。その方がなんか好き」

 

垣根は意味は違うが好きと言われ、胸がドキッと高鳴ってしまう。

 

「……で、真守。お前は頼まなくていいのかよ」

 

「私はもう決まってるから。垣根はゆっくり選んでいいぞ」

 

真守はゆっくりでいいと言うが、女性を待たせるわけにはいかない。

のため垣根は手早く頼む料理を決めて店員を呼んだ。

 

「ホットのオレンジティーと、フレッシュ野菜バーガーのお肉とトマト抜きを頼む。あ、野菜バーガーのソースはかけてくれよ」

 

垣根は自分のオーダーを伝えた後、真守の口から飛び出した言葉に固まった。

フレッシュ野菜バーガーとは、肉とトマトとレタスとが挟み込まれて専用のドレッシングソースがかけられているものだ。

肉とトマト抜きということは、レタスとソースだけが挟まれたバーガーである。

 

(そういやコイツ、超偏食だって話があったな……?)

 

垣根は心理定規(メジャーハート)が調べてきた真守のプロフィールに、呆れるほどの偏食家という情報があったのを思い出す。

 

(コイツと一緒にカップリングアイドルとしてやってくなら、食の好みでひと悶着ありそうだな……)

 

垣根はそう思いながら、自分のところで預かっている食事大好き少女、杠林檎のことを思い出す。

色んなものを食べる林檎と、この偏食家の好みが一致する食事は一つくらいあるだろう。

垣根は仲良くなるために林檎を間に入れるのも手だな、と思いながら真守に声を掛けた。

 

「お前のファンっていつもあんなのか?」

 

「あんな?」

 

「自分の好きなアイドルのことや人様の迷惑を考えねえのかってことだ。……ファンは確かに大事だ。だが、ヤツらを統率するのも俺達アイドルの役目だ。やりたい放題させてたら、そんなの害悪以外の何物でもないだろ」

 

真守は垣根から統率ができていないと明言されて(うつむ)く。

真守はトップアイドルだ。

そのため数多くいるファンをまとめるのはとても難しそうだが、それをこなしてこそのトップアイドルである。

これから一緒に企画をやっていくのにこの様子じゃ困る。

だから垣根はやんわりと注意したのだ。

 

「ファンに対しては、ああいうことしないでってキツく言ってる」

 

「にしてはマナー悪いな」

 

垣根が間髪入れずに応えると、真守は恥ずかしそうに顔をしかめた。

 

「私が厳しく言えば言うほど、あの子たちは喜ぶから」

 

垣根は真守から放たれた言葉に固まった。

朝槻真守は『塩対応の神アイドル』として、学園都市の芸能界トップに立っている。

塩対応。

それはツンツンとした冷たい態度が逆に良い! と、ファンに喜ばれるアイドルに付けられる異名である。

そのため真守が冷たい態度を取っても、どんな罵声を浴びせても、全てファンにはかわいいと受け取られてしまうのだ。

 

「キモイとか感情込めて言うとな、みんなご褒美です!! って言うんだ。だからどんなにマナーが悪いと言ってもみんなが喜んでしまって……正直、注意するのがすごく難しい」

 

「お前のファンはアレだな、変態が多いんだな」

 

垣根が真守のファンを端的に表現すると、真守はムッと口を尖らした。

 

「ヘンタイなんて言わないでくれ! あの子たちにだって良い所があるんだ!」

 

「……例えば?」

 

真守のことを困らせて悦に浸っているファンに良い所なんてあるのだろうか。

垣根がそう思って問いかけると、真守は表情を弛緩させてにまにま微笑む。

 

「私のこと心配してくれてSNSで四六時中実況して見守っていてくれるし、私がどこかに行こうとすると必ず先回りして安全確保してくれるし、私好みのご飯をお店に用意するようにオーダーしてくれてたりするし……とってもいい子ばっかりなんだぞ!」

 

「いやそれ行き過ぎたヤベエヤツばっかだろ」

 

真守は塩対応の神アイドルとして完璧で、本当にかわいい。

ファンが何もかもをしてあげたいと、行き過ぎた過保護を発動するのも分かる気がする。

 

だがそれで真守が迷惑していたら元も子もない。

 

そのため垣根はこれから企画を一緒にやっていく真守の負担になるならば、ファンの態度の改善を促そうと、真守のことを考えながら真守とお茶をしていた。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

真守は喫茶店から出て、垣根と夕暮れの道を歩いていた。

 

「垣根、今日は本当にありがとう。とても助かった」

 

「別にいい。ファンに関してはカップリングアイドル企画を始めたら、俺からきちんと言ってやるよ」

 

真守は垣根の優しい言葉に表情を明るくする。

 

「本当にありがとう、垣根。垣根の足引っ張らないように頑張るから。これからよろしくな」

 

真守はそこで小さな手を出して垣根に握手を求める。

 

真守が足を引っ張るなんてことはない。

何故なら真守はあの一方通行(アクセラレータ)をも超えたトップアイドルなのだ。

 

どちらかというとその人気にあやかろうとしているのは垣根帝督である。

垣根はこんなに純真無垢な真守を利用してのし上がろうとしていることに罪悪感を持った。

ズキッと胸が一度痛むが、これもあの憎き一方通行(アクセラレータ)に勝つためである。

 

「……こっちもよろしく頼むぜ、真守」

 

垣根は胸の痛みを感じながらも真守に笑いかけて、その小さい手を握った。

真守はにっこり微笑んだ。

 

「頑張ろうな、垣根!」

 

 

 

後日。

朝槻真守と垣根帝督は、カップリングアイドルとして売り出すことが発表された。

 

カップリングアイドル企画の内容は、真守と垣根が疑似恋人をするというものだ。

 

真守のファンは真守が疑似的な恋人とイチャイチャしているところを楽しんでいたが、中には真守と楽しそうにしている垣根に興味を持って垣根のファンになる子も多数いた。

 

それは垣根についているファンも同じである。

 

厄介なほどにアイドルに入れ込んでいる、所謂(いわゆる)ガチ恋勢というのもいるのだが、そんな彼らも楽しめるように真守と垣根は演出を工夫しているため、おおむね好評となっていた。

 

互いのファンが新しいアイドルを知るきっかけとなったので、二人のファンは少しずつ増えつつああった。

垣根の方は一方通行(アクセラレータ)よりもファンが大分少ないが、それでも話題性は奪っていった。

 

だが垣根には罪悪感があった。

 

この柔らかで温かい存在を利用し続けていいのだろうか、という思いが──。

 




偶像篇、開幕です。
偶像篇ですが、要所要所で『流動源力』本編と似たようなところがあります。
垣根くんが真守ちゃんのこと助けるとか、真守ちゃんのファンが『流動源力』本編のカブトムシと同じことしているとか……。
少しずつ織り交ぜておりますのでお楽しみいただけたら幸いです。



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Extra:03:とある偶像の流動源力さま〈親密篇〉

Extra:03投稿します。


超能力者(レベル5)をアイドルとしてデビューさせ、ファンの力で絶対能力者(レベル6)への進化(シフト)を促す、絶対偶像進化(ミラクルアイドリゼーション)計画が進行中の学園都市。

 

そんな中、アイドルとなった超能力者(レベル5)第一位、一方通行(アクセラレータ)を追い抜くために、同じくアイドルとなった超能力者(レベル5)第二位、垣根帝督が選んだ作戦とは、トップアイドル朝槻真守とのカップリングアイドル企画を行うということだった。

 

「ふふ。ふふふ。ふはははっ……!!」

 

SNSをチェックしている垣根の口から不敵な笑い声が(こぼ)れる。

垣根がご機嫌になっているのは、垣根帝督と朝槻真守によるカップリングアイドル企画がSNSで話題になっているからだ。

 

一方通行(アクセラレータ)の影なんてどこにもない……っ! 話題によって俺のファンは増える一方で、一方通行を抜く日も近い……これほど愉快なことはないっ!!」

 

「垣根、良かったね」

 

愉悦(ゆえつ)(ひた)っている垣根に声を掛けたのは、垣根が諸事情で預かっている杠林檎だった。

 

「朝槻と垣根が人気になって、私も嬉しい。朝槻も垣根も好きだから、もっと頑張って欲しい」

 

林檎はテレビで放映された垣根と真守のカップリングアイドル企画の録画を見ながら、とても嬉しそうに呟く。

 

「真守のこと知ってたのか?」

 

「朝槻は前に大好きなハンバーガーの広告と一日店長やってた。だから好き」

 

垣根は食事が好きな林檎が食いついた真守の知るきっかけとなった仕事を聞いて、片眉を少し動かす。

そして垣根は林檎に向き直って、(さと)すように告げた。

 

「林檎。真守はな、食事関連の仕事はあんまり得意じゃねえんだ。アイツを知るきっかけになったのは良いが、アイツに直接会ってそのこと言うんじゃねえぞ。それで好きになったって言ってもアイツを困らせるだけだ」

 

「どうして?」

 

「真守は超偏食家なんだが、アイツの偏食って味の好き嫌いじゃないんだ。ハンバーガーとか具材がたくさん使われている食べ物食べて、色んな食感が一度に来るのが苦手なんだよ」

 

口の中の感覚が鋭敏だから刺激され過ぎると不快に感じるらしい、と垣根は続け、真守のことを思ってため息を吐く。

 

「無理ならやらなくてもいいのにな。それでもしっかり仕事こなしてる辺りが、流石トップアイドルって感じだな」

 

垣根が素直に真守に感心していると、同じ部屋で事務処理をしていた心理定規(メジャーハート)が顔を上げて垣根を見た。

あの俺様気質の垣根が他人を(おもんぱか)るようなことを言ったからだ。

 

「……いつの間に彼女と仲良くなったの?」

 

「カップリングアイドル企画を一緒にやってくんだから、互いのこと知る必要あるだろ。だからちょくちょく連絡とってるんだ」

 

「ふうん。関係は良好ってことね。上辺だけの付き合いじゃボロが出るから良かったわ」

 

心理定規(メジャーハート)が案外二人が好ましい関係になっており、それによってこれからも企画が円滑に収録できると知って笑みをこぼす。

 

「これも企画を成功させるためだ。そのためならどんなことだって俺はする。そのおかげで企画は無事にファンに受け入れられ、良好に進行してるんだよ」

 

垣根が自分の行いの結果で企画が上手くいっていると告げると、そこでパソコンに向かっていた誉望が涙を光らせながら肩を落とす。

 

「ファンが受け入れられるように、SNSから情報集めた俺が企画調整を頑張ってるおかげスよ……」

 

「誉望。お前、今なんか言ったか?」

 

垣根はソファに座ったまま誉望へと目を向ける。

 

「何にも言ってません。垣根さんがガンバッテルオカゲデスネ」

 

誉望がカタコトながらも認めたので、垣根はふん、と鼻を鳴らす。

 

「そうに決まってるだろ。心理定規(メジャーハート)。次の仕事は何だ?」

 

「えーっと。『カップリングアイドル特別企画、ドキドキ☆シチュエーションデート!! 水族館編』……らしいわよ」

 

「なるほど。デートか、任せておけ。俺が完璧なエスコートを見せてファンを魅了してやる」

 

(一方通行(アクセラレータ)に勝てて有頂天になってるわ……まあ、こっちでコントロールすればいいかしら)

 

心理定規(メジャーハート)はオカン気質を見せながらそっと微笑み、スケジュールの調整を再開した。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

真守は第六学区の中央駅前にやってきていた。

 

そこには黒い水玉シャツにジーパン、そしてウォレットチェーンを下げて帽子を被った垣根帝督が立っていた。

 

「垣根」

 

垣根は真守に名前を呼ばれて顔を上げ、そして真守の姿に目を見開く。

白いシフォンワンピースに黒いジャケットコート。それに黒のニーハイソックスとスニーカー。そしていつもの猫耳ヘア。

女の子らしさ満開の真守の勝負服に垣根は固まった。

 

「ま、待たせちゃったか?」

 

真守がはにかみながら告げると、真守に見惚れていた垣根はハッと息を呑み、そこで現実に帰還した。

 

「いいや! ……俺も今来たところだ」

 

真守と垣根は二人で押し黙る。

 

(ど、どうしよう……)

 

真守は目を逸らしながら心の中で考える。

 

(……ヤバいな)

 

垣根は被っている帽子に手を触れながら心の中で呟く。

 

(想像以上にかっこよすぎる)(想像以上にかわいすぎる)

 

「ハイカーット。今の互いが綺麗だって思った感じいいねーっ! 次のシーン行こうかー!」

 

真守と垣根は互いに見惚れていたが、監督の声が聞こえてきてハッとする。

 

そして風に吹かれて乱れた髪の毛を直すためにメイク担当が走ってくるので、どぎまぎしながらも二人共対応していた。

 

こうしてカップリングアイドル企画、『カップリングアイドル特別企画、ドキドキ☆シチュエーションデート!! 水族館編』の撮影は始まり、順調に撮影は進んでいた。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

真守と垣根は撮影の準備を待つ暇つぶしのために、水族館の一番大きな水槽の前へとやって来ていた。

 

「あれはトンガリサカタザメ、あっちはマグロにカツオだな。あれは……んー……ホシエイかな」

 

様々な魚たちが泳ぐ中、真守は一つずつ指を差して魚の名前を言っていく。

 

「よく覚えてるな。水族館好きなのか?」

 

「ん? 特に好きとかじゃないぞ。一度覚えたものは大体忘れないからな。だから覚え方間違ってなかったら合ってると思うぞ」

 

(一回覚えたら大体忘れない? ……そういやコイツの能力の詳細を聞いたことなかったが、頭が良いってことは能力者として優秀なのか?)

 

垣根は真守の言葉に内心で首を傾げていると、真守が垣根を見た。

 

「垣根は水族館とか遊園地とか、よく来るか?」

 

「あーウチにそういうのが好きな幼女がいるからな。ほら、お前のサインをせがんだヤツ」

 

真守は垣根に以前、サインが欲しいと言われたことを思い出して頷く。

 

「杠林檎って子だな。私のこと好きになってくれてありがとうって言っておいてくれ」

 

「今日連れて来てるからな。後で言ってやれ」

 

「来てるのか?」

 

真守が目をきょとっと見開いて問いかけると、垣根は林檎のことを考えて笑う。

 

「さっきも言っただろ。水族館が好きなお子サマなんだ。俺たちは収録あるから一緒に周れねえって言っといたから、そこら辺でお守してる弓箭と楽しんでるだろ」

 

真守は垣根から出た林檎とは違う人物の名前を聞いて目を開いた。

 

「! 弓箭と垣根は友達なのか?」

 

垣根は真守の問いかけに顔をしかめる。

 

統括理事会直轄の組織、『スクール』として共にチームを組んで、番組の収録で仲間として動いてはいるが、友達ではない。

 

「一緒にいるだけだ。友達じゃねえ」

 

そのため垣根がばっさり切り捨てると、真守はふーんと声を上げた。

 

「そうなのか。弓箭とは一緒に遊ぶ仲なんだ。街中で寂しそうにしてたから声掛けたら、気に入られてしまって」

 

真守がはにかみながら告げると、垣根は金の瞳に黒い髪をツーサイドアップにした弓箭猟虎を頭に思い浮かべ、『はん』と嘲笑した。

 

「あいつ、ぼっちだもんな」

 

おおよそ本人が聞いたらショックを受けることを垣根がはっきり言い放つと、真守は柔らかい笑みを見せた。

 

「とっても良い子だぞ。友達を作るには距離の取り方が重要だって教えたら、その通りにして私以外の友達作れたし」

 

垣根は真守のフォローを聞いて目を(またた)かせる。

友達の作り方を教えるまで真守と弓箭の仲が深いとは思わなかったからだ。

 

「……ふーん。面倒見いいんだな」

 

垣根が少しの嫉妬を込めて告げると、真守ははにかむように笑う。

 

「そうだと思う。私、人が頑張ってるのを応援するのが好きなんだ」

 

真守はそこで言葉を切って垣根の顔をまっすぐと見た。

 

「だからとても頑張っている垣根のことも応援したくなるんだ。そんな垣根のために私ができることは、カップリングアイドル企画を成功させることだ。だから私は精一杯を尽くす。あんまり分からないかもしれないけれど、私も結構気合いを入れて取り組んでるんだぞ」

 

垣根は突然自分に矛先が向かってきたので目を見開く。

真守がそこまで自分のことを評価して、真守自身も力になりたいと思って行動しているとは思わなかったからだ。

 

「……そうか」

 

垣根は真守の気持ちが単純に嬉しくてそっと目を伏せて笑う。

 

「朝槻さん、垣根さーん! 準備お願いしまーす」

 

そこでスタッフから声がかかったので、真守はスタッフがカメラを準備している方を見た。

 

「はーい。行こう、垣根!」

 

真守はふにゃっと笑うと、垣根の手を引いて歩き出す。

 

「あ、おい。分かってるから引っ張るなって」

 

垣根は真守に突然引っ張られて口では不機嫌になっているが、穏やかな気持ちだった。

 

打算で始めたカップリングアイドル企画だったが、今は真守のおかげで楽しく収録をしていた。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

乗り気な垣根とやる気の真守の収録は(とどこお)りなく進み、水族館内でのレストランで食事をする撮影となった。

無事に食事風景を撮影し終わった真守と垣根は、丁度良いので二人で昼食休憩をしていた。

 

「……おい。大丈夫か」

 

垣根は真守が心配になって、思わず声を掛ける。

 

「大丈夫だぞ。私はこれでもアイドルだ。それに、ペペロンチーノみたいな味が単一化しているのは美味しく食べられる。だから大丈夫」

 

真守はしきりに大丈夫だと告げて、アサリのペペロンチーノを口にぱくっと入れる。

小さい口であむあむと食べているのは大変可愛らしいが、垣根は気になることがあった。

 

「……さっきからアサリに手、付けてないけど?」

 

真守は垣根に指摘されてドキッと体を振るわせる。

垣根の指摘通り、真守は先程からパスタばっかりを口にしており、皿にはたくさんのアサリが残っていた。

 

「……べ、別々に食べればお口の中は大変にならないから完食できる。だから大丈夫だ! ……そう、別々なら大丈夫なんだ。……そうすればパスタのもちもちとアサリのもにゅっとした感じが一緒に来ない……だから大丈夫……」

 

(お口って……かわいい言い方するなあ)

 

垣根は必死で自分に言い聞かせている真守がかわいくて小さく笑い、自分のフォークを振りながら真守に声を掛けた。

 

「ほら、こっちに寄越せ」

 

「へ」

 

真守が目をきょとっと見開くと、垣根は真守のペペロンチーノのアサリを見ながら告げる。

 

「食べられないなら食べてやる。しっかし、お前いつも苦労してるんだな。既製品なんてほとんど食えねえだろ」

 

垣根はアサリをフォークで刺してぱくっと食べる。

真守は間接キスに顔を赤らめながら、ぽそぽそと告げる。

 

「……深城が私のご飯作ってくれるんだ。既製品で食べられないものがあったら、深城が食べてくれるし。私は深城に甘えてばっかりだ。……でも食べ物に関しては本当にどうしようもないんだ」

 

真守は学園都市に人体実験と称されてご飯を貰えなかったことがあった。

そのため口内の感覚が鋭敏になり、食事を摂るのが難しくなってしまったのだ。

 

「深城?」

 

垣根は真守が食事をするのが大変になった理由ではなく、聞いた事のない少女の名前について首を傾げる。

真守は垣根の疑問を受けて、ちらっとヘアメイク担当と話をしている深城に目を向けた。

 

「源白深城。私のマネージャー。私のとっても大切な女の子だ」

 

真守がふにゃっとした笑顔を見せるので、垣根は真守の視線の先にいる深城を見た。

一二歳くらいの少女だ。

アレでもトップアイドルのマネージャーをやっているのだから、相当敏腕なのだろう。

 

「……ふーん」

 

垣根は真守が深城のことを本当に大事にしているのに気が付いて面白くなさそうに声を上げた。

 

「垣根?」

 

「何でもねえよ。ほら。もっと皿こっちに寄越せ。他のアサリも食べてやる」

 

「垣根は優しい。本当にありがとう」

 

真守がふにゃっと安心したように微笑むので、垣根は目を逸らす。

 

「別に優しくねえよ。……別にな」

 

垣根は真守を打算的に利用していることに胸を痛めながら呟く。

真守はにこにこと笑って垣根へと皿を寄せ、アサリを食べてもらう。

そんな真守が愛しくて。

垣根はフッと柔らかな笑みを見せた。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

真守と垣根はロケバスに乗り込み、帰路についていた。

真守と垣根は隣同士で座っており、他の者たちもそれぞれ座席についていた。

杠林檎という少女も垣根の隣に座ってはいるが、遊び疲れて眠りについていた。

 

「垣根。今日も収録楽しかったな」

 

「撮影もうまくいったしな」

 

真守は垣根と軽く今日の話をしながらタブレットに目を落とす。

 

「明日も一緒の収録だよな。……えーっと、超能力者(レベル5)チップスの開封収録? 超能力者(レベル5)チップスってなんだ?」

 

真守がスケジュールに入っている収録の内容に首を傾げていると、垣根が真守を見た。

 

「ブロマイドがおまけとしてついているポテチだよ」

 

「へー、そんなのがあるのか」

 

垣根の説明を聞いて真守が感心した声を上げると、垣根は頷く。

 

「グラビアカード全三五種類とシークレット一種。特製ホログラム使用のレアカードやサインが入ってたりするんだぜ」

 

「そうなのか。垣根は全部のカード知ってるのか?」

 

「いや。自分のカードしか確認してない。ああいうサンプルは貰わないようにしてるんだ。本当に欲しいならきちんと買った方が良いだろ。金ないわけじゃねえしな」

 

垣根が何の気なしに自分の矜持(きょうじ)を告げるので、真守はそれに感心した様子で頷く。

 

「ちゃんとスタンスがあるんだな、垣根。……ところでシークレットって誰だろうな? ……ええっと、やっぱり一方通行(アクセラレータ)?」

 

真守が一方通行(アクセラレータ)に対して敵意をむき出しにしている垣根のことを慮って問いかけると、垣根は首を横に振った。

 

「違うみたいだぞ」

 

真守はそこでとても嫌な予感がした。

 

「…………じゃあ、誰だ?」

 

 

「消えた八人目の超能力者(レベル5)

 

 

真守の嫌な予感は的中し、それに真守は小さく息を呑む。

 

「つっても人の興味を引くためにシークレット作ったんだろ。もしそのシークレットを引き当てたとしても、それが本当に八人目なのか誰にもわからねえしな」

 

消えた八人目の超能力者(レベル5)なんて都市伝説に過ぎない。

所詮、一般人の関心を引くためのシークレット枠だ。

垣根がそう断言すると、真守はひくっと口を引きつらせながら『そ、そうなのか』と、頷く。

 

「どうした、真守」

 

垣根が首を傾げて問いかけてくるので、真守はふるふると首を横に振った。

 

今日の収録はオフを装ったシチュエーションデートで、髪の毛を猫耳ヘアに結い上げているだけで良かった、と真守は心の底から本当に思った。

 

そうでなければアイドル用の脳波検知で動く猫耳と尻尾をつけており、それによって真守は垣根に焦っていることが駄々洩れになってしまうからだ。

 

「なんでもないぞ、垣根。ちょっと気になっただけだ」

 

真守はアイドル仕込みの完璧な笑みを垣根に見せる。

 

だが心中は穏やかではなかった。

 

(わ、私のグラビアカード……っ!?)

 

垣根帝督は自分の上にいる一方通行(アクセラレータ)を敵視している。

 

そのため本当は第一位になるはずだった超能力者(レベル5)がいると分かれば、垣根が傷つくに決まっている。

 

(ど、どうしよう……収録ってことは私のカードも出てくるのか……っいや、上層部と取引したから私の存在が公になることはない。……でも、万が一ってことがあるし……っ)

 

真守は焦りながら胸がズキッと痛んだのを感じた。

 

朝槻真守は学園都市上層部に利用されるのが嫌で超能力者(レベル5)第一位に認定されるのを蹴り、その代わりにアイドルとなった。

 

その事実を、垣根にどうやって打ち明けたらいいか分からない。

 

どうすれば順位に固執している垣根が傷つかないで、今まで通りに付き合っていくことができるようになるのか分からない。

 

何が最善の策になるかまったく思い浮かばず、真守は胸の痛みをただただ感じていた。

 




垣根くんと真守ちゃんの仲が大分縮まってきました。



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Extra:04:とある偶像の流動源力さま〈理解篇〉

Extra:04投稿します。


超能力者(レベル5)をアイドルとしてデビューさせ、ファンの力で絶対能力者(レベル6)への進化(シフト)(うなが)す、絶対偶像進化(ミラクルアイドリゼーション)が進行中の学園都市。

 

超能力者(レベル5)第一位の地位に承認される代わりにトップアイドルになることを選んだ朝槻真守は、その事情が順位に対して並々ならぬ思いを抱いている垣根帝督にバレてしまうかもしれない、という問題に直面していた。

 

真守は控え室でマネージャーの深城と顔を突き合わせていた。

 

「メーカーに問い合わせてみたらね、学園都市上層部から直々にオファーがあって真守ちゃんのグラビアカード作ったって言ってたよ。どうやら上層部はグラビアカードで真守ちゃんに注目を集めて、絶対能力者(レベル6)への進化(シフト)(うなが)したいみたいだねえ」

 

深城が調べた限りの情報を報告する中、真守は手元にあるブロマイドを見ていた。

 

それは超能力者(レベル5)チップスに実際に封入されているシークレット枠の真守のブロマイドで、黒で塗りつぶされたシルエットになってはいるが、そのシルエットだけでもトップアイドル、朝槻真守だと一目で分かるカードだった。

 

「シークレット枠は超超超超超レアだから、SNSでもシークレットが出たって話はないねえ。でもこれから出るかもしれないし、バレる確率は変わらずにあるねえ」

 

真守は深城の推測を聞いて顔をしかめる。

 

「真守ちゃん。真守ちゃんはさ、どぉしたいの?」

 

深城は(うつむ)く真守の手を取って優しく問いかける。

深城が柔らかく問いかけてくるので、真守は眉を八の字に曲げながら自分の気持ちを吐露した。

 

「…………垣根に隠してるのが心苦しい」

 

垣根帝督は超能力者(レベル5)第一位、一方通行(アクセラレータ)のことを敵視している。

超能力者(レベル5)の順位でも、アイドルとしてでも一方通行(アクセラレータ)が自分の上にいるのが許せないのだ。

順位に固執している垣根に『実は超能力者(レベル5)第一位になる権利を蹴りました』なんて真守が面と向かって言えるわけがない。

 

「だいじょぉぶ」

 

深城は真守に笑みを向けながら、真守のことをそっと抱きしめた。

 

「きっと垣根さんは分かってくれるよ。絶対に分かってくれる。だって優しい人だって真守ちゃんは思うんでしょ? だったら大丈夫」

 

真守は小さな深城に抱きしめられると、そっと深城の背中に手を回す。

 

「ちゃんと、言う」

 

真守はそう呟くと、深城から体を離して深城をまっすぐ見つめた。

 

「垣根に伝える。それで垣根がもうカップリングアイドル企画やりたくないって言うなら、予定より早いけれど、私が話を付けて円満に終われるようにする」

 

「よぉし、良い子だ」

 

深城はにへらっと微笑んで、真守の頭を撫でる。

 

「じゃあ善は急げだね、真守ちゃん、行ってらっしゃい」

 

真守は深城に応援されてしっかりと頷いた。

 

「行ってくる。……深城」

 

「なぁに?」

 

真守は最後にきゅーっと深城を抱きしめる。

 

「ありがとう、深城。いつも一緒にいてくれて、力になってくれて。……本当にありがとう」

 

「……うんっ。いつまでもずぅっと一緒にいるよ。それにあたしは真守ちゃんにいつも助けてもらってるから。だからお互い様!」

 

深城は真守の首筋に頬をすり寄せて微笑み、真守から離れてふりふりと手を横に振った。

 

「頑張ってね、真守ちゃん」

 

真守は深城からの声援を受けて頷くと、垣根の控え室へと向かった。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

「……超能力者(レベル5)に認定されるか、表の世界でアイドルになるか選べ、ねえ……」

 

垣根は縮こまった真守の前で、真守から聞かされた身の上話に思わず呟く。

 

「学園都市の理念は絶対能力者(レベル6)を生み出すことだ。だから私を先にアイドルにして、絶対偶像進化(ミラクルアイドリゼーション)計画の下地を作りたかったんだと思う」

 

真守の動揺した声の推測を聞いて、垣根はぎりり、と奥歯を噛みしめる。

 

朝槻真守は源白深城が学園都市の『闇』で命を失いそうになった悲劇に直面した。

だから学園都市の『闇』が喜びそうな利益を生み出したくないと宣言し、超能力者(レベル5)の認定を蹴った。

だがそれで真守のことを学園都市が諦めるわけがない。

垣根はそれをよく知っている。

だから真守を絶対能力者(レベル6)とするために『表』の世界でアイドルとしてデビューさせた。

 

真守はずっと自分を利用しようとする学園都市に抗っていたのだ。

たった一人で、大切な少女を守ろうと踏ん張っていた。

そんな少女を、誰が責められるだろうか。

 

「真守」

 

垣根が優しく真守の名前を呼ぶと、真守は顔を上げた。

 

「一人で抱え込むな。今は俺と一緒に企画やってんだ。だから俺を頼れ」

 

真守は目を見開いて垣根をまっすぐと見た。

 

「……隠してたのに、ゆるしてくれるの?」

 

「お前のどこに非があるんだよ。むしろ良く俺に素直に話したな、お前。超能力者(レベル5)チップスのシークレットはSNSでも誰か当ててる気配がないんだろ? じゃあ流通量がとんでもなく少ないってことだ。……もしかしたらバレなかったかもしれねえのに。だから……頑張ったな、真守」

 

垣根が笑って真守の猫耳ヘアを避けて頭に手を置くと、真守は目をウルウルと(うる)ませた。

 

「じゃあ、垣根はこれからも一緒にカップリングアイドル続けてくれるのか?」

 

「当たり前だろ。好調なんだからここで辞める理由はねえ。……それに、お前とやってるこの企画で一方通行(アクセラレータ)の野郎をファンの数で抜いたからな」

 

垣根の言う通り、垣根は先日、ついに一方通行(アクセラレータ)の公式ファンクラブよりも自身のファンクラブの人数の方が多くなったのだ。

真守のおかげで一方通行(アクセラレータ)の上に立つことができた垣根は、真守のことをまっすぐと見つめて感謝の意を示して笑った。

 

「感謝してる、真守。ありがとな」

 

真守はそれを聞いてぐすっと鼻を鳴らすと、垣根に抱き着いた。

 

「かきねぇ……っよかった……っかきねが傷つくかと思って、怒るかと思って……っわ、私……言えなくて……っ」

 

「バーカ。アンチに慣れてるトップアイドルの俺が傷つくわけねえだろ。……それに、俺はお前のこと気に入ってんだ。怒るわけねえだろ」

 

「……ほんとう?」

 

真守はぽろっと涙を(こぼ)しながら垣根を見上げた。

 

「ああ。それにお前と一緒にアイドルやって分かったことがある」

 

垣根は真守の涙を(ぬぐ)いながら(さわ)やかに笑う。

 

「ファンが喜んでくれれば、なんだっていいってな」

 

朝槻真守は学園都市上層部との交渉で嫌々アイドルにさせられたとしても、ファンに対しては真摯に向き合っていた。

塩対応の神アイドルとして。ファンを愛し、そしてそんな真守をファンも愛している。

そんな神アイドルとして完璧な少女の()り方を近くで目の当たりにした垣根は、『ファンが喜んでくれれば良い』というアイドルの真理に辿り着いたのだ。

 

真守はそれを聞いて、感激で眉を八の字にする。

 

「かきねー……っ」

 

「泣くなよ。メイクする前っつっても目が腫れたら意味ねえだろ」

 

垣根は感極まって泣く真守のことを(なぐさ)める。

真守は垣根に隠し事がなくなってすっきりとした顔で、柔らかい笑みを浮かべる。

 

「ありがとう、垣根。私も収録の準備してくる。だから今日の収録も一緒に頑張ろうな」

 

真守がふにゃっと笑うと、垣根は真守の猫耳ヘアを崩さないように頭を柔らかく撫でた。

 

「ああ。今日もよろしくな、真守」

 

垣根が目を細めると、真守はコクッと頷いて部屋を後にする。

垣根は真守が去った後、部屋の中でぽそっと呟いた。

 

「……許せねえな」

 

垣根が怒っているのは真守に対してではなかった。

 

真守のことをどうやっても利用しようとする学園都市に、怒りを向けていた。

 

絶対偶像進化(ミラクルアイドリゼーション)計画』で絶対能力者(レベル6)へと進化(シフト)できるのは朝槻真守と一方通行(アクセラレータ)だけ。

 

絶対偶像進化(ミラクルアイドリゼーション)』計画がきな臭くて調べた真守が言うには、それが真実らしい。

 

「……だったら俺がトップアイドルとして君臨し続ければ、ファンが真守と一方通行(アクセラレータ)に集まらず、絶対能力者(レベル6)を生み出したい上層部の思惑が成就しねえってことか」

 

垣根は学園都市の思惑を知って、そこで一つ笑う。

 

「学園都市のやり方には飽き飽きしていたんだ。真守のためにも、俺のファンのためにも。アイドルを続けてやるよ」

 

垣根はそこで拳をぎゅっと握って宣言する。

 

「俺がトップアイドルとして、この学園都市を支配してやる────!」

 

垣根は決意を瞳に宿し、そのために動き始める。

 

学園都市と懸命に戦っている真守のために。

自分のことを応援してくれるファンのために。

 

トップアイドルであり続けることを、垣根帝督は誓った。

 

そして部屋を訪れたメイク担当と打ち合わせをし、セットを終わらせると収録へと向かった。

 

「垣根、頑張ろう」

 

真守がふにゃっと笑いかけてくるので、垣根は頷く。

 

そして今日も、カップリングアイドル企画を収録するのであった。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

真守が垣根にアイドルになった経緯を話した数日後。

垣根は変わらずに忙しい日々を過ごしており、今日も収録をしていた。

 

『さあ今晩も始まりました! 本日のゲストは学園都市でトップアイドルの地位を担う三人……一方通行(アクセラレータ)さん、垣根帝督さん。そして御坂美琴さんです!』

 

MCの紹介が入り、MCに呼ばれた超能力者(レベル5)アイドル三人へと、カメラがそれぞれ向けられる。

 

そして料理スタジオと、その前に立っている三人、そして番組企画のロゴがカメラに映し出される。

 

『さあ今日は一体どんな料理バトルが繰り広げられるのでしょうか──!? 司会の私もテンション上がってまいりました! それでは「どっちがクッ(キング)」スタートです!!』

 

湧き立つ観客席。

今日はアイドルの超能力者(レベル5)たちが集められた料理対決の番組だった。

垣根帝督ももちろん集められた中にいて、収録のためにポーズを取っていた。

だが、垣根は内心穏やかではなかった。

何故なら────。

 

『では審査員を発表します! 審査員はこの方! 学園都市のトップアイドル、朝槻真守さんです!!』

 

超能力者(レベル5)たちが作った料理を食べる審査員が、トップアイドルの朝槻真守だからだ。

 

司会の言葉と共に、真守は完璧なアイドルスマイル(食関係仕事用)で現れる。

 

『偏食家として有名な朝槻真守さんを(うな)らせることができるのは一体誰なのかー!?』

 

(真守は超偏食家っつっても味覚の方には問題はねえ。問題なのは口の中の感覚が鋭敏で、色んな食感を一度に味わうことなんだが……審査員なんてやって、本当に大丈夫か……?)

 

垣根は明らかに営業スマイルを浮かべてファンの期待に応えている真守をちらっと見ながら、心の中で呟く。

 

『三人と朝槻さんの関係性と言えば、一方通行(アクセラレータ)さんは事務所の先輩後輩。垣根さんはカップリングアイドル企画を持ち、御坂さんは朝槻さんのブランドでコラボ商品を出したりしていますが、一体誰が朝槻さんの好みを網羅しているのか! そこもお楽しみください!』

 

(こいつらアイツと関係あンのか)

 

(一方通行(アクセラレータ)の件は知ってたが、真守は御坂美琴とも繋がりがあるのか……)

 

(カップリングアイドル企画は朝槻さんから聞いているけど、第一位は朝槻さんと先輩後輩なのね……)

 

一方通行(アクセラレータ)、垣根、美琴はそれぞれ戦う相手のことを考えながら収録に望む。

 

『では御坂美琴さんの出番でーす!』

 

司会が声を上げると、美琴が料理器具を持って前に出る。

 

「はーい、がんばりマース」

 

美琴はにこにこしながら料理を始める。

 

途中美琴のマネージャーである白井黒子が何か言いたそうだった一方通行(アクセラレータ)を止めるために収録に割り込んで美琴に電撃で焼かれたりしたが、(とどこお)りなく料理は進む。

 

「はい、朝槻さん! 魔法のオムライスできましたよ!」

 

「あ、ありがとう……」

 

真守は目の前に出された稲妻がケチャップで描かれているオムライスを見る。

そしてスプーンを手に取ろうとしたら、美琴が手の平を真守に向けた。

 

「待った!」

 

「……な、なんだ?」

 

真守が営業スマイルで食べたくないというオーラを隠して美琴を見ると、美琴は恥ずかしそうに顔を赤らめて汗を流していた。

 

「?」

 

真守が首を傾げていると、美琴はだらだらと冷や汗を流しながら告げる。

 

「こ…………こ、……ここで、おいしくなる呪文を唱えます♪」

 

真守は美琴が何か痛いことを言い出したとジト目をしながら、オムライスの皿をスッと美琴へと向ける。

美琴はそんな真守の前で、薄い胸の前でハートを作り、ウィンクをする。

 

「おいしくなぁれーるがん♡ ちゅーにゅー☆」

 

「「「ミ・コ・ト!! ミ・コ・ト!!」」」

 

莫大なコールが流れる中、真守は何とも微妙な気持ちになりながらオムライスに手を付ける。

 

垣根はその様子をはらはらと見つめていた。

 

オムライスはトマトケチャップに薄い卵。そしてケチャップライスで構成されている。

 

しかも美琴の料理風景を見ていた垣根だが、ケチャップライスにはグリーンピースに玉ねぎに鶏肉というオーソドックスな具材が入っている。

 

真守は味に好き嫌いはないが、感覚が鋭敏なため食感が異なる食物が一斉に口に入ってくるのが苦手だ。

 

あの具だくさんを一気に食べたら確実にヤバい。

 

垣根がそう思って見守っていると、真守はオムライスの卵とケチャップライスを一緒に食べた。

 

むぐ、と真守は顔を引きつらせたが、頑張ってもぐもぐと食べる。

 

「…………ケチャップライス……の、酸味が利いていてオムライスの卵のふわふわで塩味が効いていて、トテモいいデスネ……」

 

真守はにこやかに笑顔を見せるが、その瞳が笑っていない。

 

(よく頑張ったな……っもうゴールして良いぞ、真守……!)

 

垣根は食レポをしっかりしている真守を見て保護者目線で応援してしまう。

 

『次は垣根帝督さんの番です! カップリングアイドルとして絆を見せられるかーっ!?』

 

垣根は司会に言われて料理を開始する。

 

真守は単一な味付けで、食感が均一化しているものを好んで食べる。

だがそれだと飽きが来てしまうのだ。

そのため真守は完食をしたことがほとんどない。

 

真守の好みを完璧に把握している垣根は手早く料理を作り上げる。

 

垣根が作り上げた料理とは、市販のうどんを使った誰でも簡単にできる温かいうどんだ。

 

だが市販のうどんを使っているとしても、垣根はつゆの出汁をきちんと取り、薬味であるネギや味変ができるカレースパイスを用意した。

 

「真守、これが良いんだろ?」

 

垣根が告げると、真守は目の前に置かれたうどんに目を輝かせた。

うどんは垣根が初めて真守に作ってあげた料理で、真守の大好物なのだ。

 

「い、いただきますっ」

 

真守は顔を明るくしてはむっと一口食べる。

そしてちゅるーっとうどんを食べて幸せそうに顔を明るくする。

 

「お出汁がとても優しくて、これなら誰でも食べられると思う。とってもいいと思うぞっ」

 

真守が柔らかな笑顔を浮かべて告げるので、観客席の人々は一斉に携帯電話を(かか)げ、塩対応の神アイドルの珍しい笑顔を激写する。

 

(この収録が放送された翌日の飯はうどんで決まりだな……!)

 

垣根はこの番組が流された日にはうどんがバカ売れするだろうと笑っていたが、まだ勝利を確定できたわけではない。

 

後には炊飯ジャーで料理を作っている一方通行(アクセラレータ)(ひか)えているからだ。

 

「おあがりよォ!!」

 

一方通行(アクセラレータ)は煮込みハンバーグをコトッとテーブルに置く。

真守は煮込みハンバーグをじぃーっと品定めするために見つめる。

 

(くっ……煮込みハンバーグだと……っ!? 味は単一、しかもデミグラスソースは刺激物じゃない。……あいつ考えやがったな……!?)

 

垣根は心の中で一方通行(アクセラレータ)へと敵意を向けていたが、そこでハッと息を呑む。

真守の顔色があまりすぐれないのだ。

 

(そうか…………っキノコか!!)

 

煮込みハンバーグのデミグラスソースには、マッシュルームやしめじが使われている。

デミグラスソースを食べなければならないのであれば、マッシュルームやしめじを避けることはできない。

 

「で、デミグラスソースはとても深みがあって美味いぞ。あ、後生クリームのハーモニーがとても良いと思う……っ」

 

真守は一方通行(アクセラレータ)の料理を食べながら少し辛そうに告げる。

 

その時点で、誰が勝ったかは明白だった。

 

垣根帝督が勝利したことにより、カップリングアイドル企画の宣伝権利を獲得。

真守と垣根は仲の良さをアピールすることができた。

 

カップリングアイドル企画をやっている二人の絆が本物だとして、会場は湧き立つ。

 

この収録によってカップリングアイドル企画には一層の注目が集められ、垣根帝督は野望であるトップアイドルへと、また一歩確実に近づいた。

 




とある偶像の流動源力さま、次回が最終回です。
自分的にはとても上手くまとまったと思うので、お楽しみいただけると幸いです。



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Extra:05:とある偶像の流動源力さま〈永遠篇〉

Extra:05投稿します。


超能力者(レベル5)をアイドルとしてデビューさせ、ファンの力で絶対能力者(レベル6)への進化(シフト)(うなが)す、絶対偶像進化(ミラクルアイドリゼーション)計画が進行中の学園都市。

 

トップアイドルである朝槻真守と超能力者(レベル5)アイドルである垣根帝督はカップリングアイドル企画を行っており、それは順調に実を結び、二人の絆も深まっていた。

 

「真守ちゃん、今年も届いたよぉ!」

 

真守が自宅のリビングのソファでごろごろしていると、深城の声が響いた。

トップアイドルとして日々を(せわ)しなく生きている朝槻真守だが、今日は珍しくオフなのだ。

 

「何が届いたって?」

 

真守が体を起こして深城を見ると、深城は荷台に大量の段ボールを載せていた。

 

「バレンタインチョコ!」

 

「……ああ、もうそんな時期なのか」

 

真守はとことこ歩いて深城の近くに行き、一番上に積まれている段ボールに入っているバレンタインデーの贈り物を見つめる。

 

「外国では男の人が女の人に贈り物する日だからねえ。それに(のっと)って男の子からもたくさん来てるよぉ」

 

「えー……日本なんだから別に外国の風習に(のっと)らなくてもいいだろ」

 

真守は段ボールから出ているバラの花や、バラの花を持っているぬいぐるみを見て顔をしかめる。

 

「まだまだたくさんあるんだよ。あ。ちなみに全部事務所の人総動員で内容物に異物が混入してないか確認したから、これはだいじょぉぶ。あ、あとあと、真守ちゃんがチョコあんまり好きじゃないって言うんで、大半がぬいぐるみとか花とかアクセサリーだから、チョコは少ないよ」

 

「この段ボールの山だけじゃないのか? 年々増えていっているぞ……ファンの子たちからのプレゼントはもちろん嬉しいけれど、いつも色々買ってもらってるからバレンタインにまでわざわざ贈らなくてもいいのに」

 

真守はファンの気合いがこもった明らかに高価なジュエリーケースを手に取って、困り顔をする。

 

「みんなが真守ちゃんのことを想ってる贈り物だから、真守ちゃんは笑顔で貰って、今度のライブでいっぱいお返しすればいいんだよぉ」

 

深城は困り顔をしている真守にぎゅーっと抱き着いて微笑む。

 

「あ」

 

真守は深城にぎゅーぎゅー抱きしめられながら声を上げた。

 

「どぉしたの?」

 

深城が小首をコテッと傾げると、真守は顔をしかめて深城を見上げた。

 

「……垣根に、プレゼント用意してない」

 

深城は真守が凄い顔で汗を垂らしながら告げるのを見て、目を(またた)かせる。

そしてにやーっと笑って何度も頷いた。

 

「ふぅーん? へー、そぉなんだぁ?」

 

「なんだその反応。ちょっと(しゃく)(さわ)る」

 

真守が全て理解しました風に頷く深城の姿にムッと口を尖らせると、深城はくすくすと笑う。

 

「これまで男の子に全く興味なかった真守ちゃんが誰かにチョコあげようって思うなんて、なんだかすっごい嬉しくて。怒った?」

 

「……別に怒ってない。ちなみに垣根にあげるチョコは既製品だからな。私はもちろん作らないぞ。……あ、でも垣根もこうしてファンからチョコ貰ってるなら、チョコじゃなくてプレゼントの方がいいか……?」

 

真守が思案顔をしていると、深城は真守から離れて大きなバッテンを作った。

 

「だぁめ! やっぱり気持ちのこもったものは手作りなんだよぉ!」

 

「無理だよ。私、料理したことないから」

 

真守は超偏食家であまり料理に関心がなく、いつも深城にご飯を作ってもらっている。

そのため料理は愚か、包丁にだって触ったことがないのだ。

 

「ふっふふー」

 

真守が料理は無理、期待するなと眉を跳ね上げさせていると、深城が不敵な笑い声を零す。

嫌な予感がする。

そう思って真守がげんなりしていると、深城は真守から離れて、ないに等しい胸を張った。

 

「あたしが一緒に作ってあげる! ちょぉっと変わったバレンタインのプレゼント!」

 

真守はそれを聞いてため息を吐いた。

深城は割と頑固だ。そのため一度やると決めたことは必ずやる。

 

「分かった。ただし深城がほとんどやるんだからな。私は必要以上のことはしないぞ」

 

真守がはっきりと宣言すると、深城は笑った。

 

「うん! 一緒にがんばろぉね!!」

 

深城は真守と料理ができる喜びでむぎゅーっと真守に抱き着く。

真守は顔をしかめつつも、自分に抱き着いてきた深城のことを思って小さく笑った。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

「なんだそれ」

 

垣根が収録から帰って来ると、林檎がわくわく顔でお鍋を持っているのに出くわした。

 

「深城と朝槻が持ってきてくれたの!」

 

林檎はお鍋を持ったままくるくると踊り、テーブルにお鍋を置く。

垣根は林檎がパカッと蓋を開けたので、お鍋の中を覗き込む。

 

「ビーフシチュー? ……まさか真守が作ったのか?」

 

垣根が自分でも一〇〇%ありえないと考える推測をしていると、林檎が笑顔で答える。

 

「深城が中心になって朝槻と一緒に作ったんだって。深城の作るご飯はおいしいから大丈夫だって朝槻が言ってた!」

 

「本当に真守が……?」

 

垣根はビーフシチューを見ながら驚愕の表情をする。

真守のマネージャーである源白深城が主体となったと言えど、真守が料理を作ることがあるなんて、垣根は微塵も思ってもみなかった。

垣根は自分のために真守がありえない行動を取ってくれたことに驚きつつも、なんだかんだ嬉しくて顔がニヤけてしまう。

 

「でも、なんでビーフシチューなんだ?」

 

「バレンタインだって」

 

「バレンタイン? バレンタインってのは普通チョコだろ。なんでビーフシチューなんだ?」

 

垣根がビーフシチューとバレンタインチョコが結びつかずに怪訝な顔をしていると、林檎は人差し指を立てて嬉しそうに笑う。

 

「ビーフシチューにチョコが使われているんだって。だから実質バレンタインチョコ! 垣根はファンからもチョコ貰うでしょ? だから朝槻は垣根がチョコたくさんになって飽きないようにビーフシチューにしたんだって!」

 

「あー……そういや俺がファンからたくさんチョコ貰うのかって真守が聞いてきてたな」

 

アイドルはファンからのチョコを受け取らないと宣言する人間もいるが、垣根はファンが気持ちを込めたものならば貰わないわけにはいかないので、受け取ると言ってある。

 

体の一部分が入っていたりするものは流石に嫌だしごめん被るが、それでもきちんと精査して垣根はファンからのチョコを全部食べようとしていた。

 

だが今や垣根は超能力者(レベル5)のトップアイドルだ。

 

そのため大量にチョコが贈られてくると真守は予想し、チョコではなく一食分として消費できるビーフシチューを深城と共に作ったのだろう。

 

垣根は真守が自分のことを考えてくれたのが嬉しくて、ニヤニヤが止まらない。

 

「垣根! 早く食べよう! 早く!」

 

「分かった分かった。心理定規(メジャーハート)を呼んで温めてもらっから。少し落ち着け」

 

垣根は手をぶんぶんと振って食べたい食べたいコールを発する林檎を落ち着かせる。

そしてスケジュール調整をしていた心理定規(メジャーハート)を呼んで、垣根はビーフシチューを温めてもらって食べ始めた。

 

「本当に美味い。源白は料理上手なんだな」

 

垣根はほろほろと柔らかいお肉に感動しながら思わず呟く。

林檎はというと無言でバクバク食べており、垣根は林檎にがっつくなと注意した。

そんな林檎と垣根の目の前で一緒に食べていた心理定規(メジャーハート)は、ニンジンを(すく)いながら垣根に声を掛けた。

 

「一息つくと言ってもこれからも同じ業界で頑張るんだし、ちゃんとお返しはしておくのよ」

 

「あ? 一息つく? 何言ってんだ?」

 

垣根は心理定規(メジャーハート)から掛けられた言葉の意味が分からずに、怪訝な表情をして片眉を跳ね上げる。

 

「カップリングアイドル企画。もうすぐ終わりでしょう?」

 

垣根は心理定規(メジャーハート)から放たれた言葉の意味が理解できずに固まった。

 

「……終わり?」

 

「あら、忘れていたの? 来月上旬の収録で企画終了よ。前から決まっていたじゃない」

 

垣根はそこで思い出す。

真守とのカップリングアイドル企画は放送局が持ち込んできた企画だ。

だから終わりがある。

そうに決まっている。

 

「……そう、だったな」

 

垣根は企画終了をすっかり失念していたため、呆然としたままそう呟く。

 

(そうか。ずっとやるものとばかり思っていたが、アレは企画だから終わるに決まってるよな。そうだよな……)

 

垣根は自分が忘れていたほどに真守との企画に夢中になっていた事実に困惑する。

 

それほどまでに真守のことが気に入り、(とりこ)になってしまっていたのだ。

 

(真守は……企画が終わっても別に何も思わねえのか……?)

 

垣根は呆然と考え、自分の中にある感情を正しく理解した。

 

(……俺は、………………寂しい)

 

テレビ局主導であるカップリングアイドル企画を継続させる権利を垣根帝督は持っていない。

だからどうすることもできない。

垣根帝督はそれがとても悲しくて。

朝槻真守はどう思うのだろうと、真守が作ったビーフシチューを食べながら考えていた。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

バレンタインが無事に終わった某日。

真守はウェディングドレスを着た撮影の仕事に取り組んでいた。

 

「御坂。……と、お前が御坂と同じ学校の食蜂操祈か?」

 

ウェディングドレスでの撮影は一人ではない。

同じアイドルの御坂美琴と食蜂操祈と共に撮影をするのだ。

真守がウェディングドレス姿の御坂美琴と食蜂操祈を見ると、食蜂操祈はピースサインを目の横に持ってきて挨拶をした。

 

「はぁーい、朝槻さぁん。初めましてぇ☆」

 

「よろしくな、食蜂。……二人は同じ学校だが、一緒に撮影やるほどに仲が良いのか?」

 

真守が純粋な疑問を口にすると、美琴と食蜂は笑顔を見せた。

 

「仲がいいわけないでしょ」「仲は良くないわあ☆」

 

「……そうか」

 

(仲が良くなくても息はぴったりなのか……)

 

真守は笑顔で火花を散らしている二人を見て思わず呟く。

 

「そういえばどうかしら、朝槻さん。私がデザイン力を発揮して作り上げたウェディングドレスは☆」

 

食蜂は真守が着ているウェディングドレスを見ながら問いかける。

真守が着ているウェディングドレスとは、マーメイドラインで胸元からお尻に掛けてぴったりとしているウェディングドレスだ。

真守は胸があり、腰が細くて腹が薄く、尻が小さいといった典型的なアイドル体型だ。

そのため体のラインが綺麗に出るマーメイドラインのウェディングドレスが一番合うのだ。

 

「とっても気にいったぞ。私が好きなデザインにしてくれてありがとう、食蜂」

 

真守が自分のウェディングドレスを見ながら、手に持っているブーケをぎゅっと握り、微笑む。

真守がお礼を言うと、プリンセスラインのふんわりとしたウェディングドレスを着ている食蜂は再びピースを横にして目の横に(かか)げ、決めポーズを見せた。

 

「人の好みを全開力で考えるのは当然よぉ☆ 気に入ってくれて何よりだわあ」

 

蚊帳(かや)の外である美琴は、穏やかに会話をしている二人を交互に見ながら冷や汗を垂らす。

 

(この二人……やっぱりデカい……!)

 

美琴は食蜂ほどではなくて、普通に大きな真守の胸と、食蜂のどこからどう見ても大きい胸を見て、そして自分のぺったんな胸に目をやる。

真守は食蜂とにこやかに話をしていたが、会話を終えて自分の胸にぺたっと手を置いている美琴を見た。

 

「御坂も食蜂にデザインしてもらったのか? 良く似合ってるぞ」

 

「お子様力に合わせてデザインしてあげたんだから気に入らないはずないわよねぇ」

 

食蜂がニヤニヤ笑いながら自分の胸を触って顔をしかめている美琴に声を掛けると、美琴は胸に手を置いたままウェディングドレスを見る。

ふりふりのミニスカートの少しだけ子供っぽいデザインのウェディングドレスだ。

 

「……そうね、そこはどうもありがとう」

 

「え。何よ、突っかかって来ないの!? 気持ちわるぅい!」

 

食蜂は素直にお礼を言った美琴の様子にドン引きする。

食蜂の前で、美琴はふりふりのウェディングドレスの(すそ)を摘まみながら小さく微笑む。

 

(……黒子主導だったらこんなフリフリの着られなかったもかもしれないし。少しは食蜂に感謝しないとね)

 

真守は笑っている美琴とドン引きしている食蜂を見て、一人心の中で呟く。

 

(やっぱり仲は良くないけど、互いのこと知り尽くしていて息ぴったりなんだなあ)

 

真守はちぐはぐながらもなんだかんだ言って心が通じ合っている二人に穏やかな気分になり、そのまま撮影に臨んだ。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

垣根はぼーっとテレビを見ていた。

明日はカップリングアイドル企画の最終収録日だ。

明日の撮影が終わってしまえば、真守との撮影は当分ない。

 

もっと真守と共に撮影をしたい。

いいや、撮影をしていなくてもいいから一緒にいたい。

 

真守への愛しい気持ちを自覚した垣根は、ため息を吐く。

 

(いくらカップリングアイドル企画が好評だからって、マジモンのアイドル同士の恋愛なんて認められねえに決まってるだろ。そもそも真守がどう考えているか分からねえし……)

 

垣根は真守への想いをどうにか抑えようと心の中で考えていると、隣に座って雑誌を読んでいた林檎がちょいちょいっと垣根のジャケットの(すそ)を引っ張った。

 

「なんだ?」

 

「垣根。朝槻が載ってる。とってもきれい」

 

垣根は林檎にそう言われて、胡乱(うろん)げな瞳のまま雑誌を見た。

 

「な」

 

そこには真守がウェディングドレスを着た姿で映し出されていた。

控えめに微笑み、マーメイドラインの綺麗なウェディングドレスを着て、ブーケを持っている真守。

それを見て、垣根は焦燥が(つの)った。

 

いつか真守は誰かのお嫁さんになる。

 

誰かと恋愛をして、誰かと愛を育み、そして結婚し子供を産む。

トップアイドルだとしても真守は一人の女の子だ。

一人の女の子としての幸せは当然として享受できる。

 

真守が誰かのものになる。

 

自分から離れていって、どこか遠くで。

そして幸せになる。

 

そんなの嫌だ。

学園都市の『闇』と懸命に戦う真守に、女としての幸せを自分が与えてやりたい。

だがアイドル同士の恋愛は禁止だ。

 

だったら自分がアイドルを辞めればいい。

 

垣根はその解決策に気が付いた時、ハッと息を呑んだ。

 

学園都市上層部は『絶対偶像進化(ミラクルアイドリゼーション)計画』で絶対能力者(レベル6)を生み出そうとしている。

 

絶対能力者(レベル6)とは、人から乖離した存在だ。

その存在が人の精神のままでいられるはずがないと、真守はそう推測していた。

あの勘の鋭い真守が言うのであれば、絶対能力者(レベル6)とはろくでもないものなのだろう。

 

だったら垣根が真守や一方通行(アクセラレータ)とトップアイドルの座を奪い合ってAIM拡散力場の指向性が一定の方向に向かわないようにすれば、真守や一方通行(アクセラレータ)絶対能力者(レベル6)へと進化(シフト)しない。

 

一方通行(アクセラレータ)はどうでもいいが、真守を絶対に絶対能力者(レベル6)進化(シフト)なんてさせたくない。

 

どうすればいい。

 

真守も自分もアイドルを辞めればいいのだろうか、と垣根は考える。

 

だがそうしたら、自分たちのことを応援してくれているファンのことを無下に切り捨てることになる。

それだけはやってはならないことだ。

だからアイドルを辞めるなんて選択肢を取ってはならない。

 

だが垣根帝督は、朝槻真守と一緒にいたかった。

 

その気持ちは、どう頑張ったって抑えられそうにない。

 

垣根が袋小路に立たされていると、林檎が垣根が自分から奪い取った雑誌の一文を読んだ。

 

「動画配信サイトで模擬挙式風な動画が公開されるんだって。垣根。私、見たい」

 

「……それだ!!」

 

垣根は林檎のおねだりを聞いて声を上げる。

ある。

真守との関係を続けたまま、アイドルも続けられるたった一つの方法が──!!

 

 

 

──────…………。

 

 

 

真守はカップリングアイドル企画の最後の収録が終わってしまって、控え室で片づけをしながら落ち込んでいた。

 

垣根帝督は自分が消えた八人目の超能力者(レベル5)だと知っている。

自分の偏食の理由も理解してくれている。

そして自分のことを(おもんぱか)って、食べられるような食事を作ってくれる。

自信たっぷりで、でもどこか劣等感にまみれており、ひたすらに足掻いてトップアイドルへと昇りつめようとしている。

 

いつからか、朝槻真守はアイドルとしてではなく、垣根帝督を一人の大切な男の子だと思うようになっていた。

 

だから真守は垣根との収録はとても楽しく、終わってしまうのが本当に心残りだった。

 

(でも企画はいつか終了するものだし。それにアイドル同士の恋愛なんて認められないし。垣根の方もどう思ってるか分からないし。……だからこれで垣根との関係も終わり)

 

真守は寂しい気持ちになりながらも、そこでハッと息を呑む。

 

(でも映画の撮影とかだと一緒になれるかも。それかバラエティーでカップリングアイドル企画をやっていましたよって話題にされてペアで呼ばれることも……って、それは私の願望か)

 

真守は自分ばっかり必死になってバカみたいだと、自虐的に微笑む。

そんな真守のいる控え室の扉が、突然コンコンッと叩かれた。

 

「真守」

 

「垣根。挨拶に来てくれたのか?」

 

真守は垣根が最後の挨拶をしに来てくれたのだと知って顔を明るくする。

そんな真守へと、垣根は一直線に向かって突然手を取った。

 

「垣根? ど、どうしたんだ?」

 

真守が顔を真っ赤にして自分の手を握っている垣根に問いかけると、垣根は真守の目をまっすぐと見つめた。

 

「俺はお前と一緒にいたい。お前もそうだろ?」

 

「ふぇっ!?」

 

真守は垣根から直球で訊ねられて、びっくりして体を固まらせる。

 

「どうなんだ?」

 

垣根がまっすぐとその黒曜石の瞳を向けてきたので真守はかちこちに固まる。

垣根は真守が答えるまで真守をまっすぐと捉えており、真守は答えなければずっと手を握られたままだとして、顔を真っ赤にしたまま(うつむ)く。

 

「私も、一緒にいたい。……でも、ダメだぞ。アイドルの恋愛なんて。それに……もうカップリングアイドル企画は終わったんだぞ……?」

 

真守がおずおずと事実を口にすると、垣根は真守の顔を手でくいっと上げて真守の視線を自分に合わせた。

 

「動画配信サイトでチャンネルを作るぞ」

 

「ちゃんねる……?」

 

携帯電話を取り出した垣根から解放された真守は、配信サイトの一つを見せられて目を(またた)かせる。

その動画配信サイトにはカップルチャンネルというジャンルがあるらしく、多くの動画が投稿されていた。

 

元々カップリングアイドル企画とは、昨今話題になっているカップリングチャンネルを基に企画されたのだ。

 

だから動画配信サイトで自主的にカップリングアイドル企画をすればいい。

それが、垣根帝督と朝槻真守が一緒にいる唯一の方法だ。

 

垣根と一緒にいる方法が見つかった真守は目を見開く。

そんな真守のことを、垣根はぎゅっと抱きしめた。

 

「俺と一緒にチャンネルを立ち上げてくれ、真守。それでずっと一緒にやって行こう」

 

真守は垣根に抱きしめられて心臓がバクバクと大きく跳ねる中、ゆっくりと垣根の腰に手を回して、自分もぎゅっと垣根を抱きしめた。

 

「私もっ……垣根とずっと一緒にいたいっ。一緒にチャンネルやるっ」

 

真守が感極まってしゃくりあげながら自分の気持ちを吐露すると、垣根は笑った。

 

「これからもよろしくな、真守」

 

「うんっ」

 

真守は笑顔で垣根の手を取って微笑む。

 

こうして朝槻真守と垣根帝督のカップリングチャンネルが開設され、ファンの莫大な支援と共に拡大し、カップリングアイドルは一大ムーブメントとなった。

 

一大ムーブメントとなったカップリングアイドルは他の超能力者(レベル5)アイドルの中からも生まれ、年越し放送でペアになった削板軍覇と麦野沈利が、そしてなんだかんだ言ってお似合いである御坂美琴と食蜂操祈がそれぞれ異性・同性カップリングアイドルとして誕生した。

 

朝槻真守と垣根帝督は、異例のツートップとして学園都市のトップアイドルの座を獲得することになった。

 

トップが二人になったことで、AIM拡散力場の指向性がまとまらず、ファンの力によって絶対能力者(レベル6)を生み出す『絶対偶像進化(ミラクルアイドリゼーション)計画』はとん挫した。

 

だが計画がとん挫しても、垣根帝督と朝槻真守は共にカップリングアイドルで居続けた。

 

いつまでも。

ずぅっと、一緒に。

『表』の世界で、アイドルとして輝かしい日常を歩んでいった。

 




とある偶像の流動源力さま、完結です。
これでExtra篇は終了です。三月からは新約篇を投稿したいと思います。
おそらく水曜日更新になる予定ですが、Twitterの方でも告知させていただきます。
新約篇も流動源力をよろしくお願いいたします。




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新約:新入生篇
第一話:〈平穏無事〉な日常生活


新約篇、開幕しました。第一話、投稿します。
原作でもナンバリングが一巻となっておりますので、流動源力も心機一転して一話からです。


一〇月三〇日。

第三次世界大戦終戦直前。

 

その日、人々は切り(ひら)かれた夜天の先に黄金の空を垣間見た。

 

そして黄金の空と共に地上からは巨大な右腕が生えて、人々の息の根を止めようと動き出した。

 

黄金の腕に人々が抗っていると、人々の(うち)から湧き上がるような力と、それを授けた者の声を聞いた。

 

『お前たちの可能性を信じている』

 

人々がその御言葉と力を胸に黄金の腕に抗っていると、突然世界の黄金が消え去った。

 

そして、ロシアの地に立っていた人々はそれを目撃した。

 

黄金の天を引き裂くように貫く、(あお)き救済の光を。

 

専門家は第三次世界大戦による集団ヒステリー、所謂(いわゆる)『サードウォー症』だと主張するが、巨大な黄金の腕や肋骨が残されていることから信心深い者たちは新たな神の到来だと口々に告げた。

 

中には神が自分を選び、御言葉を囁いたのだと固く信じる者もいた。

 

だがその神がどんな教義を持って自分たちを導いてくれるのか、誰も知らない。

 

それならば信仰の場を作れば神は我らのもとに降臨するかもしれない。

 

かくして、人々は次々と『蒼星神(そうせいしん)』だの『(あお)い光の君』だの『(あお)き星』だのと、それぞれが名称を付けて新興宗教を打ち立ていた。

 

勿論、十字教に見つかると弾圧されるので秘密裏に水面下で行っていた。……が、十字教にもその話は届いていた。

新しい神など認められないが、学園都市に負けた身分での発言力というものはないに等しかったため、どうすることもできなかった。

 

その中でとある噂が流れた。

 

どうやらあの神は、学園都市が新たに作り出した人々を救済する科学の神であると。

 

そういった噂がまことしやかに(ささや)かれているのもあり、第三次世界大戦の勝者である学園都市には世界の注目が集まっていた。

 

注目が集まっているとしても、今日も学園都市では変わらない朝がやってくる。

 

そのため超能力者(レベル5)第三位、垣根帝督はゆっくりと目を覚ました。

 

垣根は携帯電話の目覚ましを止めると、気怠そうに体を起こす。

 

(ねむ……)

 

眠気に負けてもう一度寝ようかと思ったが、布団の中でもぞもぞと動きがあったので、垣根はそちらに意識を向けた。

 

布団をめくると、布団の中には垣根が動いたことで寒そうに身をよじって垣根の横っ腹に張り付く少女の姿があった。

 

長い猫っ毛の(あで)やかな黒髪。整った顔立ちに、一発で異国の血が入っていると分かる白い肌。

 

胸が大きいのに触れれば折れてしまいそうな細い腰を持ち、足がすらっと長いアイドル体型。

 

その黒猫のような優美な肢体にはもこもこのルームウェアがまとってあり、少女はゆっくりと目を開き、エメラルドグリーンの瞳で垣根を見上げた。

 

「垣根、おはよう」

 

超能力者(レベル5)、第一位。流動源力(ギアホイール)朝槻(あさつき)真守(まもり)。ついでに言うなら絶対能力者(レベル6)

 

垣根が永遠を共にすると誓った大切な女の子だ。

 

「? 垣根? どうした? 朝だからぼーっとしているのか?」

 

いつものダウナー声で、そしてぶっきらぼうな口調で真守はぼーっとしている垣根の顔を見つめるために、もぞもぞと体を起こして垣根へと顔を近づけた。

 

「おはよう、真守」

 

垣根はそんな真守に一つキスを落として、朝の挨拶をする。

 

「ん。おはよう、垣根。今日はお昼とっても寒くなるみたいだぞ」

 

「そうか。もう一一月だからな」

 

垣根は携帯電話でカレンダーを表示させながら告げる。

 

第三次世界大戦終戦からまだ一週間も経っていないが、垣根と真守は学園都市で日常を取り戻しつつあった。

 

それでも第三次世界大戦で喪われたものもある。

 

垣根はそれについて考えて目を細めていたが、そんな垣根に真守は猫のようにすり寄った。

 

垣根はすりすりと猫が甘えるように自分の胸に頬をすり寄せる真守に笑いかける。

 

「なんだよ、甘えん坊」

 

「垣根、今日もかっこいい。だいすき」

 

真守はすり寄るのをやめて垣根を見上げると、ふにゃっと笑った。

 

この愛おしい存在に垣根帝督が出会ったのは七月初旬。

 

当時、垣根は学園都市統括理事長、アレイスター=クロウリーに一矢報いるための突破口を、彼が進めている『計画(プラン)』にあると睨んで行動していた。

 

そんな中もたらされた情報は、『計画(プラン)』の主軸である『第一候補(メインプラン)』が学園都市超能力者(レベル5)第一位である一方通行(アクセラレータ)ではなく、消えた八人目の超能力者(レベル5)流動源力(ギアホイール)であるというものだった。

 

垣根は流動源力(ギアホイール)という超能力者(レベル5)源白(みなしろ)深城(みしろ)という少女で、第七学区のとある病院に昏睡状態で入院しているという情報を掴んだ。

 

そんな超能力者(レベル5)の少女と研究所時代から一緒だった少女が、朝槻真守だった。

 

だが実際には違った。

源白深城が消えた八人目の超能力者(レベル5)という情報は上層部が流した嘘であり、真守が大量殺人を犯したという事実を隠蔽(いんぺい)するためのものだった。

 

真守が超能力者(レベル5)であるという真実を知らない垣根は、真守から源白深城の情報を聞き出すために近づいた。

 

その最中、垣根帝督は朝槻真守の優しさに惹かれつつあった。

 

そんなある日。学園都市上層部がデータを取るという名目で真守を攻撃するように、ネットの掲示板に書き込みをした。

 

それに幻想御手(レベルアッパー)事件が絡んでいることもあって、垣根は真守が実は超能力者(レベル5)であることを知り、そして真守が『闇』と戦いながら表の世界でずっと一人で戦っていたことを知った。

 

真守を一人になんてできない。この少女を一人にさせるのはどうしても嫌だ。

 

そう思った垣根は真守に手を差し伸べた。

 

垣根と共に日々を過ごしていた真守だったが、垣根と心も体も繋がり永遠を誓った直後、絶対能力者(レベル6)へと進化(シフト)して一度垣根のもとを離れざるを得なくなった。

 

垣根は何も言わずに去ってしまった真守のことを追って、自分が所属している暗部組織を引っ掻き回して真守を取り戻した。

 

そして本格的に科学と対局の位置にある魔術の戦いに巻き込まれ、なんやかんやでロシアまで行き、第三次世界大戦に関わった。

 

だがそれらを乗り越えた真守と垣根はその過程で強く結ばれ、文字通り永遠を誓い合った仲として、現在一〇代の少年少女としては重すぎる関係を構築している。

 

第三次世界大戦から帰ってきた真守は甘えん坊になった。

 

そんな真守が自分に再び頬をすり寄せてくる姿が愛しくて、垣根真守の頭にキスを降らせる。

真守は垣根にキスをされて愛されていることを今一度自覚して、満足そうに垣根から離れ、ふにゃっと笑った。

 

「垣根、着替えて深城のご飯食べに行こう?」

 

「ああ」

 

源白深城は真守のことを救い、そして真守が救った少女の名前だ。

 

彼女は昏睡状態である一二歳の体と、『天使』化して行動できる一八歳の体を持っており、第三次世界大戦の時は魔術サイドが降ろした大天使『神の力(ガブリエル)』を人生で初めて殴ったというとんでもない少女だ。

 

真守は深城の手料理が食べられるとご機嫌な様子でベッドから降りて、身支度を整えるために垣根の隣に位置する自分の部屋へと向かっていった。

 

自分は何を着ようか、と垣根は思う。

 

暗部組織という枠組みそのものがなくなった今、暗部組織として動く時に着ていたスーツを着る理由はもうない。

 

私服でもいいが、おそらく真守はセーラー服を着るのだろう。

 

だったら彼女の隣にいるための相応しい格好は、やっぱり男子高校生らしく制服だ。

 

垣根はそう思い、学園都市内の五本指に入るエリート校で自分が所属している制服を手に取った。

 

慣れた手つきで着て廊下に出て真守を待つと、真守が着替えて部屋から出てきた。

 

真守はやっぱりとある高校の何の変哲もない冬服のセーラー服に、黒いニーハイソックスを穿いている。

そして先程までおろしていた髪の毛はハーフアップにされて、真守のトレードマークである猫耳ヘアに綺麗に結い上げられていた。

 

女子高生らしい姿をした真守は部屋から出てきた途端、きょとっと目を見開いた。

 

絶対能力者(レベル6)になってからあまり驚くことがなくなった真守のその表情を見た垣根は、その表情が愛しくなって柔らかく微笑んだ。

 

「どうした?」

 

「九月三〇日のデートを思い出す」

 

九月三〇日、という言葉を聞いて垣根は目を細める。

 

あの日は真守が絶対能力者(レベル6)へと進化(シフト)した運命の日だった。

 

そのことを思い出していると、真守は垣根の前で右手薬指に()められている指輪に触れた。

 

垣根の右手薬指に()めている指輪とペアで作られた、光の角度で虹色に光る精緻(せいち)な模様が刻まれた指輪。

 

「垣根の制服また見られてうれしい」

 

真守が幸せそうに胸の前で指輪を撫でながらふにゃっと笑うので、垣根はそんな真守の髪の毛を一筋すくって微笑む。

 

「俺も、また一緒にお前と制服が着られるようになれてうれしい」

 

垣根が微笑みかけてくれるので、真守は照れくさそうに笑って垣根の手を引っ張った。

 

「よかった。行こう、垣根!」

 

「ああ」

 

垣根は頷くと、真守と一緒に深城が食事を作っているキッチンがある二階のラウンジへと向かう。

 

垣根や真守たちが住んでいる自宅は五階建てのマンション型のシェアハウスで、当初の目的としては真守が内臓器官の治療をするために真守の主治医が特別に用意した家だった。

 

真守は真守は〇九三〇事件後から第三次世界大戦まで、ローマ正教は疎か、絶対能力者(レベル6)へと進化(シフト)した関係上で学園都市からもその身を狙われていた。

 

だが垣根帝督率いる『スクール』が学園都市を出し抜き、第三次世界大戦が終結したこともあって身の安全が保障され、この自宅に帰って来ることができた。

 

それでも絶対能力者(レベル6)へと進化(シフト)した真守には既に治療が必要ないため、入院代わりに真守の主治医である冥土帰し(ヘブンキャンセラー)が用意したこの自宅にはもう意味がない。

 

だが真守がこれまでと変わらない生活ができるようにと、冥土帰し(ヘブンキャンセラー)は真守のことを神と崇めている『(しるべ)』という団体にマンションの権利を移譲して、真守が変わらずにこの家で住めるように手続きをしてくれた。

 

朝槻真守は多くの人に囲まれて、絶対能力者(レベル6)へと進化(シフト)しても穏やかな日常を過ごしていた。

 

そんな穏やかな日常のために一役買ってくれた『スクール』の構成員とも、真守は現在も良好な関係を築けている。

 

「あら。おはよう、二人共」

 

真守と垣根が階段を下りて二階のラウンジに顔を出すと、真守が良好な関係を築けている『スクール』の構成員である心理定規(メジャーハート)がソファに腰かけていた。

 

もう一一月だと言うのにドレスを着ている、中学生くらいの年齢の少女である。

 

心理定規(メジャーハート)。おはよう」

 

真守が挨拶をすると、心理定規(メジャーハート)はニコッと綺麗な笑みを浮かべた。

そんな心理定規(メジャーハート)を見て、垣根は不機嫌そうに顔をしかめた。

 

「お前なんでここにいるんだ?」

 

「あら。彼女には昨日、自分の家に帰るよりここに帰った方が手っ取り早いから一泊させてもらうってメールを送ったわよ?」

 

「うん。心理定規(メジャーハート)はちゃんとメールを送ってくれたぞ。それに垣根、心理定規(メジャーハート)が来たときお風呂に入ってたからな。知らなくてもしょうがない」

 

「ムカつく。そういうことはちゃんと言えよ」

 

心理定規(メジャーハート)の言葉に頷く真守を見て、垣根は苛立ちを込めて真守を睨む。

 

「この家の主は彼女なのだから、あなたにいちいち許可取らなくてもいいじゃない」

 

「それでも俺だってこの家に住んでんだ。知らないところで勝手に話が進んでんのは気に食わねえ」

 

「あなた、相変わらずね」

 

垣根の変わらない傍若無人な言い分を聞いて心理定規(メジャーハート)が笑っていると、ぱたぱたと軽いスリッパの足音が聞こえてきた。

 

「朝槻、垣根。おはよう」

 

近付いてきたのはエプロンにフライ返しを持っているショートカットの少女だ。

 

名前は杠林檎。『暗闇の五月計画』という学園都市の『闇』のプロジェクトの被検体となっていた少女で、八月末に真守が垣根と一緒に保護した少女だ。

 

「林檎、おはよう」

 

真守が林檎のことをぎゅーっと抱きしめると、林檎は『ん』と声を出して幸せそうに目を細める。

 

「ご飯できた。心理定規(メジャーハート)も」

 

「あら、ありがとう」

 

「お前も食ってくのかよ」

 

林檎が心理定規(メジャーハート)に声をかけたので垣根がげんなりとすると、心理定規は再び笑って真守を見た。

 

「あなたの男、心が狭いんじゃないかしら?」

 

「器が小さいのはずっとそうだぞ。でも大丈夫、器が小さいとこもちゃんと愛せてる」

 

真守がグッと親指を立てると、心理定規(メジャーハート)はくすくすと笑う。

 

「相変わらずあなたの(ふところ)は広いわね」

 

「オイてめえら何勝手なこと言ってんだよ。俺の器は小さくねえ」

 

真守と心理定規(メジャーハート)が会話しているのを聞いて垣根が片眉を跳ねさせると、真守はどこ吹く風でぷいっと顔を背けてぱたぱたと駆けていく。

 

そんな真守を垣根は『オイ待て真守逃げるんじゃねえ』と言って片方の手をポケットに入れて早足で追っており、どうやら垣根の苛立ちが心理定規(メジャーハート)に向かないように真守はその場を離れるという配慮をしたらしい。

 

心理定規(メジャーハート)は真守と垣根のいつもの様子に微笑ましくなりながら、林檎と共にラウンジの奥にあるダイニングテーブルへと向かう。

 

「あ、真守ちゃん垣根さんおはよぉ~……って、どぉしたの? なんで朝から垣根さん、真守ちゃんのほっぺつねってるの?」

 

真守と真守の頬をつねる垣根を目撃して声をかけたのは、薄桃色の髪の毛にはちみつ色の瞳を持つ豊満なボディをした源白深城だった。

深城が二人を見てコテッと小首を傾げると、真守は顔をしかめながら深城を見た。

 

ふぁひね(かきね)いひわる(いじわる)ひへふる(してくる)

 

「垣根さん、いじわるしちゃダメだよ」

 

頬を引っ張られて上手く喋ることができない真守の言葉を一言一句間違えずに聞き取った深城は、垣根を軽く注意する。

 

「別にイジめてねえ。コイツが生意気なだけだ」

 

垣根は真守の頬をつねりながら告げるので、真守はむーむー言って抗議する。

 

「真守ちゃんが生意気なのは神さまとして傲慢的な感じで、別に構わないんじゃないかなあ?」

 

「朝槻、垣根。遊んでないでご飯食べよう」

 

深城が苦笑していると林檎が催促するので、深城は垣根に反旗(はんき)(ひるがえ)そうとしている真守を宥めて食事の準備を再び進める。

 

真守と垣根が恋人同士らしくいちゃいちゃと喧嘩をするいつもの穏やかな朝。

 

そんな朝は、今日も変わらずに訪れていた。

 




新約篇、始まりました。
久しぶりの本編。
初っ端からアクセル全開で恋人らしいことをしていますが、新約は艱難辛苦を乗り越えたので大体こんな感じで進みます。
真守ちゃんと垣根くんの全開イチャラブをお楽しみいただけると幸いです。



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第二話:〈安穏逢瀬〉は幸せに

第二話、投稿します。


垣根は真守が通っているとある何の変哲もない高校の前で立っていた。

 

時刻は昼過ぎ。一端覧祭の用意で午前授業であるため、人の出入りが多かった。

 

顔立ちの整った高身長の垣根が学園都市五本指に入るエリート高校の制服を着ているので、周りの生徒、特に女子たちはチラチラと垣根を見ながら自らのするべきことのために動く。

 

「垣根」

 

注目を集めることはいつものことなので垣根が気にせずに真守を待っていると、真守が正面玄関から出てきて、垣根に気が付いてパタパタと走って近寄ってきた。

 

「真守」

 

垣根が柔らかな視線を向けると、真守は垣根の前で立ち止まって見上げた。

 

「一端覧祭の準備についてちゃんと聞いてきたぞ。私の分担を吹寄が決めてくれたんだ」

 

真守は手に持っていた紙をぴらぴらと振りながら告げる。

 

ローマ正教と学園都市の争いのせいで、真守は九月三〇日から学校を欠席していた。

 

それでも出席日数については真守のことを神と崇め、真守の力になろうとしてくれる集団、『(しるべ)』の代表である八乙女緋鷹がどうにかしてくれていたのだ。

 

だが第三次世界大戦が終わり、再び学校に通うことができるようになっても真守は数日間寝込んでおり、学校に顔を出すことができていなかった。

 

そのため十一月に行われる世界最大の文化祭である一端覧祭についてどうなっているか気になっていた真守だが、どうやらクラスの委員長的存在である吹寄制理がきちんと真守の分担など色々と考えてくれていたらしい。

 

真守は絶対能力者(レベル6)となり、既に人間から完全な存在となった。

だから授業に出る必要はないし、そもそも学校に通う理由もない。

だが真守は一〇代の少女として、人間としての心を持っている。

 

だからかつて人間だった頃の友人と再び時間を時にするのが楽しく、真守は上機嫌になっていた。

 

「良かったな」

 

垣根が真守の猫耳ヘアを崩さずに頭を撫でると、真守は気持ちよさそうに目を細めた。

 

「垣根。これからどこ行く?」

 

「そうだな。少し早いけど昼飯食いに行くか。いつもの喫茶店で」

 

垣根が提案した喫茶店とは、真守と垣根が初めて会った時に入った喫茶店だ。

チェーン店でありながらもカロリーだけがバカに高い食事を提供していない、体のことを考えたメニューと落ち着いた雰囲気の店である。

 

「私もあのチェーン店好きだ。垣根と一緒に入ったからもっと好きになった!」

 

真守が柔らかな微笑を浮かべて告げてくるので、垣根はふっと目元を柔らかくした。

 

「真守」

 

「なんだ?」

 

真守が名前を呼ばれて幸せそうに目を細める姿を見て、垣根は真守の手を優しく握る。

 

「ずっと遠慮してて、辛かっただろ?」

 

「!」

 

真守は垣根に言われて目を見開く。

 

「……だって、垣根に申し訳なかったから」

 

朝槻真守は神さまを必要とする存在によって、神さまになるようにこの世に生まれ落ちた。

 

真守の危険性を感じた統括理事長、アレイスター=クロウリーは真守を『第一候補(メインプラン)』として『計画(プラン)』に組み込むことにより、真守のことをコントロールしようと画策した。

 

そしてアレイスターが真守を操るために用意したのが、『計画(プラン)』の『補助候補(サブプラン)』とされた垣根帝督だった。

 

だが元々、神さまになるために生まれ落ちた朝槻真守は垣根帝督と出会うことが決まっていた。

 

その運命にアレイスターが介入したことで、二人の運命は少々事情が複雑になってしまった。

 

だから真守は垣根に時期を見て事情を説明しようと思っていた。

 

それまで自分が心苦しい思いをしていても問題にしてはならないと思っていた。

 

何故なら真守は垣根帝督が最も傷つかずに、自分の選ぶべき道を選べるのが一番良いと思っていたからだ。

 

だがとある超常の存在が『エリザリーナ独立国同盟に行けば朝槻真守の欲しい結末へと行き着く』と真守に伝えた。

 

だから真守はエリザリーナ独立国同盟に向かって第三次世界大戦に参加することになったのだ。

 

喪うものもあったが、垣根帝督は全てを知り、朝槻真守と共にいる道を選び取った。

 

垣根が自分と共にいてくれると選んだならば、今更もう申し訳ないと思うことも遠慮をすることはないのだ。

 

だから真守は第三次世界大戦から帰ってきたら甘えん坊になったと、垣根は感じていた。

 

だがそれで良かった。

 

愛しい女の子に遠慮なんてしてほしくないからだ。

 

「もう気にするなよ。恋人なんだから甘えりゃいい。分かったな?」

 

垣根がぎゅっと真守と恋人繋ぎをして微笑むと、真守はふにゃっと幸せそうに笑う。

 

「分かった。じゃあ垣根。私、垣根と一緒にご飯食べに行きたいな」

 

「それくらいお安い御用だ」

 

垣根は真守としっかり恋人繋ぎをして、真守の歩幅に合わせて歩き出す。

垣根が何もかもを自分に合わせてくれようとしていることが嬉しくて、真守は幸せそうに小さく笑って垣根と共に歩き出した。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

「おいしいか、真守?」

 

「うん。オムライス、とってもおいしい!」

 

真守は垣根と入ったレストランで向かい合わせに座って小さい口でオムライスをはぐはぐと食べており、垣根はそんな真守を見ながらハンバーグを一欠片フォークに刺す。

 

「ほら」

 

垣根が真守にフォークに刺さったハンバーグを差し出すと、真守は幸せそうに目を細めてあーん、と小さな口を開けてハンバーグを垣根から貰って食べる。

 

「おいしいっ。垣根、ありがとう」

 

真守がふにゃっと笑ってお礼を言うので、垣根はそんな真守が愛しくなってしまって胸が締め付けられる。

真守は幸せを感じながら垣根に訊ねた。

 

「この後はどうするんだ?」

 

「アジトに行きたいが……まだ時間がある。だからお前の行きたいところに少し寄ってから行こうと思ってる。どこに行きたい?」

 

垣根と真守は昼食を食べた後、第八学区のとあるビルにある元暗部組織『スクール』のアジトへ行くことになっていた。

学園都市の『闇』である暗部組織は第三次世界大戦から戻ってきた一方通行(アクセラレータ)の手によって解体されたが、あのアジトは垣根が個人的に用意したものだったので所有権は変わらずに垣根にあるのだ。

 

「時間あるのか。……そうだな、じゃあマフラーが欲しいな」

 

真守が控えめに自分の要望を垣根に伝えると、垣根は目を一度(またた)かせて首を傾げた。

 

「マフラー?」

 

「うん。寒くなってきたから新しい防寒具が欲しい。ダメか?」

 

「ダメなんてことはねえよ。セブンスミストでいいか?」

 

「うん」

 

真守は垣根が一緒に行ってくれると言ったので、ご機嫌な様子でニコニコしながらオムライスをちまちま食べ始める。

 

その姿が愛しくて垣根は柔らかく笑いながら、自分も食事を再開した。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

「この白いのかわいい」

 

真守は第七学区にあるデパート、セブンスミストの中の高級志向の店で、もこもこでポンポンがついた白いマフラーを手に取る。

 

あ、でも黒いのもかわいい。と呟いて久しぶりにゆっくり買い物する真守を横目に、垣根は真守に似合いそうな他の防寒具を見ていた。

 

「垣根、やっぱりこの白いのにする」

 

「おう。じゃあこれと一緒に買ってやる」

 

「え」

 

真守が気に入った白いマフラーを手に取ると、垣根はそれを無視して真守に似合いそうなふわふわの白と黒の毛でできたファーが付いた耳当てを真守に着けた。

 

耳当ては後ろから付けるタイプなので、真守の猫耳ヘアを崩すことなくつけることができる。

 

「かわいい」

 

垣根が真守の様子を見て笑うと、真守は鏡の前に立って自分の姿を見つめる。

 

「本当だ。とっても私好み」

 

真守は鏡の中の自分を見つめて、ふわふわの耳あてに触れながらふふっと微笑む。

 

「気に入ったか?」

 

「うん。かわいいっ。選んでくれてありがとう、垣根」

 

真守が柔らかい笑顔を浮かべて色々な角度から耳当てを見ていると、垣根は真守を愛おしそうに見つめながら柔らかく目を細めた。

 

「じゃあそれと一緒に買ってやるから。ほら、マフラー寄越せ」

 

垣根が買ってプレゼントしてくれると言うので、真守は目を丸くする。

 

「……いいの?」

 

「いいっつってんだろ。ほら」

 

真守は垣根に強く言われて、耳当てとマフラーをおずおずと渡す。

だが垣根が手にしても真守はぎゅっとマフラーを握っており、垣根は怪訝な表情をして真守を見た。

 

「垣根、おねがい。買ってくれるか?」

 

「……、」

 

真守がおねだりしてくるので垣根は思考停止する。

かわいい。

眉を八の字にしてねだってくる様子がおやつを欲しがっている猫に見えて仕方がない。

 

「垣根?」

 

真守が固まった垣根へと声をかけると、垣根は真顔になってまっすぐと真守を見る。

 

「家でも土地でもなんでも買ってやる」

 

「なんで突然その選択肢が出てきた!? 私、別にお金ないわけじゃないぞっ!」

 

この学園都市では強度(レベル)の強さによって貰える奨学金が決まる。

 

真守は絶対能力者(レベル6)だが、学園都市第一位に位置付けられている。そのため第三位の垣根と同等かそれ以上の奨学金を受け取っている。

 

それに真守は学園都市に捨てられた置き去り(チャイルドエラー)だったが、真守が超能力者(レベル5)第一位に認定された時、父親に捨てられた真守のことを必死に探していたイギリスの古物商で魔術大家であるマクレーン家が血族だと名乗り出たことで、強力なバックもできたのだ。

 

だから真守は余りあるほどの金銭を持っているというわけである。

 

「恋人になんでも買ってあげるのは良くない!」

 

真守が慌てて(みつ)ぐのは良くない! と叫ぶと、垣根は不機嫌そうに告げる。

 

「お前が俺から搾取(さくしゅ)しようとか考えてねえんだから別に良いだろ。つーか逆に聞くけど、なんでダメなんだ?」

 

「えっ……そ、そうか。それだったら何も悪いことはない……のか?」

 

真守は垣根に直球で疑問を投げかけられて、何が良くて何が悪いのか分からなくなってしまってあからさまに考え込む。

 

「だったらいいだろ。ほら、行くぞ」

 

垣根はそこで真守からひょいっとマフラーと耳当てを取ると、そのままレジへと向かう。

 

(むぅ。かっこいい……)

 

垣根帝督ははっきり言ってイケメンの部類に属する人間だ。

すらっとした高身長に、整った顔立ち。

しかもなんでもするっと簡単にこなしてしまうため、とても様になっている。

 

真守は垣根のかっこよさにドキドキしながらも、歩き出した垣根へと向かってテテテッと走って隣に並び、レジへと向かった。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

真守は垣根と一緒に歩きながらセブンスミスト内を歩いていた。

 

もちろん垣根が真守に買ってあげたマフラーと耳当てが入ったショッピングバッグは垣根が持っている。

 

荷物くらい自分で持つと進言した真守だったが、女に持たせられるかと垣根が吐き捨てるように言った結果である。

 

どこまでも自分のことを大事にしてくれる垣根を前に、真守は垣根と繋いでる手を引っ張って恥ずかしそうに垣根を呼んだ。

 

「垣根。……その、お手洗い行きたい……さっきご飯食べたから…………」

 

「あ? そうだな。お前も食ったり飲んだりしたら普通に行きたくなるモンな」

 

垣根が絶対能力者(レベル6)故に万能である真守の体について言及すると、真守は少し顔を赤らめた。

 

「垣根のばか。そんな明け透けに言わないで。私だってエネルギーの循環をイジればお手洗い行かなくても大丈夫だけど……でもそれだと体に悪いなって思っちゃうし、色々大変だからちゃんと行くの!」

 

真守は絶対能力者(レベル6)の前に、あらゆるエネルギーを生成できる流動源力(ギアホイール)という能力者だ。

 

そのためエネルギーの扱いならお手の物であり、真守は地球が滅亡しても死なない能力者なため、食事を摂らなくても生きていける。

 

だが当然、食事をしたら不要物を排泄しなければならない。

それでもエネルギー運用と絶対能力者(レベル6)としての力を駆使(くし)すれば、真守の言う通り不要物を排泄しなくてもいいのだ。

 

それでも生物の枠をはみ出ていない範囲で完全な存在である真守だってトイレに行きたいというのは真っ当な生理現象なので、絶対能力者(レベル6)と言えど自然に任せた方がいいのである。

 

それなのに垣根が外聞も気にすることなくはっきりと口にしたので真守が怒っていると、垣根は半笑いしながら真守と繋いでいる手を引く。

 

「悪かった悪かった。ほら、行くぞ」

 

垣根が自分をお手洗いへと連れて行こうとするので、真守はムッと口を尖らせる。

 

「別に一人でも行ける。垣根は気になるお店を見てていいぞ」

 

「お前は少し目を離すとすぐにナンパされるだろ。ったく、少しは自覚しろバーカ」

 

真守は異国の血が入っていることやアイドル体型やかわいい顔つきも相まって、すぐに男にナンパされる。

それが嫌で嫌でたまらない垣根は、真守の手を強引に引っ張ってトイレへと向かう。

 

「この学園都市で私に勝てる人間はいないと言うのに」

 

真守がぽそっと呟いた言葉を垣根は無視した。

 

真守は絶対能力者(レベル6)で、この学園都市の頂点で在り、確かに最強だ。

それでも垣根帝督がこの少女を守らない理由にはならない。

この少女を一人にすることがどうしても我慢ならなかった垣根帝督は、この少女を守るためならばそばにいてなんでもやると決めたのだ。

 

「あれ。垣根さん?」

 

真守がトイレから出てきて手を拭きながら垣根のもとへ行くと、垣根に声を掛けていた人物がいた。

 

「弓箭か」

 

そこにいたのは弓箭猟虎。『スクール』のスナイパーで枝垂桜学園に通う少女だ。

 

元々無能力者(レベル0)だったが真守の手によってその能力を適正にまで伸ばされ、現在強能力者(レベル3)程度の波動操作(ウェイブコンダクター)という、あらゆる波を操ることができる能力を持つ少女である。

 

枝垂桜学園の冬服に身を包んでいる弓箭は現在、同じ制服を身に纏った女生徒二人といて、どうやら彼女たちとデパートに来たらしい。

 

真守は手を拭きながら垣根と弓箭に近づき、コテッと小首を傾げて問いかけた。

 

「弓箭。どうしてここにいるんだ?」

 

弓箭は当然として垣根と一緒にいる真守を見て、幸せそうな笑みを浮かべた。

 

「朝槻さん! わたくしは一端覧祭で必要なものをご学友の方と一緒に買いに来たんです」

 

弓箭は柔らかい笑みを浮かべている典型的なお嬢様二人に視線を寄越しながら告げる。

 

「初めまして。超能力者(レベル5)第一位の朝槻さまですよね?」

 

「お噂はかねがね。もしかしてそちらの殿方は恋人さまでございますか?」

 

女子生徒たちは真守と垣根に挨拶をして、そして高身長でイケメンの部類に入る垣根を見上げて、恥ずかしそうに頬を赤く染める。

 

超能力者(レベル5)の一人、垣根帝督って言う男の子だ。私の大切な人」

 

真守がはにかみながらにへらっと笑うので、女子生徒は顔を明るくして微笑む。

 

「まあ、超能力者(レベル5)の方なんですね」

 

「美男美女で高い地位をお持ちなんて……」

 

「「お似合いですわ」」

 

恥ずかしいけれど、お似合いだと言われて本当にうれしい。

真守が嬉しくて照れていると、そんな真守を愛おしそうに見つめていた垣根は弓箭を見た。

 

「どうやら互いに用事があるみてえだな。弓箭、また誉望から連絡させる。じゃあな」

 

「は、はい! 垣根さんもデートお楽しみください! 朝槻さん、またメールしますね!」

 

真守繋がりで垣根と確かな信頼関係が結ばれている二人の会話を聞き、真守は弓箭と弓箭の友人へと手を振った。

 

「じゃあな、弓箭。それと弓箭の友達さんも」

 

「ええ。ごきげんよう」

 

「またどこかでお会いできると嬉しいです、朝槻さま」

 

真守は弓箭たちと別れて、再び垣根と手を繋いで会話をしながらデパート内を歩く。

 

(幸せ。……垣根といられて、本当に幸せ)

 

真守は自分の手を優しく握ってくれる垣根の大きな手を感じながら、幸せを噛み締める。

 

だが第三次世界大戦で喪ってしまった者を思い出してしまい、少し寂しくなってしまった。

 

真守の友人である上条当麻。

 

だが真守は生死不明な彼が生きて戻ってくると信じて、この学園都市で日常生活を送ると決めた。

 

それにきっと、上条は自分がいなくなったことで周りの人が悲しむのが嫌なはずだ。

 

だから楽しく日々を過ごそうと真守は思い直して、垣根の手を引いて歩き出した。

 



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第三話:〈久方騒動〉の予感がする

第三話、投稿します。


真守はデパートで買い物をしてから垣根と一緒に、第八学区のとあるビルの最上階にある『スクール』のアジトに来ていた。

 

『スクール』とは、垣根帝督が率いていた学園都市の統括理事会直轄である暗部組織の名前だ。

 

学園都市から離反したり、暗部組織が一方通行(アクセラレータ)の手によって解体されたり様々なことがあって組織的な権限はもうないのだが、構成員は暗部組織として活動していた時と同じ四人構成だ。

 

暗部組織として機能しなくなっても彼らが『スクール』という枠組みを保っているのは学園都市から離反したからという理由もあるが、大きな理由は朝槻真守のおかげだ。

 

真守のことをなんだかんだで気に入っている心理定規(メジャーハート)

能力を向上させてくれた恩人であり、友人として真守のことを大事に想っている弓箭猟虎。

誉望万化に関しては垣根に逆らえない立場にいるという大きな理由もあるが、それでも真守に能力を十分に発揮できる戦術を教えてもらった。

そして垣根帝督にとって真守は恋人であり、大切な女の子だ。

 

真守によって強い結びつきが生まれた『スクール』。

 

そんな『スクール』のアジトに入ると、構成員である誉望万化が頭に土星の輪のようなゴーグルを装着した状態で真守と垣根を待っていた。

 

「お疲れ様です」

 

「情報は集まってるか?」

 

垣根が問いかけながらソファに座ると、誉望は頷いた。

 

「ハイ。今お持ちします」

 

誉望が去っていく中、真守は垣根の隣にちょこんと座る。

垣根は真守が隣に座ったと同時に足を組んで、忌々しそうにため息を吐く。

 

「ったく。それにしてもムカつくな、アレイスターの野郎。暗部組織の権限が無くなった俺が秘密裏に調べて突き止められるくらいだ。()()()()()を隠すつもりなんてないらしい」

 

「わざと隠してないんだと思うぞ」

 

真守が自分の髪の毛を()きながら告げると、垣根は怪訝な顔をした。

 

「隠してたらその技術がアレイスターにとって重要なものだとバレてしまう。だからわざと扱いをぞんざいにしているんだ」

 

「……そういうモンか?」

 

「うん。そういうもの」

 

垣根の問いかけに真守はコクッと頷く。

 

朝槻真守は学園都市の手によって作り上げられた絶対能力者(レベル6)だが、その本質は別にある。

 

ここではないどこかの世界。

そこで息づく形のない『何か』たちに必要とされて、神として祀り上げられたのだ。

その『何か』には形を与える必要がある。それだけでは力の塊でしかないからだ。

 

垣根帝督はその『何か』に形を与えることができる未元物質(ダークマター)を生み出せる。

 

だからこそ垣根帝督は朝槻真守に出会うことが運命づけられていて、そしてそこに統括理事長、アレイスター=クロウリーが変に介入したから面倒なことになってしまったのだ。

 

だがアレイスターは元々複数のプランを並行して進めており、いつでもスペアを作るようにしている。

 

そのためアレイスターは垣根に何があっても大丈夫なように、垣根の未元物質(ダークマター)に代わる技術を数種類用意しているはずなのだ。

 

自分の代わりとして用意されていた技術に興味がある。

 

そのため垣根は自身の配下でネットワークに強い誉望にここ数日『新しいものを生み出す』技術を片っ端から調べさせていた。

 

対して垣根がいればそんな技術に興味がない真守は誉望を待っているのが暇なため、ごろっとソファに寝っ転がった。

そして垣根が未元物質(ダークマター)で造り上げた人造生命体のカブトムシを呼びよせて遊んでいた。

 

垣根はパタパタと足を振る真守の短いセーラー服のスカートに自然と目が行く。

 

嫌な予感がした垣根は次の瞬間、ぴらっとスカートをめくった。

 

途端に(あら)わになるやたら大事な部分を隠す布が少ないレースの黒の紐パンツ。

 

しかもいつぞやのようにお尻の割れ目が少し見えているわけではなく、がっつり半分くらい見えている。

 

「!」

 

スカートをぴらっとめくられた真守は体をびくんと跳ねさせながら起き上がり、垣根を見上げて顔を赤くしてしかめる。

 

「恋人でも人のスカートを突然めくるのはどうかと思うぞ」

 

「今はそんな文句聞いてる場合じゃねえ。お前どうしてスパッツ穿いてねえんだよ!!」

 

朝槻真守は超能力者(レベル5)であり絶対能力者(レベル6)であるため、空を飛ぶなんてお手の物だ。

本人も移動のために空をよく飛んでいる。

当然のことだが、空を飛べばスカートの中は丸見えである。

 

だが真守はまったく気にしない。垣根がいつ注意しても『自信のない下着を穿いてないから大丈夫』と言うのだ。

 

何が好きで自分の女が下着を大衆に見せびらかすのを黙認しなければならないのか。

 

そのため再三に渡って垣根はスカートの下にスパッツか超電磁砲(レールガン)娘のように短パンを穿けと言っているのだが、真守は嫌だとはっきり拒絶する。

 

恋人がいちいち下着のチェックをするのもどうかと思うが、自分のパンツを見られることに何の抵抗もないこの女の場合は絶対にチェックしなければならないと垣根は思っていた。

 

だがすっかり忘れていた。

 

垣根が自分の失態に顔を歪ませていると、真守はスカートを持っている垣根の手をぺいっと猫パンチするように叩いた。

 

「垣根のえっち」

 

「うるせえスパッツ穿けっつってんだろォが!!」

 

「やだ」

 

真守は断固拒否して猫のように軽やかに身を(ひるがえ)し、ソファから降り立って垣根と距離を取る。

 

「待て真守! お前いまがっつり見えたぞ!!」

 

「今のはわざとだ」

 

「わざとすんじゃねえ!!」

 

垣根はパンツを見せびらかすかのように駆けていった真守に怒鳴り声を上げる。

その時、丁度誉望が部屋に入ってきた。

 

「誉望。垣根がセクハラしてくる」

 

真守は誉望のことを味方に付けようと、タイミングよく部屋に入ってきた誉望に近づく。

 

「セクハラですか?」

 

「うん。突然スカートぴらっとめくってきたんだ。セクハラだろ?」

 

「……………………垣根さん」

 

誉望は真守から垣根にされたセクハラについて聞いてドン引きの目で垣根を見ると、垣根は誉望のことをギッと睨みつけた。

 

「そいつがスパッツ穿かねえから怒ってんだよ!!」

 

「スパッツ?」

 

垣根の怒りを聞いて女子の下着にあまり詳しくない誉望が小首を傾げると、真守がぷんぷん怒って誉望へと抗議する。

 

「垣根、スパッツ穿けってうるさいんだ。別に見られても構わない下着穿いてるから大丈夫なのに」

 

「見られても大丈夫? そんな種類の下着があるんスか?」

 

誉望がきょとんとして聞いてくるので、真守はスカートに手をかけ、ゆっくりとたくし上げながら頷く。

 

「別にそういうの穿いてないけど、私のは自信があるから見られてもだいじょ、」

 

「オォイ真守! 誉望に見せようとするんじゃねえ!!」

 

それ逆にセクハラだぞ! と垣根が怒鳴ると、真守は持っていたスカートを渋々と降ろす。

 

思春期男子的には女子の下着を見たい欲があるが、それでも上司の恋人なんで見たらマズいことになるだろ、と誉望は考えながらも思わずドキドキしてしまっていた。

 

そして真守が垣根に『ちょっとした冗談だ』と言ってブチ切れられて頬をつままれる様子を、色んな意味でドキドキヒヤヒヤしながら見ていた。

 

 

 

――――――…………。

 

 

 

「ベースセル、汎用性人工素体。新造細胞技術……ふーん、結構あるんだな」

 

垣根は誉望が持ってきたタブレット端末に入っている、自身の代替技術である人体の細胞に用いることができる技術の一覧を見つめながら一人呟く。

 

「他にもインディアンポーカーとして情報が保存されているものがあるそうです。そちらの準備は間に合いませんでしたが、必要であれば取ってきます」

 

誉望が進言すると、垣根は怪訝な顔をした。

 

「あ? ……ああ、インディアンポーカーか……」

 

インディアンポーカーとは他人が見た夢を体験できるという代物であり、既存の玩具を組み合わせて作り上げることができたカード状のものだ。

 

その仕組みはカード表面のフィルムをめくって封入されているアロマ成分を漂わせたまま眠りにつくことで、そのカードに封入された夢を見ることができるのだ。

 

九月の後半から一〇月中旬まで流行っていたものだったが、垣根が片手間に調べたところ、どうやら食蜂操祈と御坂美琴が共同して事態の収拾を行ったらしかった。

 

インディアンポーカーに苦い思い出がある垣根が顔をしかめていると、そんな思い出を知らない誉望が首を傾げた。

 

「? 何かありますか? 『ピンセット』の時に役に立ちましたけど」

 

『ピンセット』とは超微粒物体干渉吸着式マニピュレーターのことで、真守の居場所を『滞空回線(アンダーライン)』というナノデバイスから情報を得るために『スクール』が求めた代物だ。

 

その『ピンセット』の情報がインディアンポーカーに封入されていたため、インディアンポーカーが『ピンセット』入手の時に役に立ったことを誉望は言及したのだ。

 

「うるせえなんでもねえよ」

 

垣根がクワッと怒りを向けると、誉望はびくびくしながらも指示を仰ぎ見た。

 

「そ、そうですか。……で、どうしますか? 必要ならばインディアンポーカーの回収に向かいますが」

 

「そうだな。頼んだ」

 

「分かりました。では個人サーバーに保存されている情報についても回収しておきます」

 

誉望は垣根の指令を実行するために、情報を集めるためのサーバーがある部屋へと引っ込む。

垣根は誉望が持ってきた情報を読みふけっていたが、真守が自分のことをじぃーっと見ているのに気が付いて顔を上げた。

 

「なんだよ、真守」

 

垣根が怪訝な表情をして真守を見ると、真守は膝に乗せたカブトムシの背中を撫でながら、ぽそっと呟いた。

 

「飼いネコメイド」

 

「ぶっ!? テ、テメエなんでソレ知ってやがる!!」

 

垣根は真守の口から飛び出した言葉にあからさまな動揺を見せる。

 

飼いネコメイドとは、多角スパイで真守のクラスメイトである土御門元春が送ってきたインディアンポーカーの一枚に入っていた夢の内容だ。

 

その夢とは飼いネコメイドという猫人種(?)にされた猫耳と尻尾を生やした真守が垣根に飼われており、メイド服を着てにゃあにゃあ言って甘えてくるというモノだった。

 

あの時土御門が『朝槻の情報が入った大事なカードだぜ』と言って渡してきていたので、垣根は飼いネコメイド以外の得体の知れないシチュエーションのインディアンポーカーも複製してあった。

 

廃棄するわけにもいかないため、それらはすべて封印したはずだ。

 

インディアンポーカーの苦い思い出になったそれを何故真守は知っているのだろうか。

 

「土御門が教えてくれた。垣根に私のインディアンポーカー渡したって」

 

垣根が疑問に思って顔を引きつらせていると、真守はけろっとした表情で答えた。

 

「あのクソ野郎……!」

 

「他にも私の首にリードつけてお散歩できるのとか、何故か水着着た私にマッサージしてもら、」

 

「うるせえそれ以上言うんじゃねえ!!」

 

垣根は真守がどう扱われているか恐ろしくて飼いネコメイドのインディアンポーカー以外見ていない。

それなのに真守の口からどんなシチュエーションの内容だったか告げられて、垣根は思わず顔を赤くして叫ぶ。

 

「かわいかったか?」

 

真守がコテッと可愛らしく小首を傾げて聞いてくるので、垣根はそれを無視してタブレットを睨みつけるように内容を頭に入れていく。

 

確かに飼いネコメイドの真守は可愛かったが、当時は真守が自分のそばにいなかったのもあって、夢から覚めたら現実に真守が近くにいないことを強くに認識してしまい、とても悲しかったのを垣根は覚えている。

 

真守は当時のことを思い出して少しだけ苦しそうにしている垣根を見て、能力を開放した。

 

蒼閃光(そうせんこう)で作られた三角形を猫耳ヘアの上に一つずつぴょこっと、そしてセーラー服のスカートの上からぴょいんと尻尾を模した四角いタスキのような帯を現出させる。

 

「にゃあ、ご主人。真守のこと好きか?」

 

「ヤメロ!! 能力開放すんじゃねえ! 猫撫で声出すんじゃねえ!」

 

垣根が叫ぶと、真守は垣根の視線の先で右手を猫の手のように構えてコテッと可愛く小首を傾げ、そして尻尾をぴょこんと動かした。

垣根はそんな真守の破壊力抜群のかわいさにやられてウッと(うめ)く。

 

朝槻真守が性癖と言っても過言ではない程に傾倒している垣根はグラッと精神が揺さぶられてしまうが、次の瞬間真守の膝の上にいたカブトムシが淡々と告げた。

 

垣根帝督(オリジナル)

 

「あ?」

 

『第二二学区の地下街で大規模戦闘です』

 

垣根が声を上げるとカブトムシが淡々と告げたので、垣根は顔をしかめた。

 

「……情報寄越せ」

 

垣根はぴょこぴょこ尻尾を揺らす真守のことを視界の端で忌々しそうに捉えながら、カブトムシが作り上げるネットワークに接続して情報を受け取る。

 

「狙われてるのは金髪の幼女と大男か。男の方は身のこなしが武装無能力集団(スキルアウト)っぽいな。それを追ってんのは駆動鎧(パワードスーツ)……コイツは流用だな。ロシアの雪原で使われることを想定されてやがる」

 

「緋鷹に聞いてみよう」

 

真守は垣根の呟きを聞いてポケットから携帯電話を取り出す。

真守がこれから連絡を取る少女のフルネームは八乙女(やおとめ)緋鷹(ひだか)

霧ヶ丘女学院の生徒で先見看破(フォーサイト)という未来予知系の能力者だ。

絶対能力者(レベル6)となって学園都市に狙われることになった真守を(かくま)った『(しるべ)』という組織のトップで、真守のことを自らの神さまと仰ぎ見る少女だ。

 

「もしもし緋鷹?」

 

真守が電話をすると、ワンコールで彼女は出た。

 

〈あら。あなたから電話を掛けて来るなんて珍しいわね。どうしたのかしら、真守さん?〉

 

「上層部が何してるか教えて。どうして金髪幼女と大男をロシアで使おうとしていた駆動鎧(パワードスーツ)で攻撃してるのか」

 

〈……こちらでも帝兵さんで確認したわ。すぐに調べるわね〉

 

帝兵さんと緋鷹に呼ばれたのは垣根が未元物質(ダークマター)で造り上げたカブトムシのことで、真守が勢いで『垣根帝督(提督)が作った兵隊さん』を縮めて名付けた名前だ。

どうやら緋鷹はそばにいた帝兵さんの一体に事情を軽く説明されたらしい。

 

「フレメア=セイヴェルン……?」

 

真守が緋鷹と連絡を取り終えて携帯電話を片付けていると、垣根がぽそっと呟いた。

 

「誰だ?」

 

真守が問いかけると、垣根は顔をしかめた。

 

「あの金髪の幼女の名前だ。カブトムシ(端末)のログをさらって確認した。……フレンダ=セイヴェルン。今狙われてるのは、あの暗部抗争で死んだ元『アイテム』のフレンダ=セイヴェルンの妹らしい」

 

真守は垣根の言葉を聞いて目を見開く。

 

「妹?」

 

「……ッチ。なんでアイツの妹が狙われてんだ? 姉の代わりってことか?」

 

フレンダ=セイヴェルンは『スクール』と『アイテム』が戦ったことで死んでしまった少女だ。

あの時、人的被害を最小限に抑えようと動いていた垣根だったが、フレンダ=セイヴェルンの命だけはどうにもできなかった。

何故なら垣根はフレンダに『闇』から足を洗うように忠告して見逃したからだ。

そんなフレンダの命を奪ったのは、仲間の麦野沈利だった。

 

「垣根」

 

真守はゆらゆらと蒼閃光(そうせんこう)でできた尻尾を揺らしながら垣根の頬に触れる。

 

「……なんだよ」

 

「垣根が苦しんでるのが哀しい」

 

垣根は自分の頬を撫でながら自分の気持ちを告げる真守を見て、顔を歪ませた。

垣根帝督はフレンダ=セイヴェルンを死なせてしまったことを気にしている。

 

だがどうやったってあの戦いを引き起こさなければ良かったという選択肢はない。

 

何故ならあれは垣根帝督が朝槻真守を取り戻すための戦いだからだ。

人的被害を最小限に抑えたことでさえ、褒められるべきものである。

 

しょうがなかった。あの流れを誰も変えることはできなかった。

だがそれだけで全てが済ませられるわけがない。

だからこそ真守は、決意のこもった瞳で垣根を見上げた。

 

「垣根は心苦しく思わなくていい。大丈夫。私が全部責任を取るから」

 

「……お前だけが責任取ることねえ」

 

垣根は真守が自分の頬に添えた手をぎゅっと握る。

 

「俺も一緒に責任を取る。お前の全部は俺のモノだし、そんで俺の全部はお前のモノだからだ」

 

真守は垣根に微笑み、そしてぎゅっと垣根に抱きしめた。

 

「一緒に分かち合っていこうな、垣根」

 

垣根は目を細めると、真守のことを優しく抱きしめ返した。

真守は垣根の背中を撫でながら告げる。

 

「緋鷹がすぐにでも情報を集めてくれる。でもそれまでにフレメア=セイヴェルンが死にそうになったら、帝兵さんで守ってくれるか?」

 

「ああ、そうだな。『(しるべ)』の方から上層部に圧力かけられるかもしれねえし、それが最善だな」

 

真守がコクッと頷くと、垣根は真守の小さな体を感じながら微笑む。

 

「ありがとな。真守」

 

垣根がお礼を告げると、真守は垣根の胸へとすりすりと頬をすり寄せながら柔らかな微笑を浮かべた。

 

「大丈夫だ、垣根。私だって垣根にいつも助けてもらってる。だから垣根はちょっとくらい私に甘えたっていいんだぞ?」

 

「…………いつだって俺はお前に甘えてるよ」

 

垣根は真守のことを優しく抱き寄せながら微笑む。

 

「いつだってお前は、俺のことをちゃんと見てくれてる」

 

朝槻真守は出会った時からずっと、自分のことを優しい人だと言ってくれていた。

優しかったことなんて、そんな温かいものが自分の中にあったことなんて過去のことだ。

それでも朝槻真守がありのままの自分を見てくれるから、だから様々なしがらみから解き放たれることができたのだ。

 

「お前が信じてくれるから、俺はお前に無条件で甘えられるんだ」

 

真守は自分のことを壊れ物のように扱ってくれる垣根にすり寄って微笑む。

 

「えへへ。なんかとっても照れてしまうな」

 

真守が幸せを感じてはにかむと、垣根は真守の柔らかな命を感じて目を細めた。

 

(くっ……入りづらいし羨ましい…………ッ!!)

 

そんな真守と垣根を見ていたのはもちろん『スクール』のアジトにいる誉望万化で、誉望は『リア充死すべし慈悲はない』と静かに歯ぎしりしていた。

 



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第四話:〈神人遊戯〉で圧倒する

第四話、投稿します。


〈面白いことが分かったわ〉

 

「面白いこと? お前の言う面白いことなんて不穏そのものだろうが」

 

調査を終えて再び連絡してきた八乙女緋鷹の第一声に垣根が顔をしかめると、緋鷹は電話越しにくすくすと笑ってきた。

 

〈まあそう言わないでちょうだい。どうやら学園都市上層部はてんやわんや状態らしいわ。新しい敵が現れたから〉

 

「敵?」

 

〈魔術側の神さま、ですって〉

 

「は?」

 

緋鷹の口から放たれた言葉に垣根が警戒心を露わにしていると、緋鷹がつらつらと説明する。

 

〈真守さんは科学の神さま。そしてちょっと考えればわかることだけど……魔術側にも神さまがいるのよ。その神さまが魔術サイドの代表であるローマ正教に勝利した学園都市を狙っているらしいわ〉

 

垣根はスピーカーフォンにしていた携帯電話から顔を背けて真守を見る。

真守は膝の上に乗せたカブトムシの背中を撫でており、特に驚いている様子がなかった。

というか、ほぼ無関心である。

 

「……真守、お前他に神さまがいるって知ってたか?」

 

垣根が真守のどこ吹く風といった状態に不安を覚えながら問いかけると、真守は顔を上げて斜め上を見ながら告げる。

 

「んー。考えたことなかった。なんかあんまり興味ないし」

 

「……なんで?」

 

垣根が真守のきっぱりとした言葉に()()()()()()()()()を見て顔をしかめていると、真守はカブトムシの背中を撫でるのをやめて垣根を見た。

 

「垣根は人間が他の宗教の神さまを信じると思うか? 十字教を信じている人間が、純粋な想いを持って北欧神話の神を信仰すると思うか?」

 

垣根は真守の問いかけに目を(またた)かせる。

 

「……信仰しねえな」

 

十字教の人間が他の神さまになびくはずがない。

十字教だけではない。

人々は自分が信じている神さまこそが本物でそれ以外は全て偽物だとしなければ、信仰を貫くことなんてできない。

だから敬虔な十字教徒は十字教のために他の神話を利用するだけであって、ステイル=マグヌスだって十字教のルールの隙を突いてルーン魔術を使っているだけだ。

 

「でもお前を(かか)げるヤツらが十字教に浮気したらどうするんだよ。別にいいのか?」

 

真守が神さまとしてどう思っているのか気になった垣根が問いかけると、真守は至極真っ当なことを口にする。

 

「私に本当に必要なのは人間じゃなくてAIM拡散力場だ。それに私のことを神さまと崇める存在は他にいる。だから別に何も思わない」

 

朝槻真守は人間のための神さまではない。

何者にも代えがたい垣根帝督とAIM拡散力場があれば、真守は自身のことを真に必要としている者たちのために動くことができるのだ。

結局のところ真守が本当に必要としているのは人間の信仰心ではないのだ。

 

「確かにお前のことを能力者が知らなくても、能力者たちがその身に宿した科学の結晶を保持しているだけでお前は莫大な力を手に入れることができる。まったく、良くできたシステムだぜ」

 

垣根はアレイスターが構築した仕組みについて笑うが、そこで真剣な表情になって話を戻した。

 

「学園都市が魔術側の神……『魔神』って言ったらいいのか? それと戦おうとしてる。でもなんでそれで上層部はフレメア=セイヴェルンを狙ってんだ?」

 

垣根が真っ当な疑問を口にすると、スピーカーフォンから緋鷹の声が滑らかに聞こえてきた。

 

〈これは完全に新設された暗部組織の独断専行みたい。彼ら『新入生』って言うらしいんだけど、戦争帰り組をこれからの戦争の不穏分子としてこの機に排除したいらしいわ〉

 

「戦争帰り組だと? 具体的にどうやって?」

 

あの科学と魔術の戦いであった第三次世界大戦を生き抜いた自分たちを暗部組織如きがどうやった倒すのだろうか。

垣根がそのやり方を尋ねると、緋鷹は手元の資料を見ながら説明する。

 

〈今は戦争帰り組がそれぞれ個別で活動してるから、上層部はその動向を(うかが)って静観している状態なの。でも彼らが一つにまとまったら明確な脅威になる。そこで『新入生』はわざと戦争帰り組を結託させて無視できない脅威にして、上層部から殲滅する許可を取りつけようとしているの〉

 

浜面仕上も一方通行(アクセラレータ)も、そして垣根帝督もフレメア=セイヴェルンを守る理由がある。

 

浜面仕上はもちろん、姉であるフレンダ=セイヴェルン繋がりだ。彼女の妹を守らない手はない。

そして一方通行(アクセラレータ)だが、彼はフレメアと繋がりがあった武装無能力集団(スキルアウト)のトップ、駒場利徳を殺している。今の一方通行(アクセラレータ)には思うところが確実にあるのだ。

そして垣根帝督はフレメア=セイヴェルンの姉、フレンダ=セイヴェルンが命を失う戦いを引き起こした張本人だ。

そしてその戦いを起こした原因である朝槻真守にももちろん関係がある。

 

「なるほどな。新設された『新入生』ってヤツらも割と考えてんだな」

 

垣根が半笑いしながら告げると、緋鷹もくすくすと笑った。

 

〈そうなるわね。でも『新入生』の行動は上層部の意向じゃないから、彼らは私たち『(しるべ)』や真守さんの関係、そして帝督さんが上層部に意見できる立場にいるのを知らない。私たちが彼らの思惑を調べ終わっていることだって知らないはずよ〉

 

垣根帝督(ひき)いる『スクール』は、学園都市から真守を奪い取って離反した状態である。

学園都市にとって垣根たちは脅威そのものだが、『スクール』は朝槻真守の自由と彼女を守るためだけに動く。

だから真守に手を出さない限り、垣根たちは学園都市を揺るがす脅威にならないのだ。

だからなるべく上層部は垣根たちを刺激しないようにしているが、それを『新入生』たちは知らないらしい。

 

「はん。相変わらず上層部は下々の人間をいつでも切り捨てられるように大切な情報は渡してねえってことか」

 

〈ええ、そうね。学園都市上層部は『新入生』の勝手な行動を止めようとは思わない。もし一方通行(アクセラレータ)や浜面仕上、そして真守さんや帝督さんを排除できるならそれで良し。できないならとかげがしっぽを身代わりで切り落とすように、切り捨てればいい。そう思っているらしいわ〉

 

「だったら切り捨てさせりゃあいい」

 

垣根は笑いながら『新入生』の力を削ぐことを考える。

 

「フレメア=セイヴェルンを助けに一方通行(アクセラレータ)と浜面仕上が動いたら、それを『新入生』は確認次第、上にヤツらを排除してもいいか聞くだろ。そこで割り込みをかけろ。それまでフレメア=セイヴェルンは生かされる。俺たちが助けると逆に厄介になるから放っておけばいい」

 

垣根は緋鷹に指示を出しながら笑う。

 

「だからあの駆動鎧(パワードスーツ)はフレメア=セイヴェルンを殺そうとするそぶりばっか見せてたんだ。ロシアの雪原で使われる駆動鎧(パワードスーツ)を地下街でわざわざ使ったのも、手を抜けるようにするためってわけだ」

 

〈最初から殺すつもりがなかったなら納得だわ。じゃあ、上層部に圧力をかけてくるわね。それでいいわよね、真守さん?〉

 

緋鷹が一応自分の主へとお(うかが)いを立てると、真守はすぐに頷いた。

 

「お願い、緋鷹。いつもありがとう」

 

〈いいえ。これが私のしたいことだから、じゃあね〉

 

緋鷹がブツッと電話を切る中、真守はカブトムシから顔を上げて垣根を見て、垣根の制服の裾を引っ張った。

 

「垣根。垣根もいつも私のために頑張ってくれてありがとう」

 

「何だよ、ついでかよ」

 

垣根は愚痴を言いながらも真守の腰を抱き寄せて頬にキスをする。

 

「えへ。ついでじゃなくてもいつも思ってるぞ?」

 

真守がはにかみながらも垣根が自分のことを想ってくれるのが嬉しくてふにゃっと笑うと、垣根は目元を柔らかくする。

 

「行こう、垣根」

 

真守が垣根の制服の裾を引いて告げるので、垣根はしっかりと頷いた。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

「一体どォいうことだよ!?」

 

黒夜海鳥は携帯電話を睨みながら叫んだ。

 

黒夜海鳥たち『新入生』は、フレメア=セイヴェルンという少女を襲って、彼女を助けるという名目で浜面仕上たち『アイテム』と一方通行(アクセラレータ)、そして垣根帝督たち『スクール』が結託したとして上層部に抹殺命令を出させようと画策していた。

 

現在、『新入生』のシルバークロース=アルファがフレメア=セイヴェルンを連れ去り、それを浜面仕上と一方通行(アクセラレータ)が共同で追っており、その間に黒夜は一方通行(アクセラレータ)と浜面仕上への攻撃許可を取り付けていた。

 

そしてシルバークロースが黒夜海鳥の指示によって一方通行(アクセラレータ)の苦手とする電波障害が起きる可能性のある地下鉄内に逃げ込んだところで黒夜の携帯電話に着信があって、その電話による指令に黒夜は思わず声を上げたのだ。

 

その指令とは、『浜面仕上と一方通行(アクセラレータ)への攻撃を即刻中止し、フレメア=セイヴェルンを解放しろ』というものだった。

 

意味が分からなかった。

 

上層部は第三次世界大戦によって交渉してきた浜面仕上と一方通行(アクセラレータ)、そして垣根帝督、朝槻真守の行動を脅威として見ていた。

 

上層部も始末できればいいと思っていたがなかなか手が出せない状態であったため、新生された組織である『新入生』が上層部の代わりに行動を起こしたのだ。

 

不穏分子を排除できれば『新入生』が上層部に対して力を誇示(こじ)できるし、不穏分子がいなくなれば学園都市上層部もこれからの戦いにだって専念できる。

 

どちらにも利がある状況だ。

 

だからこそ行動を起こした『新入生』だったが、上層部は自分たちが思っているよりもへっぴり腰だったらしい。

 

「どォいうことだよ!? そこまでして戦争帰り組が怖ェのか?!」

 

黒夜が憤慨しながら指示役の人間に噛みつくと、彼は憔悴(しょうすい)した声を出した。

 

〈そういうわけではない。上層部が無視できない集団があるんだ。彼らと交渉した結果の命令だ〉

 

「そんな集団がいるって聞いてねェぞ!?」

 

黒夜がどんな集団だと糾弾すると、電話の向こうの人間は震える声で告げた。

 

〈……『神人』とそれに連なる集団さ〉

 

「はァ? シンジン?」

 

黒夜が声を上げると、携帯電話の向こうで指示役の人間が言いにくそうに告げる。

 

〈噂は耳にしているだろう。第三次世界大戦終盤に神が降臨したと。それはは学園都市製の神、『神人』であり、学園都市を守る存在なのだ〉

 

「あれは戦時下のストレスが原因の『サードウォー症』って話だったろォが!!」

 

黒夜がそう言及すると、指示役の人間は震える声で告げる。

 

〈学園都市は、アレイスター統括理事長は実際に『神』を造り上げたんだよ。私たちを守護する『神』をね。その『神』の意向に背けば天罰が下る。私はそんなのごめんだ〉

 

「その神サマってヤツは一体どこの誰だ!?」

 

 

超能力者(レベル5)、第一位。流動源力(ギアホイール)、朝槻真守」

 

 

黒夜が叫んだ途端、後ろから淡々とした声が聞こえたので、黒夜は振り返った。

 

そこにはセーラー服姿の朝槻真守が、苺と生クリームたっぷりのクレープをあむあむ食べながら立っていた。

しかも、右肩に白いカブトムシを引っ付けている。

 

絶対能力者(レベル6)という表現も間違っていないぞ」

 

真守はパクッとクレープを一口食べながら告げる。

 

「……なッ絶対能力者(レベル6)が神だと!?」

 

黒夜が思わず声を上げると、真守はきょとっと不思議そうに目を見開いた。

 

「知らないのか? 神さまの答えに辿り着ける人間が神さまと同一であり、神そのものだとされても間違いがないだろ?」

 

「……意味が分からねェ。じゃあアレか?! オマエが上層部に圧力をかけたってことで良いのか!?」

 

黒夜が声を荒げる中、真守はクレープを食べ終えて包み紙を放り投げる。

すると清掃ロボがやってきてそれを回収していった。

 

「交渉をしたのは緋鷹だから詳しくは知らない。でもお前たちをとかげのしっぽのように上層部に切り捨てさせろって指示したのは垣根だぞ」

 

黒夜は訳が分からずに絶句する。

だがふるふると肩を震わせて、ギッと真守を見上げて睨んだ。

 

「ふざけンじゃねェよ!! それくらいで私たち新しい学園都市の『闇』が止まってたまるかよォ!!」

 

黒夜は自分が着ていた白いコートに張り付いていたイルカのビニール人形を爆ぜさせて、中から大量の腕を取り出した。

 

その大量の腕の長さは大体一メートルほどであり、質感はビニールなどの石油製品に近い。

そして赤子の手のように小さいのでバランスが歪である。

その小さな数十の腕を黒夜は自身の背中に接続させて、一斉に掌を真守に向けた。

 

「サイボーグ技術。それも木原相似が確立させた技術である細菌やバクテリアの類の力を借りて造り上げたものか?」

 

真守が黒夜の増えた腕を興味なさそうに見つめていると、黒夜は頷いて叫ぶ。

 

「あァ! 杠林檎を引き取ったアンタならば知ってると思うがな、窒素爆槍(ボンバーランス)を持つ私は『暗闇の五月計画』の被験者の中で一方通行(アクセラレータ)の攻撃性に最も近づけた個体だ。でも私は手の平からしか槍を自在に生み出せない。だったら、その手の平を増やせばいいって話だ! 私たちは新世代の能力者だ! 既存の能力者の枠組みから超えた存在だ!」

 

「そうか」

 

真守は黒夜の力説を聞いてふむ、と小さく頷く。

 

「面白いからその新世代の能力者の力とやらを見せてみろ」

 

真守が左手をスッと黒夜に伸ばして告げると、黒夜は叫んだ。

 

「言われなくてもォ!!」

 

真守が挑発した瞬間、黒夜の手から大気によってできた捻じれた槍が無数に同時発射される。

 

だが真守はその槍が自身に突き刺さる前にバツンッ!! と鈍い音を立てて難なく散らした。

 

「…………は?」

 

辺りに圧縮されていた空気が衝撃波となって吹き抜ける。

黒夜は呆然としていた。

破壊力抜群の自分の窒素の槍が強大な力によってはじけ飛んだからだ。

 

絶対能力者(レベル6)である私はこの学園都市に充満しているAIM拡散力場を自由に操ることができる。まあそれ以外にもたくさんできることはあるが、それだけでも十分脅威的だろう。──だからこんなことも簡単にできる」

 

真守はつらつらと説明しながらグッと左手で握りこぶしを作った。

 

その瞬間、黒夜の背中に接続されていた数十の腕が力づくで外された。

 

「あァ────……?」

 

痛みはなかった。

ただ自分が能力の『噴出点』として認識していた腕がなくなったことに気が付いたから、黒夜は呆然と声を上げたのだ。

 

真守はAIM拡散力場を操作して黒夜の腕を全て外した。

 

滑らかな動作で。特に何のやりづらさもなく、ただ自然にそれを成し遂げた。

 

真守の破格な力に気づいた黒夜に真守は近づき、そして見下ろす。

 

「私は絶対能力者(レベル6)だぞ。新世代の能力者だろうが私に敵う者はいない」

 

今も、AIM拡散力場は辺りに充満している。

 

だから朝槻真守は黒夜海鳥の命を握っているも同然だ。

そして真守はわざと命を奪うようなことをせずに、黒夜のアイデンティティであるサイボーグの腕を黒夜から奪った。

 

いつだって、この絶対能力者(レベル6)は自分の命を刈り取れる。

 

機嫌を損ねただけで確実に命を取られる。

 

自分だけじゃない。

この学園都市にいる人々はいつだって神の手の平の上で転がされている。

この学園都市から逃げても、きっと彼女は敵と見定めたらどこまでも追ってきて命を狩るだろう。

 

黒夜は命を握られている恐怖に真守と目が合わせられなくなって(うつむ)く。

 

真守はそんな黒夜の頭にそっと手を置いた。

 

ひぐ、と黒夜は絶対的な支配者である真守に触れられてしゃくり声を上げる。

 

「じゃあ行くぞ、黒夜海鳥。まずはお前が罠に嵌めようとした子たちにごめんなさいだ」

 

「……………………ふぁい…………」

 

断ったら確実に脳天を破壊される。黒夜はそう思って、頷くしかなかった。

 

真守は随分怖がられてしまったな、と思いながら半泣きの黒夜と手を繋いで歩き出した。

 




……最早弱い者いじめですが、新約篇はだいたいインフレしているのでここら辺が落としどころだと思っています。



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第五話:〈主人公達〉は一堂に

第五話、投稿します。


真守が黒夜を引きつれて第七学区の待ち合わせしていた喫茶店に入ると、既に垣根帝督と一方通行(アクセラレータ)、それに浜面仕上と(くだん)の幼女、フレメア=セイヴェルンがいた。

 

一方通行(アクセラレータ)は第三学区の個室サロンで黒夜の襲撃があった時から浜面仕上と共にフレメア=セイヴェルンを救出しようと『新入生』の一人、シルバークロースを追っていた。

 

だがシルバークロースが一方通行(アクセラレータ)の苦手な地下へと入ったので、一方通行は情報収集のために追跡を一旦中止して真守に連絡を取った。

 

すると真守が『黒夜をとっ捕まえるから今から言う喫茶店で合流しよう』と言ったので、相変わらず手が早いヤツだ、と一方通行(アクセラレータ)は思いながら喫茶店に来ていた。

 

そして浜面仕上はドラゴンライダーと呼ばれるバイクを含めた駆動鎧(パワードスーツ)を譲り受け、シルバークロースからフレメア=セイヴェルンを奪還したところで垣根帝督に声を掛けられた。

 

垣根はカブトムシで浜面のことを救援しようと思っていたが、浜面仕上が面白いオモチャを手にしたので静観しており、事が終わってから近づいたのだ。

 

各々はそのような動きをして、真守との合流地点である喫茶店へとやってきていた。

 

現在、垣根たちは六人席に座っており、浜面仕上とフレメア=セイヴェルンはもちろん隣同士で座っていた。

 

一方通行(アクセラレータ)と垣根だが、過去を振り切れたとしても垣根に一方通行と仲良くする気があんまりないので、真ん中の席を一つ空けて座っていた。

 

つまり垣根と一方通行(アクセラレータ)の間と、フレメア=セイヴェルンの隣の席が空いている状態である。

 

真守は座席の様子を見て考える。

 

フレメアを殺そうとした黒夜をフレメアの隣に座らせるわけにはいかない。

 

そのため真守はトンッと黒夜の小さな肩に手を乗せた。

 

びくんっと震える黒夜。

 

「黒夜海鳥。お前は一方通行(アクセラレータ)と垣根の間な」

 

「はァ!?」

 

黒夜は驚愕で声を上げるが、真守は気にせずに黒夜を一方通行(アクセラレータ)と垣根の間に強制的に座らせる。

 

「よォ。さっきぶりだなァ、『新入生』」

 

一方通行(アクセラレータ)は隣にちょこんと座ったパンクファッションロリに声をかけて邪悪に笑う。

一方通行の魂胆を理解した垣根は意地悪くにやーッと笑って、隣に座った黒夜へと近づくためにテーブルに肘を置いた。

 

「そういえばお前、確か俺たちのことを『卒業生』とかって呼んでたんだっけか? 面白ぇ呼び方するじゃねえか、なあ?」

 

二人の超能力者(レベル5)が黒夜に圧を掛ける様子を見てガクガクブルブル震えていたのは、向かいに座っている浜面仕上である。

 

「お……鬼だ。鬼がここにいる……っ!!」

 

浜面は超能力者(レベル5)二人の間に黒夜を放り込むという、神の慈悲なき所業(しょぎょう)に恐れおののく。

 

対してフレメアはと言うと、自分の左隣に座ろうとしている真守の右肩にしがみついている、垣根が未元物質(ダークマター)で造り上げたカブトムシ、通称『帝兵さん』に目が釘付けだった。

 

「気になるのか?」

 

「にゃあ、おっきいカブトムシ!!」

 

真守が問いかけると、フレメアは目を輝かせて真守の右肩にくっついているカブトムシを指差した。

真守は少し考えてからカブトムシを手に取ると、そっとフレメアに手渡した。

 

「にゃあ! ありがと!!」

 

「あ。オイ真守! 何ガキに渡してんだ!」

 

真守から手渡されたカブトムシを両手で受け取ったフレメアを見て垣根が声を上げると、真守はフレメアの隣に座りながら垣根を見た。

 

「別にいいだろ。一匹くらい」

 

「良くねえよ!!」

 

「帝兵さん、嫌か?」

 

垣根が即座にダメだと言うので、真守はフレメアが抱えているカブトムシに声を掛けた。

 

『いえ。私は垣根帝督(オリジナル)と違って心が狭くないので』

 

「オイ端末ゥ!!」

 

反抗的なカブトムシに垣根がダァン! とテーブルに拳を叩きつけると、超能力者(レベル5)の怒りを感じて黒夜と浜面がビクゥッと体を縮こませる。

 

フレメアは垣根の怒りなど毛ほどにも思わず、カブトムシを(かか)げて訊ねる。

 

「にゃあ! あなたお話しできるの!?」

 

『はい。帝兵さんとお呼びください。真守に名付けてもらいました』

 

「真守……真守ってこの人のこと?」

 

フレメアはカブトムシと会話しながら真守を見上げた。

真守はフレメアへと笑いかけながら頷く。

 

「朝槻真守。超能力者(レベル5)第一位だ。お前はフレメア=セイヴェルンだよな。よろしく」

 

「にゃあ、よろしく朝槻!」

 

真守とフレメアが和気あいあいとしているのを見ていた垣根は、自分が作った端末であるカブトムシが命令を聞かないのでギリギリと歯噛みする。

 

そんな垣根を見た一方通行(アクセラレータ)はコーヒーを飲んでからぽそっと告げた。

 

「その年頃のガキはマスコットが大のお気に入りなンだよ。取り上げるとうるせェから持たせとけ」

 

打ち止め(ラストオーダー)やそこに連なる妹達(シスターズ)、そして高校生くらいまで肉体を成長させられた番外個体(ミサカワースト)でさえマスコットに釘付けなのだ。

 

真っ当な真っ当な幼女であるフレメアにも好きにさせればいいと一方通行(アクセラレータ)が告げると、垣根は一方通行にくわっと怒りを向けた。

 

「マスコットじゃねえんだよ! 俺の一部みてえなモンだ!」

 

「あァ? じゃあなンで子供受けする外見にしてンだよ」

 

「子供受け狙って造ったんじゃねえよ! 利便性を考えてんだよ!」

 

真守は言い合いをしている二人を見て、その二人の間に挟まって縮こまっている黒夜を見ながらため息を吐いた。

 

「垣根、一方通行(アクセラレータ)。間に挟まれている黒夜の顔が真っ青になってるぞ」

 

ちなみに超能力者(レベル5)が言い争いをしているので顔が真っ青にさせそうな浜面だが、浜面はフレメアと仲良くお話しするカブトムシを見つめて、これは突然変異なのかそれともロボットなのかと悶々(もんもん)と考えていた。

 

色々とカオス空間になっているが、真守は黒夜海鳥たち『新入生』が動き出した理由を話す。

 

「これから起こる『魔術の神さま』との戦いに邪魔だから、不穏分子として第三次世界大戦に関わった俺たちをいっぺんに排除しよォとしたァ?」

 

真守が黒夜本人と緋鷹から聞いた話を簡潔に浜面と一方通行(アクセラレータ)に伝えると、一方通行は怪訝な表情をした。

 

「魔術の神さま、って……なんだよ。というかその前に魔術って一体何なんだ?」

 

浜面が戦々恐々としたまま真守に問いかけるので、真守は小さい口でパンケーキを食べていたが、そういえばと目を(またた)かせた。

 

「浜面仕上。お前はどうして第三次世界大戦に参加したんだ?」

 

一方通行(アクセラレータ)打ち止め(ラストオーダー)を救うために参加して、真守は垣根帝督と共にいられる未来を求めながら右方のフィアンマと戦った。

だが浜面仕上に関しては真守は何も知らない。そのため真守が問いかけると、浜面はぽつぽつと話し始めた。

 

「実は学園都市に命を狙われてそのままロシアまで逃げたんだ。そこで滝壺の具合が悪くなって、現地の人たちに助けられたり、俺たちが助けたりして……それで学園都市の駆動鎧(パワードスーツ)に追われてエリザリーナ独立国同盟に逃げ込んだら、一方通行(アクセラレータ)と会ったんだ」

 

「そンでエリザリーナにコイツの連れの体に溜まってた毒素を抜いてもらったンだ。オマエがコイツに助言したンだったな? あの女には細胞単位で毒が溜まってるって」

 

真守は大体の事情を把握してふむふむと頷く。

 

「じゃあがっつり魔術に関わっているのに、まったく魔術のことを知らないわけか」

 

真守が納得していると、一方通行(アクセラレータ)が飲み終わったコーヒーのカップをテーブルに置いて真守の方へ身を乗り出した。

 

「魔術ってのはなンだ? 俺よりも深いところにいるオマエなら知ってるだろォが。オマエの具合が悪かったから機会伺ってたが、そろそろ答えてもらうぞ」

 

「どこから話せばいいものか。私も別に専門家じゃないからなあ」

 

真守が顔をしかめながらも一応の説明に入ろうとすると、タイミング悪く携帯電話に着信があった。

 

一方通行(アクセラレータ)が舌打ちをする中、真守が携帯電話を確認すると、そこに表示されていた通話相手を見て目をきょとっと丸く見開いた。

 

『上条当麻』

 

北極海で消息を絶った少年。その少年から電話が来たのだ。

 

「もしもし?」

 

〈朝槻か? 今学園都市に帰ってきたんだけど、どこにいる?〉

 

「おかえり。ずっと帰って来るのを待っていたんだぞ」

 

真守が柔らかく微笑みながら穏やかな声で告げると、上条当麻は電話の向こうで息を呑んだ。

 

〈ああ。ただいま、朝槻!〉

 

「新しい敵が動き出してる。魔術の神さまってヤツだ。そっちでは何か掴んでいるか?」

 

〈! ……ああ、そのことで話さなくちゃならないことがあるんだ。あの戦争に関わってた学園都市の連中にも色々説明したい。後、お前に個人的に会いたいってバードウェイのヤツが〉

 

「バードウェイ? ……とりあえず分かった。どこで合流する?」

 

真守が突然出たバードウェイという第三者の人間の名前に首を傾げながらも頷くと、上条は気まずそうに声を上げる。

 

〈あー……じゃあとりあえず学生寮まで来てくれるか? 寮の前で待っててくれ〉

 

「分かった」

 

真守は通話を切って怪訝な表情で見ていた一同を見据えた。

 

「上条当麻が学園都市に帰ってきたって。魔術の専門家を連れて来てるらしいから、合流してから腰を()えて話をしよう」

 

真守の言葉に垣根、一方通行(アクセラレータ)、浜面は目を見開く。

 

そして、全員話を聞くために準備し始めた。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

「やあ。キミが神人だな?」

 

真守たちが上条の学生寮の前にやってくると、黒服の男たちに囲まれた上条当麻と十二歳程度の少女が立っていた。

 

金髪の少女だが、フレメアとは違う類の印象だ。シックなブラウスにスカート、ストッキングの配色がアンティーク調のピアノを彷彿とさせる。

 

真守は偉そうにしている少女から視線を外して、上条を見た。

 

「上条。なんだこのちんまいの」

 

「ちんまいの!? この……神人! 言うに事欠いてちんまいってなんだ!!」

 

幼女がぷんぷんと真守の表現に怒って地団太を踏む姿を真守が見つめていると、真守の隣で垣根が首を傾げた。

 

「で? 一体誰なんだ、お前」

 

少女は腕を組んで苛立ちを(あら)わにしながら自己紹介する。

 

「魔術結社、『明け色の陽射し』のボス。レイヴィニア=バードウェイだよ、まったく」

 

「名前からして『黄金』系の魔術結社か?」

 

真守が即座に問いかけると、バードウェイはない胸を張って宣言する。

 

「ふっ。そういえば神人はケルト崇拝のマクレーン家にゆかりある人間だったな。そうだ、我々『明け色の陽射し』は黄金系の魔術結社でも最大規模を誇るんだ!」

 

真守が事情を知っているのに自分は何も知らないという構図に不機嫌になった垣根は、真守のことをじろっと睨む。

 

「黄金系ってなんだ?」

 

黄金夜明(S∴M∴)。稀代の変態魔術師、アレイスター=クロウリーが所属してた魔術結社だ」

 

「アレイスター……」

 

垣根は真守の説明に目を細める。

 

公にされていないが、学園都市統括理事長アレイスター=クロウリーは今、真守が言った稀代の魔術師、アレイスター=クロウリーと同一人物だ。

 

それをバードウェイが知っているとは思えないが、垣根はそのことはひとまず置いておいて問いかける。

 

「で? お前が上条を北極海から助けたのか? でもなんでヤツと一緒に学園都市に来たんだ?」

 

「『ヤツら』と戦うためさ」

 

垣根が問いかけると簡潔に答えたバードウェイ。

その言葉に真守の隣で聞いていた一方通行(アクセラレータ)が口を開いた。

 

「『ヤツら』ってのは……魔術の神さまってヤツかのことかァ?」

 

「お、なんだ。そこまで話がいっているのか。だが魔術の神さま単体が攻撃を仕掛けてくるわけじゃない。『ヤツら』が複数形なのはそのためだ」

 

話が早いとバードウェイが笑うと、浜面は首を傾げた。

 

「だからそのマジュツってのはなんなんだ? 超能力と違うのか?」

 

浜面の問いかけに上条は神妙な顔になって告げる。

 

「学園都市が(かか)げる『科学的に開発される超能力』とは全く別の、超常現象を引き起こす法則が存在するって胡散臭い話だけど。そこを信じなくちゃ始まらないんだ」

 

上条は真守のことをちらっと見てから、グッと拳を握った。

 

「普通は信じられないと思うけど、そういう連中がいるんだ。第三次世界大戦の裏で糸を引いてたのも、魔術を使う集団なんだよ。……俺はそこに所属しているわけじゃないからあんまり分からないけど。でも、」

 

上条が決意を口にしようとすると、悲劇が起きた。

 

バードウェイが上条当麻の股間を後ろから蹴り上げたのだ。

 

「ば……ばう…………ッ!?」

 

その場にいた男たちは突然急所を蹴られて、足をくねっと曲げて崩れ落ちた上条当麻を見て顔を青くする。

 

そんな一同の前でバードウェイは足を元に戻して腕を組み、泡を吹いて震える上条を睥睨(へいげい)した。

 

「偉そうに決意を語る前に、お前は頭を下げるべき人間に頭を下げるという大事な仕事があるだろう。ったく、一体何人泣かしているのやら」

 

「一端覧祭の準備で久しぶりに学校行ったら姫神がすごくへこんでたぞ」

 

真守は地面に体を預けてだらしなくお尻を天に突き上げた上条の近くに腰を下ろして、上条のツンツン頭をつつきながら告げる。

 

「ぐっ……しょ、しょれはとっても申し訳ないと思って……るぅ……!」

 

上条は鈍く痛む股間を押さえながら科学の神さまを見上げる。

 

「う……うぅ……朝槻ぃ。俺、どの面下げて会いに行けばいいんだろうな……っ?」

 

「頼られても困る。やっぱり誠心誠意謝るしかないだろ」

 

真守が顔をしかめていると、話の見えない浜面が真守を見た。

 

「さっきから何の話してるんだ? 頭下げなくちゃなんねえとか、泣かしたとか」

 

「上条は第三次世界大戦から今まで帰ってきてなかったから、死んだことになってるんだ。だから意気消沈している子たちが多い。特に女の子が」

 

真守がじろっと睨むと、上条は股間を抑えるのをやめて立ち上がり、しょんぼりと肩を落とす。

 

そんな上条を見て、バードウェイがため息を吐いた。

 

「どこをどう進んだって結局通る道なんだから、踏ん切り付けて早いうちに謝れよ」

 

「歯医者みたいなものだと考えれば良いかなあ」

 

上条がとっても気が重いと肩を落としている姿を見て、浜面はピッと人差し指を立てて提案する。

 

「もうどうしてもやるしかねえなら、せめて発破をかけるしかねえんじゃねえの?」

 

「どういうこと?」

 

「酒でも飲んでテンション上げちまえよ」

 

浜面は未成年に対してあまりよろしくない提案をするが、止める者が誰もおらず、提案者の浜面が買ってきた酒をあおった上条当麻は酔った勢いでそのままふらふらとどこかへ行く。

 

真守たちが待っていると、上条が帰ってきた。

 

大量の少女たちにがっちりとホールドされて。

 

「っつーか、何で結標の野郎までハシャいでンだ?」

 

一方通行(アクセラレータ)は上条にくっついていた女子たちの中に『グループ』の構成員で同僚だった結標淡希が何故か(まぎ)れ込んでいたことについて、当然のように疑問を浮かべた。

 

一方通行(アクセラレータ)は当然として知らないが、実は真守と上条の担任、小萌先生が結標を拾って居候させており、小萌先生経由で上条は知り合いになっていたのだ。

 

「師匠って呼ぼう」

 

浜面は上条のモテモテ具合を見てしっかりと頷き、垣根は全員知り合いである彼女たちに交ざろうとしてトテトテ歩いて行った真守を止めた。

 

「なんでお前まで行くんだよ」

 

垣根ががっしりと手を掴んで真守を止めると、真守はきょとっと目を見開いて不思議そうに垣根を見上げた。

 

「? 挨拶くらいした方がいいだろ?」

 

「あの集団に近付くのは絶対に許さねえ」

 

「なんで?」

 

真守が()に落ちない表情で垣根をじぃっと見上げていると、垣根が怒鳴った。

 

「お前があのハーレム野郎のハーレムの一員みたいに見えるからだ!!」

 

「そんなわけないだろ。私は垣根の恋人なんだから」

 

「その事実があったって嫌に決まってんだろ、絶対に行くな!!」

 

真守は器の小さい男だ、と小さく呟いて必死に自分を止める垣根の手をギュッと握る。

 

器の小さい男ではなくとも、ハーレムの軍団に好きな女の子が入るのは嫌だ。

 

その気持ちが痛いほどによく分かる滝壺理后という恋人がいる浜面仕上は何度もうんうんと頷き、フレメアはカブトムシと遊びながら不思議そうな顔で浜面を見上げた。




上条当麻、帰還しました。
新入生篇はこれで終了です。
一つ季節ネタを挟もうと思っていますのでお楽しみいただければ幸いです。



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とある嘘日の四月一日-エイプリルフール-
Extra:とある人造の独占離反


四月一日記念小説です。


とある日。垣根は自宅のラウンジにて雑誌を読んでいた。

隣には林檎が座っており、最近ハマッているゲームをしている。

 

真守はと言うと、深城と一緒に出掛けている。

あの二人にはあの二人の絆があるので、時々垣根は真守と深城を二人にしているのだ。

 

林檎と垣根という組み合わせで午後を一緒に過ごしていると、バタバタと騒がしい足音が聞こえてきた。

 

そしてバターン! と勢いよくラウンジの扉が開かれた。

 

「かっ垣根さん!! 大変なことになっちゃった!!」

 

「あ? どうした、真守とショッピング楽しんでたんじゃねえのかよ」

 

垣根が怪訝な声を上げると、深城は手に持っていた何かを(かか)げた。

それは垣根帝督が未元物質(ダークマター)で造り上げた人造生命体群の一匹、カブトムシだ。

 

「帝兵さんが真守ちゃんを連れ去ったの!!」

 

「は?」

 

「あれはどっからどう見ても帝兵さん!! 垣根さんによく似た帝兵さん!!」

 

「何だよ、一体。分かるように話してくれ」

 

垣根が激しく主張してくる深城を落ち着かせようとすると、深城の持っているカブトムシが声を発した。

 

『どうやら癌細胞のようなものが生まれたらしいのです』

 

「癌細胞?」

 

癌細胞とは正常な細胞分裂が行えずに遺伝子が傷ついた細胞のことで、細胞分裂をする際に一定数必ず生み出されてしまうものだ。

カブトムシも増殖する際にそういう個体が生まれることはあるが、従順なのとネットワークがしっかりしているので、垣根の命令を聞かないで騒動を起こすなんてことはこれまでなかった。

 

『その個体は検分する限り、垣根帝督(オリジナル)の自意識の異常な高さをもっと肥大化させてしまった個体のようです』

 

「テメエ、ケンカ売ってんのか?」

 

垣根がいきなり自分の自意識が高くて傲慢(ごうまん)で自分勝手だと遠回しに煽ってきた端末に怒りを向けていると、カブトムシは垣根を落ち着かせるためにヘーゼルグリーンの瞳を明滅させる。

 

『怒っている場合ではないのですよ、垣根帝督(オリジナル)。よく聞いてください。つまり()()()()()()()()()のです。だから私や垣根帝督(オリジナル)にとって一番大切である真守を独占しようとして連れ去ったのです』

 

「連れ去ったっつっても学園都市に張り巡らされた俺のネットワークから逃げられるわけねえだろ。つーか真守のこと見守ってたお前たちは何して……って、あ?」

 

垣根はネットワークにアクセスしてその異常な個体を止めようと命令を掛けた。

だが反応がないのだ。まるでネットワークが機能していないようだった。

垣根は怪訝な顔でカブトムシを見る。

 

垣根帝督(オリジナル)。現在、学園都市に存在している九九%の個体は反抗に出ています』

 

カブトムシは淡々と告げる。

 

『私たちも真守のことがとても大事です。ですから垣根帝督(オリジナル)が真守を独占していることに非常に不満があった。そのため癌細胞のカブトムシに賛同して多くの個体が蜂起(ほうき)したのです』

 

垣根は呆然とするしかない。

思わず深城はぶふっと噴き出した。

垣根が自分の手足に最愛の恋人の事で反逆されたのが面白いのだ。

深城はカブトムシを持ったままなので笑いをこらえようとして、ふるふると肩を震わせる。

 

『ちなみに垣根帝督(オリジナル)。私は垣根帝督(オリジナル)が知らなかったらかわいそうだと思っているだけで、残り一%の個体も真守のことを想って中立の立場にいるだけで、垣根帝督(オリジナル)の味方になる気はさらさらありません』

 

「端末ゥ!!!!」

 

垣根はブチ切れてカブトムシを抱え込もうとするが、カブトムシは深城の手から離れひょいっと(かわ)してラウンジから飛び立つ。

まんまと最後の頼みの綱に逃げられた垣根を見て深城が爆笑する中、林檎は垣根の服をちょいちょいっと引っ張る。

 

「垣根、頑張って」

 

林檎が声をかける中、垣根はブチ切れてラウンジを吹き飛ばし、真守の自宅を終末戦争(ハルマゲドン)へと導いた。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

「えっと。あの、すごくひとが見てるんだけど……」

 

真守は公園の中にあるカフェのオープンテラスの椅子に座りながら困惑していた。

何故なら全身真っ白の垣根帝督の膝の上に乗せられて、後ろから抱きしめられて一つの席に二人で座るかたちになっているからだ。

(はた)から見たらバカップルである。だが真っ白垣根は気にしない。

 

『なんだよ、別にいいだろ。いつも垣根帝督(オリジナル)に色々好き勝手させてやってんだから』

 

「……別に好き勝手させてないけれど……」

 

『俺から見たらそうなんだよ』

 

真守は自分のことを後ろから抱きしめるカブトムシ(異常増殖個体)に困惑する。

 

「あの、ホワイトさん」

 

『ホワイトさん?』

 

カブトムシが怪訝な声を上げると、口の中の真っ黒具合が良く見えた。

 

「真っ白だから、ホワイトさん。嫌?」

 

真守が小首をコテッと傾げると、カブトムシ(ホワイトさん)はニヤッと笑って、真守の頭に頬をすり寄せた。

 

『いいじゃねえか。お前が俺にしてくれること全部嬉しい』

 

ホワイトさんは真守のことをぎゅっと抱きしめて、すりすりと真守に頬をすり寄せる。

いつもの帝兵さんに比べたら過剰なスキンシップだ。

 

(どうしよう……本当に。まさか帝兵さんたちがそんなに垣根に不満を持っているとは思わなかったなあ)

 

真守はホワイトさんの溺愛(できあい)っぷりに困惑する。

 

ホワイトさんに誘拐されたのは本当に突然だった。

 

深城と二人で楽しくショッピングしていた真守も、何が起こったかすぐに理解できなかった。

 

だって色が真っ白な以外全てが垣根と同じで、そして何かが違うからだ。

 

そしてしかも最初に携帯電話をホワイトさんに奪われてしまい、その携帯電話を他のカブトムシの個体が持ち去ってしまったので、垣根はおろか、深城との連絡の取りようさえなかった。

 

しかも他のカブトムシの個体、というところが重要で、どうやら多くの個体がホワイトさんに賛同して垣根に反抗しているらしい。

 

普通ならば、止めるべきだろう。だがホワイトさんはいわば帝兵さんたちが常々(つねづね)(うち)に秘めていた感情を体現した存在なのだ。

 

自分のことを垣根帝督(オリジナル)が独占しているのが気に食わないというのは、確かに垣根帝督の『自分だけの現実(パーソナルリアリティ)』の一部を植え付けられているカブトムシにとって当然の感情である。

 

『ほら、真守。あーん』

 

真守は戸惑いながらも、ホワイトさんがパンケーキの一かけらを差し出してきたので口を開ける。

ホワイトさんは真守のことを近くでずっと見てきた。そのため真守の小さい口に合う食物の大きさを熟知しており、真守は大変食べやすい大きさのパンケーキをもぐもぐ食べる。

 

『おいしいか?』

 

「うん。おいしいけど……あの、ホワイトさん」

 

『なんだ?』

 

真守はホワイトさんの胸の中で動いてホワイトさんを見上げた。

黒い眼窩(がんか)。内側がどうなっているか分からない未元物質(ダークマター)でできた体。

 

「いつも、悲しい思いしていたのか?」

 

真守が問いかけると、ホワイトさんは目を(またた)かせる。

 

「だって、私のことを独占したいって思ってたんだろ? 垣根が私のこと独占するの、いつも辛い気持ちで見ていたのかなあって」

 

真守がホワイトさんの頬へと手を伸ばすと、ホワイトさんは目を見開いた。

温かい。ホワイトさんは真守よりも少し低い垣根の体温を忠実に再現しているのだ。

それは自分のためであると、真守は即座に理解できた。

 

「私、帝兵さんのこともとっても大事だぞ。ホワイトさんの気持ちも、とっても大事に思ってる。分かってくれるか?」

 

真守が問いかけると、ホワイトさんは押し黙った。

真守が垣根よりも少し長い真っ白な髪の毛へと手を伸ばしてさらさらと触っていると、ホワイトさんは口を開く。

 

『じゃあちょっと付き合ってくれよ。大丈夫だ、垣根帝督(オリジナル)には気が向いたら返す』

 

「……ホワイトさんも大概垣根に似て、素直じゃないなあ」

 

真守はホワイトさんにパンケーキを食べさせてもらいながら、どうせ垣根に返す気があるのにそれが認められないホワイトさんを見て呆れた顔をした。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

「ホワイトさん。どこに行くんだ?」

 

真守はホワイトさんに抱き上げられながら問いかける。

街中を抱き上げられて歩くなんて恥ずかしいことこの上ない。

だがこのホワイトさん、垣根よりも独占欲が強いからどうも強情で、真守が恥ずかしいと言っても膝に乗せてくるし、お姫様抱っこで移動したいと言うから大変なのだ。

 

『いいところ』

 

「……えっちはしないぞ、絶対に。後も怖いし」

 

『俺にその欲望はねえな。俺は所詮人間じゃねえから』

 

そういえばホワイトさんは自分のことを抱きしめてきたり頬をすりすりすり寄せてくるけれど、キスとかはしてこない。

人間じゃないから性欲はないと豪語したホワイトさんを見て、真守はホワイトさんに寄り掛かりながら告げる。

 

「私はホワイトさんや帝兵さんが人じゃなくても好きだぞ」

 

真守がホワイトさんの頬にぴとっと手を寄せると、ホワイトさんは歩きながら真守を見た。

 

『知ってる』

 

ホワイトさんは嬉しそうに真っ黒な眼窩に浮かぶ赤い瞳を細めさせて、真守に笑いかける。

 

そして未元物質(ダークマター)の翼を三対六枚広げると、真守を連れて飛ぶ。

 

やってきたのは、真守と垣根が思いを伝え合った第七学区の高い鉄塔だった。

 

「ここに来たかったのか?」

 

垣根帝督(オリジナル)の一部を植え付けられている俺たちにとっても、ここは思い出深い場所だからな』

 

ホワイトさんは真守のことを鉄塔の太い鉄骨に座らせると、後ろに座って抱き寄せた。

 

「なあ。ホワイトさん。こんなことして、垣根がホワイトさんのこと抹消しようとするのは分かってるよな?」

 

『ああ』

 

「じゃあなんで私のことさらったんだ?」

 

垣根帝督(オリジナル)ばっかりずるいから。俺だって真守と一緒にいたい』

 

少し拗ねているホワイトさんを見て、真守はホワイトさんがわざわざ再現した垣根のような肉体の感触を感じて呟く。

 

「じゃあ約束する、ホワイトさん」

 

『あ?』

 

真守はホワイトさんが後ろから回してくる手をギュッと握って告げる。

 

「深城と二人きりで遊ぶように、これから帝兵さんとも二人きりになれる時間を作る。垣根は了承しないかもしれないけれど……けど、なんとかして時間を作るから」

 

真守が約束を口にすると、ホワイトさんは真守の小さい頭に顎を乗せながら微笑む。

 

『ありがとう、真守。だいすきだ』

 

真守はホワイトさんに抱き寄せられて目を細める。

 

『俺にとって、真守は光だから。俺の生みの親で、俺が生まれるための可能性を示してくれたひとだから。だから少しの間でも二人きりで一緒にいられるならすげえ嬉しい』

 

ホワイトさんはそう言って光り輝くと、一匹のカブトムシへと戻った。

ホワイトさんは真守の膝の上にちょこんと座る。真守はそんなホワイトさんのことを抱きしめた。

 

『いい方法があんだよ。有象無象(うぞうむぞう)(まぎ)れちまえば、垣根帝督(オリジナル)は俺のことは分からねえ。だから抹消もできねえ。そうだろ?』

 

ホワイトさんは獰猛(どうもう)に赤い瞳を細ませながら告げる。

 

『だから真守。真守が時間を作ってくれた時にまた来るから。よろしくな』

 

「気が済んだのか?」

 

『お前が約束してくれたから。垣根帝督(オリジナル)とじゃねえ、俺たちとの約束だ。それだけで満足だし、お前のこと好き勝手出来たから、もうこれでいい』

 

カブトムシは嬉しそうに目を(またた)かせる。

 

垣根帝督(オリジナル)にはお前を迎えに来るように伝えてある。じゃあな、真守』

 

「うん。ホワイトさん、またな」

 

真守がホワイトさんを抱きしめるのを止めて宙へと(かか)げると、ホワイトさんは名残惜しそうにしながらも飛び立った。

 

そして学園都市の街並みへと消えていく。

 

ホワイトさんという個体に会えなくても、真守はいつだって帝兵さんに囲まれている。

 

帝兵さんに見守られて、幸せに生きている。

だから真守は見えなくなったホワイトさんのことをじぃっと見ていた。

帝兵さんのことだけを考えて、鉄塔の上に座って垣根の迎えを待っていた。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

「ったく、一体何だったんだ」

 

垣根はイライラとしながら自分の部屋に呼んだ真守を後ろから抱きしめながら呟く。

 

カブトムシという強大なネットワークを一時期失っていた垣根は、誉望を呼びつけて衛星カメラから真守を探していた。

 

すると突然カブトムシのネットワークが復旧して真守のいる鉄塔に迎えに行ったら、真守を連れ去ったホワイトさんとやらは既にいなかった。

 

自分に抹消されることを恐れて逃げたようだが、事態が収拾して真守がこの手に帰ってきたとしても、元凶が葬り去られていないのでなんとも垣根帝督は釈然としない。

 

いきなり真守のことでカブトムシが自分から離反したと思ったら、真守のことを想ってカブトムシは自分の制御下に戻ってきた。

 

今回の騒動はそんな感じの一文で尽きる事態だった。

 

「真守、おまえ本当に何もされてねえだろうな! キスとか、そういう目的で体触られたとか!!」

 

「さ、触られてないっ帝兵さんたちに性欲はないからっだから、胸触るのヤメテっ!」

 

真守は服の裾から手を入れて上方をまさぐる垣根を必死で止める。

 

「嘘ついたらヤツらと二人きりで会わせるなんてこと絶対にしねえ」

 

「嘘じゃないっ心理掌握(メンタルアウト)で食蜂にでも確認してもらえばいいじゃないかっ」

 

真守は自分のことを強く抱きしめる垣根に、大覇星祭で垣根が接触した超能力者(レベル5)第六位、食蜂操祈のことを話題に出す。

 

「チッ。あいつら、カッコつけて俺のもとに帰って来やがって……」

 

垣根は真守の提案を聞いて本当に食蜂に確認させようと思いながら、真守のことを抱き寄せて真守の小さな頭に顎を乗せながら呟く。

 

「カッコつけて?」

 

真守が問いかけると、垣根は顔をしかめっ面にして自分のもとへとやってきたカブトムシの一体から聞かされた言葉を思い出す。

 

垣根帝督(オリジナル)。俺はおまえのもとに帰る。だが俺たちにとっても真守は大事だ。だから少しだけ……少しだけで良いから、二人きりの時間を作らせてほしい』

 

カブトムシは垣根の肩に止まりながら告げる。

 

垣根帝督(オリジナル)から真守のことを分捕ろうとか考えてたが、止めた。真守が愛してるのは垣根帝督(オリジナル)もだ。だから垣根帝督(オリジナル)のことを傷つけることはしねえ』

 

「ッチ。本当にカッコつけやがって……」

 

ちなみに垣根のもとに来た個体はホワイトさんという個体ではなかった。

本当に異常増殖個体は消えてしまった。どこへ行ったか分からない。

 

「なんだよ、垣根。結局ホワイトさんは垣根に何を言ったんだ?」

 

真守がトントンと垣根の膝を叩くと、垣根は不愉快そうに真守に口づけをした。

 

「む」

 

真守は顔をしかめて垣根のキスに応える。

 

切なくて真守が顔をしかめていると、垣根はそれをじぃっと見つめていた。

 

カブトムシは自分のAIM拡散力場の一部を植え付けて作り上げた人造生命体群だ。

 

そのため人間ではない。人工知能に近いように造り上げて、個性を大事にする真守のためを想って、個体に限りなく個性を持たせずに刷新(さっしん)がしやすいようにした。

 

カブトムシを造り上げられる無限の創造性を見出したのは真守だ。

そして真守が研究していたAIM拡散力場の技術を流用して垣根はネットワークを構築したので、カブトムシにとって真守は本当に生みの親のようなものだ。

 

自分の一部を植え付けた、真守のことを生みの親だと思っているカブトムシ。

 

そりゃ独占欲が湧くよな、と垣根は想像できてしまう。

 

そこが憎いところだと考えていると、真守がトントンと何度も胸を叩いてきた。

 

「ぷはっ」

 

真守は垣根に口を離されると荒い息をする。

 

「は、はぁ……っちゅ、ちゅーの最中に考え事しないでっ」

 

真守が抗議すると、垣根は真守の艶やかな黒髪に手を伸ばす。

 

「なんだよ。そんなにキスに集中してほしいのか? 飯食ったらたっぷりかわいがってやるからそうカッカすんなよ」

 

「やぁあああっそういう宣言しないで! 恥ずかしいっ!!」

 

真守が顔を赤くして叫ぶと、垣根は真守の髪の毛を指に絡ませて遊ばせながら不愉快そうにしながらも告げる。

 

「しょうがねえから端末と二人きりの時間作ってやる。……ただし! ちょっとの時間だけだからな!!」

 

「…………独占欲の強い垣根がちょっとでも許したのが大きな進歩かな」

 

真守がぽそっと呟くと、垣根は真守のことを睨みつけた。

 

「なんか言ったかコラ」

 

「いひゃいよ、ふぁひね。けーほふに(軽率に)わらひ()ほお()ふねらないへ(つねらないで)っ」

 

真守が頬をつままれてむーむー抗議すると、垣根は真守の頬をつねるのをやめて抱き寄せる。

 

「俺のだからな」

 

「分かってるって。まったく、自分の分身にも私を取られるのが嫌って思うなんて、相当だぞ」

 

真守はぎゅーっと垣根に抱き着きながら、呆れた顔をする。

 

「自分の分身だから嫌なんだよ。分かれよ」

 

垣根はイライラしながらも真守をもっと抱きしめた。

 

こうして真守を理由にカブトムシが離反した騒動は、真守を理由に収束した。

 

だが垣根帝督は気に食わない。何故ならホワイトさんと真守が名付けたカブトムシが消えてしまったからだ。

 

絶対に捕まえて抹消してやる、と垣根は意気込んでいた。

 

その様子をホワイトさんが見ていたのは、言うまでもない。

 




エイプリルフールネタでした。
何故なら垣根ホワイトは流動源力では絶対に登場しないと明言したキャラだからです。

実はこの小説を書いていたらとあるIFでまさかの偶像時空に禁書目録たんが行ってホワイト垣根がアイドルになるというちょっとトンデモないイベントが発表されたのですが、生放送中、終始宇宙猫が頭を駆け回っていて事態が呑み込めませんでした。
ホワイト垣根、欲しい。

ちなみに流動源力に合わせてホワイトさんは変更されていますので、原作のホワイトさんとはまた別です。ややこしい。

次章はラジオゾンデ要塞篇です。ここら辺から章題をどうやって付けたらいいか分からないんですけど、そのまんまラジオゾンデ要塞篇でいいですかね……?



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新約:ラジオゾンデ要塞襲来篇
第六話:〈開門世界〉はただ広く


第六話、投稿します。


第三次世界大戦の終盤、北極海で行方不明になっていた上条当麻が学園都市に帰還した。

 

上条が悲しませた女の子たちはバードウェイの部下によって帰され、上条が使っている学生寮には真守、垣根、一方通行(アクセラレータ)、浜面。そしてフレメアと放っておくと悪さをしかねない黒夜だけが残った。

 

そんな面々の前で、上条当麻は心配しすぎて怒り狂ったインデックスに後頭部を噛みつかれて叫んでいた。

 

真守が制裁を加えられている上条を見ていると、インデックスが一方通行(アクセラレータ)に気づいて首を傾げた。

 

「あれ、まもり。迷子の人がいるよ」

 

「迷子の人?」

 

真守がインデックスの言葉にきょとっと目を見開くと、一方通行(アクセラレータ)は苦い顔をする。

 

「どォいう覚え方してやがンだ」

 

実は一方通行(アクセラレータ)とインデックスは、九月三〇日の時に会っている。

 

その時一方通行(アクセラレータ)はどこかへ行ってしまった打ち止め(ラストオーダー)のことを探しており、インデックスはそれを完全記憶能力で覚えていたのだ。

 

そんな真守たちの横でバードウェイは炬燵へと一直線に向かって座って足を突っ込む。

 

「早く座れ。奥様向けの陶芸教室じゃないんだ。背中から張り付いて手取り足取りやるつもりはないぞ」

 

バードウェイが急かしてきたので一同は話を聞く態勢に移る。

 

ただ炬燵に座れるのは四人だけなので、浜面、上条、一方通行(アクセラレータ)がバードウェイと共に炬燵に入って、真守と垣根は上条のベッドの布団を勝手に折り曲げて背もたれにして隣同士で座った。

 

「にゃあ、定位置」

 

フレメアは一鳴きすると、真守から受け取ったカブトムシを両手で抱えたまま浜面の膝の上に腰を下ろす。

だがフレメアは『新入生』に命を狙われて追いかけまわされていたので疲れており、一五秒で眠りについてしまった。

 

「話を聞く準備は終わったか?」

 

「……これが、何の準備になるのかは知らねえけどな」

 

浜面ががっくんがっくん揺れてあらぬ方向へと体が傾こうとしているフレメアを支えながら答えると、バードウェイはそれを見てからパン、と手を叩いた。

 

「それじゃあ、お待ちかねの説明タイムといこうか」

 

一同の注目が集まったところで、バードウェイは炬燵のテーブルの上に肘を置いて手を組んで話し始める。

 

「お前たちとも無関係でなくなった魔術の神を(かか)げる『ヤツら』と……その根幹にあるもう一つの法則、『魔術』について」

 

バードウェイは専門家であり、上条の隣にちょこんと座っているインデックスに適宜説明を補助するように告げてから説明を始める。

 

「いきなり『ヤツら』に触れても意味は分からないと思う。だから、まずは『ヤツら』を生み出した土壌である、魔術や魔術師といったものについて説明しておこう」

 

魔術とは。

科学的な法則とは無関係なもの。所謂、オカルトと呼ばれるもの。

扱える者にならば手から火を出すことも、水を出すことも、傷を癒すこともできるし、逆に傷を腐らせることもできる。

 

「そうは言っても、魔術だってそんなに便利なものじゃないんだよ。そもそも魔術っていうのは、一部の例外を除けば基本的には『才能のない人間が、才能のある人間へ追いつくため』に存在するから」

 

インデックスが補足説明すると、バードウェイは肩をすくめる。

 

「簡単に言えばみんな無能ってことだ。一人前になれない分を、他の何かで補っている。……まだ科学もオカルトも区別がなかった頃。何かしらの宗教的奇跡や天然能力者の力を見た誰かが、自分だって特別になりたい、平凡では納得できないと考えるようになった。そこが魔術の始まりだ」

 

バードウェイはそこで区切って、自嘲気味に一つ笑う。

 

「ただし無能が無能なりのコンプレックスを利用して生み出した魔術と言うのも便利ではある。例えば、お前たちの使う『科学的な能力』というヤツは基本的に一人一個だろう?」

 

浜面は突然バードウェイに話を振られたので、少し戸惑いつつも頷く。

 

「それは、まあ」

 

浜面は無能力者(レベル0)なので能力を持つということがイマイチ分からない。

そのため一方通行(アクセラレータ)が口を開いた。

 

「攻撃パターンを変えてェ場合は、ベースとなる能力をどォ応用するか、それができるかで勝敗が分かれる。火を出す能力者の場合は、それを使って煙を作ったり酸素を奪ったりな」

 

「だから定義が広く万能な能力が有利に立つ。俺たち上位(三人)は特にな」

 

一方通行(アクセラレータ)の説明に補助したのは意外にも垣根で、垣根はこの場にいる超能力者(レベル5)上位三名について言及する。

 

超能力者(レベル5)第一位、流動源力(ギアホイール)はあらゆるエネルギーを生成する能力者で、はっきり言ってしまえば世界に新たな定義を加えることができる能力者だ。

 

超能力者(レベル5)第二位、一方通行(アクセラレータ)はこの世に存在するベクトルを自身の中で再定義することで周囲のベクトルを操ることができる。

 

超能力者(レベル5)第三位、未元物質(ダークマター)はこの世に存在しない物質を世界に加えることで既存の物理法則を捻じ曲げる。そしてその能力の性質故に『無限の創造性』を有している。

 

彼らが万能であるのはあらゆるものにそれぞれの能力でアクセスできるからで、それ故に彼らは万能とされているのだ。

 

一方通行(アクセラレータ)と垣根を見ながら、上条は告げる。

 

「魔術にはその制限がないんだ」

 

「その通り。だから我々は自由に火を生み出せるし、水だって出せる」

 

上条の言葉に肉付けしたのはバードウェイで、バードウェイは指を鳴らすと人差し指の先にライター程度の炎を灯したが、次にもう一度指を鳴らした時にはゴルフボール程度の水球でその指先の炎をかき消した。

 

「もちろん、これにもベースとなる法則はある。ケルトとか北欧とかな。だがそれにしたって厳密な区分はない。『ケルト文化に感化された北欧神話』なんていう風に、自由に取り込むことができるわけだ」

 

浜面はバードウェイの説明に頷く。

 

「……一度『身体検査(システムスキャン)』で系統だの強度(レベル)だの分かっちまったら、後はどうすることもできねえ俺たち能力者と比べると、随分便利に聞こえるな」

 

すると、()(たいら)の胸を無意味に張るバードウェイ。

 

「実際、便利なんだ。空を飛びたいでも女にモテたいでも良い。『目的』さえハッキリしていれば、後は自分の望むように組み合わせて異能のセッティングができる。才能依存のお前たちに比べれば、これはかなり大きなメリットとして機能するだろう」

 

浜面はバードウェイの言葉を聞いて黙った。

魔術があれば無能力者(レベル0)である自分も自身の守りたい人間たちを守れるかもしれない。

その思考を読み取ったインデックスは浜面を見ながら告げた。

 

「でもだからって、あなた達は魔術なんか使っちゃ駄目なんだよ」

 

「えっ」

 

浜面はインデックスに思考を読み取られてドキッとして声を上げる。

 

「どういうことだよ?」

 

浜面がインデックスの言葉の意味が分からずに問いかけると、真守がつらつらと説明する。

 

「能力者として整えられた体で魔力を精製すると、体が魔力精製に耐えられなくて血管が千切れるんだ。軽いところが千切れるならいいけど、大事な血管とかを傷つけてしまうと一発で死に至る。ロシアンルーレットが好きじゃないならやめた方がいいぞ」

 

「さっき言っただろう? 魔術とは才能のない人間が才能のある人間に追いつくために作られた技術だと。フォーマットの問題さ。元から才能のある人間のために作られたものじゃない」

 

真守が説明するとバードウェイが魔術的観点から告げ、そしてその穴を埋めるために浜面と同じ立場にいる上条が細かくする。

 

「ちなみに無能力者(レベル0)であったとしても、学園都市の技術で頭の中をいじっているのは同じだ。だから俺も魔術は使えない。……おそらく、スキルアウトのお前もな」

 

上条が才能が無くても魔術に(すが)りつくことはできないと告げると、それを聞いていた垣根はちらっと真守を見た。

 

「そうは言っても、能力的にその特性の穴を突けるヤツはいるにはいるけどな」

 

事情を知っている上条当麻はそれが無能力者(レベル0)でありながらも肉体再生(オートリバース)という傷を癒すことができる土御門元春のことを考えるが、垣根が言っているのは土御門ではなかった。

 

朝槻真守。

源流エネルギーにあらゆる数値を入力して電気エネルギーや重力など、さまざまなエネルギーへと変換することができる、あらゆるエネルギーを生成できる能力者。

 

その性質上、真守は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、そこから数値を入力して魔力を生み出すことができるのだ。

 

まさに能力を応用して魔術を扱うことができる典型的な例なのだが、真守は絶対能力者(レベル6)だ。

 

そのため生命力を生み出してそこから魔力を精製し、魔術を使うという回りくどいやり方で万能性を求めなくてもいいのである。

 

だからこそ真守が魔術を使えると公言しなかった垣根だったが、それ故に真守が実は魔術を使えると理解できる人間はその場にいなかった。

 

「……で? どォして俺たちに使えない魔術についての仕組みを講釈垂れやがった?」

 

「『ヤツら』はそのセッティングを行って牙を向いているからさ。使うことはできなくても、対策を講じるために法則を知っておくのは悪いことじゃない。それとも、いつまでも『未知の法則を使う謎の敵』なんて手探りを続けるつもりか?」

 

一方通行(アクセラレータ)が問いかけると、逆にバードウェイが問いかけるので、一方通行は沈黙する。

 

「……じゃあ話せ。魔力は普通、どォやって精製する?」

 

「宗派や学派によっても変わるが、基本的にはまず自分の持っている生命力を魔力に精製するところから始める。……人間の体に元から流れているエネルギーが原油だとすると、魔術を使う前にガソリンへ生成する必要があるんだ」

 

「手軽な方法としては、呼吸法なんかが挙げられるんだよ。でもこれも体内の制御の一例に過ぎないね。瞑想でも、準備運動でも、食事制限でもいいの。要は血液の流れ、内臓のリズムなんかを自分の望み通りの数値で操れれば問題ない」

 

バードウェイがつらつらと説明するのでインデックスがそれを補足すると、バードウェイが総括する。

 

「体内器官の大半は自分の意思では操れないが、それを無理にイジると普段では手に入らないエネルギーが精製できるというワケだな」

 

だからこそ能力者として体裁を整えられた人間が体内器官の動きをイジると体が傷つくのだ、とバードウェイが説明すると、それを聞いていた浜面は曖昧な顔をしながらも頷いた。

 

「魔力を手にしたら、後は『自分の望みに合わせた形』で魔術を発動すればいいだけだ。自分自身の血管や神経に魔力を通し、既に存在する伝説やエピソードを参考にしてコマンドとして身振り手振りで記号を示す。より精密な儀式を行うなら、専用の道具を使えばいい」

 

バードウェイは懐から剣を取り出して、軽く振る。

 

「これを霊装という。霊装はあくまでも道具だ。だから霊装を体の一部として見立てて血管や神経を流れる魔力の一点を流し込み、循環させる必要がある。自分の血管や神経と接続しているから霊装が壊れればフィードバックを受けるが、最近は安全装置が開発されているから比較的安全だ」

 

バードウェイはくるくると華麗に剣を振った後、懐にしまい込む。

 

「今のところ、個人で精製する魔力を基にした魔術についての説明をした。だが他にもエネルギーがないことはない。地脈や龍脈といった土地に起因する物や『天使の力(テレズマ)』なんて呼ばれる同じ世界の別位相に溜まっている力などだな。ここら辺はそこの神人の方が詳しいんじゃないのか?」

 

バードウェイはあらゆるエネルギーを生成することができる能力者である真守を見た。

 

「『天使の力(テレズマ)』と源流エネルギーは明確に違うエネルギーだ」

 

「へえ。その源流エネルギーとやらは一体どこから来ているんだ? まさかお前の体が源流エネルギーなんて大それたものを生成している訳ではあるまい?」

 

「察しがついている質問に答えるつもりはないぞ、バードウェイ」

 

真守がバードウェイの問いかけに不愉快そうに目を細める。

そんな真守を興味深そうにバードウェイは見つめながらニヤッと笑う。

 

「やっぱりお前の体は()()()ということか。そしてお前はその入り口の()()()()()()()()()か」

 

「魔術的に見たらそうかもな」

 

真守がふいっと首を逸らしたので、バードウェイは垣根に睨まれながらため息を吐く。

 

「釣れないなあ。神人とはこんなものなのか」

 

バードウェイはそう呟き、そして一方通行(アクセラレータ)も自分に鋭い視線を向けているのに気が付いた。

 

一方通行(アクセラレータ)にとっても朝槻真守とはよほど大事な存在らしい、とバードウェイは理解しながらバードウェイはにっこり笑い、話を戻す。

 

「神人が能力で力を呼び込むのと同じように、魔術師もこの手の力は人の持つ魔力を使って呼び込むんだ。当然、個人の魔力では不可能なレベルの術式を扱えるが、単純に爆発の規模が変わるから、リスクも増加する。だから個人の魔力を操れない者に大規模な『天使の力(テレズマ)』は扱えないと考えるべきだ」

 

「一部例外的に人間の持つ魔力と天使の力のエネルギーの相似性を利用し、ダイレクトに強大な『天使の力(テレズマ)』を操る輩もいるにはいるけど、質の方が対応した天使にかなり制限されるから一般的な魔術は使えなくなるんだ。結局自由度は減ってしまうってわけだね」

 

インデックスが補足説明した『輩たち』というのは第三次世界大戦の重要人物たちなのだが、魔術について説明し始めた彼らにそれを伝えても分からないだろうとして、インデックスは()えて伏せていた。

 

だが事情を知っている垣根は真守の隣で目を細める。

 

「さてここまでは魔術師の基本的な仕組みに分かりやすく説明した。次は魔術師の生態について話そうか?」

 

バードウェイはそう宣言してにこっと微笑む。

 

説明は始まったばかりでまだまだ続く。

 

魔術の概要をここまで話した。

 

次は──魔術師の()(かた)についてだった。

 




ラジオゾンデ要塞篇、始まりました。
説明が多くなりますがいい感じに端折っているはずなのと、原作でも閑話休題が多かったのでそこまで長くならない予定です。



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第七話:〈魔術知識〉を落とし込み

新約第七話、投稿します。


魔術についての基礎的な話は終わった。

それでもバードウェイの説明は続く。

 

「魔術師連中を理解するうえで一番重要なのは魔術じゃないんだ」

 

「……どォいう事だ?」

 

バードウェイの宣言に眉根を寄せて疑問の声を上げたのは一方通行(アクセラレータ)だった。

 

「アイデンティティの問題さ。魔術師がどういう目的で魔術を振るうか。それを知らないことには魔術師は語れない」

 

「組織構造の話か。どォせ俺たち学園都市の『対』って話だ。ろくでもねェ組織が管理してンだろ」

 

一方通行(アクセラレータ)がどこも上層部は腐りきっているだろうと吐き捨てるように告げると、バードウェイは一方通行の苦労を思って薄く笑った。

 

「そちらもおいおいな。──魔術師は国家宗教、魔術結社、部族構造という組織構造に組み込まれるが……そもそも、魔術師がそうした組織構造に(じゅん)じることは少ない。確かに組織に殉じることを個人の目的に掲げている術者の集まった集団もあるが、あくまでも『個人』のために力を振るうのさ」

 

「……?」

 

一方通行(アクセラレータ)が顔をしかめる前で、バードウェイははっきり告げた。

 

「さっきも言った通り、魔術師とは才能のない連中だ」

 

「どォいう意味だ」

 

「魔術師には人生において必ず挫折がある。そうした絶望の経験から物理法則を超えようと思うんだ。魔術なんて異常なものにすがろうとする者には、それ相応の理由が絶対にあるということだ。魔術師はそうした目的をラテン語で己に刻んでいる。所謂魔法名って奴さ」

 

私の場合は『Regunm771』。そこに立っているマークな『Armaer091』。後ろの数字はダブり防止用だな、とバードウェイは自分の配下である黒服の男の魔法名を断りもなく披露して告げる。

 

魔法名とはその名に多大な意味が含まれており、その魔法名を宣言したということは譲れない戦いに望むという事だ。

 

それ以外は特に宣言する名前ではないのと、意味を理解されると人間性を理解されたことになって手のうちを読まれやすくなってしまう。

 

そのため本来ならば自身の魔法名をひけらかされるのは困ることなのだが、黒服の男はバードウェイにやりたいようにやらせていた。

 

「私たちにとって、組織構造なんていうのは目的に沿わなくなったら容赦なく切り捨てるものでしかない。一個の学園都市が全ての能力者を生産・管理し、大きな組織のプロジェクトとして運用されているお前たちとは、在り方が根本的に違うのさ」

 

「……それで、成立すンのか? 誰も彼もが自分の好き勝手にチカラァ使うだけ。管理する側の組織も巨大な意志を末端にまで伝えきれねェ。そんなモン、放っておいても崩壊が進ンじまうだけじゃねェのか?」

 

一方通行(アクセラレータ)の問いかけに答えたのは、自身も大きな組織に所属しているインデックスだ。

 

「もちろん魔術サイドの組織構造も、相応の飴と鞭は用意しているよ。個人レベルでは不可能で役割分担をする大きな儀式もあるし、裏切りに対する追撃部隊などを編成する場合も珍しくないの。……ただ、そんなのは魔法名には関係ないんだよ」

 

バードウェイは、一つ息を吐いてから淡々と告げる。

 

「だからシェリー=クロムウェルという魔術師は科学サイドと魔術サイドの戦争を起こすために単身でこの街に乗り込んできた。リドヴィア=ロレンツェッティは『使徒十字(クローチェディピエトロ)』を勝手に持ち出して学園都市を支配しようとした」

 

つまり、巨大な組織に属していようとやるヤツはやるということだ。

 

たとえ彼らの魔法名が世界のシステムを根本から破壊するものだとしても、本物の魔術師ならば一切ためらいを見せない。

 

だから、その被害が魔術サイドだけに留まることなんてありえない。

 

バードウェイがそう説明すると、一方通行(アクセラレータ)は集団ではなく個人に重きを置いている魔術師のことを考えて一度沈黙する。

 

「……『ヤツら』も。オマエたちが『俺には見えてない場所』で戦っている『ヤツら』ってのも、そォいう魔法名の連中だってのか?」

 

バードウェイが挙げた名前の人間たちが誰かは分からないが、それでもその『生態』を知った一方通行(アクセラレータ)が問いかけると、バードウェイは頷く。

 

「だから『ヤツら』を説明する前に、根本的な魔術について語っておく必要があったのさ。何せ、お前たちとは()り方がまるで違うのだから」

 

上条当麻はバードウェイの説明を聞きながら考える。

 

(……問題なのは、科学と魔術が激突した時、どっちのルールが優先されるかってところなんだよな。どっちが片方に傾いたら、その時点で『お互いが納得する結末』にはならなくなる。本当に解決したいなら、どっちにも属さない三つ目を作る必要がある)

 

一方通行(アクセラレータ)はバードウェイの説明を完璧に理解しながら、緊張した面持ちで心の中で呟く。

 

(……魔術がどォの、知らねェ世界がどォのってのは興味がねェ。だが俺の知らねェ所で動いている連中の余波が、俺の知ってる領域にまで届くってンなら話は別だ。『ヤツら』ってのが何なのかまだ見えねェが、詳しい情報を手に入れる必要がありそォだな)

 

大体の事情は知っていた垣根帝督は、ちらっと真守を見ながら考える。

 

(真守と同じ神の領域に到達した人間。……そいつらなら真守のことを十分に脅かすことができる。バードウェイの目的が何にせよ、この学園都市を標的にしてる以上、情報は奪い取れるだけ奪い取る。コイツが真守を守るなんてことは絶対にねえからな。だから後はこっちで勝手にやらせてもらう)

 

上条、一方通行(アクセラレータ)、垣根はそれぞれ考えながら、自分の守りたいもののことを思って心の中で呟く。

 

そんな彼らのそばで、浜面はインデックスが置いた皿の中身をがつがつと食べる三毛猫の姿を見ていた。

 

(……おまんまって、よくよく考えたらスレスレの日本語だよなあ)

 

浜面がぼーっと考えていると、バードウェイは無表情になって不出来な生徒である浜面の頬へ小さな掌で思い切り打った。

 

「おぶっ!? おぶは!!」

 

「……お前、人が説明していたっていうのに、途中から寝てただろう?」

 

「寝てません寝てません!! ちゃんと聞いてます!」

 

浜面が声を大きくして否定すると、バードウェイはびしぃッと浜面を指さした。

 

「なら私が何と言ったか声に出してみろ!!」

 

「うえっ、ええと。……牛乳を飲むとおっぱいが大きく……」

 

「……それは私に対する挑戦と受け取って良いんだな?」

 

バードウェイが静かにキレていると、浜面はわたわたとフレメアを抱き上げたまま慌てる。

 

「なら、おっぱいを飲むと牛乳が……」

 

「もう日本語が原型を留めなくなっている!! ええいお前ちょっと顔を洗ってこい!!」

 

バードウェイに怒鳴られて、浜面は眠っているフレメアを置いてばたばたと洗面所へと直行した。

 

「まったく。……マーク、喉が渇いた。カクテルを作れ、シンデレラで頼む」

 

浜面が洗面所へと直行した後。

バードウェイは軽く指を鳴らして気取った様子で黒服の一人を呼ぶ。

 

「しんでれら?」

 

上条がその聞き慣れない言葉に首を傾げていると、バードウェイがない胸を張った。

 

「ノンアルコールカクテルの代表格さ」

 

「……オレンジジュースとパイナップルジュースとレモンジュースを混ぜた、ただのミックスジュースですよ」

 

ない胸を得意気に張るバードウェイを他所にマークがこっそり上条に告げるが、バードウェイにはばっちり聞こえていた。

そのためバードウェイはマークの脛を小さな足で蹴とばした。

 

「ノンアルコールカクテルだっっっ!!」

 

バードウェイに怒鳴られつつ、マークの次に足蹴にされた上条はぐえっと(うめ)く。

 

そんな上条に声を掛けたのは、膝の上で肘をついたその様子を見ていた真守だった。

 

「上条」

 

「なっ……なんだ?」

 

上条がバードウェイに足蹴にされながら声を上げると、真守はちらっとバードウェイを見る。

 

「バードウェイはカッコつけたいお年頃なんだ。でもそういう場合、なんで自分はあの時イキッてたんだろうって後悔する時が来るから、その時にイジッてやればいい」

 

上条はポンッと手の平に拳を叩く。

 

「成程!」

 

「うおぉい神人! そんなときが私にやってくるわけないだろ!?」

 

上条が納得の声を上げていると、バードウェイはむぎゅっと上条の背中を蹴りながら真守の方へと顔を向ける。

 

真守はグッと親指を立てて宣言する。

 

「大丈夫だ、バードウェイ。そういうこと言うヤツほどその時は必ず訪れる」

 

「クソッ! 全てを見通せている神人がそう言うと本当にちょっと怖くなってきた! だ、大丈夫だ自分を信じろ、私! そんな日は絶対に来ない!!」

 

バードウェイは真守の宣告に声を荒らげて断固拒否するが、流れを読み取れる力を持つ真守がそうだと言ったらどう頑張ってもその未来を(くつがえ)すことはできないのだろう。

 

それでもそんな日は絶対来ない! と宣言しているバードウェイを見ていた垣根はぽそっと呟く。

 

「アレは確実にその日が来るだろうな」

 

「あァ。確定事項だな」

 

その言葉に同意したのは垣根帝督と同等の思考能力を持つ一方通行(アクセラレータ)だった。

 

バードウェイは洗面所から帰ってきた浜面が定位置に付いたので、自分も元の位置に座って切り出す。

 

「さて。魔術師個人については先程語った通りだが、ここから先は魔術師の集団について説明しておこうか」

 

「それって学園都市みたいなものなのか?」

 

浜面が首を傾げると、バードウェイは腕を組んで告げる。

 

「ローマ正教なんかはともかく、一般的な魔術結社の場合『巨大な組織が特殊な力を分け与え、管理する』お前たち科学サイドのやり方とは違う。『元から特殊な力を持っている者たちが集まって巨大な組織を作る』といった方が正しい」

 

浜面の問いかけに答えたバードウェイに、先程のようにインデックスが補足説明する。

 

「神話やオカルトと密接に絡むから、宗教的組織として認識されていることも多いんだよ。あるいは、宗教的組織の一部門として秘密裏に魔術組織が構成されていたりね」

 

本格的な組織の話になった上条は首を傾げる。

 

「その辺、実は俺もよく分かってないんだけれど……。例えば十字教のローマ正教と、お前たちみたいな魔術結社っていうのはどう違うんだ?」

 

上条の問いかけにバードウェイは笑って答える。

 

「違わないさ、と言ったら激怒する連中が現れそうだが。……最大の違いはな、『それが大多数の人間に認められているか否か』なんだ。そもそも、巨大組織は自分たち以外の宗派を『魔なる者』として弾圧したりしている訳だし」

 

大衆が認めればそれが正義になり、大衆が悪だと断じれば悪となる。

人間の善悪なんて大衆の思想で大きく変わる。そんなものなのだ。

人殺しが罪とされている時代に魔女狩りで無垢な人間を殺してしまったとしても、『疑われたのが悪い、自分たちは正義を実行しただけだ』と主張して許されてしまうのが良い例である。

 

「そんなもん、なのか……」

 

ぶっちゃけたバードウェイの言葉に上条がそう呟くと、バードウェイはつらつらと説明する。

 

「神話やオカルトの中にある倫理観を土地へ染みつかせられれば『神聖なる者』として扱ってもらえるし、染みつかなければ『排除するべき異物』として処理される。公式と裏技を区切るものなんて、そんな程度だよ」

 

バードウェイが言い切るので上条が顔をしかめていると、バードウェイは先程の話題に戻る。

 

「さっきも言った通り、集団であっても全より個の思惑が優先されることが多々ある。たとえどれだけ大きな目的を持っていても、役割分担の必要を感じずに一人でやった方が効果的だと考えれば、魔術師は組織に入らないということだな」

 

浜面はバードウェイの説明を必死に頭の中で整理しながら問いかける。

 

「でも『ヤツら』は集団になっている。ってことは役割を分けなければ実現できないような『目的』を(かか)げているって考えていいのか?」

 

「ああ、そうだ。そしてヤツらは直々にメンバーを募っている。情報が漏れても手に入れるべき『メリット』があると『ヤツら』は想定しているんだ。秘密主義の強い魔術関係は、こうした小さなところから切り崩して情報を集める。そういう雰囲気もここで掴んでおくことだ」

 

バードウェイがそこで言葉を切って一息ついた瞬間、『ソレ』は襲来した。

 

「まーもりちゃあああああん!!」

 

一同が顔を上げて窓の外を見ると、そこには林檎と手を繋いで宙に浮いている深城の姿があった。

 

バードウェイや配下のマークは突然の人工天使襲来に噴き出す。

 

そんな中、一方通行(アクセラレータ)は自身の演算パターンを使って能力を行使している杠林檎を見て眉をひそめた。

 

彼女も『暗闇の五月計画』の被験者なのだろうか。

 

林檎と同じ病院に入院していた一方通行(アクセラレータ)だが、真守と垣根が気を使って林檎を一方通行に会わせないようにしていたため、一方通行は林檎の存在を知らない。

 

そんな怪訝な表情をしている一方通行(アクセラレータ)の前で、真守はカラカラとサッシを転がして窓を開けた。

 

「深城。林檎がお前を連れて来てくれたのか?」

 

「うん! あたしも林檎ちゃんも真守ちゃんと垣根さんに会いたかったから!!」

 

深城が笑顔で告げると、深城と手を繋いでいる林檎がベランダに降り立ちながら頷いた。

 

「うん。朝槻と垣根に会いたかった」

 

林檎が頷く中、垣根は真守の隣にやってきてため息を吐く。

 

「会いたかったっつっても話が終わったら帰るに決まってんだろ。大人しく家で待っとけよ」

 

林檎は垣根にも会えてご満悦に顔を(ゆる)めていたが、部屋の中に他にも人がいるのに気が付いて目を向けた。

 

正確には、そこにいたフレメア=セイヴェルンとレイヴィニア=バードウェイに目を向けていた。

 

「ちっちゃい子がいっぱい」

 

「お前も幼女の部類だ。後指さすのヤメロ。真守にいつも言われてるだろ」

 

垣根がビシッと指を差した林檎を注意すると、すごすごと林檎は指を降ろした。

 

 

真守と垣根が深城と林檎を追い返した後、バードウェイは虚を突かれていたとしてもなんとかペースを掴み直して切り出す。

 

「魔術結社や集団についての説明は大体終わったが、『ヤツら』について話す前に、もう一つ大きな事柄を説明しなければならない」

 

「……まだあるのかよ」

 

浜面がうんざりして呟くと、バードウェイはここからが本番だと指を振る。

 

「そもそも『ヤツら』について話すためには、『ヤツら』が生じた経緯について語っておかなければならないだろう。その土壌というのが面倒くさいのだ」

 

「土壌だと?」

 

苦言を呈した浜面にそうバードウェイが説明すると、それにぴくッと一方通行(アクセラレータ)が反応した。

 

「とはいえ、別に神話だの伝説だのを長々と講釈するつもりはない。……まあ、あれも伝承クラスの有事だったとは言えるかもしれないが、少なくともお前たちにとってはオカルティックな伝説よりかは馴染みはあるだろうな」

 

「説明を回りくどくしてどォする。要点を言え」

 

「第三次世界大戦」

 

一方通行(アクセラレータ)が急かすと、バードウェイが告げた言葉に、上条、浜面、一方通行の三人の動きがわずかに動いた。

 

真守は変わらない表情をしており、そんな真守を横目に見ていた垣根はバードウェイに視線を移した。

 

ほぼ全員が反応を示したように、第三次世界大戦には全員、『戦争帰り組』として深く関わっているのだ。

 

「あの戦争は単に科学技術を抱えた国家と国家がぶつかっていたわけじゃない。それよりももっと大きな枠組みでの争いが、一番深いところでは存在した」

 

「魔術と、科学」

 

バードウェイの切り出しに答えた上条の言葉に、一方通行(アクセラレータ)は目を細めた。

 

「『ヤツら』ってのは、その『戦争を起こしたもォ片側』が関わってるってのか?」

 

「そういうわけだ。あの第三時世界大戦を経て、『ヤツら』は浮上した。ならば、まずは第三次世界大戦というのがどういう戦争だったのか、深い深い深い部分まで説明する必要があるだろう?」

 

バードウェイはにっこりと微笑む。

 

第三次世界大戦。

表向きには学園都市とロシアの戦争だった。だがそれは本当に表向きなだけだ。

魔術の世界に足を突っ込んだ彼らに、バードウェイはあの戦いの元凶と真実について話し始めた。

 



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第八話:〈講釈時間〉は適度な休憩を挟んで

第八話、投稿します。


長い話になるので、夕食の調達をすることになった。

 

「上条。具体的なここの住所が分からないから教えて」

 

「え。なんか頼むの? お、奢ってくれるますか、朝槻さん!!」

 

真守が携帯電話をカコカコとイジりながら上条に声を掛けると、上条は目を輝かせて真守を見た。

 

「うん。別にいいぞ。上条だけじゃなくて、全員分」

 

真守が太っ腹宣言をすると、インデックスが飛んできて真守の肩に張り付いた。

 

「まもりまもり! たくさん頼むんだよ」

 

「食べられる分だけだぞ」

 

『わーい!』とはしゃぐインデックスを見ていた垣根は『シスターって禁制してんじゃねえの……?』と至極真っ当な疑問を浮かべていた。

 

それでも真守の言い方がとても慣れた様子だったので、特殊な立場にいるインデックスは禁制しなくてもいいのか、と垣根は勝手に思っていた。

 

実際インデックスもシスターさんなのでもちろん禁制しなければならないのだが、大体のシスターさんは禁制できておらず、食に貪欲である。

 

そんな垣根を他所(よそ)に、真守は一方通行(アクセラレータ)を見た。

 

一方通行(アクセラレータ)は?」

 

「適当なモンでいい」

 

一方通行(アクセラレータ)が言いづらそうにしながらも自分に奢ってもらうことを拒否しなかったので、真守は一方通行の変化が嬉しくて目を細める。

 

「それが一番困るから後で見て。な?」

 

「……ッチ」

 

真守に世話を焼かれるのにいい加減慣れてきた一方通行(アクセラレータ)だが、やっぱりむず痒いという感触はぬぐえない。

そのため舌打ちをすると、そんな一方通行(アクセラレータ)の前で高級デリバリーにうきうきな上条が笑顔で親指をグッと立てた。

 

「あ、でもデリバリーでも飲み物はいるよな? 俺。ちょっと買ってくるよ!」

 

テンションが上がっている上条の隣で、何故か浜面は悲壮感を漂わせながら立ち上がった。

 

「俺も荷物持ちとしていくぜ。……いつもドリンクバー係だし」

 

ご機嫌な上条の後ろを浜面が付いていく中、垣根はビッと親指をバスルームに向けた。

 

「全員ってことはあそこにいるヤツにもやるのかよ?」

 

「うん。流石に仲間外れはかわいそうだろ?」

 

真守が垣根の質問に質問で返すと、垣根はため息を吐いた。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

上条はランチボックスに入ったサンドイッチを手にして、自分の寝床であるバスルームへと来ていた。

そこには今、『新入生』の黒夜海鳥がいる。野に解き放つとまた悪さをするからだ。

だから真守たちは黒夜のパンクな格好についている紐を使って、一応の拘束をしてバスルームに放り込んでいた。

 

「……ご丁寧に、食事のお世話までしてくれるワケだ」

 

腕を縛られている黒夜が忌々しそうに告げると、上条はサンドイッチを黒夜に食べさせようとしながら声を掛ける。

 

「気にしてるのは全員だ。でも、ほら。ついさっき殴り合ったばかりで顔合わせにくいと思ってな。だから俺が」

 

「その割にしては私のことコテンパンにした女の影がちらつくんだが」

 

黒夜がちらっと見たのは、彼女から見えていないハズの廊下。

そこには黒夜が勘づいている通りに真守が立っており、一応の監視をしていた。

 

「私はサイボーグだ」

 

黒夜は自分に向かってサンドイッチを差し出してきた上条を睨みつけて告げる。

 

「内臓関係はそれほどイジッてないが、それでも体内の信号を操って細胞単位の仮死を誘発させることもできる。代謝をイジれるんだから、一週間ぐらいなら水もいらないのさ」

 

「代謝に干渉しているってことは、やっぱり食べるに越したことないだろ」

 

上条が淡々と告げるので、黒夜は大袈裟に舌打ちをする。

 

「良いか、甘ちゃん。私は『新入生』だ、この街の新しい『闇』だ。一方通行(アクセラレータ)と浜面仕上、そして垣根帝督と朝槻真守を繋いで皆殺しにするためだけに、フレメア=セイヴェルンの命を狙った人間だぞ。もうちょっと緊張感を持って接してもらいたいね」

 

「そうか……でも、それなら俺とは争う理由はないんじゃないか?」

 

黒夜は上条の言葉に固まる。

確かにそうだ。この少年は朝槻真守の友人で、一方通行(アクセラレータ)や浜面仕上、垣根帝督と何かしらの接点があるだけだ。

だから自分がこの少年と敵対する理由はないんじゃないのか。

それでも黒夜はその思考が舐められていることに基づいたものだと気が付いた。

 

「いやいやいや! そォなるワケねェだろォが!! 闇としてちっとは恐れろよ!! 今ここで八つ裂きにしてやろうか!?」

 

「どうやって?」

 

上条が拘束されて身動きが取れない黒夜を見て首を傾げると、黒夜はニヤッと笑った。

 

「私の住んでる『闇』じゃ、サイボーグセラピーって用語がある。サイボーグを求める人間には何かしらの欠点、劣等感の排除を必ず意識するんだ。羞恥心があるから注文書へ正直に記入なんてしなくていいが、回り道した内容の記述だとしてもそれだけで浮かび上がってくるモンがある」

 

「?」

 

上条が突然説明口調になった黒夜の言葉を聞いて再び首を傾げていると、黒夜は続ける。

 

「私の場合は二本しかない『腕』だ。私の力は手のひらからしか発射できないから、もっと発射点が多ければそれだけ有用だと判断された。腕が二本しかなかったばっかりに、私は私という烙印を押された」

 

黒夜は拘束された体を揺さぶりながら、それを隠すように告げる。

 

「だからサイボーグでも私は全身を加工してない。二本の腕を中心に上半身なんかが中心となる。だから下半身に加工の必要性を感じなかったから綺麗なものさ。──まだ分からねェか」

 

そこまで黒夜が説明すると、ゴキリ、と妙な音が響いた。

 

「腕ェ縛られて邪魔だっつーンならさァ、そンなモン取り外しちまえば良いってだけだろォがよォ!!」

 

黒夜は叫ぶと、鈍い音を響かせてゴキン! と、左腕を肩から外した。

 

彼女の腕はサイボーグ技術の結晶だ。

 

だからこそ腕を引っこ抜くことなんてお手の物である。

 

そして自分の右腕に宙ぶらりんにくっついている左腕を振り回しながら、黒夜は右腕を上条の顔面に向けた。

 

「ちょーっと『悪党』ってのをナメてたンじゃねェかァ!!」

 

黒夜は自らの右手から窒素爆槍(ボンバーランス)と呼ばれる窒素でできた槍を噴き出させて発射させた。

 

「はいはいそこで幻想殺し(イマジンブレイカー)

 

だが次の瞬間、上条が右手に宿った幻想殺し(イマジンブレイカー)窒素爆槍(ボンバーランス)を打ち消した。

 

「な、なにィ!?」

 

甲高い音が響き、自身のアイデンティティである能力を打ち消された黒夜は驚愕する。

 

「……縛るだけじゃダメなのか。うーん……でも、抵抗できないことを示さないとお前の身が危なくなるかもしれないからなあ」

 

上条が固まっている黒夜の前で頭を悩ませていると、ひょこっと真守が顔を出した。

 

「上条。アドバイスが必要か?」

 

「お? なんだ朝槻! 何かあるのか?」

 

上条が救いの女神に顔をほころばせていると、真守はしっかりと頷いた。

 

「ああ。──腕を引っこ抜けばすべてが終わるぞ」

 

「そうか! 朝槻、ナイスアイディア!」

 

上条は真守の助言にグッと親指を立ててから、黒夜に向き直った。

 

「って、今のサラッと流してンじゃねェ!! なンだそれ!? 今一体何しやがったンだ!? 待て待て待て話聞け痛ってェェ!?」

 

幻想殺し(イマジンブレイカー)で自分の異能が打ち消されて呆気に取られていた黒夜だったが、上条が自分に近づいてきてガキッと右腕を引き抜いたので痛みに叫んだ。

 

「バカ、何本もロックがあるのにそンな簡単にパキパキ外すンじゃねェよ!! だいたい一二歳のガキをバスルームに監禁して両腕を取り外すとか、『闇』の私が言うのも何だが相当猟奇な絵面になってるって分かってンのか!?」

 

黒夜が自らの状態が異常だと訴える中、真守は呆れた様子で告げる。

 

「猟奇的というのは尊厳を踏みにじって踏みにじったままそのままにしておくことだぞ。例えばお前の体の電気信号をイジッて軽くトリップさせた後に犬に襲わせて録画するとか。最低限でもそこからが猟奇的というものだ」

 

「いやァあああああ!? 何考えただけでも恐ろしい事サラッと言ってンだ、オマエ!? もしかしてアレか? そンな善人ですみたいな雰囲気醸し出して『闇』にどっぷり浸かってたクチかァ!?」

 

黒夜が叫ぶ前で、上条はガチガチと黒夜の腕を引っ張ったりつけたりしながら首を傾げる。

 

「ていうか、左腕もくっつかないぞ?」

 

「だから古いテレビじゃねェンだ!! そンなアナログな方法で直りゃしねェンだよ! つーか、隣の女がヤバいこと言ってンのに何でテメエは動じねェンだ!?」

 

黒夜が真守のことを危険視して叫ぶと、上条は本気で意味が分からない、という顔をして首を傾げる。

 

「? 朝槻がそんなことするわけないだろ」

 

「なンだその信頼関係!? どォいうことだ、一体!? っつか、グリグリすンな!! コネクタの金具が変に接触すると痛覚神経にノイズが走るンだってば!!」

 

上条が心底理解できないと首を傾げると、黒夜はツッコミつつも上条にやめるように命令する。そして真守は上条にトコトコ近づいてグッと親指を立てる。

 

「私が直そうか? 手を使わずに直せる自信があるぞ」

 

「待て、オマエは近づくンじゃねェ!! この状況で一番の危険人物はオマエだァァァ!!」

 

先程真守が手も使わずに自身の腕を痛みなく外したことを思い出して叫ぶと、黒夜は上条から右腕をひったくって自分で取りつけ始める。

 

「サイボーグって便利そうだなあ」

 

上条はまったく生々しく見えない様子で腕を取りつけている黒夜を、興味深そうに見ながら呟く。

 

「精密機器の寿命って知ってるか? パソコンを思い浮かべろよ。二四時間フル稼働状態なら、三年もてば良い方さ。そのたびに手術受けるよォな体になりてェか?」

 

黒夜が自嘲気味に笑う中、上条は感心した様子で呟く。

 

「でもサイボーグってことは、魚の(えら)を付ければ水の中で生活できるって事だろ。泳ぐじゃなくて生活。文字通り住んでいる世界の幅が変わるんだよな」

 

そこで上条は黒夜にホイ、とサンドイッチを差し出する。

 

黒夜はそのサンドイッチを見つめながら顔をしかめる。

 

「……実際には細胞の浸透圧の問題とか細々とした条件をクリアするために、徹底的に体ンなか弄る必要がありそォだけどな」

 

そんな黒夜の前で、上条当麻はなんてことないように呟く。

 

「頭に猫の耳を付ければ広域から聴覚情報を取得できたりするんだよなあ」

 

黒夜は上条の何の意図もない言葉を聞いてピタッと止まった。

 

「や、やめろよ! 何想像してンだよ!!」

 

「?」

 

上条が突然叫んだ黒夜を見つめて首を傾げると、黒夜はゾゾゾッと全身が怖気立つ様子で飛び上がって叫ぶ。

 

「私は『闇』だぞ!! 『卒業生』を狩るために行動を開始した『新入生』だよ!! バカじゃねェの、そンな伏線なンかねェよ!! いつもフードを被っていたのはネコミミを隠すためだったンですなンてファンシーな展開あるわけねェだろ!!」

 

黒夜が叫ぶ中、真守はニヤッと笑う。

 

「上条。ちなみにチョウチンアンコウの発光器官をつけるという手もあるぞ」

 

「オマエはオマエで何勝手に妄想広げてンだよ!!」

 

……ユニットバスからバタバタ聞こえてくる騒ぎを聞いて、一方通行(アクセラレータ)はとても珍しく顔を青ざめさせていた。

 

『闇』だの『悪党』だのと言った人種は、そのクールな雰囲気を台無しにされたら全てが終了する生き物である。

 

普通ならばそういう雰囲気を台無しにする人間は即座に自分のいつものやり口(暴力)によって排除するのだが、あの無能力者(レベル0)には奇妙な右手があり、そして隣で茶々を入れている絶対能力者(レベル6)には誰も勝てない。

 

しかも絶対能力者(レベル6)の方は誰よりも『闇』を理解しているので、そういう悪ぶっている人間を社会(闇)的に抹殺するのが大得意だ。

 

だから暗部に所属している時に極力真守に会おうとしなかった一方通行(アクセラレータ)だが、彼の演算パターン、しかも攻撃性を移植された黒夜海鳥は言ってしまえば一方通行の一つの可能性だ。

 

失敗すればああなる。

 

しかもあの無能力者(レベル0)絶対能力者(レベル6)はやけに仲がいいから、今の黒夜のように連撃されてギャグ展開に持ち込まれて確実に再起不能にさせられる。

 

『悪』や『闇』から乖離しても美学や空気、雰囲気などを壊されたらたまらない一方通行(アクセラレータ)はああいった事態に巻き込まれるのは避けようと心に誓う。

 

そんな元悪党、一方通行(アクセラレータ)を他所に元悪党未満のチンピラ、垣根帝督は一方通行と違って特に雰囲気などを大事にしていない。

 

そのため垣根は顔を青ざめさせている一方通行(アクセラレータ)に気づきながらも、躊躇(ためら)わずに真守と上条に近づく。

 

「真守、上条。黒夜で遊ぶのもいいけど早く飯食おうぜ」

 

「うん」

 

真守は頷いて、トテトテと垣根に近づく。

 

「え? 俺別に遊んでないけど……?」

 

上条が大ボケをかます中、真守は垣根に近づいてご機嫌そうににまにま笑う。

 

黒夜をイジッて大層ご機嫌になった真守を見て垣根はため息を吐きながら笑い、夕食を一緒に摂り始めた。

 

 



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第九話:〈戦争元凶〉の名に辿り着く

第九話、投稿します。


夕食を摂った一同に、バードウェイは再び説明を始める。

 

「世界最大規模の宗教組織……十字教には、新教と旧教がある。そしてその旧教の中でも巨大な三つの組織がある。ローマ正教、イギリス清教、ロシア成教だ。以前から様々な形の軋轢(あつれき)があったとはいえ、直接的な引き金となったのはオルソラ=アクィナスというローマ正教の修道女を巡る騒動だ」

 

垣根はバードウェイの言葉に目を細める。

そんな垣根の隣で真守は三毛猫を抱きかかえてその背中を撫でており、三毛猫は『アッ姐さんそこです、そこです気持ちイイ……!』と恍惚(こうこつ)で目を細めていた。

 

「稀代の魔術師クロウリーの魔導書を解読できるとされたこのオルソラを巡り、ローマ正教は自分たちの支配体制を守るため、彼女の暗殺を決行。それを妨害するイギリス清教が秘密裏に学園都市の協力を借りてこの問題に対処したことで……明確な対立構造ができてしまった」

 

バードウェイはアレイスターの魔導書については特に触れない。

話の本筋から逸れてしまうし、何よりこの街の王について無暗(むやみ)に喋るのは悪手だからだ。

 

「その後、ローマ正教はイギリス清教の味方をした学園都市へと何度か攻撃を仕掛けるが、いずれも特殊な右手を持った馬鹿とそこの超能力者(レベル5)たちの手で(ことごと)く阻止された。ま、そういった一つ一つの事件を経る(たび)に大戦へと繋がる火種は大きくなってしまったわけだがな」

 

一方通行(アクセラレータ)はバードウェイの説明を聞いて思わず真守を見た。

真守は変わらずに猫を愛でており、特に(だい)それたことをしたという自覚はなさそうだった。

 

そんな真守を見ながら、一方通行(アクセラレータ)は気になっていたことがあった。

 

エステル=ローゼンタール。九月上旬に出会った死霊術師と自称する少女。

 

死霊術とはおそらく魔術のことだろう、と今の一方通行(アクセラレータ)は理解できる。

 

魔術は一方通行(アクセラレータ)のすぐそばにいつでも息づいていた。

自分が気づかなかっただけで自分も昔から魔術の片鱗には(たずさ)わっていたのだ。

 

真守はおそらく、自分のことや世界のバランスを気にして自分に魔術のことを隠していたのだろう。心優しい彼女がやりそうなことだ。

 

「劣勢を感じたローマ正教はロシア成教と交渉。『科学サイドの学園都市に世界のバランスを持っていかれる』という恐怖心を刺激することで交渉を有利に進めてきたが、ローマ正教も内部に隠していた虎の子を表舞台に引きずり上げざるを得なくなった」

 

そこでバードウェイは言葉を切って真剣な声で告げた。

 

ここからが重要だと告げるように。全てを巻き込んだ黒幕の存在を告げた。

 

「『神の右席』。二〇億の信徒を抱えるローマ正教の最暗部さ」

 

前方のヴェント、左方のテッラ。後方のアックア、右方のフィアンマ。

 

「彼らが起こした事案の一端は、おそらくお前たちも理解しているだろう。九月三〇日に学園都市の住人の大半が昏倒させられた異常事態」

 

それは前方のヴェントが使った天罰術式による学園都市襲撃のことだ。

 

「世界中に暴動の危機を産み、最終的にフランスのアビニョンを火の海にすることで問題の解決を図った事件」

 

左方のテッラが学園都市を世界の敵と認識させようとして起こした事態。

 

「学園都市最大の地下都市区画、第二二学区に壊滅的なダメージを与えた一幕」

 

そして第二二学区での事件とは後方のアックアと垣根帝督、天草式十字凄教が主に行った戦闘のことだ。

 

「これらは全て、『神の右席』とそこの幻想殺し(イマジンブレイカー)超能力者(レベル5)たちの激突の一幕さ。お前たち科学の『闇』にも何らかの事件を誘発させたかもしれないな」

 

(九月三〇日に、第二二学区だって……?)

 

(〇九三〇に、アビニョンだと……?)

 

浜面はニュースで得た情報と照らし合わせて顔を強張らせて、一方通行(アクセラレータ)は実は自分が関わっていたことに眉をひそませた。

 

「『神の右席』……一体何なんだ、そいつらは」

 

浜面が問いかけると、バードウェイは淡々と説明する。

 

「ローマ正教の最暗部……と言っても、お前たちのような兵隊という意味での『闇』ではないな。むしろ、そうした兵隊を裏で操るタイプの『闇』と言って良い」

 

「統括理事会みてェなモンか」

 

「『神の右席』は簡単に言えば、唯一無二の神と同等の力を持つか、それ以上の質を手に入れようとして自身を被験者にしていた連中だな。自分を被験者にする時点で、能力開発を学生に行う学園都市とは在り方が明確に異なる」

 

バードウェイはそう前置きして神の右席に関しての情報を告げる。

 

「十字教的に言えば人間は誰しも原罪を身に宿していることになる。……が、それを『神の右席』は人工的に洗い流して、人以上の力を手に入れたんだ」

 

まあそれが近代西洋魔術の『分かりやすい目標』だったりするわけだが、と続けたバードウェイは腕を組んで口を開く。

 

「『神の右席』にとって信徒二〇億人のローマ正教は自分の研究と改造のための都合の良い場所だった。だがそのローマ正教という基盤を揺さぶるイギリス清教や学園都市……その二つを繋ぐ右手のバカやそこの神人が邪魔になったんだ」

 

バードウェイの説明を、今度はきちんと聞いていた浜面が口を開く。

 

「じゃあその『神の右席』って言うのが支配体制を維持するために、学園都市やイギリスに仕掛けたのが……第三次世界大戦の真実だって言うのか?」

 

「違う。あれはその『神の右席』という組織の本来からも外れた事態だった」

 

「?」

 

一筋縄ではいかない話に浜面が顔をしかめていると、バードウェイは複雑な事情をなんとかして分かりやすいように説明する。

 

「そもそも『神の右席』全体の思惑は傲岸不遜だが、ヤツらは十字教の枠組みの範囲内での裏技を使っていたんだ。ひょっとしたら『神の右席』自身は自分達の事を敬虔(けいけん)な十字教教徒だと思っていたのかもしれないな。──だが、その『神の右席』の中で一人だけ、尖りすぎたヤツがいた」

 

バードウェイは彼の象徴である赤い装束に身を包んだ男を思い出し、その名前を告げた。

 

「右方のフィアンマ」

 

バードウェイはチラッと上条を見ながら呟く。

 

「そこの馬鹿とは違う、もう一つの右腕を持った男さ」

 

 

 

──────…………。

 

 

 

バードウェイの妹、パトリシアから連絡があったので説明は一時中断されて、一方通行(アクセラレータ)はベランダに出て缶珈琲を口にしていた。

 

「よう。学園都市の『闇』を解体したと思ったら、もっと澱んだものが出てきて気が滅入っている、って感じか?」

 

一方通行(アクセラレータ)が一人でバードウェイから聞いた話を整理していると、上条の部屋の隣から知っている声が聞こえてきた。

 

「土御門か」

 

一方通行(アクセラレータ)が顔を見ずにそう呟くと、土御門はペタペタとベランダ内を歩いて、隣の柵に寄り掛かった。

 

「ここで何してやがる?」

 

「部屋に入る前に周辺の情報ぐらい洗っておけよ。隣は俺の部屋なんだ」

 

「チッ」

 

一方通行(アクセラレータ)が仕組まれているのか偶然なのか分からずに舌打ちすると、土御門は軽い口調で告げる。

 

「俺も俺で『グループ』がなくなっちまったから時間が余ってるのさ。状況を作ったのはお前なんだ。その後始末ぐらいは付き合えよ」

 

土御門元春の言う通り、一方通行(アクセラレータ)は第三次世界大戦の際に学園都市にとある羊皮紙を引き渡す代わりに『暗部組織を解体しろ』と命令した。

 

暗部組織に所属していた能力者の多くは学園都市に人質を取られていた。

 

そんな卑怯な真似で能力者を従わせることをやめろと、一方通行(アクセラレータ)は学園都市に迫ったのだ。

 

彼らにとって羊皮紙はとても大切なモノらしく、彼らは一方通行(アクセラレータ)と交渉を行って一方通行の要求を呑んだ。

 

そのため()()()()妹のために『グループ』に所属していた土御門元春もお役目御免になったのだ。

 

「『新入生』の情報はどこまで知ってンだ?」

 

「それなりには。そういう連中が現れる事も予測はできたしな。……海原や結標は、口には出さないが感謝はするんじゃないか。今は困惑しているだろうけど。ただエイワスや『ドラゴン』など、そういった宙ぶらりんの問題をそのままにできるかどうかは分からないがな」

 

「いねェ連中の話をしても仕方がねェ。……オマエ個人はどォなンだ?」

 

「そうだな」

 

一方通行(アクセラレータ)が吐き捨てるように告げると、土御門は笑って告げる。

 

「率直に言って良い悪い以前に、無駄かな」

 

「……、」

 

「学園都市の『闇』が解体されたって、俺はお前が片足をつっこみかけてる『闇』にも深くかかわってるからな。やることが残ってる」

 

土御門は自身の立場を少しだけ明かして、そして肩をすくめて告げる。

 

「『闇』から足を洗う分には止めないが、自分のスタンスは確立しておけよ。善悪を超越するっていうのは分かりやすい善悪より、よっぽど厳しい道なんだからな」

 

「ンな事は言われなくても、アイツを見てるから分かってンだよ」

 

一方通行(アクセラレータ)が『闇』にどっぷり浸かりながらも懸命に表で生きる真守のことを考えてそう声を荒らげると、学生寮の表の通路でバタバタと騒がしい音が聞こえてきた。

 

「ここが問題の現場か泥棒猫ーっ!! って、ミサカはミサカは踏み込んでみたり!!」

 

「あなたーっ!! このミサカが浮気調査でガラスの灰皿振り下ろしに来たよーっ!」

 

「何しに来やがったンだあのクソガキども……」

 

一方通行(アクセラレータ)が聞き慣れた二人の声を聞いて土御門を置いて部屋の中に戻ると、そこにはやっぱり打ち止め(ラストオーダー)番外個体(ミサカワースト)がいた。

 

番外個体(ミサカワースト)一方通行(アクセラレータ)に折られたギプスを()めていない左手にぶら下げたブランドショップの袋をぶんぶんと振って嬉しそうな声を上げる。

 

「へーい!! 『新入生』の根城いくつか襲ったら面白いオプションパーツ見つけちゃってさーっ! これからあのクール系ナルシストガールをネコミミ肉球グローブで面白人体に改造しちまおうぜーっ!!」

 

「ぎゃああああ──ッ!」

 

番外個体(ミサカワースト)の言葉に悲鳴を上げたのはユニットバスの中にいた黒夜で、番外個体は黒夜の悲鳴にニヤニヤ笑う。

だが真守と上条を視界に入れるとハッと息を呑んで、ささっと一方通行(アクセラレータ)の背中に隠れた。

 

「何してンだ?」

 

「ミサカ、あの二人は苦手……。アイツらはミサカ全体のためにと思って無償で行動するんだけど、その行動の結果がネットワーク内の悪意の塊であるこのミサカ単体の存在価値そのものを否定すると思うの……」

 

「片方にはロシアで会ってただろォが」

 

「あの時は眼中になかったから、ミサカはなんとなく大丈夫な気がしてたの!」

 

番外個体(ミサカワースト)が主張する中、打ち止め(ラストオーダー)はフレメアやバードウェイに目を向けていたが、妙に密着している一方通行(アクセラレータ)と番外個体に気が付いて叫び声を上げた。

 

「敵は己の中にいたかーっ!! ってミサカはミサカはポジション確保のために躍起になってみる!! あの敵どうすればいい!? ってミサカはミサカはあなたに訊ねてみる!!」

 

打ち止め(ラストオーダー)が服の裾を引っ張って助けを求めたのはもちろん真守。

 

真守は打ち止め(ラストオーダー)に近づいて膝を折ると、柔らかい笑みを浮かべた。

 

最終信号(ラストオーダー)、大丈夫だぞ。何があってもお前のポジションは揺るがないから」

 

打ち止め(ラストオーダー)を元気づけるために、真守は自分が抱えていた三毛猫をひょいっと差し出す。

 

発電系能力者が発している微弱な電磁波に三毛猫は嫌そうな顔をするが、『姐さんがしろっていうなら猫撫で声出してもいいぜ』と言わんばかりに、三毛猫はにゃあと短く鳴いた。

 

「そうなの? ってミサカはミサカはあなたの言葉を信じてみて、猫さんに手を伸ばしてみる。……ふわふわだね、ってミサカはミサカは猫さんに初めて触れることができて静かに感動してみる……!」

 

動物にいつも嫌われる打ち止め(ラストオーダー)が猫に触れられることに感動を覚える中、ミサカネットワークが真守に優しくされている打ち止めと猫に触れている打ち止め自身に向けて嫉妬の感情を露わにした。

 

番外個体(ミサカワースト)はミサカネットワークの負の感情を優先的に抽出するようにできている。

 

その負の感情とは、何も悪意だけではない。

嫉妬や彼女たちが抑圧しなければならない感情も含まれるのだ。

そのためミサカネットワークを形成する個体がそれぞれ嫉妬を覚えると、番外個体(ミサカワースト)は強くその影響を受けてしまう。

 

「ぎゃああああ早速ネットワークの影響がもう現れてるぅぅぅ!! 最終信号(ラストオーダー)! お願いだからその人に近づかないでぇぇぇ!!」

 

「もォうるせェなこいつら……」

 

一方通行(アクセラレータ)は途端に喚きだした番外個体(ミサカワースト)のせいでキーンとした耳を不快に思いながら顔をしかめる。

 

結局ミサカネットワークの影響を無視できなかった番外個体(ミサカワースト)は真守に特攻した。

 

真守は自分に抱き着いてくる番外個体(ミサカワースト)の頭を優しく撫でた後、打ち止め(ラストオーダー)に撫でさせていた三毛猫を差し出す。

 

嬉しそうで悲しそうに猫を撫でる番外個体(ミサカワースト)(はた)から見ていた垣根は、第三次製造計画(サードシーズン)の個体は意外と苦難の道を歩んでいるんだな、とちょっと同情していた。

 



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第一〇話:〈遺恨怨恨〉は水に流し

第一〇話、投稿します。


「右方のフィアンマ。ローマ正教の最暗部『神の右席』のトップにして、異端。他のメンバーと違って、コイツだけは十字教の範疇(はんちゅう)で行動を起こしていたワケではなかった」

 

右方のフィアンマ。彼が起こしたことと彼について考えて、バードウェイは告げる。

 

「ただ、実力だけは本物だった。その様々な制約をイギリスで起こったクーデターで全部解除したアイツは、第三次世界大戦の勢力図の一角を一人で担っていたのさ」

 

一つの勢力に個人が入り込む。それははっきり言って異常事態だ。

 

その恐ろしさを、上条当麻と垣根帝督は思い知らされている。

一方通行(アクセラレータ)はその恐ろしさを想像できたが、チンピラである浜面はイメージできなかった。

 

真守はというと、『光を掲げる者(ルシフェル)』としての役割を負わされている真守は右方のフィアンマが『弱点』となり、確かに脅威になる。

 

だが史実の『光を掲げる者(ルシフェル)』のように、右方のフィアンマによって自分が本当の意味で滅ぼされることはないと知っているため、そこまで恐ろしい相手ではない。

 

それでも強敵だと感じてはいる。何故なら自分だけでは絶対に勝てない相手だからだ。

 

「右方のフィアンマが第三次世界大戦を引き起こした理由はただ一つ。ヤツの右腕に宿った力を解放するための条件を整えることだ」

 

「そこまでして……フィアンマって野郎は、一体何をしたかったんだ?」

 

浜面が問いかけると、バードウェイはそっけなく答えた。

 

「簡単なことさ。世界中にある不平等を正したい。奇跡のような確率で偶然が重なって起こる悲劇を食い止めたい。世の中を平和にしたい。みんなを幸せにしたい。……発想それ自体はさして珍しいものではなかったんだ」

 

「それがあの戦争とどォ繋がる? そのフィアンマってのは戦争を引き起こした側だろォが」

 

「フィアンマにとっては右腕さえ完成すればよかったのさ。その右腕が完成すれば、世界がどのような形であれど世界をまるごと救えるからな。フィアンマはその力があると本気で信じていた。実際にある意味では可能だったのだろう」

 

バードウェイはそう告げると言葉を切って、右方のフィアンマに対する自身の評価を口にした。

 

「惜しい人材ではあった。……フィアンマ本人についてもそうだが、フィアンマを研究することで、更に奥深くに眠ってるモノの解析に役立てられるかもしれなかったのだが……まぁ、失われた人材についてとやかく言っても仕方がないか」

 

バードウェイの惜しむ声を聞いていた浜面は声を上げる。

 

「戦争は終わった。世界は変わらなかった。相変わらず俺たちは不平等な世界にいるし、それは平等に勝ったり、負けたり自由を与えられているってことでもある。……結局、右方のフィアンマの計画は成就しなかったって事でいいんだよな?」

 

「ところが安っぽいRPGのように世界に平和が訪れることなんてことにはならなかった」

 

「?」

 

「あの戦争は右方のフィアンマが右腕の力を取り戻すためのものだったが、あいつは周りを巻き込みすぎたのさ。おおよそ影響を受けなかった者の方が少ないぐらいだ。魔術サイド、科学サイド。そしてそれらに属していない一般人でさえも。間接的とは言え、影響を受けている」

 

「フィアンマ一人が納得したところで、周りが全員矛を収めるわけじゃなかったんだ」

 

上条はバードウェイの言ったことを簡潔に言葉に表す。

 

「あの戦争に関わってきた人間はそれぞれの目的のために参戦していた。だからそいつらがそいつらの目的を達成しない限り、戦争が終わってもらっては困るって流れが生まれ始めている」

 

「そいつらって……」

 

浜面が思わず呟くと、バードウェイが笑って告げる。

 

「そう、『ヤツら』さ。ようやく本題に入ることができたわけだ。あの第三次世界大戦を経て、『ヤツら』は生まれた。世界の暗いところで、多くの者にとってはその法則も分からない力を振るってな」

 

 

 

──────…………。

 

 

 

浜面がフレメアに付きまとわれながら、休憩のために先にコンビニに出かけた一方通行(アクセラレータ)のようにコンビニに向かうために玄関の方に進むと、チャイムもなしにドアノブが回転した。

 

そして扉を開けて入ってきたのは、滝壺理后だった。

 

「はまづら、やっぱりここにい……」

 

滝壺は自分の恋人の姿を見つけて声を上げるが、その言葉をぴたりと止めた。

 

何故ならどこかでみたことのある謎の金髪幼女が、おんぶされるように己の恋人の背中にしがみついているからだ。

 

それを理解した瞬間、滝壺の眠そうな瞳がカッと開眼する。

 

「……はまづら、何してんの……?」

 

滝壺は糾弾の声を上げながら、玄関のドアノブを思いきり握り込む。

 

「ミシミシメキメキって効果音がなんかおかしい! お前そんなキャラだったっけ!? また麦野の特殊メイクとかじゃねえだろうな!?」

 

以前、浜面はロシアの地で滝壺を装った特殊メイクをした麦野に襲われている。

そのためその時の悲劇を思い出しながら浜面が叫ぶと、滝壺はふるふると震える。

 

「昼間からいきなりいなくなったと思ったらそのままずっと連絡ないし、人が散々捜し回っていたって言うのに何だか見知らぬ部屋でくつろいでいるし、どっかで見た事あるような面構えの女といちゃいちゃしているし……」

 

「えっまさかこれ浮気カウントに入ってないよね!? この年齢層は流石になしだろ!! そして言っては何だが俺はバインバイン派だから心配するな滝壺!!」

 

「……きぬはたはしょっちゅうはまづらは超はまづらだとか言ってるけど、ここまでの野獣レベルだと流石に失望……」

 

滝壺がぼそぼそと呟いていると、浜面の背中に引っ付いていたフレメアは眠気に負けつつも頼りになる浜面のために助け舟を出す。

 

「ふぎゃー。浜面の悪口言わないで。大体、こいつは一見ダメっぽそうだけど、いざという時にはちゃんと体を張って私を助けてくれる人なんだから」

 

「そんなことはっ!! 私が一番良く分かってる!!」

 

滝壺は掴んだドアの側面をめきめきと歪める。

 

「待て滝壺!! 相手は子供だ!!」

 

浜面は金属扉を引っこ抜いて叩きつけそうな恋人へ慌てて声をかけた。

 

その瞬間、滝壺を突き飛ばす形で麦野沈利と絹旗最愛が現れた。

 

「チッ!! 滝壺さんが先に超接触していましたか!! だがビリにならなければ屈辱のバニーは回避できるっ!!」

 

「アホか!! この手のイロモノ系はアンタの出番でしょ絹旗!!」

 

麦野と絹旗は叫びながら、競い合うように浜面に向けて突撃する。

 

どうやら浜面を探すゲームをしていたらしく、負けた人間はバニーガールになる罰ゲームが待っているらしい。

 

そしてそんな彼らの勝利条件とは『浜面に触ったらOK』というシンプルなものだ。

 

ほんのわずかな差で絹旗が勝ちそうな場面。

 

「足なら私の方が長いっ!!」

 

だが勝者になったのは、浜面の顔面を蹴りで触った麦野だった。

 

「よぉし!! 罰ゲーム回避!!」

 

「うそ、ですよね……? そんな歴史に名を残すレベルの屈辱が、この私に超降りかかるですって!?」

 

ガッツポーズを取る麦野の隣で、絹旗は地面に手を付いて絶望する。

 

「あれ……? タッチしなきゃダメ?」

 

二人の様子を見て滝壺が首を傾げると、絹旗と麦野がバッと勢いよく滝壺を見た。

 

罰ゲームが下される人物が決定した瞬間である。

 

顔面に蹴りを受けつつも、自分の背中にしがみついているフレメアを下敷きにしないように踏ん張った浜面。

 

だが流石に全ての衝撃を(さば)き切れたわけではなく、起こされたフレメアは目をぐしぐし(こす)って初めて麦野を見た。

 

そんなフレメアを見て、麦野は叫ぶ。

 

「亡霊!? 学園都市の人体解析はその領域にまで踏み込んだのか!?」

 

「死んでまで超若作りしてますよあの女!! ……でも、ちょっと違うような……?」

 

「……にゃー……」

 

フレメアは麦野と絹旗の驚きを聞きながらも、目元を(こす)ると浜面の首元に顔をうずめてうとうとと眠り始める。

 

そんなフレメアを、浜面は『アイテム』の面々に説明する。

 

「……そ、そうだよ。こいつはフレメア=セイヴェルンっつってな。どうやらフレンダの妹らしいんだ。そうだ、フレメア。こっちの人は麦野沈利だって言ってな…………」

 

そこまで麦野を紹介して、浜面は言葉を(つむ)ぐのをピタッと止めた。

 

まさか『逆ギレしてキミのお姉さんを上下真っ二つにして俺に燃やさせた貴婦人だよ』とは言えない。

 

しかし『キミのお姉さんと一緒に学園都市の闇を潜り抜けてきた最高のパートナーなんだっ!』ではキレイゴト過ぎる。

 

「お前の姉を殺害した女です。よろしく」

 

「こりゃあああああっっっ!!」

 

固まっていた浜面の前で麦野がカミングアウトしたので、浜面はフレメアをガッと振り落として麦野に掴みかかる。

 

そして浜面は麦野を玄関の隅へと追いやって声を絞った。

 

「(……何言っちゃってんの麦野さん! 早い!! カミングアウトがあまりにも早すぎる!! 何でそんな開けっぴろげになってんだお前!!)

 

「吹っ切れたから」

 

「(……胸を張るようなことじゃないからね、別に!! まずい、フレメアがこっち見てる。俺ちょっとごまかしてくるからお前は状況をややこしくすんじゃない!!)」

 

フレメアは浜面の叫び声で目が覚めた途端、浜面が自分を振り落として美人なお姉さんのもとへ行ったので不機嫌にむくれる。

 

その様子を見る限り、どうやらフレメアは浜面の背中で既に寝ていたらしく、麦野のカミングアウトを聞いていなかったようだ。

 

浜面は自分に向かって手を伸ばすフレメアを抱き上げると、ダッシュで部屋の奥へと引っ込む。

 

 

浜面とすれ違いに麦野の前に現れたのは、垣根帝督だった。

 

 

浜面は一瞬顔を固まらせたが、それでもフレメアの世話をしなければならないので大人しく引っ込んだ。

 

麦野は垣根を見て目を見開く。

 

垣根はそんな麦野をつまらなそうに見つめていた。

 

部屋の中では、三毛猫を抱えて歩いて行った垣根を見ている真守の姿がある。

 

そんな真守を見て麦野は目を細めた後、垣根を見据えた。

 

「面貸せよ、麦野沈利」

 

「そうね、垣根帝督」

 

垣根に声を掛けられた麦野は、そのまま学生寮の玄関前の廊下へと出た。

 

 

 

────……。

 

 

 

『スクール』と『アイテム』。

かつて潰した方と潰された方のリーダーが対峙する。

玄関の方から滝壺と絹旗が不安そうに見ている中、先に口を開いたのは麦野だった。

 

「悪かったわね」

 

垣根はまっすぐと麦野を見据(みす)えて、その言葉の続きを待った。

 

「浜面から大体は聞いた。あんたたち『スクール』は朝槻真守を取り戻そうとしてたって。……あんたたちは大事な物のために行動した。私はプライドのために行動した。その違いが、私たちの勝敗を分けたんだと思ってる」

 

「それでお前はどうするんだ? そのくだらねえプライドのためにまた俺たちと戦うか? 言っとくが、俺は真守に手を出すヤツに容赦はしない」

 

垣根がそうけん制すると、麦野は(うつむ)いただけだった。

 

それに垣根は目を細める。

 

自分がわざと挑発するような口を利いたのに、麦野が理性的で挑発に乗って来なかったからだ。

 

麦野は顔を上げると、垣根に向かって宣言した。

 

「必要のないプライドはもう要らない。それを浜面に思い知らされたよ。プライドをかなぐり捨てて人の事を大切に想うアイツを、私は悲しませたくない」

 

垣根は麦野の言葉を聞いて、そっと目を伏せた。

 

「……お前も救われたんだな」

 

「…………あんたもね」

 

垣根帝督は朝槻真守に救われて、麦野沈利は浜面仕上に救われた。

 

ある意味似た者同士だった二人は、この瞬間に互いの立場を再確認した。

 

そして二人は、自分たちを救ってくれた大切な人が悲しまないために行動しようと再び誓った。

 

一応の区切りをつけた麦野は、真守がいるであろう学生寮の一室に目を向けながら告げる。

 

「それにしても、神さまなら学園都市の上層部に楯突いてもいいとおもうけどねえ」

 

「今のバランスが崩れるのは困るんだよ。……それにアイツは、悪党にも善人にも幸せになって欲しいって真顔で言うヤツだからな」

 

垣根が学園都市を落としたら真っ先に横やりを入れてくる魔術サイドの話をせずに、麦野にそう告げる。

 

そして柔らかく笑った。

 

「お前らが悪さしないで自分の大切なモンを守りてェって立ち上がるんなら、手を貸してやらない事もねえぜ?」

 

麦野は垣根の言葉にフッと笑った。

 

「それは心強いわね」

 

「──なンだよ、こンなところで雁首(がんくび)揃えて」

 

垣根と麦野が話をしていると、コンビニで缶コーヒーを買ってきた一方通行(アクセラレータ)が通りかかった。

 

一方通行(アクセラレータ)か」

 

「どォいう状況になってやがる? 超能力者(レベル5)勢ぞろいじゃねェか」

 

朝槻真守はこの場にいないが、垣根帝督、麦野沈利、一方通行(アクセラレータ)超能力者(レベル5)の過半数が集まっていたので、一方通行は思わずそう呟く。

 

「殺し合った男と区切りをつけて、それが原因で殺した女の身内に遭遇したところ。でも、情報は正しく伝わらなかったみたいね」

 

「……、」

 

一方通行(アクセラレータ)は無言だ。それでも麦野の言葉で麦野が直面した事態が何なのかを全て悟った。

 

「『闇』が深く関わっていた事例である以上、私が警備員(アンチスキル)に捕まったり、裁判で処分されるような可能性は限りなくゼロに近い。……となると、罪の清算があるとすればここだとは思っていたんだけどね」

 

麦野が自虐するように笑うと、一方通行(アクセラレータ)はため息を吐きながら告げる。

 

「オマエの綺麗事なら好きなよォにやれば良い。だが、それで他の人間を『闇』に引きずり込むよォじゃ本末転倒だ」

 

「なら引きずり込まれないように準備を整えるさ。どんな方法を使っても。押し留める善性の選択にすがるつもりはない」

 

学園都市の『闇』に囚われていた三人は、闇から抜け出してそれぞれの道へ向かう事になった。

 

その行き先が交わらなかったとしても交わったとしても、彼らは道を進む。

 

大切な人を、悲しませないために。そして大切な人と──いつまでも一緒に歩むために。

 

彼らは、進み続ける。

 



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第一一話:〈要塞襲来〉で一時中断

第一一話、投稿します。


『アイテム』が襲来したが、バードウェイの話はまだ終わっていない。

そのため浜面は『アイテム』の少女たちに出てってほしいと告げた。

 

だが問題はそのお願いの仕方で、浜面は『出てって! 出てってよう! バニー? それは見るよ、絶対見る!! チャラになんかしないからねっ! っていうかもうお前等全員バニーになっちゃえ!!』と気持ち悪く懇願していた。

 

結果、『アイテム』の彼女たちは気味悪そうに顔を歪ませながら散っていった。

 

ただ普通に懇願しただけなのに気色悪がられた意味が分からずに、浜面は首をかしげる。

どこからどう見ても自分の株を自分で下げているのだが、それが理解できない浜面を真守たちは可哀想な視線を向けていた。

 

「結局『ヤツら』ってのは何なンだ」

 

首をひねった浜面が炬燵に戻ってくると、一方通行(アクセラレータ)がそう問いかけた。

 

「学園都市とイギリス清教、ローマ成教。そして、その争いに巻き込まれたその他大勢。あの第三次世界大戦から生まれた組織っつっても、そもそも関わってた連中の分類がかなり違う。──『ヤツら』ってのはどこから出てきた組織だ? そもそも『ヤツら』の団体名は何なンだ」

 

「そうだな」

 

一方通行(アクセラレータ)が核心を迫る質問をすると、バードウェイは口を開いた。

 

「まず初めに断っておくが、おそらく『第三次世界大戦にどう関わってきた連中なのか』という部分については、お前の予想を裏切る結果の答えができるだろう」

 

「ここまで来てはぐらかす気か?」

 

「そんな面倒なことはしない。『ヤツら』の名に関しては極めてシンプルだ。『ヤツら』がこの世界に何を示したいのかを表現するためにつけたものだからな。下手に小難しくして誰にも伝わらないようなものでは意味がない。そう。『ヤツら』の名前は……────む?」

 

バードウェイは本題に入ろうとしたところで言葉を止めた。

 

「……またもったいぶるつもりじゃねェだろォな?」

 

一方通行(アクセラレータ)が睨みを利かせて問いかけると、バードウェイは首を横に振った。

 

「そんなことをする理由はない。……それどころではなくなってきたようなんだ」

 

バードウェイは炬燵から出て、ベランダの繋がる窓へと近づいた。

そんなバードウェイを上条は(いぶか)しむように見つめる。

 

「外に何かあるのか? つっても、ここは似たような寮がずらっと並んでいる場所だからな。隣の寮まで数メートルしかない。窓の外なんて壁しかないと思うけど」

 

上条が声を掛ける中、バードウェイはベランダに出て手すりにお腹を乗せて身を乗り出した。

 

「いや、ちょっと待て……こうして、こう……」

 

お腹が苦しそうでスカートが大変なことになりかけているバードウェイ。

 

そんなバードウェイをベランダに出た真守はひょいっと抱き上げて、外を見やすいように抱えてあげる。

バードウェイはびっくりしつつも、そんな事を気にしている場合ではないと、ビルとビルの隙間から遠くを眺めた。

 

真守もバードウェイが見たい方向を見つめていると、その()()()()にきょとっと目を見開いた。

 

「どうした、真守?」

 

真守の行動の機微に鋭い垣根が問いかけると、バードウェイが呻いた。

 

「ちくしょう、やっぱりだ」

 

「何があるんだよ?」

 

浜面が(たず)ねると、バードウェイはちょいちょいと部屋にいる一同を呼びながら告げた。

 

「来たんだよ。……『ヤツら』が」

 

その言葉に驚いた四人はベランダに向かう。

だが流石に定員オーバーなため、一方通行(アクセラレータ)は土御門の部屋がある方向の防火壁を蹴り破った。

そして一同は広がるようにベランダに出る。

 

「うっ!? 何だありゃあ!!」

 

『ソレ』を見て叫んだのは浜面だった。

 

夜の学園都市は街灯(がいとう)や建物の光で明るくなっているが、光の強い星は(かす)かに見える。

 

そんな微かに見える星を遮るかのように、『ソレ』は巨大な入道雲か何かのように地平線の向こうに浮いていた。

 

『ソレ』とは。

 

 

いつかの『ベツレヘムの星』を連想させるような、巨大な構造物だった。

 

 

「……学園都市を巻き込んでしまえば、もっと早い段階で科学サイドが落とすと思ったんだが……予想以上に向こうの対応が遅いな。やはり『計画(プラン)』の誤差とやらが響いているのか」

 

垣根はバードウェイの呟きに片眉を跳ね上げた。

 

「なんでお前がそれを知ってる?」

 

バードウェイは学園都市の人間ではない。

魔術世界の人間だ。

何故『計画(プラン)』のことを知っていて、しかもその誤差のことまで知っているのか。

 

バードウェイは柔らかく微笑んでから肩を(すく)めた。

 

それについて話している時間はないと言った風に、だ。

 

垣根が舌打ちをすると、バードウェイは事情を説明する。

 

「元々あれは行方不明になっていた幻想殺し(イマジンブレイカー)を追っていたんだ。全世界規模のサーチに、ド級の質量を持った浮遊要塞が二十四時間追尾してくる。……振り払うのは面倒だろう?」

 

バードウェイは巨大構造物を見つめながら、あからさまなため息を吐く。

 

「やったらやったで我々『明け色の陽射し』の切り札を解析される恐れもあるわけだしな。面倒事は面倒な連中に任せてしまうのが一番だ」

 

バードウェイの言葉を聞いて、思考が停止していた浜面が口を開く。

 

「……って事は、何か? 入道雲って何十キロも広がっているもんだろ。それをコンクリートで作ったような巨大オブジェが、今から学園都市に降ってくるっていうのか!? しかも、お前たちはわざと仕組んだだって!?」

 

「っていうか、俺も聞いてない!! 何アレ『ベツレヘムの星』じゃないだろうな!?」

 

浜面と上条がパニックに(おちい)る中、バードウェイは冷静そのもので淡々と告げる。

 

「ま、右方のフィアンマを撃破し、第三次世界大戦を止めた中心がこの男だ。第三次世界大戦を機に生まれた『ヤツら』は第三次世界大戦を止めた男の生死や消息を知っておきたかったんだろう」

 

バードウェイはちらっと上条を見上げながら腕を組む。

 

「『上条当麻を追っている』という情報を伏せて全世界をまとめてサーチするにはかなりの労力がいる。……となると、『惑星レベルの壊滅的なリスク』という大規模な事件にしてしまう方が良いということだな。だからあんなものをわざわざ使ってるんだ」

 

「どうするんだ……?」

 

バードウェイの淡々とした説明に、上条は思わず(うめ)きながら呟く。

 

「連中の目的はわかった。でもあんな小惑星みたいな要塞を学園都市に落とす訳にはいかないだろ!! 具体的にはどうやってあれを防ぐんだ!?」

 

上条が慌てていると、バードウェイは罰が悪そうに顔をしかめた。

 

「だから、そういうのは学園都市に頼みたかったんだけどな。海上でならいくらでもやりようはあるだろうが、陸の上に上がられると残骸なんかがバラバラ落ちるだろうし」

 

「……何も考えてないとこないよね?」

 

ゾッとすることをバードウェイが言うので上条が思わず問いかけると、バードウェイは人差し指を振りながら告げる。

 

「例のサーチ構造物……えー、イギリス清教式に言うと『ラジオゾンデ要塞』だったか? あれがどうやって幻想殺し(イマジンブレイカー)を追尾しているかは予測がついている。そして、方式さえ分かれば対処法の逆算もできるって訳さ」

 

「方式って言うのは?」

 

浜面が訊ねると、バードウェイは人差し指を無意味にふりふりと横に振る。

 

「地脈や龍脈と言うのは覚えているか?」

 

「……人体から作る魔力以外で、魔術に応用できるエネルギーの一種って話だろォが。確か、土地やら地形やらが関わってきやがるって……」

 

きちんとバードウェイの説明を理解している一方通行(アクセラレータ)がたどたどしくも言うと、バードウェイは深く頷いた。

 

「そうだ。そして、幻想殺し(イマジンブレイカー)はありとあらゆる異能の力を打ち消す能力を持つ。それは惑星を循環する力であってもとしても変わらない」

 

バードウェイがそう前置きしたので、真守が口を開く。

 

「上条の幻想殺し(イマジンブレイカー)は自然発生している異能についてはあまり機能しない。でも、あまり機能してないだけで少しは機能している。だからあの要塞はその痕跡を使って上条を追っていると?」

 

「そうだ。流石神人。よく分かっている」

 

バードウェイが自分のことを未だに抱き上げていると真守を称賛すると、上条が首を傾げた。

 

「……どういうことだ?」

 

記憶を失くしている上条当麻は、幻想殺し(イマジンブレイカー)の仕組みを理解していない。

 

そのため真守が何を言っているか分からないので問いかけると、真守が分かりやすいように説明する。

 

「お前の右手はこの世界を形作っている異能──地脈や龍脈といったエネルギーも実は打ち消してるんだ。けれど地脈や龍脈といったエネルギーは、右手が打ち消した分を惑星の方が補充してくれる。そういう風にできてるんだ」

 

上条当麻の幻想殺し(イマジンブレイカー)が龍脈や地脈のエネルギーを打ち消す。

すると周りが補填(ほてん)しようと流れが生まれる。

流れを見据えることができる真守にとって、その仕組みを理解するのは容易いのだ。

 

「……そんなに、都合よくカッチリあてはまるものなのか?」

 

真守の説明を聞いた上条が自身の右手を見つめながら首を傾げると、バードウェイが補足説明をする。

 

幻想殺し(イマジンブレイカー)に限った話じゃない。お前のような天然モノの場合、環境や状況に合致した設定を施されている場合が多いんだ。天然モノの『原石』とは地球環境に刺激されて能力を得た者たちを差す訳だしな」

 

バードウェイが上条に『原石』の話を簡単にしていると、垣根が口を開いた。

 

「ちょっと待て。幻想殺し(イマジンブレイカー)は惑星のシステムに組み込まれてる。それなのにその痕跡を追えるってことは、つまりあの巨大構造物は惑星のシステムに干渉してるってことか?」

 

魔術に関して中々に詳しくなっている垣根が問いかけると、バードウェイは頷いた。

 

「ああ、そうだが?」

 

「「…………」」

 

思わず絶句する真守以外に、バードウェイは淡々とその仕組みを説明する。

 

「神人の言う通り、世界に必要な異能で削り取られたものは、周りが自然と補うようにできている。そして未元物質(ダークマター)の推測の通り、『ヤツら』はそのサイクルに干渉したのさ。削られた分を修復する過程で、『ラジオゾンデ要塞』にだけ分かるような目印を残すようにな」

 

「どうやって……? 惑星に干渉なんて、言葉で言うのは簡単だが、実際どこからどう手を付けるものなんだ!?」

 

「風水の応用さ」

 

浜面の叫ぶような質問に、バードウェイは続ける。

 

「山や川の位置でエネルギーの流れが変わるから、最適の場所に宮殿を建てましょうってあれだよ。……だったら逆もできる。望む変化を地脈や龍脈のエネルギーに与えるために、山や川を規則的にぶっ壊してやればいいのさ」

 

バードウェイの言葉を聞いて真守は納得して目を細めた。

今だって上条当麻はAIM拡散力場もろもろを右腕の幻想殺し(イマジンブレイカー)で打ち消している。

確かに風水の応用を行えば、どこに上条がいるか特定できるだろう。

 

「そこまで……たった一人の人間を探すために、そこまでやるのか……?」

 

真守を他所(よそ)に、浜面はそのスケールの大きさに呆然とする。

 

「こんなものは『ラジオゾンデ要塞』そのものに比べればサブの術式に過ぎない。あれだけの大質量を浮かべさせるのにどれほどエネルギーを使うと思う? まあ、ガスタービンにできる程度の現象じゃないな」

 

真守は遠くに浮かぶラジオゾンデ要塞を見つめながら呟く。

 

「……魔術によって特殊配合されたエネルギー、かな。でもそれだと、科学に足を突っ込んでいることになる。……そうか、そういう連中なのか」

 

真守がぼそぼそと呟いていると、バードウェイは真守の独り言に驚愕の表情を浮かべた後に、興味深そうに微笑んだ。

 

「『ヤツら』は幻想殺し(イマジンブレイカー)を追うために、幻想殺し(イマジンブレイカー)が地脈や龍脈のエネルギーを破壊し、修復されるサイクルの過程に干渉して自動的に目印を生み出している。これによって地球のどこへ幻想殺し(イマジンブレイカー)が逃げても『ラジオゾンデ要塞』は正確に追尾するようになる。ここまでは分かるか?」

 

「それじゃ、逃げようがねえだろ!?」

 

逃げ場がどこにもないと浜面が焦ると、バードウェイは冷静さを欠かずに告げる。

 

「地脈や龍脈が削られた力を補修するサイクルに相乗りしているとはいえ、『ヤツら』の術式は常時休まず目印を生み出し続ける訳じゃない。連中だってコストについては考えるからな。だから、正確には等間隔で設置されている発信器のようなものということだな」

 

「でもその発信器は等間隔で自動的に生み出されるんだろう? だったら新しい発見器が作られたら、やっぱり『ラジオゾンデ要塞』の起動も修正されるんじゃないのか?」

 

上条が問いかけると、バードウェイは首を横に振った。

 

「『ヤツら』はそこまで万能じゃない。おそらくもうリミットで、新しい発見器は作られない。だから今ある発見器を破壊してしまえばそれで良い」

 

バードウェイは断言してから、予測を口にする。

 

「そうだな。五〇キロ間隔で発信器設置されていると考えると、最後の発信器はこの学園都市の地下に敷設されるはずだ。そいつをぶっ壊せば『ラジオゾンデ要塞』は素通りする。後はどうせ無意味にハッスルしているイギリス清教辺りがケリをつけてくれるだろう」

 

上条はバードウェイの説明を聞いて、自分の右手、幻想殺し(イマジンブレイカー)をじぃっと見つめて告げる。

 

「そうか。……それだけ分かれば十分だ」

 

上条は頷く。そんな上条に真守が告げた。

 

「上条、手っ取り早く終わらせよう」

 

真守の言葉に上条が頷く。

 

真守の能力は流動源力(ギアホイール)

 

あらゆるエネルギーを生成する能力者であるが故に、あらゆる流れを感知することができる。

 

だから龍脈や地脈が幻想殺し(イマジンブレイカー)で打ち消されて、それを星が充填するサイクル(流れ)に『ラジオゾンデ要塞』が干渉しているのならば、真守に分からないことなんてないのだ。

 

真守は抱えていたバードウェイを下ろして柵に手をかける。

 

「待てよ」

 

だが二人が行動を開始しようとすると、浜面が声を掛けてきた。

 

「第三次世界大戦がバードウェイってヤツの言った通りなら、この世界はアンタらに借りがある。だったら今になってそいつをまた膨らませる必要はねえ。この辺りでちょっとずつでも借りを返させてもらうぜ」

 

浜面はパーソナルな領域を守るために戦ってきた。

 

それは外側に広がる大きな世界を守られなければ、自分が手を出す暇もなく失われていたはずだ。

 

つまり、上条当麻と朝槻真守が頑張らなければ、浜面仕上は自分の大切な世界を守ることができなかった。

 

そういうことだ。

 

「……、」

 

一方通行(アクセラレータ)も何も言わずに、浜面の言い分に同意した。

 

事情を説明してもらった上で彼らが再び世界と戦おうとしているならば、見過ごすことなどしてはならない。

 

一方通行(アクセラレータ)は真守の反応を待たずに首筋の電極のスイッチを切り換えると、ベランダから一気に屋上へと飛び上がる。

 

「アンタたちはそこで待ってな。ちょっと働きすぎなんだよ」

 

浜面は不安そうな顔をしているフレメアを見てから寮の玄関に走っていった。

上条は呆然としながらも真守を見た。

真守はバードウェイを降ろしながらにこ、と微笑む。

 

「任せるにしても……私は気になるから見に行くぞ?」

 

真守はそう前置きして、能力を解放した。

 

猫耳ヘアの上に蒼閃光でできた三角形を一つずつ現出させて、その三角形に正三角形を二つずつ連ねる。

 

そしてスカートの上から蒼閃光(そうせんこう)でできた細長い四角形のタスキのような帯を出して、その根元に正三角形を二つ、リボンのようにぴょこっと現出させた。

 

そしてベランダから空中へと尻尾と黒髪、そしてスカートをひらめかせて去っていく。

 

「おい、真守! スカートで飛ぶんじゃねえっていつも言ってるだろ!!」

 

垣根は真守の洗練されたデザインの下着が(あら)わになることを恐れて、未元物質(ダークマター)で造り上げられた三対六枚の翼を広げて飛翔する。

 

『えー今更もういいだろ?』という真守の声が響く中、真守はふりふりと上条へと手を振った。

 

「上条も気になるなら来い」

 

「わ、分かってるよ! お前たちは簡単に飛べるからいいよなあ!」

 

上条当麻はそう叫ぶと、自身も寮の玄関から外へと飛び出した。

 



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第一二話:〈一件落着〉で次のステージへ

第一二話、投稿します。


一方通行(アクセラレータ)はひとっ飛びでビルの屋上まで行くと、手すりに立って周囲をぐるりと見回した。

 

ラジオゾンデ要塞。

それが目印としている精密誘導の発信機を探して、だ。

 

一方通行(アクセラレータ)はこれまで何度も魔術に触れている。

バードウェイからの説明で、曖昧なイメージであった魔術に明確な輪郭が与えられつつある。

そのため一方通行(アクセラレータ)は一度息を吸って止めて、そして意識を集中した。

 

「……ッ!!」

 

自身の体から嫌な汗が噴き出すのを感じる。

それでも街の外から流れてきて街の外へとまた出ていく力の道筋を見極める。

 

だが一方通行(アクセラレータ)には朝槻真守のように流れを知覚して察するという能力までは備わっていない。

 

彼にできるのは、あくまで自分で定義した世界を網羅することだからだ。

 

だが、少しだけ認識を踏破するだけで真守が感知している世界へと疑似的に踏み込むことができるし、ベクトルの流れを感じられずとも目に見えた流れならばそれを知ることができる。

 

その代償に血管が不自然に脈動し、嫌な汗が噴き出すという魔術を使う予備動作による体の異変が引き起こされるとしても、一方通行(アクセラレータ)は集中し続けた。

 

垣根帝督は一方通行(アクセラレータ)のもとへと向かう真守に追いついてお姫様抱っこで抱き上げながら、真守の胸に飛び込んだ自らの能力で造り上げた人造生命体であるカブトムシに干渉していた。

 

この学園都市に垣根は情報網としてカブトムシを万単位で配置しており、学園都市内で起こった出来事は手に取るように分かるようにしている。

 

バードウェイはちょろっと説明しただけだったが、風水は力の流れによって『居心地の良い場所』と『そうでない場所』に分けられる。

 

そして人間は総じて『居心地の良い場所』へと流れることになる。

 

その『居心地の良い場所』への流れをカブトムシで観測すると、不自然な部分ができていた。

 

学園都市は科学によって作り上げられて一切の魔術が排斥された場所だ。

だからこそ、不自然な部分ができているのはおかしい。そしてその不自然な部分がより際立っていた。

 

一方通行(アクセラレータ)は自身の目で、垣根帝督は無数のカブトムシを使って人の流れがおかしい部分を見つけ出した。

 

真守は垣根にビルの上に降ろしてもらって、垣根と一緒に一方通行(アクセラレータ)が立っている柵の近くまで歩いて行く。

 

「分かったか?」

 

真守が自分と垣根に問いかけてくるので、一方通行(アクセラレータ)は振り向いた。

 

「あァ。答え合わせといこォじゃねェか。──なァ?」

 

一方通行(アクセラレータ)は真守の隣に立っている垣根に視線を向けた。

 

「「第七学区・中央ハブ変電施設」」

 

一方通行(アクセラレータ)と垣根が同時に告げたので、真守は柔らかな微笑を浮かべて携帯電話を取り出した。

 

「上条。第七学区・中央ハブ変電施設の丁度中心、地面の中だ」

 

具体的な場所まで理解している真守が上条に答えを教える。

 

真守が上条と連絡を取るのが終わって携帯電話を片付けていると、一方通行(アクセラレータ)が口を開いた。

 

「……オマエは流れを操れる。だからそれで発信機をどォにかやろォと思えばできンだろ?」

 

「確かにできるけど、そうするとラジオゾンデ要塞が素通りするまで私が風水の応用でエネルギーの循環に手を入れ続けなくちゃいけない。私個人としてはあんまりエネルギーの流れに手を入れたくないんだ。だから上条の右手で一発で終わるならそっちの方がいい」

 

真守がラジオゾンデ要塞を見上げながら告げていると、ラジオゾンデ要塞に異変が起きた。

 

 

ラジオゾンデ要塞の三分の一が消滅したのだ。

 

 

「バードウェイはイギリス清教が対処してるって言ってたけど……派手にやってるみたいだな。でも学園都市に被害はなさそう」

 

真守は塵も残らず綺麗に消滅した『ラジオゾンデ要塞』を見上げながら告げる。

 

「魔術師はあンなところまで魔術で行けンのか?」

 

「ううん。魔術的な飛行を撃墜する術式があるから、現代の魔術師は魔術で空を飛べないんだ。まあ確かにその術式の穴を突く魔術師はいっぱいいる。でもイギリス清教は学園都市と手を組むほどに科学には寛容だから、多分科学的な技術であそこまで行ったんだと思う」

 

「……あの高さで生きられるなンて、魔術師も大概怪物だな」

 

空気が大分薄くなっているだろうと一方通行(アクセラレータ)が予測して告げると、真守もラジオゾンデ要塞を見上げながら告げる。

 

「ラジオゾンデ要塞の環境がどうなってるか分からないけど、イギリス清教『必要悪の教会(ネセサリウス)』には、神裂火織という『聖人』がいるんだ」

 

「聖人?」

 

一方通行(アクセラレータ)が首を傾げるので、真守はこれまで何度も説明してきた『聖人』について説明する。

 

「十字教の『神の子』に身体的特徴が似ているという理由で『神の子』の力の一端をもらい受けることができる人間がいるんだ。その者たちのことを『聖人』と言って、そんな人間が世界には二〇人ほどいる。聖人は宇宙から大気圏突入したって生きていられるぞ」

 

真守は九月中旬に、神裂が『エンデュミオン』に向かう上条とインデックスが乗る宇宙船を守るために宇宙服なしで活動し、そのまま大気圏突入して帰ってきたことを知っている。

その事を思い出しながら告げると、一方通行(アクセラレータ)は顔をしかめた。

 

「……魔術ってのは才能のない人間のためにあるってバードウェイのガキは言ってたンだがな」

 

『聖人』とはある種選ばれた人間であり、才能のある人間だ。

魔術は才能のない人間が才能のある人間に追いつくためのものである。

その魔術を才能があるままに自由に使えるなんて、『聖人』は恵まれた生まれを持っている。

そのことについて一方通行(アクセラレータ)が言及すると、真守は肩をすくめた。

 

「最初からそういう力を持って生まれた人間もいるんだぞ。まあ彼らには彼らなりの苦しみがある。右方のフィアンマもその一人だ。いるもんにはいるんだ。……力や、運命が決められて生まれてきた人間がな」

 

垣根帝督は朝槻真守のどこか寂しそうな言葉に目を細めた。

 

何故なら真守もそうだからだ。

 

ここではないどこかの世界。

 

その世界から魂の形を朝槻真守の力によって得て、こちらの世界へと真守に降ろしてもらおうと考えている者たち。

 

その者たちが神を求めたからこそ真守は神としての性質を持っており、それを学園都市は絶対能力者(レベル6)へと加工した。

 

その運命の中には、垣根帝督も巻き込まれていた。

 

この世界に形のない『彼ら』が形を得るためには──未元物質(ダークマター)が最適なのだから。

 

全てが仕組まれていたとしても、垣根帝督は朝槻真守のそばにいたい。

何故なら真守はロシアで自分に選ばさせてくれたから。

真守だけは絶対に運命から逃げられないのに、垣根帝督には『代わり』があるから運命から逃れても良いと言ってくれたのだ。

 

垣根帝督には絶対に譲れないものがある。

 

あの夏の日。絶対的な力に一人で立ち向かっていた真守のことを知った。

あの時思ったのだ。

この少女を、尊い在り方をしているこの少女だけは一人にしてはいけない。

 

そう思ったから。垣根帝督は朝槻真守を絶対に一人にしない。

何があってもきっとこの想いだけは変わらないと垣根は思っている。

 

そこで真守は垣根へと視線を移した。垣根も真守を見た。

 

優しく全てを見透かすようなエメラルドグリーンの瞳を見て、垣根は微笑んだ。

自分の絶対に変わらない、『真守を一人にしない』という想い。

それを、朝槻真守も信じていると感じたからだ。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

真守の言った通り、魔術の起点は地面の中にあった。

だがコンクリートによって塗り固められた基盤の中にあったので、発信機は簡単に破壊できなかった。

 

そのため浜面が重機を持ってきてコンクリートの基盤を破壊して、発信機を掘り起こしたのだ。

 

当然のことながら器物破損なため、上条と浜面が逃げてきたところへ真守たちは向かった。

 

例の如く、垣根は真守の下着が(あら)わになるのが嫌だ。

だから真守をお姫様抱っこして、垣根は自らの翼をはためかせて上条と浜面のもとに着地した。

 

そんな垣根と真守の横に、一方通行(アクセラレータ)はビルの屋上から落下する形で着地した。

 

そして一方通行(アクセラレータ)は面倒くさそうに電極のスイッチを切り換えて、現代的なデザインの杖に体重を預けた。

 

真守はそんな一方通行(アクセラレータ)の横で携帯電話を操作すると、スピーカーフォンに切り替えてバードウェイに繋げた。

 

〈ラジオゾンデ要塞は速度の微調整を行いながら、千葉外房沖に着水したそうだ。高波などの被害もない。学園都市側の対応速度が鈍かったのが気になるが、一応は解決だな〉

 

「それについてはこっちで調べてみる」

 

学園都市の対応が悪いことに真守が違和感を覚えて告げると、バードウェイは電話の向こうで頷いた。

 

〈分かった。そんなお前たちに労いの言葉を贈ってやりたいところだが、そう言えばまだ本題に入っていなかった事を思い出してな〉

 

「また説明したがりかよ。あと一体何時間拘束するつもりなんだ……」

 

嫌気がさして浜面がげんなりとした顔をすると、バードウェイは軽く笑った。

 

〈いいや。残るのは核心だけさ。……「ヤツら」の名前だよ。「ヤツら」の名前はな……〉

 

 

〈────グレムリン、と言うそうだ〉

 

 

グレムリン。

 

機械の誤作動を誘発し、飛行機などの兵器を使い物にならないようにする──と信じられてきた妖精の名前。

機械という概念が生まれてから人々の間で語り継がれるようになった、近代文明における新興的カルト。

 

魔術という世界が科学信仰の世界を蝕む象徴でもある。

 

第三次世界大戦で勝利を得た科学サイド。

その大きな広がりを食らわんとするオカルト。

その大きな戦いが、今始まろうとしていた。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

「真守。ご機嫌だな」

 

真守は垣根と手を繋いで、自分たちの自宅である五階建てのマンション型のシェアハウスへと帰っていた。

そんな中、垣根が真守の機嫌の良さに気が付いて声を掛けると、真守は頷いた。

 

「分かるか? 上条に再び会えたのが本当に嬉しい。生きてるってなんとなく分かってたけど、直に会えたらとても嬉しくなった」

 

真守がふにゃっと笑いながら告げるので、垣根は目元を柔らかくした。

 

「そうか。良かったな」

 

「うんっ」

 

真守は笑顔で頷くが、きょとっと目を丸くする。

 

「……垣根、バードウェイの言葉が気になってるんだな?」

 

「そうだな」

 

垣根は勘の良い真守に胸中を言い当てられたことに、素直に頷いた。

 

ラジオゾンデ要塞をどうにかした後。一同はとりあえず上条当麻の寮へと戻った。

 

するとバードウェイは帰ってきた一方通行(アクセラレータ)や浜面に、難癖をつけるように『お前たちは目の前で助けてと言っている人間を無視できない』と言ったのだ。

 

そして彼らが去った後、垣根帝督にはバードウェイが違う事を言った。

 

『お前は目の前で誰が泣いて助けを乞おうが助けない。ただ神人が願った時にだけ人々を助ける。……お前の世界の中心は神人で、お前は神人のためだけにヒーローになる。そんな人間を動かすなんて私にはできない。……だがな』

 

バードウェイはそう前置きして、ニヤッと笑った。

 

『今度の敵もやっぱり、お前の大事な神人に手を掛けようとしているぞ?』

 

垣根はバードウェイに良いように手のひらの上で転がされているので、チッと舌打ちをする。

 

「ヒーローとか柄じゃねえ」

 

「ふふ。知ってる」

 

「でもお前に危害が加えられるのを黙って見ているわけにはいかねえ」

 

「それも知ってるぞ」

 

真守は幸せそうにとろける笑みを浮かべて、垣根と繋いでる手にぎゅっと力を込めた。

 

「垣根が私のお願いやわがままは絶対に聞いてくれるって、私は知ってる」

 

「……何かしてほしいことがあるのか?」

 

垣根が真守に優しい言葉を掛けると、真守は目を細めた。

 

「うん。考えたことなかったし、興味がなかったけれど……バードウェイの話を聞いてたらちょっと他の神さまに興味が出てきた」

 

「魔神に?」

 

垣根が目を(またた)かせて問いかけると、真守はコクッと頷いた。

 

「神さまだから、きっと願いを背負っているんだ。その願いはどのようなものなんだろうって、そこが気になったんだ」

 

真守は魔神に対してはあまり興味はない。

それでも魔神がどんな人々の願いを背負って生まれ落ちたのか気になるのだ。

何故なら自分も、この世のものではない存在の願いを受けて、生まれ落ちたのだから。

彼らが何を背負っているのか、単純に気になるのだ。

 

真守は垣根に向き直って、じぃっとその澄んだエメラルドグリーンの瞳で見上げた。

 

「魔神に興味が出てきた。だから垣根、一緒にアメリカ合衆国に行ってくれるか?」

 

そのお願いに、垣根は真守の頬にそっと手を添えながら優しく告げる。

 

「お前が行くならどこにでも行ってやる。どこに行くのだって一緒だ。……もう離れるのはごめんだからな」

 

朝槻真守はもう既に二度も、垣根帝督のそばから離れている。

暗部抗争の時と、第三次世界大戦の時。

それがちょっぴりトラウマになっている垣根を見上げて、真守は頷いた。

 

「うん、私はもうどこにも行かない。だって私も垣根と離れたくないから。ずぅっと一緒だって決めたから」

 

「お前の言葉は信用ならねえ」

 

垣根は冷たい言葉を吐くが、それは事実だ。

真守は神さまとして必要ならば、垣根を置いてどこかへと行ってしまうだろう。

自分が神さまとしてするべきことならば、絶対に成し遂げようと行動するからだ。

それが、今の朝槻真守の()り方だからだ。

 

「俺は俺のやりたいようにやらせてもらう。だから俺はお前から絶対に離れない。お前がどこかに行くなら俺が勝手に付いてく。……絶対に離してやるもんか」

 

「うれしい」

 

真守は垣根と繋いでいる手をぎゅーっと握って、自分の胸の前に持ってくる。

 

「じゃあ垣根、帰ろう。深城がご飯作って待ってるから」

 

「そうだな」

 

垣根は真守と歩調を合わせて、家路を急ぐ。

 

何があろうとこの少女だけは守ってみせる。

そしてこの少女が守りたいものも守ってみせる。

垣根は今一度そう決意して、帰るべき日常へと帰って行った。

 




ラジオゾンデ要塞篇、これにて終了です。
ハワイ篇ですが、新約のストックが溜まってきたので来週水曜日(5月25日)より、三日おきに投稿させていただきます。
更新についてはTwitterの方でも予告します。
ハワイ篇も楽しんでいただけたら幸いです。



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新約:ハワイ篇
第一三話:〈空港降立〉でひと悶着


第一三話、投稿します。
ハワイ篇、突入。
※次話投稿は五月二八日土曜日です。


(一一月一〇日、オアフ島、新ホノルル国際空港第三ターミナル荷物受け取り口の防犯カメラの映像より)

 

朝槻真守は飛行機に預けられた手荷物が流れていくレーンの近くに立って、垣根の荷物が来るのを待っていた。

 

常夏のハワイということもあって、真守も夏の装いである。

 

黒のハイネックタンクトップに白と黒で構成されたお気に入りのブランドのデザインパーカー。

そしてハイウェストの白いホットパンツに白い編み上げのレースアップサンダルを合わせていた。

 

髪型はいつも通りの猫耳ヘアで、異国の地であろうと高貴な黒猫の印象は変わっていない。

 

そんな真守へと、後ろから近づく影があった。

 

『お嬢さん。どんな荷物をお探しかね?』

 

脅威的な敵対心がないと分かっていた真守は、気付いていない風を装ってゆっくりと振り返る。

そこには大学生くらいの背の高い白人男性がいて、真守ににこやかな笑みを向けていた。

 

『その華奢で美しい腕で荷物を取るにはいささか無理がある。どのようなものであるのか教えて下されば私が取って差し上げよう。そして、良ければホテルまで送ってあげよう』

 

真守が頷こうが頷かなくても『非力な真守を連れて行って食っちまおう』と、舌なめずりしていることがバレバレである下心満載の白人男性。

 

真守はそんな白人男性を仏頂面で見上げていたが、ちらっと眼を動かした。

 

その瞬間、白人男性は後ろから確かな圧を感じて振り返った。

 

そこには身長一九〇㎝の自分よりも数センチ低い、アジア人にしては背が高い少年が鋭い目つきで空間を震わすほどの威圧感を発していた。

 

もちろん、垣根帝督である。

 

垣根も常夏のハワイということで、半そでシャツの前をいつものように全開で、青いインナーを見せびらかすように着ている。

 

下はスキニーパンツで、小脇にはジャケット。

 

そしてその手には男にしては可愛らしい趣味の黒猫のバンドが付けられた、デザイン性の高いモノクロのスーツケースを手にしていた。

 

『お前の後ろに立っている、ちょっと器が小さそうな人が私の恋人なんだ。そういうことだから他を当たってくれ』

 

真守は流ちょうな英語で喋りながら、白人男性の横をするっとすり抜けて垣根へと近づく。

 

そしてぎゅっと垣根の腕に抱き着くと、あからさまに垣根へとふくよかな胸を押し付けながら白人男性を見上げてニコッと微笑んだ。

 

その姿は可憐なものだ。だが白人男性は垣根の威圧に負けて動く事ができない。

 

『あ、垣根。垣根の荷物が流れてってるぞ。早くいこう』

 

真守は白人男性に殺意を向け続けている垣根をぐいぐい引っ張り、自分がいま探していた流れていく垣根の荷物のもとへと行く。

 

垣根は最後にチッと舌打ちをして白人男性から目を()らすと、自分のことをぐいぐいひっぱる真守のことを睨みつけた。

 

『なんで流れてったお前の荷物を俺が取りに行くだけでナンパされるんだよ。……真守。お前、絶対能力者(レベル6)進化(シフト)して人間を引き付けるAIM拡散力場でも発してんのか? あと誰の器が小さいんだコラ』

 

『垣根限定で発してるぞ。それと垣根の器の小ささが私はだいすき。ハイ、これ垣根の荷物』

 

真守は垣根から離れずに垣根のスーツケースを取ると、垣根に向けて差し出す。

 

『嘘つけ、だったらなんで頻繁(ひんぱん)にナンパされるんだよ。……お前、絶対に俺から離れるなよ』

 

垣根は舌打ちをしながらも、真守から自分のスーツケースを受け取る。

 

『垣根』

 

『あ?』

 

大変不機嫌な垣根が真守の声に反応して真守を見ると、真守は背伸びをして垣根の頬にキスをした。

 

『!』

 

垣根が驚いて目を見開くと、真守はふにゃっと恥ずかしそうに微笑む。

 

『誰も見てない時だったからな。これで機嫌直してくれ』

 

『………………ッチ。早くバードウェイに連絡しろ』

 

垣根は真守に良いように(なだ)められたと知りつつも、滅多にキスをしてこない真守からキスをしてくれたのが嬉しくて顔を背ける。

 

真守は仏頂面でジャケットを肩に掛けて、自分のスーツケースと真守のスーツケースを持ってゴロゴロと転がす垣根の隣を歩きながら、携帯電話を取り出してカコカコ(いじ)りながら歩く。

 

真守たちは『グレムリン』が事を起こすであろうアメリカ合衆国、しいて言えばハワイに来ていた。

 

もちろん二人ではない。

 

一方通行(アクセラレータ)にバードウェイ、上条当麻。そして何故か御坂美琴と浜面仕上と、監視するために連れ出した黒夜海鳥と、黒夜のストッパーとして番外個体(ミサカワースト)も一緒にハワイに来ている。

 

だがそんな大所帯で学園都市から一度に出れば足がつく。しかも超能力者(レベル5)が三人もいるのだ。確実に捜索部隊が派遣される。

 

そのため真守たちは乗る飛行機の便を分けてハワイに来ていた。そしてバードウェイと一方通行(アクセラレータ)は既に新ホノルル国際空港に到着している手筈となっている。

 

彼らと合流するために真守が携帯電話で連絡を取る中、垣根は苛立ちにチッと舌打ちをした。

 

真守の事を道行く人間がチラチラ見ているからだ。

 

垣根も決して見られていないわけではないのだが、それでも自分への視線よりも真守の事を見る視線が鬱陶しい。

 

それは飛行機のファーストクラスという高級閉鎖空間であってもそうだった。

 

『決めた。帰りは八乙女に連絡してプライベートジェット機飛ばしてもらう』

 

『突然どうしたんだ。そこまで私に視線が向くのが嫌なのか?』

 

真守が携帯電話をカコカコ(いじ)りながら垣根を見上げると、垣根は忌々しそうに呟く。

 

『ああ、心底気に入らねえ。バカなヤツらがお前をモノにできるとか一ミリでも考えるだけでムカつく』

 

『相変わらず器の小さい男だ』

 

真守は一つため息を吐くが、そのため息が心底楽しそうだった。

垣根が真守のことを見ると、真守は大変楽しそうな様子でくすくす笑っていた。

 

『ふふ。でも垣根が私のことを独占したいって思ってくれるのはとても嬉しいな』

 

『…………どうした。えらくご機嫌じゃねえか。ハワイに来られてそんなに嬉しいか?』

 

垣根が問いかけると、真守はバードウェイへとメールを送信し終えて微笑む。

 

『うん。だって私は学園都市を出たことなかったから』

 

垣根は真守の事実を告げる言葉を聞いて、我がごとのように辛そうに目を細める。

 

真守の実家はイギリスにあるが、それは真守が超能力者(レベル5)第一位に認定されてから発覚したことであり、真守は元々置き去り(チャイルドエラー)だった。

 

置き去り(チャイルドエラー)である真守が学園都市から出ても行くところなんてないし、そもそも真守は消えた八人目の超能力者(レベル5)だった。

そのため外に出る事なんてありえなかったのだ。

 

第三次世界大戦の時にロシアに行ったのだって、真守は初めて学園都市から離れる事態だった。

 

そのため人生二度目の海外に大切な男の子と一緒に行けるということは、真守にとってちょっとしたわくわくする事である。

 

『このままちょっと世界回ってから帰るか?』

 

垣根が嬉しそうにしている真守が愛おしくて優しく提案すると、真守は柔らかく微笑む。

 

『名案だけど、それは置いてきた深城がかわいそうだな』

 

真守は大切な女の子である深城を学園都市に置いてきている。

戦力的に申し分ないし、妹達(シスターズ)の力を借りれば深城もハワイに来る事はできる。

だが真守にとって、深城は全ての脅威から守るべき存在である。

 

できれば戦いになるところに連れて行きたくない。

 

真守の考えを理解している深城は特にだだをこねる事なく、学園都市で林檎と共にお留守番をしている。だからのけ者にしたくないのだ。

 

『大丈夫だぞ、垣根。これからたくさん機会があると思う。時間はたくさんあるんだから』

 

真守はふにゃっと笑って垣根を見上げる。

永遠を共にする二人には、たくさんの時間がある。

別に急ぐことなど無いのだ。真守の言う通り、時間はいくらでもある。

 

『そうだな』

 

垣根が笑っていると、ポーンという電子音がアナウンス用のスピーカーから鳴り響いた。

 

真守は流ちょうな英語のアナウンスを適当に聞き流していたが、垣根と同時に異変に気が付いて目を鋭く細めた。

 

『垣根、今のアナウンス』

 

『ああ。床のワックス処理で靴を汚さないように、なんてアナウンスを別の階にまで放送する必要はねえ。こりゃ対テロ警報だな』

 

『銃声が聞こえないところから、不自然に置かれたスーツケースでも見つけたのだろうな。……むぅ。AIM拡散力場が薄いから全然分からない』

 

真守はAIM拡散力場によって情報を集めることができる。

だがここは学園都市外だ。

妹達(シスターズ)が全世界に配置されていると言っても、学園都市内と違ってAIM拡散力場が潤沢(じゅんたく)にあるわけではない。

 

『ったく、早速問題発生かよ、でもまあ俺たち能力者にはあんまり問題にならねえがな』

 

垣根が悪態を吐きながらも余裕たっぷりで告げると、真守の携帯電話からメールの着信音が響いた。

 

『む。バードウェイが先制攻撃を仕掛けたらしいぞ。空港内に爆弾仕掛けたんだと』

 

真守がバードウェイから来た連絡を読み上げると、垣根は怪訝そうな顔をした。

 

バードウェイから来たメールには、最初の一文に『グレムリンを探し出すために先制攻撃として爆弾を仕掛けた』と書かれていた。

垣根はそのメールを見ながら、感心したような声を出す。

 

『わざと混乱を作り上げてグレムリンをおびき出そうとしてるのか? ふーん。バードウェイのヤツは使える手ならなんでも使うんだな』

 

『そうみたいだ。グレムリンは思想型だから自分のテリトリーを侵されると嫌がるだろう、とも書いてある』

 

真守がカコカコと携帯電話を(いじ)りながら告げると、垣根は目を細めて真守を見た。

 

『とりあえず行くか』

 

『うん、そうだな』

 

真守は垣根は荷物をロッカーに預けると、事件の現場となっている中央ロビーへと急いだ。

 

 

 

(一一月一〇日、オアフ島、新ホノルル国際空港、案内用ロボットの持つタブレット端末のカメラ映像より)

 

 

 

真守は中央ロビーの天井近く──複数の鉄骨が組まれた鉄骨の一つにちょこんと座っており、その隣には垣根が立っていた。

 

中央ロビーにはバードウェイが仕掛けたスーツケースの中に入った爆弾を取り囲むように、空港の職員が立っている。

 

警察の爆弾処理班がいない辺り、どうやら警察はまだ到着していないらしい。

 

真守が目を細めて中央ロビーに置かれたスーツケースの周りを見つめる中、真守と垣根がいる鉄骨の一つ下に、バードウェイと同じ便でハワイに来ていた一方通行(アクセラレータ)が飛び乗ってきた。

 

一方通行(アクセラレータ)

 

『状況はどォなってやがる』

 

『バードウェイの部下に交じって、「グレムリン」と思われる魔術師が一人来てる』

 

一方通行(アクセラレータ)は真守の淡々とした状況説明に顔をしかめた。

中央ロビーには、どうしたってスーツケースを取り囲む職員しかいない。

 

『どォいうことだ?』

 

『空間が科学じゃない二種類の別の法則で(きし)んでるんだ。魔術が使われている証拠だ。おそらく姿を消す魔術で、片方はバードウェイの部下だ。すると必然的にもう片方が様子を見に来た「グレムリン」になる』

 

真守が告げた瞬間、ゾクッと悪寒のような感覚が一方通行(アクセラレータ)の背中を駆け抜ける。

 

すると、何もない所から西欧系で礼服を身にまとった男たちが現れた。

 

真守の言う通り、バードウェイの部下だ。

 

そんな彼らの中に、異質な人影が交じっていた。

 

金髪に白い肌の女だ。

 

整っている顔立ちはまるで絵本の中から飛び出してきたような、自然に生み出されたものではないと一目で分かるようなものだった。体型も同じような感じに整えられている。

 

真守のアイドル体型も自然に生み出されたものではないが、真守はその不自然さを限りなく無くしている。

 

だが、女はその調整をしていない。

 

むしろ魔術を行使するための下地として、自然ではなくあえて理想を追求するような形にしているのだろう。

 

そんな女はダイバースーツにも似た体型矯正用下着──コルセットを腰に()めており、その上に薄い半透明の布を何枚も重ねて作ったドレスを身にまとっていた。

 

『バードウェイのヤツが「体を消す術式」を片っ端から解除したのか』

 

垣根は突然現れたバードウェイの配下たちと、『グレムリン』の女を睥睨しながら冷静にそう分析した。

 

メルヘンチックではない現代的に整えられたドレスを身にまとった女は、自分の手足に軽く目を向ける。

 

そして自分の体が第三者から見えていると知ると、自分を取り囲んでいるバードウェイの部下や上条、そして上条と共にやってきた御坂美琴を見る。

 

そして番外個体(ミサカワースト)と浜面、学園都市に置いて行ったらフレメア=セイヴェルンを殺しそうな黒夜海鳥を見た。

 

『カボチャの馬車のお婆さん』

 

魔術師はフランス語を使って、無垢なる声で歌うように告げる。

 

『ガラスの靴の試練をくださいな。わがままで不誠実な母や姉を(ことごと)く絶望の(ふち)へ突き落とした、厳正にして冷酷なるガラスの靴の試練をお一つ下さいな』

 

バードウェイの部下たちはグレムリンの魔術師が魔術を行使する前に捕まえようと、一斉に飛び掛かる。

 

だが、グレムリンの魔術師の方が魔術を発動するのが早かった。

 

直後。ガラスにヒビが入った時のようなビシィィィ! という音が不愉快に響き渡る。

 

するとグレムリンの魔術師に殺到していたバードウェイの部下たちが、一斉にワックスが()りたくられた床へと転がった。

 

バードウェイの部下たちは自身の革靴に守られた足の先端を押さえて、うめき声を上げる。

 

中には耐えられなくなって絶叫を響かせる者もいた。

 

『カボチャの馬車のお婆さん。憐れなサンドリヨンに力を貸して頂戴な。さらなるガラスの靴の試練をお一つ。傲慢でうそつきな挑戦者たちが全員項垂(うなだ)れるその時まで』

 

魔術が行使し続けるためなのか、グレムリンの魔術師はフランス語でぶつぶつと呟き続ける。

 

超能力者(レベル5)相応(ふさわ)しい頭脳を持った真守や垣根、一方通行(アクセラレータ)はもちろんフランス語も理解できる。

 

そのため魔術師のフランス語の呟きを正確に理解した真守はふむ、と一つ頷く。

 

『童話をモチーフとした魔術といったところか。日本だと灰かぶり姫だけど、フランス語だしここは「サンドリヨン」と呼称した方がいいかな』

 

真守が冷静に呟く中、垣根はサンドリヨンの様子を注意深く見つめる。

 

『確かガラスの靴の話には義理の姉がガラスの靴を()こうとして足が入らなくて、足の先をちょん切った話があったな。……なるほどな。血が出てないっつーことは、あの魔術師の足の大きさに合わせて、バードウェイの部下たちは足先を折られたって訳か』

 

垣根の言う通り、灰かぶり姫の逸話の中では義姉が実際に足の指を切ってガラスの靴を履こうとした逸話がある。

 

その時はガラスの靴が赤く染まった事で足を切ったとバレてしまったはずだが、バードウェイの部下たちの足先からは血が出ていない。

 

そのため垣根が折られたのだろうと推測していると、真守は目をきょとっと開いて瞬かせた。

 

『……義理の姉たちが足を切った話は猟奇(りょうき)的ってことで、本によってはカットされているのに。垣根、詳しいね』

 

真守が感心したように呟くと、垣根はふいっと目を()らして呟く。

 

『林檎に読んでくれってせがまれたんだよ』

 

『…………オマエも子守させられてンだなァ……』

 

遠い目をしている垣根のそばで、一方通行(アクセラレータ)は思わず呟く。

 

一方通行(アクセラレータ)も以前、打ち止め(ラストオーダー)に『みにくいアヒルの子』を読んでほしい、とせがまれたことがあったのだ。

 

やっぱり誰しも人生で一度は幼女に振り回されるのだな、と一方通行(アクセラレータ)が思っていると、優しい垣根を見てくすくすと笑っていた真守が告げる。

 

『垣根の推測で私もあっていると思う。不可思議な法則が働いている範囲があるから、おそらくあの魔術は距離的なもので決まるらしい。自分で距離を指定できるのか分からないけれど、一度体当たりすれば対抗策も立てられる』

 

絶対能力者(レベル6)である真守や一方通行(アクセラレータ)、そして垣根は一度自分の体で魔術を受ければパラメータが取得できるので、対抗策を練ることができる。

 

ただ三人は能力が異なっているので、真守の場合は数値として、一方通行(アクセラレータ)はベクトルとして。そして垣根は未知の法則として、三人のパラメータの(とら)え方はそれぞれ違う。

 

それでも三人は一度その魔術を身に受けてしまえば、その魔術を解析できるのだ。

 

ただまあ絶対能力者(レベル6)である真守と違い、垣根と一方通行(アクセラレータ)は魔術を受ければそれなりにダメージがあるため、真守は何かあったら自分がパラメータを取得しようと考えていた。

 

『警告』

 

グレムリンの魔術師、『サンドリヨン』は()んだ声で中央ロビーにいる者たちへと声をかける。もちろんフランス語である。

 

『これは私の足のサイズである、二二.五㎝以外を認めない術式。それより小さければ骨と骨の間を強引に伸ばして整え、それより大きければ指を切断して整える』

 

学園都市最高峰の頭脳を持っている真守たちの予想通り、サンドリヨンの術式はガラスの靴に関するものだった。

 

推測が当たった真守たちの前で、サンドリヨンは続けて警告する。

 

『もっとも、これは警告。今は指の関節を外す程度で済ませている。本番はこれから。さてどうする? 我々グレムリンから手を引くか、もう少し確実な担保をここでもらっておくか』

 

担保とは、おそらくグレムリンに刃向かう者たち全員の足の指だと思われる。

一方通行(アクセラレータ)はサンドリヨンを見つめて警戒心を高める。

学園都市の常識が魔術には通用しないからだ。

 

『大丈夫だぞ、一方通行(アクセラレータ)

 

真守は自身の理解の及ばない魔術に対して、危機感を覚えている一方通行(アクセラレータ)へと声をかける。

一方通行(アクセラレータ)は真守のことを見上げる。

真守はいつものように微笑んで、一方通行(アクセラレータ)を見つめていた。

 

『お前は一人で戦ってるんじゃない。だから一人で背負わなくていいんだぞ』

 

一方通行(アクセラレータ)は真守の言葉に目を見開く。

 

そうだった。

自分だけでなんとかしなければならないわけではない。

自分のそばには魔術に長けているバードウェイがいるし、何より絶対能力者(レベル6)である真守や、『無限の創造性』を持った垣根帝督がいる。

 

それにどんな異能も打ち消す幻想殺し(イマジンブレイカー)を持った上条当麻だって、かつて敵対していた者たちだって一方通行(アクセラレータ)と共にいる。

 

遠いところまで来た。でも一人ではない。ここまで来るのに多くの出会いがあったのだ。

 

一方通行(アクセラレータ)は心強い味方がいることに笑い、そして目の前の戦いに集中した。

 



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第一四話:〈前哨戦闘〉は閉幕して

第一四話、投稿します。
次話投稿は五月三一日火曜日です。


(一一月一〇日、オアフ島、新ホノルル国際空港、避難誘導の過程で持ち主の手を離れたジョークグッズのペン型カメラの映像より)

 

『あ。もしもし、バードウェイ?』

 

真守は中央ロビーの鉄骨の上に乗ったまま携帯電話でバードウェイと連絡を取る。

電話は会議モードとなっており、上条当麻の携帯電話とも一応繋がっていた。

真守の眼下では、浜面仕上が奮闘している。

 

即席の圧縮ガス銃で、だ。

 

浜面仕上は武装無能力集団(スキルアウト)のリーダーだったが、御坂美鈴を殺し損ねた事により、『アイテム』の下働きとして働くようになった。

 

武装無能力集団(スキルアウト)というのは学園都市で鼻つまみものだ。だから彼らは自分の身を守るための即席の武器をその場で組み立てられるという特技がある。

 

そのため浜面仕上はその特技のために盗んだ四本の大型の消火器をまとめて、ホースの先端に鋼鉄製のパイプを繋げた。

 

そしてパイプの中に釘を貫通させたコルクを()めて撃ち出す、即席の圧縮ガス銃で応戦し始めたのだ。

 

だがサンドリヨンは時速二三〇キロで空気を切り裂く弾を、怪物じみた速度で避け続ける。

 

真守は無能力者(レベル0)なりに浜面仕上が奮闘しているのを感心しながら、バードウェイと会話する。

 

『うん。私は垣根と一方通行(アクセラレータ)と一緒に中央ロビーの天井付近にいるぞ。私たちは本当に待機でいいのか?』

 

『感謝をします、お婆さん』

 

真守が携帯電話で連絡を取っている中、サンドリヨンは(うた)いながら浜面が懸命に撃ち続ける釘を貫通させたコルクを避け続ける。

 

『王子様との素敵なダンスの時間をありがとう。キラキラ輝くドレスにガラスの靴。素敵なお召し物が弱気な私を後押ししてくださいます。優美で完璧なる一夜の姫に』

 

サンドリヨンは謳うように言葉を紡ぐと、ハイヒールの(かかと)をカカカッ! とフラメンコのように高速で地面に打ち付けて移動しながら上条を見据える。

 

そしてサンドリヨンは浜面仕上の攻撃を避け続けながら、流れるような動きで上条当麻に素早い速度で迫った。

 

『くっ!!』

 

上条は右拳を構えるが、間に合わない。

 

サンドリヨンは二本の細い腕を上条の右腕に絡め、そして上条の両足の間にハイヒールを片方差し込む。

 

サンドリヨンが体を締め上げてくるため、上条はその激痛から逃れようと身をよじる。

 

すると上条当麻の体がくるっと、回った。

 

まるで社交ダンスでリードされているように。華麗に、自然と言った風に。くるり、と。

 

サンドリヨンは上条の体を優美に振り回すと、盾のように自分の体の前に上条を持ってくる。

 

浜面がサンドリヨンを圧縮ガス銃で撃とうものなら、上条当麻の体に当たる。

 

それを悟った浜面仕上は、サンドリヨンへ攻撃ができなくなってしまった。

 

『カボチャの馬車のお婆さん』

 

サンドリヨンは上条の脇に腕を通して、即席銃が撃てなくなった浜面たちへ右手の平を向けた。

 

『急いで馬車をくださいな。一夜の夢が覚めるよりも早く、早く。カボチャの馬車を走らせてくださいな』

 

するとサンドリヨンの右手の平から、凄まじい衝撃波が繰り出された。

 

その衝撃波は床をめくり上げながら、まっすぐと浜面たちがいた場所へと突き進む。

 

浜面や番外個体(ミサカワースト)、そして黒夜海鳥は慌てて通路の角の向こうへと身を引っ込めるが、浜面たちを極限まで追従した衝撃波はその通路の角を粉々に砕いた。

 

『このっ!!』

 

上条のすぐ近くにいた御坂美琴が前髪から電撃を飛ばすが、サンドリヨンは再び上条を盾として美琴の前に突き出す。

 

電撃を放ったら上条に当たる。

 

そう理解した美琴は、完全に攻撃の手段を封じられてしまう。

 

『カボチャの馬車のお婆さん』

 

サンドリヨンは上条の足を払うと、美琴を巻き込む形で上条当麻を床へと押し倒し、無力化しながら再び(うた)う。

 

『ガラスの靴をくださいな。距離は五〇〇、人数は無制限。不誠実な嘘つきたちをまとめて項垂(うなだ)れさせる、厳正かつガラスの靴の試練をお一つ』

 

サンドリヨンは、先程バードウェイの部下を一網打尽にした魔術を中央ロビー全体に発動しようとする。

 

バードウェイに手を出すなと言われていたが、流石にマズいと思った垣根と一方通行(アクセラレータ)は真守を見た。

 

二人の視線を受けて、真守は二人の視線を誘導するためにアイコンタクトをしてから、二人に見てほしい方向へちらっと目を動かした。

 

新ホノルル国際空港の中央ロビーの外に面している壁は一面ガラス張りとなっており、陽の光が入りやすいようになっている。

 

もちろん中央ロビーということもあって壁は三階建ての建物ぐらいあって、左右には三○〇メートルほども広がっていた。

 

真守の視線誘導に引かれて垣根と一方通行(アクセラレータ)が外を見る。

 

 

すると。そこには、航空燃料を五〇トンは積載した超大型のタンクローリーがいた。

 

 

そして、真守たちのいる中央ロビーを一直線に目指して爆走していた。

 

 

その超大型タンクローリーの運転席の上。

 

そこには仁王立ちのバードウェイが立っていた。

 

バードウェイは躊躇(ためら)うことなく全速力のタンクローリーを操って、中央ロビーに派手に突っ込んだ。

 

一面ガラス張りの壁は鉄骨もろとも粉々に砕け散り、轟音が響き渡る。

 

『そいつの足を押さえとけ』

 

バードウェイは勿論魔術を使ってガラスの破片から身を守り、スピーカーフォンにして通話していた上条に指示を出した。

 

上条は突然ながらもバードウェイの指示に従い、サンドリヨンの足を引っ掴む。

 

上条の一手に気を取られたサンドリヨンは、タンクローリーをどうにかするための思考を鈍らせてしまった。

 

その瞬間、タンクローリーはサンドリヨンに直撃する。

 

一緒にいた上条と美琴はすんでのところでタンクローリーの車体の下に潜り込んでおり、二人の鼻先スレスレをタンクローリーは滑って行った。

 

そして時速二〇〇キロ近いタンクローリーは、サンドリヨンを前面に張り付けたまま中央ロビーの壁に激突。

 

壁が割れ、瓦礫が落ちて粉塵が舞い上がる。

 

そんな轟音が何度も立て続けに巻き起こり、様々な破壊音が響き渡る。

 

真守が呆れている前で、バードウェイはひらっと中央ロビーへと降り立った。

 

『こんなもんか』

 

そう呟くと、周りでうめき声を上げて倒れ伏している自身の配下たちを見下ろす。

 

『まったく、あっちもこっちもバタバタ簡単に倒れやがって。車輪で上手く隙間を縫わせるのは大変だったぞ』

 

『か、怪物め……』

 

上条は自分のすぐそばに近づいてきたバードウェイを睨み上げながら呟き、起き上がる。

 

『おい、あのサンドリヨンってのはグレムリンの隠れ家や計画を探るために必要だったんだろ!? 全体的に容赦がなさすぎる! もう救急車どころの騒ぎじゃなくなってるじゃないか!』

 

『そうでもない』

 

バードウェイは右手を軽く振る。

するとその右手にはいつの間にか杖が握られていた。

バードウェイは杖を振りながら、余裕たっぷりで告げる。

 

『見ろよ。グレムリンってのはやっぱり一筋縄ではいかないらしい』

 

『?』

 

上条がバードウェイの言葉に顔をしかめた途端、金属の扉を無理やりにこじ開けようとしているような鈍い音が耳に入ってきた。

 

振り返ると、タンクローリーの潰れた運転席と砕けた壁の間から細い指が出て、中から何かが這い出ようともがいていた。

 

『サン、ドリヨン……!?』

 

上条が思わず愕然(がくぜん)としていると、バードウェイは呆れた様子で講釈垂れる。

 

『そりゃまあ、灰被りは王子の前じゃ完全無欠のお姫様だったからな。失敗なんてありえない。ありえないように外的要因全てを再調整する。その都合の良い勝ち組オーラが「舞踏会」ってヤツなのかな。ただの大質量の塊で程度で少女の憧れが中断することもない、か』

 

バードウェイがそう告げた瞬間、タンクローリーの間からギロッと、サンドリヨンが血走った目でバードウェイを睨みつけた。

 

『ただし、灰かぶりのドレスには機能制限が存在する。深夜一二時のリミット。日付をまたぐことに意味があるんだろうが、一夜の夢を終わらせるならもう少し分かりやすい象徴を当てはめる事もできる』

 

バードウェイはくるくると回していた杖の回転を止めて、その先端をタンクローリーへと向ける。

すると、その杖にはいつの間にか金の懐中時計が鎖によって絡みついていた。

一二時を意味するその時計。

それをサンドリヨンへと向けながら、バードウェイは告げる。

 

『夜明け、さ』

 

直後。

 

 

タンクローリーに積まれていた五〇トンの航空燃料は、バードウェイの手によって着火された。

 

 

上条やバードウェイの部下たちが慌てて逃げる中、航空燃料は大爆発を引き起こした。

 

爆風が吹きすさび、炎が燃え盛る中。

 

学園都市が生み出した怪物たちの頂点は、もちろん無事だった。

 

『頭ぶっ飛んでんな。流石上条を北極海から引き上げたガキだ』

 

垣根帝督はそう吐き捨てながら、三対六枚の純白の未元物質(ダークマター)で造り上げられた翼の間から顔を出す。

その中には当然真守もいて、真守は辺りを見回して頷く。

 

『うん。負傷者もいないっぽいし、大丈夫そうだな。美琴がやってくれたし』

 

死亡者や怪我人がいないことを確認すると、真守は垣根と共に一足先にバードウェイの近くに降り立った一方通行(アクセラレータ)の隣に降り立つ。

 

火の粉や爆炎が舞う中、超能力者(レベル5)たちは無残な姿になったサンドリヨンを睥睨する。

 

『さて、これからだな』

 

バードウェイが呟く中、真守たちはとりあえずその場を後にした。

 

 

 

(一一月一〇日、オアフ島、新ホノルル国際空港第三ターミナル倉庫、防犯カメラの映像より)

 

 

 

バードウェイのタンクローリーアタック(物理)で体をぐちゃぐちゃにされたサンドリヨン。

 

それでもサンドリヨンは自己の肉体とドレスを合わせて童話を基にした魔術を構築しており、そのおかげで体は細かい火傷を残して綺麗に再生していた。

 

だがこれ以上の魔術行使が行われないようにバードウェイはサンドリヨンの象徴である半透明のドレスを引きはがしており、現在サンドリヨンはダイバースーツのような体型矯正用下着、つまりコルセットのみの格好になっていた。

 

『で、どうする。私は専門じゃないから手荒な事になるかもしれないけど、一応記憶の読み取りはできるぞ』

 

真守はバードウェイの足元に転がっているサンドリヨンを見つめながらバードウェイに声を掛ける。

 

『手荒な事になるということは、具体的にどういう事になるんだ?』

 

バードウェイが楽しそうに問いかけると、真守は淡々と告げる。

 

『魔術で読み取りを妨害されたら競合か反発で頭が吹っ飛ぶけど、完璧に治せる自信がある』

 

『それもある意味見てみたいが、面倒が増えるから私に任せておけ。餅は餅屋って言うだろ?』

 

バードウェイは柔らかく微笑みながら真守をどかす。

 

そしてサンドリヨンの顔に羊皮紙でできた符をいくつも張り付けた。

 

魔術を使って吐かそうとしているバードウェイの手つきを、学園都市最高峰の頭脳を持つ超能力者(レベル5)三人は一挙手一投足間違えずに記憶する。

 

そんな中、バードウェイはサンドリヨンに冷酷に告げた。

 

『否定しろ』

 

半ば楽しそうに、バードウェイはニヤニヤと笑いながら告げる。

 

『お前が何を否定しようとしているのか、その項目をこちらで読み取る。だからお前は、ただ私の質問に対して全力で拒めば良い』

 

素直に答えれば魔術を使われなくて済むが、それが嫌で抵抗してもバードウェイの術式によって記憶を読み取られる。

 

つまり何をしたって、サンドリヨンはバードウェイの尋問から逃げることはできない。

 

唯一の逃げ道は『究極の無関心』だが、言葉を投げかけられて無反応を貫くのは脳の構造上人間には難しい。言葉と共に暴力を振られたら尚更だ。

 

そのためサンドリヨンが嫌々とゆっくり首を横に振るが、バードウェイはそれを無視した。

 

『お前の仲間はどこにいる?』

 

サンドリヨンは無表情を貫いているが、その頬がわずかに震える。

 

『お前の目的は何である?』

 

バードウェイがそう質問した途端、サンドリヨンの顔に張ってあった符が輝きを帯びた。

 

『割り出しは順当だ。あと三〇秒もあれば朗報が待っている』

 

バードウェイが勝利宣言をした瞬間、サンドリヨンの口が動いた。

 

『おーおー。サンドリヨンちゃん。すっかりはっきりやられちゃってんじゃん』

 

バードウェイは即座にサンドリヨンの口へと杖を容赦なく突っ込む。

それによってサンドリヨンの前歯が砕かれて血が零れ落ちるが、サンドリヨンは笑っていた。

いいや、彼女を操っている誰かに笑わされているのだ。

 

『取り押さえられても無駄無駄ちゃん。何なら手足を折っちゃっても構わないけど。外部干渉してる今ならマリオネットみたいに操れるワケだしさ。もっちろん、人間の限界(笑)とやらをぶっちぎった出力でね』

 

その宣言と共に、バードウェイがサンドリヨンの口に突っ込んでいた霊装がかみ砕かれた。

 

サンドリヨンの前歯は折れている。

 

それなのに霊装をかみ砕いたという事は顎の力のみでかみ砕いたということで、そんな事をすればサンドリヨンは激痛を(ともな)うハズだった。

 

サンドリヨンが弾かれたように動き出すので、一方通行(アクセラレータ)はチョーカーのスイッチを切り換えて能力行使モードに切り替える。

 

そして近くに落ちていた瓦礫の破片を、動き出したサンドリヨンに直撃するように蹴り飛ばした。

 

だがサンドリヨンはそれをひょいっと華麗に避けて、ひとっ飛びで五メートル以上も後退した。

 

そして口から血を垂れ流しながら、()()()()()()()()()声を発した。

 

『全額投入は赤の二五番に』

 

『ほいほいちゃん。勝負の結果は黒の一一番に。承認完了』

 

誰かが呟くと、サンドリヨンの体から乾いた音が響き渡り、サンドリヨンをその誰かが乗っ取った。

 

『チッ!!』

 

バードウェイは舌打ちをして、かみ砕かれた杖の残骸を手を(ひね)ってくるりと回す。

すると次の瞬間、破壊された杖の霊装は小さな(さかずき)に変わっていた。

バードウェイはサンドリヨンを操っている魔術師の攻撃が来ると身構える。

 

そんなサンドリヨンを操っている魔術師は、サンドリヨンの表情を動かしてニコッと笑みを浮かべた。

 

『そんじゃサンドリヨンちゃん。確かにグレムリンの情報は守ったげるよん』

 

 

サンドリヨンを操った誰かはそう告げると、サンドリヨンの口の中にあった杖の鋭い破片を取り出し、自分のこめかみへ力強く先端を突き刺した。

 

 

サンドリヨンも予想外だったのか、『え』という言葉を漏らしながら真横へと倒れる。

 

真守はサンドリヨンが倒れる前に即座に近づき、彼女の体を抱き留めた。

 

そしてゆっくりと地面に横たわらせると、真守はサンドリヨンの血で汚れる事も躊躇(ためら)わずに頭に触れた。

 

『脳細胞の損傷が激しい。こうなったら脳に深く入り込む記憶の入手は困難だ。──だから、この子の心の表面を読めるだけ読む』

 

真守は宣言して、びくびく震えるサンドリヨンの頭を読みにかかる。

 

サンドリヨンの頭は裏切りの衝撃や痛みに塗れていて、治療をしながら読むのは難しい。

 

『──────さろーにゃ。さろーにゃ、なぜ……』

 

だが真守は絶対能力者(レベル6)だ。サンドリヨンの命を繋ぎながらその脳裏にある誰かへの感情を読み取り、形にする。

 

『すごく裏切られた感覚がサンドリヨンを支配してる。多分、サローニャってのがサンドリヨンを操って自滅させた魔術師の名前だな』

 

真守は目を伏せて意識を集中させていたが、ぴくっと眉を動かした。

 

『──────きばくざい』

 

真守はサンドリヨンの脳裏によぎった単語に顔をしかめる。

 

『起爆剤? 何かの暗喩(あんゆ)か? それがこの子にとって今一番大事なモノみたいだ』

 

真守がそれを読み取った瞬間、サンドリヨンが血を吐いた。

 

『これ以上は無理だな』

 

真守はサンドリヨンに干渉して、丁寧に処置をしていく。

垣根はそんな真守に近づき、サンドリヨンの様子を一緒に見る。

 

『ふむ。流石は神人。良い働きをするな』

 

バードウェイが満足そうに呟く中、一方通行(アクセラレータ)は結局役に立たなかったバードウェイを見た。

 

『で。お前はどォするンだ。ご自慢の魔術でアイツが拾った貴重な情報を役立てられンのか?』

 

一方通行(アクセラレータ)が皮肉を言って責めると、バードウェイは肩をすくめた。

 

『口封じのためにグレムリンが接触してきた。だからサンドリヨンは情報を持っていた。──「起爆剤」とやらに価値がある事は確かだ』

 

バードウェイが得意気に告げる中、真守のそばに腰を下ろした垣根は苛立ちを込めてバードウェイを見た。

 

『ふんぞり返ってねえで救急車手配させろ。お前のことだ、ちゃんと息のかかった病院用意してんだろ』

 

『ああ。みたところ頭蓋骨は貫通していないが、骨の破片が脳に突き刺さってくも膜下出血が併発していると見える。手ごろな病院を用意させる』

 

バードウェイは携帯電話を取り出して、連絡を取り始める。

 

『割と役に立たねえな。あのクソガキ』

 

垣根が毒吐くと、真守はサンドリヨンのことを優しく抱きしめながら告げる。

 

『まあそう言うな、垣根。これから役に立つよ、多分だけど』

 

真守が少しばかり辛口なフォローをすると、バードウェイはもう一度肩をすくめた。

 

真守は『頑張って』と、バードウェイに小さく笑いかけて、サンドリヨンの治療に専念した。

 



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第一五話:〈妖精科学〉を打倒せよ

第一五話、投稿します。
次話投稿は六月三日金曜日です。


(一一月一〇日、オアフ島、グリーンカフェイワマキ、テーブル備え付けのタブレット端末のカメラの映像より)

 

バードウェイの息がかかった病院へサンドリヨンを預けた真守は、垣根と共に空港近くにある日本茶専門店の喫茶店に来ていた。

 

理由は店で待っている上条、浜面、黒夜と合流するためだ。

 

『上条』

 

真守はテーブル席に座っていた上条に気が付き、声をかける。

 

『おーあさつ、き!?』

 

『? どうした?』

 

真守は突然自分を見て固まった上条を見て、首を傾げる。

上条の異変に気が付いて浜面と黒夜も真守を見る。すると二人もぎょっと目を開いた。

 

『……垣根。私の顔に何か付いてる?』

 

『いいや。いつも通りかわいい』

 

垣根がさらっと惚気(のろけ)ると、黒夜がうげえ、と(うめ)いてドン引きする。

 

『じゃあ何がおかしいんだ?』

 

真守がコテッと首を傾げると、上条は真守と垣根が眩し過ぎて目を細めた。

 

『なんか、こう……リア充感が……半端なくて……ッ!』

 

アイドル顔であどけない、ちまっとした印象の朝槻真守。

高身長でどこからどう見ても非の打ち所がないイケメンの垣根帝督。

 

学園都市でも美男美女として注目を集めていた超能力者(レベル5)カップルだったが、まさか世界中の栄えある美男美女が集まるハワイにおいても輝くとは上条も思っていなかったのだ。

 

真守と垣根は人を惹き付けるオーラ的なものをまとっている。

 

それに上条が圧倒されて無言になっていると、垣根は余裕たっぷりで笑った。

 

『なんだよ。(うらや)ましくて声も出ねえのか?』

 

『くっ……圧倒的顔面高偏差値による不条理な余裕っぷり……! ちょっとこっち来ないでください少し離れたテーブルに座ってお願い劣等感が凄まじい……ッ!!』

 

真守は自分たちから顔を(そむ)けている上条を見て、ため息を吐く。

 

『今更何言ってるんだ、まったく。せっかくバードウェイの方針を伝えに来たのに』

 

真守も真守で酷いことを言っているが、話をしなければ始まらない。

そのため真守と垣根は、上条たちが座っているテーブル席の隣にある二人席に向かい合って座った。

 

『サンドリヨンは人を操る魔術師に口封じされた。私が壊れかけのサンドリヨンの頭を読み取った限り、その魔術師はサローニャという名前らしい。それと、サンドリヨンたちにとって重要なのが「起爆剤」というモノだという事も分かった』

 

『……でも、それだけじゃ見当が付けられないな』

 

『大丈夫。魔術師についてはバードウェイと一方通行(アクセラレータ)が追ってるし、「起爆剤」の方は私がこれからさくっとプログラム組み上げて、アメリカのネットワーク中枢に検索掛けるから。学園都市のネットワークより米国中枢のネットワークの方がぜい弱だから、すぐに見つけられると思う」

 

『……なんか、第一位からさらっと伝えられると簡単そうに思えるが、実際には結構な無茶苦茶をやってるんだよなぁ……』

 

浜面が真守の規格外っぷりに思わず呟く中、真守は垣根から渡されたメニュー表を見て、メニューを決めた。

真守が頼むものを決めたのを感じ取った垣根は、店員を呼ぶ。

 

『バードウェイと一方通行(アクセラレータ)が今やってるのは、人を操る魔術師が手駒としている人間を二、三人サンプルとして入手して逆探知する方法。もしかしたら魔術的なラインで逆襲できるかもって言ってたけど、そんな簡単にはいかないと思う。「グレムリン」もバカじゃないし』

 

真守はバードウェイたちの動向を説明しながら、メニュー表を指差す。

真守の代わりに垣根が英語で店員に注文している中、上条は真守に声を掛けた。

 

『それで、俺はどうすればいいんだ?』

 

現状、役割分担がきちんとできている中、自分はどうすればいいのか。

 

上条が真守に問いかけると、真守はメディア王・オーレイ=ブルーシェイクの手腕によって無料放送されているフットボールの試合をちらっと見ながら告げる。

 

『上条は頑張りすぎるからそのままで。一人で戦ってるわけじゃないんだから』

 

真守は上条に声を掛けながら、適当にショッピングモールで買ってきたタブレットPCを手に取る。

 

学園都市製の情報端末の方が圧倒的に高性能だが、学園都市製は高性能すぎて外の技術が対応できてないところがあるのだ。

 

学園都市が秘密主義であるからこそ起こっている弊害(へいがい)に真守は顔をしかめながらも、タブレットPCを操作する。

 

『うわ。何だこれ旧時代の遺物か? ……そう言えば学園都市の市販のパソコンに使われているセキュリティと、学園都市外で軍事用に使われているセキュリティが同等とかっていう話があるけど、それより酷いんじゃないのか?』

 

学園都市の技術の(すい)を結集し、造り上げられた朝槻真守が外の技術に辟易(へきえき)していると、店員が和風スイーツパフェと垣根用の抹茶アイスラテを持ってきた。

 

真守はパフェの白玉を食べながらパソコンを操作して、ハッキング用のプログラムを組み立てていく。

 

片手間に一国を攻め落とせるハッキングプログラムを構築する辺りが真守の規格外っぷりを表しているが、周囲の人間は一〇代の真守がそんなものを組み上げていると知らない。

 

処理が遅くてもなんとか外の技術に合わせたプログラムを真守が構築していると、真守の携帯電話に着信があった。

 

真守が取り出してスピーカーフォンにして机に置くと、通話の相手であるバードウェイが淡々と告げる。

 

『襲撃された』

 

バードウェイの言葉にぎょっとする上条と浜面。

 

『一般人にか?』

 

真守がプログラムを組み立てながら問いかけると、バードウェイは淡々と状況を説明する。

 

『ああ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、だ』

 

『人質!?』

 

上条が驚く中、抹茶アイスラテを飲んでいた垣根が嘲笑(ちょうしょう)しながら告げる。

 

『はん。それだったら魔術を感知できるお前にも分からねえよな。……ただ問題なのは、魔術的な探査から逃れられるお前が襲撃されたっていう事だな』

 

『さすが超能力者(レベル5)。話が早いな』

 

バードウェイが称賛する中、上条は首をひねる。

 

『魔術を使わないでバードウェイの居場所を特定する……?』

 

上条が呟いていると、垣根は天上の(すみ)鎮座(ちんざ)しているものを見た。

 

『真守が言うには、ラジオゾンデ要塞は魔術で特殊配合されたガスで浮いてたらしいぜ。そこから察するに、「グレムリン」ってのは科学を惜しげもなく使う(やから)だ。だったらヤツらにとっても便利なものが、そこら中に設置されてるじゃねえか』

 

『……監視カメラ、って事か?』

 

上条が呟くと、垣根は抹茶ラテを飲みながら告げる。

 

『学園都市の外の監視網なんて、その気になって勉強すりゃ誰にだってハッキングできる。無理な話じゃねえ』

 

垣根が説明する中、真守はタブレットPCをイジりながら顔を上げた。

 

『上条、そういえば美琴と番外個体(ミサカワースト)は? 「起爆剤」なんて言葉一つを広大なネットの海から探すのは大変だけど、ここら一帯にジャミングを発生させて監視網をかく乱するくらいなら美琴や番外個体(ミサカワースト)にもできる。……別に私がやってもいいケド』

 

真守が淡々と告げると、上条は携帯電話を取り出して告げる。

 

『空港で別れちまったきりだ。今連絡する……けど、人質を取られた一般人はどうするんだ? どう助ければいい?』

 

上条が焦った表情で告げると、バードウェイが上条の問いかけに答える。

 

『放っておけば人質も実行犯も処分されるし、どのみち既に巻き込まれているんだ。だったら最後まで巻き込んでしまっても変わらない』

 

『即戦力に加えて、手伝ってもらうってことか?』

 

巻き込まれてしまったと言っても一般人を利用することに抵抗がある上条が問いかけると、バードウェイははっきりと頷いた。

 

『ああ。私がこうも簡単に襲撃を受けているところを見ると既に顔は割れているようだし、敵にとって死角となる人間に手伝ってもらうのが一番手っ取り早いだろ?』

 

くそったれ、と上条は呟きながら携帯電話を操作する。

 

『お前たちのところにも、人質を取られている一般人が来たら確保しておいてくれ』

 

『どういうことだ?』

 

上条がメールを送信し終えてから顔を上げ、真守の携帯電話を見る。

 

『私の面が割れているんだ。「上条ご一行様」の顔も割れているってことだ。つまり、お前たちのところにも迎えがやってくる』

 

バードウェイが愉快そうに告げると、上条の背中に嫌な怖気(おぞけ)が走る。

 

 

それと同時に、叫び声と共に大男が拳銃を持ったまま店の扉を蹴り破り、押し入ってきた。

 

 

真守はタブレットPCを操作しながら、即座にテーブルの上に店員が置いて行った伝票が取り付けられた小さなバインダーを手に持つ。

 

そしてノールックで押し入ってきた男に向けて、バインダーを投げつけた。

 

スパァーン! と小気味よい音が響くと、バインダーを頭に食らって昏倒(こんとう)した男が倒れる音が響く。

 

『うん。プログラム構築し終わった。後は走らせるだけだな』

 

真守はエンターキーを押してプログラムを保存すると、大きく伸びをして立ち上がった。

 

『さて、こちらもとっとと済ませるか。あんまりモタモタしてられないし』

 

真守はノールックで男を昏倒させた自分を見て、固まっている浜面たちに笑いかける。

 

垣根は抹茶アイスラテを飲みながら立ち上がり、突然の襲撃で慌てている店員を落ち着かせるために流ちょうな英語で喋って事態の収拾を図っていた。

 

 

 

(一一月一〇日、オアフ島、ショッピングモール・コーラルストリートの禁煙所、防犯カメラの映像より)

 

 

 

魔術師、サローニャ=A=イリヴィカは、人や人の認識までも操る事ができる魔術師だ。

 

もう真守たちにもバレている手だが、サローニャは子供たちを操って人質に取り、子供たちの家族を手駒として使っている。

 

そのためサローニャの近くにはもちろん、人質である子供たちがいる。

 

サローニャはそんな子供たちの認識を操り、九ミリの機関拳銃を『警報ブザー』として、爆弾を『GPS』と誤認させて渡していく。

 

上条当麻を襲ったこの子供たちの親が帰ってくる気配がないからだ。

 

そのためサローニャはバードウェイたちから逃れるために、子供たちに機関拳銃と爆弾で暴れてもらい、その混乱に乗じてこのショッピングモールから脱出する必要が出てきた。

 

だが、ショッピングモールの出入り口は七か所もある。

 

バードウェイたちがいる場所へと逃げてしまえば、混乱の最中でも自身が発見される確率が上がってしまう。

 

そのためサローニャは『協力者』に連絡をした。

 

だが相手は出ず、不審に思ったサローニャは携帯電話の画面を見つめて顔を歪めた。

 

『圏外?』

 

サローニャがその文字に首を傾げていると、喫煙所の一面のウィンドウが叩き割られた。

飛び込んできたのは、サローニャが人質を取って操っていた拳銃を持つ一般人だった。

 

『バカが。なら予定を早めましょうか!!』

 

サローニャは獰猛(どうもう)に笑いながら、パチンと指を鳴らす。

 

すると今までぼーっと立ち尽くしていた人質の子供たちが、肩に爆弾を入れたバッグを()げ、機関拳銃を手に家族である一般人へ牙を剥いた。

 

 

銃声がさく裂する。

 

 

だがその発砲を(さえぎ)るように、突如ショッピングモールの天井が大きく崩れた。

 

 

一般人を守るように瓦礫を積み上げながら降り立ったのは、超能力者(レベル5)三人だった。

 

ズボンのポケットに両手を突っ込んで立つ、三対六枚の翼を広げた垣根帝督。

 

その隣には蒼閃光(そうせんこう)で形作られた猫耳を模した三角形と、尻尾を模した細長い四角形の帯に、それぞれ正三角形を二つずつ(たずさ)えた朝槻真守。

 

そして真守を挟んで垣根の対称の位置にいるのは、一方通行(アクセラレータ)だ。

 

三人はそれぞれ、子供の()げていた爆弾が入っているバッグへと高速軌道から蹴りを入れて、遠くへ蹴り飛ばす。

 

真守たちが蹴り飛ばした爆弾は爆発するが、建物を激しく振動させただけで人的被害は出なかった。

 

『……銃器で死ぬまで被害を拡大させて、くたばると同時に起爆する仕組みか。オマエのやり方はサンプル入手して調べてあンだよ、クソが』

 

一方通行(アクセラレータ)の呟きを聞いてサローニャはとっさに出口を求めるが、喫煙所から伸びる二つの出口には上条と浜面が走り込んでいる。

 

喫煙所の角に追い詰められて魔術師が焦っていると、カメラのフレーム外から爆発物が投げられた。

 

それを真守が吹き飛ばし、自分たちを見ているであろうカメラにクリーンヒットさせた。

 

(一一月一〇日、重大なエラー)

 

原因不明によりF.C.Eに多大な負荷がかかっています。

自己診断中……レポート出力完了。

F.C.Eは再起動シークエンスを開始します。

 

(一一月一〇日、オアフ島、ショッピングモール・コーラルストリート、コインロッカー前、防犯カメラの映像より)

 

『上条、一方通行(アクセラレータ)。大丈夫か?』

 

真守は垣根と一緒に、コインロッカー前まで後退していた上条と一方通行(アクセラレータ)のもとへと向かう。

 

『浜面はどうしたんだ!?』

 

『別の出口に飛び込ンでンだろ。こいつらの親と一緒にな。それよりありゃ何だ。どこのバカが介入してきやがった?』

 

一方通行(アクセラレータ)が睨んだ方向には黒煙しか見えないが、黒煙の向こうから鎧を動かして歩く時のような金属音がガシャガシャ聞こえてくる。

 

上条が(のぞ)き込もうとするので、垣根は上条の首根っこを掴んで引き戻した。

 

途端に、発砲音が響く。

 

その発砲音は機関拳銃のものではなく、アサルトライフルじみた重音を響かせていた。

 

『あれは確実にオカルトじゃねェ』

 

一方通行(アクセラレータ)が警戒心を高める中、垣根が頷く。

 

『ああ。それにこの銃弾の量は一人じゃねえ。班で動いている可能性があるな』

 

垣根は上条の首根っこを掴んで引き戻すのと同時に未元物質(ダークマター)の翼を広げて前に出ており、自分の翼に撃ち込まれる重低音を響かせる銃弾の数でそう判断する。

 

『なら、ここは俺たちの出番だ。オマエはガキども連れてさっさと離れろ』

 

一方通行(アクセラレータ)が上条を見て声をかけると、上条は真守がまとめて引っこ抜くように移動させられた、(いま)だ操られている子供たちを見ながら叫ぶ。

 

『俺だけ!?』

 

『ガキィ連れたまま鉛玉の応酬するつもりはねェ。オマエのチカラがあれば、そいつらは解放する事ができンだろ。だからオマエはさっさと行け』

 

一方通行(アクセラレータ)が声をかける中、垣根はハワイまで連れてきた未元物質(ダークマター)で造り上げた人造生命体であるカブトムシを呼びつけて、上条の頭に乗せる。

 

『ほらよ、連れてけ。魔術だろうがなんだろうが明確な攻撃には対応できる』

 

頭に鎮座し、その周りを飛ぶカブトムシ数体を確認しながら、上条は頷いた。

 

『分かった。……頼んだ、三人共!』

 

上条は子供たちの頭をそれぞれ右手で軽く叩いて、幻想殺し(イマジンブレイカー)によって『人を操る魔術』から解放する。

 

真守はそんな子供たちに、英語で『お兄さんについて行けば安全な場所に行ける。家族もそこで待ってる』と話して、上条について行くように指示をする。

 

真守は指示をし終えて上条たちを見送ると、辺りを警戒していた一方通行(アクセラレータ)に声をかけた。

 

一方通行(アクセラレータ)。私がお前に合わせるから。お前はやりたいようにやって』

 

『あァ。……怪物三人ってのはオーバーキル過ぎるが、相手が悪かったくれェに思ってくれよォ!!』

 

一方通行(アクセラレータ)はその言葉と共に。真守は一方通行と一緒に、自分たちを守るように未元物質(ダークマター)の翼を広げていた垣根の両脇から飛び出した。

 

一方通行(アクセラレータ)と真守が(とら)えた敵は。五人一組の武装集団だ。

彼らは、まるでCDのように輝いている銀色の特殊な軍服を着こんでいた。

顔は勿論判別できないが、体型から男が三人、女が二人だということは分かる。

 

全員ブルパップ式の特殊アサルトライフルで武装しているが、それぞれに役目があるらしい。

男三人は無反動砲を肩にさげて、女二人は高性能マイクやファイバースコープなどの情報収集機器を腰にさげているからだ。

 

『着てンのはセンサー潰しの電子迷彩か』

 

『あれが「グレムリン」なのか雇われなのか判断が付かないけど、無力化させてからはっきりさせよう』

 

真守と一方通行(アクセラレータ)が話をしていると、男三人の内の二人がライフルを構え、躊躇(ちゅうちょ)なく真守たちに向かって発砲した。

 

真守には全てを焼き尽くす源流エネルギーの『シールド』が、そして一方通行(アクセラレータ)には物理攻撃を全てを跳ね返す事ができる『反射』の力がある。

 

一方通行(アクセラレータ)の『反射』により、自らの放った弾丸で男一人が床へ弾き飛ばされる。

 

それでも恐怖を感じていないのか、他の四人は特にうろたえる事なくバラバラに行動し始める。

 

『(……俺の性質を試しやがったか?)』

 

一方通行(アクセラレータ)は集団のために個を犠牲にするやり方を見て顔をしかめるが、ベクトル操作をして爆発的なスピードによって前に駆け出した。

 

真守はそれを受けて、一方通行(アクセラレータ)が行ったベクトル操作を崩さないようにエネルギーを生成して放った。

 

真守と一方通行(アクセラレータ)がそれぞれ二人ずつ倒す事で、残るは最後の一人となった。

 

その最後の一人である女へと、一方通行(アクセラレータ)の五本指が伸びる。

 

 

だが次の瞬間、一方通行(アクセラレータ)が女に伸ばした右腕全体から鮮血が噴き出した。

 

 

一方通行(アクセラレータ)……ッ!?』

 

真守が驚きの声を上げた瞬間、女は真横へと飛んで一方通行(アクセラレータ)の突進から逃れる。

 

一方通行はそのまま壁に激突し、瓦礫を(ともな)って沈黙した。

 

そんな中、女は真守へと手を伸ばした。

 

一方通行(アクセラレータ)が倒れた原因。

 

それは女が一方通行(アクセラレータ)に、適当な魔術を使わせたからだった。

 

指先から小さな炎を出す魔術でも、小さな淡い光球を生み出す魔術でもいい。

 

魔術を使った時点で、能力開発を受けて体を整えられた子供たちは体の血管が破裂し、自滅するのだから。

 

女は勝利を確信したような雰囲気で、真守に照準を合わせる。

 

だが真守は絶対能力者(レベル6)であり、世界の法則に新たな法則を組み込むことができる存在だ。

 

 

そのため別位相の法則によって干渉してきた女の魔の手から逃れるために、自分の体の事象を『固定』して無理やり魔術を弾いた。

 

 

ビシッィィ!! と、ガラスにヒビが入って割れる時のような鋭い音が響き渡る。

 

真守は魔術を弾いた。

 

ならばその弾いた魔術は、当然として女へと返って行く。

 

だが女が真守に使わせようとしていた魔術は淡い光を放つ魔術だったので、女の致命傷にはならなかった。

 

能力者でありながら『呪詛返し』じみた事を純粋な物理法則によって巻き起こした真守に驚愕した女は、一瞬硬直する。

 

そんな女に向けて、垣根は未元物質(ダークマター)の翼を鋭く伸ばして攻撃を繰り出した。

 

女は垣根の攻撃をもろに受けて、壁に激突して沈黙する。

 

真守は事象を『固定』するのをやめると、魔術を使用させられた事によって全身の血管が破れて血を流している一方通行(アクセラレータ)を抱き起こした。

 

『大丈夫か?!』

 

真守の問いかけに、せり上がってきた血の塊を吐いた一方通行(アクセラレータ)は当然ながら答えられない。

 

一方通行(アクセラレータ)視線が彷徨(さまよ)っている。どうやら意識が混濁(こんだく)しているらしい。

 

真守が一方通行(アクセラレータ)を心配している中、垣根は壁に激突して瓦礫に埋もれながらうめき声を上げている女の魔術師へと近づいて睥睨(へいげい)する。

 

『テメエ、随分と面白ぇことしてくれるじゃねえか』

 

垣根は英語で声をかけて、女の頭をガッと蹴り飛ばす。

 

『でもおかしくはねえよなあ。グレムリンってのは機械(かがく)の誤作動を(うなが)妖精(オカルト)だ。これまでの攻撃にも科学と魔術を組み合わせてきてやがる。だがお前たちがどれだけ科学と魔術の常識を飛び越えようと、俺たちにそれは通用しねえ。分かったかコラ』

 

垣根は苛立ちを込めながら、女魔術師の頭をぎりぎりと踏みつける。

 

『ヘイ、メルヘンボーイ! 何もそこまでしなくていいだろう、大事な情報源だ!』

 

『あァ?!』

 

垣根は突然声を掛けられて振り返る。

 

そこには、中年の屈強な男が立っていた。

 

『誰だテメエ』

 

翼を生やしている事によってメルヘンボーイなんて不名誉な呼称をされた垣根がドスの利いた声を出すが、中年男は気にせずに垣根に近づく。

 

『どいつもこいつも、朝のニュースぐらいは観てほしいんだがよ。ええい、大統領様だよクソッタレ!!』

 

『あ? 大統領だと?』

 

そういえばアメリカの大統領、ロベルト=カッツェに似ているな、と垣根は思う。

 

『似ているんじゃねえよ! 本人だよ!! 芸人じゃねえ!!』

 

垣根の心中を察したロベルトが叫ぶと、垣根は胡散臭(うさんくさ)そうな顔をした。

垣根は真守の事をちらっと見る。

真守も何故大統領がここにいるか分からないといった顔をしていたが、垣根に声を掛けた。

 

『とりあえずここから離脱しよう、垣根。その女魔術師、こっちに持ってきてくれ』

 

真守が指示をすると、垣根は女魔術師の頭を引っ掴み、ずるずると引きずりながら真守のそばへと向かう。

 

『おい、メルヘンボーイ! 男なら女性を紳士に扱いたまぐぼえっ!?』

 

垣根の逆鱗に再度触れたロベルト=カッツェは、垣根がわざと蹴り上げた大ぶりの瓦礫の破片を腹に叩きこまれ、地面に膝をついて崩れ落ちる。

 

『歩いてたら偶然瓦礫を蹴っちまって、偶然そっちに飛んだみたいだな』

 

垣根は偶然を強調しながら言葉を吐いて、ロベルトを一瞥もせずに真守のそばへと腰を下ろす。

そして一方通行(アクセラレータ)の様子を気にしながらも、真守に女魔術師の記憶を読んでもらった。

 



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第一六話:〈大体把握〉で動き出す

第一六話、投稿します。
次は六月六日月曜日です。


(一一月一〇日、オアフ島、電動カートの車載カメラの映像より)

 

大統領、ロベルト=カッツェはここ数日、アメリカで起こっている騒動の黒幕を追っているらしく、真守たちと情報交換を求めてきた。

 

だがその情報交換をしようにも、大混乱のショッピングモールからひとまず離れなければ始まらない。

 

それに一方通行(アクセラレータ)が負傷しているのだ。すると大統領がゴルフ場で使うような四人乗りの小さな電動カートをパクッてきた。

 

真守と一方通行(アクセラレータ)は後部座席に乗って、運転するロベルト=カッツェの隣の助手席に垣根が座る。

 

だが垣根の機嫌がすこぶる悪いのである。

 

原因はもちろんロベルト=カッツェだ。

 

未元物質(ダークマター)でできた三対六枚の純白の翼を持つ垣根を見たロベルトが、事あるごとに垣根を『メルヘンボーイ』と呼ぶからだ。

 

ビジュアルの事に触れられたくない垣根は当然として怒ったが、ロベルトはそれでも垣根の事を『メルヘンボーイ』と呼ぶ。

 

それによって何が起こったかと言うと、ブチ切れた垣根によるアイアンクローだった。

 

垣根帝督は『あちら側』から物質を引き出す関係上、(なか)ば天使化した肉体を持っている。

 

そのため垣根の天使化した肉体が繰り出す腕力によって、屈強な男ことロベルト=カッツェはものの見事に地面から浮いた。

 

ロベルトはジタバタして頭の痛みに耐えながら、『俺は大統領なんだぞ!!』と叫ぶ。

 

だがそれに垣根が『その常識は俺に通用しねえ!!』ブチ切れ散らかしたので、ロベルトはもうメルヘンボーイと言わないと強制的に誓わされた。なんかもう色々といつも通りに流石である。

 

『レディ、本題に入ろう。超能力によってあの兵隊をサイコメトリーした結果を教えてくれ』

 

ロベルトはアイアンクローで痛む頭を押さえながら、電動カートを運転する。

 

真守は自分にもたれかかって浅い息をしている一方通行(アクセラレータ)の傷の治療をしながら、ロベルトの質問に答える。

 

『その前にどうして大統領がそこら辺をうろついているんだ? お付きの人間はどうした』

 

『今ホワイトハウスや議会にはオカルトがはびこってるんだ。軍、警察、情報機関にもその触手は広がりつつある。ジャパニーズが見てきた現象が、公的機関全体を貪ってんのさ。他国への武力介入すら決定できるほどのヤツらだぜ? そんな人間を引きつれて事態を収拾するなんてできねえよ』

 

『具体的な規模は?』

 

真守が問いかけると、ロベルトは忌々しそうに告げる。

 

『知るかよ。数百人かもしれねえし、数千人かもしれねえし。その段階の把握すらできちゃいねえんだ。この国がまともじゃねえのは分かるだろ。昨日までの安全圏が今日も安全だとは限らねえ』

 

『ふむ。政府機関が麻痺してるから軍関係も麻痺してるのか。納得だ。だから傭兵崩れの戦闘狂どもがうろつく事態になる』

 

『レディ。それは一体どういうことだ?』

 

ロベルトが問いかけると、真守は淡々と告げる。

 

『さっきの女魔術師は「グレムリン」というオカルトを扱う組織の末端も良いところで、あの場に介入する命令以外めぼしい情報は持ってなかった。でも「グレムリン」と手を組んでる別組織の存在が明るみに出た』

 

真守は自分にぐったりともたれかかっている一方通行(アクセラレータ)を気にしながら口を開く。

 

『あの女魔術師と一緒にいた兵士は民間軍事会社、トライデントの人間だ。大統領ならご存じだろ?』

 

『退役軍人か中途採用の元米兵で大半が構成された超大手PMCか!? この混乱を巻き起こしている連中はそんな大手を雇えるほどに金を持ってやがんのか!?』

 

アメリカの身から出た錆によって迷惑をこうむられていると知ると、垣根はチッと舌打ちしながらも説明する。

 

『この混乱を引き起こしている人心掌握ができるサローニャって魔術師だけでも面倒なのに、超大手PMCだと? 本当に「グレムリン」は大きな混乱が引き起こせれば引き起こせるだけ良いって考えてやがるな』

 

『……なるほど。ジャパニーズの猟犬がウサギをこっちに追い込んでくれたおかげで、合衆国の敵が照準の向こうでチラチラ尻尾を見せ始めているってわけか』

 

ロベルトがとりあえず状況が好転してきていると察して呟くと、真守の治療を大人しく受けていた一方通行(アクセラレータ)が舌打ちをした。

 

『何がこれから事件が起きるかもしれねェだ、バードウェイのクソが。どォせ止めンなら盤面がチェックメイトになる前に動けってンだ』

 

真守は一方通行(アクセラレータ)がバードウェイに向けて毒吐く中、膝に置いてあったタブレットPCに手を伸ばした。

 

『結果が出た。「起爆剤」っていうのは小規模誘発式活火山制御装置の識別名称だな。アメリカの軍関係部署で研究されていた装置か。ふむふむ。この内容だと大統領も耳にしたことがあるんじゃないのか?』

 

『は!? ちょっと待て、レディなんて言った!?』

 

ロベルトはまさかの機密情報を一五歳の少女にさも当然のように告げられて、思わず電動カートを急停止する。

 

垣根は慌てているロベルトを見て、鼻で嗤う。

 

『そんなに驚く事かよ。学園都市の科学技術はお前たちよりも数段上だ。簡単に調べがつくに決まってんだろ』

 

『いやいやいや!? そんな簡単に調べがついたらマズいんだって!! しかもそれ、マスカット社のタブレットPCだろ!? もしかしてそれで軍事関係のサーバーにハッキングしたのか!?』

 

『スペックが悪すぎて時間かかったけれど、簡単にできた』

 

真守がけろっと告げると、ロベルトはマジか、とがっくりうなだれる。

 

一方通行(アクセラレータ)は気怠い体を動かさずに目だけを動かして、真守の調査結果を見る。

 

『地下のマグマに刺激を与えて人為的な噴火を引き起こし、火山の噴火被害をコントロールするオモチャか。なるほどなァ。使いようによっちゃァ大噴火を(うなが)せるってワケか。連中、それが狙いだな』

 

一方通行(アクセラレータ)の説明口調を流し聞きしてた垣根は、長い脚を電動カートのダッシュボードに乗せながら告げる。

 

『はん。だったらハワイ諸島で一番デカいキラウェア火山が適切だな。「起爆剤」を奪ってそこまで持っていけば、平地に密集している人口をまるっと落とすことができる』

 

一方通行(アクセラレータ)と垣根が『起爆剤』を使って『グレムリン』が何をしようとしているのか推察していると、ロベルトが頭を抱える。

 

『……学園都市の子供ってここまで頭の回転が速いのか? あの中では化け物を生み出しているって事か?』

 

『安心しろ、大統領。私たちは学園都市の頂点、超能力者(レベル5)だ。別にみんながみんな化け物じゃない』

 

若干(じゃっかん)一名超能力者(レベル5)から進化(シフト)した絶対能力者(レベル6)が交じっているのだが、表向きは超能力者(レベル5)の部類に入っているため、真守はそこを伏せておく。

 

『バードウェイに連絡するか。あっちもあっちできちんと魔術師の素性を特定できてりゃいいがな』

 

垣根はため息をつきながら携帯電話を取り出して、バードウェイへと連絡を掛ける。

 

『そっちはどうなっている?』

 

バードウェイが問いかけてくるので、垣根は襲ってきたCDの表面のような服装をした人間がPMCトライデントであること。そして起爆剤というのは小規模誘発式活火山制御装置のことで、それを盗み出して『グレムリン』はハワイ諸島を混乱の坩堝(るつぼ)に落とそうとしているのだと告げる。

 

『なるほど。こちらも人の心を操るサローニャという魔術師の特定ができた。サローニャ=A=イリヴィカ。出身はエカテリンブルクで年齢一五歳。ロシア成教崩れで、ヨーロッパの一員であることを誇りに思い、アジアの一角と呼ばれるのを最大限に嫌う典型的なロシア人だ』

 

バードウェイは紙に書かれた資料を読んでいるのか、そこで言葉を切って続きを口にする。

 

『第三次世界大戦ではウラジオストクで学園都市勢の上陸を阻止するために配備。だが、学園都市の侵攻が超音速爆撃機によるものだったので、主な活躍はできなかった。終戦のどさくさに紛れて失踪。その後の行方は把握できない。グレムリンに合流したのは十中八九ロシアのためだろう』

 

『魔術の解析はどうなっていやがる?』

 

垣根が問いかけると、バードウェイがサローニャ=A=イリヴィカの魔術について説明し始める。

 

『ロシアの森の妖精、レーシーに関する術式だ。レーシーとは森の全ての動物の支配権を持つ者で、人間を森の動物に対応させる事で操作している。具体的な条件は「木」を使うことだ』

 

『ロシア産の木か?』

 

垣根が問いかけると、バードウェイは察しの良い垣根の言葉に頷く。

 

『正確には針葉樹だな。木片でも葉っぱでも、それこそ紙でもコルクボードでもいい。一部分でもターゲットに触らせれば、その時点で「森の一員」とみなされてサローニャの制御下に置かれる』

 

『はん。それはつまり食わせて肌身離さずに持たせればいいってことだ』

 

垣根が言ってのけると、バードウェイは半笑いで告げる。

 

『まあなんにせよ、サローニャの人間操作魔術はそこそこ特殊なものだ。基本的に魔術は扱い方を知っていれば誰でも使えるものだが、一部には例外がある。コイツはそのパターンだ』

 

バードウェイが推測を口にしていると一方通行(アクセラレータ)は怪訝な顔をした。

 

何故そう推測できるか分からないからだ。

 

一方通行(アクセラレータ)よりも大分魔術に詳しい真守は一方通行をちらっと見ながら、スピーカーフォンにしているバードウェイに話しかける。

 

『誰も彼もが魔術を使えるなら、サローニャが操った一般人に魔術を教えて操らせればいい。でもそうなっていない現状を見るに、サローニャの魔術は特殊な魔術に分類される、という話だよな?』

 

『ああ、そうだ。特殊な魔術じゃなかったら操れる人間がネズミ算式に増やせることになるからな。神人の言葉通りサローニャ限定、そしてサローニャ自身も扱える範囲に限りがあると考えていい』

 

『分かった。当面の目標は「起爆剤」を確保することだな。調べたところ、「起爆剤」は海兵隊パールハーバー第三基地にあるらしい。こっちはもう向かってるから第三基地で合流しよう』

 

真守がタブレットPCに目を向けながら告げると、電動カートを操っていたロベルト=カッツェが目を剥いた。

 

『おいレディ!? そこまで調べてるのかよ、というか俺が向かってる先もちゃっかり理解してんのか!?』

 

『ちなみに大通りに出るより一〇〇メートル先を右に行って小道に入った方が時短になる』

 

『畜生、そこら辺のナビよりも優秀じゃねえか!!』

 

ロベルト=カッツェは毒吐きながらも真守の言う通りに小道へと入る。

 

まだ通話を続けていたバードウェイはしみじみと告げる。

 

『……お前を前にしていると、努力というものが無駄になると感じるな』

 

『別にそんな事ないぞ? 努力をして損はない。裏切られる事がないからな』

 

バードウェイが真守の万能さに思わず言葉を零すと、真守はくすくすと笑った。

 

 

 

(一一月一〇日、オアフ島、海兵隊パールハーバー第三基地近辺、信号機併設の交通監視カメラの映像より)

 

 

 

数キロに渡ってひたすらに金網のフェンスが(つら)なる中、上条、美琴、バードウェイ一行と真守、垣根、一方通行(アクセラレータ)、ロベルト=カッツェは合流した。

 

浜面、番外個体(ミサカワースト)、黒夜はもしもの時のためにカブトムシを連れてキラウェア火山に向かっており、この場にはいない。

 

美琴は一方通行(アクセラレータ)を見て血生臭い過去を思い出してぎょっとしたが、隣に真守が立っているし上条当麻もいるので大丈夫だと自分を安心させる。

 

ロベルトはそんな美琴を他所(よそ)に、親指で基地の方を指し示しながら告げる。

 

『十中八九「起爆剤」はあのフェンスの中なんだが、ご存じのとおり、テクノロジーならともかく、単純な火力だけなら世界最強を誇る海兵隊の本拠地だ。根性論でフェンスをとびこえようとうすりゃまず間違いなく蜂の巣だ』

 

『アンタは大統領なんだろ。命令一つで何とかできないのか?』

 

上条が真っ当な疑問を放つと、ロベルトは大げさに肩を竦めた。

 

『大統領命令は映画で観るほど便利なものじゃねえよ。実際に末端との間に官系組織が挟まっているし、その官系機関が「第三者に操られている」から命令も上手く伝わらねえかもな』

 

『当然「人間を操る」サローニャ=A=イリヴィカは「起爆剤」入手のために行動しているだろう。つまり基地内部の人間が正常に機能している保証もない』

 

バードウェイが告げる中、真守はちょこんと手を上げた。

 

『要は無力化すればいいんだろ。気絶させるだけならここからでもできる』

 

真守のけろっとした言葉に、ロベルトはぎょっとする。

それはそうだ。この少女が規格外なのは分かっているが、それでも建物を素通りして屈強な海兵全員を気絶させる事ができると簡単に言い放ったからである。

 

『本当に何でもできるな、神人。ちなみに魔術が作用してようがお構いなしなのか?』

 

『うん。多分別に関係ない。人間の脳を揺さぶるエネルギーを発すればいいだけだから。流石にピンポイントで攻撃するなら中の情報が必要だけど、無差別的になら基地全体にそのエネルギーを放てばいいから問題ない』

 

真守が淡々と告げると、バードウェイは考える。

 

『……よしんばサローニャ自身に効かなかったとしても、ヤツの手足はもぎ取れるわけだ。よし、やってくれ』

 

『ん』

 

真守は小さく(うな)って目を伏せる。

 

 

すると、ゾワッとその場にいた全員の背筋に悪寒が走った。

 

 

そして真守は目をきちんと開いて、淡々と告げる。

 

『終わった。ちなみに魔術で妨害された気配がないから、多分サローニャも昏倒してると思う』

 

真守が感覚的になりながらも告げると、ロベルトはため息を吐いた。

 

超能力者(レベル5)一人は国の軍隊と同じ力を持つと言うらしいが、本当なんだな』

 

『まあ神人は格別だがな。行くぞ、いまは「起爆剤」が最優先だ』

 

バードウェイは淡々と告げながら歩き出す。

 

真守と垣根が続き、真守はトコトコと歩くバードウェイに声をかけた。

 

『どこから入る?』

 

『全員昏倒させたんだろ? 正面から堂々と入ろう。ちなみに神人。監視カメラも色々操作しておけよ』

 

『美琴、頼んだ』

 

『ちょっそこ丸投げ!?』

 

美琴が途端に面倒くさくなった真守に苦言を(てい)していると、垣根が意地悪く笑った。

 

『タグリング買いに遊びに来てんじゃねえんだから、それくらいやれ』

 

『ぶふっ!?』

 

美琴が思い切り噴き出す中、状況が見えない上条が首を傾げる。

 

『たぐりんぐって?』

 

『な、何でもないわよ!! なんでも!! というかあんた、一体どこから見てたのよ!!』

 

美琴が噛みつくが、垣根がどこ吹く風で顔を背ける。

 

いくら『無限の創造性』を持っていようと、飛行機から降り立って数時間でハワイ諸島全域をカブトムシで全て監視することは不可能だ。

 

だが何かあった時のために、同行している人間の周りには学園都市から連れてきたカブトムシ数匹を展開してある。

 

それで垣根は美琴の動向は知っており、御坂美琴が上条当麻と自分のためにキューピッドアローの新作、恋人同士のペアリングを買おうとしているとばっちり知っているのだ。

 

『付き合ってもないのにペアリング渡すとか、重い女だなお前』

 

垣根がニヤニヤ笑っていると、美琴が声を荒らげる。

 

『朝槻さんに婚約指輪レベルのたっかい指輪贈ってるあんたに言われたくないわっ!!』

 

『俺は予約してるんだよ。男として責任取るなら当たり前だろ?』

 

余裕たっぷりの垣根と怒りに(まみ)れている美琴を見て、上条当麻は首を傾げる。

 

『? 御坂は誰かと付き合いたいのか?』

 

『上条、その質問はアウト。あと垣根、美琴をからかわない』

 

真守は上条当麻の首根っこを掴んで歩き出す。

 

そんな真守を垣根が追い、美琴は垣根を威嚇したまま歩き出す。

 

真守は美琴をからかって遊んでいる垣根を睨み上げたが、垣根がロベルトに損なわれた機嫌を直したようなので深くは追求しなかった。

 



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第一七話:〈異常事態〉でも一応の対処を

第一七話、投稿します。
次は六月九日木曜日です。


(一一月一〇日、ハワイ島、国立火山公園、野鳥観察カメラの映像より)

 

浜面仕上、黒夜海鳥、番外個体(ミサカワースト)

 

それと垣根帝督が未元物質(ダークマター)によって造り上げた人造生命体であるカブトムシ。

 

彼らはもし真守たちが失敗して起爆剤の確保ができなかった場合の保険として、キラウェア火山へとやってきていた。

 

浜面仕上がハワイ島への移動用に高級ヨットを盗む時、ハワイに来て散々番外個体(ミサカワースト)にイジめられた黒夜海鳥が号泣するというアクシデントがあったが、彼らは無事にキラウェア火山の直径一〇キロ以上もある巨大なカルデラへとやってきていた。

 

万が一があっても真守や垣根帝督(オリジナル)が失敗するなんて事は思っていないカブトムシだが、予想が大きく裏切られた。

 

キラウェア火山のカルデラに誰かいるのだ。

 

それは複数名の男だった。キラウェア火山はハワイ島最大の観光スポットだが、彼らはどう見たって観光に来ているように見えない。

 

あまりにも火口に近づきすぎているのだ。

 

キラウェア火山のカルデラには、もちろん活火山なので数十メートルのオレンジに光る亀裂がある。

 

複数名の男たちはそこに大きな装置を取り付けていた。

 

四本足のついた巨大なドラム缶のようなもの。

 

それを電気かガスの力で打ち込む特殊な杭で固定していた。

 

『……嫌な感じだな。ロシアの雪原を思い出すぜ』

 

浜面仕上は男たちを見つめながら,

じっとりと冷や汗が出るのを感じて呟く。

四つ足がついたドラム缶は一つではない。数十は配置されている。

 

『……「起爆剤」、なのか……?』

 

浜面が脳裏に浮かんだ言葉を呟くと、番外個体(ミサカワースト)は答えた。

 

『みたいだね』

 

『でも、どうやって? 何で!? まだハワイ島には運び込まれていないんじゃなかったのか!?』

 

垣根帝督(オリジナル)と情報共有をします』

 

カブトムシは焦る浜面仕上の隣で数秒経つと、結論を告げる。

 

『現在垣根帝督(オリジナル)たちはパールハーバー基地内を捜索中であり、現在に至るまで「起爆剤」らしきものを見つけていないそうです。つまり、「起爆剤」は元々別のルートで運び出されていた可能性があります』

 

番外個体(ミサカワースト)はそれを聞いて目を細める。

 

『ふうん。グレムリンの……魔術師? ってヤツは捕まえたのよねぇ?』

 

『真守が現在、記憶を読み取って確認していますが、おそらくサローニャ=A=イリヴィカも「真の計画」を知らなかったと推測できます』

 

『つまり、アレか!? サンドリヨンを切り捨てたサローニャってヤツも、グレムリンに囮にされてたって事か!?』

 

浜面はその事実に驚き、うろたえる。

 

『まずい、まずいぜ。アレが作動すればキラウェアが大噴火しちまう。俺たちだけの問題じゃない。溶岩が流れ込めばそれだけで住民と観光客を合わせて五〇万人の犠牲。さらにこれが引き金でアメリカが多国籍間との関係を急速に悪化させたら……』

 

ただでさえ、世界は第三次世界大戦の直後で情勢が不安定なのだ。

そして学園都市主導の再興活動も、『支援額が少ない』という不満を持っている国が大多数である。

アメリカ本土への宣戦布告がなかったとしても、小競り合いを引き起こして金を儲けようする(やから)が出てくるかもしれない。

浜面はその危険性を考えて、顔を真っ青にする。

 

『……やンのか。やンねェのか。どっちなンだ』

 

番外個体(ミサカワースト)に泣かされて少し気まずい黒夜海鳥が仏頂面で告げると、カブトムシがヘーゼルグリーンの瞳を真っ赤に染め上げた。

 

『あなたたちは唯一無二の命です。ですからここは私に任せてください』

 

カブトムシは浜面の被っている帽子の上から、地面に着地する。

 

その瞬間、カルデラのさらさらとした砂の大地を真っ白な物質が包んでいった。

 

海のように広がる未元物質(ダークマター)の粒子。そこから次々とカブトムシが顔を出し始めた。

 

今カブトムシが作りあげているモノは即席のラジコンのようなもので、人工知能的な感性はない。

だがその方が万が一損傷した時に大切な少女の心が痛まないため、カブトムシはその方が良いと思っていた。

 

突然増殖し始めたカブトムシを見て、浜面仕上たちは驚愕する。

 

『私は垣根帝督が造り上げた人造生命体群の一個体にして、帝兵さんです。垣根帝督(オリジナル)の「更新」がある限り、単体でも未元物質(ダークマター)の生成を可能としています』

 

カブトムシは未元物質(ダークマター)の海から、次々と自分と似た兵器を生み出しながら告げる。

 

『真守が信じてくれた「無限の可能性」を体現する私を、甘く見ないでいただきたい』

 

 

 

(一一月一〇日、ハワイ島、国立火山公園、公園内に設置された防犯カメラの映像より)

 

 

 

『あーあー。どうする? なんか起爆剤殲滅しだした輩がいるけど』

 

銀色の三つ編みに、褐色の肌。

地肌の上に直接オーバーオールを着ている、メガネの少女。

彼女は手元のタブレット端末を見つめながら呟く。

 

『つーか絶対能力者(レベル6)? とかいうのと(つがい)の「無限の創造性」を持つ輩が出てきた時点であぶねーとは思ってたんだよね。だったらしょうがないよね、うん』

 

少女が呟いていると、何か甲高い金属製の音が響いた。

少女がそちらを見ると、そこには黒い石でできたドラム缶のようなものがいた。

 

『おー。甘えん坊もやる気だな? いっちょ投擲の槌(ミョルニル)としての本領発揮。落雷を落としてもらおーかー』

 

少女が告げると、黒い石のドラム缶は嬉しそうにがたがた揺れる。

 

『無限の創造性だろうと、神の怒りには耐えられないっしょ』

 

少女が笑う中、黒い石でできたドラムはその形をぐにゃりと変えた。

 

それは十字架のようにも見える形だった。

 

そんな黒い石の十字架はふわりと浮かび上がる。

 

そしてキラウェア火山を中心として、円を描くように高速で回りだした。

 

その速さは尋常ではない。そのため軌跡(きせき)が、青白く輝く不気味な天使の輪のように見えた。

 

それは、ラジオゾンデ要塞で使われた『雷神の槌(ミョルニル)』という術式。

高速回転した円の中心に青白い閃光と共に雷撃を放つ魔術。

 

雷が、放たれる。

 

鋭い閃光と音と共に、その雷撃は起爆剤を除去していたカブトムシの兵器もろとも穿(うが)った。

 

直後。キラウェア火山が激しい地響きを発生させる。

 

『お仕事完了ー。なあ、オティヌス』

 

少女はくるっとひっくり返って、近くの樹に寄り掛かっていた少女を見た。

 

金髪碧眼。

片方の目には眼帯をしており、露出の多い大事なところしか隠れていない服。

そして魔女っ娘帽子にマントという出で立ち。

 

『敵は排除した。炉の様子を見に行くぞ、黒小人(ドヴェルグ)

 

『おっけー』

 

黒小人(ドヴェルグ)と呼ばれた少女は忠犬のように戻ってきた黒いドラム缶を連れて、金髪碧眼の少女と共にその場を離れる。

 

カメラの圏外に入った彼女たちを追う術はない。

 

そして。そこで記録も途絶えていた。

 

 

 

(一一月一〇日、オアフ島、海兵隊パールハーバー第三基地、管制補助カメラの映像より)

 

 

 

起爆剤撤去をカブトムシが行っている際に突然降り注いだ落雷。

 

それによって起爆剤は爆発。キラウェア火山の大噴火が引き起こされた。

 

だが幸いにしてほとんどの起爆剤をカブトムシが除去していたので、被害は最小限に抑えられた。

 

『帝兵さんたちは本当に無事なんだな? 大丈夫なんだな?』

 

朝槻真守は自分の腕の中にいるカブトムシを見つめて、心配に顔を歪める。

 

『そんなに心配しないでください、真守。私は無事ですし、浜面仕上も番外個体(ミサカワースト)も黒夜海鳥でさえ、私が守ったので問題ありません』

 

真守はほっと安堵して微笑む。

 

真守が安堵の笑みを浮かべる中、垣根は不機嫌に呟く。

 

『しっかし、サローニャほどの魔術師を捨て駒にしたのか。お前が記憶を読んだ限り、本当に知らなかったんだろ?』

 

『うん。それは確かだ。……本当にびっくりだ。魔術の神さまはとんでもないヤツらしい』

 

真守はカブトムシをぎゅっと抱きしめながら告げる。

 

垣根と真守の会話の通り、サローニャ=A=イリヴィカは自分が捨て駒にされた事を知らなかった。

 

彼女も本気で『起爆剤』を確保するために、真守たちと敵対していたのだ。

 

『グレムリン』は魔術の神を(いただき)(かか)げてはいるが、魔術師は全よりも個の意思を尊重する。

 

そのため『グレムリン』は真の意味で一致団結していないとは、真守も分かっていた。

 

だがそれでもまさか辛酸(しんさん)を舐めさせられているロシアを救うために動いていた、サローニャほどの人心掌握に長けた魔術師が捨て駒にされるとは、完璧に予想外だった。

 

というかサローニャの頭を覗いた限り、サローニャと共にアメリカの掌握を狙っていた米国メディア王、オーレイ=ブルーシェイクも人を操る魔術が使えるサローニャの事を信じていなかったらしい。

 

二人は協力していたが、支配したアメリカの主導権を握るためのけん制をいつも行っていたので、確実である。

 

『ヘイ、レディ! レディの読み通り、港に並べられているフリゲート艦やイージス艦は全部トライデントの所有物だ! 型式は分からないが、対艦ミサイルを積んでいる!』

 

どたどたとやってきたのは、バードウェイたちと現状を確認していたロベルト=カッツェだった。

 

『AIM拡散力場が濃かったら、艦隊くらい余裕で吹き飛ばせるんだがな』

 

真守は学園都市内ではないため、手数が限られていることに憤慨する。

 

『別にお前がそこまで責任取る必要はねえよ。ここ、学園都市じゃないし』

 

垣根がけろっと毒を吐くが、ロベルトは大きく頷いた。

 

『ああ、そうだな。ここはレディたちの管轄外だし、そこまで気負う必要はねえよ。世界の警察には世界の警察なりに意地ってモンがある』

 

ロベルトは大統領として、一国の頂としての矜持(きょうじ)を告げる。

 

『パールハーバーの海兵隊には、PMCトライデントの指揮官を探すようにもう指示を出してある。後は米国メディア王、オーレイ=ブルーシェイクを無力化すればいい』

 

『そんな簡単にできるのか?』

 

真守が問いかけると、ロベルトはカメラを見上げた。

 

『策はある、簡単じゃねえけど。ただ俺の頭の中の策を使うためには、作戦に参加してくれる人間全員に、いっぺんに話す必要がある』

 

真守と垣根もカメラを見上げて頷く。

 

『F.C.Eで監視されているものな』

 

F.C.Eとはフリーコンパウンドアイズの略称で、インターネット関連サービスの一つである。

 

警備会社の高額プランを利用しなくてもカメラの設置、インターネットの連結をして防犯カメラ網を構築できるサービスだ。

 

だがホストである検索大手側が米国中のカメラの映像を常時監視できる状態になるため、公正取引委員会から是正勧告を受けてサービスが停止された。

 

……はずだったのだが、現在も稼働状態にあり、ソフトウェアが流用されているだけではなく、権限を強化されているらしいのだ。

 

これでサローニャと協力していた米国メディア王、オーレイ=ブルーシェイクはずっと真守たちを監視しており、今もその動向を探っている事だろう。

 

『分かった。じゃあみんなを集めて監視カメラを壊した上で話をしよう。そうすればオーレイ=ブルーシェイクは後手に回らざるを得ない』

 

真守は垣根と共にロベルト=カッツェの後を追う。

 

だが真守たちが去っていったとしてもカメラが切り替わり、『彼ら』は監視を続けていた。

 

朝槻真守は学園都市の要だ。およそできないことはないからだ。

 

だから真守を脅威と見ている『彼ら』は真守が監視カメラを破壊するまで、その動向をつぶさに観察していた。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

真守と垣根はプライベートジェット機の中にいた。

もちろん緋鷹が寄越した学園都市製のプライベートジェット機だ。

中はラグジュアリー感満載であり、座席がソファ形式で七席ほどしかない。

 

真守と垣根は、隣同士でぴったりと座ってプライベートジェット機に乗っていた。

そもそも離れて座る理由なんかないからだ。

 

キラウェア火山が異例の噴火をしたため、ハワイ島は混乱に呑まれた。

その混乱に乗じてPMCトライデントとグレムリンの魔術師の混成部隊が上陸。

ハワイ諸島を制圧しにかかった。

 

だが真守たち学園都市から来た人間がロベルトに協力したため、PMCトライデントの侵攻は抑えられた。

 

そしてPMCトライデントを雇い、『グレムリン』と共謀してアメリカを掌握しようとしていた米国メディア王、オーレイ=ブルーシェイクは娘のリンディ=ブルーシェイクに全権利を生前贈与するという名目で実質力を失った。

 

もちろんオーレイ=ブルーシェイクはそんなの容認していない。だが彼女が姿を現さないのを良い事に、ロベルトが大統領権限でやったことだ。

 

だが一つ問題が起こった。

 

F.C.E経由で状況を見ていた学園都市協力機関二七社が、ハワイの件に学園都市の人間が加担していたとして、学園都市から離反してしまったのだ。

 

「上条はバードウェイに激怒してたが、俺や一方通行(アクセラレータ)からしてみれば妥当な線だと思うがな。学園都市協力機関二七社は、理由をつけて学園都市から離反する機会を伺ってた。いつか絶対に裏切るなら、グレムリンをおびき出すために有効利用する。それが最善だろ」

 

垣根は自分が買ったハワイの土産の写真を、携帯で撮っていた真守を見ながら呟く。

 

バードウェイは学園都市協力関係二七社の事を囮にして、科学技術を欲しがっている『グレムリン』をおびき出そうとしている。

 

そうなれば戦いは激化する。

 

そこで犠牲になるのは罪もない学園都市協力関係二七社の人々だ。

 

誰かを餌にして『グレムリン』をおびき出すのを、上条当麻は容認できるはずがない。

 

いくら学園都市から離反しようと機会を伺っていた人間たちでも、だ。

 

上条当麻と違って、垣根帝督は善人ではない。

 

大切なものを守るためならば非道な行いだって喜んでやる。

 

今の一方通行(アクセラレータ)がどこまで悪を許容できるかは知らない。

だが一方通行はバードウェイのやり方に対して何か言いたいといった様子ではなかった。

 

思考回路が嫌でも似ているため、おそらく一方通行(アクセラレータ)も自分と同じでバードウェイのやり方を許容している事だろう、と垣根は思う。

 

それと学園都市の協力機関はどうしたって外の機関だ。

学園都市の技術の甘い部分を吸っているヤツらを助ける理由は最初からない。

 

真守は買ったお土産のリストを深城に送り終えると、顔を上げた。

 

「まあ私も思う事はあるケド、バードウェイはああいう事をする女の子だってなんとなく分かってたからな」

 

真守は先程から自分が裏切られたと感じ、傷ついていないか気にしている垣根を見上げてにこっと微笑む。

 

「上条は誰であろうと他人が傷つくのが嫌だからな。あれもあれで結構生き辛いと思うぞ。本人はそんなこと全く考えていないだろうけど」

 

「……バードウェイの頭の中は読んでなかったんだな」

 

垣根は真守の言い方でそう理解して、問いかける。

 

「私は別にバードウェイを守りたいわけじゃなかったし。所詮魔術に傾倒(けいとう)している人間だ」

 

真守が随分と辛口なことを言うので、垣根は意外そうな顔をする。

そんな垣根を見て、真守は少し寂しそうに微笑んだ。

 

「垣根。私はやろうと思えばなんでもできる。でも、そのためには自分の幸せを犠牲にする。それは理解できる?」

 

「ああ」

 

朝槻真守は絶対能力者(レベル6)、つまり神と同等の存在だ。

 

真守は神さまとしてやろうと思えばなんでもできる。

それこそ、世界を救済する事だって可能だ。

 

だがその場合、真守は全ての責任を負わなければならなくなる。

 

全ての責任を取って世界を上手く回していくためには、真守の女の子としての幸せが犠牲になるのは目に見えている。

 

神さまとして真守が人間の幸せを犠牲にするのを、垣根帝督は絶対に許せない。

 

だって自分にとって真守は大切な女の子で。

何が何でもそばにいて、一緒に幸せになりたい存在なのだ。

 

「私の人間としての幸せを願ってくれる人たちを悲しませたくない。……だからちょっと心苦しいケド、私は助けるものと助けないものを分けなければならないと思ってる。私を大事にしてくれる垣根たちを、大事にしたいから」

 

垣根は真守の気持ちを聞いて、柔らかく問いかける。

 

「今回で言えば、学園都市内と外って感じか?」

 

「うん。でもまあ伯母さまたちのことがあるから、学園都市外だとしても絶対に助けないってことはないよ」

 

父親に捨てられた自分のことを必死に探してくれたマクレーン家のことは、なるべく大切にしたい。

その想いを知っている垣根はしっかりと頷いた。

 

「臨機応変に対応するのは当然だろ。俺もお前が人間として大事にしたいと思うものは、大事にしたい」

 

垣根は真守の頬を優しく触りながら告げる。

 

「俺はお前が幸せならそれでいい。俺のそばで笑ってくれてたら、それ以外はいらない」

 

垣根は真守の頬に触れるのをやめて、近くに置いてあった袋を手に取る。

 

「これやる」

 

真守は垣根からプレゼントをまた貰うことになって顔をしかめるが、おずおずと受けとる。

 

中に入っていたのはジュエリーケースで、ハワイの有名な宝石店のものだと一目で分かった。

 

真守がジュエリーケースを開けると、綺麗なエメラルドの石が揺れる、一点もののネックレスが入っていた。

 

自分のエメラルドグリーンの瞳と、同じ色の宝石。

 

「あ、ありがとう……垣根」

 

真守はプレゼントされてばっかりで申し訳なくなりながら、垣根を見上げる。

 

「俺がお前にあげたくて買ったんだから。気にするな」

 

垣根は真守の手からジュエリーケースを受けとると、中からネックレスを出して真守に首を出すように指示する。

 

真守が躊躇(ためら)いながらも首を前に出すと、垣根は真守の細い首に手を回し、完全にノールックで真守の首の後ろで金具を留めた。

 

「あ、相変わらず何でもかんでもそつなくこなせるな……」

 

女の子だって首の後ろで金具を留めることなんて早々できないのに、さらっとこなせる辺りが何とも言えない。

 

真守が自分の胸元できらきらと輝くエメラルドに触れていると、垣根はくいっと真守の顎を上げてキスをした。

 

「ん」

 

真守は恥ずかしそうに(うな)って、自分をまっすぐと見つめてくる垣根を見上げる。

 

「……そんなに見ないで」

 

「なんで。かわいいから別に良いだろ」

 

垣根は笑いながら妖艶(ようえん)に唇をペロッと舐める。

 

垣根の様子を見て真守がウッと(うめ)く中、垣根は楽しそうに目を細めた。

 

「……垣根、何か欲しいものある?」

 

「なんで? ……ああ、俺ばっかりお前にプレゼントしてるから何かお返ししたいのか?」

 

「うん」

 

真守が頷くと、垣根は真守のことを抱き寄せて微笑む。

 

「別にいらねえ。金に不自由してないし。お前が一緒にいてくれるだけでいい」

 

「相変わらず欲深いのか、欲がないのか分からない男だな……」

 

真守は垣根の腰にそっと手を回しながら、不満を漏らす。

 

「上条は学園都市から離反した協力機関のところへ無謀に向かったみたいだが、お前はどうする?」

 

垣根がこれからの方針を訊ねると、真守は垣根の胸板にすり寄りながら告げる。

 

「……とりあえず学園都市に一回帰る。学園都市上層部の動きは緋鷹たちに聞くのが一番だし。……それに、緋鷹とちょっと話すことがあるから」

 

「分かった。お前がやりたいようにやりゃあいい」

 

垣根は笑って、真守の小さい頭にキスを落とす。

 

「むぅ。キス魔」

 

何度もキスをしてくる垣根を見上げると、垣根は真守の額にキスをする。

 

「別にいいだろ。したいんだから」

 

真守は若干不満そうにしながらも、垣根がご機嫌な様子なので好きなようにさせる。

 

人間の枠に入っていると言っても、神さまとしての力を持っている自分のことを大事にしてくれる人間は早々いない。

 

だから真守は垣根が満足するまでやりたいようにさせようと思い、恥ずかしくて(うな)りながらも垣根の好きにさせていた。

 

だが調子に乗り、おっぱじめようとしたのでお(あず)け食らわせた。当たり前である。

 

そして。さまざまな遺恨を残しながらも、朝槻真守と垣根帝督は学園都市に帰還した。

 




ハワイ篇終了です。
けっこうさっくり終わりました。
次はオリジナル回を挟むつもりですので、お楽しみいただけたら幸いです。


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新約:A Very Merry Unbirthday:Ⅲ篇
第一八話:〈日常回帰〉で再び対話を


第一八話、投稿します。
次は六月一二日日曜日です。


真守はゆっくりと目を覚ました。

 

朝槻真守は身体機能をオンオフする事で、『休眠状態』に入れる。

だが、それで普通に睡眠が取れなくなってしまったわけではない。

惰眠(だみん)(むさぼ)る事になるのだろうが、最近は垣根と本当の意味で一緒に眠っている。

 

(む。もうすぐ一〇時なのに垣根、まだ寝てる)

 

真守は自分の事を抱きしめて眠っている垣根を見上げる。

ちなみに真守は何回も起きて、垣根が起きてないか確認している。

だがいつ起きても垣根は綺麗な寝顔ですやすや眠っている。

自己中心的で器が小さくて、俺様気質とは思えない程に、安らかで素直な寝顔だ。

 

(時差ボケかなあ)

 

流石に暇になったので、真守はごそごそと垣根の胸の中から出ると、体を起こして小さく伸びをする。

つい先日までハワイにいたのだ。

真守は絶対能力者(レベル6)であるため特に睡眠を必要としていないため問題ないが、垣根は体を未元物質(ダークマター)で補っていものの、ほとんど手を入れていない。

それに人間として真っ当な感性を持ち合わせているため、まだ眠っていたいのだろう。

 

(緋鷹に会いに行きたいんだけど……垣根、私がいなくなったら顔真っ青にして探しそう。どうしようかなー)

 

朝槻真守は垣根帝督の前から姿を消したことがある。

 

あれは本当にしょうがなかった。あのまま自分が姿を消さなければ学園都市の餌になっていた、と真守は確信している。

 

だがそのせいで結構なトラウマを垣根に植え付けてしまったと、真守は後ろめたい気持ちがある。

 

何故なら垣根は真守がどこかへ行くのを酷く嫌がるし、一緒にいるのに時々その時のことを思い出して苦しそうな表情をしているからだ。

 

真守は自分を求めて手を動かした垣根の手を取ると、恋人繋ぎで握って優しくにぎにぎして微笑む。

 

(今も私は自分が取るべき最善の手を打ったと思ってる。……でもやっぱり、垣根に悪い事をしたな)

 

結構なトラウマを垣根に植え付けてしまったが、あれは本当に仕方がなかった。

そうでなければ、いま垣根と一緒に穏やかな日々を過ごす事などできなかっただろう。

 

真守は寂しそうに微笑みながら、垣根を起こさないように手を離してベッドから降りる。

 

ベッドから降りて垣根にちゃんと布団をかけてやると、垣根の前髪が少し乱れているのに気が付いた。

 

真守はふにゃっと笑ってサラサラと触り心地の良い垣根の前髪を整えてやって、ゆっくりと部屋を後にした。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

「深城、おはよう」

 

真守は自分が通っている学校のセーラー服に身を包んで、二階にあるラウンジへと入る。

深城はラウンジの三人掛けソファに杠林檎と一緒に座っており、雑誌のようなものを一緒に読んでいた。だが、真守に声を掛けられて顔を上げた。

 

「真守ちゃん、おはよぉ! お寝坊さんだねえ」

 

「朝槻、おはよう」

 

深城と一緒に真守に朝の挨拶をしたのは、もちろん林檎だ。

 

「おはよう、林檎。深城と一緒に何を読んでるんだ?」

 

真守が首を傾げて問いかけると、林檎は冊子の表を真守に見せる。

 

「一端覧祭の特集の冊子か」

 

一端覧祭とは、学園都市の全学校で一斉に行われる文化祭のようなものだ。

ただ大覇星祭のように外部からの客を引き入れるのではなく、完全に内部向けであり、オリエンテーションの役割を担っている。

 

「一日目は朝槻や垣根の学校見るの。それで二日目にね、私が来年から所属する学校を見に行くの」

 

林檎は嬉しそうに足をパタパタさせながら告げる。

 

『暗闇の五月計画』の被験者だった林檎は現在学校に通っていない。それでも本来ならば小学校に通っている年齢である。

 

絶対能力者(レベル6)へと進化(シフト)する前から、真守は垣根と共に林檎でも通える学校を探していた。

 

そして林檎のことを考えて、中学生までは家に『落第防止(スチューデントキーパー)』という不登校生徒のための出張教師を呼ぶ手筈となっている。

 

だが『落第防止(スチューデントキーパー)』はあくまで不登校生徒のためのものだ。そのため形だけでも学校に所属させておく必要がある。

 

形だけの所属だとしても、林檎も自分が所属する興味があるらしい。

 

……まあ林檎の隣には一度も学校に通った事が無い少女がいるのだが、深城の場合は年齢が一八歳で、義務教育はおろか高校生活も終わっている状態だ。

そもそもAIM拡散力場で作られた体を持っていると、身体検査(システムスキャン)に引っかかってしまう。

 

深城はその事を特に気にしていないが、自分が学校にいけない分、林檎には学校に通えるうちに学校に行って集団生活を学んでほしいと思っている。

 

「林檎」

 

「?」

 

真守が林檎の小さな頭に手を置くと、林檎は不思議そうな顔をした。

 

「適度にサボることが重要だけど、出会いは大切にするんだぞ」

 

「うん。朝槻見てれば分かるよ。だって朝槻、とっても楽しそうだから」

 

林檎は真守に頭を撫でられて、気持ちよさそうに目を細めて微笑を浮かべる。

 

「ふふ。良かったねえ、林檎ちゃん」

 

「うん。深城も色々考えてくれてありがとう。……あれ。そういえば垣根は? まだ寝てるの?」

 

林檎は深城にお礼を言っていたが、同じように世話になった垣根の事を思い出して首を傾げる。

 

「時差ボケだ。まだすやすや寝てる。……なあ林檎。これから私、緋鷹のところに行きたいんだけど、垣根が起きるまで一緒にいてもらってもいいか? 垣根、起きたら私がいない事に絶対に焦ると思うんだ」

 

「うん、分かった。垣根は朝槻がいないとだめだもんね」

 

林檎はソファから立ち上がると、パタパタと垣根のもとへと向かった。

林檎が歩くと、待機していたカブトムシが林檎へ向けてぶーんっと飛んでいった。

どうしようもなく弱いところがあるオリジナルのために、林檎が暇を持て余すのが我慢できないらしい。

 

「深城、朝ご飯ある?」

 

「うん! 梅と昆布のおにぎり(あぶ)って、お茶漬けできるように作ってある! 自信作だから食べてほしいなっ!」

 

真守の問いかけを聞いた深城は、パタパタとキッチンへと走って行く。

 

(……それにしても、学園都市の高速旅客機使わなくてもすぐに帰って来られるなんて。割と世界って狭いんだなあ)

 

真守はいつもと変わらない日常に帰ってきたことを実感して一つ頷くと、深城の用意したご飯を食べようとトテトテと歩き出した。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

「ナチュラルセレクター、か」

 

真守は第二学区のとある核シェルターを改造した、『(しるべ)』の運営する『施設(サナトリウム)』へと来ていた。

 

真守の目の前には、学園都市上層部がこれから学園都市関係二七社に向けて行う作戦の機密情報が紙に書かれて置かれていた。

 

学園都市から離反した協力機関二七社は、現在『反学園都市サイエンスガーディアン』を名乗って行動している。

 

サイエンスガーディアンはバゲージシティと呼ばれる東欧の新興都市で、異種格闘大会『ナチュラルセレクター』を開催しようとしており、そこを学園都市は攻撃しようとしているらしい。

 

その攻撃方法とは、三人の『木原』とFIVE_Over.という技術によってである。

 

木原とは言うまでもなく、学園都市の癌である。

 

科学を真っ当な正義のために使っているのに、何故かそのやり方が多くの人を傷つけることになるという、矛盾とも言えない性質を持った一族。それが木原だ。

 

「……FIVE_Over.について、他の情報は掴んでいるか?」

 

FIVE_Over.とは、超能力者(レベル5)の能力を純粋な工学技術によって超えることを目的とした技術である。

どうやら学園都市は随分と昔から、FIVE_Over.技術の構築に力を使っていたらしい。

何故なら学園都市トップレベルの能力者の能力を超えるためには、相当な時間と金銭が必要だからだ。

 

「どうやら研究している部署が散在しているらしくて。真守さんや帝督さんのものについては確認できなかったわ」

 

答えたのはもちろん、この情報を集めてきた『(しるべ)』の代表である八乙女緋鷹だ。

 

緋鷹は真守が資料を置いている机の近くに車椅子で近づいており、真守の様子をじぃっと(うかが)っていた。

 

「それと上層部からお達しが来たわ。あなたを絶対に学園都市から出させないようにって。もし出ようものなら、あなたの知り合いを人質でも取って止めるって。上層部も真守さんが離反した協力機関に肩入れするとは思わないけれど、一応念のためってところかしら」

 

「上層部も慎重になってるんだろう。この作戦内容のせいだな」

 

真守はトントンと資料を指で叩きながら告げる。

 

『ナチュラルセレクター』が開催されるバゲージシティは、世界でも有数の豪雪地帯であり、摂氏マイナス二〇度以下が当たり前の地域だ。

 

そのため火力発電所、石油精製施設、ごみ処理場などの熱を使って、都市の暖房設備を維持している。

 

学園都市は手始めに暖房設備を攻撃して、都市機能を麻痺させようとしているのだ。

 

朝槻真守はあらゆるエネルギーを操る能力者だ。

 

そのため真守がバゲージシティへと向かうと、その能力でバゲージシティのエネルギーを賄われてしまい、都市機能を麻痺させられなくなり、()便()()()()()()を取れなくなってしまうのだとか。

 

「大体分かった。私も学園都市の甘い汁を啜ろうとしているヤツらを率先して助けようとは思わない。そもそも学園都市外は私の管轄外にしたから」

 

真守は資料を机の上に置きながら、緋鷹を見た。

 

緋鷹は真守がバゲージシティの罪のない人間を見捨てると言っても何も言わない。

本人もバゲージシティに肩入れするうまみはないと思っているからだ。

だがうまみはないと思っていても、そこに住む人々が傷つくのは酷く悲しいことだろう。

 

「緋鷹にもう一度聞いておこうと思って」

 

だから真守は口を開いた。

緋鷹は顔を上げ、真守を怪訝そうに見つめる。

そんな緋鷹を真守はまっすぐと見た。

 

「私は緋鷹たちの神さまじゃない。それでもお前たちは私のために動いてくれるって。私に恩があるから、守ってくれるって言ってくれた」

 

(しるべ)』は元々、朝槻真守に救われた人間の集まりだ。

朝槻真守が困っているのならば、助けたいと思って集まった人々だ。

 

「緋鷹たちは私という神さまと一緒に過ごすようになった。私という神さまについて直に触れることになった。私がどんな存在か知ることとなった」

 

九月三〇日。真守が絶対能力者(レベル6)へと進化(シフト)したあの時から、真守は『(しるべ)』の人々と共にいる。

もう十分、朝槻真守という神のことを知り尽くした頃合いだ。

だから真守は、問いかけた。

 

「今でも私のそばにいたいと思う? 等身大の私を感じても、私のことを神さまとして(かか)げたいと思う?」

 

真守が問いかけると、緋鷹はゆっくりと目を閉じた。

そして胸に手を当てて目を開き、真守に向かって微笑んだ。

 

「私ね、とても良かったと思っているの」

 

とても幸せそうな声で。緋鷹は自らが『(しるべ)』として(かか)げる神さまを見て、自分の気持ちを吐露する。

 

「あなたが神さまになっても、あなたの人間性が変わらなくて良かったと思ってる。あなたは神さまになっても、私たちが信じていた朝槻真守よ」

 

真守はじぃっと緋鷹を見つめていた。そして、その言葉の続きを待っていた。

 

「きっと神さまとして行動しなければならない時が来たら、あなたは私たちを見捨てるのでしょう。でもそんな時が来ないように、あなたは努力してくれる。私たちが見捨てられることにならないように、動いてくれる。そうでしょう?」

 

「……違うかもしれないよ?」

 

真守が意地悪く笑って問いかけると、緋鷹は笑った。

 

「私たちの信じる朝槻真守はそうするわ、必ずね。……最初はあなたに恩が返せればそれでよかった。それ以上は要らなかったの」

 

緋鷹は柔らかく、真守を愛おしそうに見つめて気持ちを吐露する。

 

「無下に扱われても、殺されても。だってあなたは闇に()ちた人でなしを決して見捨てなかった。だからあなたがなりたくてなった訳じゃない人でなし(神さま)になったとしても、あなたを見捨てるなんて絶対にしたくなかったの」

 

緋鷹はゆっくりと車椅子を動かして、真守にもっと近づいた。

そして真守の小さな手を握って、真守に微笑みかけた。

 

「あなたが私たちの気持ちをもう一度聞いてくれて本当にうれしいわ。それだけであなたが何も変わっていないって分かる。だからあなたは変わらずに私たちを使って。私たちはあなたに想われているだけで、幸せだから」

 

真守は自分の手を握って幸せそうに微笑む緋鷹を見た。

そして緋鷹が握っている自分の手に力を込めて、柔らかく微笑んだ。

 

「良かった」

 

真守が緋鷹たちの幸せを喜ぶと、緋鷹は真守に想われているのが嬉しくて笑みがこぼれる。

真守は緋鷹の手に自分のもう一つの手を重ねて、微笑んだ。

 

「これからも一緒に生きていこうな、緋鷹」

 

「ええ。私たちの(しるべ)。いつまでも、私たちはあなたと共にいるわ」

 

緋鷹がゆっくりと真守の手を握ってキスをすると、真守はくすぐったそうに笑った。

 



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第一九話:〈一瞬片時〉も離れたくない

第一九話、投稿します。
次は六月一五日水曜日です。


垣根帝督は一一時半過ぎに目を覚ました。

完全な時差ボケである。

それでも眠くてくいっと布団を手繰(たぐ)り寄せると、異変に気が付いた。

 

一緒に寝ていた真守がいない。

 

心臓が跳ねる。

 

真守が絶対能力者(レベル6)へと進化(シフト)して、自分の前からいなくなってしまった時に感じていた絶望が頭をよぎる。

 

「真守……ッ!!」

 

垣根が思わず飛び起きると、ベッドに寄り掛かるように毛足の長いカーペットの上に座って、カブトムシと遊んでいる少女が見えた。

 

「おはよう、垣根。もうお昼だよ」

 

杠林檎。林檎はカブトムシから顔を上げて、一瞬で嫌な汗を掻いた垣根を見る。

 

「……林檎」

 

垣根は林檎の名前を呼びながら、第三者がいる事で冷えた頭を押さえる。

 

「…………真守は?」

 

「朝槻は八乙女のところ。朝槻ね、起きたら垣根が絶対に自分のことを探して焦るから、私にそばにいてほしいって言ったの。朝槻の言ったとおりになったね」

 

林檎が真守の的中率がすごいと褒めていると、垣根は一つ息を吐く。

 

「垣根」

 

「なんだ」

 

垣根が不機嫌に声を上げると、林檎は立ち上がってベッドにちょこんと座りながら、垣根を見上げた。

 

「朝槻は垣根とずぅっと一緒にいるって、今度はちゃんと約束した。それでも怖いの?」

 

「………………当たり前だろ」

 

垣根はじろっと林檎を睨む。

 

「お前だって真守が目の前から消えた時、散々動揺してたじゃねえか」

 

「あれは朝槻が何も言わずにいなくなったから。ちゃんと言ってくれたら私はいつまでも待てる」

 

「へいへいそーかよ」

 

垣根が忠犬っぷりを発揮している林檎を見て適当に返事をすると、林檎は笑って垣根の頬へと手を伸ばした。

 

「でも時々思う。今でも朝槻が神さまとして必要で、何も言わずにどっか行っちゃったらどうしようって」

 

垣根は林檎の真守よりも小さな手のひらを感じながら、視線を落とす。

 

九月三○日。前方のヴェントの襲撃があったあの日、真守はついでと言わんばかりに安全に絶対能力者(レベル6)へと進化(シフト)させられた。

 

その後、行方知れずとなった。

 

後から聞いてみれば真守は自衛のために姿を隠したのだが、何も知らない垣根帝督はあの時、本当に焦ったのだ。

 

どこに行ったのかもわからない。無事なのかも、実験体として酷い扱いをされているのかどうかすら分からない。

 

過去に一度、垣根帝督は大切にしたいと思った命を、自分の手の平から(こぼ)れ落としてしまった。

 

だから真守を取り戻すための十日間弱の焦燥は、真守が手の内にいる今でも時折思い出して苦しくなる。

 

そしてその度に、どうしようもなくただただ真守にそばにいてほしくなるのだ。

 

そうなると真守は柔らかく笑ってくれて、そして自分の気が済むまでいつまでも一緒にいてくれる。これまで何度もそうだった。

 

「朝槻のところ行くの?」

 

垣根が林檎の手を柔らかく握って頬から離すと、林檎が問いかけてきた。

 

「なんだよ。お前は不満なの?」

 

垣根が林檎の手を握りながら訊ねると、林檎はふるふると首を横に振った。

 

「ううん。別に不満じゃない。むしろ幸せ」

 

「……なんで?」

 

垣根が問いかけると、林檎は心底幸せそうな儚い笑みを浮かべた。

 

「垣根が朝槻を大切に想ってるって感じると、とても幸せ。だって私も垣根や朝槻、それに深城の事を大切に想ってるから。みんながみんな互いのことを想えて、一緒に暮らせる。それってとても良いことだと思うの」

 

林檎は垣根が握っている自分の手にもう片方の手を重ねて、微笑む。

 

「知果は私の事を考えてくれてたけれど、あそこでは誰もが生きるのに必死で、心のゆとりなんてなかったから」

 

垣根は林檎の言葉に目を細める。

 

「だからいま、とっても幸せだよ、垣根。朝槻と垣根が私を助けてくれたから。深城がそばにいてくれるから。だから私はとっても幸せ」

 

「…………そうだな」

 

林檎が幸せそうに微笑むのを見て、垣根はそっと目を伏せる。

 

「俺も、真守と会えたから楽になれた。誰かをまた大事に想うことができた。…………だから、もう絶対に手放したくない」

 

垣根はいま自分が得られた、本当に欲しかった日常を決して崩させたりしないと誓い、告げる。

 

「真守のところに行く。でもシャワー浴びて飯食って、ちゃんとしてから行く」

 

林檎は柔らかく微笑み、意を決して垣根にぎゅっと抱き着いた。

垣根は柔らかい命に抱きしめられて、目を細める。

垣根が自分に抱き着いてきた林檎の背中を優しく撫でると、林檎は幸せを感じて笑みを浮かべた。

そして気が済んだ林檎は垣根から離れ、ベッドから降りて先に扉へと向かった。

 

「垣根、先に行ってるね」

 

林檎はこれから着替えるであろう垣根に、ふりふりと小さく手を振る。

 

「林檎」

 

垣根が呼ぶと、林檎は首を傾げて垣根の方を振り返った。

 

「お前のことも、俺は大切だから」

 

林檎は『暗闇の五月計画』の勉強で、垣根帝督が能力を解放し、三対六枚の翼を広げた姿を見たと言った。

 

それがとても印象的で。隣で一緒にビデオを見ていた知果に言ったら、天使さまみたいだと言われて、それをずっと心にとどめて林檎は生きていたらしい。

 

誰かに無条件で慕われる事がなかった垣根にとって、林檎の存在はとても貴重なものだ。

 

そのため垣根が自分の気持ちを吐露すると、林檎はきょとんとしていた。

 

だが言葉の意味が分かった林檎は幸せそうに目を細めて微笑み、垣根に小さく手を振ってパタパタと走って行った。

 

垣根は真守と出会ったことによって得た平穏に安堵して、目を細めた。

 

そしてもっと真守に会いたくなって、動き始めた。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

ドライヤーで髪の毛を乾かした後、垣根はタオルを肩に掛けたままラウンジへと向かう。

 

おそらく今日も真守は学校の制服を着ているだろうが、気が乗らないので私服である。

 

今日の垣根はパーカーにシャツのボタンを一つも閉めずに中にセーターを着ており、下はチノパンを穿いている。仕事着として使っていたスーツは最近滅多に着ていない。

 

「垣根、気だるげ」

 

歩いてきた垣根を見て、テテテーッと走って近づいてきた林檎がそう告げるので、垣根はああ、と短く返事をして彼女と一緒に歩く。

 

「朝槻がいないと垣根、本当にふにゃふにゃになるよね」

 

「うるせえ、別にふにゃっとしてねえよ。──源白。軽く食べられるものあるか?」

 

「あ、垣根さんおはよぉ! おにぎりでお茶漬け作れるようにしてあるから! すぐにできるよぉ!」

 

どうやら深城は自分と林檎用にパスタを茹でているらしかったが、てきぱきと垣根の分のご飯も用意し始める。

 

垣根は深城の手伝いをしに行った林檎を他所(よそ)に、ダイニングテーブルについた。

 

適当にテレビのチャンネルをイジッてテレビを見る。

 

どこもアメリカを揺るがすハワイの一件に学園都市が介入し、協力機関が離反したことについてばかりだ。

 

(揃いも揃ってセンセーショナルな話題が好きだよな、マスコミって)

 

垣根がなんとなくそう思っていると、キッチンの方から楽しそうな深城と林檎の声が聞こえてきた。

かつて学園都市に利用されていた少女たちが楽しそうにしている。

それはとても良いことだ。

 

だがそこに垣根帝督が一番必要として愛している少女がいないことが、酷くおかしく感じた。

 

「だいじょぉぶ、垣根さん?」

 

深城はダイニングテーブルに、垣根のために作っていた真守と同じメニューの鮭と昆布のおにぎりで作るお茶漬けを持ってくる。

 

そして自分の昼食のたらこパスタを取りに行く前に垣根に声を掛けた。

 

「別に問題ねえ」

 

源白深城は、朝槻真守とは違う意味で勘が鋭い。

 

だからこそ心を閉ざしていた真守の心を開くことができたのだろうし、真守のことを光の道へと進むように(さと)すことができたのだろう。

 

「……ほんと、お前はすごいよ」

 

「? 何が?」

 

「なんでもねえよ」

 

垣根が首を傾げている深城の前でお茶漬けを食べ始めると、深城はあんまり聞いてほしくないんだろうな、と思ってこれ以上の追及を止めた。

 

そして林檎を呼び寄せて二人でいただきますをすると、垣根と共に昼食を食べ始めた。

 

「そぉだ。垣根さん、真守ちゃんのところに行ったら、真守ちゃんにちゃんとご飯食べたか確認してね。ちょっと目を離すとすぐに食べるの忘れちゃって、食べるの面倒だからいいや、とか平気で言うんだもん。……あ、でもでも、緋鷹ちゃんがご飯勧めてくれてるかなあ」

 

「真守はいつになっても食事する習慣が身につかねえからな」

 

会話にもある通り、真守は放っておくと面倒だからと言って食事をすっぽかす事が多い。

 

そのくせ街中を歩いていると、ふらふらと移動ワゴン店舗に近づいて行き、甘いものを買うのだからちぐはぐすぎるのだ。

 

垣根がこの場にいない真守のことを考えていると、深城がふふっと笑った。

 

「よろしくね、垣根さん。真守ちゃん、けっこう雑だから」

 

「別に俺にばかりよろしくしなくてもいいだろ。お前はお前で真守のことを見ていればいい」

 

垣根が真守が大層大事にしている深城が一歩引かなくてもいいと言うと、深城は柔らかくにへらっと笑った。

 

「ふふっ分かってるよ、垣根さん。垣根さんは優しいね」

 

真守もそうだが、深城も林檎も自分のことを優しいと言う。

 

優しいと言われることに慣れたはずだったが、なんだか気恥ずかしくなって垣根はお茶漬けを食べるのに集中する。

 

「垣根ははねもきれいだよ」

 

林檎が頬にいっぱいパスタを含みながら告げるので、垣根はじろっと林檎を見た。

 

「食うのに集中しやがれ。ったく」

 

垣根が呆れたように告げると、林檎はもぎゅもぎゅパスタを噛んで幸せそうに食べて、呑み込む。

 

林檎は食事に執着がある。それは『暗闇の五月計画』でまともな食事を与えられなかったからだ。

 

それでも爆食いするというわけではないし、そもそも林檎は発育不良で肋骨が浮いているので、たくさん食べなければ逆にマズいくらいだ。

 

(まあ、前よりちょっと肉付きは良くなったな)

 

垣根が林檎の事を考えていると、深城が林檎の口の端に付いたパスタソースをティッシュで(ぬぐ)ってやる。

 

すると、林檎はムーッとした顔で目を(つむ)って、大人しく深城に顔を拭かれていた。

 

(真守にももっと肉付けてもらわないとな。アイツは細っこすぎる)

 

垣根は深城と林檎のやりとりが愛おしくて、小さく笑いながらも食事を再開した。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

真守はそわそわとしていた。

 

そろそろ垣根が来る頃合いなのだ。カブトムシがそう教えてくれた。

 

緋鷹に『施設(サナトリウム)』の正面まで迎えに行った方が良いかな、と言ったところ、緋鷹が『そこまで気を回す必要はない』とはっきりと告げた。

 

あれは嫉妬ではなく、純粋に甘やかしてはならないといった忠告だったが、真守はいつも自分が垣根のことを甘やかしているのだろうか、と首をひねっていた。

 

なんだかんだ言って結構なわがままの垣根を甘やかしている真守だが、自覚がないのだ。

 

緋鷹が苦笑しながらデリバリーで頼んだ昼食を真守に差し出すと、真守はちょこっと面倒に感じながらも、ちまちまと弁当を食べ始めた。

 

だが明らかに垣根が気になっているし食べる気があんまりないので、真守がのろのろと食べていると、緋鷹は若干呆れつつもその場を後にした。

 

緋鷹も緋鷹で色々やることがあるし、真守が何より食事を(おろそ)かにしたところで、垣根帝督が見たら無理やり食べさせてくれると思ったからだ。

 

真守は弁当に入っている押し寿司をちょこちょこ箸でつつきながら、垣根を待つ。

 

ほどなくして、垣根は『施設(サナトリウム)』にやってきた。

 

「真守」

 

真守は自分の事を見つけてほっと安堵し、早足で近づいてくる垣根を見上げた。

 

垣根は真守の前に立つと、ぎゅっと真守のことを抱きしめた。

 

(頬をつねる方じゃなくて抱きしめる方だった)

 

真守は頬をつねられてストレス発散されるわけではなく、壊れ物のように抱きしめられてそう思う。

 

「垣根、おはよう。よく眠れいひゃい」

 

声をかけると、垣根は真守からちょっと離れて思いきり頬をつねる。

 

「よくも置いていってくれたなコラ」

 

いひゃい(痛い)ふぁひね(垣根)らきしめたはら(抱きしめたから)てっひり(てっきり)ほおをひね(つね)らない()ほもっは(思った)のに」

 

「なんだよ不満か、ああ?」

 

垣根がぎりぎりといつもより二割増しで真守の頬を引っ張ると、真守はむーむー声を上げる。

 

やがて気が済んだ垣根は真守の頬から手を離し、ため息を吐いた。

 

真守は自分の頬をつねってきた垣根に不満を向けつつ、ひりひりと痛む自分の両頬に触れる。

 

すると垣根は自分の頬に触れている真守のことをぎゅっと抱きしめた。

 

「…………頼むから、そばにいてくれ。俺の手の届く、そばに……」

 

真守は自分の頬から手を離し、もぞもぞと垣根の胸の中で動いて垣根の腰に手を回して、優しく抱きしめる。

 

「分かってるよ、垣根。絶対に離れないから。ずぅっと垣根のそばにいる」

 

真守が優しく背中を撫でると、垣根は真守をぎゅっと抱きしめながら頷いた。

 

真守は垣根が落ち着くと、昼食を食べるのを再開する。

 

 

「……垣根。離れて」

 

真守は先程言った言葉を(くつがえ)すような事を告げる。

だが仕方ないのだ。

 

何せ垣根が自分の事を膝に乗せて後ろから抱きしめてきて、食べるところをじーっと見てくるのだから。

 

一緒にいるし離れないと言ったが、節度は守って欲しい。それが真守の言い分である。

 

「お前は見てないとすぐに食事やめるだろうが。八乙女が気を利かせてちっこい弁当にしてくれたんだから、それくらい食え」

 

「むぅ。だったら私を膝に乗っけて後ろから抱きしめなくてもいいだろうが。椅子はいっぱいあるんだぞ」

 

「うるせえ文句言うんじゃねえ。元はと言えば、お前が俺を置いてどっか行ったのが悪いんだよ」

 

垣根は真守に責任があると言いながら、自分の膝に乗せた真守の黒髪を撫でるように()く。

 

(もう絶対に垣根が寝てる間にどっか行かないようにしよう……後が面倒くさすぎる)

 

真守は自分のお腹に手を回して時折頬ずりして、頭に何度もキスをしてくる垣根の過剰なスキンシップを受けて、遠い目で気が乗らない食事をしながら固く誓った。

 



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第二〇話:〈強固信頼〉以前の話を

第二〇話、投稿します。
次は六月一八日土曜日です。


真守はなんとか垣根に離れてもらった。

それでもまだちょっと納得していない垣根の気を()らすために、真守は緋鷹からもらった資料を手渡す。

 

「あ? 離反した学園都市協力機関二七社に対する学園都市による制裁の計画書?」

 

垣根は真守から引き離されて機嫌が悪かったが、真守から手渡された資料に怪訝な顔をする。

 

「決定版じゃなくて、これで行こうかっていう立案書だけどな」

 

流石に学園都市がこれから秘密裏に行う作戦の内容を、一学生に渡すことはできない。

そのため立案書になっているが、少しの訂正箇所以外はこの作戦の立案書通りに行われるはずだ。

真守がそう説明すると、垣根は興味深そうに資料をぺらっとめくる。

 

「一三日からバゲージシティで行われる異能格闘大会を襲撃……。バゲージシティの要である暖房設備を攻撃、それと同時に航空路を潰す。……か、真っ当な計画書だな」

 

垣根がすらすらと計画立案書を読んで呟くと、さっきからずっと食事をしている真守は押し寿司弁当のおかずのからあげに手を伸ばす。

 

「元々バゲージシティに肩入れする理由がないから行く気がなかったけど、『(しるべ)』経由で私のことは学園都市から出すな、って上層部から直々にお達しがあったんだ」

 

真守がちまちまと唐揚げを食べて呑み込んで告げると、垣根は目を細めた。

 

「なるほどな。暖房設備攻撃するのに、エネルギーをまかなえるお前に行かれたら本末転倒って事か。……お前は上層部の制止を振り切っても、本当に行く気はねえんだな?」

 

垣根の一応の確認に、真守は頷く。

 

「うん。犠牲の上で成り立っている学園都市の技術を奪うだけ奪って離反した人間は、あんまり好ましくないし。……そもそも私は力を持っているんだ。垣根には言ったけど、その力のままに何でも救ってしまったら、全てに責任を取らなくちゃならない」

 

「……そうだな。俺もお前に自分の幸せを潰してほしくない」

 

垣根は真守の気持ちを聞きながら、ぺらっと紙をめくる。

 

「あ? 木原を投入するだと?」

 

垣根は紙に書かれている『木原を三人投入して事態収拾をする』と書かれている一文を見て顔をしかめる。

 

「木原円周、木原乱数。……木原病理?」

 

垣根は最後に目に止めた人間の研究理念が気になって声を上げる。

 

かつて真守を襲った木原相似は、サイボーグと代替技術にご執心だったりと、木原にはそれぞれ自分の研究分野がある。

 

木原病理という女は、『人造細胞』の第一人者なのだ。

 

「その女、能力を宿せる可能性のある人造細胞について研究していたようだ」

 

真守は指先に小さな脳を生み出して複数の能力を行使するという、『(しるべ)』が独自に調査した木原病理の研究結果をちらっと見ながら告げる。

 

「ちなみに垣根の『無限の創造性』がある未元物質(ダークマター)にも着目してたようだぞ。隙を見せたら利用されてたな」

 

真守がお茶に手を伸ばしていると、その前で垣根は不愉快そうに顔をしかめる。

 

「……こいつが学園都市を離れてる間に研究所を襲撃してやる」

 

自分の能力を利用されたくない垣根が怒りを込めて呟く中、真守は緋鷹が集めてきた資料を手繰(たぐ)り寄せる。

 

「その女の人造細胞技術研究は、巡り巡って私のことを神さまとして必要としている『あの子たち』の体を作る技術に使われるかもしれなかったんだ」

 

「なんだと?」

 

朝槻真守はここではないどこかの世界に息づく、未だきちんとした魂──生命エネルギーも体もない状態の『彼ら』に神として必要とされている。

 

真守は元々エネルギーを操る事ができる能力者だった。

 

そこから絶対能力者(レベル6)へと進化(シフト)したため、真守は純粋なエネルギーの塊である『彼ら』に手を加え、魂へと加工する事ができるのだ。

 

そうなると必然的に体が必要となるのだが、その体を造り上げる役割を担うのが垣根帝督であり、垣根帝督がダメだった場合のために、アレイスターは人造細胞技術を密かに用意していた。

 

もしかしたら、アレイスターは木原病理の事を上手く誘導して、真守をコントロールするために必要な人造細胞技術を研究させていたかもしれない。

 

(妙なとこで(えん)がありやがるな。……つっても、木原なんて超能力者(レベル5)にとっちゃ天敵みたいなモンだからな、縁があってもおかしくねえか)

 

垣根がそう思っていると、真守は(かたわ)らに置いてあった資料を手に取った。

 

「それと芋づる式で、興味深い事を研究していた男が見つかった」

 

真守はそう告げて、垣根に資料を渡す。

 

「木原加群。どうやらこいつは命の価値を求めていたらしい」

 

「……命の価値?」

 

垣根は追加で渡された木原加群についての書類を見せられて、それを読み始める。

 

「生命や魂というオカルトを一切排除したことで生まれる、命の価値についてだ」

 

真守は木原加群の求めていたモノを口にして、そして顔をしかめる。

 

「……これは逆説的に考えれば、()()()()()()()()()()()()()()()という証明にもなるんだ。生命や魂が証明されてしまえば、人の命は簡単に作り上げられるようになる。つまり命を育むという行為の価値が限りなく低くなる。それが嫌で、木原加群は研究を止めたそうだ」

 

真守は木原加群が大事にした命の価値について考える。

 

「木原加群の手によって命の証明がされたら、私を神さまとして必要としている『彼ら』が科学的に解明されるコトになっただろう。それでもこの世界へと降ろすのはエネルギーを操る私にしかできないから、どうせ学園都市が『彼ら』のことを手中に収めることはできなかったけれどな」

 

木原加群は真守の事を必要としている『彼ら』の魂を操作できる技術を確立しようとしていた。

 

木原病理は研究をこのまま進めれば、真守の事を必要としている『彼ら』の体を操作できる技術を確立できる。

 

つまりどちらの『木原』も朝槻真守を神として必要とする存在を、違うプロセスからコントロールする技術を人知れず研究していたのだ。

 

全く別の研究理念から始まったのに、行き着く先は限りなく似通った場所。

 

ということは類は友を呼ぶという意味であり、そして同族嫌悪を誘発させるものだっただろう。

 

だから木原病理と木原加群は敵対している。だからこそ木原病理は木原加群にちょっかいをかけていた。

 

垣根は八乙女緋鷹が独自に調べた非常に重要な情報を前に、緋鷹の手腕に感心しながら呟く。

 

「木原病理と木原加群はいざこざがあって、木原加群は学園都市を去った。……こりゃ俺の私怨だけじゃなくて、真っ当な警戒心を持って木原病理の研究結果を調べなくちゃならねえみたいだな」

 

木原病理の研究は危険なものだ。

 

少なくとも垣根帝督がいま朝槻真守のそばにいるから、真守を神として必要とする『彼ら』のために、木原病理の研究結果を使う必要はない。

 

だがその技術を使って横やりを入れられる可能性があるのだ。

 

垣根が警戒していると、真守は頷いた。

 

「緋鷹経由で動くのはマズいから……垣根お願い。『スクール』に任せても良い?」

 

「分かった。すぐに手配する」

 

八乙女緋鷹率いる『(しるべ)』はある意味上層部と繋がっている。

 

そのため表立って動く事は出来ないが、絶対能力者(レベル6)である朝槻真守を守る事を信念としている『スクール』ならば動いても問題ない。

 

「ありがとう、垣根」

 

真守がふにゃっと笑ってお礼を言うと、垣根は柔らかく目を細める。

 

「当たり前だろ。お前のためなら何だってしてやる」

 

垣根が笑って頬にキスをしてくるので、真守はムッと口を尖らせた。

 

「だから恋人のために何でもやってあげるって軽率に言うのは良くない。私が何もできない人間になっちゃうだろ」

 

真守が抗議すると、垣根はじろっと真守を睨んだ。

 

「お前は勝手にどっか行くだろ。だったら誰かに依存してしか生きられねえようになった方が、ちっとは腰が落ち着くだろ」

 

「……垣根は私のコトをそんなに骨抜きにしたいの?」

 

真守が問いかけると、垣根は即座に返事した。

 

「当たり前だろ、舐めてんのか」

 

好きな女が自分抜きで生きる事ができなくなるなんて最高だ。

垣根が真顔でそう告げると、真守は顔をしかめた。

真守は若干戸惑いながらも食事を再開し、ちらっとバゲージシティの資料を見る。

 

「上条は怪我しないかな……」

 

真守がぼそっと呟くと、垣根は途中の道で買ってきた有名ドリンクチェーン店のキャラメルラテを一口飲む。

 

バードウェイに怒りをぶつけた上条当麻はそのまま学園都市協力機関二七社を救うために旅に出た。

 

美琴が置いて行かれたと怒っていたが、上条当麻はみんなが利用されたのは自分のせいだと思って一人で戦いに出たのだろう。

 

「あいつは頑丈だから大丈夫だろ。北極海に落ちても五体満足だったし。普通なら足の一つや二つがなくなってたとしてもおかしくねえのに。……不幸だなんだの言ってるのに、よく分からねえヤツ」

 

垣根は上条当麻の謎の生態について考えていたが、そこでふと思い出すことがあって真守を睨んだ。

 

「オイ真守。お前、俺にアイツの記憶喪失隠してたよな」

 

「え。垣根、上条が記憶喪失だって知ってるのか?」

 

真守がきょとっと目を見開いて訊ねると、垣根はチッと舌打ちをした。

 

「ロシアの時に聞いたんだよ。……お前が右方のフィアンマに連れ去られた後だ」

 

垣根が忌々しい記憶を思い出していると、真守は緋鷹が一緒にデリバリーで頼んでくれたカップに入った味噌汁へと手を伸ばしながら頷く。

 

「上条がインデックスに全てを打ち明けたのは聞いてたけど、垣根にもバレてたんだな」

 

真守が味噌汁を飲んでいると、垣根は苛立ちを込めて真守を見た。

 

「アイツの記憶が無くなったのはいつだ」

 

「もう今更隠してもしょうがないし。『樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)』が破壊されてしまった時だ」

 

「あ。だからお前、レストランであのスパコンが壊れたらしいって話を振った時に、あんなに動揺してたのか。やっぱ関係あったのかよ」

 

垣根は真守とデートに行った時のレストランで『樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)』が何者かに破壊されたらしい、と話題を振った。すると真守は大袈裟に反応して、その後なんとかしてごまかしたのだ。

 

「つーかお前、全貌が把握できたら俺にも説明するって言ったよな。今の今まで聞いてねえんだけど?」

 

真守は随分と前の事なのに、超能力者(レベル5)らしく記憶力がいい垣根の前でウッと(うめ)く。

 

真守も超能力者(レベル5)らしい頭脳を持っている。

 

だから『樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)』が壊れたあの日。上条当麻が記憶を失った日のことは、よく覚えている。

 

「……お前、本当はあの時、何があったか理解してたな?」

 

真守は垣根の顔を見る事ができない。そんな真守を見て、垣根は追及を続ける。

 

「とある機関で秘密裏に作り上げられたモノが暴走した。それが『樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)』を破壊した」

 

垣根はあの時、真守から聞かされた説明の言葉を一言一句間違わずに告げる。

 

「……魔術に関する事だったからはぐらかしたんだな?」

 

真守はむむーっと顔をしかめる。

 

「そうなんだな?」

 

垣根が圧を掛けてくるので、真守は気まずくなってぽそっと呟く。

 

「……だって、あの時。垣根に色々全部言ったら、面倒なコトになると思ったんだもん」

 

「…………俺とお前の信頼関係が、まだそこまでじゃなかったからか?」

 

真守は躊躇(ためら)いながらもこくんっと頷く。

 

あの廃ビルで。垣根帝督は朝槻真守のことを助けると言った。

 

だが垣根と真守が『樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)』に関して話をした時、真守は垣根にいずれ自分が絶対能力者(レベル6)進化(シフト)するという事を話していなかったのだ。

 

まだ垣根帝督も自分の過去について話していなかったし、あの時の真守と垣根の信頼関係は今のように何もかもを共有できるような状態ではなかった。

 

それに真守は垣根に余計な迷惑を掛けたくなかったのだ。

 

真守は数か月前の事なのに、随分と遠い昔の事のように思い出す。

 

「……あの時の垣根は、すごくブレてたから。私だってよく分かっていない魔術について、垣根が知ったら……絶対に大変になったと思うから……」

 

真守の言う通り、垣根帝督はあの時、朝槻真守の()り方に『学園都市を利用できる立場を確立する』という自分の野望を打ちのめされたばかりだったのだ。

 

実際には幻想御手(レベルアッパー)事件が収束した際に、垣根は真守のために『無限の創造性』を使いたいと思ったのだが、真守はそれを察する事ができるほど、垣根帝督と深い仲ではなかった。

 

その事に真守が気まずさを覚えていると垣根はため息をついて、箸を持っている真守のことを抱き寄せた。

 

「苛立って悪かった。根っこまで優しいお前なら、魔術なんて面倒で複雑な話に俺を巻き込まないようにするだろう」

 

垣根が抱き寄せてくれたので、真守は垣根の胸板に頭をすり寄せる。

垣根は真守の頭を優しく撫でながら告げる。

 

「上条当麻が記憶を失くした件だったから話し辛かったんだろ。……けど、今なら話してくれるか?」

 

「…………うん」

 

真守は垣根に寄り添いながら、ぽつぽつと話し始める。

 

上条当麻がインデックスと出会った時のことを。

 

そして真守が上条の家へと宿題を教えに行ったら血まみれのインデックスがいて、ステイル=マグヌスと交戦になって、小萌先生のアパートでインデックスを夜通し能力を使って治療したこと。

 

「成程な。だからお前、幻想御手(レベルアッパー)使った連中に『ゲーム』として襲われてた時、あんなに消耗してたんだな?」

 

電子顕微鏡レベルの演算を不眠不休で夜通し行っていたら、超能力者(レベル5)だって疲弊する。

 

垣根が納得いったと頷くと、真守はその続きを話した。

 

幻想御手(レベルアッパー)事件が収束した後、インデックスをイギリス清教の『首輪』から解き放つために戦闘を行ったと。

 

「イギリス清教で秘密裏に作り上げられた魔導書図書館の防衛機構が暴走して『樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)』を破壊した。……お前の言っていた事に間違いはねえな」

 

垣根は真守が『とある機関で秘密裏に作り上げられたモノが暴走して「樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)」を破壊した』と言った言葉に間違いがなかったのを知ってため息を吐く。

 

この少女は当時承認されていなかったとしても、既に立派な超能力者(レベル5)だった。

 

自分はまんまと嘘を()かれることなく騙されたらしい。

 

抜け目ねえヤツ、と垣根が呆れていると、真守はぽそぽそと呟く。

 

「そこで上条の記憶は失われてしまったんだ。……上条はインデックスのせいで記憶を失くした事実にインデックスが傷つかないように、、インデックスに嘘を吐くことにした。自分は記憶を失っていないって。私も上条の思いを尊重して、上条の記憶喪失を隠す手伝いをしたんだ」

 

「そうか。だから俺にも隠してたんだな」

 

「べ、別に垣根を信用していないわけじゃないぞっ! ただ、タイミングが無くて……それに人が必死に隠してる秘密を自分から言うのは、あんまり……」

 

「責めてねえよ。安心しろ」

 

垣根はポンッと真守の頭に手を置くと、猫耳ヘアを崩さないように優しく撫でる。

 

「…………ふふっ」

 

「どうした?」

 

垣根がご機嫌に笑った真守を見て首を傾げると、真守は垣根に頭を撫でられながらとろけた表情を浮かべる。

 

「垣根。私の髪の毛崩さずに頭撫でるの上手くなったなあって」

 

「そういやお前にヤメテって怒られたのもあの時だったな」

 

垣根は自分へのお礼に真守が(いかり)のタイニーピンを選んでくれていた時のことを思い出す。

 

あの時真守からもらったプレゼントは、今も大事に制服の襟元に付けている。

 

「俺だってバカじゃねえ。女の扱いくらいすぐに上手くなる」

 

「むぅ。ぷれいぼーいみたいでむかつく……」

 

真守は垣根に頭を優しく撫でられながら、箸をおいて垣根の腰にぎゅっと手を回す。

 

「いまは垣根のこと、もちろん大切に想ってるから。……だいすきだぞ?」

 

真守がきゅうっと垣根に抱き着きながら告げると、垣根は真守の柔らかくて甘い匂いのする猫っ毛に(おお)われた頭に頬を寄せた。

 

「分かってる。俺も他の女の扱いは上手くならねえ」

 

「えへへっ」

 

真守はにまにまと笑って、垣根により一層抱き着く。

 

途端に仔猫のように甘えだした真守が愛おしいが、垣根は流される事なく真守の黒髪を撫でながら真剣な表情をする。

 

「当面の問題は木原病理だな。早く何とかしねえと」

 

「む。そうだ、甘えている場合じゃないな」

 

真守は垣根の胸の中からいそいそと出ると、昼食を再び()り始める。

 

真守は胃腸の調子が良くなっても食事をゆっくりする癖は変わらない。

 

元々食事をするのに慣れていないのだ。それに真守がゆっくりご飯を食べている様子を、一足先に食事を終えた垣根は見るのが好きだった。

 

だから()かすことなく真守が食事をしている姿を視界に入れつつ、垣根は手元の資料に目を落とす。

 

木原病理。それと因縁のある木原加群。それと木原円周と木原乱数。

 

学園都市の癌である木原。大なり小なりあれど超能力者(レベル5)にとって最悪に迷惑な部類の人間。

 

そんな人間に色々ありながらも平穏な生活を崩されるわけにはいかない。

 

垣根はそう決意して、すぐに誉望に連絡をして情報集めた。

 

そして木原病理が学園都市から離れたところを見計らって襲撃。

 

無事に機密情報を回収し、学園都市が真守の事をコントロールしようとしていた方法を一つ潰す事ができた。

 



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新約:一端覧祭篇
第二一話:〈早朝平穏〉は安堵と共に


第二一話、投稿します。
次は六月二一日火曜日です。


早朝、真守は目を覚ました。

いつもより少しだけ早く目が覚めたので、真守は自分にくっついて眠っている垣根をじぃーっと見つめていた。

 

綺麗な寝顔である。顔立ちが整っているから絵画のように美しい。

 

垣根が真守の事を(ゆる)く拘束しているのは、数日前に垣根が寝ている間に真守が緋鷹のところへ行ったせいだ。

 

(不安なのは分かるけど……寝てる間、トイレにも行けないくらいに四六時中ぎゅっと抱きしめないでほしいなあ……)

 

真守はじとーっと垣根の綺麗な寝顔を見ながら心の中で呟く。

 

真守が垣根を置いて緋鷹のもとへと行った後日。垣根は寝ている間、真守の事を抱き寄せて絶対に離さなかった。

真守が朝起きていなかったのが、本当にとんでもなく嫌だったらしい。

そして朝起きた時、真守が垣根におはようと言ったら、随分と安堵していた。

 

(ここまで必死になるほど垣根を追い詰めちゃったって思うと、垣根から一度離れたのが最善の策でも悪手だったかなあって考えちゃうよな。……でも狙われてた私にとっても、垣根にとっても必要な事だったし)

 

真守は垣根の茶髪をサラサラと撫でながら思う。

 

垣根にとってもというのは、どこまで垣根が全てを共にしてくれる覚悟があるか、という事だ。

 

結果的に垣根は決まっていたかのように自分を選んでくれたが、それでも真守は垣根にちゃんと自分の意志で道を選んでほしかった。

 

本当にだいすきなのだから、当たり前だ。

 

その結果、一緒にいられなくなったとしても、垣根の自由が一番だった。

 

真守が垣根の事をじぃっと見ていると、やがて起きる時間がやってきた。

 

「かーきね」

 

真守は垣根が携帯電話で掛けていたアラームを止めて、ゆさゆさと垣根の体を揺らして起こしてあげる。

起床を促すために垣根の頬に手を添えると、垣根はうっすらと目を開け、黒曜石のような綺麗な黒い瞳を覗かせた。

 

「おはよう、垣根」

 

「…………ん」

 

ぼーっとしている垣根に優しく真守が声を掛けると、垣根は一つ(うな)って真守の胸に顔を寄せた。

そして真守にぎゅーっと抱き着く。

 

「垣根、甘えん坊さんも良いケド、今日は起きないとだめだぞ。一端覧祭の準備があるんだから。垣根だって学校に顔を出すって言ってたじゃないか」

 

真守は自分の胸に顔を(うず)めてもう一度眠り始めた垣根の背中をトントンと叩くが、垣根は沈黙したままである。

 

「垣根、一緒に起きないと私の事探すだろ。起きて、なあ。垣根。おーきーてー」

 

真守が必死に垣根を起こすと、垣根は不機嫌そうな顔でぼーっと真守を見た。

 

「…………真守」

 

「うん? おはよう、垣根」

 

「………………お前、あったかい……」

 

垣根は真守の頭を自分の胸に引き寄せて抱きかかえると、そのまま再び眠り始める。

 

「あ。私のコト人間湯たんぽにして寝るな、垣根。おーきーてー!!」

 

真守は垣根の腕の中で暴れ、垣根の胸を抗議で何度もトントン柔らかく叩き始めた。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

ぐずぐずした垣根を懸命に起こして真守がいつもより遅くラウンジに向かうと、深城は既に朝食の準備を終えていた。

 

今日はフレンチトーストだ。昨日、深城と林檎が仕込みをしていたのを真守は知ってる。

 

「あ。おはよぉ、真守ちゃん、垣根さん。今日は遅かったねえ」

 

深城がにこやかに微笑むと、垣根はくわっと欠伸(あくび)をした。

 

「真守が起きなかったんだよ」

 

「さらっとウソを()くな、ウソを」

 

真守は垣根の横っ腹をつついて抗議する。

 

「垣根が甘えん坊さんで寝ぼすけさんだったんだろ、まったく」

 

真守がぷんぷん怒りながらダイニングテーブルに着くと、フレンチトーストを前に目を輝かせていた林檎がぽそっと楽しそうに呟いた。

 

「甘えん坊で、寝ぼすけさん」

 

「オイ林檎。お前いま笑ったか?」

 

寝ぼけていても即座に笑われたことには気が付く垣根。

垣根が林檎を睨む姿を見て、真守はまったく、とため息を吐く。

林檎はいただきますをして、フレンチトーストをぱくっと食べながら垣根を見た。

 

「ふふ」

 

「いい度胸だな、オイ」

 

垣根が小さく笑っている林檎を睨む中、いただきますの挨拶をした真守もフレンチトーストをぱくっと食べて目を輝かせる。

 

「おいしいっ深城、とっても甘くておいしいぞっ!」

 

真守が幸せを感じてとろけた表情を浮かべて絶賛すると、深城はにまにまと笑う。

 

「よかったあ。今日はお弁当も作ったから持って行ってねえ。ちなみに垣根さんの分も作ったから。良かったら持って行ってぇ」

 

「…………サンキュー」

 

深城が純真無垢に微笑むので、垣根はお礼を言って林檎のことを睨んだ後、自分もフォークをナイフを手に取る。

 

ホテルのメニューを参考にして作ったと言っていた深城のフレンチトーストは、良いものしか食べていない垣根にとっても確かにおいしかった。

 

「……うまい」

 

垣根が躊躇(ためら)いがちにも称賛すると、深城はにへらっと笑った。

 

「よかったぁ。そう言ってもらえると、作った甲斐があるよぉっ!」

 

垣根が上品な手つきでフレンチトーストを食べている様子を見て、深城は自分も朝食を食べ始める。

 

以前だったら考えられない程の穏やかな世界に自分がいることにほっと安堵しつつ、垣根は朝食を食べ進めた。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

朝食を食べた真守は学校へ向かう支度をして、垣根と共にラウンジの玄関でスリッパから革靴に履き替える。

 

「はい。真守ちゃん」

 

「ありがと、深城」

 

真守は深城から薄い鞄を受け取って両手で持つと、姿見の前で髪の毛を整える。

 

垣根は靴ベラを使って革靴を履いており、使い終わった靴ベラを林檎は受け取り、代わりに鞄を渡す。

 

「じゃあ行ってくる」

 

真守は垣根も用意が終わったのを見ると、深城と林檎に声を掛けた。

 

「はぁい、行ってらっしゃい。今日はあたしも林檎ちゃんと出かけるから」

 

「? 聞いてないぞ?」

 

真守が目をきょとっと見開いて首を傾げると、深城は真守が首に巻いている、垣根に真守が買ってもらったもこもこの白いマフラーを整えながら笑う。

 

「真守ちゃんがロシアに行ってる時に決まった事だからねえ。林檎ちゃん、虫歯があったんだよ。治療はもう終わったんだけど、今日はクリーニングの日なの。良い機会だからちゃんとした歯磨きの仕方も教わってくるの。ねえ、林檎ちゃん?」

 

「うん。ちゃんと勉強してくるね」

 

やる気の林檎を見て、真守はふむと頷く。

 

「そういえば私、虫歯になったコトないな」

 

「圧倒的に食事する機会が少なかったお前がどうやったら虫歯になるんだよ。どう頑張っても歯磨き要らずじゃねえか」

 

垣根が呆れた様子で真守を見ると、真守はムッと口を尖らせた。

 

「まるで私が歯磨きをしていないような言い方はしないでくれ。ちゃんと小さい頃から朝起きると必ず歯磨きしてたぞ」

 

「なんでそこだけはちゃんとしてんだよ。尚更虫歯になるわけねえだろ。どうせ几帳面なお前のことだ。丁寧に歯磨きしてたんだろ」

 

垣根はムッとしている真守を見て吐き捨てるように告げる。

 

真守は不機嫌な顔をしていたが、そんな垣根から目を()らして、林檎に微笑みかける。

 

「林檎。歯医者さんは怖いところらしいけど、深城が選んでくれる歯医者さんはちゃんとしてるから大丈夫だぞ」

 

「うん。それにとってもなじみ深い匂いがするから大丈夫、こわくない」

 

林檎が頷くのを見て、垣根は林檎に視線を移して呆れる。

 

「それ確実に消毒液とかを筆頭にした薬品の匂いだろ。お前が研究所にいたからそう思えるだけで、その匂い嗅いだら大抵のガキは嫌がるぞ」

 

真守は垣根の『普通』を聞いて、少し遠い目をする。

 

「……特殊かもしれないが、私はあの清潔な匂い嗅ぐと、なんか故郷に帰ってきたような感じに思えるんだよな」

 

「そりゃ特殊だよ。よりにもよって研究所を故郷にするんじゃねえ」

 

垣根が顔をしかめてツッコミを入れると、その前で深城が手を上げた。

 

「真守ちゃんの考え、あたしは分かるよ! なんかほっとするよね、だから病院も別に嫌いじゃなかった」

 

「そうだな。なじみ深かったから、病院にもすぐ慣れる事ができた。……まあ、それがあんまり良い事ではないと分かってるけどな」

 

真守が気まずそうに笑う中、垣根は柔らかく目を細める。

 

(こいつら今は幸せな生活できてて、本当に良かったな……)

 

学園都市でも最底辺の環境に長年いた少女たち。

 

彼女たちを見て、垣根は思わずそう考えられずにはいられなかった。

 

そんな垣根の横で、林檎は真守のスカートの(すそ)を引っ張る。

 

「でもね、女の先生からは研究所と全然違う匂いがするの」

 

「どんな匂いだ?」

 

真守が首を傾げると、林檎は必死に言葉にする。

 

「甘くてお菓子みたいな良い匂いが体中からぷんぷんするの。いつも食べてるのかな? 歯医者さんはちゃんと自分でケアできるから虫歯にならないのかな?」

 

「ちげえよ。そりゃ香水だ」

 

さっきから研究所出身で不安になる事ばっかり林檎が言うので、垣根は顔をしかめて声を掛ける。

すると林檎は首を傾げた。

 

「? 垣根が付けてるヤツはお菓子みたいな匂いはしないよ?」

 

真守は林檎の頭をなでなで優しく撫でながら微笑む。

 

「香水には色んな種類があるんだ。私も一応付けてるんだぞ」

 

「! そうなの?」

 

林檎は目を瞬かせてから、ぼふっと真守に抱き着く。

そしてスンスンと鼻を鳴らして、林檎は真守に抱き着いたまま顔を上げた。

 

「いつもの朝槻の匂いがする。まったりした上品なお花? の匂いがするよ」

 

「私は花の匂いが好みだからな。そうだ、香水はちょっとまだ早いけど、林檎の気に入る匂いのハンドクリームでも買ってあげようか?」

 

「! 買ってくれるの?」

 

林檎は真守のセーラー服の裾をぎゅっと掴みながら、首を傾げる。

 

「うん。買ってあげる。だから歯医者さんで頑張って歯磨きの仕方を習ってくるんだぞ?」

 

真守が林檎の頭を撫でると、林檎は幸せそうに微笑んで真守から離れた。

 

「分かった、頑張ってくる」

 

「うん。じゃあ行ってきます」

 

真守は深城と林檎に再び挨拶をすると、垣根と一緒に学校へと向かうために外に出た。

 

 

「さむいな」

 

すっかり一一月中旬。木枯らしに真守が寒そうにしていると、垣根は真守の手を握り、そのまま自分のポケットに突っ込んだ。

 

真守はポケットの中で垣根がぎゅっと自分の手を握ってくれるので、幸せそうにえへへ、と呟いて垣根と共に学校へと向かう。

 

「林檎に一般常識ってヤツを教えねえとな」

 

垣根は真守の学校へと向かいながら呟く。

 

垣根の学校は真守の学校に近いが、真守の学校の方が自宅よりも遠くにある。だがすぐにナンパに引っかかる真守のことを考えて、垣根は真守の事を学校へと毎日送り届けているのだ。

 

流石に過剰だと真守も思うのだが、もう慣れてしまったし色々言っても垣根は聞かないので、真守は垣根の好きなようにさせている。

 

「これから小学校に形だけでも所属して『落第防止(スチューデントキーパー)』に来てもらうコトになるから、深城もいるしあんまり心配しなくてもいいと思うぞ」

 

「先生サマは学業しか教えてくれねえからな。まあ源白がいれば大丈夫そうだが……そういえば」

 

「どうした?」

 

真守が首を傾げると、垣根は真守のことを見ながら白い息を吐く。

 

「木原加群。ヤツだって『落第防止(スチューデントキーパー)』だっただろ。木原なのに変わってるよな、ホント」

 

「……木原でも真っ当に先生ができるのだから、木原だとしても人それぞれなんだよ。それは良い事だな」

 

真守は木原加群の事を思い出しながら、寂しそうに笑う。

 

木原加群は木原病理の手によって精神を曲げられ、通り魔に仕立て上げられた少年から自らの生徒を守るために、その少年を殺してしまった。

 

警備員(アンチスキル)に出頭しても正当防衛が認められたが、命の価値というものに真摯に向き合って研究職を引退した彼にとって、それは我慢ならないものだったらしい。

 

「でも『グレムリン』に加担してたなんてな」

 

垣根帝督はバゲージシティで何があったか知っている。

カブトムシを送り込んでそれなりに戦況を読んで、色々と手を回していたからだ。

そのため一部始終を知っている。普通ならば起こりえない法則が働いていたことも、何もかも。

 

そして。上条当麻が魔神オティヌスに痛めつけられて、それを魔神の成りそこないと右方のフィアンマが助けた事も、もちろん知っている。

 

「ヤツらからの接触があることだろうし、何かあったらカブトムシ(端末)で呼べ。分かったな?」

 

垣根が念を押して真守の手をぎゅっと握ると、真守はしっかりと頷いた。

 

「学校から出る時も、絶対に帝兵さんを抱きかかえて移動するからな」

 

「ナンパにも気を付けろ」

 

「ふふ。他に待機している帝兵さんが退治してくれるから大丈夫だぞ」

 

自分の事をどこまでも壊れ物のように大事に扱う垣根を見上げて真守が微笑んでいると、垣根は真守のことをじぃーっと見つめてぽそっと呟いた。

 

「いっそのこと、真守の学校に転入しちまった方が良い気がする」

 

「む。だから好きな女の子を追って転校とか良くないぞ。……垣根、私がいないと居ても立っても居られなくなるっていうのは、ちょっとよろしくないぞ」

 

垣根は何も言わない。

 

絶対に失いたくない存在から離れるのが嫌だ、というのは真っ当な感情のはずだ。

 

特に、大切なひとを本当に大切にできる前に失ってしまった自分にとっては。

 

『あの子』が実はとても貴重で大切な存在で、そんな存在を失ってしまったのだと垣根帝督は失った後に気が付いた。

 

そんな自分にとっては、真守を大切にするのはなおさら悪い事ではないはずだ。

 

「もう、しょうがないひとだな」

 

真守はふにゃっと微笑んで、垣根と繋いでいる手に力を込める。

 

「大丈夫だぞ、垣根。私はずぅっと一緒なんだから。私だって、手放すつもりはないぞ?」

 

「……ああ」

 

垣根がゆっくりと目を伏せるので、真守は心の中で冷静に呟く。

 

(人間の心の傷というのは、そう簡単に癒えるものではないか)

 

できる限り一緒にいてあげよう。

 

真守がそう思ってぎゅっと垣根の手を握ると、垣根は自分がしているチェックのマフラーを直しながら呟く。

 

「…………本当に、大事なんだ」

 

「分かってるから、垣根。大丈夫だから行こう」

 

真守は垣根の手を引いて学校へと向かう。

 

どうにか気落ちしてしまった垣根のテンションを元に戻した真守は、カブトムシと共に学校へと入って行った。

 

垣根はカブトムシで感覚共有をしたまま学校へと向かった。

 

あんな神さまみたいになんでも許してくれて、いつまでも自分と一緒にいてくれる少女は、真守以外に絶対いない。

 

そしてもし代わりがいたとしても、やっぱり最初に寄り添ってくれた朝槻真守がいい。

 

やっぱり転校を考えよう、と垣根は決意しながら、どうやったら真守に阻止されないかを考えて自分の学校の門をくぐった。

 




一端覧祭篇、始まりました。
トラウマ植え付けられ垣根くん。
ちょっと過剰じゃない? と思うかもしれませんが、流動源力の垣根くんは真守ちゃん全て! なのでこうなります。本当に真守ちゃんの事が大事です。
そもそも大切な存在を失って、そして今度こそ何があってもそばにいようとした存在が一度自分から離れて行ってしまったらトラウマにもなりますよ……。
暗部抗争篇、垣根くんよく乗り越えたよなあ……頑張った。



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第二二話:〈平穏日常〉に襲来者

第二二話、投稿します。
次は六月二四日金曜日です。


一端覧祭とは、学園都市全体で一斉に数日間開催される文化祭だ。

だが外部向けの大覇星祭と違い、一般公開のない内部向けの催しとなっている。

そのため体験入学やオープンキャンパスなどが主で、学校の今後の志望率に直結する大事な行事だ。

教師陣は志望率に直結する関係上、生徒が気合いを入れて取り組めるように多少の融通を利かす。

 

真守が通っている高校は何の変哲もない普通の学校だが、今年は大忙しだ。

何故なら超能力者(レベル5)第一位が生まれたからである。

超能力者(レベル5)が生まれるという事は、その高校が優秀であるという証拠だ。

そのため今年は優秀な生徒がこぞって集まってくると予想され、真守は象徴としてあっちへ顔を出したりこっちで顔を出したり引っ張りだこになる。

 

……はずだったのだが、真守のクラスメイトの委員長的存在、吹寄制理が気を利かせてスケジュールを管理してくれていた。

 

そのため真守は決められた時間に手伝いに行き、吹寄によって厳選された催し物だけに出ればいいので、一端覧祭準備中も意外と楽に過ごしていた。

 

そんな真守は一端覧祭中に出る学校説明会の打ち合わせが終わり、自分の教室へと戻ろうとしていた。

そろそろ買い出しが終わった吹寄が帰ってくるはずだし、時間が空いたから何をすればいいか聞こうという魂胆である。

 

するとボコボコに殴られ、ダクトテープによって両手を後ろに回され、拘束された上条当麻が吹寄と共に教室の前に立っていた。

 

「上条、おかえり」

 

ふぁ()あふぁふき(あさつき)ひはひふりはな(ひさしぶりだな)

 

真守は上条当麻がバゲージシティで、魔神オティヌスに手ひどくやられたのを知っている。

 

垣根と共にカブトムシで見守っていたからだ。

 

(やっぱり腕は勝手に復元する。その性質が錬金術師と戦った時とあまり変わってないのは、良いのやら悪いのやら)

 

真守は上条の右腕をちらっと見た後、上条の顔を見た。

 

「上条、色々とあったと思うが、吹寄にこれ以上ボコボコにされたくなかったら連絡を入れた方がいいぞ」

 

「ふぁい」

 

真守が忠告すると上条は素直に頷くが、上条のことを拘束している吹寄は絶対に連絡しないだろう、と確信しながら上条を睨んでいた。

 

「あ、上条ちゃん!」

 

吹寄が囚人のように拘束されている上条を連れて行こうとすると、廊下の向こうからやってきた真守たちの担任である月詠小萌先生が声を上げた。

 

「え!? どっどうして上条ちゃんはそんなボッコボコになってるんですか!? スズメバチの巣にでも顔を突っ込んだのですかー!?」

 

小萌先生は上条を怒るために近づいてきたのだが、上条の顔が見事に膨れ上がっていることに驚愕する。

 

「ふぁぶふう……」

 

「い、今はそれよりも言わなければならないことがあってですね……! これ以上は、先生も上条ちゃんの無断欠席を課題や補習なんかじゃ庇いきれねえぞって感じなんですよ!」

 

「ふぁーい」

 

「そもそも、高校生は義務教育じゃねえんだぞって言うのを分かっているんですか? これからどうやってリカバリーするのか考えるのも勿論なんですけど、そもそも上条ちゃんっていったいどんな問題を抱えているのですか?」

 

「ほいほい」

 

「って、上条ちゃん! ちょっと!」

 

上条が小萌先生のお小言を受け流していると、吹寄は『おらー。逃亡者を回収して来たわよ』と告げて上条を教室内に押し込む。

 

「朝槻は打ち合わせが早めに終わったのよね。それなら教室で少し休んでて。いま人足りてるし」

 

「うん、分かった」

 

真守が頷いて吹寄の後を追おうとすると、小萌先生が真守を止めた。

 

「朝槻ちゃん! 上条ちゃんは一体どんな問題を抱えているんでしょうかっ。朝槻ちゃんなら知っていますよね!?」

 

上条当麻と朝槻真守は七月中旬に、とあるシスターを連れて小萌先生のアパートへと押しかけている。

あの時からの問題をずっと上条が抱えているのであれば、出席事情にも関わってくるのでこれ以上見過ごせない。

小萌先生が聞き出す所存でいると、真守はちらっと斜め上を見たあと、教室へと入りながら告げる。

 

「オンリーワンの問題だ」

 

「オンリーワン? そ、それは上条ちゃんの問題は上条ちゃんのモノですからオンリーワンですけど……そういう事を聞いているのではなく……!! あっちょっと! 朝槻ちゃーん!」

 

真守が去って行くのを見て小萌先生は必死に止めるが、真守は無慈悲に教室の扉を閉める。

やっぱり面倒事に小萌先生を巻き込みたくないのは、絶対能力者(レベル6)進化(シフト)しようが変わらないのである。

 

「朝槻! お前は勿論お隣の鋭利学園高校のミスコンに飛び入り参加するんだにゃー!?」

 

教室の扉を閉めた途端、サングラスをしたにゃーにゃー鳴くスパイ系隠れ陰陽師、土御門元春が声を掛けてきたので、真守は嫌な顔をする。

 

「なんだ、いきなり」

 

土御門と青髪ピアスが一端覧祭について熱弁していたのは知っていたが、絶対能力者(レベル6)としての力を知られるわけにはいかないので、話を聞いていなかった風を装い、真守は眉を跳ね上げる。

 

真守が忌々しそうにツンツンと塩対応を取っていると、青髪ピアスが力説する。

 

「義務教育やなくなったことで、一端覧祭における自由度は段違いにあがったのは分かるやろ?! つまりコーコーセーにしか許されないセクシーさを、ミスコンや文化祭に求めてもええっちゅう話や!」

 

「だから私にミスコンに出ろっていうのか? 舐めてるのか、お前ら」

 

真守が目を細めてムッと口を尖らせて青髪ピアスを睨むと、土御門は真守の塩対応にゾクゾクと感じながら声を上げる。

 

「くぅ~やっぱり学園都市の顔は安売りはしないってことかにゃ!?」

 

土御門の言葉を聞いて、青髪ピアスは何かを思いついたのかハッと息を呑んだ。

なんか嫌な予感がする真守は『そうや!』と叫んだ青髪ピアスを睨みつける。

 

「安売りはしないってことは、金を積めばええんや!! そしたら朝槻が水着でたこ焼きを焼いてくれて、一緒にチェキまでツーショしてくれぶべげぼらっ!!」

 

真守は静かにブチ切れてAIM拡散力場を操作し、物理的に手を下さずに青髪ピアスを吹き飛ばす。

 

「ふざけるのも大概にしろ」

 

真守が久しぶりに汚泥で産卵する羽虫を見つめるような瞳で青髪ピアスを睨んでいると、遊んでいた二人を見て吹寄がブチ切れた。

 

「あんたたちっ!! 朝槻で遊んでないで仕事しなさいッ!!」

 

「……っふふ」

 

真守は通常運転で吹寄に頭突きされる土御門や、ケリを叩きこまれる青髪ピアスを見て小さく微笑む。

 

超能力者(レベル5)第一位に承認されようと、絶対能力者(レベル6)進化(シフト)しようと、第三次世界大戦があったとしても、変わらない日常というのはとても良いものだ。

 

この日常を守るためには、外からの脅威をどうにかしなければならない。

 

 

そう考えた真守が窓に近づいて外を見ると、そこには金髪碧眼の青年が立っていた。

 

 

ぎりぎり一般人の視界でも捉えられるところに、である。

 

おそらく絶対能力者(レベル6)といえど、人の枠組みから外れていない真守の感覚がどれくらい鋭敏なのか分からなくて、わざわざ一般人でも見える距離に立っているのだろう。

 

あの青年は、バゲージシティで右方のフィアンマと一緒にいた、魔神の成りそこないであるオッレルスだと言う。

 

真守が気が付いたのにオッレルスも気が付いたのか、ゆっくりと手を上げた。

 

まるで知己に挨拶でもするように、大層フレンドリーな様子で。

 

(仲良くする気はないんだけどな)

 

真守は他の神というものと慣れ合おうとは思わない。

だがそれでも、どんな願いで神さまとして必要とされたのかは興味があった。

 

今は準備の仕事がないため、吹寄に休んで良いと言われた。

 

真守がどこかへ行っても、おそらく吹寄は自分の手が必要なら携帯電話で連絡を取ってくれるだろう。

 

「吹寄。ちょっと早いけど、ご飯食べてくる」

 

真守が昼の買い出しを上条に命じている吹寄へと近づくと、吹寄は上条の不幸体質対策用に、防水の封筒にGPSをオンにした自分の携帯電話とお金を入れながら顔を上げる。

 

「見ての通り、これから買い出しだけど?」

 

「一緒に住んでる子がご飯作ってくれたんだ。何かあれば連絡寄越してくれればいいから、行ってくる」

 

真守が深城の作ってくれた弁当の包みを(かか)げると、吹寄は頷いた。

 

「分かったわ。さ、上条も行きなさい! クラス全員分は大量になるからカート持ってって!!」

 

ガシャガシャとショッピング用のカートを持ってきた吹寄に押され、教室から出た上条は、真守と一緒に校内を歩く。

 

「……学園都市に帰ってきてるのに、一端覧祭の準備で寮に帰れないなんて。インデックスが知ったらめちゃくちゃキレるだろうなあ」

 

上条がインデックスに全身を噛みつかれる痛みを考えて震えていると、真守は上条の隣を歩きながらカブトムシを呼んだ。

 

「あ。そのカブトムシ、たしか帝兵さんだっけ?」

 

上条が気落ちしたまま告げると、カブトムシは肩に留まりながら声を発する。

 

『バゲージシティまで遥々(はるばる)ご苦労様でした、上条当麻』

 

「あれ。知ってるの?」

 

上条が首を傾げる中、真守はカブトムシの背中を撫でながら告げる。

 

「何があったかも知ってる。私は一応学園都市の神さまだから、バゲージシティに行かなかった。それは理解してくれるか?」

 

学園都市から離反するのを虎視眈々と狙っていた外部の人間を、擁護するつもりはない。

 

真守がそう宣言すると、上条は頷いた。

 

真守は自分が周りにいる人々の幸せを守れれば良い、と考えている事を知っている。

どこかで線を引くことをきっちり考えている少女だと、上条は知っている。

だから真守に対して力があるから全世界の人間を助けろなんて言わない。

 

だって朝槻真守は神さまである前に一人の少女で、そして自分にとっての命の恩人で、大切な友達だからだ。

 

それに自分の右手が届く範囲の人を全員助けたいというわがままを、大切なひとに押し付けるわけにはいかない。上条はそう考えている。

 

「バードウェイに利用されたのは俺のせいなんだ。大丈夫。それに全部を守れなかったけれど、できる事はしてきたから」

 

真守が気にする事ではないと告げる中、上条は突然カートを押すのをぴたっと止めた。

 

危険極まりない存在が、その危険を振りかざさないで完全に周囲に溶け込み、立っているからだ。

 

つまり。それは先程真守に手を振った、魔神のなりそこないオッレルスだった。

 

「やあ」

 

街路樹に寄り掛かっていたオッレルスは、軽い様子で声を掛けて、真守と上条に近づいてくる。

 

「いつになったら気づくものかと、右方のフィアンマと話していたところだったよ。おかげでちょっとした賭けをしてね。ディナーは私が彼に奢ることになりそうだ」

 

オッレルスは軽い様子で雑談をして、真守の前へと立つ。

そして、自分よりも身長が低い真守を見下ろした。

 

「うん。中々どうして面白い存在だね」

 

人間が真っ当な進化を遂げて神と同等の位置まで至った完全な人間、神人へと一足先に辿り着いた朝槻真守。

 

対して、この世界の法則ではない方法で神へと至ろうとして、至れなかった存在。

 

「挨拶が遅れてすまないね。科学の神さま」

 

「別に構わない。お前たちが入ってきているのは知ってる」

 

オッレルスは真守の肩に乗っているカブトムシをちらっと見てから頷く。

 

「なるほど。良い伴侶(はんりょ)がいるようだね」

 

「は、伴侶っ」

 

真守はオッレルスの言葉に目を見開いて固まる。

オッレルスの言う『伴侶(はんりょ)』とは、垣根帝督である事に間違いない。

だが『伴侶』とは結婚した後に使われるのが常識的な言葉だと、真守は認識している。

 

「……お、お前は私と垣根が結婚してるって思ってるのか……? ……ま、まだしてないぞ……できない年齢だし……」

 

神さまと言えど一五歳の少女らしい恥じらいを持っている真守が目を泳がせると、オッレルスは真守が思ったよりも人間っぽいことに驚く。

 

そして真守が恥ずかしそうに胸元に持ってきた右手の薬指に、指輪が光っていることに気が付いたオッレルスは、小さく笑って顔を上げた。

 

「さて、神人との挨拶も終わったし、そろそろ本題を話そうか……ってアレ!?」

 

オッレルスは真守の隣にいた上条へと声を掛けたつもりだったが、そこに上条当麻はいなかった。

 

「食べ物の恨みは怖いから、上条は買い出しに向かったぞ」

 

静かに去って行った上条を勿論知っていた真守が声を掛けると、オッレルスは目を白黒する。

 

「え!? ここって神と神のなりそこないが初めて邂逅した結構なシリアス場面だったろう!? えー普通一枚噛みたいと思わないの、今の子って相当ドライ!?」

 

「なんだろう。コイツ、結構フレンドリーだな」

 

真守は意外とノリが良さそうなオッレルスを見て感想を口にしていると、カブトムシは意外そうにヘーゼルグリーンの瞳を瞬かせた。

 

「えー。まあいいや、とりあえずどこか落ち着ける場所で先に話でもしているかい、神人?」

 

オッレルスはエスコートするために真守へと手を差し伸べる。

それをはたき落としたのは、もちろんカブトムシの角から発射された空気の圧縮弾だ。

カブトムシはヘーゼルグリーンの瞳を赤く染め上げて、そして警告する。

 

『俺のだ。触るな。触った時点でハチの巣だ』

 

「手厳しい」

 

結構な力で手を(はた)かれたオッレルスは、垣根の警告ににへらっと笑う。

垣根は飛んで空気の圧縮弾を撃ったカブトムシを真守の方へと戻す。すると真守は両手でカブトムシを掴み、胸の前で抱きかかえた。

 

『真守。そこで待ってろ』

 

「垣根、一端覧祭の準備中だぞ」

 

真守がカブトムシを見つめてムッと口を尖らせると、カブトムシは赤く染め上げている瞳をカメラレンズのように収縮させた。

 

『んなモンよりお前の方が(はる)かに大事に決まってんだろ。もう着く』

 

カブトムシを呆れた目で見る真守を見て、オッレルスはにこやかに告げる。

 

「随分過保護みたいだね」

 

「おかげさまでな」

 

それから数分も経たない内に、垣根は宣言通り真守のもとにやってきた。

 

もちろん上空から、未元物質(ダークマター)の翼を三対六枚広げて、だ。

 

「わあ。見事な羽だね」

 

魔術の世界にとって、翼の生えた人型は天使に該当する。

そのため垣根がけん制の目的で真守の隣に降り立つと、オッレルスは笑った。

 

「テメエ、よくも胸糞悪ぃモンこの街に入れやがったな」

 

垣根が守るように真守の腰を抱き寄せながら告げると、オッレルスは軽い調子で告げる。

 

「フィアンマのことかな? ああ、そう言えばキミにとって仇敵だよね。同類だもん」

 

垣根がその言葉に明確な敵意を向けていると、真守が垣根の制服の裾を引っ張った。

 

「垣根、大丈夫。学園都市内だったら神さま権限で何とかできる」

 

学園都市は朝槻真守にとって信仰の地として設定されている。

 

絶対能力者(レベル6)へと進化(シフト)した今の真守ならば、虚数学区・五行機関を学園都市内に展開することができる。

 

すると、右方のフィアンマは自らの世界を救う力によって自滅する。

 

垣根は真守の意図を知って頷くと、真守の手を握ってその場から歩き出した。

 

「飯食わせろ。こちとら大切な同居人が丹精込めて作ってくれた弁当があるんだ」

 

垣根は真守のことを連れて、そしてオッレルスと共にその場を後にする。

 

真守は携帯電話を取り出しており、上条に買い出しが終わったら指定の場所に来るようにメールを送る。

 

そしてメールを送り終えると、携帯電話をしまってきちんと歩き出した。

 



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第二三話:〈不全存在〉と話を

第二三話、投稿します。
次は六月二七日月曜日です。


真守と垣根はオッレルスを連れて、持ち込み可能のカフェを選んで入店した。

何故持ち込み可能かというと、深城に作ってもらった弁当を食べるためである。

オッレルスはコーヒーを頼み、そして真守と垣根を──詳しく言えば真守が弁当をちまちま食べる様子を、興味深そうに見ていた。

 

「ふーん。本当に普通の女の子なんだね。そうかそうか、人間が真っ当な進化をしたらこういう風になるのか」

 

本当はぷにぷにと真守の頬でもつついて、普通の人間と完璧な人間がどう違うのかを直に確認したい。

 

だが真守の隣には独占欲満タンであり、絶えず嫉妬を精製し続ける究極マシーンがいるので、オッレルスは手を出す事ができなかった。

 

「あんまりじろじろ見るんじゃねえ。見せモンじゃねえんだぞ」

 

垣根が最大限の警戒心を見せていると、深城特製のサンドイッチを食べていた真守はため息を吐く。

 

「垣根、あんまり威嚇しないの。器が小さいのが知られ尽くしてしまうぞ」

 

「俺の器は小さくねえ。おい、魔神のなりそこない。右方のフィアンマとはどこで会ったんだ」

 

垣根はじろっとオッレルスを睨む。

 

右方のフィアンマ。第三次世界大戦を起こした男。そして垣根にとって一〇〇万回殺しても足りない男。

そんな男が、目の前の魔神のなりそこないと一緒に学園都市に潜入している。

カブトムシで学園都市中を監視しているため、垣根はもちろんその事に気が付いていた。

 

「もちろんロシアでだよ。アレイスター=クロウリーにやられて『世界を救う力』を出力する右手は無くなったけど、それでもなんだかんだ言って『世界を救う力』は残っている。即戦力としてはばっちりだ」

 

「アレイスターだと?」

 

垣根はオッレルスの言葉に即座に反応する。

 

アレイスター=クロウリーは今も、『窓のないビル』の中に(こも)っているはずだ。

 

確かに彼は現在の近代西洋魔術世界を構築した、稀代の(変態)魔術師だ。

 

だから何ができてもおかしくはない。それでもあのアレイスターが本当に『窓のないビル』から出たと考えることはできない。

 

分身か何かを送ったのだろうか、と垣根は考える。

 

そんな垣根の横で、もぐもぐとサンドイッチを食べていた真守がぽそっと呟いた。

 

「果たして右方のフィアンマは魔神にどこまで通用するだろうな?」

 

「……どういうことだ、真守?」

 

垣根が真守の疑問に質問で返すと、真守は店で頼んだミックスジュースに手を伸ばしながら告げる。

 

「垣根。私は右方のフィアンマに弱点を突かれて行動不能にされた。でもな、私の弱点は意図的に作られたものだ。何かあった時に私を踏みとどまらせるための保険みたいなものだ。──でも、魔神にはそれがない」

 

真守の言う弱点とは、真守の在り方に差し込まれた『光を掲げる者(ルシフェル)』という役割だ。

 

光を掲げる者(ルシフェル)』は『神の如き者(ミカエル)』に勝てない。

 

だがそれでも真守が死ぬ事はなかった。せいぜい行動不能に(おちい)るくらいにしかならなかった。

 

それほど、神さまというのは完璧な存在で、そう簡単に犯せるものではない。

 

「私は人の命がとても大切だと思ってる。だから決して壊しちゃいけないって思ってる。……でも、普通の神さまはそうじゃない」

 

真守はエメラルドグリーンの瞳を無機質に光らせて、オッレルスを見た。

 

「だってオティヌスは何の感情もなく上条の手を握りつぶした。その先にある力も、知ろうともしないで押しつぶした。神さまにとって人間の価値なんてないに等しいんだ。だから右方のフィアンマだって一撃必殺で殺されてしまえば、世界を救う力を発揮することなく終わりだ」

 

真守は神さまとして明確な力を持っていない存在へと目を向ける。

魔神の成りそこない、オッレルスへと。

 

「お前も分かってるんだろう? そんな簡単に魔神オティヌスを倒すことができないって」

 

オッレルスは真守の問いかけに、ゆっくりと目を伏せる。

 

「そう。だから話をしなくちゃいけないんだよ。そしてオティヌスを止められる内に止めなければならない」

 

「ふむ。というわけで上条、とても嫌な顔をしていないで、早く店に入って来い」

 

真守は目を窓の外へと向ける。

 

そこには大変嫌そうな顔でオッレルスを見ていた上条がいた。

 

上条は真守に目を向けられて、嫌々で渋々ながらも入店した。

 

「お前たち専門家の話ってどうも長いんだよなあ」

 

上条は入店してオッレルスの隣に座りながら、ため息を吐いてメニュー表を見る。

 

真守が奢ってくれると言ったからだ。そうでなければ貧乏学生はそれなりのお値段がするカフェで、何かを頼むのなんて金銭的に無理である。

 

「どこから聞きたい?」

 

オッレルスがニコニコと笑いかけると、上条は心底嫌そうな顔をした。

真守は上条を置いといて、基本の質問をする。

 

「魔神オティヌスから話をしてくれ。あの子は北欧系の神さまなのか?」

 

真守が問いかけると、オッレルスは頷いた。

 

『魔神』とは魔術を極めて神の領域にまで到達した人間という意味で、順当で純粋な進化をした真守とはあまりにも毛色が違う。

 

そして『魔神』とは、インデックスの頭の中にある一〇万三〇〇〇冊と同様の知識を手に入れて駆使することで、ようやくたどり着ける存在なのだ。

 

「神人の言う通りオティヌスは北欧の神だ。主神オーディンの別の読み方がオティヌスなのさ。そして『グレムリン』という組織は彼女の思惑のために動いている。だから魔神オティヌスの思惑さえ分かっていれば、おのずと『グレムリン』全体の大まかな動きも分かるんだよ」

 

「その思惑とは?」

 

真守が問いかけると、オッレルスは人差し指を立てる。

 

「まず『グレムリン』や魔神オティヌスの狙いは幻想殺し(イマジンブレイカー)ではない。……計画に必要がないという事は、気を配る必要もないという事だ。遠慮も容赦もなく、邪魔をすれば殺しに来る」

 

上条当麻は無言になる。

 

真守は科学の神さまであり、人の命を何よりも大事にしている。

 

だがオティヌスはそもそも違うのだ。だから彼女は本当に邪魔なら何の感慨も持たずに腕の一本や二本、無表情で握り潰す。

 

身をもって知っている上条を視界に入れつつ、オッレルスはオティヌスの目的を口にした。

 

「魔神オティヌスの狙いは、北欧神話の神の性質を象徴する霊装を用意する事だ。オティヌスはその霊装を使って、神の性質自体を調整しようとしているんだ」

 

「霊装とは、グングニルのことか?」

 

真守が垣根に頼んでもらった食後のチーズタルトへと手を伸ばしていると、オッレルスは頷く。

 

「主神オーディンの武力を象徴する霊装。こいつを完全な形で組み上げるために、世界中にちょっかいを出しているんだ」

 

オティヌスのこれまでの行動は、全て槍のためだった。

 

ハワイ諸島での事件は、ハワイ諸島の活火山のエネルギーを利用した、槍の製造に必要な『炉』を作るため。

 

そしてオティヌスは神槍グングニルを部分的にでも鍛造することに成功したワルキューレのブリュンヒルドの=エイクトベルの頭の中から図面を盗んだ。

 

バゲージシティでは、全体論の超能力者の開発の実験をしていた。それが槍の製造に一番必要だからだ。

 

全体論の超能力者とは、言わば手から炎を生み出すためだけに世界の方を歪めてしまう能力者のことで、その開発については偶発的においてさほど難しい事ではない。

 

ただその証明が難しいのだ。何故なら全体論の超能力者にとっては、手から炎を生み出しているだけであり、世界を歪めている自覚はない。

 

それでも魔神オティヌスは全体論の超能力者の証明をバゲージシティで行う事ができた。

 

幻想殺し(イマジンブレイカー)によって、その証明ができてしまったのだ。

 

何故ならバゲージシティは何故か異常に悲劇が発生しやすい法則によって満たされていた。

観測ができないものだったが、上条当麻がそれを幻想殺し(イマジンブレイカー)で打ち消したことにより、打ち消されるべき何かがあったのだと証明されたのだ。

 

(わざわざ証明しなくても、学園都市の資料をちょろっと調べれば出てくるようなものだけどな)

 

真守がチーズケーキを呑み込みながら心の中で思っていると、隣でザッハトルテを食べていた垣根はフォークに差した一かけらを真守に差し出しながら、オッレルスを見た。

 

「神の性質を調整するって事は、その魔神はいま何かしらの欠点を抱えてて、その欠点を失くされる前にテメエは魔神を倒そうって魂胆なのかよ?」

 

オッレルスは垣根にケーキを食べさせてもらって、幸せそうに目を細めている神人を見ながら応える。

 

「そうだよ。一つ聞きたいんだけど、無限の可能性ってどんなものだと思う?」

 

「……あ?」

 

垣根はオッレルスの問いかけに怪訝な表情をする。

 

無限の可能性。

 

それは無限の創造性と似て非なるものだが、無限の創造性は無から有を生み出す、言ってしまえば奇蹟に近い。

 

そんな無限の創造性とは違い、無限の可能性というのはあまり想像がしやすいものではない。

 

垣根がふわっとした質問に首を傾げていると、真守は垣根からもらったケーキがおいしくてふにゃふにゃと幸せな笑みを浮かべていたが、きちんと呑み込んでからオッレルスを見た。

 

勝敗半々(フィフティフィフティ)ってことか?」

 

「勝敗半々?」

 

垣根が真守の言葉を復唱すると、オッレルスは『素晴らしい』と告げた。

 

「青少年らしく無限の可能性に限りない果てがあると考えている年頃には難しいかな。──無限の可能性にはね、プラスに広がる可能性の他にも、マイナスに広がる可能性も孕んでしまう可能性があるんだ」

 

垣根はオッレルスの説明を理解できて目を見開くが、上条はよく分かっていない。

 

そのため真守は上条を見つめながら説明する。

 

「例えば好きな女の子に告白するとしたら、告白が成功して付き合えるか、告白が失敗して振られるかの二つに一つだ。成功か失敗。それは行動を起こすと必ず生まれる。無限の可能性とは、成功と失敗どちらにも辿り着く可能性があるんだ」

 

つまり、誰に対しても五○%の確率であらゆる物事が失敗する。

 

それをオティヌスは選べない状態にある。だから選べるようにしたいのだ。

 

上条は真守の説明を聞いて、目を見開く。

 

「それって……じゃあつまり、自分よりも弱い存在に対してもてことか? 例えば、何の力もない子供に対しても……」

 

上条が理解をして生み出した懸念にオッレルスは頷く。

 

「じゃんけんでも負ける可能性があるって事だよ。だから『グレムリン』やオティヌスはこの滅茶苦茶な確率を修正したいと思っている。オティヌスはその目的のために方々から人を集めてる」

 

オッレルスの説明に真守は頷き、その先を告げる。

 

「第三次世界大戦で不満を持った魔術師たちが主だな。となると、『グレムリン』はある意味第三次世界大戦が原因で生まれた魔術結社だけど、全員が全員オティヌスの考えに賛同しているわけじゃない。むしろ反発する人間もいるだろ」

 

真守の推測を聞いて、垣根は面倒そうに顔をしかめる。

 

「近代的な魔術師ってのは個人の感情で動くからな。学園都市みてえに魔術師は一枚岩じゃないから、そりゃ好き勝手に動くだろ」

 

オッレルスは真守と垣根の意見を聞いて、何度も頷く。

 

「うんうん。『戦争の勝者は科学サイドの学園都市ってことになっちゃったけど、勝手に決めてんじゃねーよ』って感じかな。だからオティヌスの目的を知らない魔術師もいるだろうね」

 

一番目立っていた魔術師は右方のフィアンマだけど、それだけが魔術師じゃない。

 

まだまだ私たちは顔を出してもないのに、勝手に魔術サイドが負けたって決めつけるな。

 

そういう主張をしている魔術師の集まりが、『グレムリン』なのだ。

 

「……だとすりゃ、随分と勝手な連中だな。第三次世界大戦をやっていた時は関わりたくないって言って協力しなかったくせに、負けたら負けたで文句言っているのか?」

 

上条の憤慨を聞いて、オッレルスは肩をすくめた。

 

「ま、利害の上ではフィアンマに協力しても何も得られないわけだしな。それにフィアンマよりも上にいる連中は気づいていたのさ。彼の方式を突き詰めて全部が成功したとしても、おそらく思い通りに世界が救われることはないって。そこらへんはなんとなく、神人も分かってたんだろう?」

 

オッレルスの問いかけに、真守はつまらなそうに顔をしかめた。

 

「そもそも私とアイツは元から違う場所に立っている。アイツは変化を拒絶し、私は変化を許容し促す存在だ。まあでも、今のアイツは私が伝えたことをきちんと分かってるだろ」

 

「……真守。そんな話は初めて聞いたんだが?」

 

垣根がじろっと真守を睨むと、真守は気まずそうに目を()らす。

 

「そ、そういえば言ってなかった気がする……怒った?」

 

「ああ、心底ムカつく。後で根掘り葉掘りカラダに聞いてやるから覚悟しとけ」

 

「ヘ、ヘンタイ!! カラダっていう一言が余計! 余計だぞっ!!」

 

真守はバッと自分の体を守るように、自分で抱きしめながら声を上げる。

そんな真守と垣根の関係性に既視感を覚えたオッレルスは、人知れず苦笑する。

 

「魔術サイドの新たなトップ、魔神オティヌス。対して科学サイドの作り上げた本物──神人、朝槻真守。これで対等な力関係になったって魔術師たちは意気込んでいるんだろうね」

 

「勝手に私を科学サイドの象徴に据えて敵視しないでくれ。面倒くさい」

 

真守が心底迷惑そうに告げると、オッレルスは笑った。

 

「それでもキミが筆頭になって、科学サイドを引っ張って行くのに変わりはないんだろ?」

 

「変わりはないかもしれないけれど、決めつけられると嫌なものだ」

 

真守がオッレルスの事実確認に不愉快そうにしていると、上条は自身の右手を見つめた。

 

魔神オティヌスの目的と、その目的に沿いながらも自分の目的を達成しようとしている『グレムリン』。

 

それらの説明を受けて、上条は顔を上げた。

 

「やっぱり俺の右手はオティヌスにとって価値があるんじゃないのか?」

 

上条当麻の幻想殺し(イマジンブレイカー)によって、異能は必ず打ち消される。それは異能が必ず失敗するということだ。

 

それは確率『0%』に固定されるということだ。

 

幻想殺し(イマジンブレイカー)を応用すれば、魔神オティヌスを縛り付ける勝敗半々を壊すことができるはずなのだ。

 

そんな上条の懸念を、オッレルスはありえないと断じた。

 

「その点は問題ないよ。そもそも、幻想殺し(イマジンブレイカー)という存在は魔神オティヌスとは相容れない。たとえ有意義だと分かったとしても、それを利用しようとは思えないな」

 

オッレルスがけろりと告げると、上条は顔をしかめた。

 

「どういうことだ?」

 

「質問に質問で返すようで心苦しいんだけどね。根本的な話をしても良いかな。君は自分が振るっている幻想殺しの正体を知っているのか?」

 

オッレルスの核心を突く言葉にその場の空気は静寂に包まれた。

 

幻想殺し(イマジンブレイカー)の正体。

 

上条当麻の特異性を象徴するもの。

 

謎に包まれたその存在が、紐解かれようとしていた。

 



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第二四話:〈最大秘密〉を紐解いて

第二四話、投稿します。
次は六月三○日木曜日です。


上条当麻の右手に宿る、全ての異能を打ち消す幻想殺し(イマジンブレイカー)の正体。

 

上条当麻はその正体を知らない。左方のテッラが言うには知っていたらしいのだが、記憶を失った今の上条当麻は幻想殺し(イマジンブレイカー)の正体が分からない。

 

「その右手に宿っている力は学園都市製の能力開発技術によって生み出されたものではない。それぐらいは分かっているだろう?」

 

上条当麻は不幸体質だった。周りからずっとうとまれ続けていた。

 

それを父親である上条刀夜が悔やんで、不幸などという不確かなオカルトが一切排除された学園都市へと上条を送った。

 

だから今の上条当麻も、自分の不幸体質とその不幸体質を招いている幻想殺し(イマジンブレイカー)が自分に生まれつき備わっていたものだとなんとなく理解していた。

 

「『原石』という人間たちがいる。生まれ持った異能を持ち合わせている人間だ。でもキミがその一因であるという根拠は特にない。学園都市の外で生じた『異能の力』を持った何かとは明確に違う。キミの立ち位置はかなりグレーなところにあるとは思わないかな?」

 

上条当麻は答えられない。なんとなく自分の立ち位置が曖昧であることを理解しているからだ。

 

「キミという存在を見つけて受け入れたのが、たまたま科学サイドに属する学園都市だった。だからキミ自身も科学的な解釈で自分自身を説明できると思った。でももし、キミが幼少期にイギリス清教に拾われていたら、キミは自分を魔術サイドの一員であると思い込んだだろうね」

 

「結局、これは何なんだ? 俺は一体何なんだ?」

 

「それはキミ自身が結論付けるべきものだよ。でも神人はなんとなく分かってるんじゃないのかい?」

 

オッレルスの問いかけに、上条は真守を見た。垣根も絶対能力者(レベル6)として全てを網羅している真守をちらっと見る。

 

「祈りと願い」

 

真守は食後のミルクティーにふぅふぅ息を吹きかけていたが、オッレルスに問いかけられてそう答えた。

 

「上条の右手に宿った幻想殺し(イマジンブレイカー)は、祈りと願いによって生み出されたものだ。それはおそらく、異能を扱う者たちの共通の考えによるものだろう」

 

真守はミルクティーをちょびっと飲んで顔をしかめる。

 

思ったよりも甘くなかったのだ。

 

真守が顔をしかめていると、シュガーポットに手を伸ばした垣根が適量、真守のティーカップに砂糖を入れる。

 

上条は仲睦まじい様子の真守と垣根に気が回っておらず、自分の右手を見た後に、隣に座っているオッレルスへと目を向けた。

 

「正しくは異能を扱う者というより、魔術師たちの願いだろうね。だって『原石』は自分の力を当然として受け止めるし、超能力者たちは最近生まれた存在だから、幻想殺し(イマジンブレイカー)の生まれた理由には関わっていない。つまり全ての魔術師の怯えと願いが集約されたものだと言うのが正しい」

 

「怯えと願い……?」

 

上条がその言葉を繰り返すと、オッレルスは上条の右手を見る。

 

「世界を良いように捻じ曲げた結果、もしかしたら何らかの弊害が生まれてしまうかもしれない。そして元に戻そうとしても、元の形を上手く思い出せずに上手く復元できないかもしれない。……幻想殺し(イマジンブレイカー)はその不安を拭い取るためのモノさ。その恐怖は、なんでもできる魔神だって当然として持っている」

 

魔術を極めた人間は魔神となる。

それでも、根本的なところを言うと魔神はどこまでいっても人間なのだ。

根本的なところで人間であれば、大きな力を持てば誰でも『この力は世界を壊してしまうかもしれない』と、恐怖する。それが当たり前なのだ。

 

「それでも例外はいるけどね」

 

オッレルスは笑いながら真守を見る。

 

朝槻真守は神さまとして必要とされて生まれ落ち、そしてその性質を科学の枠組みに嵌められて調整された人間だ。

 

あえて言うならば『原石』を加工した『宝石』といったところだろう。

 

最初から神さまになるべく生み出された個体。

そのため力を振るうことに対して全くと言っていいほど恐怖心がない。

そして自分は完全な存在ゆえに完全な力をコントロールできると信じているし、実際にコントロールできている。

 

自分がやるべきことをするべきで、そのためならば障害を排除する。

 

朝槻真守を見ていると、オッレルスは実感する。

 

不完全な人間から進化した完璧な存在とは、感情や本能を残しながらも完璧なコントロールができて、迷いなく一貫した意志を持つ事ができる人間なのだろう。

 

それこそが人間の正しくあるべき形なのだと分かる。

 

(でも、そんな存在へと至ることに恐怖心を覚えるのが人間だから、きっと以前の彼女も変わる事に恐怖していただろうね)

 

オッレルスは完璧な人間になる前の真守を思いながら、本題に意識を向ける。

 

「魔神は世界を思った通りに歪めることができる。でももし間違った歪みを発生させてしまったとしても、元の世界がどんなものだったか歪んでしまった状態からは読み取れない」

 

オッレルスは言葉を切って上条当麻の右手を指差しながら告げる。

 

「要は魔神とか魔術師の類にとって、幻想殺し(イマジンブレイカー)は世界を元に戻せる命綱なんだよ。幻想殺し(イマジンブレイカー)によって世界は元の形に戻る。所謂(いわゆる)基準点なんだ」

 

垣根は真守が甘くなったミルクティーを美味しそうに飲んでいる様子を見ながらもきちんと聞いており、そのためオッレルスに問いかけた。

 

「世界が歪んで本当の形が分からなくなっても、その歪みを打ち消せる力があれば世界を元に戻せる。つまりその右手は『保険』ってことだな?」

 

「うん。かつて幻想殺し(イマジンブレイカー)によく似た力は時代のあちこちに顔を出した。……今、彼の手に宿っているものが『一つの力』なのか、その願いが失われるたびに組み上げられる『複数の力』なのかは知らない。ただ彼のその右手は『世界の基準点』として機能するんだよ、確実にね」

 

「世界の基準点……か」

 

上条は自身の右手に宿っている幻想殺し(イマジンブレイカー)がそこまですごいものだとは知らなかったので、思わず呟く。

 

「魔神オティヌスからすれば、そんなバックアップは最大の邪魔ものだろうね。修正するための材料は願いではなく恐怖に変わる。だから魔神オティヌスは幻想殺し(イマジンブレイカー)を求めない。……もとより、命綱を断って前進する事しか考えてない連中だ。保険なんて言葉は『グレムリン』にとっては悪の誘惑程度の価値しか考えないだろうね」

 

(そうだろうか)

 

真守はオッレルスの推測を聞いて、ミルクティーを飲みながら心の中で呟く。

 

(私が絶対能力者(レベル6)進化(シフト)したのはここではない世界に息づく『彼ら』に必要とされたからだ。でも魔神オティヌスはそうじゃない。神さまとして絶対にやらなければならない事は、多分彼女にはない。だからオティヌスは自分の確率を調整して、何かやり遂げたい悲願があるんだろう)

 

魔神オティヌスは、神の領域へと至った人間である。

だからこそ、自分の野望がある。目的がある。絶対に叶えたい願いがある。

そのために、彼女は成功一〇〇%を手にしたいのだろう。

 

(多分、オティヌスは自分の確率を調整して成功一〇〇%を引き起こすことができるようになっても、それを完全に心の底から信じることはできないんだろう)

 

一〇〇%という確率をはじき出したとしても、人間は『もしかしたら間違っているかもしれない』と万が一を疑う生き物だ。

 

朝槻真守が垣根帝督と永遠に一緒にいると言って、それが決まっていたとしても。

 

垣根帝督は時折、いつか朝槻真守が自分の前から消えてしまうのではないかという不安に駆られている。

 

真守はそんなことが絶対にないと知っている。でも垣根帝督は『無限の創造性』を持っていると言っても、真守のように完璧な存在ではない。

 

だからこそ少しでも自分から真守が離れていくのではないか、という可能性を考えて、不安になってしまう。

 

何度も強調しているが、魔神は完全ではない人間の延長線上だ。

真守のように全ての迷いを断ち切った存在ではない。

きっと、そこに恐れがある。絶対に、確実に。

 

だからオティヌスは幻想殺し(イマジンブレイカー)を基準点としてあえて残しているのではないのだろうか。

間違った時に、戻れるように。

だから自分の確率を調整するために、幻想殺し(イマジンブレイカー)は使えないのではないのか。

 

(……まあこんなことを言っても魔神の成りそこないのこの男は信じられないだろう。オティヌスに魔神の座を奪われたんだから、当然憎しみがある)

 

真守はコーヒーを優雅に飲んでいるオッレルスを視界に入れた後、目を伏せる。

 

その様子を見ていた垣根は目を細めたが、オッレルスの言葉に適当に相槌を打ちながらお茶をしていた。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

真守は垣根と共に、オッレルスを連れて第七学区内を歩いていた。

オッレルスが良いレストランを紹介してほしいと言ったからだ。

 

学園都市内の食事情は科学が発展しているため、色々と複雑だ。

 

学生の中では食材を何の(ひね)りもなく普通に育てたものを欲する人もいるし、農業ビルの完全な制御下に入った食材しか好まないという学生も、学園都市で作られた食材は味気ないという学生もいる。

 

そのため、真守はとりあえず食通が好む第七学区の少しハイグレードの店が立ち並ぶ一角へと、オッレルスを案内しようと歩いていた。

 

上条はここにいない。真守と垣根と謎の青年とお茶をしているところを吹寄に見られて、連行されていった。

 

真守が垣根と並んでオッレルスを案内していると、オッレルスがとある人物の名前を口にした。

 

「フロイライン=クロイトゥーネ?」

 

真守はその人物の名前を口にして、首を傾げる。

 

「ただの人間じゃないんだ。聖職者の手によって何度も魔女狩りにかけられたけど、何をしても殺すことができなかった。人間の姿を取っているだけの全く別の存在だ」

 

「……人間ではないけど、明確に人間と意思疎通ができるのか」

 

真守がぽそっと呟くと、垣根が顔をしかめた。

 

「そんなモンがアレイスターの居城だっていう『窓のないビル』に本当にいるのか?」

 

オッレルスが言うフロイライン=クロイトゥーネは、『窓のないビル』に幽閉されている。

その事をオッレルスは先程から口にしていたのだ。

そしてオッレルスは垣根の疑問に答える。

 

「アレイスターが進めるプロジェクトの邪魔になるからだよ。どうやらそこまで危険な存在らしい」

 

垣根がオッレルスの説明に警戒心を表情に出す。

真守はそんな垣根の隣から、前を歩くオッレルスを見上げた。

 

「そのフロイライン=クロイトゥーネをオティヌスは槍の素材として求めている。お前はそれを阻止するためにフロイライン=クロイトゥーネを確保したい。……でも『窓のないビル』はそう簡単に破れるものではないぞ。それはお前も分かっているだろう?」

 

「ああ。なんて言う名前だったかな。かりゅきゅれいとなんとかだっけ?」

 

「『演算型・衝撃拡散性複合素材(カリキュレイト=フォートレス)』だ。覚える気まったくねえだろ」

 

垣根がオッレルスを睨みつけていると、オッレルスは軽い調子で何度も頷く。

 

「そうそう。超能力者の能力を再現して応用してるんだろ?」

 

「正確には私や一方通行(アクセラレータ)のベクトル変換を再現・応用しているものだ。衝撃波のパターンを計測して最適な振動を生み出し、威力を相殺させる」

 

「そんな感じだったね。まあでもいくらでもやりようはあるだろ?」

 

オッレルスは思わせぶりな口調で告げる。

垣根はそれが気に食わなくて不機嫌になる。

真守はそんな垣根の服の(すそ)を掴んで気持ちを抑えるように指示をしながら、肩をすくめる。

 

「学園都市製のスパコンでも『演算型・衝撃拡散性複合素材(カリキュレイト=フォートレス)』を破壊する衝撃波のパターンは逆算できない。一〇〇%誤差が生じるだろう。『樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)』だったらできたかもな」

 

「それはもうないのかい?」

 

自動書記(ヨハネのペン)に撃ち落とされた」

 

真守が素っ気なく告げると、オッレルスは知っていたかのように頷いて真守を見た。

 

「そうかい。でさ、神人」

 

「やだ」

 

「まだ何も言ってないじゃないか。即答かい」

 

オッレルスが苦笑する。

 

朝槻真守は『樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)』に匹敵するほどの演算能力を持っている。

 

それに真守の能力で『窓のないビル』の壁なんて一撃だ。それがオッレルスは分かっている。

 

だが真守から協力の良い返事を貰えない事を、オッレルスはなんとなく察していた。

それでも即答で拒否られるとは思わなかったのだ。

そんなオッレルスを見て、真守は不愉快そうに目を細める。

 

「やり方が気に食わないから嫌だ。どうせお前たちは私が助けたフロイライン=クロイトゥーネを餌に使ってオティヌスを誘い出すとか、殺して望みを絶たせるとか、クロイトゥーネの事を何も考えずに使い潰すつもりなんだろ」

 

「やっぱり分かるかい?」

 

ビシィ!! っと、鋭い地割れの音が響く。

 

オッレルスが軽い調子で告げたので、真守が憤りのままにAIM拡散力場を操り、オッレルスを中心としてアスファルトに亀裂を入れてめくれさせたのだ。

 

もちろん脅しなのでオッレルスは無傷だ。真守はそんなオッレルスへと冷たい視線を向ける。

 

「私を誰だと思っている。そしてここは誰の庭だ」

 

オッレルスは一歩たりとも動けなくなって、肩をすくめる。

 

「アレイスター……と言いたいところだけど、色々と事情があるんだろう。『計画(プラン)』に関するね」

 

オッレルスの推測は間違っていない。

 

この学園都市をアレイスターは真守に明け渡そうとしている。

 

真守という存在が無視できないからこそ、アレイスターは学園都市の実質的な権限を真守に明け渡さなければならないと考えているのだ。

 

何故ならこれから先、あらゆる人々が朝槻真守を追って神へと至ろうとするだろう。

それを操作するためには、自らが手を加えて作り上げた真守をトップに()えなければならないのだ。

 

朝槻真守は神として既に、この信仰の地に学園都市に根付きつつある。

だからこそ朝槻真守は、この学園都市において最強だった。

学園都市の神として、朝槻真守は忠告する。

 

「あまりおイタをすると、お前の伴侶とバードウェイと、聖人とワルキューレの掛け合わせを学園都市から外に弾き出す。弾き出された瞬間にうっかり背骨が折れて半身不随になるかもしれないけど、私の知ったことじゃない」

 

真守が冷酷に告げる中、垣根は真守のことをじぃっと見ていた。

真守は垣根に優しく手を握られながら、鋭く目を細める。

 

「お前たちの()り方はある意味で正しいんだろう。強大な敵と戦うためならば、悪事に手を染めるのも手だ」

 

真守はオッレルスを冷酷な瞳で睨みつけて、残酷な言葉を口にする。

 

「でも私にはそれが必要ない。もっとも言えばお前たちの抵抗なんて児戯に等しい」

 

魔術を極めた人間。そして完璧な存在へと至った人間。

そんな両者にとって、不完全な人間の抵抗なんてほとんど意味がないものだ。

 

「……では聞こうか、神人。キミはオティヌスをどうするつもりだい?」

 

オッレルスは神さまへと問いかける。

人間として真っ当な進化を遂げて、完全な存在へと至った真守に、正しい抗い方を訊ねる。

 

「私はオティヌスに一度たりとも会ったことがない。だから会った時に考える」

 

「オティヌスが完成されてしまった時には手遅れだよ」

 

「それはお前たちにとっての手遅れだ。私にとっての手遅れじゃない。むしろそこからが私とオティヌスの始まりだ」

 

オッレルスは沈黙する。

 

朝槻真守と魔神オティヌス。彼女たちは同じステージに立っている。

 

いやむしろ、神の性質的に確率五〇%に固定されている魔神オティヌスの方が分が悪い。

人間として完成された形になっている朝槻真守には隙が無いからだ。

 

そしておそらく、精神的な強さの意味を込めて、魔術を極めた人間が完全な精神を手に入れた人間に勝てる事はない。

 

神さまとして真守は自身よりも不完全な人間を見つめて告げる。

黒い艶やかな髪をはらって、あからさまに挑発して見せる。

 

「安心しろ。全部救ってやる。でもその救済を待って、口を開けて餌を待つひな鳥に成り下がるのは許さない」

 

真守は垣根の手を引いて歩き出す。既にレストランへの案内は済んでいるからだ。

 

「最後まで抗え、ニンゲン。そうすれば神の慈悲でもくれてやる」

 

真守は垣根を引っ張って、その場から去る。

垣根は怒って自分の手を引く真守に声を掛けた。

 

「お前は間違ってない。実際問題、俺もヤツらのやり方にはムカつくところがあるからな」

 

真守は垣根に声を掛けられてピタッと止まった。

そして申し訳なさそうに垣根を見上げた。

 

「怒った?」

 

「なんで俺が怒るんだよ。怒ってんのはお前だろ?」

 

垣根は(うかが)うように自分を見上げてくる真守を見て、柔らかく頬に触れる。

 

「神さまなんか騙りたくねえのに、わざわざ騙ったのが証拠だろ」

 

朝槻真守は自分が神さまだとふんぞり返ることなどしたくない。

 

何故なら自分はただの完成された人間なのだ。人々よりも先に完成へと至っただけの人間だと、真守は自負している。

そして不完全だとしても周りの人々をけなしたくない。

だから周りにいる人たちに神さまらしい傲慢(ごうまん)を見せる事なんて、普通ならばありえないのだ。

 

だがそれをオッレルスに見せたという事は、真守が神さまらしいところを見せなければならないと思った証である。

 

垣根は真守の柔らかい猫っ毛の黒髪に触れながら笑う。

 

「どうせお前が全てを救える良い方法を教えたって、抜け道探して自分たちに都合の良いように利用する連中だ。あれくらい脅した方が丁度良いだろ」

 

垣根が真守の小さな口に優しくキスをすると、真守はふにゃっと微笑んだ。

 

「垣根、だいすき」

 

「当たり前だろ。こんなに理解してやってるんだから」

 

「でも外でちゅーしないでほしい」

 

「俺はやりたいようにやる。お前もやりたいようにやりゃあいい」

 

真守がムーッと口を尖らせる中、垣根はそんな真守を抱き寄せる。

 

真守は不満そうにしていたが、どこまでも自分の味方になって理解してくれる垣根に愛されているのが嬉しくて、ぎゅっと抱き着く。

 

垣根はそんな真守の背中を優しく撫でた。

小さいのに、神さまとしての重荷を背負っているその背中を。

垣根はそれに思うところがあったが、その考えを振り払うようにニヤッと笑った。

 

「よし。俺はやりたいようにする。だからいっちょあいつら殺すか」

 

「それはヤメテ」

 

「冗談だ」

 

「……垣根のは冗談に聞こえない」

 

ふくれっ面の真守が愛おしくて、垣根はくつくつと笑う。

真守は不機嫌になりながらも、垣根が楽しそうなのでまあいいか、と考える。

そして、一端覧祭の準備に戻った。



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第二五話:〈平平凡凡〉から不明瞭事態

第二五話、投稿します。
次は七月三日日曜日です。


「あれ。美琴、何してるんだ?」

 

真守が一端覧祭の準備で校内を歩いていると、小萌先生と一緒に校内を探検している御坂美琴に出くわした。

 

「あ、朝槻さん! ちょ、ちょっと興味があってきただけよっ! 朝槻さんが通う学校がどんなものかなーって、超能力者(レベル5)を生み出した施設に興味があったのよ!!」

 

「素直に入学を視野に考えてるって言えばいいのに」

 

真守があからさまに慌てて色々と言い訳を並べる美琴を見て微笑むと、美琴はウッと(うめ)いた。

 

「でもこっそり見学はダメだぞ、美琴。私が超能力者(レベル5)として認定されたから、警備員(アンチスキル)を兼任している先生たちが警備を強化してるんだ。小萌先生が一緒だから問題ないけど、そうじゃなかったら今頃捕まっていたぞ」

 

「コモエセンセイ?」

 

美琴は真守の注意を聞いて首を傾げる。

自分のそばにいるのは身長一三五㎝くらいの中学生にしては小さい子供だけだ。

思わずピンク髪にカーディガンを羽織った彼女を美琴が見ると、幼女と見間違うほどに小さい彼女は憤慨していると言わんばかりに小さな拳をぶんぶんと振りかざした。

 

「さっきから何度も言ってますけど、先生は先生なのですよーっ! 朝槻ちゃんの担任、月詠小萌先生なのですっ!!」

 

「えっえぇぇえー!?」

 

美琴は小萌先生の主張に驚きの声を上げる。

真守はよっぽどのことが無い限り、冗談を言う事なんてない。

それでも本当にこの幼女が先生なのかと信じられずに美琴が(いぶか)しんでいると、小萌先生はぷんぷんと怒る。

 

「なっなんなんですかそのリアクションはっ!? 先生はちゃんとした大学を卒業した、れっきとした先生なのですよっ!! さっきからそう言ってるじゃないですかっ!」

 

「小萌先生、落ち着いて。先生がかわいい容姿をしてるから、ほとんどの人が間違えるだけだよ」

 

真守はぷんぷん怒る小萌先生の頭を優しく撫でて微笑む。

 

「あ、朝槻ちゃんっ!! 頭を撫でないでくださいっ!! 先生を子ども扱いしないでくださいっ!!」

 

小萌先生は真守を見上げて憤慨するが、真守は柔らかく微笑んでいるだけだ。

その様子を見て、美琴は目を見開いたまま心の中で呟く。

 

(けっこうフレンドリーな先生だし、いつも幼女と間違われている……のよね? 良かった、ウチの教師なら減点されるところだったわ……)

 

美琴はなんだかんだ言って優等生のお嬢様なので、先生に対して失礼な態度を取ってしまったことにドキドキする。

 

「朝槻っ!」

 

そんな美琴をよそに真守が小萌先生で遊んでいると、その場に吹寄が慌てた様子でやってきた。

 

「あ、吹寄。手伝い終わったから今そっちに帰るところだぞ。後もう一つこなせば私は帰っていいんだよな?」

 

「ええ、お疲れ様っ! でも今はその事じゃないわっ! 上条当麻よ、上条当麻!! あいつ泊まり組なのにやっぱり逃げやがった!!」

 

吹寄が上条のことを怒っているのを見て、真守はどうしようかな、と思案顔をする。

帝兵さんで上条の事を見つけてもいいのだが、それでも上条当麻は必要なら何度だって脱走するだろう。

 

(いっそのこと放っておいた方が良いのかな……でも吹寄がかわいそうだし……)

 

真守が方針を考えていると、パタパタと他の誰かが走ってくる音が聞こえた。

 

「朝槻さん、大変」

 

「姫神、どうした?」

 

真守が姫神秋沙に声を掛けると、姫神は焦っているためか、表情が硬い。

 

「上条くんが警備員(アンチスキル)に捕まったって」

 

「上条当麻が!? どうして!? あいつ、脱走して何やってんのよ!」

 

それに驚きの声を上げたのは吹寄だった。

真守は姫神の報告を受けて、ため息を()く。

 

「上条は何をやってるんだ。警備員(アンチスキル)なんて余裕で()けるはずなのに」

 

呆れるポイントが違うのだが、そんな真守へと美琴が詰め寄った。

 

「ちょ、ちょっと朝槻さん! あのバカが捕まったってどういうこと、何やらかしたの!?」

 

「大丈夫だよ、美琴。いつものことだから」

 

真守が肩を掴まれてぶんぶんと揺らされながら告げると、美琴はぐぬぬ、と(うめ)く。

 

「こうしちゃいられないっ朝槻さん、私は行くわ! あのバカには一言言わなくちゃならないのよ!! よくもハワイでおいて行ってくれたなコラー!」

 

そう言いながらもぴゅーっと走って去っていく美琴。

 

「大変だなあ」

 

真守は他人事を呟きながらトテトテと歩き、警備員(アンチスキル)に連絡を取っている吹寄と慌てる小萌先生、その近くで彼女たちを見ていた姫神を置いて最後の仕事の場所へと向かった。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

ところ変わって真守の学校近くの喫茶店。

垣根帝督はイライラした様子でカウンター席に座って暇をつぶしていた。

 

先程オッレルスが話をしていたフロイライン=クロイトゥーネ。

その情報はもちろん秘匿されているため、上層部に繋がっている『(しるべ)』のメンバーに情報収集を頼んでいる。

 

それでも垣根帝督は、情報を集めるのに時間がかかるのに苛立っているわけではなかった。

 

もちろん、真守がそばにいないからである。

 

(ったく。楽しそうにしやがって……一端覧祭の準備なんて面倒なモン、どうして楽しくやれるんだよ)

 

垣根はクラスメイトと楽しそうに話している真守をカブトムシの視界で捉えながら、舌打ちする。

 

朝槻真守は絶対能力者(レベル6)進化(シフト)した。

要はなんでもできるのだ。

一端覧祭の仕事なんて絶対能力者(レベル6)の力を使えば軽く済ませられる。

 

それなのに真守は超能力者(レベル5)として出力できる範囲で能力を使い、移動にも飛んだ方が早いのに徒歩を使っている。

 

人間の枠組みに入りながらも底抜けの万能性を知っている真守は他人が見たら、どうしてそんなわざわざまわりくどい方法を取るのかと疑問に思うだろう。

 

垣根帝督は何故真守がまわりくどい事をするか、その理由を知っている。

 

真守は自分の体を動かしたり、道具を使ったりする事に、意味や価値を見出しているのだ。

効率よりも手間を選ぶのは、その方が過程を楽しむことができるからだ。

 

垣根は真守がまわりくどい事をやっていようが、別に何も言うつもりはない。

真守がまわりくどい事に価値や意味を見出しているのであれば、真守がやりたいようにするのが一番大事だからだ。

 

だが垣根にとっては、自分との時間を削って一端覧祭の準備を真守が楽しそうにしているのが、なんとも不服なのである。

 

一緒の学校ならば、一緒に楽しめるのに。

 

(やっぱ転校するか)

 

真守が断固拒絶しそうだが、アレで真守は自分に甘いところがある。

押し切ればいい、と垣根が考えていると、窓から見ていた景色に変化があった。

 

「よお。お前が神人の番犬か?」

 

「雷神トールか」

 

垣根は自分が座っているカウンター席から見える外の景色を、(さえぎ)るように現れた少年を睨み上げる。

 

「おっ。話が早いな、未元物質(ダークマター)。想像以上だ」

 

トールは入店しながらおどけて笑う。

 

垣根はずっと真守のそばにいるカブトムシと、視界と聴覚を共有していた。

だから上条当麻が警備員(アンチスキル)に捕まったと知っており、少し気になったので上条が何をしていたか別個体のカブトムシから情報をもらっていたのだ。

 

上条当麻は『グレムリン』の一人、雷神トールに接触されていた。

 

そこで乱闘が一つあったからこそ、上条当麻は事情聴取のために警備員(アンチスキル)に捕まえられたのだ。

 

トールと上条の情報共有を見る限り、どうやらトールの他にも『グレムリン』のメンバーが入り込んでいるらしいが、魔術を使って適当な場所にでも潜り込んだのか、垣根には姿が捉えられなかった。

 

気がかりなのでカブトムシを総動員して『グレムリン』の捜索をしつつ、ついでに雷神トールの足取りを監視していた。

 

だからこそ垣根は、雷神トールが自分に接触しようとしているのに気が付いていたのだ。

 

「なんで来た。フロイライン=クロイトゥーネを確保するために、上条当麻と別れて『窓のないビル』に向かうんじゃねえの?」

 

垣根は上条とトールの会話で事態を把握している。

 

雷神トールは根っからの直球戦闘バカであり、回りくどくて罠を張るような面倒くさい事が嫌いらしい。

だから『グレムリン』の、罠を張って世界を混乱に(おとし)めるようなやり方が気に入らない。

そして手段を択ばないオッレルスたちの事も好まない。

 

だからこそ自らの敵と称している上条当麻を誘って、『グレムリン』やオッレルスよりも早くフロイライン=クロイトゥーネを確保しようとしているのだ。

 

「挨拶だ、挨拶」

 

「あ?」

 

垣根が怪訝な顔をすると、トールは笑った。

 

「ここは神人のおひざ元だ。現に神人の番犬のお前が目を張り巡らせている。だから先に断っておこうと思ってな」

 

「はん。礼儀がなってるじゃねえか」

 

力を持ってその場を支配している人間には敬意を払うべきで、身の振り方をきちんと考える人間は嫌いじゃない。

垣根が義理固いトールの性格を考えて笑うと、トールも爽やかに笑う。

垣根はそんなトールを睨みつけて、鋭い声を出した。

 

「真守がお前のやり方が気に食わねえって言ったら、俺は容赦なくお前からフロイライン=クロイトゥーネを奪いに動くからな」

 

「別にいいぜ。お前たちだって幻想殺し(イマジンブレイカー)と同じで、フロイライン=クロイトゥーネが『グレムリン』にもオッレルスたちにも利用されるのが嫌なんだろ」

 

トールは垣根を見つめて愉快そうに笑う。

 

「お前たちとなら気持ちよく戦えそうだ」

 

トールはそう告げると、その場から去って行く。

 

「……お手並み拝見ってところか」

 

垣根は快活に爽やかに去って行ったトールの後ろ姿を見つめながら呟く。

 

そして飲んでいたコーヒーのカップに手を伸ばして、真守の仕事が終わるまで待っていた。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

「垣根、迎えに来てくれてありがとう。最後の手伝いの後に一つ頼まれごとをされてしまってな。遅くなった」

 

日がとっぷりと暮れた頃。

真守は学校の前で待っている垣根のもとへと、パタパタ走って近づく。

 

「知ってる。カブトムシ(端末)で見てたからな。今日はもう終わりだよな?」

 

「うんっ。緋鷹に情報集めてって言ってから結構時間が経ってるから、もうクロイトゥーネの情報は集め終わってるはずだと思うけど。連絡あったか?」

 

真守が垣根に問いかけると、垣根は顔をしかめた。

真守が一端覧祭の準備で忙しくしている間に、随分と状況が動いた。

どこから説明したらいいものか、と垣根は考えながらも茶封筒を真守に差し出した。

 

「土御門経由でムカつく野郎から」

 

「土御門? ムカつく野郎?」

 

真守は不機嫌にしている垣根から茶封筒を受け取って中身を取り出す。

 

超能力者(レベル5)第一位、絶対能力者(レベル6)、朝槻真守へフロイライン=クロイトゥーネの「存在の消失」についての依頼』

 

真守はその一文にきょとっと目を見開く。

 

『フロイライン=クロイトゥーネ』

 

『彼女が遺伝子配列上は人間である事に間違いはない』

 

『だが遺伝子の螺旋が三重になっていてもおかしくないほどの肉体を持っている個体なのだ』

 

『科学的に立証できる存在だが、フロイライン=クロイトゥーネは超能力開発とは全く別の系統の異なる存在である』

 

『それはつまるところ、量子論を軸に各種現象を引き起こす、「自分だけの現実(パーソナルリアリティ)」を保有する能力者とは完全に違う存在――「自分だけの現実」を持っていないという事だ』

 

『それならば何故、自意識を持たないフロイライン=クロイトゥーネは人間と(そん)色ない対話ができるのか』

 

『それは暑い・寒い。甘い・苦い。そして湿っているか乾いているかなど、周囲に散在しているあらゆる情報をフロイライン=クロイトゥーネは一つ一つ精査していき、その積み重ねによって最適な行動を取っているためである』

 

『それがただ単に「深く考えているように見える」だけなのである』

 

『そのためフロイライン=クロイトゥーネの思考は昆虫を更に簡略化した思考を基に、連続性のある単純思考を重ねているに過ぎない』

 

『フロイライン=クロイトゥーネは周囲の状況に合わせてその性質や()り方を変化させる』

 

『それは彼女にとって当然のことだ。彼女が人の形を取っているのは、人の形がこの地球上で一番生きやすい生き物の形だからである』

 

『そのためフロイライン=クロイトゥーネは周囲の情報を「捕食」する傾向があり、その「捕食」によって別の何かへと変貌し、結果それは「羽化」と呼ばれる現象に繋がる』

 

『それでもフロイライン=クロイトゥーネの性質を(かんが)みれば、「羽化」にはおよそ二、三〇〇年ほどかかる』

 

『だがこの現代社会には、非常に効率的に情報を取得する方法がいくつも存在している』

 

『ミサカネットワークを構築する司令塔「最終信号(ラストオーダー)」』

 

『人間として完全な進化を遂げたが故にその身に多大な情報を秘めている朝槻真守』

 

『そんな朝槻真守に接続されている「自分だけの現実(パーソナルリアリティ)」の余剰によって生まれたAIM拡散力場を自身の体として認識している源白深城』

 

『そして未元物質(ダークマター)で造り上げた人造生命体群であるカブトムシ、通称「帝兵さん」のネットワークを保有している垣根帝督』

 

『フロイライン=クロイトゥーネはこれらを前にした時、どれから情報を入手するか逡巡する』

 

『だが情報収集的に一番適しているのは朝槻真守である』

 

『何故なら完成された人間であり、源白深城によって間接的にAIM拡散力場に接続されているからだ』

 

『これからの環境に適応し続けるために自身を最適化できる情報源として、朝槻真守はこの上ない情報源だ』

 

『このままいけば、明け方には「捕食」が始まる』

 

『身の危険を感じるのであれば、朝槻真守はフロイライン=クロイトゥーネを源流エネルギーで焼き尽くす方がいい』

 

『まあそれでも、それ以外の方法を思いつくのであれば、それでも構わない』

 

『上記の存在たちは学園都市の財産だ』

 

『対応の程をよろしく頼む』

 

「……………………た、」

 

真守は茶封筒の中に入っている『誰かからの指令書』に思わず呆然とする。

 

「対応丸投げじゃないかっ!!」

 

真守は思わず資料を二度見してから、呆れている垣根を見上げる。

 

「……つまり何を狙うとか性質がどうとかここまで分かってるのに、上の連中は誰も動こうとしないというコトか? というかアレイスターは稀代の変態魔術師だろうが! 絶対になんとかできるはずだっ!」

 

真守が思わず声を上げると、垣根は気怠そうに答える。

 

「アレだろ。お前と一緒だ。自分は何でもできるけど、便利な道具の価値とそれを使う意味を考えて、それに任せればいいやってことだろ」

 

困惑している真守に垣根が考えたくもないアレイスターの意図を適当に答える中、真守は愕然とする。

 

「……ッ神さまを道具扱いとか、流石神さまを道具として生み出したヤツのやることだなあ……ッ!!」

 

真守は資料に再び目を落として、読み込みながら呟く。

 

「この資料を見る限り、フロイライン=クロイトゥーネというのは純粋な存在なんだな。つまり不純物を一滴でも流し込めば、適応能力が上手く機能しなくなるってことだろ。魔術なんて何でもできるんだからやりようはあるのに、アレイスターは本当にやる気がないようだな……」

 

真守はフロイライン=クロイトゥーネの特異性を見抜いて、さらさらと解決策を口にする。

それを聞いて、垣根は思案顔になった。

 

「あいつはイギリス清教から追われてる立場だ。どうあったって魔術は使いたくねえんだろ」

 

垣根はまだ見ぬアレイスターのことを考えて呟く。

 

真守の実家経由で聞いた話だが、本当にアレイスター=クロウリーは変態だったらしい。

変態と言っても性的な意味での変態だ。

どうやら美貌によって入れ食い状態だったらしいが、そのせいで普通の恋愛に満足できなかったとか。

しかも魔術の才能が天下一品だったのも輪を掛けていたらしい。

 

(……確かに変人じゃねえと、学園都市の長は務まらねえよな)

 

垣根は遠い目をしてそう考えながら、愕然(がくぜん)としている真守を見つめる。

 

アレイスター=クロウリーが加工して造り上げた絶対能力者(レベル6)

 

色々あった。だが真守が幸せにしているのが一番だ。

それに学園都市がなければ、自分は真守に会えていなかった。

真守との出会いを作ってくれた事にはアレイスターに恩を感じるが、それでも悲劇を生み出しやすい土壌にしたのは気に食わない。

 

垣根は何かを考えている真守の猫っ毛の黒髪の先をイジる。

そんな中、真守は顔をあげた。

 

「うん。良いことを思いついた。この指令書をを見る限り、フロイライン=クロイトゥーネは『窓のないビル』から脱走したんだよな。具体的にいまどこにいるんだ? 垣根、帝兵さんで監視してるだろ?」

 

確保しなければ始まらないのだと真守が顔を上げて垣根に問いかけると、垣根は気まずそうな顔をする。

 

「…………あー。それがな」

 

「?」

 

真守が首を傾げる中、垣根は告げる。

 

「源白と林檎と一緒にいる。あと何故か最終信号(ラストオーダー)とフレメア=セイヴェルンも」

 

「…………………………へ?」

 

真守は事態が上手く呑み込めなくて、目を(またた)かせる。

何故、そんな事態になっているのか。

話は、数時間前に遡る。

 



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第二六話:〈最愛存在〉の手綱捌き

第二六話、投稿します。
次は七月六日水曜日です。


深城は林檎と共に、夜に近い夕暮れの学園都市の街を歩いていた。

朝、真守に伝えた通りに、林檎の歯科医に行った帰りである。

 

「林檎ちゃん。今日のお夕飯どうしよっか」

 

深城はカブトムシを頭に乗せて、自分と手を繋いでいる林檎に声を掛ける。

 

「垣根と朝槻は?」

 

「今日は何時になるか具体的に分からないから、適当に済ますって言ってたよ。ねえ、帝兵さん」

 

深城は林檎と繋いでいない手で、林檎の頭に乗っているカブトムシの背を撫でる。

 

『真守はまだ手伝いがあるので時間がかかりそうです。それに加え、別件ができましたので。気にしなくてよろしいかと』

 

「別件?」

 

林檎が首を傾げると、カブトムシは首を傾げた林檎の頭の上で器用にバランスを取ってヘーゼルグリーンの瞳をカメラレンズのように収縮させる。

 

『詳細は追って説明します。心配は要りません』

 

「分かったよぉ。林檎ちゃん、だったら今日はお外で食べよっか。ねえ?」

 

「お外! 深城のご飯も好きだけど、深城が選ぶ外食もおいしくて好き」

 

深城ははしゃぐ林檎の隣で携帯電話を取り出して、近くのおすすめのお店を探し始める。

 

「って、アレ……?」

 

だが視界の端に気になるものを見つけて、深城は首を傾げた。

第七学区の案内板。その前で、見たことのある少女二人が言い争いをしている。

それは打ち止め(ラストオーダー)とフレメア=セイヴェルンだった。

深城はなんだかいがみ合っている二人へと声を掛ける。

 

打ち止め(ラストオーダー)ちゃん。フレメアちゃん、何してるのぉ?」

 

「む、誰だ誰だってミサカはミサカは!! ……って、あれ? あなた、なんでここにいるの、ってミサカはミサカは問いかけてみたり」

 

「うにゃああっ大体うるさいにゃあっ。……って、いつかどっかで会った人!」

 

打ち止め(ラストオーダー)とフレメアは深城と林檎を見て、同時に声を上げる。

声を上げたのが同時だったのが許せないのか、打ち止め(ラストオーダー)とフレメアは顔を突き合わせて再び互いに睨みを利かせる。

そんな二人を見て、林檎は顔をしかめて二人にトテトテと近づいた。

 

「喧嘩、めっ。大人げない」

 

「なっなんだと、子供に言われたくない! ってミサカはミサカは叫んでみる!」

 

「私はあなたたちよりも身長大きい。しかもブラしてる」

 

「なーっ!!」

 

『どっちが大人なのか』という、口ゲンカの内容をちゃっかり聞いていた林檎と、衝撃の真実に驚く打ち止め(ラストオーダー)

優位に立てた林檎は控えめ過ぎるが、それでも確かに、ほんのちょっとだけ膨らんでいる胸を張る。

 

「深城と朝槻が一緒に選んでくれた。だから下着には自信がある」

 

林檎の自信たっぷりな様子に固まった打ち止め(ラストオーダー)をよそに、フレメアは大声を上げる。

 

「ふ、フレメアだって自分の庭であるせくすぃーな下着売り場で買った下着に、自信があるもんっ!!」

 

「ちゃんとその後、自分のおっぱいの形に合わせてもらうためにテーラーさんのところに行った?」

 

「てーらー……? ふ、フレメアだって知ってるし、知ってるし!!」

 

「仕立て屋さんのことだよ。ぶらじゃーはフィット感も大事だから。そうじゃないとおっぱいの形が悪くなるんだって」

 

林檎は深城と真守の厳重な審査が通った、高級ブランドの子供用のブラジャーに包まれた自分の胸をふにふに触りながら告げる。

 

アイドル体型で普通の下着が合わない真守だが、林檎も林檎で研究所にいて発育不良なので、仕立て屋さんに調整してもらわないといけないのだ。

 

自分に合わせて作ってもらったブラジャーを服の上から触る林檎を見て、フレメアは自分が付けているブラジャーが良いものではない(そんなことはない)と知って愕然(がくぜん)とする。

 

(うーん、かわいいなあ)

 

深城はレディとして必要な知識を、限りなくしかも少ししか持っていないマセている少女たちを眺めて、優しい笑みを浮かべる。

林檎はそんな深城の前で、得意気に微笑んで告げる。

 

「ケンカやめるならテーラーさんのこと教えてあげる。ケアするのは早い内からが良いって朝槻が言ってた」

 

実験で成長が停まってしまった真守だが、できれば林檎には自分のように体内エネルギーをイジッて発育不良をどうにかするやり方はしたくない。

そう思った真守が林檎に掛けた言葉を林檎が口にすると、フレメアと打ち止め(ラストオーダー)は同時に叫んだ。

 

「「ケンカは終わりだ!!」」

 

同時に林檎のもとへと集まった打ち止め(ラストオーダー)とフレメア。

彼女たちを見て、林檎は得意気に微笑む。

それでもお腹がぐぅ、と鳴ったのに気が付いたので、林檎は深城を見上げた。

 

「深城、ご飯どうしよう」

 

林檎が深城を見ると、深城はにこっと微笑んだ。

 

「じゃあ四人でご飯食べに行こうか! 打ち止め(ラストオーダー)ちゃんとフレメアちゃんがどぉしてここにいるのかも、ゆっくり聞かせてね?」

 

深城はフレメアと打ち止め(ラストオーダー)の手をしっかりと握って歩き出す。

 

そうしないと二人はどこかへと行ってしまいそうだからだ。

 

林檎はお利口さんなので、ふらふらとどこかへ行くなんてことはしない。

だがそれでも深城は林檎にしっかりとワンピースの(すそ)を握らせる。

そして幼女三人と深城は歩き、レストランへと入った。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

「深城。このしょーろんぽー? おいしい。ジューシー」

 

林檎は器用にレンゲの上で割った小籠包を、肉汁ごとはふはふ食べながら微笑む。

 

深城たちが入ったのは中華料理屋で、点心が美味しいと有名の店だった。

店内はもちろん中華チックになっており、きらびやかとなっている。

深城は幼女が三人集まっている事を考慮して個室を選んだ。そのため防音性はばっちりである。

 

「エビが入った水餃子もおいしいよ、林檎ちゃん。……それで打ち止め(ラストオーダー)ちゃん。話を聞くにお夕飯のお鍋の薬味の細ネギを求めて飛び出したけれど、一端覧祭の様子に惹かれてトテトテ歩いてたらフレメアちゃんに会ったって事だよねえ?」

 

「むふーこの肉まんおいしい! ってミサカはミサカは頬に手を当ててうっとりしながら、源白のおねえちゃんの言葉に頷いてみたり!!」

 

「そぉなの。おいしくて幸せだねえ。……帝兵さん、こっそり一方通行(アクセラレータ)さんに連絡とってくれる? とりあえず捕まえたよぉって」

 

『分かりました』

 

多分、保護者的な立場である一方通行(アクセラレータ)は一向に帰ってこない打ち止め(ラストオーダー)を探して、学園都市中を文字通り駆け回っているに違いない。

そのため深城は一方通行(アクセラレータ)にコンタクトを取るようにカブトムシにお願いする。

 

「で、フレメアちゃん。フレメアちゃんは歯医者さんに行った後、いつの間にかいなくなっちゃった浜面さんを探してたのぉ?」

 

「にゃあ、大体そう!! 源白、源白! この蒸しパンとってもおいしい!!」

 

「うん。それはマーラーカオって言う蒸しパンだよぉ。おいしいねえ。……帝兵さん。重ねて悪いんだけど、浜面さんも探してくれる?」

 

『問題ありません。私たちは数なら余りあるほどいますので、並列処理ももちろん可能です』

 

深城が申し訳なさそうにしているので、カブトムシは柔らかくヘーゼルグリーンの瞳を(またた)かせながら告げる。

 

カブトムシは深城の事を尊敬しているので、力になれるならばなりたいと考えている。

何故なら深城は真守の心を開いた人物であり、真守の事を本当に大切にしているからだ。

しかもフレメアや打ち止め(ラストオーダー)と言った、子供の扱いに長けている。本当に尊敬できる少女だ。

 

それに深城は自分の事を考えて、あんまり無茶なお願いをしようとしない。

 

本当に優しい少女だと、カブトムシは本当にそう感じていた。

 

「あ、林檎ちゃん。お箸上手に使えるようになったねえ」

 

深城は一方通行(アクセラレータ)と浜面を探し始めたカブトムシの前で、柔らかく林檎に微笑みかける。

 

「うん。垣根が教えてくれた」

 

林檎が得意気にすると、自分たちより大人への道を一歩先に進んでいる林檎をライバル視して、打ち止め(ラストオーダー)とフレメアはムッと口を尖らせる。

 

「み、ミサカだって上手く持てるもん!! ってミサカはミサカは主張してみる!」

 

「にゃあっ! 大体フレメアだってうまく持てるもん!!」

 

「うんうん、そぉだねえ。じゃあ二人共ふかひれスープのふかひれ掴めるかなぁ? ほろほろだから掴みにくいと思うしぃ、……できるかな?」

 

深城は対抗し始めた二人に、優しいほんわかとした笑みを浮かべる。

 

「ミサカネットワークの司令塔、このミサカを舐めるなっ!!」

 

「にゃあっフレメアだって大体できるっ!」

 

深城がスープを二人の前に出すと、打ち止め(ラストオーダー)とフレメアは競ってふかひれスープのふかひれに箸を伸ばす。

 

(やはり真守の心を開いた源白の包容力は凄まじい……ッ!)

 

カブトムシはにへら~っと笑って打ち止め(ラストオーダー)とフレメアの相手をして、林檎のことにも注意を向けて食事をしている深城を見て、戦々恐々とする。

 

母性の塊のような深城にカブトムシは驚愕するしかなく、ただただ圧倒され続けていた。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

『源白。一方通行(アクセラレータ)と浜面仕上に連絡が付きました。私たちの自宅に来るように指示もしました』

 

「うん。ありがとぉ」

 

深城が会計を済ませてバッグに財布を入れていると、林檎がくいくいっと深城のワンピースの(すそ)を引っ張った。

 

「深城、打ち止め(ラストオーダー)とフレメアが行っちゃったから追いかけたけど、誰かと話をしてる」

 

「うん?」

 

深城は戻ってきてちゃんと教えてくれた林檎と共に、大通りから外れた道へと入ろうとする。

 

『……源白、そちらに行く事は推奨しません』

 

カブトムシはヘーゼルグリーンの瞳を赤く染め上げて告げる。

カブトムシの瞳は警戒している時に赤くなる。

ここから先は本当に危ない。カブトムシはそう告げているのだ。

 

「……うーん。でも打ち止め(ラストオーダー)ちゃんとフレメアちゃんが行っちゃったし……何かあったら帝兵さんが守ってくれるから、大丈夫っ!」

 

深城はカブトムシをぎゅっと抱きしめると、前へ前へと進む。

 

(この少女もこの少女で頑固なところがありますし……最悪、戦闘になったら真っ先に源白たちを逃がしましょう)

 

カブトムシはネットワークに呼び掛けて、他の個体を呼んで臨戦態勢を取る。

打ち止め(ラストオーダー)とフレメアが向かった先。

そこにいた、危なっかしい『彼女』を見て、深城は大きく目を見開いた。

 

「!」

 

二メートル近くの身長。足首近くまで長い銀髪。

薄い合成繊維のワンピース。それには女性用の下着が思い切り透けている。

表情は長い前髪と(うつむ)いている姿勢のため、見えなかった。

 

「どぉしたの?」

 

深城は林檎を連れて、ぼうっと立ち尽くす女性に声を掛ける。

 

「なんか、懐かしい。いつかの真守ちゃんみたいに(うつ)ろな目ぇしてるねえ?」

 

「…………まもりちゃん?」

 

女性がぽそっと呟いて問いかけると、深城はにへらっと笑った。

 

「そぉ。真守ちゃん、あたしの大事な人!」

 

女性――フロイライン=クロイトゥーネは深城をじぃっと見つめる。

目の前の少女の言う大事な人が、フロイライン=クロイトゥーネには分からない。

それでも深城の言葉を一から崩して組み直して精査した結果、それが温かいものを指すことが理解できた。

深城は柔らかく微笑んだまま、フロイライン=クロイトゥーネに手を差し伸べる。

 

「とりあえずこんな薄暗いところにいないで、もっと明るい方へ行こうよ」

 

深城の手を断る理由がないフロイラインは頷く。そうするべきだと判断したからだ。

 

フロイライン=クロイトゥーネは深城と林檎と、そして打ち止め(ラストオーダー)とフレメアと一緒に歩き出す。

 

カブトムシはハラハラしていたが、深城は大丈夫だ、と抱えていたカブトムシのその背中を撫でた。

 

フロイライン=クロイトゥーネは自分が感じたことのない温かい何かを感じながら、深城に手を引かれて歩いて行った。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

『深城。それでお前はいま何をしてるんだ』

 

深城はごそごそと自分の部屋のクローゼットに首を突っ込んでいたが、カブトムシから発された真守のその問いかけを聞きながら、首を引っこ抜く。

その手に持っていたのは大きめのワンピースだ。

前に懸賞で当たったが、自分の体に合わなかったので、いつか雑巾にしようと思っていたものだ。

 

「フロイラインちゃんのお洋服を探しているの。見つけたよ!」

 

深城はワンピースをカブトムシに見せながら微笑む。

 

『……クロイトゥーネは?』

 

ため息でも()かんばかりに真守が告げると、深城はにへらっと笑う。

 

「林檎ちゃんたちと一緒にいるよぉ。真守ちゃん、ちょっと移動するねえ。もうすぐ一方通行(アクセラレータ)さんと浜面さんが来ると思うから」

 

深城はワンピースとカブトムシを抱え込むと、自室から出て二階のラウンジへと向かう。

 

『今日は拾いものをいっぱいしたな、お前』

 

打ち止め(ラストオーダー)やフレメアに加えて、まさかフロイライン=クロイトゥーネまで拾うなんて。

真守がカブトムシにじろっと深城を睨ませると、深城は笑った。

 

「何でだろうねえ。そぉいう日だったのかなあ」

 

深城はトントン階段を下りながら、カブトムシから不機嫌に発された真守の言葉に答える。

 

『お前は意外とちゃんとしてるから大丈夫だと思うけど……夜明けまでには帰るから、絶対に』

 

「意外とって酷いなあ。これでも真守ちゃんができない家事がちゃんとできるんだよぉ?」

 

『舐めるな。私だって家事ぐらいやろうと思えば、本物のメイドさんより上手くできる自信があるっ。……って、そうじゃなくて。深城は運動音痴だけど、人の扱いだけは意外とちゃんとできるから。そう言いたかったの』

 

深城は人間や、人間ではないが知的存在であるモノの扱いが非常に上手い。

何故なら、他人の気持ちが分からない、自分の心にでさえ無頓着だった自分に温かい光をくれたのだから。

真守は救いようのない根っからの悪党を救う事だって、深城には容易くできると分かっていた。

 

「む。運痴は余計だよぉ! ……だいじょぉぶだよ。真守ちゃんは真守ちゃんのやりたいことをすればいいから」

 

深城はカブトムシを抱きかかえ直して、にへらっと微笑む。

 

「いつだって真守ちゃんはあたしの事を考えてくれるから。信じてるよ」

 

『……うん、ありがと』

 

「ふふっ。照れちゃって、かわいいねえ」

 

『照れてないっしみじみしただけだっ』

 

真守が否定する中、深城はくすくすと笑ってラウンジへと入る。

 

「深城、下に浜面仕上が来てる。一方通行(アクセラレータ)も一緒」

 

林檎は深城が抱きかかえているカブトムシと別の個体を抱えたまま、トテトテと深城のもとにやってくる。

深城は林檎に視線を合わせて頷く。

 

「うん。だいじょぉぶだよ、林檎ちゃん。一方通行(アクセラレータ)さんは悪い人じゃないから」

 

「? 知ってる。だって朝槻が助けたんでしょ?」

 

どうやら実験の元凶となった一方通行(アクセラレータ)のことを林檎は毛嫌いしているわけではないらしい。

深城はそれが分かると、にこっと笑って打ち止め(ラストオーダー)とフレメアを呼んだ。

 

打ち止め(ラストオーダー)ちゃん、フレメアちゃん。一方通行(アクセラレータ)さんと浜面さんが迎えに来たよぉ」

 

「にゃあ、もっと友達と遊んでたいっ! お()まりを希望するっ!!」

 

フレメアがカブトムシ(別個体)を抱えたままシュッと手を上げると、同じようにカブトムシ(またまた別個体)を持っている打ち止め(ラストオーダー)がアホ毛をピンと伸ばした。

 

「ミサカもミサカも友達ともっと遊んでいたい!! お泊まりを希望するっ!!」

 

「それは保護者さんと相談してねえ、とりあえず行こう?」

 

深城はフロイライン=クロイトゥーネに服を着るように指示した後、打ち止め(ラストオーダー)とフレメアを連れて一階に降りる。

 

一階のホールでは、浜面仕上と滝壺理后。そして一方通行(アクセラレータ)がそれぞれ待っていた。

 

「……そっちも大変だなあ」

 

浜面はフレメアの居場所が分かってドッと疲れが出てきたのか、大変くたびれた様子で呟く。

 

「……そっちもなァ」

 

一見澄ましている一方通行(アクセラレータ)も、能力行使をしたのでちょっとバッテリーが心配である。

保護者たちが悲壮感を漂わせていると、深城がフレメアと打ち止め(ラストオーダー)を連れて降りてきた。

 

「にゃあっ大体今日は源白のところにお()まりするの! 邪魔者浜面は帰って!!」

 

「邪魔者!? お前のこと散々探し回った俺を邪魔者扱いするってどういうこと!?」

 

再会した途端にフレメアに酷い事を言われた浜面はガーン、とショックを受ける。

 

「にゃあっ! 大体、浜面が勝手に迷子になったんでしょ! 浜面(ごと)きが大体邪魔するな!」

 

「如き!? しかもすっげえ捏造されてる! フルーツ入りのマシュマロに惹かれてどっか行ったのお前だろ!?」

 

浜面がフレメアの横暴に声を上げている横で、一方通行(アクセラレータ)打ち止め(ラストオーダー)を見た。

 

「……で、オマエは何か言うことねェの?」

 

「あのねあのね、今日は友達がいっぱいできたの! ってミサカはミサカは意気揚々と報告してみる! そんな友達と一夜を明かしてもっと絆を深めたいんだけど、ってミサカはミサカは、痛いっ! どーして無言で連続チョップをするの、ってミサカはミサカは文句を言ってみる!」

 

「文句を言いてェのはこっちだ、このクソガキィ!!」

 

一方通行(アクセラレータ)が怒りを爆発させている横で、浜面はフレメアの態度にむせび泣く。

その様子を見ていた深城は笑顔で呟く。

 

「……林檎ちゃんが聞き分けのよいお利口さんでよかったねえ、真守ちゃん」

 

『本当にな』

 

真守が呆れた様子を見せる中、真守と一緒に状況を見守っていた垣根は、フレメアと打ち止め(ラストオーダー)の自由奔放っぷりに呆れる。

 

「はいはい、打ち止め(ラストオーダー)ちゃん、フレメアちゃん。お叱り受けたしお願いしよっかぁ」

 

深城は打ち止め(ラストオーダー)とフレメアを並べて、一方通行(アクセラレータ)と浜面、滝壺を見つめて微笑む。

 

「にゃあ。今日は源白のところに泊まります! 浜面、よろしく!」

 

「ミサカも友達と楽しくやりたいから外泊許可が欲しい、ってミサカはミサカはあなたにおねだりしてみたり!」

 

フレメア、打ち止め(ラストオーダー)にそう言われて、保護者たちは微妙な気持ちになる。

 

「…………まあ、どこにいるか分かっているだけでもありがたいか……」

 

「オマエ、ダメだっつっても聞かねェだろォが」

 

最早言うことを聞かせることを放棄した保護者たちは、降参の旗色を見せた。

そしてお()まりする許可を無理やりもぎ取ったフレメアと打ち止め(ラストオーダー)は、狂喜乱舞する。

 

「はい、よくできましたあ。じゃあ浜面さんと一方通行(アクセラレータ)さん。フレメアちゃんと打ち止め(ラストオーダー)ちゃんのことはちゃあんと責任もって見ておくから。明日の朝、お迎えよろしくねえ?」

 

深城は保護者のお許しを貰ってはしゃぎまわる打ち止め(ラストオーダー)とフレメアを、二階のラウンジへ向かわせながら微笑む。

 

((手慣れてやがる……))

 

自由にさせているようでその実、しっかりと手綱を握っている源白深城。

 

そんな深城ならば大丈夫だろうと思って、一方通行(アクセラレータ)と浜面はそれぞれ頷いた。

 

幼女の心を鷲掴みにする源白深城。

それなら朝槻真守が(ほだ)されてしまうのも無理はない。

一方通行(アクセラレータ)はそう察した。

 

浜面は朝槻真守のそばには優秀なベビーシッターがいるんだな、と感動して、その場を滝壺と共に去った。




真守ちゃんの心を開いた深城さん、さすがの手腕……。



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第二七話:〈本物偽物〉は関係ない

第二七話、投稿します。
次は七月九日土曜日です。


垣根帝督は朝槻真守と一緒に、とある暗部の研究所の一室にいた。

木原病理の所有していた研究所である。

木原病理がバゲージシティに行っている間に垣根たち『スクール』が占拠したのだが、木原病理が木原加群と共倒れになったので、占拠したままなのだ。

 

「……すげえ絵面だな」

 

少し引いている垣根を見上げて、椅子に座っている真守は柔らかく苦笑する。

 

「まあすごい絵面だけど、でも必要なコトだから」

 

机の上には、皿の上に剥き出しの脳みそが置かれていた。

その脳みそには電極が張りつけられ、ジュラルミンケースにでも入りそうな小型の機械に繋がれている。

 

剥き出しの脳みそは、木原病理が研究していた人造細胞で造られたものだ。

そして脳みそに繋がっている機械は、学習装置(テスタメント)という脳に情報を書きこむ機械だ。

 

学習装置(テスタメント)は安全装置のせいで巨大になっているだけで、その安全装置を排除すればジュラルミンケースに入るくらいにまで大きさが小さくなる。

 

真守はそれを使用して、人造細胞で作られた脳みそに絶えず書き込みをしていた。

 

絶対能力者(レベル6)らしく、学習装置(テスタメント)に直接干渉して、だ。

 

だから真守の目の前に置かれている学習装置(テスタメント)のモニターには、触れていないのに数字の羅列がめまぐるしく表示されていく。

 

垣根帝督は人間を構築する膨大な情報を次々に書き込んでいく真守を前に、手元の資料を見る。

 

フロイライン=クロイトゥーネは『羽化』をするために情報を得るべく、『捕食』を開始する。

その『捕食』候補は朝槻真守、源白深城、打ち止め(ラストオーダー)、そして垣根帝督だ。

 

フロイライン=クロイトゥーネの性質であるため、彼女の『捕食』は絶対に止めることができない。

 

止めることができないなら、代わりを用意すればいい。そう真守は考えた。

 

だからこそ脳を模した器にフロイライン=クロイトゥーネが必要とする情報を書き込み、真守はそれを食べさせようとしているのだ。

しかも用意する情報にフロイライン=クロイトゥーネの性質の方向性を調整するように仕込めば、彼女が不本意な『羽化』をしなくていいようになる。

 

垣根は土御門経由で送られてきた、フロイライン=クロイトゥーネの詳しい情報を眺めたまま、目を細める。

 

真守はアレイスター=クロウリーが魔術を使えば、フロイライン=クロイトゥーネをすぐにでもどうにかできると言っていた。

だがそれをアレイスターはせずに、フロイライン=クロイトゥーネを自らの居城である『窓のないビル』に幽閉した。

 

(本当にやる気がなかったのか、できなかったのか。……まあ、後者だろうな)

 

垣根は心の中で考えながら、意識をカブトムシのネットワークへと向ける。

 

『窓のないビル』は『演算型・衝撃拡散性複合素材(カリキュレイト・フォートレス)という、一方通行(アクセラレータ)や朝槻真守のベクトル変換の技術を応用・再現した材質が使われている。

だからこそ『窓のないビル』は核攻撃にも耐える事ができる。その頑丈はお墨付きだ。

 

だがフロイライン=クロイトゥーネが中から壊したため、『窓のないビル』には大穴が空いていた。

 

あの穴を通っていけば、アレイスターに手が届く。

 

以前の垣根帝督ならば、迷わずにアレイスターのもとへと向かっただろう。

 

だが今の垣根帝督は知っている。

 

統括理事長、アレイスター=クロウリー。

稀代の魔術師にして科学を崇拝し、魔術界隈史上、最大の裏切りを行った人物。

アレイスターはただの統治者ではなく、その立場に相応しい力を持っている。

その魔術の腕には、『世界を救う力』を持った右方のフィアンマでさえ太刀打ちできない。

 

簡単に倒せる相手ではない。それをアレイスターとの直接交渉を狙っていた垣根帝督は知らなかった。

 

学園都市を手中に収めようと、利用されて食いつぶされる用途しかないと思われた者が牙を剥いてもいいのだと、考えていた垣根帝督は今はもういない。

 

()りし日の自分を思い出しながら、垣根は小さく苦笑する。

 

全ては朝槻真守と出会った時から始まったのだ。

 

この小さな体に全てを包み込むような心を持った少女と、出会った時から始まった。

 

垣根は真守が愛しくなって、猫耳ヘアにまとめられた艶やかな黒髪を触りながら微笑む。

 

「垣根、暇なのか?」

 

真守はきょとっと目を見開いて、垣根を見上げる。

 

一緒に壊れたサンダルの代わりを買いに行った時のように見上げてくる少女。

だがそのエメラルドグリーンの瞳には、自分を一心に思う気持ちが込められていた。

 

垣根は微笑みながら、真守の髪の毛を柔らかく手で()きながら笑う。

 

「いいや。お前が愛しくてやってる」

 

真守は垣根に突然惚気(のろけ)られて目を見開いた後、照れ隠しにムッと口を尖らせる。

 

「いきなり口説かないで」

 

「なんで? 愛おしく思うんだから別に良いだろ」

 

「……むぅ。そういうコトさらっと言えるあたりが、すごくぷれいぼーいなんだから」

 

真守は口で文句を言いながらも、学習装置(テスタメント)を動かすスピードを緩めない。

 

絶対能力者(レベル6)らしいマルチタスクだな、と思って垣根が頭を撫でていると、真守は頭を撫でられるのが嬉しくて、でも恥ずかしそうにしながら脳みそを見る。

 

「この様子なら、クロイトゥーネが『捕食』機能を獲得する夜明けまでには間に合うな。垣根、何か頼むか? 夕飯まだだったし」

 

お腹減っただろ、と真守が携帯電話を取り出してデリバリーサイトを見始めると、垣根はひょいっと真守から携帯電話を取った。

 

「どうせお前は自分の分を頼まねえだろうから、俺がお前の分も頼んでやる。深夜に食べる高カロリーってのは、背徳的で美味いんだぜ」

 

垣根が小さい悪だくみをするように笑うと、真守は目を見開く。

 

「! そうなのか。ふふ、初体験だ」

 

真守はくすくすと興味深そうに笑いながら、情報を書きこんでいく。

 

「そういや上条当麻がバードウェイと色々あって警備員(アンチスキル)に撃たれたんだが、一応カブトムシ(端末)に処置させといた。だから心配するな」

 

「え。な、なんでそんな事に?」

 

真守は世間話風にもたらされた、超重要情報に目を白黒させる。

 

フロイライン=クロイトゥーネの確保に失敗した上条当麻は、雷神トールと共闘して『グレムリン』とオッレルス勢力をどうにかしようと画策して、動いていたらしい。

そしてつい先程、その策の一つとして、上条はわざとバードウェイと争ったのだ。

 

「……それで、バードウェイは?」

 

真守は上条当麻が一人で突っ走っているのに、止めなかった垣根を恨めしそうに見上げながら問いかける。

 

「レイヴィニア=バードウェイは上条の思惑に見事引っかかったぜ」

 

上条当麻は雷神トールと共闘していたが、雷神トールからもらった『グレムリン』のメンバーであるマリアン=スリンゲナイヤーの情報を生徒手帳に書き記していた。

 

それを発見したバードウェイは、上条当麻がマリアン=スリンゲナイヤーと繋がっていると、あたりを付けたのだ。

 

真守は目まぐるしく変化している状況に目を細める。

 

「オッレルスは?」

 

「こっちに来てる」

 

垣根が告げた瞬間、真守と垣根のいた研究室の一室にオッレルスが入ってきた。

警報装置は作動していない。魔術で姿を隠しながら侵入したのだ。

 

「やあ、神人。ちょっと借りるよ」

 

オッレルスは真守と垣根のそばを通り過ぎて、人造細胞を造り上げるための培養装置へと向かう。

 

「なるほど。これがあれば人造細胞を造れるってわけだね。設計図とかってどこかな? できればマニュアルなんかも欲しい」

 

「何に使うんだ?」

 

真守はいつでもフロイライン=クロイトゥーネの『羽化』を操作できる脳みそを守れるようにしながら、全く敵意のないオッレルスへと問いかける。

 

「フロイライン=クロイトゥーネは使えなくなるだろう。だったら別の方法でオティヌスの機嫌を取らなくちゃいけない。ということで色々と策が必要でね。学園都市で使える技術を探している最中だ」

 

どうやら人造細胞技術を使って、フロイライン=クロイトゥーネという槍の素材の『代わり』を作ろうとしているらしい。

そんなオッレルスは培養装置を見るのをやめて振り返る。

そして、垣根帝督を見た。

 

「本当なら、槍の素材を造れる良い人材が目の前に、」

 

オッレルスがそこまで告げた瞬間、オッレルスの喉元に鋭い針が付きつけられた。

床がねじ切れるように変質して、針のように飛び出したのだ。

もちろん、真守の仕業である。

絶対能力者(レベル6)の万能性を使えば、リノリウムの床の材質を崩して再構築することなんて造作もない。

 

「次はない」

 

真守が空間をキシキシと軋ませながら、無感情で冷徹な声を出して忠告すると、オッレルスは両手を上げて降参のポーズを取った。

 

するすると針のように伸びたリノリウムの床は元に戻っていく。

そして真守が材質をイジる前と何一つ変わらない状態の床へと戻った。

 

真守は学習装置(テスタメント)を動かすのを止めずに、すすすーっと立っていた垣根に近づいてその腰にぎゅっと抱き着く。

 

「これは私のモノ。一片たりとも、一ミリたりとも、未元物質(ダークマター)の粒子一粒だって絶対に渡さない」

 

猫のように可愛らしくも獰猛に威嚇している真守を見て、オッレルスは肩をすくめた。

 

「じゃあ彼の代替技術は別に持って行っていいよね?」

 

「垣根の代わりになんか興味ない。勝手にしろ」

 

ぷいっと顔を背けて垣根の胴体に顔を(うず)める真守を見て、オッレルスは苦笑する。

 

器が小さいところだって愛しく思えるこの男は、自分のものだ。

自分の神さまという部分以外を全部渡して、垣根帝督の全てをもらったのだから当然である。

 

横から取るなんて冗談を言われるのも嫌だとぷんぷん怒っている真守を見て、垣根は目を丸くする。

 

いつも垣根帝督が独占欲により嫉妬をまき散らしているが、実は真守だってそれなりに独占欲が強い。

食蜂操祈をお姫様抱っこしただけでちょっと機嫌が悪くなるのだ。

それなりではなく、結構重症である。

 

垣根はその事実を目の当たりにして、柔らかく微笑む。

 

かわいい。

 

自分のものは絶対に取られたくないのに、どこへでもふらふらと行ってしまう生粋の猫気質の真守が困ったほどに愛しくて、垣根は真守の頭に手を乗せて優しく撫でる。

 

真守はぴこんっと反応して目を見開いた後、口を尖らせる。

 

「垣根、ずぅっとそばにいて。絶対にどっか行っちゃ嫌だぞ」

 

「当たり前だろ、舐めてんのか」

 

真守は垣根の言葉を聞いて『へへっ』と笑うと、猫のようにすりすりと垣根に頬をすり寄せる。

垣根が自分のことを第一にして想ってくれるのが嬉しいのだ。

そんな真守を見て、神人も大概独占欲が強いな、と呆れながらオッレルスはマニュアルを探していた。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

真守たちの自宅。

その二階のラウンジでは、深城が持ってきた布団の上で打ち止め(ラストオーダー)、林檎、フレメアが仲良く横たわって眠っていた。

その向こうでは深城がソファで眠っており、身長の高いフロイライン=クロイトゥーネは深城の近くでうずくまっていた。

 

「フロイラインちゃん……?」

 

深城は自分の近くで大きい体をぶるぶる震わせているフロイラインに気が付いて、目を(こす)りながら体を起こす。

 

フロイライン=クロイトゥーネは深城の言葉に答えない。

 

フロイライン=クロイトゥーネは、人間のような発想と転換に優れた思考回路をしていない。

 

ただ情報を一つずつイエスかノーの二択で取捨選択をして、それを積み上げてまるで複雑に考え、情緒のある思考をしているように見せかけているだけだ。

 

まるでコンピュータのように、フロイライン=クロイトゥーネは零と一を積み上げて高度な知能を形成している。

 

そんなフロイライン=クロイトゥーネの頭の中で、自身の違和感の正体を探るために『単純思考』が繰り返され、積み上げられていく。

 

そろばんの玉を弾いて複雑な計算をするように。

 

パチパチパチッと鋭い音を立てて組み上がった『単純思考』は、喉の奥で何かが引っかかっている感触と全身に張り巡らされた違和感をこう表現した。

 

足りない。

 

情報が、圧倒的に足りないのだ。

 

だからその情報を補完するために、情報を食らう『機能』をフロイライン=クロイトゥーネは獲得した。

 

この学園都市には、様々な情報が行き交っている。

その中で一番効率が良いのは、情報の密度が濃い媒体だ。

媒体は、ここにもある。

 

自分だけの現実(パーソナルリアリティ)』の情報が詰まったAIM拡散力場を体と認識し、それを一つにまとめ上げている源白深城。

 

一万回以上の死を経験し、今も一つ一つの個体がそれぞれ情報を取得し続けているミサカネットワークの司令塔、打ち止め(ラストオーダー)

 

「でも、嫌だ。わ、たし……そんな……友達って、言ってくれたのに…………」

 

フロイライン=クロイトゥーネは『単純思考』によって成り立っている。

 

だがそこに心がないわけではない。

 

心のように見せかけているものであっても、そこで生まれた感情は、気持ちは。

フロイライン=クロイトゥーネにとって本物だ。

 

だからフロイライン=クロイトゥーネは自身を友達と言ってくれて、一緒に遊んで風呂にも入って、温かい時間を共有した彼女たちを食べたくなんてない。

 

「…………でも、止められない。どうして……なんで……」

 

人間とは全く違う心。それを持っていたとしても、獲得した『機能』を無視できない。

それはフロイライン=クロイトゥーネがそういう生物だからだ。

それを自分の気持ちで抑え込むことはできない。

 

「フロイラインちゃん」

 

フロイラインは深城に声を掛けられて、ぎょろっと目を動かして深城を見た。

深城は、笑っていた。その笑みの意味が分からない。

だが『単純思考』によって折り重なった自分の心が、誰かへの『信頼』による笑みだとフロイラインは理解した。

 

「だいじょぉぶ。真守ちゃんが何とかしてくれるから」

 

深城が笑った瞬間、フロイラインは深城へと飛び掛かった。

 

だがそんなフロイライン=クロイトゥーネは、四肢を空中に固定され、掴み上げられた。

 

フロイライン=クロイトゥーネが『機能』に従って動こうとしても、自身を掴み上げる力を振りほどけない。

 

四肢を繋ぐ骨に力を込めてごぎゅりと折ったとしても、自分を掴み上げるこの力は絡みついて自分を離さない。

 

何が起こっているか分からないフロイライン=クロイトゥーネの後ろに、ひたっと人が近付いた。

 

その人物の意志によってフロイライン=クロイトゥーネは四肢を空中で掴み上げられたままぐりんっと振り返させられる。

 

「はい、あーん」

 

その言葉に反射的に口を開けたフロイライン=クロイトゥーネの口に、スプーンに乗った何かが突っ込まれる。

その何かをぐちゅり、とフロイライン=クロイトゥーネが食べた瞬間、頭に閃光が走った。

フロイライン=クロイトゥーネの意識はそれに釘付けになっていた。

 

朝槻真守が手に持っているホールケーキが入りそうな箱に入れられた、ピンクの脳みそに。

 

「はいはい。次々行くぞ」

 

真守は先程よりも大きく脳みそをスプーンで掬うと、ぱくっとフロイライン=クロイトゥーネに食べさせる。

 

フロイライン=クロイトゥーネは体に力を込めるのをやめた。

ただただ真守から餌付けされる情報に、集中していた。

 

ぺたんと地面に座り込んだフロイライン=クロイトゥーネに真守は次々とフロイライン=クロイトゥーネに必要で、「羽化」の方向性を調整する情報が入った脳みそを(すく)って、食べさせていく。

 

やがて綺麗に最後の一掬(ひとすく)いを食べさせた後、フロイライン=クロイトゥーネに変化が訪れた。

 

ガチリ、と何かが(はま)り。

彼女が取り込んだ情報が、彼女の望む最適な存在へと組み上げていく。

 

フロイライン=クロイトゥーネは、やがて幼い少女の姿を取った。

それが『友達』と一緒にいて、一緒の目線で物事を見たいという彼女の意志だった。

フロイライン=クロイトゥーネの前に膝を降ろして、真守は微笑む。

 

「お前は、どんな()り方だって体現できる存在なんだ」

 

真守は絹のように柔らかい、人間に好まれる感触になったフロイライン=クロイトゥーネの銀髪を撫でながら微笑む。

 

「だから私はそれを少し『調整』しただけ。お前の誰よりも純粋な心が、望まない勝手な『機能』を獲得しないようにしただけだ」

 

真守の言葉の意味が、フロイライン=クロイトゥーネはよく理解できる。

フロイライン=クロイトゥーネという生物は、既に心を獲得しているからだ。

人間と似通っていながらも、フロイライン=クロイトゥーネ独自の心を。

 

「お前がその心を捨てたいと思ったら、捨てられるようにした。どんな存在にもなる事ができるとはそういう事だ、その方が自由でお前の在り方として正しいだろう?」

 

普通の人間からしてみれば、その()り方は大変危険である。

 

何故ならもし人間を滅ぼしたいと考えて心が邪魔だと思ったら、フロイライン=クロイトゥーネはその心を捨てて人々を滅ぼす兵器になれるからだ。

 

それでも朝槻真守はフロイライン=クロイトゥーネがそうしないと知っている。

 

何故ならフロイライン=クロイトゥーネは『羽化』する前の見せかけの心でも、打ち止め(ラストオーダー)やフレメア、林檎。そして源白深城のことを『友達』だと認識していたからだ。

 

誰かを想う素晴らしい心を知ってしまった。

だから誰かを想うことができなくなる非情になりたくないと考えるのは当然だ。

だからフロイライン=クロイトゥーネは人類の敵にならない。

真守にはそれが分かっている。

 

それに万が一人間の敵になったとしても、フロイライン=クロイトゥーネぐらい絶対能力者(レベル6)である自分は止められる。

そんな自信が真守にはあるのだ。

 

「お前が望むなら永遠だってその手に掴み取れる。まあお前は何百年も生きているようだし、そんなもの掴み取らなくてもいいけどな」

 

真守はフロイライン=クロイトゥーネの頬に優しく触れて微笑む。

もう朝槻真守や『友達』を食べたくならないと感じたフロイライン=クロイトゥーネは、目を見開いた。

真守はそんなフロイラインのことを優しく抱きしめる。

 

「大丈夫だぞ、もう苦しく思わなくて大丈夫」

 

真守の優しい声に、フロイラインはひっぐ、としゃくりあげた。

そして大声を上げて泣き始めた。

 

その声を聞いた打ち止め(ラストオーダー)やフレメアが飛び起きて、林檎はマイペースに目をごしごしと(こす)って起き上がる。

 

真守はフロイラインの頭を撫でて抱き寄せて微笑む。

フロイラインは真守の体温を感じて、もっと涙を(こぼ)した。

 

真守が人を慈しむ様子を一緒に帰ってきた垣根は柔らかく見つめており、そんな垣根の隣で深城は優しくにへらっと微笑んだ。

 




一端覧祭の前日に収束しました。
ということは平穏な一端覧祭当日が来るという事で、真守ちゃんは垣根くんたちと楽しくやります。(!)
まあ上条くんは色々と大変なのですが、フロイライン=クロイトゥーネの件については終了です。


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第二八話:〈一端覧祭〉の朝は平穏そのもの

第二八話、投稿します。
次は七月一二日火曜日です。


一端覧祭当日、早朝。

一方通行(アクセラレータ)打ち止め(ラストオーダー)を迎えに真守の自宅に来ており、再び浜面仕上と滝壺理后と鉢合わせた。

一階のホールでインターホンを鳴らすと、昨日はいなかった真守が出た。

 

『上がってくれ』と家主に言われた三人は、ラウンジへと上がる。

 

ラウンジのテーブルでは、打ち止め(ラストオーダー)が杠林檎と一緒にステンレス製のボウルの中身を電動ミキサーでかき混ぜていた。

 

「あ! 昨日ぶり! って、ミサカはミサカはあなたのお迎えに顔を上げてみ、うぉっな、なんでミサカの頭をがっちりホールドしているのって、ミサカはミサカは抗議してみたり!」

 

「絶対に顔上げると思った。お料理中によそ見はダメ」

 

林檎は一方通行(アクセラレータ)が来たことで注意力散漫になるであろう打ち止め(ラストオーダー)を見越して、頭をグッと掴むとステンレス製のボウルの中に入った泡立て中の生クリームへと視界を固定させる。

 

「お手伝いマスターは先読みがすごいかも!! って、ミサカはミサカはおののいてみたり!」

 

「お手伝いマスターってなンだよ……」

 

一方通行(アクセラレータ)が思わず呟いていると、ラウンジのソファに座っていた真守は立ち上がる。

そしてパタパタとスリッパを鳴らして一方通行(アクセラレータ)と、ラウンジの広さに驚愕している浜面へと近づいた。

 

一方通行(アクセラレータ)。浜面、滝壺。昨日は大変だったみたいだな」

 

「オマエのところほどじゃね、ェ……?」

 

一方通行(アクセラレータ)は真守の(ねぎら)いの言葉に顔を上げ、真守を見る。

だがその言葉を途中で止めると、一方通行(アクセラレータ)は目を見開いた。

 

「…………その腰にくっついてンのは?」

 

真守の腰には一〇歳くらいの銀髪幼女が、コアラの子供が親に抱き着くようにしがみついていた。

その少女は(まぎ)れもなく、フロイライン=クロイトゥーネである。

 

「フロイライン=クロイトゥーネっていう子だ」

 

「オマエはどっからそンなにガキをポンポン拾ってくるンだ」

 

一方通行(アクセラレータ)はちらっと杠林檎に目を向けながら、ため息を吐く。

林檎は一方通行(アクセラレータ)に見られている事など気にせずに、打ち止め(ラストオーダー)と仲良く生クリームを泡立てており、打ち止めが自分の顔に飛ばした生クリームをぺろっと舐めていた。

 

「にゃあ、浜面!!」

 

そんな真守たちを他所に浜面のもとへと、テテテーッと走ってフレメア=セイヴェルンが駆け寄る。

その手には、お皿に載った焼き立てのパンケーキを持っていた。

フレメアは深城と一緒にパンケーキを焼いており、林檎と打ち止め(ラストオーダー)はパンケーキにトッピングする生クリームを泡立てていたのだ。

 

「みてみて、浜面! 源白がパンケーキ焼くの手伝ってくれた! にゃあ、良い焼き加減!」

 

「いやいや。それはお前が手伝っただけで、源城さん? が主体になって焼いたんだろ。……確かに、こんがり焼けてておいしそうだけど」

 

浜面は得意気にフレメアが見せてきた、均一に茶色く焼けた美味しそうなパンケーキを見つめて呟く。

真守はそんな浜面に柔らかい笑みを向けた。

 

「浜面も滝壺も食べていったらいい。もちろん一方通行(アクセラレータ)も」

 

「え!? いやいや俺たちまでご相伴(しょうばん)に預かるわけには……!!」

 

「いや。むしろお願いしたい」

 

真守はうきうき気分で四ツ口(よつくち)のガスコンロをフル活用して、ホットケーキを焼いている深城を見た。

 

「あの通り、深城が調子乗っていっぱい作ってるから、食べるのを手伝ってほしいんだ」

 

確かにボウルに残っている生地の量を見ても、浜面や滝壺、そして一方通行(アクセラレータ)が食べても余りそうな勢いだ。

 

「……家庭的な女の子っていいよなあ」

 

そう呟いた浜面の言葉を聞いた滝壺は目を見開き、その後息を荒くしていたので、浜面はよく分からずに首を傾げていた。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

「はいはいはいっ! ミサカは友達みんなで一端覧祭を回りたいって思います! って、ミサカはミサカは高らかに主張してみたり!」

 

打ち止め(ラストオーダー)がガターン! と席を立って右手を上げて主張するので、幼女たち三人と一方通行(アクセラレータ)と一緒にテーブルに座っていた深城はにこっと微笑む。

 

「はーい打ち止め(ラストオーダー)ちゃーん。良い子だから座って食べようねえ。ちゃんと座って食べられたら、一端覧祭の屋台で一つだけなぁんでも買ってあげるから」

 

「え!? 本当!? って、ミサカはミサカはお行儀よく座りながら、おしとやかに朝食を再開してみる!」

 

((やっぱり手慣れてやがる……))

 

即座に自分から着席した打ち止め(ラストオーダー)を見ていた一方通行(アクセラレータ)と浜面は、心の中で思わず同じ感想を呟く。

 

真守の心を開いた深城にとってみれば、素直でちゃんと言い聞かせてやれば話を聞いてくれる小さな少女の扱いなんて容易い。

深城は自分からはぐはぐと朝食を摂り始めた打ち止め(ラストオーダー)を見て、柔らかく微笑む。

 

そんな深城たちをよそに、真守はラウンジの三人掛けのソファに垣根とクロイトゥーネと並んで座っていた。

真守は生クリームに缶詰のフルーツを載っけたパンケーキを一欠けらフォークで持って、クロイトゥーネへと差し出す。

 

「はい、クロイトゥーネ。あーん」

 

「あーむ」

 

クロイトゥーネは真守に食べさせてもらって幸せそうに頬に触れる。

そしてもぐもぐと咀嚼して呑み込むと、ふにゃふにゃと笑った。

 

「とても、おいしいです。あまい」

 

クロイトゥーネは真守に食べさせてもらって幸せを感じて微笑む。

クロイトゥーネは先程真守に『情報』をひとさじずつ食べさせてもらった経験から、真守に食べさせてもらうのが何よりも気に入っているのだ。

 

「良かった。まだまだあるから食べていいぞ」

 

クロイトゥーネがニコニコとしている様子を見て真守が微笑むと、真守の横に座っていた垣根が独占欲と嫉妬からチッと舌打ちをした。

 

(第三位、心狭くね? 相手は幼女だぞ?)

 

垣根を見ながらそう心の中で呟いた浜面はというと、一人掛けのソファに座っている滝壺のそばに寄せたキューブスツールに座っている。

たっぷりラズベリーソースがかかったパンケーキを口にしていた垣根だが、浜面にドン引きされた目で見られているのに気が付いて、浜面を睨んだ。

 

「なんだよ」

 

「イエッなんでもありません!!」

 

浜面は怒れる超能力者(レベル5)が怖くて、ピシィッと背筋を伸ばしながら返事をする。

垣根は浜面を忌々しそうに見つめた後、チッと舌打ちをしてからローテーブルに置かれていた生クリームをパンケーキに追加で掛けて不機嫌に頬張る。

垣根にびくびくしていた浜面だが、そんな浜面にフレメアが後ろから抱き着く。

 

「にゃあ! 浜面早く食べて! そして一端覧祭へれっつごー!!」

 

フレメアが口の(はし)にべったりと生クリームを付けたまま叫ぶと、滝壺がパンケーキと共にフォークまで喰いちぎりそうな勢いでギリギリと噛む。

 

「このガキっ……!!」

 

「滝壺さん!? なんで突然キレてるの!?」

 

浜面がフレメアの口の端についている生クリームをティッシュで(ぬぐ)おうとしていると、滝壺はそれにもっと怒りを(あら)わにする。

 

滝壺が嫉妬心を爆発しているところを見た垣根は、自分も幼女相手に嫉妬を爆発している幼稚さに気が付いて、苦い顔をしながらパンケーキを食べる。

 

人の振り見て我が振り直せ、である。

 

浜面に口を拭いてもらったフレメアは浜面の首筋にもぞもぞと顔を埋め、『にゃあ。ここが大体一番落ち着く』と言っており、それによって滝壺の怒りが怒髪天を衝いたのは、想像に(かた)くない。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

「テメエ、男の着替えを覗く趣味でもあんのか?」

 

垣根はシャワーを浴びて部屋で替えの制服のシャツを手にして着替えていたが、ベランダに降り立った人物に目を向けながら告げる。

 

「いやいや。俺は経験値稼ぎにしか興味がないぜ」

 

カラカラと勝手に窓を開けながら部屋に乗り込んできたのは、雷神トールだ。

 

「別に神人に声掛けに行っても良いんだけどよ、シャワー中の神人に突撃したらお前が怒るだろ?」

 

「当たり前だ、舐めてんのか」

 

野郎で真守の柔肌を見ていいのは自分だけだ。

垣根が制服に洋服ブラシを掛けながら睨むと、トールは肩をすくめた。

 

「フロイライン=クロイトゥーネの件だが、ありゃもうオティヌスの欲しい形をしてない。科学にも魔術にも染まっていない人材が必要だったんだが、ダメだな。色んなもんが歪んじまった」

 

「魔神のなりそこないも言ってたな。はん。ざまあみろ」

 

垣根は一つ嘲笑すると、雷神トールに鋭い視線を向けた。

 

「それでどうするんだ? 魔神はお前にとってこいをさせたんだろ」

 

垣根がズボンを穿いてベルトを締めながら告げると、トールは辺りを気にして見回してから告げる。

 

「俺はオティヌスに愛想が尽きたんだ。だから俺の顔をオッレルスに渡すことにした」

 

「あ? ……そりゃつまり、オッレルスに協力するってことか? そんなのすぐにバレるんじゃねえの?」

 

垣根が怪訝な顔をして問いかけると、雷神トールは周りに全く興味がない無慈悲な神さまを思ってため息を吐いた。

 

「オティヌスは俺に興味ないしな。オッレルスならうまくやるだろ」

 

そーかよ、と垣根は答える。

 

魔神オティヌス。勝敗半々(フィフティフィフティ)に縛られている彼女は、真守に絶対に勝てない。

おそらくオティヌスは神槍を造り上げるまで、真守の前には絶対に出ないだろう。

そんな人間を探してもしょうがない。だから真守は魔神オティヌスのことを率先して迎撃しようとはしない。

 

それに真守は、オッレルスたちのように焦ることなんてしなくていい。

 

オティヌスが神槍グングニルを完成させた時、その時初めてオティヌスは真守と対等に渡り合えるようになるからだ。

 

その時、真守が負けるとは垣根には到底思えない。

何故なら真守は物事の流れが見えている。

それはつまり、未来を予想できるということだ。

そして真守の演算能力を持ってすれば、『樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)』が弾き出すような正確な予測ができるだろう。

 

だからどうやったって、垣根には真守に魔神オティヌスが勝てるとは思えない。

それは真守のそばにいて、真守の万能性と人間性を直に見ている垣根だからこそ、分かる事だ。

 

垣根が真守の事を考えながら着替えをしていると、トールはそんな垣根に声を掛けた。

 

「なあ。気になってたんだがよ。お前は神人と同じステージに上がらなくていいのか?」

 

「それを聞いてお前に何の得があるんだ?」

 

垣根が真守の事を考えながら眉をひそめると、トールは学園都市の技術が珍しいのか磁性制御スピーカーが珍しいのか、興味深そうに見ながら告げる。

 

「俺は自分の『次の成長』をいつだって求めてる。明確な次のステージにいる人間がそばにいたら、自分もそこに到達したいって思うんじゃねえの、って」

 

朝槻真守は、どこからどう見ても『次のステージ』へと上がった。

超能力者(レベル5)が逆立ちしても届かないところへ。

雷神トールは成長することができるはずなのに、今の立場に甘んじている垣根が気になっているのだ。

垣根は雷神トールを見ずに、学校へと行く準備をしながら告げる。

 

「俺は『次のステージ』になんか興味はねえ。そもそも俺の成長方向は真守とは違う」

 

「? どういうことだ?」

 

トールは垣根の言葉の意味が分からなくて、首を傾げる。

 

「そうだな。ここまで来たら説明してやる。少し前、俺は超能力者(レベル5)の成長方向を示したスパコンの演算結果を見たことがあった」

 

垣根はピッと襟元を正しながら、その資料を思い出す。

 

垣根帝督が言っているのは『絶対能力者進化(レベル6シフト)計画』の概要であり、『樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)』が弾きだした演算結果だった。

 

多くの超能力者(レベル5)は頭打ちとなっていたが、朝槻真守、一方通行(アクセラレータ)。そして垣根帝督は成長方向が明確に記されていた。

 

朝槻真守と一方通行(アクセラレータ)は上へと突き抜けた、つまり次のステージへと到達することができるとして、絶対能力者(レベル6)になると予測されていた。

 

そして垣根帝督の場合は、横へと突き抜けた多様性に満ちた成長方向を見せていたのだ。

その多様性に満ちた成長方向によって、垣根帝督は絶対能力者(レベル6)のやろうとしていることを模倣できる。

 

だからこそ垣根帝督は真守や一方通行(アクセラレータ)の次点である『補助候補(サブプラン)』であり、その多様性ゆえに『第一候補(メインプラン)』の朝槻真守を補助する役割を担えるのだ。

 

「今の成長方向でも俺は真守と一緒にいられる。むしろ俺にしかできねえことだってある。だから無理して真守と同じステージに行かなくても良いんだよ。その選択肢を取る意味がねえからな」

 

垣根は袖口を気にしながら、ほおーっと感心していたトールを見た。

 

「なんだよ」

 

「いやいや。ちゃんとした考えがあるんだな。うん。それもいいんじゃねえの。愛のカタチ的にさ」

 

「そりゃどうも」

 

垣根はトールの言葉に適当に答えて、薄い鞄を手にする。

 

「お前はこれからどうせ潜るんだろ。他の『グレムリン』のヤツらはこれからどうするんだ? 裏切るんだから、ヤツらの動向を教えてくれたっていいだろ」

 

垣根が雷神トールにこれからの『グレムリン』の動向を聞くと、トールはあっけらかんと喋った。

 

「俺の顔をしたオッレルスが先導することになるはずだぜ。手土産も持ってるし、どうにかできるって」

 

手土産とは、人造細胞技術についてだ。

あれで雷神トールに(ふん)したオッレルスは、オティヌスにフロイライン=クロイトゥーネの確保失敗を許してもらおうとしているのだろう。

垣根はオッレルスがそのために人造細胞技術を、ひいては自分の力を必要としていた事が気に入らなくて舌打ちする。

 

「これから俺は真守と学生生活ってヤツを楽しむんだ。妙な騒ぎは起こすんじゃねえぞ」

 

「起こさねえよ。起こしたとしても打ち消してくれるヤツとだな」

 

垣根はトールの言い分を聞いて顔をしかめる。

 

「上条当麻は警備員(アンチスキル)に撃たれてICU行きしてるのは知ってるだろ。……まあアイツは体がぐちゃぐちゃになろうが聖人に向かって行ったからな。バカにつける薬はないってわけだ。やりたきゃ勝手にやれ」

 

垣根は後方のアックアに痛めつけられたのに、最終決戦にやってきた上条のことを思い出してため息を()く。

あの男も大概タフで、大概頑固だ。

真守だって上条当麻のことを完璧にコントロールする事は出来ないだろう。

 

(つーか、真守は上条当麻の意志を尊重してるからな。本当に危ねえ時以外は止めないだろ)

 

垣根が真守の事を考えて目を細めていると、雷神トールが手を上げた。

 

「じゃあそういうことでな、神人の(つがい)。せいぜい学生生活楽しめよ」

 

トールは笑いながらベランダに出て、垣根に手を振る。

 

「言われなくてもこっちだって楽しんでんだよ」

 

これから長い時を真守と共にするが、それでも学生でいられるのは一瞬だ。

そのため垣根が噛みつくように告げると、トールは笑った。

 

「さてさて。幻想殺し(イマジンブレイカー)の方はどうなってるかねえ」

 

トールは次の成長を求め、幻想殺し(イマジンブレイカー)という異能を打ち消す右手を持つ少年の事を考える。

 

完全な進化を遂げた人間である神人──朝槻真守にも興味があるが、あれと戦うにはまだまだ経験値が足りない。

 

これからも変わらずに戦いを楽しめると知ったトールは笑い、垣根の部屋のベランダから飛び降りた。

 



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第二九話:〈懸念事項〉ありつつも開幕

第二九話、投稿します。
次は七月一五日金曜日です。


真守はICUから一般病棟に移った、上条当麻の病室を訪れていた。

 

「よしよし。ちゃんと寝てるな」

 

真守はお見舞いの花を花瓶に飾りながら、ベッドに横たわっている上条を見る。

 

「……そりゃこれだけ厳重に監視されたら逃げられないだろ」

 

上条は天井を見上げながら告げる。

 

天井にはびっしりとカブトムシが張り付いて、上条当麻を監視していた。

 

ちなみに病室の扉のドアノブにもカブトムシは張り付いていて、上条が外へと出ようものなら『幻想殺し(イマジンブレイカー)で私に触れれば私は死ぬでしょう』と脅しを掛けていた。

 

カブトムシのネットワークの構築具合から見てそんなことは絶対にありえないのだが、人間というのは物にも感情移入する生き物である。

 

そのため上条は強引に幻想殺し(イマジンブレイカー)でカブトムシを打ち消して、外に出ることができなかった。

 

「ふむ。とりあえず体調は安定したようだな」

 

真守は上条の体をサラッと見て、一つ頷く。

上条はそんな真守を見上げた。

 

「帝兵さん? から聞いたけど、フロイライン=クロイトゥーネの件は本当にありがとな。俺がICUに入ってる間に収束したんだって?」

 

「うん。友達もできて楽しそうにしているよ。一端覧祭が始まったら、私たちの学校に一目散に来るって」

 

自分の()りたい形。

それになれたフロイライン=クロイトゥーネは、本当に楽しそうにしている。

真守はそれが嬉しくて、柔らかく微笑む。

そんな真守に、上条は真剣な表情を向けた。

 

「……バードウェイたちは?」

 

「バードウェイなら聖人たちとまだ学園都市にいる。……って、おいおいちょっと待て。どうして体を起こしてるんだ。まったくもう」

 

真守は体を起こし始めた上条の体に触れて、上条が体を起こすのを手伝う。

上条は自分の事を支えてくれる真守に向けて、決心の瞳を見せた。

 

「バードウェイとは話を付けなきゃならない」

 

「その件については利用されたお前と、利用したバードウェイの問題だからな。私が口出すわけにもいかない」

 

真守はため息をついて、天井にびっしり張り付いているカブトムシの一匹を呼ぶ。

上条当麻は自分の周りの人々を守るためならば、絶対に止まらない。

その事実をよく分かっている真守は、カブトムシを上条の頭に乗せる。

 

「帝兵さん、上条のケアよろしく。本当に危なかったら止めてくれ」

 

カブトムシは、ヘーゼルグリーンの瞳を肯定の意味で動かす。

 

『承りました。上条当麻、私を振り払って行くならば幻想殺し(イマジンブレイカー)に触れてでも止めますからね。その場合、この個体は消滅しますが、第二第三の私があなたを捨て身で止めるでしょう』

 

「嫌だなあその脅し。分かったよう……」

 

上条は頭に乗ったカブトムシから嘘の脅しをされて呟くと、真守が持ってきた学生服を手に取る。

 

「吹寄と小萌先生にはいい感じに言っておくから。無理しちゃダメだぞ」

 

真守は着替えたがっている上条に手を振ると、そのまま部屋から出るために歩く。

 

「朝槻、本当にありがとな。お前には感謝してもしきれねえよ」

 

上条は真守への感謝を告げて微笑む。

真守は上条の笑みを見て、コクッと頷くと目元を柔らかくした。

 

「じゃあな、上条。終わったらちゃんと報告するんだぞ。帝兵さんがいるからって、私に面と向かって何をしたか教えてくれ」

 

真守はひらひらと手を振って、上条の病室から出る。

 

「さて。とりあえずの面倒事は終わったから、一端覧祭に集中しよう」

 

真守が通う学校は真守が超能力者(レベル5)に認定された事で大賑わいなのだ。

それに真守自身もやらなければならない事がたくさんある。

 

(大覇星祭の時みたいに一般開放していないから、魔術師がやってくることもないし。……確かに魔術師が数人まぎれこんでるケド、帝兵さんに監視してもらっているし、大丈夫だろう。──私は楽しもう)

 

何せ、一端覧祭に本格的に参加するのは今年が初めてなのだ。

真守は柔らかく微笑むと、飛んできたカブトムシを抱きしめて学校へと向かった。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

一端覧祭は滞りなく開催し、久しぶりのほのぼの日常がやってきた。

 

「ここがあの人たちの通う学校なんだね、ってミサカはミサカは叫んでみたり!!」

 

打ち止め(ラストオーダー)一方通行(アクセラレータ)の歩行用の補助杖にくっついたまま、ぴょんぴょんと飛び跳ねる。

 

「前に来たことあンだろォが」

 

一方通行(アクセラレータ)が言っているのは九月三○日のことで、あの時は黄泉川愛穂に会うために、教師用の裏口から学校へとやってきていたのだ。

 

「でもでもあの時は先生が使う裏口からだったから、正面から来たことがなかった、ってミサカはミサカは主張してみる」

 

「そォかよ」

 

一方通行(アクセラレータ)は自分が突いている杖に(すが)りつきながら、ぶんぶんと興奮で手を振る打ち止め(ラストオーダー)を見てため息を()く。

 

「……アイツらの学校ねェ」

 

一方通行(アクセラレータ)は何の変哲もない、コンクリートでできた校舎を見上げながら呟く。

 

一方通行(アクセラレータ)は真守に、この学校に入学するように勧められていた。

それでも真守は一方通行のことを考えて、退院してすぐにではなく、ゆっくり準備をすればいいと言ってくれたのだ。

 

だが一方通行(アクセラレータ)はその後すぐに暗部へと落ちた。

そして表向き、長点上機学園に所属している事となった。

 

暗部に落ちなかったら所属していたかもしれない学校。

それを見上げて一方通行は目を細めた。

暗部から抜け出した一方通行(アクセラレータ)は、現在も一応長点上機学園の所属となっている。

 

真守と上条と同じ学校に所属できるならばしたいが、どうにも踏ん切りがつかない。

 

そんな一方通行(アクセラレータ)をよそに、フレメア=セイヴェルンがにゃあにゃあ言いながら打ち止め(ラストオーダー)へと近づいた。

 

「大体、こんなに人が多いのは何でなの?」

 

「ふっふっふ。ここには超能力者(レベル5)第一位が所属しているからなのだ、ってミサカはミサカは解説してみる。だからここが第七学区で一番ホットな場所と言っても過言ではないのだ!」

 

「にゃあ! 大体その上から目線が気に食わないと何度言えば……ッ!」

 

フレメアが得意気に語る打ち止め(ラストオーダー)に怒りを燃やしていると、林檎は垣根にもらったお小遣いで買ったりんご飴を舐めながら二人に近づく。

 

「ケンカ、めっ。ケンカするなら朝槻のところ行こう」

 

林檎が告げると、打ち止め(ラストオーダー)とフレメアは顔を突き合わせながらも林檎の正論に歩き出す。

一方通行(アクセラレータ)は歩き出した幼女三人を見つめて、どうしようもない場違いを感じて遠い目をした。

そんな一方通行へと近づいたのは、真守の心を開いた偉業を持つ源白深城だった。

深城はフロイライン=クロイトゥーネを抱き上げたまま、にへらっと笑う。

 

「だいじょぉぶだよ、一方通行(アクセラレータ)さん。場違いなんて考えなくて。楽しもうよ!」

 

「……面倒なガキィ三人いるのに楽しめるわけねェだろ」

 

「問題ないよ、三人の肩には帝兵さんくっついてるし。どっか行ったらなんとかしてくれるから」

 

一方通行(アクセラレータ)は深城の言葉に、幼女三人がそれぞれ抱えているカブトムシを視界に入れた。

 

「……やっぱりアレってお守用のマスコットキャラクターなンじゃねェの?」

 

深城の隣を歩き、滝壺と浜面を背後に連れて移動していた垣根は一方通行(アクセラレータ)のことを睨む。

ちなみに垣根、一端覧祭なんて面倒なものはサボるに限ると思っている。

そのため真守のいる学校へと、深城たちと一緒に来ているのだ。

 

「お前は前から一体何を勘違いしてやがる。あれは学園都市中を監視するために作ったんだよ。真守をあらゆる脅威から守るためにな」

 

垣根は以前、一方通行(アクセラレータ)にカブトムシを『子供受けする外見』と評価されたことを思い出しながら告げる。

 

「学園都市中……ってそンなにいンのか? 具体的にはどれだけいるンだよ、一匹見たら三○匹はいるアイツかァ?」

 

「ゴキブリと一緒にするんじゃねえよ。…………そういや今どんだけいるんだ? 勝手に自己増殖してるだろうし、分からねえな」

 

「……それで良く離反しねェよな…………」

 

一方通行(アクセラレータ)は意外と大雑把な垣根の一面を見て、思わず呆れる。

 

ちなみにカブトムシは垣根帝督のAIM拡散力場の一部を植え付けられているので、そこそこ自己中心的に動く。

 

そのためちょっと本気で真守の事を翻弄する垣根帝督(オリジナル)を亡き者にしようかと考えることもある。

 

だが垣根帝督(オリジナル)を亡き者にすれば、自分たちが垣根帝督(オリジナル)から守りたい真守が悲しんでしまう。

それは絶対に、一番避けたい。

 

だからカブトムシは真守が抑止力となっており、垣根帝督に服従していた。

つまり朝槻真守がいなければ、カブトムシたちはいずれ反逆していた。

 

所詮、悪党になり切れないチンピラ風情。

それがカブトムシの垣根帝督に対する評価である。

 

保護者一団がほのぼの歩いている中、ちびっ子たちは人が多い校内へと突き進む。

 

幼女三人の話題は、林檎が食べているりんご飴に移っていた。

 

「大体、いつりんご飴買ったの?」

 

「二人がケンカしてる時。なんかスタンプラリーやってた。何これ?」

 

林檎は台紙を渡されて、一つ埋まったスタンプラリーの紙を見つめながら首を傾げる。

 

「ふっふっふー。知らないの? 一端覧祭ではスタンプラリーも開催してるのだ! ってミサカはミサカは懐から台紙を取り出しながら高らかに説明してみる! こういうのを事前に用意しておかなければ、イベントは楽しめないのだよーってミサ」

 

「にゃあにゃあ!! それぐらいなら私も持ってるし!!」

 

フレメアは打ち止め(ラストオーダー)の特徴的な口調を(さえぎ)って、(ふところ)から台紙を取り出して叫ぶ。

 

「屋台だ! 大体、学校の屋台巡りで勝負だ!!」

 

「スタンプラリーは枠を埋めるのだけなら簡単だけど、どんなスタンプで埋め尽くされているかでエレガンスさが変わるのだよ、ってミサカはミサカは解説してみたり。超能力者(レベル5)がやってるたこ焼き屋とかじゃないと、ミサカに勝てるとは思えんなーっ! ってミサカはミサカはあの人のレアさには絶対に勝てないと断言してみたり!」

 

打ち止め(ラストオーダー)の勝利宣言に、フレメアは声を上げる。

 

「にゃあ! こーなったら速攻でそのたこ焼き屋に行ってそのスタンプもらって、デンジャラスレア級のスタンプを全部独占してやる!!」

 

フレメアはそう意気込むと、りんご飴を食べている林檎の手を引っ張って走り出す。

 

「ふにゃははは! デンジャラスレアが最上級だと思っている時点でミサカに勝てるとは到底……待って待って! 話を最後まで聞けってミサカはミサカは……!!」

 

ぴゅーんと去って行く打ち止め(ラストオーダー)たち。

 

その様子を見ていた一方通行(アクセラレータ)は、『行き先分かってるから問題ねェな』と考えて歩いており、深城は興味深そうにあちこち見ているクロイトゥーネに一つずつ丁寧に解説していた。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

「だ、だから。頼まれてもミスコンには出ない」

 

真守はたこ焼き屋の(すみ)っこで人に囲まれていて、困った顔をしていた。

真守の目の前にいるのは、真守たちの学校の隣にある鋭利学園の運営委員だった。

真守はミスコンへの熱い勧誘を受けており、何度も出ないと首を横に振る。

 

「そう言わず! 朝槻さんのクラスメイトの方が水着も用意していますし!」

 

真守は運営委員が取り出した、真守のクラスメイトが用意した水着を見せびらかす。

 

「なんでメイド服っぽい黒ビキニなんだ。これ用意したの絶対に土御門だろう。……というか土御門どこ行った。どこほっつき歩いてサボってるんだ」

 

真守は白いフリフリと黒いリボンががついた、メイド風のビキニを見て顔をしかめる。

真守は一つため息を吐くと、恥ずかしそうに(うつむ)きながら告げた。

 

「こ、……恋人、が嫌がるから、出るのは絶対に無理だ」

 

あれは九月にプライベートプールに行った時。

垣根は知り合いしかいないのに、水着の上にパーカーを着ろと強要してきた。

真守は当然渋った。だって人目がないのにどうして着なければならないのかと。

知り合いだけしかいなくても、垣根は知り合いにすら真守の白い肌を見せたくなかった。

 

あの時、真守と垣根はまだ恋人同士ではなかった。

 

それなのにいま大勢の前で水着姿なんてさらしたら、垣根の怒りによってカブトムシが暴れて一端覧祭を崩壊させるかもしれない。

 

最早この学園都市で、一番の大量破壊兵器を所持していると言っても過言でない垣根帝督。

垣根の事を真守が考えていると、運営委員は(ひらめ)いたようにタブレット端末を動かした。

 

「だ、だったらベストカップルコンテストに出るのはどうですか!? 私たちとしてはそれでもいいですから!!」

 

何としてでも自分の学校に注目が集まって欲しい運営委員は、真守に熱い勧誘を続ける。

 

「べすとかっぷるこんてすと?」

 

真守が首を傾げると、運営委員はコンテスト概要を見せながら熱弁する。

 

「文字通り、カップルの一番を決めるコンテストです!! ミスコンに比べるとあまり人気が出ないんですけれど、朝槻さんが出れば注目度は上がりますし! お願いします!!」

 

「……えー……?」

 

真守は運営委員に腰から直角に頭を下げられて困惑する。

 

ベストカップルコンテスト。

それはつまり、恋人である事を前提として参加する事になる。

恋人同士だとイチャイチャしている様子を公衆に見せて、出場者の中で一番仲が良いと認めてもらうコンテスト。

 

「そんなのミスコンより恥ずかしいだろっ!」

 

真守が叫ぶと、それを聞いていた垣根は不機嫌なまま真守の後ろから声を掛けた。

 

「何が恥ずかしいんだよ」

 

「ひゃっ!?」

 

真守は突然耳元から声を掛けられて、キュウリを背後に置かれた猫のようにびくっと大きく飛び上がる。

 

「か、かきね…………」

 

面倒な人間が現れたと真守が固まっていると、垣根はコンテストに興味を示して運営委員のタブレット端末を見せるように顎で指示する。

運営委員は突然現れた、おそらく真守の恋人である美形に慌てながらも、垣根にタブレット端末を見せた。

 

「優勝賞品は第二二学区の宿泊施設ペアチケットなんです! ここは四季折々の行事を年中無休でやっているところで、今は冬ですから夏祭りや花火が体験できるんですよ!!」

 

運営委員が興味を示した垣根のために、優勝賞品の案内を見せる。

 

「夏祭り?」

 

垣根が反応すると、運営委員はさらさらと説明をする。

 

「はいっ。スクリーンに夜空を映し出して電子処理を施した花火を打ち上げるのですが、学園都市の最新技術によって本物と同じ花火風景を楽しめるんです! それに屋台や川辺を模した空間もあったりと、本格的なんですよ!」

 

「…………浴衣は?」

 

「もちろんレンタルできます! 持ち込みもオーケーです!」

 

垣根が出場を検討しているため、真守はおろおろと焦って垣根の制服の(すそ)を引っ張る。

 

「か、かきね。別にコンテストなんて出なくても私と垣根は通じ合ってるし、そもそも見世物みたいになるの、垣根キライだろ? 嫌だろ? な? な?」

 

垣根は真守が自分に出たくないと(すが)りつく姿を見て考える。

真守ははっきり言って、控えめに言ってもめちゃくちゃかわいい。

一人にしたらナンパが絶えないし、大体の人間は真守に垣根帝督という恋人がいるのを知らない。

 

真守が自分のモノだと公衆に示せるのであれば、ナンパの抑止力にもなる。

しかも優勝賞品も悪くないのだ。

ペア宿泊券という事は真守とどう頑張っても二人きりだし、ちゃんと言えば深城や林檎も着いてきたりしない。

 

しかも浴衣。この冬に夏祭り。

 

実は垣根帝督。真守と夏の初めに会ったのだが、夏に一つやり残したことがあったのだ。

 

真守の浴衣を拝んでいないのである。

 

夏祭りがやっている最中、真守は置き去り(チャイルドエラー)を救う事に専念していた。

それに垣根自身もカブトムシのネットワークを構築している事もあって、真守を夏祭りに誘わなかった。

しかも垣根は別に夏祭りなんて人ごみにわざわざ行かなくていいだろ、と考えていたのだ。

 

恋人となった今だったら、浴衣が見たいと自分が言ったら、真守は絶対に浴衣姿を見せてくれる。

 

だが夏祭りというシチュエーションで、真守の浴衣を拝めるのが一番だ。

 

「出てもいいぜ」

 

「ありがとうございますっ!!」

 

「垣根ぇえええええ!!」

 

垣根の承諾に運営委員は頭を下げ、真守の絶叫が(ほとばし)った。

 

「やだっやだやだやだっ絶対にやだっ!!」

 

真守が垣根にしがみついてぶんぶんと首を横に振ると、垣根は不機嫌そうに片眉を跳ね上げる。

 

「なんで?」

 

「な、なんで!? 恥ずかしいからに決まってるだろ! そ、そんなカップルですって宣言するコンテスト!!」

 

真守が顔を赤くして叫ぶと、垣根はわざと機嫌が悪くなった顔をする。

 

「俺と恋人だって公言するのがお前にとって恥ずかしいことなのか? 俺はお前と真摯に付き合ってるんだけど? じゃあ何か? お前は俺のことを付き合うのに恥ずかしい相手だって思ってんのか?」

 

「か、っかきねのいじわる~~~~っ!!」

 

そんなこと微塵も考えてないし、垣根自身も微塵も感じていないのに垣根が問い詰めてくるので、真守はふにゃふにゃと叫ぶ。

 

「わ、分かってるくせに……そ、そういうイチャイチャを人前でするのが私、すごく苦手だって垣根、分かってるくせにぃ……っ」

 

真守が涙目になって告げると、垣根は真守の腰をぐいっと引き寄せて微笑む。

 

「苦手ってのは克服するのが一番だ。なあ、真守?」

 

「うえぇえええん……っかきねのばかぁっ」

 

真守は大声を出して泣き言を呟く。

 

「……ええっと、朝槻さんすごく嫌がってますけれど……出てくれますか?」

 

「安心しろ、ちゃんと出てやる」

 

垣根は運営委員にそう宣言して、えっぐえっぐとしゃくりあげる真守の前でエントリーを済ませる。

 

「頑張ろうな、真守?」

 

「……頑張るなあ~……っ」

 

真守は垣根に抱き寄せられるので、必死に垣根の胸板をぐいぐい押して離れようとする。

 

その様子を見ていた一方通行(アクセラレータ)はぽそっと呟く。

 

「…………なンだかンだ言って(ほだ)されてンだな……」

 

本当に嫌なら、能力を使ってでも組み伏せばいい。

だが真守はそれをしない。

やっぱり真守も口では色々言っているが、能力を使いたくないと思う程に垣根の事が好きなのだ。

大概ゾッコンだな、と一方通行(アクセラレータ)は真守を見て思わず遠い目をしていた。

 



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第三〇話:〈幸福感情〉で満ち満ちて

第三〇話、投稿します。
次は七月一八日月曜日です。


「………………死にたい……」

 

死ねないけど、と真守は呟きながら、顔を手の平で(おお)う。

 

「いいや、死んでしまうっ恥ずかしくて死んでしまうっ!!」

 

真守は控え室で叫ぶ。

机の上には、ベストカップルコンテストの優勝トロフィーが置かれていた。

これから記念撮影なのだが、化粧を直していいと言われたのでここにいるのだ。

 

「やだぁぁぁこれから街を歩いたら超能力者(レベル5)の恋人持ちの第一位だって思われるんだろぉーいやだぁもぉ嫌だぁ……っ!!」

 

真守はバタバタとソファに寝転がって恥ずかしさに身もだえする。

 

本当に恥ずかしかったのだ。

 

真守が出場するのでベストカップルコンテストは急遽予定を変更して、学園都市の空に浮かぶ飛行船から生配信されていたから尚更だった。

 

まずは彼氏がどのくらい彼女のことを知っているか、というのをクイズにされた。

身長は何センチとか、誕生日はいつだとか。

そんなものは垣根にとっては、鼻で笑っちゃうような問題だった。

 

ちなみに置き去り(チャイルドエラー)で自分の誕生日に無頓着だった真守は自分の正式な誕生日を知らなかったのだが、垣根は既に真守の伯母から教えてもらっていた。

 

冬生まれだとは分かっていたが、一二月八日が正式な誕生日らしい。

 

書庫(バンク)』では既に更新されており、真守が知らないのに垣根が知っているという事態に、会場はおおいに盛り上がった。

 

その後も質問は続き、垣根の快進撃は続いた。

 

真守が身に着けている香水の種類を全部答えたり、真守の好きなブランドはどこかなど、シャンプーまで的確に答えた。

 

一番真守が(こた)えたのは、垣根に大衆の面前で『愛してる』と言われたことだった。

 

ここまで来ると垣根もノリノリで、なんと腰を抱き寄せてキスまでしてきたのだ。

 

顔の良い男が顔の良い女を溺愛していることに会場は大盛り上がり。

しかも顔の良い女があからさまに恥ずかしがっているので、初々しさ満点。

 

ぶっちぎりで一位を取ることなど目に見えていた真守は、すごく恥ずかしくって終始顔が真っ赤だった。

 

少し泣いていたから化粧室を与えられたのだが、恥ずかしさに身もだえして化粧を整えている場合ではない。

 

「なんだよ、情けねえな。大衆の前で×××したわけじゃねえのに」

 

「わあああああもう聞こえない!! 何も聞こえてないからなぁああ!!」

 

真守は耳を塞いでわあわあ叫ぶ。

垣根は真守のその様子を見て、くすっと笑った。

 

(おもしろ)

 

きっとこの少女は何百年経とうが何をしようが、永遠に初々しさ満点で楽しませてくれるのだろう、と垣根は思う。

 

(でも初々しさがなくなって積極的になる真守も見てみたい)

 

垣根の中で新しい欲望が生まれたが、まあなんにせよ向こう一万年くらいは無理だろう。

 

「ほら、真守。もう機嫌直せって、な?」

 

垣根は真守の座っているソファに座り、真守の腰を引き寄せてぎゅっと抱きしめると、ゆっくりと頭を撫でる。

 

「………………ぅー……っ」

 

真守は低く(うな)りながらも垣根に慰められる態勢に入って、ぎゅっと垣根に抱き着く。

イジメようが何しようが、結局真守はぎゅっと抱きしめて誠心誠意、頭を撫でれば大人しくなるのだ。

そして結局許してくれる。朝槻真守とはそういう女だ。

 

「な。俺もちょっとノリに乗っちまってやりすぎた。許してくれるか?」

 

垣根が甘く(ささや)いて頭を撫でると、真守は垣根に抱き着いたまま少し経ってから、尖った口で告げる。

 

「……………………許してやらないこともない」

 

やっぱりこの女、チョロい。

とはいっても真守がチョロい相手は垣根や深城など、身近にいる人間に対してだけなのだ。

垣根は優越感に(ひた)ったまま、ご機嫌に真守の髪の毛を撫でて、後頭部を手で包み込むように撫でる。

 

「………………ん、」

 

真守がスンッと鼻を鳴らしながら胸板に頬をすり寄せるので、垣根は真守のことを優しく抱きしめた。

 

自分より一回りも二回りも小さい体。

脂肪が少ないのに、程よく柔らかな肢体。

確かに息づく温かい命。

 

永遠を共にしたって飽きることのない、優しい心の持ち主。

 

「…………かわいい」

 

垣根が小さく呟くと、真守はきょとっと目を見開いた。

 

「垣根?」

 

「本当に、愛おしい」

 

垣根はむぎゅっと真守のことを抱きしめる。

真守は目を(またた)かせていたが、垣根が何だかこの一瞬をとても奇蹟のように感じているのだと気が付いて、優しく微笑む。

 

「ずぅっと一緒だ。垣根」

 

「分かってる」

 

分かってるけれど。この命が手の中にあるのが、垣根帝督はとても嬉しい。

しかも永遠に一緒にいられるなんて、この上ない幸せだ。

垣根は真守のことを抱き上げると、顔をまっすぐと見つめる。

 

「写真、笑って一緒に撮ってくれるか?」

 

「うん。恥ずかしかったけど、断る理由ないから。いいぞ?」

 

真守は柔らかく微笑んで、垣根の頬に手を添える。

 

それから真守は身だしなみを整えると、垣根と一緒に写真撮影のために作られたアーチの前で写真を撮った。

 

永遠を誓うと言って。

 

花冠を被ってブーケを持って笑う真守のことを抱き上げた垣根は、優しい眼差しで真守のことを一心に見つめていた。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

「ベストカップルコンテスト優勝おめでとぉ~真守ちゃん!!」

 

一端覧祭が一段落した夕方。

真守は主に打ち止め(ラストオーダー)やフレメアのお守を頑張っていた深城と、やっとゆっくり話すことができていた。

 

「ありがとう、深城。でもやっぱりちょっと恥ずかしい」

 

真守は深城に盛大に祝われて、はにかみながら告げる。

打ち止め(ラストオーダー)とフレメアはそれぞれの保護者と共にもう帰路についている。

林檎とクロイトゥーネはと言うと、深城と真守が二人きりになれるように垣根がお守をしてくれている。

 

「ふふっ。真守ちゃんが幸せなの、あたしも嬉しいなあ」

 

深城は真守が焼いたたこ焼きを、はふはふ幸せそうに食べる。

 

普段全くと言っていいほど料理をしない真守だが、別にできないわけではない。

だからたこ焼きくらい手順を覚えれば上手に焼けるのだ。

しかも具材などは全部クラスメイトが用意してくれたため、本当に難しいことではなかった。

 

真守はもぐもぐ幸せそうに食べる深城に微笑みかける。

 

「ちゃんとおいしい?」

 

「すっごくおいしいよぉっ! 真守ちゃん、作ってくれてありがとねえ」

 

真守は深城の言葉に、にへらっと笑う。

 

真守と深城の間には、五パックのたこ焼きが置いてあり、AIM拡散力場を操って熱々状態を維持している。

もちろん垣根や林檎の分も入っている。

 

真守は自分の作ったたこ焼きが嬉しくて口の端にソースをくっつけた深城の口(ぬぐ)いながら微笑む。

 

「私は、とても幸せだよ」

 

「うん? そぉだよね。あたしも真守ちゃんがとぉっても幸せなの、分かってるよっ」

 

深城はベストカップルコンテストで優勝した花冠をそのまま被っている真守が愛おしくて、柔らかく微笑む。

そして優しく穏やかに問いかけた。

 

「何が気になってるのぉ?」

 

真守は深城の問いかけに、小さく頷く。

 

「……オティヌスは、どこに行こうとしているんだろうな」

 

「? オティヌスって……ああ、魔神さんのこと?」

 

深城は真守と垣根がそんな話をしていたと思い出して、首を傾げる。

 

「うん。深城は知ってると思うけど、目的には純粋な願いがあるだろ?」

 

絶対能力者進化(レベル6シフト)計画』に臨んでいた一方通行(アクセラレータ)は、自分のことを世界に受け入れてほしかった。

 

右方のフィアンマは自身の手に世界を救う力があるのならば、救ってみたいと思った。

 

そして垣根帝督が真守に近づいたのは、利用するだけの価値はある憎い学園都市を掌握したかったからだ。

 

強大な力を持って行動していた人々だって、願いがある。

これまでにもたくさんの人々が、自身の純粋な願いのために戦ってきた。

魔神オティヌスは、自身の確率を調整して、踏破して。何がしたいんだろう。

 

「強大な力を持てば、それだけ孤独になる」

 

真守は柔らかい微笑を浮かべる深城に目を向ける。

 

「私にはずっと深城がいた。垣根も一緒にいてくれるって約束してくれた。それで、今は大事な人がたくさんできた。とても幸せだよ。私は神さまになってもしあわせなんだ」

 

真守は幸せそうに、そして寂しそうにしながらも微笑む。

 

「でもオティヌスは人々を恐怖で押さえつけてる。彼女のことを本当に想ってくれる人間はいない。それってとても悲しいことだと思うんだ。普通の人間には……いいや。心を持つ存在には、それは耐えられないと思う」

 

真守は魔神オティヌスのことを考えて、深城の手を取りながら呟く。

 

「オティヌスは、本当は何が欲しいんだろうな」

 

深城は真守の小さな手を優しく握って微笑む。

 

「会ってみて、聞いてみるしかないねえ」

 

「でもあの子は確率を調整するまで私の前に現れないと思う。どうしたって私に負けるってあの子も分かってるからな」

 

朝槻真守は人間として完成されている。対して魔神オティヌスは五○%の確率に縛られている。

どう頑張っても、今は真守の方が有利だ。

そしてオティヌスが五〇%の確率を超えられたとしても、真守に確実に勝てるのかといった話になるわけではない。

 

「そぉか。でもきっと、会う日がやってくると思うよぉ。絶対に」

 

深城はこの世で一番愛おしい存在へと笑いかける。

 

「そこからきっと始められるよ、だいじょぉぶ。だって真守ちゃんは優しいもの。だから絶対にだいじょぉぶ」

 

真守は深城に元気づけられて嬉しくなって微笑む。

 

「うん。ありがとう、深城」

 

「えへへ~。……あ、真守ちゃん。垣根さん来たよぉ!」

 

深城は垣根と手を繋いでいる林檎とクロイトゥーネを見て、声を上げる。

 

「一息ついたか?」

 

垣根は駆け出したクロイトゥーネのことを抱き上げる真守に声を掛ける。

 

「うん。ゆっくり話せたぞ。ありがとう、垣根」

 

真守は頭を撫でてほしそうなクロイトゥーネの頭を、優しく撫でながら微笑む。

 

「ふふっ」

 

「? どうした?」

 

垣根が突然笑った真守に首を傾げていると、真守は垣根と手を繋いでいる林檎を見て微笑む。

 

「さっきの垣根、保育士さんみたいだったな。とてもかっこよかったぞ」

 

真守が幼女二人と手を繋いで歩いてきていた垣根を思い出して微笑むと、垣根はため息を吐く。

 

「まったく。俺はいつからこんなになっちまったんだ」

 

「いいじゃないか。とても良いと思うぞ、垣根」

 

真守はにこにこと笑いながら、クロイトゥーネの頭を撫でる。

林檎はため息をついている垣根を見上げる。

 

「垣根。保育士さんは嫌なの?」

 

「嫌に決まってんだろ。なんで率先してガキの面倒見なくちゃならねえんだ。……自分の子供だったら、もちろん違うけど」

 

真守をお嫁さんとしてもらうならば、そういうこともきちんと考えたい。

垣根がそっぽを向いていると、真守はふにゃっと幸せそうに微笑んだ。

深城はベンチに置いてあったたこ焼きのパックを手に取って微笑む。

 

「垣根さん垣根さん! 真守ちゃんが焼いてくれたたこ焼きあるんだよぉ! アツアツの内に食べよぉ!」

 

「なんだよ、そんな大事なこと早く言えよ」

 

垣根は深城からたこ焼きのパックを受け取る。

 

「吹寄に手伝ってもらったから全部はやってないぞ。生地敷いて具材載っけて、たこ焼きひっくり返しただけだ」

 

真守が大袈裟な深城の言葉に笑っていると、垣根はパックを大事に開けながら告げる。

 

「お前が作ってくれたモンなら何でも嬉しい」

 

真守は垣根の言葉を聞いて、へへっと真守ははにかむように笑う。

 

「そう言ってくれて、すごく嬉しい」

 

「真守ちゃん。私も食べたいです」

 

クロイトゥーネは真守の膝の上で口を尖らせる。

真守はたこ焼きのパックを開けて一つたこ焼きをつまようじに刺すと、クロイトゥーネの前に差し出す。

 

「はい、あーん」

 

「あーむ」

 

すっかり誰かに食べさせてもらうことにハマッたクロイトゥーネに真守が差し出すと、たこ焼きを自分で食べていた垣根がムッと眉をひそめた。

 

「おいひぃです」

 

もぐもぐし嬉しそうに食べるクロイトゥーネを横目に、垣根は口を開けて真守へと顔を近づける。

真守に食べさせてほしいと、態度で示しているのだ。

 

「……はい、垣根。あーん」

 

「ん」

 

真守は恥ずかしくなりながらも、垣根にたこ焼きを食べさせる。

垣根は真守から食べさせてもらうと、柔らかく笑った。

 

「お前の手から食べた方が数倍美味い」

 

「恥ずかしいコト言うなっ。あんまりこういうとこ見せると、バカップルだって思われるだろ?」

 

真守は恥ずかしくなって、周りをちらちらと見ながら告げる。

 

「見せつけてんだよ。つーか俺がお前のこと溺愛してるって、もう知れ渡ってるだろ」

 

「うなああああ思い出させないで恥ずかしいからっ!」

 

真守はクロイトゥーネをぎゅーっと抱きしめながら、先程のコンテストでの恥ずかしさを思い出して身悶えする。

 

垣根はたこ焼きをもぐもぐ食べながら、涙目でたこ焼きをクロイトゥーネに食べさせる真守を見ていた。

 

失ってしまってから、もう二度と自分は手に入れることができないと思っていたもの。

それが、今。目の前にある。

それでも失ってしまったことを忘れているわけではない。

 

真守が自分と恋人になったって、真守も源白深城のことを大事にしている。

 

それと一緒だ。

 

きっと。大切な存在のことを想いながらも幸せになるというのは、こういう事なんだろう。

 

垣根は優しい味がするたこ焼きを食べ終えると、ひょいっとクロイトゥーネを片手で抱き上げた。

 

「帰るぞ、真守」

 

垣根が手を差し出すと、真守は慌てて残っているたこ焼きのパックをビニール袋に片付けて立ち上がる。

そして、きゅっと垣根の手を握った。

 

「帰ろう、垣根」

 

ふにゃっと笑う真守を見て、垣根は思う。

 

帰るべきところがあるのは幸せだ。

かつて自分にはそれがなかったから。

帰る場所を持ちたいなんて、考えることだってしなかった。

 

それでも心のどこかで、自分が本当は帰るべき場所が欲しかったのだと理解できたのは、やっぱりこの少女に会えたからだ。

 

深城がたこ焼きをはふはふ幸せそうに食べている林檎の背中を押して歩き出すのを見届けると、垣根は真守を連れて歩き出す。

 

もちろん、真守の歩調に合わせて。ゆっくりとだ。

 

「とても楽しいな、垣根」

 

柔らかく笑う真守が愛しくて。

 

垣根帝督は柔らかく微笑み。大切な少女たちと共に夕暮れの学園都市を歩き、帰宅した。

 




一端覧祭篇、終了です。
原作と違い、割と平穏な回でした。
この後はオリジナル回を二話挟み、『人的資源』プロジェクトとなりますので、よろしくお願いいたします。


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新約:A Very Merry Unbirthday:Ⅳ篇
第三一話:〈初出来事〉を穏やかに楽しむ


第三一話、投稿します。
次は七月二一日木曜日です。


一端覧祭の振り替え休日。

真守と垣根はベストカップルコンテストの優勝賞品である第二二学区の宿泊施設、『四季折々』へと来ていた。

 

「垣根様ですね。承っております」

 

真守はエントランスでチェックインをしている垣根の横で、辺りを見回す。

 

旅館風の和テイストを大切にした宿泊施設だ。

木造なため、柔らかい茶色の系統でまとめられている。

 

学校に行かなくても平日は制服を着ている真守だが、今日は完全なオフなのでモノトーンコーデである。

黒い肩出しニットにホットパンツ。

そしてデザインとして太ももの横に大きな穴が開いた黒タイツにブーツ。

 

白いコートは室内なので、いそいそと脱いで手に持つ。

そして真守は垣根のことをちらっと盗み見た。

 

本当にかっこいい男の子だ。

目鼻立ちは整っているし、身長が高くてすらっとしてるし、髪の毛も綺麗に整えてある。

 

そんな垣根はラフなタートルネックにニットのカーディガンを羽織り、スキニーとまではいかないが細いチノパンを履いている。

 

ファッションセンスばっちり。自分がどうしたら一番カッコよく見えるか分かっている。

 

宿泊客は真守と垣根をちらちら見る。

 

超能力者(レベル5)カップルだと知れ渡ってしまったわけだが、それを知らなくても真守は超能力者(レベル5)

そしてそばには顔立ちが整っている恋人であろう男。

嫌でも目立つのは仕方がない事だ。

 

(まあでも別に、いつも目立ってるから気にしないけど)

 

真守がそう考えていると、受付が終わって垣根がルームキーを受け取った。

 

「真守、行くぞ」

 

垣根はぽんっと真守の頭に手を置くと、真守と自分の荷物が入ったスーツケースを持って歩き出す。

真守が垣根の横に付くと、垣根はチャリチャリとルームキーを上機嫌に回していた。

 

「……もしかして、垣根と何にもないのに二人きりでどこかに泊まるの、初めてか?」

 

真守が(ひと)(ごと)風に呟くと、垣根は怪訝な表情をした。

 

「あ? ……ああ、そうだな。ロシア行ったりハワイに行ったりしたが、こうやって旅行としてどっかに泊まるのは初めてだな」

 

垣根は真守と出会った七月初旬から記憶を辿って呟く。

 

真守と心と体が通じ合ったのは大覇星祭期間中だ。

しかもあの後すぐに真守は絶対能力者(レベル6)へと進化(シフト)した。

 

真守を取り戻しても第三次世界大戦まで息吐く暇がなかったし、第三次世界大戦が終わってすぐに新入生が動いたりハワイに行ったりしていた。

 

だから一度だってゆっくりと、どこかに行って泊まる事なんてしなかった。

 

「よくもまあこの短期間に色々起きるよな」

 

真守は呆れている垣根の隣を歩きながら首を傾げる。

 

「そうか? 学園都市は大体こんなものだと思うぞ」

 

そんなモンか、と垣根は考えながら、あてがわれた部屋へと入る。

 

「ふぉおお……すごい、イイ感じだ! 旅館って感じ!」

 

真守はザ・旅館といっていいほどの和室を見て顔を輝かせる。

和室の装いを壊さないためにベッドは畳を()しており、その上にはもちろん布団が敷かれている。

一枚の大きな布団に、枕が二つ。

 

真守と垣根はいつも一緒に寝ているので、同じベッドに入る事になっても真守は照れない。

そのため真守は上機嫌でもふっと布団の上に座る。

そして畳ベッドの上をよじよじと歩き、ベッドが面している大きな窓から外のベランダを見た。

 

「おーっ露天風呂もある! でもここには大きなお風呂もあるんだよな。どっちにしようかな。どっちがいいかな?」

 

「どっちも入ればいいだろ」

 

垣根はうきうきしてベッドからベランダに位置する露天風呂を見る真守を見て、柔らかく微笑みながらスーツケースを置き、真守へと近づく。

そして畳ベッドに座ると、目を輝かせている真守に囁きかけた。

 

「露天風呂。一緒に入ろうな?」

 

「! そ、それは嫌だっ!!」

 

真守が自分の体をぎゅっと抱え込みながら叫ぶので、垣根はムッと口を尖らせる。

 

「お前って、なんで風呂だけは嫌がるわけ?」

 

ちゃんと男女の関係もあるし、一緒に寝るし。

それなのに真守はお風呂だけはダメだというのだ。

真守は垣根の疑問に顔を赤らめて、目を()らす。

 

「…………だって明るいし。か、垣根と入ったら心が休まらない……」

 

「なんでだよ」

 

「ど、ドキドキしちゃうからに決まってるだろ!? っ垣根は自分がかっこよくて私がくらくらしちゃうコトを覚えるべき!!」

 

真守が恥ずかしそうに叫ぶと、垣根はにやーッと笑った。

 

「へえ。神サマの目が(くら)むほどの美貌か。やっぱ持つモンは持っといた方が良いな」

 

「ヤメテ意地悪しないで近づかないで……」

 

真守が顔を赤くして告げると、垣根は真守に甘く囁く。

 

「慣れるまで練習な?」

 

「やぁぁああっ嫌だあっ!!」

 

真守が風呂だけは嫌だと逃げようとすると、垣根は手を引っ張って止める。

そして真守のことをぐっとベッドに押し倒して抱きしめる。

 

「うぅっ、垣根のばかぁっ……顔面凶器ぃ」

 

真守はぐいぐい垣根の胸板を押すが、しっかりと自分を抱きしめた垣根はビクともしない。

 

「お前は歩く人間キラーだな」

 

垣根が歩くたびに色々な人を引っかける真守のことをそう呼ぶと、真守が叫んだ。

 

「変なあだ名つけるな!」

 

「お前だって俺の顔に文句つけるんじゃねえ」

 

垣根がガウッと噛みつくと、真守は垣根のことをじぃっと見上げる。

 

「「……」」

 

無言になる二人。

それでも二人共同時にくすっと笑った。

なんだか酷く、この平穏さが愛おしいのだ。

 

「かきね。私、幸せだぞ」

 

真守は垣根にぎゅーっと抱き着いて、胸板に頬をすり寄せながら笑う。

 

「そうか。俺はお前が一緒に風呂に入ってくれれば、もっと幸せになれる」

 

真守は小さくウッと(うめ)く。そして垣根の腕の中で所在(しょざい)なさげにもぞもぞしながら、ぽそっと告げた。

 

「……水着着ていいなら……」

 

「ダメに決まってんだろ、舐めてんのか」

 

風呂に入る以上のことをしているのに、相変わらず初々しい真守。

垣根はムッと口を尖らせると、真守の後頭部を撫でながら頬を寄せる。

 

真守が嫌がろうとも、露天風呂に連れ込んでしまえば済む話なのだ。

それに露天風呂なんて早々入れるモノじゃないから絶対に入りたい。

というか一緒に入る。もう決定である。

 

垣根は上機嫌に笑うと、先に体を起こして真守に手を差し伸べる。

 

「荷物置いたし、昼飯食いに行こうぜ、真守」

 

真守は垣根に起こしてもらいながら、じとーッと垣根を見上げる。

この男の中ではきっと、露天風呂に二人で入る事は既に決定事項なのだ。

だからわざわざ返事を強要してこない。絶対にそうだ。

 

「分かったよ……一緒に入ればいいんだろ……っ?」

 

真守は観念して垣根に手を伸ばす。

すると垣根は真守の手をぐっと引いて、真守を優しく起こして笑う。

 

「良かった、返事聞けた方が嬉しいからな」

 

「うぅーすっごく幸せそうな顔するな……ッ」

 

真守は涙目になりながらも、上機嫌な垣根と手を繋いで外に出た。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

「やっぱり学園都市の再建は早いよな。アックアにやられたところなんてもう元通りだ」

 

真守は垣根と一緒に第二二学区を歩いており、アックアと戦闘があった大橋を通りながら呟く。

 

「暗部にもそういう専門の業者がいるからな。俺も良く世話になった」

 

「垣根は怒ってすぐにものを壊すからなあ」

 

真守は綺麗に修復された大橋から眼下の川を見ながら呟く。

 

真守の自宅を吹き飛ばしたことはないが、垣根は怒ると憂さ晴らしで周りのものを壊すのだ。

しかも干渉力が強すぎるから大体悲惨なことになる。

 

感情で能力のコントロールを失う人間もいるにはいる。

能力に振り回される未成熟な学生に良く見られるが、流石に垣根は絶対にありえない。

そのため本当に憂さ晴らしで能力を使って暴れているのだ。

 

真守がちろっと垣根を見上げると、垣根は仏頂面で呟く。

 

「今年に入って『スクール』のアジトが何度も半壊したのは、大抵お前のせいだけどな」

 

「!? どういうことだ!?」

 

聞き捨てならないと真守が叫ぶと、垣根は真守と繋いでいる手にぎゅっと力を込める。

 

「俺はお前の情報を寄越せって上層部に言われてた」

 

真守は垣根が辛そうにしているので、きょとっと目を開いた。

 

「……そうなのか? だからその(たび)に怒ってたのか?」

 

「ああ。お前の情報を俺が渡さなきゃ、アイツらは他のヤツをお前のそばに寄越すって言ってきた。……あの時はそうするしかなかった。俺はお前に俺以上の『闇』を近づけさせたくなかった」

 

あの時の自分には力がなかった。

そもそもその力を求めるために真守に近づいたのだ。

 

そして、真守を大切にしたいと思うようになった。

真守を失うのが、酷く怖くなった。

だから現状維持をする事を、あの時の垣根帝督は何よりも大切にしていた。

 

この少女と一緒にいたくて。

どうしても、手放したくなくて。

酷く臆病になっていた。

 

「……垣根、」

 

真守は垣根と歩いていたが、ピタッと止まった。

 

「なんだ?」

 

垣根が止まった真守に声を掛けると、真守は頑張って背伸びをして垣根の頬にキスをした。

 

「!」

 

垣根が驚愕(きょうがく)で目を見開いていると、真守は垣根の両手を握って微笑む。

 

「私が知らないところでも、私のコトたくさん守ってくれてありがとう」

 

「………………お前と、一緒にいたかったから」

 

垣根は真守の優しさに触れて言葉を(こぼ)す。

 

「本当に、離したくなかった。俺のそばで日の光が当たる世界で、ずっと笑っていてほしかった」

 

垣根が真守の手を離して真守の頬に手を寄せると、真守はふにゃっと笑った。

 

「大丈夫だぞ、垣根。私と垣根が一緒にいる場所が日の当たるところだ。私は絶対に垣根から離れない。私は垣根を離さない。絶対、絶対にだ」

 

真守は垣根が自分の頬に寄せている手に、自分の手を重ねて微笑む。

 

「だってだいすきな男の子なんだから。絶対に離したくない。ずぅっと一緒だ」

 

垣根は真守の笑みが愛おしくて、柔らかく微笑む。

 

「愛してる、真守」

 

何度伝えても、何度も口にしたくなる。

真守はそんな垣根の気持ちが良く分かって、ふにゃっと微笑む。

 

「私も垣根のコトがだいすきだぞ。本当にだいすきなんだ」

 

垣根は真守が愛おしくて、優しく抱きしめる。

そして猫耳ヘアを崩さないようにすり寄ると、真守はふふっと笑った。

 

「垣根、くすぐったいよ」

 

垣根は優しく頭にキスをして気が済むと、真守の手を引く。

そして昼食を食べるために、レストランへと向かった。

 

「垣根、この道……」

 

道に覚えがあって真守が声を上げると、垣根は柔らかく頷く。

 

「ああ。これから昼飯食べに行く場所、お前と前に一緒に行ったパスタの店だ」

 

「本当かっ?」

 

真守は目を輝かせて問いかける。

 

以前、垣根は真守と第二二学区で真守のサンダルを買うためにデートをした。

その時パスタを嬉しそうに食べている真守が、垣根はとても印象的だった。

だから垣根は今日も昼食はその店にしようと、個室を予約してあるのだ。

 

「あの時初めてパスタ食べたけど、ラビオリがとってもおいしかったの覚えてる。また行けるの嬉しいっ」

 

「本当なら新しいところ開拓しても良かったんだけどな。お前が喜んでくれると思ったから」

 

にぱっと笑みを浮かべて、ご機嫌になっている真守。

垣根は真守が愛おしくて胸が詰まって、その頬にキスをする。

 

「んなっ。外でちゅーはしないでっ」

 

「さっきお前だって俺にしてくれただろ。お返しだ」

 

「……もう」

 

真守は上機嫌な垣根を見て目を細める。

バカップルのように見えるが、まあいいか、と真守は思う。

だって垣根が本当に、とても幸せそうなのだ。

 

だいすきな男の子が自分と一緒に居られて幸せにしている方がいい。絶対に。

真守はふにゃっと笑うと、自分の歩調に合わせてくれる垣根と穏やかに話しながら、目的のレストランへと向かった。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

「ふふっ、おいしいっ。おいしいな、垣根」

 

真守は垣根と一緒にイタリアンレストランに入って、前に頼んだのと同じひき肉が入ったラビオリを頼んでニコニコと食べていた。

 

「そうだな」

 

(個室にして良かった。マジで)

 

とろけた笑みを浮かべて幸せそうに食べる真守の笑みなんて、他人に見せたくない。

そのため垣根は個室を選んだのだが、真守の様子を実際に見て、本当に個室で良かったと思い知らされた。

 

「ほら。これも食え」

 

垣根は取り皿に自分が頼んだ、日替わりのメニューであるボロネーゼを取り分けて真守に渡す。

 

「ありがとう、垣根。垣根にもラビオリ一つあげる」

 

真守は終始ニコニコしたまま幸せそうに食事をする。

 

(はた)から見たら普通の少女だ。

いいや、今だって真守は超能力者(レベル5)第一位として認識されているから、誰も絶対能力者(レベル6)へと進化(シフト)した完璧な存在だとは知らない。

 

だがその小さい体に超常的な力を宿していることは確かだ。

 

何故なら真守は先日オッレルスが垣根の能力を利用しようとした時に、リノリウムの床をありえない形へと捻じ曲げ、それを操って見せた。

 

垣根帝督は能力の性質上、周囲で起こっている事象を読み取ることができる。

そして()()()()()()垣根には、真守があの時世界を自分の意のままに新たな定義で捻じ曲げたと感じることができた。

 

真守は本当に絶対能力者(レベル6)として、完成された人間として有り余る力を持っている。

 

だがやりようによっては垣根帝督も朝槻真守がやった方法を自分の能力で再現できる。

 

未元物質(ダークマター)という能力で絶対能力者(レベル6)の力を再現できる。

だからこそ垣根帝督は『補助候補(サブプラン)』だったのだ。

 

真守の見る世界を一緒に見られるのならば、この能力も使い道はまだまだたくさんある。

 

ご飯を食べてとろけそうな笑みを浮かべている朝槻真守を見て、垣根は小さく自嘲気味に笑った。

 

自分が真守に対して、酷い傾倒(けいとう)をしているのは分かってる。

 

それでも別に良いと思えるほどに、垣根帝督は朝槻真守が大切だった。

 




オリジナル回です。
ついこの間もオリジナル回でしたが、前回のは新約四巻に関する事だったので……。
楽しんでいただけたら幸いです……!


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第三二話:〈不意遭遇〉は幸か不幸か

第三二話、投稿します。
次は七月二四日日曜日です。


真守は垣根と共に、以前にも来たことがあったショッピングモールへと来ていた。

せっかく前と同じパスタ専門店で食事したのだから、ショッピングモールにも行こうと真守が言ったのだ。

ショッピングモール内にはゲームセンターがあり、ゲーセン好きな真守は垣根と共にゲーセンに入り、アーケードゲーム機を順番に見ていく。

 

「ほほう、スキルアタックか。そういえば超能力者(レベル5)として承認されてなかったから、こういうのは避けてたんだよなあ」

 

真守が見ているのはスキルアタッカーと呼ばれる、難易度激高のゲームだ。

能力測定機械を応用したゲームで、対ショック機構を備えたミット型の『標的』に能力を叩きつけ、スコアを叩きだすというゲームである。

 

割とどこのゲーセンにも置いてあるストレス解消マシン。

垣根は真守とと一緒に、『最新バージョンは能力の仕様を前提としています。超能力者(レベル5)解禁! 実地データ収集のご協力、ありがとうございました!』と書かれている一文をつらつらと読む。

 

「嘘くせえ。本当に耐えられるのか? つーか誰がデータ収集に協力したんだよ」

 

垣根は八人しかいない一癖も二癖もある超能力者(レベル5)の中で、極めて奇特なヤツを思い浮かべる。

 

「……御坂美琴、アイツか」

 

垣根はゲーセンが好きで、ストレス解消にこういうゲームを使いそうな能力者を思い浮かべる。

 

「私もやってみよう」

 

真守はいそいそと、先程キャッシュカードから降ろして崩した硬貨を取り出す。

 

「やめとけ。お前は超能力者(レベル5)の出力でやっても筐体(きょうたい)が木っ端みじんになるぞ」

 

「垣根、筐体を壊さずにカンストさせるやり方なんてたくさんあるんだぞ?」

 

真守は当然としてカンストを前提に、一〇〇円硬貨を入れながら微笑む。

 

「……確かにお前なら、耐震補強具引き千切らねえでできるだろうけど」

 

垣根は執拗に強靭にされている、アーケードゲーム機本体と床を繋いでいる耐震補強具に首を傾げながら、片手をポケットに入れる。

誰か耐震補強具を引き千切ったのか。引き千切りそうなのは御坂美琴だが。

垣根が考えている前で、真守は筐体の前に立つと、にっこりと微笑んだ。

 

「えいやっ」

 

真守はかわいらしい声掛けと共に、トンッと柔らかくミット型の『標的』に触れる。

 

その瞬間、ドォン!! と、凄まじい衝撃がミット型の『標的』に駆け抜けた。

 

だがゲーム機は無事だ。

真守はスキルアタックのアーケードゲーム機が壊れないようにミット型の『標的』だけに力が伝わるように衝撃を加えたのだ。

 

ピロリンピロリンピロリーン♪ っと、カンスト表示である『99999』が出る。

 

真守はカンスト表示を見て、ご満悦に『ふふーっ』っと笑う。

 

ゲームとはルールが全てだ。

ルールを遵守(じゅんしゅ)した上でいかにしてカンストを叩きつけるかが、真守にとっては楽しいものである。

 

ご機嫌にスキルアタックのハイスコアの名前に、『通りすがりの第一位』と入力する真守。

垣根は真守がゲームを破綻させずにルールの中で楽しむ真守を見て、心の中で呟く。

 

(かわいい)

 

「あれ。垣根じゃん」

 

「あ?」

 

垣根は穏やかな想いを抱いていたのに、突然名前を呼ばれて振り返った。

 

「ゲ」

 

そこには、垣根と同じ学校の少年少女が私服姿で立っていた。

 

垣根が暗部で働いていると知らない、『表』の学生たち。

学校の制度である特別公休をサボりだと思っているクラスメイトだ。

実は真守と初めて不意の遭遇を果たした時も、彼ら三人と垣根は適当に遊んでいた。

 

垣根はその事を思い出しながら、とても面倒くさそうな顔をする。

 

「あー、垣根が女の子とデートしてるー!」

 

真守は突然声を上げられて、きょとっと目を見開く。

声を上げたのは少女で、その少女の隣に立っていた垣根によくメールを送る男子高校生が笑う。

 

「なんだよー! やっぱり最近目に見えて付き合い悪いって思ってたけど、彼女かよーっ!! しかも超能力者(レベル5)第一位の子じゃんっ! どーやって捕まえたんだよっ!」

 

「うるせえ早くどっか行け」

 

垣根が鬱陶しそうにすると、もう一人の少女が声を上げる。

 

「私、知ってる。垣根ってば鋭利学園のベストカップルコンテストにノリノリで出てた。マジで彼女大事にしてる感じだったし、ぶっちぎりで優勝してたんだよ。しかもめちゃくちゃ幸せそうな顔で写真撮ってた」

 

「それマジ!? 垣根ってそういうコンテスト出るの!?」

 

「垣根が彼女作っただけでも驚きなのにな、うわー意外すぎるっ!!」

 

「うっぜえ」

 

垣根は心底ピリピリした空気を(かも)し出して告げる。

 

それでも彼らが気に入らないからと言って、垣根は誉望を追い詰めるような威圧感を出さない。

 

何故なら彼らは『闇』に関係ない。

青春を謳歌する、蝕んではならない害のない存在だと垣根は感じているのだ。

 

真守は目を(またた)かせる。

だが彼らが垣根にとってある意味特別な存在なのだと気が付いて、目を輝かせた。

 

「か、垣根。垣根」

 

「あ?」

 

真守は鬱陶しそうにしている垣根の服の(すそ)(つか)んで、キラキラとした目で垣根を見上げる。

 

「垣根の友達にちゃんと挨拶させてくれっ」

 

真守が見た事もないほどに目を輝かせている。

新鮮に思えるほどに、きらきらと輝かせている。

 

「……と、友達じゃねえ」

 

垣根が真守の新鮮な反応にあからさまに動揺しながら返答すると、男子高校生が笑った。

 

「あーダメダメ、彼女ちゃん。垣根って絶対にそーいうコト認めないんだぜ?」

 

垣根はその言葉にギンッと男子高校生を睨む。

 

「うるせえ認めるとか認めねえ以前だ。お前らなんて所詮、執拗につきまとってくるだけだろ」

 

「素でそういうコト言うんだよね、このツンデレーっ。せっかく私たちが面倒な女の子たちを遠ざけてるのにさー」

 

「もっとありがたがってほしいね」

 

垣根が本気で舌打ちすると、クラスメイトはいつもの事だと楽しそうにする。

 

(新鮮だ……っ垣根の新鮮な姿だ……っ!!)

 

真守は垣根が普段、学校でどんな態度を取っているのか知らない。

だから今の垣根の態度は、本当に学校でクラスメイトに対して取っている態度なのだ。

真守は垣根の知らない側面を垣間見た事で、いっそう目を輝かせる。

 

「あ、あの……ちょっといいか……?」

 

真守は垣根とぎゅっと手を繋ぐと、自分よりも背が高い彼らを見上げる。

 

「ん? なにー?」

 

三人は優しい表情をして真守を見る。

真守は嬉しくてドキドキしながら、垣根にすり寄る。

 

「私は朝槻真守というんだ。……その、垣根と真剣にお付き合いしてるんだ」

 

真守は垣根の友達に遭遇するのが突然の出来事過ぎて、何を言えばいいか珍しく迷ってしまう。

垣根は珍しく焦っている真守がかわいくて、思わず目を細める。

 

(どうしよう。垣根の友達と遭遇するなんて、流石に想定してなかった。……何を話せばいいんだ)

 

真守は高速で思考を巡らせる。

だがどこから話せばいいか分からない。話したいことがたくさんあるのだ。

真守はそれでも、一番彼らに伝えたい大事なことを口にした。

 

 

「垣根のことが、だいすきなんだ」

 

 

真守の一言によって、場は静まり返る。

ド直球な言葉を聞いて垣根が硬直する中、真守は真剣な表情で告げる。

 

「だから私は垣根と真剣にお付き合いをしているんだ。決して生半可な気持ちじゃない。それだけは絶対に分かって欲しい」

 

真守が少し顔を赤らめながらも宣言すると、胸を矢で射抜かれたような衝撃で固まっていたクラスメイトは震える。

そして、ダムが決壊したかのように垣根に詰め寄った。

 

「お前、こんなすごい真面目でカワイイ子を、どうやって本ッ当に捕まえたんだよっ!!」

 

「真面目ちゃんだ、純情すぎるっちんまいし、超能力者(レベル5)だって知ってたけど、やっぱり映像じゃなくて生でみると全然印象ちがうっ!」

 

「こんな真面目な子捕まえて……ッ垣根、悪い男だ……っ!」

 

きゃあきゃあ声を上げる垣根のクラスメイトたち。

垣根がげんなりしていると、真守は恥ずかしそうにぽっと顔を赤らめながらも、垣根の友人たち(自称)を見上げる。

 

「その。一つ聞きたいことがあるんだ」

 

真守は垣根の同級生という事で、自分よりも年上の彼らに珍しく緊張した様子で声を掛ける。

 

「か、垣根って……学校ではどうなんだ……?」

 

真守が知りたい知りたい知りたいと控えめに目を輝かせているので、垣根の友人(自称)(大体真実)はニヤッと笑う。

 

「いいぜ、話してやる!! 俺も真守ちゃんから垣根の話聞きたいなーっ!」

 

垣根は知人の『真守ちゃん』呼びに鋭く目を細める。

 

「……オイ、テメエ。真守のこと気安く呼ぶんじゃねえ」

 

垣根が低い声を出すと、女子高生は感嘆の声を上げた。

 

「マジで垣根、溺愛してる!!」

 

「真守! 真守だって、下の名前呼びっあの名前を決して呼ばない垣根が!」

 

垣根は何を言っても火に油を注ぐ結果となり、遠い目をする。

真守はというと、先程から垣根の反応が新鮮で楽しくてドキドキしてしまう。

 

(垣根が初期の私に見せてたような顔してる。……本当に彼らは垣根の友達なんだ……っ! 垣根は認めないけど、これは絶対に友達!)

 

真守は興奮した様子で目をキラキラと輝かせている。

 

「だから友達じゃねえんだよ……ッ」

 

真守が考えていることが理解できる垣根は、(うめ)いたあとにそっとため息を()いた。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

ちゃぷちゃぷと、揺れるお湯の表面をアヒルが泳ぐ。

真守はご機嫌に、お湯に浮かべたアヒルの隊列をツンツンと触る。

 

「楽しかった」

 

真守は両手を自分の頬に添えて、ご機嫌ににまにま笑う。

 

あの後真守は垣根のクラスメイトと一緒に垣根を引きずって喫茶店へと入った。

垣根のクラスメイトと話している真守は終始ご機嫌で目を輝かせており、それを聞いていた垣根は終始目が死んでいた。

いつまでも話が終わらないので、垣根は用事があるから帰ると言った。

 

用事と言っても本当だ。

旅館の夏祭りブースがもうすぐ開放される時間だし、ムシャクシャしたからその前に真守と露天風呂で疲れを癒したいと思ったのだ。

 

垣根は気が短い。

それなのに垣根は目を輝かせている真守のために耐えていた。

それが分かった真守はまだまだ喋りたかったが、大体満足したのでニマニマご満悦で垣根の友達(断定)と別れた。

そして現在、真守は()ねている垣根を(なだ)めるために、一緒に露天風呂に入っているのだ。

 

「最悪だった、疲れた」

 

垣根はぶすーっとむくれたまま、真守の事を後ろから抱きしめる。

 

学園都市中をカブトムシで監視している垣根だが、害のない学校の知人までつぶさに監視しているわけではない。

だから彼らが第二二学区に来ている事などもちろん知らない。

 

気を付けようがない最悪の遭遇だったと垣根がため息を()くと、真守はご機嫌に笑う。

 

「垣根、話が聞きたい私のために我慢してくれてありがとう。とっても楽しかった」

 

真守はご機嫌に笑って垣根の腕の中でくるっと回転すると、垣根の頭を優しく撫でる。

 

「垣根、垣根が学校でどうしてるか分かったから……とてもうれしい」

 

真守は垣根へとぎゅっと抱き着いて、ご機嫌にちゃぷんっと湯を揺らす。

 

大層ご機嫌な真守はタオルを体に巻いていない。

というかタオルを巻くと十中八九不機嫌な垣根に、真守はタオルを剥ぎ取られると思った。

 

それに今は垣根の知らない側面を知る事ができて気分が良い。

そのため真守はご機嫌なまま、あれだけ入りたくないと言っていた露天風呂に垣根と一緒に入っているのだ。

 

垣根もタオルを巻いていないため、素肌と素肌が密着するが、機嫌がいい真守は照れる事無くニコニコ笑っていた。

 

「垣根、学校ではそっけないんだな」

 

「……面倒だから適当に相手してるだけだ」

 

垣根は真守の事を抱き寄せながら顔をしかめる。

 

「でも授業はすっごく真面目に受けるからサボりがすっごく目立つんだな。それに加えてなんでもさりげなくソツなくこなすから、男の子からも女の子からもとっても人気なんだな」

 

「知らねえよ。勝手に周りが言ってるだけだ」

 

垣根はじとっと真守を睨んで、真守のふくよかな胸に手を伸ばす。

 

「ん。えっちなことは禁止だぞ」

 

真守は垣根の手を掴むと、自分の頬に添えさせた。

 

「私の方からすり寄ってあげるから。それで許してくれ」

 

真守はご機嫌に垣根にぴとっと抱き着いて、素肌を密着させる。

その拍子(ひょうし)にむにっと真守のふくよかな双丘(そうきゅう)の感触が垣根の体に伝わった。

 

すごく嬉しいけど、気に入らない。

垣根はどっと疲れが押し寄せてきて、露天風呂の(ふち)に寄り掛かる。

 

真守にとってはとても嬉しい偶然だったが、垣根にとっては面倒な事極まりない偶然だった。

垣根は疲れた様子で(ふち)に寄り掛かっており、真守はご機嫌でそんな垣根に寄り添っていた。

ちゃぷちゃぷ湯を揺らしてアヒルで遊ぶ真守が、とても愛おしい。

 

「……覚えとけよ、真守」

 

垣根は浴衣を着て夏祭りに行った後の夜のことをあれこれ考えて、闘志を燃やす。

ここでという方法もあるが、それだと夏祭りに行けなくなる。

 

真守の浴衣が見たい垣根は、ぐっとこらえる。

そんな垣根を、真守はニコニコしたまま見上げた。

 

「あんまり乱暴なコト考えると、友達に言っちゃうからな」

 

「真守」

 

垣根は流石に耐え切れず、ぐいーっと真守の頬をつまむ。

 

「ふふ。いひゃい(いたい)よ、ふぁひね(かきね)

 

いつもなら嫌だ嫌だと抵抗するのに、真守はにまにまと笑ったままだ。

なんとも面白くない。

 

「……ちぇ」

 

垣根は真守の事を腕の中に閉じ込めると、お湯に深く浸かる。

 

「…………すごいね」

 

「あ?」

 

垣根が真守の首筋に顔を(うず)めながら声を上げると、真守は自分を抱きしめている垣根の手に触れる。

 

「垣根、本当にすごい。……学園都市の悪い部分知ってるのに、それを感じさせないほどに学校に溶け込めてて。……誰にも言われないのにちゃんと学校生活してて、それと一緒に暗部でも働いてて。学園都市に牙を剥いて、本当にすごい」

 

真守は垣根に体重を預けながら微笑む。

 

「垣根は本当にすごいよ。なんでもソツなくこなせるんだからな。……私は、教えてもらわなくちゃできなかったから。だからすごい尊敬する。そういうところ、本当にすごいって思ってたけど、今日とても実感した」

 

真守は垣根にすり寄って笑う。

垣根はそんな真守の頬を後ろから優しく撫でて、目を細める。

 

「………………でも、本当に欲しいモノは手に入らなかった」

 

大切な命は、失われた。

学園都市がどうしようもないほどに腐っていると知った。

それから見返そうと頑張った。なんでもやった。自分の有用性が認められるならば。

そうしないと、どうしようもなく。浮かばれなかったからだ。

 

だがそれでも、学園都市は自分の有用性を認めなかった。

第二位。一方通行(アクセラレータ)の下。目の上のたん(こぶ)

自分の方が素晴らしい能力なのに、そんな自分よりも有用性があると認められた一方通行(アクセラレータ)

だから、一方通行(アクセラレータ)が嫌いだった。

 

学園都市も嫌いだ。だが利用する価値だけはある。

どんなに腐っていても、学園都市がこの世界を支配しているから。

 

だから頂点に立ちたかった。それで、報われると思った。

救われると思った。満たされると思った。

 

だがきっと。学園都市を手に入れても、満たされる事はなかったのだろう。

 

本当に欲しいものは。本当に自分を満たしてくれるモノは別にあった。

 

「真守」

 

垣根はどうしようもなく自分を満たしてくれる存在を抱きしめて、目を伏せる。

 

「ん。なんだ、垣根」

 

自分の腕の中。絶対に離したくない存在。

やっと手にする事ができた、愛しい存在。

 

「愛してる」

 

「ふふ。私も垣根のコト、だいすきだぞ」

 

真守は垣根にすり寄って、笑う。

 

「垣根の知らないところが見られて、とても良かった。垣根の良いところをもっと知る事ができた」

 

「…………ああ、そうだな」

 

垣根は真守にキスをする。

真守はキスに応えながら、幸せに目を細めた。

ぎゅっと真守が抱き着くと、湯がちゃぷんっと跳ねる。

アヒルが揺れる中、真守は垣根と幸せな時間を過ごしていた。

 




ずっと垣根くんの学校での姿は考えてたんですけど、今回書けて良かったです。


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第三三話:〈幸福一刻〉を胸にしまい

第三三話、投稿します。
次は七月二七日水曜日です。


露天風呂に入った後。

真守は洗面所で、垣根は部屋で浴衣に着替えていた。

別に一緒に着替えても良かったのだが、それだとお披露目の瞬間がなくなってしまう。

そのため真守と垣根は別の場所で着替えていた。

 

真守は浴衣の帯を確認しながら、鏡に映った自分の姿を見る。

 

白地に爽やかな淡い水色の花が描かれた浴衣で、帯は赤色。

 

浴衣は深城と一緒に選んだ。

白地に黒、というのも良かったのだが、この際だからと色々考えた結果、青を合わせてみたのだ。

 

(よし。私だって教えてもらえばできない事はないから、ばっちり綺麗に着つけられたな)

 

真守は鏡で白いリボンに彩られている猫耳ヘアを確認しながら頷く。

 

(ふふ。垣根の浴衣姿、とても楽しみだな)

 

真守はにへらっと笑って、垣根の浴衣姿を想像する。

 

「垣根。もう着替えた? 出て良いか?」

 

真守が洗面所の閉じられた扉をコンコンッと叩きながら問いかけると、『大丈夫だ』という垣根の声が聞こえてくる。

真守は扉を開けて、ドキドキと胸を高鳴らせたまま外へと出る。

 

「ふぁ……っ」

 

真守は思わず声を上げてしまう。

 

紺色の縦縞(たてしま)しじらという、伝統的な模様が入った浴衣。

それを垣根は無作法にならない程度に、華麗に着崩して着こなしている。

 

真守は低い位置で垣根が髪をくくっている姿が好きだ。

それを知っている垣根は、せっかくだからと髪を結んでいた。

真守が垣根の色気にやられて声を上げると、垣根は帯を確認していたが真守を見た。

 

「かわいい」

 

垣根は真守の浴衣姿を見て、柔らかく微笑んだ。

白地に淡い水色の花。綺麗に映える赤い帯。

真守が深城と一緒に浴衣を選んでいたのは知っていたが、垣根は浴衣がどんなものかあえて聞いていなかった。

いわゆる、後のお楽しみに取っておいたのだ。

 

「こっち来い。もっと良く見せろ」

 

真守は垣根に呼ばれて、トテトテと歩いて垣根の前に立つ。

 

「か、垣根……すごくかっこいいな……なんだかこっちが恥ずかしくなってしまう……っ」

 

真守は顔を赤らめて照れながらも、ふにゃっと微笑む。

垣根はいつものように猫耳ヘアに結びながらも、かわいらしくリボンがつけられた真守の髪を優しく撫でる。

 

「かわいい事言うじゃねえか。お前も良く似合ってる。……本当にかわいい」

 

「ふふ」

 

真守は垣根に絶賛されて、ふにゃっと微笑む。

 

「垣根に似合ってるって言ってもらえてうれしい。ありがとう。垣根もとても良く似合ってるぞ、本当に」

 

真守は垣根に頭を撫でられて、上機嫌に笑う。

垣根はそんな真守をじぃーっと見つめる。

そして、ニヤッと笑った。

 

「祭りの後が楽しみだな」

 

「……! 垣根のえっち、ヘンタイっ」

 

真守は垣根の男女関係を示唆する含み笑いの意味を理解して、顔を赤くする。

垣根はそんな真守が愛らしくて、真守の髪を優しく撫でながら目を細めた。

 

「浴衣着たら定番だろうが。待ちきれなくて花火をバックに野外で、って節操なしもいるくらいだしな」

 

「!!!?」

 

真守は垣根の言葉に硬直して、顔を真っ赤にして口をパクパク動かす。

 

「ほ、本当にそういうコトってあるのか!? 作り話じゃないのっ!?」

 

思わず声が裏返る真守を見て、垣根はじーっと真守を見つめる。

 

「……お前って、本当にそういう事が実際にあるって知らないよな」

 

真守は鉄板的な男女関係事情が全て作り話であり、現実にはそんな破廉恥な輩は絶対にいないと考えている節がある。

ある意味現実と妄想に区別がついているが、世の中ヘンタイは多くいるものである。

 

「ふしだらだ。ふしだらすぎる……作り話と現実は違うんだぞ……」

 

「いやどっちかって言うと、そういう現実があるからそういう妄想に通じてるっつーか……やっぱり初心だな、お前」

 

垣根はくすっと笑って、真守の浴衣が崩れないように優しく抱きしめる。

そして耳元で優しく囁く。

 

「そんな初心なお前には、俺がこれからも優しく丁寧に教えてやるからな?」

 

「なああああやだっ絶対に常識的じゃないこと教えてくる気だろっ!!」

 

真守は垣根の腕の中から出ようと暴れる。

この男、常識が通じないとかさんざん言っているのである。

絶対に常識的じゃないことを教え込まれるに決まってる。

 

(もしかしたら、もう知らない内に教え込まれてるかも……ッ!?)

 

真守はハッと息を呑んで、垣根をギギギーッとゆっくり見上げる。

垣根は真守が何を考えているか分かるので、そんな真守に柔らかく微笑みかける。

 

「安心しろ。高度なプレイはまだまだたくさんあるからな」

 

「いやあああああ深城、深城ぉっ!!」

 

真守は意地悪をしてくる垣根から逃れようと、必死に絶対に自分の味方になってくれる源白深城に助けを求める。

 

『ん? 真守ちゃん、何事も経験だよぉ、頑張って!!』

 

真守は深城が拳を握り締め、笑顔で微笑むのを感じて叫ぶ。

 

「うわあああ頑張れるワケないだろぉっ無理ぃぃぃ!!」

 

源白深城、男女関係については真守にたくさん経験してもらいたいので、鼓舞するだけで守ってくれない。

これまでの経験で分かっていた事だが、真守はそれでも絶対に味方になってくれる深城に、助けてほしいと懇願(こんがん)してしまうのだ。

 

垣根は男女関係に(うと)い真守が慌てふためく様子を見て、くつくつと笑う。

そして柔らかく抱きしめて、真守の温かい命を感じていた。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

この後やりたい放題する、という死刑宣告に近い宣言をされたが、楽しもう。

 

真守はぐすんっと鼻を鳴らしながらも気持ちを切り替えて、ホテルに併設されているドーム内で開催されている夏祭りへとやってきた。

 

「おお……本格的だなあ」

 

真守はスクリーンに、天の川が映し出された空を見上げながら呟く。

 

夏祭りは川沿いをイメージしているらしく、人工の川が作られていて、蛍も飛んでいる。

川の近くには屋台が並んでおり、ちょっとした広場にはやぐらも打ち立てられている。

祭囃子(まつりばやし)の音も聞こえてくるし、気温なども空調設備で整えられているので完全に夏が再現されていた。

 

垣根は真守と手を繋いで歩きながら、周りを見る。

 

「学生の気を引くために奇抜さだけが売りの一端覧祭の屋台とは違うからな。真守、好きなモン食っていいぞ」

 

「本当か? 垣根の許しが出たし、気になるモノ食べようっ」

 

真守は食材に無頓着(むとんちゃく)だ。

元々食事なんてしておらず、本当に必要ならお腹に優しい食事だけを求めていたので、原材料なんて気にも留めていなかった。

 

だから真守は原材料を気にせずに、興味のあるものはなんでも食べようとする。

それでは困る。学園都市の中には変な食材だって多数あるのだ。

 

そのため垣根はどんな食材を使っているか逐一(ちくいち)カブトムシに調べさせており、食べて良いものとダメなものを真守に指示しているのだ。

 

どんなにおいしそうでも、垣根がダメと言えば本当に良くないのだ、と真守は分かっている。

そんな自分の事を考えてくれる垣根から許可が出たので、真守はうきうき気分で何を食べようか辺りを見回す。

 

ちなみに深城も垣根と同じ考えで、本当に良い食材や調味料だけを選んでいたりする。

周りの人々に大事にされている真守は、きょろきょろと辺りを見回して垣根を引っ張る。

 

「垣根、垣根。買い食いもいいけど、ヨーヨー釣りとか的当てとかもしてみたいな。ああいうの一回やってみたいと思ってたんだ。景品を全部取っちゃうのはマズいけど、その場合はお店に返せばいいんだよな?」

 

「そうだな。それでいいんじゃねえの?」

 

垣根はうきうきしている真守がかわいくて笑う。

 

「でもとりあえず俺はかき氷が食いたい。本当に暑いんだな、ここ」

 

外は冬真っ盛りだが、ここは空調設備で夏を表現しているので結構暑いのだ。

 

外に一歩出れば寒暖差にやられて体調を悪くしそうだが、そこら辺は気圧や気温などを色々調節して体に害が出ないようにしている。学園都市の技術サマサマである。

 

「かき氷だな、分かった」

 

真守は垣根と並んで歩いて、かき氷屋のもとへと行く。

 

夏祭りブースに来ている学生は多種多様だ。

恋人同士だったり、同性で来て楽しむ者や、そんな女の子たちを狙うナンパ野郎もいる。

普通の夏祭りと変わらない。

だから顔立ちが整っている美男美女カップルである真守と垣根には、自然と視線が多く集まってくる。

 

(俺がいるから真守にはナンパ野郎も絶対に声を掛けて来ねぇけど。少しでも離れたら俺にも真守にも絶対面倒なのが寄って来る。気を付けないとな)

 

垣根は自分に突き刺さる視線なんて、まったく気にしていない真守を見て目を細める。

 

顔立ちが整っているし、超能力者(レベル5)という確かな立場を持っているため、真守は注目されるのが当たり前で周りの目なんて気にならない。

垣根も自分に注目してくる女の視線を気にしていない。気にするはずがない。

 

だがそれでも、大事な女の子である真守に見惚れた視線が突き刺さるのはやっぱりムカつく。

 

「垣根、垣根は何味が良い?」

 

嫉妬で()ねている垣根なんて知らずに、真守はかき氷屋の前で垣根を見上げる。

 

「んー。レモン」

 

垣根は真守の帯で守られた細い腰に手を添えて、真守の小さな頭に頬を寄せながら答える。

真守は突然垣根が密着してきたので固まる。

そんな真守に、垣根は拗ねた声で(ささや)く。

 

「お前は俺のだからな」

 

「う」

 

真守は突然耳元で甘く切ない声で囁かれて、小さくうめき声を上げる。

 

「れ、レモンとイチゴ味をくれ……っ」

 

真守は何故か垣根が嫉妬を燃え上がらせていると知って、たどたどしくも屋台のおっちゃんに声を掛ける。

 

(ヤバい……なんでか分からないケド、めちゃくちゃ垣根が何かにムカついてる……っあ、後が怖い……っ!)

 

真守はさーっと顔を青くしながらも、垣根がお金を払う姿を見ていた。

 

「か、垣根?」

 

真守はイチゴ味のかき氷を貰ってスプーンでひとさじ(すく)うと、垣根を見上げた。

 

「食べ比べしよう。ほら、あーん」

 

「ん」

 

垣根は真守からかき氷を貰って食べながら、ご機嫌そうに目を細める。

 

(こ、こうやって少しずつ(よろこ)ばせないと後が大変に……ッ!!)

 

真守はドキドキしながら、祭りブースにいる間に頑張って垣根のご機嫌を取ろうと誓った。

 

そんな真守の決意は垣根にバレバレで、垣根は真守がどこまでやれるかニヤッと笑った。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

真守は自分の行きたいところに行きつつも、垣根が楽しめるように最大限気遣って屋台を巡る。

垣根はそんな真守が愛おしくて、時折いつものようにからかいながらも楽しく回っていた。

 

「あ。垣根、花火だ」

 

真守はわた飴がパンパンに入った袋を持った手で、スクリーンの夜空に打ち上がった花火を指差す。

本当に本物と変わらない花火だ。

学園都市の技術はそれほどまでに発達している。

 

「すごい。綺麗だ、本当に本物と変わらないくらい綺麗だなっ」

 

真守は本物と同じように見える学園都市の技術を称賛して、垣根を見上げる。

その瞬間、垣根は真守の(あご)を引いてキスをした。

長いキスの後、真守は周りに人がたくさん普通にいるのを確認した後、顔を真っ赤にして垣根を見上げる。

 

「だ、だから人がたくさん周りにいるのにちゅーするなって言ってるだろ……っどうしてそう簡単にちゅーするんだっ」

 

真守が何度もちゅーちゅー言って抗議すると、垣根は真守の初々しさに笑いながら告げる。

 

「安心しろ。花火の方見てるに決まってるだろ。現に誰も気にしちゃいねえ。それにお前だって人が見てない時は外でキスしてくるくせに。自分のこと棚に上げて言うんじゃねえ」

 

真守は垣根の言い分を聞いて、顔を真っ赤にしてしおしおと項垂(うなだ)れる。

 

「そうだけど……っでもこんな堂々とされると……やっぱり勘弁してくれ……っ」

 

「自分が不意打ちするのはやっぱりいいんだな、お前。まあいいか、カブトムシ(端末)

 

垣根は真守から視線を外して、虚空へと呼びかける。

 

「たんまつ? 帝兵さんがどうしたんだ?」

 

真守が首を傾げると、突然虚空から垣根帝督が自らの能力で造り上げたカブトムシが現れた。

カブトムシは自身の姿を消す能力を搭載している個体もある。

その内の一体なのだろう。

 

『これでよろしいですか?』

 

カブトムシは呆れた様子で、携帯電話を取り出した垣根に何かを送る。

真守はきょとっと目を見開き、垣根の携帯電話を頑張って覗き込む。

画面には、真守がびっくりした表情で目を閉じている垣根と花火をバックにキスしている写真がばっちり写っていた。

 

「なっ」

 

真守が絶句すると、垣根は携帯電話を操作して深城へと送りつける。

 

「な、なんで深城に送るんだよ!」

 

真守が顔を真っ赤にして垣根に(すが)りつくと、垣根は真守にひったくられる前に携帯電話を浴衣の胸元に仕舞う。

 

「源白がお前の写真を欲しがってたから」

 

「ちゅーしてる写真送らなくてもいいだろ!?」

 

真守が動揺して声を上げていると、垣根は真守が可愛らしくてくすっと笑った。

真守は顔を赤くしたまま、そんな垣根をじとーっと見上げる。

 

「……垣根、すっごく楽しいだろ」

 

「ああ。お前がコロコロ表情変えて楽しませてくれるから、すごく楽しい」

 

垣根は真守の頬に手を添えながら微笑む。

この少女は、本当に色々な表情をする。

からかいたくなるのも意地悪したくなるのも、全て真守が愛おしいからだ。

 

これが本当に欲しかったものだと、垣根帝督は考える。

平穏な時間。温かい気持ち。誰かを想う幸せ。

どうしたって、簡単には手に入れられないものだ。

 

それが今、手の内にある。そして永遠に手から(こぼ)れ落ちる事がない。

 

垣根帝督は本当にそれが嬉しかった。

 

「まったくもう、しょうがないな」

 

真守はふにゃっと笑うと、垣根にぎゅっと抱き着く。

 

「私も垣根と一緒にいられて幸せだ。これからもずぅっと一緒にいられるって思うと、本当に幸せだと私も思う」

 

垣根は自分の気持ちを理解してくれる、小さな愛しい少女の事を抱きしめる。

 

「まだまだたくさん垣根と一緒に回りたい。垣根、付き合ってくれるか?」

 

「お前のためならなんだってしてやる。俺もそれが楽しいから」

 

真守は垣根の手を引いて、夏祭りを全力で楽しむ。

 

そして二人きりで甘い幸せで満ちた夜を過ごして、夜が明けて。

 

真守と垣根は、深城と林檎が待つ自宅へと帰った。

 

深城は幸せを表現するかのように満面の笑みを浮かべて真守と垣根を出迎えて、林檎は垣根が買ってきてくれたお土産に目を輝かせる。

 

ぬくもりや帰るところ。

自分が決して手に入れられないと思っていた、だからこそ知らず知らずのうちに渇望(かつぼう)していた温かい場所。

 

垣根はその大切さを噛みしめて、大切な少女と共に再び様々な事が起こる日常へと帰っていった。

 




A Very Merry Unbirthday:Ⅳ篇、終了です。
次は『人的資源』プロジェクト。
超能力者(レベル5)、集合です。


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新約:『人的資源』プロジェクト篇
第三四話:〈友愛猟師〉は狩りをする


第三四話、投稿します。
次は七月三〇日土曜日です。
人的資源プロジェクト篇、開幕。


弓箭猟虎は学舎(まなびや)の園を形成する五つの学校の内の一つ、枝垂桜学園の生徒である。

 

今日は友人にバイオリンを聞いてもらうために、弓箭は学校に残っていた。

バイオリンの音色をバックに、校庭から部活に勤しむ学友の声が聞こえてくる。

 

穏やかな日常だ。

それもこれも朝槻真守がいてくれたからこそ、享受できる幸せだった。

 

「ド変態が出ましたわ!!」

 

穏やかな日常。幸福な時間。

だがそれは、突然悲鳴が響き渡った事で、一気に霧散した。

騒然とする校内。バタバタと足音が響き、とても騒がしくなる。

 

「な、なんでしょう。弓箭様……」

 

「へ、ヘンタイというのは殿方のことでしょうか……?」

 

共にいた友人たちは途端に不安に駆られる。

 

「少しお待ちください」

 

弓箭は友人を落ち着かせると、辺りを見回す。

 

「一体どうしたんですか?」

 

弓箭が訳を知ってそうな一人に声を掛けると、少女は興奮した様子で語る。

 

どうやらラクロス部の更衣室に送りつけられた小さな箱の中から、大道芸人風にHENTAIが携帯電話で盗撮していたらしいのだ。

 

「そ、そんな……っ」

 

「学舎の園の警備網を潜り抜けるなんて……そんなお方が外にはいるんですのっ……!?」

 

顔を真っ青にする友人たち。

 

学舎の園のお嬢様は純粋培養で、外にある寮まで専用の高級バスが出ているほどだ。

そのため学校外を全くと言っていいほど知らない。

 

だからこそ、いつかの弓箭を誘ったクラスメイトの言葉が、『今日は学区外を()()しようと思いますの』という風になるのだ。

 

「大丈夫ですわ、皆様」

 

弓箭はバイオリンを丁寧に片付けると、戦々恐々とする少女たちに笑いかける。

 

あくまで丁寧に、だ。人込みや周囲に溶け込む事ができる弓箭は、自分の内で燃える闘志を隠してにっこりと笑う。

 

「わたくしがそのヘンタイを捕まえてまいりますので。これでも得意なんですよ──獲物を狩るのは」

 

弓箭の冷たい言葉に、純粋培養のお嬢様たちは気が付かずに顔を輝かせる。

 

「頼もしいですわ。弓箭様なら大丈夫ですわね……!」

 

「ですが、弓箭様。へ、ヘンタイ……が相手ですのよ。十分にお気をつけて……!」

 

心配する大切な、かけがえのない友人たち。

弓箭はにっこりと微笑んだ。

だが、その目が完全に笑っていない。既に狩猟人の目である。

 

「はい。わたくし、本当に狩りが得意ですから。ですがあなた方の諫言(かんげん)、胸に刻み込んでおきます」

 

(ハチの巣にする……わたくしのお友達を不安がらせ、ご学友が着替えていらっしゃる場所を盗み見る不届き者……絶対にハチの巣に!!)

 

弓箭猟虎。

書庫(バンク)では未だ無能力者(レベル0)として登録されているが、朝槻真守によって能力を強能力者(レベル3)程度にまで伸ばしてもらった波動操作(ウェイブコンダクター)の使い手。

 

そして幼少期に自分の無価値さを知り、なんとかして価値を作ろうとして狩猟民族の狩りの仕方を身に着けた、凄腕の中近距離特化のスナイパー。

 

弓箭は最愛の少女から貰った大切なホイッスルを手に笑顔を浮かべる。

 

暗部組織が解体され、『スクール』として上層部からの仕事を請け負わなくなった彼女にとって、久しぶりの狩り。

 

流石に枝垂桜学園内に装備は持ってきていないが、学舎の園の各所にはスナイパーとして必要な道具が揃えてある。

 

(久々の狩り……ああ、あまり楽しくなってはいけません。そんな風になってしまえば朝槻さんにはしたないと思われてしまいますわ……)

 

弓箭は自分が一番大切にしている友達一号、朝槻真守のことを想ってにやにやとしてしまう顔を抑えようとする。

 

(でも……変態さんなら少し遊んでもかまいませんわよねえ……?)

 

狩人と化した少女は行動を開始する。

 

まずは相手の正体を知るために、ラクロス部の更衣室に向かうべきである。

狩猟民族の狩りの仕方を覚えている弓箭は、少しだけの痕跡からも人を追うことができる。

しかも今は波動操作(ウェイブコンダクター)という能力が手の内にある。証拠を見つける事は容易い。

 

弓箭は静かに、それでも迅速に歩き出した。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

枝垂桜学園のラクロス部の更衣室に、小さな箱に入れられて学舎の園に侵入した男。

 

それは、上条当麻だった。

 

上条は多角スパイ、土御門元春の手によって学舎の園へと送り込まれたのだ。

 

その目的は精神を破壊して情報を吸い取る力を持つ霊装、『明王の壇』という護摩壇を右手の幻想殺し(イマジンブレイカー)によって破壊するためだ。

 

だがよりにもよって潜入させられたのがラクロス部の更衣室だったので、女の子たちに覗きをしていたと間違われており、絶賛逃亡中だった。

 

掴まったら八つ裂きにされる。

 

お嬢様は男子禁制の花園で純粋培養された大変おしとやかな少女たちが多いが、女子校内には一定数の割合でアマゾネスのように野蛮で獰猛な女の子たちがいる。

 

そんな女子たちを主に怒らせちゃった上条当麻。

(いか)れる女子生徒たちに追われているのに、『明王の壇』を探せるわけがない。

しかも途中でビリビリ中学生こと、御坂美琴に見つかってしまったのだ。

 

慌てて逃げる上条。すると──何故か、黒髪おかっぱの女子中学生が味方になってくれた。

 

おかっぱ頭の中学生は超能力者(レベル5)の食蜂操祈が心理掌握で操っているのだが、食蜂は上条に一々説明しなかった。()()()()()()である。

 

流石の上条当麻も不思議に思いながらもこれ幸いとして、おかっぱ頭の彼女に全面的に援護してもらう事にした。

 

花束に(まぎ)れ込んで運んでもらった上条は、とりあえずおかっぱ頭の少女に学舎の園の地図があるところへと案内してもらった。

花の匂いではなく草の青臭さに包まれた上条が花束から顔を出して案内板を見つめる。

 

「何だこりゃ? 半分以上のブロックが灰色に塗りつぶされているじゃないか」

 

上条の呟きの通り、その案内板は大半が灰色の枠に囲われて塗りつぶされていた。

どこにどんな施設があるかなんて分かったものではない。

これでは案内板として置いておくのも、意味がないほどだった。

 

「そりゃそうよぉ。各校は『学舎の園』を共同運営していると言っても同時にライバル関係でもあるんだからあ。情報の価値を知っている人間なら、校内の詳細な見取り図まで公共ゾーンにポンと置いたりしないわよお」

 

この状況は困ったものだ。

 

『明王の壇』を学舎の園に持ち込んだ梅咲優雅が、護摩壇をどこに設置するかは分からない。

それでもおそらく和風な骨董品があっても目立たない施設や死角に、その人物は『明王の壇』を設置すると上条は睨んでいた。

 

だから和風な骨董品などがあってもおかしくない施設を当たろうと考えていたのだが、どこにどんな施設がどこにあるか分からない以上、その作戦は通じない。

 

いきなり問題にぶち当たってしまった。

 

それでも上条はめげない。何せ学舎の園の少女たちの命運を握っているのだ。

 

「これだと、五つの学校の見取り図が全部いるな。結局、虱潰しに全ての校舎に忍び込むしかないってのか……!?」

 

上条が(うめ)いていると、女子中学生を操っている食蜂操祈は『くすくす』と口に出して笑いながら微笑む。

 

「あらあ? それならやっぱりあなたは御坂さんではなく私と組んだ方が正解力だったかもしれないわねえ」

 

「なに?」

 

「五つの学校の見取り図が欲しいんでしょ? 私なら難しくないしい。……何しろ、この子も含めて全ての学校には私のプリセットを受けた生徒がいるんだから」

 

どうやら食蜂は学舎の園にある五つの学校に、それぞれいつでも操れるように能力を仕込んでいる生徒がいるらしい。

スパイ的な事ができたり、人を操っていたりで色々と大問題なのだが、今ここでその問題について考えている場合ではない。

 

「用意できるなら頼む。多分アンタには理解できないだろうけど『学舎の園』のタイムリミットは……後九〇分もない。できれば今すぐにみんなに避難してもらいたいけど、今の俺はそれを促せるような立場にない」

 

「はいはい信じるわよお。あなたがそうと言ったらそうなんでしょうしぃ」

 

妙に物分かりがいい少女に上条は顔をしかめるが、少し間が開いた後、おかっぱ頭の少女の口を借りて、精神を操る女王は上条に告げる。

 

「今、リモコンで指示を出して回っているから、五分一〇分でみんな地図持って集合すると思うけどお」

 

おかっぱ頭の女子中学生が告げた瞬間、花束を持っていた女子中学生の腕首が撃ち抜かれた。

 

「い!?」

 

パシュン、と何かが撃ち抜かれた音が響く中、上条は花束を持っていられなくなった女子中学生が花束を落としたので、地面へと転げ落ちる。

 

「撃たれた!?」

 

上条が腕を撃ち抜かれた衝撃で倒れたおかっぱ頭の少女の上に、即座に(おお)いかぶさって辺りを警戒していると、女子中学生は痛みを物ともせずに告げた。

 

「弓箭さぁん。分かってるから出てらっしゃぁい。この人は朝槻さんの友人よぉ。いま、朝槻さんと一緒に行動力を発揮してるんだからぁ」

 

「!?」

 

上条が自分の友人の事を知っている第五位と自称する少女に驚いていると、女子中学生は目線で上条を見て落ち着くように(うなが)す。

 

すると、少女の声だけが響いた。

 

『あらあらぁ。わたくしや朝槻さんのことを知っているとはどういうことですかぁ?』

 

声の主は分からない。

上条が何らかの能力なのかと考えていると、女子中学生が口を開いた。

 

「妙な物品が『学舎の園』に送り込まれたの。だからこの人が身を削って侵入力を発揮したのよぉ。上条さん、朝槻さんはいまどこにいるのぉ?」

 

上条は冷や汗を垂らしながらも、毅然としている少女を守りながら叫ぶ。

 

「いま朝槻は垣根と一緒に厄介な機動力を持った魔術師を追ってるんだ! 俺は『明王の壇』を一人で破壊できる! だからこっちに送り込まれたんだ! ただ朝槻と垣根はいまどっかに潜ってて()()()()()()()()()()って言われてて! でも俺は信じてる。だから朝槻に任せてこっちに来たんだ!」

 

弓箭は上条当麻の叫びを聞いて、建物の陰から考える。

能力を使って声だけを届けさせる事が、今の弓箭には容易だ。

だからこそ彼らを視認できるが、彼らは自分を視認できないところで弓箭は一人考える。

 

(あの人、確かに朝槻さんのクラスメイトです。結構な親しさがあったし、垣根さんとも面識があったはず)

 

弓箭は真守の事が大好き(表現控えめ)なので、もちろん真守の交友関係を網羅している。

だが真守の友人だからと言って、少年の全てをすぐに信じるわけにはいかない。

 

何故なら学舎の園へ侵入するならば、ラクロス部の更衣室にわざわざ箱を送りつけなくてもいいはずなのだ。

絶対に悪意がある。一〇〇%。間違いない。

 

だが上条当麻が真守や垣根と共闘しているのであれば、見過ごせるわけがない。

そのため弓箭はとりあえずの方針を決めた。

 

『分かりました。その話はひとまず信じます。ですが妙な動きをしたら一瞬でハチの巣にされることをお忘れなく』

 

「わ、わかった!!」

 

上条が頷いたのを見て、弓箭はスナイパー用の装備を整えた胸を強調した服装で上条とおかっぱ頭の女子中学生に近づく。

 

「弓箭猟虎です。これから共闘するのに血の匂いをされては困ります。手当てしますから手を出してください」

 

弓箭はおかっぱ頭の少女の撃ち抜かれた手を取ると、少女は目を細める。

 

「あなた、噂に聞くより容赦ないのねえ」

 

「……どんな噂か気になるところですが、先に治療しますね」

 

弓箭は冥土帰し(ヘブンキャンセラー)印の軟膏を取り出すと、処置をする。

 

「それで、あなたはどこの誰なのですか?」

 

弓箭が治療をし終わると、少女は手の動作に支障がないか確認してから、横ピースをする。

 

超能力者(レベル5)、食蜂操祈よぉ。よろしくねえ、波動操作(ウェイブコンダクター)の弓箭猟虎さん」

 

「むむぅ。わたくしの能力や直近の事情まで知っているのが気になるところですが、あなたは垣根さんや朝槻さんと同じ超能力者(レベル5)ですし、常盤台には知り合いがいますし……いますし……いいでしょう。行きますよ!」

 

弓箭は女子中学生の事を抱き起こしながら、安堵している上条にビシッと指を突きつける。

 

「ただし! わたくしのご学友を翻弄した罪は償ってもらいますからね!!」

 

「だからそれ俺のせいじゃねえんだようっ土御門のせいなんだようっっ!!」

 

上条はこの件が終わったら警備員(アンチスキル)に連行されるのか戦々恐々しながら、『土御門のヤツ、何でもできる女子な朝槻を学舎の園に寄越してくれれば良かったのに……追跡するのに機動力が必要だからって……なんで俺がぁ……』とぶつぶつ呟く。

 

こうして『スクール』弓箭猟虎、食蜂操祈(おかっぱ頭の女子中学生を操った状態)、上条当麻は『明王の壇』を探すために協力することになった。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

弓箭たちは度重なる上条の罪状を積み重ねつつも、『明王の壇』がありそうな白羽社交応援会へとやってきていた。

 

白羽社交応援会とは学生主導の非公式サロンで、メンバーは二〇人前後。

 

弓道の自主練集団みたいなものだが、実態は金融取引を軸とした大企業へのコネ作りのために動いている連中だ。

 

「『明王の壇』……どこだ? この建物の中にあるはずなんだ。梅咲優雅はここに送りつけた! 護摩壇とかいう火を焚くための道具。どこにあるかさえ分かれば、右手一本で壊せるはずなのに!」

 

弓箭は純和風に整えられた白羽社交応援会の建物内の痕跡を辿る。

 

「純和風の骨董品として扱われているものが、学舎の園の荷物搬入ゲートからここに送られていますしぃ。そういうものがあるにはあると思いますけど……」

 

弓箭は狩猟民族の狩猟術を使って辺りを見回しながら呟く。

するとおかっぱ頭の少女が目に浮かべた星をキラキラさせたまま、首を傾げた。

 

「探し物は見つかる気配力ありそうなわけぇ?」

 

「絶対にここで見つけなくちゃならない! 壊す事自体は簡単なんだ、壊すこと自体は。でもリミットまでになんとかしないと、『学舎の園』が丸ごと壊滅しちまう。それだけは絶対に避けなくちゃ……」

 

弓箭は本気で焦っている上条を見つめて、小首を傾げた。

 

「……何か、おかしくないですか?」

 

「え?」

 

上条が声を上げると、弓箭の言葉に食蜂も頷く。

 

「ええ、おかしいわねえ。影も形もない。尻尾の先も見つからない。……これって精神絡みの能力を持ってしまった私特有の弊害かもしれないけれどぉ、私だったらまず与えられた情報を疑うわねえ」

 

「いえいえ。食蜂さんだけではないですよ。だって、何でもできる朝槻さんと万能の塊である垣根さんがこんな簡単なことで手こずると思えないですし。そもそもその連絡してきた人ってどうしてここまでほったらかしにしているんですか?」

 

弓箭が真っ当な疑問を浮かべると、上条は顔をしかめる。

 

「しかも、どうして朝槻さんと垣根さんに絶対に連絡を取ってはダメだと念押ししたんですかぁ?」

 

弓箭の問いかけに上条は沈黙する。

確かに、あの用意周到な土御門らしくないという感じはあった。

それでもまさか、と思っていた上条は、ふと学園都市の空に浮かんでいる飛行船に目が行った。

 

『第七学区で火災のニュース。学生寮の一室が半焼。死亡したのは一名、同室を利用していた土御門舞夏さんと確認。事件、事故の両面から調査を開始』

 

そのニュースを見て、上条当麻は固まる。

土御門舞夏とは土御門元春が大事にしている義理の妹のことだ。

彼女が、死んだ。

そのニュースがやっている。

 

アレを、兄である土御門元春が知らないとは思えない。

 

「何が……どう、なっているんだ……?」

 

上条が呆然としていると、同じく飛行船を見上げていたおかっぱ頭の少女が呟く。

 

「だからあ。例えばあ、適当な口実力であなたを『学舎の園』っていう檻に閉じ込めてから、学園都市で何かやらかそうとしているとかあ?」

 

上条は思考が上手く定まらない。

とりあえず、現状を知るために、上条は学舎の園から脱出する事を目的として動き始めた。

 




『人的資源』プロジェクト始まりました。
弓箭ちゃんが生きているという事は……と考えた結果こういった内容になったのですが、書いているのが想像以上に楽しかったです。


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第三五話:〈状況把握〉と不測の事態

第三五話、投稿します。
次は八月二日火曜日です。


垣根はキッチンで、自分のコーヒーと真守のために砂糖たっぷりのミルクコーヒーを作っていた。

だがカブトムシのネットワークにアクセスがあったので、胡乱げな瞳でカブトムシを呼んだ。

 

「弓箭か。どうした?」

 

『実は不可解な事が起こりまして……』

 

垣根は目を細めて、カブトムシから語られる弓箭の話に耳を傾ける。

もちろんその内容は、学舎の園で弓箭猟虎が上条当麻と共闘した話だった。

 

「で。上条はどうしてる?」

 

『食蜂操祈に手助けされて、学舎の園から出ようとしている最中です。わたくしは別口で正面から堂々と出て、今こうして垣根さんと連絡を取っています』

 

「分かった。俺も真守も何もされてねえから安心しろ。それに土御門の事は把握してる。お前はとりあえず待機してろ。情報が整理できたらまたカブトムシ(端末)で連絡する」

 

垣根がそう告げると、弓箭は即座に頷いた。

 

(土御門のヤツ……上条当麻をどうにかするっつってたが、『学舎の園』に送ったのか)

 

実は垣根帝督、カブトムシを学舎の園内にも秘密裏に配置しているため、上条当麻が怒れる女子に追いかけられているのを高みの見物していた。

 

それでも手を出さなかったのは弓箭に言った通り、既に土御門元春と話をつけていたからだ。

 

土御門にとって、垣根帝督は同類である。

何故なら土御門元春にとって、義妹である土御門舞夏はかけがえのない存在だ。

それは垣根帝督にとっての朝槻真守と同じなのだ。

 

大切な存在のためならば、全てを台無しにしてもどうでもいいという共通認識がある。

だからこそ二人は同類であり、垣根はそれが気に食わないのだ。

 

土御門は垣根に全てを話しても、自分と同類故に上条当麻のように自分を止める事はないと確信していた。

確かに全てを包み隠さず話した理由には、垣根がカブトムシで独自の情報網を構築して学園都市を監視している、という理由もある。

だが、やはり同類だからという信頼を寄せている意味合いが強い。

 

ある意味絶対的な信頼から、土御門は垣根に全てを話したのだ。

 

これから、自分は土御門舞夏のために復讐を始める、と。

 

現在学園都市上空に位置する飛行船では『土御門舞夏が火事で死亡した』というニュースが表示されている。

だが実際には土御門舞夏は死んでいない。

 

土御門元春が彼女の死を偽装しただけであり、彼女は今頃自身の所属する学校に不可解な命令をされて建物の清掃でも行っているのだと言う。

 

だが土御門元春が妹の死を偽装しなければ、土御門舞夏は殺されていた。

 

その原因となったのは、『人的資源(アジテートハレーション)』プロジェクトを調査している際に激化していった情報戦のせいだ。

 

結果的に、土御門元春は土御門舞夏の死を偽装することで、本当に失う危機を回避できた。

だがそれで済む話ではない。

愛する存在の命が狙われるだけで、はらわたが煮えくり返る。

大切な存在の命が狙われた時点で、復讐する権利は当然として生まれるのだ。

 

実質的に誰にも穢すことができなくても、全ての脅威から朝槻真守を守ると誓っている垣根帝督にも、土御門の気持ちは痛いほど分かる。

 

土御門元春は、もう止まらない。止まりたくない。

だから善意を持って自分の存在を救ってくれる上条当麻が、土御門元春は邪魔だった。

そのため土御門は上条を学舎の園に送り込んだのだ。

 

(話してきたのがついさっき。アイツは以前から事を進めてたようだし、終わるのは時間の問題だろ)

 

垣根は一応カブトムシのネットワークから土御門元春の動向を探りながら、自宅内を歩く。

 

垣根は真守にこの事態を知らせていない。

真守も真守で土御門のことを想って動くからだ。

垣根帝督が説得すれば真守は止まるが、できれば余計な心配を掛けさせたくない。

 

全てが終わった後に伝えればいい。そう思っている。

 

本当に心底ムカつく人間だが、あれでも真守にとって大事な存在である。

それに土御門元春は過去、朝槻真守に大切なことを教えてくれたのだ。

 

あれは真守が超能力者(レベル5)に認定されて、それによって真守をずっと探していたマクレーン家が真守の前に姿を見せた時だ。

 

いきなり現れた家族というものに、真守は困惑していた。

そんな真守に、家族というものがどういうものか教えたのが土御門元春だった。

 

(死にそうになったら助けてやる。まあアイツは死なねえと思うけどな)

 

本当に大切な存在なら、生き抜いて守るべきなのだ。

だから死ぬなんてありえない。道半ばで息絶えるなんて許されない。

 

(……俺も随分と丸くなったもんだ)

 

垣根は自嘲気味に笑いながら、真守と自分の飲み物と軽くつまめるものをお盆に載せて、真守のもとへと行く。

 

(しかし雲川芹亜か。なんで真守の学校に統括理事会のメンバーのブレインがいるんだよ)

 

垣根はチッと舌打ちをしながらも、この際入手できた新事実にどう対処するか考えながら、真守がいる部屋へと入る。

 

垣根がノックをして入った部屋には、大量の機材が所狭しと並んでいた。

それらは全て、純白によって彩られていた。

当然だ。何故なら全てを垣根帝督が未元物質(ダークマター)で造り上げたのだからだ。

 

そんな部屋の中でも一際(ひときわ)目立っているのは、部屋の中心に置かれた横置きタイプの培養槽だった。

 

その中には六、七歳程度の中性的な人間が培養液に浮かんでいた。

 

「真守」

 

垣根が呼ぶと、培養槽の前でぺたんと座り、愛おしそうに人造人間を見ていた真守が振り返った。

 

「垣根」

 

真守が立ち上がろうとすると垣根は手で制し、真守の横に未元物質(ダークマター)でできた純白のテーブルを生み出した。

この部屋は未元物質(ダークマター)で満たされている。

そのため垣根の意思一つであらゆるものが生み出せるのだ。

 

垣根はテーブルの上にお盆を載せると、真守の隣にクッションを造り上げてその上に座り、真守にミルクコーヒーを差し出した。

 

「ありがとう、垣根」

 

真守は垣根からミルクコーヒーを受け取り、熱をふぅふぅ息で冷ましてから、ゆっくりと飲む。

 

「あまい。おいしいっ」

 

真守がふにゃっと笑う姿を見て垣根は目を細め、自分も淹れたてのコーヒーを飲む。

 

「垣根は甘いコーヒーを作るのが本当に上手いな。コーヒーなんて苦くて飲めなかったのに、垣根のはすごくおいしく飲める」

 

真守はこくこくとコーヒーを飲んで、そして不思議そうに微笑む。

 

「深城だって同じレシピで作ってくれてるのに、何故か垣根の方がおいしく感じるんだよな」

 

「源白には源白の癖があるんだろ。紅茶と同じで、コーヒーも淹れ方の好みが出るからな」

 

「確かに機械が淹れてるわけじゃないからな。そこら辺がきっと真心というものなんだな、きっと」

 

真守は垣根と話をしながら、視線を培養槽の中で眠っている人造人間へと目を向ける。

 

この人造人間には、明確に魂と呼ばれる生命エネルギーの塊が宿っていない。

そうしてもらうために、真守は垣根にちょっと頑張ってもらったのだ。

 

この体は真守のことを神として必要とし、この世界へと生まれ落ちることを望んでいる『彼ら』のために垣根に造ってもらった試作品だ。

 

朝槻真守は神さまとなるべく生まれた。

それをアレイスターが絶対能力者(レベル6)として色々加工や調整を加えたのだ。

だが加工されたとしても、朝槻真守の事を神として必要とする存在が真守を必要としているのは変わりない。

 

真守も神さまとして、彼らを放っておくことはできない。

だから未元物質(ダークマター)という能力を身に宿した時から、真守と出会う事が運命づけられていた垣根帝督に、『彼ら』の体を作ってもらったのだ。

 

普段の垣根帝督ならば、誰かに利用されることなどまっぴらごめんだ。

だが朝槻真守であれば話が違う。

 

この愛しい存在が神さまとしても人としても、自分の全てを欲しているのがたまらなく嬉しい。

真守が神さまとして必要とする誰かが、自分で良かった。

だってそうなればこの少女はどうしたって自分から離れることができないのだ。

 

一つでも繋ぎ留める要素が自分にあって良かったと、垣根帝督は思って小さく笑った。

 

「そういえばクロイトゥーネのコトなんだが」

 

真守がそう切り出したので、垣根はコーヒーに口を付ける前に声を上げた。

 

「あ? あいつには専用のカブトムシ(端末)くれてやったから問題ないぜ。どこにいるか分かってる」

 

「うん。私も帝兵さんに確認したからそれは知ってる。垣根はやっぱり優しいなって言いたかったんだ」

 

垣根は真守の柔らかな言葉に顔をしかめて、コーヒーを飲む。

 

フロイライン=クロイトゥーネは学園都市中を彷徨(さまよ)っている事が多い。

真守は彼女に必要な情報を入力したが、学園都市の情報を全て入力したわけではないため、クロイトゥーネは様々な事に興味津々なのだ。

 

だからこそクロイトゥーネは学園都市中をうろうろしていて、帰ってこない事が多い。

 

真守が良く心配してカブトムシに確認しているので、垣根はクロイトゥーネが前から欲しがっていた専用の抱き枕式のカブトムシをくれてやったのだ。

 

それを知った真守は垣根が本当に優しいと今一度実感した。だから口を開いたのだ。

 

打ち止め(ラストオーダー)にもフレメアにも帝兵さんを渡していたし、最近の垣根は器が少しでっかくなったな」

 

「うるせえ。最初から小さくねえって言ってるだろ」

 

垣根はじろっと真守を睨む。

ほっぺでも摘まもうと思ったが、その時タイミング良く垣根の携帯電話が鳴った。

相手は誉望万化。垣根は怪訝な表情をして電話に出る。

 

〈垣根さん。大丈夫ですか?!〉

 

垣根は妙に焦っている誉望の言葉に顔をしかめる。

 

「あ? 何も問題ねえよ。どうした?」

 

〈『人的資源(アジテートハレーション)』プロジェクトの情報を送ろうと思ったら、カブトムシが――〉

 

垣根は誉望がそこまで告げた瞬間、異変に気が付いた。

カブトムシのネットワークが、断裂している。

先程まで繋がっていたのに、ふっつりと途切れているのだ。

 

そんな中、異変がもう一つ起きた。

 

垣根を見上げていた真守の瞳からふっと光が消えて、ぐらっと大きく揺れたのだ。

 

「真守!?」

 

垣根が大声を上げた時には、真守は既にその手からマグカップを取り落とし、培養槽へとなだれ込むように倒れた。

 

垣根は慌てて真守の顔を見るが、ゾッと怖気だった。

真守の目は見開かれたまま、機械のように停止しているのだ。

そこに、確かな生が感じられない。

 

ただただ白い未元物質(ダークマター)で満たされた床に、真守が取り落としたマグカップからコーヒーの海が広がっていく。

 

垣根の脳裏に、ロシアでの出来事が蘇った。

右方のフィアンマに心臓を貫かれた真守。あの時、真守は機械のように停止した。

その時のように、真守が機能を停止している。

 

何が起こっているか分からない。どうすればいいか分からない。

 

もう動かないからだ。

もう笑いかけてくれないかお。

そして、もう動かないくち。

 

古いトラウマさえ刺激された垣根は上手く息ができない。

そこにドタドタと走る音が聞こえてきた。

そしてばたーんと勢いよく扉が開かれる。

 

「垣根。深城が突然倒れた。帝兵さんもガギガギ言った後ヘンなの。……垣根?」

 

林檎は垣根が呆然としているのに気が付いて、目を見開く。

 

「垣根。落ち着いて」

 

林檎はカブトムシを握っていたが、柔らかく宙へと放って垣根を抱きしめた。

カブトムシは林檎の手から離れて宙で翅を振るわせて、停止している。

 

「大丈夫。大丈夫だよ、垣根」

 

林檎に抱きしめられて、垣根はひりつく喉を動かした。

 

「……カブトムシ(端末)。ネットワークに何が起こった」

 

『AIM拡散力場経由でハッキングを受け、一部のカブトムシの制御権を奪取された模様。現在ネットワークを切断。全ての個体をスタンドアローン状態へと移行。搭載済みの思考ルーチンに基づいて原因究明中』

 

垣根は防衛のためにネットワークの接続を切った事で、人工知能じみた言葉を発するカブトムシの現状報告を聞く。

 

「……AIM拡散力場か」

 

垣根はゆっくりと息をして、自分の事を抱きしめている林檎の小さい腕に触れる。

 

AIM拡散力場経由でハッキングを受けた。

それは『敵』がAIM拡散力場を自在に操れるという事だ。

 

源白深城はAIM拡散力場を自身の体だと認識している。

AIM拡散力場を操られて最初に不調が出るのは源白深城だ。

だから彼女は林檎の前で気絶したのだろう。

 

そして真守は、源白深城と密接に繋がりを持っている。

しかも真守はアレイスターにその万能性を危険視されて、あらゆる『枷』が嵌められている。

 

光を掲げる者(ルシフェル)』という役割も、その一つだ。

 

そして以前に緋鷹が言っていたが、真守は学生たちの間で広まっている都市伝説でAIM拡散力場の方向性を操り、その力を意図的に抑えられている。

 

おそらく、今回『敵』は真守の万能性を危惧して、AIM拡散力場の枷を応用したのだろう。

だから真守は『敵』の思惑通りに無力化されて、機能停止に(おちい)った。

そう推測できる。

 

垣根は鈍い頭を振って、思考を巡らせる。

 

「学園都市の統括理事会のメンバーなら、真守の枷の存在を知ってる。……つーことは土御門の野郎が追ってる『人的資源(アジテートハレーション)』プロジェクトに関係があると見て良さそうだな……って、あ」

 

垣根は誉望からの携帯電話を放っておいた事に気が付いて、声を上げた。

 

「誉望、カブトムシがハッキング受けてるのはこっちでも確認した。すぐにお前が調べてた『人的資源(アジテートハレーション)』プロジェクトについての資料をこっちに持ってきてくれ」

 

〈分かりました。……その、垣根さん〉

 

「なんだ?」

 

垣根が息を吐きながら答えると、誉望は心配そうな声を出した。

 

〈あまり無理しないでくださいね。垣根さんは万能ですけど、一人じゃないんですから。弓箭にも心理定規(メジャーハート)さんにもこちらから連絡しておきます〉

 

誉望は言い辛そうにしながらも自分の気持ちを告げて、逃げるようにピッと電話を切る。

垣根は自分のことをなんだかんだ言って、自分を支えようとしてくれている誉望の存在に目を細める。

 

「垣根、よかったね」

 

林檎が優しく垣根の頭を撫でる。垣根はそれで肩の力がやっと抜けた。

 

カブトムシ(端末)。今お前の『意思』はどうなってる?」

 

垣根が問いかけると、新たな個体が開け放たれた扉から数体やってきた。

 

『すみません。安全を期して第二学区の「施設(サナトリウム)」の個体に落としましたので、到着が遅くなりました』

 

中心にいるカブトムシは、先程林檎が連れてきたカブトムシとは違い、確かな意思──心が感じられた。

 

『この個体がいまの私です。ですから私が消失すれば、私は私を保てなくなります』

 

垣根が造り上げた人造生命体であるカブトムシは、全ての個体が一つの意志によって統率されており、各個体は人工知能程度の思考ルーチンしか持たない。

 

それはつまり、カブトムシの個体には自我と唯一性が与えられていないのだ。

 

一つずつに個性を持たせなかったのは、唯一無二を大事とする真守がカブトムシの一体を破壊されても心を痛めないためと、いつでも個体のアップデートや破棄をしやすくするためだ。

 

だからカブトムシのネットワークは、ミサカネットワークとは似て非なるネットワークを形成していると言える。

 

カブトムシ一体も妹達(シスターズ)の一人も、人間でいうところの脳細胞の一つに過ぎない。

だがカブトムシは替えの利く脳細胞で、妹達は替えの利かない存在という事だ。

 

替えの利かない存在と言っても、妹達(シスターズ)は最後の一体が消失するまでそこに在り続ける。

そしてそれはカブトムシも一緒だ。最後の一体が消失するまでそこに在り続けることができるが、その最後の一体が消失すれば終わりである。

 

現在、カブトムシはハッキングを受けたため、自己判断でネットワークを断絶させた。だから垣根との繋がりがふっつりと突然切れたのだ。

 

そして脳細胞の一つ一つをバラバラにした時、そこに宿っていた『意思』を宿す個体が必要となる。

 

その避難先がいま垣根と話しているカブトムシであり、このカブトムシがいなくなれば本当にカブトムシは死んだことになる。

 

「林檎。そのカブトムシが帝兵さんだ。分かったか?」

 

垣根が林檎の目を見て告げると、林檎はこくっと頷いた。

そして守れるように、カブトムシのそばにぴっとりと寄り添った。

 

『林檎、安心してください。簡単にはやられませんし、壊される前に避難先はきちんと造ります』

 

「でもそしたら帝兵さんが痛いでしょ。私が守ってあげる。私にもその力はある。誉望にたくさん教わってるんだから」

 

林檎がぎゅっとカブトムシを抱きしめながら決意すると、帝兵さんは林檎の腕の中に収まる。

 

『スクール』の面々の力を借りて、事態収拾に動かなければ。

そうでなければ真守がいつまでも動けないままだ。

垣根がそう思った時、ごぼごぼとくぐもった声が聞こえてきた。

 

 

『むぐう。わたしの体がじゃまで培養槽のふたが開かない……』

 

 

垣根は突然、培養槽の中から聞こえてきたくぐもった声に硬直する。

 

そしてゆっくりと培養槽内の人造人間へと目を向けると、命が宿っていない空っぽなはずの人造人間が動いていた。

 

そしてその小さな手のひらで培養槽の蓋を開こうとドンドン押すが、真守が培養槽の蓋にもたれかかっているので、どう頑張ったって蓋が開かない。

 

『かきね。わたしの体をどけてくれー』

 

垣根は慌てて機能停止をしたように動かない真守の体を優しく退けて、培養槽の蓋を開ける。

すると中から人造人間の試作品が真守のようにちょこちょこと動き、培養槽から出ようとする。

 

「うわっ」

 

だが足が上手く動かずに、人造人間は床に足を付けた瞬間、つるっと滑ってしまう。

垣根がその人造人間を片手で受け止めると、人造人間はふにゃっと笑った。

 

「かきね、ありがとう」

 

その笑みは、朝槻真守そのものだ。

どこからどう見ても。だから垣根は驚愕していたが、ゆっくりと口を動かして確認を取った。

 

「…………お前、……真守か…………?」

 

垣根が何が起こっているか理解できないが、ぐったりして機能停止している真守の体を見てから、目の前の人造人間を見つめた。

垣根の視線を受けて、()()()()()大きく頷く。

 

「信じられないかもしれないけど、わたしは(まぎ)れもなくあさつきまもりだ。表向きはれべるふぁいぶ第一位ぎあほいーる。本当はれべるしっくすにしふとしたあさつきまもり!」

 

魂が入っていない空っぽの人造人間。

それなのに人造人間が朝槻真守として動くという事は、たった一つの事実を指し示していた。

垣根は普通ならありえないその事実に目を見開く。

 

そんな中、真守は証明だと言わんばかりに能力を解放した。

 

ぴょこっと蒼閃光(そうせんこう)でできた猫耳と尻尾を現出させて、尻尾の先から蒼閃光を(ほとばし)らせて、源流エネルギーの球体を生み出した。

 

自分は紛れもなく、本物である事を垣根に示すために。

 

「わたしにかせは認識できないようになってたから、こんなふうにつかわれるとは考えられなかった。対策がひつようだけど、なにはともあれこのからだで動けるのがさいわいだ。……でもやっぱり不安はのこる。それでもこのからだで動くしかないぞ、かきね!」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()は、素っ裸のまま猫耳をぴょこぴょこ、尻尾をふらふらとさせて舌ったらずで告げる。

 

何がどうしてこうなったのか、垣根はいまいち分からない。

だがそれでも一つだけわかるのは。

チビ真守が誕生したことだけだった。

 




お気づきの方もいるかもしれませんが、ロシア篇でもちらっと出てきたことを真守ちゃんは再びやりました。


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第三六話:〈万能生物〉は語る

第三六話、投稿します。
次は八月五日金曜日です。


真守は林檎が持ってきてくれたバスタオルを被りながら、ぺたぺたと体を触る。

 

「むぅ。からだを未分化でとめてるから、色々とかんかくがヘンだな。まあそのうち慣れるだろ、うん」

 

真守は自分を納得させようとしているが、やっぱり気に入らないのかぶつぶつ呟く。

 

「でも感覚がおかしいとのうりょくに影響が……かきね。ちょっとわたし用にかいぞうしてもいいか? これ、しさくひんだし。こんなことがあった以上、わたしもひなん先をよういしていた方がいいからな」

 

「…………別に、いいけどよ……何がどういう絡繰りになってるか教えてくれ。お前の元の体はどうしたんだよ」

 

垣根は自分の仮の体を確認している真守から目を離して、自分の腕の中で機能を停止したようにくたっとなっている真守の本体を見つめる。

 

ちなみに真守にタオルを持ってきてくれた林檎は、帝兵さんと別室で待機している。

垣根も理解できない事態が林檎に分かるわけないからだ。

 

真守は蒼閃光(そうせんこう)で造り上げた猫耳と尻尾を出して、体を調整し始めながら告げる。

 

「たましいとは生命えねるぎーのかたまりだ。そしてわたしはえねるぎーを操れるのうりょくしゃだったが、そこかられべるしっくすにしふとした。だから自分のたましいをじゆうに扱えるんだ」

 

「つまりお前は、自分の魂をその体に移したって事か?」

 

「うん、そういうことだ。そのからだは今からっぽだが、だれかが他の生命エネルギーを注入すればうごく……ということにはならない。ソレはわたし用にちょうせいされた体だから、ほかの人間の魂がかっちりとハマることはないぞ」

 

『まあその前に誰かが生命エネルギーを注入するなんてできないからな!』と真守はちょっと得意気に告げる。

 

魂というのは、高密度な生命エネルギーの塊だ。

だが魂に安易に触れる事はできない。

魔力を生命エネルギーから精製している魔術師にだって、それは無理な話だ。

 

だが真守は元々エネルギーを自在に操ることができる能力者だった。

そこから完成された人間、絶対能力者(レベル6)へと進化(シフト)した。

絶対能力者(レベル6)は神と同等程度の位置にいる。だからこそ生命の神秘である魂を操れるのは当然だ。

 

というか真守を神として必要としている者たちは、真守によって魂を形作ってもらい、この世界へ降ろしてもらいたいのだ。

 

元々真守は神さまとして魂を操る術を持っている。

だったらそれを自分に使うことなんて、造作もない。

 

「わたしはかんせいされてる存在だからな。できないことはだいたいない」

 

真守はうんうんと何度も頷き、得意気に語る。

 

「いまのわたしの本体はAIMかくさんりきば経由で、たえず情報をおくりこまれている状態なんだ。だから処理のうりょくがそっちに割かれてしまっている。でもたましいは問題ない。だから丁度このからだが空だったからつかわせてもらったんだ。なんともつごうのよい事態だったな」

 

真守は慎重に自分の体をぺたぺたと触って、垣根に造ってもらった体を調整し続けながら告げる。

 

「右方のふぃあんまの精神こうげきから逃れたときよりもかんたんだったぞ。あれはまっさらな世界へとわたしの魂をたいひさせていたからな」

 

ロシアで右方のフィアンマに捕まった時。

真守は色々と試しでフィアンマに精神汚染的な魔術を使われたのだが、真守が魂を待避させたことで、それらが効かなかったのだ。

 

真守は簡単だと語るが、魂の概念を理解していない垣根にとってみれば、自己の存在を確立しながら他の肉体に意識や魂を移せるというのはびっくりな話だ。

 

「ちなみにこのからだには本体がきのう停止するまえにまるっと脳のでんき信号まっぷを書きこんだから、わたしの記憶はちゃんとあるぞ。えっへん」

 

絶対能力者(レベル6)として朝槻真守は万能性を有していた。

そして避難先の空っぽの体を垣根帝督が偶然用意していたからこそ、真守は今こうやって垣根と喋ることができるのだ。

 

そうじゃなかったら真守は事態が収束するまで機能停止したままで、垣根帝督は終始焦っている状態だった。

 

垣根がほっと安堵して真守の小さい体をバスタオルごと抱き上げると、真守は「お」と声を上げる。

そして眉を八の字にして、切なそうな顔をした。

 

「……かきね、いやになったか?」

 

「あ? なんでだ?」

 

垣根が自分の腕の中で、少しずつ真守の造形に近づいている様子を興味深そうに見つめていると、真守が不安そうな顔をした。

 

「わたしがきかく外じみてて、いやになったかと聞いてるんだ。……わたしの万能せいが目にみえてしまっているから」

 

真守は自分が絶対能力者(レベル6)としての力を振るう度に、垣根がどう思うか気になるのだ。

垣根は真守のことを見つめて、柔らかく目を細める。

 

「お前がどんなになったってそばにいるって、俺は言った」

 

垣根は、不安そうにヘーゼルグリーンの瞳を揺らしている真守の事を抱き寄せながら呟く。

 

「それにお前が不安になるのは俺の事をきちんと考えてるからだろ。それだけ想ってくれれば十分だ」

 

真守は垣根の言葉にほっと安堵して、ふにゃっと笑う。

 

「かきねはむよくだけど、わたしに関してはどんよくだからな」

 

「ああ、そうだ。決まってんだろ」

 

真守は即答した垣根を見て、小さく頷く。

 

「さて。はなしはこれくらいにして動かないとな。かといってていへいさんのねっとわーくが死んでいるいま、何がげんいんなのか手当たりしだいに探っていくしかないけど」

 

真守が今後の方針を口にした瞬間、垣根が横たわらせていた真守の本体のポケットから、着信の音が響いた。

垣根が真守の服のポケットから取り出すと、そこには『上条当麻』と表示されていた。

 

「上条当麻。いま学舎の園から出たのか?」

 

〈垣根か!? 何が起こってるかさっぱりなんだけど、学舎の園を脱出してケータイの電源を入れたら、非通知のメールで土御門が第三学区にいるって来たんだ! これってどういうことだ!?〉

 

「非通知のメールだと?」

 

垣根は上条の焦りに満ちた言葉を聞きながら、顔をしかめる。

 

(タイミングが良すぎるな。……今回の件に関係しているヤツの策略に違いねえ)

 

「第三学区のどこだ?」

 

垣根が問いかけると、上条はメールに書かれていたビルの名前を口にする。

垣根はそれを聞いて、自身の携帯電話で地図を開いた。

 

「ただの高層ビルってことになってるが……この感じだと重役が隠れてそうだな。土御門は『人的資源(アジテートハレーション)』プロジェクトについて調べてるっつってた。俺の方でも、もうすぐそのプロジェクトの全貌が分かる。罠の可能性があるからお前はそこに行くんじゃねえ」

 

垣根が注意すると、上条は慎重な声で告げる。

 

〈……罠でもとりあえず行ってみる。俺には右手があるし、これまでもそれでなんとかやってきた。そういえば朝槻はどうしたんだ? 朝槻の電話に掛けたんだけど……〉

 

上条当麻は止めても聞かないところがある。

垣根はチッと舌打ちをしながらも、上条当麻なら大丈夫だろうと考えて告げる。

 

「こっちも攻撃を受けた」

 

〈なんだって!?〉

 

突然声が大きくなった上条の声量に、垣根は顔をしかめながら告げる。

 

「安心しろ、真守は無事だ。気にするな。──いいか。下手な選択肢は取るんじゃねえぞ。いま俺のカブトムシ(端末)は使えない。何かあってもフォローできないからな」

 

〈分かった。ありがとう、垣根〉

 

垣根は上条との連絡を終えて、真守を見た。

真守は上条と連絡を取っていた垣根を、警戒心を強めて見上げていた。

 

今の真守はAIM拡散力場経由で攻撃を仕掛けられている状態だ。

別個体で行動できるといってもその能力は大幅に制限されているし、運動性能だってよくない。

 

「お前は俺が守るから」

 

垣根は真っ白な髪の毛で(おお)われた真守の頭を撫でる。

 

「それに誉望が情報を持ってきてくれる。弓箭も心理定規(メジャーハート)もいるし、八乙女だっている。それと帝兵にもスタンドアローンのカブトムシを呼んで事態収拾にあたるように言ってある」

 

真守は垣根に元気づけられていると知って頷くと、キッと視線を鋭くする。

 

「わかった、かきね。でもわたしもこんな体だけど力になれる。ちょっとだけかもしれないけど、それでもそのちからが役立つこともあるからな」

 

真守が強く主張する中、垣根は真守の体にバスタオルをちゃんと巻いてやる。

 

「まずはお前の服をどうにかしなくちゃな」

 

垣根はそう呟くと、真守を連れて部屋から出て行動を開始した。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

人的資源(アジテートハレーション)』プロジェクト。

 

学園都市の先端技術研究開発の阻害要因になりえるヒーローという不確定因子。

そんなヒーローは突発的・偶発的に出現し、圧倒的不利をたった一手でひっくり返す特異性を持っている。

そのため通常戦力・手段の積み重ねで殺害する事は極めて難しい。

 

そんなヒーローは必ず弱者を守ろうとして立ち上がることが多く、統計学的に未成熟な女性を守ろうと動く。

このヒーローが守るべき存在を『庇護対象』と命名する。

 

この庇護対象となるべき人材を()()()()()()()()()、偶発的・突発的に出現するヒーローにヒーローをぶつける。

そうすれば共倒れすることはおろか、別のヒーローへの干渉でさえ引き起こすことができる。

 

それが『人的資源(アジテートハレーション)』プロジェクトの全貌だ。

 

人工的に造り出す必要がある庇護対象。

それに選ばれたのは、フレメア=セイヴェルンだ。

 

〇九三○事件が起きた事で、学園都市を倒さんと動き出した武装無能力集団(スキルアウト)における予備実験。

 

そして『新入生』を用いた本実験にて、フレメア=セイヴェルンを庇護対象として造り上げる目途が立った。

 

彼女を「捕獲」し、激突させたいヒーローとヒーローの前に置けば、そのヒーローたちはフレメア=セイヴェルンを守ろうと争いあい、自滅する。

 

その際、庇護対象には高い知能があっては困る。

庇護対象の考えによって、彼らが共闘してしまう可能性があるからだ。

 

だからフレメア=セイヴェルンの脳を破壊し、『助けて』とだけ言える鳩程度の知性にする必要がある。

 

プロジェクトが完遂すれば、キー入力一つであらゆるヒーローを共倒れさせることができる。

 

一切の負担なく、彼らを任意に消滅させることができて、ヒーローのいない世界を造り上げることができる。

 

フレメア=セイヴェルンを収穫する事で、『人的資源(アジテートハレーション)』プロジェクトは完遂される。

 

計画の主導者は、学園都市統括理事会の一人、薬味久子。

 

だがこのプロジェクトを行う上で、最大の障害となりうる存在がいる。

 

絶対能力者(レベル6)、朝槻真守だ。

 

彼女は絶対能力者(レベル6)として人々を先導する性質を持っている。

そして誰も彼もが少なからず持っているヒーローの素質を奮い立たせ、ヒーローに育て上げるという厄介な性質も有している。

そして忌々しい事に、そのヒーローたちを統率させる性質すらも持ち合わせているのだ。

 

例として、上条当麻。一方通行(アクセラレータ)、そして最も顕著(けんちょ)なのが垣根帝督である。

 

このプロジェクトを完遂するまでに、彼女が一番の脅威である。

 

だが朝槻真守には、学園都市が造り上げた『急所』が数多く存在する。

 

その一つに学園都市の学生の意識によって力を制御する、というものがある。

 

その制御の仕方は源白深城という、()()()()()()()()()()()()を利用している。

 

源白深城はこの世界に存在するための(くさび)である彼女の成長が停まった肉体を、朝槻真守に維持される事で生存できている。

 

だからこそAIM拡散力場そのものである源白深城と朝槻真守は繋がっている状態であり、それ故に朝槻真守はAIM拡散力場から力を無尽蔵に引き出す事ができるのだ。

 

AIM拡散力場とは、学生たち能力者の『自分だけの現実(パーソナルリアリティ)』の余剰エネルギーだ。

 

そのため学生たちの『自分だけの現実(パーソナルリアリティ)』、つまり自己意識に『朝槻真守が超能力者(レベル5)第一位としての力を有している』と、意識させれば朝槻真守は超能力者(レベル5)第一位並みの能力に制限を掛けられる。

 

だが学生たちの中には『朝槻真守は超能力者(レベル5)第一位だから誰よりも強い』という意識もあるため、絶対能力者(レベル6)となった朝槻真守を完全に超能力者第一位に抑え込むことはできない。

 

そのため現状、朝槻真守の力の一部を制限している状態なのだが、今回においてはそれはどうでもいい。

 

朝槻真守がAIM拡散力場に接続されている、という事実が重要なのだ。

 

そのためAIM拡散力場の方向性をAIMジャマーで操作すれば、朝槻真守をあらゆる方法で機能停止に追い込む事ができる。

 

これで絶対能力者(レベル6)である朝槻真守の封殺は可能である。

 

それと並行して、垣根帝督がAIM拡散力場によってネットワークを形成した人造生命体群にも同様の方法でハッキングをする。

 

そしてフレメア=セイヴェルンに垣根帝督が貸し与えているカブトムシの制御を奪い、フレメア=セイヴェルンの恐怖を助長させる形で彼女にヒーローへと助けを求めさせる。

 

カブトムシ単体は人工知能程度の思考ルーチンしか持たないため、制御権を奪った後操作するのは容易である。

 

これに基づいて組み上げた策で、本作戦は実行される。

 

成功確率は極めて高く、この学園都市のヒーローをボタン一つで制圧することが可能となる。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

「あら。随分とかわいくなったのね」

 

誉望に声を掛けられ、真守の自宅にやってきた心理定規(メジャーハート)は目を丸くする。

 

心理定規(メジャーハート)の視線の先には、ヘーゼルグリーンの瞳に真っ白な髪の毛を猫耳ヘアに結んだ幼女真守がいた。

 

ぷくぷくとしたほっぺに、真守らしいあどけない顔つき。

 

そして幼女ながらも少し盛られている胸に、垣根が未元物質(ダークマター)で造り上げてわざわざ色を付けた、シックな黒のワンピースを身にまとっている。

そしてその近くには、同じように垣根が造り上げた真っ白な防寒具が置いてあった。

 

「最初見た時、彼に幼女趣味があるのかと思っちゃった」

 

心理定規(メジャーハート)は上条当麻と再び連絡を取っている垣根をちらっと見る。

 

「か、かわいいっ朝槻さん、すごくかわいいですっ!!」

 

心理定規(メジャーハート)の前で、はわはわと口を震わせていた弓箭はゆっくりと真守に近づく。

 

「さ、触ってもいいですか……?」

 

「だいじょうぶだぞ。感覚もちゃんとあるからな」

 

真守がグッと小さなおてての親指を立てると、弓箭は目を輝かせたまま真守のぷくぷくとした頬にふにっと触れる。

 

「ちっちゃい朝槻さん……っかわいいっ抱きしめてもいいですかっ?」

 

「やさしくがいいな」

 

真守が要望を口にすると、弓箭は真守を抱き上げる。

そして真守のことを腕の中に閉じ込めて、優しくぎゅーっと抱きしめた。

 

「か、かわいいっ本当にかわいいですっ連れて帰りたい……っ」

 

「そんなことしたら彼が激怒するわよ」

 

注意する心理定規(メジャーハート)だが、弓箭の気持ちが分からんでもない。

 

真守がかわいすぎるのだ。ちまっとしているし、何より幼女特有のあどけなさがある。

 

「誉望さん、見てくださいっ朝槻さん、とってもかわいいですよ!」

 

テンションが上がった弓箭が抱っこしている真守を誉望に見せると、誉望は思わず手元の『人的資源(アジテートハレーション)』プロジェクトの資料に目を落とす。

 

「確かに今の朝槻さんなら、この庇護対象にも当てはまりそうだな……」

 

「当然ですよっだってこんなにかわいいんですもんっ!」

 

弓箭は感極まった様子で、真守の頬に自分の頬をすり寄せる。

 

すると少しして、上条と連絡が終わった垣根が通話を切ってぱたんっとケータイを閉じた。

 

「上条がフレメア=セイヴェルンの位置を特定した。どうやら浜面仕上が持たせていた防犯ブザーが役立ってるらしい」

 

垣根が言うには、上条は第三学区で土御門と対峙した後、『人的資源(アジテートハレーション)』プロジェクトの資料を見つけたらしい。

 

上条はフレメア=セイヴェルンを助けるために、とりあえず彼女がおそらく所属しているであろう学校と寮がある第一三学区に向かった。

 

その途中で、上条は黒幕の薬味久子の使いである恋査と敵対している浜面仕上と黒夜海鳥に遭遇。

恋査はサイボーグであり、どういう原理か分からないが超能力者(レベル5)のような力を使えるらしいのだ。

 

幻想殺し(イマジンブレイカー)は異能に対抗できる。超能力者(レベル5)だろうと問題ない。

 

能力勝負でなら上条当麻に確実に勝ち目がある。

だが恋査もバカではなかった。

 

機械製の肉体を駆使した肉弾戦。それによって生身の上条は押され、封殺された。

だが黒夜の横やりが入った時、何故か恋査は内部から瓦解した。

 

何が起きたかよく分からないが、上条は負傷した浜面からフレメア=セイヴェルンの持っている防犯ブザーのGPSを特定できる携帯電話を借りて、彼女のいるであろう『博覧百科(ラーニングコア)』へと向かっている最中らしい。

 

「とりあえず俺たちもフレメア=セイヴェルンの保護に向かう。フレメアが『収穫』されたらチェックメイトだからな」

 

垣根が『スクール』に指示を出すと、『スクール』の面々は頷いた。

 

「かきね。わたしも行く」

 

真守は弓箭に降ろしてもらって、垣根の前にちょこちょこ歩いてきて決意の表情を見せる。

 

「このからだでAIMかくさんりきばを操るのはすこしたいへんだけど、源流えねるぎーはちゃんとつかえるし、そこから電気とかじゅうりょくとかも生み出せる。ぜったいに足手まといにならない」

 

「ったく。お前は連れて行かないっつっても勝手に行くからな。離れるんじゃねえぞ」

 

垣根は誉望に防寒具を取ってもらって真守に着させると、ひょいっと抱き上げた。

 

「むぅ。じぶんで歩ける。能力つかえばかきねたちにちゃんとついていけるぞ」

 

「そんなことしなくていい。お前のことは俺に任せろ」

 

垣根は随分と小さくなった真守のことをしっかり抱き上げると、『スクール』の面々に告げる。

 

「行くぞ。散々コケにしてくれたヤツらをぶっ倒す」

 

垣根の号令で『スクール』は動き出す。

 

そして、真正存在である超能力者(ヒーロー)たちは集結する。

第一三学区『博覧百科(ラーニングコア)』へと。

事態を収拾するために。立ち上がる。

 




今回の話で無事、累計が二〇〇話を超えることができました。
ここまでお読みくださった方々、ありがとうございます。
お気に入りや評価・感想なども、とても励みになっております。
これからも変わらずに更新を続けていきますので、今後とも『とある科学の流動源力』をよろしくお願いいたします。


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第三七話:〈超能力者〉たちはここに集う

第三七話、投稿します。
次は八月八日月曜日です。


上条当麻は、フレメア=セイヴェルンの持っていた防犯ブザーのGPS信号が消えた『博覧百科(ラーニングコア)』の目の前に到着した。

 

博覧百科(ラーニングコア)』は美術館、図書館、水族館、動物園、プラネタリウム、博物館など、多くの学術施設を一か所にまとめあげた一種のテーマパークだ。

 

植物園と動物園がメインの屋外エリアの他に、『避雷針』と呼ばれる美術館や図書館などの高層複合ビルがあり、その地下には水族館がある。

 

そんな『博覧百科(ラーニングコア)』は炎に包まれていた。植物園が燃えているのだ。

 

その原因は、数千人規模のヒーローである。

 

彼らはそれぞれでフレメア=セイヴェルンを助けようと動く。

そのため潰し合ったり、利用し合ったりと凄まじい戦闘を巻き起こしているのだ。

 

そこに、理性はない。

 

ただただヒーローたちはAIM拡散力場を通して舞い降りた『天啓(てんけい)』に(のっと)って、フレメア=セイヴェルンを助けるためだけに行動している。

 

上条当麻はヒーローたちの大集結を、様々な思惑が混在していた第三次世界大戦のようだと感じていた。

 

そして他のヒーローと同じく、上条当麻もフレメア=セイヴェルンを助けるために探していた。

その姿は、(はた)から見たら普通のヒーローと変わらない。

 

だが上条当麻がそれらのヒーローと違う点は、AIM拡散力場経由で『天啓(てんけい)』が舞い降りていないのと、単純に『人的資源(アジテートハレーション)』プロジェクトの内容を知っているだけである。

 

フレメアを見つけるには、『博覧百科(ラーニングコア)』に最初からいた警備員(アンチスキル)や飼育員に聞くのが一番だ。

 

上条当麻は冷静にそう判断すると、まず飼育員を見つけた。

そして、協力を取り付けることができた。

色々と調べた結果、どうやらフレメア=セイヴェルンは『避雷針』に潜り込んだと予測がついた。

 

上条は『避雷針』への潜入方法を考える。

そして地面に埋まっている電線をメンテナンスするための地下通路網に目を付けた。

そんな上条当麻に、躊躇(ためら)いなくヒーローが襲い掛かる。

 

自分こそがフレメア=セイヴェルンのヒーローなのだと主張するように。

他のヒーローは全て偽物で。邪魔者な彼らを潰すことには、間違いなく正義なのだと。

そう言う気概(きがい)が、見て取れた。

 

彼らの前で上条が『避雷針』内部に侵入するための地下通路網に入り込んでしまえば、フレメアに辿り着くための道案内をしているようなものだ。

 

それでも何としてでも、フレメア=セイヴェルンを助けなければならない。

 

だからとりあえず上条はヒーローの一人が放った炎から身を低くして避けようとする。

 

 

すると。突如(とつじょ)、緑の閃光が複数(またた)いた。

 

 

ヒーローの一人が能力を強化するために使っている、巨大な音響装置が取り付けられた広告用トラックが宙を舞う。

 

「つーかよ」

 

そう呟いたのは、顔立ちの整ったすらりとした女性だった。

超能力者(レベル5)、第五位。原子崩し(メルトダウナー)──麦野沈利。

上条など気にも留めずに、麦野は『アイテム』の面々を(ひき)いて堂々と立っていた。

 

「フレメアのヤツはどこ行った? ったく、浜面の野郎も連絡入れんなら、もうちっとマシな情報を用意しろっていうんだ」

 

「まあ、全部倒して全部調べれば、いつかは超見つかるんじゃないですか?」

 

「……南南西から信号が来てる」

 

麦野の問いかけに絹旗最愛と滝壺理后がそれぞれ答えると、ヒーローの一人である拡声器を持った少女が笑う。

 

「は、はは。ははははは! 飛び入りアドリブリクエスト、どうもありがっとう! これだから生の演奏ってヤツは面白……ッッッ!」

 

「うるせえボケ」

 

麦野の一言と共に、一〇人以上の人間が原子崩し(メルトダウナー)によって映画のワンシーンのように舞い踊る。

 

「ひでえな、こりゃ」

 

上条が突然の超能力者(レベル5)の登場に困惑している中、近くの煌々(こうこう)と赤く燃える森の中で、一人の少年が声を上げた。

 

純白の学ランに、額に白いハチマキ。太陽と太陽の陽射しが赤で描写されたシャツ。

それは超能力者(レベル5)の第八位、削板軍覇だった。

彼は燃え盛る炎によって、焼かれている木々を見つめる。

 

「こいつらだって根性出して今日まで生きてきたんだぜ? それなのにこいつらの根性ってのにほんの少しの敬意も払わねえってのは、ちっとばかし気に食わねえな」

 

削板軍覇は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

だから、ここにいる。

その()り方は、まさに真正のヒーローである。

そんな削板軍覇は、握りこぶしを作る。

 

「よっこいせーっと」

 

軽い声掛けと共に拳を前に突き出す。

 

すると鋭い衝撃波が巻き起こり、木々を燃やしていた炎が鎮火した。

 

それを見ていた模造品のヒーローたちは圧倒されて数歩下がるが、それを削板は全く気に留めていない。

完全に鎮火できなかった、(いま)だ火がついている木々を視界に入れて、呟くだけだ。

 

「おっと、まだ残ってやがるか。一発で収められねえたあ、俺もまだまだ根性が足りてねえなあ」

 

そう呟くと、今再び拳を握り締め、削板は初めて模造品のヒーローを見た。

 

「それと一言だけ言っておく。逃げたいヤツは逃げろ。進んで巻き込むつもりはねえが、根性なし共に耐えられるもんでもねえぞ。俺の人命救助ってのはさ」

 

そこから少し離れた場所。

 

「くそっ! 何だ!?」

 

「追い込め。囲めば怖い敵じゃない!」

 

「そんなこと言ったって……!!」

 

慌てふためくヒーローたちの声。

轟音が鳴り響くと、数人のヒーローが地面に倒れた。

数十人が取り囲んでいる中心に立っていたのは、黒い革のジャケットをまとった少年だ。

 

「ふざけやがって……」

 

ヒーローの一人が忌々しそうに呟く。

 

「これが第七位だってのか!? 超能力者(レベル5)って言ったって人間は人間だろ!?」

 

「おいおい、やめてくれよ」

 

他の誰かが叫ぶ前で、黒いジャケットを羽織った少年は笑った。

少年は徒手空拳を構えたまま叫ぶ。

 

「僕の名前は学園都市第七位じゃない。八人しかいない超能力者(レベル5)の人でもない。藍花悦って名前があるんだからさあ!」

 

藍花悦と名乗った少年は、肉弾戦のみで相手を(ほふ)り続ける。

 

「……ありゃ? どこかの誰かが演技力を駆使して第六位を(かた)っているようねえ」

 

学園都市の精神干渉系能力者の頂点である、食蜂操祈は思わず呟く。

彼女は自分が能力を使うために使用するリモコンをふりふりと横に振って、怪訝な表情をしていた。

 

食蜂操祈は『学舎の園』から脱出すると、すぐに姿を消してしまった上条当麻の行方を追跡していた。

そして騒ぎを聞きつけて、この『博覧百科(ラーニングコア)』に来たのだ。

食蜂は興味無さそうに告げる。

 

「ま。誰がアレを(かた)っていようが、私には関係力はないわけだしい。こっちはこっちで、やるべきことをやるだけだけどお」

 

食蜂は気のない言葉を吐きながら、手に持っていたリモコンのボタンをピッと押した。

 

印象操作(カテゴリ109)/食蜂操祈は味方。彼女を攻撃する者は優先して排除しろ』

標的誤認(カテゴリ081)/攻撃すべき対象、食蜂操祈とはあなたの隣にいる少年だ』

好悪付加(カテゴリ220)/あなたはセーラー服が怖い。近寄られるなら排除したい』

 

ピッピッピッと食蜂がヒーローに向けてボタンを押す(たび)に、ヒーローは洗脳されて同士討ちを始める。

当然として食蜂だけは無傷だ。そんな食蜂へと声を掛けた少女がいた。

 

「ちょっと! ちょっとアンタふざけんな!! アンタが()らした攻撃がこっちに来てる! わぶっ!?」

 

超能力者(レベル5)超電磁砲(レールガン)──御坂美琴。

彼女もまた上条当麻を追って、ヒーロー(うごめ)くこの魔窟(まくつ)にやって来ていた。

 

「あらあ、ごめんなさいねえ御坂さん。『私に攻撃する者を優先して狙え』って命令してあるから、ほら野蛮力の高い人は自動的にい」

 

美琴は怒ったように前髪からバチバチッと電気を発する。

そしてそれを槍のように飛ばして、目の前のヒーローを昏倒させた。

 

それは食蜂が操っていたヒーローだった。

割と使い勝手が良かったヒーローを潰されたので、食蜂は自分の戦力を削られたことに形の良い眉をひそめた。

 

「でもぶっちゃけ御坂さんって必要力ゼロなのよねえ。私はただ、自分が中途半端に関わった事件を、尻切れトンボのまま放っておかれるのが癪だったから介入しているだけでえ」

 

「以下略以下略!! で、あのバカは一体どこにいるってのよ……っ!」

 

美琴は叫ぶと、辺りを見回して自分たちが探しに来た上条を探す。

 

「じゃあ先に辿り着いた方が好きにする、というのはどうかしらあ?」

 

「ぶふっ!? 好きにってなんだ好きにって!」

 

食蜂の提案に踊らされるいつもの美琴。

 

そんな常盤台中学たっての超能力者(レベル5)たちは、共闘しているようでしてないままヒーローに立ち向かう。

 

そんな食蜂たちを見下ろす形で、空中で旋回している自己判断中の巨大なカブトムシに座った少女は楽しそうに告げる。

 

「あらあら。なんだかすっごい乱闘になっていますねえ?」

 

『スクール』の一員、弓箭猟虎。

彼女は戦闘服に身を包んだまま、下方で乱闘を巻き起こしているヒーローを見つめる。

 

「ふふふ。(まと)があんなにいっぱい……っ! 最近は本当にご無沙汰でしたし、久しぶりに本当に心から楽しめる狩りができそうです……!」

 

弓箭はカブトムシに座ったまま嬉しそうに、楽しそうに笑う。

弓箭の隣でカブトムシの角に手を突いて立っていた誉望は呆れた表情をする。

 

「あまりハメを外し過ぎるなよ。朝槻さんに嫌われても知らないからな」

 

誉望がじろっと弓箭を睨むと、弓箭は胸元に手を向かわせる。

ふくよかな胸に乗っているのは、最愛の友人からもらったホイッスルだった。

能力に使えるように、朝槻真守が弓箭猟虎にプレゼントしたアイテム。

それに弓箭は愛おしそうに触れながら、微笑む。

 

「誉望さんは生意気ですね、そして全然分かってません。朝槻さんなら、どんなわたくしでも愛してくれますから」

 

弓箭は本当に幸せそうにうっとりと笑う。

そんな弓箭に雑に扱われた誉望は、頭につけているゴーグルのすぐ下のこめかみをピキッと軋ませた。

 

「だから俺はお前の先輩なんだよ、教育係だったんだよ、俺に生意気とか分かってないとか言うな……ッ! というかお前がハメを外すと、俺が尻拭いしなくちゃいけなくなるんだよ。俺に迷惑かけるな、自制しろ分かったか!?」

 

弓箭は怒っている誉望を見上げて、けろっとした顔で心外そうに告げる。

 

「別に尻拭いしてくださいなんて、頼んでませんけど?」

 

「この女……ッ!!」

 

誉望がブチ切れそうになる中、他のカブトムシに乗って装備を気にしていた心理定規(メジャーハート)が声を上げた。

 

「痴話ゲンカはそこまでにして行くわよ。──私は私できちんと彼から貰うものは貰ったし、やるべきことをやらないとね」

 

誉望はくわっと目を見開いて、一人呟く心理定規(メジャーハート)を見る。

 

「痴話ゲンカじゃないスよ!?」

 

「そうですよ、こんな瞳孔がん開きの人と痴話ゲンカするわけないじゃないですか!」

 

弓箭は心理定規(メジャーハート)に抗議しながら、カブトムシに指示を出す。

そして少しだけ降りてもらい、仕込み銃を撃つ態勢に入った。

 

誉望は率いていたドローンを念動能力(サイコキネシス)で操り、心理定規(メジャーハート)は自身の能力を使ってヒーローたちに照準を合わせる。

 

「朝槻さんのことを害する(やから)は全員処分ですっ!」

 

弓箭はバシュッと、炭酸ガスの抜ける音を響かせながらヒーローの足をまず穿(うが)つ。

 

「だから尻拭いしたくないって言っただろ。頼むから死体の山を築くのはやめてくれ……!」

 

誉望が苦言を(てい)する中、『スクール』もまたヒーローを抑えるために戦い始める。

 

上条当麻は『博覧百科(ラーニングコア)』で次々と一方的な破壊が巻き起こる様子に目を白黒させる。

だがそれに気を取られている場合ではない。ヒーローの規模は数千人なのだ。

上条当麻には、依然としてヒーローが集まってきている。

 

 

だがそこで、上空を旋回して当たりをつけてから、隕石のように到来した影があった。

 

 

その怪物は上条に襲いかかるヒーローに加え、辺りにいた一〇〇〇人のヒーローを余裕で吹き飛ばした。

 

「おいおい」

 

超能力者(レベル5)第二位、一方通行(アクセラレータ)

白い服に身を包んだ赤い瞳の彼は、模造品のヒーローたちを誰も死なせずになぎ倒して睥睨(へいげい)する。

 

「まさかと思うが、あのガキが関わってなけりゃ俺が動かねェとでも考えてやがったのか? この手の『闇』が動いてること自体、今の俺は看過してねェンだよ」

 

一方通行(アクセラレータ)は自分が守った本物のヒーローである、上条当麻を見た。

 

「やるべき事は分かってンのか?」

 

「ああ」

 

「なら行け。ここの主役は俺じゃねェ」

 

一方通行は告げながら、フッと顔を夜天に向けた。

 

学園都市の夜空。

そこには三対六枚の純白の翼を広げた、天使に近い肉体を持った少年が浮かんでいた。

超能力者(レベル5)第三位。垣根帝督。未元物質(ダークマター)という、『無限の創造性』を有する能力を持つ少年。

 

「アイツらも来たことだし、とっとと一緒に……」

 

一方通行(アクセラレータ)は垣根の姿を見て告げたが、言葉を詰まらせた。

垣根帝督がいるならば、彼の大切な少女である朝槻真守も当然として一緒にいるのだ。

 

だがよく目を()らして見れば、垣根の腕の中に納まっているのは確かに『幼女』なのだ。

 

あどけないのに、むすっと澄ました表情。

猫耳ヘアに整えられた純白の髪。

無機質な輝きを帯びたヘーゼルグリーンの瞳。

 

髪や瞳の色は正確には違うが、それ以外は全て朝槻真守を構成する要素だ。

彼女は朝槻真守に間違いない。

だがどこからどう見ても、一〇歳未満のTHE☆幼女なのである。

 

一方通行(アクセラレータ)が状況が上手く呑み込めずに絶句している隣で、上条は気の抜けた声を上げる。

 

「へ?」

 

なんか自分の大切な友達で恩人で、事実上の救いの女神になってしまった少女が小さくなって真っ白になっている。

びっくりする上条と一方通行(アクセラレータ)の姿を見て、タイミング良く避難先があった幼女真守はぱあっと顔を輝かせる。

 

「かみじょう! あくせられーた!」

 

幼女特有の高い声に、舌足らずな言葉。

だがダウナー気味な声の張り方や親しみやすさで、二人はあの幼女が間違いなく朝槻真守本人であると理解した。

 

「あ、朝槻!? どうしたんだ、一体!」

 

垣根に抱き上げられたまま自分の前に降り立った真守を見て、上条は驚愕の表情を浮かべる。

 

「ちょっといろいろあって、こんなかっこうになってしまったんだ」

 

真守が小さい手を振りながら叫ぶと、一方通行(アクセラレータ)は真守を複雑な表情で見つめる。

 

この異常事態に真守がこんな事になっているのは、本当にマズいことだ。

だがシリアス展開だとしても、ぷくぷくとした頬で説明されたら毒気が抜かれてしまう。

というかわざわざ幼女になる意味はあったのか。

これもそこそこに自分が調べた『人的資源(アジテートハレーション)』プロジェクトとかいうのに対抗するためなのか。

 

一方通行(アクセラレータ)悶々(もんもん)と考えていると、真守は上条を見上げて頷く。

 

「まずはふれめあだ、ふれめあ。あの子のことをいまも黒幕はねらってる。だから行くぞ、かみじょう」

 

真守が舌足らずながらも事態収拾を望んでいると告げると、上条はバグッた頭を横に振って頷いた。

 

「わ、分かった。地下から行こうと思うんだけど、垣根はどうする?」

 

上条が垣根を見ると、垣根は真守を抱き直しながらじろっと上条を睨んだ。

 

「ここまで来たんだから一緒に行くに決まってんだろ。それにテメエは目を離すとすぐに死にかけるからな。だから第三学区に一人で行くなっつったんだこの野郎」

 

意外にも心配性である垣根。

上条は場違いだと分かっていても、少し嬉しくなってしまう。

 

そんな上条を面白くなさそうに垣根が睨んでいると、ヒーローたちが地下から行けることに気が付き始める。

 

「面白ェ。ここで俺が食い止めてやるよ。あいつらがヒーローの名に冠するのに相応しいかどォか、テストしてやりたかったンだ。最も血に汚れたこの両手でなァ!!」

 

獰猛(どうもう)に笑った一方通行(アクセラレータ)を足止め係として、真守たちは行動し始める。

 

ここに、暴走したヒーローを止めるために超能力者(レベル5)八人とその仲間たちが集結した。

まあちょっと色々ダウングレードしている人間もいるにはいる。

だがそれでも、超能力者(レベル5)たちは初めて同じ方向を向いた。

そしてそれぞれが大切にするものを守るために、自分なりの戦いに身を(とう)じた。

 



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第三八話:〈事件黒幕〉の手先と対峙する

第三八話、投稿します。
次は八月一一日木曜日です。


垣根は真守のことをしっかりと抱きあげて、上条と共に地下送電網のメンテナンス通路を走る。

一方通行(アクセラレータ)がこの地下の道に繋がるマンホールを塞いでいるため、確実に追手は来ない。垣根もそこら辺は信用していた。

そんな垣根へと、真守は垣根のコートの肩部分をトントンと叩いて告げる。

 

「かきね。あくせられーたすごいたのしそうだったけど、やっぱりひーろーという人種にあこがれているんだろうか。もう自分がひーろーなのに」

 

「さあな。興味ねえけど、生き生きしてたからそうなんだろ」

 

垣根が真守の舌足らずな言葉に適当に答えていると、頭を押さえていた上条が叫んだ。

 

「待って……ちょっと待ってちょっと待って! 朝槻はその体に魂? みたいな生命エネルギーを移して動いてて、それで本体はAIM拡散力場を操作されて動けないってマジなの!?」

 

垣根が分かりやすく説明してくれたが、それでも理解がすぐにできなかった真守の現状について上条が問いかけると、真守はコクッと頷いた。

 

「おおマジだ。わたしの体がつかえないのはAIMじゃまーのせいだ。そっちはていへいさんたちがなんとかしてくれてる。だからすぐにからだに戻れるようになるとおもうけど、わたしはいま、確かにこの体にはいっているんだ」

 

「今の真守は超能力者(レベル5)としての本来の力の使い方しかできない。しかもこの状態だからな。いつもみてえに真守に頼りっぱなしになるんじゃねえぞ」

 

垣根がするどく上条を睨むと、上条は頷いた。

幼女になるしかない程に追い詰められた真守を、自分は守る立場なのだ。

上条が真守を矢面に立たせてはならないと決意している中、真守はぺたぺたと自分の体を触りながら告げる。

 

「れべるふぁいぶとしての力しかつかえないのは、れべるしっくすに必要なりそーすがたりないからだ。ほんかく的にからだをくみかえていないのが原因だな。むしろよくここまでこの体をきちんとつかえるようにできたってよろこんでくれ」

 

「……ちょっと無能力者(レベル0)の上条さんには分からないんですけど、超能力者(レベル5)としての力は使えるってことでオッケー!?」

 

「おっけー」

 

真守がちっちゃい手で丸を作る中、真守を抱き上げた垣根と上条は『避雷針』の地下へと出た。

そこには丁度施設警備員の男女がいて、真守たちを見ると即座に両手を上げた。

 

「だいじょうぶだ、この人たちはぼうとじゃない。わたしを助けてくれたからな!」

 

真守が舌ったらずにそう嘘を(まじ)えて告げると、警備員はどこからどう見ても幼女の真守を無条件に信じて、手を下ろした。

 

「はち歳くらいのきんぱつの女の子をみなかったか? ここに入ってきたはずなんだが」

 

「…………ええっとキミの友達を探しているのかい? は、入ってきていないけど不審な警報なら響いたぞ」

 

「ふしんなけーほー?」

 

真守が優しく話しかけてくれる警備員を見てコテッと首を傾げると、その様子に癒されたのか女性警備員が口を開く。

 

「東-2に面したダストシュートの集積所だ。ゴミ詰まりの警報なんだが……もしかしたらその八歳くらいの女の子? ……が、そこに入ったかもしれない。丁度入れる大きさだ」

 

垣根は暴徒たちに恐怖する施設警備員たちにカブトムシを護衛で付けさせる。

 

現在カブトムシはスタンドアローンで自己判断に基づいて行動しているが、事態収拾を目的として個々で判断をして動いている。

 

そのため多くのカブトムシが力になるために、この『避雷針』へとやってきているのだ。

 

垣根は真守を再び抱き上げて、上条と共にその場を後にして非常階段を駆け上がり、地上のフロアに出る。

そして博物館エリアへと向かうために、停止したエスカレーターを階段よろしく駆け上がった。

 

金属製の防火扉が道を塞いでいたが、垣根が真守を抱き上げている手を片方外して手のひらを向けると、鍵がひとりでにガチャッと開いた。

 

未元物質(ダークマター)で防火扉の鍵に干渉すれば、鍵を開けることなど垣根にとって簡単なのだ。

別に蹴破っても良かったのだが、あいにくと真守が手の内にいる。あまり乱暴なことをしたくない。

そのためもっとも平和的に辿り着いた博物館エリアへとやってきた上条は、叫ぶ。

 

「フレメア! どこだ!? いたら返事をしてくれ!」

 

「はまづらから言われてきたぞ。ふれめあ、大丈夫だからでてこい!」

 

上条が叫んだ後、真守が幼女特有の幼い声で叫ぶ。

浜面仕上、という名前を聞いて、フレメアはひょこっと顔を出した。

フレメアは恐竜の骨格標本の口の中に収まっていたのだ。

その手には垣根がフレメアに貸し与えていたカブトムシが、大事そうに抱えられていた。

 

「おい、フレメア=セイヴェルン! それ寄越せ!」

 

垣根が声を上げると、フレメアはカブトムシの主人である垣根を見て目を大きく開く。

そして骨格標本の中から這い出て、タタタッと垣根に駆け寄った。

 

「にゃあ。帝兵さんがおかしくなったの。だからなんとかしてもらいたくて外に出たんだけど、追いかけられて、それで、それで……」

 

「お前を不安にさせるために敵がコイツをおかしくしたんだ。こんなのすぐに直る」

 

垣根は真守を地面に降ろして、沈黙してるカブトムシに意識を向ける。

 

『……再起動完了。ネットワーク切断中、思考ルーチンに基づき自己判断で行動開始。報告。ハッキングにより、ここまでフレメア=セイヴェルンを誘導させられてしまいました』

 

「にゃあ。なんか大体喋り方変だけど、大丈夫?」

 

「問題ねえ。今ちょっとネットワークが切断されてるからこういう話し方なんだよ」

 

垣根は不安そうに自分を見上げるフレメアに、そう説明する。

詳しいことは分からないが、カブトムシを造り上げた垣根が大丈夫だと告げるのだから、大丈夫だとフレメアは安心する。

 

「フレメア。コイツ持ってていいから、お前は俺たちから離れるんじゃ、」

 

フレメアに垣根がカブトムシを渡してそこまで告げた瞬間。

 

 

博物館エリアの一面の壁が砕け散った。

 

 

元々博物館エリアの壁は、一面のガラス窓であったところに遮光性の高いシートを張り付けて壁の代わりにしていたのだ。

それを何者かが叩き割った。

そのせいで、外からヘリコプターの投光器による純白の光が差し込んだ。

 

垣根が未元物質(ダークマター)でガラス破片から真守たちを守っていると、メタリックな赤紫色のボディを持つサイボーグが目の前に降り立った。

 

「へい。へいへいへい! こうして恋査ちゃんがやってきたからには諦めるしかないぜい? 諦めたヤツから楽に殺してやる。つっても、もう命運は決まっているんだけどな、ひひひ☆」

 

「……命運っつうのは、この施設に仕掛けられた爆弾のことか?」

 

『避雷針』まで移動してくる間、垣根は多くのカブトムシから、事前に仕掛けられていたであろう爆弾を複数解除したと聞いていた。

おそらくその爆弾を仕込んだサイボーグであろう恋査に垣根が先回りして問いかけると、恋査は軽やかに笑った。

 

「ひひひ。なんだバレてやがんのか。まあしょうがねえっちゃあしょうがねえな。あの人もこんなことは予見してて、オレを送り込んでるだろーし」

 

恋査は背後に(ひそ)む黒幕の事を、大切そうにして呟く。

上条はその様子を見て、首を傾げた。

 

「あれ、本当に前と同じ人間か? まるで違うんだけど……」

 

真守は上条の疑問を聞きながら、恋査というサイボーグに声を掛ける。

 

「ふれめあを『しゅうかく』するために来たのか?」

 

真守が問いかけると、恋査は怪訝な表情をした。

 

「はあん? なんだおチビ」

 

恋査は目の前の白っちい幼女が、『人的資源(アジテートハレーション)』プロジェクトで一番警戒する人物である朝槻真守だと知らない。

ただのガキとしか(とら)えておらず、恋査は告げる。

 

「お前みたいなガキがどこまで知ってるかは知らねえけど、オレの主が邪魔になったから消せってさ。その先が見たいらしいぜ? 風船を膨らませて、糸を切るのが狙いって感じか。さらなる高みに上るためには、()えて一度完成したものを徹底的にぶっ壊す必要があるんだよ」

 

(『人的資源(アジテートハレーション)』プロジェクトのその先?)

 

濃淡コンピュータ、という次世代コンピュータの理論モデルがある。

それは量子コンピュータの仕組みである流体の濃淡を、気体や液体の濃度や粘性に適応させたものだ。

 

濃淡の定義が存在する流体であれば、それを量子コンピュータのように演算機器として使用することができる。

 

つまり濃淡の定義が存在するAIM拡散力場も、濃淡コンピュータとして成立するのだ。

 

人的資源(アジテートハレーション)』プロジェクト。

ヒーローとヒーローを共倒れさせるための計画。

 

それは濃淡コンピュータの理論を用いて、AIM拡散力場を発生させている能力者を間接的に操ることで成り立っているのだ。

 

真守もそれを理解している。

だが恋査の抽象的な言葉を聞いて、引っかかりを覚えた真守は高速で思考を巡らせる。

 

(フレメア=セイヴェルンはAIM拡散力場の方向性をまとめる核だ。フレメアが薬味久子を縛っていて、薬味久子はフレメアを殺すことで自由に高みへと至れる。……ということは、薬味久子はAIM拡散力場に意識を落とし込んでいるということか!?)

 

真守は目を見開き、フレメア=セイヴェルンを見る。

 

(いまの薬味久子はAIM拡散力場を体としている深城を侵す寄生虫か(がん)のような存在だ。薬味久子をどうにかしなければ、深城はおそらく目を覚まさない。……深城を助けるには、薬味久子の命綱になっているフレメアの協力が必要不可欠だ)

 

真守が深城のために何ができるか即座に考えていると、恋査が動いた。

 

「あの人のためにいっちょやらせてもらうぜ、未元物質(ダークマター)! お前の大好きな女の力でなあ!」

 

恋査はそう叫ぶと、背中からメタリックな赤い巨大な花を展開した。

それにはおしべやめしべのように見える、銀色の金属棒が複数ついている。

そんな巨大な花はガシャガシャと高速で金属の(こす)れる音を〇.七秒ほど響かせると、再び恋査の体内に戻った。

 

その瞬間、恋査の背後から灰色の竜巻のような翼が六つほど展開された。

 

学園都市第一位。流動源力(ギアホイール)

 

朝槻真守が自身の存在を組み替えるためにも使用する、源流エネルギーを(もと)にした推進ジェット。

 

「なああああああ────!?」

 

真守は叫んだまま、ぷるぷると小さい指先を振るわせて恋査の様子を指差す。

 

「流石にオレは第一位みてえに、自分の進化の方向性を間違わねえように体を組み替えちまうことはできねえ」

 

恋査は灰色の翼で、辺り一面を準備運動で破壊し尽くす。

そして激しい破壊音が響く中、恋査は『ひひひ☆』と笑った。

 

「それでも第一位の力は破格だ、超能力者(レベル5)だろうが第一位(かくうえ)の力に勝てると思うなよ!?」

 

「なぁんだとぉおおおおお──────!!」

 

真守は自分の能力が勝手に使われていて、小さい足で地団太を踏む。

上条当麻は恋査が超能力者(レベル5)のような力を使えると言っていた。

だがまさか、能力者と同じ身体構造にして疑似的に繋げることで、能力の噴出点を作るなんて知らなかったのだ。

 

「かきねぇ、かきねぇっ!! あれひどくないか!?」

 

真守は自分の力を勝手に使われて、思わず垣根に(すが)りつく。

 

すると、空間がミシミシミシミシ! っと、歪んで軋みを上げた。

 

事象に対する圧倒的な干渉力。

 

それを発することができるのは、この世の事象に新たな物質を投入して物理法則を歪めることができる、『無限の創造性』を持つ垣根帝督しかいない。

 

「テメエぶっ壊してやる!!」

 

垣根は未元物質(ダークマター)の翼を三対六枚、大きく広げて叫ぶ。

 

垣根帝督はこれ以上ないほどに怒りを燃やしていた。

朝槻真守の力を勝手に使えるようなサイボーグを造り上げた学園都市に対して。

そして何よりも許せないのは。

 

「俺のチカラも勝手に使えるってことだろォが!! そんな御大層なモンを俺の前に出したこと後悔しやがれ!! 二度と造れねえように関係者全員締め上げてやる!!」

 

空間が魔王降臨のようにゴゴゴゴ──!! と震える。

上条はガクガク震えるフレメアのことを抱きしめて、悲鳴を上げた。

 

「いやあああああ垣根さんとっても怒ってるぅ!!」

 

垣根帝督は自らの能力に自信と誇りを持っている。

そのため超能力者(レベル5)第二位という一番ではない称号が気に入らなかった。

 

そしてだからこそ、この学園都市の中枢に収まるために『第一候補(メインプラン)』であり、当時消えた八人目であった流動源力(ギアホイール)の能力を探るべく朝槻真守に近づいた。

 

垣根帝督は、超能力者(レベル5)の中で一番自分の能力を他人が良いように扱われるのが許せないタイプである。

 

真守はブチ切れている垣根のズボンをぎゅっと握りながら、反対の拳を振り上げた。

 

「やってしまえかきね! あんなヤツこわして解体してせっけいずまるはだかにして、たいこうさく練ってやる!! がくえんとしめー許せないっ!!」

 

「えええなんで朝槻さんそこで声援送るんですかーっ!? あなたいつも止める側でしょォー!?」

 

真守が舌たらずながらもぷんぷん怒って垣根のことを応援するので、思わず上条はツッコミの声を上げる。

 

「だってわたしのげんりゅうえねるぎーだぞ、わたしいがいに使えない、わたしだけのちからなんだ! それをあいつはかってに使ってるんだぞ、おこるにきまってるだろぉが!?」

 

真守も流動源力(ギアホイール)という能力に矜持がある。

そのためぷんぷん怒るが、それを見て恋査は笑った。

 

「ひひひ☆ 幼女が訳も分からずに怒ったって怖くないぜ? ()()()()()()()は見てるからなあ。飛び道具じゃなくて近接高速戦闘一択!! 付け入る隙なんてねえから基本って呼ばれるもんなんだぜえ!!」

 

怒れる魔王こと垣根帝督。

そして幼女になってかわいく怒る超能力者(レベル5)

 

殺る気に満ち溢れている二人の隣で無能力者(レベル0)、上条当麻は泣きそうになりながらも、全てを終わらせるために恋査と対峙した。

 




珍しく真守ちゃんもブチ切れです。

ところで八月六日付で、流動源力一周年を迎えました。
一年も続けられたのは読んでくださる皆様がいてこそです。
これからも更新続けさせていただきますので、よろしくお願いいたします。


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第三九話:〈新生英雄〉は立ち上がる

第三九話、投稿します。
次は八月一四日日曜日です。


垣根帝督と恋査は、音を置き去って音速戦闘を始める。

 

博物館エリアの恐竜の骨格標本は次々と余波で粉々になり、強化ガラスの展示ボックスは無残にも砕け散る。

 

博物館エリアを吹き飛ばさんばかりの高速戦闘にフレメアは悲鳴を上げて、真守はそんなフレメアを小さい体で支えた。

 

「ひひひ☆ オレは前の恋査と違って五感で追えない領域にビビったりはしねえ。どっちかっつーと演算派でな、机上の空論が組み上がれば命だって預けられる! だからこの速度域にも躊躇しねえ、やーっぱ超能力者(レベル5)ってなあこういうもんだよなあ!」

 

「勝手に超能力者(レベル5)を推し量るんじゃねえよまがい物!」

 

垣根は苛立ちを込めて、恋査に未元物質(ダークマター)でできた三対六枚の純白の翼を叩きつける。

 

だが恋査が使っている源流エネルギーを基にした推進ジェットはこの世で最も効率よく、そして小回りが利くエネルギーだ。

 

そのため当然として避けられてしまう。

 

垣根は舌打ちをしながら、博物館エリアを縦横無尽に駆け回って恋査と錐もみする。

 

あの音速を超えた高速戦闘についていける人間は数少ない。

真守も普通ならば対応できる。

それどころか、恋査に何もさせずに完封することができる。

 

だが真守は現在幼女の姿で、その力をフルに発揮できない。

できることをする。

真守はそう考えると能力を解放し、蒼閃光(そうせんこう)で造り上げられた猫耳と尻尾を出す。

 

そしてフレメアと自分の周囲に源流エネルギーでシールドを張って、防御姿勢に入った。

 

そんな中、上条当麻はその場から駆け出し、ダンッ! と、大きく踏み込んだ。

 

上条は右手の幻想殺し(イマジンブレイカー)を宿した拳を構える。

幻想殺し(イマジンブレイカー)に触れられてしまえば、真守の能力を使っている恋査はコントロールを失う。

 

垣根がそこを狙って攻撃を加えればいいし、上条当麻の拳が実際に当たらなくても無意味にならない。

 

何故なら恋査は空間を把握した演算処理によって能力を発動し、音速戦闘を実現している。

上条当麻に気を逸らされれば、机上の空論のリソースを少し持って行くことができる。

 

「チッ!」

 

恋査は突然乱入してきた上条を警戒して、音速戦闘の挙動を変更させる。

 

「隙見せたなこのクソサイボーグ!」

 

垣根は未元物質(ダークマター)の翼をひゅっと一枚伸ばして、恋査の首を的確に狙う。

だが恋査は首を取られるならば四肢を犠牲にした方が良いとして、垣根の攻撃を右腕で受けた。

当然として、右腕は吹き飛び、宙を舞う。それでも、恋査は笑っていた。

 

「なあ、第三位。オレはいま、無尽蔵のエネルギーを生成できるんだぜ?」

 

その言葉と共にガギギギ! と不快な歯車が噛み合う音と共に蒼閃光(そうせんこう)(ほとばし)る。

そして、源流エネルギーが恋査のつま先に生成された。

 

真守は大体手のひらから源流エネルギーを放出しているが、少し意識をすれば自身を中心として、どこからでも源流エネルギーを放出できるのだ。

 

「ひひひ☆ 源流エネルギーってのは存在の抹消だったよなあ!!」

 

恋査は叫びながら、思いきり垣根に源流エネルギーを叩きつけた。

垣根がとっさに広げた未元物質(ダークマター)の翼に源流エネルギーが叩きつけられ、爆発。

空間を裂くような余波が吹き溢れる。

 

「続けていくぜー!!」

 

恋査は笑って源流エネルギーを自身の周りに何個も球にして生成し、それを垣根へと投げつけた。

何度も爆発が起き、蒼閃光(そうせんこう)(ほとばし)って辺りが白く染め上がる。

 

「垣根!!」

 

だが上条当麻が垣根の名前を叫んだことにより、垣根が無事なことが発覚した。

 

何故なら源流エネルギーの『存在の抹消』とは、この世界から根本的にその存在を抹消させてしまうからだ。

概念的に存在しているものを焼き尽くしても、そうはならない。

だが個人でその存在が完結している人間を焼き尽くすと、その人物はこの世界から消えてなくなる。

 

そしてそれは周りの人間の記憶にもおよび、唯一残るのは電子的な記録だけになってしまう。

 

垣根のことを上条が認識できる以上、垣根は無事だ。それに恋査は舌打ちをした。

そんな中、垣根の声が響く。

 

「源流エネルギーってのは、確かに存在を抹消させるチカラを持つ。だがどこまで行っても源流エネルギーの本質はエネルギーだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

垣根は衝撃で舞った塵や煙を全て吹き飛ばす。

そして三対六枚の未元物質(ダークマター)の翼を一枚犠牲にした状態で、五体満足のまま現れた。

 

「俺は無限に未元物質(ダークマター)を生成できる。だったら生成された源流エネルギーに対して、そのエネルギーが焼き尽くせる量の未元物質(ダークマター)を生成して対抗すればいいだけの話だ。頭ァ使わなくても分かることだ」

 

無尽蔵に生成される源流エネルギー。

無限に生成可能な未元物質(ダークマター)

相対すれば、それはいたちごっこというものになる。

だが真守の力を勝手に使っている恋査と垣根の場合、いたちごっこにはならない。

何故なら。

 

「テメエは一度に生成できる源流エネルギーに限りがあるだろ」

 

朝槻真守が本気で源流エネルギーを無尽蔵に生成し続けるならば、垣根が対抗して未元物質(ダークマター)を生成するスピードが追い付かないはずなのだ。

 

物量に物量で押す。それが真守にはできるが、恋査にはできない。

垣根はそれを確信していた。

何故なら恋査の能力は借り物で、真守より上手く扱えるわけがない。

 

垣根は恋査を睨みつけながら、源流エネルギーによって焼き尽くされた未元物質(ダークマター)の翼を新たに生やす。

 

根比(こんくら)べにもならねえな」

 

垣根帝督は朝槻真守のそばにずっといた。

源流エネルギーの特質も、その在り方も全て理解している。

恋査なんかよりも、遥かにだ。

 

「ぽっと出で真守の源流エネルギーのこと全然理解してねえヤツが、俺を殺せると思ったのか、クソ野郎ォ!!」

 

垣根は叫びながら、恋査の後ろを睨みつけた。

 

すると、恋査を突き刺すためにクリスタルのような輝きを帯びた柱が次々と打ち上がった。

 

恋査はそれをどうにか避けて、直撃は(まぬが)れる。

だがそれでも、避けた衝撃で強化ガラスが砕けた展示ケースの方まで吹き飛んだ。

 

「この空間は俺の未元物質(ダークマター)で満たされてる。この空間を支配してんのは俺だ。お前はお呼びじゃねェんだよ!!」

 

垣根は怒号を上げて、激しい音を響かせて恋査を追い詰める。

上条は垣根の猛攻の余波から自分の体を守るのに必死だった。

異能攻撃ならば幻想殺し(イマジンブレイカー)でなんとかなるが、瓦礫などが頭に当たったらひとたまりもない。

 

「……ッいいや」

 

恋査は垣根に吹き飛ばされた先で、ゆっくりと瓦礫の中から起き上がった。

 

「いやいやいや。本番はここからだぜ。前の恋査じゃここまではやれなかったが、オレは違う。もっとも、()()を使うには色々と準備が必要でなあ。数値の入力に手間取った」

 

恋査はそう告げると、自分からエネルギーを放出してそれをAIM拡散力場に叩きつけた。

 

「体を組み替えなくても……ここまでなら広げられるだろ!?」

 

恋査はAIM拡散力場を使った、三対六枚の純白と漆黒の巨大な翼を展開する。

 

「はん。いいぜ、相手してやるよ」

 

垣根は真守の力の一端が垣間見えて、不敵に笑う。

 

「『無限の創造性』とまがい物。どっちが強いか目に見えてるが――実際に見せないと分からねえようだしなァ!!」

 

垣根は辺りに展開していたカブトムシを(たずさ)えたまま、軍勢の王として声を上げる。

 

カブトムシは『博覧百科(ラーニングコア)』内にいくつも置かれていた爆弾の線を切っていたり、外からやってくるヘリを迎撃したりしていた。

 

自分が仕掛けたものへの対処が終わって万の軍勢がやってきたとしても、恋査は焦らなかった。

何故なら、この世界を自由に操れる力が自分にはあるからだ。

垣根帝督はそんな恋査を前にして笑っていた。

 

垣根帝督は朝槻真守と永遠を共にすると誓った。

そして垣根帝督は朝槻真守と全く違う方向への成長ができる。

その成長方向へと向かえば、垣根帝督は朝槻真守が持ちえない価値を保持し続けることができる。

 

だから無理に朝槻真守と同じ万能性を求めなくてもいい。

それでも垣根帝督は自身の力が朝槻真守の万能性に対して、どこまで通用するのだろうかと考えていた。

 

だから、これは良い機会だ。

恋査と戦うことで、垣根帝督は自分の力が朝槻真守に通用するのだと知ることができる。

恋査の振るう力が真守の万能性の一端だとしても、通用すると分かるだけでも自分の力に価値があると理解できる。

 

垣根の『無限の創造性』。

それと真守の力の一端(いったん)である、『創造性と破壊性』を持ち合わせた力がぶつかる。

 

垣根が凄まじい戦いを繰り広げる中、真守は自分が守っているフレメアへと目を向ける。

 

「ふれめあ」

 

「にゃあ?」

 

突然猫耳猫尻尾幼女真守に名前を叫ばれて、フレメアは抱えていたカブトムシをぎゅっと抱きしめた。

 

「おまえはひご対象だからAIMかくさんりきばの核にされているんだ。それはつまり、おまえがひご対象でなくなればいいだけなんだ」

 

AIM拡散力場の核であり、ヒーローたちを操るための庇護対象にされているフレメア。

AIM拡散力場を体として認識している源白深城に、無理やり同居しているような薬味久子。

 

フレメアは、薬味久子を繋ぎ留めるための最後の命綱だ。

それは薬味久子を止めることができる最後の鍵という意味もある。

 

そして薬味久子と源白深城には、決定的に違いがある。

その違いが、決定的な弱点となる。

その弱点を突くためには、彼女の命綱であるフレメア=セイヴェルンが()()()()()()()()()()()

 

「にゃあ。だ、大体どういうこと……?」

 

真守と違い、外見通りの頭脳を持つ八歳のフレメアは真守の言葉を理解できない。

そのため真守は分かりやすいように説明を始める。

 

「わたしはれべるふぁいぶ第一位だが、小さいころはなにも知らなかった」

 

真守は小さな手をぎゅっと握って、自分の過去を、少し前までのことをフレメアに説明する。

 

「そんなわたしを救ってくれたのはれべるつーにぎりぎり届くおんなのこだった。その子がわたしのひーろーになってくれたんだ。わたしを救ってくれた」

 

自分が辿ってきた道のことを、真守はフレメアに分かりやすいように告げる。

 

「そんなあの子をわたしはずっと守るってきめた。そしてわたしはみしろをずっとずっと守ってきた。わたしはきっと、みしろにとって神さまでひーろーだったんだろう。そんな資格がないのに。わたしはひーろーにはなれないのに」

 

朝槻真守は本質的にヒーローになれない。

ただ自身がするべきことを淡々とやっているだけだからだ。

 

「わたしは一人でみしろをまもってきた。ひーろーの資格がないのに、みしろのひーろーで在ろうとした」

 

朝槻真守はヒーローではない。ヒーローにはなれない。

だがそれでも、源白深城は自分のことをヒーローとして見てくれた。

ヒーローとして頼ってくれた。

 

本当は源白深城こそが、朝槻真守のヒーローだったのに。

 

「わたしはくるしかった。苦しいとわからないまま、ずぅっと一人でやってきた。そしたらな、ふれめあ」

 

真守は幸せを感じて、ふにゃっと微笑んだ。

 

「かきねがくるしんでいるわたしのことを助けるひーろーになってくれたんだ」

 

朝槻真守はずっと一人で学園都市の『闇』と戦ってきた。

ボロボロになっても、誰にも助けを乞わずに一人で、一人ぼっちで。

だがそんな自分を見て、垣根帝督はあの廃ビルで言ったのだ。

 

『――――助ける』

 

あの時のことを、朝槻真守は鮮明に覚えている。

 

『俺が助ける。俺が傍にいる。だから、もう二度と会えないなんて言うな』

 

絶対に忘れられない垣根の言葉を、真守は一言一句間違えずに思い出せる。

あの時の垣根帝督は、まだ傍若無人な悪党だった。

自分が似合わないことを言っていると思っていただろう。

 

だがそれでも垣根帝督は一歩踏み出して、朝槻真守のヒーローになってくれた。

 

「おまえはいつまでまもられる側でいるんだ! わたしはひーろーじゃないのにみしろを守ることができた。そしてわたしのことをまもろうと立ち上がってくれたひーろーであるかきねのことをすくうことができた!! それならおまえだって立ち上がっていいはずだ!」

 

真守の言葉にフレメアは目を開く。

ヒーローの資格がないのに、ヒーローだと見てくれる少女がいた。

自分がヒーローにならなければならないと苦しんでいた少女のために、歩み寄ってくれたヒーローがいた。

 

朝槻真守はヒーローではない。

それでも源白深城と垣根帝督は朝槻真守によって確かに救われた。

そして、朝槻真守は源白深城と垣根帝督に確かに救われたのだ。

 

だからこそ、朝槻真守はフレメアのことをまっすぐと見て、そして声を荒らげた。

 

「だれだって誰かのためのひーろーになれる。おまえだってそうだ、資格なんてひつようない! わたしたち三にんのかんけいが証明だ。そうだろ!?」

 

真守の言葉に、フレメアは世界の音が消えたと錯覚した。

垣根帝督と恋査が繰り広げる戦闘音だって、聞こえない。

 

それぐらい、フレメア=セイヴェルンには衝撃的で。

それぐらい、フレメア=セイヴェルンの心にその言葉は響いたのだ。

 

「………………にゃあ」

 

フレメアは一つ鳴いて、頷く。

 

「もう、私は『ヒーロー』なんて待ち焦がれない」

 

フレメアは決意を込めて叫ぶ。自身を奮い立たせる。

 

「今度は、私がみんなを守れるようになってやる!!」

 

朝槻真守は、あらゆる人間が少なからず持っているヒーローの素質を引き出すことができると評価されていた。

それは庇護対象となっているフレメア=セイヴェルンだって例外ではない。

 

ここに、新たなヒーローが立ち上がった。

自分の周りにいる人たちを救うために。絶対に悲しませないために。

フレメア=セイヴェルンは庇護対象から外れ、一人前のヒーローとなった。

 



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第四〇話:〈深化存在〉と真理を知る者

第四〇話、投稿します。
次は八月一七日水曜日です。


ヒーローとして立ち上がったフレメア。

真守はそんなフレメアの肩に触れて、蒼閃光(そうせんこう)で造り上げた猫耳と尻尾を輝かせる。

そしてフレメアとパスを繋ぎ、真守はフレメアと一緒にキッと虚空を睨んだ。

 

そこには、薬味久子がいた。

 

AIM拡散力場に濃淡コンピュータを当てはめ、自身もAIM思考体となり果てて、自らを『深化』させた統括理事会の一員。

 

人的資源(アジテートハレーション)』プロジェクトは、表向きヒーローを共倒れさせることだった。

だが薬味久子の本当の目的は、AIM思考体へと深化させることだったのだ。

 

彼女は医療の専門家だった。

長寿・延命・不老不死。

それらを医療の最終到達地点として人々は連想するだろうが、薬味にとってそれはだらだらと生きる意味のないものだった。

 

薬味久子はまだ見ぬ高みへと昇りつめたかった。

何を見たら満足するかは分からない。

だがきっと想像を絶するものを見れば、その時に満足するのだろうと、薬味はなんとなく思っていた。

 

それが自分の破滅を引き起こす事だとしても。

一瞬。一瞬でも高みへと至れれば、それで満足なのだ。

 

だからフレメア=セイヴェルンが邪魔だった。

自分のことを繋ぎ留める最後の(くさび)。それを壊したかった。

 

恋査は超能力者(レベル5)八人が結託して反乱を起こしたとしても、鎮圧できるように造り上げられたサイボーグだ。

だからフレメア=セイヴェルンを殺害できる。

その時を待ちわびていた薬味久子は、フレメア=セイヴェルンと本来の姿をした朝槻真守が自分と同じ場所に立っていると悟った。

 

空間に亀裂が走り、闇が光によって振り払われる。

 

(『人的資源(アジテートハレーション)』プロジェクトは、フレメア=セイヴェルンが『守られるべき弱者の代表』であることが最大の柱になっている。そんな存在が朝槻真守の言葉で、ヒーローを志したら……っ!!)

 

朝槻真守は人々を先導し、ヒーローの素質を最大限に発揮させることができる。

薬味久子の敗北は。

真守のことを完全に無力化できなかったことに理由があった。

そして本物のヒーローたちを甘く見ていたことに、原因があったのだ。

 

「お前は人間を舐めすぎだ」

 

朝槻真守は自身を深化した薬味久子へと、鋭い声を叩きつける。

 

「お前はこの街の子供たちの力強い『自分だけの現実(パーソナルリアリティ)』のことを何も分かってない」

 

真守は自身の所属する高校の冬服のセーラー服に身を包み、目線が近くなった薬味久子のことを睨みながら、告げる。

 

「『自分だけの現実(パーソナルリアリティ)』を形作るAIM拡散力場とは、能力者である子供たちの想いで形作られている。それは祈りや願い、悪意といったものだ。それを理解していないお前は、AIM思考体になろうと真実なんて見えない」

 

何故自分と同じ場所に、力を封じられた朝槻真守とフレメア=セイヴェルンが立っているのだろうか。

薬味久子は真守の鋭い声を聞きながらも、深化した存在として高速で情報を整理する。

 

濃淡コンピュータは流体の動き全体を使って高速演算を実行する方式だ。

いま、薬味久子はAIM拡散力場を濃淡コンピュータにしている。

それならばAIM拡散力場を操れる人間には操れることになってしまう。

 

そしてAIM拡散力場とは無能力者(レベル0)でも発している微弱な力だ。

 

だからこの学園都市で能力開発を行われた学生が気づきさえすれば、今の薬味久子に干渉することができるのだ。

 

その中でも薬味久子の最後の(くさび)となっており、命綱であるフレメア=セイヴェルンは自身の存在に気が付きやすい。

 

そしてフレメア=セイヴェルンを媒体とすれば、力を封じられている朝槻真守だって干渉できるのだ。

 

フレメア=セイヴェルンを『人的資源(アジテートハレーション)』プロジェクトに浸からせ過ぎた。

そう思った時、薬味久子の意識にノイズのような痛みが走った。

顔がないのに顔をしかめる薬味久子の頭に、ぼんやりとしたものが浮かび上がる。

 

『先生……』

 

どこかの真っ白な病室。

そのベッドに横たわっている子供。

薬味久子はその子供が誰なのか分からない。

顔が包帯やチューブで(おお)われているから、誰か分からないのではない。

本当にまったく知らない、一度だって会ったことのない誰かなのだ。

 

そんな誰かは、うっすら笑っている。

 

純粋無垢に、今の薬味久子が持ちえない全てを持って、彼は笑っている。

 

『人間ってさ。本当に、先生が言っているみたいに強く気高いものなのかな……?』

 

薬味久子は自分の顔に、思い切り手の平を打ち付けた。

 

こんな光景を自分は知らない。

だからフレメア=セイヴェルンと朝槻真守の仕業だと、薬味久子はすぐに気が付いた。

 

どこかの誰かの記憶をランダムに流し込んできているのだ。

データそれ自体に意味はない。

それでも上書きを繰り返さされば、薬味久子という深化存在は修復不可能なレベルにまで塗り潰される。

 

「そんなことが目的じゃない」

 

真守は何も分かっていない薬味久子に告げる。

 

「言っただろう、お前は人を理解していないと。自分勝手な欲望ばかりを叶えようとしてるから、周りが見えていないんだ。本当に大事なものは他にある。世界の真理なんてヤツよりも、大事なものは他にある」

 

真守は純然たる事実を口にして、当たり前すぎて誰もが忘れてしまっている小さくて偉大な『奇蹟』について口にする。

 

「人が人を想うこと。それが一瞬の奇蹟であり、それこそが煌めきなんだ」

 

他人のことを想うこと。

誰かを愛すること。

当たり前のことだ。

 

だが本来ならば。自分ではない他人を想うことは奇蹟に近いことなのだ。

 

何故なら相手は明確に違う生き物で。

生きてきた環境も違えば、経験してきた全てだって違う。

ただ人であるということが共通しているだけで、その心も身体的特徴も全く別のものだ。

 

それは遺伝子からしてまったく同じ人間がいないから当然のことだ。

それなのに人は相手を想うことができる。

犬猫など、全く違う種である動物にだって感情移入をして、人間は愛することができる。

 

他者の事を慈しむ。

 

それこそ、人間として完成された朝槻真守が一番尊いものだと思っていることだ。

 

だから真守はその想いによって、世界をよりよく便利にするために作られたものを愛する。

それに価値を見出す。

思念波で想いを告げた方が遥かに楽なのに、携帯電話を使って想いを伝えるのはそのためだ。

 

「深城は誰にも言われなくても分かっていたぞ」

 

真守は当たり前のことを当たり前だと()()()()()()()、素通りしている薬味久子を睨みつける。

 

「あの子は私のことを愛してくれた。何も強要されてないのに、誰にも教えてもらってないのに、私を愛してくれた。あの子は人を愛することが、想うことが一番尊いと分かっていた」

 

源白深城と会った時。朝槻真守は真っ白だった。

人に興味がなかった。

それは心を閉ざしていたのではないく、人に心を配るという意味が分からなかったのだ。

 

そんな怪物じみた朝槻真守に、源白深城は笑いかけてくれた。

 

喜びも悲しみもその意味を理解していなかった朝槻真守に、人との付き合いすら理解できなかった朝槻真守に──神さまのように真っ白な存在に、全てを教えてくれた。

 

「深城は愛してる」

 

真守はAIM拡散力場を、人間のさまざまな想いを自身の体と認識していても、()()()()源白深城のことを想って告げる。

 

「深城は信じてる。私を、この学園都市のみんなを。全員の行く末を見守っている。みんなの幸せを願ってる。優しい人たちの中で、私がいつまでも幸せに暮らせることを祈ってる!!」

 

真守は薬味久子を断じる。

 

「お前はあの子とは違う。深城が当然として分かっていることを全く理解していないお前に、深城と同じことができるはずがない!」

 

薬味久子は本能的に恐怖した。

圧し潰される。

この清らかで純粋無垢で煌めきを放っている人の想いを、自分は受け止めきれない。

 

こんな眩しすぎるものは見ていられない。

 

だから薬味久子は、こんなものを体と認識して愛している源白深城が化け物に思えた。

 

「お前と深城は違う。だからたったそれだけの祈りや願いで圧し潰されるんだ!!」

 

真守は自分が手を肩に置いていたフレメアの名前を呼ぶ。

 

「フレメア!」

 

「にゃあ!」

 

フレメアは真守に名前を呼ばれて返事すると、薬味久子を睨みつけた。

 

「大体、こんな簡単なことを理解していないあなたに、私たちの幸せを邪魔なんてさせない!!」

 

フレメアは自分の大事なものを守るために、薬味久子に立ち向かう。

そして真守は声を上げた。

 

「深城の中から出ていけ。そして自分を見つめ直せ、人間!!」

 

真守はフレメアの協力を得て、薬味久子の存在をAIM拡散力場から弾き飛ばした。

濃淡コンピュータである薬味久子は再びどこかへと宿るだろうが、AIM拡散力場という強力なものから弾かれた行く先はたかが知れている。

そして真守とフレメアは、現実へと帰還した。

 

「ふれめあ。ありがとう、わたし一人じゃむりだった」

 

真守が現実に戻ってきて舌足らずな声で告げると、フレメアは頷いた。

 

「にゃあ、私もありがとう。ヒーローになれたのは、あなたのおかげだから!」

 

そんなフレメアと真守の前で、垣根帝督は圧倒的な物量で恋査を圧倒した。

真守の力の一端(いったん)だとしても、一端だけでは『無限の創造性』に勝てる道理などない。

ましてや世界を組み替えることができるようにチューニングされている真守以外で、その力を本当の意味で使いこなす事など不可能なのだ。

 

「ここで負けるわけにはいかねえんだよ……っヒーローとしてオレたちのことを助けるのに間に合わなかったアンタたちなんかにィ!!」

 

恋査()()にとって、薬味久子は恩人だった。

圧倒的な『闇』の前で折れそうになった時、薬味久子が恋査として生きる道を教えてくれたのだ。

 

だから恋査となった人間は何を()そうとも、薬味久子のために戦うと決めたのだ。

垣根は、圧倒的な『無限の創造性』を前にして叫ぶ恋査を睨みつけた。

 

「さっき真守が言っただろうが」

 

垣根帝督は朝槻真守がフレメアに告げたことを、そっくりそのまま告げる。

 

「ヒーローは待ってるモンじゃねえ。資格があろうとなかろうと、自分が()るモンだってなあ!!」

 

垣根は恋査の体に純白の翼を叩きつけて、真っ二つにした。

しかもその未元物質(ダークマター)の翼には垣根がジャミングの一種の性質を付与しており、それを叩きこまれた恋査は沈黙する。

 

「もうこのクソサイボーグの体は使えねえが、これでも一応死なねえように気を使ったぜ」

 

垣根はそう告げながら未元物質(ダークマター)の翼をはためかせて、上条当麻のそばに降り立つ。

 

「……コイツも色々あったと思う」

 

上条はバチバチと電気を散らしながら、沈黙している恋査に近づいた。

 

「でも朝槻や垣根が言ったように。一番助けたかった誰かを助けられる方法を考えて考えて。……そして足掻いて、俺たちが間に合うまで抗えばよかったんだ」

 

上条の言葉を恋査は機能停止していく思考の中で聞いていた。

だが何も応えることができないまま――恋査は沈黙した。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

垣根と真守は第一三学区にある、薬味久子の根城である大学付属病院に来ていた。

 

「体内構造を能力者と同一にすることで能力の噴出点として体を機能させ、その人間の能力を使用できる、か。良くできてるじゃねえか、恋査ってのは」

 

垣根は薬味が所有していた恋査という、維持費が高すぎて学園都市に一体しか用意できない、サイボーグについての資料を声に出して読む。

 

「のうりょくは人にやどる。魂にやどる。じがに宿る。ほんらいならば、他人ののうりょくを借りうけることなんてできない」

 

真守はテーブルへと、頑張って背伸びをしながら告げる。

そのテーブルの上には、透明な円筒形の透明な容器が並べられていた。

中にはぶよぶよとした赤黒い小さな塊が入っている。

それは、人間の視床下部だ。

 

「ふつうは無理なのに、れんさはたにんの能力をかりうけられる。のうの視床下部いがいをせつじょし、すべてを機械におきかえることによって、それができるようになっている」

 

命の最小単位。そこまで人を削ることによって、人は他人と同等の存在になれる。

恋査は生物学的にはほぼ人間だ。

だが体の隅々(すみずみ)まで機械でできており、その脳ですら視床下部を(のぞ)いて例外ではない。

 

真守の目の前に置かれている視床下部だけにされた人間が入った容器には、番号が振られている。

 

それは#030から#40と書かれており、真守は手に#28と#29と書かれた容器を持っていた。

 

それは浜面と黒夜を襲った人物のものと、垣根帝督と音速戦闘を繰り広げた人物のものだ。

真守は垣根と一緒に、後始末としてひそかに回収していた。

そして頑張って背伸びをして、真守は丁寧に#28と#29をテーブルの上の列に加える。

 

「その視床下部ですら恋査にとっては消耗品だ。だからストックされてやがるんだな」

 

視床下部だけになれば、当然として思考もできなくなる。

そんな彼らを視界の端にとらえたまま、垣根は資料を読み進めていく。

 

「れんさはみんな、こうならなくちゃいけないように追いこまれたひとたちなんだな」

 

真守は薬味久子関連でハッキングを仕掛けて、片っ端から恋査の中の人間たちを探していた。

だがそこにはあまり情報はなかった。

情報を消去しなければならない程に、恋査の中身になっていた人々は追い詰められていた。

 

「……真っ当じゃねえ。でもこいつらにとっては、薬味久子は救済だったんだな」

 

垣根は未だネットワークが断裂しているとしても、高性能な人工知能として機能しているために情報収集ができるカブトムシたちへ、手動で命令を出しながら真守を見た。

 

「で、どうするんだ? いまの技術じゃこいつらをもう一度思考できる人間にはできねえはずだぜ」

 

垣根が問いかけると真守はトテトテと歩いて、ぎゅっと垣根のズボンの(すそ)を握った。

 

「かきね、おねがいだ。かきねの『むげんの創造せい』であのひとたちをたすけてほしい」

 

垣根帝督ならば、彼らに恋査というサイボーグではなく、新しい体を与えることができる。

その体を用意することは簡単だ。何故なら視床下部という命の最小単位があるためだ。

 

生命の神秘を創造するという、まったく新しい未知の生物を造り上げるよりも。

真守の望む命が宿っていない空っぽの体を造ることよりも。

ただの体を用意する事は、(はる)かに楽なことである。

 

「しょうがねえな。お前の頼みなら聞いてやる」

 

垣根は小さく笑うと、ちんまい真守を抱き上げる。

 

「どん底に落ちたヤツでも俺が救ってやるよ。お前のためなら、らしくねえことをやってもいい」

 

「ふふ、とてもこころ強いな」

 

真守は垣根にぎゅーっと抱き着く。

そんな真守のいつもより小さい背中を垣根は撫でながら、目を柔らかく細めた。

 

「恋査については後始末が終わったな。後はお前が弾き出した薬味久子をどうするかって話だが」

 

「うむ。やくみひさこをついせきするならば、まずはもとの体にもどらないとな。ていへいさんたちとよぼうたちが合流してからけっこう経ってるから、AIMじゃまーの方はなんとかしてくれたはずだし」

 

朝槻真守はAIMジャマーと呼ばれる、能力者のAIM拡散力場をかく乱する装置を応用することで、その動きを止められていた。

つまりAIMジャマーをなんとかして対策を構築すれば、元に戻ることは可能なのだ。そしてきちんと対処すれば、これ以降AIMジャマーの脅威にさらされることもなくなる

 

「いま帝兵に指示を出してハッキングに対抗できるようにネットワークを刷新(さっしん)させてる。もうすぐでカブトムシ(端末)のネットワークが復旧するから、それで状況確認しようぜ」

 

垣根の言葉に、真守は小さくてかわいらしいまゆをひそめた。

 

「やくみひさこをはじき飛ばしたし、AIMじゃまーもなんとかしてる。たぶん、みしろはもうおきるとおもうんだけど……家にかえるの、きがのらないなあ」

 

「? なんか不都合でもあんのか?」

 

垣根が少し嫌そうにしている真守の言葉に首を傾げていると、真守はそっと目を逸らす。

 

「かきね、みしろはひかえめに言ってもわたしをあいしてる。わたしのことがぜんしん大好きなみしろがいまのわたしをみたら、どうなるとおもう……?」

 

「あ」

 

垣根は思わず声を上げる。

 

真守は現在、幼女の姿をしている。

ぷくぷくとした頬に、あどけない表情をしている。

それは大変かわいらしいのだ。

 

そして真守大好き人間である源白深城が、どこからどう見てもかわいい幼女真守を見たらどうなるか。

それは想像に、(かた)くない。

 



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第四一話:〈親愛存在〉の興奮と収束

第四一話、投稿します。
※次は少しお休みをいただきまして、八月二五日木曜日更新予定です。


AIMジャマーによるAIM拡散力場の乱れと、薬味久子という異物混入で意識を失っていた源白深城。

無事に目を覚ました深城は真守たちが帰ってくるのを待っており、幼女真守の姿を見た途端に顔を輝かせた。

真守と垣根の、想像通りである。

 

「いやあああああああ何この真守ちゃぁあああん!!!!」

 

今の幼女の姿をした真守は深城ほどではないにしろ、誰もが愛らしいと思うのは当然だった。

ぷくぷくとした頬にあどけない表情。そして柔らかで小さな肢体。

それに加えてヘーゼルグリーンの瞳が可憐だし、真っ白で猫耳ヘアに結い上げられた髪の毛はふわふわとしてて、見るからに触り心地が良さそうなのだ。

 

そんな誰もがかわいいと思う今の真守に、真守大好き人間である深城は興奮したまま即座に詰め寄る。

真守は詰め寄ってきた深城へと、垣根に抱き上げられたまま小さい手の平を向けた。

 

「みしろ。おちつ、」

 

真守は深城に冷静になるように告げるが深城は真守の言葉を途中で(さえぎ)り、垣根から真守を強奪して大きく(かか)げる。

 

「真守ちゃんかわいい!! 何コレ何コレ!! あたしが気絶している最中に何があったの!? かわいい!! かわいいぃぃぃうおおおおおおお!!」

 

興奮のあまり、何故か雄たけびを上げる深城。

そんな深城に高い高いをされた状態の真守は、小さなおててとあんよを重力に逆らわせることなくぷらーんと垂れ下げ、観念したように口を開いた。

 

「もう、すきにしたらいいと思う……」

 

「かわいいっかわいいよ垣根さん! 真守ちゃん一生このままでいいよね!?」

 

深城が興奮した様子で告げると、垣根は即座に声を荒らげた。

 

「いいわけねえだろ、そんなちっこい真守! 俺が抱き上げなきゃよちよち歩きしかできねえんだぞ!」

 

真守の現在の体は元々実験的に造られたため、あらゆる細胞が未成熟のままである。

そんな未成熟の体を真守は能力を駆使してなんとか頑張って動かしているのだが、頑張っても足取りがふらふらとおぼつかないのだ。

だから垣根は『博覧百科(ラーニングコア)』に真守を連れて行きたくなかったのだが、幼児真守を放っておくわけにもいかずに連れて行ったのだ。

 

垣根がそのことについて言及(げんきゅう)すると、深城は顔を輝かせた。

 

「えーよちよち歩きしかできないのぉ!? かわいい!! もう一生このままでいい!」

 

深城はきゃーっと歓喜の悲鳴を上げて、幼女真守のぷくぷくとした頬に優しく頬ずりをする。

 

「だからダメだっつってんだよ!! 真守の人権考えろ!!」

 

「でもでも垣根さん! この状態の真守ちゃんだったら勝手にどっかに行かないよ!?」

 

「……、」

 

垣根は深城の言葉に思わず無言になる。

確かにこれだったら真守は自由にどこかに行くことができない。

手元で愛でておくことができる。

 

しかも真守が自分の顔に似せて肉体を整えたことによって、真っ白だとしても垣根は自分の知らない真守の幼少期を見ているようなのだ。

 

真守は深城に揺らがされている垣根を見て、小さい拳を振り上げてぷんぷん怒る。

 

「おいかきね、ちょっと揺らぐな。このからだのわたしとえっちがしたいのか! ろりこんかおまえ!?」

 

「!! よくねえ!! 源白、真守を返せ!! 早く元に戻す!!」

 

真守とそういうことが致せないのは大問題だ。

垣根は真守を取り戻そうとするが、深城は真守のことを抱き上げたまま叫ぶ。

 

「いやあああちょっとだけ、ねえちょっとだけこの状態でいさせてええええお願いぃぃぃ!」

 

深城が真守のことを絶対に離さないと叫ぶので、垣根は苛立ちを込めて顔を歪ませる。

 

いつもなら泣かしてでも言うことを聞かせる垣根だが、深城に対しては大きく出られない。

深城には絶対に勝てないと、垣根は理解しているからだ。

 

真守は自分のぷくぷくとした頬に深城が頬をすり寄せてくる中、完全に死んだ目をしていた。

 

「みしろ。まだあとひとつ、しまつが終わってないからあとにして……」

 

「! じゃあじゃあそれが終わったらぎゅってして、なでなでしてぇ、すりすりさせてくれる!? それで一緒にお風呂に入ってぇ髪の毛乾かしてぇ、あ! 先にお夜食食べさせてあげた方が良いよね!?」

 

「うんわかったからおねがいはなして……」

 

やったぁぁぁ!! と叫ぶ深城を前にして垣根は今一度思う。

 

やっぱり源白深城には誰も勝てない、と。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

「こっちの方に飛ばしたんだけどな」

 

元の体に戻った真守は、第一三学区の路地裏に戻ってきて辺りを見回していた。

 

「ここに濃淡コンピュータの技術を代わりに使える気体や流体が本当にあるのか?」

 

垣根は真守と同じように、普通の裏路地と変わらない辺りを見回して呟く。

薬味久子は濃淡コンピュータの理論をAIM拡散力場に当てはめていた。

だが真守がフレメアの力を借りて弾き飛ばした時、他の流体力学の何かに当てはめて自身の存続をしたと真守は感じたのだ。

 

力を封じられていたとしても、朝槻真守は流れを読むことに長けている能力者だ。

だから確実にこの路地裏辺りに薬味久子の存在は飛んだはずなのだが、気配が全くない。

 

「真守ちゃん」

 

真守と垣根が辺りを見ていると、暗い方から声がして振り返った。

 

「クロイトゥーネ?」

 

真守が振り返ると、そこには白いワンピースのフロイライン=クロイトゥーネがいた。

 

「どうした。()()()()()()()()()?」

 

真守がクロイトゥーネの傷一つない体を見てすぐにそう告げると、クロイトゥーネは嬉しそうに笑った。

 

「大丈夫です。問題なし」

 

真守が齧られたと言ったのだから、垣根はクロイトゥーネが本当に何かに齧られたのだろうと、理解する。

そんな垣根の前で真守はクロイトゥーネの前で腰を下ろし、目線を合わせてクロイトゥーネの頬に触れる。

 

「二つ星。不味くはなかったです」

 

「もしかして薬味久子の存在情報を食べたのか?」

 

真守がクロイトゥーネが何をしたか即座に理解して問いかけると、クロイトゥーネは頷いた。

 

フロイライン=クロイトゥーネは真守が方向性を調整したとしても、本来の機能として情報を食べることができる。

 

おそらくクロイトゥーネは、流体力学に当てはまる何かを自身の体とした薬味久子の情報を食べたのだろう。

 

「お仕置きしました。私の友達を傷つけた、お仕置き」

 

「お仕置き?」

 

真守が問いかけると、クロイトゥーネはコクッと頷いた。

 

「長い長い時間をかけて、本当に自分を見つめることができたなら、その時は最後の一切れも食べてあげる。そう約束しました」

 

どうやらクロイトゥーネの説明を聞くに、薬味久子がこれ以上悪さできないように彼女を弱体化させるために薬味久子の存在情報を食べたらしい。

だが食べられることすら、薬味久子にとってはさらなる高みへと臨めるものだった。

それを与えるのは(しゃく)だったため、クロイトゥーネはわざと思考が少しだけできる状態で食べ残したらしい。

 

「偉いぞ、クロイトゥーネ。殺すのは良くないからな」

 

「えっへん。真守ちゃんに教えてもらいましたから。命があれば何度だってやり直せるって」

 

真守に褒められたクロイトゥーネは得意気に胸を張る。

そんなクロイトゥーネを真守が頭を優しく撫でると、嬉しそうに目を細めた。

真守がクロイトゥーネの頭を撫でていると、垣根は甲斐甲斐しい真守に声を掛けた。

 

「薬味久子の件は大丈夫って事だな」

 

「うん。これでおおよそ問題は片付いたな」

 

真守はクロイトゥーネのことを抱き上げて、垣根へと近づく。

垣根はそんな真守を見て、気がかりなことを口にした。

 

「お前の避難先を作れたのは良かったが、AIM拡散力場経由以外の枷についてはどうしようもねえな」

 

「うん。枷は私に認識できないものだからな、使われてみないと分からない」

 

真守は肩をすくめながら、それでも微笑んで垣根を見上げた。

 

「垣根が用意してくれた避難先の体をきちんと整備しておけば、後手だとしても対処可能だから大丈夫だろう。私のこの体を縛ることができても、垣根の造ってくれた体は縛れない。行き当たりばったりになるけど、対処できるだけマシなものだな」

 

真守は今回の騒動で自分たちに穴があると知った。

色々対策を構築しなければならなくなったが、とりあえず自分たちに穴があると知ることができて良かった。

そんな真守をクロイトゥーネが不安そうに見た。

 

「真守ちゃん、傷つけられました。大丈夫?」

 

「うん、大丈夫だぞ。クロイトゥーネも傷ついたのにありがとう。とても助かった」

 

「えへ。真守ちゃんのためになれてうれしい、です」

 

真守は柔らかく微笑むと、クロイトゥーネの顔に掛かっている髪の毛を優しく撫でる。

そしてクロイトゥーネのことを抱き直すと、垣根の事を見上げた。

 

「帰ろう、垣根。深城がお夜食用意して待ってくれてる」

 

真守が声を掛けると、垣根は頷く。

 

そして三人は後始末を終えて、帰宅した。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

夕食、というか時間的に真守の言う通りに夜食の後。

真守は二階のラウンジのソファの上に座って、自分の膝の上に乗せた垣根帝督が未元物質(ダークマター)で造り上げた幼女真守の体に干渉しながら目を細める。

 

今の内に体を調整しておく必要があるのだ。

 

真守が自分の使いやすいように避難先の体を組み上げ直していると、トコトコと林檎がやってきた。

 

「朝槻」

 

「林檎。どうした?」

 

真守が声を掛けると、寝る準備が万端になっているパジャマ姿の林檎は手に持っていたマグカップを真守に渡してきた。

 

「お疲れ様」

 

真守がマグカップを受け取ると、中にはホットミルクが入っていた。

 

「ありがとう、林檎」

 

真守は自分の隣に座った林檎に目を向けて微笑む。

 

「この朝槻、私より小さくてかわいいね」

 

林檎は上機嫌で、幼女真守のぷくぷくとした頬をぷにぷに触りながら告げる。

真守は林檎の上機嫌ぶりを見て、ムッと口を尖らせる。

 

「……随分と嬉しそうだな」

 

「嬉しい。かわいい。朝槻、とってもかわいかった!」

 

真守は柔らかく微笑んだ林檎を見て、微妙な気持ちになる。

どうやら林檎は自分よりも小さい真守が大変気に入ったらしい。

真守は自分の新しい避難先になる体を落とさないように、ゆっくりとホットミルクを飲む。

 

すると真守を見習って、林檎もこくこくとホットミルクを飲んだ。

真守はマグカップから口を離して、林檎を見て告げる。

 

「牛乳ひげついてるぞ」

 

林檎は真守に指摘されて、舌で器用に舐めとって微笑んだ。

 

「ねえ、朝槻。今度ちっちゃい朝槻と一緒に色んなところ行きたい」

 

「ええー……。この体、少し成長させようと思ったのに。それはダメなのか?」

 

「絶対だめっ!」

 

真守は林檎に断固反対されて、顔をしかめる。

 

「……小さい姿だと、確かに色々得があるけど……でもなあ」

 

幼女というのは、無条件で誰もが優しくしてくれる存在だ。

避雷針に突入した際も真守の姿を見て警備員はほっとしていたし、信頼を即座に得られるのは良いことだ。幼女の姿をしている役得というものである。

 

(でも一五歳なのにわざわざ人を(あざむ)いて幼女の姿をするのって、計算ずくで気に入られようとするあざとい女みたいじゃないのか?)

 

真守がしかめっ面のまま心の中で呟いていると、上条と連絡を取っていた垣根帝督がやってきた。

 

「真守。上条に後始末終えたって伝えたら、詳しい話を聞きたいっつってたぜ。どうせお前明日見舞いに行くだろ。だから明日話すって言っといた」

 

「ありがとう、垣根」

 

真守が自分の肩に柔らかく手を置いてきた垣根に感謝すると、林檎は垣根に視線を寄越した後、真守を見た。

 

「朝槻のクラスメイト、また入院してるの?」

 

林檎が首を傾げるので、真守は頷く。

 

「あいつは生身で戦ってるからな。生傷が絶えない。──そういえば垣根、浜面や黒夜も同じ病院にいるんだよな?」

 

「ああ。多分な」

 

真守が垣根に聞いて垣根が答えると、林檎は目を(またた)かせた。

 

「あの子もケガしたの?」

 

真守と垣根は二人して林檎を見て微笑む。

 

「気になるのか?」

 

真守が問いかけると、林檎は頷いた。

 

「うん。黒夜海鳥って子。一緒だったから。あんまり話したことないけど……でも、気になる」

 

黒夜海鳥と杠林檎は同じ『暗闇の五月計画』の被験者だった。

 

絹旗最愛もそうだが、彼女たちは被験者が暴れたことで計画が失敗に終わった後、散り散りとなっていた。

 

あの研究所では、多くの子供が使い潰されていた。

だから他人の命なんて気にしている余裕なんてなかった。

それでも林檎は今は亡き流郷知果に、優しくされたことを覚えている。

 

「あの時は優しくできなかったけれど、いまは大事にしたいって思うの」

 

林檎は真守と深城と、そして垣根と共に過ごした生活の中で、心にゆとりができた。

だから、今なら自分の気持ちを黒夜に伝えられると思う。

そう考えた林檎の頭を、真守はマグカップを垣根に渡してから優しく撫でた。

 

「行こう、林檎。自分の気持ちを伝えに」

 

真守が柔らかく告げると、林檎は幸せを感じて儚い笑みを浮かべた。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

次の日の昼過ぎ。

浜面仕上が第七学区のマンモス病院にて車椅子の黒夜海鳥と休憩スペースで話をしていると、上条当麻に声を掛けられた。

 

「よお」

 

「……なんていうか、お互い酷いことになったな」

 

浜面と黒夜に比べれば上条はそこまでではないものの、やっぱり怪我を負っていた。

だが上条当麻は慣れている様子で、柔らかく笑った。

 

「生きているだけでもマシな方だよ」

 

浜面がその言葉に苦笑していると、新たな人物が加わった。

 

「上条」

 

「朝槻! よかった、ちゃんと戻ったんだな!」

 

上条は大切な友達である真守を見て、明るい声を上げて笑った。

 

「戻った?」

 

浜面は上条の言葉を聞いて首を傾げる。そんな浜面の横で、黒夜は目を丸くしていた。

 

真守が(かたわ)らに林檎を連れてきていたからだ。

かつて一緒に『暗闇の五月計画』という被検体になっていた少女。

林檎は真守のそばから離れると、テテテーッと走って黒夜に近づく。

 

「ん」

 

そして一つ(うな)って、手に持っていたフルーツの籠を黒夜の膝の上に置いた。

 

「…………私に、…………?」

 

膝の上に乗せられたお見舞いの品に黒夜が戸惑っていると、林檎は柔らかく微笑む。

 

「うん、お見舞い」

 

林檎がにこっと笑うので、黒夜は戸惑ってしまう。

 

黒夜海鳥は、フレメア=セイヴェルンを殺したという汚名をサイボーグの恋査に負わされそうになっていた。

 

そして巻き起こった戦闘。

その時共闘まがいになっていた浜面仕上のことを信じられずに、黒夜は反撃のチャンスをふいにしてしまったのだ。

 

この世界にも、踏みにじってはならない淡い光のようなものがあった。

それが浜面仕上で、黒夜はそれを踏みにじったことを後悔した。

そして全てが終わって。黒夜海鳥は信じたいと思った。

浜面仕上だけでもいいから、信じてみたいと。

 

だが。

かつて共に地獄の底にいた少女も、自分へと淡く光り輝くものを手渡してくれるらしい。

 

黒夜はその優しい温かなものに柔らかく笑うと、滑らかな手つきでフルーツの籠に触れた。

腕だけが滑らかに動くのは彼女が腕をサイボーグ化しているからだ。

 

自分が劣等感を抱いて捨てた腕で。

温かかった物を捨ててしまった手で。

黒夜海鳥は林檎からの優しさを受け取った。

 

「………………ありがと」

 

黒夜が柔らかく微笑むと、林檎はにぱっと笑顔を見せた。

 

「うん。お医者様から聞いた。少し長引くって。何かあったら呼んでね。手伝いに来るから」

 

林檎が柔らかく告げると、黒夜はそっぽを向く。

 

「……両手が動きゃ入院生活で困ることはない。全身も後遺症が残らないって話だ。けど………………時々、話し相手になってくれると嬉しい」

 

「分かった」

 

上条たちは黒夜の変化に首を傾げていたが、真守だけは微笑を浮かべていた。

 

「なあ。結局、今回の件はどうなったんだ?」

 

真守は薬味久子と恋査が起こした『人的資源(アジテートハレーション)』プロジェクトと、その真の目的にも関わる濃淡コンピュータについての説明を簡単にした。

 

そして事態は収拾し、コストの関係で学園都市に一体しかいない、恋査の中身として使われていた視床下部だけにされた人々も垣根が現在進行形で助けようとしていること。

 

濃淡コンピュータに自らを落とし込めた薬味久子も、フロイライン=クロイトゥーネの協力があって弱体化させることができたと真守は説明した。

 

真守の説明が分かりやすく、浜面も上条も納得いった様子だった。

 

それと真守は幼女になった理由と自分が学園都市によって施されたあらゆる枷と、その対策についてもきちんと考えていると話した。

 

だが真守は垣根がカブトムシのネットワークの強化をして、その他に濃淡コンピュータという技術を未元物質(ダークマター)に活用しようとしていることは浜面たちに伝えなかった。

 

今でさえ垣根は軍勢を率いることができているのに、さらにパワーアップしようとしているなんて浜面が知ったら戦々恐々とすると思ったからだ。

 

「後始末は大体終わったし、対策もした。だからお前たちはケガを治すことだけを考えていてくれ。大丈夫だから」

 

真守が心強い言葉を伝えると、上条が顔をしかめた。

 

「でも何かあったら俺も手伝うから、言ってくれ」

 

「第一位や第三位に手助けは要らねえと思うが、世話になってるからな。できることがあったら言ってくれよ」

 

上条と浜面は真守に強大な力があるのを知っている。

それでも二人は真守のことを大切な一人の少女として見て、助けようとしてくれる。

 

「ありがとう」

 

完成された人間だとしても、どこにでもいる普通の女の子として見られるのは幸福な事だ。

真守がお礼を言うと、二人は柔らかく笑った。

 

「よお。話は終わったか?」

 

垣根は遅れてやってきて、談笑している真守たちに声を掛ける。

 

「うん。垣根は先生と話は終わったか?」

 

真守が問いかけると、垣根は「一応な」と頷く。

 

垣根は恋査を動かすために視床下部にされた人間について、冥土帰し(ヘブンキャンセラー)と話をしていたのだ。

 

『無限の創造性』を持つ垣根帝督でも、流石にリハビリやその後については医療専門の冥土帰し(ヘブンキャンセラー)に相談するべきだと思ったのだ。

 

カエル顔の医者と垣根が何を話していたのか気になった浜面仕上と上条当麻は、垣根へと声を掛ける。

 

二人と垣根が話す姿。

良く見る光景となったがその様子を見られるのが真守は嬉しくて、ふふっと小さく笑いながら見守っていた。

 

そして黒夜は人を気遣う気持ちが理解できるようになったため優しく微笑み、林檎もそれが嬉しくて小さく笑みを浮かべて話をする垣根を見ていた。

 




『人的資源』プロジェクト篇、これにて終了です。
次回から、世界終焉篇が始まります。
この辺りからオリジナルのタイトルになりますが、お楽しみいただければ幸いです。


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新約:世界終焉篇
第四二話:〈世界不穏〉と純正光臨


第四二話、投稿します。
※次は八月二九日月曜日です。
更新日は三日おきから変更で、毎週月・木曜日更新となります。


世界滅亡が人知れずに巻き起ころうとしていたその日。

朝槻真守は学校へと行かなかった。

 

自宅の一室。

垣根帝督が未元物質(ダークマター)で満たした部屋の中心には、人造人間が浮かぶ培養槽がある。

 

真守はその前にいた。

絶対能力者(レベル6)としての、神さまとしての姿で。

 

蒼みがかった星の煌めきを内包するプラチナブロンドの長い髪。

蒼閃光(そうせんこう)で形作られた六芒星を基にした幾何学模様の転輪。

そして背中に(たずさ)えられた蝶の羽の翅脈(しみゃく)のように、縦横無尽に空間を(おか)す小さな歯車の連結で生まれた後光。その歯車が無数に回転する音で響く荘厳な曲。

 

もちろん超常の証である、頭を(おお)うように展開された純白と黒の一対の翼と、背中から生える互い違いに生えた黒白の五対一二枚の翼も健在だ。

 

その出で立ちは絶対能力者(レベル6)として顕現した時から変わらない。

 

だが宇宙の煌めきを閉じ込めたように輝く肢体を覆う装束は、その形を変えていた。

 

以前は純白の結晶で作られたドレスが、漆黒の拘束ベルトで雁字搦めになっていた。

だがその拘束ベルトが外れており、真守のエメラルドグリーンの瞳を隠していた拘束ベルトも消失していた。

 

それはアレイスターが(ほどこ)した(かせ)を右方のフィアンマが無理やり剥ぎ取った結果なのだが、もちろん真守は自分を縛る枷がもう一度欲しいとは思わない。そのためそのままになっている。

 

黒と白の淡い光が乱舞する中、真守は培養槽から人造人間の体を出して抱き上げた。

 

そして無機質なエメラルドグリーンの瞳をそっと伏せる。

 

六対一二枚の翼を部屋いっぱいに引き延ばして蒼閃光(そうせんこう)の光を(ほとばし)らせて、真守は祈る。

 

神として。自分を必要とする者たちのために。

そうして、朝槻真守は。

この世界に自分を必要とする者たちの最初の一体を降ろした。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

八乙女緋鷹は朝槻真守の自宅で紅茶を(たしな)んでいた。

もちろん、真守のことを神さまとして必要とする存在に会うためだ。

 

「この紅茶とてもおいしいわ、深城さん」

 

緋鷹が一口飲んで感想を正直に告げると、深城は真守のお気に入りのクッキーを出しながら微笑む。

 

「ほんとぉ? うれしい、真守ちゃんもお気に入りなの」

 

深城が笑う中、林檎はミルクティーにいれるはちみつをペロッと舐めて目を輝かせた。

 

「深城。このはちみつ甘くておいしい」

 

「よかった。猟虎ちゃんが教えてくれたの。今度お礼言おうねえ」

 

深城がご満悦の林檎を見て自分も紅茶に手を伸ばす中、垣根は窓辺に近寄って携帯電話で通話をしていた。

 

垣根が手にしているのは真守の携帯電話だ。

そして電話の相手は真守の母の双子の姉、アシュリン=マクレーンだった。

 

真守の母方の実家、マクレーン家は現在のイギリス建国前からの魔術大家であり、近代西洋魔術とは一線を画する立ち位置にいるケルトの一族だ。

 

アシュリンが真守に電話をして来たのは、彼女が『グレムリン』を掃討するために集まった連合勢力と真守の中継役となっているからだ。

 

現在。世界の各国や各勢力のトップはアメリカのニューヨークに集まっており、そこで魔神オティヌスへの反抗作戦を開始していた。

 

魔神オティヌスは被害を出し過ぎた。これ以上の蛮行を許さないために、人類は一丸となって対抗しているのだ。

 

反抗作戦において一番の懸念事項は、未だに接触してこない学園都市統括理事長、アレイスター=クロウリーだ。

 

そのため学園都市の中枢に食いこんでいる真守と血縁関係のあるマクレーン家がニューヨークに呼ばれており、真守との中継役になっているのだ。

 

もちろん、この街の主はバカじゃない。

おそらくアシュリンと真守の携帯電話の通話を盗聴しているだろう。

それでも表向き大きな動きがないのは余裕の表れか、興味がないのか。

 

アレイスターの意図を理解できない垣根は、とりあえず何も気にせずにアシュリンの言葉に耳を傾けていた。

 

魔神オティヌスは、あと半日もすれば神槍『グングニル』を製造し終わる。

 

そうなればオティヌスが圧倒的な力を持つことになり、彼女の思想一つで大量虐殺が行われる世界がやってくる。

 

強大な力を手に入れた者を止めることができるのは、同じく世界に新たな定義を加えて世界を意のままに操ることができる存在だけだ。

 

つまり、神人(しんじん)。──朝槻真守。

 

アレイスターが加工した、不完全な人間から正統に進化した完璧な存在。

 

真守も真守で世界にとっては結構な脅威だ。

だが朝槻真守の人間性を知っている人々からすれば、非人道的な行為を許さない真守の公平さとは絶対的な信頼がある。

 

そもそも真守は人間であった頃から清く正しく動いている。

そういう実績があって頼られているのだ。これは完全に真守の人徳によるものである。

 

だが現在、朝槻真守は神としての責務を果たすために動けない状態にある。

 

「真守はいま手が離せねえ。『グレムリン』掃討にすぐには参加できない」

 

〈真守ちゃんに全てを任せようなんて思っていないわ。今は戦力が足りていますし、もし万が一『槍』が製造されてしまえば止めてほしいというところね〉

 

アシュリンは真守にやってもらいたいことを口にしながら、怪訝な表情をする。

 

〈わたくしが直接真守ちゃんに連絡を取っても何もしてこないところを見るに、本当に統括理事長サマは動かないつもりなのね〉

 

「アレイスターは大体無関心だ。一端覧祭の時に『グレムリン』が出張ってきた件についても、真守に丸ごと放り投げたしな」

 

垣根はアシュリンに軽く応答しながら、心の中で呟く。

 

(ロシアの時にあれだけ派手に動いたのは、どうしても羊皮紙が欲しかったからだが……ってのは言わなくていいか。そこら辺はイギリス清教も掴んでるだろうし)

 

アシュリンは困ったようにため息を吐く。

 

〈学園都市は強大な力を持っているでしょう? だから『グレムリン』掃討作戦の時にかち合うのを一番避けたいのよね〉

 

「『船の墓場(サルガッソー)』っていう『グレムリン』のアジトの場所はまだ分からねえんだよな?」

 

垣根が問いかけると、アシュリンはこれまた面倒なのか顔をしかめる。

 

〈ええ。今は連絡を待つしかないわ。……それもこれも、ちょっとイリーガルな人たちが居場所を探っているからなのよ〉

 

「『明け色の陽射し』と魔神のなりそこないのオッレルス。それと聖人とワルキューレと聖人の二重属性だな」

 

垣根がわざと右方のフィアンマを(はぶ)くと、アシュリンは頷く。

 

〈潜入している彼もちゃんとした連絡は難しいけれど、なんとかするはずって言うのが聖人の言い分ね。それと知ってるだろうけど、黄金の傍系は現在学園都市で幻想殺し(イマジンブレイカー)の少年のそばにいるわ。彼を(かなめ)として使うのに、黄金の傍系が無理を通したのよ〉

 

アシュリンはそう告げると、くすくすと笑う。

 

〈ふふっ。あの必死っぷりは幻想殺し(イマジンブレイカー)のあの子をお兄ちゃんのように(した)っているみたいだったわあ?〉

 

真守以外の前では意外と毒舌なアシュリンの言葉を聞きながら、垣根は上条当麻について考える。

 

「さっきこのケータイに連絡があってな。それは上条本人から話は聞いてる。いまは第二三学区のショッピングモールで楽しくやってるみてえだ」

 

垣根はショッピングモールで女の子に囲まれているハーレム野郎こと上条当麻をカブトムシの視界で捉えながら告げる。

 

ちなみに話題に出てきたレイヴィニア=バードウェイと上条は、一端覧祭の時に一応ケリをつけている。

 

その時上条当麻はバードウェイに対して、『世界の一番危険なトコに俺を放り込まないと拗ちゃうぞ!(意訳)』みたいなことを言ったのだ。

 

それでも上条はバードウェイが突然襲来してきて自分を連れて行こうとするのに不平不満を言っていたので、なんだかよく分からない男である。

 

「アレは自己犠牲の塊だ。せいぜい使ってやったらいい」

 

垣根が呆れて吐き捨てるように上条当麻を評価すると、アシュリンはくすくすと笑った。

 

〈真守ちゃんも案外そのようなものだから、ちゃんと守ってあげてね〉

 

「真守は元々自分の幸せについては真剣に考えるヤツだ。問題ねえ」

 

〈そう。()()()と違って本当によかったわ〉

 

アシュリンの言っている『あの子』とは、死んでしまった真守の母親、アメリアのことだ。

アシュリンがどうしても真守の幸せを守りたいと考えているのは、幸せになれなかった妹の影響が多大にある。

 

「……絶対に不幸せになんかしない」

 

垣根は現在神さまとしてやるべきことをしている真守のことを想って告げる。

 

真守がこれから降ろす存在はどのような存在か垣根帝督には分からない。

もしかしたら人間としての真守の幸せを損なう存在かもしれない。

その場合、自分は何があっても真守のことを守らなければならない。

 

神さまとしての真守に恨まれることになっても。

人間としての真守の幸せを守るためには、戦わなければならない。

 

〈頼りにしてるわ〉

 

垣根はアシュリンとの連絡を切って、窓から空を見上げる。

何の変哲もない、学園都市のいつもの空だ。

だが確かに世界は変わろうとしている。

朝槻真守を神と掲げる彼らの光臨によって。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

数時間後。

学園都市は大きく騒ぎ始めた。

その元凶はもちろん『グレムリン』だ。

 

『グレムリン』の本拠地である『船の墓場(サルガッソー)』が、実は東京湾にあったからだ。

 

そして『船の墓場(サルガッソー)』の位置を知られた『グレムリン』が行動を起こし、学園都市へ攻撃を仕掛けてきたのだ。

 

東京湾にある『船の墓場(サルガッソー)』。そして東京の西部にある学園都市。

その二つが戦い始めれば主戦場になるのは東京二三区だ。

 

「俺は超能力者(レベル5)っつっても一学生だからな。詳しい事は分からねえ」

 

垣根帝督は再び連絡を寄越してきたアシュリン=マクレーンに告げる。

 

「だから上の連中に繋がってるヤツに確認取らせてる。それでも学園都市が決めたんなら俺たちは止められない。そこんところは分かってくれ」

 

垣根は連絡を取っている緋鷹を視界の端に捉えながら、アシュリンに告げる。

 

〈ありがとう、探ってくれるだけでもとても嬉しいわ〉

 

アシュリンは穏やかに告げて、微笑む。

 

〈あまりあなたたちを巻き込みたくないのが本音なのだけど。真守ちゃんもあなたも、わたくしにとってはかけがえのない存在だから〉

 

垣根は自分まで大切に想っているアシュリンの気持ちを聞いて、なんだか居心地が悪くなってしまう。

それでも少し言いづらそうにしながらも、垣根は口を開いた。

 

「……真守は自分のことを守ろうと思ってくれるだけで幸せそうに笑うヤツだ。だから、アンタが想ってくれるだけで、あいつは幸せを感じられる」

 

朝槻真守には力がある。

 

だから本来ならば他者の存在など不要なのだ。

完璧な存在のことを誰も気にする必要なんてない。

それなのに自分のことを考えて、想ってくれる。

それは幸せなことだ。本来ならばその幸せを受けとることができないハズなのだから。

 

〈……本当に、真守ちゃんはどこまでも追い詰められていたのね〉

 

アシュリンは寂しそうに呟く。

普通の女の子だったのに普通の女の子として扱われるのがおかしいところにいるなんて、追い詰められなければありえないことなのだ。

垣根が真守のことを思って目を細めていると、リビングの扉が開いた。

 

「待たせてしまったな」

 

真守の声が響く中、垣根は小さくアシュリンに断りを入れて電話を切った。

 

垣根が意を決して振り返ると、真守の腕の中には真っ白な髪にヘーゼルグリーンの瞳を持つ、ズボンタイプのセーラー服を身にまとった少年がいた。

 

中性的な外見なのはわざとだ。彼が生まれてから自分の性別を真守の力添えで決められるように、()えて体を未分化な状態で止めているからだ。

 

「お前が垣根帝督だな」

 

ロリでもショタでもない少年は、垣根を見て甲高い声を上げた。

深城も息を呑んで真守と少年を見ている。

林檎はよく分かってはいないが、それでも重要な場面であるとして黙っていた。

緋鷹はどこかへと連絡をしていたが、真守のことを神さまとして必要としている存在を見て緊張した様子だった。

 

「朝槻真守、あれが垣根帝督か?」

 

少年が何も言わない垣根にしびれをきらして真守のセーラー服を引っ張ると、真守はこくっと頷いた。

 

「うん。私の大事なひとだ」

 

真守がふにゃっと笑う姿を見て、垣根はほっと安堵した。

もしかしたら神さまとしての責務を果たした途端、真守が変わってしまうかもしれないと思っていたからだ。

何も変わっていなさそうな真守を見て安堵したのは、垣根だけではなかった。

深城も林檎も緋鷹も、そうだった。

 

「垣根帝督、体を用意してくれてありがとう」

 

真守に抱き上げられた少年は、垣根を見つめて小さく頭を下げる。

 

「おかげで朝槻真守に無理をさせずに済んだ。最初から空の器として構築するから犠牲が一切ない状態だとしても、生命の神秘を用いるのはなんか微妙に嫌だったのだ」

 

少年がお礼を告げる中、垣根は首を傾げた。

 

「……生命の神秘ってなんだ? どういうことだ?」

 

なんだかものすごい嫌な予感がして問いかける垣根の前で、真守は慌てて少年に声を掛ける。

 

「そ、それに関しては垣根にまだ言ってなくてな……っ」

 

「なんと。言っていなかったのか? それは悪いことをした。男女の関係であれば色々と問題があるものな」

 

そーかそーか、と頷く少年を抱きかかえたまま、居心地悪そうにする真守。

垣根は真守が自分に隠していることがあったのだと知って、機嫌を悪くした。

 

「……真守」

 

「いやっあのっ……ちゃ、ちゃんと言おうと思ってたんだぞ? でも別に言わなくてもいいかなあって思ってたし、ちょっと面倒な話だからしなくていいならしなくていいかなあって」

 

真守が慌てる中、深城はポンッと拳を手の平に叩きつけた。

 

「あぁ、そぉいうこと!!」

 

「源白、説明しろ。どういうことだ」

 

垣根が深城を睨むと、深城は人差し指を立てる。

 

「あたし、ずぅっと疑問に思ってたんだよぉ」

 

深城はニコニコと微笑みながら爆弾を投下した。

 

「どぉして真守ちゃん、神さまになっても垣根さんとえっちできるんだろぉかなって!!」

 

真守は深城に明け透けに言われて少年の胸元に顔を(うず)める。

 

「ほらほら、神さまって完璧な存在でしょぉ? よくSFとかでは子供ができなくなるって言うじゃない? 真守ちゃんは完璧な存在だからそぉいうのとは違うのかなあって思ってたんだけど! やっぱり大事な機能だから、真守ちゃんが残そうと思わなくても残ったんだよ!」

 

深城が笑顔で言う中、垣根は呆然とする。

 

絶対能力者(レベル6)に加工したのはアレイスターだが、朝槻真守は元々神さまとなるべく生まれた。

 

真守は神さまとして魂を創り上げることができる。

だから自分を神さまとして必要としている者たちの魂を構築し、生まれることを願っている彼らをこの世に降ろすことができる。

それでも剥き出しの魂は不安定だ。

だから真守はなんとかして自分を必要とする者たちのために()()()()()()()()があった。

 

垣根帝督が未元物質(ダークマター)という能力を持っていたからこそ、真守は器を垣根に求めることができた。

だからこそ真守と垣根は運命的な出会いを果たすことが決められていた。

 

でも垣根帝督がこの世にいなかったら?

アレイスターが真守のことを絶対能力者(レベル6)として加工しようと思わなかったら?

 

その場合、真守は自前で器を用意しなければならない。

 

 

つまるところ。それは自分の(はら)を使うことに繋がるのだ。

 

 

処女懐胎(かいたい)という事にはならないが、超常的な存在を身ごもるという意味では似たようなものである。

つまり、真守は他の誰かと致すことが運命づけられていた。

深城が気が付いたのは、そういうことである。

 

垣根はブチィッ!! と何かが切れた音が頭の中に響いたのを感じた。

本当に血管が切れたのかもしれない。

だが『無限の創造性』を持つ垣根帝督にとって、それは些細な事だ。

 

「……真守」

 

垣根はゆらっと揺れながらも真守に近づく。

そしてガッと真守の肩を掴んで叫んだ。

 

「テメエここまで来て俺を裏切るつもりかァああああああああああ────!?」

 

「裏切ってないっ! もしもの話だから垣根に言いにくかっただけで、実際には絶対にありえない話だからな!?」

 

真守は白い少年を守りながら、垣根に反論する。

垣根はそんな真守を見て、ブチ切れた様子で空間をぎしぎし軋ませた。

 

「うるせェ!! 裏切るかもしれねェ世界線があっただけで裏切りに決まってるだろォが!!」

 

「お、横暴すぎる……ッ!」

 

垣根帝督は自分がいない場合にしか起こらない未来であっても、そんな可能性が存在するだけで許せない。

器の小ささを発揮している垣根を見て、真守は思わず遠い目をする。

 

「どうして現実で絶対にありえない可能性(IF)なのに裏切りになるんだよ……この男、怒りでよく分からないこと口走ってる……過去イチめんどくさい……ッ!」

 

「うるせェ俺は面倒くさくねェお前が悪ぃんだろォが!!」

 

世界の行く末が決まるまであと少し。

垣根帝督は何よりも大切な朝槻真守に対して、今日も平常運転だった。




世界終焉篇、始まりました。
真守ちゃんを神さまとして必要とする存在がついに登場。
そして垣根くん、しっちゃかめっちゃかなこと口走ってます……。
まあ旧約一五巻で黄泉川愛穂に助けられそうになってた一方通行に怒りでめちゃくちゃなこと言ってましたからね。怒りで前が見えなくなるタイプだと思っています。


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第四三話:〈真実吐露〉と先手を打つ

第四二話、投稿します。
次は九月一日木曜日です。


真っ白な髪の毛に、ヘーゼルグリーンの瞳。

そしてズボンタイプのセーラー服を身にまとった少年は、ソファにちまっと座ってさくさくとクッキーを食べていた。

 

「うまいぞ、源白深城」

 

「ほんとぉ? 紅茶もいま淹れてるからちょっと待ってねえ」

 

深城は少年に話しかけられて、柔らかく微笑みながら紅茶を蒸らしているポットに目を向ける。

初めて食事というものをしている少年を他所(よそ)に、真守は呆れた表情で表情でソファに座っていた。

 

しかもイライラした垣根に後ろから抱きしめられ、顎を肩に乗せられた状態で。

垣根は真守のことを抱きしめながら、ぶつぶつと呟く。

 

「真守が純粋なエネルギーを練り上げて魂にするってのと、俺が体を作るっていうのはちょっと子供作るみてえだとは思った。でも子供を本当に作るのとは絶対に違う。絶対に違ぇんだよ……」

 

真守はぶつぶつと呟く垣根の声を聴いてため息を吐く。

そして複雑な心境になっている垣根の事を想って、自分の下腹部を何かから守るように抱きしめている垣根の手に優しく触れた。

 

「垣根。黙っててごめんな。ちょっと怒りすぎだと思ったけど、垣根にとってはそこまで衝撃的だったんだな。私は垣根とのこと、ちゃんと考えているからな?」

 

「当たり前だろこのアマそれでも許せねえことがあるんだよ」

 

垣根がここまで必死になってくれることは、はっきり言って真守にとって嬉しいことだ。

 

何故なら朝槻真守は神さまになるべく生まれた。

 

そして白い少年は真守を神さまとして必要とした。

この世に生まれ落ちたいと言っても、『彼ら』も生命の神秘を使いたくないとは言っていた。

 

だがそれでも真守は必要であれば、女としての子供を産む幸せを神さまとしての義務に使おうとしていた。

 

真守の人間として幸せを、神さまとしての真守が踏みにじっている。

女の子としての真守の幸せを願っている垣根帝督には到底許せることではない。

そこまで垣根が想ってくれるのが真守は嬉しくて、それ故に傷ついている垣根に申し訳なかった。

 

「とりあえず垣根は落ち着くまでちょっと置いておくとして……緋鷹。現状を説明してくれるか?」

 

真守は垣根の手に柔らかく触れながら、緋鷹に視線を向ける。

すると車椅子に付属されているテーブルを出してパソコンを動かしていた緋鷹が顔を上げた。

 

「まずは最初から話しましょうか」

 

真守が神さまとしての責務を果たしている間、各国や各勢力の要人たちはアメリカの国連本部に集まり、連合勢力を結成した。

そして魔神オティヌスの『槍』の製造を止めて撃破するために、『船の墓場(サルガッソー)』の居場所を魔神オッレルスが教えてくれるのを待っていた。

すると『船の墓場(サルガッソー)』は東京湾にあるということが明らかになり、その途端『グレムリン』が東京二三区上空に魔術でできたドラゴンを出現させた。

 

当然東京はパニックに陥った。

 

連合勢力は『グレムリン』掃討に向かいたいが、学園都市が連合勢力に加わっていないため、学園都市のすぐそばで争いを起こしたらどうなるか分からない。

 

それでも手をこまねている場合ではない。

 

そのため保身に走った日本政府に圧を掛けて色々と策を講じてはいるが、すぐには動けない状態なのだ。

 

「『グレムリン』は難しい場所に本拠地を置くことで、時間稼ぎをしているんだな」

 

「ええ。その間にオティヌスは『槍』を製造し終えようとしているの。つまりここが世界の命運を分かつ瀬戸際というわけね」

 

緋鷹は肩を(すく)めて柔らかく笑う。

 

「世界を分かつ瀬戸際(せとぎわ)、か」

 

ぽそっと呟いたのは、クッキーを夢中で食べていた白い少年だった。

少年はけぷっと小さくげっぷをすると、自分の隣に垣根に抱きしめられて座っている真守を見た。

 

「朝槻真守。私がこうやって形を得た今ならば、私が生まれた理由が手に取るように分かるだろう?」

 

「うん。お前たちはテーブルクロスの染みのようなものだ」

 

真守は白い少年を見つめながら呟く。

その例えの意味が分からない垣根は、真守の首筋に頬を寄せながら黙って聞く。

 

「世界はこれまで、何度も何度も造り替えられてきた。人知れずに、それが行われていた」

 

垣根たちはその事実に目を見開く。そんな中、真守は少年へと手を伸ばした。

 

「それでも、変わらなかったものがあった。世界を何度壊して見方を変えたとしても、絶対に変わらないものがあった」

 

真守は柔らかい少年の真っ白な髪の毛を触りながら、告げる。

 

「人間の()り方だけは、世界を何度造り替えても変わらなかったんだ。人間の生きる意志や愛というものは、世界が何度造り替えられて人間の()り方が捻じ曲げられたとしても、何故か変質しなかった」

 

人間の生きる意志や、他人を思いやる愛という感情。

そして飽くなき探求心や、人間が犯したいと思う本能、欲望。

その他のおよそ人間らしいと言える()り方は、世界が何度造り替えられて人という存在が組み替えられても、良くも悪くも変質しなかった。

 

「人間の()り方が変わらなかったとしても世界が何度も造り替えられれば、それらは無残に何度も破壊し尽くされる。その(たび)にちりのように粉々になった残骸が、少しずつ少しずつ()()()()()()()に降り積もっていった。──そして、それがやがて意味を()すようになった」

 

ちりのように粉々に破壊された人間の()り方なんて、本当なら意味を持たない。

だが『ちりも積もれば山となる』という言葉がある。

その言葉通りに、世界が何度も何度も造り替えられることによってまっさらな世界に残骸が降り積もり続けて、やがて意味を()すようになった。

 

「人間の不変の()り方。良くも悪くも変質しなかった純粋な人間らしい概念。それがお前たちだ」

 

人が人であるから生まれた、人という生き物がいたからこそ生まれた、人の()り方において絶対に変わらない、不変のもの。

人を(もと)に生まれた、人であるが故に人が持つ概念的なもの。

 

人によって生まれた純粋な概念が、人のいる世界へと触れてみたいと思うのは当然だ。

だから神さまを求めた。

意味を持ったとしても生命の神秘を持たない自分たちを、救ってくれる神さまを。

 

「……そういうことだったのか」

 

垣根帝督は納得して、自分の腕の中にいる真守の存在を感じながら呟く。

『彼ら』が真守を求めたのは、真守が魂を創りだせる唯一無二の存在だからだ。

純粋なエネルギーの塊である自分たちを魂へと昇華できるからこそ、『彼ら』は真守を求めたのだ。

 

「朝槻真守は神さまになるべく生まれた。だからこそ朝槻真守はこれまで苦難の道を歩んできた。それでも進み続けた。そうするべきだと、他でもない朝槻真守が決めたから。……人間の不変の()り方から生まれた私にとってはそれがとても喜ばしくて、そしてとても寂しい」

 

垣根は白い少年が寂しいという意味が分からずに、怪訝な表情をする。

そんな垣根を見上げて、白い少年は口を開いた。

 

「垣根帝督。朝槻真守が父親によって学園都市に捨てられた理由は、朝槻真守が神さまになるべく生まれたからなんだ。神さまになるべくして生まれたから、普通の子供としての幸せを享受できなかった。それが私は寂しいと思うんだ」

 

真守が学園都市に捨てられた理由。

その理由を、アシュリン=マクレーンは真守の父親が女と一緒になるために真守が邪魔だったからだと言った。

だが女に逃げることとなったその根底には、要因がきちんと存在していた。

 

「怖かったんだよ。神さまのように公平で平等で、一度も間違わない朝槻真守が、朝槻真守の父親は怖かった」

 

垣根帝督だけではなく、これまで真守に接してきた人々は何度も思ったことがあった。

朝槻真守は、本当に神さまになるために生まれてきたのだろうと。

生まれた頃からの素質。無垢なる状態でも、物事を公平に見つめられる力。

 

それを持っている真守は、おそらく父親にとって不気味なものだったのだろう。

 

利己的な子供を目の前にして、恐怖を抱く親はいくらでもいる。

本当にこの子は自分の子供なのだろうか、もしかしたら自分の子供ではないのではないか。

それによって両親が仲違いをして離婚することも多々ある。

 

父親の感性はある意味で普通だったのだ。

 

だって神さまになるべくして生まれてきた子供を、簡単に愛せるわけがない。

 

「朝槻真守を産んだ朝槻真守の母親は、広義的な意味で言えば聖女だったのだろう。神さまになる子供さえ受け入れることができる、慈悲深き聖女」

 

少年は既にこの世にいない女性のことを想う。

 

「だからかな。彼女は自身の幸せを犠牲にしてしまった。辛くても、全てを受け入れてしまった」

 

自分たちが求めた神さまのことを産んでくれたアメリア=マクレーンについて少年は静かに考える。

真守はそんな中、隠された真実を知らされて顔を歪めている自分のことを抱きしめる垣根の手に触れた。

 

「私は神さまになる素質を持っていた。物事を公平に見つめられた。確かに子供として幸せになれなかったけど──私は、垣根に会えたから」

 

真守は顔を上げて、柔らかな笑みを浮かべている深城を見た。

 

「深城に大切なことを教えてもらった。私は本当の意味で人の心がどのようなものか理解できていたけど、興味なんて微塵(みじん)も感じなかった。深城が興味を持たせてくれたから、人を大事にするという気持ちを教えてくれたから。──私は人に寄り添う神さまになれた」

 

真守は垣根に体重を預けながら、寂しそうに笑った。

 

「それでも、私は神さまになるのがこわかった」

 

垣根はその言葉に大きく顔を歪める。

 

「変わることが、怖かった。人間として深城に大事なことを教えてもらった私は、とても怖くなってしまった。人間に寄り添えるようになった私は、人間のように変わることに恐怖を覚えていた」

 

垣根は真守のことを掻き抱くように優しく抱きしめる。

 

垣根帝督は自分が人でなしになったらどうしようと泣いていた真守のことを覚えている。

それで震えて、自分を求めていたのを覚えている。そこから自分たちの関係は真に始まったのだ。忘れるわけがない。

 

たとえ、神さまになるために生まれてきたとしても。

やっぱり真守は一人の女の子で、普通に恐怖を抱く少女なのだ。

だからこそ変わることは、真守は怖いことだと感じていた。

 

少年は垣根に優しく抱きしめられる真守の手をきゅっと握った。

 

「私たちが求めた、私たちのことを扱える御子(みこ)。朝槻真守。私たちが求めたら慈悲を与えてくれてありがとう。世話を掛けたな」

 

真守は自分の手に乗せてきた真っ白な少年の手を握った。

 

「色々あった。色々あったんだぞ。ここまで、たくさん怖い思いもしてきた」

 

真守は優しく微笑みながら、告げる。

 

「でも、私もお前と話ができてよかった。本当に」

 

真守が告げると、少年はにへらっと笑った。

そして真剣な表情で、真守を見上げる。

 

「朝槻真守。もう一つお願いしたい」

 

「なんだ?」

 

「名前を、つけてほしい」

 

少年は自らの胸に手を当てて、そして真守を見上げる。

 

「人間は生まれたら名前を貰うだろう。最初のプレゼントだと言う。……だからな、私も名前が欲しいぞ。ほかならぬ、朝槻真守。お前に名付けてほしい」

 

真守は柔らかく微笑んで、そして頷く。

 

「いいぞ。……そうだな」

 

真守は思案顔になって、そこから目を見開いてにっこり微笑んだ。

 

「セイ、というのはどうだろう。お前は世界が変わったとしても不変のものだった、『人間の生きる意志や進み続ける意志』が降り積もって生まれたからな。生きるという意味を込めた、セイという名前はどうだろうか」

 

真守は独り言のように呟くと、白い少年を見た。

 

「ラテン語もいいかと思ったんだけど、アレは魔術師が魔法名として使っているからな。それに私は純日本人じゃないけど、それでもこの国が好きだ。みんなと会えたこの学園都市が好きだ。だから、日本語由来でお前に名付けたい。……良いか?」

 

真守が問いかけると、白い少年──たった今、真守にセイと名付けられた存在は笑った。

 

「うむ。セイ、か。……とてもいい名前だ。ありがとう、朝槻真守」

 

「よかった。気に入ってもらえてうれしい」

 

真守が少年の笑っている姿を見て微笑む中、垣根は柔らかく真守のことを抱きしめて首筋に顔を(うず)めた。

 

「垣根?」

 

「…………良かった」

 

真守が訊ねると、垣根はぽそっと呟いた。

 

「お前を神サマとして(かか)げるヤツが現実に現れたら、お前の心がどっか遠くに行っちまうのかが心配だった。俺のことを大切に想ってたとしても、お前が自分のことを神サマとして掲げるヤツのせいで苦しむのは絶対に嫌だった」

 

垣根は自分の腕の中に変わらずにいてくれる真守の命を感じて、柔らかく微笑んだ。

 

「お前の言う通り、色々あった。でもお前が神サマとしても人間としても幸せになれて……本当に、良かった」

 

真守は垣根の腕の中でもぞもぞを動くと、垣根へと体の正面を向けた。

そしてぎゅっと抱き着くと、垣根の胸板にすりすり頬をすり寄せながら微笑む。

 

「ありがとう、垣根。垣根がすごく想ってくれるのが嬉しい。そんな垣根が私はだいすきだ」

 

真守は垣根の背中を優しく撫でた後、垣根の腕の中で幸せそうに笑う。

そして深城や林檎、緋鷹と言った、自分の幸せを考えてくれる彼女たちを見つめてふにゃっと微笑んだ。

 

「私、とっても幸せだ。神さまとしても人間としても、私の幸せを考えてくれる人たちに囲まれてるんだからな」

 

真守は柔らかく微笑むと、表情を真剣なものへと変えた。

 

「話がついたところで、オティヌスについて考えようか」

 

真守が告げると、一同はとりあえずの問題が終わって重要な局面のことについて考える。

 

「今から『船の墓場(サルガッソー)』に行っても十分間に合うぜ」

 

「確かにそれもいいかもしれない」

 

真守は垣根の言葉に応えながら、小さく頷く。

 

「それでもいいけど、なんとなく違う手段を取った方がいいと感じるんだ」

 

真守が一つ頷きながら告げると、緋鷹が首を傾げた。

 

「それはあなたの勘かしら?」

 

「うん。だからちょっとお前たちを守ろうと思う」

 

緋鷹の問いかけに答えた真守は垣根に解放してもらい、少し距離を取った。

 

「──翼を広げるぞ」

 

真守はそう断りを入れて、再び絶対能力者(レベル6)としての姿を取った。

 

艶やかな黒髪は伸びて真守の身長よりも長い、蒼みがかったプラチナブロンドに。

頭には蒼閃光(そうせんこう)で造り上げられた、六芒星を(もと)にした幾何学模様の転輪。

蝶の翅の翅脈(しみゃく)のように広がる、小さな歯車が連結してできた後光。その動きによって一つの荘厳な曲のように(つむ)がれる音。

 

そして六対一二枚の純白と漆黒の互い違いの翼。

滑らかな宇宙の煌めきを内包した肢体には、スリットが入った結晶で造り上げられた豪奢なドレス。

 

絶対能力者(レベル6)としての姿を再び取ると、真守はエメラルドグリーンの透き通った無機質じみた目をゆっくりと開いた。

 

「行くぞ。私の()()へと」

 

真守はその言葉と共に垣根帝督たちに手を差し伸べた。

 

そして。

朝槻真守、源白深城。垣根帝督に杠林檎。そして八乙女緋鷹。

彼らは、この世界から──消失した。

 



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第四四話:〈世界終焉〉でも残されたモノ

第四四話、投稿します。
次は九月五日月曜日です。


世界は終わった。

船の墓場(サルガッソー)』でオティヌスと上条当麻が対峙した時だ。

 

魔神オティヌスは上条当麻と対峙する前にオッレルスと右方のフィアンマの連携によって『妖精化』という術式を撃ち込まれていた。

 

妖精化の術式とは異教の神々を無力化・矮小化し続けた十字教の歴史を抽出し、神の座から引きずり下ろして人間に戻すというものだ。

 

だがこの妖精化を魔神オティヌスは利用した。

魔神オティヌスは、勝敗半々(フィフティフィフティ)という状態から脱することができれば、それで良かったのだ。

妖精化という『失敗一〇〇%』を獲得できたオティヌスは、自身を完成させた。

 

しかも魔神オティヌスが製造しようとしていた『槍』とは、何も一種類の製造方法だけが存在するのではない。

 

魔神オティヌスは自身の(うち)から『槍』を取り出した。

 

 

そして、手っ取り早く世界を終わらせた。

 

 

何もなくなった世界で上条はオティヌスと対峙して、一度は折れた。

絶望して、絶叫し。慟哭(どうこく)した。

 

だって何もない真っ暗な世界なのだ。

 

三六〇度。地平線だって見えない、見渡す限りの暗闇。

思考が停止しても仕方がない。何故ならこんなことは誰にも想定できないことだ。

世界にただ一人、自分が取り残されることなんて考えられる人間なんていないのだから。

 

絶望した時、上条当麻は確かな指標を見つけた。

 

全ての元凶、魔神オティヌスを倒せばいい。

 

上条当麻は現実逃避から帰還し、当てもなく彷徨(さまよ)った道を戻った。

魔神オティヌスは、地面に突き刺した槍にもたれかかって立っていた。

 

「なんだ。てっきりどこかで折れて野垂れ死んでいるものだと思っていたのに」

 

上条当麻はオティヌスその言葉に応えなかった。

 

「ここには何もなかった」

 

「最初からそう言っていた」

 

「でも、これで終わりじゃない」

 

上条が断じると、オティヌスが槍に体をもたげるのを止めた。

 

「こんな風になってしまった世界を元に戻す方法はあるはずだ。いなくなってしまった人たちともう一度会う方法があるはずなんだ!!」

 

「目の前に広がる世界の終わりをどうやって乗り越えたかと思えば。まさかお得意の楽観論がその源だとはな」

 

オティヌスは上条当麻の妄想を笑って告げる。

 

「良いか。世界は終わったんだよ。どんな方法を使ったなんて関係ない。とにかく終わったんだ。お前の右手は打ち消すだけしかできない。燃え尽きて灰になったものを元に戻せない。それと同じだ。消す力しか持っていないお前にはもうどうにもできない」

 

「本当に?」

 

上条当麻はオティヌスの断言を聞いて疑問を持った。

オティヌスの言葉が、オッレルスから聞いた言葉とまるで違うからだ。

幻想殺し(イマジンブレイカー)とは、あらゆる魔術師の祈りと恐れによって生み出されたものだ。

世界を好き勝手に歪めた後、幻想殺し(イマジンブレイカー)は基準点や修復点として機能する。

 

「だとすれば、まさにその時だ」

 

上条は右手で拳を握ってそれを突き出す。

 

「お前が何を考えているかなんて知らない。俺なんかに理解できないかもしれない。だけど、そんなのどうでも良い。……ここでくじくぞ。お前がめちゃくちゃにしてしまった全てを、どうにかして元に戻す。そのための材料だけなら、ここにある」

 

上条当麻の宣言に、オティヌスは応えた。

 

「良いだろう。……正直に言って、私も最後の関門はお前だと思っていた。ああ、勘違いするなよ。その右の手首から先のことだ。幻想殺し(イマジンブレイカー)は時代や場所によって一つの形に留まらない。お前を殺して何か別のものに宿ってしまうと厄介なことになるからな」

 

「……?」

 

上条当麻はオティヌスの言っている意味が分からない。

 

「だから」

 

オティヌスは理解できていない上条当麻を放っておいて告げた。

 

「頭の先から足の先まで粉々にするよりは精神を折った方が最適か。幻想殺し(イマジンブレイカー)はお前という檻に入れておくことにするよ。それでせっかくの力も宝の持ち腐れにしておけるのだから」

 

「……来るなら来い」

 

上条当麻がオティヌスを睨むと、オティヌス不思議そうに首を傾げた。

 

「私が? これでも私は神のはしくれだぞ。まさかこのオティヌスが、矮小(わいしょう)な人間ごときとわざわざ戦ってやるわけないだろう」

 

オティヌスは呆れた様子で『槍』を掴む。

 

「ガキ一人圧し潰すのに、魔神が直接手を動かす必要などない。忘れたか? 魔術の神とは、魔術でもって世界の全てを操る者を指す。全ては私の配下なんだ。面倒な流れ作業は駒に任せておけばいい」

 

オティヌスの言葉と共に、槍が光り輝く。

辺り一面の暗闇に、光が差し込む。

それは、創造の前兆となるべき光だった。

 

「何を……」

 

上条が困惑して言葉を呟くと、オティヌスは淡々と告げる。

 

「最初に言ったはずだ。お前の精神をへし折ると」

 

そして、オティヌスは上条当麻への攻撃方法を宣言した。

 

「お前が守りたかったもの、お前がもう一度帰りたかった場所、お前が再び出会いたかった面影、その全て。……根底から覆し、認識を破壊する。たかだか十数年で獲得したものがどれだけ矮小だったのかを教えてやる」

 

オティヌスの言葉と共に、世界が真っ白へと染め上げられる。

世界が変貌する。

この世界に降り立った一人の神の、思い通りに。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

上条当麻は、オティヌスの説明を聞いて段々と理解してきた。

この世界は、魔神オティヌスが『見方』を少しだけ変えた世界なのだと。

 

そんな世界で、上条当麻は全人類から恨まれていた。

 

上条当麻を殺すためだけに学園都市や日本が攻撃されて、上条当麻の守りたいものたちは蹂躙(じゅうりん)された。

そしてクラスメイトである青髪ピアスは怒りから上条当麻に殺されそうになっていた。

 

「少しだけ見方を変えてみた世界がこれだ」

 

オティヌスは崩落した駅舎の地下にいる少年の背後で(ささや)く。

 

「お前は気に食わない者に片っ端から牙を剥き、少しでも目についた女は横から奪い取り、抵抗する者には容赦なく拳を振るった。お前は問題の解決手段に拳を選んだんだ。確かに剣や銃に比べればかわいいものだ」

 

オティヌスは淡々と告げる。

 

「だがその積み重ねが第三次世界大戦の行方までも左右されるに至った。そんな暴力の化身を見せつけられて、黙って受け入れられる方が不思議でならないよ。もはや一国の独裁者程度の嫌悪感では済まされないんだ」

 

オティヌスは囁いた後、即座に消えた。

すると、目の前で懐中電灯を持っていた青髪ピアスが懐中電灯の持ち方を変えた。

鈍器として使うために。その持ち方を変えたのだ。

 

「カミやんにも色々あると思うけどさ、何でボクたちの近くでやらかすねんな」

 

青髪ピアスは心底忌々しそうに呟く。

上条当麻のせいで学園都市は崩壊した。

学園都市から逃げようとした少年少女たちは疎開先で連合勢力から空襲を受けた。

そして日本という国は物資を絶たれ、関東は焼け野原になったとしてもしょうがないと人々から思われた。

 

「どうせやったら地球の裏側でやってくれ!!」

 

青髪ピアスは叫ぶ。

 

上条当麻のそばにいただけで、こんな理不尽な目に遭わなければならないのが分からない。

上条当麻が何もしなければ自分たちは平和で過ごせた。

上条当麻がじっとさえしていれば、こんな絶望的な状況にはならなかった。

 

その怨嗟(えんさ)を聞いた上条当麻は、だからこそ絶対に譲れないと思った。

 

これまで自分が介入してきた出来事を、上条当麻はその性質上、どうしても無視することはできない。

今起こっている事態だってそうだ。

こんな世界は間違っている。そんな元凶をみすみす見過ごせるはずがない。

 

全ては、元の世界へと帰るために。

 

その決意を、今の青髪ピアスは絶対に受け入れられない。

上条当麻が折れない事で、この悲劇が生まれているからだ。

上条当麻が上条当麻だから、ここまでの事態が起こってしまったのだ。

 

だから青髪ピアスは上条当麻を許せない。

こんな状況になったとしても決して折れない上条当麻を許せるはずがない。

それでも上条当麻は青髪ピアスを踏破して突き進む。

 

両親がどうなったのか気になる。

それにこんなことになった元凶をどうにかする必要があるのだ。

 

上条当麻は走る。

 

青髪ピアスに罵倒されながらも。青髪ピアスに会う前に吹寄制理に殺意を持って傷つけられたわき腹が痛もうとも。

 

「健気なものだな。まあその目で確かめたいと思うならそれも良いだろう」

 

オティヌスは必死に走る上条当麻を、コウモリのように天井からぶら下がりながら見つめる。

 

「だが、よそ見をしている場合か?」

 

オティヌスの言葉に上条当麻は気を取られる。

その瞬間、自身の体に鋭い刃物が突き刺さり、上条当麻は致命的な怪我を負ってもう駄目だと悟った。

上条当麻は真横へ倒れた後、なんとかして自身を後ろから刺した人物に目を向ける。

 

そこには、自分の教師である月詠小萌が立っていた。

 

「……小萌、先、生……」

 

「上条ちゃん……」

 

本来ならば、小萌先生は人を傷つける人間ではない。

だが、この世界は小萌先生が人を傷つけてしまうくらいには、世界が壊れてしまっていた。

 

「ごめんなさい、上条ちゃん……」

 

小萌先生は謝りながら、上条当麻の背中から包丁を引っこ抜いた。

上条当麻は包丁を抜かれたことにより、激痛が走る。

小萌先生が包丁を抜いたのは、上条当麻にとどめを刺すつもりなのだ。

上条当麻も、それは分かっている。

 

「だけど先生は、クラスのみんなが……大変な事になるのを、目の当たりにしたんです。どうしても、どうしても、あれだけは、起こってはいけない事だった。先生は、そのケジメを取らなければならないのです……」

 

小萌先生はぶつぶつと呟きながら、包丁を振り上げる。

上条当麻はなんとかしようと視線を彷徨わせていると、暗闇が広がっていた地下に放置された液晶モニタやテレビが一斉に点灯した。

 

『確かに、当麻は私と妻の二人の子供です。それは間違いありません』

 

聞き慣れた声がそう前置きをした。

上条当麻は液晶モニターに映って謝り続ける両親を見て、呆然とする。

オティヌスが何をしたのか分からない。オティヌスが言っている『見方』を変えるという意味も理解していない。

 

だが起きてしまったことは、大体理解した。

だから上条当麻は両親に向かって謝った。

だが次の瞬間、上条当麻は絶望に落とされた。

 

『上条当麻という絶対悪を滅ぼすためには、彼を良く知る人物の協力も必要なのです!! 私たちを裁くのは構いません。だけどそれは全てが終わった後にしてほしい! 今は、私たちに犯してしまった過ちを正すチャンスをください!』

 

両親の懸命な判断によって、世界は拍手喝采と祝福のコメントで溢れかえる。

両親は最後まで味方だと思った。だがそれは甘かったのだ。

 

絶望は、自分の想像の外にあったのだ。

 

上条が絶望して拍手喝采と祝福のコメントで溢れかえる液晶モニターやテレビを見ていると、その中によく分からない一文が浮かび上がった。

 

 

『まだ終わりじゃない。私がいる。だから折れるな、上条』

 

 

上条当麻はその言葉の意味が分からない。

『私』とは誰のことだろうか。全てが敵に回った世界で、自分を鼓舞する人物とは誰だろうか。

だが、上条当麻は何故だかそこで希望を見た気がした。

 

それでももう遅い。自分の命は終わるのだ。

そう悟ったとしても。もう何もできないとしても。

敵しかいないこの世界で、その言葉は燦然(さんぜん)と輝いていた。

 

「結局、誰がお前の事をきちんと見ていたんだろうな?」

 

オティヌスは倒れた上条当麻のすぐ近くにしゃがみ込んで、愉快そうに呟く。

 

魔神オティヌスは気が付いていない。上条当麻が一縷(いちる)の希望を垣間見たことを。

もしかしたら、オティヌスが()()()()()()()()()()()()()のかもしれない。

そう上条当麻が悟る中、オティヌスは子供の悪意無き無邪気をまとって、上条当麻を見つめる。

 

「私は『魔神』としての力を『槍』で整え、『見方』の違う世界を作った。お前は、ある側面ではヒーローで、ある側面では破壊の化身だった。……だけど、それが一体何なんだ?」

 

オティヌスは命がもう少しで失われる上条当麻を見て問いかける。

 

「もしもお前という人間を正しく見ることができる人間がいれば、誰か一人くらいは助けに来てくれたかもしれなかった。だが、結果はこれだ。結局、お前のことをちゃんと見てた人間はいないんだよ。だから簡単に印象を『操作』され、『見方』の方向性に振り回された」

 

オティヌスは包丁を振り上げている小萌先生のことなど気にも留めずに告げる。

 

「なあこんなのが本当に必要なのか? 命を懸けて守るほどの価値があるっていうのか? お前たちは所詮、個人と個人に過ぎないというのに」

 

上条当麻は人の繋がりを笑うオティヌスを見て力なく呟く。

 

「あるさ」

 

上条当麻は一縷(いちる)の望みに(すが)ったまま、口を動かす。

 

「だって世界はまだ終わってない。希望は一つだけでも残されている。……そうさ。まだ残ってるんだ。この手に残ってる。きっとこの手を信じてるんだ」

 

上条当麻は影も形も幻影すらない存在を想ってなんとなく呟く。

だって。神さまは一人じゃない。

自分には、救いの女神がいたじゃないか。

真っ白で透明な自分に、初めて手を差し伸べてくれた──『彼女』が。

 

「……なるほど」

 

オティヌスはこんな状況になっても、世界に価値があると思い込んでいる上条当麻を見て嗤う。

 

「『右手』の不変性が最大の敵だと思っていたが。どうやらそれ以外にも障壁はあったらしい。あまりにもくだらなく、真面目に取り組むのも馬鹿馬鹿しいものが。だったらこちらも趣向を変えて楽しむとしようか」

 

オティヌスの言葉を聞きながらも、上条当麻は諦めなかった。

だって趣向を変えると言うことは、次があるということだ。

だから大丈夫。

絶対に、救いの女神は()()微笑んでくれる。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

「なあ真守。あれだけで本当に良かったのか?」

 

学園都市、第二学区にあるとある核シェルター。

施設(サナトリウム)』と呼ばれたそこは、現状とある神さまの神域となっていた。

 

つまり、世界から観測できない領域と化しているのだ。

だから当然、魔神オティヌスにもその存在を感知できない。

 

その神域を設定した絶対能力者(レベル6)、朝槻真守。

垣根帝督は外の世界と限定的に繋がることができるノートパソコンの前に座っている真守に声を掛けた。

 

真守は制服姿だが、蒼ざめたプラチナブロンドの髪に六芒星を(もと)にした転輪、そして六対一二枚の翼を広げている。

半端な状態を取っているのは人間らしさを真守が残したいからだ。

 

「上条はアレだけでもちゃんと分かってくれるぞ」

 

「……なんでそう思うんだよ」

 

「ふふ。上条の事を理解しているからな、私は」

 

真守がふくよかな胸を張って告げると、垣根はピキッと表情をひきつらせた。

 

「すげえムカつく」

 

「……これだけで嫉妬するとか。相変わらず器が小さいなあ」

 

真守は地面に置いたノートパソコンの前にぺたんと座ったまま、垣根を遠い目で見つめる。

 

「なんだとコラ」

 

垣根は真守の近くでヤンキー座りをすると、真守の頬を思いきり引っ張る。

 

「ふえ。やめへ(やめて)よ。ふぁひね(かきね)

 

真守は垣根が自分の頬を引っ張ると分かっていたが、逃げたら逃げたでそれ相応が待っているので、顔をしかめたまま大人しく頬を引っ張られる。

垣根はそれすら不服に思いながら、ちらっとノートパソコンを見た。

 

何の変哲もないノートパソコンだ。だがそれには一体のカブトムシが接続されており、そのカブトムシはヘーゼルグリーンの瞳を明滅させていた。

 

真守が世界から切り離した『施設(サナトリウム)』と外を繋ぐ、唯一の窓口。

 

帝兵さんという既存の生命の神秘にとらわれないネットワークを媒介とすることにより、自身が切り離した世界へと真守はアクセスすることができるのだ。

 

朝槻真守はなんとなく、オティヌスが良いように世界を扱えるようになるのだと察していた。

だから先手を打った。

 

垣根帝督、八乙女緋鷹。そして源白深城と杠林檎と共に一二歳の源白深城の体と約一〇歳で年齢を固定した朝槻真守の避難先の体を持って、『施設(サナトリウム)』に移動。

そして『スクール』の面々を疑似的な空間移動(テレポート)で呼びつけた。

 

真守は絶対能力者(レベル6)としての力を存分に発揮して、世界から『施設(サナトリウム)』を切り離した。

世界から切り離された『施設(サナトリウム)』内にいる人間は、世界から観測できなくなっている。

つまり外の世界の人間は、なんとなくしか真守を思い出せない上条当麻も魔神オティヌスも含めて、朝槻真守たちの存在に気が付けなくなっているのだ。

 

魔神オティヌスは世界の『見方』を変えた。

朝槻真守も似て非なることをした。

確かにそこに存在しているのに、世界が見落とすように自分たちごと世界の一部分を隠したのだ。

 

垣根は絶対能力者(レベル6)としての万能性をフルに発揮している真守を見て問いかける。

 

「これからどうするんだ?」

 

「魔神オティヌスが何を考えているか探る」

 

真守はつねられた頬を触りながら、自身の目的を告げる。

 

「この世界はオティヌスの思いどおりに捻じ曲げられるんだ。それってオティヌスの願望が絶対に現れる。だからすぐに分かるぞ、魔神オティヌスが何を考えているのか」

 

真守はにまっと笑って、そしてノートパソコンを見つめる。

そこには、オティヌスによって翻弄されている上条当麻の様子が映し出されていた。

真守は顔をしかめて、申し訳なさそうに呟く。

 

「オティヌスの考えを知るためには、上条にちょっと頑張ってもらわないといけないけどな。でもすぐにオティヌスの考えは理解できるよ。そしたら助けに行く」

 

真守は画面上の上条当麻へと手を伸ばしながら、申し訳なさそうにする。

 

「魔神オティヌスは上条の心を全力で折りに来てる。でも私がここからフォローをすれば、上条の心は折れない。もともと簡単に心が折れるようなヤツじゃないから。でも上条にとっては苦しいことだから、早くオティヌスの考えを見据えないと」

 

垣根は上条当麻のことばかり口にしている真守を見て、不機嫌になる。

そして真守の翼を避けて、そっと寄り添った。

 

「お前は俺のだからな」

 

「まったく。世界終焉の危機だと言うのに、垣根は本当に平常運転だな」

 

真守が呆れていると、垣根はじろっと真守を睨んだ。

 

「うるせえ平常運転に決まってんだろ」

 

垣根は真守の手を恋人繋ぎでぎゅっと握って、むすっとしながらも真剣な表情をする。

 

「世界が終わっても俺たちはずっと一緒だ。そうだろ?」

 

真守は垣根の真剣な表情を見て、くすっと笑った。

 

「うん。垣根は約束してくれたからな。ずぅっと一緒だって」

 

真守は微笑むと、ノートパソコンへと目を向けた。

 

「私はオティヌスを理解したい。あの子の望みを知って、どうしてあの子がこんなことをするのか理解したい。──そして、寄り添ってあげたい」

 

真守は垣根に寄り添いながら、寂しそうに眉を八の字にする。

 

「人間は、そこまで強くない。だからオティヌスが何を求めているか、なんとなく分かる。でもなんとなくだから──あの子のことをきちんと知りたいんだ。そのためには上条にちょっぴり頑張ってもらわないと」

 

垣根は真守に体を寄せながら、目を細める。

 

人間として完成された朝槻真守。

そんな真守だって垣根帝督や源白深城、大切な人たちと共にいたいと思うのだ。

一人は寂しいと思うのだ。

 

神さまの領域に辿り着こうとも人間の枠組みから外れていないオティヌスが、孤独を耐えられるはずがない。

 

だから多分、オティヌスの望みとは。孤独から来るものだろうと、真守はアタリを付けている。

 

垣根は寂しそうな真守を抱きしめながら、真守と一緒にノートパソコンを覗き込んだ。

外へと繋がるたった一つの窓口を。二人で覗き込んで、魔神オティヌスに寄り添おうとしていた。

 



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第四五話:〈埒外存在〉と会話する

第四五話、投稿します。
次は九月八日木曜日です。


「だからさー/backspace 朝槻ちゃんにはちょっと待っててほしいのよね/return。上条ちゃんが追い詰められて、本音を吐き出すまでさ/return」

 

軍用ゴーグルをを頭に付けて常盤台中学の制服を身に着けている少女は、深城に出されたお茶請けのマカロンをもぐもぐ食べながら軽い様子で話をする。

 

「上条ちゃんは、一度自分の気持ちをきちんと吐き出すべきなのよ/return。ずっとおかしいなって思ってた/return。なんで自分の優先順位がいつだってみんなより一番低いのかって/return」

 

少女は自分の中でひっかかりを覚えていた部分を口にして、深城が用意してくれたミルクティーを一口飲む。

 

「上条ちゃんの事、大切にしている人はいっぱいいる/return。ミサカもそう/return。朝槻ちゃんだってそうでしょ?/escape その人たちが死に物狂いで自分の事を守ろうとするって、どうして上条ちゃんは思わないんだろうね?/escape その人たちのためにも、上条ちゃんは自分を大事にしなくちゃいけないんだよ/return」

 

少女は心底憤りを見せた表情で告げる。

 

「だからさ/backspace。ちょっとは追いこまにゃならんのですよ/return。そうじゃなきゃいつかあの少年は絶対にグズグズに崩れ落ちていく/return。神さまならさ/return。()()()()()()()()()朝槻ちゃんならさ、分かるんじゃないのかな?/escape 上条ちゃんが今のままじゃダメだって/return」

 

少女は上条当麻のこれからを想って、一心に告げる。

 

「踏ん張りどころなのですよ/return。朝槻ちゃんだって人を極限まで甘やかそうとは思わないでしょ?/escape 口を開けて救い(えさ)を待ってるひな鳥にはなってほしくないでしょ?/escape それと一緒/return。だからさ/backspace 朝槻ちゃんには上条ちゃんのことを見守ってほしいわけ/return」

 

先程から真守に特徴的な喋り方で弾丸トークをしている少女は御坂美琴の体細胞クローン、妹達(シスターズ)の一人だ。

彼女は一〇〇三二号という検体番号を持っているが、話をしているのは一〇〇三二号ではない。

 

ミサカネットワークの総体と呼ばれる意思だ。いま総体は、一〇〇三二号の体を借りて真守と話をしているのだ。

 

妹達(シスターズ)は一人一人が個を持っている。

だが彼女たちは個として存在していながらも同時に脳細胞の一つ一つとして機能しているため、ミサカネットワークとして一つの大きな意思を形成している。

 

それが真守と話をしている存在の正体だ。

 

彼女は垣根帝督が造り上げた人造生命体の『帝兵さん』と同じく、ある意味現在における生命の神秘と同類ながらも、限りなく遠い自由な位置に存在している。

 

だがミサカネットワークの総体と『帝兵さん』という意思が、必ずしも同じ場所に立っているわけではない。

 

何故ならミサカネットワークの総体は一〇〇三一回の死の記憶を学習して成り立っている存在であり、個体の意志を認めているからだ。

 

対して、『帝兵さん』は個体の意志を認めていない。

それでも『帝兵さん』という一つの意志で統制されているから、『帝兵さん』もある意味で新しい生命体となっている。

 

朝槻真守が世界と自身の神域を区切った方法は、既存の生命の神秘に基づいている。

 

だから真守は既存の生命から逸脱している帝兵さんのネットワークを通して、神域として自身の領域にした『施設(サナトリウム)』から外の世界へと干渉をしていた。

 

上条当麻へと出していたサインも、帝兵さんがいるからこそ出せるサインなのだ。

そして帝兵さんのネットワークは、世界と世界から消失した真守たちを繋ぐ命綱でもある。

その命綱に気づくことができる人間はいない。

 

だがミサカネットワークの総体は違う。彼女は自由な存在なのだ。

 

だから真守が既存の生命の神秘に則って区切ったこの神域にも、簡単に侵入できるのだ。

 

「お前の言いたいことは分かる」

 

真守は妹達(シスターズ)の体を借りている総体をまっすぐと見つめる。

 

「確かに上条はいつかぐずぐずに崩れていくだろう。私はその時手を差し伸べればいいと思っていた。でも()()()()()()()()()()、いまこの時に上条を追い詰めて正直にさせた方がいいと、そう思うんだな?」

 

総体は真守の言葉に頷く。

 

「朝槻ちゃんはその時が来たら、正しく上条ちゃんを救うだろうね/return。でも朝槻ちゃんの言う通り、ミサカはミサカだからこそ、その時が来る前に上条ちゃんは正直になるべきだと思うの/return」

 

「……私は極めて公平な存在だ」

 

真守はミサカ総体の考えを聞いて、そう前置きする。

 

「大切な友達だとしても、私はある意味一歩引いたところから慈しみを込めて上条当麻を見つめている。──導く者として、だ。でもお前はそうじゃない。ミサカ総体個人の見解として、上条当麻に寄り添うために私が手を出すべきじゃないと、そう思うんだな?」

 

「そう/return。希望を良い感じにちらつかせるのはいいよ/return。でも/backspace 上条ちゃんが本当に折れるまで、朝槻ちゃんには本気で救いの手を出してほしくないの/return。その時がやってきた時はミサカに任せて/return。上条ちゃんが正直になったら、改めて朝槻ちゃんは上条ちゃんの力になって欲しい/return」

 

真守はミサカ総体のお願いを聞いて、一度だけ長い(まばた)きをした。

そして自分の座っているソファに、立って寄り掛かっている垣根を見上げた。

 

「垣根はどう感じる? 私とミサカはある意味普通じゃない。導く者でも人を束ねる大きな意思でもない垣根は、自分の気持ちを気にするべきだと『試練』を与えられる上条をどう思う?」

 

垣根は真守の重要な問いかけに、気軽にそっけなく答える。

 

「別に良いんじゃねえの? どうせ上条が折れるまで世界が何度造り替えられようが、俺には関係ねえからな。このまま神サマみてえに高みの見物してりゃあいいだけだ」

 

自分に迷惑が掛からない他人事だからどうでもいい。

そう聞こえるような言葉を吐いた後、垣根は上条のことを垣根なりに真剣に考えて目を細めた。

 

「……上条もちょっとは自分に正直になった方がいいだろ。あんな自己犠牲が服着て歩いてるヤツ、そいつが言うようにいつか耐えられなくなるのは決まってるだろ」

 

垣根帝督は、つくづく上条当麻が自分とは真逆の立場に立っていると思っていた。

何故なら上条当麻はみんなが幸せならばそれで良いと言うのだ。

自分が傷ついても、最終的にはみんなが笑顔で暮らせれば問題ないと幸せそうに告げるのだ。

 

自己の利益のために他者を利用し尽くそうと考えていた、過去の垣根帝督とは真逆の位置に上条当麻は立っている。

 

絶対に上条当麻の考えとは相いれない、と垣根帝督はずっと思っていた。

そんな男が少しでも良い方向へと変われるチャンスを、総体は設けようとしている。

上条当麻を本当に想っているからこそ、総体は真守に接触してきたのだ。

 

そして真守も総体の考えを否定しないのであれば、『試練』を与えてもいいと垣根は思う。

 

真守は垣根の気持ちを汲み取って、一つ頷く。

 

「……上条の友達としての私は、上条を追い詰めるような試練を与えたくないけど。鬼になることも必要だし、甘やかしてばかりはいられないからな。ミサカの気持ちを尊重するよ。お前がそう思ったことが、本当に大事だからな」

 

真守は人のことを想って自分に接触してきた総体の気持ちを尊重して微笑む。

すると総体はミルクティーを飲んで柔らかく微笑んだ後、真守を見た。

 

「ありがとう、朝槻ちゃん/return。だけど/backspace 朝槻ちゃんもあんまり無理しちゃだめだよ/return」

 

ミサカ総体は空になったミルクティーのカップをテーブルに置きながら、微笑む。

 

「朝槻ちゃんは神さまだとしても一人の女の子なんだから/return。ミサカよりも先を行ったとしても、自分のことを神さまとして求める存在のいう事ばっかり無条件で聞かなくてもいいんだよ/return。おせっかいかもしれないけどね/return」

 

ミサカ総体が言っているのは、真守がこの世に降ろした『彼ら』だけではない。

朝槻真守を救いの存在として求める人たちに対しても、真守は人間としての幸せを削るべきではないと言っているのだ。

 

ミサカ総体は真守が分かっているだろうが心配だからこそ忠告した後、垣根を見てウィンクをした。

 

「でも/backspace 彼がいるなら大丈夫そうだけど/return。朝槻ちゃんのことよろしくね、番犬くん/return」

 

「よろしくされなくても俺はずっと真守のそばにいるんだ。一々言われなくても分かってる」

 

垣根が鬱陶しそうに告げると、総体はくすっと微笑んだ。

真守は垣根へと手を伸ばして、ふにゃっと微笑む。

 

「ありがとう、垣根」

 

「当たり前だろ。大事な女なんだから」

 

垣根は真守の手を握って、自分の頬に添えさせながら告げる。

真守はふにゃっと照れ笑いすると、総体と垣根と束の間のお茶会をしていた。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

そして、時は訪れる。

 

最初に上条当麻がその世界に触れたのは、とある少女の呼び声によってだった。

 

その少女はウェーブがかった金髪に、小麦色の肌をした少女だった。

その少女の先には少女が『エリスちゃん』と呼んだ少年が立っていた。

その少女とは元の世界で魔術師をしていたシェリー=クロムウェルだ。

 

そして『エリスちゃん』とはシェリーの死んだ親友だった。

 

その先には、アニェーゼ=サンクティスが若い夫婦と一緒にピクニックをしていた。

前方のヴェントは死んだはずの弟の手を引いている。

粛清されたはずの左方のテッラは、他のメンバーと一緒にアイスコーヒーを飲んでいる。

 

オリアナ=トムソンは幸せそうに数名の子供やお年寄りたちと一緒に笑っていた。

そして奇抜なメイド服を着た、かつて木原加群という男に救われた雲川鞠亜は死んでしまったはずの木原加群と歩いていた。

 

上条は魔神オティヌスと話して知った。

この世界は。

魔神オティヌスによって誰もが救われて、誰もが幸せになった世界だったのだ。

 

上条当麻は、そんな世界で見てしまった。

 

自分が助けた少女──インデックスが、上条の前の『管理者』だった神裂火織とステイル=マグヌスによって救われて幸せを享受している場面を。

 

そこで、上条当麻の全てが崩れた。

死に場所を探そう。

そう思って歩く上条の目にさまざまなものが映り込んできた。

 

学園都市は、上条当麻が知っている形と少し違っていた。

『外壁』がないのだ。

そして暗部の『研究所』がまったくなくなっており、そのせいで街並みが少し変わっている。

 

上条が歩いていると、知っていた人々が楽しそうにしているのが見えた。

 

浜面仕上。彼は武装無能力集団(スキルアウト)の面々と、『アイテム』の少女たちと一緒にいた。

そしてそこには既に死んでしまったフレンダ=セイヴェルンと、彼らの中心で笑っているフレメア=セイヴェルンもいた。

 

上条が最後の晩餐を買おうとした屋台では、ローマ正教の武装修道女とリドヴィア=ロレンツェッティ、そしてオルソラ=アクィナスが楽しそうにしていた。

 

上条が商品を受け取っていると、アステカの魔術師たちが仲良さそうに話をしながら去っていった。

 

ガードレールに腰かけて上条が食事をしていると、雲川鞠亜と木原加群が仲良さそうに歩いて祭り会場へと向かって行った。

 

その横で濡れたような黒髪と、はちみつ色に輝く金髪の持ち主が楽しそうに言い争いながら歩いて行く。

 

上条が食事を終えてその場を後にすると、この学園都市の癌である『木原』の面々が科学を正しく使う姿が見て取れた。

 

歩いていると、その背中を一気に追い越していく人々がいた。

 

雷神トール。そしてマリアン=スリンゲナイヤー。

 

彼らは仲間である木原加群のことを『ベルシ』と呼んでマリアンが嫉妬しており、それにミョルニルが怒っていた。

 

祭りの会場に辿り着くと、そこでは『天井』や『芳川』と言った札をぶら下げた研究員が一方通行(アクセラレータ)妹達(シスターズ)打ち止め(ラストオーダー)番外個体(ミサカワースト)と一緒に日常を謳歌していた。

 

話を聞いていると、どうやら一方通行(アクセラレータ)妹達(シスターズ)を全員救ったらしかった。

 

その近くで白井黒子、初春飾利、佐天涙子が鳴護アリサとシャットアウラ=セクウェンツィアと彼女たちを雇っているレディリー=タングルロードの話をして去っていった。

 

そして。

 

たくさんの食べ物が並んでいる屋台に目移りしているインデックスが、神裂火織とステイル=マグヌスと幸せそうに歩いていた。

 

上条当麻はその姿を目に焼き付けるべく、自らの意思で顔を上げた。

 

インデックスは、一目散に目的の人物の元へと走って行った。

上条当麻に目もくれず。一度も視線を向けることなく。走って行った。

それが当然なのだ。

 

何故ならこの幸せな黄金の世界では。あのシスターは上条当麻に救われていないのだから。

上条当麻が何とも言えない空虚感を覚えていると、突然声を掛けられた。

 

「……大丈夫か?」

 

そこには。

学園都市の五本指に入るエリート校の女子制服を着ている真守が、両手にアイスティーの入ったプラスチックのカップを()()載せたお盆を持って立っていた。

 

「帰る場所を失くしてしまったような顔をしているぞ」

 

真守が寂しそうに微笑む姿を見て、上条当麻はこらえきれずに泣き出してしまった。

 

かつて。

何もなくなってしまった自分へ、彼女は真っ先に声を掛けてきてくれた。

 

『私が信じている上条当麻は、記憶がない程度では揺るがない』

 

その優しい言葉を、自分はよく覚えていた。

 

そうだった。

 

自分には、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()朝槻真守という友達が確かにいたのだ。

朝槻真守は無力化されてしまった。その最期は無残なモノだった。

だがそれでも、幸せな世界では真守も幸せになれたのだと。

 

だから自分の前に現れたのだと。そう上条当麻は現実をそう認識していた。

 

上条当麻はそう思っているが、その思い込みが全て誤りだと真守は知っている。

そしてミサカ総体が望んで自分が受け入れたとしても、自分のことを大事にするために追い詰められている上条当麻の姿を見るのは友達として辛かった。

だからこそ。

真守は寂しそうに辛そうに、柔らかく切なそうに微笑んでいた。

 




今回の話は真守ちゃんが人を導く存在として、時には積極的に試練を与えることも必要だと遠回しにミサカ総体に諭される、結構重要な回でした。
確かに真守ちゃんは以前に垣根くんのことを試してはいますが、あれは垣根くんが変わってしまった自分と変わらずに生きてくれるかという重要な『確認』だったので、今回と状況は少し異なります。


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第四六話:〈至上存在〉は相対する

第四六話、投稿します。
次は九月一二日月曜日です。


真守は、ただただ優しく上条当麻が落ち着くのを待っていた。

柔らかなレースのハンカチ。上条はそれを握ったまま自分を必死に落ち着かせる。

そして話ができるまで落ち着くと、上条は真守にハンカチを返した。

 

「落ち着いたか?」

 

「……ああ、もう大丈夫だ」

 

上条当麻が呻くように告げる姿を見て、真守は切なそうに顔を歪めた。

 

「真守」

 

真守の名前が呼ばれて、上条当麻はそちらを見た。

そこには当然として、垣根帝督が立っていた。

 

「垣根」

 

真守と同じ学校の男子制服を着崩して、片手をポケットに入れた垣根。

垣根を見て、上条は感慨にふけった。

真守は、この世界でも垣根帝督と一緒に過ごしている。

それが真守の幸せだと分かっている上条は、何故だかそれがとても嬉しかった。

 

垣根は嬉しそうにしている上条当麻を見て、真守に近づく。

そしてチラッと真守に目配せしてから、垣根は上条当麻に声を掛けた。

 

「はん。どうした? 随分と焦燥してるじゃねえか」

 

「……大丈夫だよ。問題ない」

 

上条当麻は元の世界と変わらない様子の垣根帝督に笑いかける。

 

「お前たちが気にするべきことじゃないよ。俺は、大丈夫」

 

もう、消えるから。

その言葉を、上条当麻は言わなかった。真守も垣根も絶対に心配するからだ。

 

上条当麻は死ななければならなかった。

この幸せな世界を守るために。

異物である上条当麻が死ななければ、いつかこの世界が崩壊してしまうから。

 

割り切った笑みを浮かべている上条を見つめて、垣根は不機嫌に顔を歪めた。

そんな垣根の横で真守は上条を見て、心配で顔をしかめた。

 

「……お前の抱えているモノはお前のものだ。だから私は踏み込めない」

 

真守は垣根の隣で、柔らかく微笑んで告げる。

 

「でもお前はとっても優しい人なんだ。だから自分にも優しくした方がいいぞ」

 

上条には意味が分からなかった。

意味が分からなそうだから、真守はその先を口にした。

 

「私はお前のしたいようにすればいいと思う。自分の気持ちに正直になって、自分が本当に願っていることを成せばいい」

 

上条は無言のままだ。

だがそれでも真守は自分の気持ちを一心に伝える。

 

「何かあったらすぐに私のところに来い。助けてくれる人はいるけど、私だって力になる。分かったな?」

 

真守が柔らかく微笑むと、上条当麻は泣きそうになりながらも笑った。

この少女はいつだって優しい言葉を掛けてくれる。それがとても嬉しかった。

その言葉を最後に、上条当麻は()()()()()()()()と垣根帝督と別れた。

小さくなっていく上条当麻を見て、垣根帝督は真守を胡散臭そうに見つめる。

 

「……アレで良かったのか?」

 

「だって総体がちょっとはフォローしていいって言ったんだぞ。だからこういう形で声を掛けるしかなかっただろ」

 

真守は少しだけ済まなそうに笑って、小さくなっていく上条当麻を見ていた。

 

当然として。

真守が魔神オティヌスに無力化されてしまったという上条当麻の記憶は偽りだ。

真守が垣根と共に自らの神域から出てきたことによって、上条記憶の記憶に良いように修正が入ったのだ。

 

これは真守が源流エネルギーで人間の『存在の消失』を起こした時に周囲に及ぼされる修正と同じような状態である。

 

真守が人間を源流エネルギーで焼き尽くすと、その『存在の消失』は周りの人間の記憶にまで影響が及ぶ。

世界が問題なく回るために、都合の良いように事実が書き換えられるのだ。

 

だから上条当麻の中で真守はオティヌスによって組み伏せられてしまって、今の今まで接触がなかったということになっていた。

 

「しっかしまあ、表に出てくると偽の記憶が植え付けられるんだな。普通の人間だと元の世界と今の世界の経験がごっちゃになって発狂するぞ」

 

垣根帝督と真守の頭には現在、この世界での記憶が埋め込まれている。

これもまた真守と垣根帝督の存在に対して、世界が辻褄を合わせるために『修正』が施された結果なのだ。

 

「垣根は、本当に良いのか?」

 

「いい」

 

垣根は真守の質問に即座に答えた。

真守が聞いているのは、この幸せな世界で生きて行かなくて良いのかということだった。

だって。ここでは、垣根帝督の大切な人が生きている。

自分たちと一緒に、生を謳歌している。

 

何故なら真守は『四人分』の飲み物を買いに行くために彼らのそばを離れたことになっており、垣根は帰ってこない恋人を探して来いと言われて迎えに来たことになっているからだ。

深城は真守の神域で待っているためトイレに行っていることになっているが、それでもこの世界での『設定』では深城もきちんと救われていた。

 

「お前こそいいのかよ。一度捨てられたっつってもマクレーンが見つけてくれたし、源白も無事なんだぞ」

 

垣根の言う通り、真守はこの世界でも父親に捨てられているが、マクレーン家が見つけて家族として受け入れてくれた世界なのだ。

真守は偽りながらも自分が幸福な人生を歩んでいるという記憶を脳裏に浮かべながら、ゆるく頭を横に振る。

 

「まやかしの幸せは要らない」

 

真守は自分たちのことを待っているであろう大切な人たちのことを思って、寂しそうに呟く。

 

「俺もそんなモンは要らねえ」

 

垣根は真守から飲み物のお盆を受け取ると、片手で持って真守の手を握る。

 

「さっき()()()()()()()分かった。……もしこの世界を選んでアイツと一緒に笑っていても、俺はどこか、ずっと空しく感じるんだろうってな」

 

真守は自分の手を握った垣根に誘導されて、垣根の頬に手を添えながら微笑む。

垣根はそんな真守と一緒に、柔らかな日差しが降り注ぐ学園都市を見つめた。

 

「俺は元の世界の記憶を持ってる。その時点でこの世界は偽物だと知ってる。アイツは死んで、俺は道を踏み外し続けてお前と出会った。それが真実だ」

 

垣根はどこかで自分が帰ってくることを待ちわびている大切な人のことを考えて、目を細める。

 

「アイツは死ななかった。それで俺と一緒に成長して、一緒に多くの時を過ごした。……良い夢だった程度に思うのが一番だ。だって偽物なんだからな。だから、別にいい」

 

真守は垣根を見上げて笑って、柔らかく手を取る。

 

「死者を蘇らせることはできない。私はまっさらな世界の人間だから、世界を捻じ曲げる魔術を邪法としか見られない」

 

「ああ。俺もまやかしは御免だ。……あいつは止まって、俺は進んだ。それが全てだ、真守」

 

垣根が真実を告げると、真守はふにゃっと笑った。

 

「さて。私たちの方針は決まったし、総体は上条と顔を合わせたようだし、こっちはこっちの話をしようか」

 

真守は一息つくと、見えなくなった上条当麻から視線を外した。

その先には魔神オティヌスが立っていた。

 

「初めましてだな、オティヌス」

 

真守が笑いかけた先には、魔神オティヌスが立っていた。

これまでオティヌスは真守の前に一切現れなかった。

何故ならオティヌスは勝敗半々(フィフティフィフティ)に縛られており、真守と戦えば確実に負けると分かっていたからだ。

 

だから、ここが初めての邂逅である。

 

神であり人である完璧な存在である神人、朝槻真守。

魔術を極めて人の身のまま神へと至った魔神、オティヌス。

 

二人の神は、今初めて直接顔を合わせている。

 

真守はいつもと変わらない表情をしているが、魔神オティヌスは忌々しそうな顔をしていた。

何故なら魔神オティヌスは、真守が世界に観測されないように隠れていたことに気が付かなかったからだ。

朝槻真守という存在がいたことを、すっかりと見落としていたからだ。

 

「垣根、座る場所を造って欲しい」

 

真守がお願いすると、垣根の足元から真っ白な未元物質(ダークマター)の海が広がっていく。

それを垣根は巧みに操作して、精緻な模様が編まれたガーデンチェアとテーブルを生み出した。

 

「座ろうか、オティヌス。腰を落ち着けて話そうじゃないか」

 

真守は垣根が飲み物の載ったお盆をテーブルに置くかたわらで、自分も席に着く。

魔神オティヌスは真守のことを睨みながら、槍を地面に突き刺してそこに寄り掛かった。

 

「お前の望みは自分の納得する居場所を作ることだ」

 

いきなり切り込んできた真守を見て、オティヌスは眉を動かした。

 

「それにも二つのやり方がある。新しい世界を作るか、元の世界へと帰るのか」

 

朝槻真守は、これまで上条当麻の心を折ることだけを考えてきた魔神オティヌスが造り上げる世界を()てきた。

そのため魔神オティヌスの心が手に取るように分かる。

 

「でもお前の望みは居場所を確保することじゃない。お前は自分の本当の願いが見えていない」

 

真守が断言すると、魔神オティヌスは目を鋭くした。

 

「…………なんだと?」

 

 

「お前は誰かに理解(あい)して欲しいんだ」

 

 

その言葉の意味が、魔神オティヌスには分からなかった。

 

「何を言っている? 気でも狂ったか?」

 

魔神オティヌスが本当に意味が分からずに問いかけると、真守は自分の後ろに立っていた垣根へとむぎゅっと抱き着いた。

 

「いいだろ。これ、私のなんだ」

 

いきなり惚気(のろけ)た朝槻真守の事を、魔神オティヌスは理解できない生き物のように見つめる。

 

「垣根はな、『無限の創造性』を持っているんだ。そして私は永遠の命が定められている。だからずぅっと一緒にいられるんだ。ずぅっと、ずぅっとだ」

 

真守は垣根の腰に抱き着いて幸せそうにふにゃっと笑う。

 

「しかも私が強要したわけじゃないんだ。泣いて震えていた私を見て、垣根からずぅっと一緒にいるって言ってくれたんだ」

 

真守は垣根に抱き着いたまま、寂しそうに目を細めた。

 

「孤独はひどく悲しいことだ。永遠の命を持っているとなおさらな」

 

真守は確かな垣根の存在を一身に感じながら、魔神オティヌスを見つめる。

 

「だからお前は居場所が欲しかった。そうじゃないのか?」

 

「……戯言(たわごと)をほざくな」

 

魔神オティヌスは真守に向けて凄まじい殺気を飛ばした。

 

「何故神である私が不出来な人間を心のよりどころにしなくてはならない? 私は啼き喚く人間が邪魔で邪魔で仕方がない。だから人間どもが干渉してこない居場所が欲しいだけだ。それ以外の何がある」

 

オティヌスはイライラした様子で、魔女っ娘帽子のつばを触る。

それでも真守の悲しそうな眼が脳裏に浮かんで、オティヌスは槍を振るった。

ばづん! っと、すさまじい音が響く。

それは真守がオティヌスの槍の一閃を、自身がまとっていたエネルギーで弾いた音だった。

 

「不愉快だ」

 

オティヌスは自身の気持ちをそう表現した。

 

「ぽっと出で生まれた人間風情が、知ったような口を利くな。ああ。これは怒りだ。私は怒ってるんだ。私を怒らせるなんて、相当だぞ。お前」

 

オティヌスは椅子に座っている朝槻真守を見て怒りを露わにする。

 

「いいだろう。神である者同士、気の向くままに世界を蹂躙(じゅうりん)しながら戦おうじゃないか。私はお前と決着を付けなければダメだと思っていたんだ。完全な進化を遂げた人間が何だ。そんなものにこの私が負けるはずがないだろう」

 

オティヌスが空間を侵すかのような殺気をたぎらせる中、真守は人差し指を立てた。

 

そして、世界の時間を少しだけ早める。

 

オティヌスは怪訝な表情をしていたが、この場にやってきた人物に目を見開いた。

 

幻想殺し(イマジンブレイカー)を右手に宿す、世界の基準点である上条当麻。

真守はミサカ総体との話が終わった上条を見上げた。

 

「迷いはないな?」

 

「ああ。俺は俺を優先するよ」

 

ミサカ総体に対して、自分の気持ちを全て吐き出した上条は、すっきりした顔で告げる。

 

「ありがとな、朝槻」

 

上条当麻は真守へと礼を口にして、柔らかく笑った。

 

「あのミサカ妹から聞いた。俺のために心を痛めながらも見守ってくれたって。……そうだよな。お前はそういうヤツだから。俺は分かってる」

 

真守の事を良く知ってると言わんばかりに笑う上条を見て、垣根はムッと口を尖らせる。

真守はそんな垣根を見上げて笑って、そして上条を見た。

 

「さっき朝槻は言ってくれたよな。何かあったら力になってくれるって」

 

上条は真守の優しい言葉を思い出しながら、魔神オティヌスを睨んだ。

 

「俺は元の世界に帰りたい。だから力を貸してくれ、朝槻!」

 

真守は柔らかく微笑むと、椅子から立ち上がった。

 

「そうだな。私も元の世界が好きだし、垣根と帰るって話がついているからな」

 

魔神オティヌスは自分と敵対しようとしている真守たちを見て、忌々しそうに顔を歪める。

 

魔神オティヌスは自分が精神的に追い詰められているのを、まだ理解していない。

 

何故なら多対一なのだ。圧倒的なアウェーなのだ。

 

しかも完璧な人間として万能性を発揮している朝槻真守と、生命力の強いゴキブリよりも厄介な『無限の創造性』を持つ垣根帝督がいるのだ。

 

だが魔神オティヌスも心の(すみ)でなんとなく理解していた。

 

朝槻真守の言っていることは間違いないと。

愛してほしいまでいかなくても。ただ、自分は誰かに理解してほしいのだと。

それになんとなく気が付いたとしても。魔神オティヌスは戦うしかない。

 

何故なら、自分と敵対する存在がいるのだから。

 



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第四七話:〈超常存在〉は手を差し伸べる

第四七話、投稿します。
次は九月一五日木曜日です。
※諸事情により、次回更新は九月一九日月曜日です。


魔神オティヌスの限界は、すぐにやってきた。

 

何故ならどんな異能も打ち消す右手を持つ少年に、『無限の創造性』を持つ少年、そして人間の正当な進化を経た 神人(しんじん)が相手なのだ。

 

分が悪いにもほどがある。

 

不利になる(たび)に魔神オティヌスが世界を造り変えて真守が対応するという回数が一〇〇三一回を超えた時、魔神オティヌスの頭の奥が軋みを上げた。

 

その軋みは亀裂となり、頭痛となって魔神オティヌスの体の中を掛け巡った。

 

「……ぐっ……!!」

 

魔神オティヌスは歯を噛みしめて、その痛みに耐える。

 

分かっていた。こんなのに勝ち目はない。

それでも、魔神オティヌスは穏やかな場所で生きたかった。

形も何も見えない場所へ、それでも温かい場所へと帰りたかった。

 

訳も分からないのに、何故か帰りたいと思っていた。

 

だが。それは、一体どこにある?

帰る場所など、どこにあるのだ?

ないなら、造るしかない。

 

だから元の世界を捨てて、魔神オティヌスは次の世界を求めた。

そして結局元の世界とそっくりそのままの世界を創って、つい最近まで平穏な暮らしをしていた。

 

だが。それでも納得できなかった。

なんだか違和感がぬぐえないのだ。

穏やかな暮らしをしているのに、完璧な世界を作ったのに。

 

なんとも言えない寂寥(せきりょう)感と不安感が、体を駆け巡る。

心がざわつき、じっとしてなんかいられない。

平穏な生活をしているのはずなのに。自分の求めた完璧な世界を造り上げたのに。

 

心はちっとも、平穏ではないのだ。

 

漠然とした不安が、影のように自分を追う。

だからオティヌスは、魔神の力を取り戻そうとした。

その過程で様々なことがあった。オッレルスが自身を心の底から憎むまでにも至った。

 

それでも止まるわけにはいかなかった。

 

何故なら、欲しかったから。

穏やかな日常が、欲しかった。

どうしても渇いてしまうこの感覚から逃げたかった。

 

渇望(かつぼう)。この感情を、ただただ満たしたかった。

 

だが。結果はこれだ。

自らが生み出した世界で生まれた存在が、自分の前に立ちはだかった。

 

多分、ツケが回ってきたんだろうとオティヌスは思った。

世界を自分の思うままに操って、造り上げて。こねくり回した、身勝手なツケが。

結局、自分が漠然と思っていた帰りたい場所など。どこにもないのだ。

それなのに、目の前の少年少女には。帰る場所がある。

 

「………………帰らせなど、しない……」

 

魔神オティヌスは劣等感に苛まれたまま呟き、そして目の前の神さまを睨んだ。

自分とは違い、自分の居場所を手に入れた神さまを。

憎き、神さまを。

 

「絶対に帰らせはしない!! 私が手に入れられなかった場所に、帰らせることなんてさせない!!」

 

魔神オティヌスは悲痛にも似た叫び声を震わせて、槍を構えた。

 

オティヌスの根源である北欧神話のオーディンには、さまざま逸話がある。

 

最初期は、槌の雷神を中心とした信仰が栄えていた。

だがそれでもある時、槍の軍神へと移行した。

魔術の神はトネリコの木へ自ら首を吊り、その身を生贄に捧げることで力を得た。

そして、オーディンとは。立派なひげを蓄えた筋骨隆々の隻眼の老人だったと。

 

およそ目の前の少女とは似ても似つかぬ逸話たち。

だがその逸話は、どれもが事実なのだ。

 

何故なら。

彼女は、何度も何度も世界を造りなおして。多くの逸話を残してきたのだから。

朝槻真守を神と仰ぎ見た存在が、世界が何度も塗り替えられたことで生まれたように。

魔神オティヌスも、世界を何度も塗り替えたのに残った逸話が降り積もっていったのだ。

 

そんなオティヌスの代表的な得物は『槍』である。

 

グングニルと呼称される神槍(しんそう)

その鋭い穂先は黄金色、柄は世界樹と同じくトネリコで作られている。

そして黒小人(ドヴェルグ)の手で作られたベースに主神自らがルーンを刻んだことによって、すさまじい破壊力を持つ。

 

その槍を、オティヌスは躊躇うことなく放った。

手から得物を離すなど愚の骨頂かもしれないが、北欧神話には往々(おうおう)にして投擲した得物は敵を必ず貫いて手元に戻るという逸話がある。

 

だからオティヌスは構わずに槍を投擲した。

その瞬間、世界が粉々に吹き飛んだ。

空間が引きちぎられて、槍が飛ぶ度に『世界』が粉々に砕け散る。

 

そして世界が急速に復元される中、上条当麻は薄く笑ったまま前に出た。

 

「うォおおおおおお────!!!!」

 

上条は拳を固く握りしめて振りかざすと、全体重を駆けて前へ突き出した。

槍は上条の右拳に激突して、真上へ跳ね上げられる。

オティヌスは手をかざして『槍』を手元に引き寄せようとした。

だが上条当麻の右手の幻想殺し(イマジンブレイカー)が作用して、槍は空中でバラバラに分解して空気に解けていく。

 

「……っ」

 

上条は中指と薬指があらぬ方向へと曲がった右拳の違和感を覚えながらも、笑っていた。

 

上条当麻は素人だ。魔術師のプロが敵ならば絶対に勝てない程の、素人である。

だが魔神オティヌスには勝てる。何故なら真守や垣根帝督と一緒に数えるのも面倒なほどにオティヌスと対峙してきたのだ。

 

オティヌスのことならば、なんでも分かる。

彼女が何を求めているのか、おそらく彼女以上に理解できている。

 

魔神オティヌスは自らの得物を失って、ギリッと歯噛みした。

ブツッと、オティヌスの口の端が切れて血が流れる。

それが合図だったのかのように、オティヌスは自身を基点として巨大な翼のような、華のような。得体のしれない紋様を大きく広げた。

 

それは『弩』という、オティヌスの切り札だった。

 

正式名称は分からない。製法さえも分からない。

だがそれでもいくつか分かっていることがある。

破壊力だけは別格。

そして一度に一〇本もの矢を扇のように番えることができる飛び道具であり。

その弩が放たれれば、あらゆる軍勢を殲滅させるのだと言う。

 

その『弩』の正体とは。『世界』を弦として一〇本の矢を放つというものだった。

 

「面白い」

 

そう言葉を(こぼ)したのは、朝槻真守だった。

 

六芒星を基にした、蒼閃光(そうせんこう)で造られた輝く幾何学模様の転輪。

自分の身長よりも長い、蒼みがかったプラチナブロンド。

六対一二枚の、互い違いの純白と漆黒の翼。

宇宙の輝きを閉じこめたような肢体。それを覆うのは白い豪奢なドレス。

 

神人(しんじん)としての姿を保った朝槻真守は、魔神オティヌスが広げた紋様を見て片手を横へとすいっと薙いだ。

 

億を軽く超える無数の蒼閃光(そうせんこう)で造り上げられた歯車で構成された、蝶の(はね)翅脈(しみゃく)のような後光が、オティヌスの紋様に対抗するように空間を這う。

 

「私がやる」

 

真守は数えきれないほどの純白の軍勢を(たずさ)える垣根帝督と、全ての異能を打ち消す右手を持った上条当麻に告げる。

 

そんな中。

 

魔神オティヌスは唇の端を噛んで、血の味を滲ませながら歯ぎしりする。

世界の軋む音が響く。

そして。世界自体を弩として。

 

魔神オティヌスは一〇発の矢を打ち出した。

 

言葉で言い表すことの出来ない破壊の象徴が降り注ぐ。

だが。朝槻真守はそれを見て、笑っていた。

 

「破壊と創造の権化。私の創世(ちから)を見せてやる」

 

真守が笑った瞬間、世界が焼き切れた。

 

朝槻真守は、創世の化身である。

源流エネルギーとは本来そのようなものなのだ。

存在の消失という破壊の象徴を持ちながらも、この世に存在するあらゆるエネルギーを生成することができるのだから。

 

破壊し尽くして新たな定義で世界を一新する──神。

 

魔神オティヌスの『弩』を、朝槻真守はその一切を焼失させた。

だが魔神オティヌスの『弩』という存在そのものは焼失させなかった。

代表的な技の存在そのものを焼失させると、それはそれで困るからだ。

 

自分の象徴する力を朝槻真守に焼き尽くされた。

 

そして魔神オティヌスは理解した。

存在の消失。

この目の前に立っている少女は、全てを無に帰すこともできるのだ。

 

無に帰す、という言い方すらも適当ではない。

だって始めから無かったことになるのだから。

無に帰るという事実すらなくなるのだから。

 

魔神オティヌスは自身の最大の力を踏破されて、崩れ落ちた。

無慈悲な神さま。公平な神さま。

そして人を導くために試練を与える神さま。

 

魔神オティヌスは自分の前に降り立った、全てを裁く権利を持つ神さまを見ずに俯く。

 

この存在には絶対に勝てない。

いいや、本当は分かっていたのだ。

正統な存在へと進化した人間でありながらも、神さまとして完成している存在に。

所詮、人間のまま未完成な状態で神さまとなった存在は勝てない。

 

「……………………何を、していたんだろうな」

 

永遠の迷宮に閉じ込められた少女は、呟く。

本当に自分は何をしていたのだろう。

世界を何度も造りなおして。人々を振り回して。

自分の欲を押し通し続けて。それでも自分の欲しいものを手に入れることはできなかった。

 

「………………………………本当に……ちくしょう…………」

 

少女は絶望に打ちひしがれて、呟く。

 

「…………………………私の負けだ。だから帰ればいい」

 

魔神オティヌスは打ちひしがれた様子で言葉を紡ぐ。

 

「私にはない場所へと、帰ればいい」

 

そう呟く魔神オティヌスを見下ろして、真守は問いかける。

 

「負けを認めるのか?」

 

真守が問いかけると、オティヌスは笑った。

 

「……それ以外に何がある。どうせこの体はダメだ。分かるんだ。妖精化で失敗一〇〇%を持って魔神として完成した私だが、そのせいで壊れつつある。だから、もう終わりだ」

 

オティヌスの体は限界を迎えていた。

完全な不利の状態でずっと戦っていれば、心が限界を迎える。

しかも即興の応用技に安全性を確保できるはずがない。

だからオティヌスは壊れつつあった。

 

「そうか」

 

真守はそう一言呟くと、俯いてぺたんと座る少女へと、手を差し伸べた。

 

「じゃあ一緒に行こうか、オティヌス」

 

その言葉に。

魔神オティヌスは、頭が真っ白になった。

 

「……………………………………は?」

 

オティヌスが顔を上げて真守を見ると、真守は柔らかく微笑んだ。

 

「一緒に帰ろう、オティヌス。それで罪を(つぐな)って、みんなにごめんなさいをして。それでまた一からみんなで始めよう」

 

救済の女神の微笑み。

それを見たまま、オティヌスは固まった。

 

「………………な、にを……言っている……?」

 

本当に意味が分からない。

理解不能の出来事が起こっていることに、オティヌスは困惑する。

真守はオティヌスの様子を見て、一人呟く。

 

「ふむ。まずは妖精化をどうにかしなくちゃな。確かに体が壊れつつある。……と言ってもオッレルスは結構なオティヌス嫌いだから、オッレルスに言うこと聞かせるまでにオティヌスが死ぬだろう」

 

真守が今後の方針を考えていると、上条が真守に近づいた。

 

「俺の右手で打ち消す……って言っても、今のオティヌスにどこまで右手が通用するか分からないからなあ」

 

「おそらく上条の右手は魔神オティヌスの組成に対しては効かないと思う。でも妖精化を破壊したところで、オティヌスに良いとは限らない」

 

「なんで?」

 

原因を取り除いたら問題が取り除けるのではないのか。

そう疑問を持つ上条に、真守は分かりやすく説明する。

 

「包丁で刺された傷から包丁を抜くと致命的になるだろ。あれは包丁が栓となって血が噴き出さないから、出血多量にならずに死なないんだ。だから栓を壊したことで起こるよくない事態もある。……って、どうした? 上条。すっごい顔色悪くなったけど」

 

真守は顔を青くして口に手を当てた上条を本気で心配する。

 

「あ。もしかして小萌先生に包丁で刺されたこと思い出したのか?」

 

「うう……ッあれは本当に最悪だった……」

 

「ヤバい、結構なトラウマになってる。大丈夫だからな、上条。よしよーし」

 

上条を宥めながら、真守は無機質なエメラルドグリーンの瞳を動かしてぽかんとしているオティヌスを見た。

 

「ほら、オティヌス。呆けてないでお前も何か案を出せ。魔術の神さまなんだから有益な解決策を出せるだろう」

 

真守の横についた垣根は、思考が停止しているオティヌスを見たまま小さく笑う。

 

「さっきまで殺しあいしてたのに、この変わりように付いてこられるわけないだろ」

 

垣根が真守の何でも許してしまう生態に呆れながら笑っていると、上条が垣根に声を掛けた。

 

「でも朝槻がそこまで言うってことは時間がないって事だろ? 突然かもしれないけど、現状を受け入れてもらわなくちゃな」

 

上条はそう言葉を零し、オティヌスへと近づく。

そして頬をぽりぽりと掻いて、自分の顔を見て硬直しているオティヌスへと笑いかけた。

 

「お前も俺と同じだったんだな」

 

その言葉の意味が分からずにオティヌスが硬直していると、上条が理由を話す。

 

「だってお前は帰る場所が欲しかったんだろ。……俺も、どうしようもなく元の世界へと帰りたかった。元の世界へと帰る方法があるんだから、絶対にお前に負けたくなかった。……でもまあ、結局俺はお前に折られそうになっちまったんだけど」

 

上条は苦笑しながら告げる。

 

「お前の気持ちは痛いほどわかるよ、オティヌス。孤独が苦しいっていうことは痛いほどわかった。……俺も、あのとき途方に暮れた。記憶を失っちまって。それでも、絶対に泣いてほしくない相手がいて」

 

上条当麻はインデックスを救おうとして結局完璧には救えず、透明な自分になった時に思いを馳せる。

 

「そんな俺の助けになってくれるって、朝槻が言ってくれたんだ。俺が記憶を失っても俺は俺だって言ってくれた。すごく嬉しかった。だから大丈夫。朝槻が力になってくれるんだ。それに、俺も努力する」

 

上条はそう言って柔らかく微笑んで、オティヌスへと手を差し伸べた。

いつかの朝槻真守のように。

今まで散々自分を苦しめていた相手のことを理解した上条当麻は、告げる。

 

「だから一緒に行こう、オティヌス。世界ってのは、案外優しいんだ。救ってくれる優しいひとがいるんだ。だから──行こう。一緒に、日の当たる場所へ」

 

オティヌスはその言葉を聞いて隻眼の瞳を見開き。

ゆっくりと、上条当麻へと手を伸ばした。

だがその手を取るのを躊躇(ためら)った。自分が幸せになっていいのか、そう思って。

 

どうしようもなく悪党の自分が、幸せになっていいのかと。

罪悪感に呑まれて。魔神オティヌスは躊躇った。

 

躊躇(ちゅうちょ)する気持ちは分かる。でも気にすることはねえよ」

 

そう言ったのは、垣根帝督だった。

他人を利用し続けて、自分の欲を押し通そうとしていた垣根帝督は、告げる。

 

「公平な救いの女神サマってヤツが手を差し伸べてんだ。悪党だって陽の光の下で幸せになっていいんだよ」

 

その言葉が決定的となって、オティヌスは上条当麻の手を取った。

そして。

世界の命運を懸けた戦いは、誰にも知られずにひっそりと終わり。

迷宮に囚われていた少女は、救済の光に照らされた。

 



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第四八話:〈世界再造〉で全てを救うために

第四八話、投稿します。
※次は九月二六日月曜日です。


「さて、方針を決めようか」

 

朝槻真守は第二学区の『施設(サナトリウム)』で使っている自身の寝所のベッドに座って、そう切り出した。

真守の隣には、もちろん垣根帝督がベッドに座っている。

その視線の先にあるソファには、魔神オティヌスと上条当麻が一定の距離を取って座っていた。

 

「まずは現状を整理しよう。オティヌスは体に妖精化を打ち込まれて、絶賛内部から崩壊中。そして連合勢力がオティヌスの息の根を止めようと行動中」

 

真守が膝に載っけたクッションに顎を乗せたまま告げると、隣で華麗に足を組んでいた垣根が嗤った。

 

「はん。内からも外からも攻撃加えられるなんて嫌われ者の証拠だな」

 

「垣根茶々入れるな。とりあえず連合勢力の方は私がどうにかできる。でも問題は妖精化の方だ。それについてはどうしたらいい、魔術の神さま」

 

真守が一刀両断してからオティヌスに問いかけると、垣根は苛立ちで眉をぴくっと引きつらせてから真守の頬を引っ張った。

 

むーむー(うな)って抗議する真守を見ていたオティヌスは、現状に遠い目をする。

 

世界を元に戻した後。

 

魔神オティヌスは朝槻真守の力を借りて上条当麻と共に『船の墓場(サルガッソー)』から第二学区の核シェルター、『施設(サナトリウム)』へと体を移した。

ちなみに上条の右手がある以上簡単にいかないのだが、朝槻真守は世界の方をまるっとズラす方法でオティヌスと上条当麻を自身の神域へと迎え入れた。

 

そしてオティヌスは源白深城という、朝槻真守と永遠を共にする少女に紅茶とクッキーによってもてなされていた。

つくづく朝槻真守は恵まれていたのだな、とオティヌスはちょっと悲しくなりながらも、クッキーを食べながら告げる。

 

「妖精化は対魔神用に組み上げられた術式だ。人の身には通じない」

 

オティヌスから現状の打開策を聞いた上条は、クッキーを食べながら目を見開く。

 

「ってことは、オティちゃん。オティちゃんが神さまから人間に戻ればいいって事?」

 

「オティちゃんじゃねえよ!! いくら『理解者』といえど気安すぎるぞ人間!! あと『おじちゃん』に通じる語感があってなんか嫌だ!」

 

オティヌスがくわっと噛みつくように声を上げると、上条は今更だと笑いながら告げる。

 

「いやね、神さまを愚弄するつもりはないんだけどさ。語感の話を持ち出したらオとティとヌが一直線に並んだ時点で、それもうおちん、」

 

「ぶん殴ってやる!! お前もう本気でぶん殴ってやる!!」

 

オティヌスが上条当麻へとフルボッコしようと飛び掛かる中、真守は顔をしかめる。

 

「上条のばか。そういう事思っても女の子の前で口にしないでほしい……」

 

真守がオティヌスにボコボコに殴られている上条をじろっと睨むと、垣根はそんな真守を見て鼻で笑う。

 

「今更ナニ恥ずかしがってんだ。お前はほぼ毎晩俺ので責められて、嬉しくてひーひー()いてるだろ」

 

「わあああああ垣根のばかぁあああああ!!」

 

真守は涙目になって持っていたクッションでぼかぼか垣根を殴る。

どうやら神さまがイジられるのはどこだってデフォルトでテンプレらしい。

 

「……こほん。で、オティヌス。人に戻るためには何が必要なんだ?」

 

無事垣根を撃退できた真守は顔を赤らめたまま、上条を殴っても納得いかずに顔をしかめるオティヌスを見る。

 

「……私は人の身から魔神に昇華するために自らの目を抉って泉に捧げている。その『目』は今も冷たい泉の底にある。そいつを回収して眼窩に収めれば、私の特別性も霧散する。前に一度力を捨てた時も、あれは使わなかった。今にしてみれば未練があったのさ」

 

真守はオティヌスの寂しそうな言葉に頷く。

 

「よし。じゃあ上条とオティヌスは泉に行って、私と垣根は連合勢力と話をするためにニューヨークに行こう。……連合勢力と話をできるのは私くらいだし、垣根は私と一緒に行くって絶対に言うだろ?」

 

「当たり前だろ」

 

真守が確認をすると、真守に撃退されて立ち直った垣根は即座に答える。

真守は垣根を他所に、ボコボコにされた上条を見て苦笑する。

 

「連合勢力と平和的な話ができたら私と垣根も上条たちに合流する。それで泉の位置はどこなんだ?」

 

「デンマーク。オーディンをオティヌスと呼ぶかの地の深くに、ミミルの泉はある。今も私の目が沈み続けている知恵の泉さ」

 

オティヌスの行き先を聞いた真守はぱんっと小さく手を叩く。

 

「じゃあ早速動こうか。施設(ここ)は区切ってあるから魔術を弾くから問題ないけど、妖精化に蝕まれているオティヌスの方が持たないからな」

 

そうして少年少女は動き出した。

一人の神さまを殺すために動く世界と、戦うために。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

朝槻真守と垣根帝督は共に空を飛んでいた。

真守は三対六枚の白と黒の互い違いの翼。

垣根の方は三対六枚の未元物質(ダークマター)で造り上げられた翼を広げて、ニューヨークにある国連本部へと向かっていた。

 

「真守。一方通行(アクセラレータ)が予定通り撃退されたぜ」

 

垣根は飛びながら、六芒星を(もと)にした幾何学模様の転輪に、蒼みがかったプラチナブロンドをなびかせている真守を見た。

 

何故一方通行(アクセラレータ)が上条とオティヌスを追っているかというと、超能力者(レベル5)の携帯電話に魔神オティヌスと上条当麻の殺害依頼のメールが来たからだ。

 

真守と垣根にも来ているが、当然加担しているので無視だ。

そして一方通行(アクセラレータ)が動くことで、超能力者(レベル5)が今回の件に一応介入したという事実が残る。

だから一方通行は率先して動いて、上条当麻に()()()負けたのだ。

しかも真守はカブトムシを通して一方通行(アクセラレータ)から事前にわざと負けると聞かされている。だから垣根は当初の予定通りと真守に報告したのだ。

 

「上条の事だから殺さないと思うけど、一方通行(アクセラレータ)の具合は?」

 

真守と垣根は上条当麻に一方通行(アクセラレータ)がわざと負けに行くと伝えていない。

伝えてしまえば茶番になるからだ。

そのため本気でやりあった二人のことを考えて真守が撃破された方を心配して問いかけると、垣根はネットワークに接続している時の胡乱げな瞳をして答える。

 

「問題ねえよ。二、三日検査入院するくらいだ。それにいま総体が見舞いに行ってる」

 

「総体が? ……妹達(シスターズ)は学園都市協力機関が離反したことで大体が学園都市に帰って来てる。ということは一方通行(アクセラレータ)のために総体はわざわざデンマークに向かったのか」

 

真守が垣根からもたらされた事実に納得して頷くと、垣根は真守と並行して飛びながら目を細めた。

 

「殺ったヤツと殺られたヤツだが最終信号(ラストオーダー)の態度見れば、総体も気に掛けてるのは確かだからな。無事を確認するがてら、色々助言してる」

 

垣根はカブトムシで総体と一方通行(アクセラレータ)を見守りながら、他のカブトムシから情報を取得する。

 

「ローマ正教、ロシア成教、イギリス清教がデンマークに展開し始めた。魔術を使ってるから移動が速いな。まあ当然か」

 

「ということは各国や要人の護衛が離れてデンマークへ向かってるってことだな? 話をしに行っても邪魔されないというわけだ」

 

「お前の実家の人間は普通に残ってるぞ。お前がこっちに来るって分かってるみてえだ」

 

垣根が国連本部周辺に事前に展開させていたカブトムシで真守の実家のマクレーン家の人間が国連本部から離れていないのを確認して告げると、真守は柔らかく微笑む。

 

「伯母さまなら大丈夫だぞ。伯母さまは私のコト、よく分かってくれているから」

 

真守がふにゃっと笑って告げると、垣根は真守が自分の親族へと絶対の信頼を寄せているのに目元を柔らかくした。

 

「そうだな。──行くぞ、真守」

 

「うん」

 

真守は垣根の言葉に応えて、ニューヨークの街並みを眼下に見下ろしながら、海岸寄りの国連本部、その屋上へと周りをぐるぐると回ってから屋上へと降り立った。

 

正面から入ったらそれはそれで問題なので、存在をこうやってアピールするしかないのだ。

 

すると。屋上に降り立った真守と垣根に一直線に近づいてきたのは、やっぱりアシュリン=マクレーンだった。

 

「真守ちゃんっ!!」

 

真守が垣根と共に地面へと降り立つと、アシュリンは叫び声にも似た声で真守へと声を掛けてきた。

 

「真守ちゃん、その髪……っ」

 

アシュリンが少し焦っていたのは、真守の黒髪が蒼みがかったプラチナブロンドになっているからだ。

白と黒の互い違いの翼や、六芒星を(もと)にした幾何学模様の転輪よりもその髪が気になったらしい。

真守は慌ててアシュリンに声を掛ける。

 

「伯母さま、驚かせてごめんなさい。その……神さまらしいところを見せるために、この髪の毛にしたんだ。伯母さまも知ってると思うけど、私は人間として完璧な存在になったんだ」

 

真守が言いづらそうにしながらも自身が正当な進化を遂げた人間なのだとはっきり告げると、アシュリンはガッと真守の肩を掴んだ。

 

「あのクソ野郎の遺伝子が撲滅されたわ! そのままでいてほしいくらい!」

 

「へ」

 

真守は歓喜を見せながら、自分の髪の毛を撫でるアシュリンの嬉しそうな表情を見て固まる。

 

「もしかして自由に髪の色を変えたりできるのかしら? 蒼みがかった色じゃなくて、完璧な銀髪にできるのかしら?」

 

どうやらアシュリンは真守の髪が父親譲りの黒髪ではなくなっていることが気になっているらしい。

アシュリンが興奮した様子で問いかけてくるので、真守は慌てて答える。

 

「え、えっと……で、できないことはないけど……そんなに黒髪嫌だったのか……」

 

日本人らしい自分の黒髪をそれなりに気に入っている真守が困惑した様子で告げると、アシュリンは笑顔を見せる。

 

「真守ちゃんに黒髪はもちろん似合っているわ。でもそれとこれとは別なのよ。それで、髪の毛銀にできるの? 私とおそろいに!」

 

「う、うん。できるぞ。でもそれっていま重要なことか……?」

 

真守はアシュリンのテンションの高さに困惑しながらも、自身の髪の毛から蒼みを抜き始める。

そして銀髪へと近づけると、アシュリンは真守に抱き着いた。

 

「かわいいっ!!」

 

真守の髪色は地毛でも染髪でも表現できない人工物っぽい銀色になっているが、銀色という時点でアシュリンはふるえるほどに嬉しいらしい。

 

「お父さまっ。見てくださいな、真守ちゃんの髪の毛!! もうこれはどこからどうみてもウチの子!! うちの子だわ!!」

 

アシュリンが声を掛けた視線の先には、銀髪を短くした屈強な大男がいた。

真守の祖父、ランドン=マクレーンだ。

真守は彼を、偽りの幸せが与えられた世界で『設定』として知っている。

 

だがこの世界で会うのは初めてだ。

そのため少しだけ真守が緊張していると、ランドンはアシュリンに抱きしめられている真守をまっすぐとみる。

 

「お前が、アメリアの娘だな?」

 

真守は低い威圧感のある声を聞きながらも、ランドンが優しいことを知っているのでふんわりと笑う。

 

「初めまして、おじいさま。朝槻真守だ。知ってると思うけど、朝槻というのは学園都市がくれた名前で、真守という名前はお母さまがつけてくれたんだぞ」

 

真守の言葉通り、真守の名づけには真守の事を捨てた父親は関与していないのだ。

真守が柔らかく微笑んで話をする姿を見て、祖父は思わずピシッと固まった。

 

「……どうしたんだ?」

 

真守が硬直した祖父を見てきょとっと目を見開くと、ランドンは突然膝から崩れ落ちた。

 

「お、おじいさま!? 本当にどうしたんだ!?」

 

真守が慌てていると、アシュリンは真守の翼の間に手を這わせて優しく抱きしめる。

 

「大丈夫よ、真守ちゃん。破壊力抜群だっただけだから」

 

「は、破壊力!? ど、どれが……もしかしておじいさまって呼び方に破壊力が!?」

 

真守は初めて会った孫におじいさまと呼ばれ、嬉しくて膝から崩れ落ちた祖父を見てびっくりする。

垣根はそんな初々しい家族の姿を見て、柔らかく目を細めていた。

ランドン=マクレーンは心を落ち着けて立ち上がると、真守へと手を伸ばした。

すると真守も手を伸ばして、優しい祖父のごつごつとした手に触れる。

 

「真守。アメリアの子。私の孫。アシュリンから聞いている。お前に会えてよかった」

 

真守は祖父に喜びの言葉を告げられて、ふにゃっと微笑んだ。

 

「私も、おじいさまに会えてよかった」

 

真守がにこにこと笑顔を見せると、祖父は真守の事をじぃーっと見た。

 

「?」

 

真守がきょとっと目を見開いて首を傾げると、ランドンは一言呟く。

 

「………………かわいい」

 

真守が目を(またた)かせる前で、ランドンは真守の頬に自分の頭を寄せているアシュリンを見た。

 

「やっぱり家に連れて帰りたい! 真守のために離れを造ろう!! 私はそこに居を移す!!」

 

ランドンはびっくりしている真守の細い腰を抱き上げると、翼を広げたままの真守をくるくると回す。

 

「わーっ!?」

 

真守が感極まった祖父にくるくるされていると、アシュリンは柔らかく微笑む。

 

「ダメですよ、お父さま。立場的にも学園都市との交渉的にも。それは良くありませんわ」

 

「いやだ連れて帰りたい!!」

 

突然の出来事に困惑している真守の事をランドンが抱きしめていると、その後ろから声が上がった。

 

「コラァー! マクレーン!! 孫に初めて会えたのに水を差すのは悪いとして見守っていたが、限度があるぞ!! その娘は突然『船の墓場(サルガッソー)』に現れ、オティヌスの逃走に一役買ったのだぞ!?」

 

声を上げたのはもちろん英国女王(クイーンレグナント)、エリザード。

そんな彼女に水を差されたとランドンは、翼を引っ込めた真守のことを腕に抱き上げながら英国女王を不遜(ふそん)にも睨みつける。

 

「バカタレ。水を差すのが悪いと思っているならばそこで大人しく待ってこそ、懐の深い女王というものだぞ」

 

バカタレ!? と英国女王(クイーンレグナント)は不敬な公爵家の主に憤慨する。

 

「おまえっ不敬にもほどがあるぞ!? いくら私たちが腐れ縁の学友だったとしても、今のイギリス王室がマクレーンを絶対に無視できないと言っても!! 不敬だぞ、不敬!!」

 

簡単に断罪できない立ち位置にいるマクレーン当主を見て英国女王が叫ぶ中、ランドンは淡々と告げる。

 

「真守は聡明であり、愚かではないとアシュリンから聞いている。……オティヌスを逃走させた、きちんとした理由があるのだろう、真守?」

 

真守はランドンに優しく問いかけられて頷く。

 

「うん。ちゃんと話をしたいと思って来たんだ。オティヌスを許せとは言わない。それでも、あの子の言い分を聞かないで殺すのはよくない」

 

真守はそこで言葉を切って笑う。

 

「だって最後の審判とやらで全てが決まるんだろう? だったら人間が勝手に罪を見定めて誰かの命を葬るなんて、間違いじゃないのか?」

 

その言葉に、敬虔(けいけん)な十字教徒は押し黙る。

アシュリンとランドンは薄く微笑んでいる。

彼らはケルトの民だ。完全な十字教徒ではない。

 

そもそもイギリス清教のケルト十字とは、ケルトを信仰する民が以前から使っていたシンボルを十字教に組み込もうとした結果生まれたものである。

 

マクレーン家が(はば)を利かせてきた十字教に反発したため、イギリス清教が折り合いをつけるために制定せざるをえなくなったのだが、それ故にケルトの民は本当の意味で十字教徒ではないのだ。

 

だからこそ、人間から正統な進化を遂げた自らの血縁が十字教の矛盾点を突いていても笑っていられる。

むしろ敬虔な十字教徒の鼻先をへし折れる話を持ってくるなんて賞賛ものだと二人は思っている。

そんな優しい家族の前で、真守は微笑む。

 

「さあ。話をしよう。みんなが納得できる話を。……そして、オティヌスが救われる話を」

 

これだけ被害を(こうむ)られた時点で、オティヌスが何の罪も(つぐな)わないのはおかしい話だ。

だがそれでも、命を奪う事だけは間違っている。

真守のその言葉に正当性を見出した彼らは、移動し始めた。

 

「あ。おじいさま」

 

真守はランドンに抱き上げられたまま、トントンとランドンの肩を叩く。

すると、ランドンは真守の言いたいことが分かっていたので振り返った。

そこには、垣根帝督が立っていた。

 

「私のたいせつな人なんだ。おじいさま」

 

真守が柔らかく微笑みながら告げる中、垣根はランドンへと近づいた。

ランドンは垣根よりも身長が高い。

そのためランドンはまっすぐと垣根を見下ろした。

 

超能力者(レベル5)第三位、垣根帝督。真守と付き合ってる。将来も誓った仲だ」

 

垣根ははっきりと宣言する。

ランドンは真守の右手の薬指と、垣根の右手の薬指に光っている指輪が同じものだと気が付いていた。

その輝きを考えながら、ランドンは垣根に声を掛ける。

 

「幸せにできるか?」

 

「できる」

 

「泣かせるのは夜だけにしろ。できるか?」

 

ランドンが真守の事を抱き寄せながら告げると、真守はぴゃっと飛び上がってから体を固くし、顔を真っ赤にした。

 

「できる。それに、ちゃんと満足させてやれてる自信がある」

 

真守は垣根の宣言を聞いて恥ずかしくて目を泳がせる。

随分と可愛がられている孫を視界の端で見ていたランドンは一つ頷いた。

 

「行くぞ。この子のことを支えてやりなさい」

 

ランドンが告げる中、垣根はしっかりと頷き、返事をした。

真守はほっと安堵しながら、ランドンの腕の中から垣根にふにゃっと笑いかける。

垣根はゆっくりと大きく頷くと、真守と共に場所を移動した。

 



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第四九話:〈救済女神〉は救いを授ける

第四九話、投稿します。
次は九月二九日木曜日です。


真守は各国要人に、オティヌスが居場所を求めて何度も何度も世界を造り上げた話をした。

そして世界が一度終わった事も、上条当麻が想像を絶する生と死を繰り返した事も話した。

流石に総体に言われたから静観していたという事実は私情なので真守は言わなかったが、世界が終わった後、自分はオティヌスの目的の先にある願いを探っていたと話をした。

 

「……フーム。レディの話はにわかに信じられないが……本当に事実なのか?」

 

米国大統領、ロベルト=カッツェは真守の話を聞いて一番に声を上げた。

 

「事実だぞ。何なら全てを記録している帝兵さんで確認するか? 大統領の処理能力だったら全部確認するのに軽く一万年はかかると思うけど」

 

真守が手元に呼び寄せていたカブトムシの背中を撫でながら告げると、ロベルトは押し黙る。

ロベルトの隣に座っていたローマ教皇は、自分の中で情報を整理してから口を開いた。

 

「使徒の中にも元は神の子を罵倒した者もいた。だが己の過ちを悔いた者を神の子はお許しになった。……だからこそ、オティヌスが悪逆を()したとしても許しを請うチャンスを与えずに殺してしまうというのは、間違っていると思う」

 

その言葉に続いたのは、ロシア成教の総大主教の少年だった。

 

「確かに『取り返しのつかない』一言で断じるのは、我々の信仰とは合致しない」

 

英国女王(クイーンレグナント)、エリザードは他宗派の話を聞いて腕を組んだ。

 

「しかし魔神オティヌスが人間に戻ったところでどうやって罰する? 世界を造り替え続けた大罪をどうやって償わせるのだ?」

 

エリザードの呟きを聞いて、ふんっと鼻を鳴らしたのはランドン=マクレーンだった。

 

「そんなもの、決まっているだろう。我が孫が判断を下せばよい」

 

その言葉に、各要人はランドンを見た。

ランドンは各要人の視線を受けて、つまらなそうに告げる。

 

「十字教徒は必ず認められぬだろうが、真守は不完全な人間がこれから進むべき形へと先に完成しているのだ。だからこその万能性。だからこその永遠。それならば、真守が下した判断を我らが認めればいいだけだろう」

 

当然のことが分かっていない各国や要人たちを見て、ランドンはにやにやと笑う。

 

「そもそも魔神オティヌスを助けようと我が孫は動いておるのだ。不用意なことをすると消されるぞ、お前たち」

 

ランドンの意地悪く豪胆な笑みを見て、女王エリザードは額に手を当てる。

 

「まったく。何の因果で厄介なマクレーン家の血族が学園都市に流れ着いたのだ。複雑なことこの上ないな」

 

マクレーン家は古くからブリテンに根付くケルトの一族だ。

そのため英国建国前から英国周辺を仕切っていた事もあって、市政に大きなパイプができている。

 

それにイギリスがローマ正教から脱するために英国独自の十字教を政治的に生み出した時も、ケルトの人々は一枚噛むために暗躍に暗躍を重ねていた。

 

だからこそ無視できない格式高いマクレーン家から、どうして(こぼ)れ落ちた少女が巡り巡って学園都市の中枢にすっぽり収まっているのか。

 

しかも真守を利用して学園都市を利用しようとする輩が現れると、マクレーン家は『娘の平穏を崩すな、バカタレ!!』と叫んで娘の平穏絶対守るマンになるので、頭の痛い話だ。

 

本当に不思議でならない因果にエリザードが頭を痛めていると、真守は柔らかく微笑んだ。

 

「オティヌスは確かに悪いことをした。……でも永遠に近い孤独というのは、本当に苦しいことだ。その時点で、あの子は誰よりも酷い罰を受けているのだろう」

 

いつまで経っても一人ぼっち。そして永遠に尽きることのない命。

心のよりどころがなく永劫(えいごう)彷徨(さまよ)う様子は、おそらく砂漠で一人オアシスを求めて当てのない旅を続けるのと同義だ。

 

「私はオティヌスのせいで傷ついた人たちを知っている。だから同じ神さまとしての孤独に同情しないで、ちゃんと罰を与えるつもりだ」

 

同じ神さまとしての孤独。

それに反応した自分の祖父に、真守は笑いかける。

 

「おじいさま、大丈夫だ。私は一人じゃないから」

 

真守が幸せそうに微笑む姿を見て、ランドンは頷く。真守は頷くと、各要人を視界に入れた。

 

「オティヌスの罰についてはちゃんと考えてる。あの子にとって幸せで、そして最も辛い罰を。だからとりあえず十字教の各勢力とアメリカの兵隊で上条とオティヌスを攻撃するのはよしてくれ。……それ以外にも、オティヌスを追うヤツらはいるからな」

 

真守の呟きに補足説明をしたのは、カブトムシでオティヌスと上条を見ている垣根だった。

 

「まず突然裏切ったオティヌスをグレムリンの構成員が追ってる。それに加えて逃亡した上条を学園都市も追ってるからな。それに個人的な恨みを持ってるオッレルスもだ。あんまりもたもたしてる場合じゃねえんだ。とっとと決めてくれ」

 

垣根の言葉に各宗教の派閥の者たちは頷き、エリザードが応えた。

 

「私たち十字教派閥はそれで構わない。元々その娘の判断には従うしかないしな。──世界の警察を自称してるアメリカはどうだ?」

 

「俺も異論はねえ。むしろハワイを助けてくれたあのボーイを執拗(しつよう)に追う事には躊躇いがあったんだ」

 

真守は半ば強制的ながらも、自分の判断に託してくれた各要人を見て微笑む。

 

「お前たちには沸騰している世界を抑えてもらいたいな。東京もそうだけど、デンマークも割と混乱してるから。十字教の各要人が声を掛ければ、敬虔(けいけん)な信徒たちは応えてくれるだろう」

 

真守は各要人ができることを提示して、椅子から立ち上がった。

 

「オティヌスはいま『妖精化』の術式を打ち込まれて死にかけてる。ここまでやったのに死なれたら困る。だから行ってくる。後はよろしく」

 

真守は柔らかく笑って、ランドンとその後ろに立っているアシュリンへと近寄った。

 

「いつか絶対にイギリスに行くから、おじいさま。伯母さま。……それで二人と一緒に、お母さまにも会いに行きたい」

 

亡き母の遺体は、マクレーン家が必死に探してイギリスに返されている。

だから真守が笑って告げると、アシュリンは真守の事を抱きしめた。

 

「ええ。一緒に行きましょう、真守ちゃん」

 

真守はアシュリンに抱きしめられて、頭をランドンに撫でられて幸せそうに笑った。

 

「真守を頼んだ」

 

ランドンが告げると、垣根はしっかりと頷いた。

そして抱擁を解かれた真守の手を引いて、垣根は宣言した。

 

「行ってくる。問題ねえよ、俺と真守が一緒なんだからな」

 

真守は垣根の力強い言葉にふにゃっと笑って、ランドンとアシュリンへと手を振って各要人たちに少しだけ頭を下げて国連本部を後にした。

そして、再び翼を広げて飛び始める。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

国連本部へと向かう真守と垣根と別れたオティヌスと上条当麻は、世界の方を動かしてデンマークへと降り立った。

 

最初の刺客は真守と垣根が確認した通り、一方通行(アクセラレータ)だった。

第二位に転落したり負傷したりしたとしても、一方通行(アクセラレータ)は最強の一角を誇る超能力者(レベル5)だ。

 

そのため先行して最初に上条当麻に撃破されることで、超能力者(レベル5)が不用意に動かない状態を造り上げた。

 

負けることでも、何かを守れる。

成長した一方通行(アクセラレータ)はそれを体現したのだ。

 

その後、ローマ正教とロシア成教、そしてイギリス清教がやってきた。

 

真守と垣根が国連本部に行って話を付けているが、オティヌスを捕捉して先遣隊として魔術を使ってすぐにやってきた彼らを止めることはできない。

 

それでも追撃ができないように話をしてくるから頑張ってどうにかしろ、と垣根はカブトムシで上条に指示をしていた。

 

どこの組織とも顔見知りだったり良く知っている仲だったりしたので、上条当麻はそれを利用してどうにか切り抜けた。

 

なんとか切り抜けた上条たちの前に即座に立ちはだかったのは、オティヌスが裏切ったマリアン=スリンゲナイヤーだった。

だが大軍のカブトムシがいたため、上条は無理することなく彼女たちを打ち倒すことができた。

そして丁度その時に真守と垣根は各要人たちと話を付ける事ができて、カブトムシが上条にそう報告した。

 

ほっとしたのもつかの間。学園都市の兵器群が襲来し、カブトムシの指示と援護によって上条はオティヌスと少し楽しそうに逃げていたが、そこに御坂美琴が到着。

 

美琴はカブトムシから事実を簡潔に聞かされていたが、自分に何の声もかけずに上条当麻に蚊帳の外にされたことが許せなかった。

 

そのため電撃を浴びせながら、美琴は上条から上条の言葉で何があったか聞いた。

 

誰もが幸せになった世界。

それを蹴って、上条当麻は朝槻真守たちと一緒にオティヌスを救おうと動いているということ。

そして上条は美琴の幸せを奪ってしまったのを申し訳ないと思っていること。

それでもオティヌスをどうしても救いたいという気持ちを、御坂美琴は上条当麻に聞かされた。

 

自分たちの幸せを掴むために上条当麻が戦っているならばそれでいいと、美琴は言った。

全人類を背負って上条当麻が破滅するより、よっぽどいい。

そして誰もが幸せになった世界を自分は必要としていないと。誰もが幸せになった世界で、誰も彼もが救われることはないと美琴は上条に教えた。

 

何故なら御坂美琴は妹達(シスターズ)を生み出したという事実から逃げたくなかった。

幸せな世界が生み出されて、全員が全員幸せでも。過去に起きたこと全てが無くなったことにはならない。

自分がしてしまった取り返しのつかない過去から、御坂美琴は逃げたくなかった。

 

その想いを美琴に告げられて、上条当麻は都合の良い世界を生み出しても人間が全員幸せになれるとは限らないと理解した。

 

御坂美琴に大切な事を教えてもらった上条当麻は、オティヌスと共に再び歩き始めた。

 

学園都市をカブトムシたちと食い止めると言った御坂美琴と別れた後、上条当麻の前にはインデックスとバードウェイが現れた。

 

だが上条当麻の『御坂とその辺のくだりやったのに、またやるの?』という失言によって、上条とオティヌスは怒りを燃やされた彼女たちと戦闘になった。

 

大切な少女たちと激突しながら、上条当麻はオティヌスと進み続ける。

彼女を助けるために、ずっと進み続けた。

 

そして。

辺り一面の雪原。ちょこんと大きな岩に乗っている朝槻真守は告げる。

 

「お前はオティヌスに一番近い存在だ。だからあの子が変わろうとしていることも、罰を受けようとしていることも分かってるんだろう?」

 

白と黒の互い違いの翼。

蒼みがかったプラチナブロンドの髪、そして六芒星を(もと)にした幾何学模様の転輪。

翼を広げている真守が岩にちょこんと座っている隣には、もちろん垣根帝督が立っている。

美しい天使に限りなく近づいた少年を(たずさ)えた真守は、岩の上から雪原に倒れている彼らを見つめて告げる。

 

「お前の魂胆は分かってる。()()()()()()()()()()。だからお前はオティヌスのことなんか気にせずに、お前の守りたいものを守ればいい」

 

真守が話しかけているのは魔神の成りそこないのオッレルスだった。

その(かたわ)らには、朝槻真守と垣根帝督に(ほふ)られた二人の聖人が気絶した状態で地面に転がっている。

 

シルビアはオッレルスが『船の墓場(サルガッソー)』でオティヌスに負傷させられた怒りによって、オッレルスの言葉を聞こうとしなかった。

そして聖人とワルキューレの属性を持つブリュンヒルド=エイクトベルは、倒さなければならない敵がいるならば無力化しなければならないと考えている。

そんな彼らを止めるために真っ先に気絶させようと動いた真守と垣根は、本当に分かっている。

 

「……そうだね、神人。キミが大丈夫だと言うのであれば、あの少年やキミたちはきちんとオティヌスの弱みとして機能するんだろう」

 

オッレルスは、魔神オティヌスが魔神という地位を良いように使っているのが気に入らなかった。

それで色々と恨みが(つの)った。

今はもう既に魔神という座に執着はしていないが、それでもずっとオティヌスを追っていた。

 

オッレルスは魔神オティヌスを打倒したかった。

だが彼女を倒したのはどうやら自分ではなかった。

 

しかも魔神オティヌスはオッレルスの知らない内に、上条当麻という『理解者』と、朝槻真守と垣根帝督という永遠を共にする同志を手に入れた。

真守たちが魔神オティヌスの『弱み』となる。

オティヌスは彼らとの関係性に縛られ、弱体化の一途をたどる。

 

魔神オティヌスの弱みとなる関係性を持つ真守たち。

その弱みが傷つけられれば、魔神オティヌスはどう動くか分からない。

オッレルスは魔神オティヌスをこれ以上の怪物にはしたくなかった。

だからこそオッレルスは上条当麻が本当にオティヌスの弱みとして働くのか確認するために、シルビアとブリュンヒルド=エイクトベルに好きにやらせようとしていた。

 

そこに真守が介入したのだ。

完全な存在である真守が確認は不要だと言うのだから、真守たちは本当にオティヌスの弱みになるのだろうとオッレルスは信じることができた。

 

「シルビアは時間を置いて頭を冷やさせればクレバーに戻る。いまはオティヌスに対する憎しみが強いだろうけど、私が良く言い聞かせる。だからキミたちが危惧するようなことにはならない」

 

垣根は礼を告げるオッレルスを見て鼻で嗤う。

 

「憎み抜いた敵なら殺すまですりゃあいいのに。甘いヤツだな」

 

垣根はオッレルスを見て嗤っていたが、目元を柔らかく弛緩させた。

 

「でも嫌いじゃねえな、その甘さは」

 

「……どうもありがとう」

 

オッレルスが礼を告げる中、真守は大岩の上で立ち上がる。

垣根は眉をひそめて、立ち上がった真守の腰を抱き寄せる。

 

「俺たちがオッレルスと話をしている間に上条はトールに絡まれてやがるし、まったく世話が焼けるヤツらだな」

 

垣根と真守はオッレルスたちが上条とオティヌスを追っていることを知っていた。

だからこそ二人は先回りして聖人たちを無力化して、オッレルスと話を付けたのだ。

 

その間に上条当麻とオティヌスはカブトムシに乗って、目的地であるオティヌスの目が沈んでいるイーエスコウ城の(たたず)む湖へと向かっていた。

 

垣根は当然としてイーエスコウ城の近くで雷神トールや『グレムリン』の正規メンバーが待ち受けていることを知っていた。

そのため先んじて『グレムリン』の正規メンバーはカブトムシで無力化したのだが、雷神トールだけはそうもいかない。

しかもトールは上条と戦うことが目的なので、カブトムシで止めようがないのだ。

 

次から次へと様々な人間にちょっかいを掛けられる上条当麻とオティヌスのことを考えて、垣根は面倒だと舌打ちする。

 

「私は直接会ったことないけど、トールは意外と理性的なんだろ。だったら気が済めば大丈夫なハズだ」

 

真守が垣根から聞いたトールの人となりを考えながら告げると、垣根はネットワークに接続したまま胡乱(うろん)げな目を細めた。

 

「……オティヌスの様子が変だな。わざわざ一度拾った目玉を泉に落としやがった」

 

垣根の言う通り、オティヌスはトールと戦っている上条当麻より一足先に自分の目を取り戻しに行っていた。

そしてオティヌスは眼球を手に取り戻したのだが、カブトムシの声も聞かずに彼女は目を放り投げて魔神の力を爆発させていた。

 

「む。もしかしなくとも、オティヌスはここまで世界を引っ掻きまわした自分が救われるべきじゃないとか思ってるのか?」

 

真守が痛いほど分かるオティヌスの心を代弁すると、垣根は大きく舌打ちをした。

 

「ここまで俺たちがやってやったのに何言ってんだ。行くぞ、真守」

 

真守は大きく頷くと、オッレルスへと手を振った。

 

「じゃあな、オッレルス。お互い大切なひとを大切にできるといいな」

 

オッレルスが柔らかく目を細めたのを見た真守は垣根と共に翼で飛翔し、オティヌスのもとへと向かった。

真守は抱きしめているカブトムシのネットワークを通して、上条当麻と戦い始めたオティヌスを見つめる。

 

「……少しマズいな。さっき目を手に入れて人間に戻っていればまだ間に合ったのに、魔神の力を暴走させているから体の崩壊が早まってる」

 

「どうする? 奥の手を使うか?」

 

垣根が告げると、真守は頷いた。

 

奥の手。

それは魔神として『妖精化』に壊された部分を真守がオティヌスから取り除き、残った部分を真守が再構成させる方法だ。

 

真守はオティヌスが魔神を辞めて人間に戻れるならば、戻った方が幸せだと思っていた。

何故なら神さまとして完成された存在は、どんなに力を削がれてもよほどの事がなければ消えることはない。

だから完成した存在である朝槻真守は永遠を生きなくてはならなくて。

それ故に永遠の孤独が待ち受けているはずだった。

 

それでも、源白深城と垣根帝督が一人にしないと言ってくれたから。

永遠なんて途方もない時間を一緒に生きてくれると言ったから。

朝槻真守はその孤独を感じなくて済むのだ。

 

魔神オティヌスが人間に戻れる可能性があり、魔神の体を蝕む妖精化からそれで逃れることができるのであれば好都合だ。

そのため真守は壊れた部分を取り除いて再構築するよりもよほど良いと思っていた。

だがそれをオティヌスが拒絶してタイムリミットが近付いているならば、奥の手を使うしかない。

 

「奥の手を使うのであれば、上条に妖精化を壊してもらう必要がある。そうなると一緒に魔神の大部分が壊れてしまうし力が少ししか残らないけど、それでもやりようはある」

 

真守はそう告げ、上条当麻と魔神オティヌスの戦闘に不用意に干渉しないことを決めて、飛翔する。

何故なら、魔神オティヌスは『理解者』である上条当麻に勝てない。

だから彼らの対決の結末は決まっている。

上条当麻が妖精化を破壊するという、上条にやってもらう必要がある工程が果たされる。

真守は垣根と飛んで、オティヌスと上条当麻のもとへ飛び立った

 

 

 

──────…………。

 

 

 

魔神オティヌスは真守の考える通り、ここまできて自分は救われるべきではないと感じた。

 

だからこそ捨てようとしていた魔神の力を爆発させて、上条当麻と対峙した。

 

だがオティヌスを救おうとする上条当麻に、オティヌスは勝てない。

いいや、上条当麻の方に絶対にオティヌスを諦めないという気持ちがあるのだ。

 

そのため上条当麻はオティヌスの猛攻(もうこう)(さば)き切り、オティヌスを穿(うが)っていた『妖精化』の杭を幻想殺し(イマジンブレイカー)で打ち消した。

そして、上条は魔神オティヌスを優しく抱きしめた。

 

「約束しただろ」

 

上条当麻は少女らしい華奢なオティヌスの体を抱きしめて呟く。

 

「世界の全てと戦ってでも、俺たちがお前を助けてやるって」

 

その言葉を確かに上条当麻はオティヌスに投げかけたのだ。

朝槻真守と垣根帝督の前で。そう固く誓った。

 

「そう、だな」

 

オティヌスは柔らかい上条当麻の体温を感じて微笑む。

 

「でも、それなら、大丈夫だ」

 

自分が少しずつ解けていくのが分かる。

先程目を手に入れて人に戻っていれば間に合ったのが、酷く悔しかった。

 

「私はさ」

 

オティヌスは黄金の粒へと変わりゆく中、上条当麻の胸の中で確かに呟いた。

 

「その言葉を受けた時にはさ、もう、きちんと救われていたんだよ」

 

その言葉と共に、魔神オティヌスはピシピシと乾いた音を響かせながら、端から少しずつ光へと解けていく。

 

『大丈夫ですよ、魔神オティヌス。あなたが考えるよりきちんとあなたは救われます』

 

そう告げたのは上条当麻の頭に乗っていた、純白の体にヘーゼルグリーンの瞳を持つカブトムシだった。

 

『何故なら、私たちの救いの女神がやってきたのですから』

 

オティヌスは自身が解けていく感覚の中、上条当麻と共にそっと顔を上げた。

 

自分の攻撃によって雲が散った青空。

 

そこには。

確かに、人造生命体の言う通りに。

柔らかな微笑を浮かべた、黒猫じみた救済の女神がいた。

 

オティヌスは柔らかく微笑んで、目を閉じる。

『理解者』である少年の体温を感じながら。

幸せそうに。次に目覚める時は幸福のただなかだと確信しながら、一時(ひととき)の眠りについた。




次回、世界終焉篇最終回です。


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第五〇話:〈終焉救済〉でお幸せに

第五〇話、投稿します。
次は一〇月三日月曜日です。


学園都市。第七学区のとあるマンモス病院。

その受付の近くのソファに座っている真守は、小さく微笑んでいた。

 

「手乗りオティちゃん。かわいいな」

 

真守が声を掛けているのは、自分の小さい手にちょこんっと乗っている魔神オティヌスだ。

オティヌスは妖精化を打ち込まれて、体組織の九割九分が崩壊していた。

だが神さまとして完成した者は、そう簡単には消滅しない。

死を超越した存在だからだ。

そのため残った部分をかき集めて、絶対能力者(レベル6)である真守の手で再構成することができたのだ。

 

「オティちゃん言うな。軽々しいぞ、神人」

 

真守の手に乗ったオティヌスは、真守にほっぺを人差し指でうりうりイジられて、ぷんすか怒る。

 

「ちゃんと実体があるようだし、これだったら上条に触れられても大丈夫だな」

 

肉体の再構築なんて普通はできることではない。

だが魔神オティヌスは神さまで。朝槻真守も神さまなのだ。

できないことはない。だからこそ、小さな奇蹟が起こっているのだ。

 

「だから指でうりうり私をイジるな、神人!」

 

オティヌスはイジッてくる真守に反抗して睨みを利かせるが、その姿はわずか一五センチほどの人形なので全く怖くない。

 

魔神オティヌスを中心として生まれた世界全体を巻き込んだ騒動。

各国と各組織はいまもその混乱を収めるために行動しているが、真守たちは学園都市へと帰還していた。

 

魔神オティヌスは真守と一緒にいるように、学園都市で生活することになった。

もちろん、ただの生活ではない。

上条当麻のそばにいて、彼に降りかかる困難を共に乗り越えること。

そして世界の美しさ・尊さを知り、自分が好きなように世界を弄った事を後悔して、人々の幸せを永遠に守ること。

 

世界の敵になるのではなく、世界の味方になれ。

そうした罰を受けさせることを、各要人たちは受け入れた。

だがそもそも各要人たちは真守の判断を受け入れるしかないのだ。

 

何故なら真守が再構成させたオティヌスは一五センチの人形程度のサイズであり、これでは独房に突っ込むこともできないし、専用の独房を作ろうにも大変である。

 

しかも何より、今のオティヌスに魔神としての力がない。

 

だったら面倒事に巻き込まれる上条のそばで、世界を救うためのアドバイザーをやればいいという真守の結論に各要人は賛成した。

 

しかも上条と共にオティヌスが学園都市で生活していれば、監督役の永遠の命を持っている真守がいつでも様子を見守ることができる。

だからこそ、こういった形の罰となった。

 

「真守。受付終わったぞ」

 

「ありがとう、垣根」

 

真守は受付を終えて自分のもとに来た垣根を見上げて、立ち上がる。

 

上条は魔神オティヌスが無事であることを知らない。

何故なら上条は自分の腕の中でオティヌスが解けていくのを感じていた。

その直後に顔を上げて真守を見た瞬間、安堵によって気が緩んで気絶してしまったのだ。

 

でもきっと、真守ならばオティヌスを助けられたと上条は信じているだろう。

真守はオティヌスを肩に乗せて、上条のいる病室へと向かう。

 

『──朝槻や垣根が来てくれたから、大丈夫だよ』

 

真守が病室の扉を開けようとしたら、中から上条当麻の声が聞こえてきた。

おそらくインデックスと話をしているのだろう。インデックスは上条当麻の面会謝絶が解かれるまで、ずっと病室の前で待っていた。

 

『きっと、大丈夫。元のようにはいかないかもしれないけれど──でも、あいつらならオティヌスを俺と一緒に救ってくれたはずだ』

 

上条当麻の穏やかな声。真守と垣根を心の底から信用していると、信頼を寄せる声。

真守はくすっと笑うと、扉を開けた。

 

上条当麻の様子はこれまでと段違いなほどにボロボロだった。

カラフルな点滴や輸血のチューブに塗れており、しかも全身をくまなく包帯が覆っている。

しかも上条の周りには所狭しと医療機器が配置されており、インデックスがそばに立っていられる方が不自然なくらいだ。

 

「上条」

 

「朝槻!」

 

上条は真守がやってきて嬉しそうな声を上げる。

真守に絶大な信頼を寄せている上条に垣根がちょっと嫉妬を覚える中、真守は肩に乗っていたオティヌスを手に乗せて、上条に近づいた。

 

「手乗りオティちゃんになってる!?」

 

「なんでお前も神人と同じことを言うんだっまったく!」

 

オティヌスはベッドの上に(はりつけ)にされているように、怪我でまったく動けない上条を睨んでふんっと鼻を鳴らす。

オティヌスの様子がちょっと寂しそうなのは、大切な『理解者』がボロボロになって、ケミカルなヤバいあからさまな化学薬品を体に入れなければならなくなっているからだろう。

真守はオティヌスのことを上条に近づける。

するとオティヌスは上条当麻の胸にかかっている布団にとんっと降り立った。

 

「ど、どうして……小さくなったんだ??」

 

驚いている上条を見て、オティヌスはじとっと上条を睨む。

 

「どうしても何も、こうなったのはお前にも原因があるんだぞ」

 

オティヌスはそう告げて、小さな手の人差し指を立てる。

 

「一つ、私はまだ『目』を入れておらず、本質的には人間ではなく魔神のままだった。二つ、お前に幻想殺し(イマジンブレイカー)で『妖精化』を破壊されたことにより、私は完全な崩壊を迎えなかった。三つ、魔神は五体が砕けた程度で死滅するものではなかった」

 

オティヌスは指を折るのをやめて、真守を見た。

 

「九割九分魔神オティヌスは死滅していたが、残った部分を神人が再構成したのだ。体躯は変容、かつての力も失い、私という意思だけがここに残ることとなった」

 

上条は真守を見て呆気にとられる。

確かに絶対能力者(レベル6)や魔神と言った存在は未知数だ。それでも塵に等しくなった者を再構成できるなんてすぐに理解が及ばない。

だが永遠の命とはそういうものなのだ。永遠に存在し続けるとは、完成されたということはそういうことなのだ。

 

「……お前、これ……その、右手で触っても大丈夫なのか?」

 

「なっ!? お前、特に忠告しなければ全身をべたべた触るつもりだったのか……!?」

 

「そういう意味じゃないのよ!? うわぁああインデックスの歯が高速でガチガチ言ってる!? ほ、ホラ! 源白とか垣根の体とか、そういう異能でできたものが右手で触った瞬間に消滅とか嫌でしょ!?」

 

ちなみに深城は核である生身の肉体を持っているため、再構成に時間はかかるが幻想殺し(イマジンブレイカー)によって死んでしまうとかははない。

そして垣根は幻想殺し(イマジンブレイカー)によって崩壊しないように、体を学園都市の再生技術で生身を取り戻している。

 

それを上条当麻は知らないのだが、別にいちいち説明するようなものではない。

何も知らない上条が二人のことを頭に思い浮かべて慌てていると、オティヌスはつまらなそうに告げる。

 

「元々お前は神人に触れても、ニュートラルな私に触れても問題なかっただろ。神人が言うにはダウンサイジングしてもそこら辺は問題ないそうだ」

 

上条はオティヌスの説明を聞いてから、真守を見上げた。

 

「お帰り、上条。よく頑張ったな」

 

真守が柔らかく声を掛けると、上条は小さく照れくさそうに笑った。

 

「朝槻も垣根も一緒に頑張ってくれてありがとな。とても助かった」

 

上条が礼を告げると、垣根はニヤッと笑った。

 

「おう、感謝しやがれ。こっちは色々迷惑したんだ」

 

「垣根。いじわる言わない。それにだいたい見物してたんだから、あんまり迷惑掛けられてないだろ」

 

相変わらず意地悪な垣根を見て真守がため息を吐くと、垣根は真守がお見舞いとして持ってきたカゴに入った花のブーケを窓辺に置く。

 

「あ? なんだ?」

 

垣根は視界の端で何かがきらーんっと光ったのを感じて顔を上げた。

見ると、インデックスの胸元から顔を出した三毛猫、スフィンクスが目を輝かせていた。

そしてインデックスの胸元から飛び出して、三毛猫はキラーンッとオティヌスに爪を向けた。

途端にオティヌスは命の危険を感じて叫ぶ。

 

「おいっ、ば、バカ野郎!! 隻眼の神が猫に食われるだと!? そんな神話に心当たりはないぞ!?」

 

そんな事を喋っている間に、猫にぱくっと(くわ)えられるオティヌス。

 

「し、神人……っ助けろ、神人んんん!!」

 

猫に獲物として咥えられながら必死で抵抗するオティヌスを見て、真守はくすくすと笑う。

 

「良い罰だな、オティヌス」

 

真守が笑う中、垣根もにやーッと意地悪く笑う。

 

「これからは被食者として頑張っていけよ? そうなったらちょっとは命の危険を感じて、メリハリのある人生送れるだろ」

 

「おのれぇえええええ!!」

 

絶叫が響き渡ると、叫ぶオティヌスが気に食わないのか三毛猫はむぐっと口に力を入れ、オティヌスを強制的に黙らせる。

よく飼い猫が獲物を捕まえて飼い主の下に持ってくるということがあるが、三毛猫はトテトテと歩いて飼い主のインデックスのもとに行くと、これみよがしにインデックスに獲物を見せる。

垣根は口から魂が出てそうなオティヌスの姿を見てぽそっと呟く。

 

「俺たちのところじゃなくて貧乏の上条のそばにいるっていう罰にしたのは、裕福な生活できねえようにってことだったが、あの猫がいたらまた違う意味でも罰せられるな」

 

「あとで大統領とか英国女王(クイーンレグナント)に写真送っとこう」

 

真守は小さく呟きながら、取り出した携帯電話でお魚咥えたどら猫的なことになっている三毛猫とオティヌスを写真に撮る。

垣根は写真を撮っている真守を見て顔をしかめる。

 

「そういうお前はいつ各国要人のメールアドレスを聞き出したんだ?」

 

「む。垣根も知りたい? 知ってた方がいろいろとお得だぞ」

 

真守が携帯電話を仕舞って声を掛けると、垣根は真守の頭に手を置いた。

 

「お前が知ってんだから別に良い」

 

真守はうりうりと少し乱暴に撫でられて顔をしかめる。

それでも垣根に撫でられて真守は嬉しかった。

真守がふふっと小さく笑うと、垣根は真守を見て柔らかく目を細めた。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

真守と垣根は手を繋いで自宅へと帰る。

 

「世界が終わって色々あったけど、みんなが納得できる結果になって良かった」

 

「世界が終わってる時点で結構ヤバいのにその元凶を助けちまうとか、流石だよな。お前」

 

垣根が半笑いしながら告げると、真守はふにゃっと笑って垣根を見上げた。

 

「永遠の孤独は寂しいものだ。昔の私は自分が変わってしまう事に加えて、それがどんなに寂しいことかと怯えていた」

 

朝槻真守は自らの能力の性質上、これから自分に起こることがなんとなく分かっていた。

だから怖かった。変わってしまって、深城や周りの人たちを大事にできる心がなくなってしまうのか分からなかったから、怖かった。

垣根が寂しそうな顔をするので、真守はぎゅっと垣根と繋いでる手に力を込めて微笑む。

 

「私も色々あったぞ。でもいまこうして学園都市で幸せに暮らせてるから、とても幸せだ。垣根」

 

朝槻真守は神さまになるべく生まれた。

父親は真守の神さまらしい素質に恐怖して、真守を捨てた。

そして学園都市で、非人道的な研究所に入れられて。

そこで深城に会って、大切なことを教えてもらった。

人を殺して罪を犯した。それでも懸命に戦ってきた。

 

「垣根に会えて、とてもよかった」

 

神さまになることが決められていても、大切な人たちに会えた。

だからそれは、とても幸福なことで。

そこが、魔神オティヌスと朝槻真守が別たれた部分だった。

 

「お前が幸せで、俺もうれしい」

 

垣根は幸福に目を細める真守を見て、柔らかく微笑む。

 

「俺のいまの欲しいものは、お前の幸せだから」

 

「へへっ。うれしい。私も垣根が幸せだと、とても嬉しいんだぞ」

 

真守はきゅーっと垣根に抱き着きながら柔らかく微笑む。

愛しい命。この世を生きていくうえで、かけがえのないもの。

それが柔らかく、幸せそうに微笑んでいるのが、垣根帝督はとても嬉しかった。

 

「真守。俺とお前は世界が終わっても一緒だったな」

 

垣根が笑うと、垣根の腕にすりすりと頬をすり寄せていた真守は頷く。

 

「そうだぞ。ずぅっと一緒なんだから。世界が終わろうが滅びようが、垣根と私はずぅっと一緒だ」

 

真守は垣根の温かい体温を感じて、微笑む。

 

「何があっても、どんなことがあっても。私はみんなと幸せに暮らしていくんだ。それは決定事項だ。誰にも壊させない」

 

真守は自分に優しい眼差しを向ける垣根を見上げて問いかける。

 

「神さまなんだから少しくらい欲張ってもいいだろ。なあ、垣根?」

 

「ああ」

 

垣根は真守の言葉に即座に答えた。

 

「つーかお前は神サマにしては謙虚すぎる。もっと強欲になるべきだな」

 

「えー。だって垣根や深城やみんながいれば他に何も要らない。永遠を一緒に生きてくれるひとがいるだけで幸せだぞ?」

 

真守が口を尖らせると、垣根は真守が愛しくて手を引いた。

そして歩き出しながら、真守を見る。

 

「それもお前のいいところだな」

 

垣根がフッと柔らかく微笑む中、真守も幸せを感じて笑った。

 

神さまとして、世界の終焉と復元に立ち会った。

そして一人の少女を苦しみから救うために戦った。

そうして手に入れた平穏を。

朝槻真守と垣根帝督は大事にして。日々を生きていく。

 

ずぅっと。永遠に。共に。

 




世界終焉篇、終了です。新約の一山を超えました。
次はオリジナル篇を挟む予定ですので、お楽しみいただけたら幸いです。


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新約:A Very Merry Unbirthday:Ⅴ篇
第五一話:〈健闘慰労〉のために腕を振るう


第五一話、投稿します。
A Very Merry Unbirethday篇。
次は一〇月六日木曜日です。


世界は終焉し、再構成された。

そして一人の少女を巡った世界騒動は収束に向かい、学園都市でのいつもの日常が帰ってきた。

細々とした後始末が終わった中。

 

垣根帝督は自宅の二階のラウンジにて、不機嫌に表情をむすっとさせていた。

 

視線の先には、エプロンを付けた真守がいる。

 

エプロン。料理をする時に付ける服を真守がつけているのだ。

つまり、料理中である。しかもお菓子を作っている。

 

「垣根、そんな顔するな。垣根にも作ってあげてるだろ」

 

真守は深城の監修のもと、さっくり混ぜるというクッキーの大事な工程を華麗にこなす手を止めて垣根を見る。

垣根はそんな真守に見つめられて、不機嫌なまま吐き捨てるように告げる。

 

「ついでみたいなモンじゃねえか」

 

現在、真守は一方通行(アクセラレータ)や上条当麻のお見舞いの品を作っているのだ。

上条は言わずもがな、一方通行も実は病院に一時的に入院している。

デンマークで上条当麻に大きな岩で心臓の上を思いきり強打されたからだ。

 

一方通行(アクセラレータ)は第二位の自分が早々に倒されれば、他の超能力者(レベル5)が不用意に動かないとして、わざと上条当麻に負けた。

負けることで守れるものもある。

一方通行が成長して理解できたからこそ、一方通行はわざと負けることができたのだ。

 

真守は一度上条と一方通行(アクセラレータ)に会いに行っているが、何か労いのものを用意した方が良いかな、と思っていた。

そう考えていた時、真守は御坂美琴の事を思い出した。

美琴は『絶対能力者進化(レベル6シフト)計画』で助けてもらったお礼として、真守と上条にクッキーを焼いてくれた。

 

初めて誰かの手作りを貰った真守は、ひどく感動したものである。

 

だから真守は美琴にならって、頑張って手作りクッキーを作っていた。

それが垣根帝督は気に入らないのである。

なんで女に囲まれてちやほやしている無自覚ハーレム野郎と一方通行(アクセラレータ)のためなんかに。

そんな文句を言いたげな垣根を見て、真守はクッキーの生地を休める工程に入りながらため息を吐く。

 

「深城、なんとかする案出してくれ」

 

真守は隣で自分の作るクッキーを見守ってくれていた深城に目を向ける。

真守は特に料理に興味がなかった。

だからこれまでやってこなかったし、深城がいつも嬉しそうにやっていたから任せていた。

だが真守は大体のことはコツを掴めばそつなくこなせる。やってできないことはない。

それでも慣れていないことなので深城に手伝ってもらっており、真守は垣根の機嫌を直すために料理作りが得意な深城へと相談したのだ。

 

「あ。じゃあ垣根さんのためにタルトでも作る? オーブン使わないタイプの」

 

深城の言葉に反応したのは、不機嫌な垣根の隣で携帯ゲーム機で遊んでいた林檎だった。

 

「タルト! 朝槻のクッキーに加えて、朝槻のタルト!!」

 

林檎があからさまに元気になった様子を見て、垣根はムッとする。

真守が自分のためにタルトを作ってくれるのは嬉しい。

嬉しいけど、なんかちょっとやっぱりムカつく。

垣根が複雑な心境になっていると、垣根の隣に座って本を読んでいた少年が顔を上げた。

 

「作ってくれると言っているのだから、素直に喜べばいいものを」

 

真っ白な髪にヘーゼルグリーンの瞳。そしてズボンタイプのセーラー服を着ている少年だ。

名前はセイ。人間の生きる意志、前に進む意志を体現した概念的存在である。

世界が何度造り替えられても変わらずに残ったもの。

それがたまりにたまって意思を持ち、人々に接することを夢見て神を求めたもの。

心が折れた人々に生きる意志を、もう一度立ち上がる意志を与えることができる少年。

それがセイだ。

 

「うるせえ。ちんまいのがいっちょ前に俺に指図するな」

 

「ちんまいのは垣根帝督が朝槻真守に乞われてそういう風に造ったのだろう。というか性が未分化のままで朝槻真守が維持してくれているのは、私がこれから男女どちらの性別も選べるようにだな、」

 

「俺が造ったんだ。そんなこと一々説明されなくても分かってる」

 

垣根はむすっとした表情で、白い少年を睨む。

この少年はこんななりをしているが、これでも人間が生きる意志を体現した存在である。

人間の事を良く理解している。だからこそ垣根に呆れているのだが、それもまた垣根にとっては気に入らない要素だった。

何もかもが面白くない中、真守は深城に教えられてタルト作りを始める。

垣根はそれを見ていたが、少し気になったことがあって白い少年を見た。

 

「そういやお前にも好みとかあるの?」

 

「むーん。甘いもの、という概念自体にあまり触れていないからな。ただ朝槻真守が味覚の中で甘味が一番好みだとは知っているぞ」

 

何せ朝槻真守は私たちの神さまだからな、と自信を持って胸を張って答える姿を見た垣根は、やっぱりなんかちょっとムカついてムッとする。

 

「アイツが甘いのを好んでるのは俺だって知ってる。つーか真守に食事の楽しさ教えたの俺だからな」

 

何故か張り合っている垣根を見て、林檎はため息を吐く。

 

「垣根。垣根が朝槻のことよく知ってるのは私もこの子も知ってる。だから張り合わなくていい」

 

「張り合ってねえよ、コラ。事実を言っただけだ」

 

垣根は林檎の事をじとっと睨みながら告げる。

 

(垣根帝督は器が小さいなあ。朝槻真守の言う通りだ)

 

少年は林檎に睨みを利かせている垣根を見て、心の中で呟く。

イライラした様子の垣根は、長い脚を組んでソファに深く寄り掛かりながら少年を見た。

 

「つーかお前たちって具体的に何人いるんだ? ……というか、まだ人じゃねえのに何人って数えていいモンなのか?」

 

「ん? 世界が変わっても変わらなかった概念の数だけ存在するぞ。ちなみにオティヌスが朝槻真守たちとの戦いの間に世界を何度も造り替えたからな。その分多くなってる」

 

「それなのに真守の(はら)を使ってこの世界に生まれようとしてたのかよ。エゲつねえな、おい」

 

朝槻真守は垣根帝督やアレイスター=クロウリーが技術などがなかった場合、自分のお腹を痛めて彼らを産むこととなっていた。

そんなポンポン子供を産ませられる身にもなって欲しいものである。

それでも真守は彼らのための神さまだ。本当に必要ならやってのけただろうし、そこに嫌悪感などなかっただろう。

何せ垣根帝督に会っていない世界線の話なのだ。おそらく永遠を誓った人間などいないだろう。

 

「別に朝槻真守に無理をさせる気などなかったぞ。そしてそれは最終手段だ。朝槻真守はあれでも一人の女の子だからな。垣根帝督も学園都市もなければ、自分で人造細胞技術か魔術で体を用意して、それを使っていたことだろう」

 

「……まあ、そうだろうがな」

 

垣根はむすっとしたまま、少年の納得のいく推察に目を細める。

 

「現実には朝槻真守と垣根帝督が会えた。それ以外を考えても仕方ない。そうだろう?」

 

「……そうだろうが、そういう未来があったってことすらもムカつく」

 

垣根がイライラした様子で告げると、白い少年はため息を吐いた。

 

「面倒くさい男だな、垣根帝督。よく朝槻真守は付き合ってられる」

 

「なんだとコラ」

 

垣根はそう告げると、白い少年の髪の毛をがしがしと掻きまわす。

 

「垣根、その子をあまりイジメるな」

 

真守はタルトの底に敷くためのクッキーを砕きながら、垣根を睨む。

 

「むー! そうだぞ、私のこともちゃんと大事にしろ、垣根帝督!」

 

「お前の体を丁寧に造ってやっただろうが。ありがたく思いやがれ」

 

垣根が吐き捨てるように告げると、少年はバタバタと両手を動かした。

 

「もっと大事にしてほしい!」

 

「人間みてえに欲張ってんじゃねえよ、この概念。……あ? そういやお前たちは何があっても変わらなかった人間の一部分だから、ある意味人間より人間っぽいのか……?」

 

垣根は少年の強欲っぷりに呆れながらも疑問を浮かべる。

真守を神と掲げる少年たちは世界をいくら変えても変わらなかった人間の純粋な概念だ。

彼らは自分たちに意思を持たせた人間たちに会いたくて、この世に生まれ落ちることを望んだ結果、朝槻真守を神として求めることになった。

人一人の人生を捻じ曲げてでもこの世に生まれ落ちたいと叫んだ彼らは、強欲に決まっている。

 

(あ? つーかこいつらのせいで真守は大変な目に遭ったんじゃねえのか? 全ての元凶であり恨むべき存在って、実はこいつらなんじゃねえの……?)

 

垣根はじろっと白い少年を見つめる。

白い少年は意味ありげに笑った。

朝槻真守は神として、生まれるべく生まれたのだと。

垣根帝督は、それをつまらなそうに見ていた。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

「垣根、どう? おいしい?」

 

真守は手作りクッキーをラッピングしながら、目の前で自分が作ったレアチーズタルトを食べている垣根に声を掛ける。

真守の作ったクッキーはアイスボックスクッキーと呼ばれるもので、棒状の生地を組み合わせて金太郎あめのように切る事で、綺麗な模様の入ったクッキーになるというものだ。

真守がドキドキとする中、垣根はレアチーズケーキタルトを食べて告げる。

 

「美味い」

 

真守は垣根の正直な感想にぱあっと顔を輝かせる。

 

「うれしいっ」

 

真守は垣根に褒められるのが嬉しくて、にまにま笑う。

 

「ふむ。美味しいぞ、朝槻真守」

 

垣根の隣でレアチーズケーキを食べていた白い少年は興味深そうに呟く。

 

「私は甘いのが好きみたいだ。これからも定期的に作ってほしい。源白深城が作ったものではなく、朝槻真守が作ったものも食べたい」

 

「ふむふむ。それは真心というヤツが違うからだな。分かった」

 

真守は柔らかく微笑んで、垣根を見る。

 

「垣根も何が食べたい? 垣根のためだけに作るからリクエストしてくれ」

 

垣根は不機嫌だったが、真守が自分のために作ってくれると聞いて顔をしかめたまま告げる。

 

「チョコ系」

 

「分かった。深城に教えてもらって頑張って作る」

 

真守が微笑む姿を見て、垣根は目を細める。

そして不機嫌にしていたが、真守に自分のレアチーズケーキを差し出した。

 

「食べさせろ」

 

「え」

 

真守はフォークも出してきた垣根を見て、顔をしかめる。

 

「……そうしたら元気になってくれるか?」

 

「ああ。それで機嫌直してやる」

 

垣根がそう告げるので、真守はレチーズケーキをフォークで取って垣根に差し出す。

 

「はい、あーん」

 

「ん」

 

垣根は幸せそうに目を細めて、真守の手から食べる。

 

「お前に食べさせてもらった方が美味い」

 

「垣根のばか。ばかっぷるだと思われるだろっ」

 

真守は頬を赤らめながら、垣根のためにもう一口食べさせる。

 

「別に外で惚気てるわけじゃねえんだから、良いだろ」

 

この場には、深城や白い少年、林檎など身内しかいない。

身内の前では良いだろ理論で垣根が話をしていると、深城が微笑んだ。

 

「別にいいんじゃない、真守ちゃん」

 

「む。深城がそう言うならいいけど……」

 

真守はそう言って、紅茶を飲んでいる垣根をちらっと見る。

 

「しょうがない人だな」

 

真守はふにゃっと笑うと、クッキーをラッピングする作業に戻る。

 

「はい、垣根。垣根のはちょっと多くしといたぞ」

 

真守は可愛らしくラッピングされたクッキーを垣根に差し出す。

 

「…………なんか色々複雑だったが、やっぱり普通に嬉しい」

 

垣根はそう告げると、真守が真心こめて作ってくれたクッキーに目を細める。

真守は垣根が嬉しそうにしているのを見てふにゃっと笑うと、林檎と白い少年に向き直った。

 

「林檎とセイは垣根より少ないのは許してくれ。垣根の機嫌を取るためだ。それと、後でクロイトゥーネが帰って来たら渡してくれ」

 

林檎は真守から自分とフロイライン=クロイトゥーネの分を貰って微笑む。

 

「ありがとう、朝槻」

 

「うむ。器が小さい垣根帝督のために私が譲ってやろう」

 

林檎が礼を告げる中、垣根は真守にクッキーを手渡してもらってご満悦な白い少年の言い分にムッと顔をしかませる。

 

「オイ、テメエまで器が小さいとか言うんじゃねえ」

 

「なんだ。朝槻真守なら良いのか? 垣根帝督はやっぱり面倒な男だな」

 

垣根は静かにブチ切れると、少年のチーズタルトに載っているブルーベリーとブルーベリーソース周辺のケーキをごっそりフォークで掬って、ぱくっと食べる。

 

「わあああああ垣根帝督のバカーっ!!」

 

白い少年は残しておいた一番おいしいところを垣根に食べられて声を上げる。

垣根はふいっと顔を背けて、不機嫌な様子で無言でもぐもぐ食べる。

 

「朝槻真守、垣根帝督は大人気ないぞっ!!」

 

「当たり前だろ、垣根なんだから。後で私の分あげるから。これに懲りたら垣根のことイジらない。分かったか?」

 

真守が頭を撫でると、白い少年はぐすんっと鼻を鳴らす。

 

「垣根もあまりこの子をイジめないでくれ。な?」

 

真守は優しく白い少年の背中を撫でながら笑う。

 

「その白っちいのが生意気なこと言うのがいけねえんだよ」

 

「この子はまだ子供なんだ。だから優しくしてほしい。それにこの子は私の大事なひとなんだから」

 

垣根はそれを言われて、嫌そうに顔をしかめた。

 

「……分かったよ」

 

垣根は拗ねた表情でそう告げると、レアチーズケーキを食べる。

真守はくすっと笑うと、白い少年の頭を撫でてあやしていた。

その様子を見て、垣根はますます機嫌が悪くなる。

深城は大切な少女が取られてしまって様子でイジけている垣根を見て、『そんなことはないのに』と、柔らかく苦笑していた。




A Very Merry Unbirthday:Ⅴ篇始まりました。
少し重要な話も入ってきますので、お楽しみいただけたら幸いです。


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第五二話:〈唯一無二〉の大切な人たち

第五二話、投稿します。
次は一〇月一〇日月曜日です。


色々あって()ねた垣根をなだめながら、真守は冥土帰し(ヘブンキャンセラー)の病院を訪れていた。

垣根は拗ねてなくとも、当然として一方通行(アクセラレータ)に会いたくない。

そのため真守は一人で一方通行の病室に着ていた。

 

一方通行(アクセラレータ)

 

「……オマエか」

 

真守が部屋に入ると、一方通行(アクセラレータ)はとても暇そうにしていた。

能力で既に怪我は完治しているのだが、明日の検査をしないと帰れない手筈となっているのだ。

 

「お見舞い持ってきたぞ」

 

真守はそう告げると、綺麗にラッピングされたクッキーを一方通行に手渡す。

 

「私は教えられればきちんとこなせるからな。深城に手伝ってもらって作ったんだ」

 

真守が得意気に告げる中、一方通行(アクセラレータ)は手の中にあるクッキーを見つめた。

 

小さなかごに入れられた、金太郎あめのように均一な大きさの動物を模したクッキー。

それを透明な袋に入れて、白と黒のリボンによって綺麗にラッピングされたお見舞いの品。

 

元第一位。しかも一万体以上のクローンを実験と称して殺戮した怪物。

そんな怪物の事を友達だと思っている現第一位、そして絶対能力者(レベル6)──朝槻真守。

そんな少女の事を、一方通行(アクセラレータ)は見上げた。

 

「アイツはもォ問題ねェのか?」

 

「上条のことだな」

 

真守は一方通行(アクセラレータ)の横になっているベッドのそばに丸椅子を持ってきて、ちょこんと座る。

 

「上条はいつもの通りに入院中だ。学園都市のちょっとヤバそうな最新技術使わないと生きていられないようになってるけど、ピンピンしてる」

 

「それピンピンしてるって言うのかァ……?」

 

あまりにも矛盾した言葉に、一方通行(アクセラレータ)は思わず顔をしかめる。

 

「魔神とか言うのはどォした」

 

「上条のそばにいる。上条のそばで上条の力になることが、あの子の罰だ。そうすれば嫌でも人助けすることになるし、あの子にもそれが一番良いからな」

 

「…………罰ねェ」

 

一方通行(アクセラレータ)は真守から貰ったお見舞いの品であるクッキーを大切そうに手に持ちながら呟く。

 

「俺もいつか、公平な神サマってヤツに裁かれた方がイイかもなァ」

 

一方通行の口から飛び出した言葉に、真守はきょとっと目を見開いた。

 

絶対能力者進化(レベル6シフト)計画』。

そこで一方通行(アクセラレータ)は、クローンを一万体以上殺害している。

クローンだって人間だ。だから一方通行は当然として自分の罪が重いものであり、いつか償わなければならないと思っている。

 

たとえ彼女たちが許してくれたとしても、一方通行はどこかできちんとけじめをつけるべきだと考えている。

 

魔神オティヌスを巡ったあの戦い。その中心地となったデンマーク。

当初の目的通りに上条当麻に撃破された一方通行は、妹達(シスターズ)のとある一人の体を借りて接触してきたミサカネットワークの総体と話をした。

 

アンタは怪物として造られた/return。

だからアンタにとって簡単な方法は暴力を使うこと/return。

でも/backspace、 そんな簡単な方向に流れることは許さない/return。

 

だから、自分にとって最も辛い方法で足掻くこと/return。

だってやろうと思えば、アンタを苦しめる方法はいくらでもある/return。

殺された妹達(シスターズ)が最期に思ったことを教えるより、一回りも二回りも最悪の方法で、アンタを追い詰めることができる/return。

でも/backspaces、 それはしない/return。だって悩んでもがいて進み続けなければ見えないものがあるから/return。

 

それと/backspaces、アンタは妹達(シスターズ)を全盛の象徴として偶像化している/return。でも/backspace、 あの二人は違うよ/return。

そして二人の考えが正しい/return。特に朝槻ちゃん。朝槻ちゃんは妹達(シスターズ)だけじゃなくて、私のこともある意味一人の人間として、一個人として見ている/return。

だから大きな一つの意思に影響されていると言えど、私たちが人間なのを忘れないこと/return。

 

被害者である総体にそう言われた一方通行(アクセラレータ)は、あがいてあがいて辛い方法を使って生きていくしかない。

 

魔神オティヌスの罪の裁定は絶対能力者(レベル6)であり、オティヌスと同じように永遠を生きる朝槻真守に託された。

できるならば、自分を癒してくれる月であり、太陽のような少女に裁かれたい。

一方通行(アクセラレータ)がそう思っているのを察した真守は柔らかく微笑んだ。

 

「お前がそれで救われるのであれば。そういう未来も良いと思うぞ」

 

救われる。罪を償う事は、救われる事なのか。

今の一方通行(アクセラレータ)にはそれが分からない。

そんな一方通行に真守は優しく諭すように告げる。

 

「オティヌスに与えた罰のように。独房に入ることが本当の償いになるわけじゃないからな。だから色々な事をして工夫をして、贖っていくしかないと思う」

 

真守は自身の胸に手を当てて微笑む。

 

「私も過去にケリを付けなければな」

 

朝槻真守は源白深城を殺した世界を憎み、無辜の民を虐殺している。

彼らの中に、本当に悪人だった人間はいなかった。

ただみんな、自分の目的のために生きていただけだ。人の命を奪っていた人間もいたかもしれないが、朝槻真守が彼らを怒りでこの世から消し去るべきではなかったことだけは確かだ。

 

「私は永遠の命を持っているから問題ないが、一方通行(アクセラレータ)の場合は罪を償う前に寿命の方が先に来てしまいそうだ。刑罰のために寿命の方を伸ばさないといけないのは悲しいけど。……そうなったら結構な年数を一方通行と一緒にいられるかも……」

 

二五〇年法とやらに寿命伸ばす方法があったはずだから、軽く一万年は一緒にいられそうなのだ。

そう真守がひとりごちると、一方通行(アクセラレータ)は目を鋭くさせた。

 

「オイ、オマエは公平な神サマってヤツだよなァ。まさか俺と一緒にいたいっていう人間的な欲望のために、俺の刑罰伸ばすとかそォいう不正を働くわけねェよな?」

 

「働かないぞ。ちょっと言ってみただけだ」

 

真守はくすくすと笑って、一方通行(アクセラレータ)を見る。

 

一方通行(アクセラレータ)は私が一緒にいたいって言えば一緒にいてくれるだろ? だから別にそんなことしなくても大丈夫だ」

 

何だか絶妙な信頼をされていると一方通行(アクセラレータ)が顔をしかめていると、真守は嬉しそうに笑う。

 

そんな真守を見て、一方通行は目を細めた。

人に遠ざけられ続ける人生だった。

それでも今は、こうして大切な人々に囲まれて幸せを享受している。

 

だからこそきちんと罪について考えて行かなければならないと強く思う自分の気持ちを、この少女は理解しているのだろう。

 

そして自分を見守るように、朝槻真守は優しい笑みを見せてくれるのだろう。

 

一方通行(アクセラレータ)は柔らかく目元を弛緩させると、真守が自分のために作ってラッピングしてくれたクッキーの袋を丁寧に開け始めた。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

一方通行(アクセラレータ)にクッキーをご好評いただいた真守は、上機嫌に上条の病室へとやってきた。

上条の病室に所狭しと並べられていた医療器具は少なくなっているが、(いま)だに点滴の量が半端ではない。しかも上条は相変わらず包帯まみれだ。

 

「これ、これっ!! まもりが作ってくれたの、本当!?」

 

インデックスは平常運転で上条に怒って噛みついていたが、真守がクッキーを手渡しすると、上条から離れて目を輝かせた。

 

「上条へのお見舞いの品だけど、インデックスにも作ってきたんだ。食べてくれ」

 

真守が笑って告げると、インデックスは興奮した様子で声を上げてラッピングを開け始める。

 

「はい、オティヌス。オティヌスにもおすそ分けだ」

 

真守は三毛猫と戦っていたオティヌスをテーブルの上に避難させると、テーブルの上にクッキーが三枚入ったラッピングの袋を置く。

 

「ふむ。大儀だったな、神人」

 

オティヌスは三毛猫から真守の手によって逃れることができてほっとして、テーブルの上であぐらをかいたまま真守がラッピングしてくれたクッキーを開け始める。

 

「上条も。おいしくできたから食べてくれ」

 

「あ、ありがとうっ!! 塩対応の神アイドルが俺にクッキーを……っ女神さまが……っくっきー、クッキーを!!」

 

最早何を言っているか分からない状態で歓喜にむせび泣く上条当麻。

 

「神人。お前の(つがい)はどうした? 一緒ではないのか」

 

オティヌスは自分にとっては大きすぎるクッキーにかぶりついて、むぐむぐと頬いっぱいに頬張りながら問いかける。

 

「下で待ってるぞ。垣根は私が上条のお見舞いに来るといつもそうだ」

 

真守が告げると、上条は嬉し涙を流しながらクッキーを食べながら話す。

 

「垣根は野郎の見舞いなんて面倒だって言うタイプだからな。そうだろ、朝槻」

 

「でもまあなんだかんだ言っても垣根もあれで心配性だから、ちゃんとベッドで休んで怪我を治すんだぞ、上条」

 

上条はいい笑顔で返事をして、もぐもぐとクッキーを食べる。

そんな上条を他所に、オティヌスは真守を見上げる。

 

「本当に想い合ってるんだな」

 

真守はオティヌスが少しだけ寂しそうにしているのを見て微笑む。

 

「うん。私は垣根のモノで垣根は私のモノだからな。垣根に会えたことはとても喜ばしいことだ。そしてオティちゃんも私たちに会えたこと、喜んでほしいな」

 

「オティちゃん言うな、オティちゃん」

 

オティヌスは真守にイジられたので顔をしかめる。

 

それでも真守がわざと軽口を言ったのは、自分の気持ちを柔らかくするためだとオティヌスは知っている。

 

そのためふんっと鼻を鳴らしてオティヌスがそっぽを向くと、真守はオティヌスの小さなほっぺを突いて笑っていた。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

「垣根」

 

垣根帝督がコーヒー片手に真守を待っていると、真守が小走りで近寄ってきた。

 

「渡してきたのか?」

 

少し機嫌が直った垣根が問いかけると、真守はにぱっと笑った。

 

「うん。みんな喜んでくれたぞ」

 

ご機嫌な真守が愛おしい。

真守が楽しくしてるならまあいいか、と機嫌を直した垣根は、真守の猫耳ヘアを崩さないように優しく撫でる。

 

「垣根のこと、上条と一緒にいたオティヌスが気にしていたぞ」

 

「あ? あの魔神が?」

 

垣根は真守の猫っ毛を優しく撫でていたが、怪訝な表情をする。

 

「……まあ、お前に会ったんだからな。そんな変わりっぷりもあるだろ」

 

朝槻真守は人のことを本当に良い意味で変えてくれる。

 

真守がいなければ魔神オティヌスが他人の心配をするのも、垣根帝督が誰かを想うこともなかったはずだ。

 

垣根帝督は自分が以前と全く変わったと知っている。でもその変化が別に嫌いではなかった。

むしろ以前よりも広く物事を見つめることができるようになったし、自由になれた。

できないことはない。そんな風に思わせてくれるほど、この少女は可能性を広げてくれた。

 

「垣根、どうした?」

 

真守がコテッと首を傾げて問いかけると、垣根はふっと笑った。

 

「バーカ」

 

「!? 出た、垣根の唐突なばか!」

 

真守は垣根に突然罵倒されて、みゃっと飛び上がらんばかりに声を上げる。

かわいい。

垣根は柔らかく微笑むと、フシャーッと猫のように威嚇する真守の頭を優しく撫でた。

 

「む」

 

真守は垣根が本当に幸せそうに自分の頭を撫でるので、顔をしかめる。

優しく撫でてくれる垣根の大きな手。

垣根の大きな手が好きな真守は、すぐに幸せを感じてとろんっと表情を弛緩させる。

 

「垣根。機嫌、直ったか?」

 

真守は垣根に頭を撫でられながら問いかける。

垣根帝督は先程から拗ねていた。だから真守は問いかけたのだが、垣根は小さく笑った。

 

「まだ直ってない。だからこの後遊びに行こうぜ」

 

既に垣根帝督の機嫌は直っている。

それでも真守を独り占めにして遊びたい垣根は笑って、真守の手を恋人つなぎでぎゅっと握って遊びに誘う。

 

「しょうがないひとだな。行こう、垣根」

 

垣根の機嫌が直っていることは真守も分かっている。

それでも垣根の気持ちを尊重したい真守は垣根と繋いだ手をぎゅっと握ると、垣根と共に歩き出す。

 

「でも遅くならない内に帰ろう。深城たちが待ってる」

 

「そうだな」

 

帰る場所。今の垣根帝督にはそれがある。

真守と、深城と林檎と。そしてフロイライン=クロイトゥーネと、新しく加わったあの白い少年。

なんだかんだの気持ちはあるが、それでも垣根帝督は彼ら全員を気に入っている。

だから垣根は彼らのことを思いながら、愛おしい少女と共に学園都市の街に溶けて行った。

 



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第五三話:〈超能力者〉たちはお茶をする

第五三話、投稿します。
次は一〇月一三日木曜日です。


早朝。

真守は自宅にて携帯電話で話をしながら、しかめっ面をしていた。

 

真守が通話をしている相手は上条当麻だ。

 

どうやら上条当麻、昨日の夜に一人でふらふらと人助けしに行ったらしい。

そのせいで怪我が増えた。わざとボコボコにされてうっぷんを晴らしてもらったのだ。

よく分からない事態だが、真実である。

 

「まったく。お前は本当にしょうがないヤツだな」

 

真守は膝の上に乗っている白いカブトムシの背中を撫でながら、不機嫌な声を出す。

 

〈いや、だってさ……なんか胸騒ぎがして、行った方がいいと思ったんだよ〉

 

「あまり危ないことはするな。本当にマズいなら帝兵さんに止めさせるからな。そしたら引きずってでも連れ戻してもらう」

 

真守が不機嫌そうなので、上条は慌てて真守の機嫌を取る。

だが真守はそんなことで(ほだ)されない。仏頂面のまま責めたいだけ上条を責めると、携帯電話の通話を切った。

 

「上条の自分をないがしろにして人を助ける癖は一生治らないだろうな。まあオティヌスに追いつめられ、総体に気持ちを聞かれて初めて自分を優先したから、当然と言ったら当然だけど」

 

『そうですね、三つ子の魂百までと言いますし、絶対に治らないでしょう』

 

真守は憤慨したままカブトムシと会話して、ため息を吐く。

そんな真守をソファの隣に座って見ていた垣根はコーヒー片手に笑った。

 

「朝から分からず屋の相手は大変だったな、真守」

 

「本当だ、まったく。事情があるとしても自分に鞭を打つのはやめてほしい。ついこの間までケミカルなモノ体に入れなければ死にそうだったのに」

 

真守は手に持っていた携帯電話をスライドさせて閉じて片付けると、垣根を見上げた。

 

「それで垣根。ちょっと出かけるところができた」

 

真守は垣根に声を掛けると、カブトムシのネットワークに接続するためにカブトムシのことを抱き上げて、目を合わせた。

 

「……行くのか?」

 

垣根が問いかけてくるので、真守はカブトムシから情報を貰いながら頷いた。

 

昨日。上条当麻が病院を抜け出して助けた人物とは、超能力者(レベル5)第六位、食蜂操祈だ。

そして上条が助けたのは何も食蜂操祈だけじゃない。食蜂操祈と敵対していた、蜜蟻愛愉という少女もだ。

 

食蜂と敵対していた蜜蟻愛愉は、現在食蜂操祈の主導で安全な少年院で保護されている。

保護という名目になっているのは、蜜蟻が現存する暗部組織を引っ掻きに引っ掻き回したからだ。

そのため蜜蟻は暗部組織から一定の恨みを買っており、狙われている。

食蜂操祈は彼女に思うところがあるため、蜜蟻を守るために手を回したのだ。

 

真守が会いに行きたいのは食蜂に保護されている蜜蟻愛愉ではなく、食蜂操祈の方だ。

 

「帝兵さん」

 

『はい。食蜂操祈を呼び出します。場所はどうしますか?』

 

「食蜂が好きなところでいいと言ってくれ。ただし、学舎の園内部は私たちが目立つから外にしてくれって」

 

『了解しました』

 

真守はカブトムシにそう指示を出すと、カブトムシを抱き上げたまま立ち上がった。

 

「用意してくる。垣根も行くだろ?」

 

「当たり前だ」

 

垣根は真守が準備するまでコーヒーを飲んでいようと、その場に座って動かないまま声を上げる。

 

「お前に精神干渉が効かないっつっても、どうも精神干渉系能力者はひねくれてやがる。そんな女と二人きりにさせるわけねえだろ」

 

垣根は『スクール』の精神干渉系能力者、心理定規(メジャーハート)のことを思い出して忌々しそうに告げる。

心理定規も掴みどころがない少女なのだ。しかも人の心を扱う能力者なため、人間の扱いがとても上手い。

それがどうしようもなく気に入らない垣根を見て、真守はふにゃっと笑った。

 

「ありがとう、垣根」

 

真守は垣根にお礼を告げると、笑みを消して真剣な表情をする。

 

「じゃあ行こうか。食蜂にどうしてほしいか聞きに」

 

朝槻真守はカブトムシから情報を収集して知っている。

 

食蜂操祈のことを、上条当麻は覚えていられない。

記憶の思い出し回路が損傷していて、上条当麻は食蜂操祈のことをすぐに忘れてしまうのだ。

 

朝槻真守は、食蜂操祈に救いの手を差し伸べることができる。

だから会いに行く必要があるのだ。

そして願わくば。彼女が幸せになれることを、真守は祈っている。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

食蜂操祈は顔をしかめて、真守と垣根と相席していた。

食蜂たちが現在いる場所は第五学区のとあるビル、その二階部分に店を構えているファーストフード店だ。

食蜂はお通しの麦茶に手を伸ばしながら、真守たちを怪訝な様子で見つめる。

 

「で。何なのかしらあ。あなたたちが知ってる通り、私はいま疲れてるんだゾ?」

 

「話に入る前にちょっと待ってくれ。店に入ったのに注文しないなんて失礼だろ」

 

真守はそう断りを入れると、メニュー表に手を伸ばしながら垣根を見た。

 

「垣根。この店は良いんだよな?」

 

「ああ、良いぜ。ここの飯は食通なお嬢サマが気に入るファーストフード店だからな」

 

食蜂操祈は真守と垣根の会話に眉をひそめる。

別に垣根に『お嬢サマ』と強調されて、挑発的な発言をされたからではない。

そんなことに一々目くじらを立てても仕方がないからだ。そうではなく、何故真守は垣根に断りを入れてから食事を頼もうとしたのだろう。

食事にそれなりのこだわりがある食蜂が内心首を傾げていると、真守は感心した様子で呟く。

 

「やっぱりお嬢さまは食事に気を遣うんだな」

 

「お嬢サマっつってもこいつは極まってるけどな。……お前、どうせリスト持ってんだろ」

 

リスト? と真守が首を傾げる中、食蜂もメニュー表を手に取りながら真守と垣根を視界の端で睨む。

 

「お嬢サマお嬢サマうるさいゾ☆ お嬢サマじゃなくともそれなりにきちんとしている人ならぁ、食事に気を付けるのは当たり前じゃなぁい?」

 

「うぐっ!」

 

真守は食蜂の何気ない言葉が胸に突き刺さり、思わず呻く。

 

「……どうしたのかしらぁ?」

 

自分の言葉に何か悪いところがあっただろうか。

食蜂が首を傾げていると、垣根が呆れた目をして告げる。

 

「コイツは実験だって言われて数年間食事してなかったクチで、最近まで経口補水液と氷砂糖だけで生きてきたんだ。食に関心がなくて当然だろ」

 

食蜂操祈は垣根帝督の言っていることが理解できなかった。

超能力者(レベル5)の処理能力はすさまじい。だがその処理能力を超えるほどに理解不能な事実を告げられたのだ。

 

「……が、学園都市らしいけどぉ……さすがにそれはぁ……」

 

「そんなに全力で引かなくても良いだろっ」

 

真守はありえない生物を見るかのように、年下の少女に見つめられて声を上げる。

確かに真守たちと一緒に生活している杠林檎は淡白な食事から解放され、なんでも嬉しそうに食べるようになったが、真守はそうならなかった。

内臓器官が退化していたし、まったく食事してないせいで味覚が過敏になっており、味の濃いものや刺激的なものが食べられなくて食事自体が苦痛を(ともな)うものだったからだ。

 

「真守はエネルギーとして問題ねえならどんな食材でも変わらねえって効率廚だからな。そんなの気にするわけねえだろ」

 

「……う、うわぁ……」

 

「垣根、追い打ち掛けないで。食蜂の視線がとんでもないことになっただろっ」

 

宇宙人でも見るかのような視線になっていく食蜂の前で、いたままれなくなる真守。

エネルギー関連の能力者としてエネルギーとしてきちんと自分の力になるように食物を摂取できるならば、それ以外はどうでもいいと考えても致し方ないはずだ。

それでもやっぱり普通じゃないのかと真守は落ち込みながら、ちらっと食蜂を見上げる。

 

「……恥を承知で聞くけど……リストってなんなんだ……?」

 

「当たり前に育てた食材で、当たり前に作ったもの。それを当たり前の価格で提供してくれる店のリストだゾ」

 

食蜂は真守に優しく、自分にとっては初歩的すぎる説明を丁寧にする。

真守は落ち込んだ表情をしていたが、食蜂の言葉を理解して感心したように呟く。

 

「当たり前。そうか。この学園都市は技術が発達しすぎてある意味異常だから、当たり前というものが貴重になるんだな」

 

「そぉいうことよ。……納得したわあ。あなたが食事についてぜんっぜん詳しくないから、垣根さんがあなたの食事を管理してるのねぇ」

 

食蜂操祈は真守が先程垣根に確認を取ったのは、垣根が真守に変なものを食べてほしくなくて、一々食べていいか自分に確認させているのだと理解する。

 

そう理解して、食蜂操祈は真守の事をどこまでも考えている垣根帝督のことをちらっと見た。

 

垣根帝督ははっきり言って食蜂操祈が関わりたくない相手だった。暗部組織に自分からずぶずぶ浸かりに行った人種なのだ。接触するのは絶対に避けたい相手だった。

だがこの男は朝槻真守に出会って変わった。

そうじゃなかったら、大覇星祭の時に木原幻生に追い詰められた食蜂操祈(じぶん)を助けなかっただろう。

 

垣根帝督は朝槻真守のことを想って、朝槻真守のために行動する。

そして必要ならば上条当麻とも協力する。以前ならば考えられない程に、垣根帝督は変わった。

 

上条当麻。その人物の事を想って、食蜂は思わず顔をしかめる。

そんな食蜂の前で、真守はメニュー表をじっくり見て眉根を寄せる。

 

「むぅ。……このハンバーガー食べたいけど、多分全部は食べられない……」

 

「俺が食ってやるからお前は食べたいもの頼め。何なら持ち帰りするか?」

 

「それもいいかも。垣根、ナイスアイデアだ」

 

真守と垣根が楽しそうに会話をしている様子を見て、食蜂は思わず目を細める。

何か違えば、自分も大切な人と話ができたのだろうかと。

幸せそうな彼らを見ると、どうしても考えてしまう。

 

「食事をしてからじゃないと話ができないだろうから、ちょっと世間話でもするか」

 

真守は食事を注文して、食蜂にそう切り出す。

 

「そうは言っても、あなたたちと私はほとんど接点がないのだしぃ。話すことなんてないでしょぉ」

 

「ある」

 

真守は食蜂操祈をジトーッと睨んで告げる。

食蜂は真守の無機質なエメラルドグリーンの瞳で責め立てられて、思わずたじろぐ。

 

「な、なによぉ」

 

「お前、垣根にお姫様だっこしてもらっただろ」

 

食蜂は真守の追及に、思わずきょとんとしてしまう。

 

大覇星祭の時。

あの時。御坂美琴を主軸とした『"RAIL_GUN":LEVEL[PHASE]-NEXT』という、もう一つの『絶対能力者進化(レベル6シフト)計画』が進められていた。

 

あれは元凶である木原幻生でも不測の事態を引き起こした。

まったく関係なかった真守がその余波を受け、美琴に釣られるかたちで絶対能力者(レベル6)へと進化(シフト)させられそうになってしまったのだ。

 

真守と垣根は別行動を取り、真守は即戦力として暴走する御坂美琴をおさえに行き、垣根は美琴の力の元栓を閉めるために行動した。

 

その結果、真守は上条当麻と削板軍覇と共闘し、垣根は元凶である木原幻生に追い詰められていた食蜂操祈を助けることとなったのだ。

 

「しかもお前、垣根のジャージ貸してもらってただろ」

 

真守はムッと顔をしかめて、心底恨めしそうに食蜂を睨む。

 

「めちゃくちゃ垣根のジャージから香水が匂ってたんだ。私も垣根もつけないヤツ。だからお前が垣根にジャージを貸してもらったのは明白だ。……お姫様抱っこしてもらったのに、その上ジャージまで……ッ」

 

「…………あなたって、意外と嫉妬力が強いのかしらぁ?」

 

食蜂操祈にとって朝槻真守とは黒猫系美少女であり、それ故に淡白でツンツンしているような印象だった。

確かに猫は飼い主にべったり甘えてすぐに嫉妬する子もいるが、ツンツンして冷たそうで、そしてあどけない顔つきをしている真守からは絶対に想像つかない。

 

「別に私は嫉妬深くないっ垣根よりは懐が深いっ」

 

真守はバンバンッとテーブルを軽く叩いて、ふくれっ面になる。

垣根は真守が珍しく嫉妬している姿が愛しくて、にやーッと笑う。

 

「そういやあのジャージ、俺が前日にお前に貸したものだったな」

 

「そうなんだよ……ッ上条のラッキースケベで下着が透けちゃったから、垣根が貸してくれたものだったのに……ッ」

 

「ちょっと待ちなさぁい。私はあの人のラッキースケベの方が気になるんだけどおっ」

 

聞き捨てならないと食蜂が声を上げると、垣根はムッとする真守の腰を抱き寄せて宥めながら当時のことを思い出す。

 

「あのハーレム野郎がグラウンドの水まき用のホースを踏んだんだよ。そのせいで真守とクラスメイト一名が頭から水被ったんだ」

 

「……あの人はどこでも、やっぱりそういう立ち位置にいるのねえ」

 

食蜂は上条当麻と一年前に出会っている。

 

その時色々とラッキースケベがあった。恥ずかしくて上条の記憶消去をしてなかったことにしようとしても、異能が効かないのでどうしようもなかったのだ。

 

食蜂操祈は上条当麻のことを考えて、遠い目をする。

そんな食蜂の前で、垣根は超ご機嫌に真守の肩に腕を回して頬を撫でる。

 

「お前が嫉妬してるとすげえ気分がいい」

 

「私は楽しくない」

 

真守がプイッと顔を背けると、垣根は真守の頬をぷにぷに突いて笑う。

食蜂は人前でよくやるわねえ、と思いつつ麦茶へと手を伸ばす。

 

「機嫌直せよ。帰ったら時間かけてたっぷりかわいがってやるから」

 

垣根がご機嫌で告げるのを聞いて、食蜂は思わず吹き出してしまう。

真守は咳き込む食蜂の前で、じろっと垣根を見上げる。

 

「垣根。中学生の前でそういうのは良くない」

 

「お嬢サマっつっても頭ん中はそういうコトでいっぱいに決まってんだろ。つーか生娘(きむすめ)の方が経験ないから先入観がヤバいって相場が決まってるんだぜ、真守」

 

「き、ききききき!?」

 

食蜂は垣根の暴言を聞いて顔を真っ赤にして涙目になって、思わず声を上げる。

別に食蜂操祈に面と向かって『お前は未経験だ』などとは言っていないのだが、普通に問題発言である。

 

「ちょ、ちょっとぉ!! その男は一体どうなってるの、朝槻さぁん!!」

 

「どうなってるって言っても。こういう男なんだぞ、食蜂。──垣根、食蜂は外見が外見だけど、ちゃんと中学生なんだぞ。きちんと配慮しなきゃダメだ」

 

真守は自分の髪を上機嫌に指先で遊ばせている垣根をじとーッと見上げる。

 

「そいつはハーレム野郎の毒牙に掛かってんだろ。別に気にしなくても問題ねえよ」

 

「気にしなくていいわけないでしょお、このノンデリ男ぉ!!」

 

食蜂は顔を真っ赤にして叫ぶ。

垣根はむぎゅっと真守のことを抱きしめながら、チッと舌打ちする。

 

「店内では静かにしろ」

 

「ここで正論言うんじゃないわよぉ!!」

 

垣根は再び叫ばれて、心底不機嫌そうに顔をしかめる。

 

「お前は所かまわずラッキースケベするあの野郎の毒牙に掛かってるんだろ。スケベに慣れてるんだから、お前の恥じらいなんて結局ご都合主義のファッションだろ。どう頑張ったってそうとしか見えねえ」

 

「そんな訳ないでしょぉ!?」

 

食蜂は傍若無人な垣根を信じられないと見つめると、ご機嫌な垣根に抱きしめられて無表情になっている真守を睨んだ。

 

「あなたはどうしてこんな男と付き合ってるのかしらぁ!?」

 

「好きになっちゃったんだからしょうがないだろ」

 

「す、すき!?」

 

真守がムッとしたまま頬を赤らめると、食蜂はすさまじく動揺する。

真守のはっきりとした好き宣言に、垣根はもっと気分を良くしてご機嫌に目を細める。

 

「お前より百億倍イイ女だろ? なあ、食蜂操祈?」

 

「……前と同じで小学生力が高い言葉だけどぉ、否定できないのが悔しい……ッ。確かにこの男には心が広い朝槻さんが合ってる気がするわあ……ッ!」

 

食蜂は機嫌が良い垣根を見て拳を(かか)げると、ふうっとため息を吐く。

なんだかこの少年少女と一緒にいると調子が狂わされるのに悪い気分にはならない。

そんなところが上条当麻とよく似ていると、食蜂操祈は思い知らされていた。

 



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第五四話:〈救世女神〉は救いの手を

第五四話、投稿します。
次は一〇月一七日月曜日です。


真守たちが大覇星祭の事件について話をしていると、注文した商品が運ばれてきた。

ナゲットにハンバーガー。フライドポテトにオニオンリング。およそファーストフード店に相応しい品々。

 

「おいしそう」

 

真守は目を輝かせると、ハンバーガーをフォークとナイフで丁寧に切り分ける。

さきほど話した通り、垣根に半分食べてもらうためだ。

 

「いただきます」

 

真守はハンバーガーを切り分けてから小さく手を合わせると、ちんまりとした手でハンバーガーを持つ。

そしてちまっとした口でかぶりついて、むぐむぐ控えめに口を動かして呑み込む。

 

「おいしいっ」

 

真守が本当に幸せそうにちまちま食べる姿を見て、食蜂は思わず固まる。

真守の食事する姿がかわいいからだ。

 

朝槻真守は髪型も相まって、黒猫のように気まぐれでツンツンしてそうな見た目をしている。

 

そんなつんっとしたあどけない顔つきの少女がご機嫌で幸せそうに食事をしている姿なんて、かわいい以外の何物でもない。

同性の食蜂操祈にとっても、今の真守の姿はかわいくて破壊力抜群だった。

 

「……これだと、外食するたびに人目力を集めて大変そうだけどぉ」

 

食蜂はホットドッグの包み紙を開けながら、食事を全力で楽しんでいる真守を遠い目で見つめた。

そんな食蜂の前で、オニオンリングを摘まんでいた垣根はちらっと周りを見た。

平日の昼間なので人はまばらだが、それでも人がいないわけではない。

垣根は少ない人の視線を集める真守を気にしながら、ため息を吐く。

 

「人目を集めちまうから、普段外食する時は個室って決めてる」

 

「苦労が絶えないわねえ……」

 

食蜂は思わず垣根に同情してしまう。

こんなかわいらしい恋人がいたら男にとっては最高だが、色々と心配も生まれるだろう。

 

(暗部組織で働いていた男がここまで変わるなんて。朝槻さんが本当に大事なのねえ。……まあ、誰かのおかげで考えた方が変わるっていうのは、私がどうこう言えるわけじゃないけどぉ)

 

食蜂は自分のことを覚えていられない少年の事を思って、ホットドッグをはむっと食べる。

そんな食蜂の前で垣根は運ばれてきたナゲットを口にした後、真守に勧めた。

 

「真守、これ食え。おいしいから」

 

「ありがとう、垣根」

 

真守は垣根におすすめされて、ナゲットにちょんっとソースをつけて口にする。

 

「ん。おいしい、ソースがとても良いなっ」

 

「中華風だから辛くねえし、お前も気に入ると思ったんだ」

 

食蜂は垣根に甲斐甲斐しく世話をされている真守を見て、思わず目を細める。

 

この少年少女たちは、とても幸せそうだ。

幸せなひと時を過ごすことが、できている。

それが悪いわけではない。

 

だがこうしてみていると、どうしても自分とツンツン頭の少年のことを考えてしまうのだ。

何か一歩違えば、自分もあの少年とこんな風に会話をすることが今もできたのだろうか、と。

 

真守は上条当麻に思いを馳せている食蜂に気づきながらも、特に言及せずに食事をする。

どうせこの後話題になるのだ。

そうして一通り食事を終えると、真守は口を開いた。

 

「話をしようか、食蜂操祈」

 

「……そうねぇ。あなたたちが来た理由は分かってるんだゾ」

 

食蜂は優雅に紅茶を飲みながら、目を細める。

 

「あの人と私のことでしょぉ」

 

あの人。

それは食蜂操祈にとって、上条当麻以外にありえない。

 

食蜂は昨日、蜜蟻愛愉という少女とひと悶着あった。

 

蜜蟻愛愉は食蜂操祈と同じで、精神系干渉能力者の頂点に君臨する素質を持っていた。

だが超能力者(レベル5)を育てるにはコストがかかる。

そのためたまたま食蜂操祈が選ばれて、蜜蟻愛愉は食蜂操祈が倒れた場合の保険にされた。

 

だが蜜蟻愛愉は食蜂操祈が自身の可能性を奪ったことに関して、食蜂操祈に復讐したのではなかった。

 

かつて上条当麻と食蜂操祈が出会ったことで、蜜蟻愛愉は上条当麻と疎遠になってしまった。

そして食蜂操祈が原因で、上条当麻は蜜蟻愛愉のピンチに間に合わなかった。

それなのに食蜂操祈は上条当麻と親密になっている。

 

切り捨てられた自分と違い、大切にその才能を育てられた少女。

そんな少女が自分にとって大切な少年と同じ時を過ごしているのだ。

自分が学園都市に切り捨てられた以上の憎しみが募るのは当然だった。

 

だから蜜蟻愛愉は食蜂操祈に復讐した。

そして結局。蜜蟻愛愉を救ったのは食蜂操祈と蜜蟻愛愉のもとにやってきた上条当麻だった。

そうして事態は上条当麻が蜜蟻愛愉に好き勝手殴ってもらうことで収束した。

 

真守と垣根はその一連の流れを、カブトムシから情報を得て知っている。

そしてそれを食蜂操祈も把握している。

だからこそ、朝槻真守は食蜂操祈のためになる言葉を口にした。

 

「呼び出し回路を新たに作ればいい」

 

「……………………え?」

 

食蜂操祈は真守の言っていることが分からなくて、ただただ声を上げる。

真守は呆然とする食蜂に、特に気負う事なく残っていたフライドポテトを摘まみながら、軽やかに告げる。

 

「脳は失った機能を補完することができる。脳梗塞で運動麻痺になった人がリハビリすればある程度動けるようになるのは、脳細胞がどうにかして以前と同じように動くために、新たな回路を構築するからだ。可塑(かそ)性と呼ばれるものだな」

 

脳の可塑(かそ)性。

それは脳の神経細胞が新たなネットワークを自力で構築することだ。

失ってしまった細胞が持ち合わせていた役割を、他の細胞で補う。

それが脳の神経細胞は自力で可能なのだ。

真守はポテトを食べながら、人間の造りに感心した様子で告げる。

 

「脳はとても柔軟な臓器だ。だからとある脳細胞の機能を、全く別の役割を持った他の脳細胞がエミュレートすることもできる」

 

真守は呆然としている食蜂を見つめて、柔らかな慈悲の笑みを浮かべる。

 

「去年の上条の負傷。それでお前を認識する回路が破損してるならば、無事な脳細胞を使ってお前を認識する回路を新たに作り直せばいい。あいつの脳細胞は色々あってたっぷり死んでいるが、それでもあいつが普通に過ごせているのは残った脳細胞が頑張っているからだ」

 

真守は突然の救いの手に頭が追い付いていない食蜂の手を取る。

薄いレースの、細やかな蜘蛛の巣の刺繍が施された手袋に包まれた手。

その手を柔らかく取って、絶対能力者(神さま)は微笑む。

 

「あいつは色々あって今年の七月以前の記憶を失くしている。だからお前を認識できたとしても、お前との全てを取り戻せるわけじゃない。……でも、今から始めればいいんだ」

 

真守は食蜂の手を取って、光を見た気がする食蜂に微笑む。

 

「お前は今から始めることすらもできなかったんだから。今から始めよう、食蜂。私にその手助けをさせてくれ」

 

「………………で、でも……」

 

食蜂は真守の小さな手にうろたえながら、動揺で星が光る目を揺らす。

 

食蜂操祈はずっと、世界の片隅で小さな奇跡が起こることを願っていた。

だが食蜂操祈はその願いが叶わないと知っていた。

知っていながらも、願わずにはいられなかったのだ。

 

その願いが、救いが。いま目の前にある。

 

自分が待ち望んでいた瞬間が訪れると理解できても、食蜂は思わず不安を口にしてしまう。

 

「……もし、あの人の脳を壊してしまったら……」

 

上条当麻が食蜂操祈を認識できなくなったのは、食蜂操祈がショック死しそうな上条当麻の脳に干渉したからだ。

激痛を和らげるために、食蜂操祈は上条当麻の脳に干渉した。

 

よく勘違いされがちだが、食蜂操祈の能力とは人間の脳の水分を調整して精神に働きかける。

電気的な干渉ではなく水分的な干渉であるため、食蜂操祈は上条当麻のことを完全に助ける事ができなかった。

 

その結果。上条当麻は食蜂操祈と会っても、食蜂を自分の記憶に残すことができなくなってしまった。

 

だから自分ではなくとも上条当麻の脳に誰かが干渉するというのを考えると、どうしても食蜂は不安になってしまう。

 

「そ、それに……あの人に、異能の力は……」

 

食蜂操祈は上条当麻の右手の力を知っている。

幻想殺し(イマジンブレイカー)

あの右腕を前にしては、異能の力で起こした奇蹟はもろく儚く崩れ去ってしまうのだ。

 

「お前の懸念は全て問題ないぞ」

 

真守は柔らかく微笑む。

食蜂の心配することを、真守は全て乗り越えられるのだ。

 

「私は絶対能力者(レベル6)だ。しかもまだ不完全な人間の時に、とある女の子の頭に干渉して脳の電気信号マップをまるっと最適化させたことがある。その子は今も元気に過ごしているし、逆にあそこであの処置をしなければすぐにでも死んでいただろう」

 

八月三一日。真守がまだ絶対能力者(レベル6)へと至っていなかった時のこと。

朝槻真守は杠林檎の脳の電気信号マップを操作して、彼女を救ったことがある。

それと同じように脳に干渉するのは、今や完成された人間である朝槻真守にとって難しいことではない。というか朝飯を食べる片手間にでもできることなのだ。

 

「学園都市は脳に干渉して能力開発を行う科学の街だ。だから上条の呼び出し経路を新たに増設する時に異能を使う必要はない。純粋な科学技術には上条の右手は作用しないからな、学園都市が元々保有している技術を使えばいい」

 

ちなみに真守は詳しく説明していないが、脳細胞の可塑(かそ)性を用いれば異能の力で回路を開いたとしても、おそらく一度開通した回路が幻想殺し(イマジンブレイカー)によって閉じてしまうことはない。

それでも真守は学園都市の技術を応用しようと考えている。不幸な上条が施術中にうっかり幻想殺し(イマジンブレイカー)で自分の頭に触れてしまえば、上条の脳細胞が傷ついてしまうからだ。

 

真守は未だに現実が認識できない食蜂操祈の前で、空いている手を自身の胸に置く。

 

「私は神ならぬ身にて、天上の意思を()る者である。できないことなどあまりない。それこそこの世ならざる物質を操る以外は、なんでもできる」

 

食蜂操祈は真守の微笑を見て、段々と現実に意識が追い付いてきた。

自分に奇蹟が起ころうとしているのだ。

それを理解して、食蜂操祈は思わず顔を歪めた。

くしゃっと歪めたまま、自分の手をエスコートするように握っている真守の手をぎゅっと握る。

 

「じゃあ行こうか、食蜂。大切な人に会いに」

 

食蜂はグッと奥歯を噛む。

そして時間を掛けて自分の中で現状を整理すると、真守の言葉に頷いた。

穏やかな表情をしている垣根と共に、真守は食蜂を連れて上条当麻の病室へと向かった。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

冥土帰し(ヘブンキャンセラー)から真守が借りた謎の機械を頭に取り付けられた上条当麻は戦々恐々としていたが、真守がきちんと話せば分かってくれた。

 

そして言うまでもなく。

 

上条当麻は朝槻真守のおかげで、食蜂操祈を認識できるようになった。

 

その確認が終わった後、食蜂操祈はやっぱり泣き出してしまった。

それを見て上条は慌てていたし、インデックスとオティヌスはふくれっ面になっていたけれど。

 

食蜂操祈は、救われた。朝槻真守によって、きちんと救われたのだ。

 

その様子を近くで見ていた垣根帝督は、一人思う。

この少女はやっぱり神さまで。そして神さまだとしても、優しい女の子なのだと。

 

「真守」

 

「わっ」

 

冥土帰し(ヘブンキャンセラー)の病院から出た途端、真守は垣根に突然抱き上げられて思わず声を上げる。

 

「か、垣根?」

 

真守が目を瞬かせていると、垣根は柔らかく微笑んだ。

 

「俺はお前のこと。一人の女の子として、愛してる」

 

真守は垣根に突然愛を告げられ、きょとっと目を見開いた。

 

神さまらしい奇蹟を起こして、一人の女の子を救っても。

朝槻真守だって一人の女の子なのだ。

そしてそんな少女のことを、自分は愛おしく一人の女の子として大切に思っている。

 

それを伝えたくなった垣根を見つめて真守はびっくりしていたが、垣根の意図が分かって幸せを感じ、ふにゃっと微笑んだ。

 

「私も垣根のこと、一人の男の子としてだいすきだぞ。一人の男の子として必要としてる」

 

真守はそう告げると、垣根に抱き上げられたまま、垣根を抱きしめる。

 

「神さまとしても、一人の女の子としても。私は垣根がだいすきなんだ」

 

垣根はすり寄ってくる温かくて小さな命に、目を細める。

 

「一緒に食蜂のところに行ってくれてありがとう、垣根」

 

「ああ。……大切な人間に覚えてもらえないのは辛いからな」

 

朝槻真守は自分が絶対能力者(レベル6)進化(シフト)することは理解していた。

だが自分が進化(シフト)してしまったら、どうなってしまうかが分からなかった。

周りの人のことを大切に思えなくなったらどうしようと、真守は泣いていた。

そんな真守のことを放っておけなかった。だから垣根帝督は約束をした。

 

朝槻真守が朝槻真守ではなくなったとしても、絶対にそばにいる。

 

実際。真守は絶対能力者(レベル6)になっても真守だった。

だから垣根帝督は今も真守と心を通わせていられる。

だが一歩間違えば、垣根帝督は真守のすぐ近くにいるのに心を通わせられないことになっていた。

 

それは今の食蜂操祈と上条当麻と同じ。

だから垣根は、食蜂操祈の気持ちが痛いほどよく分かっていた。

 

「帰ろう、垣根」

 

「ああ」

 

垣根は頷くと、真守を降ろして手を繋ぎ、並んで歩き出す。

その様子を、世界の端で小さな奇蹟をずっと待ち望んでいた少女は見つめていた。

感極まった様子で、目元を赤くしたまま。

 

真守は振り返って、そんな少女に手を振った。

食蜂操祈は驚いたが、それでも真守に優しく手を振り返すことができた。

それができて良かったと、食蜂操祈は心の底からそう思っていた。

 



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第五五話:〈平穏休日〉を迎えて

第五五話、投稿します。
次は一〇月二〇日木曜日です。


学校が終わった放課後。

真守と垣根は第六学区の商業施設で待っていた深城と林檎、そして白い少年へと合流した。

 

明日は休日だ。

そのため今日はみんなで第六学区にあるホテルに泊まり、朝を迎えたらホテルから直通で遊園地に行って遊びまくる計画なのだ。

 

ちなみにフロイライン=クロイトゥーネはこの場にいない。声を掛けると、『後で会いに行きます』と言っていた。

 

「待たせてごめんな」

 

真守は深城たちに謝って、深城が抱き上げている白い少年を受け取ろうとする。

だが深城は真守の行為に、ふるふると首を横に振った。

 

「あたしが抱き上げておくからいいよ、真守ちゃん。その代わり、林檎ちゃんと手ぇ繋いであげてくれる?」

 

「いいのか?」

 

真守はコテッと首を傾げて問いかける。

 

「だいじょぉぶだよ。それにちんまりした真守ちゃんはそれなりに大きい子を抱えるのは大変でしょ?」

 

「その言い方はちょっと気になるけど……ありがとう、深城。──セイ、深城の腕の中で大人しくしてるんだぞ」

 

真守は深城の腕の中でちまっとしている真っ白少年に声を掛ける。

ズボンタイプのセーラー服を着ている彼は、真守を神として必要とした存在だ。

世界が何度も再構築されたとしても変わらなかった人間の本質、人間の生きる意志を体現した存在である。

 

「朝槻真守に言われなくても大人しくしているぞ。源白深城はほどよく身長が高くてふわふわしてるから、抱かれ心地最高だしな」

 

少年は深城のたわわに実った胸にくっついたまま、満足そうに告げる。

真守はそれを見て、ムッと顔をしかめた。

 

「……私だって別に貧相じゃないのに」

 

真守は自分の胸を見つめながらぼそぼそ呟く。

確かに深城に比べたら真守の方が小さいが、真守の胸は女性の理想の大きさであり、それなりに大きい。ただ深城と比べたら劣るだけで、決して貧乳ではないのだ。

 

「そもそも私の身長は日本人女性の平均より一センチ大きいんだぞ。ほどよい高さなのは私の方だ、深城が大きすぎるんだ。……深城だって昔はあんなにちんまかったのに、私より背が大きくなるなんて……」

 

真守は自分よりも身長が五㎝強は大きい深城を見上げる。

垣根は半ば睨んでいるような真守を見て、ふと気が付いたことを口にした。

 

「そういや昨日食蜂操祈と会って思ったけど、お前って交流がある超能力者(レベル5)の中で一番小さいよな」

 

一方通行(アクセラレータ)、御坂美琴、何度か会ったことがある麦野沈利。そして食蜂操祈、大覇星祭の時に共闘した削板軍覇。ついでに垣根帝督。

御坂美琴と真守は二、三㎝の差だが、それでも超能力者(レベル5)の中で真守が一番小さいのだ。

 

「むぅ。学園都市の子たちだけで平均身長出したら、外の子供たちよりちょっと大きいんじゃないのか? 技術が発達してるから、それなりに栄養とか豊富だし……」

 

真守は自分の身長の事を思って顔をしかめる。

 

「……今からでも身長伸ばそうかな」

 

絶対能力者(レベル6)である朝槻真守にできないことはない。

そのため真守が身長を伸ばすことを本気で検討しているのを見て、垣根はため息を吐く。

 

「身長はいいから。まずは肉を付ける努力をしろ、肉を」

 

真守の伯母であるアシュリン=マクレーンを見れば分かるのだが、真守の家系は胸も身長もそこまで大きくなる方ではなかった。

それなのに真守は身長を平均まで伸ばし、胸を理想的な大きさにまで成長させたため、必然的に自然的にはありえないアイドル体型となったのだ。

 

元々スレンダーな家系だから、真守も例に漏れず足はほっそりと、そして触れれば折れてしまいそうな腰つきをしている。

しかも本人があまり食に貪欲ではないため、簡単に肉が付かないのだ。

大切な女の子が触れれば壊れてしまいそうなのは、垣根にとっては心配なことこの上ない。

 

「……確かに男の子はちょっとふくよかな方が柔らかくていいし、細いと心配になるって聞くけど……垣根もそうなのか?」

 

真守は雑誌で読んだ知識を思い出して、垣根を見上げる。

すると垣根は心配から、真守のことをじろっと睨んだ。

 

「俺が言ってるのはそういうことじゃねえよ、お前が細すぎることに問題があるんだ。ついでに言わせてもらえば、今のお前でも十分柔らかいからな」

 

「むう、分かった。ちょっと気を付けてみようと思う」

 

先日。食蜂操祈と話をして、食生活にもっと気を使った方がいいと真守は感じた。

そのためきちんと栄養学を学ぼうと一区切りつけると、真守は林檎に向き直った。

 

「では林檎。ハンドクリーム買いに行くか」

 

「うん」

 

林檎はキラキラと目を輝かせて頷く。

 

一端覧祭の前日。

真守は林檎に好きな匂いのハンドクリームを買うと約束してあり、今日この商業施設でその約束を果たそうとしているのだ。

そもそも遊園地に行くのは真守が九月三〇日、絶対能力者(レベル6)進化(シフト)する直前に林檎と約束したことだったので、一端覧祭の時の約束も一緒に果たそうというわけである。

 

「行こう、朝槻」

 

真守が頷いて林檎に手を差し出すと、林檎は嬉しそうに真守の小さな手を握った。

その様子を見ていた垣根は何気なく真守を見た。

 

「そんなチマチマしたモン買わないで香水の一つでも買ってやっていいんじゃねえの?」

 

「確かにそうだな。でも林檎はまだ小さいし、コロンが良いかな」

 

真守が垣根の言い分を聞いて提案すると、林檎が首を傾げた。

 

「コロンって何?」

 

「香水の種類の中で一番濃度が薄いものだ。すぐに匂いが消えるけど、それくらいが丁度いいだろ」

 

真守が説明すると、林檎は目を輝かせる。

 

「欲しい! 垣根と朝槻みたいな匂いでいっぱいになりたい!」

 

垣根は林檎が自分たちの香りが全力で好きだと言っているのを見て、柔らかく笑う。

 

「俺と真守の香水はまったく違うから。混ぜるとセンスが悪いって笑われるぞ」

 

「そうだな。林檎の気に入るものを買えばいい。──垣根。行こうか」

 

真守が林檎の手を引いて歩き出そうとすると、林檎は真守の隣に立った垣根を見上げた。

そこでちょっと考えた林檎は真守から一度離れて真守と垣根の間に入る。

そして林檎は真守と垣根と、二人といっぺんに手を繋いだ。

 

「真ん中」

 

林檎が満足したように真守と垣根と手を繋いで告げると、真守は小さく笑って垣根は呆れたまま、それでも柔らかく笑った。

 

そうして真守たちは明日から休みで夜更かししても問題ない、金曜日の夜を満喫すべく歩き出した。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

学園都市でも有数の高級香水店。そこに真守たちは来ていた。

 

真守も垣根も超能力者(レベル5)だ。

そして真守なんかはイギリス貴族の傍系でもあるため、それ相応のモノを身に着けることができるし、身に着けなければならないのだ。

 

真守たちはテーブルに座り、タブレット端末で香水を選んでいた。

端末で申請すると、テスト用の香水が持ってきてもらえる仕組みである。

しかもこの店のコンセプトはゆったり香水を選べる空間を提供するというものであるため、真守たちはテーブルに座って飲み物片手にタブレット端末を見ていた。

 

真守はタブレット端末を操作しながら、ふと思い出したことがあって林檎を見た。

 

「そういえば林檎。お前は以前、お菓子みたいな良い匂いが歯科医からするって言ってたよな。そういうのが好きなのか?」

 

真守が持ってきてもらったオレンジジュースを飲んでいた林檎へと声を掛けると、林檎は満足そうにオレンジジュースを飲み込んで思案顔になる。

 

「んー甘いのもお花のも好き」

 

「ふむ。じゃあ花で甘い匂いのするものを選ぶか」

 

真守はタブレット端末をイジッていると、それを横から見ていた垣根が口を出した。

 

「リンゴの花なんてどうだ? ぴったりだろ」

 

垣根が提案すると、コテッと林檎が首を傾げた。

 

「? 私?」

 

「ちげえよ。果物のリンゴのことだ。お前がよく食べてるリンゴ飴のリンゴだよ」

 

垣根が呆れて告げると、林檎は首を傾げた。

 

「果物も香水になるの?」

 

真守は食べ物が香水になるのが不思議そうな林檎を見て微笑む。

 

「果物からも香料はきちんと取れる。林檎系は爽やかなのに甘酸っぱくて、男女問わず人気があるんだ。花とも相性が良いし、とてもいいと思うぞ」

 

真守はタブレット端末を操作してリンゴの香水を選びながら、深城に声を掛ける。

 

「深城は何か欲しいものあるか?」

 

「あたしは真守ちゃんの気に入る香水を、ちょっと借りるだけでいいから別にいいよぉ」

 

真守はタブレット端末から顔を上げて深城を見る。

 

「お前は私の匂いがだいすきだからな。ちょっとは自分の好きな匂いも探せばいいものを。──垣根は何か欲しいものあるか?」

 

「お前の好みの香水がいいから、俺に合いそうなのをいくつか頼め。俺はお前が選んだのがつけたい」

 

真守は垣根のオーダーを聞いて、むーッと珍しく悩んだ表情をする。

 

「私はそもそも垣根の匂いが好きだから、香水はどれでもいいんだよなあ」

 

「あ? 俺の匂い?」

 

垣根は真守の言葉に目を瞬かせる。

人間にはもちろん体臭があり、その体臭によく合っている香水を選ぶなど相性を考えなければならない。

だが真守は垣根の元々の匂いが好ましいものなのだ。そのため垣根がどんな香水をつけようと、大抵許せるのである。

垣根はふーんと感心しながら、真守の髪を一筋掬って手元で遊ばせる。

 

「そういや良い匂いがする異性とは遺伝子的に一番遠い存在だとかで、相性がいいって話を聞いたことがあるな」

 

「うん、そういう話もあるな。その人間とは子供を作っても大丈夫だってことで、安心できる良い匂いだと感じるらしい。ちなみに遺伝子的に近い兄妹や両親なんかは普通なら本能的にちょっと嫌だなって感じるから、匂いが好みではないのだとか」

 

垣根は大層ご機嫌な様子で、真守の黒髪をさらさらと触る。

 

「体の相性ばっちりなのは、そこら辺もあるかもな」

 

「……えっちな方向に考えないで」

 

真守はじとーっと垣根の事を見上げた後、垣根の香水を慎重に選ぶ。

真守が香水を店員が持ってくるのを待っていると、ココアを飲んでいた真っ白少年こと人間の生きる意志を体現した存在、セイが口を開いた。

 

「気になったのだが、垣根帝督」

 

「あ? なんだよ」

 

「私はどんな匂いがする?」

 

垣根が怪訝な表情をする中、真守は少年の首筋に鼻を近づけてスンスンと匂いを嗅ぐ。

 

「垣根の匂いに近い気がする」

 

「俺の匂い? それ俺の匂いじゃなくて未元物質(ダークマター)の匂いだろ。つーか未元物質(ダークマター)に匂いってあるはずないけど……?」

 

垣根が首を傾げていると、真守は少年の首筋から顔を遠ざけて思案する。

 

「なんか、こう。それでも垣根に近い匂いがする。垣根がこの子の体作ったからじゃないのか?」

 

少年は小さな腕を組んで、真守の感じたことをそれなりに真剣に考察する。

 

「むーん。垣根帝督の体は未元物質(ダークマター)をあの世界から呼び込むことで天使の体に近くなっているからな。この体もそのようなものだから、同じ匂いなのかもしれない」

 

「なるほど。垣根やお前の匂いは未元物質(ダークマター)そのものの匂いじゃなくて、天使の肉体に限りなく近づいているから似たような匂いがするということだな」

 

垣根は真面目に議論している真守と真っ白少年を見ながら肘をついて、ぽそっと呟く。

 

「……本当にそういうモンなのか? イマイチ実感ねえけど」

 

垣根が呟く前で、真守はココアを飲んでいた少年のことを抱き上げて膝に乗せると、後ろからぎゅーっと抱きしめる。

 

「まあ事実、垣根とセイの匂いは似てるってことだな。良い匂い」

 

真守が嬉しそうにスンスンと少年の匂いを嗅いで微笑んでいると、少年は少し迷惑そうな顔をした。

 

「くすぐったいぞ、朝槻真守」

 

少年が顔をしかめる中、垣根もムッと顔をしかめた。

 

「ソイツの匂い嗅ぐために顔近づけるんじゃねえ」

 

真守は嫉妬している垣根を見て、少年の首筋に頬を寄せる。

 

「なんで。垣根と同じ匂いで良い匂いしてるって言ってるんだから、別に良いだろ」

 

「いいわけねえだろ。さっさとソイツの首から顔を離せ、もっと顔を近付けてんじゃねえ!」

 

垣根は真守の膝の上から少年を抱き上げて、元の席に戻す。

 

「相変わらず独占欲が強いな、垣根帝督」

 

真守は少年がジト目をする中、大きく頷いてため息を吐く。

 

「本当にな。器の小さい男め」

 

真守がじろっと拗ねている垣根を睨むと、少年は真守を見上げて首を傾げる。

 

「でもそんな垣根帝督を朝槻真守は愛しているんだろう?」

 

「う」

 

真守は自分を神さまとして必要とする少年に直球で聞かれて顔を固まらせる。

答えないといけない雰囲気になった真守は、顔を俯かせながらもぽそぽそと告げる。

 

「………………だいすき」

 

真守は恥ずかしそうにしながらも自分の気持ちを正直に喋る真守を見て、深城は顔を輝かせる。

 

「かわいいっ。真守ちゃんかわいいっ」

 

深城は席から立ち上がると真守にぎゅーっと抱き着いて、すりすりと頬をすり寄せる。

深城に好き勝手される中、真守は恥ずかしそうに低く唸っていた。

拗ねていた垣根はその様子を見て柔らかく笑うと、気を取り直す。

そして店員に持ってきてもらった香水のテスター用品を手に取って真守に手渡し、みんなで林檎にぴったりな香水を選び始めた。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

高級香水店で香水を買った真守たちは少しだけ他の店を回って、レストランで夕食を食べた。

心理定規(メジャーハート)に教えてもらった本格的なフレンチの店で、もちろん垣根が真守に食べさせても問題ないと考えたレストランだ。

 

「ふふー。料理、とってもおいしかった」

 

真守は満足そうにお腹を撫でながら微笑む。

絶対能力者(レベル6)へと至って内臓器官の退化が問題なくなった真守だが、そう簡単に縮んでいた胃が大きくなってたくさん食べられるようにはならない。

それでも前よりも食事を楽しめるようになったのは事実だ。だから満足感でご機嫌になった真守は垣根を見上げた。

 

心理定規(メジャーハート)がおすすめしてくれたお店、とってもよかったな。なあ垣根?」

 

真守が薄いお腹をさすりながら垣根を見ると、垣根はぶすっとむくれていた。

 

「そーだな。外の食材使ってる本格派だからうまかったな」

 

ツンッとして完全に拗ねている垣根帝督。

真守はそんな垣根を見上げながら、するっと垣根の手に自分の指を絡めた。

 

「垣根。そんなに気にしなくていいと思うぞ」

 

「何も気にしちゃいねえよ。なんか文句があるのか」

 

垣根はじろっと真守を睨んで、噛みつくように告げる。

 

「気にしてるだろ。スーパ・ロワニョン・グラティネって言えなかったことが本当に嫌だったんだろ」

 

真守がぽそっと告げると、垣根は片眉を跳ね上げた。

スーパ・ロワニョン・グラティネとはフランス料理の名前で、オニオングラタンスープのことである。

垣根は真守が明確に言葉にしたので。ぎゅぎゅーっと真守と繋いでいる手に力を込める。

 

「痛いよ、垣根。前言えなかったブフ・ブルギニョンがちゃんと言えるようになってたから、よかったじゃないか」

 

「テメエはいちいち俺の神経逆なでしてくるんじゃねえよ」

 

垣根は真守と繋いでいた手を離すと、思いきり真守の両頬を思いきり引っ張る。

 

「へう。ふぁひね(かきね)わらひへつに(わたしべつに)おひょふってないほ(おちょくってないぞ)

 

「話題に出すだけでおちょくってきてんだろうが、ああ?」

 

真守がきちんと話せなくても何を言っているかよく分かる垣根は声を荒らげると、ぎりぎりと真守の両頬を引っ張る。

その様子を見ていた深城に抱き上げれられた白い少年は呟く。

 

「……垣根帝督って舌ったらずなんだな」

 

深城の隣を歩いていた林檎は、白い少年の言葉に頷く。

 

「垣根。私の名前も噛んでた。朝槻の名前も噛んだんだって」

 

「ほう。源白深城はどうだったんだ?」

 

白い少年が問いかけると、深城はくすくすと笑って告げる。

 

「あたしの名前は言いやすいから特に問題なかったよ」

 

深城たちがのほほんと会話している中、真守は垣根から解放されて痛む両頬を押さえる。

 

「うぅー……垣根のそんなところも私はだいすきなんだぞ」

 

「うるせえもう喋んな」

 

完全にへそを曲げた垣根を見上げた真守は顔をしかめる。

 

「垣根」

 

真守は垣根の服の裾をちょんちょんっと引っ張って、垣根の名前を呼ぶ。

垣根は真守に名前を呼ばれても黙っていたが、反応だけはしようと不機嫌なまま真守を見た。

 

「なんだよ、!」

 

垣根が真守に顔を向けると、真守は頑張って背伸びをして垣根の頬にキスをした。

 

「これで機嫌直して」

 

真守は深城たち以外、人が見ていないことを確認しながら告げる。

垣根は真守にキスをされてびっくりしていたが、思いついたことがあってニヤッと意地悪い笑みを浮かべた。

 

「これだけじゃ機嫌直さねえ」

 

真守は悪いことを考えている垣根を見上げて、ムッと口を尖らせる。

 

「えっちなお願いはダメだぞ。それ以外なら聞いてあげる」

 

「なんでだよ。心が狭いな」

 

「私の心が狭いわけないだろっ」

 

真守は声を上げてぷんぷん怒りながら、垣根と再び手をぎゅっと繋ぐ。

そんな真守が愛らしくて、当然としてやっぱり機嫌が直っている垣根はご機嫌に目を細める。

そんな二人を見ていた白い少年は小さく笑った。

 

「本当に想い合ってるんだな」

 

「うん。そぉだね」

 

深城は真守と垣根が恋人らしく話をしている姿を見て、幸せを感じて目を細める。

これが、自分の欲しかった光景だ。

真守が素敵な男の子と結ばれて。そして多くの人に囲まれて、学園都市で幸せな毎日を生きる姿が。源白深城は、本当に心の底から欲しかった。

 

「人が人を想うことは奇蹟に近い。……朝槻真守も垣根帝督も幸せだな」

 

「うん。……だからあたしは真守ちゃんに好きな男の子ができたことが、本当にうれしかったの」

 

深城は柔らかく微笑んで、真守と垣根を見守る。

真守は深城に見られていることに気が付いて、ふにゃっと安堵の笑みを見せた。

 

「深城」

 

深城は愛おしい少女に名前を呼ばれて、柔らかく微笑む。

本当に欲しかったもの。朝槻真守が本当の意味で幸せになれる世界。

それが目の前に広がっていることが嬉しくて、源白深城は満面の笑みを浮かべた。



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第五六話:〈休日突入〉で遊び尽くす

第五六話、投稿します。
次は一〇月二四日月曜日です。


林檎は朝早くに目が覚めた。

目をぱちぱちと(またた)かせて、ここはどこかと考える。

 

林檎が眠っているベッドがあるのは、一発で高級ホテルと分かるスイートルームだ。

 

自分がいる場所をホテルだと認識すると、林檎は遊園地で遊び尽くすために昨日ホテルに泊まったのだと思い出した。

 

今日は垣根と朝槻と深城と、朝槻を神さまとして必要としている少年と遊園地で遊ぶ。

そう思うと楽しみで笑みがこぼれてしまう。

隣のベッドで眠っている深城と少年を置いて、林檎はトテトテと歩いて他の部屋へと向かう。

 

扉を開けるとそこも寝室で、部屋に置かれているダブルベッドでは真守と垣根が一緒になって眠っていた。

 

「朝槻、垣根! 朝!!」

 

林檎は寄り添って眠っている二人の布団をバタバタ大きく動かして、起きるように声を掛ける。

 

「さむぃ……」

 

そう呟いたのは真守で、真守はううーんと(うな)りながら垣根の胸の中へと深く(もぐ)る。

 

「朝槻、朝。あーさ!!」

 

林檎は真守が着ている垣根のシャツ──所謂(いわゆる)彼シャツとなるものをぎゅーっと引っ張る。

 

「ん……。おはよう、林檎」

 

真守は自分の腕よりも大分長いシャツの裾で、くしくしと目を(こす)りながら声を上げる。

 

「おはよう、朝槻!」

 

満面の笑みを浮かべて林檎が声を掛けてくるので、真守は眠そうにしながらもコクッと頷く。

真守は自分のことを抱きしめてすぅすぅ眠っている垣根の頬へとぴとっと手を添える。

 

「垣根、起きて。今日は遊園地だぞ」

 

垣根は小さく唸ると、真守の事をぎゅーっと抱きしめる。

どうやらすぐには起きられないらしい。

真守はそう判断すると、垣根に抱きしめられたままひらひらと林檎へと手を振った。

 

「林檎、垣根は私が起こすから。ご飯食べに行く用意してくれ」

 

「分かった!」

 

林檎はパタパタと走って行って、深城のもとへと戻って行く。

 

「垣根。朝だぞ、垣根」

 

真守はトントンと柔らかく垣根の胸を叩いて垣根を起こす。

 

「かきね」

 

真守が何度目かの名前を呼ぶと、垣根はぴくッと動いてから目を開けた。

 

「おはよう、垣根。今日は遊園地に行く日だぞ」

 

「……はよ、真守」

 

垣根の服を着ている真守と違い、パジャマをきっちりと着た垣根はぼーっとしたまま、真守に朝の挨拶としてキスをする。

 

「ん。おはよう、垣根。さっき林檎が起こしに来たんだぞ」

 

「……ガキは朝から元気だな」

 

垣根が眠そうに告げるのを見て、真守はきょとっと目を見開いてからくすくす笑う。

 

「その言葉、よく漫画とかに出てくる休日のお父さんみたい。垣根、まだ高校生なのに」

 

「ガキ二人抱えてるから似たようなモンだろ。将来誓いあった女もいるし。あと俺には高校生だからって常識は通じねえ」

 

垣根は朝から平常運転で真守にすり寄る。

真守はくすっと笑うと、垣根の腕にそっと触れた。

真守のちんまい手は着ている垣根のシャツが大きすぎて、ちょこんとしか出ていない。

 

(……かわいい)

 

恒例行事となっている運動会の後に、寒いからと言って適当に自分のシャツを着て眠った真守。

そんな真守がかわいくて、垣根はじーっと真守の姿を目に焼き付ける。

真守は垣根に見つめられて恥ずかしそうに俯いた後、ちろっと垣根を見上げた。

 

「か、垣根はどうして朝からいつもかっこいいんだ……」

 

真守は少し顔を赤らめて小さく呟く。

 

朝日に輝くさらさらとした茶髪。

寝ぼけていて気だるげな雰囲気が、整っている顔立ちにとても合っている。

 

垣根は真守が自分と同じく相手の姿を見ていたと知ると、起き上がってベッドの上で膝を立てて、その上に顔を乗せて真守に笑いかけた。

 

垣根がわざとかっこいい姿を取ったので、真守は顔を赤らめて眉を八の字にする。

 

「……っわ、私っシャワー浴びるっ!」

 

「逃げるんじゃねえよ」

 

垣根はシャワーを名目に自分から離れようとする真守のことを抱き寄せ、腕の中に閉じ込める。

 

「おねがいやめて離してちかづかないで……っ」

 

真守が心臓をばくばくと高鳴らせているのが可愛くて、垣根はにやーッと笑う。

 

「そういや昨日、えっちなお願い以外は聞くっつってたよな?」

 

真守は昨日夕食を食べ、レストランを出た時のことを思い出させられて、顔を真っ青にする。

 

「いやな予感がする……っ!」

 

びびびっと真守の背中に嫌な予感が駆け抜ける中、垣根は真守の耳元で囁く。

 

「朝風呂しようぜ?」

 

「いやぁあああっ!!」

 

恋人だろうが、真守は垣根と風呂を共にするのがやっぱり苦手なのだ。

理由はもちろん明るくて、目に毒すぎるかっこいい垣根の裸を直で見てしまうからである。

 

「やだやだやだっお風呂だけは勘弁してぇっ!!」

 

叫んで拒絶する真守だが、男である垣根には力で敵わずにずるずるとバスルームへと連行されていく。

そのどったんばったん大騒ぎを聞いていた深城はにへらっと笑った。

 

「朝から元気だねえ、真守ちゃん」

 

(真守ちゃんが恥ずかしがる姿がかわいくて、垣根さんが尚更一緒にお風呂に入りたくなるの、真守ちゃんに教えるべきかなあ)

 

林檎に起こされた深城はふわふわと柔らかい笑みを浮かべながら着替えて、未だに眠りこけている白い少年を起こしにかかった。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

「ゆーえんちー!」

 

林檎は遊園地に入場し、真正面に置かれている象徴的なモチーフ像を見て叫ぶ。

そんな林檎の前で、真守は垣根と共に携帯電話とパンフレットを見て、感心したように呟く。

 

「なるほど。遊園地って便利なんだな。電子チケットで指定された時間に行けばアトラクションに並ばなくていいのか」

 

「ふーん。テーマパークも割と客のために色々と考えてるんだな」

 

真守と垣根は感心しながらパンフレットを見て、効率よくアトラクションを回れるように予定を立てていく。

 

実はこのテーマパーク、林檎が好きなマスコットキャラクター『天使なうさぎ様』と呼ばれる、三対六枚の翼が生えたウサギのマスコットキャラクターが出演するパレードがある。

 

そのパレードはとあるレストランの前を通るので、真守と垣根はそのレストランの良いところを予約しておく。もちろん金に物を言わせてだ。

 

「真守ちゃん、真守ちゃん。予定立てたらさ、カチューシャとかお帽子買いに行こうよ」

 

深城は白い少年と手を繋いだまま真守と垣根に近づき、提案する。

 

「そういえばテレビでよく見るけど、遊園地を楽しむためにはそういう装飾品を付けたりするよな」

 

「うん! やっぱり来たからにはそぉいうの買わないとね!」

 

深城がノリノリで頷くと、遊園地のモチーフ像の近くにある噴水に目を向けていた林檎が目を輝かせた。

 

「朝槻、朝槻! てんうさの翼もあるんだよ!!」

 

「翼?」

 

どうやら林檎が言うには、『天使なうさぎ様』の背中に生えている翼を模したリュックサックが売られているらしいのだ。

垣根は真守と一緒にパンフレットに付属していたキャラグッズのカタログで、てんうさの羽を模した翼がついているリュックサックを確認する。

 

「最近じゃぬいぐるみ持って遊園地回る女とかいるしな。あっても別に珍しくねえか」

 

「それは私もテレビで見たことあるぞ、垣根。確かぬいぐるみさんとお揃いの服を着て写真を撮ったりするんだよな」

 

「ぬいぐるみさんて」

 

垣根は真守の言い方がかわいくて不意打ちを喰らっていると、深城がにこにこと笑う。

 

「ふふっ。真守ちゃん、あたしにけっこう影響されるからねえ。なんでもさん付けちゃうんだよぉ」

 

「む。……また深城に釣られた」

 

真守は恥ずかしそうにしながらも、行く先を決めると垣根の手を引いて全員で歩き出す。

 

(そういや真守って、前にもうどんのことをおうどんとか言ってたな……気にした事無かったが、あの時も源白はAIM思念体でいたからそばにいたんだよな……)

 

垣根は以前、自分の寮へと真守を匿った時にそんなことを言っていたと懐かしく思いながら、真守と共に店へと向かった。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

「真守ちゃん真守ちゃん! 真守ちゃんにはこれが良いと思う!」

 

アクセサリーショップへと入ると、深城は一番に目に入った猫耳カチューシャを真守に見せて嬉しそうに告げる。

 

「私は髪型が猫耳ヘアだから、それをつけると猫耳が二重になってしまうぞ」

 

真守が顔をしかめて迫ってくる深城を見ていると、深城はグッと親指を立てた。

 

「大丈夫だよぉ! あたしが猫耳ヘアを違う髪型にかわいく結い直してあげるからっ!!」

 

ちゃんと櫛とか色々持ってきた! と用意周到な深城を見て、真守は『えー……』と嫌そうな声を上げる。

そんな深城の横で、林檎は『てんうさ』のうさぎ耳の子供用を取ってから、大人用も手に取った。

 

「垣根もうさ耳つけて」

 

「絶対につけねえ」

 

垣根が心底嫌そうな顔をして林檎を見ていると、林檎はぴょんぴょんと飛び上がる。

 

「つけて」

 

「つけねえ」

 

垣根が再び即座に拒絶すると、林檎はムーッと口を尖らせる。

 

「…………つけて?」

 

「かわいくおねだりしてもダメだ。諦めろ」

 

垣根にだって絶対に譲れないものがある。たとえ自分に拒絶されてしょんぼりとしている林檎を目の前にしてもだ。

すると、押しに押して真守の頭に猫耳カチューシャをつける権利を勝ち取った深城が商品棚を指差した。

 

「あ! じゃあじゃあ垣根さん、あのぬいぐるみ帽子頭につけよぉ!」

 

深城が手にしたのはてんうさをモチーフにしたぬいぐるみが帽子になったもので、これを被る者は丁度てんうさに頭を噛まれている状態になっている。

 

「そんなふざけたの誰が被るか」

 

垣根が一蹴すると、顔をしかめていた林檎があからさまなため息を吐いた。

 

「垣根、ノリが悪い」

 

「そぉそぉ。ノリが悪いよ、垣根さぁん!」

 

深城と林檎がぶーぶー文句を言っていると、垣根は大きく溜息を吐いた。

そして適当に棚にあるサングラスを手に取る。

サングラスと言ってもキャラクターモチーフにされているサングラスで、垣根が取ったサングラスにはグラスの部分にうさぎの耳がついていた。

 

「こっちのサングラスなら頭に付けてやる」

 

垣根がプラスチックではなく、きちんとしたメタル素材のお値段も雰囲気もリッチなサングラスだ。

深城と林檎は垣根が手に取ったものを見て、ぶーぶー文句を垂れる。

 

「えぇーそれなんか大人しいよぉ」

 

「こっちはこっちは?」

 

「うるせえ、これ以上は譲歩しねえよ」

 

垣根がガウッと威嚇して告げる中、真守はひょいっと白い少年を抱き上げて彼よりも高い棚に目線を合わせてやる。

 

「私は垣根帝督が拒否したこのぬいぐるみ帽子を被りたい」

 

真守は白い少年が指さしたぬいぐるみ帽子を少年を抱え上げたまま手に取ってやる。

 

「てんうさでいいのか? 他にも『悪魔なお猫様』というのもあるぞ?」

 

「おおっ。じゃあそっちがいい。それをくれ、朝槻真守」

 

真守は白い少年を降ろしてやって、その頭にぬいぐるみ帽子を被せてやる。

垣根は甲斐甲斐しく世話をする真守を見て思わず考える。

 

(………………子供の面倒見る真守もいいな)

 

実際にはあの白い少年の魂を創り上げたのが真守で、体を造り上げたのは垣根帝督なため、実質的にはセイも二人の子供のようなものである。

 

(そうは言っても、ちゃんとした子供も欲しい)

 

垣根がきちんとした生命の神秘による、自分たちの遺伝子を持った子供が欲しいと思っていると、垣根の視線に気が付いた真守は首を傾げた。

 

「垣根? どうした?」

 

「真守。やっぱりお前はもう少し体に肉付けろ。分かったな?」

 

「? うん。どうしたんだ突然……?」

 

真守は何の脈絡もなく肉を付けろと言われて首を傾げる。

あんな細っこい腰つきでは、どう頑張ったって子供を作る時に苦労する。

付き合った当初にもう子供の話をしていた深城ではないが、将来のためにも健康のためにも、肉を付けるに越したことはない。

そのため垣根は密かに真守に肉を付けさせようと計画を立て、真守はそんな思案している垣根に首を傾げていた。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

真守と垣根は、遊園地で売っている屋台のファストフードを求めた深城たちをベンチで待っていた。

ちなみに現在、真守は深城に髪の毛を直され、ツーサイドアップテールにして猫耳カチューシャをしている。

 

「どうした、真守」

 

垣根は普段見ない真守の髪型をかわいいと思いながら、黙っている真守が何を考えているのか気になって問いかける。

 

「学園都市の中なのに、遊園地というのはここまで外と違うものなんだなって」

 

真守は遊園地の雰囲気が外と違い過ぎて、学園都市にいる感覚がなくなっていたのだ。

遊園地とは現実離れした楽しい世界を展開するために雰囲気を大事にしているが、それに真守は圧倒されていたわけである。

 

「学舎の園の中も大体そんな感じだろ。あそこは地中海風だったよな?」

 

「うん。でも学舎の園は結構現実味があるけれど、ここはあんまりないなあって思って」

 

真守はカラフルで角が丸くなっているベンチやオブジェ、そして柵や生け垣を見て呟く。

 

「博物館とか水族館は深城と行ったことがあったけど、遊園地は来ないようにしてたから。すごく新鮮なんだ」

 

「……どうして遊園地には来なかったんだ?」

 

垣根が当然の疑問として問いかけると、真守は寂しそうに告げる。

 

「遊園地は深城が一緒に楽しめないから。私だけが楽しくなったら、申し訳ないだろ」

 

垣根は真守の申し訳なさそうな声に目を細める。

 

朝槻真守は源白深城を完璧に助けることができなかった。

それに加えて、復讐心であっても犯してはならない殺人をしてしまったのだ。

 

それでも源白深城は、朝槻真守に幸せになって欲しかった。

 

だから人並みの幸せであるファッションや髪型の何がいいかを真守に伝え、水族館や博物館、それに複合施設などに真守を連れ出したのだ。

それでも真守には罪悪感がある。

だから深城が本当に楽しむことができない遊園地には、深城に何を言われても真守は絶対に行かなかった。

 

「深城と一緒に、大切なひとたちと一緒に遊園地に来られて本当に良かった」

 

真守は儚い笑みを浮かべながらも幸せそうに呟く。

垣根は真守の頬に手を添えて微笑む。

 

「良かったな、真守」

 

「垣根も一緒に来てくれてありがとう。私、とても幸せだ」

 

真守はふにゃっと笑みを浮かべて垣根の手の平へと自分の手の平を重ねる。

 

「神さまになっても幸せで、私は本当にうれしくて幸せ者だ」

 

真守が柔らかく微笑んでいると、そこで聞き慣れた声が響いた。

 

「あーっ!! 外でいちゃいちゃしてるカップルがいると思ったら、まさかの超能力者(レベル5)カップル!? ってミサカはミサカは大声を出して指を差してみたりー!!」

 

「あ?」

 

「この声は……」

 

垣根は怪訝な声を上げ、真守は聞き慣れた口調だと思って、一緒に声がした方を見る。

すると、真守と垣根は同時に固まった。

 

そこにはもちろん妹達(シスターズ)の司令塔、ゲコ太のカチューシャをした打ち止め(ラストオーダー)が立っていた。

 

そして、その隣には。

当然として一方通行(アクセラレータ)が立っていたが、彼はゲコ太をモチーフにしたサングラスをしていた。

 

真守と垣根が一方通行(アクセラレータ)の遊園地を楽しんでます感に驚く中。

一方通行は二人との不意の遭遇に、思わずチッと舌打ちをした。



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第五七話:〈休日終日〉は幸せで

第五七話、投稿します。
次は一〇月二四日月曜日です。


遊園地に来ていた真守たちだったが、どうやら一方通行(アクセラレータ)打ち止め(ラストオーダー)や芳川と一緒に遊園地へと来ていたらしい。

 

一方通行(アクセラレータ)

 

真守が嬉しそうにわくわくとした様子で一方通行(アクセラレータ)の名前を呼ぶと、一方通行はチッと舌打ちをしながら、キャラもののサングラス越しに真守を睨む。

 

「なンだよ」

 

「良く似合ってると思うぞ」

 

真守が嬉しそうに目を細める姿を見て、一方通行(アクセラレータ)はサングラスを上に押し上げる。

 

「うるせェな。触れるンじゃねェよ」

 

一方通行(アクセラレータ)が本当に嫌そうにしているのを見て、真守はくすくすと笑う。

一方通行が遊園地という平穏な場所に嫌々ながらも来ていることが嬉しいのだ。

 

「やっぱり最終信号(ラストオーダー)にせがまれたのか?」

 

「当然だろ。こンなの俺のキャラじゃねェ」

 

一方通行(アクセラレータ)はカエルの形をしたサングラスを手に顔をしかめ、ため息を吐く。

垣根はそんな一方通行を鼻で嗤った。

 

「はん。その割にはノリノリじゃねえか」

 

「オマエだって似たよォなモン頭に載っけてノリノリじゃねェか」

 

一方通行(アクセラレータ)は、自分を鼻で嗤った垣根の頭の上にもサングラスが載っていることについてツッコミをいれる。

二人共、幼女にせがまれた結果である。

それが理解できる垣根と一方通行は共に黙り、真守は苦笑した。

 

「……つーか、オマエは相変わらず猫耳なンだな」

 

一方通行(アクセラレータ)は垣根から視線を外すと、わざわざツーサイドアップにして猫耳カチューシャをつけている真守を見て呟く。

 

「垣根は林檎にせがまれたけど、私は深城にせがまれたんだ。元々猫耳ヘアにしているのは、あの子がしてほしいってねだってきて、私が渋々やってたのが習慣化しちゃったものなんだ」

 

真守はツーサイドアップにされた自分の黒髪をちょんちょん触る。

その様子を見て、一方通行(アクセラレータ)はあの押しの強い源白深城に普段からせがまれていたならば、真守が猫耳ヘアを習慣にしてしまうのも頷けるな、考えていた。

 

「あー! 一方通行(アクセラレータ)さんそのサングラスいいねえ!」

 

噂をしていればなんとやら。

深城の声が響き渡って真守たちがそちらを見ると、チキンとチュロスをを持った深城と林檎、そして白い少年と共に、芳川がクロイトゥーネを連れて歩いていた。

 

「クロイトゥーネ」

 

真守がきょとっと目を見開いて声を掛けると、クロイトゥーネは大きな白いカブトムシ──帝兵さんを持ったまま、トテトテと歩いて真守に近づく。

 

「昨日の朝、あの子と遊んでいたら遊園地に誘われたんです。真守ちゃんも遊園地に行くと言っていたので、会えると思っていました」

 

クロイトゥーネは真守に頭をなでなで優しく撫でられ、満足そうに告げる。

 

「帝兵さんも知っていたのか?」

 

真守がクロイトゥーネの抱き上げているデカいカブトムシに声を掛けると、カブトムシはヘーゼルグリーンの瞳を明滅させた。

 

『クロイトゥーネに秘密にしてほしいと言われましたので。会った時に驚かせたいと』

 

フロイライン=クロイトゥーネは真守の家を拠点としているが、フレメア=セイヴェルンのところに行ったり打ち止め(ラストオーダー)のところに遊びに行ったり、学園都市の街中で適当に眠っていたりするので自宅にいないことが多い。

 

だからカブトムシを肌身離さず連れておくように言いつけてあるのだが、どうやらカブトムシはクロイトゥーネに口止めをされていたらしい。

 

特別危ないことをしているわけでもないしささやかなサプライズなので、カブトムシはクロイトゥーネの言う通りにしていた。

 

真守はカブトムシの言葉に納得すると、クロイトゥーネの頭から手を離して芳川を見た。

 

「芳川が来てるってことは黄泉川先生も来てるのか?」

 

自分の学校の教師であり、警備員(アンチスキル)でもある黄泉川愛穂について真守が話題を出すと、芳川は肩をすくめた。

 

「愛穂は仕事よ。休日出勤」

 

「おお……やっぱり先生は大変だな……」

 

先生だって休日くらいゆっくり休みたいものなのに、と真守が考えていると、アホ毛をぴょこぴょこ動かした打ち止め(ラストオーダー)が林檎へと近づいた。

 

「その羽が生えたリュックサックかわいい! ってミサカはミサカは目を輝かせて迫ってみる!!」

 

打ち止め(ラストオーダー)が言っているのは、先程林檎が買ってもらったてんうさの翼がついたリュックサックだ。

林檎と打ち止めは一端覧祭の時からの付き合いが続いており、それなりに親しい間柄である。

 

というか打ち止め(ラストオーダー)たちが遊園地に来る事になったのは、林檎が打ち止めに『今度遊園地に行く』と自慢したからだ。

 

それで行きたい欲に火が付いた打ち止め(ラストオーダー)が暴れ、それに番外個体(ミサカワースト)が巻き込まれ……という風に、一方通行(アクセラレータ)たちは打ち止めに振り回されているのである。

ちなみに番外個体(ミサカワースト)は一人で回っているらしく、この場にはいなかった。

 

「てんうさのリュックサックは絶対にあげない。欲しいならおねだりすればいい」

 

親しいと言っても、てんうさのバッグだけは絶対に譲れない。

そのため林檎が頬を膨らませてプイッと顔を背けると、打ち止め(ラストオーダー)も顔を背けた。

 

「べ、別に欲しくないもん! ってミサカはミサカは声を大にしてみる! ミサカは既にぴょんこの耳買ってもらってるし! ってミサカはミサカは口ではそう言いつつも、欲しくて目を輝かせてみたり!」

 

打ち止めがキラキラとした目で一方通行(アクセラレータ)のことを見上げると、一方通行は一刀両断した。

 

「買わねェぞ」

 

「がーん! ってミサカはミサカはショックでおののいてみたり!!」

 

打ち止め(ラストオーダー)は愕然としながらも、深城が手を繋いでいる白い少年に気が付いて首を傾げる。

 

「ところでその子は誰? ってミサカはミサカは問いかけてみたり」

 

白い少年はチキンを一人で頬張っており、打ち止め(ラストオーダー)の質問に答えようともごもご口を動かして、呑み込んでから告げる。

 

「お子様には理解できないから説明は省くが、深い事情があるのだ」

 

「な、なんだと!? ミサカよりも背が高いからって言っていいことと悪いことがある! ってミサカはミサカは憤慨してみたり!!」

 

一方通行(アクセラレータ)はぷんすか怒る打ち止め(ラストオーダー)から視線を逸らし、真守を見た。

 

「オマエは一体どこでガキを拾ってくるンだ」

 

「別に拾ってきてない。そしてこれからも小さい子は増えると思う。私も神さまだからな」

 

どうして真守のもとに小さい子たちが集うのかなんとなく理解した一方通行(アクセラレータ)は神さまらしい真守の側面を見てしまい、顔をしかめる。

真守は苦笑しながら、そんな一方通行から視線を外して芳川を見た。

 

「芳川たちはこの後どうするんだ?」

 

「そうね。取った電子チケットの使用時間が迫っているからそれに行こうと思うの。あなたたちは?」

 

「私たちもそろそろ時間なんだ。アトラクションはどこだ?」

 

真守が聞くと、芳川は携帯電話を取り出して電子チケットを見せる。

 

「あーこのジェットコースターか。私たちはシューティングゲームなんだ。一緒は無理だな」

 

真守が残念だと顔をしかめていると、芳川は首を横に振って微笑む。

 

「大丈夫よ。そっちも楽しんで。そういえばあなたはどうするの?」

 

芳川が訊ねたのはクロイトゥーネで、クロイトゥーネはカブトムシを抱きしめたまま告げる。

 

「あなたたちと一緒にいます。打ち止め(ラストオーダー)ちゃんはすぐにどこかに行くので、放っておけないので」

 

クロイトゥーネの言葉に真守は柔らかく頷く。

 

「分かった。楽しむんだぞ、クロイトゥーネ」

 

「はい」

 

最終信号(ラストオーダー)。そろそろ時間よ」

 

真守の隣で芳川が打ち止め(ラストオーダー)を呼ぶと、打ち止めはパタパタとアホ毛を動かしながら芳川に近づく。

 

「はーい! ってミサカはミサカは身長制限に無事引っかからなかったって自慢しながら、次のアトラクションが楽しみだとくるくるーって回ってみたり!」

 

打ち止め(ラストオーダー)より私の方が大きいから、私は引っかからないよ」

 

クルクル回っていた打ち止め(ラストオーダー)だったが、林檎に衝撃の事実を告げられてぴしゃーんと発電系能力をフル活用して背後に稲妻のエフェクトを出した。

 

「嘘だ! って、ミサカはミサカはあなたに近づいて背比べしてみる!」

 

「だって打ち止め(ラストオーダー)、アホ毛が私と同じくらいだからちょっと小さいよ」

 

「なぬーっ!! ってミサカはミサカは声を上げてみたり!」

 

打ち止め(ラストオーダー)は林檎から衝撃的な事実を告げられて叫び声を上げる。

 

「オイ。オマエが乗りたいって言ったんだろォが。とっとと行くぞ」

 

一方通行(アクセラレータ)打ち止め(ラストオーダー)の首根っこを掴むと、杖を突き直して真守を見た。

 

「じゃァな。そっちも楽しめよォ」

 

「うん。ありがとう、一方通行(アクセラレータ)。またな」

 

真守が一方通行(アクセラレータ)に手を振っていると、一方通行は適当に杖を動かして返事をして、打ち止め(ラストオーダー)を俵抱きにしたまま歩いて行く。

真守は小さくなって行く一方通行から視線を外して、垣根を見上げた。

 

「まさか一方通行(アクセラレータ)たちも来てるとは思わなかったな、垣根」

 

「……アイツも、暴力からかけ離れた日常ってヤツを謳歌したっていいからな」

 

垣根が一方通行(アクセラレータ)のことを擁護するので、真守はきょとっと目を見開いてから笑った。

 

「ふふ、そうだな。その権利はみんな平等にあるからな」

 

「ああ。──ところで源白、買って来たモン寄越せ」

 

「はぁい。どぉぞ、垣根さん」

 

垣根は真守との会話を切り上げて、深城が自分と真守のために買ってきたチュロスをもらい受ける。

真守もチュロスを受け取ると、ご機嫌に目を細めた。

 

「ありがとう、深城。さ、行こうか。私たちもアトラクション楽しもうっ」

 

垣根ははしゃいでいる真守が愛おしくて目を細めると、深城たちと移動し始めた。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

アトラクションをほどなく回った真守たちは、パレードが見られるレストランの一番いい席に座って食事を楽しんでいた。

 

「真守。これ美味いから食え」

 

垣根は隣に座っていた真守へとフォークに巻いたパスタを差し出す。

完全に食べさせてくれようとしている垣根を見て、真守は恥ずかしそうにしながらも小さい口を開ける。

 

「あーん」

 

真守は髪の毛を押さえたまま小さく呟いた後、垣根にパスタをぱくっと食べさせてもらう。

 

「おいしいっ」

 

真守は口に手を当ててボロネーゼソースのパスタを堪能して微笑む。

 

「垣根。私も食べたい」

 

垣根に食べさせてもらった真守を見ていた林檎がせがむと、垣根は林檎にパスタを食べさせる。

もぐもぐと幸せそうな顔で大きく口を動かす林檎に垣根が柔らかく笑っている姿を見て、真守も小さく呑み込みながら幸せそうに微笑んだ。

 

「真守ちゃん。このドレッシング美味しいからサラダも食べて」

 

「うんっ」

 

真守は深城に取り分けてもらったサラダにフォークを伸ばして食べる。

辛い物や苦い物が苦手なだけで、真守は好き嫌いがほとんどない。

そのため野菜嫌いというわけではないので、真守は深城から受け取ったサラダを美味しそうに食べる。

 

「林檎。そろそろパレードが来るみたいだぜ」

 

垣根がざわついてきた表の様子を見ながら告げると、林檎はハンバーガーを頬張りながら外を見た。

 

「ゲコ太!」

 

林檎はラヴリーミトンのゲコ太がパレードでやってきたのが見えたので、ガタンッと椅子から立ち上がる。

 

「林檎ちゃん。立ち上がってもいいけれど立ち食いはダメだよぉ」

 

深城が柔らかく注意すると林檎は一度座り、口に入れていたものを飲み込んでから立ち上がって窓へと直行した。

真守たちはパーテーションで区切られている個室に近いテーブル席を選んだので、一番眺めの良い自分たちのスペースに他の子供がやってこない。

そのため林檎は特等席から窓の外をじっくり見ることができていた。

 

「そういえばゲコ太って美琴が好きだったよな」

 

真守は御坂美琴が九月三〇日にストラップが欲しくて、マイナーなプランに上条当麻と一緒に申し込もうとしていたことを思い出す。

そのため真守は携帯電話を取り出して、ゲコ太やその他の仲間的な色違いのカエルを写真に収めた。

 

「後で送ってやろう」

 

真守がカコカコと携帯電話をイジッているのを、垣根はテーブルに肘を突きながら見る。

 

「御坂美琴のことだからもう知ってんじゃねえの?」

 

「それでも写真もらったら嬉しいと思うぞ」

 

「……まあ、そういうモンか」

 

垣根は真守の笑顔を見ながら納得する。

そんな垣根たちの横で林檎が興奮した様子で深城を呼んだ。

 

「深城! 奥の方にてんうさが見える!!」

 

「ほんとぉ? じゃあ見えるように抱き上げてあげるねえ」

 

深城は立ち上がって窓へと近づき、林檎を抱き上げながら外を見る。

そんな深城の横で、真守は黙々と食事をしていた人間の生きる意志を体現した少年、セイへと声を掛けた。

 

「お前は見なくていいのか?」

 

少年はポトフのソーセージをはふはふ食べてから、真守を見上げた。

 

「私は別に子供ではないからな。あくねこが見える位置になったら行けばよい」

 

少年が胸を張りながら、先程から気に入っている『悪魔なお猫様』が見られればいいと告げる。

垣根はそんな少年を見て、フライドポテトへと手を伸ばしながら顔をしかめた。

 

「お前子供じゃねえって言っておきながら見る気満々じゃねえか」

 

「む。こういうのは楽しんだ勝ちなんだぞ、垣根帝督!」

 

少年が抗議していると、パレードを見ている林檎が声を上げた。

 

「深城! てんうさ来た! たくさん写真撮って!!」

 

「はいはい」

 

深城が返事をする中、真守はパレードの奥をちらっと見ながら少年に声を掛けた。

 

「あくねこもてんうさと一緒に来たみたいだぞ」

 

「本当かっ!!」

 

少年は勢いよく立ち上がると、トテトテと林檎の隣に走って行って窓に張り付く。

 

「やっぱガキだな」

 

垣根ははしゃいでいる少年と林檎の姿、そして保護者をしている深城を見ながら小さく笑う。

そんな垣根の服の裾を、真守はちょいちょいと引っ張る。

 

「でもかわいいし、パレードがすごく豪華だ。垣根、私たちも窓の前まで行って見に行こう」

 

真守が初めて見るパレードに少し興奮しているので、垣根は柔らかく目を細めながら立ち上がる。

 

「しょうがねえな」

 

「ふふっ。垣根やさしい」

 

真守は垣根と一緒に窓の方へと近づき、寄り添ってパレードを見る。

真守は楽しそうに林檎や少年と一緒に手拍子をして、そんな様子を垣根と深城は幸せそうに眺めていた。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

「はー楽しかった。上条たちへのお土産も買ったし、すごく堪能した」

 

真守は風呂から出てきてベッドに横たわると、疲れを癒すために体を伸ばす。

ベッドの上でゴロゴロしているとベランダで涼んでいた垣根が真守に近づき、ベッドの上に腰かけた。

真守はベッドの上を匍匐前進して垣根の腰に抱き着くと、ご機嫌に目を細めた。

 

「垣根も楽しかったか?」

 

垣根は抱き着いてきた真守の頭を柔らかく撫でながら告げる。

 

「それなりにな」

 

「じゃあとっても楽しかったんだな。よかった」

 

天邪鬼の垣根が『それなり』といえば常人の楽しかったと一緒だ。

そのため真守がふにゃっと笑うと、垣根はつんっとした顔をしながらも真守の頭を優しく撫でる。

真守は垣根に頭を撫でられて猫のように目を細めた。

 

「垣根と一緒に居られてうれしい」

 

「急にどうした。いつも一緒だろ」

 

垣根が突然の真守の発言に笑うと、真守は体を起こして垣根にぎゅっと抱き着く。

 

「世界って割と簡単に壊れちゃうだろ。あの一件で、垣根と一緒に変わらずにいられるのって、素晴らしいことなんだなって実感したんだ。世界が終わっても対処できる神さまで良かったって、そう思う」

 

真守が柔らかく微笑みながら告げると、垣根は真守のことを抱き寄せた。

 

「神サマじゃなくても俺とお前なら世界が終わっても問題ねえよ。お前との幸せを、絶対に壊させたりなんかしない」

 

垣根がキスをすると、真守は小さく『ん』と唸った。

 

「へへ。垣根、だいすき」

 

真守がふにゃっと笑って抱き着くと、垣根は目元を柔らかくして頷いた。

 

「俺も、お前のこと愛してる」

 

「ふふふー……っ」

 

真守がご機嫌ですりすりと頬を垣根に摺り寄せると、部屋に林檎が入ってきた。

 

「朝槻、垣根! 深城がお夜食頼もうかって話してる!」

 

「分かった。垣根、行こう」

 

真守は林檎の言葉に頷いて垣根から離れると、垣根へと手を差し出した。

 

「しょうがねえから付き合ってやる」

 

垣根が笑って真守の手を握ると、真守も柔らかく笑った。

そして三人は深城と白い少年のもとへと向かって行った。

 

明日もまだ休日だ。

だから今日は夜遅くまで遊んで明日ゆっくりと目を覚まし、それで家に帰る。

 

この学園都市にいる限り、色々と問題事は起きる。

それでもこうやって柔らかなひと時があれば、みんなで乗り越えられる。

 

真守は今一度それを認識して、幸福な世界を楽しんでいた。

 



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第五八話:〈至上最高〉で大切な日

第五八話、投稿します。
次は一〇月三一日月曜日です。


いつもと変わらない、()んだ冬の朝。

真守は垣根の腕の中でいつものようにゆっくりと目を覚ました。

視線を上げると、垣根は綺麗な顔ですぅすぅ眠っている。

 

(本当にキレイな寝顔だな)

 

真守は心の中で呟くと、そっと微笑んだ。

朝からだいすきな人の綺麗な寝顔を見られるなんて、幸せなことだ。

 

「垣根」

 

真守が甘く名前を呼んで優しく揺らすと、垣根は低い声で唸った。

 

「……はよ」

 

「うん。おはよう、垣根。私はちょっと用事があるからベッド出るけど、垣根はまだ眠ってていいからな」

 

垣根帝督は寝てる時に朝槻真守が勝手にいなくなると本気で探し回る。

そのため真守が先に声を掛けながら垣根の体を毛布の上から優しく撫でると、垣根は眉をひそめた。

 

「……用事って?」

 

「今日はな、大事な日なんだ」

 

真守は眠そうな垣根の前髪をさらさらと撫でながら微笑む。

 

「深城と初めて会った、大切な日なんだよ。垣根」

 

垣根は頭がぼーっとしていたが、真守のその言葉で完全に覚醒した。

 

一一月二九日。

六年前。置き去り(チャイルドエラー)だった真守が約一〇歳の時。

真守は情操教育の一環で特異能力解析研究所、通称『解析研』にて源白深城に引き合わされた。

 

深城によってもたらされた、幸せな日々。

そんな日々がしばらく続いた後、深城は能力体結晶の投与実験に耐えられず死亡し、真守が深城を無理やり死から引きずり上げた。

そして深城を傷つけられた怒りで真守は解析研を壊滅させて逃亡。冥土帰し(ヘブンキャンセラー)に深城を預けて大量殺戮を引き起こした。

 

そんな真守を止めたのはやっぱり深城で。真守は入院生活をしながら『表』での生活を学び、高校生になってから初めて学校に通うようになった。

 

そして全ては動き出し、朝槻真守は垣根帝督と出会うこととなった。

 

「………………そうか」

 

垣根は柔らかく目を細めながら、真守の頬へと手を伸ばした。

 

「確かに大事な日だな」

 

垣根が優しく声を掛けてくれるので、真守はふにゃっと笑った。

それでも真守はどこか少し寂しそうだった。

垣根は深城のもとへ向かった真守の小さな背中を見つめて、なんとなくそう感じていた。

 

 

──────…………。

 

 

 

真守が深城を探して二階のラウンジに降りると、深城はいつものようにキッチンで朝食を作っていた。

 

「深城」

 

真守が深城に近づいて声を掛けると、深城は振り返って柔らかく微笑んだ。

 

「おはよぉ、真守ちゃん。今日はホットサンドイッチだよ。真守ちゃん好きでしょ?」

 

「深城のご飯はなんでも好きだぞ。──なあ、深城」

 

真守が呼ぶと、朝食の用意をしていた深城は真守に向き直った。

 

「これ、プレゼントだ」

 

真守は手に隠し持っていたプレゼントを深城に差し出す。

 

「今日は真守ちゃんとあたしが初めて会った日だからねえ。それに真守ちゃんの本当の誕生日が分かる前は、今日が真守ちゃんの誕生日だったから」

 

深城は感慨深そうに呟くと、ダイニングテーブルの椅子に隠していたプレゼントを真守に見せる。

 

「あたしからもプレゼントだよ、真守ちゃん」

 

「……うん」

 

真守は頷くと、自分への誕生日プレゼントを持っている深城のことをぎゅっと抱きしめた。

 

「真守ちゃん。一緒にいてくれてありがとぉね」

 

深城が真守の背中を撫でながら頬を寄せると、真守は深城の柔らかい甘い匂いを感じて目を細めた。

 

「深城。私のコト、見つけてくれてありがとう」

 

「ふふ。知ってると思うけど、あたしは真守ちゃんに一目ボレしちゃったんだぁ。だから絶対に一緒にいたいって思うんだよ」

 

深城はにこにこと微笑んで、真守に頬をすりすり()り寄せる。

 

「真守ちゃんのこと、抱きしめられてうれしい」

 

深城は真守の存在を一身に感じながら、幸せで夢見心地なふわふわとした声を出す。

 

「ずぅっと、真守ちゃんのことを抱きしめてあげたかったの。色々あったけれど、この体を手に入れられて良かったよ」

 

深城は笑うと、真守の上品な花の香りを一身に感じる。

真守は深城にスンスンと匂いを嗅がれても一切抵抗しない。

というか真守は深城にもっとぎゅっとくっついた。

 

「深城」

 

「なぁに?」

 

「ごめんな」

 

真守が唐突に謝ってくるので、深城は真守の小さな頭を優しく撫でる。

 

「なんで謝るのぉ?」

 

「ずっと話をする機会を(うかが)ってた。……ううん、そうじゃない。話をするのが怖かったんだ。事実を口にするのが、怖かった」

 

真守は自分よりも大きな深城の体を感じながら、顔を歪める。

 

絶対能力者(レベル6)になった時にはもう分かってたんだ。分かってたんだよ、深城」

 

真守は深城の存在を一身に感じながら、何度も深城に頬をすり寄せる。

 

 

「本当の意味で、私のことを見つけてくれた深城はもういないんだって」

 

 

源白深城は五年前。能力体結晶の投与実験にて死亡した。

そんな深城を真守は無理やりこの世に引き戻した。

源白深城は死の縁をさまよったことにより、自身の体と能力の境界線上があやふやとなった。

 

だからこそ深城はAIM拡散力場を体と認識しており、アレイスター=クロウリーによって意図的に作り上げられたAIM拡散力場の核を獲得させられた。

そしてそれを基点にAIM拡散力場を圧縮させることで、体を得た。

 

昏睡して動かない体から抜け落ちて彷徨(さまよ)い、新しい体を獲得した意識。

何故意識は新しい体を獲得したのか。何故意識は元の体で覚醒できないのか。

今の源白深城は、一体全体どうなっているのだろうか。

 

「変わらない人間なんていないんだよ。真守ちゃん」

 

源白深城は告げる。

 

 

正確には、()()()()()()()()()()()()()()()()は告げる。

 

 

能力が、自我を持つ。

能力がいつの間にか、その能力を持っていた人間と同じように考えて動き出す。

 

それは源白深城が死の淵に追いやられ、自身と全てが曖昧になった結果、偶発的に起こったある意味において奇蹟的なことだ。

 

存在の希釈が起こり、全てが曖昧となり。本来あるべきものがあるべき姿を持って動き出した。それがいま真守の目の前にいる源白深城なのだ。

 

死に追いやられて、真守によって死の淵より連れ戻されて。その結果、能力が自我を持ってしまいある意味抜け殻となってしまった──一二歳の源白深城。

源白深城が死に追いやられ、自身と他が曖昧になったことで目覚めた、記憶も全ての経験も保有している能力が自我を持った存在である一八歳の源白深城。

 

それはどちらも源白深城だ。

どちらも朝槻真守のことを一心に想っている、源白深城だ。

違いがあるとすれば。

 

 

朝槻真守が源白深城に死んでほしくないと、いつまでも一緒にいたいと願った存在であるかどうかだ。

 

 

つまり。昔の源白深城と今の源白深城を(へだ)てるのは、朝槻真守の願いだけなのだ。

 

「私は、お前の存在を勝手な願いで()じ曲げてしまったんだ」

 

深城は本当に辛そうで申し訳なさそうな真守の頭を優しく撫でる。

 

「真守ちゃん。『私』はね、いま夢を見ているんだよ」

 

深城はグスッと鼻を鳴らす真守に諭すように優しく告げる。

絶対能力者(レベル6)という全てを兼ねそろえた少女でも。理解が及ばない、理解をしてはダメだと思っている自分の現状について口にする。

真守は息を呑むと、深城にすり寄りながらか細い声を出す。

 

「……………………ゆめ?」

 

「うん。夢だよ。あたしを通して、『私』は夢を見てるの。真守ちゃんと一緒にいる夢を。真守ちゃんが好きな男の子と一緒にいる夢を。真守ちゃんが幸せに生きている夢を」

 

本来。同じ存在が二人いる場合、どちらか一人になるまで争いあうのは必然である。

だが源白深城にはその定石が当てはまらない。

 

何故なら一二歳の昏睡状態である源白深城と、源白深城として完成された一八歳の源白深城は完璧に分かたれた存在ではないからだ。

 

真守に生かされている一二歳の源白深城がいるから、一八歳の源白深城はその存在を保つことができる。

そして一八歳の源白深城は一二歳の源白深城に、真守と一緒にいる幸せな『夢』を見せなければならない。

そうしなければ一二歳の源白深城は生きる気力がなくなり、この世に自分の存在を繋ぎ留めることができなくなってしまうから。

 

二人の深城は、互いが絶対に欠けてはならない存在なのだ。

 

「……それは私には分からない、分かってはいけないことだな」

 

真守が小さく呟くと、深城はくすっと笑った。

 

「真守ちゃんが分かったらいけないことなんてないんだよぉ。……だって真守ちゃんのおかげであたしは生きてるんだから。真守ちゃんがいるから、『私』は生きていられるんだから」

 

「………………うん」

 

真守がコクッと頷くのを見ると、深城は真守から離れる。

 

「プレゼント交換しよぉ。ね?」

 

深城は笑って、自分が用意したプレゼントと真守が用意してくれたプレゼントを交換する。

 

「でもあたし知ってる。真守ちゃんの用意したの、ネックレスでしょ」

 

「……深城はなんでも分かってる」

 

真守は顔をしかめて、深城が用意してくれたプレゼントを開ける。

深城も真守が用意してくれたプレゼントを開けた。

 

中には、同じ意匠のシンプルなネックレスが入っていた。

一つの宝石が煌めく、かわいらしいネックレス。

 

真守が用意したネックレスは二人分だ。

体を二つ持つ深城のために、真守はネックレスを一つずつ用意した。

真守が用意したネックレスの宝石は深城の瞳と似た黄金色の琥珀色。対して、深城が真守に用意したネックレスには真守の瞳と同じ色のエメラルドの緑の宝石が取り付けてあった。

 

「ふふ。おそろいだねえ」

 

「……むぅ。深城、すごすぎる」

 

真守はわざと自分に(かぶ)せてきた深城を見上げて、ぶすっとした表情をする。

 

「すごいでしょぉ。ずっと真守ちゃんのそばにいたからね。真守ちゃんがすることは全部分かるよ」

 

深城はくすくすと笑って、真守のことをぎゅっと抱きしめる。

 

「むぐぅ」

 

真守は深城の胸に顔をむぎゅっと沈み込まされて、思わず声を上げる。

 

「……深城のコト、唯一イジれるのが体型だったのに。こんなにふくよかになってしまったらイジれない。体ができたから前よりちょっと強引になったし……」

 

真守は凶悪すぎる胸部装甲を顔に押し付けられながら、ぶつぶつ呟く。

 

「ふふん、いいでしょぉ。真守ちゃんのことがだいすきなんだよぉ」

 

真守はよく分からない主張をしている深城がご機嫌な様子なので、ふふっと笑った。

深城は真守のことを離すと、自分が用意したネックレスを手に取り、ホックの部分を外す。

 

「はい、真守ちゃん。つけてあげる」

 

真守は深城にもらったエメラルドの宝石が付いたネックレスをつけてもらう。

 

「ありがとう。今度は私が深城につけてあげる」

 

真守はそう告げると、自分が用意した二つのネックレスのうち、一つを手に取って深城の首につけてあげる。

 

「ありがとぉ、真守ちゃん」

 

「うん。……もう一人の深城にもあげたいから、ちょっと行ってくる」

 

「分かったよぉ。あたしは朝ご飯の準備続けてるね。ゆっくりしてて」

 

「ありがとう、深城」

 

真守は礼を言って軽く手を振ると、ラウンジを抜けて上の階に上がろうとする。

 

「垣根」

 

階段を(のぼ)ろうとすると、垣根が階段のそばで待っていた。

 

「真守」

 

垣根が真守へと両手を伸ばして真守を呼ぶと、真守は深城へのプレゼントを持ったままきゅっと垣根に抱き着いた。

 

「頑張ったな」

 

真守は垣根に抱きしめられながら目を伏せる。

 

「黙っててごめんな」

 

真守がすりすりと申し訳なさそうに頬を摺り寄せてくるので、垣根は真守の背中を撫でながら告げる。

 

「問題ない。……言いづらいことだからな」

 

垣根は真守の小さな後頭部へと大きな手を這わせて、柔らかく頭を包み込むように抱きしめる。

 

「俺は前の源白を知らないから。お前しか知らないことだから」

 

垣根帝督はそう告げると、切なそうに呟く。

 

「……それに、お前たちの問題だ。俺が割って入るべきことじゃねえ」

 

真守は垣根の胸板に顔を埋めて、そっと目を閉じる。

 

「ありがと、垣根。でもこれから垣根もずっと一緒にいるんだから。垣根も部外者じゃないぞ」

 

「はん。当たり前だろ」

 

垣根は鼻で嗤いながらも、真守の小さな背中を優しく撫でる。

 

「一緒にいる。だからお前の傷を全部癒してやりたいんだ」

 

真守は垣根から体を離して、垣根へとキスをした。

触れるだけのキスをして真守が離れると、垣根は真守の額にキスを落とした。

 

「一人で行くか?」

 

真守は垣根に深城と二人きりにした方が良いか聞かれて、首を緩く横に振った。

 

「垣根も一緒に来てほしい」

 

真守が希望を口にすると、垣根は頷いた。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

上質なベッドには、二人の少女が寄り添うようにして眠っていた。

一人はもちろん、一二歳くらいの年齢で肉体が停まっている源白深城。

生きている方がおかしいほどに不気味に眠っている少女には、幸せそうな顔で眠っている一〇歳くらいの真っ白な少女が寄り添っていた。

 

垣根がプロトタイプとして作成し、真守が自身に合わせて調整をした、真守の体に何かあった時の避難先として用意している体だ。

適当に放っておくのもアレなので、真守は深城の体と同じようにその肉体を保護し、深城に寄り添わせて眠らせていた。

 

真守はまるで()りし日の二人のように寄り添って眠る少女たちに手を伸ばす。

深城の前髪に触れて、真守は優しく微笑む。

そして眠っている深城の首に、用意したネックレスをつけてあげた。

 

垣根は真守の近くに立って、真守をずっと見守っていた。

 

初めて自分が源白深城の姿を目撃した時。

生きているのが不思議なくらいに死んでいるようで、とても不気味な少女だと垣根帝督は感じた。

ただそれと同時に。その不気味な少女と一緒に生活している朝槻真守が、源白深城のことをとても大切にしているとも感じていた。

 

だからこそ垣根帝督はあの時眠り続ける源白深城に手を出さなかった。

いいや、その表現は適切ではない。

垣根帝督はまだ見ぬ傷つきながらも懸命に生きている真守のことを想像してしまい、深城に手を出せなかったのだ。

 

あそこで深城に手を出していたら、もしかすると真守とこうして一緒に生活することはできなかったかもしれない。

そこまで考えた垣根は小さく笑って、真守の隣に腰を下ろして、真守の腰を優しく抱き寄せた。

 

自分と真守があそこで敵対しようが、真守ならば確実に自分に寄り添ってくれただろうと垣根は思う。

そして垣根自身が気付かなかった傷に気が付き、今と同じように癒し続けてくれたはずだ。

 

朝槻真守は本当に優しい女の子なのだ。

優しくて、そして垣根帝督にとって絶対に放っておけない、一人にしてはならない女の子。

だから深城を傷つけて、真守の逆鱗に触れなくて良かった。

真守が悲しむことにならなくて良かったと、垣根帝督は心の底からそう思っている。

 

真守は深城の布団の中に手を突っ込んだまま、自分の腰に優しく手を回してくれる垣根にしだれかかった。

 

「いつから気が付いてたんだ?」

 

垣根は体を預けてきた真守に優しく声を掛ける。

その問いかけの意味は、もちろん真守がいつから今の深城の正体が能力が自我を持った存在だと気が付いていたか、という意味だ。

 

「本当に理解したのは絶対能力者(レベル6)になってからだ」

 

垣根は真守の言い方に眉をひそめる。

 

「……前からなんとなくわかってたんだな?」

 

「うん」

 

真守は布団の中で小さな深城の、生気がなくともほんのり温かい手を感じながら頷く。

 

「深城を死から無理やり引き戻した時から、私は深城の何かを歪めてしまったと感じていた」

 

真守は深城を自らの願いでその()り方を()じ曲げた。

深城はそれを怒らなかった。

むしろ死の間際(まぎわ)に真守と離れたくないと願った深城にとって、それはとても喜ばしいことだった。

だから真守に、深城は何も言わなかった。

 

「ばかなヤツだ」

 

真守は布団から手を引っこ抜いて綺麗に布団を直しながら呟く。

 

大好きな少女と歪んだ形でも一緒にいられることに、最高の幸せを感じている源白深城。

自分を救ってくれて。いつまでもそばにいるのだと誓うことすらせずとも、自然と共にいてくれる少女。

まっすぐすぎて愚かしいけれど、真守にとってとても愛しい存在。

 

そんな深城を自分はどうしても手放せなくて。後先考えずに永遠の道連れにしてしまった。

 

「…………本当に、ばかだ……」

 

真守はぽそぽそと呟く。

そんな真守の小さな背中を、垣根は黙って見つめていた。

 



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第五九話:〈最愛少女〉は不変に愛を注ぐ

第五九話、投稿します。
※次の更新は一週間休みを挟みまして、一一月七日月曜日です。


垣根は林檎を連れて、第七学区を歩いていた。

真守と深城は、ここにはいない。

今日くらいは二人きりにしようと思い、垣根は林檎を連れ出したのだ。

 

一緒に住んでいる白い少年はというと、彼は人間関係に水を差すつもりはないと言い、家にはいるが気にするなと一人で部屋に引っ込んだ。

手にたくさんのDVDとお菓子とペットボトルとジュースを持っていたから、これを機会に気になる映画を一気見するらしい。

 

「垣根、焼き芋食べたい」

 

垣根と並んで歩いていた林檎は、垣根のコートの裾を引っ張って声を上げる。

垣根が林檎の視線の先を見ると、そこには確かに昔から変わらない移動販売ワゴンの石焼き芋屋がいた。

垣根はため息を吐くと、ケータイを取り出した。

 

「ちゃんとした専門店で買ってやるから、そっちにしろ」

 

路上で売っているものなんて、どんな学園都市製のものを使っているか分かったものじゃない。

そのため垣根が焼き芋を所望する林檎のために安全な焼き芋屋を調べ始めると、林檎はふふっと小さく笑った。

 

「垣根が優しくてうれしい」

 

「へいへい。そりゃよかったな」

 

真守のそばにいるからなのか、林檎もこういうことを普段から言う。

真守の影響力は多大だな、と垣根は思いながら、林檎を連れてサツマイモ専門店があるセブンスミストへと向かった。

目的の店は喫茶店とまではいかないが、店内に食べるスペースがある。持ち帰りが主だが中でも食べて行けるのだ。

 

サツマイモ専門店ということもあって、店では焼き芋と並んでスイートポテトやサツマイモを使ったパウンドケーキなど、様々なスイーツも売られていた。

後で真守たちに買っていこうと思った垣根だが、とりあえずまずは林檎の所望する焼き芋だ。

そのため垣根は『店員おすすめ』と書かれた品種の焼き芋を買い、店の中の長椅子に林檎と並んで座った。

 

「おいしい。すごくおいしいよ、垣根」

 

林檎は美味しそうにはふはふと、見るからに熱そうな焼き芋を幸せそうに食べる。

垣根はそんな林檎を隣から見つめて、そっと目を伏せる。

 

杠林檎と垣根帝督は似た者同士だ。

学園都市の星の数ほどある悲劇。

それによって大事な人を失くしている。

 

大切な人に置いて行かれた者同士である林檎といると、どうしても自分に振りかかった悲劇について考えてしまう。

 

大切な人を失くした時、自分には何もできなかった。

それは林檎も同じで、そして真守だけが違った。

だが真守も無事では済まなかった。どうにもできない傷が残った。

 

時々、垣根帝督は考える。

どうにか頑張っていたら、自分も真守のように何らかの形で大切な人を守れていたのだろうか、と。

 

垣根帝督はそう疑問に思うと、魔神オティヌスが上条当麻の心を折るために創り上げた『誰もが幸せになった世界』のことを思い出す。

あの世界では、垣根帝督の大切な人が生きていた。

深城も普通のままで、林檎も流郷知果と暮らしていて。幸せになっていた。

 

あの時、垣根帝督はあの幸せだけが満ちた世界を否定した。

あんなまやかしの幸せはごめんだ。

しかもあの世界は上条当麻の心を折るために創られた歪なものだ。

 

だから、垣根帝督はあの世界に未練はない。

 

でも。もしかしたらあのような幸せな世界があったのだろうかと考えてしまう。

そしてどうにかすれば、自分はあの未来を掴めたのだろうかと考えてしまう。

 

「垣根。あーん」

 

垣根が考えても仕方のないことを考えていると、林檎は食べかけの焼き芋を垣根に差し出した。

 

林檎は食べることが大好きである。

だがこうして誰かが寂しそうな顔をしていると、その者に食べているものを分けてくれる。

自分の幸せを分けるように。他者のことを想って大好きな食べ物を分けてくれるのだ。

 

「ん」

 

垣根は林檎から焼き芋を受け取って一口食べて、林檎に返す。

 

「これ美味いな」

 

さすが学園都市外にて有機栽培で育てられた一級品である。

一個二〇〇〇円と超高級焼き芋だが、学園都市の頂点に立つ垣根にとっては気にすることなく買える値段である。

 

「垣根」

 

「なんだ?」

 

垣根が応えると、林檎は垣根から返してもらった焼き芋を見つめながら呟く。

 

「知果がいないのは寂しい」

 

垣根は林檎の言葉に目を細める。

流郷知果。暴走した杠林檎がとどめを刺してしまった、林檎にとって本当に大切だった少女。

 

「でも知果がいなくても、垣根や朝槻や深城が一緒にいてくれるから、寂しくない」

 

「……そうだな」

 

垣根はそっと目を伏せたまま頷く。

 

「俺もお前と一緒で寂しくない」

 

過去はどうしようもならない。もし魔神オティヌスが造り上げた誰もが幸せな世界で生きられたとしても、どこか虚しく感じてしまうのは簡単に想像できる。

だからやっぱりあの世界を否定して良かったのだ。

自分は失いながらも、永遠に自分の手の内に存在してくれる少女と共に生きていく。

 

「知果は覚えていてほしいって言ったの。忘れないでほしいって」

 

林檎は小さな手で焼き芋を持ったまま、そっと呟く。

そして垣根の事をじっと見上げた。

 

「だから生きて、知果のこと覚えておくの。知果のことを殺した私だけは、知果のことを覚えてられる。だから垣根と朝槻と深城と一緒に生きて。ずぅっと覚えておくの」

 

林檎は怪訝な表情をしている垣根に、儚い笑みを見せる。

 

「もし私が死んじゃうなら、垣根が私を殺してね」

 

柔らかく、本当に消えてしまいそうな儚い笑み。それを見た垣根は顔を歪めた。

そんな垣根に、林檎は一生に一度のお願いをする。

 

「それで私と知果がいたこと、覚えておいてね」

 

殺したから覚えていることができる。

林檎にとって、それはある意味呪いのようで大切なことなのだ。

それが垣根帝督は気に入らない。

垣根は林檎を思いきり睨むと、ぺしっと林檎の額を指で弾いた。

 

「痛い」

 

「バカ言ってんじゃねえよ」

 

林檎が頭に走った(にぶ)い痛みに涙目になっていると、垣根は林檎を罵倒する。

 

「そんなことしなくても俺たちがお前たちのこと忘れるわけねえだろ。そんな薄情モンに見えんのかよ」

 

垣根が心外だと口にすると、林檎は焼き芋を片手で持って空いた手で額を撫でながら、くしゃっと笑った。

 

「痛いね、垣根」

 

「そうだな。生きてるんだから痛いに決まってんだろ」

 

垣根は不機嫌な顔のまま、嬉しそうに焼き芋を再び食べ始める林檎を見つめる。

この少女も自分と同じで、悲劇に触れてしまって少しおかしくなってしまっているのだ。

それでも朝槻真守のそばにいれば、自分たちは大丈夫なはずだ。

あの愛おしい少女ならば、自分たちのことをいつまでも慈しみを込めて見守ってくれるのだから。そしてそばにいて寄り添ってくれるのだから。

垣根は林檎が焼き芋を食べ終えると、真守たちに買っていく土産のためのスイーツを選ぶ。

 

「良く見えない」

 

背の低い林檎がショーウィンドウの上の方へと並んでいるスイーツを見るために頑張って背を伸ばしているので、垣根は林檎へと手を伸ばす。

そしてひょいっと林檎を抱き上げて、垣根は林檎にショーウィンドウが良く見えるようにした。

その時気が付いたことがあって、垣根は薄く目を開く。

 

「お前、肉がついたな」

 

服を着込んでいるにしても、垣根は林檎の体重が少し重くなっていると感じた。

しかも抱き上げた感触が以前と少し違う。しかも全体的にきちんと柔らかい感触がする。

 

「? でぶになったってこと?」

 

「違ぇよガリガリ。良い意味で言ってるんだ。前は骨と皮だけだっただろ」

 

垣根が自分の腕の中にいる林檎をじとっと睨むと、林檎は自分の胸に手を当てて顔をしかめる。

 

「骨と皮だけじゃ、食べるところないね。しいて言えば皮くらい?」

 

「お前食品じゃねえだろ。何カニバリズムさせようとしてんだ。つーか俺たちはお前を食べるために太らしてるんじゃねえ」

 

垣根がため息を吐くと、林檎は幸せそうに目を細めた。

そして垣根は林檎と仲良くサツマイモスイーツの中から最初に美味しそうだと感じたスイートポテトを選ぶと、セブンスミスト内を軽く回ってから二人で自宅へと帰還した。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

垣根は帰宅して二階のラウンジに上がり、思わず遠い目をする。

 

「……お前は確かに貴族の傍系(ぼうけい)だが、今の状態は女王サマみたいだな」

 

垣根が思わず遠い目をする真守は、大きなビーズクッションに背中を預けてちょこんっと腰掛けていた。

そして真守の周りにはジュースやらお菓子やら、ネイルケア用品などを代表としたスキンケア用品がエステサロンのように展開されている。

真守が一歩も動かなくても、ネイルケアやボディケアをされながら娯楽用品が即座に手に取れるようになっている状態になのだ。

 

しかも真守はいつものモノクロファッションではなく、ピンクのブラウスに黒いシックなワンピースを着ている。

いわゆる、少し癖のある少女が着るゆるふわ地雷系と呼ばれる服装だ。

 

垣根が林檎と外に出る前、真守は垣根に深城のわがままを全部聞こうと思っている、と宣言していた。

それなのにどうして真守は微妙な顔をしたまま深城に全力でお世話されているのだろう、と垣根は純粋に疑問に思う。

 

「……深城のわがままは、私のお世話を全力ですることなんだって」

 

真守はいつもの猫耳ヘアだが、丁寧に巻かれた黒髪の先をイジりながら、顔をしかめる。

その手の爪にはピンクをベースとした黒とレースの細かいネイルが施されている。

真守はすべすべになった手足を視界に入れながら、遠い目をする。

 

「着てた服全部ひん剥かれて、風呂にも入れられたんだぞ……」

 

垣根は体に甘いローズの香りをまとわせている真守を見ながら、何があったかを全て理解した。

 

「あ! 垣根さんと林檎ちゃん、おかえりなさい~!!」

 

垣根がある意味大変な目に遭っていた真守を見つめていると、奥から大層ご機嫌な声をした深城がやってきた。

その顔はツヤッツヤしてて活力にあふれている。

どうやら真守を心行くまで自分の思いどおりに飾り立てられたことが、本当に幸せらしい。

 

「かわいいでしょぉ、真守ちゃんっ!! かわいい~かわいい~あたしの趣味ばっちりぃ!!」

 

ビーズクッションに座った真守は深城に抱き着かれて頬ずりされて、遠い目をする。

 

「ふふふ~今日だけはあたしの真守ちゃんなんだよぉ!! 真守ちゃん、真守ちゃん、真守ちゃん~!!」

 

垣根はご機嫌な深城に完膚なきまでに愛でられ、死んだ魚のような目をしている真守を見て、思わず呟く。

 

「……愛が重いってのも、考えものなんだな」

 

「知果もあそこまでじゃなかった」

 

垣根と林檎がじーっと真守と深城を見る中、深城は得意気に笑う。

 

「ちなみに真守ちゃんの下着もあたし好みなんだよ~ふふ、ピンクのレースなのぉえっちでしょぉ! ほぉら!!」

 

「ぶっ!?」

 

垣根は深城が真守のスカートをバッとたくしあげて下着を見せてくるので、思わず吹き出す。

確かにいつもの真守の趣味ではない、淡いピンクでふりふりのレースがついた下着。

下着を深城によって突然垣根に見せられた真守は、ただただ遠い目をしたまま控えめながらも、スカートを元に戻すように深城の手を動かす。

 

「深城、流石にぱんつをひとに見せるのはヤメテ……」

 

「えぇ? だってかわいいんだもぉん!! ほらほら、ガーター風のニーハイソックスとレースのパンツのコントラストがさあ! 下と合わせたブラも真守ちゃんのかわいいふくよかな胸をさらにかわいくしててぇ!!」

 

真守は自分の胸を凝視しながら、なおもパンツを見せてこようとする深城の手をぎりぎりと押さえる。

 

「深城、興奮してるって自覚しろそしてお願いだから正気に戻って……ッ!」

 

「真守ちゃんだぁいすきーっ!!」

 

深城は酒でも飲んだのかというほどに上機嫌に真守を抱きしめる。

垣根はやりたい放題して真守に愛を振りまき続ける深城を見て、再び遠い目をする。

 

「……やっぱ源白が最強だな。絶対に勝てねえ」

 

「垣根、朝槻大好きな深城に勝とうとするところから間違ってるよ」

 

「ちがいねえな」

 

垣根はされるがままになっている真守を見つめて、目を細める。

迷惑そうな顔をしているが、深城が楽しそうなので真守も楽しそうだった。

でも少しでもいいから、確かな疲労を覚えている真守から深城を引き離してやろう。

垣根はそう思って、手に持っていた土産を深城に差し出した。

 

「源白、土産を全員に買ってきた」

 

「ほんとぉ! ありがとう、垣根さん!」

 

深城は垣根の目論見通り真守から離れて、垣根からお土産をもらう。

 

「スイートポテト買ってきた。林檎から一口貰ったが、けっこう美味い芋だった。気に入ると思う」

 

「ありがとぉ! じゃあお夕飯食べた後、お夜食にして食べよぉね。今日は真守ちゃんがデリバリー頼もうって言ってくれてるから、セイくんも呼んで頼むもの決めようか!」

 

深城は笑顔を見せると、林檎に映画を見ている白い少年に声を掛けてもらうように告げる。

林檎が白い少年のもとに向かう中、深城は冷蔵庫にスイートポテトを片付けに行った。

 

「……ずいぶんといつもと違う服装だな、真守」

 

垣根はビーズクッションに座っている真守の近くに腰を下ろして、丁寧に巻かれた真守の黒髪を手に取る。

 

「深城の趣味だからな……あの子はゆるくてふわふわが好きだから」

 

真守は顔をしかめながら自分のふくよかな胸に手を当てていたが、柔らかくふにゃっと微笑む。

 

「でも深城が楽しそうで良かった」

 

「……そうだな」

 

垣根はいつもより数段階もお手入れされてさらさらになった真守の髪の毛を触りながら頷く。

 

あの源白深城は真守の願いによって()じ曲げられてしまっている。

だが源白深城だってあの時真守と一緒に願ったのだ。

死の間際(まぎわ)で、どうしても一人になりたくないと。朝槻真守と一緒にいたいと。

真守が深城と一緒にいるのを望んだように。源白深城だって真守と一緒にいられることを願っていたのだ。

 

二人の願い。それによってある意味歪んでいるとしても、本人たちが幸せならそれでいいと垣根は思う。

何故なら歪んでいても、幸せになれない人なんてたくさんいるのだから。

 

「大丈夫だぞ」

 

垣根がなんとなく寂しく思っていると感じた真守は柔らかく微笑む。

そして垣根にそっとすり寄った。

垣根は女の子らしい甘い匂いがしている真守のことを、優しく抱きしめる。

 

「垣根もずぅっと一緒なんだから」

 

「……当たり前だ」

 

垣根は目を伏せて、真守の柔らかな甘い体温を感じる。

これからずっと一緒だと当たり前に言えることが、酷く幸せなことだと知っている。

大切な少女が手の内にずっといてくれることが、この学園都市ではある意味奇蹟なのだと垣根帝督は知っているのだ。

 

「ありがとう、垣根。深城と二人きりにしてくれて」

 

真守は垣根の背中を撫でながらお礼を告げる。垣根は真守が背中を撫でてくれる感触に目を細めながら、真守にすり寄る。

 

「お前たちにはお前たちの絆があるから。そこに割り込もうなんて思わねえよ。……お前が、俺とアイツの間に踏み込まないようにな」

 

真守は垣根の言葉にこくんっと頷くと、垣根の頬にキスをした。

 

「だいすき、垣根」

 

「知ってる。──俺も、愛してる」

 

垣根は真守の頭を撫でて、そっとキスをする。

深城はその様子を静かにキッチンから見ていて、微笑んだ。

真守が大好きな男の子と幸せにしているのが、本当に幸せで嬉しいことなのだ。

 

「真守ちゃん」

 

深城は垣根にすり寄っている真守へと近づいて、その手を取る。

 

「あたしは幸せだよ、真守ちゃん」

 

真守はその言葉に目を見開くと、ふにゃっと笑った。

 

「よかった。色々あったけど、私も深城といつまでも一緒にいられることが幸せだぞ」

 

深城が真守の言葉に頷き、微笑んでいると。林檎が白い少年を連れてやってきた。

そして全員で今日の夕食を選び、穏やかなひと時を本日も過ごしていた。

 




A Very Merry Unbirethday篇終了です。
最後の二話が今回のオリジナル篇で一番書きたかった話でした。
能力が自我を持って動き出した存在。これについてはいずれ活動報告にて流動源力の裏話としてまとめるつもりですので、お待ちいただければ幸いです。


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新約:サンジェルマン襲来篇
第六〇話:〈安穏平時〉はイタズラに始まる


第六〇話、投稿します。
次は一一月七日月曜日です。


一二月一日。クリスマスシーズン到来という月初め。

いつものように朝槻真守は早朝、目を覚ました。

 

「…………ん」

 

起きて早々、真守は背中の腰の辺りに重い感触があって眉をひそめた。

背後を取られているので視認できないが、どうやら一緒に寝ている垣根は自分の背中に額をくっつけて、後ろから抱きしめようとしたが途中で力尽きた状態で眠っているらしい。

 

「垣根、朝だぞ」

 

真守は自分にもたれかかっている垣根を起こすために、自分の体を(ゆる)く揺らす。

朝は、大体真守が垣根のことを起こすと決まっている。

それは絶対能力者(レベル6)の真守にとって睡眠とは惰眠(だみん)(むさぼ)ることであり、決められた時間にきっちり起きられる目覚ましいらずだからだ。

真守が自分の体を揺らしていると、垣根は低い声を上げた。

覚醒しただろうと真守が思ったら、垣根は少し動くと真守のことを完全に抱きしめた。

 

「おい、垣根。起きろ。そして離して」

 

真守は頑張って垣根の腕の中から出ようともがくが、垣根がぎゅうぎゅう抱き着いてくるので離れられない。

真守は内心ため息を吐く。

 

ここ最近、自分に対しての垣根の束縛が日に日に強くなっている。

それはしょうがないことだ。何故なら垣根帝督は一度、大切な存在を大切にできる前にその手から取りこぼしてしまっている。

 

そして今度こそ大切にしたい少女である朝槻真守は絶対能力者(レベル6)となってそばを一度離れたり、第三次世界大戦の時に監視の名目で連れ去られたりしている。

しかも寝ている時に絶対に真守を垣根が離さなくなったのは、真守がハワイから学園都市に帰ってきた時こっそり布団から出たのが悪い。

 

真守は垣根を心配させてばかりだと申し訳なくなって、自分の胴体に回してきている垣根の手にちょこんっと触れる。

 

「大丈夫だぞ、垣根」

 

ずぅっと一緒だから。

真守はそう心の中で呟きながら垣根の体温を感じて微笑むと、後ろ手に垣根の体に触れた。

 

「………………なにが」

 

垣根はぼそぼそ呟くと、体を動かす。

真守が察するに、どうやら起きる気力が湧いてきたようだった。

 

「よかった。垣根、早く起きよう」

 

起きようと思っていた垣根帝督だが、真守に優しくぽんぽんと手を叩かれて気が変わった。

よかったと言われたら反抗したくなる。

早く起きようと言われたら起きたくなくなる。天邪鬼の発動である。

 

「ん!?」

 

垣根が起きると安心していた真守は思わず声を上げて、ビクッと震える。

垣根が自分の薄い腹に回していた手を動かし、するっともこもこのルームウェアの中に手を入れてきたからだ。

 

「や、ちょ……垣根! 服の中に手ぇ入れるなっ!!」

 

真守が声を上げると、垣根は真守のことを(おお)い隠すように抱き寄せ、そして真守の首筋に頬を摺り寄せた。

 

「……………………あったけえ。人間湯たんぽ…………」

 

「私は寒いんだ! ゾクゾクするっ! 垣根、私より体温低いんだからヤメテ離せ!」

 

真守は垣根の体が冷たさすぎて逃げようとする。

だが次の瞬間、垣根の手が真守のルームウェアの中でぐぐっと上に向かった。

 

「ぎゃーっ! どこ触ってるんだお前っ!!」

 

がっつりナイトブラ越しに胸を触られた真守は今までで一番大きな声を上げた。

 

「……もっと色気ある声出せよ…………ねむ」

 

「ヤメテ朝から! ちょ、垣根! お前触りながらもう一回眠りに入ろうとするな!!」

 

どうするもう絶対能力者(レベル6)権限で弾くべきか!? と真守は思ったが、後が怖いのでイマイチ攻勢に出られない。

 

(どうしよう……このままだと私を学校に送り届けた垣根が遅刻することに……)

 

真守がちょっと焦っていると、バターンと自室の扉が開け放たれた。

そこにいたのは、朝から元気いっぱいの杠林檎だった。

 

「朝槻、垣根! 今日はテレビオービットで公開収録放送があって、『てんうさ』が出る日だよ!! 深城が頑張って観覧チケット取ってくれたの! あとクリスマスのプレゼントもテレビ局の下で見ていいって言ってくれたの!!」

 

「テレビオービット? ……ああ、第一五学区にあるテレビ局か。そういえば深城が前にチケット取ったって言ってたな」

 

真守が記憶を頼りに呟いていると、林檎が強く頷く。

 

「そうっ朝槻も垣根も一緒に行こう!」

 

「……それは具体的に何時からなんだ? 今日普通に学校あるんだぞ?」

 

真守は自分の服の下で胸を触り続けている垣根の手を服の上からぺちぺち叩きながら、興奮した様子の林檎に目を向ける。

 

「大丈夫。一七時半からだから!」

 

「それなら大丈夫か……。垣根、というわけで今日学校終わったら遊んでやるから、離して」

 

垣根は真守の触っていた胸を基点に抱き寄せながら、真守の頭に顎を乗せる。

 

「学校サボって一日遊ぼうぜ」

 

「ダメだ。学生のうちしか学校にいけないし、学生の本分(ほんぶん)は勉強だ。絶対能力者(レベル6)だろうが超能力者(レベル5)だろうが常識が通じなくとも、今後簡単に享受できない日常は楽しむべきだぞ、垣根」

 

真守がぶっぶーとバッテンを大きく作ると、垣根はムッと口を尖らせた。

そして、攻勢に出た。

真守の上の方に向かっていた手を、するりと下に向かわせる。

 

「朝からどこ触ろうとしてるんだバカ! へんたいっえっち! 林檎の前で盛るなっ」

 

垣根が下半身に手を滑らせてきたため、真守が垣根の腕の中から出ようと暴れると、垣根は地を這うような低い声を出す。

 

「別に一日くらい学校サボったっていいだろ」

 

「だめに決まってるだろっそれで遊びに行くなんて許されない!」

 

真守は自分のパンツに手を引っ掛けた垣根の右腕の皮膚をぎりぎりと摘まみ上げる。

 

「優等生め」

 

垣根が睨みつけると、林檎は自分を蚊帳の外にしてイチャイチャしている二人を見つめて、ムッと口を尖らせる。

 

「んぁ!?」

 

垣根から逃れようとしていた真守は思わず声を上げる。

何故なら林檎が乱れてしまった自分のルームウェアに下から手を突っ込んだからだ。

 

「林檎!? ど、どこに手ぇ突っ込んで……!」

 

真守が動揺していると、林檎は垣根が触ってる方とは逆の胸を強引に掴む。

 

「ふぁ!?」

 

「ふかふか。垣根、いつもこんなふかふかで気持ちいいの触ってるの?」

 

林檎は真守の胸をふにふに触りながら、真守の背後にいる垣根へと声を掛ける。

 

「これは俺のだ。ガキが触るんじゃねえ」

 

垣根は突然の出来事に固まっている真守の服の中でごそごそと手を動かして、林檎の手をどけようとする。

 

「? でも深城がおっぱいは赤ちゃん(ガキ)のためにあるって言ってたよ」

 

「今は俺のだ。だから触るな」

 

林檎は垣根の命令を聞かずに真守の胸から手を離さない。

 

「垣根って強欲だね」

 

林檎がぽそっと告げると、垣根は怒気を込めて林檎を睨んだ。

 

「自分の女好きなようにして何が強欲だよ、いいからとっとと手を離せ」

 

自分の服の下で猛攻を続ける二人に、真守は当然ブチ切れる。

 

「…………っ二人共……離すんだよっ…………っ!!」

 

真守は怒りのままにAIM拡散力場を使って二人を引っぺがし、そのまま説教を始めた。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

「まったく。人の肌に簡単に触るとか、外だと痴女、痴漢扱いだぞ。まったく!」

 

真守はラウンジのダイニングテーブルで朝食のクラブハウスサンドイッチをちまちま食べながら、目の前に座っているセクハラ大魔王たちを睨みつける。

 

そのセクハラ大魔王たちこと垣根帝督と杠林檎はつーんとした同じ表情をしており、真守に怒られたとしてもまったく響いていない様子だった。

 

どんどん自尊心高めの自己中心的な考えをする垣根に林檎が似てきた、と真守は危機感を覚えて垣根を睨む。

 

「垣根っ垣根がちゃんとしてないと林檎が真似するだろうが! 情操教育のためにちゃんとしゃっきりしろっ」

 

垣根は真守に当然のことを怒られて、ムッとしながら林檎を見た。

 

「林檎。真守の胸は揉むんじゃねえ。源白の胸を揉め」

 

「深城の胸は顔をうずめるのがいいの。朝槻のは掴むのにちょうどいい」

 

もぎゅもぎゅとサンドイッチを食べていた林檎がそう呟くので、真守は驚愕する。

 

「深城のは既にテイスト済み!? いつからお前はおっぱいソムリエになったんだっ」

 

「まあまあ真守ちゃん。林檎ちゃんだって好き勝手セクハラしたらだめだって分かってるから」

 

猫のように威嚇する真守を見て深城が宥めると、深城と真守の間に座っていた人間の生きる意志を体現した少年、セイはごっくんと大きく呑み込んでから真守の制服の裾を引っ張った。

 

「いいじゃないか、朝槻真守。杠林檎がお前たちに心を許している証だろ?」

 

「そういう問題じゃないっ」

 

真守は林檎を擁護する二人にぷんぷんと怒りを向ける。

 

「お前たち最近勝手が過ぎるぞ!」

 

「俺たちのこと散々振り回して心配させてるお前に言われたくねえよ。ちょっとは俺たちに振り回されりゃあいい。つーわけで今日は学校ズル休みで第一五学区に行くぞ」

 

散々自分を心配させるじゃじゃ馬娘こと朝槻真守を垣根が睨むと、真守は垣根や深城たちに随分と心配かけてきたことを多々思い出す。

色々理由はあったが、二人のもとを離れて心底心配させたのは確かだ。

 

「う、うぐ…………でもだめだぞ。学校休むのは絶対にだめだから!」

 

真守が叫ぶと、深城は苦笑しながら頷く。

 

「そうだねえ。垣根さん、真守ちゃんはまだ学生生活始めて一年も経ってないんだから。放課後デートするだけで我慢して。ね?」

 

深城が優しく諭すと、垣根はチッと舌打ちをする。

 

「源白がそういうなら許してやる。でもな、真守。放課後はとことん俺に付き合ってもらうからな、分かったか?」

 

真守は傍若無人な垣根を諫めた深城に感謝しながらため息を吐く。

 

「学校行かせてくれるだけありがたいと思おう……」

 

とりあえずみんなが納得した状態で真守が朝食を再開すると、そんな真守に深城が笑いかける。

 

「じゃああたしたちはテレビ局に行って、真守ちゃんと垣根さんは二人きりでデートだねえ」

 

「お前はやっぱり気が利く女だな、源白」

 

垣根はご機嫌に深城を見て笑い、真守はため息を吐く。

 

「もう好きにしてくれ。私は学校に行ければそれでいい」

 

真守が投げやりになって告げると、白い少年がホットミルクを飲み終えてけぷっと息を吐きながら呟く。

 

「朝から大変だな、朝槻真守」

 

真守はホットミルクに手を伸ばしながら、少年の言葉に肩をすくめる。

 

「でも想われてるのは幸せなことだから。それに神さまを振り回せる人間というのは貴重なものだ」

 

真守がしょうがないと告げると、垣根はにやーッと笑った。

 

「よく分かってるじゃねえか、真守」

 

「調子に乗るな」

 

真守が睨んでいると、その時大きなカブトムシを抱えてラウンジへと入ってきた少女がいた。

もちろん、フロイライン=クロイトゥーネだ。

 

「クロイトゥーネちゃん、おはよう。どこで寝てたの?」

 

深城が問いかけると、クロイトゥーネはてちてちと歩きながら深城の質問に答えた。

 

「真守ちゃんのクラスメイトの不思議な右手を持った少年のベランダで寝てました。なんだか朝から被食者と捕食者が追いかけっこしてて騒がしかったです」

 

「それってオティヌスちゃんが三毛猫のスフィンクスくんに追いかけられてたってこと? うーん。それもある意味罰みたいなものだから良いと思うけど、毎日だと大変だよねえ」

 

深城はクロイトゥーネ用に作ってあったクラブハウスサンドイッチを持って来ながら苦笑する。

 

オティヌスは上条当麻と苦楽を共にするのが罰なのだ。

そのため多少の苦しみも刑罰として働くのだが、毎日三毛猫と命の危険を感じながら追いかけっこしているのは大変なことだ。

 

「しょうがないです。被食者と捕食者の関係はそう簡単には覆りませんから」

 

クロイトゥーネは椅子に座っていただきますをしてから、はぐはぐとクラブハウスサンドイッチを食べ始めながら告げる。

真守はその様子を見て、ふむと頷く。

 

「しょうがないと言っても行き過ぎるとまた問題だからな。何か考えた方が良いかな」

 

真守が思案していると、垣根はため息を吐きながら告げる。

 

「お前が施すのは良くねえだろ。上条が恩情で何とかするべきだな」

 

それもそうなんだよな、と真守が考えていると、深城がにこっと笑ってクロイトゥーネに声を掛けた。

 

「クロイトゥーネちゃん。今日みんなでテレビの収録を見に行くんだけど、一緒に行く?」

 

「! 行きたい、です。一緒に行く」

 

興味津々のクロイトゥーネを見て、真守と垣根は柔らかく笑う。

 

第三次世界大戦があろうと世界が終わろうと、変わらない幸福な朝。

そんな朝を過ごした真守たちは、放課後に遊ぶことを約束して学生としての一日を始めた。

 




サンジェルマン襲来篇、開幕です。ついに流動源力でも一二月に入りました。


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第六一話:〈不変日常〉は微かな予感と共に

第六一話、投稿します。
次は一一月一四日です。


第七学区にある、特筆する事は何もない普通の高校。

だがそれは過去の話だ。何故なら超能力者(レベル5)に認定された能力者が出たため、今や学園都市中の注目を集める学校となった。

 

「じゃあな、垣根。今日も送ってくれてありがとう」

 

真守は学校の前で振り返って、垣根を見上げる。

垣根帝督は毎朝必ず真守のことを学校に送り届けている。

垣根が学校に遅れないかとひやひやする真守だが、垣根はそんな事どこ吹く風である。

 

「ちゃんと学校に行くんだぞ。分かったな?」

 

「気が向いたら行く」

 

「行かないとデートしない」

 

真守がムッと顔をしかめて垣根を見上げると、垣根はチッと舌打ちした。

真守はそんな垣根を見て心配になり、眉を八の字に曲げる。

 

「垣根は学校生活、やっぱり楽しくない?」

 

「ああ、そうだな」

 

垣根が即答すると、真守は悲しくなってしゅんっと小さくなる。

そんな真守を見て即答した事が申し訳なくなった垣根は目を()らした。

 

「…………お前がいないから楽しむ気はない」

 

「そっか」

 

真守は寂しそうにふわっと笑うと、ちょっと背伸びをして垣根の頬へ手を伸ばした。

 

「楽しんでほしいな。垣根には良くしてくれるともだ──知り合いがいるんだから」

 

真守は垣根がどうしても友達だと認めない、以前会ったことがある垣根の同級生のことを考えて微笑む。

垣根の同級生は本当に優しい人たちなのだ。

そして学園都市の『闇』を何も知らない人たちだから、垣根帝督はあまり関わりたくないのだ。

 

「垣根の学校にはせっかく素敵な人がいるんだから。私は垣根にその人たちを大事にしてほしいな」

 

真守は垣根の頬を撫でて、ふにゃっと微笑む。

 

「今は受け入れられなくてもこれから楽しめるようになると思うぞ、垣根。だってお前はもう学園都市から解放されたんだから」

 

楽しめるようになるのだろうか、と垣根帝督は思う。

だが真守がそうなるのだと言うのだ。

そして自分がロシアの地で一方通行(アクセラレータ)と対峙して、学園都市から解放されたのは事実である。

 

「…………学校行ってくる」

 

ちょっと気が向いたので垣根がそう告げると、真守はそれが嬉しくて表情を輝かせた。

 

「うんっ。そしたらデートしような。垣根」

 

真守は垣根の頬から手を離すと、小さく手をふりふり振る。

垣根は真守が校舎に消えていくまで見守って。そして自分も学校へと向かった。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

真守が教室に入ると、即座に気が付くことがあってきょとっと目を見開いた。

クラスメイトである上条当麻が、なんだか意気消沈している。

 

「上条。どうした、負のオーラをまとわせて」

 

真守が近付くと、上条は気力がない様子で顔を上げた。

 

「ふ。ふふ……朝槻さん、おはよう……そして俺はもうだめかもしれない」

 

「? どうした。お前は散々オティヌスに尊厳を踏みにじられても、ゴキブリ並みの生命力と精神力でしぶとく這いつくばって生きてただろ。一体何があった?」

 

真守がさらりと毒を吐く事も気にならない程に憔悴(しょうすい)している上条は、ぼそっと告げる。

 

「俺、この戦いが終わったら女の子と一緒に学園都市最大の繁華街・第一五学区のさらにてっぺんにあるオシャレデートスポット・ダイヤノイドに出かけるんだ。それがもう今からおそろしくておそろしくて」

 

「ダイヤノイド?」

 

真守は目を見開く。

 

ダイヤノイドとは全体的に和テイストで整えられている学園都市有数のセレブ御用達スポットであり、全てがダイヤで作られているという触れ込みだ。

 

実際には全面ダイヤは脆すぎるという理由で人工ダイヤやカーボンナノチューブ、カーボンファイバーにカーボンフレームなど炭素で統一してあるというだけなのだが、全部ダイヤと言えば庶民が一度は行ってみたいと思う場所である。

 

朝会話した通り、真守たちもそのダイヤノイドに行く用事が丁度あるのだ。

 

なんかまた厄介事起きなければいいけど、と真守は考える。

だが確実に何か起きそうな気がする。絶対に。一〇〇%。

真守はそう予感しながら、上条の前の席に腰を下ろした。

 

「オティヌスが本物の赤レンガをかまどで焼いて塗り固めた本格仕様のドールハウスが欲しいって言ってさ……。三毛猫に追いかけられるのが嫌だとか言って……だから行かなくちゃいけないんだよぅ……」

 

「そういえば今日も追いかけっこしてたってクロイトゥーネが言ってたな。特殊な刑罰の一種だとしても、毎日命を脅かされるのはやっぱり大変だからな……」

 

真守が三毛猫に追いかけられている様子を想像していると、上条は名案を思いつく。

 

「! そうだっダイヤノイドが俺にとって場違いでも、場違いじゃない朝槻さんについてきてもらえば……っ!!」

 

名案を思い付いたと思った上条は顔を上げて真守を見る。

だが真守を見た瞬間、上条当麻は固まった。

あどけない顔つき。黒髪ロングの猫っ毛と猫耳ヘアが良く似合う、黒猫系美少女。

エメラルドグリーンの瞳が無機質で蠱惑的な印象であり、アイドル体型と言わんばかりの理想の体型。

 

「だ、ダメだ……ッ」

 

上条当麻はダイヤノイドにいても、遜色(そんしょく)ないほどに(きら)めている真守を見て、頭を抱える。

こんな完璧少女の隣にいたら道化もいいところである。しかも真守を誘うということは垣根帝督も一緒についてくるということだ。

美男美女が多いハワイでも突出していた能力も外見も超上級であるカップルがそばにいたら、確実に道化である。

 

「ピエロにはなりたくない……ッ!」

 

「お前は楽しそうだな、本当に」

 

真守は上条の思考回路が相変わらずぶっ飛んでることに笑う。

 

「私もダイヤノイドに行く用事があるけど、お前とは一緒にいられないぞ。深城たちがテレビオービットに用があるから、その間垣根と二人きりでデートする約束したんだ」

 

「……テレビオービットってダイヤノイドに入ってる放送局だよな。そこに用があるのか?」

 

上条が首を傾げると、真守はコクッと頷いた。

 

「一緒に住んでる女の子の好きなマスコットキャラクターが公開収録放送に出るんだ」

 

「好きなますこっと……それってゲコなんとかとかピョンなんとかみたいなカエル軍団の一匹?」

 

「違う。『天使なうさぎ様』っていうマスコットキャラクターだ。それにお前が言ってるのはゲコ太とピョン子だろ。……ああ、確かピョン吉なんてのもいたっけ」

 

真守があまり役に立たない情報を思い出していると、上条はぐでーっと机にもたれかかる。

 

「カエルの名前なんてそんなのどうでもいいよ……俺は放課後が憂鬱で朝から気が重い……」

 

「美琴に聞かれたら電撃ビリビリされそうな言葉だな」

 

真守はくすっと笑って、ぐでんぐでんになった上条を見下ろす。

 

すると上条当麻のいつもの面子である土御門元春と青髪ピアスがやってきたので、真守はクラスの三バカ(デルタフォース)にちょっかいをかけられないように吹寄と姫神のもとへと逃げる。

 

そしていつものように真守は授業を受けた。

 

ちなみに歴史の授業で投扇興とかいう遊びの話を教師から聞いて、クラスの三バカ(デルタフォース)が昼休みに遊んではしゃいでいた。

 

その際に上条当麻が世界をオティヌスによって造り替えられていた時に溜まった鬱憤を土御門元春と青髪ピアスにちょっと晴らしていたが、実害がなさそうなので真守は放っておいた。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

放課後。

真守は予定通り深城たちと垣根と合流して、第一五学区へと向かった。

 

ダイヤノイドは第一五学区の駅ビルも兼ねている。

そのため地下鉄で到着すると、そのままダイヤノイド内に入ることができるのだ。

 

深城たちは公開収録放送に備えて、既にテレビオービットへと向かっている。

真守は当初の予定通り、垣根と二人きりでダイヤノイドの下階層でデートをしていた。

 

ダイヤノイドの下階層にある店はダイヤノイドが独自に選別したもので、約三五〇店舗もの高級志向の店が所狭しと並んでいる。

そんな店の中でも、最上級に当たる女性服店。

 

「お客様、よくお似合いです!」

 

店員に一〇〇%お世辞ではない賛辞を贈られても、真守はむすっと顔をしかめたままだ。

 

真守が試着しているのは白のブラウスと胸元に結ばれた黒いリボン、そしてひざ丈の黒いフレア状の何重にも布が重なるハイウェストスカート。

 

そしてスカートの下には薄い黒のストッキング。足を彩る黒いリボンが付いたエナメルのパンプスは、一〇㎝はあるピンヒールだ。

 

いつものモノクロファッションだが、真守は丈の長いワンピースもストッキングもピンヒールのパンプスも履かない。

 

完全に男の趣味丸出しのきわどさがない、完璧防備の動きを制限される格好。

だから真守は納得いかない表情になっていたのだ。

 

百歩譲って猫耳ヘアに白いリボンや、小ぶりのダイヤモンドのイヤリングが耳元で光っているのは許せる。

 

だが服装だけは気に入らない。

スカートが長かったりピンヒールだったりして、本当に動きにくいのだ。

真守が不満そうにしていると、店員がおずおずと話しかけてきた。

 

「お客様。このまま当店でのお洋服を着用して外に出てくだされば、色々とサービスさせていただきますが……」

 

真守は超能力者(レベル5)第一位としてこの学園都市の学生に広く知れ渡っている。

そんな真守が店の服を着てこのダイヤノイドを歩くとなれば、宣伝効果が大きいのだ。

店員はきらきらと目を輝かせて、むくれている真守──ではなく、真守に服を着させた張本人である垣根を見た。

 

「じゃああっちの服も見せてくれ」

 

「ありがとうございます!」

 

垣根が店員の提案に頷く姿を見せると、店員は颯爽(さっそう)と駆けていき、垣根が指さした服を取りに行く。

 

「真守、機嫌直せよ。かわいい格好してんのに台無しだろ?」

 

最高潮に機嫌がいい垣根はむすーっと顔をしかめている真守を見る。

 

「そりゃ制服引っぺがされて着せ替え人形にさせられたら怒るに決まってるだろ」

 

真守はジト目で垣根を見上げて、機嫌悪そうにする。

 

「まったく、いつの間におじいさまとメル友になったんだよ。おじいさまに垣根が余計なこと言わなかったらこんなことにならなかったのに……」

 

世界が終焉して再構築された後。真守と垣根は国連本部でマクレーン家の当主である真守の祖父、ランドル=マクレーンと初対面した。

どうやら真守のあずかり知らぬところで垣根と真守の祖父は連絡先を交換しており、垣根が真守の情報を祖父に伝えているらしいのだ。

 

垣根はランドンに真守が丈の短いショートパンツやらスカートを生足で穿く、と半ば愚痴のように教えた。

すると真守の祖父は『これでキミが安心できる服を買ってくれ』なんて言って小切手をぽーんと渡してきたのだ。

 

「真守。じーさんに写真送る時はちゃんと嬉しそうな顔しろよ」

 

「それはちゃんと分かってるっ。私が怒っているのは垣根に対してでな……!」

 

真守が抗議すると、垣根はそれをスルーして店員が持ってきた薄いピンクの高級コートを見る。

 

真守はぷんぷん怒っており、そんな真守を見て店員は『恋人が過保護になりすぎて怒っているのねー』と微笑ましいものを見るかの眼差しを向けていた。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

結局真守は垣根が最後に見ていた薄いピンクのコートを着させられて、全身コーデされた状態で店から出た。

ちなみに真守の制服は高級服飾店が責任を持って自宅に送り届けてくれると言う。至れり尽くせりである。

 

「垣根はこんなに長いスカートが好みなのか」

 

真守は薄いピンクのコートの下に着ているスカートの裾を気にしながら、垣根と恋人繋ぎをしてダイヤノイドの商業エリアを歩く。

 

「ああ、すげえ好みだな。いつもみたいに上品だし、お前が無茶できない格好だし、スカートの丈が長くてパンモロしないし、生足むき出しじゃねえし」

 

真守は正直な想いを口にする垣根と繋いでいる手にちょっと力を込める。

さらっと『朝槻真守はいつも上品』と、お世辞ではない本心を口にする辺りが本当にスマートだ。

真守はちょっと嬉しくなりながら、服を全身コーデされる前に入った下着ショップを思い出す。

 

「下着もたくさん買ったし、そんなにいつもの私の下着が嫌い?」

 

「いつもの下着もエロくていいけど、自分の女が自分の選んだ下着付けてる方が燃えるだろ?」

 

「燃えるとか言うな、垣根のばか。えっち」

 

真守がぶんぶんと垣根と繋いでいる手を振って怒りを表現していると、垣根は意地悪く笑って怒ってる表情すらかわいい真守を見下ろした。

 

「エロいとかその方向に考えるお前の思考がエロいんじゃねえの? 俺はただ単に好きな女が自分の下着付けてるって思うと、純粋に嬉しいって話してるだけだ」

 

「じゃあそう言えばいいだろ、言い方を考えろっ……! というか絶対そっち方向で言っただろ。この屁理屈男……っ」

 

真守がじとっと垣根を睨み上げていると、垣根は上機嫌に笑う。

 

「別にどうでもいいだろ。それより怒ってばっかじゃなくてかわいい顔しろ。下着も今のコーデもお前が好きなモノクロに合わせてるんだから。ちゃんと考えてやったんだぜ?」

 

真守は顔をしかめて、大層ご機嫌な様子の垣根を見上げる。

 

「えらくご機嫌だな、垣根」

 

「そりゃ機嫌も良くなるだろ。好きな女が好みの格好してるんだからな」

 

垣根は愉快そうに真守と繋いでいる手を自分の口元に寄せて微笑む。

 

「かきねのばか」

 

垣根の様子が絵になるほどにかっこよくてきゅんとしてしまった真守は、照れ隠しに垣根のことを罵倒した。

 

真守の罵倒が照れ隠しであると気が付いている垣根はくつくつと笑い、そんな垣根の様子に真守はますます機嫌を悪くして垣根を見上げる。

 

「垣根。垣根はいつも私とデートに行くと私のモノばっかり買うけど、自分の欲しいものを見なくていいのか?」

 

「別にいい」

 

「即答するな。私が垣根に買いたいから、この後見に行くぞ」

 

「何か見繕ってくれるのか?」

 

垣根は薄く目を見開いて、真守を見る。

真守は嬉しそうにしている垣根を見上げて、くすっと笑った。

 

「垣根が一応私の好みを考えてくれたから。私も垣根が気に入るのを選んであげる」

 

「お前が俺のことを考えて選んでくれたらなんでもうれしい」

 

垣根は心底幸せそうに目を細める。

真守はその様子を見て、ちょっと不安になる。

流石に朝槻真守を中心に垣根の世界は回りすぎではないか、と。

 

「……垣根、私がいなくなったら生きていけないだろ」

 

「当たり前だろ。俺の事が大事なら俺の前からいなくなるんじゃねえぞ」

 

真守はあっけらかんという垣根を見上げてため息を吐く。

一〇㎝のピンヒールを履いているため、いつもより垣根と距離が違い。

そんな垣根をじっと見上げる真守。

 

「垣根、よくここまで誰にも依存しないで生きてこられたな。逆にどうして私以外に入れ込まなかったか気になるところだ」

 

「バーカ。お前に会わなかったら普通に生きてたに決まってんだろ。つーか、お前はどうなんだよ」

 

「? どうって?」

 

垣根の質問に真守がきょとっと目を見開いて小首をかしげると、そんな様子の真守をじぃっと垣根は見つめる。

 

「俺がいなくなっても生きていけるのかよ、お前」

 

真守は垣根に問いかけられて目を瞬かせる。

垣根がいなくなったら。

それを想像した真守は即座に真顔になった。

 

「たとえ世界が滅んでも絶対に垣根を離さない」

 

「お前の方が極まってるじゃねえか。自分のこと棚に上げてあれこれ言うんじゃねえよ」

 

垣根がじとっと睨んでくるので、真守は真顔から復帰して小さく笑う。

そして真守は自分と恋人繋ぎしている垣根の左腕に、ぴとっと寄り添った。

 

「ふふ。私も垣根もどっちもどっちだな」

 

「お揃いでいいじゃねえか。どっちも相手を大事にしたい気持ちは本当だ」

 

「そうだな」

 

真守はくすくす笑っていたが、見知った人をとらえて真守は声を上げた。

 

「ん?」

 

真守の視線の先。そこには学園都市超能力者(レベル5)第五位、麦野沈利が立っていた。

傍らには滝壺理后と絹旗最愛がいる。浜面仕上はいないようだ。

 

「あら。久しぶりね」

 

確かに久しぶりだ。

フレメア=セイヴェルンが『人的資源(アジテートハレーション)』プロジェクトで狙われた時に同じ場所に居合わせて共闘していたのだが、あの時真守たちは直接会っていない。

 

「久しぶりだな、麦野」

 

真守が挨拶すると、垣根はチッと舌打ちをした。

真守とデートしていたのに会いたくもない人間にあったからだ。

真守はそれに薄くため息を吐く。

そんな真守と垣根を見ていた麦野は目を瞬かせると、楽しそうにニヤッと小さく笑った。

 



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第六二話:〈偶然邂逅〉でお茶会を

第六二話、投稿します。
次は一一月一七日木曜日です。


ダイヤノイドでデートをしていた真守たちだったが、滝壺理后と絹旗最愛を連れた麦野沈利と出会った。

麦野は真守と垣根を見ると、両手に持っていた大量の買い物袋に目を向けた。

 

「垣根。ちょっとこれ持ってちょうだい」

 

「はあ? なんで俺がテメエの荷物持たなくちゃなんねえんだよ」

 

垣根が心底意味が分からないという風に片眉を跳ね上げる。

それを見た真守は垣根の怒りを鎮めるために垣根の手をぎゅっと優しく握り、麦野を見た。

 

「麦野。垣根は器が小さいから持ってくれるわけないだろ。この階ではないが、宅配サービスというものがあってだな」

 

「え、本当? どこかしら?」

 

「オイ真守。余計な言葉が入ってるぞ」

 

声を上げる麦野の前で、垣根は真守のことを睨む。

 

「ごめんごめん。それでな麦野──」

 

柔らかく微笑んだ真守が麦野に宅配サービスの仕組みについて話し始めると、こそっと絹旗が滝壺に声を掛けた。

 

「今超サラッと自分の男の器が小さいって言いませんでした?」

 

「あさつき、意外と毒舌?」

 

滝壺が首を傾げる中、垣根は説明し終えた真守の頬をむにーっとつねる。

真守が垣根に謝っていると、その様子を見ていた麦野は真守をじーっと見て、そして真守の服装が気になって首を傾げた。

 

「あんたってそういう趣味だったっけ? プールで見た時は違った気がしたけど。なんか男の理想バッチバチだけど、男ができたから趣味変わったの?」

 

麦野は薄いピンクのコートの向こうから見えるひざ丈のスカートと、ストッキングとピンヒールのパンプスという真守の服装を見て疑問に思う。

 

「私の趣味は変わってない。そしてその感覚は正しい、麦野。何せこの服は垣根が制服を剥ぎ取って私に着させたものだからな」

 

「「「うわー…………」」」

 

真守の言い分を聞いて、女子三人は垣根を見ながらドン引きする。

 

「うるせえな。こちとら事情があるんだよ。真守の言葉を鵜呑みにするんじゃねえ」

 

垣根が言う事情とはもちろん真守の祖父に完全防備の服を見繕(みつくろ)ってくれ、とお願いされたことだ。

だがそれでも垣根が祖父に真守がパンモロするから心配だ、と言わなければ済んだ話だし、完全防備と言っても垣根の欲望が(もろ)に入っているのは事実である。

 

「いや、事情があっても男の趣味超丸出しはどうかと思いますけどね」

 

「何だとコラ」

 

垣根が苛立ちを込めて絹旗を睨むと、麦野は垣根から視線を外して真守を見た。

 

「あんた、どうしてこれと付き合ってるの? ちょっと興味出てきたわ」

 

「あさつき。あさつきとかきねの馴れ初め、ききたい」

 

麦野の言葉に乗っかったのは滝壺で、滝壺は目を輝かせて前のめりになる。

 

「え? 突然だな」

 

真守がちょっと困惑している中、麦野は動き出す。

 

「んじゃーとっとと宅配サービスのとこ行って荷物預けたら場所確保しましょ」

 

「麦野。中階層に超個室の丁度いい感じのカフェがありますよ」

 

話を進める『アイテム』の少女たち。そんな彼女たちに待ったをかけたのはもちろん垣根帝督だ。

 

「オイ待て。テメエら話を勝手に進めるんじゃねえ」

 

垣根が話を聞く気満々の麦野に声を掛けると、真守がくいくいっと垣根の手を引いた。

 

「まあいいじゃないか、垣根。どうせ時間はたくさんあるんだし」

 

「なんでお前は行く気満々なんだよ。……俺との約束破る気か」

 

垣根はデートをすると約束したのに、と真守を睨む。

真守はふるふると首を横に振ると、優しく垣根を見上げた。

 

「カフェに行ってちょっと話をするくらいいいだろ。休憩は必要だし、麦野たちと話せる機会なんて早々ないんだから」

 

「俺はなくてもいい」

 

「垣根」

 

真守が拗ねる垣根を(なだ)める様子を見て、麦野は思わず顔をしかめる。

 

「うわ。垣根、あんた重たい男は嫌われるわよ」

 

「既にお揃いの指輪してる辺りが超重いですしねー。これきっとアレですよ。付き合って一か月もしてないのに指輪渡して超束縛したタイプですよ」

 

絹旗は真守と垣根の右手の薬指に(はま)っている、お揃いの婚約指輪に近い高級品をジロジロ見る。

すると垣根は怒りを見せた。

 

「テメエら……言いたい放題言いやがって!!」

 

垣根が声を上げる中、滝壺だけは目を輝かせて垣根を見上げる。

 

「大丈夫だよ、かきね。とても、良いと思う」

 

全面的に応援してくる滝壺を見て、垣根は出鼻をくじかれる形で怒りを鎮静化させる。

 

「……逆になんでお前はそこまで俺のこと応援してくるの?」

 

「滝壺さん的には朝槻さんがあなたに超大事にされているのが超羨ましいんですよ。浜面も理想のカップルは朝槻さんたちだって超言ってますし」

 

絹旗の説明を聞いて、真守はちょっと恥ずかったが、嬉しくなって目を細める。

 

「そ、そうなのか。……ふふっ。うれしい」

 

垣根は真守がふんわりと幸せそうに微笑んでいる姿を見て、目を細める。

真守が麦野たちとお茶をしたいのは、本当に機会がないからだ。

垣根は口を曲げたまま真守を見つめて、そしてため息を吐いた。

 

「分かった。真守、お前の好きにしろ。ただし、ちょっと休憩するだけだ。そしたらまた俺とデートしろよ」

 

「分かってるよ、垣根。楽しもう」

 

真守は柔らかく微笑むと、垣根と『アイテム』の面々と移動し、カフェへと向かった。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

真守たちが『アイテム』の面々と一緒に来たカフェは、ダイヤノイドの中階層にある夜景を楽しめる外周部分の一角に位置している。

 

中階層はテレビオービットの社屋となってはいるが、芸能人や制作局とは交じり合わない範囲で展望台や屋内プール、そしてフィットネスジムや劇場、エステなどが多数存在しているのだ。

 

しかも中階層は下階層と違い、和風テイストに加えて水をとても意識している。

そのため通路脇に木樋(もくひ)でできた水路が通路脇に用意されていたり、屋内建築としては世界最大級の噴水などもあったり、高級志向はばっちりだ。

 

「むぅ。ストッキング穿いてなかったら足湯したのに……」

 

真守はメニュー表を見つめながら口を尖らせる。

麦野が絹旗の提案で決めたカフェはパーテーションごとに座席が区切られており、客の要望に応じてアロマや室内音楽、照明の強さ、カラーリングなどを決めることができる。

しかもオプションでマッサージチェアや足湯をレンタルできるという豪華仕様なのだ。

 

垣根に穿かされたストッキングが大変気に入らない真守は、メニューを見ながら足をぶらぶらとさせて拗ねる。

そんな真守の前で、滝壺はマッサージチェアを頼んでいた。

 

そして一通り頼んだものが運ばれてきた時。

真守は麦野たちに垣根と出会った時のことをざっくり説明をした。

 

「へー。……利用しようとして近づいたら好きになっちゃった……ねえ」

 

麦野は真守が簡単にしてくれた話を聞き、ベイクドチーズケーキに手を伸ばしていた垣根を見た。

 

「あんたって悪は悪でも浄化されちゃう系の(ゆる)い悪だったのね」

 

「なんだよ緩い悪って。こっちは普通に悪党やってたんだよ」

 

垣根は苛立ちを込めて同じ『闇』にいた、ある意味同僚的な存在である麦野沈利の言葉に応える。

すると透明なマスクのついた酸素缶のメニュー表を見ていた絹旗が顔を上げた。

 

「どっちかっていうと、朝槻さんが何でもかんでも超浄化する人だったから浄化されちゃったんじゃないですか?」

 

「あり得る……あんた人を殺してても事情があったりしたら絶対に許しちゃうタイプだもんねえ」

 

「別になんでも許すつもりはないぞ。事情を聞いて助ける必要があったら手を貸すくらいだ」

 

真守が麦野の評価を聞いて自分のスタンスを話していると、真守の隣に座っていた垣根はベイクドチーズケーキを一かけらフォークに刺して、真守の口に向けて差し出した。

 

「真守。これ美味いから食べろ」

 

「じ、自分で食べるっ人前じゃ恥ずかしいだろっ……!」

 

真守の言い分ではいつもあーんして食べさせてもらっていると麦野たちに赤裸々に告白しているようなものだが、真守はそれに気が付かず、慌てて垣根からフォークを受け取る。

 

「! ……おいしいっ」

 

真守はぱくっと一口食べると、幸せそうなとろける笑みを浮かべる。

 

「……まあ、これだったら(ほだ)されるのもワケないか」

 

にこにこ幸せそうな顔をしている真守を見て、麦野は思わず呟く。

 

この少女も意外と『闇』に浸かっていたと聞く。

 

それなのに普通の生活ができているということは普通の生活に慣れようとした結果だ。

そしてその普通の生活を真守が維持しようと努力していれば、真守のそばにいて一緒にその生活を享受したくなるのも分かる。

 

『闇』に振り回されている人間は、懸命に『闇』からの手を跳ねのけながら表で必死に生活している真守を希望として見てしまうのは当然だ。

 

納得している麦野の隣で、滝壺は真守と垣根の仲睦まじい様子を見てぽそっと呟く。

 

「わたしも、はまづらにあーんしてほしい……」

 

「滝壺さん。この超美男美女カップルが羨ましくなるのも超当然ですが、浜面がやるとスマートさが超欠けますから絶対にギャグに収まりますよ」

 

絹旗は滝壺に声を掛けて店員を呼び、酸素マスクを持ってきてもらう。

垣根は麦野と適当に話をしながらお茶をしていたが、途端につまらなくなって真守を見た。

 

「真守。つまらなくなった」

 

「麦野の前でそういうこと言うなよ、印象悪いなあ。……公開収録は始まったばかりだし、もう少し店を見て回るか?」

 

「そうする。でもその前にトイレ行ってくる。待ってろ」

 

頷いた真守から視線を外して、垣根はトイレへと向かう。

麦野はそんな真守を見て、首を傾げた。

 

「公開収録って?」

 

「一緒に来た子がテレビオービットで公開収録を観覧してるんだ。その間、私たちは二人でデートする約束を交わしていたんだ」

 

「あー。確かに観覧目的ならテレビオービットにも超簡単に入れますね」

 

絹旗が納得する中、滝壺の携帯電話にメールが着信した。

 

「あ。むぎの、はまづらは今ダイヤノイドに到着したって」

 

「? 浜面仕上も来てるのか?」

 

真守がきょとっとして首を傾げると、絹旗は頷く。

 

「ええ。テレビオービットに『荷物』の搬入をしているんですよ。……あ、超裏の仕事ではなくてですね、真っ当な仕事です」

 

「荷物……ということは、運搬業者として働いているのか?」

 

「ええ、そうです。浜面が以前に超お世話になった駆動鎧(パワードスーツ)のテストパイロットとして出入りしている企業経由ですね」

 

「それって『ドラゴンライダー』か? 確かそれでフレメア=セイヴェルンを助けたんだよな」

 

「おや。超訳知りでしたか。そうそう、それです」

 

絹旗が頷いている中、紅茶を飲んで一息ついた麦野は真守を見てニヤッと笑った。

 

「で。あの男、ベッドの中ではどうなの?」

 

「…………本当に女の子ってそういう話好きなんだなあ」

 

真守が女の子特有の情報収集に顔をしかめていると、絹旗は酸素マスクをしゅーしゅー言わせながら真守を見た。

 

「もったいぶってないで超早く教えてくださいよ、面白いじゃないですか」

 

「あさつき、はやく」

 

マッサージチェアにうつつを抜かしていた滝壺まで参戦してきたので、真守は沈黙する。

 

「……………………とってもやさしい、よ……?」

 

真守が顔を赤くして小さな声で呟くと、『アイテム』の面々はへーっと感心した声を上げた。

 

「意外だわ、アレはどう頑張っても鬼畜でしょ」

 

「ですね。超意外です。あの傍若無人っぷりからは考えられない」

 

真守は麦野と絹旗の相変わらずの垣根の印象を聞いて、恥ずかしそうに俯く。

 

「そ、そういう感じがするのはしょうがないと思う……っでも、……その、垣根は実際、とっても優しくて壊れ物みたいに大事にしてくれるから……」

 

絹旗は真守の言い分を聞いて、(ひらめ)いたように告げる。

 

「もしかして、朝槻さんには超そんな態度取るだけなんじゃないですか? 他の人には外見通りに鬼畜してたけど、本当に朝槻さんが大切だから超優しくしてるとか」

 

「……そうよね。愛されてるのねーアンタ」

 

麦野がへーっと声を上げると、真守はぽっと顔を赤くする。

 

「は、恥ずかしい……っ」

 

(やっぱり(ほだ)されるのは分かる気がするわー)

 

(これは多分会った人間を片っ端から落とす超人間キラーですね。相手が未元物質(ダークマター)でも通じるとは……流石)

 

麦野と絹旗は恥ずかしそうに体を縮こませて照れている真守を見て、納得する。

そして麦野は気になっていた事を口にした。

 

「ちなみにさ、垣根帝督と毎日寝てんの?」

 

「!!」

 

真守は目を見開くと、とっさに顔を(うつむ)かせる。

回数が多いのは経験人数一人の真守にも分かる事だ。

何故なら普通の学生は一緒に住んだりしない。せいぜい週末にお泊りをするくらいで、そうなると頻度は一週間に一回か二回である。

 

「そ、それは……えっと……その、あのな……」

 

「あーその返答で分かったわ。どう見てもアイツ、性欲強そうだもんねえ」

 

「そこは超外見通りですね、ええ」

 

麦野と絹旗はほぼ毎日寝ているという事実に納得したようにうんうんと頷く。

そんな中、滝壺がわくわくした様子で真守を見た。

 

「ねえねえ、あさつき」

 

「なんだ? まだ何かあるのか……?」

 

「のうりょくってつかうの?」

 

「「「!?」」」

 

滝壺の疑問が飛ぶと、真守はピシッと硬直した。

 

「ちょ、滝壺さん!? それは超高度なプレイになるから聞いちゃダメですって!」

 

「そうよ。こういう場合はぶっ飛んだヤバイことやってんだから!」

 

絹旗と麦野が焦って声を上げて滝壺に迫るが、それでも滝壺は目を輝かせたままだ。

 

「どうなの、あさつき?」

 

真守は顔を真っ赤にして声を大きくする。

 

「そんなあぶのーまるなことしないっ!! したことないっ!!」

 

真守は涙目になってわあわあ叫ぶ。

その様子を見て、麦野と絹旗は色々察した。

 

(うわ、すっごい初心。こんな初心ならちょっとずつ仕込まれてるって分からないわね。すっごく丁寧に仕込んでくるから優しくしてくれるって思ってるのかしら。……もしかしたら本当にあの男は優しいのかも。でもこんなに何も知らない様子じゃ教え込むのが楽しいでしょーね)

 

(未元物質(ダークマター)が優しさでばっちりコーティングして朝槻さんに超仕込んでるのが目に浮かびます……これは多分、これから長く楽しめるように今はそんな超過激なことしてないだけですよ、絶対)

 

真守は自分と垣根のあーんなことを黙々と考えている麦野と絹旗の前で、涙目になるほどに顔を赤くする。

そんな真守を見て、麦野は感嘆した声を出した。

 

「いやー。あの垣根帝督に恋人ねえ。女遊びして一回で捨てるような男だと思ってたわー」

 

「朝槻さんに会う前は超そんな感じだったんじゃないんですかね?」

 

「かきね、ほすとみたいに遊んでそう」

 

真守は『アイテム』の少女たちの印象を聞いて、顔をしかめる。

 

(とんでもない言われようだぞ、垣根。……本当は優しいのに、傍若無人っぷりを発揮しているから、やっぱりそういう印象を受けるんだ……)

 

垣根帝督は本来優しいのだ。

だがこの学園都市に星の数ほど存在している悲劇によっておかしくなった。

真守はそのことに少し悲しくなりながら、垣根への勝手な印象(あんまり間違っていない)で花を咲かせる『アイテム』の少女たちに苦笑していた。

 



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第六三話:〈仲良小好〉から不測事態へ

第六三話、投稿します。
次は一一月二一日月曜日です。


真守が麦野たちに『垣根帝督が恋人としてどうなのか』と聞かれていると、話題の中心人物である垣根帝督が帰ってきた。

 

「真守、行こうぜ」

 

「わ、分かった」

 

真守は座っている自分に後ろから寄り掛かってきた垣根の体温を感じながら、ぼそぼそと頷く。

垣根は真守の様子が少しおかしいので、片眉を跳ね上げて怪訝な表情をした。

 

「どうした、麦野にイジめられたか?」

 

「ううん違う。そういうわけじゃないっ」

 

垣根が納得いかない様子を見せていると、真守のことを本当に垣根が溺愛しているのだと知った麦野は目を細める。

 

「あんた、第一位のこと本当に大事にしてるみたいだけど。あんまりベタベタすると嫌われるわよ」

 

「あ? 別にベタベタしてねえよ」

 

垣根は麦野をじろっと睨む。麦野はそんな垣根を見て、思わずため息を吐いた。

 

「女の幸せは男には分からないものね」

 

「……なんでテメエにまでそんなこと言われなくちゃならねえんだよ。俺は真守の幸せをちゃんと考えてる」

 

「テメエにまで?」

 

麦野が怪訝に思うと、真守は自分に回してくる垣根の腕に触れながら困った笑みを見せる。

 

心理定規(メジャーハート)に会うたびに垣根はいつも言われるんだって。私のことを大事にしろって」

 

垣根は口うるさい少女の事を思い出して、チッと舌打ちをする。

真守の説明通り、心理定規(メジャーハート)は垣根に会うたびに何度も茶化しながらも本気の様子で、『真守の幸せをきちんと考えろ』というのだ。

麦野は真守の説明を聞いて、マンゴージュースに手を伸ばしながら笑った。

 

「あの女にいつも言われているのか。相当だな」

 

「うるせえな、他所(よそ)の組織が口出しするんじゃねえ」

 

垣根は麦野を睨んだ後、自分の腕の中にいる真守に目を向ける。

 

「真守。本当にイジめられてねえの? つーか何話してたワケ?」

 

「……そ、その……かきねが……恋人としてどうなの、って聞かれてたんだ……」

 

真守が顔を赤くしてぽそぽそと告げると、垣根は全てを察した。

きっと、夜のことを主に聞かれたに違いない。

 

「ちゃんと気持ち良くしてもらってるって答えたか」

 

「かきねのばかっ!」

 

真守は顔を真っ赤にして自分のことを後ろから抱きしめる垣根の腕をぺちぺちと叩く。

麦野たちは垣根の真剣な表情を見て悟る。

ああ、こりゃ本当に重傷だと。

 

「垣根、行くぞっ。これ以上ここにいると生き恥をさらすことになる!」

 

真守は立ち上がると、垣根の手を引っ張る。

垣根は不服そうにしながらも、麦野たちを見た。

 

「ここは俺が払っておく。お前たちはせいぜいゆっくりしてろ」

 

「じゃあな麦野、絹旗、滝壺っ! 浜面にもよろしくっ」

 

真守は垣根の手を強く引きながら、三人に向かって空いている手を振る。

麦野はスマートに『払っておく』といった垣根と真守を見送ってぽそっと呟く。

 

「あの男って意外と紳士よね。そりゃあ恋人のことも大事にするか」

 

「そうですね、お金払っておく宣言が超スマート過ぎて、逆に鳥肌が立ちましたよ」

 

「はまづらにも見習ってもらいたい……」

 

「だから滝壺さん。浜面が見習っても超お笑いにしかなりませんって」

 

『アイテム』の面々はいつものように仲良くしながら、去っていった真守と垣根についてちょっと話をしていた。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

麦野たちと別れた真守は垣根を連れて、メンズ服が立ち並ぶ階層へとやってきた。

 

「垣根のプレゼント見たい」

 

真守は並んでいる店にさらっと目を通して、とある高級スーツ店に目を向けた。

 

「垣根。あの店に入りたい。いい?」

 

真守は垣根と繋いでいる手をくいっと引くと、店へと垣根に視線を誘導させる。

その店はあまり垣根が利用したことがない店だったが、流石目利きが鋭い真守。

垣根帝督の趣味に合うものだった。

 

「気に入った。入ろうぜ、真守」

 

「やったっ」

 

真守はにぱっと微笑むと、垣根と共に店へと入る。

 

「暗部で働かなくなったけど、垣根にはやっぱり紳士服が似合うからな」

 

真守の言う通り、垣根は暗部で仕事をしていないため、最近めったにスーツに袖を通していない。

だがやっぱり垣根に似合うのは紳士服系のシャツやズボンなのだ。真守はそう感じている。

 

「前に垣根にお礼でプレゼントしたタイニーピン、制服に着けてくれてるだろ。今回のプレゼントも制服に着けてくれると嬉しい」

 

以前、真守は幻想御手(レベルアッパー)事件で助けてもらったお礼に、垣根帝督に(いかり)のタイニーピンをプレゼントしたことがあった。

あれを垣根は制服に着けているし、何なら大覇星祭の時はジャージに着けてもいる。

真守はプレゼントを垣根が大事にしてくれていることが嬉しくて、ご機嫌に目を細める。

 

「同じタイニーピンだとあまり芸がないから、今度はネクタイピンにしようかな」

 

「なんだよ。芸がないって」

 

垣根は真守の言い方がかわいらしくってふっと笑う。

そんな垣根が見守る中。真守は真剣に垣根へのプレゼントを選ぶ。

 

「これ良いな」

 

真守は真剣な表情で目を細めると、垣根へと向き直る。

そして手に持っていたハンドベルを模したネクタイピンを垣根の胸に当て、次にもう片方の手に持っていたイルカと浮き輪モチーフのネクタイピンを垣根に合わせる。

 

「んーでも比べたらやっぱりこっち」

 

真守はちょっと背伸びをしながら、楽しそうに垣根のアクセサリーを選ぶ。

 

黒猫系美少女である真守が、恋人のためにプレゼントを必死に選んでいる。

その様子はとても微笑ましいものだ。

そのため応対しに来た店員はにこにこと真守にアドバイスをする。

 

自分へのプレゼントを真剣に選ぶ真守。

垣根はそんな真守を見て、温かい気持ちが胸を満たしていくのを感じていた。

前にもこんなことがあった、と思い出しながら、垣根は真守の頭に優しく手を置く。

 

「ん。なんだ垣根?」

 

真守は髪の毛を崩さないように優しく撫でてくれる垣根を見上げて、ふにゃっと笑う。

 

「お前が愛おしくて、つい」

 

「なんだそれ」

 

真守は自分の気持ちを正直に告げた垣根を見上げて、ふふっと小さく笑う。

以前。真守に幻想御手(レベルアッパー)事件で助けてもらったお礼を貰った時。

垣根帝督は真守の頭を撫でたくなった自分の気持ちを真守に伝えられず、濁してしまった。

だが今ならちゃんと言える。大切な少女を大切にできる今なら、愛おしい少女にきちんと気持ちを伝えることができる。

 

「やっぱりこれが良い」

 

あの時は髪を崩さずに頭を撫でるのが上手くなくて怒られたな、と垣根が思い出していると、真守は垣根へのプレゼントを決めた。

 

イルカと浮き輪モチーフのマリン系のネクタイピン。

それを選ぶと、真守は店員と一緒に丁寧にラッピングを選び始めた。

垣根はそんな真守をそばでずっと見守っていた。

 

真守は垣根が気に入っているブランドのアクセサリーが入った小さなバッグを手に持つと、ご満悦で垣根と一緒に店から出る。

 

「上機嫌だな、真守」

 

「うん。だって垣根に似あうピンが見つかったから。制服につけてくれるとうれしい」

 

垣根に似合うものを買えて、真守は本当にご機嫌だった。

真守は上機嫌で歩いていたが、ふとエレベーター前に学生たちが固まっているのを見て首を傾げた。

 

「うん?」

 

真守と垣根が近付いてみてみると、どうやらエレベーターが停まっているらしい。

そして携帯電話も繋がらないと、学生たちが騒いでいる。

 

「垣根」

 

真守は垣根の手を引き、一緒に物陰へと向かう。

そして良い場所で立ち止まると、真守は口を開く。

 

「帝兵さん」

 

すると即座に、体を能力で透明にしていたカブトムシが真守の肩に停まった。

 

『どうやらダイヤノイドに閉じ込められたようです』

 

カブトムシが言うにはエレベーターは停まり、非常階段は蝶番が溶けて扉が壁と融合し、一つになってしまっているそうだ。

 

「能力者か?」

 

「今のところ強力なAIM拡散力場は放たれてないから、魔術だと思う」

 

真守はもう一匹飛んできたカブトムシに垣根へのプレゼントを手渡す。

そして大事なプレゼントをカブトムシに大事に保管してもらいながら、ため息を吐いた。

 

「上条もダイヤノイドに来てるんだよなあ。なにか起きると思ったら魔術由来の閉じ込めか。魔術師がこんなにポンポン侵入してくるなんて。学園都市のセキュリティ緩すぎだろ、まったく」

 

真守は憤慨しながらも、冷静に状況を確認する。

 

「ローマ正教とかイギリス清教とか、そういうきちんとした組織の魔術師じゃないと思う。第三次世界大戦と魔神オティヌスの件で魔術サイドは一致団結したし、私たち科学サイドもそれなりに付き合いができたから」

 

「魔術サイドで不穏な動きがあればお前の実家がコンタクト取ってくる話になってるしな。はぐれの線が強いってのは当たり前か」

 

「学園都市はエステル=ローゼンタールを『プロデュース』のスーパーアドバイザーとして迎え入れていたという前例もあるからな。……あれ。そう考えるとやっぱり学園都市のセキュリティはユルユルすぎない……?」

 

真守はアレイスターは何をやってるんだ、と思いながらとことこ歩くと、ダイヤノイドの壁へと手を伸ばした。

そして源流エネルギーを限りなく収縮させて壁へと放つ。

 

ガギュンッと小さい音が響く。

すると、壁にテニスボールくらいの大きさの穴が外まで貫通して空いた。

 

だが次の瞬間、縦に横にテニスラケットのガットのように格子が出てきて、そこからカーボン素材が染み出て壁が修復された。

 

「なるほど。炭素を操る魔術のようだな」

 

真守はやっぱり能力関連ではなく、魔術由来の異能だと看破して鋭く目を細める。

そんな真守を見て、垣根は怪訝な表情をした。

 

「炭素?」

 

「炭素だけなのか単一の元素を操ることができるのか分からないけどな。何はともあれダイヤノイドは全部炭素でできてる。そういう系統の魔術師にとってはもってこいの場所だ」

 

「……ふーん。炭素か単一の元素だけねえ」

 

垣根は面白くなさそうに呟くと、トンッと壁に手を当てた。

すると垣根が手の平を当てた強靭な炭素でできた壁が、どろどろと溶け落ちていく。

 

「俺の前じゃお笑い草な魔術だな」

 

垣根は未元物質(ダークマター)という、この世に存在しない物質を操る超能力者(レベル5)だ。

 

未元物質(ダークマター)を通して、垣根は世界の法則に手を伸ばすことができる。しかも未元物質(ダークマター)は垣根帝督がどんな性質をも付与することができるため、『無限の創造性』を秘めている。

 

垣根帝督の前では、既存の物質を扱う魔術なんて敵にもならない。

 

一つ気にしなければならないのは魔術と能力の競合によって引き起こされる不可解な現象だけだ。その一点のみを気にしていれば、垣根帝督が負けることはない。

 

真守はどろどろと未元物質(ダークマター)で溶けていき、未だに修復しない壁の前で鋭く目を細める。

 

「…………深城と合流しなくちゃ」

 

垣根は真守の呟きを聞いて首を傾げたが、すぐにその言葉の真意に気が付いて目を見開く。

 

神人、朝槻真守。そして『無限の創造性』を持つ垣根帝督。

真守と垣根を無力化するのは簡単だ。人質を取ればいいのだ。

 

そしていま、このダイヤノイドには少し離れた場所に深城と林檎がいる。

 

真守は手を壁に向けると、源流エネルギーで炭素の壁を吹き飛ばした。

そして鋭い轟音と共に、大穴を開ける。

先程はすぐに穴が塞がれてしまったが、真守が源流エネルギーで大穴のフチを焼き尽くし続けているので、穴は塞がらない。

 

深城たちがいる中階層まで、外を飛んで急行する。

それを決行しようとした真守を、垣根が止めた。

 

「ちょっとまて、真守」

 

真守は外へと飛び出そうとしていたが、垣根に止められて振り返った。

 

「なんだ?」

 

「こっち来い」

 

垣根は真守を手招きすると、真守のことをお姫様抱っこする。

 

「? なんでお姫様だっこしてくれるんだ?」

 

真守は疑問に思いつつも、素直に垣根の首に腕を回しながら首を傾げる。

 

「お前にその格好で宙に浮いてほしくない」

 

垣根が自分をひょいっと軽く抱き上げながら告げるので、真守は首を傾げる。

 

「……こんなに完全防備なのに?」

 

真守は現在、垣根帝督が着させたコートにひざ丈スカート、そして黒いストッキングまで穿いている。

下着なんて見える隙が一ミリもない。

それなのに垣根がどうして気にしているのか首を傾げていると、垣根はけろりと告げる。

 

「ストッキング越しの方がエロ、」

 

「かきねのばあか!!」

 

真守は叫びながら、垣根の額へと自分の小さな額をごちんとぶつける。

 

「ばかばかばかばか煩悩の塊! ばーかっ!」

 

「うるせえな。こちとら健全な男子高校生なんだよバーカ」

 

垣根が真守の頭突きにけろっとしていると、真守は体を揺すらせて叫ぶ。

 

「垣根のばか。えっちへんたい……っ! こんな時にも平常運転だなんて、……ふふっ」

 

真守は怒っていたが、いつもと垣根が変わらない様子なので、くすくすと笑う。

そして垣根の首に手を完全に回して体を預けると、柔らかく微笑んだ。

 

「連れてって、垣根」

 

「おう。任せとけ」

 

垣根はきちんとお願いしてくれた真守が愛おしくて頷く。

そしてその背中から三対六枚の未元物質(ダークマター)でできた翼を広げて、一気に飛翔した。



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第六四話:〈最愛天使〉を守り抜く

第六四話、投稿します。
次は一一月二四日木曜日です。


ダイヤノイド中階層、テレビオービット内。

深城たちは林檎の好きな『天使なうさぎ様』などのマスコットキャラクターが勢ぞろいする特番を観覧しに来ていた。

人気キャラクターが出るため、観覧チケットは予約制。深城もカブトムシに手伝ってもらって、頑張って林檎のために勝ち取った特番だった。

 

だがその特番のスタジオ。その観覧席の前で。

深城は白い少年を抱き上げたまま、厳しい顔つきをしていた。

深城のそばにはフロイライン=クロイトゥーネがぴったり寄り添っている。

 

そして深城を庇うように、杠林檎が敵と対峙していた。

 

燕尾服の男だ。

片眼鏡をしている、奇術師のようなマジシャンのような出で立ちの紳士。

だがその紳士が持っているのは杖ではない。ダイヤノイド内の炭素製品をいくつか無作為に選び取り、飴細工のように溶かして造り上げたような、即席の槍を持っている。

 

どうやら紳士服の男──サンジェルマンを呼称した人物は、真守と垣根の動きを止めるために源白深城を人質にするために来たらしい。

サンジェルマンはため息を吐き、本当に迷惑そうにする。

 

「神人やその(つがい)に暴れられては困るのだよ。私の目的が果たせなくなってしまう」

 

「目的?」

 

深城はサンジェルマンを慎重にじっと見つめて、問いかける。

サンジェルマンは深城の問いかけに、悠々自適に答えた。

 

「我が悲願を叶えるためだ」

 

それと同時に、サンジェルマンは動いた。

だが構えていた林檎の方が早かった。

林檎は近くにあったテレビ用のカメラを念動能力(サイコキネシス)で引っこ抜くと、サンジェルマンめがけて投擲(とうてき)

サンジェルマンはそれをひょいっと軽く避けた。

 

「おっと。強気なお嬢さんだ」

 

おどけたように笑うサンジェルマン。だが林檎は焦りを見せない。

避けられたとしても構わないからだ。

何故ならテレビ用のカメラは、まだ自分の制御下にある。

林檎はサンジェルマンが避けたと考えていたカメラをぐいっと空中で方向転換させて、もう一度サンジェルマンを攻撃した。

 

「ただ単に投擲するのではないのか」

 

サンジェルマンは独り言ちると、そっと床に手を触れる。

すると炭素でできた床がねじ切れて、林檎が操っていたカメラをくし刺しにした。

 

「舐めないで」

 

林檎はぶすっとむくれたまま、能力を再び行使する。

そしてカメラや照明、観覧席の椅子などを同時に持ち上げてサンジェルマンを睨みつけた。

 

杠林檎は『暗闇の五月計画』の被験者だった。

『暗闇の五月計画』とは一方通行(アクセラレータ)の演算思考パターンを被験者に植え付け『自分だけの現実(パーソナルリアリティ)』の最適化を図り、能力者の性能を向上させて超能力者(レベル5)を生み出そうとした計画だ。

 

杠林檎は一方通行(アクセラレータ)の『執着心』を植え付けられた。

だが一方通行の執着心は林檎に上手く定着しなかった。

そして林檎と同じように被験者だった黒夜海鳥が暴走して研究者を殺した事で、計画は頓挫(とんざ)

 

杠林檎は不安定なまま路地裏を彷徨(さまよ)って木原相似に拾われ、木原相似が興味を持っていた朝槻真守捕縛用の駒として調整された。

 

その木原相似の無理な調整のせいで、杠林檎は自己の喪失をすることが決まっていた。

 

だが朝槻真守が助けたことにより、一方通行(アクセラレータ)のような疑似的なベクトル操作をすることもできる念動能力者(サイコキネシスト)として完成された。

 

林檎の近くには大能力者(レベル4)念動能力(サイコキネシス)を持つ誉望万化がいるため、林檎は誉望から能力の制御方法を学んでいる。

だから能力を十全に使い、敵と渡り合うことすらできるまで成長した。

 

「頑張ってたら垣根と朝槻がすぐに来る。だから大丈夫」

 

林檎は自分を勇気づけるように呟く。

そして移動できるようにキャスターがついた観客席を、まるごと念動能力(サイコキネシス)で音もなく浮かせた。

 

「ちょっと痛いかもしれないけど、朝槻がなんとかしてくれるから大丈夫っ」

 

林檎はそう言葉を放ち、念動能力(サイコキネシス)で浮かせていたカメラなどをいなしていたサンジェルマンへと叩きつけた。

鋭い轟音が響き、振動によって地面が揺れる。

流石のサンジェルマンも避けるスペースを与えられずに巨大なものを投擲されれば、押しつぶされるしかない。

 

「林檎ちゃんっ」

 

深城が声を上げるのを聞いて、林檎は振り返った。

 

「みし、」

 

林檎は深城を呼ぶが、その顔を硬直させた。

深城の後ろには、血を口の端から零す片眼鏡をした女子学生が立っていた。

そしてその手には、杠林檎がそれまで対峙していたサンジェルマンと同じ意匠(いしょう)の槍が握られている。

 

「深城っ!!」

 

林檎が声を上げる中、クロイトゥーネがとっさに動いた。

 

「んーっ!!」

 

聞けばかわいらしい声を上げながら、クロイトゥーネは思い切り深城のことを狙っていた女子学生のことを蹴り飛ばした。

深城は白い少年を抱きかかえ直して守りながら、驚愕する。

 

(サンジェルマンさんって一人じゃないの!?)

 

サンジェルマンというのは一体何者なのか。

深城がそう考えていると、鋭い振動がダイヤノイドを襲った。

 

「きゃっ」

 

深城はダイヤノイド自体が揺れて、思わず姿勢を低くする。

ゴゴンゴゴンゴゴン、と何度も何度もダイヤノイドが大きく揺れる。

 

(ちがう、これは真守ちゃんたちじゃないっ!)

 

深城はダイヤノイドを揺らす衝撃が朝槻真守や垣根帝督の破壊ではないと感じながら、へたんっとその場に座り込む。

残念ながら、源白深城はバカ力があるだけで運動能力はそこまで高くない。

むしろ地面にへたり込んだ時、白い少年を放り出さなかったことに拍手を送りたいレベルだ。

 

「おや。あちらもあちらで考えなければな。『盾』の方は回収に向かっているし、私は私のやるべきことをしなければならない」

 

クロイトゥーネに蹴り飛ばされた女子学生はそう呟くと、ゆっくり立ち上がる。

そして女子学生の後ろに、また新たなサンジェルマンが現れた。

その数は十数人。クロイトゥーネや林檎が深城を守れない人数だ。

 

絶体絶命のピンチ。

そこで、声が響いた。

 

『私の天使に手を出そうなんて。本当に良い度胸してるな、お前』

 

その声が響くと同時に。

サンジェルマン達は全員、見えない力──AIM拡散力場を操ることで生み出された力で地面に叩きつけられた。

 

ダイヤノイドの炭素製の壁がどろりと溶ける。

 

そこから現れたのは、未元物質(ダークマター)の翼を広げた垣根帝督と彼にお姫様抱っこされた朝槻真守だった。

 

「真守ちゃん!」

 

「深城」

 

真守は地面にへたり込んでいる深城を見て、深城を安心させるために優しく微笑む。

そして垣根から離れて浮遊すると、ゆっくりと深城のそばに降り立った。

 

「大丈夫だったか?」

 

「うん。真守ちゃんが来てくれたから、へっちゃらだよぉ」

 

深城はこの世で最も愛おしい少女に心配されて、にへらっと笑う。

 

「ロシアの時より全然怖くなかったよ、だいじょぉぶ」

 

「ふふ。お前は天使と戦ったものな」

 

真守は笑うと、白い少年を抱き上げて深城の手を引いて立たせる。

 

「クロイトゥーネ、林檎」

 

真守が呼ぶと、名前を呼ばれた二人は真守の前に立つ。

 

「深城を守ってくれてありがとう。本当に助かった」

 

真守は林檎の頭を優しく撫でて、クロイトゥーネの頭も優しく撫でる。

その様子を見て、真守に立たせてもらった白い少年はムッと顔をしかめた。

 

「私のことも(いたわ)ってほしい、朝槻真守」

 

「そうだな、お前も怖かったな。よしよし」

 

真守が少年の頬を優しく撫でると、少年はくすっと笑った。

 

「くすぐったいぞ、朝槻真守」

 

真守と白い少年が話をしている向こうで垣根は腰を下ろして、観客席の下で下半身を丸ごと潰されているサンジェルマンを見つめる。

 

「おーおー派手にやったな、林檎」

 

垣根は独り言を呟くと、楽しそうにサンジェルマンを睥睨した。

 

「どうせこいつは操られてるだけだろ。──カブトムシ(端末)

 

垣根はカブトムシを呼ぶと、カブトムシたちは観客席をどけて、サンジェルマンの怪我の処置を始める。

林檎は深城を攻撃する前から血を流していた女子学生の具合を見ている真守たちから離れて、てててーっと垣根に近づいた。

 

「ごめん、垣根。やりすぎた?」

 

「いいや? 刃向かってきたヤツにはこれでも足りねえくらいだ」

 

垣根は笑うと、林檎のことを抱き上げる。

 

「わっ」

 

林檎はしょんぼりしていたが、垣根に突然抱き上げられて思わず声を上げた。

 

「よく頑張ったな、林檎。俺が最優秀賞をくれてやる」

 

「本当?」

 

林檎は垣根に抱き上げられたまま目を丸くする。

 

「ああ。誉望なんて目じゃなかったぜ」

 

「うれしい」

 

林檎は垣根に褒められて、本当に嬉しそうに表情を明るくする。

垣根は林檎を抱き上げたまま歩き、真守に合流した。

 

「分かったことがある」

 

真守はAIM拡散力場で押さえつけたまま放置しているサンジェルマンたちから目を上げて、垣根に視線を向ける。

 

「サンジェルマンはサンジェルマンという思想を感染させてるようだ」

 

「思想?」

 

垣根は真守の言葉に首を傾げる。

 

「サンジェルマンは人間じゃない。人々に自分を思想として感染させることで増殖し、個を存続させている。……多分、元々は人間だったんだ。でも今は人間じゃないから、整合性がない。それは道理だ」

 

「分かるように説明してくれ」

 

真守はこくんっと頷き、サンジェルマンに潜った感覚に眉をひそめながらも垣根をまっすぐ見た。

 

「なあ垣根。人が二足歩行する自身の肉体を失っても、人間としてのあるべき自我を存続させることができると思うか?」

 

「……そういやカブトムシ(端末)を生み出す時に人体に関する文献でそんなのを読んだな。確か人間としてあるべき二足歩行から乖離しすぎると、人間としての自我が保てなくなるとかなんとか」

 

垣根は真守に問いかけられて、以前に仕入れた知識を思い出す。

人間は精神が肉体に引っ張られる傾向がある。

たとえば二足歩行から四足歩行へ姿を変えた時、二足歩行していた時と四足歩行は当然としてまるきり、体の認識の仕方が違うのだ。

認識の仕方の相違。それが出てくると、人は人としての自我を保てなくなる。

 

「特にサイボーグ化する時に問題視されてることだな。黒夜海鳥は体の後ろに複数の手をくっつけてたけど、あれは薬物で精神を整えないと多くの手を持っているという事実に、精神が変調をきたしてしまうはずなんだ」

 

真守はつらつらと説明すると、脱線を戻してサンジェルマンについて言及する。

 

「サンジェルマンは人間じゃなくなった。だから人間みたいに一本筋のきちんとした意思を持てなくなってる。すると明確な中身がなくなってしまう。つまり、やっていることがめちゃくちゃなんだ。嘘で塗り固められてそれらしいこと述べて、そして行動する」

 

真守はサンジェルマンの仕組みをそう看破して、サンジェルマンの一体を見た。

 

「しかもこいつは個体の扱いが意外と雑だ。でも視覚や聴覚を頼らないと、魔術を使えないみたいだ」

 

「……やってることがめちゃくちゃなんだろ。でも俺たちを黙らせるために源白を人質に取ろうとした。整合性がなくても目的がある。その目的って一体なんだ?」

 

垣根が最もな疑問を持つと、真守はサンジェルマンになった女子学生を見つめる。

 

「上条を苦しめたいようだ。上条を苦しめて、そのヒーロー性(性質)を歪める。それが狙いだ」

 

「上条当麻絡みか。で、具体的にどうやって上条を歪めるんだ?」

 

「能力者に魔術を使わせる」

 

真守は腰を下ろして、魔術を行使させられたことによって体内が傷ついた女子学生の髪を優しく撫でる。

 

「何も悪くない学生が上条当麻を歪めるためだけに手駒にされた。そして魔術を使わされて大勢が死んだ。自分のせいで多くの人が傷つく。傷つかなくてもいい人たちが。──上条に強い影響を与えさせる一番の手だ」

 

「はん。あいつは自分よりも他人の命を優先するからな。確かに有効な手段だ」

 

垣根帝督は鼻で嗤うと、即座にカブトムシに指示を出した。

 

カブトムシ(端末)

 

『上条当麻を捜索します』

 

垣根帝督がどんな命令をするか分かったカブトムシは、先回りして即答する。

真守はそんなカブトムシと垣根を見て、柔らかく微笑んだ。

 

「ありがとう。垣根、帝兵さん。でも私にもできることがあるぞ」

 

「なんだ?」

 

真守は立ち上がって垣根を見上げると、不敵な笑みを浮かべる。

 

「ここには全ての能力者に繋がっている私も、全ての能力者を束ねている深城もいる。だからAIM拡散力場経由で能力者の演算能力を奪ってしまえばいい」

 

AIM拡散力場を体として認識している、能力が自我を持って動き出した存在である源白深城。

そして真守は深城の命を繋いでいる。

そのため間接的に真守は能力者と繋がっており、能力者との繋がりこそが絶対能力者(レベル6)としての真守の力の源となっているのだ。

 

朝槻真守は単体でも凄まじい力を発揮するが、能力者一人一人の力によってできることは大幅に広がる。

そして学園都市には真守の力の源であるAIM拡散力場が満ちている。その力を使えば、能力者の動きを縛ることなど簡単なことだ。

 

「学生だけじゃなくて、AIM拡散力場経由でダイヤノイド内の大人全てを止めることもできるけど……それは大量の帝兵さんに視覚補助してもらわないと、少し雑な止め方になってしまう。それはやめておこう。理由はアレだ」

 

真守はつらつら話すと、未だにぎちぎちと床に縫い付けられているサンジェルマンという思想に感染させられた大人に目を向けた。

 

真守は人差し指を立てて、目を細める。

 

するとスーツに片眼鏡をかけた人物は全身を縫い止められることがなくなった。

だがまだ押さえつけられたままだ。それでもなんとか立ち上がろうとして力を込め、AIM拡散力場からの束縛から逃れようとする。

 

すると次の瞬間、ゴギリと嫌な音が響いて力を入れ過ぎたスーツの男の右腕が折れた。

 

だがそれでもサンジェルマンはもがくのをやめない。折れた右腕にめちゃくちゃに力を入れてのたうちまわる。

真守はスーツの男を再び床に縫い付けるように抑え、カブトムシに治療をさせる中、思わずため息を吐いた。

 

「ああいう人を操る手合いは手駒が傷ついても死んでもどうとも思わない。本当に動けなくなるまで酷使するんだ。だからあんまり手駒を減らすと暴挙に出るから、一定数はサンジェルマンの手駒を残しておかなければならない」

 

「俺が言うのもアレだが、最低最悪だな」

 

垣根は心底吐き気がすると言わんばかりに告げる。

すると、突然再びダイヤノイドに激震が走った。

 

「中階層付近での爆弾による爆発だな。でも直接的な被害は出てないみたいだ」

 

真守は再びへたりこみそうになった深城と白い少年を支えながら、冷静に判断する。

 

「中階層でそんだけ動けるってことは麦野沈利たち『アイテム』か? 麦野のヤツ、さっきも原子崩し(メルトダウナー)バカスカ撃ってたし、サンジェルマンに目を付けられてもおかしくねえからな」

 

垣根は林檎とクロイトゥーネのことを支えながら、超能力者(レベル5)の中でも一際な破壊力を持つ麦野の能力、原子崩し(メルトダウナー)を思い出す。

 

「早くしないとダイヤノイドが倒壊するかもな。まずは上条を探そう。オティヌスとインデックスも一緒に来てるだろうから、サンジェルマンという思想から人を解放するために力を貸してもらおう」

 

真守は情報を整理してやるべきことを判断すると、垣根を見た。

 

「帝兵さんで傷ついた人たちの治療を頼めるか、垣根」

 

「元々カブトムシ(端末)はお前の力になるために俺が造ったんだ。やってやるに決まってるだろ」

 

真守は垣根の頼もしい言葉にふにゃっと笑うと、サンジェルマンを打倒し上条当麻を守るために行動を始めた。

 



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第六五話:〈舞台移動〉でケリをつける

第六五話、投稿します。
次は一一月二八日月曜日です。


ダイヤノイドにはもちろん、高級ホテルや分譲マンションとなっている上階層に続くエレベーターがある。

そのエレベーターシャフト。その中を、浜面仕上はよじ登っていた。

 

もちろん生身でシャフト内のケーブルを頼りに壁をよじ登るのは不可能である。そのため浜面仕上は運搬着(パワーリフター)と呼ばれる、駆動鎧(パワードスーツ)の民生版のようなものを巧みに操ることで、エレベーターシャフト内を登っていた。

 

しかも一人ではない。運搬着(パワーリフター)は二本の鋼の巨腕と左右二本の有線操縦桿とフットペダル、そして大きな背部ユニットを有しているが、その背部ユニットに上条当麻を乗せていた。

 

元々浜面仕上がテレビオービットに来たのは、真っ当な仕事を引き受けたからだ。

 

浜面はフレメア=セイヴェルンを助ける際に、駆動鎧(パワードスーツ)の亜種である『ドラゴンライダー』を借り受け、実戦で使用した。

その時の(えん)によって第二学区にテストパイロットとして出入りしており、今回第二学区から第一五学区まで『荷物』の搬入を要請されてダイヤノイドに来たのだ。

 

浜面仕上は一人で荷物の搬入に来たのではない。

警備員(アンチスキル)であり、敬愛するスナイパーと共に『計画(プラン)』の邪魔になる浜面仕上を抹殺する仕事を請け負い、絹旗最愛と交戦したことがあった女性──ステファニー=ゴージャスパレスと一緒に来ていた。

だがステファニーと別れ、何故浜面が上条当麻とエレベーターシャフトを登っているかというと、やはりサンジェルマンのせいだ。

 

浜面仕上は不審な行動をしていたサンジェルマンから『アイテム』の少女たちを守るために、サンジェルマンと交戦しようとしていた。

 

そんな浜面を止めるために、上条当麻は立ちふさがった。

上条はサンジェルマンに接触され、サンジェルマンはオティヌス──魔神より先にいる者だと聞いていた。

魔神に挑むのは無謀だ。そのため上条は浜面に『危険だから朝槻と連携を取れるまで待って欲しい』と伝えたが、その時間が浜面仕上には惜しい。

 

そして上条当麻と浜面仕上は譲れないものによって戦闘となり、結果的に浜面仕上が勝利した。

 

だが場は混乱を極めた。何故ならサンジェルマンは自分の思想を感染させることで、多くの手駒を用意していたからだ。

 

浜面と上条は、当然として大人数のサンジェルマンに取り囲まれた。

 

浜面は一刻も早く麦野沈利たちの無事を確認したい。だが上条当麻に勝利し、上条当麻にここは任せて先に行けと言われても、上条当麻を置いてサンジェルマンの前から逃亡することなどできなかった。

 

誰かを置いて大切な少女たちの安否を確認しに行くなんてできない。

それでは『アイテム』の少女たちに顔向けができない。

そのため浜面仕上は上条当麻と共闘し、結果的に二人はステファニー=ゴージャスパレスによって逃がされた。

 

ステファニーとはぐれてしまい、浜面仕上が結果的に誰かを犠牲にしてしまったと悔やむ中、麦野沈利の能力──原子崩し(メルトダウナー)の閃光がまたたいた。

ステファニーとはぐれた方向から麦野沈利の能力が放たれたため、浜面仕上はステファニーも麦野たちも無事なのだと安堵した。

 

そして余裕ができた浜面仕上は『藍花悦』と名乗っている学生を救いたい、という上条当麻の目的を聞いた。

 

なんでもその『藍花悦』はフレンダ=セイヴェルンの秘密を探っており、彼女の秘密は上層階にあるらしいのだ。

 

フレンダ=セイヴェルン。元『アイテム』で暗部抗争の時に亡くなった少女。

 

そんな少女の名前が出たら浜面仕上だって黙っていられない。そのため浜面仕上はフレンダの秘密を探るべく、エレベーターシャフトを上条当麻と共に必死で登っているのだ。

 

『なるほど、納得しました。それでエレベーターシャフト内を地道によじ登っているということですか』

 

上条当麻の頭に乗っかった白いカブトムシは上条と浜面仕上の説明を聞き、暗闇の中でヘーゼルグリーンの瞳をライト代わりにして辺りを照らしながら納得する。

 

カブトムシは指令通りに上条当麻を探していた。

 

サンジェルマンとの戦闘の痕跡を伝って捜索していたが、エレベーターシャフト内を頑張って登っていると流石に情報収集ができない。

そのためカブトムシは上条と浜面に何があったか、こうして詳しく話を聞いていたのだ。

 

『ちなみによじ登るのは時間がかかるため、私が手助けしても良いですか?』

 

カブトムシはえっちらおっちら必死によじ登っている浜面仕上へと声をかける。

 

「なんだって? そんなちっこい体で何ができるんだよ」

 

『失礼ですね、浜面仕上。私は垣根帝督が自らの「無限の創造性」を十全に扱って生み出した帝兵さんですよ。とはいっても真守の功績が九〇%ぐらいですが、未元物質(ダークマター)が「無限の創造性」を秘めていることは事実です』

 

垣根帝督に『無限の創造性』を気付かせたのは当然として真守だ。

しかも人造生命体の構造は真守が持っていた論文を垣根帝督が読み漁った結果構築できた理論だし、AIM拡散力場によるネットワークの構築も真守がAIM拡散力場について興味を持っていたから実現できたことだ。

名前を付けてくれたのも真守ですし、と垣根同様自尊心が高めに成長したカブトムシは憤慨する。

 

「……つまりお前を作ったのは第三位だけど、第一位のおかげがほとんどってことか?」

 

浜面仕上が問いかけると、カブトムシは肯定の意味でヘーゼルグリーンの瞳を収縮させる。

 

『ええ。それと訂正を。真守の功績は九五%ほどですね』

 

「第三位の功績がもっと減った!」

 

垣根帝督(オリジナル)なんて真守がいなければ何もできないんですよ。ほら浮かせますよ』

 

カブトムシはそう告げると、きらっとヘーゼルグリーンの瞳を輝かせて未元物質(ダークマター)を放出する。

すると運搬着(パワーリフター)を着込んだ浜面仕上がふわっと浮いた。

当然として、背部ユニットに乗っていた上条当麻も浮き上がる。

 

「「うおおっ!?」」

 

突然の浮遊感に、無能力者(レベル0)たちは思わず声を上げる。

 

『上条当麻はなるべく動かないようにしてください。右手に干渉しないように演算を展開させていますから』

 

カブトムシに忠告されて、上条は浜面仕上の背部ユニットにぎゅっとしがみつき、幻想殺し(イマジンブレイカー)が作用しないようにする。

 

『ダイヤノイドのデータサーバーにアクセスしましたが、ここはスイスやケイマン諸島にある秘密銀行と同列ですね。秘密が秘密ではなくなった瞬間に顧客の最大の商品である「安心」が死ぬようにできています』

 

上条当麻はカブトムシの説明を聞いて首を傾げる。

 

「じゃあ俺たちが上層階を打ち破って入るのはマズいんじゃ……」

 

『そうはいっても非常事態ですから。金持ちの道楽につきあってる場合ではありません。フレンダ=セイヴェルンの「本当の」秘密を暴いてやりましょう』

 

浜面仕上はぶーんっと翅を震わせて飛ぶカブトムシを見ながら、思わず上条当麻に声を掛ける。

 

「……なあ、あのカブトムシちょっと言葉の端々から毒舌を感じるんだけど? あれって学園都市にいっぱいいるんだろ。反乱起こしたらひとたまりもねえよ……」

 

「でも朝槻への愛情はひしひしと感じるから大丈夫だよ。多分」

 

『当たり前ですよ。それに私は垣根帝督(オリジナル)によって真守の敵には決してならないようにプログラムされていますから。ですから私はどんなことがあっても、たとえ垣根帝督(オリジナル)の敵になったとしても、絶対に真守の味方にはなりますけどね』

 

やっぱり朝槻真守は最強だった。

上条当麻と浜面仕上はそう思い、カブトムシ先導のもとダイヤノイド上層階へと降り立った。

そして浜面仕上と上条当麻、カブトムシは知る。

フレンダ=セイヴェルンの秘密とは、彼女の最も柔らかい部分だったのだと。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

真守たちは中階層から下階層に降りてきて、カブトムシの先導のもと移動していた。

 

「インデックス!」

 

「まもり!」

 

真守は下階層で上条当麻に置いて行かれたインデックスと合流する。

理由はサンジェルマンが使用しているのは純粋な魔術だからだ。

真守も真守でいくらでもやりようはあるのだが、安全策を取るならば専門家のインデックスに力を貸してもらった方がやっぱり良い。

 

「サンジェルマンの伝説はいまも続く本物だよ。それこそ魔術師に聞いて有名人を上げてみろって聞いたら、ローゼンクロイツとかメイザースとかと並んで出てくるほどにはね」

 

インデックスは真守から『サンジェルマンについて教えてほしい』と言われて、魔術の専門家らしくつらつらと軽やかに説明する。

 

「一般社会にも浸透しかねない程に有名だけど、そもそもサンジェルマンなんていうのは名前だけの存在なんだよ。魔術サイドじゃ稀代の詐欺師なんて呼ばれてた。貴族のパーティーに参加する時、箔をつけるために使われる名家の名前なんだよ。要は誰でも社交界に出られるフリーパスだね」

 

インデックスは説明すると、二本の指を立てる。

 

「サンジェルマンの伝説は主に二つ。一つ目は不老長寿などの寿命の克服。そしてもう一つは宝石を操りダイヤの傷を直すといったものなの」

 

真守はインデックスの話を聞いてふむ、と頷く。

 

「なるほど。思想となることで人間としての寿命を克服する。炭素を操ることでダイヤの傷を直す。そして稀代の詐欺師であるため、中身がなく整合性が全く取れない行動をとる。……確かにサンジェルマンの伝説と似通ってるな」

 

「まもりの話を聞くに、もしかしたらサンジェルマンの伝説を再現できる方法を誰かが確立したのかもね」

 

垣根はインデックスの説明を黙って聞いていたが、情報を整理して口を開いた。

 

「何はともあれ、サンジェルマンなんていう野郎はせいぜい特殊な魔術師で、魔神の先に到達してるってのはある意味嘘だってことだ。稀代の詐欺師らしく嘘で塗り固めてんだな」

 

真守は垣根の言葉に頷き、インデックスへと向き直る。

 

「インデックス、力を貸してくれるか」

 

「うん、もちろんなんだよ!」

 

真守はインデックスが返事してくれたことに頷き──そしてきょとっと目を見開いた。

 

「そういえばオティヌスはどこに行ったんだ?」

 

「さっきから見てないね。──スフィンクス!」

 

インデックスが胸元に入っていたスフィンクスを呼ぶと、三毛猫はぴょーいっとインデックスの胸元から出て、たたたっと走る。

そしてダクトの方へと走り去ったと思ったら、攻防の果てに三毛猫はその口にオティヌスを(くわ)えて帰ってきた。

 

「あ。お魚咥えたどら猫」

 

「どら猫は正しいが私は魚ではないぞ神人……っ!」

 

オティヌスの弱弱しい声が響く中、三毛猫は『姐さんが御所望(ごしょもう)してたんで!』と言わんばかりに真守に近づき、ぽてっと地面にオティヌスを落とす。

 

「大丈夫か、オティヌス。大冒険だったな」

 

「ま、まったく……猫畜生には神を敬う心すらないという事か……っ」

 

真守は三毛猫の頭を片手で撫でながら、オティヌスを空いている手の平に乗っけてあげる。

すると真守の肩に乗っていたカブトムシが声を上げた。

 

『どうやらサンジェルマンはダイヤノイドの最下層で上条当麻を待ち受けるようです。おそらくそこには上条当麻のヒーロー性を歪めるために、魔術を使わされる藍花悦も一緒にいるかと』

 

真守と垣根はフレンダ=セイヴェルンの秘密を知ったカブトムシが、ネットワークに流している情報を確認する。

 

「麦野たちにも浜面が情報を回したようだし、私たちも行くぞ」

 

真守はそう声を掛けると、白い少年を抱き上げ、杠林檎とフロイライン=クロイトゥーネと共にいる源白深城を見た。

 

「深城たちはどうする?」

 

「真守ちゃんのそばがこの世で一番安全な場所だもん。一緒に行く」

 

深城は笑うと、白い少年を抱き上げたまま真守の手をぎゅっと握った。

真守は深城の笑みを見て、ふにゃっと笑う。

 

「分かった。みんなで行こう。垣根もそれでいい?」

 

「いいぜ。カブトムシ(端末)たちもそこに向かわせる」

 

「お願い」

 

真守は頷くと、全員で歩き出す。

そして。舞台は決戦の地へ。

ダイヤノイドを基部として支えている、グラビトン式の人工重力制御装置。

使い方次第でブラックホール爆弾になるそれが安置されている、ダイヤノイド最下層へ。

 



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第六六話:〈英雄男児〉は立ち上がる

第六六話、投稿します。
次は一二月一日木曜日です。


学園都市超能力者(レベル5)、第七位。藍花悦。

能力も素性も明かされていない能力者。だがこの学園都市には無数の藍花悦がいる。

本物の藍花悦が自分のIDをばらまき、必要としている人間に自身のIDを貸しているからだ。

 

第一五学区に現れた藍花悦も、また藍花悦という身分を借りて自身の目的を叶えようとしていた。

 

その目的とはフレンダ=セイヴェルンという、突然消えてしまった自分の友達を探すこと。

その手掛かりが、ダイヤノイドにある。だから藍花悦はダイヤノイドを目的地とした。

フレンダの手掛かりを探す中、藍花悦はサンジェルマンに声を掛けられた。

 

何度目かの接触の際に、サンジェルマンは大仰に告げる。

 

ずっと自分は真なる王を探していたのだと。

何よりも輝くたった一つを、普通では決して手に入れられない、何よりも優先する存在を。

アンの盾と呼ばれる、キングアーサーの双子の妹であるクイーンアンだけが使える盾に適合する者を探していたと。

 

それがフレンダ=セイヴェルンを探してダイヤノイドに来た、藍花悦を偽っているキミなのだと、サンジェルマンは(うやうや)しく告げた。

 

フレンダ=セイヴェルンを探すために奔走している自分が、サンジェルマンのずっと探していた真なる王。

 

そうはっきりと告げられた藍花悦は、それでも何も望まなかった。

 

確かに自分に隠された力があるのは嬉しい。でも力を証明するために人を傷つけるなんて間違っている。そして力とは守るために振るうものだ。

だから藍花悦は力が必要ないと、受け取らないとサンジェルマンに伝えた。

 

するとサンジェルマンは最初に藍花悦に会った時の言葉を繰り返した。

 

『フレンダ=セイヴェルンの「遺産」を探せ』

 

持ち物ではなく、遺産。そう言った意味を考えたか、とも。

フレンダ=セイヴェルン。あの子の事を知っているのなら教えろと、藍花悦は言った。

サンジェルマンは他でもない藍花悦に命令されて、従順にフレンダ=セイヴェルンの最期を見せた。

 

どこかの路地裏で、死体袋が地面に放り投げられていた。

その前で会話をしている二人の男女。

そしてその死体袋から顔を出して死んでいる人間が、フレンダ=セイヴェルンだった。

 

それを見た瞬間、藍花悦は壊れてしまった。

 

サンジェルマンは自身が探していた真なる王が取り乱しても、変わらない様子で大仰に喋る。

 

フレンダ=セイヴェルンが死んだのは直接手を下した麦野沈利でも、彼女たちが仲たがいをする戦いを引き起こした垣根帝督のせいでもない。

そしてその戦いの元凶となった、垣根帝督の前から姿を消した朝槻真守でもない。

 

上条当麻がいなかったから。

 

そう。その物語には、上条当麻がいなかったのだ。

もし上条当麻がフレンダ=セイヴェルンの死の気配に気づき、辿り着いていたら。

フレンダ=セイヴェルンは確実に助かっていた。そうサンジェルマンは藍花悦に囁いた。

 

それは、はっきり言って暴論だ。

そうなってしまえば、上条当麻を中心に世界が回っていることになってしまう。

この世界は一人一人の主人公によって成り立っている。

だから上条当麻だけが突出しているわけではない。生きている人にとっては自分自身が主人公であり、周りの顔も知らない誰かこそが、その人にとってのモブなのだ。

 

だがフレンダが死んだという事実に呆然とする藍花悦には、そんな単純なことが分からなかった。

藍花悦はぼうっと考える。

どうして誰も間に合わなかったのだろう、と。

そんな藍花悦にサンジェルマンは問いかける。

 

当事者たちだけを殺しまわって、それで仇討ちが成功するのか。

悪の全てを明らかにして裁くべきではないのか。

藍花悦はサンジェルマンに背中を押されて、復讐者となることを決意した。

 

上条当麻。

握った拳だけで夜の街を駆け巡って猛者を薙ぎ払い、気に入った女は誰でもかっさらっていくという噂の少年。

ちょっと違うようで間違っていない評価を聞いたことがある藍花悦は、そんな少年に普通ならば勝てるはずがない、と諦めるだろう。

 

でもこの場にはアンの盾がある。自分が選ばれた、絶対的な力がある。

藍花悦はそれを頼りにして、復讐を始めることとした。

 

だが。前提として。

藍花悦がアンの盾に選ばれたのも、サンジェルマンが長らくアンの盾の適合者を探していた事も。全てが嘘だ。

サンジェルマンはただただ上条当麻に藍花悦をぶつけて魔術を使わせて自滅させ、上条当麻を歪めたいだけ。

 

その真実を知らされたとしても、藍花悦はもう止まれない。

何故なら復讐者として出来上がってしまったからだ。

 

復讐者となった藍花悦はダイヤノイド最下層で上条当麻を待っていた。

ガラスのように透明な床。

広大な空間は何本もの柱で支えられ、その上にはドーナツ状のグラビトン式人工重力制御装置が浮かんでいる。

 

ダイヤノイドはグラビトン式人工重力装置が免震構造の基部となって成り立っている。

だから、ダイヤノイドの建物はそれ自体が地上から少し浮遊しているのだ。

そしてグラビトン式人工重力装置こそが、フレンダ=セイヴェルンの『遺産』だった。

 

フレンダは爆弾使いだった。

そしてフレンダは生前グラビトン式人工重力制御装置に手を加え、重力爆弾へと変えていた。

月と地球をまるごと握りつぶせるほどの重力爆弾。

 

その重力爆弾がある場所には、続々と人が集結しつつあった。

 

階段の扉を丸ごと吹き飛ばした麦野沈利、滝壺理后。絹旗最愛。──それと、ステファニー=ゴージャスパレス。

 

「何だありゃ? 天井近くのドーナツが例の重力装置か」

 

「……フレンダがこっそり手を加えていれば重力爆弾ですね。超どう思います?」

 

「あいつなら何だってアリだ。善悪論なんて当てにならない。そんなヤツだった」

 

麦野たちが重力爆弾を目視して話していると、最下層の天井の一部がどろりと溶け落ちた。

そこから顔を出したのは、溶けた炭素で自分たちの足場を造り上げた垣根帝督と朝槻真守たちだった。

 

真守は自分の左隣にいる、白い少年を抱き上げている深城と手を繋いでいる。

そして右隣には当然として垣根帝督が立っており、垣根の隣には杠林檎、フロイライン=クロイトゥーネと勢ぞろいだ。

そして真守の前にいるのは背の低いインデックスで、真守の左肩にはオティヌスが乗っていた。

 

オティヌスは眼下の藍花悦を見下ろして、そしてインデックスへと声を掛けた。

 

「おい。分かるか、あれ」

 

「……クイーンアンの盾。剣の獲得の対となるもう一つの伝説だね」

 

「だがそんなものは存在しないはずだ」

 

オティヌスははっきりと断言すると、魔術の神として謡うように告げる。

 

「かの王に双子の妹など存在しない。そもそも剣の伝説自体がヨーロッパに散らばっていた騎士の物語を一人の男が蒐集し、一つの道筋に整えたものだ。つまりクイーンアンの伝説はその道筋から弾かれた話の一つに過ぎない。だからクイーンアンがいたという根拠はどこにもない」

 

クイーンアンが本当にいたのか分からない。

だがその存在の証拠を示す霊装が目の前にある。剣の対となるアンの盾。

藍花悦が掴んでいる、黄金の盾。

それを見つめて、インデックスは口を開いた。

 

「『論理の可逆』ってやつじゃないかな」

 

インデックスが冷静に告げる中、真守はきょとんとした林檎や深城のために説明をする。

 

「天国や地獄というのは誰も目にしたことがないだろ。でもそれがどんなものかみんな分かってる。そして本当に天国と地獄を見た時、ここはそういう場所なんだって理解できる。一度も目の当たりにしたことがないはずなのに、一目見ただけで『そう』だと判断できてしまう。それがあの霊装ということだ」

 

深城はふんふんと真守の説明を聞いて、インデックスを見た。

 

「つまりあれは偽物だってこと?」

 

「うん。でもすごく良くできてるんだよ。そしてちゃんと霊装として機能する。つまりあれを能力者が使ったら……」

 

インデックスが尻すぼみにした説明を、垣根は引き継ぐ。

 

「魔力を精製した副作用で千切れた血管や傷ついた内臓の部位が悪けりゃ、能力者は死に至る。それで上条の心を折るのがサンジェルマンの狙いだし、霊装を使わせたらド派手に心臓でも潰れるんじゃねえの?」

 

垣根が面白くなさそうにする中、藍花悦は黄金の盾を引きずって歩く。

すると自らの宿敵がエレベーターの戸を突き破って現れた。

だがそれは、上条当麻ではなかった。

浜面仕上。

あの暗部抗争の当事者だった、フレンダの死に関係している少年。

 

「呼んだのはあんたじゃない」

 

「フレンダ=セイヴェルンを死なせちまった張本人だとしても?」

 

藍花悦は浜面仕上の問いかけを聞いて、手に持っていた金の取っ手を目いっぱいに握り締めた。

ギシリ、と黄金の盾の取っ手が軋む音が響く。

浜面仕上はそれに応えるように、着込んでいる運搬着(パワーリフター)の鋼の剛腕の拳を打ち鳴らす。

 

「話は大体知ってる。だけど上条当麻にぶつかるのは筋が通らねえ。フレンダのリベンジを仕掛けたいなら、もっともふさわしい人間がここにいるからな」

 

「あんた、あの子の何なんだ」

 

「アイテム」

 

浜面仕上は、フレンダと仲間だった自らの説明をする。

 

「俺は下っ端だったけど、それでも確かに『アイテム』の一員だったんだ。だからフレンダのケツは俺が持つ。これ以上、アイツの名前で誰かが死ぬんだとしたら、そいつを食いとめるのが俺の仕事だ」

 

浜面仕上が好戦的な様子を見せると、反応したのは藍花悦ではなかった。

最下層を埋め尽くすほどのサンジェルマンたちだ。

そのサンジェルマンたちは全員が大人で構成されている。

真守が魔術を使えば死に至る可能性がある能力者を守るために、策を張った結果である。

無数のサンジェルマンたちは『シャンボール』を構えようとしたが、藍花悦が止めた。

 

「良いよ、サンジェルマン」

 

「しかしだな、我が王よ……」

 

「これはぼくの仕事だ。本当にそいつの言っていることが正しいなら、きっとぼくが戦うことに意味がある」

 

浜面仕上はサンジェルマンをいさめる藍花悦を見て、小さく不敵に笑う。

 

サンジェルマンの狙いは上条当麻と藍花悦を敵対させ、藍花悦を魔術によって自滅させてそのヒーロー性を穢すことだ。

だがここで藍花悦が浜面仕上に対して魔術を使うと、サンジェルマンの目論見が外れてしまうのだ。

サンジェルマンは焦っている。それが分かる浜面仕上は、だからこそ不敵に笑っていた。

 

ちなみに上条当麻は派手に登場した浜面仕上の後を追う形で、カブトムシと共にエレベーターシャフトから最下層へとやってきている。

しかも上条当麻はカブトムシに言われた、藍花悦の目を覚ますことができる『あるもの』を持っていた。

それを大事に抱えたまま。上条はエレベーターシャフトの中からタイミングを見計らっていた。

 

「来るなら来い」

 

上条当麻の前で、浜面仕上は藍花悦を挑発する。

 

「フレンダの死について何度も何度も蒸し返されるのはこりごりなんだ! チャンスは一度、付き合ってやるのはそれだけだ! 来い、藍花悦!!」

 

第三次世界大戦が終わった後。

浜面仕上は戦争帰り組を一網打尽にするために、『新入生』によってフレンダの死を利用されている。

だから一度きりなのだ。これで全てを終わらせて、フレンダの死にケリを付けたい。

浜面がその意味を込めて叫ぶと、藍花悦は透明な床に黄金色の盾の下端を叩きつけた。

 

「分かったよ」

 

藍花悦は頷くと、キッと浜面仕上を睨む。

 

「ならあんたから殺してやる。あんたを殺した後に上条当麻も殺してやる。それで実行犯も共犯者も一人一人あぶり出して殺してやる。あの子にできなかった事を、ぼくがやってみせる」

 

藍花悦はそう宣言する中、フレンダとの大事な思い出がぼろぼろと崩れ落ちていくのを感じていた。そして言葉を放つたびに、自分の心も傷ついているのが理解できた。

 

復讐とは自分の全てを(おとし)めて、敵も自分もぼろぼろに傷つけて殺すものなのだと、藍花悦は気がついた。

 

だが自分を自分で止めることはもうできない。

何故なら大切な友人は失われた。喪われてしまったものは戻らない。

それに藍花悦はどうしてもフレンダ=セイヴェルンを忘れられない。彼女を忘れて再び歩き出すことなんてできない。

 

だから藍花悦は復讐に走る。それしか取れる選択肢がないから。

 

「まずはあんたからだ」

 

藍花悦は浜面仕上を睨む。ずきずきと心が痛む中、懸命に声を絞り出す。

 

「あんたがあの子の死にどうかかわったか、それはすり潰しながら聞いてやる」

 

藍花悦はそう決意の言葉を吐いて、自覚した。

結局自分はサンジェルマンの言葉なんてどうでも良いのだ。

この盾が本物かどうかも、自分が特別な人間なのかということも、もうどうでもいい。

 

フレンダ=セイヴェルン。彼女のいない世界にはもう耐えられない。

だから自らを自らの憎悪で焼き尽くしながら報復を遂げる。

それによって最後にはこの世界から消える。

 

もう全てを終わらせたいのだ。だがその前に、爪痕だけは残したい。

 

藍花悦は自らの足で歩いて、特殊重機に分類される運搬着(パワーリフター)を身に着けている浜面仕上へと近づく。

 

そんな中。

上条当麻は藍花悦の目を覚ますための一石を投じた。

ぽーんっと投げ入られたのは、薄い緑色の包装紙に赤いリボンが巻かれたプレゼントだった。

 

サンジェルマンがそのプレゼントをずたずたにする前に、藍花悦はサンジェルマンを制した。

 

一〇〇〇円紙幣三枚にも満たない価値のもの。

だが、藍花悦はそれがこの世界と同じくらい大事なものだと感じていた。

そのプレゼントに、藍花悦はその価値以上を見出していた。

 

プレゼントのリボンには、一枚のメッセージカードが挟まっていた。

安物の電子オルゴールが内包されており、バースデーソングのメロディーが流れている。

 

『ハッピーバースデーッ!!』

 

少女の声が響く。

 

『へいへいへい。結局、この私から加納ちゃんへサプライズプレゼントな訳よ!!』

 

その少女の声とは、藍花悦の友人であるフレンダ=セイヴェルンに他ならなかった。

そのプレゼントはフレンダ=セイヴェルンが藍花悦のために準備したものだった。

 

フレンダ=セイヴェルンは都合の良い女だった。

楽しんで人を殺すが、自分の命が危うくなったら命の尊さについて語りだす。

自分勝手な女。

 

だが彼女にだって、確かに柔らかな部分があったのだ。

そしてダイヤノイドにあるフレンダ=セイヴェルンの秘密とは、フレンダの最も柔らかい部分だった。

 

大切な友人への誕生日プレゼント。

それがいっぱいになった幸福な空間は、絶対に誰にも知られたくないフレンダの大切な秘密だった。

 

『にひひ。アンタ、自分の誕生日を自分で忘れているようなヤツっしょ? だーけーど、このフレンダさんのコミュ力なめんな! あんたが今欲しいものなんぞとっくの昔にリサーチ済み! さあさあ箱を開けて、驚異の的中率におそれおののくが良い。がっはっはー!!』

 

フレンダの柔らかい部分が、憎悪で内側が焼けこげた藍花悦に届く。

藍花悦の中で、復讐の火にあぶられて崩れ始めていたフレンダの記憶が次々と蘇っていく。

 

『結局アンタは自分を卑下して泣き虫だなんだ言ってるけど、そんなので終わるわけないじゃん。この私が、フレンダ様が選んで認めて友達やってんだ! それだけで胸を張って誇りに思えっつーの!!』

 

大切な友人に言われた言葉。

自分には持っていない何かをアンタは持っているという、少し羨ましそうな声。

そして。

藍花悦が、フレンダからもらって一番元気が出た言葉が。今再び彼女の声で再生された。

 

『本当に本当の呆れるくらい簡単に悪鬼となる連中が多い中、アンタは泣いて全てを許せる強さを持っているの。どんな理不尽を前にしても絶対にアンタは道を踏み外さない。だから、誇れ。アンタの泣き虫は私にはない何かなの。結局、泣いて全てを許せる強さを持った自分を誇っていいのよ、アンタは!!』

 

少年の手から『アンの盾』が滑り落ちて、ガラン、という甲高い音が響いた。

フレンダ=セイヴェルンは何があっても、藍花悦が道を踏み外さないということを信じていてくれた。

それをいま、藍花悦は踏みにじろうとしてしまっていたのだ。

 

「ああ……思い出したよ、サンジェルマン」

 

既にフレンダ=セイヴェルンが失われてしまったという事実は変わらない。

それでも藍花悦はフレンダ=セイヴェルンと共に過ごした柔らかで温かい時間を覚えている。

その温かな時間の中で、少年は自分を藍花悦と偽っていなかった。

それを、少年は思い出した。

 

「おれは思い出したよ、サンジェルマン。加納神華っていう、おれの名前を」

 

少年、加納神華は超能力者(レベル5)第七位、藍花悦ではない。

重厚な伝説を形作る誰かかもしれないが、そんなことは関係ない。

少年は自身の二本の足できちんと立って、自分のやりたいことを思い出す。

 

少年がやりたかったこととは。復讐に走る事ではないのだ。

フレンダが認めてくれた力──全てを泣いて許せることができる自分の強さ。

そんな大切な友人が認めてくれた力を持ったまま、胸を張って生きること。

それが少年のやりたいことであり、するべきことなのだ。

その力は何も『闇』の中で光り輝くものではなく、陽の光が当たる場所でこそ輝く力だ。

 

「いまのおれには、本当の敵が見える」

 

少年、加納神華は(かたわ)らに(はべ)ていた悪魔を見上げた。

偽りの超能力者(レベル5)の名前は必要ない。

この世で選ばれたたった一人でなくてもいい。

フレンダ=セイヴェルンだけが信じてくれれば、それだけで加納神華は立ち上がり、ヒーローとなることができる。

 

「サンジェルマン。おれは! あの子の死を利用して、踏みにじった! 殺しの道具として、嘘の材料として使い倒した!! あんたを認めはしない!!」

 

加納神華が声を上げた瞬間、サンジェルマンの一人が即座に『シャンボール』を起動させる。

床に落ちた誕生日プレゼントの真下の床の炭素を操り。

ねじ切った床から作り上げた炭素の槍で、プレゼントを下から貫いた。

 

無残にプレゼントが引き裂かれても、加納神華の顔に変化はなかった。

加納神華はスッと手を上げる。

すると貫かれたプレゼントから飛び出した、安物の懐中時計がその手に落ちてきた。

 

少年は懐中時計をその手に掴み、ひらひら舞って落ちてくるメッセージカードを人差し指と中指で挟んだ。

 

ハッピーバースデー、加納神華。

もう既にいない少女からの最後の誕生日プレゼント。

それを手にして、少年は笑った。

 

「どういたしまして、フレンダ」

 

藍花悦ではなく、加納神華として少年は立ち上がる。

大切な少女の尊厳を守るために。

たった一人のヒーローとして、彼は立ち上がった。

 



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第六七話:〈完全真者〉は宿題を課す

第六七話、投稿します。
次は一二月五日月曜日です。


フレンダ=セイヴェルンの友人であり、彼女を探すためにダイヤノイドに現れた藍花悦。

だがもう既に、藍花悦を偽っていた少年はここにはいない。

いまここにいるのはフレンダ=セイヴェルンの死を利用され、彼女を守るためにヒーローとして立ち上がった少年──加納神華だけだ。

 

彼は一人でもサンジェルマンと戦おうとしている。

それを見て。

二人のヒーローから、同時に言葉がこぼれた。

 

「「仕方ねえな」」

 

ヒーローとして立ち上がった、加納神華。

かつて藍花悦と自身を偽っていた、今は胸を張って自分は加納神華だと名乗れる少年。

ここで彼を死なせてしまうのはもったいない。

 

そう思った上条当麻とは浜面仕上は、前に出た。

そして躊躇(ちゅうちょ)する事なく、サンジェルマンの群れへと飛び掛かった。

 

サンジェルマンが上条当麻の性質を穢す茶番劇が破綻した今、サンジェルマンにとって加納神華とは不必要な存在だ。

だから処分する。

それを上条当麻と浜面仕上が阻止しようとした時、『シャンボール』とは別の脅威である凄まじい緑の閃光が走った。

 

麦野沈利の『原子崩し(メルトダウナー)』。

だが麦野の攻撃は確実に加納神華を狙ったものだった。

そのため真守は眉をひそめつつ、その攻撃を()じ曲げて『シャンボール』へと軌道を修正した。

 

「あ。何やってんのよ」

 

麦野は自身の原子崩し(メルトダウナー)の方向を曲げられたので、ドロドロに溶けた天井を足場にして陣取っている真守を睨む。

 

以前ならば自分の原子崩し(メルトダウナー)を逸らされたら麦野は怒っていた。

だが滝壺理后に干渉されて照準を合わせてもらったことがあったため、怒りに燃えることはなかった。

それでも気に入らないものは気に入らない。

 

憤りを見せている麦野を見て垣根はため息を吐き、麦野を睥睨する。

 

「何やってんのはこっちのセリフだ。今の状況見てなかったのかよテメエ」

 

「だってあいつの決意とか心変わりとか私には関わりのない話だし。敵の側についているみたいだから手心を加える理由の方に心当たりがないんだし」

 

麦野がけろっと告げると、運搬着(パワーリフター)の鋼の剛腕を振りかざした浜面が叫ぶ。

 

「関係あるに決まってんだろぉおおが!! あまり大きな声で言えたことじゃねえが、全ての元凶はテメエがやったことでしょうがよぉおおおおお!!」

 

浜面の全力のシャウトを聞いて麦野はため息を吐いた。

麦野沈利はずっと裏稼業に身を投じていた。

そのため敵か味方か分からないイエローは、手心を加えて無力化するのが身についているのだ。

裏稼業から抜けたとしても、そう簡単に捨てられない考えはある。

その事実をよく分かっている垣根が顔をしかめていると、そんな垣根の前で麦野はサンジェルマンを見た。

 

「で? アンタはずぶずぶの真っ赤っ赤ってことで構わねんだよな、クソ野郎さん?」

 

麦野は原子崩し(メルトダウナー)を緑の光球として待機させたまま、フレンダによく似た雰囲気を持っている金髪のサンジェルマンを睨む。

そんな中、上条当麻に原子崩し(メルトダウナー)から守るために押し倒されていた加納神華は立ち上がった。

そして自身の敵であるサンジェルマンを睨みつける。

 

「あんたが踏みにじったおれの友達の尊厳を! ここでひとつ残らず返してもらう!!」

 

サンジェルマンはふむ、と呟くと加納神華を見つめた。

 

「多少の個が集った程度で、強固な結晶構造である私を打倒できるとでも?」

 

サンジェルマンは群れを割り、その布陣を変化させながら問いかける。

中心に立つのはフレンダ=セイヴェルンにわざと雰囲気を似せている、バニースーツとジャケットを合わせた、手品師じみた燕尾服を着込んでいるサンジェルマンだ。

サンジェルマンは地面から()じれた槍、『シャンボール』を生み出し、その手に持つ。

 

「私は魔術師でも『魔神』でもない存在、第三の分類。絶滅を望むのであれば、魔術師や魔神といったカテゴリ全体を葬るだけの火力がいる。多少の個が集った程度で、強固な結晶構造である私を打倒できるとでも?」

 

「御託は良い」

 

舞台上に立っているのかように仰々しいサンジェルマンを、加納神華は睨みつける。

 

「来るなら来い。それとも、手袋でも投げられなくちゃケンカの一つでもできないのか?」

 

サンジェルマンは笑みを浮かべたまま目を細める。

その瞬間、三六〇度全方向から五〇〇〇以上の『シャンボール』が放たれた。

それでも、この場には圧倒的な力を持つ朝槻真守がいる。

 

だが真守が動く前に、この場にいる主人公(ヒーロー)たちが動いた。

 

上条当麻の幻想殺し(イマジンブレイカー)が。

浜面仕上の運搬着(パワーリフター)が。麦野沈利の原子崩し(メルトダウナー)が、絹旗最愛の窒素装甲(オフェンスア-マー)が。

炭素で作られたシャンボールを打ち砕く(たび)に、巨大な宝石の塊が砕けるような甲高い音が響く。

 

真守はその様子を見つめたまま、目を細めた。

 

(んー。私は手を出さなくてもいいかな)

 

「インデックス」

 

真守は膨大な音の洪水の中でも、動じずに毅然(きぜん)とした態度で立っているインデックスを見る。

インデックスは真守に語り掛けられて、頷く。

 

「サンジェルマンの魔術を暴けばいいんだね?」

 

「お願い。物理的な攻撃は私たちが防げるけど、サンジェルマンから人々を安全に解放できるのはインデックスだけだから」

 

「分かったんだよ、任せて!」

 

インデックスが力強く返事すると、オティヌスは真守の肩からインデックスの肩へとぴょいっと移動した。

 

「私も手伝ってやる」

 

「うん!」

 

インデックスは、オティヌスにちょっかいを掛けたそうにはしているが、きちんと空気を読んでいる三毛猫を抱き上げたまま頷く。

そんな真守たちの前で、上条当麻が不敵に笑う。

 

「どうしたサンジェルマン。いい加減アンタの手の内は見飽きたぞ。強力だけどワンパターンしかない猛威なら、そろそろ見納めにさせてもらっても構わないか?」

 

「いいや。しち面倒くせえよ」

 

上条当麻の挑発に反応したのは麦野沈利だった。

麦野はフレンダに似た金髪を持つサンジェルマンへと手を向ける。

 

「ようは、死なない程度に削りとりゃいい話だろ。なあに、学園都市の技術は優秀だ。そいつは私のボディが証明してる。手足の二、三本吹っ飛んだって何事もなく人生くらい送れるさ!!」

 

麦野は緑の閃光をまとった原子崩し(メルトダウナー)をいくつも放つ。

サンジェルマンは迫る原子崩しを前にして小さく笑い、手にした槍をくるりと回した。

すると。サンジェルマンはシャンボールの先端で原子崩しを受け止めた。

 

「なっ!?」

 

「それほど不思議なことかね。既に一度見た攻撃にすぎん」

 

サンジェルマンは上条当麻の言葉を借りてにやっと笑う。

 

「諸君らが槍と呼んでいたものは『シャンボール』、そしてその『根』にすぎん。そもそもこの名は研究テーマを追求するのに必要なものを取りそろえた実験室の名前だ」

 

サンジェルマンは原子崩し(メルトダウナー)を受け止め、赤熱する槍をくるんっと回して、優雅に槍の先端で光の軌跡を空中に描き出す。

 

「『根』は土中になければ自己の維持すら困難とするが、水と栄養を奪う尖兵だ。そして複数を絡めればその強度を増すことができる。『根』に対して、『枝』や『幹』は頑丈だ。文字通り耐久性は桁が変わるのだよ」

 

浜面は突然、悠々自適と説明し始めたサンジェルマンを見て、怪訝な表情をする。

 

「『根』……? それに『枝』、『幹』だって? テメエ、何を言って……」

 

「ダイヤを操るとは、炭素を操るとは、有機物を操るとは……いわば生命の暗喩(あんゆ)に過ぎん」

 

サンジェルマンは謳うように呟くと、原子崩し(メルトダウナー)を受け止めて赤く輝く槍の先をくるくる動かし、空中に光文字で∞の字を描き出す。

 

「植物の特徴を知っているか? 特徴的なのは動物の細胞にはない細胞壁だ。そんな植物細胞を一度分解して皮膚、骨格、血管、筋肉などの各々の機能を細分化し、それらを再び結合し、最適化を促したらどんな系統樹が生まれると思うかね?」

 

サンジェルマンの説明を聞いていた絹旗最愛は背筋にゾクッと駆け上がるものがあり、警戒心を(あら)わにした。

そんな絹旗の前で、サンジェルマンの真横にある炭素でできた柱が不自然に盛り上げっていく。

麦野はすぐに原子崩し(メルトダウナー)を撃ったが、その盛り上がった柱が麦野の攻撃を受け止めた。

 

そして炭素から生み出されて咆哮を放ったのは、巨大な虫だった。

 

二メートル弱の高さを持ち、全長は四メートル以上のサソリのような太い尾を持つ虫。

その足は樹木の根を組み合わせて作られたようなものであり、顎の代わりにはピンクがかった白い花弁を持っている。

 

両手に(たずさ)えられているのは食虫植物の捕食のうという、まるでハナカマキリにも似た動物と、植物を掛け合わされて生み出された混合生物。

 

しかも尾の先端には毒針の代わりに燕尾服をまとうサンジェルマンの一人が生えていた。

 

「教えてやろう。有機と炭素と、生命の三位を統べる秘宝、その真髄を」

 

ハナカマキリを模した炭素生物は次々に生まれ落ち、上条や加納神華に殺到する。

 

だがその炭素生物を弾き飛ばしたのは、上条当麻の頭に乗っていたカブトムシだった。

 

カブトムシの体は未元物質(ダークマター)の急速生成によって膨れ上がり、ハナカマキリにも似た炭素生物と同じ大きさとなる。

 

『不愉快です』

 

カブトムシはいつものヘーゼルグリーンの瞳を赤く染め上げて、そして空気を震わせて告げる。

 

『炭素ごときで造られた劣等品が大きな顔をするとは。まったくお笑い種です』

 

カブトムシが憤慨した瞬間、ふっと誰かが噴き出した声が響いた。

くつくつと笑い。

その後大きな声を上げて笑ったのは、真守と一緒に立っていた垣根帝督だった。

 

「く、くっくっく……ッははははッ!! 有機と炭素と、生命の三位を統べる? それっぽっちを統べてデカい顔してるんじゃねえよ、三下ァ」

 

真守は大笑いしている垣根を見て微妙な顔をしていたが、しょうがないなあと思って小さく笑う。

垣根帝督はひとしきり笑うと、三対六枚の翼を広げて宙へと躍り出た。

 

「格の違いってヤツを見せてやるよ」

 

意外とサンジェルマンと敵対することに気が乗っている垣根はにやりと笑うと、未元物質(ダークマター)の翼を大きく広げた。

垣根帝督が操る『無限の創造性』を秘めた、未元物質(ダークマター)が散布される。

 

すると。サンジェルマンの統べていた世界が狂いだした。

 

ハナカマキリを模した炭素生物はその動きを止めて。そしてサンジェルマンが携えていたシャンボールにも変化が起きた。

ピシ、ピシピシと連続して結晶が軋みを上げる。

するとガラスのような甲高い音を立てて、サンジェルマンの操っていた炭素製の全てのものが粉々に砕け散った。

 

「……な、!?」

 

サンジェルマンが驚く中、ハナカマキリの炭素生物もシャンボールも全てが脆く儚く崩れていく。

そしてぱらぱらと散った欠片が、サンジェルマンにまだ操られていない炭素の床に落ちると、突然氷の結晶が地面から生えた。

 

「あ? ……ああ、魔術に干渉したから演算外の事象が起きやがったのか。まあいいだろ」

 

垣根は笑うと、サンジェルマンを睥睨しながら笑う。

 

「有機物とか無機物とか……ったく。そんな常識に縛られねえ俺の未元物質(ダークマター)に、お前が敵うはずがねえだろ。ハリボテ野郎」

 

自身の世界を統べるはずの魔術を封じられたサンジェルマンは硬直する。

だが不敵に笑うと、再び動き出した。

 

「まだだ。まだ私は終わらないぞ」

 

サンジェルマンは笑って指をパチンッと鳴らした。

その途端、ダイヤノイド最下層に設置されている薄型モニターが一斉に点灯した。

 

「あ?」

 

垣根が怪訝な声を上げると、サンジェルマンは笑って告げる。

 

「忘れたのか。私はダイヤノイドを封鎖し、その内部に大量の人員を閉じ込めてあると」

 

「それが?」

 

「サンジェルマンは同期して感染し、拡張する。結晶化のための刺激を与えてやれば、私はどこまでも肥大する。高濃度の食塩水に電気を通すように。おあつらえ向きに、ダイヤノイドの中層にはテレビオービットの放送局が丸ごと詰まっていたはずだよなあ!?」

 

サンジェルマンが垣根に笑いかける中、薄型モニターから滅茶苦茶なノイズが音として(ほとばし)る。

そして画面に景色や古文書の一ページ、意味不明なグラフ、リアルな頭蓋骨の三面図などがめちゃくちゃに映る。

それはサンジェルマンが人々に施した種を芽生えさせ、サンジェルマンという結晶の一部にするための儀式だった。

だが垣根は呆れた様子でため息を吐いた。そんな垣根の代わりに、上条当麻が問いかける。

 

「それもお得意の学芸会か?」

 

サンジェルマンはその問いかけにぴたっと止まる。

 

「ネットで動画を流した程度でサンジェルマンが同期・並列化・結晶化、でもって無尽蔵に肥大化していくなら、お前は今ごろ第三の分類じゃなくて、人類って名前の結晶になってるだろ」

 

上条当麻はそう断言して、そしてサンジェルマンを見た。

 

「一見大仰に考えているようで実は何も考えてない。それがサンジェルマンだ。そんな野郎が立てた計画や筋道や善悪なんて、そりゃ支離滅裂に決まってる。アンタは一つのことを一つのままに維持する事も出来ないんだ」

 

上条当麻は目の前の人物を見つめる。

 

「お前は本当にサンジェルマンなのか? それともそう名乗っておいた方が楽になれる別の誰かなのか!?」

 

「何のことだか分からないよ」

 

サンジェルマンはにっこりと笑ってはいるが、その小さな額には汗が浮かび上がっていた。

 

「だって私は言うまでもなく本物でサンジェルマンと呼ばれる時間の跳躍者で一五○〇年の時を経て仕えるべき王を捜していて醜い貴族たちとまともに付き合っていたらいくら金があっても足りないから必要な時に必要な分だけ口八丁を使っただけむしろあんな無駄で大仰な印象を続けている彼らの方が非効率で──」

 

壊れたようにそれらしいことを並べ立てるサンジェルマンの前で。

垣根帝督はため息を吐いた。

 

「おぜん立てしてやったんだから、過去の未練くらい自分で断ち切れよ。ヒーロー」

 

垣根帝督が声を掛けると、加納神華が前に出た。

 

そして。フレンダ=セイヴェルンに似た雰囲気を持つサンジェルマンに向かって走り出した。

 

思いきり拳を握り、振りかぶり。

加納神華は自分の全てを清算するために、その拳を振るった。

その様子を見ていたインデックスは柔らかい微笑を浮かべながら口を開く。

 

「人々をサンジェルマンから解き放つためには、大規模術式の途中で具合が悪くなった人を緊急解除するための『気付け』の技術。それがそのまま使えそうなんだよ」

 

インデックスの肩に乗っていたオティヌスも頷く。

 

「ま、所詮は演技性だからな。根はさほど深くない。……ヤツが自身をダイヤとみなしているとすると、九九.九%の奥に潜む〇.一パーセントの不純物が引っかかるが……それ自体も、大きく揺さぶりをかけることで見えてくるかもしれないな」

 

インデックスとオティヌスは解決策を見つけて、そしてインデックスはサンジェルマンを無力化するために歌を紡いだ。

サンジェルマンの結晶化のために演技性トランスを利用した人格改変術。

それを解き、元の人格を呼び戻すための即興の詠唱だ。

真守は天井近くの溶けた足場から飛び降りて、サンジェルマンの一人に近づく。

 

「お前にはもう何もないんだな、サンジェルマン」

 

真守は憐みの表情を浮かべて目を細める。

 

「確かにサンジェルマンという伝説はある。でもそこにはサンジェルマンの伝説を()()()()()()()()()()()()がどういう風に存在していたか残っていない。だからお前は自分の中身を次の瞬間に自分ででっちあげる。そういう情報を自分で生み出さなければ、存在することすらできないから」

 

真守は歌が紡がれる中、サンジェルマンが口にしていた丸薬をサンジェルマンの懐から取り出す。

この黒い丸薬がサンジェルマンの核だと、真守はカブトムシで確認していた。

サンジェルマンになるためには、この丸薬が必要なのだ。

だから真守たちはテレビモニターに無茶苦茶に意味のない画像が並べ立てられても、特に焦らなかったのだ。

 

「お前は本当は誰で。どこに人として存在していた魔術師なのか。自分がどうしても捨てられなかった魔法名(ねがい)が何なのか。次に目覚めた時、それを考えると良い。サンジェルマン」

 

真守の声が無情にも響く。

完成された人間からサンジェルマンという誰かに課せられた宿題。

その宿題を聞かされたのを最後に、サンジェルマンは活動を止めた。

 




次回、サンジェルマン襲来篇最終回です。


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第六八話:〈事態収束〉で幸福の時間

第六八話、投稿します。
※次は一二月一二日月曜日です。


加納神華がヒーローとして立ちあがり。

真守たちは無事にサンジェルマンを撃破することができた。

そんな戦いの場となったダイヤノイド最下層。

 

浜面仕上は運搬着(パワーリフター)を着込んだまま、最下層の壁に走っているキャットウォークに立っていた。

浜面仕上がキャットウォークで見守っているのはダイヤノイドを支えるドーナツ型の人工重力制御装置──フレンダ=セイヴェルンが手を加えた重力爆弾だ。

 

「やべえ、やべえってあの変なドーナツ! なんか変な音がギコギコ鳴ってる!! やっぱ相当無茶な負担がかかってやがったんだ!!」

 

重力制御装置は限界なのか、変な音を響かせている。

それを見て焦りに焦る、キャットウォークにいる浜面。

そんな浜面を下から見ていた絹旗は特に焦っていなかった。

 

「洗濯機なら超まだまだ大丈夫な音ですよ」

 

絹旗がけろっとした顔を見せると、浜面は顔を真っ青にして突っ込む。

 

「洗濯機じゃねえんだよ!! グラビトン式とかいう人工重力制御装置! 吹っ飛んだら地球が握り拳サイズになるとかっていう話なんだけど!!」

 

浜面が死の恐怖に震えていると、絹旗の隣にいた麦野沈利が面倒そうに髪の毛を掻き上げた。

 

「何でも良いよ邪魔なら原子崩し(メルトダウナー)でまるっと消滅させちまえば良いじゃねえか」

 

「だから洗濯機じゃねえんだよおおおおお!! つーかこれはこれで七〇階建てのビルを支えてる基幹装置だろ、変にいきなり機能が消えたらばったり倒れるかもしれねんだぞ!!」

 

キャットウォークに張り付いて叫ぶ浜面。そんな彼に近づく影があった。

それは真守と垣根だ。

真守は未元物質(ダークマター)の純白の翼を三対六枚広げた垣根にお姫様抱っこされており、キャットウォークに降り立つと垣根の腕の中から降りた。

 

「何をみっともなく叫んでいるんだ」

 

「いやあああドーナツからぶしゃぶしゃ蒸気が出てる!!」

 

真守に話しかけられようが、浜面は完全に目の前の重力爆弾に意識が向いていた。

真守は浜面に無視されたことが気に入らずにムッと口を尖らせる。

そして真守は運搬着(パワーリフター)を装着している浜面の鋼の剛腕をコンコンと叩いた。

 

「おい浜面仕上」

 

「え!? ぶぼぅ!?」

 

騒ぎ立てまくる浜面が面倒になった真守は浜面の頬を思いきり殴りつける。

ゴロゴロと浜面仕上はキャットウォークの上で転がるが、真守の調整もあってキャットウォークから落ちることがなかった。

だがそれでも運搬着(パワーリフター)+それなりの身長のある男を殴りつけて吹き飛ばしたため、多大な轟音が炸裂する。

浜面は真守に殴られて吹き飛ばされたことで、『アネリ』に表示された警告文越しに真守を見る。

真守はそんな浜面を見つめて、腰に手を当てて仁王立ちをした。

 

「お前、私の存在を忘れているのか?」

 

真守は心底不愉快そうに顔を歪ませながら、ドーナツ状の人工重力制御装置へと手の平を向ける。

すると重力爆弾の異変は収束を始め、人工重力制御装置から伸びるホースの継ぎ目から水蒸気がぶしゅぶしゅ出るのが止まった。

 

「あえ?」

 

突然大人しくなったドーナツ状の人工重力制御装置を見て、浜面は呆けた声を上げる。

そんな浜面を見て、真守は片手間で重力制御装置を軽く操作しながら憤慨する。

 

「私は元々あらゆるエネルギーを生成できる能力者なんだぞ。あんなオモチャを制御できないはずがないだろう」

 

「いやああああ第一位さまぁああああありがとうございますぅぅぅ!」

 

浜面が感激で涙を流している中、頑張ってキャットウォークに昇ってきた滝壺が浜面に近付く。

 

「はまづら。おつかれさま」

 

滝壺が倒れこんでいる浜面を抱き寄せて立ち上がらせるために近づくと、浜面はそれを器用に避けた。

滝壺は浜面に拒絶されたので、無表情のまま浜面を見た。

 

「はま……?」

 

「いや待って、俺じゃない、俺の意思じゃない! 何だこれ、あっまさか『アネリ』のヤツ……ッ!?」

 

浜面仕上は自分の身に何が起こったか分からなかったが、自分の運搬着(パワーリフター)に搭載されている『アネリ』が滝壺の助けを拒否したことに気が付く。

『アネリ』。どこからどう聞いても人名。ついでに言うなら女っぽい。

 

「アネリって誰?」

 

滝壺はいつもぼーっとしている瞳をカッと見開き、小首を傾げて無表情で問いかける。

 

「まってよう、行動補助プログラム相手にヤキモチとか難易度が高すぎねえか滝壺!? 待って待って、じゃあきちんと説明する。一から説明するから! 『アネリ』も『アネリ』で滝壺に足払いかけようとしてんじゃねえ!!」

 

人工知能と恋人に挟まれるという奇妙な三角関係になっている様子の浜面。

真守がその様子を何やってるんだと見つめていると、キャットウォークの下で深城が顔を輝かせる。

 

「すごぉい!!」

 

「深城?」

 

真守は垣根の横をするっと降りて、深城の近くへと着地する。

垣根が下着の見えそうな真守にあっと声を上げるが、真下には深城たちしかいなかったのでまあいいかと寛大な心で許した。

 

「どうした、深城。何を興奮してるんだ」

 

「だってあれすごいよ真守ちゃん! ロボットと恋人に迫られて本当の愛はどれかってヤツだねえ!!」

 

深城がわくわくしているのはどうやら浜面仕上と滝壺理后、それとアネリの関係らしい。

真守はマイナーな恋愛模様が好きで、よく映画館に行ってはタダで上映を見ていた深城を見て、目を細める。

 

「お前はまた変な映画でも見たのか?」

 

「えぇ~メジャーなジャンルだよぉ機械と人間の愛は!! B級とかだと愛し合ったらその瞬間ダイナミックに爆散して終わるからねえ!」

 

深城が興奮している様子を遠くから見ていた絹旗は、深城の言葉にきょとんっとする。

 

「あの子とは超いい話ができそうです……っ!」

 

きらきらと目を輝かせるB級映画好きの絹旗。

そんな絹旗の隣で、麦野は付き合ってられないとばかりにため息を吐く。

 

「知るか。とっとと帰るよ」

 

「あ。待ってくださいってば」

 

『アイテム』の二人が去っていく中、垣根は真守の隣にトンッと降りる。

そして垣根は真守の事を後ろから抱きしめて、真守の頭に顎を置いた。

 

「なあ真守」

 

「なんだ垣根。拗ねた声して」

 

ぎゅっと抱きしめてきた垣根の腕にちょこんっと触りながら、真守は自分の頭に顎を置いている垣根に意識を向ける。

すると垣根は真守の小さな頭にすり寄りながら拗ねた様子で告げた。

 

「デートの続きしようぜ」

 

本当ならば深城たちが観覧していたテレビ局の収録が終わるまで、自分と真守は二人きりでデートできたはずなのだ。

ダイヤノイドには巨大な噴水もあることだし、二人で見に行きたかった。

だがそれはサンジェルマンのせいでできなくなってしまった。

垣根はそのことに納得がいっていないのだ。

真守はそんな垣根を見て眉をひそめる。

 

「えーそんなこと言っても、今回の顛末を警備員(アンチスキル)に説明しなくちゃダメだろ」

 

「そんなの上条当麻とカブトムシ(端末)に任せてりゃいい。行くぞ」

 

「あ、ちょっと」

 

真守はぐいぐいと手を引っ張られる中、深城たちを見た。

 

「そういえば収録も中止されちゃったけど。林檎、結局てんうさには会えたのか?」

 

「収録が始まる前にちらっとだけ見た。でも収録が中止になったから、そういう意味では会えなかった。悲しい」

 

林檎は番組が始まる前にちょろっと姿を見ただけで、収録が中止になってしまって『天使なうさぎ様』に会えなかったことを悔やむ。

そんな林檎を見て、深城はにへらっと笑った。

 

「番組はもう一度収録し直しだから、また観客いれてやるかもねえ」

 

「! 深城、またチケット取ってくれる?」

 

「いいよぉ」

 

林檎は表情を明るくして、嬉しそうにはしゃぐ。

そんな林檎を見て、クロイトゥーネが微笑んだ。

 

「良かったですね、林檎ちゃん」

 

「うんっ」

 

林檎が笑顔を見せると、ぐーっとお腹が空いた音が鳴った。

すると。それに呼応するように、白い少年のお腹も鳴った。

 

「垣根、お腹減った」

 

「垣根帝督。私もお腹が空いたぞ」

 

「おう。俺たちも飯がまだだったし、第二二学区で仕切り直すか。……デートじゃなくなるけど」

 

垣根は少し不満そうにする。

そんな垣根を見て、真守は垣根の手をぎゅっと握って微笑む。

 

「垣根、また今度デートしよう。約束だ」

 

「そうだな。約束だ」

 

垣根は真守と約束をすると、思案顔をする。

 

「今日はこれからみんなで飯食って、その後気分転換にちょっと店回るか。それでいいか、真守?」

 

「ふふ。垣根が納得するならそれでいいよ」

 

真守はくすりと笑うと、垣根と繋いでいる手を胸元に引き寄せながら笑う。

 

「垣根はどこ見たいの? もう夜も遅くなるし、移動しながら行く店をしぼっておこう」

 

「俺の服。お前が選んでる姿、見てて飽きねえから。もう一回見たい」

 

「分かった、じゃあその後林檎とセイの服、クロイトゥーネの服も見よう。今日はみんなの服を見る日だ」

 

真守が笑いかけると、林檎と白い少年、クロイトゥーネは目を輝かせる。

 

「真守ちゃんに洋服見てもらえるの、うれしいです」

 

「お洋服買ってくれるのうれしい。垣根に選んでほしい」

 

「朝槻真守。私はもこもこの服が欲しいぞ」

 

真守はそれぞれ声を上げる三人を見て、くすっと笑う。

 

「ふふ、分かった。行こう、深城。みんな」

 

真守は垣根と手を繋いで、そして並んで歩く。

ちなみに重力制御装置は既に真守の制御下にあるため、それ相応に離れても大丈夫だ。

そのため後のことは上条たちに任せて、真守たちはその場を後にした。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

第二二学区で仕切り直し、真守たちは自宅へと帰ってきた。

夜も大分深まってきた頃。真守は二階のラウンジのソファに座って、カブトムシの背中を撫でていた。

カブトムシのヘーゼルグリーンの瞳はぴかぴかと明滅している。

真守はその様子を、黙って見守っていた。

 

「まーもりちゃんっ」

 

「ん。なんだ、深城」

 

真守はソファの背もたれ越しに、深城に抱きしめられて柔らかく笑う。

 

「林檎たちは眠ったのか?」

 

「うん。今日は色々あったからね。ぐっすりだよぉ」

 

深城はにこにこと微笑んで、真守にすり寄る。

そしてふわっと真守から香った匂いに気が付いて、深城は真守の髪をすんすんと嗅ぐ。

 

「真守ちゃんいつもと違うけど、すごい良い匂いがする。トリートメント違うの使った?」

 

「伯母さまが送って来てくれたお試しのトリートメントだな。髪の毛の調子が結構良いよ」

 

深城はするすると自分の髪を撫でる深城の手を感じながら微笑む。

 

「真守ちゃんはなんだかんだ言ってハーフだもんねえ。マクレーンの人たちとそっくりだしぃ、外国の製品の方が合うのかも」

 

「ふふ。単に伯母さまが良いものを送ってくれただけだよ。外国でもピンからキリまでだから」

 

真守は労わるように深城に頭を撫でられて、ふふっと微笑む。

深城はにへらっと笑うと、歩いて真守のソファの隣に座った。

 

「なぁにしてるのぉ?」

 

深城はにこにこと微笑んで、隣から真守にすり寄る。

真守はどこからどう見てもカブトムシを愛でているようにしか見えなかった。

だが深城は分かっている。真守は隠し事ができないと小さく笑うと、口を開いた。

 

「ちょっと気になることがあってな。まだ垣根には内緒にしておいてくれ。私の口からちゃんと話したい」

 

「うん。分かったぁ」

 

深城はにこにこと微笑みながら、真守にすり寄る。

 

「加納さんかっこよかったねえ」

 

加納。加納神華。

大切な友達のために男として立ち上がった少年。

フレンダの死を踏みにじられた彼は、きちんとケリをつけることができた。

 

「……大切な友達の死を乗り越えるのは辛いことだけど、一歩が踏み出せてよかった」

 

フレンダ=セイヴェルン。

彼女が死んだきっかけを作ったのは真守だ。

そして真守が垣根のそばを離れなければならなくなったのは、この街の王が真守を学園都市の悲願である絶対能力者(レベル6)へと進化(シフト)させたからだ。

統括理事長、アレイスター=クロウリー。

真守は彼のことを思って、そっと目を細めた。

 

「あたしは真守ちゃんのそばにずぅっといるよ」

 

深城は何か大きな決意をしている真守にすり寄って、柔らかく微笑む。

 

「いまの真守ちゃんはちゃんと分かってるから。ひととしてやっちゃだめなコトと、絶対に守らなくちゃいけないコト。だからあたしは真守ちゃんの行動を信じてる。全部何もかもを良くしてくれるって分かってる」

 

「ありがとう、深城」

 

真守はこの世で一番大切な女の子の体温を感じながら微笑む。

 

「お前が私を見つけてくれたから、私はこうしてここにいられるんだ」

 

「うん、知ってる。あたしも真守ちゃんを見つけることができてうれしいよ。だって全力で愛せる子が見つかったんだもの」

 

深城はすりすりと真守にすり寄って、そして幸せそうに呟く。

 

「ずぅっと一緒だよ、真守ちゃん」

 

深城は柔らかく微笑むと、顔を上げた。

 

「ね? そぉだよね、垣根さん。ずぅっと一緒だよね」

 

深城の視線の先。そこには風呂から出てきた垣根が、寝巻にしているシンプルな長袖シャツとスウェットを着て立っていた。

 

「そうだな」

 

垣根はタオルを首に掛けたまま、真守に後ろからしなだれかかる。

 

「絶対に離れねえから。約束は守る。ちゃんとな」

 

垣根は真守の頬にそっとキスをする。それに真守は幸福を感じて目を細めた。

 

「私は幸せだ」

 

真守はふにゃっと笑うと、垣根に後ろから抱きしめられたまま深城の手を握った。

 

「色々あったけど、こうして二人と一緒にいられることは本当に幸せなことだ」

 

「うん。あたしも幸せだよぉ。大切にしたい女の子たちと一緒にいられるんだもん」

 

深城はふんわりと笑うと、自分の手を握る真守の手を空いた手で撫でる。

垣根は柔らかく微笑むと、真守の頭を優しく撫でる。

 

「俺も幸せだ、真守。お前がいてくれればそれでいい」

 

「良かった」

 

真守はふにゃっと笑って、カブトムシの背中を撫でる。

そして一つ頷くと、真守は気持ちを固めた。

この幸せを絶対に壊させない。それこそ『永遠』のものにする。

真守はそう決意しながら、一番幸せなひと時を過ごしていた。

 




サンジェルマン襲来篇、終了です。
次回。魔神・理想送り襲来篇。


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新約:魔神・理想送り襲来篇
第六九話:〈深夜早朝〉に決意を込めて


第六九話、投稿します。
※次は一二月一九日月曜日です。
※諸事情にて、当分は週一、月曜日更新とします。
※なお不定期で週二更新する予定です。


サンジェルマンという第三の分類を自称する特殊な魔術師の襲来。

その撃退をした深夜二七時。

というより、次の日の三時と言った方が良さそうな微妙な時間帯。

 

一二月らしく凍えそうなほどに寒い気温の中、一〇歳くらいの少女が歩いていた。

真っ白な髪を猫耳ヘアにした、ヘーゼルグリーンの瞳を持つ少女だ。

垣根帝督に造ってもらった、絶対能力者(レベル6)進化(シフト)した朝槻真守の非常用の体。

 

それを動かしている真守は温かそうなもこもこの真っ白なコートを着て、小さな手に真っ白なカブトムシを抱えて歩いていた。

真守は白い息を吐きながらぷくぷくとした頬を赤く染めて歩き、とある公園へとやってきた。

 

そして辺りを見回してから、綺麗に整えられた芝生の感触を確かめるかのように地面を蹴る。

完全に痕跡は消されている。

だが真守は知っている。

 

ここに魔神がいた。

 

魔神。

魔神とはなにも、オティヌス一人ではない。魔術を極めて神へと至った存在は複数いる。

それは当然だ。何故ならこの世界には数多くの位相が重なり合っている。

その位相の数だけ様々な法則があり、その法則に(のっと)って魔術を極めれば魔神へと至れるからだ。

 

魔神たちは上条当麻に興味があって、学園都市にやってきた。

そして学園都市統括理事長、アレイスター=クロウリーは彼らが行動するために用意した肉体に、自分の好きな数値を入力し、その行動に制限を掛けた。

 

少しばかり体当たりになって自分を犠牲にする羽目になったらしいが、魔術を捨てて科学サイドと呼ばれる分類を造り上げた人間ならば、そのような犠牲は些細なことだろう。

 

真守はサンジェルマンを撃破して後始末をしている間、魔神の存在を感じ取っていた。

そして学園都市中に垣根が配置した人造生命体であるカブトムシで彼らの様子を観察していた。

今は姿を消していて捕捉できないが、それでも魔神たちが学園都市にいる事は確かだ。

 

「アレイスター」

 

真守はカブトムシを抱き上げたまま、ちょこんっと公園のベンチに座る。

 

「アレイスター=クロウリー。稀代の魔術師にして、魔術を捨てて科学を崇めた魔術界最大の裏切り者。──この街の王」

 

真守はカブトムシを抱きしめたまま、ぷらぷらと足を揺らして(うた)うように呟く。

おそらくアレイスター=クロウリーは今も自分のことを見ているだろう。

だがアレイスター=クロウリーは朝槻真守に興味はない。

 

いまアレイスターが戦うべき敵は魔神たちだからだ。自分が憎むべき魔術を使う連中だ。

それにアレイスターは絶対能力者(レベル6)進化(シフト)した真守を操作できるようにいくつも枷を嵌めている。

だから朝槻真守はアレイスターにとってそれほど脅威ではない。

 

「さて。どうしようかな」

 

真守はカブトムシの頭を撫でながら、独り言ちる。

 

『どうしよう、とは?』

 

カブトムシは真守とお揃いのヘーゼルグリーンの瞳を動かして問いかけた。

 

 

「学園都市を、変える」

 

 

真守はカブトムシの問いかけにそうはっきり宣言した。

 

「相手は稀代の魔術師であり、科学の王だからな。並大抵の策は通用しない。だからどうやって切り込もうかなって考えてる」

 

『……挑むのですか、この街の王に』

 

真守はカブトムシの言葉に頷く。

この街の王。アレイスター=クロウリー。

自分や大切な女の子と、だいすきな男の子を苦しめた張本人。

そんな『人間』と戦う。そして学園都市の()り方と対峙し、それを変える。

そうするべきだと真守は考えているのだ。

 

『いまが、動き出す時なのですか?』

 

真守は人造生命体の言葉に頷く。

 

「私が絶対能力者(レベル6)として落ち着いたからな。世界が一度終わる前に、私を神さまとして必要とする存在の一人目を降ろすこともできた。『彼ら』を降ろす目途も立った。いち段落付いた今、アレイスターに挑むべきだ」

 

真守はカブトムシの砲台になっている角を撫でながら寂しそうに微笑む。

 

「私は怖かった。大切な人のことを大事にできなくなるのが怖かった」

 

絶対能力者(レベル6)進化(シフト)して大事なひとのことを思えなくなったらどうしよう。

朝槻真守はいつだってその恐怖を抱えていた。

深城が永遠に一緒にいてくれると言っても、彼女の事を大事にできなくなるのは嫌だ。

そう思って重いものを抱えて、いつか進化(シフト)することに怯えながらも考えないようにして。そうやって生きていたら──垣根帝督に出会った。

 

「帝兵さんも知ってるけど、垣根はどんなことがあってもそばにいてくれるって約束してくれた。私がどんなになっても一人にしないって。私はそれが本当に嬉しかった。変わってしまうことへの恐怖は消えなかった。だけどすごく安心できた」

 

真守は今でも鮮明に、垣根帝督が言ってくれた言葉を思い出せる。

 

『お前がどんなになってもそばにいてやる』

 

『お前が嫌がっても一緒にいてやる。それでお前に殺されることになっても、俺は最後までずっとお前のそばにいる』

 

それ以外にも、垣根帝督は何度だって自分に言い聞かせてくれた。

それが本当にうれしくて、真守は柔らかく目を細める。

 

「私のことを想う垣根のために。私は垣根にできることをしてあげたいんだ」

 

カブトムシはヘーゼルグリーンの瞳を収縮させる。

そして垣根帝督(オリジナル)の幸せについて考える。

 

『……真守がそばにいてくれること。垣根帝督(オリジナル)にとって、それ以上の幸福はないと思いますが』

 

カブトムシは六本ある足の一本で真守の腕をちょこんっと撫でる。

垣根帝督は朝槻真守がそばにいればそれでいい。

そう思っているのは真守も分かっている。

でも。

 

「私は垣根にもっと幸せになってもらいたい。現状に満足してほしくない」

 

真守はカブトムシが自分の腕に掛けてきた前足と握手をしながら笑う。

 

「垣根は確かに私と一緒にいられて、とても幸せだ。でも時折寂しそうにしてる。私には分かる」

 

真守は垣根帝督の影が落ちた顔を思い出しながら顔をしかめる。

 

「それは私が人の身以上の力を発揮するときだ。その時垣根は、私が絶対能力者(レベル6)であることを実感して、少し悲しそうにしてる」

 

第三次世界大戦が収束した後。

朝槻真守は垣根帝督の前で絶対能力者(レベル6)として力を振るうことが多々あった。

 

遠い場所に浮かぶラジオゾンデ要塞で、何が起こっているか察していた。

一端覧祭の前日には、力を使って魔神のなりそこないのオッレルスを脅した。

人的資源(アジテートハレーション)』プロジェクトでは、魂をいま真守が使っている器に移して戦った。

 

世界が終焉する前、真守は自分を必要としたまっさらな世界にいる存在を降ろした。

そして何より。世界が終焉しても、真守と垣根は無事に生きていた。

しかもついさっきはサンジェルマンという思想が何を目的としているのか、サンジェルマンに干渉して探っていた。

 

真守が流動源力(ギアホイール)という能力以上の力を発揮する。

その(たび)に、垣根帝督は寂しそうな表情をする。朝槻真守が以前と確実に変わってしまっていることを悲しく思う。

だが垣根はその度に、真守が人の心を失わなくてよかったと安堵するのだ。

だって人の心を失っていたら、いまのように朝槻真守が笑いかけてくれることもなかったはずだから。

 

そうやって垣根帝督はいまの真守との日常が良いものだと考える。

 

本当に良いものは別にあるかもしれないのに、垣根帝督は今よりも良くない最悪の可能性と比べて、今の方が良いと納得する。

 

そんなことを垣根が考えなくていいようにしたい。

垣根帝督が真の意味で幸せになる未来が朝槻真守は欲しい。

だからまずは、この街の王と向き合う。それが必要なのだ。

 

「垣根は学園都市から解放された。でもこの学園都市が嘘で塗り固められていると感じてる。だからそう感じなくていいようにしたい」

 

垣根帝督は学校生活を楽しむ気はないと言っていた。

朝槻真守がいない、居心地が少し悪い世界を楽しむことなんてできないと言っていた。

楽しめるようになってほしい。そうなるためには、居心地が悪いと感じる世界を変えなければならない。だから──学園都市に挑む必要がある。

 

「帝兵さん。実はな、私には何でもできる力があるんだ」

 

真守は夜空へと、ちっちゃなもみじのような手を伸ばす。

そんな真守の膝の上で、カブトムシも一緒に夜空を見た。

 

『あなたが万能の力を持っていることはもちろん知っていますよ、真守。でもそのようなことを言っているのではないですね?』

 

「うん」

 

真守は小さく頷くと、少し前のことを思い出す。

 

「九月三〇日。私の運命の日」

 

あの日。

朝槻真守はこの学園都市に後押しされて、完璧な存在へと至った。

 

「私は完璧な存在へと至ったことにより、全てを自分の思いどおりにできるようになった。……でも私は何をするべきか決めかねていた」

 

朝槻真守の手の内には全てがあった。

学園都市も十字教を信じる者たちも。

その全てを掌握し、朝槻真守は全てを意のままに操ることできるようになった。

 

「全てを自分の思い通りにして、一体何の意味がある。全てを手中に収めたとしても、満たされるわけじゃない。そうだろう」

 

全てを掌握し、意のままに操る。

それで世界を引っ掻きまわし、自分のやりたいようにする。

だが誰かの幸せを考えないことは絶対にしてはならない。

誰も他人の幸せを邪魔していいはずがないのだ。

誰かを犠牲にして自分だけが甘い蜜を吸うのは許されないことだ。

 

しかも前提として。世界を掌握することに意味はないのだ。

 

全てを制した朝槻真守が手を出さなくても、全ては流れゆく場所へと流れて行く。

そうして世界はあるべき姿をしたまま回っていく。

朝槻真守が手を出さなくても、元々この世界はあるべき形としてずっと続いていく。

だから真守が手を出す必要はない。神に等しい力を持っていようとも、それを振るう意味はない。そして世界を良いようにしても、満たされることなど決してない。

 

「何もしなくていいと思った」

 

神に等しい万能の力。それを使って世界を制したとしても何も意味はない。

それに朝槻真守には欲がない。世界を引っ掻きまわして叶えたい望みなんてない。

本当に公平な存在とは。世界のことを本当の意味で見つめることができる万能な存在とは、自分が手を下して世界に干渉することに意味はないと考える。

 

それは歴史でも証明されている。

歴史に名を残す偉人はみんな諦めの悪い人が足掻きに足掻いて名を残すのだ。

本当に頭が良い人間は失敗した時や世界を引っ掻きまわした時の代償を考えて、全てを掌握して管理しようなどとは思わない。そんなことをしなくても、世界は変わらずに回っていくからだ。

 

「何もしなくていい。ただ私はあるべきままの世界を見つめていればいい。そう思った時、私は自分の意志で手放した、大事な指輪の存在を思い出した」

 

ついさっき、最愛の男の子から受け取った指輪。

将来を約束して垣根がくれた大切な指輪を、真守は絶対能力者(レベル6)進化(シフト)した拍子(ひょうし)に失いたくなかった。

あの指輪を。取り戻さなければならない。

絶対に垣根帝督を、ないがしろにしたくない。

そしていつまでも一緒にいると約束してくれた少女を悲しませたくない。

完成された存在となった朝槻真守は、強くそう感じた。

 

「指輪の存在を思い出したとき、私は垣根や深城のために生きようと思った。……だって、私のことを愛してくれたひとたちなんだから。だからみんなのために生きたいって思えた」

 

朝槻真守は完成された存在だ。だからなんでもできる。

世界を救うことだって、壊す事だって。

でもそれを行っても満たされることはない。

だから何もしないという選択肢を取るならば、自分は大切な人たちのために生きていきたい。

何があっても自分のそばにいてくれた人たちのために──生きたい。

 

朝槻真守は自分の万能を、自分の会いするひとたちのために使うことにした。

それはつまり。十字教の『神の子』が自分の愛する人々に『奇蹟』を授けるように。

朝槻真守は愛する人たちに自らの万能性を使うことにした。

 

そのためには自分の愛する学園都市が無くなったら困る。

でも全てを手のひらの上で転がしていいわけではない。

それは人の尊厳を穢す行為だ。『使徒十字(クローチェディピエトロ)』と一緒。人を洗脳して、偽りの幸せを植え付けることが、本当の人の幸せではない。

 

「私は絶対能力者(わたし)という存在のせいで学園都市が混乱に陥るのは避けたかった。……そして、私は絶対能力者(レベル6)として垣根たちを選んだ。だから今度は、垣根たちに選んでほしくなった」

 

彼らに、変わってしまった朝槻真守と一緒にいることを自分の意志で選んでほしかった。

そして願う事ならば、全てを自分で選んで自由となった彼らと一緒に生きたいと真守は思った。

だから真守は試す意味も込めて、学園都市に混乱をもたらさないためにも垣根と深城の前から姿を消した。

二人がいなくなった自分のことを探してくれるということは、二人が自分を選ぶということだからだ。

そして垣根帝督と自分の間にある運命で垣根が苦しまないようにするために、垣根帝督が自分で未来を選べるように。真守はエイワスの言葉を信じて、ロシアの地にも向かった。

 

「垣根や深城のためなら何でもしたいんだ。だから学園都市を変える。そう決めた」

 

真守はカブトムシを抱き上げると、自分の目線へと持ってくる。

 

「帝兵さんは応援してくれるよな」

 

『当たり前ですよ』

 

カブトムシは間髪入れずに答える。

そして真守へと六本の足をを伸ばす。

真守は笑って、カブトムシのことを抱きしめた。

 

『わたしたちはあなたのおかげで、そしてあなたの力になるためにこの世に生まれ落ちました。垣根帝督(オリジナル)の敵になることがあっても、私は絶対に真守の敵にはなりません』

 

「ふふ。心強い」

 

真守はくすっと笑うと、立ち上がる。

そして公園の入り口を見た。

そこにはむすっとした表情の垣根帝督が立っていた。

 

コートを着込んではいるが、垣根はその下にパジャマを着ている。

垣根帝督は容姿が整っている。そのため寝巻だろうがちっとも格好悪くない。

だが普段の垣根帝督を知っているならば、服装に気を利かせられないほどに焦っていたと分かるだろう。

垣根はぶすっとしたまま真守に近づくと、小さな真守をひょいっと抱き上げた。

 

「やっぱり隣にいなかったんだな、お前」

 

この時間、垣根と真守はもちろん一緒のベッドに入って眠っている。

だが真守は眠っている垣根を置いて魂だけを非常用の体に移して、カブトムシと共に魔神とアレイスターが対峙していた公園へとやってきていた。

真守は拗ねている垣根の頬に触れて、柔らかく微笑む。

 

「寝てる垣根を起こしたくなかったからこっそり来たんだ。……でも起きてしまったんだな」

 

「お前とカブトムシ(端末)がどこかに行く夢を見た」

 

垣根は白い息を吐く真守に頬を寄せて、不機嫌に告げる。

 

「嫌な感じがして目が覚めた。いつもならお前は俺が起きたら気にしてくれるのに、それがなかったから。死んだように眠ってるし、それでお前が隣にいないんだって分かった」

 

真守はふにゃっと笑うと、垣根の頭を優しく撫でる。

 

「垣根は私の事ならなんでも分かってしまうな」

 

「当たり前だろ。大切な女のことなんだから」

 

垣根はむすっとしたまま真守を見つめる。

真守はそんな垣根を見て、柔らかく微笑んだ。

 

「私、垣根のために頑張りたい。だからこの学園都市を変えたい。そう思ってる」

 

「…………ん」

 

垣根は真守の小さな手を感じながら頷く。

 

カブトムシ(端末)が聞いたのを覗き見するんじゃなくて、本当のお前の口から聞きたい」

 

「分かった」

 

真守は柔らかく微笑むと、カブトムシを抱き上げたまま、垣根にそっとすり寄る。

 

「じゃあ帰ろう、垣根」

 

「ああ」

 

垣根は頷くと、深夜の公園を後にする。

 

「垣根、寒くない?」

 

「寒い。だから早く帰る」

 

垣根はそう告げると、未元物質(ダークマター)の翼を広げた。

そして一気に跳躍して飛ぶ。すると強い風が真守に吹き付けた。

 

「んっ」

 

真守は冷たい風に思わず唸ったが、すぐに寒さを感じなくなった。

垣根が未元物質(ダークマター)を使って風や寒さを感じないように演算してくれたからだ。

 

真守は学園都市の街並みを見下ろして目を細める。

寝静まった学生の街。自分が本当に欲しい彼らの幸せ。

それを考えていると、すぐに家に着いた。

 

垣根はベランダに降りると、前もって開けていた窓から靴を脱いで中に入る。

垣根が入った部屋は一二歳の源白深城の体がある場所だ。

真守は部屋の中にある手洗い場で手を洗ってコートを脱いで薄着になると、深城に寄り添うように横になる。

 

そしてカブトムシに枕の近くに留まってもらうと、そっと目を閉じた。

真守が目を閉じたのを確認した垣根は真守と深城の布団を掛け直すと、その部屋を後にした。

そして二階のラウンジの玄関に靴を置いて自分の部屋に行くと、扉を開けた。

 

「垣根」

 

自分の本来の肉体に戻った真守は、ベッドの上で垣根に笑いかけていた。

垣根はその様子を見ると、ほっと安堵して真守に近づいた。

そしてベッドに上がると、真守を抱きしめた。

 

「垣根。私は垣根や深城やみんなのために、学園都市を変える。色々落ち着いたし、アレイスターも魔神にご執心で隙を見せてる。良い機会だと思うんだ」

 

真守は垣根にすり寄って、そして自分の本当の口でその願いを垣根に伝える。

垣根は真守の柔らかな体と体温を感じながら、そっと目を伏せる。

 

「なあ、真守」

 

「なあに?」

 

「お前の初めてを貰った日。あの日に俺がお前とした約束。──覚えてるか、真守」

 

「うん、もちろん覚えてるぞ」

 

真守は垣根の直球な表現に、少し恥ずかしそうにしながら頷く。

 

垣根帝督が絶対能力者(レベル6)進化(シフト)しかけて泣いていた真守を慰めた後。

垣根は朝槻真守が幸せに笑っていられる世界を造ると約束した。

それに真守は『みんなが笑って幸せに暮らせる学園都市を造ってほしい』と垣根にお願いした。

朝槻真守が笑って幸せに暮らせる学園都市とは、みんなが本当の意味で幸せに暮らしている学園都市なのだ。

そんな学園都市で、真守は永遠に生きていたいと願いを口にした。

 

「垣根は約束してくれた。私が幸せになれるような学園都市をみんなで造ってくれるって」

 

「ああ、そうだ。俺はお前と約束した」

 

真守は垣根の体温を感じながら、幸せそうに目を細める。

垣根はそんな真守のことを優しく抱きしめて、そして頷く。

 

「だから俺たちもお前と一緒に、この学園都市をよりよくする」

 

「うん」

 

真守は垣根の頬に手を寄せて、柔らかく微笑む。

 

「一緒に頑張ろう、垣根。私たち全員が幸せになれる学園都市を造ろう」

 

「──ああ」

 

垣根は頷いて、真守を優しく抱きしめる。

 

この街の王は魔神と戦っている。魔神に心が傾いている。

その隙を突くべきなのだ。

何故なら相手は強大な力を持つ、この街を統べる稀代の天才的な変態魔術師、アレイスター=クロウリーなのだから。

慎重に慎重を重ねて、全てを有効活用して立ち向かっても手ごわい敵なのだ。

 

もちろん人を傷つける行為ではなく。正々堂々戦って、そして自分たちの欲しい未来を掴み取る。

 

絶対にみんなが幸せになれる学園都市を掴み取れる。

真守はそう確信している。

何故なら自分のそばには多くの味方がいるのだから。

 

真守は頼もしい人に囲まれているのが誇らしくなって、この世で最もだいすきな男の子の体温を感じながら、ふにゃっと微笑んだ。

 




新篇、魔神・理想送り襲来篇始まりました。


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第七〇話:〈真剣決意〉でも疎かにしない

第七〇話投稿します。
次は一二月二六日月曜日です。



学園都市を変える。

そう決めた真守だが、学業を(おろそ)かにする気はない。

きちんと学生らしく学校に通いつつも、学園都市を変える事にこそ意味があるのだ。

 

という事で真守は防犯オリエンテーションという、第七学区の学生全員が参加する冬の恒例行事に参加していた。

 

防犯オリエンテーションとは元々放火犯対策から始まった小さなイベントが大きくなり、犯罪全般に対するオリエンテーションへと形を変えていった行事だ。

 

犯人役・治安役・人質役といった三つの役割に分かれ、犯人役はとにかくみんなを驚かせ、治安役はそんな犯人役を捕まえ、人質役はとにかく犯人から逃げる。

ざっくり言えば、そういう競技だ。

 

時刻は九時過ぎ。

真守はいつものセーラー服に『治安役』という腕章をして、第七学区内を巡回していた。

その隣には当然として、制服姿の垣根帝督がいる。

 

「真守。寒いからこれ飲め」

 

垣根はカフェで買ってきたホイップクリームがのったホットココアを真守に手渡す。

ちなみに垣根は自分の分のホットラテもちゃっかり買ってきており、反対の手に持っている。

 

「……垣根。確かお前は犯人役だよな」

 

真守は一応、垣根からホットココアを受け取りながら垣根を見上げる。

 

垣根帝督が通う学園都市の五本指に入る学校は真守の学校と同じく、第七学区に所属している。

そのため垣根も真守と一緒に防犯オリエンテーションという行事に参加しているのだ。

 

真守が確認した通り、垣根帝督は『犯人役』。

暗部で活動していた男が学校の行事で『犯人役』なんて、ちょっとどう反応していいか分からないが、垣根は事実として『犯人役』を担っている。

 

その証拠として、垣根の小脇には『犯人役』というゼッケンが抱えられている。

着用すると自分のファッションセンスに抵触するため、垣根は断固として着用する気はないのだが、一応ちゃんと持っている辺りが変に真面目なのだ。

 

「治安役のお前に俺の尻を追っかけてもらおうと思ってな。だからわざわざ犯人役を選んでやったんだよ。ありがたく思え」

 

垣根はいつものように自信たっぷりに笑う。

そして空いた手で、ごく自然に真守の手をぎゅっと恋人繋ぎで握った。

自分と繋いだ真守の手。それを自分の口元に持ってきて、垣根はニヤッと笑う。

 

「治安役のお前と犯人役の俺。永遠に追いかけっこできるな」

 

真守は垣根に妖艶に笑われて、少し焦ったように声を上げる。

 

「たっ確かにそれは事実だけど、これはあくまで行事だし。……その前に尻追っかけるとか言うなっ」

 

真守はちょっとえっちな言い方のような気がして、慌てて抗議する。

そんな真守を見て、垣根は嬉しそうに目元を緩めた。

 

「別にエロくねえだろ。この自意識過剰」

 

「な。こ、この……ッ」

 

真守は憤慨して、垣根と恋人繋ぎしている手にむぎゅむぎゅと力を込める。

だがこの男。体が半ば天使化しているため頑丈で、ちょっとやそっとじゃビクともしない。

大層ご機嫌な垣根を前に、真守は思わずため息を吐く。

 

垣根帝督は真守と同じ行事に参加できるのが嬉しくて、ここまでご機嫌なのだ。

真守も垣根が行事を楽しんでくれるのは嬉しい。

そのため真守は素直にご機嫌な垣根に連れられて、学園都市内を巡回する。

 

でも犯人役がすぐ近くにいるのに治安役が捕まえないのはちょっとどうかと思う。

だからどうやってこの男を捕まえようか真守が考えていると、垣根はホットラテに口を付けながら話を続ける。

 

「治安役のお前に守ってもらえる人質役も魅力的だったんが、考えてみたらそんなの俺の柄じゃねえしな」

 

「そうだな。超能力者(レベル5)が人質役なんて、一体どういう世界線だったらそんなことになるって話だ」

 

世界がひっくり返ってもありえない事態を想像して真守が顔をしかめていると、垣根は楽しそうに目を細める。

 

「だろ? だから真守に尻追っかけてもらおうと思って」

 

「だから言い方を考えろ言い方を」

 

真守は垣根をじとっと睨み上げる。睨まれても、垣根は本当に楽しそうだ。

真守はそんな垣根を見て、ふふっと笑う。

そして垣根が買ってきてくれたホットココアを口にした。

 

寒いからホットココアはとても温かくて甘くておいしい。

垣根も楽しそうだし、今日は良い日だ。

真守がそう思っていると、真守がネコミミヘアのハーフアップにしている関係上、後ろに流している長い黒髪の中に隠れていたカブトムシがひょっこり顔を出した。

 

『楽しんでいるところ、申し訳ありません。真守』

 

「ん。なんだ帝兵さん」

 

真守はカブトムシが申し訳なさそうにしているので、柔らかい表情を見せてカブトムシに視線を向ける。

カブトムシは真守の肩にまで登ってくると、報告し始めた。

 

『魔神が上条当麻に接触しました。状況を見守っていましたが、魔神が突如暴挙に出まして。人的被害は抑えたのですが、校舎は半壊しました』

 

真守はカブトムシの説明を聞きながら目を細めて、くぴっとココアを飲む。

 

魔神。魔術を極めて神へと至った存在。

理論上、この世に複数いる魔神たちはサンジェルマンの言い分を察するに、上条当麻に何かしらの価値を感じている。

 

そんな上条当麻がかけがえのない友人である朝槻真守は、彼が不必要な苦しみを受けるのはどうしても見過ごせない。

だが上条の側に四六時中張り付いていることはできない。

真守も真守で『学園都市を変える』というやりたいことがあるからだ。

 

それにあのラッキースケベ不幸男に少しでも隙を見せれば餌食となる。そのため真守は上条には分からないように、それとなくカブトムシに監視させていた。

 

真守はするりとごく自然な様子で、カブトムシのネットワークに接続する。

ネットワーク越しに確認すると。確かに真守の学校の校舎が半壊していた。

記録を(さかのぼ)ると、どうやら僧正と呼ばれる魔神が土を(もと)にした泥の腕で校舎を半壊させたらしい。

 

真守は自身の存続に関することについては勘が働くが、『人的資源(アジテートハレーション)』の時のように自分の『停止』を狙ったり、建て直せる校舎が破壊されたりだとどうも勘が働かない。

そのことについて真守は微妙に考えながら、カブトムシのネットワークで学校の状況を確認して頷く。

 

「人的被害がないなら大丈夫だ。ありがとう、帝兵さん」

 

真守が気にする事はないと言うが、カブトムシはそれでも申し訳なさそうに報告を続ける。

 

『防犯オリエンテーションのおかげで校舎内に人が偏っていた事もあり、重傷者は出ませんでした。それでも軽傷を負いそうな学生は私が守りました。後手に回り、申し訳ありません』

 

「帝兵さんの記録を見る限り、僧正というのは本当に突然実力行使に出たみたいだな。最初から校舎を破壊する目的だったから上条の幻想殺し(イマジンブレイカー)も間に合わなかったし、仕方ない」

 

真守が申し訳なさそうにするカブトムシを(なだ)めると、垣根はチッと舌打ちをする。

 

「使えねえな、カブトムシ(端末)

 

『うるさいですね、垣根帝督(オリジナル)。なら私に代わって上条当麻のことを四六時中監視してください。あなたができないことを私がやっているんですよ』

 

垣根は反論してきたカブトムシを睥睨して、けっと吐き捨てる。

 

「なんで俺が野郎の監視なんか俺がやらなくちゃならねえんだよ。そういうのはカブトムシ(端末)の役目だろ」

 

『そうですよ、垣根帝督(オリジナル)は私を監視用に造ったんです。隠密性を第一に考えて小型化したのであれば、それ相応の戦力しか持ちえない。魔神の相手をとっさにできないことは確かです』

 

「へー自分の不備を認めるんだな、このポンコツ」

 

『ポンコツに造ったのはあなたでしょう』

 

バチバチと火花が散る両者。

真守はそんな垣根とカブトムシを見て、遠い目をする

 

(垣根、また自分の一部とケンカしてる……最近一人コント開催しすぎだろ……)

 

人造生命体カブトムシは垣根帝督のAIM拡散力場の一部を移植している。

そして垣根が『端末』と呼称する事からも、カブトムシは垣根の末端、つまり一部のようなものなのだ。

もともと自己主張が強い垣根が自分の一部を移植したことで、最近自己主張が激しくなっているカブトムシと喧嘩する。それは端的に言えば真守の言葉通り、一人コントなのだ。

 

「垣根も帝兵さんも落ち着いて。今は僧正とかいう魔神の対処をしなくちゃ」

 

真守は自分の一部とケンカしている垣根を止める。

 

「帝兵さんの記録を見る限り、僧正とかいう魔神は沸点がよく分からない。どこで振り切れるか分からないから早めに対処したい。垣根、帝兵さん。一緒に来てくれ」

 

垣根はチッと舌打ちすると、手に持っていたカフェラテを飲み干す。

そして適当に放り投げて掃除ロボットに回収させると、ため息を吐いた。

 

「せっかく真守と一緒にいられるのに、最悪だ」

 

「しょうがないだろ、垣根。魔神はとても自分勝手なんだから」

 

真守は肩をすくめていたが、それでも不敵に笑う。

 

「オティヌスと対峙して加減が分かったし、あの魔神たちはアレイスターによって弱体化させられてる。さっさと片付けることができるぞ」

 

「お前がそういうならさっさと片付けられるんだろうな」

 

垣根は不敵に笑う真守が愛おしくて、真守の頬にキスをする。

真守は外でキスをされて人目が気になりながらも、気になることがあって顔をしかめた。

 

「……というか明日から学校はどうなるんだろう。校舎が半壊したんだけど……」

 

「休校だな、休校。遊ぼうぜ」

 

時間割り(カリキュラム)が遅れてしまうからそんなわけないだろ。どこかの校舎でも借りてやるだろ、多分。……垣根に未元物質(ダークマター)で校舎を造り上げてもらっても異能由来だからな。上条が触ったら一発アウトで壊れてしまうし。……すぐ建て直せるように手を回そうかなあ」

 

真守はぼやきながら、手の中のホットココアを飲む。

だが飲みきれる量ではない。

真守がむぅと口を尖らせていると、カブトムシが受け取ってくれた。

 

「ありがとう、帝兵さん」

 

『問題ありません』

 

真守はカブトムシにお礼を告げると、垣根の手を引いた。

 

「垣根、行こう。どうせ私のこと抱っこするんだろ」

 

「当たり前だ」

 

垣根は頷くと、飲み切ったカフェラテのカップを掃除ロボに向かって捨てて、真守のことをお姫様抱っこする。

やっぱり真守が飛んでスカートの中身が見えるのが心底気になるらしい。

そして垣根は真守のお尻をスカートの上から触って気が付いた。

 

「お前、またスパッツ穿いてねえな!?」

 

「わーわーうるさい。上条が美琴連れて自転車かっ飛ばして逃げ始めたから、その話はまた後でなー」

 

真守はぺちぺちと垣根の腕を叩くと、垣根はチッと舌打ちをした。

そして未元物質(ダークマター)の翼を広げると、真守を連れて上条当麻のもとへと急行した。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

単位が足りないということで、防犯オリエンテーションの犯人役をしていた上条当麻。

その最中、下駄箱に入っていたラブレターによって呼び出され、屋上へとルンルン気分で向かって行った。

 

だがそこにいたのは、完全な木乃伊(ミイラ)と化していた魔神、僧正だった。

女の子じゃなかった。

そう絶望する上条に、僧正は『採点者』として機能してほしいと頼んできた。

 

魔神はこの世界に複数いる。

だが自分たちが良いように造り変えられる世界は一つだけだ。

だから魔神たちは一つの世界を奪い合うことになる。

 

その話し合いの場が『グレムリン』であり、世界を造り変える事ができる者たちは世界を造り変えることができる者たち同士で争っていた。

 

だがそんな争いをしてもしなくても、世界というものは魔神の影響を少なからず受けてしまう。

そしてその影響が世界にとって悪いものなのか、良いものなのか。魔神たちには分からない。

 

だから、絶対的な基準点である上条当麻へと判断をゆだねた。

上条当麻が間違っていると思ったならばその間違いを正そう。

逆に上条当麻が正しいと思ったならばそれでいい。

 

それが『採点者』としての上条当麻の役割だ。

 

『採点者』の役割を担っても、メリットがないならば上条当麻はそれを請け負う意味がない。

だから魔神たちは、上条当麻の望みならばなんでも叶えると条件を提示した。

 

上条当麻が考える幸せな世界を作り出す。

上条当麻に世界の命運を託す。

魔神たちはそういう条件を出したのだ。

 

『採点者』になること。それを、上条当麻は断った。

 

上条はこれまで多くの世界を見てきた。

全ての人間が幸福となった世界もあった。

だがその中で生と死のどちらにも属す存在と話をした。

 

誰かが与えた幸せとは、歪なものだ。

そもそも誰かが与えた幸せとは誰かの考えに基づく幸せだ。

 

使徒十字(クローチェディピエトロ)』という霊装があった。

それは誰もが幸福だと思える世界を造り上げるという霊装だったが、不幸も幸福と認識されてしまう洗脳マシーンだった。

 

当人が本当に幸せだと思っている事は、当人にしか分からない。

誰かが押し付けた幸せなど洗脳に過ぎない。

そんなものに意味はない。

 

だから上条当麻は『採点者』となることを断った。

 

その瞬間、僧正は校舎の半分を破壊した。

 

上条当麻が断らなければこんな悲劇も起こらなかったのに、と僧正は笑った。

上条はそれに怒りを覚えて、僧正を(たお)そうとしたが相手は魔神。

まったく歯が立たない上条当麻は学校にこれ以上の被害を出さないためにも、アクロバイクに飛び乗った。

 

アクロバイクとは小萌先生が防犯オリエンテーションのために用意していた学園都市製の自転車で、初心者でも数々のアクロバットが可能な自転車だ。

 

それに飛び乗って学校から離れようとしていると、防犯オリエンテーションで学校に来ていた御坂美琴に声を掛けられた。

 

その結果、上条当麻は御坂美琴をアクロバイクの後ろに乗せ、僧正と追いかけっこすることとなったのだ。

 

だがただ逃げていても仕方ない。そのため上条当麻はまず窓拭き用の清掃業者が使っていた、洗剤を薄めた溶液を後方の地面にぶちまけた。

 

時速六〇キロで爆走していた上条を追っていた僧正はつるっと滑り、僧正の枯れた肉体は反対側の道で違法駐車していたスポーツカーの側面に激突。

 

だが魔神はそんなことでへこたれない。スポーツカーに突っ込んだ腕を使ってスポーツカーを持ち上げると、上条へと軽く投擲した。

 

なんとか避けた上条当麻のアクロバイクに飛び乗った僧正。

 

上条当麻は速度を上げると、アクロバイクの上に乗っている僧正の頭に雑居ビルの看板をブチ当てて振り切った。

 

それでも僧正は止まらない。

そして緊急出動してきた警備員(アンチスキル)が僧正と戦い始めた。

上条当麻はどうにかしようと考えていたが、その時頭に何かがどすんっと着地した。

 

「わぶっ!?」

 

『上条当麻。そのまままっすぐ進んで魔神を誘導してください』

 

「て、てーへーさん……!?」

 

上条当麻は頭に着地したのがつい先日も自分を助けてくれた人造生命体であるカブトムシ、帝兵さんだと気が付いて声を上げる。

 

『真守と垣根帝督(オリジナル)が待っていますから。そのまままっすぐ』

 

「分かった!!」

 

上条当麻は朝槻真守という心強い味方が待ってくれていると知って、全速力でアクロバイクを漕ぐ。

御坂美琴は上条のその様子を見てムッとした。

上条は朝槻真守の力を当てにしている。

 

真守は超能力者(レベル5)第一位だ。だが同じ超能力者(レベル5)である自分もここにいるのだ。

自分を当てにしてもいいじゃないか。

美琴がそう思う中、上条当麻はアクロバイクを走らせながら振り返る。

 

「来い、僧正!!」

 

上条は美琴がむすっとしているのに気が付かないまま、警備員(アンチスキル)を相手にしようとしていた僧正を呼んだ。

僧正は自分が求めて止まない上条当麻に声を掛けられて、嬉しそうにする。

 

「ほっほーい!! 言われずともなあ!! さあ戦おう、また一つ『魔神』を知ろう! なあに心配することはない、その全てを終えて両者の距離をゼロまで縮めた時、お主は儂らの一部となり採点者の役を負うのじゃから!!」

 

僧正は笑いながら警備員(アンチスキル)の第一陣を吹き飛ばし、上条当麻を追う。

早く朝槻真守のもとへ。

そんな思いを抱いてアクロバイクを走らせている上条当麻に、御坂美琴は声を掛けた。

 

「ねえ、ちょっと。ねえってば!!」

 

「何だよ、御坂!」

 

上条が必死にアクロバイクを漕いでいると、お嬢様座りをしている美琴は髪を上品に抑えながら声を上げる。

 

「あれが規格外の怪物だっていうのは分かったわ。私たちの命を狙っているのも、このまま放っておいても大変な事になるのも! その上で提案したいんだけど!」

 

「余計なことしなくて大丈夫だ、朝槻がすぐそこで待ってるんだから!!」

 

美琴は上条当麻に却下されて前髪からばちッと火花を弾けさせた。

 

朝槻、朝槻朝槻。

上条の口から出るのは真守の名前ばかりだ。

そこまで上条は真守のことを信用している。そして今も頼ろうとしている。

 

すぐに力になれる、確かな力を持って今そばにいる自分を差し置いて。

上条当麻は朝槻真守に合流しようと必死になっている。

 

別に自分を頼ってくれてもいいじゃないか。

自分だって、力になれるのだから。

 

御坂美琴は何をしても頼ってくれず、一人で抱え込みながらも真守には助けを求める上条当麻に怒りが(つの)る。

そして怒りのままに怒鳴り声を上げた。

 

「規格外の怪物がここにもう一人いるって忘れるんじゃないわよ!!」

 

「あっ、おいまさか、バカ!!」

 

上条は美琴を止めようとするが、あいにくアクロバイクを走行中の上条が後部座席に座っているだけの美琴を止められる術などない。

 

「ダメだ御坂。お前には無理だ!!」

 

美琴は上条の声を聞きながら、後部座席のシートから降りると、能力を使いながら革靴をアスファルトに思い切り押し付けて急ブレーキを取る。

そして振り返って、こちらへと一直線に向かってくる僧正を見た。

 

(私だって朝槻さんと同じ超能力者(レベル5)よ! アイツの役に立ってみせる!)

 

美琴が心の中で真守に対抗心を燃やしている中、上条は慌ててアクロバイクの技の一種である《フレイルターン》を掛けて一八〇度方向転換をして、背後の美琴を視界に捉えた。

 

御坂美琴だって僧正が並外れた敵であることを理解している。

そのため即座にゲームセンターのコインを取り出し、自身の能力名となっている超電磁砲(レールガン)を撃つ姿勢に入る。

 

音速の三倍で撃ち出された金属塊による多大なる破壊力。

その一撃を。

魔神僧正は乾いた腕を横に振るっただけで、ありえない挙動をさせながら真横に弾いた。

 

「なっ、ん……ッ!?」

 

自分の能力の代名詞であり、自分の奥の手である超電磁砲(レールガン)

それが容易く打ち破られた瞬間、御坂美琴は過去の記憶がよみがえった。

 

八月。夏休み真っただ中。

自分の超電磁砲(レールガン)を反射した元第一位、一方通行(アクセラレータ)

 

『仮にも同じ超能力者(レベル5)。それがまさかこンなしけたモンだとは思わなくてよォ』

 

あの時、超能力者(レベル5)第一位という圧倒的な壁に、自分は打ちのめされた。

その時以上の衝撃が、御坂美琴を襲っていた。

そんな御坂美琴をよそに。

僧正は自分が弾いた超電磁砲(レールガン)によってぽっきり折れた鉄筋コンクリートへのビルを、地面を割りながらも噴き出させた泥のような巨腕で掴む。

 

「あ」

 

美琴が呆然と呟く中。

二〇階建てのビルが振り下ろされる。

それを受け止めたのは、もちろん垣根帝督に抱き上げられた朝槻真守だった。

 

「人のことを考えないヤツだな。──まあ魔神ならば当然か」

 

真守は顔をしかめたままそう告げると、垣根にお姫様抱っこされたまま力を解放した。

真守の黒髪が蒼みがかったプラチナブロンドへと変わり、頭の上に六芒星を基にした幾何学模様の転輪が浮かぶ。

そして垣根帝督を侵さないように、無数の歯車でできた蝶の(はね)翅脈(しみゃく)のような蒼閃光(そうせんこう)の後光を広げた。

 

真守はエメラルドグリーンの瞳を無機質に輝かせ、僧正を睥睨する。

その様子を御坂美琴は見ている事しかできなかった。

 

手も足も出せない。そんな敵と、真守は垣根帝督にお姫様抱っこをされたまま悠々自適に相対していた。

それだけで分かる。

 

真守は自分を置いて、次のステージへと向かったのだ。

 

幻想殺し(レベルアッパー)の時、自分と真守にはそれなりの差はあれど、御坂美琴は協力して戦うことができていた。

だが朝槻真守は次のステージに至り、自分は置いて行かれてしまったのだ。

何故、こうなったのだろう。同じ時をそれなりに過ごしていたのに、何故自分だけはおいて行かれてしまったのだろう。

 

圧倒的な力の差。それを見せつけられた御坂美琴は。

息を呑んだまま状況を見つめているしか、できなかった。

 



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第七一話:〈早々収束〉でも懸念が残る

第七一話、投稿します。



上条を追いかけていた僧正が美琴の超電磁砲(レールガン)を弾いた事により、ぽっきりと折れたビル。

僧正はそのビルを、躊躇(ためら)いなく御坂美琴たちに振り下ろした。

だがそこに垣根帝督にお姫様抱っこされた真守が現れ、絶対能力者(レベル6)としての力を解放。

振り下ろされたビルを片手で受け止めた。

 

真守は垣根の首に回していたもう片方の手を離し、僧正の泥の手へと手の平を向ける。

そして源流エネルギーを生成。

蒼閃光(そうせんこう)と共にガキガキガキ! という歯車が噛み合って回るような音が響き、真守は源流エネルギーを放出。僧正の泥の腕を鋭く穿った。

 

泥の腕を源流エネルギーによって焼き付くし、真守は僧正からビルを取り上げる。

中にいる人を気にしつつ、真守は僧正の泥の腕へと向けていた手を僧正自身に向ける。

そして再び源流エネルギーを生成。

それを高速で打ち出し、真守は僧正に有無を言わさないまま、木乃伊(ミイラ)の姿を取っている僧正の体の三分の二を源流エネルギーで焼き尽くした。

 

朝槻真守だけが操れる源流エネルギーの特性は『存在の消失』。

 

全てを焼き尽くされてしまえばその存在がいた痕跡がこの世から消え去り、人を焼き尽くしたならば、その人が生きていたという事実が消え失せる。

 

そんな源流エネルギーで僧正の三分の二を焼き尽くすということは、魔神としての力を三分の二ほど一撃で奪い取ったということだ。

しかも魔神僧正はアレイスターによって弱体化されている。

そのため僧正は抵抗する事もできずに、ゴロゴロとアスファルトの上を転がるしかできなかった。

 

真守はそんな僧正に視線を向ける事無く、魔神僧正が振り回した結果、ひっくり返っているビルの天地を元に戻す。

もちろん中の人間が傷つかないように演算済みだ。

 

「垣根。頼める?」

 

真守は再び空いた片手を垣根の首に回しながらお願いすると、垣根は頷いた。

真守に頼まれた垣根が視線を鋭くすると、ぽっきりと折れたビルの基幹部分に変化があった。

どこからともなくじわじわと白い未元物質(ダークマター)が噴き出してきて、折れた部分が侵食されていくのだ。

 

真守がゆっくりとビルを元の位置に着地させると、未元物質(ダークマター)が接着剤となりビルが本来あるべき姿へと無事に戻る。

 

ビルの中の人々は何が起こったのか分からず、窓辺に寄ってくる。

 

真守は蒼閃光(そうせんこう)でできた幾何学模様の転輪を動かしながら、柔らかく微笑んで彼らに手を振った。

そして未元物質(ダークマター)の翼を広げている垣根に地面に降り立ってもらい、体を降ろしてもらう。

 

真守はとことこ歩くと、アスファルトに転がっている僧正の前に立った。

 

「魔神としての存在を焼失させられた気分はどうだ? なかなか経験できないことだぞ」

 

真守は右腕から鎖骨に掛けて、そして首から頭にかけてしか残っていない僧正を見下ろす。

 

「……し、神人……? ……っこれ、は」

 

僧正は一撃で自身の三分の二を消し飛ばされて、理解できないといった様子で真守を見上げる。

真守はそんな僧正を見下ろして、無機質なエメラルドグリーンの瞳を煌めかせた。

 

「お前が校舎を破壊したからな。その罰みたいなものだ」

 

真守は腰を落として、地面に這いつくばる僧正に視線の高さを近づける。

 

「お前の万能性を少々焼き尽くさせてもらった。アレイスターに打ち込まれた術式と競合するかと思ったけど、そんなことはなかったな。私の力は能力開発が基盤だし、競合しないようにするなんてアレイスターにとっては簡単なことだろう」

 

真守は独り言ちるように呟くと、自身を焼き尽くされた衝撃で、未だに動けない僧正を見つめて小さく頷く。

 

「ふむ。見たところ即身仏という類か? なんで悟りを開けて世界を救済する域にまで達しているのに、破壊の限りを尽くすんだ。もしかして破壊の限りを尽くして新たな境地を切り開きたいとか? どんな理由にしても迷惑なひとだな、まったく」

 

真守は僧正の魔神としての背景を探ってため息を吐いて、僧正を睨む。

 

「学園都市を壊されるととても困る。私は今ある形の学園都市が欲しいんだ。でもお前は暴力を使わずに話ができないらしいから、ちょっと手を加えさせてもらうぞ」

 

真守が自分に手を伸ばしてくるので、僧正は目を白黒させる。

 

「こ、これ以上どこに手を加えるじゃと?」

 

真守は僧正に問いかけられて、にっこりと微笑む。

 

「お人形サイズにすれば平和的に話し合えるだろう?」

 

真守はにっこりと笑ったまま、手の平をひっくり返してそこに源流エネルギーを生成する。

ガギガギガギガギィ!! と歯車が噛み合う音を響かせながら、真守は完璧な人間としての慈悲深き笑顔を見せる。

 

「私は散り散りになったオティヌスをかき集めて再構成してお人形サイズにできたんだぞ。だからお前もお人形サイズにして、物理的に暴力をふるえないようにしてやる」

 

「まさかの儂も手乗りオティちゃん化かァあああああああ!?」

 

悲鳴のような声を上げる僧正。

真守はにこにこ笑みを浮かべたまま、目を鋭くさせる。

 

「さあ僧正覚悟しろ。お前の存在を一%だけ残して再構成してやる。寝床は気にするな。私の家に仏壇を置いて、ちゃんとお供え物してやるからな」

 

「いやあああ手厚い祀り方じゃああああぎゃああああ」

 

僧正の叫び声と共に、ギガギギッギガギガギギ! と歯車が軋みながら噛み合う音と共に蒼閃光(そうせんこう)(ほとばし)る。

そして何度も何度も蒼閃光が瞬き時が過ぎ去ると。

僧正は真守の手の中で、一五センチの木彫りの仏様のようになって気絶させられていた。

その様子を見ていた上条はアクロバイクから降りてその場にへたりこんでいたが、立ち上がって真守に近づいた。

 

「流石です朝槻さまぁあああああ──!!!!」

 

上条当麻は祈りを込めて手を組み、真守の事を讃える。

スライディングして土下座して敬いそうな様子だ。というか実際にしていた。

 

「お疲れ様、上条。お前が爆走しているから追随するより待ち構えていた方が良いと思って。少し向こうで待ってたんだけど、美琴が無茶したのが見えたから来たんだ」

 

「ありがとうございますぅありがとうございますぅ!! 本ッ当に朝槻がいなきゃ俺はどうすれば良かったか……ッ!」

 

上条は感涙したまま何度も何度も真守を讃える。

そうして一息つくと、真守の手の中で木彫りサイズになった僧正を見つめた。

 

「僧正を任せて大丈夫か?」

 

「うん、大丈夫だぞ。この状態になったら悪さできないだろうし、良い見せしめになったからな」

 

「見せしめ?」

 

上条当麻はきょとんと首を傾げる。

真守は手乗り木乃伊をカブトムシの背中に載せながら柔らかく微笑んだ。

 

「上条も知っていると思うけど、魔神は一人じゃない。あんまりオイタすると全員人形サイズだぞ、という脅しだ」

 

「おお……流石朝槻……ちゃんと考えてる……というかやっぱり魔神ってたくさんいるのか……」

 

上条当麻がその事実に愕然としている中、真守は動かない美琴に気が付いた。

 

「美琴、大丈夫か?」

 

美琴に怪我がないことは分かっている。

でも真守が問いかけたのは、御坂美琴がこの上ない無力さに打ちのめされていると感じたからだ。

打ちのめされても仕方なかった。

 

何故なら朝槻真守は圧倒的な力を持っている。

 

自身の渾身の一撃を弾いた魔神を簡単に捻じ伏せてしまったのだ。その力が絶大だと分からない美琴ではない。

そして上条当麻は真守のその絶大な力に多大な信頼を寄せている。とても頼りにしている。

 

朝槻真守。超能力者(レベル5)第一位。

絶対能力者(レベル6)の枠組みに真守が入ることを知らない美琴だが、その力が最早第一位の枠組みに嵌らないことは嫌でも分かった。

 

いつから自分は真守とここまで力の差が生まれてしまったのだろう、と美琴は考える。

 

真守と本格的に共闘したのは幻想御手(レベルアッパー)の時だ。

そして『絶対能力者進化(レベル6シフト)計画』でも助けてもらった。

 

あの時、御坂美琴は朝槻真守と力の差はほとんどないと思っていた。

いいや、あの時からその力には圧倒的な差があった。

それでも美琴は真守たちと共に戦えると思っていた。力になれると思っていた。

 

だが気が付いてみれば。

朝槻真守はいつの間にか、自分を置いて次のステージへと向かってしまった。

 

あの時から、自分は何が変わった?

そして朝槻真守は、あの時から何を得たのだ?

自分はこんなにも無力だったか?

 

すぐ近くにいたのに自分だけ置いて行かれた事実に美琴が衝撃を受けていると、真守が声を掛けた。

 

「大丈夫だぞ、美琴」

 

美琴はゆるゆると顔を上げて真守を見た。

蒼みがかったプラチナブロンドの髪。

そして六芒星を基にした幾何学模様の転輪を携えた真守は、無機質なエメラルドグリーンの瞳を輝かせる。

 

「美琴がいることで、上条だって助かっていることがある。何も直接力を貸すことだけが全てじゃない。何らかの形で力になれればいいんだ」

 

真守が自分の存在が上条当麻に必要だと告げても、美琴は納得いかなかった。

真守はそんな美琴に分かってもらうために、言葉を紡ぐ。

 

「私は万能な存在だ。だから本当の意味で、私は誰も必要としていない」

 

真守は自分の伝えたいことが納得できない美琴へと、必死に言葉を掛け続ける。

 

「私に誰も必要なくても、私は誰かと一緒にいたい。一人で頑張っても多くのことを()せるが、大事な人と成すことで得られる大切なものだってある。それで勝ち取れるものだってある。本当の意味で重要なのは純粋な力じゃない。私はそう思う」

 

完璧な人間には他者の力なんて要らない。

一人で生きていけるが、それはむなしいだけだ。

誰かとの絆。誰かと想いあうこと。

それこそが何よりの宝物で、何よりも大事なのだ。

直接的な力になることだけが、全てじゃない。

それを理解させられても納得いかない美琴が黙っていると、真守の言葉を聞いていた上条は口を開いた。

 

「なんていうかさ、御坂。朝槻の言う通り、役に立つか立たないかなんて問題じゃないんだ。俺は御坂がそばにいてくれるから、頑張れるんだぜ」

 

上条が肯定してくれても、美琴の気は晴れなかった。

何故なら御坂美琴は上条当麻の間接的な力ではなく、直接的な力になりたいのだ。

だがその力にはなれない。なる資格はない。

 

上条当麻が最終的に必要としたのは、自分よりも次のステージへと降り立った朝槻真守なのだ。

そして真守の言葉に同意できる上条当麻は、おそらく朝槻真守と同じステージに立っている。

 

自分だけが置いて行かれている。

まるで周回遅れのようなものだ。

同じ場所に立っているのに、同じ時間を共有しているのに。

それでもどこか違う場所に、彼らは立っている。

 

朝槻真守のように、自分だってあのバカに頼って欲しい。

だから真守が、とても羨ましい。

そんな想いが消えない美琴は意気消沈したまま、本当の災害が起きてしまったことで点呼を取り始めた常盤台中学へと戻って行った。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

冥土帰し(ヘブンキャンセラー)に用意してもらった真守の自宅。

その二階のラウンジにて、真守はテーブルにちょこんと胡坐(あぐら)()く僧正の頭を優しく撫でる。

 

「お前はこれまで自儘に動いていた。でもお前はお前で大変だったんだな、僧正。よく頑張ったな」

 

「儂が……よく頑張ったじゃと?」

 

僧正は真守の言葉の意味が分からなくて首を傾げる。

 

「だってお前は人の悪意のせいで仏の座を与えられなかったんだろ。その仕打ちをお前は衆生が望んだことだって結論付けた。お前は自分のことを貶めて笑ったヤツらのことを怒りも恨みもしなかったんだ。それはすごく偉いことだぞ」

 

僧正はインドで発祥し、中国・韓国を経由して神道が根付く日本に持ち込まれた日本独自の仏教に由来する。

そして僧正の外見からも分かる通り、僧正は即身仏として仏の座に至ろうとした。

 

即身仏。

解脱を図る高僧が自らの意思によって生き埋めになり、命がこと切れる最期まで韻を組み、読経を続けることで仏──神へと至ることができる方法。

 

だが即身仏とはそもそも、誰かがその人物が仏の座へと至ったことを確認しなければならない。

 

僧正はその誰かに見限られた。

僧正を仏にしたくなかった者たちが不動明王をモチーフにした副葬品を与え、金銀財宝に彩られた権力者が欲を捨てられた訳がないと濡れ衣を被せた。

 

だから僧正は仏として完成されながらも、仏の座を与えられなかったのだ。

 

それを僧正は衆生(セカイ)が望んだことだと位置づけた。

そしてあさはかな欲を捨てられずに役割のない仏となった自分がいる事で、世界の救済に繋がると考えて行動していた。

 

とはいっても魔神は魔神。

魔神による救済とは独裁的なものなので、人のためにはならない。

だから散々自儘に動き、世界をしっちゃかめっちゃかにした。

真守もそれは分かっている。だが僧正は魔神として始まった時に、それなりの苦労をしたのだ。

僧正は真守をじっと見つめたまま、思わず零す。

 

「偉いも何も、儂が役割のない仏となることを衆生が望んだから、儂はこうしてここにいるのだぞ。それの何が偉いのだ」

 

「偉いと分からないから偉いんだぞ。立派な仏様だな」

 

事実、僧正は自分のことを仏として認めなかった人間の事を恨まなかった。

まあ自分を見限った人間たちを殺しはしたかもしれない。

それでも自分を仏として認めなかった衆生(セカイ)のことを憎んではいない。

だからこそ真守は自儘だとしても偉いと言ったのだ。

僧正は真守の言っていることがよく分からずに、ふむと一つ呟く。

 

「儂の考えは偉いし立派なのか?」

 

「そうだぞ。ちょっと自分勝手に人を救い過ぎだけどな」

 

真守と同じラウンジにいる垣根は、仏壇設置のためにラウンジの家具を動かしながら顔をしかめる。

 

(ったく。真守も大変だよな話の通じねえ魔神相手に)

 

垣根は少しイライラとして様子で、カブトムシに未元物質(ダークマター)で造らせた仏壇を設置する。

 

(いまの僧正のやり方が間違ってるって指摘して、もっと世界を救う良い方法があるって真守が促しても、絶対に僧正は聞きやしねえ。だから真守は言葉に気を使ってほめて伸ばす方法で僧正の考えを変えようとしてる)

 

魔神は我が強い。その考えをすぐに改めることなどできない。

だから真守は本来ならば魔神が言われた事のない言葉や物事の側面を指摘して、僧正を改心させようとしているのだ。

 

(魔神を改心させるなんて普通の人間には絶対に無理だ。……でも、真守なら少し言葉に気を付けりゃできちまうだろうな)

 

真守は完璧な人間へと至ったただ一人の存在である。

不完全な人間のまま神へと至った結果、歪な考えを持って自儘に動く魔神とは違うのだ。

垣根はその事実がなんだか誇らしくて、小さく笑う。

 

「…………偉い、か。そんなことを言われたのは初めてじゃの」

 

ほう、と僧正は当然として生まれて初めて言われた言葉にしみじみとする。

そして真守のことをじっと見て、小さく笑いだした。

 

「ほほ、ほ。ほほほ。上条当麻も上条当麻で興味があったが、神人にも興味が湧いてきたわい。お主のもとで暮らすのも面白そうじゃの」

 

僧正は垣根が置いている仏壇を眺めて、そして笑う。

 

「儂には魔神としての力ももうないしな。世界を壊すこともなければ神人という面白そうな存在もおる。オティヌスのように生きるのも気ままで良いものか」

 

本来ならば、僧正はこのように丸い性格ではなかった。

 

それでも真守の言葉を受け入れられたのは、真守が僧正の魔神の力を奪い人形サイズに縮小させたときにちょっと調整を施したからだ。

 

この仏様は人の世の人の情というものが分からない。

真守は僧正が人の気持ちを分かることができるように、ちょっと細工をしたのだ。

だが本当の意味で僧正が人の気持ちを理解し、人に寄り添うことができる仏になるのは僧正のこれからの努力と、周りの人間の援助にかかっている。

 

「これから家でゆっくりしてくれ、僧正」

 

真守は人差し指を差し出して、僧正と握手をする。

 

垣根は魔神の性質すら良い方向へと向けてしまう真守を見て肩をすくめた。

 

本当に規格外の少女だが、その規格外さは別に悪いことではない。

むしろ人に寄り添うためには必要な規格外だ。

そのため垣根は真守の要望で、僧正の家となる仏壇を二階のラウンジに設置し終えた。

 



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第七二話:〈事情聴取〉と再び急転

第七二話、投稿します。


真守によって手を加えられて、人形サイズとなった魔神・僧正。

僧正は垣根が未元物質(ダークマター)で造り上げた仏壇をいたく気に入った。

 

科学由来の異能で魔術の神の家を造るのもアレだが、学園都市で仏壇なんて典型的な宗教モチーフはそう簡単に手に入らない。

しかも垣根が未元物質(ダークマター)で造れば、外装や僧正が使う内装も自由に決められる。

そういうわけで造られた仏壇は中々の出来であり、仏壇が気に入った僧正はさっそく寝床にしていた。

 

仏壇を寝床にするとはちょっとおかしな話でもあるが、そもそも仏であっても仏の座を貰えなかった僧正が使うのだ。罰が当たることなどありえない。

 

仏壇が真守の自宅に設置され、時刻は昼下がり。

当然として学校がある平日なので、本来ならば学食の時間なのだが、僧正が校舎を半壊させたせいで真守の学校は臨時休校となっている。

というか今日の午後は第七学区全域で臨時休校だ。

 

理由はもちろん僧正が暴れたから。

 

しかも防犯オリエンテーション中ということもあって、それに乗じて悪さをする人間も出てきた。

そういう輩についてはカブトムシに出動してもらい、全員警備員(アンチスキル)に引き渡している。

色々とあったが真守は比較的穏やかに、自宅で深城と林檎が作るご飯を待っていた。

 

(ただまあ美琴の様子がおかしかったのが気になるなあ)

 

真守はラウンジのソファに座り、つけっぱなしのテレビを見ながら考える。

真守が僧正を無力化した時の、御坂美琴の打ちのめされっぷり。

まるで周回遅れと思ってそうな美琴の様子が、真守は気がかりだった。

 

(美琴は上条の直接的な力になることに固執しているようだった。そんな子に他の意味でお前は力になれてると言っても意味がない。……いっそのこと既存の兵器群でも用意させて、美琴に操らせるか? そしたらそれなりの戦力になるだろ)

 

真守はつけっぱなしのテレビから情報を仕入れながら考える。

美琴も心配だが、他の魔神たちの動向も気にしなければならない。

学園都市にはカブトムシが監視網を繰り広げているため問題ないのだが、少し気になることがあった。

 

「なあ、僧正。聞きたいことがあるんだけど」

 

真守は仏壇の(ふち)にちょこんっと座っている僧正へと視線を向ける。

僧正はお供え物として、深城が作った卵不使用のどら焼きを興味深そうに見ていたが、真守に声を掛けられて顔を上げた。

 

「なんじゃ?」

 

「お前たちはオティヌスが世界を再構築してた時にどこにいたんだ?」

 

魔神はその性質上、たくさんいる。

だが彼らが自由に造り替えることができる世界はたった一つだけ。

そのため魔神たちは『グレムリン』を結成し、誰が自由に世界を造り替えるか争っていた。

 

そんな魔神たちを他所(よそ)に、オティヌスは何度も何度も自由に世界を造り替えていた。

オティヌスが好き勝手しているのに、何故僧正たちは手を出さなかったのだろうか。

真守がその疑問を口にすると、僧正は真守の尤もな疑問を受けて口を開く。

 

「儂ら『グレムリン』はな、隠世という位相の一つにいたのだ」

 

「なるほど。この世界にいなかったんだな」

 

位相というのは、この現実世界に複数重なる他の世界のことである。

天国や地獄というのも位相の一つだ。

そして魔術の行使とは世界に複数重なる位相の法則を現実世界に引き出し、異能として現実を歪めることに他ならない。

 

その位相の一つにいるという事は、真守の言う通りこの世界にはいないということなのだ。

おそらくオティヌスが世界を何度も何度も再構築しているのを、魔神たちは面白おかしく見物していたのだろう。

 

「アレイスター=クロウリーが儂らのいた隠世を破壊してしまってな。だからこちらの世界に出てくるしかなかったのだ」

 

僧正がつらつらと説明していると、喉が渇いてキッチンから自分と真守の飲み物を取ってきた垣根が眉をひそめた。

 

「アレイスターの野郎は位相ってヤツまで自由に行き来することができるのかよ?」

 

「もちろんヤツにとっても簡単なことではないぞ。ヤツは存在しない数で埋め尽くされた座標を一〇進法に変換する途方もない方式で侵入してきたのだ」

 

それは僧正の言う通り、とんでもない所業である。

垣根は驚愕を通り越して半ば呆れながら、深城から貰ってきた緑茶を真守に手渡す。

真守は垣根にお礼を告げてコップを両手で持ちながら、独り言ちるように呟く。

 

「アレイスターだったらその手法で確かに他の位相へと到達することができるだろう。でも途方もない時間がかかることだ。……あの時はオティヌスが何度も何度も世界を再構築していた。結果的に時間は巻き戻る事になったけど、膨大な消えてしまった時間があった。それを使ったのか」

 

おそらくアレイスター=クロウリーはオティヌスが何度も何度も世界を改変した際の膨大に生まれた時間を使って、ずっと演算を続けていたのだろう。

真守はそのことを考えて、一つ頷いて緑茶を飲む。

 

「ふむ。流石、科学の街の王といったところか」

 

真守が緑茶を満足そうに飲んで呟くと、垣根は真守を見て顔をしかめた。

 

「……勝てるか?」

 

凄まじい執念で魔神を追い詰める稀代の変態魔術師、アレイスター=クロウリー。

彼に打ち勝って学園都市を変えることができるのか。

真守はそんな意味が込められている垣根の問いかけに柔らかく微笑んだ。

 

「大丈夫。勝ち負けじゃないから」

 

学園都市を変える。それは何もアレイスターを殺さなければできないというわけではない。

確かにアレイスターとは一度敵対することになるだろう。

だがいつもの通りにあの人間の根幹にあるものに触れて和解して、共に学園都市を造り替えていけばいいのだ。

垣根は自信たっぷりに告げる真守を見て、ふっと笑った。

 

「お前ならアレイスターでさえ仲間に引き入れられちまうだろうな」

 

垣根は笑うと自分の分の緑茶を飲みながら、真守の猫耳ヘアを崩さないように頭を優しく撫でる。

その様子を見ていた僧正は首を傾げた。

 

「なんじゃ? 神人はアレイスター=クロウリーに挑むのか?」

 

「うん。私が学園都市を変えようとしていてもアレイスターは何の手も打ってこないし。おそらく私が挑んでくるのを待っているのだろう」

 

当然、アレイスターは自分を打破しようと画策している真守たちを監視しているはずだ。

だが手を出してこない。

それは真守たちが動き出しても自身の悲願である魔術の撲滅を邪魔されないと知っているからだ。

 

それに真守のことを神として掲げる、『(しるべ)』の代表である八乙女緋鷹が言っていたが、アレイスターはこの街を真守に明け渡すつもりでもいる。

 

何故なら朝槻真守は先駆けの乙女だ。

人が一人一人目を覚まし、自分の意思で歩き出すための道しるべだ。

そしてアレイスターは魔術から人々が解放されることを願っている。

 

真守の存在は彼にとっては別に邪魔ではないのだ。

そして神になるべくして生まれ落ちた真守を、人の敵にならないように加工した張本人でもある。

そう考えると、真守はちょっと不思議に思ってしまう。

 

アレイスター=クロウリーは自分に対して甘いのではないのか。

 

確かに今まで真守は学園都市によって、酷い目に遭わされ続けてきた。

そしてアレイスターは朝槻真守のことを隅々まで利用しようとしている。

 

だがそもそも。神になるべくして生まれた存在なんて、扱いづらい事この上ないのだ。

 

それなのにアレイスターは朝槻真守をどうにか工夫して、()()()()()()()()()()()()()()()()、朝槻真守を『第一候補(メインプラン)』に組み込んだ。

朝槻真守が敵にならないように。朝槻真守が自分の邪魔にならないように。

 

物事を見据えることができる真守は、アレイスターが何か自分に思うところがあるのかと感じてしまっている。

 

だが実際のところ、あの『人間』が何を考えているのかは分からないのだ。

 

(アレイスターが私に甘い気がする、なんて垣根に言ったら白い目で見られるのは確実だし、私の勘違いかもしれないし。黙っておこう)

 

真守は自分の事になると途端に過保護になる垣根の事を考えて、くすっと小さく笑う。

色々と気になる事はある。

だが当面の問題は他の魔神たちだ。

 

真守が魔神の事を考えていると、魔神の監視をしているカブトムシがタイミング良く、ぶーんっと飛んできた。

 

「丁度よかった。帝兵さん、他の魔神はどうしてる? 視認できているか?」

 

『それが不可解な人物が介入して来まして。それを伝えに来ました」

 

「不可解な人物?」

 

真守はきょとっと目を見開く。そんな真守の膝に着地したカブトムシはヘーゼルグリーンの瞳を収縮させて慎重に翅を震わせて言葉を紡ぐ。

 

『魔神が次々と倒されているのです。……いいえ、倒されているというより、飛ばされているといった方が良いですが』

 

カブトムシは事実をありのままに伝えているのは分かる。

だがそれだけでは事実が理解できないので、垣根は眉をひそめてカブトムシを見た。

 

「どういうことだよ、カブトムシ(端末)

 

『いま情報を渡します、垣根帝督(オリジナル)。真守にも』

 

カブトムシが情報を渡してくれるので、真守もその情報を受け取る。

 

「……理想送り(ワールドリジェクター)?」

 

真守はカブトムシがとらえた様子を見て、首を傾げる。

カブトムシが見せた映像に映っているのは、茶髪の没個性的な高校生だった。

彼は自分のことを上里翔流と名乗っていた。

そしてどこにでもいる平凡な高校生であると、自称していた。

 

『新たな天地を望むか?』

 

そう問いかけられた魔神たちは、次々と少年の右手の中に吸い込まれるかのように消えていった。

そして彼は現在、血色の悪いチャイナ服を着た魔神と白い布を巻きつけただけの豊満な褐色美女の魔神のもとへと向かっていた。

 

魔神たちをどこかへ送り飛ばした少年は告げる。

 

自分の右手は新天地と呼ばれる場所へと魔神を追放することができる、と。

その新天地とは魔神たちが求めたものであり、何をしても壊れない別天地だと言う。

その新天地へと送り出す右手に宿った異能こそ、理想送り(ワールドリジェクター)なのだと説明する。

 

『ぼくはただ救いを与えているだけさ。こんなものが救いになると信じている者限定だけど』

 

真守は彼が娘々と呼ばれた魔神の次に、魔神ネフテュスを新天地へと飛ばす姿を見て、ぽそっと呟いた。

 

「なんか胡散臭そうなヤツだな」

 

真守の上里翔流に対する印象とはそんなものだった。

理想送り(ワールドリジェクター)という能力が胡散臭いわけではない。

あの右手の力は本物だ。それは疑いようのない。

 

真守にとって、上里翔流自身が胡散臭いのだ。

 

どこにでもいる平凡な男子高校生は、自分のことをそう自称しない。

あの何でも異能ならば打ち消す右手を持つ少年だって、どこにでもいる普通の高校生ではない。

本物の没個性とは、誰にも何も気に掛けられることなくひっそりと幸せになって、ドラマチックな事が何もない平穏すぎて逆に面白みのない人生を送る事だ。

平凡を自称する人間なんて、平凡じゃない。これが鉄則である。

 

「……私は平凡を自称するより、他とは違うぞって得意気に胸張ってくれた方が良いなあ」

 

「!」

 

垣根は真守のぼそっとした呟きに目を見開くと、にやーッと笑う。

 

「へー、ふーん。自分は他とは違ぇって胸張ってる方が好きなの?」

 

真守はくっついてきた垣根をじとっと睨み上げる。

 

「悪いか。だから垣根のことが好きになったんだぞ」

 

垣根帝督は自分の力に自信を持っているし、この世界で自分の能力に一番有用性があると考えている。

事実、垣根帝督には朝槻真守だって持ちえない『無限の創造性』を持っている。

自分の力を認め、自分の力に誇りを持って行動するというのはかっこいいことだ。

 

器が小さいだのなんだの真守は再三にわたって言っているが、自分に自信を持っている垣根は本当にかっこいい。

真守がぽぽっと頬を赤らめながら睨むと、垣根は機嫌良さそうに目を細める。

 

「いい気分だ。すげえいい気分。やっぱ分かってるじゃねえか俺の女は」

 

「……言葉にしなきゃ良かった……」

 

真守は上機嫌になって自分の事を抱きしめてくる垣根から目を逸らして顔をしかめる。

真守と垣根はカブトムシのネットワークに接続して状況を理解している。

だが僧正はカブトムシのネットワークに接続されていない。

だから真守たちが何を言っているのか分からずに、首を傾げた。

 

「娘々たちに何かあったかの?」

 

「新天地というところに飛ばされたみたいだ」

 

真守は僧正に理想送り(ワールドリジェクター)を持った少年が現れたことについて、簡潔に説明する。

 

「どうやらその新天地とやらは望んだ人しかいけないようだな。おそらく上条の幻想殺し(イマジンブレイカー)のようになんでも打ち消すんじゃなくて、発動条件のある右手だ」

 

真守がすぐさま理想送りの仕組みについて看破すると、僧正は考え込む。

 

「……なるほど。儂らの願いが凝固したのが、かの理想送り(ワールドリジェクター)というわけじゃな」

 

幻想殺し(イマジンブレイカー)は魔術師たちが世界を捻じ曲げてしまう恐怖から生まれたものだ。

世界の基準点。誰もが元の世界へと戻れるようにする保険。

そして理想送り(ワールドリジェクター)とやらは魔神の願いが集まったことで生まれた異能らしい。

いまあるここよりどこか遠くへ行き、自由になりたいという願い。

それが理想送りなのだろう。

 

「上里翔流という人間は理想送り(ワールドリジェクター)が嫌いなんだな。だから魔神が嫌い」

 

真守はカブトムシの記録にアクセスしながら、目を細める。

そしてぽそっと呟いた。

 

「上里翔流は神さまというヤツが嫌いなのかな」

 

「あ? つまりそいつはお前を害するかもしれねえってことか?」

 

上機嫌にしていた垣根は顔をしかめて怪訝な声を上げる。

 

「そうだとしても私は魔神ではないからな。そして新天地なんて私は必要ない」

 

真守は垣根から不穏な気配を感じて、安心させるように微笑む。

 

「私の現実は、戦うべき場所は。()るべき場所は学園都市(ここ)だ」

 

真守は誰に宣言するもなく、純然たる事実を口にする。

 

「戦う場所から逃げて何になるんだ。しかも私を神として必要としている者たちは、この世界で人と触れ合いたいから私を必要としているんだぞ。彼らの影響を受けている私が新天地に行きたいと思うことは絶対にない」

 

神人。人として完成し、神となった存在。

それが絶対能力者(レベル6)としての朝槻真守だ。

真守は完成している。そのためやりたいことはなんでもできる。

 

だからこそ、その行動には一切のブレがない。

 

やるべき事は分かってる。自分がやりたい事も分かっている。

逃げる事なんてしない。そんな選択肢をとらなくて良い。

 

何故なら自分は全てを持っている。

絶対に大切にしたい女の子も、だいすきな男の子も。日常を守りたい少年少女たちのことも。そして、彼らを守れる力を真守は持っている。

 

だから新天地なんて必要ない。自分にとってはこの世界が一番大事で、そして全てなのだ。

 

真守がかけがえのない宝物が手の内にあると微笑んでいると、昼食を作っていた深城が真守を呼んだ。

 

「真守ちゃーん。ご飯できたよぉ」

 

真守はぱたぱた近付いてきた深城を見て、ふにゃっと笑う。

 

「分かった深城。──帝兵さん、自称平凡男子高校生を監視しといてくれ。もちろん見つからないようにな」

 

『了解しました』

 

真守は頷くと、垣根と一緒にダイニングテーブルの方へと向かう。

また波乱が起きそうだ。

でも自分は一人じゃない。力になってくれる者たちがいてくれる。

それは胸を張れることだ。

真守はそう思って、昼食のパスタが並んだダイニングテーブルへと座った。

 



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第七三話:〈驚愕続々〉と問題が起こる

第七三話、投稿します。
※二〇二二年最後の投稿です。今年もお読みいただき、ありがとうございました。


防犯オリエンテーションが中止し、僧正が真守の自宅の居候に加わった夕暮れ。

真守は自宅の二階のラウンジで雑誌を読んでいた。

上里翔流の動きは把握している。

どうやら学園都市に住み着こうとしているらしく、カブトムシの記録を(さかのぼ)れば何故か不動産屋で小萌先生と同じ安アパートの契約をしていた。

 

「垣根。このステージすごく難しい」

 

真守がカブトムシで上里翔流を確認しながら雑誌を読んでいると、白い少年とテレビゲームをしていた杠林檎が声を上げた。

林檎は白い少年とよくある2Dスクロールアクションをやっている。

そんな林檎へと、垣根は真守の隣に座ったまま適当にアドバイスをする。

 

「水中ステージは水中の動きに慣れりゃあ簡単だよ。頑張れ」

 

「垣根やって」

 

「自分でやらなきゃ達成感がねえだろ」

 

「じゃあ三人目のプレーヤーで参加して手伝って」

 

垣根はため息を吐くと、ソファから立ち上がってテレビの前に座っている林檎から三つ目のコントローラーを受け取る。

 

「こういうのはプレイヤー数が多くなればなるほど、難易度が上がるモンなんだけどな」

 

「じゃあ垣根にもクリアできない?」

 

「そんなワケないだろ。俺にその定石は通用しねえ」

 

真守は静かに学園都市内でのみ流通している科学雑誌を読んでいたが、垣根が林檎と白い少年とゲームをしている様子を見てふふっと微笑んだ。

すると、ローテーブルの上に置いてあった真守のスライド式の携帯電話が震えた。

真守が手に取ると『上条当麻』と表示されており、真守は電話に出た。

 

「もしもし上条」

 

〈朝槻。深刻な問題が発生したんだ……俺はそれで動かなくちゃならない……っ!〉

 

「深刻な問題? 大丈夫だぞ、そこまで深刻に捉えなくて」

 

真守は上条当麻が上里翔流について連絡を寄越してきたと考えて、そう告げる。

 

ちなみに真守は上条当麻の現在も確認している。

上条当麻は現在、突然転がり込んできた魔神ネフテュスと共にいる。

 

魔神ネフテュスはその成り立ちからして、個の概念が薄いらしい。

 

そのため理想送り(ワールドリジェクター)によって新天地へ自分を飛ばされても、事前に取り分けていた自分の内臓を上条当麻の自宅に送りつけており、それによって理想送りから逃れたのだ。

 

そうして魔神ネフテュスは命からがら上里翔流のもとから逃げだして、上条当麻に理想送りについて伝えに来たのだ。

それを真守が確認済みだと告げると、上条は真剣な声のまま言葉を紡ぐ。

 

〈その上里なんちゃらの話はおいといて。それよりも大事な話だ……ッ!〉

 

「? それよりも大事なコト?」

 

真守は顔をしかめる。

何かすごくバカらしい話になる気がする。

真守がそう思っていると上条当麻が口を開いた。

 

〈実はな、朝槻……〉

 

「なんだよ。早く言ってくれ」

 

真守がムッと顔をしかめて目を細めると、上条当麻は真剣な声を出す。

 

〈三日前に買ったはずの食料をインデックスが食べ尽くして、いま俺の家にはしょうゆと味噌しかな、〉

 

ピッと、真守は携帯電話の通話を切る。

上条当麻にとっては食材がないことは死活問題なのだろうが、そんなの買ってくればいいし、魔神と比べれば真守にとってはくだらない話だ。

 

真守は無言で携帯電話をソファの肘おきに置き、もう一度雑誌を読み始める。

垣根は真守が突然通話を止めて無言で雑誌を再び読み始めたので、ゲームをしながら首を傾げた。

 

するとそんな垣根の前で、真守の携帯電話が再び震え出した。

真守は無視しようと思ったが、震え続ける携帯電話にため息を吐いてから携帯電話を手に取った。

 

「なんだ苦学生。言っとくけど私がお前に援助すると苦楽を共にするオティヌスが楽をしてしまって刑罰にならないから、食費は出せないぞ」

 

〈ぬぉぉぉぉぉぉオティヌスが足かせにぃぃぃ!!〉

 

真守は電話の向こうで本気で慟哭する上条当麻に呆れる。

 

〈……って、冗談はおいといて〉

 

お遊び(本気)はここまで。

上条が気持ちを切り替えると、真守は片眉を不機嫌そうに上げる。

 

「良かった。冗談じゃなかったら私は自宅からお前にティッシュの箱を叩きつけていたところだ」

 

絶対能力者(レベル6)である真守ならば、自宅にいたまま遠い場所にいる上条当麻の自宅へ、ありえないほどのロング物理攻撃が可能である。

真守がやれやれ、とため息を吐いていると、上条当麻はやっと真剣な声になった。

 

〈ネフテュスから話は聞いてる〉

 

上条は真守が知っているかもしれないが、一応自分が認識していることを真守に話す。

 

上里翔流の右手に宿った理想送り(ワールドリジェクター)

それは幻想殺し(イマジンブレイカー)──というか魔神たちが上条当麻に勝手に失望したから生まれた力なのだ。

 

幻想殺し(イマジンブレイカー)は魔術師たちの怯えによって生まれた。

魔術で世界を良いように造り替えた時、元の世界に戻れなくなると困るからだ。

それと同じで理想送り(ワールドリジェクター)も魔術師──というか魔術サイドの九九%を占めている魔神たちの願いによって生み出された。

 

魔神たちはここではないどこかへと行って、羽を伸ばしたかった。

その結果、何があっても決して壊れない新天地へと送る異能──理想送り(ワールドリジェクター)が生まれた。

 

真守はあまり頭がよろしくない上条当麻がきちんと理想送りについて把握していると知って安堵する。そんな真守に上条当麻は推測で危機感を(あら)わにする。

 

〈ネフテュスが言うには上里とやらは魔神というか、神全般を憎んでいる。つまり朝槻やオティヌス、それとお前のところにいる手乗り僧正も巻き込まれるってことだ〉

 

上条は上里翔流に真守も注意しなければならないと考えて、連絡を寄越してきたのだ。

別に真守の力を当てにしているわけではない。当てにしてはいるが、やっぱり上条当麻にとって大事なのは真守や周りの人々の安全なのだ。

真守は上条らしいな、とくすっと笑いつつ、口を開く。

 

「上里翔流については必要以上にあまり危険視しなくていいぞ」

 

〈朝槻がそう言うならそうなんだろうけど……なんで?〉

 

「あの右手には明確な発動条件がある。そしておそらく私には絶対に理想送り(ワールドリジェクター)は効かない」

 

真守が淡々と告げた言葉に反応したのは、スピーカーフォンで真守と上条の通話を聞いていたネフテュスだった。

 

〈どうして? どうしてあなたには効かないって分かるの?〉

 

「私は別に新天地を求めていないからだ」

 

真守は雑誌を読みながら目を細める。

 

「私はこの世界からいなくなりたいという気持ちは一ミリたりとも持っていない。私の戦うべき場所はここだ。この世界には全てがあるからな。新天地とやらにもその全てがあるのだろうが、私はこの世界を捨てるつもりなんて毛頭ない」

 

真守は雑誌のページをめくりながら、『そもそも』と呟く。

 

「深城はこの学園都市から離れられない。私は深城がいないところに行くつもりはない」

 

確かにやろうと思えば、源白深城は学園都市から離れることができる。

 

だがその必要性はどこにもない。そもそも真守たちがいるべき場所は学園都市であり、真守はなんだかんだ言っても学園都市のことが好きなのだ。

 

信仰の地(このまち)を捨ててどこかへ行くつもりはない。

居心地が良いところが欲しいのであれば、この学園都市を変えればいいだけの話だ。

 

「それに私のことを神さまとして必要としている者たちは、この世界に降り立って自分たちを生み出した人間と共に生きたいという思いを持っている。私がどこかに行ったら本末転倒だろ」

 

おそらく理想送り(ワールドリジェクター)の発動条件はもっと細かいのだろうが、真守は自分を神として必要としている者たちのことも考えれば、より一層この世界から離れるわけにはいかないのだ。

 

それに朝槻真守は絶対能力者(レベル6)として既に完成されている。

その行動にはブレがない。

やるべきことはやるべきことだし、やらなくていいことは本当に必要のないことだ。

だから真守は確固たる一つの意思を持って、この世界に存在している。

 

「もしオティヌスが餌食になってしまっても問題ないだろ。オティヌスは上条がいないところに行こうなんて思わない。そうだろ?」

 

真守が問いかけると、電話の向こうでふむ、とオティヌスは頷く。

 

〈確かにそうだな。要は気持ちを一貫して強く持つ事が重要ということだな、神人〉

 

「おそらくな。強い信念があれば新天地なんて要らない。そういうことだろ」

 

上里翔流は朝槻真守にとって恐ろしい存在ではない。

ただ面倒そうなのは、彼にくっついてきた個性豊かな一〇〇人ほどの女の子たちだ。

真守はカブトムシで上里翔流のことを熱心に見つめている女の子たちを確認している。

どうやら特異な右手を持つ者たちは女の子を惹きつける生態があるらしい。

そんな上里翔流に惹きつけられた女の子たちはけっこうな曲者ぞろいで、上里翔流のためにならばどんなことでもなそうとする気概を感じる。

 

(まああの女の子たちが暴走したとしても、あまり脅威にはならないけどな。ただ面倒なだけだ)

 

学園都市は朝槻真守の領域だ。

そしてこの学園都市には数十万のカブトムシが散らばっている。

突出した才能だけを持った恋狂いを完封する方法なんて、山ほどあるのだ。

 

「上条、お前は何も心配するな。今日の夕飯のメニューを考えてればいい。何かあったら手を貸してやる」

 

真守が軽く言ってのけると、上条は電話の向こうで苦笑する。

 

〈ありがとう、朝槻。……なんか俺、お前に頼ってばかりだな〉

 

「別に悪いことじゃない。むしろお前はもう少し人に頼ることを覚えろ。その方が色々と楽になれる」

 

真守はムッと顔をしかめて少しキツく上条にそう助言すると、二言三言話して通話を切る。

 

「大丈夫だったか?」

 

そう問いかけてきたのはもちろん垣根帝督だ。

真守は携帯電話をローテーブルの上に置きながら笑う。

 

「ちょっと面倒くさそうだけど何も問題ない。それにその面倒事は上手く利用できそうだ」

 

垣根は学園都市を変えるために利用できそうだと呟く真守を見て、ニヤッと笑う。

どうせアレイスターだって数々のアクシデントを利用して『計画(プラン)』を推し進めてきたのだ。

科学の申し子であり、アレイスターによって生み出された真守たちが、アレイスターのようにアクシデントを利用して学園都市を変えても構わないはずなのだ。

 

「利用できるってんなら、怪我の功名ってヤツだな」

 

垣根は不敵に笑うと、急かす林檎のためにゲームに戻る。

すると夕食を作っていた深城が歩いてきた。

 

「真守ちゃん。今日はすき焼きだよぉ」

 

「すき焼き?」

 

真守は深城が口にした鍋料理の名前を繰り返しながら、目を(またた)かせる。

 

「そぉ。お鍋って食べたことないでしょぉ。だから作ったの!」

 

「そういえば私は病院に入院してたから、鍋料理というのは縁がなかったな」

 

すき焼きで思い出したが、そういえば第三次世界大戦が始まる前に、クラスメイトたちは全員ですき焼きを食べに行ったらしい。

あの時真守は絶対能力者(レベル6)進化(シフト)して、学園都市に混乱を巻き起こさないように隠れていた。

だからクラスメイトと一緒にすき焼きを囲むことができなかったのだ。

 

「美味しいお肉買ったから、食べよう真守ちゃん」

 

深城は少し寂しそうにしている真守を見て、柔らかく微笑む。

 

「ありがとう、深城」

 

真守はふにゃっと笑うと、テレビゲームをしていた林檎たちを見た。

 

「ご飯ができたから食べよう、三人とも」

 

「朝槻ちょっと待って。このステージが終わったら絶対に食べるからっ!」

 

真守はゲームをしている子供らしい言葉を口にする林檎を見て、ふふっと笑った。

そして深城を見上げると、雑誌をソファに置いて立ち上がった。

 

「深城。私が準備を手伝うよ。何をすればいい?」

 

「そぉだね。じゃあ卵割ってくれる?」

 

「卵? ……ああ、そうか。すき焼きは溶き卵を付けて食べるんだったな」

 

「そぉそぉ。生で食べるし、すっごく良い卵を買ったんだよぉ。とっても美味しいと思う。残った卵は明日フレンチトーストにするんだあ」

 

「……それは、とってもおいしそう……っ」

 

真守が明日の朝食の事を考えて目を輝かせると、深城は嬉しそうに微笑んだ。

そして真守は深城と共に、夕食の準備を始める。

その準備の一環として、真守は深城が作った湯豆腐を持って仏壇に近づく。

 

「僧正は殺生した肉や魚の食事は無理なんだよな。そんなお前のために深城が湯豆腐を作ってくれた。これを食べると良い」

 

「おお。湯豆腐か。大豆は儂も好みじゃ」

 

真守は仏壇に湯豆腐が入った一人用の鍋を置く。

固形燃料で燃やすタイプの鍋なので、本当に小ぶりだ。

その中には深城が小さく切った湯豆腐が入っており、ぐつぐつと煮えている。

 

僧正は木乃伊(ミイラ)だが、ご飯を食べられない事もない。

そして深城は学園都市では珍しいほど、意外と信心深い少女だ。そのため僧正が食べなくても食べても良いが、お供え物として湯豆腐を作ったのだ。

 

ちなみに仏壇は僧正の住処となっているので、少々普通の仏壇と違い広いスペースが確保されている。僧正は小さな座布団に座ると、鍋を興味深そうに見つめる。

真守がお供えをしていると、ラウンジのベランダがある窓がからからと開いた。

 

「ただいまです」

 

ベランダから入ってきたのは、大きなカブトムシを抱きかかえたフロイライン=クロイトゥーネだった。

真守は僧正に向き直っていたが、クロイトゥーネが帰ってきた事で顔を上げた。

 

「クロイトゥーネ。丁度良かった、今日はすき焼きだぞ」

 

「すき焼き」

 

クロイトゥーネは真守にトテトテ近づいて、カブトムシを抱き上げたままぎゅっと抱き着くと、幸せそうに目を細めた。

 

「うれしいです。すき焼きとはみんなで囲う鍋でしょう。一緒に食べたいです」

 

「じゃあ手を洗ってうがいをしてきて。それで食べよう」

 

真守が柔らかく微笑むと、クロイトゥーネは洗面所へと向かった。

真守は深城の手伝いを続けて、ゲームを終わらせた林檎たちと一緒にすき焼きを食べ始めた。

すき焼きも終盤。

締めのうどんを待っていると、カブトムシがやってきた。

 

『上里翔流と上条当麻が殴り合っている事よりも優先するべき事態です』

 

「む?」

 

真守は肩に乗ったカブトムシに声を上げて、首を傾げる。

垣根も怪訝な表情をしていたが、すぐに警戒心を露わにした。

 

カブトムシのネットワークがとらえた先には上条当麻と上里翔流が()()していた。

二人が共闘している相手は異形の怪物たちだ。

 

それは『黒』と『赤』の異形だった。

その『黒』と『赤』が互いを敵視しながら、上条当麻と上里翔流と戦闘を繰り広げていた。

『赤』の方はこの際どうでもいい。問題は『黒』の方だ。

 

「……あ?」

 

垣根帝督は思わず声を上げる。

カブトムシ越しでも、一目見ただけで垣根帝督には分かる。

 

『黒』。

あのうねうねとした軟体動物のような、よく分からない怪物。

その怪物の主成分は未元物質(ダークマター)だ。

 

垣根帝督の能力である未元物質(ダークマター)。垣根帝督のみが扱える未元物質(ダークマター)

それが変異して、勝手に動き回っている。

 

この学園都市で、誰かが未元物質(ダークマター)を利用している。

だが未元物質(ダークマター)を狙っている研究者を垣根は全員排除したはずだ。

 

ぴしり、と空気が軋む。

何がどうなっているのだろう。

それは垣根帝督が生み出した人造生命体であるカブトムシにも、もちろん理解できることではなかった。

 



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第七四話:〈不明事態〉でも心当たりが

新年あけましておめでとうございます。
最初の更新です。


上条当麻と上里翔流。

幻想殺し(イマジンブレイカー)理想送り(ワールドリジェクター)という、誰かの願いが収束して造り上げられた異能を宿した右手を持つ少年たち。

 

二人の少年は根本的に分かり合えない存在だ。

何故なら彼らは根本から明確に違う存在なのに、何故か周りの人を誰彼構わず救おうとする。

似ているようで違う。絶対に相容れない存在。

だから彼らが顔を合わせれば、互いの事情なんて気にせずに激突することは必然だった。

 

夜の学園都市。

そこで運命のように邂逅を果たした二人は──顔を合わせると激突した。

だがすぐに横やりが入った。

 

『黒』と『赤』。根本から成り立ちが異なる二種類の異形が乱入してきたのだ。

 

『黒』の方は一見、軟体動物のタコのようだ。

だがよく見れば、ぶよぶよとした黒い脂肪の塊である。そしてもっと目を凝らしてみれば、目玉や吸盤ともいえない何かが夜光塗料のように発光している。

見れば見るほどその印象がより不気味さを増していく。それが『黒』だった。

 

『赤』の方は、見れば毛足の長い絨毯が腐ってしまったかのような質感を与えられる。

だが毛足の奥からは乱杭歯や舌のようなものがちらちらと見え隠れしており、あまり凝視してはならないと警告されているようだった。

 

両者は人の形を取っていない。完璧な異形だ。

だがそのどちらもきちんと生命活動をしており、確かな命を感じさせていた。

 

その『黒』と『赤』。

それらは上条と上里を巻き込みながら、互いを食いあって乱闘していた。

オティヌスを肩に乗せた上条当麻は、とりあえず『黒』と『赤』から距離を取った。

 

オティヌスが言うには『赤』の方は暗黒大陸系の匂いがするという。

だが『黒』の方は何も分からない。

もしかすると魔術と科学で食い合っているのかもしれない、とオティヌスは推測を立てた。

 

上条当麻は必死に逃げたが、上里翔流の事が気になった。

彼も彼で用意周到に逃げている事だろう。別に示し合わせて逃げるほどの仲でもないし、そもそも先程まで対峙していた間柄である。

だがそれでもそれなりに心配は感じる。

そのため上条が現場に戻ると、そこには『赤』の残骸が地面に飛び散り、こびりついていた。

 

上里翔流が『赤』と理想送り(ワールドリジェクター)によって対峙した痕跡だ。

それを上条当麻が眺めていると、ふと残骸の中にとある少女を見つけた。

その少女とは『明け色の陽射し』という黄金系の魔術結社のボスである、レイヴィニア=バードウェイだった。

どうやらレイヴィニアは『赤』をまるでコートのように着こんでおり、中に隠れていたらしい。

 

そうなると『黒』がどこに行ったかという話だったが、『黒』の方は上里翔流が拾っていた。

『赤』と同じく本体があり、中から出てきたのはレイヴィニア=バードウェイの妹、パトリシア=バードウェイ。

 

『赤』と『黒』。それを身にまとうバードウェイ姉妹。

垣根帝督はカブトムシ越しにその状況を把握していた。

 

どうやら話を聞くに、妹のパトリシア=バードウェイは南極調査活動で見つけた新種の寄生生命体に寄生されているらしい。

 

その名も『サンプル=ショゴス』。

宿主の全身の脂肪を溶かして空いたスペースに潜り込み、宿主の代わりに栄養を分配して、宿主の命を管理する生命体。

下手にサンプル=ショゴスを宿主から摘出しようとすれば暴れて宿主を殺し、上手く取り出せても宿主は脂肪を失っているため、体力が回復する前に衰弱死する。

 

サンプル=ショゴスはパトリシアの肌の表面を裂き、定期的に中から出てくる。

その様子を、垣根帝督は睨みつけるかのように注視していた。

 

サンプル=ショゴスとは、垣根帝督の制御から離れ、変異した未元物質(ダークマター)だ。

 

垣根帝督の能力は超能力者(レベル5)として、学園都市にて極めて高い有用性が認められている。

そのため様々な研究者が未元物質(ダークマター)を研究対象としており、垣根帝督は自分のことを研究に利用する者は見つけ次第片っ端から潰していた。

 

そして数か月前。垣根帝督は朝槻真守の導きによって、人造生命体であるカブトムシを作り出し、学園都市の監視網とした。

その時、垣根は自分の能力を利用しようとする研究機関をカブトムシで調べ上げて、すべて潰したのだ。

 

自分の知らない未元物質(ダークマター)が存在しているのはありえない。

だがこうして現実に。変異して勝手に動く未元物質(ダークマター)の寄生体が存在している。

自分の能力が知らないところで勝手に動いている。

 

その事実にピリピリしていた垣根を、真守は呼んだ。

 

「垣根」

 

「……気に入らねえ」

 

垣根は自分が座っているソファの隣に座り、顔を歪めている真守に気が付かずに、ぽそっと呟く。

もちろん真守が気に入らないのではない。

自分の能力が勝手に使われているのが気に入らないのだ。

しかも何故、それがよりにもよってレイヴィニア=バードウェイの妹に寄生しているのか。

垣根が顔をしかめていると、真守は悲しそうに眉を八の字に歪めた。

 

「あのな、垣根……。その、一つだけ心当たりがあるんだ」

 

「あ?」

 

垣根は怪訝な声を上げて、真守に目を向ける。

垣根が見た真守は、とても悲しそうにしていた。

大切な少女が悲しそうな顔をしているのを見て、垣根は自分のイライラを一瞬忘れるほどに胸の奥が少し痛んだ。

 

「……何に心当たりがあるんだ、真守?」

 

垣根は不安そうにしている真守にそっと手を伸ばす。

そして緩く真守の頬を撫でて、優しい口調を心がけて口を開く。

 

「怒らねえから、教えてくれ」

 

真守は頷くと、垣根が自分の頬に触れた手を取る。

そして、視線を動かした。

真守が視線を寄越した先。

そこにはダイニングテーブルで、杠林檎と仲良く食後のアイスを食べている白い少年がいた。

 

「もしかしたら、()()()()()()()()()()()

 

「……はぐれた?」

 

垣根は慎重に真守に問いかける。

真守が少し困惑しているようだったからだ。

真守は白い少年を見つめたまま、ふるふると首を横に振る。

 

「いいや、()であることすらないはずなんだ。……私が形を与えてないから」

 

真守はそっと目を伏せる。

そしてゆっくりと、自分の言葉を待っていてくれる垣根を見た。

 

「……第三次世界大戦の時」

 

真守は少し前に起きた、一か月も続かずに終幕した戦争のことを口にする。

 

「私は右方のフィアンマに捕まって自分を守るために、一度まっさらな世界に魂を飛ばしていた。だからなんとなくしか察せないけど……垣根、あの時()()()()()()()

 

「食べられた? 一体何を──」

 

垣根帝督は真守の言っている言葉の意味が分からなかった。

そのため声を上げたが、即座に思い当たる節があって目を見開いた。

 

垣根帝督は右方のフィアンマに連れていかれた朝槻真守を取り戻すために動いていた。

そして『ベツレヘムの星』にて、やっとの思いで真守が囚われていた聖堂へとたどり着いた。

 

真守を助けようと、この手に取り戻そうとしたその時。

密かに魂をここではないどこかに飛ばしていた真守の体を基点に、まっさらな世界から明確に形がない『彼ら』が飛び出してきたのだ。

 

真守の事を神として必要としており、自分たちが生まれた要因となった人間たちを生きることを夢見ている『彼ら』。

 

『彼ら』は器を求めていた。

そして器となりえる力を持つ垣根帝督が展開していた未元物質(ダークマター)の翼と、未元物質(ダークマター)製の人造生命体であるカブトムシを片っ端から捕食した。

 

その光景を目の当たりにした垣根帝督は、自分と真守が出会ったことは必然だったと知ったのだ。

必然だとしても。

垣根帝督は自分の気持ちは本物だと、真守を大事にする気持ちに偽りはないと考えた。

垣根帝督はあの時。本当の意味で朝槻真守と朝槻真守と一緒にいる事を自身の意思で望んだのだ。

 

あの後。垣根帝督の未元物質(ダークマター)を喰らった『彼ら』はどこへと行った?

 

そんなことを、あの状況で垣根帝督は気にすることなどできない。

何故ならあの時、垣根帝督は初めて真守がどんな神さまであって、自分がどのような運命を定められていたのかを知ったのだ。

そしてそれを知ったとしても、愛する女が目の前から()ちていく様を見て、誰が気にする事なんてできるだろうか。

 

「帝兵さん越しに見たとして、私には分かる。サンプル=ショゴスとはあの時こちら側に染み出た『彼ら』の一部だ」

 

真守は垣根の手を優しく握りながら、はっきりと断言する。

 

「でもあの子はきちんとした形を与えられていない。私が純粋な力の本流を魂へと昇華してないから当然だ。……だから本来ならば、この世界に定着することすらおかしいんだ。でも垣根の未元物質(ダークマター)を食べたことで、何故かああやって動き出す結果となってしまった」

 

垣根は真守の言わんとしていることが理解できて、呆然としたまま口を開く。

 

「……つまり、サンプル=ショゴスとか呼ばれたアレは──あの白いのと同類なのか?」

 

垣根帝督は人間の生きる意思を体現した存在である白い少年──セイを視界に入れる。

すると自分のことを話題にされていると気が付いた白い少年は首を傾げた。

真守はそんな白い少年を手招きする。

 

「セイ。ちょっとこっちにこい」

 

「なんだ、朝槻真守」

 

白い少年はとてとて歩いて、真守へと近づく。

真守はそんな白い少年の手を取って、真守の目配せで飛んできたカブトムシの上に置いた。

 

「──見えるか?」

 

真守が問いかけると、白い少年は目をぱちぱちと瞬かせた。

真守の導きによってカブトムシのネットワークに接続され、白い少年は突然の情報量に眉をひそめる。

だが白い少年はしっかりと、真守が見せてくれた『サンプル=ショゴス』と名付けられた『同類』の一端を認識した。

 

「──なんと」

 

思わず、白い少年の口から言葉がこぼれる。

 

「なんと。同胞がどうしてあんなことに。しかもあれは力の本流の極めて一部だ。存在していることすらある意味奇蹟的すぎるぞ」

 

即座にサンプル=ショゴスと呼ばれる寄生体が自分たちと同類だと気が付いた白い少年。

そんな彼を見て、垣根は鋭く目を細めた。

 

「……本当にあの時はぐれたヤツなんだな」

 

「あの時とは? 垣根帝督、どういうことだ」

 

白い少年はびっくりしたまま垣根に詰め寄る。そんな白い少年に真守は説明した。

 

「第三次世界大戦の時、私は一度お前たちのいる世界へと魂を待避させた。あの時私の体を基点に、こちらへ力の本流の一部が流れ出てしまったんだ」

 

少年は真守の説明に心当たりがあり、大きく目を見開く。

そして小さな腕を組んで、複雑そうな表情で頷いた。

 

「……確かにあの時一部が飛び出した。だが飛び出したとしても、朝槻真守に魂として昇華してもらわなければこの世界に定着できない。普通ならば霧散して元の世界に()()()()()はずなのに。……どうやら未元物質(ダークマター)を喰らっておかしなことになったらしいな……」

 

「セイの言う通り、サンプル=ショゴスはきちんと確立した意志を持っていない。私が魂を創り出したわけじゃないから当然だ。……そして、きちんとした生命ではないから、自力で生きることができない」

 

「……だからパトリシア=バードウェイに寄生しちまってるのか」

 

垣根は真守と白い少年の様子を見て、納得がいった様子で呟く。

 

サンプル=ショゴス。その正体は、第三次世界大戦の最終決戦の時に真守の体から流れ出た力の本流が、未元物質(ダークマター)に不正定着してしまった結果生まれた生命体だ。

 

サンプル=ショゴスは真守の手によって創り出された魂を持たない。

だから生命体として極めて不安定で、だからこそ誰かに寄生しないと生命を維持できない。

しかもあの状態では明確な意思疎通を図ることもできない。

 

真守はパトリシアとサンプル=ショゴスをカブトムシ越しに見つめたまま、顔をしかめる。

 

「気になるのはサンプル=ショゴスが南極調査中に発見されたっていう触れ込みだけど……学園都市は偶発的に起こったことも利用する。おそらく上条と上里の間に割って入らせるために使ったんだろう」

 

アレイスター=クロウリーはアクシデントを上手く利用して『計画(プラン)』を推し進め、前に進み続けている。

おそらく上里翔流と上条当麻に何らかの影響を与えるために、学園都市は利用しているのだろう。

 

「朝槻真守」

 

白い少年は真守の正面に立って、真守を一身に見つめる。

 

「どうか、かの存在のことを助けてほしい……」

 

「当たり前だ」

 

真守は小さくなってしおれている少年の頬に手を寄せる。

 

「絶対に助ける。そしてきちんとあちらからこちらに存在を降ろし、この世界に根付かせる」

 

真守は決意を口にすると、垣根を見つめた。

 

「垣根。お願い。あの子のための体を用意してくれるか?」

 

「いつでも造れるように機材は準備してある。──カブトムシ(端末)、お前監修で培養槽を起動してこい」

 

『了解いたしました』

 

一度目に垣根が『彼ら』の器を造り上げた時は試作品などを作って慎重に制作を進めていた。

だが既に制作技術は確立されている。

そのためボタン一つと垣根の指示によって、『彼ら』の器を造り上げることができるのだ。

 

「それで、どうすんだ真守? どうやってサンプル=ショゴスは──というか、パトリシア=バードウェイは回収する?」

 

「私と上里は直接顔を合わせたわけじゃないからな。私が一方的に知っている以上、接触の仕方を間違えれば面倒なことになりかねない。だから私の指示で帝兵さんに接触してもらう。──良いか、帝兵さん」

 

『もちろんです、真守』

 

「ありがとう」

 

真守は即答してくれた自分の膝の上にいるカブトムシに微笑む。

上里翔流のことを真守たちはカブトムシで監視しているが、上里翔流は当然としてそれを知らないのだ。

だから流れや空気を読むことに長けている真守がタイミングを見計らって、面倒にならないようにバードウェイ姉妹のことを説明する。

それが一番だ。

 

「上条にはレイヴィニアを拾ってるからきちんと説明しなくちゃな。それに上里と顔を合わせる時、上条とレイヴィニアがいた方がスムーズだし。今から連絡する」

 

真守は独り言ちるように方針を口にすると、携帯電話を手に取る。

垣根は真守が携帯電話を操作している隣で、垣根は一人呟く。

 

「あの時こっちに出てきたヤツら、か」

 

垣根は第三次世界大戦の事を頭に思い浮かべて、そっと目を細める。

 

「考えもしなかったっつーか、考える余裕なんてなかったからな」

 

あの時は本当に、真守を取り戻すことで精いっぱいだった。

しかも真守の体を基点に飛び出してきた『彼ら』によって、垣根帝督は自分と朝槻真守が引き合わされる運命にあると知ったのだ。

第三次世界大戦の後始末が遅れて転がり込んできたようなものだ。

垣根がそう思っていると、白い少年が口を開いた。

 

「垣根帝督」

 

「なんだ?」

 

垣根は申し訳なさそうにしている白い少年を見る。

彼が申し訳なくなる事なんてないのだ。

垣根が素直にそう感じていると、白い少年はぺこりと頭を下げた。

 

「迷惑をかけてすまない、本当に」

 

「お前が謝ることじゃねえよ。俺も真守も今まで気が付かなかったんだしな」

 

垣根は俯いている白い少年の頭を優しく撫でる。

 

「救ってやるよ。しょうがねえからな」

 

白い少年は不敵に笑う垣根を見て、安心した様子で微笑んだ。

 

「ありがとう、垣根帝督」

 

「おう、感謝しやがれ」

 

垣根が笑うと、白い少年は嬉しそうに目を細める。

そんな垣根と白い少年を視界に入れながら、真守は上条当麻に説明をする。

 

レイヴィニア=バードウェイとパトリシア=バードウェイ。

彼女たちの問題となっているサンプル=ショゴスが実は自分と垣根に縁があると。

詳しいことを説明しても上条には分からないだろうから、とりあえず合流する、と真守は上条に告げた。

 

〈朝槻さま……っお願いがあります……ッ!〉

 

「なんだ。食費なら出さないぞ」

 

真守が先回りして告げると、上条当麻はしくしく泣きだす。

 

〈じ、実は……ッ食材は買ったんだけど上里とバトって放り投げた後、『赤』とか『黒』とか介入してきてよく分からない事態になって……とりあえず回収しようとしたら野良猫親子が目の前で咥えて持ってっちゃって……ヤツらの策だって分かってるんだけど見送るしかできなかった……ッ〉

 

「大変だったな。ちなみに私たちはもう夕食済ませたぞ」

 

真守がけろっと告げると、上条は本気で慟哭する。

 

〈くっそぉぉぉぉどうせおフレンチでも食べたんだろぉぉぉぉ格差社会ぃ!!〉

 

「違うぞ。すき焼きを食べたんだ。深城の自信作。とてもおいしかった」

 

真守がすき焼きを思い出して嬉しそうに目を細めると、上条は本気で悔しそうな声を上げる。

 

〈どうせ木の箱に入ったお肉とか、超高級卵つけて食べたんだろ残りくださいっ!!〉

 

「えー卵は明日深城がフレンチトーストにしてくれるって言ったからヤダ」

 

〈高級卵で朝からフレンチトーストだとぉ!! 贅沢すぎるだろっ!!〉

 

上条当麻が叫ぶと、電話の向こうでインデックスの叫び声が聞こえてくる。

どうやらフレンチトーストが食べたくなったらしい。

大変だなと真守は笑うと、インデックスに噛みつかれている上条へと温情を示す。

 

「コンビニで何か買って行くから待ってろ」

 

〈うぉおおおおんっうぉおおおおん女神様ぁ!!〉

 

感動でむせびなく上条当麻。

真守はくすっと笑って待ち合わせ場所を指定し、上条との通話を終える。

そして立ち上がり、『彼ら』の一部を救うために動き出した。

 



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第七五話:〈初回邂逅〉でも即座に解決へ

第七五話、投稿します。


不良も段々と少なくなってきた、夜が深まる学園都市。

朝槻真守は第七学区にある、真守たちの学校の寮がある近くの公園にいた。

 

もちろん一人で立っているのではない。(かたわ)らには当然として垣根帝督がいる。

しかもその横には肩にオティヌスを乗せた上条当麻とインデックス、そして自身のほとんどを上里翔流の右手──理想送り(ワールドリジェクター)によって新天地へと飛ばされた、息も絶え絶えのネフテュスがいる。

 

そしてもう一人。不機嫌な様子で立っているのは、レイヴィニア=バードウェイだった。

 

「おい神人。これは貸しということで良いんだな?」

 

レイヴィニアは真守の事をじろっと見上げて睨む。

サンプル=ショゴスは真守と垣根に由来があるものだった。

そんなサンプル=ショゴスに寄生されたパトリシアは、ある意味二人に被害を受けているのだ。

そのことを持ち出してきたレイヴィニアを睨んだのは、真守の隣に立っていた垣根帝督だった。

 

「勝手に貸しにするんじゃねえよ。俺たちだって知らないところで話が進んでやがったんだ」

 

サンプル=ショゴスは確かに真守と垣根に関係があるものだ。

真守のことを神として必要とする『彼ら』が、垣根帝督の未元物質(ダークマター)を喰らった事で、この世に不正定着してしまった存在。

 

だがそんなことが起きていたと真守も垣根も知らなかった。

そして学園都市は真守たちが知らないところで、上条当麻と上里翔流にサンプル=ショゴスをぶつけ、その性質に影響を与えようとしていた。

 

垣根は制御を離れたとしても、学園都市が自分の未元物質(ダークマター)を利用している事実に苛立って片眉を跳ね上げた。

 

「つーか俺だってむしゃくしゃしてんだよ。変異したとしても、何で俺の未元物質(ダークマター)がわざわざテメエの妹に寄生してるんだよ。日頃の行いが悪いんじゃねえの?」

 

「なっいうに事欠いて失礼だな垣根帝督っ! パトリシアに落ち度などない! パトリシアを利用した学園都市が悪いんだっ!」

 

「なんだ。分かってるじゃねえかよ、そうだよ学園都市がお前の妹を上条当麻(あの)上里翔流(二人)にあてがったんだ。真守は何も悪いことしてねえよ」

 

はんっと垣根帝督はレイヴィニアを鼻で嗤う。それを見てレイヴィニアはぐぬぬっと呻く。

 

サンプル=ショゴスに寄生されたパトリシア=バードウェイ。

妹を助けるために、姉のレイヴィニアは当然として魔術に頼った。

だが黄金系の魔術ではパトリシアを救うことができない。

 

そう結論を出したレイヴィニアは暗黒大陸系の魔術に手を出し、カニバリゼーションと呼ばれる魔術を生み出した。

 

それはアフリカ版シンデレラと呼ばれるニャニャレムブをモチーフに、赤い毛皮の中でパトリシアの溶かされた脂肪分を補うための『果実』を作る魔術だ。

 

『果実』はレイヴィニアの微笑ましい胸の間で育てられており、成分はトウモロコシに非常に近い。だが、この果実を成長させきる頃にはレイヴィニア=バードウェイの体が『果実』の内臓圧迫に耐えられず、内側から破裂してしまうという欠点があった。

 

パトリシアは自分のせいで姉が危険な目に遭うのが嫌だった。

だから自分を追ってくるレイヴィニアと戦いながら逃げる過程で、レイヴィニアは上条当麻に、パトリシアは上里翔流に保護されたのだ。

真守は胸でパトリシアのことを助けるための『果実』を育てている、レイヴィニアの頭に触れる。

 

「貸しとはいかなくとも、何かあったら手伝うよ。お前はイギリスに所縁(ゆかり)ある者だし、私も曲がりなりにもそうだからな」

 

真守はケルトの一族であり、イギリスに古くから根付くマクレーン家の傍系だ。

イギリスのことは大事にしたい。

だから真守はイギリスで生きているバードウェイたちのことも大事にしたいのだ。

 

「ふんっ。絶対に忘れるなよ、神人」

 

「うん、分かったから」

 

真守は微笑むと、レイヴィニアの頭をよしよしと撫でる。

 

「撫でるんじゃないっ」

 

「えーいいところに頭があるから」

 

真守はくすくすと笑って、怒るバードウェイの頭を撫でる。

すると、そんな真守たちがいる公園に近づく影があった。

それはカブトムシによって先導された、上里翔流とパトリシア=バードウェイだった。

 

真守はパトリシアが上里翔流の自宅からたまらなくなって飛び出し、追いかけた上里翔流とパトリシアが話しているところに接触した。

上里翔流の自宅には面倒になりそうな女の子たちがいたし、パトリシアが外に出たのは大変都合が良かったのだ。

 

しかも真守は彼らが話している姿を見守っていて、とある事実も入手した。

理想送り(ワールドリジェクター)。その異能にはやはり発動条件があり、新天地を必要としない者には──パトリシアには効かなかったのだ。

真守はその事実を入手し、彼らが動き出す前にカブトムシによって接触した。

 

そして丁寧に説明し、パトリシアを救う技術が自分たちにはあるといって、上里翔流とパトリシアに来てもらったのだ。

 

上里翔流は上条当麻たちの隣に立っている真守と垣根を見て、眉をひそめた。

真守はそんな上里へと、小さい手をふりふりと振った。

 

「初めましてだな、上里翔流」

 

真守は特に気取ることなく、いつもの無表情に近い笑みで上里に軽く話しかける。

 

「……キミが神人だね?」

 

上里翔流は上条当麻の周りにいる者たちの情報をそれなりに集めている。

そのためもちろん上里は真守の事も把握していた。

 

神であり、人であり。そして人として完成されているからこそ神と同等に位置する少女。

神様なんて全員自儘で、傲慢だと上里翔流は思っていた。

だが目の前にいる真守はどこからどう見てもちょっととっつきにくい、気難しい印象を伺わせる女の子でしかない。

 

だが外見に惑わされてはダメだ。

何故ならこれまで散々、上里翔流は無害そうな女の子たちに振り回されてきたのだから。

でもよく分からないけれど。朝槻真守は大丈夫そうだ。

その根拠がどこから出てくるか分からない上里翔流に真守は小さく笑いかける。

 

「確かに私は神人と呼ばれている。……でも、名前で呼んでほしいな。お母さまと学園都市が付けてくれた名前だから」

 

真守が笑う姿を見て、上里はすました顔をしつつも内心困惑していた。

そんな上里を面白くなさそうに見ていた垣根。

そんな垣根の隣で、真守はパトリシア=バードウェイを見た。

 

「顔を見せてくれ」

 

真守が声を掛けたのは、パトリシアではなかった。

サンプル=ショゴスと呼ばれている存在に、真守は声をかけたのだ。

真守が声をかけると。パトリシアの頬の皮膚がピリッと裂けた。

そしてサンプル=ショゴスと呼ばれる、黒い脂肪の塊のようなタコのように蠢く存在が鋭く顔を出した。

 

「きゃっ!」

 

パトリシアは真守に呼ばれ、真守に突撃するサンプル=ショゴスに引きずられて、たたらを踏む。

真守はそんなパトリシアを抱きとめながら、自分に縋りついてきたサンプル=ショゴスへと手を伸ばした。

 

「知らなくてごめんな。ずっと大変だっただろ」

 

真守が優しく声をかける。

するとサンプル=ショゴスは真守の言葉に呼応するようにうにゃうにゃ動き、真守へと黒い触手を何本も伸ばした。

そして躊躇いがちながらも真守に触れて、するすると真守の体をセーラー服の上から撫でる。

 

「うん。これからはずぅっと一緒だ。大丈夫だぞ」

 

真守は自分に縋りつきながらも、決してパトリシアから離れないサンプル=ショゴスをあやす。

その様子を見ていた上里翔流はますます困惑していた。

 

元々、上里翔流は学園都市の人間でもなく、魔術サイドに足を突っ込んでいるわけでもない。

本当にありふれた街のつまらない地方都市で暮らしている、何も突出したところのない平凡な高校生だった。

 

だが右手に力が宿った途端、周りを巻き込む形で理想送り(ワールドリジェクター)が全てをダメにした。

 

上里翔流はその現状に疑問を感じている。だからこそ上条当麻に問いかけたかった。

 

右手の力のせいで色々と問題が起こり、その結果突出した個性を持つ女の子たちが無条件で力を貸してくれるようになった事実に対して。どう思っているのか。

 

上里翔流は上条当麻のことを同類だと考えていたから、そのように問いかけたかったのだ。

 

自分と同じ存在であると思っている、上条当麻。

だが上条当麻の隣にはおかしな事に、彼に惹かれているようにはまるで見えない、恋人らしき男を連れた少女がいる。

そんな神人と呼ばれる少女に、上条当麻は絶大な信頼を寄せているようだった。

 

上条当麻の目を見れば分かる。上条当麻は朝槻真守のことを大切な友人としてみている。

 

そんな存在は、上里翔流にはいない。

自分と同じ境遇にいるはずの上条当麻。

だがどうやら、自分とは違うらしい。

 

上里翔流はそう思って、知らず知らずのうちに拳を握った。

心の中でもやもやとうずまいている上里翔流の前で、真守はパトリシアに声を掛けた。

 

「パトリシア=バードウェイ。迷惑を掛けてすまなかった」

 

「……この子はあなたに会いたかったのですか……?」

 

パトリシアは、真守に数本の触手のようなものを伸ばして縋りつくサンプル=ショゴスに確かな意思を感じて、真守に問いかける。

パトリシアはサンプル=ショゴスにずっと寄生されていた。

だからこそ分かる。サンプル=ショゴスは真守に会いたかったのだ。

 

「この子はずっと私を探していたのだろう。それでお前に迷惑をかけた。お前の姉にもな」

 

真守はパトリシアの頭を優しく撫でる。

そして怒って不機嫌になっているレイヴィニアに笑いかけた。

そんな真守へ、無視しないでと縋りつくようにサンプル=ショゴスが抱き着く。

うねうねとした黒い触手たち。それらによってさわさわと体を(さわ)られても、真守は特に何も思わなかった。

だが真守の隣に立っている垣根帝督は違う。

 

「オイ、テメエ。いい気になって真守に絡みつくんじゃねえ」

 

垣根はサンプル=ショゴスを掴んで、真守からびりっと引きはがす。

セーラー服の上から絡みつくのはまだ許容できるが、剥き出しの足にまで引っ付かれるのは流石に我慢ならない。

 

世の中には触手を使ったあーんなことやこーんなことを題材にした、薄い本がたくさんある。

そんなものを大事な女で想像させられるのは御免だ、気分が悪い。

そのため垣根はサンプル=ショゴスを強引に真守から引きはがした。

 

サンプル=ショゴスはばたばたと暴れるが、腐っても未元物質(ダークマター)の変異体。

垣根の制御下に置かれてしまい、強制的に大人しくさせられた。

真守はくすっと笑うと、パトリシアを見つめる。

 

「パトリシア。この子を分離処置するから一緒に来てくれるか?」

 

「ぶ、分離できるんですか……? 学園都市ではどうにもできないって……」

 

パトリシア=バードウェイは南極調査に学園都市が後援で就いていたため、元々学園都市外部の協力機関で見てもらっていた。

だがそこで解決策がなかったため、たらい回しにされた挙句に学園都市にやってきたのだ。

真守はパトリシアの頭を優しく撫でて、不安そうにしているパトリシアを安心させる。

 

「この子は私や垣根に縁があるんだ。それに私は絶対能力者(レベル6)だ。できないことはない」

 

パトリシアは真守の言葉を聞いて、体から力が抜けてしまう。

 

「おっと。大丈夫か?」

 

真守は腰が抜けてしまったパトリシアを支えて問いかける。

 

「さ、さっきまで……お姉さんが私の代わりに死んでしまうと思ってたんです……それは、本当に嫌だったんです……っ」

 

レイヴィニア=バードウェイはパトリシアの悲痛な声を聴いて、思わず顔を背けた。

 

「わ、私は……お姉さんも、助かるんですね……?」

 

「うん、本当に迷惑をかけた。ごめんな」

 

真守が優しくパトリシアの頭を撫でると、パトリシアはひっぐとしゃくりあげた。

 

南極調査にて見つかったとされるサンプル=ショゴス。

未知の寄生体に寄生されたパトリシアは自分がいつどうなってしまうか分からなかった。

 

全てをサンプル=ショゴスに支配されて、自分が自分ではなくなってしまうと怯えていた。

 

それを阻止するために姉であるレイヴィニア=バードウェイはよく分からない手段へと手を出すし、代わりに死んでしまうリスクだって出てきた。

本当に怖かったのだ。本当に怖くて、でも誰も巻き込めなくて一人で頑張っていた。

 

「ごめんな。すぐに大丈夫になるから」

 

パトリシアは真守に何度も何度も優しく謝られて、安堵で涙がこぼれる。

 

「上里翔流」

 

真守は抱き着いてくるパトリシアの頭を撫でながら、困惑する上里翔流を見た。

 

「お前にも迷惑を掛けてすまなかった。聞きたいこともあるだろうが、とりあえず私はバードウェイ姉妹をどうにかしたい。分かってくれるか?」

 

「え。……え。えっと……あ、任せれば、大丈夫なのかい?」

 

上里翔流は突然真守に話しかけらて、少しおどおどしながらも問いかける。

 

「私も垣根もこの学園都市で頂点に立っている存在だ。できないことはない。無事に終わったらお前にも伝えるから。巻き込んですまなかった」

 

真守が小さく頭を下げると、垣根は面白くなさそうに目を細めた。

真守は垣根の様子に気が付いてくすっと笑うと、パトリシアを抱きあげた。

 

「じゃあな上里翔流。また今度。──上条」

 

真守は優しい笑みを浮かべていた上条当麻を見て微笑む。

 

()()()()()()()()()()()()()。分かったか?」

 

「分かってるよ。朝槻」

 

上条当麻と上里翔流の激突は回避できない。

そのため真守がどちらかが命の危険に陥ったら止めると忠告だけして、バードウェイ姉妹を連れて、その場を去った。

心配でも、真守はサンプル=ショゴスをどうにかしなければならないからだ。

上条当麻はそんな心優しき友人を見送って、上里翔流を見た。

 

「話をするか、上里翔流」

 

「──そうだな、話をしないでおっ始めるのは正直趣味じゃない」

 

上条当麻と上里翔流は突然降って湧いた問題を片付けて、本筋へと戻る。

 

幻想殺し(イマジンブレイカー)理想送り(ワールドリジェクター)、その衝突。上条当麻はその戦いにインデックスたちを巻き込みたくないので、場所を変えた。

 

そして上条当麻と上里翔流は話をした。

そして同類だとしても、自分たちは決して相いれないことが明るみになった。

その結果、二人は敵対する。

 

だが幻想殺し(イマジンブレイカー)理想送り(ワールドリジェクター)に勝てない。

そして上里翔流は知ることとなった。

上条当麻の奥にあるもの。

 

アレイスター=クロウリーが真に欲し、学園都市と呼ばれる場で大切に育てているもの。

上条当麻も自分の内側に得体のしれないものが隠されていると知った。

そして──激動の一日は幕を閉じ。再び激動の一日が始まった。

 



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第七六話:〈一時収束〉で疑問が湧く

第七六話、投稿します。


幻想殺し(イマジンブレイカー)理想送り(ワールドリジェクター)。上条当麻と上里翔流の邂逅。

そこに乱入してきた、サンプル=ショゴスに寄生されたパトリシア=バードウェイと妹を助けようとしたレイヴィニア=バードウェイ。

 

パトリシアに寄生したサンプル=ショゴスは、南極調査活動にて発見された新種の寄生体であるとされていた。

だがその正体とは第三次世界大戦の際に垣根帝督の未元物質(ダークマター)を食らい、こちらへ不正定着してしまった『彼ら』の一部だった。

 

それに振り回されたレイヴィニア=バードウェイとパトリシア=バードウェイ。

真守と垣根はパトリシアからサンプル=ショゴスと呼ばれた『彼ら』を分離するために、バードウェイ姉妹を連れて自宅へと帰ってきていた。

 

そして。何故か上条当麻のところに転がり込んだ魔神ネフテュスも、真守たちについてきた。

 

真守は自宅の玄関ホールにて、パトリシアの肩を抱きながら後ろを見る。

 

「で。お前はどうして私たちと一緒に来たんだ、ネフテュス?」

 

真守は全身の褐色肌から、大量の冷や汗を掻いている魔神ネフテュスを見る。

 

魔神ネフテュスとはピラミッドに王の副葬品として埋葬された、数万もの奴隷や使用人たちの願いによって生み出された魔術の神だ。

そんな魔神ネフテュスには個という概念がない。

だからこそ理想送り(ワールドリジェクター)によって新天地へと飛ばされても、こちら側に残していた主要な臓器によって再生することができたのだ。

 

それでも理想送り(ワールドリジェクター)による消耗は激しく、立っているのもやっとの様子だ。

そんな魔神ネフテュスに真守が問いかけると、ネフテュスは息も絶え絶えに口を開く。

 

幻想殺し(イマジンブレイカー)の坊やのところにいるより、理想送り(ワールドリジェクター)が効かないアナタのところにいたほうが安全だと思ったのよ。……私は、まだやりたいことがあるから」

 

ネフテュスの言葉に眉をひそめたのは、真守の隣にいた垣根帝督だった。

 

「理想の世界とやらに行けたのに、この世界に何の未練があるんだよ」

 

垣根は(いま)だパトリシア=バードウェイに寄生にしており、うねうね動くサンプル=ショゴスを抑えつけながら鬱陶しそうに告げる。

 

「…………さっきの神人の神さまっぷりを見せてもらったわ」

 

「私の?」

 

真守はきょとっと目を見開いて、小首を傾げる。

ネフテュスは先程のことを思い出す。

 

真守は自身のことを神として必要としているサンプル=ショゴスに慈愛を持って接していた。

そして自分のことを神として必要としていない周りの人間──パトリシア=バードウェイや上条当麻、そして上里翔流にすら、真守は慈愛を向けていた。

 

その姿に朝槻真守の神性を感じた魔神ネフテュスは自身の望みを口にする。

 

「神さまらしいことを、やってみたいの」

 

魔神ネフテュスは自儘に動く魔神と言っても神だ。

幾万もの奴隷や使用人たちが、死の間際に自分たちがいた証が残したいと、あがいた結果生まれた魔神だ。

人に願われて、形を得た神さま。それなのに自分は何も成し遂げていない。

 

何も成し遂げていないまま、自分は新天地を求めて旅立ってしまった。

だからこの世界に未練があるのだ。神さまらしいことをして、自分はこの世界から去りたい。

朝槻真守の姿を見て、魔神ネフテュスは心の底からそう思ったのだ。

 

「……なるほど」

 

真守は魔神ネフテュスの本当の願いを聞いて、ふんわりと柔らかく微笑む。

 

「お前が望むなら、私が手を加えてやろう」

 

朝槻真守は魔神を再構成することができる。

 

オティヌスも真守の自宅に居候することとなった魔神僧正も、真守によってお人形サイズへと姿を変えられたのだ。

魔神ネフテュスが現在具合が悪そうにしているのは、力が不安定という理由に他ならない。

朝槻真守が手を加えれば、自身の取るべき形を取って安定することができる。

 

つまり手乗り魔神化である。だがそれに(ともな)い、一つ弊害(へいがい)がある。

 

「私が手を加えると、お前はお前ではなくなる。お前には個がないからな。それでもいいのか?」

 

僧正やオティヌスと違い、ネフテュスは個人というものを明確に持っていない。

そのため真守が手を加えて形を決めてしまうと、魔神ネフテュスは明確な個を持ってしまうのだ。

ある意味その存在が固定されてしまう。個がない魔神として完成されていたのに、明確に違う存在へと変わってしまう。

それでも良いのか、真守はネフテュスにそう問いかけたのだ。

 

「構わないわ。個を持つことが、私の願いを叶えるための最善なのだから」

 

ネフテュスはふぅふぅ息を上げながらも、優しく微笑む。

 

「それに私がここで個人になれば、新天地へ送られた私が魔神ネフテュスとして動き出すでしょう。私はある意味ここで分かたれる。でもそれも良いと思うの」

 

「そうか」

 

真守は全てを承知済みだと告げるネフテュスを見て一つ頷く。

 

「垣根。パトリシアをお願い」

 

「分かった」

 

垣根は頷くと、パトリシアのことをサンプル=ショゴスごと抱き上げる。

だがそれはお姫様抱っこではなかった。幼子を抱き上げるような感じで、垣根が時々林檎を抱き上げるような、腕に乗せる抱き上げ方だ。

真守は垣根に他の女の子のことをお姫様抱っこしてほしくない。

それをこの状況でも垣根が気にしてくれたことが、真守はうれしかった。

 

「ネフテュス。本当に良いなら私の手を取って」

 

真守が手を差し出す。するとネフテュスは一つ頷いて、躊躇うことなく真守の手を取った。

蒼閃光(そうせんこう)が、(ほとばし)る。

そして歯車が噛み合い、全てが上手く回り出す音がする。

魔神ネフテュスは安らかな気持ちで目を閉じた。

そして新たな個を獲得し、人々を神さまらしく見守る存在となった。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

妹を助けるために『果実』を育てるカニバリゼーションという、暗黒大陸系の魔術を作り上げたレイヴィニア=バードウェイ。

 

だがその魔術で育てていた『果実』は真守や垣根によって無事、必要なくなった。

だからレイヴィニアは真守がパトリシアからサンプル=ショゴスを摘出している自宅にて、自分から必要なくなった『果実』を切除した。

 

何事もなく、無事に迎えられた早朝。

レイヴィニアは真守の自宅の前で、魔術結社の迎えを待っていた。

その(かたわ)らには、一応見送りに来た垣根帝督が立っている。

 

「世話になった。だがこれは確かな貸しだからな」

 

レイヴィニアは背が高い垣根を必死に見上げる。

垣根はそんなちっこいレイヴィニアを余裕で睨みつけた。

 

「世話になったのに貸しになるとかよく分からねえこと言うなよ。つーか今回の件は貸しじゃねえって言ったよな?」

 

サンプル=ショゴスは朝槻真守と垣根帝督に関連する存在だった。

だが真守と垣根はそのことを知らなかったし、サンプル=ショゴスを利用して上条当麻と上里翔流の前にけしかけてきたのは学園都市だ。

 

上条当麻と知り合いのレイヴィニア=バードウェイの妹だからこそ、パトリシア=バードウェイは学園都市によってサンプル=ショゴスをけしかけられた。

 

その事実をいま一度垣根が持ち出すと、レイヴィニアは拗ねた様子を見せた。

 

「ちぇ。抜け目のない男だ」

 

「当たり前だろ。隙なんて見せるのはバカがやることだ」

 

垣根はじろりとバードウェイを睨む。

すると肩をすくめたレイヴィニアは真守の自宅を見上げた。

 

「それで? 神人は大丈夫なのか?」

 

「問題ねえよ。二回目だしな」

 

レイヴィニアと同じように、垣根は自分たちの自宅を見上げる。

 

朝槻真守はいま、自分のことを神として必要としている『彼ら』のためにその力を振るっている。

 

何故ならサンプル=ショゴスと呼ばれた『誰か』はこちら側の世界を知ってしまった。

しかも誰かに寄生しなければ生きられない状態は、あまりにもかわいそうだ。

だから真守は不正定着してしまったサンプル=ショゴスを、解きほぐししている。

 

サンプル=ショゴスは力の一部だ。

そのため真守は解きほぐし、一度あちらの世界へと還す。

そして魂を一から創り上げ、こちらの世界を知った『彼』をこちらに降ろすつもりなのだ。

 

器は既に用意してある。だが魂を創ることは容易ではない。

そのため真守はネフテュスを再構成してお人形サイズにした後からずっと、魂を創ることにかかりきりになっている。

垣根は真守の神の如き所業を思いながら、レイヴィニアを見る。

 

「お前は妹のことだけを考えてろ。サンプル=ショゴスとか呼ばれた存在は俺たちの問題だ」

 

ちなみに、真守の自宅にはすでにパトリシア=バードウェイはいない。

彼女は現在、冥土帰し(ヘブンキャンセラー)の病院に入院している。

もちろん自前の脂肪を溶かされ、サンプル=ショゴスに寄生されていたせいだ。

 

垣根帝督はサンプル=ショゴスを引きはがし、代わりに未元物質(ダークマター)でパトリシア=バードウェイの体を補完した。

だが未元物質(ダークマター)は異能由来の力だ。幻想殺し(イマジンブレイカー)によって打ち消されてしまう可能性がある。

そのためパトリシアは冥土帰し(ヘブンキャンセラー)のもとで、学園都市由来の純粋な科学技術によって培養された脂肪を移植してもらうことにしたのだ。

 

そうすれば幻想殺し(イマジンブレイカー)は効かない。これは垣根がバードウェイ姉妹に提案した事で、パトリシアはよく分かっていなかったが真守にその方が良いと言われて頷いた。

レイヴィニアはにやにやと笑って、垣根を見上げる。

 

「お前は自分の大切な女のことばかり考えているように見えるが、大概優しいよな」

 

「うるせえ余計な事考えるんじゃねえって言ってるんだ」

 

垣根はレイヴィニアを思いきり睨む。レイヴィニアはくつくつと笑って、そして垣根の大切な女の子──真守のことを考える。

 

「神人。神であり人であり、そして真なる人間。天上の意思に辿り着く者。絶対能力者(レベル6)……か」

 

「なんだよ、意味ありげな声出しやがって」

 

垣根帝督は様々な真守の呼び名を呟くバードウェイを、怪訝な表情で見つめる。

レイヴィニアは垣根の目をまっすぐと見る。そして情報を整理する。

 

「神人はアレイスターの後押しによって、完全なるもの──絶対能力者(レベル6)へと至ったんだよな?」

 

「それ以外に何があるんだよ」

 

垣根は関係者なら誰もが知っている事実を口にするレイヴィニアを見つめて、怪訝な表情をする。

 

「元々素質があった。だから神人はいつか神人となる事が決まっていた。そして神人となった。そうだよな?」

 

「そうだよお前の言う通りだ。……真守はいつか自分が進化(シフト)するって分かってた。だからずっと悩んでた」

 

朝槻真守は自身が明確に違う存在になってしまうのが、ずっと怖かった。

だが決められた流れを止める事は出来ない。

あるべきところへ流れていくことは、あの真守でも変えられない流れだった。

 

「素質が無けりゃ絶対能力者(レベル6)進化(シフト)できない。その素質が真守にはあった。そして未来を見据える力もな。……だから、大変だったんだ」

 

絶対能力者(レベル6)進化(シフト)するのは素質が無ければできない。

かつて学園都市に存在していた『樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)』によって弾き出された演算結果では、絶対能力者に安定して進化できるのは真守と一方通行(アクセラレータ)だけだった。

かつて『プロデュース』の菱形幹彦は後少しもすれば誰でも絶対能力者(レベル6)へと進化(シフト)できる時代が到来すると言っていたが、現段階でははっきり言って不可能な事だ。

 

()()のようなものを感じないか?」

 

真守には元々神さまになる素質があった。

そういう風に神さまになる素質を全て持って生まれた。

そういう星のもとに、生まれ落ちた。

 

そういう、運命のもとに生まれた。

 

垣根帝督はバードウェイに問いかけられて、口を噤む。

 

朝槻真守と垣根帝督が出会うことは、それぞれがこの世に生まれ落ちた時から決まっていた。

だから真守は垣根に選んでもらいたかった。統括理事長に引き合わされたとしても、垣根自身の意思で自分と一緒にいることを選んでほしかった。

そのために真守は垣根と共に、ロシアまで向かった。

 

「……科学の徒(俺たち)が、運命なんてそう簡単に信じられるワケがねえだろ」

 

垣根は真守と自分の出会いに必然という運命を感じながらも、そう言葉を絞り出す。

 

自分と真守は出会うことが決まっていた。

そうだとしても、その事実を垣根は少し認められないのだ。

二人が二人として生まれた時から出会うことは決まっていた。それが必然で、引き起こされた偶然によって垣根と真守は出会った。

 

それら全てを運命と呼ぶのだろう。だがそれでも、そんな不確かなものに振り回されているなんて思いたくない。

 

魔術では往々にして、運命が存在すると信じられている。

そして実際に、預言者など予言を託す魔術師が存在している。

だが運命とは科学では証明できないものだ。

確かに学園都市にも、予知能力系の能力を保持している能力者はいる。

それでも未だに予知能力系は原理が不確かであり、能力者の間では軽い嘲笑に使われるものだ。

 

「お前は能力者たちの頂点に立つ存在だ。運命なんてものはそう簡単に信じられないだろう」

 

バードウェイは科学の徒として、証明できないことは簡単に認められない垣根を見て、当然だと告げる。

 

「だが垣根帝督。前提として──朝槻真守は、()()()()()()()()()()()だろう?」

 

垣根帝督はバードウェイに問いかけられて、固まった。

 

朝槻真守の母親。アメリア=マクレーン。

彼女はイギリスに古くから根付くケルトの一族、マクレーン家の直系だ。

そこから出奔した彼女はイギリスを離れ、東洋人の実業家との間に真守を産んだ。

そして、亡くなった。

 

真守は子供らしからぬ聡明さを持っていたため、父親に捨てられた。

そのことからも分かる通り、真守は大人を怖がらせるほどの公平な思考──神さまとなる全ての素質を持って、生まれていた。

 

素質。

そのことについて、『明け色の陽射し』のボス、レイヴィニア=バードウェイは垣根を見つめて深く考える。

だがレイヴィニアは固まっている垣根帝督を見上げるのに疲れて、顔を下ろす。

そして丁度良い塀を見つけたので、それに上がって垣根帝督をまっすぐと見た。

 

「イギリスに古くから根付くマクレーン家。かの一族は近現代の魔術師たちとは一線を画する。それはお前も分かってるだろう」

 

近代魔術師たちは普通の方法では叶えられない願いを叶えるために、魔術に縋った者たちだ。

つまり全員が挫折を知っている。だがマクレーン家はそうではない。

彼らはケルトの一族。古くから続く伝統を後世へと伝える一族だ。

その後世へと伝えるための秘術の中に、魔術があっただけのことだ。

 

そしてマクレーン家は血を大事にしている。

他者と簡単には交わらない。

結婚となると魔術を総動員して血縁を調べ上げ、問題がないか確認する徹底ぶりだ。

 

つまり。マクレーン家の人間が持つ血には、確かな血統がある。

そしてケルトとして代々受け継いできた、素質がある。

その身には、あまりある才能が秘められている。

 

血に混じりがあったとしても、朝槻真守にケルトの素質があってもおかしくない。

たとえ東洋の血が混じっていようとも、真守には確かにあまりある才能が秘められている。

 

「私は魔術サイドの人間だからな。そして朝槻真守も元々は魔術サイドの人間だ。だから神へと至る事に殊更(ことさら)運命を感じてしまうのだよ。因果の律、運命、宿命。そういった、お前にとって不確かなものをな」

 

偶然、たまたま。そういう──運命。

数奇な運命というものは不確かながらも確かに存在している。

朝槻真守と垣根帝督の出会いが証明だ。そして往々にして、この世界は不幸や悲劇によってまみれている。

運が悪くて死ぬ者もいれば。運が良くて生き残る者もいる。

考え込む垣根帝督の前で、レイヴィニアは一つ頷く。

 

「科学と魔術の行き着く先は一緒だ。だから素質のある者がどちらでも輝くのは、必然かもしれない。……だがやはり、それでも私は神人に運命を感じてしまうな」

 

本来魔術サイドにいるべき存在。それが何故か数奇な運命で科学サイドで拾われた。

魔術サイドでも確かな血統と素質が認められる人間が科学サイドでも輝けるのは、科学と魔術が似たような場所を到達点としているからだ。

そう、レイヴィニアは結論付けた。

そしてレイヴィニアは迎えに到着したマーク=スペンサーに連れられて、去って行った。

 

垣根帝督はバードウェイの乗った車を見つめながら、まだ考えていた。

朝槻真守は本当ならば、魔術サイドの人間だった。

そのことについて、考えていた。

 

ケルトの一族として純粋な力を受け継ぐマクレーン家の血統。

それが真守の素質の由来なのかは、本当のところ分からない。

だが朝槻真守には確かに、生まれた時から類まれなる素質があった。

 

そんな真守がたまたま学園都市へと捨てられた。

そしてその素質に目を付けたアレイスターやここではない世界で息衝く存在が、手を加えた。

だから真守は絶対能力者(レベル6)となった。

 

だがもし。そうならない運命ならば、朝槻真守はどうなっていたのだろう。

考えても仕方ない、もしもの可能性(IF)

垣根は考えてもくだらないことだと緩く頭を横に振ると、気を取り直して自宅へと戻って行った。



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第七七話:〈神的所業〉と幸福時間

第七七話、投稿します。


昼前。

平日なので、もうとっくに学校が始まっている時刻だ。

その時刻に、真守はやっとすべての事を終えてラウンジへと降りてきた。

 

「ふむ」

 

二階のラウンジに現れた真守を見つめて小さく言葉を漏らしたのは、ズボンタイプのセーラー服を着こんだ白い少年だった。

朝槻真守のことを神として必要としている、人間の生きる意志を体現した存在。

真守に生きるという意味を込めてセイと名付けられた少年だ。

 

「……あ」

 

白い少年を見て声を上げたのは、真守に抱きかかえられて不安そうにしている黒髪の少年だった。

サンプル=ショゴスとしてこの世界に不正定着し、寄生体として彷徨(さまよ)っていた存在。

そこから真守が拾い上げて一度あちらに還し、明確な魂を創り上げてこの世に降ろした存在。

 

白い少年と違い、黒髪になっているのはサンプル=ショゴスが『黒』だったことに由来しているのだろう。

だが黒髪の少年も白い少年と背丈も身に着けているものは一緒で、ズボンタイプのセーラー服を身にまとっていた。

 

黒髪の少年はその手に握っているセーラー帽子を、不安そうにぎゅっと握りしめる。

真守はそんな黒髪の少年に、優しく声をかける。

 

「分かるだろ、お前と同じ子だ」

 

まるで、真守は幼子に接するかのように優しく語り掛ける。

黒髪の少年は真守に優しく話しかけられても、不安で表情を硬くしたままだ。

おどおどしていて、漠然とした不安をずっと感じているようだった。

真守たちの様子を見守っていた垣根帝督は静かに目を細めた。

 

(……あからさまに性格が違うんだな)

 

人間の生きる意志、前に進む意志を体現した白い少年はどちらかというと、達観したような毅然とした態度をとる。

対してサンプル=ショゴスと命名された寄生体として、この世を彷徨っていた一部を持つ黒髪の少年は、どこからどう見ても内向的だ。

これまで真守のことを神として必要としている者が目の前に一人しかおらず、見比べる事は出来なかった。

だがまさか垣根帝督も、これほどまでに性格が違うとは思わなかった。

 

(……つっても、世界がどんなに造り替えられても人間の変わらなかった一部たちだからな。根本的に人間の異なる部分を体現してりゃ、性格が違うのは当然か)

 

「真守」

 

垣根は一人納得しながら、ソファに座ったまま声をかける。

真守が顔を上げるのを見た垣根は、真守のことを逆手でくいっと呼んだ。

真守は垣根に呼ばれてこくりと頷き、白い少年を見る。

 

「セイ、座って話そう」

 

真守が促すと、白い少年も頷いた。

黒髪の少年は真守が歩き出すと、不安を覚えてぎゅっと真守にしがみついた。

だが真守の行動に嫌だとは言わなかった。

そのため真守は黒髪の少年を抱き上げたまま、難なく垣根の隣に座る。

そして白い少年は一人掛けのソファに座った。

垣根は自分と同じように状況を見守っていた深城にアイコンタクトでお茶を用意してほしいとお願いしてから、真守を見た。

 

「その黒いのは一体どんな存在なんだ?」

 

垣根が問いかけると、真守の腕に抱かれていた黒髪の少年がびくぅッと体を跳ねさせた。

真守はおどおどと震えている黒髪の少年の背中を優しく撫でる。

 

「怖がらなくて大丈夫だぞ。体を造ってくれたひとだ」

 

真守が優しく垣根のことを紹介していると、黒髪の少年はヘーゼルグリーンの瞳をおずおずと垣根に向ける。

真守と黒髪の少年は、さりげなく髪と瞳の色がお揃いだ。

なんとなく姉弟みたいだ。

垣根はそう思ってかたくなに親子だとは思わずに待っていると、黒髪の少年がぽそっと呟いた。

 

「…………怒ってない?」

 

「? なんで俺が怒るんだ?」

 

垣根は何故黒髪の少年が怒っているかと問いかけてきたのか、本気で分からない。

すると真守はぷくぷくとした黒髪の少年の頬に触れながら微笑む。

 

「ロシアで垣根の未元物質(ダークマター)をいっぱい食べちゃったから、垣根が怒ってるか心配なんだよな?」

 

真守が問いかけると、少年は目を伏せて俯く。

そして、こくりと頷いた。

元々黒髪の少年は、ロシアの地にて真守の体を基点としてこちらに流れ出した『彼ら』の一部だ。

あの時『彼ら』の一部は器を求めて未元物質(ダークマター)を喰らった。

それを黒髪の少年は気にしているらしい。

垣根は不安そうにしている黒髪の少年を見て、ふっと笑う。

 

「問題ねえよ。そもそも怒ってたらお前の体を用意したりしない。気にするな」

 

垣根はぽんっと、黒髪の少年の頭に手を置いて、優しく撫でる。

すると黒髪の少年は目を大きく見開いてから、ほうっと嬉しそうに一つ息を吐いた。

 

第三次世界大戦の時に未元物質(ダークマター)を食われたといっても、それを今更蒸し返して怒る気持ちなど垣根には皆無だ。

何故なら『彼ら』は思考などできずに、器として機能する垣根帝督の未元物質(ダークマター)を狙った。

それは未元物質(ダークマター)が彼らにとって魅力的な物質だったからだ。

 

しかもあの時未元物質(ダークマター)を食われたことで、垣根帝督は自分と真守の間にある運命を知った。

そして真守の願う、垣根帝督が自分の意思でどうしたいか考えるという選択肢を得られたのだ。

 

だから怒ることなんて何一つない。垣根がそんな気持ちを持っていると知ると、黒髪の少年は口を開いた。

 

「……ひとは誰かを求める」

 

黒髪の少年は手に持っているセーラー帽子をぎゅっと握って、続きを口にする。

 

「ひとは、一人じゃ生きていけない。寂しいとか、孤独とか。誰かと一緒にいたいって思う気持ちが……ボク、なの…………」

 

黒髪の少年はぽそぽそと呟くように告げる。

 

「だから、だれかと一緒にいたくて……勝手にこっちに来たの…………」

 

さびしかった、と呟く少年の言葉を聞いて、垣根は目を見開く。

 

誰かと共にいたいという、他者を求める気持ち。

それを体現した黒髪の少年は、誰かと一緒にいたくて──自分を生み出した人間たちに触れたくて、あの時こちら側へと飛び出した。

 

ただあの時こちら側へ飛び出した『彼ら』は黒髪の少年だけではなかった。

それでも何故か、黒髪の少年はサンプル=ショゴスと呼ばれた寄生体としてこの世界に不正定着してしまった。

その時からずっと、この世界を彷徨っていた。

 

垣根は黒髪の少年がどんな存在か知って、柔らかく目を細める。

そして。黒髪の少年の頭を優しく撫でた。

 

「真守に降ろしてもらって、俺が器を用意してやったから。もう一人じゃねえな」

 

垣根が笑って告げると、黒髪の少年はヘーゼルグリーンの瞳を真ん丸に開いた。

そして柔らかく、幸せそうに微笑んだ。

 

「トモ。というのはどうだろう」

 

真守はやっと触れられた温かみに笑っている黒髪の少年に笑いかける。

 

「友達、とか共にとか。そういう名前だ。お前のことをそう呼んでもいいか?」

 

「トモ」

 

黒髪の少年は真守の名づけを聞いて、柔らかく微笑んだ。

 

「うん。朝槻真守、ありがとう」

 

黒髪の少年──人間が誰かと一緒にいたいと思う気持ちを体現した存在、トモは柔らかく笑って真守に抱き着く。

そんな黒髪の少年を見て、白い少年はソファから降りた。

そしてとてとてと歩いて、真守に抱き上げてもらっている黒髪の少年に近づく。

 

「……あ。よろしく、セイ」

 

黒髪の少年がはにかみながら告げると、白い少年は頷いた。

 

「うむ。よろしく頼むぞ、トモ」

 

確かな魂を持って、器を持って。そこに存在している彼ら。

そんな彼らを仏壇の上に座って見ていたお人形サイズのネフテュスは目を細めた。

 

「神人は神さまらしいことを常日頃から本当にやっているのね」

 

「うむ。あのように自らを必要とする存在がこの世界にいるのであれば、儂らと違って新天地へと向かいたいと思わぬわけじゃな」

 

ネフテュスの言葉に応えたのは、仏壇でお茶を飲んでいた僧正だった。

二人の魔神が一人の神さまの所業を見守る。

その姿はとても温かい様子だった。

 

真守は垣根に席をズレてもらって、黒髪の少年にソファに一人で座ってもらう。

真守も流石にいつまでも黒髪の少年を抱き上げるのは大変だからだ。

黒髪の少年はソファにちょこんっと座ると、(かたわ)らにいる白い少年を見て微笑む。

そんな彼らのもとに、深城がお茶を持ってやってきた。

 

「お疲れ様、真守ちゃん」

 

「深城、心配かけてごめんな」

 

真守は深城に謝りながら、出された温かい緑茶に手を伸ばす。

そしてお茶を一口飲んで一息つくと、真守は垣根を見た。

 

「垣根、改めて。体を用意してくれてありがとう」

 

「俺にしかできないことだからな。それにお前ができねえことを頼ってくれるとすごく嬉しい」

 

真守は垣根の優しさに触れて、ふにゃっと笑みを浮かべた。

 

「ところで林檎は?」

 

真守が問いかけると、キッチンに向かおうとしていた深城が声を上げる。

 

「クロイトゥーネちゃんとお使いに行ってるよぉ。……そういえば、真守ちゃん。学校はどうするの? というか今日学校ってあるの?」

 

真守の学校は僧正の一撃によって崩壊している。

学園都市の技術でも、一日で学校を建て直すのは無理だ。

そのため深城が学校はどうなっているのかと問いかけると、真守は携帯電話をポケットから取り出した。

 

「さっきケータイを見たらメールが来てて、近くの中高一貫校の空き部屋を借りてるらしい。一回行ってみたいから、午後にでも行こうと思ってる」

 

真守は携帯電話をカコカコイジりながら、くすっと笑う。

 

「何が関わっているか分からないけど、私たちの学校が間借りする中高一貫校には上里翔流がいるんだ。少し顔を合わせてみたいからな」

 

「……午後から学校行くって。お前、少し休んだ方がいいんじゃねえの?」

 

垣根は昨日からずっと起きている真守を見つめて心配する。

真守に睡眠や休息が必要ないことは分かっている。

だが夜通し神さまとしての責務を行っている姿を見ると、流石に不安になるのだ。

真守は心配している垣根を見て、携帯電話を片付けながら思案顔をする。

 

「んー……あ。じゃあ垣根、肩かして。それで元気になる」

 

真守は名案だといわんばかりに微笑むと、垣根にすり寄る。

 

「……それで元気になるの?」

 

垣根はカブトムシを呼び寄せた真守を見て、目を細める。

真守は垣根が心配している様子を見て、ふにゃっと笑った。

 

「垣根の横でゆっくりするのが私の何よりの休息だ。……そういえば垣根はちゃんと眠れた?」

 

「三時間くらい寝た。大丈夫だ」

 

「そうか。でも心配だから今日は早く寝ような」

 

真守は微笑むと、垣根にぴとっと寄り添った。

そして幸せそうに目を細めると、垣根の左腕にぎゅっと抱き着いた。

 

「ふふ。幸せ」

 

「……安くて小さい幸せだな」

 

垣根は笑うと、真守の腰に手を添える。そして真守の体重を完全にもらい受けた。

真守は垣根の体温を感じながら、くすっと笑う。

 

「垣根の肩は安くないぞ。普通なら手に入らないからな」

 

真守は垣根に体を預けて、膝に載せたカブトムシの頭を撫でる。

 

「そうだな。大切なお前になら無料でいつでも貸してやる」

 

「ありがとう」

 

真守は微笑むと、垣根の体温を感じながら目を細める。

そして抱き上げているカブトムシに触れて、昨日の上条当麻と上里翔流の記録を確認する。

 

「む」

 

真守は小さく呟く。そしてカブトムシの昨夜の記録を確認して、眉をひそめた。

上条当麻と上里翔流の激突。幻想殺し(イマジンブレイカー)理想送り(ワールドリジェクター)

それは理想送り(ワールドリジェクター)の圧勝だった。

だが上里翔流の勝利で終わらなかった。

上条当麻の奥にある力。それが表に出てきたのだ。

 

「……垣根。右方のフィアンマがやろうとしていたことを覚えているか?」

 

「フィアンマ?」

 

垣根は真守の頭を優しく撫でながら、怪訝な表情をする。

 

「……あのクソ野郎は本気で世界を救済しようって考えてた。その力は自分の手の中にあると本気で思ってた」

 

「そう。あの男の手の(うち)には、古い型式ながらも本当に世界を救う力があった」

 

真守は垣根の言葉に頷く。

 

「異形の力で満たされた神殿を用意し、その中で右腕の力を錬成する。そして錬成した力を持って、世界をあるべき形へと戻す。私的には()()()()()()退()()()()救済だけどな」

 

「……それが、どうしたんだ?」

 

垣根に問いかけられて、真守は無機質に輝くエメラルドグリーンを細める。

 

「この学園都市もある意味神殿のようなものだ。もちろん私のものでもあるが、元々私を想定して用意された神殿じゃない」

 

真守は垣根にすり寄ったままそう告げる。

垣根はそんな真守を見つめながら、真守の言葉の意味を考える。

 

学園都市は科学の徒の神殿となっている。それはこの街がAIM拡散力場という異能の力で満たされているからだ。

その異能で街が満たされたことで生まれた陽炎の街。虚数学区・五行機関。

その街の天使として、源白深城は真守のそばにいて。真守はその街の神となっている。

 

そんな半ば神殿と化している学園都市で錬成される、右腕の力。

おそらく真守が指し示す右腕の力とは、幻想殺し(イマジンブレイカー)のことを言っているのではないのだろう。

上里翔流との戦いで奥から顔を出した、上条当麻の幻想殺しの奥にある力。

そのことについて、真守は考えている。垣根にはそれが分かった。

そして真守は、上条当麻の奥にある力について口を開く。

 

「上条の奥にある力は未知数だ。それを学園都市という神殿で育てているアレイスターは、一体何を考えてるんだろうな」

 

その答えを、垣根帝督は知っている。もちろん真守もだ。

この学園都市を造り上げた稀代の魔術師、アレイスター=クロウリー。

アレイスターは、魔術を憎んでいる。だから魔術の殲滅を目的とし、『計画(プラン)』を進めている。

 

アレイスターの『計画(プラン)』は、右方のフィアンマがやろうとしていたことと似ている。

だからアレイスターは右方のフィアンマを本気で潰しにかかった。

そして右方のフィアンマは右腕を切り落とされ、弱体化することとなった。

 

「なあ垣根。魔術とは、位相の法則を魔力によってこの地に降ろして用いる異能の力だ」

 

垣根は真守の一言が呼び水となり、はっと息を呑む。

魔術とは真守の言葉の通り、位相の法則だ。

その位相の法則を上条当麻の奥にある力を錬成して、殲滅する。

つまり、その意味するところは。

 

「つまり、ヤツは全ての位相を上条の奥にある力で──」

 

「垣根、めっ。私が気づかせたが、言葉にしてはだめだ」

 

真守は垣根の唇に手を当てて、口を塞ぐ。

そして鋭く目を細めて、無機質なエメラルドグリーンの瞳を煌めかせた。

 

「私が分かってるってあの人間は分かってる。分かってる上で私が不用意に動かないってあの人間は分かってる。だから何もしない。それで均衡が保たれている」

 

垣根は真守に口を人差し指で塞がれたまま、頷く。

 

「学園都市を変えるという事は、あの人間と向き合うことだ。そしてあの人間はそれを待っている節がある。それもあって、私は動こうと思ったの」

 

色々疑問があるから、と真守は呟く。

朝槻真守が学園都市を変えるために動き出そうとしたのは、何も衝動的なことではなかった。

色々と疑問が尽きない。そしてそれらを解消するためにも、動き出す必要があったのだ。

真守は垣根に再び寄り添うと、カブトムシの記録を探る。

 

「あの人間も理想送り(ワールドリジェクター)には相当気をもんでいるようだな」

 

真守が見ている記録では、上里翔流が上条当麻と戦った後、ゴールデンレトリバーと戦っていた。

武装を携えたゴールデンレトリバーだ。その犬の名前は木原脳幹。

どうやら始まりの木原が生まれた時から存在している、寿命を延ばされた犬らしい。

 

木原脳幹は上里翔流と死闘を繰り広げて撃破された。

木原脳幹はアレイスター=クロウリーの手先だ。

そしてアレイスターはアクシデントを上手く利用して目的を達成する。

 

「多分、木原脳幹が上里翔流に撃破されることは意味があるのだろう。……その意味は分からないけど、用心しておくに越したことはないようだ」

 

真守が目を細めている姿を見た深城は、真守に近づく。

そして真守の手を握って、微笑んだ。

 

「真守ちゃん。おいしいご飯作るからゆっくりしててね」

 

「ありがとう、深城」

 

真守は深城が握ってくれた手を握り返して、ふにゃっと微笑んだ。

 

「お前と垣根がいるから頑張れる」

 

「ふふ。よかったぁ」

 

深城がにへらっと微笑む姿を見て、真守も微笑む。

深城がにこにこ笑う前で、真守は気疲れで一つ息を吐いた。

垣根はその様子を見て眉をひそめると、真守の肩を優しく抱いた。

 

「真守、ちょっと寝ろ。上里翔流とかいうヤツのことは俺に任せておけ」

 

「ありがとう、垣根」

 

真守は垣根に膝枕してもらうために体を横にすると、カブトムシを抱き寄せた。

そして大切な人たちに囲まれたまま、真守は少しだけ眠った。

 

真守に睡眠は必要ない。

それでも大切な人たちに見守られて眠れるなんて、本当に幸せな事だ。

真守はそう思って小さく笑いながら、垣根にすり寄って眠っていた。

 



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第七八話:〈真正存在〉は落として上げる

第七八話、投稿します。


上里翔流は縮こまって冷や汗を流していた。

 

彼がいる場所は会員制の超高級ホテル。その中でもVIPしか使えない、高級個室サロンだ。

周りにある調度品は全てアンティーク。

壊したら上里翔流の一〇年ほどの食費が全て持っていかれるような品々だ。

 

そんな上里翔流の目の前には、一組の男女のカップルが座っていた。

 

あどけない顔つき。猫っ毛の長い黒髪を猫耳ヘアにした、アイドル体型の黒猫系美少女。

高身長で顔立ちが整っており、女性が見たら誰もが惹かれてしまうであろう少年。

超能力者(レベル5)第一位と第三位。朝槻真守と垣根帝督。

 

「真守。ここ持ち帰りができるみたいだ。源白たちに土産として買って帰ろうぜ」

 

「そうだな。このアップルパイなんておいしそうだ」

 

真守と垣根はホテルの従業員が持ってきたメニュー表を見て、同居人へのお土産を選んでいる。

 

一見して、のほほんとした雰囲気。

だが部屋を満たす重厚すぎる威圧に、上里翔流は吐きそうだった。

 

何故、上里翔流が()()()()()()()()()()()()かというと。

話は、一時間半ほど前に遡る。

 

上里翔流は昨夜、上条当麻と激突した。

 

欲しくもない力をもらった結果、様々なトラブルに巻き込まれた。

その結果、救われた少女たちが力を貸して好意を寄せてくれるようになった。

だが別に、そもそも平凡な男子高校生はそんな命がけの戦いを望んではいない。

確かに女の子にちやほやされたい気持ちはあるが、現実になってほしいと心の底から思ってはいなかった。

 

右手に宿った力が、全てをダメにした。

女の子たちの思想を歪めてしまい、彼女たちを分かりやすい存在(ハーレム要員)へと貶めてしまった。

それが上里翔流には許せなかった。

 

右手の力なんか必要のないものだった。要らない力だった。

だから上里翔流は魔神を憎んだ。

こんな要らない力を自分にもたらして、周囲の少女たちを歪めてしまった右手を憎んだ。

 

学園都市に来たのは魔神たちを葬り去るためだ。

そして魔神たちの願いを受け止めきれなくなった、幻想殺し(イマジンブレイカー)の持ち主である上条当麻に会うためだ。

 

上条当麻はある意味同類だから。何か話せば肩の荷が下りると思った。

だが上里翔流は上条当麻と相いれなかった。

 

右手に宿った力は結局、きっかけに過ぎないのだ。

ただただ上里翔流が不満に思っているのは、周りの女の子たちが自分の期待した通りのことを言ってくれなくなったことなのだと。

そう言われた上里翔流は上条当麻を敵と認識した。

 

上条当麻は魔神たちからのプレゼントに毒されているのだと。

女の子に囲まれて満足しているゲス野郎だと。

上条当麻が失敗したから自分は被害を被った。だから上里翔流は上条当麻を憎んで敵対した。

 

結果として。幻想殺し(イマジンブレイカー)理想送り(ワールドリジェクター)は勝った。だが上里翔流は一撃をもらった。

上条当麻の奥にひそむ『何か』に。

 

「さて」

 

真守はホテルの従業員が紅茶と菓子を持ってきたのを見て、上里翔流を睨んだ。

 

「上里翔流。私が怒ってるのは分かるか?」

 

冷たい、非難する声。聞くだけで委縮してしまう程の威圧感。

ぞっと背筋が怖気だって、絶対に怒らせてはならない人物を怒らせている感覚。

実際、完全な人間である真守に責められるのは、咎にも等しいことだ。

上里翔流は真守が恐ろしくて、とっさに声が出ない。

そんな上里翔流を睨んで、真守はもう一度告げる。

 

「私が怒ってるのが分かっているか、と聞いてるんだ上里翔流」

 

真守が圧を掛けて鋭く目を細めるので、上里翔流は冷や汗が背中を伝うのを感じながら口を開く。

 

「わ、…………分かる、分かります」

 

「そうか。じゃあどうして怒ってるか分かるか?」

 

「…………キミのクラスメイトを、利用しようとしたから」

 

上里翔流は上条当麻の奥に潜むものを知っているかどうかを探ろうとしていた。

そして上条当麻のクラスメイトならば、何か知っていると考えた。

だから上里翔流は悪意を持って真守や上条のクラスメイトに近づいた。

 

丁度、上里翔流はクラスメイトに接近できる機会を得ていた。

何故なら真守たちの学校の校舎は魔神僧正の一撃によって半壊した。

その結果。真守たちは全員、上里翔流が転校してきた学校の空き教室を使うことになっており、簡単に接触できるような共同生活を送っていたから。

 

そして上里翔流はこうも考えた。

あわよくば上条当麻を孤立させ、全てを奪ってしまおうと。

 

だから上里翔流は上条当麻がいない頃を見計らって、クラスメイトに接触した。

彼らを誘導して一つのところに集める。そして上条当麻と自分が戦い、上条当麻の奥から出てきたものをクラスメイトに見せて反応を探る。

そう画策して、上里翔流は上条当麻のクラスメイトを焚きつけた。

 

深夜。誰もいない時にごみ焼却場に侵入して、自分の持っていたら恥ずかしいものを集めて、それを焼くお焚き上げをしようと。

 

ひとは誰しも大なり小なり、持っていても必要のない、それでも普通に捨てるのには恥ずかしいものを持っている。

上里翔流は自身が転入した学校の生徒会長に『ごみ焼却場に良く自分の恥ずかしいものを持ってきてこっそり焼こうとする人がいて困っている』と聞かされていた。

だから上里翔流は生徒会長から聞いた話題を持ち出して、上条のクラスメイトを操ろうとした。

 

そこに、朝槻真守がやってきた。

 

『お焚き上げをするなら、私はごみ焼却場じゃなくてキャンプ場が良いな。そこでみんなと一緒にバーベキューしたい』

 

クラスメイトが上里翔流に影響を受けて、流されようとしている。

真守は上里翔流からみんなを守るために、上里翔流が提案したごみ焼却場とは別に、バーベキュー会場をお焚き上げの場所として提案した。

 

ちょっとわくわくしそうなお焚き上げに加えて、バーベキュー。

その魅力的な提案を受けて、クラスメイトは一気に意見が傾いた。

だがこの時点では、上里翔流は自分が提案したごみ焼却場をクラスメイトが選んでくれると思っていた。

 

何故ならごみ焼却場に忍び込むのはスリルがある。

そのスリルを事前に完璧にプレゼンしていた上里翔流は、自分の意見に真守のクラスメイトが傾いてくれると信じていた。

だが。

 

『みんながスリルを求めてるならば、肝試しはどうだ? 学校に侵入すると警備員(アンチスキル)の先生方に迷惑がかかるし……私は先生方を困らせるのはどうかと思うな』

 

真守の外見は気難しくてそっけなくて、不良少女のように見える。

だが本当に必要な時以外は学校をサボらない真面目さがあるし、人の苦労を考えて気遣いができる女の子だ。

そんな真面目な女の子に、クラスメイトは真っ当な意見で真摯に諭される。

だから真守と信頼関係を築き上げているクラスメイトは、ごみ焼却場に潜入するのはマズいと考え始めた。

 

元々持っていた信頼には、流石の上里翔流も勝てない。

だから上里翔流はこのままでは真守に完全に主導権を握られると焦った。

 

そんな上里翔流の前で、突然ひょこっと現れた()()()()()()()()()()が、おどけた様子で真守に声をかけた。

 

超能力者(レベル5)第一位がバーベキューを提案してくれるってことはぁ、お高いお肉を奢ってくれるんだにゃー?』

 

『もちろんだ。たーんと良いお肉を、たくさん食べさせてやる』

 

間髪入れずに答えた朝槻真守の太っ腹具合にクラスメイトは大盛り上がり。

クラスを取りまとめる委員長風の少女も、警備員(アンチスキル)の方々に迷惑をかけるわけにはいかないと口にする。

そして真守は沸き立つクラスメイトに、とどめの一発を決め込んだ。

 

『みんなって、第三次世界大戦の前にすき焼き食べに行ったんだろ。私、あの時ちょっと学校に行けてなくて……だから、ずっとみんなでわいわいしたかったんだ』

 

真守の、本当に寂しそうな一言。

それがもっと、バーベキューをするべきだとクラスメイトを盛り上げさせた。

 

「お前は私たちのことをそれなりに調査しているんだろう」

 

真守は上里翔流に、面白くなさそうに、心底不愉快そうな視線を向ける。

 

「私の能力名は流動源力(ギアホイール)。あらゆるエネルギーを生成できる能力者だ。──その本質とは大きな流れに新たな定義を差し込み、新たな流れを生み出すというものだ」

 

朝槻真守は全ての流れを見通し、その流れに新たな定義を加えることができる能力者だ。

上里翔流がクラスメイトを上里翔流の望む方向に流そうとした。

造られてしまった流れに逆らうことは今の真守にとって簡単だ。

だが造られた流れに新たな流れを組み込み、自分の制御下に置く方がもっと安全で、簡単なことだった。

 

「何も知らない私のクラスメイトを操り、私の友達である上条当麻を孤立させる。──それは、私の怒りを買うにふさわしい行いだと思わないか? 上里翔流」

 

上里翔流は冷や汗が止まらない。

誰かに助けを乞いたいが、上里翔流は孤立している。

 

ここは会員制の高級ホテルで、まず誰も入って来られない。高級サロンは秘匿性が高いため、そう簡単には侵入できない。

しかも上里翔流のことを慕っている女の子たちは、垣根帝督が生み出し、朝槻真守が完璧に上里翔流の思考をトレースした未元物質(ダークマター)製の人形を見ている。

 

その人形は上条当麻と何気ない会話をして、生徒会長や彼女が大事にしている少女と、くだらなしことを話しながら、優雅にUFOキャッチャーをしている。

 

その様子をカブトムシに見せられた上里翔流は、はっきり言って悪夢だと感じた。

 

だから冷や汗が止まらない。

 

自分と同じ顔をして自分と同じ言葉を喋り、自分と同じ態度を全くとる人形がいたら当然だ。自分の全てを奪われている姿を見てしまえば、容易に絶望できるのは当然だ。

 

あれだけ完成されてしまっていれば、誰もあの上里翔流が偽物だとは分からない。

そしてあれを操っているのは朝槻真守と無限の創造性を持つ垣根帝督だ。

創世と創造を司る彼らの幻影を、誰も見破ることはできない。

 

「私はこのまま、お前を亡き者にすることだってできる」

 

朝槻真守の無慈悲な言葉が室内に木霊する。

そうすれば上里翔流が大事に想っている少女たちは永遠に幻影を追うことになる。

だがその幻影が良くできているため、誰もそれが幻影だと気が付かない。

いつか破綻するという可能性もあり得ない。

朝槻真守は神人だ。真なる人間だ。絶対にその破綻を起こすことない。

 

「なあ上里翔流」

 

朝槻真守は上里翔流をまっすぐと見つめる。その無機質なエメラルドグリーンの瞳が、見る者を圧倒する恐ろしい輝きを見せる。

 

「本当のお前を見ていた人間なんて、いなかったんだよ」

 

上里翔流は。朝槻真守のその言葉によって、目の前が真っ暗になった。

 

「自分を助けてくれた上里翔流。自分を見てくれる上里翔流。女の子に振り回されて、そして女の子たちが大事だから復讐に走る上里翔流」

 

真守は謳うように呟く。目の前が真っ暗になった上里翔流に語り掛ける。

 

「結局お前は理想を押し付けられていただけだ。本当のお前を見ている者は誰一人としていない。自分を救ってくれた平凡な男子高校生。その肩書きがあれば、お前じゃなくてもいいんだ」

 

朝槻真守の言う通りだ、と上里翔流は思った。

 

自分じゃなくても良かったのだ。

ただ自分は右手に宿った異能に選ばれただけで、他の誰かが選ばれていれば女の子たちはその平凡な男子高校生に惚れたのだ。

 

彼女たちは自由勝手気ままに振る舞う。上里翔流の言葉なんて気にせずに、上里翔流が望んでいる平穏とは正反対のことをし続ける。

でも自分は彼女たちのことが大事で。だから彼女たちを歪めた右手の力が憎くて仕方がなくて。

思いは伝わらない。

自分の求める平穏から遠ざかっていると言っても、誰も聞いてくれない。

 

「結局、お前だけが空回りをしてるんだよ」

 

真守の言葉が無情にも響く。

 

思いは伝わらず、理想だけを押し付けられて、それなのに自分は彼女たちを捨てられない。

惨めに這いつくばって彼女たちに期待を求めていたのは自分だったのだ。

だから意味がない。自分はずっと意味のないことをし続けて、空回りをし続ける。

 

もう誰も自分の本当の気持ちも姿も見ていない。

ただ見ているのは、『女の子ならば誰でも救ってくれる上里翔流』という偶像だけ。

 

その真実に上里翔流が絶望していると、黙っていた垣根帝督が大きく噴き出した。

そして垣根帝督の笑い声がくつくつと響き、一通り垣根は笑うと上里翔流を見た。

 

「おもしれェ。主人公が違うだけでこれだけ違うのかよ」

 

この状況は、かつて魔神オティヌスが上条当麻を追い詰めるために使用した、一つのケースに過ぎない。

全く別の誰かが大切な人たちと話をして、上条当麻になり替わっている。

それを目の前で展開されて、『異能が宿った右手』を持ったならば、誰でもいいという悪夢を見させられた。

上条当麻がいなくても、上条当麻と同じ役割の人間がいれば世界は回っていく。

 

だが上条当麻はそうやってオティヌスに追い詰められても折れなかった。

上条当麻が立ち上がれなくなる弱点は、そこではなかったからだ。

 

そんな上条当麻と上里翔流は明確に違う。

だから上里翔流は上条当麻が折れなかった現状に折れてしまった。

真守は絶望のただなかにいる上里翔流ににっこり笑いかけた。

 

「底が知れたな、お前」

 

上里翔流は終わったと感じた。朝槻真守は自分の全てを掌握したのだ。

本当に恐ろしいのは()()()()()()()()()()()()()()()()()()

朝槻真守。完璧な人間の形を取り、人間のあるべき姿へとたどり着いた存在なのだ。

 

「底が知れたということで。私からお前に忠告しよう」

 

真守は面白そうな実験結果を見て笑っている垣根を隣で感じながら、テーブルの上に置かれたティーカップへと手を伸ばす。

テーブルの上にはアフタヌーンティーを装った紅茶のお供の数々が置かれている。

真守は英国式が良く似合う様子でダージリンティーを一口飲み、そして()()()微笑む。

 

「あんまりおイタをするな。何かあったら頼れ。私が言いたいのはそれだけだ」

 

「────え?」

 

上里翔流は先程まで感じていた威圧感を全く感じる事が無くなって、思わず声を上げる。

そして真守を見ると、真守は慈悲深い様子で柔く微笑んでいた。

 

「私には私の問題があるように。お前にはお前の問題がある。当然だ、同じ境遇でも当事者である人間が違うならば抱える問題だって違ってくる。当然だろ」

 

真守は上里翔流をまっすぐ見つめて、そして自分の気持ちを伝える。

 

「お前がそれなりに大変なのは分かってる。だから何かあったら頼ると良い。人は話すだけでも気が楽になれるからな。お前が良ければ話を聞こう」

 

上里翔流は真守の言っていることが理解できずに、目をぱちぱちと瞬かせる。

真守は確かに上里翔流を追い詰めた。

だがその行為は真守が上里翔流に、本当に恐ろしいものは何か分からせるためだった。

身の振り方を考えた方が良い。その上で相談相手になってやる。

そういった姿勢の真守の隣で、垣根は上里翔流をじろっと睨む。

 

「なんだよ。俺の女が話を聞いてやるって慈悲見せてるのに、気に入らねえの?」

 

「い、いや別に……ええっと、急展開すぎて……その、ついていけなくて……」

 

垣根はしどろもどろになる上里翔流を見てため息を吐く。

 

「急展開っつっても、お前たちが勝手に飛び込んできたのだって急展開だろ。学園都市はお前たちがいなくても問題が山積みなんだよ。地雷原に歩く爆弾が足を踏み入れてきて爆発させるから、こっちは迷惑掛かってんだよ」

 

「まあまあ垣根。学園都市で事件が起こるのは日常茶飯事だし。あんまり変わらないよ」

 

垣根は真守に宥められて、否定はしないがチッと舌打ちをした。

そしてクソ野郎にも慈悲を与える真守の優しさで不機嫌になりながら、無言でサンドイッチへと手を伸ばす。

真守はそんな垣根を見て柔らかく微笑むと、上里翔流を見た。

 

「とはいえ、ここで解きほぐさないと面倒なことになるだろうし。ちょっと腹を割って話せ、上里翔流。そうしないとこの部屋から帰してやらない」

 

「え、ええと……?」

 

「お前が抱えているものを吐き出せと言っているんだ。お前も知っていると思うが、上条は私のことを大切な友達であり、良き相談相手だと思っている。お前にそういう役割の人間はいないのだろう。だから話してみると良い。──この私に」

 

上里翔流はずっと疑問に思っていた。

 

同類である上条当麻。

何故、彼には何でも話ができるのに絶対になびかない、良き相談相手がいるのだろうか、と。

そして自分には何故そういう存在がいないのか、とも。

 

もちろん上里翔流と上条当麻は明確に違う存在だ。

だから決して同じ境遇であるはずがない。似ている境遇でも、絶対にどこか違うのだ。

だがそれが上里翔流は分かっていない。だからただただ朝槻真守という存在が羨ましかった。

 

上条当麻の良き相談相手。そんな存在に、自分も相談ができるのであれば。

この機会を大事にするべきだ。

 

上里翔流はそう思って、ゆっくりと口を開いた。

そして自分の境遇を、上条当麻に昨日打ち明けたことを真守に伝えた。

 



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第七九話:〈救世女神〉は事実を述べる

第七九話、投稿します。


上里翔流。

学園都市でもない、ただの地方都市の高校に通っていた平凡な男子学生。

そんな上里翔流の周りでは、必ずといっていいほどにトラブルが起きる。

そして上里翔流はそのトラブルで、必ずと言っていいほどに女の子を救う。

そしてその女の子たちは全員、上里翔流に惹かれて慕うようになる。

 

その境遇を、人々は単純にハーレムと呼ぶだろう。

女の子にちやほやされて幸せな日々を送るという、誰でも一度は夢見る状況。

だがそんなものを、上里翔流は望んでいなかった。

 

それでも上里翔流は日々トラブルに巻き込まれて、女の子を救う毎日を送る。

 

自分が助けた大切な少女たちが楽しそうにしているのは嬉しい。

だがどこか虚しいのだ。

だから上里翔流は自らの右腕に宿っている理想送り(ワールドリジェクター)を憎んだ。

 

右手の力が全てをおかしくしたと考えた。それ以外に平凡な男子学生が女の子たちにちやほやされる理由がないからだ。

 

だから上里翔流は自分に厄介な願いを押し付けた魔神たちが憎んだ。

そして右手がおかしくしてしまった女の子たちを元に戻すために、元凶である魔神たちを残らず新天地へと送るために、学園都市にやってきた。

そして。魔神たちの願いを受け止めきれなかった上条当麻をも、邪魔であれば打倒しようと考えていた。

 

「成程な」

 

紅茶を片手に上里翔流の話を軽く聞いていた朝槻真守は、話を聞いて頷く。

真守も垣根も、既に上里翔流の境遇をカブトムシによって知っている。

だがそれを言うと面倒なことになるので、真守は上里の話をきちんと聞いていた。

 

「お前が何を抱えているのか分かった。その上で私はお前に伝えよう」

 

上里翔流は絶対的に公平な存在を見て、ごくりと喉を鳴らす。

真守は特に気負う事無く、誰もが理解できる真実を口にした。

 

「お前が上条に昨日言われたことは、全て正しいと思うぞ」

 

上条当麻は上里翔流に告げた。

 

平凡な男子高校生を尊敬する少女たちがいてもおかしくない、と。

少女たちは別に何の脈絡もなく上里翔流に惹かれたわけではない、と。

 

右手の力はただのきっかけに過ぎないのだ。

 

火のないところに煙は立たない。

だから結局、見えない種が右手の力をきっかけにして芽吹いただけなのだと。

上条当麻の言い分に同意した真守を、上里翔流は睨む。

 

「結局、キミもあの男と一緒で魔神に毒されているんだな」

 

上里翔流は上条当麻と同じく、ハーレムを認めるようなことを告げる真守を敵視する。

魔神に毒されているから女の子たちが平凡な男子高校生を慕うなどという世迷言を信じるのだ。

そうやって自分をすぐに敵視した上里翔流を、真守は早計だと睨んだ。

 

「勝手に結論を出すな、聞け」

 

真守は即座に上里翔流を威圧する。

真守の怖さを十分に知っている上里翔流は、それで大人しくなった。

真守はそんな上里翔流から目を逸らして、テーブルの上に目を向ける

そして数あるデザートやサンドイッチから、ガトーショコラを選んで手に取る。

 

「私は垣根を選んだぞ、上里翔流」

 

選択肢が多くある中で、真守はガトーショコラを手にした。

まるでそれが重要であるかのように見せる真守を見て、上里翔流は目を瞬かせた。

真守は垣根にフォークを取ってもらいながら、淡々と言葉を紡ぐ。

 

「お前は平凡な男子学生の自分に女の子たちが惹かれるのはおかしいと考えている。だから女の子たちが歪んでいるのは右手のせいだと考えている。──その理論で行くと、ちょっと特別な女の子である私も上条を好きになってるハズだろ」

 

上里翔流は真守に問いかけられて、大きく目を見開く。

 

真守は完成された人間、神人だが立派な女の子だ。

右手に宿っている異能はその異能を持つ少年と周囲の女の子たちを、誰彼構わず歪めてしまう。

そんな上里翔流の理論で言えば、少し特異な少女である朝槻真守だって上条当麻を好きになっていなければおかしいのだ。

 

だが事実として。真守は上条当麻に惹かれることなく、垣根帝督を選んだ。

 

上里翔流の理論に基づいて言えば、例外である真守。

真守はガトーショコラを小さいお口でぱくっと食べる。

ガトーショコラは一級品でとても上品な甘さだ。

真守はその甘さを堪能しながら、隣に座って長い脚を組んでいる垣根を見上げた。

 

「私は上条じゃなくて垣根を選んだぞ。上条のことは好ましいと思うけど、それは友達だからだ。私は別にアイツと恋愛したいとは思わない」

 

真守はガトーショコラを手にしたまま、少し恥ずかしそうにしながらも自分の気持ちをきちんと吐露する。

 

「私は自信たっぷりな男の子が良い。思慮深くて、私のことだけを考えてくれるヒトが良い」

 

真守は自己主張が強すぎて、もはや傍若無人の域にまで達している垣根にすり寄りながら、上里を睨んだ。

 

「はっきり言ってお前と上条は私のタイプじゃない。糸の切れた凧みたいに大事な女の子を放り出して、ふらふら他の女の子救いに行くヒトなんて……私は嫌だ。大切なひとにはずぅっとそばにいてほしいし、私だけを見てほしい」

 

真守は上条も上里も論外だといわんばかりに、ぷいっとそっぽを向く。

別に告白してもいないのに、女の子にフラれた。

その事実が上里翔流の心をぐさっと抉る。

そして初めての感覚だとも、上里翔流は思っていた。

何故ならこれまで、一ミリたりとも可能性がない女の子にフラれたことがなかったからだ。

垣根はそんな上里翔流を見つめて、チッと小さく舌打ちする。

真守は垣根の隣で、新感覚にドキドキしている上里翔流をじとっと睨む。

 

「女の子にだって男の子を選ぶ権利はある」

 

真守は怒った様子で、当たり前のことながら上里翔流が失念している事実を口にする。

だがすぐに破顔して微笑むと、垣根を見上げた。

 

「私は女の子として垣根を選んだ。垣根が良かったから。上条じゃなくて、私は垣根が素敵だったから垣根を選んだんだ」

 

真守は笑うと、ガトーショコラの皿をテーブルに置く。

そして真剣な表情をして、まっすぐと上里翔流を見た。

 

「私は神さまとして、垣根に出会うことが決まっていた」

 

朝槻真守には垣根帝督が──というより、未元物質(ダークマター)という能力が必要だった。

朝槻真守はエネルギーを操る能力者であり、未元物質(ダークマター)という無限の創造性を持つ能力者ではないからだ。

 

「私には器を造れる物質が必要だった。でも私は垣根の事が好きになった。女の子として、垣根と一緒にいたいと思った。……もし私が垣根のこと好きじゃなかったら。私は垣根の意思なんて気にせずに甘い幸福な夢に浸らせて、未元物質(ダークマター)を吐き出すだけの道具にしただろう」

 

それが、神さまとしての生きる意味を全うするために必要ならば。

朝槻真守は神さまとして躊躇いなく垣根帝督を利用しただろう。

 

だが朝槻真守にとって、垣根帝督は愛する人だった。

愛する人の自由を願うのは当然だ。だから真守は垣根帝督が運命に逆らって自分の進みたい道へと向かってもいいと思っていた。

 

本当に自分との運命が嫌ならば、新しい道を選択すればいい。

だからこそ真守は第三次世界大戦の場へと向かったのだ。

 

「私は垣根がだいすきなんだ。垣根の全部がすきなんだ」

 

真守は少し恥ずかしそうに、それでも幸せそうに目を細める。

だがすぐに不愉快そうにむっとして、上里を見つめた。

 

「自分のことを好きな女の子たちの気持ちはおかしい。それってとても女の子に対して失礼だぞ、上里。上条の言う通り、平手が飛んだらかわいいものだな」

 

ふんっと鼻を鳴らす真守。それでも上里を慕う女の子たちのことを考えて、くすっと笑った。

 

「まあでも女の子たちがお前を怒らないということは、そんな優柔不断なお前もだいすきだということだな。それともいつか分かってくれると信じているのか。そんなところだな」

 

真守が女の子目線で上里翔流に対しての女の子の気持ちを予測していると、垣根は呆れた様子で目を細めた。

 

「つーかよ。テメエはどこにでもいる何のとりえもない、平凡な男子高校生ってヤツなんだろ。そんな人間の魅力なんて、()()()()()()()()()()()()()()ってんだ」

 

垣根は上里翔流を品定めするように、じろじろと見つめる。

 

「ルックスは悪いわけじゃないけど良いわけでもねえ。地位も金もない、頭の出来だっていいように見えない面構え。そんなお前に、どうして()()()()()が惹かれるんだよ」

 

垣根帝督はどこからどう見てもカースト最上位に位置する男だ。

ルックスも地位も金も全てを兼ねそろえている。

頂点に立っているだけあって、垣根は世の中の女性が男性に何を求めているのか理解している。

その上で、女性から求められる素養を何一つ持っていない上里翔流を垣根は睨む。

 

「現実知らねえ非モテ童貞野郎に教えてやるよ。世の中の女ってのはシビアだぜ。それに狡猾で現金だ。普通の女は価値として見えるモンにしか寄って来ねえ。その点、何も持ってないお前なんかお遊びにもなりゃしねえ」

 

ぐさり、と鋭く、垣根帝督の言葉が上里翔流に突き刺さる。

垣根は真守の事を抱き寄せて、イイ女だと誇示するように上里を睥睨する。

 

「俺は黙ってても女がすり寄って来るけど。テメエに普通の女が惹かれる要素なんて何一つありゃしねえよ。テメエの周りにいるのは平凡ってヤツにしか惹かれねえ女だよ。当然だろ」

 

垣根は何度も何度もぐさぐさと言葉で上里翔流を刺す。

そして最終的に、断言する。

 

「要はテメエには変な女しか近寄って来ねえんだよ。社会的に大成する可能性や最初からモノ持ってる男にしか利口な女は近づかねえんだよバーカ」

 

真っ当な少女は絶対に寄ってこない。

一癖も二癖もある女の子しか寄ってこない、普通に魅力がない男。

垣根帝督が上里翔流を断じると、真守はくいっと垣根の腕を引っ張った。

 

「か、垣根……あの。上里涙目になってるぞ……?」

 

垣根は半泣きになっている上里を見て、はんっと嘲笑する。

 

「アイツが現実みねえで自分の考えばっか語って甘ったれたコト言ってるのが原因だよ。だから分からせただけだ。……つーかお前だって、あの男は嫌だって言っただろ」

 

「…………だって、私は上里に魅力感じないもん」

 

垣根帝督の言葉よりも、真守の言葉が一番上里翔流に深く突き刺さる。

だがフォローする気は真守にはない。何故なら。

 

「私はやっぱり垣根が良い」

 

「やっぱりとかいうな、当然だろ」

 

「うんっ。私は絶対に垣根が良いっ」

 

真守は嬉しそうににへらっと笑う。

上里翔流は真守の笑顔を見て、ゴンゴンゴーンッと垣根の勝利のゴングが鳴ったような気がした。

垣根は完全に自分に敗北した上里翔流を睥睨して、真守の頬を撫でる。

 

「だいたい普段から女の手綱が取れないヤツがベッドの中で主導権握れるワケねえだろ。そこからして男失格だ、失格」

 

上里翔流は垣根に突然ぶっこまれて、思わず咳をする。

そんな上里の前で、真守は垣根に愛でられながらもじろっと垣根を睨んだ。

 

「……垣根、そーいう明け透けな話は流石にしないで」

 

「男として大切な話だろうが。ああいうのは男の風上にも置けねえヤツだ。本番になったら緊張で萎えちまうタイプだな」

 

「垣根、だから話を続けないで。……恥ずかしいだろ」

 

「なんだよ、事実だろ。お前は俺だから満足できるんだぜ。あの男は絶対に女を満足できねえタマなし野郎だ」

 

「言いたい放題いうなよこのルックス地位最強男!」

 

流石に垣根に散々言われた上里翔流は、ソファから立ち上がって垣根を睨む。

 

「平凡だろうがなんだろうが僕だって男だ! 女の子を幸せにすることくらいできる!!」

 

「はん、やってみろよタマなし野郎」

 

垣根は顔を真っ赤にして怒る上里を見上げて、嘲笑する。

 

「男が責任取って幸せにできる女は一人きりって決まってる。優柔不断なテメエはまず相手を選ぶところから始めなくちゃいけねえ。きちんと自分の気持ちにケリつけられないその時点で、テメエは俺に負けてるんだよ」

 

「せ、責任……!?」

 

上里翔流は垣根の畳みかける言葉に硬直する。

垣根はハーレム野郎を睨んで、心底不愉快そうに眉をひそませた。

 

「男が責任取って女を幸せにできるのは嫁にすることだ。当然だろこの優柔不断ハーレム野郎」

 

垣根は上里翔流を心底軽蔑すると、真守の腰に手を這わせる。

 

「俺は真守を幸せにする。絶対に覆られねえ決定事項だ。──テメエも男なら、いっぺんきちんと女の幸せについて考えてみろバーカ」

 

真守は垣根に抱きしめられたまま、ぽぽぽっと頬を赤く染める。

 

「…………垣根は、約束してくれたから」

 

真守は右手薬指に嵌っている指輪を意識して、呟く。

 

「お嫁さんにしてくれるって約束してくれたの。だから、私は女の子としてとっても幸せ」

 

真守は女の子ならば誰もが一度は絶対に求める夢のカタチを考えて、ふふっと笑う。

 

上里翔流は真守の女としての表情を見て、悟った。

勝てない。あの男には絶対に勝てない。

そして同時に上里翔流は、真守が上条当麻や上里翔流になびかない理由も理解できた。

 

自分の気持ちに素直で率直で。そして自信たっぷりで自分が決めたことには誇りを持つ。

そしてその信念を絶対に曲げない。

そんな垣根帝督が真守は好きなのだ。

 

なんだかんだ言って、真守は自分勝手な垣根に振り回されるのが好きなのだ。

女の子に散々振り回される自分や上条当麻を絶対に真守が選ぶことはない。確実に。

 

真守は恥ずかしくなりながらも、気を取り直してこほんっと一つ咳をする。

そして上里を見つめて、総括した。

 

「上里翔流。お前の右手に異能が宿ったのは、お前の性質に引き寄せられてきたから。そして女の子たちはお前の平凡という性質に引き寄せられた。それが事実だ、分かったか?」

 

真守はそう告げると、再びじとっと女の敵を睨む。

 

「あと神人としても、女の子としても忠告するけど。……お嫁さんのことはちゃんと考えるんだぞ。そうじゃなければお前のことを好きになった女の子たち全員に失礼だからな」

 

女の子の幸せは、やっぱり好きなひとのお嫁さんになることだからな。

 

上里翔流は完璧な人間と言えど、たった一人の女の子に幸せそうに正論を告げられて再び硬直する。

 

お嫁さん。

当然としてお嫁さんになれる少女は一人だけだ。

それ以上は不誠実になってしまうし、生涯を誓うのは離婚する結果になろうとも一回につき一人だけだ。

 

上里翔流は人生最大の命題を真守に投げかけられて、頭を悩ませる。

自分と同じ立場である上条当麻。

上条当麻も、最後は一人を選ぶのだろうか。

 

上里翔流は自分のお嫁さん問題に悶々としながら、朝槻真守と垣根帝督の超絶お似合いカップルから解放された。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

既にとっぷりと陽は暮れている。

そんな中、真守と垣根はホテルが用意してくれた送迎車──リムジンに乗っていた。

 

真守たちが上里と話をするために選んだホテルは会員制の高級ホテルだ。

垣根は当然として会員だったが、真守はそうでなかった。

だが真守はホテルの人間に会員になってくれと懇願され、会員となった。

 

超能力者(レベル5)第一位。それも非公式だが、真守はマクレーン家と呼ばれるイギリス貴族の傍系だ。

そんな少女が会員だとホテルに箔が付く。

そのため普通ならば厳正な審査が必要なところをすっ飛ばし、真守は会員になった。

 

その様子を見ていた上里翔流は密かに思っていた。これが格差社会か、と。

 

「昨日から色々なことが起き過ぎだなあ」

 

真守は夜の学園都市を見つめながら、ぽそっと呟く。

高級リムジンなので中は広々としている。

だが真守と垣根はくっついて座っていた。離れる理由なんてないからだ。

真守はこてっと垣根に頭を寄せると、恥ずかしそうにしながらも幸せそうにはにかむ。

 

「……垣根が、私の幸せを一番に考えてくれてるのうれしい」

 

「当たり前だろ、大事な女なんだから」

 

垣根は真守の艶やかな黒髪を撫でながら、柔らかく微笑む。

 

「お前以上にイイ女なんてこの世にいねえよ、真守」

 

「……えへへー……っ」

 

真守はとんでもなく嬉しい言葉を聞く事ができて、表情を緩ませる。

垣根はそんな真守を見て、ゆっくりと目を細めた。

 

神様のように公平で、誰にでも分け隔てなく接する。

そんな少女が自分のことを男として求めてくれるのはとてもうれしいことだ。

しかも垣根は別に真守が神さまだから惹かれているわけではない。

 

朝槻真守が朝槻真守だから。垣根帝督は一緒にいようと思ったのだ。

 

垣根はふっと笑うと、真守の頭を優しく撫でる。

 

「……ふふーっ」

 

真守は垣根の安心する大きな手に優しく頭を撫でられて、ふにゃっと笑う。

そしてこの上ない幸福を感じて、すりっと垣根にすり寄った。

 

「かきね、だいすき……っ」

 

「知ってる。俺も愛してる」

 

真守はにこにこ笑うと、一息つくために息を吐いた。

垣根はそんな真守を見て、目を細める。

 

「大丈夫か?」

 

「うん、大丈夫。体力的には問題ない。でも魂を創るために集中してたからな。そこがちょっと大変だった」

 

「……昨日も今日も色々あったからな。……明日は上里のクソ野郎のせいで夜バーベキューだしな。今日の夜はゆっくりしようぜ」

 

「うん、ありがとう。垣根」

 

真守は垣根に背中に手を回されて優しくされながら目を細める。

 

「バーベキューすることになった原因の上里翔流にも釘を刺せたからな」

 

上里翔流と別れる間際。

真守は上里翔流に忠告した。

上条当麻の奥にひそむもの。あれには関わらない方が良いと。

 

あれを育てているのはこの街の王である統括理事長アレイスター=クロウリーだ。

アレイスターは上里翔流を敵視している。

だから木原脳幹を派遣したり、色々と画策している。

 

そしてアレイスターはアクシデントを利用して自身の目的を達成させる。

 

前方のヴェントが学園都市に攻めてきた時。

ヴェントを撃破するために天使である深城を使い、ついでと言わんばかりに朝槻真守を安全に絶対能力者(レベル6)へと進化(シフト)させたように。

 

これまでもアレイスターは様々なアクシデントに対して臨機応変に対応し、そして自分の成果へと繋げてきた。

 

「あの人間がアクシデントを利用して前に進むなら、科学の申し子である私がアクシデントを利用しても問題ないというワケだ」

 

垣根は強かな真守の言葉に柔らかく微笑むと、真守の体重を預けさせる。

 

「着いたら教えてやる。ちょっと寝てろ」

 

「……垣根は大丈夫?」

 

「俺は問題ねえよ。元々体は強くできてる」

 

真守は垣根の頼もしい言葉を聞いて、小さく微笑む。

 

「今日は早く寝ようね」

 

「ああ、そうだな」

 

真守は頷くと、垣根にぎゅっと寄り添って目を閉じる。

垣根は真守の静かな寝息を聞きながら外を見る。

第七学区にある『窓のないビル』。

そのビルの中にいるこの街の王。アレイスター=クロウリー。

 

「……本当に、何考えてるんだろうな」

 

何があったら魔術を憎み。

何を考えたら科学サイドをまるごと造り上げることになるのか。

 

垣根帝督はアレイスターに疑問を抱きつつ、眠る真守の黒髪を優しく撫でた。

 



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第八〇話:〈立腹女神〉は命を与える

第八〇話、投稿します。


学校がある平日。その早朝。

真守は学校に向かうために、垣根と並んで自宅を出た。

 

いつもならば真守をわざわざ学校まで送り届ける垣根が学校に遅れないように、もう少し早い時間に出る。

だが現在、真守たちの学校は僧正の一撃により半壊して、中高一貫校の空き教室を借りている。

幸か不幸か、空き教室を借りているその学校は垣根の通っている学校に近いのだ。

 

だからいつもより少し遅めの時間に、真守と垣根は家から出た。

少し遅めに出ても、時間にはとても余裕がある真守と垣根。

そんな真守たちの前に、またトラブルが転がり込んできた。

 

「やっほー。朝槻真守ちゃん☆ アンタ、本当に神さまと人の両立ができてんだねえ。一説によれば完全な人間は神に等しいらしいし、まあ当然っちゃ当然か」

 

その少女はどこからどう見ても学園都市由来の少女ではなかった。

CDの読み取り部分のように、ぎらぎらと虹色に輝く長い銀髪。それを円盤のようにも、悪魔の角のようにも二つに結びあげた髪型。

小柄で華奢な体躯。しかもその体に半透明のレインコートを二重でまとっている関係上、うっすらと水着の日焼け跡が残る体が透けて見えている。

 

「また上里翔流関連の人間が現れたって思ってるっしょ。その通り、私は絶滅犯っていう異名を付けられた上里翔流の義理の妹、去鳴ちゃんです。よろしくね☆」

 

少女は自己紹介しながら軽くポーズをとる。すると、胸から下げている安っぽいおもちゃのような懐中時計がふらりと揺れた。

垣根は自己紹介してきた少女、去鳴を見て心底面倒そうな顔をする。

ここ数日で学んだ。目の前に現れたへんてこな少女は、一〇〇%上里翔流の関係者だ。

突然学園都市にやってきた上里翔流には、随分と引っ掻き回されている。

垣根が辟易している隣で、真守は柔らかい微笑を浮かべた。

 

「よろしく去鳴。お前の知ってる通り、私は朝槻真守。上条の友人だ」

 

真守が穏やかに挨拶すると、去鳴はぴたっと止まった。

去鳴は挨拶代わりに、真守と一度()()()()()()しようかと思っていた。

だが真守は安易に殺し合いへと手を出す自分の性質を見抜いている。

 

その上で、あえて敵対する様子を真守は見せない。

全身から力を抜いてはいるが、それでもまったく隙が無いのだ。

 

殺しを前提に戦い合う者たちは、ある意味そういう気配に敏感だ。

だから分かる。分かってしまう。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()

 

軽くあしらわれて、軽く地獄を見せられるだけだ。

そんな結末が分かっているのに真守に戦いに挑むのはバカのすることだ。

 

「無用な争いを避けるために、戦闘狂に勝てないとその鋭敏な察知能力で分からせる。……なるほど。これが神さまであり、人として真っ当な心を持ってるってワケか」

 

「ふふ。分かってくれて何よりだ。私は無用な争いは大嫌いだからな」

 

真守はそれなりに狂人ながらも、自覚のある狂人をやっている去鳴ににこっと笑いかける。

そんな真守を見て、去鳴は思わず眉をひそめた。

 

「なーんか外見とぜんっぜん違う。……すごくとっつきにくそうかと思ったらめちゃくちゃフレンドリーじゃん。神さまで人として真っ当な心を持ってるって、こういうギャップが生まれるの? それとも素……?」

 

「んー神人になる前からギャップがあるって良く言われるから、素だと思うぞ」

 

真守はカブトムシのネットワークに接続しながら、軽やかに笑う。

真守は黒猫系美少女として気難しそうだと思われがちだが、誰にでも優しくて意外と真面目だ。

そのため外見と中身にギャップがあると考えられるのは、いつものことなのだ。

 

「帝兵さんの記録を見るに、お前たちは()()()()()()なのか?」

 

「おっそうそう。朝槻ちゃんは話が早いね。私は結局『絶滅犯』だからさー。話を始めるにはまあ殺し合いからって思うんだけど。……こういう平和的に話を進められるのも、たまにはいいかーって思うもんだね」

 

去鳴はいつもと違う話の導入の仕方を受け入れつつ、真守が監視できる何かから取得した情報が正しいと笑う。

 

カブトムシの記録を(さかのぼ)ると、どうやら去鳴は上条当麻の周りの人間に手を出しつつも、上里勢力と完全に敵対しているらしいのだ。

 

上里勢力内での争いならば手を出す必要はない。

何故なら学園都市では日々様々な事件が勃発している。

上里勢力内での争いで学園都市が少しの被害が出たところで、そんなのは学園都市では日常茶飯事なのだ。

 

こちらに被害が出なければ問題ない。

というかこちらに被害が出なくなるので、是非内輪で揉めていてほしい。

だからカブトムシは上里勢力の少女たちと去鳴が敵対しているのを静観していた。

 

途中で去鳴が御坂美琴と相対した時は警戒心を持って静観していた。

だが命を取り合う事件に本格的に発展しなかったため、特に手を出さなかった。

 

命が失われてしまったら取り返しがつかない。その一線を超えなければ手を出さなくてよいという真守の方針に、カブトムシは従っていたのだ

 

「私はハイかイエスしか言わない万年発情期の雌犬に寄ってたかって甘くされてるお兄ちゃんが気に入らないワケ。実は狂気の取り巻き連中に囲まれてるから、お兄ちゃんは正気のフリして頭のネジがゆるんゆるんのズブズブになってんだよ」

 

上里翔流の義理の妹、去鳴は自分の考えを口にする。

真守はそれを聞いて、なるほどと頷いた。

 

「お前はいま却下的に見て、上里翔流がダメ男になってるのが気に入らないワケだな」

 

普通の女の子でもある真守からしてみれば、上里翔流はどこからどう見ても絶対に相手にしたくない痛い男だ。

 

自分を平凡な男子高校生だと自称するのに、安易に女の子たちのために誰かを害そうとする。

しかも上里翔流は、自分に対する女の子たちの気持ちが歪められたものとさえ思っている。

だから彼女たちのことを元に戻すために理想送り(ワールドリジェクター)という力を振るっている。

 

色々と二重にも三重にもおかしくなっている上里翔流。

だが上里翔流の理論で理想送りを使用して元凶である全てを葬っても、歪んだ女の子たちが元に戻るという保証はどこにもないのだ。

 

それに上里を囲んでいる女の子たちも悪い。

彼女たちは自分たちの気持ちが歪んでいるものだと大切な男の子が真剣に考えていても、まったく怒らない。

 

上里翔流が自分たちの気持ちに疑問を抱えていても、構わないのだ。

そんな上里翔流が大好きだから。

うじうじ悩むのが上里翔流らしくて、その在り方を自分たちは愛していると考えているから。

 

そんな愛は、甘さは毒だ。上里翔流のためにならない。

だからダメ男が指数関数的に加速していっている。

 

去鳴はそんな上里翔流の現状に憤慨した様子で、真守に畳みかける。

 

「だって上里翔流を狂わせてるのは上条当麻でも『魔神』でもないじゃん。浜面、御坂。でもってアンタ。試しに何人か突いてみたけど、ぜんっぜんしっくりこない! だってアンタたちは何も悪くないでしょ? 上里勢力なんて微塵も知らずに関わりもなく、ふつーにこの街で暮らしてたんだから」

 

上里翔流のためにならなんでもする去鳴は、状況を俯瞰して事実を突き止めた。

何が上里翔流を本当に歪ませているのか。

それは年中狂った恋愛のことしか考えていない馬鹿どもだ。そんな馬鹿どもを、元の赤の他人に戻そうとしている上里翔流なのだ。

それなのに真守や上条という、全く関係のない人間を害するのはお門違いだ。

 

「悪いのはお兄ちゃんを取り巻く今の環境。それ以外にないっしょ」

 

去鳴はまくしたてると、ふつふつと怒りが沸いてくる。

 

「あのクソ馬鹿ハーレム野郎、いっぺん完膚なきまでにぶっ飛ばされた方が良いと思うワケ。安易な最強ハーレムなんて恥ずかしいものキメて自分に酔ってる大馬鹿野郎に、一丁キビシイ現実の痛みっていうのを教えてやるのがためになるよ、本当に」

 

真守は去鳴の言い分を聞いて、ちょっと安心する。

 

「上里の近くに真っ当な感性を持っている女の子がいて良かったなあ。ちょっと安心した」

 

真守が安心していると、去鳴は気に入らない様子でじとっと真守を睨む。

 

「私が真っ当な感性持ってるワケないっしょ。絶滅犯なんてマスメディアから消された存在なんだけど。所詮狂人って呼ばれてる存在だよ」

 

「でも本当の意味で上里のためになることを全力で探してるだろ。手段はちょっと考えた方が良いと思うケド、上里翔流が一人の人間として立派になれないなら今の状況を終わらせるべきだって考えるのは、とっても大事だぞ」

 

去鳴は真剣な表情をする真守の言い分を聞いて、眉根を寄せる。

 

「……なんだこの人……独自のルールで動く狂人のことを理解してる……しかもそのあり方否定せずに、やりたいようにやればいいって本気で思ってる……?」

 

「思ってるぞ? 命を奪うことはダメだけどな」

 

「……心広すぎでしょ……」

 

なんでも許してしまう真守。

そんな真守をある意味狂人だとも考えた去鳴だが、結局真守は心が広すぎるのだ。

本当の一線を超える以外は、自由にのびのびしていればいいと考える女の子。

そんな真守に去鳴が少しの畏怖を感じる中、垣根はカブトムシのネットワークに接続している際の胡乱げな瞳で、真守を横目に見る。

 

「お前の懐の広さは狂人の常識でも測れねえらしいな。全力で引かれてるぜ、真守」

 

「垣根には常識が通じないからな。そんな垣根を受け止めるためには心がとっても広くなくちゃならない」

 

「へーへーそうかよ。心が狭くて悪かったなオイ」

 

垣根は片手でむにーっと真守の頬を摘まむ。

真守は自分の頬を摘まんでくる垣根の手を取って撫でた。

 

はなひ(はなし)が進まないから、かきね」

 

垣根は舌打ちしながら、真守の頬から手を離す。

そんな垣根の手を真守は握ったままくすっと笑うと、去鳴を見た。

 

「で、去鳴。上里翔流はお前の暴走を止めるために上条を殺そうとしてるんだな?」

 

「そう。お兄ちゃんは私がお兄ちゃんを勝たせるために、片っ端から知り合いを殺してるって考えてる。だから上条当麻を殺して今回の戦いに終止符を打とうとしているの」

 

これまで、去鳴はどんな手を使っても上里翔流を守ってきた。

自分の目的のためならば、何もかもを犠牲にしてきた。人の命なんて考えずに、人のことなんて考えずに、あらゆる手段を使って上里翔流を助けてきた。

絶滅犯である去鳴を上里翔流だけが受け入れてくれたから。

 

「……ほんっとうにバカだよね。私が怒ってるのは上条当麻や『魔神』じゃない。狂ったお兄ちゃんを止めることなくむしろ加速させる上里勢力なのにね」

 

去鳴は本当に寂しそうに、安物のほとんどがプラスチック製の懐中時計を握る。

最愛の兄がどんどんダメ人間になっていくのが、本当に許せないのだ。

真守は去鳴の寂しそうな様子を見ながら、大きくため息を吐く。

 

「まったく。上条もそうだけど、上里翔流も大概だな。自分の心情を曲げようとしないし、人の忠告をまるで聞きやしない」

 

先日。真守はあまりおイタをするなと上里翔流に忠告した。

それなのに再び、上里翔流は上条当麻を誘い出してその命を奪おうとしている。

それは絶対に許されるべき行為ではない。

垣根は呆れて怒っている真守の隣で、不愉快そうに目を細める。

 

「お前や上条当麻が時間を掛けてやっと周りの人間に頼るようになったのと同じだ。あのクソ野郎がお前の忠告をすぐに聞くようになるわけねえだろ」

 

「む。垣根ちょっと余計」

 

真守は顔をしかめて、虚空に手を伸ばす。

 

「帝兵さん」

 

すると体を透明化していた白いカブトムシが現れた。

去鳴が驚く中、真守は自分の腕の中に収まったカブトムシを見つめた。

 

「私の方針は変わらない。命を奪わなければ更生するためにはだいたい何をしても構わない」

 

真守は自分の大事な義理の兄の命が危ういかもしれないと考えていた去鳴の前で、カブトムシに指示をする。

 

「ちょっと私流に上里翔流の大事なものを脅かしてやれ。それが上里翔流には一番良く効く」

 

『了解しました』

 

真守はカブトムシの事を抱きしめると、去鳴を見た。

 

「さて、去鳴」

 

「……な、なに。てか指示一つであの狂った女ども止められるってヤバ……」

 

去鳴は軽くカブトムシに指示を出した真守に、最大の警戒心を抱く。

真守は構える事ないのに、と思いながら、状況を今一度整理した。

 

「お前は現状、上里翔流が女の子たちにちやほやされているのが気に入らないんだよな」

 

「……そうだけど。それ以外にお兄ちゃんをおかしくしてる原因は見当たらないもん」

 

「そうだよな、私もそう思う」

 

真守は去鳴の意見を聞いて、ふわりと微笑む。

 

「現状を打破するまではいかないけど、ハーレムを瓦解させる方法はあるぞ。内輪もめに発展するから、上条も当分は安全になるはずだし」

 

去鳴は真守の言葉を聞いて、小首をかしげる。

だが次の瞬間真守から放たれた言葉に、去鳴は思わず目を丸くして──()()()()()()

それでも真守の言葉はもっともだ。

そのため去鳴は真守と垣根と共に、上里翔流と上里勢力のもとへと向かった。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

上条当麻は現在、学園都市のとある路地裏にいた。

目の前には、垣根帝督が自らの能力によって生み出した人造生命体群がいた。

ヘーゼルグリーンの瞳を赤く輝かせた、臨戦態勢のカブトムシだ。

 

そんなカブトムシの大軍に、上里翔流は囲まれていた。

 

上里翔流は一歩も動けない。

カブトムシが発する理想送り(ワールドリジェクター)が効かない未元物質(ダークマター)によって、その場に縫い止められているからだ。

 

そんな上里翔流の前では、一〇〇人以上の上里勢力の女の子たちが全員苦しんでいた。

 

身もだえして、頭を抱えて。うずくまる少女も、思わず吐いてしまう少女もいた。

みんな、悪夢を見ているようだった。

事実、彼女たちは悪夢を見ていた。

 

大切な上里翔流が目の前で死んでいく様を、悪夢として見せられていた。

 

大切な少女たちが悪夢を見て本気で苦しむ様子。

それを上里翔流は見ている事しかできない。

声も発することも、視線を動かして彼女たちから目を逸らすこともできない。

 

この場は、未元物質(ダークマター)によって満たされて、支配されている。

 

それを骨の髄まで分からされている上里翔流を、上条当麻は呆然と見つめていた。

 

「な、なあ帝兵さん……?」

 

『上条当麻、動かないでくださいね。あなたの幻想殺し(イマジンブレイカー)が作用すると面倒なので』

 

カブトムシの一匹が上条当麻の頭に着地する。

上条当麻は何が何だか分からず、命を奪われる事無く、体を焼かれる事無く。

精神的な地獄のただなかにいる上里翔流と女の子たちを見る。

 

「その……大丈夫なのか?」

 

『問題ありません。というかあなたが彼らの心配をする必要はありませんよ。あなたはこれから殺されそうだったのですから』

 

「こ、殺され……? 殴り合う動画撮る話になってたんだけど?」

 

『上里翔流は義理の妹の去鳴の暴走を止めるためにあなたを殺そうとしたのですよ。去鳴は何をしても上里翔流のために行動する。だから自分と敵対している上条当麻が死ねば、全ては解決すると思い込んでいたのです』

 

「でも殴り合う動画を撮って俺が優勢になれば、去鳴をおびき出せるはずだっていう話に」

 

『騙されていたのですよ、この鈍ちん。だから真守が怒っているのです。そして、そんなことをしなくても、真守が去鳴を確保しています。──ほら』

 

憤慨するカブトムシが上条の視線を誘導すると、そこには真守がいた。

隣には当然として垣根だが、真守は上条の知らない女の子も連れていた。

おそらく彼女が上里翔流の義理の妹、去鳴なのだろう。

 

「朝槻っ」

 

「上条、お前はお人よしすぎだ」

 

真守は上里と女の子たちに対してやりすぎだと心配している上条をじろっと睨む。

 

「いいか、上里翔流はバカなんだ。私が忠告したのにも関わらず、お前を殺そうとするからこういう報いを受ける事になる」

 

真守は一ミリたりとも動けない上里翔流のことを指差して、ぷんぷんと怒る。

そんな真守はトテトテ歩いて上里翔流の前へと回ると、無機質なエメラルドグリーンの瞳でそっと上里を見た。

 

「私を怒らせるとお前の大事な女の子たちは永遠の生き地獄を味わう。しかも肉体的には何の損傷もない形で。そしてお前にはどうにもできない形で。そういう生き地獄を私はお前の大事な女の子たちに多彩に与えることができる。──分かったか?」

 

上里翔流は強制的に真守に視線を向けさせられて、恐怖で顔を強張らせる。

真守はそんな上里をつまらなそうに見つめながら、ぱちんっと指を鳴らした。

すると。

悪夢を見て苦しんでいた女の子たちがぴたっと止まった。

そしてその表情を弛緩させて。最高に幸せな夢を真守によって見せられて、表情をとろけさせる。

 

「私の気分一つで最悪の生き地獄は最高の天国にも変わる。それが私の力だ。心に刻みつけろ」

 

上里翔流は指先一つで地獄も天国も作れる真守を恐怖の瞳で見つめる。

神人。朝槻真守。絶対能力者(レベル6)にして真なる人。

そんな少女が本気を出せば、不完全な人間なんて立っていられない。

真守は上里翔流を睨みつけて、イライラした様子で口を開く。

 

「大体、どうしてどこにでもいる平凡な男の子が周りの大事な女の子を守るために、安易に殺人に手を出すんだ?」

 

朝槻真守は極めて冷静に、そして上里翔流を追い詰める。

 

「殺人というのは罪だ。犯してはならないことだ。そんな考えに安易に手を染める男がどこにでもいる普通の男の子なワケないだろ。それに、普通の男の子は誰も死なないハッピーエンドを導こうとするはずだ。私の知っている男の子はそういうものだぞ」

 

真守は正論に正論を重ねて、上里翔流をじろっと見つめた。

そして本気の軽蔑を込めて、吐き捨てるように口を開く。

 

 

「お前はどこにでもいる平凡な男の子じゃない。女の子にちやほやされて良い気になって、善悪の分別もつかなくなったクソ野郎。それ以上でもそれ以下でもない」

 

 

神さまと言えど、普通の女の子として普通の感性を持っている朝槻真守。

そんな存在にはっきりと言われて、上里翔流は胸に穴が空いた。

実際、真守の言う通りなのだ。

特別な女の子たちを磁石のように惹き付けてちやほやされている時点でおかしいのに、その女の子たちのためならば人を殺しても構わないと告げる男のどこが平凡なのか。

 

「お前がそんなクソ野郎から立派な男の子になれる唯一の方法を教えてやる」

 

神さまとして、完成された人間として。朝槻真守は救いの手を伸ばす。

真守は再びぱちんっと指を鳴らして、上里勢力の女の子たちを幸福な夢から目覚めさせた。

女の子たちはそれぞれ何が起こったか理解できずに、真守を見つめた。

真守はそんな女の子にも、上里翔流にも語り掛ける。

 

 

「お嫁さん。自分が一生を懸けて守る、たった一人の女の子であるお嫁さんを決めろ、上里翔流」

 

 

上里翔流は。上里勢力の女の子たちは。

ちょっと怒った様子で告げる真守を見て、呆然とした。

だが女の子たちは真守の言葉を聞いて、かあっと表情を赤くする。

 

そして各々は目を逸らし、上里翔流をちらちらと見る。

彼女たちの一連の仕草の理由が分からない上里翔流。

そんな上里に真守は種明かしをする。

 

「先程帝兵さんは彼女たちに、お前が色んな死に方をする悪夢を見させていた。でもその後に、私が上里のお嫁さんになって結婚式を迎える夢を見させておいたんだ」

 

つまり少女たちは上里翔流を失う悪夢を見させられていたことをすっかり忘れて、本当に幸せな夢を見ていたのだ。

お嫁さんとして。女の子が誰もが一度は夢見る幸せな夢を見ていたのだ。

そんな夢から覚めて、お嫁さんを決めろと真守に迫られている上里を見れば、誰もが幸せな夢を思い出して、もじもじとしてしまうことだろう。

上里翔流は花も恥じらう乙女のように頬を赤くしている女の子たちの様子に、呆然としながら真守を見る。

 

「お前がハーレムに溺れる甘ったれクソ野郎から脱却する方法はたった一つだ。たった一人の大切な女の子を決めて、その女の子のことを生涯大事にする事。それしかない」

 

真守は真剣な表情をして、上里翔流を見つめる。

 

「たった一人の女の子を守る。そう決めた男ほど、立派な男はいないからな」

 

つまずいたって、何度も失敗したって別にいい。

学が無くても、安月給でも。社会に対してあんまり貢献できなくてもいい。

たった一人の大切な女と家族を守れれば、男としてはこれ以上がないほどの立派なのだ。

 

確かにそうだ、と上里翔流は思う。

そうなれば自分は平凡な男子高校生の皮を被った狂人ではなくなる。

しかも自分が望む平凡な男の子として、何よりの幸福を手に入れられる。

 

だがお嫁さんを決めろと言われてすぐに決められることはないし、そもそもお嫁さんを決めるのは一生で一度の大決意なのだ。

簡単に決められないことだし、そもそも上里翔流がはっきりとさせられる男ならば、女の子たちはここまで増えなかった。

 

そんな優柔不断男、上里翔流に。朝槻真守は柔らかくにっこり微笑んだ。

 

「去鳴は、上里のお嫁さんになりたいんだって」

 

にこりと微笑んだ真守の爆弾発言に。

その場にいた垣根と上条以外の者たちは、ぎょっと目を見開いた。

 



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第八一話:〈懸命事態〉を引き起こし安全確保

第八一話、投稿します。


男として立派になるために、たった一人の大事なお嫁さんを決める。

 

その指令は上里翔流にとって無理難題だ。

何故ならはっきりと気持ちを告げられれば、上里翔流の周りに一〇〇人以上の女の子たちが集まってくることはなかった。

 

だが女の子からしてみれば、大切な男の子にお嫁さんにしてもらうことは究極の夢だ。

誰もが夢見る、平凡で幸せな一つの愛のカタチ。

誰もが夢見ながらも、簡単には叶えられない夢。

真守は上里翔流に人生最大の難題を押し付けると、去鳴の後ろに回って去鳴の肩に手を置いた。

 

「去鳴は上里のお嫁さんになりたいんだって」

 

上里翔流と上里勢力の女の子たちがぎょっと目を見開く。

去鳴は最初、きょとんとしていた。

だがすぐに真守の言葉の意味が分かって大声を上げる。

 

「にゃ、にゃにゃにゃにゃにゃにを言ってるんだ!!」

 

去鳴は真守によって突然矢面に立たされて、わたわたと慌てる。

 

「た、確かに私はお兄ちゃんのクソバカハーレムを終わらせるために、朝槻ちゃんがお嫁さんを選ぶって言う無理難題をお兄ちゃんに吹っ掛けるのはめちゃくちゃ良いって思ったけどぉ!!」

 

真守は慌てている去鳴をじとっと睨む。

 

「思ったけど、なんだ?」

 

「わ、わわわ私はお兄ちゃんを本気で尊敬してるだけだっ! だからお兄ちゃんを腐らせてるクソバカハーレムが目障りで全員死ねばいいって思ってるだけで! 別におおおおお嫁さんになりたいわけじゃ!!」

 

去鳴は顔を真っ赤にして激しく慌てる。

真守はそんな去鳴を見て、不満そうに口を尖らせた。

 

「じゃあ去鳴は上里が他の子をお嫁さんにしてもいいのか?」

 

「いいわけないでしょぉ!?」

 

思わず反射的に叫んでしまった去鳴は、叫んだ後に自分が失態を犯したのだと気が付く。

 

「……………………あ」

 

女の子らしく、かーっと顔を真っ赤にして俯く去鳴。

それを見て、女の子たちは理解した。

というか、なんとなく分かっていた。

 

義理の妹である去鳴が上里翔流のお嫁さん、つまり一番になりたいのだと。

 

この場にいる上里翔流を慕う女の子たちはつい先程、朝槻真守によって短いながらも長く感じる、本当に幸せな夢を見ていた。

 

上里翔流に愛されて、たった一人のお嫁さんとして選ばれる夢だ。

本当に幸せな気持ちだったのだ。

それを現実にしたいと思うのは、当然のことである。

 

「わ、わらわだってお嫁さんになりたい……」

 

誰かが、ぽそっと自分の気持ちを吐露する。

すると。そこから女の子たちに火が付いた。

 

「私だって上里はんのお嫁に!!」

 

「つまりアレか?! 去鳴は自分を大将に選んでもらうために昨日今日って暴れ回ってたって事か?!」

 

「私の胴体真っ二つにしたのも自分がお嫁さんになるためだったんですね?!」

 

怒りを見せ始めた女の子たちを見て、硬直から復帰した上里は慌てて声を掛ける。

 

「み、みんな落ち着いてくれ! 僕は別に今すぐお嫁さんを決めようなんて、」

 

「「「思ってない?! じゃあお嫁さんについていつ考えるのよ!!」」」

 

火が付いた女の子たちの一斉の追及に、上里は答えられない。

 

当然だ。

きっぱりなんでもはっきり決められれば、女の子たちはこんなに増えなかった。

しかもはっきり言う事ができれば、女の子たちが好き勝手することもなかった。

上里はもう、火がついてしまってバチバチと火花を散らす女の子たちを舵取りできない。

 

そんな中、垣根は真守の腰を引き寄せて笑った。

 

「上里の好みは分からねえけどよ」

 

女の子たちは垣根が声を上げたのを聞いて、垣根を一斉に見る。

真守の隣に立っていてもなお相乗効果で輝く垣根帝督。

そんな垣根は女の子たちを焚きつけるように、挑発するように笑った。

 

「男はやっぱ、一番優秀でイイ女を選びたいよなあ?」

 

垣根は笑いながら、真守の顔をグイッと自分に向けた。

そしてこれみよがしに、真守のその小さな唇にキスをした。

 

「んぅっ!?」

 

真守は突然垣根に口を塞がられて、目を大きく見開いて固まる。

だがすぐにバタバタと暴れ、垣根から逃れようとする。

それでも垣根は絶対に離さないで、深いキスをする。

 

それを女の子たちは、食い入るように顔を赤くして見つめていた。

真守は恥ずかしくて涙目になって、動けなくていっぱいいっぱいになる。

そして垣根の気が済んで解放された真守は、ひっぐとしゃくりあげてから叫んだ。

 

「にゃ、なんでちゅーしたんだっ。そんなことしろって言ってないだろっ! こ、こんな公衆の面前でっ。も、もうお嫁にいけないっ!」

 

「問題ねえよ。俺がもらってやるんだから」

 

垣根はごちそう様だと言わんばかりにペロッと唇を舐める。

 

「わあああ垣根のバカぁああ言葉の綾ぁああああ!!」

 

真守は恥ずかしくて許せなくて、たしたし地団太を踏む。

だがそんな真守の事を抱きしめて、垣根は女の子たちを自慢げに睥睨した。

 

「たった一人の大事な女になれたらこういうコト、どこでも不意打ちでしてもらいたい放題だぜ?」

 

「頼んでないっ頼んでないの公開処刑はっ!」

 

真守が不意打ちを拒絶する姿を見て、女の子たちの中で炎がもっと燃え盛った。

自分も不意打ちしてくれるほどに、上里翔流に自分だけを愛してほしい。

その想いが頂点に達すると、少女たちは誰が一番優秀な女の子なのかを争い始めた。

わぁぁぁぁぁ!! と、途端に乱闘をおっぱじめる女の子たちを見て、上里翔流は愕然とする。

 

「ど、どうしてくれるんだ!!」

 

そんな上里を見て、垣根は吐き捨てるように告げる。

 

「本っ当にタマなしだなテメエ。テメエの女はテメエで管理しろ。これを止めたきゃテメエが気張れ。なあ真守?」

 

垣根は真守に笑いかけるが、真守はそれどころではない。

 

「うう……っ自信過剰。傍若無人。上条にも見られた……はずかしい……」

 

真守は涙目になって、ぐすんぐすんと泣く。

真守と垣根のキスを見てしまった上条は気まずそうにしながら、そっぽを向いている。

真守はそんな上条を視界の端で捉えて、恥ずかしくて恥ずかしくて、垣根の腕の中でひーんっと泣く。

垣根はそんな真守を抱きしめて、上機嫌に真守の顎に手を添える。

そして自慢するように、上里翔流を見て嘲笑した。

 

「かわいーだろ。これ俺のなんだぜ?」

 

真守は上機嫌になる垣根の腕の中で、ぷるぷると震える。

 

「かきねのばか…………もぅ、好きにして……っ」

 

真守はそう呟くと、観念したように垣根の腕の中でくたんっとなる。

その様子を見ていた去鳴はぽそっと呟いた。

 

「なんだかんだいって朝槻ちゃん、恋人に振り回されるのが好きなんだ……」

 

そんな去鳴の呟きが響く中、上里翔流は垣根を睨み続けていた。

垣根帝督はこれまで、暗部の殺気を肌に受けてきた。

それに比べて上里翔流の殺気はへなちょこなものだ。

だから垣根は嘲笑して、上里翔流を睥睨する。

 

「はん。勝手に身内で醜いコトやってろ。女の手綱握れねえ、この世で一番クソカッコ悪いふにゃ××野郎」

 

垣根の言葉に上里は反論できない。

そんな中、力が抜けて足がぷるぷる震える真守の事を抱き上げた垣根は、真守を横目で見る。

 

「やっぱり男だったらベッドの中で女を満足させなきゃ一人前じゃねえよ。なあ、真守? そこんところ俺は大丈夫だよな? なあ?」

 

「…………もうやだぁ……ひっぐっ。かきねのいじわるぅ……っ」

 

嫌だ嫌だと言っているが、真守はそれでも垣根にぎゅっと抱き着く。

なんだかんだ言ったってだいすきなのだ。惚れた弱みなのだ。

垣根は自分の腕の中でうずくまって、ぷるぷる震える真守が愛おしくて笑う。

そんな中、顔を赤らめていた上条当麻は頭の上に乗っているカブトムシに声を掛けた。

 

「これで一件落着ってことなのか……?」

 

『はい、おそらく。それでもあなたに直接的な被害が出るようならば、私が相手になります』

 

自分のことを守ってくれるカブトムシにお礼を言う上条は、ぐすぐすと泣く真守を抱き上げた垣根と共に学校へと戻る。

 

取り残された上里翔流。

そして誰が一番上里翔流に相応しいか、内部抗争を始めた女の子たち。

 

すでに上里翔流は女の子たちを完全に制御できなくなった。

 

そして最終的に、上里翔流は宣言する。

お嫁さんを決めるつもりはない。僕はずっとこのままがいいと。

そして真性のハーレム野郎として、名を轟かせることとなる──。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

朝槻真守はそれなりに優等生である。

 

何せ真守は高校から学校生活を始めており、初めての事ながらも真守は頑張って、真剣に学校生活と向き合っていた。

 

学園都市の『闇』に関わって学校をサボらなければならない時もあったが、小テストはきちんと受けているし、頭も良いので普通教科も能力開発も優秀。

それに今年の九月に超能力者(レベル5)に認定されたので、それなりの好待遇を受けている。

 

対して頭も良くない、無能力者(レベル0)で欠席ばかりしている上条当麻。

上条は本当にマズい。もう一度一年生をしなければならない程度には、だ。

 

そのため垣根に弄ばれて意気消沈している真守は午後から学校に行くことにしたが、上条当麻は急いで学校へと向かって行った。

 

ちなみに午後から真守が学校に顔を出すのは、今日の夜にクラスメイトと知人でバーベキューをやるためである。

 

そんなこんなで朝槻真守は第七学区のとある高級志向ネットカフェにいた。

完全個室で防音完備、食事もシャワーも浴びることができる最高品質。

真守はそんな部屋のソファベッドに横たわり、束の間の休息に入っていた。

 

「疲れた……体は疲れてないケド、ここ数日忙しかったし、垣根に振り回されて精神的に疲れた……」

 

防犯オリエンテーションでは魔神僧正が暴れた。

その僧正をどうにかしたら、上里翔流が理想送り(ワールドリジェクター)で次々と魔神を新天地へ送っているし、夜にサンプル=ショゴスとバードウェイ姉妹の問題が降って湧いた。

サンプル=ショゴスの問題によって真守は次の日の午前中まで、魂を創るのにかかりきりになっていた。

 

真守を神として必要とする存在がもう一人増えた午後、学校に行くと上里翔流がクラスメイトを先導して、上条を孤立させようとしていたから少し話をして。

その夜は特に何もなかったが、今日は朝から去鳴が襲来して、現在上里翔流のお嫁さんを懸けたハーレム最強決定戦が行われている。

 

「色々起こる学園都市でも、ここまで過密スケジュールだったことあったかなあ」

 

真守はソファベッドでごろごろしながら遠い目をする。

ソファベッドに座っていた垣根は、真守の頭を優しく撫でた。

 

「本っ当にはた迷惑な野郎だぜ。台風みてえに襲来して来て、俺たちを引っ掻き回しやがって」

 

真守は自分の頭を優しく撫でる垣根を、むくれた表情で見る。

 

「垣根。私がなんで疲れてるか分かってるか」

 

「上里翔流のバカ野郎がお前を引っ掻きまわすからに決まってるだろ」

 

垣根が何を当然のこと聞いてくるんだという顔をしていると、真守は拳を握って主張する。

 

「ちがうっ垣根が公衆の面前でちゅーするから余計に疲れたんだっ!」

 

真守は大声を上げて体を起こすと、ぷんぷんと怒る。

 

「どうしてあそこでわざわざちゅーしたんだ! しなくてもよかっただろっ」

 

「ムカついたから」

 

けろりと答える垣根。そんな垣根を見て、真守はむーっともっとむくれる。

 

「ムカついたからって憂さ晴らしで公衆の面前で私にちゅーするなっ」

 

「しょうがねえだろ、お前は俺のだ」

 

垣根は真守の頬に手を添えて、心底不愉快そうに声を上げる。

 

「あのクソ野郎は自分の事を女なら無条件で近寄ってくるコバエホイホイだと勘違いしてやがる。どうせ恋人持ちのお前が僕に惹かれたらどうしよう、なんて思ってたに違いねえ」

 

「そんなバカな……と思うけど、あの男ならそう考えるに決まってるか」

 

真守はある意味想像力が豊かな上里翔流を考えて遠い目をする。

垣根はそんな真守の頬を優しく撫でる。

 

「お前が俺にベタ惚れしてるって分かったら考えなくなるだろ」

 

「う。……でも、上条の前でちゅーしなくていいだろ……っ」

 

真守は友人である上条の前でキスをされた事が本当に恥ずかしくて、ぽそぽそと呟く。

 

「上条、ちょっと気まずそうだった……っ」

 

「そんな事気にするんじゃねえ。だいたいアイツは普段から女なら気まずくなるラッキースケベぶちかましてるじゃねえか。気にするな」

 

垣根は真守の頭を優しく撫でる。

そして寄り添うように抱きしめて、その小さい背中を優しく撫でた。

 

「強引で悪かった。でも上里翔流とかいう勘違いクソ野郎に分からせるにはあれしかなかった。分かってくれるか?」

 

ぽんぽんっと、優しく自分の背中を撫でる垣根の手。

少し強引だったと、恥ずかしい思いをさせてしまったと少し申し訳そうな声。

真守はしおらしい垣根を見せられて、思わず動揺してしまう。

 

「た、確かに事実を突きつけるのがアイツにとって一番効くと思うけど……」

 

真守は垣根の言葉にも一理あると呟き、そしてため息を吐いた。

 

「まったく。……しょうがないひとだな」

 

真守は笑って垣根にすり寄ると、自分のことを宥めてくる垣根に体を預ける。

 

「私は心が広いからな。許してやる」

 

「良かった。やっぱりお前はイイ女だな」

 

垣根は笑うと、甘えてきた真守の背中を優しく撫でる。

真守は本当に欲しい垣根の手に背中を撫でられて幸せそうに目を細める。

そうして真守は垣根と甘いひと時を過ごして一息つくと、気持ちを切り替えた。

 

「帝兵さん」

 

真守が呼ぶと、窓をカラカラ開けて待機していたカブトムシがやってきた。

 

「ん」

 

真守はむぎゅっとカブトムシを抱きしめると、カブトムシを見つめた。

 

「アレイスターの動向は?」

 

『今のところ確認されておりません。静かなものかと』

 

「木原脳幹が撃破されたことが布石なのだと思うが、動きがないのか」

 

真守はカブトムシのネットワークに接続しながら、ふむと頷く。

 

『ええ。木原脳幹周りも監視していますが、動いていないようです。木原脳幹を冷凍処理した女性も姿を見せません』

 

「あの女は言動的におそらく木原だ。木原は隠れるのが上手いからな。探しても意味がない。……どちらにせよ今アレイスターが敵視しているのは上里翔流だ。曲がりなりにも一緒の学校にいるし、対処はおおむね可能だろう」

 

真守がカブトムシと状況について話し合っている中。

垣根は真守がそろそろ何か食べ物が欲しくなってくるころだと思って、真守にメニューを手渡す。

 

「ちょっと腹ごしらえしておけ、真守」

 

「ありがとう、垣根」

 

真守は自分のことをどこまでも気遣ってくれる垣根からメニューを貰うと、ふにゃっと笑った。

 

「垣根は疲れてない? 大丈夫?」

 

真守はメニューを見ていたが、気になって垣根をちらっと見上げた。

 

「問題ねえよ。さっきお前から元気貰ったしな」

 

垣根はニヤッと笑って真守を見る。真守はそんな垣根を見て、きょとっと目を見開いた。

 

「さっき? ……!!」

 

真守は首を傾げていたが、先程垣根に公衆の面前で深いキスをされたことを思い出して顔を真っ赤にする。

 

「か、かきねのばかっ」

 

真守はぷいっと顔を背けて、メニュー表に視線を落とす。

垣根は真守が愛らしくて、くつくつと笑う。

そんな垣根の前で真守は口を尖らせると、ジャンクフードを幾つか頼む。

 

真守は立ち上がって受話器でオーダーして、戻ってきた垣根にそっとすり寄る。

 

「ちょっと疲れた、垣根」

 

「そうだな。上里翔流の取り巻き女たちは内ゲバしてるし、ちっとは休めるだろ」

 

上里翔流のお嫁さん。

たった一人の枠を奪い合って乱闘を繰り広げている女の子たちを、上里翔流は必死に止めようとしている。

だが根本的に。上里翔流に止められるほどの器量があれば、一〇〇人以上の女の子たちが集まっているはずがないのだ。

 

「おーおー醜い争いしやがって。学園都市壊して発生した負債は上里翔流に吹っ掛けてやろうぜ。俺が補修業者にタレコミいれてやる」

 

「垣根、見世物じゃないから」

 

真守は女の子たちの死闘を、カブトムシのネットワークから観客視点で見ている垣根をじろっと睨む。

 

「あの子たちは本気で上里のお嫁さんになりたんだぞ。エンターテイメントじゃないんだから」

 

「でもアレだけ普通じゃなさすぎる戦闘してたら見世物になるだろ。それに俺たちは被害に遭ってんだ。楽しんだって罰は当たらないだろ」

 

平凡な男子学生を自称して狂いに狂ってる男と、そんな男を好き勝手振り回す女の子たち。

そんな集団が突然襲来して来て、ここ数日は本当に迷惑しているのだ。

垣根がその事実を口にすると、真守はカブトムシを抱き寄せて眉をひそめる。

 

「まあ上里たちは本気で天災みたいなモノだけど。……あいつらがいなくても学園都市では問題なんて日常茶飯事だし。気にしすぎちゃダメだぞ」

 

「お前は学園都市の日常に毒されてるんだよ。ちょっとは平穏に暮らしたっていいだろ」

 

垣根は真守の頬に手を添えながら、目を細める。

 

「俺はお前といつでもどこでも、好きなだけ楽しい時間を過ごしていたい」

 

「突然欲望を口にするんじゃない」

 

「なんで。別に良いだろ」

 

垣根はじとっと真守を睨むと、優しく抱きしめる。

 

「本当に大切にしたい女だから。俺はお前のことをずっと考えていたい」

 

「……かきねの、ばか」

 

真守は垣根の腕の中でごそごそ動くと、ぴとっと寄り添う。

 

「あんまりいちゃいちゃするのはアレだけど。……みんなが幸せな時間を過ごせるような学園都市を造るぞ、垣根」

 

「そうだな。俺はそんな学園都市で一日中お前を愛でてたい」

 

「仕事とか学校とか、やらなきゃいけないことはやらなくちゃだぞ」

 

「安心しろ、真守」

 

垣根はにやっと笑うと、ちょっと怒っている真守に笑いかける。

 

「ちゃんとヤることはヤッてやる」

 

「それちょっとあんまり良くない方向のやる気だろっ!!」

 

真守が声を上げる中、垣根はふっと笑う。

 

真守は垣根に呆れながらも、垣根の腕の中で束の間の休息をとる。

そして午後になって学校に向かい、クラスメイトと合流して。

今日の夜のバーベキューの食材調達の話をしていた。

 



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第八二話:〈幸福一時〉に問題発生

第八二話、投稿します。


最終下校時刻を過ぎ、とっぷりと陽が暮れた夜。

真守は第二一学区へバーベキューをしに来ていた。

上里翔流の策略によって開催する事になった、クラスメイトとのバーベキューだ。

 

きっかけがきっかけだが、バーベキュー自体に罪はない。

だから真守はちょっとしたうきうき気分で、デパートで買ってきた食材を確認していた。

クラスメイト達には知り合いを呼んで良いと伝えてある。

もちろん真守がクラスメイトにそう伝えたのは、インデックスや垣根たちが参加できるようにするためだ。

 

クラスメイトに加えて知人が集められたおかげで結構な大所帯となっているが、みんなでわいわい楽しめた方が良いに決まっている。

そんなこんなで真守が垣根と共にキャンプ場内で食材を運んでいると、小萌先生が近付いてきた。

 

「朝槻ちゃん」

 

「小萌先生。今日は監督役として来てくれてありがとう」

 

教師が監督していれば、最終下校時刻を過ぎて遊んでいても多少の融通が利く。

第三次世界大戦の前にクラスメイトたちですき焼きを食べに行った時も小萌先生は同伴してくれたようだし、せっかくだから今回もお願いしたのだ。

 

「朝槻ちゃん、本当に先生がお金を出さなくて良いのですか? 先生、みんなですき焼きを囲んだ時はちょびっと出しましたよ」

 

「大丈夫だぞ、先生。先生にはいつもお世話になってる。それに今も監督役として来てくれてるからな。それだけで十分だ」

 

真守は柔らかく微笑むと、小萌先生に視線を合わせるために膝を折る。

 

「小萌先生には何も気にせずに、おいしいお肉をたくさん食べてほしいな。それが私は一番うれしい」

 

「朝槻ちゃんがそこまで言うなら……分かりました。今日はいっぱい食べます! 結標ちゃーん!」

 

小萌先生は相変わらず自分の家に居候させている結標淡希を呼びに行く。

真守は小萌先生の後ろ姿を見送った後、仕込み調理場へと食材を持って行く。

調理場では女子を中心とした複数のクラスメイトが仕込みをしていた。

真守が彼らに食材を渡していると、インデックスが走ってきた。

 

「まもりまもり、もうお腹が空いたんだよーっ……!」

 

「いま準備してるからちょっと待ってな。……あれ。ところで上条とオティヌスは?」

 

真守は小首を傾げて、辺りを見回す。

そういえばキャンプ場に入ってから二人を見ていない気がする。

確か上条は青髪ピアスや吹寄たちと、多数あるバーベキューコンロの火をおこす仕事が割り振られていたはずだ。

ちなみにだが、真守は一応上里翔流のこともバーベキューに呼んでいる。

それでも上里勢力は現在、絶賛お嫁さんを決めよう選手権で内ゲバ中であるため、おそらく来ないだろうと真守は思っていた。

 

「とうまなら学校のこーはいって子に呼び出されてたよ。そういえばあの男の子も一緒にいた」

 

インデックスの言う『あの男の子』とは上里翔流のことだ。

上里翔流の存在を聞いた垣根は、真守の隣で思わず眉をひそめる。

 

「問題児一号と二号が一緒にいるのかよ。最悪だな」

 

「後輩って誰だろう。上条に先輩がいるのは知ってるけど。空き教室借りてる中高一貫校で知り合った子なのかな」

 

真守は心当たりのない人物に首を傾げ、怪訝そうにんーっと唸る。

 

「上条と上里が集まってる時点でなーんか嫌な予感がするけど、あいつらのやることなすこと全部を気にしててもしょうがないし。本当にマズいなら帝兵さんのネットワークに引っかかるだろうし、私はバーベキューしたい」

 

誰彼構わず救うヒーロー性を持つ上条当麻と上里翔流。

彼らに一々付き合っていれば、真守は自分のやりたいことができなくなってしまう。

真守は彼らのヒーロー性に呆れつつ、それでも嬉しそうに微笑む。

 

「最近の上条は聞きワケが良いからな。自分の手に負えなくなったら連絡してくるだろ」

 

誰にも助けを借りなかった上条当麻は、最近真守になら相談するようになった。

それが真守はとても嬉しい。あの男はもう少し人の手を借りた方が良いと思っているからだ。

ちょっと嬉しそうにする真守。そんな真守を見て、インデックスはむーっと口を尖らせた。

 

「ほんとうに最近だけど、とうまはまもりになら相談するようになったもんね」

 

「インデックス、拗ねないで」

 

真守は心の底から不服そうにしているインデックスを見て、くすっと笑う。

 

「上条はインデックスのことが本当に大事なんだ。あんまり迷惑かけたくないから、色々と秘密にするんだと思う」

 

何せインデックスは記憶を失ってしまった上条当麻が、嘘を吐き続けてまでどうしても泣かせたくなかった少女なのだ。

何もかもを忘れた上条の覚悟がどれほどのものだったか。

インデックスには想像つかない。それはしょうがないことだろう。

真守は目元を柔らかくして、上条とインデックスのことを想う。

だがインデックスは変わらずにむくれたままだった。

 

「一緒に生活してるんだから助けたいんだよ。それにとうまは魔術について素人なんだから。わたしを頼ってほしいかも」

 

「インデックスは上条の支えになってるよ、絶対にな。……それに、直接的な力になるのが一番重要、だということではないからな」

 

少し寂しそうな、真守の言葉。

それを聞いて、インデックスは首を傾げた。

上条当麻の直接的な力になりたい。隣に立って役に立ちたい。

だが周回遅れの自分の力なんて役に立たない。そう思っている──御坂美琴。

真守は今も色々と暗い気持ちを抱えている美琴のことを考えながら、寂しそうに微笑む。

 

「一緒に戦場を駆け回るのも確かに良いだろう。だが大切なひとが待っていてくれるのもとても幸せなことだ。帰れる場所がある。そこで平穏を一緒に過ごしてくれる存在がいる。それは本当に幸せなことだ」

 

真守は柔らかく微笑み、屋根のついたテーブルが並ぶ食事場の方を見た。

そこには杠林檎と共に、バーベキューの開催を待っている源白深城がいた。

近くには防寒着を着た白い少年に黒髪の少年。

そして白いカブトムシにライドオンした魔神僧正とネフテュスもいた。

 

「あ、みしろ!」

 

インデックスは真守の視線の先に深城たちがいることに気が付き、声を上げる。

するとタイミングよく深城が真守や垣根たちに目を向けた。

深城は満面の笑みを浮かべると、真守たちに優しく手を振る。

真守は微笑み、小さい手で振り返してからインデックスを見た。

 

「まだ時間がかかるから、深城たちと一緒にいてくれ。インデックス」

 

「うんっ!」

 

とてとてと走っていくインデックス。

真守がその後ろ姿を見つめる中、垣根は真守の小さな頭に頬を寄せる。

 

「俺はお前がどっかに行くなら絶対に一緒に行くからな」

 

「ふふ。垣根はおうちで大人しく待てる子犬さんじゃないからな」

 

「……子犬さんて」

 

垣根は不覚にも真守の言い方が可愛らしくて、目を細める。

いつもの楽しそうな様子の真守と垣根。

そんな二人を遠くから見つめていた源白深城は、柔らかく微笑んだ。

そして手元に持っていたホットココアのプルタブを立ててカシュッと缶を開ける。

缶の蓋を開けると、深城は黒髪の少年にホットココアを手渡した。

 

「トモくん。缶が熱いから気を付けてね」

 

インデックスの前で、深城は黒髪の少年へとホットココアを差し出す。

 

「ありがとう、源白深城。蓋が固くて開かなかったから……」

 

黒髪の少年はぽそぽそ呟くと、深城から受け取ったホットココアをくぴっと飲む。

その姿を見て、先にホットココアを口にしていた白い少年がじろっと黒髪の少年を睨んだ。

 

「お前は甘えん坊だな。垣根帝督が用意してくれた体をきちんと使えば、缶くらい開けられるだろうに」

 

白い少年が白い目を向けると、黒髪の少年は『ふえ……』と呻く

しょんぼりする黒髪の少年。深城は笑って、落ち込んだ黒髪の少年のフォローに回る。

 

「ほらほら。セイくんと違って、トモくんはまだ体が馴染んでないから。甘えん坊とか言わないの」

 

深城が黒髪の少年の頭を優しく撫でながら告げると、白い少年──生きる意志を体現した少年はぷいっと顔を背けた。

 

「あらあら。まだまだ幼い精神のようね」

 

そう言葉を零したのはカブトムシの上で足を組んで座っている手乗りネフテュスだった。

その隣には、浮遊する他のカブトムシの個体に胡坐を掻いて座っている僧正がいる。

 

「ふむ。神人を神とする者たちは言わば儂らの存在があったからこそ生まれたもの。

要は儂らが神人を神人たらしめた元凶と言うのに。理想送り(ワールドリジェクター)のように怒らんだな」

 

僧正の言う通り。魔神たちが何度も何度も世界を造り替えなければ、白い少年や黒髪の少年などの真守を神として必要とする者たちは生まれなかった。

だが真守は魔神たちに敵意を向けていない。そのことについて僧正が疑問を持っていると、ネフテュスが答えた。

 

「僧正だって分かってるでしょ? あの子は最早そういうところにいないのよ。人間として一つの完成形へと至ったあの子は、そんな些末なことは考えないのよ」

 

ネフテュスが全面的に真守を擁護する言葉を聞いて、僧正は笑った。

 

「随分気に入ったようじゃな。まあ、人のことは言えぬがな」

 

なんだかんだ言って僧正も朝槻真守のことを気に入ってる。

自嘲気味に僧正が笑っていると、インデックスがトテトテ近づいてきた。

途中で赤毛のツインテールがそわそわして深城たち(白と黒の少年を含む)を見ていたが、インデックスが通り過ぎるとささっと視線を逸らしていた。

 

「みしろー」

 

「インデックスちゃん~。インデックスちゃんも来たんだねえ。……その格好でだいじょぉぶ? 寒くない?」

 

完全に陽が暮れたため、けっこう寒い。

そのため深城が心配すると、インデックスは自分が着ている『歩く教会』を広げながら笑う。

 

「大丈夫だよ。この『歩く教会』はとうまの右手のせいで効力が失われてるけど、とても温かいからね。それに私はシスターだから。寒くても我慢できるよ!」

 

「シスターさんはすごいねえ」

 

深城は胸を張るインデックスを見て、微笑む。

シスターさんと言えど食欲だけは捨てられないインデックス。

それを指摘する人間はここにはいない。悲しいことに。

 

インデックスたちが話をしていると、キャンプファイヤーの火が大きくなる。

どうやらキャンプファイヤーの火が完全についたらしい。

バーベキューの準備もできたらしく、深城たちに真守が近付いてきた。

 

「深城、バーベキューの準備ができた」

 

「ありがとう、真守ちゃん。行こうっ」

 

深城はにへらっと笑うと、インデックスと林檎と一緒に歩き出す。

そしてキャンプファイヤーを囲ってバーベキューが始まった。

真守は同居人が多いので、一つのコンロを独占して垣根たちやインデックスと囲っていた。

独占しているといっても、コンロは大量に用意してある。準備万端だ。

 

「おいしいっ本当においしいお肉なんだよ、まもり!」

 

インデックスは嬉しそうに目を輝かせて、はふはふとお肉を食べる。

 

「インデックス。ゆっくり食べるんだぞ」

 

真守はお肉がきちんとクラスメイトに行き渡っているか確認しながら、インデックスに軽く注意する。

ちなみにインデックスは無作為にお肉を食べてしまうため、コンロの上にはインデックスコーナーが作られている。

それ以外の肉を食べてはいけないことになっており、インデックスの肉はカブトムシが焼いていた。

好待遇でつきっきりで焼いてもらっているため、インデックスも大満足だ。

そんなインデックスの隣で、林檎はお高い牛肉を食べて目を輝かせる。

 

「垣根っ垣根、お肉、すごいおいしいっ!」

 

「たくさんあるからお前もゆっくり食べろよ」

 

「うんっ!」

 

垣根は食欲旺盛な林檎に注意しながら、肉を焼いて皿に盛る。

 

「真守、さっきから全然食べてねえだろ。これ食え」

 

「ありがとう、垣根」

 

真守はふにゃっと笑うと、垣根から皿を受け取る。

そして大きいお肉を箸で掲げて目を見開いた後、ぱくっと一口食べた。

 

「おいひいっ」

 

真守はお肉がおいしくて、思わず食べながら声を上げてしまう。

小さい口で、控えめながらもゆっくり食べる真守。

そんな真守を見て垣根は笑うと、肉を焼きながら自分も食べる。

すると。カブトムシがぶーんっと飛んできた。

 

垣根帝督(オリジナル)。ネットワークの一部で障害が発生しています』

 

「障害だと?」

 

垣根は肉を焼く手を緩めて、カブトムシを見る。

 

「どこで障害が発生してやがるんだ」

 

『第七学区内で複数。それと第一〇学区、第二二学区の第三層です』

 

「複数だと? ……かく乱のつもりか?」

 

垣根はカブトムシからの報告を受けて、眉をひそめる。

真守はもぐっとお肉を食べると、自分の肩に留まったカブトムシを見た。

 

「『人的資源(アジテートハレーション)』プロジェクトの時と同じ方法か?」

 

『はい。AIM拡散力場経由でのハッキングです。情報処理に負荷をかけ、ネットワークに障害を発生させるやり方です』

 

真守はそれを聞いて、ふむと頷く。垣根は肉を林檎に渡しながら目を細めた。

 

「AIM拡散力場を用いた回線をシャットダウン。未元物質(ダークマター)の回線に繋ぎ直せ」

 

『了解しました』

 

AIM拡散力場経由でハッキングされているならば、AIM拡散力場を使用せずに他の媒体を用いてネットワークを構築すればいい。

 

垣根帝督は『人的資源(アジテートハレーション)』プロジェクトの際にハッキングされたため対策として回線を増設。

未元物質(ダークマター)の回線と通常のネット回線のように電子回線を用意しているのだ。

 

真守は(かたわ)らにいる、野菜を食べている深城を見る。

 

「私と深城が無事なのは、おそらく敵が私を完封できないと分かっているからだ」

 

人的資源(アジテートハレーション)』プロジェクトの時。

真守は深城経由でハッキングを受けて、機能を停止させられた。

だが丁度近くに垣根が試作品として造っていた器があったため、少々弱体化したがハッキングから逃れられた。

 

あれから真守は避難用の体をメンテナンスして、いつでもアレイスターが用意した縛りから一時的にでも逃れられるようにしている。

それを、敵は理解している。

 

「『敵』は私が帝兵さんのネットワークを頼りにしているのを知っているんだろう。私も知覚範囲を広げることはできる。だがそれは人間から逸脱する行為だから、私が普段から知覚範囲を制限していると知っているんだ」

 

朝槻真守は絶対能力者(レベル6)だ。そのためなんでもできる。

だが真守は普段から、人間の知覚から逸脱しすぎることはしないようにしている。

理由は人間から逸脱しすぎれば癖になり、自分が人間ではなく神と同等という意識が濃くなってしまうからだ。

そうなると、()()()()()()。だから真守は普段から抑え気味にしている。

 

「『敵』は私のことを完璧に打倒できるとは思っていない。おそらく一瞬でも気が引ければいいと考えたはずだ。……一瞬の隙。その隙に全部を終わらせるつもりだ。だからいま、知覚を広げてもすでに遅いだろう」

 

真守はとりあえず勿体ないので、手元のお肉をもぐもぐと食べる。

すると即座にカブトムシのネットワークが復旧した。

そして、情報が降りてくる。

 

「……なるほど。木原唯一が上里翔流の理想送り(ワールドリジェクター)を奪ったのか」

 

真守はカブトムシのネットワークに自身を接続して、何が起こったか理解する。

復旧したカブトムシの一匹。

その視界には、上里翔流の右腕を自身の右腕に移植した木原唯一がいた。

 

理想送り(ワールドリジェクター)とは上里翔流の性質に引っ張られて、上里翔流の右腕に宿った力だ。

そのため上里翔流の右腕を切り取って他人がその右腕を自身に移植しても、理想送りが使えるはずがない。

だが理想送り(ワールドリジェクター)を手にしている女性──木原唯一は、科学を使って理想送りを入手した。

 

「アレイスターにとって、理想送り(ワールドリジェクター)は脅威だった。だからアレイスターは理想送りをどうにかするために動いていた。だからまず手始めに布石として。木原脳幹を上里翔流にけしかけて、撃破させた。……なるほどな」

 

真守は一人納得した様子を見せて、事実を口にした。

 

「木原脳幹を撃破した上里翔流を、木原唯一は許さない。そんな木原唯一に復讐として上里翔流から理想送り(ワールドリジェクター)を奪わせる。……よくできたシナリオだ」

 

理想送り(ワールドリジェクター)を無力化するために、アレイスターは木原脳幹を犠牲にして木原唯一を焚きつけた。

木原唯一もアレイスターに焚きつけられたことは分かっているだろう。

だが復讐者は止まれない。上里翔流が狂ってしまったのと同じように、復讐の意思を身に宿せばすでに止まることはできないのだ。

 

「よく考えたな、アレイスター」

 

真守は忌避しながらも、アレイスターのことを称賛してしまう。

すべてを駒として扱い、自らの目的を遂げる。

これまでずっと、アレイスターが行ってきたやり口だ。

 

「復讐者は他人の命を奪うことを恐れないからな。私も行こう。……上条や美琴が心配だし」

 

真守が借りているカブトムシの視界。

そこには近くをふらふらしていた御坂美琴と上条当麻が鉢合わせしていた。

そして二人は木原唯一が理想送り(ワールドリジェクター)で呼び出した魔神たちに圧倒されていた。

 

だがそもそも。理想送り(ワールドリジェクター)に、新天地へと送り込んだ魔神を呼び出す機能はない。

それでも美琴たちは魔神が出てきたのだと真に受けて、恐れおののいている。

 

「帝兵さん。隙を見て上条たちに合流して、魔神はブラフだと教えてあげて」

 

『はい』

 

真守は頷くと、皿に載っていたお肉を頑張って食べる。

そしてカブトムシに皿を手渡してから、深城を見た。

真守は深城にぎゅっと抱き着く。深城は目を瞬かせていたが、真守のことを受け止めた。

 

「垣根、私は先に行く。ちゃんとついてきて」

 

「あ?」

 

垣根は深城に突然抱き着いた真守を見て、怪訝な表情をする。

 

「私に理想送り(ワールドリジェクター)は効かない。だから怖くない。それに相手はこれまで何度も戦ってきた木原の一人だ。そんなに時間はかからないし、移動が面倒だから」

 

「なに言ってんだお前。何の話してやがる」

 

てっきり第二一学区から飛んでいくと思っていた垣根は、真守の行動に眉をひそめる。

真守はそんな垣根の前で、深城にギュッと抱き着いた。

 

「みなまで言わなくても垣根なら分かってくれる。深城、()()()()()

 

「! 分かったよ、真守ちゃん」

 

深城は林檎へお皿とお肉を渡して、真守のことをギュッと抱きしめる。

 

「むぐ」

 

真守は深城の胸に閉じ込められてうめき声を上げると、ふっとその意識を飛ばした。

くたっとなる真守。

それを見て顔をしかめていた垣根は、真守が何をしたか理解した。

 

「……あいつ、家にある避難用の体に自分の意識(たましい)を飛ばしやがったな……?!」

 

真守の自宅には垣根帝督が未元物質(ダークマター)で造り上げてくれた避難用の体がある。

すでに数回その体を使っているため、真守と避難用の体には特殊なパスが通じている。

だから真守はAIM拡散力場を経由すれば、いつでもその体に移ることができるのだ。

 

「……良い度胸じゃねえか、真守」

 

垣根は自分のことを置いて行った真守に怒りを見せる。

さきほど垣根は真守に『お前が行くならどこにでも行く』と宣言したばかりなのだ。

それなのに置いて行かれた。

イジメてやらないと気が済まないが、垣根は先程の真守の言動に気が付いたことがあって目を見開いた。

 

『垣根、私は先に行く。ちゃんとついてきて』

『みなまで言わなくても垣根なら分かってくれる』

 

真守は垣根に確かな信頼を寄せて、そう言っていた。

垣根帝督ならばついてこられるから大丈夫だと思っているのだ。

しかも真守は理想送り(ワールドリジェクター)も木原も脅威ではないと思っていた。

だからおそらく。垣根帝督が直接向かわなくても、垣根の配下であるカブトムシと避難用の体を使う真守がいれば、簡単だと考えているのだ。

 

「……ったく。カブトムシ(端末)

 

垣根は絶妙な信頼の仕方をしている真守の事を考えて、ため息を吐く。

 

「俺に感謝しやがれ。普通の人間なら言葉にしないと分からねえぞ」

 

垣根はいらいらしつつも、真守に信頼されていることがうれしくて微妙な気持ちになる。

そんな気持ちのまま、垣根は自宅に待機させている一つの個体と完全に意識を接続する。

そして避難用の体で動き出した真守と共に木原唯一を止めに向かった。

 



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第八三話:〈完全存在〉が背中を押す

第八三話、投稿します。


真っ白な髪。ヘーゼルグリーンの瞳。

髪を猫耳ヘアにして純白の防寒着を着た、一〇歳くらいのぷくぷくとした頬を持つ女の子。

その少女の体は垣根帝督に造り上げてもらった、朝槻真守の避難用の体だ。

体を操る真守は蒼閃光(そうせんこう)でできた猫耳と尻尾、それと腕にカブトムシを抱えて宙を駆ける。

 

「どうやら木原唯一は、上里翔流に復讐するために学校の生徒会長になり替わっていたようだな」

 

障害が発生し、現在は復旧しているカブトムシの記録から遡って推測するに。

 

木原唯一は大切な木原脳幹を撃破した上里翔流に復讐するために、上里翔流が転校した学校の生徒会長──通称びくびくウサギと呼ばれる彼女になり替わっていた。

そんな生徒会長のことを『お姉ちゃん』と慕う秋川未絵という少女は、生徒会長の様子がおかしい事に気が付いた。

 

おそらく木原唯一がわざと秋川未絵に『お姉ちゃん』との違いを見せて、自分が『お姉ちゃん』ではないことを気づかせたのだろう。

それが功を奏して、秋川未絵はごみ焼却場に『お姉ちゃん』が閉じ込められていると考えた。

そして秋川未絵は上条当麻に助けを求めた。

 

上条当麻に声をかけた理由は、クラスの友人はこんな非現実的なことはもちろん対処できないからだ。

そして警備員(アンチスキル)風紀委員(ジャッジメント)に頼むという選択肢も普通過ぎる。

だから秋川未絵はトラブルに慣れているであろう上条当麻を選んだのだ。

 

そして上条が秋川未絵と話していると、そこに上里翔流が偶然居合わせた。

 

上里はお嫁さん頂上決戦が開催されていたせいで疲れていたが、上里翔流曰く事件ならば解決せずにはいられないクソッタレな運命にいる彼は上条と秋川と共に学校のゴミ焼却場へと向かった。

 

その結果、上里翔流は不意を突かれて、『お姉ちゃん』に擬態していた木原唯一に理想送り(ワールドリジェクター)を奪われたのだ。

 

『木原脳幹を撃破されてから周辺にいたあの女の動きがねえとは思っていたが……まさか他の奴に擬態して潜伏してたとはな。木原唯一を探しても、木原唯一が本来の姿取ってなかったら流石に見つけられねえ』

 

真守は抱きしめているカブトムシから発せられる垣根の言葉に頷く。

 

「そうだな。木原は目的のためならば完璧に事を成し遂げる。だから擬態は完璧だったのだろう。すぐ近くにいる秋川未絵にしか分からないくらいにな」

 

真守は垣根の言葉に同意すると、くすりと笑う。

 

『? なんだ、どうした』

 

「ごめん。ちょっと笑ってしまって。……なんか久しぶりだなと思って。こうやって垣根と帝兵さん越しに話すの」

 

真守は不謹慎ながらも、思わず久しぶりの感覚に微笑んでしまう。

以前は垣根帝督が暗部の仕事をしていたこともあって、四六時中一緒にはいなかった。

それなのに真守が色々な事件に首を突っ込むものだから、垣根帝督はいつもカブトムシでフォローに回っていたのだ。

 

『……最近はずっと一緒にいたからな。つーかお前が俺を置いていかなかったら今も一緒にいたんだけど?』

 

「えーだって木原だぞ。戦場を駆けるわけでもない、世界を懸けた戦いをするわけでもない。復讐者を止めるための戦いだ。私の本体と垣根を投入すると戦力過多だろ、絶対に」

 

真守は絶対能力者(レベル6)。そして垣根帝督は真守と出会った事によって、無限の創造性を手にしている。

世界を懸けた戦いですら、真守と垣根は制する事ができる。そんな真守たちが木原一人に全力投入するのは、本当に過剰防衛すぎる。

 

「すでに帝兵さんが展開してるし、なんなら私が行かなくてもいいくらいだ。それくらいの戦力は帝兵さんにあるだろ?」

 

『そう思うならお前が行かなくていいじゃねえか』

 

「心配だから行くに決まってるだろ。もう見えてるし」

 

真守はカブトムシを抱きしめたまま、前に顔を向ける。

 

「──いた、上条たちだ」

 

真守は二〇階建てほどまで建設された、建設中のビルの屋上にいる上条たちを捉える。

 

上条と何故か一緒にいる御坂美琴、そしてリュックサックのように上条の背中に張り付いている、ぼろぼろになった去鳴。

 

彼らは理想送り(ワールドリジェクター)を奪った木原唯一と対峙していた。

 

先程まで、木原唯一は上条たちにブラフを張っていた。

新天地へと飛ばされた魔神を、理想送り(ワールドリジェクター)によって自分は自由に操れるというブラフだ。

そのブラフは既に破られている。

垣根が駆け付けさせたカブトムシによって、木原唯一のはったりだと上条たちに伝えたからだ。

 

「む?」

 

真守は跳躍して建設中のビルの屋上へと──上条たちのもとへ駆けつけようとしたが、声を上げた。

木原唯一が、懐から何かを取り出したのだ。

それは運動会の徒競走で使うような、おもちゃのような簡易的なピストルだ。

 

横紙破り(ULエクスプローダー)』。木原はそのピストルをそう呼んで、引き金を引く。

 

すると。引き金によって引き起こされた小さな爆発が基点となって、何かが誘爆したかのように大爆発が引き起こされた。

 

『あの女、「滞空回線(アンダーライン)」を粉塵爆発させやがったのか!』

 

この学園都市には『滞空回線(アンダーライン)』と呼ばれる、アレイスターが監視網として張ったナノマシン程度の監視装置が充満している。

それを木原唯一はピストルの小さな爆発で刺激して、垣根帝督の言う通りに粉塵爆発を引き起こしたのだ。

 

もともと木原唯一はアレイスターの監視から一時的に逃れるために『滞空回線』を一掃するために『横紙破り(ULエクスプローダー)』開発した。

だが使い方を変えれば、『横紙破り』は単純な凶器となる。

 

横紙破り(ULエクスプローダー)』を単純な凶器として使用し、引き起こされた大爆発。

それによって、一番吹き飛ばされたのは美琴だった。

 

「っ垣根、私は美琴を助けるっ」

 

上条当麻と去鳴についてはカブトムシが守ることができた。

だが少し離れて建設上の屋上の(ふち)にいた御坂美琴を守るまではカブトムシも間に合わず、爆発で吹き飛ばされてしまったのだ。

真守は抱きしめていたカブトムシを放り投げて疾走。真守が放り投げた、垣根が操るカブトムシはきちんと真守をきちんと追従した。

 

「美琴っ!」

 

真守は即座に受け身が取れないまま吹き飛ばされる美琴に追いつく。

そして真守はきちんと美琴を空中で抱き寄せた。

 

美琴は突然現れて自分を救った真守風の真っ白な少女に驚いていた。

真守は美琴の体を考慮して、無暗に速度を落とさない。

そのため真守は美琴が穴を開けて不時着しそうだった、倉庫の天井へと降り立った。

 

「んっ?」

 

真守は倉庫の天井へ降り立った瞬間、違和感を覚えた。

おそらく冷凍倉庫なのだろう。だが天井がやけに脆い。

 

(この冷凍倉庫、見せかけなのか?)

 

どうやら真守が着地した冷凍倉庫は本来の用途ではなく、まるでプレハブ小屋のように偽装されている冷凍倉庫だったらしい。

 

(どっかの暗部組織の隠し倉庫か)

 

真守は冷静に分析しながら、本来の用途で使われていないであろう冷凍倉庫の天井を突き破る。

そして美琴を抱き上げたまま猫のように一回転し、華麗に冷凍倉庫内に降り立った。

普通の人間だったら、足場にしようと思っていた場所が崩れてしまったらうまく着地できない。

だが真守は元々エネルギーを操る能力者だった。そのため足を捻ることなく人一人を抱えたまま、悠々と着地した。

 

「大丈夫か、美琴──」

 

真守は自分の手の中にいる美琴に気を回しながら、顔を上げた。

 

すると。本来の用途で使われていない常温の冷凍倉庫内には、無数の兵器が置かれていた。

 

巨大なコンテナのようなミサイルポッド。

銀行の金庫を真正面からこじ開けられるほどの強力な掘削ドリル。

火炎放射器、プラズマブレード、超電磁砲(レールガン)。そして兵器に必要な弾薬や燃料、電源や整備機材まで、多くの必要機材が取り揃えられている。

 

しかもそれら全てが、直接使用者に装着して扱う兵器だった。

 

「これは、一体……?」

 

真守は辺りに所狭しとおかれた兵器を見て、思わず呟く。

真守を追従していた白いカブトムシがぶーんっとやってきて、真守の肩に留まった。

 

『……この整合性のないおひとり様限定の武装。木原脳幹が使用してた武装じゃねえのか?』

 

木原脳幹が対魔術式駆動鎧(アンチアートアタッチメント)と呼んでいた武装。

ここにある武装は真守と垣根がカブトムシ越しの記録で見た彼が操る武装に非常に酷似している。

そのことに気が付いた垣根が声を上げると、真守は辺りを見回しながら頷く。

 

「そういえば木原脳幹の武装にそっくりだな。でも木原脳幹が上里翔流と対峙していた時に使っていた射出コンテナらしきものはないな。……倉庫の広さの問題か、あるいは単純にここが武装をストックしておくだけの倉庫なのか。おそらく後者だろうな」

 

辺りを見回す真守。そんな真守の横で、御坂美琴は突然現れた真っ白な真守に驚き、そして自分が落ちた冷凍倉庫が隠し武器庫だったことに驚いて頭がついていかない。

 

真守は美琴をフォローする事も忘れて、武装を一つずつ見つめる。

どこからどう見ても、科学によって造られた兵器群だ。

()()()()()()()()()()()

真守はカブトムシ越しの記録ではなく、直接見たことで感じる違和感に目を細める。

 

試しに、真守は近くにあったプラズマブレードに触れてみる。そして目を見開いた。

 

確かに科学で造られた兵器だ。だが基盤にあるものが違うのだ。

科学という電子回路を用いて魔法陣を描くことで、魔術を構築している。

 

この兵器たちは魔術と科学両方を使って敵を殲滅する。そのために造られた兵器だ。

 

科学と魔術。全く別の法則であるはずの二つが互いを補強し合い、交差している。

 

互換性がなければ、科学と魔術の併用なんてできない。

つまり科学と魔術には互換性があるということだ。

そして互換性があるということは、科学を魔術に置き換えることも、魔術を科学に置き換えることもできるということだ。

 

つまり。元々の力の本質が同じものでなければ、実現不可能な兵器である。

 

それは突き詰めれば、科学と魔術は根っこが同じだということだ。

 

それなのに、何故科学と魔術は全く異なった法則で成り立っていると思われているのか。

その理由は単純だ。この世界の思想を切り分けた人間がいるからだ。

ただただ思想を切り分けられただけ。それだけで、本当は科学と魔術は相対するものではない。

その答えに辿り着いた瞬間。

 

真守はぐらりと意識が揺らいだ。

 

(何だこれ、外からの干渉……っ?!)

 

自分の意識が歪む。頭の中がかき乱される。

絶対能力者(レベル6)の演算を狂わせるなんて、本来ならばありえないことだ。

だが現実にそれが起こっている。

だから真守は驚きつつも、干渉を跳ねのけるために演算をし始める。

 

その最中。

 

真守は暗闇の中から、誰かの真っ白な手が伸びてくるのを幻視した。

 

「だ……っ」

 

誰だ。

その言葉が真守から完全に発せられる事はなかった。

真守の脳裏に、ぷつっと電源が落ちる音が密かに響いた。

真守は処理能力が頂点に達して、かくんっとその頭を落とす。

 

『真守?!』

 

真守の肩に乗っていたカブトムシは、真守がかくんっと頭を落としたので異変に気が付く。

垣根はカブトムシを操って、慌てて真守の顔を見た。

 

無機質なヘーゼルグリーンの瞳。その瞳は全く焦点が合っていない。

まるで。機能停止しているような様子。

垣根帝督の脳裏を、嫌な記憶がよぎる。

 

第三次世界大戦。

真守は右方のフィアンマの手によって胸の中心を穿たれて、壊れた機械のように動かなくなった。

あの瞬間の絶望が。垣根の頭をよぎる。

 

だがあの時とは明確に違うと、垣根は感じていた。

何かに集中しているのだ。

集中しているからこそ、真守は外に対して何か情報を出力することができなくなっている。

 

垣根の推測通り。

真守の中では高速で情報が処理され、対策が行われていた。

アレイスター=クロウリーがこの世界を分かつために生み出した魔術。

 

原型制御(アーキタイプコントローラ)

アレイスター=クロウリーが科学と魔術を分断するために生み出した、思想を分断し共通認識を捻じ曲げる技法。

それに抗うための演算が、真守の中で高速に行われていた。

そして、それと同時に。

 

朝槻真守はとある存在に接触されていた。

だが美琴にはそれが分からない。

 

「ど、どうしたの? というか朝槻さんで良いのよね……肩にカブトムシ乗ってるし!」

 

『うるせえ! 後で話聞いてやるから黙っとけっ!』

 

垣根は美琴の言葉を聞いている場合ではない。

真守が突然出力もできないほどに内部処理を高速で行っているのだ。

美琴は垣根にぴしゃりと跳ねのけられて、ぐっと拳を握り締める。

 

また置いてけぼりだ。

そう思っていると、兵器の山から小さな音が響いた。

 

びくっと美琴は震えて、そちらを見る。

そこには無数の兵器が生物のように寄り集まってできた首長竜がいた。

 

使い手になりえる自分を値踏みしている。

 

そう感じた美琴はカブトムシを操って焦る垣根と真守から離れて、身長の二倍はあるガトリング砲に刻まれた名前を読む。

 

「アンチアートアタッチメント……?」

 

その意味を、御坂美琴は正しく認識できていない。

だがこれがあれば、木原唯一と互角に戦えるという直感が走った。

 

運用システムなど欠片も分からない。

それでも学園都市にいる発電能力者の頂点である自分ならば、システムに介入して書き換えて乗っ取ることができる。

 

御坂美琴はここ数日、劣等感に苛まれていた。

上条当麻と朝槻真守があまりにも遠い存在になってしまったからだ。

そのことに御坂美琴は焦燥感を募らせていた。

 

次のステージはあると感じていた。

だから美琴は上条と共にいるために次のステージへと昇りたかった。

それでもどうやったら辿り着くか分からなかった。

 

そのためここ数日ふらふらと、美琴は学園都市の夜を彷徨っていた。

そして闘争を求めていた。

 

だが御坂美琴が望んだ闘争で、上条当麻が傷ついていた。

だから打ちのめされていた。

 

それでも。

この兵器群を使えば、次のステージへと昇り詰めることができる。

そう思った美琴は自然と、アンチアートアタッチメントへと手を伸ばした。

 

すると得体のしれない悪寒が自身を貫き、思わず美琴は手を離した。

 

御坂美琴は学園都市の発電系能力者の最高位だ。

だから電子に対しては絶対のアドバンテージがある。

電子に対してできないことは何もない。だからこそ超能力者(レベル5)という最高に立っているのだ。

 

そんな御坂美琴が読み解けないものが、ここにはある。

根本的に何を動かすためのシステムなのか、御坂美琴には見当もつかなかった。

 

だが直感は消えない。

この兵器は自分の力になってくれる。そして次のステージへと案内してくれる。

そんな直感が、御坂美琴の中から消える事はなかった。

 

『おい御坂美琴、それに触れるんじゃねえ』

 

垣根はくたっとなってしまった真守のことを横たわらせながら、美琴に警告する。

 

『真守がそれに触れて処理にかかりきりになってるんだ。不用意な行動を取るんじゃねえ』

 

美琴は垣根にそう言われて、一度静止する。

だが、即座にぎゅっと拳を握った。

 

「……私は超能力者(レベル5)よ」

 

『そうだな。だがテメエは()()()超能力者(レベル5)だ』

 

垣根帝督は御坂美琴に事実を突きつける。

 

『第三位の俺と第四位のお前には絶対的な差がある。分かってんだろ』

 

第三位と第四位では絶対的な壁がある。無限の創造性を持つ垣根帝督と、電子関連ならば全てを制御する事ができる御坂美琴。その応用性の違いは歴然だ。

 

『……俺たちは確かにそれぞれの分野でのエキスパートだ。けどお前の力は俺たち第一位から第三位の能力のそれぞれの応用性で、再現が可能なんだよ』

 

御坂美琴は次のステージがあると信じているが、打ち止めになる者もだっている。

それが才能の差だ。努力などでは埋められない、自身の限界。

悲しいけれど、それが現実なのだ。

 

学園都市では才能が全てだ。

才能がない者は切り捨てられて、才能のある者のために道を譲らされる。

努力なんて、この街では意味がない。

 

だから垣根帝督は、努力やら友情やらが嫌いだった。

嫌いだったけれど。朝槻真守に出会って、垣根帝督は少し考え方が変わった。

自分を変えようと。変わろうとする努力は、無駄にはならない。

そして大切な人やかけがえのない友人を持つことで、劇的に変化するものがあるのだと。

だが垣根帝督は朝槻真守によって気が付いた事実を、いまこの場では口にしない。

 

御坂美琴に現実を突きつける必要があるからだ。

それが、垣根帝督の優しさだった。

 

『お前にはお前にしかできないことだってあるんだ。高望みしてねえでそれだけやっとけ』

 

美琴は垣根帝督に現実を突きつけられ、垣根なりの優しさを見せられても。

何故か自分の気持ちが折れなかった。

この兵器が使えるという直感が、折れなかった。

 

「……これは私を値踏みしてる」

 

『あ?』

 

「朝槻さんはこれに不用意に触れたから弾かれたんじゃないかしら。だってこれは私を見てる。使い手に相応しいか、私を値踏みしている。そう感じる」

 

『…………勝手にしろ。俺は止めたぞ』

 

垣根は美琴を即座に見放した。

元々この少女を止める必要が自分にはないのだ。

それなのに、垣根帝督は一度優しい言葉を掛けた。それだけでも十分温情を掛けている。

痛い目を見ないと我の強い人間は分からない。そういうものだ。

だから垣根帝督は、我の強い御坂美琴をこれ以上留めなかった。

 

垣根に見放されても、美琴は平気だった。

確かにこの武装に手を出すことに恐怖を感じる。いまも悪寒が止まらない。

だが()()()()()()()()()()()()()()()()()と、御坂美琴は心の底から思っていた。

 

何故なら朝槻真守は絶対能力者(レベル6)へと踏み出しても、人間のまま変わらなかった。

 

変わる事は怖い。

だが真守は完璧であり、真なる個体となっても、変わることなく以前の真守のままだった。

()()()()()()()()()()()()()。次のステージへと一歩踏み出しても、自分は自分のまま変わらずに新たな力を手に入れられる。

 

朝槻真守は先駆けの乙女だ。

人々が神に隷属する時代が終わり。人間一人一人が神へと至るための、この世界の全人類の『(しるべ)』。それが真守なのだ。

 

真守という存在がいるからこそ、美琴は恐怖に苛まれていても、この武装に手を出して大丈夫だと確信していた。

 

ペースメーカーがあれば、人は安心して走ることができる。

だからこそ、御坂美琴は躊躇わずにその力へと手を伸ばした。

そして、新たな力を手に入れた。




注釈ですが、原作と木原唯一との戦闘シーンが少々変化しているのはカブトムシが参戦しているからです。


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第八四話:〈幻想体験〉で一端を知る

第八四話、投稿します。


喫茶店のオープンテラスには、一人の女性が座っていた。

 

自信たっぷりな表情。小さい唇に、可愛らしくつんと尖った鼻。

エメラルドグリーンの大きな瞳に、柔らかで上質な絹の糸を染めたような艶やかな銀髪。

あどけない顔つき。高貴なペルシャ猫のような出で立ち。

悲しいことに胸は小ぶりだが、スレンダー美人と言えば体裁が保てる体型だ。

 

女性はオープンテラスに座っていた。

あいにく天気は雨模様。この国らしく薄暗い空が広がっているが、彼女に雨は当たっていない。

横から入ってきてしまう細かい雨にも当たらないように、女性は考えて席についているのだ。

 

『遅いぞ、レディーを待たせるとは何様だ』

 

女性は待ち人がやってきて、ふんっと可愛らしく怒る。

怒り顔さえも、人を惹き付けてやまない。だがそうやって自分に惹き付けられた者を、彼女は大抵相手にしない。

というか気に入っている人間でも、機嫌が悪ければ相手にしないのだ。

 

まさに猫のように気まぐれで、愛らしい女性。

しかもきちんとした地位があるのだから、猫のような気質でも愛らしいと許されてしまう。

だから、誰も大きく出られない。

そこが、女性の気まぐれさに拍車をかけている。

 

『アレイスター、オマエがとても忙しくしているのは知ってる。だがワタシが呼び出した時くらいワタシを待たせるな。分かったな』

 

『あなたはアレだな。いつでもやっぱり横暴だな』

 

ちなみに現時刻は待ち合わせ時間よりも五分早い。

これでも頑張った方なのだ。

だが女性は気に入らないのかふんっと怒ると、喫茶店自慢のコーヒーに手を伸ばす。

この国では紅茶が主流だが、彼女はこの寂れた喫茶店では必ずコーヒーを飲む。

店主の淹れるコーヒーはこの紅茶の国でも価値があると、彼女は考えているのだ。

価値。それはペルシャ猫のような女性が、最も重要視しているものだ。

 

『どうだ? ワタシが指し示してやった「黄金」は。楽しいか?』

 

女性がにこやかに笑いながら訊ねてくるので、座った男は頷いた。

 

『興味深くはある。だがヤツらの大半は埃を被ってカビが生えた旧時代の俗物を神聖視したがるキライがある。あんな低俗なものに頼っていては真理などまるで見えてこない』

 

『ふふ。このワタシに向かって随分な物言いだな、キサマ』

 

女性は意地悪くにたにたと笑ながら睨む。埃を被ってカビが生えた旧時代の俗物と揶揄されてもおかしくないものを、後生大事に受け継いできた一族として。

 

『いや。あなたたちを愚弄しているわけではない。……というか、あなたはさっきから私で遊んでいるだろう』

 

女性の意図に気が付いて男が声を上げると、女はけろっとした顔をする。

 

『当たり前だろ。最近オマエはヘンタイ行為に拍車をかけておる。ここらで返しておかねば気が済まない』

 

女性はじろっと男を睨む。そしてため息を吐くと、再びコーヒーに手を伸ばした。

 

『あなたの仕返しはいつだって可愛くてねちねちしているものだな、エルダー』

 

『ふふ。楽しくて良いだろう』

 

名前を呼ぶと、女性は愛らしく軽やかに笑った。

最初、この女性に会った時。てっきり少しばかり年上だから、敬えといわんばかりにエルダーと呼べと言ったのだと思っていた。

だがエルダーとは正真正銘彼女の名前なのだ。彼女の一族にとって、大事な花の名前。

 

『ワタシはエルダー=マクレーン。ケルトの民、その純血たる令嬢だ。ワタシの体はケルトの積み重ねでできておる。ただ積み重ねられているのではないぞ。もちろん洗練されておる。低俗な輩のように、うわべだけを取り繕っているわけではないのだ』

 

そう告げると、エルダーはイタズラっぽく笑った。

愛らしい、誰もを惹き付ける笑みだ。

 

だから、とても驚いた。

彼女が『先生』の予言に聞いていた姫御子(ひめみこ)が、自分の学び舎(テリトリー)に紛れ込んできた時は。

本当にとても驚いて。これが運命のいたずらなのかと、激しく憎悪した。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

誰かが、優しく頭を撫でた気がした。

朝槻真守はそっと目を開けて、自分の頭を撫でた優しいひとを探した。

だが当然として誰もいない。見慣れた自宅の、自分の部屋の天井が見えるだけだ。

 

(……今の夢は……なんだ?)

 

真守は顔をしかめて、いま一度見た夢のことを考える。

 

(話をしていたのは私のご先祖さま……? そしてあれは統括理事長アレイスター=クロウリー……なのか?)

 

真守は夢らしく整合性が無く、話をしている二人の人物の顔が見えて眉をひそめる。

銀髪碧眼を持つ、それぞれの美貌を携えた二人。

そしてイギリスらしき景色。薄暗い空。

 

真守は夢について考えながら、冷静に自分の手足の感覚を確かめる。

いま自分が操っている体は垣根に造ってもらった避難用の体だ。

真守がベッドに横たわったまま確認していると、すぐ隣に自分の元の肉体が目を閉じて横たわっている事に気が付いた。

 

状況を、整理する。

 

理想送り(ワールドリジェクター)を奪った木原唯一から上条当麻たちを守るために、真守は自宅に置いてあった避難用の肉体を操っていた。

そして木原唯一が『滞空回線(アンダーライン)』を誘爆させたことで吹き飛んだ御坂美琴を助けて、真守は冷凍倉庫に降り立った。

 

そこは確かに冷凍倉庫だったが、見せかけだった。本質は隠し武器庫であり、そこには『アンチアートアタッチメント』と呼称された──超特殊な駆動鎧(パワードスーツ)が保管されていた。

 

その『アンチアートアタッチメント』──『A.A.A』は科学と魔術によって造り上げられていた。

 

そのことについて考えていると、真守は頭に鈍い痛みを感じた。

 

科学と魔術。それに隔たりがない事。

それに気が付いたものがその認識をできなくなるようにする、何らかの技法。

原型制御と呼ばれる、アレイスターの秘儀。

 

それからすでに逃れる術を構築している真守は軽く頭を振る。

すると、幻の痛みは消えた。

 

(科学と魔術。その二つは全く別の系統で成り立つものだと考えられていた。全く別の系統でも、向かう場所は同じだから似通うのだと、そう考えさせられていた)

 

科学と魔術は、全く異なる技術ではない。同質のものだ。

だがアレイスターはこの世界を科学と魔術に区分するために、二つに分けた。

おそらく思想を切り分けたのだろう。

 

だからこの世界には科学サイドと魔術サイドと呼ばれるものが存在している。

科学と魔術が実は同質であることに、この世界の住人は気が付いていない。

認識を制御されているからだ。

そして認識を制御された状態で科学と魔術が実は同じ公式で成り立つと気づいてしまえば。

おそらく認識の齟齬によって不和が生じ、『科学と魔術が同質』という事実を理解できなくなるだろう。

 

(私は神と同等の完全なる人、絶対能力者(レベル6)だ。だからアレイスターの手から逃れることができた。……でも、この世界の人々は未だアレイスターの手の内にある。科学と魔術が同質だと伝えても、理解できないだろう)

 

真守は小さくため息を吐く。そして小さな手のひらを見つめて、顔をしかめた。

 

(私はアレイスターの制御から逃れるために体を最適化していた。……その最中。私はだれかに接触された。私のあの時の状態はひどく無防備だったから、私に接触できたのだろう)

 

おそらく、それが先程の夢。

自分のご先祖様らしき女性と、統括理事長らしき人物が話している夢だ。

だがその夢を誰かが自分に見せた理由が、真守には分からない。

 

(アレイスターはイギリスの人間だ。そしてマクレーン家は代々ケルトを継承する一族。……遥か昔から存在している一族ならば、マクレーンの一人が稀代の魔術師と密かに交流があっても不思議じゃない)

 

エルダー=マクレーンと自らを呼称していた彼女。

彼女はアレイスター=クロウリーととても親しそうだった。

友人だったのだろうか。友人だったのだろう。そういう雰囲気がある。

 

真守が小さな手のひらを見つめていると、部屋の扉が開いた。

そこに立っていたのは垣根帝督だ。

真守が垣根を見ると、垣根は真守の意識が戻っている事に気が付いて目を見開いた。

 

「……真守!」

 

「垣根、心配かけた」

 

真守は慌ててベッドに近づく垣根を見て、一つ頷く。

 

「ちょっと待ってな、垣根。いま元の体に戻る」

 

真守は垣根に声をかけると、ベッドに横たわったままそっと目を閉じる。

そして元の肉体で目を覚ますと、むくっと起き上がった。

 

「……良かった」

 

垣根はいつもの体に戻った真守の事を、そっと抱きしめる。

 

「お前に何があったんだ?」

 

「その前に垣根、木原唯一はどうなった?」

 

真守は申し訳ないが、垣根に質問を質問で返す。

垣根は眉をひそめる。ちょっと気まずそうなのだが、どうしたのだろう。

 

「……御坂美琴が対魔術式駆動鎧(アンチアートアタッチメント)で消し飛ばした」

 

「消し飛ばしてしまったのか?」

 

真守はきょとっと目を見開いて驚く。

垣根は真守の手を握ったまま、忌々しそうに真守を見た。

 

「俺はちゃんと止めたぜ。でも御坂美琴が『大丈夫だ』とか根拠のねえ自信であの武装に手を出したんだ。予想通り、付け焼刃の武装で加減できずに木原唯一を消し飛ばしやがった。人殺しだな人殺し。理想送り(ワールドリジェクター)もどうなったか分からねえし最悪だ」

 

「……垣根、ちょっと罪悪感覚えてる?」

 

真守は怒りながもちょっと気まずそうにしている垣根を見て、小さく苦笑する。

垣根は真守に心中を指摘されて、むすっと顔をしかめた。

 

「……別に。御坂美琴なんて俺にとってはどうでもいい人間だ。あいつが人殺しして罪悪感覚えようが、何も感じてないロクデナシだろうとどうでも良い」

 

「垣根はアレだな。私に責められるのが嫌なんだな」

 

真守はくすくすと笑う。垣根はそんな真守の事をじとっと睨むと、ベッドに腰を下ろした。

 

「で。お前には何があったんだよ。外部に出力できねえほど、何の対策に追われてたんだ」

 

「んー説明が困難なんだよなあ」

 

おそらく垣根帝督はいまもアレイスターの認識制御の下にいる。

そんな垣根に科学と魔術に隔たりがないと、説明することはできない。

 

(垣根も理解できるように策を構築する……のも良いと思うけど、とりあえず)

 

真守はとりあえず夢の話をしようと、垣根を見た。

 

「あの時、誰かに接触されたんだ」

 

「接触だと? お前に?」

 

「うん。無害な夢を見させられた。それで分かった。アレイスターは私のことをずっと知ってた。おそらく私が生まれる、ずっとずっと前から」

 

アレイスター=クロウリーは朝槻真守が朝槻真守として生まれる前から、真守のような子供が生まれることを知っていた。

突拍子もないことだ。だが、垣根は警戒で目を細めた。

魔術がある以上、ありえない話ではないからだ。

 

「どんな夢だったか、詳しく教えろ」

 

「うん、見た方が早いかも」

 

真守は頷くと、垣根の手を取る。

そして先程見せられた夢を、垣根の脳裏に叩きこんだ。

垣根は真守に干渉されて、夢を見させられて。大きく目を見開く。

 

「マクレーン家はそれなりにたくさんいるから、エルダーさまが私の直系か分からない。でも私や伯母さまによく似てるひとだろ?」

 

「……いや、絶対に直系だろそっくりすぎる。猫みてえに気まぐれなところとか、全部」

 

垣根は黒猫系美少女である真守を見る。

夢の中の女性と真守は、はっきり言って本当に似ている。

お猫様系の性格を持っているのは血筋だったのかと、納得してしまうほどにそっくりである。

 

「……『先生』の予言だと?」

 

垣根は独白のように、アレイスターが呟いていた言葉に目を細める。

その時、垣根帝督の頭によぎった記憶があった。

 

レイヴィニア=バードウェイ。

彼女は言っていた。朝槻真守は元々魔術サイドの人間であり、何の因果か分からないが科学サイドに流れ着くことになったと。

 

真守が生まれる前。

何らかの魔術によって、アレイスターが真守の存在を知ったとしてもおかしくない。

だが真守が学園都市に捨てられたのは偶然だ。

もしかしたら普通に学園都市外に捨てられることもあったのに。どうして真守は科学サイドに流れ着いたのだろう。

 

それが、運命のいたずらというものであり。稀代の魔術師、アレイスター=クロウリーが憎むものなのか。

 

垣根は静かに眉をひそめる。

不明瞭な事が多い。そしてその不明瞭な事は簡単に突き止められるものではない。

垣根が慎重に考えていると、真守も慎重に考えるべきだと頷いた。

そして、ずっと気がかりだったことを口にする。

 

「深城たちはどうしたんだ?」

 

「バーベキューの片づけ中だ。とりあえず俺がお前を先に連れ帰ってきたんだ。源白は俺とお前がそんなに焼き肉食べられてねえから、片付け終わったらスーパー寄って帰って来るって言ってた」

 

「そうか。深城にも心配かけたな」

 

真守は笑うと、垣根の頬に手を添える。

 

「垣根にも心配かけた。ごめんね」

 

垣根は真守の小さな手を感じながら、目を細める。

 

「……お前が回復したならそれでいい」

 

真守は少し悲しそうにしている垣根を見て、ふふっと笑う。

そしてポケットをごそごそ触って、携帯電話を取り出した。

 

「時差は大丈夫かな。……ちょっと伯母さまに連絡してみる」

 

真守は携帯電話をスライドさせて、かこかことボタンを押す。

 

「あのペルシャ猫風の私のご先祖らしきひとのこと、知ってるかもしれないから」

 

垣根はかこかこと携帯電話を操作する真守を見つめる。

すると、カブトムシがひょこっと顔を出した。

 

『あの、真守』

 

「帝兵さん、どうした?」

 

『……その、マクレーン家の方々が』

 

「うん?」

 

真守はメールを打つ手を止めて、少し戸惑った様子のカブトムシを見る。

カブトムシはヘーゼルグリーンの瞳を収縮させながら、真守を見た。

 

『マクレーン家の方々が、学園都市に飛行機で降り立っています』

 

「…………へ?」

 

真守は突然の情報に目を瞬かせる。

するとタイミングよく、真守の携帯電話に着信があった。

相手は──アシュリン=マクレーン。

真守は慌てて電話に出る。

 

「も、もしもし伯母さま? 学園都市に来てるのか?!」

 

真守が第一声を放つと、通話の向こうでアシュリンは微笑む。

 

〈そうなの。いま真守ちゃんのおうちに向かっているのよ。もうすぐ着くわ〉

 

「えええっど、な、ナンデっ!?」

 

真守は思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。

 

〈真守ちゃんがもうすぐ誕生日だから。お祝いしにきたのよ〉

 

「嘘だろっ?! そんな理由で学園都市に入って来られるのか?!」

 

学園都市のセキュリティは堅牢だ。

結構な頻度で魔術師が侵入して来てはいる。だがそれでも、表向き学園都市は厳しく出入りを管理している。

基本的に学生の身内だろうが、簡単に学園都市には入れない。

そのためどうやったら、堂々と空港から学園都市に入れるのだろうか。

しかもおそらく。親族一同で。

 

「……お金?! やっぱりお金の力でなんとかしたのか?! でも、お金の力で学園都市が魔術サイドに譲歩するとは思えない……っ!」

 

〈そうね。その通りだわ。だから話をしましょう、真守ちゃん〉

 

「え」

 

真守は伯母に提案されて、目を瞬かせる。

 

〈色々伝えていないことがあるの。でも、決して隠していたわけではないのよ。時期を見て話をしようと思っていたの。……あなたを困らせたくないから〉

 

朝槻真守はこれまで天涯孤独だった。

それなのに突然現れた親族に色んなことを聞かされても、困惑するに決まっているのだ。

だからアシュリンたちは真守の事を考えて、少しずつ教えてくれていた。

それを、真守は分かっている。

真守はアシュリンの申し訳なさそうな声を聴いて、眉を八の字にへにゃんっと揺らす。

 

「私も伯母さまに言ってないことがたくさんある。伯母さまたちのことが大事だから……だから、いつかちゃんと話せたらいいなって思ってた……」

 

真守だって、アシュリンに話していないことはたくさんある。

幼少期にどう過ごしていたか、とか。絶対能力者(レベル6)進化(シフト)したことも、直接的な話題にするのは避けていた。

 

〈ふふ。互いの立場を考えなければならなくて、色々話せなかったのは同じね〉

 

アシュリンは軽やかに笑うと、真守を安心させるように優しく告げる。

 

〈学園都市に来たのはもちろん真守ちゃんの誕生日を祝うためよ。でもちょっとこちらでも色々あってね。だからあなたと話をしに来たのよ、真守ちゃん〉

 

「ちゃんと聞きたい。伯母さま」

 

真守は垣根の手をきゅっと握って、自分の気持ちを告げる。

 

「ちゃんと受け止める。何があっても大丈夫。だってどんなことがあっても味方になってくれる人がいるし、伯母さまたちが私のことをすごく考えてくれていることは分かってる」

 

真守は隣に座っている垣根へと目を向ける。

スピーカーフォンにしてあるため、垣根も会話を聞いている。

垣根は静かに一つ頷いた。そして寄り添ってきた真守を抱きしめる。

 

「話してほしい、伯母さま。おねがい」

 

〈ええ。いま向かっているから。ちょっと待っててね〉

 

真守は頷くと、アシュリンと一言二言話して通話を切る。

 

「真守」

 

垣根は少し緊張した様子の真守の頬に手を添える。

 

「お前に何があっても、どこの人間だろうと関係ねえ。ずっと一緒にいる。約束したからな」

 

「ありがとう、垣根」

 

真守は微笑むと、垣根にギュッと抱き着く。

 

「垣根がいるから頑張れるの。ずぅっと一緒にいてほしい」

 

「当たり前だ」

 

垣根は真守の事を抱きしめて、その小さな背中を撫でる。

真守は垣根の大好きな手を感じて、ふにゃっと笑った。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

冥土帰し(ヘブンキャンセラー)が用意した、朝槻真守の自宅。

その前に、一台のタクシーが留まった。

タクシーから降りてきたのは、銀髪碧眼の女性──アシュリン=マクレーンだ。

自宅の前で垣根と共にタクシーを待っていた朝槻真守は、自らの伯母に近づく。

 

「伯母さま」

 

「真守ちゃん。こんばんは」

 

真守は柔らかく微笑むアシュリンにそっと近づく。

そして躊躇いがちにもアシュリンにすり寄った。

 

「わたくしの大切な女の子」

 

アシュリンは柔らかく笑むと、自分よりも少し大きい真守の事を抱きしめる。

 

「わたくしの半身が産んだ、あの子の忘れ形見。あなたのことを、わたくしは本当に大事に想っているのよ、真守ちゃん」

 

「うん」

 

真守は小さく頷くと、自分よりも少し背が低い伯母を抱きしめる。

 

「私も伯母さまのこと、大事に想っているよ」

 

アシュリンは柔らかく微笑むと、真守の事を抱き寄せる。

 

「伯母さま。長旅で疲れただろう。寒いし家に入ろう」

 

「ええ、そうね。案内してくれる?」

 

「うん」

 

真守は頷くと、傍らにいた垣根を見上げた。

垣根は真守の視線に応えると、真守とアシュリンと並んで自宅へと戻る。

 

朝槻真守と、マクレーン家。そしてアレイスター=クロウリー。

科学と魔術。それに本当は隔たりがないということ。

真守はそのことについて考えながらきゅっと拳を握り締めると、自宅へと入った。

 



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第八五話:〈親族登場〉で疑問に思う

第八五話、投稿します。


統括理事長であり、稀代の魔術師でもあるアレイスター=クロウリー。

彼と付き合いがあったであろう、エルダー=マクレーン。そしてマクレーン家。

真守は伯母であるアシュリン=マクレーンから話を聞くために、自宅の二階へと上がる。

 

「伯母さま、家に来るのは初めてだよな」

 

真守は自分の後ろを歩くアシュリンへと、振り返りながら声をかける。

 

「ええ、そうね。真守ちゃんの家に立ち入るのは真守ちゃんの負担になると思ったから、初めてお邪魔するわ」

 

自分の伯母は、どこまでも自分のことを第一に考えてくれる。

真守はそれがうれしくて、それでも少し緊張しながらアシュリンを二階のラウンジに案内した。

 

「まあ。とても綺麗にしているのね。インテリアも愛らしいわ、真守ちゃんみたい」

 

アシュリンは広いながらも丁寧に片付けられているラウンジを見て、柔らかく微笑む。

 

「深城が部屋を片付けてくれるんだ。家事も、全部やってくれる」

 

真守はアシュリンの賞賛がくすぐったいけど嬉しくて、少しもじもじしながら答える。

垣根は嬉しそうな真守を見て、目元を柔らかく緩めた。

 

「真守。紅茶淹れてくるから。先に座ってろ」

 

「あ。ありがとう、垣根」

 

真守はキッチンに向かった垣根を見た後、アシュリンを三人掛けのソファへと誘導する。

そしてアシュリンを誘導して、真ん中に座らせる。その後真守は少し迷いつつも、アシュリンの隣にちょこんっと座った。

アシュリンは緊張している真守の頬に優しく手を添える。

 

「わたくしがいるから緊張しているのね。突然お邪魔してごめんなさい」

 

「……べ、別に伯母さまが悪いわけじゃない。絶対にっ」

 

真守は小さく首を横に振る。そして自分の頬に触れているアシュリンの小さな手に自分の手を重ねて、目を細める。

 

「伯母さま。手がちっちゃい」

 

「真守ちゃんだって小さいじゃない」

 

アシュリンはちょっと拗ねた様子で真守を見る。

真守はそんなアシュリンを見て、アシュリンの手を握ったまま笑った。

 

「ふふ。手がちんまいのはお揃いなんだな」

 

「そうよ。あなたはわたくしの半身が産んだ子なのだから」

 

アシュリンは真守の手を優しく握って、微笑む。

 

アメリア=マクレーン。アシュリンの双子の妹。

そして朝槻真守を産んで、亡くなった真守の母。

真守は既にこの世にいない母のことを考えながら、そっと目を伏せる。

そしてアシュリンの白くて小さな手を感じた。

 

冷凍倉庫で、朝槻真守はこの世の真実を知った。

科学と魔術。それに隔たりがないこと。そしてアレイスターが科学と魔術を隔てる認識制御を行っていること。

 

アレイスターの認識制御から逃れようとした時、真守は無防備になった。

無防備になって。その時、誰かの真っ白な手が伸びてきた。

そして夢を見させられた。在りし日のアレイスターとエルダー=マクレーンという女性の夢を。

 

誰かの真っ白な手。

その白い手はアシュリンや自分の手と、よく似ていた。

そして自分の頭を撫でる優しい手つきも。アシュリンの手にそっくりだった。

 

「ところで真守ちゃん。帝督くんとは()()()()一緒に住んでるのよね?」

 

思いを馳せていた真守はアシュリンに問いかけられて、きょとっと目を見開く。

アシュリンの視線の先には、キッチンで紅茶を淹れている垣根がいる。

その手つきはとても軽やかで、そして迷いがない。

つまり、キッチンのどこに何があるか完璧に理解しているのだ。

 

「一緒に住んでなければ、キッチンのどこに何があるか分からないものね」

 

真守はアシュリンに微笑まれて、さーっと血の気が引いていく気がした。

 

「そ、その……伯母さま、し、知ってる感じだけど……っか、垣根とは一緒に、その……っ」

 

真守は思わず上ずった声を上げて、しどろもどろになってしまう。

だいすきな男の子と普段から一緒に暮らして、なんなら同じベッドで毎日寝ている。

その事実を、真守は簡単に口にできない。

高校生で男の子と同棲なんて、どこからどう見てもふしだらな関係なのだ。

というか、ずぶずぶである。普通の高校生ならばありえない。

 

「真守ちゃん? どうしたの?」

 

アシュリンは少し意地悪そうな顔つきで、にまにまと笑う。

確実にアシュリンは真守をイジッて遊んでいる。

垣根は黙って紅茶の準備をしていたが、そう確信していた。

 

「言葉にしなければ分からないわ。ねえ、真守ちゃん?」

 

柔らかくにっこり微笑むアシュリン。

真守はそんなアシュリンの意地悪な微笑みで、いっぱいいっぱいになってしまう。

 

「お、伯母さま……っ失望しないで……っ」

 

真守はぷるぷると震えて、アシュリンの手をぎゅっと握り締める。

第三者になら呆れられてもいい。でも伯母にだけは失望されたくない。

絶対能力者(レベル6)だろうが完璧な人間であろうが、大切にしたい人に呆れられるのは本当に嫌だ。

真守が小さく震えていると、アシュリンは柔らかく微笑む。

 

「ふふ。わたくしが真守ちゃんに呆れることなんてないわよ?」

 

アシュリンは本気で追い詰められて泣きそうになっている真守を見て、くすくすと笑う。

 

「あなたに失望する事なんてないわ。たとえ男の子と一緒に生活して一緒のベッドで寝てて四六時中一緒にいてもね」

 

「うぅー……すっごい言い方が意地悪だ……っ」

 

アシュリンは呻いている真守がかわいくて、真守の頭を優しく撫でる。

真守はアシュリンに優しく頭を撫でられて、すんっと鼻を鳴らす。

 

「あのな、伯母さま」

 

「うん、なあに?」

 

「……か、垣根とは……一緒に生活してるんだ。もちろん二人じゃないってことは伯母さまも知ってると思うけど……ゆるしてくれる……?」

 

真守はおずおずと、微笑むアシュリンを見上げる。

 

「わたくしが許さなかったら真守ちゃんは困るのでしょう?」

 

「う。……す、すごい困る……とてもかなしい……」

 

アシュリンは自分の気持ちを正直に告げる真守が愛おしくて、優しく抱きしめる。

 

「あなたが幸せでいられるならわたくしは別に何でもいいのよ、真守ちゃん。よしよし」

 

真守はアシュリンに背中を優しく撫でられて、きゅーんっとしおらしくなる。

すりっと真守がすり寄ると、アシュリンは柔らかく微笑む。

真守とアシュリンは髪の色以外、本当によく似ている。

遺伝子的には母と娘の関係なのだ。似ているに決まっている。

垣根は紅茶セットをお盆に載せたまま、親子にも等しい二人に近づく。

 

「一応イギリスから源白が取り寄せたモンだ。好みじゃなかったら無理して飲まなくていい」

 

「あら。ありがとう、帝督くん」

 

アシュリンは真守の頭を撫でながら、にっこりと微笑む。

垣根は手慣れた仕草で紅茶をテーブルの上で用意する。

真守はあまり見ない垣根の様子がかっこよくて、ちょっと見惚れてしまう。

 

「帝督くんは執事も似合いそうねえ」

 

アシュリンが何の気なく告げた言葉に、真守は思わずぐふっと噴き出した。

 

「? どうしたの、真守ちゃん」

 

「いや、……その……な、なんでもないっ垣根はなんでも似合ってしまうから、執事も難なくこなすと思うっ」

 

ついこの間。

真守は何故か、垣根帝督が暗部の仕事で執事喫茶に潜入するという夢を見てしまった。

そのことについて思い出して、動揺する真守。そんな真守の前で垣根は小さく笑いながら、アシュリンに紅茶を差し出す。

 

「どうぞ」

 

「ありがとう」

 

アシュリンは軽やかにお礼を告げると、紅茶を飲む。

 

「おいしいわ。流石ね」

 

アシュリンは垣根の紅茶の淹れ方がお気に召して、にこにこ微笑む。

 

「真守。砂糖とミルク入れといたぜ」

 

「あ、ありがとう……垣根」

 

真守はぽぽっと頬を赤くしたまま、垣根から紅茶を受け取る。

 

「保存状態が良い茶葉を使ったのね。帝督くん、もしかして新しい缶を開けてくれたの?」

 

アシュリンが問いかけると、垣根は真守の隣に座りながら説明する。

 

「源白が使う分だけ小分けにして保存袋で保存してんだ。それでいつでも新鮮な紅茶が飲める」

 

「そうなの。……そういえば深城ちゃんはどうしたの? 今日はどこかにお出かけ?」

 

アシュリンは小さい口でくぴっと紅茶を飲んだ真守に問いかける。

真守は小さく喉を鳴らして飲むと、大切な少女のことを考える。

 

「深城はいまスーパーに行ってる。……実は今日、バーベキューしてたんだけど。色々あって私と垣根は先に帰ってきたんだ」

 

そう。本来の予定ならば、楽しくバーベキューができたはずだったのだ。

だがバーベキューの最中、上里翔流の理想送り(ワールドリジェクター)が奪われてしまった。

そして真守はこの世界が単一の法則で成り立っていることを知った。しかもマクレーン家と統括理事長が知り合いだったことも。色々知った。

真守はそのことについて考えながら、アシュリンを見た。

 

「伯母さま。色々聞きたいことがあるんだけど……その前に。伯母さまたちは何がきっかけで学園都市に来て、ついでに私の誕生日を祝おうと思ったんだ?」

 

「あら。ついでではないわよ。どうせ本国を出なければならないのなら、真守ちゃんの誕生日を祝おうって話になったの。一族総出で。五三名。全員でね」

 

「い、一族総出……?!」

 

真守は思わず素っ頓狂な声を上げる。

てっきり真守はアシュリンがマクレーン家の当主である祖父と、二人で学園都市に来ているのだと思っていた。

というかそれしかありえないと思っていた。だからまさか一族総出で学園都市に来ているなんて思わなかったのだ。

 

「ど、どうして一族総出で英国を出なくちゃならなくなったんだ……?! 本国で何かあったのか?!」

 

「別にはっきり何かあったわけではないのよ。……ちょっと最大主教(アークビショップ)の動きが良くなくてね」

 

最大主教(アークビショップ)?」

 

真守はきょとっと目を見開いて、首を傾げる。

垣根は紅茶を一口飲んでから、アシュリンを見た。

 

最大主教(アークビショップ)ってのはイギリス清教のトップ、ローラ=スチュアートの事か?」

 

「ええ。ローラの動きが不穏だったのよ。わたくしたちを利用しようとする動きを見せていたの。それと共に国内の不安定さと不穏さを感じたから、ケルトの異界がある森に籠るふりをしたの。そして秘密裏に学園都市に来たのよ」

 

「伯母さまたちを利用……?!」

 

真守はイギリス清教のトップが、自分の身内を傷つけようとしている事に驚く。

アシュリンは驚く真守を見て、そして肩を小さくすくめた。

 

「魔術サイドにおいて、わたくしたちは一番科学サイドに近い存在だわ。もちろん、学園都市の中枢に据えられた守ちゃんが身内にいるから」

 

アシュリンは真守の黒髪に触れて一筋掬いながら、目を細める。

 

「ローラのバカは統括理事長と学園都市にご執心なの。だからわたくしたちのことをこそこそ嗅ぎまわっていた。わたくしたちを利用して真守ちゃんを、ひいては学園都市に圧を掛けようとしていたのよ。だから母国を離れたのよ。一族総出でね」

 

垣根はアシュリンの含みのある言い方に目を細め、口を開いた。

 

「科学サイドである学園都市に最大主教(アークビショップ)がご執心なのは分かる。()()()()()()()()()を手に入れたいって思う気持ちもな。でも統括理事長にもご執心だって言えるのは何か理由があるんだよな?」

 

アシュリンは鋭い垣根の様子ににっこり微笑む。

 

「学園都市統括理事長、アレイスター=クロウリー。真守ちゃんたちも知っていると思うけど、彼はイギリスが誇る稀代の魔術師、アレイスター=クロウリーその人だから。ローラは今でもイギリス清教内部に生死不明の彼専門の部署を構えているし。執着しているのは明らかよ」

 

「……伯母さまは統括理事長のアレイスターが魔術師だって気づいてたんだな」

 

統括理事長アレイスター=クロウリー。彼は稀代の魔術師アレイスター=クロウリーの名前にあやかっているのだと考えられていた。

何故ならこの世界に残っている彼の残滓は、どう頑張っても統括理事長アレイスターに通じないようになっているからだ。

統括理事長と稀代の魔術師が共通人物である証拠がない。

だがアシュリンは分かっていたのだ。そしてマクレーン家も、おそらく統括理事長がアレイスター=クロウリーその人なのだと理解している。

 

「わたくしは彼に直接会った時から、統括理事長が稀代の魔術師だと分かっていたわ」

 

「アレイスターに直接会ったのかよ?!」

 

垣根は驚きの声を上げる。

『窓のないビル』。あの居城にいるアレイスターに会うのはそう簡単な事ではない。

案内人と呼ばれる空間移動系能力者。彼らがいなければアレイスターには会えないし、そもそも魔術サイドの人間を簡単に入れるとは考えられない。

 

「……エルダー=マクレーン」

 

真守は夢で見た女性のことを思い出しながら、その名を口にする。

 

「私のご先祖さまはアレイスターと親しかったんだな。だからアレイスターはマクレーン家のことをそれなりに信用していたんだ。学園都市の中枢にがっつり食い込んでいる私の話をするために、伯母さまを直接『窓のないビル』に呼んだ」

 

「ええ、そうね。そしておそらく、わたくしたちの在り方がエルダー様の時から変わっていないか確認するためにも、わたくしを呼んだのではないのかしら」

 

マクレーン家の在り方が変わっていなければ、マクレーン家は自分の敵にならない。

アレイスターはそう考えて、アシュリンと直接会うことにしたのだろう。

アシュリンはため息を吐くと、紅茶を一口飲んでから視線を鋭くする。

そして忌々しそうに、舌打ちでもしそうな勢いを見せる。

 

「真守ちゃんのことをわたくしたちにひた隠しにしてたから、統括理事長様のことを一発殴ってやろうかと思ったけど。培養槽に逆さになってぷかぷか浮かんでたからできなかったわ。残念ね」

 

「あ、あぐれっしぶ過ぎるよ伯母さま……っ」

 

真守は冗談なのか本気なのか分からないアシュリンの言葉を聞いて、思わずたじろぐ。

アシュリンは本気で動揺している真守が愛らしくて、くすっと笑う。

 

「稀代の魔術師、アレイスター=クロウリー。真守ちゃんが知った通り、彼はわたくしたちのご先祖さまと繋がりがあったのよ」

 

「……エルダー=マクレーンさま。その方はアレイスターの友達だったのか?」

 

エルダー=マクレーン。

高貴な猫のような出で立ち。エメラルドグリーンの蠱惑的な瞳。

どこからどう見ても真守の血縁者だと分かるほどに、顔つきが似ている女性。

 

「エルダー=マクレーン様は真守ちゃんのひいひいお祖母さまよ。現当主のお祖母さまに当たるわ」

 

アレイスターと知り合った時はまだ令嬢だった彼女は、結婚してマクレーン家の現当主であるランドン=マクレーンの母を産んだ。

つまり、真守とアシュリンはエルダー=マクレーンの直系なのだ。

 

「統括理事長さま──あの人間の事は、本当に一発殴ってやりたかったわ」

 

アシュリンは真守の頬に手を添えて、悲しそうに目を細めた。

 

「だって真守ちゃんを見ればエルダー様の直系だってすぐに分かるもの。……わたくしたちは学園都市に捨てられた真守ちゃんを必死に探した。本当に必死に探したのよ。……それなのに、あの人間は真守ちゃんの存在をわたくしたちからひた隠しにした」

 

アシュリンの寂しそうな声を聴いて、真守は悲しくなってしまう。

アシュリンは双子の妹が遺した真守をずっと探していた。

きっと置き去り(チャイルドエラー)の施設を片っ端から虱潰しにして、本当に探していたのだろう。

だが真守は見つからなかった。当然だ。

朝槻真守は学園都市の中枢に食い込むほどに素質があった。

そんな少女を、アレイスターがみすみす手放すことなんてできない。

 

「本気で統括理事長様を呪い殺してやろうかと思ったわ。でも真守ちゃんの幸せが一番大事だから、仕方なくわたくしたちはすべてを水に流したのよ。──でも。一回死ねばいいと思うわ、あの人間」

 

「お、伯母さま、目が据わってる……」

 

真守は殺意を密かに溜めているアシュリンを見て、怖気づいてしまう。

アシュリンは柔らかく微笑んで、真守を見つめた。

 

「でもあの人間の気持ちも分かってしまうの。許せないけど」

 

ずっと会いたかった、ずっと大切にしたかった存在である、自身の双子の妹の娘。朝槻真守。

アシュリンは真守の頭を撫でて、独り言ちるように呟く。

 

「学園都市の利益になるならば、奪われるわけにはいかない。一度捨てて偶然拾ったものを横からかすめ取るなんて真似、許せない。そう考えるのが妥当よ」

 

アシュリンは人間、アレイスター=クロウリーのことを思って目を細める。

 

「『価値あるモノは価値が分かる者へ。真価を発揮できる場所に我々が導く』……その信条を掲げたのは、他でもないエルダー=マクレーン様なのだから。分かってしまうわ」

 

エルダー=マクレーン。アレイスター=クロウリーの友人的存在。

彼女は価値を大事にしていたのだ。

そしてその価値がきちんと発揮できる場所や資金を提供していた。

マクレーン家が古物商を営んでいるのも、エルダー=マクレーンが始めた事業だからだ。

彼女は経営の才があった。先見の明があった。

そして彼女の思想は受け継ぐべきものだとして、今日のマクレーン家へと繋がっている。

 

「……最近、少しおかしいと思っていたんだ」

 

真守は人間、アレイスター=クロウリーのことを考える。

 

「私が利用できると言っても、アレイスターは私のことを考慮しすぎだって。……扱うのに注意が必要な私を、どうにかして扱おうとしている。そんな気がしていた」

 

朝槻真守は利用できる。

だが真守は安全に利用するならばとても注意が必要な存在だった。

一歩間違えれば、朝槻真守は人間に敵対する神さまとなってしまう可能性があった。

 

だから最近、真守は少し疑問に思っていた。

自分は確かに不当な扱いを受けていた。

だがいつだって、朝槻真守はその存在が敵にならないようにアレイスターに配慮されていた。

 

「私がエルダーさまの血族だから……アレイスターはそれなりに私に温情を懸けているんだと思う」

 

「現当主がエルダーさまから直接聞いた話があるの」

 

アシュリンは真守の存在が明るみになった時、ランドンが口にしていたことを言及する。

 

「『黄金』のとある方。その方から、エルダーさまは予言を受けたらしいのよ」

 

「予言?」

 

真守と垣根は大きく目を見開く。

予言。そんな話は、夢でアレイスターの独白のようなもので知っている。

 

「いずれマクレーンには完全なる精神に完全なる肉体を持った、『永遠』を司る真なる人が産まれるだろう」

 

その予言は、一発で朝槻真守だと分かるものだ。

垣根と真守は黙って聞く。そんな中、アシュリンは続ける。

 

「真なる人。それはカバラ的に言うと、神と同等でもあるのよ。すると一神教である十字教は真なる人を許すことができない。真守ちゃんが産まれてその力を振るいだしたら、その時点で十字教は真守ちゃんを抹殺しようと動くでしょうね」

 

ある意味、真守は科学サイドである学園都市にいることで守られていたことになる。

科学サイドは魔術サイドに手が出せないし、そもそも『計画(プラン)』に使えるほど有用性がある存在ならば、守らない手はない。

 

「あなたのひいひいお祖母さまは先進的な方だったわ。そして自由な方だった。だから魔術結社やイギリス清教にも色々と出入りしていたのよ。アレイスター=クロウリーが所属していた『黄金』にもね」

 

アシュリンは感慨深いように呟く。

そんな中、真守が口を開いた。

 

「魔術の予言というものは……結構確かなんだな」

 

「そうね。彼はタロット占いが得意だったそうだから。確かな腕だったそうよ」

 

真守はアシュリンの伝え聞いた話を聞いて首を傾げる。

 

「彼? 予言したのは男のひとなのか?」

 

「アラン=ベネット。『黄金』に所属していた魔術師よ。現当主が言うには、エルダーさまは結構彼を気に掛けていたそうよ。エルダーさまは魔術師だけじゃなくて、医療や政治、芸術方面、あらゆる分野を見ていてね。あの方が目を掛けた人々は全員が大成したそうよ」

 

真守はアシュリンの説明を聞いて、思わず無言になる。

数奇な運命だ。

それ以外に表現できない程に、自分はあらゆる者に望まれた。

そして守られてここまで生きてきて、自らの義務を果たしている。

 

「本当のところ、どうなんだろう」

 

本当のところ、アレイスター=クロウリーは何を考えているのだろう。

魔術を憎み、魔術の殲滅を望んでいるのは理解できる。

だがそれ以上のことは分からない。

やはり、向き合わなければならない。

真守はそう決意して、目を細める。

そんな真守を見てアシュリンは柔らかく微笑んでいた。

それを、垣根帝督は真守の力になるために状況を冷静に分析していた。

 



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第八六話:〈血族様相〉と幸せ空間

魔術サイドの一角を担うアシュリン=マクレーン。

科学サイドの中枢に据えられている朝槻真守。

伯母と姪の関係。もっと言ってしまえば、遺伝子的には母娘に相当する二人。

真守はアシュリンの手を、少しためらいながらもきゅっと握る。

 

「あの人間は、魔術を憎んでいる」

 

あの人間。それはもちろん学園都市統括理事長、アレイスター=クロウリーだ。

科学サイドの長。それでいて、魔術サイドで近代西洋魔術を築き上げた稀代の魔術師。

 

「魔術を憎んでるから、アレイスターは魔術サイドに対して科学サイドを造り上げた。あの人間の魔術への憎悪はすさまじい。……とても悲しいほどに、深く魔術を敵視している」

 

魔術を憎んでいるからこそ、アレイスターは魔術を殲滅するために、全ての位相を破壊しようとしている。

全ての位相。

そこには当然として、ケルトの位相も含まれている。

話を静かに聞いていた垣根帝督は、忌々しそうに口を開く。

 

「……統括理事長は確実にクソ野郎だ」

 

垣根はそう吐き捨てると、真守の頬へと手を伸ばす。

 

「でも俺はお前を信じてる、真守。苦しい思いをしたお前が、あのクソ野郎が実はそれなりにお前に気を使ってたって思うなら、そう思える」

 

朝槻真守はこれまで大変な思いをして来た。

だが当の本人である真守が、アレイスターは扱いにくい自分のことをそれなりに慎重に扱ってくれていたのだというのだ。

あまり認めたくはないが、真守がそう考えるならばアレイスターは真守のことをそれなりに考えていると受け止めるしかない。

 

「……統括理事長サマに友人とか考えられねえけど。ただのお前の血縁者である伯母をわざわざ『窓のないビル』に呼ぶんだ。……あの人間には血も涙もねえとか思ってたけど、あいつもそれなりに一人の人間なんだろうな」

 

人のことを駒のように使い、悲劇を量産し続ける。

諸悪の権化でも、アレイスターも一人の人間なのだ。

多分、真守に会わなければ。垣根帝督はアレイスターのことをどんな人間かと考える事はなかっただろう。

アシュリンは垣根の気持ちを聞いて、独り言ちるように呟く。

 

「確かに、あの人間はエルダー様のことを大切にしていたのでしょうね。だからわたくしたちマクレーン家や、真守ちゃんのことにそれなりに配慮してくれる。……それにおそらく、ケルトの一族は彼にとっては二の次なのよ」

 

垣根はアシュリンの言葉を聞いて、眉を寄せる。

 

「それはどういう意味だ」

 

「彼が本当に憎むのは自らの願いを叶えるために魔術を使う近代的な魔術師よ。だから彼は『黄金』を壊滅させても、イギリスに息づくマクレーン家には手を出さなかった。わたくしたちは彼の真に嫌う者たちではないから」

 

「伯母さまたちが近代魔術師と違うからこそ、アレイスターは手を出さなかったのか?」

 

真守が問いかけると、アシュリンは真守の手を優しく撫でる。

 

「マクレーンはケルトの一族よ」

 

真守はアシュリンの言葉に頷く。

アシュリンから、真守はそれなりにマクレーン家について説明を受けている。

だがそれなりだ。あまり踏み込んではいけない話だと思っていたし、自分には話せないこともたくさんあるだろうと考えていた。

そのマクレーン家についての話が、いまアシュリンから真守に伝えられようとしていた。

 

「マクレーン家はこれまでケルトの精神的支柱になるドルイドを多く輩出していたわ。……真守ちゃん、ドルイドというのは分かる?」

 

アシュリンに問いかけられて、真守は何故だか少し緊張しながらも答える。

 

「ケルトの精神的支柱であり、神官でもあり、占い師でもあり、政治家でもある役職だよな。確か詩人でも裁判官でもあったり、色んなことをするひとたちのことだ」

 

「その通りよ、真守ちゃん」

 

アシュリンは柔らかく微笑むと、よくできましたと言わんばかりに真守の頭を撫でる。

ドルイドとは『樫の木の賢者』とも呼ばれる。

そして真守の言う通り、魔術師専業というわけではないのだ。

ケルトの文化である膨大な量の詩歌を覚え、それを口伝で伝える。

そこに文字を使ってはならない。

もし文字を使うならば、オリジナルのものを持ち要らなければならない。

 

「ケルトは全てを口伝で伝える。口伝である以上、伝えられる過程で多くの秘術も失われていくことになる。……でもね、それでいいのよ。失われるものがある。それは世の常なのだから」

 

アシュリンは口伝で文化を伝えるケルトの一族として、大事なことを真守に伝える。

 

「本当に大切で伝えたい事。それが伝わればいいの。そして大切なものを伝え続ければ、それはどんどん洗練されていく。時代を積み重ねても、ケルトとしての誇りを忘れなければそれでいい。それ以上に必要なことはないの」

 

真守はアシュリンの言葉を聞いて、こくりと頷く。

ある意味、マクレーンの一族は流れに逆らう事無く生きているのだ。

そして流れを見つめている内に、マクレーンはその流れを掴むことができるようになった。

そのためマクレーンは流れを読むことに長けていて、審美眼が発達した。

 

だからこそ。その血に混じりがあった時、朝槻真守が産まれたのだろう。

マクレーンに異物が混じったことで、流れに新たな定義を組み込むことができる朝槻真守が産まれたのだ。

 

自分が神さまとして選ばれたのは、血筋的なところもあった。

数奇な運命が何度も交差し、重なり。

そして、この学園都市で垣根帝督に会うことができた。

 

真守は柔らかく微笑み、垣根の手を握る。

垣根はその小さくて柔らかな手を優しく握った。

アシュリンは二人の様子を穏やかに見つめる。

 

「わたくしたちにとって、魔術とは人々を安心させる道具に過ぎないの。そして伝えるべき文化でしかないのよ」

 

ケルトが伝えたい事。その文化。

その中に魔術という異なる法則を用いて世界を改変する技術が入っていただけのこと。

 

「マクレーン家は近代の魔術師とは一線を画する。だから究極的に言えば、わたくしたちは魔術が無くなっても受け入れるしかないの。もちろんとても困るのよ。でもいつだって、わたくしたちは何かが失われても大丈夫なように準備をしているの」

 

マクレーン家、ケルトの民は。本当に粛々と魔術を自らの文化として伝えてきただけだった。

魔術が人々の安心材料になるのであれば、それで良い。

人々が平穏に暮らせるのであれば、魔術を行使する。

 

あくまで自分の願いを叶えるために、魔術を振るう近代的な魔術師とは違うマクレーン家。

マクレーン家はエルダー=マクレーンが生きていた頃より変わっていなかった。

矜持を曲げることなく進み続ける彼女の血族ならば、無下にすることなど絶対にしたくない。

だからアレイスターは確認を込めて、アシュリンを『窓のないビル』に招き入れたのだろう。

 

「伯母さまたちはイギリス清教と明確にあり方が異なる。だから統括理事長が魔術師だって分かっても、クロウリー専用の対策布陣を敷いているイギリス清教に話をしなかった。……しかもエルダーさまがアレイスターに目を掛けていたんだ。伝えなければならない理由はない」

 

「そうよ。それとローラを警戒していたの」

 

「その時からキナ臭かったの?」

 

「ローラがただ単純にイギリス清教として魔術師アレイスター=クロウリーを警戒し、必要であれば討つ……というのならば、わたくしたちも表面上は協力しても良かったのだけど」

 

アシュリンはローラのことを考えて、警戒心を見せる。

 

「腹の底が見えない女なの。だから何を考えて、あの女が真に何を求めているか分からない。あの女に利用されるのは癪だわ。……そして、あの女に真守ちゃんを利用されるなんて、到底許せる事じゃない」

 

アシュリンは一通り喋ると、一口紅茶を飲む。

 

「あの女狐に利用されないためにも、わたくしたちは一族総出で本国を抜け出してきたの。ケルトの異界に引っ込む選択肢もあったけれど、真守ちゃんが心配だったから。だからあなたのいる街に来たの」

 

アシュリンは真守の事を見つめて、にっこりと微笑む。

 

「それに真守ちゃんの誕生日が近いし、それなら一族総出で誕生日パーティーした方が良いでしょ?」

 

「……なんか。色々大変な事が起こってるのに、主目的が私の誕生日を盛大に祝いたいってことになってない……?」

 

真守が思わず苦言を呈すると、アシュリンは『あら』と完全にとぼけた声を上げる。

 

「政治的理由で学園都市に来た。そう宣言して理由を話したら、学園都市のお偉いさんが通してくれたのよ。それで学園都市に入る事ができたの」

 

「だからそれ、伯母さまたちには建前なんでしょ」

 

真守は顔をしかめてじとっとアシュリンを見つめる。するとアシュリンはにっこりと笑った。

 

「あたりまえじゃない。大切な姪の誕生日を祝うのが大事よ」

 

じとっと姪に睨まれて、けろりと答える伯母。

垣根はその様子を見て、深く納得する。

この伯母ありきで、この姪ありきなのだと。

 

「一五年分を盛大に祝ってあげるわね、真守ちゃん」

 

「う。嬉しいけどやっぱり複雑な気分……」

 

真守はアシュリンに頬を優しく撫でられて、恥ずかしそうに目を逸らす。

 

「伯母さまたちは、いつまでこっちにいられるんだ?」

 

「そうねえ。政治的な理由になってるから、ちゃんと申請すればいつまでもいられると思うわよ。だからローラの出方しだいによるけど、二週間もかからないじゃないからしら。それまでにあの女狐は動き出す。そう考えているわ」

 

真守はアシュリンの言葉を聞いて、柔らかく微笑む。

 

「分かった。学園都市内でも色々あると思うけど、私が伯母さまたちのことちゃんと守るから。ゆっくりしてね」

 

真守が微笑む姿を見て、アシュリンは命が愛らしくて嬉しそうに目を細める。

 

「ありがとう、真守ちゃん。でもわたくしたちのことは気にしないで、真守ちゃんがやりたいようにしていいのよ」

 

「!」

 

真守は目を見開いた後、照れたように微笑む。

 

「ありがとう、伯母さま」

 

学園都市のことを変えたいと動くのであれば、動けばいい。

朝槻真守が成し遂げたいことがあるのであれば、成し遂げればいい。

 

全力で応援してくれる様子の伯母が嬉しくて、真守はふにゃっと笑う。

そしてもじもじと体を動かすと。

真守はアシュリンにきゅっと抱き着いた。

 

アシュリンは真守から抱き着いてきたことに大きく目を見開く。

そして笑うと、真守のことを抱きしめた。

真守はアシュリンに抱きしめられて、そうっとアシュリンを見上げる。

アシュリンは幸せそうに笑っていた。そして真守の頭を優しく撫でる。

 

「色々あったわ。色々あったけど、あなたが幸せに生きられるのが一番だから。遠慮なんてしなくてもいいのよ」

 

真守は躊躇いがちになりながらもアシュリンの背中に手を這わせて、ぎゅっと抱きしめる。

 

「伯母さま、ありがとう」

 

真守は微笑むと、アシュリンに控えめながらも甘える。

そんな真守の事を、アシュリンは一身に抱きしめた。

黒髪か銀髪か。それしか違いのない、母娘に見える二人はしばらく抱き合っていた。

 

垣根は幸せそうな真守を見て、目を細める。

神さまになることが運命づけられていたとしても、真守が幸せで良かった。

そう思って、垣根はアシュリンに抱きしめられて幸せに笑っている真守の髪に柔らかく触れる。

すると真守はふにゃっと笑って、ふへへ~っと幸せそうに小さく言葉を零した。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

源白深城はスーパーで買ってきたビニール袋を手に、自宅のラウンジへと向かう。

ちなみに林檎や白い少年、黒髪の少年はゆっくり移動している。

だが深城にはそんな余裕はない。

何故なら。真守の伯母が来ているからだ。

 

「真守ちゃんの伯母さまっ遅れてごめんなさいっ!!」

 

深城はラウンジへと入り、大きな声で謝る。

真守の伯母であるアシュリンは真守と垣根と共にソファに座っていた。

深城が慌てて駆け寄ると、アシュリンは柔らかく微笑んだ。

 

「深城ちゃん、お帰りなさい。別に謝ることなんてないのよ、わたくしが突然来たのだから」

 

「ふ、ふぉぉおただいま帰りましたっ」

 

深城は久しぶりに真守の伯母に会えて、少し興奮した様子で頭を下げる。

はっきり言って周知の事実だが、源白深城は朝槻真守の全てが好きである。

そのため真守と髪色と年齢以外はすべて一緒であるアシュリンのことも好みなのだ。

 

「真守ちゃんの伯母さまに久しぶりに会えてうれしい……っ」

 

「わたくしも深城ちゃんが元気そうで良かったわ」

 

深城はアシュリンに微笑まれて、うっとりと顔をほころばせる。

すると林檎と一緒に、白い少年と黒髪の少年、そしてカブトムシにライドオンした魔神たちが帰ってきた。ちなみに後から合流したフロイライン=クロイトゥーネも一緒だ。

 

「ふむ。あれが朝槻真守の伯母か」

 

そう呟いたのは、白い少年だった。

そんな白い少年の隣では、黒髪の少年が不安そうに真守を見てた。

 

「伯母さま。私を科学の神として必要としている子たちだ」

 

真守は少し不安そうにしながらも、アシュリンへ二人を紹介する。

世界が何度も改変されて、造り替えられても。良くも悪くも変わらなかった人の在り方。

その権化の二人を見て、アシュリンは手を動かした。

 

「……こちらに来て」

 

アシュリンが呼ぶと、白い少年と黒髪の少年はてててっと歩く。

林檎は深城のそばに来て。そして僧正とネフテュスはカブトムシから仏壇に飛び移りながら、その様子を静観していた。

アシュリンは黒髪の少年の頬に手を添えて、白い少年の頭を撫でる。

 

「科学の神さまとして真守ちゃんを必要としているのね」

 

「そうだぞ」

 

白い少年はアシュリンの言葉に間髪入れずに応える。

 

「……そう。真守ちゃんはとても良くしてくれるでしょう」

 

「器を用意してくれた垣根帝督もな。一緒に住んでる源白深城も杠林檎も。それにフロイライン=クロイトゥーネも良くしてくれる」

 

「良かったわ」

 

アシュリンは黒髪の少年の頭と白い少年の頭を優しく撫でる。

真守を神として必要としている彼らがいるからこそ、真守が大変な目に遭った。

それが分からないアシュリンではない。

 

だがアシュリンはそれでも、目の前の彼らを憎むべきではないと考えているのだ。

彼らに罪はない。真守が神さまになる要素を全て兼ねそろえていたからこそ、彼らは真守に惹かれたのだ。

 

アシュリンは自分の姪を神さまとして必要とする者たちを見つめて、柔らかい笑みを浮かべる。

真守はそんなアシュリンを見つめて、ほっと安堵した。

そんな真守に笑いかけたのは、彼らとアシュリンの邂逅を見守っていた垣根だった。

 

「良かったな。真守」

 

「うん。伯母さまとあの子たちがどちらも嫌な思いをしなくて良かった」

 

真守はふにゃっと笑って、垣根を見上げる。

 

「伯母さま、ありがとうね」

 

真守は白い少年と黒髪の少年に笑いかけていたアシュリンに微笑む。

 

「あなたが幸せでいればそれでいいのよ、真守ちゃん。わたくしはそれ以外要らないから」

 

アシュリンは真守の頬に手を伸ばして、緩く撫でる。

真守はそれが嬉しくて、にまにまと笑う。

そんな二人を見て、深城は思わず口に手を当てた。

 

「は、はああああかわいい……っかわいい……っ母娘みたい……っ遺伝子上は母娘だけどぉ。もう本当に良いよねえ……っ!!」

 

「あら。深城ちゃんがとても喜んでいるわ」

 

アシュリンは意地悪く微笑むと、真守の事を抱きしめる。

そしてふにふにと柔らかな真守の頬に、自分の頬をぴとっとくっつけた。

深城に見せつけるかのような形で。アシュリンは真守に寄り添う。

 

「……っ」

 

それを見た深城はがくんっとその場に崩れ落ちる。

 

「み、深城っ大丈夫かっ?」

 

真守が驚いて声を上げると、深城はその場に崩れ落ちたままぷるぷると震える。

 

「かわいいっっっはあああかわいい……っ本当に、かわいい……っ!!」

 

真守ガチ勢である源白深城を見て、垣根は遠い目をする。

 

「限界化してやがる……」

 

そんな垣根にとてとて近付いてきた林檎は、垣根の服の裾を掴む。

 

「それが深城の良いところだよ」

 

「そうかあ?」

 

「かわいいっかわいいよぉっ!!!!」

 

垣根が首を傾げる中、深城はがばっとアシュリンと真守に詰め寄る。

 

「あら。おさわりは禁止よ?」

 

アシュリンは人差し指を立てて、めっと深城に笑いかける。

すると深城は胸のときめきが抑えきれずに胸を押さえる。

 

「か゛わ゛いい……っっ!!!!」

 

「そこまで行くと流石に怖いぞ、深城……」

 

真守は過去最高に幸せそうにしている深城を見て、ちょっと恐れおののく。

アシュリンは真守を抱きしめたままくすくすと笑った。

そして自分の半身が産んだ大事な女の子を優しくギュッと抱きしめて。

幸せそうに、真守とよく似た笑みを見せて微笑んだ。

 



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第八七話:〈不知事実〉と幸せといふもの

第八七話、投稿します


深城はキッチンでお夜食のおにぎりを作っていた。

真守と垣根が夜ご飯のバーベキューをあまり食べられなかったからだ。

 

「真守ちゃん、お夜食できたよぉ」

 

深城は手にお夜食を持つと、ぱたぱたと真守たちがいるソファへと近付く。

 

「ありがとう、深城」

 

真守はアシュリンと垣根と並んで座っており、深城が持ってきてくれたお夜食を受け取る。

 

「真守ちゃんの伯母さまも食べていいからねえ」

 

「ありがとう、深城ちゃん。いただくわね」

 

アシュリンはにこりと笑って、真守が取ったウェットティッシュを貰う。

 

「伯母さまたちはもうホテルを取ったのか?」

 

真守はアシュリンに問いかけながら、ぱくっとおにぎりを食べる。

はむはむと小さな口を動かす真守を見て、アシュリンは愛おしそうにする。

 

「先日、ホテルの箔付のために真守ちゃんが会員になってくださいとお願いされたホテルに決めたわ。あそこは元々気に入っていたし、サービスが良いし。丁度良いと思ったの」

 

「むお。……そうなのか。あそこは割とちゃんとしてるホテルだからな。伯母さまたちも満足できるだろう」

 

真守はもぐもぐとおにぎりを食べる。

だが気が付いたことがあってきょとっと目を見開いた。

上里翔流と話をする時、真守は垣根と共に上里勢力に邪魔されないために会員制の高級ホテルに向かった。

その時、確かにホテルの箔付としてホテルの人間に会員になってほしいと頼まれて、会員になったのだ。

それをどうしてそれをアシュリンが知っているのだろう。

ちらっと真守は、おにぎりを食べているアシュリンを見つめる。

垣根も真守と同じ疑問を持っていたらしく、アシュリンを見た。

アシュリンは二人の視線に気が付くと、にっこり微笑んだ。

 

「真守ちゃんのことならなんでも知ってるのよ。だって大切な姪ですもの。大切な姪を傷つける輩は、排除するに限るわ」

 

どうやら真守と垣根の知らないところで、アシュリンは真守の事を何らかの手段でずっと見守っているらしい。

真守はにっこり微笑むアシュリンから視線を外して、ちらっと垣根を見上げる。

 

「……垣根、帝兵さんで気づいてた……?」

 

「……それらしい影は見てねえ」

 

この学園都市には垣根帝督が朝槻真守を守るために、カブトムシでネットワークを形成している。

だがそのネットワークで、真守を見守っているそれらしい影は一度として見たことがない。

真守と垣根がちょっとびっくりしていると、アシュリンはにっこりする。

 

「ふふ。世界は広いのよ?」

 

真守と垣根はアシュリンの笑みを見て、難しい顔をする。

 

(確かに私は完全な人間、神人だとしても、結局一五歳の学園都市でしか生きたことがない人間だからなあ。マクレーン家の人脈を使って、伯母さまは偽装のプロでも雇って私のことを見守ってるのだろうか……)

 

(魔術サイドのことは完全に専門外だから無視してたが、こりゃカブトムシ(端末)のネットワークを学園都市の外にも広げた方が良いか……?)

 

古より続くマクレーン家の人脈、恐るべし。

真守と垣根は改めてイギリスの一国を担うマクレーン家のすごさを感じながら、深城の作ったお夜食を食べる。

お夜食を食べながら、真守はちらっとアシュリンを見た。

銀髪碧眼。自分とよく似た顔立ちの、遺伝子上では母娘に相当する彼女。

本当に自分を大切にしてくれる、大事にしたい伯母。

真守はもぐっとおにぎりを食べると、控えめながらアシュリンにすり寄る。

 

「あらどうしたの真守ちゃん。いつでも甘えていいのよ」

 

アシュリンは柔らかく微笑む。そしてお手拭きで手を拭くと、少し恥ずかしそうにちまちまおにぎりを食べている真守の頭を撫でた。

 

「……ん」

 

真守は小さく呻くと、幸せそうに目を細める。

そしてちょっとためらいがちに、アシュリンを見上げた。

 

「……伯母さま、ちょっとお願いがあるの」

 

「ええ、なあに?」

 

「伯母さまたちのコト、もっと知りたいんだ」

 

真守はおにぎりを置いて、アシュリンを見る。

 

「ケルトのことは、あんまり聞いて伯母さまたちのことを困らせたくない。でも、家族として……その、伯母さまたちのことが知りたいんだ」

 

アシュリンは躊躇いがちにも自分の気持ちを吐露する真守を見て微笑む。

そして真守の頬を優しく撫でて、頷いた。

 

「家族ですもの。わたくしも真守ちゃんを困らせたくなくて色々話さなかったけど、真守ちゃんに伝えたいことはたくさんあるのよ」

 

「……へへっ。私も伯母さまも互いのことを大切にしたいから話したくても話せなかったんだな」

 

真守がにまっと笑うと、アシュリンは真守のことを抱きしめる。

 

「わたくしたちにとって、あなたは本当に大事なの。特別なのよ」

 

アシュリンは自分と同じくらいに小さい真守を抱きしめて、そして微笑む。

 

「ねえ、真守ちゃん。あなたは、望まれて生まれてきたのよ」

 

「え」

 

真守は思わず目を瞬かせる。アシュリンはくすっと笑って、真守のことを優しく見つめる。

 

「間違いないわよ。子供が望まれて生まれてこないなんてありない。……わたくしたちはあなたが生まれてきてくれて、生きていてくれて。本当に良かったと思ったわ。そして幸せになって欲しいの」

 

真守はアシュリンの言葉に、ちょっと涙目になってしまう。

母は自分のことを産んで亡くなった。

父は神さまとしての素質を全て兼ねそろえていた、聡明な自分の事が恐ろしくて学園都市に捨てた。

誰にもあまり、必要とされてこなかった。

だから、真守はアシュリンの言葉が本当に嬉しかった。

 

「……言葉にされると、ちょっと照れてしまうなっ」

 

「じゃあ照れないようになるまで、何度も言ってあげるわね」

 

「……うんっ」

 

真守はアシュリンにぎゅうっと抱き着いて、微笑む。

垣根と深城はそれぞれ、真守が幸せにしているのを見て柔らかく微笑んでいた。

そうやって真守たちがお夜食を食べながら幸せに談笑していると。

ぴんぽーんっと、チャイムが鳴り響いた。

 

「はぁい。こんな時間にどなただろ?」

 

深城は声を上げると、ぱたぱたとインターホンに向かう。

そしてインターホンのモニターを見ると、大きく目を見開いた。

 

「えぇ?! すんごいイケメンの男のひとが!」

 

「いけめん?」

 

真守はちょっとおかしな深城の言葉に首を傾げる。

そんな真守にくっついていたアシュリンは嫌な予感がしたのか、ムッと顔をしかめた。

 

「は、はい。どちら様でしょおうか?」

 

〈こちらは朝槻真守さんのおうちだよね? アシュリン=マクレーンを迎えに来ました〉

 

優しい、男の人の声。真守が聞いたことのない人の声だ。

真守は声を聴いて、むくれたアシュリンを見た。

 

「伯母さま。迎えが来たみたいだけど、不満なの?」

 

「…………ちゃんと帰るって言ったのに」

 

アシュリンはふくれっ面で呟く。

真守はむくれているアシュリンを初めて見て、目を大きく見開く。

そんな真守の事をアシュリンはぎゅっと抱きしめた。

 

「わっ伯母さまどうしたんだ?」

 

「突然来たから真守ちゃんに迷惑を掛けないように、すぐにホテルに帰る予定だったのよ。ちゃんとわたくしだって考えていたわ。……でも、帰る気がなくなったわ」

 

真守は機嫌を悪くしているアシュリンを見て、目を白黒させる。

そしてちらっと垣根を見た。

 

「伯母さまって、垣根タイプ?」

 

「おい。俺タイプとか言うんじゃねえ」

 

「だって垣根、天邪鬼だろ」

 

真守は自分を睨んでくる垣根を見上げながら、アシュリンの肩に手を置く。

 

「伯母さま。迎えが来たなら帰らなくちゃな」

 

「……むー」

 

真守はアシュリンがうめき声を上げるのが愛おしくて、小さく笑った。

そしてちょっとためらいながらもアシュリンの手を取ると、真守は見送りをするために一階へと降りる。

 

「ふぁっ」

 

真守は垣根たちとエントランスホールに降りて、思わず声を上げてしまう。

プラチナブロンドに、エメラルドの瞳。そして痩身高身長。

とんでもなく造形が整った男性が、そこに立っていた。

 

「こんばんは、真守」

 

真守はイケメン外国人に笑いかけられて、思わず硬直する。

 

「こ、こんばんはっ。あの、その……マクレーンの人……なのか?」

 

「うん。といっても端くれだけどね」

 

男性は柔らかく微笑むと、機嫌が悪そうなアシュリンを手招きする。

 

「一応彼女の婚約者なんだ」

 

「え!? 伯母さまの!?」

 

真守は思わず素っ頓狂な声を上げる。

真守は伯母を困らせたくなくて、マクレーン家のことはそんなに聞いてなかった。

だからアシュリンに婚約者がいるのを知らなかったのだ。

しかも、婚約者。それは結婚をしていないということだ。

 

「お、おばさま……?」

 

アシュリンはつんっとしていたが、ちらっと自身の婚約者を見る。

 

「実はね、真守。僕とアシュリンには双子の娘がいるんだよ」

 

「ふえ!? 結婚してないのに子供……っわ、私の従姉妹!?」

 

驚く真守。そんな真守の頭をアシュリンの婚約者は優しく撫でた。

 

「キミのお母さんのことがあったからね。ちょっと複雑なのさ」

 

真守は頭を撫でられたまま、しゅんっと小さくなる。

アシュリンが結婚していないのは真守の母──アシュリンの双子の妹、アメリア=マクレーンが幸せになれなかったからだ。

アシュリンは結婚に良い印象を持っていない。だからケルトの一族として子供を産んで母親としての責務を果たしてはいるが、結婚はしていないのだろう。

真守の頭から手を離した婚約者は、アシュリンの腰に手を回す。

 

「二人も来ているから、また後日会えるとうれしいな」

 

「……お、伯母さまっ」

 

真守はアシュリンの手を取る。

 

「あ、あの……私は幸せだから……っお、伯母さまにも……幸せになって欲しい……っ」

 

アシュリンはたどたどしくしながらも自分の気持ちを口にする真守を見て、柔らかく微笑む。

そして、真守のことを優しく抱きしめた。

 

「愛してるわ、真守ちゃん」

 

「私も伯母さまのこと、大事に想ってる」

 

真守はぎゅーっとアシュリンに抱き着くと、離れる。

アシュリンは柔らかく微笑んで、真守を見つめる。

そんなアシュリンを婚約者の男は優しく呼んだ。

 

「アシュリン。キミは僕に愛を囁いてくれないのに、姪には愛を囁くのかい?」

 

「文句あるの?」

 

「ううん、別に。キミが幸せならそれでいいよ」

 

柔らかく微笑む婚約者。ふんっと顔を逸らすアシュリン。

 

「な、なんかとっても新鮮な伯母さまの姿だ……っ」

 

真守は思わず顔をぽぽっと赤くして、その様子を見守る

アシュリンは顔を赤くしている真守を見て、ふっと笑った。

 

「真守ちゃん、また来るわね」

 

「は、はいっまた来てね……っ!」

 

真守はふりふりと手を小さく振って、アシュリンたちを見送る。

真守はアシュリンたちがタクシーに乗るまで、じーっと見つめていた。

深城は真守と激似のアシュリンが幸せそうな姿をしていて撃沈している。

そんな深城の隣で、垣根はぽーっとしている真守に声をかけた。

 

「真守、大丈夫か?」

 

「……かきね、私もしかしたら……」

 

「あ?」

 

垣根はぼそぼそと呟く真守を見て、怪訝な表情をする。

 

「私はもしかしたら、美形で包容力がある人がすきなのかも……っ」

 

真守はぽーっとした表情のまま、垣根の服の裾を引く。

垣根はピシッと固まった。が、真守の言い分に希望を見て問いかける。

 

「それって俺ってことだよな?」

 

「? それ以外に何があるんだ?」

 

真守がきょとっとしている姿を見て、垣根はほっとする。

だが即座に気が付いたことがあって、目を細めた。

 

「それだけが好きなの?」

 

「ちがうぞ。垣根の全部がすき」

 

真守はぽっと頬を赤らめながらも、垣根にすり寄る。

 

「かきね、ぎゅって抱きしめてほしい……」

 

垣根はすり寄ってきた真守を見て、ふっと笑う。

 

「なんだよ。欲しくなっちまったの?」

 

「その言い方はよくないっ」

 

垣根はくつくつ笑うと、真守の事をお姫様抱っこする。

 

「わっ」

 

垣根は相変わらず軽い真守のことを見て、ニヤッと笑う。

 

「たっぷりかわいがってやるから」

 

「頼んでないっちょっと抱きしめてほしかっただけだっ」

 

真守はわあわあ叫ぶと、沈黙している深城を見た。

 

「深城!? お前なんで目をやられてるみたいに顔を覆っているんだ!?」

 

「ううう……供給過多で死んじゃう……っ」

 

垣根は垣根で色々やる気だし、深城は深城で身もだえしているし。

収拾するのが難しい、いつまでも続けたい幸福な空間。

真守はそんな幸せな空間の中心で、幸せを感じてふにゃっと笑った。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

それからしばらくして。

真守はお風呂を終えて、ベッドで寝る準備をしていた。

ベッドにちょこんっと座っている真守の膝の上には、カブトムシが乗っている。

真守はカブトムシの角を撫でながら、目を細めた。

 

「やっぱり上里翔流のもとに理想送り(ワールドリジェクター)は戻っていないのか」

 

『はい、そのようです。木原唯一の死亡も現時点で確認されておりません』

 

「木原唯一は生きていて、いまも理想送り(ワールドリジェクター)を手にしている。そう考える必要があるな」

 

真守は推測すると、カブトムシの背中を優しく撫でる。

 

「美琴の一撃だけで木原が完全に沈黙するとは思えない。木原とはそのようなものだ。しかも木原唯一は復讐者だ。復讐が終わるまで、復讐者は絶対に何が何でも生きようとする」

 

真守は復讐者の悲しい性を考えて、顔を歪める。

かつて、朝槻真守も復讐者だった。

深城を死に追いやった世界へ、憎悪を抱いていた。

あそこで深城が止めてくれなければ、真守はこの世界を終わらせていただろう。

そうなれば垣根にも会えなかった。自分に心優しい血族──マクレーン家の人々や伯母がいると、知る事ができなかった。

少し表情を暗くする真守。そんな真守に、部屋に入ってきた垣根が近付いた。

 

「どうした暗い顔して」

 

垣根は真守の頬にキスをして、抱きしめる。

 

「ん。大丈夫だよ、垣根。大丈夫」

 

真守は柔らかく微笑むと、自分のことを抱きしめてくれる垣根にすり寄る。

 

「私には垣根たちがいる。深城がいる。伯母さまたちもいてくれる。だから何も悲しくない。怖くない。垣根たちが一緒にいてくれれば、私は生きていける」

 

垣根はすり寄ってくる真守を見て、優しく頭を撫でる。

 

「いつまでも俺がそばにいてやる」

 

「うんっ」

 

真守は頼もしい垣根の言葉にふにゃっと笑う。

 

「これから何があっても大丈夫だ。私たちなら、大丈夫」

 

真守は垣根が自分に回してくる腕をきゅっと握る。

 

「この学園都市を変える。そして伯母さまたちに自慢するんだ。ここが私たちの学園都市だって」

 

「そうだな」

 

垣根はもこもこのルームウェアを身にまとっている真守の事を抱き寄せる。

 

「今日も色々あったな。寝ようぜ、真守」

 

「うん。寝ようー」

 

真守はふにゃっと笑って、動こうとする。

だが垣根が自分のことを抱きしめたままなので、首を傾げた。

 

「どうしたの、垣根」

 

「……他の男になびいたら許さねえ」

 

先程、真守はアシュリンの婚約者を見て自分の好みを確信していた。

そのことを垣根が思い出していると、真守はくすくすと笑った。

 

「なびくわけないだろ。私は垣根が良いんだから」

 

真守はちょっと拗ねている垣根の頬にぴとっと手を添える。

 

「ただ、伯母さまの好みと私の好みが一緒だったから……お母さまもそうだったのかなって、ちょっと思った」

 

「……そうだな」

 

垣根は真守の頭を優しく撫でて、目を細める。

真守のことを捨てた父親。神さまのように生まれた時から公平で全てを見据えることができていた真守を恐れて、学園都市に捨てた張本人。

きっと、本来ならば真守とアシュリンの好みのように優しい人だったのだろう。

だが真守のせいですべてが狂った。だから女に走り、真守を捨てた。

垣根はそのことについて口にしない。真守のせいで父親が追い詰められたなんて事実、真守にとっては悲しいことだからだ。

 

「大丈夫だぞ、垣根。私はいま幸せだから」

 

真守は垣根が悲しく思っているのを感じて、柔らかく微笑む。

 

「そしてもっと幸せになるために、学園都市を変える。一緒にやって行こう、垣根」

 

「──ああ、分かってる」

 

この世界には悲劇が蔓延している。

その中でも学園都市は特にひどい。学園都市の悲劇は星の数ほどに例えられるほど、多いのだ。

これ以上悲しい思いをする子供たちがいなくていいように、学園都市を変える。

全ての子供たちの幸せ。それを考えながら、垣根はぎゅっと真守のことを抱きしめた。

 




魔神・理想送り襲来篇、終了です。
原作が長いので、ロシア篇に続く長さとなりました。
次回、エレメント襲来篇。


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新約:エレメント襲来篇
第八八話:〈現支配者〉は人々の優しさでできている


第八八話、投稿します。


現在、学園都市は未曽有の脅威にさらされていた。

エレメントという異形の存在。その異形に、学園都市の人々は襲われているのだ。

 

エレメントは共通として、半透明のガラスや水晶に似た躯体を持っている。

そして全てが動物や昆虫などの既存の生物の形を取っており、クラス一からクラス六まで多種多様な全長を持っている。

 

エレメントは人を襲うまではその体を限りなく透明にして周囲に溶け込み、隠れ潜む。

そんなエレメントの透明な体の中には、急所とも言うべきコアがある。

そのコアは四つに分類されており、火水風土に対応する四色だ。コアが『赤』なら炎系の攻撃、『青』なら水系の攻撃、そして『黄』なら風の攻撃をしてくる。

 

大きい時には全長が一〇〇メートルを超えるエレメント。

そんなエレメントも対応できない環境がある。高温になると、その活動が著しく鈍くなるのだ。

そのため現在、学園都市は()()()()()()()()摂氏五五度以上の高温が保たれている。

 

摂氏五五度。

それは既存のインフラ設備が壊滅する気温であり、人々にとって辛い気温である。

そのため学生たちは全員水着を着用しており、高温になる部分に触れても重要な器官が損傷しないように、手袋やマフラーをするという珍妙な格好となっている。

ツンツン頭の少年も、もちろん水着である海パンを着用していた。

 

「あーつーい。……なあ、吹寄。()()()()の設定温度、二五度にしちゃダメ?」

 

「ダメに決まってるでしょ。外は五五度なのよ。あんまり涼しくすると外気温との差で体に障るわ。朝槻に感謝しなさい」

 

ビキニ姿の吹寄は、暑くて教室でうだうだしている上条に近づく。

 

「はい。瞬間冷却パック。午後の配給をあげるから頑張りなさい」

 

瞬間冷却パックとは衝撃を与えれば一定の間、冷たくなる画期的なものである。

科学の産物を見て、上条はちょっと考える。

 

「……午後の配給ってそれ、午後に暑くても使えなくなるだろ?」

 

「当たり前よ、配給は有限なの」

 

吹寄は何を言っているんだと言わんばかりに上条を見る。そして、手に持っていた冷却パックを上条に差し出した。

上条は少しためらった後、結局使わないことにした。

何故なら。

 

「朝槻のおかげでクーラーは使えてるし、水も食料、それに加えて暑さ対策の配給はあるし。現状に甘えて、あんまりわがまま言わないようにしないとな」

 

「そうよ。私たちだけじゃなくて、()()()()()()()()()()()()()()朝槻に守られてるんだから。クラスメイトの私たちが泣き言言ってる場合じゃないのよ」

 

吹寄は冷却パックの代わりに、()()()()()()()麦茶のペットボトルを差し出す。

上条は吹寄から麦茶をありがたく頂戴しながら、外を見る。

 

うだるような熱気。

だがその熱気は学校内には来ない。朝槻真守のおかげでクーラーが使えているからだ。

遠くで、戦闘音が聞こえる。

だがその戦闘音は高位能力者が能力でエレメントを迎撃しているものだ。

高位能力者たちはエレメントの対処の仕方を真守に教えてもらっている。

そのためおそらく誰かが怪我をしてもカバーし合うことができており、最悪の事態にはなることなどありえない。

 

「……たった一人で学園都市を守っちまうんだから。朝槻はやっぱりすげえよな」

 

上条は冷たい麦茶を飲みながら、独り言ちる。

すると教室の扉が開いて、ひょっこり顔を出した少女がいた。

 

「一人じゃないぞ。たくさんのひとに手伝ってもらってるからな」

 

そう声を上げたのは朝槻真守だった。

だがその様子はいつもと違った。全身が真っ白で構成されており、ヘーゼルグリーンの愛らしい瞳をしているのだ。

しかも異様に身長が低い。水着もその体に合わせたものであり、ふりふりの幼児用の黒の水玉ビキニだ。

真守は垣根帝督が造り上げた避難用の体を使っており、本体は第二学区の『施設(サナトリウム)』にいる。

だが定期的に学校に来て、真守はクラスメイトの様子を視察しているのだ。

 

「あ、ロリ朝槻」

 

上条はちょこちょこ歩いてきた真守を見て、声を上げる。

 

「ろり言うな。ろりろり言ってると青髪ピアスが来るだろ」

 

真守は辺りを気にしながら、『朝槻ならロリもアリ』とか笑顔で抜かす青髪ピアスを警戒する。

吹寄は青髪ピアスを警戒している真守を見て、苦笑する。

 

「青髪ピアスならいないわよ。配給所のメイドさんに熱中してるから」

 

「えー。ここの給仕してる子たちって繚乱家政女学校の子たちだろ。迷惑かけないでほしい。あとで見に行こうかな」

 

真守はむぅっと口を尖らせて、本気で深刻だと考える。

上条は可愛らしく不愉快そうにしている真守を見て、柔らかく微笑む。

 

「無理してないか、朝槻?」

 

「大丈夫だぞ、上条。私は一人で頑張ってるわけじゃないからな」

 

真守はむんっと得意気に、胸を張る。

 

「私のことを大事にしてくれる『(しるべ)』や、垣根や他の超能力者(レベル5)の子たち。風紀委員(ジャッジメント)警備員(アンチスキル)も、他にも多くの人が手伝ってくれてるからな。一人で頑張ってるわけじゃない」

 

「でも朝槻、とりまとめるのはやっぱりあんたがやってるんでしょ。すごいわよ」

 

「ありがとう、吹寄。みんながいるから私は頑張れるんだぞ」

 

真守はふふっと笑うと、吹寄たちクラスメイトを見つめる。

クラスメイトを見つめる目は、慈愛に満ちた眼差しを持っていた。

 

「守りたい子たちがいるから、私は頑張れるんだ」

 

「……そんなお前だから、色んな人が手伝いたくなるんだ」

 

上条が眩しいものを見つめるように目を細めると、真守はにへらっと笑った。

 

「私一人だけで頑張るんじゃなくて、みんなで協力して頑張る。それはとても良いことだな」

 

真守がにこにこ微笑を浮かべる様子を見て、吹寄と上条は安心する。

真守たちが話をしていると、昼食の配給を持ってきた青髪ピアスが参上する。

青髪ピアスは真守を見ると突進。真守はひらっと避けて青髪ピアスの頬を思いきりビンタする。

それを見て上条たちは笑った。

 

エレメントという異形の襲撃。それを抑えるために摂氏五五度になった結果、既存のインフラ設備が崩壊した現在の学園都市。

水道・ガス・電波塔など、生命線であるすべてが機能しなくなったため、本来ならば学園都市の人々は生き残るためのサバイバルをする必要があった。

 

だがこの学園都市の第一位に君臨している少女の能力は流動源力(ギアホイール)。あらゆるエネルギーを生成することができる能力だ。

そして公表されてはいないが、少女は絶対能力者(レベル6)の頂へと昇り詰めている。

そのため学園都市の学生全員に対して、エネルギーを供給することなど容易いのだ。

だが真守の言ったように、真守だけで学生たちを守れているわけではない。

 

「真守。勝手にふらふら行くんじゃねえ」

 

学生たちに必要なエネルギーを無限に生成できる朝槻真守。

そんな真守でも未元物質(ダークマター)と呼ばれる無限の創造性を持つ垣根帝督が協力してくれなければ、数時間で真守の能力に適した新たなインフラ設備が設立されることはなかった。

 

「かきねーっ」

 

真守は顔を掴んで電気を流していた青髪ピアスから手を離す。

青髪ピアスが床にドサッと落ちることも気にせず、真守はてってってーと走って垣根に近づく。

真守が駆け寄った垣根帝督も、もちろん水着姿だ。

高級パーカーに高級海パン。そして肩口まで伸びる髪を、首筋で一つに緩く結んでいる。

真守は一緒に来てくれた垣根にむぎゅっと抱き着く。

垣根はそんな真守のことをひょいっと抱き上げた。

 

「へへーっ」

 

真守は幸せそうに微笑むと、垣根の腕の中で垣根に甘える。

いつもよりも年齢が下がっているためか、真守は垣根にふんだんに甘えることができるのだ。

上条は垣根に甘える真守の姿が愛らしくて、くすっと笑う。

 

「朝槻たちは昼食どうするんだ?」

 

上条が問いかけると、垣根は真守の真っ白な髪を優しく撫でる。

 

「これから第七学区のエレメント討伐部隊の視察に行く手筈になってる。その前に真守が話をしたいって言うからな。ちょっと寄っただけだ」

 

「そっか。朝槻、垣根。あんまり無理すんなよ」

 

「ありがとう、上条」

 

真守は垣根に抱き上げられたまま、にまにまと微笑む。

 

「上条も危ないことはあんまりするなよ。お前には大切な人たちがいるんだから」

 

上条は真守の優しい言葉に頷く。

 

「分かってるよ、朝槻」

 

真守の言う大切なひととは、もちろんインデックスとオティヌスだ。

真守たちの学校は僧正によって半壊したため、上条たちは教室を借りている中高一貫校を間借りしている。

そこにはもちろん、インデックスとオティヌスも来ているのだ。

彼女たちのことを考えるべきだ。そう告げる真守を見て、上条は笑う。

 

「俺にとっては朝槻も大事だからな。無理するなよ」

 

「うんっ」

 

真守は柔らかく微笑むと、小さい手をふりふりと振る。

上条と吹寄はその手に振り返す。

真守はにまにま微笑むと、むすっとしながら歩いている垣根を見る。

 

「垣根、上条が私のことを大事って言っても、別にむっとしなくても大丈夫だろ。私はお前のモノなんだから」

 

「お前を一番大事にしてるのは俺だ」

 

「分かってるって。行こう、垣根」

 

真守が急かすと、垣根は校舎から出る。

 

外は暑い。摂氏五五度まで上がっているので当然だ。

だが真守と垣根は特に暑さを感じていなかった。

垣根帝督が未元物質(ダークマター)を使って快適にしているからだ。

 

そして垣根は未元物質(ダークマター)の翼を広げると、第七学区の『学舎の園』へと向かった。

エレメントという異形。それを抑えるために引き起こされた大熱波。

この異常事態は学生たちが一丸とならなければ、乗り越えられない苦境だ。

 

そのため真守は垣根が造り上げたカブトムシ──通称帝兵さんを使いにして、各学校にコンタクトを取った。

 

高位能力者たちはエレメントに対抗できるため、エレメント討伐部隊に加わってもらう。

支援系の能力を持っている者たちには、高位能力者たちの補助を。

そして繚乱家政女学校のような一芸に秀でている者たちには、自分たちが得意とする分野をこなしてもらう。

 

もちろん無能力者(レベル0)にも真守はきちんと役割を割り振っている。多くの者たちは学校でやるべきことをやっているが、望んだ者たちには外で相応しい役割をしてもらっている。

この布陣を真守は大熱波到来からわずか一日足らずで築き上げてしまったのだから、本当に凄いことだ。

 

「お前はやっぱり俺と違って、平和的な暴力で学園都市を掌握できるんだな」

 

「ふふ、平和的な暴力ってなんだ」

 

真守は未元物質(ダークマター)の翼で飛ぶ垣根の腕の中で垣根にすり寄りながら、くすくすと笑う。

 

「木原唯一が学園都市を混乱の坩堝へと突き落としたからな。私が学園都市を掌握しなくちゃみんなが危なかった」

 

エレメントという異形。それを操っているのは木原唯一なのだ。

御坂美琴による『A.A.A』。それによって吹き飛ばされて生死不明だった木原唯一だったが、彼女はやっぱり生きていたのだ。

そして今度こそ上里翔流を亡き者にするために、エレメントと呼ばれる異形を繰り出してきた。

 

「エレメントが高温になるとその動きを極端に鈍らせる。それを見つけた上里勢力が大熱波を引き起こしてくれて助かったな。おかげで既存のインフラ設備は壊滅。私に頼るしかなくなった」

 

真守はにやっと意地悪く笑みを浮かべる。そして垣根にぎゅっと強く抱き着いた。

 

「私が学園都市を統べることができるのは垣根のおかげだぞ。何でも造ってくれる垣根と帝兵さんがいなかったら、数時間で学園都市を掌握することはできなかった。だからありがとう、垣根。垣根がいてくれて本当に助かってる」

 

垣根はくすっと笑って、すり寄ってくる真守の小さな背中を撫でる。

 

「俺はお前の指示に従っただけだ。統率してるのはお前だろ」

 

はっきり言って、朝槻真守には人望がある。

真守の避難所として用意された『施設(サナトリウム)』だって、真守のことを守りたいと考えた『(しるべ)』の者たちが用意したものだ。

 

人を守るために動く。そして守られた人が真守のことを想う。

 

そういう信頼関係を築ける真守でなければ、ここまで人々が一致団結することもなかっただろう。

この少女には全てを救う力がある。だからこそ垣根帝督はこの少女を守りたいのだ。

 

「まさか俺がこんな真っ当な方法で学園都市を手にすることができるなんてな。人生、何が起こるか分かったもんじゃねえな」

 

垣根は笑いながら、真守の小さな背中を撫でる。

垣根帝督は学園都市を掌握できるとは考えていなかった。

アレイスターがこの学園都市を掌握しているからだ。

 

そのため垣根は何とかして学園都市の中枢に入り込み、アレイスターがどう頑張っても切り捨てられない存在になろうとしていた。そして学園都市を利用しようとしていた。

そのために垣根は学園都市の中枢に食い込んでいる流動源力(ギアホイール)という能力者について調べていた。

 

「真守。お前がいたから、俺はここまで来れたんだ」

 

全ては垣根帝督が流動源力(ギアホイール)という能力者を探るために、朝槻真守に近づいた時から始まったのだ。

そこから紆余曲折を経て、ここまでやってくることができたのだ。

 

「私も垣根がいたから、ここまで来れたんだぞ」

 

真守はくすくすと笑って、垣根にすり寄る。

そうこうしている内に、『学舎の園』に到達した。

高位能力者が多い関係上、第七学区のエレメント討伐部隊が集結しているのは『学舎の園』なのだ。

 

「お疲れ様です、垣根さんっ」

 

『学舎の園』の入り口。そこからぱたぱたと走ってきたのは、『スクール』の弓箭猟虎だ。

弓箭は『学舎の園』にある枝垂桜学園の生徒だ。

そして第七学区のエレメント討伐部隊は『学舎の園』の生徒が多い。そのため弓箭は『スクール』として、朝槻真守との橋渡しとして『学舎の園』にいるのだ。

 

「朝槻さんもお疲れ様です」

 

大熱波が引き起こされている今、豊満な胸を持つ弓箭も枝垂桜学園の指定水着であるスク水を着用している。

白いきめ細やかな肌の上にパーカーを羽織った弓箭は、垣根に抱き上げられている真守を見つめて微笑む。

 

「私は『施設(サナトリウム)』から出ないことになっている。朝槻真守だとバレたら面倒だ。だから私のことは『さつきちゃん』と呼ぶと良い」

 

「分かりました、さつきちゃん」

 

朝槻真守。名字の部分を取って呼べと告げる真守に、弓箭は頷く。

真守は頷いた弓箭を見て、にこっと微笑む。

 

「入鹿ちゃんとは仲良くやってるか?」

 

「う」

 

弓箭は小さく呻くと、気まずそうに指と指を合わせる。

 

「さつきちゃんの言う通りでした……。ちょっと行き違いがあっただけで、あの子は変わらずにわたくしのことを考えてくれていました」

 

弓箭はてへへっと恥ずかしそうに笑う。

弓箭猟虎には入鹿という妹がいる。

彼女たちが所属していた研究所には薄暗いところがあった。その時に起こった事件で、弓箭猟虎は自分が要らない存在だと思い込んでしまった。

 

そう考えても仕方ないほど、弓箭はあらゆる人々からないがしろにされた。

なんでもしてくれる最愛の妹。彼女にも、自分は必要のない存在だと弓箭は感じてしまった。

だが少し行き違いがあっただけなのだ。弓箭は自分に価値がないと考えてしまい、価値がない自分には誰も振り向いてくれないと思ってしまっただけなのだ。

 

「木原唯一をどうにかしたら、前みたいにケーキ屋さんでみんなでお茶をしような。もちろん入鹿ちゃんも含めてだ」

 

「……はいっ。楽しみです!」

 

弓箭は暑さで汗をかきながらも、笑顔で頷く。

真守がふふっと微笑むと、垣根は真守の背中を優しく撫でた。

 

「御坂さんのところに案内しますね」

 

弓箭は『学舎の園』の入り口を通って、垣根と真守を案内する。

『学舎の園』は男子禁制だが、この状況で四の五の言ってる場合ではないのだ。

 

だから垣根は特に咎められる事無く、真守と共にエレメント討伐部隊の本拠地となっている『学舎の園』へと足を踏み入れた。

 




エレメント襲来篇、始まりました。


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第八九話:〈味方視察〉と協力者との密談

第八九話、投稿します。


『学舎の園』は普段ならば、男子禁制の花園である。

誰もが憧れるお嬢様の聖域。そこに住まうのはおしとやかな少女たちだが、高位能力者で構成されている関係上、その実力はすさまじい。

 

その証拠に、第七学区のエレメント討伐部隊を構成しているのはほとんどが『学舎の園』の少女たちだ。

彼女たちは本当に箱入りお嬢様なため、男たちとあまり関わった事がない。

お嬢様の男慣れしていない初々しい雰囲気。

それに当てられて体調を崩し、熱中症になる男が一定数いるくらいである。

ちなみにお嬢様たちは殿方と接しても、恥ずかしさから熱中症になる者はいなかった。お嬢様は意外とタフなのだ。

 

そんな淑女の卵たち。彼女たちを統括しているのは常盤台中学の生徒、超能力者(レベル5)の御坂美琴だ。

そのため真守と垣根が視察に行く『学舎の園』のエレメント討伐部隊のテントには、当然として水着姿の御坂美琴がいた。

 

「あ、垣根さん」

 

美琴は近づいてきた垣根帝督に気が付いて、顔を上げる。

 

「よお、御坂美琴。視察に来てやったぜ」

 

垣根に声を掛けられて、美琴は手元の地図をテーブルの上に置く。

そして縦ロールの少女に目配せすると、縦ロールの少女は席を外した。

 

「……ちっこい朝槻さんもこんにちは」

 

美琴は垣根に抱き上げられている真守に声を掛ける。

未元物質(ダークマター)で造り上げられた、避難用の体を使用している真守。

ちなみに幼女真守の成育状態だが、美琴と同じくらいの胸の大きさがあったりする。

ふりふり水玉の黒ビキニで分からないが、それでもお胸事情に敏感な美琴には分かる。

 

(ちっこい朝槻さん……胸、胸がある……ッ!)

 

一人でわなわなと震えている御坂美琴。

真守は美琴が何を考えているかもちろん理解していて、得意気にちょっとふくよかな胸を張る。

 

「ふふん。さつきちゃんと呼べ。私は表向き、『施設(サナトリウム)』にいることになってるからな」

 

「……分かったわ、さつきちゃん」

 

真守はご機嫌なまま、垣根の腕の中でにやっと笑う。

 

「美琴も頑張れ。でも努力すれば大丈夫だぞ。お前のお母さまと『第三次製造計画(サードシーズン)』の番外個体(ミサカワースト)()()()()()()んだから、頑張れば遺伝子的には未来があるぞ」

 

「うるさいッ! 能力でどうにかできる勝ち組に言われたくないッ!!」

 

美琴は自分のつつましい胸を両腕でガードして、がうっと大声で怒鳴る。

真守はくすくすと笑って、垣根は呆れた様子を見せる。

完全に勝ち組な真守を見つめて、美琴はうぐぐっと呻く。

だがこほんっと、咳をして気を取り直した。

 

「ちょうど()()()()で朝槻さんに確認を取ろうと思ったのよ」

 

美琴は人差し指を構える。

すると、美琴の人差し指に大きな白いトンボが留まった。

白いトンボは垣根帝督が新たに造り上げた人造生命体だ。

一五センチほどの真っ白い体躯に、ヘーゼルグリーンの複眼。

インフラ設備が壊滅した現在、連絡用のネットワークを形成している人造生命体だ。

 

「ふふー。帝察さんはとても頼りになるだろう」

 

真守はむんっと得意気に胸を張って、我がごとのように嬉しそうにする。

トンボの『帝察さん』という名前は、もちろん真守がつけた。

 

『垣根()督が作った偵()機さん』という意味で『帝察さん』。

そのため『垣根帝督が作った兵隊さん』であるカブトムシ、通称『帝兵さん』とは兄弟のような関係性だ。

帝兵さんと帝察さんは異なる自我を持っており、ネットワークを共有していない。

だからこそ明確な意思の違いがあり、『兄弟』なのだ。

 

カブトムシの時はなし崩しに名前が決められたが、トンボの方は真守が率先して名前を付けた。

その名前が浸透していることが真守はうれしい。

 

「……トンボ(端末)で連絡とりたい話ってのはなんだ」

 

帝察さんの名前が浸透していて、嬉しい真守。

そんな真守を抱き上げている垣根帝督は微妙な気持ちになりながら、美琴に問いかける。

垣根が連絡用に人造生命体を新たに構築したのは、前々から偵察用専門の人造生命体を作ろうか考えていたからだ。

情報というのは非常に重要なものだ。しかも垣根帝督は科学サイドの住人で、魔術サイドのことは詳しくない。

そしてカブトムシは真守のことを守るために構築したネットワークだ。しかも現在カブトムシは密かに学園都市の治安維持に使っているため、垣根は丁度良いと思って連絡用のネットワークを別途構築したのである。

 

「ちょっとこれを見てほしいのよ。念写系能力者の子に出力してもらったんだけど」

 

美琴は近くにあった資料を引き寄せて、真守と垣根に見せる。

念写されていた写真は多目的に使用できるドームだった。

第七学区のほぼ中央、ここから北に五キロほどの場所にあるドーム。

そのドームの中心には、『水晶の塔』とも呼べるべき巨大な人造物が建っていた。

写真で見ても、かなり大きい。全長は二〇〇メートルといったところだ。

あからさまにエレメントと同じ素材で造られた、『水晶の塔』。

美琴はその先端に指を沿える。

 

「この先端、ぴかぴか光ってるのよね。色々調べてみたけど、この塔は光信号を宇宙に放ってるみたい」

 

「ふむ。ブラフだな」

 

真守は美琴の説明を聞いて、そう断言する。

美琴も真守の即座の断言に頷いた。

何故なら光信号を宇宙に放つ必要がないのだ。

 

エレメントを操っているのは、現在学園都市に潜伏している木原唯一である。その事実を真守は広く知らせていないが、御坂美琴には真守も話している。

美琴は木原唯一と敵対していた時に一緒にいた。

だからこそ真守は当事者として、美琴に真実を伝えたのだ。

 

美琴も『A.A.A』の大出力で木原唯一を消し飛ばしてしまった事が気がかりだったため、ちょっとほっとしていたりもした。

そんな美琴は写真を見つめながら、推測する。

 

「『水晶の塔』は木原唯一が自分の脅威になる学生を選別するためのトラップ。これを攻撃すれば、木原唯一はその学生が一定の脅威を持っていると考えて、排除に来る。だったらこれを逆手に取って木原唯一を誘い出せばいいと思うんだけど」

 

水晶の塔を破壊できるほどの戦力を持っている、自身の脅威になる学生。

脅威は復讐を遂げるために、取り除いておくべきだ。だからこそ木原唯一は脅威となった学生を打倒するために、学生たちの前に姿を現す。

エレメントによる暴挙を止めるためには、諸悪の根源である木原唯一を倒すしかない。

そんな木原唯一が反応せざるを得ないトラップ。それを逆手にとって、木原唯一をおびき出し、迎撃する。

真守は垣根に抱き上げてもらって、『水晶の塔』の写真を見ながら美琴の提案に首を横に振る。

 

「確かにこの水晶の塔を攻撃したら木原唯一をおびき出せるだろう。でも攻撃しないでくれ」

 

真守の指示に美琴は当然として首を傾げる。

 

「どうして?」

 

「大熱波が始まって混乱が生じた。その混乱を収めて私が統率した事により、学生たちは落ち着いた。学生たちのことを考えて、もう少し様子を見たいんだ」

 

統治者として、学園都市の学生たちを守らなければならない立場としての真守の意見。

美琴は真守の考えを聞き、納得して頷いた。

 

「確かに私たちは学校単位で動いてるわけじゃない。あくまで学生たち全体のことを考えなくちゃいけないわ」

 

美琴は真守の考えに賛同する。

 

「それに水晶の塔を攻撃するとなると、メンバーの選出をしなくちゃいけない。その間に第七学区を守護する能力者の補填もしなくちゃいけないし、攻撃する布陣はすぐには組めないわ」

 

「うん。木原唯一については私の方でも探っているからちょっと待ってくれ。水晶の塔を破壊して、手薄のところを木原唯一に襲撃されても困るからな。だから美琴。美琴はいま第七学区の治安を維持することだけ考えてくれ」

 

「分かったわ」

 

真守は美琴が頷いてくれたのを見て、柔らかく微笑む。

すると。お給仕をしている常盤台中学の少女たちがやってきた。

 

「お昼休憩にいたしましょう、御坂さま。『(しるべ)』の殿方とお嬢さんもどうぞ。食事は多めに貰っていますから」

 

朝槻真守の指示の下、自分たちを取りまとめているのは『(しるべ)』という団体だと学生たちは理解している。

そのため少女は垣根と真守をそう声を掛けて、誘導する。

 

「食事を用意してくれてありがとな。とても助かってる」

 

真守(小さいバージョン)がにこっと微笑むと、少女は嬉しそうに頬を赤らめる。

ちまっとした体にあどけない表情。くりくりのお目目。

女子学生彼見れば、幼女真守は愛らしい存在だ。

 

「あらあ。見知った人がいると思ったらぁ、垣根さんじゃなぁい」

 

真守と垣根が美琴と共に食事場のテントへ向かうと、水着姿の食蜂操祈が顔を出した。

食蜂は垣根が抱き上げている真守をちらっと見る。

朝槻真守は第二学区から出ないようにしている。この場にいることがばれたら、色々面倒だ。

それを察している食蜂。真守は察しが良い食蜂を見て、ふふっと笑う。

 

「食蜂、さつきちゃんが来たぞ」

 

真守は自分の事を慮ってくれる食蜂を見つめて、優しく声を掛ける。

 

「知ってるわあ。さっきからウチの子たちのテンションが妙に上がってるしぃ」

 

食蜂は小さいおててをふりふり振る真守を見て頷く。

真守は傍らにいる美琴にちらっと目を向けてから、食蜂を見る。

食蜂ももちろん水着を着ている。常盤台中学が指定している、ごく普通のスクール水着だ。

 

吹寄なんかは指定の水着を着ていなかったが、『学舎の園』の者たちは枝垂桜学園の弓箭も含めて、スクール水着を着ている。

美琴も食蜂も同じスクール水着を着ている。だがその体の豊満さは段違いだ。

もちろん食蜂の方が大きい。ちなみに食蜂の方が普通真守より大きかったりする。

 

「発育からも分かるけど遺伝子には本当に優劣があるよなあ」

 

真守がボソッと呟くと、美琴が体を守って声を上げる。

 

「あんまりセクハラすると怒るわよ!!」

 

「ちょっと感想が出てしまっただけだ、セクハラじゃない。それに遺伝子に優劣があろうと大丈夫だぞ。能力でどうにかなるからな。私が証明だ」

 

真守はぺたぺたと自分の体を触りながら笑う。

真守は遺伝的に大きくなる方ではなかった。そのため真守の伯母であるアシュリン=マクレーンは真守より小さいし、アシュリンの胸もつつましい。

だが真守は自身の能力によって、アイドル体型という完璧なプロポーションを手に入れることができた。

 

「美琴も本当に困ったら助けてやる」

 

「ほ、本当……っ?」

 

あらゆるエネルギーを操る事ができる能力者。それはつまり体内のエネルギーも操作できて、体の成長を促すホルモンを生成できるということだ。

真守の提案に美琴は目を輝かせて、食蜂は呆れる。

真守は美琴たちとたわいない話をして、垣根と一緒に昼食を食べた。

そして視察を終えると、真守と垣根は弓箭に見送られて『学舎の園』を出た。

 

「垣根、付き合ってくれてありがとう」

 

真守は垣根に抱き上げられたまま、垣根の腕の中で微笑む。

垣根は真守の頭を優しく撫でて、そして笑う。

 

「いまの学園都市の要のお前は『施設(サナトリウム)』から出られねえからな。学生たちが心配だからお前が俺の作った体で外に出るって言うなら、一緒に行くに決まってるだろ」

 

インフラ設備が崩壊している現状。

エネルギーを無限に供給できる朝槻真守は極めて重要だ。

そのため第二学区の『施設(サナトリウム)』には、ならず者たちが朝槻真守を狙ってやってくる。

そのならず者たちは武装無能力集団(スキルアウト)がほとんどだが、裏では暗部組織や『大人達』が手引きしていることが多い。

学園都市を統率している真守を落とせば、学園都市を掌握することができるからだ。

 

絶対能力者(レベル6)である私に手を出すとはバカなヤツらだ。裏で生きる者たちがせっせと表に張り巡らせた情報網が破綻した今、彼らもなりふり構っていられないのだろう」

 

インフラ設備の壊滅。それにはもちろん、既存の連絡網の壊滅も含まれている。

学園都市の暗部は表を操作できるように、様々な罠を張り巡らせている。

だがインフラ設備の壊滅でせっかく頑張ってこしらえた全てが破壊されてしまったのだ。

彼らが焦って焦って、現在学園都市を手中に収めている真守に手を出してくるのも頷ける。

 

「俺の女に手を出すとか、良い性格してんじゃねえか」

 

「ふふ。私には強い番犬さんがたくさんいるからな。安心だ」

 

真守は垣根とすっかり様変わりしてしまった学園都市を見回す。

大熱波によって、一気に様変わりした学園都市。

うだるような熱気。ビルなんかは特にぎらついていて、触れればやけどしそうなほどだ。

そんな学園都市の街並みには、ところどころで純白で際立つ物体が置かれたり、白いパイプが張り巡らされている。

それらは垣根帝督が未元物質(ダークマター)で造り上げたインフラ設備だ。

 

「垣根の力がフルに発揮されててうれしい。垣根の力はみんなを守れる力だ」

 

真守は学園都市のいたるところで垣根帝督の力が発揮されていて、本当に嬉しそうにする。

垣根は我がごとのように喜んでくれる真守を見て、ふっと笑った。

 

「お前に会わなきゃ、こんな風に力を使うことなんてなかったよ」

 

垣根はご機嫌に笑う真守の頭を優しく撫でる。

本当にこの少女がいたから、自分はここまで来られたのだ。

そしてこの少女も。自分がいたから学園都市を掌握するに至った。

何でもできる、万能の塊の少女。そんな少女が自分の力を必要としてくれるのは、本当に嬉しいことだ。

 

「みんなが問題ない生活をしてるって分かったし。帰ろうか、垣根」

 

「そうだな」

 

垣根が頷くのを見ると、真守は人差し指を立てる。

絶対能力者(レベル6)である朝槻真守は万能だ。たとえ、垣根帝督が造り上げた避難用の体を使用していても、だ。

そのため真守が人差し指をくるっと回すと、真守と垣根はその場から姿を消した。

行き先はもちろん朝槻真守の神殿、第二学区にある『施設(サナトリウム)』だ。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

施設(サナトリウム)』内にある、朝槻真守の寝所。

そこで目を覚ました真守は、ゆっくりと体を起こす。

 

「さて。来客がいるようだし行かなくちゃな」

 

そう言葉を零す真守は学校指定のスクール水着を着ていた。

アイドル体型の真守がスクール水着を着用していると、妙になまめかしい。

隠されているからこそのエロがある。青髪ピアスたちが良く言っているが、それは的を射てる言葉であった。

 

「ちゃんとパーカー着ろよ、真守」

 

妙に煽情的な真守のすらりとした体躯。

それを露出してほしくない垣根がパーカーを寄越すと、真守はげんなりとする。

 

「……しょうがないな。垣根の言う通りにしてやる」

 

真守は垣根から受け取ったパーカーをいそいそと着る。

本当なら面倒なことこの上ないのだが、大熱波が始まった当初に真守と垣根はパーカーを着るか着ないかで既に押し問答を繰り広げている。

いま一度口論をするのは面倒だし、結局真守がパーカーを着ると折れなければならない。時間と労力の無駄である。

 

「ヘンタイが『施設(サナトリウム)』内にいるわけじゃないのに……」

 

真守がぼそっと呟くと、垣根は真守を睨む。

 

「なんか言ったか?」

 

「何も言ってない」

 

真守は即座にふるふると首を横に振って答える。

 

「さ、垣根。行くぞ」

 

真守はパーカーを着ると垣根と共に、ビーチサンダルでぺたぺた廊下を歩く。

そして会議室を改造して造られた謁見室にやってきた。

 

「お疲れさまなのです」

 

二つの長ソファとローテーブルが置かれている謁見室には、一人の少女がいた。

左胸にうさぎ模様がついた、つつましい胸を覆うビキニ。

前開きのピンクのパーカーを被った頭には、ウサギの耳のようなアンテナがついている。

ソファに置いてあるグレーのリュックにはぱんぱんに荷物が詰まっており、どこからどう見ても重そうだ。

 

「待たせてごめんな、府蘭」

 

府蘭という少女は上里勢力の一員だ。

上里が言うには首元にインプラントを埋め込んだ、自称UFO少女。巨大風船で空を飛んだり世界中の無線電波を蒐集したりする、いわゆる不思議系少女である。

上里と真守の間でやり取りをする際、だいたい彼女が『施設(サナトリウム)』に赴いている。

真守は垣根と共に、府蘭の向かいのソファにちょこんっと座った。

 

すると真守の身の周りの世話をしている繚乱家政女学校の生徒が食事を持ってきた。

真守は幼女真守で食事を摂ったが、本体ではまだ食事を摂っていないのだ。

府蘭に断りをいれて、真守はサンドイッチに手を伸ばす。

それを見ていた府蘭は真守が聞ける態勢を整えると、口を開いた。

 

「依然として、木原唯一の居場所はこちらではつかめてないのです」

 

エレメントを繰り出した元凶、木原唯一。

彼女の狙いは上里翔流だ。最愛の木原脳幹を奪った上里を、木原唯一は決して許さない。

上里勢力の女の子たちは、上里翔流をつけ狙う木原唯一のことを血眼になって探っている。だが学園都市に来て日が浅い彼らは、学園都市の隅から隅まで知っているわけではない。そのため今の今まで、木原唯一の影も尻尾も捉えられていない。

上里翔流はそれなりに真守のことを信頼している。だからこそ自分たちで木原唯一を探しながら、朝槻真守のところへ府蘭を派遣したりするのだ。

府蘭はむぐむぐとサンドイッチを食べている真守を見て、こてっと首を傾げる。

 

「そちらではどうです? 木原唯一への糸口は見つかっているです?」

 

「うん。でも今は動く時じゃないからな」

 

府蘭は真守の返答を聞いて、少しだけ目を細める。

 

「……すぐに動かないのは、学園都市を完璧に掌握するためですか?」

 

「そうだぞ。私と垣根の約束を叶える第一歩だ」

 

真守はにこっと微笑む。

朝槻真守は垣根帝督と一つの約束を交わしている。

それは学園都市の学生たちが全員、笑って過ごせる環境を造り上げることだ。

そのためには根本から、学園都市を変えなければならない。

 

「アレイスターは様々なアクシデントを利用して突き進んでいる。彼のように私は木原唯一とお前たちが引き起こした大熱波を利用して、学園都市の表を支配する。とても理に適っているだろう」

 

学園都市を変える。その第一歩として、学生たちを統括する存在になるのは非常に重要なことだ。

権力者は自分のことを支援してくれる人々がいなければ力を持てない。

学生たちがいなければ、学園都市だって成り立たない。それは当然のことだ。

 

その点で言えば、今回上里勢力が引き起こした大熱波は利用するに値するものだった。

既存のインフラ設備の崩壊。それにより、学生たちは無尽蔵のエネルギーを生み出せる真守に頼らざるを得なくなった。

そこで独裁じみたことをせずに民主的な統治ができれば、学生たちは真守たちをすんなりと受け入れることができる。

 

真守と垣根が学園都市を改革するための一歩。もう少し様子を見たいところだが、それでも現状は上手く行っている。

学生の中には役に立たない『大人達』の代わりに、真守が学園都市を運営していった方が良いと言う者もいるくらいだ。

 

「府蘭、お前が宇宙ステーションで引き起こしてる大熱波は裏の人間が頑張って表に仕込んだモノを全部吹き飛ばしてくれたからな。これで裏の人間が手を出せないほどに表の統率を取ってしまえば、裏の人間は手を出せなくなる」

 

学園都市には多くの仕掛けが存在している。

そしてその仕掛けは大体が科学技術で構成されている。

今回の大熱波はそれらを全て綺麗さっぱり破壊してくれたのだ。

裏の人間が手を出せない状態。この状態で真守と垣根が新たなインフラ設備を造り上げてしまえば、もうどうにもできなくなる。

 

「とはいっても、私が支配しているのは事実上なだけだ。学園都市の根幹は変わらずに、この街の王が掴んでる」

 

真守が鋭く目を細める中、府蘭は淡々と真守に問いかける。

 

「だから、機会を狙って統括理事長に仕掛けるのです?」

 

「そうだぞ。それしかない。ここで畳みかけないとな」

 

この学園都市は変わらずに統括理事長が握っている。

そのため真守はこの機に乗じて統括理事長、アレイスター=クロウリーへと攻撃を仕掛けようとしているのだ。

そしてアレイスターを陥落させて、この学園都市を変える。

かつて真守が垣根と約束した、『みんなが笑って過ごせる学園都市』というものを実現するために。だからぽっと出の上里勢力に邪魔されたら敵わないのだ。

 

「足並みをそろえてほしいから木原唯一の場所は言わない。でもそうすると、上里勢力の女の子たちは納得しないだろう。──だから、ヒントを与えてやる」

 

真守はニコッと笑うと、上里勢力の少女である府蘭に笑いかける。

府蘭は少し不服そうにしていたが、真守のヒントを聞くしかないと考える。

そのためくぴっと氷の入った麦茶を飲みながら、黙って真守の話を聞く態勢を整えた。

 



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第九〇話:〈情報整理〉と至上の幸福

第九○話、投稿します。


上里翔流に復讐するべく、エレメントで学園都市を蹂躙する木原唯一。

その木原唯一から上里翔流を守りたい上里勢力の一人、府蘭。

真守は府蘭へ、上里を守るために木原唯一へと近付くために情報を整理する。

 

「現在、大熱波によってあらゆるインフラ設備は崩壊した。裏で暗躍していた人間が頑張って張った情報網もぜーんぶ吹っ飛んだ。その状況で木原唯一は上里翔流に復讐するために情報を収集しなければならない。どうすれば良いモノか」

 

「……手元の技術で情報網を構築するのですね?」

 

真守は府蘭の問いかけのような答えに頷く。

インフラ設備が壊滅している現在、誰も彼もが既存の手法での情報収集は不可能となった。

だがなんとしても木原唯一は上里翔流に復讐するために、情報を集めなければならない。

復讐。そのために彼女は手元の技術──還元生命で情報収集を行っているのだ。

 

「木原唯一は還元生命と呼ばれる技術でエレメントのガワを生み出して、魂に相当するコアに魔術の四大元素を埋め込んで動かしている。アイツの手の中には万能とはかけ離れながらも、柔軟な技術がある。それを情報収集に使わない手はありえない」

 

エレメントを形作っている還元生命と呼ばれる技術。

それは分化の可能性を秘めている万能細胞とは真逆の技術だ。

 

あらゆる動植物の死骸は、長い時間を掛けて石油となる。

だがもし石油から動植物へと分化できたらどうなるか? というアプローチで生み出されたのが還元生命であり、エレメントなのだ。

 

だが還元生命だけでは生命や魂を再現できなかった。

そのため木原唯一は魔術である四大属性を頼った。結果、『火』『水』『土』『風』と言った四属性の力を持つエレメントが辺りを闊歩することとなったのだ。

 

「つまりあの女はどこかで絶対に、還元生命で造った()()を使っているということです? 情報収集のために無線だけですべてをこなすことは事実上不可能です」

 

真守は府蘭の推察を聞いて微笑を浮かべる。

 

「話が早い。流石UFO少女を自称しているだけあるな」

 

木原唯一の操るエレメントはその体長の大きさでクラス一からクラス六まで存在している。

だが実は、クラス一よりも小さなクラスゼロと呼ぶべき米粒サイズのエレメントが、密かに存在しているのだ。

 

木原唯一はそのクラスゼロに該当するエレメントを使って、情報収集をしている。

まず、木原唯一は米粒サイズのクラスゼロに情報を収集させ、その情報を超音波に変換させる。

だが超音波である関係上、ごく限られた距離でしか届かせることができない。

 

そのため木原唯一は学園都市のあちこちに還元生命によって、中継地点であるアンテナのような透明の小さな結晶の柱を立てている。

中継基地である結晶の柱の根元には、エレメントの神経網を利用した有線情報網が張り巡らされている。クラスゼロによって超音波に変換された情報は結晶の柱に集められ、地下に埋め込まれた有線を伝って木原唯一のもとに届けられるのだ。

 

有線を辿って行けば、必ず木原唯一の下に辿り着く。

その情報を手にした上里勢力の府蘭は小さく頷く。

 

「……成程。その方向で、私たちは木原唯一を調べてみるです」

 

「うん。お前たちが木原唯一の居場所を突き止める頃には、私の学園都市の掌握も安定しているころだからな。その時にまた話をしよう。それまで上里勢力が大暴れしないように取りまとめ頑張ってな」

 

「……そこまで計算しているのですか。やっぱりあなたは侮れないのです」

 

全てを掌握している朝槻真守。そんな真守をじっと見つめて、府蘭は眉を少しひそめる。

真守はちょっと警戒している府蘭に笑いかける。

 

「大丈夫だ。学園都市が変われば木原唯一のように上里にちょっかいを掛けるヤツもいなくなる。そしたら平和に暮らせる」

 

「……個人的には学園都市がどうなろうと知りません。ですが上里ちゃんが幸せに生きられるのであれば力を貸しますです」

 

府蘭は自分の願いを口にすると、一つ頷く。

 

「では上里ちゃんには私からうまく話をしておくです。……それと、去鳴がお礼を伝えてくれと言っていましたです」

 

真守は府蘭の口から去鳴の名前が出て、小さく頷く。

 

「良かった。こっちに帰って来てないし、僧正やネフテュスはまだ上里と一緒にいるんだよな」

 

理想送り(ワールドリジェクター)は魔神たちの願いが集積してできた力だ。

そんな理想送りを与えられた上里翔流は、魔神を憎悪していた。

理想送りのせいで、少女たちが歪んでしまったと考えていたからだ。

 

女の子たちを惹き付ける理想送り(ワールドリジェクター)が右手に宿っているからこそ、何のとりえもない、平凡な上里翔流に少女たちは惹かれる。

それは間違いだと、真守と上条は何度も上里に伝えていた。だが一度思い込んで、魔神たちへの復讐に走った上里翔流は止まれなかった。

 

そして紆余曲折あって、上里翔流は理想送り(ワールドリジェクター)を木原唯一に奪われた。

上里翔流の理論で行けば、理想送りを手にしている木原唯一に女の子たちが惹かれるはずだった。

だがそうはならなかった。

 

上里翔流は理想送り(ワールドリジェクター)を失ったことで、女の子たちが理想送りによって自身に惹かれているわけではないのだと気が付いたのだ。

 

真守や上条当麻の言う通り、理想送り(ワールドリジェクター)とはただのきっかけに過ぎない。

女の子たちはありのままの上里翔流が好きだから、上里の周りに集っているのだ。

 

理想送り(ワールドリジェクター)を失ったことで冷静になれた上里翔流。彼は初めて魔神たちと冷静に話ができるようになった。だから魔神である僧正とネフテュスは上里翔流に会いに行ったのだ。

 

「あの魔神共は上里ちゃんが気に入ったようです。魔神はお人形みたいなので害がありませんし、私も上里ちゃんが良い方向に変わってくれて良かったと思っていますです」

 

かつて。魔神オティヌスによって世界が終わり、心が折れた上条当麻。

彼を立ち上がらせることができたのは、すぐに救いの手を伸ばす朝槻真守ではなく、ミサカネットワークの『総体』だった。

それと同じことを、魔神も上里翔流にしたのだ。

 

「うん、とても良いと思うぞ。魔神たちがきっかけで上里が前に進めるのならば、私もそれが一番だと思う」

 

去鳴が真守にお礼を言ってくれと府蘭に言ったのは、真守が上里の目を覚まさせるために、魔神たちを送り出した張本人だからだ。

魔神たちのおかげで、上里翔流は前を向くことができた。

未だに大切なお兄ちゃんを中心としたハーレムができているのは、去鳴の望むところではない。

それでも上里翔流が腑抜けから脱して前を向いて歩き出したことが、去鳴にとってとても良いことなのだ。

 

「では伝えるべきことは伝えましたのです。それでは」

 

府蘭は荷物を持つと、そのまま部屋を出て行く。

垣根は最後にぺこっとお辞儀をした府蘭を見つめながら辟易する。

 

「ったく。クソバカハーレム野郎が取りまき連中と暴走するせいで、ここ数日はずっととばっちりくらってたからな。これで大人しくすりゃいいけど」

 

「ふふ。確かにちょっと大変だったケド、収穫もあったぞ。学園都市を変えるために、大切な一歩を踏み出すことができたのだから」

 

この学園都市の王であるアレイスター=クロウリーは、あらゆるアクシデントを利用して『計画(プラン)』を進めている。

この街の王がアクシデントを利用して突き進むなら、学園都市で生まれた真守たちがアクシデントを利用して学園都市を良い方向へ変えても悪いことではないのだ。

 

「学園都市を変える。その一歩が上里勢力の引き起こした大熱波で踏み出せたというのは、本当に喜ばしいことだ。それに木原唯一を排除すれば、上条を目の敵にしなくなった上里たちも安心して過ごせるだろ。万事オッケーだ」

 

「……そうだな。お前が良いって言うなら俺もそれでいい」

 

垣根は笑うと、真守の頭を優しく撫でる。

真守はふにゃっと笑うと、幸せそうに目を細めた。

 

「垣根に頭撫でてもらうの好き」

 

「そうか。これからもたくさん撫でてやる」

 

垣根が笑っていると、コンコンコンッと会議室の自動扉が叩かれる。

 

「どうぞ」

 

真守が声を掛けると、誉望が入ってきた。

 

「垣根さん、仲介人がこの『施設(サナトリウム)』に来てます」

 

「あ? カブトムシ(端末)捕まえようとしてコンタクト取るなら来いっつったが、本当に来たのかよ」

 

垣根は真守のことをむぎゅっと抱きしめながら、悪態を吐く。

エレメント襲来に伴う、大熱波。

その事態に大人達は対処できていない。学生たちの中には、真守に学園都市の統治を任せた方が良いと考えるものが出てくるほどだ。それほどに大人達は、現状に手をこまねいている。

そのため垣根帝督は、自分の保身のために真守に近づく大人達の相手をしているのだ。

 

「ッチ。面倒くせえが真守のためだ。軽く嘲笑って送り返してやる」

 

垣根は悪態を吐きながらも立ち上がる。

そんな垣根とすれ違うように誉望は真守へと近付き、タブレット端末を差し出した。

 

心理定規(メジャーハート)さんからの報告書とレポートを持って来ました。大人や学校に所属していない人々専用の補給所でトラブルがあったようですが、『(しるべ)』の担当官が解決したそうです」

 

「そうか、ありがとう。心理定規(メジャーハート)にはとても助かってる。大変だけど重要なことを担ってもらってるからな」

 

「朝槻さんと垣根さんのおかげで新たな制御領域の拡大(クリアランス)の取得ができましたからね。意外と楽しそうに大衆心理を制御しています」

 

垣根帝督率いる『スクール』の一員、心理定規(メジャーハート)

心理定規は人と人の心の距離を操ることができる能力者だ。そして彼女の能力は視覚に依存している。そのため対面した人の心の距離を変えて、尋問するなど役立てていた。

 

心理定規(メジャーハート)が能力を使うために依存している視覚。

それを真守が補強し、垣根が真守の指示で補強できる装置を未元物質(ダークマター)で造ることによって、彼女は大衆心理まで操ることができるようになったのだ。

 

現在、学園都市では『学会』や『能力』、『芸能』など、様々な主義主張を持つ集団が生まれて行動している。

その集団ごとの大衆心理の距離を測り、各集団がそれぞれで衝突しないように心理定規(メジャーハート)は促しているのだ。

 

真守たちが大衆心理を操っている。それが公になったら面倒になるが、大衆心理自体には手を加えていない。つまり学生たちの思想は守られているという事であり、この状態を維持すれば学生たちが思想の距離を衝突しないように調整されていると気づくことはいない。

 

「誉望も色々と細かい事やってくれてありがとな」

 

「いえ。『スクール』でやっていた事の延長線みたいなものなので、特に難しくありません」

 

誉望は真守にお礼を告げられて、垣根の反応が気になってどきどきしながらも応える。

垣根は面白くなさそうに眉を動かしたが、特に何か言いたくなったわけではないので真守を見る。

 

「真守、俺が離れるからってあんまり無理するなよ」

 

「大丈夫だぞ、絶対能力者(レベル6)を甘く見ないでほしい」

 

真守は笑うと、サンドイッチを食べていた手を拭く。

そしてタブレット端末を誉望から受け取って、カブトムシとトンボを呼ぶ。

 

「垣根には面倒な相手もしてもらって、とても助かってる。ありがとう」

 

「薄汚いヤツらの相手をお前にさせるわけにいかねえだろ。任せとけ」

 

垣根はタブレット端末を手にした真守の頭をぽんぽんっと撫でる。

そして真守の頬にキスをしてから離れた。

 

「ふふっ」

 

真守は垣根がキスしてくれたのが嬉しくて、ふにゃっと笑う。

垣根はそんな真守を見て笑うと、誉望と共に部屋から出て行く。

 

「よし。私も頑張るぞっ」

 

真守は気合を入れると、膝に乗ったカブトムシとトンボに手を伸ばす。

上条当麻に言ったように、朝槻真守は一人で学園都市の学生たちを守っているのではない。

垣根帝督に帝兵さんと帝察さん。そして『スクール』の面々。

真守のことを神として掲げる『(しるべ)』の子たち。

様々な人に支えられているからこそ、真守は頑張れるのだ。

多くの人が助けてくれる。これほどうれしいことはない。

 

「みんながいるから頑張れるんだ。みんながいるから頑張りたいと思うんだ」

 

真守はカブトムシとトンボのの頭を交互に撫でて微笑みながら、本日の業務に取り掛かった。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

深夜。もうすぐ一二時を迎える時。

朝槻真守は全ての業務を終えて、寝所にやってきていた。

キングサイズの天蓋付きのベッド。その上に寝転ぶ真守はスクール水着ではなく、薄着のパジャマを着ている。

もう寝る時間。そのためいつも猫耳ヘアにセットしている真守の髪は下ろしてあり、風呂に入ったため髪はしっとりと濡れている。

 

「あ、垣根。やっと来た」

 

真守は寝所の扉が開いて、ごろりと寝転がったままベッドの上から垣根を見上げた。

 

「こんな時間までどこ行ってたんだ?」

 

真守はいそいそとベッドの上で動くとむくりと起き上がって、同じく寝間着姿の垣根を見上げる。

垣根は真守のことを見つめて、柔らかく微笑む。

 

「ちょっとな。色々やることがあった」

 

「ふふ。遅くまでお疲れさまだ」

 

真守は笑うと、タオルケットを掴んでぽんぽんっとベッドを叩く。

 

「早くこっちに来て、垣根」

 

垣根は笑うと、真守に近づいて手を伸ばす。

 

「ん」

 

真守は一つ唸ると、すりすりと垣根の手にすり寄った。

 

「どうした、垣根」

 

真守はにこっと微笑む。垣根はベッドに座ると、真守のことを抱きしめる。

 

「俺はお前のことが大事だ。お前が幸せなら何でもいい」

 

「そうだな。いつも垣根はそう言ってる。垣根の幸せは私が幸せでいるコトだって」

 

真守は垣根に優しく抱きしめられたまま、にこにことする。

 

「私も垣根の幸せが大事だ。垣根が幸せだと私も嬉しい」

 

ここに来るまで、互いに色々あった。

垣根帝督は学園都市に星の数ほどある悲劇に遭って、大切な人を失くした。

神様としての素質を兼ねそろえて生まれた朝槻真守も、自分に大切なことを教えてくれた源白深城を完全には助けられなかった。

色々と傷を背負って、それでも自らの望みを叶えるために進み続けてきた。

その結果、朝槻真守と垣根帝督は出会ったのだ。

運命的に。そして、必然的に。二人は邂逅した。

 

「真守。お前がいたから俺は幸せになれるんだ。……ありがとな、真守」

 

垣根は真守の体を離す。そして柔らかく笑った。

 

 

「誕生日、おめでとう」

 

 

時刻は深夜一二時。つまり日にちを跨ぐ時間。

日付が変わった今日は一二月八日になった。それはつまり、朝槻真守の誕生日なのだ。

朝槻真守が初めてきちんとした形で迎える誕生日。

 

「ありがとう、かきねっ」

 

真守は泣きそうになりながら、柔らかく微笑んだ。

垣根はそんな真守のことを抱きしめる。

 

「……真守。生まれてきてくれて、ありがとう」

 

「っありがとう、本当にありがとね垣根」

 

真守は垣根の腕の中で、にこにこと微笑む。

すると。真守の寝所に繋がる自動扉が開け放たれた。

 

「真守ちゃんっ!!」

 

声を上げたのは源白深城だ。そして彼女のそばにはアシュリンや林檎、白い少年と黒髪の少年や緋鷹がいる。

 

「おたんじょーびおめでとぉ!!」

 

深城はその声と共に、手に持っていたクラッカーを鳴らした。

ぱーんっというクラッカーの音と共に、ひらひらとテープが舞い踊る。

真守はその様子に、大きく目を見開く。

 

「真守ちゃーんっ!!」

 

深城は真守に突進する。

そして垣根に少し避けてもらうと、真守のことを思いきり抱き締めた。

 

「むぐっ」

 

真守は小さく呻く。そんな真守に、深城はすりすりと頬を寄せる。

 

「おたんじょーびおめでとぉ、真守ちゃんっ」

 

「ありがと……っ」

 

真守は息が詰まりそうになりながらも、深城にお礼を告げる。

そんな真守と深城に、アシュリンが近付いてきた。

アシュリンも学園都市の学生たちと変わらずに水着を着ているが、今は薄着のパジャマだ。

アシュリンは柔らかく微笑むと、真守から離れた深城と交代して真守の事を抱きしめた。

 

「真守ちゃん。お誕生日おめでとう。マクレーンを代表してわたくしが来たわ」

 

「……ありがとう、伯母さまっ」

 

真守はアシュリンに抱きしめられたまま、林檎と白い少年、黒髪の少年から花束を貰う。

 

「まだ日付が変わったばっかりなのに、こんなに幸せで良いのかな……っ」

 

真守は大切な人たちに囲まれて誕生日を祝われてしまい、思わず困惑してしまう。

そんな真守に近づいたのは、『(しるべ)』の代表である車椅子の八乙女緋鷹だった。

 

「幸せでもいいのよ、真守さん」

 

「緋鷹……ありがとうっ」

 

真守は花束を抱きしめたまま、ふにゃっと笑う。

やいのやいのと盛り上がる深城たち。

だが既に深夜なのだ。そのため深城は真守のことを最後にギュッと抱きしめる。

 

「明日はパーティーだよ、パーティー。たっくさん人呼んで、たっくさんお祝いしてあげるからねっ真守ちゃん!」

 

「ふふ。エレメントが襲来して大熱波が起こってるのに。パーティーとはな」

 

真守は異常事態なのにパーティーを開くのはどうかと思って、くすくすと笑う。

そんな真守を見て、深城は気合を入れて決意を込めた瞳で真守を見た。

 

「どんな状態でも真守ちゃんの誕生日パーティーは大事なの!! 絶対にお祝いするんだから!」

 

「ありがとう、楽しみにしてる」

 

真守は自分のことを抱きしめてくる、最愛の少女に微笑む。

深城たちが去った後。垣根は真守の頬に手を沿える。

そしてそっとキスをした。

 

「……ふふ。一六歳になって初めてのちゅーだ」

 

真守は垣根とキスができて、とろんっとした笑みを見せる。

 

「一足先に結婚できる年齢になっちまったな、真守」

 

垣根は真守のことを優しく抱きしめる。

この世で一番安心できる男の子の腕の中。

真守は垣根の胸板にすり寄りながら、にまにまと笑う。

 

「垣根のお嫁さんにしてもらうからな。待ってる」

 

「当たり前だ。世界を救っちまうお前を受け止められるのは俺しかいねえだろ」

 

垣根は笑って、真守の頬に手を沿える。

一六年前、神様としての素質を兼ねそろえて生まれてきた、朝槻真守。

垣根帝督にとって、誰よりも貴い命。

世界を救うどころか、この少女には世界を創り出す能力すらある。

そんな少女のことを、垣根は優しく抱きしめる。

誰よりも愛おしい少女。垣根は真守の命の温かさを感じながら、幸福を感じていた。

 



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第九一話:〈一年一度〉の幸せな朝

第九一話、投稿します。


一二月八日。早朝。

初めてきちんとした誕生日の朝を迎えた真守は、ゆっくりと目を覚ました。

真守は小さく身じろぎすると微笑を浮かべる。

自分が今日も変わらず、垣根帝督の腕の中で眠る事ができてるからだ。

 

(へへー……っ一六歳になっても垣根の腕のなかっ)

 

真守は嬉しくて幸せで、にまにまと笑う。

すりすりと垣根の胸板に頬を擦り寄せる真守。

真守が早朝の幸福を過ごしていると、垣根が起きた。

 

「……おはよう、真守」

 

垣根帝督は少し眠そうに、真守に朝の挨拶をする。

真守はいつもと同じ事なのに、この上ない幸せを感じてにこっと笑う。

 

「おはよう、垣根」

 

「これ、プレゼント」

 

「む?」

 

真守はとんっと優しく頭にプレゼントを乗せられて、きょとっと目を見開く。

どうやら垣根は枕元にプレゼントを用意してくれていたらしい。

真守は綺麗にラッピングされたプレゼントを見ると、ふにゃっと笑った。

 

「ありがとう、垣根」

 

「……これはおふざけでも真剣なヤツだ。後でちゃんとしたものも渡す」

 

寝起きでちょっとのんびりとした、垣根帝督の言葉。

真守はその言葉にとても嫌な予感がして、声を上げる。

 

「おふざけ?! おふざけで真剣ってなんだ一体……っ!」

 

真守はちょっとわなわな震えながらも、垣根からのプレゼントを開けるために体を起こす。

おふざけだろうがなんだろうが、開けてみないと分からない。

警戒する真守を見つめて、垣根はふあっと欠伸をする。

 

「安心しろ。エロいものじゃない……」

 

「ええーすごく、そこはかとなく不安……ッ」

 

少し寝ぼけている垣根を見つめて、真守はとても不安になる。

真守は色んな意味でドキドキしながら、ラッピングを丁寧にはがす。

薄い箱だ。おそらくアクセサリーか何かなのだろう。

 

(アクセサリーでおふざけってどういう意味だ、本当に……ッ)

 

真守は戦々恐々としながら、ぱかっとプレゼントを開ける。

 

「チョーカー……?」

 

垣根からのプレゼントはチョーカーだった。

高価な黒のリボン。

それと白銀のチェーンと、小さなエメラルドが嵌めこまれた四角いシルバープレート。

黒と白で構成された、見るからに上等な品であるチョーカー。

真守は誕生日プレゼントを見て、きょとっと目を見開く。

垣根は手を伸ばして、プレゼントを見つめる真守の顎に触れる。

 

「お前は俺のモノだ」

 

垣根は笑いながら、真守の首に優しく触れる。

 

「っっ」

 

寝起きの垣根は、はっきり言って色気がすごい。

そのため真守が息を呑むと、垣根はふっと笑った。

 

「お前は俺のだから。俺がお前にチョーカープレゼントしてもいいだろ?」

 

「………………かきねのばか」

 

真守は垣根の妖艶さにやられて、顔を赤くしてぼそぼそと呟く。

 

猫のように大きな瞳。小さな口。整った顔立ち。

真守はどこからどう見ても、高貴な黒猫の外見をしている。

チョーカーとは高貴な猫の首輪を連想させるようなものだ。

そして真守は黒猫系美少女として、チョーカーが大変似合いそうな愛らしい白い首筋をしている。

だが真守はどんなに深城にお願いされても、チョーカーは絶対にしないと宣言していた。

 

理由は『誰のものでもないから』である。

首輪とは誰かの飼いネコ的な意味合いがある。誰のものでもない=恋人がいないからこそ、真守はチョーカーをNGにした。

 

大切な男の子ができたらしてやらんでもない。

真守のその主張を、深城は受け入れた。

そして、現在。朝槻真守は垣根帝督のモノとなった。

真守はむーっと口を尖らせて、垣根を睨んだ。

 

「どうせ深城が垣根からもらったチョーカーなら私がつけるって教えたんだろ……ッ」

 

「決まってるだろ」

 

垣根はご機嫌に目を細める。

その姿が本当に絵になるのだから、美形は本当に罪深い。

真守がドキドキする中、垣根は起き上がる。

そして優しく、真守からチョーカーを受け取った。

 

「つけてやる」

 

真守は朝からすごくかっこよくて心臓に悪い垣根に見つめられて、頬を赤くする。

チョーカーを垣根からプレゼントされることについて、抵抗はない。

垣根の言う通り、自分は正真正銘垣根のモノだからだ。

 

「……ん」

 

真守は一つ唸ると、垣根に向かって首を差し出す。

プライドの高い黒猫のように、優美な少女。

不満そうにしながらも真守が急所である首を自分に差し出す様を見た垣根は、気持ちが満たされて意地悪く笑う。

 

垣根は真守が苦しくならないように、チョーカーを要領よく手早く付ける。

真守は大変不服そうにしながら、垣根が首に巻いてくれたチョーカーにくっついているシルバープレートをちょこんっと触って確認した。

 

「満足か、垣根」

 

「そうだな。すげえ満足だ」

 

どこからどう見ても自分のモノだと分かる真守が本当に愛おしい。

そのため垣根が優しく抱きしめると、真守は不満そうにしながらも垣根にすり寄った。

 

「真守」

 

細いながらも、今日も抱き心地が柔らかい真守。

そんな真守のことを愛おし気に抱きしめて、垣根は笑った。

 

「誕生日おめでとう」

 

「……うん」

 

真守は垣根に心の底から誕生日を祝われて、幸せになってしまう。

 

「ありがとう、垣根」

 

真守は垣根にぎゅっと抱き着いて、安心する腕の中を満喫する。

 

「愛してる」

 

「っ私もだいすきだ……っ」

 

真守はすりすりと垣根にすり寄ると、柔らかく微笑む。

 

「朝からとっても幸せだ、垣根。……おふざけで真剣なプレゼントって言われた時はちょっと不安だったけど。でも、うれしい」

 

真守はチョーカーをすることに抵抗ない。というか深城にNGを出したが、機会があれば一度ファッションとして身に着けたいと思っていた。

だが一度NGを出した手前、自分で決めたルールを破るのが真守は嫌だと思っていた。

そんな自分のために。好きな男の子が、自分のことを想ってチョーカーを選んでくれた。

それはとても嬉しいことだ。

 

「お前が幸せでうれしい」

 

垣根は愛おしい少女のことを抱きしめて、目を細める。

真守は朝の幸福な時間をたっぷり堪能すると、垣根から離れる。

 

「垣根、気持ちを切り替えて頑張るぞっ。学生たちの生活を守らなければっ」

 

「そうだな。お前は誕生日でも頑張るに決まってるもんな」

 

垣根は笑うと、真守の頭を優しく撫でる。

 

「夜は誕生日パーティーだからな。それまでやってやろうぜ」

 

「うんっ頑張る!」

 

真守はふにゃっと笑うと、朝の支度を始める。

そして食堂に行くと、真守はマクレーン家の人々にお祝いされた。

花を渡されて、何度も何度もおめでとうと言われて。

真守は幸せでにこにこと笑っていて。垣根や深城、真守のことを大切に思っている人々も嬉しそうに見守っていた。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

第二学区にある、核シェルターを改造して造り上げられた『施設(サナトリウム)』。

絶対能力者(レベル6)、朝槻真守の神殿は、平時であっても秘匿された場所だ。

だが大熱波が起こっている現在、公的に朝槻真守は『施設』にいることになっている。

そのため人造生命体であるカブトムシによって、厳戒態勢が敷かれていた。

 

そんな厳重警戒がされている『施設(サナトリウム)』。その内部を、土御門元春は朝槻真守の友人権限で闊歩していた。

 

学生たちが全員、大熱波の暑さにやられて水着となっている現状。

普段からアロハシャツを着ている土御門元春は、それほど浮いていない。

いつもと同じ格好をもっとラフにした土御門の手の中には、一つのプレゼントが握られていた。

今日は、朝槻真守の誕生日だからだ。()()()()()()()()()

 

「朝槻ぃ! 一六歳の誕生日おめでとぉーうだぜえ!!」

 

土御門元春は真守がいるであろう会議室を改造した部屋の扉を開けて、声を上げる。

会議室と言っても、堅苦しいテーブルとイスはない。ソファとローテーブル、観葉植物などが並べられた、安らげるオフォスのようなインテリアだ

その部屋にいたのは、真守だけではなかった。

当然として垣根帝督、それと真守の伯母であるアシュリン=マクレーン。

そして何故か、土御門元春の義妹──土御門舞夏もいた。

 

「……あり?」

 

土御門が思わず声を上げる中、アシュリンは土御門舞夏を見た。

 

「あなたの紅茶の淹れ方、とても気に入ったわ。ウチで雇いたいくらいね。学園都市の教育は本当に質が良いのね。能力開発にだけ力を入れているわけじゃないのは教育として真っ当だわ」

 

「本場の方にそう言われるととても嬉しいなー」

 

表情が乏しいながらも、アシュリンの手放しの賞賛に微笑む義妹。

そんな義妹がアシュリンのそばにいて、ちょっとだけ不意を突かれた土御門。そんな彼を見て、真守は笑った。

 

「土御門。上条たちは今日も変わらずに大丈夫そうか?」

 

「もちろんだ。カミやんたちは変わらずに楽しくやってるぜよ。朝槻の方も色々あるみたいだけど、それなりに充実してそうでよかったにゃー」

 

土御門はそう笑いながら、サングラスの向こうで視線を動かす。

アシュリンはにこやかに微笑んでいるが、土御門を注意深く観察している。

 

イギリス清教に(くみ)する事なんてありえない、ケルトの一族であるマクレーン家。

そんなマクレーン家は現在、最大主教(アークビショップ)を警戒している。

イギリスを表からも陰からも支えているマクレーン家。そんなケルトの一族と険悪な仲になっている最大主教は、確実に地位が危ぶまれている。

そんな理由もあるからこそ、()()()()()なのだ。

 

「なあ、朝槻。話があるんだが」

 

「ん? なんだ、土御門」

 

真守は可愛らしくこてっと首を傾げながら返事をする。

このあどけない少女が完成された人間──神人(しんじん)であり、この学園都市を牛耳っているとは普通であれば考えられない。

だが目の前の少女が絶対的な力を持っているのは事実だ。だからこそ、土御門元春は交渉をしに来たのだ。

 

「俺を助けると思って、俺を雇ってくれないか?」

 

「うん。いいぞ」

 

即答した真守を見て、土御門は苦笑する。

この少女ならば、絶対に自分のことを雇ってくれるだろう。

それが分かっていたから、土御門元春は苦笑したのだ。

 

朝槻真守は現状、この学園都市を仕切っている立場にある。

そして今回の大熱波を足掛かりにして、アレイスターに挑もうとしている。

真守が垣根帝督たちと本気で反抗すれば、あのアレイスターもただでは済まない。

 

多角スパイである土御門元春は、アレイスター=クロウリーと契約している。

その契約内容は義妹の土御門舞夏の安全を保障してもらうというものだ。

だが大熱波が起こり、実際に舞夏を守ってくれているのは朝槻真守だ。

だからこそ生き残るには、ここらが鞍替えの時なのだ。

 

「いいんですかにゃー? かわいい姪っ子が即答しちまったけど」

 

土御門は柔らかい笑みを浮かべる真守から視線を外して、アシュリンを見る。

アシュリンは涼しい顔をして紅茶を飲み、舞夏へとお代わりを要求する。

 

「真守ちゃんが良いと言ったのに何が不満なの? イギリス清教に所属しながらも学園都市に入れ込んで多重スパイとなった陰陽博士?」

 

土御門の現状を完璧に理解している、マクレーン家の淑女。

マクレーン家は朝槻真守のことを、異様とも受け取れるほどに大切にしている。

そんなマクレーン家ならば、真守の周りにいる人物を念入りに調査するのは当然だ。

だからこそ、アシュリンは土御門元春の置かれている立場とスタンスを理解している。土御門の何が致命傷になるのかも、何もかも。

下手なことはできない。だからこそ土御門はアシュリンを確かに信じることができる相手として、首を横に振る。

 

「別に朝槻が雇ってくれるのが不満なわけじゃないですたい。マクレーンのご令嬢がどう考えてるか気になっただけだぜい」

 

「ふふ。そういうことにしておきましょう」

 

アシュリンは『姪っ子が危ない人間を雇おうとしてるけど本当にいいのか』という本心を隠した土御門を笑う。

その上で、アシュリンは土御門の問いに答えた。

 

「真守ちゃんが信頼しているのであればわたくしが言うことは何もないわ。せいぜい真守ちゃんのことを悲しませないように努力してね?」

 

強者の余裕。高貴な家柄に生まれた者特有の優雅さ。

そんなアシュリンを伯母に持つ、マクレーン家の血を引く真守。

真守がよりにもよって学園都市の要になるとは数奇な運命だ、と土御門は思う。

アシュリンは紅茶を飲むと、土御門を見た。

 

「真守ちゃんに雇ってもらうのであれば、わたくしのお願いも聞いてくれるかしら?」

 

「マクレーン家の命とあれば喜んで受けるにゃー」

 

格式高いマクレーンと太いパイプができるのであれば、儲けものだ。

土御門はそう考えて、即座に応える。

 

「ふふ。良い就職先が見つかって良かったわね。あなたと一緒に義妹(いもうと)さんもウチで雇おうかしら?」

 

アシュリンは土御門元春から視線を外して、土御門舞夏を見る。

アシュリンに話題に出された舞夏は、無表情ながらも目を輝かせる。

 

「おー。兄貴と一緒のところでお給仕できるのは嬉しいなー」

 

土御門は舞夏がアシュリンの申し出を喜ぶ中、心の中で呟く。

 

(兄妹そろってマクレーンに永久就職か。それも悪くなさそうだ)

 

マクレーン家はイギリスの貴族としてきちんとした地盤がある。

そして土御門元春はマクレーン家が大事にする朝槻真守の友人だ。

それなりに好待遇で雇ってくれるし、切り捨てられる時は自分が裏切った時のみだ。

確かな地位を持っているアシュリン=マクレーン。彼女はソファから立ち上がって、自分が着ている青の水着のパレオの裾を優雅になびかせながら、土御門を見た。

 

「では少し話をしましょうか。場所を変えましょう」

 

真守はこの場から離れようとする伯母を見上げる。

 

「伯母さま。あんまり土御門をイジめちゃだめだよ」

 

「ふふ。真守ちゃんの友人なのだから、あんまりいじめないわよ」

 

にこにこ笑うアシュリン。それでもアシュリンが策士でSっ気があることを理解している真守は、ちょっと心配になる。

 

「舞夏。伯母さまたちを案内してくれ。突き当たりの会議室だ」

 

「おー分かったー」

 

真守が声を掛けると、舞夏はアシュリンと土御門を先導する。

 

「あ、我が愛しの義妹よ。これ朝槻に誕生日プレゼントとして渡しておいてくれー」

 

「ん? 分かったのだープレゼントは夜に一斉に開けることになってるから、私が預かっておくぞー」

 

舞夏は自身の義理の兄から真守への誕生日プレゼントを受け取る。

内心ほくそ笑む土御門。

アシュリンはおふざけでもきちんと心のこもったプレゼントを用意した土御門を見て、肩をすくめる。

それを知らない真守と垣根はというと、会議室で仕事を始めた。

 

「よし。垣根、午前中にちょちょっと目を通さなければならないものを見せてくれ」

 

「ほらよ」

 

垣根帝督はカブトムシが持ってきたタブレット端末を真守に手渡す。

真守は軽い手つきですいすいっと動かしていたが、その指を止めた。

 

「あれ。なんだか今日は少ないな?」

 

真守は学園都市を掌握するために各方面が寄越した報告書や申請書を確認している。

だが真守が目を通さなければならないファイルの量が、昨日の十分の一にも満たないのだ。

真守はそれに首を傾げて、垣根を見る。

 

「今日はお前の誕生日だからな。極力減らした」

 

垣根は真守の小さな頭に触れると、猫耳ヘアを崩さないようにぽんっと撫でる。

真守は垣根に優しく頭を撫でられて、気持ちよさそうに目を細めながら、口を尖らせる。

 

「む。別に誕生日だろうと変わらずに日々を過ごさなければいけないのに。……でも、ありがとう。垣根」

 

「別に誕生日くらい甘えたっていいだろ、この優等生」

 

初めて自分の誕生日をきちんと祝えてもらう真守。それなのにいつもと変わらない日常を送ることを決めている真守の頬を、垣根はつんつん突く。

 

「……ふふ、ちょっとは甘えてもいいのか?」

 

真守がふにゃっと笑って首を傾げると、垣根は頷く。

 

「当たり前だろ。別に大事な日じゃなくても、お前は俺に甘えていいんだ」

 

垣根はそう言って、真守の事を優しく抱きしめる。

真守は微笑を浮かべていたが、次の瞬間むっと口を尖らせる。

そして自分を抱きしめる垣根の胸板をゆるく押した。

 

「ありがとう、垣根。──でも離して。暑苦しい」

 

インフラ設備が真守の手によって完備されていると言っても、エアコンをフルに使って温度を下げるのは体にも良くない。

そのためそれなりに部屋の中は暑く、水着だろうが密着すれば暑苦しくてうっとうしいのだ。

真守が抱擁を拒絶すると、垣根は明らかに不機嫌になる。

 

「おい逃げるな」

 

垣根は真守の首にきちんと巻かれているチョーカーのチェーンを引っ張る。

真守は首を優しく強く引っ張られて、顔を歪めた。

 

「変なところに指を掛けるな、ヤメロっ!!」

 

ぺいっと真守が垣根の手を叩くと、垣根は不満そうに眉を寄せる。

そして次の瞬間、垣根は真守に襲いかかった。

真守はぴゃっと飛び上がると、その場から身を翻して逃げ出す。

学園都市をよりよくするために表を支配しようとしても、朝槻真守は変わらない。

そして垣根帝督も変わらずに。自分の思い通りにならないと、真守に対して実力行使に出ていた。

 



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第九二話:〈協力者達〉と前を向く

第九二話、投稿します。


現在、木原唯一のエレメントから学生たちを守るために引き起こされている大熱波。

朝槻真守は上里勢力によって大熱波を引き起こされた際、この学園都市にいる超能力者(レベル5)たちに声をかけていた。

 

もちろん我の強い超能力者(レベル5)たちが徒党を組むわけがない。

第五位の原子崩し(メルトダウナー)、麦野沈利と第七位の藍花悦、そして第八位の削板軍覇は、それぞれが守るべき者や手を差し伸べるべき者たちへと手を差し出している。

それでも真守は彼らと一度連絡を取って、自分たちの動向を伝えてある。

とはいっても藍花悦はこの学園都市に無数に存在する。そして本物の藍花悦は接触されるのを嫌うので、窓口的な男に伝言を残したくらいだが。

 

その他の超能力者(レベル5)である第四位と第六位である常盤台中学校のコンビ──御坂美琴と食蜂操祈と真守は直接的に協力関係を築き上げている。

第三位の垣根帝督はもちろんのこと。となると残りは超能力者(レベル5)第二位、一方通行(アクセラレータ)なのだが、一方通行は真守に『お願い』されて、『施設(サナトリウム)』の防衛をしている。

『お願い』の代わりに、一方通行は真守に電極のバッテリーの安定供給を行ってもらっていた。

既存のインフラ設備が壊滅した現状、現在のインフラ設備を掌握している真守から電力を供給してもらうのが一番良いのだ。

 

「……オマエたちは外が暑かろォが何だろォがいつでもくっついてンだな」

 

一方通行(アクセラレータ)は真守と垣根のいる会議室に入って、思いきり呆れる。

一方通行の前で、水着姿の真守は同じく水着姿の垣根に後ろから抱きしめられていた。

真守の表情は不満そうだ。そして垣根も真守を抱きしめていても不機嫌そうだ。

一方通行は真守がお昼ご飯を一緒に食べたいと言ったから、会議室に来たのだ。

真守は大変不服そうにしながら、口を尖らせたまま一方通行に声を掛ける。

 

「垣根が離してくれないんだ」

 

「いつものことだろォが」

 

「いつものことだけどお前の前ではイヤっ! バカップルだと思われるっ」

 

(だいぶ周知の事実だろォが。何をいまさら)

 

一方通行(アクセラレータ)は重すぎる愛を互いに抱いている真守と垣根を白い目で見つめる。

 

「垣根、お願い。暑苦しいしもういいだろ。離して」

 

真守は呆れる一方通行(アクセラレータ)の前で、自分のことを抱きしめている垣根の手をぺちぺちと叩く。

垣根は自分から離れようとしている真守のことをじろっと睨む。

 

「嫌だ。お前は俺のモンだし、そいつには特に見せつけるべきだ」

 

「めんどくさ」

 

真守は自分の気持ちをはっきり口にする。

垣根はむっと顔をしかめると、真守の首筋にキスをした。

 

「ヤメロっ人前でちゅーしないでっ!」

 

真守は本気で嫌になって、垣根から離れようとする。

ばたばたと暴れる真守。だが天使に近い完璧な肉体を持っている垣根帝督を前にして、女の子としての力しか出さないようにしている真守は無力だ。

 

「源流エネルギーで焼くぞ、この痴漢っ!」

 

「痴漢じゃねえよ。どうして自分(テメエ)の女に手を出すのが痴漢になるんだよ」

 

ぎゃあぎゃあわーわー騒ぐ真守と垣根。

一方通行(アクセラレータ)はそれを見て、大きくため息を吐いた。

 

「……痴話ゲンカしてンなら、俺は食堂で飯食うからな」

 

「えーやだ。垣根、後で埋め合わせしてやるから離せ! 一方通行(アクセラレータ)とご飯食べたいっ。おねがいっ!」

 

真守は一方通行(アクセラレータ)とお昼を一緒に過ごしたくて、垣根に好条件を出す。

垣根は大変機嫌悪そうにしながら、言質を取るために真守を睨む。

 

「なんでも許してくれなきゃ許さねえ」

 

「分かった分かったっ。えっちなこと以外はなんでもいいっ!」

 

垣根は条件を限定されて少し不服そうだったが、真守を離す。

真守はほっと安堵すると、垣根の隣にちょこんっと座る。

そして向かいのソファに一方通行(アクセラレータ)を手招きして、手元のベルで繚乱家政女学校の生徒を呼んだ。

生徒によって、会議室には丁寧に昼食が並べられる。

一方通行はメイドに昼食を用意されながら、眉をひそめる。

メイドに世話されることなんて、早々にないからだ。

 

「ふふ」

 

小さく笑ったのは真守だった。一方通行(アクセラレータ)はご機嫌な真守を見て、顔をしかめる。

 

「どォしたンだよ、愉快な顔しやがって」

 

一方通行(アクセラレータ)が私のお願い聞いてくれたのが嬉しい」

 

真守は一方通行(アクセラレータ)の服装を見て、にこにこご機嫌にする。

一方通行は彼がいつも好む入ブランドのパーカーに、薄手のシャツ。そして長めの海パンという、他の学生よりもちょっと厚着をしている。

真守が着なきゃダメ! と声を大きくしたからだ。

 

一方通行(アクセラレータ)は着ているものなんてどうでも良かった。だが、真守がきつく言ってきたのだからしょうがない。

垣根はチッと舌打ちをして、葉物サラダへと手を伸ばす。

 

「別に男か女か分からない体付きしてるんだから気にする必要ねえだろ」

 

「良いわけないだろ、垣根。世の中には頭が悪いバカどもがたくさんいるんだ」

 

真守は一方通行(アクセラレータ)のことを軽視する垣根をじとっと睨む。

世の中には色々な人間がいるという。

そんな人間に大切な一方通行の柔肌を見せるわけにはいかないのだ。

垣根はいつもより過保護な真守を見て、眉をひそめる。

 

「どうやったら超能力者(レベル5)第二位のことをヤバい人間がそういう目で見られるんだ。見た時点でこの世とさようならだぜ」

 

「それでもダメ。ぶっぶー」

 

真守は大きくバッテンを作って、NGを出す。

一方通行(アクセラレータ)はため息を吐きながらも、昼飯のハンバーガーを口にする。

このハンバーガー、どうやらすべてが手作りらしい。

ジャンキーだけどジャンクフードではない。

そのため一方通行は食べていて、なんだか微妙な気持ちになる。

そんな一方通行の横で、真守は小さいお口を大きく開く。

 

「ん。おいしいっ」

 

真守はおいしい食材をふんだんに使ったハンバーガーを頬張って、微笑む。

そんな真守の横で、垣根はクーラーボックスの中を確認した。

 

「真守。デザートはシャーベットだってよ」

 

「シャーベットっ」

 

真守は冷たいアイスに目を輝かせる。

そんな真守と垣根の前で、一方通行(アクセラレータ)はアイスキューブという溶けない氷が入ったアイスコーヒーを口にする。

 

「……外は大熱波で暑いってェのにアイスか」

 

一方通行(アクセラレータ)はキンキンに冷えているアイスコーヒーを見つめて、少しちぐはぐな感じがして呟く。

真守はもぐもぐと食べていたハンバーガーを呑み込むと、付け合わせのポテトへと手を伸ばす。

 

「そうは言っても、人工的な大熱波だし、私がエネルギーを供給してるからな。学校の子たちも普通に水とか氷とかふんだんに使えてるぞ」

 

「安心安全なサバイバルってことかァ。そォいう触れ込みになってやがるし」

 

安心安全なサバイバル。

学生たちは人工的な大熱波とエレメント襲来をそのように捉えている。

理由はやはり真守の存在が大きい。

インフラ設備が崩壊して外が大熱波で五五度以上になっていようとも、室内はそれなりに快適になっている。

しかももし何か困る事があれば、トンボ型の携帯電話である『帝察さん』に連絡を取れば真守が解決することになっている。

しかも高位能力者や一芸に秀でている学生たちは自分の力を思う存分発揮できる。

朝槻真守の統治。それは隙がどこにもないほど優れたものだった。

 

「統括理事会の奴らや『大人達』はどォしてやがるンだ」

 

「統括理事会の一員の親船最中なら直接会いに来たぜ。礼儀がなってたから俺が相手してやった」

 

垣根はフライドポテトに手を伸ばしながら、一方通行(アクセラレータ)の疑問に答える。

 

「あの女、『この際だから学生に対して理不尽な制度を取っ払うのはどうか』って言ってきてな。統括理事会の弱みやらなんやらの証拠を提出してきた」

 

「親船ならやりかねねェな……」

 

一方通行(アクセラレータ)は意外と狡猾な女性である親船最中を思い出して目を細める。

そんな一方通行を見て首を傾げた真守は、もぐっとハンバーガーを呑み込んでから口を開く。

 

一方通行(アクセラレータ)は親船さんと知り合いなのか? ……上条と土御門に手を貸したり貸してもらってたのは知ってるけど。一方通行も関係があったとはな」

 

「あァ? ヤツらにも手を貸してただとォ?」

 

一方通行(アクセラレータ)は思わず声を上げる。

第三次世界大戦が勃発する前。ローマ正教はC文書と呼ばれる霊装によって、世界各地で学園都市は悪者だとして信仰者たちに暴動を引き起こさせていた。

そのC文書を巡った際、親船最中は土御門と上条に手を貸していたのだ。

ただ親船最中と上条当麻の接触は学園都市上層の意図していないものだった。

そのため親船は土御門元春に粛清されたのだが、それはさておき。

親船が手を貸したことで上条と土御門は天草式十字凄教と共に、アビニョンの問題を解決することができたのだ。

 

「私は親船さんと上条たちの活躍を直接は知らない。あの時『施設(サナトリウム)』にこもっていたからな」

 

真守はちまちまハンバーガーを食べながら何の気なしに告げる。

すると、真守の横で垣根がそっと目を細めた。

 

(そォいや暗部抗争の時、この男は消えたコイツを探してたんだっけかァ)

 

一方通行(アクセラレータ)が垣根を見て目を細める。真守も垣根の様子に気が付いて、苦笑した。

 

「ごめん垣根、トラウマだよな。でも必要なことだったから」

 

「……分かってる」

 

垣根は真守の言葉に頷いて、ハンバーガーを口にする。

真守は垣根の腕をパーカーの上から優しく撫でながら、一方通行(アクセラレータ)を見た。

 

「それで。一方通行(アクセラレータ)はいつ親船さんと仲良くなったんだ?」

 

「仲良くなってねェよ、利害の一致だ。……塩岸の野郎を追い詰める時にちょっとなァ」

 

「塩岸?」

 

真守が聞いたことのない人物に怪訝な顔をすると、気を取り直してアイスコーヒーにミルクをいれていた垣根が口を開く。

 

「統括理事会の一員で、エイワスのクソ野郎のことを知ってたヤツだ」

 

一方通行(アクセラレータ)の言葉に真守はミルクアイスコーヒーを飲むのを止める。

 

「……そうか。一方通行はエイワスに直接会っているんだよな」

 

エイワス。

聖守護天使と呼ばれるかの存在は、召喚方法が確立されているためアレイスターが呼べばすぐに光臨するだろう。

これから真守はアレイスターに挑む。もしかしなくとも対峙する事になるだろう。

 

「エイワス、か……」

 

真守は超越存在のことを、考えてぽそっと呟く。

あれは並大抵では敵わない相手だ。

それを一方通行は理解しているし、夢を媒介にして接触された真守も良く知ってる。

 

「大丈夫だぞ。私たちはアレイスターと真正面から戦うわけじゃないんだから。いつものように話せば良い。何も問題ない」

 

「……そォだな」

 

一方通行(アクセラレータ)は笑う真守を見て、自分もふっと笑う。

この少女ならば、できないことはない。そう思わせてくれる頼もしさが、真守にはある。

垣根も同じ気持ちだ。だからハンバーガーを美味しそうに食べる真守を見つめて、柔らかく微笑んでいた。

 

「……で。オマエたちはいつこの状況を収束させるために動くンだ?」

 

「今日は私の誕生日だから、お祝いがあるし。明日以降に動こうと思ってる。一方通行も今日のお誕生日会は楽しんでくれ。最終信号(ラストオーダー)たちも呼ぶ」

 

初めての誕生日。初めてのお祝い。

それが嬉しくて真守が幸せそうに笑っていると、一方通行(アクセラレータ)は眩しいものを見るかのように目を細めた。

 

「…………おめでとォ」

 

「うんっ。ありがとう、一方通行(アクセラレータ)!」

 

真守が満面の笑みで答えると、一方通行(アクセラレータ)は気恥ずかしくなって目を逸らした。

垣根は真守が楽しそうにニコニコしている様子を見て、思う。

少し前だったら、今の状況は考えられない事だ。

全ては朝槻真守と出会った時から始まった。

垣根はそれが愛しくて。真守の頭へとポンッと手を置いて、優しく撫でた。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

「むー……」

 

真守は会議室のソファに寝っ転がったまま、小さく呻く。

 

「どうしたんだよ、真守」

 

垣根は胡乱げな瞳でカブトムシのネットワークに接続していた。

だが真守が難しい顔をしていたので首を傾げる。

 

「……美琴のA.A.Aを駆動させる様子を見ていたんだ」

 

垣根は真守から放たれた言葉を聞いて、眉をひそめる。

A.A.A。

対魔術式駆動鎧(アンチアートアタッチメント)。それはアレイスター=クロウリーが科学と魔術によって作り上げた兵器であり、本来の用途は彼に接続して力を得るというものだ。

 

「伯母さまにあのA.A.Aの電子回路が描く魔法陣を見せたら、シジルの応用だと言っていた」

 

「……確かシジルって、別位相の力を限定的に呼び出すっつー絡繰りだったよな」

 

シジルとは近代西洋魔術の理論の一つだ。

別位相の『天使の力(テレズマ)』を引き出し、この世界の物品などに封入する技術。

それは大きなくくりで言えば、召喚術式と同じようなものだ。

この世界の力ではないものをこの世界に降ろすという場合では、ある意味で同じことなのだ。

 

「ある力を限定的に出力し、他の場所で行使する。『天使の力(テレズマ)』をこの世界に降ろすのもシジルの一種だ。聞くところによると、とある聖人が自らの強大すぎる力の出力を抑えるためにも使われているとか」

 

垣根はトンボのネットワークに接続して、真守と共に御坂美琴がA.A.Aを使う様をじっと見つめる。

 

「美琴は純粋な科学技術として扱っているけど、あれは明確にアレイスターに繋がるものだ。自分用にカスタマイズしたとしても、アレイスターの力を伝播することに変わりない」

 

「……何が自分を次のステージに連れて行ってくれる力だ。まるっきり借り物の力使って高みに至るとか、他力本願の塊じゃねえか」

 

垣根はそうぼやきながら、真守の髪を優しく撫でる。

 

「しかしまあ、この世界をアレイスターが認識制御で科学サイドと魔術サイドに分けたとか、壮大すぎる話だよな」

 

「垣根も私もついこの間までその認識制御下に入っていたからな。絶対能力者(レベル6)と無限の創造性を持つ二人を惑わすなんて、本当にすごいよな」

 

超能力と魔術が実は、まったく同じ理論で証明されてしまうこと。

朝槻真守は垣根帝督にだけ、その真実を知らせていた。

垣根もアレイスターの認識制御の支配下にあったが、朝槻真守は絶対能力者(レベル6)である。

そのため垣根をアレイスターの認識制御から解き放つことができるのだ。

解放された垣根に、真守はA.A.Aがアレイスターの力を伝播するものだと話している。

だからこそ、A.A.Aの危険性をきちんと理解しているのだ。

 

「そういやお前の伯母やマクレーン家についてはどうするんだ? 認識制御から解放して、科学サイドと魔術サイドの均衡を保つ手伝いしてもらうの?」

 

朝槻真守の伯母、アシュリン=マクレーン。彼女を含めたマクレーン家。

垣根が彼らのことについて口にすると、真守は首を横に振った。

 

「……それについては保留してる。分からないからな」

 

「分からねえって?」

 

垣根は思わず、真守の言葉をオウム返しする。

 

「伯母さまは……というか、マクレーンの人たちは私よりもたくさんのことを知ってる気がするんだ。……私という存在がいるからこそ、もしかしたら伯母さまたちは気づいているかもしれない。この世の真実に」

 

かつて。エルダー=マクレーンは『黄金』の魔術師に予言をされた。

いずれマクレーン家には完全なる肉体に完全なる精神を持つ、永遠を司る者が生まれる。

朝槻真守は魔術サイドに息づくマクレーン家においても特別な存在だ。

そのため魔術と根っこが同じ技術である科学にも、真守の才能は適応される。

 

「伯母さまたちは誰よりも世界のことをきちんと見つめている。だから私は伯母さまたちが気づいていないとは思わないんだ。とはいっても、もしかしたら伯母さまたちはアレイスターの認識制御下に入っているかもしれない」

 

色々話をしたが、真守もマクレーン家も全てをきちんと話せたわけではない。

真守も深城に会う前、自分がどんなに非情な人間だったかはあまり知って欲しくない。それと一緒で、マクレーン家も真守に全てを話せるわけではないのだ。

 

「……伯母さまたちも大変みたいだし、この状況でゆっくり腰を据えて話ができてない。だからうかつに話ができない」

 

「イギリス清教がキナ臭いらしいからな。俺たちも学園都市を守らなくちゃいけなかったし、そりゃ時間はねえよ」

 

科学サイドと魔術サイド。この世界を二つに隔てる技術。

その技術が実はアレイスターに仕組まれたもので。魔術サイドは科学サイドの技術を利用することができると知れば、混沌を極めるだろう。

 

「科学と魔術が実は根本のところで同じだという事実。それは魔術サイドと科学サイドの関係性にもヒビを入れる真実だ。慎重にならないとな」

 

「お前なら大丈夫だろ」

 

垣根は真守の頭を優しく撫でる。

 

「学園都市の学生たちを守れるお前なら大丈夫だ。お前なら世界中の人間も助けちまうよ」

 

「ふふ。ありがとう、垣根。垣根やみんなが手伝ってくれるからできるんだぞ」

 

真守は垣根に勇気づけられて、ふにゃっと笑う。

 

「みんなが納得できる世界。誰もが神さまになる事でさえ許される世界。それが私の望む世界だ。それを実現したい」

 

真守は自分の願いを口にすると、垣根を見上げる。

 

「一緒に優しい世界で幸せに生きような、垣根」

 

「お前となら、どこだって大丈夫だ」

 

垣根は真守の手を握って笑う。

この少女が望む世界。誰もが幸せになれる世界。

その世界でなくとも、垣根帝督はこの少女がいれば大丈夫だ。

だがこの少女が優しい世界を望むのであれば、それを手伝うのは当然のことだ。

真守はどんなことになっても自分の味方になってくれる垣根を見上げて微笑む。

そして誕生日パーティーまでにすべてを終わらせるべく、学生たちのためになる仕事を再開した。

 



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第九三話:〈最愛大切〉な人に囲まれて

第九三話、投稿します。
ほのぼの回です(嵐の前の静けさ的な)


一二月八日。朝槻真守の誕生日、その夜。

施設(サナトリウム)』では、真守の誕生日パーティーが開催されていた。

 

「真守ちゃんっ!」

 

真守に声を掛けたのは、もちろん源白深城だ。

真守はパーティー会場を見渡せる誕生日席に座っている。

謁見室の女王に見える真守。真守のすぐ横には垣根が立っており、その周りには林檎や弓箭、そして車椅子に乗った緋鷹と、アシュリンがクラッカーを持って立っていた。

 

「「「お誕生日、おめでと~!!」」」

 

一同の言葉と共にクラッカーが放たれて、色とりどりの紙テープや紙吹雪が舞う。

真守は自分のことを一身に祝ってくれる人々を目に焼き付けるように見つめる。

そして柔らかく微笑んだ。

 

「みんな、ありがとう」

 

真守が照れ笑いを見せながらお礼を口にすると、柔らかく拍手が巻き起こる。

初めてきちんとした日にちで祝う、自分の誕生日。

しかもパーティーが開かれるほどに多くの人が祝ってくれるのだ。

 

本当に幸せな事で、素敵な事だ。真守はそう思いながら、ふふっと笑った。

ハッピーバースデーの歌と共に、真守は誕生日ケーキの蝋燭の火を吹き消す恒例行事を行う。

それが終わると、人々はそれぞれでパーティーを楽しみ始めた。

真守は誕生日席から降りると、垣根と共にプレゼントの山の前までやってきた。

 

「こんなにプレゼントがたくさん……っ!」

 

綺麗にラッピングが施された、大小さまざまなプレゼント。

朝槻真守は少し前まで身寄りのない置き去り(チャイルドエラー)だった。

盛大な誕生日パーティーに加えて、これほど多くの誕生日プレゼントを貰う。

きちんとした誕生日も知らなかった真守。本当に、前の自分には想像もできないことだ。

 

「どうしよう、垣根。どれから開ければいいものか……」

 

あまりのプレゼントの大量っぷり。

真守は思わず、隣に立っている垣根のパーカーの裾をちょいちょいっと引く。

現在、学園都市は絶賛大熱波中なので冷房は最小限に抑えられている。

そのため会場にいる人々はみんなラフな格好か水着姿だ。

 

「気になるモンから開けりゃいいんだよ。これ全部お前のものなんだから」

 

垣根はプレゼントがありすぎて、困っている真守を見る。

真守の首には垣根帝督がプレゼントしたチョーカーが身に着けられている。

垣根はそれを見て満たされた気持ちになりながら、真守に笑いかけた。

 

「確かにこれ全部私のものだからな。それにいずれ全部開けることになるし……でも本当にどれから開けよう。一度にこんなにプレゼントをもらったことがないから目移りしちゃう……っ」

 

確かに普通の人間でも、これほどまでに誕生日プレゼントをもらったことなどないだろう。

そのくらい大小さまざまの誕生日プレゼントが並べられているのだ。

 

「真守ちゃん」

 

「深城」

 

真守は林檎と一緒に、自分と垣根用のジュースと軽食を持ってきてくれた深城に目を向ける。

 

「あたし、あの一番大きなプレゼントが気になるなあ」

 

深城が指を向けたのは、プレゼントの山の中で一番大きな箱だ。

迷っている真守のために深城が助け舟を出すと、真守は大きく頷いた。

 

「分かった。あの大きいヤツだな」

 

真守の身長の胸の高さと同じくらいの巨大なプレゼント。

真守はプレゼントのラッピングを綺麗に剥ぐ。

そして垣根の手伝いで、箱からプレゼントを出した。

プレゼントを見て、林檎は目をキラキラと輝かせてはしゃぐ。

 

「おっきい! おっきいテディベアだよ、朝槻!」

 

林檎の興奮する声が響く。

プレゼントの箱から出てきたのは、直立すれば真守の身長くらい全長があるテディベアだった。

ワインレッドの、顔が本当に綺麗に整っているテディベア。

それを見て、林檎の近くにいた弓箭が目を輝かせる。

 

「ふぁああかわいいですね! ねえ心理定規(メジャーハート)さん!」

 

「そうね。しかもどこから見ても手縫いだわ。……流石ね」

 

心理定規(メジャーハート)は遠目から見ても、丁寧に作られていると分かるテディベアを見て感心する。

高級な布を惜しげもなく使い、それを手縫いで縫い合わせる。

結構なお値段なことは確実だ。

 

真守は綿がきちんと詰まって、ずっしりと重いテディベアの両手を握る。

そして白い少年と黒髪の少年が目を輝かせる前で、控えめながらも真守はぎゅっとテディベアの胴体に抱き着いた。

高級な布は固い印象だが、きちんと柔らかくて肌触りがとても良い。

 

「それは僕からだよ。真守」

 

真守が顔を輝かせてぎゅーぎゅー抱き着いていると、銀髪碧眼のアシュリンと同年代の男性が声を掛けてきた。

マクレーン家次期当主として選ばれた、ランドンの弟の息子である。

つまりアシュリンにとっては従弟に当たる人物だ。

 

「ありがとう。とてもかわいい。うれしいっ」

 

真守がにぱっと笑ってお礼を言うと、次期当主は幸せそうに目を細めた。

 

「朝槻真守。私もぎゅーっとしたいぞっ」

 

「ボ、ボクもしたいっ」

 

真守のそばにいた白い少年、セイと黒い髪の少年、トモは真守にせがむ。

 

「うん。二人もぎゅーってしていいぞ」

 

真守が許可を出して二人が抱き着く中、林檎が手をパタパタ振って叫んだ。

 

「朝槻っ私も! 私もぎゅーってしたい!」

 

「うん。林檎もいいぞ」

 

真守から許可を貰った林檎は目を輝かせて、少年たちの輪に入ってぎゅーっとテディベアに抱き着く。ちびっ子三人が同時に抱き着いても余りあるくらい、テディベアは大きい。

真守はその様子を見て幸せそうに微笑を浮かべながら、垣根のパーカーの裾を引っ張る。

 

「垣根垣根。くまさんとてもかわいいなっ。最初からとても嬉しいプレゼントだ!」

 

「くまさんってなんだ。またかわいい言い方しやがって」

 

垣根が真守を見てくすっと笑うと、真守は目を見開いてから恥ずかしそうに笑う。

 

「深城がなんでもさん付けするから、口調が移ってしまうんだ」

 

深城はなんでもかんでもさんを付ける。しかもさんだけではなく『お』もたくさん使う。

おうどんやおそばしかり、イルカさんやペンギンさんしかり。

 

「あたしに釣られる真守ちゃんかわいい!!」

 

深城は自分に釣られる真守が愛おしくて、真守にぎゅっと抱き着く。

 

「むぐ。息が詰まる……っ」

 

真守は胸部装甲に顔を強制的に沈められて、むぐむぐ声を上げる。

 

「かわいい真守ちゃん。真守ちゃんはいつでもやっぱりかわいいねえ。ね、垣根さん!」

 

「そうだな」

 

「改めて言われると恥ずかしいから、そういうこと言うな……っ」

 

真守は深城に抱きしめられたまま、むぐむぐと文句を言う。

深城はご機嫌でにこにこ微笑んで、真守の首元を見つめる。

 

「垣根さんの所有物だっていうチョーカーも良く似合ってるねえ、真守ちゃん」

 

「はっきり言葉にするな、深城っ!」

 

真守は深城から頑張って逃れようとするが、離れることができない。

深城は幸せそうに目を細めると、つつつーっと真守のチョーカーに指を走らせた。

 

「っっ」

 

ちょっといやらしい手つきでチョーカーを撫でられて、真守はぞぞっと背筋が粟立ってしまう。

そんな真守を見て、深城は意地悪く微笑んだ。

 

「真守ちゃんは正真正銘垣根さんのモノなんでしょぉ? 別に隠す必要ないじゃない?」

 

「その通りだな、源白」

 

深城と真守を見ていた垣根は、ここぞとばかりに口を開く。

そして垣根は深城に抱きしめられている真守に近づき、その顎をくいっと自分に向けた。

すると垣根の視線から、真守のチョーカーが良く見えるようになる。

 

「良く似合ってる」

 

「うぅー……っ」

 

真守は顔を赤く染めて、ふるふると震える。

そんな中、パシャッと写真が撮られる音がした。

真守がきょとっと目を見開いてそちらを見ると、車椅子に乗った八乙女が写真を撮っていた。

 

「ひ、緋鷹っ!? なんで撮ってるんだ!」

 

「今日は私、撮影係なの」

 

柔らかい笑みを浮かべて車椅子に乗った緋鷹が言う中、真守は叫ぶ。

 

「恥ずかしいっ消してくれ!」

 

「あら。足の不自由な私を襲うのかしら、真守さん」

 

緋鷹がおどけて告げると、垣根は腕の中でじたばたしている真守へと甘く囁く。

 

「オイ真守。お前そんな性悪じゃねえよな?」

 

「ずるいっすごくずるいぞ、おまえたち!!」

 

真守は顔を真っ赤にして暴れる。

落ち着いた真守は顔を少し赤くしながらもプレゼント開封に戻る。

量が量なので、真守は深城や垣根、林檎たちと手分けしてプレゼントを開けていた。

可愛らしいジュエリーケース。いまは大熱波で必要ないが、白いマフラーと手袋。

 

真心が込められた、大切にしたい人たちからのプレゼント。

真守は自然と笑みがこぼれてしまって、にこにことプレゼントを開ける。

そして、真守は薄い箱に手を掛けた。

先程、この大きさと同じ箱には祖父がプレゼントしてくれたドレスが入っていた。

おそらくこの箱にも服が入っているだろう、真守はそう思いながら箱を開ける。

 

「なあっ!?」

 

真守は中に入っていた服を見て、バッと蓋を閉める。

 

その服とは、男を誘惑するためのベビードールだった。

 

この前まで男と付き合ったことがない無知な真守も、色々と勉強した。

そのため一目でわかった。あのすけすけの下着は完璧にベビードールだ。

真守は慌てて蓋を少し開けて、一緒に入っていたポストカードを取り出す。

そこにはプレゼントした人の名前が書いてあり、『アシュリン=マクレーン』と記載されていた。

 

『他の親族には内緒ね☆』

 

綺麗な筆記体で描かれたそれを見て、真守は顔を真っ赤にする。

これを着て垣根を楽しませろ。という事らしい。

 

(お、伯母さまぁぁぁあっ)

 

真守は涙目になって会場にいるであろうアシュリンを探す。

顔を赤くして、わたわたと慌てる真守。

それに気が付いた垣根は手にプレゼントを持ったまま真守に近づいてきた。

 

「どうした、真守」

 

「なっなんでもないっ何もなかったいいな聞くなよ!?」

 

「なんだよそんなに動揺して。マズいモンが入ってたのかよ。ちょっと待ってろ。これ確認したら見てや──」

 

垣根はそう言いかけて、自分が持っていた真守への誕生日プレゼントを開ける。

すると。

 

そこにはゲテモノメイド服が入っていた。

 

姫騎士ネコメイド。

英国製のゲテモノメイドで、姫騎士らしく甲冑を着ている。

だが甲冑の素材はてらてらしていて見るからに安っぽいし、甲冑と言いつつもちょろっとしかついていない。これでは確実に身を守ることなど不可能だ。

 

陳腐な甲冑の下に隠れているのはフリフリの超ミニスカートのメイド服。

しかもネコメイドと呼べるだけあって、上等な黒い猫耳と尻尾がついている。

真守と垣根はそれを見た瞬間、時が凍ったかのように動きを止めた。

 

「土御門のクソ野郎ォ!! どこ行ったァ!!」

 

こんな誕生日プレゼントを贈ったのは、土御門しかいない。

そう判断した垣根は即座に土御門を探す。

 

「真守に自分の性癖押し付けんじゃねェよ……!! あいつ、こんな時にまで遊びやがって!!」

 

空間をビリビリ言わせながら、垣根はこのプレゼントを真守に用意した極悪人、土御門元春の居場所を探す。

垣根がブチ切れる中、真守はほっと一息つく。

ゲテモノメイド服に気を取られたおかげで、垣根はアシュリンが贈ったベビードールに気が付いていないのだ。

一息ついた真守は少し興味が出て、姫騎士ネコメイドを箱から取り出す。

 

(この明らかに裾が短いパンチラ前提で作られてるメイド服、実用性ないだろ……)

 

かつて、神裂火織は堕天使エロメイドというメイド服を着ていた。

真守は一体どこの誰が何の目的で、デザインしているのだろうと真剣に考えてしまう。

 

「あの野郎、どこ行きやがった!! つーかいつの間にこんなの用意したんだよ!?」

 

垣根がカブトムシに指示を出して本気で探そうと思っていると、アシュリンが垣根に近づいた。

 

「土御門元春はわたくしが今使ってあげているの。後で追及するわ」

 

アシュリンはそう呟きながら、真守の持っているメイド服を見つめる。

 

「あら。これウチの国のブランドじゃない。……大切な姪にゲテモノ送りつけて。潰してやろうかしら」

 

「たぶん伯母さまにはブランド一つ潰すのは簡単だと思うけど、土御門が全力で悲しむからやめてあげてくれ」

 

真守は土御門のことを一応慮ると、いそいそとアシュリンに近づいた。

 

「というか伯母さま、なんてモノを私の誕生日プレゼントに選んだんだ……っ!」

 

「え? ベビードールのこと?」

 

「言葉にしないで、恥ずかしいっ!」

 

真守がコソコソ喋ってベビードールの事について訊ねると、アシュリンは柔らかく微笑んだ。

 

「女はテクニックも大事よ、真守ちゃん」

 

「うぅー服はテクニックに関係ないだろっ!?」

 

「関係あるに決まってるでしょ」

 

アシュリンはかわいらしい真守の鼻を、人差し指でちょんっと触る。

 

「ムードや服装だって男の人を悦ばすために重要なのよ。それに好きな女が愛らしい格好をしてたら、燃えるのが男という生き物よ」

 

「……か、垣根も?」

 

「当たり前よ。真守ちゃんに本気で惚れ込んでるんだから、すごく喜ぶわ」

 

真守はアシュリンに教えられて、むむうっと考える。

いつも優しくしてもらうばかりで、真守は垣根に何かしてあげたことがほぼない。

自分も垣根が喜んでくれる何かをするべきか。

真守が真剣に悩んでいると、アシュリンと真守に一人分の影がかかった。

 

「ん?」

 

顔を上げると、真守は顔を引きつらせる。

源白深城が目を輝かせている。

しかも『姫騎士ネコメイド』なるゲテモノメイド服をロックオンしているのだ。

真守がヤバッ、と顔を引きつらせる中、感極まった深城は叫んだ。

 

「かわいいっ!! これ着た真守ちゃん見たいっ!! 姫騎士さんで猫さんなんて、絶対にかわいいよぉ!!」

 

「いやあああ垣根ぇっ!! 深城を止めてぇ!!」

 

「ンなモン真守に着させるわけにはいかねえだろ、源白ォ!!」

 

垣根は深城から猫騎士メイドをひったくろうとする。

 

「いやだぁ! 真守ちゃんがかわいいメイド服着てる姿みたぁい!」

 

垣根からのひったくりをささっと避ける深城。

普段の深城からは考えられない反射神経だ。垣根は本気になっている深城を見て怒鳴る。

 

「源白、それこっちに寄越せ!!」

 

「やだぁやだぁ真守ちゃんに着てもらいたいっ!」

 

阿鼻叫喚に包まれる中、アシュリンはくすっと笑う。

真守は顔を真っ青にする。だが楽しそうにしているアシュリンとマクレーン家の人を見ると、困ったように微笑んだ。

まだまだパーティーは始まったばかりだ。

だから幸せな時間は、まだまだ続く。

 



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第九四話:〈和気藹々〉の幸福世界

第九四話、投稿します。


土御門元春が用意した英国由来のゲテモノメイド服──姫騎士ネコメイド。

それを着てほしいという深城の猛攻から逃げるために垣根を生贄に捧げた真守は、会場の隅へと来ていた。

真守が逃げた先には、壁に寄り掛かってコーヒーを飲んでいた一方通行(アクセラレータ)がいた。

一方通行はゲテモノメイド服を持って言い争いをしている深城と垣根を眺める。

もちろん深城が真守にゲテモノメイド服を着させたくて、垣根がどうしてもそれを止めたいという構図である。

 

「なンかオマエについてすげェ言い争いしてるみてェだけど」

 

「いいんだ一方通行(アクセラレータ)。あれは気にしないで」

 

真守は真顔でふるふると首を横に振る。

一方通行(アクセラレータ)は真守のことを考えて、それ以上追求しなかった。

するとバタバタと慌ただしい足音が聞こえてくる。

 

「あ! ミサカがおいしいごはんを取りに行ってる間にあなたが来てる! ってミサカはミサカは目を輝かせてみる!」

 

声を上げたのはもちろん打ち止め(ラストオーダー)。彼女は生ハムやローストビーフなど、いかにもなパーティー料理を持って走ってくる。

一方通行は打ち止めを見ずに、少し疲れた様子の真守を見つめる。

 

「うるせェのが来たから休めねェな」

 

「がーん! 最早ミサカはあなたの視界に入らない内から厄介呼ばわりされる存在になってしまったの!? ってミサカはミサカはおののいてみたり!」

 

打ち止め(ラストオーダー)が叫ぶ様子を見て、真守はふふっと笑う。

そして打ち止めと一緒に一方通行(アクセラレータ)のもとへと来た芳川とクロイトゥーネも一緒に笑いかけた。

 

「パーティーに来てくれてありがとう、芳川。それとクロイトゥーネも」

 

真守が笑みを浮かべてお礼を告げると、芳川とクロイトゥーネは嬉しそうに頷く。

そんな中、打ち止め(ラストオーダー)が感心した様子で真守を見上げた。

 

「あなたって実は貴族の人が身内にいたんだね、ってミサカはミサカは知らなかった事実に驚いてみる。一族総出でお祝いに来るなんてすごい愛情だね、ってミサカはミサカは感動してみたり!」

 

打ち止め(ラストオーダー)がアホ毛をぴょこぴょこ動かしながら我がごとのように喜ぶので、真守も嬉しくなって柔らかく微笑む。

 

「伯母さまたちは英国の方で色々あって、ちょうど出国しなければいけなかったんだ。それでせっかくだから、私の誕生日を祝おうって学園都市に来てくれたんだ。……まあ、伯母さまの話聞いてると出国しなければいけない理由より私の誕生日を祝う方を重要視してるけど。……でも、すごくうれしい」

 

真守は会場にいる、マクレーン家の人々に目を向ける。

マクレーン家の人々は真守が自分たちへの対応に戸惑わないように、遠くから見守っていてくれる。

真守が手をフリフリと振ると、当主であり真守の祖父であるランドン=マクレーンが手を振り返してくれた。

打ち止め(ラストオーダー)はそれを見て、嬉しそうに目を細める。

 

「ミサカはあなたを大切にしてくれる人がいることはすごく良いことだと思うって、自分の気持ちを伝えてみる。あなたはとっても頑張っているんだから報われなくちゃ、ってミサカミサカは当然のことを口にしてみる」

 

「ありがとう、最終信号(ラストオーダー)

 

真守は柔らかく微笑んで、自分の現状についてしみじみとする。

少し前までは自分の本当の誕生日すら分からなかった。

それなのにこうして親族一同に誕生日をお祝いしてもらい、大切な学園都市の人たちも招いてもらった。

本当に幸せな事で、そして今まで頑張っていた良かったと真守は本当に思った。

 

「真守ちゃん。お誕生日おめでとーです」

 

真守がしみじみしていると、打ち止め(ラストオーダー)のすぐ近くにいたクロイトゥーネが後ろ手で隠していたものを差し出してきた。

それは小さなピンクの花々の花冠だ。

真守は少しかがむと、クロイトゥーネに花冠を載せてもらう。

 

「ありがとう、クロイトゥーネ」

 

真守が柔らかく微笑むと、クロイトゥーネも嬉しそうに目を細める。

一方通行(アクセラレータ)はその様子を見ながら、()()()()()()()()チッと舌打ちする。

そして懐からジュエリーケースのような小さな箱を取り出して、真守に向かって放り投げた。

 

「わっ」

 

真守が柔らかくジュエリーケースをキャッチすると、一方通行(アクセラレータ)は顔を背ける。

 

「……まァ、何だァ。いつもの礼だ」

 

「ありがとう、一方通行(アクセラレータ)。開けてもいい?」

 

真守が柔らかく微笑んで問いかけると、一方通行(アクセラレータ)は気まずそうに頷きながらコーヒーを飲む。

真守がゆっくりとジュエリーケースを開けると、中には花をモチーフにしたピンキーリングが入っていた。

ペリドットという緑の宝石がついた、可愛らしいピンキーリング。

 

「ミサカも一緒に選んだんだよ、ってミサカはミサカは補足説明してみる。お誕生日おめでとう! って、ミサカはミサカはお祝いの言葉をあなたに送ってみる!」

 

「うん。ありがとう、最終信号(ラストオーダー)。とても嬉しい」

 

真守はにこにこと笑みを浮かべて、ジュエリーケースに入ったピンキーリングを見つめる。

そんな真守に、芳川が声を掛けた。

 

「私からはドライフラワーのブーケよ。長く飾っておけるから、飾ってくれたら嬉しいわ」

 

芳川は真守に可愛らしくピンクで整えられた、そのまま飾れるバスケットに入ったブーケを渡す。

 

「高価なものじゃなくてごめんなさいね。無職からすぐに脱却したら、またお祝いの品を買うわ」

 

真守は申し訳なさそうな芳川の前で、首を横に振る。

 

「別に高価なものが良いわけじゃない。私のために芳川が選んでくれたことがとても大切なんだ」

 

「……あなたならそう言うと思ってたわ」

 

芳川は柔らかく目元を細め、真守は幸せそうに笑う。

その様子を少し遠くから見ていた超能力者(レベル5)第五位、麦野沈利は堂々と歩くと真守に近づいた。

 

「しっかし外は大熱波が来てるって言うのに随分な騒ぎっぷりね」

 

真守はぎゅっとプレゼントを抱えながら、現れた麦野率いる『アイテム』に声を掛ける。

 

「麦野。麦野も『アイテム』の子たちと来てくれてありがとう」

 

「呼ばれたら来るわよ。あなたに恩を売っておくのも悪いことじゃないからね」

 

麦野は綺麗に巻いた髪を振り払いながら告げる。その隣で何も羽織らずに海パンだけを穿いてる浜面仕上は、びくびくしながら真守を見る。

 

「あんたって超能力者(レベル5)第一位で貴族の一員だったんだな。すげえプレゼントの山だし、美男美女がわんさかいるし……恐ろしい……」

 

浜面が場違い感に震えていると、隣にいた絹旗がふっと笑う。

 

「超一般市民の浜面には超場違いすぎる場所ですね」

 

「ぐぅう言い返せない……ッそうだよセレブのパーティーなんて麦野じゃないんだし、俺には到底場違いな場所なんだよ……っ」

 

「大丈夫だよ、はまづら。私はそんなはまづらを応援してる」

 

いつもの調子の彼らに真守は柔らかく微笑む。

すると頬に食べかすを付けたフレメア=セイヴェルンが興奮した様子を見せた。

 

「浜面浜面っ! 新しい料理が出てきたから取りに行きたい! 大体全部食べ尽くさなきゃ気が済まない!」

 

声を上げるフレメアを見て、実は『アイテム』と一緒にいた黒夜海鳥がため息を吐く。

 

「また始まったぜコイツ……」

 

フレメアは黒夜の呟きを聞くことなく、打ち止め(ラストオーダー)をびしっと指差した。

 

「にゃあ! おこちゃま! 決闘を申し込む! どっちがいかにパーティーを楽しめるか勝負だ!」

 

「む! いいだろう、その勝負受けて立つ! って、ミサカはミサカは宣言してみる! でもパーティーを楽しむって事はご飯をたくさん食べた方が勝ちって事じゃないってミサカはミサカは、」

 

「にゃあにゃあ! 御託を並べてる間に行動に出るべし! 浜面、れっつごー!」

 

「ちょ、引っ張んなって! しかもそっちには超セレブな人たちが固まってるし……っ!!」

 

浜面は嫌だ嫌だと言いながらも、フレメアに手を引かれていく。

 

「あ、話は最後まで聞けってミサカはミサカは……っ!」

 

打ち止め(ラストオーダー)は声を上げながら、素早く去っていくフレメアを追う。

フレメアに引っ張られる浜面を見て、不機嫌になる滝壺。

それに呆れながらも絹旗と麦野はついていく。

 

「ふふ。楽しそうだ」

 

真守が柔らかく微笑んでいると、一方通行(アクセラレータ)は疲れた様子を見せた。

 

「まったく。ガキは体力が有り余ってンな」

 

「元気なのは良いことだ」

 

真守がにぱっと微笑を浮かべると、真守のもとへ特攻してくる少女がいた。

 

「まもりまもりー!」

 

「インデックス。楽しんでるか?」

 

真守が純白のシスター服に身を包んだ少女に声を掛けると、インデックスは両手にターキーを持ちながら頷く。

 

「ご飯、とってもおいしいんだよ! まいかが作ったんだよね? まいかのご飯の味がするんだよ!」

 

「うん。繚乱家政女学校の子たちに伯母さまが頼んだからな。舞夏も作ってくれたと思う」

 

真守がインデックスと話をしていると、肩にオティヌスを乗せた上条当麻もやってきた。

 

「朝槻、誕生日おめでとう」

 

「神人であれば歳など関係ないと思うが……まあ祝ってやる」

 

「ありがとう。上条、オティヌス。楽しんでるか?」

 

「ウン。ちょっと現実の貧富の差に打ちのめされそうになってるけど、せっかくのお祝いだしな! 楽しんでるぜ!」

 

誕生日がパーティーになる時点で苦学生、上条当麻は打ちのめされそうだが気を取り直して生ハムを食べる。

 

「あ。あひょ(あと)これたんほーひふれへんほ(たんじょうびプレゼント)くひゃくせーらかな(苦学生だからな)。これ()かんふぇんひてふれ(かんべんしてくれ)

 

「うん。ありがとう」

 

真守が上条から細長い包みを貰って笑顔で礼を告げると、その様子を見ていた一方通行(アクセラレータ)がげんなりとした表情をする。

 

「食べながら渡すンじゃねェよ……」

 

「ふふ。年頃の男の子はこういうものを渡すのが照れくさくなるんだぞ、一方通行(アクセラレータ)

 

真守が上条の気持ちを察して小さな声で一方通行(アクセラレータ)に囁くと、一方通行は眉根を寄せる。

 

「そォいうモンかねェ……」

 

真守は微笑みながら上条からのプレゼントを開ける。

中にはシンプルな黒字に青の文房具セットが入っていた。気取ったものではなく、実用的なものを上条は選んでくれたのだろう。

 

「うれしい。ありがとう、上条」

 

「まもりまもり! 私はシスターさんとして、できることならなんでもするよ!」

 

インデックスが大口でターキーをかじりながら告げるので、真守は頷く。

 

「じゃあインデックス。この街の統括理事長・アレイスターのところに一緒に行ってくれ。アイツは間違うことなく稀代の天才魔術師、アレイスター=クロウリーその人なんだ。話をしに行くだけでも、魔術の専門家がいた方が心強いだろ?」

 

真守がにっこり笑顔を見せると、インデックスは目を瞬かせた。

 

「アレイスター?」

 

「うん。アレイスター=クロウリー。本名エドワード=アレクサンダー。『黄金』を瓦解させて、その後死んだと見せかけて日本に逃げのびた人間。そして日本にわたって学園都市を築いて、科学を統べる王となったアレイスター」

 

インデックスは真守の説明を聞いて、目を真ん丸と見開く。

 

「本当に『あの』アレイスター=クロウリーがこの街にいるの!?」

 

インデックスが驚愕で声を大きくする中、上条は首を傾げる。

 

「んん? 大熱波の原因の木原唯一はどうするんだ?」

 

「とうまは黙ってて! いま大切な話をまもりとしてるんだよ!!」

 

「にゃーん!」

 

「三毛猫にまで黙ってろって言われた!!」

 

上条はインデックスの懐に入った、多分あんまり分かっていない三毛猫にまで黙れと言われてショックを受ける。

上条はいじけた顔でぼそぼそと呟く。

 

「なんだよぅ。アレイスターさん家のクロウリーさんってのはそんなに有名なのか?」

 

一方通行(アクセラレータ)はしょぼしょぼする上条に、思わずツッコミを入れる。

 

「違ェよ。外国では手前が名前で後ろが名字だ。オマエ、そンなンで良く世界を相手にできるよなァ」

 

一方通行(アクセラレータ)が呆れて呟いている中、インデックスは目を白黒させる。

 

「……イギリス清教にはまだアレイスター=クロウリー用に部隊があるけれど、まさか本当に生きてるとは思わなかったんだよ……」

 

「うん。だからちょっととっちめに行こうと思って。上条は強制参加な」

 

「そうなの!? まあ、ここまで来たら乗り掛かった船だしお前が行くなら行くけど……」

 

普段、よく分からない問題に巻き込まれるのは御免だと叫ぶ上条だが、真守の頼みであるならば行かないわけにはいかない。

上条が真守のお願いを素直に受け入れる中、一方通行(アクセラレータ)は今の話を聞いて一人心の中で呟く。

 

(統括理事長。この学園都市を作った張本人。コイツやクソガキたちを苦しめる元凶)

 

計画(プラン)』の一端として生まれた妹達(シスターズ)。その『計画(プラン)』を推し進めるアレイスター=クロウリー。

妹達(シスターズ)を守ると決めた一方通行(アクセラレータ)は、いつか統括理事長と対峙しなければならない時が来ると分かっていた。

そして実際に、その時が来たのだ。そして一方通行は成長した。

生きて彼女たちを守って、罪を贖う。それを始めるためにも、統括理事長とけじめをつけなければならない。

 

「また、危ないことするの? ってミサカはミサカは訊ねてみる」

 

一方通行(アクセラレータ)が考えていると、いつの間にか戻ってきていた打ち止め(ラストオーダー)が一方通行の服の裾を掴んだ。

よく分からない単語も飛び交っていたが、それでも一方通行が朝槻真守と一緒に戦いに向かうということだけは理解できる。そのため打ち止めは一方通行を見上げて訊ねたのだ。

一方通行は打ち止めの手を握ると、優しい眼差しを赤い瞳に乗せた。

 

「心配すンな」

 

「……うん、分かった。ってミサカはミサカは頷いてみる。怪我だけはしないでねって、ミサカはミサカは念を押してみる」

 

一方通行(アクセラレータ)に心配するなと言われても心配である打ち止め(ラストオーダー)がそう告げると、一方通行は笑っている真守を視界に入れつつも告げる。

 

「アイツがいるのに俺がケガするわけねェだろ。ガキは大人しく待ってろ」

 

打ち止め(ラストオーダー)一方通行(アクセラレータ)が見た方向にいる真守を見て、柔らかく微笑んだ。

 

「あの人がいれば百人力だね、ってミサカはミサカは笑ってみる」

 

打ち止め(ラストオーダー)一方通行(アクセラレータ)とのほほんと笑って、芳川がそれに目を細める中、新たな人物が近付いてきた。

 

「あらぁ? 上条さんは朝槻さんに何をあげたのかしらあ?」

 

むぎゅっとふくよかな胸を上条の背中に寄せながら顔を寄せてきたのは、食蜂操祈。

 

「あ、食蜂。食蜂も来てくれてありがとう」

 

真守がお礼を口にしていると、両手にジュースを持った美琴が慌てて駆け寄ってきた。

 

「ちょっと! その馬鹿に会うたびに母性の塊押し付けるのいい加減に止めなさいよ!!」

 

「持ってるものならなんでもなんでも使うのが、女の子ってモノなんだぞ☆」

 

食蜂が横ピースをしている中、上条は何がなんだかよく分からずに食蜂の豊満な胸に気を取られている。

その様子に気が付いたインデックスは、バギンッとターキーの骨を喰いちぎった。

 

「とうまぁああああああ~~!!」

 

「わあああ不可抗力! 不可抗力だからインデックスさん、歯をガチガチ言わせないでぇ!!」

 

途端に騒がしくなった中、真守はくすくすと笑う。

 

「真守ちゃん何避難して楽しそぉにしてるのぉ!!」

 

真守は弾丸のように真守に抱き着いてきた深城の抱擁に、ぐえっと悲鳴を上げる。

 

「おい源白! まだ話は終わってねえぞ!!」

 

そんな深城を追って垣根が早足で近づいてくる。

真守は深城にむぎゅむぎゅと抱きしめられたまま、微笑む。

 

学園都市に来て、大切な人たちに会えた。

それがとても、真守は嬉しくて。そして同時に、どんなことにも代えがたい大事な奇蹟が起きていると感じていた。

朝槻真守は、本当に数奇な運命に翻弄されてきた。

だがそれでも、今は心の底から本当に幸せなのだ。

 

温かくて穏やかな世界の真ん中で真守がニコニコとしていると、それを見ていた少女がいた。

 

「ほら。誉望さんもせっかく朝槻さんのためにプレゼント用意したんだから行きましょうよー」

 

弓箭猟虎だ。弓箭は隣に立って顔を青ざめさせている誉望の服をちょいちょいっと掴むが、誉望は力なく首を横に振った。

 

「……いや。あの集団に入るのはちょっと……」

 

「あら。超能力者(レベル5)である彼に突っかかれるのに、あの怪物集団に入るのは嫌なの?」

 

「それもうほんっとうにバカなことしたと思ってるので、突っ込まないでください……」

 

誉望が弱弱しく呟く中、弓箭は誉望の事を引っ張って歩き出す。

 

「ほら! 朝槻さんが待っていますよ! こういう時には誉望さんにもそばにいてほしいって朝槻さんは絶対に思うんですから!!」

 

そう言われれば行かないわけにもいかず、誉望は弓箭に引きずられて魔の領域へと向かう。

そんな様子を見ていた心理定規(メジャーハート)はくすっと笑い、楽しそうにしている垣根帝督を見た。

 

「本当に、おかしくなるくらい色々変わったわね。……ええ、でも。悪くないわ」

 

心理定規(メジャーハート)が小さく笑う中、混沌の中心にいる真守へと誉望がプレゼントを渡し、真守は幸せそうに笑う。そして、その様子を眺めていた心理定規に真守が気が付いた。

笑顔を向けてくるので、心理定規も壁に寄り掛かるのをやめて真守のそばへと近づく。

 

アシュリンは、マクレーン家の人々と共に真守が幸せに笑う姿を見ていた。

色々あったが、真守が幸せそうで本当に良かった。

アシュリンたちが見守る中。朝槻真守の初めての誕生日パーティーは、幸福な時間のまま滞りなく終了した。

幸せで満ちたこの瞬間。

この刹那を過ごせて本当に良かったと、真守は柔らかく微笑んだ。



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第九五話:〈幸福以後〉で気持ちを聞く

第九五話、投稿します。


朝槻真守の誕生日パーティーは、つつがなく終了した。

もう既に夜は更けている。真守も真守の周りの人々も、『施設(サナトリウム)』にある寝所へ引っ込んだ。

ついこの間まで、置き去り(チャイルドエラー)で天涯孤独だった真守。

誕生日もろくに分からない状態。それなのにきちんとした誕生日に大勢のひとに誕生日を祝ってもらえるなんて、少し前ならば本当に考えられなかった事だ。

幸福な時間。それを大切な人々と過ごすことができて、真守はとても幸せだった。

 

「ふふっ」

 

天蓋付きのベッド。その上にちょこんっと座っている真守は小さく笑う。

誕生日パーティーが、本当に楽しかったのだ。

そのため真守は、思わず笑みがこぼれてしまう。

 

「ご機嫌だな、真守」

 

真守が座っているベッドには垣根もいて、垣根は真守の後ろに座っていた。

そして真守の猫っ毛の長い黒髪を丁寧に櫛で梳かしながら、笑う真守に後ろから声を掛ける。

 

「だって垣根、本当にすごく幸せだったんだ。だから思わず笑ってしまう」

 

真守はにまにまと笑みを浮かべる。そして垣根の優しい櫛使いに表情をとろけさせた。

本当に幸せだったのだ。

学園都市の大切な人たちと。自分を大切に想ってくれる、大切にしたい血の繋がった家族。

その人たちに心の底から誕生日を祝ってもらえるなんて、本当に幸せな事だ。

 

「垣根も楽しかったか?」

 

真守がふにゃっと笑いながら問いかけると、垣根は頷く。

 

「当たり前だろ。好きな女の誕生日が盛大に祝われて嫌な男はいねえ」

 

大切な少女が祝福されて、本当に嬉しそうにしているのだ。

今まで味方なんて皆無で、孤独に学園都市の闇と戦っていた少女が人々に想われて報われている。

それは本当に奇蹟的なことで、喜ばしいことなのだ。

 

「少し前までお前の味方になるヤツなんていなかった。だから良かった」

 

絶対に何があっても真守が守りたい、源白深城。

深城は今のように、誰も彼にも認知されて動き回れる状態ではなかった。ずっと幽霊のように、深城は真守に付き従っていた。

だから、実質真守は一人だったのだ。

そんな真守を一人にしないために、垣根帝督は真守のそばにいた。

だがいつの間にか、真守のことを守ってくれる者たちは増えた。本当に増えたのだ。

 

「みんなが私のことを想ってくれて嬉しい。とても幸せだ」

 

真守はにこにこと笑って、垣根に髪の毛を梳かしてもらう。

幼い頃、まだ朝槻真守が研究所にいた頃。

真守は深城に、いつも髪を梳かしてもらっていた。

髪を梳かされることが大好きな真守のために、垣根は時々こうして真守の髪の毛を梳かすのだ。

 

真守はご機嫌に表情を弛緩させて、垣根に髪の毛を梳かしてもらう。

そんな真守の後ろで、垣根帝督は真守が髪の毛を梳かしてもらうことが好きになった愛しい元凶、源白深城を思って遠い目をした。

 

「真守。源白があのゲテモノメイド服着ろって言ってきたら俺に言うんだぞ」

 

「分かってる。私もアレは着たくない」

 

結局、垣根は姫騎士ネコメイドというゲテモノメイド服を深城から取り上げる事ができなかった。

深城が断固として姫騎士ネコメイドを守ったからである。

 

「ったく。厄介なモンを無視できねえヤツが気に入っちまうなんて……」

 

「本当に困ったものだ」

 

朝槻真守のことを深く愛してくれる、真守にとってかけがえのない存在。

神様のように全てを兼ねそろえて生まれながらも、人の心が分からなかった真守を最初に見つけた尊い少女。

ある意味偉業を成し遂げた源白深城だからこそ、垣根も真守も深城に強く出られないのだ。

いま垣根が真守の髪を梳かしているのだって、昔は深城がやっていた事だ。

あの少女がいなければ、垣根帝督は朝槻真守と心を通わせられなかった。

そして多くの人々もまた、真守に救われることなどなかっただろう。

 

「垣根?」

 

源白深城と朝槻真守の出会いから、全てが始まった。

そのことについて垣根がしみじみ考えていると、真守は垣根の様子が気になって振り返る。

 

「大丈夫だ。問題ねえ」

 

垣根は真守が振り向いてくれたのを良い事に、真守にキスをした。

 

「む」

 

真守は突然口を塞がれて、小さく唸る。

突然キスをされても、真守はきちんと応える。

それが垣根帝督はたまらなく愛おしい。

 

「……垣根、聞いておきたい事があるんだ」

 

真守は垣根のキスに応えて、少し切なそうな顔をしながら垣根を見上げる。

 

「なんだよ、改まって」

 

真守は柔らかく微笑む垣根のことをまっすぐと見つめる。

出会った時よりも優しい光を帯びる、黒曜石のような垣根の輝く瞳。

真守は垣根の頬へと優しく手を添えながら、問いかけた。

 

「垣根はアレイスターのこと、許せるか?」

 

垣根はその問いに、目を伏せる。

朝槻真守はアレイスターを殺しに行くのではない。

学園都市をより良くする。そのために会いに行くのだ。

だから真守にアレイスターを殺す気はない。それを垣根帝督がどう思うのか。真守はとても気になるのだ。

垣根帝督が大切だから、自分の選択でその心が苦しまないか気になるのだ。

 

「垣根が本当の意味であの人間に対して何を考えているか気になるんだ。憎んでるわけではなさそうだけど、だからこそ気になる」

 

朝槻真守は絶対能力者(レベル6)だ。だからこそ人の心を読み取るなんて造作もいない。

だが神さまだとしても、人の心を盗み見るなんてしてはならない。言葉で気持ちを聞くことにこそ、真守は意味があると思っている。

垣根は真守の問いかけに、小さく頷く。

 

「そうだな、憎むとかはねえな。ただムカつくだけだ」

 

垣根帝督は最愛の少女に問いかけられて、自分の考えを口にする。

 

「確かにアイツは悲劇を生み出すこの街を造った元凶だ。──でも、だからどうした。学園都市があろうとなかろうと、悲劇なんてこの世に腐るほどある。それが世界ってモンだろ」

 

この世界には不幸が溢れている。

不慮の事故で死ぬ事もあれば、犯罪に巻き込まれて死ぬ事もある。

 

確かに学園都市では悲劇が量産されている。そのせいで多くの子供が傷ついている。

 

被害に遭っているのは大半が置き去り(チャイルドエラー)だ。

だがこの学園都市が無ければ、置き去りは生きる場所すらなかった。

だからこそ置き去りたちは何をされても、学園都市に対して強く出られない。

学園都市に養って貰っている立場だからだ。

 

人体実験を繰り返されても、自分たちは行き場がない。

そして自分たちに手を差し伸べてくれるひとはいない。

分かっているから、置き去りたちは耐えるしかないのだ。

 

「悲劇に一々心を痛めて悲しんでる暇があったら、悲劇を司って量産できる権力を持つアレイスターを利用した方が建設的だろ」

 

垣根帝督は学園都市が生み出した星の数ほど存在する悲劇によって、大切な人を失った。

失ってからその人が大切だと知った。そして学園都市の仕組みを憎悪した。

だがそれでも。いつまで経っても嘆いている場合ではないのだ。

泣こうが喚こうが人生は続いていく。生き続けなければならないのだ。

それならば、自分のことを利用する人間に牙を剥いて利用し返してやればいい。

 

(……って何度も自分に言い聞かせてる辺り、俺はあいつを失ったことがショックだったんだな)

 

今なら、分かる。

自分はどこにでもあるありふれた悲劇によって、おかしくなってしまっていた。

それでも突き進むしかないと思っていた。

だから何でもやった。何でも自分の糧にした。

そして。──目の前の心優しい少女でさえ、最初は利用しようとしていた。

 

「俺は俺の事を軽んじるヤツらを見返すために、お前に近づいた」

 

七月初旬。

垣根帝督はアレイスターの『計画(プラン)』の要となっている、『第一候補(メインプラン)』である流動源力(ギアホイール)の情報を集めていた。

その流動源力という能力者に仕立て上げられていた源白深城。そんな深城と日常を共にしている、本当の流動源力という能力者である朝槻真守。

垣根帝督は流動源力の情報を得るために、真守に近づいた。

 

「俺はお前を利用して、この学園都市を掌握しようとした。……利用されるヤツは利用されるだけの価値しかねえって思ってた。その点、この学園都市は利用するだけの価値はあった」

 

当時の垣根帝督は、学園都市こそこの世界の頂点だと考えていた。

本当は学園都市が科学サイドの長であり、科学サイドと双璧をなす魔術サイドというものを知らなかった。

だから垣根帝督は、学園都市を掌握すれば世界を掌握したものと同じだと考えていた。

朝槻真守を踏み台にして、アレイスターとの交渉権を獲得する。

だが。そう決意していたのは、既に過去のことだ。

 

「ふふ」

 

真守は軽やかに笑う。

そして垣根にすり寄ると、くすくすと笑った。

 

「私を利用するために近づいたのに、私が大事になってしまうなんて。本末転倒だな」

 

「ああ、そうだな。……でも、それで良かったと思ってる」

 

本当に滑稽なことだ。

ミイラ取りがミイラになってしまったのと同じくらいに、とても滑稽なことだ。

だが笑われてもいい。

何故なら垣根帝督は、簡単には手に入れられない最愛の存在を手に入れられた。

自分が絶対に守れないと思っていた、大切なひと。

それが今、手の中にいて。自分には守れる力がある。

 

「お前は俺に多くの可能性を教えてくれた。俺に広い世界を見せてくれた」

 

朝槻真守は自分に『無限の創造性』を教えてくれた。

無限の創造性。

それは絶対能力者(レベル6)のような万能性とは違うが、それでも唯一無二の力を誇っている。

 

「お前のおかげで俺はこの世界が科学サイドと魔術サイドに分かれてるって知った。お前に会わなきゃ、俺は学園都市を牛耳れば世界を牛耳れると信じて疑わなかった」

 

この愛しい少女と出会ったことで全てがひっくり返った。

垣根は柔らかく目をを細めながら真守のことを抱き寄せた。

 

「お前に会えて良かった。本当に。……だから気に食わねえけど、学園都市があって良かった。そう思う」

 

「私も垣根に会えて良かった。この街で、垣根と会うことができて良かった」

 

真守はふにゃっと笑って、垣根にぎゅっと抱き着く。

柔らかで猫っ毛の黒髪が、さらりと流れる。

垣根はするすると滑り落ちていく髪を感じながら、真守に目を向けた。

 

「垣根が一緒にいてくれるって。ずぅっと一緒だって言ってくれて、私は本当に嬉しかった」

 

真守は垣根を見上げると、柔らかく微笑む。

 

「本当に幸せなんだ。……本当に」

 

真守が気持ちが込もった声を出すと、垣根は頷いた。

真守はぎゅうっと垣根に深く抱き着く。

 

「誰かの腕の中がこんなにも安心するものだって、もう一度実感できてよかった」

 

幼い頃。源白深城に初めて抱きしめられた時、真守は困惑した。

でも何度も抱きしめられる内に、その温かさが分かるようになった。

分かるようになった頃、深城は深い眠りについてしまった。

深城はずっとそばにいてくれた。でもそれからずっと、誰かに抱きしめられることはなかった。

 

誰かの温もりを感じた時から少し時間が経って、真守は垣根帝督と出会った。

何があっても、自分が変わってしまっても、どこに行ってしまっても。

必ず見つけ出して、そばにいる。絶対に一人にしない。

そう優しく抱きしめてくれたことが、本当に朝槻真守は嬉しかった。

 

「私、とっても幸せだ。だからみんなにも幸せになってもらいたい。だってこの世界にいる人たちは平等に幸せになる権利がある。そしてどんなことだってしてもいい。神さまになることでさえ、許される」

 

真守が幸せにとろけた笑みを浮かべて告げると、垣根は真守のことを強く抱きしめながら頷く。

 

「ああ、そうだな」

 

あと少しすれば、自分たちはこの街の王に牙を剥く。

学園都市を変えて。誰もが幸せで笑顔で笑っていられるようにする。

真守がそれを望むのであれば、自分は一緒に叶えてやるだけだ。

 

今の垣根帝督は朝槻真守の優しい願いを笑わない。

だって垣根帝督は朝槻真守と出会って知ったのだ。

世界もまだまだ、捨てたものじゃない。

そう思うことができたのだ。

 

「時間はかかると思うよ、垣根。でもできないことはない。現に一歩踏み出したからな。それに私たちには永遠がある。だからきっとやさしい世界が必ず創れるよ、絶対」

 

垣根は真守の事を抱きしめながらそっと目を伏せる。

朝槻真守が信じて愛する世界。

そんな世界を垣根帝督は恨んでいた。

それでも真守が世界を愛するならば。世界を信じるならば。

朝槻真守を信じて愛する自分だって、愛せる気がする。

 

「真守」

 

垣根は真守の頬に柔らかく手を添える。

 

「ん?」

 

真守は幸せそうに、無機質なエメラルドグリーンの瞳を柔らかく細める。

 

「お前がいれば、俺は大丈夫だ」

 

垣根は真守のことを優しく抱き寄せて、小さな頭にすり寄る。

そして後ろ手で真守の綺麗な黒髪を手で撫でながら告げる。

 

「だからずっとそばにいてくれ」

 

「ふふ。約束だからな。当然だろ?」

 

真守はぎゅっと垣根に抱き着いて、そして幸せに微笑む。

 

「私も垣根とずぅっと一緒が良い。それ以外はヤダ。……今日、とても幸せだった。色んな人に初めて誕生日を祝えてもらって、すごく幸せだった」

 

真守は今日の事を思い出す。

思えば、遠くまで来たものだ。

だって今までは深城と二人きりが当然で、周りの人とは壁があったのだから。

垣根と会った時から、変わったのだ。

少しずつ変わっていって、朝槻真守は多くの人と一緒にいられるようになった。

 

「私はやっぱり垣根が良い。どんなに多くの人に誕生日を祝えてもらっても、そこに垣根がいないと嫌だ。絶対にやだ」

 

真守は垣根の大きな背中と、確かな命を感じて微笑む。

 

「垣根と見る世界が私のすべてだ。垣根と一緒にいるのが私の幸せだ。だから、垣根」

 

真守は垣根から離れると、垣根の顔を真正面から見た。

 

「ずぅっと一緒だ。絶対に、絶対。ずぅっと私のそばにいて、垣根」

 

だいすき。

真守からその言葉を聞くたびに、垣根はどうしようもなく満たされる。

この少女に想われている事が、本当にうれしいのだ。

 

「真守」

 

垣根はカブトムシに持ってきてもらったジュエリーケースを真守に渡す。

 

「お前は俺からもらってばっかりだって言うけど。俺はお前に似合うものならなんでも与えてやりたい」

 

垣根は真守の頬を撫でながら微笑む。

 

「だから、渡す。チョーカーがおふざけだったからな。……先に言っておくけど、指輪じゃねえよ。指輪はまた改めた時に渡したいからな。でもちゃんとしたモンだ」

 

真守は垣根が自分の手に優しく落とされたジュエリーケースを見て柔らかく微笑む。

 

「ふふっ。垣根は私に似合うなら、世界も用意するのか?」

 

「お前が欲しいって言ったら、用意してやる」

 

真守は真剣な表情で告げる垣根を見上げて、困ったように笑った。

 

「そういうコト、真剣な表情で言うのが一番性質が悪いな」

 

真守は垣根にもらったジュエリーケースをぎゅっと優しく握る。

 

「垣根が私のコトを大事にしてくれてるのが本当にうれしい。ちょっと行き過ぎだと思うけどな」

 

真守はふにゃっと笑うと、ジュエリーケースの箱を開けた。

中にはイヤリングが入っていた。

真守の瞳と同じ色の小さいながらも輝きが凄まじいエメラルド。

真守はその輝きを見つめた後、垣根を見上げて微笑を浮かべる。

 

「垣根は私以外、本当に要らないのか?」

 

「ああ。お前以外要らない。お前だけいればそれでいい」

 

垣根は自分のプレゼントを大切に抱きしめる真守のことを、優しく抱き寄せる。

 

「地位も名誉も富だってどうでもいい。……お前が俺のそばにいてくれればそれでいい」

 

朝槻真守は自分の事をどうしようもなく満たしてくれるのだ。

今まで手に入れてきたものは、自分の事を満たしてくれなかった。

だから満たしてくれる真守がいれば、本当にそれでいい。

簡単には手に入らないもの。それが自分の腕の中にいるのだ。

だからそれ以上のものはいらない。この少女だけいれば本当にいい。

 

「すごい殺し文句だな」

 

真守はふにゃっと笑うと、自分から垣根にキスをした。

垣根はそれが嬉しくて、柔らかく目を細める。

そして真守の頭を固定して、深いキスをした。

 

「ふ、……」

 

真守は小さく息を漏らしたが、それでも垣根のキスに必死に応える。

だってだいすきな男の子なのだ。

垣根が唯一満たされるのが自分ならば、応えない理由はない。

垣根はキスを終えると、真守を柔らかく抱きしめた。

世界が終わっても一緒にいられる少女を想って、本当に幸せそうに息を漏らした。

 

「垣根、学園都市を良くしようね。絶対だぞ」

 

「お前が望むなら、叶えてやる」

 

真守は心の底から真剣に告げる垣根を見て、くすくすと笑う。

真守には悲劇を量産し続けるアレイスターを殺す気はない。

話をして、どうしていまの学園都市を造り上げたのか聞く。

そうしないと、始められないからだ。

全ての人々が幸せになれる世界を、始められない。

 

「私の決定で垣根が傷つくのが嫌。だから垣根がアレイスターのことをどう思ってるか聞きたかったの。もし嫌ならいろいろ話をしようと思ってた」

 

「……ありがとな、真守。俺は大丈夫だ。だからお前のやりたいようにやればいい」

 

「うんっ」

 

垣根は笑顔で頷く真守を見て、目を細める。

この少女は、どこまでも自分のことを考えてくれる。

それが垣根は嬉しくて、真守のことを優しく抱きしめた。




木原唯一をまだ倒していませんが、エレメント襲来篇はこれで一区切りです。
次回。真正人間への反逆篇、開幕。


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新約:真正人間への反逆篇
第九六話:〈少年少女〉は動き出す


第九六話、投稿します。真正人間への反逆篇、開幕。
※次の更新は五月二二日、月曜日です。


「俺も新しい雇い主については随分と思い入れがある」

 

未明。日も出ない、日陰者たちが活動する時間帯。

学園都市の路地裏では、一人の男が一人の少女に銃を突き付ていた。

 

「だから選べ、烏丸府蘭。上里翔流のコントローラ。このままここで殺されるか、それとも自分の大切な存在のために俺たちと一緒に戦うか」

 

多角スパイ──土御門元春の言葉に、烏丸府蘭は静かに眉をひそませる。

烏丸府蘭はイギリス清教のスパイだ。インプラント技術で『原石』の力を強化しているUFO少女という触れ込みで、上里翔流の懐に潜り込んだ。

 

スパイであるという事。自分が裏切り者である事。

それがバレたら、烏丸府蘭は全てが終わりだ。

そのためイギリス清教と連絡を取る時は特に慎重になっていたが、府蘭は土御門にその場を見られてしまった。スパイだと分かる決定的な瞬間を、見られてしまった。

ここまでだと、烏丸府蘭は考えていた。

だがそれなのに。目の前の男は、殺される以外の道を提示してきた。

 

大切な存在(上里翔流)を守るために、自分たちと一緒に戦うのか。

スパイであるということがバレたら、上里翔流を守れなくなると思っていたのに。そばにいられなくなると思っていたのに。

一体、どういうことなのか。

烏丸府蘭が訝しんでいると、サングラスの男は口を開く。

 

「俺はイギリス清教から学園都市に送り込まれたスパイだったが、逆に学園都市にイギリス清教の情報を売っていた。言ってみれば、上条当麻版の烏丸府蘭みたいな存在って事さ」

 

烏丸府蘭は答えない。そんな中、土御門元春は笑った。

 

「つまり、俺もお前と同じく大事なモンができちまったってことだにゃー」

 

土御門元春。烏丸府蘭。

二人は上条当麻と上里翔流のコントローラだった。

イギリス清教──というか、最大主教(アークビショップ)が学園都市の要に関与するために派遣した者たち。

 

そんな二人にはとある共通点がある。

二人共、自分がコントロールするべき人間だった存在に感化されている。

そして、大切な存在だと。何があっても見捨ててはならない存在だと思っている。

府蘭は一つ頷くと、自分が幸せになれそうな未来のために口を開いた。

 

「烏丸府蘭です」

 

「土御門元春」

 

土御門はそう自己紹介して、銃を降ろした。

そして地面にぺたんと座り込んでいる府蘭へと手を差し出した。

自分の新たな雇い主が。この世界で一番公平な存在で優しい人が、いつも手を差し伸べるように。

土御門元春は、府蘭に救いの手を差し伸べた。

 

土御門がイギリス清教のスパイである烏丸府蘭を確保しに来たのは、新しい雇い主──朝槻真守の伯母であるアシュリンに頼まれたからだ。

外から学園都市へと入った女の子たちの集団──上里勢力。

その勢力の中に、ローラ=スチュアートは必ず自分の駒を紛れ込ませている。

 

そう考えていたからこそ、アシュリンは上里勢力の前に一度も姿を見せていなかった。そして真守にも、アシュリンはできるだけ自分たちの情報を外部に漏らさないように徹底していた。

ローラのやり方を知っているからこそ、アシュリンはイギリス清教のスパイである烏丸府蘭に自分たちの存在を隠し通している。

 

実は学園都市にいるマクレーン家。土御門は、彼女たちがローラに対しての最大の切り札になると考えている。

そんな土御門へと、土御門の手によって立ち上がった烏丸府蘭は問いかける。

 

「具体的に何をすればいいのです?」

 

「決まってるぜよ」

 

土御門元春は、柔らかく笑う。

 

「学園都市を造り替える。それを()()()雇い主は望んでるにゃー」

 

烏丸府蘭は考える。

確かに学園都市の悲願である絶対能力者(レベル6)──神人、朝槻真守ならば、この世界を変えることができるだろう。

それこそ。朝槻真守には、神さまを撃ち落とす事だって容易だろう。

それほどの力をあの少女は持っていて。あの少女の周りには、力を持った人々が集まっている。

誰もが幸せになれる学園都市。上里翔流も含めて、全ての人間が幸せになれる世界。

烏丸府蘭はその実現のために、同じく日陰者である土御門元春と共に行動を開始した。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

早朝。

朝槻真守は、第二学区の『施設(サナトリウム)』の寝所で制服に着替えていた。

外は上里勢力が大熱波を引き起こしているため、まだ暑い。

だが真守たちはこれから木原唯一を打倒しに行く。

木原唯一を打倒すれば大熱波は必要なくなる。すると真冬の気温に逆戻りであるため、冬用の制服ではなく水着を着ていると単純に寒いのだ。

 

しかも真守たちは木原唯一を倒したら、そのまま統括理事長・アレイスター=クロウリーに挑みに行く。統括理事長と対面するのに、水着ではあまりにも格好がつかない。

最終決戦。その意味も込めて、真守たちは正装である制服に袖を通していた。

 

真守は姿見の前で制服のリボンをきちんと結ぶと、隣で同じように鏡を覗き込んで制服の襟元を正していた垣根を見上げた。

相変わらず垣根は端正な顔立ちをしている。そして、出会った時よりも優しい光が、黒曜石の瞳に灯されている。

 

「垣根」

 

「ん?」

 

垣根は真守に声を掛けられて、制服の身だしなみを最後に整えながらちらっと真守を見る。

そんな垣根に、真守はふにゃっと微笑みかけた。

 

「行こう、垣根」

 

真守が声をかけると、垣根は頷く。

そして笑って、真守の手を優しく握った。

 

「ああ。行こうぜ、真守」

 

「うん」

 

真守は頷くと、垣根と手を繋いで寝所を後にする。

朝食は既に済ませてある。深城やアシュリンたちにもきちんと既に挨拶している。

真守と垣根は並んで『施設(サナトリウム)』の廊下を歩くと、とある会議室に入った。

 

そこには多くの心強い仲間がいた。

上条当麻、インデックス。魔神オティヌス。それと三毛猫。

一方通行(アクセラレータ)に御坂美琴。

そして集まった少年少女の規模を大きくしているのは、上里勢力と呼ばれる女の子たちだ。

 

女の子たちの中心には、やっぱり上里翔流がいる。

 

上里翔流の表情は晴れ晴れとしていた。

理想送り(ワールドリジェクター)を失った上里翔流は、理想送りという力があるから女の子たちが集まって来るのではないと知ることができた。

そして理想送りを失ったことで魔神たちと冷静に話ができた。

その結果、上里翔流はやりたいことを見つけた。

 

異形の中で輝けるのではなく、普通の中で輝ける自分になりたい。

そんな自分になるための挑戦を続けたい。

そのためには木原唯一から理想送りを取り戻さなければならない。

それにそもそも木原唯一が理想送りを奪ったのは上里翔流が木原脳幹というゴールデンレトリバーを倒したせいだ。

 

全てに決着をつける。

そうやってけじめをつけて、前に進むしか道はない。

だから上里翔流は大切な女の子たちと一緒に、朝槻真守のもとへとやってきた。

早々たる面子だ。朝槻真守は一同に目を向ける。そして、口を開いた。

 

「木原唯一は『窓のないビル』の地下にいる」

 

アレイスター=クロウリーの居城に乗り込む前哨戦である、木原唯一との戦闘。

その戦闘に必要な情報を、真守は説明する。

 

「『窓のないビル』は地球脱出用として設計された。だから『窓のないビル』の下にはロケットエンジンがたくさんついている。その関係上、『窓のないビル』直下には広大な空間があるんだ。木原唯一はそこに隠れてる」

 

真守の口から飛び出たとんでもない事実。それに驚愕の声を上げたのは上条当麻だった。

 

「ちょ、ちょっと待て! どうして『窓のないビル』が地球脱出用なんだ? あれって統括理事長の家みたいなモンだろ??」

 

上条当麻が慌てていると、上里翔流は顎に右手を添えて考えているそぶりを見せる。

その右手は木原唯一のものだ。右手を切り落とされたままでは色々と不自由なので、上里は木原唯一が捨てた右手を拾って自分の右手として使っているのだ。

 

「聞いた話じゃ『窓のないビル』は核の直撃にも耐えるんだろ。それって高温や放射線にも強いってことになる。循環環境が整っていれば、人工第三惑星として宇宙でも難なく過ごせるだろうね。太陽系だって銀河系だって自由に脱出できる」

 

「そこまで脱出して、統括理事長はどうするんだよ」

 

上条が上里翔流に問いかけると、上里翔流は嫌そうに顔をしかめる。

 

「僕に聞かないでくれ、トリ頭」

 

上里が上条を一蹴する中、真守は苦笑する。

アレイスターが『窓のないビル』を地球脱出用に仕立てた理由に、真守は心当たりがある。

おそらくアレイスターは魔術を殲滅するために、『窓のないビル』を魔術に対するカウンターとして用意したのだ。

 

魔術は元々、地球というこの物理世界に異能の法則を適用して超常現象を引き起こす。

つまり地球を主軸としているのだ。

その魔術を殲滅するならば、地球から脱出する──魔術の効果範囲から逃れるという選択肢を用意しておくのは当然として考えられる。

 

(まあそれを上条たちに言ったところで混乱させるだけだから、おいといて)

 

真守は思考に即座に一区切りつけると、説明に戻る。

 

「『窓のないビル』直下には、ロケットエンジンが飛び立つ際に大量噴射する水蒸気を放出するためのダクトから入る。『窓のないビル』を中心として、ダクトは東西南北にそれぞれ一つずつ。私たちは固まって、南のダクトから入る」

 

「固まるより分散した方が良いんじゃないのか?」

 

上条が再び疑問の声を上げると、上里が上条を再び睨んだ。

 

「だから少しは自分で考えろ、トリ頭。『窓のないビル』直下のスペースは膨大だ。木原唯一がその中でどんな罠を張っているか分からない以上、固まって動いた方が良い。これだけの戦力なら、一網打尽になる事もないからな」

 

上里は上条を睨んだ後、真守を見る。

 

「こっちもこっちで木原唯一の虚をつく方法は考えてる。聞いてもらってもいいかな?」

 

真守が頷くと、上里翔流が説明を始める。

上里勢力には暮亜という『原石』の植物少女がいる。その植物少女にA.A.Aを再現してもらい、植物性エタノールで飛行して木原唯一の気を引くというものだ。

木原唯一は木原脳幹が使っていたA.A.Aに多大な執着がある。まがい物だと頭で考えても、万が一のことを考えれば居ても立っても居られないはずなのだ。

その隙を付けばいい。真守は上里の提案に頷いた。

 

「……なんか、すごいことになってきたな」

 

上条は肩にオティヌスを乗せたまま、上里と打ち合わせをしている真守を見つめてぽそっと呟く。

その言葉を聞いて口を開いたのは御坂美琴だった。

 

「エレメントを大量放出し続けてる親玉を潰しに行くのよ。むしろ、ここまで具体的な計算式が出ていないことに驚きよ」

 

多くの者たちが制服や厚着をしている中、美琴は自分なりに使いやすいようにカスタマイズしたA.A.Aの接続のために、水着を着ていた。

そんな美琴を、上条当麻はちらっと見る。

 

「……で、御坂さんはそれを担いでいくの?」

 

上条は美琴が後ろに携えているA.A.Aを見て問いかける。

 

「? 当たり前よ。これが一番しっくりくるんだから」

 

何を当然のことを今さら聞くの? と、美琴は本当に不思議そうに上条を見る。

上条当麻も、御坂美琴がA.A.Aと呼ばれる武装を使ってエレメントを撃破しているところは何度も見ている。

それと一緒に何度も鼻血を出していることも。上条当麻は知っている。

 

鼻血を出すということは、脳にそれ相応の負荷がかかっているという事だ。

そんなものをバカスカ使ってもいいのか。

それでも御坂美琴はそれを頼みの綱にしているように見える。

求めていた力だと。それがあるから大丈夫だと思っている節がある。

 

(心配だなあ。でも、何かあったら朝槻や人造細胞作れる垣根がなんとかしてくれるし、大丈夫か)

 

頼りになる二人のことを考えても、若干の不安を感じる上条当麻。

そんな上条の横では、椅子に座っていたインデックスの頭がかっくんっと落ちた。

 

「インデックス、大丈夫か?」

 

朝が早くて眠そうなインデックスに声を掛けるために、上条はインデックスに顔を近づける。

すると、上条の肩に乗っていたオティヌスが呻いた。

 

「コラ人間。顔を近づけるな。ソイツの胸元には面倒な猛獣がいるんだぞ!」

 

オティヌスが言っているのはインデックスの胸元に入っている三毛猫だ。

三毛猫はオティヌスが少し近づいてきたので、キラーンと爪を伸ばして目を輝かせている。

 

「ううーん……とうま。みしろのおいしいごはんを食べたら眠くなってきたんだよ……」

 

「お願いだからここで寝ないでインデックスさん!!」

 

上条が懇願する中、インデックスは眠そうに目をゴシゴシと擦る。

 

だが次の瞬間、その碧眼をカッと見開いた。

 

インデックスのその様子に、上条はビクッと震える。

そんな上条に目もくれずインデックスは空中に目を向け、何かを辿るように視線を動かす。

そして椅子を蹴飛ばしながら立ち上がった。

 

「短髪!!」

 

インデックスが呼んだのは御坂美琴だった。

 

インデックスが声を上げた瞬間。ずぐっと、美琴の体が見えない衝撃によって貫かれた。

 

まるで雷の穿たれたかのような体の跳ね方。

発電系能力者に対して、あまりにも皮肉の利いた衝撃の様子。

それによって美琴は地面に倒れ伏して、口から血の塊を吐き出した。

 

「……み」

 

その様子を見ていた上条当麻は呆然としながらも叫ぶ。

 

「御坂ァあああああああ!?」

 

突然の異常事態に上条当麻は叫ぶしかない。

どこからともなくやってきた攻撃。

そしてインデックスが反応するということ。

 

即ち、魔術による遠隔攻撃だ。

 

だから上条当麻は即座に動いた。

自らの右手に宿っている幻想殺し(イマジンブレイカー)で、美琴の体を躊躇いなく叩く。

すると、異能が打ち消される音が響き渡る。

 

「ガハッ!」

 

だが異能を打ち消した途端、美琴は再び電撃に貫かれたように体を跳ね上げる。そして血を吐いた。

上条はその様子に既視感を見た。

 

大覇星祭の時。

オリアナ=トムソンの『速記原典(ショートハンド)』による攻撃を土御門元春が受けた時。

あの時のオリアナの魔術攻撃は一定以上の傷を負っている人間を例外なく昏倒させる術式だった。そのため術式の札を幻想殺し(イマジンブレイカー)で打ち消すか、土御門元春の傷が完治しない限り術式から逃れることは困難だった。

 

おそらく御坂美琴はいま当時の土御門の状況に近いことになっており、魔術の大元を絶たなければ攻撃から逃れることができないのだろう。

 

「インデックス! どこから攻撃されてる!!」

 

上条当麻は魔術の専門家であるインデックスを見上げる。

 

「呪詛の湾曲。……そこら辺に漂っている無秩序な呪詛の方向を捻じ曲げて向きを変えて、それを短髪に集めているだけなんだ。とうまが打ち消すのを前提として向きを変えているから、対処のしようがない……っ!」

 

インデックスはぶつぶつと呟きながら、顔を青ざめさせる。

御坂美琴を攻撃している呪詛。

それはこの世で最も有名な呪文『アブラ・クアタブラ』と呼ばれるものだ。

 

所謂アブラ・カタブラ。

オカルト信奉者を小馬鹿にする時にすら用いられる、一般人でさえ知っている呪文だ。

その効果は呪詛返し。

魔術の中では自分のことを守るために使われる、オーソドックスなものだ。

 

だが流石はアレイスター=クロウリー。ただの呪詛返しとして、その魔術を使っていない。

 

地球には妬みや恨み。そして魔術で攻撃性を付与された、あらゆる呪詛が無数に飛び交っている。

要は学園都市の街中にあらゆる電波が飛び交っているのと一緒だ。

 

電波のように飛び交う無数の呪詛を、アレイスター=クロウリーはその向きを変えて束ねて強力にして、御坂美琴を攻撃しているだけ。

 

つまりアレイスター=クロウリーは既存の呪詛を使っているだけなのだ。だからアレイスター自身は何も魔力を使っていない。

逆探知は不可能。そのため逆探知に基づく強制詠唱(スペルインターセプト)──インデックスが他者の魔術に干渉する術も効かないのだ。

 

「こんな魔術の使い方、聞いたことないんだよ……本当にこの街にはアレイスター=クロウリーがいるんだね……?!」

 

学園都市の統括理事長。

それが実は稀代の魔術師であるアレイスター=クロウリーであること。

その情報を真守から受け取っていなかったら、インデックスだって誰が御坂美琴を攻撃しているか推測ができなかった。

 

だが真守から情報を受けとった今なら分かる。こんな誰も発想することができないような芸当は、アレイスター=クロウリーにしかできない。

 

しかも御坂美琴を殺すために込められた呪詛の意味は『汝の死に雷光を与えよ』というものだ。

発電系能力者の頂点である御坂美琴。彼女に対してこれほどまでに気の利いた皮肉を込めて呪詛を送れるのは、能力開発の生みの親であるアレイスター=クロウリー以外にできないだろう。

 

上条当麻は魔術の専門家であるインデックスが焦っている様子を見て絶望する。

先手を取られた。

そう上条当麻が感じる中、救いの声が響いた。

 

「上条、美琴から手を離してそこから退いて!」

 

真守に鋭く声を掛けられた上条は即座にその場から離れる。それと同時に、真守は美琴に手のひらを向けた。

朝槻真守だけが操れる、全てを焼失する力がある源流エネルギー。

真守は源流エネルギーの噴出点を美琴を囲うように六点生み出す。そして美琴を源流エネルギーの壁の中に閉じ込めた。

 

ギギギギギ! と、源流エネルギーが見えない呪詛を焼き尽くす音が響き渡る。

それと共に虹色の光が舞った。

虹色の光の粒が舞うのも、源流エネルギーが呪詛を焼き尽くす音も止むことはない。

ということは永遠に呪詛が送り続けられているのだ。

 

「成程。電波と同じようにそこら辺に飛び交う呪詛を使っているのか。流石はアレイスター。自らが魔術を使う事無く、既存のものを利用するとはな」

 

真守は自分の生み出した源流エネルギーが呪詛を焼き尽くし続けているのを感じながら、インデックスの呟きを聞いて何が起こっているか現状を把握する。

垣根は納得している真守に近づいて、腰を下ろす。

 

カブトムシ(端末)を中に入れて治療した方が良いか? それともお前が自分でやる?」

 

「ありがとう、垣根。じゃあ源流エネルギーの膜を一瞬切るから、中に帝兵さんをいれてくれると嬉しい」

 

真守が垣根の申し出を受け入れると、垣根は『施設(サナトリウム)』に常駐させているカブトムシを呼ぶ。

カブトムシは源流エネルギーの膜を通って、即座に美琴の頭に留まる。

そして垣根はカブトムシに、アレイスターの攻撃で負傷した御坂美琴の治療を指示した。

美琴の処置が始まると、真守は噴出点を維持しながら上条を見た。

 

「上条。これは挑戦状だ」

 

「……ああ、分かってる」

 

真守の言う通り、自分たちをずっと監視しているアレイスターは来るなら来いと言っているのだ。

その挑戦状の証として、アレイスターはまず自分の力を伝播できるA.A.Aを操る御坂美琴に攻撃を仕掛けて、戦闘不能にした。

インデックスさえ対処できない魔術による攻撃。

それに危機感を覚えながら、美琴のためにもアレイスターと戦わなければならないと決意する。

 

「行くぞ。木原唯一なんて眼中にない。手っ取り早く終わらせて、御坂を苦しめる元凶を叩く!」

 

上条当麻の言葉に、真守は頷く。

 

「行こう。全ての決着を付けに。私たちのこれからを始めるために」

 

真守の言葉を皮切りに、少年少女は動き出した。

 



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第九七話:〈鏡中世界〉での邂逅

第九七話、投稿します。


全てが銀色で彩られた世界。

その中心に立っているのは、銀髪碧眼の()()だった。

 

それは()りし日の姿をした、統括理事会アレイスター=クロウリーの幼い姿だ。

 

彼は、十字教の神を信じていなかった。

そんなアレイスターを憂いた敬虔な信徒である、彼の両親。

両親はアレイスターに信心深い信徒になってもらうべく、幼いアレイスターを厳格な寄宿学校へと入学させた。

 

親に強要された寄宿学校での生活。それはアレイスターにとって苦痛でしかなかった。

何故なら、彼は神に疑問を持っていたからだ。

神を信じないアレイスター。そんな彼を、寄宿学校の子供たちは責め立てた。

 

神を信じない者は悪だからだ。

そして神を信じていないからという理由で、アレイスターはつまはじきにされた。

ベッドに眠りにつく時、布団に手を入れるのはおかしい。

そんな些細な事でさえ、アレイスターは子供たちに責め立てられる。

 

しかも子供たちだけではない。

子供たちに告げ口された教師までもが、アレイスターの事を責めた。

 

本来ならばアレイスターは教師によって、子供たちの不当な処遇から守られる立場にある。

だが教師でさえ、彼の敵だった。

周りの子供たちを不安にさせたのだから謝りなさい、と教師はアレイスターに謝罪を求めた。

 

寄宿学校は、神を妄信して自らで考えることを辞めた人々で溢れていた。

彼らは自分たちこそ正しいのだと主張して、正しくないと定めた少数の者たちを攻撃する。

そんな寄宿学校へ入学させれば我が子も神を信じるようになるのでは、と安直に考えたアレイスターの両親もまた、神を妄信していた。

 

『神を信じ、正しさを振りかざす者たちですら、こんなにも醜態をさらすものなのか』

 

神さまに縋り、価値のない正義を振りかざす様はどうしたって醜い。

 

『ならばきっと、聖書を指先でなぞった先に真理はない。自己の思考を放棄し先人の教えを妄信した先に得るのは、あの醜悪さだけだ』

 

そして、アレイスター=クロウリーは決意する。

 

『だったら私が真理を見つけてやる。愚かなる妄信の果てに失われた、かつての道を取り戻す』

 

そこから。アレイスター=クロウリーの真理の探究は始まった。

アレイスターが幼いころに決意した姿。

まだ彼が違う名前──エドワード=アレクサンダーと呼ばれていた頃の様子。

それを、朝槻真守は見つめていた。

 

銀色で満ちた世界。その世界の地面にお尻を付けたまま、真守はぺたんと座っていた。

真守はアレイスターの幻影から目を逸らし、ゆっくりと顔を上げる。

そこには朝槻真守とよく似た女性が、空中に座って足を組んでいた。

 

銀色の輝く長い髪。髪と同じ色の、ふさふさな毛におおわれた猫耳。

ヴェールの向こうには、真守と同じ色の慈愛に満ちたエメラルドグリーンの瞳が隠れている。

 

スレンダーな凹凸の少ない体に纏われているのは、西洋喪服を模したスリットが深く入った銀のドレス。お尻から伸びる銀色の尻尾には、十字型の星のアクセサリーと共にレースのリボンが取り付けられている。

 

ペルシャ猫のような高貴な雰囲気を纏う淑女。

 

彼女はエルダー=マクレーンだ。

 

朝槻真守の先祖。純血のケルトの民。

何故、真守は銀の世界に囚われているのか。どうして昔の人間である、死んだはずのエルダー=マクレーンと対峙しているのか。

話は、木原唯一を撃破した直後にまで遡る。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

『窓のないビル』直下にある、広大な空間。

そこに、朝槻真守たちはいた。

広大な空間の床には、木原唯一が横たわっている。

真守は優しく木原唯一の頭を撫でてやると、そばにいる上里翔流を見た。

 

「上里。木原唯一は任せたぞ」

 

木原唯一は上里勢力の女の子たちを一人で相手できるほどの強敵だった。

だがそれだけだ。

超能力者(レベル5)三人、しかも一人が絶対能力者(レベル6)へと至っている真守たちを上里勢力と共に相手にすれば、木原唯一に勝ち目はない。

 

木原唯一も、真守たちに勝てないのは最初から分かっていた。

だがそれでも、木原唯一は自らの復讐を遂げなければならなかった。復讐者となり果てた木原唯一は今更止まれなかった。

 

最愛の『先生』。

ゴールデンレトリバーの体躯を持ちながらも、知性とロマンに溢れた男──木原脳幹。

彼を冷凍保存するしか選択肢が無くなったほどに痛めつけた上里翔流を、木原唯一はどうしたって許すことができなかった。

 

だから戦った。

結果、朝槻真守の手によって深い眠りへと誘われた。

かつて。学園都市を襲撃した前方のヴェントは夢の中で、朝槻真守に諭されたことがあった。

木原唯一もいま同じ状況にいる。夢の中で、真守と対話しているのだ。

上里翔流は深い眠りについている木原唯一を見下ろす。

 

「彼女は魔神への復讐に燃えていた僕の後輩だ。復讐者はそう簡単に復讐を捨てられない」

 

上里は理想送り(ワールドリジェクター)が宿った自身の右手を、クーラーボックスへと仕舞いながら口を動かす。

魔神への復讐心という強い芯を失った上里翔流は矛盾の塊だ。

そのため当然として、理想送りは上里翔流に牙を剥く。

だから上里翔流は理想送りを自分の腕に取り付けることができない。それでも理想送りを他の誰かに押し付けないために、上里は自分の腕を厳重に保管しておくことにしたのだ。

上里はクーラーボックスの蓋を閉めながら、朝槻真守に微笑みかける。

 

「復讐者は絶対に止まれない。でもキミは復讐者に復讐を捨てさせるだろうね。僕のもとにダウングレードした魔神たちを向かわせてきた時のように。キミは復讐者に対して、最適な答えをくれるだろう。──復讐に囚われないで、前に進む答えを」

 

「ふふ」

 

真守は木原唯一の頭を撫でて、立ち上がって上里を見た。

 

「お前たちは自分で答えを出しているんだ。私はただその機会を与えているだけ。私の救いとはいつだってそういうものだ」

 

朝槻真守は救いを求める者に手を差し伸べる。

だが真守は選択肢を与えるだけだ。

その選択肢から自分の望む未来を選ぶのは、当人に決定権がある。

正しい答えを真守は与えるが、その正しい答えを選ぶかは本人の自由なのだ。

 

「……普通ならば与えられないはずの、誰もが前に進むための機会。その機会を与えらえるからこそ、私のことを守りたいと想ってくれる子たちがいるんだ」

 

朝槻真守の救いはただ解答を提示するだけだ。

それを本当に選ぶのかは、その人の手に委ねられる。

だからこそ『(しるべ)』の少年少女は真守のことを神と認めた。

何故なら真守の導きがあれば、神さまへ至るのだって自由なのだ。

誰にも隷属する事のない、なりたい自分になれる自由を手に入れられるのだ。

 

「……だからこそ、キミの存在はとても怖いんだけどね」

 

上里翔流は呟きながらクーラーボックスを抱え上げた。

 

「木原唯一のことは僕たちが責任をもってキミの神殿に連れて行く。キミたちはまだやるべきことがあるんだろう。だから行くといい」

 

「ありがとう、上里」

 

真守が上里翔流に礼を告げると、上里は歩き出す。

大切な少女たちを連れて、遺恨を全て晴らした少年は歩き出す。

少女たちに見合う男になるために。

このありふれたもので満たされる美しい世界で、燦然と輝くために。

上里翔流は、歩き出した。

 

「さて。行くか」

 

真守は上里から視線を外して一同を見た。

上条当麻、オティヌス。インデックス。

一方通行(アクセラレータ)、垣根帝督。

 

協力者である土御門元春はここにはいない。

アレイスター=クロウリーのスパイでもある彼が前に出るのは好まれないからだ。

そして同じスパイである烏丸府蘭と共に、土御門は後方支援に回っている。

エレメントという異形の脅威がいなくなった今、やることはたんまりとあるのだ。

 

「インデックスはともかくとして。俺はどうやって『窓のないビル』に潜入すりゃいいんだ?」

 

上里を見送った上条当麻は、天井に空いた大穴を見上げる。

そこには『窓のないビル』を旅立たせるためのロケットブースターが垂れ下がっていた。

だが、今はない。

 

木原唯一が最終手段としてロケットブースターを点火したため、真守が源流エネルギーで消し飛ばしたのだ。

丁度『窓のないビル』にも潜入したかったので、真守はこれ幸いとして大穴を開けた。

 

あの穴を通って行けば、『窓のないビル』内部に入れる。

そしてアレイスターのもとへとたどり着くことができる。

だが問題は行き方なのだ。

 

あんなバカでかい大穴まで飛べる一方通行(アクセラレータ)や垣根、真守は良い。

そしてインデックスは三人に能力で運んでもらえばいい。だが異能を打ち消す右手を持っている関係上、上条当麻はそう簡単にはいかない。

途方に暮れている上条当麻。真守はそんな上条とインデックスを手招きする。

 

「インデックス、腰に手を回すぞ。上条は左手で私と手を繋いで」

 

真守はインデックスの腰を抱き寄せてしっかりと持ち、上条の左手と手を繋ぐ。

真守が上条と手を繋ぐ際、垣根帝督はすごい嫌そうな顔をした。

だが四の五の言っている場合ではない。

真守は垣根に目を向けて一度微笑むと、大穴を見上げた。

 

「舌噛むから口を閉じるんだぞ。オティヌスはちゃんと上条にしがみつくこと。──行くぞ」

 

真守はその声掛けと共に、ぐぐぐっと足を曲げてジャンプする姿勢を取る。

まさか脚力だけであそこまで行くの? と上条が懸念する中。

真守は上条当麻の懸念通りに、大跳躍をかました。

 

腕が引っこ抜かれるかと思った。

上条当麻は大穴の中から『窓のないビル』に入って、地面に四つん這いになりながら肩ではーはーと息をする。

 

「大袈裟だな、上条。お前は空中飛ぶなんて何回もやってるだろ」

 

C文書をどうにかするべくアビニョンに赴いた時、上条はスカイダイビングをした。

そして第三次世界大戦の終盤には、ベツレヘムの星から北極海にダイブした。

これまでのことを考えれば、絶対能力者(レベル6)である朝槻真守の大跳躍は極めて安全で危険性なんて皆無である。

 

「そ……そんなのとは比べ物にならない……っ生身で、生身で飛ぶって……っ」

 

「確かに生身で飛んだけど、体内のエネルギーを弄って諸々の身体強化はちゃんとしてるぞ。絶対能力者(レベル6)の体だけど、普段は人間と同じポテンシャルにしてるからな」

 

つまり場合によっては体のポテンシャルを大幅にアップすることができるということだが、上条は絶対能力者(レベル6)の万能性が想像つかないため分からない。

そんな上条たちのそばに、一方通行(アクセラレータ)と垣根はそれぞれ出した翼を使って悠々と降り立った。

 

「天井がバカ高くなってるよォに見えるのは俺だけじゃねェよな……」

 

一方通行(アクセラレータ)は『窓のないビル』内部を見上げながら呟く。

『窓のないビル』の面積はそこまで広くない。せいぜい学校の体育館を四つ並べて、壁を取っ払ったほどの大きさだ。

 

だが縦の高さは違った。

見上げたら天井なんてまるで見えない。どこまで続いているか分からないくらいの高さが『窓のないビル』にはあるのだ。

 

外から見た『窓のないビル』はそこまで高い建物ではない。

だが内部に入って見れば、よく分からない状態になっている。

 

真守は『窓のないビル』内部を見回す。

内壁には昇ってくださいと言わんばかりに階段やエスカレーター、エレベーターなどが取り付けられている。

 

「ふむ。無理やり内部空間を引き延ばして目的座標との接続を図っているのか。ユークリウッドを超えたおかしな空間構造だな」

 

絶対能力者(レベル6)として、朝槻真守は『窓のないビル』を分析する。

そんな真守の隣で垣根帝督は両手をポケットに突っ込んだまま、辺りを興味深そうに見回しながら笑う。

 

「しっかし科学信仰の街の中心に魔術を使った塔があるとか、随分と皮肉が効いてるじゃねえか。ワクワクするぜ」

 

「そもそも科学の長が稀代の魔術師ってトコから破綻してるがなァ」

 

垣根の言葉に応えたのは一方通行(アクセラレータ)だ。

一方通行は変わらずに杖をついており、杖に体重を掛けたまま垣根と共に辺りを見回す。

魔術の専門家、インデックスもまた辺りを見回していた。

 

「セフィロトでも、クリフォトでもない……これじゃまるで一から独自に築いた第三の樹みたいなんだよ」

 

真守はインデックスの呟きを聞いて、首を傾げる。

 

「インデックス、第三の樹とは?」

 

真守が問いかけると、インデックスは滑らかに説明する。

 

「まもりも知ってると思うけど、まず世界の縮図として生命の樹と邪悪の樹があるんだよ。……生命の樹は神さまや人間の身分の階級表。そんなセフィロトとは対照的に、人間の負の感情を表すのが邪悪の樹なの。下に落ちれば落ちるほど、クリフォトの悪魔に近づくとされる」

 

生命の樹。邪悪の樹。それに続く、第三の樹。

 

「第三の樹は二本の樹に属さないものなんだよ。神さまが創造した二本の樹とは違い、人の手で制御できる可能性がある。これはその制御をもくろんだ結果だね」

 

「……なるほど」

 

真守は樹に例えられた、どこからどう見ても建物である『窓のないビル』を見上げる。

 

(そういえば私ってどこに属しているんだろう)

 

朝槻真守は、ふと疑問に思った。

生命の樹によって明確に区分分けされているため、人は神へと至ることができない。

だからこそ偶然にも引き起こされてしまった大魔術──『御使堕し(エンゼルフォール)』が発動した時、天使が落っこちてきた衝撃で人々は中身と外見がバラバラになってしまったのだ。

 

朝槻真守はその時、人だった。

だが今ならば、おそらく『御使堕し(エンゼルフォール)』が発動しても自分だけは何の影響も受けないだろう。

神人(しんじん)と呼ばれる場所にまで至った自分は、一体どこに立っているのだろう。

神が設立した生命の樹と邪悪の樹から外れた存在である自分は、一体どのような存在なのだろう。

 

(……おそらく、宙ぶらりんな状態なはずだ)

 

真守は一人、自分の現在について考える。

朝槻真守は自身を定めていない。

だから一人だけ宙に浮いている状態で。地に足が付いていない。

 

それは遺伝子という系統樹でまとめられている生物と繋がりがないということだ。

特異点として突然生まれた点。それが今の朝槻真守なのだ。

それこそが絶対能力者(レベル6)。神ならざる身にて天上の意思に辿り着く者。

系統に囚われない、自由で万能なる存在。

 

(私は人だ。完璧な存在になったとしても、人間の部類に入る。……人の手でまだどうにかできる。それが第三の樹。……だから、おそらく)

 

真守は第三の樹のようだとインデックスが表現した『窓のないビル』を見回す。

 

(私がその第三の樹の頂に鎮座する人々の目標になるのだろう。私にはその資格がある)

 

真守は目を細めていたが、上条が落ち着いたようなので気を取り直した。

 

「上条も落ち着いたし、昇るか。昇ってくださいと言わんばかりに階段がたくさんあるしな」

 

「階段を使わせてくれるんですよね……?」

 

上条が再び跳躍することになるのかと身構えると、真守は『窓のないビル』の内壁を見る。

階段やエスカレーター。ありとあらゆる上昇を促すもの。

その中にはエレベーターもあった。

 

「エレベーター使おう。私が乗っ取る」

 

真守はとてとて歩いて、エレベーターに近づく。

そしてぽちっとボタンを押しと、真守は頷いた。

 

「普通のエレベーターみたいだ。妙な干渉はない」

 

真守は安全だと判断すると、上条たちは真守と共にエレベーターを待つ。

やがてエレベーターが到着して、扉が開く。

 

「え?」

 

危険がないか確認するために、真守がまずエレベーターに足を踏み入れた。

その瞬間、上条当麻が声を上げた。

 

エレベーターの中には鏡があった。

姿見としてエレベーターに置かれている、よく見る縦長の鏡だ。

その鏡には最初にエレベーターに足を踏み入れた、朝槻真守が映し出されていた。

 

鏡の中の真守と、上条の目が合う。

そして鏡の中の真守が、ゆっくりと笑った。

だが当の本人である真守は笑っていない。

鏡の中の自分が笑っているので、真守はきょとっと目を見開いている。

 

『さあ。始まるぞ、我が血族』

 

その言葉が響く中、鏡の中から白いほっそりとした腕が飛び出してきた。

そして真守の手を強く掴む。

 

『ワタシたちのあの日々の再演が』

 

その言葉と共に。ゾゾゾゾゾ──と、鏡から銀色の光が濁流のように溢れた。

眩しさに、目がくらむ。

朝槻真守は鏡の中に引きずり込まれ、その光景を目にしていた。

アレイスター=クロウリーが決意する様子だ。

 

そして()りし日に何があったか。映像は落ち着く暇なく展開される。

長い長い、アレイスター=クロウリーの挫折と苦難の日々。

その上映は、まだ始まったばかりだった。

 



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第九八話:〈銀猫先祖〉は真相を口にする

第九八話、投稿します。
次は五月二九日月曜日です。


『鏡の中を覗き込めば、鏡の中の世界に囚われる。そう感じたことはないか?』

 

朝槻真守にそう問いかけてくるのは、一人の淑女だ。

 

自信たっぷりな表情。小さい唇に、可愛らしく尖った小鼻。

ヴェールの向こうに見え隠れする、エメラルドグリーンの大きな瞳。

西洋喪服を模した銀のドレスに、ガーターストッキングとピンヒール。

あどけない顔つき。高貴なペルシャ猫のような出で立ち。

 

彼女はエルダー=マクレーンだ。

 

つい先日、真守がA.A.Aに触れたことで見た夢に出てきた女性だ。

だが真守が見た夢と、目の前のエルダーは出で立ちが異なる。

 

銀の猫耳と尻尾が生えているのだ。

しかも尻尾にはレースに彩られたリボンと、銀色の十字の星のアクセサリーがくっついている。

時折、ぴこんっと震える猫耳。ゆらゆらと気まぐれに揺れる尻尾。

真守はその様子に呆然としていたが、小さな口を震わせた。 

 

「ど、……どうして……っ」 

 

真守はエルダー=マクレーンの頭部とお尻を交互に見てから叫ぶ。

 

「どうしてご先祖さまに猫耳と尻尾が生えてるんだ?!」

 

愛らしい、はっきり言って似合いすぎているエルダーの猫耳と尻尾。

驚きの声を上げる真守を見て、エルダーは得意気にふんっと薄い胸を張った。

 

『ワタシは高貴なペルシャ猫のようだと言われた者だぞ。猫耳と尻尾が生えていたって何も問題はない』

 

「問題ないのか?! 嫌じゃないの? もしかして猫耳と尻尾が生えているのはあの人間のせいか?! 人のご先祖さまに勝手に猫耳尻尾生やして利用するなんて、極悪人だぞっ!」

 

真守は勝手に猫耳尻尾を生やされて使役されているらしいご先祖様を見て、統括理事長様に可愛らしくぷんぷん怒りを向ける。

エルダーは正当な怒りを見せている真守を見つめて、にやっと笑った。

 

『そういうオマエだって猫耳を髪の毛で作っているではないか。ふむ、東洋の血が混じることによってペルシャ猫が黒猫になるとは。なかなかおもしろいな』

 

「お、面白いのか? ……髪型は大切な女の子が私に強要したのが習慣になっちゃっただけで、別に黒猫自称してないケド」

 

すっかり真守のトレードマークになっている猫耳ヘア。

だがもとはと言えば、深城が真守にお願いして、真守が渋々結んでいた髪型なのだ。

真守はエルダーを警戒して、艶やかな黒髪でできている猫耳ヘアをガードする。

そんな真守を見て、エルダー=マクレーンは嬉しそうに目を細めた。

 

『ふふ。オマエが愛しい少女に請われてその髪型にしていることは知っておる』

 

真守はエルダーの柔らかい笑みを見て、戸惑ってしまう。

そんな真守を見て、エルダーは興味深そうにニヤッと微笑んだ。

 

『黒猫を自称しなくとも、自分が黒猫っぽいのは理解しておるのだろう。その証拠に自分の所有物だと最愛の男にもらった首輪を大事につけておる。飼いネコだな、飼いネコ』

 

「首輪言うなっ! 飼いネコじゃないっ!」

 

真守はなんだか恥ずかしくて、首をばっと両手でガードする。

 

真守はエルダーの指摘通り、垣根から誕生日にもらった黒いチョーカーを首に着用している。

せっかく垣根にもらった誕生日プレゼントなので、真守は制服にチョーカーを合わせているのだ。

 

エルダーは真守の様子が愛らしくて、くすくすと笑う。

真守はそんなエルダーをじっと見上げた。

 

「……エルダーさまは、エルダーさまじゃないよな?」

 

まるで学園都市で暮らす自分の事を、ずっと見守っていたような発言をするご先祖様(?)。

真守がエルダーに問いかけると、ご先祖様らしき淑女は優雅に微笑む。

 

『本物とはなんだろうな、真守』

 

真守は困惑したまま妖艶に微笑むエルダー=マクレーンを見上げる。

 

『むしろ世の中にはまがい物の方が多いように見える。だがソレを人々は知らず知らずの内に心のよりどころをしている。そしてそれが本当は偽物だと知ったら、当然として騙されていたと怒り、喚き散らす』

 

エルダー=マクレーンはすらりとした足を空中で組み直して、真守を見下ろす。

 

『本物や偽物。そんなものは人々にとってはどうでも良いのだ。もちろん、ワタシもだ。ただ一時でも心が預けられて、幸せになれればそれでいい。何故なら偽物だって偽りであると知られるまでは本物なのだ。本物と偽物。それを論じることにあまり意味はないだろう?』

 

「……つまり私がエルダーさまのことを偽物だと思っても本物だと思っても、エルダーさまにとってはあんまり関係ないってこと?」

 

真守が口をむむっと尖らせながら問いかけると、エルダー=マクレーンは柔らかく微笑む。

 

『そうだ。オマエは本当に物分かりが良いな、真守。……本当に、心配になるほどにな』

 

エルダー=マクレーンは空中で足を組むのを止めると、真守がお尻をぺたんと付けている地面へと降り立つ。

コツコツ、とピンヒールが響かせて、エルダーは膝を折る。

そして西洋喪服を模した銀のドレスから衣擦れの音をさせながら、真守の頬に手を添えた。

 

『偽物や本物が多く混じるこの世で、オマエだけは本物であり、唯一無二なのであろう。一人の人間として完成されるに至ったオマエは、他に替えが利かない唯一のモノだ』

 

柔らかいレースの手袋に包まれた、エルダー=マクレーンの小さな手。

真守はその手で撫でられて、そっと目を細めた。

知っている手だ。

アレイスターとご先祖様の夢を見させられた後、自分のことを優しく撫でてくれた手だ。

 

「……エルダーさまは、どうして猫耳と尻尾を生やしてここにいるんだ?」

 

真守は優しく頬を撫でてくれる、エルダーの手を感じながら寂しそうに問いかける。

 

『ワタシはエルダー=マクレーンを再現した魔導書の「原典」だ。正式名称は問答型思考補助式人工知能──リーディングトート78。思考中枢にエルダー=マクレーンの全てと共に、七八枚で構成されたトートタロットが組み込まれておるのだ』

 

「……それで?」

 

真守が首を傾げると、エルダー=マクレーンを模した魔導書の『原典』は告げる。

 

『ワタシが全ての始まりだからだ、真守』

 

真守は無言でエルダー=マクレーンの言葉の続きを待つ。

黒い高級なチョーカーをつけた、お行儀の良い飼い猫のような真守。

そんな真守を愛おしげに見つめて、エルダー=マクレーンは柔らかく微笑む。

 

『オマエは東洋の血が混ざっているし、東洋に住んでおるからな。理解し辛いと思うが、欧米人は自分の物差しで測れなくなると、他のものを利用したがるキライがある』

 

「レイヴィニア=バードウェイが妹のパトリシアを助けるために、暗黒大陸特有の術式に手を出したのと同じ事か?」

 

真守が問いかけると、エルダー=マクレーンは頷く。

サンプル=ショゴスに寄生されたパトリシア=バードウェイ。

真っ当な魔術師であるレイヴィニアは手持ちのもので妹を助けられないと知ると、様々な魔術へと手を伸ばした。自らを犠牲にしてでも、妹を救おうとした。

 

最終的にサンプル=ショゴスは真守と垣根由来のものであったため、レイヴィニアは自らを犠牲にしなくて済んだ。

だがレイヴィニアのように、欧米人は往々にして、自分に足りないものを他の体系の技術によって補うきらいがある。

 

『イギリスには、古くより我らがケルトが強く根付いていた。聖書をなぞっても真理がないとアレイスターが察すれば、身近にあるものに目を向けるのは当然であろう?』

 

アレイスター=クロウリーは聖書では解明できない真理にぶち当たったため、外の技術であるケルトを頼った。

だがケルトの民はケルトの技術を部外者に暴露したりしない。

どこの馬の骨とも知れないアレイスター=クロウリーに、ケルトの門を叩く権利はない。

半分東洋の血が混じっている真守だってケルトの口伝を聞く権利はないのだ。

だからアレイスター=クロウリーは最終的に、エジプト神話にエッセンスを求めた。

 

『ケルトの民の一人がアレイスター=クロウリーと交流を続けていたのだ。ケルトの民の口伝を聞かせることがなくとも、友人として話をしていたのだ』

 

真守は黙ったまま、エルダー=マクレーンを見上げる。

エメラルドグリーンの無機質な目を向けると、エルダーは同じ色の温かな瞳を優しく細めた。

 

『ワタシはケルトの民の中でも先進的な方だった。あらゆる分野に首を突っ込んでは興味を持ち、見聞を広めていった』

 

エルダー=マクレーンは真守の瞳を見つめながら、ゆっくりと教え聞かせるように言葉を紡ぐ。

 

『ワタシがアイツに「黄金」について話した。そういう魔術結社が数多くあると、ワタシはあらゆる会話をアイツとした』

 

エルダー=マクレーンは自らの血族を前にして、過去に思いを馳せる。

もう二度と戻ってこない日々を。輝かしい日々を。懐かしい日々を。

 

『ワタシがアレイスター=クロウリーの挫折の始まりを定めた。そしてワタシはアイツを一生許さないと告げた。止まったワタシを置いて前に進み続け、悲願を叶えよと。だからアイツはトラウマと安寧をいっぺんに得るために、ワタシをトートタロットのガワに選んだ』

 

ワタシとアイツは友だった。

世界について語り合った、友だったのだ。

どこまで行っても人間なアイツに、友の一人がいてもおかしくないだろう。

なあ、我が子孫。我らケルトが望んだ永遠を秘めた少女よ。

 

「………………我ら、ケルトが望んだ……?」

 

真守はエルダーの口から飛び出した言葉に、きょとっと目を見開く。

エルダーは真守の頬から手を離すと、再び浮き上がった。

 

『おかしいと思わぬか? ……いいや、おかしいとは思わなかったのか。何故ならオマエは科学からしかモノを見ておらなかった』

 

「どういうことだ? 何の話をしているの?」

 

真守が矢継ぎ早に問いかけると、エルダーはゆらりと尻尾を揺らした。

 

『オマエがテーブルのシミだと表現した科学の無垢なる概念の子らは、オマエに唾を付けたに過ぎない』

 

エルダーが言っているのは、真守のことを神として必要とした者たちのことだ。

真守が魂を創り上げ、垣根に体を造ってもらった彼ら。

世界が何度も何度も造り替えられても、決して変わらなかった人間の純粋な部分。

白い少年や黒髪の少年としてこちらに生まれ出でた彼ら。

そして、まだあちらの世界にいて生まれ出るのを待っている者たち。

 

『元々オマエには素質があったのだ』

 

真守は目を見開き、硬直したままエルダーの紡ぐ言葉を聞く。

科学の結晶として、一つの世界の頂点として完成された朝槻真守。

すでに完成された存在である真守。だからこそ、真守は考えが及ばなかった。

 

科学の頂点ではなく、他の視点から──ケルトから見た自分という存在は何なのか。

 

一つの世界において完成された真守は、自分のことを科学の世界の物差し以外で測ったことがなかった。測ろうとなんて、その考えそのものが抜け落ちていた。

 

(だって、私はケルトの血を受け継いでいても、ケルトの一員にはどうしたってなれないから……)

 

ケルトの血を受け継ごうが、混ざっている自分はどうしたってケルトの一員になれない。

だからこそ朝槻真守は、ケルトにとって自分の存在とはまがい物でしかないと考えていた。

 

自分の考えが及ばなかったことについて言及され、困惑する真守。そんな真守に、エルダーは優しく言葉を掛ける。

 

『オマエの科学サイドにおいても、純然に輝きたるその素質。その素質に科学の者たちは目を付けた。そして彼らはオマエに縋り、自らの神へと至らせるためにオマエを加工した』

 

朝槻真守はあらゆる全てを内包して生まれた。

神さまになるために必要なものを、全て兼ねそろえて生まれた。

その全てを持って生まれたのは、真守のことを神として必要とした者たちの介入があったからこそだと真守は思っていた。

 

だがそうじゃないと。朝槻真守があらゆる素質を持って生まれたのはケルトの由来のものだと、エルダーは言っているのだ。

多くを兼ねそろえて、母の胎内に抱かれていた朝槻真守。そんな真守に『彼ら』は手を出して、自分たちの神になれるように手を加えたのだ。

 

『なあ、我らが混ざりものにして真なる者よ』

 

かつて『黄金』の魔術師はエルダー=マクレーンに予言を伝えた。

 

いずれマクレーンには、完全なる精神に完全なる肉体を得た、永遠を司る真なる者が生まれると。

 

その予言を、真守の祖父であるランドンはエルダーから聞いていた。そしてその予言は真守の伯母であるアシュリンにも語り継がれた。

その予言の通り。神さまになれるほどにすべての素質を兼ねそろえた朝槻真守が生まれた。

 

人間であり真なる者へと至った朝槻真守。

科学の申し子たちに縋られ、手を出されて弄られて。科学の神へと至った真守。

そんな真守を見つめて、エルダー=マクレーンは微笑む。

 

『何故ケルトの民は輪廻転生を信じ、魂は流転するものであり、死などはただの通過点だと断じて、魂の永遠性に縋りつくと思う?』

 

ケルトの民は輪廻転生を信じ、死ですらも通過点だと考える。

そして魂と宇宙の永続性を求め続け、それを体現しようとする。

 

自分がケルトにゆかりがあると知り、真守も色々調べた。

だが結局のところ、真守が調べた資料が本物だとは限らない。

何故なら。

 

「ケルトは全てを口伝で伝える。だからどんなに書物を読み漁っても、それはケルトの民ではなく第三者が遺したもので、推測の域を出ない。……純粋なケルトではない私は、口伝を聞く権利がない。だからケルトがどうして魂や輪廻転生を尊ぶか分からない」

 

ケルトは全て口伝によって教えを伝える。そして口伝には文字を使ってはならない。

もし文字を使うのであれば、自らが生み出したものを使わなければならない。

 

ケルトの民はこの世に、自分たちに関するものを書物として残す習慣がない。

そのためケルトの民の在り方についてまとめられた資料は、ケルトの民ではない、第三者が取りまとめた書物なのだ。

 

その在り方からして本当のケルトについては、インデックスさえ知らないだろう。

彼女が知っているのは第三者が記した書物に書かれたケルトを、イギリス清教式に整えたものだ。

 

誰もケルトが本当の意味で、どんな教えを守っているか知らない。

純血のケルトではないものに口伝を聞く権利はないから。

魔導書などには書いていない。俗世の人間が知らない本当のケルトの在り方。

 

「私には東洋の血が混じっているから。……だから、ケルトのことを聞くわけにはいかない」

 

純粋なケルトの民ではない朝槻真守は、その口伝を聞く権利がない。

だから真守は自分から率先して、伯母にマクレーン家の話を聞こうとしなかった。

ケルトの口伝を聞く権利がない真守は、自分がどこまで聞いていいのか分からない。

だからマクレーンの人たちを困らせたくなくて。真守は一度だって自分から率先して、ケルトについて聞いたことがない。

 

「血に混じりがある私のことを、マクレーン家の人が家族として見守ってくれることすら奇蹟的なんだ。だから、困らせたくない」

 

普通ならば。混ざり者であるならば忌避され、排斥されそうなものだ。

だがアシュリンたちマクレーン家の人々は朝槻真守のことを大切に扱う。

 

何故そこまで自分のことを許容し、愛してくれるのか。

真守は伯母たちに、どうして自分に優しくしてくれるのか聞きたいくらいだ。

 

だが口が裂けても何があっても、真守はその疑問を口にしない。

自分のことを愛してくれるマクレーン家の人々を困らせたくないから。

だからケルトのことも、真守は自分から一生聞かないつもりでいた。

 

『ワタシたちケルトは、いずれ世界が終わると知っている』

 

エルダーは真守に聞かせても問題ない、書物を調べればケルトが何を信じているかおおよそ考えられる推察を真実として、改めて口にする。

 

始まりがあれば終わりがある。

それは当然のことだ。そしてその間に物事は移ろいゆき、やがて終わりが訪れる。

ケルトの民であるマクレーン家は、世界の在り方を真の髄まで理解している。

ケルトの世界がいつか終わること。永遠ではないこと。それを、ケルトの民は理解している。

 

世界について。流れについて。流行について。

ケルトの民は世界の移り変わりについて、深く理解している。

そんなマクレーン家だからこそ。そこに混じりが生まれた朝槻真守は、今ある流れに新たな定義を加えて世界を変える力を持っているのだ。

 

『いずれ来たるべき終わり。それにワタシたちは備えていた。外の人間はケルトの民が火事や洪水、天が地に墜ちることがありえるから、魂に永遠を見出したと主張しているが……おおむね間違ってはいない。滅びに立ち向かっているのは変わらないからな』

 

終わりが来ることを理解しているケルトの民。

だからケルトの民は終わりが来たとしても、何かは永遠に残ると信じた。

そう信じられなければ、終わりに立ち向かえない。そしてその来たるべき終わりのために、自分たちは備えなければならない。

 

『ワタシたちは世界が終わることを前にして、精神的支柱を求めた。永遠と魂。そして何があっても終わらないものを求めた。その時代に適応しながらも、ワタシたちの矜持を永遠に持ち続ける存在を求めた』

 

世界が終わっても、魂と宇宙は永遠である。

それらの前では、世界の滅亡など価値も意味もない。

死ぬ事だって、ただの通過点だと。そうケルトは生命(いのち)を定めた。

 

『ケルトの民は輪廻転生を庇護とした』

 

真守は彼女が何を伝えたいか段々分かってきた。

朝槻真守はあらゆる素質を全て兼ねそろえて生まれてきた。

そしてアレイスターに加工されて、絶対能力者(レベル6)へと至った。神人と呼ばれるまでに至った。

絶対能力者(レベル6)とは、神人とは。()()()()()()()()()()存在だ。

 

永久不滅を求めたマクレーン家。

朝槻真守は、マクレーン家の人々が真に欲していた素質を兼ねそろえて生まれた人間なのだ。

ケルトがいずれ至ろうとした、永遠に至る事ができる素質を持って生まれたのだ。

 

ケルトの民が望んだ永遠。

だが血に混じりがある朝槻真守を、ケルトの民としてマクレーン家は認めるわけにはいかない。

 

『真守。混じりがあったとしても、マクレーンはオマエの誕生を喜んだのだ』

 

自分たちが永遠を我が物にできなくても。この世界に残るものはある。

ケルトが滅びようとも。自分たちのことを覚えている少女が残される。

 

『オマエが生まれたからこそ、ケルトの一族は希望に相まみえることができた』

 

希望。

その希望を見出したからこそ、マクレーン家は研鑽を積む。

これまで辛い道を進み、これから永遠を生きる少女を一人にするわけにはいかないからだ。

そして世界が終わる前に。自分たちは何かを残さなければならない。

 

『ワタシたちの希望。永遠を体現した少女。オマエを一人にはしない。すぐにでもマクレーン家は技術を確立し、永遠を手に入れるだろう。そして数奇な運命によって狂わされた少女を、決して一人にはしない』

 

エルダーは真守のことを優しく見つめる。そして、寂しそうに微笑んだ。

 

『運命とは数奇なものだ。運命というものは多くを狂わせる』

 

「…………運命が、関係しているのか?」

 

真守は殊更に運命を強調するエルダーを見上げる。

自分が数奇な運命に陥っていると、朝槻真守は常々思っていた。

だが何故その運命とやらをエルダー=マクレーンは強調するのか。

真守は顔をしかめてエルダーを見上げる。

そんな真守を、エルダーは慈愛に満ちた瞳で見下ろした。

 

『運命が世界と人を狂わせる』

 

エルダー=マクレーンは断言する。

 

『そして、それこそ我らが(つい)える元凶である』

 

真守はエルダーを見上げて眉をひそめる。

エルダー=マクレーンは笑ったままだ。

 

さあ。この世で最も運命に翻弄されし少女よ。

全ての話をしようか。

世界の真実を。あの人間が何故魔術を憎むのか。

全てを紐解こう。

 

その時、オマエが何を思うか。とても楽しみだ。




ここで一つ捕捉を。
原作では問答型補助式人工知能のガワはミナさんですが、流動源力ではエルダー=マクレーンとなっています。ですがミナさんの存在そのものがいなくなったわけではありません。流動源力でもミナさんは『黄金』の一員であり、メイザースの妻でもあります。
今回の話は少し重要な話でした。次話も楽しんでいただけたら幸いです。


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第九九話:〈真正人間〉の過去

第九九話、投稿します。
次は六月一日木曜日です。


魔術師結社史上における、最大の天才集団──『黄金』。

 

『黄金』の創始者は三人だった。

だが一人が老衰で引退したため、組織運営は創始者のうちの二人であるウェストコットとメイザースに任されていた。

 

つまり端的に言えば、『黄金』はウェストコット派閥とメイザース派閥に分かれていたのだ。

 

メイザース派閥の長であるメイザースは、その勢力図をひっくり返したかった。

そのため、とある女性が目を掛けていた新参者──アレイスター=クロウリーを『黄金』に迎え入れた。

 

この頃、魔術界隈では命を奪う染料は禁忌とされていた。

だがメイザースに見出されたアレイスターはそれらを惜しげもなく使った。

 

アレイスター=クロウリーは革新的だった。

そのため魔術において面倒な工程も省いていた。

例えば、フリーハンドで魔法陣の円を描けるようになるには時間がかかる。

フリーハンドを会得する暇が惜しい。だからアレイスターは丸いテーブルに布を被せ、その外周を指でなぞる事で円を描いてみせた。

 

禁忌でさえ、必要であれば侵す。古めかしい意味のない面倒な工程は省くに限る。

 

革新的過ぎて、大抵の者たちには受け入れられないアレイスター=クロウリー。そんな彼は、失敗を成功にすら変えてしまった。

 

この世には世界の縮図である、二つの樹がある。

その名称はセフィロトとクリフォト。セフィロトは一〇の球体に見えない領域であるダアトを加えた、二二の小径(パス)で繋がれた樹だ。そしてクリフォトとはセフィロトのさかしまの樹。セフィラに虚数と悪魔の名がつけられた樹だ。

 

ウェストコットはセフィロトの樹のみを使い、世界を見ていた。

成功だけを見つめて、自分の望む結果を手にしていた。

 

だがアレイスターは違った。

彼はセフィロトとクリフォトを用いて世界を見渡した。そして失敗を軸にして成功を引き寄せ、自分の望む結果を手にしていた。

 

セフィロトだけに囚われる。

成功だけにしか目を向けず、失敗すらも糧にして前に進むことをしない。

それは既に古いのだと。新参者であるアレイスターを迎え入れたメイザースは笑った。

 

アレイスター=クロウリーを受け入れたメイザース。

彼は『黄金』として、仲間と共に一つの目標を掲げていた。

魔導書の『原典』による毒を受けずに、誰もが簡単に扱える魔術を普及させる事だ。

つまり『黄金』自体が、近代西洋魔術の祖になることを目標としていた。そのために動いていた。

 

メイザースは近代西洋魔術を打ち立てた偉業が『黄金』の手柄ではなく、自分だけの手柄にしたかった。

 

メイザースは近代西洋魔術の祖になりたかったのだ。

魔術を一つの体系としてまとめあげた功労者になりたかった。

だがそれはメイザース一人では成し得ない偉業だ。

だからメイザースはアレイスターを利用し、『黄金』の成果を自分の色で染め上げて偉業を成し遂げようとしていた。

 

誰もが扱える魔術。そんな魔術は、これまで狭い分野の魔術を扱ってきた人間には決して受け入れがたいものだろう。誰もが異を唱えるだろう。

だがそれでも、やがて世界はインスタントに使える魔術の利便性に気が付く。

その時に讃えられる名前が『黄金』ではなくメイザースが良い。

メイザースはそういう魂胆だった。

 

アレイスター=クロウリーを利用しようとするメイザース。

アレイスターはもちろん、メイザースの意図に気が付いていた。だがアレイスターは魔術を極めることに執心しており、権力争いなどどうでも良かった。

 

だがアレイスター=クロウリーはある時、その権力争いに火種を投下した。

そして、『黄金』を破滅へと至らしめた。

 

それが一九〇〇年に起きた、ブライスロードでの抗争だ。

何故、そんなことをしたのか。

アレイスター=クロウリーは何故『黄金』を破滅に導いたのか。

そのきっかけが、朝槻真守の目の前で展開されていた。

 

『浮かない顔だなお嬢さん。星空でも招けば気が晴れるだろうか』

 

そのきっかけはアレイスター=クロウリーが一人の男として幸福を得た時だった。

最初の妻ローズと出会ったことだった。

エルダー=マクレーンは面白そうに笑って、かしこまっているアレイスターを見つめる。

 

『稀代の魔術師と謳われたアイツも懸想はする。オマエが垣根帝督を愛するようにな』

 

真守を見て、にやっと笑うエルダー=マクレーン。

真守はそんなご先祖様を見上げて、むぅっと顔をしかめた。

 

「エルダーさま。いきなり現実に引き戻さないでくれるか?」

 

真守はじとっとエルダー=マクレーンを睨む。するとエルダーは気になったことがあったのか、猫耳をぴょこんッと震わせた。

 

『そういえば気になっていたんだが。オマエ、最近は垣根帝督とどんなえっちしてるんだ?』

 

「セクハラ! ご先祖さまに直球でセクハラされてる!!」

 

瞬時にぼふんっと顔を真っ赤にして、真守は叫ぶ。

だがとある事実に気が付いて、慌てるのをぴたっと止めた。

 

「……()()、は?」

 

最近とはどういうことか。昔を知っているのか。

真守は嫌な予感がして、ゆっくりとエルダーを見る。

するとエルダーは神妙な顔つきで、可愛らしく小首を傾げた。

 

『いやなに。初夜は「滞空回線(アンダーライン)」で知る事ができたし最初の数回も知っておるのだが、その後は「滞空回線」の存在を知った垣根帝督が致す度にジャミングをするようになってな。見られなくなってしまったのだ』

 

真守、絶句。

 

この学園都市にはアレイスター=クロウリーの情報網である『滞空回線(アンダーライン)』というナノマシンにも似た極小の物体が空中に散布されている。

アレイスターは学園都市で何が起きているか、簡単に網羅することができる。そしてこの学園都市の要である上条当麻や真守のことを監視している。

 

つまり日常生活を覗く事ができるというわけだ。それを真守はすっかり失念していた。

真守が目をかっぴらいて固まっていると、エルダー=マクレーンは尻尾をゆらゆら揺らす。

 

『オーイ、真守。そこら辺どうなんだ? 垣根帝督とアブノーマルなコトしてるのか?』

 

「してるわけないだろ!! エルダーさま、変な妄想広げないで!!」

 

真守は涙目になって、ぶんぶんと首を横に振る。

そんな真守を見て、エルダーはにやにや笑った。

 

『でもオマエ、垣根帝督に初めてを捧げただろう? 普通を知らないんじゃないのか?』

 

その一言に、真守の血の気がサーッと引いていく。

垣根帝督はつくづく言っている。

『俺に常識は通じねえ』──と。

 

以前、朝槻真守はこの世で最も大切な女の子──源白深城に『あぶのーまるな恋をしている』と指摘されたことがある。

恋人になる前に永遠を誓い。恋人になる前から恋人みたいに愛でられて。

そしてついに恋人となった翌日には致す。

 

しかも朝槻真守は絶対能力者(レベル6)である。垣根帝督は『無限の創造性』を持つ少年である。

もしかしたら。これまで致した内容はおかしかったのかもしれない。

確かにちょっと回数は多いなとは思っていた。

でも、まさか。変なことはないはずだと。朝槻真守は思っていた。

 

「ひっぐ」

 

真守はいっぱいいっぱいになって、一つしゃくりあげる。

それを見たエルダー=マクレーンは驚愕で尻尾の毛を逆立てた。

 

『しまったガチ泣きだ!!』

 

エルダー=マクレーンはみゃっと声を上げると、ぽろぽろ涙を零す真守を慌てて慰めに掛かる。

 

『悪かった悪かった。そうだよな。オマエは永遠を我が物にしたって普通の女の子だもんな。ヘンタイたちとは違うよな。な? ……よ、ヨーシ。ワタシが垣根帝督にガツンと言ってやる。だから泣き止め。な?』

 

真守はえっぐえっぐとしゃくりあげながらエルダー=マクレーンを見上げる。

 

「ど、どうしてそんな話になったんだぁ……っ!!」

 

エルダー=マクレーンは自らの子孫の背中を優しく撫でながら、ばつが悪そうに目を逸らす。

 

『……いやなに。アレイスターは元来の中性的な美貌と変人特有のカリスマで人を惹き付けるため相手には事欠かず、変態行為に走るクソ野郎だったんだ。だから変人特有のカリスマ性を持つオマエと垣根帝督はどーかなー? ……って、チョット気になって』

 

エルダーの純粋な疑問を聞いて、真守は目を拭いながら呟く。

 

「……うぅ。ヘンタイと一緒にされるなんて困る……っ私は健全なはずだ……ッ!」

 

真守は頑張って涙をぬぐいながら声を上げる。

もしかしたら自分と垣根が男女関係を築き上げる場面を見て、アレイスターが脳内ハッスルしていたかもしれないなんて考えたくない。背筋がゾッとする。

 

「最悪……人のひめゴト見るあのクソ人間ヤバすぎる……正真正銘の変態だ……っ!」

 

真守はぐすぐすと喚く。

そんな真守から視線を外して、エルダー=マクレーンは遠い目をする。

 

『いま目の前で展開されているモノも、ある意味アレイスターの変態行為の一部だがな』

 

真守はエルダーのボヤキを聞いて、眉をひそめる。

目の前には地下室が映し出されていた。

得体のしれない匂いのするお香。

その部屋の中心の椅子に座って、がっくんがっくん飛び跳ねてトランス状態になっているアレイスターの最愛のローズ。

 

「……あれも、変態行為なのか? 科学薬品の力を借りて限界突破して、まだ見ぬ先を盗み見ようとするのとかと一緒じゃなくて、本格的にヤバイことか?」

 

真守がエルダーの腕の中で疑問の声を上げると、エルダーはぴこんっと耳を震わせる。

 

『んーそうだな。アレは太古の魔女がホウキに特殊な軟膏を塗ってノーパンで跨って魔術(笑)を使って空を飛ぶのと一緒なのだが、オマエは深く知らなくていい』

 

「………………自分の妻にそんなことやるなんて変態すぎる。この時代の魔術師はみんな変態なのか? 黄金って変態集団なのか?」

 

真守が魔術師たちに軽蔑を向けていると、エルダーは死んだような目をする。

 

『まあある意味変態集団だろうな。ある意味であるがな』

 

エルダーは一応『黄金』のことをフォローすると、ぼそぼそと呟く。

 

『ある意味変態集団の「黄金」だが、あの人間は生粋のド変態だったな。男性器の表現方法で軽く三ケタは超える超大作の官能小説を場末の出版社に投げ入れたり、多くの魔術師が集まる儀式場でしれっと自分の精子持ち込んで変態実験開始したり』

 

「ヤメテ!! そんな具体的な稀代の魔術師の変態実情聞きたくない!」

 

『あとアイツは裸の銅像の大事な部分を隠すための蝶飾りを盗んで自分のズボンに締めてパーティーに出席したり、素晴らしい韻を踏んで最悪なジョークを誰彼構わず飛ばしていたりしていたな、ハハハハハ』

 

おそらく後の二つの逸話は生前のエルダー=マクレーンも被害に遭ったのだろう。

なんでエルダーがそんな最低野郎の友人をやっていたか気になるところだが、おそらくアレイスターがなんだかんだ言っても自分と絶対に結ばれない相手で気楽だったからだろう。

 

真守が遠い目をする中、とある場面が映し出された。

トランス状態にいるローズが何かを喋り、それをアレイスターが書き留めている場面だ。

その異様さに、真守は目を見開く。

するとエルダーは持っていた扇子でローズを指し示した。

正確には、ローズに宿っているモノを。

 

『エイワスだ』

 

真守はその言葉にピクンッと反応した。

 

『テレマと同じく九三の数字を内包するモノ。コロンゾンと並んでアレイスター=クロウリーの人生を大きく切り替えた分岐点となる名前。エジプト旅行中に、アイツは聖守護天使と出会っているんだ』

 

「……あそこにいるのが、エイワスなんだな」

 

『ああ、オマエも知っているエイワスだ。ソイツにほからなぬ』

 

エルダーはぼそぼそと喋っているローズを見つめて、鋭く目を細める。

 

『クロウリーの理論の集大成はエイワスからもたらされたものだ。それはウェストコットたち先人が生み出した「黄金」の基礎理論、そしてその乗っ取りを画策していたメイザースの新理論さえ綿埃のように吹き飛ばしてしまうほどにセンセーショナルなものだった』

 

「……アレイスターがエイワスと出会ったから、全てが始まったんだな」

 

真守がゆっくりと目を細めると、エルダー=マクレーンは頷いた。

 

『当時の魔導書は箔をつけるために大半が高次存在からもたらされた知識だとされていた。だからクロウリーを蹴落としたい連中はことあるごとに難癖をつけていたぞ。まあウェストコットが偽造した魔術結社開設許可の書簡に比べればマシなものだ』

 

「偽造? 偽造してたのか?」

 

真守が問いかけると、エルダーは憤慨した様子を見せる。

 

『ウェストコットは古い人間であったからな。だから「究極の高次存在であるアンナ=シュプレンゲルから結社設立の許可を受けた唯一の人間」を自称していたのだ』

 

ウェストコットが受け取った書簡の真実とは、イギリス人がドイツ人の筆跡を偽って作成したペテンだった。

そのことを鼻で笑ったエルダー=マクレーンは続ける。

 

『あの古い考えに凝り固まって箔付けに奔走してた老人と、ずる賢い演劇演出好きの中年(サル)についてはワタシの眼中になかった。小物感が満載だったからな。メイザースの野郎なんかはクロウリーを通してワタシに接触をしてきようとしたが、軽くかわしてやったわ』

 

(…………私のご先祖さま最強じゃない……?)

 

おおよそ人格者としてエルダー=マクレーンは最高の女性である。

貴族で地位も名誉も金もあって精神性もばっちり。そしておまけに見る目もある。

エルダーならばマクレーン家の権力全てを使って国を支配しても、問題なく統治できそうだ。

たぶん、この様子では興味ないと豪語するだろうケド。と、真守は密かに思う。

 

『ちなみにワタシの体には確かな血統を持っていないヤツが触ると、性器が爆散する術が掛けられていたからな。誰も手出しができなかった』

 

「……私、触っちゃってるけど……ッ!!」

 

真守には完璧に東洋の血が入っている。血が混じっている自覚がある。

そのため真守が戦々恐々としていると、エルダー=マクレーンはニヤッと笑う。

エルダーは真守に近づくと、真守の小さな肩に手を回す。そして手に持っていた扇子で真守の頬をふにふにつつく。

 

『ふふ。今のワタシは魔導書の「原典」であり人工知能だからな。触れても大丈夫だ』

 

「そうじゃなかったら私は爆散してたってコト!?」

 

混ざっているのが悪いとは言え、血統がきちんとしていないという理由で身内の血族の魔術に引っかかるのは悲しい。

真守が少し落ち込んでいると、目の前でアレイスター=クロウリーは妻が産んだ赤子に手を伸ばしていた。

 

『クロウリーの一人目の娘だ。ヤツが悩みに悩んだ結果、意味を付与しすぎてじゅげむじゅげむぐらいに正式名称が長くなったが、魔術研究家の間ではリリスと呼ばれている』

 

「親バカだ」

 

『ワタシもそう思う』

 

エルダー=マクレーンは自らの子孫と共に、子煩悩になっているアレイスターを見て笑う。

そして、寂しそうに目を細めた。

 

「……エルダーさま?」

 

『分かるか、我が血族よ。ここが最も温かい時期だ。それが意味するところが、オマエに分からないわけがないハズだ』

 

真守は幸せそうなアレイスター=クロウリーを見つめて眉をひそめる。

幸福で満ちた世界。

ここが一番の幸福の場所であると言うならば、つまりアレイスターはここから苦難の道を強いられたということだ。

友人の血族が数代を重ねた今でさえ、彼はもがき苦しみ続けている。

誰にも理解されずに。ただただ多くの失敗を踏み台にして、『計画(プラン)』を進めている。

 

『出産を手伝い、不安定な母子へ全身全霊の加護を与えるために、アレイスターは一時的に魔術研究の手を止めていた』

 

真理への探究。それを幼いながらに決意したアレイスター=クロウリーが研究の手を止めるほど、ローズとリリスはアレイスターにとって大切だった。

 

『その遅れを取り戻すべく、アイツは容態の安定した母子を残して巨大な山を求め、旅に出かけた。……そこには「ある目的」もあった。だが間に合わなかった』

 

真守は黙ってエルダー=マクレーンの話を聞く。

目の前で幸せな家族が生きている様子。

それが、遠い日。生まれたばかりの自分にもあったのだと考えながら。

朝槻真守は、ご先祖様の言葉を待った。

 

『ああ。クロウリー。ワタシのかけがえがない「永遠」の友よ』

 

エルダー=マクレーンは寂しそうに、本当に悲しそうに声を出す。

 

『世界の誰よりも愛し、一度呼ぶのでさえ面倒な長ったらしい名前を愛しそうに呼ぶオマエを、ワタシは覚えている』

 

そんな愛する娘の不自然なくらいの唐突な病死。

 

『その死に目に間に合うことができなかったオマエに、ワタシは憐み以外の感情を向けるコトができなかった』

 

最愛の娘の死。それによりアレイスターの『運命』の歯車は、少しずつ狂い始めた。

世界は、小さな出来事で簡単に狂ってしまう。

その事実を前にして。一人の人間が『運命』を呪い尽くす事になるのは、当然のことだった。



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第一〇〇話:〈世界根底〉にある真実と決別

第一〇〇話、投稿します。
次は六月五日月曜日です。


蒸気と煤煙(ばいえん)に呑まれた、どこまでも人に悪い影響しかもたらさない霧の都。

それが、エルダー=マクレーンやアレイスター=クロウリーが生きていた当時のイギリスだった。

 

朝槻真守とエルダー=マクレーンの前で展開されている場面は、どこかの書斎だった。

その書斎には、男が佇んでいた。

 

その男は、老人に見えるほど疲弊していた。一歩間違えれば死んでしまいそうなほどだった。

どうやら内蔵が悪いらしく、枯れた浅い呼吸を何度も繰り返している。

 

『鎮痛剤に用いられていた医療用阿片によって、中毒症状が出ているだけだ。当時にはどこにでもいた社会病理患者だな』

 

エルダーは目の前の消耗しきった男を見つめる。

当時のイギリスにおいて、そう珍しくない男。

男をそう断言したエルダーはどことなく寂しそうだった。

その視線だけで、真守はエルダーと男が知己だったのだと理解できた。

 

『彼はアラン=ベネット。──そう。「黄金」のアラン=ベネットだ。オマエが生まれるとタロットで予言した人物だ。そして、アレイスターが利害を考えずに接していた友。師と呼べるほどにヤツが慕っていた男だ』

 

「黄金」のアラン=ベネットは、エルダー=マクレーンに予言した。

 

いつかマクレーンには完全なる精神に完全なる肉体を持った、永遠を司る真なる人が産まれる。

それはマクレーン家の悲願の姫御子。永遠を獲得する素質を秘めた少女。

だがしかして、この世で最も運命に翻弄される少女でもある。

 

「……運命」

 

また運命という、真守にとって不確かな言葉が出てきた。

真守が神妙な顔をしていると、目の前でパタタタッとタロットカードが連続してひっくり返った。

そのタロットカードを見ているのは真守たちだけではない。

アレイスター=クロウリーも、その場にいた。

 

『全ての人は奇蹟や運気の奴隷だ』

 

アレイスター=クロウリーの前で、アラン=ベネットはそう断言する。

奇蹟や運気の奴隷。

それはこの世にいる人々すべてが、運命から逃れられないということだ。

 

『その日のパンの選び方。もっと規模を拡大すれば人の事故や病死にまで。わしがこうして薬の選び方に失敗し、今も引きずるように。人々は運命に振り回されている』

 

朝槻真守がどう頑張ったって絶対能力者(レベル6)へと進化(シフト)してしまうのが決定づけられていたように。

この世界の人間は、すでに決定づけられた結末への流れに逆らうことはできない。

 

『魔術は便利だ』

 

アラン=ベネットは言葉を紡ぎながら、綺麗に並べたカードを横に払った。

 

『「黄金」の手によって()()()()()が完成すれば、魔導書の「原典(オリジン)」を読むために危険を冒さなくて済む。それによって、知識の停滞は打開される』

 

「原典」の毒とは、言わば読み手の常識と叡智の齟齬による一種の拒絶反応だ。

自分の言葉と指先で全てを説明できれば、誰も苦しまずに済む。

余計な手間暇を省く結果となれば組織は飛躍的に成長速度を上げて、直接的な戦力も増大する。

 

メイザースはアレイスターを利用して、誰もが簡単に扱える魔術を『黄金』の手柄ではなく、自分の手柄として普及させようとしている。

それは手順がきちんと決められて、決められた手順を守れば目当ての品を完成できる工作キットのようなものだ。

だから『黄金』は誰もがインスタントに扱える魔術を、度々工作キットに例えていた。

 

『本来、この世のあらゆる事象には等価交換の原則がある。わしらの魔術はそこを騙して、一の出費で一〇の成果を獲得している』

 

アラン=ベネットはそう前置きして、命題を突き付けた。

 

『しかし本当に世界は騙されているのかね?』

 

その疑問にアレイスター=クロウリーは答えずに、アラン=ベネットの言葉の続きを静かに待っていた。

 

『ひょっとしたら、わしらの想定している範囲の外でしわ寄せが起きているかもしれない。そういう懸念は前からあった』

 

「…………しわ寄せ。それが運命ってコトなのか?」

 

真守が思わず呟く中、アラン=ベネットは続ける。

 

『この世界には神話や宗教の数だけ多様な位相が重なっている。それら位相と位相の間の距離は一律ではない。そして文明や伝承の盛衰などにより、現世に与える力関係も変わる』

 

十字教の世界。天国と地獄。そしてケルトの民が信じる位相。

はたまた物理的な科学の世界。この世界には様々な位相が重なって展開されている。

それらの力関係は変わり続けている。そのことをアラン=ベネットは説明する。

 

アレイスターは黙ったままだ。だからアラン=ベネットは一人語りのように続ける。

 

『元々、運気とは奇蹟になり損ねた火花だ』

 

アラン=ベネットは世界の真実を口にする。

 

『位相同士の接触、衝突が生む飛沫は呆れるほど薄く、広く人々に影響を与える』

 

位相と位相が衝突することで、火花が散る。

その火花が奇蹟になって世界に影響を及ぼすこともあるが、大半は運気になる。

その運気に、人々は振り回されている。

 

コイントス。店で出てくる料理の順番。

出会いや別れ、結婚や離婚。

そして──人の死さえ、運気によって決められている。

 

『もしキミの娘の死に直接的な原因が見当たらないとすれば、それは多くの人が知らず知らずに干渉を受ける、偏った集まりから生じた偶発を疑うべきだ』

 

朝槻真守は、静かに息を呑む。

運気や奇蹟とは、魔術的に証明できるものだったのだ。

朝槻真守の未来が決定づけられているたことも。垣根帝督と朝槻真守が出会う『運命』だったということも。すべて、位相同士の衝突による火花に影響を受けていた。

 

『……つまり、この世には偶発的な事故や病気なんてものはなくて』

 

黙っていたアレイスターは初めて重い口を開く。

 

『……つまり、この世にある人々の小さな積み重ねは折り重なる位相の問題であり、結果世界の全てが娘にわずかな不衛生からの死の病を押し付けるために回るというのですか。先生』

 

『それは極論だな。何故ならキミの娘が特別なのではなく、人々は平等に振り回されている。キミの友人であり永遠を求めるケルトの一族の一人、エルダー=マクレーンだってその翻弄に大きく直面している』

 

アラン=ベネットの言葉。

それに真守の心臓がドクン、と大きく鼓動を立てた。

 

『どういうことですか』

 

アレイスターは端正な眉をひそめて問いかける。

 

『ケルトの民は、いつか世界が滅びゆくことを知っている』

 

アラン=ベネットはケルトの口伝を知らなくとも、誰もが理解している事実について口にする。

 

『何故世界が滅びゆくのか。それは彼らの信じる位相がいつか消滅する理由が、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だからだ』

 

アラン=ベネットはケルトがなんとかして回避しようとする滅びの結末を口にする。

 

『彼らは滅びを運命として当然に受け入れた。だから宇宙と魂の永遠性に着目した。そして「永遠」を手に入れようと躍起になることすら、運命によって狂わされる』

 

真守は硬直したまま、必死にアラン=ベネットを見つめていた。

自分に関係する運命。それから目をそらしてはいけないからだ。

自分が向き合わなければならない真実だからだ。

 

『いつかケルトの民は「永遠」を手にする。だがその「永遠」は運命のいたずらにより、ケルトの望まないところに生まれ落ち、ケルトを救うことはないだろう』

 

それこそが、アラン=ベネットがエルダー=マクレーンに伝えた予言だった。

 

いつかマクレーンには、完全なる精神に完全なる肉体を持った、永遠を司る真なる人が産まれる。

それはマクレーン家の悲願の姫御子。永遠を獲得する素質を秘めた少女。

だがその少女は運命のいたずらによってケルトの望まないところに生まれ落ち、ケルトを救うことはないだろう。

 

運命によって滅びることが決定づけられているケルト。そのケルトを救うためにケルトの民が求めた姫御子でさえ、運命に振り回される。

 

朝槻真守とは、この世で最も運命に翻弄された少女なのだ。

 

真守は思わず歯を噛みしめて、小さな手でスカートをぎゅっと掴む。

必死にこらえている真守の小さな背中に、エルダーは手を沿えた。

 

『エルダーは()()()()「救い」に繋げればいいと言った。進み続ける限り、自分たちの道が途絶えることはないのだと。──そう軽やかに告げていた』

 

運命からは逃れられない。その運命から逃れれば、また新たな運命に絡めとられる。

それが現状だ。そしてそれを助長させるのが魔術なのだ。

魔術を使えば、人々はこれまで以上に運命に絡め取られる。

それが、魔術を行使し続けた時に起こる寄せだ。

 

『ヘルメス学など統合した理論は重なる位相を乱暴に掴み、束ね、いたずらに衝突を誘う。火花も多く頻出する。影響も現在に限らん。未来は今の積み重ねで造られるのだからな』

 

『「黄金」はその危険性を理解しながら黙認していた、と』

 

『計測できない事象とは即ち存在しない事象だ。メイザースはそんな風に言っていたが、わしらがその意見に流されたのは心の弱さが原因だな』

 

位相と位相の間隔は日々不規則に変動している。

それを人間一人がどうにかできるものではない。

だからそんなものを気にする必要はない。

何故なら子供には、国と国の争いに口を出す権利がない。

その子供に値する自分たちがどう喚こうとも、位相同士の衝突に介入することなどできない。

 

『エルダーは全てを知っていた。それでも我らに怒りを向けなかった』

 

アレイスター=クロウリーが誰でも使える魔術を完成させたら、彼女は何を思っただろう。

きっと、嬉しそうに笑ったに違いない。

真理の探究にまい進する自分を彼女は楽しそうに見つめていた。

それが自らを崩壊させる要因になろうとも、彼女は人が進む姿勢を笑う女性ではなかった。

 

『ケルトの一族はそれが世界なのだと受け入れた』

 

アラン=ベネットはケルトの民を想い、目を細める。

アラン=ベネットを見つめたまま、エルダーは端正な口を開く。

 

『運命に翻弄されるのもまた人生だ。そして栄華があれば廃れていくのもまた世の常だ。その中で自分たちがどう生きるのかが問題なのだ。ケルトの民として誇りを持って、世の中の在り方に順応しながら教えを貫くのが、ワタシたちの生き方なのだ』

 

かつてエルダーがアラン=ベネットに伝えた言葉を、エルダー=マクレーンは一言一句間違えずに口にする。

 

『嘆くことはしない。嘆く時があるのであれば、前へと進み続ける。問題を解決するために奔走する。どんなことがあっても、進み続けるのがそれがワタシたちだ』

 

真守はそっと目を伏せる。

そして自分の背中に当てられているエルダーの手の温かさを感じながら、顔を歪めた。

 

(……たぶん、お母さまはそんなケルトの生き方に疲れてしまったのだろう)

 

朝槻真守は母を想って、寂しくなる。

 

問題から目を背けることなく、懸命に生き続ける。

それが苦しいと思う人だっている。

目を背けたくなり、現実を直視などしたくないと思う人だっている。

 

平坦で起伏など何もない、ぬるま湯のような幸せに浸って死にたいと思うことだってある。

それが本当の幸せではないとしても、とりあえずは幸せなのだ。

だからそれで良いと考えてしまう人もいる。

 

前を向くのに疲れてしまった朝槻真守の母。

だから彼女はマクレーン家を飛び出した。しきたりによって縛られて、結婚すらも決められて。そしていつまでも前を向き続けなければならないことが辛かったから。

自由に生きたかった。ぬるま湯のような幸せでも、彼女は良かった。

そう考えて、生きて。彼女は真守を産んで死んでいったのだろう。

 

『追儺の方法自体は、あるにはあったんだ』

 

胸が締め付けられる真守の前で、アラン=ベネットは『それ』について口にする。

 

『ウェストコットもメイザースも決して公的には認めなかったがね。ブライスロードの秘宝があれば問題ないと、その所有者の自分たちは大丈夫だという暗黙の了解はあった。エドワード、キミもその庇護の下にあったのだ。だから問題ないということにされていたんだ』

 

その追儺霊装は『黄金』の一員である魔術師アレイスター=クロウリー一人を守るだけだ。

決して、妻のローズも娘のリリスも守ってくれない。

 

今この時も、世界で様々な魔術が日々行使されている。

位相と位相が生み出すその火花はどのようにして人々に関係しているか誰も知らない。

だが確かに運命は人々を縛っている。そしてそれによって人々は狂わされている。

 

アレイスター=クロウリーは立ち上がる。

そしてこの世界の人間すべての敵である魔術師、アラン=ベネットに銃を突きつけた。

アラン=ベネットは『黄金』の一人として、アレイスターの前に立ちはだかる。

そして。自らの最期が弟子によって幕を閉じることになっても、彼は笑っていた。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

雨が、しとしとと降っている。

雲と霧に覆われたロンドンに、相応しい天気だ。

 

『それで? オマエはどうするのだ?』

 

声を発したのは、ローブを纏った貴婦人だ。

自信たっぷりな表情。小さい唇に、可愛らしく尖った小鼻。

エメラルドグリーンの大きな瞳に、柔らかな絹の糸を染めて作ったような銀髪。

あどけない顔つき。高貴なペルシャ猫のような出で立ち。

その在り方は何百年経っても色あせないのだろうと思えるほどに、美しい。

 

『すべての魔術を絶滅させる』

 

アレイスター=クロウリーはエルダー=マクレーンの問いかけに、決意の表情を見せる。

 

『私はあらゆる位相を砕き、神秘に終止符を打つ。仕方がなくなんかない、悲劇を前に涙をこらえて唇を噛む必要なんかない。誰もが当たり前に憤り、当たり前に疑問を持てる。まっさらな世界を取り戻す』

 

アレイスター=クロウリーはそう宣言してエルダー=マクレーンへと手を差し出した。

この手を取って、欲しかった。

運命を。自らの崇める位相を滅びることを受け入れた一族の一員に。

 

そんなことを受け入れて自らの衰退を眺めなくていい。

失っても残るものはあるのだと、自らを懸命に奮い立たせているならば。

共に全てを壊して。まっさらな世界で生きるべきだと。

 

エルダー=マクレーンは無表情だった。

無表情ながらに柔らかく。慈愛の意味を込めた瞳でアレイスター=クロウリーを見ていた。

 

『道が別たれたな』

 

その一言が、全てを物語っていた。

だがそれでも、エルダー=マクレーンに敵意はない。

アレイスター=クロウリーにも敵意はなかった。

道が別たれたとしても、彼らが友人であることに変わりはなかった。

 

『ワタシはオマエを一生許さない』

 

エルダー=マクレーンは決意の瞳で、アレイスターを見つめる。

 

『我らが位相を砕こうとするアレイスター=クロウリーを、ワタシは一生許すことがないだろう。そのような無知蒙昧を夢見た男を、ワタシは一生許さない』

 

そう断言して、エルダー=マクレーンはそっと目を伏せた。

そして次の瞬間。

アレイスター=クロウリーを見て、エルダー=マクレーンは笑っていた。

 

『だから進み続けろ、アレイスター。オマエの進むべき道を。オマエの悲願を叶えるために』

 

エルダー=マクレーンは自信たっぷりに微笑み。そして頷いた。

 

『そうしてどこまでも進み続けて、それぞれの悲願を叶えた先で。もう一度会おう、わが友よ』

 

『………………もう一度、会えるのか?』

 

そう問いかけたアレイスター=クロウリーにエルダー=マクレーンは頷いた。

 

『魂とは──宇宙とは、永遠である。ワタシたちにとって、死とはただの通過点だ。だからもう一度めぐり逢い、そして話をする事ができるだろう』

 

エルダー=マクレーンは花のように軽やかに微笑んだ。

 

『さらば、わが友よ』

 

エルダー=マクレーンは歩き出す。

ここで、エルダーとアレイスターは分断された。

これから生涯、アレイスター=クロウリーとエルダー=マクレーンが会うことはない。

道が別たれたとはそういうことだからだ。

だがそれはしばしの別れだ。再び会うことができると、エルダーもアレイスターも信じていた。

 

『………………「永遠」の、姫御子』

 

その言葉をアレイスターが口にすると、エルダーは立ち止まった。

 

『運命がなければ、キミたちの手の内にいた姫御子だ。その姫御子が、運命に翻弄されないで普通の少女として笑って生きられるようにする』

 

エルダー=マクレーンはその言葉を聞いて振り返った。

そして煙る雨の中、晴天のように朗らかな微笑を見せた。

 

『ふふ。自らに呪いの「失敗」を掛けたオマエに期待などせぬよ』

 

運命に翻弄されても、良いのだ。

運命に狂わされたって、その人生は良いものに変えられる。

だって人は、失敗する事でそれを糧にして成功への道を掴めるから。

もし大事なものを失ったとしても。そこから這い上がることで得られるものだってある。

 

喪失と別離。それを繰り返して、人々は強くなる。

 

さあ。朝槻真守よ、この世で最も運命に翻弄されし少女よ。

お前の狂いに狂わされたこれまでの人生は。

不幸で満ちて、絶望するものだったか?

 

それとも。

不幸があってこそ輝く幸福に満ちていたか?

さあ。どちらだ、我が血族よ。

ワタシはその答えが知りたい。



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第一〇一話:〈翻弄少女〉は決意する

第一〇一話、投稿します。
次は六月八日木曜日です。


ブライスロードの戦い。

その戦いとは、『黄金』という魔術結社史上最大の組織が崩壊することになった抗争だ。

アレイスター=クロウリーが巡り巡って運命を生み出す魔術師を憎み、魔術師の集まりとして最大規模の『黄金』を破滅に追いやるために始めた戦争。

 

アレイスター=クロウリーはブライスロードの戦いの前。事前準備としてメイザースに挑み、わざと敗北した。

 

その時に、アレイスターはメイザースの血液を入手。

そしてその血液を使って、アレイスターは『ブライスロードを占拠せよ、不出来なウェストコット派閥から全てを奪え』というメイザースの命令書を偽造した。

 

偽造されたとしても、本物の血が使われている命令書には確かな効力がある。

だから当然として、偽造を知らないウェストコット派は憤った。

たった一枚の紙切れ。

その一枚によって、ウェストコット派とメイザース派は敵対した。

 

メイザースは自分の本拠地に乗り込んできたウェストコットに、アレイスター=クロウリーに嵌められたと告げる。

ウェストコットが結社を作る過程で結社の箔付のために、アンナ=シュプレンゲルの書簡を偽造したように。アレイスター=クロウリーも自分の血を使って、書簡を偽造したのだと。

偽造された命令書が生み出された時にはもうすでにアレイスターと自分は袂を分かっていたと、メイザースはウェストコットに説明した。

 

ウェストコットは、もちろんメイザースの言葉を戯言だと切り捨てた。

何故ならメイザースとウェストコットが口論になったその現場には、ウェストコット派に連なる彼の配下がいたのだ。

自身の派閥員の前でメイザースの言葉を真実だとすれば、ウェストコットが結社の拍付けのために書簡を偽造したとバレてしまう。

 

アレイスター=クロウリーのたった一度の作為的な敗北。

それによって『黄金』は巨大勢力同士の戦争へと突入した。

それをただ眺めているアレイスター=クロウリーではない。

 

ウェストコット派の魔術師を裏路地で始末し、その死体にメイザース派が殺したのだという証拠を残す。メイザース派の魔術師を地下道で始末すれば、その傍らにウェストコット派の凶器を置く。

 

『黄金』内での抗争は苛烈を極め、他をも巻き込んだ。

魔術結社で何が起きているか全てを解明したいスコットランドヤード。

伝統の重みをオカルトに求める新大陸。

『黄金』にお株を奪われた古き魔女のロッジ。そして果てには危機感に乏しい心霊主義者。

内部抗争に首を突っ込みたい人間を片っ端から集めたアレイスター=クロウリーは、争いを肥大化させていく。

 

そして。アレイスターは半不死性を持っており、真正の変人(メイザース)よりも劣るウェストコットを殺した。

 

『見ろ。アレがそうだ』

 

エルダー=マクレーンは持っていた扇子で、抗争を黙ってみていた真守の視線を誘導した。

その視線の先にはウェストコットの胸に突き刺さる、一本の矢があった。

 

(やじり)は骨、矢羽は革。本体の矢柄は蝋……それもまた、血肉が蝋と化した屍蝋(しろう)

 

ウェストコットの不死性を終わらせる、究極の追儺霊装。

この世の運命から『黄金』を逃れさせるブライスロードの秘宝。

幻想殺し(イマジンブレイカー)

 

『とある聖者の右手を素材に製造された究極の追儺霊装だ。元は召喚失敗の際に退却せぬ者を魔法陣の向こうへと追い返すために用意されていた、秘中の秘なる兵器だ』

 

幻想殺し(イマジンブレイカー)によって半不死性を打ち消されたウェストコットは苦しみに藻掻くしかできず、細い矢を引き抜くことすら敵わない。

それを見て、アレイスター=クロウリーはすかさず手で拳銃の形を作った。

すると手元で32、30、10という数字が散った。

幻視の銃が、生み出される。

 

『あれは霊的蹴たぐりと呼ばれる技術だ。本来ならば術を掛けられた本人にしか見えぬものだが、特別に景色を補正している』

 

霊的蹴たぐりと呼ばれる、相手にジェスチャーで幻想の衝撃を与える技術。

人の認識に直接切り込む凶器。

自己の瞑想を他者へと伝播させる技術の応用。

それならば、ありえない空想の凶器で人を殺すことができる。

 

アレイスターはその幻の銃で、ウェストコットの肉体を撃ち抜く。

そして彼の肉体は見えなくなって、闇に呑まれた。

まるでこの舞台にはウェストコットはもう必要もないと言わんばかりに、彼の姿は見えなくなる。

 

『矢は攻撃手段の霊化という意味を持つ。それは放たれた時点で物理のくびきを外れるはずだが……あらゆる異能を打ち消すが故に、ひたすら物理を追求するとは皮肉だな、ウェストコット』

 

アレイスターはそう呟きながら、ウェストコットの体から引き抜いた幻想殺し(イマジンブレイカー)を持ったまま振り返る。

そこには宿敵である、サミュエル=リデル=マグレガー=メイザースが立っていた。

 

『人一人の死が、破滅が、そこまで受け入れられぬものかね?』

 

メイザースの問いかけに、アレイスターは答えない。

愚問だからだ。

誰もがかけがえのないと思う、これから生まれゆく大事な命が運命によって狂わされる。

望まれて生まれてくるにも関わらず、幸せになれない人々。

それをアレイスター=クロウリーは許容できなかった。

 

『所詮は生まれては消えていく命だ!!』

 

この男とは相いれない。アレイスターは自らの敵を睨みつける。

 

『貴様はやり直せばよかった!! 貴様はただ大きな位相の軋みや火花が生み出す世界の流れから弾かれる娘を嘆きつつも、新しい命を授かれば何も問題なかったのだ!!』

 

最初から死ぬ運命であった子供に執着なんてせず。新たな子供を求めれば良かった。

 

『子供など! ああ、ああ、その程度!! いくらでも作り直せると言うのに!!』

 

アレイスターは宿敵と対峙したまま、心の中で憎悪を燃やした。

 

諦めて見切りをつけて、運命を受け入れる。

それは何があっても許容できない。

狂わされてすら懸命に生き続ける命だってあるのだ。

だから世界が運命によって狂わされることは、決して許せない。

 

アレイスターとメイザースの戦いが始まる。

その戦いの過程で、幻想殺し(イマジンブレイカー)と呼ばれる一つの伝説は『この時代』から失われた。

そして次代へと受け継がれ、上条当麻の右手に幻想殺しは宿った。

 

アレイスター=クロウリーは霊的蹴たぐりの応用でクレイモアという大型の剣を造り上げ、それによってメイザースを一刀両断した。

 

『私はな、メイザース。これから生まれる命が既に偶発の死にせき止められ、無垢に生まれたのにも関わらず、既に命運が決められてしまっていることにここまで憤っているわけではないんだ』

 

アレイスター=クロウリーは命の灯が消えようとしているメイザースの耳元で囁く。

 

『これほどの悲劇が埋もれてしまう事。そんなにも世界の日向の部分に悲劇が溢れかえってしまっている事。皆が素直に憤って立ち上がれば良いものを、仕方がないよで諦めてしまう事! それが哀しいと言っているのだ!!』

 

()()()()は仕方がないよと諦めながらも、前に進み続ける努力をしている。

諦めさせる事自体が、悲しませる事自体が、私はすごく嫌なのだ。

 

アレイスター=クロウリーはボロボロになりながらも、決して倒れない。

ウェストコットとメイザースを始末しても。

『黄金』の魔術師を全員始末しても。

運命を打破する時まで、アレイスター=クロウリーは止まらない。

 

『…………許さない、と言われたのだ』

 

アレイスター=クロウリーは足を引きずりながらも歩く。

 

『進み続けろと、言われたのだ…………』

 

運命に抗う一族の一人に、そう言われた。

空気に解けるような儚い笑顔を見せて、彼女は最後に笑っていた。

それはいまも脳裏に焼き付いていて、色褪せることなく彼女は美しい。

 

『あの笑顔をもう一度見る時まで……私は止まるわけにはいかない……ッ!!』

 

『「黄金」に終わりはない』

 

ぼろぼろになっても、進み続けるアレイスター。

そんなアレイスターにある意味呪いをかけたエルダー=マクレーンは口を開く。

 

『巨大な組織とは空中分解した後に必ず後継者が生まれるからな。誰もがかつての「黄金」を取り戻そうとした。だがヤツは「黄金」の系譜を継ぐ者たちに呪いをかけた。かつての「黄金」を求めれば、儚く散るように仕組んだのだ』

 

『黄金』全てを呪う。

すると『黄金』の一員であるアレイスター=クロウリー自身も呪われる。

毒を食らわば皿まで。そんな状況に陥ったとしても、アレイスターは歩みを止めない。

失敗すらも糧にして、あらゆる可能性を摘み取られた状態でも。

アレイスター=クロウリーは進み続ける。

 

『アレイスターは数回の国外退去処分を受けることになる。大きな魔術研究をする環境を整えられないまま、一九四八年に一度イギリスの地で死亡を宣告された』

 

結社の全ての魔術師を狩り殺し、結社を再び復興させようとする者たちの心ですら折り続けた、復讐者となり果てたアレイスター=クロウリー。

燃え盛る闘争の果て。

彼はその最期の最期に己が自身へと刃を突き立てて、自身のルールを貫いた。

 

『それでもアレイスターの悲願は叶わなかった』

 

目の前での再演が終わり、朝槻真守は銀色の世界に戻ってきた。

エルダーは自らの一族が悲願し、運命に翻弄された少女を見つめる。

 

『結局リリスを襲った偶発的なありふれた病死は覆らなかった。そしてまた、彼が友人と交わした口約束は果たされることがなかった』

 

アレイスターがエルダーと交わした口約束。

それはいずれ生まれ落ちる『永遠』へ至る姫御子が、運命によって翻弄されなくて良い世界を作ることだ。それが叶わなかったからこそ、朝槻真守はここにいる。

 

「…………………………もし、」

 

真守は長い沈黙の後、ゆっくりと口を開いた。

 

「もし、アレイスターが()()()()()()()()。私はどうなってたと思う?」

 

もし真守が真守として生まれ落ちる前に、アレイスターが魔術を殲滅して運命を打破していたら。

真守の問いかけに、エルダーはぱちんっと扇子を閉じる。

 

『知れたこと』

 

エルダーは疑問の答えを既に知っている真守を見つめながらも、純然たる事実を口にする。

 

『我らが秘して進めていた技術により、オマエは永遠性を獲得していた。我らの求めるケルトの民として、オマエは生まれていたコトだろう』

 

真守は分かり切っている事実に押し黙る。

もし、自分が運命というものに翻弄されなかったら。

朝槻真守はケルトの民として生まれて、ケルトの民として迎えられたことだろう。

そして真守はケルトの一族の秘術によって、永遠を手にしていた。

 

きっとその世界では、自分は今も母国であるイギリスにいたのだろう。

優しい家族のアシュリンたちと死んでしまったアメリア()と、幸せに笑っていただろう。

だがその幸福な世界には、決定的に足りないものがある。

 

「………………………………垣根に、会えない」

 

真守の言葉にエルダー=マクレーンはそっと目を伏せる。

 

「深城に人間として大事なことを教えてもらえない」

 

どこまで運命が自分を絡み取っているか、真守には分からない。

だがその『運命』のない世界では、絶対に『運命的な』出会いを果たした源白深城と垣根帝督に出会うことはない。

しかも絶対に、真守は『朝槻真守』という名前ですらないだろう。

学園都市から貰った名字と母が父の故郷である東洋を考えて名付けた名前は、決して付けられることがない名前だ。

 

「私は確かにこの世で最も運命に翻弄された人間なんだろう」

 

真守は自分の在り方を、否定する事無く口にする。

 

「『運命』によって、私は神さまとしての素質を持って生まれた。そのせいでお父さまには恐れられたし、お母さまには抱きしめてもらった記憶がない」

 

真守は悲しくても、絶対に回避できない運命に基づく真実を口にする。

そしてぐっと奥歯を噛みしめてから、真守はエルダーを睨んで自分の気持ちを叫んだ。

 

「それでも、私は一回だって自分の『運命』を呪ったことがない! だって『運命』でも深城と垣根に会えた! 手に入れられなかったものも多いかもしれない。でもそれ以上にたくさんの大切なものを私は手に入れることができた!」

 

真守はエルダーを睨んで、そして思いの丈を一心に口にする。

 

 

「学園都市に来なければ良かったなんて思ったことは一度もない! 私は一度だって自分の人生を悲観したことはない!!」

 

 

真守はなんだか悔しくて、涙を目に滲ませる。

 

「私はとても幸せだ」

 

何故なら先日、朝槻真守は生まれて初めてきちんとした誕生日を祝ってもらった。

自分の事を大切にしてくれるマクレーンの人たちが、全員集まって自分の誕生日を祝ってくれた。

学園都市で出会った大切な人たちが自分に思い思いのプレゼントを用意してくれた。

あの幸福な世界には全てがあった。

あの場所には、今まで朝槻真守が手に入れてきた全ての幸福が全て詰まっていた。

 

「私は確かに、この世で一番運命に翻弄された人間なんだろう。アレイスターにとって、この世で最も可哀想な人間なんだろう。──でも、だからどうした」

 

エルダー=マクレーンは答えない。そんな中、真守は声を上げる。

 

「運命ってのは()()()()()()を生み出すんだろ!? ()()()()()を生み出すんだろ!? その幸福を誰にも奪わせない!! 私の『運命的な』出会いをアレイスターになんか奪わせない! ()()()()()()()()()()()()()()()()()も、絶対に誰にも渡さない!!」

 

朝槻真守は酷い仕打ちを自身に課したとしても、学園都市を愛している。

学園都市という場所と、学園都市で過ごす学生たちが大好きだ。

 

だから朝槻真守は学園都市でみんなが平等に笑っていられるように、学園都市を変えようと考えたのだ。だからこの街の王であるアレイスターに挑みに来たのだ。

 

真守は無言で立ち上がる。

そんな真守を見て、エルダー=マクレーンは満足そうに問いかけた。

 

『行くのか? この世で最も運命に翻弄された少女よ』

 

「うん」

 

真守は頷きながら、エルダー=マクレーンへと手を差し出した。

 

「エルダーさまも一緒に行こう」

 

『ほう?』

 

エルダー=マクレーンは扇子で口元を隠しながら笑う。

 

『ワタシはアレイスターの手を取らなかった女だぞ?』

 

「エルダーさまも、運命はあったほうが良いって思ったからだろ」

 

真守はエルダーとアレイスターのやりとりをずっと見てきた。

だからエルダーが何を大事にしていて、何を必要としているか。理解できる。

 

「世界の流れは今、運命という大きな流れがあることによって成り立っている。その流れをせき止めるのはよくないって思ってる。だからエルダーさまはアレイスターの手を取らなかった。そうだろう?」

 

エルダー=マクレーンは答えない。そんな中、真守は笑った。

 

「運命に絡めとられたとしても得るものはある。だから運命に翻弄される人を可哀想なんて一括りにしたくない。エルダーさまはそう思ったんだろう。だからアレイスターの手を取らなかった」

 

エルダーは真守の前で、そっと目を伏せる。そして、くすっと笑った。

 

『滅びるのも、栄えるのも。それが運命によって決められているとしても。それこそ、ワタシは価値あるものだと思っている』

 

エルダーはぱしんっと自身の手を扇子で叩きながら微笑む。

 

『移り変わる世界において変わらないもの。永遠なるにして不変なもの。それは、世界が変わりゆくからこそ輝くものである』

 

「つまり?」

 

『共に行こう、真守。現実は、ちと大変なコトになっておるからな』

 

エルダー=マクレーンは朝槻真守の手を取る。

真守は柔らかく微笑んで、エルダーを見た。

エルダーは真守を見て、満足そうに微笑んだ。

どちらも根底には同じ遺伝子が宿っている、よく似た微笑だった。

 

二人が手を取ると、銀色の世界がまばゆいばかりに輝く。

そして全てが真っ白に染め上がって。

舞台は、再び現実へと戻る。

 



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第一〇二話:〈最凶最悪〉にして最愛の敵

第一〇二話、投稿します。
次は六月一二日月曜日です。


統括理事長、アレイスター=クロウリー。

彼に立ち向かうために、上条当麻たちはただひたすらに『窓のないビル』を昇っていた。

その最中。上条当麻は、彼は何度も何度もアレイスター=クロウリーの過去の世界へ落ちていた。

 

『あの人間は自らで完璧に再現したトラウマを乗り越える気がない。トラウマと失敗すらも糧にして、アレイスターは進み続ける。永遠の友であるワタシがそのように促した。だからこそワタシという存在は、アレのトラウマと安寧を一手に引き受けることができる』

 

アレイスターは自分の箱庭である『窓のないビル』を制御できていない。

そのせいで、上条当麻は現実と幻想を行き来していた。

朝槻真守のように。上条当麻は、別口でアレイスターの過去を追体験していた。

 

「だからさ、朝槻のご先祖様がそこら辺にいるんだって」

 

上条当麻は、前を歩く垣根たちへと声を掛ける。

だが現実と幻を行き来している上条当麻は、いま自分が現実にいるのか定かではない。

そのため、上条はこの言葉が本当に垣根たちに届いているのか分からない。

 

「エルダー=マクレーンって人。なんか女教師がツインテールしてるみたいな、良い年のお姉さんが猫耳と尻尾付けてそこら辺にぷかぷか浮いてるんだって!!」

 

『ふふ。オマエのその声は果たして現実か幻か。どうだろうな?』

 

上条当麻の周りに浮いているエルダー=マクレーンはくすくすと笑う。

絹を染めたような輝く銀髪。あどけない顔つきに、エメラルドグリーンの大きな瞳。

西洋喪服を模した銀のドレス。その雰囲気に良く似合う、気まぐれに揺れる猫耳と尻尾。

 

本当に真守にそっくりな女性だ。

正確に言えば、とある一点を除いて。エルダー=マクレーンは真守にそっくりだった。

ちなみにそれは、髪の色ではない。

 

『おいキサマ。今ワタシの胸を見てため息をつかなかったか?』

 

エルダー=マクレーンは、西洋喪服を模した銀のドレスに身を包んでいる。

そのため、身体のラインが丸見えなのだ。

だから分かる。エルダー=マクレーンの胸がつつましいことが。

 

いわゆる小さいお胸。ちっぱいである。

 

朝槻真守はアイドル体型に相応しい、ふくよかな胸を持っている。

今の上条当麻は忘れてしまったが、真守の胸は鷲掴みにしてもあまりある丁度良い大きさだ。

エルダー=マクレーンと朝槻真守。その二人の胸の大きさは、雲泥の差があった。

 

「いや~やっぱり子孫の方が優秀になるんだぐべっ!!」

 

上条当麻はエルダーが持っていた扇子で、パーンッと頬を殴られて悲鳴を上げる。

 

『真守は遺伝的に大きくならないのに体内エネルギーをイジッて成長させたんだ! あっちが言わばニセ!! ニセなんだからなっ!!』

 

実はマクレーン家、遺伝的に胸が大きくなる方ではない。

エルダーもアシュリンも、亡くなった真守の母も、ちっぱいなのだ。

エルダーは遺伝的にあまり大きくならないという純然たるその事実に憤り、八つ当たりと言わんばかりに上条の頭をバシバシと叩く。

上条はそれ相応の衝撃を頭に叩きつけられて、必死に自分の頭を守りながら人差し指を立てる。

 

「学園都市って科学が発達してるだろ? 結構そういうトコあるから、シリコンとか入れてない限り偽物とか本物とかないんだよなあ」

 

『ええいっ何故そこら辺については思春期なのに寛容なんだ、このバカタレっ!!』

 

女性として子孫に負けたくない部分で負けているエルダー=マクレーンはそっぽを向いてふんっと鼻を鳴らす。

かわいい。流石真守のご先祖様である。

 

「朝槻は伯母さんにもよく似てるけど、ご先祖様にもよく似てるんだなあ」

 

『ふふん、愛らしくて良いだろう』

 

平たい胸を張るエルダー。

そんなエルダーに癒されながら、上条当麻は『窓のないビル』をどんどんと進む。

キャットウォーク。梯子。人工重力によるお星さまやお月さま。

それらを越えながら、上条当麻はアレイスター=クロウリーの半生を見た。

 

『ブライスロードの戦いを制し、その最期にヤツは自分自身にすら牙を向けた。そこまでやってさえ、アイツは結局リリスを襲った偶発的な死、ありふれた病名を覆す事はできなかった』

 

アレイスター=クロウリーは魔術を恨み、憎んだ。

そして稀代の魔術師と呼ばれた彼は、魔術史上最大の敵となった。

魔術の総本山であるイギリスに混乱を及ぼし、その結果日本へとたどり着いた。

そして学園都市という枠組みを作った。

『科学が立証したことが本当に正しい』という科学崇拝を生み出した。

 

アレイスター=クロウリーの憎悪は、世界を二つに分けたのだ。

魔術サイド、科学サイドという言葉を生み出した。

それでも『黄金』にかけた呪いによって、アレイスターはやることなすこと『失敗』する。

裏の裏を読んでも裏目に出る。それでも進む以外、アレイスターは選ばなかった。

 

世界の全てに足を引っ張られても、絶対にその歩みを止めない。

魔術を殲滅する。自分の愛するものをことごとく不幸にする、憎き存在を野放しにしておけない。

それは、永遠の友と約束を交わしたからでもある。

妨害されるのが前提、失敗するのが当然。

アクシデントでも失敗をしてもただただそれを糧にして、アレイスターは進んできた。

 

『アイツは全ての位相を破壊するつもりだ。オマエや真守を使ってな』

 

ケルトの民がこんなことを言うのも嘲笑モノだがな、とエルダー=マクレーンは呟く。

 

『全ての男女は星である。個々の人があるべき振る舞いを行う場合に限り、世界に不要なものなどない。──それはつまり、歯車が一つでも欠けてしまえばすべてがおかしくなってしまうということだ』

 

エルダー=マクレーンはそう前提として、柔らかく問いかけた。

 

『それならば運命という歯車が一つ損なってしまえば、世界は一体どうなるのだろうな?』

 

世界の根幹に繋がっている、運命。アレイスター=クロウリーが滅ぼそうとしているもの。

それを滅ぼした時、果たして世界は一体どうなるのか。

運命を殲滅した時、本当の意味で何が起こるのか。

それはやってみなければ、分からない。

 

「──やっぱり、そう来たか」

 

その言葉は、現実で響いたものだった。

ハッと上条が顔を上げると、そこには垣根帝督が立っていた。

上条当麻たちは、螺旋階段を上っていた。

肩にオティヌスを乗せた上条の後ろにはインデックスがいる。その後ろには一方通行(アクセラレータ)がいて、殿(しんがり)を務めていた。

上条の前には垣根帝督がいた。そして垣根帝督の前には、朝槻真守がいる。

 

「真守がクソ人間の手の内にいるのは分かってるんだ。だから当然、警戒してた」

 

垣根が睨んでいるのはもちろん幻想の住人であるエルダー=マクレーンではない。

朝槻真守。垣根帝督にとって、この世で最も愛しい少女。

真守を見て、垣根は厳しい顔をしていた。

 

朝槻真守は『窓のないビル』の最上階に繋がる透明な螺旋階段の一番前を登っていた。

危険があったとしても、真守ならば全員を守れる。

だからこそ真守はずっと、先頭に立っていた。

 

螺旋階段の上を見ている真守の顔は、誰からも見えない。

そんな真守はゆっくりと振り返って。

無機質なエメラルドグリーンの瞳を真っ赤に燃え上がらせた。

 

途端に爆発して砕け散る、螺旋階段。

破壊が繰り出される中。

この世で最も凶悪な敵が降臨した。

 

 

 

──────…………。

 

 

上条当麻たちは、朝槻真守を先頭にして螺旋階段を上っていたはずだった。

だがいつの間にか、辺りが様変わりしていた。

どこまでも果てが無いように見えて、限りなく狭い空間だ。

その空間の主であるかのように。絶対能力者(レベル6)、朝槻真守は顕現していた。

 

純白と漆黒が互い違いとなった、六対一二枚の翼。

宇宙を閉じ込めたかのような輝きを持つ肢体。

その身に纏っているのは滑らかな結晶の折り重なりで造り上げた豪奢な純白のドレスだ。

 

蒼みがかった、身長よりも長いプラチナブロンドの髪。

その頭には蒼閃光(そうせんこう)でできた、六芒星を基盤にした幾何学模様の転輪が浮かんでいる。

そしてエメラルドグリーンの大きな瞳は、赤く染まりあがっていた。

ルビーのように燃える輝きを秘めたその瞳は、どこからどう見られても操られている。

 

「朝槻?!」

 

九月三〇日。前方のヴェントが学園都市を襲撃した時。

あの時に見た、絶対能力者(レベル6)朝槻真守の荘厳なる御姿(みすかた)

真守のその姿を見て上条が驚くと、垣根が口を開いた。

 

「……元々、真守は神サマってヤツになる素質を兼ねそろえて生まれてきた」

 

垣根帝督は直接的な戦闘力がないインデックスを守るために、三対六枚の翼を広げていた。

そして立ちはだかる最凶を前に、一人呟く。

 

「真守の素質を統括理事長が絶対能力者(レベル6)に加工したんだ。すべてを兼ねそろえてた真守は危険な存在だった。だからアレイスターは何が何でも、真守のことを利用できる存在に仕立て上げなくちゃならなかった」

 

朝槻真守には元々素質があった。

その素質のルーツを、垣根帝督は知らない。真守がケルトの民に望まれた存在であることは、先程真守も初めて知った真実だった。

だが垣根帝督は実情を知らなくとも、真守にはあまりある才能が秘められていると知っていた。

 

扱いによっては、全てを滅ぼす可能性さえ孕んだ朝槻真守。

救済の神になることも、終末をもたらす神になることもありえた。

アレイスター=クロウリーは真守が自らの『計画(プラン)』の敵にならないように加工した。

 

「あのクソ野郎はあらゆる手段で真守を操れるように手を加えた。何重にも枷を嵌めた。真守があの人間にとって、それだけ危険な存在だからだ」

 

朝槻真守の大切な少女。源白深城でさえ、真守の枷なのだ。

深城はAIM拡散力場を自身の体として認識している。そんな深城と、真守は繋がっている。

AIM拡散力場は能力者の祈りや悪意によって形作られている。その方向性を弄れば、朝槻真守のことを間接的に操ることができる。

 

「真守はアレイスターに囚われてやがるんだ。だから簡単に操られちまう。それに真守は自分の枷がどんなものか知らない。だからアレイスターに抗うことがそもそもできねえ」

 

かつて。朝槻真守は垣根帝督にこう伝えていた。

統括理事長による、何重もの枷。それを自分は認識できないのだと。

認識できなければ、抗うことができない。真守が抗うことをアレイスターは予期していたからこそ、そもそも認識できないようにしたのだと。

 

『私は怖くない。垣根が一緒にいてくれるからな』

 

真守は未だに縛られている自分の身を案じる垣根帝督に笑いかけた。

 

『その時が来たら、垣根は私のことを救える。その力が垣根にはある。だってこれまで何度も、垣根は私のことを救ってくれた。……垣根には全てを創造する力がある。だから、できないコトなんてないんだぞ』

 

垣根帝督が朝槻真守の言葉を思い出していると。

 

世界の色が、失われた。

 

灰色一色に染まった世界。

その世界で、朝槻真守を中心として破壊がまき散らされた。

その破壊をまとめて受けるために、一人の真っ白な怪物が前に出た。

 

一方通行(アクセラレータ)!!」

 

上条当麻の叫び声が、響き渡る。

蒼閃光(そうせんこう)が迸る。ガッギギギギギ! という、凶悪に歯車が強引に噛み合う音が響く。

一方通行(アクセラレータ)は純白の翼を一対広げて、その衝撃波を制御下に置いた。

 

一方通行(アクセラレータ)の能力はベクトル操作だ。この世界におけるすべての力を制御下に置き、自身の望むがままに操ることができる。

朝槻真守の破壊。それを受け止めてパラメータを即座に取得した一方通行は、真守の破壊を制御下に置こうとした。

 

だが即座に真守が、その破壊の定義を組み替える。

その瞬間、一方通行(アクセラレータ)は吹き飛ばされた。

そして、垣根帝督が前に出た。

 

「真守ッ!!」

 

空間を侵すように、純白の三対六枚の翼が広げられる。

朝槻真守の破壊を、垣根帝督は未元物質(ダークマター)を生成して受け止める。

純白の神々しい光と蒼閃光(そうせんこう)の光が、禍々しいほどに辺り一面を焼き尽くす。

音が消えるような感覚。それと共に光に包まれる空間。

 

破壊と、創造の力の攻防。

その攻防に、上条当麻は手が出せなかった。

全ての異能を打ち消すことができる幻想殺し。究極の追儺霊装。

 

幻想殺し(イマジンブレイカー)には明確に、許容量がある。

許容量を超えた力は、上条当麻もその力を逸らすことしかできない。

朝槻真守の力は純粋な破壊だ。逸らしたところで破壊がまき散らされるだけだ。

だから、上条当麻は何もできなかった。それは一方通行も一緒だった。

吹き飛ばされた一方通行は、インデックスの前で体を起こす。

垣根帝督は真守の力に対抗しながら、一方通行(アクセラレータ)に大声を向ける。

 

「後出しじゃんけんで必ず負けるお前じゃ無理だ!」

 

音の濁流と光、破壊に満たされている空間でも、何故か声が届く。

一方通行(アクセラレータ)は奇妙な感覚に包まれながら、垣根帝督の純然たる事実に舌打ちをする。

 

かつて。一方通行(アクセラレータ)にとって、忌まわしき象徴となった『絶対能力者進化(レベル6シフト)計画』。その実験に乱入してきた朝槻真守は、たったの一手で一方通行を完封した。

 

朝槻真守の本質は、新たな定義を創り出すことにある。

既存の定義を自由に操ることができる一方通行(アクセラレータ)は、朝槻真守が世界を造り替える度にその世界を理解しなければならない。

 

一方通行(アクセラレータ)が真守の破壊を理解して制御すれば、真守は新たな定義を作る。

その繰り返しであるが故に、一方通行は決して朝槻真守に勝てないのだ。

つまり真守は永遠に、一方通行に対して後出しでじゃんけんで勝つことができる。

 

「ッチ!! そォいうオマエはやれンだろォな?!」

 

「当たり前だろ!!」

 

超能力者(レベル5)二人の怒号を飛び交う中、朝槻真守の瞳が輝きを帯びた。

あからさまに操られていると理解できる、真っ赤に染まった瞳。

その瞳が光り輝き、真守は操られたように右手を前に出した。

 

すると星の光のように神々しい輝きが、何度も瞬いた。

そして、真守から放たれる破壊の源力が強くなった。

 

垣根帝督の純白の光が、押され始める。

上条はそれを見て、大いに焦った。

 

「垣根!!」

 

「うるせえ! 話しかけんな、気が散る!!」

 

垣根は上条当麻に焦った声で叫ばれて、即座に応える。

 

「上条当麻、テメエはシスターと一緒に一方通行の後ろにいろ! その右手で演算が狂わされる!!」

 

真守の破壊に、少しずつ押される垣根帝督。

真守が定義を組み替えて破壊を繰り出す速度に、防御に使われている未元物質(ダークマター)の生成が追い付いていないのだ。

 

「──問題ねえよ」

 

垣根帝督は圧倒的な不利の中、獰猛に笑った。

 

「俺には『無限の創造性』がある。俺の未元物質(ダークマター)で世界を満たせば、新たな定義を生み出すことができる」

 

垣根帝督は朝槻真守を見据える。

その向こうにいる、アレイスターを見据えて、垣根は叫ぶ。

 

「俺の未元物質(ダークマター)に常識は通じない。だからアレイスターのクソ野郎が作り出した常識なんて、俺には通じねえ!!」

 

垣根帝督の宣誓。それと共に、垣根はカブトムシのネットワークに接続した。

 

垣根帝督が生み出した、人造生命体。愛しい少女が名前を付けた、真っ白いカブトムシ。

カブトムシは、垣根帝督の端末だ。

すでに数が把握できないほどに存在するカブトムシたちは、学園都市中に蔓延している。

 

カブトムシたちはネットワークを形成しているため、膨大な演算能力を保有している。

その演算力は絶対能力者(レベル6)、朝槻真守に匹敵するほどだ。

 

横に広がりを見せる、絶対能力者(レベル6)という完全な個とは明確に違う強み。

 

真守とは別のベクトルで、価値ある力。それを垣根帝督は保持している。

三対六枚の純白の翼が、もっと大きく広がりを見せる。

未元物質(ダークマター)が純白の輝きを帯びて、灰色の世界を染め上げていく。

 

「アレイスターの作ったクソッタレな定義を破壊してやる。真守が自由になれる世界を造り出してやる!!」

 

この世界には垣根帝督には見えない、物理法則以外のルールがある。

だから垣根帝督はずっと、この世界の見えないルール──魔術に分類されるものをカブトムシによって探らせていた。

 

御坂美琴を攻撃していた呪詛。アブラ・クアタブラ。

あれは周囲に存在する呪いの方向性を束ねることによって美琴を呪っていたが、垣根帝督はあの呪詛について既に精査を終えていた。

そのため垣根帝督は、あの呪詛をジャミングする未元物質(ダークマター)を既に生み出すことができる。

 

真守が美琴を助けるべく源流エネルギーのシールドで美琴を覆ったが、それと同じようなことを垣根帝督は未元物質(ダークマター)でできる位置にまで既に達している。

 

今なら分かる。

アレイスター=クロウリーが幾重にもAIM拡散力場に施した、真守の数々の制約が。

それから解き放つことこそ、朝槻真守をこの学園都市から解き放つことになる。

 

以前。垣根帝督はロシアの地で、初めて学園都市のしがらみから解放された。

だが真守は未だに、学園都市に囚われたままだ。

光を掲げる者(ルシフェル)』として、超能力者(レベル5)第一位として絶対能力者(レベル6)として。

その能力の万能性を縛られたままだ。

 

真守に掛けられたすべての制約を破壊する未元物質(ダークマター)。真守のことを縛るAIM拡散力場を乱して世界をあるべき姿へと戻す未元物質を、垣根帝督は生成した。

 

「これだけじゃ……まだ足りねえ!!」

 

垣根帝督個人が、未元物質(ダークマター)でこの場を満たしても意味がない。

真守の枷はこの学園都市全体によって形作られている。対策を講じなければ、真守はここから一歩出れば再びアレイスターに囚われてしまう。

 

だから垣根は自らの能力で造り上げた人造生命体であるカブトムシ──通称『帝兵さん』からも、その未元物質(ダークマター)を精製させた。

学園都市が、朝槻真守を束縛から解き放つ未元物質で包まれる。

 

バギン、という。何かが砕ける音が響いた。

 

その音は連鎖的に崩壊するように鳴り響く。

 

やがてその音が朝槻真守を縛る鎖が砕け散る音だと、一同は理解した。

 

見えない鎖。それによって囚われている真守。

そのしがらみから。

朝槻真守は垣根帝督によって、完全に解き放たれた。

 

朝槻真守には、自らを縛る枷が認識できていなかった。

いつでもアレイスターによって、操られる可能性があると分かっていた。

だが怖くなかった。

 

いつかその枷によって自分が操られて。大切な人に牙を剥くと分かっていても、真守は怖くなかった。何故なら自分のそばには、垣根帝督がいるからだ。

 

未元物質(ダークマター)という、無限の創造性を秘めた物質。

それで、垣根帝督が自分を解き放ってくれると。

朝槻真守には、分かっていた。

 



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第一〇三話:〈永遠少女〉は対峙する

第一〇三話、投稿します。
次は六月一五日木曜日です。


純白と漆黒。その相反する色が互い違いとなった、六対一二枚の翼。

宇宙を閉じ込めたかのように輝く肢体。すらりとした細身を包み込んでいるのは滑らかな結晶の折り重なりで造り上げられた豪奢な純白のドレス。

 

蒼みがかった、小柄な体躯よりも長いプラチナブロンドの髪。

蒼閃光(そうせんこう)でできた、六芒星を基盤にした幾何学模様の転輪。

本来ならばエメラルドグリーンの無機質な瞳は、ルビーのように燃える輝きを帯びていた。

 

絶対能力者(レベル6)、朝槻真守の操られた姿。

だが操られていることを象徴していた赤い瞳が、元の碧色に戻る。

そして宙に浮いていた真守は、ゆっくりと落下を始めた。

垣根帝督は落下を始めた真守へ、とっさに手を伸ばす。

 

「真守!」

 

かつて。朝槻真守は『光を掲げる者(ルシフェル)』として、いつか()ちて()ちることが決まっていた。

そして垣根帝督には『神の如き者(ミカエル)』としてのモチーフが嵌められていた。

だが今は、そうじゃない。

 

垣根帝督が全ての枷を破壊した今、朝槻真守は既に何ものにも囚われない。

運命に最も翻弄された少女から、この世で最も自由な少女へと至った。

垣根帝督は、落ちてくる朝槻真守の手を取る。

そしてゆっくりと、受け止める。

 

抱きしめることはできない。朝槻真守の翼は大きすぎて、偉大過ぎるからだ。

それでも垣根帝督は確かに、朝槻真守の自由を手にした。

 

『さあ。運命に翻弄された少女ではなく、この世で最も自由な少女よ』

 

どこからか優しくて凛々しく、自信たっぷりな声が響き渡る。

 

『あるべきものはあるべきカタチへ。自由にて不変なる「永遠」はオマエの手の内に』

 

どこからともなく聞こえてくる言葉。それと共に、真守の翼に変化があった。

側頭部から生えている一対二枚の翼にも、背中から生えている五対一〇枚の翼にもだ。

純白と漆黒の翼。その全ての翼の表面が、パキパキと音を立てて結晶化していく。

 

「……真守ッ!」

 

垣根は変化を見せ始めた翼を見て、ぞっと怖気だった。

真守の翼が砕け散ってしまうのだと思ったからだ。

祈りと悪意。人の心の全てを象徴する翼が砕け散ってしまう。

そう感じた垣根は、血の気が引いて行く感覚に陥った。

だが、違った。

 

音を立てて結晶化したものが砕けた時。そこには、蒼ざめたプラチナの翼が現れた。

 

それと同時に、真守の姿が変わった。

 

絶対能力者(レベル6)として宇宙を閉じ込めた肢体と豪奢なドレス、蒼みがかったプラチナブロンドの身長よりも長い髪が変化する。

現れたのは黒髪をいつもの猫耳ヘアにした、いつものセーラー服姿の真守だった。

その首には、もちろん垣根帝督がプレゼントした黒いチョーカーが着けられていた。

 

結晶化して真守の翼から剥がれ落ちた純白と漆黒の翼の欠片は、ぱらぱらと虹色の輝きを放って地面へと落ちる。

 

すべての枷からの解放。それと共に、真守は最も自由な存在へと変化した。

その変化が自身に起きた真守は虚ろにしていたエメラルドグリーンの瞳に光を宿す。そして垣根帝督をしっかりと見た。

 

「かきね」

 

垣根が目を見開く中、真守はふにゃっと笑った。

真守の笑みは、いつもと同じ安堵の笑みだ。

この世で最も安心することができる居場所にしか見せない笑み。それを、真守は垣根に見せた。

 

「ありがとう、垣根。──そして、ここからが始まりだ」

 

真守は決意の表情をして、垣根の手を両手でぎゅっと握ったまま振り返った。

そして、自らが自らの意思で救いたいと願う『敵』を見据えた。

 

アレイスター=クロウリー。稀代の魔術師にして科学サイドの長、統括理事長である彼。

アレイスターを引きずり出すためには、この完成された神殿を破壊しなければならない。

だからこそ真守は気合を入れて、一つ声を絞り出す。

 

「行くぞ」

 

一つの声掛けと共に、真守は自らの『自由』にして『永遠』なる力を解き放った。

真守は自分を中心として再構築されたフロアを丸ごとぶち抜く。

『窓のないビル』の内壁。それと共に『演算型・衝撃拡散性複合素材(カリキュレイト・フォートレス)』で覆われた外壁を貫いて、真守はその向こうに広大な空を垣間見せた。

 

ガラガラと、あらゆるものが崩れ落ちる音が響く中。

朝槻真守は斜め上後方を貫かれて、目を見開く自らの救うべき人間を見据えた。

 

銀髪碧眼。

緑の病衣を纏う、男でも女でも。子供でも、老人でも罪人でも聖人にも見える『人間』。

その魂が極彩色に煌めき、あらゆる可能性を内包している存在。

学園都市を造り上げた、自らにかけた『呪い』によってことごとく失敗するが、それでも進み続けるという約束を守っている人間。

アレイスター=クロウリー。

 

真守はアレイスター=クロウリーをまっすぐと見つめる。

アレイスターは真守に見つめられて、そっと顔を歪ませた。

初めて直接目で見たケルトの望んだ姫御子が眩し過ぎて、尊すぎて。だからアレイスターは顔を歪めたのだ。

 

「………………悪かったとは、思ってる」

 

その懺悔の意味するところは、もちろん『運命』に翻弄される朝槻真守のことを救えなかった事についてだ。

その言葉の意味を垣根帝督や一方通行(アクセラレータ)、そしてインデックスとオティヌスは知らない。

ただ必要な情報を入力されていた上条当麻だけは理解できた。

だから、上条当麻だけはそっと息を呑んだ。

 

「私は進み続けなければならない。何を犠牲にしても、どんな手を使おうとも」

 

アレイスターの曇りなき決意を聞いて、真守はきゅっと口を引き結ぶ。

エメラルドグリーンの、かつての友と寸分違わずに光り輝く瞳。

その目で、真守はアレイスターをしっかり見つめ返す。

 

「分かってる」

 

真守はアレイスター=クロウリーの決意と焦燥と、そして絶望を全て見てきた。

 

「分かってる。──だから、私はお前を救わなくちゃいけない」

 

その言葉に、アレイスター=クロウリーはグッと歯噛みした。

ケルトが求めた『永遠』を司る少女。

真守はこの世で最も『運命』に翻弄され続けることが決まっている。

真守に逃げ場はない。何故ならアレイスターがどうやったって守っても、真守の神性には多くの者が惹かれるのだ。

 

真守に魂を創り上げてもらいたいと願った者たちも、真守の神性に魅入られた者たちだ。

だからこの世界に必要とされている朝槻真守は生涯、運命に翻弄されることが決まっている。最後まで世界に利用され続けて、世界を守護しながら永遠に存在し続けるのだ。

 

運命や世界に骨の髄まで利用されることが決まっている朝槻真守。

それでも真守は『運命』を打破しようとしているアレイスターを止めなければならないと考えている。その様子が、見て取れる。

 

「……キミはどう思う。幻想殺し(イマジンブレイカー)

 

アレイスター=クロウリーは第三者に問いかける。

『運命』を滅ぼそうとするアレイスター=クロウリーと、『運命』に翻弄されながらもそれを許した少女の対立に、一体何を思うのか。

アレイスターに問いかけられた上条当麻は俯く。

その様子を垣根や一方通行(アクセラレータ)、インデックスやオティヌスが眉をひそめた。

 

「垣根、ちょっとごめんな。干渉するぞ」

 

真守は状況が理解できない垣根たちのために、握っている垣根の手に力を込める。

垣根が困惑した表情を見せると、真守は垣根が放っている未元物質(ダークマター)に新たな定義を差し込んだ。

 

アレイスター=クロウリーが何を求めて学園都市を生み出したのか。

何が彼を絶望させて、ここまで憎悪を溜め込んだのか。

必要な情報を真守によって入力された垣根たちは、驚愕で目を見開いた。

 

「……真守、お前は」

 

垣根は心配そうに真守を見つめる。

垣根帝督にとって、朝槻真守は一番大事な少女だ。

そんな少女がこの世界で一番『運命』に翻弄されたと言われるのであれば、垣根が心配になるのは当然だ。

真守は心配する垣根に柔らかく微笑む。

 

「大丈夫だぞ。だって私はこれまで一度たりとも、自分の人生を悲観したことはない。いつでも最善のことをして、自分のやりたいことをやってきた。──だから、大丈夫だ」

 

真守が優しい笑みを浮かべる中、上条当麻はアレイスターを見つめる。

 

「きっとあんたはこの世界の人間全員を助けたかったんだ。そのためには犠牲をいくら積み上げてもいいと思っていた。むしろ犠牲が多ければ多いほど、得られるものはあるんだって思ってるんだろう」

 

上条当麻は緩く頭を横に振る。

 

「何が善で何が悪か、そんなことは論じない」

 

上条当麻はそうやって前置きをして、アレイスターを悲しそうに見つめる。

 

「でもアンタの生き方は、哀しいよ。正しいか間違っているかなら、きっとアンタの歩んできた道は間違っていると思う」

 

上条が本気で悲しんでいると、アレイスターは笑った。

 

「……ふ。それもある意味、全ての事象の中心である君がそうさせているのだがな」

 

「……なん、だって?」

 

アレイスターの言葉に上条当麻は息を呑む。

 

「私はあの衝突で『矢』を失った」

 

矢とは、とある聖者の右手を素材に製造された幻想殺し(イマジンブレイカー)のことだ。

すべての異能を打ち消す力を持つ、この世界の基準点である力。

 

「私は再び必ず現れるアレを手にする必要があった。つまりいつか生まれいずる上条当麻を誘引するためにこの学園都市を作ったと言っても過言ではない」

 

理解していた真守の隣で、全てを察した垣根が驚愕で目を見開く。

垣根と同等の頭脳を持つ一方通行(アクセラレータ)もまた、驚きの表情を見せていた。

 

幻想殺し(イマジンブレイカー)とは、その周辺に異能の力を持つ者が集わなければその能力がある事にも気づけない。上条当麻とは、手の届く範囲に救いを求める者がいなければ闘争の指向性を発露する事ができない。……そんな君は、この上なくその存在を誇示する事ができた。何故か?」

 

その問いかけの答えは、決まっている。

 

上条当麻が輝ける舞台を、アレイスター=クロウリーが造り上げたからだ。

 

朝槻真守が源白深城を失い、生まれ変わらせる事になったのも。

一方通行(アクセラレータ)が自らの力を求めて大量のクローンを殺す事になったのも。

垣根帝督がかつて大切にしていた存在を失ったのも。

全てアレイスター=クロウリーが上条当麻の輝けるように学園都市を悲劇で演出したからだ。

 

上条当麻は気付いたことがあって、はっと息を呑む。

上里翔流。上条当麻は上里翔流に猛烈な違和感を覚えていた。

何をやってもソリが合わない。何をやってもギスギスした関係になる。

どうやったって分かり合えない。

 

学園都市は、上条当麻のために全てがおぜん立てされていた。

それはつまり、街に生きる者たちは全員上条当麻にとって居心地の良い、安心できる人たちなのだ。

 

だが上里翔流は普通の街の普通の少年のはずだった。魔術サイドでも科学サイドでもない、普通の街で暮らしていた。

まるきり外の人間である上里翔流。彼が上条当麻と反りが合わないのは、全てが心地良いように造られた学園都市の人間ではないからだ。

 

外から来た上里翔流は本当の意味で異物だった。

学園都市は上条当麻にとって、この上なく環境が整えられた『温室』だった。

だから上条当麻にとって、全てが居心地良いものだった。

 

「君がそんなでなければ、学園都市はこのような形にならなかった」

 

上条当麻が悲劇を食い止めることで輝く素質を持っていなかったら、学園都市中に星の数ほどに悲劇が溢れることもなかった。

 

「キミが違った形で活躍できるなら、君を輝かせるための悲劇を構築する必要もなかった」

 

学園都市は上条当麻が輝ける舞台として構築されたのだ。

そのために、アレイスターが学園都市を造り上げた。

 

もし上条当麻が将棋を愛する頭脳派少年だったら。

もし上条当麻が料理を愛する感覚派少年だったら。

もし上条当麻が登山を愛する肉体派少年だったら。

 

学園都市は、今の形をしていない。

 

「盤を用意し、駒を並べて、舞台を構築したのは私だ」

 

上条当麻は思わず呆然としてしまう。

自分のそばには、悲劇に直面しながらも進んできた友人たちがいる。

彼らが直面した悲劇は、実は自分を輝かせるために存在していたのだ。

そんな真実を突きつけられて、上条当麻はどんな顔をすれば良いか分からない。

 

「学園都市が今の形をしているのは上条当麻が自由な(テレマ)を持っていたから。それ以外に理由はない」

 

どうして、上条当麻にはこの右の拳を振りかざすという選択肢しかないのか。

他の解決手段を取っていたら。物理的な力──暴力に上条当麻が頼っていなかったら。

 

朝槻真守が源白深城を失い、怒りに身を任せて人々を殺すこともなかった。

一方通行(アクセラレータ)が二万人の軍用クローンを殺す『実験』も。垣根帝督が大切な存在を失い、自らの在り方を大幅に捻じ曲げられてしまうこともなかった。

 

多くの悲劇は上条当麻の在り方が少しでも違えば、生まれる必要のない悲劇だったのだ。

どうして。どうして自分は今のカタチをしているのだろう。

上条当麻が自問自答を繰り返す中、朝槻真守が鋭い声を告げた。

 

「上条に責任転嫁するな、このバカタレ」

 

アレイスター=クロウリーは朝槻真守をしっかりと見据えた。

真守も、アレイスターをしっかりと見つめた。

上条当麻は自らの友人を見つめて、息を呑んだ。

 

「大丈夫だぞ、上条。上条のせいなんかじゃない」

 

朝槻真守の言葉に、上条当麻は大きく目を見開く。

この世で最も運命に翻弄されて、自由になった少女。

そんな少女は諸悪の根源であるアレイスター=クロウリーを睨んだ。

 

「確かにお前は上条が──幻想殺し(イマジンブレイカー)が輝ける場所を構築した。だからこの学園都市には悲劇が蔓延している。悲劇の中で輝くもの。異能で満ちた世界。そこでしか、幻想殺しは効果を発揮しないから」

 

真守は純然たる事実を口にする。それを大前提として、この世で最も翻弄されていた少女は人間をまっすぐと見つめる。

 

「それでも、上条が自由な法を持っていたから悪いという理由にはならない。それは体の良い言い訳だ。お前が大多数の犠牲を払って突き進んできた事は変わらない。お前はこの悲劇で満ちた街の王らしく、全ての悲劇を演出してきた」

 

真守は悲しくて、顔を歪める。

アレイスター=クロウリーはこの世が悲劇で満たされていることを嘆いていた。

その悲劇を消すために、アレイスターは学園都市を生み出した。

 

その学園都市を、アレイスターは悲劇で満たした。多くの悲劇を苗床にして、全てを救おうとした。そして復讐を果たそうとした。

悲劇が嫌だったから世界に対して反抗したのに。結局、悲劇に頼らなければならなかったなんて、あまりにも悲し過ぎる。

 

「……何が何でも犠牲を最小限にして、みんなが幸せになれる世界をお前が構築しようと本気で努力したら。この学園都市はもっと違う形になっていただろう」

 

上条当麻は真守の悲しそうな言葉に後押しされて、声を絞り出した。

 

「お前は見過ごせない……」

 

上条当麻が呻くように呟くと、アレイスターは『なるほど』と、頷いた。

そんなアレイスター=クロウリーへと、上条当麻は自分の考えを叫んだ。

 

「原因に何があろうが、お前が朝槻を本気で助けたいと思っていたとしても。その理由に共感できる部分があったとしても、アンタは明らかに方法を間違えた! 止めてみせる。この街をこんなにしてしまった力を振りかざしたとしてもだ!!」

 

「……間違いをもって間違いを正す、か。そういう風に伸びるのであればそれもまた結構。だが少々主観に偏り過ぎた結論ではないのかね? たった一人の少女が許したところで、君の立ち位置が変わることはないよ」

 

上条当麻はアレイスター=クロウリーの言葉によって黙ることしかできない。

アレイスターの言う通りなのだ。

何故なら現在、この学園都市には星よりも多い悲劇によって満ちている。

超能力者(レベル5)第一位が上条当麻を許しても、他の超能力者やその他の能力者達の憤りが消え失せるわけじゃない。

 

「──いいや、真守の言う通りだ。上条当麻、クソ人間に流されるんじゃねえよ」

 

声を上げたのは、垣根帝督だった。

垣根はこの世で最も愛おしい少女に同意しながら、アレイスターを睨んだ。

 

垣根帝督は学園都市に星の数ほど存在する悲劇によって、大切なひとを失った。

アレイスターが上条当麻のために用意した悲劇に遭遇した少年。

彼が上条当麻を赦すのは、この場で最も価値がある赦しだった。

 



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第一〇四話:〈最愛至高〉の裏切りを

第一〇四話、投稿します。
次は六月一九日月曜日です。


幻想殺し(イマジンブレイカー)とは異能が満ちる世界でのみ輝く力だ。

その性質上、幻想殺しは異能のない世界では認識されない。異能を打ち消せる能力とは異能がない世界では役に立たない。

だから幻想殺しを輝かせるためには、異能で満ちた場所を構築する必要があった。

 

それこそが今の学園都市の姿だ。悲劇で満ちているのは、上条当麻が最高に輝ける舞台が悲劇で満ちた舞台だからだ。

 

幻想殺し(イマジンブレイカー)を宿して、生まれた上条当麻。

上条当麻が自由な(テレマ)を持っていたからこそ、自分はこの学園都市が悲劇で満ちた場所に構築したのだとアレイスターは豪語した。

 

「学園都市が悲劇で溢れてるのは上条当麻のせいだと? 何を勝手に上条に責任転嫁してんだよ。学園都市を悲劇で演出したのはテメエだろ」

 

垣根帝督は、とんでもない言いがかりをしているアレイスターを睨む。

上条当麻はただあるべき姿で生まれてきただけだ。

そしてアレイスターは上条当麻を利用するために、学園都市を悲劇で埋め尽くした。

 

確かにアレイスターが学園都市で悲劇を演出したのは上条当麻が要因なのだろう。

だがその要因のために悲劇を演出したのは、紛れもないアレイスター=クロウリーである。

 

「いつか必ず生まれる幻想殺し(イマジンブレイカー)をお前は待ってた。その力が輝けるように学園都市を構築した。舞台を悲劇で整えたのはお前だろ。それなのに、なんで幻想殺しを宿した人間が悪いんだよ。ありえねえ」

 

悲劇を量産したのは、いまの学園都市のカタチがアレイスターの悲願──運命を殲滅する願いを叶えるのに適していたから。それ以外に、理由はない。

 

垣根帝督が上条当麻のせいではなく、アレイスターのせいであると断言すること。

この場では、それにとても意味があった。

上条当麻は息を呑み、真守は垣根のことをまっすぐと見守っていた。

一方通行(アクセラレータ)は静かに垣根帝督に同意していた。

 

「テメエは自分の願いを叶えるためになら、悲劇が生まれるのはしょうがねえと思ってる。その悲劇を糧にして、世界の全ての人間を救う。相対的に見りゃそれは確かに好手だ。だが結局テメエは悲劇を許せなかったのに、結果的に悲劇を求めた」

 

垣根帝督は自分の手を握っている真守のことを優しく抱き寄せる。

本当に大切にしたい、愛おしい存在である真守。

多くの人の幸せを心から願う少女の体温を、垣根は感じる。

 

「所詮、お前はどこまで行ったって中途半端なんだよ」

 

かつての垣根帝督も、アレイスターと一緒だった。

垣根帝督は学園都市の星の数ほどある悲劇の一つによって、大切なひとを失った。

そして垣根帝督自身も悲劇に影響を受けて、どこかいびつになってしまった。

 

価値観が歪んでしまった垣根帝督は、自分のためにすべてを利用しようと決めた。

力を求めて、地位を求めて。強い支配の力を手に入れようとした。

 

だが垣根帝督は結局、悪になり切れなかった。

もちろん、垣根帝督は自分のことを根っからの悪だと思っていた。

だが本当の悪は、目の前で一人ぼっちの少女が泣いていても気にも留めないのだ。

垣根帝督は悪になり切れなかった。だからこそ、垣根はあの廃ビルで真守に手を差し伸べた。

 

一人ぼっちで戦う少女を、一人にしたくなくて。自分には守れる力なんてないはずなのに、垣根帝督は反射的に朝槻真守へ手を差し伸べてしまった。

 

垣根帝督はある意味、これまでアレイスター=クロウリーと同じ道を歩んできた。

反吐が出るほど、その在り方に共感できる人間。そんな人間を睨んで、垣根は言葉を紡ぐ。

 

「この世に利用されるだけしか価値のねえヤツなんていない。利用できるか利用できないか、テメエがその物差しで人を測ってるだけだ」

 

その言葉は、かつての垣根帝督が信じていた価値観の否定だった。

 

この学園都市には利用できるだけの価値はある。

そして自分にはそれを利用する権利がある。

何故なら自分は今までこの街に散々利用されてきたのだ。

だから自分が他者の全部を利用したっていいはずだ。垣根帝督はそう考えていた。

 

「本当に命を大事にしてるってヤツはそうじゃない。どんな悲劇も許さねえで、全てを救おうとするヤツはそうじゃない。テメエが本当に真守みてえに全部を救う覚悟で動いてんなら、一つの悲劇も生み出さねえようにしたら良かったんだ」

 

垣根帝督は朝槻真守の抱きよせた肩に力を込める。

真守が命を尊く思っていることを、垣根帝督は理解している。

だからいつだって、真守は命が不用意に奪われないように努力してきた。

目の前で死にそうになっている命ならば、全力を持って救ってきた。

 

真守の知らないところで悲劇が起こって命が失われてしまったら、万能である真守だってどうしようもできない。だから悲劇によって人々の命が喪われないために、朝槻真守は動き出したのだ。

 

この学園都市で過ごしている子供たち全員が、悲劇に遭う事なく幸せになれるように。

いつまでも笑っていられるように。そのために真守は学園都市の表を丸ごと統治して、布陣を敷いてアレイスター=クロウリーに挑みに来た。

 

「本当にこの世から悲劇を無くしたいって思うなら、お前は全部を失敗してでも救う覚悟でやりゃあ良かったんだ」

 

朝槻真守のそばにいれば、真守がどんな考えを持っているか分かる。

真守はこの世界の人々は平等に尊いと分かっている。

一人一人が星のように輝くことができるのだと知っている。

 

学園都市を作り上げた、『人間』が組み上げたシステム。

それに感化されてしまった、垣根帝督。

そしてねじ曲がってしまった考えを、朝槻真守は正してくれた。

垣根帝督は、自分を癒してくれた真守に感謝していた。

 

「中途半端なヤツが、ヒーローってモンを地で行く上条当麻を責める権利なんてねえ。俺たちをテメエが良いように扱っていい理由なんてどこにもねえ」

 

少し前まで、垣根帝督はアレイスター=クロウリーと同じような道を歩いていた。

だがもう道は分かたれた。

一人の少女との出会いによって、自分のやり方が間違っていると分かったのだ。

 

「俺が上条当麻を許してやるって言ってんだ。誰にも文句は言わせねえ」

 

真守は垣根帝督の不遜な態度に小さく笑う。

そんな真守のことを見て、垣根は機嫌良さそうに鼻で笑った。

 

過去は覆らない。

今できるのは過去を悲観して泣き叫ぶことではなく、これからどう生きるかという事だけだ。それをこの世で最も『運命』に翻弄された少女が、狂おしいほどに愛おしい少女が体現しているのだから。自分だって前を向くしかない。

 

垣根帝督は、心の底からそう考えていた。

そして一方通行(アクセラレータ)も同じ気持ちだ。その気持ちをわざわざ口にする必要は、どこにもなかった。

 

「なるほど。やはりこうなるのか」

 

アレイスターはぽそっと呟いた後、小さく笑う。

 

「だが失敗など、敗北など、喪失など、挫折など。幾らでも繰り返してみせる」

 

そう宣言したアレイスターを見て、上条当麻はどうしようもない悲しみを感じた。

 

「……踏みにじるように卑怯な言い方をしてもいいか?」

 

「例えば?」

 

アレイスター=クロウリーが問いかけると、上条当麻は重苦しそうに口を開いた。

 

「言葉を覚える暇もなく息を引き取っていったリリスは、きっとアンタのそうじゃない顔を愛していたんだと思うよ」

 

その言葉にアレイスター=クロウリーは答えない。ただ右手を前に突き出して緩く握り、13、5、32と呼ばれる小さな数字を火花のように散らしただけだ。

 

霊的蹴たぐり。その応用。

アレイスター=クロウリーの想像を相手に攻撃として叩きこむ術。

 

フェンシングの切っ先を想わせるような想像が、上条当麻を襲う。

そんな上条の前で、朝槻真守はアレイスターを睨みつけた。

 

「それは効かない」

 

ばづん、っと。空間が張り裂けるような音がする。

 

想像を相手に攻撃として叩きこむ術は、あくまで受け身であるものの想像によって成り立つ。

朝槻真守は絶対能力者(レベル6)だった。そして今は自由にて不変なる『永遠』を司る存在だ。

それ故に、この場にいる者たち全員の相手から与えられる想像をはねのけることができる。

 

そして、続けてもう一度。

真守によって、目に見えない何かがばづんっと弾かれた。

 

「位相同士が衝突する事によって生まれる火花。運命と呼ばれるモノ。お前はそれを操る術を見つけたんだな。美琴を攻撃した時のように、お前はこの世界に薄く広く連なる運命の方向性を捻じ曲げて、敵に叩きこむことができる」

 

アレイスター=クロウリーは娘のリリスを助けるために、一〇〇年以上真理の探究をしていた。

そして、アレイスターはついに運気を操る術を身に着けたのだ。

だがその技術は当然として、リリスを救うことは叶わなかった。

後一〇〇年早く完成していれば、リリスを助けることができた忌まわしい術式。

それを前にして、真守は淡々と言葉を紡ぐ。

 

「お前の枷から放たれた私は、もう自由な存在だ」

 

真守は自分のことを縛っていた人間を見つめて、鋭く目を細める。

 

「だから私はこの世界の全てに触れることができる。その意味が分かるか?」

 

「……分かっているとも。だからこそ私はあなたを縛ったんだ」

 

朝槻真守はケルトが求めた完璧な肉体に完璧な精神を持った、『永遠』を司る人間である。

すべてを司ることができる存在だ。

それ故に、どんな存在にも触れることができる。どんなものでも自身の望むように操れる。

だからこそアレイスターはその危険性を最大限に考慮して、朝槻真守に枷をいくつも嵌めていた。

 

「かの一族が求めたあなたに、私が勝てないことは分かっている。だがいまのあなたと()()()()()はどうかな」

 

アレイスターは軽やかに微笑むと、杖を持つ仕草をした。

 

衝撃の杖(ブラスティングロッド)

 

ねじれた、銀の杖。

魔術の威力を標的が思う一〇倍に増幅する技術。

それはアレイスターが師と仰いだ、アラン=ベネットの十八番だ。

銀のねじれた杖を構えて、アレイスターは謳うように告げる。

 

「第三の樹たる亜空の山を昇らせたのは。私の過去を追わせた理由は。霊的蹴たぐりや衝撃の杖(ブラスティングロッド)を披露したのには、理由がある。全ての物事には理由がある。それが真実だ」

 

アレイスターは謳うように言葉を紡ぎながら、この場を見回す。

 

「全ては一つの儀式だった」

 

アレイスターはそう言葉を零すと、幻視の杖を掲げた。

 

「出ろ、エイワス。思考を縛る鎖を逆手にとってガイドと()し、我が目的を完遂せよ」

 

アレイスターの声掛けと共に、学園都市全体がどくんっと力強く脈打った。

その異変を大きく感じたのは、この場にいる超能力者(レベル5)三人だった。

 

アレイスター=クロウリーが能力者をここまで無尽蔵に育てた理由は、能力者全てを利用して糧にするためだ。

 

学園都市の隅々にまで張り巡らせた人工の神経と血管を励起させるだけで、全ての能力者は有無を言わさずに接続される。

そしてエイワスを召喚するためだけに、その力を吸い取る事ができる。

 

大熱波により学園都市の仕組みが摩耗していようと、その程度ではエイワスを召喚する土壌は揺るがない。

真守は力を吸われている感覚を覚える垣根と一方通行(アクセラレータ)に目を向ける。

 

「大丈夫だぞ。だって私は自由だからな」

 

真守は垣根の隣で、一人立ち上がる。

その立ち上がり方は決して頼りないものではなかった。

何故なら、真守はすでに学園都市から解き放たれている。

アレイスターの束縛から解放されている。

そのため力を吸い取る苗床に使われることはない。

 

「私はエイワスに対抗することができる。()()()()()()()

 

真守は軽く笑うと、傍らにいる垣根に微笑みかけた。

 

「垣根のおかげで、至るコトができたんだ」

 

真守は自分で確認するように言葉紡いで、翼を大きく広げる。

六対一二枚の翼。その翼は、蒼ざめたプラチナに輝いていた。

虹色のまばゆい光が(ほとばし)る中、真守は視線を鋭くした。

 

「この学園都市は、()()()()神殿だった」

 

学園都市はアレイスター=クロウリーが造り上げた神殿だ。

思春期の少年少女を集めて化学薬品により叡智への到達を目論む、テレマの再来。

アレイスターが悲願である魔術の殲滅を叶えるための実験場。

そして上条当麻の右手に宿った力を精錬する場所。

 

「お前の枷から解き放たれた私は神殿の主として出戻ることはできない。でも、勝手知ったる神殿だ。だから乗っ取るコトができる」

 

その宣言と共に、真守は蒼ざめたプラチナの翼を広げて空間を侵食した。

エイワスを形作るための神殿。真守は現代風に言えば──その神殿を外からハッキングしようとしているのだ。

神殿という誰にも侵されてはならない聖域を侵す、自由な存在。それが今の朝槻真守なのだ。

 

「その速度では脅威にならないぞ、朝槻真守」

 

真守が神殿を乗っ取りにかかろうとすると、アレイスターは柔らかく笑った。

何故なら既に、エイワスは光臨している。

黄金の長髪に輝く肌。朝槻真守と同じく、青ざめたプラチナの輝きを放つ肢体。

エイワスは真守を前にして、愉快そうに言葉を紡いだ。

 

『私を乗っ取りにかかるまで成長するとは。「流行」も大したものだな』

 

「しゃべ……っ」

 

上条当麻が息を呑むと、エイワスは愉快そうに告げる。

 

『なるほどなるほど。此度は私の肉声もブレずに届くか。それだけ世界が真実を思い出しているということか。朝槻真守の成長は著しく、留まることを知らないな』

 

真守は笑っているエイワスを無言で睨む。

その表情は固い。

 

何故なら真守は現在、エイワスを自身の制御下に置こうとしているからだ。

そのために力を割いている真守は、まったくの無防備だった。

 

そんな真守の事を守るように、垣根帝督が前に出た。

一方通行(アクセラレータ)もまさかの聖守護天使光臨に驚愕しているインデックスを、守るように手を出す。

 

『──ふむ。ここらが反旗の翻し時だな。わが永遠の友よ』

 

一触即発の中、凛とした女性の声が響いた。

その言葉にアレイスター=クロウリーは表情を固くする。

 

「な、に……?」

 

アレイスターは驚愕せざるを得ない。

何故なら『彼女』が前に出るはずがない。『彼女』はいつだって静観していた。

いつだって、自分を許さずに。前に進み続けることを望んでいた。

それなのに。まさか。

 

エルダー=マクレーンが自分を止めるために立ちはだかるなんて、アレイスター=クロウリーは思わなかった。

 

絹を銀色に染めたような、滑らかな質感の長髪。エメラルドグリーンの瞳。

銀のヴェールに、凹凸のないスレンダーな肢体を包む、西洋喪服を模した銀のドレス。

手元に持った、高貴なものが身に着ける銀の扇子。

猫耳と尻尾。その尻尾を彩る銀の星とレースの飾り。

 

『それほど予想が外れた結果ではないだろう、わが友よ。オマエは心のどこかでこの失敗を望んでいた。望まざるを得なかったのだ』

 

こつこつとピンヒールの音を立てながら歩く女性はまさに、貴族の令嬢に相応しい出で立ちだ。

 

『ワタシに止めてもらうことを、オマエは心のどこかで望んでいた。だからその望みに応えてやろう。アレイスター、わが永遠の友よ』

 

女性は虚を突かれたアレイスターを、ビッと扇子で差しながら笑う。

 

『このエルダー=マクレーンが、オマエの望みを(つい)えさせてやる』

 

アレイスター=クロウリーは驚愕の表情で固まったまま動けない。

当然だ。

絶対に敵に回らないと確信していた存在が、敵に回ったのだ。

 

『ワタシは問答型思考補助式人工知能(リーディングトート78)。機械であり、その思考中枢にはエルダー=マクレーンの思考パターンと七八枚で構成されたトートタロットが組み込まれている』

 

エルダー=マクレーンは挑発的に尻尾をゆらゆらと揺らして、笑う。

 

『何故、キサマはワタシをガワに選んだ?』

 

その問いかけの答えをエルダー=マクレーンは即座に口にする。

 

『それは安寧とトラウマをいっぺんに得るためだ。トラウマを与えることができるガワとして最適な人間は他にもいたが、ワタシという存在を選べばキサマは安寧も共に得られる。そしていつまでも約束を忘れる事なく邁進できる』

 

今、この場で喋っているのはエルダー=マクレーンの思考パターンを網羅した、アレイスター=クロウリーが用意した問答型思考補助式人工知能だ。

それは『計画(プラン)』の軌道修正が正しいか否かを証明するために必要とされた並列演算機器であり、アレイスターの制御下から離れることはない。

しかもエルダーの思考パターンを完璧に再現しているのだから、彼女そのものであるエルダーが離反することなどありえない。

 

生前、エルダー=マクレーンは位相を砕き、運命を打破するまで進み続けろとアレイスター=クロウリーに告げた。アレイスターを、エルダーは一生許さないと告げた。

そして全てが終わった後。アレイスターの悲願が叶った後。

また話をして笑い合おうと言ったのだ。

 

だから再現された人格でも、エルダー=マクレーンが自分の意志に反することはないハズなのだ。

そんなアレイスター=クロウリーの疑問にエルダーは答えた。

 

『全てのモノは移り変わる。決して同じモノであるという事はありえない。それこそ「永遠」を手にしたって、世界が移り変わることに適応しなければならない』

 

朝槻真守は全てを持って生まれた。

だが肝心なことが分からず、人間という生き物を源白深城に教えてもらった。

そしていつか自分が変わってしまうことに恐怖していた。だが変化しても変わらないものもあると気が付いて、前を向く事ができた。

 

歪ながらも永遠を獲得することが運命づけられていた真守も、これまでの道のりでその在り方と考え方を変化させている。

 

それと同じで源白深城は朝槻真守と出会った事で、死を経験した。

そして遂には能力を基にして、源白深城は動き出した。

悲劇に遭った事で歪んでしまった垣根帝督は、朝槻真守に出会った事でその歪みから脱することができた。

 

上条当麻は記憶を失くした。それでも上条当麻として生き続けている。

一方通行(アクセラレータ)は人のぬくもりを知らなかった。

それでも真守や打ち止め(ラストオーダー)と出会った事で、少しずつ変わり続けている。

 

すべては環境によって変わり続ける。永遠だって、環境に適応するために少しずつ変容する。

 

『万物は流転する。同じであることなどありえない。()()()()()()()()。ワタシはこの学園都市で多くの少年少女を見守ることで、少しずつ変わっていった。ワタシの血族や無垢なる少年に触れることで、ワタシは生前のワタシから違ったモノへと進化した』

 

エルダー=マクレーンの言っていることが理解できたアレイスター=クロウリーは、息を呑む。

そんな永遠の友を見て、エルダー=マクレーンは笑った。

 

『即ち、オマエの事を止めるワタシである』

 

あの日、約束を交わしたエルダーは一番近くで『計画(プラン)』を進めるアレイスターを見つめるうちに、友を止めなければという思いが強くなっていった。

少年少女たちが苦しむさまを見て、これは間違っていると感じた。

大切な永遠の友が苦しみながらも進むさまを見て、寂しいと感じた。

 

朝槻真守という自分の子孫に心境を当てられたエルダーは、永遠の友を止めるために動き出す。

それは最悪の裏切りだ。アレイスターの心を支え続けてきたエルダーによる、アレイスターの心を折りにかかる最低な裏切り。

だがその裏切りは深い愛を伴った、最愛の至高の裏切りでもあった。

 



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第一〇五話:〈全員集合〉で決着を

第一〇五話、投稿します。
※次は六月二六日、月曜日です。


かつてエルダー=マクレーンはアレイスター=クロウリーに告げた。

ケルトの位相もろとも魔術を殲滅させようとするアレイスターを、許すことはない。

だがそれでもアレイスター=クロウリーの望むその道を拒みはしない。

だからこそ進み続けろと、エルダーは呪いの言葉を告げた。

そして互いの悲願が叶った後、笑いあおうと。エルダーは永遠の友と定めたアレイスターに言い渡した。

 

アレイスターの目の前にいる存在も──問答型思考補助式人工知能(リーディングトート78)である彼女もまたエルダー=マクレーンだ。

だが彼女は呪いのような約束をアレイスターと交わした時から、明確に変わった。

アレイスターのすぐそばで少年少女たちを見守ることにより、変化したのだ。

そしてアレイスターの敵になるべくして、動き出した。

 

「エイワス!」

 

アレイスターが鋭く叫ぶと、エイワスから天の暴虐が放たれた。

それをエルダー=マクレーンは持っていた扇子で弾き飛ばした。

エイワスの一撃を防いだエルダー。そんな彼女にすかさず、聖守護天使は翼を放つ。

エルダーはエイワスの次の攻撃に備えて身を翻す。

そしてゆらゆらと揺れる猫の尻尾で、華麗にエイワスの翼をしのいだ。

 

『ワタシはエルダー=マクレーンであり、トートタロットという名の「原典(オリジン)」でもある。生体ではないからして魔力を生成するコトはできない。だが禁忌の記述が周囲から力を吸い寄せ、半ば防衛機能のように魔術を自動行使することができる』

 

以前にインデックスが説明したことだが、魔道書の『原典(オリジン)』は破壊が不可能だ。魔道書に書き記された文章が魔力を生成し、自身を壊されないために防衛機能が発動するからである。

 

エルダーもまた、魔道書の一冊だ。

自分で魔力を生成する力はない。だがエルダーに刻まれた禁忌の記述が、魔力を生み出す。

だからこそ、エルダーは魔術を使える。生体ではないから魔術を使えないということにはならない。

 

エルダーはエイワスの攻撃をしのぎながら、目の前の事態に理解が及んでいない上条たちに説明する。そしてエルダーはエイワスに拮抗しながら、妖艶に微笑んだ。

 

『GD正式モデルから派生した変則ソートであるトートタロットの中には、聖守護天使エイワスの意味(エッセンス)も組み込まれている。ワタシというトートタロットに刻まれた大アルカナの二〇番。永劫(アイオーン)はオマエに値するモノだ』

 

アレイスター=クロウリーはエイワスに出会った事で、最後の審判が訪れたと解釈した。

だからこそエイワスを象徴する永劫(アイオーン)を、最後の審判の代わりにアレイスターは差し込んだ。

 

『ワタシはトートタロットの「原典(オリジン)」。つまるところ、ワタシにはエイワスを象徴する永劫(アイオーン)()()()が刻まれている』

 

『ははっ! 恋査と同じだな。その魔導書には私から力を引き出す記述もあるか!!』

 

恋査というサイボーグは自身を組み替えて、近くにいる能力者たちに自身を接続していた。

既存の力をわがものとして、恋査は流用していたのだ。

つまりエルダーは恋査と同じように、光臨したエイワスの力を強引に自らのものとして流用することができる。

 

『だが借り物は借り物だ。いつまでもは保たんぞ?』

 

エイワスが殊勝に告げる中、エルダーはにやっと微笑む。

 

『それで良いのだ。時間稼ぎで良い。オマエも感じるであろう。ワタシたちを浸蝕する、この世で最も自由な少女を』

 

エルダー=マクレーンが勝利の兆しの言葉を口にした瞬間。

エイワスの体がジジッとブレた。

ノイズが走り、その頭部の中心に秘められている小さな三角柱が垣間見える。

それは、明らかに異物が混ざりつつある証拠だった。

 

その異物とは「永遠」でありながらも移り変わり、世界の流れに新たな定義を組み込む力だ。

すなわち、朝槻真守の力の本質。それがエイワスを侵しているのだ。

 

『くっくっ』

 

エイワスはくつくつと笑う。そして真守を見た。

真守は汗を額に滲ませて、懸命に顔をしかめている。

エイワスという超常存在に、人生で初めてのハッキングを仕掛けているのだ。

必死に自らを純粋な力で浸蝕しようとする真守。そんな真守を見て、エイワスは笑った。

 

『此度もまた失敗、か』

 

エイワスは学園都市の能力者の力によって、自身を形作っている。

そして自由になったとしても、朝槻真守も能力者だ。

そのためエイワスはパスを逆流される形で真守に侵食されて、体が保てなくなる。

 

丁度目の前の少女が生まれるべくして生まれ落ちたように。

この世界には、自らを傷つけるものがまだ残っている。

そしてそれは時代を経る度に多くなっていく。

 

その事実が喜ばしいエイワスは、自身が不利な状況に追い込まれても笑っていた。

 

『まったく世界とは簡単なように見えて、存外に広いものだよなあ。アレイスター?』

 

エイワスはその言葉を残すと、ふっとその場から消失した。

真守はエイワスを浸蝕して乗っ取ることはできなかった。

だがこの世界からエイワスを退却させる事ができた時点で、真守の勝利だった。

 

「う。……ちょっと疲れた……っ」

 

真守はエイワスが消えた瞬間、小さく呟く。

そして、身体から力が抜けてその場に崩れ落ちた。

 

「真守っ!」

 

垣根はその場に崩れ落ちた真守のことを受け止める。

真守は垣根に支えられて、ふにゃっと笑った。

それを見ていたエルダーは、ニヤッと笑った。

 

『次は()()()()()だぞ。──ゆけ。()()()()()()よ。最も自由な少女の力を借りて、全てに引導を渡す時だ』

 

エルダー=マクレーンに舞台を整えられて、上条当麻が前に出る。

どこにでもいる普通の男子高校生であり、この学園都市が悲劇で満ちた元凶である少年。

上条当麻は全てに決着を付けるために、アレイスターに立ち向かう。

 

「……私は位相だらけで無数の色眼鏡を挟んだ、偽りの景色を拭い去る」

 

上条当麻を前に、アレイスターは決意の言葉を吐く。

 

「全ての位相を撃滅し、誰もが知らずに振り回されるこんな世界を正してみせる! リリスの死一つに留まらない、あそこまでの悲劇が仕方がないよで埋もれてしまうような世の中を丸ごと造り替えて見せる! そのためなら、私は、そのためだったらッッッ……!!」

 

「アレイスター」

 

自らの決意を叫ぶアレイスターに声を掛けたのは、真守だった。

真守は慌てて近づいてきたインデックスと一方通行(アクセラレータ)を視界の端に捉えつつ、この街の孤独な王を見た。

 

「私はこの世で最も運命に翻弄された人間だ。でも同時に、私はこの世で一番の幸せ者なんだよ」

 

真守は自分の周りに寄ってきてくれた大切な人たちの中心で、柔らかく微笑む。

 

「私は確かに得られなかったものがたくさんある。でも、それ以外にたくさんのものを得ることができた。手に入れられなかったもの以上に、私はとてもかけがえのないものを得られたんだ」

 

朝槻真守は学園都市に流れ着いて、多くのものを手に入れることができた。

源白深城に、人間として大事なことを教えてもらった。

垣根帝督に、一人の女の子として愛情を享受できている。

かけがえのないクラスメイトたち。自分が助けてきた人々。

そして自分の神性を必要としてくれた、純粋な概念として愛らしい『彼ら』。

 

真守はマクレーン家に、ケルトの一族の一員として受け入れられることはない。

それこそ真守が手に入れられなかったものだ。だがそれでも、真守は家族としての愛情を手に入れることができた。

ケルトの一族ではなく。血族として、マクレーン家は朝槻真守に愛情を注いでくれる。

 

それ以外にも、七月初旬に接点を持って交流を深めるようになった十字教徒の人々とも、真守は絆を紡ぐことができた。

 

優しく自分を支えてくれる、多くの人たち。

真守は彼らの事を想って、疲れを感じながらも満ち足りた気持ちでアレイスターへと声を掛ける。

 

「運命というのは出会いと別れのコトだ。幸福と不幸を同時に生み出すものだ。そして不幸を乗り越えた先には必ず幸福がある。その全ての幸せを──私は、お前に奪わせたりしない!」

 

真守の決意の言葉を聞いて、アレイスターは緩く首を振る。

 

「……詭弁だ」

 

かつて自らが救うべきだったが、救えなかった姫御子。

朝槻真守を前にして、アレイスター=クロウリーは叫んだ。

 

「そんなものは詭弁だ! 黒幕も陰謀もなく、ただ意味もなく偏った世界の中からパンくずにも劣る幸福を掴ませて拍手を贈る事に幸せなどない! その傍らで踏み潰される者たちだっているのに!!」

 

アレイスターは思いの丈を口にすると、真守を睨んだ。

 

「あなたは結局運命に翻弄されても生かされているから、そういうことが言えるんだ!!」

 

確かに朝槻真守は、なんだかんだ言って生かされている。

この世界にとって大事な存在だからだ。

その在り方の本質が、そもそも世界にとって好まれるべきものだからだ。

結局、朝槻真守は運命に翻弄されながらも運が良くて。

それが悲しいから、アレイスター=クロウリーは全てを破壊しようとしている。

 

「──それなら!!」

 

アレイスター=クロウリーは絶叫にも近い声を聴いて視線を動かす。

そこには、上条当麻が右拳を握り締めて立っていた。

 

何が正しいのか、上条当麻は分からない。

それでもアレイスター=クロウリーは、悲劇を食い物にしながらも大きな物へと立ち向かうことが正義だと信じて疑わない。

 

そんなアレイスター=クロウリーに。

この疑問だけは、上条当麻もぶつけておきたかった。

 

「何の罪もないリリスの魂は無事に天国へ向かった、彼女はそこで笑ってる!! そんな風に信じる行いすらもアンタは踏みにじり、無条件で否定するっていうのか!?」

 

息の詰まる音が、静かに確かに響く。

 

「教えてくれよ、神秘の否定者」

 

上条当麻はアレイスターに畳みかける。

 

「アンタにとって結局リリスの『その後』はどうなったんだ?! ただ単純に科学の方程式に当てはめて、生命活動を終えたたんぱく質の塊が土の下で腐敗に任せていくばかりだって思ってるのか!?」

 

一人の無垢なる人間が死んだ。その人間は何も悪くない。

だからきっと、天国で幸せに暮らしている事だろう。

そう信じるしかできない程に悲劇が蔓延する世界なら、その信仰こそ救いになる。

そんな救いの手すら、お前は否定するのか。

そういうことを、上条当麻はアレイスターに問いかけていた。

 

「失われた何の罪もない命がそれでも天国で笑ってる。そんな風に信じる行いすらも、アンタは無条件で否定するべき事なのか?!」

 

上条当麻は思いの丈を叫ぶ。

そして誰もが理解できる、アレイスターが目を背けていた事実を口にした。

 

「失われた命がそれでも天国で笑っていると信じる事ができたなら、アンタは復讐になんて走ることをしなくて良かったんだ!!」

 

命が喪われても、その命を持っていた魂は天国で幸せにしている。

そう信じられれば、アレイスターはかつての友や師を殺さなくて良かった。

『黄金』を崩壊させる事も、しなくてよかった。

アレイスターは呆然としたまま、唇を震わせる。

 

「まやかしだ」

 

「かもしれない」

 

「そんな不確かなものに揺さぶられるほど、私の思考は細くない!」

 

「だけど俺は信じてやらなきゃいけないんだ!! アンタの娘はきちんと天国へ行ったんだって!! 何も悪い事をしてない人間が死んだ後も報われないだなんて絶対に間違ってるって、俺はアンタの代わりでも何でも、信じなくちゃいけない!!」

 

上条当麻は決して認める事ができないアレイスターの代わりに願う。

幼くして死んでしまったリリスが、天国でも笑っていることを。

 

アレイスターは緩く首を横に振る。

アレイスター=クロウリーは、これまで多くのものを踏みにじってきた。

だから上条当麻の言い分が正しいと感じても、自らが間違っていたのだとすぐに受け入れる事はできない。

 

「魂の正体が何なのかは分からない。天国なんてものが具体的にどこにあるのかだって説明できない。だけどそこはあって、そいつは外から奪われるなんて事があっちゃならない!! 残された俺たちも命を粗末にしちゃいけないんだ!!」

 

上条当麻はそう叫び、アレイスター=クロウリーを倒すべき敵と認定する。

 

「こればっかりは否定させないぞ。アレイスター=クロウリー。たとえお前があの子の父親だろうが、絶対に否定させるわけにはいかないんだ!!」

 

32、30、10。その数字が火花のように散ると、アレイスターは右手を拳銃に見立ててイメージの弾丸を撃ち出した。

アレイスターの攻撃を完封できる真守はエイワスを退却させて疲弊しているため、動けない。

だから上条当麻は、異能を打ち消すことができる能力が宿った右手の拳を使った。

イメージを振り払って、上条当麻は異能による攻撃から身を守った。

 

次の瞬間に、アレイスターは衝撃の杖(ブラスティングロッド)を手にして呪文を呟いてた。

だがエルダー=マクレーンが、アレイスターに持っていた扇子を投げつけた。

その扇子は虚空で不可視の杖に、確実に突き刺さる。

そして銀色のねじくれた杖は床へと転がった。

 

『亡き者のために拳で戦おうとしている人間に、亡き者の父が回答に怯えて小細工で逃げる。それは良しとするコトはできぬぞ、アレイスター』

 

エルダーが睨む中、上条当麻はアレイスターの懐に入った。

アレイスタ=クロウリーは即座に奥の手に染めようとした。

それは自分が行使した魔術によって生み出される火花や飛沫に似た力を、狙った場所へ送りだす技術だ。つまり『運命』を自分の悪意のままに操り、他者を害する秘術だ。

 

だがその秘術は最愛の娘を死に追いやった力と同系統のものだ。

憎きモノと同じ罪に塗れるという矛盾した奥の手。

その奥の手に最後に縋りつかなければならないアレイスターは、心が張り裂けそうな思いだった。

 

そしてアレイスター=クロウリーは常に失敗を繰り返す。

だが上条当麻は最初から回避など微塵も考えていなかった。

クロスカウンターなど簡単な言葉ではなかった。

 

両者の攻撃はどちらも防がれる事無く、両者の肉体に深く突き刺さった。

上条当麻の脇腹に抉り込むような不可視の一撃が入り、肋骨が犠牲になる。

アレイスター=クロウリーの顔面には上条当麻の拳が埋まっている。

顔面の骨が砕ける感触が、上条当麻の拳に伝わる。

永遠にも、刹那のようにも感じる時間が過ぎ去る。

 

「どう、して」

 

アレイスター=クロウリーは、沈黙から声を絞り出した。

何故、自分が負けたのか。

世界の真理を嫌というほどに知り尽くし、やがて娘の死と同じ力を得た稀代の魔術師。

その口からシンプルな疑問が出た時、上条当麻は告げた。

 

「……アンタの敗因はな。いつの間にかリリスの魂と尊厳を守る側に立てなくなった事。そして自分が本当に守りたかったものを傷つけた事。たったそれだけだったんだよ」

 

上条当麻の宣言と共に、アレイスター=クロウリーの体は床へと崩れ落ちた。

そんなアレイスターを、いつの間にか駆け出していた朝槻真守が抱き留めた。

アレイスターはボロボロになった顔面のまま、少女の腕の中にいる事に呆然とする。

真守はぎゅっとアレイスター=クロウリーを抱きしめて、口を開いた。

 

「ゆるす」

 

真守の口から飛び出た言葉に、アレイスターは目を見開いた。

 

「私が許す。本当にまだ頑張りたいなら、私が手伝うから。運命が許せないなら、私も一緒に戦うから」

 

真守は真正の人間であるアレイスターを優しく抱きしめて、目を細める。

 

「お前は、もう幸せになって良いんだ。どうか自分を責めないでくれ。一人で頑張るコトなんてしなくて良い。たくさん悪いコトをしたなら、これからそれ以上に世界に優しいコトをすれば良い。私も一緒に頑張る。だからもう大丈夫だ」

 

柔らかな肢体。温かい体温。

確かにそこに息づいている命を感じて、アレイスター=クロウリーは体から力を抜いた。

その瞬間、とんっという軽い音が響いた。

 

「…………────え、」

 

その言葉を呟いたのは、誰だっただろう。

この場の誰もが呟いたのかもしれないし、当事者である朝槻真守やアレイスター=クロウリーだったかもしれない。

だが虚を突かれる言葉が口から零れるのも納得である。

 

何故ならアレイスター=クロウリーと朝槻真守の心臓に、分厚い刃が貫通していたのだ。

 

二人の命を確実に刈り取る死の刃が、柔らかな肢体に突き刺さっていた。




真正人間への反逆篇、終了。
次回、大悪魔光臨篇。


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新約:大悪魔光臨篇
第一〇六話:〈不明事態〉で蠢く影


第一〇六話、渡航します。
大悪魔光臨篇、開幕。


木原唯一が上里翔流を仕留めるために、学園都市に放ったエレメントという異形。

学園都市の学生たちにとっても重大な脅威であるエレメントの活動を抑えるために、学園都市全域ではマイクロ波による大熱波が引き起こされていた。

だが朝槻真守たちが木原唯一を討伐したことで、際限なく湧き出てくるエレメントの脅威から学園都市を守る事ができた。

 

エレメントの脅威を取り去る事ができれば、大熱波は必要ない。

そのため大熱波は収束を迎え、学園都市は冬らしい低気温が戻っていた。

 

現在、学園都市の時刻は夜に差し掛かっていた。

真守たちが木原唯一を討伐してアレイスターの居城である『窓のないビル』に潜入してから、時間がたっぷりと経っていたのだ。

 

夕暮れから、薄暗い夜空になりつつある学園都市の空。

その空を、三対六枚の純白の翼を広げて飛んでいる少年がいた。

 

超能力者(レベル5)、第三位。未元物質(ダークマター)、垣根帝督。

垣根は学園都市の上空を自らの翼で飛んでいた。

その様子は酷く憔悴していて、彼にしては珍しく錯乱していた。

 

「真守、真守ッ!!」

 

垣根帝督は、必死に自分の腕の中にいる少女へと声を掛ける。

 

絶対能力者(レベル6)へと完成されようがその先に到達しようが、人間の枠組みから超えることなく洗練されていく存在。とあるケルトの一族、マクレーン家が真に望んだ『永遠』を司る逸材。

あらゆる運命を背負いながらも、翻弄されながらも進み続けてきた健気な少女。

朝槻真守。

 

真守は、垣根の腕の中でぐったりとしていた。

固く目は閉じられて、全身から力が抜けていた。

 

真守の胸の中心には、セーラー服を貫通して無機質じみた穴が空いていた。

真守は、明確な敵意によって致命傷を負っていた。

大切で愛おしい存在が傷つけられた。だからこそ、垣根帝督は焦っていたのだ。

 

真守の胸に穿たれた穴から、血は溢れていない。

まるで作りものの体に穴が空いたように、ぽっかりと刃の痕が胸にある。

その穴の状態を見るに、真守を貫いた剣は真守の肉体を損傷させるのが目的ではなかった。

真守の存在そのものを貫く効果。その効果を、あの刃は持っていたのだ。

 

朝槻真守は学園都市の全ての学生の幸せを願って、アレイスター=クロウリーと対峙した。

そして『窓のないビル』にて、真守とアレイスターは和解した。

その次の瞬間、一本の剣がアレイスター=クロウリーの心臓と、真守の存在を同時に貫いたのだ。

 

垣根帝督はあずかり知らぬが、その剣はダモクレスの剣と呼ばれるものだ。

栄華を獲得する者には、いつだって危険が付き纏う。

繁栄したとしても、決して一瞬たりとも気を抜く事などしてはならない。

覚悟無き権力者を戒めるための剣。

 

元々は伝説を基に理論を構築して再現し、王侯貴族が箔付けと度胸試しに使用していたものだ。

だが贈る相手を選べば致命傷となる。

アレイスター=クロウリーには権力者としての覚悟なんてありはしない。

そして朝槻真守はアレイスター=クロウリーを許した事で、一瞬の隙が生まれた。

 

ダモクレスの剣に込められた意味を、垣根帝督は知らない。

だが死の概念がない真守の存在そのものを、あの剣は傷つけた。

何が起こったか分からないが、それでも垣根は真守が危険な状態にいることだけは理解した。

 

真守の胸を穿った穴。

それは少しずつヒビを広げている。

真守の存在を砕こうと、真守の四肢へとゆっくり伸びている。

 

垣根帝督は全身から血の気が引いていく感覚で、冷や汗が出る。

手の平の中で、確かに零れ落ちていく命。

 

もう動かないからだ。

もう笑いかけてくれないかお。

そして、もう動かないくち。

 

垣根帝督にとって最大のトラウマであるその喪失が、再び手の中で引き起こされていた。

 

「真守……ッ!!」

 

どうすればいいか分からない。

未元物質(ダークマター)で真守の胸の穴を埋めたところで意味なんてない。それが垣根にも分かる。

だから垣根は真守を離さないように、掻き抱くように抱きしめるしかできない。

 

あからさまに錯乱している垣根。

そんな垣根の頬に、朝槻真守は手を沿えた。

垣根は頬に、ぴとっと冷たい手が沿えられるのを感じる。

呆然としながら垣根が真守を見ると、目を閉じた真守が口を開いた。

 

「だいじょうぶだから、かきね」

 

優しい声が響く。

その瞬間、真守の胸の中心に穿たれたヒビの進行が止まる。

そしてみるみるうちにヒビが修復され、真守の穴が塞がり始めた。

垣根はそれを見て、泣きそうな顔をしながら真守を見た。

 

「……まも、り」

 

真守はゆっくりと、目を開ける。

エメラルドグリーンの瞳。優しい温もりを感じさせる瞳で、真守は垣根を見上げる。

 

「大丈夫だから、垣根。そんな顔しないで」

 

真守は柔らかい笑みを浮かべて、垣根を見上げる。

垣根はハッと息を呑むと、真守のことを丁寧に横抱きにする。

 

今まで垣根は真守の体のことを考慮せず、絶対に離したくないと言わんばかりに真守を抱きしめていた。その状態では真守が苦しい。それに垣根は気が付いて、真守のことを優しく抱き上げた。

真守は垣根に優しくお姫様抱っこされて、胸板にすり寄る。

そして自分のセーラー服に空いた穴に手を当てて修復しながら、額に汗をにじませて笑った。

 

「垣根が私のことを学園都市から解放してくれて助かった。絶対能力者(レベル6)に加工されて打ち止められたままだったら、ちょっとマズかったかも」

 

先程、垣根帝督は朝槻真守を絶対能力者(レベル6)に縛り付ける楔から解放した。

そして真守は自らが進むべき方向へと、自らを変容させる事なく再び上り詰められるようになったのだ。

だからこそ、純白と漆黒の翼が蒼ざめたプラチナの翼へと変化した。

 

絶対能力者(レベル6)として完成されたままであれば、真守はダモクレスの剣で消滅していた。

本当に危なかった。真守はぎりぎりで生き残ることができたのだ。

垣根はそれを理解して、背筋が凍る思いをしながらほっと安堵した。

 

「……よかった」

 

垣根帝督は顔を歪ませて、真守をぎゅっと優しく抱きしめる。

 

「…………本当に、良かった……ッ」

 

真守は垣根がほっと安堵しているのを感じて微笑む。

そして、視線を少し動かした。

 

すぐ近くではインデックスを俵抱きにして、純白の翼で飛んでいる一方通行(アクセラレータ)の姿がある。

上条当麻の姿は見えない。

大丈夫だろうか。そう思いながら、真守は『窓のないビル』を見た。

 

真守が視線を向けた『窓のないビル』の最上階には、大穴が空いている。

あの大穴を穿ったのは真守だ。『窓のないビル』を意図的に破壊することで、アレイスターの神殿を破壊して力を削いだのだ。

 

その大穴から、金の髪が大量に這い出てきている。

あまりにも膨大な量だ。

そのせいで宇宙人の触手のように見えて、はっきり言って髪の毛には見えない。

 

「……アレが、お前を攻撃した敵か……?」

 

垣根は真守のことを黄金の髪の毛の束から守るように、強く抱きしめる。

この少女は絶対に手放してはならないものだ。

誰が相手でも、垣根帝督は絶対に真守を離さない。

そんな意思をみせる垣根の手を、真守は優しく握る。

 

「おそらく、あれはエイワスと似て非なる存在だ。それが攻めてきた」

 

「エイワスと同じようなモン? ……誰がそんなの召喚したんだ」

 

エイワスと似て非なる存在。

それならばこの世ならざる者だということだ。

超常的な存在をこの世界に降ろすためには、確かな力が必要だ。

その力を一体誰が用意したのか。

 

「私にも何が何だか分からない」

 

真守はふるふると首を横に振る。

そして金の髪を触手のように大量に動かす存在を見つめた。

垣根は必死に目の前の事象を理解しようとしている真守のことを強く抱きしめる。

 

「……絶対に離さねえから。誰にも奪わせない」

 

「大丈夫だぞ、垣根。私も絶対に垣根から離れない。ずぅっと一緒だ」

 

真守は不安そうにしている垣根を安堵させるために、ふにゃっと笑う。

すると、突然轟音が響き渡った。

どうやら地響きも起こっているらしい。空間そのものと共に地面が揺れている。

 

「何の音だ?」

 

垣根が『窓のないビル』の直下から響いている音に驚愕していると、次の瞬間。

『窓のないビル』が地上より飛び立った。

 

「なっ……!」

 

余波で大気が震える中、垣根は真守のことを優しく抱きしめ、未元物質(ダークマター)の翼で真守を庇う。

『窓のないビル』はアレイスターが用意した、地球脱出用の宇宙船だ。

魔術は地球の在り方によって縛られる。宇宙へと出て地球産の魔術から逃れるために、アレイスターは『窓のないビル』を用意した。

 

そんなアレイスターが用意した『窓のないビル』は、豪速で飛び立っていく。

轟音と鋭い衝撃。

それに耐えた垣根は、突然飛び立って小さくなっていった『窓のないビル』を見上げる。

 

「ロケットブースターは真守が焼き尽くしただろっ?! どうして飛んだんだ!?」

 

「代わりに何かを燃料にしたのかもな。アレイスターならやりかねない」

 

真守は垣根の腕の中で、小さくなっていく『窓のないビル』を見上げる。

 

「アレイスターは一緒に剣で刺された私のことを垣根のもとに突き飛ばした。そして上条たちも一緒に『窓のないビル』の外に吹き飛ばした」

 

真守は先程、『窓のないビル』で一瞬のうちに引き起こされたことについて言及する。

真守とアレイスターが剣で突き刺された後。

アレイスターは即座に状況を理解したのか、真守のことを垣根帝督に向けてすぐに突き飛ばした。

そして真守たちのことを逃がすために、真守が神殿を壊すためにぶち開けた穴から、アレイスターは真守たちを逃がした。

 

「どうなったか分からないけど、この様子だとアレイスターは無事なようだな」

 

真守は垣根の頬にぴとっと手を沿えて、柔らかく微笑む。

 

「垣根、下に降りよう。状況を把握しないと」

 

垣根帝督は真守の言葉に頷き、地面へと静かに降りる。

すると、インデックスを俵抱きにした一方通行(アクセラレータ)が近付いてきた。

真守がふるふると手を緩く振ると、一方通行は安心した顔をする。

そしてそんな一方通行のすぐ近くには肩に乗ったオティヌスと上条当麻と共に、何故か美少女がいた。

 

年齢は中学生ほど。

銀髪にエメラルドグリーンの瞳。薄い青をベースにした、ダブルボタンのブレザー制服。

制服の上には黒字のマントを羽織っており、装飾として背中にコウモリの翼にも見える銀に輝く金属がくっついている。

しかも頭には三日月のような角のような、銀の飾りがついている魔女のようなとんがり帽子を乗せ、可愛らしいニーハイソックスというおまけつきである。

真守はきょとっと目を見開いたまま、女子中学生を見つめる。

 

「あ、あれいすたー……?」

 

アレイスターに非常によく似た少女を見て、真守は首を傾げる。

アレイスター=クロウリー(?)は真守を見て微笑む。

 

「あなたも無事だったようだな、朝槻真守。……ふむ、土壇場で垣根帝督が枷を解き放った結果か。不幸中の幸いというわけか。この言葉を口にするのは大変不愉快だが……やはり運がいいな」

 

真守は目を白黒とさせる。

それもそのはず。アレイスターが明確に女の子になっているからだ。

 

アレイスターは元々中性的な姿をしていた。聖人でも罪人でも、男でも女にも見える人間。それがアレイスターだったはずなのだ。

 

真守はとてとてと歩いてアレイスターに近づく。そんな真守を慌てて垣根は支えた。

真守は垣根に支えられながら、アレイスターの頬をふにっと触った。

 

「本物の感触。確かな肉の器だ。一体どういうことなんだ?」

 

真守は小首を傾げて、ふにふにとアレイスターの頬を触る。

アレイスターは真守に頬を触られたまま、微笑を浮かべる。

 

「とりあえず場所を移動しよう。ここでは落ち着いて話ができないからな」

 

アレイスター(銀髪美少女)は笑うと、自分の頬に触れていた真守の手にちゅっとキスをした。

 

「わっ」

 

真守はびっくりして、思わず手を離す。

突然手を出してきたアレイスター。それを見て、垣根が鋭い声を上げた。

 

「てめえっ何しやがる!!」

 

垣根は眉を跳ね上げさせると、即座に真守のことを守るように抱きしめる。

 

「ヒトの女にナニ勝手に手ェ出してんだよ……ッ」

 

「重いな、垣根帝督」

 

アレイスターはニヤッと笑う。

垣根はアレイスターの笑みを見て、何かがぶちっと切れた。

ゴゴゴゴゴォ──と空間が物理的に震えて魔王が君臨する中、真守は垣根の腕の中で最愛の男をなだめる。

 

「垣根。大丈夫だから、話ができないから落ち着いて」

 

魔王が降臨したみたいになっている垣根帝督。

そんな垣根を真守が宥めるが、完全に垣根の目が据わっている。

アレイスターは垣根の怒りなんてどこ吹く風で、真守に笑いかけた。

 

「その男が重すぎて嫌になったら、私に言うんだぞ。姫御子よ」

 

垣根は無表情のまま、淡々と決意する。

 

「殺す」

 

「垣根っだめだから!」

 

真守はふるふると首を横に振って、アレイスターを見た。

 

「垣根が重くて嫌になる日は来ないっ絶対に!」

 

真守は垣根の腕の中で、垣根にすり寄ってなだめながら宣言する。

アレイスターは優しい目つきで真守を見つめて、ふっと笑った。

 

「とりあえず移動しよう。統括理事会のメンバーたちも『窓のないビル』が突然打ち上がった異変に気が付いただろうからな」

 

移動を始めるアレイスター。そんなアレイスターを睨みながら、垣根は真守のことを抱き上げた。

 

「垣根、自分で歩ける」

 

「ダメだ」

 

きっぱり即答する垣根。真守はしょうがないなあ、と思う。

本当に朝槻真守が大事な垣根帝督。

そんな垣根を見て、上条当麻は本当に感心する。一方通行(アクセラレータ)は垣根が真守に本当に傾倒しているのを知っているため、もう気にしていない。

インデックスはというと、何が起こっているか理解するために黙って静観していた。

 

真守は垣根に抱き上げられたまま、空を見上げた。

飛び立っていた『窓のないビル』が気になるのだ。

 

『窓のないビル』には問答型思考補助式人工知能(リーディングトート78)が搭載されている。

魔導書の『原典』としても機能する、巨大な演算装置でもある真守のご先祖様、エルダー=マクレーン。

その性質上、エルダーは『窓のないビル』から離れられない。

つまり『窓のないビル』と共に飛んで行ってしまったのだ。

 

(エルダーさま……)

 

真守は空を見上げて、自らのご先祖様のことを考える。

エルダーは自分たちの味方をしてくれた。そんなエルダーは遠くへと行ってしまった。

 

(でも、なんだか大丈夫な気がする……)

 

根拠はない。

だが真守は何故だか、エルダー=マクレーンが再び自分たちの前に現れると感じていた。

 

「真守、大丈夫か?」

 

垣根帝督は自分の腕の中で、ぼうっと空を見上げている真守に声を掛ける。

 

「大丈夫だぞ、垣根」

 

真守は心配そうにしている垣根に微笑む。

垣根はじーっと真守のことを見つめた。

 

「……本当に大丈夫か?」

 

「ふふ。垣根は心配性だなあ。大丈夫だぞ、本当に」

 

真守は柔らかく微笑んで、心配する垣根の頭を撫でる。

それを見たアレイスターはぽそっと呟いた。

 

「まったく。私と直接的な交渉権を求めて日夜暗躍していた少年とは思えないな」

 

「なんか言ったかこのクソ野郎」

 

垣根はぎろっと、大変可愛らしくなったアレイスターを睨む。

アレイスターはくつくつと笑うと、可愛くウィンクした。

 

「いやなに。『計画(プラン)』の一環で引き合わせたが、キミがそこまで姫御子にご執心して変わるとは思わなくてね。さながら私は恋のキューピッドをしたようなものだ」

 

「……お前が天使とか舐めてんだろ」

 

垣根は本気で嫌そうな顔をして、アレイスターを睨む。

垣根帝督と朝槻真守は、その在り方故に出会うことが決まっていた。

だがそれを『計画(プラン)』に組み込んで利用したのは、他でもないアレイスター=クロウリーだ。

そのせいで真守は苦しんだ。そして垣根帝督のことを考えて、第三次世界大戦が巻き起こっていた戦地にまで向かった。

 

「……このクソ野郎。一○○発殴っても絶対に殴り足りねえ」

 

すべての諸悪の根源はこの男(?)なのだ。

真守は自分のことを思って、明確な怒りを見せている垣根の頬に触れる。

 

「まあまあ垣根。とりあえず寛大な心で色々と流してくれ。な?」

 

「……俺は心が狭いんだろ」

 

「垣根」

 

垣根は真守に優しく名前を呼ばれて、ため息を吐く。

諸悪の根源にいつまでも怒りを向けていても話が進まない。そのため垣根は気持ちを入れ替えた。

以前の垣根帝督ならば即座に気持ちを切り替えるなんて無理だったが、真守に会ったことで変わったのだ。

そして垣根はちらりと、飛び立った『窓のないビル』に目を向ける。

垣根は胡乱げな目を一瞬すると、真守のことを抱き直して上条たちと共に歩きだした。

 



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第一〇七話:〈閉鎖空間〉で事は進む

第一〇七話、投稿します。
次は七月三日月曜日です。


かつて、アレイスター=クロウリーの魂は極彩色に輝いていた。

つまり、アレイスターには多くの可能性が秘められていたのだ。

 

魔術を捨てたアレイスター。

異形の身体を得たアレイスター。

屈強な肉体を手に入れたアレイスター。

 

アレイスターはあらゆる末路を辿る事ができた。やろうと思えば、アレイスターは膨大な数の自分の可能性をこの世に解き放つことができたのだ。

 

だがあらゆる無数の可能性の権化であるアレイスターは、全員あくまでアレイスターだ。

自分の欲望を叶えようとするため、自由奔放。そのせいで統率なんて取れるはずがない。

そのためアレイスターは自分の体に自分の可能性を閉じ込めていた。

 

真守が垣根帝督によって枷から解き放たれ、アレイスターと和解した直後。

『窓のないビル』にて、アレイスターと真守はダモクレスの剣という魔術産の剣で刺された。

その結果アレイスターの体から可能性が溢れ出て、それぞれが肉の器を手に入れたのだ。

アレイスターの体からあふれ出たその可能性の一つ。それが真守たちの前に現れた、美少女中学生であるアレイスターなのだ。

 

アレイスターが無数に増殖するようになった元凶。アレイスターと朝槻真守のことをダモクレスの剣で突き刺した人物。真守とアレイスターが和解した瞬間に水を差した張本人。

その人物とはイギリス清教、最大主教(アークビショップ)。ローラ=スチュアートだ。

 

しかもローラ=スチュアートという名前と、最大主教(アークビショップ)という役職は表の顔だ。

突拍子もないが、その正体は大悪魔コロンゾン。

アレイスターがかつて召喚して退却させた悪魔。

生命の樹(セフィロト)のダアトと同じ『深淵』に住まう怪物。エイワスと同じ、超常的な存在。

 

超常的な存在がこの世界で活動するためには莫大な力か、器が必要だ。

莫大な力の塊として顕現するエイワスと違い、コロンゾンは器を手に入れた。

その器こそ、アレイスターの娘。ローラという少女の身体だ。

アレイスターはコロンゾンに利用されている娘を取り返さなければならない。

その一心で、美少女化したアレイスターは現在行動していた。

 

「おのれ、おのれ……」

 

コロンゾンは、アレイスター五人分を消費して打ち上げられた『窓のないビル』内にいた。

真守の源流エネルギーによって『窓のないビル』のロケットブースターは焼き尽くされた。その代わりにアレイスターは自分を五人分ほど消費して、『窓のないビル』を宇宙へと飛ばしたのだ。

つまりアレイスターは機転を利かせて、コロンゾンを宇宙へ放逐したのだ。

 

コロンゾンはベージュの法衣と共に、タコやイカの触腕にも思える大量の金髪を蠢かせる。

現在『窓のないビル』は絶賛大気圏突入中だ。

コロンゾンは急激な荷重から逃れようとしているのだが、うまくいかない。

 

大悪魔コロンゾンは、学園都市という科学サイドを乗っ取る機会を伺っていた。

そして今回、上里勢力が引き起こした大熱波は最大のチャンスだったのだ。

コロンゾンは自身のスパイである烏丸府蘭から、この機に乗じて朝槻真守がアレイスター=クロウリーを打ち倒すために動き出すと聞いていた。

 

だからコロンゾンは至極簡単な行動を取った。こっそり学園都市に潜り込んでアレイスター=クロウリーを打ち倒して、疲弊している朝槻真守を打ち取ればいい。

アレイスター=クロウリーか朝槻真守。

そのどちらかの霊媒(アバター)を手に入れれば、コロンゾンは学園都市を統べる事ができる。

 

真守も自分とアレイスターが戦った結果、魔術サイドから横やりが入るだろうと考えていた。

だが真守も、こんなに素早く完全な漁夫の利を狙われるとは思ってなかった。それくらいにコロンゾンは用意周到で、朝槻真守とアレイスターを狙った。

 

結果として。

アレイスター=クロウリーは自分を犠牲にして、真守とその場にいた者たちをコロンゾンの魔の手から守る事ができた。

アレイスター五人分によって打ち上げられ、大気圏へ突入する『窓のないビル』には人間は一人もいない。

 

ただ人工知能として『窓のないビル』に搭載しているエルダー=マクレーンだけが、コロンゾンと対峙していた。

 

かつてマクレーン家の一員だった女性。

その女性そのものである人工知能は、凄まじい慣性Gの中でも悠々自適に自らの小尻から生えた尻尾をゆらゆらと揺らしていた。

 

『いやはや、まさかまさか。このようなところまで乗り込んでくるとは。流石のワタシも演算が及ばなかったよ。大悪魔コロンゾン』

 

エルダーは半分笑いながら、コロンゾンの蠢く黄金の髪をピンヒールで縫い止める。

何故そんな事をしているかと言うと、ローラが『窓のないビル』に朝槻真守が開けた大穴から飛び出そうとしているからだ。

 

猛火の大気圏や真空の宇宙空間に放り出されないために『窓のないビル』が完全に打ち上がる前にコロンゾンは逃げようとしている。

だがそれを、エルダー=マクレーンが許すはずがない。

 

コロンゾンは手刀で不要な髪を切り捨てて、エルダーに向き直る。

問答型思考補助式人工知能(リーディングトート78)。トートタロットという魔導書の『原典』として機能する彼女。

 

「……エルダー=マクレーン」

 

『正確にはその人間を模倣した演算装置だがな。だがワタシは自身が本物か偽物か断じるつもりはないぞ。ワタシはワタシだ。それ以外にありえない。かつてのワタシと今のワタシ。それは地続きになりしも等しくないものである』

 

軽やかに笑うエルダーを見て、コロンゾンは忌々しそうに顔を歪める。

 

「貴様は友人だと思うておった男に捨てられたのだぞ。貴様はあくまで演算装置だ。壁に穴の開きたまま大気圏に突入したれば、内部は炎と熱に蹂躙される。基盤も半導体もまた形と役割を失う。それは分かりたる事実であろう」

 

『ふふ。そのような些事でワタシがなびくとでも思ったのか? バカにするのも大概にせよ、ワタシはエルダー=マクレーンであるぞ?』

 

エルダーは、ぱしんぱしんっと手に持っている扇子で自らの手を叩く。

そして不愉快そうに猫耳をぴこっと動かした。

 

『散りゆく最期までワタシが悲観する事など断じてない。ワタシはワタシのやるべき事を為すがままに。たとえ散りゆく命とて、その命には意味も価値もある』

 

滅びが待っているとしても、悲観する事などせずにそれを回避するべく進み続ける。

その時その時でやるべき事を粛々とこなしているならば、人生が悲劇に終わったとしても何の後悔もない。それがケルトの民の在り方だ。

 

進化したとしてもケルトの民としての矜持を失わないエルダー。

つまりエルダーは、ここを死に場所と定めたのだ。そして時間稼ぎをするために、エルダーは自らの存在を懸けてコロンゾンと対峙するつもりなのだ。

コロンゾンはエルダーを見つめたまま、忌々しそうに大きく舌打ちした。

 

「だからマクレーン家は好きにならずなのよ」

 

『大悪魔に好きになられても困る。我らが土地に寄生したごく潰しが』

 

エルダーは本当にイライラとした様子で、ぱちんぱちんっと扇子を開いたり閉じたりする。

だが次の瞬間には笑った。

 

『だがまあワタシも気分が良い。この学園都市にて、貴様は我が血族を前にして正体を現したのだ。オマエの帰るべき国はない。すぐにその命令系統を我らが血族が押さえるだろう』

 

「ハ。私があんな歴史の浅い事象に負けるはずがなかろうて」

 

コロンゾンは『朝槻真守』のことをそう揶揄して、鼻で嗤った。

朝槻真守は確かにマクレーン家に通じている少女だ。

だが彼女一人の口を塞いで乗っ取ってしまえば、マクレーン家は分からない。

エルダーはコロンゾンを見つめて、にやっと笑った。

 

『おや、ワタシの言っている血族とは混じりものの真守ではないぞ?』

 

「は?」

 

『ローラ』が怪訝な表情をする中、エルダーはニタニタと笑みを深くする。

 

『オマエは知らぬのだったなあ。何せスパイである烏丸府蘭の前に、アシュリンたちは出てこなかったからな。──なあ、コロンゾン。我らがマクレーン家は現在、学園都市にいるのだ』

 

「……………………は、え?」

 

コロンゾンは自分があずかり知らぬ情報に目を白黒とさせる。

ケルトの民は決してケルトを絶やさないように動く。

そしてケルトの民は異界に精通している。

だからこそ位相同士の衝突で滅亡の危機に瀕しているのだが、彼らにはそういった背景がある。そのため本当の危険から身を守るために、彼らは一族総出で異界へと一時退却する事がある。

 

今回、コロンゾンはわざと自分が動いている事を知らせた。

だから彼らは既にこの現実世界から異界へと引っ込んでいるはずなのだ。

学園都市にいるはずがない。

そんなコロンゾンの推測を、エルダーはぶった切った。

 

『オマエはワタシの一族がオマエの手から逃れるために神聖なる森にして境界を超えた先、アンヌウヴンへと仮死状態となって引っ込んだと考えておったようだが、彼らはこの学園都市に身を寄せていたのだ。だから我らがケルトの民は今、この学園都市にいる』

 

エルダーは虚を突かれているコロンゾンを見て、にやっと笑う。

 

『オマエは上里勢力の烏丸府蘭を使って学園都市の情報を入手していたようだが、そんなことアシュリンは見抜いておったぞ。どうせオマエのことだ。外から来た上里勢力という大規模な集団に、手駒を隠しておるとな』

 

エルダーは懇切丁寧にコロンゾンに説明して、にまにまと笑う。

 

『府蘭の前に、アシュリンたちは一度として姿を現していない。真守のことを陰から全力で守るために、国が傾くほどの大金を湯水のように使って学園都市に自らの手のものを入り込ませる周到さだぞ。突然学園都市入りする上里勢力を最大限の脅威と受け取るのは当然だ』

 

コロンゾンは大穴から飛び出そうとする。

だが脱出はできなかった。それは何も、エルダーが黄金の髪をピンヒールで踏み抜いて留めていたから脱出できなかったわけではない。

エルダー=マクレーンは魔導書の『原典』だ。生体ではないからこそ魔力の精製はできないが、周りから魔力を引っ張ってくる事ができる。

 

しかもエルダー=マクレーンはケルトについて理解が深い。

ケルトは異界、魂、宇宙に精通している。

異界。それはつまり、空間だ。

だからエルダー=マクレーンは自身の好む方法で、空間に魔術を掛けて『ローラ』を縫い留めた。

 

『先程の言葉をそっくりそのまま返そう。チェックだ、コロンゾン』

 

エルダーは先程、コロンゾンがアレイスターに宣言した言葉を繰り返して笑う。

大悪魔であるとバレたローラ=スチュアートのことを最大主教(アークビショップ)と認める人間などいない。

マクレーン家というイギリスや全世界に太いパイプを持つ一族の手によって、すぐにでも『ローラ』は蓄えた力を失う。

 

「ま、マクレェエエエエエエンンンン!!」

 

コロンゾンはビヂヂヂヂィ、と空間を軋ませながら叫ぶ。

 

『ふふ。まだ終わらぬぞ、コロンゾンよ』

 

エルダーは空間を引きちぎって、強引に動き出そうとしているコロンゾンを見て笑う。

 

『ここからが、本番だ。なあ、「ローラ」よ?』

 

エルダーは笑うと、扇子でぱしんっと自分の手の平を叩いた。

 

『ワタシはケルトの民、その一員であるエルダー=マクレーン。そしてトートタロットという魔導書の「原典」でもある。位相に対して明るいのは当然のこと。そして、ワタシには()()()()()()()()()()()()()。これがどういうことか分かるか?』

 

「ま、さか………………ッ!!!!」

 

『ローラ』はエルダー=マクレーンが何を指し示しているのか察する。

その瞬間、まばゆい光が辺りに満ちた。

長い髪。ゆったりとした装束。

蒼ざめたプラチナの光を纏った、剥き出しのエネルギーを無理やり体とした存在。

 

『ようやく退屈から解放されると上から目線で笑っていたな、この汚物』

 

エイワス。

朝槻真守によって退却させられ、エルダーの手によって再び召喚された彼は光臨するや否や、コロンゾンを口汚く罵る。

 

『貴様が真に永き空腹からの解放を喜んでいるのなら、最初から口にすべきはとっておきのご馳走であるべきだろう? そう、くだらん卑怯者が本当にそこまでの殊勝な気概を持つならな』

 

エイワスはのっぺりとした表情を歪ませて、心底愉快そうに声を転がす。

 

『いやはや、しかし。これでも私は聖守護天使と呼ばれている。このような展開で呼ばれるといささかわくわくしてしまうものではないか。なあ、しなびて捨てられる運命にあるリンゴの芯よ』

 

エイワスは嗤って、憎たらしげな眼をしているコロンゾンへと目を向けた。

コロンゾンは忌々しそうにエイワスを見上げた。

 

「善ある神性でも気取りたるつもりか、同族」

 

エイワスは超常的な存在として、散りゆく事を前提として最期まで抗おうとするエルダー=マクレーンの召喚に応じた。

それが気に食わないコロンゾンはエイワスをぎろっと睨む。

そんな視線をものともせず、エイワスは蒼ざめたプラチナの光を放ちながら笑う。

 

『新たに生まれ落ちて同族となった者の方が、あまりある神性と公平さを持っているだろうさ』

 

「あんな少女を我らと同等などとは決して認めぬ」

 

『生ゴミが認めようと認めまいが、彼女の格が我らと同じ域に達しているのは事実だ』

 

コロンゾンはチッと舌打ちをする。

善ある神性。それを体現するのは、この場にいる超常存在ではない。

先程、とある『永遠』を手にした少女こそ、真なる善性と神性を持ち合わせているのだ。

 

朝槻真守はアレイスターによって絶対能力者(レベル6)として打ち止めされていたが、先程垣根帝督の手によって枷から解き放たれた。

その結果、真守は自由になった。そして自分が至れるところまで至る事ができたのだ。

 

真守は自身を人の枠組みから超えさせることなく、どこまでも昇華させる事ができる。

流れに身を任せながら、自分を最適化し続けて『永遠』の時を生きる。

その新たな在り方の本質は『流行』というものだ。

現代において、人々が生み出す流行り廃りの事だ。

 

時が過ぎることによって人の手で紡がれる、流行り廃り。

人の手によって生み出される流行は、神の手によって生み出されるものではない。

だから元来、『流行』を司る天使や神はこの世に存在しない。あくまで流行とは人が流行り廃りを人知れず決めて、人知れず生み出すものだからだ。

 

朝槻真守は複雑な因果を絡ませながらも、世界に必要とされて生まれ落ちた。

因果が絡み過ぎて最初に必要としたのはどんな存在だったのか、卵が先か鶏が先か状態になっていてはっきりしないが、それもまた一興だとエイワスは思っている。

 

『この世が必要として、新たに生み出したかたち。その在り方。かの存在には、私が誕生を祝して細やかなプレゼントを贈ろうと思う』

 

「エネルギー剥き出しなりしで霊媒を持たない貴様が、流行などというくだらぬものを体現した少女に何を施したりえるというのだ」

 

『オガクズ頭。忘れたか?』

 

エイワスはコロンゾンの事を罵りながら問いかける。

 

『この九三の数字を背負う怪物の本質は、「法の書」と呼ばれる魔導書を伝達した事にある。そして私はしあわせになることを怠らない存在が滅法気に入っている』

 

エイワスがそう告げた瞬間、エルダーの扇子を持っていない方の手がくんっと動いた。

エルダーはエイワスに手を操られて、自分の指を自分の口元に持っていく。

そしてガリリッと、その指を噛みちぎった。

 

ありもしないはずの、鮮血が舞い上がる。

そしてその血が溢れる指は、辺り一面にまき散らされたルーズリーフへと向かっていった。

 

エルダーの指が、一枚一枚の紙切れに得体のしれない文字や記号を刻んでいく。

ぎゅぎゅぎゅぎゅと指を押し付けるが故に凄まじい摩擦音を迸らせる。

その素早い動きを、あのコロンゾンだって止める事ができなかった。

エルダーの指は擦り切れていくが、その度に鮮血が舞い上がるためインクには事欠かない。

 

嵐によって巻き上げられたような無数の紙束はエルダー=マクレーンを中心として渦を巻き、リング状のホルダーにまとめられていく。

 

そして一冊の分厚い書物が出来上がった。

それはエルダー=マクレーンの手の中に収まり、エルダー=マクレーンはエイワスが真守に何を施したのか悟った。

エルダー=マクレーンという魔導書の『原典』を、エイワスは真守に与えたのだ。

 

『魔導書「銀猫祭祀秘録(ぎんびょうさいしひろく)」、リリース完了』

 

エルダー=マクレーンは『窓のないビル』内に敷設された並列演算装置という巨大な機械だ。

その巨大な機械の核には、その存在を支える根幹としてトートタロットという魔導書の『原典』が使われている。だったらそれらを今一度エルダーの手によってまとめ直して、持ち運びができるようにすればいい。

 

銀猫祭祀秘録(ぎんびょうさいしひろく)』。

それを持っていれば、エルダーは行きたいところに行く事ができる。

この『窓のないビル』と共に、命運を共にしなくていい。

エイワスは真守のために、エルダーを動けるようにしたのだ。

 

『エルダー=マクレーン。キミたちケルトの民の生き様は大変気に入っている。何故ならキミたちはしあわせになるための努力を怠らない。己に降りかかる不幸が多くとも悲観する事なく、前へ前へと進み続けるキミたちの在り方は、とても好ましいものだ』

 

足掻いて足掻いて足掻いて生き抜く。

血反吐を吐き、泥の上を這いまわってその泥を啜って生きながらえたとしても進み続ける。

そんな世の理不尽に全てを奪われた者にだけ、超常的な存在は手を差し伸べる。

 

エルダー=マクレーンはここが自分の死に場所だと定めた。

だがそれでも悲観する事なく最期まで生きてみせようと宣言した。

そんな愛おしい存在に、エイワスは手を差し伸べない超常存在ではない。

 

『キミはキミの末裔であり、「流行」という概念へと至った朝槻真守を見守りたいのであろう。だから行くと良い。そしてそれと共に、あの泣き虫にも神託を頼む』

 

エイワスはアレイスターのことを考えて、言葉を口にする。

 

『エルダー=マクレーン。キミと違って、ストーリーテリングとして下流も下流のあの男に。魔術の才は認めるとしても、場末の出版社に出入りして官能小説を持ち込みする程度の腕で世界の命運を懸けたおとぎ話に商戦しようとするあの詰めの甘い男に。三文芝居しか書けぬあのバカに』

 

エルダーはエイワスが自分の体をグッと掴んだのを感じた。

 

『どうかその端正で瑞々しく可愛らしい小ぶりの唇から伝えておくれ、エルダー=マクレーン』

 

たとえ君がどのような人間だろうが、それでもしあわせになるための努力を常に怠るな。

君はよくあれだけの不遇を耐えた。

一人ぼっちで、歯を食いしばって、誰にも理解されず。

それでも理不尽の闇の中を手探りで歩み続けてきたキミのために。

 

『このエイワスが全てひっくり返す。君が背負った積年の痛み、流した血と汗と涙の重さに見合うだけの祝福を必ず与えてやるので覚悟しろ──とな』

 

エルダー=マクレーンはその言葉を託されて、『窓のないビル』から外へとぶん投げられた。

コロンゾンの真横を突き抜け、エルダーは触手のように自らを捕えんとする金の髪の猛攻から逃れる。そして、エルダーは広大な世界へと送り出された。

 

「ふふっ!」

 

両手でぎゅっと新たな自分自身である魔導書を抱えて、エルダー=マクレーンは笑う。

 

「人間、頑張れば最後にはちょびっと良いコトがあると思っていたが、まさかこれほどとはなっ」

 

エルダーは『窓のないビル』と運命を共にしようとした。

だができることならば、人間の枠組みを超えることなく、どこまでも自分を自由に高められる真守のことを見守りたいと思っていた。

真守のことを大切にする、マクレーン家のことを見守りたいと思っていた。

 

まさか呼び出したエイワスが自分と真守に素敵なプレゼントを用意してくれるなんて。それは望外の喜びというものだ。

エルダー=マクレーンは空中で愉快そうに笑うと、猫のように身を翻す。

 

『エルダー=マクレーン!』

 

「む?」

 

エルダーは大空で名前を呼ばれて身体を動かす。

見ると、地上より白いカブトムシが地球より複数飛んできていた。

朝槻真守の導きにより、垣根帝督が自らの能力で造り上げた人造生命体。

 

「帝兵!」

 

エルダーが顔を輝かせて人造生命体の名前を呼ぶと、カブトムシはエルダーに素早く近寄った。

 

「垣根帝督が『窓のないビル』と共に打ち上げられたワタシを心配して、向かうように指示したのか?」

 

『ええ、そうです。何があったか分かりかねますが、無事なようで何よりです』

 

「ありがとう、帝兵」

 

エルダーはなんだかんだ言って自分のことを心配する垣根に笑う。

 

「ではゆこうか、帝兵。地上はやはり大変なことになってるのであろう?」

 

『はい。色々と対処しなければならないことが山積みです』

 

エルダーは笑うと、肩にカブトムシを乗せる。

そして学園都市へと落ちていく。

自らの血族がいる世界へ。自らの望んだ『永遠』がある世界へ。

 



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第一〇八話:〈変態少女〉のご高説

第一〇八話、投稿します。
次は七月六日、木曜日です。


木原唯一を討伐し、統括理事長アレイスター=クロウリーへと挑んだ朝槻真守たち。

真守たちは、アレイスターと和解することができた。

だがコロンゾンが即座に横やりを入れてきたことで状況は一変。

アレイスターは美少女化する事になり、真守は危うく存在が消えかけた。

 

なんだかんだ無事だった真守たちは、第七学区にあるとある喫茶店へと来ていた。

ゴールデンタイムだとしても、喫茶店を利用する客はほどんどいない。

学生たちは大熱波で、生活リズムを一変させられていたからだ。

 

ちなみに真守は喫茶店やファミレスにも、きちんとエネルギーを供給していた。

喫茶店やファミレスに食事を作ってもらい、学生たちに提供してもらうためだ。

 

元々、真守がエネルギーを供給しなければ傷んでいた食材たちだ。エネルギーを供給してもらえれば食材が傷む事はないし、真守のお願いを聞けば余ってしまう食材の使い道もある。

真守がエネルギーを提供する代わりに、食事を提供する。

在庫をいつでも抱えている喫茶店やファミレスにとっては、真守の提案は大助かりなものだった。

 

誰も彼もが利害の一致で、一致団結していた大熱波。

そんな大熱波だが、エレメントを操る木原唯一が倒された時点で既に収束していた。

そしてあらゆるところで、さっそくインフラを再配備する動きが出てきている。

だがそれでも、現在多くの学生たちが朝槻真守に依存している事実は変わらない。

 

真守はこの学園都市にとって、救世主のようなものだ。だから喫茶店の店主は真守の突然の来店に目を輝かせて快く応じ、ほぼ貸し切りだったのを良い事に店を貸し切りにしてくれた。

真守たちは四角いテーブルをくっつけて、一塊になって座っていた。

垣根は当然としてソファ席に座っている真守の隣に座っており、そのまま眉をひそめる。

 

「つまり要点をまとめると、テメエはこう言いたいのか?」

 

並べられた軽食にそれぞれが手を付ける中、垣根帝督はアレイスターを警戒したまま口を開く。

 

「統括理事長サマの魂には、一〇億八三〇九万二八六七通りの可能性があった。コロンゾンとかいう悪魔に元の体を殺されたテメエはその可能性を解き放って、その内の一体に転生した」

 

垣根は、大変可愛らしい絶世の美少女となったアレイスター=クロウリーを睨む。

転生しようが何をしようが、目の前にいる美少女は良い年を召したおっさんだ。

学園都市を悲劇で満たした、諸悪の根源。

そして──中性的な外見によって性癖が歪んでしまったエロ親父である。

 

「良い年したおっさんが女になって、なにヤル気になってんだよ。迷惑だから真守の前でやるんじゃねえ」

 

真守は自分のことをどこまでも考えてくれる垣根に苦笑する。

 

「垣根、それだと私以外の前では、えええ……えっちなことやってもいいことになっちゃう。他の子が可哀想だぞ」

 

アレイスター=クロウリーは喫茶店に入る前に、うきうきした様子でホテルに直行しようとした。

もちろん、ラブなホテルにである。

それを真守が阻止した後も、アレイスターはこの喫茶店に来る前に、多くの問題を起こしていた。

 

ラブなホテルへの直行を阻止されると、アレイスターは上条当麻と共に適当な暗がりへと転がり込んで事に及ぼうとした。

そしてそれを上条に拒絶されると、寒空に戻ってもお構いなしな水着姿のマッチョをヒッチハイクしようとした。

 

真守が慌てて止めたアレイスター=クロウリー(美少女)曰く『耐久試験』がしたいらしいのだ。

つまり男女の行為において、どこまで今の自分が耐えられるのかと疑問を持ったのだ。

そしてあろうことか、男から女の体に変わったというレポートをまとめて自費出版したいとか、電子出版やお絵描きサイトにアップしたいとか言い出した。

 

それを上条当麻が拳で止めたら、今度は女と男の痛みの感覚が違うと言って腹パンか尻を叩くのを所望してきた。

真守はセクハラ男(?)アレイスター=クロウリーをじとっと見つめる。

そんな真守の近くでアレイスターを凝視していたインデックス呟く。

 

「──月、女性、死、魔物。危うい無垢すらも想像させる、夜の魔女も連想させる姿だね」

 

アレイスターは魔導書図書館の名に恥じない知識を持っているインデックスの前で頷く。

 

「カーリー、アルテミス、キュベレ、デメテール、ヘカテ、アラディア。それらも多分に含まれているが、イメージソースはベイバロンだな。『誇大に溺れる獣』が敗れてしまい、お次は叡智の聖母というわけだな。それが今の私なのだ」

 

アレイスターは自信満々にそうご高説して、真剣な表情へと変える。

 

「一つ確認しておきたいことがある、朝槻真守」

 

「? なんだ?」

 

真守はちょっと疲れた様子でホットミルクを飲みながら、こてっと首を傾げる。

何せ先程、真守はコロンゾンによって自身の存在を穿つ攻撃を受けた。

なんとか気張って直したが、疲弊しているのは確かなのだ。

そんな真守を、アレイスター=クロウリー(美少女)は真剣な表情をして真正面から見つめる。

 

「自分の体で作ったはずの快楽を頭で処理しきれずに気絶するってどんな気分だ? 俗には頭が真っ白になり、快感を感じる中意識の糸がぷっつり切れると言うが、実際のところどうなんだ?」

 

「もういっぺん死にやがれこのクソ統括理事長ォ!!」

 

ブチ切れたのはもちろん垣根帝督だ。

垣根はサンドイッチの載った銀のお盆をアレイスター=クロウリーの顔面に叩きつける。

ガッゴン! という音と共に、アレイスターは椅子ごと真後ろにぶっ倒れた。

真守は最初からフルスロットルで怒り狂っている垣根を必死に宥める。

 

「垣根、落ち着いて。いつも建物ぶち壊しちゃう垣根からしたら落ち着いてるけど、頑張ってもっと落ち着いて」

 

真守はブチ切れて再び魔王降臨のようにゴゴゴゴ──ッと空気を震わせている垣根の腕に触れる。

上条は顔を真っ青にしてガクガク震えながら、垣根をゾッとした目で見た。

 

(いつもなら、怒りで建物ぶち壊してるのか……?!)

 

「セクハラ野郎のクソ統括理事長が! さっきからやりたい放題しやがって……ッ!」

 

垣根はイライラした様子で、銀のお盆を叩きつけられて椅子ごと後ろに倒れたアレイスターを睨みつける。

真守はため息を吐くと、なんとかして復帰しようとしている美少女(笑)なアレイスター=クロウリーを見つめた。

 

「これで分かっただろ、アレイスター。あんまり私にセクハラすると、本当に垣根に殺されるぞ」

 

「……いやなに。垣根帝督に初めてを奪われぐずぐずに啼かされているあなたなら、当然経験してるだろうと思ってな。気になりすぎて話が先に進まない」

 

垣根は真守の隣で、冷酷な目でアレイスターを見下ろす。

 

「テメエ。ここで本当に壁の染みになるか……?」

 

真守は垣根の腕を優しく撫でながら、じろっとアレイスターを睨む。

 

「アレイスター、全部終わったら折檻だぞ」

 

真守に睨まれると、アレイスターは目を輝かせた。

 

「ほう。あなたの折檻とは面白い。オリアナ=トムソンはあなたによって傷つけられて完璧に治療されたからそれがヘキになったと言うし、楽しみだ」

 

「もう我慢できねえぞ生徒代表みんなのアニキから堕落した理事長先生(笑)!! こんな、こんなんじゃあ、あの世のリリスが浮かばれねえ!!」

 

流石に見かねた上条当麻は、友人を助けるための愛の鉄拳制裁を強行。

一方通行(アクセラレータ)は無言でインデックスの耳を塞いでおり、再び宙を舞ったアレイスター=クロウリーに遠い目を向けていた。

垣根はアレイスターを睨みながら、ぶつぶつと呟く。

 

「あのセクハラエロ親父、やっぱり殺した方が世のためになるんじゃねえのか……!」

 

垣根のボヤキに応えたのは、珈琲に手を伸ばした一方通行(アクセラレータ)だ。

 

「オマエの大事な女がクソ野郎を守るっつったンだろォが」

 

一方通行(アクセラレータ)は垣根の腕の中にいる真守をちらっと見る。

垣根は真守のことを抱き寄せながら一方通行を睨んだ。

 

「バカ野郎コイツが許すはずねえだろ。大切なご先祖様が大切な永遠の友人だと思ってた、クソ野郎なんだからな」

 

「エロ親父なのにかァ?」

 

「エロ親父でもだよコンチクショウ」

 

垣根と一方通行(アクセラレータ)が会話を交わす中、アレイスター=クロウリー(美少女)はひらめいたスカートを直すことなく体を起こす。

アレイスターはむくっと起き上がると、思い出したことがあって口を開く。

 

「そういえばコロンゾンが帰ってくる前になんとか対策を講じなければな」

 

「「そういえばじゃねェンだよォ!」」

 

垣根と一方通行(アクセラレータ)のツッコミが入る中、アレイスターは人差し指を立てる。

 

「最初から全部説明しよう。その上でヤツに一泡吹かせたい。色々言いたい事も聞きたい事もあるだろうが、まずはこれだけ押さえておいてくれ。安心は、するな。相手はあの大悪魔だ、時間はいくらあっても足りないぞ」

 

真守はそんなアレイスターを見つめて、顔をしかめる。

 

「いくらあっても足りないんだから、貴重な時間をセクハラで無駄にしないでくれ」

 

「それは必要経費だ」

 

「どこかだゴラァッ!! 俺と真守に迷惑かけるんじゃねえ!!」

 

垣根が怒鳴る中、アレイスターは真面目な顔をする。

 

「ではまず、コロンゾンについておさらいしよう」

 

こほん、っと咳をしてアレイスターが本題に入る。

 

「一九〇九年にアフリカで行った召喚実験の話だ」

 

真守はやっと本題に入ったか、とため息を吐く。

アレイスター=クロウリーはネス湖で実験を繰り返していたが、清貧を是とするその実験は性に合わなかった。

だからアレイスターはアフリカの地で三羽の鳩の血という供物を使い、即物的な陣を形成した。

その陣を使って三〇ある天使の内、一〇番目にいたザクス、コロンゾンを呼び出したのだ。

 

「コロンゾンの本質は三三三という数価だ。世の理の完全なる結合を妨げる存在、すなわち意味するところは『拡散』。一見人に協力して『深淵』を超えさせる鍵のように見えて、実際には接触者を基点に全世界へあらゆる汚泥と悪逆をまき散らす大悪魔というヤツだな」

 

垣根はアレイスターの説明を聞いてげんなりする。

 

「なんでお前はそんなろくでもないヤツを呼び出したりしたんだよ」

 

「言っただろう、『深淵』を超えるためだと。上位三セフィラへの到達をするためには必要だったのさ」

 

「せふぃら?」

 

その言葉の意味が分からない上条は首を傾げる。

そんな上条の隣で、パスタをもぐもぐ食べていたインデックスが声を上げる。

 

「生命の樹の事だよ。十字教やカバラで用いられる概念で、神・天使・人間の『魂の階級』を記した身分階級表。『深淵』を超えるって事は上位三セフィラへの到達を目的としていたんだね」

 

「あーなんか御使堕し(エンゼルフォール)の時にそんな事を土御門が言っていたようなー…………?」

 

御使堕し(エンゼルフォール)』とは、上条当麻の父親である上条刀夜が無意識に発動してしまった魔術によって引き起こされた事件だ。

天使が一体引きずり落とされたことにより、人々の中身と外見が入れ替わってしまったあの事件。

あれは明確に、魂の身分階級表である生命の樹に関係していた。

上条は土御門から聞いた話を、なんとなく思い出して首をひねる。

すると、肩に乗っていたオティヌスが上条の耳を引っ張った。

 

「おい、人間。お前は本当に説明しがいのない人間だな」

 

いででっと上条の声が上がる中、真守はアレイスターを見た。

 

「で、その時は結局どうやってコロンゾンを退却させたんだ?」

 

「私の肉体は一時的に霊媒として乗っ取られたが、弟子でありブレーカーであったヴィクター=ニューバーグが適切に機能して退却させる事に成功した。……まあ、今にしてみれば一九〇九年が初の召喚ではなく、メイザースの忘れ形見として私を害するべくつけ狙っていたのだろうがな」

 

「メイザースというのは『黄金』の創始者のひとりだよな。エルダーさまに中年とか言われてた人。その人がコロンゾンを先に召喚していたのか」

 

真守が情報整理をすると、アレイスターは頷く。

 

「その証拠にヤツが名乗っているローラ=スチュアートという名前。その名前に使われているスチュアート王朝の復活をメイザースは望んでいた。コロンゾン曰く、名前はサービスの一種に過ぎないがな」

 

アレイスターはコロンゾンを頭に思い浮かべながら、忌々しそうに歯ぎしりする。

 

「術者メイザースからコロンゾンが直々に受けた命令とは初めて召喚されたふりをして私を破滅に導け、というものだった。……そして私の体を乗っ取る事が敵わないと思ったヤツは、私の娘を使った」

 

アレイスターの恨みを込めた言葉に、上条当麻は首を傾げる。

 

「娘? リリス以外にもアンタには娘がいたのか?」

 

「二人目の娘だ。ちなみに私は一人の妻しか娶らなかったわけではないからな」

 

アレイスターが随分楽しそうな恋愛模様を発展させている事に、真守は呆れた様子で目を細める。

 

「何はともあれコロンゾンの悪意もそろそろ蠢きだす頃合いだ。対コロンゾン用の切り札、とまではいかないが、リトマス紙くらいは作れる。……そうだな、この場にいる者たちは使えるか。だが油断ならんぞ。コロンゾンの悪意がどこから滲み出してくるかは不明だからな」

 

「……その大悪魔ってヤツは『窓のないビル』で宇宙に放逐したンじゃねェのかよ」

 

アレイスター=クロウリーの孤城であった『窓のないビル』。

それをアレイスターは自身を五人分燃料として打ち上げて、コロンゾンを宇宙へと解き放った。

それを一方通行(アクセラレータ)が指摘すると、アレイスターは首を横に振った。

 

「甘いな。『窓のないビル』を使うことで、霊媒に縛られるヤツの地球産の魔術が誤作動を起こしてハイ終わり、なら誰も苦労はしない。ヤツの悪意は確実に今もこの惑星をはいずり回っている。それをどうにかせねばならん」

 

アレイスターの説明を聞いて、真守はふむと頷く。

 

「それでリトマス紙って事か」

 

「ああ。私は何が何でも大抵失敗する。おそらくコロンゾンから身を守る護符を作ったとしても失敗するだろう。だが最初から失敗を見越していればどうとでもなる。そして失敗するという事は、そこにコロンゾンの悪意が蔓延っているという事だ」

 

アレイスターは自分で告げながら、肩をすくめる。

 

「コロンゾンは『深淵』の奥に多くの叡智を蓄えているが、同時に私やメイザースが抱えていた人の技術にも興味がある。だから必ずこの学園都市を乗っ取りにかかる」

 

そうでなければ真守がアレイスターを打ち倒した直後で疲弊しているところを狙ったりしない。

その事をアレイスターが指摘すると、真守は疲れた様子ながらも口を開いた。

 

「大熱波によってインフラが破壊されてて良かったな。インフラが壊れてしまっていては、乗っ取りにも時間がかかる。表を支配するためにわざと学園都市を機能麻痺に陥らせた事が、まさかこんなところで役に立つとはな」

 

真守がそれ相応の成果があったとぼやくと、垣根が口を開いた。

 

「情報の管理は『スクール(ウチ)』がやってる。異常があれば感知できる」

 

アレイスターは実質的に現在の学園都市を取り仕切っている真守たちを見てニヤッと笑う。

 

「だがアレの場所は結局分かっていないだろう?」

 

「「アレ?」」

 

真守と垣根が声を上げると、アレイスターはニヤニヤと笑った。

 

「『書庫(バンク)』がどこにあるか、だ」

 

一方通行(アクセラレータ)はアレイスターの言葉に目を細める。

 

「……『書庫(バンク)』には学園都市の技術が詰まってやがる。それをコロンゾンの野郎が手に入れたら学園都市を乗っ取った事になるってワケか。統括理事長サマならサーバーがある場所知ってンだろ。早く吐きやがれ、防衛しに行かなくちゃなンねェからな」

 

「いや、知らない」

 

「だとォ?」

 

はっきりと告げたアレイスターを見て一方通行(アクセラレータ)が頬を引きつらせると、アレイスターは可愛らしく顎に手を当てる。

 

「アレは定期的に姿かたちを変えていてな。統括理事会には鞍替えの時にわざわざ報告しなくて良いと言っている。そしてヤツらも私の喉元を掴む意味を込めて、私に報告する事を制限しているきらいがあったからな」

 

アレイスターは淡々と告げると、ふむと一つ唸って思考する。

 

「ただ大熱波でも影響を受けていないところにはあるだろう。『書庫(バンク)』はそれだけ重要なものだ。生半可な事では壊れないようになっている」

 

真守は頭に手を当ててため息を吐く。

 

「なんでそんな大事なモノの鞍替えの報告をしなくていいとか言っちゃうんだよ」

 

「『書庫(バンク)』は学生たちの情報が全て入ってやがるンだ。アレを悪用しようとする連中は腐るほどいやがる。……俺はもォ動く。リトマス紙作りとやらはオマエたちで勝手にやってろ」

 

一方通行(アクセラレータ)が危機感を持って立ち上がると、真守が声を上げた。

 

一方通行(アクセラレータ)。今の学園都市の情報は垣根が管理してるから、帝兵さんを連れて──」

 

真守は一方通行(アクセラレータ)を見ていたが、突然視界がぼやけていく。

 

「真守?!」

 

垣根はふらっと体を揺らした真守のことを受け止める。

 

「か、かきね……」

 

真守は垣根に抱き留められたまま、浅い息をする。

そしてくたっと、垣根の腕の中で体から力を抜いた。

 



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第一〇九話:〈永遠少女〉の危機で行動を

第一〇九話、投稿します。
次は七月一〇日月曜日です。


垣根帝督は自分の腕の中でぐったりとしている真守に動揺する。

朝槻真守の体は、触っただけでも分かるほど異常に熱を持っていた。

先程まで何も問題はなかったのに、本当に突然のことだ。突然、真守は熱を出したのだ。

 

「どうした、真守ッ。なんで熱が突然出てきたんだ?!」

 

体の不調で、くたっとなっている真守。

垣根は真守のことを優しく抱きしめたまま、真守の額に手を沿える。

とんでもなく熱い。先程まで何事もなかったのに、尋常じゃない。

 

「だ、だいじょうぶ……」

 

真守は心配する垣根に、か細いながらもきちんと声を掛ける。

 

「……かきね、いまなんとか……っ」

 

真守はふぅふぅと浅い息をしながら、目を細める。

朝槻真守は元々流動源力(ギアホイール)という、エネルギーを操る能力者だ。

エネルギーならなんでも操れる。体内のエネルギーを操る事なんて、造作もないのだ。

 

真守は自前の能力で、自身の体調を整えることができる。

能力が能力であるため、真守はこれまで一度たりとも風邪を引いたことがない。

自分の不調は、自分の能力でどうにかできるのだ。

 

「んー……っ」

 

真守は低く唸って、体調を整えようとする。

だが、くらりと視界が揺れて、真っ暗になる。そしてぐったりと、垣根に寄り掛かった。

 

「真守!!」

 

垣根は浅く息をしている真守を見て、あからさまに動揺する。

上条や一方通行(アクセラレータ)、周りにいる者たちも真守に突然何が起こったのか騒然とする。

アレイスターは静かに真守に近づくと、真守の手に優しく触れた。

 

「霊格や霊体が安定してないようだな」

 

「どういう事だ、テメエ何言ってやがるッ?」

 

垣根は腰を下ろして、真守が自分によりかかれるように体勢を調整しながらアレイスターを睨む。

アレイスターは垣根と真守と一緒に腰を下ろしながら、真守の手を優しく撫でる。

 

「朝槻真守を絶対能力者(レベル6)に加工したのは私だ。その加工は『計画(プラン)』に影響が出ないように、朝槻真守を超常存在に至らせないように留めておくという意味もあった。だが先程、垣根帝督が枷を取り払ったため彼女は『流行』の名を冠する存在へと至った」

 

アレイスター=クロウリーは垣根の腕の中で浅く息をしている真守を見て目を細める。

垣根はアレイスターが何を言っているかすぐには理解できなかった。

そんな垣根を見て、アレイスターは説明する。

 

「朝槻真守は流れに身を任せる事でこの世界と共に進化し続ける。その真価は留まるところを知らない。そのため彼女は超常存在であるエイワスやコロンゾンの到達しているステージまで自らの本質を変異させる事なく到達する事ができるのだ」

 

蒼ざめたプラチナの翼。アレはエイワスと同等の輝きを放っていた。

絶対能力者(レベル6)にとどめられる楔から解き放たれた真守は、自分が進むべきところ──エイワスやコロンゾンと同じステージへと至ったのだ。

 

朝槻真守は自身の本質を変容させることなく、どこまでも進み続けることができる。

超常存在の先に位置する、未踏領域にでさえ朝槻真守は自身を変容させる事無く到達できる可能性があるのだ。

 

真守は垣根帝督や源白深城の事を大切に想う心を忘れる事無く、どこまでも進み続けられる。

いつまでも自分の事を愛してくれる。

その確定事項が垣根にとっては嬉しいが、今はそれに安堵している場合ではない。

 

「それで真守はどうなってる状態なんだ。コロンゾンの攻撃でこうなってるのか?」

 

「コロンゾンが打ち込んだ『拡散』も元凶は元凶だが、そうではない」

 

「じゃあ一体なんなんだよ。もったいぶらずに吐きやがれ」

 

垣根がピリピリとした殺気を発していると、アレイスターは垣根を落ち着かせるように穏やかな声を出す。

 

「蝶が羽化して成虫になったとしても、その直後は翅が濡れていて酷く不安定だろう? それと同じで、朝槻真守は進化したことで元々不安定な状態だった。だからこそコロンゾンの『拡散』が響いている。霊媒に異常が出ているのはそのためだ」

 

「じゃあ俺はどうすればいい? 真守はどうしたら良くなる?」

 

垣根が焦った表情で声を上げると、アレイスター=クロウリーは必死な垣根帝督を宥める。

 

「安心しろ。朝槻真守はヤワじゃない。存在に穿たれた穴は朝槻真守の『流行』によってなんとかなっているし、安静にしていれば大丈夫だ」

 

アレイスターの言葉を聞いて、垣根は見た事もないほどに弱っている真守の頬に手を添える。

浅い息をしているし、とても辛そうだ。垣根は真守を見て顔を歪める。

だが最悪の事態は免れられそうで、本当に良かった。

最悪の事態。それはもちろん、朝槻真守が垣根帝督の手の平から零れ落ちていくことだ。

アレイスターは絶対に失いたくない少女を前に動揺している垣根を見つめて、進言する。

 

「コロンゾンや『書庫(バンク)』については私たちがなんとかする。キミはどうせ朝槻真守のそばから離れられないだろう。バックアップに徹してくれ」

 

垣根はアレイスターの言葉に頷くと、真守の事を揺らさないようにお姫様抱っこする。

 

「後のことは頼んだ」

 

垣根は上条を見て、顔を歪めながらしっかりと頼む。

 

「こっちは任せろ。お前も朝槻のことを頼む」

 

カブトムシ(端末)にはお前たちの手伝いをするように命令した。上手く使いやがれ」

 

垣根は足早に告げると、喫茶店から出る。

向かった先は第二学区にある『施設(サナトリウム)』だ。

あそこが現状真守にとって一番安全な場所だし、深城や真守の伯母やマクレーン家の親族たちもそこにいる。

真守は垣根の腕の中で、そっと顔を上げる。

 

「真守」

 

垣根は未元物質(ダークマター)の翼を広げた瞬間、真守が動いたので動きを止めた。

真守は本当に焦っている垣根を見上げて、浅い息をしながらふにゃっと笑う。

 

「かきね。だいじょうぶだから……心配しないで。すぐに良くなるから……」

 

垣根は力ない真守の言葉に首を横に振る。

 

「無理に喋らなくていい。俺ができる限りのことはするから。だからお前はゆっくり体を休ませて元気になって、早く俺を安心させてくれ。な?」

 

「………………うん」

 

真守は浅い息を繰り返しながらも頷く。

垣根は未元物質(ダークマター)の翼で浮遊すると、真守を揺らさないように気を付ける。

そして第二学区にある『施設(サナトリウム)』に向けて、真っ先に向かった。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

すでに陽が傾き、夜がやってきている学園都市。

一方通行(アクセラレータ)は現代的な形をしている松葉杖を突きながら、学園都市の街中を歩いていた。

 

木原唯一を討伐するために、一方通行(アクセラレータ)は真守たちと共に『窓のないビル』の直下に侵入した。そして木原唯一を討伐すると、そのままアレイスターを討ちに行った。

アレイスターの居城に潜り込んだのは午前中のことだ。

だが『窓のないビル』を長い時間昇らされたため、時間が多いに過ぎてしまったのだ。

 

一方通行(アクセラレータ)が歩道を歩いていると、道路を不穏すぎるほどに武骨な装甲車が走っていく。

統括理事会直轄の部隊の車だ。

大熱波が収束した事で、学園都市を正常に戻そうと動いているのだ。

 

八乙女率いる『(しるべ)』は真守の功績として、エレメントを大量発生させていた木原唯一を打倒したと発表した。そして日常に戻れるように手配すると宣言したのだ。

『標』の先導のもと、風紀委員(ジャッジメント)警備員(アンチスキル)が学生たちを誘導して大熱波から普通の生活へと戻ろうとしている。

 

そこに便乗して、今まで沈黙していた統括理事会は動き出した。

そして『営巣部隊(ユースフルスパイダー)』と呼ばれる、学園都市の治安を取り戻す部隊を派遣したのだ。

学園都市を平時に戻す。

それを『営巣部隊』は狙っているのだが、その根幹には別の意味合いがある。

 

現在、学園都市のインフラはエネルギーを無限に想像できる朝槻真守に依存している。

真守にインフラ設備という生命線を握られていることが、統括理事会のメンバーは不安で仕方ないのだ。

 

統括理事会は、確実に焦っている。

すでに夜に差し掛かっているのに、あちこちで統括理事会の装甲車が物々しく走っているのが証拠だ。

一方通行(アクセラレータ)はくだらないと鼻で笑いつつ、声を発した。

 

「どォだ。リストアップできたか」

 

一方通行(アクセラレータ)は学園都市の様子を注意深く観察しながら、自身の右肩にくっついているカブトムシに声を掛けた。

 

大悪魔コロンゾンは、学園都市の叡智の結晶である『書庫(バンク)』を狙うだろう。

『書庫』を獲得できれば、学園都市の叡智を掴んだと言っても過言ではないからだ。

そうでなくとも学園都市が不安定に陥っている今、『書庫』を狙う人間は後を絶たない。

近いうちに、『書庫』争奪戦が起きる。

だからこそ、早急に『書庫』の安全を確保することが急務なのだ。

 

書庫(バンク)』争奪戦に参加しようとする一方通行(アクセラレータ)

そんな一方通行を、垣根帝督が造り上げた人造生命体であるカブトムシは補助しようとしてくれているのだ。

具合が悪くなってしまった真守が心配だが、やるべきことをやるのだ。

そんな一方通行に、カブトムシは翅を震わせて声を掛ける。

 

『今しがた、マイクロ波を退けられる場所をリストアップできました。やはり、研究所や病院などが多いですね』

 

大熱波は上里勢力がマイクロ波を放出する事で成り立っていた。

書庫(バンク)』はマイクロ波で壊されるような場所にはおいていない。学園都市の機能が回復する中、『書庫』が機能しないという話を聞かないからだ。

だからこそ、『書庫』はマイクロ波に強い場所に隠されていると推察できる。

 

「リストの中からなるべく公共機関を優先して見せろ。……つっても、薬味久子の件があるからな。あからさまな研究所や病院って選択肢も確実には捨てきれねェ」

 

薬味久子は第一三学区の対テロトラップ施設に隠れていた。

対テロトラップ施設とは、『闇』に精通する人間なら絶対に襲わない場所だ。

誰にも襲われることがない。だから薬味久子は逆手を取って、あの病院に隠れていた。

そのためあからさまなトラップ施設も注視しないといけないのだ。

 

「オマエたちは常時学園都市を監視してンだろ? だったらやたらと動きが少ねェ場所や不穏な動きを見せてるところも優先的にリアルタイムで上げてくれ」

 

一方通行(アクセラレータ)はカブトムシに指示しながら、首元にある電極のスイッチへと手を伸ばした。

一方通行の演算補助デバイスには追加で真っ白なキューブが取り付けられていた。

 

カブトムシのネットワークから一方通行(アクセラレータ)が直接、情報を取り込めるようにした中継装置である。

垣根帝督の能力に依存しているものだが、素直なカブトムシたちが調整してくれた装置に一方通行は一応の信頼を寄せている。

 

『一つ確認しておきたいのですが』

 

「何だ?」

 

『あなたの処理能力は垣根帝督(オリジナル)と同等と考えてよろしいんですね?』

 

「あァ。壊れかけのポンコツだろォが俺も学園都市最高峰の頭脳を持ってるからな。そォじゃねェと今だって、超能力者って名乗れやしねェ」

 

『分かりました。マイクロ波に強い施設と並行して、電力消費の激しい施設もピックアップします。「書庫(バンク)」を守る防御機構の維持には、やはり多くの電力を消費しますので』

 

カブトムシは一方通行(アクセラレータ)の指令に加えて、独自の思考で『書庫(バンク)』捜索に取り掛かる。

人工知能であり、人造生命体群としてネットワークを形成しているカブトムシは非常に優秀な演算能力を持っている。

 

能力者らしく自己中心的な垣根とは、似ても似つかぬほどにカブトムシは素直で従順だ。

そんな知性群体をよく一から一人でこしらえたものだ。

一方通行(アクセラレータ)は半ば呆れたように垣根を称賛する。

すると、視界の端に気になるモノが映った。

 

「あァ?」

 

西洋喪服を模したドレス。ガーターストッキングにピンヒール。そして頭にはヴェール。

銀色の艶やかな髪。エメラルドグリーンの瞳。

そして猫耳と尻尾。

 

どこからどう見ても朝槻真守のご先祖様であるエルダー=マクレーンが、そこにいた。

 

エルダーは一方通行(アクセラレータ)に小さいお尻を向けて、何かに夢中なご様子でレースと十字型の星の飾りがついた猫の尻尾をゆらゆら揺らしている。

夢中になっているのはコンビニの前に設置された、垣根印だと一目で分かる純白で造られたバッテリーだった。

 

「むぐむぐ。無限にエネルギーを生成できるというのはとても便利な事だな。さすが我が末裔。むぐむぐ」

 

エルダーは真守のことを称賛しながら、バッテリーから伸びる太いケーブルの先についているソケットを口に含んでいる。

 

『エルダー=マクレーン。その……エネルギーが必要ならばコソ泥しなくても供給することができますが……』

 

声を掛けたのは、エルダーの頭に乗っているカブトムシだ。

どうやらあのカブトムシが、エルダー=マクレーンのお付きのカブトムシらしい。

 

「むお。……そうは言っても、真守が生み出したモノはワタシのモノだ。どこから拝借しても問題ないだろう」

 

『土曜日夕方にやってるアニメの横暴キャラじみたことを言わないでください』

 

「むぐむぐ。……むぅ。ソケットを口にしてもお腹は減ったままだ。……そうか、この体は半ば生体じみてるから普通の食事ができるのか……だからお腹が満たされないのか……これではアイツのところに行く前に飢え死にしてしまう……」

 

口にソケットを咥えたまま、エルダーはしょんぼりと尻尾を垂らす。

どうやらエルダーはお腹が空いてしまい、腹を満たすものを求めているらしい。

彼女は元々機械だった。だが地上を闊歩できるようになった時にその性質が変わったらしく、電力ではなく食物でエネルギーを摂る必要性が出てきたのだろう。

 

一方通行(アクセラレータ)は呆れると、エルダーに近づく。

そしてゆらゆらと揺れている尻尾をぎゅっと掴んだ。

 

「何やってンだオマエ」

 

「みぎゃっ!!」

 

強盗に勤しむエルダーを一方通行(アクセラレータ)は咎める。

すると、エルダーは尻尾を強く握られて猫らしい悲鳴を上げた。

どうやら痛覚があるらしい。

一方通行が意外な発見をしていると、敏感な場所を掴まれたエルダーはふーふー息をあげながら振り返った。

 

「淑女の尻尾を掴むとは何事か!! この破廉恥めッ!!」

 

フシャーッと威嚇をするエルダー。

だが自分の尻尾を掴んだのが一方通行(アクセラレータ)だと知ると、目を大きく開く。

 

「おお! 一方通行(アクセラレータ)!」

 

一方通行(アクセラレータ)は、目を輝かせる姿が真守に激似のエルダーに呆れる。

 

「淑女にどォして尻尾が生えてンだよ」

 

「ふふんっかわいいであろう」

 

エルダーはむんっと得意気に笑うと、ぴこぴこっと猫耳を揺らす。

さすが真守のご先祖様。大きさは違うが、得意気に胸を張るところがそっくりである。

エルダーは胸を張っていたが、すぐに尻尾をしおらせる。

 

「……お腹空いた……飢え死にしてしまう……っ一方通行(アクセラレータ)ぁ……っ」

 

エルダーはすんっと鼻を鳴らすと、一方通行(アクセラレータ)を見上げる。

エルダーに縋るような目を向けられて、一方通行はうぐっと、反射的に呻く。

一方通行は往々にして、真守のお願いを断ることはできない。

そんな真守に激似の淑女であるエルダーにおねだりされれば、一方通行は拒否できない。

 

「……何食いてェンだよ……」

 

一方通行(アクセラレータ)が唸りながら問いかけると、エルダーは顔を輝かせた。

 

「コメも良いが、サーモンとシチュー、それとラム肉が食べたいっ!」

 

「随分と食い意地張ってンな、アイツのご先祖サマ。しかもラム肉かよ」

 

一方通行(アクセラレータ)はケルト的な食事を所望するエルダーを見つめて辟易する。

エルダーはふふんっと鼻を鳴らすと、ゆらゆらと尻尾を揺らす。

 

「ワタシはこれでもれっきとした貴族なのだぞ。生体を手に入れたからには食事を楽しみたい。そうだ、日本食にも興味がある。オニオンサーモンの寿司はとてもおいしいと聞く!」

 

「……そンなに食うのかよ……」

 

一方通行(アクセラレータ)がちょっと引いていると、エルダーはぐーっとお腹が鳴って声を上げる。

 

「飯を寄越せ! さもないとオマエを食べてしまうぞっ、がおーっ!」

 

「…………オマエも確か、統括理事長サマと同じでいい歳してンだよな……」

 

いい歳した女でも、かわいらしければ万事オッケーである。

そう言えるほどに、エルダーはどこからどう見ても愛らしい。

造形が整っているとなんでもやりたい放題にできるのが世の中理不尽なところである。

一方通行(アクセラレータ)はため息を吐きながら、エルダーを呼ぶ。

 

「しょうがねェから連れてってやる。でも勝手に食べてろ、俺はやることがある」

 

「何をするのだ? というか、オマエはどうして単独行動を? アレイスターとコロンゾンの対策をしているのではないのか?」

 

エルダーは立ち上がると、むぎゅっとカブトムシを抱きしめる。

その姿は、ご先祖様らしく真守に激似である。

 

「俺は存在が危ぶまれている『書庫(バンク)』の確保に取り掛かってる。大悪魔が狙うだけじゃねェ。この状況に乗じて『書庫』を手に入れようとする輩もいるだろ。アレは学生や研究の成果が詰まってる。奪われるワケにはいかねェ」

 

エルダーは一方通行(アクセラレータ)の話を聞いて、真剣な表情でカブトムシを抱きしめたまま顎に手を当てる。

 

「……ふむ。『書庫(バンク)』の居場所はワタシも分からぬな。アレは地下核シェルターだったり高層ビルだったり人工衛星だったり、はたまた電子情報管制機などだったりするからな。見つけるのは難しかろう」

 

エルダーは一方通行(アクセラレータ)に寄り添いながら、にやっと笑う。

 

「視点を変えてみてはどうか?」

 

「あァ?」

 

エルダーの問いかけに、怪訝な声を上げる一方通行(アクセラレータ)

そんな一方通行に、エルダーは問題提起をするように情報を与える。

 

「姿かたちを一定で変える。するといつだって代替わり先を幾つも用意しておかなければならない。その代替わり先は開発される場所が当然としてある。そしてそれを統括理事長は知らない。……つまり、『滞空回線(アンダーライン)』の流入を防ぐ場所にある」

 

一方通行(アクセラレータ)は目を見開く。

そんな一方通行を見つめて、エルダーはふふんっと笑う。

そして追加で情報を提示した。

 

「木原唯一という元凶を叩いたことで、大熱波は収束した。オマエが帝兵と共に当たりを付けているように、『書庫(バンク)』はその大熱波から被害を免れていると知られている。つまりこのままにしていれば、『書庫』の居場所がバレてしまう」

 

「……『書庫(バンク)』を運営するヤツらもバカじゃねェ。大熱波が収束したことで『書庫』が狙われるのが分かってるはずだ。つまりヤツらはこの機に乗じて、『書庫』の『代替わり』を狙ってるってことか」

 

自分が与えた情報で推測を始める一方通行(アクセラレータ)を見て、エルダーは得意気に微笑む。

 

「『書庫(バンク)』を探すのも大事だが、代替わり先も気にしてみてはどうだ? 当然として代替わり先は複数用意されてるが、カブトムシがいれば網羅できる。そうやってあらゆる面から『書庫』の安全を考えてみてはどうだ?」

 

「……オイ、カブトムシ」

 

『はい。以前に調査済みの「滞空回線(アンダーライン)」から逃れられるスポット(空白)をリストアップします』

 

「『書庫(バンク)』は大事だし、オマエと一緒に動けば最終的にはアレイスターのもとに行ける。ワタシは元々、アレイスターの『計画(プラン)』の修正を適宜行う役目を担っていた問答型思考補助式人工知能(リーディングトート78)だ。本来の役目らしく、ワタシがオマエの思考補助をしてやろう」

 

エルダーはニヤッと笑う。そしてぺしぺしと一方通行(アクセラレータ)の体を尻尾で叩いた。

 

「ご飯を食べられる場所に連れていけ。その代わりにオマエを手伝ってやる」

 

一方通行(アクセラレータ)はため息を吐くと、カブトムシに追加で指令を出す。

 

「……ここの近くで色んな料理してる場所を探せ」

 

『了解しました』

 

カブトムシが頷いて居場所を指し示す中、エルダーは機嫌よく尻尾を揺らす。

そして一方通行(アクセラレータ)と共に、夜の学園都市へと消えていった。

 



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第一一〇話:〈舞台裏側〉でも動いてる

第一一〇話、投稿します。
次は七月一三日木曜日です。


アシュリン=マクレーンは第二学区にある『施設(サナトリウム)』のとある会議室にいた。

手元には白いトンボ──垣根帝督が未元物質(ダークマター)で造り上げた人造生命体である通称『帝察さん』が留まっていた。

 

「それで? あなたの怪我はどの程度なのかしら?」

 

アシュリンがトンボで連絡を取っている相手は土御門元春だ。

トンボが再現した土御門の声は、少しだけ消耗しているような声だった。

 

『アンタの知ってる通り、俺は無能力者(レベル0)でも一応肉体再生(オートリバース)という能力を持っている。ただまあ数時間は安静に行きたいところだが、一時間もあれば動くのに支障は無くなる怪我だ』

 

「そうね。烏丸府蘭の目的が分からない以上、休んでいる暇はなさそうね」

 

アシュリンは形の良い柳眉を曲げて、そっと目を細める。

土御門元春はアシュリンに雇われて、上里勢力の動向を探っていた。

元々、アシュリンは土御門を雇う前から上里勢力を警戒していた。

理由はもちろん、学園都市の外から来た者たちだからだ。

 

学園都市はアレイスターによって、徹底的に管理されている。子供たちは科学の信徒として、骨の髄まで科学に染め上げられている。

 

だが上里勢力はそうじゃない。上里勢力には魔術サイド由来の少女たちが複数いる。

しかも上里勢力は一枚岩ではないのだ。上里翔流のある種のカリスマ性に惹かれていようとも、彼女たちは自儘に動く。

 

(彼女たちは学園都市にとって全くの異物。その中に、ローラの先兵がいてもおかしくない。それが烏丸府蘭だった。そして烏丸府蘭は協力関係を築いた土御門元春を害して逃亡した)

 

土御門元春はアシュリンに雇われて、ローラ=スチュアートのスパイであろう烏丸府蘭の動向を探っていた。そして烏丸府蘭は土御門に追い詰められて、上里翔流のためになるならば朝槻真守に協力することを受け入れた。

だが二人が共に真守をバックアップするために行動していたら、突然烏丸府蘭が土御門元春に攻撃を仕掛けたのだ。

 

『烏丸府蘭の動きはあからさまにおかしかった。外部から操られもしない限り、あそこまで言動と行動が一致しない事はないと思う』

 

『窓のないビル』が宇宙へと飛び立った直後から、烏丸府蘭はおかしくなった。

烏丸府蘭は、それまでとは明らかに変化を見せた。

そして府蘭は土御門を負傷させて逃走したのだ。

 

「……ローラの仕業ね」

 

アシュリンは『窓のないビル』が飛び立った直後、学園都市を監視していたトンボから情報を受け取っていた。

アレイスター=クロウリーは打倒できたが、新たな敵が現れたと。

その新たな敵とは最大主教(アークビショップ)、ローラ=スチュアート。しかもその正体は大悪魔コロンゾンであり、アレイスターの二人目の娘であるローラの身体を霊媒として操っている。

 

アレイスターは『窓のないビル』を発射させて、コロンゾンを宇宙へ放逐した。

とりあえずの時間は稼げているが、それでもコロンゾンは学園都市を手中に収めようと動いている。その手先が、烏丸府蘭なのだ。

 

『烏丸府蘭はコロンゾンと秘密裏に接触を続けてきた直属の部下だ。小細工をされて操り人形にされていても不思議じゃない』

 

ローラ=スチュアート。突然現れて、イギリス清教を統治し始めた女。

いつまでも若々しいあの女の事を、マクレーン家は注視していた。

だがまさか、大悪魔コロンゾンであるとは露ほどにも思わなかった。

マクレーンに勘付かれない程、ローラ=スチュアートは用意周到だった。

 

「まったくイギリス清教のトップが大悪魔だなんて。『清教派』も地に堕ちたモノだわ。でもご愁傷様ね。ローラは確実に、わたくしたちマクレーン家が学園都市にいることを知らない」

 

アシュリンは事の大きさにため息をつきながらも、意地悪い笑みを浮かべる。

 

「証拠はばっちり押さえた。これを本国に提出すれば、ローラの権力を根こそぎすべて奪うことができる。……『清教派』の真実を暴いたわたくしたちマクレーン家に、『清教派』はより一層大きい顔ができなくなる。楽しみだわあ」

 

『……本国の方が大変になってるのに、全くマクレーン家のご令嬢は隙がないにゃー』

 

土御門は苦い表情で笑う。

 

「あら。確かに本国とイギリス連邦勢力圏は謎の勢力の襲撃によって身もだえしてるし、カナダやオーストラリアなんて被害が特に甚大らしいけど。ローラの息がかかったモノなら、この際消滅した方が今後のためよ」

 

マクレーン家は世界中に手駒を配置している。その駒たちから、連合王国と協力関係にある国々が謎の勢力によって攻撃を受けていると知らされていた。

 

謎の勢力というが、その正体をアシュリンは知っている。

一つの肉体から解放された、アレイスター=クロウリーの可能性たち。

それがコロンゾンの力を削ぐために、世界中で大暴れしているのだ。

土御門はアシュリンの冷酷な声を聴いて、肩をすくめる。

 

『それでいいんですかにゃー? お貴族サマ』

 

「わたくしたちは貴族だけど、特例的に『騎士派』の役割を担わなくて良いのよ。あなたも良く知ってるでしょう?」

 

『王室派』は古くから国に根付くケルトの民であるマクレーン家の影響力を無視できない。

そのためマクレーン家は貴族の一角として『王室派』を守る『騎士派』に分類されているが、その措置は特例的だ。

それにマクレーンはイギリスにおける魔術の大家だが、『清教派』に所属しているわけではない。近代西洋魔術とケルトの民は、明確に一線を画する。

 

「それもこれも、国が建国する際に『王室派』や『清教派』が古くから根付くわたくしたちケルトをないがしろにしようとしたのがいけないのよ。だからわたくしたちは反抗して、マクレーン家にそれなりの地位を与えなければ国が成り立たないように配慮したの」

 

『配慮とか言うけど、実際は策謀で自分たちがいないと国が成り立たないようにしたんだろ。マクレーン家とイギリスの諍いはマージで大変だったと聞く。元々ケルトの民は好戦的だからな』

 

ケルトの民の本当の口伝は、ケルトの民しか知らない。

だがイギリスには、ケルトの教えがどこかしらに根付いていた。

形骸化しながらも、ケルトの教えはイギリスのいたるところに残されていたのだ。

 

『ケルトの密かな信仰は英国に多大な影響を与えていた。その信仰を無視することはできない』

 

「そうよ。ケルト十字なんて良い例ね。あれはわたくしたちの信仰を良い感じに取り込むために、十字教が折れた結果なのだから」

 

アシュリンは愉快そうにころころと笑う。

 

「現体制なんて特にそうよ。マクレーン家の現当主は英国女王と学友だったから、英国女王の采配を良く知ってらっしゃる。わたくしたちの機嫌一つで一国が傾くのだから、英国女王も懸念せざるを得ないわよね」

 

現当主というのはもちろんアシュリンの父であり、真守の祖父であるランドン=マクレーンだ。

『騎士派』、『王室派』。

そして魔術関係で絶対に『清教派』が無視できないマクレーン家。

マクレーン家に翻弄される彼らのことを思って、土御門は額に汗を浮かべながらため息を吐く。

 

『ほんとーに、どうして学園都市の要(朝槻真守)がマクレーン家から零れた逸材だったんですかにゃー』

 

近代西洋魔術師とは、一線を画するマクレーン家。

マクレーン家は単体でも世界に多大な影響力を与える魔術大家だ。

そんなマクレーン家と、朝槻真守は繋がっている。現当主の娘が母であるため、血に混じりがあろうとも直系に変わりない。

 

何が間違ってしまえば、魔術サイドの歴史ある大家の娘が科学サイドに流れ着いて、科学サイドの中枢にすっぽり収まってしまうのか。

科学の要である真守と明確な繋がりがあるせいで、最初から凶悪だったのにマクレーン家はより一層凶悪になった。

強大な力を持つマクレーン家のことを考えて土御門が半ばいじけて言葉を漏らすと、アシュリンは軽やかに笑った。

 

「あらあら。わたくしたちのことを凶悪とか考えているようだけど。あなたはそんな凶悪で強力な後ろ盾ができたことを喜ぶべきではなくて?」

 

ソーデスネ、と明らかに戦意喪失している土御門に、アシュリンはくすくすと笑う。

そして、話題に出た真守の事を思って目を細めた。

 

ケルトが望んだ『永遠』を手にした少女。

だが真守は無数の因果に絡めとられて、多くの役割を背負わされてしまった。

そしてその性質故に、神すらも超えた存在に進化する事ができる。

 

朝槻真守に魂を造り上げてもらい、何とかしてこの世界に受肉したい『彼ら』なんて、横から手を出したに過ぎない。そしてアレイスター=クロウリーも、ケルトの民から真守を半ば横取りをしたようなものだ。

 

(クロウリーのもとへ行って、真守ちゃんも真実を知ったでしょう。……十字教勢力から真守ちゃんを守ってくれたことには感謝するけど。──全てを許す気はなくてよ。人間)

 

アシュリンは明確な殺意を抱えたまま、土御門へと指令を出した。

 

「土御門、あなたは動けるようになるまで傷を癒す事だけに専念して。帝兵さんに手助けしてもらえればすぐでしょう?」

 

『ああ。カブトムシはていとくんと違って素直で従順だからにゃー。もう手伝ってもらってる』

 

アシュリンは傷が治ったら府蘭の動向を探る事を命令し、土御門との通話を切る。

 

「ありがとう、帝察さん。これからもよろしくね」

 

『はい。アシュリン』

 

アシュリンが礼を言うと、トンボはヘーゼルグリーンの瞳を瞬かせる。

アシュリンは同じ部屋にいて、垣根印の純白のタブレットで指示を出していた八乙女緋鷹を見た。

 

「緋鷹ちゃん。そちらはどう?」

 

「そうね。真守さんと帝督さんが予測していた混乱よりも酷いのが気になるわ。暴動や事件が数多く起こっているけれど、やっぱり少しおかしさを感じるわね」

 

緋鷹はタブレット端末で要人や学園都市の学生の様子を調べながら返事をする。

学園都市の大熱波は収束した。非日常は終わりを告げて、学園都市は日常に戻りつつある。

だが非日常から日常に移行する際に、大きな混乱が起きるのは必至だ。

それを予測していた真守と垣根は、きちんと対処ができるように用意していた。

その対処を、『(しるべ)』の代表である八乙女緋鷹は担っているのだ。

 

心理定規(メジャーハート)の話では、誰かの思惑による汚染が見られているらしいの」

 

「汚染?」

 

アシュリンは能力に明るくない。そのため緋鷹の説明を待った。

 

「帝督さんの『無限の創造性』によって、心理定規(メジャーハート)さんは能力の出力に大きく関係する視覚補助をしてもらっているの。彼女は基本、一対一でしか人の心の距離を変えられなかったけれど、帝督さんの補助のおかげで大衆心理に対してその能力を行使できるようになった」

 

「確か、それで各勢力の……ええっと、『学会』や『能力』や『芸能』なんかの大衆心理の距離を変えて、各勢力同士が大きな抗争に発展しないように調節していたのよね」

 

心理定規(メジャーハート)は各勢力の衝突による摩擦を調節して、いい塩梅にそれぞれの勢力がライバル意識を持って自勢力の強化に走るように調整していた。

陰ながら学園都市の思想統制を取っていた心理定規。彼女は大熱波が終了した現在の学園都市でも、思想統制まではいかなくとも人々の心の働きを探っていた。

 

「誰かが人の心を汚染して、背中を押しているのよ。思想統制をしていた心理定規(メジャーハート)さんだからこそ分かる事ね」

 

アシュリンは緋鷹の説明を聞いて形の良い顎に人差し指を当てる。

 

「……コロンゾンの悪意がそこまで広がっているというわけね」

 

思想を汚染する、などという芸当は大悪魔なら容易だろう。

何せコロンゾンはアレイスターの事をいつまで経っても狙っていたのだ。

学園都市を乗っ取ろうと前々から画策していたならば、あの女狐が罠を張りめぐらさない事などありえない。

イギリス清教に死んだはずのアレイスターの対策室が現在も設置されているのも、コロンゾンはメイザースとの契約でアレイスターが生きていると知っていたからだ。

 

「おそらくこれ以上の事をあの女狐はやってくるわ。緋鷹ちゃん。わたくしにも情報をくれるかしら。あの女の手口はこの目でたくさん見てきたから」

 

「とても助かります、アシュリンさま」

 

緋鷹が心強いと頷く中、カブトムシが声を上げた。

 

『八乙女緋鷹。真守が体調を崩しました。医療用設備を真守の部屋に運び込んでください』

 

「真守ちゃんが!?」

 

アシュリンは『窓のないビル』が飛び立った後の短時間で何があったのかと目を見開く。

 

『アレイスターが言うには、大悪魔コロンゾンに「拡散」を打ち込まれて無事では済まず、霊格や霊媒に揺らぎが生じていると』

 

「霊格や霊媒が?」

 

アシュリンはカブトムシから聞いて、そしてすぐさま頷く。

 

「それらについては科学よりも魔術で対応した方が良さそうね。わたくしも準備をします」

 

『お願いします』

 

朝槻真守の不調。

それによって、真守を神と掲げる『施設(サナトリウム)』は常駐している人々を総動員して真守を迎え入れる準備を始めた。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

「……よく食うなァ、オマエ」

 

一方通行(アクセラレータ)は首元の電極についている白いキューブに手を沿えながら呆れる。

多国籍創作料理店。

一方通行は大熱波の中でも営業していた店に、エルダー=マクレーンを連れてきた。

真守の血族だと話したら、大将はなんでも料理を作ってくれた。

権力の前では、やはり人間は平身低頭するものである。

 

「むぐむぐ。……ふふ。スモークサーモンのカルパッチョ、めちゃくちゃ美味いぞ」

 

エルダーは待望のサーモンを食べることができて、嬉しそうに微笑む。

ちなみにケルトではサーモンが良く食べられていた。

日本のサーモンは少し違うが、やっぱり美味しいものは美味しいのだ。

 

エルダーは上品にサーモンを食べて、表情をとろけさせる。

その姿は、真守にそっくりだ。しかもエルダーは指の先まで貴族に染め上げられている貴婦人であるため、真守とはまた違う種類の品がある。

 

一方通行(アクセラレータ)は幸せそうに食事をするエルダーを見て、目元を柔らかくする。

真守も幸せそうにご飯を食べるのだ。

それを良く知っている一方通行からしたら、やっぱりエルダーは真守のご先祖様だと理解できる。

エルダーは満足げにご飯を食べていたが、ぴこんっと猫耳を片方跳ねさせた。

 

「しかして、大熱波が収束して学生たちが普通の生活に戻ろうとしたら暴動が起きそうなものなのに。やけに静かだな?」

 

「アイツは何でも完璧にこなす。統治がきちンとできてたら暴動だって必要経費以上は出ねェよ」

 

必要経費の暴動。

いくら統治が完璧でも、一定の割合で絶対に不満を持つ者たちが出てくる。

何かが変わる時には絶対に暴動が起きる。その暴動をいかに最小限に抑えられるかが、統治者の腕の見せどころなのだ。

 

「……ふふっ」

 

エルダーはナゲットに手を伸ばしながら、柔らかく微笑む。

 

「? 何がおかしいンだよ」

 

エルダーはにこにこ笑みを見せながら、一方通行(アクセラレータ)を見つめる。

 

「オマエも丸くなったな。良くここまで頑張った。エライエライ」

 

エルダーは身を乗り出して、一方通行(アクセラレータ)の頭をイイ子イイ子と言わんばかりに撫でる。

一方通行はこれまで、苦難の道を強いられてきた。

だが真守や上条当麻、打ち止め(ラストオーダー)に出会った事で、少しずつ変わっていったのだ。

その変化が喜ばしくて、エルダーはにまにま笑う。

 

「……うるせェ。ほっとけ」

 

一方通行(アクセラレータ)はふいっと顔を背ける。

まったく悪い気がしないのは目の前の淑女が真守のご先祖様で、子供を産んだ母らしく包容力があるからだ。

 

(まったくままならねェ……)

 

一方通行(アクセラレータ)は思わずため息を吐く。

そんな一方通行の前で、エルダーは嬉しそうにナゲットを口にしてた。

一方通行はため息を吐くと、エルダーを見た。

 

「オマエは物事を違う視点から見ることができるからな。『書庫(バンク)』の確保を手伝ってもらうぞ」

 

「うむ、よいぞっ!」

 

二つ返事で答えるエルダー。それを見て、一方通行(アクセラレータ)は目を細める。

 

「待っててやるから早く食べ終われ」

 

「分かった、ちょっと待てっ! 元演算装置が高速処理を見せてやるっ!」

 

「微妙に意味が分からねェ言動だな……」

 

エルダーは笑顔で微笑む。

その眩しい笑顔は、やっぱり真守に似ていた。

この淑女はもともと、問答型思考補助式人工知能(リーディングトート78)だ。

 

アレイスター=クロウリーが進める『計画(プラン)』。

その補助をするために組み上げられた魔導書の『原典』を核とした存在。

先程、エルダーは一方通行(アクセラレータ)に別の観点からの意見を与えてくれた。

 

この淑女の思考補助はとても役に立つ。

それに真守に似ているこの女性を捨て置くのは心苦しい。

一方通行(アクセラレータ)は利用できて無視できない淑女を前にして、机に並べられていたフィッシュアンドチップスのポテトをぱくっと食べた。

 



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第一一一話:〈心配憂慮〉しつつそれぞれで動く

第一一一話、投稿します。
次は七月一七日月曜日です。


「朝槻、大丈夫かなあ」

 

上条当麻はとある部屋の椅子に座って、遠い目をしながら友人の心配をする。

上条がいるのは一面ピンク色の壁紙に、ガラス張りのお風呂と壁に埋め込んだテレビ、そして回るベッドがある部屋だった。

ベッドサイドにはティッシュの箱が二つあるし、もうなんか思春期以上の人間には用途がすぐに分かってしまうホテルである。

 

インデックスとオティヌスはこの場にいない。

彼女たちはカブトムシと共に、アレイスターに言われてドラッグストアとディスカウントショップに向かわされていた。

 

アレイスターがインデックスたちに頼んだのは、コーヒーサイフォンやら金属ボウル、ジューサーに塩と氷。圧力鍋や電磁調理器やとんでもない量の花粉症の薬など、およそ魔術には関係ないものにも思える品々だ。

だがアレイスターは魔術に使うものだから買ってきてほしいとインデックスに伝えた。

 

アレイスターの指示によって、上条当麻はインデックスたちと分断された。

そして上条は銀髪美少女魔術師アレイスター=クロウリーに、この忌々しいホテルに連れ込まれたというワケである。

 

何が嬉しくて性転換した元おっさんと、こんなところに来なければならないのか。

上条当麻の頭の中では、その疑問がぐるぐると回る。

遠い目をしている上条に、アレイスターは活を入れた。

 

「なに黄昏れているんだ。朝槻真守が心配なら、朝槻真守を守るために動けばいいだろう。ほら、何か適当なものでお湯を沸かしてくれ。量は多い方が良い。温度は微熱程度、そうだな、ひとまず三七度くらいにしておこうか」

 

「確かにそうだけどさあ……っていうか、俺の右手はそういうモンを壊しちまいそうだけど、この場にいていいのか?」

 

「心配ない。習熟の段において象徴武器(シンボリックウェポン)には専門性や純真無垢である事が求められるが、実践となれば話は別だ。どこにでもありふれたもので魔術の儀式は行える」

 

「分かるように言ってくれ」

 

上条当麻は頭を押さえながら、アレイスターに説明を求める。

するとアレイスターは電動でスイッチを押せば、くるくる回るベッドを興味深く見つめながら説明する。

 

「キミの右手は破壊しかできないが、それも良し悪しだ。使い方次第ではN極しかないモノポールや加速器、融合炉を守る強力な磁力線のように振る舞わせる事もできるのだ。何事も使いようだよ」

 

「な、なんかいきなり壮大な話になってきたな……」

 

「事実だ。だが肩ひじを張る必要はない。私の指示通りに働いてもらえばそれで良い」

 

アレイスターが自信たっぷりな様子を見せる中、上条当麻は辺りを見回す。

 

「えーと。とりあえずお湯だっけ? 電気ポットで用意すればいいか? あと温度調整をするためにボウルと冷たい水に、ええと温度計も……?」

 

「おいおい、バスタブのパネルを見てみろ。湯沸かしの温度設定くらいなんとかなるだろ。朝槻真守もバカじゃない。大熱波であろうともレトロな機材だろうが最新式だろうが、きちんと壊れないように守ってくれている。先程見たら普通に使えたぞ」

 

「やっぱり朝槻は色々ちゃんと考えるよなあ。……あのちっこい頭で全部考えられるなんて、超能力者(レベル5)はすごいなあ」

 

アレイスターは上条のボヤキを聞いて、即座に訂正する。

 

「おいおいキミは彼女が絶対能力者(レベル6)進化(シフト)しているのを目の当たりにしているだろう。最早彼女は普通の物差しでは測れない場所まで来てるんだ」

 

「朝槻は普通の女の子だよ」

 

アレイスターは給湯器を操作する上条を見て、目を大きく見開く。

 

「自分の彼氏がすごくだいすきな、ふつうの優しい女の子だ」

 

「…………ふ。そういう風に見てくれる友人というのは、彼女にとって貴重なものだ。きちんと大事にしてあげろ」

 

「当たり前だろ」

 

上条は風呂の給湯器を操作して、バスタブにお湯を張る。

だがすぐに必要なお湯が溜まるわけではない。そのため上条はアレイスターを見た。

 

「お湯はざばざば出ているとして、この間に何したらいい?」

 

「準備は他にもある。私は目を瞑っているから、肩を掴んで北東に向けてくれ。方位が分からない? この部屋は南に窓があるので参考にしろ」

 

「え、ええと、こうか?」

 

上条は言われて窓を確認しながら、アレイスターの体をきっちり北東に向ける。

 

「余計な薬品が付着すると思わぬ怪我の原因となる。ひらひらしているものは合成実験の前に取り外しておくべきだ」

 

「となると、マントに、ブレザーも……よいしょ。えと、髪はまとめなくていいのか?」

 

記憶が無くても、上条当麻は腐っても高校生である。

そのため化学の実験で、教師が女子に気を付けるように言っているのを知っている。そのことを上条が思い出していると、アレイスターは目を閉じたまま頷く。

 

「髪の話は良い線を突いているな。私の背中に触れていいから、左右にかき分けて背中に注目してくれ」

 

「ああ」

 

「白い布越しに何か見えるな? 金属の小さな突起のようなものだ。そいつをゆっくりと、慎重に取り外してくれ。大丈夫、爆発するようなもんじゃない」

 

「これかごくり……ってブラのホックじゃねえか馬鹿野郎ッッッ!!」

 

上条当麻は叫びながら、汚物(体はまだ純真無垢)を突き飛ばす。

あれいすたんは上条に突き飛ばされて、回るベッドに倒れこむ。

その瞬間にアレイスターはスイッチをわざと踏み、ベッドを回転させた。

 

むくっと起き上がると、アレイスターは回転したベッドの上で上条当麻を見た。

ハンパに(上条が)着崩したブラウスとミニスカート。そしてニーハイソックス。

体を横に崩した状態で大変乗り気でアレイスターが誘惑すると、上条当麻の中で何かがプッチンと切れた。……そういう意味ではなく、怒りの限度が超えたのだ。

 

「ブラ紐の色で分かる……ッ。こいつこの野郎スケベオヤジのくせに清純派の白なんて選びやがって!! 何故だ!? 逆にスケベオヤジの夢と希望だからかッ!!」

 

「心配するな、きちんと上下は揃えているぞ」

 

そう言いながらぴらっとミニスカートをめくる美少女(おっさん)。それを見て上条当麻はわああっと叫びながら、ゲテモノから目を逸らす。

 

「なんて事だ……。もう基本の白からクソ野郎のイメージが離れない!!」

 

「安心しろ。朝槻真守も白か黒の下着を着ているぞ。清楚とエロを反復横跳びするなんて男のヘキに刺さりまくりだ、垣根帝督も喜んでいることだろう」

 

「テメエ俺の友達の下着事情を知ってるとかやっぱり変態だろ!! あと友達のそういうリアルな方向の男女関係はちょっと生々しく感じるから掘り起こすのやめろ!!」

 

「さて、そろそろ湯が張れたし本命といこうか」

 

「無視するんじゃねえ!! ……てか、本命?! 本命って何ぐわぁあああ脱ぐんじゃねえ!!」

 

アレイスターは上条の魂の叫びを聞きながら、服をいそいそと脱ぎ始める。

 

「お前は確かに乙女の柔肌だけど、元男は俺も論外だ!!」

 

「何を言うか。ここには男と女がいるんだぞ、この世で最も即効性の高い術式は昔から性魔術に決まっているだろうが」

 

「ぶ、ふぉっ!? せ、せいまじゅつ……?」

 

上条当麻は大きく噴き出して、アレイスターから目を逸らしながら動揺する。

 

「うむ、自分の口で反復するのは効率的な認識法だ。理解が追いついたなら始めるぞ、何しろこちらには時間がない。せっかく微熱程度の温度で整えたバスタブがあるんだ、このぬるぬるしたのが入ったペットボトルはお湯に浸して温めておこう」

 

アレイスターはどこからともなく、とろっとした透明なものが入ったペットボトルを取り出す。

そしてお湯が張ってあるバスタブに半脱げで近づこうとする。

アレイスターが歩き出した先。そこには上条当麻がいた。

 

「それ以上一歩でもこっちに近づいたらホントにぶん殴るぞキサマ!!」

 

「さっきも言っただろう? そういうのも悪くない。むしろ男と女の痛みの快感は違うし、先程朝槻真守に自分で作った快感を処理しきれずに気絶する体験談を聞き損ねた。試してみたい」

 

「もうほんとに土下座でも何でもするからそれだけは待ってぇ!!」

 

上条当麻は泣き叫びながら華麗に土下座を決める。

さすがにガチで泣きつかれると、萎えるモノがないが気持ちが萎えてしまう。

 

「……ッチ。男女の結合を使うのが手っ取り早かったが、まあ致し方あるまい。いまは信頼関係構築の方が大事だ。やはり禁書目録たちに買いに行かせたモノで代用するしかあるまいか」

 

「もしかしてインデックスたちに買いに行かせたのって、体よく追っ払うためじゃなかったの!? インデックス早く帰ってき……ッダメだここにあの純粋無垢シスターさんを呼びこんではいけないッ!!」

 

上条当麻は叫ぶと、泣かせたくない女の子ナンバーワンであるインデックスの事を想って覚醒する。

 

「おい変態親父! さっさとこんなところ出てもっと問題ないところに行くぞッ!!」

 

「仕方ない。夜も更けるだろうし、手ごろなカプセルホテルにでも行くか」

 

「なんでそこでまたホテルなんだよカラオケかネットカフェにしろ! ここよりも断然いいけどな!」

 

上条当麻はアレイスターに突っ込みを入れつつも、即座に動き出す。

こんなところにインデックスを招いちゃいけないし、そもそもこんなところにおっさん(美少女)と一緒に入っている事なんて知られたくない。

 

ちなみに上条当麻は知らないが、カブトムシ数体がラブなホテルに入った上条とアレイスターの様子をがっつり伺っていた。

そういった背景があるため、アレイスターと上条がいかがわしいホテルに入った事実を秘匿する事はできないのである。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

第二学区にある神人、朝槻真守の神殿である『施設(サナトリウム)』。

その『施設』にある真守の寝所では、香が焚かれていた。

 

真守は現在コロンゾンによって『拡散』を打ち込まれ、霊格や霊媒に不具合が生じている。

不安定な真守の霊格と霊媒を安定させるために、アシュリンがケルトの魔術を使っているのだ。

そんな真守の寝所で、垣根帝督は最愛の少女の様子を見ながら眉をひそめる。

 

「烏丸府蘭が土御門を刺して逃げただと?」

 

垣根が眉をひそめて問いかけたのは、もちろんアシュリン=マクレーンだ。

アシュリンは真守の手を握って、密やかながらも魔術を使っていた。

 

魔術なんて不可思議なものに最愛の少女を預けるなんて、垣根帝督は普通ならお断りだ。

だが魔術を発動するのが真守の血縁者であるマクレーン家となると話は違う。

 

垣根はアシュリンが真守の手を握るのを見つめながら、アシュリンの邪魔にならないように配慮して話しかける。

 

「烏丸府蘭はどうやら霊媒として、ローラに乗っ取られたようなの」

 

アシュリンは真守に癒しの術を施しながら、垣根に説明する。

ケルトの民であるマクレーン家は、あからさまな呪文や魔法陣を使わない。

 

代々受け継がれるその身に宿った神秘が、ケルトの民の魔術を発動する触媒となるのだ。

つまり体自体が、霊装や魔法陣として機能する。だから呪文や魔法陣を必要としないのだ。

ケルトの教えはケルトの人間ではないものに話してはならない。

秘匿性を求められるため、ケルトの人々は魔法陣や呪文、霊装を使わないのだ。

 

だからこそ、マクレーン家の魔術は血筋に依存する。血に混じりがある真守がケルトの民の一員として認められないのも、血に混じりがあるからこそだ。

 

「烏丸府蘭が最初から俺たちを裏切る目的で動いてたって線は? 」

 

「それはありえないと彼が言っていたわ。土御門元春は普段がふざけていても、きちんとしたプロよ。推測だとしても憶測だとしても、その勘は信じて良いと思うわ」

 

だから十中八九、烏丸府蘭はコロンゾンに操られている。

その事実を聞かされて、垣根帝督は頷いた。

 

「なるほどな。……烏丸府蘭はコロンゾンの直属の部下だ。確かに細工がされていても、おかしくねえ」

 

垣根は烏丸府蘭について思い出しながら、目を細める。

府蘭は上里翔流が幸せになれるように動こうとしていた。

そしてそんな烏丸府蘭に、土御門元春は上里翔流のためになる選択肢を取れと言った。

 

本当に上里翔流のことが大事だから、烏丸府蘭は土御門の手を取った。

もし土御門の事を最初から騙そうとして、上里翔流を心の底から愛しているフリをしていたら大変な女狐っぷりだ。

だが府蘭が女狐である可能性は限りなく低い。

 

何故なら烏丸府蘭の心に上里翔流を想う心が一ミリでも無かったら、上里勢力の女の子たちが気づくはずなのだ。

 

それに垣根は烏丸府蘭に会った事がある。だから確信している。

アレは分かりにくいが、誰かの事を本当に想うことができる人間だ。

会ってそう感じたからこそ、土御門も烏丸府蘭が霊媒としてコロンゾンに乗っ取られていると判断したのだろう。

 

「……コロンゾンは学園都市の乗っ取りを計画してる。一方通行(アクセラレータ)が『書庫(バンク)』の保護に走ってるが、もしかしたら烏丸府蘭とかち合うかもしれねえな。一応連絡しておく」

 

垣根は自身の端末であるカブトムシへと命令を出す。

 

「あ?」

 

そんな中、垣根は声を上げた。

どうしたのかとアシュリンが顔を上げると、垣根は一匹のカブトムシを呼んだ。

 

『む。これでお喋りできるのか、帝兵。もうこれ聞こえておるのか?』

 

カブトムシから出てきた声は若い貴婦人じみた声だった。

そしてなんとなくアシュリンや真守に近い声。

それにアシュリンが困惑していると、声の正体が自己紹介した。

 

『むむ。アシュリンがいるのだなっ。ワタシだ、ワタシ。オマエのひい祖母、エルダー=マクレーンだ。本物や偽物を断じる気持ちはないぞっ。今のワタシは「銀猫(ぎんびょう)祭祀秘録」という魔導書の「原典」をやっている』

 

「え、エルダーさま!? 本当にわたくしのひい祖母さまですの?!」

 

アシュリンは思わず大きな声を上げる。

そりゃそうだ、と垣根は思う。

突然すでに亡くなっている自分のご先祖様であるエルダー=マクレーンを名乗る存在が出てくれば、驚愕せずにはいられない。

 

「どっどういうことですか??」

 

アシュリンは突然のご先祖様らしき人物の到来に、目を白黒とさせる。

 

『ワタシは統括理事長アレイスター=クロウリーが造り上げた、エルダー=マクレーンを象った人工知能、問答型思考補助式人工知能(リーディングトート78)だ。その人工知能の核にはトートタロットが使われていてな。魔導書の「原典」としても機能する。そんなワタシをエイワスが動きやすいように一冊の魔導書にしてくれたのだ』

 

自信たっぷりな様子に困惑しているアシュリンの代わりに、垣根が声を上げる。

 

「お前は元々『窓のないビル』に搭載されてた、大規模並列演算装置だった。……本当にエイワスがお前を助けて、動けるようにしたのか?」

 

『うむ。人間、頑張っていれば最後にはちょびっとイイコトがあるという典型だなっ』

 

「いやそうは上手くいかねえと思うけど……」

 

垣根が思わずツッコミを入れる中、アシュリンは押し黙る。

垣根はアシュリンの様子を伺う。

真守の伯母はエルダー=マクレーンのことを受け入れられるのか。

もし受け入れられなくても仕方ないことだ。

 

まさか自分のご先祖様が科学サイドで使われていたなんて、死んだ双子の妹の娘である真守が学園都市に流れついたのだと知った時に匹敵する衝撃だ。

垣根は真守が大事に想っているエルダーのために、助け舟を出す。

 

「エルダー=マクレーンは『窓のないビル』で味方になってくれたんだ。ガイドとして、真守や俺たちにアレイスターの過去に何があったか教えてくれた。……もちろん、彼女は真守がアンタたちケルトの民の望んだ『永遠』を体現する少女だってのも教えてくれた」

 

「……そうなの」

 

アシュリンは垣根のざっくりとしながらも、間違いがない正確な説明を聞いて、一つ頷く。

 

「真守ちゃんは、いまのエルダーさまを認めているのね?」

 

「ああ、それは確かだ」

 

アシュリンは垣根の返答を聞いて、伏せていた目でカブトムシを見た。

 

「分かりました。わたくしは真守ちゃんのことを信じています。あなた様のことも、わたくしはエルダーさまだと信じます」

 

「……無理に信じなくてもいいんだぜ?」

 

垣根が一応の配慮を見せると、アシュリンはたおやかに微笑んだ。

 

「以前のエルダーさまと今のエルダーさまは確かに違うのでしょう。でも今のエルダーさまをわたくしは否定したくありません。……それに、お父様からエルダーさまのことについては聞き及んでおります」

 

アシュリンは胸に手を当てながら微笑む。

 

「きちんとした貴婦人であらせられながらも、上品さが崩れない程には型破りな方であったと。エルダーさまならなんでもありえる。そう思わせる自由な方だったと」

 

『ふふっ。ランドンがオマエにそんな事を言ったのか。……マクレーンの中にはワタシを認められない者もいるだろう。ワタシはそれでも構わない。だがそれでも一通りが落ち着いたらそちらに顔を出す。楽しみにしていてくれ』

 

「分かりました。お待ちしておりますね」

 

アシュリンは真剣な表情をして頷く。

そんな中、カブトムシのヘーゼルグリーンの瞳がきょろっと動いた。

 

『ところで真守はどうした?』

 

「真守ちゃんは体調を崩してしまったの。霊格に揺らぎが生じて、霊媒に影響が出ているみたいなんです」

 

『むむっ。……そうか、コロンゾンによる「拡散」でダモクレスの剣と共に貫かれたのが原因か。本当に長引くようであればあやつの元へ行くと良い。ケルトの秘術だけではどうにもならぬかもしれないからな』

 

「あやつ、とは?」

 

アシュリンが問いかけると、エルダー=マクレーンは自信たっぷりに告げる。

 

『ワタシが懇意にしていた男でな。ソイツは今も学園都市にいる。イギリスの辺境(ウェールズ)でくたばりそうになっていたアレイスターを治療して、日本に逃がした時に共にこの地へとやってきたのだ』

 

垣根はエルダー=マクレーンの言葉を聞いて目を見開く。

 

『かつて真守と源白深城の事を保護したカエル顔の医者。第七学区のマンモス病院を拠点としている男、──冥土帰し(ヘブンキャンセラー)。あやつなら、ヒトの枠組みに収まっている真守をどうにか快方へと進める事ができよう』

 



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第一一二話:〈幸福一時〉で身を休める

第一一二話、投稿します。
次は七月二〇日木曜日です。


朝槻真守はあらゆるエネルギーを生成し、操ることができる能力者だ。

当然として、真守は体内のエネルギーも操ることができる。

だから『実験』と称されて食事を与えられなくても、生命維持に必要なエネルギーを生成することで食事を不要とすることができていた。

 

体内のエネルギー全てを網羅することができるということは、免疫能力もきちんと自分で管理できるということだ。そのため真守は一度だって風邪を引いたことが無かった。

 

ただ困ったことに能力に対して体が最適化された結果、内臓が不必要だとして退化しつつあった。

とはいっても内臓の退化については、真守が絶対能力者(レベル6)進化(シフト)した事で完全な肉体を手に入れたため、問題ではなくなったのだが。

 

エネルギーを生成し、操る能力者。それ故に、真守は初めての高熱に苦しんでいた。

体調が悪くなったことはあった。これまでも第三次世界大戦の時も、演算能力を行使しすぎて眠りを必要とすることはあった。

だが睡眠が必要なまで消耗するのと、熱が出るのは別の苦しみがある。

だから真守は、ひどい高熱に悩まされていた。

 

あつくて、胸元が苦しくて息が浅くなる。

寒気がしてふわふわしている感じなのに、体が酷く重たくて動けない。

不思議な感覚で時間の経過すら分からない中、真守は小さく唸った。

 

「…………んぅ」

 

真守は顔をしかめてそっと目を開ける。

見たことのある天蓋だ。

頭がぼうっとするが、ここが『施設(サナトリウム)』の自分の寝所だという事だけは分かる。

 

喫茶店で体調を崩し、垣根が『施設(サナトリウム)』に連れてきてくれたのは覚えている。

だがそれからあまり記憶がない。記憶が曖昧になるなんて、あまりない経験だ。

真守が状況を確認していると、誰かが手を握っていてくれるのが分かった。

 

「……?」

 

深城の手でも、垣根でもない柔らかくて温かい手。

なんだかよく知っているような、優しくて繊細な手。

真守が視線を動かすと、アシュリン=マクレーンが自分の手を握っていた。

 

「…………おば、さま……?」

 

「ええ。真守ちゃん、そうよ」

 

アシュリンは柔らかく微笑むと、真守から手を離す。

真守はアシュリンの手が離れていってしまって、少し寂しく感じた。

そんな真守に笑いかけて、アシュリンは近くに置いてあった洗面器に手を伸ばす。

そして冷たくしたタオルを持ち上げて固く絞ると、真守の頭に載せた。

 

「ん」

 

真守はひやっとした感覚と共に、良い匂いが鼻をかすめたのを感じた。

 

「………………いい、におい……」

 

真守はすんっと鼻を鳴らすと、ぼうっとしたまま目を細める。

 

「…………植物、の……はーぶの良いにおいがする……」

 

真守がぼそぼそと呟くと、アシュリンは微笑んで頷く。

 

「本国から取り寄せた植物を魔術に使ってるの。良い匂いでしょう?」

 

「…………けるとの?」

 

「ええ、ケルトの魔術よ。分かってると思うけど、真守ちゃんは霊格や霊体が安定していないから霊媒に影響が出てるの。だからケルトの魔術を使ってるのだけど……こんなの気休めね。魔術を使って分かったわ。やっぱりあなたはとても特別な存在なのね」

 

アシュリンは微笑みながらも、申し訳なさそうにする。

大切な姪が苦しんでいるのに、手持ちの魔術では特別な存在である真守のことを快復させる事ができないのだ。具体的な解決策を提示する事ができない。

それが本当に悔しそうで。真守はアシュリンが心の底から気に病んでいることがぼうっとする頭でも理解できた。

 

「…………おば、さま」

 

真守は熱に浮かされたまま、顔を歪めてアシュリンを見上げる。

アシュリンは柔らかく微笑むと、真守の体を布団の上から撫でる。

 

「なあに、真守ちゃん」

 

「…………わたし、けるとのひとじゃないよ……」

 

朝槻真守は髪色からも分かる通り、東洋人の血が入っている。

だから血統を重んじるケルトの一族として受け入れられない。

そんな人間にケルトの魔術を使ってもいいのか。

真守はその意味を込めて、アシュリンに言葉を掛けたのだ。

 

唐突に、朝槻真守は少し寂しくなった。

自分が明確なケルトの一員ではないことが、決してケルトが受け入れる事のできないように生まれてしまった自分の運命が。本当に少しだけ、ほんの少しだけ悲しくなった。

 

「真守ちゃん、ケルトは関係ないわ。あなたはわたくしの大切な姪なのよ」

 

自分が決して受け入れられない存在であることが寂しい真守に、アシュリンは優しく話しかける。

 

「本当に大切で、大切にしたい女の子なの」

 

真守はぼうっとアシュリンを見上げる。アシュリンはそんな真守の頭を優しく撫でた。

 

「わたくしがお腹を痛めて産んだわけじゃないけれど、あなたは娘のようなものよ。……だって、わたくしの半身が産んだ女の子ですもの」

 

真守の母であるアメリアはアシュリンと共に、一卵性双生児として生まれた。

小さい頃から、片時も離れる事がなかった。それなのに、道は分かたれた。

 

アシュリンは逃げ出したアメリアのことを、不出来とはいかなくても残念に思っていた。

だがそれでも、アシュリンは妹のことを本当に大切に想っていたのだ。

幸せになって、欲しかった。

 

「………………おかあさま」

 

真守は小さな声で、母のことを呼ぶ。

もうこの世界にはいない、どう頑張っても幸せになることができないひと。

自分を産んで、亡くなって。真守が覚えていないながらも、優しくしてくれたであろう母。

 

「……わたしね、おばさま」

 

真守は少し熱に浮かれた状態で、アシュリンを見る。

 

「……おばさまのこと、とても大事なんだ。でもね、わたしきっと、おばさまごしに、おかあさまを見てる」

 

真守は熱に浮かされて、いつもは絶対に口にしない事を口にする。

アシュリンと真守の母であるアメリアは一卵性双生児だ。

伯母と接するたびに、真守はどこか母の面影を伯母に感じていた。

 

「おばさまはおばさまだから。重ねるのは、とても申し訳ないとおもってた……」

 

アシュリンは悲しそうに顔を歪めると、真守の頬を優しく撫でる。

 

「とても大切なの。たいせつにしたいんだ……」

 

「わたくしもそうよ、真守ちゃん」

 

アシュリンは真守の頭に載っている冷やしタオルを直すと、真守を安心させるように微笑む。

 

「あなたはわたくしたちの光なのよ、真守ちゃん。……もう知ってるでしょう?」

 

真守はゆっくりと頷く。

ケルトの位相は、いつか『運命』によって(つい)えることが決まっている。

だからこそケルトの一族は魂と不滅と、永遠を求めた。

いつでも失う覚悟をしながらも、ケルトを絶やさないために進んできた。

 

そしてケルトは予言を受けた。

 

いずれ生まれ落ちる、完全なる精神に完全なる肉体を持つ、『永遠』を司る真なる者。

ケルトの希望である少女。だがその少女は運命によってケルトが受け入れられない場所へと生まれ落ち、ケルトを救う事はない。

それが朝槻真守だ。真守は運命に翻弄された。だからこそ紆余曲折を経て、学園都市へとやってくることになったのだ。

 

「わたくしの大切な女の子。ケルトが真に必要とした子。これまで懸命に生きてきて、これからも懸命に生き続ける姫御子。これからあなたは長い時を生きる。それなら、刹那の時を誰かに甘えたっていいのよ」

 

「………………うん」

 

真守はぐすっと鼻を鳴らす。

アシュリンはやっぱり、自分がケルトの求めた子供だと分かっていたのだ。

分かっていたけれど、アシュリンは自分のことを想って何も言わなかった。

 

朝槻真守はずっと嫌がっていたが、夏休み明けについに超能力者(レベル5)に認定された。

そして宣伝として、学園都市は朝槻真守の存在を世界に知らしめた。

ずっとアメリア=マクレーンが産んだ娘を探していたマクレーン家は、真守の顔つきを見ただけで自分たちが探し求めていた少女だと察した。

 

真守の前に突然現れた、親族として科学的に認められたマクレーン家。

天涯孤独だと思っていたのに、突然家族が名乗り出てきた。

それすらも真守に取っては困惑する事態だ。

 

それに加えて実はマクレーン家がケルトの一族で、学園都市の統括理事長アレイスター=クロウリーと縁があって、しかも真守自身がマクレーン家の望んでいた姫御子で。

運命のいたずらによって狂わされていたなんて、色々ありすぎなのだ。

だからアシュリンは真守が困惑しないように黙っていた。

黙ったまま、ずっと見守っていた。

 

「…………おばさま」

 

真守は涙を一つ零すと、頑張ってアシュリンへと手を伸ばす。

アシュリンは真守の手を優しく握って微笑む。

アシュリンのその瞳は、少し潤んでいる。

 

「なぁに、真守ちゃん」

 

「………………大切に、したいの……」

 

真守はぐすっと鼻をすすって、目を細める。

 

「大切におもってるの……わたし、けるとの人じゃないけど、でも」

 

「ケルトは関係ないわ、真守ちゃん」

 

アシュリンは柔らかく微笑んで、真守の手を包み込むように握る。

 

「あなたはわたしくの半身が産んだ女の子。わたくしの娘と言っても当然なの。そんなあなたを、わたくしは家族として大切に思っているのよ」

 

アシュリンは熱に浮かされて、何度も大切だと口にする真守を優しく諭す。

真守はふにゃっと顔を弛緩させると、アシュリンを見上げた。

 

「………………あのね、おばさま」

 

「なあに?」

 

「………………あまえていい?」

 

真守は熱に浮かされた様子で望みを告げる。

 

「頭、なでてほしい」

 

頭を撫でてもらう事さえ、真守は甘えている行為だと思っている。

アシュリンは真守の頭を優しく撫でて、歌うように言葉を紡ぐ。

 

「今だけじゃなくて、あなたはいつだってわたくしに甘えていいのよ」

 

アシュリンがにっこり微笑むと、真守は潤んだ瞳を細める。

そんな真守の頭をアシュリンは優しく撫でる。

 

「…………ん。しあわせ……」

 

真守は呟くと、幸せを感じて目を細める。

体が重くて辛いけど、大丈夫だ。

何故なら自分の側には自分のことを想ってくれる伯母がいる。

この『施設(サナトリウム)』には、自分のことを大切にしてくれる人たちがいる。

 

真守は幸せを感じると、ぼうっとしながらもずっとアシュリンを見つめていた。

アシュリンは真守の手を握りながら、優しく布団の上から真守の体を撫でる。

幸せなひとときを送れて、真守は本当に幸福だった。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

深夜。垣根帝督は朝槻真守のそばにいた。

垣根は真守の頭を優しく撫でる。そして頬に手の甲を当てて、熱を確かめた。

高熱が出ていた真守だが、熱は落ち着いてきた。

 

持ち直してきたのだ。あの高熱からケルトの魔術の補助で持ち直せるなんて、やっぱり真守は特別な女の子なのだ。

それでも、自分にとってはただの女の子だ。

垣根帝督はそう思いながら、真守の頭を撫でる。

 

「……垣根」

 

真守はそっと目を開いて、視線を彷徨わせる。

 

「起こしちまったわけじゃないよな?」

 

「……うん、なんとなく。起きてた」

 

真守は横になったまま、少し身じろぎする。

垣根は真守が近付きたいと考えていると分かったため、自分から真守に近づいた。

 

「どうした?」

 

「……みんな、大丈夫かな」

 

真守は不安そうに顔を歪める。

 

「コロンゾンが学園都市を手中におさめようとしてるのに……私、すぐには動けない」

 

「大丈夫だ。お前は大熱波が起こってる時に学生たちを全員守っただろ。十分貢献できてる。一人で頑張ることはねえよ」

 

垣根は自分の体調が悪いのに、人のことを心配している真守を見て静かに眉をひそめる。

この少女は根本的に優しいのだ。

人の幸せを考えて動く。この少女の器は大きすぎるのだ。

だから誰かが、優しい真守の幸せを考えなければならない。器の大きさに甘えてはいけないのだ。

 

「俺たちがお前の代わりに全部を守ってやる。だから大丈夫だ、真守。ゆっくり休め」

 

「……ありがとう、垣根」

 

真守は心底安心したように目を細める。

 

「垣根がいてくれて、良かった。深城も、伯母さまもみんなも……私を幸せにしてくれるひとがたくさんいて、私は本当に幸せだ」

 

真守は体調が悪いながらも、少し余裕が出てきてふにゃっと笑う。

 

「神さまの幸せを考えてくれる人がいるのは、とても素晴らしいことだ。……今なら分かる。私たちは願われたら助けたくなるんだ。人間が優しいことを知っているから、どうしてもその願いを叶えたくなってしまうんだ」

 

「神さまじゃねえよ」

 

垣根は真守の頬を撫でて、身をかがめる。

そして優しく真守のことを抱きしめた。

 

「俺にとって、お前はいつだって大切な女の子だ」

 

神と同等の力を持っていて、多くの人たちにその力を求められる朝槻真守。

だが垣根帝督にとっては、永遠に大事にしたい少女なのだ。

小さくて、柔らかくて。尊い命を持っているのが朝槻真守だ。

神様としてすべての素質を兼ねそろえて生まれてきた。それでも真守は女の子なのだ。

 

「……私はしあわせだ。本当に」

 

真守は垣根の背中に手を回して、柔らかく微笑む。

 

「だいすきな男の子がそばにいてくれて。とても幸せだ」

 

真守はふふっと笑うと、垣根にすり寄る。

 

「垣根、いつもみたいに添い寝してほしい……一緒に寝てほしいんだ」

 

「分かった。一緒に寝てやる」

 

垣根は笑うと、布団の中に入る。

そして真守に手を回して、優しく抱きしめた。

 

「ふふ。いつもと同じで幸せだ」

 

真守は垣根の胸板にすり寄ると、幸せそうに笑う。

垣根は自分の腕の中にすっぽり入る真守の背中を撫でる。

 

「……眠れるか?」

 

「うん、だいじょうぶ。かきねの心臓の音、あんしんする……」

 

真守は垣根にすり寄ったまま、うとうとと眠る。

眠りについた真守を見て、垣根はほっと安堵する。

絶対能力者(レベル6)であった朝槻真守に睡眠は必要ない。

それでも真守が眠りを必要としているのは、本当に具合が悪いということだ。

 

「……真守、ごめんな」

 

垣根は真守の頭を優しく撫でながら、一人呟く。

垣根帝督には朝槻真守の体調を治すことができない。

未だ、この世界の人々は魂という存在を解明できていない。

 

解明できているのは真守だけだ。その真守でさえ、自分の霊媒や霊体といったものをコントロールできていない。

現状、真守は自力で治る以外に手立てがないのだ。

 

だがエルダー=マクレーンは言っていた。

冥土帰し(ヘブンキャンセラー)。真正の医者。

アレイスター=クロウリーの治療をして、日本へと逃がした張本人。

彼ならば、真守を治す手立てを構築できるかもしれないと、エルダーは言っていた。

 

(やっぱり朝になったら平熱でも、あの医者のところに行くか。あそこも大熱波で学生の受け入れが激しくなってるみてえだけど、真守は優先的に見てもらえるだろ)

 

垣根帝督はそう考えて、眠る真守の背中を優しく撫でた。

 



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第一一三話:〈早朝各自〉で動き出す

第一一三話、投稿します。
次は七月二四日、月曜日です。


薄く空が明るくなり、日の出が近付いてきた時間帯。

路地裏に、銀猫系貴婦人が立っていた。

彼女はもちろん真守とアシュリンのご先祖様である、エルダー=マクレーンだ。

 

エルダーは自らの核である魔導書を腰から下げて、カブトムシを抱きかかえていた。

エルダーの目の前には、護送車が止まっている。

だがその護送車は無残な姿になっていた。

 

右方の後部扉付近がへこんで、扉が大きく曲がっているのだ。

車をぶつけてできた損傷ではない。

まるで、横から思いきり殴られたようにひしゃげている。

普通なら護送車を殴りつけるなんて無理だ。だが、この街に外の常識は通用しない。

 

「ふむ」

 

エルダーはゆらっと尻尾を振ると、その場に腰を下ろす。

そこには頭部を破壊され、血の花を咲かせている死体があった。

その黒服の死体は護送車にもたれかかる形で事切れていた。

殴殺されている男は一人ではない。すぐ近くにも数人、力任せに体を潰されて絶命している黒服の男たちがいる。

 

「普通の人間は生存本能故に体の出力に制限が掛かっている。それ故に、膂力(りょりょく)だけで他者を絶命させるほどの力を出せるはずがない。……生存本能を掛ける()()がなく、()()()()()()()()()()()操られているならば可能なことだ」

 

『つまり、大悪魔コロンゾンに操られた烏丸府蘭だという事ですか?』

 

エルダーが抱き上げているカブトムシは、エルダーの呟きを聞いて問いかける。

エルダーはカブトムシの頭を撫でながら、力任せに殴り殺された死体を見つめて寂しそうにする。

 

「襲撃犯が烏丸府蘭であるという確証はない。帝兵、未元物質(ダークマター)でなぞって残存情報を探れるか?」

 

『もうすでにやってます。ですが科学的な異能も魔術の痕跡も検出できません。単純な力だけで、彼らは死んだようです』

 

「科学も魔術も検出できないとすると、やはり烏丸府蘭か……まあ、他にコロンゾンに操られてる魔術師もいる可能性があるから、断定はできぬが」

 

エルダーはふむっと小さく頷いて、カブトムシを抱え直す。

エルダーたちは烏丸府蘭がコロンゾンに操られて土御門を攻撃し、逃走した事を知っている。

だから目の前で人間を殴殺した痕跡を、烏丸府蘭だと当たりをつけられるのだ。

エルダーが状況を精査していると、かつんかつんっと松葉杖を突く音が聞こえてきた。

 

一方通行(アクセラレータ)、どうであった?」

 

「中で争った形跡はねェが、少し荒れてたの確かだ。『代替わり』先の()()()を運び出した形跡だろォな」

 

「む。本体だけではなく、スペアも奪われたのか」

 

この路地裏の奥には、とあるものがある。

それはアレイスターの情報網である、『滞空回線(アンダーライン)』の流入を防ぐことができるマンホールを模した鉄扉だ。

 

鉄扉の先では、次の『書庫(バンク)』として機能できる『次代』が開発されていた。

『次代』の『書庫(バンク)』を担える物品。それはプロセッサスーツというものだ。

 

プロセッサスーツは特殊なスーツで、駆動モーターや電位伸縮性テープで補強されているものだ。

しかもスーツの外装は一方通行(アクセラレータ)の能力を科学的に再現した、『演算型・衝撃拡散性複合素材(カリキュレイト・フォートレス)』が使われている。もちろん『書庫(バンク)』の全情報を収容できるストレージとなっており、スペアとセットで二つ用意されていた。

 

それがいま、ここにはない。スペア共々、奪われたのだ。

 

「帝兵、他の施設から運び出された『次代』の『書庫(バンク)』候補たちは監視しておるか?」

 

『はい、五種類全てを確認しております。プロセッサスーツを持ち去った者もネットワークで検索を掛けていますが、未だ見つかっておりません』

 

現在、『書庫(バンク)』は代替わりが行われようとしている。

理由はもちろんマイクロ波で引き起こされていた大熱波の影響で、『書庫』のある場所がマイクロ波を遮断していた場所に限られてしまったからだ。

 

書庫(バンク)』は学園都市の秘奥。そのため何者にも場所を気取られてはならない。

だからこそ、代替わりのために多くの『次代』の『書庫』候補が運び出されている。

 

代替わりを果たすために『今代』の『書庫(バンク)』へ輸送されている『次代』の『書庫』候補。

その一つが、何者か──おそらく烏丸府蘭に盗まれた。

しかもその記録は、カブトムシとトンボのネットワークどちらにも残されていない。

 

「帝兵と帝察のネットワークを掻い潜れるとなると、両者のネットワークの知識を事前に持っているものだな。そのような人間は、大悪魔コロンゾンの手先であった烏丸府蘭と考えるのが妥当だ」

 

「そォだな。そォやって考えて動いた方が絶対に良いな」

 

一方通行(アクセラレータ)はチッと舌打ちして、怪訝な表情をする。

 

「ただ何でスペアも運び出したンだ? 普通の悪党なら本体を持ち出してスペアを破壊する。本体だけで十分だろォが」

 

「そこは分からなんな。少しずつ情報を集めるしかあるまい」

 

エルダーが一方通行(アクセラレータ)の疑問に反応していると、カブトムシがヘーゼルグリーンの瞳を瞬かせた。

 

『ここら一帯に精査用の未元物質(ダークマター)を撒き、残存情報を洗います』

 

「よろしく頼むぞ、帝兵。犯人が烏丸府蘭だという確証を得てくれ」

 

『はい。──ですが、少し待ってください』

 

エルダーがよろしく頼むと告げると、即座にカブトムシが声を上げた。

 

「む、帝兵。一体どうした?」

 

『私のネットワークでプロセッサスーツを着込む人物を確認できました。その数は五』

 

プロセッサスーツは『次代』の『書庫(バンク)』候補として、予算的にも二着作るのが限度だった。

それなのに、二着以上存在しているのはどう考えてもおかしい。

 

「ブラフか。ふン、スーツを奪ったヤツはスペアを囮にするだけじゃ物足りねェって事か」

 

一方通行(アクセラレータ)が眉をひそめる中、エルダーは抱きしめているカブトムシに目を向ける。

 

「帝兵、ブラフだと分かっていても複数確認されているプロセッサスーツに接触してくれ。どういう絡繰りで増えているか確かめたい」

 

『了解しました。この近くにも一体、発生しています』

 

「──場所教えろ。俺が行く」

 

一方通行(アクセラレータ)は電極のスイッチに手を伸ばす。

そしてカブトムシに指定されたポイントへと急行した。

エルダーは甲斐甲斐しくすぐに動く一方通行を見送って、片手を腰に沿える。

 

「さて。『窓のないビル』で放逐されたコロンゾンはどうなったものか。おそらくエイワスが空気を読んで色々時間稼ぎしているとは思うが、果たしてそれまでに『書庫(バンク)』争奪に区切りが付けられるかの」

 

エルダー=マクレーンは一人呟いて、少しずつ明るくなってきた空を見上げる。

そしてゆらんっと尻尾を揺らして、へにゃっと猫耳をしおらせた。

 

「……お腹空いた」

 

『いま他の個体に食事を持ってこさせますから、我慢してください』

 

「……うむ。頑張るっ」

 

エルダーはカブトムシに元気づけられて大きく頷く。

そしてそっと目を細めた。

 

(さて。我らが混ざり者にして真なる者はいまも苦しんでおるだろうか)

 

エルダーは真守のことを考えながら、むぎゅっとカブトムシを抱きしめる。

そしてカブトムシから、真守の情報について聞き出していた。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

浅い呼吸音。

そして時折辛そうに唸る声が、静かな部屋に響き渡る。

真守は変わらずに『施設(サナトリウム)』の自分の寝所のベッドにて横になっており、その体調不良にうなされていた。

 

一度熱は落ち着いたのだが、また上がってきてしまったのだ。

アシュリンの魔術は霊格や霊媒、魂に作用するものだ。

だが真守は完成された人間である。

そのため普通の人間に作用する魔術の出力を調整しても、快復させるには至らなかった。

 

これ以上は命の危険に関わるし、アシュリンもここまで来るとお手上げである。

そのため夜も明けたことだし、これからエルダー=マクレーンの指示通りに冥土帰し(ヘブンキャンセラー)のいる病院へと向かう手筈となっていた。

 

真守は外に出るためにセーラー服を着させられている。

誉望には車の準備を、アシュリンや深城には入院となった時用に真守の荷物をまとめている。

そんな中、垣根は直前まで真守の世話をしていた。

じっとりと濡れた肌を優しく冷たい布で拭ってやると、真守が目を開けた。

 

「…………かきね」

 

浅いをしながら、真守はぼうっとした瞳で視線を彷徨わせる。

垣根は真守に無理をさせたくないため、真守の顔に自分の顔を近づけた。

 

「どうした?」

 

優しく垣根は問いかける。だが真守は熱が辛いのか、すぐに答える事ができない。

 

「……ん……」

 

真守は小さく呻くと、垣根へと頑張って手を伸ばす。

 

「抱きしめてほしいのか?」

 

垣根は優しく問いかけながら、ベッドの端に座る。

そして寄り添うように、真守を優しく抱きしめた。

 

「かきねの……腕のなか……」

 

真守は垣根に頑張ってすり寄りながらぼそぼそ呟く。

 

「安心、する……」

 

垣根は真守を動かさないように自分が密着すると、真守のことを優しく抱きしめる。

 

「ん」

 

真守は垣根に包み込まれるように抱きしめられて、幸せそうに小さく唸る。

垣根は真守のことを優しく抱きしめながら、そっと目を細める。

こんなに弱弱しい真守を見たのは、第三次世界大戦終戦以来だ。

 

あの時、真守は演算能力の過剰行使によって、脳の疲弊から体調を崩した。

あれは眠ればよくなるものだった。だが今はどうすれば真守が良くなるか分からない。

 

しかも真守は元々、エネルギーを生成できる能力者だ。

そのため能力開発を受けてから、一度も風邪を引いたことがない。

それなのに体調不良に見舞われるというのは本当に辛いことだ。

真守も自分の体内エネルギーが操作できないとなると、もどかしい思いをしているだろう。

 

「……みんな、大丈夫かな」

 

「大丈夫だ、お前は自分のことだけ考えてろ」

 

体調が悪い状態で、人の心配なんてしなくていいのだ。

垣根が真守の頬を優しく撫でると、真守は安堵の笑みを力なく浮かべる。

自分よりも体温の低い、冷たくて優しくて繊細で大きな手。

それがとても、真守は安心するものだ。

 

「ん」

 

真守は小さく唸って、垣根へくてっと体を擦り寄せて甘える。

 

「……垣根」

 

「なんだ?」

 

「…………たいへんな思いさせて、ごめん」

 

垣根帝督は朝槻真守にコロンゾンが『拡散』を打ち込んだ時、ひどく焦っていた。

自分には真守を助けることができない。どうすれば真守のことを助けられるか分からない。

その時の垣根帝督の焦りようを真守は覚えている。

だから真守が心配していると、垣根は柔らかく笑った。

 

「問題ねえよ。ただ、俺がお前のことを大切に想ってるって分かってくれりゃあそれで良い」

 

垣根はいつだって自分よりも大切な誰かのことを考える真守の頭を優しく撫でる。

 

「お前はこれまで色んなものを救ってきた。だから辛いときはお前が救ってきた人間に甘えても良いんだ。それくらいしてもらわなきゃ、俺たちだって悲しい」

 

「…………ん。あのな、かきね」

 

「なんだ?」

 

垣根が柔らかく問いかけると、真守は垣根に頭を撫でられながら微笑む。

 

「そばにいてくれて、ありがとう。とても嬉しい。一人じゃないの。……とても」

 

「当たり前だろ」

 

垣根は真守のことを優しく抱きしめる。

 

「何度も言ってるけど。……俺は、お前を一人にする事だけは嫌だったんだから」

 

誰も守ってくれない。

学園都市の現実は辛く、非情で。普通の人間は周りに手を差し伸べる余裕がないから。

だから真守は大切な少女をずっと守っていくと誓った。

辛くても、『表』で懸命に生きて行く事を誓った。

 

『闇』から逃れながら場違いな『表』で、大切な少女を守りながら『光』を求めて進み続ける。

それは本当に辛く険しい道だ。いばらの道だ。

そんな境遇の少女を放っておけないと思うくらいには、垣根帝督は悪になりきれていなかった。

 

「ずっとそばにいる。いつまでも一緒だ。絶対に離れねえ。お前がいないと俺は生きていけない。だから早く元気になってくれ」

 

垣根は真守の額にキスを落としながら笑う。

 

「愛してる、真守」

 

「………………わたしも、だいすき」

 

真守は垣根の愛に最大限に応えたいとして、ふにゃっと微笑む。

 

「用意ができたらすぐに行くから。な?」

 

垣根は真守の頬に、首筋に手を当てて体調を気にしながら告げる。

真守は小さく頷くと、再び目を閉じた。

垣根は真守の額に載っている、ハッカの匂いに満ちたアシュリンが用意した濡れタオルがまだ使えるか確認する。

すると真守の入院用の荷物を作っていた深城がやってきた。

 

「垣根さん、真守ちゃんのお荷物の準備できたよぉ」

 

深城がやってきたので、真守は薄く目を開ける。

 

「…………みしろ」

 

真守が小さい声で呼ぶと、深城は真守に近づいた。

そして真守の頬に手を添えて、深城はにっこりと微笑む。

 

「なぁに、真守ちゃん」

 

「………………みしろは、元気?」

 

「あたしは何も問題ないよぉ。あたしを維持してくれる真守ちゃんとのパスは自動になってるしぃ。それに真守ちゃんは自分に何かあった時、あたしが一〇〇年は生きられるように設定してくれてるから。だから気にしなくてだいじょぉぶ」

 

深城は優しく真守に話しかけて、微笑む。

 

「あたし以外のみんなもだいじょぉぶだよ」

 

「…………みことも?」

 

真守はアレイスターの攻撃によって行動不能になった美琴のことを思い出す。

深城は微笑むと、真守の頬を優しく撫でる。

 

「美琴ちゃんはもう昨日のうちに学舎の園に戻ってるよ。いまこの『施設(サナトリウム)』で具合が悪いのは真守ちゃんだけだから、だいじょぉぶ」

 

「……学園都市の、子たちも大丈夫?」

 

「大熱波が止んでも真守ちゃんが暴動起きないようにしてたでしょ? ただ大悪魔がちょっかい出してきてるけど、それについてはアレイスターさんが上条くんたちと一緒に頑張ってるから。一方通行(アクセラレータ)さんも『書庫(バンク)』を大悪魔から守ろうとしてるしぃ、だいじょぉぶ」

 

深城がにこっと微笑むのを見て、真守は安堵する。

自分だけじゃなくて、多くの子供たちが学園都市を守ろうとしてくれる。

それが本当にうれしくて、安心できて。真守は安心できたのだ。

 

「そう。よかった……」

 

真守は小さく呟くと、自分の頬に手を添えている深城に手を伸ばす。

 

「みしろ」

 

「なぁに?」

 

「いつも、ありがとう」

 

深城は真守の胸に布団の上から手を置いて優しく撫でる。

 

「あたしがやりたいからやってるの。だから真守ちゃんは気にする事なく甘えればいいんだよぉ」

 

「ありがとう、みしろ。わたしの、大切な女の子……」

 

真守はそう告げると、熱で潤んだ瞳を動かして垣根を見た。

垣根は本当に辛そうな顔をしている。真守は垣根を見つめて、微笑みかける。

 

「かきねもそばにいてくれてありがとう……だいすきな、男の子……」

 

真守はぼそぼそと呟きながら、そっと目を閉じる。

すると浅い呼吸をしながらも、真守の寝息が聞こえてくる。

深城は真守の頬から手を離す。

 

「寝られるなら寝ておいたほうがいいからねえ」

 

「後で移動する時に起こしちまうのが忍びないけどな」

 

垣根は深城と話をしながら、冥土帰し(ヘブンキャンセラー)の病院に行く準備が整うまでずっと真守のそばにいた。

真守と約束したから。

何があっても、真守が分からなくなったとしても。ずぅっとそばにいると。

だいすきな男の子と、たいせつにしたい女の子。

そんな二人の側が温かくて、眠っている真守の頬が少し緩んだ。

 



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第一一四話:〈各々組合〉で行動を

第一一四話、渡航します。
次は七月二七日、木曜日です。


ビルとビルの隙間。

そこからこそっと、銀髪美少女アレイスたんが顔を出した。

美少女化したアレイスターは紙幣大の紙切れを指でつまんでひらひら空気の中を泳がせる。

すると、ボッ! っと炎を吐いて、その紙切れが燃え尽きた。

 

アレイスターが手にしているのはリトマス紙──コロンゾンの力に反応して焼き切れる護符だ。

アレイスターは手元のスマートフォンを操作して記録すると、次のポイントへと向かう。

そんなアレイスターの後ろをついていくインデックス。そして肩にオティヌスを乗せた上条当麻は、がっくりとうなだれながらとぼとぼ歩いていた。

 

「まさか元おっさんと夜をネカフェで迎えるなんて……」

 

「私としては手を出してほしかったのだがな」

 

「こんなセクハラ親父から俺は体を守りながら、よく一緒に一夜を明かせたよ……ッ!」

 

上条当麻はおいおいと小さく泣きだす。

ちなみにインデックスとオティヌスもネットカフェに泊まったのだが、彼女たちはアレイスターの策略(笑)によって隣の部屋となったのだ。

 

インデックスは不満そうだったが、一度カプセルホテルから追い出されていたので我慢した。

ちなみに一度カプセルホテルから追い出されたのは元おっさんが発情したためなのだが、そんなことすれば追い出されるのは当然である。

 

がっくりとうなだれる上条当麻。

その隣で、アレイスターは再びリトマス紙を取り出す。

すると再びボボッ! と、リトマス紙が燃えた。

アレイスターは再びスマートフォンに記録しながら頷く。

 

「ふむ。大体分かってきたぞ」

 

「……何が?」

 

上条当麻は眠りが浅いし怪我をしているので体が重い様子でアレイスターを見る。

アレイスターはスマートフォンの画面を上条に見せて、ふりふりと横に振った。

 

「やはりコロンゾンはこの学園都市に混乱を巻き起こしているようだ」

 

アレイスターが情報を整理していると、周りを見ていたインデックスが口を開いた。

 

「不和、だね」

 

「ふわ?」

 

上条当麻が首を傾げる中、オティヌスは上条の肩で足を組みなおす。

 

「日本語も不自由になったか、人間。つまり仲違いやすれ違いによる暴動や事件が、学園都市で発生してしているのだ」

 

「……それって大熱波が終了したから不満が爆発して、暴動が起こってるんじゃないのか?」

 

不条理を強いられていた者たちがすぐに日常生活に戻れるわけがない。

しかも学園都市は上条当麻が輝けるように、悲劇をわざと積み上げるように造り上げられている。

現在の学園都市は暴動や事件が起こってもおかしくない状態だと、上条当麻はつたないながらも認識していた。

 

「神人はバカじゃない。人々の不満が爆発しないように上手くコントロールしていたし、大衆心理を能力か何かで操って大きな抗争が起きないようにしていた」

 

用意周到で、あらゆる手段で学園都市の人間を守ろうとする真守。

真守に信頼を寄せているオティヌスがそう推測すると、インデックスが頷いた。

 

「水の天使が生まれた時から水と深く結びついているように、コロンゾンは誕生の瞬間から三三三、拡散……つまり『自然分解』に特化した性質と思考を持っているんだよ」

 

インデックスの説明を、スマートフォンで情報整理をしていたアレイスターが引き継ぐ。

 

「つまりあの大悪魔は集団Aと集団Bを対立し合わせ、共倒れさせようとするのだ。朝槻真守が完璧にコントロールしていた学園都市で最低限以上の暴動が起きている。それはコロンゾンによる小細工が働いているのだ」

 

アレイスターは情報整理したスマートフォンを見つめると、一つの地図アプリを呼び出した。

 

「リトマス紙を見るに、この先の公園に何かがあると見ていいだろう。どうせヤツの霊媒に繋がる何か──例えば毛髪などを毛束にして、陣を形成しているに違いない」

 

「じゃあ俺が幻想殺し(イマジンブレイカー)でサクッと打ち消せば、学園都市の混乱は治まるって事か?」

 

上条は自分の右手を見つめる。

そんな上条を見て、アレイスターはチッチッチッと人差し指を振る。

 

「おいおい相手はあのコロンゾンだぞ? 幻想殺し(イマジンブレイカー)で打ち消した途端にトラップが発動するに決まってる。破壊を前提にトラップを組み込むことは容易だ。例えば幻想殺しで打ち消した途端、その魔術の破片が体をずたずたに引き裂くとかな」

 

「じゃあどうするんだよ」

 

「物事には下調べが必要だ。とりあえずコロンゾンが作った陣を全て把握して、トラップがないか調べる」

 

アレイスターは宣言すると、新たなリトマス紙を取り出してふりふりと振り始める。

そんなアレイスターを見て、上条は不思議そうな顔をする。

 

「純粋な疑問だけどさ、コロンゾンはどうして暴動なんて起こしてるんだ? もっと派手な事とかしそうなのに」

 

「ヤツの事だ、決まってる。ただ単に人間が潰し合っているのを見るのが好きなのだろう。それに混乱が多発していれば事件が隠れ蓑となり、『書庫(バンク)』争奪戦も有象無象にまぎれてしまうからな」

 

「……『書庫(バンク)』の方は大丈夫かなあ」

 

一応、上条たちにもカブトムシからの情報は回ってきている。

エルダーと一方通行(アクセラレータ)なら『書庫(バンク)』を守れるであろうが、それでも心配になるというものだ。

 

「私たちがするべきことは『書庫(バンク)』の守護ではなく、コロンゾンの魔の手を排除することだ。このまま残しておくわけにはいかないしな」

 

アレイスターが移動をしながら方針を口にすると、インデックスは口を尖らせて上条を見上げる。

 

「とうま。とうまはなんでもかんでも背負いたがるけど、力になってくれるひとはまもり以外にもいるから、大丈夫なんだよ」

 

「そうだ。人間はもう少し周りの手を借りる事を覚えねばな」

 

オティヌスの同意すらも聞いて、上条は頭をぽりぽりと掻く。

 

「……俺、結構朝槻にべったりしてるけどなあ」

 

「まもりだけじゃなくて私たちの手も借りて! じゃないと噛むよ!!」

 

「わあああ歯をガチガチ言わせないでインデックスさん!!」

 

上条は高速ミシンのように歯をガチガチ言わせるインデックスを見て叫ぶ。

アレイスターはそんな上条の声を聞きながら口の端を緩めた。

 

(いつでもどこでもラブコメができる辺りが、空気を和やかにしているとは思うまい)

 

アレイスターはくつくつと一人で笑って、リトマス紙がボッと燃えるのを見つめる。

上条はそんなアレイスターに気が付いて首を傾げた。

 

「? どうしたんだ、何か気になる事があるのか?」

 

「いや。早くコロンゾンの件を終わらせて、ぐちゃぐちゃにされたいと思っていたところだ」

 

「最悪だこのエロ親父!!」

 

上条当麻の叫びが木霊する中、一同はアレイスターが見つけた思考汚染の元になっている陣がある公園へと向かった。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

「む。どこかでエロ親父が思春期少年を翻弄している気がする」

 

エルダー=マクレーンはすらっとした銀の尻尾を、ゆらゆら揺らしながら呟く。

現在、エルダーとある公園のオープンカフェにいた。

すぐそばでは警備員(アンチスキル)が巡回しており、事件があったことがうかがえる。

エルダーはもぐもぐとホットドッグを口にしていたが、ふむっと頷く。

 

「まあ別にアレイスターが思春期少年に悪事を働いていても気にしなくて良いか。ヤツが他者を翻弄したところで、ワタシに害があるわけでもないし。三つ子の魂百までと言うが、アイツは生まれ変わってもセクハラ親父のままよ」

 

ハハハハ、と力なく笑うエルダー=マクレーン。

人工知能だと言ってもエルダーは元々人間だ。しかも女だから、勘がとても良い。

その鋭敏な勘の通り、アレイスターは上条当麻を翻弄してブイブイ言わせていた。

エルダーは猫耳をぴょこぴょこ震わせながらもぐもぐとホットドッグを口にする。

そんなエルダーに、カブトムシが現状報告をした。

 

『エルダー。プロセッサスーツを装着した覆面男は現在一〇三体にまで増えています』

 

『次代』の『書庫(バンク)』として機能するプロセッサスーツ。

それを奪ったであろう烏丸府蘭は自分が着ているプロセッサスーツのダミーを造り上げて、エルダーたちを翻弄していた。

しかもそのダミーの数が尋常ではない。そしてダミーは人々にも牙を剥いていた。現在、カブトムシが早急に対処しているが、後手に回っているのは事実だ。

 

「三ケタまでに囮が増えると相手をするのも時間の無駄だな。帝兵、そのプロセッサスーツを着込んだダミーの詳細は分かったか?」

 

『捨て身でパラメータを取得したところ、どうやら魔術由来の異能のようです』

 

「ふむ。パラメータをこちらにも寄越せ」

 

エルダーが指示すると、カブトムシはエルダーに情報を寄越す。

 

「む? なんというか、大分不安定な数値だな。魔術とは大概ありえない数字だが、これは輪に掛けておかしい。まるでわざと実験を失敗させて生み出した不安定さだな……」

 

エルダーが一人呟いて推測する中、カブトムシは補足説明をする。

 

『プロセッサスーツのダミーは細胞質の群れでできています。学習能力が高い細胞質の群れで、プロセッサスーツを着込んだ人物の動きを完全にトレースしています』

 

「ほう。細胞質の群れだと?」

 

『はい。細胞質の群れはすぐに形を変えることができます。そのため倒してもキリがありません。ですので、私たちが接触した細胞質の群れは全て氷漬けにしました』

 

エルダーはふんふんと頷きながら、カブトムシの説明を聞く。

そして情報を整理して、ぴこんっと猫耳を震わせた。

 

「細胞質ならば増殖も容易いだろうな。だからこそ囮が一〇三体にまで増殖しているのだろう。しかもプロセッサスーツに擬態しているだけではない。そこかしこに細胞質の群れでできた敵がいる可能性もある」

 

『ええ、その通りです。精査した結果、質量は接触した一〇体全部が三二キロと制約があります。ですが色や形が多彩に変化し、その力は最大で並の恐竜を超えるほどのようです』

 

エルダーはカブトムシの説明と記録を確認して、思い出したことがあった。

 

「ふむ。『なんにでも形を変えられる』か。そして恐竜のような膂力と来た」

 

『何か気になることが?』

 

「うむ。アレイスターの記憶に、ミメティックプレデターなるものがあったと思い出した」

 

『それはなんですか?』

 

カブトムシが問いかけると、エルダーはカフェラテへと手を伸ばす。

 

「ネス湖の実験でアレイスターはいつも通り失敗した。あの時、精霊のなりそこないのようなものが大量に生み出されたのだ。その後の顛末は知らぬが、あの『怪物』は膂力と咀嚼力が大変強く、恐竜の生き残りではないかと騒がれておった」

 

エルダーはカフェラテを飲んで、一息つく。

そんなエルダーを見て、カブトムシはヘーゼルグリーンの瞳を収縮させた。

 

『UMAとして有名なアレですか?』

 

「なんだ。科学に彩られたオマエも知っているのか?」

 

エルダーが意外そうに告げると、カブトムシはヘーゼルグリーンの瞳を煌めかせる。

 

垣根帝督(オリジナル)の指示で、オカルトに関連する情報を収集していますので』

 

「ふふ。垣根帝督は真守を守るためなら全力で頑張るからな」

 

エルダーはカブトムシの背中を優しく撫でる。

すると、そんなエルダーの頭上から一方通行(アクセラレータ)が降りてきた。

 

「『今代』の『書庫(バンク)』である総合取引証券所を攻撃したA・O・フランキスカなる、プロセッサスーツを着込んだ人間。そいつには逃げられたのだろう?」

 

「途中でオマエの言うミメティックプレデターってヤツが邪魔しやがった。つーか、その口ぶりだとオマエは俺が絶対に捕まえられねェって思ってたのかよ」

 

書庫(バンク)』として運営されている『今代』の高速サーバーは総合取引証券所のものだった。

その総合取引証券所を強襲したプロセッサスーツを着込んだ烏丸府蘭は、自らのことをA・O・フランキスカだと宣言していた。

 

その宣言に何の意味があるか不明だが、烏丸府蘭は『書庫(バンク)』の代替わりを済ませている。

つまり何が何でもプロセッサスーツを奪取するか破壊して、『書庫』を取り戻す必要がある。

 

「魔術に反射は効かない。それはオマエがミメティックプレデターのパラメータを取得していないからだ。だが安心しろ、帝兵が別口でパラメータを取得した。その情報があればオマエの反射もミメティックプレデターに効くであろう」

 

エルダーは笑うと、一方通行(アクセラレータ)へとホットコーヒーを手渡す。

一方通行はチッと舌打ちしながらも、エルダーからコーヒーを貰う。

 

「焦る必要はない。確かにプロセッサスーツは『書庫(バンク)』を丸ごと収めるストレージに加えて外部と情報を送受信できる高性能スペック仕様だ。だが『書庫』の情報は膨大で高性能過ぎるが故に、外での技術では簡単に扱えぬ。学園都市からスーツを持ち逃げでもせぬ限り、対処の仕様はある」

 

一方通行(アクセラレータ)はエルダーに窘められて、とりあえずバッテリーを充電するためにエルダーと同じテーブルの席に座る。

すると、カブトムシがヘーゼルグリーンの瞳を瞬かせた。

 

『エルダー、一方通行(アクセラレータ)。気になる個体がいます』

 

「帝兵、気になる個体とは?」

 

エルダーが問いかけると、カブトムシはヘーゼルグリーンの瞳で空間に映像を投影する。

 

「……なンだこの気持ち悪い動きしてやがる覆面男は」

 

スクリーンに映し出されたのは、警備員(アンチスキル)が追いかけているプロセッサスーツだ。

はっきり言ってとても間抜けな動きだ。

 

ミメティックプレデターは学習能力が高く、通常であればミメティックプレデターはA・O・フランキスカなる人物の動きをトレースして行動している。

 

そのためカブトムシが注視しているプロセッサスーツは、ミメティックプレデターである確率が非常に低い。

 

「ほう。──一方通行(アクセラレータ)、このプロセッサスーツの中には人間が入っておるのだろう。その性能からしておそらくスペアだ」

 

「それがどォした。プロセッサスーツはスペアとセットで作られてたンだ。誰かが着させられていてもおかしくねェ」

 

「そうだな。プロセッサスーツはスペアとセットで作られている。それが重要だ」

 

「あァ? 何が言いてェ」

 

一方通行(アクセラレータ)は怪訝な顔をしてエルダーを見る。

エルダーはテーブルに載っているポテトへと手を伸ばしながら、微笑む。

 

「プロセッサスーツはスペアとセットで作られている。それは型式を同じくしているということだ。そうでなければスペアの意味がないからな。そしてこれはどこからどう見ても起動している」

 

人工知能らしくエルダーが情報を整理すると、一方通行(アクセラレータ)は怪訝な表情をする。

 

「基幹プログラムと設定プロファイルが同一だから本体とスペアは同期しちまってるって事か。だったらスペアのプロセッサスーツも回収するかぶっ壊す必要が──……待て。それはつまり、」

 

一方通行(アクセラレータ)は顔をしかめて、すぐさまその事実の意味するところを理解して目を見開く。

エルダーは学園都市の最高峰の頭脳らしく頭の回転が速い一方通行を見て微笑む。

 

「本体とスペアは基幹プログラムや設定プロファイルが同一。そして二つとも起動している。つまり重複する個人情報と識別番号によって、二つのプロセッサスーツが競合を起こしておるのだ。そのせいで、正しいネットワーク認証ができない状態となっておる」

 

エルダーは情報を整理して、ご機嫌に尻尾を揺らめかせる。

 

「つまり現在、『書庫(バンク)』は『書庫』としてうまく機能していない状態だ。そんな状態ではA・O・フランキスカも囮のプロセッサスーツの演算コアを破壊するか、手動で全権を差し出させてスペアをスレーブ化させなければ『書庫』の全てを手に入れられない」

 

エルダー=マクレーンは自信たっぷりで告げる。

 

「これでもっと時間の猶予が生まれたな。A・O・フランキスカもスペアが邪魔だと気づいておろう。なればこそ絶対に囮のプロセッサスーツを壊しにかかる。囮のプロセッサスーツをマークしていれば、A・O・フランキスカも一網打尽にできるというワケだ」

 

方針は決まった。この状況を打開できる策も見い出せた。

必ずスペアのプロセッサスーツを破壊するために、A・O・フランキスカは動き出す。

スペアの動きに注視していれば、カモがねぎを背負ってくるように、逃げ回っているA・O・フランキスカが姿を現すのだ。

一方通行(アクセラレータ)は方針が決まった中、少し辟易する。

 

「つか、なンで『『書庫(バンク)』の居場所がバレねェよォにって、持ち運びできるよォにしたんだよ。そのまま盗まれるかもしれねェって考えなかったのか、連中は?」

 

「ふふ。意外性を求めた結果、面白い事になってしまったな」

 

「面白くねェよ」

 

一方通行(アクセラレータ)が毒吐くと、エルダー=マクレーンはにししっと笑った。

そのいたずらっぽい表情は真守そっくりだ。

 

エルダー=マクレーンは本当に真守のご先祖様なのだ。

だからきっとこの女性と接するのは居心地が良いのだろう。

 

一方通行(アクセラレータ)はそう思いながら、エルダーが頼んでいたホットドッグを貰う。

そして朝食を手早く済ませて、プロセッサスーツを着込まされている一般人のもとへと向かった。

 



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第一一五話:〈不明事態〉でも事は進む

第一一五話、投稿します。
次は七月三一日月曜日です。


浜面仕上は自分が置かれている状況を上手く呑み込めていない。

だが自分がするべきことは分かっている。

目の前の小さな命──人間の赤ちゃんを世話することだ。

 

浜面仕上は以前、『ドラゴンライダー』と呼ばれるバイクを含めた駆動鎧(パワードスーツ)を借り受けたことがあった。そこからの縁で、浜面は第二学区のサーキット場でバイトをしていた。

 

大熱波が収束して、バイト先に呼ばれた浜面仕上は道路を歩いていた。

すると突然何者かに後ろから殴られて、気絶させられたのだ。

そして気が付いたら、全身スーツをまとわされていた。

 

昏倒させられた時にまとわされた全身スーツは装甲の所々にライトが埋め込まれており、危険度合いによって青から赤へと変化する仕様。

 

しかもどうやらこのスーツを着た他の誰かが、『総合証券取引所』へと襲撃を掛けたらしい。

となると必然的に、同じスーツを着ている浜面仕上は強制的に警備員(アンチスキル)に追われることとなった。

そしてその最中、浜面仕上は一人の赤ん坊を拾った。

 

その赤ん坊は新品同然の廃車の、鍵がかかったトランクに放置されていた。

腕に巻かれている強い素材で作られたタグには『LILITH』とだけ書かれている。

おそらくこの赤ん坊の名前なのだろう。

そしてどうやらこの『LILITH』、あらゆる人間に狙われているようなのだ。

 

例えば学園都市の頂点の一人、超能力者(レベル5)第二位、一方通行(アクセラレータ)

最初は何故、一方通行が自分を襲って来たのか理解できなかった。。

だがリリスを狙っていると予測できたのはその後の事だった。

 

浜面仕上は『総合証券取引所を襲った覆面男』と勘違いされて警備員(アンチスキル)に追われていたが、腕の中に何の罪もないリリスを危険にさらすわけにはいかなかった。

だからわざと警備員に捕まり、リリスを警備員に預けるために詰め所へと連行されたのだが、そこに一方通行(アクセラレータ)とは違う襲撃者が現れたのだ。

 

その覆面こそ、A・O・フランキスカと呼ばれる『総合証券取引所』を襲撃した犯人である。

浜面仕上は襲撃された警備員(アンチスキル)の詰め所からリリスを連れ、安全な場所を求めて逃亡した。

 

おそらくA・O・フランキスカは囮として浜面仕上にプロセッサスーツを着させた。

だがA・O・フランキスカにとって予想外の出来事が起きたから、囮である浜面仕上の前に現れて、襲って来た。

 

浜面仕上がイレギュラーに『拾った』もの。それはリリスだ。

この状況から見て、間違いはない。

今学園都市で起こっている問題の中心には、リリスがいるのだ。

 

『全く違いますね。見当外れもいいところです』

 

浜面仕上の名推理(笑)を蹴り飛ばしたのは、ベンチの背もたれで落ち着いている白いカブトムシだった。

垣根帝督が自らの能力で造り上げた人造生命体、カブトムシはヘーゼルグリーンの瞳で真剣に推測する浜面仕上を嗤う。

 

『全く違うのォ!? だってそうじゃんっそうとしか考えられないだろ!?』

 

浜面仕上はとある植物園の屋内施設で、驚愕の声を上げる。

ベンチにはリリスを抱き上げたミニスカサンタ姿の滝壺理后が座っており、驚愕する浜面をぼーっとした顔で見上げた。

 

「はまづら。まったく違うって」

 

スーツのせいで浜面仕上だと上手く認識されなかったが、なんとかしてリリスの世話をしてもらうために駆けつけてもらった滝壺理后。

そんな自らの最愛の恋人に追い打ちを掛けられた浜面仕上は叫ぶ。

 

『繰り返さんでいいわっ!! こんなよく分からん生命体より恋人の言葉が一番傷つくっ!!』

 

『よく分からん生命体とは失礼ですね、浜面仕上』

 

カブトムシはヘーゼルグリーンの瞳で、浜面仕上の気持ち悪い動作を見つめる。

 

『いいですか、浜面仕上。よく聞いてください』

 

カブトムシはそう前置きして、単刀直入に現状を説明する。

 

『A・O・フランキスカが狙っているのはそのプロセッサスーツです。浜面仕上を囮にするために、ヤツはあなたにプロセッサスーツを着させました。ですがアクシデントが起こってしまい、あなたのプロセッサスーツを破壊しようと襲ってきているのです』

 

『?? なんでプロセッサスーツが狙われてるんだ? これただのスーツだろ? というかそんな大事なモンなら俺に着させるなよ』

 

『そのスーツには学園都市の全ての情報が詰め込めるのですよ。そう見えないように設計されているのですが、それが事実です』

 

『え!? このスーツってそんなにすごいの!?』

 

浜面仕上はざっくりとしたカブトムシの説明を受けて、自分のプロセッサスーツを見る。

 

『確かに一方通行(アクセラレータ)の攻撃受けても大丈夫だったけど……もしかしてアネリが常駐できてるのはこのスーツがすごいからか? ていうかアネリ、お前知っててスーツに入ったのか!?』

 

『アネリ? アネリとは「ドラゴンライダー」に常駐し、運搬着(パワーリフター)にも使われていた思考補助システムですか? まさかそのスーツにも入っているのですか?』

 

カブトムシが怪訝な雰囲気を醸し出していると、もう一匹のカブトムシと一緒にリリスをあやしていた滝壺が怒った様子を見せる。

 

「あねりはわたしとはまづらを引き裂く悪いヤツだよ」

 

『源白が喜びそうな人工知能に成長していますね』

 

真守の大事な少女、源白深城は生粋の映画好きだ。

しかもニッチでマイナーな映画好き。人工知能と恋人を取り合う少女は大好物だろう。

カブトムシは深城を頭に思い浮かべながら、角をちょっと傾げる。

 

『滝壺理后が恋人を取られまいと敵視するほど高度な人工知能が、何故プロセッサスーツにまで常駐できるのでしょうか』

 

カブトムシは疑問を口にすると、ぶつぶつと呟く。

 

『規格が搭載に対応している? 学園都市の叡智に直結できる人工知能……統括理事会の肝いり? にしてはアネリは自由な思考ができているようですし。……人工知能は人工知能に聞いてしまった方が早いですね』

 

カブトムシはそう呟くと、数秒沈黙する。

 

『な、なんだ? どうしちゃったの??』

 

浜面仕上が急激に黙ったカブトムシを見て不審に思っていると、カブトムシはすぐに復帰した。

 

『なるほど。問答型思考補助式人工知能(リーディングトート78)を民生レベルに落としたモノなのですね。エルダー=マクレーンに確認しました。どうやら意思があるように見えているのは、アネリが彼女の下位互換のような位置づけにあるからだそうです』

 

『ごめん、まったく言っている意味が分からないんだが……?』

 

カブトムシの言っている事が何一つ理解できない浜面仕上を見て、カブトムシは目を細める。

 

『あなたには説明しても分からないでしょうから割愛します』

 

『端的に「お前は頭が悪いから説明しても無駄だ」って、よく分からん生命体に見放された!!』

 

浜面仕上が声を上げる中、滝壺理后が異変に気が付いた。

 

「まって、はまづら。呼吸がおかしい」

 

『え?』

 

浜面仕上は最愛の恋人の言葉に首を傾げる。

見ると、かひゅかひゅと、リリスが苦しそうに息を詰まらせていた。

 

『リリス!? どうした!!』

 

『乳幼児は突然高熱が出ます。その類でしょう』

 

カブトムシは冷静にリリスの頭に六本足の一つを乗せながら告げる。

だが突然、カブトムシはそのヘーゼルグリーンの瞳を明滅させた。

 

『いえ。これは……? まさか、この子は…………?』

 

『なんだ、リリスが死にそうなのか!?』

 

リリスは呼吸がうまくできないのか、かひゅかひゅと何度も不穏な息をする。

そんなリリスを見て、浜面は気持ち悪い動作で慌てる。

カブトムシは控えめに言っても存在が気色悪い浜面仕上に事実確認をする。

 

『──浜面仕上。彼女を拾った時、近くに誰かいなかったのですか?』

 

『……近くに誰かいたら俺だってその人に聞いてたよ。でもリリスは新品同然の廃車のトランクに、ご丁寧に鍵が掛けられて放置されてた。酷い親もいたもんだよ』

 

『……果たして親がいるのでしょうかね』

 

『どういうことだ?』

 

カブトムシは浜面仕上の問いかけに応えず、リリスの処置について話し始める。

 

『リリスは特殊な出生のようですので、乳幼児に対する当然の処置を施しても熱が下がらない可能性があります。第七学区のマンモス病院に連れて行きましょう』

 

『滝壺が世話になった病院か? リリスが特殊な出生って、いったいどういう──』

 

浜面仕上はカブトムシに言い寄っていたが、背筋が《ゾワリ》と怖気だった。

 

次の瞬間。

ダンプカーでも突っ込んできたかのような衝撃と音が響き、植物園全体が揺らされた。

衝撃で、植物園の天井を覆う強化ガラスが砕け散って落ちてくる。

 

プロセッサスーツの装甲の隙間に埋め込まれたライトが赤色になった浜面仕上は、とっさに滝壺とリリスを庇う。

だがプロセッサスーツに埋め込まれている『演算型・衝撃拡散性複合素材(カリキュレイト・フォートレス)』の出番はなかった。──何故なら。

 

『問題ありませんか?』

 

カブトムシが降り注いできた凶器全てを吹き飛ばしたからだ。

 

『野郎マジで地獄を見せてやる……ッ!!』

 

浜面仕上は怒りのままにそう呟く。

自分を狙うA・O・フランキスカは浜面仕上が赤ん坊を連れている事を知っている。

それなのに致死性の高い攻撃をして来た。到底許せることではない。

 

『どうやら一方通行(アクセラレータ)はミメティックプレデターに苦労しているようですね。パラメータを取得はしましたが、そのパラメータをミメティックプレデターが変数化させている。やはり一筋縄ではいきませんね』

 

カブトムシは淡々と告げながら、未元物質(ダークマター)を生成していた翅を畳んで浜面仕上の頭に着地した。

 

『ミメティックプレデターって一体なんなんだよ!?』

 

『学習能力が非常に高いだけの、考える脳がない細胞質の群れです』

 

『何なんだよチクショウ!! 俺は一体何に巻き込まれちまってるんだ!? というかリリス! リリスが高熱出してるのにこのまま戦闘なんてできねえぞ!?』

 

『安心してください。私が第七学区のマンモス病院まで連れて行きます』

 

カブトムシは浜面を落ち着かせると、ヘーゼルグリーンの瞳を光らせた。

すると、植物園の色々な場所からカブトムシがわらわらと出てきた。そしてリリスの事を未元物質(ダークマター)製の白い繭で包むと、四匹のカブトムシでそうっと揺らさずに持ち上げた。

 

『本当にリリスを任せて大丈夫か?!』

 

浜面が問いかけると、浜面仕上の頭に乗っかったカブトムシが告げる。

 

『私を誰だと思っているのですか。超能力者(レベル5)第三位、垣根帝督が真守の補助によって自らの能力で造り上げた人造生命体、帝兵さんですよ』

 

カブトムシは不服といわんばかりにぺちぺちと足で浜面仕上のプロセッサスーツを叩く。

 

『……だったら、滝壺も安全な場所に一緒に連れて行ってくれるか?』

 

「はまづら」

 

滝壺が心配そうに浜面を見上げると、浜面はプロセッサスーツ越しに微笑む。

 

『大丈夫。このスーツは意外と頑丈なんだ。一方通行(アクセラレータ)の攻撃を受けてもビクともしなかった。……だから、滝壺。リリスを頼む。お前があからさまに手助けしたら俺と繋がってるってバレるから、麦野と絹旗と連絡取ってリリスの事を陰ながら守ってやってくれ』

 

不安そうな顔をしていた滝壺は、浜面仕上の言葉を聞いて頷いた。

 

「分かった」

 

滝壺はリリスを連れたカブトムシと共にその場を離れる。

 

『今イチ状況を把握できてねーけど、要はアイツをぶちのめせばいいって話だろ!?』

 

『そうですね。あちらを壊せば万事解決です』

 

カブトムシは周囲の個体を呼びつけながら告げる。

 

『ですが敵の手にはミメティックプレデターがある事をお忘れなく。私も共に戦います』

 

『そのちっこい体ではあんま期待できねえ……ってウワ!!!』

 

浜面仕上は言葉を詰まらせて叫ぶ。

体長一五メートルほどのカブトムシがゆっくり現れたからだ。

 

『お前ら規格外すぎるだろ!? 流石超能力者(レベル5)が造った人造生命体!!』

 

『当たり前ですよ、舐めてもらっては困ります。私は真守に垣根帝督(オリジナル)が教えてもらった「無限の創造性」を惜しげもなく使って生み出された個体です。後から生まれた帝察さんとは格と経験が違うのですよ、まったく』

 

なんだかよく分からない愚痴を吐いているようだが、浜面仕上はとりあえず前を向く。

そして、A・O・フランキスカと対峙する事となった。

 



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第一一六話:〈舞台壇上〉に遅れて登壇

第一一六話、投稿します。
次は八月三日木曜日です。


『はッ!!』

 

浜面仕上は半壊した植物園で目を覚ました。

時刻は分からない。太陽は厚い灰色の雲に覆われており、すぐにでも雨が降ってきそうだ。

浜面仕上は鈍る頭で、何があったかを思い出す。

 

確か事の発端は、バイト先に向かう途中で背後から誰かに気絶させられた事だった。

そして謎のスーツを身にまとわされ、警備員(アンチスキル)に追われながらもリリスという赤ん坊を拾った。

 

その後なんやかんやあって人造生命体であるカブトムシから話を聞きながら、恋人の滝壺理后と共にリリスの世話をしていた。

するとリリスが突然熱を出し、浜面にプロセッサスーツを着させた張本人であるA・O・フランキスカが襲撃してきた。

確か、自分はカブトムシと共にA・O・フランキスカを迎撃しようとしていたはずだ。

 

浜面仕上は順序良く思い出して、そして何があったか全て思い出した。

A・O・フランキスカと対峙した際、横から一方通行(アクセラレータ)が乱入してきたのだ。

カブトムシは友好的だったが、一方通行はそうではなかった。

 

『イチから話すのは面倒だし、俺は()()()()じゃねェ。だから潰す』

 

一方通行(アクセラレータ)が浜面と敵対すると判断したならば、カブトムシは浜面仕上を庇えない。

というか話をする暇もなく、浜面仕上は一方通行によるベクトル操作を受けて、沈黙させられた。

だが浜面仕上は一方通行に命までは取られなかった。現に、浜面仕上は生きていた。

 

(くそ……ッどういうことだ、やっぱりアイツは信用ならねえ……ッ!! 一体何が起こってるんだよ、クソッタレ……!!)

 

浜面は毒吐きながら、首を振ってヘルメットを片手で押さえようとする。

すると違和感に気が付いた。スーツが異様に重いのだ。

手の甲辺りまで伸びる装甲の間に埋め込まれたラインは青い光が明滅しているし、体を動かす度に歯車がぎしぎし軋みを上げる感触が伝わってくる。

どうなってるか分からない。そんな中、柔らかで自信たっぷりな声が降ってきた。

 

「お。やはり再起動しおったな。一方通行(アクセラレータ)が結構容赦なしにやったのに自己修復してしまうとは、やはり学園都市の技術は凄まじい」

 

自信たっぷりで凛とした声。その声の持ち主は、そのまま独り言のように告げる。

 

「A・O・フランキスカのプロセッサスーツを破壊できて、スペアがかろうじて生きているのは僥倖だな。別に『先代』を再起動しても良かったのだが、手の内に『書庫(バンク)』があるというのもとても良いことだ」

 

浜面仕上は声がした方を見る。すると女性はぴこんっと頭の猫耳を震わせて、尻尾をゆらんっと揺らした。

 

「しかし、壊れたスーツを身にまとったまま()()はどこかへと行ってしまったからな。一方通行(アクセラレータ)が追ってはいるが……いやはや、ミメティックプレデターに阻まれているようだし、ふふ」

 

小さく笑う女性は、貴族の淑女のように美しかった。

ヴェールに隠れたエメラルドグリーンの瞳。あどけないのに女性の色香たっぷりの相貌。

西洋喪服を模したドレスにガーターストッキング。そしてピンヒール。

銀色の髪に、銀の猫耳とレースの飾りが付いた尻尾。

エルダー=マクレーンは浜面仕上──もっと言えば、プロセッサスーツを見つめて一つ唸る。

 

「ううむ。自己修復したとしても、完璧に機能を取り戻したわけではないのだな。所々壊れておる。それでもなんというしぶとさ。ゾンビというのは元々ブードゥーの刑罰であったと真守が常々言っておるが、日本文化的にこのスーツをゾンビスーツと呼んでも差し支えないな」

 

ゆらゆらと尻尾を揺らすエルダー=マクレーン。

そんな彼女を見て、浜面仕上は叫ぶ。

 

『な、なんで銀髪猫耳()()美人がこっち見ウォォォ!?』

 

『貧乳』という言葉が聞こえた時点で、エルダーは浜面の男として大事な部分──すなわち股間をピンヒールで踏み抜こうとする。

それを浜面仕上は男の本能で危機を察知。

即座に動きが悪いスーツを必死に動かし、浜面は尻を上げながら足を大きくV字に開脚してバランスを器用に取る。そしてエルダーの無慈悲な一撃を回避した。

 

ガァン!! と、エルダー=マクレーンのピンヒールサンダルを履いた小さな足が、浜面仕上の股のすぐ近くに着地する。

 

浜面はその勢いに、思わず鼻水を出してスーツ内の顔を真っ青にする。

そして尻をズリズリ這わせて後退し、浜面はスーツの上から股間を押さえて足をオカマチックにそろえて叫ぶ。

 

『あ、あぶねえだろうが貴族の淑女味がある美人さん!! 浜面仕上くんが浜面仕上ちゃんになっちまうところだったじゃねえか!!』

 

「お前など女になってしまえばよかったのだ!! 誰が貧乳だ、誰が!!」

 

エルダーは真守より劣っている胸を気にしながら、ぷんぷん怒って猫耳をイカ耳にして憤慨する。

 

「ええい!! 男はやっぱりおっぱいの大きさでしかヒトを測れぬのかっ!! ワタシはこれでも三姉弟を元気に産んで一人前に育てた女だぞ!!」

 

『その腰回りの細さで三人も産んだの!? 生命の神秘ってすげえ!! ……というか、やっぱり細っこい女の子って心配になるよなあ。壊れちゃわないかなーとか』

 

エルダーの腰は触ったらぽっきり折れてしまいそうなほどに華奢だ。

そのため浜面仕上が純粋に不安を口にすると、エルダーはふんっと顔を背けた。

 

「壊れやすい女を壊れないように抱く事ができなければ、ワタシは伴侶として認めぬ。……その点を言えば、垣根帝督は条件を満たしておるから合格だな。真守を本当に大事にするあの男なら大丈夫だ。うむ、何度考えても真守の相手に相応しい」

 

エルダーは納得したようにうんうんっと何度も頷く。

真守はエルダーやアシュリンよりも身長があるが、その分輪をかけて華奢だ。

そんな女を大事にして尽くせるなんて、垣根帝督は男として合格である。

 

『あー……第三位ってみるからにモテ男で、そこらへんそつなくこなしそうだよなあ』

 

浜面は垣根帝督を思い浮かべていると、脳裏に電撃が走って閃いた事があった。

 

『いや、待てよ。おそらく特殊性癖持ちであろう第三位の性欲のはけ口になってる第一位は調教されまくってるはずなのに、傍から見ても普通、エロエロになってない! 表でも普通に生活できるように調教できるのはマジですごいことじゃね……!?』

 

浜面仕上が真理に到達したような顔をしているのを、カブトムシはジト目で見つめる。

 

垣根帝督(オリジナル)と真守に妙な妄想を押し付けたことは黙っておきます。あーでも私をぞんざいな扱いしていますから、嫌がらせで告げ口するのもいいかもしれませんねー』

 

『頼むから黙っててくださいお願いしますカブトムシさまッ!!』

 

浜面仕上は綺麗な土下座を見せてカブトムシに謝る。

だが浜面仕上は思い出したことがあって、エルダー=マクレーンを見上げた。

 

『ハッ!! そういえばリリスは!? 滝壺は無事なのか!?』

 

「安心しろ、二人は無事だ。それにリリスは既に冥土帰し(ヘブンキャンセラー)の元へと辿りついた。問題ない」

 

エルダー=マクレーンは浜面仕上を見下ろしながら、不機嫌そうに尻尾をゆらゆらする。

 

「して、浜面仕上よ。リリスは本当に新品同然の廃車の鍵のかかったトランクにいたのか? 本当に他に誰もいなかったのか?」

 

『え? なんだよあんたもカブトムシと同じ事聞いてくるんだな。……いなかったよ。だから俺が拾ったんだ』

 

「ふむ。どこから話せばよいか分からぬが……リリスは普通の赤ん坊ではない」

 

『どういう事だ?』

 

浜面仕上が首を傾げる中、エルダー=マクレーンは辺りを見回す。

 

「とりあえず場所を移しながら話をするか。全員集合の場所は……やはりリリスと真守がいる病院が良さそうだな」

 

エルダー=マクレーンは尻尾をゆらゆらしながら思考する。

 

「思考汚染の陣を破壊したアレイスターたちも、病院に来るであろう。それにワタシたちが移動すれば一方通行(アクセラレータ)が追っているA・O・フランキスカも自然と病院に向かうであろう。オマエもリリスと恋人が気になるだろ。共に来るのだ」

 

浜面仕上はエルダーに提案されて頷くと、立ち上がった。

現状、何に自分が巻き込まれているか理解できていないのだ。

それに先程カブトムシが説明しようとしてくれたが、まったく時間が足りなかったので理解できていない。

 

浜面仕上はエルダー=マクレーンの後を追う。そしてエルダーの小さいお尻から生えている尻尾と、頭から生えている猫耳をじいっと見つめる。

どこからどう見ても、生ものである猫耳と尻尾。

それを見て、浜面仕上はぼそっと呟いた。

 

『……やっぱりにゃんにゃん猫さんよりバニーさんの方がいいなあ』

 

「オマエの性癖にワタシを巻き込むなッ!!」

 

エルダー=マクレーンはシャーッと威嚇しながら叫ぶ。

その様子に既視感を覚えた浜面仕上は、訊ねていいかと思いながらも問いかける。

 

『……アンタは第一位の親族かなんかなの? なんかそこはかとなく似てるけど』

 

猫なところとか顔つきとか目とか。と、浜面が呟くと、エルダー=マクレーンは頷いた。

 

「うむ。そういえば自己紹介がまだだったな。ワタシはエルダー=マクレーンと言う。真守のひいひい祖母だぞ」

 

『めっちゃ若作りしてんじゃねえぐぼぉ!!』

 

再び失言した浜面仕上にエルダーの拳が飛び、浜面は頭に大ダメージを受ける。

 

『イテテテ……やっぱりこのスーツ壊れたんだな……頭に、もろに……ッ!!』

 

浜面仕上が身にまとわされたプロセッサスーツは『演算型・衝撃拡散性複合素材(カリキュレイト・フォートレス)』という、一方通行(アクセラレータ)の能力を再現した防御性を持っている。

だがエルダーの拳が確実に浜面の脳を揺らした。

そのため浜面はスーツが壊れていると考えたのだ。

 

エルダーは尻尾のスイングでバランスを完璧に取った拳を元に戻しながら、フンッと顔を背ける。

 

「確かにスーツにはガタが来ておるが、スーツが壊れておるから衝撃が入ったのではない。ワタシはこれでも大規模並列演算装置だったのだ」

 

エルダーは不機嫌に、尻尾をタシタシ揺らしながら説明する。

 

「『演算型・衝撃拡散性複合素材(カリキュレイト・フォートレス)』を身にまとっておる人間の内臓に対して的確なダメージを入れるなんて、演算機器同士のベンチマークテストより容易いぞ。だからオマエが再起動した際に止められるように、ワタシがそばに残ったのだ」

 

『だ、だいきぼへーれつえんざんそうちぃ?』

 

浜面仕上が大層な名前に首を傾げていると、エルダーは説明する。

 

「ああ。ワタシは元はと言えば人工知能だ。生身のワタシは大往生してイギリスの地で眠っておる。既に死んだワタシと今のワタシは明確に違う存在だが、それでもワタシはワタシをエルダー=マクレーンと定めた。偽物呼ばわりするでないぞ」

 

エルダーは猫耳をぴょこんっと動かして、ふふんっと得意気にする。

浜面はエルダーに揺らされた脳を必死に動かして、エルダーの言葉を理解する。

 

『な、なるほど……?? ……うーん、つまり生前の人間を再現した存在に、自分は新たな本物だと認識させてるって事か? 学園都市の技術はすごいなあ』

 

「うむ。そしてワタシの民生版がアネリだ。ちなみにアネリはエルダー=マクレーンの思考パターンではなく、とある黒猫的な未亡人風をインストールしているからな。全くの別人という事だ」

 

『え!? 未亡人なのアネリって!? そうなのアネリ?! ……って、そっか。アネリはあくまで検索エンジンだから話せないのか。……っておお!? 視界いっぱいにウィンドウ開かないでくれっ!!』

 

「随分気に入られておるようだな。まったくこの男のどこがそんなに良いのやら」

 

エルダーは浜面仕上のために、プロセッサスーツにわざわざ入り込んだアネリの事を思って目を細める。

 

「して、浜面仕上。本題に入るぞ」

 

『あ、はい。お願いします』

 

「単刀直入に告げる。プロセッサスーツとは、『書庫(バンク)』として膨大な情報を収納し、かつ機能する事ができるのだ」

 

『は?? 「書庫(バンク)」? 「書庫」ってあの「書庫」か!?』

 

浜面仕上はぺたぺたと自分のスーツを触って叫ぶ。

 

『オイオイそんな大勢から狙われそうな大事なモンどうして俺着ちゃってるの!? つーかさっき一方通行(アクセラレータ)が思いきり一撃加えてたけど、「書庫(バンク)」のデータは無事なの!?』

 

「安心しろ。スーツが再起動したのだから無事だ。そしてそれが要である。何故なら一方通行(アクセラレータ)がA・O・フランキスカのプロセッサスーツを破壊したからな。あの損傷具合ではそう判断するしかあるまい」

 

『……ええっと、そもそもどうして俺は囮としてプロセッサスーツ着させられたのに、A・O・フランキスカは何度も俺を襲いに来たんだ? アイツが着てるスーツだって「書庫(バンク)」として機能してるんだろ? そのまま逃げればいいじゃねえか』

 

「オマエが着ておるスーツと、あやつが着ておるスーツは規格が同じなのだ。同じ規格のモノが二つ起動しておると、競合が起こるであろう」

 

浜面仕上はその説明がイマイチピンと来ない。

そのためエルダー=マクレーンは言葉を付け足す。

 

「携帯電話のSIMと同じだ。同じSIMを持った二台の携帯電話を同時に起動しておったら、個人情報が混戦してどちらもネットワークにうまく繋がらぬ。それは分かるか?」

 

浜面仕上はエルダー=マクレーンが身近のモノで例えてくれて、やっと理解する。

普通、SIMが認識できる携帯電話は一つだけだ。だが携帯電話を乗り換える際、今まで使っていたSIMから新しい新しいSIMに変えなければならない時がある。

 

その時に古い携帯電話と新しい携帯電話でそれぞれ同じ規格のSIMを起動させていると、競合が起こってネットに接続できないのだ。

だから携帯電話を乗り換える時、古い携帯電話は必ず電源を切る必要がある。

 

『そうか……! ネットワークに繋げないなら、「書庫(バンク)」として機能しない。だからA・O・フランキスカは俺のプロセッサスーツを壊そうとして、何度も襲撃掛けてくるのか……!!』

 

「それかオマエを捕まえて、オマエのスーツを手動で全権限を委譲してスレーブ化させようとか、そういうのを考えたのであろうな」

 

エルダーは尻尾をゆらゆらしながら、はっきりと宣言する。

 

「オマエも知っておる通り、『書庫(バンク)』には学園都市の全ての技術が収容されておる」

 

どこからともなく取り出した扇子の先を、エルダーは浜面のプロセッサスーツに向ける。

 

「つまりオマエの愛しい女の能力の成長記録も、オマエの事を認めておる、『闇』の実験によって生み出された優等生や劣等生も。──そして、オマエが必死に『闇』から救い出した第五位の原子崩し(メルトダウナー)の能力データでさえ、敵は悪用しようとしていたのだ」

 

『!!』

 

浜面仕上はエルダーの説明で、やっと自分が大事な局面にいる事を知った。

そんな浜面仕上を見て、エルダー=マクレーンはにやにやと笑う。

 

「オマエは自分の手が届く人間を守るために立ち上がったヒーローなのであろう? ほらほら、すぐそこまで魔の手は迫りつつある。オマエと肩を並べる者たちは既に壇上へと上がった。おいてけぼりになっておるぞ?」

 

エルダー=マクレーンに煽られて、浜面仕上は拳を握り締める。

そしてバイザーの下で不敵に笑った。

 

『よく言うだろ、ヒーローは遅れて登場するって』

 

浜面仕上は覆面の下で笑うと、高らかに宣言する。

 

『A・O・フランキスカなんかに、俺の大切なモンは奪わせたりしねえ……!!』

 

エルダー=マクレーンは浜面仕上を見て、愉快そうに尻尾を揺らした。

 

「ではゆこうか、浜面仕上。オマエの守るべきモノを守るために」

 

にまにまと笑って、エルダー=マクレーンは満足そうにしながらも視線を鋭くする。

 

「だがまだまだピースは足りぬ。懸念事項は『書庫(バンク)』争奪戦の先にある。であれば全てを解明するべくワタシたちの縁ある地へ向かおうぞ」

 

エルダー=マクレーンの言葉に、浜面仕上は頷く。

目指すは第七学区のマンモス病院。冥土帰し(ヘブンキャンセラー)のいる病院。

そこに行けば、全ての事情が解明できるのだ。

 

事態に流されるままで翻弄されていたヒーローは、立ち上がる。

明確な敵を前にして、浜面仕上はヒーロー気質らしく、遅れて壇上へと躍り出た。

 



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第一一七話:〈過去現在〉に思いを馳せて

第一一七話、投稿します。
次は八月七日月曜日です。


第七学区に位置する、とあるマンモス病院。

垣根帝督は真守の病室の前で、冥土帰し(ヘブンキャンセラー)と対峙していた。

 

「僕が想定しているよりも早く彼女が立ち直ったのは、彼女が流動源力(ギアホイール)という能力を持っていたおかげだね?」

 

『窓のないビル』にて、朝槻真守は大悪魔コロンゾンに『拡散』を打ち込まれた。

真守が『拡散』によって命を落とす事はなかったが、真守は『流行』へと至った直後に攻撃を受けた。そのため霊格や霊媒に揺らぎが生じ、真守は体調を崩してしまった。

 

霊格や霊媒のゆらぎによる体の不調。

現代科学では、霊格や霊媒に干渉することはできない。

だが不調が現れている()()()()()()()()()干渉できる。

 

熱が出ているのであれば、熱を下げる薬を。体内の電気信号が乱れているのであれば、その調整を。脳の分泌物の異常生成が行われているのであれば、投薬で抑える。

 

そうやって一つ一つ、冥土帰し(ヘブンキャンセラー)は真守の体に起こっている異常を潰していった。すると、体のコントロールを失っていた真守は自分の体にどんな不具合が起きているか理解できた。

そして体調に繋がっている霊格や霊媒の揺らぎを感知し、自分で立て直すまでに至ったのだ。

 

とりあえずのところ、真守は持ち直した。

それは垣根帝督にとって、とても喜ばしくて安堵できることだ。

 

「真守が自分を治療できるように、お前は糸口を作った。それはすげえ助かった。……ただなんで投薬した薬が未認可のオンパレードなんだよ。後で重大な副作用が出るとかねえよな?」

 

垣根はじろっと冥土帰し(ヘブンキャンセラー)を睨む。すると冥土帰しは笑ったまま肩をすくめた。

 

「僕が患者の体を悪くする薬を使うわけないよ? それに彼女に使った未認可の薬品は権利関連で認可が遅れているものだね? 問題ないよ?」

 

「確かにお前は患者に必要なモンは何でも用意するからっつって、優秀な薬品作りすぎて毛嫌いされてるらしいな」

 

優秀過ぎて、業界人から厄介者だと思われている冥土帰し(ヘブンキャンセラー)

その厄介者を見つめて、垣根は少し警戒した様子で呟く。

 

「アレイスターを治したのも、お前だったんだな」

 

垣根の断定に近い問いかけに、冥土帰し(ヘブンキャンセラー)は柔らかく微笑む。

 

「そういえば真守くんはキミと一緒に彼のところに行ったんだったね?」

 

「ああ。真守はお前にも救えなかったアレイスターの心を救った」

 

垣根が真守の偉業を端的に説明すると、冥土帰し(ヘブンキャンセラー)はしみじみとする。

 

「僕は彼が自分の望みを果たす事こそ、彼が救われると思っていたからね?」

 

「………………お前は所詮、医者だ」

 

垣根は忌々しそうにしながらも、淡々とその事実を口にする。

 

「医者は患者に寄り添う事が仕事だ。……だからアレイスターのために、アレイスターと真っ向から敵対するなんて選択肢、お前には取れないだろ」

 

朝槻真守はアレイスター=クロウリーと対峙して、その心を解き明かした。

垣根の言う通り、医者は患者とぶつかることはない。あくまで寄り添い、患者の意思に従って自分ができることをするだけだ。

 

「……お前はあの野郎が悲劇の温床を生み出すきっかけでもあった。……でもお前がいなけりゃ、学園都市ができなかったのは事実だ」

 

冥土帰しがアレイスター=クロウリーを助けなければ、学園都市は存在しなかった。

学園都市が造られないと、能力を持った垣根帝督が朝槻真守と出会うことはありえなかった。

その事に関して垣根が考えていると、冥土帰し(ヘブンキャンセラー)は一つ頷く。

 

「僕の患者に手を出そうとしていた頃に比べて、キミは随分と変わったね?」

 

垣根はその言葉に押し黙る。

僕の患者、というのは真守と深城の事だ。どうやら垣根が心理定規(メジャーハート)と共にこのマンモス病院に侵入した時、冥土帰し(ヘブンキャンセラー)は既にマークしていたらしい。

垣根帝督は真守と出会う前のことを考えて、そっと笑う。

 

「そうだな。俺は変わったんだろう」

 

垣根は自嘲気味に笑いながら、真守が安静にしている病室に目を向ける。

 

「でもその変化が、俺にとってはすごく良いモンだった」

 

自分ができないと思っていた事。人を守り抜く事。

それができると、朝槻真守は信じてくれた。

そして『無限の創造性』を教えてくれた。ここまで導いてくれた。

大切な少女ができて、いつでもそばにいて守れる力がある。

きっとこれ以上の幸せは、この世のどこにもないだろう。垣根帝督は、そう思っている。

 

「そういや、お前。エルダー=マクレーンって知ってるだろ」

 

冥土帰し(ヘブンキャンセラー)はなんてことない風に告げてきた垣根を見つめて、柔らかく微笑んだ。

その反応は、どうやったって知っていると言わんばかりの反応だ。

 

(……この医者、一体いつから生きてんだ?)

 

垣根は怪訝に思うが、患者を絶対に見捨てないこの医者ならば、患者のために寿命を延ばすなんて、平気でやりかねない。

 

「……真守がマクレーンの人間だって知ってたんだな?」

 

垣根が問いかけると、冥土帰しは寂しそうに微笑んだ。

 

「それを聞いて、もし僕が知っていたと言ったら……キミはどうするんだい?」

 

「別に」

 

垣根は冥土帰し(ヘブンキャンセラー)を特に責める気持ちなんてない。

責める相手は、別にいるからだ。

 

「どうせアレイスターのクソ野郎が黙ってろなんて言ったんだろ。だからお前は出来る限りアイツを守ろうと思った。それで真守に必要なモンを全部与えたんだろ」

 

冥土帰しは垣根の言葉に静かに頷く。

 

「……そうだね。本当に彼女のためになっているならいいけれどね?」

 

「なってるに決まってんだろ」

 

垣根は吐き捨てるように告げて、真守の事を想って幸せそうに呟く。

 

「真守は一度だって自分の人生を悲観した事はない。本当に心の底から幸せだって、そう言ってる。お前がいたから、真守は幸せになれたんだよ」

 

冥土帰し(ヘブンキャンセラー)が真守に手を差し伸べなかったら、今の真守はいない。

その純然たる事実を口にすると、冥土帰しは頷いた。

 

「それなら良かったね?」

 

冥土帰し(ヘブンキャンセラー)が笑みを見せると、その場に看護師がやってきた。

 

「先生。緊急外来にカブトムシさんが連れてきた赤ちゃんの事ですけど……」

 

垣根は看護師の言葉に目を鋭く細めた。

カブトムシが連れてきた赤ん坊とは『LILITH』の事だ。

スペアであるプロセッサスーツを身に纏わされた浜面仕上が、新品同然の廃車の鍵のかかったトランクから見つけ出した赤ん坊。

 

垣根はリリスについて、カブトムシから報告を受けている。

 

リリスは普通の赤ん坊ではない。

何故なら、リリスは生命を定義づける肉体や細胞を持たないのだ。

つまり、剥き出しの生命エネルギーの塊である。

だがその塊を実体があるかのように、リリスはこの世に固着させているのだ。

 

アレイスター=クロウリーの第一子もリリスという名前だった。

そして今ここに、剥き出しの魂を形としている生命体であるリリスがいる。

それが意味するところを、垣根帝督は断定できない。

 

何故なら何がどうなっているか判断材料が欠けるからだ。

もし真守が万全なら、答えを出していただろう。

垣根が一人で思考を巡らせていると、冥土帰し(ヘブンキャンセラー)が看護師に話しかけた。

 

「彼女の容態は? どんな感じかな?」

 

「それが……高熱が出ていたのですが、それが収まっているんです。先生の言う通り、寒すぎず暑すぎず、湿度にも異常がない人間が最適に活動できる個室に安静にさせていただけなのに……」

 

冥土帰し(ヘブンキャンセラー)は引き続き保護観察してくれ、と看護師に指示をして送り出す。

そしてリリスを連れてきた、カブトムシを操っている垣根帝督を見上げた。

 

「キミは既に、彼女が肉体も細胞も持たないという事を知っているね?」

 

「ああ。カブトムシ(端末)に指示したのは俺だからな。アレがどうして人間の形を保って存在しているか分からねえ以上、具合が悪くても魂ってモンを理解している真守がいるここが一番いいと思って連れてこさせた」

 

真守が無理をするのは認められないが、リリスという剥き出しの魂を持つ存在であれば真守だって気になるだろう。

そのため垣根が真守の事を想って病室の扉を見ると、都合よく病室の扉が開いた。

 

「垣根」

 

病室から出てきた真守は髪の毛を結んでいないが、セーラー服姿だ。

つい先程よりも、声がしっかりしている。だがそれでも万全ではない。

命の危険に瀕するほどの尋常じゃない高熱が出ていたのだ。当たり前である。

 

「真守、どうした。まだ安静にしてろ」

 

垣根は歩いてきた真守を抱き留めながら、真守の後ろにいる二人に説明を求めた。

源白深城。アシュリン=マクレーン。

彼女たちは付き添いで真守の病室で真守を見守っていたのだ。

垣根が責めるような目を向けると、アシュリンが本当に困った表情で告げた。

 

「声が聞こえるんですって」

 

アシュリンはそう言いながら、まだ本調子ではない真守の両肩に手を置いて優しく支える。

 

「……声だと?」

 

普通ならば体調を崩した直後に幻聴が聞こえているとなると、かなりマズいことだ。

だが真守に限ってはそうではない。幻聴ではなく、誰かが本当に語り掛けてきているのだ。

 

「ニュイ=マ=アサヌール=ヘカテ=サッポー=イザベル=リリス」

 

垣根は真守がサラサラと告げる言語が、最初名前だと分からなかった。

じゅげむじゅげむ並みに長い名前。それはアレイスター=クロウリーの娘の名前だ。

 

垣根は真守に剥き出しの魂が実体化しているリリスという赤ん坊について、何一つ話していない。それでも真守はその名前を口にした。

 

「帝兵さんが連れてきた赤ちゃんは、本当にアレイスターの娘なんだ」

 

真守は真剣な表情をして、垣根を見上げる。

 

「エイワスは死ぬ前のあの子の魂を待避させたんだ。肉体が死んだとしても終わりじゃない。魂は、その生命力は続いていく。魂と宇宙は永遠だ。だからたった一度の命の終わり、破滅如きでどうにかなってしまうものじゃない。だからあのリリスは、アレイスターの娘なんだ」

 

アシュリンはその言葉に目を見開く。

魂と宇宙、その永遠。死ぬことが終わりではないという信仰。

それはいつか自分たちが滅ぶと分かっているケルトの民が掲げているものだ。

ケルトが求め続けたその『永遠』を体現している、真守が言うのだ。

アシュリンは感極まってしまいながらも、真守の事をしっかり支える。

 

「エイワスによって退避させられたリリスの霊格はすさまじいんだ。だから赤ちゃんでも私にはっきり話しかけるコトができるんだ」

 

朝槻真守はエイワスやコロンゾンに同族たりえる者だと認められた、『流行』を冠する人の手で生み出された舞台装置(システム)である。

 

『流行』へと至った直後に攻撃を受けた事で、真守は霊格や霊体に揺らぎが生じて体調を崩していた。だが安定すれば、真守は霊格が高いリリスと話ができるのだ。

真守は冥土帰し(ヘブンキャンセラー)を見て、懇願する。

 

「お願い、先生。リリスに会わせて。直接会って話がしたい」

 

冥土帰しはそんな真守を見て、柔らかく目を細めた。

 

「分かったよ?」

 

冥土帰し(ヘブンキャンセラー)がリリスのいる病室を教えると、真守はアシュリンと垣根に支えられながら、深城と共に歩き出す。

 

「あ、先生っ」

 

歩き始めた真守だったが、気が付いた事があって声を上げた。

そしてまだ見ていて不安になる足取りで、冥土帰し(ヘブンキャンセラー)のそばへと近寄った。

真守は、冥土帰しの事をぎゅっと抱きしめる。

 

「!」

 

冥土帰しが目を見開く中、真守は幸せそうに告げる。

 

「先生、いつもありがとう」

 

柔らかく自分の気持ちを告げる真守の言葉に、冥土帰し(ヘブンキャンセラー)は目を細める。

 

「僕は僕のやるべき事をやっているだけだよ?」

 

「ふふっ」

 

真守は冥土帰しから少し体を離して、にへらっと微笑んだ。

 

「知ってるっ。でもとても感謝してる。ありがとうっ」

 

その笑顔に、冥土帰し(ヘブンキャンセラー)は既視感を覚えた。

遠き日に、自分の全てを一目で見抜いた女性。

いつでも自信たっぷりだったその女性に、真守は本当によく似ている。

それは真守があの貴族の淑女の子孫であるからだ。

 

幼い真守が自分のもとに来た日のことを、冥土帰し(ヘブンキャンセラー)は今も鮮明に思い出すことができる。

 

どこかの研究施設の子供だと分かる、病院服のように簡素な服。

それを着ていた真守は一度も来たことがない病院内を堂々と歩き、冥土帰しのもとまでまっすぐと歩いてきた。

 

『深城のこと、助けて。じゃないとお前の望みを絶つ』

 

真守は自分よりも一回りも二回りも大きい少女をおんぶしていた。

そんな少女のことを、真守は全力で助けろと命令した。

『あの女性』は全てを見通し、愛するような目をしていた。

けれど目の前の幼い女の子は全てを見通し、憎んでいるような目をしていた。

そして全てを見通しているが故に、自分の望みを言い当てた。

 

『お前はどんな患者でも救おうとする。患者に寄り添って生きたいとおもう。だったら深城にも寄り添って。それで深城を救えなかったらお前の傷だ。そんなお前を私は殺す』

 

あの時の真守の『殺す』という言葉には躊躇いがなかった。

真守は物騒な言葉をさも当然に使っていた。

その言動だけで真守が今まで命の危機にさらされるギリギリを生きていたのだと、冥土帰しは理解できた。

 

傷ついた大切な女の子を助けてほしい。

朝槻真守の願いを、冥土帰しは拒絶しなかった。

何故なら幼い少女の言う通り、自分の望みは命を救う事なのだ。

 

キミはどうするんだい? と訊ねると、少女は殺気を込めて自分を睨み上げてきた。

 

『お前がやる事はただ一つ。深城を救うコトだけだ。それ以上は必要ない』

 

真守は鋭く言いつけると、深城を預けてそのままどこかへと行ってしまった。

殺しをしに行くのだろう。そんな憎悪が瞳から見て取れた。

止められなかった。止めても、彼女は絶対に止まらないと思ったからだ。

 

だが、彼女は十日も経たない内に帰ってきた。

 

帰ってきたときは酷くやつれていた。そして遠い日を共に過ごした女性と同じエメラルドグリーンの大きな瞳から、大粒の涙を零していた。

朝槻真守はすごく後悔していた。だから自分も止めるべきだったと後悔した。

 

止められないと分かっていたけれど。止めるべきだったとその時思ったのだ。

小さな体を抱きしめると、ひっぐと大きくしゃくりあげた。

 

本当に小さな体だった。

一〇歳なのに六、七歳にも満たない体付きをしているのは、全て実験のせいだったと後で知った。

そして彼女がアレイスターにとって重要な女の子である事も、冥土帰し(ヘブンキャンセラー)は知った。

だから自分のできる事をしようと思ったのだ。やるべき事をしようと考えた。

 

「……行くんだね?」

 

冥土帰し(ヘブンキャンセラー)が問いかけると、真守は頷いた。

 

「うん。大丈夫、絶対に無茶しないから」

 

冥土帰しは真守の力強い言葉にゆっくりと頷いた。

 

「気を付けてね?」

 

「うんっ。ありがとうっ先生っ!」

 

真守はアシュリンに心配されながらも歩き出す。

そんな真守たちを見送っていたら、アシュリンが振り返った。

そして感謝を込めて頭を下げる彼女は、そのまま去っていく。

冥土帰しは彼女たちを、見えなくなるまでずっと見つめていた。

本当に満ち足りた瞳で、見つめていた。

 



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第一一八話:〈感動邂逅〉は波乱の上で

第一一八話、投稿します。
次は八月九日金曜日です。



真守は垣根と一緒に、冥土帰し(ヘブンキャンセラー)に教えてもらったリリスがいる部屋へと向かっていた

そして病室の前に辿り着くと、アシュリンと深城には待ってもらって扉をゆっくりと開けた。

部屋の中には、小さなベビーベッドが置かれていた。

真守がそうっと近付くと、ベッドには可愛らしい女の子が横になっていた。

 

リリス。アレイスターの娘であり、アレイスターが魔術を憎むことになったきっかけ。

そしてかけがえのない、失われてしまったはずのいのち。

 

「お前がリリスだな」

 

真守が声を掛けると、赤ん坊はきゃっきゃと嬉しそうに手足を動かした。

真守は優しく手を伸ばすと、赤ん坊をゆっくりと抱き上げた。

最初不安そうに抱き上げていた真守だったが、すぐにコツを掴んでリリスを丁寧に抱く。

 

「垣根。あのオモチャ取ってくれるか?」

 

真守はリリスの持ち物であり、浜面仕上がリリスに与えた赤と黄色のトランペットのオモチャに目を向ける。

垣根は真守のお願いを聞いて、オモチャを手に取る。

そしてリリスが求めてきたので、垣根はオモチャをリリスに渡した。

リリスはご機嫌に、プップーとトランペットを鳴らす。

すると、トランペットから声が響いた。

 

『えーえー。これであなた以外の人にも聞こえますかしら?』

 

垣根は思わず目を見開く。そんな垣根の横で、真守は体を緩く跳ねさせてリリスをあやす。

 

「垣根。この子は本当にアレイスターの娘、リリスなんだ。格が上がってるから、普通の赤ちゃんじゃない。だから私に話しかけられたんだ」

 

『ええそう。私は何の捻りもなく「本物」でしてよ』

 

リリスは道具一つを隔てて、真守の説明に頷く。

 

『正式にはニュイ=マ=アサヌール=ヘカテ=サッポー=イザベル=リリスというのですけれど、とにかく長い! そして大仰!! ……いつの世もキラキラネームを付けたがる親はいるものでしてよ、やられた側からすれば困惑してしまいますわ』

 

真守はリリスの背中を優しくぽんぽん撫でながら、そっと微笑む。

 

「ふふ。愛情がたっぷり入っている良い名前だけどな」

 

『それは私も理解していましてよ』

 

微笑を浮かべる真守と、トランペットを持ったまま不服そうなリリス。

垣根は真守の腰に手を沿えながら、真守に問いかける。

 

「エイワスが本当にリリスを助けたのか?」

 

「うん。二〇世紀初頭にアレイスターがエイワスを降ろしたのは、ローズの体だった。あの時、ローズは妊娠していて、お腹の中にはリリスがいた」

 

「……接点はあったって事か」

 

垣根の言葉に、真守は頷く。

 

喪われてることが運命によって決まっているいのち。

そのいのちの魂を、エイワスは守ったのだ。

そして退避させて、今回の光臨に合わせて呼び戻した。

 

『私は「戻って」きましてよ』

 

リリスは真守の腕の中で、オモチャのトランペットを通してそう宣言する。

 

『誰の思惑があったとしても、これは私の人生ですわ。だから世界の決定に反してでも、くそったれの結末を覆して問答無用のハッピーエンドを掴んでやります。……ですから』

 

リリスは小さな手を動かす。垣根は求められた気がして、指を差し出した。

垣根の指を握ったまま、リリスは真守と垣根を見る。

 

『私を連れて行ってくださいまし。他ならぬお父さんのところへ。お父さんはすぐ近くまで来ていますでしょう。娘である私には分かりますわ』

 

「うん、分かった」

 

真守は頷くと、リリスのことをあやしながら微笑む。

 

「アレイスター。エルダーさまの言う通り、人間は血反吐を吐いて頑張ればイイコトがあるんだぞ」

 

真守はアレイスターのことを想って、ふわりと笑う。

人間は努力すれば救いがある。その救いが、アレイスターは自分に配られないと考えていた。

だが救いを配ってくれる存在は、何も十字教の頂だけではないのだ。

神に等しい悪魔や天使たち。彼らの施しもまた、時には救いとなる。

真守はふふっと笑うと、リリスを連れて垣根と共に病室を出た。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

今日の学園都市は、朝からどんよりとした雲が広がっていた。

朝からいまにも雨が降り始めそうな天気だったが、ついに雨が降りはじめた。

 

一二月の冷たい雨が降る中、浜面仕上は病院前にいた。

浜面仕上の隣には、白いカブトムシを抱き上げたエルダー=マクレーンがいる。

 

二人は、A・O・フランキスカと対峙していた。

A・O・フランキスカは浜面仕上と同じプロセッサスーツを着ている。

だがスーツは一方通行(アクセラレータ)の猛攻によって破壊されていた。

装甲に埋め込まれた電飾は壊れて赤く染まり、チカチカしている。バイザーにはヒビが入り、所々装甲が剥がれて背中なんかはかろうじてスーツの原型を整えている。

 

A・O・フランキスカはミメティックプレデターなる、細胞質の群れを無数に連れていた。

そんなA・O・フランキスカへ。

凍てつく雨の中。後方上空にて古ぼけたホウキに跨る少女がゆっくりと照準を合わせた。

 

ホウキに跨る銀髪少女は、アレイスター=クロウリーだ。

自らの可能性の一つに宿ったアレイスターは右手を伸ばして、その五本指で鉄砲のようなジェスチャーをする。

簡単な指でっぽうで、アレイスターはA・O・フランキスカに照準を合わせているのだ。

 

『それ』は霊的けたぐりと呼ばれる、アレイスター=クロウリーが師匠だと唯一仰いだ人間が使っていた魔術だ。

その魔術は術者のイメージそのものを敵に叩きこむ。そのため物理距離など関係ない。

 

だからA・O・フランキスカはアレイスターのイメージの銃弾によって吹き飛ばされた。

勝手に飛び跳ねて地面に潰れたA・O・フランキスカ。彼女を見て驚く浜面仕上。

その隣で、エルダー=マクレーンはため息を吐く。

 

「まったく、遅いぞ。わが友よ。どうせ目的を果たした後に、少年少女にセクハラをかましていたのだろう」

 

アレイスターが悠々と飛ぶホウキの後ろには、インデックスと肩にオティヌスを載せた上条当麻が乗っていた。

ちなみに上条当麻はホウキに触れないように包帯で右手をぐるぐる巻きにしている。

そうじゃないと飛行魔術が何かの拍子で無効化されてしまう可能性があるからだ。

 

アレイスターは二人を後ろに乗せたまま、エルダーと浜面仕上に近づく。

そして地面に降り立つと、アレイスターはまっすぐとエルダーを見た。

 

「……エルダー」

 

「なんだ、アレイスター。私がここにいるコトがそんなに驚きか?」

 

自信たっぷりにニヤッと笑うエルダー=マクレーン。

エルダー=マクレーンは『問答型思考補助式人工知能(リーディングトート78)』として、『窓のないビル』に積み込まれていた大規模並列演算装置だった。

 

その成り立ちからして、エルダーは『窓のないビル』と運命を共にするはずだった。

だが聖守護天使エイワスが動けないエルダーのことを魔導書にしたためて動けるようにしたのだ。

だからこそエルダー=マクレーンとアレイスター=クロウリーは、もう一度会うことができた。

アレイスターはエルダーを見つめて、ふっと笑う。

 

「……キミは変わらないな」

 

エルダーはアレイスターの様子を見てくすくす笑う。

 

「それはそうだぞ? ワタシはエルダーから明確に異なった本物へと至ったが、それでもエルダー=マクレーンであることには間違いない」

 

エルダーが笑っている隣で、浜面仕上は何故エルダー=マクレーンとベクトルが違う銀髪美少女が突然出てきたのかと困惑する。

すると、白い影が舞い降りてきた。

 

「……ッチ。集まってンじゃねェかよ」

 

現れた早々嫌そうな顔をしたのは、頭に白いカブトムシを乗せた一方通行(アクセラレータ)だ。

エルダー=マクレーンは一方通行を見て、意地悪く目を細める。

 

「ふふ。オマエは確実に影の立役者だぞ、一方通行(アクセラレータ)。何せ府蘭のプロセッサスーツを破壊したのだからな」

 

「だとしても、ヤツは俺がバッテリー充電してる数十秒の間に囮まき散らしながら逃げやがった。逃がしてンなら役に立たねェのと一緒だろ」

 

「そんなことないぞ。エライエライ」

 

毒吐く一方通行(アクセラレータ)の頭を撫でるエルダー。

満足そうにしているエルダーは、一方通行の頭を撫でながらアレイスターを見た。

 

「して、アレイスター。思想汚染の方は何とかなったのか?」

 

大悪魔コロンゾンは学園都市の学生たちに暴動を起こさせるために、自らの髪を使って陣を敷き、思想汚染を起こしていた。

それに対処していたアレイスターにエルダーが滞りなく終わったのかと問いかけると、アレイスターはしっかりと頷いた。

 

「ああ。少々面倒だったがなんていう事はない。幻想殺し(イマジンブレイカー)もあったし、きちんとこなせた」

 

「そうか」

 

エルダー=マクレーンは笑って、そして振り返った。

 

「では感動の再会とゆこうか。アレイスター」

 

アレイスターはエルダーの言葉に、不思議そうな顔をした。

エルダーが見た方向には、朝槻真守と垣根帝督がいた。

 

垣根は病み上がりの体である真守が雨に濡れる事を嫌って、真守の事を支えながら未元物質(ダークマター)の翼を広げて傘代わりにしていた。

 

垣根に気遣われている真守の腕の中には、小さな命があった。

エルダーは小さな命を抱き上げている真守を見て、柔らかく目元を弛緩させる。

すると、真守の腕の中にいる小さな命がトランペットのオモチャを振った。

 

『お父さん』

 

アレイスター=クロウリーはお父さんと呼ばれて目を見開く。

いくら人でなしと言われようと、アレイスター=クロウリーだって娘を愛する一人の父親だ。

だからこそ、娘か娘の偽物かすぐに分かる。

 

それに加えて、かの一族が求めた希望である少女が抱き上げているのだ。

だから尚更分からないはずがない。あの小さな命は、娘のリリスなのだ。

真守は決して軽い足取りではないが、小さな命のことを慮ってゆっくりとアレイスターに近づく。

 

すると。

容赦ない大きめのガラガラによる、娘リリスの本気のフルスイングが『人間』の頬をぶっ叩いた。

スッパァアアアーン!! と、今日日お笑い番組でも見ないリリスの苛烈なツッコミ。

 

「ほぁあああああっ!?」

 

真守は思わず驚愕の声を上げてしまう。

何せ自分のすぐ近くに突然木工製の大きなガラガラが出現したことでさえ驚きなのに、それがアレイスターの頬を躊躇なくひっぱ叩いた事による二重の驚きなのだ。

むしろ驚きでリリスを不用意に揺らさなかった自分を褒めてもらいたいといった具合である。

 

木工製の大きなガラガラを虚空から呼び出し、それで父親の頬をフル☆スイングしたリリスは次々とベビー用品を呼び出す。

椅子上の木馬や子供用のミニチュアピアノ。

それらをリリスは躊躇いなくアレイスターへと突撃させる。

 

しかもリリスはダメ押しと言わんばかりに、木製のベビーカーとそれを押すドレスを纏った球体関節人形の貴婦人を呼び出した。

 

天女のような木製の人形はベビーカーで華麗なドリフトをかますと、凄まじい速度でアレイスターに突っ込んだ。

全弾ヒット。もちろんそれにうろたえたのは周りにいた一同だった。

 

『ああああっ!? なにっ今の、この娘に何をっリリスねえちょっとナニぃ!?』

 

「アレイスターお前またなんかやらかしたのか!? ていうか変人揃いの『黄金』の中でも通じなかった常識がこの時代の一般社会で通じ得るわけねえだろうが悔い改めよ!!」

 

思わず同時にツッコミを入れた浜面と上条は顔を見合わせる。

そんな中。リリスは真守の腕の中から、乳幼児グッズに塗れたアレイスターを見た。

 

『大人気がなさすぎでしてよクソ野郎!!』

 

真守の腕の中でリリスは小さなおみ足をぶんぶんと振りまわし、ぷっぷーとトランペットを鳴らしながらアレイスターを睨む。

 

『何ですの、その格好? 人がわざわざ奇跡の大復活を遂げて感動のご対面をしようって時に、どうしてあなたが私以上に女の子女の子しているんですの!?』

 

「リリス、リリスっあんまり怒るのは体に良くないぞ。よしよしよーし落ち着け、な?」

 

真守は腕の中で怒るリリスを必死にあやすが、リリスの怒りはそんなもので止まらない。

 

『黙らっしゃい!! でしたら私は知らぬ間に下手すりゃ自分の娘よりもかわゆく変貌した「父親」をどんな顔で迎え入れたら良いっていうのでして!?』

 

真守はその問いかけに押し黙ると、垣根と顔を見合わせる。

 

「お父さんが美少女化するなんて普通ならないから、確かにどうすればいいか分からないな……」

 

「あの統括理事長サマが父親な時点で、常識なんて通用しないから対策なんて取れねえよ」

 

真守と垣根が口々に呟く中、トランペットを使ってリリスはがなり立てる。

 

『普通にしていれば無理なく泣きに繋がるこの場面を、無理やり笑いに変えるんじゃねえよまったくもおー!!』

 

ぷんぷん怒るリリスを見て、浜面は思わず呟く。

 

『……いやあの、大人気の問題だったらついさっきまで赤ん坊だったリリスがいきなりモンスターベイビー(本物)になって超常現象引き起こしたり知った風な口を利き始めたのだって十分以上に反則技なんじゃ……』

 

『黙れベビーシッターこのヤンキーはどっちの味方でしてよ!?』

 

怒るリリスの気持ちが分からないわけではない。

何せ感動の再会に父親が性転換して美少女になっているのが悪いのだ。

 

ここでアレイスターが美少女にならず、もっと違う可能性に定着していたら良かったのだ。そこら辺が『なんでもかんでも失敗する』アレイスターらしいところである。

 

何とも最低で感動が台無しな場面だが、そんな事を言っている場合ではない。

濡れたアスファルトの上で軋む影があるからだ。

 

ぎちぎちぎちぎちと、軋みを響かせる存在。

A・O・フランキスカ。

ここに、それぞれの大切な存在を守るために立ち上がった者たちは全員集った。

彼らは共通の敵である『彼女』を見据える。

憐れなる悪魔に霊媒として操られている少女を救うために。

彼らは最終決戦を始めた。

 



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第一一九話:〈憑依被者〉と対峙する

第一一九話、投稿します。
次は八月一四日月曜日です。


A・O・フランキスカ。

大熱波により場所が特定されてしまった『書庫(バンク)』の代替わり先であるプロセッサスーツを奪い、『今代』の『書庫』である総合証券取引所を襲撃した覆面。

『書庫』という、学園都市の技術の結晶を手の内に収めようとした存在。

 

結果的に、A・O・フランキスカのたくらみは上手くいかなかった。囮として浜面仕上に着させたプロセッサスーツとの競合によって、『書庫(バンク)』の情報を取り出せなくなってしまったのだ。

そのためA・O・フランキスカは一方通行(アクセラレータ)に追われつつ、浜面仕上のプロセッサスーツをどうにか排除しなければならなくなった。

 

A・O・フランキスカと自称する『彼女』。『彼女』はコロンゾンの直属の部下であり、現在コロンゾンに霊媒として操られてしまっている烏丸府蘭だ。

プロセッサスーツを着込む彼女は、少女らしい骨格がまるで分らない。

だから誰もが覆面『男』と呼称していたのだ。

 

烏丸府蘭は、自分の顔をぺたぺたと触った。

一方通行(アクセラレータ)にプロセッサスーツの基部を破壊されても、烏丸府蘭が着込んでいたプロセッサスーツはまだぎりぎり形を保っていた。

だがアレイスターの霊的けたぐりの一撃には耐えられず、『演算型・衝撃拡散性複合素材(カリキュレイト・フォートレス)』で守られたヘルメットやバイザーがついに砕けてしまったのだ。

 

府蘭は自分の顔を直接、何度も確かめるようにぺたぺたと触る。

そして自分の顔が露出していると知ると、雨に濡れた地面へと手を伸ばした。

府蘭は砕けてしまったバイザーの破片を探しているわけではない。

悪魔に憑かれてしまった少女が、二足歩行にこだわる必要がないのだ。

 

だから烏丸府蘭は獣のように四足歩行で頭部をだらりと下げて、臨戦態勢を取る。

 

四足歩行に体勢を変えた烏丸府蘭。

すると当然として、彼女の頭頂部から後頭部に向けて露わになった。

 

府蘭の後頭部には、赤い宝石が埋め込まれていた。血のように、赤々とした宝石だ。その宝石によって、府蘭の後頭部ではまるで子供の落書きのような顔が造り上げられていた。

宝石でできた歪な顔は府蘭の頭の後ろで、ビクビク脈動しながら光り輝く。

 

上里翔流と行動していた烏丸府蘭は、いつだってパーカーのフードを被っていた。

だからこそ、そこに埋め込まれている『顔』など露わにならなかった。

女の髪には魔が宿るという。府蘭の場合、髪に悪魔が宿っているのだ。

操られている府蘭の姿を見て、アレイスターはふんっと鼻で笑った。

 

「Al2O3に適量のCr。……つまりはピジョンブラッドか」

 

ピジョンブラッドとは、ルビーの最高品質を冠する異名だ。

アレイスターは府蘭の頭にあるルビーの輝きを見て即座に看破し、コロンゾンを考えて笑う。

 

「かの悪魔は三羽の鳩の血でもって描かれた陣の中より現れた。ピジョンブラッドとは言い得て妙。まさに、といった感じだな。甘言に振り回されれば、どのような人間であったとしても即座に転がり落ちていく」

 

アレイスターは説明口調で呟くと、霊媒(アバター)として操られている烏丸府蘭に語り掛けた。

 

「キミは大熱波の混乱に乗じて、朝槻真守が統括理事長である私に襲撃を掛けると知っていた。それをキミが逐一、ローラ=スチュアートに伝えないはずがない。……だから漁夫の利を狙って、コロンゾンは攻めてきた。だが当然、露骨に学園都市に乗り込むことはできない」

 

府蘭はアレイスターの言葉に応えない。

ただ首をきしきしと軋ませて、小刻みに揺れ動くだけだ。

 

「コロンゾンをここまで秘密裏に移動させることができる人員編成を考えれば、いつでも切り捨てられる天草式十字凄教と言ったところか。そうは言っても最大主教(アークビショップ)が出張るのはマズすぎる。……勤勉な東洋人どもめ、『積み荷』の中身も知らずにやらかしたのか」

 

烏丸府蘭は依然として何も応えない。ゆっくりと首を傾げて、禍々しい赤色を放つ後頭部の顔を揺らすだけだ。

 

『……あいつの意志じゃない』

 

まるで、烏丸府蘭はマリオネットのように操られている。

そう感じた浜面仕上は、思わず呟く。

 

浜面仕上は烏丸府蘭に昏倒させられて、囮であるプロセッサスーツを着込まされた。

烏丸府蘭は浜面仕上にとって、明確な加害者だ。

それでも浜面仕上は烏丸府蘭を見て、思わず声を上げる。

 

『アレはアネリなんかと全然違う。悪意を持って間違いしか吐き出さない「真実の鏡」なんてただの最悪だ。あんな邪悪をそのままにしちゃあならねえ!!』

 

「当たり前だ」

 

浜面仕上の言葉に同意したのは、上条当麻だった。

 

「そうじゃなきゃ、府蘭はA・O・フランキスカなんて名乗らない。コロンゾンの野郎に支配されて頭の中ぐちゃぐちゃに掻き回されながらも、府蘭は必死になってヒントを残してくれてたんだ」

 

あまり府蘭を良く知らない浜面仕上は、上条当麻と共に彼女を助け出さなくてはと思う。

 

一二月の、凍てつく雨が降り続ける。

どんよりとした曇り空のもと、禍々しい遠吠えが一つ響いた。

その遠吠えと共に周囲一帯に、明確な殺意がまき散らされる。

 

そして一方通行(アクセラレータ)やカブトムシ、学園都市の人々を惑わせた生体兵器──ミメティックプレデターが次々と蠢きだした。

 

ミメティックプレデターは、大多数がプロセッサスーツを着込んでいる。

だが中には、様々な姿かたちを取っている少女たちが混じっていた。

 

スク水メイド服ブルマバニー服セーラー服ブレザーミニワンピース男ものTシャツYシャツなど、あらゆる癖な服を着た可愛らしい少女たちのオンパレード。

それを見て上条当麻は自然と呟いていた。

 

「府蘭は一番近くから眺めていた上里勢力からインスピレーションを得てるんだ。だから女の子たちでまとめ上げて、大戦力を管理する方法を作ってる」

 

「やはりネス湖の実験で生み出されたミメティックプレデターを使っているようだな。わざと失敗させて精霊に似た何かを生み出している。ネス湖のあれは恐竜の生き残りだ何だと散々騒がれた挙句、三流新聞の手で随分と可愛らしい名前を付けられていたな」

 

アレイスターは自らと真っ向から対立していた三流新聞のことを思い出して、くつくつと笑う。

 

「あの魔術実験を意図的に失敗させることで、烏丸府蘭は即物的な膂力と咀嚼力を持つ『怪物』を生み出していた。……それにしても、長年誰にも発見されなかった事実を『何にでも形を変えられる』と再定義するとは中々ユニークな発想だな」

 

一流の(変態)魔術師として、アレイスターは府蘭を評価する。すると、アレイスターのそばに垣根と共に立っていた真守はリリスを抱いたまま目を細めた。

 

「府蘭はUFO少女を自称していたからな。ウサギグレイというイギリス由来のUMAキャラクターを愛していたし、あの三つの宝石もUFO少女らしくインプラントということになってたんだろう」

 

真守は上里翔流から聞いていた話をかいつまんで口にする。

そんな真守の腕の中で、リリスがトランペットのオモチャをプップーと鳴らした。

 

『結局何をどうするんですの、お父さん。一口に霊媒(アバター)といっても、その権限や役割は全く同じだというわけではなくてよ』

 

リリスは真守の腕の中で、ラッパ越しにアレイスターへ語り掛ける。

 

『マスターとスレーブの関係で、明らかに優先順位が偏るのです。それはつまり、長年にわたって乗っ取り続けているローラと、せいぜい数年足らずのフランとやらでは馴染み方が違うという意味ですわ、お父さん』

 

浜面はバイザー越しにリリスを見つめながら、思わず首をひねる。

 

『ええっとつまりどういう事? あばたーって何? ネトゲの好きなキャラは自然とレベルが上がっていって、嫌いなキャラはやっぱりレベルが伸びないとかそういう感じ?』

 

『空気を読まずに割り込むなヤンキーベビーシッター。その例えが私には理解できなくてよ。……つまり「私の妹」と比べれば、支配の力は弱いという事です』

 

真守は空気の読めない男浜面仕上と違い、リリスの説明を聞いて頷く。

 

「府蘭とローラはどちらも大悪魔コロンゾンに支配されてる。だが操られてる年季の違いで、ローラよりも府蘭の方がコロンゾンの支配から逃れさせるのが簡単だという事だな。ここでくじければローラなんて救えない。そう言いたいんだろ、リリス」

 

『新しいベビーシッターの方が優秀でしてよ。抱き方もあやし方も一級ですし』

 

『俺もしかして捨てられた!?』

 

浜面仕上が叫ぶ中、『人間』は告げる。

 

「これは試金石だ。せいぜい多くを試させてもらって、『次』に繋げる有効策を組み立てさせてもらうぞ。コロンゾン」

 

アレイスター=クロウリーの宣誓。

それが放たれると同時に、府蘭に先駆けてミメティックプレデターが動いた。

 

相手が動いたことで、浜面仕上はプロセッサスーツの装甲を赤く染め上げ、疾走。

そして上条当麻も前に出た。

 

浜面の蹴りがミメティックプレデターをドミノ倒しのように蹴散らす中、上条当麻は浜面仕上によって地面に倒れたミメティックプレデターの腹に右手を押し付けた。

途端に甲高い音ともに、幻想殺し(イマジンブレイカー)によって打ち消されたミメティックプレデターが雨水に塗れて溶けていく。

 

『ッ! アンタのそれで府蘭とかいうのの頭の宝石は吹っ飛ばせねえのか!?』

 

「食いちぎられる事なく指先で触れられたらな! ライオンの首輪に付いた宝石を取って来いっていうのより大変なんだよ!」

 

浜面仕上と上条当麻。浜面が力技でなぎ倒して上条が幻想殺し(イマジンブレイカー)でミメティックプレデターを打ち消す、という構図は確かにできあがった。

その向こうでは大小さまざまなカブトムシがどこからともなく現れて、大量のプロセッサスーツを着た覆面男と怪獣大戦争を繰り広げていた。

 

だが、ミメティックプレデターはあくまで斥候でしかない。

 

本当の攻撃を仕掛けてくるのは、烏丸府蘭だ。

彼女は一方通行(アクセラレータ)によってプロセッサスーツを破壊されたにもかかわらず、その鉄くずを身にまとったまま弾かれるように前に出た。

 

前に出て、爆発的な加速を見せる府蘭。

その速度はすぐさま、城壁を打ち破ることができそうな圧に達した。

 

烏丸府蘭はプロセッサスーツをまとう浜面仕上に急接近する。

そして浜面のプロセッサスーツを破壊しようとして、自分がまとっているプロセッサスーツの関節装甲を砕きながら、砲撃じみた拳をお見舞いした。

 

だが烏丸府蘭のその拳は浜面仕上に届かなかった。

 

一方通行(アクセラレータ)が横から府蘭に接近し、能力をフルに使って殴り倒したからだ。

浜面仕上は一方通行が作った隙の中、駆け出す。

そして吹き飛ばされた府蘭を思いきり地面に押さえつけた。

 

プロセッサスーツの出力はすさまじい。

浜面が府蘭を押さえつけると、衝撃で駐車場のアスファルトが放射線状に砕け散る。

 

するとついに、府蘭のまとっていたプロセッサスーツが限界を迎えた。

何かのジェルやクリームで保護され、水着だけを着ている府蘭の姿が露わになり、その無表情が浜面の視界いっぱいに広がった。

 

その瞬間、府蘭は浜面仕上に向かって凄まじい咆哮を放った。

そして、何かを掴み取るように自由な手を空へと伸ばした。

 

ギラッと、赤い宝石でできた顔が獰猛に煌めく。

すると。雲で覆われているはずの学園都市の雨降る曇り空が、不可解に輝いた。

 

『……オイオイオイオイちょっと待てぇ!!』

 

浜面仕上は天を仰いで、思わず叫ぶ。

上条当麻も『それ』を見上げて絶句していた。

 

上里翔流は、烏丸府蘭をこう呼称していた。

自称UFO少女で首にインプラントを埋め込み、巨大風船で空を飛んだり世界中の無線電波を蒐集したりしている不思議系少女だと。

そしてお手製の宇宙ステーションまで作りあげてしまった、困った女の子だと。

 

お手製の宇宙ステーション。それを、烏丸府蘭はファンアート作品と呼称していた。

烏丸府蘭はイギリス由来のマスコットキャラクターである、ウサギグレイを愛している。

自身が好きなウサギグレイ。そのウサギグレイのファンアートとしてせっせと造り上げた宇宙ステーションを、彼女はウサギグレイメッセンジャーと読んでいた。

 

つい先日まで学園都市で引き起こされた大熱波。

その大熱波には、府蘭の宇宙ステーションが使われていた。

 

烏丸府蘭は宇宙ステーションに、高出力マイクロ波式の通信機を搭載していた。

それはまだ見ぬ誰かへ、一〇〇年越しに声を伝えるためである。

その高出力マイクロ波を学園都市に照射して、電子レンジのように学園都市を温めていたのだ。

 

一歩間違えば学園都市が府蘭もろとも蒸発する奥の手。

だがその奥の手を、コロンゾンは利用できなかった。

何故ならコロンゾンに操られた烏丸府蘭が、自分を操っているコロンゾンへとせめてもの反抗をしていたからだ。

 

烏丸府蘭の反抗によって、コロンゾンは上手く宇宙ステーションを操作できない。

だからこそ、コロンゾンは物理的な手段に出た。

 

府蘭お手製の宇宙ステーションを、学園都市に落とす。

そうすれば綿密な操作なんて関係ない。真守たちに物理的なダメージを与えることができる。

 

一方通行(アクセラレータ)ァ! 援護しろ!!」

 

鋭く声を上げたのは、垣根帝督だった。

即座に応えた一方通行は、純白の翼を広げて空へと躍り出る。

 

「垣根!」

 

真守は三対六枚の翼を広げて、自分も飛び立とうとしている垣根の名前を呼ぶ。

 

「お前はここにいろ。大丈夫だ、あれくらい俺たちだけで対処できる」

 

「でも私が源流エネルギーでぶち抜けば、」

 

「真守」

 

垣根は小さな命の事を大切に抱き上げている、愛しい少女の肩に手を置く。

 

「立ってるのも頑張ってるお前に、無理をしてほしくない」

 

朝槻真守はコロンゾンの一撃をまともに喰らっている。

動けるようになったが、その体にはまだダメージが残っている。

その状態で、垣根は愛しい少女に無理をしてほしくない。

 

「頼むから、守らせてくれ」

 

真守は切実に告げた垣根を見上げて、申し訳なくなってしまう。

 

「……分かった。垣根、ちゃんと一方通行(アクセラレータ)と一緒に無傷で帰って来るんだぞ」

 

「俺を誰だと思ってやがるんだ」

 

真守の言葉に垣根はふわっと地面から足を離しながら告げる。

 

「俺は『無限の創造性』をお前に教えられた男だぜ?」

 

真守は笑顔で垣根の言葉に頷く。

そして凍てつく雨が降る夜の空へと上がっていく垣根を見上げた。

 

『真守。風邪を引くといけませんから』

 

真守に声を掛けたのは、真守の頭に降り立ったカブトムシだった。

カブトムシは翅を広げると、未元物質(ダークマター)を散布して真守を冷たい雨から守る。

 

「ありがとう、帝兵さん」

 

真守は柔らかく微笑みながら、ゆっくり振り返った。

 

「でもただ静観してる暇はなさそうだ。帝兵さん、臨戦態勢」

 

真守が睨んだ方向には、とある一人の少女がいた。

銀髪碧眼の少女。

真守よりも小さい、それでもその頭に一〇万三〇〇〇冊の魔導書を完全記憶し、多くの知識を溜め込んだ魔導書図書館。──インデックス。

 

『第三章第八節。周辺捜査完了。「自動書記(ヨハネのペン)」モード、通常通り敵性の排除を実行します』

 

インデックスはイギリス清教・最大主教(アークビショップ)の思惑で生み出された魔導書図書館だ。

そして彼女を操るための遠隔制御霊装は『王室派』と『清教派』が保有していた。

 

だがその遠隔制御霊装を使わなくても、インデックスを生み出した大悪魔コロンゾンは、どんな状況でもインデックスを操ることができるのだ。

 

朝槻真守は再び対峙する。

かつての上条当麻と共に救った、かけがえのない少女と。

あの理不尽を、その結末を。もう一度引き起こしてはならない。

 



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第一二〇話:〈静止人間〉に火を灯して

第一二〇話、投稿します。
次は八月一七日木曜日です。


一〇万三〇〇〇〇冊の魔導書。

その知識の全てを小さな頭に記録している、魔導書図書館。

銀髪碧眼の、どこにでもいる普通の少女──インデックス。

今の彼女は、大悪魔コロンゾンに操られていた。

 

自動書記(ヨハネのペン)』という、インデックスに魔導書図書館として備わっている防衛機能。

かつてその防衛機能は幻想殺し(イマジンブレイカー)によって破壊された。だがインデックスに防衛機能を搭載させたのは、インデックスを魔導書図書館に仕立て上げた大悪魔コロンゾンだ。

だから大悪魔コロンゾンがその気になれば、インデックスの防衛機能である『自動書記』は起動できるのだ。

 

インデックスはゆっくりと宙を浮いており、その瞳に魔法陣が浮かび上がらせた。

目に浮かんだ魔法陣は巨大になって広がり、それと共に空間に無数にヒビが入った。

 

「インデックス!?」

 

上条はかけがえのない少女を見て叫ぶ。

浜面仕上は烏丸府蘭を押さえつけたまま、悲痛な声を上げた上条当麻と共にインデックスを見た。

 

現在、超能力者(レベル5)二人は遥か上空にて、府蘭お手製の宇宙ステーションの対処に向かっている。

地上に残っている真守は病み上がりで、しかもその手の中にはリリスが収まっている。

まだ府蘭だけならなんとかできる。マズいのは、インデックスという強大な力を操る少女が追撃をしてきていることだ。

 

「制御の陣を探せ」

 

アレイスター=クロウリーは上条当麻へとそう指示する。

 

「魔導書図書館の体のどこかに浮かんでいるはずだ。すでに一度、キミはそれを成し遂げているはずだぞ。今のキミには思い出せないとしても、歴史に刻んだ事実までは変わらない」

 

上条当麻はアレイスターに指示されて、顔を歪めた。

ずぎんっと、上条当麻の右のこめかみに激痛が走ったのだ。

 

その痛みが本物なのか。幻の激痛なのか、上条当麻には分からない。

頭を押さえながら、上条当麻は目の前の少女を必死になって見つめる。

 

インデックスはまるで今までとは違う存在であるかのように、無表情になっていた。

無垢な笑顔を見せる彼女はどこにもいない。上条当麻のことを怒って噛む、可愛らしいところを持つ彼女ではなくなっていた。

 

インデックスから投影された魔法陣と、空間に走る無数のヒビ。

そのヒビの向こうを見てはならないと警鐘が脳裏に響くのは、あれが大悪魔コロンゾンの息がかかっているという証拠なのだろうか。

 

上条当麻には記憶がない。

かつての記憶を保持した神経細胞は壊れてしまった。

朝槻真守でさえ、垣根帝督でさえ。その失われた情報は取り戻す事ができない。

 

それでも上条当麻の頭の中で何かが疼く。

心の奥底。魂から、脳裏に声が響く。

あの理不尽を、許すな。

何としても囚われた少女を助け出せ。

 

「上条、大丈夫だ。一人じゃない」

 

魂の奥底からの叫び。それを聞いていた上条当麻に、朝槻真守は声を掛ける。

真守はリリスを大切に抱き上げたまま、頭に乗ったカブトムシに目を向ける。

 

「私は万全じゃないけど、帝兵さんの力を借りれば大丈夫だ」

 

真守が臨戦態勢を見せると、近くにいたエルダー=マクレーンが笑った。

 

「大丈夫だ、あの日の再演はさせぬぞ」

 

「エルダーさま?」

 

真守が声を上げると、エルダーは柔らかく微笑む。

そして、腰に提げていた一冊の魔導書を手にした。

アレイスターはエルダーが何をしようとしているか察し、柔らかく微笑んだ。

エルダーは一つ頷くと、インデックスをまっすぐと見た。

 

「全ての男女は星である。元来世界に不要な存在などはなく、全ての人が重要な意味を持っている。──まあ、ワタシがそれを言うのはおかしいだろうが、今のワタシはトートタロットを基盤とした演算機器より生まれし存在だからな。既に純粋なケルトの民ではない」

 

エルダーは片目を閉じて、尻尾をゆらっと振る。

 

「本来ならばいらない存在。取るに足らない一ビットこそが、真に巨大なプログラムを停止させるカギとなる。ワタシは元々本来ならばありえないパラメータだ。必要のない蛇足的な存在である。──だが、それでもワタシの在り方には意味がある」

 

エルダーは自身のための魔導書、ルーズリーフに書かれた『銀猫(ぎんびょう)祭祀(さいし)秘録(ひろく)』を開く。

 

「さあ、記憶するがよい。本来あるべきオマエの役割に従って、一〇万三〇〇一冊目となるワタシを。禁忌を極めた『原典』を」

 

インデックスは完全記憶能力を保持している。

そのため一度見たものは忘れない。

だからこそ、その目に映された魔導書から逃げることなどできない。

 

「ワタシの毒素を持ってオマエの歪ながらも洗練された在り方を侵す。トートの一枚は逆さになれば良い役割が悪いモノへと転じる。そのため毒は薬にもなる。だからこそ、ワタシの毒素はオマエに最適な薬となる」

 

エルダー=マクレーンは魔導書をパラパラと開きながら宣誓する。

 

「大悪魔コロンゾンよ。誰にも断てない正当化と共にオマエが埋め込んだ邪なコントロールを、ワタシが焼き切ってみせようぞ」

 

一冊の魔導書を前にして、体をカクカクと動かし小さく痙攣させる魔導書図書館。

そしてついに、ばづんっという音が響いた。

それは負荷がかかりすぎてブレイカーが落ちるような音だ。

不安になる音を弾き出しながら、インデックスはゆっくりと下降する。

 

銀髪碧眼の小さな少女は雨で濡れた病院の駐車場、そのアスファルトに崩れ落ちる。

エルダー=マクレーンは、インデックスが地面に落ちる前に優しく受け止める。

上条当麻はそれを見て、思わずエルダーに叫び声を投げかける。

 

「大丈夫なのか!?」

 

エルダーはインデックスのことを抱き寄せると、ご機嫌に尻尾を揺らめかせた。

 

「問題ないぞ。ワタシという『原典』を取り込ませることで、悪意あるプログラムを除去しただけだからな」

 

エルダー上条当麻から視線を外して、そしてアレイスターを見た。

 

「アレイスター。ワタシはオマエの手を取らなかった。そして決して許さないと告げた。復讐の道を突き進もうとするオマエを止めもせず、オマエの背中を押すようなコトをした」

 

魔術があるからこそ、娘を喪った『人間』。

魔術があるからこそ、自らの位相が滅ぶと運命づけられている一族の一員。

その二人が最期に会った、あの雨の日。あの日、アレイスターとエルダーの道は明確に別たれた。そしてそれぞれの道を進み続けていつか交わる時が来たら、また笑いあおうと約束をした。

 

「確かにオマエは多くの悲劇を生んだ。そして我が血族すらもそれに巻き込んだ。だがそれでも、ワタシはオマエが歩んできた道は素晴らしいものだと思うよ」

 

何をやっても失敗する。裏の裏を読んだってそれが裏目に出る。

失敗と敗北。屈辱的な人生をずっと、アレイスター=クロウリーは歩んできた。

血と汗と涙と。それに塗れながらも、懸命に前を向き続けた。

 

約束したから。どうしたって何をしたって、諦めるなと言われたから。

最果てに辿り着いたら、笑おうと言われたから。

たった一つの約束を胸に抱いて、アレイスター=クロウリーは進み続けてきた。

 

「オマエの道に恥じるべきコトなど何一つない。オマエの道に余計な贅肉などはない。進みに進んで、そしてここまで至ったのだ。だから、自分に優しくなれ。アレイスター」

 

アレイスター=クロウリーは朝槻真守を見た。

真守の腕の中にいる、小さな命を見つめる。

アレイスター=クロウリーが復讐の道を進み始めた事で、全てが始まったのだ。

そうでなければ学園都市が生み出される事も、エイワスを再臨させる事も、リリスを再び取り戻すことも叶わなかった。

 

確かに間違っていたのだろう。

だが『黄金』を瓦解させたのも、自らに失敗の呪いを植え付けたのも。アレイスターがこの結末に辿り着くためならば、必要な事だったのだ。

 

「アレイスター。ワタシを送り出したかの者からの神託を賜ろう」

 

エルダー=マクレーンは表情を消して、厳かな口調で告げる。

 

「たとえ君がどのような人間だろうが、それでもしあわせになるための努力を常に怠るな」

 

そう前置きして、エルダー=マクレーンは続ける。

 

「君はよくあれだけの不遇を耐えた。一人ぼっちで、歯を食いしばって、誰にも理解されず、理不尽の闇の中を手探りで歩み続けてきた。だからこのエイワスが全てをひっくり返す。君が背負った積年の痛み、流した血と汗と涙の重さに見合うだけの祝福を必ず与えてやろう」

 

一九〇四年。新たな命と必要な知識を授けられた運命の年。

あの時からアレイスター=クロウリーは失敗と屈辱を是とした道を進み続けてきた。

だがこれからは違う。

神託と共に、アレイスター=クロウリーは成功と勝利の道を凱旋するのだ。

 

「加えてワタシからも言葉を贈ろう、アレイスター」

 

エルダー=マクレーンはたおやかに微笑み、永遠の友を見つめる。

 

「道は違えた。だがこうしてもう一度会えた。この結末はオマエとワタシが意図していない結果となっただろう。──だがそれで良い。ワタシにとって、この結末はとても喜ばしいモノだ」

 

エルダーはアレイスターに微笑みかける。

 

「世界とは変わりゆくものであり、喜ばしい結果が一つとは限らない。オマエはもう、しあわせになっていいのだ。だって人間頑張れば、ちょびっと良いコトがあってもいいだろう。歩んできた苦難が長いほど、そのちょびっとが至極のモノとなる」

 

アレイスターはエルダー=マクレーンの言葉を聞きながら歩き出す。

震える手を、望まれて生まれながらも運命に翻弄された姫御子に伸ばした。

 

真守は柔らかく微笑んで、小さくて未熟な命をアレイスターに差し出した。

アレイスターはつたない手で、自分の娘であるリリスを抱き上げる。

 

小さな命は『親』に向かって、小さな小さなモミジのような手を伸ばす。

それが何を意味しているか。

リリスもアレイスターも理解している。

 

リリスがこの世に生まれ落ちた、あの日。あの日も、リリスはアレイスターの指を掴んでいた。

 

あの運命の年の繰り返しを思い出して、アレイスターはゆっくりと震える手で指先を伸ばした。

おずおずと、何とも言えない恐怖を抱えながらゆっくりと、アレイスターは手を伸ばす。

 

アレイスターのその指先を、リリスはしっかりと握った。そして無邪気に笑った。

 

娘の笑顔。それを、魔術師である『人間』は再びしっかりと目撃した。

美少女になり果てたアレイスターは、どこからどう見ても『父親』としてはあまりにも不釣り合いな容姿だ。

だがそれでもアレイスターは稀代の魔術師であり、一人の父親なのだ。

 

愛娘であるリリスの笑顔を目撃した瞬間。

アレイスター=クロウリーの中で冷え切っていたものが、再び熱を灯して動き出した。

 

アレイスターは我が子を優しく抱きしめながら、片手を静かに構えた。

アレイスター=クロウリーの扱う、霊的蹴たぐり。

ジェスチャーを見た瞬間、標的が思い浮かべた武器の破壊力をそのまま叩きこむ術。

 

それを使って、アレイスターは双眼鏡を覗き込むそぶりを見せる。

それだけでレーザーやGPSで座標指定を行い、攻撃支援をする軍用双眼鏡と分かる。

その行為だけで、アレイスターは霊的けたぐりを一流に扱えるのだとよく分かる。

 

完璧なジェスチャーによる、幻視の攻撃。だからこそ周囲にいる者は分かるのだ。

アレイスター=クロウリーが霊的蹴たぐりとして繰り出そうとしているその武器の名前が。

一度も目にした事のない兵器を思い浮かべて、上条当麻はぎょっとした。

 

「航空支援式の……ビッグバン爆弾ッ!?」

 

アレイスターの目標は周辺一帯に蠢く細胞質の生体凶器、ミメティックプレデターだ。

無機物ではなく生物ベースであり、学習能力が高いミメティックプレデターは、アレイスターがジェスチャーによって生み出したビッグバン爆弾を正確に思い描いた。

 

霊的蹴たぐりというのは、そもそも想像で人を攻撃する術式だ。

そのため本当の意味でその事象は起こらない。

レーザービームで撃たれたらその衝撃が体に伝わるだけであり、周囲のものは何一つその想像のレーザービームによって壊れない。

 

だからこそ。ミメティックプレデターにしか分からない爆発が巻き起こされた。

凍てつく雨が降る駐車場の一切を傷つけずに。

その場にいた数百から数十万に届く生体兵器は確実に吹き飛ばされた。

 

想像上の攻撃。

ミメティックプレデターはその攻撃を思い浮かべた瞬間、その攻撃から逃れられなくなった。

成す術もなく、ミメティックプレデターは一網打尽にされた。

 

ミメティックプレデターの、細胞の一つ一つに至るまでが散り散りになって行く。

当然だ。何故ならビッグバン爆弾とは、銀河や星雲などという世界を吹き飛ばす兵器なのだから。

 

「甘い」

 

『人間』を苛烈に極め、『神』へと至る道すら拒絶したアレイスターは告げる。

 

「『衝撃の杖』。すなわち対峙する者から見てその威力を一〇倍に拡張する!!」

 

その言葉と共に、想像は宇宙の限界を飛び越えた。

元はと言えば、『衝撃の杖』は『魔神』を相手にするための秘奥技だ。

その意味を知って体を硬直させた烏丸府蘭は、無力化されたミメティックプレデターたちの中でただ一人無事だった。

 

何故なら烏丸府蘭は試金石なのだ。

憑依された二番目の娘を救い出すためには、手始めに烏丸府蘭を救わないと始まらない。

そのためわざと術式の標的設定から外して、一人だけ見逃したのだ。

 

「さて」

 

完璧に場の掌握をしたアレイスターはそう呟く。

 

 

すると上空で大きな爆発があり、雲が一気に晴れた。

 

 

垣根帝督と一方通行(アクセラレータ)。彼らが飛来してくる宇宙ステーションを押さえた結果である。

アレイスターは太陽の光を一身に受けながら、口を開く。

 

「ケダモノのフリをするなよ、コロンゾン。君は元来『囁く者』だ。悪魔に憑かれた者は下手に脅しをかけるより、意味不明な雄たけびを繰り返してコミュニケーション不能にしてしまった方が恐ろし気に見えるのは見とめるがね」

 

「……、できない」

 

聞いた事のない声だった。

小柄なビキニの少女でもない、かといってローラ=スチュアートでもない。

聞く者によっては、音色が異なってしまうかもしれない名状しがたい声。

それが府蘭の口から響き渡る。

 

「できるワケない、のです。貴様に、失敗と敗北にまみれた貴様に、誰かを救えるわけが……」

 

「レントゲン」

 

アレイスターは片手一本で器用に赤子を抱えたまま、遮るように告げる。

 

「CTスキャン、MRI、血液検査、ガスクロマトグラフィー、超音波エコー、遠心分離機、透過型電子顕微鏡、ポリメラーゼ連鎖反応式DNA検査装置。ああ、何だったらサイクロトロン加速器も用意しようか?」

 

アレイスターは自らが積み上げていった科学の産物を一通りに口にする。

 

「これだけあればクランケ烏丸府蘭の全身を輪切りにして中身を覗き込むくらいは造作もないだろう。……頭のてっぺんから足の先まで、人体を形作る分子の一つ一つまで精査してやる。どこに貴様の薄汚れた痕跡が根を張っていて、何を攻撃すれば影響を取り除けるのかも含めてな」

 

アレイスター=クロウリーは右手を動かす。

霊的蹴たぐりというのは、見せられた相手の想像が鍵となる。

だがその想像を絶え間なく変化させれば、対象はその想像を絶え間なくしなければならない。

 

結果、その想像に脳のリソースが割かれ、動く事ができなくなってしまう。

烏丸府蘭はアレイスターの右手が持っているものを想像する。

鉛筆のようで、蛍光マーカーのようで。タブレットデバイスのようで、だがころころとその認識が府蘭の頭の中で切り替わる。

 

「私を、縛るつもりですか……。人間」

 

想像を絶え間なく続けさせる事で、人が体を動かす時にしなければならない思考をさせない。

想像の牢獄に府蘭を閉じ込めながら、アレイスターは解説する。

 

「たった一つのビジュアルがイメージを固着させ、捕らえ、自由度を奪う。この応酬で相手の手札を封じて思考を袋小路に追い詰めるのもまた、魔術戦の基本というヤツさ。そして現実の達人は基本を重んじる。誰でも作れる卵焼きでも、真のシェフはお客を驚かせるというモノだろう?」

 

アレイスター=クロウリーは悠々自適と告げる。

既にアレイスターの勝ちは確定だった。それをアレイスター自身も確信していた。

 

「先程のビッグバンは……まあ正確にはその一〇倍のやらかしだが。ともかくあらゆるものを生み出した。放射線もその一つ。それ自体は善にも悪にも変じる劇薬だ。扱い方次第では従来の方式では救済不能とされた命をも助ける『武器』になる」

 

アレイスターはリリスを丁寧に抱き上げたまま、その手に『武器』を持つ。

その『武器』は人を助けるものだ。とある医者が戦場と呼称する場所で使うものだ。

 

「ガンマナイフ。脳腫瘍など、極めてデリケートな器官に包まれているため切除不能な患部であっても、肉体を投下してごく章の標的の身を正確に焼き潰す医療ツール。……おっと失礼、このくらいは博識で聡明である君ならばもちろん常識として知っていなければおかしいものだな」

 

アレイスターはガンマナイフを持つジェスチャーを完璧にしながら、おどけるように笑う。くるくるとガンマナイフを手で弄ぶが、それは烏丸府蘭にしか分からない。

 

「心配するな。たとえ『烏丸府蘭』がどれだけ暴れようが、私は『貴様だけ』を選んで正確に切り刻む。完全に、一片の残骸も残さずに。だから安心して、存分に抗ってくれたまえ」

 

アレイスターは笑いながら、近付いてきた朝槻真守にリリスを抱かせる。

そして、科学者として獰猛に笑った。

 

「たまには、生きたままの悪魔の踊り食いも悪くはない。そうだろう?」

 

それは、誰にも止められない必要なオペだった。

道具も薬も一切使わない。ただ想像だけで繰り広げられる、曲芸じみたオペだった。

 




次回、大悪魔光臨篇最終回です。


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第一二一話:〈一時収束〉でこれからを見据える

第一二一話、投稿します。
※次は八月二四日木曜日です。


大悪魔コロンゾンに操られているA・O・フランキスカ──烏丸府蘭の救出。

府蘭の救出は、アレイスターにとって大切な通過点だ。

アレイスターは、霊媒(アバター)として大悪魔に乗っ取られた娘のローラを助けなければならない。

だからこそ、コロンゾンに操られて日が浅い烏丸府蘭を助けるのはとても重要なことなのだ。

 

コロンゾンから府蘭を切除できれば、ローラからもコロンゾンを切除できる。

だからアレイスターは第七学区のマンモス病院の片隅で、クランケ烏丸府蘭を前に曲芸じみたオペを続けていた。

 

朝槻真守たちはというと、その様子をすぐ近くで見ていた。

真守はアレイスターを気にしながら、そっと目を細める。

 

真守は『窓のないビル』によって宇宙へと放逐された大悪魔コロンゾンについて考えていた。

コロンゾンは『窓のないビル』でエルダー=マクレーンが呼び出したエイワスと戦っており、おそらくエイワスはアレイスターがリリスと感動的な再会をするまで時間稼ぎをしていたことだろう。

 

エイワスの時間稼ぎは、アレイスターが頑張ったから慈悲で時間を稼いでやろうという心配りだ。

だからエイワスはコロンゾンを消滅にまで持ってこうとは思わない。勝利するのはコロンゾンだ。

 

勝ったコロンゾンは絶対に地球へと戻ってくる。

アレイスターだってそれは理解している。策を講じないわけではない。

 

『窓のないビル』は、太陽系から脱出しようとしている。

エイワスと戦いが終わって力に余裕が出たコロンゾンは、おそらく『窓のないビル』をUターンさせて戻って来るだろう。

その時に何が起こるか。それはつまり──。

 

「真守?」

 

考えていた真守は、垣根に声を掛けられて顔を上げた。

垣根は考え込む真守のことを、心配そうに見つめていた。

 

「どうした、ぼーっとして。体調悪いのか?」

 

垣根はそっと真守の頬に手を沿える。

真守の体調は万全ではない。

そのため、どうやら考え事をしていると外見からはぼーっとしているように見えるらしい。

垣根は不安そうに真守を見つめて、そっと眉をひそめる。

 

「やっぱり中に入るか? ここはどう頑張っても外だしな」

 

真守たちは外で曲芸じみたオペをしているアレイスターの近くにいる。

つまりマンモス病院の駐車場にいるのだ。

建物の外にいるため、垣根は真守が心配なのだ。

 

「……外って言っても、垣根がすごく居心地良くしてくれてるだろ」

 

真守は心配している垣根を困ったように見上げる。

真守は現在、垣根帝督が造り上げた未元物質(ダークマター)の椅子に座っている。

しかもただの椅子ではない。

真守の体にフィットした、真守が一番楽な体勢を取ることができる椅子だ。

 

カブトムシは真守が寒くないように未元物質(ダークマター)を散布しているし、何なら真守は未元物質製の毛布でぐるぐる巻きにされている。

 

はっきり言ってやりすぎな現状。垣根が真守のお願いによって作りあげた簡素な椅子に座っている一方通行(アクセラレータ)は白い目を向けており、上条は苦笑している。

 

一方通行と上条が呆れるほどまでやっているのに、それでも心配してくる垣根。

真守は心配性の垣根を見上げると、垣根にすり寄ろうとする。

そんな真守のために、立っていた垣根は自らが動いて真守の肩を抱いた。

 

「垣根。私はそんなにヤワじゃない。だから大丈夫だ」

 

事実、真守は大悪魔コロンゾンに『拡散』を打ち込まれても無事だった。

確かに少し体調を崩してしまったが、普通の人間が大悪魔コロンゾンに『拡散』を打ち込まれたら、その場で崩壊・消滅していただろう。

垣根はすり寄ってきた真守の小さな背中を撫でて、真守のことをジトッと睨む。

 

「お前の大丈夫は当てにならねえ」

 

「最近はそんなことないぞ」

 

真守はちょっとムッとする。そんな真守を、垣根は少し怒った調子で睨んだ。

 

「ついさっきまでお前は本当に具合悪そうにしてたんだ。心配するのは当たり前だろ」

 

垣根は大きく眉をひそめると、分からず屋の真守を見た。

 

「俺はお前が何よりも大事だ。分かってるだろ」

 

「分かってるよ。それはすごく分かってる」

 

真守は少しため息をつきながらも、垣根の手を握る。

 

「いまはもう体内のコントロールを取り戻してる。先生が筋道を立ててくれたからな。だから本当に何も問題ないんだ」

 

冥土帰し(ヘブンキャンセラー)が体の調子を整えてくれたおかげで、真守は一時的な負荷から逃れることができた。だから真守は自身の能力で自分の体調をコントロールできるまで回復したのだ。

すぐには能力なしで動けるようにはならないだろう。

だが寝ていても問題は解決しないため、真守は行動するつもりだ。

 

それに自分の霊格や霊体が揺らいでいる感覚が分かった。

それを調整しつつ、霊媒にも気を使えばいいだけの話なのだ。

 

「……正直、生きた心地がしなかった」

 

垣根は先程まで高熱にうなされていた真守の事を思い出して、顔を歪める。

そして、真顔になった垣根は淡々と口を開く。

 

「お前が消滅するなら、俺は世界をお前への手向けとして滅亡させてから死ぬ」

 

「目がマジだし、垣根なら私がいなくなったら絶対にそうするだろう。想像できる」

 

真守はため息を吐くと、隣にいる一方通行を見た。

 

一方通行(アクセラレータ)、どう思う? やっぱり垣根、ちょっと行き過ぎなところあると思う」

 

真守が思わず一方通行へと助けを求めると、缶コーヒーを飲んでいた一方通行はため息を吐く。

 

「オマエの男が極まってンのは前から分かってた事だろォが、好きにやらせておけ……それに、俺もあの大悪魔には思うところがある」

 

真守の頼みの綱である一方通行(アクセラレータ)も、実は大悪魔コロンゾンに怒りを覚えていた。

何故なら一方通行にとっても、朝槻真守という少女が大事な存在なのだ。

代わりのいない大事な人を傷つけられて、怒らないなんてありえない。

しかもコロンゾンは真守とアレイスターが戦って和解したところに、横から入ってきたのだ。

卑怯な手だ。だから絶対に大悪魔コロンゾンのことを赦すつもりはない

 

「……大悪魔コロンゾン、ぶっ潰して()る」

 

怒りがふつふつとこみあげてきて、思わずぼそっと呟く一方通行。

垣根も一方通行に全面的に同意している。

真守は微妙に気が合う二人を見て、遠い目をした。

 

「……みんな、ちょっと私に依存し過ぎじゃないか……?」

 

天然人タラシこと朝槻真守。

真守は人が自分に依存しまくる振る舞いを無自覚でしながらも、無自覚故に思わず遠い目をする。

すると、リリスを抱き上げているエルダーが一方通行(アクセラレータ)を見てくすっと笑った。

 

「オマエもオマエで随分真守に傾倒しておるなあ」

 

エルダーが笑っていると、府蘭の処置を終えたアレイスターがやってきた。

真守たちの近くにいた上条当麻は、アレイスターを見てぎょっと目を見開く。

何故なら見目麗しい美少女になったアレイスターが、口の端から血を流しているからだ。

 

「アレイスターッ!?」

 

「魔術の反動、ぶつかり合う位相と位相がまき散らす飛沫の話は知っているだろう? 私はメイザースやウェストコットとは違う。実存世界で火花をよそへ逃がさず自分で抱え込めば、これくらいの事は起きるだろうさ」

 

上条当麻は自分の体を犠牲にするアレイスターを止められない。

何故ならそれはアレイスターが魔術を使うなりのけじめであって、誰かを運命で翻弄することを良しとしないアレイスターの決意だからだ。

そんな上条を見てアレイスターは小さく笑った。

 

「そんな顔をするなよ。これはつまり、自分の力がよそ様へ迷惑をかけずに済んだという喜ぶべき証明さ」

 

アレイスターは笑うと、真守の隣に垣根が作りあげたガーデンチェアに座る。

真守はくいくいっと、垣根の服の裾を引っ張る。

 

「垣根、アレイスターが魔術を使って負った傷の治療をしてあげて」

 

「…………俺が断ったらお前が力使うんだろ」

 

「当たり前だ。私に力を使わせたくないんだったらやって」

 

真守にせがまれて、垣根はしぶしぶカブトムシを呼んでアレイスターの傷を治療させる。

ちなみにインデックスと烏丸府蘭が簡易ベッドに横たわっている。無事にコロンゾンの切除が終わったが、彼女たちは真守のようにすぐさま回復するような存在ではない。

アレイスターはカブトムシの治療を受けながら、真守を見た。

 

「そろそろ間抜けなコロンゾンは第二の罠にかかっている頃合いだが……どうだ、朝槻真守。コロンゾンは罠にかかったか?」

 

「おそらくコロンゾンは『新天地』に落ちてるだろう。なんだか薄いフィルムを通して、それとなく嫌な気配がするからな」

 

真守が問いかけると、アレイスターは頷く。

真守とアレイスターが何を話しているか分からない一同のために、真守は口を開いた。

 

「アレイスターは時間稼ぎだけを考えて、『窓のないビル』を使ってコロンゾンを地球から引き離したわけじゃないんだ」

 

垣根と一方通行(アクセラレータ)はその言葉に顔をしかめ、上条は首を傾げた。

 

「相対性理論に基づけば、太陽系に放出された『窓のないビル』が地球にUターンしてくると、地球という場所から少しズレたところに着陸するはずなんだ」

 

真守の説明の意味に気が付いた一方通行(アクセラレータ)と垣根は、同時に目を薄く見開く。

学園都市の最高峰の頭脳を持っている二人の同時の反応に笑いながら、真守は言葉を続ける。

 

「太陽圏外に超高速宇宙旅行に出かけたのにそのままUターンして戻ってくれば、時間と空間にズレが生じて空間を突破してしまう危険性が出てくるに決まってる。だから出戻ってきたコロンゾンは地球でありながらも地球ではない、地球の少しズレた位置にある『新天地』に落ちるんだ」

 

相対性理論とは、光の速度に近づくほどに時間の流れが遅くなるという理論だ。

つまり速度を出し過ぎると、時間の流れに干渉してしまうということである。

それがよく分からない上条を見て、真守は後で説明してあげようと笑う。

 

理想送り(ワールドリジェクター)が生み出した『新天地』には魔神がうじゃうじゃいる。そこに落ちたコロンゾンは、今頃魔神たちと盛大なバトロワを繰り広げているだろう」

 

上里翔流の右手に宿っている理想送り(ワールドリジェクター)は、魔神たちの願いによって生み出された力だ。

どんなに暴れても終わることのない、魔神たちがのびのびと暮らせる『新天地』。

その『新天地』は地球の少しズレた位置に、地球と全く同じ形をして存在している。つまり空間を突破してしまったコロンゾンは、元の地球ではなく『新天地』に降り立ってしまったのだ。

 

真守の説明が終わると、一方通行(アクセラレータ)と垣根はそろって呆れた表情をする。

 

「そンな誰も実証できねェ事を、よく土壇場で実行しよォとするよな。下手すりゃァ次元の狭間行き……まァ、そうなっても問題ねェのか」

 

「流石学園都市を作った統括理事長サマだな。頭のネジが飛んでやがる」

 

相対性理論という簡単に実証できないものに基づく作戦なため、アレイスターの作戦が本当に上手くいくとは限らない。

だが現にコロンゾンは罠にはまった。

はまったからよかったものの、もし失敗していたら、なんて可能性は絶対に考えたくない。

呆れる一方通行(アクセラレータ)と垣根帝督を他所に、上条当麻の頭には『?』が浮かぶ。

 

「上条。光の速度に近づけば近づくほど、時間の流れというのは遅くなるんだ。相対性理論というヤツだぞ。そして光の速度に近い状態で地球に戻ってくると、時間の流れがおかしくなって空間を突破してしまう可能性があるんだ」

 

真守は人差し指を立てて、丁寧に上条の顔を見つめながら解説する。

 

「光の速度に近付いて太陽系から地球へUターンすると、相対性理論に干渉してしまって元いた地球に帰れない可能性がある。誰も実証できないコトだけど、アレイスターはそれを実際にやって、結果コロンゾンを地球より少しズレた位置にある『新天地』に落とすコトに成功したんだ」

 

「へ、へー!! ま、まあ上条さんは朝槻さんに説明されなくても分かってたけど! ……って、嘘です分かってませんでしたやめてぇ!! そんな目で見ないでぇっ!!」

 

上条当麻は嘘を吐いた事で垣根帝督と一方通行(アクセラレータ)に睨まれて声を上げる。

そんな上条を他所にアレイスターは話を進める。

 

「ローラ=スチュアートを霊媒(アバター)として自由に扱うコロンゾンは、当然ながら最大主教(アークビショップ)の立場を利用していただろう。つまり総数五三か国、イギリス連邦加盟国に細工を埋め込んでいるはずだ」

 

アレイスターは情報を整理して、真剣な表情をして敵を見据える。

 

「コロンゾンが仕組んだ細工、その全てを掘り返して破棄しない限り、コロンゾンは倒せない。一時的に退けても自然回復してヤツは何度でも襲い掛かってくる」

 

アレイスターが断言すると、上条当麻は気が遠くなってしまった。

 

「……なんか、いきなり話がデカくなってないか?」

 

「腐っても相手は旧教三大宗派の一角だぞ。今現在、ざっとみて一〇億以上に分化したアレイスター=クロウリーが各々の国家を攻撃している。連邦加盟国程度ならばどうにかなるが、流石に英国そのものは私が行かなければ落とせないだろう」

 

「ねえ何でー!? 一体何をどうやったら個人名なのに中国とかインドとかの総人口とタメ張れるようになるんだよ!? ダメでしょいきなり地球の人口を一〇%も増やしちゃ!! 食料とか石油とか色々問題が噴出するってぇ!!」

 

アレイスターは上条当麻に叫ばれて、目を瞬かせた。

そして真顔で深刻そうな声を出す。

 

「しまったな、また失敗だ。そこまで考えてはいなかった」

 

「もしかしておめーがポンコツ続きなのって単に極限の近視眼で『とりあえずやってみた』の連続だったからじゃないよな?!」

 

上条が鋭く的確なツッコミを入れると、真守はため息を吐く。

 

「何をやっても失敗するんだからダメ元でやってみなければ始まらない、というのがアレイスターのやり方だからな」

 

真守がジト目でアレイスターを見ると、エルダー=マクレーンはトランペットのオモチャをフリフリしてリリスをあやしながら告げる。

 

「何が何でも失敗する。そんな男を問答型思考補助式人工知能(リーディングトート78)であるワタシがガイドするのはとても骨が折れることだったぞ。まあガイドしててもこの有様だがな」

 

エルダーがじろっと銀髪美少女アレイスたんを見ると、アレイスたんは笑顔でリリスの頬をつんつん突く。

 

「何はともあれまずは英国だ。朝槻真守、英国は現在どのようになっている。アシュリン=マクレーンから聞いていないのか」

 

話を思いきり変えたアレイスターに、垣根は白い目を向ける。

 

「テメエが世界中で謎の勢力として暴れてるせいで、大混乱だとよ。真守の伯母は残ってるが、他のマクレーン家の人間は異空間通ってイギリスに帰ったぜ」

 

「ふむ。ケルトの異空間はイギリスに多く偏在しているからな。それを使えば天草式十字凄教の縮図巡礼じみた瞬間移動ができるという事か。それでアシュリン=マクレーンはどこにいる?」

 

「ここにいますわ、以前に会った時とは随分と様変わりいたしましたね、統括理事長サマ」

 

アレイスターの言葉に応えたのは、丁度深城と共に真守の元へとやってきたアシュリンだった。

アシュリンはリリスを抱きかかえているエルダー=マクレーンを見る。

 

自分と、確かに似た顔つきをしている祖母。

優美で気品が溢れて、自信たっぷりな様子。

そんなエルダーを見て、アシュリンはエルダーに視線を合わせて微笑む。

 

「エルダーさま。猫耳と尻尾が生えた以外はお写真とお変わりなく」

 

「うむ。マクレーンの皆が今日まで元気でやっているのがワタシも嬉しいぞ」

 

エルダー=マクレーンは尻尾を優雅にゆらゆら揺らす。

それを見て、アシュリンはご先祖様に猫耳と尻尾を生やして使役していたアレイスターをゆっくりと見た。そして、にっこりと微笑む。

 

「わたくしたちのご先祖様に猫耳と尻尾を生やした事は後日、ゆっくりとお話しさせていただくとして。──イギリスへの経路については土御門元春に準備させていますわ。深城ちゃん以外のこの場の全員で行きますのよね?」

 

アシュリンが問いかけると上条が声を上げた。

 

「ええ!? もしかして俺も行くの!?」

 

アレイスターは何を言っているのかと上条を見る。

 

「悪いがこれは決定事項だ。逆らった場合は舌を入れてキスして初体験を頂こう。その上で骨抜きにして連れて行く」

 

「う、うわぁあああ!! ヤバいどう頑張っても逃げられねえ!!」

 

上条の叫び声が轟く中、浜面仕上は一人わたわた焦っていた。

プロセッサスーツが脱げないのである。

すると浜面のミニスカサンタコスをしている滝壺理后がプロセッサスーツの緊急着脱を促すための穴を見つけて、試しにクリップを突っ込んでみた。

 

その瞬間、プロセッサスーツが脱げてパンツ一丁の浜面仕上が現れる。

滝壺理后は股下にある着脱用の穴にクリップを伸ばしていたため、浜面仕上の大事な部分を顔に突きつけられる格好になった。

 

巨乳サンタ滝壺ちゃんはぷるぷると震える。そして不可抗力で元気になりつつある浜面仕上の大事なところに頭突きをかまし、浜面仕上はノックアウトされた。

各々が準備を始める中、垣根は立ち上がった真守の腰に手を添えて支える。

 

「大丈夫か?」

 

「うん。垣根が一緒にいてくれるから大丈夫。垣根が私のことを守ってくれるから、問題ない」

 

「当たり前だ。絶対にお前を誰にも穢させない」

 

真守は垣根の宣言にふにゃっと笑うと、垣根にそっと体を寄せる。

そんな垣根と真守へ、深城が近付いてきた。

 

「深城。行ってきます」

 

その言葉が、大切な女の子を連れていけないと言った言葉だった。

深城はそれに駄々をこねずに頷く。

 

「うん。行ってらっしゃい、気を付けてね」

 

真守は垣根と深城の前で微笑む。

たいせつな女の子と、だいすきな男の子。

そして絶対に大事にしたい家族と、愛する世界。

その全てを守るために、真守たちは動き出す。

 

次の舞台はイギリスだ。

朝槻真守にとって、アレイスターにとって縁深い土地だ。

真守はイギリスに思いを馳せながら。かけがえのない人たちと共に、イギリスへ向かうための準備を始めた。




大悪魔コロンゾン篇、終了です。
次回から『イギリス篇第一幕:神威混淆』が始まります。


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新約:イギリス篇第一幕:神威混淆
第一二二話:〈機能停止〉で全てを守る


第一二二話、投稿します。
イギリス篇第一幕:神威混淆、開幕。
次の更新は八月二八日月曜日です。


学園都市が、その機能を全て停止した。

ばづんっと、電源が落ちるかのような音が学園都市全域で響く。

その音と共に、一斉に学園都市の全ての光が消えた。

絶対に(つい)えることのなかった科学の聖地は、一旦の終焉を迎えた。 

 

学園都市の機能を停止したのは、統括理事長アレイスター=クロウリーと超能力者(レベル5)第一位、朝槻真守だ。

 

真守は大熱波の際に学生たちを守るために、垣根の手を借りてインフラ設備を構築した。

そのインフラ設備の要は真守だ。

だから真守の意志一つで、真守が学園都市の機能を支えていたインフラ設備は止める事ができる。

だが真守が構築したインフラ設備を止めれば、学園都市が機能停止に追い込まれることはない。

 

何故なら学園都市には統括理事会が『営巣部隊(ユースフルスパイダー)』を使って再構築したインフラがある。

統括理事会によって再構築されたインフラ設備の方は、アレイスターがプロセッサスーツを使って機能停止に追い込んだ。

 

浜面仕上が着込んでいたプロセッサスーツは、『書庫(バンク)』として機能する。つまり、プロセッサスーツは学園都市の全てに接続することができるのだ。

 

浜面仕上が滝壺理后によって緊急脱着の穴へクリップを通して全身パージしたことで、スーツのフラッシュメモリを差し込むポートが露出。

そのポートからアレイスターが密かに造っていたウィルスを学園都市全体に流し込むことにより、統括理事会が再構築していたインフラをダウンさせたのだ。

 

真守とアレイスターが引き起こした機能停止の範囲は学園都市だけではなく、学園都市外に位置する協力機関にまで範囲が及ぶ。世界的な混乱を避ける事はできない。

 

何故こんな事をしたのか。理由は明白である。

学園都市の叡智の結晶を狙う大悪魔コロンゾンに、学園都市の科学の結晶を渡さないためだ。

その弊害として重病人などが切り捨てられる可能性があるが、そこは真守とアレイスターが完全にカバーする体制を既に作り上げている。

 

学園都市の大規模なブラックアウト。そのブラックアウトは、アレイスターと真守たちが大悪魔を倒すまで復旧の目途を立てる事はできない。

そのため預かっている学生たちは、それぞれで集団疎開させる事になった。

 

学園都市が機能停止に追い込まれ、全ての技術が凍結されて残るのは学園都市の成果である子供たちだが、この流出は誰にも止める事ができない。

 

そこで問題となるのは御坂美琴のクローンである妹達(シスターズ)やAIM拡散力場を自身の体を認識している源白深城だが、こちらも隠匿や拡散、そしてカブトムシというAIM拡散力場を大量に吐き出す個体と共にいさせる事でどうにかなる。

 

大悪魔コロンゾンには、学園都市の成果物を何も渡さない。

 

「私が築いた全てを使って、貴様の足を止めてやる。コロンゾン」

 

アレイスターは地面に下半身が埋まった大悪魔コロンゾンの顔を踏みつけたまま、宣誓する。

十字架を拝むマルガリタの話に倣い、アレイスターは大悪魔コロンゾンの動きを封じていた。

 

象徴というのは誰でもできる当たり前の行為だ。

その行為に付加価値が付いたからこそ、魔術として機能する。

コロンゾンは人が積み上げる事で形作られた魔術に縛られて動く事ができず、ただただアレイスターに顔を踏みつけられていた。

 

「二重によって重なる象徴と色彩設計によって貴様の悪性を拒絶する。だがここまでやっても、所詮は時間を稼ぐだけだ。この世界中に蔓延した貴様を、今のままでは殺す事はできん。だが封をされている間、我々が稼いだ時間で何をどこまでできるか。考えておけ」

 

アレイスターは大悪魔コロンゾンの顔をぐっと踏みつける。

その瞬間、学園都市の動脈たる複数の幹線道路から鋭い閃光が放たれた。

幹線道路が描くのは、巨大な正三角形と中心に刻み付けられた十字だ。

 

アレイスターが学園都市を使って描いた図形は、西旗と呼ばれるものだ。

数ある象徴武器の中でも、極めて便利な追儺の印。

善には効かないが、悪に対してのみ斥力を働かせるという、使い勝手のいいものだ。

 

「必ず『娘は』返してもらう。だから孤独の城で首を洗って待っていろ、ゴミ虫」

 

アレイスター=クロウリーは宣告と共に、コロンゾンを学園都市で『封印』する。

コロンゾンは学園都市のアスファルトの奥に完全に沈み込み、封印される。

 

アレイスターが言うように、封印は時間稼ぎにしかならない。

だからこそ、真守たちはイギリスへと向かう。

コロンゾンの悪意から世界を守るために、大切なものを守るために。動き出す。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

いつもの猫耳ヘアに髪型を整えた真守は、セーラー服の上に厚手の白いパーカーを羽織る。

そして源白深城へと向き直った。

 

「じゃあ深城。行ってくる」

 

「うん。真守ちゃん、行ってらっしゃい」

 

深城は微笑みながら、手に持っていた黒いマフラーを真守の首に巻く。

深城の後ろには、病院車と呼ばれる医療機器が詰まった大型バスが停まっていた。

運転手はいない。カブトムシが運転する事になっているので、必要ないのだ。

 

「真守さん。深城さんの体はきちんと固定したわ」

 

バスのスロープから降りてきたのは、移動用の簡素な車椅子に乗った八乙女緋鷹だ。

病院車には、一二歳で時が停まったまま眠り続けている源白深城の体が運び込まれている。

 

もちろん眠りについている深城のベッドには、垣根帝督が造り上げた真守の避難用の身体も目を閉じて寄り添っている。

 

まるで在りし日で停まった時間をそのまま体現しているかのような自分たちを思い浮かべて、真守は緋鷹を見た。

 

「ありがとう、緋鷹。──深城、絶対に帝兵さんと帝察さんから離れたらダメだぞ。体が保てなくなっちゃうから」

 

真守は今一度、深城に念を押す。

深城は頭に帝兵さんというカブトムシを、そして肩に帝察さんというトンボを二匹乗せていた。

 

源白深城の体は、能力者たちが無自覚に発するAIM拡散力場によって形作られている。

学生たちが街を離れれば、深城は体を保てなくなる。だがAIM拡散力場を発生させているのは、何も学生たちだけではない。

 

垣根帝督が自らの端末として造り上げた、人造生命体であるカブトムシやトンボ。

AIM拡散力場を放っている彼らのそばにいれば、深城は学園都市外でも活動できるのだ。

 

「ちゃんと帝兵さんと帝察さんから離れないよ、真守ちゃん。真守ちゃんも怪我しないでね、絶対だよ?」

 

深城は真守に向かって小指を出す。

小指と小指を絡める行為は、絶対に破ってはならない約束の証だ。

破れば、針千本を飲ませられる羽目になる。

真守は深城の小指に自分の小指を絡めて、微笑む。

 

「私は針千本飲んでも死なないけどな」

 

「怒るよ、真守ちゃん」

 

ぷくう、と深城が頬を膨らませるので、真守はくすくすと笑う。

 

「約束だよ、真守ちゃん。絶対に自分を犠牲にしちゃダメだからね?」

 

「絶対に犠牲にしない。だって深城や垣根が大事にしてくれてるからな」

 

真守は柔らかく微笑んで、そして垣根の手を握った。

 

「お前や垣根を悲しませることは絶対にしない。約束する」

 

垣根は真守の手をぎゅっと強く握る。

真守が垣根を見ると、垣根は真守のことをまっすぐと見下ろした。

 

「約束破るんじゃねえぞ。もし約束破ってお前が犠牲になるような事があったら、俺が世界を滅ぼしてやる」

 

垣根は真剣な表情で、自分のことを適当に扱いがちな真守を見つめる。

そんな垣根を見て、深城のそばに立っていた林檎は目を細めた。

 

「垣根、朝槻が具合悪くなって、前よりすごく重症化したね」

 

「ああ。本格的に真守がいねえと生きていけなくなった」

 

垣根がけろっと言うと、深城は苦笑して真守はため息を吐いた。

 

「最初は私と深城のコトを利用しようとして近づいたのに。随分な変わりようだな」

 

「ふふ。完璧に真守ちゃんに絆されちゃったねえ」

 

深城がにこにこと笑っていると、垣根は放っておけ、と顔を背ける。

真守は小さく笑うと、深城の隣に立っている少年たちへ目を向けた。

真っ白な少年と、真っ黒な髪を持っている少年だ。

 

人間の生きる意志と人間が誰かと一緒にいたいという概念が形となった、真守を神さまとして必要とする者たち。

真守は二人をまとめてぎゅっと抱きしめる。

 

「私のコトを必要とする子たちはまだまだたくさんいる。だからちゃんと帰って来るからな」

 

「そうだぞ、朝槻真守。自分をないがしろにされるととても困る」

 

「ちゃんと、帰ってきて。じゃないと寂しい」

 

真守は自分にぎゅっと縋りついてくる二人に頬をすり寄せて、微笑む。

そして真守は車椅子に乗っている緋鷹に声を掛けた。

 

「緋鷹。お前は体がちょっと不自由なんだから、深城に手伝ってもらうんだぞ。深城はバカ力で運痴だけど、ちゃんとやればできる子だから」

 

「ええ。ありがとう、真守さんも気を付けて」

 

「むぅ。真守ちゃんのいじわる。どぉして時々辛らつになるのぉ?」

 

深城はぶーぶーと文句を垂れる。

真守はそんな深城を見て、幸せを感じて微笑んだ。

 

「そういえばクロイトゥーネは?」

 

「フロイラインちゃんは学園都市に残るって。みんなが帰ってくるの、待ってるって言ってた」

 

「そうか。だったら尚更ちゃんと帰ってこないとな。そういえば緋鷹、誉望や心理定規も緋鷹たちと一緒に行くんだよな?」

 

真守の問いかけに緋鷹は頷く。

 

「ええ。心理定規(メジャーハート)さんのご要望でリゾート地巡りでもしようかと思っているの。まずはドバイにでも行こうかしら」

 

「すごく楽しそうなコトしてる……」

 

真守は目を細めて遠い目をする。

 

「猟虎さんも来たいと仰っていたけれど、彼女はご家族がいらっしゃるから。とりあえず別口で、後で合流することになってるわ」

 

「弓箭は入鹿ちゃんと一緒にいるだろう。今度ゆっくり話したい」

 

「ええ。学園都市が復帰したら会えるわ」

 

真守は緋鷹の柔らかい言葉に頷く。

すると噂はなんとやら。誉望と心理定規(メジャーハート)がちょうど病院車から降りてきた。

 

「誉望、心理定規。二人共気を付けてな」

 

「あなたも気を付けてね。まだ本調子ではないのでしょう?」

 

心理定規(メジャーハート)は微笑を浮かべて、ちらっと垣根を見た後に真守に問いかける。

 

「確かに本調子じゃないけど、垣根が一緒にいてくれるから大丈夫だ。──誉望、男の子としてみんなのコトよろしく。深城が危ないコトしたらチョップしていいから」

 

「……チョップしなくてもいい事を願います」

 

「もぉ!! 誉望さんを困らせるような事はしないからぁっ!!」

 

深城はぷんぷんと怒りながら、声を上げる。

真守が柔らかく微笑んでいたら、そこに新たな人がやってきた。

 

「伯母さま」

 

アシュリン=マクレーン。

真守の伯母は学園都市に避難するために持ってきた荷物をまとめており、時間がかかったのだ。

アシュリンはロングスカートに分厚いコートを着ている。ロングスカートにはスリットが入っているのと中にタイツを履いているため、戦いやすい服装だ。

 

「アシュリンさん、真守ちゃんの事よろしくねえっ」

 

深城は満面の笑みでアシュリンの手をきゅっと握る。

何せ真守とアシュリンは遺伝子的には母子といっても差し支えないのだ。

それを証明するかのように真守と深城は親子のようにそっくりだ。

真守の全てが愛おしい深城はにこにことアシュリンを見つめる。

アシュリンは柔らかく微笑むと、真守の事をぎゅっと抱き寄せた。

 

「わっ」

 

少し背伸びをされて、伯母にピトッと頬をくっつけられた真守は驚く。

 

「わたくしの大事な子だもの。任せてちょうだい」

 

「ふぁあああっ写真、帝兵さん写真撮って!!」

 

深城は目を白黒しながらも嬉しそうにしている真守と、アシュリンを写真に収める。

 

「幸せだぁっにこにこだあっこれでご飯三杯は食べられるよぉっ」

 

ヒートアップしている深城を見て、真守は苦笑いをする。

そして自分のことを抱きしめているアシュリンを見た。

 

「伯母さま。そろそろアレイスターたちのところに行かないと」

 

「ええ、そうね。行きましょう」

 

真守はアシュリンから離れて、ぎゅっと深城を抱きしめる。

 

「行ってきます、深城」

 

「うんっ! 行ってらっしゃいっ!!」

 

真守はアシュリンと垣根と一緒に、歩き出す。

その様子を幸せそうに見つめていた深城は、にへらっと微笑んだ。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

一方通行(アクセラレータ)は珍しく遠い目をしていた。

これからイギリスに向かい、コロンゾンの息の根を止める死闘を繰り広げる。

だというのに、目の前では緊張感のない場違いなラブコメが二つ行われていた。

 

一組目のラブコメは上条当麻とインデックスだ。

上条当麻はインデックスが何故かお湯をかけてからこそ成立するとんこつラーメンスティックを丸かじりしようとしているのを必死に止めている。

 

そしてもう一組は浜面仕上と滝壺理后。

浜面仕上は『新天地』の狭間から這い出してきたコロンゾンにくっついてしまったがために、『新天地』へと戻れなくなった魔神二名に誘惑を掛けられていた。

それに、滝壺理后が怒りを見せているのだ。

 

ちなみにその魔神二名というのはネフテュスと娘々だが、ネフテュスは元々個人が存在しないため、自分の力を分離・分割・交換などができる。

そのため『新天地』にいた魔神ネフテュスと、こちら側に残り、真守が再構成して個を獲得したネフテュスは明確に異なる存在だ。

だから浜面仕上に突っかかっているのは魔神ネフテュスで、こちら側に元々いたネフテュスは現在上里翔流と僧正と共に、楽しくやっている。

 

一方通行(アクセラレータ)行も一方通行で、自分の守るべき者がいる。

だが同じように守るべき者がいる上条当麻と浜面仕上とは、多分ちょっと自分は違うのだろう。主に距離感が、である。

その距離感が実は大事だったりするのだな、と一方通行がなんとなく悟っていると、そこにトテトテとやってきた人物がいた。

朝槻真守。彼女は垣根帝督と自分の伯母、アシュリン=マクレーンと共にいた。

 

「一方通行。お待たせ。……って、どうしたんだ? 遠い目をして」

 

一方通行(アクセラレータ)はきょとっと目を不思議そうに開いている真守を見る。

真守の左手は垣根のコートのポケットにすっぽり収まっており、垣根の右手もまたポケットにすっぽり収まっている。

どこからどう見ても恋人同士。しかも美男美女と来たものだ。

それを見て、一方通行は遠い目をしたまま呟く。

 

「……オマエたちも大概だよなァ」

 

「え。何が? 何が大概なんだ!?」

 

聞き捨てならない! と、真守が叫ぶと、一方通行(アクセラレータ)は呆れたように顔を背ける。

なんかすごく不名誉な事を思われている気がする。

その不名誉な事を知りたくない真守は一方通行の思考を読む事が怖くてできない。

そのためずーんと落ち込んで、垣根にぎゅっとしがみつく。

 

「一方通行に呆れられた……」

 

「別にいいだろ。俺はお前以外どうでもいい」

 

垣根がけろっと告げると、一方通行(アクセラレータ)はそれを見てますます遠い目をする。

そういうところである。

何はともあれ、学園都市の技術の粋はコロンゾンの手から逃れさせる事ができた。

そして別れを告げる者がいる人間はしばしの別れを告げて、無事を誓い合った。

準備は整った。

 

「ちゃんと全てにケリをつけて、元気に帰って来ような。垣根」

 

「ああ。当たり前だ」

 

垣根は真守の頬にキスをして微笑み、真顔になる。

 

「お前、病み上がりなんだから能力使うんじゃねえぞ」

 

「それでどうやった戦えというんだ……」

 

「俺がやる」

 

垣根はただ一人の最愛の少女のために、宣言する。

 

「お前は奥の手だ。だから一番重要な時に力を出せばいい」

 

「……垣根。絶対に奥の手使わないで終わらせてやるって思ってるだろ?」

 

「当たり前だろ、舐めてんのか」

 

垣根はじろっと真守を睨む。そんな垣根を見て、アシュリンは微笑んだ。

 

「わたくしも真守ちゃんに無理してほしくないわ。本当なら連れて行きたくないくらいよ。でも真守ちゃんは目を離すとすぐにどこかに行ってしまうのだから。仕方なくよ」

 

アシュリンはちょんっと、真守の小さい鼻に人差し指で触れる。

 

「伯母さままで……分かった。無理しないで大人しくしてる」

 

真守は自分の事を本当に心配している人たちに言われてきちんと頷く。

だがこのじゃじゃ馬娘が大人しくているはずがない。

垣根とアシュリンは確信しているため、真守が力を振るわないように注意深く監視する事をそれぞれ心に誓った。

 



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第一二三話:〈場所移動〉にて方針を確認する

第一二三話、投稿します。
次は八月三一日です。


学園都市の機能を停止してから数日後。朝槻真守たちはエジプト、地中海沿岸にいた。

雲一つない澄んだ青空。日本とは違い、からっとした湿度を感じさせない空気。

見渡す限りの砂漠風景。

その砂漠の中で唯一の癒しであるオアシスのほとりで、真守は立っていた。

 

「真守。体調は大丈夫か?」

 

真守はあまり見ない光景である砂漠を見つめていたが、垣根に声を掛けられて振り返った。

 

「問題ない、大丈夫」

 

真守は柔らかく微笑んで、自分の腰に手を当てて支えてくれる垣根を見上げる。

朝槻真守はコロンゾンによって、その存在に『拡散』を穿たれた。

真守が『流行』という頂に辿り着いていたからこそ無事だったが、それでも霊格や霊媒にダメージが残り、体調を崩してしまった。

高い熱に苦しんだ真守は無事に回復したが、本来ならばまだ静養するべきなのだ。

だが、状況がそうさせてくれない。

 

大悪魔コロンゾンはアレイスターが学園都市の地に封印した。

だがそれは一時しのぎに過ぎない。すぐにコロンゾンは封印を破って這い出てくるだろう。

大悪魔コロンゾンは連合王国に深く根を張り、多くの力を蓄えている。

その力を根こそぎ奪い取らなければ、コロンゾンを倒すのは不可能だ。

 

「真守ちゃん、直射日光は体に悪いわよ。日傘の中に入ってちょうだい」

 

真守が垣根と共にいると、真守の伯母であるアシュリン=マクレーンがやってきた。

真守はアシュリンの差す日傘の中に入れてもらいながら、苦笑する。

 

「垣根が私の周りに未元物質(ダークマター)を散布してくれてるから大丈夫だぞ、伯母さま。私の体に害があるものは垣根が抹消してるから」

 

真守は自分のために能力を振るっている垣根を見上げて、困った笑みを浮かべる。

アシュリンは首を横に振ると、苦笑する真守にめっと人差し指を立てた。

 

「それとこれとは別なのよ、真守ちゃん。……そうよね、帝督くん?」

 

「そうだな。真守、大人しく日傘の中に入っとけ」

 

真守は自分のことを責めるように見つめる二人を見て、口を尖らせる。

 

「むぅ。垣根が味方を得て増えたぞ……」

 

要約すると『過保護が増えた』ということだ。

ぼやく真守を見て、アシュリンは大変不満そうにむっとする。

 

「真守ちゃん、あなたのことをわたくしが大事にするのは当然でしょう。……ずっと、ずぅっと、あの子が産んだあなたをわたくしは探していたのよ」

 

「う」

 

アシュリンは自分の双子の妹であるアメリアが産んだ真守のことを、ずっと探していた。

だが学園都市に拾われた真守が強い力を秘めていたため、会うことは叶わなかった。

アシュリンにとって、大事な半身が産んだ真守。今までずっと見守っていたが、一緒に行動するなら心配の口出しくらいはさせてほしいのだ。

 

「痛いところ突かないで、伯母さま」

 

真守はちょっと気まずくなって、眉をひそめる。

その時、真守は視界の端で景色が変わった事に気が付いた。

 

「あ」

 

砂漠の遠くから、一台のトレーラーがやってくる。

真守はそれを見て、くいくいっとアシュリンの裾を引っ張った。

 

「ほら伯母さま、垣根。土御門が来てくれたぞ」

 

「真守ちゃん話を逸らしちゃだめよ」

 

「この人の言う通りだ。いいか、真守。お前は体調を崩してたんだぞ。動けるようになったって言っても体を労わることは大事に──」

 

(ああ……本当に過保護が増えた……)

 

真守は遠い目をして、自分のことを本当に心配している二人の話を聞く。

朝槻真守は絶対能力者(レベル6)に到達し、『流行』へと至った完璧な力を持つ人間だ。

 

神に等しい者は、人々に縋られる。人々は心の拠りどころとする。

その時、誰も神さまの幸せなんて考えない。神さまは自分たちを幸せにする事こそ、神の幸せだと人々は思っているからだ。

 

人々に縋られる真守は本来ならば、気遣われるなんてありえない立場だ。

それなのに自分のことを心配してくれるひとがいるのは、本当に幸せなことだ。

 

「分かった、二人共。ちゃんと気を付ける」

 

真守は垣根とアシュリンを見て、柔らかく微笑む。

垣根とアシュリンはその笑みを見て、ようやく分かったかと頷く。

そして真守たちはトレーラーに乗ってきてやってきた土御門を出迎えた。

すると、真守たちのもとにインデックスと肩にオティヌスを乗せた上条当麻がやってきた。

もちろん一方通行(アクセラレータ)、浜面仕上に滝壺理后。そしてアレイスターと烏丸府蘭も近寄ってきた。

 

土御門元春が運転してきたトレーラーには、トレーラーハウスというものが乗っかっていた。

 

トレーラーハウスとは、車で移動させる事ができる家だ。

土御門元春はトレーラーハウスを移動できる『隠れ家』として、元雇い主であるアレイスターのために用意した。

これを手切れ金として、土御門はアレイスターとの契約を終えるのだ。

 

土御門元春は車から降りてきて、美少女転生を経たアレイスター=クロウリーを見る。

 

「これで最後の借りは返したぞ、アレイスター。今のところは安全な隠れ家だが、状況は秒単位で変わる。それを忘れるなよ」

 

アレイスターは土御門から視線を外し、ちらっとアシュリン=マクレーン──新しい土御門元春の雇い主を見た。

 

「大丈夫ですわ。わたくしがバックについているのですから、彼が裏切る事はありません」

 

恨まれる理由が多すぎるアレイスターは土御門にさえ裏切られる可能性がある。

そのため念には念をということなのだが、土御門を新しく雇ったアシュリンが言うのであれば問題ないのだろう。

 

マクレーン家は古い家柄でイギリスという国に影響を及ぼせるほど強大だ。

土御門元春が何を大事にしているかよく分かっているアシュリンを前にして、土御門元春が下手な動きをできないのは明白である。

 

だが一応土御門のことを警戒している烏丸府蘭。府蘭は土御門が用意したトレーラーハウスを自慢のアンテナ──ウサギの耳のようなものと尻尾のようなものを動かして捜索する。

やがて安全だと知ると、府蘭はアレイスターを見た。

 

「説明している内容にも矛盾はないのです。電波や赤外線などの発信なし。電子回路の微弱な磁気も以下略。完璧に安全な隠れ家です」

 

府蘭は一応の報告をすると、首を傾げる。

 

「けど、ほんとにイギリス側と正面からぶつかる必要はあるです? 全員が全員、コロンゾンの手勢とは思えないのですが……」

 

「汝の欲するところを為せ。それが汝の(テレマ)と為らん」

 

「?」

 

突然『法の書』の一節を説き始めたアレイスター。

府蘭が怪訝な表情をすると、アレイスターは笑う。

 

「私は優しくない。だから私はキミたちのために時間を割かない。レールの上を走り続ける子供の時代はもう終わった。己の目的があるのなら、途中下車も考えた方が良い。どこで飛び降りるのが一番効率的か、自分の責任は自分で見極めろ」

 

唐突に突き放すような、それでも真っ当なことを口にするアレイスター。

そんなアレイスターを見て、アシュリンは柔らかく微笑む。

 

「元々わたくしはマクレーン家の使いとして英国女王に用がありますから、もちろん別行動ですわ。コロンゾンについての危険性をきちんと話し合わなければなりませんし。……ヤツが自分を守るために作り上げた霊装が、善良な人間に牙を剥かないとは限りませんもの」

 

上条はアシュリンの冷酷な言葉にハッと息を呑む。

コロンゾンは自分の目的を果たすためならなんでもする。

その過程でイギリス清教やイギリスの人間が傷ついても、『必要経費として使われたことを誇りに思うがいい』とまで言うだろう。

 

イギリスに残したコロンゾンの霊装。

それを手に取った人間がどのように悪用されるか、想像に難くない。

もしかしたら、命を落とす事にだってなりうるのだ。

人が犠牲になる霊装。その真実を、イギリス清教の者たちは当然として知らない。

 

「私は伯母さまと一緒に行く」

 

声を上げたのは真守だった。真守はアレイスターににこっと笑いかける。

 

「アレイスターは自分のやりたいように思う存分暴れていいぞ。イギリスの優しい人たちの事は私が考えるから。元々、私は誰かの事をフォローするのが好きなんだ。お前が暴れた分を、私がフォローしてやる」

 

真守は微笑みながら、そして垣根を見上げた。

 

「垣根もそれでいい?」

 

「お前がそれでいいなら俺は構わねえ」

 

「ありがとう」

 

真守は微笑むと、府蘭を視界に入れた。

 

「府蘭も自分のしたいようにやっていいんだぞ。私たちにA・O・フランキスカの事で迷惑を掛けたなんて思わなくていい。お前だって頑張って抗ってたんだ。私はそれを知っている」

 

「大丈夫です。私は私が行きたいから行くのです。問題ありません」

 

府蘭は真守の言葉に、逡巡する間もなく頷く。

真守は決意の固い府蘭を見て微笑んだ。

 

「分かった。──それと、土御門。ありがとう、とても助かった」

 

真守がお礼を告げると、土御門はサングラスを動かしてニッと笑った。

そして何もない、誰もいない砂漠に紛れて、土御門は静かに消えていった。

真守たちは土御門を見送ると、トレーラーハウスの中を確認した。

トレーラーハウスは特注だ。タンクローリーで引かなければならない程の大きさがあるため小回りは利かないが、そもそも小回りが利かなければならない場所が砂漠にはない。

 

「さて」

 

アレイスターは一つ呟くと、トレーラーハウス内を物色し始める。

トレーラーハウスには住居として使えるほどにあらゆるものが完備されている。

そのため住み心地は大変良さそうだ。

上条はお宅訪問をしている気分でモノトーン調に整えられた室内を見ていたが、気になったことがあったのでアレイスターを見た。

 

「ついてきちゃったけど、なんでエジプトなの?」

 

「暗黒大陸アフリカと言えば、ユーロ圏の魔術師にとってはチベットと同じく身近な聖域なんだ。私がエイワスやコロンゾンの召喚実験をした場所でもあるしな。……まあ実際には、コロンゾンの方は私が召喚する前にメイザースに召喚されていたのだがな」

 

アレイスターは自嘲気味に笑いながら、真守を見た。

 

「人から『魔神』へと昇華した存在と、エイワスやコロンゾンは根本的な軸から異なる。そんなヤツらに力技では敵わんと思うが……こちらには朝槻真守がいるしな」

 

ふかふかのソファの座り心地を確認していた真守はアレイスターに呼ばれて顔を上げる。

あどけない様子の姫御子を見て、アレイスターは目を細めた。

 

「朝槻真守は特異点のような存在だ。神が設立した生命の樹と、邪悪の樹という系統樹からある意味外れている。そのためカウンターともなるのだが、はたしてどう使えばいいものか」

 

アレイスターが真守の扱いをどうしようか考えていると、一同にゾッと怖気が走った。

空間を軋ませる圧を発したのは、垣根帝督だった。

真守を利用するなら許さない。しかも真守は病み上がりで、本当は安静にできるように閉じ込めておきたいくらいなのだ。

アレイスターは垣根の怖気も立つほどの殺気を感じて、肩を竦める。

 

「とはいっても無理はさせんよ。優秀な番犬を怒らせると面倒だ」

 

垣根はアレイスターの事を睨んだまま、真守の事をぎゅっと抱き寄せる。

いくら改心したとしても、アレイスター=クロウリーは所詮悲劇を生み出し続けた王だ。

絶対に信用ならない。

真守は最大限に警戒している垣根を見て、困った笑みを浮かべながらも頷く。

 

「私もエジプトに来たのは正解だと感じる。ここはコロンゾンの気配がしないからな」

 

「その通りだ。エジプトはこの地球で一番大悪魔へのジャミングが効きやすい場所だ。ここならばリリスを置いて行っても問題ないだろう」

 

アレイスターは解説すると、エルダー=マクレーンを見た。

エルダーはリリスを抱き上げたままぴょこぴょこと尻尾を動かしており、その尻尾を追ってインデックスの三毛猫が楽しそうにじゃれついていた。

 

「エルダー」

 

「うむ。リリスの事は任せよ。これでもワタシは三姉弟をきちんと育て上げ、ランドンやジュリアの世話もしておった女だぞ。赤子の扱い方など心得ておる」

 

自らの子供だけではなく、孫の世話までしていたとエルダーは胸を張る。

そんなエルダーを見て、アレイスターは頷いた。

 

「頼む。歴史の中でもリリスは腸チフスにかかっている。ミルクでもオモチャでも、口にする可能性のあるものは用心してくれたまえ。本来の運命を捻じ曲げて再誕した赤子が、同じ死因にまとわりつかれないように頼んだぞ」

 

「分かっておる。ワタシに任せておけ」

 

赤子のあやしかたを心得ているエルダーが心強いと感じるアレイスターは一つ頷く。

そして決意をその眼に秘める。

 

「もう一人の娘も、助けに行く」

 

アレイスターは一同を見つめて、そう宣言する。

 

「ローラ=スチュアートはイギリスを内側から操り、自分の望む破壊を内外へともたらす。その悪趣味は魔導書図書館や烏丸府蘭に仕掛けられた小細工を見ればわかるだろう。放置しておいても、誰の得にもなりはしない」

 

「ったく、悪と悪しかねェのかこの天秤は」

 

一方通行(アクセラレータ)が毒吐くと、アレイスターは苦笑する。

 

「完全なる善性や、そもそも善性や悪性などが端から存在しないモノの方が危なっかしいがな」

 

アレイスターは笑いながら、ちらっと真守を見る。

思えば朝槻真守という少女にはほとほと扱いに困った。

何せ無垢を苛烈に極めて生まれてきたこの少女には、善悪がなかった。

 

自分が存在するためには何が必要か、自分が進み続けるならば何が必要か。

それらを昔の朝槻真守は、ただひたすらに突き詰めていくのだ。

 

フロイライン=クライトゥーネのように、ただ自分が生きるために最適な選択を取っていく。

源白深城が人間性を教えなかったら、真守は人間に寄り添う事を考えなかった。

その先に進めば、おそらく真守はいまの在り方である『流行』には至らなかった。

 

むしろ世界に寄り添う事を決めたならば、世界をよりよくするために人間を滅ぼしていただろう。

真守はアレイスターに半ば呆れられていると感じて顔をしかめる。

 

「む。なんだ、アレイスターその目は。確かに昔は危なっかしかったけど、いまの私はきちんとした心を持って、きちんと人に寄り添える。それでいいだろ」

 

「それは物事が良い方向に進んだ時にのみ言える結果論だぞ、朝槻真守」

 

アレイスターは真守を見てくすっと笑ってから話を元に戻す。

 

「コロンゾンはイギリス連邦に加盟する五三の国や地域に自身を縫い付ける『仕掛け』を施している。それをどうにかしない限り、幻想殺し(イマジンブレイカー)であってもコロンゾンを打ち倒す事はできない」

 

アレイスターはそう前置きするとテーブルに世界地図を広げた。

その地図には赤い油性ペンでこれまでの軌跡と、これから向かうべきポイントに印がつけてある。

日本の東京から東南アジア。そしてエジプト。

そこから先は地中海を渡りギリシャからフランス入りして、同国カレーの港からドーバー海峡を渡ってイギリス島南部へと向かう予定だ。

 

「カレーはすでに落とした」

 

上条当麻はアレイスターの言葉にぎょっとする。そんな上条を捨て置いて、アレイスターは淡々と言葉を紡ぐ。

 

「学園都市が機能停止した事により、科学的な最先端兵器の方は軒並み混乱状態にある。だから今は魔術勢力だけ注視すればよい。これから行うのはノルマンディー上陸作戦の逆回しだ。どれだけの防御陣地が待ち構えていようが、強引にでも海を渡ってイギリスへ呼び込む」

 

アレイスターは地図の英国の近く、海の部分をなぞりながら笑う。

 

「先程も言ったが、私は優しくない。私は自分の目的を叶えるまで途中下車はしない。だから君たちが自分の目的駅を見つけた場合は自分の判断で途中下車して目的を果たせ。乗り過ごしても、着地にミスして足を折っても、私の知った話ではない」

 

一見突き放すような事だろうが、実際には違う。

全員には全員、守るべきものや立場というものがある。

だからこそ、アレイスター=クロウリーが果たしたい目的に添い遂げる事はしなくて良い。

自分の守りたい大切なものを守れ。そのように立ち回れ。

アレイスターはそう言っているのだ。

 

「ヤバいと思った場合は、私を見限ってそこで降りろ。学園都市はもうどこにもない、大人はキミたちを守ってくれない。自分の判断に、自分の責任を伴え。かつて統括理事長だった『人間』が最後に教えられるのは、それだけだ」

 

アレイスターは優しく少年少女たちを突き離すと、真守を見る。

 

「それは大事に取っておくがいい、朝槻真守。私はキミに学園都市を任せなければならない時がやってくると知っていた。だから、託す。今のキミならば、目的を果たした私を軽んじる事はないだろうからな」

 

真守はセーラー服の下で、首に掛けられているネックレスを服の上から握る。

ネックレスは垣根に能力で造ってもらった特別なものだ。

ネックレスの先には、垣根に造ってもらった頑丈な保護ケースに入っている、とある物品が収まっている。

 

学園都市を機能停止に追い込んだウィルス。それを除去するためのワクチンプログラムが、ネックレスの保護ケースに入っているのだ。

朝槻真守や垣根帝督、そして一方通行(アクセラレータ)が力を合わせれば、学園都市を再起動できるワクチンプログラムを簡単に作れる。

だがワクチンプログラムを直接真守に渡す事に意味があると、アレイスターは考えていた。

 

「お前の気持ちを大事にするよ、アレイスター」

 

真守が柔らかく微笑むのを見てアレイスターは大きく頷く。

 

「では、始めるか」

 

アレイスターは一同を見つめた後、宣言する。

 

「魔術と科学。私が区切った世界の全てをぶっ壊す」

 



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第一二四話:〈異国海域〉にて爆走を

第一二四話、投稿します。
次は九月四日月曜日です。


フランスのカレー地方。そこから四〇キロ弱北東。

つまり、フランスからイギリスへと繋がる海域。──ドーバー海峡。

その海上は、戦場となっていた。

 

爆発や閃光が瞬き、海の上なのにそこかしこで炎が見える。戦場を彩る凄まじい光源によって、夜天は塗りつぶされて星どころか月すらも満足に見えない。

 

海上を飛び交うのはレーザーや火球といった、魔術由来の攻撃術式だ。

攻撃に科学の影が欠片も見えないのは、学園都市が機能停止した事で外部で使われていた学園都市由来の技術が軒並み使えないからだ。

 

「ダメだと思うよ……?」

 

上条当麻は思わず呟く。

上条は真守たちご一行とクルーザーに乗っていた。

 

もちろん科学という一大分野を築いた統括理事長、アレイスター=クロウリーが操るクルーザーは、すでにただのクルーザーではなかった。ジェットエンジンを無理やり搭載され、時速一五○キロで水上を爆走できるように改造されている。

 

凄まじい速度を出すクルーザー。そのせいで船体は上下によって視界は激しく揺れ、重圧感から内臓がぎゅっぎゅっと圧迫され続ける。

 

「これは絶対ダメだと思うよ!? 死ぬって、今回ばかりはホントに死ぬ!!」

 

船酔いなんて感じている暇などない。むしろ死の予兆すら感じさせるほどの恐怖。

たまらず上条当麻が叫ぶと、クルーザーの屋根部分から不気味な音が響いた。

どうやらクルーザーの天井に魔術由来のレーザーがぶち当たったのだ。

 

すぐさま轟音と共にクルーザーの天井は崩壊。

一瞬にしてオープンカー状態の、大変見通しがしやすいクルーザーとなった。

数十センチ放射がずれていたら、幻想殺し(イマジンブレイカー)でも間に合わなかった。

上条当麻がその事実に恐怖を感じていると、アシュリン=マクレーンは柔らかく微笑んだ。

 

「あら。さすがにすごい事になっていますわね」

 

こんな時でも貴族のご令嬢らしく足をそろえ、優雅な様子のアシュリン。

真守はアシュリンの隣に座ったまま、アシュリンと同じく余裕を見せながら感心したように頷く。

 

「さすが伯母さま。ケルトの民は戦いの民だと言うし、いつでも冷静だ」

 

「ふふ。真守ちゃんも余裕があるようで良かったわ。愛らしい」

 

アシュリンは柔らかく微笑んで、真守の頭を優しく撫でる。

ケルトの民は祖霊崇拝や精霊崇拝といった先祖や自然現象に対して敬意を払う者たちだ。

だがその本質は意外にも、戦いに対して非常に獰猛な性質を持っている。

つまり戦場に立つことが多いため、いつでも余裕たっぷりなのだ。

 

ただ戦闘を好む民族といっても、マクレーン家は優美で端麗だ。

その血統は高潔であり、イギリス貴族の一員として確かな礼儀とマナーを身に着けている。

しかも策士の家系であるため厄介なのだが、科学の頂点に上り詰めた朝槻真守が実は家族であるという事実が、より厄介さを助長させていた。

 

優しく微笑むアシュリンとその隣に座っている真守。

そんな余裕たっぷりな真守たちの向かいに座っているインデックスは、がっくんがっくん揺れるクルーザーの振動で顔を青くしていた。

だがドーバー海峡の向こうに見えるイギリスの地を見て怪訝な表情をした。

 

「あれが、イギリス……? なんていうか、全然空気が違う」

 

インデックスはイギリスで過ごしていたが、一年ごとに記憶を消去されていた。

そのためインデックスにとって、イギリスは近くて遠い存在だった。

実はルーツがイギリスにあった真守もインデックスと同じようなものなのだが、インデックスは想像していたイギリスと現実が違うから眉をひそませているのではない。

 

イギリスの沿岸部には破格の大型霊装がずらりと並んでいて、魔術砲兵たちは必死になって霊装を使用している。

魔術の専門家として、違和感を覚えたからこそインデックスは不審に思ったのだ。

 

「おそらく砂浜に特徴的なエンブレムをたくさん立てて、守護聖人の天罰やたたりを水平射撃しているんだよ。でもあれじゃ、自分から拒絶してる。殻に閉じこもって、見たくないものを遠ざけるみたいに」

 

アレイスターはインデックスの評価を鼻で笑った。アシュリンもくすくすと笑う。

インデックスの言葉が的を射ているからだ。

今のイギリスは必死に全てを遠ざけようとしている。

上条の肩に乗っているオティヌスは、その様子を見て何の気なしに呟く。

 

「ドーバー海峡全体で一分間にざっと八〇万発程度か。あの分だと、誘導性能がなくても弾幕だけで夜空をすりつぶせるな」

 

オティヌスが軽く告げる中、大型霊装が牙を剥く。

大型霊装を使ってイギリスが必死に撃破しようとしているのは、ドーバー海峡よりイギリス侵攻を進める大量のアレイスター=クロウリーだ。

 

アレイスターの体に秘められていた、一〇億八三〇九万二八六七通りの可能性。

それが解き放たれたことにより、大悪魔コロンゾンを滅ぼすための軍勢が生まれた。

 

体中に何本もの剣や槍を突き刺し、自らの血に塗れた怪人。

無数の人の顔が刻まれているように見える、樹木のホウキに跨る老人。

誰もが見惚れるような美貌に七色の光輪を背負った、陳腐ながらも有翼を持つ美しい青年。

 

食虫植物のような巨大な口をいくつも有する臓腑の塊に呑まれた、グロテスクな巨竜。

ちょっと卑猥に思えるほどに触腕を持つ者。錆びた鉄の装甲で筋肉を締め上げた肉食恐竜。

はたまたコンクリートの立方体を人間の体のように繋げた何か。

 

およそ人だと判別するのが難しい怪物から、とても見目麗しい人間まで。

それら全てが、アレイスター=クロウリーのIFの姿なのだ。

 

アレイスターたちはフランス側から一斉にイギリスへと押し寄せている。

そりゃあれだけの怪物たちを目の前にしたら、イギリスが嫌なものから目を背けてからに籠りたくなるのも分かる気がする。

 

「クロウリーズ・ハザードとでも呼んでくれたまえ。私の名を冠した災厄だ」

 

「最悪の災害なのです」

 

そう呟いたのは烏丸府蘭だ。府蘭は爆走するクルーザーの暴風で煽られるパーカービキニのフードを押さえながら、顔をしかめる。

難色を示す府蘭の反応が好ましいのか、アレイスターは上機嫌に言葉を紡ぐ。

 

「コロンゾンが『窓のないビル』にいた私を殺してくれたおかげで無数に重なるIFの私が溢れかえった。その数、ざっと一〇億以上。この中には魔術を極めたクロウリーもいれば、きっぱり諦めたクロウリーもいる。しかしまあ、どれもこれもまともな可能性ではないな」

 

垣根は真守の事を優しく抱きしめて守りながら、満足そうに呟くアレイスターを睨む。

 

「自慢するように言うんじゃねえよ。要は全員変態エロ親父って事だろ」

 

垣根が毒吐くと、イギリス沿岸に置かれた大型霊装から極太ビームが放たれた。

大型霊装は閃光と共に、クロウリーズ・ハザードの群れを一網打尽にしようとする。

だがアレイスターの数が多すぎるのだ。まともに相手しても敵わない。

 

それでもイギリス側はこれまでで多くのアレイスターを仕留める事ができた。

そのせいで、ドーバー海峡は死の海となっていた。

血の海が広がり、肉のぶよぶよとした切れ端がぷかぷか浮かび。戦場と呼ぶのもおぞましい場と化している。

 

ドーバー海峡に限った話ではない。イギリス連邦加盟国、五三か国に加えて、周辺国すらもクロウリーズ・ハザードによって悲鳴を上げている。

 

クロウリーズ・ハザードとイギリスの攻防。その中を真守たちはクルーザーで爆走する。

そしてやがて白い石灰でできた沿岸部が見えてきた。

月明かりに照らされたゴール。とはいっても、あそこに到達してからが始まりなのだ。

 

上条当麻はその事実に、思わずごくッと喉を鳴らした。

その瞬間。

すぐ近くを、閃光と共に砲撃が駆け抜けた。

 

砲撃は一体のクローリーに命中した。

そのクロウリーとは胃液をウォータージェットのように放っていたゲテモノクロウリーだ。

砲撃をもろに喰らったゲテモノクロウリーは爆散。

見上げるほどに巨大な臓物の塊が次々に飛び散る。

 

その中で、一番大きな塊がクルーザーに降ってくる。

時速一五○キロで爆走していたとしても、クルーザーはその巨大な肉の塊を避けられなかった。

そのせいでクルーザーは真ん中からひしゃげてしまい。

朝槻真守を筆頭に、全員が投げ出された。

 

(能力が十全に使えて、垣根が能力使うなって怒らなかったら防げたんだけどなあ)

 

真守は空中で投げ出されながらも、心の中でのんびりぼやいていた。

下は血の海。

能力使えば垣根に怒られる。そのため真守は大人しく垣根が助けてくれるのを待って、未元物質(ダークマター)を広げた垣根へと顔を向ける。

すると。何故か違う方から手を伸ばされて、真守はひょいっとお姫様抱っこされた。

 

「お?」

 

真守はびっくりして、自分を横抱きにした伯母──アシュリンを見上げる。

アシュリンが真守を見て柔らかく微笑むと、ざああっと闇がさざめきだった。

 

真守が驚く中、アシュリンの影が濃密にとろけて一つに集まる。

すると、影が一匹の怪鳥となったのだ。

 

それは真っ黒なカラスだ。

アシュリンと真守を乗せても、まだ余裕があるほどに巨大である。

アシュリンは真守のことをお姫様抱っこしたまま、とんっと軽くカラスの背に降り立つ。

 

「お、伯母さまが……魔術使った……ッ!!」

 

真守がびっくりと目を大きく見開く中、アシュリンは微笑む。

 

「外のケルトの伝承にもあるけど、この術式の根幹にはエルンマスの娘、女神たる一柱がモチーフとなっているの。彼女は烏の姿で戦場を飛び回り、戦士たちを先導して狂気に追いやっていた。それに基づいて、影を模したカラスを使役しているのよ」

 

「ふお……。ふかふかだ。……これが影で造られているのか……」

 

真守はふかふかと柔らかい羽毛を手で撫でながら、感動する。

 

「この子はどこでも使える子ではないのよ。戦場でしか使役できないの。……でも、ここはどう考えても戦場だから」

 

アシュリンは辺り一面の血の海と死骸がぷかぷか浮かぶ戦場を一瞥しながら、にっこりと微笑む。

 

「……伯母さまたちは、肉体そのものがケルトの魔術を使う媒体となっているんだよな?」

 

「ええ、そうよ。真守ちゃんにはこの前教えたものね」

 

アシュリンは真守の頭を優しく撫でる。

ケルトの魔術は、あからさまな魔法陣や呪文を使わない。ケルトの一族はその肉体に秘められているケルトの血統と洗練された肉体を媒介にして、魔術を使うのだ。

 

イギリス清教に所属している天草式十字凄教は、日常動作や日用品などから宗教的要素を拾い出し、それを組み合わせることで魔術を発動させる。

 

天草式十字凄教とは明確に異なるが、ケルトを継ぐ者たちはその身にあまりあるケルトを秘めている。そのケルト的要素を組み合わせることで、ケルト式の魔術を行使するのだ。

 

「伯母さまたちは魔法陣や呪文を使わない。その身だけで魔術を行使できる。……本当に、魔法陣やあからさまな呪文を使わないで魔術が使えるんだな……」

 

確かな血統と遺伝子。それが無ければ、ケルトの魔術は使えない。

朝槻真守にもケルトの血は流れている。だが混じりがある状態でケルトの魔術が使われた前例はないため、もしケルトの魔術を教えられても安定性に欠けるのだろう。

 

真守が少し寂しくなってると、アシュリンは真守の頭を優しく撫でる。

カラスに乗っている真守とアシュリン。そんな二人に、垣根が近付いた。

 

「真守」

 

「あ、垣根。伯母さまが助けてくれたんだ。だから能力使ってないぞ」

 

「分かってる、ちゃんと見てた」

 

垣根は未元物質(ダークマター)の翼を広げたまま、カラスのすぐ近くで浮遊する。

真守は垣根の無事を確認すると、自分の背中を支えているアシュリンを見上げた。

 

「伯母さま、助けてくれてありがとう」

 

真守がお礼を告げると、アシュリンや柔らかく微笑む。

 

「どういたしまして。かわいい姪を守れてよかったわ」

 

真守はアシュリンに優しく頭を撫でてもらって、ふへへっと笑う。

 

「伯母さまが魔術を使う姿、とってもかっこよかった。伯母さまたちはみんなを助けるために魔術を使う。その使い方、とても良いと思うぞ」

 

近代西洋魔術を扱う魔術師たちは、誰もが自分の願いを叶えるために魔術を使う。

だがマクレーン家はそうではない。

 

ケルトの一族として、同じケルトの民を守るために魔術を使う。

そしてあくまで文化として、魔術を後続へと伝えているのだ。

 

そのためマクレーン家は全員、魔法名を持っていない。自らの願いを込めた魔法名を掲げる意味がないからだ。

 

「わたくしたちケルトの民は何かを望んで魔術を手にするのではなく、文化として魔術を継承している。だから自分の我を通そうとする近代西洋魔術師とは全く違うのよ。ふふ。そのせいでイギリス清教が設立された際、ひと悶着あったのだけどね。ふふふ」

 

((この様子を見る限り、とんでもないことやってそうだな……))

 

垣根と真守は微笑むアシュリンを前に、心の中で同じことを呟く。

 

イギリスはローマ正教から独立するためにイギリス清教を立ち上げ、そのイギリス清教に認可してもらう形で今の『王室派』が存在する。

政治的な理由で打ち立てられたイギリス清教と『王室派』。そんな彼らと血の気が多いケルトの民の間にひと悶着あったのは想像に難くない。

 

「わたくしたちがイギリス清教に(くみ)する道理はなし。ヤツらはわたくしたちのことを野蛮人とか言うけど、国外からやってきた宗教で楽しくやってるヤツらの方が野蛮人なのよ」

 

アシュリンは少し怒りながらもにこにこと笑みを深めながら、ほくそ笑む。

 

「魔術を使うわたくしたちのことを『清教派』は無視できない。そして『王室派』はわたくしたちを止めるために貴族に指定したけど、わたくしたちがゴネて画策したから『騎士派』のトップ、騎士団長の命令を聞かなくても良い特例となってる。ふふ、マクレーン家は誰にも屈しないのよ」

 

真守は小悪魔じみてるアシュリンを見つめたまま、遠い目をする。

 

「……なあ、垣根。やっぱり私の実家って最強だと思うんだけど」

 

「そうだな。……つーか科学のトップに立つお前が身内ってだけで、マクレーンは十分最凶だろ」

 

真守はどこからどう見てもその髪色以外が全てアシュリンとそっくりだ。

それは真守の母がアシュリンと一卵性双生児であるため、遺伝子的に言うと娘も同然だからだ。

 

そんな一度見ただけでマクレーンの血を引く者だと分かる、科学の結晶である真守がマクレーン家の身内なのだ。

魔術と科学。どちらも手の内にあるマクレーン家ははっきり言って凶悪である。

 

イギリスに古くから根付く、多大な権力を持つマクレーン家。

真守は自分を全面的に支援してくれるマクレーン家を思って、眉をひそめる。

 

「あんまり甘えられないよなあ……」

 

「あら。何を言ってるの、真守ちゃん。たくさん甘えて、たくさん使えるものは使って良いのよ。あなたはわたくしたちの大事な姫御子なのだから。手が届かないからこそ、大事に想ってるのよ」

 

アシュリンは柔らかく微笑んで、真守を見つめる。

ケルトが求めた永遠。それでも運命の介入によってケルトが得られなかった大切な姫御子。

しかも真守はアシュリンが自分の半身だとして大切にしていた妹の忘れ形見なのだ。

 

「真守ちゃんのことが大切なの。分かってるでしょう?」

 

「よく分かってるよ、伯母さま。……あんまり甘えるのは申し訳ないと感じるケド、甘えられるところがあったらたくさん甘えるね」

 

「ええ、それで良いのよ。真守ちゃん」

 

真守はアシュリンに微笑まれて、ふにゃっと笑う。その姿を見て、垣根は小さく笑った。

 

トンボ(端末)で監視させてるから、全員の居場所は分かってる。とりあえず異能にしか対応できないひ弱な万年バカのところに行くぞ」

 

「垣根、上条に辛らつすぎ」

 

真守はじとっと垣根を睨む。

だが異能にしか対抗できない上条やオティヌス、インデックスが心配なのは事実だ。

そのため真守はアシュリンと垣根と共に、上条たちの反応がある方へと向かった。

 



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第一二五話:〈母国沿岸〉への上陸

第一二五話、投稿します。
次は九月七日木曜日です。


ドーバー海峡とはイギリスにとって、ユーラシア大陸への玄関口だ。

沿岸は純白の砂浜が広がっていて、陸地に少し進むと白亜でできた断崖絶壁が待っている。

 

普通ならば、本当に美しい海岸なのだ。だがその美しい光景は見る影もない。

イギリスへ上陸しようとするクロウリーズ・ハザード。それに対抗するために、海岸には強大な防衛陣が築き上げられ、戦場と化していた。

 

クロウリーズ・ハザードが攻めてきている今、首都ロンドンまでわずか一〇〇キロのところに位置しているドーバー海峡は何としても落とされてはならない場所だ。

 

海には上陸できないようにコンクリートブロックが沈められ、第一のバリケードとなっている。

そして純白の砂浜にも、第二のバリケードとして無数の大盾が立てられていた。

しかも大盾が突き刺してある砂浜には、魔法陣が地雷として大量に隠してある。

 

垂直の崖には鉄骨を無差別に突き刺し、有刺鉄線で人が登れないようにしてある。

そして崖の向こうには補給用の木箱やタンクに見せかけたトラップがあり、そのはるか後方には救護用のテントや砲撃に備えた退避豪が設けられていた。

 

そして何と言っても目を引くのは、崖の上に立てられた大型霊装の数々だ。

たたりや天罰を有する魔術的象徴を取り込んだ巨大な円盤には、ライオンの顔や狩人の衣が刻まれていた。その大型霊装は海側に向けて展開され、クロウリーズ・ハザードを迎え撃っている。

 

大型霊装の後方には非戦闘員であるイギリス清教の祈祷部隊が待機しており、前衛では『騎士派』に属する騎士たちがクロウリーズ・ハザードと戦っていた。

 

そんな中、ツンツン頭の少年はピンチに遭遇していた。

ピンチに陥っているのではなく、ピンチに遭遇しているのだ。

 

上条はクルーザーから投げ出され、夜の波打ち際に打ち上げられた。

一二月のイギリスの寒さにびしょ濡れで凍えて死にそうだが、いまは気にしている場合ではない。

上条当麻の目の前で、一人の女性騎士がクロウリーズ・ハザードと奮闘していたからだ。

 

女性騎士は剣を持って巨大なタコのような吸盤と触腕を持つクロウリーと戦っていたが、クロウリーの攻撃によって剣の刃が折れてしまった。

女性騎士が戦う得物を失っても、敵である変態触腕男は止まらない。

 

得物を失った女性騎士の銀の鎧を、タコ型怪人アレイスターはかみ砕く。

そしてサーコートを意味ありげに、アレイスターは勢いよく裂いた。

 

女性騎士は着ているものを奪われて、ビリビリの穴が開いたインナーと肌をさらけ出す。

そんな女性へと、タコ型怪人アレイス=クロウリーは舌なめずりをするように、ゆっくりとタコのような太い触手を伸ばす。

 

IFと呼ばれようが、あれはアレイスター=クロウリーの一つの可能性である。

つまり、変態なのだ。

その証拠にベイバロンのモチーフを多分に含んだ個体へと性転換転生を果たしたアレイスターは、何かあればラブなホテルへと上条当麻を連れ込み、真守にはセクハラし放題。

 

美少女になってもどんな姿になっても、アレイスターはアレイスターだ。

そんな真正の変態である触手を無数に生やしたタコ型怪人アレイスターと、女性騎士。

何が起こるかは、想像に難くない。

 

「自重しろ大馬鹿野郎ォォォおおおおお!!」

 

上条は叫び声と共にアレイスターの触腕を一発ぶん殴る。

だが触腕をうねうねさせるタコ型怪人アレイスターを幻想殺し(イマジンブレイカー)で殴っても、アレイスターには普通の少年の拳の衝撃しか駆け抜けなかった。

 

上条当麻の前にいるのはアレイスター=クロウリーが裡に秘めていた可能性の一種だ。

つまり、明確な肉の器を持っているのだ。

そのため上条当麻が幻想殺し(イマジンブレイカー)で殴っても、タコ型怪人アレイスターの存在が打ち消されることはないのだ。

 

これまで銀髪美少女へと性転換したアレイスターを散々幻想殺し(イマジンブレイカー)で殴って来ても、アレイスターには何も問題なかった。

だから触腕アレイスターは全くの無傷で立っていた。

しかも女性騎士は突然出てきた上条当麻を敵と認定し、キッと睨む。

 

そりゃこの状態で突然現れた見知らぬ男子高校生を即座に受け入れるなんざ、今日日エロ漫画でも見ない。上条当麻は状況に絶望する。

 

だが次の瞬間、アレイスター=クロウリーの触腕が爆発した。

 

完璧な演算によるベクトル操作。それはもちろん一方通行(アクセラレータ)の仕業だ。

一方通行はタコ型怪人アレイスターの腕をもぎ、とどめと言わんばかりに大きな岩を蹴り上げてタコ型怪人の頭に直撃させて昏倒。

一方通行は一連の動作を終えると、ストッと上条当麻の隣に降り立って上条を睨んだ。

 

「何を遊ンでやがるンだ、くそったれ」

 

一方通行は手心を加えて無力化したアレイスター=クロウリーを足で蹴り上げる。

 

「お、ま……めちゃくちゃだなあ……でもちゃんと手加減してるし……流石だなあ」

 

「ッチ。しょうがねェだろ。俺は統括理事長なンてどォでもいいが、アイツの前でブチ殺すワケにはいかねェからな」

 

一方通行(アクセラレータ)は毒を吐いて顔を上げる。

すると遠くで優雅に純白の翼で飛んでいる垣根帝督と、伯母であるアシュリン=マクレーンと一緒に怪鳥クラスに大きいカラスに乗った真守がいた。

 

突然現れた破格の力を持つ一方通行(アクセラレータ)。彼を見て呆然としていた女性騎士はハッと息を飲むと、即座に折れた剣で臨戦態勢を取った。

 

「何だ貴様たちはっ? ただの一般人には見えん、よもやクロウリーズ・ハザードの仲……──」

 

女性騎士は鋭く声を上げるが、その声は最後まで通らなかった。

一方通行が触腕タコ型怪人アレイスターの折れた歯を、ビシッと女性騎士の額に打ち込んだからだった。

 

「めんどくせェから寝てろ」

 

一方通行(アクセラレータ)に昏倒させられた女性騎士は頭を揺らして、どさっと倒れこむ。

 

「話も聞けねェバカが折れた刃物だけ振り回すとかどンだけ世紀末なンだこの国は。……これが戦時下か、外から来た人間なンぞ人間扱いもしやしねェ。確かにこいつらを止めるにはトップを説得すンのが一番だな。アイツやアイツの親族に任せて、末端は薙ぎ倒していった方がよさそォだ」

 

一方通行(アクセラレータ)はため息を吐いて、空を優雅に飛んでいる真守たちを見上げる。

真守は一方通行の視線に気が付いて、ふわりと微笑むと一方通行に小さく手を振った。

それを見て微妙な表情をする一方通行。

 

そんな一方通行の横で上条は気絶した女性騎士に落ちていたビニールシートを掛ける。

そして女性騎士を見つめて、呆然とする。

 

「……見えないのか、俺、助けを求める一般人に……」

 

「この世紀末にそンだけ余裕がありゃ当然の評価だろクソが」

 

上条は一方通行の言葉に、がっくりと肩を落とす。

そんな二人のもとに、垣根とカラスに乗った真守とアシュリンが降りてきた。

真守は一方通行と上条に近づくと、猫耳ヘアを彩っているトンボにちょんっと触りながら二人に声を掛ける。

 

「浜面たちはけっこう遠くに打ち上げられてしまったんだ。あっちはあっちで別で動くっぽいぞ」

 

「統括理事長も言ってたが、途中下車したかったらすりゃァいんだろォが。オマエが責任取る必要はねェ。オマエはオマエのやりたい事やりゃァいい」

 

戦場に自分の意思で来ているのだから、自分の命は自分で守るべきだ。

だから神さまだろうとなんだろうと、真守が全ての責任を負う必要はない。

その意味を込めて一方通行(アクセラレータ)が声をかけると、真守は幸せそうに目を細めた。

 

「ありがとう、一方通行。でも一応帝察さんでも確認してるし、何かあれば帝兵さんたちになんとかしてもらうつもりなんだ」

 

真守は一方通行の気配りが嬉しくて、ニコニコと笑みを浮かべる。

そんな真守を見て、一方通行(アクセラレータ)は眉をひそめた。

微笑ましい二人のそばで烏から降りたアシュリンは烏の背中を撫でると、横たわっている女性騎士に目を向ける。

 

「あら。この方、騎士派の精鋭ではありませんの。お飾りではなく、本当に動ける方よ。……女性騎士という理由だけでひん剥かれて性的な事情に持っていかれるとは。流石定石を理解した上で変態やってるクロウリーですわ」

 

垣根はあらあらと楽しそうにしているアシュリンを横目で見る。

 

(貴族のご令嬢なのに、エロ漫画の鉄板知ってんのか……)

 

触手と女性騎士。薄い本の鉄板ネタが分かる垣根はアシュリンと違って、年相応である。

だが真守は垣根と男女の仲になって致す事を致していようとも、そっち系の話はあまりよく分かっていない。そのためアシュリンの言葉に首を傾げる。

 

「何が定石なんだ? というか、定石なんてものがあるのか……?」

 

「真守ちゃんは知らなくていいのよ」

 

「? どういうこと?」

 

真守はアシュリンに頭を優しく撫でられながら、きょとっと目を見開く。

垣根も真守を見て、視線を鋭くした。

 

「その人の言う通り、お前は知らなくていい事だ」

 

「……なんか知っちゃいけないコトみたいだから、もう聞かない」

 

真守は少し顔を赤らめながら、ぽそぽそと呟く。

するとすぐ近くで爆発が引き起こされた。

 

赤い鮮血と共に、あらゆるものが飛び散る。それは甲虫だったり太い鎖と真ん丸鉄球で造ったヒトガタだったり、錆びた装甲に覆われた肉食恐竜だ。

 

ゲテモノアレイスターを砂浜に沈ませたのは、無事だった銀髪美少女アレイスたんだった。

その隣では、これまた無事だった烏丸府蘭が声を上げていた。

 

「戻ってきたぜイギリス、ウサギグレイの国です。いえーい」

 

府蘭は頭に取り付けたウサギアンテナをぴょこぴょこ動かし、上条当麻を見た。

 

「あなたは何でケータイ電波を無秩序にばらまいているですか。とっとと電源切るかバッテリーを抜くのです」

 

「ええっ、なんかどっちみち通じないから同じじゃね?」

 

「一般市民のケータイを制限しているだけで、警察消防などは普通に使えるのですよ。制限下であっても位置情報の割り出しは可能なのです。潜入先で自分から電波まき散らすとか、自殺願望ですかあなたは」

 

真守は府蘭に白い目を向けられている上条に声を掛ける。

 

「帝察さんがいるからケータイなど必要ない。私はそもそも持ってきてないぞ」

 

「つーか戦場で一般普及してるケータイ電話に頼るとかバカがやることだよ。お前はロシアで一体何を学んだんだ」

 

真守以外には辛らつな垣根に呆れた鋭い言葉を吐かれて、上条は軽くへこむ。

そんな上条の横で一方通行(アクセラレータ)はチョーカーに触れる。

一方通行のチョーカーには、変わらずに未元物質(ダークマター)でできた垣根お手製のキューブがついている。

 

本当なら生命線である電極になど誰にも触れてほしくないのだが、真守という絶大な信頼ができるストッパーがいる垣根ならまあ許容範囲である。

真守は電波を扱うものとして、電極を気にしている一方通行を見て、にこっと笑う。

 

「電極はあくまで学園都市製で脳波を変換させるモノだから大丈夫だと思うけど。帝兵さんでそこら辺にも安全策入れておくか?」

 

「問題ねェ。この杖にはミサカネットワークを阻害する電波をジャミングする装置がしこまれてるからな。いざとなったらそれを使う」

 

一方通行(アクセラレータ)は改造に改造を重ねた杖を見ながら告げる。

真守はそんな一方通行を見て、柔らかく微笑んだ。

 

「それでも危なかったら言ってくれ。絶対に無茶させないから」

 

「オマエも大概心配性だよなァ」

 

真守と一方通行が話をしている中、アレイスターが近付いてくる。

 

「上条当麻を回収できたのは僥倖だ。さて、行くとするか」

 

アレイスターの傍らにはインデックスがいる。

そしてその肩にはもちろんオティヌスも無事に乗っていた。

 

「浜面と滝壺とかいう女の子は?」

 

「大丈夫。さっき一方通行と話したケド、あっちはあっちで動いてるから。逆に潜伏してるから下手に動かない方が良いと思う」

 

真守がいま一度上条に詳しく説明すると、垣根は胡乱げな瞳でカブトムシのネットワークに接続した状態で目を細めた。

 

「あいつらには明確な戦う目的がねえからな。まあ死なねえくらいには面倒見てやるよ」

 

垣根が軽く言うと、アレイスターは指揮を取る。

 

「まずは私たちが向かうのはロンドンだ。この国の全てが詰まっているからな。アシュリン=マクレーンもとりあえずはロンドンだろ?」

 

「ええ。わたくしはバッキンガム宮殿に用がありますから。真守ちゃんも一緒に行ってくれると言ってくれましたし」

 

アシュリンは柔らかく微笑む。

そんなアシュリンを見て、アレイスターは頷き、移動し始める。

 

「行くぞ。まずは足を確保せねばな」

 

アレイスターの言葉を聞き、一同は動き出す。

だが上条当麻はずぶぬれだ。そして一二月の寒さがとてもこたえるはずである。

 

「上条が風邪を引いてしまいそうだ。垣根、上条のために熱波を出してくれ」

 

真守は垣根の服の裾を引っ張って、お願いする。

朝槻真守はコロンゾンの一撃を受けており、それから復帰しても高熱を発していた。

そして復帰していると言ってもやっぱり尾は引くものである。

 

垣根に能力を使うなとお達しが出ている以上、真守は上条のために能力を振るうことができない。

垣根の言うことを聞こうとしている真守。そんな真守を見て、垣根は嫌そうな顔をした。

 

「バカは風邪ひかないから気にする必要ねえ思うがな」

 

「能力使うなっていう垣根の言いつけをちゃんと守ってるんだから、私のお願いも叶えて」

 

「……しょうがねえな」

 

垣根はカブトムシを呼び寄せて、上条当麻の頭に着地させる。

 

「この貸しは高くつくからな」

 

垣根が言い放つと、カブトムシが上条の服を乾かすための未元物質(ダークマター)を生成する。

上条は温かい風を感じながら、いつもの調子の垣根を見て笑う。

 

「垣根って本当に朝槻以外には厳しいよなあ」

 

一部始終を見守っていた真守は、肩をすくめる。

 

「これでも優しくなった方というのが、垣根らしいなってところだがな」

 

真守は苦笑しながら、垣根の手を握る。

 

「行こう、垣根」

 

「あんまり早歩きするなよ、真守」

 

「はーい」

 

ちょっと不満そうに返事をする真守を、アシュリンはくすくすと笑って見守る。

そしてカラスを生み出していた魔術を解除して、一同と共に歩き出した。

 



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第一二六話:〈優雅移動〉で話をする

第一二六話、投稿します。
次は九月一一日月曜日です。


一台の馬車が、ドーバー海峡に面した沿岸からロンドンへと向かっていた。

馬車に乗っているのはアシュリン=マクレーン、朝槻真守。そして垣根帝督だ。

アシュリンは目の前に座っている真守に笑いかける。

 

「真守ちゃん。英国の馬車はどう? 揺れないでしょう」

 

「うん。魔術が掛けられてるんだな」

 

真守は高級感溢れる馬車の中を興味深そうに見回す。

馬車の中は絢爛豪華な装いだ。

魔術によって快適な温度と湿度が保たれ、座席のクッションもふかふか。

 

イギリスではまだまだ馬車が現役だ。だが現役と言っても、馬車は大体身分の高いものが使う。

そのため馬車内は重鎮を守るための魔術が、ふんだんに使われていた。

真守はふかふかの座席を優しく撫でながら、感心した様子を見せる。

 

「さすが魔術の国だな。馬車のすみずみにも魔術が使われてる。……まさか、こんなに早く英国に来るコトができて、馬車に乗れる日が来るなんて思わなかった」

 

学園都市はアレイスターの意向で、科学の結晶である能力者を徹底的に管理していた。

学生たちはよっぽどのことがない限り、学園都市から出ることはない。

学園都市の外に出ることを許可されても、実際に外に出る際は必ずGPS機能が付いたナノマシンを注入することになっている。

 

とはいっても結構な頻度で学園都市から脱走しているツンツン頭の少年もいるし、超能力者(レベル5)である真守たちも何度か学園都市を脱出している。

だがそれは本当に特例なのだ。普通ならば、ありえないことである。

真守は少しバツが悪そうにしながらも、馬車の中で少しわくわくした表情を見せる。

 

「いまは世界も英国も大変な時だから、あまりはしゃいではダメだけど。……本当に英国に来ることができて嬉しい」

 

学園都市によくいる、置き去り(チャイルドエラー)だった真守。

真守はまさか自分にマクレーン家という魔術大家の親族がいるなんて、夢にも思わなかった。

 

イギリスに縁があると言っても学園都市の中枢に収まっている限り、真守はそう簡単にイギリスに来ることはできないと思っていた。

だが人生、何があるか分からない。そういうことなのだ。

 

「初めて母国に来たのだから少しくらいはしゃいでも良いのよ、真守ちゃん」

 

母国。その言葉の響きに、真守はとても嬉しくなってしまう。

アシュリンは控えめながらも喜んでいる真守を見て、にこっと微笑む。

 

「真守ちゃんと母国に帰ってくることができて良かったわ。……本当に」

 

真守と同じように、アシュリンも真守がイギリスに来る事はそう簡単に叶わないと思っていた。

それなのにイギリスに真守と来られたのは、本当に喜ばしい。

アシュリンは少し遠くを見るように、真守に思いを馳せる。

真守は身を乗り出して、向かいに座っているアシュリンの手をそっと握った。

 

「私も伯母さまとイギリスに来られて嬉しい。イギリスと世界が大変だから色々とちょっと申し訳ないところもあるけど……貴重な体験だから、馬車を堪能しようと思う。学園都市じゃ絶対に経験できないからな」

 

垣根は微笑を浮かべる真守の隣で、馬車の中を興味深そうに見つめる。

 

「確かに学園都市じゃ馬車なんて絶対に考えられねえよな。俺も初めて乗った」

 

「垣根も初めてなのかっ! 伯母さまがいてくれたからこそ馬車に乗れたんだ。……ふふ。バッキンガム宮殿まで移動手段を伯母さまが確保してくれてとても助かった」

 

アシュリン=マクレーンは英国女王に、最大主教(アークビショップ)が実は大悪魔コロンゾンだったのだと知らせる必要がある。

 

アレイスター=クロウリーは途中下車も何もかも自由だと言っていた。

銀の少女は銀の少女で動く。足並みをそろえる必要はない。

 

だから真守はアレイスターに宣言していた通り、イギリスの人々を守るためにバッキンガム宮殿へと向かおうとしているアシュリンに同行している。

 

アシュリンは紛れもなく英国の人間だ。

一度英国から追放されたアレイスターとは違い、マクレーン家として『騎士派』に所属している。

そのため騎士に声を掛ければ、ロンドンまでの馬車を借りられるのだ。

 

垣根は少し気になったことがあってアシュリンを見た。

 

「確か先に異界を通って帰ったマクレーン家は領地を守りながら、コロンゾンについて探ってんだよな。ロンドンに向かってくるクロウリーズ・ハザードを食い止める役はしなくていいんだな」

 

「イギリスは四つの国から成り立っている連合国でしょう? 細かく言うと、貴族はそれぞれの国に所属しているの。だから役割がそれぞれ違うのよ」

 

真守は連合王国の貴族について説明されて、ふんふんと頷く。

 

「イングランド貴族とか、スコットランド貴族とかだな。確か『黄金』の魔術師・メイザースがスコットランド貴族を自称してたな」

 

「ええ。マクレーン家はウェールズの一大貴族。ロンドンを守護するイングランド貴族とは役割が違うのよ。それにわたくしたちは『騎士派』の一角を担っていても特例だから。……私の婚約者は姉弟を連れて、大英図書館で最大主教(アークビショップ)のことを調べてるわ」

 

「そうなのか。……私、イギリスのことあんまり知らないんだな……」

 

真守はちょっと寂しそうにして、顔をしかめる。

そして、そうっとアシュリンを見上げた。

 

「あのな、伯母さま」

 

「何かしら、真守ちゃん」

 

真守はアシュリンに優しく問いかけられ、もじもじしながらもアシュリンを見上げる。

 

「その……イギリスのことも、マクレーン家のことも、私……あんまり知らないから……話せるところを話してくれるとうれしい……」

 

真守はぽそぽそと呟きながら、アシュリンを見上げる。

 

「アレイスターが科学と魔術の境界をぶっ壊すって言ってただろ。これから、科学と魔術の関係性は変わる。だから、色々と知っておきたいんだ。……そして、できれば」

 

真守は少し言葉を濁しながらも、アシュリンを見上げる。

 

「家族として、もっとたくさん話したい……」

 

真守は寂しそうに顔を歪めて、アシュリンを見上げる。

アシュリンは微笑むと、真守の頭をぽんっと優しく撫でた。

 

「たくさん話をしましょう。コロンゾンを倒して、新しい未来を切り拓くの」

 

「……うんっ!」

 

真守はアシュリンの快諾を聞いて、ぱあっと表情を輝かせる。

垣根は真守がすごく嬉しそうにしているため、そっと手を握る。

 

「良かったな、真守」

 

「うんっ。とてもうれしいっ!」

 

真守は穏やかな空気の中、にこにこと笑う。

そして一息つくと、真守はカブトムシと共に肩に留まっているトンボへと手を伸ばした。

 

「アレイスターたちの気球は大丈夫そうだ。変わらずにぷかぷか浮いてる。今のところ、迎撃術式にも撃ち落とされずに優雅に空中散歩してる」

 

真守たちと別行動をしているアレイスターは、上条当麻たちを連れて気球に乗ってロンドンに向かっていた。

そんなアレイスターたちを見守っているトンボのネットワークに、垣根は接続する。

 

「あの万年バカ、幻想殺し(イマジンブレイカー)が無けりゃ馬車で移動できたってほざいてやがる。おもしろ」

 

「笑わないであげて。垣根」

 

真守はがっくりと項垂れる上条をトンボ越しに見つめて苦笑する。

上条当麻は気球ではなく馬車で揺られることを望んでいたのだが、馬車に掛けられた魔術を何かの拍子で幻想殺し(イマジンブレイカー)によって打ち消してしまうため、無理だったのだ。

 

そもそも馬車には人数制限がある。オティヌスは大丈夫だが、上条が来るという事はインデックスも一緒に来るということで明らかに定員オーバーである。

 

ちなみに真守は一方通行(アクセラレータ)なら定員オーバーにならないためもちろん誘ったが、魔術を直に見たい一方通行は真守の誘いを断った。

 

どォせ戦場で会えるに決まってるだろォうが、と一方通行は真守に言った。

真守もそれに同意した。

 

残るもう一人である府蘭だが彼女はコロンゾン直属であるため説明が面倒くさいし、単純に英国女王のもとに行って話す必要がない。

 

そんな訳で真守はアシュリンと垣根と共に、トンボで逐一アレイスターたちを気にしながら、魔術的な補強で振動が極限まで抑えられた馬車に乗っていた。

 

ちなみにクロウリーズ・ハザードの中には翼を持つ者がたくさんいるが、銀髪美少女アレイスたんの命令を聞くようなアレイスターはいない。

あれが全てアレイスターだからだ。そう説明されると納得してしまう程、アレイスター=クロウリーは自由奔放である。

 

「さて。浜面たちはどうしてるかな。……む?」

 

真守はドーバー海峡で別れた浜面仕上たちを確認しようと、トンボのネットワークをで確認する。

だが浜面仕上の動向が分からないのだ。

トンボで確認できる記録がふっつりと途切れている。

 

「魔神娘々とネフテュス? なんで浜面と一緒にいるんだ?」

 

トンボの記録を探ってみれば、浜面仕上は滝壺理后と共に、何故か魔神ネフテュスと娘々と共に行動をしていた。

 

魔神ネフテュスは真守が再構成して個を与えたネフテュスとは明確に異なる。

娘々とネフテュスは、アレイスターによって新天地に叩き落とされたコロンゾンがこちらの世界へ舞い戻ってきた時に共にこちらへ来てしまった。

 

魔神たちにとって、世界の動乱なんて児戯に等しい。

垣根は面倒な輩が出張ってきたことに舌打ちする。

 

「やっぱり連中、高みの見物でイギリスに来やがったのか」

 

魔神たちはどうやら浜面仕上が気になるらしい。

だからこそ真守にちょっかいを出されたくなくて、娘々は浜面仕上を見守っていたカブトムシとトンボを粉砕した。

真守は簡単にトンボを粉砕した魔神たちに、顔をしかめる。

 

「魔神は騒乱が好きだからしょうがないけど、浜面と滝壺をターゲットにするとは。……二人共、大丈夫かなあ」

 

「問題ねえだろ。ヤツらだってロシアで生き残ったんだから」

 

浜面仕上と滝壺理后は学園都市から逃げ、ロシアの地に辿り着いた。

そして第三次世界大戦の最中、それなりの戦いを繰り広げていた。

その上で麦野沈利と和解し、学園都市へと帰ってきたのだ。

 

だから問題ない。どうせ擦り切れながらも根性で生き残るだろう。

色々懸念事項はあるが、真守たちは優雅に馬車に揺られてロンドンに向かうだけだ。

真守は快適に移動する馬車の中で、そういえばと思い出す。

 

「伯母さま、そういえばさっき簡単なケルトの魔術を使ってマクレーン家の人間だって証明してたケド。やっぱり魔術界隈にもなりすましとかあるのか?」

 

「あるわよ。だからイギリス清教では毛髪サンプルを使って呪的確認作業で身分証明してるの。科学で言うところのDNA鑑定みたいなものね」

 

垣根はアシュリンの説明を聞いて、感心した様子を見せる。

 

「ふーん。DNA鑑定並みに正確なのか。そういやオリアナ=トムソンがステイル=マグヌスの魔力にだけ反応する迎撃術式組んでやがったし。そりゃ魔術にも科学技術に相当する正確性があってもおかしくねえか」

 

真守は垣根の呟きを聞きながら、苦い顔をする。

 

「そういえばエルダーさまが確かな血統を持っていないと、触れただけで人間の大事な部分が爆散する術があるとか言ってたなあ。……私が触れてもいまは魔導書の『原典』だから問題ないとか言ってたけど、結構魔術ってきちんと作用するよな」

 

真守は銀色の鏡の中のような世界で言われたことを思い出して、寂しそうにする。

真守の血には東洋の血が混じっている。それは事実だ。

だがそれをはっきり明言されると、と何やら悲しく感じてしまうものもある。

真守がしみじみしているとアシュリンは苦笑する。

 

「確かにエルダーさまは言い寄ってくる輩が多くてそのような魔術を使っていたらしいけれど、真守ちゃんが触ったくらいで真守ちゃんが爆散するわけないわ」

 

「なにっ、じゃあ私はエルダーさまにからかわれたってコトかっ?」

 

「エルダーさまは割とおちゃめなところがあるらしいから。そうだと思うわ」

 

真守はご先祖様にからかわれたのを知って、むぅっと口を歪める。

確かにアシュリンが伝え聞いていた通り、エルダー=マクレーンはすごくお茶目で自信たっぷりで、愛嬌抜群だ。

真守は自分たちのご先祖様に思いを馳せる。そして、思い出したことがあって顔を上げた。

 

「エルダーさまといえば……伯母さま、ちょっと確認しておきたいことがあったんだ」

 

「何かしら?」

 

真守は注意深くアシュリンを見つめながら、一つ息を吐く。

 

「伯母さまたちは科学と魔術が実は統一の理論で証明されてしまうことを、知っていたのか?」

 

垣根は真守の質問を聞いて、アシュリンを見る。

アシュリンは真守に問いかけられても、特に何ら変わりはなかった。

何も変わる事なく、小さく微笑んで目を伏せた。

 

アレイスター=クロウリーの原型制御。

それによってこの世界の住人は科学と魔術が全く違う技術だと思わされていた。

科学と魔術が実は同じ理論で証明されてしまうこと。それに気が付けば、原型制御によって前後の記憶が曖昧になり、真実を認識できなくなる。

 

マクレーン家は、魔術と科学の関係性を知っているか。

原型制御が作用している以上、その質問を真守はアシュリンにすることができなかった。真実に触れれば、一瞬でも気が触れてしまうからだ。

 

だが現在、原型制御は一部の人間の間では弱まりつつある。

アレイスターが科学の長でありながら稀代の魔術師であると知った人々は、科学と魔術に境がいないと気付き始めているのだ。

 

真守も垣根もついこの間まで、アレイスターの原型制御の支配下にあった。

だが真守はA.A.Aに触れて世界の真実を知り、垣根帝督は朝槻真守の手によってアレイスターの支配下から逃れた。

 

土御門元春は、原型制御の存在を知っていた。それでも無事だった。

それは彼が、科学にも魔術にも足を突っ込んでいたからだ。

 

「アレイスターの原型制御は人の深いところに根付いている。でも伯母さまたちは科学と魔術の関係性になんとなく気が付いていたんだろう。……私という存在がいたから」

 

朝槻真守は科学にも魔術にも対応できる、あらゆる素質を持って生まれた。

そしてマクレーン家はいつか、真守という姫御子が生まれると分かっていた。

つまり真守の事を知っていれば、科学と魔術に関係性があると気づけるのだ。

 

そして何より、マクレーン家はアレイスターが稀代の魔術師だと気が付いていた。

魔術と科学。それと運命。

それらを知っていれば、世界の真実に気が付かないはずがないのだ。

 

「……真守ちゃんの考えている通りよ」

 

アシュリンはゆっくりと言葉を紡ぎ、真守を見た。

 

「わたくしたちは、真守ちゃんという存在によって科学と魔術の関係性に気が付いていた。そもそも統括理事長が稀代の魔術師だと予測していたから、魔術を基盤に科学を積み上げた可能性も考慮していたわ」

 

アシュリンはそっと目を伏せると、寂しそうに笑う。

 

「色々と隠し事をしていてごめんなさいね。……あなたには本当に隠し事をしてばかり。ケルトのことも、あなたには伝えることができないから」

 

真守はふるふると首を横に振ると、申し訳なさそうにしているアシュリンを見た。

 

「伯母さまたちは私のことをすごく考えてくれてる」

 

朝槻真守はケルトの民が求めた永遠だった。

永遠にケルトの民の教えを守り、後世にまで滅びることなくケルトの教えを守り抜く存在を、滅亡が定められているケルトの民は望んでいた。

だが真守は、運命によってその在り方を曲げられた。

だからこそマクレーン家は、悲しい出自になってしまった真守のことを本当に心配していて、大切にしようとしている。

 

「全部を話さなかったのは私のためだ。……それに、伯母さまたちは一度だって私に嘘を吐いたことはないもの」

 

真守はアシュリンを見て、柔らかく微笑む。

 

「嘘を吐いたとしても、それは私のことを守るための嘘だ。だから大丈夫」

 

朝槻真守は父親によって学園都市に捨てられた。

だから何も知らなかった。

実は自分には科学と双璧を持つ魔術の大家が身内にいることも、自分がその一族の望んだ子供だったという事も。運命に翻弄される定めを受けていた事も、全て真守は知らなかった。

 

真守に課せられた運命、真実。それを突然親族だと現れたマクレーン家が全てを包み隠さず話すのは無理だ。絶対に真守は、受け止めきれない。

何より真守は科学サイドに流れ着いた事で別の運命にも絡め取られていた。

だから簡単に全てを話せる事ではなかったのだ。

 

「私はバカじゃない。だから伯母さまが私のことを本当に大切に想ってくれているのは分かってる。私のことで気に病むことなんて何一つない」

 

真守は伯母であるアシュリンの気遣いを一心に感じて、ふにゃっと笑う。

そして目の前に座っているアシュリンの手を緩く握って、身を大きく乗り出して自分の頬に持ってきた。

 

「伯母さま、私のコトを大切に想ってくれてありがとう。私はそれだけで幸せだ」

 

アシュリンは微笑むと、真守のことを愛おしげに優しく抱きしめる。

 

「愛してるわ、真守ちゃん」

 

「私も伯母さまのこと、大切に想ってるぞ」

 

真守はふにゃっと笑って、自分よりも少しだけ小さいアシュリンのことを抱きしめる。

色んな事がありすぎて、ゆっくりと話ができなかった。

それに真守とマクレーン家は科学と魔術という対極に所属している。

そのため必要以上の接触は推奨されていなかった。

 

「今もゆっくり話すことはできないけど。コロンゾンを打倒したら、いっぱい喋ろう。伯母さま」

 

「そうね、あなたに伝えたいことはたくさんあるのよ」

 

真守はにこにこと笑って、アシュリンを見つめる。

遺伝子的には母娘に相当する真守とアシュリン。

よく似た二人。その二人を、垣根はそっと見守っていた。

そして馬車は真守たちに全く揺れを感じさせずに進み続けた。

 



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第一二七話:〈最愛少女〉を永遠に託す

第一二七話、投稿します。
次は九月一四日木曜日です。


引き続き、真守は伯母のアシュリンと垣根と共に馬車でロンドンを目指していた。

真守は周りの景色が少し変わってきたことに気が付いて、きょとっと目を見開く。

 

「何だろう、アレ」 

 

真守が呟くと、垣根もそちらに目を向ける。

真守たちは現在、カンタベリーの街の近くを走っていた。

カンタベリー周辺は広大な牧草地が広がっている。その牧草地には干し草の壁によって造られたバリケードが、不規則に並べられていた。

 

しかもぽつぽつと松明の輝きが浮かび上がっている。

一部では牧草地がわざと押し倒され、ミステリーサークルのようなものが浮かび上がっていた。

土地が限られている日本の学園都市では絶対にお目にかかれない光景だ。

 

「干し草のバリケードはロンドンを中心としてるんだな。お空から見たら年輪に見えそう」

 

真守が興味深そうにしていると、同じように外を見ていたアシュリンが口を開いた。

 

「イングランド──ロンディニウム大要塞。ドーバー海峡からロンドンへの侵攻を抑えるために築き上げられた防衛線よ」

 

超能力者(レベル5)から絶対能力者(レベル6)、そして『流行』へと至った朝槻真守。

真守は平面から見ただけで空から見た干し草のバリケードの様子を思い浮かべながら、アシュリンに向けてこてっと首を傾げる。

 

「干し草で作られたような壁が、魔術として起動するのか?」

 

「ええ。草の壁を越えようとした侵入者は油で絡めとられ、罪人殺しに最適な炎の壁によって焼き殺される。あれをどうにか魔術的飛行で越えようとしても、『トマス=ベケットの血の奇蹟』を再現した高圧放水で撃墜される。完璧(笑)な布陣ね」

 

「おお……伯母さま、鼻で嗤って辛らつ。でもその評価でもしょうがないよなあ」

 

真守は鼻で嗤うアシュリンから目を逸らして、馬車から上空を見上げる。

 

「魔術由来の技術ならば、確かに迎撃術式で撃ち落とされる。でも純粋な科学技術で空を飛行すれば、迎撃魔術には引っかからないからな」

 

近代の魔術師は迎撃術式が存在するため、空を飛べない。そのためイギリスの魔女たちは地面や海面のスレスレを飛行したり対策を練って飛行している。

だが迎撃術式とは、あくまで飛行魔術に対するカウンターだ。

そのため科学技術由来の飛行物体には反応しないのだ。

 

近代魔術を築き上げたアレイスターは、近代魔術の脆弱性を知っている。

だからアレイスターはロンドンに向かう手段として気球を選んだ。

優雅にぷかぷか遊覧的に飛行するのは、ある意味皮肉のようなものでもある。

 

「上条たちは少し危なっかしいけど……何はともあれ、みんなそれぞれでロンドンへの移動方法を獲得できてて良かった」

 

ちなみにいま真守たちが通過したカンタベリーにはカンタベリー大聖堂という、イギリス清教の総本山がある。だがアレイスターはカンタベリー大聖堂には、大悪魔コロンゾンにとって重要なものはそれほど隠されていないという考えだ。

 

誰もが思い浮かべるイギリス清教の本拠地に大事なものを溜め込んでいては、大聖堂を落とされた時に全てが終わってしまう。そもそもコロンゾンは自分が大悪魔だと分かる代物をイギリス清教の総本山に置いておかないだろう。

最大主教(アークビショップ)が実は大悪魔だったなんて、誰にも知られてはならないからだ。

 

だからこそアレイスターはカンタベリーではなく、イギリスの中心地であるロンドンに向かおうとしている。真守たちはもともと英国女王がいるであろうバッキンガム宮殿が到達点だ。だからこそ別ルートだが、それでも行き着く先は一緒である。

 

馬車は魔術に引っかからない正規の順路に則って、進んでいく。

防衛網に重鎮や味方が引っかかったら意味がない。そのため馬車を引いている鉄製の馬には、最初から正規の順路を進むように魔術がかけられているのだ。

 

馬車はどんどんと進んでいき、真守は進行方向を見つめて怪訝な表情をした。

ロンドンが、オーロラのような光に守られているのだ。

 

「三重四色の最結界。あれが、ロンドンを守る最終防衛ラインよ」

 

真守はアシュリンに優しく教えられて、小さく頷く。

 

連合王国は三つの派閥と四つの地域が複雑に重なりある、特異な毛色を持った領域だ。

だからこそ全く同じ場所にそれぞれの特色に合わせた結界を配置すると、互いに干渉を起こして絶えず変化する巨大迷宮ができあがるのだ。

 

それが三重四色の最結界。

本当の意味でロンドンを守る、最後の砦だ。

真守はアシュリンの説明を聞いて、オーロラのように輝く壁を見つめる。

 

「あれって不規則に動いてるから、下手に触ったら引きずり込まれてその先で動いた壁に挟まれそうだ。それが狙いなの、伯母さま?」

 

ロンドンを守る結界を見て、即座にその性質を看破する真守。

そんな真守を見て、アシュリンはよくできましたと言わんばかりに微笑む。

 

「遠目で見ただけで理解できるなんて。素晴らしいわ、真守ちゃん」

 

真守はアシュリンに褒めてもらえて、嬉しそうにちょっと胸を張る。

 

「私は垣根によって、アレイスターに課せられた枷を全て解いてもらったからな」

 

朝槻真守は、永遠を体現する神さまになれるような素質を全て兼ねそろえて生まれてきた。

どこまでも人の枠組みを超える事無く、進化し続けることができる存在として生まれた。

アレイスターはどこまでも進化する真守を絶対能力者(レベル6)に加工して打ち止める事によって、『計画(プラン)』を崩されることく真守を利用できるように調整していた。

 

だが真守は垣根帝督によって、アレイスターの全ての枷から解き放たれた。

その結果、朝槻真守はコロンゾンやエイワスと同等の力であり、全く異なる『流行』という力を得るまでに至ったのだ。

 

位相同士がぶつかる事によって生まれる運命に翻弄された結果、朝槻真守はケルトの民として認められなくなってしまった。

だがそれでも『流行』という在り方はケルトの民が望んだ永遠不変の存在であり、その時代に適応しながらもケルトの教えを後世に残す存在に他ならない。

 

真守は三重四色の最結界を見つめながら、鋭く目を細める。

 

「私は垣根に学園都市から解放してもらったからな。少し探れば、魔術の法則が理解できる。根っこの部分では科学の法則と仕組みが一緒だからな」

 

真守は頭の中で魔術を精査しつつも、顔をしかめる。

 

「でもイギリスって本当に魔術が多いんだな。さっきから得体のしれない法則を片っ端から感じちゃって、心が休まらない」

 

朝槻真守はその在り方故に物理法則だけではなく、他の位相の法則──つまり魔術でさえ、正確に理解する事ができるようになった。

 

その機能を獲得してから、日が浅い。

そのため周りに存在する様々な法則をいっぺんに感じ取ってしまうのだ。

しかも全ての法則が理解できるものだから、情報過多で疲弊してしまうのだ。

垣根は真守がそれなりに疲れていることを理解して、優しく声を掛ける。

 

「大丈夫か、真守」

 

「うん。問題ない」

 

真守はふにゃっと笑うが、垣根は真守の頬に手を添えた。

 

「お前は体調崩してから間髪入れずにイギリスに来てるんだ。辛いならちゃんと言え」

 

「そうよ、真守ちゃん。わたくしたちは真守ちゃんの体調が一番なんだから」

 

真守は垣根とアシュリンに心配されて、ふふっと笑う。

 

「大丈夫だぞ。目まぐるしいといっても違和感があるくらいだからな。それにあの結界はとても綺麗だからすぐに仕組みが理解できる」

 

真守は元々あらゆる流れを汲み取る事ができた。だからこそ『流行』を冠するに至ったのだが、それに加えて真守が保有する演算能力は『樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)』に匹敵する。

 

そして今の真守は演算に基づいた『予測』ができる。だからこそきちんとした法則に則って不規則に蠢く三重四色の最結界の動きを、完全に網羅する事ができるのだ。

 

「三重四色それぞれの法則に適当に数字を当てはめて数式を構築して数値化すれば、干渉に起こる不規則を予測するくらい、私にはどうって事ない」

 

真守は少し黙って、頭の中で三重四色の結界の仕組みの解析することに集中する。

そんな真守の隣で、垣根はカブトムシのネットワークに接続した。

 

上条たちを見守っているトンボと違い、垣根はカブトムシたちを先にロンドンに向かわせていた。だが三重四色の最結界に阻まれてしまっているのだ。

 

カブトムシたちに、垣根は三重四色の最結界に体当たりさせてパラメータを取得させていた。

垣根はそのパラメータを基に、カブトムシのたぐい稀なる演算能力を駆使して三重四色の結界が織り成す巨大迷宮の全貌を解明させていたのだ。

 

朝槻真守は魔術科学問わず、全てを自らの頭脳で網羅する事ができる。

垣根帝督はカブトムシのネットワークと自らの能力を駆使すれば、真守と同じ世界を見ることができるのだ。

 

「真守」

 

「ん?」

 

真守は垣根に呼ばれて、自分を真剣な瞳で見つめてくる垣根を見上げた。

 

「お前の見ている世界は、お前が教えてくれた『無限の創造性』で理解できる」

 

真守は垣根の言葉に目を見開く。

垣根帝督は一方通行(アクセラレータ)と同じく、朝槻真守と同じ領域に立つことができる。

その方法を──『無限の創造性』を、真守は既に垣根に教えていた。

 

「あの結界はいまカブトムシ(端末)に調べさせてる。お前が自分の頭で完結してできる事を、俺はカブトムシ(端末)を使えばできるんだ」

 

垣根帝督は実は真守の横にちょこんっと座っていたカブトムシに目を向ける。

以前『グレムリン』の正規メンバーのトールは、垣根帝督に対して朝槻真守と同じステージへと至らなくていいのかと聞いてきた。

 

そんな事は必要ないのだ。

何故なら垣根帝督は絶対能力者(レベル6)へと至らなくても、絶対能力者と同じ万能性を獲得できる。

『無限の創造性』で、真守と同じ世界を見ることができるのだ。

 

「お前の事を、俺は絶対に一人にしない」

 

真守は垣根の言葉に目を見開くと、ふにゃっと微笑んだ。

朝槻真守がどんな存在になったとしても、垣根帝督は『無限の創造性』によって、唯一朝槻真守の隣に立っていられるのだ。

だから朝槻真守は、垣根帝督がいつまでもそばにいてくれるから絶対に一人ぼっちにはならない。孤独な世界を見る事もない。

 

垣根帝督は朝槻真守を一人にしたくないと思った。だからずっとそばにいようと決めた。

何があってもそばにいる。その約束を絶対に破らない。

 

垣根が決意を込めた瞳で伝えてくれるのが、真守は本当に嬉しかった。

垣根は安堵の笑みを浮かべる真守の手を握ると、アシュリンを見た。

 

「だから心配なんてしなくていい。真守のそばには俺がずっと、いつまでもいる」

 

朝槻真守はケルトの民が求めた『永遠』を手にした。

だが『永遠』とは孤独なものだ。

そのためケルトの民は真守といつまでも共にあろうという心意気だが、血族以外にも真守のことを大切にしてくれる人がいるのは幸運なことだ。

 

「真守ちゃんを、よろしくお願いします」

 

アシュリンは垣根にゆっくりと頭を下げて、真守を確かに託す。

 

「えへへ」

 

真守は本当に嬉しくて、ふにゃふにゃと笑いながら垣根に身をすり寄せる。

真守が本当にいい人に出会えたのが嬉しくて、アシュリンは目を細めた。

 

アシュリンの半身である双子の妹のアメリアは、真守を産んですぐに亡くなった。

アシュリンはアメリアが本当の意味で幸せだとは思えなかった。だからこそ尚更、アシュリンは真守に幸せになって欲しいと思うのだ。

 

最初、真守の身辺調査をした時。学園都市の暗部に所属する垣根帝督がそばにいることを、アシュリンは本当に警戒していた。

 

だが大覇星祭の時。実際に会って、アシュリンは垣根帝督が真守のことを本当に大切にしているのを理解した。

そして真守が、垣根のことを深城と同じくらいに心の拠りどころとしているのだと分かった。

だから見守ることにしたのだ。

無理に引き離さなくて本当に良かったと、アシュリンは思う。

 

「なんだかちょっと恥ずかしいけど、すごくうれしい」

 

真守は幸せそうにふにゃっと笑う。

そして、垣根にすり寄って、アシュリンへと笑顔を見せる。

 

「一人じゃないぞ、伯母さま。だから大丈夫」

 

「……ええ、そうね。本当に良かったわ、真守ちゃん」

 

アシュリンは自分の半身が産んだかけがえのない姪を見つめて、柔らかく微笑む。

 

「あなたが幸せでいられることが、わたくしの幸せよ。……絶対に、自分の幸せを手放してはダメ。ずっと幸せでいて、真守ちゃん」

 

「ふふ。幸せでいられることの努力は怠らないぞ、大丈夫」

 

アシュリンは自分の姪が幸せにしているのが嬉しくて、目を細める。

真守のためにも世界のためにも、そして自分たちマクレーン家のためにも。

できることをしようと思って、アシュリンは外を見た。

 



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第一二八話:〈英国首都〉にいよいよ到達

第一二八話、投稿します。
次は九月一八日月曜日です。


ロンドンの最終防衛である、三重四色の最結界。

朝槻真守と垣根帝督は、それぞれの方法で三重四色の最結界の解析をしていた。

 

解析を先に済ませたのは、真守だった。

 

もうすぐ三重四色の最結界を目前にしている馬車の中で、真守は小さく伸びをする。

そして、肩に乗っていたトンボへと真守は意識を向ける。

 

一方通行(アクセラレータ)は真守が全ての人間の行動を保障する理由はないと言っていた。

だがやっぱり、別行動をしている上条たちが心配なのだ。

 

だから真守は、彼らを見守っているトンボのネットワークに接続した。

 

変わらずに気球で移動しているはずのアレイスターに、意識を向ける。

すると、真守は声を上げた。

 

「あ」

 

垣根は胡乱げな瞳でカブトムシのネットワークに干渉して、結界の解析をしていた。

だが真守が声を上げたので、真守に目を向けた。

 

「どうした?」

 

「アレイスターが上条のコトを囮に使ったんだ」

 

真守は上条たちを見守ってくれている肩に乗せたトンボの頭を、労いを込めて優しく撫でる。

するとカブトムシがちょっとうらやましそうにしていたため、真守はカブトムシの頭も撫でる。

 

自分の端末を、真守は大層かわいがっている。

それを垣根帝督はちょっと不機嫌に感じながらも、自分もトンボのネットワークに接続した。

 

アレイスターは馬車で移動している真守たちとは別口で、上条当麻たちと共に気球に乗ってロンドンを目指していた。

 

気球は順調にロンドンへと近付いており、イングランド──ロンディニウム大要塞、第三城壁を通過した。そこで、アレイスターは上条のことを高電圧のスタンガンで昏倒させたのだ。

 

上条は気絶して、その拍子に分厚い紙を重ねて強度を確保した気球の籠の手すりから滑り落ちる。そして、干し草のロールに頭から突き刺さった。

 

侵入者を検知して、途端に集まる『騎士派』の人間。

上条が『騎士派』に捕らえられる中、アレイスターたちは優雅に気球でぷかぷか浮いていた。

 

真守はトンボのネットワークに接続できないアシュリンへ現状説明をする。

 

「伯母さま。どうやらアレイスターは上条をわざと『騎士派』に捕まえさせて、ロンドンへ移送させて上条の後を辿るつもりらしい」

 

アシュリンはアレイスターの思惑を聞いて、端正な眉を歪める。

 

「三重四色の最結界は複雑な構造のまま、絶えず変化する結界よ。上条くんをロンドンまで移送するために『騎士派』が使った道はすぐに閉じてしまうわ。もちろん、わたくしたちがロンドンへと向かう道も、入ってしまえばすぐに閉じてしまうでしょう」

 

「そうだよな。解析したところ、三重四色の結界は誰かの後に続けばロンドンに侵入できないハズなんだ。……しょうがないからアレイスターに三重四色の最結界の解析結果を送ろう。帝察さんが道案内すれば、アレイスターたちも安全にロンドンへと入れるだろう。帝察さん、お願い」

 

『了解しました』

 

真守はトンボに情報を送ってもらいながら、思案顔をする。

 

「……とはいっても、もう上条は『騎士派』に捕まっちゃった後だから……大丈夫かな……」

 

真守がむっと口を尖らせていると、アシュリンは上品に自らの顎に人差し指を沿える。

 

「上条くんは重要参考人として処刑(ロンドン)塔に放り込まれるはずよ。処刑塔は魔術を使った拷問……もとい、尋問をして情報を引き出すから。……でも、上条くんはロンドンに繋がりがある子だし……あんまり手荒には扱われないはずよ」

 

真守はアシュリンの真っ当な推測を聞いて、顔をしかめる。

 

「でも処刑塔の尋問要員ってだいたい『必要悪の教会(ネセサリウス)』の領分だろ。……いるんだよなあ、上条に風当たりの強い人間が一人」

 

『必要悪の教会』の一員である、ルーン魔術を使うステイル=マグヌス。

彼は上条に容赦がない。インデックスのことを本当に大切に想っているステイルは、おそらくインデックスを放っておいて処刑塔に連行された上条当麻に憤るはずだ。

 

実際には上条当麻はインデックスと途中まで行動していて、アレイスターの策略で上条は分断されてしまったのだが。そんな事情、当然としてステイルは知らない。

 

「上条って運がない不幸男だから、ステイルが担当官になりそう……」

 

自分の仕事には絶対に手を抜かないステイル=マグヌス。

真守は静かにキレながらも粛々と尋問(拷問)を始める彼を思い浮かべて、上条のことを心配する。

 

「上条は義理堅いところがあるからな……たぶんアレイスターの情報を漏らさないだろうし、長期戦になりそう……」

 

「あらあら。その間にクロウリーズ・ハザードはロンドンに責めてきそうね」

 

アシュリンは軽やかに笑う。

 

「三重四色の最結界を越えてロンドンに着いたら、上条くんに手荒なことをしないように使いを送りましょう。ステイルはわたくしのことを無視できないはずよ」

 

アシュリンはイギリス側の人間だ。しかも多大なる権力を持っている。

必要悪の教会(ネセサリウス)』はイギリス清教でも特殊な立ち位置だが、アシュリンが『お願い』をすれば動かざるを得ないのである。

 

「三重四色の最結界は処刑(ロンドン)塔を中心として展開されているわ。クロウリーズ・ハザードが襲撃してきて処刑塔も混乱するだろうし。……もしかしたらその混乱に乗じてうっかり上条くんが結界の核に触ってしまって、結界が解けるかもね」

 

大変楽しそうに笑うアシュリンを見て、真守は固まる。

 

「え。三重四色の最結界はロンドンを守る最後の砦だろ。上条が幻想殺し(イマジンブレイカー)で打ち消しちゃったら、イギリスにとってかなりの痛手でなんじゃ……」

 

ロンドンの最終防衛の結界である三重四色の最結界はとても重要な結界だ。

それを、幻想殺し(イマジンブレイカー)で壊されるのはとても良い事ではない。

真守が心配してアシュリンを見ると、アシュリンはにこっと余裕の笑みを見せる。

 

「大丈夫よ。打ち消されたとしても三重四色の最結界は土地の特色によって成り立っているものだから。すぐに修正は利くわ」

 

アシュリンは柔らかく微笑むと、笑ったまま冷たい目を見せる。

 

「そもそも三重四色の最結界にもローラが何かを仕込んでいるかもしれないわ。それなら、完膚なきまでに壊した方がいい。修理する際にケルトの民だけが使える裏道でも構築しちゃおうかしら」

 

ほくそ笑むアシュリン。

そんなアシュリンを見て、真守は垣根の袖をくいっと引っ張りながら遠い目をした。

 

「なあ、垣根。やっぱり私の実家って、策士でお金も地位も名誉もあって最強だと思う」

 

「だから何度も言ってるだろ。お前がいる時点で最凶だよ」

 

科学の結晶である朝槻真守。

そんな真守と血が繋がっていることが証明されているケルトの民であり歴史が深いマクレーン家。

 

科学と魔術に分断されている現状、どちらの力も持っているマクレーン家は本当に最強で最凶だ。

 

真守はてんこ盛りすぎるマクレーン家の最強さに遠い目をしていたが、少し眉をひそめた。

ぎしり、と胸に違和感を覚えたのだ。

 

「真守。どうした?」

 

垣根は真守が体を小さく揺らしただけでも即座に異変に気が付き、真守を見る。

垣根帝督には分かる。どこからどう見ても、真守は胸に違和感を覚えている。

しかも心なしかちょっと顔色が悪くなっている。

 

「真守。俺に寄り掛かれ」

 

垣根は真守の腰を抱き寄せて、自分にもたれかからせる。

 

「真守ちゃん、大丈夫?」

 

アシュリンは少し具合が悪そうにしている真守を見つめて、眉を八の字に曲げる。

その表情は不安そうな顔をする時の自分そっくりだ。

真守はふふっと小さく笑い、自分の胸を押さえながら微笑む。

 

「大丈夫、ちょっと胸が疼いただけ」

 

ちょっとと真守は言ったが、胸が軋むたびに確かな痛みが体に走る。

真守が強がっていることを見抜きながらも、アシュリンは特に追求せずに馬車の外に目を向けた。

馬車から見える景色は、オーロラ色に輝く壁がすぐ近くに迫っている。

真守たちが乗る馬車は、つい先ほど三重四色の最結界内部に入っていた。

 

「いま丁度、三重四色の最結界の中でも内側に入ったところだわ。真守ちゃんはすでに結界の解析を終えているのよね?」

 

「うん、もう終わってる。だから三重四色の最結界で具合が悪くなってるんじゃない。……コロンゾンの気配が濃いからだ。そのせいでコロンゾンに傷をつけられた胸が疼く」

 

「ロンドンの空気が真守ちゃんに合わないのね。……やっぱり、コロンゾンはカンタベリー大聖堂ではなくロンドンを根城にしているようね」

 

真守はアシュリンの言葉に頷く。

朝槻真守は大悪魔コロンゾンによって、胸に『拡散』を穿たれた。

真守が『流行』へと至っていたからこそ無事だったが、『拡散』は未だに真守の胸に影響を残している。

 

ロンドンに近付けば、真守の胸に残されたコロンゾンの『拡散』が疼く。

それはつまり、ロンドンは既にコロンゾンの魔の手に落ちているという事だ。

 

インデックスや府蘭は、コロンゾンに乗っ取られていた。

おそらくロンドンに近付けば、彼女たちも何かしら感じるだろう。

アシュリンは顔をそっと歪めて、真守の様子を伺う。

 

「真守ちゃん。このままロンドン入りをして、本当に大丈夫?」

 

「大丈夫だぞ、伯母さま。私もロンドンに行く」

 

真守は柔らかく微笑むと、自分に肩を貸してくれている垣根にすり寄る。

 

「それに二人ならよく知ってるだろ。ここで私をないがしろにしたら、好き勝手にロンドンに飛んで行って暴れてやるからな」

 

垣根は笑って告げる真守を見て、顔をしかめる。

 

「そういう脅しの言葉を口にするな、このバカ」

 

「あてっ」

 

真守は垣根にこつんっと、軽くおでこを叩かれて声を上げる。

アシュリンは涙目になる真守を見て、くすりと笑う。

 

「確かにこの状態で真守ちゃんを置いて行ったら何しでかすか分からないわね。真守ちゃんはじゃじゃ馬だから」

 

「むう。伯母さまに言われるとちょっとかなしい……」

 

真守がムーッと口を尖らせると、垣根は真守に白い目を向ける。

 

「悲しいならじゃじゃ馬らしい態度取るんじゃねえよ、分かったな?」

 

「気を付ける……」

 

真守がぼそぼそ呟くと、アシュリンは軽やかに笑った。

 

「これから行くバッキンガム宮殿は『王室派』が管理しているから、コロンゾンの影響力は少ないはずよ。ロンドン内を彷徨い歩くよりも真守ちゃんにとってはいいんじゃないのかしら」

 

垣根はアシュリンの言葉に頷く。

 

「そうだな。あそこは曲がりなりにも英国のトップがいる場所だ。おそらくロンドン内で一番安心だろう」

 

真守は垣根にすり寄りながら、オーロラの壁で守られているロンドンをそっと見つめる。

 

「……コロンゾンの気配がロンドンを覆ってる。もしかしたらロンドンにいる人たちを操るための何かがあるのかもしれない」

 

垣根は不安を少し感じている真守の頬に、そっと触れる。

 

「真守。本当に大丈夫か?」

 

「大丈夫だぞ、垣根。──アレイスターが言うには、コロンゾンは髪束で即席の陣を組み上げて学園都市の子たちの思考を汚染していたみたいだし、コロンゾンの手が簡単に伸びるロンドンなら間違いなく人を操れるだろう。だから、ロンドンの人たちを守らなければ」

 

アシュリンは真守を心配そうに見つめながらため息を吐く。

 

「まったく。大悪魔なんてものがイギリスに巣を作っていたとは考えもしなかったわ」

 

頭の痛い話にアシュリンが呆れていると、垣根が肩をすくめた。

 

「しかもイギリス清教の最大主教(アークビショップ)なんて地位についてやがるしな。悪魔なんて明らかに十字教の敵だ、皮肉にもほどがあんだろ」

 

アシュリンと垣根の話している姿を見て、真守は一つ息を吐く。

 

「最初すごく違和感があったけど、慣れてきた。だから段々大丈夫になると思う」

 

真守は心配している二人に笑いかけると、アシュリンを見つめた。

 

「伯母さまたちが学園都市に来てくれて良かった。伯母さまたちがコロンゾンを直に見たコトで、ローラ=スチュアートがコロンゾンだって証明できる。伯母さまやお祖父さまの言葉なら、英国女王も聞いてくれるし」

 

「あら。もしわたくしたちが学園都市に避難していなくとも、真守ちゃんがローラの正体がコロンゾンだと教えてくれたならば、絶対にわたくしたちは信用したわよ?」

 

アシュリンが柔らかく微笑むと、真守もふにゃっと微笑んだ。

 

「うん、分かってるぞ。でも手間暇の問題を考えれば、伯母さまたちが直接見た方が良かった」

 

真守がローラ=スチュアートは大悪魔コロンゾンなのだ、と言えばアシュリンたちはすぐに信じてくれる。

何故ならアシュリンたちは真守を信じているから。

そして真守がわざとイギリス清教を混乱させたいと思っていないと分かっているからだ。

 

それに十字教三大派閥の一つであるイギリス清教には、真守の友人が多く所属している。

アシュリンたちは友人のために動く真守が彼らの居場所を奪うようなことは、科学サイドの象徴であっても絶対にしないと分かっている。

 

だがその場合、真守がアシュリンたちに説明をして、そのアシュリンたちが英国女王に説明するという手間暇が発生してしまう。

 

しかもマクレーン家はウェールズの辺境に住んでいる。ウェールズに行ってロンドンに行くというのは、あまりにも時間がかかりすぎる。

 

「頑張ってコロンゾンからイギリスを守ろう」

 

真守はアシュリンを見て柔らかく微笑む。

 

「だってイギリスは伯母さまたちが住む素敵な国だから。……それに、お母さまが眠る地だから」

 

真守の母、アメリア=マクレーンはイギリスではなく異国の地で亡くなったが、アシュリンたちが遺体を回収してウェールズの地に墓を建てたのだ。

アメリアはケルトから出奔した事実があるので、秘密裏に墓を建てられている。

それでも母が眠る地なのだ。

絶対にコロンゾンに侵させたくない。

 

「ええ、そうね。──結界を抜けるわ、ロンドン市内を通ってそのままバッキンガム宮殿へと向かいましょう」

 

アシュリンはオーロラの壁を超えてロンドン市内へと入った馬車の窓から眺める。

 

「ようこそ、霧と魔術と繁栄の都へ。コロンゾンの魔の根が根付く、侵されたロンドンに」

 



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第一二九話:〈重鎮会合〉と守るために

第一二九話、投稿します。
次は九月二一日木曜日です。


バッキンガム宮殿。英国女王の住まう宮殿。

馬車から降りた真守たちは近衛侍女に案内されて、絢爛豪華な調度品に囲まれたとある一室へと通された。

 

『王室派』のトップが、議会の人間の意見を聞くことなく方針を決める時に使われる部屋だ。

真守は知らないが、実はブリテン・ザ・ハロウィンの時に上条当麻、インデックスが通された一室でもあった。

 

アシュリンは部屋に入ると、渋い顔で座っている英国女王に笑いかける。

 

「ごきげんよう、英国女王。あらあら、また暴れていらしたのですか?」

 

英国女王は完全にむくれた顔で、体に縄を巻かれてお縄頂戴にされていた。

英国が危機に瀕しているため、前線に出ようとした結果、部下に押さえつけられたのだ。

縄でぐるんぐるんに巻かれた英国女王を見て、アシュリンはくすくすと笑う。

 

「真守ちゃんの前では、はしたなく暴れないでくださいね?」

 

アシュリンはにこやかに微笑むと、英国女王の縄を解く。

科学サイドの代表的な存在である真守の前で、英国を取りまとめる女王がお縄になっているとはあまりよくない状態だからだ。

アシュリンは縄を受け取りに来た近衛侍女に指示をする。

 

「最高級の紅茶を。学園都市の子供だと侮って皮肉(笑)でグレードを落とすと、わたくしが首を飛ばすわよ」

 

柔らかに圧を掛けるアシュリン。

そんなアシュリンの隣で、真守は苦笑しながら前に出る。

 

「魔神オティヌスの処遇を決める国連会議では色々と立て込んでいたから込み入った話ができなかったケド。超能力者(レベル5)第一位、朝槻真守だ。よろしくな、英国女王(クイーンレグナント)

 

真守が柔らかく挨拶をすると、その隣に来た垣根が挨拶する。

 

超能力者(レベル5)第一位、第三位。垣根帝督だ」

 

魔神オティヌスにより世界が一度終わり、再構成された後。

真守はオティヌスを救うために、世界を混乱に陥らせた魔神オティヌスに対抗するために結成された国際会議の場に現れた。

 

あの時、真守は祖父であるランドンに初めて会った。

少し懐かしい。真守がそう思っていると、英国女王はこほんっと咳をすると頷く。

 

「学園都市はやはり教育機関なのだな。丁寧な挨拶をしてくれて結構だ」

 

超能力者(レベル5)らしく、一切ひるむ事無く確かな品をまとっている真守と垣根。

そんな真守たちに感心していると、真守は小さく苦笑いする。

 

「垣根と違って私は独学だけどな」

 

あまり大きな声で言えないが、真守は高校からきちんと学校に通い出した。

その学校も平凡で特徴のない学校だ。そういう学校の方が初めて学校に通う真守には気楽だった。

だから真守はお嬢様が身に着けるような礼儀作法は教わっていない。

冥土帰し(ヘブンキャンセラー)のもとで入院してから、真守は独学で学んでいた。

 

垣根は苦笑する真守の手を、そっと握る。

 

「お前は元からかわいくて品があるから独学でも問題ねえよ」

 

「そういうものか?」

 

「そういうモンだ」

 

真守は垣根の言葉にくすっと笑うと、次に王女である二人に近づく。

 

「そちらは第一王女、リメエアさまと第三王女、ヴィリアンさまだな。ごきげんよう」

 

真守は英国女王とは別のソファに座っていたリメイアとヴィリアンに挨拶をする。

 

「ご丁寧にありがとうございます」

 

第三王女は柔らかく微笑み、気品あふれた様子で頷く。

第一王女は、真守のことをじっと見つめる。

 

「……本当にあなたはマクレーンの子なのね」

 

真守の容姿は、黒髪を銀髪にすればアシュリンとそっくりの顔つきだ。

エメラルドグリーンの瞳は同じ透き通った色だし、真守とアシュリンはどこからどう見ても母娘に見える。

実際、真守とアシュリンは遺伝子レベルで言えば母娘といっても差し支えない。

似ているのは当然だ。

 

「よろしくな、リメエアさま」

 

真守は柔らかく微笑むと、垣根と共にアシュリンの座っているソファに座る。

するとほどなくして、紅茶が運ばれてきた。

アフタヌーンティーではないが、軽食であるサンドイッチやスコーンも付いている。

真守は近衛侍女が気合いを入れて持ってきてくれた茶器や軽食にきらきらと目を輝かせる。

 

「おいしそう……! いまちょっと大変な時だケド、食べていいのかな? 伯母さまっ」

 

真守はアシュリンをきらきらとした瞳で見つめる。

 

「真守ちゃんと垣根くんのために用意させたんだもの。もちろん良いわよ」

 

アシュリンは微笑むと、紅茶を真守に勧める。

ミルクとお砂糖がたっぷりと入った紅茶。それを近衛侍女に指示して、アシュリンは真守に差し出す。

 

「異常事態が起きていても、英国の人間はお茶の時間を楽しむものよ」

 

「さすが紅茶の国だなあ。……っいただきますっ」

 

真守は感心すると、丁寧な仕草でくぴっと紅茶を飲む。

 

「おいしい」

 

ふわりととろけるような笑みを浮かべる真守。

その姿を見て、くすっと英国女王は笑った。

 

「イギリスが大変な事になってるとはいえ……そんな笑みを見せられたら、紅茶を寄越して良かったと思わせられるな。食べると良い」

 

「ありがとう、英国女王」

 

真守はちょっと恥ずかしそうに微笑みながら、スコーンに手を伸ばす。

丁寧に割ってクロテッドクリームをたっぷりつける。

すると真守は小さな口でぱくっとスコーンを口にした。

クロテッドクリームのじゅわっとした甘さ。それがとても美味しくて、真守は顔を緩める。

 

「おいしすぎて、上条に申し訳なくなってきた……っ」

 

おそらくツンツン頭の少年は処刑(ロンドン)塔に収容されて、ステイルに拷問を受けているだろう。

バッキンガムで紅茶を優雅に飲んでいるなんて知られたら、上条当麻に血涙を流されてしまう。

真守はそう思いながらも、ぱくっとスコーンを食べる。

にこにこと表情を弛緩させる真守。そんな真守を見て、英国女王は肩をすくめた。

 

「平時ならばもう少し堪能してもらいたいものだが、今はそうはいかない」

 

英国女王は言葉を零すと、真守の隣に座って優雅に紅茶を飲んでいたアシュリンに目を向けた。

 

「して、マクレーン。お前たちは国の危機を感じて、早々に見切りをつけて異界に引っ込んだのではなかったのか?」

 

「そう見せかけて、実は姪がいる学園都市に避難しておりましたの。大熱波やら学園都市の機能停止などが起きましたが、スリリングで楽しかったですわ」

 

英国女王は紅茶へと手を伸ばしながら呆れた顔をする。

 

「お前たちは好戦的だからな。身内を何よりも大事にするから、怒らせると昔から面倒だ」

 

ケルトの民は戦士の一族という側面も持っている。

ありていに言ってしまえば、喧嘩っ早いのだ。

その好戦的な様子を骨の髄まで理解している英国女王は眉をひそめる。

 

「マクレーンは英国や連合王国に属する国に対しての攻撃についてどこまで掴んでおるのだ?」

 

「アレイスター=クロウリー。その名を冠したクロウリーズ・ハザードが英国や関係諸国を攻撃していますのよ。彼はそう自称していました。……あ、今は彼女ですけど」

 

「は?」

 

英国女王は優雅に紅茶を飲んでいたが、アシュリンからもたらされた情報に声を上げる。

 

「ちょっと待て。アレイスターとはあのアレイスターか……?」

 

「はい。実は学園都市統括理事長の正体が稀代の魔術師、アレイスター=クロウリーだったのですよ。ちなみにわたくしたちマクレーン家は統括理事長の正体について、おおよその見当をつけていましたわ」

 

 

英国女王はアシュリンの暴露に目を剥く。

そんな英国女王が面白くて、アシュリンは軽やかに畳みかける。

 

「わたくしの姪である真守ちゃんは学園都市を変えるために、アレイスターに挑んだのです。そしてアレイスターの過去を知り、その上でアレイスターの行いを否定した。そして新しく始めようとした。そこに、イギリス清教の最大主教(アークビショップ)、ローラ=スチュアートが横やりを入れてきたのです」

 

「待て待て待て待てなんだって!?」

 

アシュリンは英国女王が慌てても、ふわりと微笑む。

 

「しかもローラ=スチュアートはアレイスターの娘の体を乗っ取っている大悪魔コロンゾンだったのです。コロンゾンは過去に『黄金』の最大派閥を率いていたサミュエル=リデル=マグレガー=メイザースに召喚されており、アレイスターの邪魔をするように命令されてまして」

 

「だからちょっと待て!! 情報量が多すぎ──」

 

「アレイスターはローラに攻撃されて肉体を失いましたが、その代わりに自身に秘められていた一〇億の可能性を解き放った。そのせいで無数のIFのアレイスターが湧き出し、大悪魔コロンゾンの息の根を止めようとイギリス関連に攻撃を仕掛けてきているのですわ」

 

絶句する英国女王。

真守と垣根は静かに紅茶を飲みながら同時に思う。

 

そりゃ何も知らない人がとんでも事実を聞かされたら固まるだろう、と。

 

英国女王は頭痛がしてきて頭に手を当てる。ちなみにヴィリアンは固まっており、リメエアはアシュリンの怒涛の情報を聞いて驚愕から顔をしかめていた。

英国女王は頭を押さえながら、アシュリンに事実確認をする。

 

「……統括理事長アレイスターというのは、本当に『黄金』のアレイスターだったのか?」

 

「はい。ウェールズでくたばったはずのアレイスターですよ」

 

「……お前の姪はアレイスターに挑んだのか?」

 

真守はスコーンを口にして表情を弛緩させていたが、英国女王に見つめられて頷く。

 

「そうだぞ。そろそろ学園都市と向き合う時だと考えたからな。学園都市の今のかたち。それでは、学園都市の子供たち全員が幸せになれない。だから戦うことにしたんだ」

 

「……そこに横槍を入れてきたのがローラ=スチュアートだと? アイツはいつ英国を出たのだ! しかも正体は大悪魔コロンゾン!? 本当なのか!?」

 

真守はサンドイッチをはむっと食べた後、呑み込んで頷く。

 

「事実だ。私は大悪魔コロンゾンの性質である『拡散』を打ち込まれたからな。なんとか立ち直ったけど、まだ本調子じゃない」

 

英国女王は真守の淡々とした言葉を聞いて、思わず頭を抱える。

 

もしかしたらマクレーン家が学園都市の中枢に食い込んでいる真守とグルになって、イギリスに混乱を巻き起こそうとしているのかもしれない。

 

だがそれなら、あの怪人共の集まり──クロウリーズ・ハザードをどうやって用意する?

 

というか、マクレーン家に英国と関連諸国を攻撃する理由はない。

そもそもマクレーン家は自分たちが危険になったら異界に引っ込む癖がある。つまりイギリスという国に執着がないのだ。

 

ケルトの掟と文化が全て。そんな彼らにとって、イギリス清教やイギリスとは自分たちの領域を侵さなければ好きにやっていて良い存在だ。

それに本当にマクレーン家が気に入らなければ、イギリス清教はとっくのとうに潰されている。

 

英国女王は思考が混乱しすぎてしまって、でたらめな推測を頭に思い浮かべてしまう。

アシュリンは本当の意味で頭を抱えている英国女王に微笑みかける。

 

「ふふ。頭が痛くなるような真実で判断が鈍るのは分かりますが、早急にやることがあるのではなくて?」

 

アシュリンに促されて、英国女王は顔を上げる。

 

「いますぐ最大主教の権限を凍結せよ! 『停止』ではなく『凍結』であれば、疑惑が解かれた時に何事もなかったかのようにしれっと解除すればよい! その場合なら文句もつけにくいであろう、角は立たん! そもそも何も言わずに消えたアイツが悪い!!」

 

英国女王は即座に声を上げ、配下を慌ただしく動かす。

アシュリンは紅茶のティーカップを持ったまま、柔らかく微笑む。

 

「あらあら良かったですわ。このまま英国女王が固まっていたらどうしましょうと思っていたの」

 

国のトップに立つ者として英断してくれて良かった、とアシュリンは笑う。

黙って聞いていた第一王女は、軽やかに笑うアシュリンへ目を向ける。

 

「アシュリン=マクレーン。間違いないのよね?」

 

リメエアは動き出す英国女王を見つめながら、アシュリンに念を押して問いかける。

 

「ええ。そもそもローラというのはコロンゾンが霊媒(アバター)として使っているアレイスター=クロウリーの娘という趣旨で、スチュアートとはメイザースが復活を願っていたスチュアート王朝の事ですから、その名前からも分かるかと」

 

「一体いつから……いいえ。最初からと考えるのが妥当よね」

 

「はい。ローラ=スチュアートが最大主教になった前からでしょうね」

 

にこりと微笑むアシュリン。そんなアシュリンへ早急に配下を動かした英国女王は見る。

 

「その大悪魔は今どこにおるのだ?」

 

「統括理事長アレイスター=クロウリーが学園都市の地にて、西旗の陣で封印しました。ですが、すぐにでも封印を破って這い出てくるでしょう。コロンゾンは自身の目的のためには容赦しない。ですからロンドンやイギリス連邦加盟国五三か国に自身という存在を張り巡らせているはずです」

 

英国女王はアシュリンの言葉を聞いて目を鋭くする。

 

「つまりクロウリーズ・ハザードが英国とイギリス連邦加盟国を攻撃しているのはコロンゾンの復活の手段を失くし、撲滅しようという事か?」

 

「ええ。どこからどこまでコロンゾンの手が入っているか分からない状況ですから、総攻撃になるのも致し方ありません」

 

英国女王はため息を吐く。

コロンゾンについての知識をもちろん英国女王は保有している。

 

三三三の数価、『拡散』という性質。

人々に混乱をもたらすからこそ、コロンゾンは悪魔と呼ばれている。

 

おそらくコロンゾンは最大主教の力を使って、分からないところで自分にとって不都合なものを排除してきたのだろう。

 

「まさか英国の力を好き勝手使われていようとは……考える事すら一度もしなかったな」

 

英国女王はそう呟くと、気持ちを入れ替える。

 

「学園都市の申し子よ。クロウリーズ・ハザードと話を付ける事はできるのか?」

 

英国女王は、学園都市の要である真守に問いかける。

真守はスコーンにクロテッドクリームを付けていたが、英国女王の質問に応える。

 

「アレイスターの目的はウェストミンスター寺院だけど、あれは腐っても全員アレイスターだからな。話は聞かないしやりたい放題すると思うぞ」

 

真守が淡々と告げると、英国女王は頭に手を当てた。

 

「英国王室の国儀を担うあそこを壊される事はあってはならんし、いやはやどうしたものか……」

 

英国女王が判断に困っていると、アシュリンが可愛らしく首を傾げた。

 

「というか英国女王。騎士団長(ナイトリーダー)はどこに行きましたの? すぐに『騎士派』のトップと情報共有をした方がよろしくて?」

 

「ドーバー海峡に一番近いロンドン市内を騎士派の部下と共に守っている。神裂火織も一緒だ」

 

真守とアシュリンは同時に、英国女王の言葉に目を瞬かせた。そして深刻な表情をする。

 

「それはおかしいだろ」

 

真守の言葉に、英国女王は眉をひそめた。

どうやら真守とアシュリンの違和感を英国女王は本気で理解していないらしい。

真守は紅茶に手を伸ばしながら、警戒した表情をする。

 

「……やっぱりコロンゾンは、既にロンドンに罠を張ってるんだな」

 

「どういう事だ?」

 

英国女王が問いかけると、真守は顔をしかめて告げる。

 

「だって神裂だぞ。かけがえのない仲間である天草式十字凄教がドーバー海峡でクロウリーズ・ハザードと戦っているのに、どうして一人でロンドンを守っているんだ? 本当なら、神裂は天草式十字凄教と肩を並べて戦ってるハズだろ?」

 

一同はその問いかけに固まった。その隣で、アシュリンが警戒を見せる。

 

「騎士団長もおかしいですわ。彼は『騎士派』の長として非常時は『王室派』のそばにいて指示を出し、何がなんでも『王室派』を守り抜かなければならないはず。なのにどうしてバッキンガム宮殿にいませんの?」

 

何かがズレている。

それが英国女王たち『王室派』には理解できなかった。

悟られないように認識をズラされていたからだ。

垣根帝督は警戒心をあらわにする。

 

「ヤツは学園都市に髪束落として即席の思考汚染の陣を作ってやがった。だったらロンドンにも人の思考をズラす何かを作っていてもおかしくねえ」

 

真守はスコーンをサクサク食べると立ち上がる。

そして窓からロンドン市内の方を見た。

 

「……多分、分かる。だから私は垣根とコロンゾンの思考汚染をなんとかしてくる。そうしなければロンドンの人たちはまともな思考ができない」

 

垣根は真守が立ち上がったので自分も立ち上がる。

 

「伯母さまはここにいて。英国女王のそばにいてほしい」

 

「……信じるわ、真守ちゃん。だから、必ず怪我をしないで帰ってきて」

 

真守はアシュリンに心配されて、頷く。

 

「約束する。必ずロンドンの人たちをコロンゾンから守ってみせる。もう誰にも悲しい思いをさせない。イギリスは私にとっても大事な場所だから」

 

「分かったわ」

 

アシュリンは頷くと、貴族としての顔を見せる。

 

「元々わたくしはマクレーンの使いで来たのよ。思考汚染などされている不出来な騎士団長の代わりに、わたくしが貴族の一端として宮殿を拠点に指示を出すわ。指揮系統の移譲を、英国女王」

 

「……すぐに手配しよう」

 

英国女王は頭が重いながらも、的確に指示を出す。

真守はふわりと笑って、アシュリンの手を握る。

 

「お願い、伯母さま」

 

「ええ、こちらは任せて。真守ちゃん」

 

真守は頷くと、英国女王を見た。

 

「英国女王は国のトップなんだから前に出て戦っちゃダメだぞ。いまの英国は、お前という英国女王がいればなんとかなるんだから」

 

「分かっておる。だからこうして前に出たいとしても大人しくてしてるんじゃないか」

 

英国女王はため息を吐く。

 

「マクレーンの傍系よ。ロンドンの事を頼んだぞ」

 

「うん。頼まれた」

 

真守は手を振ると、垣根と共にバッキングガム宮殿を後にした。

コロンゾンの支配から人々を解放するために。動き出した。

 



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第一三〇話:〈周囲探索〉で異常を知る

第一三○話、投稿します。
次は九月二五日月曜日です。


大悪魔コロンゾンはイギリス清教の最大主教(アークビショップ)として、イギリスと連合王国加盟国に自らの魔の手を張り巡らせていた。

何があっても自分が(つい)えないように。コロンゾンは自分という存在を世界に深く刻みつけていた。

 

そんな大悪魔コロンゾンが拠点としているロンドンは、コロンゾンの気配で満ちていた。

 

コロンゾンの気配が強すぎる。これではロンドンの人々に悪影響を与えていることは確かだ。

 

大熱波から解放された学園都市で、コロンゾンは人々の思考を汚染していた。

不和を生じさせて真守が垣根の力を借りて統治させた学園都市に混乱を巻き起こしていた。

 

ロンドンの人々も、コロンゾンによっておかしくさせられているのは明白だ。

だから真守は人々を守るために、垣根帝督と共にバッキンガム宮殿を出た。

垣根は宮殿から出ると、真守のことを手招きする。

 

「真守」

 

「ん、分かってる」

 

真守は短く返事すると、垣根に近寄ってお姫様抱っこしてもらう。

朝槻真守は大悪魔コロンゾンによって、その身に『拡散』を打ち込まれた。

いまは回復しているが、垣根帝督はできれば真守に能力を使ってほしくない。

その気持ちを真守も分かっている。だからこそ、大人しく垣根に近寄ったのだ。

 

「垣根は優しいな。ちょっと心配になるくらいに過保護だがな」

 

真守は垣根に抱き上げてもらいながら、ふふっと笑う。

 

「ちょっと器は小さいかもしれないケド、最近は私や林檎、深城だけじゃなくて。周りのひとのことも考えてくれるから。前よりもっと優しくなった」

 

「……器小せえって余計な一言だろ」

 

垣根は自分の腕の中でご機嫌にすり寄ってくる真守をちょっと睨む。

それでも真守のことを想って、垣根は目元を優しく弛緩させた。

 

優しい。その言葉は、垣根帝督にとって縁遠い言葉だったはずだ。

それでも真守は事あるごとに優しいと言ってくれる。真守だけじゃない。源白深城や杠林檎も優しいと言ってくれる。

 

悪党であった自分を救ってくれたのは、真守たちだ。

垣根帝督は救われたいなんて思った事が無かった。救いなんてこの世界にないと思っていた。

救いなんて、意味がないものだと思っていた。

 

だが救いとは明確に、どうやら存在するらしい。だから垣根帝督はイギリスまでやってきた。愛しくて誰よりも大切にしたい少女と共に、世界を守るためにやってきたのだ。

 

「……あんまり無茶するなよ」

 

「うんっ。ちゃんと分かってる」

 

真守はふにゃっと笑うと、垣根の腕の中で動いて垣根の頬にキスをする。

こんな状況だが、やっぱり垣根は真守が自分からキスをしてきてくれたのが嬉しい。

真守は自分のことを本当に大事にしてくれる垣根を見上げて、恥ずかしそうに笑った。

 

「危ないことはしない。垣根は心配性だからな」

 

「お前が無茶ばっかするのがいけないんだろ」

 

「深城はそんなに私のコトを心配しないぞ?」

 

「あいつは器がデカすぎんだよ」

 

垣根はため息をつきながら、未元物質(ダークマター)でできた三対六枚の翼を広げる。

そして、空へと躍り出た。

 

石やレンガ、コンクリートやアスファルト。昔から使われていた石材と、現代になってから生み出された科学技術の素材たち。それら新旧入り混じったロンドンの街並み。

一二月の冷たい霧が覆い隠すロンドンの夜の街を、垣根は真守と共に上空から見下ろした。

 

ロンドンの上空を空高く飛ぶことはできない。

 

何故なら(いま)だに、ロンドンには三重四色の結界が張られているからだ。

そのため垣根は高く上昇する事無く、建物と同じくらいの高さを飛ぶ。

 

垣根はロンドンを見渡すと、自身の手足であるカブトムシを呼んだ。

ロンドンは最結界によって守られているが、垣根と真守は既に最結界の解析を終えている。

そのため学園都市から垣根が連れて来たカブトムシとトンボをそれぞれロンドンに侵入させるのは、容易な事なのだ。

 

ぶーんっと飛んできたカブトムシは、真守の腕の中にすっぽり収まる。

 

『現在、個体を増殖させてロンドン市内に展開中です。完全に市内を網羅できるようになるまであと五分ほどで完了します』

 

「急げ。それとすでに展開した場所で妙な動きがあったら、優先して知らせろ」

 

『はい』

 

垣根はカブトムシに命令を出しながら、手ごろな屋根にトンッと降りる。

 

「真守、大丈夫か?」

 

垣根は真守の事を屋根に降ろしながら、問いかける。

 

「私は大丈夫だ。……問題はロンドンの方だ。やっぱりコロンゾンの気配が濃い。ロンドン中からヤツの気配がする」

 

真守は垣根の腕の中から降りて、屋根の上からロンドン市内を見渡す。

垣根はそんな真守の様子を見て、ちょっと安心する。

 

馬車の中で、真守はロンドンに近づくとコロンゾンに穿たれた一撃が疼いてしまっていた。

だがどうやら、ロンドンに蔓延するコロンゾンの気配に完璧に慣れたらしい。

真守のことをずっと見守っていた垣根帝督には分かる。

真守は安心している垣根の横で街を見渡して、少し微笑む。

 

「ここが、ロンドンか。私と縁が深い都市」

 

「そうだな。イギリスはお前の故郷だからな」

 

垣根は真守の頭を優しくぽんっと撫でる。

真守は垣根に頭を撫でられながら、決意を瞳に見せる。

 

「私が大事にするべき街だ。だから守らなくちゃいけない」

 

真守は垣根に寄り添いながら、辺りを見回す。

コロンゾンの気配が強い。だがやはり、その気配の濃さにも少しだけ濃度の違いがある。

 

「まずはコロンゾンがロンドンに置いた思考汚染の基を見つけないとな。魔術に関しては素人だけど、今の私にはたぶん辿ることができる」

 

真守は呟きながら、辺りを見回す。

 

「ロンドンの人々の思考を汚染している元凶。それを叩かなければ、神裂たちはいつまで経っても正常な判断をできない。早いところ処理しないと」

 

バッキンガム宮殿で聞いた限り、騎士団長と神裂は何かがおかしくなっている。

まるで、正義の軸を少しだけズラされているような。そんな違和感があるのだ。

真守は肉眼で辺りを見回して、周囲を探る。

すると、とある方向を見た瞬間。真守は自分の胸が少し軋んだのを感じた。

 

「帝兵さん」

 

真守はカブトムシを呼んで、自分が何かを感じた方に何があるか確認する。

 

「……神裂……?」

 

「何か気になったのか、真守」

 

真守が呟いたので、垣根は真守へと意識を向ける。

イギリス清教『必要悪の教会(ネセサリウス)』の所属、神裂火織。

彼女をカブトムシ越しに見た瞬間、ぎしりと真守の胸が疼いた。

 

「……垣根、ちょっと私と一緒に帝兵さんのネットの同じところ見て」

 

「分かった」

 

垣根は真守と共に、カブトムシのネットワークで神裂火織を捉える。

神裂火織は騎士派の騎士たちと共にいる。

そしてその中には、おそらく騎士団長と呼ばれる男もいた。

真守はカブトムシに肩に乗ってもらい、垣根に手を広げて近付く。

 

「コロンゾンがロンドンをおかしくしてる元凶を先に絶たないと、神裂や騎士団長と話しても意味がない」

 

思考が汚染されている。正義の軸がズラされている。

その状態では、ろくに会話などできない。だから真守は神裂たちと合流するよりも、コロンゾンの思考汚染の基を探していた。

 

「……悪魔とは人々に囁く者のことだ。人をそそのかし、誘導し、自らの在り方を体現しようとする。元から善性や悪性というものが存在しない、善と悪を超越した存在。だから性質が悪い」

 

元来、善悪とは人間が造り出したものだ。

何が正義で何が悪か。それを決めるのはひとの行いを客観的に見た時だ。

 

だから人ではない悪魔や神には、善悪がない。

 

超常はただ自分たちの在り方を体現しようとする。そこに善悪などない。自分の在り方に則って、超常は世界に影響を与える。

 

超常が人々にとって良い行いをすれば善になり。人々にとって悪い行いをすれば悪になる。

 

真守自身も、頂へとたどり着いた存在だ。

人々が生み出した『流行』を冠した真守は、人間がいるからこそ存在できる。だからこそ、人と共にあることを望んでいる。

 

「これだけコロンゾンの気配が強いとなると、コロンゾンはもしかしたら眷属のような霊媒(アバター)を用意してるかもしれない」

 

「はん。悪魔が悪魔を生み出すって事か? ……まあ下位互換みてえなのは、自分のかたちに則って簡単に造り出せるだろうな」

 

「うん、帝兵さんや帝察さんを垣根が生み出したように。()()()()()()()()()()簡単だ」

 

真守は自分が抱き上げているカブトムシのことを、ぎゅうっと抱きしめる。

 

「ただ確証がない。学園都市の時みたいに髪を媒体にしてるとかそういうこともあるし……その場合だと、アレイスターの力を借りなくちゃいけないかな」

 

「お前なら大丈夫だよ。それに俺もいるからな」

 

垣根は真守の髪の毛を一筋掬って、笑いかける。

 

「お前と同じ世界を見る事ができる俺がいる。だから大丈夫だ」

 

「ふふ。ありがとう、垣根。……なら、ちょっと行こうか。コロンゾンの気配が強いところへ」

 

「そうだな。……あのまま行くと衝突するしな」

 

垣根は頷いて、真守のことを抱き上げる。

そして未元物質(ダークマター)の翼を広げて、空へと舞い上がった。

 

神裂火織と騎士団長。それと『騎士派』の騎士たち。

彼らはロンドンにやってきたアレイスター=クロウリーと一方通行(アクセラレータ)を標的にしていた。

垣根にとってはどうでもいいが、真守にとってはどうでも良くない。

そのため垣根は真守の考えを尊重して、彼らのもとへと急行した。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

「もう逃げられんぞ、ロンドン」

 

そう呟いたのは、銀の少女になったアレイスター=クロウリーだった。

ロンドンを守る三重四色の最結界。

真守から解析結果を受け取ったアレイスターは、少し時間がかかったがロンドン入りすることができていた。

 

「いやはや。私も大概なものを生み出してしまったものだな」

 

アレイスターはくつくつと笑い、自分の少し上空を飛んでいるトンボへと目を向ける。

 

「三重四色の最結界は多重構造だ。正解の道が乱数化していることに加え、秒単位で形が変わる。おそらくイギリス側は誰も解き方を知らんだろう。──そんなものを解き明かせる頭脳を持った人間が二人もいる。行き着くべきところまで行き着いたな」

 

アレイスターは朝槻真守と垣根帝督のことを思って笑う。

三重四色の最結界は、極めて複雑な構造をしている。

だがそれでも魔術に変わりない。誰も解き明かすことがないと言えど、明確なルールが存在している。そのルールを、真守と垣根は高度な演算能力によって力技で解き明かしたのだ。

 

「朝槻真守と垣根帝督ならば、解き明かせないことはない。流石だな」

 

アレイスターは自らが生み出した技術の結晶である真守と垣根を誇る。

十字教に一矢報いたのが嬉しい。アレイスターは上機嫌にしながら、『さて』と呟いた。

 

「朝槻真守と垣根帝督が結界の解析をできるとは想定外だ。その線については考えてなかったから、上条当麻のことを囮に使ってしまったが。不幸中の幸いというヤツだな」

 

アレイスターは軽やかに笑う。

すると、アレイスターと一緒にいる一方通行は不愉快そうにチッと舌打ちをした。

上条当麻がアレイスターによって利用されたからだ。

 

周りの人のためならば、自分の命よりも他人を優先して拳を振るう。

そんな真正のヒーローを利用されたことが、一方通行は不快だったのだ。

 

「そんなに怒るなよ、一方通行。君は彼を宝石箱にでも入れて大切に保管したいのかね?」

 

アレイスターの言わんとするところ。

それは至宝であるならば、宝石箱に閉じ込めておくより使った方が良いということだ。

 

「うるせェよ。人望がねェヤツに言われたくねェ」

 

一方通行はじろっとアレイスターを睨む。

アレイスターの横には、一方通行しかいない。

上条当麻を処刑塔に送り込んだ時には烏丸府蘭とインデックスも一緒にいた。

 

だが彼女たちは彼女たちで、上条当麻を助けようと別で動いている。

一方通行は悪態を吐きながらも、アレイスターと共に歩く。

 

「ただいま、霧と魔術と黄金の都。大悪魔コロンゾンの根となる城よ。全てに決着をつけるため、クロウリーが舞い戻ってきたぞ」

 

アレイスターが謳うように言葉を紡いだ瞬間。ばづんっという音が響いた。

ロンドン全体を覆い尽くしていた、オーロラ色に輝く三重四色の最結界が破られたのだ。

 

処刑(ロンドン)塔。その中に隠されている三重四色の最結界、その核が上条当麻の右手に宿る幻想殺し(イマジンブレイカー)によって破壊されたのだ。

 

三重四色の最結界が破られると、クロウリーズ・ハザードがロンドンへと来襲する。

クロウリーズ・ハザードの戦闘を歩き、銀の少女はロンドン南端を軽やかに歩く。

すると、アレイスターと一方通行(アクセラレータ)の行く手を阻むように声が響いた。

 

「申し訳ありませんが、一刻も早く押し切らせていただきます」

 

術式の関係上、アシンメトリーである服装。

『七天八刀』という刀を携えた聖人──神裂火織。

 

「今こうして命を賭して戦っているみんなを救うために、一秒一瞬たりとも無駄にはできないのです!!」

 

アレイスターは舞台役者の大仰な身振りをする。

 

「人材が不足しているのではないかね、連合王国の巨人よ」

 

アレイスターが笑うと、ロンドンへと迫っていたクロウリーズ・ハザードが銀の少女の後ろから雄たけびを上げた。

クロウリーズ・ハザードの強襲。それを雷よりも迅速に薙ぎ払った者がいた。

 

切り裂かれたクロウリーズ・ハザードたちは赤や緑、茶色や灰色といった体液をまき散らして切り伏せられる。

 

アレイスターも一方通行も、それに驚かなかった。

神裂と共にこの場にやってきた軍勢に気が付いていたからだ。

 

完全武装の騎士たちを数十人控えさせた『騎士派』の長──騎士団長。

騎士団長は手にした両刃の剣を軽く振ってその血を払った。

 

アレイスターはクロウリーズ・ハザードを捨て置いた騎士団長から視線を外して、聖人・神裂火織を見た。

 

「一応アレも私と同じアレイスター=クロウリーなのだがな。慈愛に満ちた聖人サマは、その胸に刻んだ魔法名を思い浮かべて特に何とも思わないのか?」

 

「断頭金貨」

 

アレイスターの問いかけを無視して声を上げたのは、騎士団長だった。

 

「ホレグレス=ミレーツからの要望で、いざという時、速やかに自決するための霊装の最終的な許可を出したのは、この私だ。私が国中にバラまいた」

 

アレイスターは騎士団長の言葉に眉をひそめる。

そんなアレイスターを気にせずに、正義の軸をズラされた騎士団長は高らかに宣言する。

 

「だが断頭金貨などただの一人たりともに使わせん!! 私だけではない、『聖人』と共に行けば押し切れる。押し通す!!」

 

アレイスターは神裂火織と騎士団長の様子を見て忌々しそうに呟く。

 

「……ローラめ、知らぬ間に上手い事正義の軸をズラしたものだ。敵は殺してやるのがせめてもの救い、とでも置換させているのか」

 

アレイスターはそう呟いて、上空を見上げた。

 

「彼らがここに来たという事は、バッキンガム宮殿にいる英国女王は無事が確保されているということだな」

 

アレイスターが見上げた先。

そこには未元物質(ダークマター)の翼を広げた垣根帝督に抱き上げられた朝槻真守がいた。

 

「神裂!」

 

真守の言葉に、神裂火織は行動で応えた。

アレイスター=クロウリーへと、騎士団長と共に切り込む。

 

神裂火織は聖人特有の身体能力によって『七閃』という、派手な抜刀に見せかけた七本の鋼糸によってアレイスターを攻撃する。

騎士団長は両刃の剣を使って、単調故に強力な攻撃を繰り出した。

 

搦め手と直球。

どちらも強力であり、並みの魔術師なら対処不可能なものを『騎士派』の長と聖人は重ねてきた。

 

(あの神裂が最初から必殺の手段を簡単に用いるなんて、やっぱりおかしい)

 

真守は神裂の異常な行動を直に見て、思わず眉をひそめる。

 

(ここからコロンゾンの気配を強く感じる。だが神裂からも騎士団長からもいまは特に何も感じない。悪魔が存在して誰かに憑依しているかと思ったが。そうじゃない? でも『流行』へと至った私が直感したんだ。絶対に悪魔の力を持った何者かがロンドンにはいる)

 

彼らにとって不似合いなほどのオーバーキル。

それこそ大悪魔コロンゾンの手によって正義の軸をおかしくされた結果であると、真守は理解していた。

 



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第一三一話:〈戦闘開始〉で場が動く

第一三一話、投稿します。
次は九月二八日木曜日です。


三重四色の最結界が破れ、ロンドンでクロウリーズ・ハザードが暴れはじめる。

クロウリーズ・ハザードを引き連れた銀の少女へと変貌したアレイスター=クロウリーは、敵対する二人──神裂火織と騎士団長(ナイトリーダー)を見て大きくため息を吐いた。

 

ため息をつくアレイスターの左右の指先で、幾つかの数字がオレンジ色の火花を(ともな)って飛び散る。

 

すると次の瞬間、アレイスターは右手に真球の飾りを付けた黄金の杖を持ち、左手に大きな銀の大鎌を手にしていた。

 

アレイスターが持っている得物は、それぞれ太陽と月を象徴している霊装だ。

そんなアレイスターへと、神裂火織と騎士団長が迫る。

 

神裂火織の『七閃』と呼ばれる、抜刀術に見せかけた七本のワイヤー。

騎士団長が持つ、騎士としての意向を示す両刃の剣。

異なる二種の攻撃。それらの攻撃を、アレイスターは左右に握った得物で軽々と受け止めた。

 

「不思議かね?」

 

アレイスターは余裕たっぷりに怪物たちの攻撃を受けとめて、くすりと笑う。

 

「上条当麻の拳は避けられなかったこの私が、何故に音速を超えるキミたちをいとも容易くあしらえるのか」

 

アレイスターは謳うように言葉を紡ぐ。

そして学生に教鞭を振るう街の長らしく、解説口調で連合王国の二人に笑いかける。

 

「疑問には、答えがある。もしもまだ考える頭が残っているなら、思考を楽しみたまえ。それがヒトの嗜む贅沢というものだ」

 

アレイスターの言葉に神裂火織も騎士団長も応えない。

ここは戦場であり、教鞭の場ではないからだ。

だからアレイスターの解説に反応する理由が神裂と騎士団長にはない。

 

騎士団長は部下の騎士から騎士団長に向けて投げ渡された、銀の槍を騎士団長が掴む。

そして自分の両刃の剣の攻撃を止めているアレイスターへ更なる一撃を放った。

 

一時的に拮抗していた場が、動く。

 

騎士団長はブリテン・ザ・ハロウィン時に後方のアックア──傭兵、ウィリアム=オルウェルと死闘を繰り広げた人物だ。

 

ウィリアム=オルウェルは聖人と聖母の身体的特徴を持つ存在だった。

あの傭兵は真守たちと戦闘した事でブリテン・ザ・ハロウィンの時は消耗していた。

だがそれでも、聖人と聖母の身体的特徴を持つ存在に騎士団長の力は届くのは事実だ。

 

そんな騎士団長の槍の攻撃。その攻撃を、両手が塞がっているアレイスターが防げるはずがない。

 

「だから」

 

魔術師アレイスターは自らに放たれる槍を前に、静かに謡うように問いかける。

 

「人材が不足しているのかと、そう尋ねている」

 

アレイスターは先程と同じ言葉を繰り返す。

すると、騎士団長の槍による一撃はアレイスターに突き刺さる数十センチ手前で強引に弾かれた。

 

重たい音が響く中、槍は近くにあった鋼の街灯に激突する。

 

普通ならば、魔術で強化された槍ならば弾かれた先で街灯ごとその場を吹き飛ばすはずだ。

だが街灯は無傷だった。

槍はただ街灯に激突し、がらんという音を立て地面に落ちた。

 

一方通行(アクセラレータ)も、上空にいる真守や垣根も槍の一撃には介入していない。

つまり、アレイスターが槍の一撃を無力化したのだ。

 

アレイスターは大仰な大鎌を消失させ、何の変哲もない右手をひらひらと振る。

 

神裂火織と騎士団長はアレイスターを警戒して一度下がる。

だが二人のその瞳にはいつだって好機を探していた。

隙を見せたアレイスターを殺すための一撃を、いつでも放てるようにしていた。

 

アレイスター=クロウリーは人間を不幸にして自身の糧にする外道の中の外道だ。

だがそれでも人間なのだ。そして神裂火織は人間を傷つけないと誓っている。

救われぬものに救いの手を。

不殺を誓っている神裂が、アレイスターを殺すための勝機を探している。

 

「どうした最先端の皆々様?」

 

アレイスター=クロウリーは自身のことを殺そうと躍起になっている聖人と『騎士派』の長を前にして、柔らかく微笑む。

 

「まさかこの程度で、幻想殺し(イマジンブレイカー)と錯誤しているわけではないだろうな。その程度の知性しか持たぬならもはや付き合う必要を感じられん。さっさと踏み倒し、先へ進ませていただくよ」

 

軽やかに笑うアレイスターを、忌々しそうに神裂火織は睨む。

 

「近代西洋魔術。……流石、その全てを創った魔術師と言ったところですか」

 

憎々しげな声。その声は神裂火織らしくない、不自然なほどに憎しみを込めた声だ。

彼女の人となりを知っている真守は、小さく眉を寄せる。

 

(大悪魔コロンゾンの思考汚染は聖人まで侵すことができるのか。……清らかなものほど折れてしまった時に囁く者に惑わされる。だがそれが果たして聖人にも当てはまるのだろうか)

 

聖人とは『神の子』と身体的特徴が一致している存在だ。

『神の子』に近い存在であり、『神の子』の力の一端を振るうことができる。

清らかで清純な存在。それ故に『神の子』と同じ弱点を保有してしまうが、だからこそ聖人とは簡単に侵せる存在ではない。

 

それでも、神裂火織は強くコロンゾンの影響を強く受けている。

そのせいで自身の魔法名を穢す行いをしても厭わなくなっている。

それは騎士団長も同じだ。

 

気が付かないように、気付かれない内に。

ロンドンは、そこに住まう人々は大悪魔コロンゾンに蝕まれている。

 

これでは真守がどんなに声を掛けても、神裂火織も騎士団長も止まらない。

おそらく何者の声でも止まらないように、コロンゾンは彼らを汚染しているだろう。

一刻も早く諸悪の根源を見つけなければならない中、アレイスターは呆れた表情を見せる。

 

「私は偉大ではない」

 

稀代の魔術師は自身で、自身の真っ当な評価を口にする。

 

「私はたただそこにある全ての術を分かりやすく切り分けて、再配布しただけだ。……もっとも、それが全てだと思い込んだ世のバカ共は無事に世界を科学と魔術の二つに分類して考えてくれるようになったがね」

 

アレイスターは自分の原型制御に翻弄されている人々を思って鼻で笑う。

すると騎士団長が重い槍をアレイスターに突き出した。

 

それは騎士団長と神裂の中で生まれた共通の推測を、確信に至らせるための試し打ちだった。

 

騎士団長の槍による致死の一撃。その攻撃を受けたアレイスターは、騎士団長の頭の中で思い描いた通りにあっさりと横に槍を弾いた。

 

「ああ、そうだ」

 

アレイスターは騎士団長や神裂火織の頭の中にある答えが、正しいと頷く。

 

「私が組み立てて再配布した近代西洋魔術の理論に従うモノに、私を傷つける事は敵わない。あらゆる術式の根底には、アレイスター=クロウリーの影がストーカーのようにちらつく。それは私が広めた近代西洋魔術なのだから当然だ」

 

アレイスターは既存の魔術に手を加えて、近代西洋魔術として成り立たせた。

その技術体系全般にアレイスターは裏口(バックドア)を設けている。

だがその裏口を使うまでもない。

何故ならアレイスターは近代西洋魔術の脆弱性を全て網羅している。そのため裏口を使う間もなく、自らが広めた魔術を跳ねのけることができる。

 

「貴様たちが何をどう努力したところで一九〇四年、『法の書』以降の世界に自由はないよ」

 

アレイスターはエイワス召喚によって、最後の審判は訪れたと考えている。

そして時代が一つ繰り上がったのだ。

オシリスの時代からホルスの時代へ。

人々が神に隷属する時代が終わり、人間一人一人が神へと至る時代へと。

だから十字教に隷属し、十字教に縛られている魔術師たちの攻撃はアレイスターには届かない。

 

「今はサービスで弾くに留めた。次は手の中で破裂させてくれようか?」

 

アレイスターは余裕たっぷりで笑う。

 

「落とされる心配もせず私が私がホウキ一本で空を飛ぶのは何故か? キミたちにはできないからだ」

 

近代西洋魔術を用いて、アレイスター=クロウリーを打ち倒せる者はいない。

 

もしかしたらアレイスターと共に魔術基礎の国際共通規格(トータルフォーマット)を巡って争ったウェストコットやメイザースならば太刀打ちできるかもしれない。

 

他にも魔神や朝槻真守や真守と同じ領域に到達できる垣根帝督や一方通行(アクセラレータ)など、ずば抜けた才能を持つならば可能だ。

 

だが魔術の分野の上澄みに浸かっている状態で、アレイスター=クロウリーを出し抜く事は不可能なのだ。

 

「とはいえ、私も朝槻真守に許された身だ。彼女が貴様たちを助ける術を見つけるまで付き合ってやるさ」

 

アレイスターは柔らかく微笑み、真守を見た。

真守はアレイスターの言葉にコクッと頷く。

そんな中、戦闘が再開された。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

大悪魔コロンゾンの攻撃により、美少女転生をしたアレイスター=クロウリー。

アレイスターは正義の軸を上手くズラされている神裂火織と騎士団長と、余裕たっぷりに戦闘を繰り広げる。

 

だがこの場には神裂と騎士団長だけがいるのではない。

騎士団長が率いている『騎士派』の騎士たちがいる。

黙って見ていることはできない。

そのため彼らは神裂と騎士団長に加勢するために動き出した。

 

彼らが狙ったのはアレイスターに同行していた一方通行(アクセラレータ)だった。

 

一方通行は夏の終わりに脳に損傷を受けている。

だがその頭脳は変わらずに学園都市の最高峰である。

魔術という科学と明確に異なる魔術を使われたとしても。

騎士派の連中に後れを取る一方通行ではない。

 

「俺は別にそこのクソ野郎の味方じゃねェ。どっちかって言うと、あそこで優雅に飛ンでる女の味方でありてェくらいだ」

 

一方通行(アクセラレータ)は『騎士派』の一人の頭を手で掴み、他の『騎士派』をけん制しながらその赤い瞳を細ませる。

もちろんクソ野郎というのはアレイスターの事で、優雅に飛んでいる女とは垣根に抱きかかえられた朝槻真守である。

 

「だから、俺に、構うな。ブチ殺されてェのか?」

 

一方通行(アクセラレータ)は殺気を出しながら低い声で、騎士派の騎士の一人を威圧する。

一方通行が圧倒していると、上空から愛らしい声が降ってきた。

 

「一方通行っ」

 

「ッチ」

 

一方通行(アクセラレータ)は舌打ちすると、自分が頭を掴んでいた騎士を振り払う。

そして一方通行は地面を軽く蹴った。

 

行き先は勿論、建物の屋上へと降り立った垣根と真守のもとだ。

 

白い怪物の跳躍を見ていた『騎士派』の人々は、困惑する。

何故なら一方通行が近寄った女の子が、マクレーン家のご令嬢にそっくりなのだ。

真守は『騎士派』の人々にふりふりと小さく手を振ると、自分のそばに降り立った一方通行に笑いかけた。

 

「オマエたちはどォしてここにいる。バッキンガムに向かったンじゃねェのかよ?」

 

「英国女王には会ってきたぞ。彼女と伯母さまには、最大主教(アークビショップ)の権限を凍結するために動いてもらっている。私と垣根はロンドンの人たちをおかしくしているコロンゾンの思考汚染の元凶を叩きに来た」

 

「ヤツは学園都市と同じ事をロンドンでもやってるって事だな?」

 

「うん、確実だ」

 

真守は一方通行(アクセラレータ)の問いかけに、即座に頷く。

そして真守はアレイスターと戦っている聖人・神裂火織と、彼女と共闘している騎士団長を見た。

 

「本当なら、神裂は絶対に人を殺さない。たとえ相手がゲテモノアレイスターでもだ。騎士団長だって騎士のトップとして、騎士の流儀に基づいて動くはずだ。……でもおかしくなってる」

 

真守は騎士団長のことをよく知らない。だがアシュリンが言っていたように、彼が少しおかしくなっているのは顕著だ。

 

何故なら騎士団長は騎士の一人を、戦闘の足手まといだと言った。

 

騎士団長が絶対に傷つけてはならない、守るべき部下である騎士。そんな彼らを、騎士団長は攻撃範囲に入っているから邪魔だと言ってのけたのだ。

真守は騎士団長と神裂火織を見つめて、眉をひそめる。

 

「正義の軸がズラされてるんだ、コロンゾンの手によって。それは確実だ」

 

「統括理事長もそンな事を言ってた──……!?」

 

一方通行が声を上げた時。突然ロンドンに異変が起きた。

 

真守たちの頭上で突然、虚空から石の塊が現れたのだ。

 

石の塊とは、丁寧に切り出された石材だった。

コンテナよりも大きい、一般人がぶつかれば即死は免れない大きさ。

そんな様々な大きさの巨大な石材が、ロンドン市内へとまばらから大量に降り注いでいく。

 

「なるほどな」

 

不測の事態。それでもアレイスターの顔色は特に変わらなかった。

 

空から降り注ぐ大きな石材たちには、明確な規則性があった。

その石材たちは規則的に積み上がると、エジプトでよく見られる光景を形成した。

 

それは高度な天文学まで取り込んだ、エジプトの偉大なる王を埋葬するピラミッドだ。

しかも突如空から降ってきたのはピラミッドだけではない。

 

太陽神を讃える目的で、信心深い者たちによって打ち立てられた鋭い石の柱。

西洋絵画には絶対に見られない、図面と文字を組み合わせて描き出された壁画の数々。

歴代の王を並べた巨大な像の列。イギリスと全く関係のないファラオ達。

 

イギリスと全く異なる文化である、エジプト系の光景。

それが霧の都であるロンドンに次々と現れ、イギリスの文化を浸蝕していく。

 

ノーザンアフリカ=ロンドンとも呼べるべき、ロンドンとエジプト系の光景というあまりにも噛み合わない異様な風景。

アレイスターは辺りに散逸する、正当な意味なんてほぼない建造物たちを見つめて小さく笑った。

 



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第一三二話:〈景色一変〉で状況把握

第一三二話、投稿します。
次は一〇月三日月曜日です。


ピラミッド。ファラオ象。太陽神を讃える建築物に、スフィンクス像。

サソリやラクダ、それにワニという動物たち。

およそエジプトを頭に思い浮かべると、誰もが安易に想像する光景。

 

整合性があまりないエジプトの光景。それに、ロンドンは侵されていた。

ノーザンアフリカ=ロンドンとも呼べる光景。

その様子を見て、アレイスターはふむっと頷いた。

 

「エジプト神話、か」

 

近代西洋魔術では、アレイスター=クロウリーを倒せない。

それならどうすればアレイスター=クロウリーに対抗できるか。

その問いの答えは簡単だ。

 

近代西洋魔術を使わずに、アレイスターと戦えばいいのだ。

 

その結果が、ロンドンに突如広がった異様な光景。

意味の分からないエジプト系の神話による侵食だ。

しかもロンドンを侵す光景は、純粋なエジプト神話ではない。

ギリシャ人の、ギリシャ神話系のエジプトで侵されているのだ。

 

「西欧人が勝手気ままに思い描くエジプトの情景から見るに、ロゼッタストーン辺りがソースかな。まあなんにせよ、近代西洋魔術のフィルターを通して理解に努めるのであれば、意味がないと説明したはずだがな」

 

「だから、理解などしておりません」

 

アレイスターの独り言ちたような言葉に、神裂火織は答えた。

 

「あるものを、ただそのままに、放り出す。それだけです」

 

その言葉はつまりロンドンに突然広がったエジプトの光景を、神裂火織も騎士団長(ナイトリーダー)も意味が分からないまま利用しようしているという事だ。

神裂火織らしくない、出たとこ勝負の無鉄砲なやり方を許容する言葉。

神裂の言い分を聞いて、アレイスターは思わず呆れてしまう。

 

「理解せずに放り出す、か。それで戦況を管理しているつもりか。そいつは一般的に暴走と呼ばれる現象だよ」

 

神裂火織は自身が捻じ曲げられている。

その胸に掲げている魔法名すらも穢すほどに、コロンゾンによって蝕まれている。

思考を汚染されていることに全く気が付かない神裂と騎士団長を見つめて、アレイスターは落胆した様子を見せる。

するとそんなアレイスターの憐憫を、騎士団長が一蹴した。

 

「構わん。戦場での戦いにおいて、嵐の存在が騎士たちの戦いの行方を左右する事もある」

 

騎士団長が高らかに宣言した瞬間、アレイスターの右の頬にピッと傷が走った。

空から落ちてくるピラミッドの石材がわずかに欠けて、アレイスターの右頬を掠めたのだ。

それはつまり、アレイスターが魔術由来による石材によって傷がついた事に他ならない。

 

アレイスター=クロウリーに近代西洋魔術は効かない。だがアレイスターの構築したフィルターを介さない神秘ならば、アレイスターを殺せるのだ。

 

騎士団長や神裂火織は、勝利の兆しを見て笑う。

その笑みは本当に歪なもので。朝槻真守は切なさを感じた。

 

「魔術師アレイスター=クロウリーは流血を恐れない」

 

アレイスターは好機だと笑っているイギリスの者たちを前に、高らかに宣言する。

 

「失敗ばかりを繰り返しつつも、『友』との約束のために前へと進み続けた私は、傷の一つも受けずにあっさり事を終わらせられるなどと考えない」

 

アレイスターは正義の軸をズラされすぎて、哀れだと言えるほどの二人を睥睨する。

 

「私は大いなる偉業を成し遂げるには惑星全土を血で染める必要があると定義し、自身の魔術研究のために第一次世界大戦の発生を予見しておきながら食い止めるための奔走をしなかったクソ野郎だぞ?」

 

アレイスターは自虐して笑いながら、自分の頬の血の珠を拭う。

 

「ではこれより知らしめよう。世界最大の魔術結社『黄金』を残らず殺し尽くした、血の供儀の真髄を。あるいはこう言い換えておこうか、ブラッドサインと」

 

アレイスターが前に出ると、騎士団長と神裂火織が張り付く。

真守は彼らが戦闘を始める姿を前にして、辺りを見回す。

話が通じない神裂たちを説得するなど不可能だ。

だから、何が起こっているか現状を把握するべきなのだ。

 

サソリやら、ラクダやら。

エジプトと言われて手当たり次第に思いつくものを思いつくだけ集めたという、意味も歴史もクソッタレもないモノに侵食されたロンドン。

真守はきょろきょろと辺りを見回して、考える。

 

「近代西洋魔術が効かないアレイスターに対抗するための魔術、か。……これはアレイスターを確実に殺すための霊装だ。ロンドンを守るための霊装じゃない」

 

真守が情報を収集する中、同じく辺りの様子を伺っていた一方通行(アクセラレータ)は真守に同意する。

 

「オマエの言う通り、クソッタレの大悪魔がこの街の人間に配慮するとは思えねェからな」

 

「そうだよな。……このエジプトの光景は敵味方関係なく人々を平等に傷つける。アレイスターにだって危害が及ぶし、どうにかしないと」

 

真守の呟きに、垣根は鋭く目を細める。

 

「コロンゾンが対アレイスター用に用意してたっつっても、誰かが起動しなくちゃこの風景はありえねえ。つまりイギリス側の誰かがコロンゾンの隠し持っていた霊装を回収して起動したってことだな」

 

真守は垣根の推測に耳を傾けながら、自分が抱きしめているカブトムシに目を落とす。

 

「『王室派』はバッキンガム宮殿に集められていて、厳戒態勢で守られている。そうなると霊装を回収して地脈に接続したのは必然的に『騎士派』か『清教派』になるけど……なんにせよ、ちょっと聞いてみる」

 

真守はカブトムシをギュッと抱きしめると、お願いをする。

 

「帝兵さん、伯母さまに繋げてくれ」

 

『了解しました』

 

カブトムシはそのヘーゼルグリーンの瞳を輝かせる。

 

『真守ちゃん、こちらも外の景色については確認しているわ』

 

カブトムシが瞳を輝かせると、アシュリン=マクレーンの声が聞こえた。

垣根はアシュリンのもとに連絡役としてカブトムシを置いて行った。

そのためすぐに連絡が取れる状態なのだ。

 

『錯綜している情報を統合したところ、いまのロンドンの異様な光景を造り上げているのはローラが用意していた首都決戦兵器、神威混淆(ディバインミクスチャ)というものなの』

 

「ふむ。詳しくお願い」

 

真守は全くの専門外なので、アシュリンに教えを乞う。

 

『首都決戦兵装、神威混淆。三重四色の最結界がロンドンの防衛のためなら、神威混淆は状況を打破するために襲撃者を迎撃するための霊装なの。……とはいっても、ローラのことだからそれは建前ね』

 

アシュリンは大きくため息を吐く。

真守はふんふんっと頷くと、辺りを見回す。

 

「クロウリーズ・ハザードが撃破されているところを見るに、対アレイター用……というか、対近代西洋魔術用にコロンゾンが用意したものだな。十字教の術式が効かないならエジプトの神話使えばいい、とはな。……ちょっと安直だけど、まあ良い手だよな」

 

『そうね。一目見たところ、使われているのはただのエジプト神話ではないようね』

 

「? どういうこと、伯母さま」

 

真守はこてっと首を傾げる。そんな真守に、アシュリンは続ける。

 

『真守ちゃんならば魔導書図書館がそばにいるから聞いているかもしれないけど……エジプト神話というのは西欧人が勝手に作ったところがあるの』

 

「ああ、そういえば前にインデックスに聞いたことがある。スフィンクスっていうインデックスの飼い猫の名前にもなっている獣。アレってエジプト神話には登場しないんだろ?」

 

『ええ。スフィンクスは謎かけを出して間違えたら旅人を食い殺すなんて話があるけど、アレは西欧人の作り話なの。いまこの世に広まっているエジプト神話の資料は、ギリシャ人が作成している。つまりギリシャ人の考えが色濃く影響されているの』

 

ロゼッタストーンというものがある。

それはエジプト神話を読み解くための重要な資料だが、ヒエログリフと一般文字と、ギリシャ文字によって形作られている。

 

エジプト神話のはずなのに、全く違う文化であるギリシャ文字が使われている。

それはつまり、ロゼッタストーンを記したのはエジプト神話の話を聞いたギリシャ人なのだ。

 

ギリシャ神話を掲げるギリシャ人が、ギリシャ人なりに考えたエジプト神話。それがロゼッタストーンをソースとしたエジプト神話。その光景が、ロンドンに広がっているのだ。

 

垣根はアシュリンの説明を聞いて、眉をひそめる。

 

「魔術ってのはこの世界とは違う位相の世界の法則だ。この風景が魔術として機能してるなら、きちんとした逸話に基づいた法則があるんだろ?」

 

『魔術というのは適当に逸話を掛け合わせて当てはめてみただけなのに、何故か上手く機能しまうことがあるのよ』

 

垣根は苦笑気味のアシュリンの説明を聞いて、顔をしかめる。

 

「……分からねえ。詳しく説明してくれ」

 

『専門から見たら本っ当に笑ってしまうのだけど、十字教の術式にもケルトっぽい術式があるのよ。なんか微妙に違うのだけど、それでも伝承的にきちんと作用してしまうものがね』

 

真守はアシュリンのため息を聞いて、きょとっと目を見開く。

 

「? そういえばなんで十字教式のケルトの術式なんてあるんだ? 『騎士派』とか上里勢力の去鳴もケルトっぽいの使ってたけど……そうか。曖昧ながらもうまくかみ合ってしまって、術式として作用してしまうのはそういうことか」

 

『その通りよ。真守ちゃんもケルト神話についての資料は幾つか読んだでしょう?』

 

「あれはケルトの文化を外部の人間が勝手に解釈してまとめ上げたものだから、本当のケルトじゃない。本当のケルトは伯母さまたちしか知らないからな。……そういう風に、プロセスなんて全く違うのに、何故か同じ効果を発揮して代替できてしまうんだな」

 

『魔術というのは意外と抜け穴が多い。そういう側面も持っているの』

 

「それを言うなら科学もそうだぞ、伯母さま。ジャガイモ電池も、何故か電池として働くようになってるし。……事象だけを求めるなら、垣根や一方通行(アクセラレータ)の能力を応用すれば、私の能力と同等の力が出せる。科学と魔術はある意味似たようなものだからな」

 

真守が科学の話を引き合いに出すと、アシュリンは真守が理解しているので続ける。

 

『つまりギリシャ人から見たエジプト神話っぽい曖昧ながらも魔術として通用してしまう術を使うことで、近代西洋魔術が効かないアレイスターを攻撃できるの』

 

「ふむ。まさしく近代西洋魔術に対する、ローラなりのカウンターだな」

 

『今のところ、三つが地脈に接続して使われているようだけど……ローラが用意した神威混淆(ディバインミクスチャ)は全部で霊装は五つだったはずよ』

 

「もう二つはどこにあるか分かる? 大悪魔コロンゾンが用意した霊装だ、何が起こるか分からないから把握しておきたい」

 

『それが、情報が錯綜しているのよ。どうやら神威混淆の回収・起動に関わっているのは「騎士派」の中でも威厳だけがあるお飾り貴族──ミレーツ卿らしいのだけれど、こちらから連絡が取れないの』

 

アシュリンはイギリスがゆるゆるの体制になっていることに一人毒吐く。

 

『あのだらしない体付きの男、状況に対して臨機応変に対応できるように移動拠点になる馬車で市内のどこかに展開しているらしいけど……おそらく本当にダメだと思ったら自分だけ逃げられるように足を確保してる外道よ、外道。まったく』

 

アシュリンは大変ご立腹の様子で憤慨する。すると、そこから間があった。

 

「伯母さま?」

 

真守は首を傾げて、アシュリンの前にいるカブトムシの視界を借りる。

すると、目の前の委縮する騎士に凍てつく瞳で睨むアシュリンが見えた。

 

『マクレーン嬢。ミレーツ卿は決して逃げようなどとは……』

 

『黙らっしゃい。キャーリサ様が筆頭とはいえ、国家反逆罪を犯しながらもなんだかんだ罪を赦されて「騎士派」として今も活躍出来てる大罪人どもめ』

 

『……、そ、それは……!』

 

『あなたたちがしっかりしないからクーデターの時に使い物にならないからって、仲間外れにされたミレーツ卿なんてバカなお飾り貴族が指揮をとっても文句が言えなくなるのよ。あんなバカに大きな顔されるなんて、騎士の恥さらしもいいところだわ。大体ね──』

 

真守はカブトムシの視界に同調するのを止める。

なんだかとても忙しそうだ。そして可哀想になるくらい正論パンチだった。

 

『でね、真守ちゃん。少し立て込んでいて話が途切れて申し訳ないんだけど』

 

「う、うん。なあに?」

 

真守は『騎士派』の騎士を罵倒し終えたアシュリンに声を掛けられて、慌てて反応する。

 

『現状、あと二つの神威混淆(ディバインミクスチャ)の所在が分からないの。いま私に指揮権が集められてるけど、「騎士派」とは大きく分けて四つに分かれてるから。それぞれで独立して動いてしまっているの』

 

「イングランド貴族やウェールズ貴族など、それぞれ四つの国に対応する貴族が派閥として分かれてるんだな」

 

『そうなのよ。それに加えて、騎士団長が率いる精鋭部隊も存在しているわ。……いま注視するべきは神威混淆よ。あれは大悪魔コロンゾンが残した霊装。もし使うにしても、きちんと確認して安全を確かめるべきなの』

 

「分かった。いま一番大切なことは、ミレーツさんを見つけて神威混淆(ディバインミクスチャ)の残り二つの在処を特定することだな」

 

真守は頷くと、傍らに立っていた垣根を見上げた。

 

「垣根、帝兵さんで探してくれるか?」

 

垣根は真守のお願いを聞くと、カブトムシに目を向けた。

 

「ミレーツ卿とか言うヤツの情報を教えてくれ。こっちで照会して探す」

 

『分かったわ。目の前の帝兵さんに教えるわね』

 

アシュリンは垣根の言葉に頷き、その場にいた『騎士派』にミレーツ卿の情報をカブトムシに教えるように指示をする。

 

『できれば、真守ちゃんにはマクレーン家の使いとしてミレーツ卿のところに行ってほしいの。わたくしは宮殿から離れられないから』

 

「むっ。マクレーン家の使いとして……分かった、頑張るっ」

 

『たくさん頼んでごめんなさいね。……ところでロンドンの人々の正義の軸をずらしている存在に、もう目星はついてるの?』

 

「うん、多分。アレイスターが戦ってるおかげで見えてきた」

 

真守はアシュリンとカブトムシ越しで連絡をしながら、目を動かした。

その先には、神裂火織と騎士団長と戦っているアレイスターがいる。

だが真守が視線を向けたのはアレイスターではなかった。

 

先程から、神裂火織は大きく揺らいでいる。

真守には分かる。聖人という穢れなきその奥。

そこに、何かが潜んでいる。

 

「アレイスター、神裂だ! 奥に何かいる!」

 

「成程」

 

アレイスターは真守の言葉に頷きながら、とあるアパートの屋根へと降り立った。

音速を超える猛者二人を相手に、アレイスターは息切れすら起こしていない。

 

そんなアレイスターを捉えて、電波塔のようにそびえるオベリスク──太陽神を讃える石柱のてっぺんが不規則に瞬いた。

 

ラー=ゼウスと呼称された神威混淆(ディバインミクスチャ)。それによる、神話を体現した一撃。

 

それはまるで巨大な光り輝く樹木のように閃光を迸らせ、ロンドンの闇を切り裂いた。

 

その神話の一撃は不届き極まる存在だけを確実に穿つ。もちろん攻撃の対象になるのは奇々怪々にロンドンへと迫るクロウリーズ・ハザードだ。

真守は突然攻撃を始めたエジプトの適当な象徴を見て眉をひそめる。

 

「アレが神威混淆を地脈に接続した結果か……?」

 

神威混淆の矛先は何も、クロウリーズ・ハザードに向けられるだけの攻撃ではない。

神話の一撃はアレイスターの傍らにいた朝槻真守や垣根帝督、一方通行(アクセラレータ)にも迫った。

 

「真守、来い!」

 

真守はラー=ゼウスと呼ばれる霊装が放つ力を前に、真守を守ろうとする垣根に呼ばれる。

だが真守は垣根に体を近づけながらも、鋭く目を細める。

 

(たぶん、イケる。私はあの力を跳ねのけられる)

 

確信した真守は、垣根に近づくのを止めて前に出た。

垣根帝督は一方通行(アクセラレータ)と共に、真守を連れてその場を離れようとしていた。

だが真守が前に出たことで、その目算が狂った。

 

「真守!」

 

垣根は真守へと手を伸ばす。真守はそんな垣根を見て、自信たっぷりに微笑んだ。

 

「大丈夫」

 

真守が垣根を安心させた瞬間、神話の一撃が放たれる。

その一撃を、真守は源流エネルギーを薄く纏わせた右手で軽々と弾いた。

真守に弾かれると、ラー=ゼウスの一撃は夜天へと高く上がる。

 

まるで上条当麻が、さばききれない攻撃を幻想殺し(イマジンブレイカー)によって逸らすようなしぐさ。

垣根は真守の流れるような動作に思わず目を大きく見開く。

 

元々、朝槻真守は流れを読む事に長けていた能力者だった。

だからこそ自分の事を間違う事無く正統に進化させ、人々に寄り添って生きるために必要な『流行』を冠するに至った。

 

今の朝槻真守は数値化するだけではなく、感覚的にも全ての流れを察する事に長けている。だからこそ真守はラー=ゼウスによる一撃の流れをくみ取り、右手一つで逸らすことができたのだ。

それを見て、アレイスターは小さく笑う。

 

「いやはや。朝槻真守を見ていると努力をしても無駄だとつくづく思わされる。私がK2登山をした事でやっと手に入れたものを察することで叶えてしまうのだから」

 

アレイスターは笑いながら、歴代のファラオを模した三〇メートルほどの石像の上に飛び乗る。

 

真守がいま感覚的に成し得たことは、アレイスターが何が何でも欲した力だ。

それは自分に降りかかる災厄──位相の衝突によって生み出される運命を受け流す力だ。

しかもその芸当は何も、アレイスターや朝槻真守の専売特許ではない。

 

未元物質(ダークマター)による新たな法則で世界を満たせば、火花による運命の干渉を防ぐ事ができる。

火花という運命を正確にベクトルとして捉える事ができれば、それを操る事ができる。

 

朝槻真守とは全く違うプロセスで、垣根帝督や一方通行(アクセラレータ)は朝槻真守と同等の力を持つ事ができる。だからこその『第二候補(スペアプラン)』。だからこその『補助候補(サブプラン)』なのだ。

 

(まあ既に『計画(プラン)』は破綻したし、今の私にはその気がないのだがな)

 

アレイスターは笑いながら五指を使って簡単な鉄砲のジェスチャーを作った。

 

「さて、遊びは終わりだ。蹂躙しようじゃないか」

 

アレイスターがそう宣告した瞬間、鉄砲となっている人差し指の先端にピッと亀裂が走った。先程と同様、石材の小さな破片で指先が切れたのだ。

 

「くっくっく。あっはっは! やはり私という生き物はカッコつけると締まらんなあ!!」

 

アレイスターが笑う中、真守は垣根の猛攻から逃れて叫ぶ。

 

「愉快になって自虐してる場合じゃないっ。早く神裂を助けろばかっ! 私だって流石にぶっつけ本番で神裂を傷つけずに追い出すなんてできないぞっ!」

 

真守の怒号が響く中、アレイスターは敵を捉えた。

 

「あなたに怒られるのはやっぱり魅力的だな」

 

アレイスターは半分本気の冗談を口にして笑う。

そしてアレイスター=クロウリーは恵まれて生まれ落ちた『聖人』──神裂火織を見据えた。

 



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第一三三話:〈本領発揮〉と悪魔との対峙

第一三三話、投稿します。
次は一〇月五日木曜日です。


エジプトに侵食されたロンドン。

今のロンドンの異様な光景を造り上げているのは、大悪魔コロンゾンが首都決戦兵装という名目で用意した神威混淆(ディバインミクスチャ)という霊装だ。

 

真守の伯母であるアシュリン=マクレーンが言うには、霊装は全部で五つ。

いま起動されている三つの神威混淆は地脈に接続されたからこそ、建造物として顕現していた。

 

ラー=ゼウスと呼ばれる神威混淆は、太陽神を讃える石柱としてロンドンにそびえ立っていた。

オシリス=ハデスと呼ばれるものは、テムズ川のほとりに佇む戦艦サイズの巨大なワニ。

テヌフト=アルテミスは巨岩を飛ばす投石器。

 

そうやって地脈に接続された神威混淆(ディバインミクスチャ)は、それぞれエジプトらしい装いで、クロウリーズ・ハザードを迎撃していた。

 

ラー=ゼウスによる、神話の一撃。

その一撃は敵だけを正確に貫く。つまり、朝槻真守たちにもラー=ゼウスは牙を剥いた。

 

ラー=ゼウスの一撃を、真守は右手一つで跳ねのけた。

真守は『流行』を冠するまでに至った。その力を使えば、攻撃の流れを変える事は容易いのだ。

ラー=ゼウスの攻撃を跳ねのけた真守は、最愛の人である垣根帝督へと目を向ける。

 

垣根はラー=ゼウスの攻撃から、真守を守ろうとしていた。

だが真守はラー=ゼウスの神話の一撃を、跳ねのけられると思った。

だから垣根の手を取らなかった。その右手で、神話の一撃に干渉して逸らした。

 

「垣根、信じてほしい。本当にもう大丈夫だから」

 

真守は未元物質(ダークマター)の翼を広げた垣根に、小さくジャンプしてとんっとすり寄る。

朝槻真守は大悪魔コロンゾンに『拡散』を打ち込まれ、体調を崩していた。

そんな真守が、垣根は本当に心配だった。能力を使ってほしくないと思う程に。垣根帝督は朝槻真守が本当に大切だから、無理をしてほしくないと考えるのだ。

 

「私は、私の力をロンドンのために使いたい。私には力があるから。みんなを守れる力がある」

 

垣根の心配を真守はよく分かっている。

だが皆が頑張っているのを横から眺めているのはどうにも落ち着かないのだ。

力が自分にあるなら、頑張りたい。みんなを助けたい。そう思うのが、朝槻真守なのだ。

 

「もし本当に垣根が心配なら、一緒にやろう」

 

真守は垣根の手にするりと自分の手を重ねて、垣根を見上げる。

 

「後方のアックアを撃退した時みたいに。垣根の力を、私に合わせてくれ」

 

あれは第三次世界大戦の前の話だ。

ローマ正教に所属していたウィリアム=オルウェル──後方のアックアは、上条当麻を抹殺するために学園都市の第二二学区に攻めてきた。

あの時、絶対能力者(レベル6)進化(シフト)していた朝槻真守は垣根帝督と力を合わせてアックアを撃退した。

 

源流エネルギーという、世界を構成する純粋な力。未元物質(ダークマター)という、世界を構成する純粋な物質。

それが合わさったことにより、垣根帝督は世界の全てを掴んだと密かに感じていた。

 

垣根帝督は、自分の手を握った朝槻真守を見つめる。

自分のことをまっすぐと見上げてくる、最愛の少女。

その瞳にはかつての無機質さはなく、人を慈しむ思いが込められていた。

 

「……昔のお前だったら一人で突っ走ってただろうからな。一緒に戦うってんなら許してやる」

 

垣根は真守の手を優しく握る。

一人でなんでもこなそうとしてしまう真守が心配だった。周りに力を貸してくれる者がいないから、全てを平気で一人でやってのけてしまうのが本当に心配だった。

そんな真守が力を合わせてほしいと言うのなら、手を貸さないわけにはいかない。

 

真守は垣根の承諾を聞いて、ふにゃっと笑う。

そして垣根の手を自分の頬に誘導して、すりっと自分の頬を擦り寄せた。

 

「ありがとう、垣根。いつまでも、ずぅっと一緒だ」

 

真守は垣根にすり寄ったまま、力を解放する。

だが翼を広げることはしなかった。その必要はないからだ。

 

蒼閃光でできた猫耳に似た三角形と、それに連なるそれぞれ二つの正三角形。

それとリボンのような三角形が根元に着いた、尻尾に似た四角い帯。

かつて真守が能力を解放した時の姿。

その姿を取った真守は、垣根にすり寄ったまま神威混淆(ディバインミクスチャ)を見据えた。

 

すると、真守と垣根に応えるかのようにラー=ゼウスが攻撃態勢に入った。

太陽神を讃えるオベリスクから、全方向へデタラメに閃光を伴ったビームが放たれる。

その光は何度も何度も枝分かれをして、やがて標的へまっすぐと向かっていく。

 

まるで大樹のように明るく夜空を照らし出す閃光が、標的である真守たちに迫る。

 

真守は垣根の手に自分の小さな手を沿える。

そして垣根を導くように、垣根の手の平をラー=ゼウスへと向けた。

 

真守と垣根を穿とうとするラー=ゼウスから放たれた神話の一撃。

垣根は真守に誘導されて、真守と共に神話の一撃を捉えた。

真守の見ている世界に、真守に導かれて垣根は触れる。

そして、干渉する。

 

迫ってきたラー=ゼウスの一撃を捕らえて、垣根と真守はその一撃を自らの制御下に置く。

 

真守は垣根と共にラー=ゼウスの一撃を正確に掌握すると、自分が手を沿えた垣根の腕をゆっくりと空に向ける。そして、神話の一撃をぐんっと大きく捻じ曲げた。

 

真守と垣根が制御を奪った一撃は急に翻ると、そのままありえない挙動でラー=ゼウスと呼称されたオベリスクに向かっていく。

 

まるでブーメランのように自分へと戻ってきたラー=ゼウスの一撃。

その攻撃は正確にラー=ゼウスを貫いた。

それによって、オベリスクとして地面から生えていたラー=ゼウスの石柱がぼっきりと折れた。

 

大きな石柱は、凄まじい音を立てて崩れる。

そして崩壊した際に生まれた大きな破片が、ロンドンの街へと落ちようとしていた。

 

一方通行(アクセラレータ)っ」

 

真守が声を上げると、一方通行は舌打ちして応える。

一方通行は素早く電極のスイッチを切り換えてその場から跳躍すると、近くにあった手頃なピラミッドの石材を蹴って撃ち出した。

 

一方通行(アクセラレータ)のベクトル操作によって撃ち出された石材は、ロンドンに落ちようとしていたラー=ゼウスの破片に直撃。完璧なベクトル操作によって、ラー=ゼウスの大きな石材は木っ端みじんになった。

 

「流石に無秩序にロンドンを壊されては困るし。一応アレイスターを殺させるワケにはいかない。だから起動した 神威混淆(ディバインミクスチャ)には沈黙してもらう」

 

真守は一方通行(アクセラレータ)の支援を前にして、宣言をする。

垣根は真守の干渉を感じながら、真守を抱き寄せたまま未元物質(ダークマター)の翼を大きく広げた。

 

真守は再び垣根の腕に手を這わせる。そして垣根の手を、テムズ川に沈む巨大なワニの形をした神威混淆、オシリス=ハデスへと向ける。

 

その姿はまるで、二人で弓を構えるようなポーズだった。

 

真守は鋭く目を細める。すると、真守と垣根の少し上空で蒼閃光(そうせんこう)が瞬いた。

 

「垣根、私に合わせて」

 

真守は垣根に声を掛ける。

すると、蒼閃光が瞬く中心に純白の光が生まれた。

それは未元物質(ダークマター)の光だ。真守に合わせて、垣根が力を使っているのだ。

 

垣根と真守の少し上で、蒼閃光(そうせんこう)を纏った槍が生成される。

その切っ先は、まっすぐとオシリス=ハデスへと向けられていた。

その槍はさながら、矢のようにも見えた。

 

純白の光を放つ、多くの蒼閃光でできた帯を纏いながらも形成される槍。

その槍の外見モチーフは、魔神オティヌスが扱う槍だった。

 

「行くぞ」

 

真守が声を掛けた瞬間、槍が矢のように撃ち出された。

 

真守の源流エネルギーを纏う、未元物質(ダークマター)の槍。

それは戦艦レベルの大きさを誇るワニ──オシリス=ハデスの大きな口を貫いた。

 

真守と垣根の力を合わせた攻撃。

それによって、オシリス=ハデスはそのままテムズ川へと沈んでいった。

 

「垣根、もう一回だ。もう一回っ」

 

垣根帝督は少し嬉しそうな真守に声を掛けられて、目を細めながら頷く。

 

真守と垣根が次に標的にしたのは、テヌフト=アルテミスと呼ばれる投石器だ。

再び、真守と垣根のすぐそばで蒼閃光を纏った純白の槍が矢のように射出される。

 

先程よりも大きい槍。

それはテフヌト=アルテミスに直撃すると、一瞬で投石器を蒸発させた。

 

垣根帝督はふっと、肩から力を抜く。

真守に誘導してもらったとはいえ、これまで垣根帝督は未元物質(ダークマター)を純粋なあるべき力として扱ったことが無かった。

 

多くの可能性と性質を秘めながらも、敢えて曖昧な状態で安定させる。

 

矛盾するような在り方に想えるかもしれないが、未元物質(ダークマター)はそういったありえないようで成立する性能を発揮できるのだ。

 

「垣根、ありがとう」

 

真守はふにゃっと笑って、少し疲れた垣根を見上げる。

 

「垣根が一緒にいてくれて嬉しい。一人で頑張らなくてもいいから。すごく幸せ」

 

「……ああ。俺も、お前が一人で頑張らなくて良いのが嬉しい」

 

垣根はご機嫌に笑う真守のことを抱きしめる。

この少女が一人ぼっちになるのが、垣根帝督は嫌だった。

その想いで、あの廃ビルにて垣根帝督は朝槻真守に手を差し出したのだ。

そのことを、真守も良く覚えている。

 

真守は垣根にすり寄って、ふふっと小さく笑った。

その様子を、一方通行(アクセラレータ)は静かに見守っていた。

 

すると神裂火織と騎士団長、それと騎士派の騎士たちと戦っていたアレイスターも詰めに入った。

 

「そろそろ種明かしをしようか」

 

アレイスターは『七天七刀』を放り投げて突進してきた神裂火織を見た。

神裂火織はこの世に二〇人ともいない聖人だ。

そのため神裂がアレイスターに直撃すれば、線の細い少女に転生したアレイスターの体など一瞬で木っ端みじんとなってしまう。

 

それでもアレイスターは神裂の姿を見て、宙に浮かぶブロックの上で笑っただけだった。

 

「生まれた頃から恵まれた者よ。そこで思考を止めてしまった満たされた愚者よ。何故、十字教各宗派が『聖人』に重きを置いているかまで考えた事はあるか?」

 

アレイスター=クロウリーは『聖人』である神裂火織の突進を受けても無傷だった。

時間が停まったように空間が静止する中、アレイスターはゆるりと告げる。

 

「常人よりも『神の子』に近づいたからではない。希少性に価値を見出されたわけでも、軌跡の出力に圧倒されたからでもない。何より第一に、不滅の神や天使と違い、『神の子』やその後に続いた守護聖人たちは明確に処刑・死の法が示されている」

 

弱点が明確に存在するのに、何故聖人が重宝されるのか。

その答えを、アレイスターは口にする。

 

「個人の信念が組織の思惑を超えたとみなされた時、迅速にブレーカーを落としてドロップアウトさせる事ができる、都合の良い奇蹟に過ぎなったかのだよ。──キミのような『聖人』は!!」

 

アレイスターの言う通り、聖人である神裂火織には様々な弱点がある。

弱点を突けば簡単に沈黙する神裂火織に対して、アレイスターはその手を緩く振った。

 

するとアレイスターの手の内で赤いもやが放たれ、それは一本の鋭く尖った槍のように変形する。

 

次の瞬間。アレイスターは手元の槍で、神裂火織の脇腹を貫いていた。

 

銀の少女は神裂を手に持っている槍で突き刺したまま、空中のブロックを蹴った。

そして真守たちのいる建物の屋上へ目掛けて落下する。

 

アレイスターは神裂火織を刺し貫いている槍を建物に突き刺すことによって、落下の衝撃から逃れる。当然として神裂を貫いたままの槍が建物に突き刺さると、建物に大きく亀裂が入った。

 

そして、ずるり。──と、何かが神裂火織の体から飛び出した。

 

まるで憑りついていたものが引きはがされるように。

衝撃によって砕かれた建物の瓦礫に転がった神裂の背中から、ソレが飛び出した。

 

人ならざる者の体は、半透明だった。

額には大きな丸い穴。人間ではありえない七色の髪は肩口で切りそろえられており、それは触手のように束になってくるんっと髪先が跳ねている。

薄膜の翼と、軟体動物の触腕を連想させる邪悪な尻尾。

 

その人ならざる者はすらりとした肢体に、ワンピースを纏っていた。だがそのワンピースは異様で、英字新聞を繋ぎ合わせ、割れたガラス片や銀のダクトテープで彩られていた。

 

個々のパーツは美しく妖艶。

それがかえって全体のバランスを崩してしまっている、裸足の少女。

 

それこそ、神裂火織に憑りついていた存在。

 

このロンドンのありとあらゆる人間の正義の軸をズラし、アレイスター=クロウリーを殲滅しようと企むコロンゾンの手先。

愚者の姫とも呼ぶことができる──クリフォトの悪魔。

 

『ひひ』

 

悪魔が笑うと、彼女の裸足の足元に何かが大量に転がった。

 

その霊装は、騎士団長が口にしていた断頭金貨と呼ばれるものたちだ。

痛みと恐怖を数秒間だけ散らすという、追い詰められながらも自らの誇りを失わないために迷わず自決するための霊装だ。

 

だがそもそもの話。

自決してまで守る誇りやプライドに、守るべき理由や意義があるのだろうか。

 

「朝槻真守の感じた通りだったな」

 

アレイスターは神裂火織を叩きつけてヒビが入ったアパートに立つ悪魔を見据える。

 

「いっそステレオタイプだな、そして解釈を間違えている」

 

アレイスターはため息を吐くと、新参者である真守たちに先達者として説明する。

 

「クリフォトは邪悪の樹などと邦訳され、確かに各球体の守護者に悪魔の名を冠している。だが別段その本質が絶対悪というわけでもないのだ。あえて誤用すら利用して『命に似た何か』を造り上げるとは、片腹痛い」

 

「あァ? クリフォトだと?」

 

アレイスターの説明に一方通行(アクセラレータ)が反応すると、アレイスターは笑った。

 

「言葉の意味は分からずとも、頭の片隅に留めておきたまえ。科学と魔術に分断されることもない、自由な知識だ」

 

不安や強欲。色欲や醜悪などの残酷性。それでいて無常であり拒絶を秘めた愚物。

そして──無神。

あの悪魔が身にまとっている英字新聞のようなドレスから読み取れるものだ。

 

一〇〇年前。情報がまだ限定的だった頃。

新聞記事というのは数少ない情報が一度に入手できる代物だった。

そして新聞に書かれていることは、ほとんどがでたらめだった。

 

だが新聞の事実がでたらめだと確認する術はない。

 

そんな偏見と先入観で満ちた新聞をにぎわせていたアレイスター=クロウリーは常に英字新聞で糾弾されていた。

その背景もあって、アレイスターにとって英字新聞とは邪悪の樹のようなものだ。

 

英字新聞を身に纏っている悪魔はつまり、アレイスター特化という事であり。

邪悪の樹を構成する悪徳の世界を示した、邪悪の樹そのものなのだ。

 

「邪悪の樹とは天使に守られた生命の樹の逆位置にある逆しまの樹だ。正しき者が十分な研鑽を積んだうえで挑めば、世界の裏側に横たわる叡智を獲得する助けとなる。だが半端な覚悟で挑めば迷いの霧にあてられて惑乱し、真実を取り違える」

 

アレイスターは新参者たちへとそう説明し、にやっと笑う。

 

「その結果、変態趣味の地下儀式を唯一絶対の知を掴むための手段だと信じるようになる。そのせいで魔術を妄信する者たちは、悪魔と乱れに乱れて魔術を身に着けるなどと噂されたのだ」

 

真守は明け透けに告げたアレイスターをじとっと睨む。

 

「そうはいってもお前だって自分の奥さん相手に結構なヘンタイ儀式やってただろ、ヘンタイ」

 

「私は無知蒙昧な輩のように真実を取り違えることなく、きちんとした理論に基づいてやっていたぞ。ヘンタイだとしても分を弁えなければならない。そういうことだな」

 

胸を大きく張るアレイスター。そんな彼女に真守は軽蔑の視線を向ける。

 

アレイスターは儀式場に自分の体液を持ち込んで、実験をやって悦に浸っていた。

だがあの変態行為も、邪悪の樹に取り込まれないように一応注意してやっていたのだ。

ヘンタイなのに節度は守る。それがアレイスター=クロウリーの変態としての誇りだ。

 

「つまり総括すると、基本の正位置も学ばずにいきなり応用の逆位置から始めてもろくな事にならんという話だ。だがいま重要なのはそこではない」

 

アレイスターは人差し指を立てて、ご高説する。

 

「生命の樹は魂の扱い方を示す図面でもある。すなわち、逆しまの樹も正しくなぞっていけば、『命に似た何か』を製造することになるのだ」

 

「……ということはつまり、エルダーさまとは逆ってことか?」

 

エルダー=マクレーンはアレイスターの思考を支える問答型思考補助式人工知能であり、魔導書の『原典』でもあり、生命の樹に対応させた各カードで成り立つトート・タロットだった。

そんなエルダー=マクレーンと、歪ながらも対極な位置に存在する目の前の悪魔。

 

「おそらく憑依専門だな。それだけを期待された部分的な悪魔だ」

 

目の前の悪魔は確かに大仰な生命体だ。

並べ立てれば歴史の積み重ねを感じるかもしれないが、本質はひどく薄っぺらいものだ。

だからアレイスターはその薄っぺらさにため息を吐いた。

 

「意趣返し、か。いかにもコロンゾンのやりそうな構成だ。名と数価は? 拒めばニューバーグの手法で引きずり出す。あの大悪魔ご本人でも拒否できなかった事を、造られた貴様に成し遂げられると思うかね」

 

『ひひいひひ。この辺割とシンプルですう』

 

悪魔は笑いながら、その十本の指を動かした。

すると七色の細かい毒針のような糸が、近くで気絶していた騎士団長の全身を突き刺した。

 

その行動は真守が駆け出したところで止められるものではないほどに、早かった。

 

騎士団長は悪魔によって、マリオネットのように適当に操られる。

そして無造作に放り投げられて、脇へと打ち捨てられた。

まるで見世物かのように、悪魔は騎士団長を適当に扱って笑う。

 

『クリファパズル545。お見知りおきをですう』

 

「……さらにもう一つ、と。ああそうか、魔導書図書館に埋め込んであった『自動書記(ヨハネのペン)』の構成についても、ローラの指先を操るコロンゾンの手で入力されたのだったな」

 

「どォするつもりだ」

 

「自らの望むままに」

 

一方通行が問いかけると、アレイスターはふっと笑う。

 

「汝が欲するところを為せ、それが汝の法とならん」

 

アレイスターは『法の書』の一節を説くと向き合い、悪魔と敵対した。

 



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第一三四話:〈浸蝕空気〉は人々を侵す

第一三四話、投稿します。
次は一〇月九日月曜日です。


汝が欲するところを為せ、それが汝の法とならん。

 

アレイスターが自らの著である『法の書』の一節を説くと、クリファパズル545が一〇本の指をゆらりと動かした。

クリファパズル545の一〇本の指先から、それぞれ糸がするすると伸びる。

 

クリファパズル545は自分の指先から出した糸で騎士団長と完全武装の騎士たちを絡め取る。

そしてマリオネットのように人間を操って、真守たちを取り囲ませた。

 

アレイスターの足元には、(いま)だに神裂火織が転がっている。

彼女はまだ操られていないが、クリファパズル545に捕らえられれば体の限界をぶっちぎってでも壊れるまで操られるだろう。

 

『にひ』

 

元は単なるビール栓である断頭金貨。それをざらざらとまき散らしながら、悪魔は笑う。

 

『にひひ、いひひひひ、ひひひひひ』

 

悪魔は笑いながら、左右に伸ばした両手を合わせる。

すると指先から、大量の糸が溢れた。

その糸たちはねじれ、巨大な糸繭のような塊となった。

 

クリファパズル545は糸繭をアレイスターに向ける。

そして稀代の魔術師を丸のみにして操ろうと、糸繭はばっくりと口を開けた。

 

アレイスターはクリファパズル545の攻撃を避けなかった。

垣根が訝しむ中、アレイスターはばぐんっと糸の塊に食べられた。

 

『ひひ、ひ』

 

クリファパズル545は笑って、自らを接続し、洗脳したアレイスターへと近づく。

 

『いひいひひ。ひひひひひひひひ』

 

アレイスターは目の前にやってきた悪魔の首を、何事もなくがっしりと掴んだ。

アレイスター=クロウリーは稀代の魔術師だ。

憑依専用の悪魔にだって、簡単には洗脳されない。

 

「邪悪の樹は危険だ。素人が手を出せば簡単に足元をすくわれる。そして邪悪の樹の叡智を覗き込む気がなかった者たちへ不意打ちで覗かせてしまえば、それだけである種の衝撃を叩きこむことができるだろう。夜道にいるコートの変態と同じように」

 

真守は自信たっぷりにご高説するアレイスターをじとっと睨む。

 

(さっきから例えがヘンタイじみてる……さすがヘンタイ……)

 

真守が白い目を向けている中、アレイスターは笑う。

 

「邪悪の樹は扱いが難しい。だが十分な研鑽を積んで経験を得た者であれば、邪悪の樹は危険な叡智を授かる助けとなる。邪悪の樹に触れるならば、下ごしらえとして正位置のセフィロトを学んでおけという話だな」

 

アレイスター=クロウリーは稀代の魔術師だ。

『黄金』にいた時から、アレイスターはセフィロトの樹とクリフォトの樹両方を利用して、魔術を成功に導いていた。

 

クリファパズル545はアレイスターが勝手知ったるクリフォトに所属する悪魔だ。

アレイスターはクリフォトのやり方を熟知している。

だからこそ、クリファパズル545の洗脳が効くわけないのだ。

 

『ひ、』

 

クリファパズル545は小さく声を漏らす。そんな彼女に、アレイスターは軽やかに笑って見せる。

 

「もちろん貴様のクリフォト由来の洗脳は、朝槻真守にも効かない。彼女はいま、どの樹にも所属しない宙ぶらりんな状態だ。その身に人の進化の様々な可能性を秘めている。その全てを網羅しなければ、彼女を操ることなど叶わぬだろう」

 

「アレイスター。別に私のコトはいいから」

 

真守は脱線したアレイスターに声を掛ける。

アレイスターは悪魔の首を掴んだまま、獰猛に笑った。

 

「こちとら近代西洋魔術の全てを網羅した『人間』だぞ。たかだか逆位置の解釈如きで、手を誤って自爆するようなガラだとでも思ったのかね?」

 

『ひひっ、いひひひ! ひひひひひひひ──────』

 

悪魔が笑う中、アレイスターはグッと右手に力を込めた。

すると風船を握りつぶしたかのような渇いた音がパンッ! と響く。

 

アレイスターの一撃によって、悪魔は残骸一つ残さずに吹き飛んだ。

クリファパズル545に操られていた『騎士派』の面々は、糸の切れた人形のように倒れる。

そして彼らが大事に抱え込んでいた断頭金貨は、薄汚れたビール栓へと戻っていった。

 

たった一手で悪魔を排除した銀の少女。

一方通行(アクセラレータ)はそんなアレイスターを見て、目を細める。

 

「やたらと右手にこだわるな」

 

「ただの憧れさ。君はどうかね?」

 

悪びれもなくアレイスターが問いかけると、一方通行(アクセラレータ)は閉口した。

そんな一方通行とアレイスターの横で、真守はふむっと頷いた。

 

「さて。ロンドンの人たちをおかしくしている悪魔は排除できたな。これで少しすればコロンゾンの気配も薄れるだろう。問題はあとは二つの神威混淆(ディバインミクスチャ)だな」

 

真守は残っている問題を口にすると、垣根を見上げた。

 

「垣根、ミレーツさんの居場所は分かるか?」

 

ホレグレス=ミレーツ卿。

ローラがランベス宮に隠していた神威混淆の在処の地図を見つけ、神威混淆を回収し、地脈に接続するように指示した張本人。

真守が垣根を見上げると、垣根は目を細めてカブトムシのネットワークに接続する。

 

「場所はもう把握している。ご丁寧に馬車の外に貴族の旗を掲げてるバカがいやがるからな。偉いヤツらは自分の居場所を誇示するのが好きだよな、効率的じゃね──」

 

垣根が言葉を紡いでいると、視界の端で何かがちらついた。

真守たちがそちらを見ると、アパートメントの一室のドアがうっすら開いていた。

 

ドアの隙間から、白髪の老人が手招きしている。

 

早くこっちに来い。外は危ない。

 

自分たちを老人が心配している姿を見て、真守はにこっと微笑む。

そして手をふりふりと緩く振ると、真守はアレイスターたちと一緒にその場を後にした。

白髪の老人に見えない建物に飛んだ真守たちを、アレイスターは見た。

 

「受け入れても良かったのだぞ」

 

科学の長であり、稀代の魔術師は自分が造り上げた怪物たちを見る。

 

「忘れているのではないかね? 君たちは確かに学園都市が造り上げた怪物だ。だがそれは学園都市内部の話であって、自然の法則で動く『外』の人間はキミたちの正体を知らない。彼らは気軽に話しかけてくるし、キミたちもまた気軽に話しかけられるはずだ」

 

真守はアレイスターの言葉を聞いて、くすくすと笑う。

 

「ふふ。外と内では違うって、私たちは選ぼうと思えば普通でも何でも選べるって。そんなコト分かってるぞ、アレイスター」

 

真守は柔らかく微笑む。そして自分の制服の下に隠されている、学園都市を再起動できるチップが入った未元物質(ダークマター)製のペンダントにちょんっと触れる。

 

「私は学園都市が大事だから」

 

学園都市の再起動するための大切な品物を託された真守は、学園都市のことを想って笑う。

 

「垣根は私と私の大事なモノを大事にしてくれる。一方通行(アクセラレータ)も絶対に守りたいモノがある。それは学園都市という舞台でこそできるコトだ。だから今のままで良い。──アレイスター。お前と一緒に戦って、全てを終わらせて学園都市に帰る。それでいいんだ」

 

真守はアレイスターを見て、柔らかく微笑む。

真守に笑いかけられたアレイスターは被っている魔女っ娘帽子の鍔を掴む。

帽子の下でアレイスターは小さく笑うと、真守を見た。

 

「さて、それではウェストミンスター寺院だ。キミたちはとりあえず、神威混淆をバラまいた騎士を探しに行くのだろう? ……教育者の真似事も悪くないが、ちょっと話し過ぎた。喉が痛い……」

 

真守は喉をさするアレイスターを見て、ムッと眉をひそめた。

 

「まだ話は終わってないぞ。神威混淆(ディバインミクスチャ)はあと二つ残ってる」

 

「とは言ってもあの出力だ。簡単に排除できる」

 

垣根は適当に手を振って余裕を見せているアレイスターに呆れた目を向ける。

 

「クソ統括理事長サマは物事を軽く考えすぎだろ。やっぱそんなに楽観的で出たとこ勝負だから、やることなすこと失敗するんじゃねえの?」

 

「なんだ? アシュリン=マクレーンが危険だと言っていたのか?」

 

神威混淆をあまり警戒していないアレイスター。

そんなアレイスターに、真守は淡々と告げる。

 

「まだ終わってない。むしろこれからが始まりだ」

 

「……ほう?」

 

『流行』を冠する朝槻真守に断言されて、アレイスターはやっと事が少し危険なのかと考える。

そんなアレイスターを見て、一方通行は大いに呆れる。

 

「オマエは学園都市で一体何を見て来やがったンだ。悪が滅びたところで、人間の意識はそォ簡単に変わらねェ。むしろオマエはそォいう時に振りかざされる、善や正義の横暴こそ嫌ってたと思ったンだがな」

 

アレイスターは一方通行に痛いところを突かれて、押し黙る。

真守はアレイスターから目を逸らして、ロンドンを見渡した。

 

「コロンゾンが用意した神威混淆はミレーツさんが回収して、地脈に接続されて運用された。たぶん、三つの神威混淆は正しい使い方をされていないんだ。そしてまだ、あと二つ残ってる。今から回収に向かっても後手だからな。情報を集めるべきだ」

 

真守は遠くを見つめながら、そのエメラルドグリーンの瞳を妖しく光らせる。

 

「悪魔を斃したところで、悪魔の影響がすぐに収まるとは限らない。ロンドンの今の空気は、簡単に人の背中を押してしまう。背中を押された人は勝手に転び、取り返しのつかないところまで行き着くだろう。その前に助けなければならない」

 

真守が告げた瞬間、凄まじい光が放たれた。

真守は光が迸った方向へと目を向ける。

 

「悪魔の用意した霊装だ。単純な力で破壊すれば、術者にどんな影響が出るか分からない。救うにしても、真っ当な方法で救う。だからこその情報収集だ」

 

ロンドンは(いま)だに、異様な光景に包まれている。

神威混淆の影響がまだ残っているのだ。

それこそ悪の元凶を絶ったとしても、事が終わったわけではない事を表していた。

 

ファラオ像や石柱。ラクダやアフリカゾウ、そしてサソリやワニ。

西洋人が思い浮かべる、ありもしないエジプトの景色。

 

その中でもひときわ目立つ存在が、大英博物館から現れた。

 

その存在はすぐに広い場所へと移動を始める。

 

そしてテムズ川に架かっている、(いま)だに無事な一本の橋に落ち着いた。

 

『彼女』は元々グラマラスな体つきをしていた。

だが禁欲を象徴とする黒い修道服に身を包んでいたため、直に触れるというバカな行いをしなければ、肉体の豊満さは分からないようになっていた。

 

そんな『彼女』のことを守っていた黒い修道服は見る影もない。

 

『彼女』はその素肌をさらけ出し、エジプト神話と言われれば連想する白い布と純金の飾りだけを身にまとっている。

 

右手首には黄金の腕輪。

その安直さはエジプトをなんとなくしか知らない人間が勝手に抱くイメージそのものの装飾だ。

そして、空間を侵食するような後光。

それは黄金とダイヤが複雑に絡み合うような花輪で、辺りが暗いため凄まじい光を放っていた。

 

それでも『彼女』は胸に十字架を下げていた。

ただその十字架は、彼女を守ってはくれない。

 

そんな彼女に、近付く人影があった。

上条当麻。ツンツン頭の男子高校生だ。

 

「どうしてだ……」

 

上条は現実を上手く認識できずにぼそぼそと呟く。

 

「どうしてよりにもよってお前が手に取った!? オルソラぁぁぁ!!」

 

上条の悲しい叫び声が響き渡る。

するとオルソラと呼ばれた敬虔なるシスター──オルソラ=アクィナスは柔らかく笑んだ。

 

「あらあら。またお会いしましたね、上条さん」

 

その言葉と共に、ロンドンは再び変貌を遂げた。

極彩色の南国風の蔓がテムズ川の水面を割って飛び出し、蔓を合わせ七色の塊となって無数に生え伸びる。しかもただの極太の植物の蔓ではないのだ。

 

蔓にはハエトリソウのような楕円の縁に棘を生やした葉を二枚合わせる食虫植物が、おびただしいほど無数にぶら下がっていた。

七色の蔓はロンドンに強襲を掛けていたクロウリーズ・ハザードを、ロンドンの建物を壊しながら捕食していく。

 

クロウリーズ・ハザードに対抗できる霊装は、今のところ神威混淆しかない。

その神威混淆を、修道女──オルソラ=アクィナスは手に取って身に纏ったのだ。

 

真守はオルソラ=アクィナスを遠くから捉えただけで、くらっとしてしまう。

清らかに神を信奉する修道女が、悲惨な状態になっている。

そのせいで、真守は精神的に参ってしまったのではない。

 

「真守、どうした?」

 

垣根は気分を悪くしている真守のことを、強く抱き留める。

真守は垣根の胸板に顔を埋めると、ぎゅっと垣根の腕を掴んだ。

 

「垣根。……とりあえず、ここは危ないから飛んでくれ」

 

真守が指示を出した瞬間、極彩色の植物の蔓が攻め込んできた。

垣根は真守のことを抱き上げて、未元物質(ダークマター)の翼を広げて飛翔。

そして一方通行(アクセラレータ)と共に、手頃で適度な高さがあるピラミッドに飛び乗った。

 

アレイスターは共に来なかった。おそらく魔術に対して絶対的に有効な右手を持つ、上条当麻を探しに行ったのだろう。

 

垣根は自分に顔を埋めて、周りの景色を見ないようにしている真守に目を落とす。

真守の顔色は悪い。すごく気持ち悪そうにしている。

まるで船酔いでもしてしまったのか。そんな顔をしてる。

 

「真守、何があった。あの修道女のせいで具合が悪くなってんだよな?」

 

「……うん。ちょっとヤバい……」

 

真守は垣根の胸に顔を埋めて、周りが見えないようにする。

真守の不調の原因。

それは垣根が問いかけた通り、神威混淆に身を委ねて飛行しているオルソラのせいだった。

 

「神威混淆をまとっているシスターさんの情報量が多すぎる……」

 

真守は垣根にすり寄って、オルソラの姿を見ないように眉をひそめる。

オルソラは現在、その身にあらゆる意味を内包していた。

 

例えば指先に絡みつく葡萄の蔓を模した金の糸。

それだけでも恵みや凶器、そして新しいとしても平和や血のイメージ、はたまた占いにも使われるオリーブの枝でさえ連想させる。

 

真守は魔術について詳しくない。あくまで真守は科学の徒であり、そこまで精通していない。

だがその意味を理解できなくとも、その指先に絡みつく金の蔓にそれだけの情報量が隠されていると読み取れてしまうのだ。

 

オルソラ=アクィナスは、身につけているものに情報過多すぎるほどに意味を含んでいる。

そして真守はその情報を自らで処理し、自然と意味を理解しようとしてしまう。

思考だけが高速でぐるぐると周り、目の前がチカチカしてしまう。

 

もし朝槻真守が魔術に精通し、指先に絡みつく金の蔓の意味すらも全て理解できていたら話は違っただろう。

 

既に理解している情報ならば、その情報を分析して処理するという過程を踏まなくていい。

膨大な演算能力を持っている真守は、その全てを解析できただろう。

 

だが現実に朝槻真守は魔術を知らない。そのため膨大な情報量に頭が参っていた。

 

「シスターさんの全身には、膨大な量の情報が込められているんだ。視界にとらえただけで、読み取れる者はその膨大な情報を読み取ってしまう。だからシスターさんを見るのがちょっと辛いんだ。ごめんな、垣根。……状況を確認できなくて」

 

「良い。俺たちに甘えとけ。お前はなんでもかんでも自分でやろうとしすぎだ」

 

垣根は真守のことを抱きしめると、自分の胸の中に閉じ込めて辺りを見なくても良いようにする。

真守は小さく『んー……』と唸ると、垣根だけを視界に入れるように顔を上げた。

 

「別に戦場でラブコメしてるワケじゃないぞ……?」

 

ちょっと不満そうな真守。そんな真守を見て、垣根はふっと笑った。

 

「何の主張だよ、分かってるって。良いから俺だけを見てろ。周りを見るんじゃねえ」

 

垣根は真守の小さな頭に手を沿えると、抱きしめて真守が周りを見なくて良いようにする。

 

カブトムシ(端末)。バッキンガム宮殿に繋げ」

 

垣根が指示すると、真守の髪の中に隠れていたカブトムシが顔を出した。

そしてバッキンガム宮殿にいるアシュリンへと繋ぐ。

 

『やっぱり首都決戦兵装とは名ばかりね。神威混淆はロンドンのことをお構いなしに破壊してる』

 

垣根はアシュリンと繋がったカブトムシを見つめて、問いかける。

 

「そっちは大丈夫か?」

 

『いまのところはね。……ただ、帝兵さんで確認したところ。ミレーツ卿は本当に許されないことをしたようね。人の犠牲を何とも思わない。人の信仰を無残に散らすやり方をね』

 

真守は憤っているアシュリンの声を聴いて、垣根の腕の中できょとっと目を見開く。

 

「伯母さま、一体どういうこと?」

 

『日本人は元々宗教観が薄いし、学園都市に住んでいて宗教に触れてないからピンと来ないかもしれないけど。……ああ、もちろん。責めているわけではないのよ。これは生まれと立場によって違う価値観だから』

 

アシュリンはそう前置きすると、忌々しそうに顔をしかめる。

 

『意味が曖昧なエジプト神話でできた、ギリシャ神話が混ぜ込まれた術式。それを身に纏うということは、異なる神に(くみ)することと同義。つまり唯一神を掲げる十字教徒にとっては、忌むべき行為なのよ』

 

十字教を信じる者にとって、他の宗教とは絶対に認められるものではない。

十字教に限った話ではない。敬虔な信徒は、自らが信じる神以外を許容できない。

 

神威混淆(ディバインミクスチャ)とは、十字教と関係のないギリシャ人が考えたエジプト神話だ。

それは明確に異なる宗教。それを身に纏うということは、異なる神に屈するということ。

信仰する神以外に身を預けるという行為は、清らかな信仰を旨とする敬虔な信徒を貶める行為だ。

 

真守はアシュリンの説明を聞いて、垣根にすり寄りながら顔をしかめる。

 

「……神を信じる敬虔な信徒への明確な冒涜だな。大悪魔のやりそうなコトだ」

 

『わたくしは十字教徒ではないけれど、十字教徒の者たちが心から神を信仰しているのを知ってるわ。……そんな敬虔なシスターをミレーツ卿は貶めた。一発殴らないと気が済まないわね』

 

修道女とは十字教を信仰する敬虔な信者だ。

そんな存在がエジプト神話に身を堕としてしまったのはクリファパズル545の影響に他ならない。

だがそもそもミレーツ卿が修道女のもとへと神威混淆を寄越したのがいけなかったのだ。

最終的に修道女が自ら手に取ったとはいえ、その選択を迫ったのはミレーツ卿だ。

 

「そォだな」

 

一方通行(アクセラレータ)はアシュリンの言葉に賛同すると、忌々しそうに舌打ちをする。

 

「いくらクリファパズル545とかいうヤツが促して、修道女が自分から手を伸ばしたんとしても。もとはと言えばその騎士サマが背中を押したのが悪ィ」

 

何故ミレーツ卿は自分で使わずに、清らかな身の修道女を犠牲にしたのか。

それは自分が犠牲になるのが嫌だったからに他ならない。

 

「自分じゃなくて他人を穢して生き残ろうなンて良い度胸じゃねェか。クソ野郎」

 

『ええそうね。そんなヤツは騎士の風上にも置けない。おイタにはちゃんと制裁が必要よね』

 

アシュリンはカブトムシの向こうでにっこりと微笑む。

その声は冷ややかで、思わず真守は息を呑んでしまった。

自分ではなく他人を蹴落として生き残ろうとした騎士、ホレグレス=ミレーツ。

彼を懲らしめるために同じ貴族であるアシュリンから許可が出たため、真守たちは動き出した。

 



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第一三五話:〈鉄拳制裁〉と解決に走る

第一三五話、投稿します。
次は一〇月一二日木曜日です。


神威混淆(ディバインミクスチャ)。大悪魔コロンゾンが首都決戦兵装と銘打って用意していた霊装。

 

神威混淆はギリシャ人が考えた、ギリシャ人の視点から見たエジプト神話であるロゼッタストーンがモチーフだ。そして神威混淆は人間が身に纏う事で、本来の力を発揮する。

 

誰かが身に纏う。それはつまり必ず誰かが犠牲になる必要があるという事だ。

しかも十字教徒ならば、ギリシャ人が考えたエジプト神話などという訳の分からない異なる神に(くみ)することになる。

 

コロンゾンは神威混淆の他に、クリファパズル545という悪魔を用意していた。

その悪魔のせいで、ロンドンの人々は簡単に道を踏み外してしまう。

だからこそ、清貧を絶対に守るであろう修道女、オルソラ=アクィナスが神威混淆を手に取ってしまったのだ。

 

神威混淆を修道女が手にするように手配したのは、『騎士派』の一人ホレグレス=ミレーツ卿だ。

 

彼はこの非常事態において、純粋な英国人でない元ローマ正教の修道女たちをどうにか排除できないものかとも考えていた。だからこそ彼は神威混淆を自分で使う事無く、運び屋を使って大英博物館に神威混淆を送り返したのだ。

 

イギリスの要人は、歴史的価値がある建物のそばで陣取っていることが多い。

そして部外者を必要以上に遠ざける習性がある。

 

しかも大変お上品な騎士サマは戦争の時にも自前の旗や紋章を掲げ、わざわざ自分の居場所を知らせるのだ。彼らは日本の戦国時代における一騎打ちをする時に自身の名前と経歴を明かすように、自らの存在を誇示している。

 

「真守。周りを見るんじゃねえぞ」

 

垣根帝督は未元物質(ダークマター)の翼を広げていた。

そして真守のことを抱き上げて飛翔し、真守が周りの景色を視界に入れないようにしていた。

 

オルソラ=アクィナスが身に纏う神威混淆には、様々な意味がでたらめに付与されている。

情報を読み取ることができる真守は、修道女を視界に入れただけでその情報量の多さに酔ってしまうのだ。だから垣根は真守のことを優しく抱き寄せて、真守に気を配りながら空を飛ぶ。

 

そんな垣根に追随していた一方通行(アクセラレータ)は、垣根より前に出た。

そして、神威混淆を手に取らせた元凶であるホレグレス=ミレーツ卿が乗った馬車を襲撃。

 

一方通行は馬車からその人物を引っ張り出すと、ネルソン記念柱と言われるトラファルガー広場のランドマークである、五○メートル以上の高さを誇る柱の上から逆さづりにした。

 

真守は垣根の腕の中からちらっと一方通行(アクセラレータ)を見て、少し慌てる。

 

「一方通行、あんまり手荒なことをしないでくれ」

 

真守が声を上げる中、垣根帝督は一方通行の隣に着地する。

突然馬車に強襲を掛けられて、白い怪物に引きずり出されたホレグレス=ミレーツは、何が起こったか把握できない。ちなみに馬車から引きずり出す時に抵抗したため、すでに一方通行に何度かぼこぼこに殴られていた。

 

真守は垣根に柱の上に降ろしてもらいながら、一方通行をちょっと怒った様子で見つめる。

 

「気に入らない相手だからって簡単に手を上げてはダメだぞ。お前はもう話ができない怪物じゃないんだから」

 

真守は隣にいる一方通行の肩をぺちぺちと叩く。

ホレグレス=ミレーツは一方通行にぶらぶら下げられたまま真守を見て、驚愕する。

 

「げぇ!? マクレーン!?」

 

真守とアシュリンは遺伝子上においては、母娘といっても差支えがない。

しかも真守とアシュリンはそっくりなのだ。

違うのは銀髪か黒髪か。年齢が少し若いかだけ。

見る者が見れば、真守はマクレーンの血を引いていると一発で分かるのだ。

そんな真守を見て、ホレグレスは逆さのまま怒鳴り声を上げる。

 

「わ、わらひにこんな事をするとはっ!! 早く降ろせっ!! 歴史あるイングランド貴族の一員たるこの私をなんだと思っているんだ!!」

 

真守はぎゃーぎゃー喚くホレグレスを前に、微妙な顔をする。

 

「うーん。なんか落ちぶれ貴族っぽい不遜な態度。伯母さまが毒舌評価するのも分かる気がする」

 

「な、なんだとっ?!」

 

真守はホレグレスが騎士としては三流も良いところだとすぐに見抜く。

それでも真守はアシュリンから、言伝を授かっているのだ。

だから丁寧に、ゆっくりと英国語で伝える。

 

「騎士団長がちょっと使い物にならないから、いま伯母さまが『騎士派』の指揮を執ってるんだ。だから早く伯母さまに連絡をつけてくれ。ちなみに伯母さまは英国女王から正式に指揮権を賜っているからな。お前の行動は目に余るって、伯母さま怒ってたぞ」

 

真守の丁寧な英国語を聞いて、ホレグレスは顔を真っ赤にする。

 

「マクレーンなどという辺境貴族が出しゃばるな! どうせ戯言だ! これはイングランド貴族を貶める罠に違いないっ! 私は騙されないからな!!」

 

真守は厚顔不遜なホレグレスの言葉に、むーっと口を尖らせる。

 

「伯母さまたちのことを悪く言うなっ! このでぶっちょ!! 口の利き方と立場が分かってないのはどっちだ!」

 

真守はぷんぷん怒って、ピンッと人差し指で虚空を弾く。

すると、ホレグレスの顎下に強烈な一撃が入った。

 

「ほぐあっ!!」

 

ホレグレス=ミレーツは立派な甲冑を身に纏っている。

ミレーツが身に纏っている甲冑は超能力者(レベル5)である一方通行の攻撃を受けても、四肢が引き千切れて爆散しないほど強固だ。

だがその甲冑を貫通して、突然顎に衝撃が走ったのだ。

 

何が起こったか本当に分からないホレグレス=ミレーツ。

そんな男を睥睨して、真守はふんっと憤慨する。

一方通行(アクセラレータ)はホレグレスを逆さづりにしながら、真守を見た。

 

「オマエ、さっき俺に暴力振るうなって言ってただろォが……」

 

真守は一方通行に微妙な顔を向けられながら、ふふんっと得意気にする。

 

「簡単には手を出しちゃダメって意味だ。時と場合によっては、純粋な力が相手を屈服させる良いスパイスになる」

 

胸を張る真守を見て、一方通行は胡散臭そうにする。

垣根はふっと笑うと、真守の手を握った。

 

「真守の言う通りだ。この騎士サマは大悪魔に触発されて誰かを犠牲にしたんじゃねえ。元から性根が腐ってるから誰かを犠牲にできるんだよ。こういうヤツは力で立場を分からせるしかねえ。昔の誉望みてえにな」

 

真守は余計な一言が垣根から聞こえて、思わず遠い目をする。

 

「垣根……それ誉望が聞いたらすごく肩身が狭くなるだろうから、もう許してあげて。誉望も垣根と同じで、ちゃんと変わったんだから」

 

真守が遠い目をする中、一方通行がため息を吐く。

 

「オマエも手を上げた事だし、もォコイツやっちまってイイか?」

 

呆れつつも、一方通行は真守に一応お伺いを立てる。

真守は垣根にすり寄りながら、周りを見ないようにホレグレスに目を向ける。

 

「確かにこのでぶっちょは根性腐ってるかもしれない。でも、一応伯母さまと同じ『騎士派』に所属してる端くれだからな。伯母さまに確認を取る。……私がどんなに言っても、伯母さまの使いで来たって理解できないようだしな」

 

真守はふんっと憤慨すると、肩にくっついていたカブトムシに目を向ける。

 

「帝兵さん、伯母さまに繋げてくれ」

 

『はい』

 

カブトムシは真守にお願いされて、ヘーゼルグリーンの瞳を輝かせる。

すると、冷酷ながらも優雅なアシュリン=マクレーンの英国語が発された。

 

『ごきげんよう、ミレーツ卿? わたくしの可愛い姪を使いに寄越したのに信じないなんて、バカらしくて微笑ましいわ』

 

しょっぱなからフルスロットルな伯母に、流石の真守も慣れた。

だから特に気にする事なく、真守はカブトムシを抱き上げて、イイコイイコと角を撫でる。

するとそんな真守の前で、ホレグレスはぶらぶら逆さにされたまま叫ぶ。

 

「ま、マクレーン! 貴様どこから声を出してる! そのカブトムシはなんだ!!」

 

『あらあら。歴史しか取り柄のない、二○○年は何の功績も上げていない貴族のお荷物にそのようなことを言うとお思いになりまして?』

 

「こ、このっ!!」

 

ホレグレス=ミレーツは顔を真っ赤にさせたまま、言葉に詰まる。

何故ならアシュリンは嘘を言っていない。純粋な事実しか言ってないのだ。

そんなホレグレスに、アシュリンは畳みかける。

 

『ミレーツなんて二○○年前にちょっと一度活躍したくらいで、何をそんなに大きな顔をしていますの。特にあなたなんて、女王にも顔を覚えられていないくせに』

 

何も言い返せないホレグレスをいい事に、アシュリンはまくしたてる。

 

『大体そのだらしない体躯はなんだというの。もしかしてウチの当主に負けた時から剣を諦めてますの? 「清教派」の武闘派シスターにすら勝てない負け犬が、彼女たちをいいように捨て駒扱いするなんてずいぶんとご立派ですのね。笑ってしまいますわ。ふふふふふ』

 

アシュリンの軽やかな毒舌を聞きながら、真守は眉を寄せる。

 

(伯母さま、すごく生き生きしてる……)

 

すごく楽しそうな伯母の顔が思い浮かぶ。

そんな真守の隣で、一方通行はカブトムシに目を向けた。

 

「で、コイツはどォすりゃイイ?」

 

『そのだらしない体がまとっている特注(笑)の鎧は曲がりなりにも最高級だから、何したって簡単には死なないわよ。せめてカツオのタタキみたいに炙って差し上げて細切れにしないと』

 

「ほォ。お前より上等な貴族のお方が遠回しに許したンだから別にいいよなァ?」

 

一方通行は獰猛な笑みを浮かべる。

その笑みを見て、ホレグレス=ミレーツは自分の身が危険だと言う事をじわじわと理解していた。

 

「思う存分ぶっ飛ばしてもうっかり殺しちまう心配のねェ、しかも一ミリも罪悪感の湧かねェヤツってなァ、本当の本当に心の底から助かるンだよ!! その根性物理的に叩き直してやるからちったァ頑張りやがれェ!!」

 

一方通行はベクトル変換を十分に使って、ホレグレス=ミレーツを百叩きにする。

 

「あ、一方通行! 死なないって言っても流石にそれはマズいっ!!」

 

真守は一方通行を止めるために手を伸ばす。

垣根はそんな真守のことを抱き寄せて、腕に閉じ込めた。

 

「イギリスの膿はここらで取り除いておかねえとな。一方通行(アクセラレータ)に好き勝手やらせておけ」

 

「む。むむむ……確かに道理だけど。……一方通行っあんまりイジメちゃだめだからなっ!」

 

真守が声を掛けると、一方通行はホレグレス=ミレーツに渾身の一発を叩きこんだ。

するとホレグレス=ミレーツの体は、一〇〇〇メートル以上水平にぶっ飛んでいく。

 

そしてロンドンのランドマークである時計塔の文字盤のど真ん中に突き刺さった。

 

一方通行はチッと舌打ちをする。

そして空中を駆けると、真守の肩に乗っているカブトムシへと顔を近づけた。

 

「見てたか? ホレグレス=ミレーツはふっとばしておいたぜ」

 

『手を煩わせてしまい、ごめんなさいね。オルソラ=アクィナスが身にまとっている神威混淆についてこちらも調べをしているけれど、詳しいことはまだ分からないの。……馬車に情報が残ってないかしら?』

 

真守はアシュリンの頼みを聞いて、すっとホレグレス=ミレーツに手を向ける。

そして、目を細めて。ミレーツ卿から情報を読み取った。

 

「ミレーツさんは特に知らないな。止め方も知らないようだ」

 

真守は『流行』を冠する者として、ふむっと納得したように頷く。

 

「……まあ、最初に神威混淆を地脈に接続したあたりから、使い方が分からないってのは読み取れたが。……神威混淆は人が身に纏うコトで効力を発揮する。どうやらミレーツさんは再計算することで使い方を突き止めたらしい」

 

真守はオルソラ=アクィナスを視界に入れないように、ロンドンを見渡す。

ロンドンは悲惨な状況になっていた。古い建物は崩壊し、エジプトのよく分からない建造物も共に破壊され。その間を縫うように、極彩色の蔓が蔓延っている。

 

「コロンゾンの霊装のことは、コロンゾンの手先に聞くのが一番だと思う」

 

『真守ちゃん? それはどういうこと?』

 

アシュリンに問いかけられて、真守は淡々と告げる。

 

「アレイスターはあの悪魔のことを『命に似た何か』であり、器物であると言っていた」

 

真守は前置きすると、とある場所に目を向けた。

その方向にあるのは、先程アレイスターと共に悪魔を撃退したアパートだ。

 

「大悪魔コロンゾンのコトだ。あの悪魔に復元機能をつけていてもおかしくない」

 

あの悪魔。それはもちろん、大悪魔コロンゾンが用意して聖人・神裂火織に憑依させていたクリファパズル545の事だ。

 

コロンゾンの手先であるあの悪魔の方が、ミレーツ卿などという『騎士派』の端くれよりも情報を多く持っているに違いない。

 

真守は垣根にすり寄って、ふふんっと鼻で得意気に笑う。

 

「私はこれでも魔神を三体も再構築した人間だ。霧散している悪魔をかき集めて言うことを聞かせるくらいできる。……そして、私が導けば垣根も私と同じことができる」

 

垣根は真守の言葉に目を見開き、ふっと笑った。

垣根帝督は朝槻真守は学園都市から解き放った人物だ。

解き放たれて、『流行』へと至った真守。

そんな真守の世界を、垣根帝督は自らの力をフルに発揮すれば覗き込める。

 

「私にできる事は垣根にもできるんだから。だから一緒にやろう」

 

真守はふにゃっと笑うと、垣根の手を取る。

 

「もちろん一方通行(アクセラレータ)も一緒にできる事だぞ?」

 

真守は帰ってきた一方通行を見上げてにへらっと笑う。

 

「ふン」

 

一方通行は鼻で嗤うと、にこにこ微笑む真守へと近づいた。

 

「俺は見てる。どォせこの男がやきもち焼くだろォしな」

 

「うるせえよ」

 

垣根はじとっと一方通行を睨むと、真守を見た。

 

「俺を導いてくれ、真守」

 

「うん。何せ私はみんなを導くために先に神さまになったひとだからな」

 

真守は笑うと、握っている垣根の手を自分の胸元に寄せる。

 

「私は人のフォローをするのが大得意だ。それに垣根はもともと才能があるからな。私がちょろっと導けば後は自分でできるようになるぞっ」

 

真守が元気づける笑顔を見せる中、垣根は頷く。

そして真守のことを抱き上げると、未元物質(ダークマター)の翼を広げた。

 

純白のこの世には存在しない、彼方の世界にて輝く物質。

それによってできた、誰にも穢されない翼を広げた垣根は──愛おしい少女を抱きしめてふわっとその場から浮いた。

 



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第一三六話:〈再生構築〉と主従契約

第一三六話、投稿します。
次は一〇月一六日です。


クリファパズル545。

コロンゾンが創り出した、邪悪の樹を基とした憑依専門の悪魔。

アレイスターによって排除された悪魔だが、真守の推測通りコロンゾンはクリファパズル545に復元機能を付けていた。

 

その復元機能によってクリファパズル545がもう一度動けるようになるまで、もう少し時間がかかるはずだった。

 

だが真守の導きのもと、垣根帝督がクリファパズル545をかき集め、再構築した。

しかも垣根は自分や真守に反旗を翻せないように、クリファパズル545にストッパーとしていくらか数値を入力した。

 

その結果、真守と垣根から逃れることができなくなったクリファパズル545。

彼女はアレイスターと戦闘があった建物から少し離れた建物の屋上にて、ぺたんと屋上の床に座っていた。

 

『無理解、不寛容。お互いがお互いを諦めてしまう悪意を物理的な破壊へ変換したモノが、「 神威混淆(ディバインミクスチャ)」の正体ですぅ』

 

クリファパズル545はコロンゾンが造り出した霊装、神威混淆についての情報を口にする。

彼女は真守と垣根によって逆らえないように数値を入力されたため、二人の要望通りに神威混淆について喋るしかないのだ。

真守はふむっと頷くと、ちらっとロンドンの街並みに目を向ける。

 

「無理解・不寛容を攻撃に転用する、か。……だから人間に接続したらあれだけクロウリーを屠ることができたのか」

 

今もなおクロウリーズ・ハザードを蹴散らし続けている神威混淆。それを身に纏ったオルソラの姿を視界に入れないようにしながら、真守は情報を整理する。

 

人間は分かり合うことが難しい生き物だ。

自身の利益や目的を第一として、他人を蹴落とす。自己生存本能に基づく、この世界のあらゆる生物が逃れられない運命だ。

 

だが人々は心を持っている。だからこそ分かり合う事ができる。

その相互理解を極限まで邪魔をして、それを攻撃に転用する。

それが神威混淆という霊装の正しい力なのだ。

 

真守はクリファパズル545の説明を聞き、ちょっと呆れた様子を見せる。

 

「アレイスターは他人にどんな悪口を言われても悪者にされても、全然気にしなかったからな。むしろそれを逆手にとって好き放題悪事を繰り広げていたし……無理解・不寛容を力に転用する神威混淆はアレイスターに効きまくりだな」

 

アレイスター=クロウリーは英字新聞で好き勝手記事を書かれていた。

英字新聞とはその時代、貴重な情報源だった。そのため人々は英字新聞に書かれたアレイスターの姿を真実として、アレイスターのことを罵っていた。

 

アレイスターは事実無根の噂話をされても気にしなかった。むしろ嬉々として英字新聞と同じような振る舞いをして、場を混乱させていた。

 

人間とは根本的に分かり合えない。そう思っているアレイスターだからこそ、無理解・不寛容を攻撃に転用する神威混淆は対アレイスターの霊装になるのだ。

真守はアレイスターのことを考えながら、ピッと人差し指を立てる。

 

「これまで入手した情報を統合して推測すると、霊装の名前がエジプト神話とギリシャ神話のどっちの神さまもくっつけた名前なのは、最初から偏見や先入観の溝を織り込んだ霊装としてコロンゾンが造り上げようと画策したからだな?」

 

ラー=ゼウス、オシリス=ハデス、テフヌト=アルテミス、ワチェット=レト。

──そして、イシス=デメテル。

 

これは真守の伯母であるアシュリン=マクレーンから聞いた話だが、元々ギリシャ人はエジプト神話をきちんと学んで理解するつもりがなかった。

そして新たに発見された神々を簡単に容認する事ができず、結果として自身が崇める神の名前を無理やり対応させた。

 

ギリシャ人が適当に考えた、それでも何故か魔術として作用してしまう身勝手な解釈。

 

神威混淆とは、クリファパズル545を敢えて邪悪の樹の解釈を誤用して生み出したコロンゾンらしい手腕だった。

真守は存在している価値あるものを誤用する事で、半ばその価値を否定しているコロンゾンを考えて顔をしかめる。

 

「価値ある物事を小馬鹿にするしかできないとは、コロンゾンは本当にひねくれてるな。まあアイツの在り方に則っていえば、当然なんだろうけど」

 

真守がちょっと寂しそうにする。すると、垣根が面倒そうに目を細めた。

 

「数価、三三三『拡散』だっけか? 人と人の不和を生むアイツが神威混淆を作るっつうのは、納得できるモンがあるな」

 

真守は垣根を見上げて、にこっと微笑む。

 

「でもコロンゾンの在り方は、世界にとって必要なモノだけどな」

 

「……お前が生まれたようにか?」

 

「うん、その通りだ」

 

真守は垣根の言葉に、こくんっと頷く。

そしてちょっと距離を取って、垣根と一方通行(アクセラレータ)を見た。

 

真守のエメラルドグリーンの瞳は絶対能力者(レベル6)進化(シフト)した時から無機質であり、人形のように作りものめいたようになっていた。

 

だが『流行』に至った今は違う。優しい眼差しを秘めており、その奥に確かな意味を孕んでいた。

 

一方通行(アクセラレータ)と垣根は、真守から目を逸らせない。

目を逸らす気はないが、何故か今この場においてとても惹き付けられてしまうのだ。

真守はふふっと笑うと、妖しくエメラルドグリーンの瞳を輝かせた。

 

「万物は流転する」

 

朝槻真守は穏やかに淡々と、自らの在り方を口にする。

 

「この世界のあらゆるものは、絶えず変化し続ける。私は元々、新たな定義を流れに加えながらも、世界をどこまでも進み続けさせる事がその能力名にも刻まれていた」

 

世界の仕組みを動かし続け、絶えず世界を進み続けさせる。

それが朝槻真守の本質だ。

そして正当な進化を経た真守は、人々が生み出す流行りや廃りなどを司る『流行』へと至った。

 

「コロンゾンはある意味、世界にとって必要な存在だ。何故ならその真髄は世界を滅ぼし、次へと至るために必要な破壊だからな」

 

一方通行(アクセラレータ)と垣根は黙って真守の話を聞く。

真守はエメラルドグリーンの瞳を柔らかく細めると、コロンゾンについて思いを馳せる。

 

「自然分解。コロンゾンは世界に滅びを与えるコトにより、新しい時代を到来させるために存在する。世界を壊して生まれ変わらせる。その壊す役割を、コロンゾンはその身に刻まれている」

 

コロンゾンの在り方を肯定するような事を、真守は告げる。

一方通行(アクセラレータ)は朝槻真守が敵に回るのかと思った。

だが垣根帝督はそう思わなかった。だから真守に問いかける。

 

「コロンゾンの()り方をお前は否定しねえ。でもコロンゾンが今やってる事は間違っている。だからお前はコロンゾンを止めにイギリスまでやってきたんだよな?」

 

「うん」

 

真守は垣根の確認に笑みを浮かべる。

そして腕に抱いていたカブトムシをぎゅっと抱きしめた。

 

その時。後ろから真守の後光のように神威混淆から放たれた一撃が、クロウリーズ・ハザード数百体を滅亡させた。

 

ロンドンに似つかわしくないエジプト紛いの風景と世紀末を背に、真守は告げる。

 

「神に隷属する時代は終わった。そして人々は自由になった」

 

神に隷属する。それは即ち、十字教単一支配下における人々の在り方だ。

 

「人々は真なる目覚めを迎えたんだ。そして一人一人が神へと至る時代が到来しつつある」

 

一人一人が神へと至る時代。

それは即ちアレイスター風に言えば十字教が支配するオシリスの時代が終焉を迎えたという事だ。

そして時代は人々が真なる目覚めを果たすホルスの時代へと、明確に移行しつつある。

 

朝槻真守は先駆けの乙女として、人の枠組みから外れる事無く一足先に神へと至った。

そして朝槻真守を『(しるべ)』として、人々が一人一人、自らの望む姿へと進化する時代でもある。

 

「人々は自分の在り方に則って、自由に生きる。その時代がやってきたんだ。素晴らしい時代が始まったばかりなのに、世界を壊すなんて間違ってるだろ?」

 

アレイスターの言うホルスの時代が始まったのは一九〇四年のエイワス召喚によって最後の審判が示された時だ。それからまだ一〇〇年ほどしか経っていない。

 

そして朝槻真守が『(しるべ)』となれるように正当な進化を遂げたのはつい最近だ。

これから人々は真守に導かれて、変わっていく。それなのにその変化を壊されたらたまらない。

だから『流行』を冠するに至った真守はコロンゾンを止めに来た。

 

朝槻真守が『自然流行』を冠するに至ったように、世界は変わりゆくものである。

だから遥か昔に『自然分解』を自らの()り方だと決められたコロンゾンが、いつまでもその在り方を全うしなければならない道理はない。

 

「……俺は、お前がやりたいようにやりゃあいいと思ってる」

 

垣根は柔らかく微笑んで真守に近づき、その頬に手を添えた。

 

「でも俺は絶対にお前の隣にいたい。お前が大事にする世界より、俺はお前の方が大切だ」

 

「えへへ。私も垣根がいないと困る。とても寂しい」

 

真守は柔らかく微笑むと、自分の首から下げているお守りを握る。

学園都市の停止した機能を再び蘇らせるためのワクチンソフト。

それを手にしながら、真守は目を細める。

 

「もちろん私は一方通行(アクセラレータ)も一緒が良いな。そして学園都市のみんながいないと、私はとても困る。すごく寂しく思ってしまうから」

 

真守は柔らかい笑みを浮かべている一方通行へ目を向ける。

一方通行は、優しい眼差しで真守を見た。

 

「とってつけたよォに言わなくていい。……ちゃんと分かってる」

 

真守はふふっと幸せそうに笑う。

そして二人を前にして、宣言する。

 

「全部を救って帰ろう。それが私たちにはできる。絶対にな」

 

真守が柔らかく告げると、垣根はそんな真守を抱き寄せた。

真守は垣根の腕の中でくるっと回転すると、クリファパズル545を見た。

 

「さ。悪魔ちゃん、もう少し詳しく教えてくれないか。大丈夫。私はお前にもできる限り優しくしたいと思ってるぞ?」

 

真守がにっこり微笑むと、クリファパズル545は内心思う。

 

この少女はどうやら、自分を造り上げた大悪魔と同じ立場へと人の身ながらも至っているらしい。

それならば媚びを売っておくことも大事だ。

何故ならクリファパズル545は、こんなところで終わりたくないからだ。

 

もちろん垣根によって再構築されたクリファパズル545には、絶対服従の数値が埋め込んである。主人は未だに空席だが、それでも真守と垣根には逆らえないのだ。

 

だからクリファパズル545は、神威混淆の解除方法について口にしようとする。

だがそれを、一方通行(アクセラレータ)が止めた。

 

「オイ悪魔、ちょっと待て」

 

『はいですぅ?』

 

クリファパズル545は一方通行の言葉に首を傾げる。

そんな悪魔の前で、一方通行は真守と垣根を見た。

 

「コイツ、貰ってもいいか?」

 

「ん。一方通行、悪魔ちゃんが欲しいのか?」

 

真守が問いかけると、クリファパズル545は驚愕の声を上げる。

 

『ひひ!?』

 

朝槻真守と垣根帝督と同じくらいヤバそうな存在、一方通行(アクセラレータ)

一方通行はクリファパズル545に手を加えていない。手を加えずとも、一方通行は力任せでクリファパズル545を従わせればいいと考えている。

クリファパズル545は一方通行のその意図に気が付いており、ぶるりと震える。

そんな悪魔を睥睨して、一方通行は眉をひそめた。

 

「アレイスターの野郎が科学と魔術を切り分けちまったせいで、俺は世界の片側しか理解できてねェ。今からもう片方を学び直すってのも周回遅れだ。モノの本質が分かるまで、迂闊に手を出して後悔したくもねェ」

 

ここに来るまで、多くの魔術を見てきた。

それは一方通行(アクセラレータ)にとって未知のものだ。

触れてきた事のない世界。うかつに手を出せば、火傷してしまう。

世界を分断した彼(女)のことを考えて、一方通行は真守を見つめる。

 

「俺はオマエみたいにヤツを手放しで信用できねェ。だからカードが必要だ。オマエたちは自分の手札を応用して魔術を使うことができるが、俺はあいにくとそォなれるまで時間がかかる。そォいう意味でも周回遅れだ」

 

「だから必要な時に必要な知識と力を。そのために悪魔ちゃんが欲しいってことだな」

 

一方通行は真守の確認に肯定の意味を込めて頷く。

正直、自分のできないことをおおっぴらに宣言するのは避けたいことだ。

だが真守たちの前でカッコつけることはない。

 

あの無能力者(レベル0)にはそういうところを見せたくないが、自分の悪側の本質を理解している二人になら知られてもまあいいかと思うのだ。

真守は一方通行を見て、にっと笑う。

 

「いいぞ、一方通行(アクセラレータ)にあげる。垣根と私が入力した、悪魔を束縛する数値を教えておく」

 

『ひぃ!?』

 

自分の所有権を勝手に引き渡されて、当然として声を上げるクリファパズル545。

そんなクリファパズル545を見て、真守は微笑む。

 

「私と垣根にはエルダーさまやケルトのコト以外は何でも教えてくれる伯母さまたちがいるからな。無条件でアドバイザーになってくれるひとがいるのはとても良いコトだ」

 

クリファパズル545は真守の自分に対する扱いに思わず泣きそうになる。

真守はそんなクリファパズル545の頭を優しく撫でた。

 

「大丈夫だぞ、一方通行(アクセラレータ)は身内になったひとは何が何でも守ってくれるから。……お前もまだ自由な訳じゃない。だから守ってもらえ」

 

クリファパズル545はあくまでコロンゾンに造られた人造悪魔だ。

そのせいで製造者に逆らえない。

だが自分か垣根、それか一方通行のそばにいれば自由は保障されるのだ。

クリファパズル545は真守の言わんとしていることを理解して、一方通行を見た。

 

「オマエはもォ俺のモンだ」

 

クリファパズル545は一方通行のその言葉に、目を見開く。

何故だかその一言が胸に響いた。

だから驚いたまま、クリファパズル545は一方通行を見つめる。

 

「どォ使ってどォ進ンで、どォ落ちを付けるか俺が決める。オマエの命は俺が切れ端の端まで有意義に使ってやる。──それが契約だ、どォだ悪魔」

 

一方通行はニヒルに笑って、クリファパズル545を睥睨する。

 

「そォいうの得意だろ?」

 

『………………は、はいぃ……っ!』

 

クリファパズル545は一方通行に気圧されたまま、こくんっと頷いた。

この胸の高鳴りは何だろう。

その意味を知るために、彼について行くのはアリな気がする。

クリファパズル545は感じたことのない想いを胸に抱いて、どきどきしていた。

所謂──一目ぼれのように。クリファパズル545は胸を高鳴らせていた。

 



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第一三七話:〈人造生命〉から救済方法を聞く

第一三七話、投稿します。
次は一〇月一九日木曜日です。


コロンゾンが対アレイスター用に用意した霊装、神威混淆(ディバインミクスチャ)

修道女であるオルソラ=アクィナスは、霊装と一緒にコロンゾンが用意したクリファパズル545の影響によって、神威混淆を手にしてしまった。

 

彼女を救うために、ロンドンで起こっている事象を解決するために。一方通行(アクセラレータ)はたった今自分のモノにしたクリファパズル545を見た。

 

「クリファパズル545」

 

『は、はいご主人様っ!』

 

悪魔は主人と定めた一方通行に名前を呼ばれて、居住まいを正す。

神威混淆を身に纏ったオルソラは、今も極彩色の植物でロンドンの街を破壊し続けている。

真守たちがいる場所はまだ無事だが、時間の問題だ。

そのため一方通行は素早く、冷静に問いかける。

 

「神威混淆はどォやって解除する? それが一番最初にオマエに聞きたいことだ」

 

『はいですぅ。……神威混淆を身にまとっている人間は、外部の人間と話が通じ合っているようで通じ合っていないんですぅ』

 

クリファパズル545は新しい主人に尽くすために、即座に神威混淆について口にする。

真守はクリファパズル545の説明を聞いて、ふむっと頷いた。

 

「それはつまり神威混淆を身に纏ってる修道女に直接対面して説得しても、話が噛み合わずに説得が不可能というワケか。……話を聞いてくれる修道女が、話を聞いてくれなくなるのだな」

 

真守は修道女として敬虔な信徒だろうオルソラの事を想って、寂しそうにする。

垣根は、クリファパズル545の説明と真守の呟きで推測が頭に思い浮かんだ。

 

「あの霊装を身に纏ってるヤツは周りの人間と強制的にすれ違う。神威混淆ってのは無理解・不寛容を攻撃に転じてるって霊装だよな。そりゃつまり、霊装を身に纏ってるだけで無限に攻撃に転用するためのエネルギーを生み出せるって事か」

 

「むう。まったく良くできた仕組みの霊装だな」

 

クリファパズル545は、納得する真守たちに説明を続ける。

 

『人間は往々にして平穏や愛情、安心そして未来や繁栄を理由にして戦争をしますですぅ。同じ方向を向いているようで、その実不和が生じている。それを極限まで高める事で、強大な力を発揮しているのですぅ』

 

一方通行(アクセラレータ)は人間の習性を口にする悪魔を前に、目を細める。

 

「あの神威混淆を通すと自然に不和が生じる。それが力になる。だったら神威混淆って言うのは変圧器みてェなモンで、アレを通す事によって言葉を違う意味に変換してるって事か?」

 

『ご主人様の解釈で間違っていないですぅ。その点がアレイスター=クロウリーに対してのキラーとなるのです』

 

クリファパズル545の言い分を聞いて、垣根は吐き捨てるように告げる。

 

「はん。つまりさっき統括理事長サマがちょろっと口にしてたが、好き勝手書いてた英字新聞と同じってことだな?」

 

垣根が問いかけると、クリファパズル545は頷く。

 

『アレイスター=クロウリーは好き放題悪評を書き殴る新聞記者たちに対して、期待された通りの悪人の顔をしてそれを楽しんでいましたでしょう? 周囲の理解や寛容など、ハナからまるで期待していませんですぅ』

 

真守は顎に手を当てて、むーっと口を尖らせる。

 

「齟齬が大きくなればなるほど、神威混淆は莫大な力を発揮する。アレイスターに対して威力がバカ高いのはそういう理由か」

 

真守が頷く隣で、垣根と一方通行(アクセラレータ)が同時に口を開く。

 

「「だったら理解すればいいって事か」」

 

真守は大切な人たちの重なった声を聴いて、きょとっと目を見開く。

そして柔らかく微笑んで、真守は忌々しそうにしている垣根と一方通行を見た。

 

「ふふ。垣根と一方通行って、やっぱり思考回路が似てるよな」

 

一方通行と垣根帝督は、よく似ている。

それは恐らく彼らが強大な力を持っているからこそ、思考回路が似通っているのだ。

そして実は、真守も一方通行は自分のもう一つの可能性だと思っていた。

つまり三人は似ているという事で、それが真守は嬉しいのだ。

 

真守がにまにま笑うと、垣根と一方通行(アクセラレータ)は同時にチッと舌打ちをした。

その同時の舌打ちすらも、真守は喜ばせるだけである。

 

「ぷっ、くくく。他人なんて利用するしか価値がないとか真顔で言ってた垣根と、絶対的な力を持ってしか他人と交流できないって思ってた一方通行から『理解すればいい』なんて言葉が出るなんて、いやあ人は変わるものだなあ」

 

真守がくすくす笑っていると、嫌な過去を暴露された垣根と一方通行は同時に叫ぶ。

 

「「うるせェ!」」

 

「あいたっむぐぅ!!」

 

真守は一方通行(アクセラレータ)にチョップをされて垣根に頬をつままれてむーむー叫ぶ。

 

()ほんらほと(こんなこと)ひへるはあい(してる場合)ひゃない(じゃない)っ!! おるそらたふけ(たすけ)いふぁないほ(いかないと)っ!!」

 

「「オマエが余計な事言うからだろォ!!」」

 

垣根と一方通行は同時に怒鳴る。

一方通行は苛立ちを見せて、自分の頭に手を持って行って髪の毛を触る。

そして垣根はぎりぎりと真守の頬をつまむ。

一方通行はカブトムシに充電してもらった電極のスイッチを切り換えた。

 

「ッチ。行くぞ、クリファパズル545。ついてこい」

 

『は、はいですぅっ』

 

クリファパズル545はふわっと浮かび上がると、一方通行の隣に浮遊する。

 

「……はあ。行くぞ、真守」

 

垣根は真守の頬から手を離すと、真守のことをひょいっとお姫様抱っこする。

 

「むー……ほっぺ伸びちゃう……」

 

真守は垣根に引っ張られた頬を、優しく撫でる。

そんな真守を見て、垣根は自業自得だとケッと吐き捨てた。

 

「……お前、まだあの修道女直視したらヤバいんだろ。俺もお前に極力能力使ってほしくねえから連れてってやる」

 

「ふふ。ありがとう、垣根」

 

真守は頬を気にしながらくすっと笑うと、背中にくっついて髪に隠れていた帝兵へと向ける。

 

「オルソラを救う手段は見つかった。それを上条に伝えてくれ。私たちも合流するって」

 

『了解しました』

 

カブトムシが声を上げるのと同時に、垣根は未元物質(ダークマター)の翼を広げた。

一方通行も純白の翼を広げると、その場から飛んだ。

目的はもちろん神威混淆と接続されたオルソラ=アクィナスを解放する事。

そのため学園都市の頂点たちは、上条当麻のもとへと急行した。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

オルソラ=アクィナス。彼女を取り込み本来の用途で使われていた神威混淆(ディバインミクスチャ)は、ロンドンの地下鉄内で暴利を貪っていた。

 

地下鉄に戦いの場が移ったのは上条当麻が地下鉄内に逃げ込んだからだ。

神威混淆を身にまとったオルソラ=アクィナスは浮遊していた。

高さが限られている地下では、それなりにその力が制限される。

 

それを狙って地下に逃げた上条だったが、神威混淆はロンドンの地下を複雑に網羅する地下鉄全てに自身の蔓を伸ばした。

 

ロンドンの地下鉄の構造は伸ばせば地球を二周半もするほどに広大だが、神威混淆は対アレイスター用にコロンゾンが用意した強力な霊装だ。

そのため隅から隅まで自身の蔓をくまなく伸ばすことができる。

しかもその蔓で、神威混淆とオルソラは周囲の情報を蒐集することができた。

 

なんとかして奮闘する上条当麻だったが、地下鉄内は神威混淆の力によって地獄と化した。

 

アレイスターが神威混淆の攻撃を喰らって打ちのめされる中、上条当麻はオルソラ=アクィナスと相対した。

 

地下鉄内の、サッカーグラウンドほどの広さがある空間。

だが石柱や天井によって圧迫感を覚える開けた場所。

そこに到達した時、上条当麻は現れた人造生命体によって救いの手を差し伸べられた。

 

『神威混淆は変圧器のようなものです。その神威混淆からオルソラ=アクィナスを解放する方法とは、使用者とそれを止める人間が対話をし続け、心を通じ合わせること。それができれば変圧器として使い物にならなくなるのです』

 

神威混淆とは相互不和を攻撃力に変える霊装だ。その機能が損なえば、力を失う。

 

『オルソラ=アクィナスの人となりを知った上で、分かり合うために対話をする。そのためには彼女と深い関係を持つ者ではないといけません』

 

暴力ではなく、ただただ一心に心を通わせることで、オルソラを解放することができる。

そうカブトムシに教えられた上条当麻は頷き、オルソラと対話した。

 

オルソラを解放するのは朝槻真守にはできないことだ。

彼女を解放する条件に当てはまるのは『法の書』絡みで彼女を助けた上条当麻と、敵対していたとしても後に助けてもらい、心を通じ合わせたアニェーゼ=サンクティスだけだった。

 

オルソラのことをよく知っていた上条当麻だからこそ、上条当麻は彼女を解放することができた。

そしてオルソラの拒絶により引きはがされた神威混淆は次の宿主を求めた。

 

そんな神威混淆に、上条は自分に取り付けと宣言した。

だがその誘惑を跳ねのけて、神威混淆は力弱く横たわっているアレイスターを次の宿主に選んだ。

それでも神威混淆は使用者が受け入れなければ力を振るうことができない。

 

アレイスターに拒絶された神威混淆はオルソラがとどめを刺すことで完全に破壊された。

 

「うわ。清貧を是とする修道女がとんでもない姿にっ」

 

カブトムシに上条へ救済方法を伝えるようにお願いをして、神威混淆が生み出した食虫植物たちを撃退しながら進んできた真守たち。

真守は素っ裸になっており、上条が慌てて学ランを貸そうとしているオルソラを見て声を上げる。

 

「垣根! 早く修道服造ってあげて、おねがいっ! ……ああ、でも十字教って宗派によって修道服って違うのか。オルソラは武闘派シスターと同じ宗派だから、ローマ正教式?」

 

慌てる真守の前で、垣根は眉をひそめる。

 

「流石の俺も十字教の人間が身に纏う修道服の違いは分からねえよ。どっかの統括理事長サマが毛嫌いするせいで、宗教から縁遠い生活してたしな」

 

「ちょっと待って、いま帝兵さんで情報収集するからっ」

 

真守はカブトムシに服装の図面を即座に起こしてもらい、垣根にお願いする。

垣根は上条の学ラン一枚で大変グラマラスな体を隠しているオルソラから配慮で目を背けながら、カブトムシが測った寸法通りにきちんと修道服を仕立て上げる。

そんな真守と垣根の隣から離れた一方通行(アクセラレータ)は、地下鉄の壁に寄り掛かっているアレイスターに近づいた。

 

「よォ。随分とまァぼろ雑巾になったな。統括理事長サマよォ」

 

「ふ。そうは言ってもキミたちが頑張らなければもっと不味くなってただろうな」

 

一方通行(アクセラレータ)は笑うアレイスターの前でチッと舌打ちする。

そして本当に嫌そうにしながらも、一方通行はアレイスターに手を貸して立ち上がらせた。

するとカブトムシがわらわらとアレイスターのもとにやってきて、治療を開始する。

 

垣根はカブトムシが集めた情報のもと、シスター服を完璧に造り上げた。

白と黒で構成された、ローマ正教式のシスター服だ。

 

「ほらよ。未元物質(ダークマター)は何もしなけりゃ真っ白なままだが、サービスだ。色黒くしてやったぜ」

 

オルソラはカブトムシが用意した着替え用の丸いカーテンの中で着替えて、外に出る。

 

そしてローマ正教式のスカートや、袖が取り外せるジッパーでさえ再現されている自分が身に纏う修道服を、じっくりと見つめる。

 

「学園都市の生徒さんはお洋服まで仕立て上げる事ができるのでございますね。それに着心地がとても良いです。あなたは服飾を営んでも大成しそうなのでございますよ」

 

「俺の未元物質(ダークマター)は服を作るためにあるんじゃねえよ。もっと高尚な使い方がある」

 

垣根はのほほんとしたオルソラの言葉をばっさり切り捨てる。

だが、オルソラはそれを気にも留めずに顔を輝かせる。

 

「そうだ。英国にはメイド服を専門に扱っているお店がありますから、そこで働くのはいかがでございましょう。イギリス清教の女子寮でも贔屓にしている店なのですよ。私も女神様ゴスメイドに袖を通したことがあるのでございます」

 

垣根はばっさり切り捨てたはずの話題を続けるオルソラに怪訝な表情をする。

そんな垣根に目もくれず、オルソラはまあ、と手を口に当てて頭を下げた。

 

「そういえばまだお礼を伝えていませんでした。助けてくださってありがとうございます。……分かっているのでございますよ。あなた方が上条さんに私の助け方を教えてくださったのを、私は覚えているのでございます」

 

オルソラは頭を下げてから、不思議そうに首を傾げる。

 

「そういえばあのカブトムシさんもあなたのものなのですか? かわいらしい学園都市製のロボットでございますね。私のために頑張ってくれたあなた様はきっと、多くの方から好かれる素晴らしい方でございましょう」

 

垣根は一人でぽんぽんと喋るオルソラを前に、眉をひそめる。

 

「このシスター、今も話が行ったり来たりするのは俺の気のせいじゃねえよな。しかもそのメイド服って土御門御用達っぽいんだが。それにカブトムシはロボットじゃねえし、俺は良い奴じゃねえ。何もかもズレてやがる……」

 

垣根が細かくツッコミを入れて辟易する中、真守は眉をひそめる。

 

「神威混淆の影響を受けてるのか? いいや、そんなハズはないんだが……」

 

神威混淆は人の不寛容と無理解を引き起こす霊装だ。

だがその霊装は破壊されている。そのため、影響を受けるはずがないのだ。

未だに話が通じない気がするオルソラを前にして、真守と垣根は訝しむ。

すると、上条は無表情で首を横に振った。

 

「オルソラは元々そうだから。そのおっとりお姉さんは普段から話が行ったり来たりするんだよ」

 

真守はこれがいつも通りだという上条から目を逸らして、オルソラを見る。

 

「オルソラ=アクィナスって確か世界各地で布教活動をやってきて自分の名前が付いた教会まで日本に造られようとしたハズだが。……これで一体どうやって教えを広めたんだろか」

 

真守が不思議に思っていると、垣根は真守の隣で遠い目をする。

 

(こんな話が通じねえ修道女が功績を讃えられて教会作ってもらえんのか。世の中広いモンだな。……魔術サイドなんて知らねえで、学園都市牛耳ったら世界手に入るってちょっと前まで信じてたのが馬鹿馬鹿しいくらいだ)

 

垣根が遠い目をしているのを見て、真守はくすっと笑う。

猛威を振るった神威混淆は、真守たちや上条の右手によって全て破壊された。

コロンゾンがロンドンの人々の思考を汚染していたクリファパズル545もどうにかできた。

 

後はアレイスターが目的地としているウェストミンスター寺院へと行くだけだ。

そのために、一同はオルソラを大英博物館へと送り届けて移動し始めた。

 



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第一三八話:〈一旦収束〉で本命に向かう

第一三八話、投稿します。
次は一〇月二三日月曜日です。


大悪魔コロンゾンが、対アレイスター=クロウリー用に準備した 神威混淆(ディバインミクスチャ)

その撃破が行われ、事態はとりあえず収束した。

そんなロンドンから遠く離れた、エジプトのとあるオアシス。

 

そこには土御門元春が用意した、ダンプカーに乗せられたトレーラーハウスが横付けされていた。

 

エルダー=マクレーンはトレーラーハウス内のリビングソファに座って、尻尾をゆらゆら揺らす。

その度に、エルダーの尻尾を飾り立てている銀の星十字のチャームがきらきらと輝いた。

 

インデックスの飼い猫であるスフィンクスは目を輝かせて、ゆらゆらきらきら輝くエルダーの尻尾のチャームへと猫パンチを繰り出す。

 

エルダーはスフィンクスの遊び相手をして、ゆらゆらと不規則に尻尾を揺らす。

すると『うー』という不満そうな赤子の声が、ベビーベットの方から聞こえてきた。

 

「お。なんだリリス、起きてしまったのか?」

 

エルダー=マクレーンはリリスを慣れた様子でひょいっと抱き上げると、優しくあやす。

さすが浜面驚愕の細い腰で元気な三姉弟を生み、現マクレーン家当主のランドンすらも世話をしていたエルダー=マクレーン。

赤子が一番安心して眠れる軽快なリズムを、即座に高精度の演算能力によって生み出す。

 

これまで何度もエルダーの手腕でリリスは眠ってきた。

それがつまらないのか、リリスは『その手には乗らん!』と「うっうーう!!」と呻いて両手足をぶいぶい動かす。

それでも逆らえないのが赤子の性。

とろんっとした瞳でリリスが寝付きそうな中、エルダーのネコミミがぴこんっと動いた。

 

「む」

 

トレーラーハウスの外。そこに、誰かがいる。

 

(このオアシスはエジプトの有名なナイル川から相当離れておる。地図にも載っていないのだし、人が来るコトはないのだが……)

 

エルダーが動くのを止めたので、寝そうだったリリスはうー、と不満そうに呻く。

リリスには申し訳ないが、誰かが来ている今寝かしつけをしている場合ではない。

そのためエルダーはリリスを優しくベビーベッドへと戻すと、虚空から扇子を手にした。

 

「帝兵」

 

エルダーは警戒した声で、カブトムシを呼ぶ。

するとテーブルの上に乗っていたカブトムシから、声が発せられた。

 

『警戒しなくても大丈夫ですよ。客人です』

 

「む? 客だと?」

 

エルダーが怪訝に思う中、来訪者はトレーラーハウスの扉の前に立った。

来訪者は礼儀正しく、トレーラーハウスについていたドアチャイムを押した。

ピンポーンとインターホンが鳴ると、同時にコンコンコンと、丁寧に扉を三度叩く音が聞こえる。

エルダーは日本式の礼儀に則ったノックの音に目を瞬かせる。

そして起動したインターホンのカメラを見て、目を大きく見開いた。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

神威混淆を撃破する事ができた真守一行。

負傷したアレイスターは、カブトムシによる処置が施された。

だがまだ頼りない。そのため、上条当麻はアレイスターに肩を貸していた。

アレイスターはウェストミンスター寺院へと向けて歩きながら、小さく笑う。

 

「? なに笑ってるんだよ」

 

肩を貸している上条が首を傾げると、アレイスターはくすりと笑う。

 

「いやはや。人と人の『齟齬』を利用した魔術変圧器か。コロンゾンのヤツもなかなか考えたものだが……ヤツも恐れを知らないな。確かにクロウリーキラーとしては的確だろうが、よりにもよって、キミの内側と繋げようとするとは」

 

上条は突然不明瞭な言葉を呟いたアレイスターを見て、再び首を傾げる。

コロンゾンが対アレイスター用に用意した神威混淆。

その霊装は自らを求める人間を積極的に取り込もうとする。

 

だからこそ上条当麻は神威混淆を右手の幻想殺し(イマジンブレイカー)で滅ぼすために、オルソラから離れたあの霊装に、『俺に取り付け』と言ったのだ。

 

結局のところ、神威混淆は上条当麻に取りつかずにアレイスターに取り付こうとした。

だが神威混淆は人間が承諾しなければ人間と融合できない。

 

アレイスターはそれを知っていたため全力で神威混淆を拒み、一瞬の隙を突いて上条たちは協力して神威混淆を破壊した。

 

だが一歩間違えれば、神威混淆は上条当麻を宿主に選んでいた。

その事が悪手だと、アレイスターは断じているのだ。

 

「超能力サイボーグの恋査、覚えているか?」

 

上条当麻が首を傾げていると、アレイスターはその名を口にした。

恋査。それは能力者と同じ体内構造を用意することにより、その能力者の噴出点を自分に作って能力を借り受けるというサイボーグだった。

 

元々超能力者(レベル5)たちが大勢で反抗した際を想定して造られたものだったが、薬味久子と呼ばれる統括理事会のメンバーが恋査を私的に運用していた。

 

そして『人的資源(アジテートハレーション)』プロジェクトの時。

真守たちは恋査というサイボーグと対峙することになったのだ。

 

「アレの顛末を忘れたか? キミを読み取ろうとした途端に潰されただろ。ああいう事態が起きても不思議ではなかったのだぞ」

 

実は密かに、恋査は上条当麻の幻想殺し(イマジンブレイカー)を自身の身で再現しようとしていた。

だが上条当麻と自身を同一にした時、恋査は内部から突然崩壊したのだ。

そのおかげで上条当麻は難を逃れられたのだが、それはさておき。

 

アレイスターが言っているのは、仕組みを知らずに触れてはならない上条当麻の力に不用意に触れる事が悪手だと言っているのだ。

 

真守はアレイスターの笑い声を聴いて、鋭く目を細める。

仕組みが分からないのに上条当麻に触れて、利用しようとする。

それは本当に危険な事だ。

 

それを真守と共に理解している垣根は、ちらっと真守を見る。

真守は垣根の視線に気が付いていた。だから小さく、こくんっと頷いた。

真守と垣根が密かに心を通わせる中、上条はアレイスターを睨んだ。

 

「……詳しく説明する気がないなら、俺はひとまず保留にするぞインテリ野郎」

 

「ははっ、なるほど。いちいち根掘り葉掘り聞かねば個人の安心も得られん新聞記者とは違うな。追及もせずに流してもらえるという信頼も悪くない」

 

アレイスターは笑うと、意味ありげに真守を見た。

 

「物事には往々にして、事をはっきりとさせる方が危険な事は多々あるからな」

 

アレイスターの言わんとしていること。それは事実を明確にしない曖昧な方が、時には危険な力を認識せずに済むという事だ。

 

この世界には十字教が認められない、幽霊なるものが密かに存在している。

だがその存在を認知する事が無ければ、危険にさらされることはない。

曖昧にして、明確な事実として認識しない方が良いことは、よくある事なのだ。

 

アレイスターは十分理解している真守の前で、くすっと笑った。

 

「今なら『理解者』がいる幸福がよく分かるよ。そりゃ『魔神』も『理解者』を求めるわけだ」

 

アレイスターは自分の事を信頼してくれる上条や真守と共に移動しながら、小さく笑う。

すると、上条の耳たぶに異変があった。

 

「いたっ! オティヌス!? 俺の耳たぶ噛まないでっ突然どうしたんだ!?」

 

「ふんっ」

 

理解者のことを訳知り顔で話されたし、先程から自分の理解者はアレイスターに構いっぱなしだ。そのためオティヌスは大変不機嫌だったのだが、アレイスターが自分の『理解者』を頼ってるような事を言ったのが気に入らなかったのだ。

 

真守はオティヌスのかわいらしい嫉妬にくすっと笑う。

そして一同はウェストミンスター寺院へとたどり着いた。

 

ウェストミンスター寺院は二つの尖塔が特徴的だと有名な寺院だ。

石造りの古城や聖堂は作り上げるのに当然として時間がかかる。

 

そのためウェストミンスター寺院は様々な建築様式が複雑に絡み合って造られている寺院なのだ。

上条は初めて見るウェストミンスター寺院を見上げて、不思議そうな顔をする。

 

「……こんなところに、コロンゾンの一体何が眠っているって言うんだ? そりゃすごい建物だってのは見ればわかるけどさ」

 

「中まで忍び込む必要はないぞ。用があるのは墓場の方だ」

 

ウェストミンスター寺院は世界遺産として登録されており、厳重な警備がされている。

だがロンドン中でクロウリーズ・ハザードが暴れたため、流石に平時と同じように警備はされていない。というか警備の姿は見えず、もぬけの殻だった。

 

アレイスターはそれを好機だとして真守たちを先導。

そして、ウェストミンスター寺院の墓地へと向かった。

垣根は真守の隣を歩きながら、上条に肩を貸されているアレイスターを見る。

 

「墓でも暴いてゾンビでも作るのか?」

 

「ゾンビを作る必要などないよ。必要なのはメイザースの遺体だ。私はブライスロードで殺したやつの遺体そのものを求めているのだ」

 

アレイスターははっきり宣言すると、何故メイザースの遺体なのかという説明をする。

 

「大悪魔コロンゾンは、私の手で召喚される以前から欲深き天才メイザースに使役されていた」

 

アレイスター=クロウリーの足を引っ張れ。そしてあわよくば殺せ。

その命令を効率的に果たすために、コロンゾンはアレイスターの二番目の娘であるローラへと憑依してアレイスターと敵対している。

 

「三三三、拡散。大悪魔コロンゾンの根底を支えているのはメイザースとの関係値だ。とっくにくたばっているメイザースとの契約をコロンゾンが律儀に守っているのは、メイザースの望んだとおりの結末になっていないからだ」

 

メイザースはアレイスターが失墜することを望んでいた。

それをコロンゾンは叶えなければならない。

そして一度、コロンゾンは『窓のないビル』でアレイスターのことを追い詰めた。

だが結局アレイスターは自分の可能性の一つに転生し、いまも息づいている。

 

そのためコロンゾンは未だにメイザースとの契約を果たせないでいる。

つまりメイザースとコロンゾンは未だに主従関係があるのだ。

真守はアレイスターの真意をくみ取って口を開く。

 

「メイザースとの契約に縛られているコロンゾンにとって、メイザースの遺体は自分を間接的に操作できる唯一のモノって事だな」

 

「そうだ。私から発した命令でも物言わぬメイザースの肉体を通せば、コロンゾンを操れる可能性がある。本当に何の価値もないなら、歴代の王を埋葬してきたこのウェストミンスター寺院でローラが人知れず回収したメイザースの遺体を丁寧に保管し続けるはずがない」

 

アレイスターは説明しながら、真守たちを連れて目的のところに辿り着いた。

周りは壁で囲まれている。日当たりが悪く、王家との縁がないと一発で分かる墓地だ。

だがそれでも、歴代の王と共に同じ敷地に埋葬されるなんて名誉ある事だ。

真守はそう感じていたが、上条はちょっとピンと来ていなかった。

 

「ここだ」

 

アレイスター=クロウリーは上条当麻から離れて、告げる。

目の前には、メイザースとは別の名前が記された墓石があった。

モノによっては外国の墓石は日本の墓石のように立っていたりする。

だが目の前にある墓石は長方形の石材が芝生の上に埋め込まれ、また別の石材が直角に立っているものだった。

 

「ふん」

 

アレイスターは鼻で笑って、その辺に落ちていた木の枝で容赦なく黒土を掘り返し始めた。

木の枝が折れると、みじめだとしても這いつくばって両手で土を掘り返す。

アレイスターが墓を暴く姿があまりにも血気迫るものだったので、真守たちはそれをずっと見守っていた。

 

そして長い時間を掛けて、アレイスターは棺を掘り当てた。

 

埋葬されてから時間が経っているため、何重にもニスを塗った樫の棺はボロボロになっていた。

西洋では火葬をしない。土葬が一般的なので、匂いが鼻をついた。

 

「……ただいま、メイザース」

 

屍蝋化でもしていない限り『そのまま』ではない。だがそれでも人の死体という本来忌避されるモノを前にして、アレイスターは愛おしそうに呟いた。

銀の少女は全身泥だらけのまま、月明かりの下で笑みを浮かべる。

 

「貴様の友にして宿敵、クロウリーが帰ってきたぞ」

 

アレイスターは声を掛けると、乱暴に棺の蓋をべりべりと剥がした。

人間を世界のために蝕むコロンゾンを止めるために、いま、再びメイザースの遺体が暴かれようとしていた。

 

アレイスターは粛々と棺の中身を月明かりにさらした。

棺の中には、当然として白骨死体があった。

 

血や肉など残っていない。学校でよく見る骨格標本のように真っ白ではない。

だがそれでも確かな人間の骨が、一通りそろって棺に納められていた。

 

アレイスター=クロウリーはそれを見て、固まっていた。

憎いと思っても、アレイスターはメイザースに対して様々な思い出がある。

だがアレイスターはそれらを思い出して固まっていたわけではなかった。

 

「……は、────」

 

「アレイスター? どうしたんだ?」

 

真守がコテッと首を傾げて声を掛けると、アレイスターは震える声で告げた。

 

「これは、誰だ?」

 

真守たちは怪訝な表情をする。

アレイスターは自分の口から出た言葉を理解できないのか、そのまま固まっていた。

っそいてアレイスターは白骨死体を丁寧に検分していく。

 

「メイザースのものじゃ、ない……? そんな馬鹿な、いやしかし」

 

真守は焦っているアレイスターへと優しく声を掛ける。

 

「違う人の遺体なのか?」

 

真守が問いかけると、アレイスターは真守を見上げる。

 

「私がどれだけヤツを憎み抜いたと思っている?」

 

アレイスターは自嘲気味に笑いながら骨を見る。

 

「まず頭蓋骨が全然違う。これを粘土で肉付けしていったってメイザースの目鼻立ちは復元できない……手の指ももっと細いはずだし、ヤツは普段立つ時に右へ重心を傾けがちだったから股関節や大腿骨のすり減り方にもわずかだが違いがあるはずなんだ」

 

アレイスターは焦りつつも見分した内容を口にしながら、上条当麻と真守を見た。

 

「キミたちはブライスロードの戦いを目撃していたはずだな。あの時、私がヤツにつけた傷についても!!」

 

上条当麻はアレイスターに問いかけられて、ふと考える。

メイザースはアレイスターの霊的蹴たぐりを喰らっていた。

果たして、霊的蹴たぐりの傷は残るのだろうか。

 

その答えはもちろんノーである。

そしてアレイスターが主張している傷は霊的蹴たぐりでつけた傷ではない。

真守は上条の右手にちらっと目を向けてから、目を細める。

 

幻想殺し(イマジンブレイカー)の『矢』で傷つけた腕の傷か」

 

上条ははっと息を呑む。そんな上条の前で、アレイスターは切羽詰まった様子で頷く。

 

「ああ。腕の骨を見ろ、それらしい亀裂や修復の痕跡がどこにもない!!」

 

アレイスターが慌てふためく中、口を閉ざしていた一方通行(アクセラレータ)が問いかけた。

 

「それじゃァ、一体メイザースってヤツの死体はどこにあるンだ?」

 

アレイスターは答えられない。

一方通行の疑問の答えが、本当に分からないのではなかった。

 

アレイスターの頭の中には『最悪な可能性』が思い浮かんでいる。

決してありえてはならない、『最悪の可能性』だ。

そしてその『最悪の可能性』が現実であると知らしめるために。

 

かつんっと、足音が響き渡った。

 

あのアレイスター=クロウリーがビクッと飛び上がる。

そしてゆっくりと、恐怖に震えながら振り返った。

 

上条自身もぎこちない動きで。

垣根と一方通行(アクセラレータ)はアレイスターが考えていた最悪の可能性の意味を知って。

 

そして真守は無表情のままエメラルドグリーンの瞳を煌めかせ、振り向いた。

 

世界最大の魔術結社、『黄金』。それをアレイスターは完膚なきまでに壊滅させた。

その全員を平等に、アレイスターは死の淵に追いやった。

そしてかつての『黄金』を取り戻そうとした人間も、平等に葬った。

 

死んでいるはずの人間が、墓の下にはいなかった。

では、その者はどこにいるのか。

その答えは大多数の人間が予想できる。

 

墓の主は、実は生きていた。

 

だがそれは、本当にありえてはならない『事実』だった。

 



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第一三九話:〈過去傑物〉と現在傑物の対峙

第一三九話、投稿します。
※次は一〇月三〇日月曜日です。


かつて、イギリス最大の天才集団と呼ばれた魔術結社『黄金』。

『黄金』は正真正銘、近代西洋魔術を彩った傑物たちだ。

 

そんな『黄金』を創設したのは三人の魔術師だった。

だが一人が老衰で退いたため、実質指揮をとっていたのはウェストコットとメイザースだった。

つまり、『黄金』は二大派閥に分かれていたのだ。

 

その二大派閥を罠に嵌めて、アレイスターは『黄金』を破滅に導くべく内部抗争を起こさせた。

 

ブライスロードの戦いで、アレイスターは仇敵であるメイザースを討ち果たした。

メイザースは確かにアレイスターに殺されたはずだった。

だがアレイスターが亡き者にしたはずの仇敵は、墓の下にはいなかった。

 

ならば一体、彼はどこに消えたのか。

そもそも、あそこで本当にメイザースは死んだのだろうか。

 

アレイスター=クロウリーは、公的な記録では一九四七年にイギリスの辺境で死亡している。

だが密かに生きており、日本にやってきて学園都市を造り上げた。

 

アレイスターは、実は現代まで死んだと思わせて生きていた。

もしメイザースもそうだったら?

 

それは、ありえてはならない事実だった。

だが、現に。朝槻真守たちの前には、墓の主である男が立っていた。

 

スコットランド式の軍服に外套と帽子。時代遅れな服装。

 

「……めい、ザース……??」

 

アレイスターは仇敵を前にして、困惑した表情をする。

そんなアレイスターに応えるように、メイザースは魔術の花を咲かせた。

 

明確な攻撃を目的とした魔術。

それは閃光や爆音を伴って、本来静謐さを求められるウェストミンスター寺院を凌辱する。

 

アレイスターへの挨拶代わりの攻撃。その数々を、朝槻真守はすべて受け流した。

何故なら、呆然としたアレイスターが避けられなかったからだ。

ばづばづばつんっという音と共に、真守によって強大な力を持つ魔術が弾かれる。

 

突然の攻撃だったので、真守も逸らすのが精いっぱいだった。

そのため真守の逸らした攻撃が、墓地を囲っていた壁にぶち当たる。

 

歴史ある、本来ならば破壊されるなどあってはならないウェストミンスター寺院。

その名誉ある壁が、ガラガラと崩れ落ちる。

だがそれを気にしている余裕は真守にはなかった。

 

「……アレイスター、大丈夫か?」

 

真守は目の前の男を敵としてはっきりと認識したまま、アレイスターを見る。

アレイスターは今の攻撃で手傷など一ミリたりとも負っていない。

それでも真守はアレイスターへと声を掛けた。

何故か。

 

それはアレイスターが精神的なショックを受けているからだ。

 

魔術を極めて魔術を憎悪し、科学の信仰を生み出して魔術の敵となった稀代の魔術師。

本来の肉体を壊されたとしても、自身の可能性に転生して生きながらえた銀の少女。

そんな逸材が外見の年齢通りに恐怖し、震えている。

 

それほどまでにメイザースとはアレイスターにとって恐怖の象徴であり、彼が生きているのは銀の少女にとってあってはならない事実だった。

 

アレイスターが震える中、風を切る音がひゅんひゅんっと響いた。

メイザースがどこからともなく得物を取り出し、空中で踊らせたのだ。

 

それは四種類の、四色からなる霊装だった。

 

火の杖、水の杯。風の剣と土の盤。

それは知識のある者が見れば分かる、基本にして忠実なる霊装たち。

魔術を極めたものが愛用する、象徴武器(シンボリックウェポン)だ。

 

基本を苛烈なほどまでに極めた男。

スコットランド式の軍服に帽子と外套を着込んだ男は、アレイスターを見て笑う。

 

「どうした」

 

スコットランド地方に由来した発音である英国語。

日本人が学校で習う、アメリカ寄りのものとは全く違う言葉に聞こえる英語。

それを発した彼は、責めるように英国語でまくしたてる。

 

「どうした、どうした、どうした!? この俺が築き上げた『黄金』を引き裂き、世界の魔術の覇権も掌握しておいて! その後の研鑽はどうした。どうして自分が造り上げたものに守られる!? 貴様の魔術はこんなもんか!?」

 

アレイスター=クロウリーは科学と魔術を分け隔てた。

そして西洋近代魔術の全てに関わり、アレイスターはその脆弱性と裏口(バックドア)を全て手にした。

銀の少女を傷つけられる魔術は、そう簡単には存在しない。

 

だがそう簡単に存在しないだけだ。

 

本当に力を持つ者はアレイスターに一撃を食らわせる事ができる。

例えば魔神や、朝槻真守。真守と肩を並べることができる垣根帝督や一方通行(アクセラレータ)

 

そしてアレイスターと魔術基礎の国際共通規格を巡って争ったウェストコットやメイザース。

本当に力を持つ者はアレイスターに一撃を食らわせる事ができる。

 

スコットランド式の軍服を着込んだ男の魔術攻撃はアレイスターを傷つけられる魔術だった。

そして目の前の男は、アレイスターが恐怖を覚えるほどに本物だ。

つまり真守たちと対峙している男は、紛れもなくサミュエル=リデル=マグレガー=メイザースなのだ。

 

「どうにも力を感じられん。かといって、衰えたというのもまた違うようだ」

 

アレイスターは生きているはずのない男を前にして震える。

何故ならメイザースが生きている理由が想像つかないからだ。

想像つかないものは恐怖の対象となる。だからアレイスターは怯えているのだ。

 

「ふむ、これはどういう事か。これでも一応、俺は貴様の娘の仇敵という位置づけだったはずなのだが」

 

か弱い少女の姿をして震える弟子を見て、師匠はくだらなそうに指を鳴らした。

 

「ああ、そうか」

 

メイザースは自身の疑念の答えへとたどり着く。

理解不能な者はその者なりに高速に思考を回転させて、答えを出したのだ。

 

「それはまあ、大悪魔がいるのだから。うむ、聖守護天使との偶然が重なれば、なるほど。数価は九三、その名はエイワス。この仮説が真だとすれば救済もあり得るか。……ただなあ」

 

メイザースは言葉を切る。

そしてじろっとアレイスターを睨み、無慈悲な言葉を投げかける。

 

「アレイスター、キサマの娘は救われるべきではなかったよ」

 

その言葉に、ぴしりと空気が軋んだ。

だがそれでもメイザースは構わずに言葉を続ける。

 

「ニュイ=マ=アサヌール=ヘカテ=サッポー=イザベル=リリスは蛇足だろう? その救済があったおかげで、アレイスター=クロウリーからは『復讐者』という強烈な指向性が失われた」

 

メイザースはそれが本当に嘆かわしいように、アレイスターを睥睨する。

 

「腑抜けが、閉じた世界に夜明けを示す事も叶わず光の萎んだ憐れな星よ。もしもここにいるのがブライスロードの戦いからさらに己を磨き続けた孤独な『復讐者』であれば、俺の凶刃を幼気な少女によって跳ねのけられ、無様をさらす事などなかったのに」

 

アレイスターはメイザースの心無い言葉に、小さく口を震わせる。

 

「……、ザ……」

 

そんなアレイスターを嗤って、メイザースは睥睨する。

 

「愚かなり、不出来な弟子よ。赤子を救ってしまったからこそ、土台を失った貴様はここで死ぬ。敗者アレイスター=クロウリーの死因とはすなわち蛇足の娘リリスと記されるであろう」

 

「メぇぇぇイザーあああああああああああああああ────ス!!」

 

銀の少女は自らが掲げた魔法名のように吠える。

それを意にも介さず、メイザースは柔らかく微笑んだ。

 

「おかえり、アレイスター」

 

自身の周りを舞い踊る象徴武器の中から火の杖を取り、それで足元を突いて男は告げる。

 

「霧と魔術と黄金の都、ロンドンへ」

 

その言葉と共に、空気が一変した。

アレイスターはハッと息を呑んで、顔を上げる。

ウェストミンスター寺院を形作るあらゆる建物には、得体のしれない影がいくつも立っていた。

 

ポール=フォスター=ケイト。

アーサー=エドワード=ウェイト。

イスラエル=リガルディ。

 

ダイアン=フォーチュン。

ロバート=ウィリアム=フェルキン。

そしてメイザースと双璧を司った『黄金』の重鎮、ウェストコット。

 

名だたる者だけではない。

かつてアレイスターが打ち破った全員が、そこに立っていた。

 

「おう、ごん……?」

 

今にでも飛び出してメイザースの喉元を噛みちぎってやろうとしていた、銀の少女。

アレイスターは呆然としたまま、立ち並ぶ者たちを総称する言葉を紡ぐ。

 

「『黄金』の魔術結社??」

 

「新参者。貴様とて一九四七年、一度は公的に死んだ身の上だろう」

 

メイザースは理解が及ばず推測ができないアレイスターを鼻で笑う。

 

「お前と共にリリスもその前提を覆し、再び歴史に浮かび上がった。忘れたか? こちらには、エイワスと同等かそれ以上の異種高次生命コロンゾンが付いているんだぞ?」

 

アレイスターを笑って、メイザースはその事実を口にする。

 

「自分にはできるのに他人にはできない。そう考えるのは、誰も自由に開発できる魔術という技術体系の基本に反するよなあ?」

 

アレイスターは一度死んだ。

だが密かに現代まで生き延びており、科学サイドの長として学園都市に君臨していた。

 

それならば、アレイスターと同じ目標を掲げて研鑽を続けていたメイザースたち『黄金』が現代にまで生き残っていても不思議ではない。

メイザースは墓場の土を杖で突いて、笑みを深くする。

 

「卑怯などとは言わないでくれたまえ。再会を祝して全てを出し切ろう。世界最大の魔術結社である『黄金』は、俺の成果物だ。この俺がその全てを新参者にぶつけるのは、何もおかしな話ではないだろう?」

 

朝槻真守はその言葉に鋭く目を細めた。

そして小さく笑った。それに気が付かずに、メイザースは告げる。

 

「さあ、ブライスロードをやり直そう! クロウリー、一度はこの俺から全てを奪った者よ!!」

 

メイザースは仇敵を前にして、その咆哮を上げる。

 

「嬲り殺しの時間だ、偶然頼みの勝利はもう通じない。『復讐者』という指向性を失い、魔術師としての成長も捨てくだらん蛇足の赤子を抱えた愚か者が、一人でどこまで足掻くか試してやる!」

 

「バカを言わないでくれ。笑ってしまうだろう」

 

ボルテージの上がったメイザースを鼻で笑って冷や水を掛けたのは、朝槻真守だった。

冷や水を浴びせらせたメイザースは真守を見る。

真守はそんなメイザースを見つめて、流ちょうな英語を紡ぐ。

 

「魔術を捨てた? リリスが救われたのが蛇足? 過去の栄光に縋りついて止まっているお前にどう言われたって、何も響かない」

 

たった一〇〇年前。

その時に有名だった()()の人間を見つめて、朝槻真守はエメラルドグリーンの瞳を細める。

 

「魔術を捨ててもいいだろ。魔術を基に、アレイスターは科学を造り上げた。新たな信仰を生み出した。──アレイスターが血のにじむような努力をして独自に生み出した科学が、魔術に劣ってるハズないだろ」

 

真守はメイザースを睨み上げる。

垣根帝督はメイザースを鼻で笑っていた。一方通行(アクセラレータ)はメイザースに呆れていた。『黄金』を滅ぼした後も進み続けていたアレイスターは、多くのものを生み出していると知っているからだ。

そんな面々の前で、上条当麻は口を開く。

 

「メイザース。再会を祝してすべてを出し切ろう、お前はそう言ったな」

 

上条当麻はなんとなく英語の意味を読み取ってそう告げると、アレイスターを見た。

 

「ならアレイスター、お前も出せよ! 魔術なんてどうでもいい、学園都市の統括理事長としての全てを!!」

 

真守たちは声をそろえて告げる。

 

「「アレイスターは一人ぼっちじゃない。ヤツの成果物はここにいる!!」」」

 

上条当麻も朝槻真守も、確かに素質を持っていた。

だがそれをここまで育て上げたのはアレイスター=クロウリーだ。

そして垣根帝督と一方通行(アクセラレータ)を朝槻真守と同等にまで育て上げたのも、またアレイスター=クロウリーだった。

 

「お前が集めた手垢まみれの旧時代の傑物に、今の時代を彩る私たちが負けると思うなよ」

 

メイザースが集めに集めて作り上げた、『黄金』の魔術師たち。

アレイスター=クロウリーが屈辱と失敗に塗れながらも、友人との約束によって進み続けた結果得た、科学の申し子たち。

 

『黄金』と学園都市(科学の徒)の正面衝突。

これより、第二幕が始まる。

 




イギリス篇第一幕、神威混淆終了です。
次回。イギリス篇第二幕、魔術の傑物VS科学の申し子──開幕。


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新約:イギリス篇第二幕:魔術の傑物VS科学の申し子
第一四〇話:〈異国僻地〉にて再会を


第一四〇話、投稿します。
イギリス篇第二幕──魔術の傑物VS科学の申し子、開幕。
※次は一一月六日月曜日です。
※終盤に向けて少し調整したいため、しばらく週一更新の予定です。


エジプトの、名も知れぬオアシス。

オアシスの近くには、ダンプカーに乗せられたアレイスター=クロウリーたちの隠れ家であるトレーラーハウスが停まっていた。

トレーラーハウスのドアチャイムを礼儀正しく押したのは、冥土帰し(ヘブンキャンセラー)と呼ばれる医者だった。

ドアチャイムで来訪者の存在を知ったエルダー=マクレーンは、がちゃっと扉を開ける。

 

「やあ、久しぶりだね?」

 

エルダーはカエル顔の医者を見ると、大きく目を見開く。

 

「おおっおー! 私が目を掛けていた医者じゃないかっ!」

 

エルダーは嬉しそうに表情を明るくする。

かつて辺境の地にて、エルダー=マクレーンは冥土帰し(ヘブンキャンセラー)と密かに出会っていた。

そのことを覚えているエルダーは、嬉しそうにぴこぴこっと猫耳と尻尾を跳ねさせる。

 

エルダーのご機嫌に揺れる尻尾。エルダーと共に扉の前で構えていた三毛猫はエルダーの尻尾に目を輝かせ、ぴょんぴょん飛んでエルダーの尻尾にじゃれつく。

冥土帰し(ヘブンキャンセラー)はにこっと笑って、猫耳と尻尾をぴこぴこ動かすエルダーの頭を見つめる。

 

「随分と可愛らしい耳と尻尾が生えているね?」

 

「ふふんっ愛らしいであろう。自慢の毛並みであるぞっ」

 

猫耳と尻尾を褒められて、ご満悦のエルダー。

冥土帰しは助けると決めたならば完膚なきまでに必ず患者を助ける医者だ。

彼が行くところには必ず助けを求めている患者がいる。

 

「オマエが来たのは、もちろんリリスのためだな?」

 

エルダーに問いかけられて、冥土帰しは頷く。

 

「いざという時があれば、ここに駆けつけるようメッセージをもらっていたんだけどね?」

 

エルダーは尻尾をゆらんと揺らすと、嬉しそうにこくんっと頷く。

 

「我が友から聞いておったぞ。細々としたコトが終わったら来てくれると。……ただ、少し遅かったようだな? 我が友はすでに行ってしまったぞ?」

 

エルダーはニヤッと笑って、冥土帰しの横にいる者たちへ目を向ける。

そこには包帯を体に巻いたゴールデンレトリバーと、白衣を着た女性が立っていた。

 

「ふふん。見慣れた者たちがおるなっ」

 

ご機嫌に尻尾を揺らすエルダー。そんなエルダーの前で、冥土帰し(ヘブンキャンセラー)は遅れた理由を話す。

 

「遅れたのはこの子を治していたからなんだ。僕はほら、動物はあんまり詳しくないからね?」

 

冥土帰しは傍らにいるゴールデンレトリバーについて話をする。

エルダーは一人と一匹を見て、にまにまと笑う。

すると、白衣の女性は困惑した様子を見せた。

それでも、おずおずと白衣の女性は問いかける。

 

「あなたは『彼女』にご縁があるのですか?」

 

「うむっ。朝槻真守はワタシの子孫で、ワタシは真守のひいひいひい祖母なのだ」

 

エルダーは平らな胸を得意気に張って、ぴょんっとご機嫌に猫耳を動かす。

 

「いわば、真守はワタシの直系だな。よく顔が似ておろう、木原唯一よ」

 

白衣の女性──木原唯一はエルダーに問いかけられて、こくりと頷く。

 

「『彼女』には……いいえ、このお医者様にもですが、感謝が尽きません。おかげでもう一度、先生に会うことができましたから」

 

エルダーはしおらしい木原唯一を見て、にやにや笑う。

 

「良い夢は見せてもらったか? 元『復讐者』?」

 

木原唯一はエルダーに笑いかけられて、思わず肩をすくめる。

木原唯一は、少し前のことを思い出す。

 

学園都市の外からやってきた、上里翔流。

そんな上里翔流に、木原唯一の大切な『先生』──木原脳幹を完膚なきまでに傷つけられた。

 

木原脳幹の撃破はアレイスターによって決められていたシナリオだった。木原脳幹を傷つけられた木原唯一が、上里翔流に復讐をするために追い詰めるために必要な撃破だった。

 

それを木原唯一は知っていた。だが木原唯一は上里翔流に復讐をしなければ止まれなかった。

 

だから理想送り(ワールドリジェクター)を奪い、上里翔流を亡き者にするべく、学園都市にエレメントを放った。

だが結局、木原唯一は上里翔流を亡き者にできなかった。そして『窓のないビル』の直下で上里翔流や朝槻真守に敗れ、真守によって深い眠りへといざなわれた。

 

その夢は真守が木原唯一の記憶を読み取り、木原唯一を立ち直らせるために造られた夢だった。

 

真守は以前、前方のヴェントに夢を見させて、己を改心させる結果へと至った。

ヴェントは必要以上に自分の弟を奪った科学を憎んでいた。

だがそれでは、自分の身を犠牲にして姉であるヴェントを守った弟が浮かばれない。

 

だから真守はヴェントを優しく諭したのだ。

それでもヴェントは科学を容認しなかった。

だが真守たちを必要以上に憎む事はなくなっていた。

 

前方のヴェントを改心させた夢。

それとはまた異なるが、真守は木原唯一が改心する夢を見させていたのだ。

 

夢の中でそれはそれはもうとても優しく諭された木原唯一は、自分の行いを恥じた。

恥じるしかないくらい、それはもう丁寧に復讐者がどんなに愚かでしょうもなくて、意味もない行為だと諭されたのだ。

そして木原唯一は夢の最後、真守に言われた。

 

木原脳幹はまだ死んでない。アレイスターがそれなりに木原脳幹を信頼し、また木原脳幹もアレイスターを信頼していたと分かっている。

 

『学園都市の科学技術は凄まじい。そしてその結晶である私がいる。だから大丈夫、お前は「先生」にまた会えるぞ』

 

そう言われて木原唯一は覚醒した。

すると冥土帰し(ヘブンキャンセラー)という医者が木原脳幹を治療していた。

夢の中の真守の言う通り、木原唯一は再び木原脳幹を話をする事ができたのだ。

 

「本当に優しくて酷い仕打ちを受けた夢でした。……『復讐者』として完璧に打ちのめされて、一人の人間として強制的に立ち直させられる夢でしたから」

 

『復讐者』として生きていた木原唯一。

『復讐者』として完成されたのに、真守に優しく諭された事で完膚なきまでに打ちのめされた。

丁寧にどこが悪かったか説明されて、その考えは間違っているとされた。

でも『復讐者』へと至るのは仕方ないのだと、頭をなでなで撫でられた。

 

自分の『復讐者』としての行いが恥ずかしくなるくらい、優しい夢。

あの夢を経験して、木原唯一は『復讐者』としての道を捨てられた。

いまは本当にバカな事をしてしまったのだと、いまの木原唯一は認識している。

 

エルダーはくすりと笑うと、全てを兼ねそろえて生まれてきた真守を想って笑う。

 

「まったく怖い娘に育ったものだ。誰もを魅了して、誰もを導いて。そして誰もをあるべき姿として生きられるようにする。人を完膚なきまでにダメにするなんて、恐ろし過ぎる」

 

その最たる人間が垣根帝督だな、とエルダーが笑うと、木原唯一は苦笑した。

それまで黙っていたゴールデンレトリバー──木原脳幹は片耳を上げて自らの教え子を見た。

 

「帰ったら私も『彼女』に採点してもらった方が良いかな。まあ、『彼女』が学園都市を再興するかは分からないがね」

 

「ふふ。私は夢を通して、『彼女』もある意味ロマンを求めている人だと感じました。きっと、先生と『彼女』は良い話ができると思いますよ」

 

『復讐者』ではなくなった木原唯一は、『復讐者』になる前から変わらず『先生』で大事な存在である木原脳幹に笑いかける。

今の木原唯一は全ての角が取れて丸くなった感じだ。

その変化がエルダー=マクレーンは好ましいと思っていた。

 

「さて、冥土帰し(ヘブンキャンセラー)。リリスの話をしようか」

 

エルダー=マクレーンは微笑みながら、彼らをトレーラーハウスへと招き入れる。

 

「木原たちはリビングでゆっくりしておいてくれ。冷蔵庫にあるモノは節度を持って飲んで良いぞ。ワタシたちは少し奥に行く」

 

エルダーは木原唯一たちに声をかけると、リリスのベビーベッドがある部屋へと向かった。

 

「基本的な確認をしておこうかな?」

 

「うむ。良いぞ」

 

エルダーはリリスがだあだあ言っているので、優しく抱き上げてあやしながら頷く。

 

「僕はメッセージを受け取っているが、文脈は少々詩的で難解だった。これも時代かなあ。ストレートに受け取っていいのか、何か回りくどい言い回しの一環なのか。そのあたりをヒアリングしておきたいんだけどね?」

 

「ふむ。いま行うべきはリリスの肉の器を精製することだ。……リリスは普通の赤ん坊に見えるが、そうではない。オマエもリリスを少し調べたから分かるだろう? この子は格が上がった魂を無理やり固着させて現世に存在している、奇蹟の子だ」

 

エルダーはリリスのことを優しくあやしながら、この世で唯一魂のことを理解している自分の子孫を思い浮かべる。

 

「魂の組成について、ワタシは全てを理解しているわけではない。だが魂を一から組み上げられる真守の所業は間近で見てきた。そして真守は、魂についての記載を帝兵に託しておる。それを紐解きながら、ワタシがオマエに享受してやろう」

 

「詩的な言葉が増えたようだね? こちらはさっさと人を救いたいだけなのに、カルテの代わりに得体のしれない古文書でも広げられているような感じだよ。ターヘルアナトミアを翻訳した江戸時代の人間はこんな気分だったのかね?」

 

「ふふ。確かに江戸時代の人間は頑張って解体新書を翻訳したからな」

 

エルダーはくすくすと笑い、冥土帰し(ヘブンキャンセラー)を見た。

 

「リリスはどう見ても普通の赤ん坊だ。だが剥き出しの魂を無理やり固着させておるに過ぎない。要はとても不安定なのだ。いつ霧散してしまってもおかしくない」

 

エルダーは体を緩く揺らし、リリスのことをあやしながら説明する。

 

「だからこそ、肉の器が必要なのだ。そこは真守が垣根帝督を求めたのと同じだな。真守は万能な力を持ち、魂を一から組み上げることができる。だが器まで作る創造性は有しておらなかった。だからこそ、垣根帝督の無限の創造性を求めた」

 

無限の創造性。

それを真守は手に入れる事ができない。成長方向が明確に異なるためだ。

それでも真守は垣根にはない、創世の力がある。魂を一から組み上げられる力がある。

 

「真守の力は素晴らしいものだが、全知全能ではないということだな。しかもリリスはエイワスが高次元へと退避させたため超常現象を引き起こせるほど魂の格が上がっている。その器を造るならば、リリスに合わせた肉の器を造らねばなるまい」

 

エルダーは自分の腕の中であやされて、うとうとしてきたリリスに微笑みかける。

 

「垣根帝督が残して行ったカブトムシと、朝槻真守が記した生命の定義があるから問題ないが、単純な技術が必要だ。何故なら垣根帝督の人造細胞はあくまで異能だからな。幻想殺し(イマジンブレイカー)がある以上、異能で体を形作るのは避けたい」

 

垣根帝督の能力である未元物質(ダークマター)。それによってリリスの肉の器を造っても良い。

だがあれは幻想殺しに触れられれば、一瞬で霧散してしまう。

 

「それにな。アレイスターは異能の力ではなく純粋な科学の力でリリスを救いたいと言っていた。だからこそ、オマエにワタシは頼みたい」

 

エルダーは一通り説明すると、冥土帰し(ヘブンキャンセラー)へと向き直る。

 

「オマエには科学由来の肉の器を培養し、用意してもらいたい。失われた経験や記憶を回復、または移植する方法に心当たりがあるだろう? なんだったらリリスの器を形成するには人格一式を丸ごとと考えた方が良いまである」

 

冥土帰しはエルダーやアレイスターが自分に求めていることを知って、小さく頷く。

 

「脳髄、神経、各種内臓から吐き出されるホルモンバランス。扱う部位によってはまちまちだけど、それも状況次第といったというところかな? 一応、記憶に関してはこの僕にも救えなかった少年がいるものでね?」

 

「ふふ。知っておる。それがオマエを悔やませている事もな」

 

エルダー=マクレーンは『窓のないビル』で全てを見ていた。

だから上条当麻が記憶を失ったことも、彼を助けられなかった冥土帰しが陰で凄まじく悔やんでいたことを知っている。

 

「オマエが患者を助けるために生み出した技術。それは『書庫(バンク)』にも記載がない手法だ。リリスの器を作るうえで必要な知識をワタシに教えろ。いいな?」

 

エルダーは笑うと、自分の腕の中で眠りについたリリスを優しく抱き直す。

そして愛らしい命であるリリスの頬を優しく撫でながら、小さく平たい胸を張る。

 

「ワタシはこれでも以前より高性能な演算能力を保持している。オマエが造り上げた技術だってきちんと把握することができるぞ」

 

えっへんと胸を張るエルダー。エルダーは照れ隠しに笑うと、冥土帰し(ヘブンキャンセラー)を見つめた。

 

「あの時からオマエはオマエで進んでおる。そしてワタシだって進んできた。もちろんヤツもな。だからその全てで救おう。ワタシたちにはその力がある」

 

エルダーは宣誓に似た言葉を告げると、にこにこと微笑む。

 

「楽しいな。あの時から続いている関係で全てを救えるのは、本当に楽しい」

 

コロコロと笑うエルダー=マクレーンを見て、冥土帰し(ヘブンキャンセラー)は目を細める。

 

本当に変わらない。

まさかあの時から百数年経っても、この女性が笑っている姿を見られるとは思わなかった。

この女性は生を全うした。

 

ケルトの民として最後まで生き抜いて、そして寿命に逆らう事なくイギリスの地で眠りについた。

 

生から死という流れこそ、人間の営むものとして。

それを当然として受け入れて、エルダー=マクレーンは最期まで笑っていた。

 

そんな彼女は今を始めた。

新しい自分を、あの時から地続きである自分を自分として受け入れた。

そして、ここに立っている。

 

「やるぞ、冥土帰し(ヘブンキャンセラー)。我らが友のために、頑張ろうではないか」

 

かつてとある男が唯一生涯の友だと定めた彼らは、その男のために立ちあがる。

 

リリスを蛇足などとは言わせない。

アレイスターはしあわせになる必要があるのだ。

そしてその努力を周りも彼も怠ることは許されない。

 

エルダーと冥土帰し(ヘブンキャンセラー)はアレイスターの事を想いながら、自分たちがするべき事を始めた。

 



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第一四一話:〈黄金対峙〉で見定める

第一四一話、投稿します。
次は一一月一三日月曜日です。


朝槻真守たちは大悪魔コロンゾンを打ち倒すために、イギリスへとやってきた。

 

イギリスの中心地であるロンドンは、コロンゾンの悪意によって満ちていた。

アレイスターを倒すためだけに用意された霊装、神威混淆(ディバインミクスチャ)

その神威混淆を運用するために生み出された、人造悪魔であるクリファパズル545。

 

真守たちの手によって、ロンドンに悪影響を及ぼしていたコロンゾンの悪意は排除された。

そして真守たちはコロンゾン打倒のため、ウェストミンスター寺院へと来ていた。

 

コロンゾンは今も死んだメイザースとの契約に縛られていると、アレイスターは睨んでいた。

明確な主従関係がある。そしてその契約とは、メイザースの肉体に依存してもいる。

だからアレイスターはコロンゾンを止めるために、メイザースの遺体を求めてウェストミンスター寺院を目指したのだ。

 

だが墓の下にサミュエル=リデル=マグレガー=メイザースの遺体はなかった。

そしてアレイスターが倒したはずのメイザースが、真守たちの前に現れた。

 

魔術の栄華を築き上げた『黄金』の傑物たちを連れたメイザース。

対して、魔術を憎悪して『黄金』を破滅へと導いたアレイスター=クロウリーが生み出した科学の申し子たち。

 

彼らが対峙する中──ウェストミンスター寺院の墓地に、爆発が轟く。

 

爆発を起こしたのは『黄金』を束ねる男、メイザースの四大元素の象徴武器(シンボリックウェポン)──ではない。

数奇な運命を辿り、科学の申し子として『流行』へと至った朝槻真守だった。

 

真守はまず、目くらましとして閃光を放った。

メイザースたちは、突然の閃光に防御姿勢を取る。

真守はそれを注意深く観察しながら、ローファーの先で地面をとんっと蹴った。

 

ロンドンの地中には、ガス管が埋め込まれている。

そのガス管を源流エネルギーで刺激して、爆発を引き起こしたのだ。

突然の、地中からの大爆発。

鋭い地響きが辺りを揺らし、爆発がウェストミンスター寺院を染め上げる。

 

「──この程度で。『黄金』の最たる俺に何を期待すると?」

 

メイザースは炎の壁の向こうから、真守たちに声を掛ける。

真守は五体満足のメイザースを炎の壁越しにはっきりと知覚した。

 

(この感じ、やっぱり人間じゃない)

 

かつて同胞と共に『黄金』を設立した男。サミュエル=リデル=マグレガー=メイザース。

あの男は、近代西洋魔術の全てを知り尽くしたアレイスターに通用する魔術を使った。

アレイスターを恐怖させた。それはつまり、あれは紛れもない本物のメイザースなのだ。

 

だが、あれが生身の肉体だと朝槻真守は思えない。

銀の少女へと至ったアレイスターとは、違う気がする。明らかに感触が違う。

試しに源流エネルギーによる攻撃ではなくガス管爆発という物理的な攻撃をしてみたが、それでも人間だとは思えない。

 

(メイザースは私が放った閃光には反応した。五感は人間と同様のものだろう。でも組成は全然違う。なんてことない生身の人間の感覚じゃない)

 

『黄金』のウェストコットは不死身の魔術を使っていた。

魔術ならば、あらゆる不可能を可能にすることができる。現にアレイスターも『窓のないビル』でコロンゾンに打ちのめされたが、美少女転生を果たして生きている。

 

(魔術に不可能はない。でも、あのメイザースの肉体は一〇〇年前からそのままってわけじゃない)

 

真守は静かに頭を回しながら、メイザースを警戒する。

 

(とはいってもメイザースや『黄金』を源流エネルギーで『焼失』させるのは避けなくちゃならない。揺り戻しが激し過ぎる)

 

朝槻真守はこの世でただ一人、源流エネルギーを操ることができる能力者だ。

源流エネルギーは全てのエネルギーの源。しかも存在を『焼失』させる力がある。

源流エネルギーによって焼き尽くされた人間は生きた痕跡を残さずに、この世から消え失せる。

ひと一人が、痕跡もなく消える。それは世界の在り方に影響が及ぶ。

だから焼失した人間の穴を埋めるように、人々の記憶が書き換わる。

 

『黄金』を創り上げた一角。超有名人であるサミュエル=リデル=マグレガー=メイザース。

彼を源流エネルギーで焼き尽くすのは避けるべきだ。

そしてその他の名だたる『黄金』も同様である。

 

あまりにも有名人であり多くの人間に強い影響力を与える存在を焼失させるのは悪手だ。

『黄金』を築き上げた人間の代わりなんていない。多くの人間に認知されている者を源流エネルギーで『消失』させれば、世界に多大な影響が及んでしまう。

 

気を付けなければ、この世界が崩れてしまう。

 

だからこそ、真守は様子見の攻撃をした。

その一撃によって、分かる事が多々あった。

アレイスターは確実に情報を集めつつある真守の隣で、にっこりと微笑む。

 

「私は魔術と知り合う前は科学的興味を追求する少年でな」

 

アレイスターが幼少期のことを口にすると、メイザースは怪訝な表情をした。

 

「それはつまり、諸々の迷信を具体的行動によって証明せねば気が済まない人間でもあった。今でも悪い事をしたと思うよ。猫には九つの命が宿っていると迷信の真偽を確かめるために、ホントに何度も何度も重ねて殺してみる必要はなかったと」

 

黒猫系美少女である真守は、アレイスターが猫を実験台にしたと聞いて大変嫌な気持ちになる。

遠い地では『みゃっ!?』と声を上げ、突然走った悪寒に体を震わせる銀猫系貴婦人もいた。

そんな猫系一族の前で、アレイスターは先程までの震えを一切見せずに笑う。

 

「何事も実験と観察だよ、メイザース。不気味な猫と添い遂げた男よ」

 

調子を取り戻したアレイスターは、科学の街の王らしい顔を見せる。

 

「不可解な現象が目の前で展開されている以上、実験と観察が必要だ。私はそれを積み上げることで、科学サイドと学園都市を造り上げた。成功も失敗もひっくるめてな。……気づいた頃にはもう遅い。貴様を雁字搦めに縛り上げ、丸裸にしてくれよう」

 

アレイスターは宣言すると、柔らかい唇を再び動かした。

 

「何しろ数が必要なんだ。こんな事をしている間に、次が襲い掛かるぞメイザース」

 

その言葉と共に、ブゥゥゥンという音が響き渡る。

いつの間にかメイザースや『黄金』の周りには、無数の白いカブトムシが展開されていた。

 

朝槻真守のために垣根帝督が造り上げた人造生命体であるカブトムシ、通称帝兵さん。

垣根帝督は朝槻真守を害する全てから守りたいと考えていた。だからこそ垣根はカブトムシに片っ端から使える技術を埋め込み、その機能を何度も刷新してきた。

 

彼らは『更新』が続く限り、未元物質(ダークマター)を生成できる。

そんなカブトムシたちから『黄金』へ向けて、物体を確実に破壊する超音波が放たれる。

メイザースは異能による攻撃を感知して、即座に動いた。

 

「温にして湿、風よその性質を我が前に示せ」

 

短い、洗練された呪文。それが放たれた瞬間、突風が吹き荒れる。

超音波とは空気を振動させる事により伝わる。

そのため垣根の指示でカブトムシが生み出した破壊力しかない超音波は防がれた。

 

だが。垣根帝督が率いるカブトムシたちの攻撃だけでは終わらない。

 

ツンツン頭の男子高校生、上条当麻はカブトムシに注意が逸れたメイザースを見据える。

そして前に出て、その右拳を強く握り込んだ。

上条の幻想殺し(イマジンブレイカー)が宿った右拳はが、メイザースの顔面の真ん中を捉える。

 

あらゆる魔術を打ち消す、基準点ともなりえる幻想殺し。

自身にとって最悪の追儺霊装である幻想殺しを前にしても、メイザースは冷静だった。

 

「寒にして湿、水よその性質を我が前に示せ」

 

メイザースは幻想殺しに向けて、四大属性の水に基づく魔術を放つ。

その魔術は、当然として上条当麻の幻想殺しに打ち消される。

異能が打ち消される甲高い音が響く。

それと共に、上条当麻の拳の軌道がわずかにズレた。

 

「なっ……!」

 

上条当麻は驚きを隠せない。

メイザースは魔術を一枚隔てたことで、幻想殺し(イマジンブレイカー)を宿した拳の軌道を逸らしたのだ。

魔術を打ち消されることを前提として、魔術を行使する。そして自分に殴りかかってくる幻想殺しの持ち主の攻撃を逸らす。

それはかつて一度、幻想殺しによって敗北したメイザースの策だった。

 

「続けて、温にして乾」

 

メイザースは幻想殺し(イマジンブレイカー)と上条当麻の拳から身を守り、呪文を続けて口にする。

するとメイザースの周りを踊っていた四つの象徴武器の内、火の杖の底が上条当麻の方を向いた。

 

「火よその性質を我が前に示せ」

 

杖の底がオレンジ色にジジジッと点滅する。

上条当麻は拳を振り抜いた状態だ。

その無防備な状態で眼球や喉を一突きされたって問題なのに、洗練された魔術の炎による攻撃ならば致命傷は避けられない。

 

それでも、上条当麻はメイザースの攻撃を受けなかった。

 

一方通行(アクセラレータ)の不意打ちの拳が、真横からメイザースの頬骨を打ったからだ。

 

垣根帝督のカブトムシによる致死性の超音波。それに紛れた上条当麻の幻想殺し(イマジンブレイカー)

それすらも囮にした、一方通行の攻撃。

 

なんだかんだ言いつつも似た者同士である彼らが、阿吽の呼吸ができないはずがない。

一方通行の拳によってメイザースは吹き飛び、多くの墓石を砕きながら地面に転がる。

凄まじい衝撃で緩く地面が震えた攻撃だが、一方通行はチッと舌打ちした。

 

「アイツが違和感覚えたよォに、まともな人体の設計図を思い浮かべて攻撃するンじゃ話にならねェって訳か」

 

一方通行(アクセラレータ)は『反射』による全身の血管と神経をズタズタにする演算をしていた。

だがメイザースには傷一つ見られない。

しかもメイザースは首の一つも鳴らさずに、のっそりと起き上がった。

 

大仰に吹っ飛ばされたのは、お遊びに付き合っているから。

そう言いたげな態度で、メイザースは笑った。

一方通行は余裕たっぷりのメイザースを見つめる。

科学の申し子たちを睥睨して、メイザースは笑う。

 

「この俺は欧州全土にカバラを広め、魔術の洋の東西を切り分け、たかだか身内の粛清に『蠅の王』まで持ち出したクソ野郎だぞ? 科学だ魔術だ、そんなオブラートに意味はない」

 

メイザースは断じると、アレイスターを睨む。

 

「若輩よ、コロンゾンの味を忘れたか。もう一度ここに召喚でもしてくれようか?」

 

「構うな」

 

アレイスターは脅しをかけてきたメイザースの前で、ぱちんっと指を鳴らした。

 

「元々何の根拠もなく自分はハイランダーの末裔グランストラエ伯爵などと寝言を吐く輩だった。いちいち舞台俳優じみた大仰で無意味な振る舞いに付き合う必要はない」

 

「ふうん。そういうトコが私のご先祖様であるエルダー=マクレーンさまに嫌がられてたんだな」

 

真守が流ちょうな英国後でぽそっと呟くと、メイザースの顔が一瞬引きつった。

真守はにこっと笑う。そんな真守を見て、メイザースは警戒を露わにした。

 

よくよくみれば、黒猫系少女には見覚えがある。

ケルトの一族。マクレーン家。その一族の容姿に、真守はよく似ている。

東洋の血が入ったと分かる、真守の黒髪。

それでも知っていれば、ケルトの一族だと分かる容姿をしている真守。

 

魔術の家系を引き継ぐ混じりもの。それがある意味強敵な存在になってもおかしくない。

 

真守は、まっすぐとメイザースを見た。そして鋭く目を細める。

メイザースを見据えて、真守は意識の中でメイザースへと手を伸ばした。

 

朝槻真守は絶対能力者(レベル6)を経て、『流行』を冠するにまで至った。

そのため意識をすれば、人間でも事象でも干渉することができる。

干渉して、制御して。自分の思うがままに流用することができる。

メイザースに、干渉する。それが真守にはできる。

 

だが、上手くいかなかった。

大悪魔コロンゾン。その気配が、メイザースにまとわりついていた。

 

(コロンゾンか。やっぱりメイザースを守、って…………?)

 

真守は、ふと違和感を覚えた。メイザースは真守に干渉されようとしていた事に気が付いていない。真守は意識を向けただけだ。そのため、メイザースは気が付かなかった。

 

(おかしい。なんか……()()()()()()()()?)

 

真守は心の中で思いながら、感じた不可解さに眉をひそめる。

訝しむ真守の隣で、アレイスターはメイザースを見て嗤う。

 

「メイザース、一つ一つの成功失敗は重要ではない。それはブライスロードの戦いが引き起こされる以前から、分かっていた事だろう?」

 

かつてアレイスターは『黄金』を内側から滅ぼすために、わざとメイザースに負けた。

たった一度の敗走。それによって、アレイスターは『黄金』を滅ぼせしめたのだ。

 

「失敗の積み重ね。私はそれを繰り返し、挫折に呑まれながらも前に進み続けてきた。その積み重ねはビッグデータの如く、貴様を雁字搦めに縛り付けて丸裸にする」

 

ブライスロードの戦いを引き起こす前から、アレイスターは常に失敗を糧にして突き進んできた。

今一度アレイスターが同じことをすると宣言した途端、夜空を何かが覆い尽くした。

それは『窓のないビル』でコロンゾンに肉体を破壊された事により、体から解き放たれたアレイスター=クロウリーの可能性たちだった。

 

「クロウリーズ・ハザード!?」

 

上条は驚いて声を上げる。

そんな上条の隣で、アレイスターはいたずらっぽく笑った。

 

「誘導しておいて悪いがこちらも制御不能だ。せいぜい足掻けよメイザース」

 

アレイスターはどんな可能性でも、自分のやりたいようにやる。

だから元の肉体からベイバロンをモチーフにした可能性に転生したアレイスターでも、クロウリーズ・ハザードを制御することは不可能だ。

 

メイザースはクロウリーズ・ハザードを見上げて、ため息を吐いた。

そして火の象徴武器である杖の底で、軽く地面を何度か叩いた。

 

すると。ウェストミンスター寺院のあらゆる建物の屋上や屋根で控えていた『黄金』の魔術師が一斉に動いた。

 

クロウリーズ・ハザードはイギリス連邦に所属する五三カ国を混乱の坩堝に陥れ、ロンドンすらも陥落せしめた集団だ。

だがそんな怪物集団を、『黄金』の魔術師たちは圧倒していた。

 

クロウリーズ・ハザードは様々な魔術の花によって細切れになる。

血と肉と臓物。その他もろもろ無機物などをまき散らし、ぼとぼとと地面にクロウリーの無数の残骸が叩きつけられる。

 

ウェストミンスター寺院の尖塔の先が、戦闘の余波によって吹き飛ぶ。

上条当麻は『黄金』がクロウリーズ・ハザードを蹂躙する姿を見て眉をひそめた。

 

『黄金』はロンドンの街並みが破壊されても、何も思っていないようだった。

つまり『黄金』はイギリスを守るために配置されたのではないということだ。

では何のために?

その疑問を持っていると、朝槻真守が呆然とする上条を呼んだ。

 

「(上条。見てる場合じゃないから。今のうちに撤退するぞ)」

 

「えっあ?」

 

上条が声を上げる中、アレイスターは真守の言葉に捕捉する。

 

「(ハナからあんなもんで勝利できるなどとは期待していない。今はデータを集める段階だと何度も説明しているだろう? 敵の魔術師が得意としている術式は帝察さんで撮影済みだ。こんな辛気臭い墓地に留まり続ける理由はない。さっさと行くぞ)」

 

「逃がすと思うか?」

 

アレイスターが小さい声で囁いていると、鋭い声が響いた。

少し離れた場所。そこにはメイザースがいて、アレイスター達を睨んでいた。

 

「逃がすと思うか?」

 

上条はメイザースの冷酷な視線に射抜かれて、ぞっと怖気立つ。

そして二人の怪物へと声を掛けた。

 

一方通行(アクセラレータ)、垣根、頼む!!」

 

「チッ」

 

「貸しだからなッ!」

 

一方通行はベクトル操作を使って、墓地の地面を蹴る。

激しい地響きと共に、土が爆発したように舞い上がった。

その舞い上がった土。その全てが大小さまざまな鋭い金属破片へと変化した。

 

その変化は垣根帝督の未元物質(ダークマター)によるものだ。

土を鋭い金属片へと変化させ、一定の時間で連鎖的に爆発する法則を未元物質で生み出したのだ。

一方通行、垣根帝督のコンビネーション。

真守はそれに嬉しくなりながら、上条とアレイスターに手を伸ばした。

 

「二人共、手を!」

 

上条は真守の右手をガッと掴み、アレイスターは真守の左手を掴んだ。

 

「朝槻、頼む!」

 

真守は二人の手をがっしり握る。

そして二人に負荷が掛からないように真守は手を引っ張って飛び上がり、垣根と一方通行(アクセラレータ)と共にその場から離脱した。

 



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第一四二話:〈撤退一息〉で情報整理

第一四二話、投稿します。
次は一一月二〇日月曜日です。


ウェストミンスター寺院を北上した位置にある、観光地ピカデリーサーカス。

『黄金』と対峙したウェストミンスター寺院から退却した朝槻真守たちは、ピカデリーサーカスにある大型ショッピングセンターへと退避した。

 

真守たちはショッピングセンターに入ると、とりあえず一息つくために休憩所として使われている一角に集まった。

屋外に設置されていれば、パラソルでも付きそうなラウンドテーブルの椅子に座る真守。

腰を落ち着けた真守は『黄金』のことを考えて、むっと口を尖らせる。

 

「アレイスターと同じ天才(へんじん)があんなにか……ピンからキリまであっても腐っても『黄金』。強敵であるコトに変わりないな」

 

真守は独り言ちると、ちょいちょいっと指先を動かしてカブトムシを呼ぶ。

机に降り立ったカブトムシの背中を撫でて、真守はカブトムシのネットワークに接続する。

そして情報を整理しながら、目の前に座っている上条当麻を見た。

上条はテーブルに突っ伏していて、どんよりとした雰囲気を醸し出している。

 

「墓荒らしに今度はショッピングセンターの不法侵入……うぅ、将来が不安になってきたぞう」

 

上条当麻はロンドンでの所業について今更我に返ったらしく、自分の行いを悔やんでいた。

真守は目の前の悪事にうんうん唸っている上条を見て、きょとっと目を開く。

 

「上条、お前はすっぽ抜けてるようだから言うケド、私たちは不法入国を繰り返しているぞ」

 

「そうだったぁー!」

 

上条は頭を抱えて、声を上げる。

日本からイギリスに来るまで、あらゆる国々を渡ってきた。

その全てにおいて、真守たちはパスポートなんて使っていないのだ。

 

一番の大罪を犯していた事に気が付かなかった上条当麻に、垣根は思わず呆れてしまう。

ちなみに垣根帝督はコーヒーチェーン店からコーヒーを無断で持ってきていた。

それでも真守に色々言われそうなので、きちんとお金は置いてきている。

真守は垣根からアップルアイスティーを受け取りながら、ふふっと笑う。

 

「そんなに落ち込まなくていいぞ、上条」

 

上条は上機嫌な真守に声を掛けられて、顔を上げる。

真守はアイスティーをくぴっと飲むと、人差し指を立てる。

 

「こういう時は権力者に頼ればいいんだ」

 

「……権力者ぁ……?」

 

ふにゃふにゃしている上条に、真守はにっこりと笑いかける。

 

「私のバックには伯母さまたちがいるからな。権力者である伯母さまに頼めば、世界の危機ということで数々の罪をなかったことにしてくれるぞ?」

 

「ねえねえ、それ俺の勘違いでなければ権力と金で解決するんだよね?!」

 

「その通りだ」

 

「やっぱり最後は持つ者だけが勝つの?! それって良いの?!」

 

「使えるものは使う。持つ者の特権だな。最後はごり押しでどうとでもなる」

 

真守はふふんっと得意気に胸を張る。

 

マクレーン家はイギリスに古くから根付くケルトの民だ。

『騎士派』の一角に所属しながらも、『清教派』と『王室派』にも口出しできる立場にある。

しかも古物商を筆頭に手広く事業を行っているため、多くの国々に対して太いパイプがある。

 

しかも真守たちは何も悪事をするために不法入国を繰り返しているのではない。

世界を救うためなのだ。

結局最後には権力に縋るべきである。それしかないのだ。

 

テーブルの上に座っているオティヌスは、持つ者と持たざる者の違いに苦悩している上条を見る。

 

(まったく。世界が大悪魔に壊されそうになっている瀬戸際なのにそんな些末なことを気にするとは。……まあ、それがこの人間らしいところだな)

 

魔神オティヌスはくすっと笑うと、上条の頬を小さな手で突く。

真守はその様子を見て、ルンルン気分で微笑を浮かべる。

ご機嫌な真守。そんな真守は、じとっと自分を睨んでくる垣根を見上げた。

 

「どうした、垣根? 不機嫌な顔をして。私はすっごく機嫌がいいぞ?」

 

「だろうな。雰囲気からにじみ出てやがる」

 

垣根は舌打ちしたいばかりに顔を歪めると、真守の頬をむにーっと摘まむ。

 

いふぁい(いたい)よ、ふぁひね(かきね)

 

真守は自分の頬を引っ張る垣根の手にちょこんっと触れると、ふにゃっと笑う。

 

「だって嬉しいんだ。垣根が私以外のひとを守るために、色んなひとと協力してくれて。とても嬉しいコトだ」

 

垣根帝督は一緒にロンドンに来た者たちと協力してくれる。守ろうとしてくれる。

それが全て自分のためだと言うのは、真守も分かっている。

それでも真守は垣根が誰かと力を合わせるのが本当に嬉しいのだ。

 

しかも垣根は一方通行(アクセラレータ)と二回も息を合わせて力を使っていた。

 

垣根帝督は目の上のたん瘤だった一方通行が大嫌いだ。

ロシアでその遺恨を晴らせたとしても、好きになれる相手じゃなかった。

それなのにコンビネーションなんて決めたのだ。それが真守はとても嬉しかった。

 

「もう金輪際絶対にやらねえ」

 

垣根が不機嫌に顔を背けると、真守は椅子を動かして垣根にぎゅっと抱き着く。

 

「垣根、怒らないでくれ」

 

真守はエメラルドグリーンの瞳を優しく細めて、垣根にすり寄る。

そしてすりすりと垣根の胸板にすり寄って、真守はふにゃっと笑う。

 

甘えてくる真守はかわいい。

でも気に入らない。

 

垣根はぎゅっと真守の頬を摘まむ。だが真守はふへへーっとご機嫌に笑ったままだ。

そんな真守と垣根を他所に、一方通行(アクセラレータ)は近くの柱に寄り掛かっていた。

 

一方通行は現在垣根帝督が造り上げた人造生命体であるカブトムシ──帝兵さんを肩に乗せており、使ったバッテリーを帝兵さんに充電してもらっていた。

 

そして銀髪美少女転生アレイスたんはというと、真守の前に座ってスマホを手にしていた。

そのスマホにはカブトムシとトンボが繋げられており、アレイスターは彼らが録画した動画を凝視していた。

 

「ジョン=ウィリアム=プロディ=イネス。カルヴァリ十字、均等十字、ピラミッド十字、マルタ十字……。その意味は陣形のジョイント接合部だな。主要な構成は力の収束、偏向、拡散。なるほど、時間を与えれば与えるほど大規模な陣を組むタイプ、か」

 

アレイスターは呟きながらクリップをして動画を編集する。

そして画面をタップしてテキストを打っていく。

 

ロバート=ウィリアム=フェルキン。

タットワの精神没入霊装を身にまとい、他人の幽体を抜き、無防備な肉体を総攻撃する。

 

エドワード=べリッジ。魔術医療のスペシャリスト。

穢れを『逸らす』事で癒しに転じさせる事ができるため、『黄金』は怪我をある程度許容できる。

彼が『保険』としているからこそ、『黄金』はクロウリーズ・ハザードに対して強気だった。

 

アレイスターは真守やカブトムシから得た情報を基に、自分の記憶といま目の前にいる『黄金』の技術に齟齬がないかを確認する。

 

「『黄金』最全盛の傑物どもを殺そうなどというのは間違いだ」

 

アレイスターはきっぱり断言すると、その理由を説明する。

 

「しかもメイザースは特に顕著だ。ヤツは基本中の基本、四大元素を完全に御することで世界の全てを表現する。つまり超常においてヤツらと真正面から対抗するのはバカげている」

 

撃沈していた上条当麻だが、アレイスターの口から圧倒的な不利を口にされて、顔を上げる。

 

「じゃあどうするんだよ」

 

「魔術に対し科学で抗せよと論じたのはキミたちだぞ。科学で対抗するに決まってる。……ああそうだとも。私は科学と魔術を切り離し、一〇〇年越しで世界を温めてきた。統括理事長アレイスターの独自技術体系でもって、『黄金』を叩き潰してくれよう」

 

くっくっくと笑うアレイスター。

そして次のクリップ動画に手を伸ばしたところで、ふと皮肉な笑みを見せた。

 

「アニー=ホーニマン、か」

 

アレイスターは意外そうに呟くと、動画をまじまじと見つめる。

 

「両手で持っている白と黒の棍はヤッキンとボアズのつもりか? 使用する魔術は直接戦力というよりは第三者が用いる術式の整合・最適化。二本の柱が示すソロモンの神殿をどこまで再現しているか気になるが……まさかあのメイザースがアニーまで従えてくるとはな」

 

アレイスターはぶつぶつと呟くと、情報の整理を進めていく。

 

ウィリアム=ウィン=ウェストコット。

イスラエル=リガルディ。

ネッタ=フォルナリオ。

アレイスターは本当に警戒するべき人間と、そこまではない人間を分けていく。

 

何せ『黄金』は一〇〇人以上いるのだ。

討伐する優先順位を付けて行かなければ始まらない。

上条はアレイスターの言っていることが魔術専門じみてきたので再び顔を歪める。

そんな上条の横で、真守はふんふんと頷きながら口を開いた。

 

「大体源流エネルギーで術式を焼き尽くして接近戦に出れば大丈夫だな」

 

アレイスターは動画をクリップして切り分けながら真守の言葉に応える。

 

「面倒だから『黄金』の連中全員を源流エネルギーで焼き尽くしてしまえ、と言いたいところだが……どんな揺り戻しが起こるか分からないからな」

 

「その通りだ。だからさっき不用意に源流エネルギーぶっ放さなかったんだ」

 

真守はふんっと、ちょっと憤慨した様子を見せる。

その姿を見て、上条と一方通行(アクセラレータ)は怪訝な表情をした。

真守とアレイスターが話している内容が分からないのだ。

真守が扱う源流エネルギーについて、二人は詳しく知らないのだ。

 

「そういえば二人には源流エネルギーの性質を話したことがなかったな」

 

真守は話が見えていない二人のために説明する。

 

「源流エネルギーを焼き尽くすと、『存在の消失』が起こる」

 

「……存在の消失?」

 

上条は真守の言っていることが分からなくて、オウム返しをする。

 

「あんまり考えたくないケド、例えばひとを焼き尽くしたとしよう。そうなるとその人がいた痕跡全てが消え失せる。それは周りの人の記憶にまで作用する。言ってる意味が分かるか? ……源流エネルギーで殺すと、そのひとが世界にいたコト。それそのものがなかったことになるのだ」

 

上条当麻はぎょっと目を見開く。一方通行(アクセラレータ)は真守の悲しそうな顔を見て、全てを察した。

だが真守が過去にひとを焼き尽くしてその存在を抹消した事があるとは、一方通行は明言しなかった。する必要がないし、真守が悔やんでいるからだ。

 

「源流エネルギーを使って『存在の消失』を引き起こすと、世界がなんとかして空いた穴を埋めようとする。でもその穴が大きすぎると、世界が大きく歪んでしまう。もしかしたら壊れてしまうかもしれない。だから『黄金』の魔術師を焼き尽くすのは避けた方が良い」

 

『黄金』という偉大な魔術師たちの代わりはいない。

それは魔神だって同じだ。

だが根本的に、この世界に必要のない人間なんていない。

その代わりになる人間なんて存在しない。

 

だから源流エネルギーを悪用してはならない。

悪用すれば世界が歪み、脆く儚く崩れて行ってしまうのだ。

真守は深刻になっている二人を見て、笑って肩をすくめる。

 

「ちょっと湿っぽくなってしまったな。何にせよ、いまは『黄金』だ。……アレイスター、それで具体的に科学でどのように対抗するんだ?」

 

「それは決まってるぞ。即席で造り上げるのだ」

 

一方通行はアレイスターの得意気な様子を見て顔をしかめる。

 

「ショッピングセンターで売ってるよォな日曜大工の品で一体何ができるってンだ? チェーンソーだの釘打ち機だの並べた程度で仕留められるよォな小物じゃねェンだろ?」

 

「大丈夫だ、心配するな。手作り発明武器なら任せておけ。これでも私はかつて英国情報機関M15に在籍していた諜報員だぞ? ばきゅんばきゅーん☆」

 

「はいい!?」

 

上条当麻は声を上げて驚愕する。

そんな上条の前で、銀の少女は遠い目をした。

 

「あまりにも神出鬼没なライフスタイルのおかげで、一部の魔術研究家から結構本気でそんな事を囁かれているのだ。理解不能なパフォーマンスを繰り返して新聞を騒がせていたのも、何かしらの情報操作や敵味方へのサインだったのでは、とかな」

 

「嘘かよ!!」

 

上条が声を上げると、アレイスターはバチンッ☆ と、ウィンクした。

 

「まあ実際にどうだったのかは想像にお任せするがね」

 

「嘘じゃないの!? どっち!? 朝槻!!」

 

上条当麻は頼みの綱である真守へと助けを求める。

それに垣根が心底嫌そうな顔をしたが、真守は気にせずに顎へと人差し指を当てる。

 

「うーん。伯母さまとインデックスからは、そんな話聞いた事ないな」

 

「やっぱり嘘か!」

 

「でもエルダーさまに聞いたらわかるかも」

 

「朝槻さんにも嘘か分からないの!?」

 

上条が自分に翻弄されている姿を見て、真守はくすくすと笑う。

そしてお遊びはここまでだと言わんばかりに真剣な表情へと切り替えた。

 

「アレイスター」

 

真守が呼ぶとアレイスターは辺りを見回していたが、真守たちを見た。

 

「ああ。──魔術になど、頼らない」

 

アレイスターはそう宣言して、続ける。

 

「SF兵器ならお手の物だ。なに、任せてくれたまえ。私は超能力開発を実用化にまで結び付けたゲテモノ学園都市の全てを掌握していた統括理事長だぞ。『書庫(バンク)』などなくとも、魔術よりえげつない次世代兵器ぐらいごまんと取り扱っている」

 

アレイスターは手伝いをさせるために上条当麻を呼んで歩き出す。

その後ろを、真守たち科学の申し子たちも追った。



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第一四三話:〈至高少女〉は真実に到達する

第一四三話、投稿します。
次は一一月二七日月曜日です。


『黄金』への対抗策として、即席の武器を作るためにホームセンターへと向かう真守たち。

真守は自分の感じたことについて考えて、そして整理をする。

 

「あのな、アレイスター」

 

だが真守がアレイスターに声を掛けたところで、ぶーんっとカブトムシが飛んできた。

 

『話の腰を折ってすみません、真守』

 

「どうしたんだ、帝兵さん?」

 

真守は飛んできたカブトムシのことを、ぎゅっと抱きしめる。

 

『アシュリン=マクレーンが話をしたいそうです』

 

「伯母さまが? そっか、心配かけちゃってるもんな」

 

真守はちらっとアレイスターを見る。そして一方通行がいなくなっている事を確認した。

 

一方通行(アクセラレータ)はコロンゾンの手先であるクリファパズル545と契約した。

一方通行は真守たちと違い、魔術に対してあまり知識を持っていない。

そしてアレイスターに対しても一方通行は懐疑的だ。そのため自分が悪魔と契約したという事実をアレイスターに伝える気はない。

 

だからこそホームセンターに向かわずに、真守たちと一旦別れていた。

その事実に気が付いている真守。そしてアレイスターも一方通行がいない事に気が付いていたが、特に何も言わなかった。

 

敷かれたレールはすでにない。そのためアレイスターは一方通行を束縛する気がないのだ。

真守は一方通行の事を認識しながら、アレイスターを見た。

 

「アレイスター、ちょっと待ってて。時間が欲しい。伯母さまと話したいのもあるケド、頭の中を整理したいんだ」

 

「分かった、ではまた後でな」

 

真守は頷くと、垣根と一緒にホームセンターの入り口でアレイスターと別れる。

そして、その場で真守はカブトムシへと目を向けた。

 

『真守ちゃん、今いいかしら?』

 

「うん、大丈夫だぞ。一応落ち着いたところだ」

 

真守の言葉に嘘はない。『黄金』には追われているが、今のところ追手は来ていない。科学技術で対抗するために工作する時間もある。

 

時間が作れたのは意外とクロウリーズ・ハザードが役に立ったこともあるし、真守たちが完全にここまで来る痕跡を消したからでもあった。

 

「伯母さま、とても心配をかけて申し訳ない」

 

『問題ないわ』

 

アシュリンやカブトムシの向こうで軽やかに微笑む。

 

『わたくしの事なんか気にせずに、真守ちゃんは真守ちゃんがやりたいようにやればいいのよ。……ただ、真守ちゃんが何をするか教えてくれたらわたくしも安心できるのだけど』

 

「うん。私も伯母さまに心配かけたくないから。ちゃんと話すぞ」

 

真守は笑うと、ウェストミンスター寺院であったことを軽く説明する。

 

「契約に縛られているコロンゾンのことをメイザースの遺体で操ろうとしたんだけどな。遺体を探してたら死んだはずの『黄金』の魔術師たちが現れたんだ」

 

『「黄金」? 「黄金」とは、イギリス最大の魔術結社のあの「黄金」なの?」

 

「うん、伯母さまも知ってるあの『黄金』だ。……あのメイザースはアレイスターに一撃を与えることができる魔術を使った。アレイスターに対抗できる魔術は、『黄金』以外に存在しない。だからアレは本物の『黄金』だ。対処しないといけない」

 

『黄金』。それは近代西洋魔術史にとって、あまりにも偉大すぎる組織だ。

その組織に名を連ねていた者たちは、全員が傑物。それをアシュリンも理解している。

 

『「黄金」はイギリスの一大魔術結社だった。でも彼らが『王室派』やロンドン自体に遠慮してくれるわけじゃない。だったらこちらは予定を繰り上げなければならないわ』

 

「予定?」

 

真守がきょとっと目を見開いて首を傾げると、アシュリンは真守に説明する。

 

『スコットランド地方へと「王室派」の方々を避難させるのよ。クロウリーズ・ハザードが消え去ったとしても、ロンドンは危険だわ。だから一度撤退する手筈が整えられているの。わたくしは「王室派」に同行する予定よ』

 

どうやら『王室派』の方は『王室派』で動いているらしい。

真守はふんふんっと頷くと、カブトムシ越しにアシュリンへと微笑みかける。

 

「分かった。英国女王たちはこの国に欠かせないから。伯母さまたちも気を付けて。『黄金』は私たちを狙ってるけど、どう出るか分からないから」

 

『ありがとう、真守ちゃん。気を付けるわね』

 

真守はアシュリンとの会話を終える。そして、目を細めた。

 

「垣根、伯母さまと話をしていて自分の感じたことが整理できた。行こう」

 

「……ったく、お前は。あんまり無理するんじゃねえぞ」

 

垣根は頭をフル回転させていた真守の頭をぽんっと撫でると、心配の目を向ける。

真守はふへへっと笑うと、嬉しそうに垣根を見上げた。

 

「ありがとう、垣根。垣根が心配してくれるのは本当に嬉しい。気を付けるね」

 

「そうしろ」

 

垣根は頷くと、真守と共にアレイスターのもとへと向かう。

ホームセンターは広いが、アレイスターは案外見つけやすいところにいた。

 

「アレイスター。私の話を聞いてくれるか?」

 

「ん、問題ない。話してくれ、手を動かしながら聞こう」

 

アレイスターは真守の言葉に返事しながら、即席の兵器を作るために手元を動かす。

するとホームセンターの奥から、チューブやら何やらを上条が持ってきた。

真守は作業中のアレイスターが分かりやすいように、簡潔に情報を整理する。

 

「あのメイザースたちは一〇〇年前から生きているわけじゃない」

 

上条当麻は真守の言葉に首を傾げる。

 

「? それってどういうことだ?」

 

真守は一つずつ、情報を整理しながら口を開く。

 

一方通行(アクセラレータ)も言ってたケド、メイザースのあの身体は人間の組成から遥かにかけ離れている。アレイスターは女の子になっても、普通と同じ人間の組成をしてるだろ。でもあの『黄金』は明らかに感触が違うんだ。だから、あのメイザースたちは完全に魔術で成り立ってると思う」

 

真守はカブトムシの背中に触れて、情報を整理しながら告げる。

 

「どんな存在か分からないから、とりあえず干渉しようと思ったんだ」

 

最早朝槻真守は絶対能力者(レベル6)ではない。その先に存在する、『流行』を冠するまでに至った。

できないことはないし、やろうと思えば全てに干渉して意のままに操ることができる。

 

「普通の人間なら、私の干渉に抗うことはできない。魔術だろうが科学だろうが、どうしたって私の干渉を跳ねのけることはできない。……でも、ダメだった」

 

真守は自分の感じた事を丁寧に思い出しながら、アレイスターを見た。

 

「あの『黄金』はコロンゾンに守られていた。……いいや、その表現は少し違うな。あの『黄金』はコロンゾンに()()()()()()。あの『黄金』は、完璧にコロンゾンの手の内にいた。だから干渉できなかった」

 

アレイスターは思わず手を止める。

上条当麻は真守の言っていることが分からずに、首を傾げる。

 

「? 何がおかしいんだ? コロンゾンがバックにいるんだから朝槻の……干渉? が跳ねのけられてもおかしくないだろ?」

 

「私たちの行動の原点に戻ってみよう、上条」

 

真守は人差し指を立てて、上条当麻を見る。

 

「そもそも、私たちは何をしにウェストミンスター寺院に行った?」

 

「ええと……コロンゾンをメイザースの遺体で操るために、メイザースの遺体を探しに行った……はずだよな?」

 

「その通りだ」

 

真守はそこで言葉を切ると、上条当麻をまっすぐと見た。

 

「契約とは、絶対なんだ。それを見落としてはいけない」

 

今この時だけ。上条当麻は真守がただの普通の女の子ではないと感じた。

真守の超常的な存在という側面が前面に押し出されていると、上条は感じた。

事実。真守は超常的な存在へと至った者として、口を開く。

 

「契約をしたならば、超常的な存在は絶対に契約を果たされなければならない。召喚に応じたならば、その召喚に応えた時点で契約を交わさなければならない」

 

真守はこの世界に降ろされた者ならば、必ず縛られるものについて話す。

 

「召喚とは供物を基に行われるものだ。その供物を捧げられて召喚に応えた時点で、超常存在には契約に応える義務がある」

 

『流行』を冠した者として、真守は契約の大切さについて話す。

 

「コロンゾンはメイザースに召喚された。コロンゾンはメイザースの召喚に応えた時から、メイザースの契約に応える義務がある。メイザースの命令は、アレイスターの邪魔をしろ。できれば抹殺しろ。だからコロンゾンはアレイスターを執拗に狙っていた」

 

「……確かイギリス清教に対アレイスター用の部署を置いてたとか、そーいう……?」

 

垣根は微妙な情報を覚えている上条に、呆れる。

 

「真守が言いてえのはコロンゾンが今も確かに、絶対にメイザースとの契約に縛られてるってことだ。コロンゾンはメイザースと明確な主従関係にある。メイザースが主で、コロンゾンが下僕。それくらいはバカでも分かるだろうが」

 

「一々罵倒しないでください垣根さん……」

 

上条はちくちく言葉が激しい垣根にぐさぐさ体を刺されて悲しそうにする。

真守はくすっと笑うと、話をまとめる。

 

「私は『黄金』がコロンゾンの支配下にあると感じたんだ。だが本来ならば、メイザースがコロンゾンを契約で支配しているハズなんだ。主従の関係と立場が逆転してる。そうだろ?」

 

あ、と上条当麻は納得がいって声を上げる。

垣根はここまで解説しないと分からない上条当麻のバカさ加減に嗤いもできない。

上条は必死に頭を回して、はっと声を上げる。

 

「じゃあ……えっと、『黄金』はコロンゾンによって蘇生させられたとか? その時にコロンゾンが主従の逆転をさせる魔術を何か使ったとか……?」

 

「それもおかしいコトになるんだ。もしコロンゾンがメイザースを復活させたとしても、コロンゾンが契約に縛られてる現状、あのメイザースがコロンゾンの支配下にいるハズがない」

 

真守は何度も口にしているが、契約というのはとても重いものだ。

そして超常的な存在を、明確に縛るものでもある。

 

召喚に応じた時から、超常存在は召喚した者を主と定める必要がある。

 

それが召喚に応えるということだからだ。

そして超常的な存在とは、自らの在り方に則って人々を導くものである。

 

囁く者であるならば、囁く者として人々を惑わせる。

叡智を授ける者であれば、召喚した者にとって最適な叡智を授ける。

 

そうやって自分の在り方に則って、召喚された者は動くのだ。

 

「契約は絶対。だがあのメイザースたちは逆にコロンゾンに支配されている。だからメイザース含める『黄金』がアレイスターみたいに現代まで生き延びていたというのは、少し違う」

 

「じゃああのメイザースたちは偽物だってことか?」

 

首を傾げる上条当麻に、黙っていたアレイスターは問いかける。

 

「キミは今存在しているエルダー=マクレーンを偽物だと否定できるかね?」

 

真守はアレイスターの問いかけに、小さく目を見開く。

そんな真守に気が付いたのは垣根帝督だけだった。

そして上条当麻はアレイスターの問いかけに真面目に答える。

 

「……朝槻のご先祖様は本人が偽物じゃなくて、地続きだって認識してるんだ。それに俺は偽物だとは思わない。誰かがそう決めつけるなら俺は間違ってるって言う」

 

「そうだろう」

 

アレイスターは上条の言葉を聞いて、満足そうに笑う。

 

「つまりそれと『黄金』の連中も一緒なんだ。だからヤツらはどうあがいても腐っても本物なんだ。だからこうして私の持てる技術で対抗策を構築する必要がある」

 

「エルダーさま。そうか、最後のピースはエルダーさまだったんだ」

 

突然呟いた真守を、アレイスターと上条は見る。

 

「あのメイザースたちは、コロンゾンに支配されている」

 

真守は真相への糸口を見つけたことを、説明する。

 

「本来ならば、コロンゾンを支配するメイザースがコロンゾンに支配されている。体の組成的に、あのメイザースはコロンゾンの手が隅々にまで入り込んでいる。だからただの蘇生ではない。ただの蘇生ではコロンゾンはメイザースを支配できないからな」

 

真守は自分たちが収集した情報を基に、告げる。

 

「ただの蘇生ではない。あのメイザースはコロンゾンに命令を出せない。だったら、コロンゾンに命令を出せるメイザースはどこにいるんだ? 生死は関係ない。でも確かにいるハズだろ。だって、契約がまだ生きているんだから」

 

アレイスターは真守の発想の転換を聞いて、思わず手を止める。

 

「あのメイザースは、まるきり違うものであり本物である。一度完璧に断絶したが、いまもなお生きている」

 

真守は情報を整理して、アレイスターを見つめる。

 

「……なあ、アレイスター。いまお前は、私たちのすぐ近くにいて、『黄金』たちと同じ状況のひとの名前を──口にしただろう」

 

アレイスターは真守のことを見上げる。

真守を見上げるアレイスターのは、真守の面影に永遠の友を見ていた。

 

「一度終わって断絶した。だがそれでも死んだ自分と今の自分は地続きであり、今の自分は変容しながらも本物であると考えるひとを、私たちは良く知ってる」

 

エルダー=マクレーン。真守の先祖であり、アレイスターの永遠の友。

彼女は死んだ。だがアレイスターが人工知能として再現して、いまは魔導書の『原典』として動いている。そして──アレイスターの娘の世話をしている。

 

「…………ま、さか……?」

 

「よく考えてみろ、アレイスター」

 

真守は超常的な存在として、アレイスターに問いかける。

 

「なんで『黄金』は私たちがメイザースの遺体を求めたあの時に登場したんだ? アレイスターが憎くてしょうがないなら、ウェストミンスター寺院で待ち構えている必要はない。やりたいときに準備をして、アレイスターの首を取りにくればいいだろう」

 

一〇〇年前のブライスロードの戦い。

あそこからメイザースたちが生き残っていれば、本当にアレイスターが憎いのであれば。学園都市を強襲してくれば良いのだ。

学園都市を落とせそうな隙は、これまで何度もあった。

しかも隙はそれだけではない。学園都市が建設されるそれよりももっと前。

アレイスターがイギリスの僻地で死にそうになっている時。あの時だって、アレイスターを亡き者にできるタイミングだった。

 

だが真守たちがウェストミンスター寺院でメイザースの遺体を探していたあのタイミングで、メイザースたちは姿を現した。

それに意味がある。そう考えるべきなのだ。

 

「『黄金』がエルダーさまと同じ魔導書の『原典』であると仮定すると、全ての辻褄が合うんだ」

 

何故、メイザース率いる『黄金』は真守たちがメイザースの遺体を求めた時を狙って現れたのか。

何故、本来ならば絶対的な主であるメイザースがコロンゾンに支配されているのか。

何故、メイザースの肉体は人間の組成とかけ離れているのか。

どうして真守は、メイザースの肉体の組成にどこか既視感を覚えたのか。

 

幾つもの不可解な点。それがあの『黄金』たちを魔導書の『原典』として仮定したら、すんなりと疑問が解けるのだ。

 

「あの『黄金』は、コロンゾンが用意したトラップなんだ。ウェストミンスター寺院にコロンゾンを操ることができるメイザースの遺体がある。そう思った人間を一網打尽にするために、コロンゾンがカウンターとして造り上げた──魔導書の『原典』である『黄金』たち」

 

大悪魔コロンゾンは、アレイスターのために何重にも策を講じている。

神威混淆(ディバインミクスチャ)。クリファパズル545。

意趣返しをたくさん含みながら、コロンゾンはアレイスターに対抗している。

 

「『黄金』もコロンゾンの意趣返しなんだ。アレイスター、お前はエルダーさまを魔導書の『原典』として動かしている。その意趣返しとして、コロンゾンは『黄金』を魔導書の『原典』として運用してるんだ」

 

アレイスターはウェストミンスター寺院に辿り着く前に、コロンゾンが用意した対アレイスター用の霊装である神威混淆と対峙している。

その神威混淆で仕留められなかったアレイスターを、確実に仕留めるために用意した罠。

それが『黄金』ではないか。そう真守は言っているのだ。

 

「メイザースの遺体を探されると、コロンゾンは困るんだ。だからコロンゾンは『黄金』を神威混淆で仕留めきれなかった敵のために、『黄金』を第二のトラップとして用意した」

 

朝槻真守は、収集した意味が見いだせない情報より正解を導き出した。

それは神のような所業だった。事実、真守は『流行』へと至った存在である。

神であり、人であり。そして真なる者である。

 

「コロンゾンは安全装置として、『黄金』を用意した。本当にあの大悪魔はメイザースの遺体に触れてほしくないのだろう」

 

真守は淡々と告げる。そして、コロンゾンを追い詰める疑問を口にした。

 

「ならば、本物のメイザースの遺体はどこにあるんだろうな?」

 



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第一四四話:〈真実到達〉で怪物が解き放たれる

第一四四話、投稿します。
次は一二月四日月曜日です。


「……見落としていた。というか、『黄金』が現れて当初の目的を忘れていた」

 

アレイスター=クロウリーは思わず呟く。

 

「朝槻真守の言う通り、契約とは絶対的なものだ。超常的な存在である者たちを縛る枷。契約とは彼らにとって、ある意味自らをこの世に繋ぎ留めるために存在する命綱だ。……何があっても、契約は守られるべきもの。そこが大悪魔コロンゾンの弱点となる」

 

大悪魔コロンゾンは、メイザースと契約を交わしている。

アレイスター=クロウリーの邪魔をしろ。すべてを奪い、あわよくば抹殺せよ。

 

その契約は必ず守られるべきものだ。だからコロンゾンは『窓のないビル』まで、アレイスターを抹殺しに来た。科学に興味があるらしいが、それは二の次。コロンゾンが何よりも優先するべきなのはメイザースとの契約なのだ。

 

「スコットランドだ」

 

アレイスターは『黄金』への対抗策を練る手を止めて、指をぱちんっと鳴らす。

 

「スコットランド貴族グランストラエ伯爵。ウェストコットの『シュプレンゲル書簡』並みにたわけた『設定』だが、舞台設定好きのメイザースはスコットランドを殊更大事にしていた」

 

アレイスターは仇敵の設定好きを皮肉って、笑みを浮かべる。

 

「そもそもあのメイザースがロンドンに骨を埋めるというのもちょっとピンとこなかった。ロンドンは確かにメイザースが生まれ育った町だが、必ずしも楽しい思い出ばかりとは限らない。……ヤツが固執するとすれば、それはスコットランド方面だと相場が決まっている」

 

真守はアレイスターの解説を聞いて、ふむっと頷く。

 

「召喚された超常的な存在は契約者に依存する。コロンゾンがローラ=スチュアートと名乗っているのも、コロンゾン自身には何もないからだ。だから自分のかりそめの名前を付けるにしても、霊媒とした者の名前や契約者が大事にしているものになる」

 

コロンゾンがアレイスターに対して意趣返しを何度も行っているのも、コロンゾン自身にはこの世に所縁がないからだ。

 

もちろんコロンゾンには数価、三三三『拡散』という役割がある。

だが召喚された際に契約に縛られるコロンゾンは、どうしても自分を召喚したものと契約内容に依存してしまう傾向があるのだ。

 

「……なあ、アレイスター。一つ確認したいことがある」

 

真守は最大限警戒した様子を見せて、アレイスターを見る。

 

英国女王(クイーンレグナント)や『王室派』はイギリスにとって重要な魔術的象徴となっている。それが大移動をすると、やっぱり何か弊害があったりするのか?」

 

アレイスターは真守の問いかけに、面白そうににやっと笑う。

 

「『王室派』なんていう魔術記号がイギリス内を大移動すれば、あらゆる術式が英国女王を受け入れるために解除される。そうでなくとも、魔術的記号の大移動の圧によってあらゆる魔術が解かれてしまうだろう。アシュリン=マクレーンから何か言われたのか?」

 

「うん。『王室派』の方々を、スコットランド方面へ退避させると言っていたんだ」

 

「契約に縛られているコロンゾンは、おそらくスコットランド方面にメイザースの遺体を隠している。場所的にいえば、エディンバラ城辺りが濃厚だな」

 

アレイスターはくっくっくと笑うと、手元を再び動かし始めながら告げる。

 

「コロンゾンのことだ。おそらく隠してあるメイザースの遺体には隠匿魔術を掛けているだろう。だがそれは『王室派』の大移動によって消滅する……絶対に暴かれてはならないものを守るには、コロンゾンに安全装置として生み出されたメイザースはなんでもやるだろう」

 

上条はアレイスターの言葉にぎょっと目を見開く。

 

「じゃ、じゃあ『王室派』の人たちが『黄金』に襲われるって事か?」

 

上条が驚く中、真守は真剣な表情で頷く。

 

「アレイスター、私は伯母さまたちを守りに行く。大切な人が襲われるかもしれないのに、黙って見ていることなんてできない」

 

「そうだな。あなたはすぐに『王室派』を守りに行くと良い。彼女たちの大移動は重要なものだ。いずれそこが戦場となる」

 

アレイスターはにやりと笑い、『黄金』が出し抜けそうだとほくそ笑む。

 

「女王陛下たちの動向を知らない『黄金』の今の狙いは私だ。だから私が囮となり、それと同時に手ごろな『黄金』でおそらく魔導書の『原典』として組み上げられたヤツらの仕組みを暴き、無力化する。それで良いか?」

 

「大丈夫だ。私はすぐにここを離れる」

 

真守は頷くと、垣根を見上げた。

 

「垣根、私と一緒に来てくれるか?」

 

「当たり前だろ。お前が大事にしたい人たちを傷つけさせるわけにはいかねえ」

 

垣根は真守の頭を優しく撫でて、アレイスターを睨む。

 

「テメエはきちんと『黄金』の注意を引け。そんでメイザースたちを壊す算段を必ず付けろ。真守の推測に間違いはねえ。だから魔導書の『原典』としての『黄金』の仕組みをちゃんと暴け」

 

「分かってる。囮はきちんと全うするよ。ただ動き出したキミたちを気にする『黄金』の数人が、そちらに向かう可能性は高いな」

 

アレイスターの言い分に垣根は、ぴきっと頬を引きつらせる。

真守はくすくすと笑うと、垣根の手を取った。

 

「垣根、行こう。伯母さまたちには指一本触れさせない」

 

「……ああ、そうだな」

 

垣根は真守と手をしっかり繋ぐと、アレイスターたちと別れた。

ちなみにショッピングセンターを出る前に、真守は一方通行(アクセラレータ)に声を掛けた。

詳しい理由をカブトムシが話すと、一方通行は軽く手を振った。

そして真守はアシュリンに連絡をして、詳細は伏せるが合流する事を伝えて。

ピカデリーサーカスのショッピングセンターから飛び出した。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

二匹の怪物が、イギリスの夜へと飛び出す。

その二人とはもちろん科学の申し子である朝槻真守と垣根帝督だ。

 

人の枠組みから外れることなく、自身を世界に合わせて永遠に最適化し続けられる真守。

『無限の創造性』によって愛おしい少女と同等の力を発揮する事ができる垣根帝督。

 

真守は蒼閃光(そうせんこう)で造り上げられた猫耳と尻尾をぴょこんっと現出させる。

蒼ざめたプラチナの翼。それを広げれば、朝槻真守は十全に力を使うことができる。

だがそこまで力を使うと、垣根に怒られるのだ。

そのため真守は猫耳をぴょこぴょこっと動かして、レーダーのように辺りを捜索する。

 

「垣根、三人いる。あれは倒して行こう」

 

真守は蒼閃光で造り上げられた尻尾をゆらんっと揺らしながら、自分を追う垣根に声をかける。

 

「オイ、真守てめえ……ッ!!」

 

「? なんでキレてるんだ? ちゃんと垣根の言った通り、力は制限してるぞ?」

 

真守は顔をしかめて、未元物質(ダークマター)の翼を広げて怒っている垣根を見上げる。

垣根は真守を力強く睨むと、声を大きくした。

 

「お前スパッツはどォした!!」

 

真守はきょとっと目を見開く。

そして垣根の怒りの意味を知って無表情になると、面倒くさそうに目を細めた。

 

確かに真守はセーラー服の下にスパッツを穿いていない。直パンツである。つまり、スカートを翻らせて飛ぶとパンツが見えるのだ。

 

「おい真守! お前、俺が用意してたモンはどこにやった! 捨てたのかよ!」

 

「垣根がわざわざ用意してくれたモノを私が捨てるわけないだろ。でもちょっと気に入らなかった。だからちゃんと空間転移で学園都市の自宅に送ったよ」

 

「無駄に力を使うんじゃねえ! 力使うなって念押ししてたよなァ!?」

 

「えーだってスパッツあんまり好きじゃないんだもん」

 

真守は口を尖らせて、優雅に宙を舞いながら怒る垣根を振り返る。

その瞬間、ひらっとスカートがめくれ上がった。

真守の下着が垣根の目に飛び込む。

 

ちょうちょ結びがひらひら舞う、黒にゴールドの縁取りがされた──ちょっと大人でえっちな紐パンツだ。

垣根はわざとパンツを見せた挑発的な真守に、脳裏でブチッと何かが切れる音が響く。

 

「スパッツあんまり好きじゃないんだもんとか、かわいく言うんじゃねえ!! エロい下着は百歩譲って許す、ただ他の奴らに見せるんじゃねえ!!」

 

「わー独占欲強い。戦場でも垣根は私のぱんつ見られるの嬉しいだろ?」

 

真守はスカートの裾を摘まんで、垣根にパンツが見えないぎりぎりまでたくしあげる。

 

「ベッドの上では嬉しいが街中では嬉しくねえよ! 痴女みてえなことするんじゃねえ!」

 

「痴女というのはぱんつを穿いてないひとのコトを言うのだぞ」

 

「パンツみせようとするのも同じだボケェ!!」

 

垣根が大声を上げる中、真守は標的を見定める。

 

「スパッツなんてどうでもいいだろ。行こう、垣根」

 

「あ、ちょっと待て真守っ!!」

 

真守は垣根の事を無視すると、上空から『黄金』へと迫る。

先行してアレイスター=クロウリーを迎撃しにやってきたのは三人だった。

 

三人の内、一人は女だ。

白い花やヴェールで彩られた赤いショートの髪。色白で一五〇センチにも届かない体躯。

フリルたっぷりのミニドレスは白がベースで、桜色の飾りがちりばめられている。

 

ミニドレスに派手な色のタイツを合わせた彼女は『黄金』の魔術師、ダイアン=フォーチュンだ。

 

彼女と共に行動する後の二人は男だ。

ベストにスラックス、そして仕立て屋のように首にメジャーを回している男──アーサー=エドワード=ウェイト。

そして黒衣の裁判官じみた服を着ているジョン=ウィリアム=プロディ=イネス。

 

五階建てのビルで話をしていた彼らに、真守は躊躇いなく鋭いスピードを出して突っ込む。

真守は姿勢を低くして、音を最小限にしてしゅたっと屋上に着地する。

能力を解放して猫耳猫尻尾を出しているので、その姿はなおさら猫のようだ。

 

「なっ!?」

 

ダイアン=フォーチュンが突然現れた真守に驚く中、真守は両手を地面につく。

そして倒立すると、真守はアーサー=エドワード=ウェイトとジョン=ウィリアム=プロディ=イネスに、両足を思いきり開いてそれぞれに鋭い蹴りを繰り出した。

二人が真守の両足によって凄まじい速度で吹っ飛ぶ中、ダイアン=フォーチュンは叫ぶ。

 

「く、黒の紐パンっ!?」

 

ほぼ倒立みたいな状態から足を開いて二人の男へ同時に蹴りを繰り出したために、当然としてダイアン=フォーチュンには真守の下着ががっつり目に入っていた。

 

ダイアン=フォーチュンが驚く中、アーサー=エドワード=ウェイトとジョン=ウィリアム=プロディ=イネスは吹っ飛んだ先の建物を破壊して沈黙する。

 

真守は蹴りを繰り出した足をピンッと天へ向けて伸ばす。

そして倒立から軽やかに飛んで地面へと降り立つ。

真守は一気に踏み込んで、黒い箱を慌てて生み出したダイアン=フォーチュンの腹に向かって強烈なパンチを繰り出した。

 

ダイアン=フォーチュンは音速を超えた真守の拳によって、大きく吹き飛ぶ。

そして真守たちがさっきまでいたショッピングセンターの壁へと叩きつけられた。

すると当然の如く壁には放射線状にヒビが入り、クレーターができあがった。

 

「ちなみに同性っぽいからぱんつを見せただけで、二人の『黄金』の男にはぱんつ見せてないぞ、垣根」

 

真守は一応補足をしながら、自分の鋭い拳で建物にめり込んだダイアン=フォーチュンを見る。

彼女は建物に鋭くめり込んだ後、受け身を取ることができないまま、地面にぼとっと落ちた。

 

真守の強烈な一撃を喰らったダイアン=フォーチュン。

だが彼女は、次の瞬間には体を軋ませながらも立ち上がろうとしていた。

 

「この感触……やっぱり私の推測は間違っていないだろう。細かい仕組みはまだ理解するのに時間はかかるケド、人間ではないと仮定すればやっぱり色々な疑問がすんなり解けるな」

 

独り言ちる真守。そんな真守に、近づく影が二つあった。

アーサー=エドワード=ウェイトとジョン=ウィリアム=プロディ=イネス。

真守の背後から近づいた彼らは、突然降ってきた垣根帝督によってその攻撃の手を阻まれた。

 

「俺の女に背後から手ェ出してんじゃねえよ」

 

垣根は苛立ったまま威圧感を放ちながら鋭く告げると、背中から生えていた純白の未元物質(ダークマター)でできた翼で二人の男を薙ぎ払った。

垣根に吹き飛ばされた二人の男は、立ち上がろうとしていたダイアン=フォーチュンに激突して沈黙する。

垣根は敵を軽く排除すると、真守のことを睨んだ。

 

「オイ真守ッ! あんまり好き勝手するんじゃ──」

 

「む!」

 

真守は怒る垣根の前で、ぴくんっと猫耳を模した蒼閃光(そうせんこう)でできた三角形を揺らした。

真守は地面に目を向けた後、その視線を動かして夜空を見上げた。

 

「垣根、怒ってる場合じゃないっ! ──来るぞ!!」

 

真守が叫んだ瞬間、垣根は怒りを忘れてはっと息を飲む。

ピカデリーサーカスのネイキッドショッピングセンターの上空。

そこで、純然であるのに不安定な『力』が渦巻いていた。

その不安定な『力』は次の瞬間──ショッピングセンターを襲った。

 

「真守!」

 

垣根は突然ショッピングセンターに降り注いだエネルギーの塊から真守を守るために声を上げる。そして即座に真守を抱き寄せて、未元物質(ダークマター)の翼で覆い守った。

 

垣根の翼にショッピングセンターを純粋な『力』が穿ったエネルギーの余波が襲い掛かり、未元物質の翼が焼ける。

 

その瞬間、異変が起こった。

垣根の翼に当たったエネルギーの余波が黄色い閃光と共に風を生み出し、垣根と真守の背後の建物を切り刻んだのだ。

 

垣根帝督は魔術の法則を理解していない。

それは一方通行(アクセラレータ)も同じだ。だから魔術に対して科学の力で抗おうとすると、普通ならありえない現象が引き起こされてしまう。

 

大覇星祭にてオリアナ=トムソンと垣根帝督が対峙した時と同じだ。

あの時オリアナの炎の術式を未元物質(ダークマター)の翼で受けたら、緑の閃光と雷に変化した。

その現象が、今も再び起こっていた。

 

垣根はそれでも、高純度のエネルギーの塊から自身と真守と守り抜いた。

真守は崩壊したショッピングセンターを翼の隙間から見つめて垣根を見上げた。

 

「アレイスターたちは?」

 

カブトムシ(端末)で確認した限り、瓦礫に埋もれちゃいるが問題ねえ。全員無事だ」

 

真守は垣根からそう聞かされて頷く。

 

「じゃあ大丈夫だな。……先行してきた三人も余波に巻き込まれて沈黙したようだし、私たちは伯母さまたちを助けに行こう」

 

「そうだな。……だけど、その前に」

 

垣根は鋭い視線で真守を睨み、真守の腰をがっしり掴む。

そしてスカートの下に、未元物質(ダークマター)でできた純白の翼の先をするっと滑り込ませた。

 

「ヘンタイっ!」

 

「うるせえ!! いま未元物質(ダークマター)でかわいいの作ってやるから黙ってろっ!!」

 

垣根は暴れる真守の事を押さえつける。

そして垣根は未元物質で真守の好みに合う、純白のアンダースコートを作ってあげた。

 

「む、かわいい。これならまあアリかな」

 

真守はスカートをぴらっとめくって、垣根が造ってくれたアンダースコートを見る。

フリルたっぷりで腰にリボンがかわいらしくついている、垣根お手製のアンダースコートだ。

デザインが気に入った真守は、ご機嫌に尻尾を揺らす。

 

「さすが垣根、私の好みよく分かってる」

 

真守が満足して耳をぴょこんっと動かす中、垣根はため息を吐く。

 

「たくさん作ってやるから、制服着たら絶対に下に穿けよ」

 

「えー」

 

「えーじゃねえ!! あんまり聞き分けの悪ぃこと言ってるとマジで許さねえぞ」

 

「それは嫌だな」

 

真守はふふっと笑うと、垣根にすり寄る。

 

「遊びはここまでにしよう、垣根。ちゃんとアンダースコート穿いたから」

 

真守はにこっと笑うと、垣根の手を引く。

そしてそのまま、夜空へと躍り出た。

 

「頑張ろう、垣根」

 

真守はアレイスターから離れた自分たちを追ってくる『黄金』の気配を感じながら笑う。

垣根は大きくため息を吐くと、幸せそうな真守を見た。

 

「……あんまりおイタするんじゃねえぞ。俺のいないところにいくな」

 

「ふふ、大丈夫。ロシアの時みたいにはいかない。垣根とずぅっと一緒にいる。一緒にいるって、約束したから」

 

朝槻真守は垣根の腕にすりよって、柔らかく微笑む。

死が二人を分かつ事はない。何故なら朝槻真守と垣根帝督に死の概念は存在しないから。

 

文字通り永遠を誓い、何が何でも一緒に戦う事を決めた二人に敵はない。

コロンゾンだって打破してみせる。

それを決意した二人は柔らかく微笑むと、王室派を守りに行く前に『黄金』と対峙した。

 



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第一四五話:〈各地点在〉にて行動を

第一四五話、投稿します。
次は一二月一一日月曜日です。


朝槻真守が垣根帝督にスパッツを穿けと怒られている中。

名も知れぬオアシスでは、冥土帰し(ヘブンキャンセラー)がトレーラーハウス内に様々な機材を並べていた。

それらの大体は冥土帰しの鞄の中に入っていたものだった。

だがその大半は医療器具ではない。

 

手回しのドリルやノコギリなど、日曜大工の道具の精度を上げたような品々だ。

だがエルダー=マクレーンはそれに特に驚かない。

本当に極めた人間は、どこにでも売ってそうな基本的な道具を使う。

 

それはアレイスター=クロウリーもそうだ。事実として、アレイスターは現在ショッピングセンターの日曜大工コーナーで、音響を用いた破壊兵器を作成していた。

 

「そこのコーヒーメイカー借りるよ」

 

「うむ」

 

「冷凍庫に製氷皿はあるか? ボウルに詰めてガラス管を通せば蒸留と凝固はやりたい放題だ」

 

「分かった、用意しよう」

 

エルダー=マクレーンは頷くと、製氷皿でできている氷の量を確かめる。

この隠れ家を用意した土御門元春は抜かりない男だ。

氷はすでに使える状態で、きちんと用意してあった。

冥土帰しは辺りを見回して思考する。

 

「ジューサーがあるんだね。だったら遠心分離器に使える。スチームオーブンは手を加えれば煮沸消毒器になるね。哺乳瓶用のものじゃ小さすぎるから」

 

ブラックライトを見つけた冥土帰し(ヘブンキャンセラー)は電源側の出力をイジり、紫外線消毒の機能をつける。

そして収納ケースを見つけてくると、接着剤で埋めて隔離作業台に。

ホームシアター用のプロジェクターは分解して手を加えて、オシログラフへ。

 

次から次へと、冥土帰しは日用品や電化製品を精密作業のできる医療器具に変えていく。

その様子を見守っていた木原唯一は目を白黒させていた。

 

木原というのは最先端を操る一族だ。

最先端を研究するための場所は、すでに十分な土台が用意されている。

そのため生活用品や家電製品から医療器具を生み出す事なんて考えた事もなかった。

木原唯一はリビングのソファに座ったまま、思わず呟く。

 

「……本当に彼は何者なのでしょうか」

 

木原唯一は呟きながら、傍らに伏せている木原脳幹の包帯を避けて黄金の体毛を優しく撫でる。

 

魔術師、アラン=ベネット。

またの名を仏門の僧侶スワミ=マイトラナンダ。

ロンドンにおいて阿片中毒となっていたが、なんとか生き延びてセイロンでヨガを学びながら養生した結果、見違えるほどに健康体になった。

 

……なんてありそうでありえなさそうな、でも確かに考えられそうな嘘を使っていいとアレイスター=クロウリーは冥土帰しに冗談で言ったが、そんな嘘は必要ないのだ。

 

何故ならエルダー=マクレーンと冥土帰し(ヘブンキャンセラー)は、英国の辺境で出会って友となっていたのだから。

心を通わせた友ならば、謎に包まれた正体や出自など関係ない。

 

「して、具体的にはどうやってリリスの器を用意するのだ? 垣根帝督の代替技術をオマエが使うとは思えぬのだが。しかもアレを使ったとしても、ワタシたちに魂が降ろされるのを遮断するコトはできぬ。そうなれば赤子のために一人の赤子を使ってしまうコトになる」

 

垣根帝督の代替技術というのは垣根帝督が真守のそばにいなかった時、朝槻真守を神として必要とする者たちを降ろすために用意された肉体を造り上げるための細胞技術だ。

 

だがその技術は学園都市の最新設備を必要としている。しかもその技術を使って赤子の体を用意すれば、その赤子に意思──魂が宿ってしまう。

 

そうなればリリスのために、一つの命が使い潰されてしまう。この場に真守がいれば簡単にできただろうが、ロンドンで事態解決に奔走している真守を頼る事はできない。

 

何にせよ、学園都市の最新技術をこの場でできるとは思えない。

そう思うエルダーに冥土帰し(ヘブンキャンセラー)は丁寧に説明する。

 

「ここ最近、DIYバイオという言葉が普及していてね。余計なカビや雑菌を排除するのが大変だけど、細胞増殖それ自体はさほど苦労するものではないよ?」

 

「? それはバナナやジャガイモで作った培地を滅菌させてガラス瓶に詰め、その上にスーパーで買ってきたひき肉を乗せて培養するというアレか? 確かあの技術はガン細胞と同じで、無秩序に増殖を繰り返すでだけであろう?」

 

エルダーは愛らしく小首を傾げる。

エルダーは目の前のカエル顔の医者の事を良く知っている。だから彼にできない事はない。

だが専門の道具があったとしても難しいのに、トレーラーハウスという場所でできるのだろうか。

 

「テロメアをコントロール下においてガン化プロセスを遮断する。外にある普通の技術でも、テロメアーゼ酵素の注入実験によって老化現象を抑制する事ができる段階にある反復配列TTAGGGに反応するある種の酵素を培養して一定量確保した上で複製元のサンプル細胞に注入してやればいい」

 

冥土帰しは言葉を切って、アシュリンに分かりやすいように説明する。

 

「ざっくりまとめてしまえば、異質な細胞を後付けで正常な状態に戻してやればいいのさ。この方法なら、体のどの部位もガラス瓶の中で作りたい放題。僕やキミが懸念している、赤子一人の命を使い潰さなくて済む」

 

「ふむ。それだと失敗する事もあるのだな。よぅし、ワタシがいっちょシミュレーターとしての高性能演算機能を駆使して補助してやる。いまのワタシは計算なら大得意だ」

 

「頼もしいね? じゃあ遠心分離機は任せていいかな? モニタリング用に念のため、三つの計測機器を増やしておきたんでね?」

 

エルダーはご機嫌に尻尾を揺らすと、気が付いたように猫耳をぴょこんっと揺らした。

 

「この場には何でも造れる帝兵と帝察がおる。足りないものがあれば二人に話すと良い」

 

「彼の人造生命体だね? 分かったよ?」

 

エルダーはカブトムシとトンボを呼びつけて、自分に割り振られた仕事を始める。

彼らは本当に旧友らしい、と木原脳幹はその姿を見て思っていた。

何故なら互いの事を信頼しきっているからだ。

 

一〇〇年程度前の友情で、今ある命を救おうと協力する。

しかもその救おうとしている命は彼らの共通の友人の娘なのだ。

 

なんともロマンのある話じゃないか。

 

木原脳幹が静かに尻尾をブンブン振っていると、木原唯一はそれに目を細めた。

あのまま『復讐者』として終わっていたら、自分は再び先生と共にいる事はできなかった。

 

『復讐者』として終われなくて。助けられて、温情を掛けられて、前を向かされて。

『復讐者』ではなくなったただの蛇足を自分は歩んでいくんだと思っていた。

 

だが、こんな蛇足も悪くない。いいや、これは蛇足ではないのだろう。

大切な先生といつまでも一緒にいられる、そんな幸せな日常が続くのだ。

木原唯一はそう思って、木原脳幹の背中を優しく撫でた。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

バッキンガム宮殿。

英国女王と『王室派』に連なる者たちが住まう、英国にとって神聖な場所。

真守と垣根はアレイスターと別れて、再びバッキンガム宮殿へと戻ってきた。

 

アレイスターは上条と一方通行(アクセラレータ)と共に、現在の『黄金』の情報を集めるべく『黄金』の拠点であるイシス=ウラニア別館の、石造りのアパートへと向かっていた。

真守は『騎士派』に案内されて、垣根と共に伯母であるアシュリン=マクレーンのもとへと急ぐ。

 

「伯母さま、来たぞっ」

 

真守たちが案内された場所はバッキンガム宮殿の裏手だ。そこでは『王室派』の面々をスコットランド方面に逃がすための馬車が用意されていた。

 

馬車列の手前。

そこでアシュリン=マクレーンは、地面に無様に転がった英国女王の事を縄で締め上げていた。

 

ご丁寧にピンヒールを履いた片方の足を不敬にも英国女王に乗せて、思いきり縄で英国女王のことを縛り上げていた。

 

「お、伯母さまが英国のトップを地面に転がして縄で締め上げてるっ!!」

 

真守は一体何がどうなってるのか分からず、思わず目の前に広がっている状況を叫ぶ。

 

「ど、どうしてそんなことに……っというか、周りの騎士たちも伯母さまに力貸してる!」

 

アシュリンと英国女王を囲む騎士たちは、アシュリンに縄よりも強靭な拘束具を渡すために構えている。しかも中には、英国女王の口に布を当てて黙らせようとしている者までいた。

何が何だか分からない真守。

そんな真守に気が付いたアシュリンは、にこっと微笑む。

 

「あら真守ちゃん。お疲れ様、早かったわね」

 

アシュリンは笑顔を見せながら腕を引いて、ぎゅうっと英国女王を強く締め上げる。

布を口にかまされた英国女王は、ふがふがと声を上げる。

アシュリンはにこにこと笑いながら、英国女王を締め上げて紐でくくる。

 

「真守ちゃんと帝督くんなら馬車を走らせ始めても余裕で追いつくと思ったけれど、それはやっぱり大変だからぎりぎりまで待とうと思っていたの。でもこれなら、準備ができれば定刻よりも早めに出発できそうね」

 

笑いながら、騎士が持っていた拘束具で英国女王を締め上げるアシュリン。

多くの『騎士派』の騎士たちに囲まれて支援されながら、英国女王を簀巻きにするアシュリン。

真守はおずおず躊躇いながらも、アシュリンへと近付く。

 

「伯母さま……どうして英国女王を簀巻きに……?」

 

「この高貴なる猪突猛進なお方はね、困ったことにロンドンに残って『黄金』と戦うなんて仰ってるのよ。だから縛って縄で括り付けて馬車に放り込んで連れて行く必要があるの」

 

「ええー…………」

 

真守は思わずふがふが声を上げている英国女王を見る。

英国女王は自分を縄で縛り上げるアシュリンに文句を言っていた。

 

文句を言っているのだが、その文句は『不敬な扱いをするな』ではなく『私も戦える!』という主張だと真守は読み取った。

真守は思わず呆れた表情で、本来ならばかしずく存在である英国女王を見下ろす。

 

「本当に英国女王って好戦的なんだな……。政治のトップが前線で戦うってどーいうコトだ。というか魔術の国である英国は魔術的象徴として英国女王という存在が必要不可欠だろ。ここで死ぬなんてコト、一番あっちゃだめだろ……」

 

真守はアシュリンによって完膚なきまでに締め上げられ、その上から『騎士派』の騎士たちによって魔術的に拘束される英国女王を睥睨する。

真守の隣にいた垣根帝督も、呆れて英国女王を睥睨していた。

 

「こんなのが国のトップでよく国が持ってたな。あのバカで無鉄砲で万年失敗野郎の統括理事長だって不必要には前に出なかったぜ」

 

「垣根。こんなのなんて言っちゃダメだぞ、不敬になる。……たぶん」

 

真守はちょっと自信がなくなって、思わず声量が小さくなる。

そんな真守たちの前で、拘束された英国女王は馬車へと『騎士派』の騎士に担がれて去っていく。

アシュリンは不敬罪としても確実に見えてしまう大役を成し遂げてから、真守を見た。

 

「二人共ケガはしていないわよね? 『黄金』の魔術師を相手にしていたのでしょう?」

 

「大丈夫だぞ。私と垣根は最強だからな」

 

真守はふふっと笑う。そんな真守の頭を、アシュリンは優しく撫でた。

 

「それで、伯母さま。首尾はどうなってるの?」

 

「英国女王はとっ捕まえたし、後は第一王女リメエアさまと第三王女のヴィリアンさまの準備が終われば、出発できるわ」

 

処刑(ロンドン)塔にいるキャーリサさまはロンドンに残るのか?」

 

「ええ。政治的な意味合いでキャーリサさまはロンドンに残らなければならないの。こんな事態でも政治を気にしないといけないなんてバカらしいけど、習慣だから仕方ないわね」

 

ロンドンに第二王女キャーリサを残して他の王族が退避するのは、古い時代の王侯貴族が行った政治的な人質の意味合いがあるのだ。

その意味とは全員撤退ではなく王族を一人残すことで、ロンドンが本当に危険な場所ではない事を示す、というものである。

 

「処刑塔は鋼の牢獄だし、ロンドンに残るあの方は『軍事』を司る王女殿下。しかも隣の牢獄には傭兵騎士がいるから、大丈夫なはずよ」

 

「傭兵騎士……?」

 

真守はアシュリンの口から出た言葉に、首を傾げる。

だが、すぐに思い当たる人物が脳裏に浮かんだ。

 

「あ、もしかして後方のアックアのことか……!? ……そういえば、処刑(ロンドン)塔に投獄されてるって話だったな」

 

後方のアックア。ウィリアム=オルウェル。

彼は元々、英国のために戦っていた人間だった。

第三王女、ヴィリアンが危機に陥った時は政治的な意味合いで動けなかった『騎士派』の代わりに、彼がヴィリアンを助けた。

 

英国の人々のために動いていたウィリアム=オルウェル。彼は英国を外部から守るために、ローマ正教に入って後方のアックアという地位を得たのだ。

 

「実はキャーリサさまもウィリアム=オルウェルも、第三次世界大戦の時に功績を成し遂げているのだけれど……その恩赦を蹴って、牢獄にいるのよ。その方が英国のためになるからって、全く困ったものよね」

 

「成程。力のある者が投獄されていることはある意味で効果を発揮するからな」

 

真守がアシュリンの言葉に頷いていると、王女様方がやってきた。

だが何故か、第三王女ヴィリアンがちょっとむくれてすんっとした顔をしている。

真守が小首をちょこんっと傾げると、アシュリンが真守に微笑みかけた。

 

「ヴィリアンさまは傭兵騎士のことをとても気に掛けていらっしゃってね。キャーリサ様とあの傭兵が英国に残るのがちょっと不服なの」

 

「そ、そうなのかっ!」

 

優しく内緒話をするかのように声量を落としているアシュリン。

真守はアシュリンに耳打ちされて、驚愕する。

 

政治的な意味合いでロンドンに残されるキャーリサ王女。

何かあれば、彼女を補佐する形で処刑塔に収監されているウィリアム=オルウェルが共に戦う。

そういう手筈になっているのだ。

 

実はウィリアム=オルウェルは数々の戦いで一般的な魔術しか使えなくなってしまったのだが、それでもあの男には関係ない。

 

聖人と聖母の二重属性を持ち、多大なる力を持っていたウィリアム=オルウェル。

彼は力がなくなった今でも、魔法名──その涙の理由を変える者(F l e r e 2 1 0)を掲げている。

 

「私は学園都市に上条を抹殺しに来たアックアと戦って手傷を負わせたケド。それを第三王女さまに知られたら、笑顔だけで殺される気がする」

 

学園都市の第二二学区で死闘を繰り広げた時、ウィリアム=オルウェルは後方のアックアとして真守たちと敵対していた。

理由があったにせよ、彼に聖人として大ダメージを負わせたなんて第三王女に知られたら、どんな目で見られるか分からない。

垣根は心配する真守の頭を、ぽんっと撫でる。

 

「安心しろ、真守。俺や上条も同罪だから気にする事じゃねえ。つーか上条なんてアイツに抹殺されそうになってたんだぜ?」

 

「それはそうだけど……垣根、女の子の恨みは怖いんだぞ?」

 

真守は垣根に頭を撫でてもらえて、嬉しそうに目を細めながら垣根を見上げる。

そしてくすっと笑って、垣根を見上げた。

 

「まあ女の恨みも怖いけど、男の嫉妬も怖いよな。特に垣根の嫉妬はすさまじ──あいてっ」

 

真守は垣根に頭を小突かれて声を上げる。

アシュリンはその様子を見て、くすっと笑った。

すると、アシュリンに『騎士派』の騎士が近付いた。

 

「マクレーン殿。『王室派』の方々の準備が整いました。『清教派』はすでに待機しています」

 

「分かったわ。──真守ちゃんと帝督くんはわたくしと一緒の馬車よ。それでいい?」

 

「うん、大丈夫だぞ。ありがとう、伯母さま。行こう、垣根」

 

真守は垣根の手を取ると、伯母と共に歩き出す。

垣根は真守の小さな手を感じると、ふっと笑った。

 



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第一四六話:〈無事出発〉でも気は抜けない

第一四六話投稿します。
次は一二月一八日月曜日です。


バッキンガム宮殿から、『王室派』を乗せた複数の馬車が走り出した。

馬車列の目的地はスコットランドにあるエディンバラ城だ。

 

いまだロンドンは危険に包まれている。

そんな危険な地に、イギリスの要である『王室派』の面々を留まらせているのは良くない。

そのため、馬車列は『王室派』の面々を乗せてスコットランドへと出発した。

 

朝槻真守は、一台の馬車の上で片膝をついて体勢を低くしていた。

真守は遠くなっていくロンドンを見つめて、目を細める。

そして一つ頷くと、真守は馬車の上で立ち上がった。

 

馬車はすでに、時速数百キロは出ている。

だが真守は特に危なげもなく、視線を馬車に向ける。

すると、馬車の昇降口が独りでに開いた。

 

真守は軽やかに動くと、屋根から降りて馬車の中に入る。

後ろで手を触れずに扉を閉めると、真守は垣根の隣にとんっと座った。

 

「私と垣根を追ってきた『黄金』は完璧に撒いたからな。まだ『黄金』は『王室派』の馬車列に気が付いてないみたいだケド、気づかれるのも時間の問題だ」

 

真守が淡々と報告する中、カブトムシのネットワークに接続して胡乱げな瞳をしていた垣根はアシュリンを見た。

 

「馬車列が移動するためとはいえ、大々的に交通規制とか行ってるからな。カブトムシ(端末)でバッキンガム宮殿の動向を限りなく外部に漏らさないようにしてたが、連中は魔術師だ。いくら未元物質(ダークマター)が万能でもカバーしきれねえ」

 

「大丈夫よ、帝督くん。すべてをあなたたちがこなそうとしなくていいの」

 

アシュリンは柔らかく微笑んで、座席の下に入れておいたカゴを手に取る。

 

「わたくしたちもいるから。あなたたちだけが頑張らなくていいのよ」

 

真守はアシュリンの優しい言葉に嬉しそうに目を細めて頷く。

アシュリンは愛らしい真守を見て、にっこりと微笑む。

すると、扉に掛けてある連絡用の壁掛け電話が鳴った。

アシュリンは軽やかな手つきで、レトロな電話の受話器を手に取る。

 

「どうしたの?」

 

《女王陛下が暴れておりまして……っ拘束具を破壊しようとしています》

 

「英国女王への不敬は考えなくていいわ。予備に持ってきた拘束具も出してちょうだい。……本当なら簀巻きのまま外に放り出したいところだけど、こんな緊急事態に戴冠式なんてやってられないから」

 

アシュリンの言い分を要約すると、『別にバカな英国女王は最悪痛い目を見ればいい。ただこんな非常時に三人の王女から新しい王を選んで戴冠式をするなんてしたくない』という事だ。

 

真守たちの乗っている馬車は時速数百キロは出ている。その状態で馬車から叩き落とされれば無事では済まない。つまり仮に簀巻きのまま英国女王が放り出されたなら、待っているのは死だ。

 

(本来ならば不敬にも程がある物言いだけど……英国女王が英国女王だからなーどうしようもない)

 

真守は血の気が多い英国女王の事を想って、眉をひそめる。

本当にトップが前線に出て戦うなんて、ありえなさすぎる。

アシュリンは『騎士派』の騎士に指示を出すと、古風なデザインをした壁掛け電話を元に戻した。

 

「まったく、あの方にも困ったものだわ。王女さま方がお生まれになって、それぞれの分野で特化され始めた時くらいから大人しくなったのだけど。相変わらず、後ろで守られているのが我慢ならない方ね」

 

アシュリンはため息を吐くと、真守にカゴを差し出す。

 

「たくさん飛び回って疲れたでしょう、真守ちゃん。宮殿のシェフに軽食を作らせておいたの。ローストビーフサンドイッチ。ちょっと変わり種だけど、おいしそうでしょ?」

 

「ろ、ローストビーフ……っ!」

 

真守は顔を輝かせて、アシュリンが差し出してくれたカゴの中身を見る。

ロゼ色のお肉の薄切りが、特製のソースとフリルレタスと一緒にたっぷり挟まれたサンドイッチ。

しかもカゴの中にはステンレスボトルに入ったミルクティーまで完備されていた。

真守はうきうきとご機嫌でお手拭きで手を拭くと、サンドイッチに手を伸ばす。

 

「上条にはとても悪い事をしてる気がするけど、いいよなっ」

 

真守はにこにこと笑って、サンドイッチをちょこんっと両手で持つ。

たぶん上条当麻はイギリスに来てから何も食べていない。それなのに真守は二回目の軽食なのだ。

真守と同じように垣根もサンドイッチに手を伸ばしつつ、優しさを見せる真守に笑いかける。

 

「あの万年バカに心を砕く必要ねえって。この場にいないのが悪ぃんだろ」

 

「む。それはそうだけど……ちょっと余らせて、あとで分けてあげようっ」

 

真守はふふっと笑うと、ぱくっと小さな口でサンドイッチを頬張る。

 

「むふー……っ! おいしいっ」

 

真守は顔を輝かせると、幸せそうに表情をとろけさせてサンドイッチを食べる。

 

「へへーしあわせ……っ」

 

ふにゃふにゃ笑う真守の隣で、垣根もサンドイッチを食べる。

 

「イギリスの飯はマズいって話だが、さすが宮廷料理人だな。ちゃんと美味い」

 

「ふふ。二人に気に入ってもらえて何よりだわ」

 

アシュリンは軽やかに笑う。そして馬車から外を見つめながら、少しため息を吐いた。

 

「クロウリーズ・ハザードに 神威混淆(ディバインミクスチャ)、そしてここにきて『黄金』なんて。頭の痛い話だわ」

 

大悪魔コロンゾン。それに対抗する、アレイスター=クロウリー。

いちばんの被害を受けているのは、コロンゾンが根城にしていたイギリスだ。確かに他の国々も大変だが、ロンドンほど騒乱にはなっていないはずだ。

もふもふとサンドイッチを食べていた真守は、一息ついてアシュリンを見る。

 

「イギリスは確かに多大な被害を受けている。でもコロンゾンはどう足掻いたって契約に縛られてるからな。メイザースの遺体を手に入れられれば、問題ないだろう」

 

「そのメイザースの遺体を、ローラはエディンバラ城に隠しているのよね?」

 

「アレイスターはそう推測してる。……コロンゾン自身には、この世界に何のゆかりもない。だからコロンゾンがすること全てには自分を召喚した者の意志が介在する。だからメイザースの遺体は、確実にスコットランドにあるだろう」

 

「『王室派』がスコットランド方面に向かえば、あらゆる魔術が解除されるわ。おそらくメイザースの遺体に掛けられているであろう隠匿魔術もね」

 

「伯母さまの考える通りだ、アレイスターもそう言ってた。……決して暴かれてはならないものが暴かれる。だからこそ、防衛装置として起動した『黄金』が『王室派』の馬車列を止めようと襲ってくるだろう」

 

真守はサンドイッチを持ったまま、そっと外を見る。

もうすでに真っ暗やみの中。真守は微かな明かりが照らすロンドンの街並みを見つめる。

 

「『王室派』がスコットランド方面に向かえば『黄金』に狙われる。でも『王室派』がスコットランド方面に行くための儀礼的な事は全て終わってしまってたから。今更スコットランド方面に行かないなんてできない」

 

国のトップであり、魔術的記号の象徴である『王室派』。

その大移動には儀式的にも通達的にも準備的にも相当手が掛かっている。

移動すれば狙われると分かっていても、スコットランド方面は安全だと確約されている。

今更後戻りできない。だからこそ真守と垣根は来たのだ。

 

真守は腹ごしらえのために、もぐもぐとサンドイッチを食べる。

すぐに戦闘が始まる。そのため今のうちにエネルギー補給をするべきなのだ。

 

一般人はお腹がいっぱいになったら動けなくなるが、真守も垣根もそうではない。

そのため垣根はミルクティーを一口飲むと、真守にコップを差し出す。

 

「真守。この紅茶美味い。飲んでみろ」

 

「む。ありがとう、垣根」

 

真守はコップを受け取って、十分に冷ましてから飲む。

 

「おいしいっ」

 

真守はふにゃっと顔を緩めて、ミルクティーを味わう。

すると、真守の横に座っていたカブトムシが真守を見た。

 

『真守。「黄金」と対峙していたアレイスターが「黄金」の仕組みを暴きました』

 

「お。本当か?」

 

真守はコップを垣根に返して、そっとカブトムシに触れる。

 

真守と垣根がピカデリーサーカスのショッピングセンターでアレイスターと別れた後。

アレイスターは上条と一方通行(アクセラレータ)を連れて、『黄金』が使用していた拠点の一つである石造りのアパートに向かった。

 

いまの『黄金』を知るにはまず始まりの地から。原点に返るためにも、アレイスターはイシス=ウラニア別館と呼ばれる懐かしき場所に向かったのだ。

 

『真守が推測した通り、「黄金」は魔導書の「原典」。それも、タロットカードを主軸としたものでした』

 

イシス=ウラニア別館のアパートで、アレイスターは『黄金』と相対した。

アレイスターの成果物である一方通行(アクセラレータ)。彼の攻撃によって『黄金』の一人が肉体を保持できなくなり、本体であるタロットカード担ってしまったのだ。

 

「コロンゾンが意趣返しとしたエルダーさまも元々、タロットカードに関係するひとだったからな。コロンゾンが意趣返しとして『黄金』を用意するならそこら辺かと思ってたけど……」

 

真守はふむっと頷くと、カブトムシに指示を出す。

 

「帝兵さん、タロットカードに戻った『黄金』を拾ってくれるか?」

 

『了解しました』

 

真守の指示で、イシス=ウラニア別館に残っていたカブトムシが動き出す。

垣根は真守に指示で動くカブトムシを把握しながら、真守を見た。

 

「強い力を与えられたら肉体を保てなくなってカードに戻る。……だが、確か魔導書の『原典』は破壊が不可能だったよな?」

 

「うん。魔導書とは記載されている文章に意味があり、文章自体に魔力を精製する力がある。そして自らの知恵を求めて広める者に力を貸し、自らを破壊する者には防衛装置を起動させる。……でもな、やりようはあるんだ」

 

真守はもぐっとサンドイッチを食べてから、人差し指を立てる。

 

「魔導書は魔力を精製できる。でも無から有を生み出せるわけじゃないんだ。魔導書は大地や大気に満ちているエネルギーを基にして、魔力を精製する。つまり純粋な力を当てて、一時的に機能を麻痺させて隙を作れば、機能不全に陥らせることは可能なんだ」

 

真守はむぐっとサンドイッチを食べると、アシュリンに顔を向けた。

 

「そうだよな、伯母さま。私の理解はあってる?」

 

「ええ。全く問題ないわ、真守ちゃん。よく勉強してるわね」

 

アシュリンは真守の頭を優しく撫でる。

真守はアシュリンにイイコイイコをしてもらえて、幸せそうに目を細めた。

垣根はとろけるような笑みを浮かべる真守を見つめて、ふっと笑う。

 

「純粋な力を当てる……ねえ。そりゃお前の専売特許じゃねえか」

 

朝槻真守は源流エネルギーや、あらゆるエネルギーを生成・操れる能力者だった。

流動源力(ギアホイール)。今や『流行』に至った真守だが、出発点は超能力者(レベル5)としての力なのだ。

 

「純粋なエネルギーを使って魔導書の『原典』を機能不全に陥らせる。それは私にとって簡単なことだけど、色々と弊害も起きる」

 

「あ? 弊害だと?」

 

「うん。魔導書の『原典』を機能不全に陥らせるためには、純粋なエネルギーで空間を満たす必要がある。でもな、そうするとあらゆる魔術や異能が機能不全に陥るんだ。私の力で満たされるならば、他の力の法則は吹き飛んでしまう」

 

アシュリンは真守が何を危惧しているか把握して、口を開く。

 

「つまり馬車列に掛けられた魔術が吹き飛んでしまって、『王室派』の方々の安全性が保てなくなってしまうのね?」

 

「うん。ちゃんと考えて力を使わなくちゃ、みんなに危険が及んでしまう」

 

真守が頷く中、カブトムシのヘーゼルグリーンの瞳が光る。

 

『真守、タロットカード一組をすべて回収しました』

 

「ありがとう、帝兵さん。……む」

 

真守はカブトムシのネットワークに接続して、小さく唸る。

 

「……タロットカードに小さな折り目や傷がたくさんある。……そうか、これが『黄金』そのものを表しているのか。折り目や傷を規則的に付けることで、『黄金』の人格を再現してる」

 

真守はカブトムシ越しにタロットカードに触れながら、情報を整理する。

 

「ということは、『黄金』をそれぞれ成り立たせているタロットカードたちは全て同じ規格で造られているんだ。……ふむふむ、なるほど。それならやりようはあるぞ」

 

真守は『黄金』の仕組みを丸裸にして、にやっと笑う。

 

「うん、これなら人格を形成している傷に対してピンポイントにエネルギーを当てれば、相手の感覚を麻痺させるコトができるな」

 

真守は対抗策を頭の中で完成させて、得意気に笑う。

そんな真守の頬を、垣根はむにっと摘まんだ。

 

「一人でしたり顔してるんじゃねえ。全部自分でやろうとするな」

 

「分かってるよ、ちゃんと垣根にも教えてあげる」

 

真守はくすっと笑うと、カブトムシのネットワークに接続して自分の整理した情報を流す。

情報を共有する二人。そんな二人を、アシュリンは穏やかな目で見つめていた。

 

「真守ちゃん、『黄金』を仕留めるのは任せていいのかしら?」

 

「うん、大丈夫だぞ。『清教派』の人たちにも情報を回しておこう」

 

真守は頷くと、カブトムシに指示を出して『清教派』のもとへ向かってもらう。

『王室派』の面々をスコットランド方面に退避させる馬車列には、『清教派』の魔術師たちも乗っている。コロンゾンに手玉に取られた彼らも、挽回の余地があるべきだ。

 

「アレイスターも魔導書の『原典』との戦いは心得ているだろう。でもアイツ、周りへの影響を気にしないからな……もしアレイスターがやろうとしたら、私がみんなを守らないと」

 

アレイスター=クロウリーは、なんだかんだ言ってもやっぱり割と適当である。

そして自分の目的のためならば、多少の犠牲は厭わない。

いまは上条当麻によって改心させられて、真守に怒られるから気を付けているが──その根っこには、成功には犠牲も必要という考えがある。

 

「私がなんでもやりたい放題のひとたちのフォローをする。いつもと一緒だなっ」

 

朝槻真守は強力な力を持っているが、根本的にフォローをするのが好きだ。

誰かが頑張っているのを支える。

それが好きな真守は、アレイスターのことを手助けしようと固く決意する。

 

「お前はどこでも変わらねえな、真守」

 

垣根はぽんっと真守の頭に手を乗せる。

 

「どんなになっても、お前は変わってねえよ」

 

真守はエメラルドグリーンの目を、大きく見開く。

その在り方がどんなに変わってしまっても、朝槻真守は朝槻真守のまま。

人間としての感性を持ったまま。何も変わらずに、人間としていくべきところまで行く。

垣根帝督の言葉には、その意味が込められていた。

 

「……っふふ。そうだぞ」

 

真守はふにゃっと笑うと、垣根にすり寄った。

 

「いつでも垣根の隣が、私の居場所だ。みんながいる学園都市。それが私のいるべき場所だ」

 

真守は笑うと、アシュリンに目を向けた。

 

「そして、イギリスの地は私の故郷だ。いつでも帰るべき場所だっ」

 

アシュリンは真守の笑みを見て頷くと、真守の頭を優しく撫でる。

真守は幸せそうに目を細める。

 

「さて、もうしばらくすれば『黄金』の追手が来る。科学の申し子が目に物見せてやる」

 

真守は得意気に笑う。

そして、幸せそうな顔で。真守はアシュリンが用意してくれたローストビーフサンドイッチをぱくんっと食べた。

 



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第一四七話:〈戦闘開始〉で対峙する

第一四七話、投稿します。
※次は一二月二一日木曜日です。



時速一八〇キロで、ロンドンからスコットランド方面へと馬車列が爆走する。

馬車列は四頭立ての二列編隊、合計二〇両編成で走っていた。

その馬車列を形成する、馬車の一つ。馬車の屋根の上には、一人の少女が立っていた。

 

特にこれといった特徴もない、それでもオーソドックスで可愛らしいセーラー服。

あどけない顔立ちに、エメラルドグリーンの瞳。長く艶やかな黒い髪は、丁寧に猫耳ヘアに整えられている。

黒猫系美少女と謳われる、学園都市の超能力者(レベル5)第一位──朝槻真守。

 

真守はその身に、蒼閃光(そうせんこう)でできたネオンのような輝きを身に纏っている。

その姿はかつて朝槻真守がただの超能力者(レベル5)であった時に、能力を解放した際の姿だ。

 

大きな三角形を一つ、小さな正三角形を二つ携えた、猫耳のように側頭部に展開された図形。

小さなお尻から伸びる、猫の尻尾のように見える四角い帯とリボンのように根元に携えられた二つの小さな三角形。

 

懐かしい姿をした真守は、馬車の屋根の上から飛び立つ。

そして華麗に空中で身を翻して、標的を捉えた。

 

標的とは、『王室派』の馬車列を凄まじい速度で追いかけている魔術結社、『黄金』の魔術師だ。

 

真守は音速に近い速度を出すと、名も知らぬ『黄金』の魔術師を華麗な蹴りで吹き飛ばした。

『黄金』の魔術師は、誰も傑物だ。

だが魔術を展開する間もなく高速で蹴られてしまっては、何もできない。

 

真守に蹴飛ばされた『黄金』は、はるか後方で地響きを立てながら地面に激突する。

何せ『王室派』の馬車列も、『黄金』も時速一八〇キロ以上出している。

 

その状態で蹴りを放たれて体勢を崩されれば、普通の人間ならば死んでいる。

 

「ふむ。魔導書の『原典』はやっぱり頑丈だな。普通の人間なら木っ端みじんになる衝撃を受けても無事だ」

 

はるか遠くで地面に横たわりながらも、五体満足の姿をしている『黄金』。

そんな『黄金』を見つめて、真守は小さく呟く。

そして時速一八〇キロで爆走する馬車の一つに、真守は軽やかに降り立った。

 

真守は単体で爆走する馬車と並走することができる。

だが馬車の屋根に降り立った方が何かと都合が良いのだ。

 

「魔導書の『原典』として現代に蘇った『黄金』は腐っても『黄金』だ。魔術史を彩った『黄金』の名にふさわしい力を持ってる。でも無駄だ。科学の申し子を舐めるなよ」

 

『黄金』の魔術師は、大悪魔コロンゾンによって生み出された防衛装置だ。

コロンゾンを召喚したメイザースと、コロンゾンは未だに明確な主従関係を持つ。

そのためコロンゾンを唯一操れるとしたら、メイザースの遺体を媒介にしての命令なのだ。

 

契約とはコロンゾンにとって致命的だ。だからコロンゾンは何重にも罠を張って、メイザースの遺体に誰も触れられないように細工を施した。

その細工の一つが、魔導書の『原典』として現代に蘇った『黄金』の魔術師たちである。

 

『王室派』の面々は、イギリスにとって大きな魔術的象徴だ。

そんな魔術的象徴がスコットランドへ向けて大移動すれば、様々な術式が解除される。

つまりコロンゾンがメイザースの遺体に掛けている隠匿魔術も解けてしまうのだ。

 

コロンゾンの支配下にいる『黄金』の魔術師たちは、何としてでもコロンゾンの命令を守らなければならない。そのため『王室派』をスコットランド方面に向かわせて、メイザースの遺体を隠す魔術を解除させるわけにはいかない。

 

だからこそ、『黄金』の魔術師たちは『王室派』の馬車列に奇襲をかけてきたのだ。

 

『黄金』は『王室派』の馬車を追うために、軍馬や車両を使っていない。

地面すれすれの場所に薄い水の膜を張って、その上を滑るように追ってきているのだ。

 

渇いた木とガラスがぶつかるような、かんかんかかんという音が響く。

四大元素、その象徴武器(シンボリックウェポン)。象徴武器を互いに強く打ち付けているのは、『黄金』の双璧の一人であったサミュエル=リデル=マグレガー=メイザースだ。

 

「寒にして乾、続けて寒にして湿」

 

真守はメイザースの呪文詠唱と共に、馬車の屋根の上から飛ぶ。

そして軽やかな足取りで馬車から馬車へと移動して、前方から後方へと向かった。

 

ちなみに真守や垣根だけが『黄金』に応戦しているわけではない。

『王室派』の護衛には、『清教派』の実働部隊『必要悪の教会(ネセサリウス)』の面々がついている。

 

クラシックなメイド服に身を包む金髪女性や、錆びた大仰な回転刃をリードに繋げている若奥様。彼女たちも馬車の上に乗っており、真守は『必要悪の教会(ネセサリウス)』の面々を避けて後方へと突き進む。

 

悪名高い彼女たちであっても『黄金』の二大巨頭、サミュエル=リデル=マグレガー=メイザースに勝機はない。だから真守は素早く後方へと向かう。

 

最後尾の馬車に真守が立った時、魔女の外套と首元のマフラーをたなびかせながら追ってくるメイザースが呟いた。

 

「『蠅の王(ベルゼビュート)』」

 

その言葉と共にメイザースの渾身の一撃が繰り出される。

それは力ある魔王と標的の名前を連結させて、不浄の象徴で汚染する呪いだ。

その標的はもちろん『必要悪の教会(ネセサリウス)』の精鋭たち。

 

だが夜空から舞い降りた純白の翼が、メイザースの渾身の一撃を受け止めた。

 

垣根帝督。

三対六枚の未元物質(ダークマター)で造られた翼は、既にこの世の技術では傷つけられない。

だが垣根は未だに魔術の全てを理解するには至っていない。

 

そのためじわり、と。

垣根の純白の翼が、メイザースの『蠅の王』の術式を受けて黒く変色する。

 

「チッ」

 

垣根はじわじわと自身の翼を蝕んでいく呪いに舌打ちすると、自分の翼を切り落とした。

呪いは垣根を蝕む事はなかったが、切り離された純白の翼をぐずぐずに溶かした。

 

そんな垣根の上空を、真守が一足飛びに駆け抜けた。

 

未元物質(ダークマター)製のふりふりがついたアンダースコートがスカートの中から覗く中、真守は人差し指でメイザースを指差し、手を鉄砲のように構える。

そして指先から、圧縮した源流エネルギーを撃ち出した。

 

ガギンッ! と、歯車が噛み合う音と共に、源流エネルギーが放たれる。

 

『蠅の王』を放った後に隙ができた、メイザースを的確に狙った攻撃。

だがその攻撃はメイザースを穿たなかった。

そばから飛び出してきた名も知らぬ『黄金』。彼が身を挺して、メイザースを守ったのだ。

 

『黄金』は真守の純粋な力に穿たれて、体を硬直させる。

そして次の瞬間、その体をタロットカードに変貌させた。

 

コロンゾンの手によって現代に蘇った『黄金』は、タロットカードを基にした魔導書の『原典』として機能している。

つまり純粋な力を与えて魔導書の『原典』として機能不全に陥らせれば、打破は可能なのだ。

 

真守の純粋な力の攻撃を受けた『黄金』の魔術師は、魔導書の『原典』として機能不全になり、タロットカードに戻る。

そして『黄金』の本体であるタロットカードは凄まじい速度の風によって、ばらばらと後方へとばらまかれた。

 

真守は空中で体を捻って、飛び上がったチアリーダーが仲間に受け止めてもらう時のように受け身姿勢を取る。

そしてすぽっと、未元物質(ダークマター)の翼を広げた垣根の腕の中へと落ちた。

 

「魔導書の『原典』に使われているのは『黄金』が造り上げたトート・タロットだな。エルダーさまと同じようなものを基本としている。推測通り、アレイスターへのコロンゾンの意趣返しだ」

 

真守の人差し指と中指には、一枚のトート・タロットが挟まれていた。

大アルカナ一二番、『吊るされた男』。先程の攻撃の際に、真守は解けて散った魔導書の『原典』を構成していたカードの一枚を拾っていたのだ。

 

「今みてえに純粋な力を当てりゃ簡単に『黄金』を機能不全にできるって事だな」

 

垣根は自分の腕の中にいる真守へと、不敵に笑いかける。

 

「うん。私にできるコトは垣根にもできる。簡単だな」

 

真守がにっと笑うと、追ってきていたメイザースが叫んだ。

 

「アレイスターの成果物どもッ! 俺が創り上げた『黄金』が早々容易く倒せると思うなよ!!」

 

メイザースが吠える中、馬車の車列の一つ、その窓に腰かけている女性が目を細めた。

 

第一王女、リメエア。

その馬車の上には、アシュリン=マクレーンが銀髪をたなびかせて待機していた。

 

アシュリンは臨戦態勢として、スカートのスリット部分のファスナーを開けきっており、片膝を立てて馬車の上に座っていた。

 

古くからケルトとしてイギリスに強く根付いていた一族に守られるリメエア。

その手には、切っ先がないことで平和の象徴を意味する、王の剣であるカーテナが握られていた。

だがカーテナは通常の形状をしていない。

 

鋼管や装甲板によって補強し、穂先に数センチの破片が取り付けられているのだ。

ソレの意味するところは──騒乱と殺戮。

そのためにカーテナは改造されていた。

 

「カーテナ=ロスト。王の恐るべき側面を示す刃の破片よ、この手に力を渡せ」

 

リメエアはカーテナ=ロストを掲げる。

リメエアは『黄金』から逃れるために、馬車の車列そのものをブーストする魔術を使用している。

本来ならば、改造されたカーテナ=ロストは敵をことごとく殲滅できるほどの力がある。

 

だが『黄金』は普通の敵ではない。

そのためリメエアが掲げるカーテナ=ロストは防衛一方になっていた。

だからこそ真守や垣根、『必要悪の教会』に迎撃を任せているのだ。

 

「スコットランド貴族グランストラエ伯爵? こちらは連合王国全域の第一王女なり。貴方が本当に貴族を名乗るならば、王の血筋へ頭を垂れよ、メイザース!!」

 

メイザースはリメエアの言葉に舌打ちする。

メイザースとは大仰な性格な男で、設定を好んで利用していた。

だからこそ、メイザースはその設定をどこまでも守らなければならない。

 

それ故に、メイザースは『王室派』の象徴であるカーテナ=ロストに対して強く出られない。

だがそれでも。自らを組み上げたコロンゾンに一矢報いるためにもアレイスターの邪魔をするためにも、自分の遺体を守らなければならない。

 

「温にして乾。成果物ごときにこの俺が負けるわけないだろうッ!!」

 

メイザースはその言葉と共に、象徴武器の一つである火の杖をくるりと一周回す。

すると炎の輪が浮かび上がり、すさまじい火炎放射が生み出された。

 

真守は垣根の腕の中から飛び出す。

科学由来の超能力を派手に使うと、『王室派』の馬車列の魔術と競合してしまう。

そのため控えめながらも全てを守るために、真守は両手を前に出した。

 

源流エネルギーを薄く張り、真守はシールドを生み出す。

すると源流エネルギーのシールドと、凄まじい火炎放射がぶつかった。

 

ギャリギャリギャリ! と歯車が回る鋭い音ともに蒼閃光(そうせんこう)が瞬く。

攻撃の余波で辺りが明るく染め上げられた。

そんな中、メイザースを打ち倒すために垣根帝督が動く。

メイザースは真守に対して魔術を放っており、隙が生まれているメイザースへと接近する。

 

「寒にして湿。誰が象徴武器を一度に二つ扱えないと言った?」

 

メイザースはその言葉と共に、象徴武器である杯を起動させる。

するとウォータージェットのように鋭く、全てを切り裂く水の放射が垣根帝督を襲った。

 

「ッチ!」

 

垣根は舌打ちをしながら翼で身を守る。

未元物質(ダークマター)の翼に、凄まじい水による攻撃がぶつかる。

 

その瞬間、雷が落ちたかのような閃光が瞬いた。

それと共にメイザースの放った水が燃えるように飛沫を上げる。

その飛沫を、打ち消した者がいた。

 

「上条っ!」

 

真守は軍馬に乗った女性騎士の後ろに跨るツンツン頭の少年を見て嬉しそうな声を上げる。

上条当麻は馬車列を襲いそうだった液状の炎という変わった攻撃から、馬車を守る。

 

「朝槻! 悪い、遅れた!」

 

上条は馬車の屋根の上にストンッと降りた真守を見て笑顔を見せる。

そんな上条の上空で、垣根帝督はメイザースの攻撃の逆算に成功した。

その瞬間、メイザースの水による攻撃も閃光も、液状になって燃える飛沫も収まった。

 

「ッチ。余計なことしやがって」

 

垣根は上条にフォローされたことが気に食わなくて、鋭い舌打ちをする。

すると真守から垣根に視線を移した上条は表情を引きつらせる。

 

「ええー!? なんか良い所で助ける事ができたと思ったのに、垣根さんすごく不服そう!?」

 

「ああ、そうだ不服に決まってんだろ! なんで俺がテメエ如きにフォローされなくちゃなんねえんだよ! 俺は真守以外に助けられるなんざ御免だ!!」

 

「逆切れだ!! 俺悪いことしてないよう! 垣根さんを思っての事だよう!!」

 

上条は酷いブチ切れをかました垣根においおい泣いて女性騎士に抱き着く。

アレイスターに置いてけぼりを喰らって、一方通行(アクセラレータ)もどこかに行ってしまった。

 

途方に暮れていた上条当麻を見かねた白いトンボが呼んだ白いカブトムシと一緒にいると、地図が読めずに困惑していた女性騎士だった。

言わずもがな。ドーバー海峡沿岸でタコ足クロウリーに襲われていた女性騎士である。

 

「ええい、少年! 息を合わせろと言ってるだろう、息を!!」

 

女性騎士は二人で乗馬する時において、大事なことを上条当麻に要求する。

そしてアレックスという名前が付いたキャーリサの愛馬に目を向ける。

 

「ほら見ろっ、アレックスも怒って──って、ええ!? アレックス!? どうしたあの天使のような少年をすごく敵視しているが、落ち着けっ落ち着け、どうどう!!」

 

女性騎士は上条を注意していたが、垣根を見て突然興奮しだした軍馬──アレックスを必死に落ち着かせる。

 

垣根はもちろん真守も知らないが、アレックスという馬はユニコーンのように純情な乙女しかその背中に乗せようとしない。

 

つまり女性騎士もキャーリサも色々と先進的なヨーロッパには大変珍しい逸材なのだが、アレックスは垣根帝督からそんな逸材を穢す邪なものを感じたのだ。

 

純情で何も知らない真守に色々仕込んだのだからユニコーン的なアレックスからしてみれば、垣根は本能的に許せない存在なのだ。

そんな背景を全く知らない垣根帝督は、自分を敵視してくる馬を睨む。

 

「馬のくせに随分と生意気だなコラ」

 

大魔王こと結構な数の女の敵である垣根帝督。

アレックスは確かな圧を感じながらも、屈するもんかと密かに考えていた。

真守はくすっと笑うと、必死に追いすがってくるメイザースを睨んだ。

 

「さあ。アレイスターの成果物が大体揃ったぞ。どうするメイザース?」

 

真守が不敵に笑ってみせると、メイザースは鋭く殺意を込めて真守たちを見た。

 

「知れた事。叩き潰す、それだけだ」

 

真守はそれを受けて獰猛に笑ってみせる。

 

「やれるものならやってみろ。『流行』を冠した私、『無限の創造性』を持つ垣根、そしてアレイスターが真に欲した『幻想殺し(イマジンブレイカー)』の力を見せてやる」

 

スコットランド方面へと移動する『王室派』の車列。

そこに続々と科学の申し子たちが集まりつつあった。

敵は『黄金』。西洋魔術を彩る魔術の傑物たち。

だが傑物たちと言えど。次代を彩る科学の申し子が負けるはずがない。

 



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第一四八話:〈戦闘状態〉で次々集結

第一四八話、投稿します。
次は一二月二五日月曜日です。


『王室派』を乗せた馬車列が、マンチェスターの市街地を駆け抜ける。

舞台は高架から大草原に太い線を引いた高速道路へと移った。

 

深夜で道が暗いのに一般車がちらほらと見えるのは、ロンドンと違ってスコットランド方面が平穏だからだ。平穏だからこそ『王室派』の面々をスコットランド方面へと逃がそうとしているのだが、それをメイザース率いる『黄金』が阻止しようとしていた。

 

時速一八〇キロで爆走する『王室派』の馬車列。

それを平気な顔で魔術を使って追随するメイザース率いる『黄金』。

そんな景色が絶えず変化する戦場で、上条当麻は叫ぶ。

 

「大ボスのメイザースだ!! アイツをどうにかすれば勝てる!!」

 

上条の指示を聞いた女性騎士はキャーリサ王女から借り受けている軍馬、アレックスを操りながら上条の言葉に応える。

 

「魔術の仕組みを知らないのかっ! 随分と簡単に言ってくれるが……!!」

 

「どんだけ強大だろうが歴史が証明してる。メイザースの攻撃には幻想殺し(イマジンブレイカー)が通じるんだ!!」

 

上条当麻はアレックスを操る女性騎士の後ろから、メイザースを睨んで不敵に笑う。

 

「それにこっちには朝槻や垣根がいるんだ! 絶対に勝てる!」

 

頼りがいのある仲間がいるからこそ、断言できる上条当麻。

メイザースは日本語が分からないが、それでも気に入らないため薄く目を細める。

 

「アレックスをメイザースに寄せてくれ!」

 

上条がそう叫ぶ中、メイザースは即座に動いた。

 

メイザースにとって幻想殺し(イマジンブレイカー)とは天敵だ。

アレイスターが引き金を引いた『黄金』の内部抗争。

あの時、生きていた自分を仕留めたのは幻想殺しだった。

 

そのため、メイザースは幻想殺しを明確な敵と捉えている。そして速度を上げると、象徴武器(シンボリックウェポン)を携えたまま『王室派』の馬車の一つ、その屋根に飛び乗った。

 

真守はメイザースの動きを受けて軽やかに跳躍。

メイザースが乗っている馬車の隣に位置する馬車へと降り立った。

 

ストンッと、音も衝撃も最小限に押さえて降り立った真守。

垣根帝督はそんな真守の隣で未元物質(ダークマター)の翼で優雅に浮かぶ。

そんな垣根と真守を、そして上条当麻を視界にいれてメイザースは声を上げる。

 

「科学サイド? 学園都市? 笑わせてくれるなよ、アレイスターの成果物ども。馬車を一つ、いいや馬を一頭潰せば事足りる。我ら『黄金』からゆめゆめ全てを守れるとは思うなよ」

 

真守はメイザースの言葉を聞いてふわりと笑う。

 

「なんだ。完膚なきまでに全部潰すとはいえないのか?」

 

真守は嘲笑しながら、右手を軍馬に跨る女性騎士の後ろに乗っている上条へと向ける。

そして手の平から上条めがけて、真守は突風を生み出した。

その突風によって、真守は上条当麻の事を巻き上げる。

 

「うぉおおおっ!?」

 

器用に上条の右手、幻想殺し(イマジンブレイカー)に当てないように能力を行使する真守。

 

そういえばこれまでにも何度か、朝槻に巻き上げられた事あったっけ。

 

走馬灯のように、上条当麻の少ない記憶が蘇る中。真守は正確な演算で自分の前へと飛んできた上条の襟元を引っ掴む。そして自分と同じ馬車の上に上条を着地させた。

 

「ふ、ふーっさ、流石朝槻さん……っ華麗なテクニックだぜ……っ!!」

 

馬車の上でしっかり立ちながらも、小鹿のようにプルプル震えている上条当麻。

垣根は頼りない上条当麻を見て、ふっと嘲笑する。

 

「おい上条当麻。足がガクガク震えてやがるぞ、なんだ怖ぇのか?」

 

「うるさいですことよ垣根さん!!」

 

上条は悠々自適と時速一八〇キロを出して飛ぶ垣根を睨み、そしてメイザースを見た。

 

「外野に興味ナシなんて寂しい事言うんじゃねえぞ、生きる化石シーラカンス!! ちょいと胸を貸してもらおうか!!」

 

やはりメイザースにとって、幻想殺し(イマジンブレイカー)とは天敵である。

その幻想殺しを持つ上条当麻を見据えて、メイザースは一人呟く。

 

「なるほど。天敵を放置すればどうなるか、この身で示すと言ったばかりだったな。であれば許容などするものか。するものかよ未熟な天敵ども」

 

上条はメイザースを見て首を傾げる。

スコットランド式の独特な特徴がある英語は、普通の英語よりも聞き取り辛い。

だがそもそも英語を理解できない上条当麻には、全く分からない。

メイザースが何を言っているか分からない上条の肩に乗るオティヌスは、小さくため息を吐く。

 

「私はアレイスターに負けず劣らずの変態です、たっぷりご褒美をくださいだとさ。人間、遠慮はいらない。とりあえずあの高慢な鼻っ柱を叩き折ってやれ!!」

 

「おっおう、そうなの!? よーし分かった!!」

 

適当に訳したオティヌスの前で、垣根帝督は遠い目をする。

 

(上条当麻って、本当にどうやってこれまで世界中の敵と戦ってきたんだ?)

 

英語も他の言語もからきし。日本語だって覚束ない時がある。

それなのに世界と渡り合えたなんて、多くの人間が上条当麻に合わせてくれた結果だ。

 

学園都市といえば魔術サイドと対極を保ちながら、世界を二分する勢力だ。

その学園都市がある日本。その日本の言語である日本語が魔術サイドでも重要視されるのは分かるが、それでも英語ができない上条当麻に配慮しすぎではないか。

 

垣根が呆れていると、メイザースは上条を睨んだ。

上条当麻が本当の意味で何を喋っているのか、メイザースには分からない。

だがそれでも、敵の言っている事はなんとなくでも分かるものなのだ。

 

「その幻想殺し(イマジンブレイカー)はなんでも守れるというわけではない。試してみるか? 貴様がわずかな距離を詰めて拳を振り回すよりも、俺が足場を潰す方がはるかに早い。間に合わんよ」

 

真守はしょうがないため上条と同じ馬車に飛び乗って、メイザースの言葉を逐一日本語にする。

すると、上条は真守の翻訳を聞いて不敵に笑った。

 

「そんなモンしか出てこねえのか、メイザース」

 

メイザースは上条当麻が自分を挑発しているのが分かって眉をひそめる。

そんなメイザースを見て、真守は微笑んだ。

寂しそうに。真守にしては珍しい、憐れみを浮かべて微笑んでいた。

 

「やっぱりお前には何もないんだな、メイザース」

 

メイザースは真守の口から放たれた英語を聞いて、ぴくりと反応して頬を引きつらせる。

真守はメイザースへ意趣返しとして、あえてスコットランド式の英語を小さな口から紡ぐ。

 

「現代に魔導書の『原典』として蘇った『黄金』の魔術師。それを束ねるサミュエル=リデル=マグレガー=メイザース。同じく現代に蘇った私の祖先であるエルダー=マクレーンさまのように、確かにお前は地続きであり、本物なんだろう。でもエルダーさまとお前は全く違う」

 

真守はそう断じて、メイザースを見据えて寂しそうに微笑む。

 

「エルダーさまは自分の事を地続きでありながらも、自分が新たな形へと生まれ変わったと判断した。変わるコトを許容して、だからこそ本物であると自分を定めた。──それなのに、お前には何もない。守るものも、矜持も。何もかも」

 

メイザースは表情を軋ませる。

 

ケルトの民は、時代に逆らう事無く自らを最適化しながら生き続ける。

そうやって、何よりも大切な教えであるケルトを守り続ける。

変わる事を許容し、進み続ける。そして永遠に、ケルトの教えを貫く。

 

真守はケルトの血に混じりがあるためケルトの民として認められない。

だが真守こそが、ケルトが求めた『永遠』なのだ。

そのため血に混じりがあるとしても、ケルトの民は真守を受け入れた。

真守という『永遠』を体現する女の子を希望とした。

 

ケルトは確かに時代錯誤な習慣に縛られている。

だがすべてを排斥するわけではない。産まれた者を受け入れる器量もある。

 

そんな温かさで満ちた彼らが求めた少女は、メイザースを睨みつける。

 

「メイザース。結局お前は一〇〇年前にアレイスターによって斃された時から何も変わってない。それなのにそこから進み続けてきたアレイスターに、お前が勝てるはずがないだろう」

 

メイザースは真守の言葉を鼻で笑った。

 

「俺を本当に倒して勝ってからほざけ」

 

「そうだな。私もそれが良いと思う」

 

真守は柔らかく微笑む。そして真守は垣根へと声を掛けた。

 

「垣根、私は必要だからやるね。──翼を、広げる」

 

垣根は真守の言葉に顔をしかめる。

 

朝槻真守はコロンゾンの一撃を穿たれたため、霊格に異常が出た。

その結果、霊媒にまで影響が及んでしまっていた。

だから垣根は真守に全力を出してほしくなかった。

 

そのため垣根帝督は真守を優しく諭した。

本当に力を使わなければならない状況までは、決して手を出すなと。

 

「……無理はするな」

 

垣根は真守が手を出さなければならない状況だと考えた。だから許した。

真守は垣根に柔らかな笑みを向ける。

 

「大丈夫だ、垣根。垣根の隣が私の居場所だから」

 

真守はその言葉と共に、馬車を思いきり蹴って空中へと飛び上がった。

そして真守は目をそっと伏せる。

続けて祈るために、朝槻真守は胸の前で手を組んだ。

 

「『流行』に至った私を、お前如きが止められると思うなよ」

 

真守はメイザースと共に『王室派』を襲おうとしている『黄金』を視界に入れる。

そして、真守は翼を広げた。

 

五対一〇枚の、蒼ざめたプラチナの翼。

蒼閃光(そうせんこう)でできた、六芒星を基にした幾何学模様の転輪。

 

空間を侵食するように伸びる、ちいさな歯車が連結してできた蝶の翅の翅脈のような後光。

頭を守るように生えた、一対二枚の蒼ざめたプラチナの小さな翼。

 

黒髪は、絹のように滑らかに輝く銀色へと姿を変えた。

その容姿はまさに、ケルトの一族であるマクレーンの血を継いでいると分かる姿だった。

 

「頭を垂れて、ひざまずけ」

 

真守は祈るように手を組んだまま、言葉を紡ぐ。

その瞬間、蒼閃光(そうせんこう)が迸って蒼い輝きが空間を強く浸蝕した。

 

次の瞬間。

『王室派』の馬車を狙っていた『黄金』の魔術師たちが軒並み地面へと叩きつけられた。

 

コロンゾンによってメイザースの遺体を守る防衛装置として生み出され、現代に魔導書の『原典』として蘇った『黄金』。

 

彼らは魔導書の『原典』の役目をはたしているタロットカードの表面に折り目や傷をつけることで、『黄金』としての人格を有している。

つまり少しずつ違えど、根っこのところは同じ『原典』の規格を使っているのだ。

 

『窓のないビル』で真守はエイワスの制御をハッキングして乗っ取ろうとした。

それと同じように、真守は『黄金』の魔術師にもハッキングを仕掛けたのだ。

 

ハッキングを仕掛けるためにはパラメータの入手が必要だが、真守は既に源流エネルギーで『黄金』の魔術師の一人を穿って必要なパラメータを入手していた。

 

「お前たちは確かにコロンゾンに支配されている。それは守られていると言ってもいい。でも仕組みが分かってしまえば、『流行』に至った私にとって手を伸ばすことは造作もない。お前たちは孤高で崇高な存在じゃない。私にとって、いつでも簡単に手を伸ばせる存在だ」

 

朝槻真守は『流行』へと至った。そんな真守に仕組みを理解したまま干渉されれば『黄金』は真守に抗う術なく、ひれ伏すしかない。

 

「アレイスターァああああああ!!」

 

真守の制御下に置かれて、誰も動けない。それなのに一人の怒号が響いた。

それはサミュエル=リデル=マグレガー=メイザースだった。

 

彼は独自解釈に基づいて大アルカナの番号を入れ替え、コロンゾンの制御から逃れている。

だから真守のハッキングから逃れられたのだ。

メイザースは自分の周りに浮いている象徴武器の内、火の杖に命令を出す。

 

「温にして乾。あの不届き者を落とせ!!」

 

真守が鋭く目を細める中、垣根が真守の前に出た。

 

「俺の女に触らせるかよ!」

 

垣根は声を荒らげると、未元物質(ダークマター)の翼を大きく広げる。

そして、未元物質の翼に凄まじい炎が突き刺さる。

 

垣根はその炎を翼をはためかせる事で、吹き飛ばした。

今度こそ、垣根帝督は自らと翼を広げている真守の事を完璧に守った。

 

垣根はパラメータを取得して、すでにメイザースの異能を解析している。だからこそもうメイザースの魔術は、工夫を凝らしてパラメータを弄らなければ垣根帝督には効かない。

 

自らの築き上げた歴史と『黄金』が崩れ落ちる中、メイザースは笑っていた。

 

「俺は一つ一つの勝敗にこだわらない」

 

メイザースはギンッと上条当麻を睨んだ。

上条当麻は駆け出していた。だから己の敵を睨んで、メイザースは口を動かす。

 

「寒にして乾、続けて温にして湿」

 

メイザースの一撃を受けて、上条は右手を構える。

メイザースは猛烈な岩のつぶてを上条へと放った。

だがそれを後押しするために、突風を生み出した。

 

不自然に加速する岩のつぶて。

上条は一つを幻想殺し(イマジンブレイカー)で打ち消すことができた。

だが不規則に速度を変える固く、鋭く鈍い凶器によって、体を何度も穿たれる。

 

「がっ……!」

 

バランスが崩れて、上条当麻は車列の上から落ちる。

時速一八〇キロで流れて行くアスファルトに激突すれば命はない。

 

女性騎士は軍馬アレックスを操るが、メイザースが狙って彼女たちがカバーできない方向へと上条を落としたので、どう頑張っても無理だった。

 

だが、真守は上条が無事で落ち着くと知っていた。

何故なら空中から見えていたのだ。

上条当麻を救える存在。その人物が密かに近付いている事を、真守は知っていた。

 

その人物とはA.A.Aという兵器群を超大型バイクへと形を変え、自分の後ろにレインコートに水着を着た食蜂操祈を乗せた御坂美琴だ。

 

「……散々道に迷って難儀したけど、ようやく見つけたっ!!」

 

美琴はハンドルを握って鋭い速度を出しながら怒鳴り声を上げる。

 

「相っ変わらず、何してんのよアンタはぁ!!」

 

御坂美琴。彼女と同じように、上条当麻を大事に想っている食蜂操祈。

周回遅れを自称する少女たちが、いま参戦する。

 



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第一四九話:〈苛烈因縁〉を今こそ断ち切れ

第一四九話、投稿します。
次は一二月二八日木曜日です。


『王室派』の馬車を狙う、コロンゾンが安全装置として組み上げた『黄金』。

魔導書の『原典』である彼らを、真守は上空からハッキングして押さえつけていた。

そのため、左方から近付くA.A.Aに乗り込んだ御坂美琴に気が付いていたのだ。

 

バイク型に改造したA.A.Aに乗って現れた御坂美琴と食蜂操祈。

彼女たちは馬車列から落ちた上条当麻を拾って、馬車列と並走する。

 

「美琴、食蜂っ! とても良いタイミングだ!」

 

真守は美琴と食蜂が上条当麻を追って、イギリスにやってきているのを知っていた。

その情報の出所はもちろんカブトムシだ。ロンドンに残ったカブトムシは御坂美琴が自分の家族を救うために、A.A.Aを惜しげもなくぶっ放していたのを目撃している。

 

そんな真守たちの前で、上条当麻は少女たちとラブコメをしていた。

 

ハンドルを握った御坂美琴とその後ろに乗る食蜂操祈の間に、上条当麻は落っこちた。

上条は美琴に背中を預ける形で食蜂と向かい合っており、食蜂操祈はぽろっと言葉を零す。

 

「おっと棚ボタ」

 

「あァ?!」

 

A.A.Aを操っている美琴は振り返れない。

上条は死ぬかと思って半分意識が口から出ている。これはチャンスだと食蜂は目を輝かせる。

 

「ふ、ふふ……ふはははは! ぬふはははははは哀れよのう御坂さん! あなたはそのまま隔絶された運転手を続けていればいいわ! 私達は一風変わった二輪リムジンでいちゃいちゃさせてもらいますからふふふこれが日頃の行いというもの!」

 

というかレインコートの時は随分と嬲ってもらいましたからねえ! と恨みを告げると、食蜂は猫撫で声で上条へむぎゅっと胸を寄せる。

美琴はビキッとこめかみの血管を浮き上がらせると、ちょちょいっとA.A.Aを操る。

 

「おっと小石踏んじゃった」

 

「わひっっ?!」

 

がっくんと揺れるA.A.A。乙女の攻防の間に挟まれる上条を見て、垣根はチッと舌打ちする。

 

「流石ハーレム野郎。死にそうになってるのにラッキースケベか」

 

垣根ははんっと嘲笑して、上条当麻へと軽蔑の目を向ける。

 

「通常運転で幸いだという事にしておいてくれ、垣根」

 

呆れる垣根に真守が声を掛ける中、上条が正気を取り戻した。

 

「あ、あれ?? 御坂さん? お尻とお尻がぐいぐいぶつかってるけど、これは間違いなく御坂さん??」

 

「ぶっ?! こ、この……ッフケツ!!!!」

 

御坂美琴は上条の言葉に温かい上条の背中とお尻を意識してしまって、ぴゃっと飛び上がる。

そんなわーわーきゃーきゃーやっている中、御坂美琴が動いた。

 

「ええいっバカの言葉をイチイチ気にしてる場合じゃない! やるわよ食蜂!」

 

「はぁい☆ 御坂さぁんっ」

 

A.A.Aの形を変えて、攻撃態勢に入る御坂。

その後ろで上条当麻を抱きしめたまま、食蜂操祈はリモコンを手にする。

 

放たれたのは、液状被覆超電磁砲(リキッドプルーフレールガン)

飛距離が伸びれば伸びるほど、加速する超電磁砲(レールガン)である。

 

液状被覆超電磁砲(リキッドプルーフレールガン)は、御坂美琴と食蜂操祈の合わせ技である。

食蜂操祈は心理掌握(メンタルアウト)という、精神に関する能力の全てを扱うことができる能力者だ。

そしてその真髄は『水分を操る』事であり、それによって脳や精神に干渉している。

 

能力を使えば、食蜂は超電磁砲(レールガン)の弾丸であるコイン表面を水分で覆うことができる。

それによって何が起こるかというと、空気抵抗でロスしている運動エネルギーを無駄にしない超電磁砲を放つことができるのだ。

それに加えて、コインの表面を覆う水分が弾体の熱を奪って冷却を促しつつ蒸気となるので、爆発的に速度が増す。

 

ある種、第一位並みの衝撃。

それによって吹き飛ぶメイザース。だがそれくらいでメイザースが倒れることはない。

彼は元々『黄金』。

そしてコロンゾンの縛りから逃げるための処置とはいえ、真守のハッキングに対抗している。

 

「垣根、降りよう。翼を広げられれば、ある程度下降しても大丈夫だから」

 

「分かった」

 

真守は蒼ざめたプラチナの翼から変わらずに神々しい光を瞬かせながら、垣根と共に降りる。

 

真守は『流行』に至る事で、魔術に対する割り込みを掛けて制御を乗っ取る技術を身に着けた。

それはある種、インデックスの術式に割り込みをかける強制詠唱(スペルインターセプト)と似通っている。

 

だがその能力はついこの間習得したものであり、慣れない事であるため今の真守は酷く無防備だ。

 

だからこそ垣根帝督が真守を守護するために上空へと上がり、その結果上条当麻が馬車から落ちるのを助けられずに、美琴に助けられる羽目になったのだが。まあそれはさておき。

 

「あっやっぱりびかびか光ってたのって朝槻さんだったの!?」

 

美琴は大型バイクへ組み替えたA.A.Aを巧みに操りながら、光を放っている真守を見上げる。

食蜂は美琴の声を聴いて、呆れた様子を見せる。

 

「何アレ。翼が生えてるところは初めて見たわあ。お似合いねえ……」

 

食蜂操祈は垣根が未元物質(ダークマター)の翼を広げているところは前に見た事はある。

だが真守が神々しい姿を見せているのを初めて直接見たのだ。

だから食蜂は半ば呆れながら、むぎゅっと上条のことを抱きしめる。

 

「食蜂さんっ!? ふ、ふくよかなものが俺に当たってうぉぉおおおおお!!」

 

「だからアンタたちナニ人の後ろでイチャイチャしてんのよ、フケツ!!」

 

美琴がツッコミを入れると、食蜂の熱烈アタックから逃れた上条が背中越しに美琴を見る。

 

「……そういやお前さん、飛び入り参加でメイザースがどんな人だったかほんとに分かってたのか? あんまり分かってないままいきなりアレ撃ったのか!? ちょいと引き金軽くなっていませんかね!?」

 

「うっさいな、こういう時アンタは嘘つくような人間じゃないでしょ」

 

美琴はそう言いながら、大型バイクを滑らかに動かして馬車の車列へ近づける。

 

「それより飛び移るなら早くして。あとケータイの電源入れておいて。識別電波を参考して、アンタの立ち位置は射撃不可にしておくから」

 

真守はそんな美琴へと垣根と共に声を掛ける。

 

「美琴。上条だけじゃなくて馬車の車列にも手を加えちゃダメだぞ。イギリスの英国女王と王女さま方が乗ってるし、A.A.Aと干渉して馬車に掛けてある魔術が吹っ飛ぶ」

 

「あと馬に乗ってる騎士っぽいヤツらにも攻撃加えんなよ。騎士っぽいじゃなくて騎士だからな。まあしたらしたらで面白いが、そしたらテメエら国際指名手配だからな」

 

真守と垣根の注意事項を聞いて、美琴は眉をひそめる。

 

「なんでイギリスのトップを守ってんだか。話は後でゆっくり聞かせてもらうから!!」

 

美琴がそう叫ぶ中、上条は馬車の上へと飛び乗る。

目の前には、分厚い外套と首元のマフラーをたなびかせるメイザースがいた。

 

「……怪物め」

 

「今更の賛辞と受け取っておこう、俗物」

 

メイザースは上条当麻と真守や垣根を視界に入れて睨む。

そして四種類の象徴武器(シンボリックウェポン)の互いを打ち付け合い、かんかかんかんと甲高い音を鳴らす。

その傍らでメイザースはA.A.Aに乗る御坂美琴と食蜂操祈を見て目を細めた。

 

「またもやアレイスターの成果物、か」

 

メイザースが呟く中、上条当麻は不敵に笑う。

 

「お前の成果物は切り崩した。もうお前にこの手は届く」

 

メイザースは上条の勝利宣言にため息を吐く。

 

「……やはりクロウリーから続く者、その傲慢は知の遺伝によるものだな。この程度の状況、独演で十分だ。ヤツを恨みながら死んでいけ、ここで鼻っ柱をへし折ってくれる」

 

メイザースがじろっと睨む中、上条当麻は高ぶっている気持ちを落ち着ける。

そして余裕を見せて、笑った。

 

「余裕がなくなってきてるのが分かるぜ、メイザース。朝槻がそんなに怖いか。それとは別に何が気になるんだ? あっちこっちにチクタク視線が揺れているぜ」

 

「……二度は、言わん」

 

「そうやってすぐ熱くなるのって魔術の天才のクセなのか? そういうトコさ、アレイスターとよく似ているよ」

 

メイザースは上条当麻の言っている事がなんとなくしか理解できない。

だが対峙すれば分かる事がある。自分とアレイスターが似ていると言っている事も。

 

次の瞬間、上条めがけて超高圧の水のカッターが右から左へ薙ぐように繰り出された。

 

真守はそれを見て垣根と繋いでいる左手に力を即座に込めた。

垣根はチッと舌打ちをしながらも、真守と繋いでいない右手を伸ばす。

 

「上条、手をこっちに寄越せ!!」

 

上条は垣根の言葉を受けて素早く動き、垣根の右手を自分の左手で掴む。

そして上条は垣根に引き上げてもらいながら、その瞬間にやってきた高圧の水カッターを右手の幻想殺し(イマジンブレイカー)で打ち消した。

 

何故、垣根は上条へと手を貸したのか。

それはこれまでのメイザースとの戦闘の積み重ねであった。

 

メイザースは幻想殺し(イマジンブレイカー)で魔術が打ち消されるのを前提に、魔術を発動している。

幻想殺しの恐ろしさと、その使い方を熟知しているからだ。

 

だからメイザースの攻撃を幻想殺しでただ打ち消すのは悪手だ。

そのため垣根は手を差し出し、上条は瞬時に理解できなかったが垣根を信頼して手を伸ばした。

 

「垣根! ぶん投げてくれ!」

 

「安心しろ、死なねえようにしてやるッ!」

 

上条は垣根に思い切りメイザースめがけて放り投げてもらう。

時速一八〇キロで爆走してようが、垣根帝督の演算能力は一級品だ。

だからこそ上条は難なくメイザースへと迫る事ができた。

上条当麻はメイザースと同じ馬車の上に降り立ち、右の拳を強く握り込む。

 

「温にして湿」

 

メイザースは即座に魔術を行使するために動いた。

 

「風よその性質を我が前に示せ」

 

メイザースが巻き起こした風が、上条当麻を襲う。

上条はそれを幻想殺し(イマジンブレイカー)で打ち消す。そしてすぐさま身構えた。

 

最初に適当で強力な魔術を当てて、本命で上条当麻自身を攻撃する。

メイザースの常とう手段に対して、上条当麻も対応しつつあった。

 

メイザースは構える上条当麻に応えるように、象徴武器を構える。

だが気づいた事があって、ふと顔を上げた。

上条当麻ではなく、それ以上の危険を感じて顔を上げたのだ。

 

「いいやそこか、アレイスター」

 

アレイスター=クロウリーは高度一〇〇〇メートルの場所にいた。

アレイスターは上条当麻や一方通行(アクセラレータ)を置いて、一足先にマイクロジェットエンジンによってメイザースを討ち果たすために動いていた。

 

だが一筋縄ではメイザースに勝てないと、銀の少女は分かっていた。

一〇〇年をただ並べていく『だけ』では、メイザースにとどめはさせない。

 

「全ての男女は星である」

 

自分の全てをただ並べても勝てない。

だがそれでも成し遂げなくてはならない事がある。だからこそ、アレイスターは動く。

 

アレイスターの攻撃は何かを放つ攻撃ではなかった。

エンジンをホウキから切り離したアレイスターは自分そのものを攻撃にした。

そして赤い光を軌跡として描きながら、銀の少女は一直線にメイザースへと向かって行く。

 

「寒にして湿、続けて温にして湿」

 

メイザースはアレイスターの一撃を認識しながら、自分へ殴りかかってきた上条を睨んだ。そして対抗するために水の壁と暴風を生み出した。

 

それは直撃のみを逸らすための魔術だ。

この魔術を幻想殺し(イマジンブレイカー)で打ち消すと、魔術を打ち消した瞬間に軌道が逸れるようになっている。

 

二段階で魔術を使う攻撃に上条当麻が適応したならば、幻想殺しが打ち消した瞬間に攻撃が当たらなくなるようにすればいい。

 

メイザースの策に翻弄された上条当麻の拳は逸らされてしまった。

そして上条とメイザースの位置は交差する事により元の位置と反対になった。

その間にも、メイザースの四種類の象徴武器が躍る。

 

「続けて寒にして湿、寒にして乾」

 

メイザースの足元に乾いた豆がザラザラッと散らばる。

するとその豆は黒く変色し、黒い糸を吐き出して互いを繋げ始めた。

 

「大地の繁栄は転じて腐敗と化す。いでよ、広がれ、この一つ。全てを腐らせその内より産声を上げる悪魔の王よ」

 

メイザースの告げる悪魔の王。その存在はとある堕天使に座を奪われて第二位に甘んじているが、そもそもその魔王は『妨げる者』の対抗馬である。

その魔王の名前を、メイザースは口にする。

 

「すなわち『蠅の王(ベルゼビュート)』。我が前に立つ不遜の輩へ正当な粛清を」

 

メイザースの言葉と共に、衛星兵器のように降り注ごうとしていた禍々しい赤い光が、途中からねじ曲がった。

赤い光となったアレイスターは、見知らぬ平原と落ちていく。

 

「アレイ……っ」

 

上条当麻の言葉は突風に消えていく。

 

「大丈夫だ。アレイスターはあれで終わらない」

 

真守はそう断言する。そんな中、上条が叫んだ。

 

「~~構うなそのままやれ!! 何があっても俺たちがフォローしてやる!」

 

メイザースは上条の言葉に眉をひそめる。

 

「決着付けて、人生全部その手で取り戻すんだろうが!! 変態野郎がこんな時だけ周りに気を使ってんじゃねえ、良いからやれェェェえええええ──────!!」

 

上条が叫ぶ中、メイザースは『ソレ』を見た。

高速道路を並走している大型バイク。

その本来の用途は、後部の兵装ジョイントに刻まれている。

A.A.A.Anti-Art-Attachment。

魔術に対抗する科学と魔術を交差させた兵器。

 

「なるほどな」

 

本来の用途であれば装着者は木原脳幹であり、『窓のないビル』に姿を隠すアレイスターが遠隔地に自身の魔術を送り出して、『魔神』を殺すための装備だ。

A.A.Aを操るのが御坂美琴だとしても、それはアレイスターの力を増幅させる装置である。

 

「確かにこれもまた、貴様の成果物か……ッ!!」

 

先程と同じ赤い光。

それが超大型バイクの砲から放たれて、メイザースの脇腹へとぶち当たった。

そして、メイザースは吹き飛ばされる。

 

垣根はカブトムシを操作して、地に落ちたアレイスターを追った。

メイザースとアレイスターが離脱しても、『王室派』の馬車は凄まじい速度で進んでいる。

 

「『黄金』はまだ私の手の内にある。だからもう大丈夫だ」

 

メイザースは撃破した。それ以外の『黄金』は真守のハッキングによって動けない。

馬車列を襲撃しようとする者たちを、真守たちは退けることができた。

垣根はため息を吐くと、真守を見た。

 

「……真守、あんまり無理するんじゃねえぞ」

 

「うん、大丈夫。ハッキングで一番力を使う時は、アクセスする時だからな。いまは妨害を維持すればいいだけだから、そんなに大変じゃない。心配してくれてありがとう」

 

真守はふにゃっと笑って、自分と共に翼を広げている垣根を見上げる。

そして真剣な表情となって、馬車列の後方を見つめた。

 

「コロンゾンの支配から少し逃れているメイザースは無事だろう」

 

真守は視線を彷徨わせて、カブトムシを探す。

すると真守のもとにぶーんっとカブトムシが飛んできて、真守はカブトムシを受け止めた。

 

「アレイスター、ちゃんと全てを終わらせるんだぞ。過去と決着をつけられるのは自分だけだ。だから──頑張れ」

 

真守が激励を送るアレイスターは、とある教会のそばに落ちた。

 

そのとある教会とは、アレイスター=クロウリーが妻ローズと結婚した教会だった。

そんな縁が深い教会で、アレイスターはとあるシスターに会った。

 

オルソラ=アクィナス。

アレイスターは清らかな彼女と対峙し、自らの全てに決着をつけるために立ち上がった。

 

嫌いなモノを克服するために使い、そして宿敵を討ち倒すために──自らに降りかかる事がなかった『奇蹟』を振るった。

 

『奇蹟』を司る『神の子』。かの存在は何の情もなく、機械的に『奇蹟』を使う事はない。

その根底にはある『トリガー』がなければ神話は成立しない。

 

その『トリガー』に使われる『それ』。

『それ』があったら誰も苦労なんてしない。アレイスターはずっと『それ』が欲しかった。

だが『それ』はいつだって、アレイスター=クロウリーにはどうしたって配られなかった。

 

それなのに。いつでも他人には『それ』が寄り添っていた。

 

『それ』が配られることがなかったアレイスター。

彼は悲劇や不幸を量産しながら、自らの目的を果たすために『計画(プラン)』を推し進めた。

 

『それ』がある者たちは、アレイスターが決めた手順通りの命の落とし方を回避した。

どうしようもない偶然が重なり、彼らは生き延びた。

そして屈託のない笑顔を浮かべて、大切な人々と共に生きているのだ。

 

神さまというヤツが大嫌いだった。自分には『それ』を配ってくれなかった。

どんなに頑張っても『それ』は手にできなかったから。

だが、今のアレイスターには分かる。

 

魔力とは、生命力より生成される力だ。

魔術とは、その魔力によって表す現象だ。

そして魔術とは全て、生命の奥底から沸き立つ始原の力に支えられるべきなのだ。

 

つまり、魔術とは。

人を大切に想う気持ち()に形を与えた技術なのだ。

 

「ふふ、アレイスター。私はお前のことを、大切に思ってるぞ」

 

愛とは時に人を癒すが、人を傷つけるものだ。そして人に寄り添い、人を遠ざける。

祝福と畏怖を表裏合わせた、真に力ある術式群。それが魔術なのだ。

それに気が付いたアレイスターは在りし日で止まったメイザースに負けなかった。

 

東の地平線からゆっくりと太陽が昇ってくる。

すなわち。世界が黄金に染まっていく時間の中。

咎人は昇り詰め、ついに自らの因縁を断ち切った。

 



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第一五〇話:〈世界真理〉である愛というもの

第一五〇話、投稿します。
※次の更新は一月五日金曜日です。



誰にとっても長い夜が明けた。

スコットランド、エディンバラ城へと向かう『王室派』の馬車の上。

そこに腰かけている垣根帝督は朝日を見つめながら、目を細めた。

 

「愛。人を想う気持ち、か」

 

垣根は馬車の上に座って片膝を立てたまま、ぽそっと呟く。

 

『神の子』は──完成された存在は、完璧で万能だ。できない事はない。

だがその万能を機械的に振るうことはあり得ない。

完成された存在は、求められたから『奇蹟』を起こすのだ。

 

しかもただ求められたから『奇蹟』を起こすのではない。

人の子を愛しているからこそ、万能なる存在はその『奇蹟』の力を振るうのだ。

垣根帝督が馬車に座って朝日を見ていると、垣根の隣に降り立つ少女がいた。

 

「垣根」

 

朝槻真守は、いつものように微笑を浮かべる。

あどけない顔つき。アイドル体型を包む、特徴のないセーラー服。

優しい眼差しが込められたエメラルドグリーンの瞳。

 

猫耳ヘアに整えられた髪は、今だけ蒼銀の輝きを帯びている。

蒼ざめたプラチナの翼を広げて朝焼けに光を帯びる姿は、本当に神々しい。

垣根は何が何でも大事にしたい少女を見て、目元を柔らかく緩めた。

 

「アレイスター、頑張ったな」

 

真守は銀色の髪を元の黒髪に戻し、蒼ざめたプラチナの翼をすうっと消して、垣根に微笑む。

 

「とはいえまったく。無茶をしてくれる」

 

真守は呆れた様子で、それでもとても嬉しそうに目を細めた。

 

魔導書の『原典』として現代に蘇った魔術結社、『黄金』の傑物たち。

彼らはどうしようもなく本物だ。だが魔導書の『原典』であるからこそ、彼らには弱点がある。

 

その弱点とは大地に走る地脈や龍脈から供給されるエネルギーを断つように、空間そのものを力で埋め尽くすというものだ。

 

魔導書の『原典』は自前で魔力を精製できるが、実は大地から少しずつ魔力を吸い取っている。

つまり大地と魔導書の『原典』の受け渡しを阻害すればいいのだ。

 

純粋な力で空間を満たせば、魔力の受け渡しは困難になる。

だがそれはある意味力技であり、周りを全く考慮しないものだ。

それでもメイザースたちを滅ぼすために、アレイスターはそれを行った。

その余波から馬車を守るために、真守は翼を広げていたのだ。

 

朝槻真守もアレイスターと同じように、純粋な力で空間を満たすことはできる。

だが純粋な力で空間を満たしてしまえば、『王室派』の魔術が影響を受けてしまう。

だから真守にも選択肢はあったが、真守はあえてその選択肢を取らなかった。

 

その選択肢を取ったアレイスターのために、真守はフォローに回った。

そしてアレイスターが巻き起こす余波からその全てを守った。

 

真守は垣根の隣に座って、垣根の頬へと手を伸ばす。

垣根は真守の小さな手を握ると、自分の頬をすり寄せた。

 

「俺も、人を想うことなんてできなかった」

 

アレイスターとメイザースの攻防。

それを垣根帝督はカブトムシ越しに見守っていた。

 

アレイスター=クロウリーは仇敵との対峙しながら、奇蹟が『人を想う気持ち』によって成り立つと公言した。

 

人を想う気持ち。それはすなわち、愛。だ

それがアレイスターは本当に欲しかった。

だがどうしても手に入れる事ができなかった。

 

垣根帝督も、心のどこかで愛を──温もりを求めていた。

だが垣根は幸福が学園都市で得られないと知った。そして幸せなど、悲劇に溢れた学園都市では儚く消え去ってしまうものだと実感した。

だから垣根帝督は拒絶した。

 

愛なんて、情なんて。そんなものに意味はない。

永遠ではないから。いつか消えてなくなるものだから。

そんなものに縋っていても意味はない。

 

世界は非情であり、学園都市はどこまでも悲劇で満ちている。

誰も彼もが利用され、命を落としていく。

優しい人ほど、絶対に無くしたくない存在ほど、いなくなってしまう。

 

だから垣根帝督は愛なんて求めてなかった。

求めた途端に、ぼろぼろと崩れて行ってしまうから。

でも。いま現実として。

垣根帝督には、何があっても消えない想いがある。

 

「お前に会えて良かった。真守」

 

自分の想いを受け取ってくれる朝槻真守は、永遠に失われることがない。

何があっても、世界が終わっても。共にいられる。

その力が、今の垣根帝督にも朝槻真守にもある。

垣根は柔らかくて温かい命を抱きしめた。

 

「私も垣根に会えてよかった」

 

真守は垣根の腰に手を回して、すりっと垣根にすり寄った。

 

「ずぅっと一緒にいてくれるって言ってくれて、とっても嬉しかったんだ。これからもずぅっと一緒にいられるコトが、何よりも幸せだ」

 

垣根は真守の事を優しく抱きしめて、目を伏せる。

 

「愛してる、真守」

 

愛してるという言葉なんて、以前の自分には考えられない言葉だった。

でも今の自分は違うと垣根帝督は知っている。

何度伝えても伝え足りないほどに、色褪せない大切な感情なのだ。

この少女を大切に想う気持ちは、どうしたって消える事はない。

 

「私もだいすきだ、垣根」

 

真守はふにゃっと笑って垣根を見上げる。

本当に心を許した人にしか見せない笑み。

それを向けてくれる真守が愛おしくて、垣根は真守にキスをした。

長い口づけの後、真守は照れくさそうに笑う。

 

「やっぱり外は恥ずかしいよ、垣根」

 

そんな真守が、本当に愛おしい。

垣根はぎゅっと真守を抱きしめると、優しく何度もキスをする。

 

「人の話を聞かない男だ。まったく」

 

真守はくすっと笑うと、垣根にすり寄る。

 

「絶対に離さない」

 

そう告げたのはどちらだろうか。

だが事実として。どちらも絶対に相手を放す気持ちは微塵もない。

馬車列にA.A.Aで並走していた御坂美琴は顔を背けたまま呟く。

 

「バカップルめ……っ!」

 

「…………バカップルでもぉ、やっぱり溺愛されるのって憧れるわよねえ」

 

「食蜂!?」

 

美琴は後ろに乗っている食蜂が少し羨ましそうにする声を出したので声を上げる。

上条はアレックスを操る女性騎士の後ろに乗っており、少し顔を赤くしていた。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

既に朝日は昇っている。冬の早朝に相応しい、清浄な空気が辺りに満ちていた。

 

『黄金』に強襲され、アレイスターによる迎撃の余波に巻き込まれそうになった『王室派』。

それでも真守たちの活躍により、『王室派』は無事にエディンバラ城へとたどり着いた。

 

エディンバラ城内は博物館や記念館があるほどに広大な城だ。

だが城内からは観光地のスタッフではなく、大勢の役人や騎士たちが出迎えてきた。

 

「上条」

 

真守は伯母であるアシュリンに声を掛けてから、トテトテと歩いて上条へと近づく。

 

ちなみに真守たち一行は立派な不法入国者である。

そのため上条は『王室派』という英国の権力の象徴を前にしてびくびくしていたが、同じく不法入国仲間の真守が来てくれた事でほっと安堵した。

そんな上条に御坂美琴はムッとしており、食蜂操祈は笑っていたがそれはさておき。

 

真守は垣根と並んで歩き、上条へと近づく。

 

「帝兵さんにはメイザースの遺体の場所を既に調べてもらっている。アレイスターもこっち来てる。行くぞ」

 

「分かった」

 

上条は頷いたが、ちらっと御坂美琴と食蜂操祈を見た。

上条当麻は彼女たちが何故ここにいるのか分からない。

だが彼女たちを置いて行くわけにはいかない。

 

「今さら隠してもどうにもならんし……ついてこい御坂、食蜂!」

 

上条は美琴と食蜂へと声を掛ける。

美琴と食蜂はその言葉に心臓が止まりかけた。

 

「……ッはぁい、上条さぁん☆」

 

だが上条の言葉を噛みしめていた美琴と違い、食蜂は本当に嬉しそうにすぐに駆け出す。

 

「あ、ちょ、ちょっと!!」

 

美琴はガシャガシャとA.A.Aを唸らせながらも、食蜂の後を追う。

 

「そうよ、最初っからそう言ってりゃよかったのよ、ほんっっっっっとうーに随分前からね、それなのにアンタはまったくもーぶつぶつぶつ……ッ!」

 

美琴はぶつぶつと呟きながらもA.A.Aを背中に携えて歩き出す。

真守たちはカブトムシの案内で城壁の内側をぐるっと回ると、木々によって巧みに隠された城内の墓地へと向かった。

 

「遅かったな」

 

そう告げたのは、銀の少女だった。

 

アレイスターは先にホウキに跨って墓地に到着していた。そしてすでにその手にスコップを持って、メイザースの遺体が納められた棺一式を掘り返していた。

 

サミュエル=リデル=マグレガー=メイザースの遺体。

その前で、アレイスターはボロボロのまま清々しい笑みを浮かべていた。

 

「アレイスター、お疲れ様」

 

真守は柔らかく微笑んで、ぎゅっとアレイスターを抱きしめる。

それに垣根が良い顔をするはずがない。だが今は何も言わなかった。

その隣で、美琴と食蜂は驚愕の表情をした。

 

「ええっ!? アレイスターってもしかして統括理事長のこと!? 『窓のないビル』の中にいたのって、こんな、私たちと変わらない女の子だったの!?」

 

「いえ、そんなはずは……? ああ、でも……そうなのかしらぁ……?」

 

食蜂はなんとなく違和感を覚えて首を傾げる。

美少女に転生したアレイスたんの事を話すのは面倒なのでとりあえず割愛すると、上条はアレイスターを見た。

 

「できそうか?」

 

「ああ。今回こそ本物だ。サミュエル=リデル=マグレガー=メイザース。この遺体を中継器にして、大悪魔コロンゾンへの行動停止命令の糸口を作る。作業自体は簡単なものだよ」

 

アレイスターはそう告げると、上条当麻を手で制した。

 

「上条当麻、キミはそこにいろ。こればっかりは幻想殺し(イマジンブレイカー)に砕かれてしまっては敵わない」

 

上条はアレイスターに促されて、指定された場所まで下がる。

真守と垣根は興味津々でアレイスターのそばにいた。

 

アレイスターは棺の蓋の上に、様々な道具を並べる。

杖、杯、剣、盤。

見たことがある霊装たち。それはメイザースが使っていた象徴武器(シンボリックウェポン)だ。

それを見て、上条は目を見開いた。

 

「おい、それって……」

 

「この手の道具は自分で作るべきと定められているのだがな。しかしタブーを破るのであれば、敢えて他人が聖別した道具に触れてみるアプローチもある。そこにあるのなら、使わない理由はない。邪法の中の邪法だからオススメはしないが」

 

アレイスターは笑いながら棺の蓋の上で四つの道具を規則的に動かす。

その動作に込められた意味は、上条にも真守たちにも分からない。

だからただ見守っていた。

 

「長かった……」

 

アレイスターは棺の前でひざまずくような形で呟いた。

 

「長かった」

 

真守はその瞬間、顔を上げた。

大気圏の先。高度三五〇〇キロ、弾道軌道上。

 

「来たぞ、アレイスター」

 

真守が告げると、空から落下して突き刺さったものがあった。

それは激しい爆音と破壊音を響きわたらせ、空気を裂き大地を割った。

 

コウモリのような翼を左右に侍らせた、大悪魔コロンゾン。

 

学園都市の封印から這い出てきた彼女は、エディンバラ城へと到来した。

美琴のA.A.Aが広がって生身の人間を守る中、コロンゾンの声が漏れた。

 

「な……」

 

「そんなに驚く事かね、コロンゾン」

 

コロンゾンはアレイスターや真守のすぐそばに降り立っていた。

本当はアレイスターたちを狙ったのに、だ。

 

大悪魔であるコロンゾンが目測を誤ることなんてありえない。

だが現実として、コロンゾンはアレイスターに指先を届かせる事ができなかった。

 

つまりそれを意味するところはアレイスターの術が既に完成し、コロンゾンに干渉する事ができたということだ。

 

「こいつッ!!」

 

「止まれ大悪魔」

 

アレイスターが指示すると、大悪魔はアレイスターに後数センチ迫るところで止まった。

どうしてもその顔に、揃えた右手の五指を突き立てる事ができない。

アレイスターは微笑む。

 

「予想通り、まだ残っていたな。メイザースとの繋がりが」

 

「認め、ない」

 

「ならばヤツの死体を通じてこの私が命じよう。三三三、拡散。我が二人目の娘、ローラの内側より離れよ。四界の表層において穢れた大悪魔に居場所はナシ。速やかに深淵の向こうへと立ち去るが良い!!」

 

「別離と離散は自然にあるべき分解の流れになりけるのよ。それを拒むなど、私は認めないいいいいいいいいい──────!!!!」

 

ぱんっと、いう音が響いた。

終わってしまえば、最後は案外とあっさりしていた。

 

アレイスターは長い長い金髪を広げて倒れこむ少女を抱きしめる。

血と泥にまみれた手。

色々あって随分と変わってしまった手だが、それでも父親は娘の体を抱き留めた。

 

「おかえり」

 

アレイスターはローラの事をぎゅっと抱きしめる。

 

「おかえり、ローラ」

 

柔らかな静寂。それは温かさで満ちていた。

だが次の瞬間。ドスッと刃物の突き刺さる音が響いた。

 

「な……」

 

ローラ=スチュアートの手には、小ぶりなナイフが握られていた。

それはアレイスターの血に濡れている。

 

「……あ?」

 

「アレイスターッ!」

 

真守はすぐに飛び出した。

すると、大悪魔コロンゾンは即座に動いた。

アレイスターの軽い体を真守の方へと突き飛ばす。

 

その瞬間、隙ができた。

コロンゾンはその隙を使って、真っ黒な炎によってメイザースの遺体を焼き尽くした。

 

アレイスターへの致命傷。

それを与えたコロンゾンはメイザースとの契約を果たしたとみなされた。

だからメイザースの遺体を燃やすことができたのだ。

 

「ひひひひひ! 殺した、殺した! あ・あ・こ・ろ・し・た! これでやっと、ようやっとメイザースとの縁も切れる! あはっは。この棺を燃やしたるまでが長かったぁ。あははははははっ!」

 

真守はアレイスターをぎゅっと抱きしめる。

そしてアレイスターの命を自分の力で繋ぎながらハッと息を呑んだ。

 

強烈な違和感。

真守は『流行』に至った事で、少ない情報からも確実な推測ができるようになった。

そんな真守は、コロンゾンを前にして答えに辿り着く。

 

「お前、まさか……自分で肉の器を用意したのかっ!? だから契約によって強制的に行動させられても、ある程度自由が利く?!」

 

「く、くくく。いひひひ。人間の手で造られし俗物、気付くのが遅すぎたなあッ!!」

 

コロンゾンはにたにたと笑い、自らと同じ場所へと至った真守を嗤う。

 

アレイスターの娘の体を乗っ取ったわけではない。

それは嘘で、コロンゾンは誰にも悟られないように自分を特別にしたのだ。

この世界で自由に動くための霊媒を、コロンゾンは自分で用意した。

 

肉の器を自前で用意したならば、話は変わってくる。

 

契約とは超常存在をこの世に縛り付けておくためのものだ。

超常存在はこの世界で行動するための肉の器を持っていない。だからこそ役目を果たすまで退却しないように、契約によってこの世に縛る。

 

だが肉の器が存在すれば、超常存在は確かにこの世界に根付く事ができる。

確かな肉の器。それがあれば、超常存在がこの世に存在できる物理的なものがあれば。自分をこの世界に縛り付けておく契約にもある程度は抗うことができるのだ。

 

「いひひひひひ。肉の器を用意するのは貴様にもできぬことであろう、俗物」

 

コロンゾンは笑い声を漏らしながらにたにたと笑う。

 

「かの『明けの明星』や『蠅の王』さえ、自分の肉体は持ちてはおらぬ。インキュバスやサキュバスが肉の器を持ちたるとされたのも、宗教論争で湧いて出た仮説の一人にすぎん。……私だ、このコロンゾンだけが独力で実態を確保した大悪魔であるッ!」

 

コロンゾンはそう宣言すると、真守の事を睨んだ。

 

「人間などという矮小なモノの枠組みから外れずに、人間の進むべき形へと至る? それによって私と同じステージへと立つ? 笑わせるなッ!!」

 

コロンゾンは真守へと向けて金の髪の一撃を放つ。

真守は垣根にアレイスターを即座に託すと、その一撃を弾いた。

 

凄まじい衝撃が走り。墓地が吹き飛ぶ。それにひるむ一同。

 

煙が晴れた中、真守とコロンゾンだけは立ったまま、対峙していた。

真守は自身の肉体を守るかのように蒼閃光(そうせんこう)を迸らせていた。

さながら、光の鎧を身に纏ってるようだった。それが真守の肉体を守っていた。

 




イギリス篇第二幕、終了。
次回、イギリス篇第三幕:コロンゾン最終決戦、開幕。

ついに新約もイギリス篇最終章までやってきました。
流動源力は新約までで一度完結する予定ですので、あと二章(篇)で終わる予定です。
ですが原作のリバースに当たる章(篇)で書きたいことを詰め込んだので、長くなりそうです……笑
最後までお楽しみいただければ幸いです。


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新約:イギリス篇第三幕:コロンゾン最終決戦
第一五一話:〈悪魔動乱〉による甚大な被害


第一五一話、投稿します。
次は一月八日月曜日です。


大悪魔コロンゾン。

生命の樹、セフィラの『深淵』を超える者の前に立ちはだかる超常的な存在。

数価三三三、『拡散』という意味を持って、世界に望まれて生まれ落ちた舞台装置。

 

『水の天使』が生まれた時から水と結びついてるように。世界に望まれて生まれた大悪魔コロンゾンは、世界を自然分解させることに特化している。

世界を新たなステージへと至らせるために、いまある全てを滅ぼすために存在する大悪魔。

 

人の魂の上昇を防ぎ、世界の理の結合を妨げる者。

 

そんなコロンゾンと、朝槻真守は対峙していた。

 

真守は人という枠組みから外れることなく、自らを世界の()り方に任せて進化させる事ができる。

ある意味、『永遠なる進化』を司る少女だ。

世界に望まれ、自分で望んで。真守はひとの手で生み出される『流行』を冠するまでに至った。

 

「いひひ」

 

コロンゾンは朝槻真守と対峙したまま、余裕の表情で嗤う。

真守は自らの肉体を守るかのように、蒼閃光(そうせんこう)を迸らせている。

 

コロンゾンの鋭い一撃から、真守は完全に自身を守った。

それにコロンゾンは()()()()()()()

そして疑念を確信へと至らせて、コロンゾンは笑みを零した。

 

「そうだよなあ、そうだよなあ……気に入らぬが、やはりそうだよなあ朝槻真守!!」

 

確信したコロンゾンは()()()()()を完璧に守った真守を見て嗤う。

真守は顔をしかめたままだ。最大限の警戒を見せて、コロンゾンを睨んでいた。

コロンゾンは真守を前にして、鋭く目を細める。

 

「『自然流行』。人の手によって生み出されし、その時々の人間の()り方によって物事が移り変わる流行り廃りを体現した存在。どこまでも昇りつめるお前は、自らが人と寄り添って存在したいという在り方を世界に認められた。そして世界はお前の在り方を必要とした。だから存在している」

 

コロンゾンは朝槻真守という少女を見据えたまま、認めがたいといった風に顔を歪める。

 

「忌々しいことに、その()り方は本物だ。……本当に、それが人間が生み出した流行り廃りなどという下らぬものでもな」

 

真守は源流エネルギーによって体を包むのを止める。

そして自分と同じ格に存在するコロンゾンを見据えた。

 

「大悪魔コロンゾン。お前もまた、世界に必要とされて生まれた存在だ。……『自然分解』。世界を次なる世代へと引き継ぐために、新たな物事を始めるために。いま栄えているものを滅ぼす在り方を授けられた」

 

人間にとって、害でしかないコロンゾンの在り方。

それでもコロンゾンは世界に望まれたからこそ、この世に生まれ落ちた。

この世に必要として生まれた、ある種の機能。

 

自分が世界に望まれた生まれたことを、コロンゾンは理解している。

だからこそコロンゾンにとって真守がどこまでもいってもくだらない俗物だろうと、朝槻真守が『流行』へと至った事には意味があると知っている。

 

くだらない存在。人間の手によって生み出され、世界がある意味認めた新たな在り方。

そんな仇敵を睨んで、コロンゾンは忌々しそうに顔を歪める。

 

「私は決して受け入れぬが、お前は世界に認められた。それはつまり、肉の器に囚われぬ存在である、ある種の概念へと至ったということだ」

 

人間としてあるべき形で、どこまでも至れる朝槻真守。

真守は既に、コロンゾンと同じ格にまで至っている。

それはつまり朝槻真守もコロンゾンも、今の肉体が滅んだとしても永久不滅なのだ。

 

「我らの在り方は永久不滅。概念として存在している以上、その存在を完璧に滅ぼすことは不可能だ。故に肉の器を喪ったとしても、貴様はエイワスと同じく物理法則で満ちた科学なんぞの世界で生きながらえることができるであろう」

 

コロンゾンはそう断定して、真守を睨む。

 

「私の肉の器を滅ぼすことができるのは、お前だけであろう。だがお前は私を滅ぼせない。どこまで至っても人間であるお前には不可能であろう、朝槻真守」

 

『自然分解』。三三三、拡散を司る大悪魔、コロンゾン。

人と寄り添うために人が生み出す『流行』へと至った朝槻真守。

 

真守とコロンゾンは同じステージに立っている。

だからこそ、それぞれを撃ち滅ぼす事ができる。

だがその場合、どちらも共倒れで終わる事が決まっている。

そして朝槻真守は一度、人間として死ぬ。

 

後に残るのは『流行』を冠する、どこまでも人として進化し続ける事ができる『朝槻真守』という存在だけだ。

垣根帝督はコロンゾンが何を言っているか理解できて、目を見開く。

コロンゾンは、そんな垣根帝督へゆっくりと視線を動かした。

 

「そういえば貴様はこの世で唯一器を用意することができるのだったな」

 

垣根帝督の能力である未元物質(ダークマター)には、無限の創造性がある。

無から有を生み出す。未元物質という粒子自体は無機物だが、その在り方に役割を与える事で、有機物と同じように振る舞う事ができる。

無限の創造性。だからこそ、垣根帝督は神のように全てを創造する事ができる。

 

つまり、垣根帝督は超常存在に体を与える事ができるこの世でただ一人の能力者なのだ。

 

「貴様は私と対消滅をしたここにいる朝槻真守の明確な死を受け入れられぬであろう。貴様の造り上げた肉体を持って光臨する朝槻真守は、朝槻真守として変わらない。だがかたちに意味を見出すのが人間だからな。理解しがたいが、貴様は朝槻真守の死を受け入れぬだろう」

 

垣根は静かに、息を呑む。

そんな垣根に憐憫を向けながら、コロンゾンは真守を鼻で笑う。

 

「舞台装置らしからぬ。愛する存在など作るから、足枷になるのだ」

 

朝槻真守が誰よりも深く愛している、垣根帝督。

この場には垣根だけではない。真守が大切な友達だと思っている上条当麻も、オティヌスもいる。それに御坂美琴、食蜂操祈。そして──美少女へと転生した、統括理事長アレイスター=クロウリーもいる。

 

『流行』へと至った朝槻真守。『拡散』という役割を与えられて生み出された大悪魔コロンゾン。

彼女たちの決定的な違いは、大切なものがいるか、いないかという違いだ。

 

大悪魔コロンゾンを終わらせるためには、朝槻真守の犠牲が必要不可欠である。

そんな事実を、真守は笑い飛ばした。

 

「コロンゾン、お前と対消滅するのなんてごめんだ」

 

真守は動揺する垣根の前で、コロンゾンとの共倒れを拒絶する。

それにコロンゾンはにやっと笑った。

 

「ほう。ではどうやって私と敵対するのだ、俗物。何かを犠牲にしなければ物事とは往々にして成せぬものだぞ?」

 

「そんなコトない」

 

真守はふるっと首を横に振ると、コロンゾンを見据えた。

 

「お前は所詮過去の俗物だ」

 

コロンゾンは真守にまっすぐと見つめられて、ぴくっと眉を跳ねさせる。

 

「私は新たに世界に必要とされて生まれ落ちた。そんな存在に、何かを犠牲にしなければ得ることはできないという常識は通じない」

 

朝槻真守はこの世で一番たいせつな男の子の言葉を借りて宣言する。

 

「全部を守ってハッピーエンドを迎える。お前にはそれができないけど、私にはできる!」

 

朝槻真守はコロンゾンへと宣戦布告をする。

そしてコロンゾンと対峙するために翼を広げた。

 

天上者を示す蒼ざめたプラチナの翼。

それを携えて、真守はコロンゾンと相対する。

コロンゾンは自分の全力を持って相対しようとする真守を見て、ふんっと鼻を鳴らす。

 

「貴様と私の違いは分かりえているはずだが?」

 

コロンゾンはそう言葉を零すと。

真守を狙わずに、アレイスターを抱きしめている垣根帝督を狙った。

 

真守は即座に間に入る。

そして。コロンゾンの『拡散』と、朝槻真守の『流行』が衝突する。

 

だがこの場で不利なのは、明確に真守だ。

何故なら真守には、守るべきものがある。そしてコロンゾンには守るべきものなんてない。

 

周りへの影響を度外視して、大悪魔は全力を放てる。

対して真守は自分の守るべき者たちを傷つけないように、力をセーブする必要がある。

 

そしてコロンゾンが狙うであろう大切な人たちを守るために、力を割かなければならない。

真守は蒼ざめたプラチナの翼で背後にいる垣根を守りながら、きっとコロンゾンを睨む。

 

「お前なんかに、私の大切なものは傷つけさせない」

 

真守の六対一二枚ある翼のうち、側頭部から生えている翼が煌めく。

刺突に似た鋭い斬撃が、幾つもコロンゾンへと放たれる。

 

「だから言ったであろう。愛する存在など足枷だと」

 

コロンゾンはため息を吐くように、冷酷な言葉を紡ぐ。

凄まじい衝撃と、破壊が繰り出される。

 

蒼ざめたプラチナの光と、宇宙のような煌めきが瞬く。

そして、全てが収まったところには。

大悪魔コロンゾンが、真守の心臓に手を突き立てていた。

だがコロンゾンの手は真守の心臓を貫いていない。

真守が自分の胸を守るように、きちんとコロンゾンの手を両手で受け止めていたからだ。

 

「そう何度も馬鹿みたいに同じ手を喰らうと思うなよ」

 

真守はぎゅっと、コロンゾンの細腕を折らんばかりに握り締める。

途端に、コロンゾンは自らの本質を浸蝕する力を感じた。

真守は自分の力である『流行』を十全に扱って、『拡散』を浸蝕しようとする。

 

「お前は拡散という能力を持ってる。だがそれで、世界が本当に滅んだことはない」

 

真守はコロンゾンの手を決して離さないまま、言葉を紡ぐ。

 

「『流行』は廃ったとしても、いつだって再び勢いを増して流行り続ける。それは『拡散』なんかに負けない。『拡散』に打ち勝つことが『流行』にはできる!」

 

「ッチ!!」

 

「逃がさないっ!」

 

退避しようとするコロンゾンの手を、真守はぎゅうっと握る。

コロンゾンは真守のことを強く睨む。

 

朝槻真守が手を離さないなら、『拡散』を流し込んで朝槻真守に応戦するしかない。

そのためコロンゾンは、自分の手を受け止めた真守の両手に爪を立てる。

そしてそこから、自らの在り方である『拡散』を打ち込んで真守の『流行』を浸蝕した。

 

「チキンレースなどとのたまうなよ、薄汚れた俗物!!」

 

「世界のことを貶めるお前なんかに負けない!!」

 

『流行』である真守と、『拡散』であるコロンゾンの攻防。

その余波で、辺りが吹き飛ぶ。

真守とコロンゾンは一歩も動かずに、攻防を繰り広げる。

だが笑ったのはコロンゾンだった。

 

真守は自分の心臓をコロンゾンが穿つのを阻止した。

だがその攻撃を受け止める時、確かな衝撃が身体を走っていたのだ。

つまりコロンゾンが先に真守へ一撃を与えていた。

そこに、コロンゾンは『拡散』を流し込んできた。そのため少し不利なのは、真守の方だった。

 

真守は顔を歪ませたまま、ぎゅうっとコロンゾンの腕を掴む。

胸の中心に穿たれたコロンゾンの『拡散』が、真守を浸蝕する。

 

「う────っ」

 

そんな呻く真守の身体を、後ろから抱きしめる人物がいた。

 

「真守っ!!」

 

垣根帝督は、とっさに動いていた。

そして空間を侵すように未元物質(ダークマター)の翼を広げて、真守の腰を後ろから抱きしめる。

 

「一人でやろうとするんじゃねえ!!」

 

コロンゾンに、自分は勝てない。

だからこそ垣根帝督は、真守の補助に徹しようと考えた。

そして一度体勢を整えるために、真守の腕を強く引っ張った。

コロンゾンのことを離そうとしない真守に、垣根は口調を荒くする。

 

「真守!!」

 

「待って、垣根!」

 

コロンゾンは自分を放そうとしない真守の事を睨む。

すると。そこで、真守の手助けをするために上条当麻が前に出た。

 

「コロンゾォォォォオオオオ──────ン!!!!」

 

上条当麻は右手でコロンゾンの右顎を狙う。

コロンゾンは上条当麻へと意識を向ける。

垣根帝督はその瞬間、朝槻真守のことをコロンゾンから引きはがした。

すでにダメージを負っている真守を、このままにしておけるはずがないからだ。

 

「上条っだめだっ!」

 

真守は垣根の未元物質(ダークマター)の翼で守られながら、悲鳴に近い声を上げる。

上条当麻の幻想殺し(イマジンブレイカー)を宿した右拳が、コロンゾンに突き刺さる。

骨に直接響くような、鈍くてすべてを折り砕くような音。

多大なる衝撃を受けても、コロンゾンには何ともなかった。

 

「イシス、オシリス、そしてホルス。あらゆる時代(アイオーン)の先にいるこの私が、この程度で砕かれると思うたか……?」

 

コロンゾンの緩い問いかけに、焦りを見せたのはオティヌスだった。

 

「まずいぞ、人間……」

 

自分の幻想殺し(イマジンブレイカー)が効かない。

その事実に虚を突かれている上条当麻に、肩に乗っているオティヌスは事実を口にする。

 

「今のヤツは私と同じだ! 現在進行形の魔術現象ではなく、すでに実体という結果を手に入れた超常! 灰に触れても燃え尽きた紙が元に戻らないように、貴様の幻想殺しでは倒せないっ!!」

 

「……我は悪魔。しかし悪の諸力の渦巻くクリフォトではなく、神秘なるセフィロトにて隠されるダアトと同じ深淵に潜む大悪魔」

 

ぎちぎちぎち、みぢみぢぎぎぎちち、──と、不穏な軋みが響く。

上条当麻の右拳が突き刺さる中、幻想殺し(イマジンブレイカー)でも消滅しないコロンゾンは上条に向き直る。

上条当麻はそれを受けて、気圧されるように一歩下がった。

 

「あらゆる数は等価。我が右の手に蘇生のヌイト、有限の域を超えて広がる数価(かのうせい)を見よ。我が左の手には復讐のハディト。極焦点はあらゆる力を収斂・集束して一つの意味を創り出す」

 

コロンゾンは淡々と、自らの在り方を呪文として口ずさむ。

 

「すなわちここにラー=ホール=クイトの円にて無限の加速から解放されし一撃を現世の表層に顕さん」

 

それを見て、垣根帝督に抱き留められている真守は額に汗をにじませながら顔を歪める。

 

「上条……っ!」

 

「真守、動くんじゃねえ!!」

 

垣根は腕の中で、前へ出ようとする真守のことを抱き留める。

何故なら真守の体の中心から、コロンゾンから響く不穏な軋みが音を立てている。

 

ぎぎぎぎちぎち、みぢみぢぎちぎぎちち、音を立てて、真守のことを侵そうとしている。

 

確実に一撃を貰っている真守を、垣根は放っておくことなんてできない。

コロンゾンは、レイピアという細い剣を構えるように上条当麻へと向き直る。

そしてコロンゾンの長い金の髪。その向こうから、宇宙の輝きにも似た別の顔が垣間見えた。

 

「Magick:FLAMING_SWORD。セフィラの下降により顕現せし力を浴びよ」

 

上条当麻はコロンゾンの攻撃を受けて、とっさに右手の幻想殺し(イマジンブレイカー)を突き出す。

 

「ダメだ人間!! その一撃は『世界の基準点』では抑えきれんっ!!!!」

 

オティヌスが叫んだ途端、辺りが白く染め上げられる。

コロンゾンの攻撃を、上条当麻は右手の幻想殺し(イマジンブレイカー)で打ち消しきることができなかった。

そのため上条当麻は、コロンゾンの攻撃によって右手ごとその肉体を破壊された。

 




イギリス篇第三幕が始まりました。


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第一五二話:〈各所対峙〉でそれぞれ対応する

第一五二話、投稿します。
次は一月一一日木曜日です。


御坂美琴は、何もできなかった。

大悪魔コロンゾン。その攻撃によって、ただ上条当麻が肉の塊になることを見つめることしかできなかった。

 

「垣根」

 

真守は自分のことを抱きしめる垣根の腕をぎゅっと握る。

 

「力を借りるぞ、垣根」

 

真守は垣根に一言断りを入れてから、極めて冷静に垣根の存在を感じる。

 

「っ」

 

垣根帝督は真守に半ば強制的に接続されて、息を呑む。

だが、許した。何故なら自分の力に干渉しているのは、他でもない最愛の少女だからだ。

 

垣根帝督の背中から生えている純白の翼が、空間を侵食するように大きく広げられる。

真守はコロンゾンが自分の胸に打ち込んだ『拡散』の衝撃を未元物質(ダークマター)の力で打ち消した。

真守の胸からはみぢぢ、ぎちぎちちと変な音が出ていたが、それが収まる。

 

上条当麻がたった一撃で肉塊にされた。

その事実を正しく認識しながら、真守はコロンゾンと対峙する。

 

「きき」

 

コロンゾンは、自分と対峙する真守を意識していなかった。

ただ自分の手を見つめて、恍惚な笑みを浮かべていた。

 

「いひひ。ききいひひ……ッ! 善も悪もない。対価の支払いも天秤のつり合いも必要ない。ああ、ああ!! これが自由、縛られぬ魂だ!!」

 

召喚に応じた超常存在は、召喚者の願いに縛られる。そして契約に応えなければならない。

だがコロンゾンを呼び出したメイザースは、既にもういない。

そしてコロンゾンはアレイスターに致命傷を負わせた事で、一応の契約を果たしている。

 

自分を縛る者は、もう何もない。

自らの力を自由に扱えて上条当麻を撃破できた事で、コロンゾンはそれを確信した。

 

「ようやっとだ。ようやっと、ようやっと。くだらぬ二元論に縛られず、私は思うがままに全ての分解に着手できる!!!!」

 

「……アレイスター、動けるか」

 

真守は歓喜で声を震わせるコロンゾンを見つめながら、アレイスターに声をかける。

すると、垣根によって地面に寝かされていたアレイスターが笑った。

 

「……ふ。最善を尽くそう……」

 

アレイスターはむくりと起き上がると、見るも無残な姿となった上条当麻を見た。

 

ほぼ肉塊となった上条当麻は、悲鳴を上げながら駆け出した御坂美琴がずるずると引きずりながらも抱き寄せていた。

 

食蜂操祈は地面に膝をついた状態で撃破された上条当麻を見て呆然としている。

 

そして寸前のところでコロンゾンの攻撃から上条当麻に庇われたオティヌスは、自分を庇った上条に怒りを向けていた。

 

アレイスターは視線を動かす。

すると、御坂美琴が装備していたA.A.Aが一人でに動いた。

 

「な……っ」

 

御坂美琴は、自らの手足が勝手に動いたことに驚く。

アレイスターはA.A.Aの武装の内、分厚いチェーンソーを巧みに操った。

そして上条のそばにいた少女たちを、アレイスターはチェーンソーの側面で振り払った。

 

一人になった上条当麻。その上条の右手を、アレイスターはチェーンソーの刃で断ち切った。

幻想殺し(イマジンブレイカー)が宿る右手を、アレイスターはしっかりと上条当麻から断ち切った。

 

肉塊となっていた上条から、さらに切断される右腕。

そして上条の右腕を切断したA.A.Aの接合部が、赤く鈍色に輝く。

A.A.Aには御坂美琴が知らない、アレイスターの力を増幅・伝播させる能力がある。

 

「今この瞬間のみ高等魔術に興味なし」

 

アレイスターは淡々と呪文を口にする。

 

「学を抜き、低俗にして至近の関門を打ち破れ。俗世の我が肉は両手両足と脇腹に聖痕(スティグマ)を持つ資格者なり。人の身でありながら、この血と肉でもって恐れ多くも聖餐の儀の始点まで経ち換える素体なり」

 

アレイスターはぶつぶつと呟きながら、地面に膝をつく。

そして、アレイスターは胸の前で両手を組んだ。

アレイスターは深く祈りながら、自分の血を上条当麻の胸に落とした。

 

「ロンギヌスは盲目の兵士。神の子の脇腹を津樹、その死を確かめた聖者なり。かの者の血は槍を伝い得てロンギヌスの体へ入り、愚かな兵士の瞳を癒して見える世界を広げるもの。この一滴で奇蹟を為せ、閉じた者へ今一度の可能性を開きたまえ!」

 

近代西洋魔術を築き上げた人間、アレイスター=クロウリー。

彼は自らが築き上げた全てを捨て、自分が憎んでやまなかった聖書に連なる魔術に頼った。

 

だが咎人として昇りつめた今のアレイスターならば、聖書に連なる魔術を使う方が都合がいい。

そして。アレイスターは聖書になぞった力で、上条当麻を瞬く間に蘇生させた。

 

だが次の瞬間。五体満足で蘇生させられた上条当麻の右腕が弾けた。

 

肘から先がはじけ飛び、断面から血が流れ出す。

そんな上条の前でアレイスターは血を噴いて倒れた。

 

魔術を使えば運命が人々を苛む。

自分が使用した魔術で生まれた運命で人々が傷つかないようにアレイスターが運命をわが身に抑え込んだ結果、傷口が広がってしまったのだ。

 

(アレイスターの傷は大丈夫。私や垣根がなんとかできる。ただ上条は一刻の猶予もなかった。アレイスターには無理をさせてしまったけど、しょうがない。最善の策だ)

 

真守は淡々と思考しながら、垣根の腕の中で拳をぎゅっと握る。

その瞬間、上条当麻の右腕から流れる血が止まった。

何かで圧迫されているかのように、血が流れなくなったのだ。

 

それはもちろん、真守がやったことだ。

そして真守は遠隔でアレイスターに干渉して傷の手当てをしながら、コロンゾンを見た。

 

一方通行(アクセラレータ)、こっちに来て」

 

真守はコロンゾンを見据えたまま、そっと言葉を紡ぐ。

すると、エディンバラ城上空から白い怪物が真守のそばに降り立った。

 

一方通行(アクセラレータ)。彼はクリファパズル545を連れており、クリファパズル545は自分を造り上げた大悪魔コロンゾンと対峙した。

 

最早、クリファパズル545はコロンゾンの配下ではなかった。一方通行がクリファパズル545を支配して干渉するコロンゾンを、理解しないままに弾いたからだ。

 

たった一人の主。打算の末に、クリファパズル545が契約を交わした一方通行。

そんな一方通行によってコロンゾンの支配から解き放たれたクリファパズル545は、だからこそコロンゾンと対峙することができるのだ。

 

「……少し落ち着くべきか。お前も私も気持ちがはやっていたらしい」

 

真守は小さく息を吐く。

大悪魔コロンゾンはメイザースとの契約から解き放たれて、気分を上昇させていた。

そんなコロンゾンと対峙して、真守は少し焦っていた。

だが上条当麻が撃破された事で、この場は引かなければならないと頭が冷えた。

 

真守は自分のそばにいる二人の科学の申し子に目を向けてから、告げる。

 

「これでも平行線だ。お前には敵わない」

 

一方通行(アクセラレータ)、クリファパズル545。垣根帝督。そして──朝槻真守。

科学の申し子たちと悪魔の手先が集ったとしても、肉の器を持ち契約から解き放たれたコロンゾンと相対して五体満足では済まない。

 

このままでは完膚なきまでに勝てない。戦えば、真守とコロンゾンはどちらも滅びる。

 

これ以上の犠牲は出さない。準備が必要だ。

そのため朝槻真守は、コロンゾンをまっすぐと見つめた。

 

「大悪魔コロンゾン。生命の樹、『深淵』に至ろうとする者を害する悪魔。囁き、人を惑わせて世界を拡散という終末へと導く者」

 

真守は自らと同じ場所に存在する『自然分解』を司る者に声をかける。

 

「コロンゾン。お前は使命を果たすのか?」

 

「きひひ、問うなよ俗物。もちろん私はそのためにある」

 

コロンゾンの使命。それは『自然流行』という自らの在り方に則り、この世界を拡散へ導くこと。

世界を終わらせ、次へと繋げるために全てを亡き者にする。

それがコロンゾンに課せられた使命だ。

 

それを前提として、真守は問いかけた。

 

「どうするつもりだ?」

 

「知れたことよ、俗物」

 

コロンゾンは、真守に背中を向ける。

長く、黄金に輝く髪が、ふわりと舞う。

 

コロンゾンが背中を見せているからといって、隙を見せているのではないと真守は分かっている。

 

何故ならコロンゾンの本性は、髪に宿っている。

女の髪には魔性が宿ると言うが、コロンゾンはそれを体現しているのだ。

 

「朝槻真守。かつてここが誰の住まいかは知りたるか?」

 

「スコットランドのかつての王、ジェームズ四世が住んでいたな」

 

「魔術界隈では不死の王とされる人物だ。それは知らなかったであろう?」

 

コロンゾンはくつくつと嗤う。これから自分がついに成し遂げられる使命への達成感に酔いしれながら、コロンゾンはほくそ笑む。

 

かの王の治めし地(グランス)に焦がれた亡者(トラエ)に敬意を表して、ここはモ・サイアの儀とでも呼んでやろうかね。私は私の目的を果たしたるために邁進する。お前には止められぬことであろう、朝槻真守」

 

「そうだな。……だからいまだけは見逃してやる。私たちにも準備が必要だからな」

 

真守は嘲笑するコロンゾンを見つめて、そっと目を伏せる。

真守の言葉を、コロンゾンは鼻で笑う。

 

「準備? そのようなことをしても、お前には私を止められぬよ。先程も言ったであろう、俗物」

 

コロンゾンは真守のことを睨み、憐れむかのように言葉を紡ぐ。

 

「大切なものを作るから、足枷になるのだ。弱くなるのだ。……私はもう何者にも縛られない。その恍惚は、弱きお前には到底分からぬだろう」

 

「分からなくていい。確かに私たちはこの世に繋ぎ留めるためには肉の器が必要だ。でも目に見えない繋がりも大事なんだ。私はそう感じる」

 

真守は自分のことを抱きしめてくれる垣根と、そばにいてくれる一方通行(アクセラレータ)のことを想って柔らかく微笑む。

 

「私を繋ぎ留めて必要としてくれるひとがいる。形のない繋がりがある。それが本当の幸せだ。……お前もいつか分かる日が来る。自分のことを無条件に大切にしてくれるひとがどれだけ尊いものなのか、きっと分かる日が来るよ。コロンゾン」

 

コロンゾンは真守の優しい言葉に、ぴきっと頬を引きつらせる。

だが怒ってもしょうがない。

 

何故なら認めたくなくとも、朝槻真守は自らと対等の位置にまで到達しているのだ。

 

本当に忌々しい。そう思いながら、コロンゾンはその場を立ち去った。

真守は小さく息を吐くと、ぐったりと垣根によりかかる。

 

「真守!!」

 

「大丈夫、垣根……ちょっと、疲れただけ」

 

真守は小さく笑うと、垣根に抱きしめられたままカブトムシを探す。

 

「それより伯母さまたちに連絡を。コロンゾンを今は相手にしてはいけない。被害が出るだけだ。極めて穏便に、コロンゾンの動向に注視してほしいって。あの大悪魔が世界を滅ぼそうとしたって、すぐには無理だ。何事にも準備は必要だからな。だから──時間はある」

 

「分かった。きちんと伝える」

 

「おねがい」

 

真守は小さく息を吐くと、立ち去ったコロンゾンのことを見つめた。

 

「タイムリミットはある。だからそれまでに全てを終わらせて──世界を救うぞ」

 

 

 

──────…………。

 

 

 

エジプト。名も知れぬオアシス。

その脇に停められたトレーラーに積まれたトレーラーハウスは、様々な実験器具で溢れていた。

 

その中には未元物質(ダークマター)で造り上げられた白い器具もあるが、ほとんどは学園都市製の工具や調理器具・日用品などを分解して造り上げられたものだ。

 

西洋喪服を模したドレスを纏う貴族の淑女、エルダー=マクレーン。

彼女は興味深そうに尻尾をゆらゆら揺らして、何かを覗き込んでいた。

その足元で本物の三毛猫であるスフィンクスがいて、にゃあと鳴く。

 

エルダー=マクレーンの視線の先にあるのは、テーブルに置かれた実験器具だ。

その実験器具とは丸底のフラスコにいくつかの装置が取り付けられていた。

 

一定の温度に保たれたフラスコは、ゆっくりと回転している。

中には半透明の糊のような粘液が揺蕩っていたが、先程から小さな変化があった。

白と桜の中間くらいの輝きを放つ、柔らかい物体がぷかぷか浮いているのだ。

 

「第一段階は成功、といったところかな?」

 

冥土帰し(ヘブンキャンセラー)は特に感慨深そうにせず、別の機材の面倒を見ながら淡々と告げる。

エルダー=マクレーンは尻尾とぴょこぴょこ動かしながら、ガラス容器を見つめていた。

 

「して。これが赤子の形を取るまでどれくらいかかるのだ?」

 

「細胞が増殖を始めたから、残りは二ステップくらいかな。段階に応じて容器を大きなものに変えていくけど、ここで重要なのはカビや雑菌などの不純物を混入させない事だ。基本だけど難しくてね。失敗するともこもこしたピンクや緑のカビ人間ができあがる」

 

「ふむ。それはつまりまだ予断を許さぬということだな」

 

エルダーは尻尾を軽やかに動かして頷く。そして、ぴょこんっと耳を跳ねさせた。

 

「む?」

 

不穏を見せたエルダーの肩に、一匹のカブトムシが乗った。

 

『どうしましたか、エルダー』

 

エルダーは声を掛けてきたカブトムシを気にしながら、目を細める。

 

「七金属の銀、女性、四属性の土、すなわち満たされるは月の光」

 

エルダー=マクレーンはぶつぶつと呟く。

オアシスの今は朝方だ。そのため月の光などどこにもない。

 

それにカエル顔の医者は眉をひそめる。ソファベッドで伏せていたゴールデンレトリバーは音もなく立ち上がり、それに木原唯一が首を傾げた。

 

「アエティール・アバター。一五なるOXO」

 

エルダーはそう呟くと、リリスを抱き上げたまま告げる。

 

「帝兵、動かせ。回避!!」

 

エルダーが指示をする間もなく、地下から何らかの異能を感じたカブトムシは既に動いていた。

トレーラーハウスはトレーラーに積まれており、いつでも動けるようになっている。

 

そのトレーラーにカブトムシは干渉。そして即座にトレーラーを発進させた。

トレーラーが発進した瞬間、砂漠のオアシスに変化があった。

 

砂の地面から巨大な黄金の塔が生えたのだ。

 

その黄金の塔とは、大量の金の髪で作られた塔だった。

 

「エノクで語られる霊的領域を文字の形で総数三〇に区切る事で、扱いやすい超常へと造り替えたひな型、テンプレート。すなわちそれがアエティールだ」

 

エルダーはリリスを優しく抱き寄せたまま、オアシスを蹂躙する黄金の塔を睨む。

 

「長い年月をかけて月の光を蓄え、その髪を持って文字の綴りをなぞる事で『化身』を取り扱うに至った。どうやらそういう事らしいな、大悪魔コロンゾン!! 第一〇のアエティール、ZAXに潜む邪悪なる天使、堕ちた悪魔!」

 

『きき』

 

エルダー=マクレーンの言葉に応じる声が響いた。

それはトレーラーハウスの窓の振動によって生み出されていた声だった。

 

『きき。ききいひひ』

 

笑い声が響く度に逃げるトレーラーハウスを追って、次々と地面から金の髪の束が槍のように突き出る。

 

垣根帝督が造り上げ、エルダーたちを守るために置いて行ったカブトムシ。

ヘーゼルグリーンの瞳が赤く染まった彼らは、爆走するトレーラーハウスを守るように展開する。

 

『解き放たれたぞ。ああ、ああ、私はこうして自由を得た!! サミュエルの呪縛は既に存在せん!!』

 

カブトムシは即座に展開すると、金の髪からトレーラーハウスを守る。

その中で、エルダーは焦ったように言葉を紡いだ。

 

「地脈は龍脈は惑星にとって神経や血管のようなものだ。コロンゾンはいま、地脈や龍脈を這ってこちらを攻撃しているようだな。──つまるところ、今のヤツならば自らを這いずり回らせた全世界に手が届く!!」

 

大悪魔コロンゾンはこの地球の各地を同時に攻撃できるのだ。

エルダーはその推測に焦りながら、ハッと息を呑んだ。

 

「マズい、ヤツはガラスを振動させられる。リリスの肉の器の生成機器が危ういっ!!」

 

エルダーはどこからともなく鉄扇を取り出すと、それをカーペットに向けて突き刺した。

 

「簡易的な陣を作る。問題ない。エイワスのサービスとやらで、ワタシは空間を仕切るのが大得意だ!!」

 

エルダーはカーペットの毛並みに足を使って陣を描く。

 

『地雷原と対戦車地雷を避けて進みます。各自、掴まってください!!』

 

カブトムシの声が響く中、エルダーたちはコロンゾンの攻撃から逃れるためにトレーラーハウスを載っけたトラックで爆走する。

 

「帝兵、アレイスターの方はどうなっておる?!」

 

エルダーは魔術を操りながら、肩に乗っているカブトムシに声を掛ける。

 

『メイザースの遺体を使ってコロンゾンを操ろうと考えていましたが、失敗に終わりました。コロンゾンは自身の肉体を自身で用意していたのです』

 

「なに? ではローラの肉体を霊媒としているのは……」

 

『はい。コロンゾンの偽りでした。大英博物館でも、私はインデックスと烏丸府蘭と共に調べており、裏を取ることができました。……その裏が取れる前に、コロンゾンに襲撃されてしまったのですが』

 

「そうか。詳しい話はオマエの記録に直接聞くとする。とりあえず今はコロンゾンを振り切る!」

 

エルダーはカブトムシにもっとスピードを出すように指示する。

トレーラーハウスは地雷を避けて、砂漠を爆走する。

 

エルダーはアレイスターたちの無事を確認しなかった。

分かっているからだ。

 

アレイスターたちが無事であり、痛手を負いながらも立ち上がろうとしていることを。

エルダー=マクレーンはきちんと分かっていた。

 



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第一五三話:〈一時落着〉で会話をする

第一五三話、投稿します。
次は一月一五日月曜日です。


大悪魔コロンゾンの襲撃。そして、全世界規模への攻撃。

その対処をするべくエディンバラ城の中庭には、複数の緑のテントが臨時で敷設されていた。

 

垣根帝督は臨時で敷設された一つの緑のテントで、簡素な軍用ベッドに座っていた。

 

垣根の目の前には、学園都市製に類似している未元物質(ダークマター)製のベッドが置かれていた。

必要となれば上体を起こして、ゆったり座る事ができるものだ。

 

「垣根、大丈夫だよ」

 

真守は垣根帝督が造り上げたベッドに背中を預ける形で座った状態で、垣根を見つめる。

そして、真守は垣根に手を伸ばした。

 

ぴとっと、真守は垣根の頬に手を沿える。

小さくて、温かくて。大切なちんまりとした手。

それを感じて、垣根は真守に目を向けた。

 

「やっとみてくれた。黙ったままだと分からないだろ?」

 

真守は柔らかく微笑むと、垣根の頬から手を放す。

 

「ん」

 

小さく唸ると、真守は垣根に向かって両手を広げた。

 

「ぎゅーってしてほしい。してくれないの?」

 

垣根は真守におねだりされて小さく息を吐くと、ベッドから立ち上がる。

そして真守に近付くと、垣根は自分が造り上げた真守専用のベッドの横に腰かけられるスペースを作った。そこに座って、垣根は真守のことを横から優しく抱きしめた。

 

「ふふーっ」

 

真守は垣根に抱きしめてもらえて、嬉しそうに言葉を漏らす。

 

「心配かけてごめんね、垣根」

 

真守は垣根のがっしりとした頼もしい体躯にすり寄りながら、微笑む。

 

「私は大丈夫だ。垣根の力を借りて押しのけたから。もうなんともない」

 

メイザースの遺体が保管されていた、エディンバラ城。

その場で、真守たちはコロンゾンと対峙した。

 

大悪魔コロンゾンは、自分をこの世界に召喚したメイザースとの契約に縛られていた。

メイザースとの契約。それがコロンゾンも自らの致命傷になると分かっていた。

 

だからこそ、コロンゾンは肉の器を用意した。

 

肉の器があればメイザースとの契約に基づいて行動を制限されたとしても、危機を脱する瞬間を作る事ができる。そしてその隙を有効活用して、コロンゾンはアレイスターに致命傷を与えた。

 

もちろんメイザースとの契約はアレイスターの邪魔をしろ、できれば殺せというものだ。

 

致命傷を与えても、完璧な契約の履行にはならない。そこから、アレイスターが奇蹟の復活を遂げる必要があるからだ。

 

だが、大悪魔が契約のもとにアレイスターへ致命傷を与えたという事実は残る。

しかも、コロンゾンにはメイザースとの契約に抗える肉の器がある。

肉の器があるからこそ、コロンゾンは自分を縛るメイザースの遺体を焼き尽くす事ができたのだ。

 

「まさかコロンゾンが自分の体を用意できる存在とはな。……私も考えつかなかった」

 

この世界に降ろされる超常存在が動くためには明確な霊媒(アバター)が必要だ。

 

アレイスターが聖守護天使エイワスを召喚する時は、学園都市中の能力者の力を膨大なエネルギーへと変えて、それによってエイワスの体を形作っていた。

『流行』へと至った真守は、元は人間だ。そのため自前の肉の器がある。

 

超常存在が動くためには絶対に用意しなければならない、器。

それを自前で用意できるのは、本当にコロンゾンくらいだろう。

 

「私は解き放たれたコロンゾンに一撃を喰らった。でも垣根がいてくれたから。大変なコトはあったけど、無事だった。それを喜ぶべきだ」

 

垣根は真守のことを優しく強く抱きしめる。

そして真守の小さな頭に、頬を擦り寄せた。

 

「……俺は、大切なモンがあれば世界なんてどうでもいい」

 

垣根帝督はコロンゾンから、自分を止めるためには朝槻真守が人として終わる必要があると聞かされて本気で動揺した。

 

真守ならば、自分を裏切る事などありえない。

自分を置いて、どこかに行くなんて今の真守にはありえない。

それでも真守がいなくなる可能性があるなんて聞かされれば、動揺するのは当然だ。

 

何故ならこの少女は、無茶をする。

その延長線上で、自分を犠牲にする事だってやりかねないのだ。

 

世界なんて、滅んでも構わない。

結局、垣根帝督は自分が大切にしたいものだけが生きていれば、それで構わないのだ。

 

何故ならこの世界は信じられないものが多すぎる。

 

そして自分が信じられる数少ないものの代わりなんて、この世界にはないのだ。

 

自分が信じられるものの中で、垣根帝督は朝槻真守が一番大事だ。

 

真守を通せば、垣根帝督は世界に優しくできると思っている。

真守がいなければ世界なんて憎悪の対象だった。

そして、利用するしか価値のないものだと思っていた。

 

「本当に大切にしたいモノが手の中にあるなら、俺はそれでいい。お前は俺のモンだ」

 

「うん、そうだぞ。そして垣根は私のモノだ」

 

真守は垣根の腕の中で、小さく微笑む。

そして垣根の背中を撫でて、優しく語り掛ける。

 

「私とこれから時間を共にすれば、垣根にとって大事なものはたくさん増えるよ」

 

真守は垣根にすり寄って、幸福でとろけた甘い声を出す。

 

「全部を終わらせて、新しく始めれば。きっと、たくさんのものを得られるよ」

 

朝槻真守が言うのであれば、そうなのだろう。

真守に会って、垣根帝督はそう思えるようになった。

垣根は真守のことを、絶対に離さないように強く抱きしめる。

 

「絶対にどこにも行くなよ」

 

「うん。どこにも行かない」

 

真守は垣根にすり寄って、ふにゃっと幸せそうに笑う。

 

「垣根の隣が、私の居場所だ。それはずぅっと変わらない。垣根とずぅっと一緒だ。……だから悪魔との対消滅なんて何があってもごめんだ。それに私は絶対に何も犠牲にしないで世界を救える。その力が私にはある」

 

真守はそう呟いて、自らの胸の上に手を置く。

 

「垣根が愛してくれた体が大事だ。垣根に何度も抱きしめてくれたからだが大事。だから、私はこの身体を捨てる気は一切なかった。死ぬ気はなかったんだ」

 

垣根は真守の言葉に、そっと目を伏せる。

小さくて、儚くて華奢な体。

それでも垣根帝督は、朝槻真守の体に強大な力が込められていると知っている。

 

垣根は自分にすり寄ってくる真守の体温を感じて、呟く。

そして、じとっと睨んだ。

 

「……お前、学園都市に帰ったら覚悟しとけよ」

 

「え」

 

真守は小さく声を漏らす。そんな真守を、垣根は据わった目で睨んだ。

 

真守はどこにもいかない。

それを真守の口から聞かされて安心したら、垣根帝督は怒りがふつふつと沸いてきた。

もちろん、朝槻真守が多大なる無茶をしたからだ。

垣根の怒りを察した真守は、突然ブチ切れモード全開になった垣根に思わず反論する。

 

「やりたい放題しやがって……大体、無茶しないって約束はどこいった?! 誰が無茶してもいいなんてそんな許可出したんだ、ああ?!」

 

「だ、だって……ッ大切なひとたちに手を出されたら頭に血が上るだろ?!」

 

「お前人間として大悪魔と同じ格に至ってんだろ?! 怒りで我を忘れる完璧な人間がいるわけねえだろ!」

 

「む、むむー。そんな完璧な存在がいたって良いだろっ! だって垣根やみんなのこと、絶対に守りたかったんだもん!」

 

「うるせえ、だもんとかかわいく言ってんじゃねえ!」

 

「横暴だーっ!」

 

真守はむぎゅーっと垣根に抱きしめられて押さえ込まれて、声を上げる。

 

「学園都市に帰ったら軟禁してやる……ッ絶対に何もさせねえ……ッ!!」

 

「やだっこれから楽しいことたくさんあるのに!」

 

真守は垣根の腕の中でじたばた暴れて、声を上げる。

垣根は完璧に真守のことを封じると、頬を寄せた。

 

「絶対に離さねえからな。大事なものを差し出すなんて、そんな常識は持ち合わせてねえ」

 

真守は垣根の呟きを聞いて、ふふっと笑う。

 

「そうだな。垣根には魔術もこの世界の理も通じない。未元物質(ダークマター)には無限の創造性があるから。そんな垣根と私やみんなが力を合わせれば、できないコトはないぞ」

 

真守は垣根の腕の中で、小さくもぞもぞと動く。

そして垣根の頬に可愛らしくキスをした。

 

「垣根が大事にしてくれる体だ。だから絶対に失くしたりはしない。……それは手酷い裏切りだと私は思ってる。私は絶対に垣根を裏切ったりしない」

 

垣根は真守のことをぎゅうっと優しく抱きしめる。

今ある真守の大切な体を抱きしめて、垣根は頷く。

 

「……俺が丁寧に最初から全部教え込んだ体だ。時間かけて俺好みに仕立て上げたんだ。絶対に失わせねえ」

 

「ふふ、垣根のえっちー」

 

真守はくすくすと笑って、垣根にぎゅっと密着する。

 

「大丈夫。世界は終わらせない。今のまま、誰の犠牲もなくコロンゾンに勝つ。……あのな、垣根。もうなんとなく、解決策は見えているんだ」

 

「……そうなのか?」

 

垣根は真守を抱きしめるのをやめて、真守の顔を見る。

黒曜石のような真っ黒な瞳。真守はそれを見上げて、柔らかく笑った。

 

「まだ、はっきりと道筋が立ったわけじゃない。……でもできると思う。それには垣根の力が必要だ。だから、垣根。おねがい、手伝って」

 

「当たり前だろ」

 

垣根は即答して、じろっと真守を睨む。

そして真守の頬に手を添えて、優しく目を細めた。

 

自分が何よりも大事にしたい少女。

どんな存在になったって、その本質が絶対に変わらない少女。

永遠に一緒にいたって飽きない。いつまでも愛おしい少女。

 

「俺はお前が世界よりも大事だ。だからお前のためならなんだってしてやる」

 

「それだと私が何もできない人間になってしまうだろ?」

 

真守は微笑むと、垣根の額にこつんっと自分の額を合わせる。

 

「でもそれでもいいかな。だって垣根と何もかもを共有したいから。垣根がだいすきだから」

 

真守は柔らかく微笑んで、自分から垣根にキスをした。

 

「垣根、ずぅっと一緒だ。何をするにしても。それは絶対だ」

 

「…………ああ」

 

垣根は頷くと、真守に深いキスをした。

真守は恥ずかしがっていたけれど、垣根の気が済むまでキスに応えていた。

 

「愛してる、真守」

 

「……、ふ。わたしも、だいすき」

 

真守は顔を赤らめながら微笑む。

垣根はその言葉を聞いて、真守のことを優しく抱きしめた。

真守は垣根の腕の中にすっぽりと収まったまま、視線を動かす。

 

「帝兵さん」

 

真守が虚空に呼び掛けると、どこからともなくぶーんっとカブトムシが飛んできた。

 

「上条とアレイスターはどんな感じだ? それと、一方通行(アクセラレータ)はいまどこにいる?」

 

『上条当麻は、眠っています。統括理事長は現在処置中。一方通行はクリファパズル545を連れて、単独でコロンゾン捜索に動いています』

 

大悪魔コロンゾンは既に実体という結果を手に入れていた。

 

朝槻真守と手乗り化したオティヌスに幻想殺し(イマジンブレイカー)が効かないように、現在進行形の異能現象ではない存在に幻想殺しは効かない。

 

しかも大悪魔コロンゾンの力は強大だった。そのためコロンゾンの攻撃を幻想殺しで打ち消すことができず、上条当麻は肉塊となってしまった。

 

だが上条当麻は真守に頼まれたアレイスター=クロウリーが操るA.A.Aによって、幻想殺し(イマジンブレイカー)が宿った右腕を切断された。

 

魔術を阻害する幻想殺しがなければ、上条当麻にも蘇生魔術が効く。

アレイスターの手によって、上条当麻は五体満足で蘇生された。

 

だが次の瞬間、右手が吹き飛んだ。

 

だらだらと流れ出る血液。その血液を止めるために真守が破裂した右腕の断面図を圧迫して、今は断面図を焼く事で血を止めてある。

 

今にも死にそうな体で魔術を使ったため、アレイスターは瀕死の状態だ。

 

『統括理事長の処置は順調に私たちで進めています。一方通行(アクセラレータ)には私と帝察が付いているため、真守の心配する無茶はフォローできるかと』

 

「ありがとう、帝兵さん。あと一つお願いがあるんだ」

 

『なんでしょう』

 

「上条が覚醒したら、能力で上条が右腕から先があるように感じるようにしてくれ。食蜂操祈の能力である心理掌握(メンタルアウト)のように、脳内の水分を未元物質(ダークマター)で操作するのでも何でもいい」

 

『分かりました。ですが理由は垣根帝督(オリジナル)に話してくれると嬉しいです』

 

真守はこくりと頷くと、垣根を見上げた。

 

幻想殺し(イマジンブレイカー)は蓋だ。上条の奥にある力。その力を幻想殺しは常時抑え込んでいる」

 

上条当麻の奥にある力。

それを抑え込んでいるからこそ、幻想殺しには打ち消せる異能の量に限りがある。

 

「アレイスターは上条の奥にあるものを育てていた。上条の中にあるものが使えると知って、アレイスターは『計画(プラン)』に利用しようとしたんだ」

 

アレイスターにとって、朝槻真守が学園都市に流れ着いたことは想定外だった。

だがアレイスターはそれを好機だと考えた。

そして一方通行(アクセラレータ)を差し置いて、真守のことを『計画』の要に据えた。

 

アレイスターは自分の目的のために、あらゆるアクシデントを利用していた。

上条当麻の中にある力も、アレイスターは使えると思ったから使っていたのだ。

 

「『計画(プラン)』は上条の力を育てていた。『計画』によって、『計画』があるからこそ上条の力は制御されていた。……だけど、『計画』はとん挫する事になった」

 

「つまり上条当麻の力はもう制御できてねえってことか?」

 

「うん。しかも『計画(プラン)』がとん挫して、上条の力は私も制御できない方向に進んでしまったんだ。私が制御しようと手を出すと、それだけで力がねじ曲がって成長してしまう。だから、うかつに手を出せない」

 

「……お前が制御しようと干渉すると、ヤツの奥に潜む力を刺激することになる。それだけでも良くない方向に成長しちまうってことか」

 

真守が干渉しようとすると、上条の力は制御不能になる。

そのため、うかつに手を出せる状況ではないのだ。

垣根帝督は顔をしかめながら、上条当麻のことを考えて辟易する。

 

「なんで上条当麻は危ない力を裡に飼ってても気にしねえんだよ。普通自分の力がどこまで及ぶか、理解しようとするだろ」

 

「自分の奥にある力を自覚すること。それもある意味マズいことなんだ」

 

「? どういうことだよ」

 

垣根は真守の言葉の意味がいまいち理解できずに、怪訝な表情をする。

 

「物事というものは認識することによって、そこに確かに存在することになる。認識されること。それが明確なかたちを与えるんだ」

 

実在性を認められれば、観測すれば。物事はその形を決められる。

それは科学の世界でも、往々にしてありえることだ。

 

「上条の力は、上条が自覚すると途端にマズいモノに変容する可能性がある。だから上条は本能的に、無関心になって深く入り込まないようにしてるのかもしれない。……まあ本当のところは分からない。でも自認するとマズいことは多々あるということだ」

 

垣根は真守の軽くて分かりやすい説明に、納得する。

 

「……世の中には知ったらマズいこともあるからな」

 

「とりあえずのところ、右腕があると誤認させていれば力が外に出てくることはない。……けど、早いところ幻想殺し(イマジンブレイカー)をくっつけてやらないとな。……そのためには」

 

「食蜂操祈だな。アイツ、どさくさに紛れて幻想殺しを隠し持ってやがる」

 

垣根帝督はふんっと、件の少女を鼻で笑う。

上条当麻はこれまで、何度も右腕を失ってきた。

 

だが幻想殺しは、いつだって上条当麻のもとに帰ってきていた。

 

それでも今回、蘇生された上条当麻の右腕はなくなったままだ。

その原因は、食蜂操祈が切断された上条当麻の右腕を隠し持っているからだ。

 

「あの子にもあの子なりの考えがあるんだろう。だから話をしなくちゃな」

 

朝槻真守はカブトムシの背中を撫でて、目を細めた。

 



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第一五四話:〈親族激怒〉で分からされる

第一五四話、投稿します。
次は一月一八日木曜日です。


真守が垣根とほんのりと甘いひと時を過ごしていると、テントを訪れる人物がいた。

それは真守の伯母である、アシュリン=マクレーンだ。

 

「真守ちゃん、少しいいかしら」

 

「伯母さま。どうぞっ」

 

真守は伯母であるアシュリン=マクレーンの来訪に、表情を輝かせる。

アシュリンは緑のテントを開く。そのアシュリンの表情は真守に見せたことない表情だった。

ちょっと、怒っている表情である。

 

「お。伯母さま……?」

 

真守は伯母のいつもと違う様子に、どぎまぎする。

そんな真守のことをまっすぐと見つめたまま、アシュリンはテントの中に入ってくる。

 

「真守ちゃん、帝兵さんに聞いたわよ。無茶したのね」

 

真守はアシュリンの少し責めるような声を聴いて、きょとっと目を見開く。

そして辺りを見回して、あの真っ白なカブトムシの姿を探した。

 

「どこだ帝兵さんっ伯母さまに告げ口したな……ッ!」

 

「あの子を責めるのはお門違いよ、真守ちゃん」

 

アシュリンは少し厳しく真守をけん制しながら、真守に近付く。

垣根はアシュリンのために場所を譲った。

アシュリンが真守のことを想って、怒っているからだ。邪魔してはいけない。

 

「あ。あう……、お、伯母さま……?」

 

真守は自分の真正面で仁王立ちするアシュリンを見上げる。

コロンゾンと戦って、朝槻真守は負傷した。

 

その負傷はコロンゾンと対峙している最中に、垣根帝督の力を使って修復した。

だが垣根が負傷した真守の様子を見るために、大事を取ってエディンバラ城の中庭に敷設されたテントを一つ借り受けたのだ。

 

もうなんともないが、それでも負傷したのは事実。

そのことについて、怒っているアシュリン。

 

(か、過保護な垣根に何でもやりすぎて怒られるのはいつものことだけど……伯母さまが怒ってるのは初めてだ。……ちょっとこわい……っ)

 

真守は初めてアシュリンに怒られてしまい、びくびくと震える。

アシュリンは、そんな真守の手を優しく握った。

 

びくっと、真守は小さく肩を揺らす。

 

優しい、アシュリンの手の平。

真守はアシュリンに直接触れて、彼女が本当に怒っていると肌で感じた。

 

何がアシュリンの怒りを助長させるか分からない。

そのため真守はアシュリンに触れられている手が震えないように、思わず感覚を操作する。

一挙一動に気を付ける真守。アシュリンはそんな真守に触れている手に優しく力を込めた。

 

「真守ちゃん。大悪魔と同じ格に到達したからと言って、無茶が許されるわけじゃないのよ」

 

「は、はい……ごめんなさい……」

 

真守はアシュリンに厳しい顔をされて、しょんぼりと俯く。

しおしおと項垂れる真守。そんな真守を見て、垣根帝督は自業自得だと思う。

 

真守は出会った当初から、無茶ばかりしてきた。

垣根はその度に怒っていたが、何度怒っても真守はけろっとしていた。

確かに怒られるたびに、真守は面倒くさそうにしながらもちゃんと反省はしている。

 

だがいつまで経っても無茶をやめない。そのツケが回ってきたのだ。

 

真守はアシュリンに大きく出られない。

そんなアシュリンに責められているのは、いい気味である。

 

垣根帝督は黙ってしょんぼりする真守を見守る。

真守はびくびくと震えて、そうっとアシュリンを見上げる。

 

「はう……、お、怒らないで伯母さま……っ気を付けるから……っ」

 

朝槻真守はこれまで散々無茶をし続けてきた。

いつも真守は垣根の心配を過保護すぎると面倒そうにする。

 

それなのに心配して怒っている人が真守にとって強く出られない人だから素直に謝るなんて。大切な女の子にしても、その態度はちょっと都合の良いものである。

 

垣根は真守の態度にちょっと苛立って舌打ちすると、アシュリンを見た。

 

「俺はこれまで何度も真守に無茶するなって言ってきた。でも真守は大丈夫だ、問題ないって面倒そうに言い続けて、まともにいう事を聞いたことねえ」

 

「か、かきねっ静かにしててっ」

 

真守は慌てて垣根を見る。

 

(た、確かにこれまでも垣根に何度も怒られたケド……ッこうして私はちゃんと無事だし、全然大丈夫……って、それを言ったら伯母さま絶対に怒るっ。だって、垣根もよく怒ってるんだから)

 

アシュリンは心の中で言い訳をしながらも、空気を読んで言葉にしない真守の事をじとっと睨む。

 

「……これ以上無茶をして、自分のことをないがしろにするなら……」

 

真守はびくっと震えて、おずおずとアシュリンを見上げる。

 

「…………む、無茶をするなら…………?」

 

 

「嫌いになるわ。それにもう会わない」

 

 

衝撃の一言に、真守は一旦硬直する。

 

そして、サーッと顔を青ざめさせた。

 

無茶をするなら、自分のことを大切にしないなら嫌いになる。人の心配を何度もさせて顧みない悪い子にはもう会わない。

 

そう言われた真守はゆっくりと顔を歪めると、ぼろっと大きな涙を零した。

自分が大切な人を本気で怒らせるような無茶をしたと、今度こそ自覚したのだ。

 

アシュリンは本気だ。本気で自分のことを大事にしない真守のことを怒っている。

そんな真守に効果てきめんな決意を、アシュリンはしたのだ。

 

無茶をするなら本当に会わない。その決意が、アシュリンの表情にあらわれていた。

確実に追い詰められた真守は、ひっぐとしゃくりあげる。

 

「……や、やだ……っごめんなさい……っ」

 

真守は小さくなって、思わず垣根の服の裾を掴んだ。だが垣根帝督はつんっとしたままだ。

 

確実に無茶をする真守が悪い。周りの人を心配させるのが悪い。それが事実だからだ。

 

味方がいないことに、真守は言葉を失う。というか、真守のことを大切にしているからこそ、ここは悲しい思いをさせても真守にきちんと反省してもらわなければならないのだ。

 

何度も無茶をするから、取り返しのつかないところまでみんなを怒らせてしまった。

その事実に、真守は小さく震える。

自分が悪いのは分かってる。本気で自分を心配して怒ってる人が怖いからって、助け舟を求めて垣根に縋るなんて都合がよすぎる。

 

相手にされないのは当然だ。でも、すごく悲しい。

 

真守は震える手で、アシュリンと垣根の服を握り締める両手を頼りに、二人に謝った。

 

「心配させて、ごめんなさい……っ」

 

真守はぽろっと涙を零しながら、可哀想なくらいに追い詰められたまま謝る。

 

「気を付けるから、無茶しないから。嫌いにならないで……っ一生会わないなんて言わないで……おねがい……っごめんなさい……」

 

ちなみにアシュリンは一生会わないとは言ってない。

だが真守の中では『もう会わない=一生会ってくれない』に変換されていた。

 

可哀想なくらいにしょんぼりしている真守。

とりかえしのつかないことをしてしまったと、後悔する真守。

そんな真守を見て、アシュリンは一つ息を吐く。それすらも、真守はびくっと震えた。

 

「真守ちゃん」

 

アシュリンは小さくなってぷるぷる震える真守のことを、優しく抱きしめる。

 

「わたくしはあなたのことが大切なの。帝督くんも、深城ちゃんも。みんながあなたのことを大切にしているのよ」

 

「ごめんなさい……」

 

真守はアシュリンの優しくて甘い匂いを感じながら、ひっくとしゃくりあげる。

 

「真守ちゃんはすごいわ。できないことなんてない。そんなことありえない。……それでも、お願いだから心配させないでちょうだい。元気でいて。それだけで良いから」

 

アシュリンは祈りを込めて、真守のことを抱きしめる。

真守はすんっと鼻を鳴らすと、アシュリンにすり寄った。

 

「分かった、ごめんなさい。伯母さま……っ」

 

「ん。よく分かって良い子ね」

 

アシュリンは真守の頭を優しく撫でる。

真守はうるっと目を潤ませると、黙って見守っていた垣根を見た。

 

「垣根、心配かけてごめん……っ」

 

「……お前のこと、大事だから怒ってんだぜ? 俺が監禁したくなる気持ち分かったか?」

 

「わ、分かりたくないけど分かった……も、もう無茶しない……っぜったい……っ」

 

真守はえっぐえっぐとしゃくりあげて、アシュリンと垣根に手を伸ばす。

二人は真守の手を優しく握って、真守のことを穏やかな瞳で見つめた。

垣根は真守と手を繋ぐ反対の手で、優しく真守の涙を拭う。

真守がすんすんっと鼻を鳴らす姿を、アシュリンはじっと見た。

 

「……確かに、帝督くんの考えには一理あるわ」

 

「え」

 

真守はアシュリンのぼそっと呟いた言葉に、きょとっと目を見開く。

アシュリンはじとーっと真守を見つめると、真剣な表情をする。

 

「部屋から出たら嫌いになるって言えば、部屋から出て危ないことしないわよね……?」

 

「ええーっやだ、それはやだっ! ごめんなさい、伯母さまっもうしませんっ」

 

おろおろして、ひーんっと声を上げる真守。

そんな真守を見て、アシュリンと垣根は同時にくすっと笑った。

真守はむすっと顔をしかめて、二人の手を握る。

 

「意地悪しないで……っ」

 

「ごめんね、真守ちゃん。言ってみただけだから」

 

「俺は本気だけどな」

 

アシュリンは真守の頭を優しく撫でて、垣根は七割くらい本気だったと告げる。

真守は意地悪されて、むーっと顔をしかめる。

そんな真守の胸に、アシュリンはそっと手を伸ばした。

 

「ふえ……?」

 

真守は優しく制服の上からアシュリンに触られて、声を上げる。

アシュリンは真守のことをまっすぐと見つめて、目を細める。

その表情は、真守によく似ていた。当然だ。真守とアシュリンは、親娘に相当する遺伝子を持っているのだから。

 

「……本当に大丈夫なの? 真守ちゃん」

 

アシュリンはすすすっと真守に近付く。そして、するっとセーラー服の下から手を入れた。

 

「は、はう……?!」

 

アシュリンは真守に限りなく密着する。

そしてセーラー服の中に手を入れて、真守の体の調子を診る。

 

「何ともないように思えるけど。ここにコロンゾンの攻撃を受けたのね。辛かったでしょう」

 

アシュリンは真守のことを抱きしめる。

 

「だ、大丈夫だ。伯母さま……も、問題ないから……っ」

 

真守はぽぽっと頬を赤らめて、しどろもどろになる。

 

「うう。恥ずかしいよ、伯母さま……っ」

 

「別に恥ずかしがらなくてもいいじゃない。わたくしはあなたを産んだ子と、全く同じ遺伝子構成をしているのよ」

 

アシュリンと真守の母であるアメリアは、一卵性双生児だ。

そのため真守とアシュリンは伯母と姪という立場でありながら、母親と娘と言っても差し支えない遺伝子関係なのだ。

 

「……帝督くんにはたくさん触らせているのに。わたくしは嫌なの?」

 

「嫌とかじゃないっ。ただ、あの……恥ずかしくて……っそわそわしちゃって……っ」

 

真守は顔を赤くしたまま、ぽそぽそと呟く。

 

「伯母さまにぎゅってされるのは嬉しい……っでも、なんか緊張しちゃうの……っ」

 

なんだか気恥ずかしくて、真守はアシュリンの服の裾をきゅうっと掴む。

かわいい。ぷるぷる震えている黒猫気質美少女が愛らしい。

 

「……やっぱりお城に閉じ込めて、大切に大切に愛でるべきかしら」

 

「その話蒸し返さないでっ」

 

真守は再び監禁されそうになっていて、声を上げる。

垣根帝督はというと、たじたじになっている真守と楽しそうなアシュリンをじっと見ていた。

 

真守とアシュリンは、髪の色が明確に違う。だがそれ以外は本当にそっくりだ。

親子に相当するため当たり前だが、二人が仲良くする(?)ところは本当に優しい気持ちになれる。

 

「か、かきねっ見守ってないで助けてっ。伯母さまに私は大丈夫だって言ってっ」

 

真守はひーんっと声を上げる。

アシュリンはどさくさに紛れて真守の細っこい腰に手を這わせてなでなで撫でていた。

 

「腰が細くてちんまいのはマクレーン家っぽいわね……骨盤は開きやすそうだし、やっぱり能力で胸と身長だけを無理して大きくしたみたいね……」

 

「わわっおねがい、伯母さまヤメテ……っ」

 

真守は緊張で体を強張らせて、ぷるぷると震える。

垣根帝督がここまでやったら源流エネルギーが迸りそうなものだが、真守もアシュリンには強く出られないのだ。

 

(たまには翻弄されてろ、ばーか)

 

真守はいつも余裕たっぷりであるため、ちょっとはたじたじになった方がいい。

垣根は慌てる真守の事を見つめて、そんなことを思ってた。

アシュリンは真守のことを、優しく抱きしめて頭を撫でる。

 

「わたくしたちにとって、真守ちゃんは本当に大事な女の子なの」

 

真守はアシュリンに抱きしめられたまま、小さく頷く。

 

「だから幸せでいてほしいの。あなたが幸せだとわたくしも幸せになれるから」

 

アシュリンは真守にすり寄ると、柔らかく微笑んだ。

 

「ありがとう、伯母さま……」

 

真守はアシュリンにぎゅっと抱き着く。

 

(大切なひとがいるというのは、確かに足枷かもしれない)

 

真守は垣根とアシュリンに同時に手を伸ばして、抱きしめてもらう。

 

(でもな、コロンゾン。やっぱり自分を想ってくれる大切な人がいるのは、本当に幸せなことだと思うぞ)

 

真守は二人の優しさに頬を寄せながら、すんっと鼻を鳴らした。

 

水の天使が生まれた時から水に関係しているように。コロンゾンは生まれた時からこの世界に不和と混乱をもたらすように生み出されている。

 

コロンゾンの在り方は、ひとには受け入れられないものだ。

そしてコロンゾンも大切な者など不要だと考えている。

 

自分に手を伸ばしてくる人間を、掃きだめのゴミを見つめるかのような視線を向けてきた。

朝槻真守は、自らの在り方をどこまでも進化させることができる。

 

その可能性は無限大だ。そのため世界に対して、敵になる可能性だってあった。

その可能性を限りなくありえなくさせたのは、源白深城だった。

 

深城が人間として大事なことを教えてくれたから、真守は人間に寄り添える存在になれたのだ。

 

本当に大切にしなければならないこと。

それについて、真守はアシュリンの腕の中で穏やかに考えていた。

 



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第一五五話:〈幸福只中〉で情報整理

第一五五話、投稿します。
次は一月二二日月曜日です。


アシュリン=マクレーン。真守の母であるアメリア=マクレーンの双子の姉で、遺伝的に考えれば真守にとって母親でも差し支えないひと。

 

真守はアシュリンの腕の中で、本当の幸せについて考えていた。

人間のまま『流行』へと至った、超常存在へと至った自分の幸せについて。

すると。真守のお腹からきゅるるーっと、可愛らしい空腹を示す音が鳴った。

 

「えへへ。体力使ったからお腹空いちゃった」

 

真守は空腹を正しく感じて、垣根とアシュリンに報告する。

お腹が減る。誰もが感じることを、真守はついこの間まで知らなかった。

 

だからお腹が減る感覚がすると、なんだか困惑してしまうけど嬉しくなる。

真守はそっとお腹を押さえる。そんな真守を、アシュリンはじとっと見つめた。

 

「自分でエネルギーを生産できるからって食べることは大事よ、真守ちゃん」

 

「うん、分かってる。最近はちゃんと食べてるぞ。みんなと食べると幸せを感じるからな」

 

真守はふにゃっと笑うと、アシュリンをおずおずと見上げる。

 

「伯母さま、ご飯貰ってもいい? その余裕って、『王室派』にはあるか?」

 

「もちろんよ。近衛侍女(メイド)を呼ぶわ」

 

アシュリンは笑顔で頷く。だが次の瞬間、何かを感じてぴたっと止まった。

 

「む」

 

「伯母さま?」

 

眉根を寄せてむすっとした表情をするアシュリン。

そんなアシュリンは、真守とよく似ていた。

アシュリンは大変不服そうに、真守を見る。

 

「もうちょっと真守ちゃんとお話がしたいけど、お父様のところに行かないと」

 

「お祖父(じい)さまか? そういえばお祖父さまや他のマクレーン家のみんなは先にエディンバラ城に来ていたんだったな」

 

「そうよ。イギリスの各地で問題が起きてないか調べて、スコットランドが『王室派』の退避に一番適している土地だと判断したのはマクレーン家よ」

 

アシュリンはにこっと微笑むと、真守に説明する。

 

「我らが故郷、ウェールズも候補に挙がってたのだけど……あそこはロンドンから直線状にあるから。退避するためには、ちょっと近すぎたのよね。かといって、北アイルランドは海を越えた場所だから」

 

「なるほど。……あとで、私もお祖父(じい)さまに会いに行かないと。みんなもいるのか?」

 

「ええ。ウェールズやイギリスの主要な地を探っていたのだけど、とりあえず集結しようという話になったの。コロンゾンの対策室はエディンバラ城に設置されたから」

 

学園都市から異界を通ってイギリスに帰還したマクレーン家は、イギリスの各地でそれぞれ安全確認と防衛を行っていた。

いつだってマクレーン家は陰からイギリスを支えている、縁の下の力持ちだ。

そんな彼らもコロンゾンに総力戦をかけるために、集合する手筈となっている。

 

「一応他の派閥にも声を掛けたから、多分大人数になっていると思うわ」

 

「他の派閥?」

 

真守はきょとっと目を見開いて、首を傾げる。

アシュリンは真守の頭を優しく撫でながら、分かりやすいように説明する。

 

「ケルトの民はマクレーン家が主体となっているけれど、幾つかに分かれているのよ。大陸のケルトと繋がりを持つ者もいれば、島のケルトとして国に携わることを良しとしない人たちもいる。ケルトと一口に言っても、色々あるのよ」

 

ケルトの民と言えど、その規模はヨーロッパに広く分布している。

ケルトの民というのは、ヨーロッパに古くから根付くある種の文化だ。マクレーン家はイギリスにいるケルトを取りまとめる立場だが、マクレーンがケルトの全てではないのだ。

アシュリンは真守の頭を優しく撫でて、柔らかく微笑む。

 

「ケルトの民として認めてあげられないけど、色々とお勉強しましょうね。政を行う者や、十字教徒の重鎮は理解していることだから」

 

「分かった、伯母さま」

 

真守はアシュリンに頭を優しく撫でられて、幸せそうに目を細める。

そして躊躇いながらも、アシュリンにすり寄った。

真守の背中をアシュリンは優しく撫でる。

 

「帝督くんの言うことを聞くのよ。彼がダメって言ったらしてはだめだからね」

 

「分かった。ちゃんと聞く」

 

真守はちょっとしょんぼりした様子で頷く。

アシュリンのその言い聞かせは、垣根のことは信用しているが、無茶をする真守はある意味信用していないということだ。

アシュリンはしおれた真守が愛おしくて、くすっと笑う。

 

「良い子ね」

 

アシュリンはくすっと微笑むと、真守の額にキスをした。

 

頭を撫でられて良い子良い子。

それだけでも幸せなのに、アシュリンは親愛の意味を込めて真守の額にキスをした。

 

真守はすごく驚いて、目を丸くする。そんな真守を、アシュリンは幸せそうに見つめた。

 

「帝督くん、真守ちゃんのことをお願いね。食事はすぐに持ってこさせるわ」

 

アシュリンは垣根が頷く姿を見て、真守に手を振る。

真守はぼうっとしたまま小さく手を振って、アシュリンを見送った。

 

「か、かきね……」

 

真守はカブトムシが食事を並べる姿を見ながら、垣根を見上げる。

 

「夢じゃないよな……? い、いま……伯母さまにちゅーしてもらった……?」

 

垣根はくすっと笑うと、真守のベッドの前にあるスツールに座る。

 

「夢じゃねえよ。良かったな、真守」

 

「……えへへ」

 

真守はにまにまと笑って、ご機嫌に目を細める。

 

「伯母さま、元気そうでよかった」

 

コロンゾンが何かをするだろうが、それでも抵抗するな。黙って見過ごせ。

その真守の指示で、イギリスを統べる三派閥には重大な被害が起きていない。

 

ただ一部の者たちは真守の忠告を聞かずにコロンゾンに突っ込んでいって、返り討ちにされてしまったりしたのだが。それは自業自得である。

 

集団になれば、一定数人の話を聞かないものは出てくるというものだ。

真守がむむっと顔をしかめていると、垣根は真守の肩にそっと手を置いた。

 

「お前が誰かを心配するように、お前の事を心配する人間は俺以外にもいるんだ。……本当に無茶するんじゃねえぞ」

 

「うん、分かった。絶対に約束破らない」

 

真守は垣根に優しく諭されて、こくんっと頷く。

コロンゾンと刺し違えようなどとは考えてなかった。

だが色んな人に心配をかけた。色んな人が心配をしてくれている。

 

「自分を大事にするね、垣根」

 

「ああ、約束だ」

 

垣根はようやくわかった真守を見て、一息つく。

そして自分も微かに腹が減っている事を気にして、食事の心配をする。

 

「お前の伯母が動いてくれてるが、いまカブトムシ(端末)の方にも伝達して食事を用意してもらってる。……ただイギリスは飯がマズいって有名な国だからな。お前の口に合うと良いんだが」

 

「垣根、イギリスの食事は味が薄くて素材の味がダイレクトに響くと聞く。私は刺激物が苦手だからな。それに朝食はとてもおいしいと聞くから、大丈夫だろ」

 

「確かにイギリスの伝統的な朝食は種類が豊富で美味いって聞くけど……まあ物は試しか」

 

真守は垣根と軽い話をしながら、そっと目を細める。

 

「コロンゾンが奪った、世界を滅ぼす儀式──モ・アサイアの儀に使われる霊装。確かオナーズオブスコットランドという霊装だったな」

 

「ああ。それについてはカブトムシ(端末)で情報を既に収集してある。なんでもスコットランド版のカーテナって言ったところらしいな」

 

真守と対峙して、真守がコロンゾンを見過ごした後。

コロンゾンは、エディンバラ城の地下迷宮を強引に突き進んでいった。

 

強引というのは既に英国女王(クイーンレグナント)最大主教(アークビショップ)の権限を凍結させていたからだ。

 

だがコロンゾンは大悪魔という素性を隠して、完璧に最大主教をやっていた。そのためエディンバラ城内の術式を網羅しており、脆弱性を突いて強引に突破したのだ。

 

「オナーズオブスコットランドは四つでセットの霊装なんだな。国家の剣、即位の冠、統治の笏。それに加えてスクーン石という四点セットを用いることで、英国を掌握できる」

 

オナーズオブスコットランドはその性質上、スコットランド式で英国を掌握できる。

つまり英国を同じように掌握できるカーテナと競合してしまうため、このエディンバラ城に秘匿されていたのだ。

真守は顔をしかめて、思案顔をする。

 

「それにしても浜面は何をやってるんだ、まったく。大悪魔に取引を持ちかけるなんて」

 

浜面仕上。彼は恋人の滝壺理后と共に、天草式十字凄教に捕らえられた。そして状況を見るに浜面は滝壺と共に、輸送ヘリが着陸した途端に事前に示し合わせた通りに起きて抜け出していた。

 

エディンバラ城は大悪魔コロンゾンの闊歩によって、混乱を極めていた。

だから浜面仕上たち学園都市の人間が動き回っていても咎められなかった。

 

そして浜面仕上は大悪魔コロンゾンに接触した。

垣根帝督は浜面仕上がコロンゾンに取引を持ち掛けた理由を口にする。

 

「『黄金』の一人、ダイアン=フォーチュンを助けたい……か」

 

垣根帝督は、浜面仕上の目的について口にする。

ダイアン=フォーチュン。コロンゾンの手によって造られた防衛装置。

魔導書の『原典』として現代に蘇った、魔術結社『黄金』の一人。

 

真守と垣根は、ピカデリーサーカスのショッピングセンターにて、ダイアン=フォーチュンを含めた『黄金』三人と対峙した。

 

真守と垣根が撃破したダイアン=フォーチュンのその後のことは分からない。

何故ならダイアン=フォーチュンを拾った浜面仕上を監視していたカブトムシは魔神によって破壊されてしまっていて、状況を察することしかできなかったからだ。

 

だが浜面仕上とダイアン=フォーチュンの間には、確かな絆が生まれたらしい。

そしてダイアン=フォーチュンは『黄金』の魔術師として、アレイスター=クロウリーによって魔導書の『原典』として機能不全にされた。

 

「そういえば、垣根。帝兵さんに頼んだ『黄金』たちの回収はできているか?」

 

「見つけたぜ。いま輸送中だから全部は手元にはねえけど」

 

垣根は真守の問いかけに返答して、カブトムシに指示をする。

すると、一匹のカブトムシがタロットカードを一組持ってきた。

 

「ふむ。メイザースのヤツかな?」

 

真守はカブトムシからタロットカードを一組手渡されて、ふむふむと頷く。

 

魔術師『黄金』はコロンゾンの手によって魔導書の『原典』として蘇った。

魔導書の『原典』は簡単には消滅しない。

 

そのためアレイスターは純粋な力で空間を満たすことにより、魔導書の『原典』と地脈や龍脈との繋がりを断って魔導書の『原典』を処理した。

 

機能不全によってばらばらと崩れていった魔導書の『原典』たち。

真守は馬車の上で、それらを帝兵さんに回収するように垣根にお願いしていたのだ。

 

「今は余裕がないけど、コロンゾンとの決着が付いたら、彼らと一人一人話をする」

 

コロンゾンによって安全装置として、現代に蘇った『黄金』。

真守は先程まで対峙していた『敵』のことを想って、小さく笑う。

 

「彼らにもエルダーさまみたいに選んでもらうんだ。そして自分のやりたい道に進んでもらう。それが一番だ」

 

真守は笑って垣根を見上げる。垣根はそんな真守の頬にキスを落とした。

この少女は誰だって前を向かせることができる。

だからきっと、在りし日で止まってしまった『黄金』を立ち直らせることができるだろう。

真守は幸せそうにそっと、メイザースを構成しているタロットカードを撫でる。

 

「ただ、このままだとマズいのは確かだ。浜面が持っているダイアン=フォーチュンを構成している魔導書の『原典』も含めてな」

 

真守はタロットカードの一枚を手にする。

ステラ。大アルカナ一七番。星を象徴とするタロットカードだ。

 

真守はテントの照明の下で、タロットカードをゆっくりと煌めかせる。

タロットカードの上には細かい傷がついている。

 

タロットカードにわざわざ付けられた傷は、なめくじが這うようにむずむず動いていた。

その傷は、少しずつ修復され始めていた。それを見て真守は目を細める。

 

「『黄金』を構成しているタロットカードは全部同じだ。だがコロンゾンはタロットカードに傷や折り目を付けることで人格を造り上げた」

 

タロットカードに着けられた折り目や傷。それが『黄金』の魔術師を形作っているのだ。

 

「魔導書の『原典』は地脈や龍脈から魔力を吸い取って自動修復する。人格を形成している傷が全て修復されてしまえば、『黄金』の魔術師の人格は消え失せる。そうなるとただの魔導書の『原典』だ。だから自動修復を止めなくちゃならない」

 

真守はタロットカードの表面へ手の平を向ける。

その様子を見て、垣根は情報を整理して口を開いた。

 

「自動修復は魔導書の『原典』が地脈や龍脈から魔力を吸収する事で行われる。つまり純粋な力で覆っちまえば、地脈や龍脈からの魔力の供給が断たれて自動修復が行われない。つまり未元物質(ダークマター)で外界と魔導書の『原典』をシャットアウトすればいいんだな?」

 

「その通りだ、垣根。帝兵さんがたくさんいればできることだから、頼む」

 

真守は頷くと、『黄金』の誰かであるタロットカードをカブトムシに返す。

 

「帝兵さんと帝察さんがいてくれて助かった。『黄金』の魔術師は膨大だから、私一人じゃ全員を救うことができなかっただろう」

 

真守はカブトムシにタロットカードを預けながら、目を細める。

 

「私たちが集めた『黄金』は問題ない。だが問題なのは、浜面仕上が保有しているダイアン=フォーチュンを形作る魔導書の『原典』だ。あれも恐らく、傷の自動修復が行われているだろう」

 

真守が回収した『黄金』の魔術師は、そのままにしておけば自動修復によって人格が消失し、ただの魔導書の『原典』になる。

 

浜面仕上が所持しているダイアン=フォーチュンも他の『黄金』の魔術師のように、人格が消失する危機に瀕しているのだ。

 

ダイアン=フォーチュンを、浜面仕上は取り戻したいのだ。

救いは平等には訪れない。だから浜面仕上は手が届くところにいるならば助けたい。

その想いで、浜面仕上はコロンゾンに着いて行っているのだ。

 

垣根帝督は真守の髪をそっと撫でる。

 

「浜面仕上、最後には殺されるんじゃねえのか?」

 

どうやら今、浜面仕上はオナーズオブスコットランドの一つである剣をコロンゾンによって持たされているらしい。

垣根帝督がカブトムシで確認していると、真守はふむっと頷いた。

 

「最後には殺されるかもしれないけど、コロンゾンは理由もなしに人を殺めない。そして理由もなく自分に付き従うのを赦したりしない。だからコロンゾンにとって、浜面仕上はそばに置く価値がある人間なのだろう。その対価として──コロンゾンは、浜面の望みを叶える」

 

「……まあ、お前が言うならそうなんだろうな」

 

垣根帝督は大悪魔コロンゾンが理解できない。

コロンゾンは何を是として何を否とするか、垣根帝督には想像できない。

それでもコロンゾンと同じステージへと至っている真守がそう言うのだ。

 

真守のことは理解しているし、信じられる。だからこそ、垣根はそう呟いた。

真守はくすっと笑うと、垣根にすり寄った。

 

「浜面仕上は垣根と同じで、やっぱりヒーローなんだな。誰かのために頑張れる」

 

「……そうだな」

 

垣根はふっと笑って、真守の事を自分の腕で包む。

この少女のためならば、どんな逆境だって跳ねのけられる。

この少女のためならば、なんでもできる。

垣根はふっと笑うと、真守の小さな唇にキスをした。

 



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第一五六話:〈通常展開〉はラブコメである

第一五六話、投稿します。
次は一月二五日木曜日です。


イギリスの食事はマズいと言われがちだ。

だが朝食であるイングリッシュブレックファーストは、豪華過ぎるとちょっと有名である。

イギリスに長く滞在するならば、朝食だけ食べて生きろ──なんて言われるほどに。

 

ソーセージにベーコン、目玉焼き。トマトやスクランブルエッグにハッシュドポテト。ワッフルやパンケーキ。そして果物。

最近はエッグベネディクトと呼ばれる、マフィンの上にポーチドエッグというお湯で固めた卵とベーコンとソースを掛けたものも有名である。

 

真守は垣根に出してもらった未元物質(ダークマター)製のテーブルの上で、近衛侍女(メイド)に持ってきてもらったイングリッシュブレックファーストを食べていた。

 

「真守、これ美味いから食べろ」

 

垣根は味見をしてから、丁寧にナイフとフォークで切りわけたソーセージを真守に差し出す。

 

「む」

 

真守は体を前に出して、あーんっと小さい口を開けてぱくんっと食べる。

もぐもぐと小さい口を動かして食べる真守。そして、真守はふにゃっと幸せそうに笑った。

 

「おいしいっ」

 

垣根が真守に差し出したソーセージはただのソーセージではない。

ハーブや玉ねぎが練り込んであるもので、香味豊かなのだ。

 

真守は長年食事をしていなかったため、刺激物が得意ではない。

英国の食事は味が薄いというか、ほとんど塩コショウとワインビネガーで味付けされている。

ある意味で素材の味を生かす英国の食事というのは真守の口に合うのだ。

 

真守はにこにこと笑顔を見せながら、食事を食べる。

 

「垣根、後で帝兵さん印のタブレット端末作って。必要なんだ」

 

「そうだな。お前、俺と食事しながらコロンゾンへの対策の数式を頭で練ってるだろ」

 

「うぐ」

 

真守は焼きトマトを食べながら、小さく呻く。

そしてゆっくりと、垣根を見上げた。

 

「……なんで私が演算しながらご飯食べてるって分かるの?」

 

「それくらい分かるに決まってるだろ。お前のことずっと見てんだから」

 

垣根はじろっと、真守のことを睨む。

 

垣根帝督にとって、朝槻真守とは絶対に失いたくない少女だ。

そしてずっと、一緒にいたい少女だ。

そんな真守と一緒に過ごし始めて、垣根帝督はそれなりな時を過ごしている。

 

その間に真守は何度も変わっていったが、根本的なところは変わっていない。

だから垣根帝督は朝槻真守のことならば、大体何を考えているか分かるのだ。

垣根は少し焦っている真守のことを、じとーっと見つめる。

 

「……まあ、手と口だけはちゃんと動かしてるからな。もし食事しながらタブレット端末使ってながら食べしてたら、お前の伯母に告げ口してた」

 

「せ、せーふ……っ!」

 

真守はびくびくと震えながら、ほっと安堵する。

垣根はパンケーキを差し出しながら、真守を睨む。

 

「セーフとかギリギリを狙うんじゃねえ、このじゃじゃ馬娘」

 

「む。……ごめんなさい」

 

真守は垣根に謝りながら、差し出されたパンケーキをぱくっと食べる。

垣根はふんっと鼻を鳴らすと、自分も食事を続ける。

 

コロンゾンを倒すための解決策。それを真守は頭の中で組み立ている。

流石に真守がどんな計算をしているか、垣根には分からない。

それは朝槻真守の中に存在している独自の数式であり、独自の法則だからだ。

 

朝槻真守は元々、源流エネルギーからあらゆるエネルギーを生成できる能力者だ。

源流エネルギーに数値を入力して指向性を付与する事で、真守はエネルギーの質を変えて電気や熱量、運動エネルギー、はたまた重力としていた。

 

朝槻真守は数式で物事を見つめている。

科学の神さまらしく数を通して、世界を見ている。

 

「……あんまり心配かけさせるなよ」

 

「いまの私はちゃんと分かってるぞ。大丈夫っ」

 

ふふんっと、得意気に胸を張る真守。

本当に分かってないと終わりだけどな、と垣根は思いながらソーセージを口にした。

 

 

 

──────……。

 

 

 

食事が終わった後。朝槻真守は垣根にぴっとりと寄り添って集中していた。

真守の手の中には、未元物質(ダークマター)製のタブレット端末がある。

直接的な操作はしていない。真守はタブレット端末に直接干渉して操作していた。

 

どんどんと、タブレット端末の画面に数式が羅列されていく。

垣根は高速で処理されるタブレット端末の数式の羅列を見つめながら、真守の髪を優しく撫でる。

 

「よしっ」

 

真守は一息つくと、小さな体を少し揺らして凝り固まった体をほぐす。

 

「コロンゾンを打破するための解決策、構築できたのか?」

 

垣根は自分にぎゅうっと抱き着いてきた真守の頭を撫でる。

 

「一応できた。細かいとこはアドリブだけど、たぶん大丈夫。だって垣根がいてくれるからな」

 

真守は幸せそうに目を細めると、ふにゃっと笑う。

 

「垣根、ずっとそばにいてくれてありがとう。垣根はやっぱり優しいね」

 

「……面と向かって俺にそういうこと言うのは、お前だけだな」

 

垣根は真守のことを抱き寄せて、そっと目を伏せる。

この少女は出会った時から、ずっと変わらずに自分のことを優しいと言う。

 

優しいなんて、ありえない。そんな言葉は悪党である自分の生き方からほど遠いものだった。

自分をコケにして利用するヤツらを垣根帝督は徹底的に潰してきた。

 

他人に優しくしたことなんてなかった。

かつて優しくしたかった者は、優しくする前に死んでしまった。

 

だが、真守と出会って。自分にも優しい温かな何かが流れているのだと分かった。

 

「……お前だから、優しくできるんだ」

 

真守を通して、垣根帝督は他の人間にも優しくできるようになった。

源白深城や、杠林檎にも。そして手駒としか思ってなかった、『スクール』の人間にも。

 

「お前がいるから、優しくできる」

 

だから先程。垣根帝督は動揺してしまった。

この少女がコロンゾンを止める唯一の方法を持っていて。その対消滅をしてしまえば、人間の肉体を持つ真守はこの世から永遠に失われてしまうと。

 

確かに真守は対消滅などしないと即座に否定した。

だが真守に対消滅という選択肢が取れるというだけで垣根帝督は不安で動揺してしまう。

それほどに、垣根帝督は朝槻真守のことを必要としていた。

 

垣根は真守の首筋に頬を擦り寄せる。

その細い首には、自分がプレゼントしたチョーカーが付けられている。

肌でチョーカーの鎖を感じながら、垣根は真守の手を握った。

 

その右手の薬指には、自分が贈った指輪が嵌められている。

それを同じ指輪を嵌めた右手で撫でながら、垣根は目元を緩めた

 

「お前越しなら……世界にも優しくできる。そう思える」

 

本当にどうしようもない世界だけど。

それでも、真守が信じるのであれば。信じてやらない事もない。

 

「ふふ」

 

垣根帝督は、朝槻真守がいたから変われたのだと何度も言ってくれる。

それが真守はすごく嬉しくて、柔らかい微笑を浮かべる。

 

「……垣根、そんな垣根にお願いがあるんだけど」

 

真守はちょっともじっとしたまま、垣根を見上げる。

 

「お前の願いならなんだって叶えてやる。世界が欲しいっつっても用意してやる」

 

「だ、だからそーゆうコトあんまり言うのはよくないっ」

 

真守は良くないと告げるが、垣根帝督はこの愛おしい少女のためならばなんでもやるつもりだ。

何故なら朝槻真守は、自分に温かいものがあると教えてくれた少女なのだから。

 

「どんな願いだ?」

 

「……もしかしたら垣根、嫌がるかもしれない。でも、必要なことなんだ」

 

真守がむっと表情を引き結ぶと、垣根はふっと笑う。

 

一方通行(アクセラレータ)の居場所なら突き止めてる。列車で移動しようとしてる浜面仕上たちを追ってるぜ」

 

自分が嫌がる事と言えば、大体は一方通行の事だ。

真守が何を必要としているか分かる。だから垣根は即座に一方通行の名前を口にできた。

 

「さすが垣根だな。なんでも分かってる」

 

真守は微笑むと、垣根にきゅっと抱き着く。

 

「ありがとう、垣根。ほんとうに」

 

「……お前が必要に思うなら……嫌でも一方通行(アクセラレータ)と協力する」

 

「ふふ。器が大きくなった。本当に大きくなったぞ、垣根」

 

真守はふにゃっと笑うと、そっと目を細める。

 

一方通行(アクセラレータ)はコロンゾンに勝てない。だから垣根、危なくなったら帝兵さんで一方通行のことを守ってくれ。一方通行が本当に必要なんだ」

 

「分かった。あいつがぼろ雑巾みてえになってから助ける」

 

「まったくもう」

 

真守はくすっと笑って、垣根を見上げる。

そんな真守に垣根はキスをした。

むう、と唸る真守。それすらもこの少女は愛おしい。

 

「……垣根。ずぅっと一緒だ。何があっても」

 

「当たり前だ。……俺も、一緒が良い」

 

垣根は頷くと、真守に頬を寄せる。

真守は垣根と束の間の甘い休息を得ることができて、ふにゃっと笑った。

 

 

 

──────…………。

 

 

エディンバラ場内は、怒号で満ちていた。

 

コロンゾンの攻撃を受けているのはイギリスだけではない。

今や、コロンゾンは全世界に対して攻撃を行っている。そのためイギリスは、各国と連携を取ってコロンゾンの攻撃に対応しているのだ。

 

エディンバラ城はコロンゾンが暴れ回ったため、土はめくれて石壁は崩れ、生々しい爪痕があちこちに残されている。

 

本当に、ここは戦場だ。

真守は垣根と並んで歩いて、忙しくしている人々の邪魔にならないように歩く。

多くのテントが立ち並ぶ中、真守は上条のもとへと向かっていた。

 

上条当麻。コロンゾンによって肉塊にされたがアレイスターによって幻想殺し(イマジンブレイカー)が宿った右腕を切断されて、蘇生魔術によって蘇生させられた。

 

その右腕には、今も幻想殺しが戻っていない。それはつまり、上条当麻の奥に潜む力を押さえつけるものが何もないと言うことだ。

 

そのため真守はカブトムシに指示をして、とりあえずの処置として右腕があると上条に誤認させることによって場をしのいでいた。

 

だが右腕があると誤認させているのは、結局問題の先送りに過ぎない。

早いところ食蜂操祈と話をして、上条当麻に幻想殺しを返してもらわなければならない。

そうしなければ上条当麻の奥から力が溢れて、最悪世界を壊してしまうことすらありえる。

 

上条当麻の現状が心配だ。

そのため真守は、垣根と共に直に確認するべく上条当麻のところへ向かっていた。

真守と一緒にいる垣根はチッと舌打ちをする。

 

「ハーレムクソ野郎め」

 

「ん? 垣根、上条がはーれむ気質なのは今に始まった事じゃないだろ」

 

真守は垣根の呟きに答えながら、目的の少年がいるテントの前までやってきた。

 

「上条」

 

真守は特に遠慮することなく、ぴらっとテントを開けて入る。

 

すると上条当麻を中心に、確かにハーレム空間が出来上がっていた。

 

水着を着ている御坂美琴と、水着の上からレインコートを羽織っている食蜂操祈。

 

そのコンビに囲まれた上条は、お嬢様による全力の世話をされていた。

ちなみに肩乗りオティヌスちゃんも、ちゃんと女の子である。

 

「あ。朝槻」

 

鉄パイプと分厚い合成シートでできたベッド。

そこに座って女の子二人を侍らしている上条当麻は、真守を見る。

 

「……、」

 

真守は良いご身分になっている上条当麻を見て無表情になる。

上条当麻が女の子を惹き付けてやまないのは真守も知っている。

だが実際に同級生のそういう姿を見てしまうと何とも言えない気持ちになる。

 

真守は冷えた目のまま顔を歪めて、ゆっくりとこてんっと首を傾げた。

 

「──女子中学生を侍らせて。楽しいか、上条?」

 

心底軽蔑した真守の目を見て、上条当麻はひぃっと声を上げた。

 

「あ、朝槻さん! 汚泥に産卵してる羽虫を見るような目を向けないでくださいっ!! 生死の境をさまよったんだから、ちょっとぐらいいい扱いされてもいいでしょぉ!?」

 

上条の言葉に、上条の肩に乗っていたオティヌスがふんっと不機嫌そうにそっぽを向く。

 

「お嬢様にお世話されて。すごく楽しいだろ、上条」

 

「……………………うん」

 

起きたら右手が無かった。

カブトムシの能力によって右腕があると誤認させられているため体のバランスは取れるが、それでも自分の右腕がないことは衝撃的だ。

だから上条当麻は落ち込んでいたが、女の子二人が優しくしてくれるのでちょっと幸せだった。

 

「で、でもっ俺は右手がないしっ!!」

 

「そうだな、右手がないもんな。それで?」

 

「ひぃいいい朝槻さん冷たい、コワイ!!」

 

上条当麻は声を上げて、クラスメイトの冷たい視線に涙目になる。

真守はため息を吐くと、じとっと食蜂操祈を見た。

 

その視線に、気まずい顔をする食蜂操祈。

アレイスターがA.A.Aを操ったことにより、上条当麻の右腕から切断された幻想殺し(イマジンブレイカー)

それを持っているのは食蜂操祈だ。

 

先程上条が肉塊になってアレイスターが回復魔術を施そうと幻想殺しを切除した時、上条当麻の右手はぼてっと食蜂操祈の胸に当たったのだ。

 

それを知らない真守ではない。

垣根もじとーっと食蜂操祈を睨む。

食蜂は気まずそうに目を逸らしながらも、上条に抱き着く。

 

「上条さーん☆ 良かったわねえ、朝槻さんが平常運転でっ!」

 

「あっコラ食蜂!! このバカに母性の塊を押し付けるんじゃないわよっ!!」

 

あからさまに話を逸らした食蜂を、真守は追及しなかった。

垣根はそんな真守を気にしつつも、上条を見る。

 

「いいご身分になってることに自覚はあるんだな、クソ野郎」

 

「ふ、ふんっ!! イケメンで普段からちやほやされる垣根さんには分からないやいっ! こちとら右手が失くなってるんだぞっ!」

 

「何の自慢にもならねえよ、アホ。つーか俺も第三次世界大戦の時は右方のフィアンマのクソッタレに体を半分吹き飛ばされたんだが? それでも俺はお前みたいに優しくされて舞い上がることなく能力使って補って、真守助けに行ったんだよ。忘れたとは言わせねえぞ」

 

「……………………うぅ、すいません……」

 

上条はがっくりと肩を落とす。

そんな中、食蜂はにへらっと笑って垣根を見た。

 

「まあまあ垣根さん。そんなに睨まないでぇ☆ あなただって朝槻さんとイチャイチャ力全開にしてたっていいんだからぁ」

 

「うるせえ俺は時と場合を考えてんだよ。つーかテメエは真守のおかげで上条に覚えてもらえるようになったんだろうが。少しは自重しやがれ」

 

真守は吐き捨てるように告げる垣根を見上げる。

この男はやりたいようにやる。

だから一度たりとも時と場合を考えたことはないはずだ。

垣根は真守が『人のコト言えないだろ』と考えていると察すると、じろっと真守を睨む。

 

「なんか思ったか真守コラ」

 

垣根は睨むと、真守の頬をつねった。

 

「むーむー!」

 

真守は片頬だけをぐいーっと引っ張られて声を上げる。

大悪魔による、全ての位相とこの世界終焉の危機。

それでも真守たちは通常運転で、それぞれラブコメを展開していた。

 



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第一五七話:〈自由放題〉に天罰を

第一五七話、投稿します。
次は一月二二日月曜日です。


契約から解き放たれて、世界を自然分解へと導こうとするコロンゾン。

そんなコロンゾンへの解決策を構築した真守は上条当麻のところへやってきていた。

 

真守はいつもの通りに垣根につねられた頬をさすりながら、緑のテント内を移動する。

そして上条の座っているベッドの隣にあるベッドをソファ代わりにちょこんと座ろうとした。

 

「真守」

 

座ろうとした真守を、垣根が呼び止めた。

真守が首を傾げると、垣根は真守が座ろうとしていたベッドを見つめた。

 

すると、ベッドの上にじわりと純白の未元物質(ダークマター)の沼が広がる。

その未元物質は垣根の意思で形を得て、ふわふわ座布団と座椅子に変化した。

 

ただのパイプベッドに大事な女を座らせられるか。

そんな垣根の意思表示を見た上条、美琴、食蜂は遠い目をした。

 

「まったくもう、垣根は」

 

真守はちょっと怒った様子を見せながらも、嬉しそうにすとんっと垣根の作ったスペースに座る。

美琴は見れば見るほどに重い男になっていく垣根をじろっと見上げる。

 

「ちょっとアンタ。流石にやりすぎじゃない?」

 

「あ? なんだよ、男に大事にしてもらった事がない生娘が。口出ししてくるんじゃねえ」

 

「きっき?!」

 

「つーかそれ以前だろ、お前。好きな男に見向きもされないヤツがぎゃーぎゃー吠えるな」

 

「わあああああああッ!!!!」

 

美琴はガシャンガシャンガシャン!! と、A.A.Aを構える。

垣根はそれを嘲笑するように見た。

 

A.A.Aはアレイスターの魔術的な力を伝播させるためにある。だがそれを美琴は理解していない。

そのため美琴はA.A.Aを純粋な科学技術でしか扱えないのだ。

 

この世の技術では、最早垣根帝督を傷つける事なんてできない。

だから御坂美琴なんて、脅威でもなんでもないのだ。

垣根が余裕たっぷりの姿を見せていると、上条は首を傾げた。

 

「? 御坂、やっぱり好きな男がいるのか? 女の子だなあ」

 

美琴は上条のその言葉に涙目になって食蜂を睨んだ。

 

「食蜂!! 記憶消去ぉ!!」

 

「はいはい。わかったわよぉ」

 

食蜂は隠し持っている上条の右手が見えないようにリモコンを取り出すと、ピッとボタンを押す。

途端に記憶消去される上条当麻。垣根はそれを見て、食蜂を鼻で笑った。

 

「はん。気軽に精神操作するテメエはやっぱヤバいヤツだな」

 

「人の事言えないでしょぉ。朝槻さんのためなら何でもやってるくせにぃ」

 

食蜂は負けじと垣根を白い目で睨む。

 

食蜂にとって垣根帝督とは、暗部で仕事をしている危険人物だった。

だが真守と出会った事で垣根は角が取れたらしく、大覇星祭の二日目──木原幻生に追い詰められた時なんかは助けてくれた。

 

それから一〇月一〇日の暗部抗争で派手に暴れたらしいが、垣根帝督が暴れた理由は明らかだ。

 

世界よりも大事な朝槻真守が自分と一緒に幸せに暮らせる事。

それを願って、垣根帝督は動いていた。その願い以外、垣根帝督は本当にどうでもいいのだ。

 

(とはいっても、朝槻さん以外に完全に興味がないわけじゃないらしいけどぉ。……その証拠に、私のことも文句言いつつも助けてくれたしぃ)

 

食蜂操祈は真守の前に追加で未元物質(ダークマター)のテーブルを造り上げて、その上に簡単に摘まめるものを並べている垣根を見る。

 

垣根帝督が何を考えているのか、食蜂操祈は分からない。

何故なら垣根帝督に自分の能力は効かないからだ。

 

だが今の垣根帝督は、真守への優しさで動く。

誰を中心にして動いているか分かれば、特段脅威にはならない。

 

(それにしたってありえないほどにひねくれてるけどぉ……別にいいか。私には関係ないし、本人たちは幸福力マックスなわけだしぃ)

 

食蜂は心の中で思いながら、足をくじいたふりをしてぎゅっと上条の後ろから抱き着く。

 

「あらぁごめんなさい上条さん☆ ちょっとよろけちゃったわぁ」

 

「ふ、ふほぉおおおおおー────!! たわわで柔らかくて気持ちいいマシュマロみたいなものが二つ背中に……っ!!」

 

「こらぁー食蜂ォおおおおお!!」

 

美琴はバチバチ前髪から電気を迸らせ怒る。

食蜂に記憶を消去されたことをもちろん覚えていない上条は、垣根に最大限配慮されている真守を見てぽそっと呟く。

 

「……垣根って、本当に朝槻を大事にしてるよなあ」

 

真守は軽食を並べる垣根とカブトムシを見ながら、恥ずかしくも嬉しそうに目を細める。

 

「垣根はちょっとやりすぎだと思うけど。でも、男の子に大事にされるのは悪くないぞ?」

 

「そっか。俺も早く誰かを大事にしたいなー。具体的には管理人のお姉さんとか」

 

上条当麻の何気ない言葉に、ピキッと空気が軋む。

 

「あ、あれ……?」

 

上条が顔を上げると、美琴が静かにブチ切れてるのが見えた。

 

途端にバカスカ上条に向かって弾丸が撃たれるA.A.A。その美琴の攻撃が最初から当てる気がない攻撃だと上条は持ち前の感覚で分かっているため、特に動こうとしなかった。

 

垣根は上条たちをよそに、用意されていた紅茶を華麗な手つきで淹れる。

そして真守に差し出した。

 

「ありがとう、垣根」

 

真守は垣根にお礼を言って、くぴっと飲む。

 

「む。戦場でもやっぱり本場の紅茶っておいしいんだな」

 

垣根は真守の隣に座りながら、紅茶を飲んで頷く。

 

「戦場でも豪華なティータイムってワケだ。真守の伯母もしょっちゅう学園都市で紅茶飲んでたし、やっぱイギリスは紅茶の国だな」

 

垣根は確かに良い香りがしている紅茶を嗜みながら告げると、美琴は目を遠くした。

 

「……そういえば朝槻さんって、母方の実家がイギリスのウェールズに住む貴族なのよね」

 

美琴が遠い目をする中、食蜂も頷く。

 

「そぉねえ。超能力者(レベル5)第一位で絶対能力者(レベル6)で、かわいくあざとい力抜群の黒猫な見た目してて貴族の血筋。ちょっと設定力盛りすぎじゃないかしらぁ?」

 

「設定とか言うな」

 

真守がじろっと食蜂を睨むと、美琴が食蜂に近づいてぼそっと告げる。

 

「しかも彼氏持ちなのよ、食蜂。しかも超能力者(レベル5)第三位の男なの。……神は二物を与えずとか、まったくもって信用性の欠片もない言葉よね」

 

真守は美琴の言葉を聞いて、顔を赤くしながらムッとしかめる。

 

「別に垣根が恋人でもいいだろ。すきになっちゃったんだからっ……」

 

真守はぽっと頬を赤くしながらも、淡々と告げる。

垣根帝督という男に女として大事にされている、自分の大切な友達である朝槻真守。

仲睦まじい、らぶらぶいちゃいちゃカップル。

 

高校生にとって、彼氏彼女がいるというのは羨ましいものだ。

 

上条が密かにいいなあ恋人、と思っていると垣根は笑って真守の腰を抱き寄せる。

そして不敵に上条当麻を見た。

 

「いいだろ、上条当麻。これ俺のなんだぜ」

 

「ぐぬぬぅ……っ!! すごく嫌味な言い方っ!! イケメンだからって何言ってもいいわけじゃないやいっ!!」

 

上条は叫んで、おいおいと泣く。

 

「あらあらぁそんな上条さんには私が濡れタオルでお身体の方を拭かせてもらいますからねぇ? 右手の代わりを務めさせていただきますぅ」

 

「うるさいわ食蜂後にして! 今A.A.Aを駆使して私が食事食べさせるんだからッ! ほ、ほらバカ! 英国にはポリッジって言うイギリス伝統のオーツ麦を使ったおかゆがあるのよ!! 特別にフルーツたっぷり盛ってるから食べなさい!! ほら、アーンして、アーン!!」

 

真守はハーレムを築き上げている上条を見て、スコーンに手を伸ばす。

 

「本当、世界分解の危機に面してるとか思えない様子だよなあ」

 

「そうだな、上条当麻を見てるとバカらしくなってくる。……でも、まあこういうのもいいか。変わらねえことも大事だからな」

 

垣根が小さく笑う姿を、真守は幸せそうに見つめる。

すると、真守はぴくんっと反応した。

真守が反応したのを見て垣根も鋭く目を細めて、顔を上げる。

 

「……ヘリが撃墜されたな」

 

「確か人員補給のためにヘリは何度もロンドンとスコットランドを往復しているハズだよな。コロンゾンの気配はないし、多分第三者がヘリを撃墜させたんだと思う」

 

真守は顔をしかめて、エディンバラ城の外周部を見つめた。

 

「魔術で撃ち落とされたのか? ……これは地脈から魔力を吸い取って使った魔術……個人が精製した魔力じゃないから誰でも使える魔術だ。一体だれが何をして……」

 

「特定した。滝壺理后が女と逃げたみたいだ」

 

垣根はカブトムシのネットワークで状況を特定して、真守に伝える。

滝壺理后。彼女は恋人である浜面仕上によって気絶させられ、『清教派』に確保された。

 

浜面が滝壺を気絶させたのは、コロンゾンの指示だった。

自らについて来るならば、恋人すらも切り捨てる覚悟を見せろ。

 

浜面仕上はコロンゾンの指示に従った。それほどまでに、浜面仕上はダイアン=フォーチュンを助けたかったのだ。

真守はふむっと頷いて、首を傾げる。

 

「滝壺は事情聴取をされていたハズだよな。おそらくそこから滝壺を連れ出して一緒に逃げた女……誰だろう?」

 

「分からねえ。滝壺理后は告解室にいたからな。流石に中にはカブトムシを入れなかった。いま告解室に未元物質(ダークマター)を散布させて、何があったか読み取ってる。ちょっと待て」

 

未元物質は本当に万能だ。そのためサイコメトリーのようなことだってできる。

 

「垣根はやっぱりすごい」

 

「お前だってできるだろ。俺にできる事はお前にももちろんできるんだから」

 

垣根は柔らかい笑みを浮かべる真守を見る。

真守はそんな垣根を見上げて、ふるっと首を横に振った。

 

「私には器を作れないから」

 

「……そうだったな」

 

真守は創世や『流行』を冠するところまで至ったが、肉の器を作ることはできない。

肉の器に近しいものは造れるが、それは源流エネルギーで造られた器だ。

 

超常的な存在は往々にして肉の器を自分の力で用意できない。

だがコロンゾンはそれができた。だからこそ彼女は特別となっており、彼女を打破するのはとても難しいことになっている。

 

「……何があっても、お前のそばにいる。真守」

 

垣根はするりと真守の黒髪に触れながら、目を細める。

 

「絶対にその身体は喪わせねえけど。欲しいものがあったら俺がなんでも用意してやる」

 

「ありがとう、垣根」

 

真守はふにゃっと笑って、垣根を見上げる。

そして垣根へと手を伸ばして、ぎゅっと抱き着く。

 

「私は垣根の力も、垣根の心も。ぜんぶがほしい。だからずぅっと一緒にいて、垣根」

 

「当たり前だ」

 

垣根は真守の頭にちゅっとキスをする。

真守はくすっと笑う。ちなみに上条たちは彼らで楽しくやっている。

そんな上条を横目で見て、垣根帝督はにやっと笑った。

 

魔導書図書館、インデックス。

彼女は大英博物館でコロンゾンについて調べていたが、件の墜落されたヘリに乗っており、上条の安否が心配で走って来ているのだ。

 

「クソハーレム野郎に天罰だな」

 

垣根がカブトムシで確認しながら笑うと、医療用テントの布がめくられた。

そこには、インデックスがもちろん立っていた。

 

本当に上条当麻のことを心配していたインデックス。

だが目の前には水着にレインコートの少女に抱き着かれて、甲斐甲斐しく水着の短髪(インデックスの美琴の呼び方)に世話をされている上条当麻がいる。

 

心配していた大切な男の子の様子を見た瞬間、インデックスの瞳から光が消えた。

 

「今さっき起きた迎撃魔術の件も込みで、ひとまずてっぺんの『王室派』辺りと情報共有をしておきたかったんだけど」

 

インデックスは目から光が消えたまま告げる。

 

「……そこの王様モードの人、全体的に何があったか教えてほしいかも」

 

上条当麻は固まる。

まるで浮気現場を見られた亭主のように。

そしてお約束の噛みつきタイムが始まった。

 

「いつも通りだな、垣根」

 

「そうだな。自分の女の手綱をいつまでも取れないなんてやっぱり真正のバカだよな」

 

真守は呆れている垣根を見て、くすくすと笑った。

 



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第一五八話:〈通常運転〉でも平時ではない

第一五八話、投稿します。
次は二月一日木曜日です。


神威混淆(ディバインミクスチャ)、『黄金』の魔術師。

ロンドンで事態の収拾に走っていた朝槻真守たちと別れたインデックスは烏丸府蘭と共に、大英図書館でローラ=スチュアートのことを調べていた。

 

まずは謎に包まれたローラ=スチュアートという人物を紐解くべきだと、それが大悪魔を撃退する事に繋がるはずだとインデックスは考えたのだ。

 

ローラ=スチュアートとはイギリス清教の歴史において、一九〇九年に唐突に現れた女性だ。

そして一瞬で最大主教(アークビショップ)にまで上り詰め、今日までトップに君臨していた。

 

アレイスターの娘であるローラ=ザザは、一九○七年に生まれた女児だ。

本当に大悪魔コロンゾンがアレイスターの娘を霊媒(アバター)として使っていたならば、コロンゾンはわずか二歳の時に最大主教に就いたことになってしまう。

 

コロンゾンは最大主教(アークビショップ)になった時から、成人した姿だという。

身体を急激に成長させるのは、大悪魔でも無理だろう。

ならば、コロンゾンの正体とは一体何なのか。

 

その疑問の答えはエディンバラ城で真守たちがコロンゾンと対峙した時、コロンゾンの口から明かされた。

 

アレイスターの娘の肉体を乗っ取ったのではなく、コロンゾンは肉の器を自分で用意したのだ。

 

だが大悪魔の告げる事は当てにならない。何故なら一度、コロンゾンはアレイスターの娘のローラの体を乗っ取ったと嘘を吐いた。

 

それでも、インデックスが調べたイギリス清教に残された情報が裏付けとなる。

最初から成人した姿で最大主教(アークビショップ)の座に就いたという記録。

その情報によって、コロンゾンが肉の器を自分で用意したという裏付けができた。

 

本当にコロンゾンが使っているのはアレイスターの娘の体ではない。

コロンゾンが自前で用意した、肉の器だと。

 

インデックスは大英図書館で情報を得ると、烏丸府蘭と共にエディンバラ城へとヘリコプターでやってきた。エディンバラ城にイギリスの戦力が集められているからだ。

 

それでも何故か地上から放たれた迎撃魔術によってヘリは撃ち落とされてしまったが、インデックスの頭は上条当麻への心配でいっぱいだった。

 

カブトムシに大丈夫だと言われても、上条当麻が幻想殺し(イマジンブレイカー)を切り落として蘇生魔術を行わないといけないほどに追い詰められたのは事実だった。

 

インデックスは上条当麻が本当に心配だった。

それなのに上条当麻は、女子中学生に優しくしてもらってほくほくしている。

インデックスが大激怒したのも、当然の結果だった。

 

インデックスにかみ殺されそうになった上条当麻は、死ぬ気で逃げた。

そんな上条に余裕で追いつくのは、もちろん朝槻真守だ。

 

「上条、大丈夫か?」

 

エディンバラ城内の中庭の隅っこに逃げた上条に、真守は近付く。

もちろん真守の隣には、垣根帝督がいた。

上条は全速力で走ったため、肩でぜーぜーと息をしていた。

 

「た、たぶん大丈夫だ、朝槻。問題ない…………帰るの怖いけど……」

 

とんでもなく怒っていたインデックス。

そりゃ大悪魔と対峙して命が危ぶまれた大切な男の子が、女の子にちやほやされてデレデレしてたら怒るに決まってる。

垣根は走ったのと別の意味で顔を青くしている上条を見てため息を吐く。

 

「だらしねえ。女の手綱握れるタマじゃないのに女侍らすから逃げ出すことになるんだよ」

 

「くそぅ……イケメンだからって……イケメンだからって……っ!」

 

上条が悔しそうに声を上げる中、真守はゆっくりと目を細める。

 

肘から先がない右手。その右手越しに、真守は上条当麻の奥にある力を感じた。

その力とは神浄の討魔と呼べる力。『計画(プラン)』によって育てられ、『計画』が破綻したため、既にアレイスターの制御から離れてしまった力だ。

 

いまはカブトムシが上条に右手がきちんとあると誤認させているから問題ない。

だが既に制御が利かない状態で神浄の討魔が暴れれば、上条当麻はその形を失うだろう。

 

(私も上条の奥にあるものには手を出せない。私に力があるからこそ、神浄の討魔は変質してしまう。……まったく、アレイスターはなんてものを自分の『計画(プラン)』に利用しようと思ったんだ)

 

真守はそう考えながら、未だに上条当麻の欠損した右手に宿っている幻想殺しのことを考える。それを持っている、食蜂操祈のことを。

 

「……あの子は何を考えてるんだか」

 

「? 朝槻?」

 

真守がぼそっと呟いたのを聞いた上条は首を傾げる。

真守はくすっと笑うと、腰に手を当てて上条を見た。

 

「なんでもない。元気が有り余っているようで何よりだ、上条」

 

真守は腰に手を当てて、膝に左手を当てる上条当麻を見下ろす。

上条は真守の言葉に、肩をがっくりと落とす。

 

「……これでも、本当に右手が失くなっちまったことを実感してるんだ」

 

上条の肩で足を組んでいたオティヌスはイライラした状態で告げる。

 

「やっと骨身にしみてきたか。幻想殺し(イマジンブレイカー)を失ったという事実が」

 

上条当麻は何も答えられない。

オティヌスは黙ってしまった『理解者』の様子をじっと伺う。

オティヌスは先程から不機嫌全開だった。

 

何故ならコロンゾンの一撃で粉砕された上条に、一目散に庇われたからだ。

自分を庇って放り投げる時間があるなら、もっとやる事があったはずだ。

だからぷんぷんと怒りながらも、オティヌスは哀しそうに上条に声を掛けた。

 

「怖いか、人間?」

 

「……、」

 

「これで貴様は正真正銘、ただの高校生だ。対するは朝槻真守と同等で、アレイスター=クロウリーをも手玉に取る大悪魔コロンゾン。天秤に乗っているのは英国どころか全世界の命運、一つ手を誤ればここで人類が絶滅するときた。何も思わないとしたら、そちらの方がむしろ奇怪だよ」

 

「だとしたら、どうすれば良いってんだ」

 

上条当麻は自身から進んで口を開いた。

 

「こっちの覚悟が決まるまで、向こうが待ってくれるとでも?」

 

「ふん」

 

オティヌスは右腕を失くしても変わらない上条当麻の特異性を鼻で笑った。

 

「……ならそれで良いさ」

 

オティヌスは柔らかく微笑む。そして戦争の神としての顔を出した。

 

「方向を見誤るな。お前は右手の力があるから誰かを救ってきたわけじゃない。切り札である幻想殺し(イマジンブレイカー)を失くせば使える選択肢はある。だが最終的にたどる道は同じだ。どこにゴールを定めるかを間違えるなよ。そうすれば、お前は上条当麻でいられるだろう」

 

それが自分にできるだろうか。

そう不安を感じた上条を見て、真守は微笑んだ。

 

「上条」

 

上条当麻は顔を上げる。

そこでは、真守が笑っていた。

いつもと変わらずに、頼りになる微笑みを浮かべて、立っていた。

 

「今のお前が始まった時を思い出せ。私はなんて言った?」

 

今の上条当麻はインデックスを救うために記憶を失った時から始まった。

 

真っ白で透明な少年として目覚めた時。あの時、上条当麻はただただインデックスのことを泣かせたくないと思い、嘘を吐いた。

 

その後、上条当麻は自分が記憶を失ったという真実を知っている真守と会った。

真守は上条当麻に救いの手を差し伸べた。その時に告げた言葉を、真守は口にする。

 

「私が信じている上条当麻は、記憶がない程度では揺るがない。……それと同じだ。だから私はお前が幻想殺し(イマジンブレイカー)という右手を失っても、変わらないと思っているよ」

 

上条当麻は泣きそうになりながら、真守を見つめる。

この少女はずっと寄り添ってくれる。

 

それこそ永遠に。自分が終わるその時まで。

とても頼りになる女の子で、そして本当の意味で救いの女神へと昇りつめた少女だ。

それが、朝槻真守なのだ。

 

「ありがとう、朝槻」

 

真守は上条に手を差し伸べる。

上条はその手を取って、柔らかく微笑んだ。

 

小さい手だ。そして温かくて、柔らかい。

こんな女の子らしい手を持つ少女が神さまであり、完全な人間として『流行』の名を冠するまでに至ったとは簡単に信じられない。

 

上条は真守の手を握ったまま、柔らかく微笑む。

すると垣根帝督が嫌そうに顔を歪めた。

 

「オイ、上条当麻。いつまで真守の手を握ってやがる」

 

垣根は上条の左手首を手刀で叩いて、真守の手から離させる。

 

「アイタっ!」

 

上条は思い切り叩かれた左手の痺れを感じながら叫ぶ。

 

「左手しか残ってないんだから優しくしてくれよぅ!」

 

「うるせえそれとこれとは話が別だ、俺の真守に気安く触れるんじゃねえ」

 

垣根はじとーッと白い目で見上げてくる真守の手を優しく撫でながら、上条を睨む。

 

「朝槻さんから手を差し伸べてくれたのに、それもダメなの!?」

 

「ダメに決まってんだろうが、これは俺のだ」

 

垣根は真守の事を後ろからむぎゅっと抱きしめて、その小さな頭に顎を乗せる。

猫耳ヘアの丁度真ん中から顔を出している垣根。

そんな垣根から視線を外して、上条は涙目になりながら真守を見た。

 

「垣根って心狭くない?」

 

「そうだぞ。垣根はとても器が小さい。でもな、これでも少しはでっかくなったんだぞ」

 

「これで!?」

 

「オイ上条当麻。テメエさっきから随分な物言いじゃねえか」

 

垣根は真守の事を後ろから抱きしめながら上条を睨む。

ひぃィィィ! と上条が声を上げてオティヌスが呆れる中、真守はちょんちょんと垣根が学生服の上から着ているコートを引っ張った。

 

「垣根、垣根の器が小さいって上条も分かったし、私たちも動こう」

 

「一言余計なんだよ一言」

 

垣根は真守の頭に乗せた自分の顎で、真守の頭をぐりぐりとイジる。

 

「やぁーヤメテ!!」

 

真守は悲鳴を上げながらも、自分の事を後ろから抱きしめる垣根を連れて歩く。

 

「……朝槻って大変なんだなあ」

 

「本当にな」

 

その様子を見ていた上条とオティヌスはそう同意する。

真守はインデックスに謝ろうと去っていく上条から離れると、物影へと顔を向けた。

 

「さて。話をしようか、食蜂」

 

真守が声をかけた方向には、食蜂操祈が隠れていた。

肩にはいつものリモコンが入れられたバッグが掛けられている。

その中に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と真守は知っている。

そう。なくなってしまった上条の右手、幻想殺し(イマジンブレイカー)

それは食蜂操祈が隠し持っているのだ。

 

「…………あなたたちは何を考えてるのよぉ」

 

食蜂は物陰から出てきて、バッグを大事そうに抱えたまま真守を見る。

真守と垣根には、食蜂操祈の能力が効かない。

そのため、言葉で問いかけるしかないのだ。

真守はにこっと微笑むと、自分より背が高い食蜂を見上げる。

 

「お前は上条が心配なんだな。アイツがコロンゾンに粉砕されたところをみて、怖くなってしまったのだろう」

 

上条当麻はコロンゾンの手によって、死の淵に追いやられた。

これまでも、上条当麻は死に瀕してきた。

だが蘇生魔術を使わなければ間に合わない状況に陥ったのは初めてだった。

 

その初めてを、食蜂操祈は目撃してしまった。

 

大切なひとが、本当の意味で死にそうになる。

よく分からない異能である魔術が無ければ上条当麻がもうこの世にいなかったという事実が、食蜂操祈は恐ろしく感じた。

 

幻想殺し(イマジンブレイカー)が無ければ。上条当麻の右手に特別な力が宿っていなければ。上条当麻は、無茶をしないかもしれない。

 

だがいつか、上条当麻は幻想殺しを食蜂操祈が保持していると気づくだろう。

それでも、食蜂操祈は幻想殺しを上条当麻に返したくなった。

 

もう、死にそうになって欲しくない。自分の大切なひとが、消えてしまうのは嫌だ。

大切なひとの喪失には耐えられない。

 

食蜂操祈は恐れている。上条当麻のことを想って、彼が傷つくのが嫌だと思っている。

 

「私はお前と上条に何があったのか知らない。高校に入学する前の上条を、私は知らないからな」

 

真守は一年前、食蜂操祈と上条当麻の間にあったことを知らない。

だから食蜂操祈が上条当麻の何を信じているか知らない。

 

二人の過去は二人の大切な思い出だ。

片方が忘れていても、その大切な過去を真守は無理に聞き出そうなんて思わない。

だから、食蜂操祈が上条のことを想ってとる行動に口を出すことはしない。

 

「お前の行動をお前自身が上条のためになると思うならば、そうしていればいい。でも一つ問わせてくれ」

 

真守は食蜂操祈をまっすぐと見つめて、エメラルドグリーンの瞳を輝かせる。

 

「お前は上条当麻の何を信じてるんだ?」

 

食蜂操祈は、真守の問いかけに応えられない。

 

幻想殺し(イマジンブレイカー)は上条当麻の性質に惹かれたに過ぎない。上条当麻の本質は他にある。お前が上条の何を信じているかは知らない。でもさっきの私の話は聞いていただろう。私が信じる上条当麻とは、そのようなものだ」

 

食蜂操祈は幻想殺しを取り上げれば、上条当麻は死地へと赴かないと考えている。

だがそうではないのだ。上条当麻の主人公性は幻想殺しがあるから成り立っているのではない。

上条当麻は人々を守りたい。そう思うからこそ、上条当麻は行動するのだ。

 

「もう一度、よく考えろ。そしてどうするべきか、どうしたいか。ちゃんと考えるんだ」

 

真守はそう告げると、垣根の手を取ってその場を後にした。

食蜂操祈だって、上条当麻の何たるかを分かっている。

 

上条当麻が右手がなくても、記憶がなくても変わらないのだ。

分かっているけれど、死地に赴くのを止められるならば停めたいのだ。

 

食蜂は上条の右手が入っているカバンをぎゅっと握る。

そして少しの間、そこに立ち尽くしていた。

立ち尽くして。真守の言葉を考えていた。

 



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第一五九話:〈作戦会議〉で状況整理

第一五九話、投稿します。
次は二月五日月曜日です。


もうすぐ学園都市の面々は『王室派』や魔術の専門家たちと、作戦会議をする予定となっている。

そのため真守は作戦会議の場へ向かうべく、垣根と手を繋いでエディンバラ城内を歩いていた。

 

「普通だったらエディンバラ城内は観光スポットだけど……確か、ここは観光客が入って来れない場所だよな」

 

観光スポットとして開放されているエディンバラ城でも、観光客が入れないところは多々ある。

真守たちが歩いているところはすでに関係者以外立ち入り禁止の場所だ。

 

「非常事態だから入れるケド。いつもなら入れないところを歩いてるなんて、普通なら体験できないことだなっ」

 

真守は怪我の功名にくすくすと笑う。

垣根はふっと笑うと、真守と繋いでる手を優しく引く。

そして自分の口元に持って行きながら、目元を緩めた。

 

「今だけの特権ってやつだな」

 

「うん。世界滅亡の危機だけど、垣根と一緒に普通なら体験できないことができて幸せだな」

 

「……ふ。これからだって普通なら体験できねえことができる。二人でならな」

 

「うん、そうだなっ」

 

真守は嬉しくて、ふにゃっと笑う。

真守たちが歩いていると、前方に人が見えた。

 

「あっお祖父(じい)さまっ」

 

真守は祖父であり、マクレーン家の当主であるランドン=マクレーンを見つけて表情を輝かせる。

垣根は祖父を見つけて嬉しそうな真守に目を向けると、真守と繋いでる手を離す。

 

「先に行って来い」

 

「うんっ!」

 

真守は垣根に送り出されて、ぱたぱたと駆けてランドンに近付く。

 

「お祖父(じい)さまっ」

 

「おお、真守」

 

ランドンは『騎士派』の騎士と話をしていたが、真守が駆け寄ってきた事に即座に気が付いて表情を柔らかくする。

そして、ランドンは手を広げてやってきた真守のことをひょいっと抱き上げた。

 

「お祖父(じい)さま、ウェールズの方は大丈夫だったか?」

 

「我らの地は無事だった。心配かけたな、真守」

 

真守は祖父の太い腕に乗っかる形で抱きかかえられて、ふふっと笑う。

 

「お祖父(じい)さま、久しぶり」

 

「うむ。我らはアシュリンを置いて先に帰ったからな。私も忙しくなければお前と共に世界を渡り歩いて祖国に帰って来たかった」

 

「ふふーっ。でも英国でまた会うことができてうれしい」

 

真守はにこにことランドンに笑いかける。

ランドンは真守が愛おしくて目を細めると、そっと真守の背中を撫でる。

 

「非常時だが、お前が英国に来られたのは嬉しいことだ。簡単に我らの祖国の地をお前が踏めるとは思わなかったからな」

 

「……私も、英国に来ることはできないと思ってた。だから来られてうれしいっ」

 

学園都市の人間である以上、真守は簡単にはイギリスに来られないと思っていた。

本当の非常時だからこそ、来ることができたのだ。

 

ランドンは自分の孫が幸せそうに笑っているのを見て、一つ頷く。

そして近づいてきていた垣根に目を向けた。

 

「真守のことを悲しませておらぬか?」

 

「ああ。つーか、逆に俺が悲しませられてるけどな」

 

「うぐっ。垣根、痛いとこ突かないでっ」

 

垣根は抗議してくる真守をじとっと睨む。

ランドンは、ゆっくりと真守のことを見つめた。

 

「無茶をしておるのか?」

 

「う。……さっき、伯母さまにも怒られた。だから、もうしない」

 

真守はまた怒られるのかと思って、不安そうにランドンをちらっと見る。

こってり絞られた後だと分かる真守。ランドンはふっと笑うと、真守の頭を優しく撫でた。

 

「お前の幸せが一番だ。お前の幸せを願う者を悲しませるのは、お前が幸せではない方へ突き進もうとしているということだ。分かるな?」

 

「うん、ちゃんと気を付ける」

 

頷いた真守の頭を、ランドンは優しく撫でる。

 

幻想殺し(イマジンブレイカー)の少年はどうした?」

 

「ん。もうすぐ来ると思うぞ。インデックスにこってり絞られただろうし」

 

「? 何かあったのか。中で待っていようか、真守」

 

「うんっ」

 

真守は頷くと、垣根を見た。

垣根は目配せに応えると、二人と共に『王室派』の面々が集まっている作戦会議室へと入った。

 

『王室派』が作戦会議室として使っている部屋には、朝日が差し込んでいる。

その清らかな朝日に照らされた壁にはびっしりと紙が貼られており、赤や青のカラフルな紐で関連事項を繋げてあった。

 

地図のようなものは、マインドマッピングにも似た情報整理術だ。第三次世界大戦の時、エリザリーナ独立国同盟でエリザリーナが作戦会議室で行っていたものと同じようなものである。

 

テーブルの上には地図が広がっており、それを囲んで重要人物たちは立っていた。

その重要人物とは英国女王に第一王女リメイアなど『王室派』の王族たち。

そして先に入室していたアシュリン=マクレーンがいた。

 

部屋の中にいるのは彼らだけではない。

真守はランドンの腕から降りると、陽の当たらない場所にいるアレイスターに近付く。

 

「アレイスター。傷はどうだ?」

 

アレイスターは真守にぴとっと頬に触れられて、ふっと笑う。

 

「問題ない。あなたのお願いで、垣根帝督の端末によって丁重に治療されたからな」

 

真守はふふんっと胸を張ると、傍らに立っている垣根の手を握った。

 

「垣根は私にできないこともできるからな。とても頼りがいがあるひとだろ」

 

アレイスターは垣根を見て肩をすくめる。

学園都市で暗躍していた頃とは比べるまでもなく、垣根帝督は真守に出会ったことで変わった。

 

その変化を、垣根帝督自身も実感している事だろう。

そしてアレイスター=クロウリー自身も、真守に会った事で変わった。

その変化が、とても喜ばしい。

 

「なんだよクソ統括理事長サマ、ニヤニヤ笑いやがって。何か文句あるのか?」

 

「いやいや。何も言ってないだろう?」

 

ふっと嘲笑するアレイスターと、いら立ちを見せる垣根。

真守は二人の間でくすくすと笑う。すると──会議室に新たな入室者がいた。

 

「上条」

 

真守は肩にオティヌスを乗せた上条当麻に笑いかける。

上条の右腕は、まだない。食蜂操祈に真守は自分の気持ちを話したが、どうやら食蜂操祈はまだ上条に幻想殺し(イマジンブレイカー)を返す気持ちが固まっていないらしい。

 

(ここまで来たら荒療治が必要かな。まあ大悪魔も幻想殺しを警戒してるし、遅かれ早かれ食蜂は狙われるだろう。危なくなったら帝兵さんに助けてもらえるように、お願いしとかないと)

 

真守は気まずそうな顔をしている食蜂操祈と、コンパクトにしたA.A.Aを変わらずに装備している御坂美琴に笑いかける。

そして彼女たちのすぐそばにいる上条当麻の隣には、不機嫌そうなインデックスが立っていた。

 

「さて、話をするか」

 

真守は立ち上がると、とてとて歩いてテーブルに近付く。

真守の行動を皮切りに、その場にいた者たちもテーブルに近付いてきた。

 

「モ・アサイアの儀式。それをコロンゾンは行おうとしており、そのためにオナーズオブスコットランドという四点セットの霊装を盗んだ」

 

オナーズオブスコットランドは四点セットであり、国家の剣、即位の冠、統治の笏という三つの宝と、スクーン石があって初めて成立する霊装である。

 

四点セットの霊装はスコットランド版のカーテナと表現される。

オナーズオブスコットランドには、カーテナと同様、英国全土を掌握できる力があるのだ。

 

カーテナと同等の力を有するとすれば、オナーズオブスコットランドはカーテナと競合する恐れがある。そのためエディンバラ城の地下迷宮に封印されていたが、それをコロンゾンは奪取した。

 

「霊装を奪取したコロンゾンは浜面仕上に剣を託して、エディンバラ城を後にした。しかも浜面が気絶させた滝壺は謎の女とヘリを撃墜させて逃亡。謎の女は間違いなく魔術師だ。何故なら帝兵さんが滝壺の行方を掴めていないからな」

 

真守はぶーんっと飛んできたカブトムシのことを、ぎゅっと抱きしめる。

 

「まあなんにせよ、滝壺は浜面のために動く。その謎の女に交渉を持ちかけられて、浜面を助けに行ったんだろう。滝壺とはそういう子だ」

 

浜面仕上と行動を共にしていた滝壺理后。

彼女にとって浜面仕上は全てだ。

だから自分を置いてコロンゾンに与した浜面仕上をどうにかするために向かったのだろう。

英国女王は学園都市側の人間の動向を聞いて、真守に問いかける。

 

「大悪魔コロンゾンはモ・アサイアの儀とやらを実行する気なのであろう?」

 

「うん。それで世界を滅ぼすつもりだ」

 

「世界を滅ぼす……か。クイーンブリタニア号を使えばできるだろうな」

 

英国女王は手に持っている差し棒で、手の平をぱしぱしと叩く。

 

「大悪魔は現在、英国王室専用の巨大豪華客船、クイーンブリタニア号を占拠しておる。クイーンブリタニア号は大規模儀式場として機能するのだ。どんな霊装でも船にあるヘリポートの祭壇中央に接続すれば増幅・攻撃に転化する機能を持つ」

 

「大悪魔の力と英国を統べる霊装。それと強力な儀式場か。確かに悪用すれば世界を滅ぼせそうなものたちだな」

 

真守はふんふんっと頷く。すると、アシュリンが口を開いた。

 

「コロンゾンはすでにエディンバラの湾内に停めてあったクイーンブリタニア号を奪取して海へと出港しているわ。先程巡航ミサイルで攻撃したけど、案の定防がれて船は無事。全く、厄介よね」

 

巡航ミサイルというさらっととんでもない兵器を持ち出したイギリスに、純情少年上条当麻はぎょっと目を見開く。

アシュリンはくすりと笑うと、クイーンブリタニア号について説明した。

 

「クイーンブリタニア号は巨大な儀式場として機能する関係上、簡単に解体ができない代物なの。いっそのことミサイルで木っ端みじんにした方が都合が良いのだけどね」

 

アシュリンは人差し指を立てたまま、船の事情を知らない真守たちのために説明をする。

 

「神殿が起動して形成されれば、外から神殿を崩すことは不可能。しかも神殿として機能すると、ヘリポートは消える仕組みにある。確認したところ、すでにヘリポートは消えていたわ。つまりコロンゾンはすでにモ・アサイアの儀式を行うための準備段階に入っている」

 

「ふむ。神殿を形成できるということは、コロンゾンは船の全権を掌握してるのだな」

 

英国女王は控えている騎士団長と東洋の聖人の気配を感じながら、淡々と告げる。

 

「コロンゾンは『清教派』のトップとして、全てを掌握していた。下の者が全て汚染されているとは限らないが、ヤツの指揮下で計画実行されたモノは多い。その最たるものが禁書目録だ」

 

英国女王は佇むインデックスへと目を向ける。

別にインデックスのどこが悪い、ということはない。

 

悪いのは諸悪の根源であるコロンゾンは。そして彼女の駒として動いていた『清教派』の面々も、彼女に利用されていただけである。

 

全てはコロンゾンの悪行。コロンゾンの正体を見破ることができなかった以上、誰も咎めることはできない。それに騙されていた人々を糾弾することもお門違いというものだ。

 

そもそも『清教派』が意見できる『王室派』だってコロンゾンの思い通りにされていたのだ。

 

責める事などできないし、責める気もない。

英国の真の髄まで浸蝕していた大悪魔コロンゾン。まったく頭の痛い話だと思いながら、英国女王は話を続ける。

 

「こうなると幻想殺し(イマジンブレイカー)がないのはやはり厳しいな。攻撃力をゼロにするソーロルムの術式も、『相手の攻撃が何であるか』というのを認識してから発動するものだ。速度によっては対応できん」

 

幻想殺しを失ったこと。それが英国女王が頭を悩ませる。

そんな彼女を見て食蜂が気まずそうな顔をした。

真守はそれを見つめて、そっと目を細める。

 

すると、英国女王はインデックスを見た。

魔導書図書館。多くの叡智をその身に宿す少女。

彼女は英国女王に乞われて、今一度大悪魔コロンゾンの情報を整理するために口を開いた。

 



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第一六〇話:〈一同決意〉に参加者現る

第一六〇話、投稿します。
次は二月八日木曜日です。


大悪魔コロンゾン。

インデックスは作戦会議を円滑に進めるために、コロンゾンについて今一度紐解く。

 

「三三三、拡散。大悪魔コロンゾンが本来のまま行動しているとしたら、おそらく彼女の目的は全世界の自然分解だと思うんだよ」

 

上条はインデックスの口から出た言葉を聞いて、首を傾げる。

 

「自然分解……なんかそんなことをこれまで何度か聞いたような……?」

 

垣根は相変わらず物覚えが悪い上条当麻に呆れる。

御坂美琴と食蜂操祈が、コロンゾンについて分からないのはしょうがない。

彼女たちは今の今まで、魔術なんてものに触れてこなかったのだから。

 

だが上条当麻はこれまでずっと、魔術に触れてきた。

それなのに分からないというのは本当に馬鹿である証拠だ。

 

垣根が呆れている事に気が付いて、上条当麻は声を上げる。

 

「そ、そんな『バカじゃねえの?』なんて顔で呆れないでよ垣根さん! だって、そこら辺の話何度聞いても難しくて……!」

 

「バカじゃねえのって思ってねえよ。やっぱり真正のバカだなコイツって思ってんだ」

 

「尚更ひどい!!」

 

垣根は何度説明しても理解していない上条当麻のことを、本当にバカだと思っている。

こんなバカに懇切丁寧に優しく勉強を教えてる真守は、本当に女神だなと思っている。

真守はくすっと笑うと、ここにいる全員が分かるようにかみ砕いて説明する。

 

「コロンゾンはいわば、世界が用意した舞台装置なんだ」

 

真守は一同の視線を集めながら、『流行』という概念に至った同じ舞台装置として説明する。

 

「本来、世界とは生まれ変わりながら続いて行くものだ。つまり万物流転という考えだな。それなのに、この世界には永劫や不滅なんてものが多すぎる。そんなのはありえない、認められない。それは世界を濁らせ、停滞させるものだ。私はそうは思わないけどな」

 

この世界に破壊と混乱を。それがコロンゾンにとっての役目。

真守はその在り方をさびしく感じながら、そっと目を細める。

 

「コロンゾンはこの世界を生まれ変わらせるために存在してるんだ。世界を次へと繋げるために、全てを壊すためにいる。その性質からは、コロンゾンも逃れられない」

 

コロンゾンは人間のために存在しているものではない。

コロンゾンが見ているのは世界そのもの。人類なんて、コロンゾンは歯牙にもかけていない。

あくまで世界のため。世界を分解へと導き、全てをまっさらにして次につなげる。

それがコロンゾンの在り方だ。

 

「流行って、なんだと思う?」

 

真守のその問いかけに、美琴が口を開いた。

 

「今のファッションの流行はミニスカートです、とか……流行り廃りの事?」

 

「漫画やアニメにだって流行がある。人気がある。その傾向を読んで対策をして、時代に乗る人もいる。……流行とは、人が生み出すものだ。だから神話には流行の神さまって出てこない。流行り廃りを決めるのは神さまじゃない。あくまで人だ」

 

実は、どの神話にも流行を司る神は存在しない。

流行とは、あくまで人が紡ぐ流行り廃りのことだ。

 

人が紡ぐものを司る神は、この世界にいない。

もし流行の神さまがいたとしたら、それは流行ではない。

人間が紡ぐ流行り廃りではない。それは神が人のために決めた、神の決まり事だ。

 

真守はセーラー服に包まれた、そのふくよかな胸に手を置く。

 

「私は流れゆくものに新たな定義を組み込み、自身を人の枠に押しとどめながらも進化することができる。だからこそ私は人々に寄り添いながらも進み続ける『流行』を冠する存在へと至った」

 

真守は自分と同じ格に位置する存在であるコロンゾンのことを思って、悲しそうに目を細める。

 

「私は自分の意思で辿り着くところまでたどり着いた。でもコロンゾンは私と違って最初から自分の在り方を世界に決められていた。そうかくあるべしとして造り上げられたんだ」

 

真守は人間として進化し続けた結果によって、コロンゾンと同じステージに立った。

だからコロンゾンは急ごしらえで作られた真守がたいそう気に入らないのだ。

 

「コロンゾンは世界を壊し、自然に逆らっていつまでも永遠に繁栄を続ける人類が許せない。そして全ての位相の存在すらも許せない。だから破壊しようとしている。モ・アサイアの儀式とは世界をまっさらに壊して、次につなげることを目的としている」

 

真守の言いたい事。

それがなんとなく分かった美琴は口を開く。

 

「……じゃあ、私たちがコロンゾンによって私たちが滅びるのは、しょうがないって事?」

 

「ある意味ではそうかもしれない。──でも、『流行』を冠する私はそうは思わない」

 

この世界は停滞している。それは本来ならば、ありえない。

世界とは、何度も生まれ変わり続けながら前に進むものだ。

それなのに人間はいつまでも廃れることない繁栄をしている。

 

それはおかしい。だからコロンゾンは自らの役割に則って、壊そうとしている。

 

真守はコロンゾンの在り方を許容している。

この世界は確かに飽和している。真守もそれは分かっている。

 

「別に、全てを壊す必要はないと思うよ」

 

この世界は、古いものを捨てて進み続けなければならない。

新陳代謝をするべきだと、真守も思っている。要らないものは捨てるべきだと思う。

 

だが全てを捨ててまっさらにするのはもったいないのだ。

何故ならこの世界には、壊してはならない尊いものがある。

 

「世界を終わらせる必要はない。だってこの世界には尊いものがある。──それにな」

 

真守は、ふわりと微笑む。

 

「人は、やっと自分の意思で歩き始めたんだ。一人一人が目を覚まして、神さまに至る道を歩み始めた。人間は、古い舞台装置に抗ってもいいんだ。その舞台装置を、壊しても新たな道へと進んでも構わないんだ」

 

真守はこの場にいる人々全員へと笑いかける。

 

「私は世界に望まれた舞台装置として、『流行』に至った。新たな舞台装置が生まれるって事は、世界が変化を許容しているってコトだ。だったら古い舞台装置であるコロンゾンを打破してもいいんだ」

 

真守は柔らかく微笑むと、この世界のことを愛おしく思う。

 

「世界とはそういうものだ。移ろいゆくために古い事を捨てて、新しいものを生み出すのが、世界なんだ」

 

真守は人々に笑いかけると、真剣な表情に切り替える。

 

「方法は、ある。コロンゾンと対消滅して、誰かが犠牲にならなくてもいい方法はある。それを私は今まで模索していて、やっと構築した」

 

コロンゾンを倒す方法。誰かを犠牲にすることなく、全てを救うことができる方法。

その前提が理解できずに、上条当麻はおずおずと問いかける。

 

「対消滅ってなんだ? コロンゾンは、普通には斃せない相手なのか?」

 

上条の疑問に、インデックスが淡々と答える。

 

「コロンゾンは世界という箱を一歩離れた場所から覗き込んでいるの。そして、コロンゾンの性質は三三三、拡散。集団AとBを共倒れさせる性質を持っている。コロンゾンはその性質から逃げられない。という事は、それに則ってコロンゾンを対消滅させる事ができるんだよ」

 

「……それって幻想殺し(イマジンブレイカー)じゃダメなのか?」

 

上条当麻は自身が失ってしまったものを考えて歯噛みする。

インデックスはその悔しさを感じなくていいのだと、頭を横に振った。

 

「もしもとうまの右手の力があったとしても、とうまの右手はこの世界という箱の中で機能するものだから。一歩引いたところから世界を見ているコロンゾンには対応できないの」

 

「……観念的な話ね」

 

第一王女、リメエアはそう呟く。

 

「コロンゾンと対消滅できる者は限られている。そのコロンゾンと綺麗な『対』になることができるのは『流行』を冠するマクレーン家の傍系というわけね?」

 

アシュリンはリメエアの言葉に目を見開く。

真守はにこっと笑って、一同を見た。

 

「ちなみに私だけではないぞ。実はアレイスターの娘も可能だ」

 

真守がそう告げた瞬間、真守の傍らにいたアレイスターが息を呑む。

 

「……世界の外より来る者。エイワスによって高次元に退避させられた関係上、リリスは『原罪』がぬぐい取られている。つまりあらゆる奇蹟を自儘に振るうことができる、この世で最も自由な存在だ」

 

アレイスターは自らの娘を頭に思い浮かべて、青ざめた表情で呟く。

真守は柔らかく微笑むと、アレイスターに向き直った。

 

「お前の娘のためにも。私のためにも。私は誰も犠牲にすることなく全てを救う術を生み出した。だから大丈夫だぞ、アレイスター。お前は娘の心配をしなくていい」

 

真守は柔らかく微笑むと、部屋の中を歩く。

そして、アレイスターのことを優しく抱きしめた。

 

「だって、そんなの酷いだろう」

 

真守は柔らかくアレイスターを抱きしめながら微笑む。

 

「お前はしあわせになるんだ。その努力を怠ってはならない。そうだろう、アレイスター」

 

アレイスター=クロウリーは真守の腕の中で顔を歪める。

そしてぎゅっと真守の小さな背中に手を回しながら、頷いた。

 

「ああ……」

 

アレイスターは頷いて、真守へとぎゅっと抱きしめる。

 

「ありがとう、朝槻真守……」

 

アレイスターは嗚咽を漏らしながらも涙する。

自分が救えなかった姫御子。

運命に翻弄されながらもこの世で最も自由となった少女。

そして、自分を許してくれた少女。

そんな少女のぬくもりが、アレイスター=クロウリーはどうしようもなく心地よかった。

 

「ちなみに宣言しておきますけど。わたくしたちマクレーン家は何があっても真守ちゃんの犠牲を許容しませんから」

 

アシュリンは大変不愉快そうに眉をひそめて告げる。

 

「真守ちゃんはわたくしの妹の娘なのよ。わたくしたちの大切な女の子なの。絶対に、これからも共に生きて行くのだから」

 

アシュリンにとって、マクレーン家にとって。

朝槻真守というのは本当に大事な少女なのだ。

東洋の血が混じってケルトの民として機能しないとしても、彼女たちは家族を大事にする。

 

「……まあ、そうなるよな」

 

英国女王は決意を秘めているアシュリンを隣にして、ため息を吐く。

 

家族のためならばなんでもする。だから彼女の妹が異国の地で死んだ事をマクレーン家の人々が知った時、彼らはとても憤った。

そしてその尻拭いを政治的な余波を受けてやらされたのは『王室派』なのだ。

 

現当主であり、真守の祖父であるランドンなんて怒り狂っていた。もう一度あんな事が起こるなんて、それこそイギリスの現体制は滅ぼされてしまうだろう。

 

「確認しておきたいのだけど」

 

リメエアはアシュリンを他所に、とりあえず気になったことがあるので話を戻す。

 

「コロンゾンと綺麗な『対』になるのは、『流行』を冠するマクレーン家の傍系やアレイスターの娘だけなの? スコットランド方面で頻繁に目撃されている二人の『魔神』や、正面の肩に乗っているの、それと『神威混淆(ディバインミクスチャ)』は無理なの?」

 

「ダメ」

 

インデックスは軽く首を横に振った。

 

「悪魔という言葉にはいくつかの意味が内包されている。人の心の暗い側面、堕ちた天使、そして異教の神。確認されてる『魔神』系統では、コロンゾンと綺麗な対にならないんだよ。エジプト神話やギリシャ神話に依存する『神威混淆』もね」

 

「成程。……だからマクレーン家の傍系やアレイスターの娘が適当だった。『流行』の名を冠するあなたやリリスは、確かに拡散というコロンゾンと綺麗な対になる」

 

真守はリメエアの言葉に頷く。

 

「でも対消滅すると、私はこの世界から消える。私はもう概念的な存在になっているから本当の意味で消える事はない。それはコロンゾンもそうだ。だから対消滅というのは、この世界に出力する肉体を失うという事。それは朝槻真守という人間としての死に繋がる」

 

英国女王は真守の説明を聞いて、顎に手を当てる。

 

「人類を守るためにたった一人の少女や赤子を犠牲にする……美談かもしれぬが、その者たちを大切に想っている人間がいる以上、美談にはならぬ」

 

真守は英国女王の言葉に頷く。リメエアはそんな真守を見た。

 

「誰かが必ず犠牲になる。それが許せなかったから、あなたは解決策を見つけたのね?」

 

真守はリメエアに問いかけられて頷く。

 

「私の方法は完全にコロンゾンを殺すっていうわけじゃない。それにこの方法でも決定打にはならない。だからみんなにも頑張ってもらわないといけない」

 

「活路があるならばそれを使うべきよ。私はそう思うわ、ねえお母さま?」

 

「うむ」

 

総力戦をけしかければ、勝てる可能性は十分にある。

それならば、やらない手はない。むしろ勝利を掴むために自分たちも頑張れるのであれば、本望である。

 

「私が正面を切る」

 

そう告げたのは、アレイスターだった。

 

「因縁は私から始まったんだ。そして朝槻真守がリリスを犠牲にしない方法を編み出してくれた。それならば私が体を張らない理由がどこにある」

 

アレイスターは固い決意が込もった瞳で告げる。

 

「必ず、終わらせる。必ずだ」

 

『あら。それならば私だって蚊帳の外でいるわけにはいきませんのよ』

 

どこからか、声が響いた。

それはエディンバラ城の外から飛行という奇蹟によって現れた。

アレイスター=クロウリーは柔らかく微笑んだ。

誰が来たか。真守にも垣根にも、それは分かっていた。

 



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第一六一話:〈反転攻勢〉で動き出す

第一六一話、投稿します。
次は二月一二日月曜日です。


突如現れて『騎士派』の騎士たちを困惑させたのは、真守の先祖であるエルダー=マクレーンだ。

エディンバラ城内を、エルダー=マクレーンは闊歩する。

城を守る『騎士派』の騎士たちは、何も言えない。

 

何故なら赤ん坊を抱き上げて犬と男女二人を引き連れて歩くエルダーに、マクレーン家の面影がばっちりあるからだ。

 

貴族のように毅然として、堂々とした立ち振る舞い。

彼女のことを止められる『騎士派』の騎士は、いなかった。

エルダーはエディンバラ城を堂々と歩くと、ばーんっと会議室の扉を開け放つ。

 

「ふっふふー、真打ち登場とはこのような事を言うのだなっ!」

 

ペルシャ猫を彷彿とさせる、西洋喪服を模したドレスを身に纏う淑女。

自信たっぷりな表情。あどけない顔つき。華やぐ淑女。

ぴょこんっと震える猫耳と尻尾。それを見た英国女王は目を剥いた。

 

「……待て、待て待て待て待て」

 

英国女王はカーテナ=セカンドを持ったまま、突然現れたエルダー=マクレーンに困惑する。

 

「どっかで聞いた事ある声だ。しかも皺を綺麗に蓄えていたのを覚えておるが、どっかで見た事ある顔だぞ……!?」

 

英国女王はエルダー=マクレーンを見て、思わずたじろぐ。

エルダーは視線を感じて目を見開くと、表情を輝かせた。

 

「おおっ、エリザードか!」

 

エルダーはぴょこんっと猫耳を跳ねさせて、嬉しそうに尻尾を揺らす。

 

「いやはや。あんなにちっこかったのに今はちゃんと女王陛下やってるとか、まったく。時が経つのは早いと実感させられるぞ?」

 

ぺかーっと楽しそうに表情を明るくするエルダー。

ルンルンご機嫌な様子を隠し通せていないのは、久しぶりに英国へと帰ってきて顔なじみに会ったからである。

そんなエルダーに英国女王はカーテナ=セカンドの切っ先を向けて叫ぶ。

 

「エルダー=マクレーンッ……!?」

 

「うむっ。それでも今のワタシは魔導書の『原典』であるがな。だが偽物だと断じてくれるなよ? ワタシは一度確かに断絶されたが、自らを地続きであると定めた。受け入れよ」

 

あんぐりと口を開けるエリザード。

真守はその様子を見て首を傾げていたが、納得した声を上げた。

 

「そういえば英国女王が子供の頃、エルダーさまはまだ生きていたんだよな。エルダーさま、久しぶりに故郷に帰って来られてすごく嬉しそう」

 

真守が納得した声を上げると、真守に寄り添っていたアシュリンが笑う。

 

「しかもマクレーンの現当主とエリザードさまは幼馴染であられますから、エルダーさまと会った事もあったのよ。真守ちゃん」

 

ほーっと感嘆する真守とアシュリンを見て、リメエアは目を細める。

 

「マクレーン。説明して頂戴、あの方は誰?」

 

「エルダー=マクレーン様。わたくしと真守ちゃんのご先祖さまですわ。わたくしにとっては曾祖母、真守ちゃんにとっては高祖母にあたりますの」

 

アシュリンが説明すると、英国女王が驚愕の声を上げた。

 

「なっなんで若作りしておるのだ!? ピッチピチじゃないかっ!! しかも猫耳と尻尾って!! どんなキャラを狙っておるのだ!?」

 

「それは我が友のおかげであり我が友が元凶であるからして、気になるだろうが気にしてはならぬことである。キャラ的に言えば猫耳貴婦人だがなっ」

 

「わがとも?」

 

女王エリザードはご機嫌に楽しそうに笑うエルダーの言葉に目を瞬かせる。

エルダーは笑うと、座っているアレイスターへと目を向けた。

 

「そこの銀の少女、アレイスターはワタシの友だぞ。ワタシは元々問答型思考補助式人工知能(リーディングトート78)としてアレイスターに必要とされていた。だからワタシは学園都市が今のカタチをした時から、『窓のないビル』の中でアレイスターとずぅっと一緒だったのだぞ」

 

英国女王は驚愕で絶句する。

確かにエルダー=マクレーンが生きていた時代と、アレイスター=クロウリーが活躍していた時代は重なっている。

だがそんな繋がりがあるとは英国女王も思わなかった。というか当時子供だったので、エルダーの交友関係なんて知るはずもないのだ。

 

「ダメだ、くらくらしてきた……」

 

「しっかりしてください、お母さま」

 

第一王女リメエアはよろよろしているエリザードを受け止める。

真守は突然現れたエルダー=マクレーンとリリスを見て笑う。

 

「大丈夫。きっと明日は変わらずにやってくるよ」

 

真守の言葉に、一同は真守を見た。

 

「ここには全部があるんだからな。大丈夫だよ、誰も犠牲にしないで世界を救う。私たちにはその力がある」

 

真守は柔らかく微笑んで、上条を見た。

上条は頷く。

 

「今の俺には幻想殺し(イマジンブレイカー)がない。けど、俺は自分のやりたいことを曲げるつもりはねえよ」

 

上条当麻はそう告げる。

だって朝槻真守が信じてくれたのだ。

 

記憶がなくても、幻想殺しが無くても。上条当麻の在り方は変わらないと。

だから自分は自分のできる事をやればいい。これまでだってそうしてきた。

届く範囲の人々を救う。幻想殺し(イマジンブレイカー)がなくたって、その想いを捻じ曲げる必要はない。

 

「ここにゃイギリスの内部事情を知ってる『王室派』も、一〇万三〇〇一冊以上の魔導書を丸ごと抱えこんだインデックスもいる。俺たちだっている」

 

上条はニッと笑うと、アレイスターを見つめた。

 

「だからアレイスター。全部を使って、エイワスだのコロンゾンだの盤面なんて全部ぶっ壊そうぜ。家族を守って最後に笑うのはお前でいい。そうだろう?」

 

アレイスターは上条当麻の問いかけに頷く。

 

「……全部寄越せ。貴様たちが持っている情報と技術を全部!!」

 

アレイスターの声が響く中、一同は頷く。

敵対するはコロンゾン。生命の樹の『深淵』に佇む悪魔。

 

「人間の本気ってヤツを見せてやる」

 

真守がそう告げて、柔らかく微笑んで。そして獰猛に笑った。

方針は決まった。科学と魔術も関係ない。過去の因縁や暴挙も気にしない。

一同は一つにまとまった。そんな状況で、垣根帝督は鋭く目を細めた。

 

「来るぜ」

 

真守が見つけた解決策。それをコロンゾンに知られないために、垣根帝督はカブトムシに未元物質(ダークマター)を散布させて空間を満たし、認識阻害をしていた。

 

真守たちがいる作戦会議室は、コロンゾンにとってどんな場所になっているか分からない。

だがコロンゾンは自らの天敵であるリリスを追って、真守たちのいる場所へ攻撃を仕掛けてきた。

 

どんッ!! という、真下からの突き上げ。

それはエルダー=マクレーンが抱えているリリスを間違いなく狙っていた。

 

エルダー=マクレーンはリリスを揺らさないように跳躍して真横に飛び、柱の凸凹部分にシュタッと張り付く。

 

「アエティール・アバター。一三なるZIMか!!」

 

アレイスターはリリスの無事を確認しながら、コロンゾンの攻撃方法を看破する。

 

『……お互いチェックメイトへの作業にかかりきりか。だだこちらは離れた場所から自由に盤を掻き回せる立場だぞ』

 

コロンゾンは作戦会議をしていた場へと躍り出て、アレイスターを睨む。

するとアレイスターは不敵に笑った。

 

「安心しろ、リリスは使わせない。世界の誰にもだ。そして──朝槻真守もだ」

 

『「流行」を冠した俗物と潰し合うのは不毛だが、それ以外でこの私を撃破する可能性がわずかでもあるその赤子はここで摘み取る。これは既に確定した選択だ』

 

コロンゾンが宣言する中、分厚い石の壁を砕く轟音が響く。

それは作戦会議室の壁に巨大な金属のコンテナが突き刺さった音だった。

 

そのコンテナのすぐ近くにはエルダー=マクレーンと共に来たカエル顔の医者とゴールデンレトリバー。そしてスーツ姿の木原唯一が立っていた。

 

コンテナは壁に突き刺さると、ぱたぱたぱたっと自らの側面を立方体の展開図のように広げる。

 

すると。必然として中にあった凶悪で大仰な武装の数々が垣間見えた。

それは次々と大型犬へと接続され、それを見て御坂美琴はあっと声を上げた。

 

その武装はまぎれもなくA.A.Aだ。

A.A.Aを駆使する御坂美琴の先輩に当たる木原脳幹は低いダンディな声で告げた。

 

『使え、アレイスター』

 

木原脳幹が携えているのは御坂美琴の携えるA.A.Aと明確に異なるものだ。

数トンにも及ぶ重量を背中側の支持脚で逃がす美琴と違い、木原脳幹はA.A.Aを浮遊させている。

 

ソロモンの魔導書曰く。

大きな儀式を行う時は三人の弟子か、それらが揃わなければ忠実な愛犬を伴うべきらしい。

 

『こういう回り道は避けたいものだが』

 

木原脳幹は自らの姿を見て、完全復活に感激している木原唯一をよそに告げる。

 

『世の邁進を否定するためには、まずその現象の詳細を調べねばならぬ。良いだろう、全てを開陳しろよアレイスター。敵対知識として吸収してくれる。全てを拒絶するためにな』

 

木原脳幹の声が響く中、御坂美琴のA.A.Aに変化が起こる。

 

「わっ」

 

御坂美琴は突然自分の意思とは反して動き出したA.A.Aに困惑する。

 

「ちょ、待って、ひとりでにっ、動く!?」

 

御坂美琴が困惑する中、木原脳幹と御坂美琴のA.A.Aから赤い閃光が繰り出された。

鮮血よりも禍々しい二本の輝きは、人知れず十字に交わる。

それを見て、コロンゾンは一人呟く。

 

『血の供儀か。だがオシリスの時代の魔術では、私を害することは叶わぬぞ、人間。支配者の法則は既によそへと逸れている!』

 

「誰が男性神格の血液などとのたまった、コロンゾン?」

 

『ならばベイバロンか? 半端に女性原理をかじったところで何がどうなる。それではせっかく貴様が会得した聖書の力、十字の力に導かれた男性原理の奇蹟を手放すだけだ』

 

コロンゾンは魔術知識を礎にアレイスターと渡り歩き、鼻で笑う。

 

『まっさらな状態から積み上げるのは苦労せん。だが究極的なまでに功を積み上げれば、人間はそれ以外に適応できない特化型となる。身動きが取れなくなるに決まっておろう!』

 

ローマ正教の神の右席は、天使の術式に特化した故に例外を除いて普通の魔術が使えなくなった。

昇り詰めれば昇り詰めるほど、応用が利かなくなる。

そう主張するコロンゾンを見て、アレイスターは笑った。

 

「愚かしいなコロンゾン、全ては積み重ねだ」

 

科学を一から構築し、頂まで昇りつめた統括理事長は語る。

 

「時代とは異なる様式を否定する概念ではない。イシスとの結合があるからオシリスがあり、オシリスの殺害があるからホルスは輝く。十字教を憎まなければ、私は魔術を学ばなかった。どれだけ忌み嫌っても、私の土台には常に磔刑に処された『神の子』がある。それが事実だ」

 

『貴様……』

 

「故に我は魔術の輪を結ぶ。イシスよりオシリス、オシリスよりホルスへと辿る道を! これより因と果を連結せしは我が身と大悪魔。よってベイバロンの赤は速やかに敵を撃ち抜き、その飛沫を余さず私へ返せ!」

 

中心に銀の少女を携えて、二種のA.A.Aは大悪魔へと牙を剥く。

 

『だからどうした』

 

金の髪でできた、竜にも天使にも見える神々しくも禍々しい影は笑う。

 

『忘れたのか。我が名はコロンゾン、ダアトのある「深淵」に潜み、上下の橋渡しを管理する大悪魔なり。生命の樹、上位三種のセフィラへと到達できなかった貴様が、樹の全てを自由に行き来する私に敵うとでも思ったか!!』

 

普通ならば、アレイスターの一撃はコロンゾンには通じない。

だがこの場には、コロンゾンと同じ領域へと達した朝槻真守がいる。

 

「お前の『拡散』は『流行』に至った私の存在の根底まで届いた。だから当然、お前の『拡散』のパラメータは取得している」

 

真守はA.A.Aと干渉する。

そしてコロンゾンという完璧な存在を穿つためのパラメータを入力した。

それは少し皮肉が込められていた。

自然分解を司るコロンゾンという存在を『拡散』させるパラメータだ。

 

『な……ッ』

 

コロンゾンはまさかの攻撃に、声を上げる。

そんなコロンゾンを前にして、アレイスターは獰猛に笑った。

 

「そういえば一九〇九年の召喚実験の時もそうだったな。貴様は召喚したる私を圧倒する事には成功したが、私を支えるニューバーグにまで気が回らなかったなあ!」

 

アレイスターの怒号と共に、銀の少女の両脇に侍るA.A.Aの閃光が重なる。

共振のように、その威力は増し。

莫大な量の金髪を束ねた異形の怪物は内側からバラバラになった。

 

ボンッ!! という、まるで風船が割れたような音。

そして力を失って散り散りになった金髪がはらはらと舞う。

 

だがこの場にいるコロンゾンに『拡散』を穿っても意味がない。

つまり退却させただけだ。やはり本質を叩かない事には始まらない。

 

「さて、攻勢に出るぞ」

 

アレイスターはそう告げて、進み出す。

 

かつて。アレイスター=クロウリーは、たった一人の友にいつまでも進み続けよと言われた。

そしてアレイスターは彼女に、自分たちの大切な位相を破壊するお前を許さないと言われた。

だがそれでも彼女──エルダー=マクレーンは自分のそばにいてくれて、見守ってくれた。

 

彼女たちマクレーン家が真に欲した姫御子──朝槻真守も、彼女の番も共にいてくれる。

だから大丈夫。

アレイスター=クロウリーはそう考えると、コロンゾン打破に動き出した。

 



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第一六二話:〈親愛存在〉からの送り出しと合流

第一六二話、投稿します。
次は二月一五日木曜日です。


次につなげるために、世界を終わらせようとしている大悪魔コロンゾン。

そのコロンゾンを止めるために、朝槻真守たちは動き出した。

 

エディンバラ城の中庭。

そこで真守は、伯母であるアシュリン=マクレーンと出発前の挨拶をしていた。。

 

「真守ちゃん、危ないことはしないでね」

 

「大丈夫だぞ、伯母さま。ちゃんと垣根の言うこと聞くから」

 

真守は心配する伯母に、穏やかな笑みを浮かべる。

アシュリンは真守が首に巻いている白と黒のマフラーに触れる。

そして丁寧に巻き直してあげながら、問いかけた。

 

「行き先はダンフリース方面よね?」

 

「うん、その近くの小さな港町で一方通行(アクセラレータ)と待ち合わせしてるんだ。コロンゾンを倒すために力を合わせなくちゃいけないから」

 

真守はアシュリンにマフラーを正してもらって、うれしそうに微笑む。

 

「もう怪我しちゃだめよ」

 

「はい、伯母さま」

 

真守はこくんっと頷いて、アシュリンを見つめる。

真守も流石にアシュリンのお説教で懲りた。

絶対に自分のことをないがしろにしない。そう決めた。

 

真守がアシュリンと話をしていると、アシュリンの両脇からにゅっと二人の少女が出た。

 

アシュリンと真守とよく似た顔つき。双子だとすぐに分かる顔立ち。

彼女たちはアシュリンの娘たちだ。

 

マクレーン家は一度本国を離れて、一族総出で学園都市に避難して来ていた。

その時に真守は、自分の親戚たちと顔を合わせている。

 

マクレーン家は真守の事を全面的に受け入れている。それはアシュリンの娘たちも一緒だ。

 

「ねえ母さま。どうして真守ちゃんはカキネと一緒に前線へ向かっていいのに、なんで私たちは後方支援なの?」

 

「私たちもお祖父(じい)さま──ご当主さまたちと一緒に戦いたい」

 

アシュリンは自分に抱き着いて甘えてきた娘たちを見て、むっと顔をしかめる。

 

「わがまま言わないの。真守ちゃんは例外です」

 

「「ぶーぶー」」

 

真守は従姉妹が現れて、少し緊張してしまう。

マクレーン家の人たちは優しくて、そんな彼らを真守は大切にしたい。

だから真守はマクレーン家の人たちを前にすると、すごく慎重になってしまうのだ。

 

アシュリンの双子の娘はそんな真守に気が付くと、同時に真守に抱き着いた。

 

「わっ」

 

真守は双子の従姉妹に抱きしめられて、声を上げる。

双子の片方は真守の頭を撫でて、もう片方は真守の黒髪を撫でる。

 

「真守ちゃん、カキネに嫌なコトされたら拒んで良いんだよ?」

 

「そうそう。男はいつだって女の尻を狙ってるんだから」

 

アシュリンの娘たちは、真守と付き合っている垣根を大層敵視している。

理由は垣根が自分たちの大切な女の子にまとわりつく悪い虫かもしれないと警戒しているからだ。

 

垣根は最初から言いたい放題の真守の従姉妹を前にして、怒気を見せる。

真守は双子に抱き着かれたまま、緊張した様子で声を上げる。

 

「か、垣根は私の嫌がることは絶対にしないっ」

 

「「えー真守ちゃん、いつもそー言う」」

 

流ちょうな日本語で喋る双子の娘たち。彼女たちはじろっと垣根を見上げる。

 

「あのイケメン顔、どこからどう見ても女の敵だろ」

 

「夜は真守ちゃんのことイジメ倒してる。絶対、ぜぇーったい」

 

やいのやいの声を上げる双子たち。垣根は無表情で双子を見下ろす。

 

「オイ。真守と同じ顔してるからって良い気になるなよ」

 

「「きゃーこわーいっ」」

 

双子の娘はわいわいはしゃぐと、真守にむぎゅっと抱き着く。

 

「真守ちゃん、カキネが脅してきてる」

 

「悪い男だねーでも私たちと真守ちゃんの顔が似てるから大きく出られないねー」

 

言いたい放題の双子たちに、垣根はブチッと音を立てて何かが複数切れそうになる。

真守はむぎゅむぎゅ双子の抱き着かれたまま、緊張した様子で困惑する。

どうすればいいか分からない真守の代わりに、双子の母であるアシュリンが声を上げた。

 

「こら。わたくしの娘がはしたないこと言うんじゃありません」

 

「「えーだってだって」」

 

「だってじゃないでしょう、まったくもう」

 

母に諫められて、双子の娘は真守から離れる。

だが二人は真守から離れる前に、真守の両頬にキスをした。

 

「わわっ」

 

真守が驚きの声を上げる中、垣根は無言で拳を上げる。

双子の娘はイタズラっぽく笑うと、真守と垣根から離れた。

 

「真守ちゃん気を付けてねー」

 

「色々なことに! 気をつけるんだよー」

 

垣根はくすくす笑って去っていく双子を前にして、静かに怒りを燃やす。

 

「あの双子……っ!」

 

「ごめんね、帝督くん。あの()たち、真守ちゃんのことをすごく気に入っちゃって」

 

アシュリンは苦笑すると、真守の頭を優しく撫でる。

 

「遺伝子的に言えば関係が異父姉妹に当たるようなものだから。二人共真守ちゃんのことが心配になるのね」

 

真守の母とアシュリンは一卵性双生児である。

そのため真守とアシュリンは遺伝子的に言えば母娘に相当する。つまりアシュリンの娘である双子と真守の違いといえば、父親の違いとなるのだ。

 

「わたくしたちはあなたの事をとても大事に思ってるわ。だからちゃんと帰って来てね」

 

アシュリンは、真守の頭を優しく撫でる。

真守はアシュリンに頭を撫でられて幸せそうに目を細めると、にぱっと笑った。

 

「伯母さま、行ってくるねっ」

 

真守はアシュリンに挨拶をしながら、垣根の手を握る。

 

「垣根とちゃんと元気に帰って来るね」

 

垣根は真守の手を優しく握ると、アシュリンを見る。

アシュリンはたおやかに微笑むと、真守の頬に触れる。

 

「帰って来たらゆっくりしましょうね、色々な話をしたいわ」

 

「うん、私も伯母さまと話がしたい」

 

真守は垣根と繋いでいる手に、きゅうっと力を込めながら笑う。

 

「行ってくるね、伯母さま。頑張ってくる」

 

「ええ。気を付けて」

 

アシュリンは柔らかく微笑んで、真守と垣根を見つめる。

真守は小さく手をふりふりと振ると、垣根に向き直った。

 

「行こう、垣根。世界を救いに」

 

「……まったく、いつの間にか大きい話になっちまったな」

 

垣根はふにゃっと笑う真守を見て、肩をすくめる。

 

垣根帝督は、学園都市という実験場の暗部組織に所属していた。

学園都市こそ、世界の全てだと思っていた。

 

だが現実は違った。学園都市は科学サイドと呼ばれる一角に過ぎず、相対する存在として魔術サイドというものが存在していた。

 

統括理事長が世界を分断したため、垣根帝督は世界の片側しか知らなかった。

朝槻真守に出会った事で、全てが変わったのだ。

 

その変化が、垣根帝督には喜ばしい変化だった。

垣根は穏やかに笑うと、真守の手を握る。

 

「行くか、世界を救いに」

 

「うんっ」

 

真守はふにゃっと笑うと、そっと目を伏せた。

すると。真守の背中から、三対六枚の蒼ざめたプラチナの翼が生えた。

垣根帝督も三対六枚の未元物質(ダークマター)の純白の翼を広げた。

 

「飛ぶだけなら垣根と同じ枚数で良いかなって」

 

真守は少し恥ずかしそうに、微笑む。

垣根は真守が愛おしくて、そっと目を細める。

 

自分のことを良い方向へと変えてくれた、愛おしい少女。

ずっと、泥のようにまとわりつく闇の中にいた。

深く深くに潜って行って、闇の根源を掌握して世界を掌握しようとした。

 

だがこの少女が一筋の光となってくれたのだ。

垣根は笑うと、真守の手を優しく引く。

そして二人で並んで、空へと飛び立った。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

スコットランド、ダンフリース近郊。

小さな、有名ではない港町。その沿岸にて、一方通行(アクセラレータ)は立ち尽くしていた。

隣には人工悪魔のクリファパズル545がぷかぷか浮かんでいる。

 

科学の怪物は魔術の悪魔を侍らせて、一人感慨にふける。

いつの間にか、遠いところまでやってきたと。

 

かつて、一方通行(アクセラレータ)はとある実験に参加していた。

まだ見ぬ頂に昇り詰めるがために、多くの命を犠牲にしていた。

 

そんなある日、深夜のコンビニでとある少女に出会った。

 

朝槻真守。あの時、真守はすごく焦っていた。

後から聞けば、自分と会った時に初めてコンビニへ一人で入ったらしい。

科学の街でありえないだろ、と思った一方通行(アクセラレータ)。だが真守はずっと病院暮らしでわざわざコンビニに行く必要がなかったと主張していた。

 

まあ詳しく言えば真守のアレはただの良い訳で、食事に興味がなかったためコンビニに入る必要性を感じなかっただけなのだが、それはさておき。

 

あの時の真守の生活範囲は、病院と学校・時々ショッピングセンター位だった。

自分のテリトリーから出るのは本当に大変な事だ。悪の世界に浸かっていて、表の世界で生活する事に難儀している今の一方通行(アクセラレータ)には理解できる。

 

そんな朝槻真守と、一方通行は多くの話をした。

真守は本当に神さまのようで。実際に神さまになるべく、真守は『永遠』を司る素質を持って生まれてきたという。

 

そんな少女と、一方通行(アクセラレータ)は一つ約束をしていた。

いつか一方通行が許せるようになったら、名前で呼ばせてほしい。

その約束を、一方通行は覚えている。

 

(まァ今更名前で呼んでくれていい、なンてこっぱずかしくて言えるはずがねェがなァ)

 

一方通行(アクセラレータ)はふと顔を上げる。

すると上空から朝槻真守が降りてきた。

 

「一方通行」

 

柔らかく微笑む少女は、背中に蒼ざめたプラチナの翼を携えている。

白と黒の翼も彼女らしいと思っていたが、あの翼も中々に真守に似合っている。

三対六枚広げた少女はゆっくりと上空から迫り、一方通行(アクセラレータ)へと抱き着いた。

 

「くっつくンじゃねェ。こちとら怪我してるンだ」

 

「ふふん。そんなこと当然として知ってるぞ」

 

真守は得意気に微笑んで、一方通行(アクセラレータ)の傷を締め上げないように抱きしめる。

 

エディンバラ城でコロンゾンと対決した後。一方通行はクリファパズル545と連絡用のカブトムシと共に、コロンゾンと浜面仕上を追っていた。

 

そして一度、列車という閉鎖的な場所でコロンゾンに付き従う浜面に追いついていたのだ。

だが、そこで魔神ネフテュスが横やりを入れてきた。

そのせいで負傷し、一方通行は浜面仕上を逃してしまったのだ。

 

「待ってな、今治してやるから」

 

真守は一方通行(アクセラレータ)のことを抱きしめたまま、一方通行の体に干渉して治癒を始める。

 

「至れり尽くせりどォもありがとォ」

 

一方通行はケッと吐き捨てながらも、真守に礼を言う。

そして目を逸らした一方通行の視界に、新たな影が舞い降りた。

 

「オイ真守。治療っつったって別に抱き着かなくてもいいだろうが」

 

純白の未元物質(ダークマター)製の翼を三対六枚広げた少年、垣根帝督。

 

(コイツは相変わらず独占力が強ェな……)

 

一方通行(アクセラレータ)の思考が理解できる垣根は、一方通行を睨む。

 

「なんだよテメエ。文句あるのか?」

 

真守は苛立ちを見せている垣根を見上げて、一方通行が文句を言う前に口を開く。

 

「垣根、一方通行(アクセラレータ)がキライだからって一々突っかからないで」

 

「嫌いだからつっかかるに決まってんだろうが。つか早く一方通行から離れろオラ」

 

「どう思う、悪魔ちゃん。垣根って器小さいだろ?」

 

真守は一方通行(アクセラレータ)に変わらず抱き着いたまま、一方通行の隣に侍ている額に穴が開いた人工悪魔に声をかける。

 

『ひひひ。それを答えると人工悪魔的な人生が終わりを告げそうですけどぉ……?』

 

真守は笑顔で柔らかく微笑む。

 

「終わらないぞ。お前の生を終わらせるのは一方通行だからな、大丈夫だ」

 

『ではぶっちゃけますと器が小さいかと』

 

「なんだとコラ悪魔風情が」

 

『うぎゃーっ尻尾掴まないでくださいっ!』

 

クリファパズル545は魔王に尻尾をむぎゅっと掴まれて、叫び声を上げる。

 

しかも垣根は浮遊しているクリファパズル545の尻尾を握ったまま引っ張り、逆さにして尻尾を伸ばしてヨーヨーみたいにクリファパズル545をびょんびょん揺らす。

 

それにクリファパズル545は逆らえない。何故ならクリファパズル545は真守の先導で垣根によって逆らえないように様々な安全装置が組み込まれている。

 

しかもそれに加えて、垣根が未元物質(のうりょく)を使っているのだ。

 

『ふげーっなんか変な法則が働いて……ッ!? 人工悪魔をイジるために能力まで使うとか大人気ないですよぅ!?』

 

「安心しろ悪魔、俺はまだ未成年。つまり子供だ」

 

『そういう事言ってるんじゃないんですよぅっ! うわああんご主人様ァ!!』

 

「お前たちナニ仲良しこよしやってンだ……?」

 

一方通行(アクセラレータ)は真守に抱きしめられたまま、思わず遠い目をして呟く。

世界が終わりそうなのに、この少女たちはクリファパズル545を加えて随分と楽しそうだ。

 

(こォいう空気にはどォも慣れねェ……)

 

一方通行は小さくため息を吐く。

そんな一方通行を見て、真守はふふっと幸せそうに笑った。

 

垣根帝督はクリファパズル545を弄り倒すと、一方通行から真守を引きはがそうとする。

それでも離れない真守。

一方通行は真守を引っ張る垣根の被害を受けて、今度こそ大きくため息を吐いた。



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第一六三話:〈情報擦合〉で最終決戦の地へ

第一六三話、投稿します。
次は二月一九日月曜日です。


ダンスリーフ近郊の小さな港町。

そこで一方通行(アクセラレータ)とクリファパズル545に合流した真守は、ご機嫌に微笑む。

 

「一方通行。一人で行動してよく頑張ってたな。エライエライ」

 

真守はなでなでと、優しく一方通行(アクセラレータ)の頭を労わるように撫でる。

 

「うるせェ、頭なでるンじゃねェ」

 

一方通行は鬱陶しそうにしながら、真守の手を払いのけることはしない。

真守はふふんっと上機嫌に笑うと、一方通行の手を握った。

 

ちなみに垣根帝督は真守のことを、後ろから抱きしめている。

鬱陶しいと感じる真守だが、さっきみたいにぎゃーぎゃー文句を言われるよりマシだ。

 

自分よりも小さくて、ちんまりとした手。

一方通行は真守の繊細な手に包まれて、真守をまっすぐと見た。

 

「……で、オマエたちの方はどォだったンだ? どォやって悪魔を倒す?」

 

「ちょっと複雑だからな。でもちゃんと方法は構築したぞ。……その方法には、一方通行(アクセラレータ)と悪魔ちゃんの力が必要不可欠なんだ」

 

真守は真剣な表情をして、一方通行を温かいエメラルドグリーンの瞳で見つめる。

 

「力を貸してほしい、一方通行(アクセラレータ)。お願い」

 

一方通行は真摯に真守にお願いされて、眉をひそめる。

 

「……俺がオマエに力を貸せば、大悪魔を倒せるンだな?」

 

「うん。もちろん私の方法で確実にコロンゾンが倒せるわけじゃない、でもコロンゾンを止めることができる」

 

真守はこくんっと頷くと、人差し指を立てる。

 

「コロンゾンを特別にしているのは、なんだと思う?」

 

一方通行(アクセラレータ)は真守に問いかけられて、眉をひそめる。

だがすでに答えは色々なところで話題になっていた。

そのため一方通行は特に逡巡する事もなく、真守の問いに答える。

 

「この世界を闊歩できる、契約に縛られねェ肉の器があるって事だろォが」

 

「うん。その通りだ」

 

真守は一方通行(アクセラレータ)の頭をなでなでと、優しく撫でる。

 

「コロンゾンを特別にしているのは、コロンゾンが肉の器を持っているからだ。人間から正当に進化をした私と違って、超常存在というのは普通肉体を持っていない。本来ならば、超常存在は自分の力を出力できるこの世界で自由に動ける端末を持っていない」

 

肉の器。この世界で超常存在が自由に動ける端末。それは、簡単には用意できない代物だ。

コロンゾンが自分の器をどうやって用意したのかは分からない。

だが肉の器があるからこそ、コロンゾンが特別になっていることは事実だ。

 

「超常存在というのは、既に概念的な存在として世界に根付いている。私もコロンゾンも、そしてエイワスもな。だからここで滅びようとも、私たちはこの世界から抹消されない。私たちを本当の意味で消し去るには、この世界の仕組みを壊さなければならないんだ」

 

舞台装置。そんな存在に真守が至っている事を、垣根帝督は寂しく感じた。

そのため垣根は、後ろから抱きしめている真守のことを少しだけ強く抱き寄せる。

 

真守は垣根が緩く寂しそうに力を込めたのに気が付いて、きょとっと目を見開く。

そして真守はふふっと笑うと、垣根が自分の腰に回している手に優しく触れた。

大丈夫だと、そういう意味を込めて優しくなでなでと垣根の腕を撫でる。

 

「概念的な存在としてこの世に根付いている超常存在は、肉体を持たない。だからこの世界に顕現する時には供物が必要だし、誰かの力を借りなければならない」

 

何かを対価にして誰かに召喚されなければ、概念である超常存在はこの世界に触れられない。

超常存在がこの世に召喚されるには、何かしらの供物が必要不可欠だ。

だがその供物も、超常存在をこの世界に紐づけるものでしかない。

超常存在は、召喚者が明確に力を寄越してくれなければこの世界に留まれない。

 

「超常存在がこの世界に存在するには、自身をこの世に繋ぎ留めてくれる契約者が必要不可欠だ。だから自分の顕現の手綱を握っている主人の命令を聞く必要がある。当然だな」

 

超常存在がこの世界で闊歩するためには、契約が必須だ。

契約を結ぶことで、その存在がより強固なものとなってこの世界に根付く。

しかもこの世界で体を維持するためには、力の供給が大事だ。

その供給を断たれないためにも、超常存在は契約者の願いを叶える必要がある。

 

一方通行(アクセラレータ)は真守の説明を聞いて、顔をしかめたまま呟く。

 

「……人間として正当な進化を繰り返して『流行』に辿り着いたオマエと違って、大悪魔は召喚されなければこの世界に触れる事ができねェ。だがアイツはこの世界に召喚されて契約に縛られながらも、自分で肉の器を用意した」

 

「そう。だからメイザースとの契約を終えた後でも、コロンゾンはこの世界を闊歩できる。だからこそ、自らの在り方に基づき世界を滅亡へと至らせることができる」

 

「だったらその肉の器を取り上げちまえば、コロンゾンはもォ何もできねェって事だな?」

 

「その通りだ」

 

真守は学園都市の最高峰の頭脳を保持している一方通行に、にこっと笑いかける。

 

「この世界で自由に動ける端末。それがあるからこそ、コロンゾンは自儘に自らの在り方に基づき、この世界を自然分解に導くことができる。だったらそれを取り上げればいい」

 

真守はにこにこと笑って、コロンゾンの現状を説明する。

 

「端末を取り上げてしまえば、超常存在としてのコロンゾンはやがてこの世界に触れられなくなる。ただあの肉体にもコロンゾンは宿ってるから、ちゃんと後始末しなくちゃだけど」

 

真守は人差し指を立てて、垣根を見上げる。

 

「要は垣根と帝兵さん、帝察さんの関係に近いんだ」

 

「? どォいう事だ」

 

「垣根が造り上げた帝兵さんは垣根と繋がっているからこそ、未元物質(ダークマター)という能力が使えるんだ。垣根による更新が続く限り、帝兵さんたちは垣根の端末として力を使える。でも垣根から切り離されてしまえば、能力が徐々に使えなくなる。それと一緒なんだ」

 

真守は垣根とカブトムシ、トンボの関係についてにこにこと話す。

 

「無尽蔵のエネルギー源が絶たれてしまえば、いずれ力を自由に振るえなくなる。大本から切り離されてしまえば、コロンゾンは肉の器を持っていようとも何もできない。器に少し悪魔の力が残っていたとしても、それが満たされることはない」

 

真守がしたり顔で告げると、一方通行(アクセラレータ)は垣根を見る。

 

「オマエがカブトムシの事を端末端末って言ってンのはそォいう事か……」

 

「今頃気が付いたのかよ、元第一位サマ」

 

垣根はふんっと、一方通行鼻で笑う。そして垣根は、我がごとのように垣根帝督が構築したシステムを誇っている真守を見た。

 

「大本を絶っちまえば、コロンゾンは肉の器が在ろうともこの世界で自由に力を振るって暴れられねえ。だから世界を自然分解に持ち込めなくなるって事だな?」

 

「その通りだ。おそらく肉の器から切り離したら、超常存在としてのコロンゾンが現れるだろう。超常存在としてならば、幻想殺し(イマジンブレイカー)が効くようになる」

 

垣根は顔をしかめて、真守を見た。

 

幻想殺し(イマジンブレイカー)ねえ。ここでアイツの右手が重要になって来るのか。……まあ、分からず屋の食蜂操祈も痛い目見て右腕を上条に返したようだし。問題ねえか」

 

「ちょっと荒療治だったけどな。後でちゃんと食蜂のことフォローしてあげなきゃ」

 

大悪魔コロンゾンは、自らを脅かす存在が幻想殺し(イマジンブレイカー)であると分かっていた。

だからこそ幻想殺しを隠し持っていた食蜂操祈を襲った。

そんな食蜂を助けたのは、当然として上条当麻だった。

 

そして上条当麻は食蜂操祈と話をして、幻想殺し(イマジンブレイカー)を返してもらった。

 

上条当麻はそうやって幻想殺しを取り戻して、『騎士派』の者たちもコロンゾンと最終決戦を開始しようと行動していた。

 

「特別ではなくなったコロンゾンを幻想殺し(イマジンブレイカー)で退却させれば私たちの勝ち。この世界にコロンゾンの肉体は残ってしまうが、私にかなうはずがない。だって私は『流行』を冠する人間として完成された存在だからな。力を断ち切られてしまったコロンゾンは私に勝てない」

 

真守は笑うと、真剣な表情をした。

 

「でも一つ問題があるんだ」

 

「問題だと?」

 

一方通行(アクセラレータ)は真守の事を見つめて問いかける。

真守はそんな一方通行を一身に見つめて、そして微笑んだ。

 

「これから一方通行は悪魔ちゃんと一緒に、私と垣根にずぅっと付き合うことになる。それでもいいか?」

 

一方通行(アクセラレータ)は真守の問いかけに目を細めた。

そして垣根を見ると、垣根は気に入らないという顔をしていた。

垣根はチッと舌打ちをすると、一方通行を睨む。

 

「テメエと一緒なんて心底ムカつくが、しょうがねえ。俺と真守の邪魔しないなら賑わせ役として採用してやる」

 

一方通行の事は心底気に入らない。だが殺してやりたい程気に入らないのはすでに過去の話だ。

何故なら垣根帝督は第三次世界大戦で全てのしがらみを断ち切った。

しかもあれから、一方通行も成長した。

今の一方通行ならば、垣根は一応認めてやってもいいと思っている。

 

ムカつく相手としては変わらない。だが認めてやらんこともない。

それが垣根帝督が一方通行に対して抱く感情の全てだ。

だから賑わせ役ならば、そばに存在を感じていても良いと思っている。

垣根がそう考えているのが理解できた一方通行はふっと笑う。

 

「いいぜ。退屈しなさそォだから付き合ってやる」

 

「よかった」

 

真守はふふっと笑う。

一方通行(アクセラレータ)は真守に詳しい話を聞かなかった。

別に聞く必要はないのだ。言葉にすればコロンゾンが邪魔してくるかもしれないし、そもそも一方通行は真守の事を信用している。

 

この少女がやることは悪いことではない。この少女の考えは、全力で信頼できる。

それに長い間付き合ってやるくらい、どうってことないのだ。

 

「だったらオマエたちも俺に付き合え。ケリ付けなくちゃならねェ相手がいるンだ」

 

真守はふわりと微笑んで頷く。

 

「魔神ネフテュスだな」

 

真守は一方通行(アクセラレータ)にこれまで何があったか知っている。

浜面仕上を列車で追い詰めた時。そこに魔神ネフテュスが乱入してきたのだ。

ネフテュスは一方通行にケンカを売った。そしてどうやら、魔神娘々はその後コロンゾンにケンカを売ったらしい。

 

本当に自儘に動く魔神たちだ。それに真守はため息を吐く。

おそらく、コロンゾンとの戦いにも彼女たちは首を突っ込んでくるだろう。

 

「垣根、お願い。私と一緒に一方通行(アクセラレータ)に力を貸してほしい」

 

「ここまできたんだ。おぜん立てしてやるよ」

 

垣根帝督は笑って告げる。一方通行はふっと笑い、真守は安堵するように目を細めた。

 

「ありがとう」

 

ここに、学園都市の頂点を極める三人が集った。

コロンゾンだって敵じゃない。

真守は心強い人たちを前に、にへらっと笑った。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

コロンゾンが行おうとしているモ・アサイアの儀式。

それはクイーンブリタニア号という大規模儀式場によってオナーズオブスコットランドの力を増幅・攻撃に転用し、全ての位相と共に人類を滅ぼすための儀式だ。

 

クイーンブリタニア号がモ・アサイアの儀式を完璧に行うためには、海上のとある一点へと向かう必要がある。だからこそコロンゾンは船を出港させて、儀式を行う場へとクイーンブリタニア号を向かわせているのだ。

 

コロンゾンが目的を達成できるのは一二時。つまり正午ぴったりだ。

 

その一時間前。

イギリスからアイルランドに向けて、冬の海が氷で埋め尽くされていく。

 

イギリス周辺の海は、海流の関係上何があっても凍る事はない。

だが現に決して凍る事のない海が凍り、分厚い氷による氷の大地が広がっていく。

 

その氷の大地は魔術で作られたものだ。

そして氷の大地と陸地の海岸線には、王とそれに連なる騎士の国の、大軍勢が集まっていた。

 

彼らは一様に、氷の大地を移動できるものを携えている。

それはスノーモービルや雪上車、スタッドレスを履いた軍用四駆や大型のスケート靴、はたまたノルディック用のスキー板まで、多種多様の氷上を移動できる器具たちだ。

 

その中には、もちろん真守の血族であるマクレーン家も交じっていた。

 

彼らは大軍勢の中でも目立っていた。『騎士派』や『清教派』と違い、同じ服を着ているわけではないからだ。『清教派』には天草式十字凄教と呼ばれる日常生活に溶け込んでいる者たちもいるが、彼らとはまた趣が異なる。

 

イギリスと共に世界を守るための大軍勢。その軍勢には、垣根帝督が能力で造り上げた人造生命体であるカブトムシやトンボたちもサポートに入っていた。

 

大軍勢の彼らは怒号と共に、氷の大地を駆けてクイーンブリタニア号へと迫る。

その様子は、本当に血気迫っている。当然だ、世界の命運がかかっているのだから。

 

「おー。すごい、学園都市では早々お目に掛かれない様子だぞ」

 

呑気に声を上げるのは、朝槻真守だ。

真守は蒼ざめたプラチナの翼を広げて、空から氷の大地を進む大軍勢を見ていた。

そんな真守に、未元物質(ダークマター)の純白の翼を広げている垣根帝督が余裕たっぷりで近づいた。

 

「学園都市は科学の街だからな。単純な兵力で押し切るとかこんな原始的な戦法取らねえよ」

 

「原始的と言っても、みんな魔術が使えるからな。戦力的には十分だぞ」

 

真守は垣根にぴとっと寄り添いながら微笑む。

 

「っつっても大悪魔もバカじゃねえだろ」

 

垣根がそう告げた瞬間、クイーンブリタニア号に変化があった。

 

クイーンブリタニア号は特殊な儀式場だ。

その儀式場は、あらゆる霊装をブーストして攻撃に転化することができる機能を有している。

だからコロンゾンは、オナーズオブスコットランドという霊装の全てを攻撃に転化した。

 

真横から、横殴りの雨のように襲い掛かる無数の弾丸は『国家の剣』の効果の攻撃転用だ。

水平に閃光が瞬き、薙ぎ払うように放たれるのは『統治の笏』の力。

そして頭上から数えきれないほどに降り注いでくるのは『即位の冠』の光の攻撃であり、それらの軌道を無秩序に曲げる複数の爆発と衝撃を生み出すのは、スクーン石。

 

コロンゾンの攻撃は、総じれば一瞬で四〇万発を超える。

まともに受け止める事なんてできない。

 

「英国女王たちもバカじゃないぞ」

 

真守が瞬く閃光の中呟くと、氷の大地に変化があった。

氷の大地が変容して、樹氷の数々が地面より無数に生える。

氷の大地は『王室派』により、魔術で造られたものだ。だからこそその形や姿を、自由自在に変えることができる。

 

クイーンブリタニア号から放たれた攻撃は、その樹氷に全て吸い付くように動く。

そして樹氷は粉々に砕け散るが、それが狙いだ。

樹氷を避雷針にして、攻撃が全軍に当たらないようにしているのだ。

 

だが全ての攻撃が逸れるわけではない。人的被害も少なからず出る。

それでも『騎士派』は本望だ。この英国を守れるのであれば、喜んで散っていく。

 

「騎士道というのは面倒なものだな。そう思わないか、垣根?」

 

真守はため息をつきながら、隣を飛ぶ垣根を見上げる。

 

そしてふにゃっと、柔らかく微笑んだ。

 

「垣根が帝兵さんと帝察さんをイギリスのために総動員してくれて良かった」

 

「お前の頼みだからな」

 

垣根が目を細める中、なぎ倒される樹氷から『騎士派』の軍勢を守る存在がいた。

それは垣根帝督が造り上げた人造生命体、カブトムシだ。

 

垣根は真守のお願いして、イギリスの大軍勢のサポートをしてくれと頼んだ。

誰も失わせない。誰も怪我をさせない。そのために、真守は垣根にお願いしたのだ。

 

「優雅に観戦してねェで、俺たちもそろそろ行かねェとならねェだろォが」

 

真守が微笑んでいると、背後から声があった。

そこには純白の翼を広げて、悪魔のクリファパズル545を侍らせている一方通行が飛んでいた。

真守は笑うと、空中を泳いで一方通行に近づく。

 

一方通行(アクセラレータ)、その翼良く似合ってる」

 

「嘘吐け。似合ってねェ自覚がある」

 

一方通行はケッと吐き捨てるように、そっぽを向く。

真守はくすっと笑うと、垣根の手を握った。

 

「垣根も翼が自分に似合ってない自覚があるって、いつも言ってた」

 

真守はにまにま笑うと、一方通行(アクセラレータ)の手も取る。

 

「二人共キレイだから大丈夫だぞ。優しくて、強くて。キレイな翼だ」

 

にこにこ笑う真守。そんな真守を見て、一方通行は大きくため息を吐いた。

垣根は柔らかく目元を弛緩させると、真守の手を強く優しく握った。

 

「行こうぜ、真守」

 

「うん、行こうっ二人共!」

 

真守は笑うと、三人と一匹の悪魔で空を飛ぶ。

目的はもちろん、クイーンブリタニア号だ。

 

真守は垣根と一方通行と共に翼を広げて、空からクイーンブリタニア号へと近付く。

 

全てを清算するために。全てにケリをつけるために。

学園都市の傑物たちは、大悪魔コロンゾンのもとへ向かって行った。

 



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第一六四話:〈戦場上空〉にて俯瞰する

第一六四話、投稿します。
次は二月二二日木曜日です。


世界を完膚なきまでに破壊し、次につなげようとしているコロンゾンを止めなければならない。

そのため真守は垣根と一方通行(アクセラレータ)と共に、上空からクイーンブリタニア号に近づいていた。

 

「悪魔ちゃん、お前がやるんだ」

 

『ですぅ?』

 

クリファパズル545は真守に呼ばれて首を傾げる。

一方通行(アクセラレータ)は鼻で笑うと、自らの悪魔を見た。

 

「オマエがイギリスって国を引っ掻き回した張本人だろォが。オマエが筆頭になってやらなくちゃ、誰がやるンだよ」

 

『……にひひ。そうですねえ。了解ですぅ、ご主人様っ!』

 

クリファパズル545は、尻尾を跳ねさせる。

真守はくすっと笑うと、クリファパズル545に笑いかけた。

 

「私たちも力を貸してあげる。垣根、それでいい?」

 

「……真守の頼みだ。しょうがねえから聞いてやる」

 

『にひひ、それじゃ行っきますよーう!!』

 

クリファパズル545が声を上げると、全てが大きくねじ曲がった。

 

そして氷の大地の上に現れたのは、竜巻だった。

 

コロンゾンの攻撃によってへし折れた大量の樹氷や、コロンゾンの攻撃によって砕けた氷の大地。

すでに役目を終えた氷の大地の残骸をクリファパズル545は片っ端からかき集め、直径数十メートルまで渦のように巻きあげて、天まで届く天災へと変貌させたのだ。

 

「外から見えねェ。砕く事も叶わねェ」

 

クイーンブリタニア号は既に神殿と化しているため、外からいくら攻撃を加えても壊せない。

だがそれは魔術の常識において、だ。

そのため一方通行(アクセラレータ)は獰猛に笑って告げる。

 

「なら試してみよォじゃねェか、自信があるなら胸を貸せよ、クソ悪魔がァ!!」

 

一方通行の怒号を皮切りにして、突き進む残骸でできた氷刃の竜巻。

 

コロンゾンは『騎士派』への攻撃として使用していた光の雨を白い竜巻に向けた。

だが白い竜巻は光の雨すらも巻き込んで、勢いを増していく。

 

コロンゾンの意識が竜巻に向いている間に、『騎士派』が歩を進めれば万々歳だ。

それでも。そう物事は簡単にはいかない。

突如、大量の金の髪の塔が分厚い氷の大地をぶち抜いて現れた。

 

『にひっ!? アエティール・アバターっ!!』

 

塔のように打ち立てられた、金の髪でできた竜にも天使にも見える攻撃。

それらは二なるARM、八なるZID、二一なるASP、二五なるVYI。

切り取る文字によって性質が変わる天使の巨像だ。

 

それを見て、一方通行はチッと舌打ちをした。

 

「リズムが足りねェ。フロアも不十分。アンプも小せェ。ふン。やっぱ単体じゃこの程度か」

 

『ですぅ?』

 

クリファパズル545は、自らの主人が言っている意味が分からずに首を傾げる。

真守は柔らかく微笑んで、一方通行(アクセラレータ)と手を繋ぐ。

 

「垣根」

 

真守が垣根を呼ぶと、垣根はチッと舌打ちをしながらも応えた。

 

「地盤は()()()()()

 

「うん。よろしく、垣根。増幅は私がするから」

 

真守が柔らかく微笑むと、一方通行(アクセラレータ)はクリファパズル545を見た。

 

「制御預けな、クリアパズル545。……楽しめよ。こォいうモンは楽しんだモン勝ちだろォが」

 

クリファパズル545は一方通行(アクセラレータ)の言葉に再び首を傾げる。

そんなクリファパズル545の近くで、真守は不敵に笑った。

 

「──学園都市の頂点の力を見せてやる。コロンゾン!」

 

真守がそう告げた瞬間、垣根帝督が翼を大きく広げた。

 

ゴォッ!! と風が巻き上がる中、垣根は周囲に未元物質(ダークマター)を散布する。

 

すると、空間を制御する能力者には分かる()ができた。

 

それは通った攻撃の速度を上げる道だ。

一方通行のベクトル攻撃を何倍にも威力を上げる道である。

 

これで、一方通行(アクセラレータ)のいうところの()()()は出来上がった。

 

すると次に朝槻真守が動いた。

真守は一方通行と繋いでいない方の手を空へと向ける。

その瞬間。

 

真守が源流エネルギーを注入したことで、クリファパズル545が作りあげた竜巻がより凶悪な形となって君臨した。

 

直径が百数メートル前後まで大きくなり、竜巻の中で震える樹氷や砕けた氷にぶつかったら一瞬で人間が細切れになる凶悪さだ。

 

()()()による出力は十分。あとは()()()を整えるだけだ。

 

一方通行(アクセラレータ)は笑うと、その天災を完璧に制御下に置いた。

垣根帝督が場を作り、朝槻真守が出力を底上げし、一方通行が完璧に制御する。

 

超能力者(レベル5)三人の合わせ技。

その天災はまっすぐと突き進み、クイーンブリタニア号の横っ腹に突っ込んだ。

 

鋭い衝撃。それによって氷の大地が一部砕ける。

そしてクイーンブリタニア号に直撃した天災は巨大船舶の軌道をずらした。

 

「私たちの力をもってしても、神殿を形成した船は壊せないかもしれない。壊せないなら、コロンゾンが向かいたい海上のポイントに辿り着くのを妨害してしまえばいい。すごい力技だけどな」

 

真守は『流行』に至った者として、天啓のように告げる。

 

派手な振動と衝撃がクイーンブリタニア号から、氷の大地へと響き渡る。

ズズズズゥン、と低い音が響き渡り、クイーンブリタニア号の軌道が少しずつズレていく。

 

真守たちの合わせ技でクイーンブリタニア号を壊すことは叶わない。

だがクイーンブリタニア号が浮いているのは海上だ。その海上に干渉する事ができる。

だから一方通行は、真守と垣根の力を使ってクイーンブリタニア号を横から押して妨害した。

 

流石に方向転換までとはいかなかった。

それでも正午ぴったりに到着する予定が、そのズレによって叶わなくなる。

コロンゾンは歯噛みする。

 

『人間の手によって生み出された俗物がァ!!』

 

コロンゾンの絶叫が響く中。真守は柔らかく微笑んだ。

 

「これで終わると思うなよ、コロンゾン」

 

まだまだこれは序の口だ。

真守は不敵に微笑むと、天災と化した白い竜巻の制御を一方通行から譲り受ける。

そして『騎士派』、『王室派』、『清教派』の全軍を守りながらも船に近付く。

 

「む。てっきり結界をぶち破って船に侵入しなければならないと思ってたケド。普通に船内には降り立つことができるんだな」

 

真守はクイーンブリタニア号の横の通路に降り立って、辺りを見回す。

 

「おー、やっぱり大きいよな。さすがイギリスの『王室派』が保有する船だ」

 

真守はきょろきょろと辺りを見回すと、クイーンブリタニア号の豪華仕様に目を輝かせる。

 

「私、こういう船に乗った事ないからな。少しわくわくしてしまう」

 

「安心しろ。俺だって乗ったことねェ。オマエの男は違うだろォけどな」

 

一方通行(アクセラレータ)は真守の隣に降り立ちながら、ちらっと垣根を見る。

垣根はクイーンブリタニア号を見回すと、ふーんと鼻を鳴らす。

 

「こんなにデカい船は俺も乗るのはハジメテだぜ。──真守、お揃いだな?」

 

「な、なんか言い方に悪意があるっ」

 

真守は頬を赤くして、ぴゃっと飛び上がる。

その横で、クリファパズル545が笑った。

 

『いひっ』

 

そんな一方通行へ、クリファパズル545はするんっと体を寄せた。

そして求められていないが、一方通行に肩を貸す。

 

「……ここでじゃれつくかよ?」

 

『私はご主人様を支える盾ですので☆ いざという時は盾にもなれますよ』

 

「ッチ」

 

『おっとこれは肯定の舌打ちと判断しますよ? にひひ、それに硬い杖よりおっぱい当たっている方がお得でしょう?』

 

一方通行(アクセラレータ)はちょっと図々しくなったクリファパズル545を睨む。

そして無言で手を上げた。

 

『どはぁーっ!! そこはっ、おでこの穴、おばかさん、よもやそんな所に指を突っ込んじゃいますっ? バカそんな二本もッ、縁をなぞっちゃダメぇ!! これは照れ隠しっそれとも本気のヤツ? どっちだぁー!!』

 

真守はクリファパズル545をイジメる一方通行を見て、不覚にもドキドキしてしまう。

 

「な、なんかイケナイことを見ている感じがする……ッ!」

 

真守は変な高揚に胸を高鳴らせる。

垣根は真守の目を隠すために、ぎゅっと後ろから抱きしめる。

 

「ヘンタイなんて見るな、真守」

 

垣根が一方通行とクリファパズル545を真守に見せないようにする中、真守はなんだか少し恥ずかしくてぽぽっと頬を赤らめる。

 

「高みへと昇り詰めるところを見るのがこんなにドキドキすることなんて……っ私、これから私を追って神さまになる人たちに不覚にもどきどきしちゃうかも……っ」

 

「真守?! 何て階段上ってやがるんだ……! ──オイ一方通行ァ!! テメエ何真守に変な階段上らせてやがる! これは俺のだ!!」

 

垣根に怒鳴られる中、一方通行(アクセラレータ)はため息を吐く。

 

「めんどくせェ……何だこの混沌とした空気はよォ」

 

「お前が発端だろォが!!」

 

垣根は真守のことを何故か抱きしめて守りながら、一方通行(アクセラレータ)を威嚇する。

おちゃらけた雰囲気をしていたが、真守はこほんっと一つ咳をした。

 

「で、どこを攻撃しようか。不用意なコトすると儀式場が暴発してイギリス吹き飛んじゃうだろうから、丁寧に破壊しないとな」

 

「丁寧に破壊するっておかしいだろォが……」

 

一方通行はため息を吐くと、船内を見渡した。

 

「とりあえず機関室に向かった方が良いか。つーか、具体的にオマエが大悪魔を止めるために構築した秘策をまだ聞いてねェけど。本当に大丈夫なンだろォな?」

 

「うん、大丈夫だぞ。……まあでも、機関室に向かうのが上等かなあ。船を止めて時間に余裕ができたら、ゆっくり私たちの儀式に取り組めるから」

 

「……儀式だとォ?」

 

一方通行(アクセラレータ)は真守の言っている意味が分からずに、眉をひそめる。

真守はふふっと笑うと、船内を歩き出す。

 

「百聞は一見に如かず。とりあえず機関室を目指そう。操縦室には上条たちが向かってるし、アレイスターなんかはエルダーさまを連れて正攻法で儀式場に向かおうとしてるから。手分けしてって感じだ」

 

真守は垣根の手を引いて、トテトテと一方通行(アクセラレータ)に近づく。

大悪魔コロンゾンは世界を自然分解へと導くために、クイーンブリタニア号という儀式場を使おうとしている。

 

儀式は儀式場をきちんとした場所に向かわせなければ、全ての位相と共にこの世界を破壊することはできない。

 

真守が船体にぶつけたためコロンゾンの目的地点へとクイーンブリタニア号が到達するまでにある程度の時間を稼げた。しかも目的地点へと到達しても星の位置の関係上、コロンゾンはすぐに儀式を行えるというわけではなくなった。

 

だが結局、時間を稼いだというだけだ。

クイーンブリタニア号を完全に止めるには、機関室を壊すのが一番手っ取り早い。

 

「英国女王は儀式場として完璧だからクイーンブリタニア号を解体できないとか言ってたけど、コロンゾンを倒したら私が直々に破壊してやろう」

 

真守はにこにこ笑って、とんでもないことを口にする。

 

「位相と世界を丸ごと破壊できる可能性のある儀式場なんてあぶねえからな。『王室派』も持て余してんだ。それも良いだろ」

 

真守の言葉に同意する垣根。

一方通行(アクセラレータ)はなんだかなァと思いながら、クリファパズル545と共に船の中を移動する。

 

真守たちは下りの階段を見つけて、機関室へと向かう。

すると、一方通行が呟いた。

 

「やっぱりいやがった……」

 

真守たちの行く手を阻んだのは、一人の男だった。

浜面仕上。無能力者(レベル0)でありながら第三次世界大戦を生き延びた、アレイスターが危険視するイレギュラーなヒーロー。

 

「お、浜面だ」

 

真守はひょこっと顔を出して、浜面仕上を見る。

 

一方通行(アクセラレータ)に侍ていたクリファパズル545は、浜面仕上を見てあっと声を上げた。

 

『あ、まずい……科学的に開発された能力者のくせに無理やり魔力なんて精製してるものだから、体の中がとんでもない事になってますよぅ!』

 

能力者は魔術を使うことはできない。

厳密に言えば、魔術を使うために魔力を精製することが能力者の体に大きな負担をかけるのだ。

能力者の体は能力者として、完璧に開発・仕立て上げられている。

その体を無理に運用すれば、体を傷つけるのは当然だ。

 

『あの呼吸をずっと続けていたら、全身の血管が破れてもおかしくありません。むしろ今まで生きてきたのが不思議なくらいですぅ!』

 

「うる……せえよ……」

 

浜面仕上は息も絶え絶えな様子で呟く。

辛そうにしながらも、ズボンのポケットに手を沿える浜面仕上を見て、真守はふむっと頷いた。

 

「本当にダイアン=フォーチュンを助けるためにコロンゾンに付いてったんだな。自分の体を使って魔力を精製するのは、私でも忌避感があるよ。浜面」

 

一方通行(アクセラレータ)は真守の言葉を聞いて、怪訝な表情をする。

浜面仕上は真守が事情を知っているのだと理解して目を見開く。

 

「あの子を助けたいなら、助ければ良い」

 

真守は浜面仕上と対峙して、自分の想いのままを口にする。

 

「お前はコロンゾンに魂を売ったが、コロンゾンは対価としてお前に知恵を授けた。そういう契約をお前はコロンゾンと交わしたのだろう?」

 

真守は浜面仕上が大事に持っているタロットカードを見つめて、そっと目を細める。

 

「お前がダイアン=フォーチュンを助けることに意味がある。私はそう思う」

 

真守は乏しい表情で、天啓のように浜面仕上に言葉を掛ける。

 

「お前の望むべくところはすでにコロンゾンと別にある。そして私たちはお前と関係なくなったコロンゾンを止めるのが目的だ。お前の大事なひとも来てるみたいだし、他所に行け」

 

真守はすいっと指を動かした。

途端に、ふっとその場から浜面仕上が消える。

この場から消えたのは浜面仕上だけではない。

 

謎の女によって導かれ、浜面仕上のもとにやってきた滝壺理后。

彼女もまた、この場から退却させられていた。

 

「それに、ここは戦場になるからな」

 

真守がぽそっと呟いた瞬間、真守たちのいる左側の壁がぶち抜かれた。

垣根帝督はその存在に気が付いていた。

そのため未元物質(ダークマター)の翼で、真守と自分と不本意ながら一方通行(アクセラレータ)とクリファパズル545を守る。

 

廊下の壁をぶち破って出てきたのは、一人の魔神だった。

褐色の肌に銀の髪。グラマラスな体に包帯しか巻いていない、露出度が高すぎるしなやかな肢体。

 

「あら。この私と会うのは久しぶりね、神人さん?」

 

魔神ネフテュス。『窓のないビル』と共に大悪魔コロンゾンが『新天地』へと飛ばされた際、暴れすぎてうっかりこちら側へと出てきてしまった魔神。

 

彼女は真守が加工したネフテュスとは違う存在だ。

ネフテュスはその成り立ちからして、自分のことを小分けにする事ができる。

いま真守たちの目の前にいるのは、上里翔流が大部分を新天地へと飛ばしたネフテュス。

人を救うための自分として目醒めたネフテュスとは違い、自儘に動くネフテュスだ。

 

「私が個を与えたネフテュスは今も上里翔流と楽しくやってるみたいだぞ」

 

「ふふ。それはもう私ではないけどね。だとしても楽しくやってるならそれで良いじゃない」

 

ネフテュスは微笑むと、真守へとそっと手を伸ばす。

 

「私も私のやりたいように戦わせてもらうわ。あなたたちと戦うのを、本当は楽しみにしていたのよ。私は僧正のように、あなたの力を喰らっていないから」

 

「楽しみ、だと?」

 

真守はくすりと笑って、魔神ネフテュスを見る。

エメラルドグリーンの瞳が、妖艶に煌めく。

 

「私はあの時の私じゃない。私は流れ行きながらもその真価を変えることなく、自らをどこまでも高みへと昇り詰めることができる存在だ。──魔神如きが、図に乗るなよ」

 

真守は不敵に微笑んで、ネフテュスへと手を伸ばす。

そして蒼ざめたプラチナの翼を広げて、超常存在として魔神ネフテュスと対峙した。

 



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第一六五話:〈超能力者〉たちは昇りつめる

第一六五話、投稿します。
次は二月二六日月曜日です。


「む。ちょっとはしゃぎすぎてしまったな。機関室の前からこんなトコに来てしまった」

 

朝槻真守は腰に両手を当てて仁王立ちし、得意気に笑う。

真守はいま、クイーンブリタニア号の中にあるオペラハウスの舞台にいた。

 

舞台を観客する席には、大きなクレーターが開いている。

そこに元々あった席は跡形もない。その中心には、一人の魔神が伸びていた。

 

「あんまりおイタしちゃだめだぞ、ネフテュス。まあお前が暴れようが、私が完封してやるけど」

 

真守は人差し指を立てて、伸びているネフテュスをめっと怒る。

垣根は茶目っ気たっぷりの真守の頭に、とんっと手の甲を当てる。

 

「あんまり調子に乗るな、真守」

 

「む。私は大丈夫だぞ?」

 

「そうは言っても体のこと大事にしろ」

 

真守は垣根帝督に体調を心配されて、にこにこと笑う。

一方通行(アクセラレータ)はその様子を見て、思わずため息をついてしまう。

 

調子に乗ってネフテュスをボコボコにしたことを怒るのではなく、朝槻真守を心配する垣根帝督。

この二人はどこでもいつでも変わらない。それに一方通行は呆れているのだ。

 

「つーかよォ。オマエのその単純な暴力をコロンゾンに当てれば、ヤツの肉の器を吹き飛ばせるンじゃねェの?」

 

真守が魔神ネフテュスを討伐した方法は、完全に力技だった。

純粋な力による、質量の暴力。それで真守は魔神ネフテュスを圧倒したのだ。

そしておいしいところは一方通行に託した。なんとも強引な少女である。

 

「コロンゾンは純粋な力をブチ当てただけで終わる大悪魔じゃないぞ、一方通行(アクセラレータ)。それくらいで端末と大本の繋がりが切れるなら、もうとっくのとうにやってる」

 

真守は笑うと、オペラハウスを見回した。

 

「ここは雰囲気が出てていいな。機関室でやるよりも、舞台として相応しい場所だ」

 

真守はオペラハウスという場所が儀式に相応しい場所として、一つ頷く。

真守は完全に伸びているネフテュスを確認すると、垣根と共に一方通行(アクセラレータ)に近づいた。

 

「魔神ネフテュス。動けないが意識はあるだろう。そういう風に加減した」

 

真守は観客席を振り返って、妖艶に笑う。

 

「お前はそこで見ていろ。新しい世界を見せてやる」

 

真守はネフテュスに声を掛けると、垣根と一方通行(アクセラレータ)と共に壇上に上がった。

 

「──始めよう。私たちの時代の幕開けだ」

 

真守は笑うと、垣根と一方通行に向き直る。

そして一方通行のそばにいるクリファパズル545を見た。

 

「悪魔ちゃん、こっちへ」

 

真守が手招きすると、クリファパズル545は移動する。

そしてクリファパズル545は、真守と垣根、一方通行(アクセラレータ)に囲まれる形で立った。

真守に向き直ったクリファパズル545は、真守を見て首を傾げる。

 

「悪魔ちゃん、お前は管理人になるんだ」

 

天啓のように、放たれる真守の言葉。

クリファパズル545は、その意味が分からなかった。

 

『管理人……ですぅ?』

 

「コロンゾンは自分のカタチに沿って、悪魔ちゃんを造り上げた。使いやすいように自分の機能の一部を切り取って、コロンゾンは悪魔ちゃんを造ったんだ。だから悪魔ちゃんはコロンゾンと同じ超常の存在だ。そうだろう」

 

真守はクリファパズル545の頬へ手を伸ばして、たおやかに微笑む。

 

「コロンゾンは『深淵』に佇む悪魔だ。『深淵』よりその先、神の領域へ人々を至らせないために存在している、叡智の管理人。悪魔ちゃんはコロンゾンの一部を切り取って造られた。だからこそ管理人になる権利がある」

 

クリファパズル545は真守の言わんとしていることが理解できる。

だが何の管理人になるか分からない。

そんなクリファパズル545に真守は笑った。

 

「私を目印に、人々はこれより神を目指す」

 

朝槻真守は誰よりも早く、高みへと到達した。

そしてこの世界の人々は、すでに目を覚ました。

だからこれから真守を目標として、どこまでも高みへ昇り詰められるようになる。

 

自分のあるべき姿へ。自分の在りたい姿へ。

だがその変化が本当に正しいものなのか、誰かが精査しなければならない。

 

「悪魔ちゃんは人々が先へと至る資格があるかどうか、選定するんだ」

 

真守はその言葉と共に、蒼ざめたプラチナの翼を広げた。

背中に五対一〇枚。頭を守護するように、一対二枚の翼が携えられる。

それと共に、真守の黒髪に変化があった。

 

蒼銀の艶やかな色へ、真守の髪が変化する。

そしてインナーカラーのように、真守の髪の内側が虹色の輝きを帯びた。

 

「ここに、人造の樹を新たに打ち立てる」

 

朝槻真守は宣言する。

生命の樹でも、邪悪の樹でもない。

第三の樹と呼ばれるもの。それを打ち立てる事によって、コロンゾンの特異性を削ぐ。

 

コロンゾンは今の世界のカタチによって、大悪魔の力を有している。

だが世界のカタチが変わってしまったら、大悪魔の力も瓦解する。

真守がコロンゾンの力を削ぎ、コロンゾンから肉の器をはく奪する解決策。

それは世界に新たな形を与え、世界を変えてしまう策だった。

 

「垣根、一方通行(アクセラレータ)。手を貸して」

 

真守は二人へと手を伸ばす。

二人は顔を見合わせた後、垣根は真守の右手を取り、一方通行は真守の左手を取った。

真守はまず、一方通行と繋いでいる手をぎゅっと握る。

 

「干渉するぞ」

 

その声掛けと共に、一方通行(アクセラレータ)は自分を通して奥にある力を掴み取られたと感じた。

 

『あらあら/return。お呼びかしら、朝槻ちゃん?/escape』

 

一方通行の脳裏に、声が響いた。

思わず一方通行は頭に触れる。そして次に、電極へと触れた。

そんな一方通行を、頭に響く声は糾弾する。

 

『この浮気性め/return。ミサカが心を開く前によく分からん別口の契約を繋いでバックアップを設置するとか、流石悪党よね、まったく/return』

 

ミサカネットワークの総体。

真守は一方通行を通して、一方通行が演算能力を借りている総体へと呼びかけてたのだ。

ミサカネットワークの総体は意識上においてもにこやかに微笑む。

 

『ようこそ朝槻真守ちゃん、ミサカネットワークへ/return。随分と遠い存在になったのね/return。でも/backspace、ちょっと安心した/return。だってあなたらしいもの/return』

 

「ふふ。お前にそう言われると嬉しい」

 

垣根は真守が柔らかく微笑んだのに目を細めた。

ミサカネットワーク総体の声が聞こえているのは真守と一方通行(アクセラレータ)だけだ。

 

垣根には聞こえていない。

だが真守は垣根を気にしなかった。

 

垣根帝督ならば、すぐに話をしなくても信じてくれると知っているからだ。

真守はすっと一方通行の奥にいる総体へと、目を向ける。

 

「お前の在り方が欲しい」

 

『あらあら/return。なんて直球な口説き文句/return。でも/backspace、あなたのやりたい事は分かってる/return。だから乗ってあげる/return』

 

ミサカネットワークは一〇〇三一人の死の記憶と生を謳歌する九九六九体と司令官と、そして総体自身があまり認めたくないがイレギュラーの一体によって成り立っている。

 

つまり、ミサカネットワークは生と死の情報どちらも有しているのだ。

 

それはつまり、生と死を経験しながらも人として完成されているという事。

真守はミサカネットワークの総体の許可が下りたとして、柔らかく微笑む。

 

「垣根」

 

真守は垣根に声をかける。

垣根帝督はミサカネットワークに接続されていないので、何が起こっているか分からない。

だがそれでも真守の事を信じて、黙って待っていた。

 

「受け入れて」

 

垣根は頷く。すると垣根帝督は自分の全てを掴まれたと感じた。

 

垣根帝督という個人だけではない。そこから繋がるカブトムシとトンボのそれぞれのネットワークを掌握されたと感じた。

垣根帝督はその感触にふっと笑う。

 

普通ならば垣根帝督は誰にも支配されたくない。

だが世界よりも大事な少女にならば全てを明け渡しても構わないのだ。

それに真守は絶対に自分を無下にしない。

 

「ありがとう」

 

真守は柔らかく微笑むと、垣根を通してカブトムシとトンボの意識へと触れた。

 

『あなたのしたい事であれば、全てを預けられます』

 

『私も「兄」と同じです。拒む理由なんてない』

 

「そう言ってくれると分かっていても、やっぱりちゃんと確認した方がいいだろ?」

 

真守は幸せそうにふふっと微笑む。

一方通行(アクセラレータ)にはカブトムシとトンボの声なんて聞こえない。

だがきっと、垣根帝督を通して何かと対話しているのだと理解できた。

 

「『後世の魂の変化』だけじゃ足りない」

 

真守はそう呟くと、鋭く目を細めた。

 

()()()()()()()()()。──ミサカ」

 

『おうよ/return。ミサカ達はいつだって人に寄り添っている/return。だから取り扱いやすい形で処理をして/return。朝槻ちゃんならそれができるっしょ/return。リモートオペレーション承認、この総体が権限を貸与する/return』

 

真守はミサカネットワークの総体が保有している、未だ何の記述も施されていない一〇と二二のパスでできた七八枚の枠組みを受け取って頷く。

 

最早、この世界の人々は『生命の樹』や『邪悪の樹』によって測れる場所に立っていない。

 

何故なら今まで存在しなった新しい価値観が生まれたからだ。

 

指先のタップの一つで加算されるSNSの賛同数。

ストイックに励むと褒めたたえられるフィットネスジム。

能力のレベルによって管理される学園都市。

 

グルメサイトの星の数。

唯一無二の創作物に星や感想を寄せ、ランキングで人気を表す行為。

 

評価を付けることは、別に悪い事じゃない。

新しい価値観とは、人々が得られる希望であり絶望である。

 

その新しい価値観値とは人々の『後世の魂の変化』だ。

だが朝槻真守は()()()()()()()()()()()()

 

「『知性や魂の在り方、その進化』。それを私は人造の樹として打ち立てたい」

 

だからこそ、垣根帝督が必要なのだ。

垣根帝督は人造生命体であり、全く新しい知性を有するカブトムシとトンボを有している。

 

彼らは垣根帝督の一部を切り取って移植し、独自の進化を遂げた存在だ。

つまり垣根帝督の一部だ。

 

だがこれから垣根帝督の一部に属さない人造生命体は生まれてくる。

だからこそ、人々の『後世の魂の変化』だけでは足りないのだ。

 

朝槻真守は知性の在り方、進化の在り方を指し示したい。

そして人々の魂を進化させることを誘導する『標』として、人造の樹を打ち立てたいのだ。

その一歩を、真守は口にする。

 

「まず知性として判断されるために何より必要なのは『思考する』ということだ」

 

それはつまり第一〇のセフィラ。一番下方に位置するセフィラである。

生命の樹も邪悪の樹も昇りつめる事で健全な形や、人の負の側面を強くする。

 

真守が打ち立てる人造の樹は、上昇する事で神にも等しい完全な知性と形を得ることができる。

 

そんな人造の樹。知性の在り方において。

『思考する』というのは誰もが持たなければならない下地である。

 

「第一〇のセフィラから分かたれた先。そこには前へと進む意志。変わらずに上昇しようとする意志を置く」

 

考えること。

それができるようになった知性はそこから上へと昇るために、『前へ進む意志』を必要とする。

 

すなわち第九のセフィラ。

そしてそこに当てはまるのは真守と垣根の手によってこの世界に顕現した、前へと進む意志を体現している『セイ』だ。

 

真守には、自分を神として必要とする者たちがいる。その者たちは、世界が何度終わって始まっても、人間というものが決して失わなかったものが概念化した存在だ。

 

つまり、彼らは誰よりも知生体としての在り方を体現している。だから真守は彼らの意思をセフィラに込めて、ミサカネットワークが提供してくれた枠組みに手を加えて下から埋めていく。

 

「『前へ進む意志』。そこから前に進むと、道が別たれる。それは『人を想う心』、そして『人を妬む心』による道だ」

 

人は考え、前に進む。

そして人を想い、協力して進む道と、人を妬み、敵視して孤高に進む道がある。

それすなわち第七と第八のセフィラ。

その行き着く先は一つだ。すなわち第六のセフィラである。

 

「『人を想う心』、『人を妬む心』。異なる気持ちをもってしても行き着く先は『共にある事』。それが当然だ」

 

孤独を選ぼうが仲間と前へ進む事を選ぼうが、どちらも最後には協力する事になる。

垣根帝督と一方通行がそうであるように。

どちらも互いを気に入らないと思いつつも、共闘するのと同じように。

進先はおのずと同じ道になる。

 

「そこから道は交差する。それぞれがそれぞれの道を行く。それは『研鑽と努力』の日々。『失敗と成功』を繰り返す日々。そして、それを抜けた先に真理がある」

 

第四、第五のセフィラを超えた先。

そこに佇むそれぞれの存在を感じて、真守は微笑む。

それは一方通行と垣根だ。

真守はそんな二人の手をギュッと握って、微笑む。

 

「『創造』と『創世』。それが第二と第三のセフィラに等しい。そしてその先、その頂に立つのが私。『流行』の名を冠し、前へと進み続ける存在だ」

 

垣根帝督と、一方通行(アクセラレータ)。そして朝槻真守。

第三、第二、第一のセフィラ。それに自分たちを当てはめた真守は笑う。

 

「これこそ、私たちが打ち立てる人の手で造られた樹。あらゆる神話伝承に登場しない新たな樹。未だ小さな苗木だとしても、神の手に依らず人の手で御する可能性を持った、新たな神秘である」

 

真守は正面に立っていたクリファパズル545を見る。

クリファパズル545はおずおずと真守へと手を伸ばす。

そして真守のその頬に両手で触れる。

 

その瞬間、クリファパズル545の在り方は決定された。

 

創造と創世。そしてその奥に潜む存在。

それらに手を伸ばそうとする者たちが、本当に相応しいのか。

その采配と裁定をする存在へと。クリファパズル545は仕立て上げられた。

 

『我は悪魔。創られし悪魔。血と肉の実体を持たぬ影』

 

クリファパズル545は真守の頬に触れながら、祈るように言葉を紡ぐ。

 

『我は一〇の球体のいずれにも居場所を持たぬ悪魔なり。所詮は矮小なる切り取られた力なれど、それでも本質はコロンゾンと同質の案内人なり』

 

コロンゾンに作り上げられたクリファパズル545は現在宙ぶらりんな状態だ。

それは真守と同じ。だから真守の手によって、クリファパズル545は案内人へと据えられる。

 

『我が名はクリファパズル545。その数は真なる一一、その意味は「邪悪という踏み台は善行を支えられる」! 神にも等しき完璧なる人間に導かれ、我は人造の樹の案内人とならん!!』

 

クリファパズル545の宣言と共に。ここに、人造の樹は打ち立てられた。

 

人造の樹こそ、知性の在り方、進化の在り方を指し示し、人々を誘導する『標』だ。

 

この樹を昇れば、誰であったとしても知性を有すると認められれば、完璧な存在へと至れる。

つまり知的生命体である誰もが神になることさえ許される人造の樹だ。

それを朝槻真守は示したのだ。

 

一方通行(アクセラレータ)は無言で電極のスイッチへと手を伸ばす。

垣根帝督はいつもの調子でスラックスのポケットに手を突っ込んだ。

 

そして、それぞれ翼を広げた。

 

純白の翼、だったはずだ。

だがそれは朝槻真守と同じ色の、蒼ざめたプラチナの翼に変わっていた。

 

「さあ、コロンゾン。お前は旧時代の異物となった。その手は既に万能にあらず。その性質にある拡散は意味を持たず。──お前は、どうする?」

 

蒼ざめたプラチナの翼たちはきらきらと瞬く。

その様子を、魔神ネフテュスはただただ見守っていた。

そして。新たな時代の到来を目にして、その身届人となって──微笑んだ。




新約で本当に書きたいと思っていた部分が書けました。


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第一六六話:〈肉体剝離〉と終幕を

第一六六話、投稿します。
次は二月二九日木曜日です。


これまで世界は生命の樹(セフィロト)邪悪の樹(クリフォト)によって成り立っていた。

だが世界は変容した。

朝槻真守が大切な人たちの力を借りて、第三の人造の樹を打ち立てたからだ。

 

「さて。人造の樹を打ち立てて、世界を変えることはできた。──次はコロンゾンを特別にしている肉のはく奪を行おう」

 

真守は笑って、蒼ざめたプラチナの翼を輝かせる。

翼が輝くと同時に、真守の蒼銀の長い髪が煌めいた。

そして真守の内側の髪が、呼応するかのように蒼く虹色に輝く。

 

「コロンゾンの望みを潰えさせる。そしてコロンゾンを仕留める」

 

真守が宣言したと同時に、明確な変化があった。

オペラハウスが、神々しい輝きで満ちる。

そして真守の神性によって、クイーンブリタニア号という儀式場が乗っ取られた。

 

朝槻真守は『窓のないビル』にて、聖守護天使エイワスを神蝕して退却させた。

あの時は『流行』に至った直後だったため、十全に力を扱えなかった。

だが今は違う。神人は人造の樹の頂点というあるべきところに収まり、その下には彼女に連なる者たちがいる。

 

「乗っ取れたぞ」

 

真守の宣誓と共に、クイーンブリタニア号のすべての機能が真守の制御下に入る。真守が儀式場を乗っ取ったため、オナーズオブスコットランドを転用していた攻撃もぴたりと止まる。

 

「悪魔ちゃん。波長を合わせてくれ」

 

『はいですぅ』

 

真守が声を掛けると、クリファパズル545は頷く。

 

『大悪魔コロンゾンの思念を確認。私はヤツに造られた悪魔ですからね。繋がりやすいんでしょう。言語化しますかあ?』

 

「うん、お願い」

 

真守はこくりと頷いて、クリファパズル545にお願いする。

すると垣根と一方通行(アクセラレータ)の意識に、突然ぶつっとノイズが走った。

 

『きさっ、ま……!!』

 

大悪魔コロンゾンの忌々しそうな悲鳴が、真守たちの脳裏に響く。

 

『何をしたる、これは生命の樹でも邪悪の樹でもないわ。こんな、こんなものを世界に埋め込みたら、「御使堕し(エンゼルフォール)』どころの変質じゃあ……ッ!!』

 

「うん、もちろんそれが狙いだぞ」

 

真守は軽やかに微笑んで、コロンゾンの言葉に応える。

 

「人々は真なる目覚めを果たした。もはやあらゆるものに縛られることなく、人々は自らが望む姿に変わる事ができる。自らが行き着きたいところ。そこへ自由に至ることができる。それを私は先導する。私はそのために生まれたんだ」

 

人々が神に隷属する時代は終わった。

人間一人一人が真なる目覚めを果たし、神へと至る時代へとなったのだ。

あるべき姿へ。誰もが自分の望む姿へ。人々は変わることができるようになったのだ。

 

「もうかつての常識は通じない。新たな世界は私たちが創る。すべてを破壊し、創造し、そして創世する。お前は古い時代の存在になった。だから打破することができる」

 

『ぞ、俗物がぁああああああ──!!!!』

 

「私たちを俗物だと下に見ているから、時代に置いて行かれるんだ」

 

真守はにこっと微笑んで、意識の向こうにコロンゾンを感じて宣言する。

 

「この世界は既にお前のものにあらず。故にお前の血と肉でできた器は剥奪させてもらう。そうなればお前はもう既にただのコロンゾンだ。過去の遺物になり果てる」

 

真守は宣言すると、そっと手の平を前に伸ばす。

意識の向こうにいる大悪魔コロンゾン。

この世界を自然分解に導くように造り上げられた舞台装置に、真守は手を掛ける。

そして圧を加えるように、真守はグッと手の平を握った。

 

『まさか……外から巨大なる圧を加えて、私の魂をかりそめの実体から取り外したるつもりか?!』

 

「お、分かってるのか。行くぞ、大悪魔」

 

真守は自分が何をしようか気が付いたコロンゾンに微笑む。

 

「全体論の超能力者。大を持って小を動かすその力。私はその力を持って、私たちの人造の樹の管理人たるクリファパズル545を媒介にして、お前に揺さぶりをかける」

 

新しく打ち立てた人造の樹。

それの力を十全に発揮し、過去の時代の存在であるコロンゾンに圧力をかける。

 

コロンゾンを特別にしているのは、コロンゾンが保有する肉の器だ。

衝撃を受ければ、コロンゾンは肉体と乖離してただのコロンゾンになる。

 

それはつまり、剥き出しの高純度エネルギーを体にしているエイワスと同じ。

幻想殺し(イマジンブレイカー)が通用するコロンゾンとなる。

真守はクリファパズル545とコロンゾンの繋がりから、衝撃波を放つ。

 

『がっ』

 

「剥き出しのお前を明るみにする時だ。私たちの新たな常識の前にひれ伏せ、コロンゾン」

 

『あああああああああああ──!!!!』

 

コロンゾンの絶叫が響く。そして、ぷつりとコロンゾンとの繋がりは途切れた。

 

「これで特別だったコロンゾンは特別じゃなくなった。後に残るのは『天使の力(テレズマ)』で構成されたコロンゾンだけだ」

 

垣根はコートのポケットに手を突っ込むと不敵に笑う。

 

「そうなると上条当麻の幻想殺し(イマジンブレイカー)が効く。そういうこったな?」

 

「うん、そうだ」

 

大悪魔コロンゾンを特別にしていた肉体は乖離させた。

その結果、大悪魔はその特別性を失った。

だがそれでもコロンゾンという存在は消えない。

 

彼女を特別にしていた肉の器を失っただけで、大悪魔コロンゾンという存在自体は消失するわけではないからだ。

 

コロンゾンはあくまで、この世界に必要とされて生み出された舞台装置。

だから旧時代の遺物となっても、彼女の存在自体が消え失せることはありえない。

 

「今のコロンゾンはただのコロンゾンだ。幻想殺し(イマジンブレイカー)で打ち消してしまえば、コロンゾンはこの世に現出することができなくなる」

 

エイワスと同じ状態への移行。そうなれば幻想殺しが効くのだ。

真守は上条当麻のことを想って、微笑む。

 

「食蜂とちゃんと話をして、上条は幻想殺しを返してもらったし。大丈夫だな。後はコロンゾンの残された肉体だけだ。それを回収しなくちゃな」

 

真守は今後の方針を口にしながら、顔を上げる。

 

豪奢なオペラハウス。その舞台の中心に立って、真守は目を細める。

 

「止まろうと思えば、止まれたんだ」

 

真守は天へと手を伸ばして、小さく呟く。

 

「救いはあったんだぞ、コロンゾン」

 

コロンゾンの意識に接続した時。

真守はコロンゾンを唯一許してくれるひとを見つけていた。

 

浜面仕上。彼は『黄金』の魔術師であり、アレイスターによって魔導書の『原典』として機能を停止させられたダイアン=フォーチュンを取り戻すために、コロンゾンと共にいた。

 

浜面仕上はどうしてもダイアン=フォーチュンを救いたかった。

救いは誰に対しても平等に訪れるわけではない。

だから救いを与えることができるのであれば、悪魔とも取引する必要があると考えた

 

ダイアン=フォーチュンを再びこの世界に呼び戻すためには、『魔導書』の原典である彼女を正常に起動させる必要がある。

それに必要なのは地脈や龍脈からの魔力ではなく、純粋な魔力だ。

 

つまり浜面仕上は自身で魔力を精製し、魔導書の『原典』としてのダイアン=フォーチュンへ供給する必要があった。

 

だが浜面仕上は無能力者(レベル0)だとしても能力開発を受けている。

ダイアン=フォーチュンを呼び覚ますために魔力を精製すれば、浜面仕上は全身の血管がずたずたになり、当たり所が悪ければ死に至る。

 

それでも浜面仕上はダイアン=フォーチュンを救いたかった。そしてコロンゾンは、儀式を成功に導くための火種として、浜面仕上の精製する人の純粋な魔力を必要としていた。

 

つまりコロンゾンは浜面仕上に知恵を授けることで浜面仕上を利用し。浜面仕上はコロンゾンに魔力を与えることで知恵を貰った。

 

自分のやりたいことを推し進めるために、二人は知恵と力を出し合った。

つまりそれは互いの利益が一致したということであり、二人は共犯者となったのだ。

 

これまで大悪魔、コロンゾンを召喚した人間は二人いた。

サミュエル=リデル=マグレガー=メイザース。アレイスター=クロウリー。

だが彼らはコロンゾンを召喚して、主従関係を結んで服従させようとしていた。

 

浜面仕上は世界を危険にさらすリスクをきちんと承知していた。

コロンゾンに利用されて世界を危険にさらすとしても、ダイアン=フォーチュンを助けたかった。

 

初めて共犯者を得たこと。

それがコロンゾンの心に響いていた事を、真守は理解している。

 

「お前を許してくれる人間がいるんだ。だから受け入れろ、コロンゾン」

 

超常的な存在は他者を必要としない。

弱くないから、わざわざ弱い人間と縁糸を結ぶことなどないのだ。

 

朝槻真守も、コロンゾンも。誰も必要としていない。

それでも。自分たちのことを考えてくれる人間がいる。

それはとても、奇蹟的なことで。本当ならありえない事なのだ。

 

「──コロンゾン」

 

真守は大悪魔を呼びながら、上条当麻たちと一緒にいるカブトムシに自身を接続した。

 

カブトムシの目の前には、肉体をはく奪されて佇むコロンゾンがいた。

天使の力(テレズマ)』で構成されたコロンゾン。彼女は最後のあがきをするために動いた。

 

最後のあがきとしてコロンゾンが利用しようとしているのは──A.A.Aだった。

 

いま現在、コロンゾンの目の前には上条当麻と共にやってきたA.A.Aを操る御坂美琴がいる。

 

御坂美琴が操るA.A.Aとは科学技術で造り上げられた、アレイスター=クロウリーの魔術を伝播する兵器だ。そしてコロンゾンはアレイスターとある種その力が同等である。

 

つまりコロンゾンにだってA.A.Aを操る資格があるのだ。

 

「帝兵さん、遮って! A.A.Aにコロンゾンを干渉させては──」

 

真守がカブトムシへ指示を出す前に、コロンゾンはA.A.Aに自身を素早く接続する。

 

A.A.Aはアレイスターのために仕立て上げられた、力を伝播することに特化した武装だ。

そのA.A.Aを正当に操る権利があるコロンゾンの方が早いのは、自明の理である。

 

A.A.Aの本来の使い手であるアレイスターはコロンゾンとの戦いで既に動くことができない。

だから誰も、コロンゾンがA.A.Aを使用するのを阻止できなかった。

 

コロンゾンは、A.A.Aでカブトムシを消し飛ばす。

その瞬間、真守はコロンゾンの様子を探る端末を失って状況が把握できなくなる。

 

「帝兵さんっ!」

 

人造生命体であるカブトムシはいまや、真守たちと共に人造の樹へと接続されている。

そのため真守が力を伝播するには最高の媒体なのだ。

それを理解しているコロンゾンは、A.A.Aで先にカブトムシを消し飛ばした。

 

「しまった……コロンゾンの方が早い!」

 

真守が声を上げる中、一方通行が舌打ちする。

 

「あの無能力者(レベル0)はいつだって土壇場で勝利を手にしてきた。だから心配するンじゃねェ」

 

「……分かってる、一方通行(アクセラレータ)。でも心配だ。垣根、近くにいる帝兵さんを上条たちのもとへ」

 

「状況が確認できねえんじゃ不便だからな。分かった」

 

真守の言葉に垣根が頷き、垣根は即座に指示を出す。

本当に一瞬、真守はコロンゾンの様子を確認できなくなる。

その空白の間の攻防によって。──鋭い振動が、クイーンブリタニア号を襲った。

 

「真守ッ!」

 

垣根は突然大きく傾いたクイーンブリタニア号内で、真守の事を抱き寄せる。

 

一方通行(アクセラレータ)っ!」

 

真守は垣根に抱き寄せられながら一方通行へと手を伸ばす。

一方通行は杖を突いて歩いているほどには歩行が不自由だ。

そのため真守が支えると、垣根はチッと舌打ちをしながらも一方通行も支えた。

そして三対六枚の蒼ざめたプラチナの翼を広げて、全員を守る。

 

「クソッ。何が起こったんだ、アレイスターたちは!?」

 

垣根が声を上げる中、真守は息を呑みながら虚空を見つめる。

その瞳は垣根たちが分からない力を見つめていた。

 

「今クイーンブリタニア号を真っ二つにしたのは、上条の中から出たモノだ」

 

「あァ? ヤツの中から出たモンだとォ?」

 

一方通行(アクセラレータ)は真守の言葉に怪訝な声を上げる。

真守は一方通行の言葉に応えない。そして鋭い視線を見せた。

 

「垣根、帝兵さんと帝察さんを総動員してみんなを探してくれ」

 

「お前はどうするんだ?!」

 

()()()はとりあえずエルダーさまとリリスの安否を確認する」

 

真守は自分だけじゃなく、この場にいる全員で行くことを口にする。

 

「アレイスターに比べれば、エルダーさまとリリスは脆い。アレイスターは自分よりもまず二人の無事を優先するはずだ」

 

真守は即座に優先順位を打ち立てて、垣根を見上げた。

 

「上条の側には美琴がいるし……とりあえず、垣根。最優先でエルダーさまを探してッ」

 

「試運転ってトコか。──分かった」

 

垣根は真守の指示に従い、カブトムシでエルダー=マクレーンを探す。

彼女はなんとか無事だった。だがそれでも危うい状況にいるのは確かだ。

それを確認した垣根は蒼ざめたプラチナの翼で真守たちを大きく包み込んだ。

だがふと気になったことがあって、プラチナの翼の間から外を見る。

 

「そういやネフテュスはどうした?」

 

観客席にいたネフテュス。

垣根が視線を向けると、観客席にもたれかかって手を振っているネフテュスがいた。

 

どうやら、ここで潰えるのも一興だと思っているらしい。

 

(ッチ。魔神ってのは面倒だな)

 

垣根は心の中で舌打ちしながらも、完璧に真守と自分と、一方通行を翼の中に閉じ込めた。

途端に浮遊感が真守たちを襲い。

真守たちは、クイーンブリタニア号のすぐ近く。氷の大地に降り立った。

 

垣根はエルダー=マクレーンのもとへ行くために、世界の方を丸ごと動かしたのだ。

それが空間移動(テレポート)と同じ結果を生み出したのだ。

 

真守は真っ二つになった船から転げ落ちる形で、頭上から降ってきたエルダー=マクレーンへ手を伸ばす。

 

「エルダーさまっ!」

 

「真守! 霊装を頼む!!」

 

真守はエルダーの後ろから降ってきた、四点セットのオナーズオブスコットランドに目を向ける。

真守は素早く手を伸ばすと、オナーズオブスコットランドに力を加えた。

四つの霊装は真守の力によって浮遊し、氷の大地に突撃することはなかった。

 

そして垣根はリリスを抱き上げたまま降ってきたエルダー=マクレーンを受け止める。

 

「おっと! ……ふふ。垣根帝督、ありがとう」

 

「あんまり無茶するんじゃねえぞ。赤ん坊抱いてるんだからな」

 

垣根の腕の中でリリスを抱きながらすっぽり収まったエルダーは、垣根の忠告にくすりと笑う。

そんなエルダーを、垣根はゆっくりと氷の大地に降ろす。

オナーズオブスコットランドを浮遊させた真守は、エルダーに近付いた。

 

「エルダーさま。大丈夫か」

 

「すまない、真守。衝撃でアレイスターとはぐれてしまった。まだヘリポートにいるかもしれん」

 

エルダーは歯噛みすると、真守が持っているオナーズオブスコットランドを見つめた。

 

「イギリスの秘宝を海水にドブ漬けするわけにもいかんし、助かったよ」

 

「そうだな。──エルダーさまは安全なところへ。そして霊装を英国女王に返しに行ってくれ。霊装は帝兵さんを呼んで持ってもらうから」

 

真守はエルダーの安否を確認すると、頭上を飛ぶカブトムシとトンボを見上げた。

 

「帝兵さんと帝察さんは引き続き、みんなの捜索を。エルダーさまの言う通り、アレイスターは動けないハズだ。──垣根、次はアレイスターのところへ飛んで。お願い」

 

真守が指示を出していると、エルダーが真守を呼んだ。

 

「真守」

 

素早く的確な指示をしてエルダーに背を向けていた真守は、エルダーに呼ばれて振り返る。

 

「エルダーさま? どうしたんだ?」

 

「……どんな結果でも、受け入れよ」

 

真守はその言葉に目を見開く。

だが即座ににっと笑った。

 

「悪い結果にはならないぞ。何せ私たちがいるんだからな」

 

エルダー=マクレーンは真守の笑みを見て、目を見開く。

そして、安堵したようにたおやかに笑った。

 

「わが永遠の友を頼む」

 

「うんっ」

 

真守はふにゃっと笑うと、垣根に向き直った。

 

「垣根」

 

「分かった」

 

垣根は真守の声掛けで、一方通行と真守と共にその場から姿を消した。

エルダーはオナーズオブスコットランドを携えて、リリスを抱きしめて歩き出す。

 

「ワタシたちの望んだ『永遠』は、どこまでも運命に翻弄された。だが運命に翻弄されても大丈夫だ。どこでだってやっていける。そして全てを救ってくれる」

 

エルダーは柔らかく微笑むと、真守のことを思って笑った。

 

「人に寄り添うように成長してくれて、ありがとう。──真守」



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第一六七話:〈再会別離〉に微笑んで

第一六七話、投稿します。
※次は三月七日木曜日です。


コロンゾンが幻想殺し(イマジンブレイカー)を切り離した結果、上条当麻の奥に秘められていた力が暴走した。

その結果、クイーンブリタニア号は真っ二つに引き裂かれた。

 

そのせいで、もうすぐ船は沈む。

 

アレイスター=クロウリーはただ一人、ヘリポートの上に仰向けに横たわっていた。

テニスコートほどの大きさを持つ、一〇角形の儀式場。

儀式場は見るも無残な有様で、大きく斜めになっていた。

 

すでに神殿として役に立たないヘリポート。

そこに横たわったアレイスターは、イギリスらしくどんよりとした雲が広がる空を見上げていた。

 

先程まで、ここにはとある人物がいた。

 

『薔薇十字』と呼ばれる魔術結社。その一員である、アンナ=シュプレンゲルだ。

その人物の隣には、何故か聖守護天使エイワスがいた。

 

エイワスはアレイスターが召喚する前に、アンナ=シュプレンゲルに召喚されていた。

つまり大悪魔コロンゾンをメイザースがアレイスターより先に召喚したように、エイワスには自分を先に召喚した契約者がいたのだ。

 

アンナ=シュプレンゲルという人物は、『黄金』の話にも出てくる。かつてウェストコットが『黄金』の箔付のためにアンナ=シュプレンゲルから書簡を貰ったという話だ。

 

実在が不確かな存在。だが確かに存在している人物。

そのアンナ=シュプレンゲルはマダム・ホロスという存在に肉体を乗っ取られていた。

マダム・ホロスとは滝壺理后を誘導し、クイーンブリタニア号まで導いた人物だ。

 

エイワスはアレイスターに付き従いながら、アンナ=シュプレンゲルの肉体を取り返すことを目的として動いてたのだ。

 

そしてエイワスは最初の契約者の望みを叶えた。エイワスによって肉体を取り戻したアンナ=シュプレンゲルは、アレイスターの前に姿を現した。

 

少しばかりの話をして、彼女はこの場から姿を消した。

 

力の底が分からない女。だがそんな女に、朝槻真守が屈するとは思えない。

 

アレイスターはぼうっとしながらも真守を信じて、そしてここまでの道のりを考える。

 

朝槻真守たちが打ち立てた人造の樹。

これから知的生命体がどのように進化をしていくか、という系譜。

 

それによってコロンゾンは肉の器をはく奪された。そして幻想殺しで打ち消せる『天使の力』によって造られた体に落としこまれた。

 

人造の樹を打ち立てて、大悪魔コロンゾンを過去の遺物にする。

その策はなんとも大胆で、そしてコロンゾンにとって致命的な策だった。

 

アレイスターは人造の樹を打ち立てた子供たちを想って、小さく笑う。

 

真守が垣根帝督たちと人造の樹を打ち立てるまで、アレイスター=クロウリーもコロンゾンを打倒するために動いていた。

 

そのために、多くの魔術を使ってきた。

 

アレイスターは自分が魔術を使うたびに、生まれた飛沫や火花をその身に溜め込んできた。

飛沫は、人に影響を与える。運命となって、人々に幸福と不幸を運ぶ。

自分の魔術のせいで、誰かが苦しむのは許容できない。

 

だからこそアレイスターは傷つきながらも魔術を使い続け、コロンゾンと戦った。

 

コロンゾンと戦うだけでも、アレイスターは致命傷を負った。

その傷に追い打ちをかけるように。

魔術によって生まれる飛沫や火花は、傷を負った場所を重点的に叩く。

まるで、死へと導く運命かのように。引き裂いていく。

 

「何を満ち足りた顔で倒れてるんだ? アレイスター」

 

優しくて凛とした声が、響く。

 

アレイスターが目を開けると、蒼ざめたプラチナの翼を広げた愛する天使たちがいた。

 

朝槻真守、一方通行(アクセラレータ)。そして、垣根帝督。

 

アレイスター=クロウリーが学園都市で造り上げた、愛する天使たち。

自分を迎えに来てくれた天使たちを見上げて、アレイスターはふっと微笑んだ。

 

「私は、神の国には行けぬよ」

 

神の国。十字教徒が夢にまで見る、永遠の楽土。

アレイスター=クロウリーは十字教を憎んでいる。

そして神の子は、自らに愛情という名の奇蹟を与えてくれなかった。

 

それから、アレイスターは神の子が許容できない罪を重ねてきた。

多くの人々を、苦しめてきた。

 

だからこそ、アレイスターは自分が神の国へ向かうことなどできないと知っている。

たとえ優しい天使たちが迎えに来ても、自分は決して幸福の地へと向かうことはできない。

 

「大バカ者のアレイスター。何を言ってるんだ、まったく」

 

満ち足りた表情をしているアレイスターを見下ろして、真守は腰に手を当ててぷんぷんっと怒る。

そしてゆっくりとアレイスターの隣に降り立ち、アレイスターのことを優しく抱きしめた。

 

その瞬間、真守を中心にして温かなひかりが辺りに満ちた。

アレイスターの負った傷が、どんどんと癒えていく。

 

「まったく、傷だらけになりながらも魔術を使って。おバカだ、おバカ。私や帝兵さんを頼っても良かったんだぞ」

 

「あなたに迷惑はかけられないよ」

 

アレイスターは笑って、真守の施しを受ける。

アレイスター=クロウリーはぼろぼろだった。生きているのも不思議なほどにだ。

その傷が、みるみるうちに癒えていく。

 

『流行』を冠するまでに至った少女の力で。人造の樹を打ち立てて、人々を見守る存在となった少女が、アレイスターを確実に癒していく。

 

真守に抱きしめられて柔らかく微笑んでいるアレイスター。

彼を見て、一方通行(アクセラレータ)は舌打ちをする。

 

「ッチ。勝手に死に場所作ってるンじゃねェよ。そンなの許されるワケねェだろォが」

 

「……ふん、優しくなったな、一方通行」

 

アレイスターは鼻で笑いながらも、優しい目で一方通行を見上げる。

 

「あン? ……余計なお世話だ。それに俺を勝手に評価するんじゃねェ」

 

「私はこれでも教育者だぞ?」

 

アレイスターは真守に傷を癒されることに心地よさを感じながら微笑む。

そして、垣根帝督を見た。

 

「私が造り上げた学園都市で歪んでしまったキミも、随分と変わったものだ」

 

「教育者だなんだ言ってもロクデナシが勝手に俺を評価するんじゃねえよ。俺は他人の評価なんていうくだらねえモンに縛られねえ。俺に常識は通用しない」

 

「ふふ。誰も彼も、反骨精神の塊であるところは変わらないらしい」

 

くすくすと笑うアレイスター。真守もアレイスターに寄り添いながら、ふふっと笑う。

 

「おい真守。笑うんじゃねえ」

 

垣根は腰を下ろすと、真守の片方の頬をむにーっと摘まむ。

 

「ふふー。垣根はそのままが一番かっこいいぞ」

 

「幸せそうな顔して言うんじゃねえ、このバカ」

 

真守はにまにまと笑って、アレイスターの傷を癒す。

垣根帝督はため息を吐くと、カブトムシの一体を呼び寄せた。

 

「傾いちゃいるが、ここら辺が沈むのはまだまだ時間がかかる。でも早くしろよ、真守。やんなくちゃならねえことはたくさんあるんだからな」

 

「はーい」

 

真守はだいすきな男の子の言葉に、素直に返事をする。

アレイスターはそんな真守を見上げて微笑むと、口を開いた。

 

「朝槻真守。やることができた。私は学園都市には帰らない」

 

「ん? それってさっきまでここにいた人たちのせいか?」

 

真守は顔をしかめて、少し口を尖らせる。

垣根と一方通行(アクセラレータ)は怪訝な表情をする。

だが真守が何か自分たちの知らない情報を掴んでいると知って、同時に真守を睨んだ。

 

((またコイツは一人で運命共同体の俺たちが知らない情報を知りやがって……))

 

「わーっ?! なんかすごく心の声が聞こえるのは気のせいか!?」

 

真守が声を上げると、垣根は真守の頬をむにーっと強く引っ張る。

 

「オイ、真守。一人でしたり顔してるんじゃねえ。ちゃんと教えろ」

 

「オマエは俺たちより上にいる。その情報収集能力は当然として俺よりも上だ。そこら辺ちゃンと喋らねェとシバき倒すぞ」

 

「なんだとっ。追及してくる人が二人に増えただとっ!?」

 

真守はぎゅっとアレイスターに抱き着く。

アレイスターは小さく笑った。

自らの造った天使たちの仲が良くて。満足そうに笑っていた。

 

「私は魔術と科学の外にある第三の領域(バックステージ)にしばらく潜る。学園都市はあなたたちに預けるよ、朝槻真守」

 

アレイスターはそう告げると、スマートフォンを差し出した。

アレイスターのスマートフォンには学園都市の技術を好きに扱えるバックドアが仕込まれている。真守はスマートフォンを確かに受け取った。

 

「あなたには学園都市を再起動できるワクチンソフトを渡したが、私の使っていたモノとしてこのスマートフォンを受け取ってくれ」

 

真守はアレイスターの意志を聞いて、小さく唸る。

 

「……んー。色々と過去の清算をした方が良いと思うケド。まあ、それは全ての脅威が本当の意味で去った後の方がいいのかな……」

 

真守はぶつぶつと呟くと、にっこり微笑んだ。

 

「分かった。アレイスターの気持ちを受け取る。大事にする」

 

真守は後継者として、しっかりとバトンを渡してもらって笑う。

アレイスターは笑う真守を見て、目元を穏やかに弛緩させた。

 

「あなたにはやっぱり笑顔が似合うよ」

 

真守が泣いている姿を、アレイスターは何度も見てきた。

だが同時に、幸せそうに笑っている真守の姿も何度も見てきた。

 

「娘を任せてもいいかね? 私の永遠の友……エルダー=マクレーンを乳母にして、共に見守って欲しい」

 

「うん、分かった。エルダーさまは魔術の知識が豊富だし、私の補助をしてもらおうと思ってたから。当然だ」

 

真守が微笑む姿を見て、アレイスターは笑う。

 

「これからはあなたが笑顔溢れる学園都市を作ってくれ、真守」

 

「悲劇の街から笑顔が溢れる街か。とても良いなっ」

 

真守はにまっと微笑んで、アレイスターから離れる。

すでに傷は癒えている。アレイスターは軽くなった体を感じて、真守を見た。

真守はそんなアレイスターを見つめて微笑む。

 

「また会えるよな?」

 

「会えるとも」

 

真守はその言葉に柔らかく目を細めると、こくんっと頷いた。

 

「分かった。……約束だぞ?」

 

「ああ、人でなしで多くの人間を不幸にした私だが……その約束だけは必ず守るよ。他でもないあなたとの約束だからな」

 

真守はアレイスターを見て、ふにゃっと安堵の笑みを浮かべる。

その笑みをアレイスターに見せる事が垣根帝督は嫌だったが、真守が安心できる存在ならばしょうがないと黙って見ていた。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

氷の大地は、どこまでも広がっている。

だがすぐに溶けて消えるだろう。何故なら氷の大地は魔術で造られたものだ。

決して凍らない海はすぐに、いつもの姿を取り戻すだろう。

 

その氷の大地に、海からざばりと這い上がってきた人物がいた。

 

身長よりも長い金の髪。豊満な体に纏った、ベージュの修道服。

それは、大悪魔コロンゾンの肉体。コロンゾンが端末にしていた肉体だった。

大悪魔コロンゾンは特別な存在だった。

肉の器を自分で一から用意できたからこそ、その在り方は特別であった。

 

朝槻真守は、コロンゾンから肉の器をはく奪した。

だがその肉の器には、確かにコロンゾンが宿っているのだ。

 

超常存在であるコロンゾンは、すでにこの世界から退却させられた。そこから切り離された肉の器に宿るコロンゾンは、すでに悪魔の力が自由に使えなくなった。

 

矮小化したコロンゾン。それでも知恵を絞れば、この世界を自然分解へと導ける。

 

「みーつけた」

 

コロンゾンが海から這い上がってくると、声が聞こえた。

コロンゾンは顔を上げる。

すると目の前には解け始めている氷の大地に腰を下ろして、にっこり笑っている朝槻真守がいた。

 

「……な、」

 

「つーかまえたっ」

 

大変うれしそうな朝槻真守は、むぎゅっとコロンゾンの手を掴む。

 

「それはちょっと危ないから、取り上げるぞ」

 

真守はにまにま微笑んで告げる。

その瞬間、ばっさりとコロンゾンの金の髪が切られた。

 

女の髪には、魔性が宿る。髪の毛には、コロンゾンの神秘が宿っている。

だからこそ髪を切れば、コロンゾンは力が練り上げにくくなるのだ。

突然金の髪がボブになったコロンゾンを見て、真守は微笑む。

 

「たくさんお話ししような、コロンゾン。これから時間はたっぷりあるんだから」

 

コロンゾンにとって、死刑宣告のような言葉だ。

本体と切り離された今、人造の樹の頂点に立つ朝槻真守に勝てる術はない。

しかも真守を万が一の確率で撃ち落とせたとしても、その傍らには一つ下のセフィラに宿る垣根帝督と一方通行(アクセラレータ)がいるのだ。

 

「……ふ。私を容易く倒せると思うなよ愚物っ!!」

 

「バカ言うな、笑っちゃうだろ」

 

ぺいっと、力強くコロンゾンのことを跳ねのける真守。

すると、コロンゾンはどぼーんっと盛大な音を立てて海に落ちた。

 

「ほらほらコロンゾン。頑張って上がってこーい」

 

真守はにやにや笑って、海に落ちたコロンゾンの顔をむんぎゅっと踏みつける。

 

「がぼ、がぼぼぼぼっこ、こらっあしをどけぼぼぼぼっ」

 

「ふふふ……っ愉快だな。大悪魔、あんなに偉そうにしてた大悪魔が翻弄されている姿は滑稽だ。この際だから、人々を困らせた報復をさせてもらうぞ?」

 

真守に完封されるコロンゾン。それを見ていたクリファパズル545は顔を青くする。

 

『や、やっぱり準ご主人さまは超常的な存在に当たりが強いですぅ……っ!!』

 

「「……相手が人間じゃねェからな」」

 

垣根帝督と一方通行(アクセラレータ)は同時に答える。

朝槻真守はひとのことをとても大事にしている。

だが超常存在は人間ではない。

だからこそちょっと当たりが激しくなってもそう簡単には壊れないと思っているのだ。

 

「ひとは脆いけど、お前は脆くない。だから尊いひとのことをおちょくったお前を、ちょーっと痛めつけても大丈夫だということだ」

 

「が、がぼっがぼぼぼぼぼっ!!」

 

他者の頭を足蹴にして、氷が浮かぶ海に沈める。

盛大ないじめの現場だが、相手はあのコロンゾンだ。

多くの人を苦しめた大悪魔を、少しはイジメたって誰も怒らない。

 

「えへへー。イギリスではたくさん収穫があったな。人造の樹も打ち立てられたし、『黄金』の魔術師たちも手に入れられた。悪魔ちゃんに加えて、大悪魔を収穫できるなんて。学園都市も強くなるなーっ」

 

ご機嫌な真守。一方通行(アクセラレータ)はそんな真守を見て、思わず眉をひそめる。

 

「確か学園都市は魔術サイドに相対する科学サイドって触れこみだったよなァ……? 統括理事長が魔術師っつっても、魔術に関する者が集いすぎじゃねェの?」

 

「ちっちっち。一方通行、よく考えてみろ」

 

真守はコロンゾンをしばき倒しながら、軽く指を振る。

その姿は自信満々で憎らしいが愛らし過ぎて、一方通行はイラっとしなかった。

 

「マクレーン家に繋がる私が流れ着いてる時点で、色々と破綻してるよ。それにこれからは魔術サイドも科学サイドも睨み合わなくなるんだ。私たちが世界の在り方を変える。魔術も科学も関係ない。そんな世界を作るんだ」

 

真守はふふっと笑うと、それでも思案顔をする。

 

「でも当分の間は壁があった方が良いかな。物事には順序というものがあるから。少しずつ、少しずつ壁を失くしていかないと。学園都市に帰ったら、早速色々考えないとな」

 

真守は呟きながら、自分が足蹴にしていたコロンゾンのことを引き上げる。

そして適度に四肢を源流エネルギーで拘束すると、コロンゾンをずりずり引きずり出した。

 

「や、やめろ俗物がっ!! 足が削れるっ!!」

 

「えー。削れたら垣根が用意してくれるから大丈夫だ」

 

「そういう問題ではないわっ!!」

 

真守に引っ張られて、ギャーギャー声を上げるコロンゾン。

 

「くっ……我は大悪魔だぞ……っ小娘が、良い気になっていられるのも今のうち──」

 

「うるさい。しゃらっぷ」

 

「むっぐぅっ!?」

 

真守はどこからともなく光のテープを生み出すと、ぺしっとコロンゾンの口に張る。

完全におふざけモードだが、真守が楽しそうで良しとしよう。

そう思った垣根はポケットに手を突っ込んで、一方通行はクリファパズル545を連れて歩き出す。

 

「さて。……問題は山積みだな」

 

真守は引きずるのが面倒になって、簀巻きの状態でコロンゾンを浮かせて歩きながら呟く。

ポケットにはスマートフォンが入っている。

それをスカートの上から触りながら、真守は笑う。

 

アレイスター=クロウリーは去り。学園都市は朝槻真守たちに託された。

これから学園都市を守るのは自分たちだ。

それを思いながら、真守はにっと笑う。

 

「三人で頑張るぞ、私に力を貸してくれ。垣根、一方通行(アクセラレータ)っ」

 

真守が微笑むと、垣根と一方通行は頷いた。

ここから先は、レールがない。

自分たちでレールを敷いて、そして目的地を決める事になる。

 

道しるべなんてない道を手探りで歩く。それは不安なことだ。

だが真守は大丈夫だと思っていた。

 

だって垣根帝督と一方通行(アクセラレータ)がいるのだから。

 

真守は二人を想って柔らかく微笑む。

そして二人の間に入って手を取ると、コロンゾンを連れたまま二人と共に氷の大地を歩き続けた。

 




イギリス篇第三幕、終了です。
めちゃくちゃ長かったですが、終わって良かったです……。
次回。新世界への準備篇。開幕。新約最終章です。


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新約:新世界への準備篇
第一六八話:〈悪魔撃退〉でも異常は続く


第一六八話、投稿します。
次は三月一一日月曜日です。


大悪魔コロンゾン。

数価三三三、拡散という在り方に基づき、この世界と全ての位相を破壊しようとした彫像存在。

 

彼女はこの世が憎いから、世界を壊そうとしたのではない。

新しい次へと繋げるために、コロンゾンは自らの在り方に基づき世界を終焉へ導こうとした。

 

コロンゾンとの世界の命運をかけた戦い。それに、人類は勝利した。

 

科学サイドと魔術サイド。二つに分けられた世界の人々は一致団結し、大悪魔を退けた。

 

世界はコロンゾンによって傷つきながらも、変わらずに続いていく。

少しずつ姿かたちを変えながら。より良い方向へと進んでいく。

 

そして──いま。科学と魔術の対立する時代が終わろうとしていた。

 

何故なら科学サイドを代表する学園都市は、次代へと受け継がれた。

魔術を憎んだ人間から、科学の申し子たちに託された。

 

学園都市の管理を任された朝槻真守は、元々魔術サイド出身だ。

それに魔神オティヌスと対峙した時、真守は魔術サイドや世界の国々と協力関係を持った。

 

アレイスターは魔術を憎んでいた。だが真守は違う。

 

学園都市が次代へと受け継がれたことにより、科学サイドも魔術サイドも変わる。

変わらなければならない。

そんな次なる新世界への準備をするべき転換期の中で。一つの問題が発生していた。

 

「むぅ……これは……」

 

顔をしかめながら小さく唸ったのは、黒猫系美少女である朝槻真守だ。

あどけない顔つき。ちまっとした体躯に胸はふくよかというアイドル体型。

あまり特徴のないオーソドックスなセーラー服を着た真守は、真剣な表情でむむっと眉を寄せる。

 

現在、真守はマクレーン家が所有するスコットランドにある別荘にいた。

隠れ家としてマクレーン家が各地に用意している別荘であるため、そこまで広くない。

だが豪奢な二階建てではあるため、貴族としての風格はばっちり守られている造りだ。

 

別荘にいるのは朝槻真守と垣根帝督。一方通行(アクセラレータ)にクリファパズル545。

そして上条当麻と、魔神オティヌスだ。

 

真守は一階のリビングのソファに座って、よく目を凝らす。

真守の目の前のソファには、上条当麻が座っている。

だが上条当麻にはとある異常が発生していた。

 

スカイブルーとレモンイエロー。

上条当麻の幻想殺し(イマジンブレイカー)が宿っているはずの右腕が、ケミカルな色の腕になっているのだ。

 

真守は真剣な表情で、スカイブルーとレモンイエローで構成された上条の右腕を見つめる。

黒猫系美少女に真剣に見つめられて、上条当麻は緊張で思わずごくりとつばを飲み込んだ。

完璧な存在であり、『流行』へと至った神人は一つ頷く。

 

「どうなってるんだこの右腕。すごく中途半端だな……?」

 

上条当麻は拍子抜けしてしまい、体をがくっと揺らす。

真守の隣に座っていた垣根帝督は、真守の言葉に片眉をぴくりと跳ね上げた。

 

「真守にもよく分からねえモンぶら下げてるとか。お前は一体何なんだ?」

 

「俺に聞かれても分からないよう……大体頭が良い朝槻が分からない状態なら、何がどうなってるか俺にはさっぱりだよう……」

 

上条当麻は垣根帝督の言葉を受けて、おいおいと泣き叫ぶ。

自分の腕がよく分からない状態になってしまって、途方に暮れる上条当麻。

そんな上条当麻を前にして、真守は小さく呟く。

 

「おそらく上条の裡に存在した力が外に出た際、上条の中に残ったわずかな力が右腕として形成されているのだろうが……何故わざわざ右腕の形に……そうか。足りないものを補うかのように……なくなった幻想殺し(イマジンブレイカー)の代わりをしているのか……?」

 

真守はちょこちょこ体を揺らして、色々な角度から上条の右腕を観察する。

 

「とは言っても私が不用意に触るのは避けた方がいいな……上条の中にあった力はもうすでに誰の制御も受け付けない。私が触れただけで予期せぬ方向へと変質してしまう。まったく、そんなモノを『計画(プラン)』に利用するなんて、アレイスターの奴め……」

 

真守はこの場にいない行き当たりばったり人間を思い出して、顔をしかめる。

上条当麻の肩に乗っているオティヌスは、真守を見る。

 

「とりあえず状況を整理しよう、神人」

 

「そうだな。それが必要だ」

 

真守はこくりと頷いて、先程のことを思い出す。

 

儀式を行うために海上へ出たクイーンブリタニア号での、大悪魔コロンゾンとの最終決戦。

真守は垣根と一方通行(アクセラレータ)と共に人造の樹を打ち立てて世界を新たな形へと変えて、コロンゾンに圧を掛けて肉の器をはく奪した。

 

コロンゾンを特別としているのは、コロンゾンが肉の器を持っているからだ。

それを取り上げてしまえば、コロンゾンには全ての異能を打ち消す幻想殺し(イマジンブレイカー)が効く。

それを拒むために、コロンゾンは最後の抵抗として上条当麻の右腕をA.A.Aで切り落とした。

 

真守や垣根は知っている事実だが、上条当麻の右腕に宿っている幻想殺しは上条当麻の内にある力を封印していた。

上条当麻の裡に秘められている力。それは神浄の討魔と呼べる力だ。

 

幻想殺し(イマジンブレイカー)を切り落とされた事で、外に溢れた神浄の討魔という力。

 

それによって、クイーンブリタニア号は真っ二つに分断されて沈んだ。

オティヌスは何があったか思い返して、忌々しそうに呟く。

 

「クイーンブリタニア号で人間から出てきた力──神浄の討魔。あれは私が握りつぶした時から随分と変わり果てていた。あれは既に、神人の力も受け付けることはない。そうだろう、神人?」

 

「うん。元々アレイスターの『計画(プラン)』でも、上条の中にある力の成長方向を調整するしかなかった。『計画』がとん挫した今、最早誰の制御も受け付けないだろう」

 

上条当麻のうちに秘められた力は、真守ですら制御できない。

強大な『流行』を冠する力を持つ真守が触れてしまえば、それだけで上条当麻の力は予期せぬ方向へと成長してしまう。

 

「帝察さん」

 

真守はすらりとした細い指を伸ばす。

するとどこからともなくやってきた真っ白な巨大なトンボが、真守の人差し指に留まった。

 

垣根帝督が自らの能力で造り上げた人造生命体、通称『帝察さん』。

真守は帝察さんのネットワークに接続する。

トンボのネットワークには、監視情報が随時アップデートされていた。

 

監視している対象は()()()()()()()()()()

 

それは『神浄の討魔』と呼べる、寸分たがわず上条当麻と同じ姿をしている存在。

上条の中に秘められていた『神浄の討魔』がかたちを得て動き出した存在だ。

真守たちの目の前にいる人間である上条当麻とは明確な別個体である。

 

トンボが監視している『神浄の討魔』は、現在医療用テントの中にいた。

 

大悪魔コロンゾンとの戦い。それによって、多くの人々が傷ついた。

傷ついた人々は、冥土帰し(ヘブンキャンセラー)が主体となって治療をしている。

その治療テントの一角に、もう一人の上条当麻は隔離されていた。

 

隔離。文字通り、上条当麻の周りには誰もいない。

 

もう一人の上条当麻は真守から指示を受けた冥土帰しに、メディカルチェックの結果が出るまで待っていてほしいと言われている。

 

御坂美琴、食蜂操祈。そしてインデックスという三乙女を、真守は決してもう一人の上条当麻に近付かせてはならないと、冥土帰し(ヘブンキャンセラー)にお願いしていた。

 

だが隔離できるのも時間の問題だ。

神浄の討魔と接触を禁止されている美琴・食蜂・インデックス──三乙女に、どうして上条当麻に近付いてはならないのか、上条当麻がどんな状況に陥っているか説明しなければならない。

 

「美琴と帝兵さんに見つけてもらった上条の肩にはオティヌスがいなかった」

 

クイーンブリタニア号が上条当麻の奥にある力で、真っ二つになった時。

真守はあの時、カブトムシにクイーンブリタニア号にいた者たちの安否を確認してもらっていた。

そしてカブトムシは御坂美琴と共に、上条当麻を探していた。

 

美琴と食蜂は知らないことだが、魔神オティヌスと上条当麻は互いに『理解者』だ。

そのため何があったとしても、二人は共にいる。

だが美琴とカブトムシが見つけた上条当麻の肩には、オティヌスがいなかった。

 

しかもあの上条を見つけたと同時に、オティヌスを連れた上条当麻も発見された。

 

あれは上条当麻ではあるが上条当麻ではない。

カブトムシは、美琴と見つけた上条当麻を前にしてそう感じた。

 

カブトムシは垣根帝督の端末だ。

そして真守は垣根と一方通行(アクセラレータ)と共に、ミサカネットワークと同じく人造の樹に組み込まれた。

だからこそ、分かった。片方の上条当麻は、上条当麻でありながらも異なる存在だ。

 

「オティヌスを連れていない、御坂美琴が見つけた神浄の討魔とでも言うべき上条当麻。あの上条は、上条の中に秘められていた力が形と意思を持って動き出したんだ」

 

神浄の討魔がクイーンブリタニア号を真っ二つに引き裂いた後。

上条当麻は必死にその場から逃げた。自分の右腕から出ている、三角柱をぼこぼこ無造作に泡のように膨張させる力からみんなを守るためだ。

 

そして氷の大地の上で、上条当麻はソレと対峙した。

 

最初は、三角柱が浮いていた。

その三角柱が、蒼ざめたプラチナの輝きを放った。

そして輝きが収まると、そこには三角柱を中心として、ツンツン頭の少年が立っていた。

 

上条当麻は自分自身と同じ姿をした『ソレ』に呆然とするしかできなかった。

『ソレ』は上条当麻が氷の大地の上にぶちまけた携帯電話を拾う。

そして上条当麻は千切れた右腕に突然生えたスカイブルーとレモンイエローで構成された右腕で、自分の財布を手に取った。

 

『ソレ』は告げる。

 

『「これ」なくして、何が上条当麻だ』

 

右手の幻想殺し(イマジンブレイカー)。それが自分の手の中にあると主張して、神浄の討魔は笑う。

幻想殺しを手にしているのは、三角柱を核に生み出されたもう一人の上条当麻だった。

 

『「これ」がなくなったらどうなるか、その身で思い知れよ。鼻タレ小僧』

 

神浄の討魔は上条にそう言い渡すと、何食わぬ顔で御坂美琴に合流した。

だが人造の樹に組み込まれたカブトムシは、その上条当麻を見て不審に思った。

それと同時に他のカブトムシがオティヌスを連れた上条当麻を見つけたことで、異常事態が発生している事実が明るみとなったのだ。

 

「帝兵さんと帝察さんがいてくれて助かった。本当に」

 

真守はトンボと共に、カブトムシを呼び寄せて労う。

 

「二人がいなければ、私も直に会わないと上条の見分けがつかなかった。……直接会って、真実を知ったら。私は動揺してた。それは確実だ」

 

神浄の討魔。力が意思と自我を持って動き出した存在。

それは真守の大切にしたい女の子である源白深城と同じなのだ。

今も眠り続けている一二歳の肉体を持つ源白深城と、一八歳の体を持って動く源白深城。

 

深城は二人いるが、神浄の討魔と同じ成り立ちをしているのは一八歳の源白深城だ。

真守とずっと一緒にいるあの一八歳の深城。

 

あの深城は、源白深城の能力が自我を持って動き出した存在だ。

真守と深城の願い。それによって動き出した存在である。

 

一八歳の源白深城と同じような成り立ちの神浄の討魔に会えば、真守も対応に困ってしまう。

するとコロンゾンを討伐したとしても未だに落ち着かない英国に迷惑が掛かる可能性がある。

 

「あの上条が何を目的としているか、本当のところは分からない」

 

真守はトンボのネットワークに接続しながら、目を細める。

 

「だから様子を見る必要がある。とりあえず美琴たちに何かしたら私が止めるから、上条は安心してほしい」

 

真守が上条を見ると、上条当麻は暗い表情をしたまま頷いた。

自分とそっくりの存在が突然現れたら、動揺してしまうのは当然だ。

しかも上条当麻には、懸念があった。

 

あの神浄の討魔と呼べる上条当麻は全ての記憶を持つ存在なのではないか、という懸念だ。

 

真守は落ち込んでいる上条を見て、眉をひそめる。

すると。ピンポーンというドアチャイムの音が響いた。

 

真守と垣根の座っているソファに寄り掛かっていた一方通行(アクセラレータ)はくいっと顎を動かす。

 

すると浮遊していたクリファパズル545がふよふよ動いて玄関の扉を開けた。

玄関の向こうには、クラシカルな制服を着たメイドが立っていた。

 

「真守様。アシュリン様に食事を差し入れするようにと言伝をもらい伺いました」

 

メイドは真守に一礼すると、テーブルの上に紙袋を置く。

一方通行はそれにちょっと顔をしかめた。英国の食事があまり口に合わなかったからだ。

メイドは柔らかく微笑むと、慇懃無礼に紙袋を見せる。

 

「学園都市にもあるカフェのチェーン店で買ってきた昼食です。飲み物もどうぞ」

 

真守は対応がばっちりなメイドと伯母の事を想って微笑む。

 

「気を使ってくれてありがとう。伯母さまにもそう伝えておいてくれ」

 

「はい、何かあればお申し付けください。携帯電話を置いて行きます」

 

メイドはスマートフォンをテーブルに置くと、しずしずと去っていく。

 

「ご飯も来たからな、とりあえずお腹を満たそうか」

 

真守が声をかけると、一同は食事の準備を始めた。

腹が減っては戦ができぬ。そういうことだ。

 



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第一六九話:〈休息一息〉から推測する

第一六九話、投稿します。
次は三月一四日木曜日です。


上条当麻の裡から出てきて、上条当麻と同じように動き出した神浄の討魔。

 

今のところ神浄の討魔は何もせず、冥土帰し(ヘブンキャンセラー)の言いつけ通り医療テントで待機していた。

性急に何か問題を起こすそぶりはない。彼は完璧に自分が上条当麻だと振る舞っていた。

 

そのため真守たちは神浄の討魔を様子見しつつ、食事を摂ることにした。

 

真守の伯母であるアシュリン=マクレーンがメイドに頼んで、真守に差し入れしてくれた昼食。

その昼食は、学園都市にもあるカフェチェーン店のものだ。

真守はがさがさと紙袋を探って、クラブハウスサンドを手に取る。

 

「おー、これおいしそう」

 

真守は表情を輝かせて、サンドイッチをちまっと手に取る。

茹でチキンとフリルレタスと、トマトの入ってる棒棒鶏(バンバンジー)風のサンドイッチだ。

垣根はがさっと袋の中からカツサンドを取り出しながら、真守を見る。

 

「それ二つあるヤツだろ。他のはいいのか?」

 

「これが良い」

 

自分の意見を主張する真守から目を離して、垣根は一方通行(アクセラレータ)と上条当麻に視線をちらっと寄越す。

 

「異論はねえよな?」

 

一方通行は手を振って応え、チキンバーガーを手にする。

上条当麻は今も物色しているが、真守がサンドイッチを食べることに異論はないらしい。

オティヌスはポテトを取り出して、既に頬張っている。

 

真守はお手拭きで手を拭くと、ビニールに包まれたサンドイッチを手に取る。

そして小さなお口を頑張って開けて、サンドイッチを頬張った。

 

「ふふーっ。おいしいっ」

 

日本で慣れ親しんだ味。

イギリスのご飯も真守は好きだが、やっぱり親しんだ味というのは安心する。

真守はもきゅもきゅと口を動かして、幸せそうに目を細める。

 

上条当麻は真守の前で、そっと右腕でホットドッグを手にする。

真守は食べていたものをこくんっと呑み込むと、上条当麻の右腕をじーっと見つめた。

 

「ふむ。ケミカルな腕でも普通に動くようだな」

 

「そうなんだけど……なんかぐにゃぐにゃしてるんだ。すぐにでも形を変えられそうな感じがしてむずむずする」

 

上条はそういって、ふりふりと右腕を揺らす。

するとスカイブルーにレモンイエローの影がちらついた。

それを見て、ホットコーヒーを口にしていた一方通行(アクセラレータ)は眉をひそめた。

 

「オマエの右腕の力はアッチが持ってることで良いンだよな? それともその腕も幻想殺しの力が宿ってンのかよ?」

 

「……少なくとも、幻想殺し(イマジンブレイカー)はこっちにない。……多分この腕は絞りかすで、大部分は向こうにあるんだと思う。今の俺を特別にしているものは何もないんだ」

 

一方通行は上条の言葉を不愉快に思って、眉を跳ねさせる。

だがそれに上条当麻は気が付かない。

 

「ちょっと試してみるか?」

 

上条はそう告げると、辺りを見回した。

 

「分かりやすい異能の力……そうだな、やっぱり半透明の子が良いか。変な悪魔」

 

『はいい? 変なとは何だこの全方位ツンツン頭』

 

主人である一方通行の食事を甲斐甲斐しく手伝っていたクリファパズル545は、上条の随分な物言いに、ムッと顔をしかめて反応する。

そんなクリファパズル545に上条は近づく。

 

「見てろ、幻想殺し(イマジンブレイカー)があったらこんな事はできないはずだ」

 

『ふぁい……?』

 

クリファパズル545は返事をしながら、くしゃっと顔を歪める。

悪魔の様子を不思議に思いつつも、上条はクリファパズル545へと手を伸ばす。

そして──次の瞬間。

 

『ふぁっぷし』

 

悪魔の癖に、クリファパズル545は天才的なタイミングでくしゃみをした。

クリファパズル545が動いたことにより、上条当麻の腕が逸れる。

そして、上条の右腕はぎゅむっとクリファパズル545の胸を掴む形となった。

 

「あ」

 

真守はラッキースケベの犯行現場を見て、思わず声を上げる。

クリファパズル545は悪魔だが、女の子のような恥じらいを持っている。

そのため顔を真っ赤にして悪魔は絶叫。

 

一方通行(アクセラレータ)は即座に動き、自分の悪魔にラッキースケベをかました上条当麻をビンタした。

……というか思いきり能力を使ったので、ビンタに留まらない。

最早空気を五指で切り裂くほどの大衝撃である。

 

「あヴぁほろばうあーっ!?」

 

いまの上条当麻に幻想殺し(イマジンブレイカー)はない。

そのため一方通行のベクトル操作を打ち消せずに、そのまま吹っ飛ぶ。

一方通行は初めて上条当麻に自分の能力が通じた事実を前にして、わなわな震える。

 

「……どォいう事だ? マジでそのまま通っちまったぞ」

 

学園都市元第一位の能力使用済みの激しいビンタなんて、普通だったら床に転がった拍子で全身の骨が砕けていてもおかしくない。

 

だが上条はごろんごろんごろーんっとソファを巻き込みながら吹き飛んだ結果、ソファが良い感じにクッションになった。

 

つまり幸運なことに、ケガをすることはなかった。

上条はソファと一体化して逆さになったまま、リビングの端の方で口を開く。

 

「分はったろ? び、右手の力はなんかおかしいんでぶ」

 

上条は逆さになった状態で、レモンイエローにスカイブルーの腕を気にする。

テーブルに座っていたオティヌスは、ポテトをふりふり振りながら自らの『理解者』を見る。

 

「あの一撃を浴びて死なずに済ませるとは。不幸体質は返上した方がいいかもな」

 

「あっ! 幻想殺し(イマジンブレイカー)がないって事は、そういう事にもなるのか……ッ!?」

 

垣根は呆れたまま、真守のためにテーブルに飲み物を用意しながら顔をしかめる。

 

「つーか気になってたんだけど。幻想殺しってのは自分に災厄が降りかからないようにする追儺の霊装だったはずだろ。神のご加護を打ち消して不幸になるっておかしいんじゃねえの?」

 

幻想殺しは自分に降りかかる災厄や不幸──運命による飛沫などを回避することができるものだ。

だからメイザースは幻想殺しがある『黄金』に所属していれば、自分に魔術を使った時の副作用は降りかからないと確信していた。

 

全ての災厄から『黄金』のメンバー全員を守ることができた追儺の霊装。

それなのに、神のご加護を打ち消して不幸になるというのはおかしな話だ。

 

真守は垣根の服の端をくいっと引っ張ると、ひそひそと小声で囁く。

 

「垣根。幻想殺し(イマジンブレイカー)はな、実はその力をいつでも上条の中にある力の封印に使ってるんだ」

 

「……じゃああいつが不幸になってるのは幻想殺しが上条を守り切れてねえってことなのか? どんだけヤバいモン抱えてるんだ、あの男」

 

垣根はガムシロップを入れたカフェラテを真守に差し出しながら、呆れた様子を見せる。

 

「上条は元々すごくラッキーなのかもな。……だからラッキースケベするんだよ……」

 

「納得だな」

 

推測を口にする真守に同意する垣根の前で、クリファパズル545は叫ぶ。

 

『納得してる場合じゃないですよぅっ!? 不幸だった時もコイツはこーいうスケベしてたんでしょうがっ!! 不幸の枷から解き放たれたコイツが世に放たれたら、世界の倫理が狂っちまいますよぉ!!』

 

真守は被害者の意見を聞いて、ハッと息を飲んで神妙な顔をする。

 

「確かに大問題だ。今の状態の上条に近づいたら危険だ。私もうかうかしてられないかも」

 

垣根は真守の呟きを真に受けて、表情を消す。

 

「……おい上条当麻。真守に近付くんじゃねえ。隅っこで飯食ってろ!」

 

大事な女がラッキースケベにあったらたまらない。

そんな垣根の正当な意見に、上条当麻はめそめそする。

 

「酷いよう酷いよう。別に俺は好きでスケベしてるわけじゃないよぅ」

 

真守は泣いている上条当麻を見て、くすりと笑う。

真守は上条が意外とナイーブになっているのが分かっている。

そのためわざとちょっとおどけて、上条がいつも通りに振る舞えるようにしたのだ。

 

(さて。本当のところ、どうしたものか)

 

真守は心の中で呟きながら、大切な人たちと遅めの昼食を摂っていた。

 

 

────……。

 

 

真守たちは少し遅い昼食を共にすると、一息つく。

お腹がいっぱいになって満足した真守は、上条当麻を見た。

 

スカイブルーにレモンイエローの腕を持っている上条当麻。

真守は少し途方に暮れながらも、その様子を感じさせないように頑張っている上条に声をかける。

 

「上条。お前はいま深城と同じ類の状態に陥っている」

 

「? 源白と?」

 

上条は首を傾げて、残っていたポテトへと手を伸ばす。

 

「……深城は一度、死んだ。それを私が無理やりこの世に引き戻した」

 

上条は残ったポテトを食べるために口を開けていたが、その動作を止めてぎょっと目を見開いた。

 

真守と共に特異能力者解析研究所に所属していた源白深城は、人体実験の被験者だった。

そして深城は真守の情操教育の相手でもあった。

研究所の人間の目論見は功を奏して、真守は深城と交流する事で他者に興味を示すようになった。

 

そして。運命の日。能力体結晶の投与実験。

源白深城はその実験に耐えられなかった。

 

まだ全てが明瞭ではないが、それでも真守は深城を大切に想っていた。

だから、真守は深城をどうしても手放したくなかった。

 

そして深城も死の間際で願ったのだ。

朝槻真守と、いつまでもずっと一緒にいたいと。死にたくないと真守に救いを求めた。

 

「生と死の境界。深城が死に瀕したことによって、全てが曖昧に溶けて希薄になる時。私と深城はあの時、同じ思いを抱いたんだ。……いつまでも一緒にいたいと。どうしても離れたくないと。──その想いが、私と深城の力と共に『奇蹟』を起こした」

 

真守は今でも傷になっていて、そして始まりでもある記憶を思い出しながら目を細める。

そんな真守が心配で、真守の隣に座っていた垣根は真守の手をそっと握った。

 

真守は垣根が手にを握ってくれたことが嬉しくて小さく笑う。そして、上条当麻を見た。

 

「私たちの切なる願いが、あの深城を生んだ。私といつまでも一緒にいることができる、源白深城。私たちの願いの結晶がお前とインデックスが出会った深城なんだ」

 

「俺とインデックスが会った源白は……願いの、結晶……?」

 

上条当麻は何故か胸に引っかかりを覚えて呟く。

深城は未成熟だったが、AIM拡散力場に対する適性を持っていた。

 

AIM拡散力場とは能力者の願いや祈り、そして悪意によって形作られている。

だからそれらが真守と深城の思いに呼応して。真守と深城の力が複雑に絡み合った結果、『いつまでも朝槻真守と一緒にいられる源白深城』が生まれた。

 

「上条。お前の裡から生まれ出た、神浄の討魔とも言うべき存在。あれは願いを基にして条件が重なった結果、カタチを得たんだ。お前の裡に秘められていた力。それが自我を持って動き出した」

 

真守は上条当麻をまっすぐと見て、そしてその胸に人差し指を向ける。

 

「お前は願っただろう、上条」

 

真守は上条当麻を、エメラルドグリーンの瞳でまっすぐと見つめる。

穏やかで神のように慈悲深く煌めく、真守の瞳。

真剣な表情の真守に見つめられて、上条はどきっと胸を高鳴らせる。

 

幻想殺し(イマジンブレイカー)

 

全ての異能を打ち消す力。上条当麻の力を封印していたもの。

真守は世界の基準点について口にして、上条を見つめた。

 

「自分が右手をもっとうまく使えていたら。記憶を失っていなくて、使い方をきちんと覚えていられたならば。全てを救えたかもしれない。お前はそう考えただろう、上条」

 

上条当麻は自分の手の平から零れ落ちて行くものを感じながら、何度も考えた。

 

幻想殺し(イマジンブレイカー)を上手く使えていたら、結果は違ったかもしれない。

そう考えるようになったきっかけはフランスのアビニョンで左方のテッラと対峙した時だ。

 

左方のテッラは訝しんだ。

幻想殺し。その使い方を上条当麻が知らないはずがない。

だが上条当麻は現に幻想殺しを使いこなせていない。

 

ならば、幻想殺し(イマジンブレイカー)の使い方を忘れてしまったのかと。記憶を失っているのかと。

 

上条当麻は左方のテッラにそう看破された。

その結果、御坂美琴に記憶を失っていることが不覚にもバレてしまった。

 

幻想殺しを上手く使えていたら、誰も傷つかなかったかもしれない。

使い方を知っていれば、誰も悲しまなかったかもしれない。

救えたものが、もっと多かったかもしれない。

 

あの時から何度も何度もそう考えて。

上条当麻は何度も何度も記憶を失ってしまったことを悔やんでいた。

 

記憶を失わなければ、大切な少女であるインデックスを完璧に助けられていれば。

インデックスに記憶があると嘘を吐かなくても良かった。彼女を悲しませることにならなかった。あの笑顔を、完璧に守ることができていた。

 

「俺が……願ったから……? だから、アイツは動き出した……?」

 

上条は思わず自分の変わり果てた右腕を見つめる。

スカイブルーにレモンイエロー。

自分の壊れてしまった右腕を見つめて、上条当麻は呆然とする。

真守はそんな上条を見て、首を横に振った。

 

「願うことは悪いことじゃない」

 

上条は顔を上げて、真守を呆然と見つめる。

 

「願うことが悪いなら──『奇蹟』を求めるならば。私と深城も、同罪だからな」

 

真守はふっと笑うと、『奇蹟』について考える。

 

「『奇蹟』は人の思いに起因する。願いや祈り。それらが状況とうまく合致した時、神の御業ではなくとも『奇蹟』が起こる。……この世界には、明確な救いがある。それが事実だ」

 

神による慈愛深き救済。

その救済が誰にでも平等に配られていたら、アレイスターが十字教を憎むことはなかっただろう。

救いの根源ともなる『愛』で世界が溢れていたら。誰もが等しく救われていたことだろう。

 

だが現実に、愛は溢れていない。奇蹟はそう簡単に起こらない。

 

真守はその事実について考えながら、そっと目を伏せる。

そして顔を上げて上条を見た。

 

「アレイスターが区切っただけで、この世の異能は全て同じ仕組みでできている」

 

真守はこの場にいないアレイスターが世界に残した爪痕について口にする。

 

アレイスター=クロウリーは真守の側にもういない。

科学と十字教勢力の魔術以外にも脅威は存在していると気づき、どちらにも属さない第三の領域(バックステージ)へと身を潜めた。

 

アレイスターは魔術と科学を隔てたままだ。

だが誰もが気づき始めている真実を、真守は口にする。

 

「科学と魔術に違いがないこと。その真実に人々は気づけないようになっているが、世界は真実を思い出し始めている。だから能力者の深城と同じように、上条当麻の秘められていた神浄の討魔が願いに応えて動き出したとしてもおかしくない。……おかしくないんだ」

 

呻くように告げる真守を見て、垣根は目を細める。

そっと垣根が真守を抱き寄せると、真守は垣根の優しさを感じながら、目を伏せる。

 

能力が自我を持った存在である一八歳の源白深城。

彼女が生まれたのは真守と深城が願ったからだ。

 

いつまでも一緒にいたい。絶対に離れたくない。死にたくない。死なないでほしい。

その願いが形となり、元々特異な能力であった源白深城の能力は、真守の能力に触発されるかたちで自我を持って動き出した。

 

真守はこの世で一番大切な女の子のことを考えながら、上条を見た。

 

「どうする、上条」

 

「……どうって、」

 

「あの上条当麻を、上条は許せるかと聞いているんだ」

 

真守はそう問いかけながら、深城のことを想う。

 

「私の大切な深城は折り合いをつけて共生している。そもそも二人は私に生かされているからこそ存在しているんだ。切っても切れない縁で結ばれている。いわば運命共同体だ」

 

源白深城は一度死んだ。それを朝槻真守が無理やりこの世に繋ぎ留めた。

深城は真守に生かしてもらわなければ、生きていけない。

一二歳の体を持つ深城を真守が生かさなければ、一八歳の源白深城は霧散してしまう。

二人共真守がいるからこそ、生きていられる。

 

「深城の望みは私と一緒にいるコトだ。それ以外に欲しいものは何もない」

 

一二歳で成長の停まった体を持つ、夢を見ている源白深城。

一八歳の体を持ち、能力が源白深城として自我を持って動き出した源白深城。

 

夢を見ている源白深城は、一八歳の体を持つ深城を通して真守と日々を共に過ごしている。

ある意味繋がっており、地続きなのだが──実質二人いる源白深城。

 

彼女たちの望みは朝槻真守と一緒にいることだ。

それ以外は要らない。だから。

 

「深城たちは、私の悲しむことは絶対にしない。だから自分が二人いようと、潰し合うことはしない。どちらの深城も私にとっては大切だ。だからどちらの深城も、私が大切にしている存在を穢そうとはしない」

 

真守はまっすぐと上条当麻を見つめた。

 

「お前はどうだ? あの上条当麻の存在を許せるか? 自分と同じながらも明確に異なる存在が現実にいるというコトを、受け入れられるか?」

 

上条は真守に問いかけられて、押し黙る。

もう一人の上条当麻。そんな存在について考えて、上条当麻は俯いた。

 



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第一七〇話:〈過去現在〉でも変わらない

第一七○話、投稿します。
次は三月一八日月曜日です。


上条当麻の裡に存在する神浄の討魔という力。

 

元々神浄の討魔はアレイスターの『計画(プラン)』によって制御されていた。

だがその『計画』はとん挫した。そして真守の制御すら受け付けない状態へと陥った。

 

誰も手が出せない。そんな存在は自我を持って動き出した。

上条当麻の願いによって自我を獲得し、一つの存在として動き出していた。

 

「……あいつは、俺の過去だ」

 

「過去?」

 

一方通行(アクセラレータ)は怪訝な表情で上条当麻を見る。

真守と垣根は上条が記憶を失っていることは知っている。

だが一方通行は知らないのだ。

 

「なくした過去っていうのはやっぱり重たいよな、俺の知らない動きをするから」

 

上条当麻は小さく笑って、途方に暮れる。

 

「一回会っただけで分かった。アイツは俺の過去なんだ。俺が喪ったものを全部持ってる。……俺はアイツに糾弾されてるんだ。記憶という土台を持っていないお前なんかぐらついた、幻想みたいなものなんだってな」

 

神浄の討魔は上条当麻の裡に秘められていた。いつでも上条当麻と共にあった。

だからこそ、神浄の討魔は全てを持っている。

 

上条当麻がなくした記憶。上条当麻が忘れてしまった全てを。

神浄の討魔は完璧に持ち合わせている。

 

「昔からの知り合いとか、過去の繋がりがあるヤツにとっては、今の俺よりもあいつの方が意味も価値もあるように映る、と思う」

 

上条は上条はそう笑いながら、自分が失った過去のことを考える。

永遠に戻ることのない、過去を。

 

「正直に話して、吹っ切れたつもりなんだけどな」

 

真っ白な状態で目覚めた上条当麻は、目の前にいた少女──インデックスに嘘を吐いた。

彼女の涙が見たくなかったから。だから上条当麻は、記憶があるという嘘を吐いた。

その後会った真守は上条が記憶を失っていると知っていた。

だが真守は上条の意思を尊重して、上条が記憶を失っている事実を隠す手伝いをしていた。

 

「形だけは許してもらったとは言っても、それが本当の本当に本心なのかなんて誰にもこうだって言えないだろ。……怖いんだよ、俺は。大事な人から失望されるのがさ」

 

「……で? オマエは結局どォしたいんだよ」

 

一方通行(アクセラレータ)は自嘲気味に笑う上条当麻を見つめて眉をひそめる。

 

「とっととはっきり言えよ、オマエは一体何がしてェンだ」

 

一方通行はあからさまにため息をついて、苛立ちを込めて上条を見た。

 

「自分の失った足跡? そこを突いてくる? だから何だってンだクズが。昔の記憶がねェから何だ? 今ここで会話ができてるオマエに何か不備でもあンのか?」

 

一方通行は応えない上条当麻を見て、チッと舌打ちをする。

 

「俺はストーカーじゃねェ。オマエの足取りを一つ一つ年表にして丸暗記してるワケじゃねェ。オマエだって俺の全てを知ってるわけじゃねェ。学校だの役職だの、俺の本名だってオマエは知らねェだろ。真実の価値なンてそンなモンだ」

 

一方通行の言葉は、記憶がなくても問題ないという一方通行なりの元気づける言葉だった。

だが上条当麻はその言葉を受け入れられない。

押し黙ったまま、上条は考える。そして沈黙が場を支配する中、再び上条が口を開いた。

 

「……なあ、朝槻。……どうしても。どうしても聞きたいことがあるんだ」

 

「なんだ?」

 

 

「俺とアイツ、どっちが正しいと思う?」

 

 

上条当麻の質問。それに応えたのは垣根帝督だった。

 

「おい、上条当麻。お前の気持ちも確かに分かるが、その質問は真守にとって最悪の質問だってこと、分かってんだろうな?」

 

垣根は上条当麻の質問に、苛立ちを見せる。

 

「真守は前の源白も能力が自我を持っている源白も大事に想ってる。どっちも真守には優劣が付けられねえ大切な存在だ。でも真守はどっちが正しくてどっちが既に要らない存在か分かってる。……それなのに、正しいか正しくないか聞き出すのかよ?」

 

朝槻真守は全ての物事を公平に見つめることができる。

だから昏睡状態の深城と、能力が自我を持って動き出した深城のどちらが完璧な存在であり、世界に必要とされている存在か分かっている。

 

だが真守は自分を見つけてくれた源白深城も、今を共にしてくれる源白深城も大事なのだ。

それなのにどちらが正しいかなんて問いかけはひどすぎる。垣根はそう言っているのだ。

 

「……ごめん、そうだよな」

 

垣根は落ち込んだ上条を見て、チッと舌打ちする。

 

「お前が珍しく迷ってる理由は分かってる。──力が自我を持って動き出した完璧な存在。そんな存在の前では失ったものがある自分なんてちっぽけな存在だって感じてるんだろ。俺がお前の立場だったら絶対に認めねえけどな」

 

垣根帝督は上条当麻の不安がよく理解できる。

 

何故なら垣根も真守も一方通行(アクセラレータ)も、一歩間違って自分の能力を自分で制御できなくなれば、能力が自我を持って動き出していたかもしれないのだ。

 

だがいま現在、垣根帝督たちはある意味完璧な存在へと至った。

自分の能力に振り回されることはない。

だから問題はないのだが、この場にいる能力者は全員その可能性を孕んでいた。

垣根は苛立ちを見せながらも、上条当麻に同情していた。

 

「上条」

 

真守は気落ちしている上条へと声をかける。

 

「こんなこと、普通なら言いたくない。でも言わなくちゃいけないことだし、私も認めなくちゃいけないことだから。口にする」

 

垣根は真守の決意を聞いて、顔をしかめる。

そんな垣根と繋いでいる手に力を込めて宥めると、真守は告げる。

 

「能力が自我を持った存在。それは完璧な存在だ。不完全である人間の枷から解き放たれて、どこまでも可能性を広げることができる存在。……だから、ある意味世界へ改革をもたらす存在は、能力が自我を持った存在なんだと思う」

 

真守は自分がずっと理解していながらも、大切にしたい女の子が大事で一度も認めなかった事実を口にする。

 

「能力が自我を持った時点で、その能力を持っていた人間は出涸らしだ。すでに必要のない存在だ。それが事実だ」

 

真守は少し声が震えながらも、それを前提として大事なことを口にする。

 

「でも。出涸らしで不完全な存在でも、大切にしていいだろう? 自分が本物だって主張してもいいだろう? 正しいから、正しくない方は切り捨てる。それってやっぱり、間違っていると思う」

 

真守は源白深城のことを考えて、目を細める。

 

「私を見つけてくれた深城。道を踏み外しそうになった私を助けてくれた深城。私は深城に二回も助けてもらった。どちらの深城も私にずっと愛をくれていた。だからどっちも大切にしたい。大切にしていいんだ。正しいか正しくないかで切り捨てさせない。──絶対に」

 

研究所時代を共に過ごしてくれた源白深城。

自分を見つけて、愛を与えてくれて。人間がどういうものか教えてくれた深城。

 

そんな深城を真守は喪った。

そして真守は自暴自棄になって全てを壊し、自分すらも化け物へと変化させようとしていた。

そんな自分を止めてくれたのは、能力が自我を持った源白深城だった。

 

あの時、真守は目の前にいる深城と眠り続けている深城が違うのだと分からなかった。

だが二人の深城はいつだって自分に全力で寄り添ってくれていたと真守は知っている。

 

「上条」

 

真守は、上条当麻のことをまっすぐと見つめる。

 

「正しいとか、正しくないとか。そんなこと考えなくて良いんだ。自分はどうしたいのか。どうすれば幸せになれるのか。お前はそれだけを考えればいい」

 

結局。真守たちの目の前にいる上条当麻がどうしたいかなのだ。

 

上条当麻は再び押し黙った。

 

上条当麻と神浄の討魔。

記憶を失っている方と、全てを持っている方。

正しい方はもちろん、全てを持っている方だ。

 

周りにとって、本当に必要な上条当麻とは神浄の討魔なのだ。

だから自分は消えなければならない。

でも。どうしても諦められない。

自分は正しくない。でも譲りたくない。

 

上条当麻が悶々と考える中、真守はそっと目を伏せる。

 

「なあ上条。能力が自我を持った存在と、元の存在のどっちが正しいか正しくないか。それについてお前は聞いたけど、前提としてはっきりさせておくことがある」

 

「……なんだ?」

 

上条当麻はゆるゆると頭を上げて、真守を見る。

真守はミルクティーから目を上げて、上条をまっすぐと見つめた。

 

「さっき。深城といまの上条は同じような状況に陥っていると言ったが……正確には違う」

 

「違う?」

 

上条は真守の事を見つめて首を傾げる。真守はそれに頷いた。

 

「その右腕のことだ」

 

真守はスカイブルーにレモンイエローの右腕を指差す。

 

「お前確かに出涸らしに値するんだろう。能力が自我を持った存在こそが完璧で、そしてあっちが正しいということになる。……でもな」

 

真守はそう前提として、上条当麻の右腕をじっと見据えた。

 

幻想殺し(イマジンブレイカー)は神浄の討魔が持ってる。でもお前の右腕はそうやって生えている。お前たちは完全に分離できたわけじゃないんだ。……いいや、もしかしたら完全に分離できる存在なんてこの世には少ないのかもしれない」

 

能力が自我を持っている存在である源白深城。

彼女は一二歳の源白深城を真守が生かさなければ、霧散する存在だ。

だから能力が自我を持った存在である源白深城は元の源白深城を切っても切り離せない。

ある意味運命共同体である二人。

 

「正しいか正しくないか。それで言ったらいまの上条は、どちらも正しくない状態なんだ。どちらも完全に分離できてなくて、半端な状態。だからどちらかがどちらかを優先して、全てを明け渡さなければならない」

 

つまり。上条当麻と神浄の討魔は争い合う運命にある。

 

「席は一つだけだ」

 

真守はそう断言して、上条当麻を見つめる。

 

「だから戦うか、降伏するか。そうしなければならない。お前も分かってると思うけど、あの上条はお前に席を明け渡す気なんてさらさらないぞ。自分こそが全てを持っているのだから、半端なお前がいていいハズがないと考えている」

 

神浄の討魔は上条当麻のことを見下している。

半端野郎と。全てを守れなかった不出来な人間だと。

だから神浄の討魔は上条当麻をこの世から消去し、自分こそが上条当麻だとするだろう。

 

突然降って湧いて出てきた神浄の討魔。

彼は完璧だ。幻想殺し(イマジンブレイカー)も持っているし、上条当麻が失った過去も手にしている。

 

絶対に泣かせたくない女の子との記憶を持っているのだって神浄の討魔だ。

自分は神浄の討魔の言う通り、出来の悪い幻想で。消え去る必要があるのかもしれない。

一方通行は悩んでいる上条当麻を見て、露骨に顔をしかめる。

 

「つーかよォ」

 

一方通行(アクセラレータ)は本当に理解できないような顔をして、上条当麻を見つめる。

 

「根本的に考えて、オマエはぽっと出のアイツに全部持ってかれて悔しくねェの?」

 

上条当麻は、一方通行の口から放たれた問いかけに固まった。

 

それは、終わった世界でミサカ総体から投げかけられた質問だった。

魔神オティヌスは、全てを平等に救った。

あの世界では、全ての人々が幸せそうに生きていた。

そしてあの世界では、上条当麻は必要なかった。

 

あの世界で、ミサカネットワークの総体は神浄の前に姿を現して告げた。

自分が頑張って、手の届く範囲で全てのひとを救ってきたのに。

突然現れた魔神オティヌスに全て奪われて、自分をなかったことにされて良かったのかと。

 

 

上条当麻は追い詰められていた。

幸福な世界を目前にして、自分は存在してはならないと考えた。

あの時、本当に悔しかった。

 

その想いを、ミサカネットワークの総体は受け入れてくれた。

上条当麻は初めて、自分の本音を言えたのだ。

 

あの時と、今の状況は同じなのだ。

だがそれでもの時と今は違う。

自分を上条当麻だと信じてくれる人たちがいる。

 

そして肩には。

あの時敵対していた、『理解者』がいる。

 

「おい、人間」

 

『理解者』である上条の肩に乗っていたオティヌスは、呆れたように告げる。

 

「分からないものに怯えて、今自分が確かにこれと分かるものを否定する行為に何の意味がある。これは貴様の人生だ。貴様が生きたいように生きる以外に、優先すべき事などあるものか」

 

上条当麻は『理解者』の強い後押しを聞いて、熟考する。

そして顔を上げて、真守を見た。

 

「朝槻は幻想殺し(イマジンブレイカー)がない俺でも、上条当麻だって思うか?」

 

「……何をいまさら言ってるんだ」

 

真守はくすっと笑って、上条当麻を見た。

 

「私はお前が始まった時からずっと言ってるだろ。記憶のあるなしで上条当麻は揺るがない。私の信じている上条当麻はそうじゃない。……幻想殺し(イマジンブレイカー)がなくても、それは同じだ」

 

真守は上条を見つめて、穏やかに笑む。

 

「私が信じているのは幻想殺しを持っている上条当麻じゃない。お前だから信じてるんだ」

 

真守は笑うと、それでも申し訳なさそうにした。

 

「それと同じで、ごめん。私はあの上条を偽物だとは思えない。それだけは譲れない」

 

「分かってる」

 

上条は真守を見て、ふっと笑う。

 

「俺はいま源白と同じ事になってるって理解してるからな。朝槻はどっちの源白もかけがえのない存在だって思ってる。優劣を付けられないって。過去を共有してくれた源白といまを共有してくれる源白。どっちも大事なんだよな」

 

上条は申し訳なさそうにしながらも笑う真守を見て、一つ頷く。

 

「良かった。俺は良かったよ、朝槻。お前が俺とアイツ、どっちかに優劣をつけなくて、本当に──良かった」

 

朝槻真守は、公平な存在だ。そして上条にとっては大切なクラスメイトで、救いの女神でもある。

 

そんな真守が上条当麻と神浄の討魔に優劣をつける。

そんなことをされたら、上条当麻も神浄の討魔も生きていけないだろう。

それだけに真守という公平な存在の判断は正しくて、何よりも信じられるものだから。

 

どちらか一方を──偽物だと。真守が断じなくてよかった。

それが何よりの救いだと、上条当麻は思っていた。

 



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第一七一話:〈二者択一〉と乙女の決意

第一七一話、投稿します。
次は三月二一日木曜日です。


真守を見つけてくれた源白深城と、真守といつまでも共にいられる源白深城。

上条当麻という少年と、上条当麻の裡から出て願いを基に自我を持って動き出した神浄の討魔。

 

「朝槻が俺とアイツに優劣をつけなくて良かった」

 

上条当麻は晴れ晴れとした表情で真守を見る。

 

「朝槻の言う通り、アイツも俺だ。だからお前に優劣つけられたなんて分かったら、アイツもたぶん存在してられないから」

 

上条当麻はしみじみと呟くと、宣言する。

 

「俺は、俺を優先するよ。今ここにいる俺を」

 

いつか、ミサカ総体は告げていた。

 

上条当麻は自分の事を一番低い位置に位置付けている。

たった一度くらい、自分のために、戦っていいじゃない。

自分のわがままのために、戦ったっていいじゃない。

 

あの時のミサカネットワーク総体のように、彼らは自分の背中を押してくれた。

それを上条当麻は、無下にしたくない。

 

「考えてみりゃ、ヤツは難しい事なんか何もしてない。俺になり替わってるヤツがいるなんてオティヌスの時にもあった」

 

オティヌスはその話題を持ち出されて、気まずそうに顔をしかめる。

そんなオティヌスを気にしながらも、上条ははつらつと告げる。

 

「過去がどうだかなんて知らない」

 

周りの人たちの幸せが気になって、上条当麻は自分のことを優先できなかった。

だが過去なんて気にしなくていいのだ。知らなくていいのだ。

真守たちに今一度自分がどうしたいか問いかけられて、上条当麻は吹っ切れた。

 

「確かに俺は糾弾されるべき立場の人間かもしれない。だけど俺を糾弾しても良いのは過去の虚像なんかじゃない。俺を殴っても良い人間は、別にいる。勝手に代理を名乗って好き放題させるなんて許せるか」

 

上条当麻は自分の気持ちを吐露する。すると、ふつふつと怒りが込み上げてきた。

あの上条当麻は記憶を持っているからと言って、何食わぬ顔で御坂美琴たちに合流した。

自分がどういう存在なのか話すこともなく、ただただ神浄の討魔である自分こそが上条当麻という席に座るにふさわしいと考えている。

 

「ふざんけんなよ……」

 

上条当麻は右手の拳を握り込む。

今は中途半端になってしまった拳。

だがそれでも、上条当麻はいつだって誰かを救うために闘ってきた。

 

その拳を、上条当麻は自分のために。そしてやっぱり周りの人々のために握った。

 

神浄の討魔という存在がどんな存在かなんてどうでもいい。

上条当麻の人間の根っこに関わる柱だろうが、関係ない。

間違っていてもいい。

 

今この時ばかりは自分を優先して、そんな自分を大切にしてくれる人たちのために拳を握る。

上条当麻は、そう決意した。

 

「けっ」

 

一方通行(アクセラレータ)は吐き捨てるように告げる。

 

「……うざってェ野郎だ。最初っから答えが決まってンなら何のための話し合いだってンだ」

 

この男は、最終的には周りの人々のために戦うのだ。

それはブレない。だったら話をする必要なんてなかった。

一方通行が呆れていると、ご主人に侍ていた悪魔が嬉しそうに笑った。

 

『ご主人様フリークの見立てですと、口ぶりに反してご主人さまは何だか目じりが嬉しそうな気がギョブッフウ!? しっぽっ、ごしゅ、強く握っちゃヤあああああああ────!!』

 

クリファパズル545は尻尾を持たれてぶんぶん一方通行に振り回されて声を上げる。

真守はその様子を見てくすりと笑った。その隣で、垣根帝督はため息を吐いた。

 

「本ッ当にテメエは自分のことを後回しにするんだな。俺には絶対に考えられねえ」

 

真守は大変理解できなさそうな垣根を見て、くすっと笑う。

 

「ふふ。垣根は自分のやりたいことが一番だもんな」

 

「人間なら当たり前だろ」

 

垣根は笑う真守を見て、目を細める。

そして真守の頬に指を添えて、真守を見つめる。

 

「自分のやりたいことが優先だ。……だから俺はお前のためになんでもしてやりたい」

 

「ふふー。私のためにいつも何でもしたいって思ってくれてありがとう。でもあんまりやりすぎると私がダメ人間になっちゃうぞ?」

 

「いいだろ。ダメ人間にして骨抜きにして、俺がいないと生きられないようにしてやる」

 

「まったくもう。最近ずっとこの調子だな」

 

肩をすくめて楽しそうに笑う真守と、真剣な垣根帝督。

一方通行(アクセラレータ)は真守の隣で、垣根の真守に対する傾倒っぷりに白い目を向けていた。

上条はいつもと変わらない真守たちを見て、ふっと笑った。

 

神浄の討魔が正しかろうと、自分は彼らと一緒にいたい。

だから戦う。自分を優先させる。

そう決めて、真守たちはマクレーン家のスコットランドにある別荘から出た。

 

神浄の討魔と対面するために。

そして決着をつけるために。動き出した。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

決戦の場所となり、氷の大地が広がったスコットランドの沿岸部。

そこには『王室派』が敷設した医療拠点がある。

 

医療拠点はもちろん、大悪魔コロンゾンとの戦いで負傷した者たちを治療するための場所だ。

その中の一つ。緑のテントの中で、真守は三乙女と顔を合わせていた。

 

その三乙女とはもちろん御坂美琴、食蜂操祈、インデックスだ。

美琴はむすっとした表情をしている。食蜂は少し暗い顔をしており、インデックスは戸惑った表情をしている。

 

空気が重い。それは仕方のないことだ。

何故なら今、真守は上条当麻の現状について話をしたのだ。

 

上条当麻と神浄の討魔。記憶を失いながらも懸命に進んできた上条当麻と、上条当麻が喪ったもの全てを持ち合わせている神浄の討魔。

黙っていた御坂美琴は、口を開く。

 

「じゃあ私がクイーンブリタニア号が真っ二つになった後、氷の大地で見つけたあの時からアイツはもう違ったってこと?」

 

説明し終えた真守は三人が状況を呑み込めるまで黙って紅茶を飲んで一息ついていた。

だが美琴に問いかけられて、紅茶のカップを置いた。

 

「美琴が帝兵さんと見つけた上条は神浄の討魔だ。本当の上条は私と垣根が見つけた」

 

美琴は真守が頷く姿を見て、表情を険しくする。

 

「騙してたってこと? 何食わぬ顔で私に合流して、さっきまで話してたの?」

 

「とはいってもあれは上条当麻で、上条の中からずっと美琴たちと一緒にいたからな。騙してたより、正体を隠していたといった方が正しい」

 

「どっちでも同じよ!」

 

美琴は声を大きくする。そして神浄の討魔のことを考えて憤る。

 

「それってアイツが記憶を失くしてから、葛藤しながらも頑張ってた全部を横取りしたってことでしょ? 朝槻さんのいう神浄の討魔はずっと見てただけ。ずっと色んなこと決めて、頑張って……それでも進んで頑張ってたアイツの全部を奪おうとしたんでしょ?」

 

全ての判断を決めてきたのは記憶を失った上条当麻だ。

神浄の討魔は上条当麻の中で、上条当麻の選択をただ見つめていた。

そして上条当麻に願われた事で、神浄の討魔は姿かたちを得て動き出した。

 

「美琴の言葉通りだ。全てを決めてきたのは上条自身だ。でもな、神浄の討魔は全てを持っているんだ。完璧な存在というのは、そういうものだからな」

 

能力が自我を持って動き出したならば、当の本人はすでに出涸らしだ。

だが出涸らしだからといっても、捨てなければならない事はない。

真守は優雅に紅茶を一口飲む。そして、表情が暗い食蜂操祈を見た。

 

「食蜂、お前が戸惑ってしまうのも分かる。お前は言わば神浄の討魔寄りだからな」

 

食蜂は真守の言葉にびくっと震える。

今の上条当麻は朝槻真守のおかげで食蜂操祈を認識できる。

だが食蜂操祈と幸福なひと時を過ごしたことを覚えているのは、神浄の討魔なのだ。

 

「既に説明したけど、いまの上条は中途半端な状態だ」

 

幻想殺し(イマジンブレイカー)を持っているのは神浄の討魔だが、上条自身にもまだ力は残っているのだ。

出涸らしだとしても、神浄の討魔は上条当麻と繋がっている。

 

能力が自我を持って動き出した完璧な存在だとしても、出涸らしである元の人間から完璧に分離できるわけではないのだ。

 

それは二人の源白深城と同じ。そして神浄の討魔は、中途半端な上条当麻を大層憎んでいる。

 

「上条当麻という席は一つだけ。どちらかがどちらかを優先しなければならない。あの二人に限っては共生などありえない」

 

深城たちは自分たちの願いが一つだからこそ、共に存在していられる。

だが上条当麻はそうじゃない。だからこそ一つの席を取り合うことになる。

 

「上条は生粋の戦闘バカだからな。話し合いなんてできない。当然殴り合いになる」

 

上条当麻はいつだって拳で物事を解決してきた。

一つだけの席を決めるならば、殴り合いで解決するしかできない。

 

「上条たちの問題は上条たちの問題だ。だから手を出すな。……お前たちも分かっているだろう。自分たちがどちらの上条を応援しても、傷が残るのだと」

 

三人の少女たちは、それぞれで上条当麻と絆を紡いできた。

 

御坂美琴はどちらかと言えば、上条当麻寄りだ。

そして食蜂操祈は神浄の討魔寄りであり。

インデックスはその始まりは神浄の討魔だが、上条当麻の一番近くで過ごしてきている。

 

彼女たちにとって、自分と共にいた上条当麻こそが上条当麻なのだ。

その上条当麻に各々が力を貸そうとすれば、当然として争いが起こる。

 

上条当麻の問題は上条当麻の問題だ。

外野が口を出すのは良くないし、手を出すなんてもってのほかだ。

だから真守は三人の少女の前に立っていた。

彼女たちが無茶をして、場をかき乱さないように。

 

「私たちは生き残った上条当麻を上条当麻だと認める。そして一緒にこれからも生きていく。……それが最善だ。当人たちの問題は当人で片付ける。それが一番だ」

 

上条当麻と神浄の討魔の戦い。

彼らの戦いは一方通行と垣根帝督に見守らせている。

 

一方通行(アクセラレータ)と垣根も、当人たちの問題は当人が解決するべきだと考えている。だからこそ真守の方針が良いと考え、真守のお願い通りに上条当麻と神浄の討魔の戦いを見守っていた。

 

ちなみにオティヌスは上条当麻に味方しているが、彼らの決定に従うために垣根の肩にいる。

オティヌスは自分の『理解者』である上条当麻が勝つと信じているのだ。

そして真守は説明と監視の意味を込めて、三乙女と一緒にいるのだ。

 

「私たちは勝ち残った上条を上条と認めて、これからを共に過ごしていく。それが一番だ」

 

美琴と食蜂は真守の言葉に表情を歪ませる。

美琴は神浄の討魔が許せない。

ぽっと出で出てきて、何食わぬ顔で自分と話をしていた彼が気に入らない。

 

食蜂は自分との記憶を覚えている上条当麻が気になっている。

真守のおかげで自分のことを認識できているとしても、神浄の討魔こそが食蜂にとって同じ時を共有した上条当麻だ。

だが二人の戦いに手を出せば、自分たちは遺恨を残すことが分かっている。

 

だから動くべきではないのだ。だが二人とも、複雑なのは間違いない。

それに二人が黙っていると、インデックスが口を開いた。

 

「とうまが納得できるならなんでも良いよ」

 

美琴と食蜂は同時に顔を上げる。

インデックスは真守をまっすぐと見て、そしてふわりと笑みを浮かべる。

 

「とうまが納得できるのが一番だよ。だってとうまの問題だもん。私たちが口を出したらとうまが困っちゃう。とうまは優しいからね」

 

インデックスはふわりと微笑むと、自分の膝の上に乗っている三毛猫の背中を撫でる。

 

「それにとうまはいつだって私たちのことを考えてくれてたんだもん。とうまが納得できたことを、私はとうまのために受け入れてあげたいんだよ」

 

美琴と食蜂はインデックスの笑みを見て、同時に黙る。

真守はくすくす笑うと、美琴と食蜂を見た。

 

「インデックスが一番上条のことを思ってるようだな」

 

くっくっくと笑う真守。

その意見に反することができなくて、美琴と食蜂はムッと顔をしかめる。

そして二人はじとっとインデックスを横目で睨む。

 

絶対に負けられない。そんな決心を目に宿しているので、真守はくすくす笑った。

 

 

そして。決着の時は訪れる。

 

 

足音が聞こえてきた。聞き慣れた足取りの足音だ。

そしてゆっくりと、緑のテントのカーテンがめくられる。

真守は上条当麻を見て、にっこりと微笑んだ。

 

「おかえり、上条」

 

真守の笑みを見て、ボロボロの上条当麻はにっと笑った。

上条当麻の納得する結末。

それを掴み取ることができた、満面の笑みだった。

 



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第一七二話:〈安息落着〉でこれからについて

第一七二話、投稿します。
次は三月二五日月曜日です。


氷の大地が解け始めた、スコットランド沿岸。

『王室派』が敷設した医療拠点の一つである緑のテントから、真守は外に出た。

一人で、ほっと胸をなでおろす真守。

そんな真守は、外で待つ大切な人たちを見つけてぱあっと表情を輝かせた。

 

「垣根、一方通行(アクセラレータ)

 

真守はたたたっと小走りで、外で待っていた二人に近づく。

 

「上条たちの戦いを見守ってくれてありがとう、二人共」

 

真守は柔らかい笑みを浮かべて、お礼を口にする。

 

上条当麻と神浄の討魔。

その二人の戦いを、垣根帝督と一方通行、そしてオティヌスは見守っていた。

上条という存在を掛けた、二人の戦い。真守はそれを見守るのがつらかった。

そのため、上条と関わりのある三人の乙女の監視もかねて、真守は彼女たちと一緒にいたのだ。

 

垣根は目元を緩めると、真守の頭を優しく撫でる。

 

「お前の頼みだからな。ステゴロを高みから見物するのもなかなか面白かったぜ」

 

「もう、垣根。ヒト一人の大切な決戦だったのに楽しまないで。見世物じゃないんだぞ」

 

真守はムッと口を尖らせる。

だが真守は垣根が自分の頭を撫でる感覚が心地よくて、つい目元が緩んでしまう。

それでも真守はムーッと口を尖らせる。

 

「垣根。幸せになっちゃうから撫でないで」

 

「なんで幸せになっちゃいけねえんだよ。別にいいだろ」

 

真守はムーッと口を尖らせたまま、自分の頭を撫でる垣根の手を取る。

そして自分の頭から強制的に外させて、ぎゅっと両手で垣根の手を持った。

真守はむぎゅむぎゅ垣根の手を握りながら、一方通行に笑いかける。

 

一方通行(アクセラレータ)も上条のコトを見守ってくれてありがとう。二人の問題は二人の問題だ。だから何があっても手が出せない状況、ヒヤヒヤしただろ」

 

「……ふン。アイツが納得できたンなら俺はそれでいい」

 

一方通行は鼻で笑うと、垣根の手をむぎゅっと抱きしめた真守を見た。

 

「で? この後はどォするンだ?」

 

「とりあえず伯母さまに会いに行く。別荘の鍵を返さなくちゃいけないからな」

 

鍵とは先程まで真守たちがいたマクレーン家のスコットランドにある別荘の鍵だ。

アシュリンに場所を移したいからどこか良いところがないか真守が聞いたら、快く貸してくれたマクレーン家の別荘である。

 

「伯母さまたちがこれからどうするかも聞きたい。非常時とは言え、不法入国した件についてもなんとかしなくちゃだからな」

 

真守は今回の騒動において、真守たちが犯してしまった主要な違法について口にする。

世界を救うために行動したとしても、公的にしてはいけない事はきちんと処理しておかないと後々面倒なことになるのだ。

やむを得ない事情は権力者たちにどうにかしてもらう。それが一番である。

 

「二人共、行こう。どこに行くのも一緒だっ」

 

真守は垣根の手をギュッと握ると、反対の手で一方通行(アクセラレータ)の手を握る。

一方通行は垣根に睨まれながら真守に手を掴まれて、辟易した声を出した。

 

「子供じゃねェンだから。手ェ引っ張ンな」

 

「えー子供だぞ? これから何でもできる、輝かしい未来が待っている子供だ」

 

真守はご機嫌に、にへらっと笑う。

そして垣根と一方通行と共に歩き出して、伯母であるアシュリン=マクレーンを探す。

一方通行(アクセラレータ)はため息を吐く。そんな一方通行を垣根は鼻で笑った。

 

「はん。お前だってしょっちゅう最終信号(ラストオーダー)に手ェ引かれて歩いてるじゃねえか」

 

「……カブトムシでちゃっかり盗撮してるンじゃねェよ」

 

一方通行は垣根を力強く睨む。

一方通行はあまり知らなかったが、垣根帝督は大切な少女を守るために何でもする人だ。

 

だから真守のために、垣根帝督はカブトムシを生み出した。

そのカブトムシのネットワークで、真守の脅威が存在しないか常時学園都市を監視していたのだ。

 

つまり垣根は一方通行の普段の動向も知っている。プライバシーなんて常識が最初から存在しない垣根を前にして、一方通行は真守に呆れた目を向ける。

 

「……オマエ、なンでこンな男に捕まっちまったンだよ」

 

「ふふ。最初の出会いはアレイスターの『計画(プラン)』が発端だったんだけどな」

 

真守はくすっと笑うと、垣根とつなぐ手に少し力を込める。

 

「出会いが出会いでも、好きになってしまったんだ。だからしょうがない」

 

きっかけが仕組まれたものだとしても、気持ちまではアレイスターもどうにもできない。

だから真守が垣根を好きになったのは真守の意志であり、垣根は真守のことをどうしようもなく大切に想うのは垣根の意思なのだ。

 

一方通行(アクセラレータ)は大変幸せそうな真守を見て、小さくため息を吐く。

色々言いたいが、言ってもしょうがない。

超能力者(レベル5)とは簡単に考えを変えるほどヤワな性格をしていないのだ。

 

しょうがないので、一方通行は黙って真守に手を引かれる。

真守はご機嫌にルンルン歩いて、アシュリンのもとへと向かう。

 

「伯母さまっ」

 

真守は『騎士派』の騎士と話をしているアシュリンを見つけると、目を輝かせる。

そして垣根と一方通行から離れて、真守はたたたっとアシュリンに駆け寄る。

 

「あら真守ちゃん。別荘はもういいの?」

 

騎士と話をしていたアシュリンは、駆け寄ってきた真守のことを愛おしそうに見つめる。

 

「上条の問題をちゃんと解決できたんだ。はいコレ。鍵」

 

真守はポケットを探って、ちゃりっと鍵を取り出す。

そしてちんまりとした手でアシュリンに鍵を手渡す。

 

「メイドに渡せば良かったのに。真守ちゃんのそばに待機してたでしょう?」

 

「そうだけど。伯母さまに直接手渡ししたかったんだ」

 

真守はちらっと背後を見る。

そこには気配を殺しているが、真守のために待機しているマクレーン家に仕えるメイドがいた。

 

真守は小さな手をふりふりと振る。

するとメイドは物陰から出てきて、頭をぺこりと下げた。

 

「真守ちゃんたちはこれからどうするの? ……もう学園都市に帰ってしまうの?」

 

「んーすぐに帰るのはちょっともったいない気がするんだよな」

 

真守はイタズラっぽく微笑むと、真剣な表情をする。

 

「どっちにしろ上条や食蜂はまだ動けないだろうから。帰るならみんなで帰った方がいいかなって。そもそも私たちは不法入国だから、そこら辺きちんとしないと」

 

上条当麻は神浄の討魔との戦いによって、深手を負っている。

そして食蜂操祈は、上条の幻想殺し(イマジンブレイカー)を隠し持っていたせいで大悪魔に狙われて負傷した。

冥土帰し(ヘブンキャンセラー)の治療を受けているが、おそらく冥土帰しが借りたこちらの病院で数日は入院する事になるだろう。

 

「じゃあ真守ちゃん、英国女王のもとで少し話をしましょうか」

 

「そうだな。英国のトップと話を付けるのが一番手っ取り早い。一緒に行くっ」

 

アシュリンは頷くと、真守たちを引き連れて英国女王のもとへと向かう。

医療テントはそこまで規模が大きくない。それは垣根帝督が率いる人造生命体のおかげだ。

 

真守のお願いで、垣根帝督はカブトムシとトンボをコロンゾンと戦うための兵として出陣させた。

そのおかげで、人的被害が最小限に抑えられたのだ。

 

怪我をした者たちは学園都市の力など借りるまいとして特攻していった人々。つまり──自分の行いが悪かった者たちだけだ。

 

「垣根、帝兵さんと帝察さんで頑張ってくれてありがとう」

 

真守はご機嫌に目を細めて、垣根にすり寄る。

垣根は愛しい少女のことを見つめて、小さく笑う。

 

「お前が好きな世界を救うなら全力を出すべきだろ」

 

真守はふふんっと得意げに笑う。そして嬉しそうにふにゃっと笑った。

 

「本当に垣根とここまで来られてよかった」

 

真守はちょんっと垣根の袖を摘まんで、英国女王のもとへと向かう。

 

「おお。今回の功労者のご登場か」

 

敷設されたテントの中でも、英国女王たちがいるテントは一際高級感が出ていた。

中に入ると、英国女王と共に真守の祖父であるランドン=マクレーンがいた。

 

「お祖父(じい)さまっ」

 

真守が声を上げると、祖父は嬉しそうに目を細めた。

そして駆け寄ってきた真守のことをひょいっと抱き上げた。

 

「真守、本当によく頑張ったな。大悪魔の肉の器を取り上げるとは」

 

「へへ。ありがとう、お祖父さま。みんなで頑張ったんだぞ」

 

真守は祖父に讃えられて、嬉しそうに目を細める。

祖父と孫。その様子を見ていた英国女王は肩をすくめた。

 

「孫が大悪魔を討伐するために世界に多大なる影響を与えたというのに、それを讃えるとは。ローマ正教あたりが聞いたらひっくり返るぞ。全く孫バカめ」

 

「ふん。十字教徒など驚愕で昇天しても私たちには関係ない。勝手に神の国が揺らいだ事に恐怖を感じていればいいのだ」

 

随分とした物言いに英国女王はランドンに白い目を向ける。

真守はきょとっと目を見開くと、思い出したことがあってランドンに耳打ちする。

 

「お祖父(じい)さま。ケルトの位相は私が守るね。滅びる運命から完璧に助けるから」

 

ランドンは、大きく目を見開く。そして信じられないといった表情で、真守を見た。

真守はいたずらっぽく微笑む。だがその微笑みは、何よりも頼もしいものだった。

ランドンは自分の孫を見つめて、しみじみとした様子で目を細める。

 

「我が孫は、本当に──……………………私たちの、光だな」

 

ランドンはうまく言葉が出ないまま、真守の頬に自分の頬を寄せる。

 

「くすぐったいよ、お祖父さま」

 

英国女王は肩をすくめる。

何を話しているか知らないが、あそこまでランドンが感激している所を英国女王は見た事がない。

一応の旧友が孫を愛でる中、英国女王は真守を見た。

 

「世界を救う戦いの立役者となったのだ。褒美を用意しよう。大悪魔コロンゾンの討伐に貢献した者を労わなければならないからな」

 

英国女王は祖父に抱き上げられた真守のことを、まっすぐと見つめる。

 

「功労者には褒美を、という訳だな。それ以外にも学園都市に帰るには色々と準備が必要であろう。こちらで全面的に援助して用意をしよう」

 

「ありがとう、英国女王。すごく助かる」

 

真守は祖父の腕の中で小さく頭を下げる。そして垣根と一方通行を見た。

 

「英国にちょっと滞在することになるだろうけど……二人共いいか?」

 

「別に良いぜ」

 

垣根は頷き、一方通行(アクセラレータ)はそっぽを向く。

真守の方針に異議はない。そう示してくれている二人を見て、真守は微笑む。

アシュリンはランドンに近付いて、真守に微笑みかける。

 

「ロンドンにはマクレーン家のタウンハウスがあるの。本当はわたくしたちの領地であるウェールズに真守ちゃんたちを招待したいところだけど……それはまた後で。色々な決め事はロンドンで処理した方が楽だから」

 

「いいの? ありがとう、伯母さま」

 

真守はアシュリンの申し出に頷く。

アシュリンは微笑むと、真守のそばにいたメイドに視線を向ける。

メイドは頭を下げると、真守たちをタウンハウスに迎え入れる準備を始めた。

一方通行は目線だけで行動し始めたメイドをしり目に、遠い目をする。

 

「……タウンハウスって言えば一世紀以上前に貴族が社交界季節でロンドンに集まる際に使う拠点だろ。それがまだ残ってンのか」

 

改めて、真守が貴族の傍系である事実に直面する一方通行。

そんな一方通行に、垣根帝督は軽い調子で応えた。

 

「英国じゃ建物を大事にするからな。地震もねえから建て替える必要ねえし」

 

垣根は幸せそうに目を細めている真守を見た。

置き去りとして、学園都市で孤独に生きていた真守。

大切な少女である源白深城のために、一人で戦っていた真守に今は家族がいる。

それが本当に嬉しいことで。垣根は柔らかく目を細めた。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

ロンドンの一等地に建っている、荘厳な石造りの建物。

馬車で移動した真守たちは、マクレーン家のタウンハウスに迎え入れられた。

 

ロンドンはコロンゾンによって重大な被害を受けていた。

だが全てが壊れているわけではない。そしてマクレーン家のタウンハウスも無事だった。

 

時刻はすっかり夜。真守たちがマクレーン家のタウンハウスの玄関に入ると、タウンハウスの準備をしていたメイドたちがずらりとお出迎えだった。

 

(おお……フィクションの中だけかと思ってたケド、偉いひとのウチではメイドさんたちが本当に出迎えてくれるんだなあ)

 

真守が密かに感激していると、アシュリンが前に出た。

アシュリンは微笑むと、執事服の老齢の男性に声をかけた。

 

「帰ったわ。留守を守ってくれてありがとう」

 

執事服の老齢の男性は頭を下げると、真守を見た。

 

「真守様、お初にお目にかかります」

 

「こんばんは」

 

真守は優しい笑みを浮かべて、ぺこっと挨拶を返す。

老齢の男性は、真守を見て微笑んだ。そして少しだけ、遠い目をする。

かつてこのタウンハウスをアシュリンと共によく訪れていた、真守の母であるアメリア=マクレーンに少し想いを馳せたのだ。

 

「湯浴みと食事の準備ができております。シャワーブースもありますので、そちらもご利用ください。湯浴みと食事、どちらにしますか?」

 

アシュリンは執事に声を掛けられて、真守を見る。

真守はちらっと一方通行(アクセラレータ)と垣根を見た。二人は真守の要望通りにするという視線だった。

 

「んー……じゃあお風呂に入りたいな」

 

真守が要望を口にすると、執事服の男は頷いた。

 

「では湯浴みの後に食事ということで。よろしいですかな?」

 

「うん。何から何までありがとう」

 

真守は柔らかく微笑む。老齢の男性は目元を弛緩させると、真守たちを案内した。

 

 

 

────……。

 

 

 

貴族のタウンハウスらしく、豪奢で落ち着いた装いのマクレーン家のタウンハウス。

 

垣根はシャワーを浴びて、一方通行(アクセラレータ)と共に来客用のリビングにいた。

ちなみに真守は湯船に浸かっており、一方通行は垣根と同じでシャワーだった。

 

ちなみに真守は『一緒に入る? 垣根はダメだけど』と、一方通行を誘った。

そしたら垣根が案の定不機嫌になって、真守の頬を引っ張ってむーむー言わせてた。

 

もちろん一方通行は丁重に真守の誘いをお断りした。垣根帝督が面倒臭いからである。

これから夕食なのだが、夕食は日本人街でレストランを経営している料理人の監修らしい。

しかも日本料理だけではなくケルト由来の食事も用意してくれるだとか。

 

垣根は来客用のリビングで、真守の携帯電話を操作していた。

カブトムシがぶーんっと飛んできて、『深城から連絡が来たから垣根が事情説明してて』と真守の言伝をして来たのだ。

だから垣根は深城に対して、イギリスで何があったかを報告していた。

 

一方通行(アクセラレータ)はというと、メイドに雑誌を持ってきてもらってそれを読んでいた。

外で発達している情報誌面にも価値はある。そのため雑誌をぱらぱらとめくっていた。

 

垣根と一方通行は会話をしていないが、本当に嫌ならば同じ空間にいない。

そのため極めて独特な距離感のもと、二人はそれぞれ同じ部屋でしたいことをしていた。

しばらくして、メイドが扉をノックして開いた。

 

「垣根、一方通行」

 

リビングに入ってきたのは、入浴を終えた真守だった。

 

「真守。……その恰好」

 

「ふふ。かわいい?」

 

真守はスカートの裾を掴んで、嬉しそうに微笑む。

真守はセーラー服から着替えていた。

 

白のブラウスに、ラベンダー色のハイウェストスカート。

黒のタイツに、もこもこのスリッパ。

 

髪の毛はしっとりと濡れていて、いつもの猫耳ヘアではなく可愛らしい白いリボンのカチューシャでまとめられている。垣根帝督が真守にプレゼントしたチョーカーも、その服装に似合っていた。

 

「かわいい」

 

垣根は真守に近付いて、優しく腰を抱く。

シックなお嬢様らしい真守の服装。はっきり言って、垣根帝督の好みだ。

 

「うれしい。ご飯食べに行こう、二人共っ。久しぶりにゆっくりご飯を食べられるぞっ」

 

真守は垣根の手をギュッと握って、一方通行へと手を伸ばす。

一方通行は立ち上がると、装いを新たにした真守に近付く。

 

「……まァ良いンじゃねェの?」

 

「へへ。ありがとう」

 

真守は二人に褒められて、嬉しくて目を細める。

そして大切な二人と一緒に、夕食を食べに行った。

 



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第一七三話:〈望外提案〉で困惑する

第一七二話、投稿します。
次は三月二八日木曜日です。


真守と垣根、一方通行(アクセラレータ)は夕食のために食堂へと向かっていた。

貴族であるマクレーン家が所有しているタウンハウスは広い。

おそらく一族全員が来ても問題ないように広い場所を確保しているのだろう。

 

垣根帝督はメイドに付き従って、しずしずと隣で歩く真守を見る。

学園都市に捨てられて、置き去り(チャイルドエラー)の一人として学園都市で生きていた真守。

真守が学園都市にやってきたのは、魔術によって引き起こされる運命のせいだ。

 

だが運命に翻弄されようとも、真守には真守のことを大切に想う家族がいる。

それが幸せな事だ。だからそっと、垣根は真守の頬を手の甲で撫でた。

 

「む。どうしたんだ、垣根?」

 

真守は優しい瞳で自分を見つめてくる垣根を見上げて、不思議そうに笑う。

幸せそうな真守。垣根は真守が楽しそうで、本当に安堵した。

 

「……良かったな、真守。本当に」

 

真守は突然の垣根の安堵の言葉にぱちっと目を瞬かせる。

だが垣根が安堵している姿を見て、真守も嬉しくなった。

 

「真守様。ここが食堂でございます」

 

真守はメイドに扉を開いてもらい、食堂に入る。

食堂は広い。

話でよく聞く長いテーブルの他には幾つかラウンドテーブルが置いてあり、ちょっとしたパーティーもできそうな広さだ。

 

「伯母さま、お祖父(じい)さま」

 

真守はとことこ歩いて、食堂に既にいたアシュリンとランドンに近付く。

 

「真守ちゃん、とても愛らしいわ」

 

アシュリンは真守に近付いて、優しく頭を撫でる。

真守はセーラー服ではなく、お嬢様らしい服装をしている。

 

白のブラウスに、ラベンダー色のハイウェストスカート。

黒のタイツに、もこもこのスリッパ。

しかも真守はいつもの猫耳ヘアではなく、髪を降ろして白いカチューシャを頭に身に着けている。

その服を用意したのは、もちろんアシュリンである。

 

「かわいいわ、本当に。真守ちゃんに似合う服はまだまだたくさん用意してあるのよ。アクセサリーもたくさん。落ち着いたら学園都市に送るわね」

 

「伯母さま。私は一人しかいないから、そんなに貰っても着たり身に着けたりできないよ」

 

「統括理事長さまになるのだから、服はいくらあっても足りないわ」

 

アシュリンはにこにこと笑って、真守の髪を優しく撫でる。

学園都市は、アレイスターから真守たちに引き継がれた。

統括理事長の交代。それによって次の統括理事長には、朝槻真守がなる予定なのだ。

 

垣根帝督と一方通行(アクセラレータ)は、真守の補佐という形に収まる。トップは真守だが、学園都市は三人の超能力者(レベル5)によって運営されていくのだ。

 

「ふふ。魔術嫌いのアレイスターがいなくなって、これからは大手を振って真守ちゃんを支援できるわ。この際だからわたくしはずっと学園都市にいようかしら」

 

「えー伯母さま、婚約者様と私の従姉妹のコトを放って置いたらダメだよ」

 

「それなら全員で移住しちゃおうかしら」

 

大変機嫌良さそうに笑うアシュリン。真守は思わず苦笑する。

 

「アシュリン、あまり身勝手な事ばかり言いおって。真守の事を戸惑わせてどうする」

 

ランドンはアシュリンのことを窘める。そして、真守を見た。

 

「腹が減ったであろう、真守。好きなものを食べると良い」

 

「ありがとう、お祖父さま。垣根、一方通行(アクセラレータ)。食べよう」

 

真守は垣根と一方通行と共に、食事を選ぶ。

 

「良い匂い」

 

真守はテーブルに並べられているご飯の良い匂いを嗅いで、すんっと鼻を動かす。

食事はバイキング形式で並べられている。

真守たちが好きなものを食べられるように、料理人が配慮してくれたのだ。

 

「シェパーズパイがある。私これ好きっ」

 

真守は目を輝かせる。

シェパーズパイとはケルトに縁がある料理で、マッシュポテトとひき肉をミルフィーユ状に何度も重ねてオーブンで焼いた料理だ。

マクレーン家の料理人が用意してくれたシェパーズパイには、なんとチーズが載っている。

 

「ケルトの料理おいしくて好き。……あ。あっちにはサーモンシチューもある」

 

バイキング形式の中には唐揚げやポテト、オムレツなんかもある。

日本食も料理人が頑張って作ってくれたのは分かっているが、どうしても真守はケルト料理に目が向かってしまう。

 

アシュリンとランドンは真守が嬉しそうにケルト料理ばかりを選んでいる姿を見て微笑む。

垣根は真守が食べられるように、唐揚げやフライドポテトなど日本に関係するものを選ぶ。

 

一方通行(アクセラレータ)はフライドチキンやソースカツなど味が濃そうな料理を選んでいた。

真守はみんなでテーブルに座って、ぱくっとシェパーズパイを食べる。

 

「んー。おいしいっ」

 

ほくほくのマッシュポテトに、味がしっかりと付けられたひき肉。おそらく肉はラム肉と牛の合いびき肉だ。しかもチーズが掛けられていて、とても豪華である。

 

「お口の中が幸せでいっぱい」

 

真守は柔らかい笑みを浮かべながら、もぐもぐと食べる。

垣根はふっと笑うと、真守に唐揚げを差し出した。

 

「そんだけお前が喜んでるなら、料理人も頑張った甲斐があるな」

 

真守はあーんっと口を開けて唐揚げを垣根に食べさせてもらい、ふふっと笑う。

 

「後で料理人さんに、ご飯作ってくれてありがとうって言わないとな。お礼を口にするのはとても大事なコトだ」

 

真守はご機嫌ににまにま笑う。

運命のいたずらによって、真守はこれまで苦労してきた。

だが全てが明るみになった今、後に残っているのは幸せだけだ。

もし危険な事があっても、真守たちには力がある。しかも一人で戦わなくていい。

真守はそれが本当に嬉しくて。幸せな世界の中心でふにゃっと笑った。

 

 

 

────……。

 

 

 

「むふーっ。おなかいっぱいっ」

 

真守は椅子に座ったまま、大変満足そうにつぶやく。

アシュリンは真守を見て微笑むと、座る真守にそっと自分の椅子を寄せた。そして真守の祖父であるランドンは、真守の前に膝をつく。

 

「? どうしたの?」

 

真守はきょとっと目を見開きながらも、自分の居住まいを正す。

椅子にちょこんと座る真守の手を、アシュリンはやさしく握る。

 

「お父様から聞いたわ、真守ちゃん。──ケルトを救ってくれると」

 

真守は少しだけ目を見開く。そしてふにゃっと笑って頷いた。

そんな真守の手を、アシュリンはやさしく撫でた。

 

「運命のいたずらによって、あなたはわたくしたちの許から離れてしまった。そんなあなたの事を、わたくしたちは守りたかった。だからずっと見守っていた。共にいることくらいはできるから。あなたが幸せに学園都市で暮らしていること。それが全てだった」

 

アシュリンは真守の手を握って、片方の手を真守の頬に沿える。

 

「わたくしの半身の忘れ形見。何にせよ、わたくしはどうしてもあなたのことを大切にしたかった。……そしてやっぱり、あなたは本当にわたくしたちが求めていた御子だったのね」

 

アシュリンは涙で瞳を潤ませながら、真守を見つめる。

 

「運命のいたずらによって狂わされて、わたくしたちの許から去っても。あなたはわたくしたちケルトのことを救ってくれるのね」

 

真守はアシュリンを見つめたまま、こくりと頷く。

朝槻真守は多くの人々の力を借りて、人造の樹を打ち立てるまでに至った。

ヒトでありながら完成された存在として、『流行』へと至った。

 

しかも真守はいつまでも、自らの在り方を進化させ続けることができる。

朝槻真守という存在から変わらずに。真守はずっと、この世界に君臨し続ける。

だから滅びの運命にあるケルトを、未来永劫守り続ける事ができる。

 

「無理をしなくて、良いのよ」

 

アシュリンは真守のことを、そっと抱きしめる。

 

「でもあなたがわたくしたちと共にあってくれるのが、たまらなく嬉しいの」

 

真守は優しく自分を抱きしめるアシュリンの背中に手を回す。

魔術を使う事によって位相と位相が衝突して生まれる火花。

運命によって、ケルトは滅びる。それは決まっている事だ。

だがその滅びの定めから、朝槻真守はケルトを完璧に救う事ができる。

 

「……私は血に混じりがあるから……ケルトじゃないから、ケルトに触れられない」

 

真守はアシュリンの優しい温もりを感じながら、そっと言葉を紡ぐ。

 

「私は決してケルトの一員にはなれない。だって私はケルトに血が混じったことで力を得た。その事実に、意味がある。……でもね、ケルトを守ることはできるんだ。だから守りたいの。私には守れる力があるから。それでいい?」

 

真守が問いかけると、アシュリンは真守のことを強く優しく抱きしめる。

 

「……わたくしたちは、いつでもあなたと共にいるわ。真守ちゃん」

 

「ふふ。私も一緒にいるよ、伯母さま。離れていても、心は一緒だ」

 

アシュリンは涙があふれてしまいそうで、真守のことをもっと強く抱きしめる。

自分の半身が産み落とし、自分の半身が存分に抱きしめてあげられなかったいのち。

アシュリンは真守のことを一心に思って、抱きしめる。

そして真守のことを離すと、真守をまっすぐと見つめた。

 

「真守ちゃんに、提案があるの」

 

「提案?」

 

真守はコテッと首を傾げる。そんな真守に、ランドンが切り出した。

 

「真守。いまお前の戸籍や国籍はどうなっておるか知ってるか?」

 

「戸籍と国籍……」

 

真守はランドンに問いかけられて、むーっと眉をひそめる。

 

「……気にしたコトない。言い訳になっちゃうかもだけど、私は学園都市から出るなんてありえないと思ってたから……」

 

真守は少しだけ申し訳なさそうにする。

自分の戸籍や国籍がどうなっているかなんて、本当に気にした事がなかった。

 

学園都市で能力開発を受けた以上、外に出る事なんて無理だ。ましてや真守は超能力者(レベル5)だ。尚更外に出る事なんてできない。

 

それに源白深城は学園都市から離れられない。大切な女の子を捨てて、自分だけ逃げられない。

それに捨てられたのだから、行くところなんてないのだ。

戸籍や国籍を辿ったとしても、帰る場所なんてない。

 

ランドンは少しだけ力を込めた真守の手にやさしく手を重ねる。

 

「お前はな、真守。国籍と戸籍がないのだ。……お前は日本にずっといたわけではないからな。届け出が出されておらんのだ」

 

静かに聞いていた垣根帝督と一方通行(アクセラレータ)は、その事実にそっと目を細める。

朝槻真守は実業家の父とケルトを出奔したアメリア=マクレーンのもとに生まれた。

国を渡り歩いてたため、真守は出生に関するものがきちんと提出されていないのだ。

 

もしかしたらどこかに記録があったかもしれない。だがアレイスター=クロウリーが真守を逃がさないために、握りつぶした可能性もある。

真相は分からないが、それでも現状真守には国籍や戸籍といったものが存在しないのだ。

 

学園都市は閉鎖的な環境だ。そのため『書庫』にきちんと登録されていれば問題ない。

学園都市できちんと管理されている情報がある以上、真守も必要ないと思っていた。

 

「真守。私たちはお前のきちんとした国籍を用意したいのだ」

 

真守はランドンの言葉に、大きく目を見開く。

 

「幸い、英国女王は冗談でも褒美として国籍と爵位を用意してやると宣っていた。そうでなくとも、私たちはお前の立場を用意できる。その力がある」

 

アシュリンは真守の手を優しく握る。そして自分の胸元に持ってきて、微笑んだ。

 

「国籍や戸籍を用意するだけで、真守ちゃんの何かを変える気はないのよ。真守ちゃんはそのままでいいの。真守ちゃんが学園都市にいたいのであれば、学園都市で生きていればいい。でも、あなたのバックに何もないことが気がかりなの」

 

アシュリンは戸惑う真守のことをまっすぐと見つめる。

 

「あなたをケルトの一員としては迎え入れられない。例外を作ることはできると思うけど、それでも教えられないことはある。……でもね、家族にはなれるのよ。真守ちゃん」

 

「かぞく……」

 

真守はアシュリンの言葉を小さく呟く。

ケルトの一員にはなれない。だがマクレーン家の一員として、家族になることは簡単にできる。

マクレーン家の傍系として、正式な地位を築くことはできるのだ。

 

「…………家族……」

 

アシュリンは小さく何度も呟く真守の両手を取る。

 

「よく考えてみてくれるとうれしいわ。もちろん、真守ちゃんの結婚相手をとやかく言うつもりはないのよ。真守ちゃんがしたいようにすればいいのだから」

 

真守は少し視線を落とす。

そして自分の手を握っているアシュリンの手を、ぼうっとしながらも見つめていた。

そんな真守のことを、垣根帝督と一方通行(アクセラレータ)はそっと見守っていた。

真守は大切な人たちの中心で、少しだけ困惑した様子を見せていた。

 




真守ちゃんは前からそうですが、マクレーン家の人の前で話をする時は素直になって少し幼い感じになりますね。


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第一七四話:〈切望祈願〉は胸の中に

第一七四話、投稿します。
次は四月二日月曜日です。


夜。真守は寝間着に着替えて、広いベッドの上で一人考えていた。

 

アシュリンがマクレーン家のタウンハウスに用意してくれた真守の部屋は、垣根と同室だ。

真守が毎日垣根と一緒に寝ている事を知っているので、気を利かせてくれたのだ。

 

真守は夜が深まるロンドンの街並みに目を向けながら考える。

真守が考えていることは、もちろん自分の戸籍と国籍についてだ。

 

伯母であるアシュリンと祖父のランドンは、何もない真守にマクレーン家と繋がりがある英国の戸籍と国籍を用意したいといった。

 

ケルトとしては受け入れられないけど、家族としては受け入れられる。

だから真守の事を、正式に家族として受け入れたいと言った。

 

マクレーン家と家族になる。

その提案が突然過ぎて、真守はどうすればいいかわからなくなっていた。

 

朝槻真守はただの超能力者(レベル5)から絶対能力者(レベル6)進化(シフト)し、そして『流行』へと至った。

だがそんな真守も、自分がマクレーン家に家族として迎えたいと言われるなんて思わなかった。

完璧な存在だとしても、マクレーン家と家族になる日が来るなんて全く考えた事がなかった。

 

マクレーン家と繋がりができたって、真守は何も変わらない。

朝槻真守はこれからも朝槻真守であり、何にも縛られない。

垣根帝督とも、源白深城とも、みんなとも。その繋がりが変わってしまうわけではない。

それでも根本的なところで、完璧に変わるのだ。真守はそう感じていた。

 

「真守、大丈夫か?」

 

部屋に入ってきた垣根は、その手にホットミルクを載せたお盆を持っていた。

悩む真守のために、垣根はホットミルクを貰ってきたのだ。

 

垣根はベッドにちょこんっと座っている真守に近づく。

真守の寝間着は白いシルクのロングスカートだ。純白の服に、真守の黒髪がよく映えている。

儚いながらも、神秘的な装いだ。

 

「ほら、真守。これ飲んで落ち着け」

 

「ありがとう、垣根」

 

ふにゃっと真守は笑うと、垣根からホットミルクを受け取る。

温かいマグカップを両手でちょこんっと持った真守は、くぴっと飲む。

 

「……おいしい。あまい。やさしい味がする……」

 

真守は小さくほうっと息を吐く。垣根は真守の隣に腰を下ろす。

真守はホットミルクを堪能すると、コップをそばの机に置く。

そして、すすっと垣根にすり寄った。

 

垣根はすり寄ってきた真守のことを、後ろから抱きしめる。

ぽすっと、真守は垣根の胸の中にすっぽり収まる。

 

垣根に後ろからぎゅっと抱きしめられて、真守はご機嫌に目を細めた。

垣根は真守の頭を優しく撫でながら告げる。

 

「科学サイドと魔術サイドを分け隔てるものはもう何もない。アレイスターに配慮する必要もねえ。……だからお前はマクレーン家の人間と家族になれる。そうだろ?」

 

真守は垣根に後ろから抱きしめられたまま、こくんっと頷く。

マクレーン家は科学サイドと魔術サイドのバランスを考慮して、真守に必要以上に接触しないようにしていた。

すでに手放した存在の所有権を主張するのは争いに発展する。

そのため、アシュリンは真守の存在を学園都市とアレイスターに託した。

 

だがそのアレイスターは第三の領域(バックステージ)に引っ込んだ。

そして学園都市は、アレイスターから真守たちに引き継がれた。

 

科学と魔術の対立する時代は終わる。

だからマクレーン家は真守と明確なつながりを持っても、問題なくなった。

 

真守は学園都市のトップに立つ。

だからこそ、マクレーン家は大切な真守のことを支えられる完全な後ろ盾になりたいのだ。

 

マクレーン家が一番配慮したいと思っているのは、真守の気持ちだけ。

だから家族にならないかと、真守に提案した。

 

「いまの私は、何も変わらない。……伯母さまとお祖父(じい)さまは、何も変わらなくていいように配慮してくれるって言った」

 

「でもやっぱり不安か?」

 

真守は垣根の問いかけに、むむっと眉をひそめる。

マクレーン家はどこまでも真守のことを想っている。何があっても、マクレーン家はどうしても真守のことを何よりも大切にしたいと思っている。

そのことを良く理解している垣根は、真守の髪の毛を優しく撫でる。

 

「真守、お前はどうしたいんだ?」

 

垣根は真守の髪をやさしく撫でながら、問いかける。

 

「昼間にお前はあのバカに自分の気持ちが一番大事だって言ってただろ。……学園都市のトップになろうが何しようが、お前も自分の気持ちに素直になっていいんだ」

 

コロンゾンを討伐した後。上条当麻は神浄の討魔と争い合うことになった。

その時、真守は上条に言葉をかけた。

 

自分がどうしたいか。何をしたいか。

それが一番大切で、それ以外に何かを優先する事はしなくて良いのだ。

誰かに配慮しなくて良い。ただ自分がやりたいことをすればいい。

 

真守は上条当麻に、そう言ったのだ。

 

「…………いいのかな」

 

真守はぽそっと呟く。

そして垣根の胸の中で、垣根の体温を感じながらぽそっと呟く。

 

「私、ケルトのひとじゃないのに。ケルトに触れられないのに。私を家族として受け入れてもマクレーン家はいいのかな」

 

「家族になるのとケルトに触れるのは別だって、お前の伯母と祖父が言ってただろ。当主であるお前の祖父が良いって言ったんだろ。本当にダメなら言わねえよ」

 

「……うん」

 

真守は垣根の腕の中でこくりと頷く。

朝槻真守は天涯孤独だった。真守もそう思っていた。

だが真守は人の子として生まれた。だからこそ家族がいて、それがマクレーン家である。

 

完璧な存在に至ったといえど、血が繋がるひとの事についてはやはり戸惑ってしまう。

血の繋がりは、本当に強いものだ。

そして真守はその血に混じりがあったからこそ、強大な力を秘めて生まれてきた。

 

真守は垣根に甘えたまま、少し前の記憶を思い出す。

それは超能力者(レベル5)に認定されて、世界にお披露目された真守の存在を知ってアシュリンたちマクレーン家が真守の血族として名乗り出た時のことだ。

その時。戸惑う真守にクラスメイトである土御門元春は言っていた。

 

家族の前では目算なんて、裏なんて考える必要がないのだと。

家族という存在は本当の安らぎを得られる存在であり、裏切りなんて考えるのがおかしいのだ。

土御門元春は義妹である土御門舞夏のことをそう考えていると言っていた。

 

家族。血が繋がっている存在。

真守はマクレーン家の事を、母を想ってそっと目を伏せる。

そして自分という存在が恐ろしくて捨てた父親にも、思いを馳せる。

真守は垣根の腕の中でもぞもぞと動くと、垣根に向き直る。

 

「垣根。私はすごく、困ってる。考えたこともない素晴らしい提案をされて、私は戸惑ってる」

 

「言葉にしてくれてありがとな、真守。まあ見てれば分かることだがな」

 

垣根は真守の頭を優しく撫でる。真守は垣根の大好きな手に触れると、ぎゅっと握った。

 

「だいぶ戸惑ってる。でも、ウェールズには行きたいと思ってる」

 

真守はむすっとした表情のまま、それでも自分の気持ちを口にする。

真守の母であるアメリア=マクレーン。彼女の遺体をマクレーン家は血眼になって探した。

そしてマクレーン家は無事にアメリアの遺体を回収して、ウェールズに墓を建てた。

 

真守の母はケルトが嫌いで出奔した。

だがマクレーン家は悩んだ結果、アメリアにとってケルトの地で眠るのが最善だと考えたのだ。

 

真守の母は、ウェールズで眠りについている。

イギリスに来ているのだから、母に会っていくのはどうだろうか。

真守はランドンたちにそう誘われたのだ。

 

「お母さまのお墓に手を合わせても何も変わらない。でも、お母さまに会いに行きたい」

 

垣根は頷くと、真守のことを優しく抱きしめる。

 

「……ん」

 

真守は小さく唸ると、垣根にぎゅっと抱き着く。

だがその瞳は不安で揺れていて、垣根は胸が切なくなってしまった。

 

「俺はお前が幸せになれればそれでいい。家族になるか、ならないか。その選択はお前がするべきものだ。だから自分で決めろ。俺は絶対に強制しない」

 

「……うん」

 

垣根は真守の頭を優しく撫でる。

真守は垣根にすり寄ったまま、目を細める。そして、ぼそっと呟いた。

 

「…………みしろ」

 

真守は大切な少女の名前を呼ぶ。

すると、カブトムシがぶーんっと飛んできた。

 

「ありがとう、帝兵さん。深城に繋いでくれる?」

 

真守は垣根にすり寄ったまま、カブトムシを抱きしめる。

 

『真守ちゃん。どぉしたの?』

 

「深城、いまいい?」

 

『うん。あたしはいまハワイのぷらいべーとびーちにいるのぉ。貸し切りだよ』

 

「……もう、深城ったら。楽しんでてよかった」

 

真守はいつもの調子の深城に、くすっと笑う。

 

「あのな、深城。……伯母さまとお祖父(じい)さまに、家族にならないかって言われたの」

 

『家族?』

 

「うん。私って国籍とか戸籍がちゃんとないんだ。だから家族にならないかって言われた」

 

『……真守ちゃんの伯母さまの事だから、真守ちゃんが家族になる事を選んでも真守ちゃんの何かが変わることはないんだよね。ただ戸籍と国籍が英国所属になるだけ。そうだよね?』

 

「うん、その通りだ」

 

深城はふんふんと頷くと、真守に優しく声をかける。

 

『真守ちゃん。本当は自分がどぉしたいか、もう決まってるでしょぉ』

 

「う」

 

『でも不安だから、その気持ちをはっきり口にできない。最後の踏ん切りがつかない。そぉでしょ?』

 

真守は深城に痛いところを突かれて、声を上げる。

そして顔をしかめて、すすすっと垣根にすり寄る。

へにゃんっと眉を曲げる真守。

そんな真守の頭を、垣根は優しく撫でた。

 

「真守。大丈夫だ、自分の気持ちを吐き出せ」

 

垣根が優しく声を掛けると、真守はムッと口を引き結ぶ。

そして本当に困った様子でへなっと眉を八の字に曲げて、垣根を見上げた。

 

「…………怖いんだ……」

 

真守は泣きそうになりながら、ぽそっと呟く。

 

「家族になりたいよ。伯母さまたちと家族になりたい。……でも、怖い」

 

真守はぎゅうっと、垣根にすり寄って垣根の服を躊躇いながらも握る。

 

「関係をはっきりしたら、突き放された時がすごく怖い。一緒にいられなくなる時が来るのがすごく怖い。……怖いんだ」

 

朝槻真守は、これから永遠を生きる。

永遠を生きれば、変わらないことなんてありえない。

だから時が経つにつれて、マクレーン家のみんなが自分から離れていく事が怖いのだ。

 

「真守」

 

垣根は真守の肩に優しく手を掛けて、真守の目をまっすぐと見つめた。

 

「お前はマクレーン家が本当に願った子供なんだろ。それにお前はその期待に応えようとする。……滅びの運命にあるケルトを、絶対に守るんだろ?」

 

真守は垣根の問いかけに、こくりと頷く。

朝槻真守には全てを守る力がある。

その力を使って、真守は何があってもケルトを守り抜くつもりだ。

 

何故なら、マクレーン家は血に混じりがある自分の事を大切にしてくれる。

運命のいたずらによってケルトの一員になれなかった自分を、マクレーン家は本当に大事に想ってくれている。

 

自分の事をマクレーン家が思ってくれるからこそ、真守はケルトに触れられなくとも、ケルトを絶対に守りたいと思うのだ。

 

「ケルトに触れずに、ケルトを守ろうとする血の繋がってるお前。そんなお前を、マクレーン家がないがしろにするわけねえだろ。それはお前だって分かってるんだろ? お前をマクレーン家が裏切る日が絶対に来ない。な?」

 

「…………うん、そうだけど。でも……」

 

真守は自分の気持ちを分かってくれる垣根を見上げて、へにゃんっと眉を八の字に曲げる。

 

「真守、大丈夫だ。お前が悲しい思いをするなら、俺がマクレーン家をぶん殴ってやる」

 

「垣根……ありがとう」

 

真守は垣根の言葉に、ふにゃっと笑う。

 

「家族になるのが怖いってんなら、その気持ちをきちんと伝えろ。ちゃんと話さねえと分からないだろ」

 

真守は無言で、垣根にすり寄る。垣根は真守のことを、きちんと受け止める。

真守はふふっと笑うと、幸せを感じて表情をとろけさせる。

 

「私、家族になりたいって伯母さまたちに伝える。……でも、いつかマクレーン家の人たちが離れて行ってしまうのが怖いとも伝える」

 

真守は決意すると、垣根にぎゅっと抱き着いた。

 

「ありがとう、垣根。私が泣いたら助けてくれるっていう垣根の言葉、すごく心強い」

 

「当たり前だろ」

 

真守は垣根の言葉にふにゃっと笑うと、カブトムシに目を向けた。

 

「深城、ありがとう。深城のおかげで、気持ちの整理がついた」

 

『ふふ。良かったあ。……真守ちゃん、怖くないよ。だいじょぉぶ。あたしが保証する。マクレーン家のひとたちは、真守ちゃんとずぅっと一緒だよ』

 

「ふふ。お前が言うならきっとそうなんだな。……うん、ありがとう。深城」

 

真守はカブトムシに向かって、ふりふりと手を振る。

そして垣根を見上げた。

 

「明日、伯母さまとお祖父さまに言うんだ。垣根も一緒に来てくれる?」

 

「ああ、もちろんだ」

 

垣根は真守の小さな体温を感じながら、微笑む。

 

「決められてよかったな、真守」

 

垣根は真守の頬をやさしく撫でて、軽く触れるだけのキスをする。

 

「お前の気持ちが一番大事だ。……俺は、お前の心を何よりも大事にしたい」

 

かつて朝槻真守は絶対能力者(レベル6)進化(シフト)することを恐怖していた。

絶対能力者に進化して、誰かを大切に思えなくなったらどうしようかと恐怖していた。

 

もちろんそんなことはなかった。真守は完成された存在になっても、そのままだった。

だがそれでも、かつての真守は本当に恐怖していた。

そして垣根帝督はあの時から変わらない真守の心を守ってやりたいと思っている。

 

真守は神としてあらゆる存在に必要とされている。真守は人々の心を受け止める存在である。そんな真守の心のことを、ずっとそばにいる自分は何よりも大事にしたいと、垣根帝督は思っている。

 

「お前の幸せが、一番大事だ」

 

優しい言葉。

真守は垣根が本当に自分の事を大事に思ってくれているのが嬉しくて、目を細める。

 

「だいすき、垣根。すごく優しい垣根だから、私は安心してずぅっと一緒にいられるの」

 

真守はぎゅうっと垣根に抱き着く。そして、自分から垣根にキスをした。

 

「ふ」

 

真守は幸せそうに息を漏らすと、ふにゃっと笑った。

垣根はそんな真守の頭に手を添えて、もう一度深いキスをした。

 



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第一七五話:〈幸福平穏〉で朝を迎える

第一七五話、投稿します。
次は四月八日木曜日です。


大悪魔コロンゾンとの戦い。

その戦いから一夜明けたロンドンは、冬らしく霧が出る寒い朝となった。

そんな早朝。朝槻真守は温かいベッドの中で、ふかふかの布団を被って幸せに浸っていた。

 

目の前には、自分に寄り添って綺麗な顔で眠っている垣根の姿がある。

もうすっかり見慣れた光景だ。

だが真守は、起きてすぐ隣に垣根がいる事にいつも幸福を感じていた。

 

去年の初夏。朝槻真守は垣根帝督と出会った。

それから本当に色々あった。その日々の中で、垣根帝督はいつだってそばにいてくれた。

 

だいすきな男の子。いつでも一緒にいてくれる存在。

自分のことを一心に想ってくれるひとがいるのは、本当に幸せな事だと真守は思う。

 

垣根だけではない。大切にしたい女の子や神様ではなく本当の自分を見てくれる女の子。

そして自分の事を神として必要とする子たち。自分を大切にしてくれる家族。

 

たくさんの人々が自分の事を想ってくれる。それは本当に素敵で素晴らしい事だ。

 

幸せな気持ちのまま、真守は垣根の寝顔を見つめる。

すると、垣根帝督が目を覚ました。

長い睫毛と共にまぶたが揺れて、垣根はそっと目を開く。

綺麗な黒曜石色の瞳。寝ぼけた様子。

そんな垣根の愛おしい姿を自分だけが見られるなんて、真守は本当に心が満たされる。

 

「……ん」

 

「おはよう、垣根」

 

真守は寝ぼけ眼でぼーっとしている垣根へと笑いかける。

 

「…………真守」

 

「ん?」

 

垣根はぼうっとしたまま、真守の頬へと手を添える。

 

「昨日の夜もすげえかわいかった。ご無沙汰だったからな」

 

真守はにやっと笑う垣根を見つめて、きょとっと目を見開く。

だが意地悪な笑みを浮かべる垣根に朝からからかわれて、真守はぼぼっと頬を赤くする。

 

「ッ!?」

 

確かに、昨日は久しぶりに甘いひと時を過ごした。

ここ最近は、二人でゆっくり夜を過ごす事ができなかったからだ。

 

それに真守はコロンゾンとの戦いで体調に不備が出ていた。

だから垣根がすごーく遠慮していたのだが、真守は人造の樹を打ち立てた事で完璧に至った。

 

だから真守と垣根は、昨日久しぶりに男女の仲を深めていたのである。

 

「か、かきねのえっち!!」

 

真守は自分が着ている垣根のシャツの袖を自分の口元に持ってきて、声を大きくする。

垣根は素肌一枚に自分のシャツだけ着て布団を被っている真守を見て、ふっと笑う。

 

「お前が誘ってきたんだろ」

 

「わあああああかきねのばかっもう知らないっ」

 

真守は声を大きく上げて飛び起きる。

垣根は冷たい空気が布団の中に入ってきたので眉をひそめる。

 

「寒いだろうが」

 

「うるさーいっ! 知らないそんなコト!!」

 

わたわたと赤い顔で慌てる真守。

垣根は慌てる真守の手を引っ張ると、布団の中に引きずり込む。

 

「わわっ」

 

真守はかーっと頬を赤くしながら、布団の中に出戻る羽目になる。

 

「だ、だって……ッ」

 

真守はぼぼっと頬を赤くして、ぼそぼそと呟く。

 

「かきね、わ、わたしの体調に気を使って……わたしがいいよって言わなかったら……て、てててて手ぇ、絶対に手ぇださなかっただろぉ……っだから、だからっ」

 

「ふ。恥ずかしかったら言わなくてもいいんだぜ?」

 

「かきねのばかぁ……っばかばかばか……っ!!」

 

真守は垣根にぎゅっと寄り添わされながら、頬を赤くして縮こまる。

垣根は笑うと、真守の頭を優しく撫でた。

 

「かわいい」

 

垣根は優しく、真守の頭にキスを落とす。

真守はぷるぷると震えると、頑張って垣根から離れる。

 

「しゃ、シャワー浴びてくるっかきね、離して!」

 

垣根は真守を抱き寄せると、真守の首元に顔を埋める。

 

「もうちょっと寝る」

 

「だ、だめだぞ垣根っ私はシャワー浴びたいっ起きておねがいっ!」

 

真守はぷるぷると震えて、首筋に顔を埋めてくる垣根を頑張って引き剥がす。

 

「やだっかきね、やだっ」

 

真守はすんすんっと鼻を鳴らして離れようとする。

 

「……しょうがねえな。ほら、行ってこい」

 

垣根はやだやだいう真守のことを解放する。

いつもならば意地でもベッドに拘束するが、昨日のご無沙汰で垣根帝督は気分が良い。

真守は垣根に解放されると、もぞもぞと必死に動いてベッドから出た。

 

「……べ、べつに。垣根とするえっちが嫌だとか、そういうことじゃないからなっ!!」

 

「ふっ。その主張が今と何の関係があるんだよ。良いから行ってこい」

 

真守は自分がよく分からないことを口走っていると知って、恥ずかしくなる。

そしてぴゅーっと、垣根のシャツを一枚着たまま服を拾いながら去って行った。

垣根は真守が愛らしくて、くつくつと笑う。

気が向いたから、垣根はベッドの上で座った。

下は穿いているが、上は着てない。そのため近くに放り投げていたトレーナーを拾った。

 

カブトムシ(端末)

 

垣根が呼ぶと、ぶーんっとカブトムシとトンボが飛んできた。

 

「何か異常はねえか?」

 

『はい、問題ありません。昨日までが嘘のように平和です』

 

「コロンゾンはどうしてる? 俺が造った箱に真守が詰めただろ」

 

『大人しく真守が用意した夢の中にいます。目を覚ましても箱の中ですし、真守によって拘束されていますからね。夢の中は現実と違って自由ですから。大人しくしているようです』

 

垣根帝督はカブトムシの説明を聞いて、目を細める。

大悪魔コロンゾン。彼女が特別だったのはコロンゾンが自前で肉の器を用意したからだ。

その肉の器を、真守は人造の樹を打ち立てることで剥奪した。

 

だが肉の器はコロンゾンのモノとして完璧に作り上げられたものだ。

大本から切り離されたとしても、そこにはコロンゾンが宿っている。

 

いうなれば、肉の器に残されたのは矮小化されたコロンゾンと言ったところだ。

矮小化したコロンゾンは、完璧な存在である真守に太刀打ちする事ができない。

 

そんなコロンゾンに真守は夢を見せている。夢の中では自由なようで自由ではない。夢の権利を真守が握っているからだ。だが真守はそこまで意地悪ではない。

 

そのためコロンゾンがゆったりできる世界を作り、話をしている。ちなみにそこにはカブトムシとトンボもいて、垣根はやろうと思えばコロンゾンと接触できる。

 

(まあ、大悪魔と話すことなんて何もないからやらねえけど)

 

垣根は膝に右手の肘を乗せて、外を見る。

朝霧で煙るロンドンの街並み。それを見て、垣根は少し考える。

 

思えば本当に遠いところまで来たものだ。

垣根帝督はついこの間まで学園都市の暗部にいた。

暗部で生きて、学園都市を陰から掌握しようと動いていた。

 

世界の中心である学園都市を手に入れれば、自分は満たされると思っていた。

だが実際のところ、学園都市は世界の中心ではなかった。

そして本当に大事で自分のことを満たしてくれるものは別にあった。

 

誰よりもかけがえのない、大切な少女。

そんな愛おしい少女が、自分をここまで連れてきてくれた。

 

学園都市の表を牛耳り、統括理事長と対峙をして。そして全ての因縁を断ち切るために、学園都市から英国へ。そして世界の命運をかけて戦った。

 

真守がいたからこそ、垣根帝督はここまで来られたのだ。

真守がいたからこそ、全てが変わった。

垣根帝督はその変化を良い事に思って、大切な少女のことを考えて優しく笑った。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

大悪魔コロンゾンとの戦い。

そしてその後に起きた上条当麻と神浄の討魔の戦い。

それらが終わって、朝槻真守たちはやっと平穏な日常へと帰還した。

 

ちなみにマクレーン家のタウンハウスには、エルダー=マクレーンとリリスも身を寄せている。

上条当麻やオティヌス、御坂美琴、食蜂操祈やインデックスは冥土帰し(ヘブンキャンセラー)がイギリスから借り受けた医療機関に入院したり滞在したりしている。

 

真守は朝からいつもの通りに垣根に意地悪をされたが、きちんとシャワーを浴びて着替える。

そして、朝食の場である食堂にやってきていた。

 

「お祖父(じい)さま、伯母さま。おはよう」

 

真守は垣根と一方通行(アクセラレータ)を連れたまま、二人にお辞儀をする。

その姿は、深窓の令嬢だと言わんばかりの服装だ。

 

白いブラウスに膝より少し上の、後ろが長くなっているテールスカート。

胸元には黒いリボン。そして首には垣根帝督が真守にプレゼントした、黒い豪奢なチョーカーが巻かれている。

髪の毛はいつもの猫耳ヘアだが、髪先は丁寧に巻かれていた。

 

アシュリンは真守を見ると、表情を輝かせた。

 

「おはよう、真守ちゃん。その服も良く似合ってるわ」

 

「へへ。ありがとう、伯母さま」

 

真守はスカートの裾を摘まんで、少しだけポーズをとる。

愛らしい真守の姿を見て、ランドンは目元を優しく緩めた。

はにかんで笑った真守は、少しだけ胸を高鳴らせながら告げる。

 

「あ、あのね。伯母さま、お祖父(じい)さま……」

 

真守は緊張した声を出しながら、垣根の手をぎゅっと握ったまま口を開く。

アシュリンは真守の前にやってくると、真守の頬にそっと手の甲を沿えた。

 

「なあに、真守ちゃん」

 

「……私……伯母さまたちと、家族になりたいの」

 

真守は自分の気持ちをきちんと言葉にする。

『流行』へと至った真守は、言葉を用いらずに簡単に自分の考えを伝えられる。

 

だがそれは普通ではない。

自分の気持ちをきちんと言葉にして、それを相手に伝える事にこそ意味がある。

 

だから真守は緊張しながらも、自分の気持ちを話す。

 

「家族になりたい。でもね、伯母さま。私は怖いんだ。いつか一緒にいられなくなってしまうのが怖い。もちろん、物理的な距離じゃなくてな? 縁が切れてしまうコトが怖いんだ」

 

「分かってるわ、真守ちゃん」

 

アシュリンは真守の前で、床に膝をつく。

そして垣根と手を繋いでいない真守の手を握って、真守を下から見上げた。

 

「真守ちゃん、わたくしたちは誓約(ゲッシュ)を自らの血族に課すわ」

 

「……誓約?」

 

真守は首をこてっと傾げて、アシュリンの言葉を復唱する。

 

誓約(ゲッシュ)とは、破ればわたくしたちに不幸な災いが起こるモノよ」

 

「え。そ、それ……大丈夫なの?」

 

真守は誓約の意味を聞いて、慌ててアシュリンを見る。

ランドンも立ち上がって、真守の前で腰を下ろした。

 

「真守。我が娘、アメリアの子よ」

 

ランドンは、そっと真守の頬へ手を伸ばす。

 

「我がマクレーン家が真に望んだ、我らを潰えさせえない希望。その姫御子よ」

 

ランドンは真守のことを慈しんで、そっと目を細める。

 

「お前にはとても辛い運命を背負わせてしまった。それなのに、お前は私たちを救うと言ってくれた。それならば、私たちも応えねばならぬ。そうだろう?」

 

真守はランドンの優しい言葉に、すんっと鼻を鳴らす。

アシュリンは微笑むと、真守の手を優しく撫でた。

 

「わたくしたちが死んでも、マクレーン家が続いていく限り。わたくしたちは真守ちゃんと一緒よ、真守ちゃんとずっと家族よ。だって半分だとしても、真守ちゃんには同じ血が流れているんだもの。当然よ」

 

「真守、お前は何も不安に思う必要はない。いつだって、私たちは一緒だ」

 

真守は心の奥からこみ上げるものがあって、視界が霞む。

涙が、ぽろっと落ちた。それは悲しみの涙ではない。

嬉しくて流れてしまう涙だ。真守は必死にこらえるが、どうしても涙は止まらない。

 

「……何があっても、私はみんなとずぅっと一緒?」

 

「誓おう、真守。何があっても、お前と共にいる。その努力を我々は怠らない。永遠に一緒だ。我らの魂は、いつだってお前と共にある」

 

真守はランドンの言葉に、何度も頷く。

垣根はそっと、真守と繋いでいる手を解いた。そして、真守の背中を押す。

真守はアシュリンとランドンに手を伸ばす。

 

二人は立ち上がると、真守のことを優しく抱きしめた。

真守は優しいひとに包まれて、すんすんと泣き続ける。

アシュリンも目に涙を溜めていた。

ランドンは小さく震える真守のことを、優しく必死に抱きしめる。

 

「マクレーン家が続く限り。ずぅっと一緒よ、真守ちゃん」

 

真守はアシュリンの言葉に、こくこくと何度も頷く。

 

「何よりも愛らしい真守ちゃん。わたくしの半身の忘れ形見」

 

アシュリンは真守の髪を優しく撫でて、真守の事を強く優しく抱きしめる。

 

「誓約は真守ちゃんを安心させるためのものよ。でもそんなのがなくたって、わたくしは真守ちゃんの事を想ってる。それは理解してくれる?」

 

「……伯母さまは、いつだってわたしのために動いてくれるよ」

 

真守はぽろっと涙をこぼしながら、ふにゃっと笑う。

 

「いつだって、私がしあわせになれることを考えてくれる。今も、色々してくれてるでしょう?」

 

「……そうね。真守ちゃんのために、学園都市に在中できる近衛侍女と護衛を見繕ってるの。エルダーさまがいると言っても、十字教に精通している手駒がいたら何かと便利だから」

 

真守はぐすっと鼻を鳴らすと、アシュリンを見上げてふふっと笑う。

 

「人を寄越してくれるんだ」

 

「ええ。真守ちゃんは魔術サイドの人間が学園都市に入るのは嫌?」

 

「ううん、そんなことはない。学園都市も、変わる時が来たからな」

 

真守はふるふると首を横に振って、微笑む。

 

「まだ学園都市と外を隔てる壁は必要だとおもう。もちろん線引きは大事だから。すぐにすべての環境を変えたら、みんなが大変になってしまう。……だから徐々にかえていくつもりだ。そこら辺は状況をみて、臨機応変に対応していきたい」

 

科学サイドと魔術サイドは、長らく睨み合っていた。

それぞれの領分を侵さないようにしていた。

それは科学と魔術を分けたアレイスターが魔術を憎んでいたからだ。

だからこそ学園都市は閉鎖的な環境となり、外へ出す技術もダウングレードしていた。

 

「わたくしたちは魔術サイドに所属しているけれど、決して十字教に与していない。誰にも侵されない立ち位置を保持し、十字教が絶対に無視できない立ち位置を確立してきた。だからわたくしたちはあなたの力になれるわ。あなたのバックに立てる」

 

アシュリンは真守の頬を優しく撫でて、そして微笑む。

 

「わたくしたちマクレーン家は、真守ちゃんと共に生きるわ。永遠に、ずぅっと一緒よ」

 

真守は嬉しそうに何度も何度も頷く。

垣根帝督と一方通行(アクセラレータ)は一つの家族を見つめて、そっと優しく微笑んだ。

 



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第一七六話:〈安息日常〉で母を想う

第一七六話、投稿します。
次は四月八日月曜日です。


イングリッシュブレックファーストは、種類が豊富でおいしい。

イギリスの食事が合わない人間は、朝食だけ食べて過ごせというほどだ。

そんな朝からイギリスの美味しいご飯を食べて満足した真守は、来客用のリビングで一方通行(アクセラレータ)と垣根と一息ついていた。

 

一息つくと言っても、真守はまだ気持ちがふわふわしていた。

何故なら、真守は先ほど自分の気持ちを告げた。

マクレーン家と正式な家族になりたい。でも、いつか縁が切れてしまう時が怖い。

 

そんな真守に、祖父と伯母はケルト式の約束──誓約(ゲッシュ)を結んでくれると言ったのだ。

何があっても、どんな未来でも。マクレーン家は朝槻真守と共にいる。

 

ケルトの誓約とは一度結ばれれば、決して破ってはならないものだ。

かつてのケルトの英雄たちも、自分の誓約を利用されて破滅したくらいに危険なものである。

そんな誓約を、マクレーン家は朝槻真守のためだけに結んでくれると言うのだ。

これほど嬉しい事はない。だから真守は、まだ気持ちがふわふわとしていた。

 

「えへ。一方通行(アクセラレータ)、私家族になるんだ」

 

真守はにまにまと笑って、食後のコーヒーを飲む一方通行に声を掛ける。

 

「ちゃンと見てたに決まってるだろ。……オマエの家族は、オマエの事を本当に想ってる。だから問題ねェ」

 

「うん、大丈夫だったっ」

 

真守はにぱっと笑うと、伯母と祖父の言葉を思い出す。

 

「何があっても一緒にいてくれるって。何があっても、マクレーン家は私と一緒だって。そうやって、魔術で誓約を立ててもらえて、私は本当にうれしい」

 

「ケルトの誓約、か」

 

一方通行(アクセラレータ)は先ほどの儀式を思い出しながら、ぽそりと呟く。

儀式と言えど、第三者には真守の祖父であるランドン=マクレーンが、真守を前にして祈りを捧げているようにしか見えなかった。

 

ケルトの魔術は、あからさまな陣や呪文を使わない。

ケルトの血を身に宿している事が重要なのだ。体に流れるケルトの歴史の積み重ね。

それによって、ケルトは魔術を使う。

だから他者から見れば、祈りを捧げているようにしか見えないのだ。

 

「魔術的なモノを用いての誓い。それがやつらにとっての流儀なンだろォな」

 

真守は嬉しそうに頷く。そんな真守に、メイドと話をしていた垣根が近づいた。

 

「真守。冷やすモン貰ってきた。こっち来い」

 

真守は先ほど、嬉し涙をたくさん流してちょっぴり鼻と目元が赤くなっている。

そんな真守のために、垣根はメイドに冷やすものを用意してもらっていたのだ。

 

真守は一人掛けのソファに座っている一方通行から離れると、隣の三人掛けのソファに垣根と共に並んで座った。

 

「う。つめたい」

 

メイドが持ってきてくれたのは冷やしタオルだった。

キンキンに冷やして、固く絞ったタオル。

真守はタオルで目元を優しく労わってもらいながら、むーっと口を尖らせる。

 

「私は完璧な存在だから、目が腫れても自分で治せる」

 

「うるせえ。大人しくやってもらっとけ」

 

万能な能力を持っているが故に、真守は能力で全てをどうにかしようとする。

だが能力で体をコントロールできると言っても、できる処置はちゃんとすべきなのだ。

 

「能力で何でも力技で解決しようとするな。お前だってわざわざクソ面倒な事をやるのが時には良いことだって分かってんだろ?」

 

「そうだぞ。完璧な人間と言っても、やるべきコトをしなければ人間から逸脱してしまうからな。でも目元の腫れや体の不調は、人間だった頃から能力で治してたぞ?」

 

「……俺がお前の顔を手間暇かけて労わってやりてえんだ。なんか文句あるか」

 

真守はきょとっと目を見開くと、幸せそうにえへへーっと笑う。

 

「じゃあたくさん優しくして。垣根」

 

「当たり前だろ」

 

垣根は真守の顔を優しく上向きにさせると、赤くなって腫れそうな目元を冷やす。

真守は幸せそうに眼を細める。

完璧な存在と言えど、人間らしく大切にされている真守。

そんな真守を横目に、一方通行(アクセラレータ)はふっと穏やかに笑った。

 

 

──────…………。

 

 

 

ちょっと落ち着いて。垣根帝督はマクレーン家のタウンハウス内を少し探索していた。

真守は伯母であるアシュリンと二人でお茶をしている。

一方通行(アクセラレータ)はというと、ロンドンに繰り出していた。

 

イギリスは魔術の国だ。そしてロンドンはその中枢。

そのため歴史的なものすべてに魔術が絡んでいる。

 

丁度ロンドンに詳しいクリファパズル545もいることだし、一方通行はロンドンに繰り出して魔術についての勉強をしていた。

 

垣根は廊下を歩いていたが、メイドが待機しているのに気が付いて首を傾げる。

そして、垣根は同時に真守の気配を感じた。

真守と垣根は同じ人造の樹に組み込まれている。

そのため感じようと思えば、真守のことを感じられるのだ。

 

「真守?」

 

垣根は扉をノックして、部屋に入る。

 

「垣根」

 

真守がいた部屋は、豪奢な部屋だった。ソファにローテーブル。暖炉にテレビなど、日当たりが良いためアフタヌーンティーでもできそうな部屋だ。

真守は垣根に背を向ける形でソファに座っていたが、垣根に気が付いて振り返る。

 

「どうした。伯母さんとお茶会してたんじゃねえのかよ?」

 

「うん、そうなんだけど。お手洗いに行ってたんだ。そしたらここが気になって」

 

「? この部屋に何かあるのか?」

 

垣根は首を傾げながら、真守に近付く。

真守の手の中には、一つの写真立てが握られていた。

どうやら暖炉の上に飾られている写真立ての一つらしい。

写真立てには、仲睦まじそうに写っている双子の写真がおさめられている。

 

「お母さまと伯母さまだって」

 

垣根はその言葉に目を見開く。

アシュリン=マクレーンと、アメリア=マクレーン。

若かりし頃のその写真に写っている背景は、確かにこの部屋だった。

 

「お母さま、ここにいたらしいんだ。それで……その、」

 

真守はいたずらが見つかった子供のように、ちょっとしどろもどろになる。

 

「その……残存情報をちょっと読み取って、伯母さまとお母さまの過去に触れてたんだ」

 

かつてこの部屋にいた人の様子。

それを密かに見ていたのが後ろめたいからこそ、真守はしどろもどろだったのだ。

垣根は真守を見て、ふっと目元を緩める。

 

「……母親のことを知りたいってんだから、何も悪いことねえだろ。それとも何か? 過去を知って悪い事しようと思ったのか?」

 

「そんなことは思ってないぞ。……垣根の言う通り、ただ単にお母さまと伯母さまのことを知りたかったんだ」

 

真守は部屋を見渡して、小さく笑う。

 

「お母さまと伯母さま、すごく無邪気だった。そして仲が良さそうだった」

 

真守は母親が座っていたソファを優しく撫でる。

 

「なあ垣根。私と垣根が使ってる部屋もお母さまがよく使ってた場所だったらしいんだ」

 

「俺もお前の伯母から聞いた」

 

垣根はそっとソファに座った真守に近づいて、柔らかく目を細めた。

 

「お母さま、本当に生きてたんだね」

 

真守は部屋を見渡しながらふにゃっと笑った。

 

「……お前がいるから、当然だろ」

 

それでも、真守にとっては実感が湧かないのだろう。

真守が産まれてすぐに死んでしまった母。顔も知らなかった母親。

 

そんな母の顔を、今の真守は一卵性双生児のアシュリンと出会って知っている。

表情には性格が出る。だからおそらくアシュリンと母は違う顔付をしているだろうが、それでも同じ顔をしているのは事実だ。

 

だからこそ真守はアシュリン越しに母親を見てしまう。

仕方がない事であり、当然の事だ。

垣根は真守の頭を優しく撫でる。

 

「……やっぱり、寂しいか?」

 

真守はそれに目を細めながら、垣根を見上げた。

 

「大丈夫だ、垣根。私の周りには優しい人がいてくれるから」

 

真守は垣根へとすり寄る。

すると垣根は真守の事を優しく抱きしめた。

 

「お母さまが亡くなったことは悲しい。でも伯母さまやだいすきな男の子や、大切にしたい女の子も、みんなもいるから。だからさびしくない。悲しいことなんてありえない」

 

真守は垣根の胸板にすりすりと頬をすり寄せて、ふにゃっと笑う。

それでも部屋の中を見つめて、少し寂しそうな顔をした。

 

「なんていうか。少し虚しさは感じるんだ。私はとても満たされているけれど、お母さまはそうじゃなかったのかなって」

 

真守はぼそりと呟くと、天井を見上げた。

 

「でも大丈夫。お母さまは私を生むという偉業を成し遂げたんだ。だからきっと、どこかで幸せに暮らしている。絶対にそうだと確信している」

 

「……そうか」

 

垣根は真守の頭を優しく撫でる。

朝槻真守は全てを兼ねそろえて生まれてきた。

 

後に『流行』という舞台装置にまで至った完璧な存在を生むということは偉業だ。

それに母が悪いことをしたわけではない。だからきっと幸せに暮らしていることだろう。

 

そこがケルトの領域なのか、天国なのか。はたまたまっさらな世界なのか分からない。

だがそれでも真守は分かっている。母は辛い環境にはもういないのだと。

 

「垣根」

 

真守は垣根にすり寄って、ふにゃっと笑う。

 

「ずぅっと一緒にいてね、垣根。それが私の幸せだ」

 

垣根は儚い笑みを浮かべている真守を見て、そっと目を細める。

 

「……当たり前だ」

 

垣根は頷くと、真守の頬に手を添える。

 

「俺の幸せもお前と一緒にいる事だ。だからいつまでも一緒だ、真守」

 

垣根はふっと笑うと、真守にキスをする。

 

「ん」

 

真守は垣根にキスをされて、小さく唸る。

垣根は真守の事を想って、深いキスをする。

頭が痺れてしまうほどに甘いキス。

真守は垣根から解放されると、少し顔を赤くした状態で荒くなった息を整える。

 

「……はぅ……。かきね、前からすごくちゅーがうまいのに、どうしてどんどんうまくなってるんだ……?」

 

真守はふにゃふにゃと垣根に寄り掛かって、息をする。

 

「お前特化になってるから」

 

垣根はくすっと笑って、腰が少し砕けてしまった真守のことを抱きしめる。

本当に愛おしくて、絶対に離したくない少女だ。

この少女のためならば、なんでもできる。

そんな柔らかで愛おしい命が自分の腕の中にいる。

それが本当に嬉しくて、垣根は真守の小さな頭を優しく撫でた。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

そろそろお昼になる。真守は深城と連絡をしていた。

 

大悪魔コロンゾンの撃退。

その戦いに貢献した者たちを讃えるたいめに、英国女王は祝賀パーティーを開くのだ。

そこで真守はマクレーン家の一員として、学園都市を新たに仕切る顔として参加する事になる。

その事を伝えたら深城が『その場に居合わせたい!』と主張したのだ。

 

「ふふ。パーティーか。楽しみ」

 

真守はにまにまとご機嫌に笑って、垣根を見る。

パーティーといえば、もちろんきちんとしたドレスコードが必要である。

それはパーティーに参加する者全員が着飾るという事であり、普段見られない一面を見る事ができるということである。

 

「垣根のかっこいい姿、楽しみ」

 

真守はちょっぴりわくわくした様子で呟く。

垣根はふっと笑うと、真守の黒髪を優しく撫でた。

 

「俺もお前のかわいい姿、楽しみだ」

 

「へへー。ちゃんとおめかししなくちゃな」

 

真守がご機嫌に笑っていると、メイドが呼びに来る。そろそろお昼ご飯だ。

ロンドンに繰り出している一方通行(アクセラレータ)は外で食べると言っていた。

そのため真守は垣根と手を繋いで、るんるんっと食堂に向かう。

 

「伯母さまっお祖父(じい)さま……っあれ? お祖父さまは?」

 

真守は食堂に祖父の姿がないと知って、疑問の声を上げる。

部屋にはエルダー=マクレーンとりリスとアシュリンの姿はある。

だが祖父であるランドンがいない。

 

「ご当主さまにはぎりぎりまで仕事をしてもらっているわ。もうすぐ来ると思うわよ」

 

真守はアシュリンに説明されて、きょとっと目を見開く。

 

「やっぱりお忙しいのか……?」

 

真守はランドン=マクレーンのことを想って、へにゃんっと眉をひそませる。

 

「そうね、『清教派』のトップが大悪魔だったことが原因かしら」

 

アシュリンは軽やかに微笑む。だがその笑みは、なんだか闇が深い笑みだった。

 

「そもそもの発端は、クロウリーズ・ハザードが連合王国を大規模攻撃した事よね。しかもコロンゾンの安全装置である『黄金』の魔術師をアレイスターが機能停止に追い込んだ結果、スコットランド方面の術式は吹っ飛んだ」

 

にこにこアシュリンは笑っているが、問題が山積みであることに多少頭が痛いらしい。

 

「しかも大悪魔が世界を自然分解するために大規模儀式場であるクイーンブリタニア号を奪取。そして上条くんの力が暴走して、船は沈没。船の中にあった骨董品も全て海の底。まああの船は儀式場として完璧すぎて、簡単に解体できなかった船を解体できたのは良かったけど」

 

「……それ、やっぱり全部アレイスターのせいだよな……」

 

真守はとんでもないことをしでかしたアレイスターのことを考えて遠い目をする。

イギリスや世界をめちゃくちゃにした人間、アレイスター=クロウリー。

彼は次の危険性を考慮して、第三の領域(バックステージ)に潜った。

 

全ての後始末を、周りの人間に押し付けて。自分は悠々と消え去った。

周りを引っ掻き回すだけ引っ掻き回して消えたアレイスター。

真守は彼(女)のことを思って、遠い目をする。

 

「やっぱりとっ捕まえて後始末させた方が良かったかも」

 

真剣で考える真守を見て、アシュリンは軽やかに笑う。

 

「ふふ。いつか天罰が下るから大丈夫よ」

 

「それも怖いな。……まあ、神さまから『奇蹟』を貰えなかった時点で、結構な天罰下ってるか」

 

真守は遠い目をしてアレイスターのことを想う。

すると廊下から慌ただしい足音が聞こえてきた。

ばたーんっと両開きの扉を開けて入ってきたのは、ランドン=マクレーンだ。

ランドンは真守を見るなり、表情を弛緩させる。

 

「真守、My Sweet!!」

 

祖父は真守を見ると、ぎゅっと優しく抱きしめる。

 

「お祖父(じい)さまっ?」

 

ランドンは驚く真守を、大きな手で優しく抱きしめる。

 

「お前はロンドンを観光したいよな、真守」

 

「いきなりどうしたんだ?」

 

真守が驚いていると、ランドンは駄々をこねた様子で叫ぶ。

 

「事務処理よりもお前にロンドンを案内する方が大事だ。その方が建設的だ。だから私はお前を連れてロンドンに出向く。面倒な事後処理は英国女王に任せておけばよい」

 

真守は泣き言を口にする祖父を見上げて、目を白黒とさせる。

その様子を見て、エルダー=マクレーンはくすりと笑う。

 

「ふふ、ランドン。真守が驚いているだろう。確かにオマエに課せられた事後処理は面倒なものだが、オマエはマクレーン家の当主だ。それくらいこなせ」

 

「ご祖母さま。私はケルトの民の当主であって英国に魂を売った覚えはないのですぞ。それなのに国の存続が危ぶまれる案件を処理しなくてはならないというのが、まことに嫌なのです」

 

真守はランドンに抱きしめられながら、顔をしかめる。

 

「国の存続が危ぶまれる事後処理はちゃんとやった方がいいんじゃないのか?」

 

真守が問いかけると、ランドンは真守を抱きしめるのをやめる。

そして真守の両肩に手を置いて、真剣な表情をした。

 

「真守。良いか、良く聞け」

 

「え。は、はい」

 

真守は目を瞬かせながらも頷く。そんな真守をまっすぐと見て、ランドンは告げる。

 

「私が業務をこなさなければ傾く国など、傾いてしまえば良いのだ」

 

「…………よ、良くないと思う……」

 

真守は至極真剣な様子で淡々と告げるランドンを見上げてふるふると首を横に振る。

アシュリンはその様子を見てくすくすと笑う。

 

「あらあら。真守ちゃんは立派な長になりそうですね」

 

アシュリンがくすくす笑うと、ランドンは真剣な表情で告げる。

 

「真守、いつでも一〇〇%の力で頑張っておると体調を崩すぞ。長など少し適当にやっていても大丈夫だ」

 

「えー……そうなの……そうじゃないのでは……?」

 

真守は真剣な様子のランドンを見上げて、困惑する。

するとその向こうでアシュリンがくすくす笑っていた。

ランドンは真守の黒髪を優しく撫でながら笑う。

 

「なあ真守。昼食を終えたら私の部屋に来ておくれ。私はお前を膝に乗せて事後処理をすれば作業が倍はかどるだろう」

 

「やらなければ国が傾く重要案件を私が見る事になるけど。それは良いの?」

 

真守はとんでもなく妙案だと表情に出しているランドンを見上げて遠い目をする。

 

「英国の中枢を握っておくのも悪くない。それに私が西洋近代魔術を説いてやる。私もやる気が出るし、お前にもメリットがある。良いだろう」

 

「それで本当に良いのかな……?」

 

真守は顔をしかめて、ランドンを見上げる。

だが家族として気兼ねなく話せていることが真守は嬉しくて、ふにゃっと笑った。

そしてご機嫌に、ランドンに抱き着いた。

 

楽しそうな孫を抱きしめて、祖父は幸せそうに眼を細める。

運命に翻弄されて、離れ離れになってしまった家族。

 

そんな家族に囲まれて幸せにする真守を、垣根は微笑を浮かべて見つめていた。

垣根に気が付いた真守は、ふにゃっと笑う。

 

「垣根っ垣根もこっち来て。ご飯食べようっ」

 

最愛の少女が呼ぶので、垣根帝督は真守に近づく。

真守はだいすきなひとたちに囲まれて、幸せなひと時を過ごしていた。

 



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第一七七話:〈久方集合〉で微笑みあう

第一七七話、投稿します。
次は四月一一日木曜日です。


全世界に及ぶ、大悪魔コロンゾンによる混乱。

その混乱を源白深城たちや『スクール』の面々も、当然として知っていた。

というか謎の金の髪が塔のように地面から生えてきてめちゃくちゃ暴れ回っていたのを直接見た。

 

そんな深城や『スクール』の面々は、真守と垣根に呼ばれて英国に降り立った。

そしていま、真守の実家であるマクレーン家が所有するタウンハウスに到着した。

 

ロンドンの一等地に建っている、荘厳な石造りの巨大な建物。

それを見上げて、『スクール』の一員である誉望万化は思わず呟く。

 

「うわあ……朝槻さんって、本当に貴族の人なんスね……」

 

誉望万化は石造りの趣深いロンドンの中で、遠い目をする。

 

(すごいところまできたなあ……)

 

『スクール』は垣根帝督をトップとして、学園都市を掌握するために動いていた。

その過程において、垣根帝督は朝槻真守と出会った。

そこから全てが変わった。

垣根帝督も、自分たちも。朝槻真守との出会いによって、多くの事が大きく変わったのだ。

そして──いつしか、当初の目的通り学園都市を掌握する事となった。

 

(まさか垣根さんが本当に学園都市を手に入れられるとは……あまり実感が湧かない)

 

学園都市を支配する。

それが垣根帝督にはできると思って、誉望万化はついてきた。

 

紆余曲折あったが、それでも垣根帝督は愛しい少女と共に学園都市を手に入れた。

それなのにあまり実感が湧かないのは、やはり実現への道のりが困難を極めると感じていたからだろうか。

 

「ちょっと誉望さんっ。何を圧倒されているんですか、早く荷物を運び入れてくださいっ」

 

ぼうっとする誉望。

そんな誉望に声をかけたのは、誉望と同じ『スクール』の構成員である弓箭猟虎だ。

 

お嬢様らしいシックなコートを着ている彼女は、白い息を吐きながらも誉望に声を掛ける。

弓箭は家族と話をした後、ドバイにいた深城たちと合流した。

 

そして世界各地を深城たちと歩き回り、ロンドンに来たのだ。

誉望は弓箭を見て、面倒そうに目を細める。

 

「お前の荷物は多すぎるんだよ」

 

「女の子なら当たり前ですよ、ほらほら早く」

 

誉望は弓箭に急かされて、嫌な顔をしながらも念動能力(サイコキネシス)を使う。

ロンドンに来る前は学園都市外という事もあって、能力を使うのを控えていた。

だが真守の実家は異能に関する家だし、この数日で世界は異能の力を目の当たりにした。

今更使っていても特に奇異の目で見られない。

 

(それに目の前では余裕で使ってるヤツがいるし……)

 

誉望万化は車に積んだ荷物を取りに行きながら呆れて心の中で呟く。

 

「? 誉望、どうしたの?」

 

首を傾げるのは杠林檎。

彼女も誉望万化と同じ念動能力者(サイコキネシスト)なのだが、正確な強度(レベル)は測ってない。それでもおよそ自分と同じ大能力者(レベル4)に分類されるのだろうと誉望は分かっていた。

 

まだまだ子供なのに誉望万化に負けないほど強力な能力を持っているのは、杠林檎が『暗闇の五月計画』の被験者だからだ。

 

一方通行(アクセラレータ)の精神性・演算パターンのうち、執着心を植え付けられた杠林檎は、本当なら死んでしまうはずだった。だが真守が林檎の脳に干渉して一方通行の精神性・演算パターンと折り合いを付けた事により、林檎は生き延びる事ができた。

 

はっきり言って『自分だけの現実(パーソナルリアリティ)』に干渉するなんて、簡単にできる事じゃない。

ただそれでも彼女ならできる。学園都市を垣根帝督と一緒に手中に収めた真守ならば。

 

「杠、半分貸せ。俺も働かなくちゃ弓箭にどやされる」

 

「ん。分かった」

 

林檎はコクッと頷いて少し退く。そして誉望が荷物を取れるようにすると、自分が念動能力(サイコキネシス)で浮かしていた荷物を持って、テテテーッと走っていった。

 

「あ。林檎ちゃん、心理定規(メジャーハート)さんが言うには、このメイドさんに渡したらいいんだってぇ」

 

林檎が走っていった先にいた源白深城は、笑顔で林檎に声を掛ける。

深城はAIM拡散力場がなければ動けない。

だがAIM拡散力場を発するカブトムシを頭に乗せることにより、動く事ができていた。

 

深城は真守の事を神として必要とする白い髪と黒い髪の少年と手を繋いで立っていた。

そしてその斜め前には心理定規(メジャーハート)が立っていた。

深城は英語ができないので、マクレーン家のメイドとの会話を心理定規に通訳してもらっていた。

 

林檎は本場のメイドを見て、目を輝かせる。

クラシカルなロングドレス。髪の毛を柔らかくまとめた、本格的な装いだ。

 

「メイドさんっ!」

 

子供らしく目を輝かせた林檎に、心理定規(メジャーハート)は優しく話をする。

 

「荷物はこのカートに積んでって言っているわ。よろしくね」

 

「分かった」

 

林檎は頷くと、メイドが持ってきた荷物を運ぶようのカートに次々と器用に積み上げる。

 

「あ、心理定規(メジャーハート)さん。車椅子の人がいるって言ってくれる? 緋鷹ちゃん、車であたしの本体と待ってるしぃ、それとあたしの体もどうにかしないとねえ」

 

「分かったわ」

 

車椅子の緋鷹が同行している事。

深城の本体である一二歳で成長の停まった体と共に、真守の避難用の体もある事。

それを心理定規が伝えると、メイドは人を呼んで直ちに動き始めた。

荷物を整理してパタパタとやってきた弓箭は、深城へと声を掛ける。

 

「源白さん。私は八乙女さんに付き添っていますから、源城さんは先に朝槻さんに会いに行ってあげてください」

 

「え。いいの?」

 

深城が申し訳なさそうに問いかけると、弓箭は微笑む。

 

「はいっ。源城さんのこと、朝槻さん待っていると思います」

 

「……ありがとう、猟虎ちゃん。じゃあ先に行くね?」

 

深城は弓箭に例を告げると、自分と手を繋いでいる二人を見る。

真守が人造の樹に嵌めこんだ、生命の進化を象徴する存在。

 

人が進み続ける意志を体現した、セイ。

人が他者を想い、求める意志を体現したトモ。

 

彼らを連れて、深城は執事に案内されて真守のもとへと急ぐ。

アンティーク調の廊下。それを抜けて、深城は大切な少女と再会を果たした。

 

「深城」

 

真守は日の当たる場所においてあるテーブルで、ティータイムを過ごしていた。

深城の姿を見ても、真守はいつもと変わらずにすんっとした表情をしている。

だが源白深城は分かっている。

真守が本当は心の底から喜んでて、真守が自分に会うまでそわそわしていた事を。

 

「真守ちゃんっ!」

 

深城は早足で歩き、真守へと抱き着く。

 

「真守ちゃんっひさしぶりだねえ、頑張ったねえ、偉いねえっ!」

 

深城は真守のことをぎゅっと抱きしめて、熱い歓迎をする。

 

「むぐっ。み、深城……お前はやっぱり自分の胸部装甲のきょうあくさを考えるべき……っ」

 

真守は深城の胸の圧で窒息しそうになりながら、もごもご言う。

真守と一緒にティータイムをしていた垣根はその様子を見て、ふっと笑う。

一緒にテーブルでお茶をしていたアシュリン=マクレーンも、お昼寝をしているリリスを抱きかかえているエルダー=マクレーンも柔らかく微笑んだ。

 

「あっ真守ちゃんの伯母さまと、真守ちゃんのご先祖さまも、ごきげんようっ」

 

深城は真守から離れると、ぺこっと頭を下げる。

変にかしこまると、逆に失態を犯しかねない。

そのため深城はただゆっくりと頭を下げた。

 

「元気そうで嬉しいわ、深城ちゃん」

 

「うむ。頭の帝兵が際立っておるな」

 

アシュリンとエルダー=マクレーンはそれぞれ挨拶に答える。

深城は頭を上げて、てれてれと照れ笑いをする。

 

「えへへ。お二人共元気そうで何よりです」

 

深城は柔らかく微笑むと、そこで真守をまっすぐと見た。

 

「真守ちゃん」

 

深城は真守の小さな両手を取って、微笑む。

 

「頑張ったねえ」

 

真守は深城にまっすぐに褒められて、にへらっと笑う。

 

「うん、がんばった」

 

真守は立ち上がると、ぎゅっと深城に抱き着く。

 

「とても納得のいく未来を手にできた。とてもよかったっ」

 

真守は自分よりも大きな深城に一身にすり寄る。

 

「深城と、みんなとずぅーっと一緒にいられる未来だ。だから本当に嬉しい」

 

深城はふにゃっと笑う真守のことを、優しくギューッと抱きしめる。

長い抱擁の後、真守は深城にすり寄ったまま、傍らにいた白い少年と黒髪の少年を見た。

 

「お前たちの事、勝手に組み込んでごめんな」

 

朝槻真守は多くの力を借りて、人造の樹を打ち立てた。

真守が打ち立てた人造の樹は、これから知的生命体が辿る進化の系譜だ。

『流行』を冠する頂にまで上り詰める事ができる道しるべである。

 

その道しるべに、朝槻真守は自分のことを神として必要とする者たちを組み込んだ。

世界が何度も造り替えられても。変わらなかった人間としての概念。

純粋なものも、悪意に満ちたものも。その全てを、真守は人造の樹に組み込んだ。

 

何の確認もなしに人造の樹に組み込んだ事。

それを真守が謝ると、白い少年、セイは柔らかく微笑んだ。

 

「別にいいぞ。私たちの使い道があるのは良い事だ」

 

「ぼくは、……朝槻真守と一緒にいられれば、それでいい」

 

トモと名付けられた黒髪の少年は、持っていた『悪魔なお猫様』のぬいぐるみをぎゅっと抱きしめた後、真守を見上げた。

 

「朝槻真守は優しいから。ボクたちのことを適当に扱わない。分かってるから大丈夫」

 

「良かった」

 

真守はたどたどしくも気持ちを伝えてくれたトモの頭を撫でる。

 

「む、朝槻真守。私の頭も撫でろ!」

 

「分かった分かった。順番にな」

 

真守は柔らかく微笑むと、自分のことを神として必要としている彼らの頭を撫でる。

ここまで本当にたくさんあった。

だがこうして、真守たちは平穏無事なひと時を手にする事ができた。

真守はそれが嬉しくて。垣根は真守が嬉しそうにしているのが嬉しくて。

遅れてやってきた大切な人たちを見て、真守はふにゃっと笑った。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

アフタヌーンティーを終えて、真守は深城たちと共に来客用のリビングに移った。

 

「真守ちゃん、真守ちゃん」

 

深城は垣根と共に真守を挟むようにソファに座って、真守に微笑みかける。

 

「どうした、深城」

 

真守はご機嫌な深城を見て、こてっと首を傾げる。

深城はにまーっと笑うと、真守の事を抱きしめた。

 

「真守ちゃん、真守ちゃん。ふへへ~」

 

真守に久しぶりに会えた深城は、ご機嫌に笑う。

そしてちんまい真守のことを、一身に抱きしめる。

 

「一緒にいられなかったから、真守ちゃん成分を吸収しないと……っ」

 

「真守ちゃん成分ってなんだ。まったく」

 

真守はくすっと笑いながら、深城の背中に手を回す。

なんだかんだ言って、真守も深城に会えたのが嬉しいのだ。

 

「深城。あんまり暴れないで。頭に帝兵さんが乗ってるんだから」

 

小刻みにご機嫌に揺れる深城の頭には、カブトムシが乗っている。

深城はAIM拡散力場がないと身体を保つことができない。そのためAIM拡散力場を発するカブトムシに常に一緒にいてもらっている。

 

「帝兵さんのこと、大事にして」

 

「え~大事にしてるよぉ。でも真守ちゃんのことを久しぶりに愛でてむぎゅむぎゅするのも大事なのっ!」

 

久しぶりに大事な女の子に敢えて、大層ご機嫌な深城。

真守はくすっと笑うと、苦笑いしながら肩をすくめた。

 

「みんな、わがまま深城の面倒見てくれてありがとう。迷惑かけた」

 

真守は部屋で休んでいる『スクール』の面々と林檎、そして白い少年と黒髪の少年に笑いかける。

弓箭は幸せそうにころころ笑うと、小さく首を横に振る。

 

「源白さんはわたくしたちに迷惑かけてませんよ。今は朝槻さんにとっても甘えてるだけです」

 

「猟虎ちゃんの言う通りっ! だってあたし、誉望さんのことを困らせなかったからね!」

 

深城は嬉しそうにふふんっと得意気に胸を張る。

真守は小さくため息を吐くと、申し訳なさそうに誉望を見た。

 

「ごめんな、誉望。それに緋鷹も。本当に深城は迷惑かけなかった?」

 

「ええ、大丈夫でしたよ。源白さんは朝槻さんが想う以上にしっかりしてます」

 

「真守さんだって、本当は深城さんがしっかりしてるって分かってるでしょ?」

 

真守は誉望と緋鷹に次々と問題ないと言われて、口を尖らせる。

 

「むぅ、そうは言っても深城だし……まあ、深城が私に甘えてくれるのは嬉しいからいいか」

 

真守は深城の背中を優しく撫でる。深城は幸せそうに笑うと、真守にすり寄る。

垣根はというと、真守に抱き着く深城を見てふっと笑う。

 

やっぱり深城には敵わない。というか勝ってはならないのだ。

真守のことをこの世で一番最初に見つけた深城は、やっぱりすごい女の子なのだ。

深城はハートをたっぷり飛ばして、真守のことを愛でながら目を細める。

 

「真守ちゃん、頑張ったねえ」

 

「ん。何度も言ってるけど、がんばった」

 

真守は深城の言葉にこくりと頷く。

学園都市を変える。そのためにアレイスター=クロウリーに挑む。そしてアレイスターの抱えているものを知り、それにケリをつけるために英国までやってきた。

全てにケリをつけて、アレイスターは第三の領域(バックヤード)に潜った。

学園都市はというと、真守たちに託された。

 

「私はみんなが笑って過ごせる学園都市を造りたい。誰も悲しまず、誰も苦しまない学園都市を。確かに道のりは困難だろう。でも、私はそんな学園都市を実現できると思う。──だって」

 

真守は深城の手にちょこんっと触れながら微笑む。

 

「私にはとても心強いひとたちがいるんだから。支えてくれるひとたちがいる。だからみんなと良い未来を築けると思った。その第一歩が叶った」

 

真守は笑って、この場にいる人たちを一人ずつ見る。

 

「これからもよろしく頼む。みんな」

 

一同は真守の笑みを見て、それぞれに頷く。

真守はそれが嬉しくて、にへらっと笑った。

 



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第一七八話:〈真愛中心〉で幸福を感じる

第一七八話、投稿します。
次は四月一五日月曜日です。



マクレーン家のタウンハウスに合流した源白深城たちと『スクール』の面々。

深城はテーブルの上に置かれた、タロットカード一組を見つめる。

それは『黄金』の魔術師の一人の人格を付与した魔導書の『原典』だ。

 

魔導書の『原典』は機能不全に陥ると、地脈や龍脈から魔力を吸い取る事で自動的に自分を修復しようとする。

 

アレイスターの一撃によって、魔導書の『原典』は軒並み機能不全に陥っている。

修復機能が働くと、『黄金』の魔術師の人格を練り込んでいるカードのシミや折り目などまで修復し、魔術師の人格までもを消してしまうのだ。

 

そのため現在は地脈や龍脈に接続して修復機能が作動しないように、魔導書の『原典』である『黄金』たちは未元物質(ダークマター)によって外界とシャットアウトされていた。

とりあえず、学園都市に戻って落ち着いてから『黄金』の魔術師は復活させる予定だ。

 

「これが、『黄金』さんの一人なの?」

 

深城は初めて見る魔導書の『原典』を見つめて、首を傾げる。

 

「タロットカードって占いに使うものだよね。魔導書っていうからてっきり本だと思ってたけど、実際はこぉいうものなんだねぇ」

 

手を出すことなく興味深そうにタロットカードを見つめている深城。

そんな深城に、ミルクティーを飲んで一息ついていた真守は微笑む。

 

「魔導書と言っても、別に本のカタチを取っている意味はないんだ。あくまでそこに綴られた知識が重要だからな。インデックスだって魔導書の中身を知識として記憶しているだろ。記述されたものが重要。記録媒体は何でもいいんだ」

 

「ふうん。それはそぉだねえ」

 

分かっているのか分かっていないのか、深城は軽く返事をする。

そんな真守たちを見ていた心理定規は、紅茶を飲みながらそっと目を細めた。

 

「まるで世界の裏側に触れているみたいね」

 

心理定規(メジャーハート)の言葉に、誉望は同意する。

 

「そうスね。まさか学園都市の外に魔術という異能が存在するなんて……思いもしませんでした」

 

垣根もそうだが、心理定規(メジャーハート)も誉望も学園都市が世界の中心だと思っていた。

だがまさか自分たちの知らないところに魔術という異能の力があり、しかもその魔術を極めた人間が科学サイドの長をやっていたのだから世の中分からないものである。

 

学園都市で息吐いている能力者たちが当然として知らない、この世界の裏側。

いま目の前にあるものは、いわば世界の裏側の探索をして見つけたようなものだ。

心理定規(メジャーハート)はサンドイッチに手を伸ばしながら、ちらっと真守を見る。

 

「しかも彼女は元々魔術サイドという世界の住人だったのでしょう。それが運命のいたずらによって学園都市に流れてきた。世の中分からないものね」

 

朝槻真守。英国に古くから根付くケルトの民、その末裔であるマクレーン家の傍系。

しかも真守のご先祖さまであり、現在赤子をあやしているエルダー=マクレーンは統括理事長の古い友人で、ずっと学園都市を共に牛耳っていたという。

車椅子の上で一息ついていた緋鷹は小さく微笑む。

 

「真守さん自身、運命に翻弄されて大変な思いをしたと思うわ。……でも、私は学園都市で真守さんに会えて良かった。真守さんが学園都市に来てくれた事で、救われた人たちはたくさんいるから。……私も、その一人だから」

 

真守は柔らかく微笑んで、少し申し訳なさそうにしている緋鷹を見つめる。

 

「ふふ。私もお前たちに会えて良かったぞ、緋鷹」

 

真守は笑うと、少しだけ遠くを見つめる。

 

「色々あった。本当に色々あった。大変な思いをした。……でも、私はこうしてここにいられる。それが本当に嬉しいことだって、私は分かってる」

 

真守はしみじみと呟く。誉望の隣に座っている弓箭は、スコーンを半分に割ってクロテッドクリームをたっぷりつけながら思案顔をする。

 

「難しいことはよく分かりませんが……朝槻さんたちが学園都市を掌握するという目標が達成できてうれしいです」

 

誉望は自分も弓箭と同じようにスコーンに手を伸ばしながら眉をひそめる。

 

「お前はなんかお気楽だよなあ」

 

「む。わたくしだってきちんと考えていますよ。誉望さんと違って。ちなみにスコーンは真ん中で割ってクロテッドクリームとジャムをつけるんです。クロテッドクリームを先に載せるのがデヴォン・スタイル、ジャムの方が先なのはコーンウォール・スタイルです」

 

「え。そんなのあるのか……!?」

 

誉望は自分が知らない世界をお嬢様らしく知っている弓箭に戦慄する。

そんな弓箭の隣に座っていた林檎はスコーンを美味しそうに食べる。

 

「誉望。クロテッドクリームを下にするとじゅわっとしておいしいよ。私はデヴォン・スタイルが好き」

 

「誉望万化。私はコーンウォール・スタイルが好きだぞ」

 

「ボクもコーンウォール・スタイルが好き……」

 

誉望は銘々に好きなスコーンの食べ方を主張するちびっ子たちを見て、遠い目をする。

真守はくすっと笑うと、そういえばと深城を見た。

 

「深城、アレイスターが学園都市を機能停止した後はどうしてたんだ?」

 

「ん~? ええっとねえ。世界のリゾート地を転々としてたよぉ。プライベートビーチも行ったけど、貸し切りのプールに行ったりぃ……あ、後はカジノにも行った! すごく勝っちゃったんだぁ! あれがビギナーズラックってヤツなのかなあ?」

 

真守は聞き捨てならない言葉を聞いて、深城をじとっと睨む。

 

「おい未成年。流石にカジノはマズいだろ」

 

「ええ~あたしには年齢あんまり関係ないよお」

 

深城は真守に睨まれても、にへらっと笑う。

 

「確かにそうだけど……でも、カジノ……未成年……確かに深城はもう何者にも囚われない状態だけど……元々が一八歳だし……うーん……」

 

真守はちょっと複雑になってぼそぼそと呟く。

今の深城は能力が自我を持った存在だ。

だから一八歳と言っても、果たしてそれが通じるのかどうか微妙なところである。

 

「あたしは真守ちゃんといられればそれでいいの。それ以外は要らない」

 

深城は真守の事をまっすぐと見つめて微笑む。

その目には真守しか入っていない。たった一人の愛するひとのことしか考えていない。

 

「真守ちゃんと一緒にいられれば、あたしはそれで良いの。それだけであたしはこの世界でいちばん幸せになれるの。だから年なんて、在り方なんて関係ないの」

 

「……うん……知ってる」

 

真守はふにゃっと笑って、深城の頬に触れる。

 

「お前のことは、なんでも知ってる」

 

「えへへ~繋がってるもんねえ」

 

深城はにまにまと笑うと、真守ににこっと笑いかける。

 

「ずぅっと一緒だよ、真守ちゃん」

 

「そうじゃないと困る。今更お前がいない世界なんて考えられない」

 

真守は切なそうに目を細めて、深城を見る。

深城はにへらっと笑うと、真守の事を抱きしめてすりすりと頬を擦り寄せる。

 

「で、真守ちゃん。大悪魔さんはどこにいるの?」

 

「箱に詰めてコンテナに入れてある。タウンハウスの屋上にあるぞ」

 

真守は天上を指差して、コロンゾンの居場所を告げる。

深城はふんふんっと頷くと、真守を見た。

 

「見に行ってもいい?」

 

「見に行っても仕方ないぞ。私が眠らせてあるから」

 

真守は興味津々な深城を見て、不機嫌そうに眉をひそめる。

深城は人間っぽくてちょっと外れている存在を惹きつける雰囲気がある。

真守はそんな深城が全力で愛してくれたからこそ、心を開いたようなものである。

そのため人間ではないものに深城が興味を示すのが、ちょっと嫌なのだ。

 

それにコロンゾンは確かに大本から断ち切られて矮小化した。

だがそれでもあの肉の器に宿っているのは大悪魔コロンゾンである。

決して真守に勝てないと分かっているため大人しくしているが、無害ではない。

 

「大悪魔さん、眠ってるの?」

 

「現実で暴れられても困るだろ。悪魔の力は振るえないけど、変わらずに普通の強力な魔術は使えるから」

 

「? 魔術は使えるの?」

 

「うん、悪魔の力は振るえないけどな」

 

首を傾げる深城のために、真守はさっくりと説明する。

 

「魔術に用いる魔力は、生命力から精製される。つまり生きてさえいれば、魔力を精製するコトは可能なんだ。悪魔としての力は断ち切ってあるから万全じゃないけど、人間の魔力を基に悪魔の力の一端を振るうコトくらいは簡単にできる。だから危険なんだ」

 

「……なるほどなあ、そっか。ふふ」

 

「? 深城、何嬉しそうにしてるんだ?」

 

真守は眉をひそめて、微笑む深城を見つめる。

深城はくすくすと笑うと、真守の頬に手を沿えた。

 

「真守ちゃん、大人になったなあって思って。昔だったら絶対に不穏分子は排除してたから」

 

深城は真守の頭を撫でて、くすくすと笑う。

 

「大本から切り離した大悪魔さんの肉体を、真守ちゃんは簡単に排除できる。別に源流エネルギー使わなくても、消し炭にする方法いくらでもあるでしょ? ……でも、真守ちゃんはそれをしない。そぉでしょ?」

 

「う。そ、そんなコトをする私はお前が死んじゃって怒りで研究所をぶっ壊した時か、その前の私だ! お前に大切なコトを教えてもらってからは、決してしない!!」

 

「ふふ。そぉだけど。真守ちゃんの始まりはあそこでしょ? あたしはよく覚えてる」

 

「……むぅ……。そうだけど……」

 

深城はくすくすと笑うと、真守の事を抱きしめた。

 

「大悪魔さんと話したいって思ったんでしょぉ。せっかく現世に触れられるのに、それを取り上げちゃうのは可哀想だって思ったんでしょぉ。在り方が違うから、絶対に相容れられない。でも話すことはできる。……そして、許すこともね」

 

深城は真守の黒髪を、優しく丁寧に撫でる。

 

「大悪魔さんにだって、一人くらい親身になってくれる人がいたはずだよぉ。その人との接点を無くさないべきだって。そぉ思ったんでしょぉ?」

 

「………………深城は、本当に……なんでおバカなのに何でも分かってしまうの?」

 

真守は深城にぎゅうっと抱き着いて、困った笑みを浮かべる。

真守はまだ、浜面仕上について話していない。

大悪魔コロンゾンに付き従い、自らの願いを叶えるために助言を求めた浜面仕上。

 

浜面仕上は世界を懸けた戦いの最中で、唯一きちんとコロンゾンと向き合った人物だった。

彼女の言葉を聞き、彼女の指示通りに動き。そして感謝と畏怖と憧憬の念を抱いたまま、コロンゾンの事をきちんと考えていた男だった。

 

「分かりあえなくても、認め合える時が来る。私は、そう感じる」

 

真守は深城のいのちを一心に感じながら、そっと微笑む。

 

「深城。お前が私に大切なことをたくさん教えてくれたから。……だから、私はここにいられるんだ。深城がいてくれるから、深城が私を見つけてくれたから。私はこうして、『流行』へと至ることになったんだ」

 

朝槻真守は、全てを兼ねそろえて生まれてきた。

純真無垢で生まれてきた。

 

だからこそ、何もかもを知っていて。そして何もかもを、深く理解していなかった。

人に寄り添うことが、大切だとは思わなかった。

 

ただ自分があるべき形にあるべくして存在するためには、自らを害する者たちを排除するべきだと思っていた。

 

人の気持ちなんて分からない。人間の命が大事なんて知らない。

幼い頃の真守にとって、人間も虫の命も同価値だった。

 

ただ、自分の命だけが大事だった。存在していたかったから。

自分は生まれるべくして生まれたと知っていたから。

だから自分の命が一番大事で、他の命なんてどうでもよかった。

 

「深城、私を見つけてくれてありがとう」

 

深城は幸せそうに目を細めると、真守のことをぎゅうっと抱きしめる。

 

「いつまでも、ずぅっと一緒だよ。真守ちゃん」

 

真守は何度も頷く。

そして深城から離れると、隣に座っている垣根を見上げた。

 

「垣根もぎゅーってして」

 

垣根はおねだりしてきた真守のことを、優しく抱きしめる。

 

「深城が私のことを見つけてくれたから、垣根にも会えた」

 

真守は頼りっぱなしの大きい垣根の背中に手を回して、とろけるような声を出す。

 

「深城が女の子としての幸せを教えてくれたから。私もそれが欲しいなって思った。でも好きな男の子ができるのは難しいことだなって思ってた。……でも、垣根に会えた」

 

真守は少し涙目になりながら、垣根を見上げる。

 

「垣根のこと、だいすきになれて良かったよ。ずぅっと一緒にいてくれてうれしい。これからもずぅっと一緒にいられて、安心する」

 

垣根は真守の頬に手を沿える。そして柔らかく微笑んだ。

 

「愛してる、真守」

 

「へへ。恥ずかしいよ、垣根」

 

真守は幸せを感じて、にこにこと笑う。

大切な人たち。自分にとってかけがえのない人たち。

世界は大悪魔によって滅ぼされそうになっていた。

だがそれを乗り越えて。もう一度大切な人たちとこうして日常を歩むことができて。

朝槻真守は、幸せのただなかにいた。

 



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第一七九話:〈情報共有〉とお披露目準備

第一七九話、投稿します。
次は四月一八日木曜日です。


イギリスまでの長距離移動によって、『スクール』の面々や林檎たちは疲れている。

そのため話をほどほどに、彼らはそれぞれがあてがわれた部屋で一息ついていた。

そんな中、真守は深城と垣根と共に、とある部屋を訪れていた。

 

その部屋では、一二歳で成長が停まった源白深城が眠った姿でベッドに横たわっていた。

もちろん深城の隣には、垣根帝督に用意してもらった真守の避難先の体を寄り添わせてある。

 

真守はベッドの端に座って、()りし日の二人のように眠っている自分たちを見つめる。

深城はベッドに座っている真守の隣で、腰を下ろしてベッドにもたれかかっていた。

垣根は窓際に寄り掛かって、真守と深城を見守っていた。

 

「……神浄の討魔。それが、上条くんの中にあった力なの?」

 

真守は深城の問いかけを聞きながら、一二歳で成長が停まった眠る深城の頭を優しく撫でる。

 

「アレイスターは神浄の討魔を『計画(プラン)』に利用していた。『計画』がとん挫した今、アレは誰にも制御不能になった。……だから、上条の願いによって自我と器を手に入れて、動き出した」

 

「あたしと真守ちゃんが願って、あたしが生まれたみたいに?」

 

真守は深城の問いかけに、静かに頷く。

 

真守は現在、コロンゾンを撃破した後上条当麻の身に起きた出来事について話していた。

 

上条当麻と神浄の討魔。それは一二歳で成長が停まってしまった源白深城と、一八歳の肉体を持っている源白深城とある種似た関係になっている。

 

『スクール』の面々やみんなの前で、そういう事はちょっと話ができない。

だから真守は深城だけを呼び出して、事の顛末を話していた。

 

深城は表情が暗くなった真守の隣にとんっと座る。

そして真守の事を抱き寄せて、真守の背中を優しく撫でる。

 

「あたしは幸せだよ、真守ちゃん」

 

深城は心を痛めている真守の小さい頭に頬を寄せる。

 

「あたしは真守ちゃんがいれば自分のことはどぉでもいいから。真守ちゃんと一緒にいられれば、それだけで幸せなの」

 

「…………ん、分かってる」

 

真守は深城に背中を撫でられながら、上条当麻のことを考える。

 

「上条当麻と神浄の討魔。二人は深城と同じで、完璧に分かたれることはなかった」

 

一八歳の深城は、一二歳の源白深城が真守に生かされているからこそ存在できる。

どうやったとしても、二人は分かたれる事ができない。

そして一二歳の深城は、一八歳の源白深城を通して真守と一緒にいる。

源白深城は、真守がいればそれでいい。だが上条当麻たちはそうじゃない。

 

「上条たちは互いが互いを許せない。認めるコトなんてできない。だから自分という存在を懸けて、戦うことになった」

 

席は一つだけ。どちらかが優先順位をつけて、どちらかが相手に席を譲らなければならない。

上条当麻の本質は、全てを拳一つで解決するというものだ。

だから根本的な部分が同じ上条当麻と神浄の討魔は、自分の存在を懸けて拳で戦うことになった。

 

「で。最後にはどぉなったの? どっちの上条くんが勝ったの?」

 

「私たちとずっと一緒に頑張ってきた上条だ。……それは必然だったのかもしれない」

 

真守は脳裏に勝利を勝ち取った上条当麻を思い浮かべながら、目を細める。

ぼろぼろにながらも、笑顔で勝利を掴んだ上条当麻。

あの優しい笑みを思い出しながら、真守は告げる。

 

「神浄の討魔は上条の中に帰った。それが本来、あるべきカタチだからな。幻想殺し(イマジンブレイカー)も上条の手に戻った。すべては元通り。これでコロンゾンの起こした事件にやっと幕が下りた」

 

真守は深城にすり寄りながら、心中を吐露する。

 

「お前が私のことを一番に考えてくれて良かった……」

 

真守は深城にすり寄ったまま、眠っている一二歳の深城の手を優しく握る。

 

「お前たちが一つの席を懸けて戦ったら、私は耐えられない……」

 

真守はインデックスたちの前で気丈に振る舞っていた。

だが本当のところ、真守は上条当麻と神浄の討魔が戦うことが怖かった。

 

何故なら真守にとって、どちらも正真正銘の上条当麻だからだ。

そこに違いをつけてしまうと、真守は大事な深城に違いを付けてしまうことになる。

 

真守にとって、どちらにも等しく価値がある上条当麻と神浄の討魔。

真守でさえ、二人を存続できるようにすることはできない。

 

神浄の討魔は世界の根幹に触れる事ができる力だ。だから不用意に手を出してはならない。

『流行』を冠する真守だからこそ、あれには触れてはならない。

 

だから真守は見守ることしかできなかった。

そして二人が戦うのが、本当に悲しかった。

 

「頑張ったねえ、真守ちゃん。大変だったでしょぉ」

 

「……本当に大変だったのは、上条だ」

 

真守は深城に頭を撫でられながら、すんっと鼻を鳴らす。

 

「でも私、頑張ったよ。頑張ってこらえてた。だからもっと褒めて、深城」

 

「ふふ。甘えん坊さんだ」

 

深城はにまにま笑いながら、すり寄ってきた真守のことを抱きしめる。

 

「良い子だ真守ちゃん。よしよし」

 

深城は真守の事を一身に抱きしめる。

真守は深城に抱きしめられて満足すると、体を起こして垣根を見た。

 

「垣根も褒めて。ぎゅー」

 

垣根は少し悲しそうな顔をして自分に抱擁を求めてくる真守を見て、くすっと笑う。

 

「かわいいヤツ」

 

垣根は笑うと、ベッドに座っている真守の隣に座って真守を抱きしめた。

 

「大変だったな、真守。……上条のために悩んでたってのが気に食わねえけど」

 

「ふふ。相変わらず独占欲強い。……ありがとう、垣根」

 

真守は垣根に包み込まれるように抱きしめられた、ふにゃふにゃ笑う。

深城はそんな真守の頭を優しく撫でる。

 

「えへへ。幸せだ」

 

真守は大事な人たちに囲まれて、ふにゃふにゃ笑う。

 

「真守ちゃんが幸せでうれしい」

 

深城は真守の頬をぷにぷにと突く。

垣根は深城が突いていない頬に顔を寄せて、真守の頬にキスをした。

 

「ふふー……っ」

 

真守は二人に甘やかされて、嬉しそうに笑う。

あまり甘やかされるとダメ人間になってしまうが、いまばかりは良いか。

真守はそう思って、大切にしたい女の子とだいすきな男の子に囲まれて幸せに過ごしていた。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

深城たちがロンドン入りをした夜。夕食後。

深城はリビングでみんなと集まって、真剣な表情でカタログを凝視していた。

何のカタログかというと、ドレスのカタログだ。

ウィンザー城で行われる、コロンゾンを倒した者たちを讃えるパーティー。

そこで着るためのドレスである。

 

「む、むぅぅ……難しいよぉ……ッ!」

 

深城は大量にあるカタログの一冊を手に取って、ぐぬぬっと歯ぎしりする。

 

「ダメだぁ!! 真守ちゃんに超絶似合うドレスを選ぶのってすごく大変だああっ!!」

 

深城はカタログを持ったまま叫ぶ。

深城にとって、自分のドレスなんて二の次。大切な女の子である真守のドレスが一番大事だ。

 

しかも真守はパーティで、マクレーン家の一員としてお披露目される事が決まっている。

それに加えて、真守はこれから学園都市の統括理事長として頂点に君臨するのだ。

そんな真守のことを家族として受け入れたマクレーン家は全力で支援する。

 

というわけで、今回のウィンザー城でのパーティーは重要なお披露目パーティーなのだ。

真守のドレスを選ぶ事に真剣となっている深城。

そんな深城をよそに真守はというと、呼び出した一方通行(アクセラレータ)に寄り添ってカタログを見ていた。

 

「一方通行、一方通行にはこれが似合うと思うな」

 

「面倒くせェ……」

 

一方通行はカタログを見せてきた真守の隣でげんなりとする。

 

「パーティーなンて性に合わねェ」

 

一方通行はソファの肘おきに肘を乗せて、本当に嫌そうに顔をしかめる。

そんな一方通行の隣に座っている真守はふふっと笑う。

 

「確かに一方通行(アクセラレータ)は下町でどんちゃん騒いでアングラ帝王やってる方がお似合いだけど。これから私の隣に立つんだから、こういうのも慣れてほしい」

 

真守は笑うと、悪戯っぽく微笑む。

 

「それに何より私のお披露目も兼ねているから、お前にはそばにいてほしい。だめか?」

 

「……聞くンじゃねェよ……」

 

一方通行(アクセラレータ)にとってこの少女はとても尊い存在である。

そんな存在が自分のことを必要としているのだ。断れるはずがない。真守も真守で一方通行に断られたとしても、引きずってでもパーティー会場に連れて行く気満々である。

 

「一方通行には黒いシャツに白いベストに、白いズボン。ネクタイはーピンクが良いかなあ。あ、でもでも白いシャツに灰色のジャケット、灰色のズボンに黒のネクタイとかもかっこいいかも」

 

「……オマエは自分のドレスを選べよ」

 

一方通行がじろっと真守を睨むと、真守は鋭く目を細める。

 

「一方通行」

 

「なンだよ真顔になって」

 

「私に、選択権があると本気で思っているのか?」

 

一方通行(アクセラレータ)は真守に問いかけられて、ちらっと垣根とアシュリンを見る。

 

「……やっぱり心配だから、少し丈が長いのがいいな」

 

「あらあら帝督くん。それは男の願望が入っていてよ。やっぱり真守ちゃんは少しスカートが短くてふりふりで、すらっとした足を見せた方がいいと思うの」

 

垣根はアシュリンの言葉にムッとして火花を散らす。

その向こうでは源白深城が一人でうんうん唸っているし、どう頑張っても真守には選択権、いいや人権までもがないかもしれない。

 

「オマエは変なベクトルの方向で大変だよなァ」

 

「そうだろ。だからこうして息抜きに一方通行(アクセラレータ)の服を選んでるんだ」

 

真守は自分の意見そっちのけでドレスを決めようとしている彼らを見て遠い目をする。

 

「大丈夫だ、私は一方通行の趣味を最大限に尊重する。……私も少しは尊重してほしいなあ」

 

遠い目をする真守。そんな真守を見て、一方通行はため息を吐いた。

 

「悲壮感漂わせるンじゃねェ。流石にそこまで変なのにはされねェ、……だろォが」

 

「ふふ。一方通行の慰めに自信がないのがなんともいえないな、ふふふふふ……」

 

真守は力なく笑いながらも楽しそうに目を細める。

アシュリンは顔を上げて、そんな真守へ声を掛けた。

 

「ねえ、真守ちゃん」

 

「? どうしたんだ、伯母さま?」

 

ちょっと不穏さを感じながらも、真守は微笑んで首を傾げる。

そんな真守へ、アシュリンは真剣な声を出して告げる。

 

「年の半分はウェールズに滞在するのはどう?」

 

「へ?」

 

「ほら。統括理事長さまに就任するって事は、多少の自由が利くでしょう? 最初の内は大変だけど、少し落ち着けば学園都市の技術なら、遠隔地からでも運営が可能でしょ? だったら年の半分はイギリスにいてもいいんじゃないかしら」

 

「……えー確かに統括理事長は自由な身だけど、私は学生だしなあ。……そういえば統括理事長が学校通うってちょっとおかしいかも……?」

 

真守がはっと息を呑むと、一方通行は呆れた表情をする。

 

「オマエ、学園都市を仕切るよォになっても学校に行くのかよ……」

 

一方通行(アクセラレータ)も一緒に行こう」

 

「……」

 

何と答えればいいか分からない一方通行。

真守はそんな一方通行を見てにっこりと微笑み、形の良い顎に人差し指を当てた。

 

「統括理事長と言っても学生だからなあ。ウェールズに半分いるのはちょっと……というか、マクレーン家の本邸って私が自由に出入りするとマズいんじゃなかったのか?」

 

真守はこてっと首を傾げて、アシュリンに問いかける。

真守はケルトの血に東洋の血が混ざっている。

要は異物混入という感じで、ケルトの民として受け入れられないのだ。

 

そしてマクレーン家本邸はケルトの民としての領域が大きい。

すると何が起こるかというと、異物っぽいのに異物じゃない真守にマクレーン家本邸が不自然に反応してしまうのだ。

 

ある意味バグが発生する。そのため真守は数日後にマクレーン家本邸に行くことになってはいるが、その時もあまり自由に移動できないハズなのだ。

 

色々と弊害があるはずなのに、その弊害を蹴飛ばそうとしているアシュリン。

真守がそれで大丈夫なのかと心配していると、アシュリンは目を細めた。

 

「真守ちゃん。常識にとらわれ続けてはいけないわ。何事も臨機応変が大事なの」

 

「伯母さままで常識云々を語りだした!? 垣根みたいなコト言ってる!!」

 

真守は驚愕して垣根を見る。だが垣根は真守に視線を向けなかった。

すっごく真剣な表情で、真守のドレスを選び続けていた。

 

「なんだと……っツッコミ入れるのが手間なほど真剣なのか……!?」

 

真守が恐れおののいていると、垣根は適当に手を振りながら雑誌を見つめたまま告げる。

 

「ああ、そうだ俺は真剣なんだ。後でたくさん突っ込んでやるから待っとけ」

 

「やああああちょっとえっちな言い方ヤメテ!」

 

真守はひいっと声を上げる。

そんな真守を見つめて、アシュリンは少し愚痴っぽいように熱弁する。

 

「マクレーン家の本邸では真守ちゃんを受け入れられるようにいま術式を精査しているの。だから最初の方は不自由だけど、少しすれば真守ちゃんでも自由にどこへでも行けるようになるわ。それが真守ちゃんにとって重荷なら、別荘でも造らせるから。どう?」

 

「いや、どうって言われても……ど、どうって言われても……」

 

真守は思わずぼそぼそと呟いて、困惑してしまう。

そして隣にいた一方通行を見た。

 

一方通行(アクセラレータ)ぁ……」

 

「俺を巻き込むンじゃねェ……」

 

一方通行は縋ってきた真守を見てため息を吐く。

そんな一方通行の向こうで、アシュリンは違う意味のため息を吐いた。

 

「大体マクレーン家に東洋の血が混じるって初めての事態なのよ。だから色々と準備が必要だし、学園都市に籍を置く以上、建前的にも線を引いておかないといけないとか考えたのだけど……そういうの別に良くなったじゃない?」

 

マクレーン家がアレイスター=クロウリーと交渉したのは、科学サイドと魔術サイドのバランスと真守が政争の発端にならないように配慮したからだ。

 

魔術サイドと科学サイド。

二つはまだ隔たりがあるが、それでも互いが歩み寄れるような環境が作られ始めている。

 

しかも学園都市のトップに立つのが真守なのだ。

魔術サイドは魔神オティヌスの一件で、真守の人となりを把握している。

 

しかも名実ともに身内になる英国女王なんて結構学園都市と連携を取るのに乗り気である。

魔術の総本山イギリスが動くならばローマ正教、ロシア成教も動く事だろう。

 

「しがらみが色々と消えて、あなたたちはこれからレールの敷かれていない道を歩くの。大切な姪が頑張っているんですもの。わたくしたちだって応援したいわ」

 

「でもあんまり私を甘やかすのは良くないと思うぞ。何度も言ってるけど、何もできない人間になってしまう」

 

真守が口を尖らせて告げると、アシュリンはにっこり微笑んだ。

 

「何を言っているの真守ちゃん。その予定よ」

 

「へ?」

 

「真守ちゃんを甘やかして甘やかして骨抜きにして、わたくしたちがいないと寂しくて悲しくて生きていけないようにするの。そしたらもう離れられないわ」

 

「やばいっ伯母さまって私を独占したい垣根と私にゾッコンな深城を掛け合わせた凶悪さを有してるのかっ! だ、ダメ人間にされてしまうっ!?」

 

一方通行(アクセラレータ)はひぃっと声を上げている真守を見て遠い目をする。

 

(何事も行き過ぎるのは絶対によくねェなよなァ……)

 

周りには、この少女のことをとことん甘やかす人間が多すぎる。

おそらくそんな甘やかす人間たちを、自分が止める役目を担うのだろうと一方通行は考えていた。

 

(間に挟まれて大変そォな未来が見えるなァ……)

 

一方通行の隣で、真守はアシュリンが意外と独占欲強めな事実に恐怖を感じている。

そんな真守を見つめて一方通行はふっと笑った。

ちなみに『スクール』の面々や林檎、そして人造の樹に組み込まれた白い少年と黒髪の少年は静かに服を決めていた。

あれに構ってはマズい。そういう魂胆で、一同は触れないようにしていた。

 



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第一八〇話:〈疲労困憊〉でも幸せ一刻

第一八〇話、投稿します。
次は四月二二日月曜日です。


ウィンザー城にて祝賀会パーティがある前日の夜。

 

明日、真守はマクレーン家の傍系として、学園都市のトップに立つ存在としてお披露目される。

そのお披露目の準備のために、真守はエステやらマッサージやら入浴やらで、遅い時間まで拘束されていた。

 

「つ、疲れた……ッ」

 

朝槻真守はくたくたの状態で、マクレーン家が所有するタウンハウス内を歩いていた。

 

(か、かきね……もう寝てるかな……? 本当に結構遅くなってしまった……)

 

その筋ではトップレベルの人々によって、完璧に磨かれた真守。

それでも長い時間の拘束だったので、疲労が蓄積されていた。

今日はたっぷり寝て、明日の準備に備える。

そう言い付けられた真守は、くたくたになりながらも完璧に磨かれていた。

 

(今日もたくさん準備したのに、明日もたくさん準備するとは……とても気合が入ってるよな)

 

すでに遅い時間。そのため真守は静かに、ゆっくりと部屋の扉を開ける。

すると垣根は足を組んでソファに座って胡乱げな表情をしていた。

 

真守は垣根の姿を見て、目を見開く。

アンティーク調の家具に囲まれて胡乱げな瞳をしている垣根の姿は、とても絵になる。

どこに行っても様になる男だ。真守はそれを再び実感していた。

 

「垣根。帝兵さんと帝察さん、どっちのネットワークにアクセスしてるんだ?」

 

「真守」

 

垣根は真守に声を掛けられて、顔を上げた。

カブトムシのネットワークに接続していると、垣根は胡乱げな表情になるのだ。

 

それを外でされると女の子がちらちら見てくるのだが、真守がそばにいるとみんな残念そうな顔をするのだ。

真守がそれを思い出して少し優越感を覚えていると、垣根はちょいちょいっと真守を呼び寄せる。

 

「脅威はねえって分かってるけど、ここは学園都市の外だ。だからちょっと辺りを捜索させてた」

 

「ふふ。お疲れさまだ、垣根」

 

真守はとてとて歩いて垣根に近づく。垣根はそんな真守へ笑いかける。

 

「もう明日の準備は終わったのか?」

 

「うん、終わったぞ。……まあ、明日になったら明日の準備があるんだけどな……」

 

真守は遠い目をしながら、垣根の隣に座る。

そして少し遠慮ながらも、真守はぎゅっと垣根に抱き着いた。

垣根は今日も柔らかくてちんまりとしている真守を感じて、目を細める。

 

真守は隅々まで磨かれていた。

肌はきめこまやかだし、とても良い匂いがする。爪には丁寧に控えめながらもピンクのネイルまで塗られており、元々産毛なんて目立たなかったが完璧に消え去っていた。

 

「ん。十分磨かれたな、お前」

 

垣根は艶やかに光る真守の髪の毛を優しく撫でながら笑う。

真守の黒髪は元々猫っ毛でふわふわしている。

だが今はこれまで以上にふわふわとしていて、それなのにとても滑らかでつややかに光っている。

 

「髪の毛ふわふわだな。めちゃくちゃ手触りが良い。それに全身からイイ匂いがする」

 

垣根は真守のことを緩く抱きしめて、首筋に頬を寄せる。

真守は恥ずかしくて、小さく身をよじった。

 

「多分お風呂にバラの花びらと入浴剤が入ってたから。あとめちゃくちゃオイルでマッサージされた。……垣根、恥ずかしいからすんすん嗅がないでくれ……っ」

 

真守は恥ずかしがりながらも決して逃げずに、垣根にすり寄ったまま笑う。

 

「とても大変だったけど、きちんと綺麗になれた。これで明日のお披露目はばっちりだ」

 

「お前はいつも綺麗だが、今はもっと綺麗だな。かわいい」

 

真守は垣根に頬にキスをされて、真守は恥ずかしそうにじぃっと垣根を見上げる。

 

「そーいうコト、真顔で言わないでくれ」

 

「なんで。事実だろ」

 

事実、真守は控えめに言ってもかわいい。

身長は高くも低くもなく。ほっそりとちんまりした体躯なのに、胸はちゃんとふくよか。

顔も整っているし、エメラルドグリーンの瞳は大きいし、本当に猫のような美しい顔立ちながらもあどけなくて愛らしい。

 

「本当にかわいい。本当に」

 

垣根は真守の頭を撫でる。

真守は顔を赤らめながらも、垣根を見上げた。

 

「……垣根も、とてもかっこいい」

 

少し悪っぽい、怖いものみたさで近づきたくなる整った顔立ち。

茶色い髪の毛もちゃんと整えているし、その向こうに見える黒曜石のような輝きを秘めた瞳はすごく魅力的だ。

 

(こんなにかっこいい男の子がすっごく優しくしてくれて、私をダメ人間になるほど愛してくれるなんて。……本当にしあわせなことだ)

 

真守がじぃっと垣根を見つめていると、垣根はふっと笑った。

 

「そうだよな。俺に大事にされて幸せだよな?」

 

「な、なんで考えてるコト分かったんだっ……さ、さすが垣根……っ」

 

目を見開く真守を見て、垣根は笑う。

 

「当たり前だろ。ずっとお前だけを見てきたんだから。何でも分かる」

 

「……は、恥ずかしい……でも、嬉しいことだし……うぅ」

 

真守は心底幸せそうに垣根に言われて、顔を俯かせてぶつぶつと呟く。

だが一息つくと、ふっと笑った。

 

「お前が幸せそうで嬉しい。イギリスまで来た甲斐があった」

 

「……そうだな」

 

本当に遠いところまで来た。悲劇に溢れた学園都市から飛び出して。科学サイドの代表として、魔術サイドと協力して世界を救った。

 

「ふふ。ここまで来ると、学園都市で上層部相手に暴れていたコトが小さく思えるな」

 

垣根は小さく笑う真守のことを、緩く抱きしめる。

全てに決着をつける。垣根帝督がそれを成し遂げられたのは、やはり朝槻真守に会ったからだ。

 

消えた八人目の超能力者(レベル5)

一方通行(アクセラレータ)を差し置いて、『計画(プラン)』の『第一候補(メインプラン)』として据えられていた謎の超能力者。

 

八人目の超能力者は源白深城だとされていた。そしてそんな彼女と共に暮らしている真守に、垣根帝督は情報収集を目的として近づいた。

 

真守と交流する日々。その日々は、垣根帝督にとって優しい時間だった。

そしてあの廃ビルで。垣根帝督は朝槻真守こそが流動源力(ギアホイール)だと知った。

もう会わないと言った真守の事を、垣根帝督は逃したくない一心で真守に手を差し伸べた。

 

「……お前、最初はほんっとうに俺の話を聞かないじゃじゃ馬だったな」

 

真守は垣根帝督が手を差し伸べた後も、好き勝手事件に首を突っ込んでは暴れていた。

知らないところで事件を解決して、いつも垣根は問題が解決した後に報告されていた。

 

「お前が色んなところで暴れるから、カブトムシ(端末)作ることにしたんだぜ」

 

垣根は真守の頬をうりうりと突く。

真守はぷくっと頬を膨らませると、不満げに垣根を見上げた。

 

「だって……あの時は垣根に頼るっていう選択肢が頭になくて……」

 

朝槻真守はこれまで、すべてを一人でこなしてきた。

学園都市の闇から逃げて。大切な少女を頑張って守りながら、生きてきた。

誰かに頼ることなんてできない。だからこそ、自分を大切にしてくれる誰かがいたとしても力を貸してもらう考えが最初からなかったのだ。

垣根は呆れた様子で一つ息を吐く。

 

「お前は何でも一人でできちまったからな。人の力頼るなんて考えが確かに端からなかった。……つっても、お前。俺が力になるっつってたのに大体無視してただろ」

 

真守はムーッと口を尖らせると、キリッとした表情を見せる。

 

「垣根の力を借りるまでもないって思ったからなっ」

 

「自信満々に言うんじゃねえ。このじゃじゃ馬娘」

 

垣根はこつんっと、真守の額を人差し指で突く。

真守は額に少々の衝撃を受けて、顔をしかめる。

 

「……でも、八月末から垣根の力を借りることを覚えたぞ」

 

「その最初が一方通行(アクセラレータ)探しって言うのはめちゃくちゃ気に食わなかったけどな」

 

「……垣根、よく覚えてる……」

 

八月三一日。あの日は本当に忙しかった。

真守は自分の力に興味を持った木原相似に襲われた。

その裏では最終個体が狙われており、一方通行(アクセラレータ)が奔走していた。

しかも上条当麻は午前中にアステカの魔術師に襲われて、夜には闇咲逢魔と戦っていた。

 

「あの日、林檎と初めて会ったんだ」

 

木原相似に囚われていた杠林檎。

無茶な調整で出力だけを超能力者(レベル5)に仕立て上げられた林檎は、あのままでは危なかった。

だから真守は源白深城を構成するAIM拡散力場を利用して、翼を広げた。自らの格を絶対能力者に近付ける事で、普通の超能力者ではできない事を成し遂げた。

 

「しかも垣根は初めて魔術の存在を知ったんだったな」

 

インデックスを誘拐した闇咲逢魔。

あの男からインデックスを取り戻すために、上条当麻は真守の力を頼った。

あの時すでに垣根帝督はカブトムシを造り上げていた。そのカブトムシ越しに、垣根は魔術という学園都市の外の異能の存在を知ったのだ。

 

「ふふ、色々あった。本当に色々あったね、垣根」

 

真守はむぎゅうっと垣根に抱き着く。

 

「垣根のコト、だいすきだって気が付けて良かった。こうやって気持ちが通じ合っているのが、本当に嬉しい」

 

大覇星祭の時。朝槻真守は垣根帝督が男の子として好きだと理解した。

垣根帝督も、朝槻真守のことを絶対に離したくないと思っていた。

大変な事件や日々を経て、真守は垣根と無事に結ばれる事ができたのだ。

 

「ハジメテも貰ったしな」

 

垣根はするりと真守の頬を撫でて笑う。

真守は恥ずかしくて、ぼぼっと頬を赤くする。

 

「……もう、かきねのえっち」

 

真守はぼそぼそと呟き、そしてふにゃっと笑った。

 

「垣根、だいすき。ここまで一緒に来てくれてありがとう」

 

これまで、大変な事がたくさんあった。

それでもこうして、今は幸せな時間を過ごせている。

それが真守は、本当に嬉しかった。

 

消えた八人目の超能力者。『計画(プラン)』の『第一候補(メインプラン)』。──流動源力(ギアホイール)

絶対能力者(レベル6)進化(シフト)し、人間として完成された存在──神人へと至った真守。

 

そんな真守は、ケルトの民であるマクレーン家が真に望んだ永遠を体現する姫御子だった。

アレイスター=クロウリーが、実は大事に想っていた少女だった。

 

そして真守は、自らを人々の発展と共にあり続ける『流行』へと至らせた。

垣根帝督は、微笑む真守を見て安堵する。

 

「……良かった」

 

「垣根?」

 

真守は呟いた垣根を見上げて、きょとっと首を傾げる。

 

「お前と一緒に居られて良かった」

 

とても優しくて、貴くて。

それでも儚くて、目を離した瞬間にいなくなってしまいそうな少女。

絶対に手の平から零れ落としたくない、優しい女の子。

 

そんな少女がいまも自分のそばにいる。しかも彼女を守れる力が自分にはある。

永遠を共にする事ができる力を有している。

それがとても嬉しくて、垣根帝督は静かに真守に頬を寄せる。

 

「……えへへ」

 

真守はふにゃっと笑うと、垣根にすり寄る。

 

「みんなといられること。それが本当に喜ばしい」

 

真守は幸せを感じて、優しく目を細める。

 

「上条と神浄の討魔。そしてコロンゾンと戦った後始末やマクレーン家とのこと。それと学園都市の運営の打ち合わせ。色々やることがあったが、ウィンザー城でのパーティー前に終わって良かった。明日は楽しもうな、垣根」

 

真守はふにゃりと笑うと、垣根を見上げる。

垣根はそんな真守を見つめて、ふっと笑う。

 

「ああ、そうだな。明日はお前のお披露目だし、楽しもうぜ」

 

「うん」

 

真守はふにゃっと笑って、垣根にすり寄る。

そんな真守の姿が、垣根にとっては本当に愛らしい。

 

丁寧に体の隅々まで手入れされて、すべすべの肌。

柔らかい髪。それに良い匂いもする。

 

エステで極限にまで磨かれた真守。

かわいくて、やっぱり手を出したくなる。

 

「…………ちょっとだけなら汚してもいいよな」

 

垣根がぼそっと呟くと、真守はぴゃっと飛び上がる。

 

「!? だ、だめだぞ、垣根! 頑張ってエステしたのにっ! 痕なんて付けたら怒るぞっ」

 

真守はぴゃっと飛び上がると、垣根の胸から逃れようとする。

 

「ちぇっ。おあずけかよ」

 

垣根は逃げようとした真守の腰をがっしりと掴んでいたので引き寄せて、そして口を尖らせる。

 

頑張ってエステやマッサージに耐えた真守に痕をつけたら、流石に欧州人として進んでいて垣根に寛容なマクレーン家も白い目を向けるだろう。

 

だからここは我慢。本当に我慢なのである。

垣根が拗ねていると、真守はドキドキしながら垣根の腕の中で硬直する。

 

「まったくこの男は……っ!」

 

真守は自分のことを抱きしめる垣根の腕をぺちぺち叩く。

こんなことを言う垣根だが、それでも分別は弁えている。

……はずなのだ。大丈夫だと信じたい。

真守はそう思いながら、少し拗ねた様子で自分の頬をぷにぷに突く垣根の気が済むまで、抱きしめられていた。

 



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第一八一話:〈準備万端〉からエスコート

第一八一話、投稿します。
次は四月二五日木曜日です。


「ふぉおおお!! かわいい!! かわいいィいいい!!」

 

深城はテンションが上がりに上がりまくったまま、真守の周りをくるくると回る。

ウィンザー城にて開かれるパーティー。

それに出席するために着飾った朝槻真守は、本当に綺麗だった。

 

黒髪はいつものように猫耳ヘアに整えられているが、丁寧に毛先を巻いてある。猫耳の下には可愛らしい純白のリボンが取り付けられていて、猫耳本体にも細かいパールの装飾がされている。

 

いつもより丁寧に下ろされた前髪には細い鎖でできたティアラが載せられており、その真ん中にはエメラルドの宝石が煌めている。

そして真守の耳には垣根からもらったエメラルドのイヤリングが揺れていた。

真守のためにカブトムシが学園都市に戻って持ってきてくれたのだ。

 

そんな真守を引き立てているのは、虹色の輝きが施された純白のドレスだ。

ふりふりとして可愛いミニドレスは後ろが長いフィッシュテイルとなっており、真守の細く可愛らしい脚が強調されている。

 

腰の部分は蒼のリボンできゅっと絞められているし、後ろは大きく開いていてリボンで編み上げられている。

小さな手には精緻な刺繍が施されたレースの手袋。足には蒼の可愛い大きなリボンが後ろに付けられた真っ白なピンヒールのパンプスを履いている。

 

真守は本当に気合が入っている服を意識して、ぽそっと呟く。

 

「なんかちょっと恥ずかしくなってきた……」

 

真守は頬を少しだけ赤らめて、気合が入った自分の姿に眉をひそめる。

深城はというと、頭に乗っているカブトムシに写真を撮らせるために動き続けていた。

 

「かわいいかわいい本当にかわいいっ!!」

 

真守を絶賛している深城は淡いピンクのふんわりとしたワンピース型のふりふりドレスを着ており、グラマラスな肢体がドレスの上からも見て取れる。

 

深城の近くには林檎と弓箭がいて、二人はそれぞれシックなドレスに身を包んでいた。

弓箭はお嬢様らしい、ミルクティー色にまとめられたクラシカルドレス。

それと林檎はノースリーブでシャツ風の黒と白のワンピースドレスだ。

 

「朝槻、きれい……!」

 

「はぁう……朝槻さんかわいいです、本当に綺麗ですね……っ!」

 

真守は絶賛されて顔を赤らめながらも、ちらっと心理定規を見る。

 

心理定規(メジャーハート)はいつものドレスよりちょっと豪華だな」

 

「ええ。あなたの家の方が用意してくれたのよ。デザインも良いし、ハンドメイドだから気に入ったわ」

 

心理定規はレースやフリルなど、いつもより装飾が多くなったドレスを気にしながら告げる。

 

真守たちのドレスは全てマクレーン家の侍女が用意したものだ。

しかもなんと、侍女たちは真守たちの目の前で布からドレスを作り上げた。

 

マクレーン家の侍女はウィンザー城にいるメイドと同じ技術を身につけているらしく、さすが貴族といったところである。

真守はドレスの裾を気にしながらも軽やかに歩く。

 

「お前たちも良く似合ってるぞ」

 

真守が声を掛けたのは、いつもより豪華なフリルがついたセーラー服型のズボンを身に着けている白い少年と黒い髪の少年だ。

二人はそれぞれアシュリンからもらったテディベアを抱きしめており、本当に可愛らしい。

 

「朝槻真守もとてもかわいいぞ」

 

「うん。良く似合ってる」

 

真守は白い少年のセーラー帽子を直してあげて微笑む。

 

一方通行(アクセラレータ)もとても良く似合ってるな」

 

真守は二人の少年と一緒に杖を突いて立っていた一方通行へと笑いかけた。

年齢不詳の彼らはついたての向こうで着替えていたのだ。

 

「……ッチ」

 

真守が仕立てたピンクのネクタイに黒いシャツ。

そして白いスーツに身を包んだまま、一方通行は舌打ちする。

 

「…………オマエも良く似合ってる」

 

「ふふ。ありがとう、一方通行」

 

真守が嬉しくて目を細めると、車椅子に乗っている八乙女緋鷹に近付く。

 

「緋鷹。綺麗に車椅子に座れてる。でも裾を気をつけてな」

 

真守は紫のロングドレスを着て、足にタオルケットを載せている緋鷹に笑いかける。

 

「もうみんなが言ってると思うけど……真守さん、すごく綺麗よ」

 

「ありがとう、嬉しい」

 

真守が話をしていると、そこにランドンとアシュリンがやってきた。

 

「真守ちゃん、すごくかわいいわっ」

 

アシュリンはエメラルドのロングドレスを着込んでおり、スリットから真っ白な肌が見えている。

祖父はクラシカルなタキシードを着ていて、当主としてばっちり決まっていた。

真守はうっとりと自分の伯母に見つめられて、恥ずかしくて顔を赤らめる。

 

「ありがとう。伯母さまもとても綺麗だ」

 

アシュリンと共にやってきたランドンは真守の事をじぃーっと見つめると、やがてぽつり。

 

「学園都市は発育に力を入れているんだなあ」

 

マクレーン家としてはボリュームたっぷりの真守の胸を見て、ランドンはそう呟く。

マクレーン家の人々ははっきり言って胸が控えめである。

 

「……私がないすばでぃなのはちょっと色々理由があって……」

 

真守は気まずくて目を逸らす。

真守は自分の体の成長を停めていた。

だが研究所の外に出て、それがまずいと知った。

だから女性の平均と理想を考えて、真守は体の大きさを決めたのだ。

 

自分の遺伝なんて一ミリも考えずに身長を決めたが、マクレーン家の女性は小柄なのが普通だ。

その証拠にアシュリンやマクレーン家の女性たちは真守よりも身長が小さい。

そしてちなみに胸の大きさだって慎ましい。

 

アシュリンは遺伝子的に言えば娘と同等である真守に微笑みを向ける。

 

「真守ちゃんの豊満なお胸には一体どのような理由があるのかしらあ? 真守ちゃん、能力で一体どうしたのフフフ」

 

「あ、圧……ッ圧がすごいっ……やっぱりカラダネタになると伯母さまがマジになるっ」

 

体内のエネルギーをイジッて成長させたなんて言えない。何故ならその事について話すと、学園都市の『闇』の研究所に所属していた事を話さなくてはならなくなる。

 

たぶん、アシュリンたちは真守が学園都市でどんな扱いを受けていたか知っている。

知っているだろうが、そのことについて面と向かって話す勇気は真守にはない。

 

アシュリンのことを真守は大切に想っている。

だが過去についての話をするのは、まだ時期ではないと感じるのだ。

それでもいつか話せる時が来る。真守はそう思っている。

真守がアシュリンを見つめていると、真守たちがいた部屋に垣根と誉望がやってきた。

 

「ふえっ」

 

真守は思わず声を上げて目を見開く。

パーティーという事もあって、二人共スーツを華麗に着こなしている。

 

黒いフォーマルなスーツの誉望。そして垣根はワインレッドのタキシードを着込んでおり、黒のシャツと少しだけ濃い赤のネクタイをしていた。

 

誉望は自分に似合わないとおどおどしているが、流石垣根帝督。

自信たっぷりであり、とても様になっている。

 

しかも垣根は少しだけ髪型を変えていた。

前髪が長い垣根だが、今日は真ん中分けにして、後ろをちょんっと結んでいる。

そのため整った顔立ちが際立っており、真守はそのカッコよさに声を上げてしまったのだ。

 

「真守」

 

垣根は一目散に真守の前へとやってくると、柔らかく微笑む。

 

(か、かっこいい……ッ)

 

真守はエメラルドグリーンの瞳を真ん丸に見開き、垣根を見上げて固まる。

垣根は固まっている真守を見て、ふっと笑う。

 

「かわいい。綺麗だ」

 

心が込もった言葉を垣根に言われて、微笑まれて。真守はきゅうっとよろめいてしまう。

 

「っと。大丈夫か?」

 

真守は垣根に優しく腰を支えられて、ドキドキとしてしまう。

 

「今日、心臓じぶんでうごかすことになりそう……」

 

心臓止まってしまうかも、と真守が感じる中、垣根はくすっと笑う。

 

「なんだよ。そんなに俺の姿が気に入ったのか?」

 

真守は頬を赤らめたまま、意地悪く笑う垣根を前にして小さく頷く。

 

「……とても、かっこいい……すごくかっこいい……隣にいられるだけでドキドキしちゃう……」

 

真守は自分のふくよかな胸に手を置いて、垣根をじっと見上げる。

手袋に包まれた右手の薬指には垣根が真守に贈った指輪が嵌めてある。

その指輪は光の加減で精緻な模様が虹色に輝いた。

垣根は自分と同じ指輪をしている真守の頬を優しく撫でる。

 

「真守、本当に綺麗だ。誰よりもかわいい。お姫様みたいだ」

 

垣根は柔らかく微笑むと、真守の頬にキスをする。

真守の口にキスしないのは、真守がせっかく綺麗にルージュを塗っているからだ。

 

「は、はぅ……っ」

 

垣根の一つ一つの仕草がかっこよすぎる。

真守は垣根と対面しているだけでドキドキとしてしまい、小さく縮こまる。

その様子を見て、深城は床に崩れ落ちる。

 

「照れてる真守ちゃん、すごくかわいい……っはぁああめちゃくちゃ絵になるぅ……っ!」

 

「深城、それって限界化って言うんだって、前に誉望が教えてくれた。垣根、かっこいいね。朝槻とお似合い」

 

林檎は深城の背中をトントンと撫でながら告げる。

その横で弓箭は誉望を見上げてファイト、と言わんばかりに拳を握る。

 

「ほらっ誉望さん、胸を張ってくださいっちゃんと似合っていますからっ」

 

「だってあんなに着こなしてるひとがそばにいたら、自信だって失くすに決まってるだろ……」

 

心理定規は柔らかく微笑んで、弓箭と誉望に近づく。

 

「あら。馬子にも衣裳で結構似合っているわよ?」

 

「それ、けなしていますよね……」

 

誉望は心理定規(メジャーハート)の言葉にがっくりと肩を落とす。

 

「何言ってるんですかっ。誉望さんは大能力者(レベル4)でしょうっ大丈夫ですよ、中身伴っています。……多分?」

 

「多分っていう一言が余計なんだよ……ッ」

 

誉望は弓箭の言葉に怒りを向ける。

そんな誉望たちを他所に、垣根は真守の事をじーっと見つめる。

かわいい。とてもかわいい。語彙力がどこか吹っ飛ぶほどに、真守が可愛い。

 

(やばい。めちゃくちゃかわいい。このまま誰にも会わせねえで手元で愛でておきたいくらいかわいい。一人占めしてえ……)

 

垣根は真守の手を握って黙ったまま、真守をじーっと見つめる。

 

「垣根、そんなに見つめないで……かっこいい垣根に見つめられると、すごくドキドキしてなんだか恥ずかしくなってくる……っ」

 

真守がてれてれと照れて目を逸らす。

かわいい、本当に真守が可愛い。

良い匂いがするし綺麗だし、すごく()()()()()()を煽られる。

垣根は決意を込めて、小さな声で呟く。

 

「………………後で絶対手ェ出す……」

 

「ちょっと待て不穏な決意しないでっ! えっち、へんたいっ!」

 

がっつり聞こえた真守はぷんぷんと怒って声を上げる。

 

「いいだろ別に。昨日からおあずけ喰らってんだから」

 

垣根は拗ねた様子で、ぷんぷんと怒る真守の髪を優しく撫でる。

 

「う」

 

真守は髪を撫でられて、優しく髪の毛を崩さないように頭を撫でられて声を上げる。

 

「かわいい、真守。マジでかわいい。本当に綺麗に着飾ってもらったな」

 

「う……そ、そんな褒められてもさっきの言葉は忘れないからな……っ!!}

 

真守はどきどきと胸を高鳴らせながら、垣根を警戒する。

自分のことを褒めてくれる垣根はすごくかっこいい。だが流されてはいけないのだ。

必死に踏ん張っている真守。そんな真守を見て、アシュリンが笑った。

 

「とりあえずウィンザー城に向かいましょう。馬車を用意していますから」

 

「とりあえずも何もないよっ!?」

 

アシュリンは進んでいるヨーロッパの人らしく、垣根帝督と朝槻真守の関係に寛容な所がある。

まあ真守が幸せな表情をしており、垣根が本当に真守の事を大事にしているのが分かるため好きにやらせているが、そうじゃなかったらアシュリンは全力で止めているところだ。

 

「(真守ちゃん。実はわたくし、真守ちゃんの誕生日にわたくしがプレゼントしたベビードールをこっそり学園都市から持ってきているの)」

 

「ふ、ふぉおおおお──────っ!?」

 

真守はアシュリンに耳元で囁かれて声を上げる。

 

「? どうした真守。ナニ言われたんだ?」

 

「べ、別になんでもないっ恥ずかしくて言えないっ!」

 

恥ずかしいという事はエロ関係か。

垣根はそう察すると、ふっと笑った。

さっきから忙しなく振り回されている真守もかわいいが、これくらいにしておこう。

垣根は笑うと、慇懃無礼に真守へとエスコートするために手を差し出した。

 

「ご令嬢、お手を」

 

「はうぅ……っかっこよすぎる……っ」

 

垣根の行動すべてがかっこよくて、思わずふにゃふにゃしてしまう真守

それでも、真守は垣根の手にちょこんっと自分の手を乗せる。

 

「おねがい、垣根。……連れてって」

 

真守がおずおずと告げると、垣根は微笑んだ。

 

「喜んで」

 

垣根は笑って、真守の手の甲に手袋の上からキスをする。

ぴゃっと飛び上がる真守。

垣根はそんな真守が愛おしくて、柔らかく微笑んだ。

 

「真守、俺がエスコートしてやるのはお前だけだ」

 

「むう……それ以上かっこいいコト言うな……っ」

 

垣根はくすくすと笑うと、真守の手を引いて歩き出した。

行先はもちろんウィンザー城。

目的は大悪魔コロンゾンを撃破した者たちを労うためのパーティーだ。

 



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第一八二話:〈祝宴会場〉到着で話をする

第一八二話、投稿します。
次は四月二九日月曜日です。


真守はアシュリンたちと共に、馬車でウィンザー城へとやってきた。

少し余裕を持って城へ来たため、まだパーティーが始まるまで時間がある。

そのため控え室に通されて、真守は控え室に荷物を置くと立ち上がる。

 

「私はちょっと上条たちに挨拶してくる。垣根も来るか?」

 

「当たり前だ、一緒に行くに決まってんだろ。あのラッキースケベ野郎がいる場所に今のお前を一人で向かわせたくねえ」

 

垣根は即座に応えると、真守に近づく。そして真守へと腕を差し出した。

 

「エスコートしてやる。来い」

 

「うんっ」

 

真守は垣根にエスコートしてもらうのが嬉しくて、ふにゃっと笑う。

そして垣根の腕に手を回して、真守は深城を見た。

 

「深城、ちょっと行ってくる」

 

「うん、行ってらっしゃい」

 

深城は笑うと、ふりふりと小さく手を振る。

真守も振り返すと、垣根と共にウィンザー城の廊下へ出た。

 

侍女を呼んで、上条がいる控え室まで案内を頼む。

そして真守は侍女の先導の下、垣根と腕を組んで城の内部を歩き出した。

 

真守は自分をエスコートしてくれる垣根をちらっと見上げた。

ワインレッドのタキシード。いつもと違う髪型。

垣根は暗部の仕事着としてスーツを着ていたが、やっぱりパーティー用のタキシードは別物だ。

 

いつもの特徴的な服装も好きだが、きっちりした垣根もすごく素敵。

しかも自分だけをエスコートしてくれるなんて言ってくれるのだ。

これ以上嬉しいことなんてない。

 

「ご機嫌だな、真守」

 

垣根はふっと笑って、表情を緩ませている真守を見た。

 

「垣根がかっこいいから。一緒にパーティーに出られてうれしい。ずっと一緒にいてほしい」

 

「当たり前だ。……そんな綺麗な格好してるお前を置いていけるか」

 

垣根は真守をじっと見つめる。

完璧に着飾った真守はこれから一番人目を引く存在となるだろう。

かわいらしいのもそうだが、何せ統括理事長でありマクレーン家の傍系として発表されるのだ。

絶対にちょっかいを出される。そんな大切な少女から離れるなんて、バカのすることだ。

 

「絶対に離れるんじゃねえぞ。裏に引っ込む時も一緒だ」

 

「ふふ。至れり尽くせりだな」

 

真守はちょっと必死になっている垣根が嬉しくて、にこにこと笑いながら歩く。

そして上条たちの控え室へとやってきた。

真守は案内してくれた侍女に手を上げてから、上条たちの控え室の扉を叩く。

 

「上条、入るぞ」

 

真守はそう前置きしてから、扉を開ける。

 

「お。よお、あさつ──」

 

椅子に座っていた身なりを整えた上条は、真守を見て固まった。

もちろん上条と同じ控え室の中には、インデックスや御坂美琴、食蜂操祈も一緒にいる。

だが彼女たちも真守に目を向けた瞬間、言葉を失った。

 

完璧に着飾った真守が本当に綺麗だったからだ。

しかも隣には真守と同じく完全に決めた垣根帝督が立っている。

 

本当に絵になるカップル。そんな二人に、四人は思わず圧倒されてしまったのだ。

真守は垣根にエスコートされたまま、恥ずかしそうに笑う。

 

「じっと見られると恥ずかしい。何か言ってほしいな」

 

真守の言葉によってすぐに復帰したのは、三人の乙女たちだ。

美琴は垣根と共に近付いてきた真守を見て、ほうっと一息つく。

 

「……な、なんかこう……びっくりするくらい綺麗ね……」

 

「しかも隣にはイケメン力全開の男が番犬みたいにくっついているしぃ? 反則よねえ?」

 

「ま、まもり……とてもきれいなんだよ……ッ!」

 

美琴、食蜂、インデックスの言葉に真守は嬉しくなってにこっと笑う。

それぞれ反応をする三乙女を前に、上条は少し頬を赤くしながらも照れ隠しに笑った。

 

「朝槻……その、すごく綺麗だな」

 

その言葉が放たれた瞬間。

インデックスたち三人は、照れた様子で告げる上条を睨んだ。

真守は女の子たちの様子を見てきょとっと目を見開くが、すぐに三乙女の怒りの意味を理解した。

 

「上条。もしかしてインデックスたちに綺麗だって言ってないのか……?」

 

インデックスたちもパーティーに出席する関係上、綺麗なドレスを着ている。

 

インデックスはお姫さまらしい純白に紫の装飾が施されたドレスを着ており、髪はハーフアップにして二つでお団子結びしている。そして美琴は藍色のスケスケナイトドレスで、要所要所は布が厚くなっているがお腹なんかは妖艶に透けている。

 

食蜂は金色のバニースーツをマーメイドドレスにしたような感じだ。

実は食蜂、上条の幻想殺し(イマジンブレイカー)を隠し持っていたためコロンゾンに襲撃されて腰を痛めているため、バニー型のコルセット部分が食蜂の動きを補助していたりもする。

 

「かわいく着飾った女の子にはちゃんとかわいいって言わないとだめだぞ、上条」

 

真守はぷんぷんっとちょっと怒った様子で座っている上条を見下ろす。

垣根は真守が上条にあまり近づかないように制しながら、上条当麻をじとっと睨んだ。

 

「女にかわいいや綺麗も言えねえのかよ。この童〇」

 

「うるさいやいっ垣根さんみたいにプレイボーイじゃない俺は色々と言うのにハードルがあるんだってば!」

 

上条は垣根に率直に告げられて声を大きくする。

垣根はそんな上条をあざけるように笑う。

 

「ったく、女が着飾るのにどんだけ頑張って用意したと思ってんだ。何度綺麗だかわいいって言っても足りねえくらいだ。童〇はそこら辺まったく分かってねえな」

 

真守は信じられないといった様子の垣根を見上げて、くすっと笑う。

 

「垣根、すごく私のドレス姿褒めてくれたもんな」

 

「当たり前だろ、こんなにかわいいんだから」

 

垣根は真守の髪の毛の毛先を優しく撫でて告げる。

垣根にすごく大事にされている真守。そんな真守を見て、三乙女はむっと顔をしかめる。

そして三乙女は同時に上条をじとっと睨んだ。

三乙女に睨まれた状態で、垣根に真っ当な意見で怒られてしょぼくれる上条。

真守はそんな上条を見て、くすくすっと笑った。

 

「上条、元気そうで良かった」

 

三乙女に睨まれる上条を見て、真守は柔らかく笑う。

上条当麻と神浄の討魔の戦い。

 

当人たちにも辛いものだったが、真守にとっても辛い戦いだったのだ。

だが上条当麻が穏やかな時間を過ごしているとなると、とても安心できる。

 

上条は真守が少し寂しそうにしながらも安堵している様子を見て、申し訳なさそうにする。

 

「ありがとな、朝槻。お前には心配かけた。でももう大丈夫だ。心配すんな。……たぶん、俺もあいつも納得できた」

 

「うん。お前たちが納得できるのが一番だ。……でもな、上条」

 

「え?」

 

上条は真守に視線を誘導されて、三人の乙女たちを見る。

するとインデックス、美琴、食蜂はものすごい顔をして上条を睨んでいた。

 

「え? えーっと……なんで三人とも、そんな顔してるんですか……っ?」

 

ドレスを褒めなかった件以外で、全く心当たりのない上条。

そんな上条に三人の乙女たちはいらいらが募っていく。

食蜂は拗ねた様子で、じとっと上条を睨む。

 

「ちなみにぃ、上条さあん。……私たちもすっごく心配してたんだゾ?」

 

「え」

 

美琴は凄みをつけた顔をしたまま、怒った様子で眉根をぴくぴくさせる。

 

「それなのに私たちには何も言わないなんて……ぜんぶ、ぜんぶ私たちが欲しい言葉をアンタは朝槻さんばっかりに……ッ!!」

 

「……~~~~とうまのばかぁーっ!!」

 

上条当麻と神浄の討魔の戦い。

それについては三乙女も色々考えて、もやもやしていた。

だが当事者である上条のことを考えて口には出さなかったが、真守並みに三人も不安だったのだ。

 

それなのに自分には声をかけてくれない。真守にはすんなりと感謝を口にするのに。

しかも真守には言ったのに、ドレスを着たのにかわいいって言ってもらえていない。

 

怒りが爆発する三人。

真守は途端に騒がしくなった四人を見て、くすくすと笑う。

垣根はため息を吐きながらも、真守を安全圏へと誘導する。

 

「自分に気がある女の気持ちに微塵も気づかねえし、女の手綱は取れねえし。三つ子の魂百までっつーが、ありゃあ童〇卒業したとしても成長しねえな、きっと」

 

「まあまあ垣根。それが上条の良いところだ。あとちょっとそんなに明け透けな単語連発しないでほしい。恥ずかしくなっちゃうから」

 

真守はぎゃーぎゃー騒がしくなった彼らを見て、楽しそうにころころ笑う。

垣根は真守が楽しくしてるならまあいいかと考え、いつものラブコメ展開をしている上条たちを見てふっと笑った。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

「クロウリーズ・ハザードに端を発し、大悪魔コロンゾンによる英国、そして全世界の危機は無事収束した」

 

声を高らかに上げたのは英国女王だ。

ダンスホールの中心に立った英国女王は、慣れた様子で言葉を紡ぐ。

 

「この戦いで何かを失った者も多いだろう。だが我々はここで杯を掲げなくてはならない。真摯な想いで祈りを捧げ、そして生きて帰ったこの命で人生を楽しむ心を忘れるな! では乾杯!」

 

英国女王の一声と共に、ウィンザー城のダンスホールで宴が始まる。

パーティーは立食形式で、財政会界や報道陣を排除した本当に内部向けのパーティーだ。

 

何せ大悪魔コロンゾンなどという超常存在がいるなんて、公表できない。

そのため今夜は無礼講。この場にいる者たちは身分など関係なく、それぞれで楽しんでいた。

 

真守は垣根にエスコートされた状態で、英国女王のもとへと向かう。

もちろん伯母であるアシュリンと、祖父であるランドンも一緒だ。

 

「英国女王」

 

真守は騎士団長を秘書のように連れている英国女王へと声をかける。

 

「伯母さまたちと一緒に私の国籍を用意して下さってありがとう」

 

真守が緩く頭を下げると、英国女王は快活に笑う。

 

「固くならなくて良い。今回の戦争での立役者ならばきちんと褒美を与えねばなるまい。それに学園都市を統括する少女が我が国の一員ともなれば、色々と都合も良くなるからな」

 

英国女王はニヤッと笑う。真守もそれに応えるように、くすっと笑った。

 

「ふふ。お互いに利がある関係性が築き上げられると良いな」

 

英国女王は真守の笑みを見て頷く。

関係性とは利害の一致で強固になることもある。

てっきり真守はそこら辺が潔癖で嫌がるような気難しい少女かと思ったが、そうでもないらしい。

 

「さすがマクレーン家の傍系といったところか」

 

英国女王が納得した様子で呟くと、マクレーン家の当主ランドンが笑った。

 

「一目見ただけで真守が聡い子だと分かるだろうに。権力者というのはわざわざ確認せねばなるまいのが面倒だな、英国女王よ」

 

英国女王は呟いたランドンをじとっと睨む。

 

「……そういうお前は英国の首根っこを掴める処理だけは自分でやって、本当に面倒なことは全部『王室派』に任せおって。相変わらず用意周到だな」

 

「そんなのは当然であろう」

 

けろっと告げるランドン。拳を握り締める英国女王。

真守はその様子を見て、こそっとアシュリンに声をかけた。

 

「お祖父(じい)さまと英国女王って確かご学友だったんだよな?」

 

「ええ、そうなのよ真守ちゃん」

 

アシュリンは真守の問いかけににこっと笑う。

そして笑みを浮かべたまま、ちらっと騎士団長を見た。

 

「ちなみにそこにいる不出来な男は日本でいうところのわたくしの後輩です」

 

「え。騎士団長(ナイトリーダー)が後輩……!?」

 

真守が驚愕して騎士団長を見ると、実は三○代半ばの騎士団長は鋭く目を細める。

 

「アシュリン=マクレーン。姪にあることないこと吹き込むのはやめておいた方が良い。家名が汚れるぞ」

 

「あらあら何をおっしゃってますの? マクレーンはそんなことで汚れるほどチンケな家ではありませんわうふふふふ」

 

アシュリンは余裕たっぷりの笑みを浮かべて騎士団長をちくちく刺す。

 

「一〇年前、政治的な理由で第三王女を見捨てた輩に言われたくありませんわあ。それなのに我慢ならなくてなりふり構わず助けに行こうとしてウィリアム=オルウェルにグーパンで沈黙させられたおバカさん?」

 

アシュリンは騎士団長が口を挟む暇を与えずに、軽やかに告げる。

 

「英国を守るためとはいえクーデター起こして失敗して。あげく第二王女さまが考えてらっしゃった自身とカーテナの封印の意向を見抜けないなんて側近の恥ですわね。この恥知らず。わたくしだったら死んでしまう程に恥ずかしいですわ」

 

真守は毒を吐き続けるアシュリンを見つめて、思わず遠い目をする。

 

「それなのに此度は悪魔にそそのかされて絶対に見捨ててはならない仲間である騎士たちを軽んじる? ふふふあなたの代わりがいないからいまも騎士団長の地位に立ててるからと言って、ずいぶんと頭が高いじゃありませんか騎士団長殿?」

 

くすくす笑うアシュリン。苦い顔をして真っ当に責められて何も言えない騎士団長。

真守はアシュリンの無敵っぷりに遠い目をしたまま、垣根にきゅっとすり寄る。

 

「なあ垣根。やっぱり私の家族って最強だと思う……っ」

 

「そうだな。お前が家族になったことでより最凶になったな」

 

英国の中枢にがっつり食い込んでいるマクレーン家。

完全勝利を収める祖父と伯母を見て、真守はなんとも言えない気持ちになっていた。

アシュリンは勝ち誇った笑みを見せると、垣根の腕にくっついている真守の頬に手の甲で触れる。

 

「この子がわたくしの姪なのよ、騎士団長。ちゃんと色々苦心してね?」

 

「アシュリン=マクレーンに言われずとも、私は騎士団長として英国の一員となった少女にきちんと対応する。それは当然のことだ」

 

騎士団長はこほんっと咳をして真守をそっと見つめる。

 

「……キミも、それなりに大変だったようだな」

 

騎士団長は真守を見つめた後、数年前のことを考えて少し遠い目をする。

 

「そしてキミの存在を知ったマクレーン家が荒れに荒れたのもの、それなりに大変だった」

 

「そ、それは心中お察しするぞ騎士団長……」

 

真守の父親は真守が恐ろしくて捨てた。

だが自分の前からいなくなったとしても真守が怖かった。

 

そして数年前。真守の父親とアシュリンは偶然とある国で出会った。

アシュリンと真守の母であるアメリアは瓜二つである。

 

恐ろしい娘を産んで死んだはずの女とうり二つの女性が目の前に現れたのだ。

その時の父親の慌てっぷりは真守も想像できる。

 

アシュリンは憔悴した真守の父親から話を聞いて自分の妹が死んだ事、そして妹に娘がいたことを知った。しかも男が娘を捨てた先は学園都市だったのだ。

 

騎士団長は真守の存在を知って荒れに荒れた当時のマクレーン家を思い出して遠い目をする。

 

「科学サイドである学園都市に魔術サイドの一角を担うマクレーン家が奇襲を仕掛けて世界を引っ掻きまわすかと、正直気が気じゃなかった……」

 

「仕方ないじゃない。わたくしの半身が産んだ大切な姪なのよ」

 

ぷいっとかわいらしく怒り、騎士団長を見るアシュリン。

 

「見なさいな。このわたくしと妹に激似の顔つき。本当にかわいらしいんだから」

 

「……それは認める。どこからどう見てもマクレーン家の傍系だと分かる少女が超能力者(レベル5)第一位としてお披露目された時もそれはそれでとんでもなかったな貴様」

 

じろっと睨まれる騎士団長。再びぷいっと顔を背けるアシュリン。

 

「振り回される方が悪いのよ」

 

とんでもない暴論を口にするアシュリン。そんなアシュリンを見て、真守は苦笑した。

 

「騎士団長。色々迷惑をかけてなんか本当にごめんなさい」

 

真守はやっぱり破天荒なアシュリンに、騎士団長の気苦労に申し訳なくなる。

 

「キミが謝るようなことではない。ただマクレーンにもう少し自重の心があると良いのだ。……だいたい貴様たちは自分たちが強力な権力を持ち、それなりの立場ながらも自由を確保しているからいつも被害を被るのは『騎士派』や『王室派』であってな」

 

「あらあらあなた方がかたっ苦しくて肘を張っているのがいけないのよふふふふ」

 

真守は余裕たっぷりで笑うアシュリンを見て目を遠くする。

その向こうでは英国女王がランドンに振り回されているし、マクレーン家は本当に怖い。

 

「垣根。私は学園都市の長になるけど、伯母さまたちは私に無茶ぶりしてくると思う?」

 

「マクレーン家はお前のことが大事だからそんなことしねえよ。お前はどっちかっつーとマクレーン家の一員だからな。権力者を振り回す方になるんじぇねえの?」

 

「……振り回したくないなあ」

 

真守は最強すぎる親族を見つめて、遠い目をする。

でも親族だと認められて、親族になることができて良かった。

真守はくすっと笑うと、垣根に寄り添ってマクレーンに翻弄される権力者を見ていた。

 



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