デート・ア・ライブ 士織イフ (翔兎(とびうさ))
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十香デットエンド
『日常』


まさか、自分がSSをまた書くなんて思いもしなかった。
約10年ぶりの小説ですが、
まぁ、あまり期待せず見ていってくださいな



四月一〇日、月曜日。

昨日までの春休みを終え今日から新学期。

五河士織は普段と変わらずいつもの朝を迎える。

 

「ふぁ……今日から学校かぁ……」

 

少しテンションが低めに呟く。誰だって、学校が始まる朝は少し憂鬱になる。

どんな優等生だって、学校は少し面倒くさい………と思う。

 

「朝ごはんの支度しなきゃ」

 

布団を綺麗に畳み終えると、士織はリビングへ向かった。

 

そして、台所で朝食の準備を始めようかという所で、廊下から軽やかなステップの効いた足音と共にリビングの扉が開く。

 

「おはようだぞ!私の可愛いお姉ちゃんよ!」

 

「おはよう、私の可愛い妹よ」

 

付き合いたてのカップルかと、言わんばかりの挨拶を交わした相手は士織の妹──五河琴里である。

 

「待ってて、今から朝ごはんの準備をするから」

 

「はーい!」

 

琴里の返事が合図かのように、士織は朝食の準備を再開する。冷蔵庫から卵を取り出しテキパキと慣れた手つきで料理を進めていると、琴里がつけたテレビの音声が耳に入る。

 

『──今日未明、天宮市近郊にて──』

 

「うん?……空間震のニュース?なんか、また増え始めてるよね……」

 

 

【空間震】

 

 

………詳しいことは、原作かアニメを見てくれ………嘘です説明します。

 

 

簡単に説明すれば空間で発生する地震のようなものである。

発生原因、発生時期は共に不明、被害規模の不確定な爆発、振動、消失、その他諸々の現象の総称とされている。

 

初めての被害はおよそ三〇年前のユーラシア大陸のど真ん中。

その一帯が一夜にしてくりぬかれたように消失した。

死傷者、おおよそ一億五〇〇〇万人の人類史上類を見ない災害である。

 

そのおよそ六カ月後、東京都南部から神奈川県北部の一帯が円状に焦土と化した。

そして、その土地が再建され、今の士織たちが住む天宮市となった。

 

原作の文章ほぼ丸パクリしました。

 

「特に、この辺一帯って妙に空間震が多いよね。しかも去年辺りから」

 

「んー、そーだねー。ちょっと予定より早いかなぁ」

 

と、琴里はソファーの手すりに体を預けながら呟く。

 

「早い?何が早いの?」

 

「なんでもあいよー」

 

琴里の言葉より、少し口ごもった声のほうが士織は気になった。

 

「……琴里、ちょっとこっち向きなさい」

 

「……」

 

「こっち向かないなら、チュッパチャプスしばらく──」

 

そう言いかける途中で、琴里が「むんっ!」と凄い勢いで士織の方を振り向いた。

 

そして、振り向いた琴里の口元から小さく白い棒の様なものが飛び出しているのが確認できた。

今まさに没収すると言いかけた飴を食べていたのである。

 

「あ、やっぱり……ご飯前にお菓子を食べちゃダメって言ってるでしょ」

 

「あはは、バレちゃったか……流石はおねーちゃん!」

 

注意された割には反省の色はあまりみられないが、少しムスッとした表情を浮かべ、琴里に「少し怒ってるんだよー」っと無言のアピールするが、

それ以上は何もせず、特に取り上げようともしないのは、士織の妹に対する甘さだろうか。

 

 

「もう……朝ごはんもちゃんと食べるんだよ?」

 

「はーい!」

 

手を上げ、元気よく返事をするが、このやり取りは今日に限らず、すでに何度も繰り返される五河家の日常風景である。

 

「……そういえば、中学校も始業式だよね?」

 

「そうだよー」

 

「じゃあ、お昼には帰ってこれるね………琴里、お昼ご飯は何かリクエストある?」

 

「んー……」

 

琴里は頭を揺らしながら考え込むと、途端にシャキッと姿勢を正した。

 

「デラックスキッズプレート!」

 

「当店では、ご用意出来かねます」

 

「ええー」

 

琴里の不満そうな声を聞くと、士織は「はぁ」と息を吐いた後、少しばかり笑みを浮かべる。

 

「まったく、仕方ないんだから、じゃあお昼は外で食べよっか」

 

「おー!本当ー!」

 

「うん。それじゃ、学校が終わったらいつものファミレスで待ち合わせね」

 

士織がそう答えると、琴里もまた親に物をねだる子供のように士織に抱きつき士織の顔を見上げる。

 

「絶対だぞぉ~!絶対約束だぞぉ!地震が来ても火事が起きても空間震が起きてもファミレスがテロリストに占拠されても絶対だぞぉ!」

 

「占拠されてたら、さすがにご飯食べれないよ……」

 

「絶対だぞ!」

 

「わかったから、琴里そんなに揺らさないで」

 

気が付けば、士織抱きしめたまま両手で士織の体を揺らしている琴里、士織本人も満更嫌そうにはしていない。むしろ笑みを浮かべている。

 

こういった琴里の注文や、わがままを結局は何でも受け入れてしまうお姉ちゃん、スキンシップも相まって本当に誰がいつ見ても仲のいい姉妹である。

 

小窓から見える空は晴れ渡り、今日は何か良いことがあるんじゃないかと思える朝だった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

士織が学校に着く頃には、すでに何人かの生徒が廊下に張り出されているクラス分けの表に集まっていた。

新学期の学生の楽しみと言えばクラス替え、友達、恋人、気になるあの人と一緒のクラスになれるか、期待に胸を膨らませるイベントだが、

士織にとっては自分が一年間どのようなクラスに割り当てられているか、だたそれだけの出来事に過ぎなかった。

 

割り当てられてた教室に入り黒板の座席表を確認しようとすると、

 

「──―五河士織」

 

聞きなれない声で不意に名前を呼ばれ、振り向くと、そこに細身の少女が一人立っていた。

 

「え……あ、私?」

 

「そう」

 

見慣れない少女から不意に声をかけられたので、反応するまで少しの時間差が生まれた。

 

「どこかで、会ったことある……かな?」

 

肩に触れるか触れないかぐらいの髪に人形のような特徴的な少女であったが、士織の記憶には彼女の存在はなかった。

 

「覚えていないの?」

 

「……ご、ごめんなさい」

 

「別にかまわない」

 

少女はそういうと特に落胆した表情も見せず、窓際の席に歩いて行った。

 

「うーん、……誰、だったかな」

 

士織はその場で、手を顎に当て頭を揺らし「うーん」と唸りながら考えたがやはり彼女の事は何一つ知らなかった。

 

「やぁ、おはよう士織ちゃん。朝から考え事かい?」

 

と、士織が頭を悩ませていると、また不意に背後から声をかけらたが、今度は声の主に多少の心当たりがあった。

 

「あ、おはよう殿町くん」

 

声をかけてきたのは、去年もクラスメイトだった殿町宏人だった。

 

「いや、朝から士織ちゃんと鳶一が話してる所をみれるだなんて、新学期早々に良いことがあるもんだね。」

 

「鳶一?……あ、もしかしてさっきの女の子?」

 

「あれ、士織ちゃん。鳶一のこと知らなかったのかい?」

 

そう言われながら士織は窓際に座った少女の方を見る。

 

「あっちは、私の事を知ってたみたいなんだけどね……でも、どこで会ったのか思い出せなくて」

 

ふと、少女も士織の目線に気が付いたのか、目線を少女から士織の方へ向ける。

それに対し、士織が気まずそうに目線を反らすと、隣にいる殿町が笑って手を振る。

 

しかし、少女は何も反応を示さないまま、目線を読んでいた本へ移す。

 

「ほら、あの調子でね。常に冷たい感じだから男子は誰一人として彼女に声をかけられないどころか、女子と話してる所もあまり見たことがないくらいさ」

 

「うーん、やっぱり思い出せないや」

 

もう一度、唸りながら考えるがやはり、思い出せそうにない。

 

「本名は鳶一折紙。ウチの高校が誇る超天才。聞いたことないかい?」

 

「超天才って、そんなにすごい子だったんだ」

 

「すごいなんてもんじゃないよ。成績は常に学年首席、この前の模試に至っては全国トップの数字さ」

 

「そんな子と知り合いだったらまず忘れなさそうなんだけど……」

 

頬掻きながら苦笑いを浮かべ、改めて鳶一折紙の方をちらっと見る

 

「まぁ、士織ちゃんはそれなりに有名人だからかな」

 

「え?わ、私が?な、なにかしたかな私?」

 

これまた身に覚えのない事実を知らされ、驚いた表情を見せながら士織は自分の事を指さす。

 

「去年の『恋人にしたい女子ランキング・ベスト14』で士織ちゃんは、2位に大差をつけての1位だからね。ちなみに鳶一折紙は4位さ」

 

「そんなランキングやってたことすら知らないんだけど……14って、なんだか中途半端だね」

 

「主催者の女の子が14位だったんだよ」

 

「……な、なるほど」

 

どうしても、ランキングに入りたい。そんな主催者の執念が垣間見えた。

 

「ちなみに、『恋人にしたい男子ランキング』はベスト358まで発表されたよ」

 

「へ、へぇー……ちなみに殿町くんは何位だったの」

 

「358位」

 

「なにも、聞かなかったことにするね」

 

士織は苦笑いを浮かべながら殿町から目線を外し明後日の方を見る。

 

とまぁ、こんな他愛もない話は学校に響き渡る予鈴の音で終わりを迎えた。

 

「あ、そうだ」

 

まだ、自分の座席を確認していないことに気づいた。

黒板に書かれた席へ移動し鞄を置いた。

 

偶然か必然か、士織の席は鳶一折紙の隣であった。

まるで、お手本のような美しい視線で、鳶一の視線はまっすぐ黒板の方へ向いていた。

 

これ以上、彼女に対しておどおどしていても、失礼になるだろうから、せめて挨拶だけでもしておこう。

 

「…………えっと、よろしくね。鳶一さん」

「……折紙」

 

「…………へ?」

「私の名前。『鳶一』ではなく『折紙』と呼んで欲しい」

 

「あ、う、うん……折紙……さん」

「呼び捨てで構わない、その代わり私も『士織』と呼ぶ」

 

「わ、わかった……じゃあ、よろしくね。折紙」

「こちらこそ」

 

先ほどの気まずさが嘘のように打ち解けあった会話が出来てホっとする。

表情にこそ変化はないが、士織は折紙が少し喜んでいるように感じ取れた。

 

そして、士織が座席に座り黒板に視線を移すと同時に教室の扉が開かれた。

開いた扉から小柄な女性が現れ、教卓に立つ。

 

『タマちゃんだ……』

『おお、タマちゃん先生だ!』

『マジで、やったー!』

 

生徒が女性の姿を見るや否や、好意的なざわめきが聞こえてきた。

 

「はい、みなさんおはようございます。これから一年、皆さんの担任を務めさせていただきます、岡峰珠恵です」

 

社会科担当の岡峰珠恵教諭、生徒からはタマちゃんの愛称で呼ばれている。

生徒と同年代くらいに見える童顔と小柄な体躯に加え、のんびりとした性格が生徒から絶大な人気を誇る先生である。

 

人気の先生が担任とわかり色めき立つ生徒たち。

 

「…………」

 

しかしそんな中、士織の視線は担任のタマちゃん先生の方ではなく、左隣の座席で窓の外を見つめている折紙の方に向けられていた。

 

窓に反射している彼女の表情は、相変わらず表情が何一つ変らないでいた。

だが、士織が視線を再度黒板の方に向けた僅かな瞬間、窓に写る折紙の口元が少し釣りあがっているような気がした。

 

 

◇◇◇

 

それから、3時間後。始業式を終え、帰りの支度をしている途中で殿町から声をかけられた。

 

「ねぇ、士織ちゃんはこの後予定とかあるの?」

 

よくフラれるナンパ師のような台詞を吐く殿町。

それに対し、士織は支度を続けたまま返す。

 

「あー今日は、琴里とお昼食べに行く約束があってね」

 

「なんと、それは残念だ。何人かさそって飯でもと思ったんだが、姉妹水入らずの予定なら仕方ないか」

 

殿町は少し落胆した様子で肩を落とす。

周りからヒソヒソと『また殿町くんフラれてる』『こりないな……』『マジ引くわー』といった声が聞こえるが、慣れた様子でスルーした。

 

「時に、士織ちゃん。琴里ちゃんってもう中二だけど、もう彼氏とかいるの?」

 

殿町がそう問いかけた瞬間、士織の手が止まり、ガヤガヤしていた教室が一瞬にして凍てついたように静まる。

さすがの殿町も聞いてはならぬことを聞いてしまったと自覚する。

 

「なにを言ってるのかな殿町くん。琴里に彼氏なんているわけないじゃない、仮にそんな人が居たとしてもあの子はちゃんと姉である私に必ず報告に来るだろうし、それ以前に一体どこの馬の骨かも分からない男に私が大事な妹である琴里をあっさり渡すと思う?」

 

士織が直前に持っていたプリントが、ミシミシと悲鳴のような音を出しながら原型をとどめていないくらいに握り潰されていく。

その間にも士織は止まらず、殿町の制服の襟を掴む。

 

「そもそも、質問の意図がわからないのだけれど、もしかして、琴里を狙ってるだなんて言わないよね?ねぇ?殿町くん?」

 

「ヒィッ……ゴ、ゴメンなさい違います。なんとなく聞いただけです。」

 

あまりの気迫に恐怖を覚える殿町。しかし、運がいいのか悪いのか次の瞬間、嬉しくもない助け舟がきた。

 

 

 

ウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ────────────―

 

 

 

教室、いや街中に不快なサイレンが鳴り響いた。

 

「……っな、なに!?」

 

我に返った士織が殿町から手を離し窓を開けて外を見やる。と、同時に士織の気迫で沈黙していた生徒も我に返り目を丸くしている。

すると、今度は機械越しの音声が言葉を区切るように響いた。

 

『──これは訓練ではありません。これは訓練ではありません。前震が、観測されました。空間震の発生が予想されます。近隣の住人は速やかに最寄りのシェルターに避難してください。繰り返します──―』

 

──空間震警報。

 

士織や殿町を含め教室中の生徒たちは、顔に緊張と不安こそ滲ませるも、比較的落ち着いていた。

幼い頃からしつこいほどに避難訓練を繰り返されていたこともあり、恐慌状態に陥る生徒は見受けられない。

 

士織と殿町は慌てることなく教室を出ると、廊下には既に生徒たちが地下シェルターに向け列を作っていた。

 

「これなら慌てる必要がないね」

 

「そ、そうだね」

 

──と、そんな安心した会話をしていたのもつかの間、女子生徒が一人シェルターとは逆方向に走っているのが見えた。

 

「折紙……?」

 

その姿はまぎれもなく鳶一折紙だった。

 

「折紙!待って!シェルターはそっちじゃ──―」

 

「私は大丈夫。士織はそのまま避難して」

 

折紙は一瞬、足を止めると士織にそれだけを言い、再び駆け出して行った。

 

「大丈夫って……ちょっと、折紙!折紙!」

 

呼び止めようとなんども、折紙の名前を叫ぶも、彼女は振り返らなかった。

 

きっと、忘れ物をとりにいっただけ、士織は自分にそう言い聞かせて、再び列に並びなおした。

 

「──そうだ、琴里」

 

と、士織は大事な妹である琴里のことを思い起こし携帯電話を取り出した。

 

「どうかしたかい士織ちゃん」

 

「うん、ちょっとね」

 

濁した言葉で殿町に返答しながら、着信履歴から『琴里』を選び電話をかける。

 

が、繋がらず。試しに何度かかけ直すが、結果は同じだった。

 

「……ダメだ出ない……琴里のことだから大丈夫だよね」

 

琴里だって、もう中学生。なにも心配することはないし避難訓練や公共のシェルター場所だって、ちゃんと学校で教えてくれている。だから何の心配もない。

 

「大丈夫、大丈夫……大丈夫」

 

士織は何度も、自分に言い聞かせるように呟き、不安を掻き消そうとした。

──が、ふと琴里の朝の言葉を思い出した。

 

『絶対だぞぉ~!絶対約束だぞぉ!地震が来ても火事が起きても空間震が起きてもファミレスがテロリストに占拠されても絶対だぞぉ!』

 

書き消そうとした、不安がぬぐい切れず、士織は慌てて携帯のGPS機能を使い琴里の位置情報を確認した。

 

「──────―っ!!」

 

GPSの琴里の位置を表す点がファミレスの上に立っているのを見た途端、士織は言葉を失い、手の力が抜け携帯を廊下に落とした。

 

「士織ちゃん、どうしたんだ?」

 

息が止まり、顔が少し青ざめた士織を殿町が心配する。

 

途端に「はっ!」と我に返った士織は、落とした携帯を瞬時に拾い上げると、シェルターとは逆方向に駆け出した。

 

「ど、どこにいくだ士織ちゃん!」

 

そんな殿町の声も届かず、士織は昇降口にでる。

 

「あの子、いったい何を考えて!」

 

心配と僅かな苛立ちから、叫ぶように声を上げる。

 

そして、士織は靴を履き替え校門を飛び出し、誰一人残って居ない街へと駆け出した。

 




第一話、ご覧に頂きありがとうございます。
士織を中心とした各キャラクターとの関係性について、
やはり、女の子ということで、男女の壁というがないので、割とみんなフレンドリーにしようと考えています。

特に琴里ですね。兄妹から姉妹になるわけです。
この二人の関係には、シスコン姉妹くらいがいいんじゃないかと

あとは、士織自身の性格ですね。
これがまた難しい、女装した士道くんではなく士織なので
言葉使いやらなんやらを考えないとダメなんですよね・・・

まぁ、必死のパッチで頑張ります


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『邂逅』

デート・ア・ライブについての勉強も兼ねて、
原作を何度も読み直したり、天使、ヘブライ語についても調べだしました。
まぁ、投稿するからにはきっちりとした作品を皆様にお届けしたいので、
この辺でどうも時間がかかり、更新ペース遅めとなっております。

必死のパッチで頑張ます(笑)



まるで、ホラー映画のような人の気配がない街を士織は携帯を耳に当てながら走っていた。

 

「琴里……今、ファミレスに居るの? 無事なら連絡して!」

 

おそらく、留守番電話のメッセージであろう言葉を最後に、携帯電話をポケットにしまう。

 

さらにペースを上げ、ひたすらに足を動かす。息は荒れ、足元も少しふらつき、喉も痛むがそれでも琴里の元へ走る。

 

ふと、視界の端に何かが動いた気がした。士織が顔を空へと向けると、三つ、四つほど人影のような物が見えた。

 

「な、なに……あれ」

 

不思議な人影に少し目を疑ったが、今はそれどころではない、早く琴里を見つけなくてわ。

士織が目線を進行方向に戻した瞬間。眩い光に包まれると同時に、凄まじい爆音と衝撃波が士織襲った。

 

「きゃっ!」

 

士織はとっさに腕で顔を覆ったが、凄まじい風圧によって吹き飛ばされてしまう。

 

「っ痛たた……今度は一体なにが────っ!!」

 

制服の土埃を払いながら、ゆっくりと顔を上げると、視界に入った光景に言葉を失ってしまう。

それもそのはずだ、つい今しがた目の前にあった街並みが一瞬のうちに跡も残さず無くなっているのだがら。

 

士織はその光景をただ呆然と眺める出来なきなかった。

 

琴里の安否、上空の謎の影、そして目の前にある地面がえぐり取られたかのように現れた巨大なクレーター。

とてつもない情報量に士織の思考が追いつかず、その場に座り込んでしまう。

 

「ことりぃ……どこいったの……お姉ちゃん……心配だよ」

 

不安で不安でたまらない。

大事な妹が、今どうなっているのか? 無事なのか?

下を向き不安に推しつぶされそうになるが、それでも涙はグッと堪える士織。

 

と、その時、クレーターの方面からこちらに近づく足音が聞こえてきた。

 

士織は顔を上げ、足音のした方向に顔を向けると、長く黒い髪をし、不思議な輝きを放つドレスを着た少女が、巨大な剣のような物をこちらに向けて立っていた。

 

「おまえも……か」

 

少女はそう呟くと、剣を高く掲げ、そのまま士織に向かって振り下ろした。

 

「ッ!?」

 

士織は座った状態からとっさに体を転がし、ギリギリのところで刃をかわしたが、剣が地面に叩きつけれた衝撃で吹き飛ばされてしまう。

 

6、7メートルほど吹き飛んだだろうか、だが幸いにも怪我はなかった。

士織はその場でゆっくりと上半身を起こし、自分が吹き飛ばされた場所を確認すると、少女はまた剣先を士織に向けゆっくりと近づいて来た。

 

「ま、待って!」

 

このままでは殺される。そう判断した士織は両手を前に出し、必死に声を上げて少女に静止を呼びかける。

 

「……なんだ?」

 

「な、なにするつもりなの?」

 

「もちろん、貴様を殺そうとしている」

 

やはり、自分を殺すつもりなのだと、当たり前のように言い放つ少女に、恐怖で手に力が入る。

 

「な……なんでよ!」

 

「なんで……? 当然ではないか、貴様も私を殺しに来たのだろう?」

 

予想外の答えに驚きを隠せない士織だったが、立ち上がると両手を広げた。

 

「……私にそんなつもりは、ないよ」

 

「──何?」

 

そう言い放つと、今度は少女の方が驚き、士織に視線を向ける。

 

「ねぇ、あなたは何者なの? 名前は?」

 

「……名、か。──そんなものは、ない」

 

どこか悲しそうに答える少女。それと同時に、ひどく憂鬱で今にも泣き出しそうな表情が士織の脳裏に深く刻まれた。

 

だが、少女はすぐに眉をひそめると、視線を士織から空へと向けた。

 

士織も釣られて上空をみると、その光景に目を見開いた。

 

「な……なによこれ」

 

「……ん? なんだ、貴様の仲間ではないのか?」

 

「し、知らないよこんな人達」

 

上空には、奇妙な恰好をした人間が数名飛んでいた。

その人間たちは、手に持っている武器のようなものを少女に向けると、ミサイルらしきものを発射してきた。

 

「きゃぁぁぁッ──―!?」

 

今度こそ死んでしまう。

そう思い、目をつぶり思わず叫び声を上げる士織だったが、数秒立っても体は無傷のままであった。

 

不思議に思った士織が、目を開けるとミサイルは、少女の数メートル手前で静止していた。

 

「……こんなものは無駄と、何故学習しない」

 

少女が手前に出した手をグッと握る。

 

すると、静止していたミサイルが、なにかに圧縮されるように折りたたまれ、その場で爆発した。

 

上空にいる人間たちが動揺している様子が、見てわかったが、それでも攻撃を辞めようとせず次々とミサイルを少女に打ち込む。

 

しかし、それも少女に傷一つ付けるに至らず、全て無力化している。

 

「…………また」

 

そんな中、士織の視線は少女の顔に向けられていた。

 

先ほど士織が名を訪ねた時と、同じ顔。

士織の脳裏に深く焼き付いた、今にも泣き出しそうなその顔。

 

その顔を見るたび、士織の心臓が大きく跳ね上がる。目前で街が跡形もなく消えた時より、少女に殺されかけた時よりも、強く。

 

──なぜ、そんな顔をしながら、少女は戦うのだろう。

 

士織は自分の左胸を押さえて、少女を見つめていた。

 

と、その時、士織の背後に何者かが舞い降りた。

 

「誰? ────ッ」

 

その降り立った人影を見て、士織は思わず言葉を失った。

 

全身を見慣れない機械仕掛けのボディースーツで覆った見知った少女が立っていたのだ。

 

「折紙……?」

 

士織が口にした名は、今朝知り合ったばかりでクラスメートの鳶一折紙だった。

 

「士織……」

 

折紙も士織の存在に気づいたのか、ちらりと士織の方に視線を向けた。

 

「なんで、折紙が……? その恰好は一体……」

 

ここにたどり着くまで、いろんな事が起こりすぎていて、何から理解すれば良いか解らず、士織はその場に立ち尽くす事しか出来なかった。

 

気付けば近くにいた折紙が、先ほどの少女と交戦していた。

 

いつの間にか折紙が手にしている武器らしき光の刃、それと少女の剣が交わる度に凄まじい衝撃派が士織のところまで届いている。

 

「──―くっ!」

 

士織は衝撃波に飛ばされ無いように、身を丸めてやり過す。

 

折紙が弾かれる格好で、二人の間に一定の距離が空いたが、それでもなお二人は鋭い視線を交わらせていた。

 

そんな両者をじっと見つめていた士織がふと立ち上がった。

 

「──お願い、折紙! やめて!」

 

自分の想いを届かせるように、叫ぶ士織。

なぜ、急にこんなことを叫んでしまったのか、士織自身分かっていなかったが、悲しい表情をして戦う少女の姿も、その少女に対して刃を振るう友人の姿も、士織はこれ以上見たくはなかった。

 

しかし、そんな士織の心の叫びも二人には届かなかったのか、少女と折紙は激しくぶつかり合う。

 

「きゃぁぁぁぁぁっ!」

 

さっきまでとは、比べものにならないくらい激しい衝撃波に、士織の体は転がされ、塀にぶつかり意識を失ってしまった。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇

 

 

「はぁ…………」

 

真紅のシャツを上から肩掛けにした少女は、自分の携帯電話のディスプレイを見ながら、思わずため息を吐いた。

 

「空間震が起きたといっても、ここまで心配しなくてもいいのに……」

 

『不在着信 :17件

新着メール: 9件

留守番電話: 1件』

 

いずれも、送信主の欄には『お姉ちゃん』と表示されていた。

 

少し困惑した顔をしながら、少女は携帯をポケットにしまうと、艦橋に入った。

 

「司令、いかがされましたか?」

 

艦長席の隣に控えていた男が、司令と呼んだ少女の顔を見ると、様子を伺うように訪ねてきた。

 

「何でもないわよ、いいから状況を説明しなさい」

 

「はっ。精霊出現と同時に攻撃が開始されました」

 

「AST?」

 

「そのようですね。」

 

AST。対精霊部隊。対精霊部隊(アンチ・スピリット・チーム)

 

精霊を狩り精霊を捕らえ精霊を殺すために機械の鎧を纏った、人間以上怪物未満の魔術師たち。魔術師(ウィザード)

 

だた、超人レベルでは、精霊太刀打ちできないのが実状だった。

 

「一〇名隊員が出撃。現在一名が追撃、交戦中となっています」

 

「そう…………」

 

男の報告に一言だけ返事をすると、なにか司令落ち着かないのか、一定のリズムで肘掛けを人差し指で叩いていた。

 

「司令。なにか、気になる事でも?」

 

男が再度尋ねると、司令は男のすねをつま先で蹴った。

 

「おうっ!」

 

「何でもないって言ってるでしょ」

 

明らかにイライラしている司令に対し、蹴りをもらった男は恍惚とした表情を浮かべる。

 

「神無月」

 

司令は小さく右手を上げ、人差し指と中指をピンと立てた。タバコでも要求するように。

 

「はっ」

 

名前を呼ばれ即座に姿勢を正した男は、素早く懐に手をやると、棒付きのキャンディーを取り出し、速やかに包装を剥がしていく。

そして、司令の前に跪き、司令の指の間にキャンディーの棒を挟みこんだ。

 

「そういえば、円卓会議からようやく許可が下りたわ。──作戦を始めるわよ」

 

その言葉に、艦橋のクルーたちが一斉に息を呑むのが聞こえた。

 

逆に、司令はキャンディーで少し機嫌が良くなったのか、それを口に放り込み、棒をピコピコ動かす。

 

「……ああ、それと肝心の秘密兵器は? さっき、しつこく連絡が来てたんだけど……ちゃんと避難しているでしょうね?」

 

「調べてみましょう──こ、これは」

 

「どうかしたの?」

 

「司令、モニターをご覧ください」

 

男がモニターを指さすと同時に、映像が映し出された。

 

「────なっ!」

 

司令が映像に目をやると、精霊とAST要員が交戦している横で、制服姿の少女が倒れていた。

 

「なんで、あんな所に居るのよバカ!」

 

司令は勢いよく立ち上がると、映像の少女に指をさす。

 

「神無月! 一刻も早く、回収しさない!」

 

「りょ、了解しました」

 

と、男は急いで制服の少女を回収する準備に取り掛かった。




【作者:翔兎の雑談やら嘆きやらその他諸々】

さぁ、第二回に来て改めて原作との違いといいますか、
自分の趣向になってしまうのですが、士道くんと今作の士織ちゃんの違いについて、少しまとめてみます。

前に話した内容と一部被るかもしれませんがご了承ください。

まず、士道くんの女装の「士織」ではなく、
「士織」が主人公、言わば完全に女性版士道くんを目指し、なおかつ士道くんとの違いを出したいんですよね。
(主人公だけ変えて、展開は原作のままでは意味がないので・・・・・・・これが、かなり難しい)

そして、各キャラとの関係性も少し変更を加えたいと思っています。
第1話の折紙との会話だったり、一番に影響が大きいのが、やはり琴里との関係性ですよね。
「兄妹」ではなく、「姉妹」なので、より関係性の距離間を詰めるここを意識してます。
(元々ある程度、ブラコン、シスコンの兄妹だったので、姉妹になった事で、シスコン度を少し上げてます。)

この他にも、原作との違いを出していきます。
が、なかなか亀更新になりそな予感です・・・・

一番大事なのは原作ファンの方々に激しい「違和感」を持たせない事ですかね。
主人公が男性から女性に変更しているので、既に「違和感」は出てると思いますが、その「違和感」を増幅させない。
自分でも難しいこと言ってるなぁ~と思いますが、そのあたりを一番気を付けながら、必死のパッチで書き続けようと思います。


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『士織の使命』

お待たせしました。
設定の見直しや、先の物語を考えるうちに、執筆が長くなってしまいました
今後も、1週間前後で更新予定です。


──久しぶり。

 

頭の中にどこかで聞いたことのある声が響く。

 

──やっと、やっと会えたね、×××。

 

懐かしむように、慈しむように。

 

──嬉しいよ。でも、もう少し、もう少し待って。

 

あなたは一体誰、と問いかけるも、答えはない。

 

──もう、絶対に離さない。もう、絶対に間違わない。

 

 

だから、

 

不思議な声はそこで、途切れた。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「………………っ琴里!」

 

妹の名前を口にしながら、勢いよく上体を起こして士織は目を覚ました。

 

「……ここはどこ?」

 

すぐさま辺りを見渡すが誰も居ない。と思っていたが、仕切りの向こうから人の気配を感じた。

 

「……ん?目が覚めたね」

 

仕切りのカーテンが開かれると、軍服らしき服を纏った、二十歳くらいの女性が現れ、開いたカーテンを閉めて士織が寝ているベットの隣に立った。

 

無造作に纏められた髪に、分厚い隈に飾られた目、あとなぜか軍服のポケットから顔を覗かせている傷だらけのクマのぬいぐるみが特徴だった。

そして、気絶していた士織の事を看護してくれていたのだろうか、手には救急箱が抱えられている。

 

「えっと、あなたは?」

 

「……ん、ああ」

 

女はぼうっとした声で返事をすると、抱えていた救急箱を仕舞うと、士織の方に振り向いた。

 

「………ここで解析官をやっている、村雨令音だ。あいにく医務官が席を外していてね。……私が代わりに君をみていた」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

感謝の言葉を述べるが、令音という女性も先ほどから、倒れるんじゃないかと思えるくらい、身体がフラフラと揺れている。

 

もう一度、周りを見渡した士織は、さっき呟いた疑問を令音に尋ねてみた。

 

「あ、あの、ここって一体どこなんですか?」

 

自分が眠っていたパイプベッドの周りを、白いカーテンが囲むようにして仕切りが作られていた。

まるで、学校の保健室のような空間だったが、無骨な配管や天井からむき出しになっている配線が、とても気になった。

 

「……ああ、<フラクシナス>の医務室だ。気絶していたので勝手に運ばせてもらったよ」

 

「<フラクシナス>……? 気絶って……あ──」

 

そうだった。妹を探して、謎の少女と折紙の戦闘に巻き込まれて、気を失ったのだ。

 

「やっぱり、夢じゃ…ないんだよね」

 

下を向き、少し頭を抱えながらそう呟いた。

自分が経験したことが、夢ではないという実感が戻ってきた。

 

「……ついてきたまえ。君に紹介したい人がいる。……気になることが多いだろうが、どうも私は説明下手でね。詳しい話はその人から聞くといい」

 

そういうと、令音は仕切りのカーテンを開け、背を向けながら続けた。

 

「……それに、その人に会えば少しは気が楽になるだろう」

 

「──―え?」

 

不意に言われた一言に、下を向いていた士織は思わず令音の方を見る。

 

が、次の瞬間、フラフラと出入り口と思しき方向へ歩いていた令音が、足をもつれさせ、ガン! と音を立てて頭を壁に打ち付けた。

 

それを見た士織は慌てて、ベットから起きて、令音の方へ近づいた。

 

「だ、大丈夫ですか!」

 

「……むう」

 

一応、倒れはしなかったが、令音は壁に持たれながらうめく。

 

「……ああ、すまんね。最近少し寝不足気味なんだ」

 

「え……どれくらい寝てないんですか」

 

士織が尋ねると令音は少し考えてから、指を三本立てた。

 

「三日もですか!? それは眠くても仕方ないですよ」

 

「……三〇年、だったかな?」

 

「三日どころじゃなかった!」

 

さすがに、予想をはるかに超えた答えだった。

明らかに、令音の外観年齢を超えているところは、突っ込んではいけないだろうか。

 

「……どうも、不眠症気味でね、最後に睡眠を取った日が思い出せないのは本当だ」

 

「ちゃんと、休んでくださいね……」

 

なんだろう、琴里の安否も心配だが、令音の体調も心配になる。

 

「……ああ、そういえば、薬の時間だった。失礼するよ」

 

と、令音は懐を探ると、ピルケースを取り出しふたを開けると、中に入っていた錠剤を一気に口に放り込んだ。

 

「多いッ!」

 

そのまま、なんのためらいもなく、口に放り込んだ大量の錠剤を一気に飲み干す令音に驚き、思わず声を上げてしまう。

 

「……なんだね」

 

「……なんだね。じゃないですよ! 今の適量なんですか!? いったいなんの薬なんですか!?」

 

「全部睡眠導入剤だが」

 

「絶対に適量じゃない! むしろ死んじゃいますよ!」

 

「……でも、いまひとつ効き目がわるくてね」

 

「どんな身体しているんですか……」

 

「まあでも甘くて美味しいからいいんだがね」

 

「もしかして、それラムネですか? ………いや、むしろラムネであってほしいです」

 

漫才をやっているかのように、令音の一言一言にツッコミを入れる。

 

「……とにかく、こっちだ。ついてきたまえ」

 

令音は空になったピルケースを懐に戻してから、またフラフラとした足取りで医務室の扉を開ける。

 

「あっ、待って下さい」

 

士織は、令音のあとを追うようについて行く。

また、どこかに頭をぶつけないか少し心配である。

 

部屋の外は、映画で見た宇宙船や潜水艦の通路を思い出させるような光景が広がっていた。

士織は何が何だか解らないまま、ただ令音の背中を頼りに、足を進ませる。

 

「……ここだ」

 

どれくらい歩いただろうか、令音は通路の突き当りで足を止め、横に取り付けてある電子パネルを操作すると、滑らかに扉がスライドした。

 

「……さ、入りたまえ」

 

令音が中へ入ると、士織も恐る恐るそれに続いた。

 

「は、はい……」

 

そして、扉の向こうの光景に、士織は思わず息をのむ。

 

士織がくぐった扉から、半楕円の形に床が広がり、その中心には艦長席と思われる椅子が備えらていた。

さらに、左右両端には階段が延び、下の段には複雑そうなコンソールを操作するクルーたちが見受けられた。

 

「……連れてきたよ」

 

令音がふらふら、頭を揺らしながらそう言う。

 

「村雨解析官、ご苦労様です」

 

艦長席の隣に立った長身の男が、執事のように軽く礼をする。

 

「初めまして、私はここの副指令を務めています、神無月恭平と申します。以後お見知りおきを」

 

「は、初めまして。五河士織と申します……」

 

丁寧な挨拶に釣られ、少々緊張しながらも士織は両手をへその下で揃え、礼儀正しく深く頭を下げる。

 

「司令、村雨解析官が戻りました」

 

「──歓迎するわ」

 

神無月が艦長席に向かって声をかけると、『司令』と呼ばれるには少々可愛らしい声が響いた。

 

「っ!!」

 

その声が士織の耳に届くと、目を見開き脊髄反射の勢いで下げていた頭を上げ、艦長席を見つめた。

 

毎日の聞いているその声、聞き間違えるなんて絶対にありえない。

 

艦長席がゆっくりと、回転しその姿が明らかになった。

大きな黒いリボンで二つに括られた髪、小柄な体躯、どんぐりみたいに可愛らしい丸っこい目、口にくわえたチュッパチャプス。

 

士織が探していた最愛の妹が艦長席に座っていた。

 

「……琴…里?」

 

「ようこそ、<ラタトスク>へ」

 

普段の士織が知っている、無邪気で愛くるしい雰囲気とは違い、威圧的な雰囲気を発しているが、目の前に現れたのは、間違いなく士織の大事な妹、琴里である。

 

「ったく! 運が良かったわよ、姉さん。私たちが、回収して居なかったら今頃二、三回くらい死んでたかもしれないのよ?」

 

「……」

 

「だいたい! どうして警報発令中に外になんか出てたの? 姉さんは馬鹿じゃないんだから、それくらいわかってるでしょ!」

 

「……」

 

「やたら連絡してきてたから、なに事かと思って探してみたら、あんなところで気絶してなんて!」

 

「……」

 

琴里はペラペラと説教事を並べるが、士織は放心したように、ただぼうっと琴里の方を見つめている。

 

「ちょっと、姉さん! 話をちゃんと聞いて──―」

 

上の空になっている士織を注意しようとした、その時。

 

────バタッ!!

 

士織は糸の切れた人形のように、足元からくずれ、その場に座り込んだ。

 

「──なッ!?」

 

突然の出来事に驚いた表情を浮かべながら、座り込んだ姉の元へと琴里は勢いよく駆け寄る。

 

「一体、どうしたのよ姉さ────っ」

 

その場にペタンと座り込んで居た士織は、ゆっくりと膝を立てると、割れ物でも扱うかのように琴里を抱きしめ、顔をその胸元に埋めた。

 

「な、なによ。……いきなりの戦場で怖かったのかしら? ほら、私がいるから安心しなさい」

 

その言葉に士織はピクリと反応し、腰に回していた手を琴里の頬に持っていく。

 

そして次の瞬間、琴里の頬をつねると、そのまま外側に引っ張った。

 

いひゃい!(痛い! )いひゃい!(痛い! )ちょっほ(ちょっと )らにするのよ!(何するのよ)

 

「『何するの』じゃないでしょ……怖かったに決まってるでしょ……お姉ちゃんがどれだけ琴里の事を心配して探し回ったと思ってるの!」

 

士織は琴里の頬をつねながら、立ち上がり琴里をにらみつける。

 

いっへることのひみがわかんらいらけど!(言ってることの意味が解らないんだけど)

 

「GPSの位置情報が、ファミレスの前からずっと動かないから心配して探してたの! 連絡しても応答はないし、やっと見つけたと思ったら訳の分からない事を言うし!」

 

「ん? ああ……」

 

GPSと言われようやく、姉があんな危険な場所にいた原因は、自分を探していたからだとわかった。

 

わるきゃった(悪かった)、 わるひゃったわよ(悪かったわよ)

 

すぐに、姉に連絡をしなかった自分の非を多少は認め謝るが、それでも手の力は弱まらなかった。

 

ごめんひゃい(ごめんなさい)おねひゃん(お姉ちゃん)ごめんなひゃい(ごめんなさい)!」

 

痛みに我慢できなかったのか、それともちゃんと反省したのか、口調がいつもの琴里に戻っていた。

凄い剣幕で叱ってくる姉には、さすがに余裕がなかったのだろうか。

 

「許してあげない、お姉ちゃん、本当に本当に心配して……っ」

 

とたんに頬をつねる士織の手が急に緩むと、その手が震え、大粒の涙がポタッ、ポタッと零れ落ちていた。

 

「……っ本当に心配したんだから! ……琴里がいなくなったら……おねえちゃん……どうして生きていけばいいの」

 

士織はまた、ゆっくりと琴里を抱きしめる。

そこには、いつもの優しい姉がいて、ホッとする琴里であった。

 

 

 

 

 

 

 

数分後、士織が泣き止み落ち着きを取り戻したころに、今日の出来事について、琴里から説明がなされていた。

先ほどまでつねられていた頬を少しなでながら。

 

「──で、これが精霊って呼ばれてる怪物で、こっちがAST」

 

「……痛む?」

 

「ええ、とっっっても」

 

「…うっ……ごめんてば」

 

感情に任せ手加減を忘れたせいか、琴里の頬は十分に赤くなっていた。

 

士織はちょっと反省した顔を、琴里は少しムスッとした顔でジトっと姉を見つめる。先ほどとは立場がまるで逆だ。

 

「いいわ、許してあげる。あれが姉さんじゃなかったら今頃、その場に土下座させながら、その頭を踏んずけてやる所よ」

 

「司令! それは本当ですか!」

 

琴里の横に立っていた神無月が喜びの声を上げるが、即座に「黙ってなさい」とみぞおちに肘鉄を食らった。

 

そんな光景を見て、大事な妹の周りに得体の知れない人物が何人も居ることに士織は少々不安になる。

 

「で、ここまでの話をちゃんと理解しているんでしょうね?」

 

まるで、何事もなかったかのように、平然とした顔で士織に尋ねる。

隣で幸せそうな顔を浮かべながら、のたうち回る神無月の存在など目に止まらないのだろうか。

 

「あの、ドレスみたいな服を来てた女の子が精霊……だっけ?」

 

「そ、彼女は本来この世界には存在しないモノであり、この世界に出現するだけで、己の意志とは関係なく、辺り一帯を吹き飛ばしちゃうの」

 

「吹き飛ばす……もしかして空間震?」

 

この目で目の当たりにした、街に突如として現れたクレーターと、その前に発生したとてつもない爆風を思い出した。

 

「察しが良くて助かるわ。空間震は彼女みたいな精霊が、この世界に現れる時の余波みたいなものなの」

 

人類の悩みの一つである空間震は、一人の少女が原因で引き起っていたのだ。

 

「まぁ、空間震の規模はまちまちだけどね。小さければ数メートル程度、大きければ大陸に大穴が開くレベルよ」

 

琴里が手で小さな輪を作った後、今度は腕も使って大きな輪を作り、士織に分かりやすいようジェスチャーを入れながら伝える。

「可愛い」そう思いながら、琴里にバレないように手で口元を隠し士織はひそかに軽くニヤついていた。

 

「で、次はこっち。AST。精霊専門の部隊よ」

 

恐らく、折紙が居たあの集団のことだろうと、士織はすぐに察知した。

 

「あの人たちは、なぜ精霊に攻撃するの?」

 

「そんなの簡単よ。ASTの仕事は出現した精霊を処理する。つまり、ぶっ殺す事が仕事なんだから」

 

「殺すって……そんな!」

 

当然と言わんばかりに答えられ、士織は複雑な気持ちになっていた。

 

「なにもおかしい事はないわ。現れるだけで空間震が発生するなんて、もはや存在自体が災害レベルなんだから」

 

「でも、空間震は精霊の意志とは関係ないんでしょ?」

 

「それはあくまで、有力な話ってこと、もしかしたらASTが何もしなくても、精霊は大喜びで破壊活動を始める。なんてこともありえるのよ」

 

琴里には、そう言われたが、何度でも思い返す。士織の脳裏に刻まれた、彼女のあの悲しげな表情を。

 

「それは、……私は、ないと思う」

 

「根拠は?」

 

「あんな、悲しい顔をしてる子が、好きで街を破壊しているなんて、絶対にない」

 

根拠も確信もない。でも、士織にはわかる。

 

士織の真っ直ぐな答えに琴里は「そう」と答える。

 

「でも、どちらにしろ精霊が空間震を起こすことに変わりないんだから、当人の意志なんて関係なく、危険な生物を野放しに出来ないのもまた事実よ」

 

「そうかもしれないけど、だからって、殺すなんて」

 

「じゃあ、姉さんには何か方法でもあるの?」

 

そう言われ、下を向いて黙ってしまう士織。

 

理解している。自分の考えは、ただの我儘にすぎない。

彼女が危険な存在だということは理解している。だから、処理するのが当たり前だろう。

 

でも、今にも泣き出しそうな顔をしていた、あの少女を何が何でも救いたい。

そして、あの子に手を差し伸べられるとしたら、もう自分しかいない。

 

「……方法なんてわからない」

 

確かに方法なんて解らない。でも――

 

「けど、もう一度あの子と話がしたい! あの子に今必要なのは、自分の存在を否定せず認めてくれる人! そして、私ならあの子を救える!」

 

真っ直ぐに琴里を見つめ自分の考えを言い放った。

 

「それでこそ私の姉さん。――いいわ手伝ってあげる」

 

「琴里が……?」

 

琴里は立ち上がり艦内の全てを示すように、両手を広げた。

 

「いえ、私だけじゃない。<ラタトスク機関> の総力をもって、姉さんをサポートしてあげる」

 

「ここの人たち、皆が私を?」

 

その言葉を合図にクルー全員の視線が士織に集まる。

 

「そう。私たち<ラタトスク>は、ASTと違い対話によって精霊の空間震を解決するために組まれた組織なの」

 

「そんな、組織がなんで私なんかに?」

 

組織の司令と呼ばれている琴里に少女と救いたいと、勢いよく宣言したのは自分であるが、どこにでも居るような一人の少女に巨大な組織が全面的にサポートするのは、いささか謎ではある。

 

「だって、この <ラタトスク> は、元々姉さんの為に作られた組織だから」

 

「ま、待ってよ。余計に意味が解らないんだけど……」

 

琴里の一言、一言にさらに困惑する。なぜ自分なのだろう。

こんな船まで用意する組織なら、交渉のスペシャリストなど普通に居るのではないのか?

 

士織は困った顔をしながら、妹に疑問を投げかけた。

 

「まぁ、姉さんは特別なの」

 

が、そんな疑問は、妹の「特別だから」という一言で、解決させられた。

 

「答えになってないよ……」

 

「ごめんなさい、理由はそのうち話すわ。とりあえず、今は私たちを信じるか、それとも一人でなんの対策もせずに突っ込む気か、どちらかを選んで」

 

どちらを選べと言われても、妹にそう言われてしまっては、答えなんて一つしかないだろう。

 

士織は、一度「ふう」と息を吐くと、何かを決心したような顔つきで、琴里の方を向いた。

 

「わかった。私は琴里を信じる」

 

「ありがとう、姉さん」

 

多少なりとも不安があったが、こんな巨大な組織が力を貸してくれるなら、心強いことこの上ない。

 

「教えて、琴里。私はどうすればいい? どうしたらあの子を救える?」

 

「それはね……」

 

琴里は少しニヤついた表情を浮かべる。

 

「精霊に――恋をさせるの」

 

艦内がしーんと静まり返る。

 

「………………え、え、え?」

 

さっきまでの真剣な表情は何処へやら、士織は目を点にして、そこら付近に「?」マークを浮かべる。

 

「こ、こい? ………池を泳いでる」

 

「それは、『鯉』。姉さん、お決まりのボケみたいなのは辞めてくれない?」

 

「……え? じゃあ、恋愛のお付き合いするほうの……?」

 

「だから、さっきからそう言ってるじゃない。なに、姉さんそんな鈍キャラだったの?」

 

「いや、言ってることは、わかるよ? ………でも、ほら、私は女の子だよ?」

 

「恋愛に性別なんて関係ないじゃない」

 

「それはそうだけど、……お姉ちゃんも否定はしないよ? ……でも私、誰ともお付き合いしたことないし」

 

「知ってるわ」

 

「んー、知っているならなおさら………じゃあ、まず男の人とお付き合いして、そこから学んで―――」

 

「ダメよ! それは絶対ダメ! 私が認めない! どこの馬の骨かも知れない男とお付き合いするのは絶対に、み!と!め!な!い!」

 

「えぇ………」

 

長いやり取りを、琴里は「とにかく」の一言で打ち切る。

 

「他に方法が無いの、あの子を救いたいなら協力して」

 

「わ、わかったよ……」

 

なぜ、「恋」なのか? 理由については、色々と聞きたい事があったが、信頼する琴里が言うのだからそれしかないのであろう。

そう自らを納得させ、士織は頷いた。

 

「決まりね。今までのデータからして、次に精霊が現界するのは最短でも一週間後。姉さん、早速明日から訓練よ」

 

「……訓練?」

 

一体何をさせられるのかと、不安に思う士織だったが、今は琴里を信じるしかなかった。




黒リボンの琴里が多少優しく見えますが、相手が兄と姉では対応が違うかなと思って、書きました。
また、黒リボンでさえ逆らえない姉というポジションも増やしたいです。

今後もそういう原作との違いが増えるかもしれませんが、温かく見守ってください。


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『訓練』

どうも、翔兎です。
お待たせいたしました。やっと投稿出来てホッとしています。

実は私、デート・ア・ライブはアニメ勢でしたので、
つい先週、原作を最終巻まで、まとめ買いしまして、現在読み進めつつ執筆を行っています。
なので、原作キャラの言動、性格などがブレていないか心配です。
今後も、2週間前後の投稿になると思われますが、いろいろな方に楽しめる作品にしたいと思っております。



 信じられない体験をした翌日、士織は普段と変らない日常を送っていた。

昨日はあの後、詳しい説明を組織の人間から聞かされたり、書類にサインを書かされたりしたせいで、家に帰るころには深夜を過ぎていた。

朝起きて昨日の出来事は全て夢でした。

なんて、事も少し期待したが、身体の気怠さが全て物語っていた。

 

疲れ切った体で授業を乗り切り、帰りのホームルームで支度をしていたその時、士織は突然、折紙に手を掴まれた。

 

「来て」

 

「え? ……あ、ちょっと、折紙?」

 

尋ねるように名前を呼ぶが、折紙は何も答えない。そして、手を掴まれたまま教室から出て、階段を上がっていき、気がつけば屋上の扉の前に連れてこられた。

 

「えっと……どうかした?」

 

「昨日、士織はなぜあんな所にいたの」

 

改めて士織が尋ねると、折紙は士織を逃がさぬよう壁際に追いやり、掴んでいた士織の手を指を絡めるように握り、迫るようにじっと見つめて言った。

 

「あ、あの妹が警報発令中に街にいたみたいで、探してて……」

 

突然の折紙の行動に、驚きを見せながらも、照れからか少し顔を赤くしながら視線をそらして答えた。

 

「見つかった?」

 

「う、うん、なんとかね」

 

なんだったら、どこぞの組織の司令までやってました。

 

「なら、よかった。士織も無事で安心した」

 

「心配かけてごめんね……」

 

「かまわない、けれど、昨日のことは全部忘れた方がいい」

 

昨日の出来事、それはつまり。

 

「……全部って、あの女の子の事も?」

 

「………」

 

折紙は何も答えなかったが、握られている手に力が込められたのがわかった。

 

「あの女の子って、一体何者なの?」

 

もちろん、あの少女が「精霊」という存在なのは、琴里からは聞かされていたが、少女と戦っている折紙は、彼女をどう見ているのか気になった。

 

「あれは、精霊」

 

そう答えると、折紙は続けた。

 

「私が倒さなければならないもの」

 

「……あの子って、そんなにも悪い子……なの?」

 

士織がそう質問すると、折紙の手にさらに力が込められより深く繋がれた。

 

「私の両親は、五年前に精霊のせいで死んだ」

 

「──っ!」

 

思いもしなかった答えに、士織は言葉がでなかった。

 

「私のような人間は、もう増やしたくない」

 

精霊という存在が現界するたびに、誰かが被害を受けてしまうことは、士織自身わかってはいたことだが、目の前にいる折紙がその一人であった。

それを聞いてしまった瞬間、士織は胸が何かに、締め付けられるような感覚に襲われた。

 

何も言い返す事が出ぎず、数秒の間二人に沈黙が訪れた後、また折紙が口を開い。

 

「聞きたかったのはそれだけ?」

 

「……うん」

 

「そう。では、二つ約束して欲しい」

 

折紙はそう言うと、もう片方の手を前に出し一本ずつ指を上げながら約束事を告げた。

 

「一つは、昨日のような無茶はしないで欲しい。何かあった場合、私に言ってくれれば必ず対処する。もう一つは、今話した事と昨日見た出来事を誰にも話さないで欲しい」

 

おそらく、二つ目の約束の為に人のない所へ連れてきたのだろう。

 

「わかった……約束する」

 

とは言ったものの精霊を救うためには、一つ目の約束は果たせそうにない。士織は心の中で「ごめん」と詫びを入れた。

 

「ありがとう。じゃあ、また明日」

 

折紙は納得すると、絡めていた手を放し、士織に別れのあいさつを告げて階段を降りていった。

 

「うん、またね」

 

一方の士織は折紙にあいさつを返し見送った後、壁に背を預け「はぁぁ…」と大きく息を吐くと、その場にゆっくりと座り込んだ。

 

──私の両親は、五年前に精霊のせいで死んだ

 

折紙の放ったその一言は、士織に重くのしかかっていた。

 

もし、精霊のせいで自分も家族が、琴里が──ダメだ。これ以上考えてしまうと、大切にしていた気持ちが揺らいでしまう。

 

「私って、甘いのかな……」

 

ずっと握られていたを見つめながらそう呟く。

 

その手は汗で湿っていた。士織の汗だけではない、どちらかと言うと折紙の汗だった。彼女なりに無茶をしていた士織の事を心配し、怒っていたのだろうか? 何かを訴えかけるようにとても強く握られていた。

そして、精霊の話になったとたん、折紙の手を握る力はさらに強くなった。

 

表情には全くでなかったが、ほんの少しだけ握られた手を通して折紙の精霊に対する想いが伝わった気がする。

 

だが、自分はあの精霊を救う。そう、決めたのだから何があっても、その思いを突き通さなければならない。

 

「……折紙って、意外と大胆?」

 

考えがまとまった後、握られていた手を見つめたまま最後に思ったことを何気なく呟くと、立ち上がって士織も階段を下りていった。

 

と、下りていった先で、なにやら廊下に白い物体が転がっていた。

 

「………ふぇ?」

 

白い物体をよく見ると、白衣を着た女性がうつ伏せ状態で廊下にぺったりと張り付いていた。

 

士織はそれに気が付くと、一目散に駆け寄った。

 

「だ、大丈夫ですか!」

 

「ああ……心配いらない。転んでしまっただけだ」

 

そう言いながら、女性は顔を起こすと、士織と目が合った。

 

「え、あ、あなたは」

 

その顔には見覚えがあった。<ラタトスク>の解析官である村雨令音だった。

 

「……ん? ああ、君か」

 

「君か、じゃないですよ、何してるんですか、こんなところで……」

 

「……見てわからないかい? 教員としてしばらく世話になることにしたんだ。ちなみに教科は物理、二年四組の副担任も兼任する」

 

白衣に付けているネームプレートを指しながら、令音はいった。

 

「いや、わかりませんよ……立てますか?」

 

そういいながら、令音に手を差し伸べてると、令音もその手を取り立ち上がる。

 

「……ん、悪いね」

 

「どういたしまして、えっと……村雨解析官?」

 

先生? 解析官? 村雨さん? どう呼んでいいわからず、首を横に傾けながら伺うように名前を呼んだ。

 

「……ん、ああ、令音で構わんよ」

 

「わかりました。令音……さん」

 

そう言えば、琴里も名前で呼んでいた。歳は明らかに令音の方が上だが、呼び捨てで名前を呼び合ってるのだから、仲が良いのだろうか。

 

「……うん、では、私も名前で呼ばせてもらおう、連携と協力は信頼から生まれるからね」

 

そういうと、考えるように顎に手を当てながら、令音は士織の顔をじっと見つめ、一拍開けて口を開いた。

 

「ええと、君はシオリ、だったかな」

 

「………………」

 

「……ん、ちがったかな」

 

「い、いえ、あってます」

 

令音の事だからよくわからない名前で呼ばれると身構えていたが、逆に何もなくて驚いている。

 

「……さてシオリ、早速だが昨日琴里が言っていた強化訓練の準備が整った。ちょうど君を探していた所でね、このまま物理準備室に向かおう」

 

そう言って、令音が歩き始めると、士織はその後をついていった。

 

「あのー、訓練って一体どんなことをするんですか?」

 

「……うむ。琴里に聞いたが、シオリ、君は男の子とも交際をしたことがないそうじゃないか」

 

「……琴里もありませんけどね」

 

勝手に自分の恋愛経験ゼロの情報を妹に流されたので、仕返しと言わんばかりに妹の恋愛事情も話す姉。

 

「……別にそれが悪いという話じゃあない。姉妹そろって身持ちが固いのは大変結構なことだ。……だが、相手は精霊となるとそうも言ってられないんだ」

 

「そうですよね……」

 

確かに、口説くことに成功すれば、世界の脅威が減る。何が何でも成功させなければならない。

 

そんな話をしている途中、ちょうど職員室の近くを通りかかった時、

 

「……!!」

 

士織がセンサーのように何かに反応し、視線を職員室の方に向ける。

 

「……どうしたのかね?」

 

令音も士織と同じ方向に視線を合わせると、担任のタマちゃん先生が歩く後ろに、見覚えのある影がついて回っていた。

 

そして、あちらも士織の気配に気づいたのだろうか、お互いの視線が重なると「あ!」と声を上げ、琴里が満面の笑みで駆け寄ってきた。

 

「おねーちゃぁぁぁぁん!」

 

「ことりぃぃぃぃぃぃぃ!」

 

互いの事を叫びながら呼び合うと、両手を広げて突撃してきた琴里を士織が優しく包み込んだ。

 

「会いたかったぞお姉ちゃん!」

 

無邪気な笑顔で、士織の顔を見上げる白リボンを付けた琴里。

 

「私も会いたかったよ。……勝手にお姉ちゃんの恋愛事情を話したのはこのお口かなぁ?」

 

士織も優しい笑みを浮かべながら、琴里のほっぺをむにゅむみゅと優しく触る。

 

「あはは、ごめんなさーい。でも、私はお姉ちゃんを独り占めできて嬉しいぞ」

 

『尊い……』

『あれが、噂の五河姉妹』

『間に挟まれたい』

『マジ尊いわ~』

 

周りの生徒も姉妹のやり取りをみて、男女問わず微笑ましいムードになっている。

 

「あ、五河さん。妹さんが来てたから、今校内放送で呼ぼうとしてたんですよぅ」

 

琴里を追って、案内していたタマちゃん先生が歩いてきた。

 

「タマちゃん先生、わざわざありがとうございます」

 

「おー、先生、ありがとー!」

 

「はぁい、どういたしましてぇ」

 

琴里はお礼を言いながら手をブンブンと手を振ると、先生もにこやかな表情で軽く手を振りながらその場を後にする。

 

「で、琴里はなんで高校に? お姉ちゃんに会いに来ただけ? それはそれで嬉しいけど」

 

「んー、会いたかったのは本当だぞ。でも、詳しい話は……こっちこっち」

 

そう言って、琴里は先に歩き出しながら士織を手招きする。

 

周りには五河姉妹のやりとりに見惚れていた生徒が何人かいた。恐らく人前では話せないことなのだろう。

おそらく、訓練についての説明だろうか、そう思った士織は令音と共に琴里についていった。

 

「……早かったね、琴里」

 

「うん、途中で<フラクシナス>に拾ってもらったからね!」

 

そういえば、昨日は<フラクシナス>についても、後から琴里に説明された。

どうやら、<ラタトスク>の誇る空中艦らしい。ちなみに、琴里のGPSがファミレスの前を示していた件についても、頬赤くした琴里本人から不機嫌そうな顔で説明された。

 

「さ。ついたよ、入ろー、入ろー」

 

ついたのは、物理実験室。ここで一体何の訓練をさせられるのか疑問ではあるが、士織はドアを滑らせて中に入った。

 

「……な、なんですかこの部屋」

 

部屋に入るなり少し唖然とする士織。

 

中はコンピューターやディスプレイなど、物理準備室とは到底思えない機械がならんでした。

 

「……部屋の備品さ?」

 

「どうして、疑問形なんですか! それ以前に学校の設備を勝手にかえていいんですか?」

 

「…………うむ」

 

顎に手をやり考える令音。

 

「………」

 

「………」

 

数秒の時間が過ぎ、令音が口を開いた。

 

「……まぁ、いいじゃあないか」

 

「絶対よくないですよ……」

 

せめて、何かしらの言い訳をされたほうが良かったと思う。

 

「姉さん、いつまでそこに立ってるのよ。ほら、カカシじゃないんだから。こっちよ」

 

いつの間やら黒リボンに付け替えた琴里が、チュッパチャプスを頬張りながら、士織の袖を引っ張る。

 

「う、うん」

 

昨日から見る琴里の変貌っぷりに、まだ驚きを隠せないが、大事な妹である事には変らないと士織のなかでは整理されていた。

このリボンの色がマインドセットのスイッチになっているのだろうか。

 

「……さ、シオリ。さっそくだが訓練を始めよう。ここに座りたまえ」

 

「わかりました」

 

令音に促され、パイプ椅子に座る。

 

「で、訓練て何をするんですか?」

 

机の上にはディスプレイなど複数の機械が置かれているが、訓練をするための道具など、目ぼしい物は見当たらない。

 

「……そう難しい話ではないさ。女性に対する恋愛というのに慣れておいてもらわねばならないんだ」

 

「女性への恋愛……」

 

「……ああ、シオリはクラスの女子との何気ない会話はこなしていそうだが、恋愛になるとその対応は変ってくるということさ」

 

「確かにそうですね……」

 

士織自信、クラスの女子との関係性は良好である。

話しかけるくらいのことは決して苦ではないが、口説いて惚れさせるとなれば話は別だ。

 

「だから、姉さんには訓練として、これをやってもらうわ」

 

と、琴里がパソコンの電源を入れると、ディスプレイに可愛らしい女の子が数人表示され、ポップな音楽と共にタイトルが流れてきた。

 

『恋してマイ・リトル・シオリ』

 

「……えっと、これって」

 

「……うむ、恋愛シミュレーションゲームというやつだ。もちろん、登場人物は全て女性になっている」

 

「本当にゲームで訓練になるんですか?」

 

士織の言うことはもっともだ、シミュレーションといえど、ゲームと現実はかけ離れている。

 

「……まぁ、そういわないでくれ。これはあくまで訓練の第一段階さ。それに、このゲームは<ラタトスク>総監修でね。現実に起こりうるシチュエーションを再現してある。心構えくらいにはなるはずだ」

 

「と、とりあえず、やればいいんですね……」

 

まぁ、琴里や令音さんが言うのだから、信じてプレイしてみよう。そう思い士織はコントローラーを握った。

 

モノローグを読みながらゲームを進めると、画面が一瞬暗転する。

 

『お姉ちゃん、朝だよぉ~! 起きてー』

 

そんな可愛らしいボイスとともに、イベントCGが画面に表示された。

 

「え、この子可愛い。……ほら見て琴里! この女の子琴里にそっくりで、とっても可愛いよ!」

 

琴里の方を振り返りながら、ニヤついた顔でディスプレイに映ったキャラを指さす。

 

「何よ姉さん、二次元のキャラにデレデレして、ああ、もしかしてそっちの趣味が先に目覚めた?」

 

そう言いながら、士織を少しだけ見下すように琴里はここぞと言わんばかりに、強気の態度を見せる。

 

「なーに? 琴里もしかして嫉妬してるの? 可愛いなぁ~もう!」

 

椅子に座りながら、琴里の頭に手を伸ばし優しく撫でる。

白リボンでも、黒リボンでも、琴里の扱い方をよく理解している姉だ。

 

「なっ! ──っ! いいから早く画面の選択肢を選んで!」

 

声を少し荒げながらも、顔を少し赤くして琴里はゲーム画面を指さした。

 

ゲーム画面には、好感度のようなメーターと3つの選択肢が表示されていた。

 

①「おはよう。愛してるよリリコ」愛を込めて妹を抱きしめる。

②「うるさいな……もう少し寝かせて」不機嫌そうに言って二度寝する。

③「リリコも一緒にお姉ちゃんと寝よう」リリコの手を引っ張り一緒の布団で二度寝する。

 

「わぁ、本当に現実的な三択になってる……」

 

「……ちなみに、選択画面は制限時間が設けられている」

 

令音に説明された通り、選択画面の端にはタイマーのようなオブジェクトが備えられていた。

 

「あ、えっと、じゃあこれで……」

 

士織は手っ取り早く、①を選択した。

 

「おはよう。愛してるよリリコ」

私はリリコを、愛をこめて抱きしめた。

すると、リリコは途端に顔を赤くしながら、私を抱きしめ返した。

「う、うん……私も愛してるよ。おねえちゃん」

 

好感度のパラメーターが少し上昇した。

 

「あ、意外とすんなり上がるんですね好感度」

 

「……最初はなるべく優しい難易度に設計されていてね。ゲームの進行が進むにつれて、難しい選択を迫られるさ」

 

思った以上には良心設計になっている。これならば、クリアすることは難しく無いだろうと士織は考えていた。

 

「とは言っても、本番の相手は精霊。選択を間違えれば姉さんはもちろん、私たちも被害を被る可能性があるわ。──だから、もしも選択を間違えたらペナルティーが発生するように設定しているわ」

 

「え……一体なにされるの?」

 

恐る恐る琴里にペナルティの内容を聞くと、一瞬ニヤっとした表情を浮かべ、コントローラーを貸してと言わんばかりに、手を差し伸べてきた。

 

士織がコントローラーを渡すと、慣れた手つきで操作し、先ほどの選択画面に戻ると、②の選択しを琴里は選んだ。

 

 

「うるさいな……もう少し寝かせて」

私は、不機嫌な態度でリリコを追い返した。

「う…うう……お姉ちゃんに嫌われたぁ~」

リリコは涙目を浮かべながら部屋を後にした。

 

好感度のメーターが減少すると同時に再びディスプレイの画面が暗転する。

 

そして、暗転した画面の中心にフリフリの衣装、一般的にゴズロリと言われている服を着た士織の写真が表示されていた。

 

「な……なななななんで! ど、どうして、この服着てる私の写真があるのぉ!」

 

士織は画像を見た瞬間、立ち上がり顔を真っ赤にしながら、必死に画面を隠そうとする。

 

「無駄よ姉さん。写真ならここにたんまりとあるわ」

 

そう言った琴里の手には、ゴスロリ以外にも、メイド服や、眼帯を付けポーズ決めている写真、中には露出している部分が多く、とても際どくカッコイイ衣装着た士織の写真などが数枚あった。

 

「ダメぇぇ! 見ちゃダメぇぇ! 琴里! 今すぐそれを渡しなさい!」

 

「あら、渡してもいいけど、無駄よ既にコピーは何枚もあるんだから。それに、こんなのもあるわよ」

 

と、写真をしまうと一冊のノートを士織に見せる。ノートには『神ノ聖典』と書かれていた。

 

ノートを見た途端、士織の顔は青ざめていった。

 

「ま、待って……琴里。お願いだから……そのノートを今すぐお姉ちゃんに渡して。ね、琴里は良い子だから」

 

無理やり笑顔を作り琴里を説得しようとするが、明らかに表情がひきつっている。

 

だが、琴里はおもむろにノートを広げると、中に書かれた言葉を読み始めた。

 

「えっと、なになに。『私は、神に愛されし──』」

 

「読まないでぇぇ! お願いだからぁ~!」

 

今度は耳を塞ぎ、目に涙を浮かべながら妹に懇願する。もうすでに士織のライフはゼロであるが、昨日の頬っぺたの仕返しと言わんばかりに、琴里はとどめを指す。

 

「ほら、姉さん。こんなのもあるわよ」

 

琴里が端末を士織の目の前に突きつけ、再生ボタンのマークを推す。

 

『──私の力の前にひれ伏すがいい!』

 

端末から流れてきた音声は間違いなく決めセリフを言っていた士織の音声であった。

 

「──っんんんん!」

 

それを聞いた途端、士織の顔は耳まで真っ赤になり、言葉通りその場に頭を抱えてひれ伏した。

 

「……琴里。君、少し楽しんでいないかい?」

 

「あら、そんなことないわよ。ただ、姉さんの反応が面白いだけよ」

 

いや、それを楽しんでいると言うのではないだろうか。

 

しばらくして、士織が少し落ち着きを取り戻すと、涙目のまま顔をあげる。

 

「琴里には、絶対バレないようにしてたのに……」

 

「ふん……何年、姉さんの妹やってると思ってるのよ」

 

腕を組み少し誇らしげな顔をする琴里であった。

 

「……まぁ、誰でも一人で楽しむ趣味くらい持っていても、不思議ではないじゃないか」

 

令音はそう言って士織を少しフォローするが、彼女の場合、趣味の領域を超えるくらい痛々しいデータが残っている。

 

「いえ、一人じゃないですよ。共感してくれる友達がいたので……それが嬉しくてつい一人でもエスカレートすることが多くて……」

 

「ああ、姉さんがたまに衣装を紙袋に入れて外に出てたのは、その人と会ってたってわけね」

 

「……うん。最近は連絡お互いに取ってなくて会えてないんだけどね。あ、でも、その子すっごく美人でね! 上品な言葉使いで、綺麗な黒髪で片目が隠れてるって所が、とってもかっこよくて!」

 

旧友の話になり急に話が弾みだす士織であったが、琴里は「コホン」とわざとらしく咳ばらいをして、話を止める。

 

「姉さん、その話はいいから、今は訓練に集中してちょうだい」

 

「うぅ……元々は琴里が原因で手が止まっただけなのに」

 

しぶしぶパイプ椅子に座り直すと、コントローラーを握り直しゲームを再開する。

 

「ねぇ琴里、それ、全部どうする気なの?」

 

「残念だけどそれは秘密よ。心配しなくても次に精霊が現界するまでにゲームをクリアーできれば、データは全て返してあげる」

 

「……絶対に約束だよ」

 

はたして、士織は無事に精霊が現れるまでにゲームをクリアー出来るのだろうか。

泣きそうになりながらも、必死でゲームをプレイする事を士織は誓った。




お疲れ様でした。

いや、めっちゃ文字数増えました。
むしろ、今後もこれくらいの文字数になるんじゃないかな。

ちなみに、士織の中二病具合は士道君よりちょっと強めで考えています(笑)
また、旧友という立場であのキャラの存在も早めにチラつかせたり、
いろんな、変化を取り入れたいと思っています。

とりあえず今は、琴里や折紙など現在登場している主要キャラとのやり取りを大事に書いていますが、
次回から十香が本格的に登場してくるので、うまく書けるか心配ですが、必死のパッチで頑張りたいと思います。


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『また会うために』


大変お待たせしてしまいました

やっと、完成したぁぁぁ

1、2週間の予定でしたが、
思いっきり3週間超えてました

ちょっと、リアルが忙しかったのと、
今話の序盤をどう進めるか悩んでいましたら、かなりのお時間かかってしまいました。

あと、前回に十香が登場予定と書いていたのですが、文字数の都合上次回に回しました。すまぬ十香

まぁ、今後もこれくらい時間がかかる可能性があるのでご理解ください!

感想、評価、お気に入りなどは増えているのでモチベーションはあります今後ともよろしくお願いします。


士織がシミュレーションゲームによる訓練を始めてから約一〇日が経った。

 

「……や、やっと、終わったぁ」

 

コントローラーを片手に持ち、「うーん」とうめき声を出しながら背筋を伸ばす。

 

ディスプレイの画面には「Fin」の文字と共にヒロイン達と主人公の幸せそうなCGが映し出されていた。

 

「はぁ、思ったよりいいお話だった……大変な目にもあったけど……」

 

そう言った士織の目元は少しだけ涙が溜まっていた。

 

ゲームのシナリオに感動したのは間違いないのだが……後半は難易度が上がり、幾度となく士織の古傷を抉るような写真、音声、動画が画面に表示され続けた。

 

「……ん、まあ少し時間はかかったが、第一段階はクリアとしておくか」

 

「一応CGコンプしたみたいだし、とりあえずは合格としておこうかしらね。姉さんの慌てふためく姿がこれ以上見れないのは残念だけど」

 

後ろにいた令音と琴里それぞれ呟く。いたずらな笑みを浮かべている琴里を士織は涙目で見つめる。

 

「大丈夫よ姉さん、約束通りデータは返すわ。で、次の訓練だけど……生身の女性にしましょ」

 

「え、もう? いきなりすぎない?」

 

琴里から次の訓練内容を聞かされて少し動揺する士織。

 

現実に近いシチュエーションがあったとはいえ、先程まで士織が相手にしていたのは、決められた選択肢を用いて口説くゲームの中の女の子。それをクリアしたからといって、現実の女性に通じる保証はない。

 

「悪いけど時間が押してるから手段を選んでる暇はないの」

 

「……わかった」

 

精霊と出会ってから既に一〇日以上が経過している。いつ現界してもおかしくはない、ここは琴里に従うのが懸命だろう。

 

「そうと決まれば、相手は誰がいいかしらね……」

 

琴里がそういうと、横にいる令音が手元のコンソールを操作し始める。

 

すると、机の上に並べられたディスプレイに学校内の映像がいくつも映し出された。

 

「……そうだね。まずは無難に、彼女なんてどうだろう」

 

令音はディスプレイの端に映っているタマちゃん先生を指しながら琴里に提案する。

 

「──ああ、なるほど。彼女なら心配なさそうね」

 

令音の提案に琴里が納得するのを見て、士織は嫌な予感を感じ取った。

 

「れ、令音さん。もしかして……」

 

「……ああ。次の訓練なんだが、とりあえず、岡峰珠恵教諭を口説いてきたまえ」

 

「やっぱりですか! 無茶ですよ!」

 

少し顔を赤くしながら、思わず叫ぶ。

 

「でも、本番はもっと難物に挑まなきゃならないのよ?」

 

「うっ……それは、そうだけど……」

 

確かに、本番の相手は精霊。ましてや、初対面の士織を殺そうともしてきた相手だ。

 

「……最初の相手としては、かなり適任かと思うがね。恐らくシオリが告白したとしても受け入れはしないだろうし、ぺらぺらと言いふらしたりもしなさそうだ。……それとも女子生徒の方がいいかい?」

 

「うっ……先生でお願いします」

 

「……よし」

 

令音は頷くと、机の引き出しから小さな機械を取り出し士織に渡した。

 

「……本番、精霊が出現したら、その小型インカムを耳に忍ばせて、こちらの指示に従って対応してもらう。今回はその実戦を想定した訓練も兼ねている。……まずは、耳につけてみたまえ」

 

「わかりました」

 

渡されたインカムを令音に言われた通り右耳にはめ込む。

 

次に令音は机の引き出しからマイクとヘッドフォンを取り出すと、マイクに向かって囁いた。

 

『……どうかね、聞こえるかな?』

 

「ひゃっ!?」

 

はめ込んだインカムから令音の声が響くと、士織は可愛い悲鳴を上げながら肩をびくっと震わせた。

 

『……ちゃんと、声は通ってるね。音量は大丈夫かい』

 

「は、はい大丈夫です……ちょっとビックリしちゃいましたけど……」

 

士織がそう答えると、令音は机の上に出していたヘッドホンを耳に当てた。

 

「……うむ。そちらの声も拾えている。問題はなさそうだ」

 

「え? これにもマイクついてるんですか?」

 

「……ああ。高感度の集音マイクが搭載されている。必要な音声だけをこちらに送ってくれるスグレモノだ」

 

「へぇー……」

 

なんだか、やっと秘密組織らしい支援を受けていると感心する士織。

 

「準備はできたかしら? ターゲットは今、東校舎の三階廊下よ。姉さん、早速だけど向かってちょうだい」

 

琴里が指を差しているモニターにタマちゃん先生が映し出されている。

 

その場所ならここからそう遠くない、士織は決心というよりは何かを諦めたように一度息を吐くと、軽く身だしなみを整え扉の方に向かった。

 

「……そちらの動向は超小型の高感度カメラで常に確認しておく。虫と間違って潰さないようにしてくれ」

 

士織が周りを確認すると、確かに小さな黒い物体が浮遊していた。

 

「わかりました。気を付けますね」

 

そして、士織は物理準備室を出て、タマちゃん先生の所へ向かった。

 

階段を下りるとすぐにタマちゃん先生の姿が見えた。

幸いなことに周りに生徒は居ない、士織は素早くタマちゃん先生に近づいた。

 

「タマちゃん先生」

 

本人しか聞こえないくらいの声で呼ぶと、タマちゃん先生はその場に立ち止まり振りかえる。

 

「あれ、五河さん? どうしたんですかぁ?」

 

「えっと……あ、あの──」

 

物理準備室で決心は固めていたが、はやり本人を目の前にすると少しばかり緊張感が増してきた。

 

『──大丈夫、落ち着いて姉さん。これは訓練だから、しくじっても死んだりしないわ』

 

「そうはいっても……」

 

「え? なんですか?」

 

インカムから聞こえた琴里の声に答えたが、それに反応してタマちゃん先生が首を傾げている。

 

「い、いえ、なんでもないです……」

 

『……君が最初の訓練でしたゲームのセリフを使うなんてどうだい? あのゲームの攻略対象に年上の教師もいたはずだろう』

 

『それは、名案ね。ゲームの主人公になりきってみなさい。……姉さんペナルティーの映像でも、散々決めセリフを言ってたじゃない』

 

令音から確かに良いアドバイスがきたが、隣にいるであろう琴里がそれを題材にからかってきた。

 

「もう! それは言わないでよ!」

 

また、自信の黒歴史を掘り返され、思わずその場で叫んでしまった。

 

「あ、あの、五河さん……どうかしたんですか……」

 

「うっ、ご、ごめんなさい何でもないです……」

 

インカムから微かにだが、クスクスと琴里が笑っている声が聞こえる。

 

落ち着けと言われたと思ったら、急にからかってきたり、ここ最近は琴里に手のひらの上で転がされてる気がする。

 

とにかく、これ以上先生を待たせるわけにもいかず、士織は頭の中にセリフを思い浮かべながら、意を決して口を開き始めた。

 

「先生って、本当に可愛らしいですよね」

 

「き、急にどうしたんですか? 先生をからかっちゃダメですよぉ」

 

「からかってなんていませんよ」

 

「い、五河さん……?」

 

士織はゆっくりと先生に近づき、真剣な目をしながら手を握った。

 

「私、先生の事、本当に可愛くて魅力的な女性だと思ってて、ずっと……その……気になってたんです」

 

「……だ、ダメですよぉ。五河さん、私は先生で女性なんですから……」

 

やはり、教師として女性として、差し迫る士織をはぐらかそうとしているが、その顔は徐々に赤く染まっていった。

 

士織も何か変なスイッチが入ってしまったのか年上の女性を口説く積極的な年下の女性を演じ切っていた。

優しくタマちゃん先生の頬に優しく手で触れながら囁く。

 

「先生とか、女性だとか関係ないですよ。むしろ、先生の魅力に気づかない世の中の男性が悪いんですよ。──先生、こんなに可愛いのに……嫌じゃないなら、私が全部貰って上げますよ? た・ま・え先生」

 

直後、その言葉にタマちゃん先生がぴくりと反応した。

 

「……本気ですか?」

 

「……あっ」

 

タマちゃん先生の雰囲気が変ったことで、士織は我に返ると、いろんな意味でやってしまったと、青ざめながら後悔し始めた。

 

「本当ですか? 貰うってことは結婚してくれるってことですよね? 同性婚が認められる頃には、私もう三〇歳超えちゃうんですよ? それでもいいなら今から血判状を──」

 

先生だから、同性だからといって、はぐらかしていた先生はどこへ行ったのやら、士織の袖を掴み滲みよってくる。

 

「ご、ごめんなさい先生! 私には、そこまでの覚悟ありません!」

 

叫びながらタマちゃん先生の手をほどき、士織はその場から逃げるように駆け出した。

 

『……なかなか、やるじゃないか』

 

『へぇ……姉さんにあんな才能があったなんてね。バッチリ映したから、今後のためにもいいデータになったわ。……あ、でも、わかってると思うけど男子には絶対にやっちゃダメよ!』

 

と、久々にインカムから二人の声が響いてきた。

どうやら、士織の新たな黒歴史誕生の瞬間をバッチリと見られていたようだ。

 

「……うぅ……もう、どうしてこんなこと──―」

 

「……!」

 

恥ずかしさのあまり、手で顔を覆いながら走っていたため前を見ておらず、曲がり角で歩いてきた生徒とぶつかり転んでしまった。

 

「いったた……ご、ごめんなさい、大丈夫?」

 

そう言いながら体を起こすと、目の前に居たのは折紙であった。

 

「って、折紙……あ、本当にごめんね……」

 

尻もちをついている折紙の手を伸ばすと、その手を掴み折紙もゆっくりと立ち上がった。

 

「平気。士織は?」

 

「うん、私も大丈夫だよ」

 

「そう。なら良かった」

 

折紙がその場から立ち去ろうとしたその時、右耳のインカムから声が響いた。

 

『──ちょうどいいわ姉さん。彼女でも訓練しておきましょう』

 

「えぇ……ちょっと待って、それは──」

 

「どうかした?」

 

琴里に対して言った「ちょっと待って」という言葉に反応したのか、折紙は数歩歩いた所で立ち止まると、振り返り士織の方へと振り向いた。

 

「へ、あ……うん、あの、ちょっとね」

 

「……?」

 

まさか、折紙が反応するとは思わず、ブンブンと手を振りながらテンパる。

 

そんな士織を、無表情だが首を傾げながら、折紙はじっと見つめる。

 

『同年代のデータも欲しいのよね。それに精霊とは言わないまでもAST要員。その子も周りに言いふらすタイプとは思えないし、いい訓練相手にはなるんじゃない?』

 

「で、でも……折紙は……」

 

『精霊と話したいんでしょ?』

 

「うっ……ずるい」

 

そう言われると、従わざるをえない。ずるい一言である。

 

さっきみたいにやりすぎなければいい、そう考えて士織は折紙を口説き始めた。

 

「……あのね、折紙」

 

「なに」

 

「わ、私ね。前に折紙が話しかけてくれて、名前で呼んでくれて、とっても嬉しかったんだ」

 

本心だった。最初は声をかけられて驚いたけど、名前で呼び合えて、嬉しくて友達になれた気がした。

 

「……そう」

 

声は素っ気なく、表情に大きな変化はないが、驚いたのか少しだけ目を見開き返事の前に少しの間ができていた。

 

「私も、嬉しかった」

 

「……そっか、なんだか照れちゃうな……あはは」

 

士織は折紙を見つめ直しながら、再び頭の中で紡いだ言葉を声に出した。

 

「あの時からね、折紙のことがきになって……気が付いたら折紙の事ずっと見てたんだ」

 

「そう……私も士織も見ていた」

 

「……ふぇ!? ……あ、そうだったんだ」

 

気持ち悪がられないか不安だったが、予想外の返事に士織の方が驚かされてしまった。

 

確かに何かと折紙が居る方向から視線を感じたり、たまに目と目が合ったり、そんなことが多かった事を思い出しが、今は折紙を口説くことに集中しないと。

 

「……それだけじゃなくてね。折紙のこと考えるだけで、ドキドキしちゃうんだ」

 

「私も、士織のことを考えるとドキドキしてる」

 

「……!?」

 

また、不意をつかれ本当にドキッとさせたれてしまい、少しだけ顔が赤くなってゆく。

 

「そ、そうなんだ……なんだか私たち気が合うね」

 

「合う」

 

──ここから、どうすれ良いんだろう。告白しなきゃ意味がないけど……でも、これは訓練だし……

 

それとなく雰囲気はよくなったが、考えがまとまらない士織。そんな頭の中がグルグルした状態で、士織は思いついた言葉を声に出した。

 

「なら、私たち付き合っちゃう? ……って、なに言ってるんだろ私」

 

『それは、さすがに展開が急すぎるわよ』

 

インカム越しから琴里に突っ込まれてしまった。たしかに、これでだだのナンパ師みたいである。

 

「構わない」

 

「………え? 構わないって」

 

また、思いもしない答えが、帰ってきた。

 

「付き合っても構わない」

 

「……ッ!?」

 

一瞬、折紙の言っていることの意味を理解できなかった。

 

最初に言い出したのは士織の方からだったが、知り合って間もないのに、こうもあっさりと交際を受け入れるだなんて……

いや、真面目そうな折紙のことだ、もしかしたら何か勘違いをしているかもしれない。

 

「えっと、付き合うって、どこかに一緒に出かけてくれるってことだよね?」

 

「……? そういう意味だったの」

 

折紙は首を少し傾けながらそう言った。

 

どうやら、そっちの意味ではないらしい。ということは……

 

「じゃ、じゃあ、折紙はどういう意味だと思ったの?」

 

「私との交際のことかと思っていた」

 

「……あ、あはは……」

 

交際。間違いなく今、折紙はそう言った。

まさか、このような事態になるとは、言いだした本人として、少しばかり責任感を感じる。

 

「……違った?」

 

士織が慌てているのを感じ取ったのか、少し残念そうな表情を折紙はしていた。

 

「う、うんん、違わない……よ」

 

「そう」

 

少し表情が明るくなった折紙を見た瞬間、士織は後悔した。

なぜ、「違わない」なんて、言ってしまったのだろう。いや、でもまだ今なら、今ならまだ間に合うかもしれない!

 

「あ、あのね折紙、本当は──」

 

 

 

ウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ──

 

 

 

発言を訂正しようとした瞬間、空間震警報が学校に鳴り響いた。

 

そして、鳴り止むと同時に今度はインカムから琴里の声が響いてきた。

 

『姉さん。空間震よ。一旦<フラクシナス>に移動するわ。戻ってきて』

 

「琴里。もしかしてこれって、あの子が……」

 

『ええ、その通りよ。出現予測地点は──来禅高校よ』

 

とうとう、この時が来てしまった。精霊が、あの少女がここへやってくる。

今度こそ救う。士織は心の中で決意を固めた。

 

「わかった。すぐに戻る──―っ?!」

 

と、その場から走り出そうとした瞬間。

 

「どこへ行くつもり? シェルターはそっちではない」

 

背後にいた折紙に腕を掴まれた。

 

「えっと……ちょっとトイレに」

 

「シェルター内にもトイレはある」

 

「……だよね」

 

なんとか、この場から逃げ切ろうと適当な理由を言ってみたが、言い訳理由の鉄板ネタである「トイレ」ではダメだった。

 

折紙は士織の腕を放して手を握り直すと、校内のシェルターへと向かった。

 

今すぐこの手を振りほどいて、<フラクシナス>に回収して貰うことも可能であったが、折紙も士織のことを思っての行動なのだろう。

自分のことを、心配してくれている友人の行動を否定はしたくない。

 

折紙に引っ張られながら、士織は小型カメラに向かって「後で行く」と口だけを動かし、バレないように琴里と令音にメッセージを送った。

 

『わかったわ』

 

そしてすぐに、インカムから琴里の声が聞こえると、折紙と共に一旦シェルターへと向かった。

 

シェルター前に付くと、既に何人かの生徒が列を作っており、相変わらず慌てているタマちゃん先生もいた。

 

「私は急用がある。士織は避難して」

 

「うん……」

 

折紙は士織の手を放すと、この間と同じく一人で昇降口の方へ走って行った。

 

「……折紙。ごめんね」

 

折紙の姿が見えなくなったのを確認すると、士織もその場から走り去った。

 

 

◇◇◇◇

 

時刻は、一七時二〇分。

 

校内の生徒が避難する中、琴里と令音に合流した士織は<フラクシナス>に移動していた。

艦内は以前来た時より少し慌ただしく、クルーたちも手元のコンソールを操作しながら言葉を交わしていた。

 

そして、令音となにかを話し合っていた琴里がゆっくりとこちらに近づいて来た。

 

「姉さん、早速だけど働いてもらうわ。準備しておいて」

 

「うん、わかった」

 

だんだんと緊張感などが高まってきたが、すでに覚悟は決めている。

 

「──もう士織さんを実戦登用するのですか、司令」

 

隣にいた神無月が士織を見ながら琴里に話した。

 

「相手は精霊。失敗はすなわち死を意味します。訓練は十分なのでしょ──げふッ」

 

「私の判断に意見するなんて、偉くなったものね神無月。罰として今からいいと言うまで豚語で喋りなさい」

 

「ぶ、ブヒィ」

 

この二人のやり取りを見ていると、たまに琴里の将来が少し心配だ。そんなことを思いながら士織は琴里を見つめていた。

 

「琴里、そこまで言わなくても……神無月さん心配してくれてありがとうございます」

 

一応、自分のことを心配してくれたのだと、士織は笑顔で神無月に感謝を伝える。

 

「な、なんと、もったいなきお言葉! この神無月恭平! 士織さんの優しさに──ぶへぇっ!」

 

「誰が止めて良いと言ったのかしら神無月。それに姉さんがあなたのような豚に慈悲の言葉を述べているのだから、這いつくばって感謝しなさい!」

 

「ブヒィ! ブヒヒィ!」

 

その場にひれ伏しながら、ひたすら豚語で何かを語りかけて来る神無月に、さすがの士織もちょっと引き気味になり何も言えなくなった。

 

「さて、姉さん。いい知らせがあるわ」

 

「……いい知らせ?」

 

言って琴里はキャンディーを咥えたまま棒を上向きに立て、一つのスクリーンを示す。

 

スクリーンを見ると、学校に赤いアイコンが一つ、そしてその周囲に黄色いアイコンがいくつも表示されていた。

 

「赤いのが精霊、黄色いのがASTよ」

 

「……で、なにがいい知らせなの?」

 

「ASTを見て。さっきから動いてないでしょ」

 

士織は数秒スクリーンを見めたが、確かに黄色いアイコンに動きがない。

 

なぜだろう……そう思いながら首を傾げていると、琴里が続けて説明してくれた。

 

「精霊が出てくるのを待ってるのよ。CR-ユニットは狭い屋内での戦闘を目的として作られたものではないのよ。精霊は校庭に出現後、半壊した校舎に入り込んだみたい」

 

スクリーンに映し出された校内の様子を見ると、校庭に空間震によって作り出されたくぼみができており、道路や校舎の一部も綺麗に削り取られていた。

 

「ASTのちょっかい無しで精霊とコンタクトを取れるなんて、こんなラッキー滅多にないわよ」

 

「……なるほどね」

 

先日、精霊と出会ったときは、その後すぐに戦闘が始まっていた。あんな状況で彼女とまともに会話するのは不可能であろう。

 

そんなことを考えていると、一つの疑問が浮かび士織は琴里を見つめた。

 

「ちなみになんだけど……精霊が普通に外にいた場合は、どうやって私と精霊を接触させるつもりだったの?」

 

「……………」

 

しばらく、考えているような素振りをみせたが、そのまま姉がいる方向とは別の方向を向き琴里は無言を貫いた。

 

「……まさか、戦闘している中に放り込む気だった?」

 

「そ、そんな危ないこと姉さんにさせるわけないでしょ! ASTを隔離したり、かく乱させたり、ちゃんと候補はいくつか考えてたわよ!」

 

それが、聞けただけでもほっとした。

 

「と、とにかく時間が惜しいわ。姉さん、インカムは外してないわよね?」

 

「うん、着けてるよ」

 

と、右耳に装着したインカムを指で刺しながら琴里に見せる。

 

「よろしい。カメラも一緒に送るから、困ったときはサインとして、インカムを二回小突いてちょうだい」

 

「うん、わかった……」

 

ようやく精霊と再び会える。だが、いざ本番となれば少しだけ不安と怖いという感情が芽生え、手が震える。

 

でも、すぐその手は小さく温かい手に包まれた。琴里が察してくれたのか自分の手を握ってくれた。

 

「大丈夫よ姉さん、私がついてる。それに姉さんは一回くらい死んでもすぐにニューゲームできるわ」

 

「そんな、私はゲームのキャラクターじゃないんだから。でも、ありがとう琴里」

 

冗談を挟みながら励ましてくれた妹のおかげで、心の準備も整った。

 

「じゃあ琴里、行ってくるね」

 

「いってらっしゃい、おねえちゃん」

 

手を離して艦橋に向かって歩みだす。

 

彼女を口説くとか、惚れさせるとか、そんな大それたことは考えていない。

 

今はただ、あの少女にあって話がしたい。

 

彼女にまた会うために、ここまで訓練などをしてきたのだから………古傷を抉られた記憶しかないけど。

 

転送装置に乗り込む。士織の姿は一瞬で消え精霊の居る学校へと転送された。




今回から、タイトルを二字から変更してみました。
まぁ、十香に今回再会できなかったので、かなりタイトルに悩みましたが……

とりあえず、普通のタイトルも使ってみたかったので良い機会になりました。

次回こそ十香当時させます

ご覧いただきありがとうございました


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『十香』

長らくお待たせしました!

活動報告でも言ってた通り、描写などが小説のまんまになりかけていたので、
一部に個人の見解とか、オリジナル要素を付け足して投稿しました。
少しは納得した感じになりましたが、文字数がかなり増えましたw

まぁ、今後もこのような感じで1話1話大事に書いていこうと思っているのでよろしくお願いします。


<フラクシナス>の転送装置で士織は一瞬のうちに学校に降り立った。

周りを見渡すと校舎の壁が削り取られたかのような大穴が空いており、そこから学校へ侵入した。

 

『姉さん、精霊の反応はそこから階段をあがって三階、手前から四番目の教室よ』

 

「わかった。ありがとう」

 

校内に入るとすぐに琴里から無線が入り、指定された教室に向かうため、近くの階段を上がって行く。

 

そして、辿り着いた教室は士織にとって、少しだけ見慣れた場所だった。

 

「ここ、二年四組。私の教室だ」

 

「あら、それは都合がいいわね。地の利とまでは言わないけど、知らない場所より良かったでしょ」

 

新学期が始まってそう日が経っておらず、慣れた場所とまでは言えないが、下手な場所よりかは確かにマシである。

あの改造された物理準備室とか……

 

士織は意を決してゆっくりと教室の扉を開いた。

 

「……あ」

 

夕日で茜色に照らされた教室。その前から四番目、窓から二列目──ちょうど士織の席に、この間の少女が片膝を立てるように座っていた。

 

不思議なドレスに幻想的な輝きを放つ目、その姿が夕日に照らされた姿は、士織も言葉を失うほどに美しかった。

 

「──ぬ?」

 

士織の存在に気づいたのか、ぼうっと黒板を眺めていた少女が目を開いてこちらを見ていた。

 

「こ、こんばんは、また会え──」

 

少女に警戒されないように、挨拶をしながらゆっくり近づこうとしたが、少女が無造作に手を振ったと同時に、黒い光線が士織の頬を掠めながら通り抜ける。

直後に士織が入ってきた扉や廊下の窓ガラスが、音を立てながら崩れ散った。

 

 

「……ッ!?」

 

一瞬の出来事に士織はその場で立ち止まる。頬からは切ったような痛みが伝わってきた。

 

だが、士織は臆することなく再び歩み始めようとする。それに対し少女が腕を掲げると、手のひらに頬を掠めていった光線と似たような黒い光が塊となって輝いていた。

 

また、攻撃される。そう感じ取った士織は咄嗟にその場で両手を広げた。

 

「待って、私は敵じゃない!」

 

士織がそう言い放つと、少女の手に集まっていた光の塊が輝きを失い、ゆっくりと少女は腕をおろした。

そして、また一歩、少女に歩み寄っていく。

 

「お願い落ち着いて話を──」

 

「──止まれ」

 

少女は士織の足元の床をめがけ指先から光線を放ってきた。まだ少女は警戒を解いていたわけではないようだ。

 

「おまえは、何者だ」

 

「わ、私は──」

 

『待って姉さん』

 

少女に名乗ろうとしたが、無線越しに琴里に静止される。

 

「ど、どうかしたの……?」

 

インカムに聞き返したが琴里からの返答は無かった。

〈フラクシナス〉でなにかあったのだろうか、数秒待っても琴里から返答は来ず、士織は立ち尽くしていた。

 

「……もう一度聞く。お前は何者だ」

 

返答のない士織に苛立ち始めた少女が、さらに鋭い視線をこちらに向けてきた。

『姉さん。聞こえる? 私の言う通りに答えて』

 

「う、うん」

 

このままでは、不味いと思い何かを言おうとした矢先、やっと、インカムから琴里の声が響いた。

 

『──人に名を訊ねる時は自分から名乗りなさい』

「──人に名を訊ねる時は自分から名乗りなさい………えーっと」

 

自分は一体なにを言わせられているのだろうか、そう考える間もなく少女の機嫌が明らかに悪くなった事を感じ取ると、士織は咄嗟に回避行動をとった。

なぜなら、目の前の少女が今度は両手で、光の玉を作りだし士織目掛けて投げつけてきたのである。投げつけられた光弾は床に命中しそのまま一階まで貫通していった。

 

『あれ、おかしいな』

 

「おかくないよ……お姉ちゃん今死にかけたよ!?」

 

むしろ、なんで大丈夫だと思われたのだろうか、琴里は微塵の疑問も持たず言ってくる。

 

「これが最後だ。答える気がないなら、敵と判断する」

 

士織が立ち上がるのを見て少女が最後の通告を士織に発した。

 

「私は五河士織。ここの生徒です。あなたに敵対するつもりはありません」

 

このまま刺激しては話し合いなどできないと考え、自ら名乗り敵対の意志がないことを伝えたが、疑いの目を向けたまま少女はゆっくりとこちらに近づいてきた。

 

「──そのままでいろ。おまえは今、私の攻撃が届く範囲にいる」

 

「わかりました」

 

張り詰めた空気の中、少女はじっくりと士織の顔を見ていると、急に少女は何かを思い出したかのように眉をひそめた。

 

「おまえ、前に一度会ったことがあるな?」

 

「う、うん! 今月の一〇日に街中で!」

 

覚えていてくれたことが少し嬉しかったのか、緊張感のあった士織の表情が少し明るくなり、声のトーンも少しあがった。

 

少女も士織のことを思い出したのか「おお」と言いながら相槌を討った。

 

「思い出したぞ。何やらおかしなことを言っていた娘だな」

 

これで、ようやく少女との会話が進められると思ったが、少女の表情がまた険しくなり、士織の長く青い長髪を掴み、顔を上向きにさせた。

 

「──痛ッ!」

 

『ちょっと! 姉さんの髪をそんなに乱雑に掴むなんて! こいつ、いい度胸して──』

 

『……琴里、少し落ち着きたまえ』

 

インカムから琴里のいつになく荒げた声が聞こえと、それを宥める令音さんの声が聞こえてきた。

 

「……確か、私を殺すつもりはないと言っていたか? 彼奴等の仲間ではなさそうだが、そんな見え透いた嘘。言え、何が狙いだ! 私を油断させて、殺しに来たのだろう?」

 

敵意がないことを信じて貰えない。いや、信じれるほど人間を信用していないのだろう。

常に人間に命を狙われている環境で生きているのだから無理もない、士織はそう思うと髪を掴まれている痛み以上に、胸が締め付けられるように痛かった。

 

「──人間は……」

 

声と手に力が入り、士織は少女に訴えかけるように続けた。

 

「あなたを殺そうとする人たちばかりじゃない!」

 

士織のその力強い言葉に反応するように、少女は士織の髪から手を離し、驚いた様子でじっと士織の顔を見ていた。

 

「……そうなのか? 私が会った人間たちは、皆私は死ななければならないと言っていたぞ」

 

「……そんなことないよ。私はあなたに死んでほしいなんて思ってない」

 

士織は真っ直ぐに少女を見つめる。その視線と言葉に圧倒的されたのか、少女は一歩身を引いた。

 

「死んでほしいなんて思ってない」今までそんなことを言われたことがなかった。そんな言葉を自分に言ってくるような、得体の知れない人間がいるとは思いもしなかった。

心が揺らぐ、嘘をついているようには思えないが、少女はまだ少し士織を信じることができなかった。

 

「……私を殺すつもりがないなら、お前は何をしに現れたのだ?」

 

「……それは──」

 

『姉さん。また選択──』

 

インカムからまた琴里の声が響いたが、士織は止まらず、自分の思いを声に出した。

 

「あなたに会うために来たの」

 

「私に? 一体なんのために」

 

「私はあなたとお話がしたい。──だから、私はここに来た」

 

「……どういう意味だ?」

 

少女は、本当に訳が分からなかった。自分のことを殺しに来た人間は何人もいたが、話がしたいなどと言われたのは初めてだった。

 

「深い意味なんてないよ。私はあなたとお話がしたい。内容だってなんだっていいの。気に入らなかったら無視してもいい。でも、一つだけ分かってほしい」

 

士織はひと呼吸置くと、少女に伝えたかった言葉を言い放った。

 

「──私は、あなたを否定しない」

 

それが、存在を拒まれ続けた少女に士織がどうしても伝えたかった言葉だった。

昔、父や母、琴里が自分に手を差し伸べてくれたように、今度は自分が少女に手を差し伸べたかった。少女を救うと誓った士織にしかできないことだったから。

 

「……っ」

 

士織から真っ直ぐな思いをぶつけられた少女は、思わず士織から視線を逸らすと、唇をぎゅっと噛み締め、ゆっくりと士織を見つめ直した。

 

「……シオリ。シオリといったな」

 

「──うん」

 

「本当に、おまえは私を否定しないのか?」

 

「本当だよ」

 

「本当の本当か?」

 

「本当の本当」

 

「本当の本当の本当か?」

 

「本当の本当の本当」

 

少女が聞き返して来るたびに、士織も即答で答える。何度聞かれようとも、この答えは変らない。

 

「──ふん、だ、誰がそんな言葉に騙されるかばーかばーか」

 

少女は士織の言葉を否定してはいるが、への字に結んだ口と複雑そうな表情から、士織は少女の言っていることが本心ではないことが分かると、思わず笑みを浮かべた。

 

「……むぅ。な、何を笑っておるのだ。お前と会話するのは……その、あくまで情報の為だからな。うむ、大事。情報大事」

 

「うん、今はそれでいいよ」

 

先程までの張りつめた空気はなくなり、少女の表情も和らいでいる。

 

そして、少女が教室を見渡しながら少し士織から離れると、インカムから琴里の声が響く。

 

『姉さん、暴走しすぎよ』

 

「あー……ごめんね……」

 

琴里からの無線を無視していたのを思い出し、熱くなりすぎたと少々反省をする。

 

『良いわ。そのおかげで、精霊との会話が可能になったことだし、上出来よ。そのまま会話を続けて』

 

「うん、分かった」

 

琴里との会話を終えると同時に教室を歩き回っていた少女が足を止め、士織の方を振り向いた。

 

「シオリ」

 

「なにかな?」

 

「──早速聞くが、ここは一体何なんだ? 初めて見る場所だ」

 

「えっと、ここは学校。で、ここは学校の中にある部屋──教室。私と同世代くらいの生徒が勉強する場所なの。その机に座って、こんな感じで」

 

士織は目の前にあった机の椅子を引いて座り、いつもの学校の風景を想像しやすいようにジェスチャーを交えて少女に伝える。

 

「なんと」

 

椅子に腰掛け、机の上でノートを書く素振りをしている士織をみながら、少女は目を丸くしていた。

 

「これに全て人間がおさまるのか? 冗談を抜かすな。四〇近くはあるぞ」

 

「本当だよ。いつもなら、この教室いっぱいに人がいるの」

 

見せてあげたい。この教室に沢山の生徒がいて、友人と楽しく話し合ったり、勉強している普段の景色を見せてあげたい。

少女を見ると、彼女もそんなに歳が離れているようには見えない。

 

もし、叶うのならば、彼女も一緒にいつもの学校に来て、みんなと楽しい時間を過すことはできないだろうか……。

それが叶えば少女の人間に対する考えもきっと変わるはずだ。

 

「ねぇ──」

 

ふと、少女の名を呼ぼうとして言葉が詰まる。

 

【……名、か。──そんなものは、ない】

 

初めて彼女に出会ったときに言われたことを思い出した。

そうだ、彼女には名前すらなかった。

 

そのことに気づくと士織はまた少し表情を曇らせた。

 

「ぬ?」

 

そんな、士織の様子に少女も気づいた。

 

「……シオリ、お前は私の事を<プリンセス>とは、呼ばないのだな」

 

<プリンセス>。それが少女の識別名である。

 

人間側が少女の「存在」に対して勝手につけた名前。そんなのは彼女の本当の名前ではない。

 

「それは、あなたの名前じゃないから……」

 

「……そうだな、私もあの呼び名は気に入らん。だが、会話を交わす相手がいるなら、名は必要だな」

 

そう頷きながら、少女は近くの机に寄りかかると士織に言い放った。

 

「──シオリ。お前は私を何と呼びたい」

 

「……え?」

 

少女の言っていることが理解できず、困惑している士織。

だが、構わず少女は続けた。

 

「私に名をつけろ」

 

「……」

 

まさか、そんなヘビー級なことを言われるとは思いもせず、そのまま押し黙ってしまう。ペットに名を付けるとかそういうレベルではない。

 

「わ、私が!?」

 

「ああ。どうせシオリ以外と会話をする予定はない。問題もあるまい」

 

いや、問題はないのだろうが、難題すぎる。

 

相手は精霊。だが、それ以前に自分と年齢が離れていなさそうな女の子。変な名前を付けるわけにはいかない。

 

考えるを巡らせていると、琴里からの無線が入ってきた。

 

『落ち着いて姉さん。こちらでも、いくつか名前の候補を上げてみるわ』

 

「お、お願い」

 

<ラタトスク>でも、どうやら名前の案を出してくれるようだ。

……正直にいうと、少々不安ではあるが、今は琴里たちの力も借りたい。

 

そして、士織が再び少女の名前を考えてだした数秒後。

 

『トメ』

 

と、琴里から名前を提示された。

 

「……」

 

が、士織は押し黙ったままである。

 

『ちょっと、姉さん聞こえてる? トメよトメ。彼女の名前はトメよ』

 

聞こえていないと思われたのか、念を推して三度も少女の名前候補を告げられた。

困り果てた様子で士織は一度、少女に背を向けると、後ろを付けている小型カメラに視線を送り小声で正直な感想を伝えた。

 

「……ごめんね琴里。それは無い……かなぁ」

 

全国のトメさんすみません。

 

『な! 美空(びゅあっぷる)とか振門体(ふるもんてぃ)とか聖良布夢(せらふぃむ)よりマシでしょ?! 古風があって良い名前じゃない! 私だって困ってる姉さんのため──』

 

『……すまないねシオリ。琴里のことはこちらに任せて、精霊との対話を続けてくれ』

 

怒っているということは、「トメ」は琴里が考えたのだろうか? 少し悪いことを言ってしまったと思うと同時に、間に割り込んでくれた令音に心の中で感謝する士織であった。

 

だがそれよりも、琴里が言っていた、名前すら分からない単語が気になる。<ラタトスク>は一体、少女にどんな名前を付けようとしていたのか……

変な名前を提案される前に自分で考えるしかないと悟り、士織は頭を抱えながら少女の名前を再び考え出す。

 

少女のことを想いながら、一つ名前が浮かんでは消えて、浮かんでは消えていく。

そんなことを繰り返していく内に、一つの名前が浮かび、その名を口に出した。

 

「──十香」

 

「ぬ?」

 

「……ど、どうかな?」

 

「……」

 

少女はそのまま黙り込んでしまった。

 

気に入って貰えなかったのだろうか? 

四月一〇日に出会ったから『十香』。そんな安直な理由で浮かんだ名前だったが、士織には何故か違和感が無かった。

 

「──トーカとは、どう書くのだ?」

 

「──え? あ、うん、それはね」

 

少女が士織に訊ねると、士織は黒板の前に立ちチョークで『十香』と書いた。

 

「ふむ」

 

その二文字を見た少女は、士織の横に立つと指さきで黒板をなぞる。

すると、少女の指がなぞった部分が綺麗に削れ、汚いながらも『十香』の二文字が記される。

 

「こうか?」

 

「うん、そうだよ」

 

「……」

 

少女はじっと自分の書いた文字を見つめる。

そして、ゆっくりと口を開いた。

 

「シオリ」

 

「なにかな? ──十香」

 

その名前聞いた少女は……十香は大きく目を見開き、士織の方を向いた。

 

「そうだ! 私は十香だ! それが私の名だ。素敵だろう?」

 

「うん」

 

どうやら、自分の付けた名を気に入ってくれたらしい。少し気恥ずかしい気持ちだが、とても嬉しかった。

 

「シオリ」

 

と、十香がまた呼びかけてきた。

 

「十香」

 

士織はすぐに十香の意図を汲み取り、名前を呼び返すと、十香は花が開いたかのように、にぱっと万弁の笑みを浮かべた。

 

初めて見る十香の笑顔に士織も思わず心を奪われそうになる。世界に否定し続けられた少女がみせた笑顔は、誰よりも何よりも美しかった。

 

できることならば、十香にはずっと笑顔でいて欲しい。

そんなことを考えていたが、突如として右耳に琴里の声が響いた。

 

『姉さん、今すぐ床に伏せて!』

 

「……ッ!?」

 

慌てながらも琴里の指示通り床に伏せると、その直後に爆音と震動が教室まで伝わってきた。

 

そして今度は、大きな銃声を何発も鳴らしながら、教室の窓ガラスが一斉に割れていった。

 

「一体、何が起こっているの?」

 

『外からの攻撃みたいね。精霊をいぶり出すためじゃないかしら。──姉さん、無事?』

 

「私は大丈夫、それより十香は?」

 

士織が辺りを見回すと、十香は無傷のまま先程までいた場所に立っていた。

 

だが、その表情からは笑顔が消え、ひどく痛ましい表情をしながらじっと割れた窓ガラスの外を見ていた。

 

「十香……」

 

その名を呼ぶと、十香はゆっくりと士織の方を向いた。

 

「早く逃げろ、シオリ。私と一緒にいては、同胞に討たれることになるぞ」

 

士織という唯一自分の事を肯定してくれる人間を見つけ、「十香」という名前を与えられ、何かが変わるかもしれないと期待したが、それらは全て銃声に書き消され、一人の現実へと引き戻された。

 

せめて、士織だけは巻き込まないようにと思い十香は告げたが、

 

「……嫌だ」

 

士織の気持ちは何一つ変わってはいなかった。拳に力を込めて恐怖を払いのけ、その場にとどまりじっと十香を見つめていた。

 

「な、なにを言っておるのだ! これ以上ここに居てはシオリが危ないのだぞ!」

 

十香は続けて士織に忠告をするが、士織は頑なにその場を動こうとしない。

 

『時間があまりなさそうだらから、私も姉さんに本当は逃げて欲しかったのだけど、姉さんならそう言うと思った』

 

半分呆れたような琴里の声がインカムから聞こえてきた。

 

「あはは……琴里、ごめんね」

 

『謝らなくていいわよ、──流石は私のお姉ちゃん。じゃあ、妹からの素敵なアドバイスをあげる。死にたくなかったら、できるだけ精霊の近くにいて』

 

「……わかった」

 

士織は十香に近寄ると、そのまま丁寧に膝を曲げて十香の足元に座った。

 

「危ないのはわかってる。けど、今私は十香とお話がしたい。それに、この世界のこと知りたいんでしょう? 私が答えれることなら何でも答えてあげる」

 

「……!」

 

士織の行動にまた驚きを見せる十香だったが、同時に嬉しさもこみ上げ、少し頬釣り上げ士織と向き合うように座った。

 

その瞬間、ガガガガガ──ッと音たてながら、また銃撃が始まったが、二人が座っているその空間はだけは、銃弾が避けて通っているようだった。これも十香の力なのだろう。

 

弾丸が飛び交う中で、士織と十香はおしゃべりを続けていた。十香が質問してそれを士織が答える。ただ、それだけの内容だが二人にとっては、とても貴重で楽しい時間であり、次第に二人とも笑顔を浮かべながら話していた。

 

『姉さん、数値が安定してきてるわ。可能なら姉さんの方からも質問してみてちょうだい』

 

しばらく話し合っていると、不意にインカムから琴里の声が聞こえてきた。

 

琴里に言われた通り、十香に質問するために考えを巡らせ、そして士織は十香に尋ねた。

 

「ねぇ、十香。十香って……結局どういう存在なの?」

 

「む?」

 

士織が質問すると、十香は考え事をするように眉をひそめた。

 

「……知らん」

 

「わからないってこと?」

 

「そうだ。──どれくらい前だったか、私は急にそこに芽生えた。それだけだ。記憶は歪で曖昧。自分がどういう存在なのかなど、知りはしない」

 

「そうなんだ……」

 

「突然この世に生まれ、その瞬間にはもう空にメカメカ団が舞っていた」

 

「メカメカ……団?」

 

「あのびゅんびゅんうるさい人間たちのことだ」

 

「……ああ」

 

多分、ASTのことを言っているのだろう。確かに機械を装備している。メカメカ団……うん納得できなくはない。

 

と、その時。インカムからピンポーンと何かに正解したような電子音が鳴った。

 

『姉さん! チャンスよ』

 

「ちゃ、チャンス?」

 

『精霊の機嫌メーターが七〇を超えたわ。一歩踏み込むなら今よ』

 

「え? でも、何をすれば……」

 

他に何をすればいいかピンと来ず、士織は首を傾げて考える。

 

『んー、そうね。とりあえず……デートにでも誘ってみれば?』

 

「で、デートって、そんないきなり……」

 

琴里に言われ、士織は少し頬赤く染めながら戸惑う。

 

『女の子同士なんだから、慌てる必要はないわよ。それに親密度を上げるには大事なことよ』

 

「……うん、確かにそうなんだけど……でも、十香が現れるとASTが……」

 

『だからこそなのよ姉さん。今度現界したとき、大きな建造物の中にでも頼んでおくのよ。水族館でも映画館でデパートでも何でもいいわ。それなら、ASTも直接は入ってこられないでしょ』

 

「……うーん、確かに」

 

「シオリ、さっきから何をブツブツ言っているのだ」

 

さすがに琴里とのやり取りに集中しすぎたか、目を細めながら覗くように十香が士織の顔を見つめてきた。

 

「ご、ごめん。ただの独り言だから……」

 

「むう……」

 

慌ててごまかすが、十香からは疑っているような視線が送られる。

 

『ほーら、観念してさっさと誘った方がいいわよ。デートっ! デートっ!』

 

インカムの向こうからは、琴里以外にも数人のデートコールが右耳に鳴り響く。おそらく琴里が煽動した<フラクシナス>のクルーたちであろう。

 

士織は観念したのか「はぁ」とため息を吐き、気恥ずかしさを抑えながら十香と視線を合わせた。

 

「あのね。十香」

 

「ん、なんだ」

 

「そ、そのね……今度、私と……で、デートしない?」

 

何とか伝えることができたものの、恥ずかしさがこみ上げ士織は視線をそらす。だが、十香はキョトンとした顔をしている。

 

「デェトとは一体なんだ」

 

「あ、そうだよね……えっと、デートっていうのは──」

 

「デート」の意味を知らない十香に説明しようとしたが、インカムから琴里から少し大き目な声で無線が入った。

 

『姉さん! ASTが動いたわ!』

 

その声とほぼ同時に、半壊した壁の外から一人のAST隊員が現れ、十香を睨みつける。

 

「──っ!」

 

それは、士織の見知った人物、折紙であった。

折紙は十香から一度視線を外すと、今度は士織に視線を向ける。なぜここにいるの? そう言いたげな目だった。

 

思わず士織は折紙から目を逸らしてしまう。十香を救うためだが、友人の良心を裏切ってここに来たのだ。折紙に対しては申し訳ない気持ちになる。

 

折紙はまた十香に視線を戻すと、手にしている機械から光の刃を出し、十香に襲い掛かる。

 

「──無粋!」

 

十香は容易く光の刃を手で受け止めると、そのまま折紙ごと振り払った。

 

「……っ」

 

後方へ吹き飛ばされた折紙だったが、空中で姿勢を整えボロボロの床に華麗に着地する。

 

「ち──また、貴様か」

 

十香は軽蔑するように折紙に言うと、折紙も十香に冷たい視線を送りながら、見慣れない武器を手に取って構える。それを見た十香は、士織の方を一瞬見た後、足を軽く上げ踵を力強く突き立てるように足を降ろした。

 

「──<鏖殺公(サンダルフォン)>!」

 

十香が高らかに叫ぶと、教室の床から突然王座が現れた。

 

「……」

 

また、二人の殺し合いが始まる。士織はそれを感じ取っているが、呆然と見ていることしかできなかった。

 

『姉さん、離脱して! 一旦<フラクシナス>で拾うわ。できるだけ二人から離れなさい!』

 

「でも! このままじゃ十香と折紙が!」

 

何もできないことはわかっている。だが、大事な二人がまた争いを始めるのを、何とか止めたかった。

 

『ダメよ! このままそこにいれば、無傷ではすまないわ。今は私の言うことに従って!』

 

「でも!」

 

士織が琴里と言い合っている間に、十香は王座の背もたれから剣を抜くと、折紙に向かって振り降ろした。

そして、その衝撃波で士織の体は、校舎の外に吹き飛ばされる。

 

「きゃぁぁぁ!」

 

『今よ、姉さんを回収して!』

 

琴里が言うと、士織の体は無重力に包まれ、一瞬にして<フラクシナス>に回収された。




十香を救いたい、自分もそう思いながら執筆してたので、変な思い入れなどがないといいのですがね。

とにかく、見ていただいた人に違和感がないように気を付けて書いていきたいともいます。
次回は一応デート回になりますね。

できれば、尊いシーンとか書きたい・・・・
まぁ、百合ならではこそのシーンを書けるよう頑張ります(笑)


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