トレーナーはウマ娘に夢を見る (しゃなたそ)
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プロローグ
第1話:目指せ!トレセン学園!


初投稿です!どうかよろしくお願いします。



 ここはトレセン学園。全国から集まる夢を追い求める優秀なウマ娘と、優秀なトレーナー達が所属する中央に存在する最高峰のウマ娘育成機関。

 多くのトレーナー達がトレセン学園の門を叩くが、その受験難易度と採用倍率から挫折してしまうトレーナーが多い。そして、今年もそんなトレセン学園に受験の時期がやってきた。

 

「ついにこの日が来たな……」

 

 そして、今年もトレセン学園のトレーナーとして学園の門を叩く多くの人の中にトレーナーを目指す男がまた1人いた。彼の名前は柴葉和也、ウマ娘に夢を見てトレーナーになろうと試験を受けに来ていた。

 幼少期からトレーナーになることを夢見て勉学に務めてはいたが、ここに来る受験生はそういった人は珍しくない。ほとんどの人間が勉学に努めてトレーナーになるために血のにじむような努力をして来ている。今年はトレーナーの名門の人間も受験を受けるという噂を耳にするので、例年より厳しい受験になるのではないかと予想されていた。

 

(大丈夫かな……やばい、緊張してきた。いやいや、始まる前から怖気付いてどうすんだ)

 

 自信なさげに前も見ずに歩いていたら、足元にある小さな歪みに足を取られてしまった。考え事をしていたせいで受け身を取れるはずもなく、そのまま正面から地面にダイブすることになった。

 

「うわっ!」

 

 盛大にずっコケた。周りにいる受験生の視線を一斉に受けることになり、大勢の前で間抜けな姿を晒すことになった。恥ずかしくて仕方ない……

 

(試験前にコケるなんて縁起悪いな……)

 

「大丈夫ですか!?怪我とかしてないですか?」

 

 そんな中で1人の女性が、心配そうの話かけて来てくれた。整った黒髪に少々童顔の誠実そうな人だった。この人も受験生のうちの1人だろうか。その女性は転んだ俺に手を差し伸べてくれた。

 

「ちょっとコケただけなので大丈夫です。わざわざ心配してくれてありがとうございます」

 

 受験直前のこのピリピリした空気の中、心配して話かけてくれるなんて結構なお人好しなのかもしれない。本人も試験の事でいっぱいいっぱいだろうに。

 

『試験受付10分前になりました。受験生の皆さんは受付までお越しください』

 

 そんなことを考えて立ち上がると、受付のアナウンスが鳴り響いた。せっかく今日まで勉強してきたのに試験に遅れて不合格なんてたまったもんじゃない!

 

「もうこんな時間!そろそろ受付に向かわないと。それじゃあ、私は行きますね!」

 

 そう言うと、その女性は小走りで去って行ってしまった。名前くらい名乗れば良かった……。もしも俺がトレーナーになれてあの人も試験に受かっていたらその時に名乗ろう。

 

 受付を済ませて1次試験会場に向かう。トレセン学園の試験は午前中に1次試験の筆記を行い、午後の2次試験までに採点を済ませ1次試験を突破した人が発表され順番に面接を行う。

 昔からトレセン学園に入るために勉強はしてきたのだが、さすがはトレセン学園の試験ということもあってかなり難しかった。

 1次試験が終わり、結果を待つために待機所に向かっていたのだが、トレセン学園は生徒とトレーナーや学園関係者の人数が多く、広い土地面積があったため道に迷ってしまった。

 

「見かけない顔だな。受験生か?こんなところでどうしたんだ」

 

 地図を確認して待機所を探していたら、知らない男性に話しかけられた。多分年齢は俺よりも十歳くらい上だろうか?学園内にいるということはトレーナーか学園関係者なのだろうけど。

 

「別に怪しいもんじゃねえよ、ここのトレーナーだ。ほら、トレーナーバッジだって持ってるしこれで信用できんだろ。名前は沖野だ」

 

 迷子になってトレーナーになる前から学園のトレーナーに出会うことになるとは思ってなかった……

 

「すいません、待機所に向かおうとしてたら道に迷ってしまって」

 

「ああ、地理が分からないじゃこんだけ広けりゃ迷っちまうこともあるか。待機所ならあの角を曲がって真っ直ぐ行ったところだ」

 

 嫌な顔ひとつせずに目的地の場所を教えてくれた。お礼を言って立ち去ろうと思ったが、相手が名前を名乗ったのだから自分も名乗っておこう。

 

「ありがとうございます。僕は柴葉といいます」

 

「おう、また機会があったら会おうな柴葉。無事に試験を乗り越えられることを祈ってるよ」

 

 そう言うと沖野トレーナーは去っていったが、直後ウマ娘に連れられてどこかに行ってしまった。トレーナーって大変なんだなぁ……

 待機場に到着して食事を取ったり休憩をしていると、1次試験の結果が貼り出される。恐る恐る俺も貼り出された結果を覗き込んだ。

 どうやら1次試験は無事に突破出来たようだ。結果を見て安堵していると、周りでは喜ぶやつや泣いてるやつ色んな人がいた。受かってる人もいれば落ちてる人もいるんだよな。

 

『2次試験の受験生の皆さんは、番号が呼ばれたら面接会場に入室をお願いします』

 

 1人また1人と面接室に呼び出されていき、ついに自分の番がやってきて緊張しながら2次試験会場に入室した。

 入室すると3人の人物が座って待っていた。真ん中には子供と間違えそうな少女がいた、この学園の理事長だ。ネットやパンフレットなどで見たことはあったが、実際に見ると本当に少女にしか見えない。左には秘書らしき女性が座っていて、右にはあの皇帝シンボリルドルフが座っていた。

 

「よく来た!座りたまえ!」

 

 理事長に言われたように席に着く。大きな声とその勢いに一瞬だけ呆気に取られてしまったが、俺はすぐに席に着席した。

 

「それでは面接を始めます。私は面接補佐で理事長秘書をしているたづなです。私たちが質問をするので、その質問に答えてください」

 

 秘書のたづなさんがそう言うと面接が開始される。一番最初に質問をしてきたのは理事長だった。

 

「質問!まずはトレーナーを目指した理由から聞かせてもらいたい。知っての通りトレーナーになることは非常に難しい。事実トレーナーの採用倍率はとても高く、何年も試験を通過できないこともあり得る。それでもトレーナーを目指す理由を教えてくれ」

 

 トレーナーになるのは難しい。しかも、トレーナーという仕事は意外にも忙しい。ウマ娘を見るだけじゃなくスカウトしてトレーニングを考え、レースの出走計画を立てるとかやることは大量にある。それでもトレーナーになりたいと思う理由は学園側としても気になるところだろう。

 

「わたしは昔、とあるレースでウマ娘達に夢を見ました。この輝かしい舞台で自分が育てた娘を走らせたい勝たせたい、そういう自分勝手な夢です。しかし、それと同時に勝負に情熱を燃やすウマ娘の夢を叶えたいと思ったんです」

 

夢か……おっとすまない。私はトレセン学園の生徒会長を務めているシンボリルドルフだ。世間では皇帝なんて言われているがね」

 

 シンボリルドルフが何か呟いていた。気に入らないことでも言ってしまったのだろうか……彼女から感じる貫禄は学生の少女から放たれるそれではなかった。

 

「君は夢を叶えてあげたいと思っているようだが、もしもその夢が無謀だと思えるようなものだったとしても、君は同じことがいえるのかな?」

 

 無謀と思えるような夢。それは全距離のG1で1着を取りたいとか、そういったことだろうか。確かに無謀だと思える夢を持つウマ娘もいるかもしれない。

 

「一緒に叶えてやりたいです。例えそれが無謀でも自分がそのウマ娘と叶えたいと思えるような夢で、その娘自身が諦めない限り」

 

 無謀な夢を持っているかもしれない。しかし、ここに集まるのはその夢を叶える才能と実力と覚悟を持ったウマ娘ばかりだ。目の前のシンボリルドルフもその1人で、絶対と呼ばれる彼女の走りは7冠という大きな結果を残した。

 トレセン学園にはシンボリルドルフ以外にも必ず規格外の夢を叶えるウマ娘がいるはずだ。それだけこのトレセン学園に集まるウマ娘たちは才能と覚悟に溢れていて、誰しもが夢を持っているのだから。

 

「ふっそうか、君が並の覚悟で試験を受けに来たわけじゃないことはよくわかった」

 

 彼女は少し嬉しそうな表情をした。どうやら地雷を踏んだわけではなかったらしい。大きな実績を残した彼女だからこそ、夢を叶えることの辛さと難しさは俺なんかよりも理解しているはずだもんな。

 

「肯定!トレーナーの中には担当のウマ娘を勝たせられず、途中で挫折しそのまま辞めてしまう者もいる。しかし、君はウマ娘さえ諦めなければ最後まで支えるというのだな?」

 

「はい」

 

 即答だ。たとえ勝てなくても、ウマ娘が自分を必要として諦めないと言うなら契約が許す限り支え続けるだろう。何よりも、勝たせてやれないのは自分の実力不足だから途中で投げ出すのは無責任だ。

 

「なるほど、わかった」

 

 そう言うと理事長はこの質問を区切り、次の質問へ移った。そのあとは当たり障りのないような質問ばかりだった。

 

「以上で面接を終了します。結果は後日、自宅に郵送させていただきます」

 

 面接は無事終了し、俺は面接室を後にした。もうできることはないので大人しく結果を待つしかない。そう思いながら俺は帰宅した。

 

 

「今の方……柴葉さんですか、誠実そうな方でしたね」

 

 柴葉が面接室を後にした後、たづながそう言った。彼女は多く質問はしていなかったが、柴葉の言うことをしっかりと聞き、表情もしっかりと見ていた。

 

「そうですねたづなさん。私を含めウマ娘達は夢を持ち、並々ならぬ覚悟でレースに挑んでいます。彼ならそれを叶えるため奮起してくれることでしょう」

 

 七冠を取った彼女でさえ、今だに夢というものは持っている。全てのウマ娘が幸せに暮らせる世を作るという大きな夢を。そんな夢を持つ彼女だからこそ彼に好感を抱いたのだろう。

 

「肯定!彼は筆記試験でも優秀な成績を収めていた。彼の採用については前向きな検討をすることにしよう!」

 

 そんな話を知らない柴葉は、結果が届くまで不安で押し潰されそうな思いで過ごすことになるのだが、結果はもちろん採用であった。




妄想を文章にまとめるってすごい難しいんですね…
多分内容や構成はゴチャゴチャになってると思います…
申し訳ないです!頑張って続き書きたいと思います。


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メイクデビュー
第2話:探せ!担当ウマ娘!


誰の目にも止まらないと思っても意外と見てくれる人がいるんですね…感謝です。


 結果が届いてからしばらく経ち、初めて俺たちはトレーナーを名乗ることを許された。トレーナーと言っても頭に新人がついてはしまうが。

 学園に到着して集合場所の体育館に向かっていると、見覚えのある人影を見かけた。試験の日に心配してくれた人だ。ここに居るということはトレーナーになれたんだろう。あの時は名前を名乗れなかったし、自己紹介ついでに挨拶をしておこう

 

「こんにちは」

 

「あっ試験の時にお会いした。無事に採用されたんですね。良かったです!」

 

 話しかけてみると、どうやら相手もあの日のことを覚えていたみたいで俺も合格していることをとても喜んでくれた。コケたことは忘れて欲しいもんだが……

 

「あの時はお礼だけで、名前も名乗ることもできなかったから。お互いここにいるってことは同期になるわけだし、親睦の意味も込めて自己紹介させてください」

 

 相手の方は同期という言葉に反応したあと、ニコニコしながらこちらを見ている。試験を受かる人は多くないからな、仲良くして貰えそうならこちらも助かる。

 

「同期……私は桐生院葵っていいます。よろしくお願いします!」

 

 俺が自己紹介をしようとしたら、先に桐生院さんは自己紹介をされてしまった。というか、桐生院ってあのトレーナーの名門じゃないか……まさかそんな人物と知り合えるとは。

 

「俺は柴葉和也っていいます。これからよろしくお願いします。まさかあの名門の桐生院さんだったとは思わなかったです」

 

 俺が自己紹介を終えると、桐生院さんはどこか恥ずかしそうな表情をしていた。

 

「たしかに私の実家はそう呼ばれていますし、実際に幼少から色々知識を仕込まれたりはしていますが……実際の経験はないですし、柴葉さんと同じ新人トレーナーですよ」

 

 どうやらあまり名門名門と煽てられるのは好きではないらしい。期待されてるからこそ色々と大変だろうしな。

 

「とりあえず、理事長の話があるから集会場の方に向かいますか」

 

 俺がそう提案すると彼女は快く承諾してくれた。どちらにせよ目的地は同じだし、せっかくの縁だと思って一緒に向かうことになった。

 

「柴葉さんはどうしてトレーナーに?」

 

 集会場に向かう途中で桐生院さんが志望動機を聞いてきた。彼女は昔からトレーナーになることが当たり前と思いながら生活してきただろうし、他人がトレーナーになろうと思ったのかは気になるところのようだ。

 

「昔見たレースがとても印象的で、俺もこんなふうに輝く舞台で自分の育てたウマ娘を走らせて見たいと思ったんです。そして、そんな全力で走る彼女たちの夢を叶えたい……そんな夢を見たんです」

 

 その時のレースの内容はもうあまり覚えていない。ただ、その時1着だったウマ娘と何か約束をしたような記憶が朧気に残っている。

 

「素敵ですね。私はトレーナーになるために育てられて来ましたから……あっ!でもウマ娘のことは本当に大好きですよ?レースを見るのも好きですし!」

 

 家の使命とかそういったことを抜きにしても、桐生院さんはウマ娘やレースのことが大好きらしい。それが嘘でないのは話すテンションの高さで何となくわかった。

 そんな風に話をしていると、集会場にたどり着いたので席へと着いた。学園の説明や理事長からの話があるらしい。

 

「歓迎!みなよく来てくれた!諸君らにはこれから、この学園の案内を行う。担当、サブトレーナー、チーム各々違った目標を目指す上で、この学園の施設のことを把握するのは大切なことだ」

 

 サブトレーナー、チーム、担当。俺は専属のウマ娘を探すつもりだが、新人はスカウトが辛いと聞く。最悪サブトレーナーとして先輩達の知恵を蓄えるのも手かもしれない。

 

「それではたづな、案内の方は任せた」

 

 理事長がそう言うと、たづなさんが出てきて学園内の案内を始めた。俺たちは先行する彼女のあとを追いかけて施設の説明を受ける。

 

(それにしても……相変わらずこの学園の土地は広すぎんか)

 

 集会場らしき場所から出ると、広大な土地にある様々な建物や多くのトラックが目に映る。

 

「ここは体育館です。主に雨が降っている日に使われたり、筋肉トレーニングをする際に使用されることが多いです」

 

 雨が降っても走ることはあるだろうが、主に筋トレするために使う施設のようだ。今日も何人かのウマ娘が筋トレを行っている様子だった。

 

「次はグラウンドです。走る練習は主にここで行われています。ちょうど今日はレースが行われる予定ですね」

 

 俺たち新人は、きっとこの中からいずれ担当をきめることになるんだろうな。そう思うとなんだかワクワクする。

 

「担当をつけるつもりの新人さんは目をつけとくといいですよ。既に仮契約や契約を済ませてる娘も何人かは居ますが、していない娘が殆どですから」

 

 ちらっと見た時に、ウォーミングアップ中の走りでとても惹かれる走りをしていた。栗毛のロングのウマ娘か、一応覚えておこう。

 

「次にここはプールです。泳いでスタミナなどを鍛えることができます」

 

 確かに、遊泳はスタミナ作りにはもってこいだ。足に負担もかかりにくいしな。

 そして、一通り案内が終了して、ここからは各自で学園内を見回るということで解散となった。

 

「柴葉さーん」

 

 桐生院さんの方から俺に話しかけてきた。この後は各々自由時間だったはずだけど。

 

「柴葉さんはトレーナーとしてどうする予定なんですか?サブトレーナーとして先輩トレーナーについたりするんですか?」

 

 トレーナーとしてか……桐生院さんは担当ウマ娘を取って育成していくんだろうか。実績を残せばチームを持つことも可能だしな。

 

「俺は担当の子を探す予定だよ、どうしてもスカウトできなそうならサブトレーナーになるつもりだけど……とりあえずはさっきのレースを見に行こうと思ってる」

 

「私もさっき、気になるウマ娘が居たのでちょうど見に行こうと思ってたんです。ご一緒してもいいですか?」

 

 別にレースを見るだけだしな、一緒に行っても特に問題はないだろうし。何よりも断る理由もない。グランドに辿り着くと、レースがちょうどスタートした。危ない危ない、もう少しで見逃すところだったな。

 レースの様子を見ると先頭を1人だけ駆け抜ける少女がいる。さっき俺が目をつけていた娘だ。大分ハイペースだが、あのペースで最後まで走りきれるのだろうか。

 

「あの娘結構掛かってしまってますね。緊張しているんでしょうかね?」

 

「分かりませんけど、中々面白い走りをしますね。大逃げするウマ娘なんて滅多にいませんし」

 

 俺が大逃げを打つウマ娘に夢中になっていたように、桐生院さんも気になるウマ娘がいるようだった。

 

「わたし的にはあの白髪の娘が印象がいいです。少し先頭の子に引っ張られてペースは上がってますけど、堅実な走りをしていてかなり速いです」

 

 その後は、白髪の娘が先頭の娘に食らいつこうとしたが、そのまま逃げ切られてレースが終わってしまった。

 俺が目に着けていた子がぶっちぎりだったな。ラストこそスタミナ切れが目立ってペースは落ちてしまったが、しっかりと逃げ勝っていた。

 桐生院さんは、白髪のウマ娘を探しにどこかに行ってしまった。俺も今逃げ勝った娘に話しかけてみよう。

 

「ねえ君。ちょっとだけ時間いいかな?」

 

「私になにか用でしょうか?」

 

 話しかけると驚いた顔で俺の方を見ている。急に声をかけられたら誰でも驚くか。

 

「俺は新人のトレーナーの柴葉だ。担当ウマ娘を探してたら君が気持ちよさそうに先頭を走ってるもんだから、つい声をかけてしまったんだ」

 

 あの逃げ足にはとても輝くものが見えた。スタミナなど課題はまだまだあるけど、俺はこの娘の担当をしたいと思った。レース場でこの娘の大逃げをするところを見てみたい。

 

「私はサイレンススズカっていいます。その、すいません……誘いは嬉しいんですけど、他の方と既に仮契約をしてしまっていて」

 

 そういうと彼女は申し訳なそうに謝った。先に仮契約があるなら仕方ない。仮契約ってことはまだ本契約は交わしてない、いわばお試し期間ってことだ。もしもその仮トレーナーと上手くいかなかったらもう一度声をかけよう。

 

「そっか、そりゃ残念だ。もし機会があったらまた話しかけさせてもらうよ。時間を取らせて悪かったな」

 

 ウマ娘側からすれば得体のしれない新人トレーナーよりもベテラントレーナーの方がいいに決まってるもんな。サイレンススズカは一礼してどこかに行ってしまった。

 

「柴葉さん!柴葉さん!」

 

 そんなこと考えると、桐生院さんがさっきの白髪のウマ娘を連れて走ってきた。

 

「どうしたんですか?というか誰ですか?その娘は」

 

「さっき気になってた娘に話しかけてみて、この娘……ハッピーミークの担当になることにしました!」

 

 この人は行動力の化身というかなんというか……トレーナー初日なのにそんな気軽に決めていいのか?いや……俺も人のこと言えないか。というか待てよ?捕まえたとか言ってなかったか。

 

「一応確認しておくけど、無理やりとかじゃないですよね?」

 

「ちゃんと私も納得してます……よろしくお願いします」

 

 桐生院がハッピーミークを紹介すると小さな声で挨拶をしてきた。何故か本人も納得してるっぽいし問題はないだろう。桐生院のネームバリューってやつなのか?

 俺も桐生院さんみたいに担当のウマ娘を探さないとな……在校生に対してトレーナーは足りてないって言うし大丈夫だよな?

 

 

 そんな感じで2週間近くスカウトを続けるが 、まあ断られるわ。心折れそうになりながら、グランドで走るサイレンススズカを眺めていた。たまたまグランドをうろついてたら、練習してるところを見かけて気になった。

 

「どうだい、気になるウマ娘は見つかったかな?」

 

 俺がグラウンドに座り込んでいると、後ろからシンボリルドルフが話しかけてきた。落ち込んで見える俺を見て、気遣ってくれたのかもしれない。

 

「一応、いるにはいるんですけどね……色々事情がありまして」

 

 それを聞くと、シンボリルドルフは興味を持ったらしく俺の隣に腰掛けた。

 

「ほう、それはどんなウマ娘か聞いてもいいかな?」

 

「そこで左にグルグル回っているウマ娘です」

 

 指を指した先ではサイレンススズカが左に回っている。さっきから、何か考えながらずっとグルグル回ってる。

 

「サイレンススズカか……彼女は一体何をしているんだ?」

 

 どうやらシンボリルドルフもサイレンススズカのことを知っている感じだった。あれだけ目立つ走り方をすれば名前くらいは聞くのか?

 

「さっきまでは1人でランニングしてたんですけど、何か考えながら回り始めたんです」

 

 なんか悩みでもあるのだろうか。こういう時に話かけていいのか分からないけど少し話しかけて見ることにしよう。

 

「なあ、サイレンススズカ何してんだ?」

 

 話しかけると回るのをやめてこちらの方を振り向いた。

 

「柴葉さんでしたよね。実は少し悩みがあって……それについて考え事をしていたんです」

 

 俺のことを覚えていてくれたみたいだ。やはり何か悩んでるっぽい。何に悩んでるのか分からないが、左に回る悩みってなんだろうか?

 

「悩み?俺で良ければ話聞くが……」

 

 俺がそう言うと少し考え始めた。スカウトしたとは言え話したのはあの1回だけだからな、相談するか迷っている様子だった。

 

「私の仮トレーナーさんが言うんです、大逃げは勝ちの定石じゃないって。そして、私は今ずっと先行だったり差しのレースの練習をしてるんですけど、それで中々調子もでないし上手く走れなくて」

 

 きっとそのトレーナーは、悪い人ではないんだろう。大逃げは勝ちの定石じゃない。さっきのレースで見たサイレンススズカの末脚は凄まじいものだった。先行や差しにしたがるのもわかる気がする。そこが上手く合わなくて正式な契約には至ってないのか。

 

「それで、サイレンススズカはどうしたいんだ」

 

 俺がそう質問すると、サイレンススズカは遠い空を見ながら独り言のように話し始めた。

 

「私は……先頭の景色を見ていたいんです。前に誰もいないそんな景色を」

 

 そうか、サイレンススズカは逃げたいんだ、大逃げをしたいんだな。無謀と言われるかもしれない、彼女の末脚ならどんな脚質でもある程度の結果は残せるだろう。それでも、彼女は逃げをしたいんだ。

 

「きっと辛い道になるだろう。もしかしたらレースで勝って行けないかもしれない」

 

 俺が言おうと思ってたら、シンボリルドルフが先に言った。だが、その通りなのだ。大逃げは大きくスタミナを消耗するし、最後の競り合いで勝負にならないことが多い。

 

「お前は逃げ……大逃げがしたいんだな」

 

「はい」

 

 質問に対しては即答か……この様子だと、諦める気はなさそうだ。サイレンススズカは大逃げでレースで1着を取っていくつもりなんだ。

 

「俺はお前のトレーナーになったら、お前が諦めない限り大逃げで勝つためのトレーニングを考え支えよう」

 

 仮とはいえ担当のいるウマ娘にこういうことを言うのは良くないだろう……それでも、彼女の担当は大逃げをさせるつもりはないようだし、俺に出来ることはこんな提案をするくらいだ。

 

「どうする?サイレンススズカ、仮契約の契約破棄期間内ならトレーナーを変えることも可能だが」

 

 俺に続くようにシンボリルドルフも言った。彼女は俺のことを手伝ってくれてるのだろうか?まるでサイレンススズカの担当を変えることを勧めているように見える。

 

「あなたは私に逃げさせてくれますか?先頭のその先の景色を見せてくれますか?」

 

 サイレンススズカは真剣な顔で俺の目を見る。こんな才能をもったウマ娘を前に、断る理由がどこにあるというのだろうか。仮契約しているトレーナーには悪いが、俺はサイレンススズカのトレーナーになりたい。

 

「もちろん、できる限りのことをしよう」

 

 そう答えるとサイレンススズカは少し悩んでからこう言った。

 

「わかりました。それじゃあ明日のレースを見てください。その後に返事をさせてもらいます」

 

ーーー翌日ーーー

 

 レース場に来たがスタートまではもう少し時間があるようだ。サイレンススズカの様子を少し見てみたがどうやら調子はいいらしい。

 

「それではレースを開始します。各自ゲートに入ってください」

 

 ウマ娘がゲートインを済ませてスタートした。サイレンススズカは序盤からトップを取っている。ペースもハイペースで走っている……大逃げするつもりだ。このレースは中距離で、終盤スタミナが持たないなんてことはあるが、それでも彼女がスピードを緩めることはない。

 最終コーナー手前で後方のウマ娘も仕掛けていくが、それではもう遅い。最後の直線、スタミナが切れてきたのかスズカのペースがおちる。

 

「行け!サイレンススズカ走りきれ!!」

 

 聞こえないとわかりつつ大声で応援した。そのままサイレンススズカは1着でゴールイン。ギリギリの勝負ではあったが先頭をキープしたままサイレンススズカが勝った。

 

「お疲れ様、いい走りだったよ」

 

「ありがとうございます。どうでしたか私の走り」

 

 彼女はどこか不安そうだった。彼女の大逃げしたいという夢は多くのトレーナーに否定されてきた……俺にも否定されるんじゃないかって心配なんだろう。

 

「素晴らしい逃げだった、終始先頭をキープし続けてあのハイペース。大逃げ大成功だ」

 

 後続と大差をつけて中盤までは1番だった。スタミナ切れがあり、終盤追いつかれるかとも思ったが。1着でしっかりと走りきった。

 

「もう一度聞かせてください。トレーナーさんは私に先頭の先の景色を見させてくれるんですか?」

 

 レースであの走りを見せつけられたんだ、答えはもう決まっている。

 

「ああ!見させてみせる!そして、君は勝つことで俺の君を勝たせるって夢を叶えてくれ」

 

「ふふ、よろしくお願いします。トレーナーさん」

 

 そう笑いながら、サイレンススズカは手を出してきたので、握手を交わした 。

 

「あと、私はスズカでいいですよ」

 

「そうか、じゃあよろしくなスズカ」

 

 手を離すと、スズカは小走りで俺の先に立って校舎の方を指さす。

 

「そうと決まれば手続きをして走りましょう!せっかくこんなにいい天気ですし」

 

「それもそうだな」

 

 ここから俺たちの本当のトレーニングが始まっていくんだな。




何人でもどんどん担当増やしたいけど増やすタイミング難しいいい!!


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第3話:鍛えろ!トレーニング開始

お気に入り登録されるなんて思いもしてなかったです。文章がめちゃくちゃだと思いますが読んで頂いて感謝です。


 俺は今、理事長室にウマ娘とふたりで訪れている。担当ウマ娘とトレーナーとしてスズカのトレーナー契約をする為に来たんだ。

 

 スズカの仮トレーナーとは1悶着あるかと思っていた。しかし、スズカが既に話をある程度済ませていたこともあり、直ぐに話は終わった。トレーナーはトレーナーでやっぱりかという顔をしていた。やはり堅実な彼とスズカでは合わないところもあったのかもしれない。

 

「スズカは良かったのか。俺みたいな新人トレーナーが担当で」

 

 ウマ娘は普通、ベテラントレーナーのチームに入るか、桐生院などの名門出身のエリートの元へ行くことが多い。俺みたいな新人と契約するなど珍しい話である。

 

「いいんです。私は逃げて勝ちたいんです。たとえそれが辛い道になるとしても先頭を走り続けたい。それに、あなたとなら一緒に頑張って行けると思いましたし」

 

 スズカは微笑みながらそう言った。ウマ娘は皆美しいか可愛らしい見た目をしているのでその笑顔は俺に効く。

 

 そんな雑談をしている内に、理事長室前までたどり着いた。

 

「失礼します」

 

「入りたまえ」

 

 理事長の声が聞こえ、許可も取れたので理事長室に入っていく。

 

「ほう、柴葉トレーナーにサイレンススズカ君じゃないか。今日はどう言った要件かな」

 

「サイレンススズカと正式なトレーナー契約をするために、今日は来ました」

 

 そう言うと、理事長と理事長秘書のたづなさんは少し驚いたような顔をしていた。

 

「驚愕!サイレンススズカ君は確か仮契約をしていたな。私はてっきりそのまま正式な契約を交わすと思っていたんだがな」

 

 確かに急に俺みたいな新人が、仮契約を済ませていたサイレンススズカを連れてきて、正式なトレーナー契約を交わさせてくださいなんて言って来たら驚くのも無理がないかもしれない。

 

「サイレンススズカさんの仮トレーナーさんは優秀な方だったと思うんですけど、なにか不満があったのですか?」

 

 たづなさんの疑問も最もだ、あの人は無能なトレーナーなんかじゃなかった。しかし、そりが合わなかった。そうそれだけだった。逃げて勝ちたいと理想を抱いたスズカと先行でも差しでもスズカの才能を活かして勝たせてあげたいトレーナー。どちらが悪いわけじゃない。

 

「私は……逃げて勝ちたかったんです。トレーナーさんは決して悪い人じゃなかったんですけど……話し合ってしっかりと了承も得ました」

 

 当事者での話し合いはもう済んでいる。あとは理事長の許可を得るだけだった。

 

「承諾!話し合いが済んでいるならば、私から言うことは無い!これからはお互い支え合い勝利を目指すといい」

 

「ありがとうございます」

 

 必要な書類を提出し、理事長室を後にしようとするとたづなさんに話しかけられた。

 

「もし、なにか分からないことや困ったことがあったら気兼ねなく相談してくださいね」

 

 新人の俺を気遣ってくれたらしい。スズカもそうだが、こうやって期待されているならその期待にしっかりと応えたいと思った。

 

「トレーナーさん実は私もうひとつだけ夢があるんです」

 

 理事長室からの帰り道にスズカがそう言い始めた。

 

「どんな夢か聞いてもいいかな?」

 

「私は、私が走るレースやライブを見た人達に、夢を届けられるようなそんなウマ娘になりたいんです」

 

 レースで夢を届けるというのは意外と難しい。ウマ娘が踊るウイニングライブは上位3人しか出られないし、レースでは人を引きつけるような走りで輝かなければならないだろう。

 

「私にできるか分からないです……でも、もしなれるならそんなウマ娘になりたいって思っています」

 

「スズカならやれるさ。現に俺は君に夢を見ているんだから」

 

 そうだ、俺はスズカに夢を見た。スズカなら勝利を手にして、その走りで観客達に夢を届けられるようになるだろう。

 

「ありがとうございます。トレーナーさんがそう言ってくれるなら頑張ってみますね」

 

 スズカは少し照れくさそうにそう返してきた。

 

「それじゃあ、トレーニングを始めるのは明日からだから今日はこの辺で解散しようか」

 

「そうですね。トレーナーさんまた明日」

 

ーーー翌日放課後ーーー

 

「こんにちはトレーナーさん」

 

 放課後の時間に、グラウンドでスズカを待っていたらスズカの方から話しかけてきた。

 

「ああ、スズカ待ってたよ」

 

「今日からトレーニングですね、一体何をするんですか?」

 

「初日からで悪いけど、今日は芝で全距離を走ってもらうことになる」

 

「全距離ってことは、短距離なんかも走るんですよね」

 

「スズカの得意な距離や走りの癖を、俺はまだしっかりと把握しきっているわけじゃないからな。今後のトレーニングの参考にするためにも必要だ」

 

 スズカのあのスピードなら、スプリンターとしての適正があるかもしれない。どちらにせよスズカの走りをしっかり見なくちゃいけない。

 

「それじゃあ1000mから走って来てくれ、俺はここでタイムを見てるから」

 

「分かりました」

 

 まずは短距離からだけど、確かに速かった。速かったのだが特別に速いわけではなかった。ラストスパートでトップスピード乗り切れないのと、走り終わったあとスズカが満足仕切ってない顔をしてるものだから、きっと短距離にはあまり向いてないのだろう。

 

 次にマイルだ、こちらは距離が伸びてラストスパートでもかなりのスピードが出ていたので、マイルでは十分にやっていけそうだ。

 

 中距離は凄かった……序盤から終盤まで高スピードを意地しつつラストスパートで更に加速しトップスピードに乗っていくのだ。しかし、最後は少し体がぶれてスピードが落ちていた気がする。スタミナに課題ありだな。けど、スタミナを伸ばしたら中距離で化けるだろうな。

 

 長距離は予想した通りだった。スタミナが持たずにラストスパートで垂れてしまった。スタミナを伸ばせば戦って行けるかもしれないが中距離やマイルほど適正があるとは思えなかった。

 

(主戦場は中距離になりそうだな……)

 

「どうでしたかトレーナーさん」

 

 そんなこと考えてると、走り終わったあとのスズカがドリンクを飲みながら話しかけてきた。

 

「ああ、短距離以外はいい感じだ。スタミナに課題はあるが、そこを伸ばして行けばマイルから長距離の広い距離で戦って行けるだろう。それこそクラシック3冠も目指せると思う」

 

「クラシック3冠……」

 

 クラシック3冠はウマ娘が1生に1度だけしか挑戦することができない多くのウマ娘の夢の1つだ。このクラシック路線のレースでは多くの人が夢をみる。みんなに夢を届けたいというスズカの理想に、大きく近づくだろう。

 

「これからはクラシック3冠を目標に、スタミナ強化を念頭に置いてトレーニングしていこうと思うんだが、なにか意見があったら遠慮なく言ってほしい」

 

「あの……私は走るのが好きなので走るメニューが多いといいんですけど」

 

 ウマ娘は走ることが好きな娘が多い。そんな中で走ることが好きなんて言うんだから、相当なものなんだろう。たまにターフを見たり天気を確認しているが、走ったら気持ちよさそうとか考えてるのかもしれない。

 

「そうか、それじゃあランニングのメニューを組み込みながら、プールトレーニングや筋トレをしていこうか」

 

「あの、私の勝手な理由でメニューを変えちゃっても大丈夫なんですか?」

 

 スズカの言うことも間違ってはない。メニューを完全に管理し、コンディションを整える。そんなやり方も間違っていないと思う。実際に学園1のチームリギルは、そういったやり方をするトレーナーで多くのウマ娘を管理して、多くの勝利を勝ち取ってきたという。

 

「結局最後に走るのは、俺たちトレーナーじゃなくてウマ娘である君たちだ」

 

「俺は走る上でモチベーションやそういったものが、大切な要素だと思っている。ただ、必要な要素を補うためにこっちが考えたトレーニングをしてもらうことになる」

 

「そうなんですね……私のために色々考えてくれてありがとうございます」

 

 そう言うと、スズカは少し嬉しそうだ。尻尾が左右にフリフリと揺れてるし多分嬉しいんだろう。

 

「担当のことを考えるのは当たり前だ。それに、やりたいことをやれずトレーニング続けててもつまんないだろ。嫌々やってたら伸びるものも伸びないからな」

 

 スズカは良くも悪くも素直な性格だ。先行や差しで走った時に伸びないのも、そういった要因も関わっているのだろう。だがこちらの指摘もしっかり聞いてくれるし、とてもいい娘だ。

 

「そうですね!それじゃあせっかくのいい天気なので走って来てもいいですか」

 

「いや、それはダメ」

 

 今日は色んな距離を全力で走った。足に負担がかかっているから、オーバーワークで怪我でもされたら大変だ。というかあれだけ走ってもまだ走り足りないのか……そりゃ短距離で満足できないわけだ。

 

 一応トレーニング外で無理なトレーニングしないか注意して見なきゃな……まさか走るのが好き過ぎてそれが裏目に出るとは……

 

 

 

 




会話をできるだけ増やして、描写とか減らすよう努力してみました。色々試行錯誤してみます。


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第4話:走れ!併走トレーニング!

構成を立て文章書くのって難しいです。行き当たりばったりで書いてるせいで矛盾が凄かったり悪戦苦闘中です。


 トレーニングを始めてから二週間近く経ちトレーニングは順調に進んでいた。今日はトレーニングからじゃなくてミーティングからだ。

 

「スズカ今日はお前に報告がある」

 

「どうしたんですか?改まって」

 

「お前のデビュー戦が決定した。来月の頭にある1600m芝のマイル走だ」

 

 中距離に出走しても良かったがまだ早い。まずはマイル走でレース経験を積みつつ、デビュー戦を確実に勝ちに行く。

 

「遂にデビュー戦ですか……」

 

 スズカを見ると少し心配そうな顔をしている。気のせいか少し耳が垂れてる気がする。

 

「走ることが好き過ぎて、レースのことしか考えてないと思ったけど、スズカも不安になるんだな」

 

「嘘でしょ……からかわないでくださいトレーナーさん」

 

 そんな冗談を言ってるとスズカが拗ねてしまった。冗談言ってる場合じゃないな。

 

「安心しろ、お前はジュニアクラスの中ではトップクラスの実力者だ。デビュー戦には特に気になるウマ娘もいない。勝てるさ」

 

「トレーナーさんがそこまで言うなら信じます。期待に応えられるようにトレーニング頑張りますね」

 

「盛り上がってるところ悪いんだが今日は長めのジョギングだ。明日に疲れが残らない程度のスピードで走って来てくれ」

 

「わかりました。外を走って来ようと思うんですけどその間トレーナーさんはどうするんですか?」

 

「俺はちょっと用があってな、それを済ませようと思う」

 

 スズカは確かに強い。だけどレースは基礎的な能力だけで勝敗が決まるものじゃない。他人がいる中で走るのと自分1人で走るのでは全然感覚も違ってくる。それを経験させてやりたいんだ。

 

「用ですか?なにかやることがあるんですね」

 

「ああ、併走トレーニングの相手を探そうと思ってな」

 

 併走トレーニングは根性も鍛えることができるだろう。レースでの体力ギリギリの極限状態で、いつも以上の実力を発揮するウマ娘もいるくらいだ。重要なトレーニングになる。それに、誰かと一緒に走ることで見えてくるものもあるだろうしな。

 

「とても、ありがたいんですけど。大丈夫ですか?トレーナーさんが他のウマ娘やトレーナーさんと関わっているところあまりみないですけど」

 

「ハハハ、大丈夫だよ友達がいない訳じゃないし。きっと大丈夫、多分……」

 

 でもしょうがないじゃん?だってスズカのトレーニング考えるのも大変だし、同期も少ないし。かと言って先輩に話かけるのは怖いし。

 

「それならいいんですけど。それじゃあ私は行ってきますね」

 

 そう言うとスズカはジョギングに向かっていった。それじゃあ、俺も用を果たすとしますか。ってあんなところにこんな時間に昼寝してるやつがいるな、サボりか?気になったのでちょっと話かけてみるか。

 

「セイウンスカイか……」

 

 近くに行くとその娘がセイウンスカイだと分かった。直接関わったことはないが、トレーナーの中では少し噂になってるトレーニングに出ずに教官を困らせてるサボり魔だとか。

 

「私になにか御用ですか〜」

 

「って起きてたのか」

 

「私がゆっくりお昼寝してるに、邪魔しようとする人がいるからじゃないですか」

 

「お前な……そんなこと言ってないでトレーニングぐらい出ろよ、このままじゃデビューどころかトレーナーさえ見つからないぞ」

 

「いや〜私はデビューは来年だし、トレーナーさんも一応候補がもういるんですよ?」

 

 あまり勝利に対しての欲がないのだろうか。いや、もうトレーナー候補がいるというのだからきっと実力はあるはずだ。それじゃあ他になにか理由が…………ああなるほどな。

 

「レース外で、しかもこんな早い段階から周りと駆け引きするのは賢くていいが、度合いを間違えると置いてかれるぞ。遅くなる前にトレーニングはしとくんだな」

 

 学園内にはライバルが多い。セイウンスカイは周りからサボり魔と噂され実力があるとは思われずマークもされていないだろう。それには大きなアドバンテージを得ることができるだろう。しかし、レースは楽して勝てるほど甘くない。

 

「へえ〜トレーナーさん面白いこと言うね、どうしてそう思うんですか?」

 

「今のセイウンスカイではそれで得られるアドバンテージを無駄にするトレーニング量の差がある。今でこそ実力は上だとしてもいずれ置いていかれるだろう。なんなら証明しよう、明日の放課後グラウンドに顔を出すといい。教官には許可を取っておこう」

 

「まあ、気が向いたらね〜」

 

 セイウンスカイのサボりは元々の性格もあるかもしれないが楽をして勝ちたいという考えが見え透いてる。しかし、それでは勝ち残れないのだ。

 

「じゃあ、俺は行くぞ。また明日な」

 

「じゃあね〜」

(でも、どうせやるなら負けたくないよね〜)

 

 そうして俺はまた併走トレーニング相手を探してグラウンドを彷徨いてると見覚えのある人影を見たので話しかけることにした。

 

「桐生院トレーナー」

 

「あっ柴葉トレーナー、どうしたんですか?」

 

「こんにちは」

 

 声をかけて近寄ってみると桐生院トレーナーの担当ウマ娘のハッピーミークも挨拶をしてくれた。ハッピーミークもデビュー戦近いはずだからきっとお互い良い刺激になるはずだ。

 

「実はスズカの併走トレーニングの相手を探してて、うちはチームじゃないから他のウマ娘と一緒に練習で走ることが少ないので是非ハッピーミークと走らせたいんです」

 

「トレーナー同士で協力!ハッピーミークもいい刺激になると思いますし、こちらこそお願いします」

 

「頑張ります」

 

 どうやら相手の方もやる気のようだ。なんか協力って時に目をキラキラさせてたけど、あれだろうか彼女もこちら側なのかもしれない。

 

 そんな話を2人出していると。

 

 

「うーん、いい足だ流石名門桐生院出身の担当ウマ娘なだけはある」

 

 男性がハッピーミークの足をベッタリと触ってた。というか、この人試験の時あった……沖野トレーナーだ。

 

「%*-;&%✩.*˚!?」

 

 そんなこと考えてたら、ハッピーミークが声にならない叫び声を発して彼を蹴っ飛ばした。そして、更なる追撃が襲う。

 

「「「何やってんのこの変態!!」」」

 

 倒れてる沖野トレーナーを3人のウマ娘が踏みつける。流石に心配になり、俺と桐生院トレーナーで助けた。

 

「大丈夫ですか?」

 

「大丈夫大丈夫、慣れてるから」

 

 この学園は大丈夫だろうか。ウマ娘に蹴り慣れるってどうやるんだ。そもそもなんでこの人唐突にウマ娘の足触ちゃってるの。

 

「わざわざ悪いね、桐生院とたしか柴葉だったか」

 

「それにしてもトレーナー2人で集まってお前ら何してんだ」

 

 いや、こっちのセリフですよ本当になにしてんですかあんたは。でも、こんな人でも一応先輩トレーナーだ。もしかしたら何かしら助けてくれるかもしれない。そう思いことの経緯を説明した。

 

「なるほどな、併走トレーニングか」

 

「それならうちのスカーレットとウオッカを参加させていいか。こいつら最近ちょっと速くなったからってデビューさせろってうるさいんだよ。だからちょっと天狗の鼻を折ってやらないとな」

 

「何よトレーナー、トレーニングでなんで鼻を折るに繋がるのよ!」

 

「お前らは1度上には上がいるってことを認識するべきだ」

 

「というわけでコイツら参加はするが併走の時にコイツらを気にしてペースを落とす必要は無い。変わりにゴルシも参加させるから許してくんねえか」

 

 なるほど、チームの2人に自分の今の実力がどのくらいなのか再認識させたいわけか。それが出来るくらいうちのスズカが強いって評価してくれるのは嬉しい。

 

 てか、この人ゴルシって言った?ゴールドシップ?あのゴールドシップのトレーナーやってるってこの人凄い人なんだな多分

 

「何よ私が練習ですらついて行けないっていうの!」

「何だよ俺が練習にもついて行けないっていうのかよ」

 

「なんだ?面白そうな話してんな!私のゴルゴル星奥義その129を見せてやるよ!」

 

「まあ、それは明日のお楽しみってやつだ。5人での併走、しかも普段走らない奴らと走るんだいい経験になるだろう」

 

「あーすいません、併走するのは6人なんですよ。セイウンスカイも来ます」

 

 話に夢中でセイウンスカイのことを言うのを忘れていた。しかし、それを聞いたウォッカとスカーレットはあまり良い表情をしていない。

 

「彼女いつもトレーニングサボってる見たいだけど大丈夫なのかしら」

 

「そうだぜ、よくトレーニングをサボるって噂だ、そんなんで走れるのか?」

 

「いや、これは俺の個人的な事だから気にしないでくれ」

(セイウンスカイの走りを俺は見てみたいからな)

 

「それじゃあ、明日はよろしく頼むぜ後輩達」

 

 そう言うと沖野トレーナーは去っていった。その後桐生院トレーナーと俺も解散する流れとなった。スズカそろそろ戻ってくるだろうから待つとしよう。

 

「スズカ明日はお前を含めて6人も練習に付き合ってくれることになった。今日のトレーニングは終わりだから帰ってゆっくりやすんでくれ」

 

「ありがとうございます。トレーナーさん」

 

 そういえば、俺が人と関わっていないとかスズカ言ってたけどスズカが誰かと話してるのってあまりみないな。

 

「なぁ、スズカ。お前って友達いるのか」

 

 そう言ってスズカの方を見ると、明らかに落ち込んでいた。耳も垂れ下がっている。もしかして俺は地雷を踏んでしまったのかもしれない。

 

「友達はちゃんといますよ……?エアグルーヴも話しかけてくれますし、フクキタルも良く絡んできます」

 

 2人とも話しかけて来たり絡んできたりと、エアグルーヴに関してはスズカのこと気を使ってるんじゃないか?フクキタルは……1回見かけたが何を考えてるかわからなかった。

 

 スズカはきっとコミュニュケーション取るのがあまり上手くないんだろう。口下手そうだし。

 

「そうか、ならいいんだ。それじゃあ、また明日な」

 

 こうしてスズカとも別れて寮に戻った。明日は色んなウマ娘の走りが見られる。スズカが他人と走った時に走りにどんな影響を与えるのか気になるところだ。

 




最後まで読んでくれてありがとうございます!!
しっかりと続きも書きます多分………


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第5話:走れ!併走トレーニング! 1本目

閲覧とお気に入り登録ありがとうございます!!
執筆してたらイベントのサポカ回収ギリギリになってしまった……


 併走トレーニング当日。グラウンドには6人のウマ娘が集まった。それと俺を含めたトレーナー3人が彼女らを見守っている。

 

「いいか、今日のメニューは2000mの併走トレーニングを三本行う。スズカ、ゴールドシップ、ハッピーミークの3人を中心にペースを作ってもらう」

 

 残りの3人はこの練習に参加することに意味があると思っている。だから付いていくことだけを考えてもらおう。

 

「そして、ラストの300mは自由に走れ、1番を狙うのもいい。これでいいですよね、沖野先輩に桐生院トレーナー」

 

「ああ、問題ないぜ。頑張ってついていけよーお前らー」

 

「別に抜いちゃっても大丈夫なんでしょ?付いていくなんて言ってないで1番狙ってくわよ!」

 

「ああ!俺が1番でゴールするからお前は2番だろ!?」

 

 スカーレットとウオッカはやる気十分のようだ。ゴールドシップは……なんか1人で将棋やってるからわからん。

 

「ちょうどいい機会です。他の娘たちの走りを見て走って来てください。いつもと違う練習で新しい何かが見つかるかもしれません」

 

「分かった。頑張ります」

 

 桐生院トレーナーの方もやる気だ。

 

「どうだスズカ併走トレーニング楽しそうだろう」

 

「はい、いろんな娘と走れるいい機会です。頑張りたいと思います」

 

「みんな気合い入ってるね〜でも私はいつも通り行かせて貰うよ〜」

 

 スズカはやる気だしセイウンスカイは相変わらず読めないやつだ。

 

「沖野先輩今日はみんなの調子どうですか」

 

「ああ、みんな調子はいいぞ。けどゴルシ以外の2人は1本目付いて行ければ上等ってとこだな」

 

「それにしても桐生院のとこのミークは調子は良くも悪くもって感じか。セイウンスカイは全くよめねーし。全く面白いメンツを集めたもんだ」

 

「走るからにはうちのハッピーミークは負けません!」

 

「まあまあ、一応トレーニングなんですから熱くならなくても」

 

「やるからには勝ちてえよな」

 

 みんな戦う気満々って感じだよ。競るのはラスト300だけなの分かっているのだろうか。

 

「トレーニング始めるから位置についてくれー」

 

 今回の併走は2列で先頭からスズカ、ハッピーミーク、セイウンスカイ、スカーレット、ウオッカ、ゴルシの順番で行う。

 

 ゴルシは2番目か3番目辺りに入ってもらおうと思ってたけど、本人が1番後ろでいいと言うので1番後ろに着いてもらった。同じチームの2人を見守る為だと思ったが本人のやる気的にどうやらそういう訳でもないらしい。

 

「それじゃあ行くぞ。位置についてよーい……ドン!!」

 

 俺の合図で全員が同時にスタートした。

 

 併走トレーニングという事もあり最初は全員が固まって走っていく。スズカも練習の意図を汲み取ってか最初からペースを抑えて走っているが気持ち走りにくそうだ。

 

「誰が1番最初にゴールしますかね」

 

「私のハッピーミークが1番になります!!」

 

「まあ、順当に行けばスズカが勝つだろうな。順当に進めば」

 

 沖野先輩は少し含みのある言い方をしたが、実力的に見ればスズカかハッピーミーク。実力が未知数の大穴でゴルシといったところだろう。

 

「それってどういうことですか?」

 

 気になった桐生院トレーナーが沖野先輩に質問をしている。俺も気になっていたのでちょうどいい。

 

「お前らは担当がレースに出てる所を実際に見たことがないもんな。それなら、良いもんが見れると思うぜ」

 

 沖野先輩がそう言ってから800mを過ぎた辺りから列が崩れ始めた。

 

 相変わらずスズカとハッピーミークが先頭に並んでいて、スズカのすぐ後ろにセイウンスカイが着いている。しかし、ここに来て後続のスカーレット達が遅れ始めた。

 

「スタミナ切れですかね?」

 

「違う、スズカ達をよく見てみろ。明らかにペースが上がってんだろ」

 

 たしかにスズカ達のペースが明らかに上がっていた。スタミナが減って来たのもあるがスピードに付いて行けなくなったのか。

 

「なんでこの段階で急にペースを上げたんですかね?まだそんなタイミングじゃないですし……」

 

 スズカには併走トレーニングとしっかりと伝えたし、序盤の走りから見て練習の意図は汲み取ってる筈なんだがなぁ……

 

「本人はペースを上げてるつもりなんてねえだろうな。上げさせられてるんだよ。トレーニングだってのに随分トリッキーな走り方をするやつだな。負ける気はありませんってか?」

 

 沖野先輩は何が起こってるか理解してるようだ。

 

 そのまま併走は続き残り300m手前。ここからは各々のペースでゴールまで走りきる。

 

 1番最初に前に出たのはスズカだ。その後ろにくっついてハッピーミークがいる。セイウンスカイは加速が追いつかず少しずつ距離を離されていく。200mに差し掛かるとハッピーミークも距離を離され始めた。

 

「これは、スズカで決まりでしょ」

 

「それはどうかな、後ろをよく見てみろ」

 

 もう残り100mだ、流石にもう追い抜くことなんてできないだろ……そう思いスズカの後ろを見てみるとゴルシがいた。

 

「ゴルシ!?確かに1番後ろにいたはずなのに!」

 

 凄いスピードでゴルシがスズカに並ぶとそのまま追い抜いてゴールした。

 

「ゴルシはあの大きなストライドを活かした走りをするが故に加速に時間がかかる。だから今回みたいなトレーニングじゃ普通実力を発揮しないんだけど、どっかの担当が途中でスピード上げて突き放したもんだからな」

 

 突き放されて先頭に追いつくまでの間に加速が済んでラストにトップスピードに達したのか。ゴルシが1番後ろに着いた理由ってまさか……さすがにないよな。

 

「いえーい、ピスピース」

 

 当の本人はあの調子だし、謎だ本当に謎が多すぎる。

 

「スズカさん達速すぎるでしょ。付いてくことも出来ないなんて……」

 

「次は絶対追いつく!」

 

 スズカ達のペースが上がっていたと気づいてないあの二人は何やら燃えている。っと俺はスズカに何があったか聞かないと。途中から明らかに掛かってたからな。

 

「ハッピーミークよく付いて行けましたね。最後の加速も悪くありませんでした。次も頑張りましょう」

 

「次は頑張って追い越します」

 

 桐生院トレーナーはハッピーミークを褒めて激励しているが、ハッピーミークは何やらやるせない顔をしていた。っと俺はスズカに何があったか聞かないと。途中から明らかに掛かってたからな。

 

「スズカ、途中ペースが上がってたけどなにかあったか?」

 

「ペース上がってましたか?後ろからセイウンスカイさんが少し煽って来たのでムッとしてペースが上がっちゃったかもしれません」

 

 少し煽られたって……セイウンスカイの方を見ると、私なにかやっちゃいましたか〜?と言わんばかりに露骨にすっとぼけた顔をしてた。

 

(というか、ムッとしてペース上がっちゃったかもって。スズカは意外と短気な方なのか?これからの課題になるかもしれないな)

 

「まぁ、次は気をつけてくれ」

 

「はい、気をつけます」

 

「ところで最後のゴルシの追い込みどう思った」

 

「とても速かったです……抜かれた瞬間に先頭を奪われた瞬間、どうしたらいいのか困惑してしまって失速してしまいました……」

 

 スズカはあの中ならスピードなら誰にも負けないと思っていた。だからこそゴルシのラストのスピードには度肝を抜かれた。

 

「いいかスズカ、勝負は抜かれた瞬間終わりじゃない。ゴールした瞬間に終わるんだ。今すぐ対策はできないかもしれない、ただ諦めるな。ゴールするまで勝負はついてないんだからな」

 

「はい……!」

 

 と言っても俺も人のことを言えないな。ラスト100mの時点で俺はスズカの勝利を確信していた。レースについて知識としては知っていても全く理解出来てないんだな。自分の実力不足を再認識した。

 

「それじゃあ、ちょっとセイウンスカイの様子を見てくる。2本目に備えて休憩してくれ」

 

 そうして俺はセイウンスカイの方へ向かった。

 

 

「レース中に相手のペースを乱したりする戦略もあると話には聞いていたが実際に目にすると凄いもんだな」

 

「そうでしょうそうでしょう。もっと私のこと褒めてもいいんですよ?」

 

「ああ、お前はたしかに賢いやつだ。それでも負けは負けだ」

 

「いや〜みんな速いですね〜セイちゃんびっくりですよ」

(そんなの私が1番分かってますよ……)

 

「残り2本残ってるから盗める技術は盗んで、自分の課題を見つけてくれ」

 

「担当でもない私にそんなに肩入れしちゃって大丈夫なんですか?セイちゃんもっと強くなっちゃいますよ?」

 

「俺はトレーナーだ才能あるウマ娘を燻らせることなんてできるか」

 

 今でこそトレーニングのサボりすぎではいるが、セイウンスカイの伸び代は大きいと思う。

 

「そういう不意打ちってズルいですよ……」

 

「それじゃ、休憩して2本目に備えてくれ」

 

「は〜い」

 

 セイウンスカイは最後こそちぎられてしまったが、抑えたと言ってもペースアップしたスズカに付いていってた。スタミナは中々のものだろう。将来的には長距離も目指せるだろうが、それ以外に足りないものがまだ多い。

 

「自分で発破かけておいてあれだけど、将来が恐ろしいな」

 

 ボソッと口に出てしまったが、誰も聞いてないだろ。2本目が始まる前にスズカのところに戻るとしよう。その途中で沖野先輩に話しかけられた。

 

「な?いいもんが見れただろう」

 

「ゴルシのあのスピードには度肝抜かれましたよ」

 

「それもそうだが、レースにはウマ娘同士の駆け引きがある。そして何よりレースってのは何があるかわからない」

 

「先輩の言う通りです……レースを分かったつもりでいた自分が恥ずかしいですよ」

 

 セイウンスカイの煽りそれ単体ならスズカの勝利は揺るがなかっただろう。しかし、ゴルシの走りがそれに噛み合って最後に追い抜いた。トレーニングでこれだけのことが起こるんだからレース本番何が起こるか分かったもんじゃない。

 

「それじゃあ、俺はスズカのところに戻ります」

 

 課題はまだまだ山積みだな。




知識が無さすぎて元々内容の薄い文章がレース中に更に薄くなってしまいます。


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第6話:走れ!併走トレーニング!2本目

UA1000超えてるしお気に入りも10を超えていて驚きました。
素人が書いてるお粗末な文章ですが読んでくれてありがとうございます。


 休憩時間が終わり、2本目の準備にはいる。

 

「お前ら位置につけー始めるぞ」

 

 俺の号令でみんなが位置に着く。2本目は1本目と順番を変えている。先頭からハッピーミーク、セイウンスカイ、スズカ、スカーレット、ウオッカ、ゴルシの順番だ。

 

 スズカは自分の前に相手がいる時に思うように走れていない。目の前を塞がれた状況を経験しておいて損はないだろう。

 

「位置について、よーいドン!」

 

 合図と同時に一斉スタートした。ゴルシが少し出遅れていた気がするがしっかりと固まって走っている。

 

「ハッピーミークが良いペースを作ってんな。さっきの併走でスズカの後ろについて走ってる時も速かったが、前を走らせても速いとはな」

 

「そうですね、先頭を走っても後方を走っても力が発揮できるとは、凄いですね」

 

 それでも、ハッピーミークの得意な脚質は先行と差しだろう。逃げや追い込みはできなくはないが得意な訳では無いだろう。

 

「そんなにうちのハッピーミークを褒められちゃうと私が照れちゃいます……」

 

 お世辞ではなく、それでもハッピーミークは凄いと思う。脚質適正が広いことはレース本番でも状況や相手によって臨機応変に対応できるということだ。これは大きなアドバンテージになるだろう。

 

「スズカのやつやっぱり少し苦しそうだな……」

 

 今回のスズカの位置はスタートから前に相手がいる。更にそのせいで自分でペースを作れないせいかのびのびと走れないんだろう。

 

「彼女は生粋の逃げウマ娘みたいだからな。前を塞がれるのは辛いだろうな」

 

「前を塞がれた時の対処方法も考えていかないとな……」

 

 何かいい作戦があればいいんだけど、スズカみたいなタイプのウマ娘は珍しい。

 

「そういった小細工には意外と大胆な方法が刺さったりすることもあるからな」

 

 大胆な方法か……今は考えても思いつかなそうだし、目の前の勝負に集中しよう。もう残り400mに差し掛かってる。

 

 今回はペースは抑え目なので全員がしっかりとラストまで付いてきてる。スカーレットとウオッカは必死に食らいついてはいるがかなりスタミナを消耗していそうだ。

 

「あっラストスパートに入りましたよ!」

 

「スズカ……頑張って追い越してけるといいが」

 

「ハッピーミークが前に出たぞ」

 

 300m通過後の順番は1列並びでハッピーミーク、スズカ、セイウンスカイ、ゴルシ、スカーレット、ウオッカの順番だ。

 

 スカーレットとウオッカはスタミナ切れ気味で加速できてないし、セイウンスカイはスタミナは保っているが加速力とスピードが足りていない 。ゴルシは後方からスピードを上げ始めている。

 

「くぅ、スズカが伸びてない」

 

 ハッピーミークの後ろにくっついてはいるがイマイチスピードが乗ってないように見える。

 

 ハッピーミークは先頭からのラストもしっかりと加速し1位を保っている。

 

「ミーク!頑張って逃げ切ってください!」

 

 少しハッピーミークの耳がピクっとしたと思ったらスピードが上がった。スズカが少しずつ離され始める。セイウンスカイは更にスズカの後ろにいるが距離が縮められずにいる。

 

「おら!ゴルシもうゴールまで距離ねーぞ。ペース上げてけ!スカーレットもウオッカもバテてんじゃねーぞ!」

 

 ここでゴルシが後ろから上がってきた。あっという間にスズカに並び、そのまま追い抜かしてハッピーミークに追いつく。

 

 そして、最初にゴールしたのはハッピーミークだった。2着はゴルシ3着スズカ4着セイウンスカイ5着はスカーレットとウオッカのほぼ同時にゴールした。

 

 ゴルシとハッピーミークが最後に競っていたが、加速に時間が掛かる分追い越しきれなかったんだろう。

 

 スズカはさっきのように目立った減速はなかったし、最後まで食らいついていたが加速が出来ずにスピードが出せずにいた。

 

「トレーナーやりました」

 

 声色はあまり変わっていないが、それに反してハッピーミークの尻尾は左右にブンブンと揺れている。勝てたことがそんなに嬉しかったのだろうか。

 

「よくやりました!ハッピーミーク!!」

 

「ミークでいい……ミークって呼んで欲しいです」

 

「わかりました!ミーク最後の競り合い見事でした」

 

 あの2人になにか違和感を感じていたが距離感が遠かったんだな。それも今回一気に近づいたようだけど。ライバルがまた増えちまったな……

 

 さて、俺もスズカのところに行かないとな。

 

「スズカ、よく頑張ったな。走りにくい状態の中で最後までよく食らいついた」

 

「それでも、私……追い抜けませんでした。負けてしまいました……」

 

 スズカは悔しそうだった。きっと自分なりに力を振り絞ったんだろう。だからこそ悔しいんだ。

 

「レースは勝負の世界だ。勝ち負けだけが全てじゃないとは言えない。だけど、今日はまだ練習だ、レースまでに仕上げていけばいい」

 

「ありがとうございます。頑張ります、先頭をとるために。そして……夢を届けられるような走りができるように」

 

 スズカもやる気十分のようだ、これならこのあとも大丈夫そうだ。一旦沖野先輩のところに向かう。

 

「お前ら勝者が決まった中でもこいつには負けないと諦めずによく最後まで全力を出した 。レースではそういう意識は重要になってくるからな」

 

 スカーレットとウオッカにさっきの併走について話していた。ゴルシは全く聞いてなさそうだけど、先輩がほっといているならそれが正しいんだろう。

 

「沖野先輩、もう大丈夫ですか?」

 

「ああ、ちょうど今さっき話終わったところだ」

 

「私も終わりました」

 

 3人のトレーナーが反省会を終えて集まりこの後の話を進める。

 

「それじゃあ予定通り3本目はレース形式で走ってもらうということで大丈夫ですかね」

 

「問題ない、予定通りに進めよう。スカーレットとウオッカも続けて参加させてもうらう」

 

「ミークも調子いいですから、私も大丈夫です」

 

 満場一致だった。誰一人として自分の担当ウマ娘が負けるなんて思っていなかった。

 

「おいおい!ちょっと待ってくれよトレーナー!そんなの聞いてないですよ!」

 

「レース形式って、模擬レースをするってことよね。どうしてそういう重要なことを早く言わないのよ!」

 

「いいじゃねーか、面白そうで」

 

 彼女らの言うことはもっともだ。レースは入念な準備の元挑むものだからな。だけど今回の目的はそこじゃない。

 

「みんなが同じ条件で望むことによって今の自分に足りないものをしっかりと認識してもらおうと思って俺が提案したんだ」

 

 俺がそういうとスカーレットとウオッカは納得したようで文句を言うのをやめた。

 

 それに今日のメンバーはよくも悪くも癖の強いウマ娘が揃っている。模擬レースだからこその勝負になるだろう。

 

 セイウンスカイに模擬レースのことを伝えると『 わかりました』と一言返事をして模擬レースへの準備を始めた。

 

(スズカさんは序盤から終盤までスピードが速いし先頭でのラストスパートは誰にも止められない。ハッピーミークさんは堅実な走りでとても速い。ゴールドシップさんはラストスパートの制限が無くなったことでロングスパートをかけてどんなスピードで来るかわからない)

 

 去り際にセイウンスカイの顔を見たが少し嬉しそうな顔をしていた。簡単に負けるつもりはないようだ。

 

 かというスズカは模擬レースのことを伝えると嬉しそうな表情をしていた。今まで抑え目のペースで走らなきゃいけない距離があったせいか最初から全力で走れることがよっぽど嬉しいようだ。

 

「いいか、いくら模擬レースだからと言ってもレースはレースだ全力で勝ちに行くぞ」

 

「はい!」

 

 




今回は量が少なくなってしまいました。次はいっぱい書いて厚いストーリーにできたらいいなぁ、、、


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第7話:競走!模擬レース!

ダスカのサポカをギリギリ回収できた。


 模擬レースは実際のレースと同じルールで全員が全力で走り勝敗を決める勝負だ。

 

「今回の模擬レースはさっきと距離は同じ2000m中距離だ。スタートは10分後、各々トレーナーと作戦を話し合ってくれ」

 

 桐生院トレーナーはハッピーミークと沖野先輩はスカーレット、ウオッカ、ゴルシの3人で作戦会議を開始した。俺もスズカに今回の作戦を伝えないとな。

 

「スズカ、作戦を伝える」

 

「はい。トレーナーさん」

 

「今回はお前の走りたいように走っていい。最初っから大逃げをするのも良いし。なにか試してみたいことがあるならそれをしてみるのも自由だ」

 

 スズカは最初から最後まで独走状態で走ることが多い。だからこそ1人で走るためのレース勘を身につけて欲しい。

 

「あと、セイウンスカイには一応気をつけておけ。こちら側のペースを乱したり何をするか分からないからな」

 

「彼女には1本目の走りの時にしてやられましからね」

 

 スズカはそう言って笑うが、目が笑ってない。結構根に持つタイプなのか……

 

「ゴルシは相変わらず追い込みで来ると思う。だが、ハッピーミークはお前を警戒して先行のポジションを取りにくるだろう。スカーレットとウオッカはさっきまでの練習を見てる感じあまり気にしなくてもいいと思う」

 

 沖野先輩は彼女らにレースの雰囲気を体験して欲しいからこそ参加させたんだろうからな、自分で2人は実力不足だと言っていたし。

 

「お前が好きなようにのびのびと走ってこい」

 

「トレーナーさん」

 

「どうした?」

 

 作戦をしっかりと考えてないことに不満でもあっただろうか。でも、レースで走り最後まで競い合うのは俺たちじゃなくて彼女達ウマ娘だ。自分で走り判断するのも大切なんだ。

 

「私、勝ってきますね」

 

「ああ!勝ってこい!」

 

 杞憂だったようだ。スズカの目はやる気に満ち溢れている。これはデビュー戦が楽しみだな

 

「それじゃあ、もう少しでスタートだから、スタート地点で待機してくれ」

 

 沖野先輩と桐生院トレーナーと話に行こう。

 

「沖野先輩に桐生院トレーナー、どうなりますかねこのレース」

 

「うちのゴルシとスズカとハッピーミークの競走になるだろうな。スカーレットとウオッカじゃ実力不足だし」

 

「セイウンスカイさんはどうなんですか?」

 

「あいつは面白い走りをするしスタミナもある。だが、それ以外の基礎能力が足りてないな。トレーニングをサボっていた弊害だろ。同期と戦うなら今は1個飛び抜けてるだろう」

 

 沖野先輩も俺と同じことを考えていたようだ。セイウンスカイにはスタミナとレースを掻き乱すセンスがあるがスピードとパワーが足りてない。

 

「そろそろ10分経ちますね。スタートの合図をしてきます」

 

「準備はいいか」

 

「「「はい!」」」

「おう!」

「ええ!」

「いいぜ!」

 

「位置について……よーい……ドン!」

 

 スタートした。

 

「先頭はスズカがとりますか……セイウンスカイが前に来た!?」

 

「ありゃスズカの前に出て蓋する気だな」

 

 スズカが先頭で進まれると無理だと思ったセイウンスカイがスズカの前に出てスピードを抑える気だ。

 

「スズカさんに並びますよ!セイウンスカイさん」

 

「いや、スズカはそんなに簡単に先頭は譲るつもりはない!」

 

 セイウンスカイがスタートから前に出ようとするが横に並んだところでスズカがスピードを上げて前にでた。セイウンスカイはそのままスズカの後ろに着く。

 

「セイウンスカイさん惜しかったですね」

 

「スズカを対策したいい作戦だったな」

 

 たしかに惜しかった。でもスズカがセイウンスカイを相手にこんな簡単に並ばれるのか?スタートに違和感は感じなかった、緊張しているのだろうか。

 

「ハッピーミークがセイウンスカイの後方に居て、その後ろにスカーレット、ウオッカで更に後ろにゴールドシップか」

 

「もうすぐ第1コーナー抜けますよ!」

 

 第1コーナーを抜け、スズカはトップを維持するがそこをセイウンスカイが仕掛けようとする。

 

「セイウンスカイがまだ先頭を取る気だな。それだけ最後スズカを先頭にいさせたくないか」

 

 そうして、セイウンスカイが一気に抜き去ろうと加速しスズカを抜こうと仕掛ける。

 

「セイウンスカイさん仕掛けましたね」

 

「抜かされるなよスズカ……」

 

「お前らよく見ろ。抜かすどころか離されてんじゃねーか」

 

 沖野先輩がそう言うとスズカが加速しセイウンスカイを突き放す。そして、セイウンスカイがそのまま減速した。

 

「スズカが加速したのは分かるんですけど、なんでセイウンスカイは減速したんですかね?」

 

「セイウンスカイが仕掛けようとしたタイミングで同時にスズカが加速した。そのせいでセイウンスカイからすればスピードを上げたのにスズカを追い越せずむしろ離されてる。自分よりも相手がスピードがあってこのままついて行っても自分のスタミナが切れるだけだ」

 

「だから、相手がスタミナ切れを起こして最後に減速したところを追い抜こうと言うことですね!」

 

 スズカは加速した後からそのスピードを維持してる。加速して無理をして先頭を維持してるわけじゃない。いつも通りのスピードに戻して走ってるんだ。

 

(セイウンスカイに最初にやられた煽られてスピードを崩されたことまだ根に持ってたのか……感情には出てないだけで怒りっぽいのか)

 

 自分もあんまりスズカを怒らせないようにしようと思った。

 

 1000mを通過したところでレースが動き始める。ゴルシが加速を始めた。ロングスパートがいくら得意だからといってこんなところから加速を始めるのか!?

 

「ゴルシはスタミナ持ちますかね」

 

「ゴルシを舐めんな。あれがあいつ本来の走り方だよ」

 

 ゴルシがどんどん加速していきスカーレットとウオッカを追い越す。

 

「500mを超えました!ミークがここから仕掛けますよ!」

 

 桐生院トレーナーもスズカを警戒してか早めに仕掛ける作戦だったらしい。ミークが加速していきセイウンスカイを追い越した。

 

「残り300m、ハッピーミークがスズカに追いついてきたな」

 

「逃げ切れ……スズカ!」

 

「いけミーク!追いつけー!」

 

 残り200mでゴルシが先頭2人に追いついてきた。

 

「いけー!ゴルシ追い越せ!」

 

 100mでスズカとハッピーミーク、ゴルシの3人が横一列に並んだ。ゴルシが追い越そうと加速していくが、負けじとスズカとハッピーミークも加速していく。

 

 トレーナーの3人はその光景に声も出ず見守ることしか出来ない。

 

 結果は同着だった。スズカは逃げ切れなかったがハッピーミークもゴルシも追い越し切れずと最後まで競り合いそのままゴールした。

 

 その後はセイウンスカイとスカーレット、ウオッカの競い合いだった。セイウンスカイが最後に逃げ切り2人を抜かしたが、その2人はほぼ同着だった。

 

「スズカよく走りきった。結果は同着だったが、よくあの2人に並ばれてからラスト追い越されなかったな」

 

「私も抜かれたくないっていう思いで一心不乱に走ってましたから。それでも逃げ切れませんでした。本番レースまでもう少し、頑張ります!」

 

「今回のトレーニングで課題も見つかった。足りない部分を補っていこう」

 

「はい、頑張りますね。ところでトレーナーさん」

 

「なんだ?スズカ」

 

「少しだけセイウンスカイさんとお話してきてもいいですか?」

 

「ああ、構わないぞ俺もセイウンスカイに話があるから片付けが終わったら俺も行く」

 

 スズカはセイウンスカイの方に行くと何やら話している。俺はささっと片付けを済ませるか。

 

「トレーナーさん、私はお話が終わったので少し休んで待ってますね」

 

 俺がセイウンスカイの方に向かって行く途中にスズカとすれ違った。

 

「セイウンスカイ、スズカと何を話してたんだ?」

 

「いや〜『 これでおあいこですね』だって。スズカさんってああ見えていい性格してますね〜」

 

 最後のレースの話をしていたらしい。スズカ……本当に根に持ってたんだな……

 

「お前も併走と最後の模擬レースでわかっただろ。お前にはまだまだ足りない要素が多い。レース運びは上手いがそれを活かしきれる基礎能力が足りてないんだ」

 

 セイウンスカイの作戦の立て方もその走り方も見事なもんだった。しかし、まだそれを活かしきれてない。セイウンスカイのことをサボり魔なんて思っていたスカーレットとウオッカも最初こそ油断していたが、セイウンスカイの走りを見てその意識を見直して走っていた。

 

「同期のスカーレットとウオッカも力をつけてお前のすぐ後ろまで来てるぞ。スズカにはスピードとパワーで負けて最初に追い越せなかった」

 

「そんなの私が1番分かってます!」

 

 セイウンスカイが珍しく声を上げた。負けた本人が1番よく理解してるだろうに余計なことを言ってしまったか。

 

 そして、ハッとした顔をすると。

 

「セイちゃんは疲れたので、もう帰りますね」

 

「それと、トレーナーさん」

 

「なんだ?」

 

「ありがとうございました」

 

 そう言うと、セイウンスカイはそのまま帰って行った。

 

(こりゃセイウンスカイはまだまだ伸びるだろうな)

 

 

「サボってちゃ勿体ないか……」

 

 セイウンスカイはスズカに『 あなたはそんなに楽しそうに走るのにトレーニングをサボっていちゃ勿体ないわ』そう言われた。

 

「あんなこと言われたら頻繁にサボってなんか居られないな〜」

 

 

「沖野先輩に桐生院トレーナーお疲れ様でした」

 

「ああ、お疲れ」

「お疲れ様でした!」

 

「後輩は今晩なんか予定あるか」

 

「特に予定はないですけど」

 

「このメモに書いてある場所で今晩飲もうと思ってな。桐生院には話したが、模擬レースのことで話したいこともあるだろうし。何よりお前たちは新人だ愚痴や相談の1つや2つあるだろう」

 

 どうやら飲みのお誘いのようだ。お酒は特別強いほうじゃないがせっかくの先輩からのお誘いだ、ありがたく参加させてもらおう。

 

「はい、参加させてもらいますね」

 

「1人だけ別で誘ってるからよろしく頼むわ、それじゃあな」

 

 そう言うと担当の3人を連れて自分達の部屋に戻って行った。

 

「私もミークと反省会がありますので、また後で会いましょう」

 

「桐生院トレーナーもお疲れ様でした。それじゃあ、また後で」

 

 そう言って解散した。スズカのところに戻ってもう少し話すか。

 

 

「スズカ今日のレースはどうだった?」

 

「とっても楽しかったです。楽しいことだけではなかったですけど、色んなことを体験できましたし」

 

「それに、セイウンスカイさんと会うこともできました。彼女とはなんだか仲良くなれる気がします!」

 

 スズカが仲良くなれる?セイウンスカイは明るいやつで話は上手そうだし。同じ逃げウマ娘として気が合うものがあったのかもしれない。

 

「それはよかった。今日は負荷のかかるトレーニングだったし帰ってゆっくり休んでくれ」

 

 スズカは頷いて寮の方に戻っていこうとしたが、戻り際にこちらを振り向いて。

 

「走るのってやっぱり楽しいですねトレーナーさん」

 

 そう言って戻って行った。今回のレースでなにか思ったことがあるのかもしれない。

 

 俺も帰って夜の準備しないと。

 

 

 




一日1投稿を心がけてますが、多分そろそろ折れます。


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第8話:飲む!トレーナー飲み会!

皆さん読んでくれてありがとうございます。
はっちゃけ会です


 夜になり、メモに書かれた場所に行くと少し小洒落たバーがあった。中に入ると既に沖野先輩がいた。

 

「先輩、お疲れ様でーす」

 

「おーよっきたな。マスター彼にも俺のと同じやつを」

 

 手馴れている、ここの常連なのかもしれない。

 

「昼間は世話になったな」

 

「いやー沖野先輩のところのゴルシはずるいですって、あんなの聞いてないっすよ」

 

「ゴルシはやる気あるとはえーからな。あのストライドであのスピードは半端じゃないだろ」

 

「スズカの全力でも逃げ切れませんし。長距離走らせたら勝てる気しないっすよ」

 

「スカーレットとウオッカもそのレベルに持っていくぞ。あいつらには才能があるからな」

 

「怖いですよまったく。というか桐生院トレーナーはまだですかね」

 

「もう着くっていってたぞ、ほら」

 

「あんたなにやってんの、こんな女の子を店の前でうろつかせて」

 

「わりいわりい迎えに行くつもりだったんだよ」

 

「マスター彼と同じのをお願い。あなたもそれでいいわよね」

 

「はっはい!」

 

 女性のトレーナーが2人も入ってきた、1人は桐生院トレーナーはわかるのだがもう1人は。

 

「先輩、あの人は誰ですか?」

 

「ああ、お前らは会ったことがなかったか。チームリギルのトレーナーのオハナさんだ」

 

「あなた達がこいつのいってたやつらね。悪いわね巻き込んじゃって」

 

「全然大丈夫ですよ。そんなことより乾杯しましょう乾杯」

 

「お疲れ様ー」

 

「「「「かんぱーい」」」」

 

「久々に飲むけどここのうまいっすね」

 

「ここは俺とオハナさんの行きつけだからな」

 

「私、お酒って初めて飲みます」

 

「そうなの?大丈夫?」

 

「桐生院葵……飲みます!」

 

 桐生院トレーナーもノリノリだ。そのままぐっと飲み終える。

 

「私ー思うんですけどー柴葉さんって私と距離遠くないですかー桐生院トレーナーって」

 

「いや、そうかもしれないけど女性とはあまり話さないし馴れ馴れしいかなって」

 

「馴れ馴れしくていいんです!友達がいないのは嫌なので!葵って呼んでくださーい」

 

「わかったわかった、わかったよ葵さん1回落ち着いて」

 

 友達がいないって……葵さんもこちら側の人間だったか。これからは仲良くしていこう。

 

「私は落ち着いてますー」

 

 それはそれとして、1杯でこれだとあとが思いやられる。

 

「沖野先輩ありとうございます。まさかリギルのトレーナーである東条さんに会えるなんて」

 

「オハナさんとはよくここで飲んでるからな、気にすんな」

 

「そういえば、あなたたち昼間面白そうなことしてたらしいじゃない」

 

「模擬レースのことですか?いやー燃えましたね今日は」

 

「シンボリルドルフとエアグルーヴが気にしていたわよ」

 

 シンボリルドルフは俺個人にエアグルーヴはスズカに思うところがあるのだろう。

 

「そういえば柴葉さんは、セイウンスカイさんを担当しないんですか?」

 

「そうだ、あんなに仲良さげじゃなかったか。捕まえれる時に捕まえないと逃げられちまうぞ」

 

「セイウンスカイはもうトレーナー候補の方がいるそうなので大丈夫です。それに今はスズカのことで手一杯です」

 

「スズカってサイレンススズカのこと?私も狙ってたのよ」

 

「えぇ!オハナさんも?」

 

 オハナさんもって先輩あんたもだったんかい。

 

「スズカは綺麗な走りをするからな大逃げでぶっちぎりよ」

 

「何言ってんのサイレンススズカを活かすなら先行か差し、最初は抑えて一気に抜いてくべきよ」

 

 スズカは多分東条さんとは上手くいかなそうだ。

 

「スズカの大逃げは立派なものですけどまだ課題が山積みですから」

 

「もうすぐデビューだろ頑張れよ」

 

「これからの事を考えるととりあえずスタートの練習をしますよ」

 

「スタートが上手いやつなら心当たりあるぞ」

 

「あら、沖野さんなにか御用ですか?」

 

「うわ、たづなさんびっくりしたなあ。来たなら来たって教えてくださいよ」

 

 たづなさんというと理事長の秘書の方だ。

 

「お前らこの人は知ってるよなたづなさんだ、そしてお前に紹介しようと思ってた人だ」

 

「なんでたづなさんなんですか?」

 

「たづなさんはなウマ娘顔負けのスタートダッシュのうまさを持っているからな」

 

 なんで秘書やっててそんな能力が身につくんだ。

 

「たづなさんお願いできますかね」

 

「うーん、そのくらいなら大丈夫ですよ。仕事の方は落ち着いて来ましたし」

 

 ちゃんと面倒を見てくれるらしい。

 

「そういえば、たづなさんはあっちに行かなくていいんですか」

 

 そういいながら、葵さんとオハナさんの方を指さす。

 

「私はああいうのも好きですけど。こうやって落ち着いてお酒を飲むのも好きなんですよ」

 

「そういえば、沖野先輩のところのスカーレットとウオッカ凄いですね。お互いに闘争心丸出しだし、あれ速くなるでしょ」

 

「当たり前だ、俺が見つけたやつらだからな」

 

「そーんな事言ってゴルシがいなきゃ危なかった癖に」

 

 オハナさんがやってきて沖野先輩にそう言った。

 

「うるせーなー過去のことはいいじゃねーか」

 

「というか、葵さんはどうしたんですか」

 

「あの子飲み会に行くのも初めてらしくてね。はしゃぎすぎてたから休ませてきたわ」

 

 やはり葵さんはこちら側の人間だったか。

 

「あんたたちこんなトレーナーに負けないように頑張りなさいよ。何かあったら相談に乗ってあげるわ」

 

「キャーオハナさん優しい!」

 

「あんたは黙ってなさいよ!」

 

「ありがとうございます。今回の模擬レースの件もですし沖野先輩には助けられてます」

 

「オハナさんはすごい人ですからね、相談に乗ってもらうだけでいい経験になると思いますよ」

 

「たづなさんの知識量には勝てませんけどね」

 

「私も混ぜてくださいよー」

 

 元気になったのか葵さんも混ざってきた。

 

「私はミークと実は上手くいってなかったんですよ。でも今日分かったんです。私が壁を作っていただけで、もっと近い距離で接するべきでした」

 

「ウマ娘とトレーナーの信頼関係っていうのは大事だ、モチベーションにもなるしトレーニングの効果にも出るだろう」

 

「そうね、私は全員のコンディションとトレーニング管理をしてるから本人とコミュニケーションを取るのは大事よ」

 

「そういう面だと柴葉はちょうどいいんじゃねーか、スズカとも仲がいいし。まあ、仲間にできそうなウマ娘を捕まえられないヘタレだけどな」

 

「セイウンスカイから頼まれれば別ですけど、そうでもなければしませんよ!」

 

「セイウンスカイ?あのサボり魔の子でしょ。すごいの?」

 

「あいつは面白い走りをするぜ。これからしっかりと鍛えあげればクラシック路線を狙っていけるだろうな」

 

「これからに期待です」

 

 セイウンスカイの才能は計り知れないからな。

 

「彼女の代にはエルコンドルパサー、グラスワンダー、キングヘイローがいるわ、私も目をつけてるけど」

 

「その代は波乱万丈だな」

 

「デビュー戦。勝てよ後輩」

 

「勝ちます。スズカが逃げ切って勝ちます」

 

 スズカが勝つ。それ以外考えられない。

 

「スズカさん終わり際に、すごい楽しそうな顔してました」

 

「あいつは走るの大好きなやつだからな」

 

「ハッピーミークもこれから伸びてくだろうし、クラシック路線でぶつかることになる」

 

「その時はお手柔らかにお願いしますね?」

 

「何をおっしゃるんですか、全力でぶつかりますよ。それはあなたもでしょ?葵さん」

 

「こう言って少しでも有利になればと思ったんですけど、こういうのは向いてませんね」

 

 フフっと笑っている

 

「ライバルっていいわね」

 

「オハナさんと俺もライバルだよ」

 

 ちょっと驚いて嬉しそうな顔をした。

 

「そういうことはレースに出走してからいいなさい」

 

 パシィと背中を引っぱたく音が聞こえた。沖野先輩を見る限り音だけで大した痛みでもなかったみたいだ。

 

「ところで……奢ってくんない?」

 

 この人はやっぱダメかもしれない。

 

「給料はどうしたんですか?言うのあれですけど結構貰えますよね」

 

「こいつはね自分のウマ娘に金使っていっつも金欠なのよ」

 

「素晴らしいです!でもマネはできませんね……」

 

「いいわ、今日は初めて出会った記念ってことであなたたちの分のも払っちゃうわよ」

 

「「ありがとうございます」」

 

 こういう時はお言葉に甘えておこう。

 

「それじゃあかいさーん。明日に備えろー」

 

 沖野先輩がそう言ってから各々が自分の家に帰り始めた。

 

 後日、飲み会のことを知ったスズカが拗ねたのはまた別のお話。




ノリと勢いで書いた回だったんですけど読んでくださりありがとうございます。


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第9話:身につけろ!集中力!

会話パート多めです。
お気に入り登録も増えて、見てくれる人も増えて感無量です。


 模擬レースを行った翌日。若干の二日酔いに襲われつつ、スズカのトレーニングを考えていた。

 

(今日はスタートの練習をするか。せっかくたづなさんにアドバイスをもらったし)

 

 たづなさんは立場上、特別に誰かを贔屓するようなことはしてはいけないらしい。ただ『 今回は特別にヒントだけ教えてあげます。スタートを周りより早くするためには、ゲートが開くのを早く反応しなくちゃいけません』

 

 ゲートが開くのを早く反応するためには、反射神経が必要だろう。そして、それを意識し続ける集中力が大事になる。スタート前は緊張などで気が散ったりすることもあるらしい。セイウンスカイみたいなウマ娘が集中力を掻き乱して来るかもしれないしな。

 

 どんな練習をするか……ゲートを使ったトレーニングにするのもいいが、長時間ゲートを使うことはできないしな。

 

 集中力を鍛えるためのトレーニングか……あっそういや、あれがちょうどいいかもしれないな。ちょっと遊びっぽいが逆に飽きなくていいかもしれない。

 

 

 放課後になって、スズカが来たので今日のメニューについて説明することにした。

 

「スズカ、今日のメニューはビーチフラッグ形式の練習だ」

 

「ビーチフラッグですか?一応質問なんですけど、なんの練習なんですか?」

 

 スズカが疑問そうに首を傾げている。ビーチはないのにビーチフラッグとはって感じだし。トレーニングでそんなことしてるとこも少ない。

 

「ビーチフラッグって言ってもグラウンドでやるからな。後ろを向いた状態でスズカは俺のスタートの合図を待ってもらう。そして、合図と同時に前を向いて25メートルを走りきるんだ」

 

「一見遊びにも見えそうだが、意外とこれがスタートの練習にもなるし瞬発力や加速を鍛えるいいトレーニングになるんだ」

 

「そうなんですね。トレーナーさんがそう言うならがんばります」

 

「やる上で意識して欲しいのが、スタートの合図にできるだけ早く反応すること。前を向いてから加速の体制に入り、25メートルまで全力で走りきれ」

 

「分かりました。よろしくお願いします」

 

「それじゃあ、トレーニングを始めるぞ」

 

 準備を終えて、スズカがスタート位置につく。

 

「位置についてよーい……どん!」

 

 1番最初なせいもあってか、振り向きと加速までに時間がかかっていた。

 

「トレーナーさん、また面白そうなトレーニングしてますね〜」

 

 スズカがスタートしてから、後ろから声をかけられた。こいつ、またトレーニングサボってるな。

 

「セイウンスカイ……なんでまたこんなところに。サボりなら他でやってくれよ。というか、トレーニングしろトレーニング」

 

「やだなートレーナーさん。私がいつもサボってるみたいな言い方して。今日は普通にトレーニングがお休みなんですよ。暇だからぶらついてたら、トレーナーさんがいるのが見えたので話しかけたってわけです」

 

 どうやら、サボりではないらしい。それなら特に問題は無いな。

 

「見てるのはいいけど、邪魔はするなよ。なんなら参加するか?」

 

「いや〜セイちゃんは見てるだけでいいですよ〜」

 

「あら、セイウンスカイさん。こんにちは」

 

 スズカが走り終えて戻ってきた。セイウンスカイとは前回の併走で走ってたし覚えてたか。

 

「こんにちは〜スズカさん。頑張ってるんですね」

 

「デビューまでもう少しだから、頑張らないと。あなたも一緒に走る?」

 

「はいはい、お2人さんお話中悪いけど、2本目いくぞ」

 

 一応トレーニング中だからな、雑談を優先するわけにはいかない。

 

「位置についてよーい……どん!」

 

 1本目で少し感覚を掴んだのかさっきよりも早く走り出していた。

 

「いや〜やっぱ速いですねー」

 

「スズカにとってはスタートのタイミングと加速は命綱だからな。デビュー戦までにはある程度、完成させておきたい」

 

「へ〜……私もやっぱり次の1本だけ参加してもいいですか?」

 

「別に構わないぞ。お前にも必要な要素を補えるだろうしな」

 

 やっぱり、こういう練習は競い合った方が意識の向上にも繋がるしいいだろう。

 

「おーいスズカ、次の1本セイウンスカイも参加するけどいいか?」

 

「私は大丈夫ですよ。よろしくお願いしますね。セイウンスカイさん」

 

「お手柔らかにお願いしますね、スズカさん」

 

 何やらスズカの顔が嬉しそうだが、どうやらこの2人は相性がいいらしい。

 

「それじゃあいくぞ。位置についてよーい……どん!」

 

 スタートの反応がスズカの方が早い!そして、そのまま加速の姿勢に入っていく。セイウンスカイも少し遅れて加速していく。

 

「スズカの方が早かったな」

 

 比べて初めて気づいたが。スズカはスタートが結構得意な方みたいだ。これは磨いていけば強い武器になるぞ。

 

「スズカいいスタートだった。加速に入るまでの時間も悪くはない」

 

「綺麗にスタートできるとなんだか清々しく走れますね」

 

「トレーナーさん、私にはアドバイスないの〜」

 

「お前は俺の担当じゃないし、早くトレーナーについてもらうように頼むんだな」

 

「私は4月の選抜レースまで相手の事情でトレーナーがつかないんですよ」

 

「あえて言うなら、スタートはあんまり早くなかった。けど、加速力は魅入るものがあったな。スズカはラストのトップスピードに行くまでに時間がかかるが、お前の場合トップスピードで長い距離を走り続けられるからな」

 

 あの加速力はスタートというかラストスパートで役に立つだろう。

 

「ほらー次行くぞ準備しろー」

 

「トレーナーさんもう1本参加してもいい?」

 

 スズカと1本走って火がついたんだろうか。理由は分からんがいいことだ。

 

「競い合うのはいいことだからな、是非参加してくれ」

 

「それじゃあ行くぞ。位置についてよーい……どん!」

 

 スズカはスタートと加速に入るまでの時間が短く。セイウンスカイはスタートこそ遅いものの加速は早かった。ゴルシはスタートも遅いし加速に時間がかかって大変だ。

 

 ってなんでゴルシがおるねん。

 

「ゴルシなんでお前がここにいるんだ」

 

「何言ってんだよ。こんな面白そうなことしてんのに参加しないなんてもったいないぜ」

 

「悪いな、俺も止めようとしたんだが聞かなくてな」

 

「しっかりとゴルシの手綱握っておいてくださいよ……」

 

「邪魔にならんように、さっさと戻るぞゴルシ」

 

 沖野先輩がゴルシを引きずって戻っていった。先輩も色々大変なんだな……

 

「スズカさんあと一本お願いします」

 

「いいわよ、頑張って追い抜いてね」

 

 セイウンスカイが予想以上にやる気だ。スズカも返り討ちにする気満々だし。

 

「次が終わったら、最後にゲートをつかった練習だ」

 

「位置についてよーい……どん!」

 

 この勝負もスズカが勝った。スズカってスタートやっぱり得意なんだな。

 

「次は私、スズカさんに勝っちゃうかも」

 

「最初に先頭を取るのは得意なのよ私」

 

 2人が言い合いをしてるが、仲良さそうだな。結構相性が良さそだ。

 

「位置についてよーい……どん!」

 

 ゲートが開いた、直ぐにスズカがスタートする。早い、すごい集中力だ。セイウンスカイは普通のスタートになった。

 

 スズカは加速していくが、セイウンスカイはスズカの後ろの方に着くと一気にスピードが上がった。

 

 結果はスズカの勝ちだった。セイウンスカイのスピードアップにはびっくりしたが、それ以上にスズカのスタートが綺麗だった。

 

「私の勝ちみたいね」

 

「セイちゃん次は負けないですよ」

 

 今日はあくまでスタートの練習だからな。長距離ならわからないけど中距離以下ならスズカが勝つだろうし。

 

「2人ともお疲れ様。あとは軽くランニングして終わりだ」

 

「私はここで帰りますね。さようなら〜」

 

 セイウンスカイはそう言って去っていった。ランニングは面倒臭いっぽくて逃げたな。

 

「スズカよくやったな。今日得た感覚を忘れないようにしてくれ」

 

「それと、明日はデビュー戦前最後の調整前休日だ 、疲れを抜いてくれ」

 

「トレーナーさんは、明日なにか用事がありますか?」

 

「これといってはないが、どうしてだ?」

 

「私と一緒にお出かけしませんか?」

 

 お出かけのお誘いらしい。女性とお出かけなんてしたことがないのでどうしたものかと思ったが。スズカがせっかく誘ってくれたんだ断るわけにはいかない。

 

「ああ、もちろん行かせてもらおう」

 

「ありがとうございます!一緒に色々回りましょうね」

 

「デビュー戦前の最後の休日だ、疲れをここで抜いて一気に追い込んでいくぞ」

 

「はい!私デビュー戦勝ちますね」

 

「期待してるよ。とりあえず今日はここでもう解散だ」

 

「お疲れ様でした」

 

 お出かけか、これは実デートなのでは!?そんなくだらないことを考えながら寮に戻って行った。




はよデビュー戦したい


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第10話:休日!ショッピングモール!

UA2000超えてお気に入り20超えで感激しています
ありがとう!


 休日の朝、スズカと出かける約束をしたので出かける準備をする。準備と言っても、着替えて財布と携帯を持つくらいなんだけど。

 

「そろそろ、集合場所に向かうか」

 

 そう思いスズカに連絡しようとするが、連絡先を交換していない事実に今気がついた。俺も忘れてたが、スズカも忘れてたのか……

 

 とりあえず、少し早いが集合地点の学園の正門に向かうとするか。スズカも気づいて集合場所に向かっているかもしれない。

 

 そう思い、正門に向かうと私服姿のスズカが既に待っていた。黄緑を基調にした落ち着いた感じの服装だ。

 

「悪い待たせちまったか?」

 

「いえ、私もいまさっき来たばかりですから」

 

 果たして本当だろうか?でも、スズカが言うんだからそうなのだろう。

 

「ところでトレーナーさん、何か言うことはないんですか?」

 

「ん?あー今日は天気もいいし、いいお出かけ日和だな」

 

「そういうことじゃないです……」ボソ

 

 そう答えると、何かスズカが言った後に尻尾でバシバシと俺の事を叩いてくる。どうやら回答が気に入らずご機嫌ななめのようだ。

 

「あんま友達とかと出かけないから、こういう時になんて言っていいかわからなくてな」

 

「もういいです、行きましょう?」

 

 結局何を言ったらわからなかったが、とりあえず着いていこう。

 

「今日はいったいどこに行く予定なんだ?」

 

「今日はショッピングモールに行こうと思っているんです。ランニング用のシューズもくたびれてきましたし、何か興味あるものがあったら買えたらいいなと思って」

 

「俺も何かあったら買おうかな」

 

「時間はありますし。着いたら少し回ってみましょうか」

 

 特別に何か欲しいものがある訳じゃないけど、見て回っていれば何か欲しいものも見つかるかもしれない。

 

「それにしても今日は本当に天気いいな。こんなにいい天気だと走りたくなっちゃうんじゃないか?」

 

「トレーナーさんは、私のことなんだと思ってるんですか。たしかに少し走りたいとは思いますけど、トレーナーさんもいるんですからそんなことしません」

 

「俺がスズカと一緒に走ったら死んじまうからな」

 

 ウマ娘と人間の身体的能力には大幅な差がある。俺がスズカと同じペースで走るのは不可能と言ってもいいだろう。

 

「ゆっくりでもいいので今度一緒に走りませんか?」

 

「しばらくはレースの調整があるからな……デビュー戦が終わったあとの休日とかなら」

 

 トレーニング指導はしてるけど、俺は全く運動してない……大丈夫だろうか。

 

「楽しみにしていますね」

 

 スズカは嬉しそうに微笑んだ。尻尾も左右に揺れている。

 

「スズカって走る以外に趣味ってないのか?」

 

 スズカとは練習で一緒にはなるが、プライベートのことはあまり知らない。実際に走るのは好きなんだろうけど。

 

「特にはありません……私にできるのは走ることくらいですから」

 

 スズカは人と関わることがあまり得意でないようだし、1人でいても走るのが好きだから他に特別な趣味がないのかもしれない。

 

「そっか……レースもあるしトレーニング続きで疲れとストレスが溜まるだろうから、何か息抜きが見つかるといいな」

 

「そうですね。何か探してみてもいいかもしれません」

 

 そんなふうに話してるとショッピングモールに辿り着いた。話してるとあっという間だな。

 

「それじゃあ、とりあえず靴屋から周るか」

 

「いいものがあればいいんですけど」

 

「スズカは靴にこだわりとかってあるのか?」

 

「私はいっぱい走りますから頑丈な靴ならいいんですけど。あんまりこだわりとか考えたことはないです」

 

 靴って走る上で重要なものだし、スズカはそういうものにはこだわると思ってたんだが、そういうわけでもないのか。

 

「それなら、これとかどうだ?Umadasの最新モデルらしいぞ。頑丈そうだしいいんじゃないか」

 

「でも、これ結構いい値段しますよね……私いっぱい走って靴をダメにしてしまうから、そこそこの値段のものを買い替えて繋いでるんです」

 

「このくらい俺が買ってやる。せっかくなんだから少し高いもの買っとけ」

 

 俺はあんまりお金を使うことがないから、こういうところで散財していかないとな。

 

「いやでも……いえ、ありがとうございます」

 

「それじゃあ、これレジに通してくるからちょっと待っててな」

 

 俺が選んだ靴は緑をベースにした黄色が少し混じった靴だ。この色合いならスズカにもよく似合うだろう。

 

「それじゃあ、行こうかスズカ」

 

 そう言って店を後にした 、何かいい店はないか。

 

「スズカあの店に入らないか」

 

 そう言って俺が指さしたのはおもちゃ屋さんだ。

 

「私は別に欲しいものはないですけど。何か買うんですか?」

 

「ちょっとな」

 

 そして、おもちゃ屋のパズルなどが集まるコーナーにやってきた。

 

「お前にはこれをプレゼントしてやる」

 

 そう言って俺が手にとったのはジグゾーパズルだった。

 

「ジグゾーパズル?なんでこれを?」

 

「さっき趣味がないって言ってただろ。頭も使うし1人でもできる。自分で景色を作っていくのも楽しいぞ」

 

「自分が作る自分だけの景色ですか……これ欲しいです」

 

 買ったのはほんわりとした雰囲気の庭のジグゾーパズルだ。

 

「それじゃあ、それ買って昼飯でも食うか」

 

「そうですね、時間的にもお腹がすいてきました」

 

 こんだけ広ければ店の一つや二つはあるだろう。ラーメンとか食いてえな、たづなさんもラーメン好きだって言ってたし。

 

「それじゃラーメンでも食いに行くか」

 

「いいですね。いきましょう」

 

 俺たちはラーメン屋について注文するメニューを考える。

 

「俺は醤油の人間盛りにするけどスズカはウマ盛りでいいか」

 

「はい。ありがとうございます」

 

 しばらく待つとラーメンが届く。自分のラーメンは普通の量なのだが、ウマ娘と人間じゃ食う量も違う。なので、俺のラーメンの目の前にスズカのラーメンの山ができていた。

 

「それじゃあ。いただきます」

 

「スズカって意外と食うペース普通なんだな」

 

「急いで食べるものでもないので。それでもトレーナーさんより早く食べてると思いますよ」

 

 たしかに俺のラーメンが半分になるくらいの時にスズカのラーメンも半分になっていた。

 

 飯をくい終わったあとにショッピングモールを出ていく。

 

「いやーいい買い物したなー」

 

「本当に何から何まで買ってもらってありがとうございますね」

 

 そういえば今日お金を払ったのは俺だけかもしれない。

 

「明日から調整に入るからな。また明日からきばっていけよ」

 

「はい。デビュー戦……勝ちます」

 

「それじゃあ、帰ろうか」

 

 こうしてお互いの寮に帰っていく。

 

「そういえばスズカ」

 

「なんですか?トレーナーさん」

 

「今日のお前の私服似合ってたな」

 

 そう言うとスズカは顔を真っ赤にして尻尾を上げている。

 

「そういうことは始めに言ってください」

 

 怒ってるように見えるが尻尾が左右にゆらゆらしてるので機嫌はいいんだろう。

 

「というか連絡先交換し忘れてるのはまずいからしておこう」

 

 そして、無事に2人はアドレスを交換した。

 

「それじゃあまた明日」

 

 そう言って2人は別れた。

 

 明日からの調整トレーニングを考えて行かなければいけない。かというサイレンススズカさんはというと。

 

「トレーナーさんに色んなものを買ってもらいました。私に似合った靴とジグゾーパズルです。せっかくなので少しやってみますか」

 

「……パチ……パチ……パチ」

 

「たっ楽しい」

 

 どうやら、サイレンススズカさんはジグゾーパズルにドハマリしてしまった模様です。

 

 できることはしてきた、あとは最高のコンディションでレースに挑むだけだ。スズカなら負けない。そのための調整を明日からしていかなくては。

 

「頑張ろうなスズカ……俺たちのゴールラインまでもう少しだ」

 

 

「トレーナーさん勝ちましょうね、私たちの夢のためにも」




これから1話から3話辺りまでの内容を書き直すので何卒よろしくお願いいたします


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第11話:最終調整!勝利を目指せ!

1話から3話の文章を微調整してみました。内容はほとんど変わってないです。


 デビューまで残り1週間、スズカは最後の調整に入っていた。

 

「ところで、スズカってライブのダンスとか歌とかって大丈夫なのか?」

 

 ウマ娘は走ることも大切だが、勝った後のウイニングライブも大切だ。上位3人しか立てないその舞台でそれを疎かにするのはまずいだろう。

 

「ダンスや歌の練習はしっかりとしてるので最低限大丈夫だと思います」

 

「それなら安心だな」

 

「もうレースは目の前まで迫っている。この最終調整期間にスズカには1600mを同じペースで走り続けてもらう」

 

「同じペースということは、スピードを抑えて走るんですか……?」

 

「スピードは抑えなくていい。お前が走っていて気持ちいいペースで最初から最後まで走り抜くんだ」

 

 いくら大逃げは最初からスピードを出して行くと言っても、限度ってものがある。スピードを出しすぎて、最後失速しましたなんて事態になりかねない。

 

「スズカは今でもたしかに速いが、走りにまだ粗がある。レースでペースを乱されないためにも、お前の今のペースを見つけ出せ」

 

 スズカは序盤から終盤にかけて高スピードを維持するのが得意だが、1人で先頭を走るという性質上、どうしてもペースに乱れがでてしまう。

 

 そのせいでスタミナを多く消費したり抜かされでもしたら大変だ。かといって、スピードを抑えても、それではスズカのポテンシャルを活かしきれない。

 

「分かりました。私が気持ちよく走れるペースで走ればいいんですね」

 

「そうだ、タイムについては指定はない。残り短い期間走り込むぞ!」

 

 一般的に気持ちよく走れるペースとは、走りながら会話できる程度のスピードと言われている。しかし、スズカに関しては例外だ。スズカは走ること、自分のペースで速く走ることが気持ち良い走り方だろう。

 

「それじゃあ、トレーニング始めるぞ」

 

「はい!」

 

 1本目の出だしは上々だった、スタートからの加速も良かったし、序盤、中盤のスピードはとても速かった。しかし、終盤のスパートでスピードが出し切れず減速してしまう。

 

「今の走りだと後半苦しい走りになったんじゃないか?」

 

「はい……序盤はスピードが出て楽しくて中盤もスピードが乗っていたんですけど……最後に落ちてしまって、スタミナがなくて苦しいのもそうですけど、何よりスピードが出なくて辛かったです」

 

 スズカは気持ちが走りに影響されやすい。最後に辛さがきてしまうと思うようにスパートがかけられないだろう。

 

「それじゃあ、今の反省点を活かしてもう1本いこうか」

 

 2本目は序盤こそスピードは出たが、終盤を意識し過ぎてか中盤にスピードが出せずそのまま終盤もスピードが乗り切らず終えてしまった。

 

「今日から3日間はこのトレーニングを続けるから自分のペースをしっかりと見つけてくれ」

 

「絶対に見つけ出してみせます」

 

 その後、何本か走ったが1日目は上手く感覚を掴めずに終わった。

 

 ──ー2日目──ー

 

「トレーナーさん、私どうしたらいいんでしょうか」

 

 1日目で上手く感覚を掴めずどうしたらいいか分からず、不安になってしまったのか。

 

「序盤は先頭を防がれないようにスピードをあげなきゃいけないから、そこは今まで通りでいい」

 

 スズカはスタートも上手いから序盤に先頭を取られることは滅多にないだろう。

 

「問題は中盤だな、どうしてもスピードが上がってる。スタミナが多ければ問題はないんだが、そこまでスタミナは伸ばし切れてないしな」

 

「やっぱりスピードを抑えるしかないんでしょうか……」

 

「スズカの場合、スピードを抑えていると終盤にスピードが上がらなくなってしまう」

 

 一時的速くてもレースには距離がある、必要なところではしっかりとスピードを出さなくちゃいけない。

 

「いいかスズカ、レースってのはスタートからゴールまである。目の前だけを見て、走り続けるだけじゃだめなんだ」

 

 スズカはレースの流れを理解してはいるんだろうが、どうしても気持ちが先行してスピードを出してしまう。もっとレース全体を見ることが出来れば上手く調整出来るかもしれない。

 

「スタートからゴールまでがレース……」

 

 結構当たり前のことを言ったつもりだったが、スズカの中で何かに納得できたのか、1人で頷いていた。

 

「それじゃあ、走って来ますね」

 

 そう言うと、スズカは走り出した。序盤は今まで通りいい出だしだ。問題の中盤に差し掛かるが……スピードが上がってない。

 

 いや、上がってないってのは正しくない。序盤に出したスピードを維持しているんだ。スピードを抑えてはないから減速もしていない。そのまま終盤に差し掛かりペースが上がって行った。

 

 ゴールして、スズカがこちらに駆け寄ってくる。

 

「どうでした!トレーナーさん!」

 

「今できる、1番理想的な走りだったよ」

 

 お世辞でなく本当にそう思った。今までは右肩上がりにペースが上がり、終盤にスタミナが持たなかったが、終始ペースは落ちることなく、しっかりとラストスパートかけていた。

 

「今の感覚を大事にしよう」

 

「はい!休んだらもう1本行ってきます」

 

 2日目にしてペース配分のコツを掴んだのか3日目には安定してその走りが出来るようになっていた。

 

「スズカ、いい感じだな」

 

「いえ、これもトレーナーさんのアドバイスのおかげです」

 

 大したアドバイスはしてないが……まぁ、素直に受け取っておこう。

 

「明日と明後日は1000mを3本程度やって、レース前日は1000m1本と軽いジョギングだけで終わらせようと思う」

 

 レース本番のトレーニングの疲れを残したらダメだからな。かといって刺激を与えなすぎるのも逆に良くないだろう。

 

「一応言っておくが、トレーニング外でのランニングも出来れば控えてくれよ」

 

 そう言うと、スズカの耳が垂れてしまった。念を押してよかった……

 

「レース本番にベストコンディションを持ってくる為だから理解してくれ。少しジョギングするくらいなら問題はないよ」

 

 スズカの耳が元に戻って、尻尾をゆらゆらと揺らしている。わかりやすいな。

 

「分かりました……軽くジョギングするだけにしておきます」

 

「それじゃあ、また明日な」

 

「はい、お疲れ様でした」

 

 

 ──ー5日目──ー

 

「今日の1000mは中盤から終盤を走るイメージで走ってくれ」

 

「分かりました。それじゃあ行きますね」

 

 スタートからスズカの走りを見るが、やはり速い。速いんだが終盤に加速しきれてない。スズカは綺麗なスタートから先頭を取って、高ペースで終始走りきることだ。そのせいで終盤の加速がイチマイチなんだ。

 

(これはこれからの課題だな)

 

 レース直前に気づいた問題に今から取り組んでたら間に合わず逆効果だろう。幸運にも、デビュー戦でなら今のスズカでも勝つことができるだろうから、デビュー後の課題にしよう。

 

「スズカ、調子の方はどうだ」

 

 走りを見ていた感じ、調子が悪そうには見えなかったが、本人に確認するのが1番確実だろう。

 

「自分でも驚くくらい体が軽いです。思う通りの走りができてとっても気持ちいです」

 

「明日、明後日もその調子が維持できるようにしよう。今のコンディションで挑めば、きっといい成績が残せる」

 

「はい!全力を尽くします」

 

 その日のトレーニングは無事に終了し、翌日のトレーニングも問題なく終了した。

 

 ──ー調整最終日──ー

 

「今日は1000m1本と軽いジョギングでトレーニングで済ませる」

 

「最後の追い込みでいっぱい走ったりしないんですか?」

 

「1日だけでレースを覆せるほど能力は伸びないし、レースに疲れを残すのはまずいからな」

 

「気持ちよく1本走ってこい」

 

 

 走り終わって休憩が終わると、スズカが話しかけてきた。

 

「トレーナーさん、私勝てるでしょうか……」

 

「なんだ、心配か?」

 

 いざレース前日になると不安になってきたのだろうか。

 

「トレーナーさんは勝てるって言ってくれますけど……イマイチ自信がなくて」

 

「たしかに、勝てるかどうかはわからない。でも、俺たちは今できる限りのことをしてきた。だからたとえ勝てなくても、今できる限りの走りをすればいいんだよ」

 

「今できる限りの走りをする……ありがとうございます。気持ちが少し軽くなりました」

 

「勝とうな、スズカ」

 

「はい、勝ちましょう」

 

 明日はレース本番だ。ここまで来ると俺に出来ることはほぼない。スズカのことを信じるだけだ。




13話にてついにデビュー戦にたどりついた……


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第12話:勝利を掴め!メイクデビュー!

ついにメイクデビューです。これ書いてる時、自分はもう最終回を書いてるんじゃないかって錯覚してました。

お気に入りがこんなに増えてて感謝感激です。
作品評価もありがとうございます。


 デビュー戦当日、俺とスズカは待機場にすでに到着していた。

 

「初めてのレース……不安か?」

 

「いえ……早く私たちの走りを見て欲しいくらいです」

 

 昨日の不安も今はないようだ。やる気十分、勝つ気満々と言ったところだろうか。

 

「今回のレースは芝1600m右回り、馬場状態良で走り易い状態になっている」

 

「レース中に何か気をつけることとかってありますか?」

 

「ここの第3コーナー手前には淀の坂と呼ばれる結構な坂がある。そこで無理をしすぎて、スタミナを使い過ぎないようにするくらいさ」

 

「分かりました。坂は気をつけるようにします」

 

「今回のレースの作戦は特別に考えてはない。お前の好きなように走ってこい」

 

「作戦なしですか?それって大丈夫なんでしょうか……」

 

 普通なら先行や差しといった作戦を立てるのだが、今回はデビュー戦でまだスズカは周りにマークされたりもしていない。小細工無しで正面から逃げ切るのが1番だろう。

 

「大丈夫だ、難しいことなんて考えず、今までのトレーニングで得たものを信じて思いっきり走ってこい!」

 

「分かりました!行ってきます!」

 

「せっかくのデビュー戦だ、楽しんで走ってこいよ」

 

「はい!」

 

 そうして、スズカのことを送り出し、俺は観客席へと向かう。

 

 

「おーい、後輩〜こっち来いよー」

 

 どの辺りに座るか悩んでいると、ここに居るはずがない、沖野先輩が俺のことを呼んでいた。

 

「なんで先輩が、こんなところにいるんですか?」

 

「ちょうどトレーニングの休日と被ったもんでな。せっかくの後輩のデビュー戦だから見に行ってやろうと思ってな」

 

「それは、わざわざありがとうございます。今日はうちのスズカの走りをしっかりと見ていってくださいね」

 

 沖野先輩には世話になってるし、スズカがしっかりと成長してるところを見て欲しい。

 

「随分余裕そうだけど、勝算はもちろんあるんだな?」

 

「もちろんです。勝ちますよ、スズカは」

 

 そんな話をしていると実況のアナウンスが入る。

 

『出場ウマ娘が今パドックに入場します』

 

『1枠1番サイレンススズカ、1番人気です』

 

 1枠1番の1番人気か。1が並んでいい事ありそうな並びだな。

 

『デビュー戦とは思えない仕上がりですね。どんな走りをしてくれるのかが楽しみです』

 

「いい仕上がりだ。デビュー戦までに、よくここまで仕上げたな」

 

「スズカが頑張ってくれたおかげですよ」

 

 その後、2番3番と10人のウマ娘たちが順々に紹介されていく。

 

「パドックで見た感じでは、スズカを上回る娘はいなそうですね……」

 

「ああ、このまま勝負すればほぼ勝ちは確実だろうな」

 

(頑張れよスズカ。いつも通りの走りさえ出来れば、お前が負けることはない)

 

『全てのウマ娘がゲートインしました。芝1600m馬場状態良』

 

『今……スタートしました!』

 

 スズカは好スタートを切った。練習をしたかいもあり、本番の緊張感から出遅れることも無かった。

 

『1番サイレンススズカが好スタートを切りました。そのまま先頭にたちます』

 

「いいぞ、スタートからスピードがしっかりと乗ってきてる!」

 

「相変わらず、綺麗なスタートだな」

 

 スタートのトレーニングをしたかいもあって、スタートから周りとの差をつける。

 

『サイレンススズカが先頭に出て徐々に後方との距離を離していきます』

 

『サイレンススズカが逃げます。少々掛かっているでしょうか?後半にスタミナが持つといいんですが』

 

 2人の実況者さんは的確な実況をしているが、間違いがあるとしたら、スズカは掛かっているわけじゃない。あれがスズカの走りそのものだ。

 

 向こう正面に入って更にスズカがスピードを上げていく。後方とはかなりの距離が離れている。

 

『サイレンススズカ、更に加速していきます。後方のウマ娘たちは追いつくことが、できるのでしょうか!?』

 

 スズカが後方を一瞬だけ確認する。レース全体の流れを見る余裕が、まだあるようだ。

 

 第3コーナーの淀みの坂を上り始めて、ペースが少し落ちていた。坂のトレーニングはしてこなかったから仕方ないが、坂もしっかりと練習しないといけないな。

 

 今回こそ後方の差が開いてるから抜かれることはなかったが、隙をついて抜いてくるウマ娘もいるだろう。

 

『第3コーナーの坂でサイレンススズカが減速しています。しかし、後方との距離が開いていて追いつかれることがありません!』

 

 そしてレースは終盤に差し掛かり、最後の直線に入っていく。

 

「行け!スズカ!走りきれぇぇえ!」

 

『サイレンススズカ落ちない!そのままスピードを維持して、そのままゴール!サイレンススズカ、2着と7バ身差をつけて勝利!大逃げを成功させての圧勝です!』

 

 スズカが勝った。1着でゴールしたんだ。

 

「うぉぉぉぉおおお!」

 

 俺は嬉しさのあまりその場で叫んでしまった。

 

「うぉ!びっくりしたな。それにしても、ここまで差をつけて勝つとはな。こりゃ俺も負けてられねえな」

 

「沖野先輩、すいません。スズカのところに行ってきます」

 

「あぁ、俺のことは気にしないで行ってこい」

 

 

「スズカ、1着おめでとう。素晴らしい走りだったぞ」

 

「トレーナーさん……私勝ちました、勝てました。大逃げで逃げ切りました」

 

「ああ、終始後方を寄せ付けない力強い走りだった。良くやってくれた」

 

 つい頭を撫でてしまった。マズいと思って、手を退けようかとも思ったが、スズカが尻尾揺らせながら、嬉しそうにしてたのでそのまま撫でることにした。

 

「トレーナーさんが私のために、しっかりとトレーニングを考えてくれたおかげです」

 

 俺はできる限りスズカの意見を尊重しトレーニングを組んできた。けど、それで大逃げを実行できたのは、誰でもないスズカの努力そのものだろう。

 

「これからの相手は、もっと強くなっていく。逃げるのも今日のレース以上に難しくなるだろう。そのために、スズカにはこれからも頑張ってもらうぞ」

 

「それよりも、今はレースに勝ったんだ。お前にはまだやらなきゃいけないことがあるだろ?」

 

「ウイニングライブ、頑張って踊るのでちゃんと見ていてくださいね?」

 

「当たり前だ、ライブでミスしないように今は休め。ライブまではまだ時間がある」

 

「ここで失敗したら、格好がつきませんもんね」

 

 ウイニングライブは、上位3着のウマ娘しか立てない舞台だ。白熱のレースを繰り広げた彼女らのライブは、とても輝いて見える。レースでもライブでも、夢を届けたいというスズカの夢。これはその夢の第1歩だ。

 

「それじゃあ、俺はウイニングライブの席を取りにいくかね」

 

「あっトレーナーさん」

 

 俺が部屋を後にしようとするとスズカに呼び止められる。

 

「どうした?」

 

「私……レースとても楽しかったです!走ってて楽しいって感じました」

 

「そうか、それはよかった」

 

 つい笑みが漏れてしまいながら、そう言って部屋を後にした。

 

 

「おい後輩、早くしないとウイニングライブのいい席埋まっちまうぞ」

 

「そうですね、せっかくの自分の担当ウマ娘のウイニングライブ。特等席で見ないと勿体ないですね」

 

 俺もできる限り最前列の方でライブをみたい。

 

 

『レースを勝ち取ったウマ娘達によるウイニングライブが始まります』

 

 ウイニングライブが始まった。スズカの踊りと歌は振り付けもしっかりしていたし、歌詞も間違えていなかった。しかし、どこか味気なく感じてしまった。

 

 見本通りのライブという感じになってしまい、自分の色が出てない感じがする。

 

 そんなふうに、思うこともあったし、これからの課題も見つかったが。その日のスズカのウイニングライブは、今までのどんなウマ娘のライブよりも、俺には輝いて見えた。

 

 




知識が全くないせいでレースの内容が薄くなってしまうのは申し訳ないです。


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クラシック路線
第13話:挑め!クラシック路線!


執筆しながらレオ杯の育成間に合うのかこれ


デビュー戦が終わった翌日。今日はトレーニングからではなく、今後の方針について、スズカと話をまとめようと思う。

 

「一応俺が思ってる方針としては、クラシック路線を念頭においていこうと思ってる」

 

「クラシック路線というと、皐月賞、日本ダービー、菊花賞ですか」

 

「ああ、スズカが鍛えていけば三冠も狙っていけるだろうと、俺は思ってる」

 

「クラシック三冠……私にでも取れるでしょうか」

 

「取れるさ。ただ、スタミナなどの改善点はある。鍛えていけば十分狙えるはずさ」

 

スズカのポテンシャルは凄まじい。今でこそ日本ダービーや菊花賞は距離が長く、辛いだろうが、スタミナを伸ばしていけば勝てるはずだ。

 

「それを踏まえて、皐月賞のトライアルレース、弥生賞に出走しようと思う」

 

「弥生賞……2000mの中距離コースですよね」

 

弥生賞は芝2000m、デビュー戦よりも400m長い。スタミナがまだ課題なスズカからしたら、不安なんだろう。

 

「弥生賞までは1ヶ月、皐月賞までは2ヶ月ある。その間にできる限りスタミナを伸ばしていくぞ。スズカならきっといける」

 

皐月賞のためだけじゃない。日本ダービーと菊花賞はもっと距離が伸びる。スタミナはどれだけ鍛えても足りないくらいだ。

 

「それじゃあ、主なトレーニングは、走り込みになるんですか?」

 

「走り込みもするが、他にも練習しなきゃいけないことがあるんだ。」

 

「他にどんな練習をするんでしょうか」

 

「お前が今やらなきゃいけないことは3つある」

 

これから重点的に鍛えていくことは、しっかりと知って意識しておいた方がいいだろう。

 

「まず1つは、単純なスタミナ強化だ。これから走っていく中距離以上のレースを耐えるのに、これは必要不可欠になってくる」

 

「2つ目は、坂の練習だ。弥生賞と皐月賞が行われる中山競バ場は、ゴール直前に大きな坂があるんだ。この2つのレースで最後に競り勝つには、最後の坂が勝敗を分けるだろう」

 

「そして最後に、加速力の強化だ。スズカは序盤、中盤でスピードが上がっているが、終盤のトップスピードに達するまで、時間がかかるんだ。その時間を短くすることで、トップスピードで走れる距離も長くなる。スズカの長所を活かすために、これも必要だ」

 

スズカはトップスピードがとても速い。だからこそ、そのスピードに達するまで、どうしても時間がかかってしまうんだ。

 

「そうだったんですね……私自身は走ってて、いままで全然気付かなかったです」

 

「だから、これから主にやっていくのは、坂ダッシュに走り込みだ」

 

「加速力はどうやって鍛えていくんですか?」

 

「加速力は坂ダッシュで鍛えていく。スズカは加速する上で必要なことはなんだと思う?」

 

「足を更に速く回すことでしょうか」

 

足の回転力は加速に直接繋がるから間違ってはいないんだが、少し足りてない。

 

「それも大事な要素な1つだ。だが、それを実現するためには、地面を蹴り出す力と地面と足の接地時間が関係している」

 

「地面を強く蹴り出せばその分だけ前に進める。けど、それだけじゃ、前に進むまでに時間がかかってしまうんだ。1番最初に一気にスピードを上げるためならいいんだがな」

 

「その後も続けてたら、せっかく上げたスピードが死んじまう。踏み込んだ足が、後ろに残るからな。足を後ろに残さないためには、踏み込んだ足を素早く前に出すために、地面との接地時間を短くしなきゃ行けない。」

 

「これらが組み合わさることで、足を速く回せて加速力が生まれるんだ」

 

「ゴルシみたいに1歩1歩を広く走る、ストライド走法をするウマ娘はまた違ってくるだろうがな」

 

少し長々しく話しすぎてしまっただろうか。

 

「私、走ることにそんなことが必要だなんて、考えたことなかったです。教えてくれて、ありがとうございます」

 

「これから必要なことだ、知っといて損はないだろ」

 

地面の接地時間を減らしつつ、踏み込んで行くためにはパワーとテンポが大切だ。

 

「坂ダッシュっていうのは、そこら辺の練習するのには丁度いいんだよ」

 

「これからのトレーニングは走り込みメインで坂ダッシュも混ぜていくことになるが。問題ないか?」

 

「私はそれで大丈夫です。今日はとりあえず走り込みですか?」

 

「ああ、坂ダッシュは明日からだ。今日のところは走り込みからしよう」

 

坂ダッシュするのに、いい場所あるといいんだがな……沖野先輩辺りに聞けば教えてくれるだろうか。

 

「よし、そうと決まればトレーニング開始だ。スズカの準備ができ次第走り始めてくれ」

 

 

「それじゃあ、走ってきます」

 

スズカはすぐに準備を済ませると、走り始めた。走り込みは距離を走ってスタミナを鍛えることが目的だから、終わるまで俺にできることは特別ない。

 

「サイレンススズカさん、調子良さそうですね。デビュー戦を圧勝しただけあります」

 

スズカの走りを見ていると、聞き覚えのある声に話しかけられた。

 

「葵さんじゃないですか。どうしたんすか?」

 

「実は私も先日、ミークのデビュー戦が終わったんですけど、そしたら沖野さんが後輩たちのデビュー祝いに飲み会をする、ということなので、柴葉さんにもお話をと」

 

「ミークのデビュー戦、テレビの録画で見ることにはなりましたがいい走りでした。1着おめでとうございます」

 

「ありがとうございます。勝たせてあげられて良かったですよ」

 

「飲み会の方も参加させてもらいます。先輩のせっかくのお誘いなんで」

 

ちょうど聞きたいこともあったし、タイミングがいい。俺みたいな新人と違って、沖野先輩ならトレーニング場所にも詳しいだろう。

 

「それは良かったです!楽しみにしてますね」

 

「時間と場所は前回と同じで大丈夫かな?」

 

「はい、前回のお店でするそうなので。また今晩会いましょう。私もミークのトレーニングがあるので」

 

「わざわざありがとうございます。それではまた後で」

 

葵さんはミークのところに戻ってったようだ。俺もスズカの走りを見なきゃな。

 

「おーいスズカー!ペースとフォーム乱れてんぞー」

 

ちょうどスズカの方を見ると、ペースとフォームが乱れていた。指摘すると、いつも通りにすぐに戻った。どうしたのだろうか。

 

その後は問題なく走り続けたが、スタミナが切れてきたので、1回休憩を挟ませる。

 

「途中で1回走りが乱れてたけど、どうしたんだ?」

 

「なんでもありません。少しよろけただけです」

 

「そうか?ならいいんだが、気をつけてな」

 

よろけた拍子に足でも挫いたら大変だからな。怪我には気をつけなきゃいけない。

 

「ところで、さっきミークさんのトレーナーの桐生院さんとお話してたみたいですけど、何を話してたんですか?」

 

「ああ、今晩の飲み会に誘われてな。その話をしてたんだよ」

 

「女性の方と2人で飲むんですか?」

 

「いや、沖野先輩も一緒だぞ。デビュー祝いに1杯やろうぜってことなんだろ」

 

「そうですか……ならいいんですけど…」

 

なんか、少し機嫌が悪そうにムスっとした顔をしている。スズカってこんな顔もするのか。なんか気に触ったのだろうか?

 

「機嫌悪そうだけど、なんか気に触ったか?もしそうだったら申し訳ないんだけど」

 

「機嫌は悪くないです!休憩も終わるのでもう1回走って来ますね」

 

そう言うと、そのまま走りに行ってしまった。俺の気のせいだったのか?

 

その後も普通にスズカと接していたのだが。尻尾で背中をペシペシと叩かれてしまった。やっぱり機嫌が悪かったらしい。

 

「スズカ〜機嫌直してくれよー」

 

ずっとスズカが機嫌が悪くて、ちょっと気まずい。

 

「桐生院さんと飲みに行けるなら。今度、私ともお出かけしてください」

 

お出かけ?トレーニングが忙しいから、ちょっと後になるが、そのくらいなら問題ないだろう。

 

「わかった、今度のトレーニングが休みの日に一緒に出かけよう」

 

機嫌が直ったのか、尻尾を左右にゆらゆらさせてる。機嫌が直ってよかった……

 

「約束ですからね?忘れないでくださいよ」

 

「ああ、忘れないさ。どこにでも連れてってやるよ」

 

「それは、今から楽しみです」

 

すんごい高いお店とかに行かされたらどうしよう。スズカならそんなことはしないと思うけど。

 

「それじゃあ、今日のトレーニングはこの辺にしておこうか」

 

「おつかれさまです。それじゃあ、また明日」

 

「また明日なスズカ」

 

スズカも帰ったし。俺も今晩の準備をするために、ちゃちゃっと帰りますかね。



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第14話:飲む!トレーナー飲み会!2杯目

飲み会回です。ちょっと短めになってしまいました。


 トレーニングを終えてから寮に戻り、飲み会の準備をする。時間はまだあるし、ゆっくりで間に合いそうだな。

 

「そういえば、誰が来るか聞いてなかったな。葵さんとも連絡先くらい交換しとくか」

 

 約束の時間も近くなってきたし、そろそろ寮を出て目的地に向かおう。

 

 集合場所の飲み屋につくと、ちょうど沖野先輩と葵さんも到着した様子だった。

 

「よお、お前らよく来たな」

 

「先輩がお祝いしてくれるって聞いたんで、さすがに来ますよ」

 

「今日はわざわざありがとうございます」

 

 俺たちは軽く挨拶をすませて、店の中に入っていった。

 

「それにしても、お前ら見事な勝利だったな。おめでとう」

 

「「ありがとうございます」」

 

「スズカの大逃げも凄かったが、ハッピーミークの堅実な走りも見事なもんだ」

 

「スズカが頑張ってくれたおかげですよ」

 

「そうですね、ミークも私の作戦を聞いて一生懸命に走ってくれました」

 

 スズカもハッピーミークも、デビュー戦まで俺たちの話を聞いて、トレーニングに全力で取り組んでくれた。彼女らが、頑張ってたからこそ勝てたんだ。

 

「これからの方針とかは決まってるのか?」

 

「俺はクラシック路線を狙っていきます。スズカなら十分に狙っていけると思いますし」

 

「私もクラシック路線を狙ってます。ミークと夢の三冠目指して、頑張りたいと思います」

 

 予想はしてたけど、葵さんもクラシック路線か……直接対決になるだろうが、負けるわけにはいかないな。

 

「それじゃあ、お前らはライバル同士ってわけだ。最初の対決は、弥生賞になるか」

 

「ライバルですか……柴葉さんが相手でも負けません」

 

「俺もですよ。全力で勝ちにいきます」

 

 ハッピーミークは強敵だ、ギリギリの戦いになるだろう。たとえそうでも、競り勝ってみせる。

 

「相手のことを意識するのもいいが、そればっかり見てると、足を掬われるからな」

 

「肝に銘じておきます」

 

「ところで、沖野先輩のとこのウマ娘たちはいつ頃デビューする予定なんですか?」

 

「ああ、ゴルシは来年辺りにデビューさせようと思ってるが、スカーレットとウォッカは、来年のデビューになるだろうな」

 

「早くても勝負することになるのは、再来年ですか」

 

「そうなるな。その時は勝たせてもらうけどな」

 

 冗談混じりに言っているが、実際に沖野先輩のトレーナーとしての能力は高い。しかも担当のウマ娘3人も逸材揃いだから、冗談に聞こえない。

 

「全力でぶつからせてもらいますよ」

 

「私も負けないように頑張ります」

 

「そのためにも、トレーニングメニューをしっかりと組まねえとな」

 

 トレーニングメニューで思い出した。先輩にいいトレーニング場所があるか、聞かなきゃいけないんだった。

 

「先輩に聞きたいんですけど。坂ダッシュの練習するための、いい場所とかってないですかね」

 

「坂ダッシュか……弥生賞と皐月賞に向けてのトレーニングだな。普通の坂じゃないが、学園近くの神社にある階段がある」

 

「坂じゃなくて階段ですか?」

 

 普通に坂ダッシュするのと、なにか違うのだろうか?

 

「ああ、単純な坂を走る練習にもなるしな。それに、加速に必要な走り方のテンポの感覚も掴みやすいだろうしな」

 

「気づいてたんですか……?」

 

 スズカの加速については、誰にも相談したことはなかった。良く気がついたなこの人……

 

「併走の時から少し思ってたが、デビュー戦の時の走りは、じっくりと見せてもらったからな」

 

「スズカさんって、加速力そんなに足りないんですか?そんなふうには見えないですけど」

 

「スズカが得意なのは、ハイペースでそれを維持したまま、走り続けることなんだ。終盤でもそのままペースを落とさずに、スピードを上げてくからそう見えるんだ」

 

「実際は終盤にトップスピードに乗るまで時間がかかっちゃうんだよ」

 

「さすがだな、担当のウマ娘のことよくわかってんじゃねーか」

 

 トレーニング場所のことだけ聞くつもりだったけど、思わぬアドバイスをもらったな。

 

「スズカがデビュー戦でやった、あの綺麗なスタートといい、本当によく見てるよ」

 

「たづなさんのおかげですよ。というか、あの人なんであんなこと知ってるんですかね?」

 

 たづなさんは、まるで実際に体験したかのように、詳しく説明してくれた。

 

「それは俺にもわからん……」

 

「私、噂でたづなさんがウマ娘を追いかけて、捕まえてたって聞きました」

 

 本当に何者なんだろか。

 

「この話題は止めておきましょうか。なんだか言及したらいけない気がします」

 

「それもそうだな……」

 

「そういえば、たづなさんは今日はいらっしゃらないんですね」

 

「あの人も忙しい人だからな。オハナさんも、今日は予定があわなくてな」

 

 東条さんは、大人数チームを率いてるから、色々と忙しいんだろうか。

 

「東条さんは、私たちと違ってチームの人数が多いですからね」

 

「優秀な人材ほど、できるだけ多くのウマ娘を担当して欲しいのが学園側からの願いだろうしな」

 

「お前らも結果を残していけば、いずれチームを持つことになるぞ」

 

 チームか……今はスズカのことで手一杯だから、想像もつかないな。いや……気になる娘はいるんだけど。彼女はもうトレーナー候補がいるからな。

 

「私はミークのことで手一杯なので、それどころじゃないですよ」

 

「俺も今は考えられないですね」

 

「いずれの話だからな、今は気にしなくても大丈夫だろ。まぁ、気になるウマ娘がいるなら、唾つけとくのもいいけどな」

 

「そういえば、先輩はどうやって今のメンバー集めたんですか?」

 

 ゴルシもスカーレットもウォッカも逸材だ。どうやってスカウトしたか聞いておきたい。

 

「ゴルシはな……気づいたら拉致られててな、気づいたら担当契約させられたんだよ」

 

 この人は何を言っているのだろうか?拉致られる?怖いんだけど。

 

「拉致って……無理やり契約させられたんですか?」

 

「いや、いい走りするやつがいるなーって眺めてたら、気づいたらそいつがいなくてな。そしたら麻袋の中にいたんだ」

 

 もうダメだ、俺にはこの会話についていける自信がなくなってきたぞ。

 

「走りに目はつけてたし、断る理由もなかったからな。契約をそのまましたってわけだ」

 

 とりあえず話題をそらそう。なんだか聞いてるだけで疲れてくる。

 

「スカーレットとウォッカはどうやって入ったんですか?」

 

「あいつらは、俺のセンスのいいチーム募集を見たらしくてな、俺のところを訪れてきたから契約した」

 

 そう言って、当日貼っていたであろう貼り紙を見せてくれた。お世辞にもセンスがいいとは言えなかったが。沖野先輩の周りには、変わったやつが集まるのはよくわかった。

 

「すごい貼り紙ですね……」

 

「だろ!?ゴルシのやつ、趣味が悪いとか言って反対しやがったんだけどな」

 

 ゴルシにもまともな面があるらしい。それに関しては俺も同意見だ。葵さんもちょっと引いてるし。

 

「そろそろいい時間ですし、解散にしますか?」

 

「そうだな。今日は来てくれてありがとうな。支払いは俺が済ませとく」

 

「良いんですか?それではお言葉に甘えさせてもらいます」

 

 葵さんはお礼を言っているが、俺はお金大丈夫ですか?とツッコミかけた。

 

「そういえば、連絡先を交換してなかったので、交換しときませんか」

 

「私ですか?私は柴葉さんがいいならぜひ!」

 

 連絡先を交換する時にチラッと見えたんだが、トーク履歴がミークと家族らしき名前しかなかったのが見えてしまった。という俺もスズカと家族以外の連絡先は持ってないが。

 

 その後、解散になった。今回もいい時間を過ごさせてもらったな。

 

 明日のトレーニングに備えて、早く帰ってゆっくりと休むとしよう。




文章書いてて、走る知識の無さに驚愕しました


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第15話:登れ!坂ダッシュ!

レオ杯頑張ります。
誤字報告ありがとうございます。訂正させてもらいました。とても助かります。


 今日からは坂の練習だ。昨日沖野先輩に場所は聞いたから、あとは行ってみて、走るだけだ。

 

(どのくらいの坂なのかくらい、聞いておけばよかったな)

 

 というか、トレーニング開始時間は過ぎたけど、スズカが来ない。遅刻することなんてなかったのに、珍しいこともあるな。

 

「すいませんトレーナーさん!遅れてしまいました」

 

「珍しいな、スズカがトレーニングに遅れるなんて」

 

「ここに向かう途中で、巨大な金の鯛を持ったフクキタルに追いかけられて……」

 

「ちょっと待ってくれスズカ、どういうこと?」

 

 昨日といい今日といい、情報量が多い内容を話されると困る。頭の処理が追いつかない……

 

「えっと、私がトレーニングに向かおうと、廊下を歩いていたんです」

 

「なるほど、それで?」

 

「そしたら後ろからフクキタルが『今日のラッキーアイテムは金の鯛ですよ。スズカさ──ーん』と言って追いかけて来て。驚いて逃げ回ってたんです」

 

 結局、巨大な金の鯛を持ってるフクキタルは理解出来なかったけど、スズカが逃げ回ってて遅れたのはよく分かった。

 

「そうか……それは大変だったな」

 

 なんか、トレーニングも始まってないのに凄い疲れた気がする。

 

「すいません……遅れるつもりはなかったんですけど……」

 

「いや、大丈夫だ。そういうこともあるさ。トレーニングに行こう」

 

 もう、そういうこともあるということにしようそうしよう。

 

「今日は何をすればいいんですか?」

 

「今日は、昨日言っていた通り坂ダッシュだ。とりあえず、トレーニング場所に向かおう」

 

「わかりました」

 

 スズカを連れて坂に向かう。確か、近くの神社の階段を使えって言ってたな。

 

「そういえば、昨日の飲み会は楽しかったですか?」

 

「ああ、葵さんと先輩とゆっくり話が出来たしな。何より、先輩からトレーニング場所を聞くついでに、いいアドバイスも貰えたし」

 

「わざわざ聞いてくださったんですか?」

 

「元々、先輩に聞くつもりだったからな。ついでだ」

 

 実際に、飲み会がなかったら、直接会いに行って聞くつもりだったしな。

 

「私のためにありがとうございます」

 

 スズカは嬉しそうにお礼を言うと尻尾を揺らしていた。自分のために何かしてくれたのが嬉しかったのかもしれない。

 

「俺はスズカの担当だからな。っとそろそろだな」

 

 目的地に着くと、スズカと俺は絶句した。なにこれ、想像以上に角度がキツいし、距離も長いんだけど。

 

「本当にここで走るんですか……?」

 

 スズカが不安そうだ。俺が驚いてたらいけないな。

 

「スズカは、この坂の階段を速く登るためにはどうしたらいいと思う」

 

「足の接地時間を短くですか?」

 

 昨日した話を、しっかりと覚えていてくれたらしい。

 

「そうだ。そのためにも、階段を登ってく上では走るテンポが重要だ」

 

「テンポですか?リズムよく走るってことですよね」

 

「ああ、これは普通に走る場面でも同じだが。テンポがズレたりすると、走りがブレたり、上手く走れないんだ」

 

 いくら接地時間が短くなっても、タイミングが合わなければ、踏み込みで得られるスピードを上手く得られない。

 

「連続でジャンプするのを想像するとわかりやすいな。テンポがしっかりすれば、上手く跳ね続けるけど、テンポがバラバラだと上手くできないだろう?」

 

「確かに……」

 

「とりあえず、走ってみるか」

 

 兎にも角にも走ってみないとわからないだろう。

 

「いくぞー位置について、よーいどん!」

 

 最初はさすがに、階段を上手く走れないだろうと思っていた。走り慣れない環境に、この坂だ。スピードが上手く乗らないし、スタミナも持たないだろう。

 

 スズカが走り抜き、タイムを見てみると、想像以上にタイムは早かった。終盤走りが鈍くなり、ゴール後も息こそ切れていたが、思っていたよりも、スタミナが持っていた気がした。

 

(走り慣れない環境に、この坂だ。なんでこのタイムが出せたんだ)

 

「なあスズカ、なんか走ってていつもと違うこととかってあったか?」

 

「やっぱり坂が急で、すごい疲れました……でも想像してたよりは走りにくくなかったですね」

 

 やはり、そんなに走りにくさは感じなかったらしい。何故なんだろうか……

 

「何か悪いところがありましたか?言ってくれれば、直すよう頑張りますけど」

 

「いや、悪いところは無い。むしろ初めての練習で、よく走れていたほうだ。けど何が良かったのか分からないんだ。すまない」

 

 何が良かったのか、考えてみたがまだわからない。

 

「そんな、謝らないでください。何かわかったら、また教えてくださいね」

 

 俺が謝ると、スズカが少し困惑してしまった。

 

「走りを見ながら、俺も考えてみるよ。休憩が終わったら、また走ってみてくれ」

 

「よろしくお願いしますね」

 

「いくぞー位置について、よーいどん!」

 

 腕の振り方はいつもと変わっていない。ストライドはいつもよりも短いけど、これはあまり関係ないだろう。階段の1段ごとの幅的に仕方ないことだ。

 

 あとは……姿勢だ。姿勢が前に傾いてるんだ。それで、スピードが乗っているのか。

 

「スズカ、少しだけ理由がわかった」

 

「凄いです、トレーナーさん。まだ少ししか走ってないのに」

 

「階段を登ってる時に、姿勢がいつもより前に傾いてる。だから足がどんどん前にでるんだ。それがスズカに合ってたんだろう」

 

 それにしても、予想外の収穫だ。スズカに合っているフォームが見つかるとは。

 

「無意識だったので、全く気が付きませんでした」

 

「次は前傾姿勢を意識して走ってみてくれ」

 

「分かりました。次は意識して走ってみますね」

 

「それじゃあ、いくぞー位置について、よーいどん!」

 

 さっきより分かり易く、前傾姿勢になっている。その影響か、さっきより更にスピードが乗っている。それによって、普段と違ったところが顕著に出ていた。

 

(足裏の着地地点がいつもと違うんだ。普段はかかとから入るのだが、今は拇指と指の付け根から着地しているんだ)

 

 これが自然に出来たのは、スズカの走りの天才的な才能によるものだろうな。

 

 スズカがゴールしたので、このことを伝えないとな。

 

「スズカ、突然で悪いんだが、少しそこで走って見てくれないか?」

 

「この平地でですか?わかりました」

 

 やっぱり、平地で走る時は踵から足が入って、姿勢も真っ直ぐになっていう。

 

「次は拇指辺りから着地するイメージで、姿勢を前傾姿勢気味に走ってみてくれないか?」

 

「わかりました」

 

 凄いな、初速も今までより速いだろう。スピードもしっかりと乗っている。

 

「スズカーもういいぞー」

 

 なかなか止まらないので、止まるよう言うとそのままコケてしまった。

 

「おい大丈夫か!?」

 

「イタタ……大丈夫です、少し擦りむいただけです」

 

「そうか……ならいいんだが」

 

「それよりも、トレーナーさん凄いです!今までより気持ちよく速く走れます!まだ少し走り慣れないですけど」

 

 本人も走っていて実感していたらしい。どうやら、スズカにはこのフォームの方が合っているらしい。

 

「今までスズカのしていた走り方は、ヒールストライク走法と言うんだ。踵から着地して、走りやすく、足に負担がかかりにくいんだが、変わりにブレーキがかかってしまうんだ」

 

「逆に今していた走り方は、フォアフット走法って言ってな。拇指の方から着地することによって、着地時の衝撃が分散されて疲れにくくなるんだ。しかも、前傾姿勢になりバランスを取れば、足が前に出てスピードも出るってわけだ」

 

 ヒールストライク走法も悪いわけじゃないが、フォアフット走法の方がスズカに合ってたんだろうな。

 

「これからは、フォーム改善を意識しつつ、トレーニングすることにしよう。ハードなトレーニングになるが大丈夫か?」

 

「私は大丈夫です。もっともっと速くなって先頭を走りたいんです。それに、弥生賞を勝つためにも必要なんですよね?」

 

(速くなることだけじゃなくて、レースのこともしっかりと考えてるんだな)

 

「そうだよな、レースもしっかりと勝ちたいよな」

 

「それもそうですけど……私のために頑張ってくれてるトレーナーさんのためにも勝ちたいんです」

 

「なんか言ったか?」

 

「なんでもありません」

 

 速く走れたのがそんなに嬉しかったのだろうか。尻尾を凄い揺らしているが。

 

「私……この走り方をマスターしてみせます。勝つためにも、速くなるためにも」

 

「ああ!俺もできる限りサポートしよう!」

 

 スズカの調子もいい。フォームを改善して、更に力をつけてたいけば……弥生賞だけじゃない、皐月賞も十分に勝ちに行けるだろう。

 

「今日の練習はここまでにしておこう。明日はグラウンドで走り込みをしながら、フォームを改善しよう」

 

「分かりました。明日もよろしくお願いしますね」

 

 そうして、俺たちは解散した。明日に備えて、スズカにはゆっくり休んでもらわないとな。




少しだけスズカのセリフを増やすよう努力しました。スズカって静かなキャラだから話させるの難しいです。


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第16話:故障発生?菅骨骨膜炎?

タイトルネタバレ注意
UA5000,お気に入り50突破しました!こっっま拙いストーリーを読んでくださりありがとうございます


 今日はグラウンドでのトレーニングだ。スズカの走りをしっかりと見ないと、と思ってたんだが……

 

「いや〜スズカさんと走るのは久しぶりですね」

 

「そうねスカイさん、私は前より速くなってるわよ?」

 

「へ〜それは怖いです」

 

 どうしてこうなった。元々勝負なんてする予定なかったんだがな……

 

 

──数十分前──

 

「それじゃあ、今日もトレーニング始めてくぞ」

 

「よろしくお願いします」

 

 いつも通り、トレーニングを開始しようとしていた。

 

「もうトレーニング始まっちゃいますか?」

 

「どうしてここにいるんだ?セイウンスカイ」

 

 セイウンスカイは担当ウマ娘じゃないし、ここでトレーニングする予約はもう取ってある。

 

「いやですね、スズカさんと一緒に走りたいなーって思いまして」

 

「私とですか?」

 

 セイウンスカイは自分のトレーニングがあるだろうし、スズカもまだフォームを改善中だ。さすがに今は断って、次の機会にしてもらおう。

 

「いいですよ。一緒に走りましょう」

 

「スズカいいのか?」

 

「今の私の走りがどの程度のものか、確かめてみたいんです」

 

 セイウンスカイなら相手としては不足なしだからな……

 

「あー分かったよ、けど2000mを1本だけだぞ!」

 

「ありがとうございます。トレーナーさん」

 

「いや〜トレーナーさんも気が利きますね〜」

 

「今度からそういうことは早めに言いに来い」

 

 こっちもトレーニングメニューがあるからな。急に来られると色々と困るんだ。

 

「今日はちょっと、急になちゃったんですよ。許してください」

 

 そう言うセイウンスカイは、どこかはかなげな顔をしていた気がした。

 

「スズカも走りたいらしいし、今日はいいよ。それじゃあ、2人とも準備が出来次第スタート位置についてくれ」

 

 

──ー現在──ー

 

「それじゃあいくぞ、位置について、よーいどん!」

 

 スタートした。スタートはスズカが先頭をとる。セイウンスカイはスズカのすぐ後ろにつく。

 

(スタートはやっぱりスズカがとったな)

 

 その後は、スズカの後をセイウンスカイが追って、ラストの勝負になると思っていた。けど、スズカは俺の想像の上をいった。

 

 1000mを超えたところで、スズカのスピードが更に上がった。セイウンスカイも必死に食らいつくが、徐々に距離が離れていく。

 

(フォームを変えただけでここまで違うか。いや、実戦でしっかり走れるようになったスズカが凄いんだ)

 

 昨日の最後に、フォームの改善案を出した。そこから、身につくまでがあまりに早すぎる。

 

 そして最後の直線。スズカが更に加速した。以前よりトップスピードに乗るのが早い。

 

 結局勝負はスズカが大差をつけて勝利した。

 

「スズカすごいよ、俺の想像以上の走りだった」

 

「ありがとうございます。これもトレーナーさんのおかげですよ」

 

「いや〜スズカさん速いですね。私も自分なりに、トレーニングしてきたんですけどね〜」

 

「セイウンスカイもよく走った方だろう、距離こそ離されたけど中盤よくくらいついてた。それだけ無理をしたのに、ラストもスピード出てたしな」

 

 あれだけペースを乱されて、よく最後も走りきれたもんだ。セイウンスカイはいいものを持っている。

 

「セイちゃんは疲れたのでここで失礼しますね」

 

「お疲れ様、またスズカと走りたくなったら早めに伝えてくれよ」

 

「あなたが私のトレーナーになれたらよかったのに」

 

 セイウンスカイが帰って行ったので、トレーニングを再開しよう。

 

「スカイさん何かあったのかしら」

 

「なんでそう思うんだ?」

 

「トレーナーさんは聞こえなかったんですか?」

 

 どういうことだろうか、セイウンスカイが何か言ったようには見えなかったが。

 

「聞こえてなかったならいいんです。トレーニング再開しましょう」

 

「そうか……とりあえずレストも兼ねて、軽くグラウンドを走ってきてくれ」

 

 軽いジョギングをさせることにした。すると、走ってるスズカに違和感を感じた。

 

(足取りがいつもと違う気がする……まるで足を庇ってるような。まさか!)

 

「スズカ!ちょっとこっちに来い!」

 

「どうしたんですか?」

 

「ちょっと足を見せてくれ」

 

「え、足をですか……えっとその」

 

「恥ずかしいのは分かるけど、緊急かもしれないんだ」

 

 そういうと、スズカは大人しく足を出してくれた。

 

「やっぱり……左足が炎症を起こしてる。これから病院にいくぞ」

 

「本当ですか?全く気が付きませんでした……」

 

 もしも大怪我だったらまずい。早く医者に見せるに越したことは無いだろう。

 

 

──病院──

 

「これは、菅骨骨膜炎が発症していますね……」

 

「菅骨骨膜炎ですか……?」

 

「はい。主に、トレーニングを本格的に始めたウマ娘が発症するものです。重い怪我ではありませんが、しばらくは軽く走るくらいにして、ハードなトレーニングは避けてください」

 

「そうですか……ありがとうございました」

 

 たしか菅骨骨膜炎は、体の出来上がってないウマ娘が、トレーニングの負荷で発症するものだ。でも、そんなふうになるようトレーニングは組んでいなかった。

 

 スズカが、昨日から今日までにフォームの改善があまりに早かったことを、今になって違和感を感じ始めた。

 

「なあスズカ」

 

「なんでしょうか、トレーナーさん」

 

「お前、トレーニング外で過度に走ったりしてないよな」

 

 そう言うとスズカは黙ってしまった。やっぱりそうだったか。

 

「走るなとは言わないが、そこまで走るならどうして言ってくれなかたんだ。無理なハードワークがこうやって怪我に繋がったんだぞ!」

 

「ごめんなさい……速く走れるようになったのが嬉しくて。それに、早くフォームをものにしてトレーナーさんのために、弥生賞も絶対勝ちたくて……」

 

「今日はもう寮に戻って休みます。本当にごめんなさい」

 

 去り際にスズカは泣いていた。言い過ぎてしまっただろうか。

 

(スズカに夢を押し付けて頑張らせ過ぎてしまった……)

 

 俺のために頑張ったのに、その俺に怒られたんじゃ悲しいのも当たり前だ。明日会った時にしっかりと謝ろう。

 

 少し散歩してから帰ろう。まだ考えが全くまとまらない。

 

 夢を押し付けてるつもりはなかった。でも結果的にスズカを頑張らせ過ぎてしまった。俺が自分のことしか考えてなかったんだ。

 

 学園内を歩き回ってると、グラウンドで体育座りをしてるセイウンスカイを見つけた。

 

「お前が昼寝じゃなくて座ってるなんて珍しいな」

 

「セイちゃんにもそういう日があるんですよ。それよりも、トレーナーさんが、そんな暗い顔してる方が珍しいです」

 

「実はスズカに怪我させちまってな。俺が夢を見るあまりに、スズカを頑張らせすぎちまった」

 

「スズカさんがトレーナーさんのために頑張ったなら良いじゃないですか。それだけ一緒に頑張りたいってことですから。同じことさえ繰り返さなきゃいいと思うんです」

 

 今日のセイウンスカイは随分と落ち着いてるな。からかったりとかそういう空気を感じない。

 

「俺はスズカのために、スズカは俺のために頑張った結果か。そうだな、次からは怪我させないように、良く見ればいいんだもんな」

 

「そうやって、同じ夢に向かって頑張れるのが、今はとても羨ましいです」

 

「セイウンスカイ、昼から気になってたんだが、お前なんかあったのか?」

 

 スズカも言ってたが、今日のセイウンスカイは少し様子がおかしい気がする。

 

「隠してたつもりなんですけど気づかれちゃいましたか」

 

「俺の話を聞いてくれたお礼と言っちゃなんだが、話くらい聞くぞ」

 

「実は……トレーナー候補だった人に契約を無効にされてしまいまして。どうしたものかなと」

 

 トレーナー候補に契約を切られた?仮トレーナーや担当トレーナーじゃないと、一方的に契約を切れるのか。

 

「どうしてまた、お前ほど実力があれば、そんなことにならないと思うが」

 

「実は今日、選抜レースがあって。そのレースで同期の娘にボロ負けしちゃったんです。それを見たトレーナーさんが、その娘の担当になるって言って、契約を切られちゃったんです」

 

 そんな、仮契約前だからって、トレーナーの一方的な都合で契約を切っていいのか。

 

「俺だったら絶対そんなことしないのにな。言っちゃ悪いが、そのトレーナーはきっと見る目がなかったんだろ」

 

「もし、トレーナーさんなら、私と契約したら捨てたりしないですか?」

 

「当たり前だろ、そんなもったいないことする理由がない」

 

 セイウンスカイのスタミナは光るものがある。そのほかの能力もかなりポテンシャルが高いと思っている。

 

「それじゃあ、あなたが私のトレーナーになってくれますか?」

 

 俺は固まった。まさか、そんなことを言われるとは。セイウンスカイなら、他を探せばいくらでもトレーナーは見つかるだろうに。でもセイウンスカイがそれを望んでいる。

 

「今はお前のトレーナーになることはできない。俺はトレーナーとしての実績がまだ足りてないからな。複数の担当を持つことは許されないだろう」

 

「あはは〜そうですよね。忘れてく」

 

「だから、日本ダービーまで待っててくれ。皐月賞はスズカの怪我の具合で勝てるか分からない。けど、日本ダービーで必ず俺とスズカが1着を取ってやる」

 

 日本ダービーはクラシック最高峰のレースだ。このレースで勝てば実績が認められるだろう。

 

「勝てるんですか?さっきまであんなしょぼくれてたのに。それに日本ダービーって言えば強者が揃うレースですよ?」

 

「さっきのことを言われると痛いが、スズカなら絶対に勝てるさ」

 

「ダービートレーナーさんがトレーナーか〜いいですね。待ってますから、絶対にダービー勝ってくださいよね。セイちゃんとの約束です」

 

「もちろんだ、今日は門限が近いからもう帰れ」

 

「はい。ありがとうございます

 

 俺も明日、しっかりとスズカに謝らないとな。これからの方針も決めなきゃいけないし。

 

 




スズカの故障回なのにスズカの出番が少ないって?しかたないね。


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第17話:乗り越えろ!怪我をしたサイレンススズカ!

タイトルが思いつかんかった……


 スズカに謝ろうと決意したのはいいけど、そもそもトレーニングに来てくれるだろうか……

 

「こんにちは……トレーナーさんいますか?」

 

 トレーナー室で待っているとスズカが来てくれた。怒って来てくれなかったらどうしようかと思ってた。

 

「ああ居るぞ、入っても大丈夫だ」

 

 スズカが入って来てから沈黙の時間が続く。やっぱり少し気まずい。いや、しっかりと謝るんだ。

 

「スズカ……昨日は悪かった!スズカは俺の期待に応えてくれようと頑張ったのに、怒るようなことをして」

 

「いえ……私も感情ばかり先行させて、勝手に走りすぎてしまってごめんなさい」

 

「俺もしっかり注意して見るが、スズカもいっぱい走りたい時は俺に言ってくれ。メニューも、それに合わせてできるだけ調整するから」

 

 俺もスズカのことを、24時間監視し続けられるわけじゃない。スズカが直接俺に言ってきてくれた方が確実だ。

 

「今回はお互い様って事でいいですよね」

 

「そうだな……これからはお互い気をつけよう」

 

 少し微笑みながらスズカがそう言う。その笑顔を見て俺も安心した。

 

「それでこれからの方針だが、弥生賞は出るか?これからしばらくは、足に負担がかかるハードなトレーニングは出来ないからな」

 

「私は弥生賞に出たいです……ダメかもしれないですけど、弥生賞も皐月賞も諦めたくありません!」

 

 スズカもまだやる気満々だ。だったら俺にも諦める理由はないな。治るのが間に合うか分からないが、弥生賞に向けてトレーニングしないとな。

 

「分かった、怪我がよくなるまではプールトレーニングと、上半身を鍛えるために筋トレ、そして走り方を忘れないように軽いジョギングを行なう」

 

「分かりました!今できる限りで頑張ります」

 

「とりあえず今日は、プールでトレーニングするから準備してプールに来てくれ」

 

ーーープールーーー

 

「それにしても、プールは久しぶりだな」

 

 最近は外での走り込みだったり、坂ダッシュばっかだったからな。中での練習となると中々新鮮な気持ちだ。

 

「いくら私たちが魅力的でもいやらしい目で見ちゃダメですよ」

 

「いや見ねえよ!てか、なんでセイウンスカイがここに居るんだよ!」

 

 ここで練習するなんて伝えてなかったんだがな、なんでいるのこの娘?

 

「たまたまトレーナーさんがプールに向かうのが見えたので、私も行こうかな〜って」

 

「『 私も行こうかな〜』じゃねえよ!トレーニングはどうしたんだトレーニングは」

 

「どうしたんですか?トレーナーさんそんなに大きな声出して。あら、スカイさんこんにちは」

 

 スズカも準備が終わったのかプールに合流した。

 

「スズカ聞いてくれよ。こいつまたトレーニングすっぽかして、俺らのトレーニングについて来たんだよ。そのうち俺が怒られちまう」

 

「いや〜将来の自分のトレーナーさんのトレーニングを受けておこうかな〜って、抜け出してきちゃいました」

 

「ちょっとトレーナーさん、どういうことですか?」

 

 そういえば、スズカにはセイウンスカイのことを話してなかったな。話そうと思ってスズカの方を見ると怖いくらい笑ってた。いや、笑ってはいるんだけど目が笑ってないんだよ。

 

「スズカさん聞いてなかったんですか?俺はお前を絶対離さないって、熱烈なスカウトを受けちゃったんですよ。さすがのセイちゃんも断れなくて」

 

 いや、近いことは言ったけど色々捏造しすぎじゃない?スズカからの視線が痛いんだけど。

 

「いや違うんだスズカ、決して俺はそんなことは」

 

「酷いですよトレーナーさん、あそこまで言っといてそれは」

 

 そんな事を言いながら、セイウンスカイが体をくっ付けてきた。いくら俺がトレーナーだと言っても、男なんだからやめて欲しい。嫌なわけじゃないけどね?

 

「今日のトレーニングはスカイさんも参加するんですよね」

 

「ああ、成り行きとはいえ、そういうことになる……」

 

「分かりました。じゃあ、スカイさん泳ぎましょうか」

 

「は〜い、よろしくお願いします」

 

 セイウンスカイを連れて、スズカがプールに入っていく。

 

 泳ぎ始めると、スズカが先にゴールする。その後セイウンスカイも泳ぎ終えて水から上がる。

 

「スズカさん速いですね。ちょっと休憩しますか?」

 

「もう一本行きましょう?」

 

 スズカのやつやる気満々だな。怪我をして落ち込んでると思ったが。

 

 もう1本泳ぎ始めた。またスズカが先にゴールする。

 

「スズカさん……さすがに休憩を」

 

「私の練習に付き合ってくれるんですよね?」

 

「はい……」

 

 さすがに次のもう一本終わったら止めよう。さっきの仕返しに、ちょっと苦しんでもらおう。

 

 プールから上がった2人の方に行くと、セイウンスカイが土下座している姿を見た。

 

「スズカさんお願いします。休憩しましょう。いや、させてください」

 

「スズカ、これ以上はお前に負担がかかる。1回休憩にしよう」

 

「分かりました。スカイさんまた泳ぎましょうね」

 

 2人を連れてとりあえず休憩することにする。そのついでに、スズカに昨日の経緯を説明した。セイウンスカイもさっきので懲りたのか、しっかりと説明してくれた。

 

「事情はわかりました。私もスカイさんがメンバーに入ることは反対じゃありません。ただ、そういうことはしっかりと私に相談してからしてください」

 

「大変申し訳ございませんでした」

 

「それに、日本ダービーに勝つなんて勝手な約束までしちゃって……」

 

「いや……スズカならダービーもきっと勝てるって信じてるから、つい」

 

 そうすると機嫌が治ったのか尻尾を振り始めた。セイウンスカイはこっちみてニヤニヤしてるし。

 

「ところで、2人とも私のこと呼ぶ時固くないですか?」

 

 たしかに、俺はフルネームで呼んでるし、スズカもさん付けで呼んでるから固いっちゃ固いかもな。

 

「じゃあ、なんて呼んだらいい?」

 

「気軽にセイちゃんとお呼びください!」

 

「そっか、よろしくなスカイ」

 

「よろしくお願いしますね、スカイ……ちゃん」

 

「セイちゃんって呼んでくれてもいいのに……」

 

 さすがにセイちゃんはキツい。スカイも呼びやすいしそれでいいだろう。

 

「まあ、当分は担当契約どころか、契約すら出来ないけどな」

 

「そこはお2人に頑張ってもらって」

 

「私も早く怪我が治るように頑張ります」

 

「無理はしすぎないようにな。焦りは禁物だ」

 

 早く治そうと焦って、怪我を悪化させたら元も子もない。

 

「スカイもまだ俺の担当じゃないんだから、教官のトレーニングにしっかりと参加すること」

 

「はーい、了解です」

 

「スズカも、トレーニング外でのランニングは控えてくれ」

 

「わかりました。我慢します」

 

 スズカもスカイもちゃんと理解してくれたようだ。スカイに関してはトレーニングをサボるくらいなら、こっちに顔を出して欲しいくらいだけど。

 

「それじゃあ、休憩は終了!また泳いできてくれ」

 

「行きましょうかスカイちゃん」

 

「えっと、お手やわらかにお願いしますね?え、無視しないでくださいよスズカさん。あれ、もしかしてまだ怒ってます?」

 

「ふふ、私は全然怒ったりしてないから安心して」

 

「待って、トレーナーさん助けて。助けてえええ!」

 

 スズカとスカイも仲良くやってるようだし、問題はなさそうだな。このままトレーニングを頑張ってもらおう。

 

 トレーニングが終わったあとに、スカイが死んだ魚のような目をしてダウンしてたので、話しかけることにした。

 

「おい、大丈夫かスカイ。生きてるかー」

 

「トレーナーさん……普段怒らない人って怒らせちゃダメなんですね……セイちゃん初めて知りました」

 

「それはなんというか、ご愁傷さま」

 

 結局あの後もスズカにしごかれてたしな……自業自得にしても可哀想に見えた。

 

「スズカとは仲良くやれそうか?」

 

「スズカさんも、私のこと嫌ったりしてるわけじゃないみたいだし、私もスズカさんのこと嫌いじゃないので、仲良くなれると思います」

 

「なら良かった」

 

 担当のウマ娘同士が仲悪くなるってのは割と最悪な状況だからな。

 

「俺のとこきたら練習はハードだから、しっかりと鍛えとくんだな」

 

「日本ダービー……勝ってくださいよね」

 

「もちろんだ、勝ってみせるさ」

 

 トレーニングも終わって時間も遅くなってきたな。

 

「スズカー片付けしたら、解散にしよう。今日もしっかりと休んで、明日のトレーニングに備えてくれ」

 

「スカイお前も帰ったらゆっくり休め。今日は疲れただろう」

 

「はーい」

 

 その後片付けを終えて解散となった。怪我がどのくらいで治りきるかが心配だけど、今はできることをしよう。




文章見ればバレるかもしれないけどセイウンスカイ大好きです


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第18話:不調?戻らない調子?

 怪我を負ってから日にちが経ち、弥生賞出走の1週間前までに迫っていた。怪我は無事に回復していき、もう殆ど完治していた。

 

 トレーニングの強度も少しづつ戻していき、今では前に近いトレーニングを行えている。ただ、スズカのやる気はあるんだが調子があまり戻っていないようだ。

 

(最近あまりスズカの元気がない……大丈夫か?)

 

「スズカなんかあったのか?最近あんまり元気がなさそうだけど」

 

「私は大丈夫ですよ?そんなことより、今日のメニューを教えてくださいトレーナーさん。弥生賞まで後少しですから」

 

「そうか……大丈夫ならそれでいいんだが、無茶はするなよ?」

 

「はい、分かりました」

 

 スピードもスタミナも戻ってきているし、俺の杞憂だっただろうか。

 

「弥生賞に向けて、今週やるトレーニングは主に走り込みだ。走る感覚をしっかり取り戻して欲しいのと、少しでもスタミナを戻して欲しいからな」

 

 それから5日間は走り込みが続いた。スタミナもスピードも、怪我の前と遜色ないぐらいに戻すことが出来た。

 

「スズカ、明日は弥生賞前の最後のトレーニングだ。疲れを残さないように1000m1本で締めよう」

 

「そうですね。当日に疲れて走れなかったら困りますよね」

 

 会話はしっかりと出来ているが、どこか上の空の気がする。

 

「前も聞いたけど大丈夫か?本調子じゃないなら無理にレースに出なくてもいいんだぞ。皐月賞は逃すかもしれないが、その後にダービーもあるからな」

 

「出ます!出て私は弥生賞でも皐月賞でも勝ってみせます!」

 

 スズカの目はやる気だったが、話し方がどこか焦ってるように感じた。

 

「明日の走りを見て、大丈夫じゃなさそうなら俺が出走停止にする。それでいいか?」

 

「大丈夫です。明日の走りで決めてください」

 

 スズカは自信満々そうに答えているが……不安だ。

 

ーーー翌日ーーー

 

 今日のスズカはいつも以上にやる気に満ち溢れてるな。少しだけ圧を感じる。

 

「それじゃあ行くぞ、準備はいいか?」

 

「いつでも行けます」

 

「位置について、よーい……どん!」

 

 スタートは上場、いつも通り綺麗なスタートをきった。

 

「今日のスズカさんやる気に満ち溢れてますね」

 

「スカイか、またトレーニング抜け出してきたのか」

 

 スカイはちょくちょくトレーニングを抜け出して、こっちのトレーニングに顔を出すことがある。俺が怒られるんだぞ。

 

「今日はトレーニング休みですよ、スズカさん、怪我したりしたから大丈夫かな〜って見に来たんです」

 

「俺も心配してたんだが、あの走りを見せられたらな」

 

「やっぱり速いですね。でも、いつもより必死というか……焦ってるように見えるだけど……」

 

「たしかに……完全に本調子って訳じゃないだろうけど。しっかりとスピードが出てる」

 

 走りに問題は無さそうだし、今日のスズカは体調が悪そうにも見えない。最後はしっかり加速してゴールした。

 

「出走は停止しないけど、注意して見とかないとな」

 

「あら、スカイちゃん見に来てたの?」

 

「はい、明日の弥生賞頑張って来てくださいね!」

 

「もちろん。勝ってくるわね」

 

 弥生賞のために出来ることはもうない。あとは本番でアクシデントがないことを祈ろう。

 

「私は明日の準備があるのでもう帰りますね」

 

 そう言うとスズカは駆け足で寮に戻って行った。明日の準備が進んでなかったのか……俺は大した荷物はないし、準備はもう終わってる。

 

「スカイもわざわざありがとうな」

 

「いえいえ〜人の事もしっかりと気遣えるウマ娘なので」

 

「そうだな。お前も気をつけて帰れよ」

 

「分かりました。それじゃあ、弥生賞頑張ってくださいね〜」

 

 不安はある。けどここまで来たら、もう後には引けないからな。

 

ーーー弥生賞ーーー

 

 当日を迎えて、俺たちは選手用の待機室にいた。

 

「今日のレースは、葵さんのところのハッピーミークも出てくる。他にも強いウマ娘達が今回のレースには出走する」

 

「作戦は逃げで行く。スズカの走りやすいペースで走ってくれ」

 

「はい。勝ちます」

 

 なんだか昨日ほどの元気がないが大丈夫か?

 

「それじゃあ、私は行きますね。見ていてくださいトレーナーさん」

 

 スズカと別れて俺は観客席に向かう。その途中で葵さんと出会った。

 

「柴葉さん、一緒にこのレース見届けませんか?」

 

「分かりました。一緒に見ますか」

 

 2人で隣の席に座りパドックの方を見る。

 

『今日出走するウマ娘がパドックに入場します』

 

 他のウマ娘達がパドックで紹介されていく。皐月賞を目指すだけあって、全員の仕上がりが素晴らしかった。

 

『5枠8番サイレンススズカ2番人気です』

 

『彼女の逃げ足は凄まじいですからね、注目のウマ娘の1人でしょう』

 

「さすがです、サイレンススズカさんの足の仕上がり。怪我をしたと聞いていましたが、まさかここまで仕上げてくるなんて」

 

「足の仕上がりはいいんだけどな……」

 

 なんだか胸騒ぎがする。何もなく無事レースが終わるといいんだが。

 

『7枠11番ハッピーミーク3番人気です』

 

『尖った走りこそ見せませんが、基礎能力の高さとその堅実な走りは素晴らしいです。逃げウマ娘のサイレンススズカをどう対策していくのかが見どころですね』

 

「凄い……ハッピーミークは絶好調ですか」

 

「私たちは、併走とデビュー戦から1番の敵はサイレンススズカさんだと思ってトレーニングを積んできました。今日は絶対に負けません」

 

 スズカのことは対策済みか。それにしても、凄い仕上がりだ。こっちからしたら、ハッピーミークが1番の難敵だ。

 

『2000m芝晴れ、馬場状態は良となっています』

 

『皐月賞に挑んでいく強者が揃った今日のレース、どのウマ娘が勝利を手にするのか。ウマ娘達が今ゲートインしました』

 

 無事にゲートインは終わった、あとは走ってゴールするだけだと思っていた。

 

『おっと!?サイレンススズカどうした!ゲートをくぐって前に出てしまいました』

 

 スズカ!一体どうしたんだ……ゲートを潜るなんて早々あることじゃないぞ。

 

「サイレンススズカさんどうしたんでしょうか?」

 

「分からない……頼む、無事に走り終えてくれよ」

 

『サイレンススズカが指導員からの注意を受け、大外からのスタートとなります』

 

 ペナルティで大外からのスタートか……厳しい戦いになりそうだ。

 

『アクシデントはありましたが。準備が整いました』

 

『弥生賞、皐月賞への挑戦を胸に今……スタートしました!』

 

 スタートは綺麗にきった。これから前に出て行けばまだ勝ちに行ける。

 

『サイレンススズカが前に出ません。なにかの作戦でしょうか?先頭はハッピーミークが走ります』

 

『逃げの警戒を恐れての作戦かもしれませんね』

 

 違う。スズカには逃げでいいと言った。スズカが逃げて自分のペースに入れば勝ち筋はあると思っていた。

 

「サイレンススズカさん前に出ませんね。どうしたんでしょうか?」

 

「分からない……少なくとも俺は先行作は出していない……どうしたんだスズカ」

 

『最終コーナーを回って最後の直戦です。先頭は変わらずハッピーミーク、続いてランニングゲイルが直ぐ後ろを走っています。サイレンススズカはランニングゲイルの後方3番手を走っています』

 

『最終直線!サイレンススズカが伸びない!トップ争いはハッピーミークとランニングゲイルです!』

 

 頼む!ここまで来たら怪我せずに無事に走りきってくれ!

 

『1着はハッピーミークです!1バ身差でランニングゲイルがゴールイン!』

 

 その後ほかのウマ娘もゴールしていき、スズカは8着でゴールした。

 

「葵さん悪い!ちょっとスズカのところに行ってくる!」

 

「はい!早く行ってあげてください!」

 

 頼む!スズカ何も起こってないでくれよ!

 

「スズカ!大丈夫か!」

 

「トレーナーさん……ごめんなさい勝てませんでした」

 

 スズカは大粒の涙を流しながらそういい。膝から崩れ落ちた。

 

「おいスズカ!大丈夫か!スズカああああああああぁぁぁ!」

 

 俺の叫び声に気がついた業務員が、何事かとやってきて倒れたスズカを見て、救急車をすぐに呼んでくれた。

 

「スズカ大丈夫か!頼むなんでもないでくれよ!」

 

 救急車に運ばれるスズカを見送って、その後にスズカのあとを追い搬送先の病院に向かった。




自分で書いてて心が痛みました


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第19話:気分転換!皆でお出かけ!

 病院に辿り着き、スズカの診断が終わるのを待っていると、医者に呼ばれたので診察室に入っていく。

 

「先生、スズカはなんで急に倒れたんでしょうか」

 

 スズカは何も言ってなかったし、走りの方も昨日まで異常はなかった。

 

「今回倒れたのは睡眠不足からでしょうね。レースが終わって安心して、そのまま倒れてしまったんでしょう」

 

「睡眠不足ですか?でも1日ぐらいで倒れるほどには……昨日なんかはしっかりと走れてましたし」

 

「レース前日は、興奮してアドレナリンが分泌されていつもより元気なウマ娘はよく居ます」

 

 でも、睡眠不足になるような心辺りはない。深夜遅くまでトレーニングをすることなんてないからな。

 

「じゃあ、スズカは昨日よりも前からあまり寝ていないということですか?」

 

「サイレンススズカさんは、先日に怪我が完治したばかりだと聞きました。中々怪我が治らなかったことで焦ってしまい、ストレス性睡眠障害になっていた可能性があります。こればかりは本人に聞いてみないと分かりませんが」

 

「そうですか……スズカが目を覚ますのを待つしかないんですね」

 

「はい、サイレンススズカも今は眠りについてるだけなので、時間が経てば目を覚ますはずです」

 

「分かりました……目が覚めるまで病室で待たせてもらいます」

 

 今俺に出来るのは、目が覚めた時に1人で不安にならないよう傍にいることだけだ。

 

 部屋に入ると、綺麗な少女がポツンと1人眠っていた。ウマ娘は起きている時こそ人間よりも高い身体能力を誇っているが、眠っていればどこにでもいるただの少女と同じだ

 

(そうだよな……大人しくて大人っぽく感じてたけど、スズカはまだ年相応の女の子なんだ)

 

 怪我をして中々治らず、焦ってプレッシャーに感じてたのかもしれない。俺に心配をかけまいと、1人で抱え込んでしまったんだ。

 

 レース前も、走ることより勝つことに執着してた気もする。今スズカに必要なのは走る事じゃなくて、気分転換だろう。

 

 そんな事を考えてると、スズカが目を覚ました。

 

「トレーナーさん?」

 

「スズカ!起きたか!体は大丈夫か?どこも痛くないか?」

 

「体は大丈夫です……そうだ!レースはどうなったんですか!?」

 

 ゴール直後に倒れたせいで、記憶が少し曖昧になってるらしい。

 

「レースは8着だった……ハッピーミーク達に中盤までついて行ったが、終盤に伸びず抜かれていったんだ」

 

「そんな……ごめんなさいトレーナーさん……私勝てなくて」

 

 スズカは謝りながら泣き始めてしまった。

 

「いいんだスズカ、お前が無事にゴールしてくれてよかった」

 

 あの状態で走って、レース途中で倒れでもしたら大変なことになっていただろう。

 

「何があったか、俺に話してくれにないか」

 

「寝つきが悪くなったのは、2週間くらい前からでした。最初はいつもより眠れないなくらいだったんです。ただ1週間前になっても怪我が完治しなくて、寝る前にレースの事ばかり考えるようになって、全く眠れなくなってしまったんです」

 

 やっぱり……怪我によるレースへの不安のせいだったか……俺が気づいてやらなきゃいけなかった。

 

「ただ、レース前日は不思議と力が湧いてきて、速く走れたんです。これならレースも大丈夫だと思ったんですけど……」

 

「今日は朝からなんだか集中力が続かなくて、上の空になっていたんです。ゲートに入ったあと一瞬だけ眠ちゃって、目を開けたら自分がレース中だって思い出して、早くスタートしなきゃって思ってゲートを潜ってしまったんです……」

 

 なるほど、スタートと直前のあのアクシデントはそういう理由があったわけか。

 

「本当にごめんなさい、トレーナーさんが頑張ってくれたのに」

 

「いいんだ、俺もお前の不調に気づけなかった」

 

 沈黙が流れる。レースの反省は今じゃなくてまた今度すればいい。

 

「なあスズカ」

 

「なんですか?」

 

「明日はいい天気になるそうだ、俺もたまには体を動かそうと思ったんだが。スズカも一緒にどうだ?どうせならスカイとかも誘ってさ」

 

「分かりました……明日ですね」

 

「走れる格好で学園前に集合だ。今日はもう帰って休もう」

 

 そして、医者の話を聞いて、帰宅しても問題ないということなので、スズカを連れて学園に帰った。

 

ーーー翌日ーーー

 

「スズカおはよう」

 

「おはようございます」

 

 学園の前で待っているとスズカがやってきた。昨日最後会った時よりは元気そうだ。

 

「セイちゃんも来ましたよ〜」

 

「スカイも悪いな、急に呼び出しちまって」

 

「今日はトレーニングおやすみですから。それにしても、休養でやる事がランニングですか」

 

 スカイには昨晩事情を説明して誘ってみたら、快く誘いを受けてくれた。

 

「それじゃあ行くか」

 

「「はい」」

 

 そうして走り始めたのはよかったんだが、改めてウマ娘の凄さを実感した。ある程度2人とも俺にペースを合わせてくれてるんだが、速いのなんのって。

 

「ちょっと休憩しないか?」

 

「あれ〜トレーナーさんもうバテちゃったんですか〜?」

 

「うるせえ!俺は普段動かないから長く走ってられないだけだ!」

 

「それならそこで休憩しましょうか」

 

 俺たちは近くにあった河川敷で一旦休憩することにした。スズカが居てくれてよかった……

 

「いや〜それにしてもいい天気ですね今日は」

 

「ああ、こんなに晴れることも珍しいな」

 

 雲1つない空っていうのも滅多に見ないからな。今日は晴天だ。

 

「やっぱりこういう日に走ると清々しいか?」

 

「私も走るのは好きですからね〜」

 

 寝っ転がって伸びているスカイがそう言う。やっぱりスカイも走るのが好きなんだな。

 

「なんでスカイは走るんだ?」

 

「私は走るのが好きですし。なによりレースでも勝ちたいですから。私だけじゃないと思いますよ?ねっスズカさん」

 

「ええそうね、私も走るのが好きよ。レースも勝ちたいと思うし、何より先頭を走るあの景色が好き。走ってて楽しいの」

 

 走ってて楽しいか。スズカの力の源は走るのが好き、楽しいというその気持ちなのかもしれないな。

 

「スズカは昨日のレース楽しく走れたか」

 

「っそれは、その……」

 

 少し意地悪な質問をしてしまったか。この質問はやめておこう。

 

「スズカとスカイ、こっからあの辺まで俺とかけっこで勝負しないか?勝ったら好きなスイーツを1つ奢ってやる」

 

 そう言って河川敷の突き当たりの方を指さす。

 

「へ〜セイちゃんと勝負するんですか?今ならスズカさんにも負ける気がしないですよ」

 

「私も構わないですけど……トレーナーさん本気ですか?」

 

「本気も本気だ。俺に負けて泣いちまうお前たちの姿が目に浮かぶぜ」

 

 本当にそんぐらい速く走れたらいいんだがな……そう思いつつ煽りを入れる。

 

「それじゃあ行くぞ。位置について、よーいどん!」

 

 スタートの合図のタイミングをズラして、俺が1番早くスタートすることに成功した。

 

「トレーナーさんズルい!」

 

 後ろからスカイの訴えが聞こえてきた。

 

「俺にはこんくらいのハンデがあって丁度いいだろう!」

 

 スタートこそ俺が1番にたったが直ぐに2人に抜かされてしまう。そして、スカイとスズカが2人が横並びだ。

 

(スカイちゃんが出し抜かれてるのを見るのって、なんだか新鮮ね)

 

 そんなことを思っていたら、スズカは気づいたら笑っていた。

 

(楽しい。走るのってとっても楽しい。今日はこんなにもいい景色なんだから、先頭を走ったらきっともっと綺麗な景色が見えるんだろうな)

 

「スズカさん、私が先に行っちゃいますよ?」

 

「私はこうなってからが強いのよ?」

 

 なにかやり取りを終えて2人が一気に加速していき、スズカが前に出た。

 

(やっぱり、先頭の景色はとっても綺麗。私が出るレースでこの景色は誰にも譲らない)

 

【先頭の景色は譲らない……!】

 

 スズカが前に出たと思ったら、更に一気にスピードが伸びる。あんなスピードみたことねえぞ!スカイも追いつけず離されてしまった。

 

 2人がゴールしてからしばらくして、俺もゴールした。そうするとスズカが駆け寄って来る。

 

「トレーナーさん!走るのとても楽しいです!先頭を走るのはとても気持ちいいです!」

 

「そっか、それは良かったな」

 

 こんな余興で楽しんでもらえてよかった。ズルまでして負けたけど……

 

「はい!」

 

「お2人さんいい雰囲気なところ悪いんだけど……トレーナーさんズルはダメでしょう!」

 

 スカイがそう言って俺を捕まえ、頭をグリグリしてきた。痛い痛い!ウマ娘の力でやられたら頭割れちゃう!スズカは笑ってこっちみてるし。

 

「スズカ!笑ってないで助けてくれよ!」

 

「これはトレーナーさんの自業自得だと思います」

 

 プイッとそっぽ向かれてしまった。そんな殺生な……

 

 その後結局助けても貰えず、負けた罰ゲームでスイーツを奢ることになった。スカイのやつ、ちゃっかり1番高いやつ買いやがった。

 

「そろそろいい時間だし、今日はもう帰るか」

 

「もうこんな時間でしたか……楽しい時間はあっという間ですね」

 

「私は美味しいスイーツを食べられて満足満足」

 

「一応明日までトレーニングは休みだ。明後日からまた頑張ろうスズカ」

 

「はい!」

 

 スズカも元気が出たようだし、明日のことも伝えて、学園の前に着いたのでそこで解散となった。




スズカに微笑んで欲しい人生だった


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第20話:目指せ!日本ダービー!

ついに評価バーに色が……ありがとうございます!


 休日が明けて、いつも通りグラウンドにあつまる。皐月賞は間に合わないから、日本ダービーに向けてプランを組まないと行けないからな。

 

「スズカ、これからダービーを目指す上で、2つのレースに出走しなくちゃならない」

 

「2つのレースですか?」

 

「1つ目は、来月行われるジュニア級ウマ娘のみで行われるレースだ。このレースは特に問題はないだろう」

 

「1つ目はということは、もう1つのレースになにか問題があるんですね」

 

「ああ、ダービートライアルの青葉賞に出走するか、プリンシパルステークスに出走するかだ」

 

 青葉賞はG2レースでプリンシパルステークスはOPレースだから、どちらに出るかは、話合わないといけない。

 

「私は……青葉賞に出走してみたいと思うんですけど。トレーナーさん的にはどうでしょう」

 

「俺個人としては、プリンシバルステークスに出て欲しいと思っている。G2の青葉賞よりも気持ち的に楽だろうし、何よりも怪我のことが少し心配だからな」

 

 1番最悪なのは、もう一度怪我をして日本ダービーに出走できないことだ。それを避けるために、刺激が緩いOPレースを俺は選びたかった。

 

 スズカが少し考えている。スズカ的には、強い相手と走りたいという気持ちがあるのだろう。

 

「分かりました。私、プリンシバルステークスに出走します」

 

「いいのか?青葉賞に出走したいって言っていたが」

 

 スズカがこれで青葉賞に出走したいと言ったら、それはそれでプランを組むつもりではいた。

 

「私はトレーナーさんと同じくらい日本ダービーで勝ちたいんですよ?そして、スカイちゃんのためにも。何より自分自身のために」

 

 弥生賞の辛い思いを経て精神的に1歩成長したのか、スズカには心の余裕を感じさせられる。

 

「それじゃあ、1ヶ月後にジュニア級レースに出走して、2ヶ月後はプリンシバルステークスに出走する」

 

「分かりました。一緒に頑張りましょう!」

 

 次のレースは決まった。次はそれに向けてのトレーニングか……スタミナの強化は大前提だろう。日本ダービーのレース距離は2400mで、弥生賞や皐月賞よりも更に長い。

 

 レース場の東京競バ場は高低差の激しいコースだ。スタート直後に下り坂があり、ゴール直前の200mは高低差2mの上り坂だ。下り坂はスピードが出る分、スタミナの消費も多い。上り坂に関しては距離も長く、高低差も激しいからスタミナ消費は相当なものだろう。

 

「これからはスタミナを伸ばしつつ、坂の登りと下りにも慣れていかないといけない」

 

 それともう1つ気になっていることがあった。河川敷で最後に見せた走りは、今までにないくらいスピードが出ていた。それをものにしておきたい。

 

「先日、河川敷でやった勝負を覚えてるかスズカ」

 

「はい……あの日の走りは忘れてません。今まであんな気持ちで走ったのは初めてです」

 

「あの日の走りが必要だ。これからのレースで必ず強力な武器になる」

 

 あの走りを実現するためにはどうしたらいいだろうか……やはり誰かと競い合うべきか。とりあえず今日は走り込みだな。

 

「今日はダービーを意識して2400mを走ってみよう。現状2400mをどのくらいで走りきれるのか見たい」

 

「2400mですか……いつもより長い距離ですけど頑張ります」

 

「それじゃあ、位置について、よーいどん!」

 

 スズカのスタートを見送った後に、後ろから誰かが来ているのに気がついた。

 

「お前がスズカのトレーナーで間違いないな」

 

「そうですけど、なにか用ですか?エアグルーヴさん」

 

 たしかあれは、スズカの同級生のエアグルーヴさんだ。一体なんの用なのだろうか?

 

「私に敬称はいらない。エアグルーヴでいい」

 

「さっきの質問だが、スズカが最近怪我に不調が続いてたのでな。それをまだ引きずらせるようなトレーナーだったら、スズカのことを引きずってでも私のトレーナーのとこに連れてこうと思ったんだが……杞憂だったようだ」

 

 この娘凄い怖いこと言ってるんだけど。たしかエアグルーヴって東条さんのとこのウマ娘だったよな。東条さんのとこなら安心っちゃ安心なのだが……

 

「不調については俺のミスだ。スズカのことをもう少し理解してやれれば避けれる事態だった」

 

「自分のミスもしっかりと自覚しているわけか。スズカもいいトレーナーを見つけたな」

 

「それはどうもありがとう」

 

 普通に褒められるのは嬉しい、自分が指導するべきウマ娘相手なら尚更だ。

 

「スズカとはいずれ競い合うことになるだろう。その時は私が勝つ。覚悟しておくといい」

 

「スズカは今、もう一歩先に進もうとしている。これから先も伸びていくだろう。その時は簡単に負ける気はないよ」

 

「そうか、それならいい。私もそろそろトレーニングに戻らないといけないので失礼する」

 

 最後にエアグルーヴがご機嫌そうにそう言って、その場を後にした。東条さんのところのウマ娘か……強敵になるだろうな。

 

 っとスズカの走りをしっかりと見ないとな。スタミナはギリギリ足りてるかってところか……ダービー本番は平地を走るよりもスタミナを使うから、スタミナはまだまだ必要だ。

 

 そして、最後の直線だ。相変わらずいいスピードで走る。でも、河川敷で見せた程のスピードは出ていないな。

 

「スズカ、お疲れ様。いい走りだったぞ」

 

「ありがとうございます……でもギリギリ走りきれた感じです。まだまだ足りません」

 

 スズカも自分のスタミナ不足に気がついていたらしい。

 

「やっぱり最後はスピードが出なかったか。あの時みたいに走るのは難しそうか?」

 

「私でもよく分からないんです……なぜかあの日は、気づいたら足がどんどん前に出ていて」

 

 調子とかはあまり関係はないっぽいな。意外と感情的なものが関係したりしてるのだろうか?

 

 スズカは、逃げの時と先行の時に出るスピードが明らかに違う。そう考えると、なにか気分的な条件と要因があるのかもしれない。

 

「まぁ、分からないことは今考えてもしかたない。またなにか感覚を掴めた時には教えてくれ」

 

「はい、分かりました。それじゃあもう1本走ってきますね」

 

 やっぱり、感覚を思い出すなら同じ状況を作り出すのが一番だな。スカイにちょっと連絡してみるか。

 

『スカイ、明日のトレーニングこっちに出れるか?教官の方には俺から言っておくから』

 

『いいですよ〜何をする予定なんですか?』

 

『お前返信早過ぎないか。トレーニングサボるんじゃないよ!』

 

『いやいや、たまたま休憩中に携帯を開いたですって』

 

『それならいいんだが……トレーニングの内容としては、スズカと併走して欲しいんだ』

 

『今のスズカさんと併走なんて、私が置いてかれちゃいますよ!』

 

『スズカには2000mを走ってもらう。そして、スカイにはその途中の1000mから入ってもらおうと思ってる』

 

『それでも十分キツイんですけど……まぁ、分かりました』

 

『ありがとう。それじゃあ、明日は頼む』

 

『は〜い』

 

 これで明日のトレーニングは問題ないな。連絡を済ませるとスズカが丁度戻ってきた。

 

「お疲れ様。今日はこの後休憩を挟んで、あと3本走って終わりだ」

 

「分かりました。ところで誰と連絡を取ってたんですか?」

 

「ああ、スカイに明日トレーニングに出られないか聞いてたんだよ」

 

「スカイちゃんにですか?」

 

「スカイにはスズカの併走を頼んだんだ。明日はスカイと併走トレーニングをしてもらうことになる」

 

 葵さんとかに頼んでもいいだが、一応は日本ダービーでもぶつかる敵同士だからな。さすがにこの時期に、共同トレーニングって訳にもいかない。

 

「私のためにありがとうございます。スカイちゃんのためにも、明日は頑張りますね」

 

 スカイ……大丈夫だといいな……結構スズカも気合い入ってるみたいだ。

 

「そういえば、最近はしっかりと眠れてるか?」

 

 また睡眠不足で不調になったら大変だからな。一応聞いておかなくちゃ。

 

「あの日寮に戻ったあとぐっすりと眠れて、その後からは気持ちが軽くなって夜もしっかりと眠れています」

 

「最近は寝る前に、ジグゾーパズルをするのが習慣になってるんです」

 

 前に出かけた時にジグゾーパズルを買ってあげたが、本人も結構ハマったらしい。気分転換ができる趣味があるのはいいことだ。

 

「それならいい。もし体調が悪くなったら直ぐに言えよ」

 

「はい。見栄を張って黙ってるようなことはしませんよ」

 

 スズカは冗談混じりにそう言う。最近のスズカは、不調が嘘だったかのように伸び伸びと走っている。これなら心配いらなそうだ。

 

「それじゃあ、トレーニングを続けよう」

 

「はい!」

 

 その後は無事にトレーニングを終えて解散となった。それにしても、スズカがジグゾーパズルに1人で向き合ってるのを考えると、少し面白いな。



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第21話:掴め!あの日の感覚!

 今日は、スズカとスカイの併走トレーニングだ。あの日の感覚を、スズカには是非掴んで欲しいものだ。

 

「スズカさん……今日はお手柔らかにお願いしますね?」

 

「トレーニングなんだから、お手柔らかにやっちゃダメでしょ?スカイちゃん」

 

「ですよね〜……」

 

 一応1000mから入る予定だけど……大丈夫だろうか……スカイなら力不足ってこともないと思うんだが 。

 

「スズカには2000mを普通に走ってもらう。そして、その中間の1000mから、スカイがスズカを追いかける形で入ってもらう」

 

「了解で〜す」

 

「スタミナのこともある。スズカは後ろから抜かれないように逃げ切れ」

 

「分かりました。でも、スピードが乗っている分、私が有利じゃないですか?」

 

 疑問に思うのもわかる。スタートから中盤にかけて加速しているスズカに対して、スカイは中盤のスタートし加速してスピードに乗ってるスズカに追いつかないといけない。

 

「それに関しては大丈夫だよ。なあスカイ?」

 

「いや〜厳しいと思うんですけど」

 

 そんな弱気なことを言ってはいるが、どこか楽しそうに空を仰いでいる。

 

「スズカはスタートの準備をしてくれ。スカイも、いつでもスタート出来るようしておいてくれ」

 

 

「それじゃあ行くぞ、位置について……よーいどん!」

 

 スズカのスタートは相変わらず綺麗だ、滅多なことがなければ出遅れることはないだろう。

 

 その後もスピードを上げて、800m近くに差し掛かった。そろそろスカイもスタートだ。

 

 スズカが1000m地点を通過する。その時点でスカイが後方からついていく。スタートこそ遅れてはいたが、直ぐにスピードにのっていく。加速が早いな、想像以上だ。

 

 スカイがスタートしてから、200m近くでスズカの後方につく。スタミナ面の問題で、スピードは五分五分だと思っていたがさすがはスズカ、1歩先を行っている。

 

 そのあとはスピードについていけず、スカイが徐々に距離を離されてそのままゴールした。

 

「お疲れ様。どうだスズカとスカイ、一緒に走ってみて」

 

「スズカさん相変わらずスピードが速すぎですよ」

 

「スカイちゃんがしっかりと付いてきてて、私は少し驚きました」

 

 スカイの加速にスズカも少し驚いていたようだ。

 

「スカイの加速力には光るものがある。最初の併走トレーニングでは 、そんな雰囲気は少しもなかったけどな」

 

「セイちゃんだって頑張ってるってことですよ、トレーナーさん」

 

 スカイはのらりくらりとした性格をしているが、意外と負けず嫌いだからな。併走の時に加速でついていけなくて悔しかったんだろうな。

 

「とりあえず休憩を挟んでもう一本行くぞ」

 

「はい」「は〜い」

 

 最初の1本目ではあの走りは出なかったな。どういう状況でなら、スズカの本領を発揮できるのか……

 

 2本目と3本目は同じ流れで終わった。スズカにスカイが追いつき切れずに逃げ切られる。ただ、スズカにスタミナの消耗で最初ほどの差はない。

 

「スカイ、次はスタートから一緒にスズカと走って見ないか?」

 

「最初から付いてけってことですか!?いくらなんでも無茶ぶりすぎません?」

 

「スズカは3本目までにスタミナを大分消耗しているからな。スカイは現状スズカ達程じゃないが、お前の世代ならスタミナは群を抜いてる」

 

「そこまで言うなら私も頑張りますけど……あんまり期待しないでくださいね〜」

 

 スズカが走っていた距離は2000m、スカイが走っていたのは1000mだ。スタミナの消費量はスズカの方が圧倒的に多いだろう。スカイも消耗してるだろうが、彼女の持ってるスタミナは中々のものだ。消耗してるスズカになら2000mでも食らいついていけるだろう。

 

「それじゃあ行くぞ。位置についてよーい……どん!」

 

 スタートした。スタートはスズカが先頭に立ち進んで行く。序盤はスカイが少し離されて心配していたが、中盤にしっかりと追いついている。

 

(ここから、スズカが先頭をキープしていけるかどうか)

 

 

(スカイちゃんが追い上げてきた。2000mも終盤、足にも疲れがで始めてる……でも負けたくない!)

 

 スカイが仕掛けた!後方にいたスカイが横に出てスズカを抜かそうとする。スカイはまだ、尖った走りこそ見せないがいい走りをする。

 

 スカイが抜かすと思ったが、ッグとスズカが加速した。いい加速だ、トップスピードまで一気に持っていったな。

 

 そのままスズカがスピードを伸ばして行きゴールした。スカイも惜しいとこまではいったが、トップスピードに乗ったスズカには追いつけなかった。

 

「ラストの伸びは良かったぞスズカ。あのスピードなら大抵のウマ娘は振り切れるだろう」

 

「頑張った私には何もないんですか?トレーナーさ〜ん」

 

 そう言ってスカイが歩寄ってきた。

 

「ああ、スカイもスズカ相手によく食らいついていったな」

 

 勢いでスカイの頭をつい撫でてしまった。やばい!怒られる!

 

「そうです!セイちゃん頑張りましたよ〜♪」

 

 なんだか知らないけど、ご機嫌そうなのでいいとするか。

 

「…………」ペシペシ

 

 痛いよスズカさん?無言で尻尾で叩かないで?俺が何をしたって言うんだ……

 

「そうそう、5本目は流すくらいの気持ちで好きに走ってくれ」

 

 スズカもスカイも大分疲労が溜まってる。そろそろトレーニングをダウン気味にしていかないとな。

 

「分かりました。スカイちゃん、楽しんで走りましょうね」

 

「流す程度ですよね?分かってますよねスズカさん?」

 

「あー、ただラストはしっかりとスピード出して行ってくれ。刺激を入れて終わりたいからな」

 

 最後にスピードを落とすトレーニングをして、トップスピードの刺激を和らげるのはもったいない。

 

「とりあえず、少し休憩してからスタートしよう」

 

「「はい」」

 

 そういえば、さっきのラストはスズカの調子良かったな。一応話を聞いておこう。

 

「スズカ、さっきのラストいい加速してたけど、なにかコツでも掴んだか?」

 

「自分でも上手く分からないんですけど、後ろからスカイちゃんが来ていて、抜かされたくないって思ったら不思議と力が湧いて来る感じ?です」

 

 根性があるというか、勝負強さがあるというか。まぁ、どちらともあって困らないものだ、スズカがまた1歩成長したんだ。

 

「負けず嫌いってのは、いざって時の勝負強さになってくるからな。その時の感覚は忘れるな」

 

「はい!」

 

 その後にしばらくして休憩時間が終わった。

 

「それじゃあスズカとスカイ、好きに走ってこい」

 

「位置について、よーい……どん!」

 

 序盤中盤は2人とも固まって走っていた。スズカもちゃんと流しているようだ。

 

 終盤に差し掛かりレースが一気に動き始める。先に仕掛けたのはスカイの方だった。

 

(スズカさんに先頭を譲ってラストに入ったら絶対に勝てない!)

 

 負けじとスズカも加速する。これは苦しい勝負になるか?と思ったが、ふと見えたスズカの横顔は笑っていた。

 

(スカイちゃん凄いわ。最初に会った時は、スピードもパワーもスタミナも私の方が全然上だったのに。今じゃ終盤だけとはいえ横に並んで戦えるんだもの)

 

 そうして、スズカが1バ身差をつけたぐらいでスズカが一気に前に出た!あれは……あの日の走りだ。

 

(やっぱり走るのは楽しい。そして、先頭を目指して争うのもとっても楽しいわ!)

 

『先頭の景色は……譲らない!』

 

 今までにないくらい速いトップスピードに、加速したスカイでも追いつけない。

 

「スズカ!すげえよ今の走り!」

 

「とても速く走れて……とっても楽しかったです!」

 

「スズカさん……速すぎ……全く追いつけないです……」

 

 遅れてゴールしたスカイは、息を切らして膝を突いている。

 

「2人ともよく頑張ったな!スズカのトップスピードの横に並ぶものはそうは居ない。俺はあまり見てやれてないが、スカイもよくここまで成長した」

 

 2人の頭を撫でると、2人とも尻尾を揺らして喜んでいる。

 

「今日はよく頑張った。トレーニングはこれで終わりたいだ。スズカは普段出さないスピードを出したし、スカイにもかなり負荷がかかってると思う。ゆっくりと休んでくれ」

 

「「はい!」」

 

 スズカの走る原動力は……楽しむ心なんだな。精神的な面が大きいから、レースでも安定させるために、精神的にもう一歩成長しなくちゃいけないな。



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第22話:登山!坂道トレーニング!

ほんの少しだけいつもより長いんじゃ。誤差程度に。
感想がログインユーザーのみ可になってたので非ログインユーザーも可に変更しました。全く気が付かなかった……


 あれから2週間近く、同じような練習を繰り返した。スズカが稀に見せるスピードと加速力。加速はしっかりと出来るようになって来たのだが、あのスピードが出るのは稀だ。

 

 あれはレースでも強力な武器になるだろうが、それにうつつを抜かして他を疎かにはできない。スズカには坂道の登り下りに慣れてもらい、スタミナもつけて貰わないといけないからな。

 

「今日からスズカには山に行って走ってきてもらう」

 

「山ですか……」

 

 トレーニングの内容を話すと、露骨に嫌そうな顔をしている。前に階段で登りのトレーニングもしてたし、問題ないと思ったんだけどな。

 

「不満か?」

 

「不満というか……私って山道を走るのが苦手なんです。登るだけとかなら大丈夫なんですけど。平地を走った後に登ったり、下り坂が私苦手で……」

 

 そうか、スズカは平地ではよく走ってるけど、山道を走ってるとこってあんまり見ないもんな。そんな理由があったのか。

 

「ダービーではスタートから直ぐに下り坂がある。先頭を取って走るスズカの走りなら、しっかりと下りでスピードに乗りたいんだよ。しかも、ラストにも急な上り坂がある。どうしても乗り越えなきゃいけない壁なんだ」

 

「分かりました……必要なことですもんね。克服出来るように頑張ります!」

 

 やる気になってくれて良かった。今回トレーニングはスタミナ強化も兼ねた重要なトレーニングだからな。

 

「ところで、今回はスカイちゃんは来ないんですか?」

 

「スカイのやつはトレーニングの内容を話したら『あ〜最近教官さんのトレーニング受けてないから受けに行かなきゃ〜』って言ったきりだ」

 

 十中八九キツいトレーニングが嫌で逃げたんだろうけどな。

 

「そうですか……今度一緒にトレーニングする時は頑張ってもらいましょうか」

 

 スカイのことになるとスズカってたまにこの顔するんだよな。顔は笑ってるんだけど目が明らかに笑ってない。

 

「とっとりあえずスタート地点まで向かおうか。俺は後ろから車で追いかけるから」

 

 一緒に走れればいいんだけど、さすがに無理だからな。ウマ娘と山走るとか多分足がぶっ壊れる。

 

 とりあえず、スタート地点までスズカを連れて移動した。

 

「とりあえずここがスタート地点だ。ここから2km程は平地が続く。その後1km程の登り坂があって、次は1kmの下り坂がある。そこから5kmは短い登りと下りの繰り返しだ。そして、最後の1kmの後半500mは急な坂になっている」

 

「今言ったコースを6割くらいの力で走り切ってくれ」

 

「分かりました。頑張って走りきります」

 

 話を終えて、スタートした。

 

 最初の2kmは問題なく走っていたんだが、登り坂に入った途端に減速した。本人もどこか走りずらそうにしている。それでも500mを過ぎた頃にはいつも通りの走りを見せる。

 

(道が傾斜になれば、平地よりも接地が早くなる。その変化にテンポがズラされて、平地から傾斜に移るタイミングで減速してしまうんだ)

 

 登り坂が終わって下り坂に入ると、目に見て分かるくらいに足にブレーキがかかっている。あれじゃあ足に負荷がかかるしスピードも出ない。スタミナの消耗も激しいだろう。

 

 その後の5kmも、登ったり下ったりで上手くスピードが出ない。

 

 ラスト1km、ここまでの走りで、かなりのスタミナを消費したスズカはヘトヘトだ。ラストの500mはスタミナも足りず急な坂なこともあって加速も出来ず、スピードも出ていない。

 

「お疲れ様スズカ。大分お疲れみたいだな」

 

「はい……登ったり……下ったりで……とっても疲れます」

 

 大分息が切れてるな。結構ギリギリ走り切った感じだろう。とりあえず、走りを見てて気がついたことを話さないとな。

 

「平地と坂じゃ、足の接地までの時間が微妙にずれる。その微妙なズレで、スズカは走りのテンポが合わずにいるんだ」

 

「なんで接地までの時間がズレてしまうんですか?」

 

「平地なら、足を前を着地させた時とその足を前に出してもう一度着地する時の地面と高さは同じだろ?」

 

「そうですね」

 

「傾斜になると、次に足を着地させる場所は高かったり低かったりするわけだ」

 

「なるほど……だからいつもと同じ感じで走れないんですね」

 

 自分で違和感を感じるだけあって察しがいいな。理由が分かってるなら改善まで時間はかからないだろう。

 

「とりあえず、休憩を挟んでから帰り道を走ってくぞ」

 

「え……トレーナーさん、帰りも走るんですか?」

 

「もちろんだ。このトレーニングには、スタミナ強化と坂道に慣れるって意味合いがあるからな」

 

 キツイのは分かる。体にかかる負荷はかなり大きい。連日続けるのは厳しいだろうな。

 

「明日も同じ練習をする。代わりと言ってはなんだが、明後日は休日にするつもりだ」

 

「分かりました……頑張ります。けど、限界そうになったら車に乗って帰りますからね」

 

 冗談混じりにスズカがそう言ってきた。疲れは出ているが、まだ走る元気は残ってるようだ。

 

「冗談を言える余裕が残ってるなら大丈夫だろう。もう少ししたら出るぞ」

 

「その前にちょっといいですか?トレーナーさん」

 

「どうしたんだスズカ?」

 

 やばい、この顔には見覚えがある。スカイに酷い目を合わせてる時の笑顔だ。

 

「せっかくなので、明日はスカイちゃんにもこのハードなトレーニングを味わって欲しいなって思っただけです」

 

 そう言うとスズカは、手に持っていた携帯をしまった。いつの間に連絡先を交換してたんだ。あの2人はあんな感じでも結構仲いいんだよな。

 

「来てくれるなら大歓迎だが……そう簡単にスカイが来てくれるとも思えんな」

 

 そう言っていると、携帯の通知音が鳴った。携帯を開くとスカイから連絡が入っていた。

 

『明日トレーニングには出させてもらいますね〜。代わりに明後日の休日は私に付き合ってくださいね!』

 

 この文章と一緒に可愛らしい猫のスタンプが送られて来たわけだが。スズカめ……俺を売りやがった。

 

 問いただそうとスズカの方を振り向いたら、もうそこにスズカの姿はなかった。俺が携帯を見てる間にスタートしたようだ。

 

 帰りは行きの逆コースになるから、スタートから500mは急な下りだ。行きの時よりはスピードが出てるが、かなりブレーキがかかってる。

 

(よく考えたらウマ娘って、素の体で50kmとか60kmで走ってるわけだもんな。下りで、しかもスピードも更に出るんじゃおっかないよな……)

 

 この課題をどう解決したものか……走ってれば慣れるものなのか?とりあえずしばらくは様子を見るか。

 

 帰り道はスタミナを消費しているのもあって、中々スピードが出ないな。平地ならスタミナを保てるかもしれないけど、山道になると話が違うな。

 

(残り2ヶ月で仕上げきれるかどうか……仕上げるしかないんだけどさ)

 

 残り2kmに差し掛かった所で息が荒れ始めた。フォームも若干崩れている。

 

「スズカー!呼吸乱れてるぞーフォーム崩すな!」

 

「はい!」

 

 声をかけると、呼吸とフォームが少し整った。やっぱり声援って大切なんだな。

 

「いいぞーその調子だ。ゴールまであと少しだ!頑張れ」

 

 その後も、疲労は見えたが何とかゴールした。

 

「よく最後走りきったな。本当に車に乗せて帰ろうかと思ったぞ」

 

「トレーナーさんが応援してくれたので、頑張っちゃいました」

 

 頑張っちゃいましたって……本当によく走りきれたな。無理そうなら車に乗せる気満々だったんだけど……

 

「まあ、無理してないならいいんだけど……一応少しだけ足を見せてくれないか?」

 

「……分かりました。どうぞ」

 

 少し間を置いてから、足を前に突き出して見せてくれた。外から見た感じは特に問題ないな、腫れたりはしていない。

 

「ありがとう。また足に違和感があるとかあったら教えてくれ」

 

「えっこれで終わりですか?」

 

「ん?一応足の状態は確認できたし問題ないだろう」

 

 少し拍子抜けした顔をしている。なんか確認怠ったりしたかな俺。

 

「前みたいに足を触られるのかと思ってました……」

 

「ああ、前の時は緊急だったからな。さすがにそんな無闇矢鱈に足を触ったりしないよ」

 

 そんなことするのは沖野先輩ぐらいだろうしな……俺はウマ娘の脚力で、顔面を蹴られるのはごめんだ。

 

「前みたいに怪我をしないためですし……少しくらいなら大丈夫です」

 

「そうか?なら失礼して」

 

 許可は貰ったので、少々失礼させてもらおう。前回は緊急事態で突発的だったからあれだけど……いざ触るとなると気まずい。

 

 筋肉はいい感じに付いてるしいい感じだな。筋肉でもっとガッチガチかと思ってたが、硬すぎず柔らかすぎず……って何考えてんだ俺は!

 

 そんな邪なことを一瞬考えていたら、足首に熱がこもってることに気がついた。ただでさえハードなトレーニングで、ラストあそこまで走ったんだ。かなりの負荷が掛かっていたんだな……

 

「足首が熱を持ってるな。帰ったら足をしっかりと冷やしてストレッチをすること。明日のトレーニングの強度は少し落とす」

 

「そうなんですか?自分だと全く気づかなかったので、ありがとうございます」

 

「俺も触ってしっかりと確かめなきゃ分からなかったさ。仕方がない」

 

 目視だけじゃ、あそこの疲労に気づけなかった。触診ってのも大切なんだな……沖野先輩、今まで変態扱いしてごめんなさい。でもあなたはやりすぎだと思います。

 

「寮の近くまで送ってこう。車に乗ってくれ」

 

「そんな……いえ、ありがとうございます」

 

 学園って結構敷地広いからな。トレーニングは明日もある。疲労を下手に足に残すわけにはいかない。

 

 そして、スズカを寮の近くまで送り届けたんだが……そこをスカイに見られてるとは当時の俺は全く気が付かなかった。




書いてて思ったんですど、ウマ娘の方が人間より速く走るのは分かるんです。でもトレーニングってどうなんですかね?速く走る分足に負担がかかって練習量自体はそんな変わらないのでしょうか。


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第23話:登山!坂道トレーニング!2本目

 スズカも大丈夫って言ってたし、スカイからも連絡来たから大丈夫さと思うんだけど。あいつは本当に来るのだろうか。

 

「だ〜れだ」

 

 そんな不安をかき消すように声が聞こえた。今どき珍しいイタズラをされてる気がする。

 

「スカイか、よく来てくれたな」

 

「バレちゃいましたか〜。しっかりとトレーニングに参加しに来ました」

 

 バレるも何も、ここにはスズカと俺とスカイしかいないし、スズカはこういうことするタイプじゃないからな。

 

「今日は、お前にとってはかなりハードなトレーニングになるけど、覚悟はできてるな」

 

「本当はごめんこうむりたいんですけどね〜。そういう約束ですし」

 

「スカイちゃん、今日は一緒に頑張りましょ」

 

 休日に俺を連れ回せる代わりに、トレーニング参加するって約束をスズカが勝手に取り付けたらしい……

 

「それに、このまま何もしないのは癪ですからね〜……」

 

 ジト目で凄いこっち見てくるんだけど。俺ってスカイになんかしたっけか。なんでスズカは微笑みながらこっち見てるの?あなたまたなんかしたの?

 

「とりあえず!今日のトレーニングで、スズカは4割から5割近くで走ってくれ。スカイはその背中を全力で追いかけろ!」

 

「「はい!」」

 

「それじゃあ、位置についてくれ〜。いくぞ、よーいどん!」

 

 スタートした。最初は平地の道が続く。スズカは5割近くの力で走ってるからスカイも突き放されることは無い。

 

 平地の道が終わり、ここからは長い登り坂が続く。スズカは辛そうに走ってるけど、スカイは割かし余裕そうな顔で走ってるな。

 

 

「スズカさんキツそうですね。私が先頭代わりましょうか?」

 

「大丈夫よ……スカイちゃんは私の後ろで楽にしてて」

 

 私は傾斜を登るのがとっても苦手なのに……スカイちゃんはなんでこんなにスイスイと走れるの?

 

「それならいいんですけど……今は平地じゃなくて傾斜を走ってるのを忘れないでくださいね」

 

 傾斜を走ってる?それはわかってる。だから足が前に出なくて困ってるのに……

 

 

(スズカが結構辛そうだな。昨日の疲労もあるか……)

 

 坂はなんとか耐えきったな。ただスズカの方の消耗が激しい。この後の下り坂でどうなるかだな。

 

 

「ねえ、スズカさん」

 

「なにかしら?スカイちゃん」

 

「トレーナーさんは背中に付いていけっていったけどさ。別に抜かしちゃってもいいんだよね?」

 

 

 下り坂で前に出たのはスカイだった。傾斜を利用して、上手くスピードに乗ってるな……ブレーキを掛けながら走ってるスズカじゃ、追いつけていない。

 

 何が違うんだ……スカイはあんなにスイスイと前に進んで行くのに、何故スズカはブレーキが掛かってしまうんだ……

 

 

(なんで……なんでスカイちゃんに追いつけないないの!スピードもスタミナも私の方があるはずなのに。なんで追いつけないの!)

 

「そんなにスピードを抑えてるスズカさんになら、私でも負けません」

 

 スズカはスピードが速い。それ故に、無意識に下り坂でスピードにブレーキをかけてしまう。そのせいで余計なスタミナを消耗し、スピードも殺してしまっていた。

 

「ウマ娘には度胸が大事ですから!」

 

 そう言い残すと、スカイちゃんはそのまま私を突き放していく。

 

 度胸が大事……そうか、私怖がってたんだ。下り坂でスピードを出して、また怪我をしてしまうんじゃないかって。すぐ近くにはトレーナーさんもいる。怖がってたら前に進めない。だから大丈夫!私はもっと速く走れる!

 

 

 スズカが1回力を抜いたと思ったら、一気に加速した。速い!ブレーキが全くかかってない。

 

 スズカは一気にスピードを出して、スカイにそのまま追いつき、抜かしていく。

 

(何があったかは分かんないけど、なにか吹っ切れたみたいだな)

 

 その後の5kmは、登りに苦戦しながらもスズカが先頭をキープしていた。そして、最後の登りに差し掛かる。

 

 2人ともここまでの道のりでかなりスタミナを消耗しているな……どっちが先にゴールしてもおかしくない状況だ。

 

 スズカが少しスピード出したな。あのまま走りきれるだろうか……

 

 

「スズカさん!ラスト抜かさせてもらいます!」

 

「負けないわ!スカイちゃんも置いてかれないでね」

 

(そう言ったのはいいけど、スタミナももう限界に近い……逃げ切れるかしら)

 

(スズカさんペース上げましたね。それで最後スタミナ持つんですかね?)

 

 スズカは煽られてスピードを無理に上げている。それに対してスカイは、自分のペースで落ち着いて走っている。

 

 ラスト200mでスズカのペースがガクッと落ちた。スタミナがほぼ底を尽きたんだ。そこをスカイは見逃さなかった。

 

(いつものスズカさんなら、こんな簡単な挑発は効かなかった。でも昨日と今日の疲労が溜まったこの状態で、正常な判断が出来なくなってた)

 

「今回は勝たせてもらいますよ!スズカさん!」

 

 残り100mでスカイがスズカに並ぶ。スカイは完全に勝利を確信していたが、並んでから抜ききれない。

 

(負けたくない……トレーニングだって分かってるけど、それでも抜かれたくないの!)

 

 2人が完全に横に並んでる。どっちが前に出てもおかしくない状況だ。だが、根性で最後の力を振り絞るスズカと、スタミナを使って全力で走るスカイとでは分が悪かった。

 

「やったぁあああ!」

 

 スカイが先にゴールした。最後の最後でスカイがスズカよりも1歩前に出た。スズカがスカイの挑発に乗っていなかったらどうなっていたか分からない。でも、スズカを挑発に乗せたのもスカイの実力だ。

 

「やった!やりましたよトレーナーさん!」

 

 ここまで感情を表に出すスカイは珍しいな。それだけ、スズカに勝てたことが嬉しかったんだろうな。

 

「よく頑張ったな。下りといい登りといい、上手く走ったもんだ」

 

 そう褒めながら頭を撫でる。この動作も最近は慣れ始めた。

 

 スズカの方を見ると、耳を垂れさせて落ち込んでいる。疲労があったとはいえ、スカイに初めて負けたんだ。悔しかったんだろうな。

 

「スズカもお疲れ様。昨日の疲労を残してる中で、よくあそこまで最後勝負した」

 

「最後にスカイちゃんの挑発に乗って、スタミナを切らせて負けました……レースで負けた気分です……」

 

「そうだな……スカイは登りも上手くてそこでも差が出たな。次は負けないようにしないとな」

 

 スズカには慰めの意味も込めて頭を撫でる。そうすると、少し元気が出たのか耳がピンとした。

 

「それにしても、スカイの登りは上手かったな。なんか練習とかしたのか?」

 

「いや〜特別なことはしてないですよ。寧ろ私はスズカさんが、登りの傾斜を平地を走るのと同じ方法で走ってるのに驚きですよ」

 

 たしかに平地と登りじゃ走り方は違うけど……目立って変なところはなかった気がするんだが。

 

「何がいけなかったのか教えてくれない?スカイちゃん。私はダービーに勝つためにもそれを知りたいの」

 

「平地なら足を平に着地しますよね?でも傾斜は足を斜めに着地するじゃないですか」

 

「それはそうだな。そうしないと足に負担がかかっちゃうしな」

 

「そうですよね。でもスズカさんって傾斜でも同じように着地してませんか?」

 

 スカイに言われてまさかとは思ったが……隣で走ったスカイの方が、スズカの走りをよく見れただろうしな。試す価値は十分にあるだろう。

 

「スズカ、足の接地をもう少し斜めにつけるイメージで1回走って見てくれないか?」

 

 そうして走ってもらうが、パッと見ではさっきまでの違いが分からない。それでもスズカは少し驚いた表情をしていた。

 

「凄いです……さっきより走り易くなりました。スカイちゃんありがとう!」

 

「いえいえ〜それほどでも……あるかも?」

 

 スカイを無理やり引っ張り出てきた甲斐があったな。これで登りと下りの問題も時間が解決するだろう。

 

「それじゃあ、帰りも頑張ろう!」

 

「えっと〜セイちゃんはもう体力ないから、車に乗せてもらおうかな〜」

 

「スカイちゃん?帰りも一緒に頑張りましょ?」

 

「……はい」

 

 逃げようとしたスカイをスズカが捕まえた。スズカも手馴れて来てるな。

 

「ヤバそうなら俺が途中で車で拾うから安心して走ってくれ」

 

 帰りの走りはスズカが圧倒的だった。登りの走りもコツを掴んだのか、さっきよりスイスイと進んでいく。5kmを過ぎた所でスカイがダウンしたので車に乗せて連れていった。

 

 スズカはラストスタミナギリギリになりながらも無事完走した。昨日の疲れも残っている中でよくやる。

 

「今日は2人ともお疲れ様。スカイもよくあそこまで走ったな。スズカは坂のコツを掴んだみたいだし、今日はいいトレーニングになった」

 

 今日スズカが得た物は多かった。スカイを引きずりだした成果が出たな。

 

「それよりトレーナーさん。私疲れちゃって怪我してないか心配だな〜ちょっと見てくれません?」

 

 そうしてスカイが足を前に突き出す。昨日のこともあるし、スカイの足も一応しっかりと見ておくか。

 

 そうして、足を触るとスカイの体が一瞬飛び跳ねた。アワアワとした顔をしている。

 

(え?スズカさん足を見てもらったって言ってたけど、触るの!?)

 

「特に怪我とかはなさそうだけど……大分足に疲労は溜まってるな。帰ったらストレッチを忘れるなよ」

 

「分かりました!それじゃ私は帰りますね!」

 

 そう言うと、スカイは早足で寮の方へ向かって行く。

 

「そうだ、明日の集合場所は校門の前ですから!忘れないで来てくださいよ」

 

(すっごい恥ずかしい思いした……足を触られるってなんか変な感じがする。まぁ、嫌な感じではなかったけどさ……)

 

「スズカも疲れただろ。今日は帰ってゆっくり休もう。明日も休日だしな、疲労をしっかりと抜いてくれ」

 

「はい。分かりました」

 

 別れ際に何やらスズカが微笑んでいたけど、なにかいいことでもあったのだろうか?



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第24話:釣り!スカイとのお出かけ?

UAが急に増え始めてびっくりです……すっごいモチベになります。ありがとうございます!


 今日は、昨日の約束を果たすために学園の前に来ている。スカイとのお出かけだ。スカイの私生活をあまり知らないけど、どこに連れてかれるのだろうか。

 

「トレーナーさん、おはようございます。今日はいい天気ですね」

 

「ああ、おはようスズカ。たしかにいい天気だな」

 

 スズカがスカイより先に着いたようだ……ってスズカさん?今日はスカイとのお出かけで、スズカが来るって一言も聞いてなかったけど。

 

(スカイがあの後でスズカも誘ったのかな?)

 

「スカイちゃんはまだ来てないんですね。私もどこに行くのかまでは知らないので楽しみです」

 

 スズカも目的の場所は聞かされていないようだ。スカイのことだし変なところには連れて行かないと思うんだけど。

 

「トレーナーさんおはようございま〜す。って!なんでスズカさんも居るんですか!?」

 

 あれ、やっぱりスズカ誘ったわけではなかったのか。じゃあなんでこの娘はどうしたの?って顔して平然としているの?

 

「どうせ出かけるなら皆で行った方が楽しいかと思って」

 

「ハメられた……」

 

 スズカが平然としている中で、スカイは膝を突いてガクッとしている。スズカがいるのは想定外だったのだろう……

 

「まぁ、せっかく集まったんだし皆で行こうか。今日はどこに行く予定なんだ?」

 

「そういうことなら仕方ないですね〜それじゃあ私に付いてきてください」

 

 スカイの後を付いていくと、近くの防波堤にたどり着いた。

 

「というわけで、今日付き合ってもらうのはこちらで〜す」

 

 スカイがどこからともなく釣竿を3本取り出した。2本なら分かるんだけど、いつの間に3本目用意してたんだ?

 

「釣りかぁ……昔に少しやったくらいで、最近は全然やってないな」

 

「私は初めてやります……大丈夫でしょうか?」

 

 釣りと言っても本格的なのじゃないだろうし、特別な技術とかはなくて大丈夫だろう。それに、さすがにスカイが色々教えてくれるだろ。

 

「分からないところは私がその都度教えるので大丈夫です!」

 

 スカイが胸に手を当ててドヤ顔をしてる。釣りには相当自信があるようだ。こいつトレーニングサボって昼寝してない時、ずっと釣りしてやがるな。

 

 そのあとは、餌の虫にスズカがびっくりしたりと色々あったが、無事に餌を付けて、釣り針を海につけることに成功した。

 

「これであとはなにかするんですか?」

 

「基本的にあとは魚が掛かるのを待つだけだよ。退屈に感じる人もいるから、釣りは好み別れるよな」

 

「私はこの時間結構好きですよ〜」

 

 スズカは浮きをジーッと見ていて、スカイはルンルンと鼻歌を歌って、気分が良さそうだ。

 

 そういえば、スカイとこうやってゆっくり時間を取れることってなかったな。色々聞いてみれば答えてくれるかもしれない。

 

「そういえば、昨日も今日も、よく教官のトレーニングを休むことを許されたな」

 

 一応スカイは、まだ俺の担当ウマ娘ではない。だから普段は、トレーナーがまだついてないウマ娘にトレーニングをする教官の元でトレーニングしているのだが……

 

「教官さん的には早く担当トレーナーについてほしいから、トレーナーさんのトレーニングに参加したりだとかは結構受け入れられるんですよ〜」

 

 教官はトレーナーがつくまでの繋ぎだから、教官的にも早くトレーナーを見つけて欲しいってわけか。それなら俺が誘った時のトレーニングの参加率の高さも納得が行く。

 

「そういうわけだったのか。もしかして、スズカってこれ知ってた?」

 

「もちろん知ってましたよ?そうじゃなきゃ、スカイちゃんを突発的に呼ぼうだなんて考えません」

 

 その辺の事情はあまり詳しくないから知らなかった。スズカも昔は教官の元でトレーニングを積んでいたから知ってたんだろう。

 

「スズカさん!掛かってますよ!」

 

「わっ!えっとどうしたらいいの」

 

「1回釣竿をッグっと上に上げてから、リールを巻きとってください!」

 

 スズカはスカイの指示どおりにリールを巻いていくが、途中で糸が切れてしまった。

 

「逃げられちゃいました……」

 

「今のは大きいのでしたね〜あのサイズになると、魚との駆け引きも大事ですし、初めてのスズカさんじゃ厳しかったかもしれません」

 

 釣りって結構奥が深いんだな……小さいのでもいいから釣れたらいいなぁ……

 

「釣りに連れて来るだけあって詳しいんだな」

 

「結構やってますからね〜」

 

「そのやる気をトレーニングに向けてくれたらいいんだけどな」

 

 その場では笑ってはぐらされてしまった。俺もこうは言ってるけど、ここ最近のスカイはしっかりとトレーニングに取り組んでいる。

 

 トレセン学園に来るのは、レースで目標があったり。夢を見ている奴らばっかだ。スカイも例外ではないということだろうな。

 

「そういやスカイって、目標というか目的みたいなのはあるのか?」

 

「目標ですか〜クラシック3冠を取りたいです。そして今は、勝ちたいウマ娘がいるんです」

 

 目標の話をするスカイの顔はとても真剣だった。それほどまでに勝ちたいウマ娘がいるのか、3冠にそこまでの思い入れがあるのか。

 

「私って、特別な血筋だとかそういうのは無いんですけど〜平凡でも3冠取れるって証明したいんですよね」

 

「そうなのか……スカイにもしっかりとしたビジョンがあるんだな。もう1つの勝ちたいウマ娘ってのは?」

 

 スカイがそこまで敵対視するウマ娘……1人だけ心辺りがあるな……

 

「キングちゃんには負けたくないの。キングちゃんとは結構仲良しだったんですよ。でも、そのキングちゃんに、候補とはいえトレーナーさんを取られちゃうとはね〜」

 

 やっぱりか……あれは嫌な思い出だ。それでスカイがうちに来てくれたから俺にとっちゃいい事ではあったんだけど、本人からしたらな……

 

「キングちゃんは、そういうことするウマ娘じゃないと勝手に思ってたんですよ。だから余計負けたくないというか、なんて言ったら分かんないですけど」

 

「そうか……それじゃあ来年のクラシックは俺たちが取りに行かないとな」

 

「私が取れなかった分もよろしくねスカイちゃん」

 

 スズカは怪我で皐月賞を今年既に逃してるからな。取れても2冠までだ。スズカもスカイのこと気に入ってるようだし、応援する気満々だ。

 

「そのためにスズカが今年のダービー取らねえとな。話はそこからだ」

 

「私、頑張って勝ちます。トレーナーさんの為にもスカイちゃんの為にも。何より自分自身が楽しく走りたいですから」

 

 スズカも精神的に成長してるな。レースに余裕を持って参加出来ればスズカも存分に力を出し切れるだろう。

 

「それにしても、キングヘイローさんはプライドが高いって聞いてましたし、そういうことするウマ娘さんじゃないと思うんですけど……」

 

 理由はどうであれ、それが起こってスカイが傷ついたのも事実だ。スカイがキングヘイローに勝ちたいって言うなら、全力で支えてやろう。どっちにしろクラシック路線でぶつかる相手だ。

 

「何はともあれ、クラシックで戦う相手だ。しっかりと鍛えて勝つぞスカイ!」

 

「はは〜お手柔らかにお願いしますね〜」

 

「スカイのポテンシャルなら、3冠は十分に狙っていけるはずだ。まだ2年も先のことだからわかんないけどな」

 

 そうだ、スカイのことも大切だが目の前のスズカのレースも大切だ。

 

「スズカは次のレースは特に不安なことはない。いつも通り走ってれば、負けることはまず無いだろう。不安なことがあったら、しっかりと相談するように!」

 

「分かってますよトレーナーさん。追い込み過ぎないように気をつけますね」

 

 微笑みながらスズカが言ってくる。これだけ余裕があれば気持ちが押しつぶされることも無いだろう。

 

「それじゃあ、そろそろいい時間になってきたし帰るか」

 

「そうですね〜魚もいっぱい釣れましたし」

 

 スカイの持つバケツには何匹もの魚が入っていた。いつの間にそんなに釣ってたんだ……

 

「初めてやってみましたけど、面白かったですね」

 

 スズカも多くはないけどちゃんと釣ってるし……

 

「そうだな、いい気分転換になった。スズカは次のレースまでもう少しだ、明日からまた気合い入れていくぞ!」

 

「はい!」

 

「スカイもトレーニングをサボらずしっかりとこなしておくこと。昨日のトレーニングで、まだまだだって分かっただろ」

 

「は〜い、私なりに頑張りまーす」

 

 その後は、荷物を片付けて学園前までは一緒に帰り。そこで解散となった。



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第25話:仕切り直し!ジュニア級レース!

UA1万突破出来ました!ありがとうございます。
いつも誤字報告感謝しています。


 トレーニングを積んで、調子を崩して復帰しての初めてのレースだ。スズカの調子もいいし、目立ったウマ娘は今日出走していない。普通にレースが進めば負けることは無いだろう。

 

「スズカ、俺からすれば今日のレースは、復帰戦であり日本ダービーまでの通過点だ。サイレンススズカの本当の走りを観客に見せつけてやれ!」

 

「はい!今日はなんだか負ける気が全くしません」

 

 様子を見る感じ大丈夫そうだな。そうだ、一つだけ言い忘れたことがあった。

 

「全力で楽しんでこい!」

 

「はい!」

 

 スズカに激励を飛ばして送り出す。俺も観客席に向かうか。これからに関わる重要なレースだからな。

 

 観客席に向かう途中で、何故かスカイに会った。今日はトレーニングだったはずだが……サボりか?そんな目線を向けていると。

 

「むむ、その目は私がトレーニングをサボったんじゃないかって、疑ってる目ですね。安心してください、教官にはちゃんと許可取ってますから」

 

「ついでに、なんて言って許可を貰ったか聞いていいか」

 

「レースを実際に見て確認してみたいことがあるので、今日はトレーニング休んでレースを見てきてもいいですかって言ったら、快く許可くれましたよ?」

 

 嘘は言ってないな……実際に本番のレースを見て気づくことができることもあるだろうしな……

 

「それならいい。それじゃあ席に着くか」

 

『レースに出走するウマ娘達がパドックに入場します』

 

 実況が今回のレースに出走するウマ娘達を、1人1人紹介していく。次がスズカの番だな。

 

『5枠5番サイレンススズカ1番人気です』

 

『前回の弥生賞はアクシデントもあり、思うような走りができていませんでしたからね。今回のレースで調子を取り戻しているのか注目のウマ娘です』

 

「スズカさん勝てますかね〜」

 

「パドックを見た感じでは、相手になるウマ娘はいない。スズカなら勝てるさ。それに、それは隣を走ってきたお前が1番よく分かってるんじゃないか?」

 

「まぁ〜そうですけどね」

 

 1番近くでスズカの走りを感じていたのはスカイだ。そのスカイがスズカなら負けないと1番理解しているだろう。

 

「まぁ、レースに絶対はない。ゴールするまでは気を抜けないがな」

 

 パドックでウマ娘全員の紹介が終わった。あとはゲートインして走り出すだけだ……

 

『阪神競バ場2000m芝。馬場状態は先日の雨で重となっております』

 

『各ウマ娘がゲートインしました。2000m先のゴールを目指して……今スタートしました!』

 

『サイレンススズカが少し出遅れたか!やはり調子はまだ戻っていないのか!』

 

「スズカさんが出遅れるなんて珍しいですね……大丈夫かな〜」

 

 スズカが出遅れたか……いつもなら不安になるところなんだがな。あんな楽しそうな顔見せられたら、安心せずにはいられんだろ。

 

「大丈夫だよ。見てみろ出遅れこそはしたがグングン前に出てきてる」

 

『サイレンススズカが出遅れたと思いましたが、グングン伸びて先頭を取ります。後続が後に続こうと後ろにつきます』

 

 第1コーナーに入る前には徐々に後続との差を開き始めた。周りがスピードについていけていないんだ。

 

『第2コーナー回って向こう正面、サイレンススズカが更にスピードを伸ばします!』

 

『少し掛かってしまっているのでしょうか。後続のウマ娘たちは、様子を見てペースを少し落とします』

 

 掛かってなんかないさ。スズカは、自分がこのペースで走りきれると判断したからペースを上げたんだ。後続のウマ娘達は、バテた所を差し切るつもりでいるだろうが。

 

「スズカさん絶好調ですね〜」

 

「ああ、もしかしたらここからまだ伸びるぞ」

 

 スズカはまだ余裕を残して走っている気がする。まだゴールまで距離はあるからな。ここから伸びて行く可能性は十分にありえる。

 

『サイレンススズカまだ落ちない!後ろともう何バ身離れてるか分からないぞサイレンススズカ!完全な独走状態!』

 

 スズカが後ろを全く引き付けないな。ここまで来たらスズカの一人旅だ。

 

『第4コーナー回ってラストの直線!サイレンススズカここを耐えられるか!?』

 

(やっぱり本番のレースは練習と全然違う……後ろから負けたくない、勝ちたいっていう気持ちがピリピリ伝わってくる。けど、それがなんだか心地よくて、負けたくないって私に思わせる。力がドンドン湧き上がってくる!)

 

「いけぇえええ!スズカ!お前の走りを見せつけてやれぇええ!」

 

「スズカさん!頑張ってください!」

 

(トレーナーさんもスカイちゃんも一生懸命応援してくれてる。それがとても嬉しくて……走るのがとっても楽しいの!)

 

【先頭の景色は……譲らない!】

 

 スズカが最後の直線で一気に加速しスピードを上げた。顔に疲れを見せながらもスピードは全く衰えない。

 

(これなら……本格的に日本ダービーを狙いに行ける!これなら勝てる!)

 

『サイレンススズカ!ここに来て更にスピードをあげる!凄いスピードだ!後方は全く追いつけない!サイレンススズカ!サイレンススズカが今1着でゴール!』

 

『サイレンススズカが大逃げで大差を付けて勝利しました!』

 

『終わってみると圧倒的なレースでしたね。サイレンススズカのこれからのレースにも期待が膨らみます』

 

「さすがだな……あそこまで差をつけるとは思ってなかったが。スズカにとっちゃ理想的な走りだった」

 

「凄いです……あんな速い人走ってたらそりゃ勝てないですよ〜」

 

(私もあんなふうに勝ちたい。これからも頑張らないとな〜)

 

 そんな弱音をスカイが吐いていたが、その目はとてもキラキラしていた。

 

「初めてスズカのレースを見てみてどうだった?」

 

「トレーニングで一緒に走ってたから、凄いのは知ってましたけど……あんな穏やかな人なのに、本番だとあんな力強い走りをするんですね〜……」

 

「お前もいつかあの舞台に立てばきっとそうなるさ」

 

 おっと、長話してちゃいけないな。スズカのところにいかないと。

 

 

「スズカお疲れ様。いい走りだった、まさに圧勝だったな」

 

「ありがとうございます。とっても楽しかったです」

 

 楽しかったか。嬉しいじゃなくて楽しかったって言えるだけ余裕を持って勝てたのか……いや、スズカは最後まで全力だった。レースの緊張感や苦しみも、まとめて楽しいと感じたんだろうな。

 

「今日の復帰戦でサイレンススズカ完全復活だ。次のレースからは、周りから警戒されることになる」

 

「それでも、前に立って先頭を守りきってみせます」

 

 頼もしい限りだな。そのためにも……一つだけ課題があるわけだが。これはまた後日でいいな。

 

「スカイちゃんも、応援に来てくれてありがとう」

 

「いや〜私もスズカさんがレースで走ってるところ見たかったですし〜」

 

「スカイはスズカの走り見て感動してたぞ。目をキラキラさせながら見てたよな」

 

「トレーナーさん!そういうことは言わなくていいんですよ!」

 

 顔を紅くしながら尻尾でペシペシと叩いてくる。スカイって人のことイジるけどイジられるの苦手だよな。

 

「とりあえず!無事に走りきれてよかった。スズカも自分の成長を感じただろう。それを自信に変えて、これからも頑張っていくぞ」

 

「はい!これからも頑張ります!」

 

 スズカもまだまだやる気満々だな。ここはまだスタート地点だ、日本ダービーに向けては次のレースが本番だ

 

「スズカさんには私の為にも頑張ってもらはないと〜」

 

「そうね、スカイちゃんと一緒に毎日トレーニングするのが楽しみね」

 

「あはは〜そうですね……」

 

 スカイ……スズカ相手だと一言余計なことを言うな。耳を垂れさせて落ち込んでるけど自業自得だ。

 

「私はそろそろウイニングライブの準備をしないといけないので、この辺で1回失礼しますね」

 

「ああ、ウイニングライブ楽しみに待ってるぞ」

 

「私も見ますからね〜」

 

 そこで1回別れることになった。俺たちは観客席に、スズカはライブステージに。

 

 観客席でしばらく待つとスズカ達がライブステージに上がってきた。

 

「スズカさん綺麗ですね。いいな〜」

 

「お前もいつかあのステージに立つんだからな。まあ、スカイは顔も整ってるし、物覚えもいいからウイニングライブは心配なさそうだけどな」

 

「なっ!」

 

 一瞬驚いた声をあげたが、その後は下を俯いて何かブツブツと言っている。

 

「ほっほら!ライブ始まっちゃいますから!しっかりと見ましょう!」

 

 ライブが始まって、スズカのダンスと歌を聞いてると少し違和感を感じた。振り付けも問題は無いし、歌の音程もあっているんだが……

 

(あぁ、ライブは悪くはないんだ、踊りも歌も変じゃない。けど個性が足りてない。そのせいで少しだけ色が出にくくなってる)

 

 これも次のレースまでの課題だな……ウイニングライブはウマ娘達にとっては大切な舞台だからな。

 

(課題は明日考えればいいか。今はスズカのライブを楽しもう)

 

 スカイと一緒に緑のサイリウムを振って、スズカのライブを盛り上げた。

 

 無事にライブが終わってスズカと合流する。

 

「スズカさん凄い綺麗でしたよ」

 

「ありがとうスカイちゃん」

 

「今日はお疲れ様。寮に戻ったらゆっくりと休むんだぞ」

 

 そうしてスズカの頭を撫でる。頭を撫でるのも最初は抵抗があったが、最近はスズカたちも嬉しそうだしいいかって思ってる。今もスズカの尻尾がゆらゆらと揺れてるし。

 

 そして、学園についてそこで解散になった。去り際にスズカがこちらを振り返る。

 

「明日もよろしくお願いしますね!トレーナーさん!」

 

 こうして、無事にレースは終了した。



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第26話:見いだせ!自分だけのウイニングライブ!

今回は少しだけ長いんじゃ。
お気に入り100人突破しました……唖然としています……登録してくださった皆様、そして、いつも見てくれてる皆様ありがとうございます。


 昨日レースがあったため今日はトレーニングを休みにした。そのうちに助っ人を探さなきゃいけないな。

 

 昨日のウイニングライブを見て、スズカのライブの改善を決めたのはいいんだが……俺はある程度指導はできるけど、本格的なことは分かんないからな。

 

 ウイニングライブはウマ娘が行うものだ。それなら助っ人にウマ娘を呼ぶべきなんだろうが……悲しいことに俺にそんな人脈はない。

 

(ウマ娘を紹介してくれる人物に、1人だけ心辺りがあるんだが……少しだけ気が引けるな)

 

 背に腹は変えられない。俺はその人物に会うために、生徒会室の前まで来ていた 。ウマ娘のことを聞くなら、ウマ娘の頂点とも言える彼女に聞くのが1番だろう。

 

「スズカのトレーナーか、一体こんなところに何の用だ?」

 

 生徒会室に入れずにドアの前で立ち往生していると、後ろから声を掛けられた。

 

「エアグルーヴか……シンボリルドルフに用があったんだが、如何せん生徒会室ってのは入りにくくてな」

 

 なんというか、お堅い雰囲気が少しだけ苦手なのだ。入口も妙に豪華な気がするし……

 

「会長なら中で業務中だ。用があるのなら普通に入ればいいだろうに」

 

 そう言うと、エアグルーヴがドアを開けて中に入って行く。俺はその背中を追うようにして生徒会室に入った。

 

「会長。会長に用があるというものを連れて来ました」

 

「おや、君はサイレンススズカの……柴葉トレーナーか。しばらくぶりだな。先日の彼女の走りは見事だった、不調から回復させよくあそこまで仕上げたものだ」

 

 スズカの走りを見てたのか。いや、当日はレース場にいるようには見えなかったが。テレビとかで確認したのかな?

 

「シンボリルドルフ自ら確認してくれるとは嬉しい限りです」

 

「学園のウマ娘のレースはできる限り確認するようにしているよ。あと、私を呼ぶ時はルドルフで構わない。堅苦しいのは嫌だろう?敬語じゃなくても構わんよ」

 

 スズカだけじゃなくて、学園内全員のレースを確認してるのか……何人もいる生徒のレースを全て。

 

「それで、今回はどういった用で来たのか聞いてもいいだろうか?」

 

「実は、スズカのウイニングライブを改善したくてな。その指導役を探してたんだが、ルドルフに聞くのが1番早いんじゃないかってな」

 

「貴様!わざわざそんなことを会長に聞くために来たのか!」

 

 エアグルーヴが怒鳴るのも無理もない。そのくらい自分で探せって話だからな。だが、スズカに俺が適当に探した指導役に指導させる訳には行かないんだ。

 

「まぁ落ち着けエアグルーヴ。わざわざ私の元を尋ねて来たんだ。それ相応の理由があるんだろう理由を聞かせて貰えるかな?」

 

 そう言うルドルフからは凄い圧を感じた。緊張感で少し気持ちが悪い……でもルドルフに聞くのが1番なんだ。

 

「スズカはウイニングライブでみんなに夢を届けたいと言った。そんなライブをさせてやるためには、俺なんかの生半可な指導じゃダメだ」

 

「ライブに詳しいしっかりとしたウマ娘に指導してもらわなきゃいけない。それなら、学園のウマ娘を熟知している、ルドルフに紹介してもらうべきだと思ったんだ」

 

 自分勝手な理由なのは俺が1番よく分かっている……でもこれが1番確実でスズカの為になる。ルドルフは引き受けてくれるだろうか……

 

「そうか、サイレンススズカの為か……よし、ならばその依頼受けようじゃないか。威圧するような真似をして悪かったね、立場上誰にでも手を差し出せなくてね。理解してほしい」

 

 学園には数え切れない程のウマ娘がいるからな。手当り次第に手を差し伸べられるわけじゃないんだろう。

 

「ありがとう。それじゃあウマ娘が見つかったら、また教えてくれないか?」

 

「ああ、それなら問題はない。あてはもうあるからな。ほら、隠れてないで出てきなさいテイオー」

 

「えぇー僕が教えるの?めんどくさいなー……」

 

 誰もいないと思ってたソファーの裏から、1人のウマ娘が出てきた。

 

「紹介しておこう。彼女はトウカイテイオー、トレーナーがいなくてデビューはまだだが、歌とダンスの技術なら私が保証する」

 

「トウカイテイオーですか。中等部に所属していて、凄い速いって噂で聞きましたね」

 

 少し独特な走り方をすると聞いたが、周りよりも頭1つ抜けた速さを持つと聞く。走りだけじゃなくてライブまでできるのか。

 

「トレーナーさん僕のこと知ってるの?感謝してよね!このテイオー様が直々に教えてあげるんだから」

 

「こらテイオー!口を慎め!」

 

「ぴょえー!ごめんって副会長ー」

 

「こんな感じなやつだが、さっき言った通り実力は保証する。きっと君たちの力になるだろう」

 

 なんというか……子供って感じがするな。でもルドルフの保証つきなら安心だな。

 

「明日からよろしく頼むよトウカイテイオー」

 

「ところで、サイレンススズカは日本ダービー勝てそうかい?」

 

 皐月賞も元々は狙ってたし。日本ダービーを狙っていることもルドルフにはもうバレてるか。

 

「勝てます。いや、勝ってくれますよ今のスズカなら」

 

「トレーナーさんもダービーを目指してるんだね!僕も将来はカイチョーみたいな、無敗の3冠ウマ娘になるんだー」

 

 無敗の3冠とは大きく出たな。まぁ、スカイも無敗とは言わずも3冠は目指してるからな。トウカイテイオーもかなり才能があるっぽいし、目指してておかしくない。

 

「うちの将来の担当ウマ娘も3冠を目指してるよ。無敗を目指すトウカイテイオーほどじゃないけどね」

 

「テイオーでいいよ!僕が許す!」

 

「はは、ありがとう。よろしくなテイオー、これは明日の集合時間と集合地点だ」

 

 ルドルフもエアグルーヴもまだ興味だしな、用が終わったのに長居するのは悪いしそろそろ帰るか。

 

「ルドルフわざわざありがとう。これでこっちの問題も何とか解決できそうだ」

 

「いやいや、これがサイレンススズカの為になるなら、このくらいどうということはない」

 

「エアグルーヴも悪いな、業務中騒がしくしちゃって」

 

「この程度なら問題ない。用が済んだならさっさと出ていくんだな」

 

 それじゃあ、さっさと退散しますかね。一応スカイのやつにも声をかけておくか。トレーニングサボれそうって即決しそうだけど。

 

 

『明日ライブの練習するけどお前も来るか?』

 

『行きます!集合場所時間書いといてくださいね〜』

 

 返信早いな!こいつ、トレーニングをまたサボってたわけじゃないだろうな……

 

『それじゃあ、明日な。あとトレーニングサボるなよ』

 

 こいつ既読スルーしやがった……絶対サボってやがるな。明日はしっかりと来るだろな。

 

ーーー翌日ーーー

 

「しっかりと来たな……スカイ」

 

「ええ〜トレーナーさんどうしたんですか?」

 

 こいつ……白々しいな、あの後結局連絡も返さなかったくせに。

 

「いや、昨日連絡がなかったから来ないんじゃないかと思ってな」

 

「いや〜昨日は連絡を返そうとしたら、ちょうど携帯の充電が切れちゃいまして〜」

 

「ダメじゃないスカイちゃん。ちゃんとトレーニングにはでないと」

 

 スズカが言及すると、スカイが少し怯えてた気がする。テイオーを待たせるのも悪いしカラオケに入るか。

 

 カラオケの部屋に入ると、テイオーがちょうど恋はダービーを歌い終わるところだった。歌も上手いし、なんかこう凄いステップを踏むな。あれが噂のテイオーステップか。

 

「みんな遅いよー!僕待ちきれなくて先に始めちゃったよ!」

 

「悪いな、少し話してたら遅くなっちまった」

 

「僕は寛大だからね許してあげるよ。それでサイレンススズカさんと……そっちの娘は?」

 

 そっか、テイオーはスカイのこと知らないのか。スズカはレースに出て周りに知られてるし。テイオーも結構有名らしく、スカイも知ってたからテイオーもスカイのこと知ってるつもりでいた。

 

「初めまして、私はセイウンスカイだよ〜スカイって読んでね。よろしくねトウカイテイオーさん」

 

 自己紹介をすると、スカイがテイオーに手を差し出す。握手か、友好を深めるにはちょうどいいな。

 

「僕はトウカイテイオー!気軽にテイオーって呼んでいいよ。よろしくねスカイちゃんって痛い!痛いよ!」

 

 握手をしたら急に叫んで俺の後ろに避難してきた。

 

「トレーナーさん!なんなのあの娘。すっごく怖いんだけど!握手した途端ギューって手を握られたよ」

 

 叫んだと思ったら、スカイにそんなに強く手を握られてたのか。なんでそんなことしたのって目線をスカイに送ったら。

 

「いや〜私が知ってる後輩の有名人が、私の周りのことは知ってるのに私のことを知らないと思ったら妬けてきちゃってー」

 

 いやいや、それだけでそこまでするか?スズカはスズカでよくやったみたいな顔してるし。

 

「それにしても驚きですよ、まだ私も担当に出来てないのに新しい娘に唾つけるなんて」

 

「えーそういうつもりだったの!?僕困っちゃうな〜無敗で3冠取らせてくれそうなトレーナーさんのとこに行くつもりだったんだけど。ヒィ!」

 

 スズカさんもスカイさんも落ち着いて?そんな顔しないで?テイオーが縮こまっちゃってるじゃないか。

 

「いやいや、そんなつもりじゃないよ。スズカのことで手一杯だし。スカイのことも考えないといけないからな」

 

「「トレーナーさん……」」

 

「だからテイオーと仲良くな?」

 

(僕は何を見せられてるんだろう)

 

「とりあえず、サイレンススズカさん1曲踊ってみてよ。僕がそれを見てアドバイスするからさ」

 

「分かったわ。あと、私のことはスズカって呼んでね」

 

 とりあえず、スズカに[ユメヲカケル]を1曲踊ってもらった。それを見たテイオーは何か納得したように頷いていた。

 

「どうだテイオー。なんかわかったか?」

 

「カイチョーとスズカさんのライブ映像見てた時から、違和感はあったんだよね。振り付けもしっかりしてるし、歌の音程もおかしいとこはないんだけど。何故かっグッと来るものがなかったんだよね」

 

「それは……なんで?」

 

 スズカも自身のことなので真剣に耳を傾けている。スカイも興味津々に耳を傾けている。

 

「想いがしっかりとこもってないんだよ。こうやって歌いたい、ファンのみんなにどういう気持ちを届けたいのか。だからどうしても色が出ないんだよね」

 

 レースに挑むウマ娘達は、各々が違う想いを持っている。そして、ウイニングライブに立つ者たちは応援してくれるファン達、いつも支えてくれるトレーナーやライバル達に想いを込めて、ライブに参加しているんだ。

 

「スズカはそれが表にしっかりと出ていないってわけか……」

 

「自分の想いをしっかりと出すですか……」

 

 それを聞いて、何かを思いついたようにスカイが手を鳴らしていた。

 

「スズカさんちょっと耳を貸してください」

 

 スズカはスカイに手招きされてスカイの方に寄っていく。

 

「いつもお世話になってるトレーナーさんに、ありがとうって伝えるつもりでやってみたらどうですか?」

 

「えっでも……そんなことでいいのかしら」

 

「感謝も大事な気持ちですって。ほらものは試しですよ!」

 

 スカイがスズカに耳打ちをする。一瞬スズカが驚くような顔をしたが、スカイの言ってることを聞いて戻ってきた。

 

「もう1回やってみます。トレーナーさんしっかり聴いててくださいね」

 

「ああ、何回でも聴いてやるさ」

 

 もう1回さっきと同じ曲を始めると、今度はさっきのライブとは全く違う感じになっていた。明るくなったというか……なにか元気が出る感じだ。

 

「すごいな……」

 

「なんだーこれじゃ僕必要なかったじゃん」

 

 テイオーから見ても言う事は特にないっぽかった。さっきとはまるで別物だからな……凄い心に響く気がする。

 

 その後、曲が終わって、スズカが感想を求めてか俺の元にやってきた。

 

「トレーナーさん……どうでしたか?」

 

「ああ!凄い良かった。心に響く感じがして……すっごい綺麗だった」

 

「スズカさん凄いじゃん。僕からは言えることは特にないよ……僕って来た意味あったの?」

 

「テイオーが来てくれたからこそ、スズカはあの踊りと歌が歌えたんだ。本当にありがとう」

 

 テイオーが俺たちの気づけなかったことを指摘したからこそ、この結果に繋がったんだ。無意味なんかじゃ決してない。

 

「トレーナーさんのおかげでもあるんだけどね〜」

 

「どういうことだ?そういえばあの時、スカイに何言われてたの?」

 

 あの耳打ちがあったからスズカは変わったんだろう。どんなアドバイスを貰ったんだろうか。

 

「それは……秘密です」

 

 イタズラする子供のような笑顔ではぐらかされてしまった……一体何を言われたんだ……

 

 その後は、テイオーがスズカとスカイに踊りの細かい部分のアドバイスをしていた。スズカはそんなに注意されてなかったけど、スカイはめっちゃ言われてたな……

 

 無事にライブの練習を終えて、カラオケ店から退出した。

 

「テイオー今日は本当にありがとう。お前のおかげでスズカは次のレースに安心して出られる。それに、言ってなかったスカイまでしっかりと面倒見てくれて感謝してる」

 

「まーカイチョー命令だからね。このくらいならどうってことないよ」

 

「テイオー、今日はありがとう。あなたのおかげで私のウイニングライブが見つかった気がするわ」

 

「一応、ありがとう。私も踊りで分からないところあったし」

 

 スズカもお礼を言った。スカイはちょっと悔しそうだったけど、しっかりとお礼を言えていた。

 

「お前にも、ちゃんとしたトレーナーが見つかることを願ってるよ」

 

 テイオーは自由なトレーナーが似合ってそうだ。そう、あの人みたいなトレーナーがいいな。

 

「ありがとうね。それじゃあね!」

 

 テイオーは挨拶をして、去っていった。まだ別に用事があるんだろう。

 

「それじゃあ、俺達も帰るか」

 

「「はい!」」

 

 俺たちは学園の方に向かって帰って行った。ルドルフにはお礼を言わないとな。



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第27話:遭遇!マチカネフクキタル!

 とある日のトレーニング開始前。俺はトレーニングの内容を考えながら、少し散歩をしていた。

 

(今日は長めのランニングにするか……その間何しよう)

 

 スズカは走るのが好きだ。それ故に、長いランニングなどのトレーニングは特に監視する必要は無い。サボることなんてないだろうし。

 

 今日のことを考えていたら、学園内に見覚えのないテントが貼ってあった。看板を見る感じでは占い屋っぽいんだが……どうにも胡散臭いな。

 

(一応誰がやってるのか確認するついでに入ってみるか)

 

 とりあえず中に入ってみると、2人のウマ娘が中にいた。どっかで見たことあるんだよな。

 

「お客さん来ましたよ!ドトウさん!」

 

「救いはあったんですね!」

 

 2人とも凄い盛り上がってるし……客ってそんなに来ないのかな。入りたく無くなる気持ちはわからなくないけど。

 

「こほん……よく来てくれました。私はマチカネフクキタルといいます。こちらは助手のメイショウドトウです」

 

 この娘がフクキタルかぁ……スズカから聞いたことある話だと、とんでもない娘なイメージしかないんだよな。

 

「君がフクキタルか。俺はスズカのトレーナーをしてる柴葉だ。よろしく頼むよ」

 

「あなたがスズカさんの!お話には聞いてます。今日はサービスで無料でいいですよ」

 

 お金はしっかりと取るのか。まぁ、占いをタダでやってるところなんてほぼ無いだろうからな。

 

「それで、一体何を占ってくれるんだ?」

 

「金運、恋愛運、対人運、仕事運なんでも占えます!」

 

 テント張って、結構本格的な雰囲気も出してるだけあって、しっかり占ってくれるんだな。

 

「せっかくだし、仕事運を占ってもらおうかな」

 

「分かりました。それじゃあ少し待ってくださいね。ムムムムム……」

 

 占いを始めると、水晶玉に手を添えてそれっぽい動きを始めた。なんだか胡散臭いなぁ……

 

「見えました!凶です!」

 

「よりにもよって凶かよ……」

 

 ていうか、こういう占いって凶とか吉とかで出るものなの?何何が起こるから気を付けましょうみたいなのじゃないの?

 

「救いはないんですか〜?ラッキーアイテムとか……」

 

「ラッキーアイテムはズバリ!ケーキです!」

 

「ケーキ……?嫌いではないけど。食べ物かぁ……」

 

 どうしようか。スズカが外でランニングしてる間に差し入れついでに買ってこようかな。でも所詮占いだしなぁ……

 

「結果はどうであれありがとう。一応気に止めて置くよ」

 

「そうしておいて下さい!そして、今度も是非お越しください!」

 

 俺はそのまま占い屋を後にしようとしたが、一言言い忘れてたことがあったな。

 

「そうそう、今度のレース。うちのスズカは負けないからな」

 

「ふっふっふ、私も負けるつもりはありません。何より私には、シラオキ様がついていますから!」

 

「そうか、それは楽しみにしてるよ」

 

 そして、俺は占い屋を後にした。さりげなく聞き流しちゃったけど、シラオキ様って誰だ?神様かなにかだろうか。

 

 その後、トレーニングのためにスズカと合流し、ことの経緯を話してみた。フクキタルとは仲良いって言ってたしな。

 

「フクキタルの占いって、クラス内だと結構当たるって有名なんです……基本的には凶しかでないんですけど」

 

「今日のトレーニングメニューはロングのランニングだしな。スズカが走ってる内に買ってくるか」

 

 そういえばスズカって甘いものって好きなのかな。なんか体型とか気にしてるとこはあんま見ないけど。

 

「スズカって甘いものって大丈夫か?差し入れ代わりに買ってこようと思うんだけど」

 

「甘いものですか?私も甘いものは結構好きですよ。いっぱい食べるわけではないですけど」

 

「それじゃあついでに買ってくるよ。最近学園の近くに新しいケーキ屋が出来たって聞いたし」

 

 俺も結構甘いもの好きなんだよな。トレーナーになってからあまり食ってないしな。流石にスズカの目の前で食べる訳にはいかないし。

 

「ありがとうございます。楽しみにしてますね」

 

「私も楽しみだな〜」

 

「お前の分も買うんかい!というか、なんでここにいるんだよ!」

 

 なんでスカイがこんなところに……トレーニング中だと思ったんだけど。

 

「いやですね。私も今日は、こっちのトレーニングに参加させてもらおうと思ってやってきたらですね。ケーキがなんだとか、甘いものがどうとか聞こえて来たのでつい」

 

「はぁ〜分かったよお前の分も買ってきてやる。代わりにトレーニングはしっかりとやれよ?」

 

「は〜い」

 

 スカイもちょうどいいタイミングで来るな。実は狙ったりしてるんじゃないかって錯覚しそうになる。

 

「じゃあ、俺はいってくるわ。トレーニングの方はスズカに任せて大丈夫か?」

 

「はい、大丈夫ですよ。頑張りましょ、スカイちゃん」

 

「ガンバリマスネ、トレーナーさんケーキ楽しみにしてます」

 

 スズカとスカイをグランドに残して、俺はケーキ屋に向かう。ケーキ買いに行って何がいい事あるんだろう。

 

 ケーキ屋にたどり着くと、入口付近の窓に1人のウマ娘が張り付いていた。あれはメジロ家の令嬢メジロマックイーンじゃねーか。

 

「メジロマックイーンだよな……?こんなところで何やってるんだ?」

 

「っは!お見苦しいところをお見せ致しましたわ。なんでもないので気にしないでくださる?」

 

 あんなにマジマジとケーキを見てたのに何も無いなんてことは無いだろう。なんか悩みでもあるのだろうか。

 

「悩みでもあるなら中で話さないか。ケーキ奢るぞ」

 

「本当ですの!?……コホン、奢ってくださるなら、そのご好意に甘えさせていただきたいのですが。その……どちら様でして?」

 

 そうか、俺はメジロマックイーンのことを知ってるけど、相手は俺のことを知らないもんな。これじゃあナンパしてるヤバいやつだ。

 

「俺は柴葉って言うんだ。トレセン学園でトレーナーをやってる」

 

「柴葉トレーナー……サイレンススズカさんのトレーナーさんですね。噂は聞いております」

 

 名前だけでスズカのトレーナーってわかるのか。スズカも結構有名になってるんだな。

 

「私のことは知っているみたいですが、一応自己紹介を。私メジロマックイーンといいます。名前の通りメジロ家からやってきましたわ」

 

「よろしくなメジロマックイーン。とりあえず外じゃなんだ、中に入ろう」

 

 俺たちはケーキ屋の中に入っていった。イートインスペースがあるようなので、ケーキを買ってとりあえず席に着いて話を聞くことにした。

 

「それで?一体ケーキ屋の前で何をそんなに悩んでたんだ」

 

「実は私、甘いものには目がないんですの……」

 

 実はって言うが……そんな目をキラキラさせながら、イチゴのショートケーキをパクパク食ってたら丸わかりなんだが。令嬢に有るまじき顔してるけど大丈夫?

 

「甘いものが好きなのは珍しくないんじゃないか?うちのスズカだって甘いもの好きらしいし」

 

「それだけならいいんですの。ただ私はその体質というか、その……」

 

 そこまで言うと、メジロマックイーンがどもってしまった。体質的にそんなに糖分を取れない病気とかそういうものがあるのか?

 

「ああ!体型に出やすいんですの!」

 

「ああ、太りやすい体質ってことか。なるほど、そりゃ甘いもの好きには辛い体質だな」

 

 ウマ娘は、走る上でウェイト管理は大切だからな。スズカなんかはその辺全く問題はないから楽なんだが。

 

 メジロマックイーンの方を見直すと凄いプルプル震えている。まずい、女の子に体重の話はしちゃいけないってよく聞く。地雷踏んだか?

 

「なんてこと言いやがりますの!?言いましたわね?言ってはいけないことを言いましたわね!?」

 

 お嬢様!?口調がブレブレだけど大丈夫!?やっぱり言っちゃダメなこと言ったよな……トレーナーになるまで、ろくに異性と話さなかった弊害が……

 

「悪い悪い!悪意は無かったんだよ。でも我慢のし過ぎは減量とかなら逆効果だぞ。世の中にはチートデイなるものもあるらしいし」

 

「そうなんですの?初めて知りましたわ……」

 

 俺の話を聞くと、メジロマックイーンはポカンとしていた。もしかして、素人知識で無理な食事制限とかやって無いだろうな……ウマ娘は肉体が大事なのに、体を作る食事を疎かにしてはいけない。

 

「ついでに減量のために何をしてるか聞いてもいいか?」

 

「はっはい、主には食事制限をしていますわ。スイーツもできる限り控えています」

 

 やっぱりか……減量のための食事制限は悪いことではないんだが、制限しすぎるのは良くない。リバウンドとかもあるしな。

 

「無理な食事制限は逆効果だ。体がしっかりとご飯を食べてないの錯覚して、食欲が溢れることもある。他にもトレーニングで力が出なかったりな。心当たりないか?」

 

「あります……ありますわ!」

 

「食事は運動するためのエネルギーになる。バランスのいい食事を心がければ太りにくくなるし。効率よくトレーニングができる。体が出来上がっていけば代謝も上がって行くしな」

 

 年齢的にメジロマックイーンはまだまだ成長期だろう。減量を考えるのはまだ時期早々というものだ。

 

「そうだったんですのね……私はてっきり量はできる限り減らす方がいいものかと」

 

「メジロマックイーンはまだ減量を考えるべきじゃない。今はバランスのいい食事を取ってよく運動することが大事だろ」

 

 それに、食事を多く取れるってのも立派な才能だしな。

 

「メジロマックイーン、スポーツの種類によるがアスリートが1番苦痛だったって言ったものはなんだと思う?」

 

「やっぱり強度なトレーニングでしょうか?それともやっぱりウェイト管理ですか?」

 

 強度なトレーニングたしかに辛いだろう。ウェイト管理は半分正解で半分不正解だな。

 

「違うな、食べることって答えたんだよ。肉体作りに食事はそれだけ大切なんだ。食べて運動した分だけ体ができていくからな。時にはとんでもない量の食事をとることもある」

 

 メジロマックイーンはきっと消化がとてもいいんだろう。だから体がすぐに吸収し、太りやすく感じてしまうんだ。だが、それはとても強い力だ。運動をしなければ毒にしかならないかもしれないが、ウマ娘は走る量が凄い。しっかりとした管理と運動で薬になるだろう。

 

「そうなんですのね……1回食事内容を見直して、これからはしっかりと食事をとってトレーニングに取り組もうと思いますわ」

 

「そうしてくれ。あとそれでもスイーツは食べ過ぎは良くないからな。かと言って好きな物を抑えすぎてもストレスになるだろうから、低カロリーのスイーツを売りにしてる店を教えてやる」

 

 材料に気を使えば、ケーキなども低カロリーで作ることは難しくないらしい。俺はその辺のプロじゃないから詳しいことは分からないが。

 

「そんなお店がございますの!?本当に何から何まで……感謝致します」

 

「まぁ、気分を害したお詫びだ。俺はそろそろ学園に戻る。スズカも帰って来るだろうしな」

 

 ケーキ屋でのんびりしてて遅れましたなんて、スズカには言えないしな。

 

「今度会ったら、気軽にマックイーンとお呼びください。フルネームで毎回呼んでいたら大変でしょうし」

 

「ああ、分かったよじゃあな」

 

 そして、俺は学園に戻った。予定よりちょっと早く着いちゃったな。どうしようかと悩みながらグランドに向かっていると。野良ライブ?をしているウマ娘を見かけた。

 

 観客は誰もいなかったが、それでも笑顔で一生懸命に歌って踊っている。その姿になんだか目を奪われて遠目からライブを見ていた。

 

 ライブが終わって拍手をすると、ライブをしていたウマ娘が凄く嬉しそうな表情で手を振ってた。

 

 俺も手を振り返そうかと思ったが、ちょうどその時にスズカから連絡が入って、急いでグランドに戻った。

 

 これは余談だが。戻って合流したスズカに何故かウマ娘と会ってたことがバレて、遅れたこともあってすごい怒られた。ケーキを出してご機嫌を治すのがとても大変だった。

 

 たしかにラッキーアイテムはケーキだったけどケーキ買いに行かなきゃ怒られなかったな……そんなことをふと思った。



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第28話:激闘!マチカネフクキタル!

作品の評価ありがとうございます。モチベーションに繋がるので感謝です。
いつも作品を見てくれてありがとうございます!


 日にちが経ちレース当日。これまでのトレーニングは、筋トレと走り込みを重視して行ってきた。スピード、スタミナ、パワー全てが、このレースを勝つために十分な程に鍛え上げた。

 

「今日は、日本ダービーに備えて出来るだけ抑えて走れ……って言いたかったんだがなぁ」

 

「今日はフクキタルも出ます……手を抜いてたら勝てないと思います」

 

 フクキタルなぁ……速くて凄いってのは分かるんだけど、謎すぎる行動が目立つから、よく分からないんだよな……

 

「今日のレースには、弥生賞で競ったウマ娘達もいる。あの時のお前とは違うってことを分からせてやれ!」

 

「はい!」

 

「このレースを勝てば、後は日本ダービーを待つのみだ。そのためにスズカ、お前はお前らしい走りをしてこい」

 

「分かりました。楽しんで来ますね」

 

 ダービー1個前のレースだってのに……緊張感を全く感じさせないな。いい事っちゃいい事なんだが、もう少し緊張感を持ってもいいと思うんだがな。

 

 そんなことを考えながら、観客席に向かう。その途中で、一緒に来ていたスカイと合流する。

 

「うぅ……なんか見てる私の方が緊張してきましたよ〜……」

 

「なんでお前が緊張してんだよ」ペシ

 

「だって、このレース勝たないとダービー出られないんですよね。私がトレーナーさんの担当になれるかかかってるんですよ?」

 

 たしかに担当になれるなら早ければ早い方がいい。最悪ダービーに出れなくてもその後にG1レースはあるからな。

 

「まっスズカを信じよう。ここから俺たちが出来るのは応援することだけだ」

 

 良さげな席を探していると、見覚えのある背中があった。わざわざ見に来てくれたのかな?

 

「沖野先輩、見に来てくれてたんですね」

 

「ああ、後輩か。前回のスズカのレースをテレビで見て、ダービー前に1回生で見ておこうと思ってな」

 

 そう言いながら振り返ってきた先輩の顔が……陥没していた。何があったんだ……

 

「このおじさん誰ですかトレーナーさん……」

 

「ほら、併走トレーニングの時にいただろ。ゴルシとかスカーレットのトレーナー」

 

 こいつ……相手の顔ぐらい覚えておけよ。まぁ、先輩が走ったわけじゃないけどさ。

 

「おぉ、セイウンスカイを手懐けたのか……いい足だな」

 

「うちのウマ娘に手を出さないでください」

 

 先輩の視界からスカイを隠す。隠れてるスカイはなんだか少し嬉しそうだった。

 

「ところでどうしたんですかそれ、またなんか変なことしたんですか?」

 

「またってなんだよ、俺はたまたまいい足したウマ娘が居たから、足を触ってただけだ」

 

 やっぱり変なことしてんじゃねーか。なんでこの人は捕まってないんだろうか。通報されないか心配なんだけど。

 

「とっとりあえず、知り合いなら横座らせてもらおうよトレーナーさん。ここいい席ですよ」

 

 スカイもちょっとていうか、動揺するくらいには引いちゃってるし……まあいいか。

 

「どうだ、スズカは勝てそうか?」

 

「勝ちます……いや、勝ってくれると信じています」

 

 レースに絶対はないと言われている。それに今日は強い相手が何人もいる。

 

「そうか、ならいい、パドックで俺も見させてもらうぜ」

 

「ほら、パドック入場しますよ」

 

『このレースに出走するウマ娘が入場します』

 

 何人かのウマ娘たちが紹介されていく。

 

『次は5枠9番ランニングゲイルです。いい仕上がりですね、十分に1位を狙っていけるでしょう。1番人気です』

 

 この娘とは競ることになりそうだな……かなりいい体をしている。

 

『続いて6枠11番サイレンススズカです。前回のレースは圧巻でしたからね。このレースでも素晴らしい走りを期待しています。2番人気です』

 

 2番人気か、悪くは無い。1番人気とかだと周りから警戒されちまうからな。

 

『そして6枠12番マチカネフクキタルです。彼女は謎が多いですからね。後ろから一気に抜き去っていく姿を見ることが出来るか』

 

「フクキタルか……調子は悪そうじゃない。でもここから見るだけだと驚異に感じにくいな」

 

「スズカもいい出来じゃねーか。スピード、パワー、スタミナどれをとっても高水準だ」

 

「当たり前じゃないですか〜スズカさんはすごいんですよ」

 

「でも、ちょっとホワホワしすぎじゃねーか?緊張感足りてないぞ」

 

 先輩の言う通りだ。リラックスしてる状態にもメリットがある、けど緊張してるメリットもしっかりあるんだ。

 

「そうなんですよね。どうしたらいいんやら」

 

「今日のレース終わったら飲み行くからそこ来いよ、いいアドバイスできるぜ」

 

「そうですね。とりあえず今は、目の前のレースに集中しましょう」

 

 

「フクキタル、私負けないから」

 

「私だって負けるつもりはありません!シラオキ様もついてくれてますし!」

 

「そう、今日はいいレースにしましょう」

 

「はい!」

 

 言っていることがわからないことはあるが、フクキタルはいい娘だ。全力でぶつかろう。

 

『出走者達が今ゲートインしました。2200m芝左回り、馬場状態は良です』

 

『この晴れ渡った空の下2200m先のゴールを目指して…今!スタートしました!』

 

 スズカが少し出遅れる。綺麗にスタートはきったが出遅れてしまった。

 

『サイレンススズカが少し出遅れる!先頭はカイシュウホマレ!その後続にサイレンススズカが入りました』

 

「出遅れたな、ここから大丈夫か?」

 

「大丈夫ですよ先輩。スズカはこっから行きますよ」

 

『向こう正面に入りました。ここまでレース内で大きな動きはありません』

 

「スズカさん……なかなか先頭を取り戻せないですね」

 

「一瞬の隙があれば……そこで一気に抜いていけるはずだ」

 

 まだスズカは全然諦めてない。先頭を取れず辛い状況だが、それでも1着を取ろうと走り続けてる。

 

『第3コーナー入口でマチカネフクキタルが仕掛けます!第4コーナー回って先頭集団に追いつきます!』

 

 フクキタルが来たか!なんか凄い叫んでる気がするけど。なんなのあの娘は。

 

『そしてここで、サイレンススズカが前に出た!カイシュウホマレを躱して前に出ました!』

 

『大外からランニングゲイルが追い越しにきた!』

 

『残り400m横一線!誰が前に出るか分かりません!』

 

 スズカがほんの少しだけ前に出ている。このままいけば勝てるぞ!

 

「いっけえぇぇぇええ!スズカぁぁぁあ!前にでるんだああああ!」

 

「スズカさん!頑張ってください!」

 

 

 私も含めてほぼ横一線……フクキタルもランニングゲイルもギリギリで走ってる。3人で同じ景色を見ている。でもゴールの景色は譲れない。

 

【先頭の景色は……譲らない!】

 

『サイレンススズカが動いた!1歩前に出ました!ランニングゲイルは追いつけません』

 

『サイレンススズカが先頭で真後ろのマチカネフクキタルが狙っています』

 

 

「今なんですね!分かりました!行きますしらおきさまああああああああ!!」

 

 

「なんかフクキタルが凄い叫んでるな」

 

「セイちゃんああいうのは怖いです」

 

『マチカネフクキタルがサイレンススズカに並んだ!残り100mです!どちらも先を譲らない!サイレンススズカか!マチカネフクキタルか!』

 

 ゴールしたが僅差すぎてどちらが先かわからない。

 

「こりゃ写真判定だな」

 

 先輩が言うように目視でわからないような結果の場合写真による判定を行う。

 

『1着はサイレンススズカです!2着はハナ差でマチカネフクキタル!』

 

「勝った……よかったぁ」

 

「レース前に私にあんなこと言っといて、1番安心しててどうすんですか」

 

 やっぱりいざ勝つと安心しちまうんだよなぁ……とりあえず本当に良かった……

 

「ほらほら、お前らはさっさとスズカのとこに行ってやれ」

 

 先輩の言う通りスズカの元に向かった。

 

「お疲れ様スズカ。最初は苦しい展開だったが、よく諦めずに走った。最後はよく競り勝ったな」

 

「走りきらないと、負けちゃうって思ったらなんだか力が湧いてきました。フクキタルに負けたくないって」

 

 やっぱりスズカには勝負強さと根性があるな。その2つが今回の勝利を手にしたんだろう。

 

「スズカさん!お疲れ様です〜ウイニングライブも楽しみにしてますね〜」

 

「ええ、見てて私のライブを」

 

「それじゃあ、俺らは観客席にいるからまた後でな」

 

「はい!」

 

 

 ウイニングライブ会場にたどり着いた。先輩と合流したんだが、知らないウマ娘も一緒にいた。

 

「その娘どうしたんですか先輩……」

 

「ああ、スズカの走りに見惚れてるところを捕まえたんだ」

 

 もうあんたが捕まれよ。本当に大丈夫なのか……

 

「君、スズカが好きなのか?」

 

「はい!私もサイレンススズカさんみたいにキラキラしてかっこよく走りたいです!」

 

 そうか……スズカのファンってこうやってできていくんだな。自分のことじゃなくても嬉しくなってしまう。

 

「そいつが、お前の好きなサイレンススズカさんのトレーナーだぞ」

 

「本当ですか!?私スペシャルウィークって言います!明日からトレセン学園に転校するのでよろしくお願いします!」

 

「おっおう、よろしくな。多分うちのスカイとクラスメイトだろうしよろしく頼むよ」

 

 こんな時期に転校とは珍しいな。なにか事情があるのかもしれない。

 

「私セイウンスカイだよ〜気軽にセイちゃんって呼んでね!スカイでもいいよ」

 

 こいつってちゃっかりスカイって呼ばれ方気に入っているのな。

 

「よろしくねセイちゃん!私のことはスペって呼んで!」

 

「よろしくね、スペちゃん。ほらもうライブ始まるよ」

 

 俺たちがこうやってしてる間にウイニングライブの準備が整った。スズカ達がライブを始める。

 

「すごいな」

 

 前のライブとは大違いだ。テイオーのおかげで細かいステップもしっかりしてるし、何よりライブからなにか熱いものを感じる。

 

「凄いです!これがウイニングライブ!」

 

「そうだ、ウイニングライブでファン達や俺たちに想いを飛ばしてるんだ」

 

「想いを……」

 

 スカイと俺、スペと沖野先輩の4人で懸命に緑のサイリウムを振った。そして無事にウイニングライブは終わった。

 

 今までで1番輝いてるスズカを見ることができて、とても嬉しい気持ちになった。

 

「私は門限やばいからもう帰るね〜」

 

「私もスカイちゃんと一緒に帰ります」

 

「あー!門限すっかり忘れてました!大丈夫かな……」

 

 スペ……転校前日から遅刻をかますところだったのか……

 

「ちょうどいい、スズカとスカイはスペを案内してやってくれ。俺は沖野先輩と飲みがあるから」

 

「分かりました。今日もありがとうございました」

 

「じゃーね〜」

 

 ウマ娘3人が学園の方に帰って行った。

 

「俺たちも行くか」

 

「はい」



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第29話:飲む!トレーナー飲み会!3杯目

誤字報告ありがとうございます!一応確認するようにはしてるのですが見逃しが多くて……


 スズカと学園まで帰って、その後1回だけ寮に戻った。今晩の飲み会の準備をするためだ。というか、飲み会とかそういうのは当日じゃなくてもうちょい前に教えて欲しい。

 

 準備と言っても、軽く着替えて今日の片付けをするくらいだから別にいいんだけどさ。ちゃちゃっと準備してゆっくり待とう。

 

『飲み会に行くのはいいですけど、また新しい娘を捕まえて来ないでくださいね?』

 

 マックイーンと今日会ったこと自体はバレてないけど、ウマ娘と会ったことはバレてるし。前回のテイオーのこともあるしな……ウマ娘の信頼を失うのは危ない。

 

『トレーナー同士の飲み会だから心配ないよ』

 

『それならいいんですけど……気をつけてくださいね』

 

 スズカに連絡もとったし、飲み会の会場に向かうとするか。今日誰が来るか全く聞いてないんだけどな。

 

「あれ、東条さんじゃないですか」

 

「柴葉君来たのね。全く、主催者の本人が遅れてたら世話ないわ」

 

 東条さんって沖野先輩と結構仲良いよな。なんだかんだ言って先輩の話を聞くし。やばい時は助け舟を出すし。

 

「悪い!遅れちまった。途中で飲みに参加したいって人にあって遅れちまったんだ」

 

「急にすいません。私もちょうど飲みたい気分でして」

 

 理事長秘書のたづなさんだ。初めて飲み会した時もちゃっかりと参加してたけど、あの人も飲み会とか好きなんだろうか。

 

 とりあえず、メンバーはこれで全員揃い中に入る。葵さんは断ったと言っていた。少なくとも、スズカの得意距離である中距離のダービーが終わるまでは参加しないとか。

 

「そういえば、今日のレースはどうだったのよ。あんたは見に行ってたし、トレーナーもいるんだし教えなさいよ」

 

「フクキタルが強敵でした……他のウマ娘たちも確かに強かった。でもフクキタルは並んで来ました。差しに行くタイミングは完璧でしたから」

 

「写真判定はたまにあるが、ほとんど横一線だったな。フクキタルのレースセンスは大したものだよ」

 

 先輩もフクキタルを評価していた。本当に凄いウマ娘だった、叫び声には驚かされた。ただ、それ以上に差しに入るタイミングが完璧だった。

 

「噂では彼女、シラオキ様なる人物の声が聞こえてそれで走っているとか」

 

 実際に占いとかやってて胡散臭いところはあるけど……実は本当だったりするのか。

 

「そういう娘はうちに合わないから残念だわ。トウカイテイオーなんかは声を掛けたんだけど自由気ままというか、堅実な私のチームと合わないみたいでね」

 

 東条さんはテイオーに声を掛けてたのか。東条さんのチームには、テイオーの憧れであるルドルフがいるから入るかと思ったんだが。

 

「アイツみたいな天才は自由にやらせるのがいいんだよ。のびのびと成長してもらおうじゃねえか」

 

「そうそう、テイオーで思い出したけど。後輩は来年のクラシック3冠狙ってるらしいじゃねえか」

 

 そのこと先輩に話したっけかな……この人の情報網もよく分からんくらい広いんだよな。

 

「3冠狙ってるの?簡単なことじゃないわよ。うちのルドルフほどの実力と努力と運が必要になる」

 

 ルドルフほどの逸材、同期のライバルたちを負かすほどの実力。そして、誰よりも努力しレース中の運。これが3冠には必要だ。

 

「たしか、セイウンスカイさんですよね。よくお世話することがあるので聞きましたよ」

 

 よくお世話をするって……スカイ普段お前は何やってんだ……大方サボりの現場をたづなさんに抑えられてるってとこか。

 

「セイウンスカイ〜!?うちとは絶対に合わない娘じゃない!あんな自由にトレーニングすっぽかされたらたまんないわよ」

 

「セイウンスカイかぁ……おもしれえ走りはするとは思うが、3冠は厳しいぞ?」

 

「取ってくれます。セイウンスカイはクラシックで暴れますよ。それだけの才能が彼女にはあると思います」

 

 絶対になれると信じてる。スカイの策略性、メンタル、レースセンス。何よりもスタミナの多さと最後の加速力だ。この武器を駆使して戦いきってみせる。

 

「そういえば、スペシャルウィークってやつが日本一のウマ娘になりますっていってたが、彼女のデビューも来年だ。すごい世代になりそうだな」

 

 スカイの世代に続々と才能あるウマ娘が集まっていく。黄金の世代とでもいうのか……

 

「ところで、スズカのスタートについてのアドバイスってのはなんなんですか?」

 

「ああ、お前はスズカのスタートの出遅れが何故起っているかわかるか?」

 

「リラックスのしすぎでしょうか。緊張感が無さすぎるが故に出遅れてしまう」

 

 スズカは楽しく走るために基本的にリラックスして走っている。それがスタートに影響を及ぼすとはな。

 

「そうだスタートには緊張感が大事だ。緊張感の中でリラックスすることが大事なんだ。そして、それを再現するほどの威圧感を持つウマ娘が1人いる」

 

「もしかして、うちのルドルフのこと言ってんじゃないでしょうね」

 

「コンセントレーションを目指すなら1番それが早いですね。シンボリルドルフさんの圧の中での緊張、それでいてリラックスするスタートは最高の環境です」

 

 つまりこの人たちはスズカにルドルフと模擬レースをするべきと言っているのだ。スカイのことを知ってるたづなさんが、こんなアドバイスしていいのか?

 

「たづなさんそんなに色々話してもいいんですか?」

 

「セイウンスカイさんみたいな実力あるウマ娘は実力のあるトレーナーの元にいるべきです。実力のないトレーナーの元には行かせられませんから」

 

 つまり、実力を示してセイウンスカイの担当になってくださいってことだな。勝てばなれるが負ければなれない。

 

「でも、いいんですか東条さんは、チームメンバーを勝手に模擬レースに出されて」

 

「いいわけないじゃない。でも、ルドルフもスズカに興味を持っている。受けてあげてもいいわよその模擬レース。ただし、1度だけ。その1度でスタートをものにしなさい」

 

「あっありがとうございます!」

 

「一応貸しだからね」

 

 スズカとルドルフの大勝負。スズカにはここで多くを経験して欲しい。そうすれば、スズカはまた1個レベルアップする

 

「そういえば、私業務中に外を回ってたんですけど。柴葉トレーナーが別のウマ娘と仲良くしてるの、みちゃったんですよね」

 

「えっ俺がマックイーンと話してるの見てたんですか?」

 

 あったのもつい最近のことだしバレてないものだと思ったんだが。なんでこの人が知っているんだ。

 

「マックイーンつうとメジロマックイーンだよな、メジロ家の令嬢の。またすげえやつに手を出したな」

 

「どうやったら次々そういう出会いがあるのかしら」

 

「俺は特別何かはしてないですけどね……」

 

 実際何もしていない。話すことを話してただけだ。ただの世間話程度の話しただけで特別なことはない。

 

「テイオーとか俺が狙ってたのによ……」

 

「大丈夫ですよ先輩。テイオーのトレーナーになる気はないです。何よりもテイオーは先輩の元で強くなるべきだと思ってます」

 

「持つものは後輩だな!」

 

 俺はこの人こそテイオーを育てるべきだと思ってる。1番過ごしやすくのびやすいだろ。

 

「それにしても、ウマ娘の皇帝と対決か……」

 

「なんだ?不安か?」

 

 実力差は一目瞭然。圧倒的な差でルドルフが勝つだろうな。不安に決まっている。その敗北レースの中でどれだけ成長できるかだ。

 

「うちのルドルフの圧は並じゃないわよ。普通のウマ娘なら潰れてもおかしくないわ」

 

「シンボリルドルフさんはレース中怖いですからね。サイレンススズカさんのメンタルの勝負ですね」

 

「スズカは潰れませんよ。そのためにスズカは成長してきました。精神的にも肉体的にも」

 

「それもそうだな……っとそろそろいい時間だ。お開きにするか」

 

 そこで会計になって解散となる。ちゃっかり東条さんが沖野先輩の分も払ってるのを見かけてしまった。

 

 スズカなら一皮剥けるはず、ルドルフのその1戦で絶対に得るものがある。スタートに必要な技術を。

 

 そうしたら、あとはダービーに乗り込むだけだ。誰が相手でも負けない。



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第30話:模擬レース!皇帝シンボリルドルフ!

 模擬レースの日程が決まり。レース相手や目的をスズカに伝えることにした。

 

 ミーティングのためにトレーナールームに着いたんだが、何故か中でスカイが眠っていた。トレーニングサボるなら絶好な場所だしな、普段は誰も入ってこないし。

 

「ほら、スカイ起きろ。そして、トレーニングに参加してこい」

 

「ん〜……なんでトレーナーさんがここにいるんです?」

 

 ウトウトしながらもスカイが目を覚ました。完全に爆睡してやがったな。

 

「今日はスズカミーティングがあるからな。ここを使う予定だったんだよ。そしたらお前が昼寝してるからびっくりしたわ」

 

「今日はトレーニングはお休みですよ〜ここのソファーって寝心地いいから、時々お昼寝に使ってるんです」

 

 トレーニングが休みなら別にいいんだけど……自分の部屋のベットで眠った方が良さそうだけどな。俺が散らかしてるせいでこの部屋結構汚いし。

 

 そんな話をしていると、スズカが部屋に入ってきた。スカイはとにかく置いといてスズカと話さないとな。

 

「おまたせしました。あれスカイちゃんも居たんですね」

 

「こいつのことは気にしないでくれ。今日は、来週に予定が決まった模擬レースの概要を伝える」

 

「模擬レースですか?もう少しでダービーですけど大丈夫でしょうか……」

 

 たしかに、ダービー前でのルドルフとの模擬レースリスクは高い。調子を崩す恐れもある。だけど、ダービーで勝つためにはこのリスクをふまなくてはならないと俺は思う。

 

「リスクはある……俺は必要なことだと思っている」

 

「トレーナーさんがそこまで言うなら私は信じるだけです。それで、相手は誰なんですか?」

 

「相手は、ルドルフ……シンボリルドルフだ」

 

「シンボリルドルフって会長さんですよね。その……なんでシンボリルドルフさんなんですか?」

 

 ダービー前にわざわざルドルフとレースをさせるのか流石に分からないか。かという俺も、まさかルドルフと模擬レースが組めると思ってなかったけど……

 

「会長さんって7冠とれて皇帝って言われるぐらい強いひとなんだよね。スズカさん勝てるの?」

 

「勝つのは厳しい……いや、正直に言うとほぼ無理だろうな。今のスズカじゃ実力差がありすぎる」

 

「トレーナーさんは、私に負けるレースをしろってそう言うんですか……?」

 

 スズカからすれば負けレースを無理やりやらされるようなもんだ。実力差は一目瞭然、勝ちの目はほぼない、それなのになんでって顔をしてる。

 

「今回の模擬レースで重要なのは勝敗じゃない。スズカに、勝負の中の緊張感を思い出して欲しいんだ」

 

「緊張感ですか?でも、緊張ってあんまりしない方がいいイメージがありますけど」

 

「緊張のし過ぎは確かに良くない。体が固まったり、思考が鈍ったりするからな。けどな、緊張感がないと逆に実力が上手く発揮出来ないんだ」

 

 スズカの走りにはリラックスしてレースを楽しむことが大切だ。だが、今はリラックスしすぎている。レースの中の負けたくない、勝ちたいという勝負の緊張感が今のスズカには足りてない。

 

「スズカも心当たりがないか、スタートが出遅れたり。レース中油断してしまったり」

 

「それは……たしかにあります。でも、なんで会長さんとの模擬レースなんでしょうか」

 

 スズカは速い。速いがあまりに勝ってきたレースは、最初出遅れても先頭をもぎ取れるし、ラストも圧勝できる。でもそれは油断に繋がる。前回のフクキタルとのレースはいい刺激になった。勝つか負けるかのギリギリでラストを競り合った、だからこそいつも以上の力が出たんだ。

 

「ルドルフのレースでの威圧感は異常だ。今のスズカにはちょうどいい緊張感になるだろう。何よりも、格上と戦うことで勝ちたい、負けたくないっていう勝負への想いを思い出せ。フクキタルと戦った時にも感じただろ」

 

 気付くんだスズカ。楽しく走るのはお前の原動力だ。だけど、お前のみんなに夢を届けるって目標は勝利無くして達成できない。勝ちたいっていう勝利への執着は忘れちゃいけないんだ。

 

「勝ちたいって想い……そうですよね、みんなレースに勝ちたくて出ているんですよね」

 

「そうだ、ダービーにはその想いが強い強者達が集まってくる。生半可な気持ちじゃ勝てないんだ」

 

「分かりました……私は戦います。全力でシンボリルドルフ会長とぶつかります」

 

 スズカの心に火がついたな。今回の模擬レース、スタートだけじゃなくて他にも何か得られるものがあるかもしれない。

 

「勝負は2000mだ頑張ろう!ところで、スカイのやついつの間に居なくなったんだ?」

 

「本当だ、てっきりずっと寝ていると思ってたんですけど……」

 

 ここでスカイを探さなかったことを、後で少しだけ後悔した。多分止めていても結局変わらなかったと思うが。

 

ーーー模擬レース当日ーーー

 

「今日はよろしく頼むよルドルフ」

 

「私も今日を楽しみにしていた。オハナさんから話は聞いているよ。サイレンススズカのためになるようなレースにしよう。けれど、勝ちを譲る気はないがね」

 

 いつもの雰囲気は割と柔らかいんだけどな。1度だけ俺もルドルフに軽く威圧されたことがあるからわかるけど、レースの時は別人だなこりゃ。

 

「スズカ、今日の作戦は逃げだ。一応ルドルフも最初から本気ってわけじゃないだろうが、スタート出遅れるなよ、少しの油断が命取りになるぞ」

 

「分かりました。何か走る上で気をつけることはありますか?」

 

 ルドルフの対策か……レースに絶対はないとされているが彼女にはそれがあるという。それだけの相手の対策……

 

「威圧感に潰されるな。自分の走りを信じて走れ。今できるのはそれが精一杯だ」

 

「自分を信じる……分かりました行ってきます」

 

 スズカを送り出して、東条さんと沖野先輩、たづなさんと合流する。

 

「東条さん今日はありがとうございます」

 

「いいのよ別に、可愛い後輩の頼みだし。何よりもルドルフも結構燃えてるみたいよ?」

 

 大丈夫かな……最初から全力で潰しに来るとかそういうことはないといいが。さっき会った時もああ言ってたし、大丈夫だとは思うけど。

 

「シンボリルドルフに火をつけたか、それだけスズカのことを認めてる証拠だ。良かったな後輩」

 

「光栄っちゃ光栄なんですけどね……今回は敵なので心臓に悪いです……」

 

「大丈夫ですよ。ルドルフ会長はしっかりとした方なので、スズカさんを潰すようなマネはしないでしょう」

 

 たづなさんが言うならそうなんだろう。というか、さっきから気になってたんだけどギャラリーが少し多すぎないか?

 

 グランドを見渡すと、ほとんどが生徒のウマ娘やトレーナー達で埋まっている。模擬レースのことは告知とかしてないんだけど。

 

「なんでこんなにギャラリー多いんですかね……」

 

「それは、セイウンスカイさんが言って回ってましたからね。あとは……」

 

 たづなさんがチラッと沖野先輩の方を見る。スカイのやつ話はしっかりと聞いてやがった。先輩も何か1枚噛んでるのか?

 

「いや!すまん!ついうちのメンバーに話しちまってな。他言無用とは言っておいたんだが、ゴルシのやつがな……」

 

 ゴルシか……じゃあ仕方ないな。ゴルシだから仕方ないって思えるのすごいな。

 

「広まったものは仕方ないです。俺のとこのスカイにも問題がありますし」

 

「全く……自分の担当の手綱くらいしっかりと握っておきなさいよね」

 

 そんな話をしていると、スズカとルドルフがゲート前に着いていた。何か話してるが、遠いせいで内容までは分からない。

 

 

「今日はよろしく頼むよ。互いに有意義な時間にしよう」

 

「よろしくお願いします。私……簡単に負ける気はありません」

 

 勝つのは難しいかもしれない。でも、簡単に負けたくない。全力でぶつかって私なりに走りきる。

 

「……そうか、なら私もそれに応えるとしよう!」

 

 凄い……さっきとはまるで別人みたい。凄い威圧感を感じる。少し油断しただけで、それに呑まれてしまいそう。

 

『時間になりました。ゲートインしてください』

 

 

「ルドルフはやっぱり凄いですね……威圧感がここまで来てピリピリしますよ」

 

「さすがは皇帝といったところか。並のウマ娘じゃスタート前に潰れちまうぞ」

 

「絶対と呼ばれるのはそれだけの理由があるのよ」

 

(頼むスズカ、潰されないでくれよ……)

 

 

 スタート直前、ルドルフとスズカの2人がゲートインをしてスタートを待つだけとなった。

 

(さっきより更に威圧感が増して空気がピリピリしてる……でもそれがなぜか心地よく感じてしまう)

 

 スズカも緊張していないわけではない。ルドルフの圧倒的な威圧感に緊張するなという方が無理なのだ。スズカはその緊張感すら楽しんでいる。

 

(ごめんなさいトレーナーさん。私は悪いウマ娘かもしれません。この威圧感、この状況を楽しいと感じてしまいます)

 

『それでは、ゲートインが完了したのでレースを始めます』

 

(…………今!)

 

 スズカがスタートとほぼ同時……いや、ゲートの解放がスズカのスタートに合わせたとさえ錯覚するほどのベストタイミング。レースを楽しむ心、負けたくないという気持ち、ルドルフの威圧感による緊張感。その極限的な状況がスズカに完璧なスタートをさせたのだ。

 

 

「ルドルフが出遅れた?」

 

「ルドルフが出遅れたりなんかすると思う?」

 

「スズカのスタートが早すぎたんだ。そのせいで、ルドルフのスタートがまるで出遅れたように見えたんだよ」

 

 凄いベストタイミングだ……想像以上だった。あれがコンセントレーション、スタートを完全に極めた最終形か……

 

 一緒に走っているルドルフでさえ一瞬だけ呆気に取られていた。あの皇帝シンボリルドルフが出遅れたのだ。

 

 前半の1000mはスズカが差をつけて先頭だった。しかし、じわじわとルドルフが距離をつめる。残り600m頃にはスズカのほぼ後ろに着く。

 

「スズカ……厳しいか。ルドルフはもう直ぐ後ろだぞ」

 

「何言ってんだ後輩!スズカはまだ諦めてなんかいねえぞ、見てみろあの顔。今の勝負を全力で楽しんでやがる。それなのにトレーナーがそんなんでどうすんだよ」

 

 先輩の言う通りだ。スズカはまだ勝つ気でいる。それなのに俺が弱気になっていてどうするんだ。

 

「でも、ここからはルドルフの番よ。スズカは逃げに対してルドルフは差しここからが本番」

 

 

「サイレンススズカ、スタートでは驚かされたがもうすぐゴールだ。ここからは……本気で行かせてもらう!」

 

 ルドルフが一気に加速する。残り400mにしてスズカの横に並ぶ。周りはルドルフがここでスズカを避けて、そのまま勝負は終わりだと誰もが思った。

 

(このままじゃ負けてしまう……負けたくない、抜かれたくない…………勝ちたい!)

 

「いっけぇ!スズカ!まだゴールしてないぞ!勝負はまだ続いてる!」

 

 スズカが加速し、ルドルフを一瞬引き剥がした。一瞬とはいえ加速力で本気のルドルフを少し上回ったのだ。

 

 

「なんだよ今の加速は……あのルドルフを一瞬とはいえ置いていった……?」

 

「サイレンススズカは逃げで走ってきた。それなのになんなの、あそこからのあの加速力は」

 

「これは凄いものを見ることができましたね」

 

「いけ!スズカ!そのまま走りきるんだ!」

 

 先輩も東条さんもたづなさんも各々とても驚いていた。俺は驚きながらも全力で応援する。

 

 結果はルドルフの勝利で終わった。一瞬は突き放したが、その後、残り200mでルドルフが抜かし返した。

 

「サイレンススズカ、いい勝負だった。最後の加速はまるで逃亡者だ、スタートの美しさといい私も危なかったな」

 

「会長さんが全力なら勝ち目はありませんでした。何よりも、会長さんが相手だったおかげであそこまで力を出せました」

 

「っふ、そうか日本ダービー楽しみにさせてもらおう」

 

 ルドルフがスズカの元を去ったので俺もスズカに話しかける。

 

「凄いぞスズカ!想像以上の結果を出してくれた。今日の感覚は体に覚えさせたか」

 

「忘れません……いや、あのスタートにあの走り。私も忘れられません」

 

「いや〜スズカさん凄かったですね。見ているこっちも驚いちゃいました」

 

 スカイも気づいたら俺の横にいた。勝負が終わるまで観客の中に隠れてやがったな。

 

「スカイちゃんも私のために色々してくれたのよね。お礼がしたいから、少し付き合ってくれる?」

 

「お礼ですか、いや〜頑張った甲斐がありましたね。クラスメイトに話し回ってよかったです」

 

 怒るかと思ったけどスズカは感謝してるようだ。スズカが怒らないなら俺も怒ることはしないけど。

 

「ところでトレーナーさん。この後まだ少し走ってもいいですよね?」

 

 ああ、そういうことか。怒ってないかと思ったけどそんなこともなかったらしい。スカイはさっきと違ってガクガク震えてるし。

 

「はぁ、今日はあんな走りをしたばかりだろ」

 

「ですよねトレーナーさん!スズカさんもゆっくり休みましょう!」

 

 スカイが生き生きし始めた。面白いな、自分が助かったと思って凄い喜んでる。

 

「少しだけだぞ?」

 

「はい!ありがとうございます!じゃあ行きましょうかスカイちゃん」

 

「えっちょっと待ってくださいよスズカさん。トレーナーさん助けて。トレーナーさああぁぁぁぁん!」

 

 スカイがスズカに引きずられてグランドに行った。スカイってイタズラ好きなんだけどスズカに関わると一気に空回るな。自業自得ってやつだ。

 

 

 

 



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第31話:逆指名!?スペシャルウィークの憧れ!

「お願いします!私も担当ウマ娘にしてください!」

 

「いやぁ……そうは言ってもな……」

 

「私!日本一のウマ娘になるって、お母ちゃんと約束したんです!」

 

 俺は今、担当になってくれとスペシャルウィークことスペに言い寄られてる。それを見てスカイもやれやれって顔をしている。なんでこうなったかと言うと、数時間前に時を遡る。

 

 

ーーーカフェテリアの昼食ーーー

 

 スペ、スカイ、グラスワンダー、エルコンドルパサーの4人で食事をしていた。同じクラスということもあって、この4人は基本的に一緒にいることが多い。

 

「そういえばさ、スペちゃんってどのチームに入るとかめぼしいトレーナーさんとかいるの?」

 

「っへ?チームですか?」

 

 スペは転校してきて日が浅い。トゥインクルシリーズのことや、学園のことは少し疎い。

 

「トゥインクルシリーズは、担当のトレーナーさんかチームに所属してないと参加できないんですよ」

 

「えぇ!そうだったんですか!?」

 

 スペちゃんの疑問にグラスちゃんが答える。授業でも少し言ってた気がするんだけど……スペちゃんって凄い頭いいって感じじゃないもんね〜……

 

「私は、明日行われるチームリギルの試験を受けようと思ってるんデース!だってチームリギルは学園内最強だから!」

 

「私もリギルに入るつもりだったんですけど、桐生院トレーナーに声をかけられて迷っているんですよね」

 

「桐生院って言ったら名門中の名門じゃん、グラスちゃんはすごいね〜」

 

 そういえば、トレーナーさんって桐生院さんとも仲良かった気がする。よく考えたら新人なのに色んな人と知り合いだよな〜あの人。

 

「私はスズカさんと同じチームに入りたいです!レースで走ってるスズカさんすっごくかっこよかったんですよ!」

 

 そういえば、スペちゃんはスズカさんの前のレースに来てたのを思い出した。でもトレーナーさんって新人だし、そんなにいっぱい担当の約束なんてできないよね〜……

 

「スズカさんはチームに所属してないよ。専属のトレーナーさんがついてるけど」

 

「えぇ!そうだったんですか!?てっきりあの時のトレーナーさんはチームを率いてるのかと……」

 

「あの人はまだ新人だからね〜チームはまだ持てないんだよ」

 

 一応はダービーで勝てたら、私は担当ウマ娘になる予定なわけだけど。それは2人のウマ娘を担当しているだけでチームな訳じゃない。トレセン学園で認められるのは5人からだからね。

 

「そういえば、スカイさんはスズカさんのトレーナーさんと契約する予定でしたね」

 

「もっとベテランのトレーナーにつけばいいのに。スカイちゃんはもの好きデース!」

 

「ハハハ、そうかもね〜」

 

 これでも私はクラシック3冠を目指してる。普通ならもっと強豪チームに所属するんだろうけど。あの日あの時、手を差し伸べてくれたあの人のために走りたいって思っちゃったから。

 

「だからあの日、スズカさんのレースを見に来てたんですね……お願いスカイちゃん!スズカさんのトレーナーさんに紹介して貰えませんか?」

 

「う〜ん……私は別にいいんだけど」

 

 スペちゃんは悪い子じゃないし、いつも仲良くしてるから紹介するのはいいんだけど……大丈夫かな?

 

「あんまり期待はしない方がいいよ?トレーナーさんも今は手一杯みたいだし」

 

「それでもいいです!お願いします!」

 

 うぅ……決意は固そう。一応連れていくだけ連れてってみようかな。あとのことはトレーナーさんに任せればいいや!

 

「分かった。じゃあ放課後にトレーナーさんのところに行こ」

 

「本当ですか!?ありがとうございます」

 

 

 ということがあったらしく今に至る。逆指名で悩むとは贅沢な悩みだが……俺もまだ新人だ、そんな多くのウマ娘を担当に持つことは出来ないんだよな……

 

「なんで俺なんだ?日本一のウマ娘になりたいっていうなら、東条さんのところのリギルに入った方がいいだろうに」

 

「私、あの日のレースを見て、スズカさんと一緒のメンバーになりたいと思って……」

 

 スズカの走りが、スペからは大分かっこよく見えたらしい。実際にかっこいいし綺麗だと思うけど。

 

「つまり、スズカと一緒に走って競い合いたいと。メンバー内でのライバル関係ってのは悪くはないが……」

 

「いや違うんです!その競い合うとか勝負するってのは恐れ多いというか。憧れなんです!あのキラキラした走りに憧れたんです!」

 

 憧れ……スズカに憧れてチームに入りたいか。スズカが誰かに憧れてもらえるのは嬉しい話だ。けど、メンバーに入れるとなると話は別だ。

 

「憧れか、なら余計に君の担当をするわけにはいかないな」

 

「どうしてですか!?憧れの人と同じところでトレーニングしたいっておかしいことでしょうか……」

 

「憧れは憧れでしかないんだ。目標や目的とは違う、いずれ近づくことがあっても追いつくことや追い抜くことができないんだ」

 

 憧れっていうのは1回抱いてしまうと中々消えないものだ。だからこそ、俺はスペを担当することはできない。

 

「どういうことなんですか……私にはわからないです」

 

「いずれ分かることになるよ。断ったのは申し訳ないと思ってる。お詫びと言ったらなんだが、リギルのトレーナーの東条さんとは付き合いがあるから、明日の試験に参加できるよう頼んでおくよ」

 

「分かりました……今日はありがとうございました」

 

 去り際に耳を垂れさせながら結構落ち込んでいた。申し訳ないことをしたな……

 

「あれ、スペちゃんが来てたんですね。何かあったんですか?」

 

 スペが去った直後にスズカが合流した。そういえば、スズカはスペと相部屋だって言ってたな。

 

「スペがメンバーに入れてくださいって頼みに来ててな。その話をしてたんだ。断ることにはなったけど」

 

「断っちゃったんですね……スペちゃん悪い子じゃないから私的には大丈夫だったんですけど。スカイちゃんは良くてスペちゃんがダメな理由ってなんですか?」

 

 スカイはまだメンバーに入れれてないが、将来的に担当する約束だ。スペもそんなふうにすればいいんじゃないかとスズカは思ったんだろう。

 

「スカイって、スズカとレースすることになったらどう思う?」

 

「え〜今の私じゃスズカさんに勝てないと思うんですけど……でも簡単に負けるつもりもないですけどね〜」

 

 スカイは割と闘争心むき出しだな。普段はホンワカとしているけど、いざ勝負となると結構燃えるタイプなんだよな。

 

「スペはスズカと競い合うって聞いて恐れ多いと答えた。スズカは憧れの存在だからと。それじゃあ、スズカ以上のウマ娘にはなれないんだよ」

 

 彼女の夢は日本一のウマ娘だ。それを叶えるためには俺が担当じゃダメなんだ。

 

「スペちゃんのことを考えてのことなんですね……なら私もいうことはありませんね」

 

「さすがトレーナーさん。セイちゃん的にはポイント高いですよ」

 

 明日はトレーニングは休みだし、リギルの試験レースを見に行ってみるか。さっき東条さんからスペの参加許可が出たし、お礼も兼ねて行こう。

 

「それじゃあ、トレーニング始めるぞ〜」

 

「「はい!」」

 

ーーー翌日ーーー

 

 見に来たけど、やっぱり強豪チームは凄いな。試験を受けに来てるウマ娘の人数が尋常じゃない。この中で1着のウマ娘しか入れないんだから大変だ。

 

「東条さん、昨日はありがとうございます」

 

「こういうのはもうちょっと早く伝えて欲しいわ、あなたもあいつも。有望なウマ娘が試験を受けるのはいいんだけどね」

 

 本当に東条さんは面倒見がいい。チームメンバーには結構厳しく接してる場面も見るが、ウマ娘たちのことを考えての発言だしな。少し不器用なところもあるようだが。

 

「スペシャルウィークは君の推薦か」

 

 東条さんと話終えると、ルドルフに話しかけられた。彼女はリギル所属だし、ここにいてもなんらおかしくないか。

 

「そうだよ。俺の担当になりたいと昨日来たんだけど、色々あってな。彼女の夢を叶えるなら、リギルの試験を受けるべきだと考えたんだ」

 

「日本一のウマ娘だったか。たしかにリギルに入ればその夢には近づける。それに……もし入れなくてもこの試験は多くのトレーナーが目をつけている。自分をアピールするにはもってこいの場所だ」

 

 ここに集まっているのは、まだ担当もいないしチームに所属してないウマ娘だけだ。だから、スカウト目的のトレーナー達が多く駆けつけるんだ。

 

「これ以上ここにいると邪魔になるし、俺は上の方で見させてもらうよ」

 

 上の方に移動すると、沖野先輩に会った。ストップウォッチを1個だけ持ってるってことは、お目当てのウマ娘がいるらしい。

 

「どうも先輩、今日は誰がお目当てですか」

 

「後輩か、ちょっとスペシャルウィークに興味があってな。走りを見に来たんだよ」

 

 そういえば、あの日気になるウマ娘が居て、足を触って蹴飛ばされてたな。スペの足だったのかもしれない。

 

「そろそろスタートらしいですよ」

 

 試験を受けに来たウマ娘達がスタートラインに全員並び終え。そして、スタートした。

 

「スペが大分出遅れましたね……大丈夫なのか?」

 

「彼女は今まで訳あって、ウマ娘達とまともに走りあったことがないらしい。ここは経験値の問題だろうし多目ににみよう」

 

 そういえば、スペの転校はタイミングが変だし。なんでこの時期に転校したかは聞いてなかったな。

 

「1位はぶっちぎりでエルコンドルパサーですね」

 

 特徴的なマスクをつけてる先頭の彼女は、エルコンドルパサーだ。たしかスカイの同級生で、仲がいいらしい。

 

「いや、スペシャルウィークが一気に上がってきたぞ!」

 

 スペが一瞬斜め上の方を見た後に、一気に加速していく。その視線の先にはスズカがいた。スズカも見に来てたのか、全く気づかなかった。スズカの存在が起爆剤となったんだろう。

 

 その後はスペが後ろからグングンと伸びて行ったが、1着は大差でエルコンドルパサーだった。

 

「スペシャルウィーク……えげつない末脚だな。あれなら本当に日本一狙っていけるかもな」

 

「これからトレーニングを積んでいったら化けそうですね」

 

 恐らくスペは、スカイと同じで来年デビューになりそうだな……どんどん強力なライバルが増えていく。

 

 スペの末脚は驚異的だった。きっとこれから伸びていくだろう。相手にはしたくないもんだ。

 

 そうして、俺はグラウンドを後にして自分の寮に戻って行った。今日は予定もないし、明日に備えてゆっくり休もう。

 

 

 



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第32話:完成!勝負服!

いつも誤字報告ありがとございます。自分だけだと気づけないので本当に助かります。


 レースの最高峰G1レース。学園に所属している全ウマ娘の目標だろう。G1はG2やG3と違って、体育着では走らない。それ専用の勝負服を各々で用意するのだ。

 

「スズカって好きな色とかあるか?勝負服のオーダーメイドを頼むのに必要なんだけど」

 

「うーん……私は白と緑色が好きですね。なんだか見てると落ち着くというか」

 

 緑と白か、配色も良くなるだろうし特に問題は無いな。私服も緑がベースの服を着ていて似合ってたしな。

 

「私は薄い水色がいいです〜セイウンスカイって感じじゃないですか?」

 

「お前はまだまだ先の話だろ」ペシ

 

「ちぇ〜私も早く勝負服とか作りたいな〜」

 

 スカイは実力者だし、デビューしたらG1に出走するだろう。いずれスカイの分の勝負服も作るんだよな。

 

「お前ならそのうち着れるから安心しろ」

 

「えへへ〜」

 

 頭を軽く叩いて、そのまま頭を撫でてやる。俺なんかに撫でられて何がいいんだか……ウマ娘って撫でられるの好きなのかな?

 

「スカイちゃん?今は私の勝負服を考えてるんですよ。トレーナーさんもしっかりとしてくださいね」

 

「「はい……気をつけます……」」

 

 なんでこうもスカイと絡むとスズカに怒られるんだ。スカイ単体だけでも怒られることは多いけど……

 

「そういえば、勝負服って他にどんな要望が通るんですか?」

 

「基本的にはなんでも通るらしい。装飾にデザインも要望を出せばできる限りは配慮してくれるらしい」

 

 どんな要望でも受け付けるって、ウマ娘の勝負服職人って相当の腕前なんだろうな。勝負服が似合わないウマ娘を今まで見たことがない。

 

「それじゃあ、あまり走るのに邪魔にならない程度でいいので……その、少しだけ可愛らしいデザインにしてもらえますか……?」

 

「可愛らしいデザインか……意外だな、スズカは機能性重視でシンプルなデザインを好むと思ったけど」

 

 装飾って結構邪魔になりそうだしな……いや、邪魔にならないように出来てるのかもしれない。たまに凄い装飾の勝負服とかあるし。

 

「え〜いいじゃないですか。私も可愛くてフワフワとした勝負服着たいですよ。そうですよね!スズカさん」

 

「ええ、それもあるんだけど。色んな人に夢を届けるためには、やっぱり勝負服も大事だと思ったんです」

 

 可愛らしいデザインの方が老若男女共にウケはいいだろうしな。ウケ狙いというか、本当に色んな人に夢を届けたいんだろうな。

 

「分かったよ、要望をしっかりと出しておくよ」

 

「ありがとうございます」

 

「今から楽しみですね〜スズカさんの勝負服姿」

 

 とりあえずはこれで問題ないな。俺はデザインとかは出来ないから、後は職人さんに任せるとしよう。

 

 そんな感じで話を終えると、急にトレーナールームの扉が勢いよく開かれ、1人のウマ娘がそのまま俺の机の後ろに隠れた。

 

「すいませんが少し匿ってくださいませんか!?」

 

「マックイーン?急にどうしたんだそんなに急いで」

 

「ちょっと静かにしてくださいませ!彼女がきますわ」

 

 誰かに追われているのだろう。マックイーンを追っかけるやつって誰だろう。この状況にスズカとスカイは唖然としてるし。

 

「おーい!ここにマックちゃん来なかったか?」

 

 誰から逃げてると思ったらゴルシか……あんまり関わりとかなさそうだけど。ゴルシが一方的に絡んでるパターンかな?

 

「急に入って来るなよゴルシ!一応他のトレーナールームなんだから」

 

「いや〜マックちゃんを将来はうちのチームに入れようと思って追いかけ回してたんだけどな。そっか、お前か。お前なら大丈夫だろうな」

 

 俺なら大丈夫ってなんのことだ?妙にしんみりとした顔をしてる。ゴルシにしては珍しいな。

 

「とりあえずマックイーンなら来てないぞ、他をあたってくれ」

 

「おう!じゃあな」

 

 マックイーンがいないと判断したのか、速攻で部屋を出ていった。全く人騒がせなやつだな……

 

「相変わらず凄いですね、ゴールドシップさんは……」

 

「本当に嵐みたいな人だよね〜見てて面白いんだけど被害には遭いたくないかな」

 

「全くだ。ほら、ゴルシはどっか行ったから、もう大丈夫だぞマックイーン」

 

 俺がゴルシが去ったのを確認して、マックイーンにそれを伝えると机の後ろから出てきた。

 

「唐突に部屋に入ってしまったこと謝罪致しますわ。何故か彼女に気に入られてしまったらしくて、よくちょっかいをかけられますの」

 

「そりゃ大変だな……あんな破天荒なやつに捕まったら何されるかわかんねえ」

 

 沖野先輩が無人島に連れてかれたとか、ゴルゴル星に行ってくるとか、トレーニング中に雀卓を掃除したり1人の将棋してるとか。色々な話を聞かされたからな……

 

「全くですわ……そういえば、あなたと会うのもあの時以来ですわね」

 

「そういえばそうだな。どうだ?あの後から調子の方は」

 

「栄養バランスを考えて、食事の量を増やしましたの。最初の方は不安でしたが、少しずつ体のキレが良くなってきて体重が増えることも減りましたわ」

 

 増えることは減った……つまりまだ増えることがあるということか。きっとスイーツを食べた時とかだろうな。でもそれを無くすともっと増えそうだし問題ない。

 

「そりゃ良かった。アドバイスが余計なお世話にならなくて良かったよ」

 

「あの〜私とスズカさんが置いてけぼりなんですけど、メジロマックイーンさんとトレーナーさんって知り合いなんですか?」

 

「私は何も聞いてないんですが、トレーナーさん?どういうことですか?」

 

 そういえば、スズカにはあの日マックイーンに会ったこと隠してたんだった……スカイに関しては他のウマ娘とケーキ食べてたなんて言ってないし……

 

「いや……別に隠してたわけじゃなくてですね?」

 

 トレーニング中に別のウマ娘と会ってたってバレただけでスズカに怒られたんだ。それなのに、ケーキ屋でケーキ食いながら担当じゃないウマ娘にアドバイスにしたことまでバレたら……

 

「あそこまで色々お世話してくださったんです。本当に感謝していますのよ」

 

「おい待てマックイーン……」

 

「「トレーナーさん?ちょっといいですか?」」

 

 俺……死ぬの?

 

 

「大丈夫ですの?生きてます?」

 

「あぁ……辛うじてな……」

 

 スズカとスカイはそのまま寮に帰ってしまった。なんで2人とも関節技をあんなに上手く決められるんだ……

 

「あの、2人とも帰ってしまいましたけど大丈夫ですの?トレーニングとかこの後あるでしょうに」

 

「今日は勝負服の要望決めだけだったからな。この後のトレーニングはないんだ。スカイはまだ俺の担当じゃないしな」

 

 今日がトレーニング日じゃなくて良かった……後で2人には謝罪するとしよう。許してくれるよね?

 

「勝負服ですか……私も早く袖を通したいですわね」

 

「マックイーンにも夢ってあるのか?」

 

「私はメジロ家の者として天皇賞春の連覇を目指していますの」

 

 天皇賞春か……長距離レースの中でも距離が長いG1レースだ。集まるのは並々ならぬ強者達だろう。それを連覇か……それにしてもメジロ家の者としてねぇ……

 

「っは!私はまだトレーナーを決める気はありませんので、スカウトしてもダメですわ!」

 

「いや、そんなつもりは無かったけどどうしたんだ急に」

 

「メジロ家は名の知れた名家ですので、私の目標を聞いて私のトレーナーになりたいと言った人物は多くいますの」

 

 桐生院と同じでネームバリューってやつか。名家の出だから才能があり実力者だと思われる。だからそれを狙って声をかけてくるトレーナーも多いか。

 

「マックイーンの才能は確かなものだろう。テイオーと並ぶ天才だって噂で聞いたよ。でも、自分の夢を持ってないウマ娘を担当する気はないよ」

 

「だから、私には天皇賞春を連覇するという夢が……」

 

「それはあくまでもメジロ家の夢だろ?俺はメジロマックイーンの夢が聞きたかったんだが」

 

 マックイーンの夢は使命によるものであって本人の物ではない。自分の為じゃなくて、メジロ家という看板のために走ってるんだ。

 

「私はお祖母様と約束したんですわ……メジロ家に恥じぬ走りをすると」

 

「まぁ、今はいいか。お前もそろそろ戻らないといけないだろ。また自分の夢と言える物が出来たら教えてくれよ。スカウトとか関係なく、ウマ娘の夢ってのは聞いてて心躍るからな」

 

 ウマ娘の夢ってのはみんなキラキラしていて、聞いて気分の悪いものじゃないからな。

 

「そうですか……今日はありがとうございましたわ、それでは」

 

「そうだ、最後に聞きたいんだけどマックイーンってどんな走りが好きなんだ?」

 

「今は基本的に先行策で走ることが多いですけど、こう見えて逃げで先頭を走るのも結構好きですのよ」

 

 最後にそう笑いながら言って部屋を出ていった。意外と大胆なところもあるんだな。

 

 そんなことを考えながらスズカとスカイに謝罪の連絡を入れる。スカイは弄ってくるくらいでそんな怒ってなかったが、スズカは少し不機嫌そうだった。

 

ーーー2週間後ーーー

 

「スズカ!勝負服が届いたぞ!」

 

「本当ですか!早く見てみたいです」

 

「どんな勝負服なんですかね〜セイちゃんも楽しみです」

 

 2週間で勝負服仕上げる職人って何者なんだろうか。中々に末恐ろしいな。

 

「これが勝負服だ。着てみてくれ」

 

 勝負服をスズカに渡してウキウキで俺も待っていた。担当ウマ娘の勝負服だからな、楽しみでしょうがないんだ。

 

「いや!トレーナーさんは出ていかないと!ほら早く早く」

 

 あっ俺は男だからな、流石に俺がここにいたら問題になるな。スカイが押すように俺を部屋を追い出したので、そのまま部屋の外で待つ。

 

 

「トレーナーさん!スズカさん着替え終わりましたよ」

 

 スカイが、スズカの着替えが終わったことを知らせてくれたので部屋の中に戻った。

 

「おぉ……これは凄いな」

 

「似合ってますか?トレーナーさん。可愛すぎたりしないでしょうか」

 

 スズカの勝負服は白と緑をベースにした落ち着いたカラーリングだが、スカートタイプの勝負服で派手過ぎはしないけど結構フリフリしたデザインになっていた。

 

 落ち着きつつも可愛い勝負服だが、スズカが着るとなんだか綺麗にも見えてくる。勝負服職人……恐ろしい人!

 

「とっても似合ってるよ!色もスズカに合ってるし、フリルも付いてるけど派手すぎず可愛さを引き立ててると思う」

 

「いいな〜私も早く着てみたいな〜」

 

「これでダービーへの準備は整った。クラシックのうちの一冠、取りに行くぞ!」

 

「はい!」

 

 後はダービーに挑むだけだ。勝負服も届いたし、ライブも前回のレースから完璧だ。肉体の仕上がりもいい、今のスズカなら、どんな運命でもねじ曲げて勝ってしまいそうだ。

 

 それじゃあ乗り込んで行くとしよう、俺たちのダービーに、見せつけてやるサイレンススズカの輝きを。

 




マックイーンと話す時間が意外と伸びてしまった。


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第33話:挑戦!東京優駿日本ダービー!

いつもよりも2000文字程度多い文章になっています。


 今日はついに日本ダービー当日だ。出走ウマ娘の待機場に来るまでに、いつもより多くの観客が居たのが見えた。さすがはG1レースだ、規模がちがうな。

 

「スズカ大丈夫か?緊張とかしてないか?」

 

「不思議と体は軽いんです。緊張はしているんですけど、それ以上に、早くこの舞台で走りたい、勝負したいって気持ちが溢れてきます」

 

 今日のスズカは闘志に溢れてるな、俺はこんな緊張して押し潰されそうなのに。勝つって信じてはいるけど、この規模の大きさに少しやられてしまった。

 

「今日のレースには、前回トップ争いをしたフクキタルもいるしランニングゲイルもいる。そしてなにより、今回のレースにはハッピーミークが出走する」

 

「フクキタルもミークちゃんもランニングゲイルも強敵だと思います。でも、私がやることは一つだけです。全力で走ってゴールを目指します」

 

 数ヶ月前のスズカからは想像もできないな……弥生賞やフクキタルとの勝負、そしてルドルフとの模擬レース。その勝負を経て成長してるんだよな。

 

「なら、俺から言うことはない。お前の走りを観客達に見せつけてやれ!」

 

「はい!」

 

 スズカに言うことを言い終えると、ガチャっとドアが開く音がした。待機室は関係者以外立ち入り禁止だったはずだけど……

 

「あはは〜来ちゃいました」

 

「ここは関係者以外立ち入り禁止でスカイはまだ入れないはずだけど?」

 

「警備員さんの目を盗んでちょっと頑張っちゃいました」

 

 もし見つかったらどうするつもりだったんだ……俺の名前を出してどうにかするのか。

 

「こんなところまで来てどうしたのスカイちゃん」

 

「実は、スタート前にスズカさんに言っておきたいことがありまして」

 

 スカイもスズカを応援しに来たのか。結構いいところもあるんだな、普段は人のことおちょくってばかりなのに。

 

「このレースの結果で、私がトレーナーさんの担当になれるか決まるんですよ」

 

 って自分のことを気にしてきたんかい。聞いててそう思ったがそんなこともないようだ。スカイが珍しく真剣な顔をしてる。

 

「負けないでください……いや勝ってきてくださいね。応援してますから」

 

「ええ、もちろんよ。観客席で見ててね私の走りを」

 

 最初から、応援してるから頑張ってくださいって言えばいいのに。スカイも不器用なやつだな。

 

「そろそろ俺たちは観客席に行くよ。せっかくの大舞台に数多い強敵たち、全力でこのレースを楽しんでこい!」

 

「はい!」

 

 スズカを見送って、俺たちは観客席に向かう。葵さんと沖野先輩に東条さんと合流する予定だ。

 

「葵さん、久しぶりですね。今日はいい勝負にしましょう」

 

「よろしくお願いします。今日は負けませんよ」

 

 観客席で合流すると、葵さん、東条さん、沖野先輩、スペの順番で座っていた。

 

「スペも来てたのか、ありがとうな」

 

「スズカさんの初めてのG1ですから。見ないわけにはいかないです」

 

 スペが俺の元を訪れてからは、俺には素っ気ない対応しかしない。本人が納得しきらない形で逆指名を断ったからな……苦手意識を持たれてもしかたない。あとスカイさんはスペちゃんのことそんな目で見ないであげて?お友達でしょ。

 

「先輩と東条さんもありがとうございます」

 

「まぁ、スズカの走りが気になるのもあるな。でも、クラシックの中では最高峰のレースを見逃すわけにはいかない」

 

「私も同じよ。あとルドルフがこのレースを見たいって言ってたしね」

 

 ルドルフも見に来てるのか。できる限りはレースを見に来てるのか。ただでさえ忙しいだろうに。

 

『出走するウマ娘達がパドックに入場します』

 

 日本ダービーに出走するウマ娘が1人1人紹介されていき、今日1番の難敵になりであろうハッピーミークが入場した。

 

『3枠5番ハッピーミーク!皐月賞を見事勝利した勢いで今日も勝利できるのか!3番人気です』

 

『彼女は皐月賞を取ったので、今回は2冠目の挑戦になりますね。彼女の堅実ながらも力強い走りに注目ですよ』

 

「凄い仕上がりだ……例年に比べて平均的にレベルも高いが、その中でも1つ抜けてるな」

 

「ミークと私は3冠を取ると約束しました。絶対に負けません」

 

「そういうのはスズカさんを見てから言って欲しいですね〜」

 

 スカイ……頼むから煽らないでくれ。俺から見ても、ハッピーミークの仕上がりは素晴らしいものだった。皐月賞をテレビで確認してはいたが、あの時よりも更に強くなっているな……

 

『4枠8番サイレンススズカ!G1レース初出走ということもあり4番人気です』

 

『彼女はG1レース出走は初めてですが、彼女の走りは世間では逃亡者と言われる程の逃げ足です。彼女が初のG1でどのような走りを見せるのか注目が集まります』

 

 スズカはパドックに立つと、観客席に手を振って笑顔を振りまいている。

 

「サイレンススズカも負けず劣らずね。でもあんな調子で大丈夫かしら、緊張感足りてないんじゃない?」

 

「スズカはその緊張感すら楽しんでるんですよ。それに、今日のスズカはいつも以上に燃えてますよ」

 

「はぁ……スズカさんかっこいいです」

 

 俺たちがスズカの話をしている横で、スペはスズカに見とれていた。本当にスズカのことが好きなんだな……

 

『7枠14番マチカネフクキタルです!先日のレースではサイレンススズカとトップを競い合いました、今日はそのリベンジを果たせるのか!?11番人気です』

 

『なんだか調子があまり良くないようですね。大丈夫でしょうか』

 

 フクキタルはあまり調子が良くなさそうだ。噂ではシラオキ様の声が最近あまり聞こえないとかなんとか。

 

「柴葉さん、今日のミークは今までで1番調子がいいです。前の勝負ではサイレンススズカさんの不調で不完全燃焼でしたけど、今日こそ決着をつけましょう」

 

「もちろんです。スズカもあのレースでは悔しい思いをしました。あの時とはもう違う、リベンジさせてもらいますよ」

 

 葵さんも燃えている、かくいう俺も興奮が収まらないんだけどな。さっきの緊張が嘘のようだ。

 

「トレーナーになって、たった2年でここまで上りつめるだけはあるわね。初めてのG1、しかも日本ダービーでそこまで堂々といられるなんて」

 

「全く嫌になっちまうよ、仲のいい後輩達がここまで優秀だとな」

 

 

「スズカさん大丈夫でしょうか……なんか他の人達もとっても強そうです」

 

「なになにスペちゃん、スズカさんが勝てないと思ってるの〜?」

 

「いや……そうではないですけど。もしもがあるかもしれないじゃないですか。なんでスカイちゃんはそんなに余裕そうなの?」

 

 私も別に余裕なわけじゃない。これだけの観客がいて、自分の知り合いが走るんだ。緊張していないわけではない。

 

「私はスズカさんを信じてるからね〜隣で走ることがあるけどスズカさんは勝つよ。そう約束したしね」

 

「スカイちゃんはいいな……このレースでスズカさんが勝てば同じメンバーだもんね」

 

「スペちゃんと一緒にトレーニングしたいけどね〜トレーナーさんにも考えがあるみたいだし、それを尊重するよ」

 

 私は、スズカさんと同じチームに入りたくてトレーナーさんの下に行くわけじゃない。スズカさんのことはもちろん好きだけどね。

 

 スペちゃんは少しつまらなそうな顔をしてトラックの方を向く。気がつけば、ゲート前まで出走メンバーが集合していた。

 

 

「スズカさん今日は負けませんよ!」

 

「あらフクキタル、最近はあまり調子が良くないって聞いてたけど」

 

 シラオキ様が誰かは分からないけど、フクキタルにとっては力の源と言ってもいい存在らしい。力の源無しでも大丈夫なのかしら?

 

「これもきっとシラオキ様が私に強いる試練……負けるわけにはいかないのです!」

 

「そうなのね……いい勝負にしましょうね」

 

 宣戦布告を終えたようで、フクキタルは私のところを去っていった。そうするともう1人のウマ娘に声をかけられた。

 

「私はあの日のレースで勝ったと思ってない……今日こそ決着をつけます」

 

「ミークさん……私も負けないわ。そのためにトレーナーさんと今日まで頑張って来たんだもの」

 

 お互いに言葉を交わしてゲートインの準備をする。そして直ぐにゲートインすることになる。

 

 

『ウマ娘達がゲートインしました。芝2400mバ場状態は良となっております』

 

『東京優駿日本ダービー……それぞれの想いを胸に2400m先のゴールを目指します。そして今……スタートしました!』

 

 スタートはスズカが先頭を取った。ルドルフとの模擬レースで得たコンセントレーションを完璧にものにしているな。あのスタートに付いていけるウマ娘はそういないだろう。

 

『サイレンススズカが先頭を取ります!美しいスタートです』

 

『周りが出遅れてるのではないかと錯覚するほど綺麗なスタートですね』

 

「コンセントレーション……ルドルフの模擬レースで完璧にものにしたのね……凄いセンスね」

 

「東条さんのおかげですよ。本当に感謝してます」

 

「おいおい後輩よ、レースはまだ始まったばっかりだぜ?」

 

『400mを通過しました。先頭は変わらずサイレンススズカ。2番は距離を置いてハッピーミークです』

 

「よし……ミークそのペースです。1回突き放されたらサイレンススズカさんの一人旅です。それだけは阻止しないと」

 

 ハッピーミークは少し前めな先行策か。スズカのことをかなり意識した作戦だな。他のウマ娘達の多くは、スズカとミークが掛かっていると判断したのかスピードを落とす。

 

 その後はしばらくレースに動きは無かった。しかし、1800mをすぎたところでレースは一気に動き出す。

 

『おおっと!残り600mのところでハッピーミークがペースを上げていく!後方に控えていたマチカネフクキタルとランニングゲイルも前に出ていきます』

 

 ハッピーミークを初めとしたウマ娘が勝負を仕掛け始めた。スズカのペースがここから落ちないことを知ってるウマ娘と、そう判断したウマ娘達だ。

 

「大変ですよスカイちゃん!周りも一気に前に出てきましたよ!」

 

「大丈夫だよスペちゃん。スズカさんの本領はここからなんだから」

 

『レースは終盤、残り400mの看板にさし掛かろうとしているが……ハッピーミークが一気にペースを上げてきた!このままサイレンススズカに並ぶか!?』

 

(スズカ……今日は最高の場所、最高の環境、そして何よりも最高の相手がいる)

 

「いけぇぇえ!スズカァァァア!お前の走りを見せつけてやれ!」

 

『ハッピーミーク追いつくか……いや追いつけない!サイレンススズカがハッピーミークよりも更に速い加速を見せる!』

 

 

(ミークさんが後ろから追ってくる……でも、私もここからよ。あの日の走りが体に染み付いてるんだもの)

 

『残り200m!ハッピーミーク!サイレンススズカを差し切れるか!?』

 

(苦しいはずなのになんだか楽しい……この先頭の景色を見ていると力が湧き出てくる。何よりもこの景色を見させてくれたトレーナーさんのためにも、スカイちゃんのためにも……そして私自身のためにも勝つ!)

 

【先頭の景色は……譲れない!】

 

『おぉっとなんてことだ!残り200mでサイレンススズカが更にスピードを上げていきます!そのままスピードを上げて行きます!』

 

「ミーク頑張ってぇぇ!」

 

『ハッピーミークもペースを上げて行きます!他のウマ娘達は2人のペースに追いつけません!しかしハッピーミークも追いつけません!』

 

『今サイレンススズカが1着でゴールしました!3バ身差をつけてハッピーミークが2着でゴールします!』

 

 スズカがゴールした瞬間、観客席が一瞬静まりかえった。しかし、それは直ぐに歓声へと変わる。

 

『これは凄い!サイレンススズカレコードタイムです!サイレンススズカがレコードタイムを更新して日本ダービーを制しました!』

 

 俺と葵さんは立ち上がり、2人のもとに向かって観客席を去った。

 

 

「スズカさん……凄かったです。全然追いつけなかった」

 

「ミークさん……私はあなたが相手だったからここまで走れた気がするの」

 

 支えてくれたトレーナーさんの力もある。でも、相手がミークさん程の強敵だったからこそここまで速く走ることができた気がする。

 

「次は負けない」

 

「私も負けません」

 

 ミークさんと話しているとトレーナーさんが私のところまで駆け寄って、そのまま抱きしめた。

 

「えっと、そのトレーナーさん……?どうしたんですか?」

 

「すっすまん。嬉しすぎて勢いで……」

 

 私も急に抱きつかれて混乱してしまった。別に嫌ってわけじゃないんだけど……

 

「抱きつくのはダメです。だから代わりに頭を撫でてください」

 

「おう?本当によくやってくれた勝利してくれただけで嬉しいけど……まさかレコードで勝つとはな」

 

「私達は先に戻りますね。行こうミーク」

 

「はい……トレーナー」

 

 葵さんとハッピーミークは去り際に涙を流していた。俺たちのことを気遣って戻って行ったんだ……今すぐにでも泣き出したい気持ちを抑えて。

 

「今日のレース……上手く言えないけど運命を変えるような走りだった」

 

「運命ってトレーナーさんって、結構ロマンチストなんですね」

 

 俺の発言にスズカは笑みを洩らす。結構真面目に言ったんだけどなぁ……

 

「ほら、この後はウイニングライブだ。しっかりとしめるぞ!」

 

「はい!」

 

 

 ウイニングライブの観客席では、俺と沖野先輩、スカイとスペの4人で並んで見ていた。東条さんと葵さんは別のところで見るそうだ

 

「オハナさんは相変わらず優しいんだから」

 

 先輩がこう言ってるてことは、葵さんのことを気にかけて東条さんは葵さんに付き添ったのだろう。本当にあの人は面倒見がいいんだな。

 

 俺たちが待っているとライブが始まった。今日のライブ曲は【Special Record】だ。レコード勝利を収めたスズカにはちょうどいい曲だ。

 

「スズカさんとっても綺麗です……私もあの舞台でライブしてみたいな。スカイちゃんもそう思いませんか?」

 

「そうだね〜私もこの舞台でライブしたいね」

 

 まぁ、このレースで日本ダービーでセンターを取れるのはどちらか1人だけだよスペちゃん。私はスペちゃんと戦うことになる相手なんだから。

 

「なんだ後輩泣いてるのか?」

 

「いやぁ……この歳になって泣くとは思わなかったんですけど。喜びが抑えられなくて」

 

 胸の中から喜びの感情が溢れ出てくる。ついに勝ったんだなスズカとG1、しかも日本ダービーで。

 

「いいじゃねえか別に。担当ウマ娘が喜んでるんだ、見ろよあの笑顔。お前だって泣くほど喜んだっていいじゃねえか」

 

 勝負服で踊るスズカは今まで以上に輝いていた。何よりもライブに気持ちがこもっていた。

 

 その後無事にライブは終わってスズカと一緒に学園に戻るために一緒にいた。スカイは『いや〜私もそこまで野暮じゃないですよ』と言って先に帰ってしまった。

 

「トレーナーさん」

 

「どうした、スズカ」

 

「私はトレーナーさんの夢を叶えることができましたか?」

 

 夢か……スズカはG1で勝ったんだ。夢を達成したと言っても過言ではない。でもそれは過去の話だ。

 

「そうだな、自分の担当がG1に勝つことは夢だった。でも今はスズカもスカイもいる、もっと先に行きたいと思ったよ」

 

 夢を叶えたらそれで終わりじゃなかった。また新しい夢ができた、そうやって夢は紡がれていくんだ。

 

「今日の勝利は大きなものだ。でも、スズカはまだクラシックでシニア級がこれから待ってる。いわば今日のレースはその通過点だ。もっと上を俺と目指してくれるか?」

 

「もちろんです!私も、もっと色んな娘と走りたいです。色んな人にもっと夢を届けたいです!」

 

「それじゃあ、またトレーニングに向けて、今はゆっくり休もう」

 

「はい!」

 

 こうしてお互いの寮に戻って行った。これからのレースはもっと厳しい戦いが待ってるだろう……そのためには今は休まなきゃ。

 

 こうして俺たちの日本ダービーは幕を降ろした。この日のレースで確かに運命を変えた、俺はそんな気がした。




スズカとトレーナーは運命を変えました。これからのレース結果はどうなっていくのでしょうかね。

レコード勝利についてなんですけど、その辺の知識がないので詳しいことは書けませんでした申し訳ないです。


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チーム結成
第34話:対決!選抜レース!


評価投票者数10人突破しました!評価してくださった方も見てくれてる方もありがとうございます!


 日本ダービーが終わってからしばらくは、インタビューに追われることになっていた。今までもちょくちょくインタビュー依頼は来ていたけど、ここまでのことはなかったな……

 

 新聞にもでかでかと『異次元の逃亡者サイレンススズカ!日本ダービーを制す!』なんて書いてあった。異次元の逃亡者とかかっこいいじゃん。

 

 1人だけ凄い印象に残ってる記者がいたな。乙名史記者だったか、あの人は凄かった。

 

「ズバリ!次の目標レースはなんですか!」

 

「まだ決めかねています。スズカはマイルから中距離まではスピードが持ちますけど、長距離は苦手ですから。本人と話し合ってこれからの方針を決めていく予定です」

 

 俺がそういうと彼女はプルプルと震えている。彼女が望んだような答えは出せなかったか。

 

素晴らしい!目の前の名誉や名声のことを考えずにあくまで担当のことを考えるその姿勢。本当に素晴らしいです!」

 

 あれは本当にびっくりしたな、急にあんな大声出すんだもの。

 

 インタビューが落ち着いてきた頃に、俺はスカイをトレーナールームに呼び出した。日本ダービーを勝つというスズカとの約束は果たした。次はスカイとの約束を果たさないとな。

 

「スカイ、俺はスズカがダービーを勝った功績によって実績が認められて、複数のウマ娘を担当することを許されるだろう」

 

「私もやっとトレーナーさんの担当になれるんですね」

 

 俺が担当になれると分かったスカイは、嬉しそうに笑って尻尾をユラユラと揺らしている。

 

「でも〜明日まで待ってくれませんか?」

 

「明日?俺は別に構わないけどなんでだ?」

 

 明日……なんかあったっけかな。それとも今日だとなにか都合が悪いのだろうか。

 

「明日は選抜レースがあるんですよ。そのレースをトレーナーさんに見てもらいたいんです」

 

 スカイなりのケジメなのだろうか。今更スカイの才能を疑うまでもない。スズカとトレーニングをすることもあったから、彼女の凄さはよく分かってる。

 

「分かったよ。スカイがそう言うなら、明日のレースを終えてから契約をしに行こうか」

 

「ありがとうございます。それじゃあ私はこれで失礼しますね〜」

 

 俺はまだスカイのトレーナーじゃない。だからこそ、明日のレースのアドバイスはしない。スカイもそれを望んではないだろうしな。今のスカイの実力を見せてもらおう

 

ーーー翌日ーーー

 

「悪いなスズカ、付き合わせちまって」

 

 レース当日は、スズカと俺の2人で見にいていた。スカイの話をスズカにしたら、自分も見に行きたいと言うので連れてきた。

 

「いえ、私もスカイちゃんの本気の走りを見てみたいですし」

 

 さてと、今日のレースにはめぼしいウマ娘は……あれはキングヘイローか……スカイが負けたくない相手、スカイ負けるなよ。

 

 

「スカイさん、今日はよろしくお願いしますわ。それでも勝つのは、このキングヘイローですけど!」

 

「ははは、そうだね〜よろしくねキングちゃん」

 

 あんなことがあったのに、よくそんな気軽に話かけれるねキングちゃん。それとも皮肉のつもりなのかな?

 

「キングちゃんは今のトレーナーさんとどうやって出会ったの?」

 

「あの方は入学直後の私に声をかけて来たんです。まだ私があの人の娘という噂が広がる前に。しっかりと自分のことを、キングヘイローとして見てくれたんだと思い、当時はトレーナー候補として契約しましたの」

 

 おかしい……あのトレーナーが、私と契約を結んだよりも早くキングちゃんが声をかけられてる?

 

「私もトレーナーさんが着いてくれるんだよね〜」

 

「噂に聞きましたわ。日本ダービーを見事に勝利したサイレンススズカさんの新人トレーナーさんですわよね。さすがはスカイさんです」

 

 このキングちゃんの様子、トレーナーさんと契約するまでにあったことを知らない様子だ。私も1回も問いただしたりしてないで確認をしなかったせいか……冷静に考えればキングちゃんが人のトレーナーを取ったりするわけが無い。これはなにかありそうですね〜

 

「まあいいや〜私はいつも通り走るだけだし」

 

 

 遠目で見てると、キングヘイローとスカイが話終えたようだ。ゲートの前に立つとスカイが欠伸をしている。気が抜けてるなとも思ったが、それを見た他のウマ娘も少し気が抜けているように見えた。

 

「スズカはスカイが勝てるか心配してないのか?」

 

「私はこれでもスカイちゃんのことを信用してるんですよ?今日の相手なら余裕で勝てると思います」

 

 凄い信用だな。俺はキングヘイローが少し怖いと思ったけど、そんなことはないのだろうか……なんか自分が見る目ないんじゃないかと不安になってきた。

 

 俺たちが話しているとウマ娘達がゲートインが完了し、スタートした。

 

 最初に先頭に出たのはスカイだ。さっきの反応を見て、油断していた周りはスカイを捉えられなかった。

 

 スカイが大きく先頭に出てペースを上げている。序盤にしちゃハイペースだがスカイにも考えがありそうだな。警戒していなかったスカイが先頭を駆け抜けているのを見て、後方のウマ娘達がペースを上げている……1人を除いてだが。

 

 スカイは周りが掛かっていることを確認すると、少しペースを落とした。追いかけてた相手のペースが下がって、後方のウマ娘達が今だと言わんばかりにペースを上げた。

 

「すごいな……スカイもスズカと同じ逃げウマ娘だけど、スタイルが全然違う」

 

「私にはあんな走りはできないですよ。さすがスカイちゃん」

 

 スズカは自分のペースで後ろを突き放し、最後にもう一度加速して脅威のスピードで勝利する言わば力技。それに対してスカイは、先頭を取りレースを掌握して相手のペースを乱す技量派ってところか。

 

 レースも残り600mだ。さっきまでスカイを追っていたウマ娘達は、無理なオーバーペースでスタミナが尽きてしまっていた。本人達はオーバーペースで走っていた自覚はないだろうが。そんな中でキングヘイローが後方から上がってくる。

 

「キングヘイローが上がってきたな。周りと違って、スカイに惑わされずにスタミナが残ってる」

 

「スカイちゃんのことを警戒していなかったんでしょうか」

 

「いや違うな。自分の走りとその判断を信じているんだ。自分を信じる自信と、それを揺るがされない根性。大したもんだ」

 

 残り400mでスカイとキングヘイロー以外のウマ娘はかなり後方の方にいて、2人の勝負となった。

 

「キングヘイローが伸びないな……本人の望み通りの走りはしていたはずだが」

 

「違いますよトレーナーさん、伸びないんじゃないです。伸ばせないんですよスタミナが足りなくて」

 

 キングヘイローの顔をよく見ると、かなり苦しそうな顔をしていた。スタミナが切れるような走りはしてなかった気がするが……いや、そういうことか。

 

「よく仕上がった足だと思ったけど……あれはスプリンターよりの足だな」

 

「彼女はクラシック3冠を狙っていると聞いていたんですけど……」

 

 スズカがスカイが勝つと言った理由がわかった。キングヘイローはそもそも中距離を走る肉体をしていないんだ。トレーナーが付いてから時間が経つが……どういうことだ?

 

 その後結局キングヘイローはスピードが伸びずラストスパートをかけたスカイが圧勝した。レース後に直ぐ、キングヘイローはそのままトラックを去っていった

 

「スカイのところに誰か行ったな。誰かのトレーナーっぽいけど」

 

「あれってキングヘイローさんのトレーナーじゃないですか?」

 

 今更スカイに何の用だ?何か文句でも言いに行ったのだろうか。そう思っていたが、何か話を終えると2人でこちらの方に歩いてくる。

 

「あなたが柴葉トレーナーですね。初めまして」

 

「初めまして、何か私の御用ですか?」

 

「いや、スカイが元々はあなたと契約する予定だったと聞きましてね。一応挨拶をと思いまして」

 

 なんだ?どういうことだ、スカイと契約する予定だった?もしかしてスカイはこのトレーナーと契約するのか?でも、あなたの後ろでスカイのことを呼び捨てした瞬間に、めっちゃ嫌そうな顔してますよ。直ぐに笑顔に戻ったけど。

 

「いや〜ごめんなさいトレーナーさん。このトレーナーさんにもう一度再スカウトされちゃって、キングちゃんとの契約を切ることを条件に、再契約することにしたんです」

 

 その発言に俺もスズカも唖然とする。キングヘイローのトレーナーが、彼女との契約を切ってスカイと契約する?1回契約を無下にしたスカイと?意味が分からない。

 

 俺が唖然していると、スカイが俺に歩み寄って来て何かを押し付けてきた。

 

「これは私からの餞別です。頑張ってくださいねトレーナーさん」

 

「あのトレーナーは何かやってると思います……あとはお願いしますねトレーナーさん」

 

 最後にそう耳元で呟くと、録音ボタンがONになって通話が開始している携帯を押し付けられた。たしかに……キングヘイローの件も今回のスカイの件もこのトレーナーは怪しすぎる。

 

「申し訳ないですが、こちらもはいそうですかと言うわけにはいきません。少し2人でお話しませんか?スズカちょっと席を外してくれ」

 

「いいでしょう、彼女を手放すのはあなたもそう簡単に首を縦に振れないですよね」

 

 スカイとスズカがその場を離れて、相手と俺の2人だけになった。ここからが本番だな。

 

「なんで今更スカイと契約をしようと思ったんですか?キングヘイローも十分に才能のあるウマ娘だと思いますが」

 

「彼女はダメだよ、才能はまあまああるがプライドが高すぎる。ツテを使って彼女があのウマ娘の娘という情報を掴んだのに、才能がズバ抜けてるわけではなかった」

 

「じゃあ、何故1度はスカイと契約を切ったのですか!」

 

「彼女は保険だったんだよ。もしもキングヘイローに才能がなかった時の、しかし彼女はキングヘイローに敗れた。保険にするには心もと無かった。仕方がないからキングヘイローに適当にクラシック路線を挑ませて、ある程度才能があるスプリンターとしてトレーニングしていたのさ」

 

 なるほど……だからキングヘイローは今日のレースで負けたのか。スプリンターとして育てられてるのに、中距離レースで勝てるわけが無い。

 

「キングヘイローはそのこと知っているのですか?」

 

「言うわけないさ。プライドの高い彼女のことだ、直ぐに中距離長距離のトレーニングをしろというだろうからね」

 

「あんたは一体!ウマ娘をなんだと思ってるんだ!」

 

「そんなの商売道具に決まってるじゃないか!俺は本当に運がいい。今日のレースでスカイを見て、このウマ娘ならクラシックで戦えることを確信したよ。そして、声をかけてみれば快くスカウトを受けてくれたよ。相当君に不満があったんだろうね」

 

 なんて考えだ……ウマ娘のことなんかなんにも考えてない。自分の利益のことしか考えてないんだ。自分が契約を切ったウマ娘のことなんか考えてない。

 

「そんなにペラペラと色々喋っていいんですか?学園側にバレたら色々まずそうですけど」

 

「新人トレーナーの君が騒ぎ立てたところで、ベテランの俺の言葉と、君の言葉を信じるかなんて言うまでもないだろ?」

 

 腐ってもベテラントレーナーか……ここまで色々やって問題になっていないんだし。一応は周りからある程度の信用はあるのかもしれない。

 

 まぁ、俺の仕事はここまでだ。あとは当の本人達に任せるとしようか。

 

「だそうだけど、君たちはどう思う?」

 

 俺が振り向くと、怒りのあまりに震えているキングヘイローと、目も顔も笑ってないスズカとスカイ、そして威圧感丸出しのルドルフがいた。俺がこのメンバーと対面したら失神しそうだ。

 

「馬鹿な!なんで生徒会長までがこんなところに!」

 

「私たちが呼びに行ったんですよ?」

 

 そう言って、通話中の画面の携帯をスカイが取り出した。なるほど、ここまでの会話はルドルフにも筒抜けってわけだ。

 

「俺の方でも録音はしっかりとさせてもらいました。どうですか?自分が貶めたウマ娘達に嵌められた気分は」

 

 相手のトレーナーが呆然としていると、キングヘイローが駆け足で歩み寄って思いっきりトレーナーのことをひっぱたいた。痛そう……ウマ娘の力であんなことされたら大怪我は確定だな。一応は手加減してるだろうけど。

 

「あなたみたいなトレーナーを信じて、努力してきた私自身に反吐が出ますわ!」

 

「すみません……お礼は今度またさせていただきますが、今は1人にしてください」

 

 俺にそう言い残してキングヘイローは去っていった。信頼していたトレーナーにあんな裏切られ方をしたんだ、相当ショックだろう。

 

「彼の処罰は私に任せてくれ。それ相応の措置がされるはずだ」

 

 ルドルフはトレーナーを連れてどこかに行ってしまった。ルドルフはしっかりとしているが、ウマ娘のことになるとたまに冷静さを欠く時があるけど……あのトレーナー大丈夫なのか……

 

「私たちは契約をしに理事長室に行きましょう!」

 

 スカイは切り替えが早いな……それとも元々この予定だったのだろうか。スカイ……恐ろしい子!

 

「俺たちは用を済ませてくる。スズカはここで解散になるけどいいか?」

 

「はい、早く行ってあげてください」

 

 俺はスカイと一緒に理事長室に向かう。あそこに行くのはスズカとの契約の時以来だな。

 

「失礼します」

 

「どうぞ入ってください」

 

 俺がノックするとたづなさんから返事があった。理事長は業務中だろうか。

 

「おぉ!柴葉トレーナーか、先日の日本ダービーは見事だったぞ!ところで今日は何の用だ?」

 

「今日はウマ娘との契約をするために訪れました。入ってきてくれ」

 

 俺は入口で待たせておいたスカイを呼び込む。

 

「こちらはセイウンスカイです。彼女とは前々から担当契約を結ぶことを約束していたのですが、問題ないでしょうか」

 

「ふむ、君は新人ながらもG1レース、しかも日本ダービーで見事な勝利を収めるほどにサイレンススズカを鍛え上げた。その功績もある、問題はない」

 

 良かった……これでダメですなんて言われたらどうしようかと思った。

 

「こちらの方である程度の処理は済ませてありますので、あとはセイウンスカイさんと柴葉トレーナーの承認があればいつでも契約できます」

 

 さすがはたづなさん仕事が早い……というよりかは前の飲み会の時から準備を進めてくれてたのか。信頼されてるみたいで結構うれしいな。

 

「私はトレーナーさんと一緒にクラシック3冠を取りたいです!契約をお願いします!」

 

「分かりました。今日からセイウンスカイさん、あなたは柴葉トレーナーの担当ウマ娘です」

 

 やっとだ……なんだかここまでとても長かった気がする。スカイにとってはこれからがスタートなんだけどな。

 

「話は変わるが柴葉トレーナー、チームを持つつもりはないか?」

 

「チームですか?俺なんかがですか?」

 

 チームって5人以上からじゃないと認められないんじゃなかったっけ。俺なんかがいいのだろうか。

 

「実は学園のルールを1部改変してな。3名から小規模のチームを持つことができるようになる。サイレンススズカの走りを見れば君がどれほど優秀なのかはよく分かる。引き受けてはくれないか?」

 

「すいません……今はまだ想像できないので1度考える時間を頂けませんか?」

 

 スカイの担当になると決まったばかりで、もう1人スカウトしろと言われてもな……スカウトも簡単なことじゃないし。

 

「承認!急ぐ必要はない。もしもその気になったら是非とも声をかけてくれ」

 

 そうして、俺たちは理事長室を退室した。チームか……メンバーが見つかれば持つのも悪くないかもな。俺みたいな新人でも認められてる証拠だし。

 

「トレーナーさん、改めてましてよろしくお願いしますね」

 

「あぁ、こちらこそよろしく頼む。全力でサポートさせてもらうよ」

 

 こうして俺たちの短いようで長いような1日が終わった。明日からはスカイとスズカ2人の担当トレーナーだ。



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第35話:引き入れろ!キングヘイロー!

あばば、あばばばばばなんで急に伸びててびっくり
あと誤字報告ありがとうございます……ウオッカをウォッカと書いてしまう致命的なミス……


 スカイがメンバーに入ってから少し経ったが、最近スカイの元気がないようだ。なんか良くないことでもあったのだろうか。

 

「どうしたスカイ、最近あんまり元気がないけど」

 

「いや〜……キングちゃんがあの日から授業に出てこないんですよ。ご飯とかは食べてるみたいなんですけど」

 

 それは心配だな……一応食事は取ってるっぽいから体は大丈夫だろうけど、精神的に不安だな……あんなことがあった後だし。

 

「ねぇトレーナーさん。3人でチームを立ち上げないかって、理事長さんに言われてるんだよね」

 

「うん?まぁ、そうだけど担当するウマ娘がな……ってまさか」

 

 キングヘイローのトレーナーは、あの後にクビになったと聞く。つまり、キングヘイローは今担当のトレーナーがいないわけだ。

 

「キングちゃんをスカウトしませんか?才能は申し分ないですよね!」

 

 うーん……俺としては問題はないんだけどな。問題はキングヘイローが了承するかだ。今は部屋からもあまり出てこない状態っぽいしな……

 

「でもキングヘイローが了承するか?俺は彼女とはほとんど接点がないぞ」

 

「それは任せてください。お膳立ては私がしますから、トレーナーさんは最後にキングちゃんのプライドを再燃させてあげてください」

 

 プライドを再燃か……ていうか、俺とスカイの2人で話してるけどスズカにも話さないといけないな。

 

「スズカはいいのか?こんなに早く新メンバーなんて」

 

「トレーナーさんに見てもらえる時間が減るのは少し嫌ですけど……でも、メンバーが増えてチームが持てるってことはトレーナーさんが認められるってことですよね。それなら私はかまいません」

 

 スズカも賛同してるならやるだけやってみるか……上手くいくのか?

 

「とりあえず、キングちゃんは明日の放課後に必ず連れてくるので安心してください」

 

ーーーその晩ーーー

 

「キングちゃん入るね」

 

 私はキングちゃんの部屋に訪れていた。相部屋のウララちゃんには話をして少し席を外してもらってる。

 

「何の用ですスカイさん……こんな落ちぶれた私を笑いにでも来たのかしら」

 

「いや〜最近キングちゃんが授業に出てこないから、何してるのかな〜って」

 

 ベットの上でうずくまっているキングちゃんからは、以前のような覇気を感じられない。体も気持ちやつれている気がする。

 

「何をしてるのか……ね。見ての通り、あの日から何もする気が起きない。最初は怒りの気持ちでいっぱいだったのに、気づいたらやる気が起きないの」

 

「ふ〜ん。たしかに今のキングちゃんになら、短距離でもマイルでも勝てちゃいそうだね〜」

 

 いつものキングちゃんならここで言い返してくるんだけど、その様子は全くなさそうだ。

 

「そうね……私にはあなたを……いや、ここにいる輝くウマ娘達を超える程の才能はないのよ……」

 

「なになにキングちゃん。あんなやつの言ってたこと気にしてるの〜?」

 

 あんなやつの言ってたことなんて気にしなくていいのに。なんでキングちゃんがそんなことを引きずってるの?

 

「あのトレーナーは間違ったことは言ってなかったわ。私には才能なんてないのよ、お母様が言ってたように……

 

「才能……ね。それじゃあ確かめてみようか」

 

「確かめるって?どうするのかしら」

 

「私と明日勝負して。短距離とマイルで勝負しよう、私は1人で走る。キングちゃんは私のトレーナーさんの作戦で走ってよ」

 

 キングちゃんに才能がないって言うのなら、たとえトレーナーの指導があっても勝つことができない。 それに、短距離とマイルでの勝負ならキングちゃんは負けない。トレーナーさんがキングちゃんの自信とプライドを取り戻せばね。

 

「そうですわね、得意な距離でトレーナーの力を借りても勝てないようなら踏ん切りもつくというもの。その勝負お受け致します」

 

「それでこそキングちゃん、それじゃあ明日の放課後待ってるからね」

 

ーーー翌日の放課後ーーー

 

「今日1日よろしくお願いします」

 

 本当にスカイのやつキングヘイローを連れてきたな。しかも、昨晩急に『明日キングちゃんと勝負するから、キングちゃんのトレーナー役よろしくね〜』なんて言われた。急いでキングヘイローのデータとか集めることになった……

 

「ああ、よろしく頼むよ。1戦目は短距離だからな、スカイが1番苦手と言ってもいい距離だ。それでも逃げで来るだろうから、こっちは先行策でやろう」

 

「えっと、それだけかしら?」

 

「ん?そうだけど、これ以上なんかあったか?」

 

 キングヘイローのレースセンスとその足があれば、スカイ相手に近距離で負けることはまずありえない。

 

「そう……それじゃあ行ってくるわ」

 

 このトレーナーさんも結局私に期待なんてしていないのね。自分の担当ウマ娘に負けたウマ娘ですもの、当然ですわね。

 

 

「キングちゃんよろしくね〜なんだか今日ならキングちゃんに勝てる気がするよ」

 

「そうね、よろしくお願いしますわ」

 

 スカイさんもいい人ですわね、こうやって走ることで諦めさせてくれるのだから。

 

 その後ですぐにスタートした。先頭はスカイがとった。少し後ろの方にキングヘイローが控えている。

 

(ここまでは理想通りの展開だな)

 

 そして残り500mになった。キングヘイローが少し前に出ようとする。

 

(仕掛けるならここですわ!……)

 

『キングには才能が足りなかった』『あなたがトレセン学園に入っても辛いだけです』

 

(ここで……いいのかしら)

 

 仕掛けると思っていたキングヘイローは仕掛けなかった。結局その後はスカイがトップでゴールする。

 

「ガッカリですわよね。あのウマ娘の娘がこの程度の才能しかないなんて」

 

「ああガッカリだ。一流を口にするウマ娘の走りがこの程度だったと思うとガッカリするよ。今は良くて3流ってとこだ」

 

「そうですわ、私には結局才能なんてないのよ」

 

「才能?何言ってんだ 、圧倒的レースセンス、惑わされない絶対的自信、誰にも負けまいとするそのプライド。才能のバーゲンセールだ」

 

「なのになんださっきのレース。負けまいとする闘争心もなければ自信も無くレースセンスも生かせない。がっかりだよこんな3流ウマ娘だったなんて」

 

「うるさい!うるさいですわ!あなたに私の何が分かるの!どうすればいいって言うのよ!」

 

「お前が何を考えてるかは知らない。でも一流になるのに才能が必要か?3流でも汚らしくもがいてトレーニングすればいいじゃねえか。そうすればいつか2流だ、それを繰り返せばお前は一流だ。そしてお前にはそれが出来る努力の才能があるじゃねえか!」

 

「あなた何を……」

 

「今勝てなくたっていい、勝つべきレースのために足掻いてもがいてひたすら鍛えて。そうしていけばいつかお前は一流だ」

 

 努力の天才ってのはいるんだ。それで他の才能を開花させていけばいいだけだ。

 

「だから今は足掻け!できる限りを尽くして、勝利をもぎ取るんだ!自分を信じろ!お前は強い!」

 

「全く……おばかなんだから。いいですわ!あなたには私の勝利を受け取る権利を差し上げますわ!」

 

「勝ち取ってこい。自分自身を信じるんだ」

 

 

「スカイさん待たせてしまったわね」

 

「いや〜私は別に問題ないけど〜」

 

「残念だけどあなたにはこのレース負けていただきますわ!」

 

 勝てないかもしれない、でも今できる限りのことをするのよ。たとえそれがどれだけ泥臭くても。

 

「へぇ〜それは楽しみだね」

 

 

「キングさん大丈夫ですかね?」

 

「大丈夫だよ、キングヘイローは弱いウマ娘でも才能のないウマ娘でもない。彼女は自分を信じたが周りは彼女を信じなかったんだよ」

 

「トレーナーさんは信じているんですか?」

 

「当たり前だろ」

 

 レースがスタートした。レース展開はさっきとほぼ同様だった。しかし、残り600mのところでキングヘイローが一気にスピードをあげる。あのスピード尋常じゃないな。

 

「凄いですね。あのスピードじゃ私もすぐ抜かされそうです」

 

「ただ問題はスタミナだ、最後まで走りきれるかだ」

 

 

(肺が痛い……足が重い、でも動きますわ!)

 

 あれはすごいな、ラスト100mは根性で走りきってる。しかも仕掛けるタイミングも完璧だった。

 

 ゴールすると、キングヘイローはそのまま倒れ込んでしまった。息も切らして、身体中も汚れている。

 

「大丈夫か!?」

 

「えぇ……私は勝ったわよ、一流の走りだったかしら」

 

 レース展開は良かったが圧勝では無いし。息も切らして身体中泥だらけ。一流とはいえないな。でも。

 

「一流とは言えなかったけど、かっこいいと思ったよ」

 

「そう……あなたには、私のトレーナーになる権利をあげるわ!元々そのつもりで呼んだんでしょ?」

 

「それは光栄だ、よろしく頼むよキングヘイロー」

 

「私のことはキングと呼びなさい!」

 

 そんな中近くでスカイが満面の笑みを浮かべていた。全く、スカイの予定通りってところか。とりあえず、契約するためにキングと理事長室に行こう。



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第36話:結成!チームレグルス!

第1話から数話にかけて誤字報告をいただきました。おかげで文章も少しずつまともになっていると思います。ありがとうございました

先日に大きく伸びたと思ったら評価お気に入り評価を沢山いただけて嬉しい限りです!


 スカイとキングの模擬レースが終わったあと、俺たち4人は理事長室をおとずれた。キングとの契約、そしてチームの結成のためだ。

 

「今日はキングヘイローとの契約と、チーム結成についてお話に伺いました」

 

「驚愕!セイウンスカイとの契約からまだそんなに日が経っていないのに、新しいウマ娘をスカウトしてきたのか」

 

「キングヘイローさんですか。先日の件は学園側からも謝罪させていただきます」

 

「起こってしまったものは仕方ないですわ。学園側の早急な対応に感謝するわ」

 

 キングも先日のことで学園側にとやかく言う気はないらしい。これはたづなさんから聞いた話だけど、あのトレーナーは前々から怪しくて、学園側も目を付けていたという。それでも不正を暴け無かったんだ仕方がない。

 

「キングヘイローとの契約の件は問題ない!しかし、チーム結成のためには、チームメンバーとチーム名が必要だ」

 

 チームメンバーはキング、スカイ、スズカの3人で規定人数に達している。チーム名も俺がもう決めてある。

 

「チーム名は決めています。レグルス、チームレグルスです」

 

 トレセン学園では、チーム名に星の名前を付ける生業がある。だから、一等星の中でも輝きが強いしし座のレグルスにしようと決めていた。

 

「承認!チームレグルスか、一等星の名をチーム名にするトレーナーは久方ぶりだな」

 

「そうですね、一等星の名を掲げるチームはどこも強豪ばかりですから。萎縮して皆付けたがらないんですよ」

 

 そうなのか……え、そんな話初めて聞いたんだけど。でも冷静に考えてみれば、東条さんのチーム名も一等星のリギルだったな……チーム名間違えたか?

 

「名前に恥じないチームを目指して行きたいと思います」

 

 どうせなら目標は高くだ。それに、このメンバーならトップチームを目指せるだろう。

 

「それでは、あとの処理はこちらで済ませておく。質問がなければ退出してもらっても結構だ」

 

 理事長室を退出し、チームルームに移る。トレーナールームよりも広い部屋で、チームを持つトレーナーに振り分けられる。

 

「いやー結構広いな」

 

「そうですね〜これでトレーニングサボり放題……って冗談ですよスズカさん?」

 

「そうよねスカイちゃん、トレーニングは真面目にやらないとダメよ?」

 

「全く……騒がしいチームですわね」

 

 最初は俺とスズカだけだったのにな。スカイと出会って、キングと引き合わされて。いいチームメンバーに会ったもんだ。

 

「とりあえず、チームレグルスとしての今後の方針を決めていこうと思う」

 

 スズカは日本ダービーに勝った。次のレースはこの流れで菊花賞なんだが、皐月賞も逃した今は菊花賞にこだわる必要も無い。何よりもスズカは長距離が苦手だ。

 

「スズカの次のレースは、菊花賞か天皇賞秋を目指そうと思っている」

 

「天皇賞秋ですか?菊花賞ではなく」

 

「天皇賞秋は2000mのレースでスズカが最も得意な距離だ。スズカなら十分に勝ちに行けると思うんだが……どうだ?」

 

「私は……天皇賞に出たいです。長距離は苦手ですから……」

 

 天皇賞秋か、スズカの力なら十分に1着を狙いに行けるはずだ。しかも2000mという中距離の中でも短い距離だからな。

 

「天皇賞を見据えて、9月に行われる神戸新聞杯に出走する。それまで体を鍛えていくぞ」

 

「次はスカイとキングだな。2人はクラシック路線を見据えてトレーニングしていくことでいいんだな?」

 

「はい」「ええ」

 

「2人で同じ目標を目指すってことは、チーム内での争いになるけど問題はないんだな」

 

 2人とも同じレースに出るってことは、どちらかが勝ってどちらかが負けるということだ。

 

「どっちが負けても恨みっこはなしでね〜」

 

「悔しがっても恨んだりなんかしないわよ。私も全力で挑戦するわ」

 

 2人とも理解した上で、クラシック路線を目指しているんだな。本人達がいいなら問題はないか。

 

「そういえば、キングには夢ってあるのか?」

 

「夢……と言うか目標かしらね。私はお母様を超えたいの、そして、キングヘイローが一流であることを認めさせたいわ」

 

 彼女の母は世界でのG1も制しており、かなり強いウマ娘であったらしい。その母を超えて、一流であることを世間に示したいか……

 

「だったら、G1全距離制覇でも目指してみるか」

 

「トレーナーさん本気で言ってるの!?G1全距離制覇なんて今まで誰も成し遂げたことないんですよ?」

 

 スカイの言いたいことも分かる。G1で全距離を制覇するということは、全ての距離でその専門のウマ娘に勝つ必要がある。難易度は計り知れない。

 

「だな、それこそ世間からの非難もあるだろう。けど、それを成し遂げた時に非難は歓声に変わる。何よりも誰も成し遂げたことの無いことをするんだ、達成したら誰もが認める一流のウマ娘だ」

 

「全距離制覇……いいわ、そのくらいやって見せようじゃない。なんたって私はキングヘイローなのだから!」

 

 キングには圧倒的レースセンスと根性がある。上手く噛み合えば勝利を狙っていける。その為にはスタミナを相当伸ばさないといけないけどな……

 

「厳しい道だぞ。非難は受けるし、負けることも多くあるだろう。トレーニングも厳しくなるから、怪我の心配もある」

 

「そのくらい覚悟の上よ。それに、最初は三流でも何度でも挑戦して二流……そして勝つべきレースで勝って、いつか一流になればいいんでしょ?」

 

 キングの目は本気の目だった。トレーニングのし過ぎで怪我なんてさせないし。世間からは俺が守らないとな 。

 

「もちろん、レースは選ぶし運も絡んでくだろうけどな」

 

「どれだけ泥臭くても勝利は勝利よ」

 

 キングはプライドは高いが、勝つためならどれだけ自分が泥臭くても構わないという勝利への強い執着がある。これはレースでは強みになるな。

 

「というわけで、明日はスタミナ強化もかけてあのトレーニングをやるぞ」

 

「あのトレーニングってまさか……」

 

「またあそこで走るんですね……嫌いではないですけどハードなトレーニングになりますね……」

 

 何も知らないキングはポカンとしているが、山道を走ったスズカとスカイは落胆していた。特にスカイは大分嫌そうだ。

 

「あのトレーニングってなにかしら」

 

「それは明日のお楽しみだ」

 

 スカイがこいつ性格悪いな〜って目で俺を見てくる。いいじゃないかちょっとくらい。

 

「とりあえず今日のミーティングはこれで終わりだ。各自解散してくれ」

 

 ミーティングを終えると、スカイとキングは一緒に部屋を後にした。元々は仲が良かったらしいし、あのトレーナーの件も解決して、蟠りも解けたのだろう。

 

「スズカは帰らないのか?」

 

「私は少しトレーナーさんとお話がしたくって」

 

 話?なんか不満とかあったかな。急にメンバーも増えてチームを設立したりと、実は色々言いたいことがあるとか。

 

「スカイちゃんもキングちゃんもいい子ですよね」

 

「あぁ、2人とも才能に溢れてるし。努力も惜しまないし本当にいいウマ娘だよ」

 

「数ヶ月前までは想像も出来ませんでしたね。デビュー前のウマ娘に新人トレーナーの2人で」

 

「そうだな……よくここまで来れたよ。新人なのにチームを任されるなんてな。スズカが頑張ってくれたおかげだ」

 

 そうだ、成績を残したのはスズカであって俺ではない。周りからは期待されてるけど、そこまで俺にはトレーナーとしての力はあるのだろうか……

 

「違います。トレーナーさんが私を信じて私のために頑張ってくれたからです。だから私も頑張れたんですよ」

 

 これも1種の信頼関係か。お互いを信じてるからこそ頑張れる。

 

「ありがとうなスズカ」

 

 俺はスズカの頭を撫でる。最近は色々ゴタゴタしてたし、こうやってスズカと2人でゆっくりするのは久しぶりだな。

 

「スカイちゃんとキングちゃんが可愛いくていい子だからって、2人にうつつを抜かして私をほっぽらかしちゃダメですよ?」

 

「当たり前だろ。スズカを疎かになんかするわけないじゃないか」

 

 俺の答えに満足したのか、スズカの顔から笑みがこぼれた。スズカは笑うと本当に可愛いな……っていかんいかん、邪な考えを持つのは良くない。

 

「それじゃあ、明日からも頑張ろうな。チームとしての初トレーニングだ」

 

「はい、これからもよろしくお願いしますね」

 

 そうして、俺とスズカは2人で部屋を後にした。新人の俺には、チームを持つっていうのは少し荷が重いが。担当のウマ娘のためだ、頑張ろう。



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第37話:スタミナ強化!地獄の坂道トレーニング

UA20000しおり100件お気に入り200感謝です!


というわけで、チームとしての最初のトレーニングは山道ランニングだ。ダービーの前にスズカが走ってたあそこをキングにも走ってもらおう。

 

スズカは走る準備していて、スカイは憂鬱そうだ、キングは呆然としてる。

 

「どうしたキング、そんな呆然として」

 

「もしかして、今からここを走るのかしら?」

 

「そうだけど?」

 

「一体何キロあるのよ!」

 

「たしか、片道10kmだよ。平地2km上り1km下り1km上り下り5km大きな上り1kmこれが今日走るコースだ。

 

「こんなの走りきれるのかしら……」

 

「完走したのはスズカだけだ、スカイも往復はまだできてない」

 

今のスカイなら走り切れそうだけどな。あの時はスズカに引っ張られてたし。

 

「スズカとスカイは自分のペースで走ってくれ。キングはスカイの後ろで走る形でいこう。準備が出来たらスタートだ」

 

「スズカさん、今日はついて行かせてもらいますよ〜」

 

「あらスカイちゃん、私はあの時よりもっと速くなってるわよ?」

 

「とりあえず、キングの目標はスカイについて行くことだ」

 

「理由を聞いていいかしら」

 

「スカイはスタミナが多いからな、スピード的にもスカイの後ろがいい。多分だけど、キングは走りきれないだろうし」

 

スズカのときでわかったが山道を走るって言うのは結構疲れる。しかも片道10kmだ。スタミナを鍛えてないキングが完走できるわけがないんだ。

 

「ふん!そのくらい走りきって見せるわ!」

 

キングと俺の会話が終わったのでスタートすることにした。

 

「行くぞー位置について、よーいどん」

 

スタートした。最初はスズカが先頭に出た。スカイが最初はスズカについて行こうとしていたが、スズカのスピードについていけず断念していた。

 

キングは何とかついて行ってるな。最初の2kmの平地は問題なく走っていった。上り坂の1キロmでキングが遅れ始めた。

 

 

「あれ〜キングちゃん疲れて来てるんじゃない?トレーナーさんの車でゆっくりしててもいいんだよ?」

 

「冗談おっしゃい。私はまだ走れるわよ!」

 

と虚勢を張ったのはいいですけど……大分キツいわね。上り坂もかなり辛いけど、何よりも自分のスタミナの無さに驚くわ。

 

何とかスカイに食らいつき、1kmの上り坂はついて行けていたが下りに入ってスカイが動いた。

 

「悪いけど、私は先に行かせてもらうね〜」

 

下りに入ってからスカイさんのスピードが上がった。私も後に続こうとしたけれど、足が全然前に進まない……

 

スカイとキングの差はどんどん広がって行って、下り終わる頃にはスカイはキングからは見えなくなっていた。

 

「どうするキング、この辺で終わりにしとくか?」

 

「まだ走れるわ」

 

俺が車から声をかけると、一言そう返して走り続ける。まだ走れてるけどもう少ししたら止めなきゃまずいな。

 

案の定1km走ったところ辺りでキングがフラフラし始めた。流石に止めないとまずいな。

 

「キングここまでだ。これ以上は走ることは許可できない」

 

「分かったわ……私は何キロ走ったのかしら」

 

「6kmだ。半分とちょっとってところだな。本当は5km走ったところで止めようと思ったんだけどな」

 

とりあえず、車にキングを乗っけてスカイ達を追いかける。2人とも初めてじゃないし、大丈夫だとは思うんだけど一応な。

 

「まさか片道も走りきれないなんて。こんなんじゃダメダメね」

 

「これが一流の王者のスタートラインだ。まだスタートしたばかりだぞ、レースの途中だ諦めんなよ」

 

「そんなの当たり前じゃない。私はキング……キングヘイローなのよ!」

 

車でスカイを追いかけると、ラスト1kmの坂に差し掛かっていた。大分疲れが顔に出ているが、フォームはあまり崩れていない。最後はスピードこそ出ていなかったがしっかりと走りきった。

 

「スズカもスカイもお疲れ様。スカイはしっかりと最後まで走りきったし、スズカもその様子じゃ自分を追い込めたみたいだな」

 

スカイの疲れは目に見えて分かったが、スズカもかなり消耗しているな。前よりもスタミナが増えた分スピードも上がっていて負荷が大分かかってるな。

 

「スズカさんにはとても追いつけないですよ〜」

 

「ふふ、スカイちゃんももっと頑張りましょうね」

 

こいつらは相変わらず仲がいいな。まだライバルとまでは行かないけどいい関係だ。キングは2人から少し距離を置いてるな。

 

「キングは帰り俺と車で戻るぞ」

 

「じゃあ、私も〜」

 

「お前はスズカと一緒に走るんだよ。助手席に乗ろうとするな」

 

スカイはまだまだ走れるだろう。ほら、そんなことしようとするからスズカに引きずられるんだぞ。

 

「私はなんで走らないのか聞いてもいいかしら?」

 

「今のキングじゃあの距離を1日走るのが限界だ。これ以上走るのは負荷がかかりすぎる」

 

「でも、私はまだ走ることができるわよ」

 

「ダメだ、これ以上は怪我に繋がる。お前にはまだスタミナが足りてないんだ」

 

俺がそう指摘すると、キングも納得はしたのか悔しそうな顔をして車の中に乗り込んだ。

 

「スズカとスカイは水分補給をしっかりとしてくれよ」

 

「「はい」」

 

「それじゃあ休憩したらスタートするぞ」

 

休憩を挟み、俺とキングは車でスズカとスカイの後ろをついて行く。

 

「本当に私は大丈夫なのかしら」

 

「急にどうした、スカイについて行けなかったことでも気にしてるのか?」

 

「そうね……私はこの人達についていけるのかって不安になったわ」

 

不安にもなるか。同級生のスカイは今も目の前を走ってるのに、自分は車の中で見ていることしかできないんだから。

 

「大丈夫だよ、キングは今でこそスタミナはないけどそれ以外は全て高水準だ」

 

「っふ、そうね情けない所を見せたわ」

 

「そういえば、チームはどうだ?仲良くしていけそうか?」

 

傍から見ると割と上手く行ってそうだけど、当の本人がどう思ってるのかが大事だ。

 

「スズカさんは私を煙たがるような様子もないし、スカイさんは私を気遣って積極的に話しかけてくれるし大丈夫よ。ただ、どうしても打ち解けきれないの」

 

「なんか蟠りでもあるのか?」

 

「そんなことはないわ。さっき言った通り2人とも良くしてくれてる。私が勝手に距離を置いてしまうの」

 

「あのトレーナーの件を気にしてるのか……あれはお前のせいじゃないだろ」

 

あれは絶対にあのトレーナーが悪い。キングに落ち度はないじゃないか。でも、本人がそう思ってるならしょうがないか……解決策を考えないとな。

 

「そうかもしれないわね、でもスカイさんをそれで傷つけてしまったのも事実よ」

 

たしかにあの時のスカイは相当傷ついていた。信じているトレーナーに裏切られたのだからな。

 

「傷ついたのはお前も一緒だろうが、細かいことは気にすんな」

 

「そうは言うけど……まあいいわ」

 

とりあえず今はこれでいい。変に自分を追い込むほうが良くないからな。

 

「ところで、これからメンバーを増やす予定とかはあるのかしら」

 

新メンバーね……新人の俺にとっては今の3人で手一杯なんだけどな。それに来年はスカイもキングもデビューだしな……

 

「俺は新人だぞ、そんなポイポイとウマ娘が来るわけじゃないからな……」

 

「チームメンバー募集のポスターでも貼ればいいじゃない」

 

その考えはなかった……スカイもキングも俺が直接スカウトしたわけじゃないし、スカウトじゃなくて募集って形式があるとは。

 

「でも、俺みたいな無名新人のところに入ろうと思うやつがいるか?」

 

「何言ってるのかしら。あなたの担当であるスズカさんがG1……しかも日本ダービーを取ったのよ。ダービーを目指してるウマ娘は多いわ、募集をかければそれなりに集まるんじゃない?」

 

「そうかもな……ただ来年はスカイとキングのデビューがある。その為にレースは2人に注力したいからな。だから、来年にデビューの予定がないウマ娘限定だな」

 

「もう……おバカ…」

 

「なんか言ったか?」

 

「なんでもないわよ!」

 

俺たちがこんなやり取りをしてる間にスズカはゴールしていた。スカイはゴールの3km手前ぐらいで車に乗せた。スズカもスカイも息を切らしている。

 

「2人ともお疲れ様。スズカはしっかり走りきったし、スカイは前よりも長い距離走れるようになったな」

 

「頑張りましたよ〜お2人が楽しそうにお話してる間にね」

 

「なんのことスカイちゃん?詳しく聞かせてもらってもいい?」

 

待って待ってお二人さん?怖いよ?何もしていないよ?本当だからね。

 

「2人ともどうしたのかしら?私は別にトレーナーさんとこれからについて話していただけよ?」

 

「とっとりあえず、今日のトレーニングはここまでだ!また明日頑張ろう!」

 

俺はそこから超逃げた。全力で逃げた。後ろからキングの叫び声が聞こえた気がするけど、俺は振り向けなかった。何せ俺の生命に関わる気がするからだ。



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第38話:示せ!自分の才能!

日間ランキング50位以内に入ることもあり、ルーキー日間では5位付近で嬉しすぎて悶えました。
感想も初めていただき嬉しかったです!できる限り感想は返信します!


「といわけで、今日は模擬レースをしてもらう。グラスワンダーとキングとスペ、スズカとスカイとミークだ」

 

「よろしくお願いしますね、キングちゃん」

 

「よろしく頼むわ、グラスさん」

 

「今日は負けませんよスズカさん」

 

「私も負ける気はないわよ」

 

 模擬レースのスタート前なんだが、どうしてこうなったかというと。

 

ーーー昨晩ーーー

 

『葵さん今いいですか?』

 

『なんでしょうか、時間は大丈夫ですよ』

 

『葵さんって先日グラスワンダーと契約しましたよね』

 

『たしかにしましたけど……それがどうしたんですか?』

 

 噂通りだ、スカイも前にグラスワンダーが葵さんにスカウトを受けてるって言ってたしな。

 

『うちのキングと模擬レースをさせていただけませんか?』

 

 グラスワンダーは、キングやスカイの同級生の中でもかなりの実力を持っているらしい。キングの実力を確認するのに相手として不足なしだ。

 

『別に構いませんよ?グラスさんにもいい経験になると思いますし』

 

ーーー現在ーーー

 

「いいかキング、作戦は言えるようなものはない、お前がここだって思うところで仕掛けるんだ」

 

「トレーナーさんそれはなんでも投げやりすぎじゃない?」

 

「いいわ!キングの走りを見る権利をあなたたちあげるわ!」

 

 キングもエンジンがかかってきたな 。そうだそれでこそキングヘイローだ。

 

「というかよくグラスちゃんを呼べましたね。それに……スペちゃんまでいるじゃないですか!」

 

「どうやってか知らんが嗅ぎつけて来てな。しょうがないから参加させてやることにした」

 

 スペの参加は問題無い。今の彼女に負けるようなウマ娘は今ここに居ないからな。

 

「葵さん、今日のトレーニング受けてくれてありがとうございました」

 

「菊花賞ではスズカさんとは戦えないですから、ここで1度戦っておこうと思いまして」

 

「負けないですよ。いくらトレーニングといっても勝負は勝負ですから」

 

 

「スペちゃんにキングちゃん、今日は負けませんよ?」

 

「私はキングよ?負けるわけにはいかないわ」

 

「わっ私も頑張ります!」

 

 メンバー全員がやる気満々だな。いいことだ、どうせやるなら全力でだ。

 

「それじゃあ、スペ、キング、グラスワンダーの3人はスタート位置についてくれ〜」

 

 今日のレースは1600mのマイルレースだ。スズカとハッピーミーク、スカイの方は2000mの中距離の予定になってる。

 

「それじゃあ行くぞー位置について、よーいどん!」

 

 俺の掛け声と同時にスタートする。キングとグラスワンダーはいいスタートを切ったがスペが出遅れたな。

 

「柴葉さん的には誰が勝つと思いますか?」

 

「キングが勝つ……と言いたいんですけどね。実力的に言ったらグラスとキングは互角、次点でスペが来るでしょうけど」

 

 それはあくまで肉体的な話だ。勝負はラストの仕掛けどころだな。トレーナーもついてなくて知識、経験が不足しているスペが圧倒的に不利だ。

 

 スタートしてから先頭はグラスワンダーが取った。すぐ後ろにキングがついて、少し離れてスペがあとを追う形になった。

 

「キングが後ろからグラスワンダーを狙う形か……」

 

「グラスさんもキングヘイローさんのことをしっかりと捉えていますね」

 

 そこからしばらくはレースが動くことはなかった。しかし、残り600mと行ったところで一気にレースが動きだした。

 

「スペが一気に後ろから上がってきたな……すんげえ末脚だな」

 

「でも、少し仕掛けるのが遅いですね。あの差を埋める為には足りないです」

 

 立派な末脚だけど、あの距離は追いつけないな。末脚が凄いのはスペだけじゃない。

 

 

(トレーナーに全部丸投げされて、今ここで仕掛けてもいいの……?なんて前までは考えたんでしょうね。でも、トレーナーさんは私の判断が勝利に繋がるって信じてくれたから全てを任せた)

 

 残りは500m、一瞬の判断の誤りが敗北へと繋がるだろう。でも、私は私自身を信じる。なんてったって、私のことを信じてくれる人がいるから。

 

(仕掛けるなら……今!)

 

 キングの判断の早さにグラスワンダーの反応が少しだけ遅れた。ウマ娘の速度と加速力じゃあ、その一瞬の遅れが命取りになる。

 

 そのまま抜き去るかと思ったけど、グラスワンダーも負けじとスパートをかけて2人とも横一線だ。

 

「流石にそう簡単に勝たせてはくれないか」

 

「グラスさんが本気で競い合うところを初めて見た気がします……あそこまで闘志が凄い娘だと思いませんでした」

 

 葵さんも予想外だったのか……でも凄い威圧感だな。ルドルフとはまた違った感覚だけど凄い力強さを感じる。

 

 その後はキングもグラスワンダーも先に行けず結局並んだままゴールした。写真判定なんてものはないし同着だな。スペも追いつこうと頑張ってはいたが追いつけなかった。

 

「スペも早くトレーナーを見つければいいのにな」

 

「スペちゃん、トレーナーさんがチームを立ち上げてからチームに入りたいって毎晩言ってるんですよ」

 

 スズカがウォーミングアップを終えて戻ってきた。走りながらレースを見てたのか。

 

「スペか……スペはキングとスカイの同級生でデビューも被るからな……余計にチームに入れるわけにはな」

 

「そうですよね……スペちゃんだけ特別扱いはできないですよね」

 

 スペの才能は計り知れないからな。キングとスカイがチームに居なければ声をかける……いや、今のスペとスズカを同じチームには……

 

「ほら、スズカも人の心配してないで自分のレースの集中しろ」

 

「わかりました。ミークちゃんも前より強くなってるみたいですし……油断できません」

 

「そうだ、葵さんがあれから何もしてないはずがない。トレーニングだと言ってもお互い本気だ、気合いを入れてこう」

 

「はい」

 

「トレーナーさ〜ん私はどうすればいいの?」

 

 スカイも一緒に走るからな。ただ……流石に実力差があるからな、勝ちに行くのは厳しいかもな……

 

「スカイはできる限りスズカに食らいついていけ。スズカとスカイは同じ脚質だからな、それにハッピーミークも実力者だ、いい経験になるだろ」

 

「了解で〜す……食らいついていけね……私には勝ってこいとは言ってくれないんですね

 

「なんか言ったかスカイ」

 

「なんでもないですよ〜私も頑張ってきますね」

 

 少し落ち込んでるようにも見えたけど気のせいか?スカイと一緒にいる時間は増えたけどたまに読めないんだよな。

 

「全く……トレーナーさんってたまに不器用なんですから。それじゃあ私も行ってきますね」

 

 不器用?俺なんかやったか?とりあえず俺のことはどうでもいい。目の前のレースに集中しよう。

 

「それじゃあ行くぞー。位置について、よーいどん!」

 

 スズカが先頭を取ったな。少し離れて後方にスカイ……じゃなくてハッピーミークか。スカイはハッピーミークの後ろだ。

 

「セイウンスカイさん調子悪いんですかね?彼女って脚質逃げですよね」

 

「いや……あれは調子が悪いわけじゃないな」

 

 キングとグラスワンダーも気づいてるな。グラスワンダーに関してはちょっと不機嫌になってるな。

 

(今日集まった時はそんな素振り見せなかったんだけどな)

 

 今日はこっちから誘った上でレースしてるわけだ。それに、ハッピーミークもスズカも真面目に走ってるし。それに、スカイにはスズカとハッピーミークと走ることは重要だ。

 

「何やってんだスカイ!お前は3冠取るんじゃなかったのか!これはお前が勝つために必要なトレーニングだ。なんでお前がキングたちじゃなくてスズカたちと走らせてると思ってる!お前がスズカ達に食らいついていけるからだろうが!」

 

 そうだ、2000mならスカイがキング達より頭1つ抜けてる。だからこそクラシック路線で活躍してきたスズカとハッピーミークと走らせたんだ。

 

「簡単に負けるな!俺はお前が勝てるようになるって信じてるからこそ2人と走らせたんだ!」

 

 

「トレーナーさんはいざって時に一言足りないんだから……でも、あそこまで言われて頑張らないわけに行かないよね!」

 

「スカイちゃん来たのね。急にスピード上げて頑張ったみたいだけど、大丈夫かしら」

 

「スタミナだけが私の取り柄ですから〜スズカさんも話してる余裕あるんですか?追い抜いちゃいますよ」

 

 スズカがスピードをあげるが、スカイも追いつこうと必死に食らいついてく。ハッピーミークも後ろから上がってきたな。

 

「ハッピーミーク……前よりも速くなりましたね」

 

「まだまだミークは伸びますよ。もう少しで感覚を掴めそうなんです」

 

 なにかハッピーミークも掴もうとしているらしい。スズカも油断していられないな。

 

「スカイさんやる気出したわね。あなたも不器用なんだから」

 

「スズカにもさっき言われたけど……俺ってそんな不器用か?」

 

「大事なところであなたは言葉が足りないのよ」

 

 ラストはスズカとハッピーミークの戦いだった。スカイも負けじとラストスパートをかけるが追いつけない。それでもスカイはスピードを緩めない。

 

 レース結果はスズカが1着でハッピーミークが2着。差をつけられて3着がスカイだった。

 

「葵さん今日はありがとうございました。スカイとキングにいい経験をさせてやれました」

 

「いえいえ、グラスさんの知らないところも知れましたし。ミークの足りないところも分かりましたし」

 

 その後で反省会をするために早めに解散する。今回のレースで経験出来たことは多いからな。

 

「まずはキングだ。今回のグラスワンダーとのレースでお前の才能は疑いようもない。それに加えてあのレースセンスに末脚、お前は強力な武器を持っている」

 

「ええ、今回は同着だったけど次は負けないわ」

 

「あとはスタミナを伸ばしていくぞ。これからも自信を持っていけ」

 

 スタミナさえあれば、スカイとも張り合っていけるだけの十分な実力がある。これからの成長が楽しみだな。

 

「次にスカイだ。お前はクラシックの第1線で競い合ってきたあの2人に食らいつくだけの実力がある。だが、3冠を取りにいくためにはまだまだトレーニング頑張っていくぞ」

 

「え〜セイちゃんハードなトレーニングはな〜。でもトレーナーさんが言うなら頑張っちゃいますか〜」

 

 スカイもやる気になってくれたみたいだし、問題はなさそうだな。これからのスカイの成長に期待だ。

 

「これからもチームレグルスとして頑張っていくぞ!」

 

「「「はい!」」」

 

 今日のレースで大分疲れが溜まってたからな、反省会が終わった後にすぐ解散した。それにしても、これからのみんなの成長に期待だな。



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第39話:サービス回!サービスと言ったら水着回!

サービス回だといつから錯覚していた
海に来たんだから海に行こうぜ!
ルールはチャージ3回ノーオプションバトル!


 暑い海!輝く太陽!そしてきらめく俺の愛バ達!今日は夏の休みを利用してチーム全員とスピカの皆様、そして葵さん達と海に来ている。

 

「いやー綺麗な海ですね」

 

「海綺麗……楽しみ!」

 

「海に来たのは久しぶりですから楽しみです」

 

 ハッピーミークは白のビキニか……目をキラキラさせて海を見ていた。グラスワンダーは青をベースとした落ち着いた感じの水着だ。ウマ娘的にはトレーニングが忙しいし、海に来る余裕ないと思ってただろうし。なにより、泳ぐことが好きなウマ娘ってのも意外と多い。

 

「夏はやっぱ海だよな!さぁ!地平線の彼方にさぁいくぞ!」

 

「やっぱ海はいいよな!」

 

「そうね、海はいいわ〜なんだか落ち着くし、青春って感じがする」

 

 スピカの御一行も楽しそうだな。ダメ元で誘ってみたんだけど、誘った甲斐があった。ゴルシは黙ってりゃ美人なセクシーな女性なんだけどな……ウオッカもスカーレットも楽しそうだ。

 

「嘘でしょ……」

 

「いや〜こんな海に来ると釣りしたくなるな〜」

 

「こら!スカイさん、今日はみんなで泳ぎに来たんでしょ」

 

 スズカがスカーレットや、隣りのスカイを見て絶望してる。何事かと思ったが、その視線の先にあるものを見て察しがついた。大丈夫だスズカ……お前はまだ成長期だ。

 

「沖野先輩に葵さん、今日は誘いを受けてくれてありがとうございます」

 

「いいんだよ、トレーニングに息抜きは大切だ。それに、ウマ娘同士の交流もあるだろうしな」

 

 俺もチームの珍しい姿が見えたしな。スズカは普通の緑色のビキニだし。スカイは薄水色のワンピースタイプのフリフリな水着だ。キングはなんか……センスのいい水着だな。なんかモ〇スターみたいな色だな。

 

「スズカさんと遊べて私も満足です」

 

「お前は別に誘ってなかったんだがな……まぁ、スズカが連れてきたいって言ってたからいいけど」

 

「ふん、私はスズカさんに誘われたから来ただけで、あなたは関係ないです」

 

 相変わらず俺はスペに嫌われてるんだな……いつか分かってくれる日が来るといいんだけどな。

 

「おらスカーレットあそこまで勝負しようぜ」

 

「いいわ、私は泳ぎでも1番なんだから!」

 

 スカーレットとウオッカは元気だな。ここまで来て勝負か……仲がいいのか悪いのか。

 

「ほら、スズカもスカイもキングも行ってこい。せっかくの海だぞ、滅多に泳いで遊べることなんてないんだから」

 

 俺がそういうと、3人とも海に走っていく。後ろにスペがついていったけど。本当にスペはスズカのこと好きだな。

 

「先輩は泳ぎにいかないんですか?」

 

「俺があいつらに混ざって大丈夫だと思うか?それこそお前は行かないのかよ」

 

「俺は泳ぐのあんまり得意じゃないし、ここから見守ってますよ」

 

 それに、スズカとスカイはぷかぷか浮いてるだけだしな。キングはグラスワンダーと一緒に泳いでるし。あと、スペがいるしな……

 

「いや〜それにしてもいい天気ですね〜」

 

「ダメよスカイちゃん、いくらポカポカしても海の上でお昼寝は危ないわよ」

 

「スズカさん、私と一緒に泳ぎませんか?」

 

「スペちゃんも一緒にこうしましょう?気持ちいわよ」

 

 スペちゃんと泳ぐのもいいけど、スカイちゃんとこうやってフワ〜ってしてるのも落ち着くわ。

 

「む〜……いいなースカイちゃんはスズカさんと一緒に居れて仲良くて」

 

「スペちゃんもスズカさんと仲良しじゃ〜ん」

 

「スペちゃんとは同じ部屋だから毎晩お話してるのよ」

 

「む〜でもスズカさんと同じチームで一緒にトレーニングしたいんですよ。でもあのトレーナーさんときたら……」

 

 やっぱりスペちゃんはチームに入れなかったこと引きずってるのね……

 

「あの人は何もわかってないんです!ダメトレーナーです!スカイちゃんもスズカさんも、あんな人じゃなくて別の人のところに行くべきです!」

 

「ちょ〜と今のは聞き逃せないかな〜スペちゃん」

 

 あぁ、スカイちゃん怒ちゃった……でもスペちゃんも言い過ぎてたし、どうしよう。

 

「なんでスカイちゃんもあの人なんですか?他にもいいトレーナーさんはいっぱいいると思うんです」

 

「何も知らないのに、あの人のこと何も知らないのに勝手なこと言わないでよ!」

 

「え……スカイちゃん?」

 

 そろそろ、止めないとまずいわね。スペちゃもスカイちゃんも仲良しなんだから喧嘩は良くないわ。

 

「はい2人とも、喧嘩はよくないわ。せっかく海に来たんだから泳ぎで勝負しましょ?」

 

「スズカさんナイスアイデアですね〜でも、ただ勝負するだけじゃつまらないから賭けしようよスペちゃん」

 

「賭けですか?私お金とかあんまり持ってないですよ……」

 

 いや、そういう意味じゃないと思うわスペちゃん……それにしても、何をかけるのかしら。

 

「私が勝ったらチームに入ることを諦めて。スペちゃんが勝ったら、私からチームに入れるようにトレーナーさんに土下座でも泣き脅しでもしてあげる」

 

「分かりました……その勝負受けます!」

 

「その勝負!このゴルシちゃんが見届けよう!」

 

「ゴールドシップさんいつの間に……」

 

「こんなおもしれーことやってんだ。せっかくなら近くで見ねーと持ったいねーだろ?」

 

 私はトレーナーさんにこの経緯を説明しに行かなくちゃ。流石に、勝手にこんな賭け事するわけにはいかないから。

 

 

 というわけで、ここまでの経緯を説明されたわけだが。スカイ……友達にそれはやりすぎじゃないか?俺もスペがどうやれば諦めるか考えたりはしていたけどさ……

 

「トレーナーさんのことを馬鹿にされて、怒っちゃったんですよスカイちゃん」

 

「スペの言っていることは事実だし、怒るようなことじゃないと思うんだけどな」

 

「スペシャルウィークはうちのチームに欲しいから負けては欲しいんだが……勝負事な以上負けてくれー!とは言えないんだよなぁ……」

 

 沖野先輩、それ思ってても口に出しちゃいけないと思うんですけど。

 

「いやー青春って感じですね。私は学生時代にそういったこととは無縁でしたから」

 

「トレーナー元気だして」

 

 葵さんは目からハイライト消して砂の城作ってるし。その隣にいるハッピーミークに励まされてる。葵さんは学生時代も友達居なかったのか……名門出身のエリートってのも辛いもんだな。

 

「それで、ルールは決まってるのか?」

 

「ルールは今2人が立ってるところから、200m先の旗が立っている場所がゴールの自由形です」

 

 スカイのやついつも以上に燃えてるな。トレーニングの時もそれぐらいやる気を出してくれてもいいんだが……スペもやる気はあるようだが、スカイほどではない

 

「あのセイウンスカイがあそこまでやる気を見せるとは……お前も担当に愛されてんなー」

 

「先輩はどっちが勝つと思いますか?」

 

「実力はどっこいどっこいってところだけど、セイウンスカイが勝つだろうな」

 

 俺が質問をすると、すぐにそう答えた。スペが勝つとは思わないのだろうか。そんな疑問を持った顔をしていると。

 

「なんでって、顔してるな。いいか、ウマ娘の勝負ってのは肉体の出来上がりだけじゃない。時にはそれに対する想いの強さや執念によって結果が出たりするんだよ」

 

 想いか……たしかに、ダービーへと挑むスズカと俺は並々ならぬ気持ちで挑んだな。やっぱりモチベーションとか気持ちとかも大事だよな。

 

「それじゃあ行くぞー!位置についてよーいドン!」

 

 いつもは俺が言ってるけど、自分以外がスタートの合図をしたの久しぶりに見た気がするな。

 

 さすがウマ娘だな。陸上じゃなくても身体能力が高いから凄いスピードで泳いでくな。

 

「ほらな、セイウンスカイの方が速いし迫力があるだろ」

 

 スペも本気じゃないわけじゃないんだけど、スカイの方が全力で泳いでるって感じがする。

 

 勝負はスカイの勝利で終わった。スペも遅くはなかったんだけど、最初から最後までスカイが前に出てそのままゴールした。

 

 

「スペちゃん、私のトレーナーさんは特別優れてるわけじゃないかもしれない。でもね、私たちのことをしっかりと考えてくれてるの。スペちゃんをチームに入れないのにもしっかりと理由があると思う」

 

「それに……トレーナーさんは私に手を差し伸べてくれたから」

 

「ごめんなさいスカイちゃん……私、どうしてもチームに入りたくて自分のことしか考えてなかった」

 

「分かってくれたならいいんだよ」

 

 スカイとスペが何かを話した後に戻ってきた。言い争いとかにならなくて良かった……

 

「トレーナーさんごめんなさい。自分のことばかり考えてて迷惑をかけてしまいました」

 

「別に謝らなくてもいいよ。俺もスペをチームに迎えられなくて悪いな」

 

 俺とスペがそんなやり取りをしている後ろで、ガッツポーズをしていた沖野先輩を見逃さなかった。

 

 葵さんは葵さんで目にハイライトが灯ってない。本当にこの人は青春と無関係で生きてきたのか……

 

 他の面々も海から上がってきた。スカーレットとウオッカはどれだけ泳いだのか分からないけど虫の息だし。キングとグラスワンダーは、2人でゆっくりとどこかで泳いでたのか少し疲れてる様子だった。

 

「いや〜釣りに来るのもいいですけど遊ぶのも楽しかったですね〜」

 

「そうね、また来年も海に来たいですねトレーナーさん」

 

「私たちも頑張らないといけないわね」

 

「そうだな〜」

 

 来年来る時は人数も増えてればいいんだけどな。それは俺とみんなの頑張り次第か。

 

「ほらトレーナーさん、しっかりしてください帰りますよ」

 

「トレーナー戻ってきて」

 

「っは!あ、グラスさん戻ってきていたんですね。私たちも帰りましょうか」

 

 葵さんはグラスワンダーに意識を取り戻してもらって、仲良さそうに帰って行った。グラスワンダーとも仲良くやれてるみたいだ。

 

 沖野先輩はゴルシと一緒にスカーレットとウオッカを車の中に運び込んでいた。

 

 俺はウマ娘ともトレーナーともいい出会いに巡り会えて良かった。

 

「お前らありがとうな」

 

「お礼を言うのはこちらですよトレーナーさん」

 

「そういうことは私たちが活躍してから言って欲しいわ」

 

「お礼を言うなら帰りに何か奢ってくださいよ〜」

 

「しょうがねーな」

 

 新人トレーナーが1人と尻尾を振る3人のウマ娘が並んで帰って行った。




海とかろくに行ってないせいで海描写が減ってしまった……


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第40話:油断大敵!?神戸新聞杯!

評価の一言で投稿前によく見直すという指摘があったので一応は見直してはいます。それでも見つかるようなら自分の実力不足です。


 夏の走り込みを経て、今日は天皇賞秋の前にある神戸新聞杯当日だ。スカイとキングは観客席で待たせてるので、俺とスズカ2人で待機場で作戦会議だ。

 

「今日はG2レースだが、レースにはマチカネフクキタルが出てくるな」

 

「そうですね、それでも私はいつも通りの走りをするだけですよね」

 

「ああ、いつもの走りが出来れば負けることはないだろう」

 

 最近のスズカの成長は著しい、何かしらのアクシデントでもなければ負けることはまずないだろう。

 

「天皇賞秋の前哨戦だと思って走ってこい。あえて警戒するならマチカネフクキタルだけど……大丈夫そうか?」

 

「はい大丈夫です。それじゃあ行ってきますね」

 

 俺はスズカを送り出して観客席に向かう。キングとスカイに合流しなくちゃいけない。

 

「おーいトレーナーさんこっちこっち」

 

 俺がスカイ達を探していると、スカイが俺を見つけて呼んでくれた。その隣でキングもこっちを向いて手を振ってる。

 

「悪い待たせたな。中々探すのに手間取っちまった」

 

「別にいいわよ少しくらい。それよりも、スズカさんは勝てそうなの?」

 

「大丈夫だと思う。アクシデントでもない限りは負けることはないはずだ」

 

 今のスズカの実力は、スズカの世代の中じゃ頭1つ抜けてる。マチカネフクキタルの実力も相当のものだとは思うけど、そんな簡単に負けることはないだろう

 

「最近ちょっと緩みすぎじゃないかしら……そんなんじゃこれから先心配よ」

 

 お前は俺のお母さんか。キングって謎に母性を発揮する時があるんだよな。本当にスカイと同級生ですか?そんなこと考えてたらスカイに腕を抓られた。

 

「ごめんごめん!ほらスカイ、パドック入場始まるぞ」

 

『本日のレースに出走するウマ娘達がパドックに入場します!』

 

 1枠1番のウマ娘達から紹介されていくが、スズカに匹敵しそうなウマ娘は未だに出てこない。

 

『4枠4番はマチカネフクキタルです!ダービーでは残念な結果に終わりましたが、その後のさくらんぼSでは1着を取っています!2番人気です』

 

『凄い仕上がりですね、何かいつもよりも強い気迫を感じますね』

 

「凄いわねマチカネフクキタルさん。ダービーで見た時よりも数段力を付けたように見えるわ」

 

「何かあったんですかね〜いつも通り不思議な感じですけど力強さみたいなのを感じますよ」

 

 不思議な感じってお前が言うのか……多分だけど、周りがお前を見て同じことを思うやつもいると思うけどな。

 

「たしかにダービーの時とはレベルが違うな……それでも、スズカなら勝ってくれるさ」

 

『7枠8番サイレンススズカ。彼女はダービーを制しG1で既に一勝していますから注目が集まります。1番人気です』

 

『彼女も調子が良さそうですね。ダービーで見せたあの走り、世間では異次元の逃亡者と言われていますし、期待できますよ』

 

「やっぱりこう見るとスズカさん凄いわね……一緒に走ってて凄いっていうのはわかっていたけれど」

 

「私は少し心配だな〜凄いは凄いんだけど、いつもみたいな力強さがないというか」

 

「そうか?俺はいつも通りだと思うんだけど」

 

 体調は悪そうには見えないし。やる気も十分に感じられると思うけど。スカイ的にはそうじゃなかったのか。

 

「レースなのにいつも通りなのがまずいんですよトレーナーさん……」

 

 

 パドック入場が終わって、出走ウマ娘がゲート前に集合する。

 

「スズカさん、今日は負けませんから」

 

「私も負けないわよフクキタル」

 

 なんでだろう、以前よりもフクキタルが強そうに見えるのは。普通に勝負したら負ける気がしないのに、なんでそう見えるんだろう。

 

「私気付いたんですよ。運勢や強運は必要なことですけど、それ以上に自分が欲しいものは実力で勝ち取ることにも意味があるって」

 

 フクキタルはそう言うと自分のゲートの方に行ってしまった。前までそんなことを言ったことなかったのに。

 

『各ウマ娘達がゲートに入っていきます』

 

(フクキタルがどれだけ強くても関係ない。私は私にできる走りをするだけ)

 

『各ウマ娘がゲートインしました。まもなくスタートです晴れ渡る空のもと2200m芝馬場状態良となります。2200m先のゴールに向けて今……スタートです』

 

『先頭をきったのはサイレンススズカです!』

 

『ここまでは予想通りですが、ここからどうやってサイレンススズカを抑えるか考えないといけませんね』

 

 

「スズカが先頭を取れたし、後方とも差を開いてるな」

 

「それだけじゃないです。スズカさんを警戒していた娘達が自然とペースを上げてスタミナを消耗してます」

 

「そうね、ただ1人を除いてね」

 

 キングが見た先には、最後方を走るマチカネフクキタルがいた。彼女だけは自分のペースを見失ってないな。

 

『サイレンススズカがレースを引っ張ります。例年に比べると全体的にハイペースなレースになっていますね』

 

『周りがサイレンススズカを強く意識していますからね。自然とペースを引っ張られているのかもしれませんね』

 

 完全にスズカの1人試合になってるな。マチカネフクキタルもあそこまで後ろにいたら流石に追いつけないだろうしな。

 

『向こう正面を過ぎて第3コーナーに入ります。依然として先頭はサイレンススズカ!』

 

「もう最後のコーナーに入る。このまま行けばスズカの勝ちだな」

 

「いえ、ここから動くわ」

 

 キングはそう言うけど、ほとんどのウマ娘がスタミナ切れでろくにスパートもかけられない状態だ。ここから誰がスズカを抜けるって言うんだ。

 

『最終コーナーを過ぎました……おぉっと!ここに来てマチカネフクキタルが一気に上がってきた!』

 

「マチカネフクキタルが一気に上がって来たけど……このタイミングで間に合うのか?」

 

「トレーナーさん、やっぱり気が緩んでるよ。多分追いついてくると思うけどな〜」

 

『マチカネフクキタルが上がって行く!サイレンススズカに並ぶか!?』

 

 なんて末脚だ……まずい、まずいぞ。このままじゃ追いつかれる。

 

『マチカネフクキタルが並んだ!いや……そのまま少し前に出る!ただサイレンススズカも粘る!』

 

(このままじゃ負けちゃう!まさかあそこから追いついてくるなんて。でも私も負けたくないの!)

 

「スズカがまた上がって来たぞ!残りは200mだ。十分に勝機はある」

 

「スズカさん……頑張って油断しちゃダメだからね」

 

「マチカネフクキタルさんなんか少し怖いわ」

 

 マチカネフクキタルが上がって来るとは思わなかったけど、まだ勝てる。こうなってからのスズカは強いからな。

 

『残りは100m!サイレンススズカとマチカネフクキタルが並ぶ!サイレンススズカが差し返すか!?マチカネフクキタルが逃げ切るか!』

 

『そのまま残り50m!ここでサイレンススズカが前に出た!』

 

(やった!抜かし返した……これで私の勝ち!)

 

「よっしゃあ!ほらスズカが抜かし返したぞ!」

 

 もう50mを切ってほとんどゴールまで距離は残ってない。スズカの勝ちだ!

 

「スズカさんまだレースは終わってないよ!まだマチカネフクキタルさん諦めてないよ!」

 

『今!マチカネフクキタルが1着でゴールインしました!』

 

 え……マチカネフクキタルが1着?スズカじゃなくてマチカネフクキタルが?そんな……最後にたしかにスズカが前に出ていたのに。

 

「考えてた中で1番最悪な結末になっちゃたね……」

 

「スズカが負けた?あの状況で負けたのか?」

 

 まさか最後のあの数十メートルで差し返されたって言うのか?あのスズカが差し返された……?

 

「あなたがこんなところで唖然としていてどうするの!早くスズカさんのところに行ってあげなさいよ!」

 

 キングに背中を押されてスズカのところに走り出した。そうだよ、スズカ負けたんだ。俺が励まさなくて誰が励ますんだ。

 

「スズカ!」

 

「トレーナーさん……」

 

 俺がスズカの元にたどり着いた時周りに誰も居なくて、スズカは俯いて涙を流していた。

 

「ごめんなさい……私最後勝ったと思って油断しちゃって……」

 

 違う……違うだスズカ。俺が油断しきってたんだ。スズカなら勝てる。相手が誰であっても負けないという絶対的自信を持っていたんだ。レースに絶対なんてないって言うのに。

 

「スズカは悪くないよ。俺がパドックでマチカネフクキタルを見た時点で異質さに気付くべきだったんだ」

 

「なんで私のことを少しも責めないんですか。私が最後の数十メートルで油断しなければ勝てたレースだったのに!」

 

 スズカに怒鳴られて困惑して黙りこんでしまった。なんでスズカは怒ってるんだ、今回のレースで悪いのは俺だろう。

 

「ごめんなさい……私ウイニングライブの準備があるので失礼します」

 

「スズカ!」

 

 励ますつもりで来たのに余計に傷つけてしまった……どうしてか分からない、今回のレースでスズカになんの責任があるんだ。

 

「トレーナーさんスズカさん大丈夫でしたか?」

 

「励ましに行ったんだけどな、逆に傷つけちまったみたいだ……」

 

「あなた一体何言ったの?」

 

 俺はスカイとキングにことの経緯を説明した。俺が何を言ったのか、それに対してスズカがなんて言ったのか。

 

「トレーナーさんそんなこと言ったの!?」

 

「落ち着きなさいよスカイさん」

 

「落ち着いて居られるわけないじゃん!だって、スズカさんはトレーナーさんのために頑張ったのに!そんなんじゃあんまりだよ!」

 

 スカイまで怒らせてしまった。俺は間違ったことをしたのだろうか、負けてしまった担当を励まそうとすることは間違っているのか?

 

「スカイさん落ち着いて、トレーナーさんちょっとスカイさんを落ち着かせてくるから、ウイニングライブは別々で見ましょう」

 

「あっああ……」

 

 キングは怒ったスカイを落ち着かせるために、スカイを連れてどこかに行ってしまった。

 

 

「キングちゃんなんで止めるの?いくらトレーナーさんでも、あんなこと言ったって聞いて怒らないの?」

 

「たしかに、スズカさんはトレーナーさんと一緒に頑張って来た。一緒に頑張って来たのに全て自分が悪いなんて。2人で頑張って来たんだから2人とも悪いに決まってるのにね」

 

「そうだよ、トレーナーさんのせいで全部勝負が決まるんだったら、そんなの私たちじゃなくてもいいじゃん!」

 

 私たちはトレーナーと一緒に勝利を目指してるんだ。どちらかが頑張るだけじゃダメだし、どちらかが手を抜いても負ける。怒る時はしっかりと怒って一緒に反省してほしいのに。

 

「スカイさんはトレーナーさんに期待をし過ぎているのよ。たしかに、あの人は私たちに手を差し伸べてくれたし、トレーナーとしての腕もいい方だと思うわ」

 

「だったら!」

 

「それでも、あの人はまだ新人よ。それでスズカさんとあなた、そして私の面倒まで見てるの、少しは反省する時間が必要じゃないかしら?」

 

(そっか……そうだよね。いくら私が凄い人だと思ってもトレーナーさんはまだ新人なんだ)

 

 新人トレーナーなんて、本来は1年目に3人ものウマ娘とチームを持ってG1レースで勝ったりできたりしない。だから私は無意識にあの人がなんでも出来ると思ってた。でも、あの人はまだトレーナーとし未熟だし、分からないことも知らないこともいっぱいあるんだよね。

 

「そうだね……私、頭に血が上ってたかもしれない。ありがとうねキングちゃん」

 

「とっ当然の事をしただけよ!私たちは同じチームで友達でしょ?次のトレーニングの時に謝りましょ?」

 

「そうするよ〜」

 

 

 俺は1人でスズカのウイニングライブを見ていた。1着は取れなくても入着は入着だ、しっかりとライブを盛り上げないと。そう思ってスズカのライブを見ていたが、しっかりとスズカは笑顔を振りまいていたように見えたが、どこか輝きに欠ける気がしてしまった。

 

 ウイニングライブが終わったあとは、スカイとキングは一緒に帰ると連絡が来た。スズカは今日は1人で帰るそうだ。あんなことがあった後だし俺とは会いたくなかったか。

 

 俺は今日のレースのこと、スズカを傷つけてスカイを怒らせてしまったことを思い出しながら、沖野先輩に連絡を送った。

 

『今晩一緒に飲みに行ってくれませんか?』



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第41話:飲む!トレーナー飲み会!4杯目

 俺は1度寮に戻り、今晩の準備を始めた。沖野先輩に連絡をしたところ、『分かった、それじゃあ今晩いつもの店でな』と直ぐに返信があった。

 

 準備をして、集合時間の少し前に着くように移動を開始した。移動中に先輩から到着したと連絡が来て焦った。あの人いつもは時間ギリギリか少し過ぎたくらいに来るのに。

 

「すいません!遅れました!」

 

「おっ来たか後輩よ」

 

「気にしなくてもいいのよ、まだ集合時間前だし。私たちが勝手に先に集まっただけだから」

 

 俺が店にたどり着くと、沖野先輩と東条さんが先に席に着いて話始めていた。

 

「東条さんも来てくれたんですか。忙しい中ありがとうございます」

 

「あなたの方から呼び出されるとは思ってなかったし、何かあったんでしょ?後輩の悩みくらい聞いてあげるわよ」

 

「オハナさんは色々濃い経験をしてるから頼りになるぞ」

 

 学園内最強のチームであるリギルを率いるトレーナーでも昔は苦労とかしたんだろうか。

 

「それで?何があったか話してみろ。俺も少しくらいは先輩として役に立てるだろうしな」

 

 本当にいい先輩を持った……俺みたいな後輩にこんなに親身に接してくれるんだから。

 

「実は今日のレースでのことなんですけど」

 

「私は結果見たわよ。2着だったみたいじゃない」

 

「2着か。G2で2着なら上等上等」

 

 2着で上等?でも1着は取れなかった。先頭の景色を最後まで見せてやれなかったんだ。

 

「でも、負けましたよ?スズカはあんなに強かったのに俺が不甲斐ないから……」

 

 俺がそういうと、沖野先輩がため息をついた。オハナさんはなんだか懐かしいような顔をしている。

 

「俺は説教とか厳しいことを言うのあんまり得意じゃないんだが……1つ言わせてもらうぞ」

 

「はい……お願いします」

 

「思い上がるな、お前はまだ新人なんだぞ。スズカは優秀なウマ娘だし、お前もいい腕をしてると俺は思ってる。でも、それはお前に限ってのことじゃない」

 

 新人……そうだよな、俺は新人だもんな。ベテラントレーナーに指導を受けてるウマ娘に負けても仕方がないのか……俺がそう思っていると、心を読んだかのように先輩が言葉を続ける。

 

「お前の同期の桐生院だって優秀なトレーナーだが、まだ未熟だし失敗することだってあるだろ。お前たちはまだそういう段階なんだよ」

 

「でもな、お前の周りにはスズカやセイウンスカイ、キングヘイローといった優秀なウマ娘が集まってきた。新人だからなんて言って言い訳なんてできない」

 

「それじゃあ、俺はどうすれば良かったんですか!大人しく新人らしくサブトレーナーになれば良かったんですか!?」

 

「違う、お前は担当のウマ娘たちと一緒に戦って、勝つことも負けることもあるだろうがその中で学んで行くんだよ!そうやって成長していくんだ!そんなお前を責めるようなやつがお前のチームにいるのか!」

 

 スカイは俺のことを信じてトレーニングにちゃんと参加してくれる。たまに俺を弄ったりはしてくるけど……キングはスカイがイタズラした時とか、チームメンバーが間違ったことをすれば正そうとしてくれる。スズカは一緒に最初の1歩から俺と歩んで、今までずっと着いてきてくれた。

 

「いないです……みんな俺なんかにはもったいないくらいのいいウマ娘しかいないです」

 

「そうだ!それじゃあ今日はなんで負けたと思う?」

 

「俺が慢心して油断していました……ダービーを取って調子に乗ってたんです。スズカは悪くなかった、俺がしっかりしていれば……そう言ったらスズカを傷つけて、スカイには怒られちゃったんですけどね」

 

 俺はまだその理由がわからない。俺はただ励まそうと思っただけなのに。

 

「私もそういう時期あったわよ。ウマ娘たちは悪くない、私の指導不足と油断のせいで負けたんだって」

 

「東条さんにもそんなことが?」

 

「えぇ、ルドルフを担当してた時はそう思ったわよ。彼女には絶対があるなんて言われるほどのウマ娘を負けさせたのよ、当時は自分を追い詰めたわ」

 

 当時はってことは今はそんなことはないのか。俺には気づけてなくて東条さんには気づけた物ってなんなんだろうか。

 

「東条さんはどうやって乗り越えたんですか?」

 

「恥ずかしい話だけど自分で気づけたわけじゃないのよ。ルドルフはその時からメンタルが強くてしっかりしていたから。私が落ち込んでるのを見て『今回の敗北はあなたの責任でもある……でもそれと同じくらい私の責任でもあります。だって、私たちは担当同士でお互い支え合って頑張ってるではないですか』だって」

 

 担当同士支え合って……当たり前のことだけど、俺はそんな当たり前のことすら見えてなかったのか。

 

「レースは私たちトレーナーだけ力で走ってるわけでも、ウマ娘の力だけで走ってるわけでもないの。2人で走ってるのよ、どちらかだけが悪いんじゃない。どちらも同じだけ悪いから2人で反省して学んで前に進むのよ」

 

「そうですよね……スズカも油断して最後抜かれてしまったって言ってました。俺はそこで注意をして、慢心した自分も反省しなきゃいけなかったんですよね」

 

 トレーナーの力だけで勝てるならウマ娘のことを考える必要は無い。でも、そんなこと言ったら担当のウマ娘に失礼だよな……俺はそれを負けて落ち込んでるスズカに言ったのか。

 

「さすがオハナさん、いいこと言うね〜」

 

「もう、からかわないで。そんなこと言ったらあなたも珍しくいいこと言ったじゃない?」

 

「コホン、ともかく俺たちはどちらかの力で戦ってるわけじゃなくて、お互い力を合わせて戦ってることを忘れるな」

 

 照れ隠しをするように沖野先輩はそう言った。慣れないことをして照れたんだろうな……

 

「はい!」

 

 トレーニングで次スズカに会ったらしっかりと謝らないとな。

 

「まぁ、悩みは解決しただろうし真面目な話はここまでだ」

 

「はい、ありがとうございました」

 

 本当にこの2人には感謝しかない。いつかは気付いたかもしれないけど、手遅れになってる可能性もあった。初心は忘れないようにしよう。

 

「ところで、あんたのところのチーム名はレグルスだったわよね」

 

「そうですね……まさか一等星の名前を付けることに重い意味があるなんて知りませんでしたけど」

 

「何言ってんだ、俺のところはスピカで一等星の名前だけど今は誰もデビューしてないし。一等星を掲げるチームは強いなんて言われるようになったのもオハナさんのところのチームが暴れてからだ」

 

 最強のチームが一等星の名前を付けてればそういう噂も浸透してくってわけか。

 

「それでも周りからはそういう意味で捉えられるだろうし……大丈夫ですかね?」

 

「あなたのところのスズカは、G1をひとつ取って成績を残し始めてるし。デビューはしてないけどセイウンスカイとキングヘイローだって凄い才能を秘めてるじゃない」

 

「俺のチームだって来年から快進撃の始まりだ。オハナさんから最強チームの座を奪う日も近いかもな」

 

 スカーレットとウオッカも来年デビューする予定なのか。前の併走トレーニング以降走りは見てないけど、デビューさせるくらいだから実力は伸びてるんだろうな。

 

「ウオッカとスカーレットのレース楽しみですね、あとゴルシも」

 

「そうだな……でも先にデビューさせたいやつが居るんだがな」

 

「もしかしてスペシャルウィークのこと?あなたまだ諦めてなかったのね」

 

 スペか……夏の海で俺のチームに入ることは諦めたらしいけど、その後でチームに所属してなかったのか。

 

「スペは今は完全にフリーですし、普通にスカウトすればいいんじゃないですか?」

 

「そうなんだけどな……初対面の印象が悪かったのか警戒して受けてくれないんだよ」

 

 あぁ、そういえば会って直ぐにスペの足を触って蹴っ飛ばされてたもんなこの人。スペも警戒するだろうなそれは。

 

「そこでなんだが、正式にスカウトするために、今度選抜レースを開かないか?」

 

「選抜レースですか?」

 

 東条さんのところでやってた試験や、時々デビューしていないウマ娘たちで開催されるレースのことか。

 

「そうだ、桐生院もメンバーが2人でチーム設立のためにあと一人足りないって言ってたし。お前もいいウマ娘に出会えるかもしれないしどうだ?」

 

「東条さんを誘うんじゃダメなんですか?」

 

 嬉しいお誘いなんだが、ふと疑問に思ってしまった。東条さん程のチームが主催するレースとなれば、ウマ娘も大量に集まるだろうし。

 

「ダメダメ、オハナさんが開いたんじゃほとんどがリギル目当てのウマ娘でいっぱいになっちまう。それじゃあ自分に合うウマ娘を探すなんて一苦労だろう」

 

「それにうちは今はチームメンバーを募集してないし、名前だけ貸すわけにはいかないから」

 

「そういうことならお受けしますけど、天皇賞秋の後でいいですか?」

 

 天皇賞秋はスズカの得意な2000mのレース。今日のこともあるし、今はそれに集中したい。

 

「構わないぜ、受けてくれるってならこっちから言うことはないよ」

 

「サイレンススズカも天皇賞秋出るわよね。うちのエアグルーヴとの勝負だけど……負けないわよ」

 

「東条さんが相手でも負ける気はありません」

 

 東条さんが鍛えたエアグルーヴは強敵だろうが、うちのスズカも劣ってなんか決してないからな。

 

「それだけ大口叩けるならもう大丈夫ね。もういい時間だし、今日はこれでお開きにしましょ」

 

「それもそうだな、今日聞いたことを忘れないで頑張れよ後輩」

 

「はい!」

 

 明日はレースの後だから1日休みだ。明後日からまた頑張らないとな。まずはチームメンバーに謝るところから始まるんだけど……

 

 こうして、飲み会は終わった。今回の飲み会で先輩たちの優しさが身にしみた。何よりも得られるものが多かった。先輩たちの優しさを無下にするわけにはいかないな。

 



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第42話:再発進!チームレグルス!

 休みが明けて、今日はトレーニング開始日だ。一応トレーニング開始時間は連絡で伝えてあるけど、ちゃんと来てくれてるといいんだが……

 

「トレーナーさん遅いよ〜もうみんな集まってますよ〜」

 

 俺がグラウンドに着くと、みんなが既に集合を終えていた。スカイとキングはいつも通りだったけど、スズカは見て分かるように元気が無さそうだった。

 

「とりあえず、スカイとキングはアップを始めててくれ。俺はスズカと話さないと行けないことがある」

 

「それじゃあスカイさん行きましょうか」

 

「そうだね〜」

 

 キングはいつも通りアップに向かったけど、スカイがニマニマとこちらを見ながらキングについて行った。

 

「トレーナーさん……私だけに話ってなんでしょうか……」

 

(レースで負けて、逃げ出しちゃって怒らせちゃったのかも……)

 

 俺に個別で呼び出されたスズカは怯えているように見えた。別にこれから俺は怒るわけではないのに……いや、反省会って意味じゃあ怒るんだろうけど。

 

「そりゃあの日のレースのことだろ。反省会もしないであの時は解散したからな」

 

「そうですね……あの時はすいませんでした」

 

「別に怒ってるわけじゃないんだ。あの日はなんで負けたと思う」

 

「それは……」

 

 俺の質問にスズカは困っていた。そうだよな、俺が自分が全部悪いなんて言っちまったんだから。

 

「俺の慢心でマチカネフクキタルの脅威に気づけなかったし、お前の油断も気が付かなかった。でも、レース中に油断しちゃいけないよなスズカ」

 

 俺がそう言うと、スズカは呆気に取られたような顔をしていた。困ってるわけでも、怒ってるわけでもない。

 

「あの日はすまなかった!俺は俺が頑張ればスズカを勝たせてやれるなんて思い上がってた。俺たちは一緒に頑張ってレースに望んでるんだから、負けた時は俺だけじゃなくて一緒に責任を負って一緒に反省しないとな」

 

 

「トレーナーさん……」

 

「俺は担当が誰でもいいなんて思ったことは1度もない。キングだから、スカイだから、そしてスズカ……お前だからこそ頑張れるし夢を見ているんだ」

 

 今回は慢心っていう悪い形で出てきてしまったが、それは俺がスズカを信頼してるからこそだ。誰でもいい?スズカである必要がない?そんなことはありえない。

 

「全く……トレーナーさんは不器用なんですから」

 

 少し涙を流しながら、スズカは俺にそう言った。やばい、俺がまた変なこと言ったか?謝るつもりだったのに。俺がスズカの前でテンパっていた。

 

「そうですよね、反省会しないといけませんね」

 

「ああ!そうだな。やっぱり油断したのがいけなかった……レースはゴールするまで終わらないからな」

 

「ですね……私も差し返して完全に油断していました。残り数十メートルで抜かれると思わなくて……」

 

「マチカネフクキタルのあの成長も予想外だった……スズカの実力が伸びてきているんだから、周りのウマ娘たちも実力を伸ばしてるのは当たり前なのにな」

 

 マチカネフクキタルの最後の伸びは予想外だった。後方からしっかりとレースの流れを確認して、自分の追いつけるギリギリを走っていたんだろが、あの末脚はダービーの時からは考えられない。

 

「何よりも勝ちたいっていう気持ちで負けていた気がします……私も同じ気持ちではあったんですけど、やっぱり心のどこかで油断していたのかもしれません」

 

 気持ちで負けたか。なにか前と違うと思ってはいたけど、肉体的にだけじゃなくて精神的にも大きく成長してたんだな。

 

「ラストは根性でも負けたか……今回の反省を活かしてトレーニングメニューの方針はある程度は決めてはあるんだ」

 

「それなら、そこに隠れてる2人も呼んだ方がいいんじゃないですか?」

 

 そこに隠れてる2人?スズカの向いてる方に振り向くと、少しだけ耳を出してるスカイとキングがいることに気付いた。俺が気がついたからか、少し小っ恥ずかしいそうの2人が出てきた。

 

「いや〜まさかバレちゃうとはね。ほらキングちゃんも出ておいでよ

 」

 

「おーほっほっほ!あなたにはこのキングのトレーニングを考える権利をあげるわ!」

 

 2人とも外で走ってるはずだけど……ってあんなことがあったばかりだから気になって当然だよな。ちょうどいいから全員まとめて話しちゃおう。

 

「まずはスズカからだ。お前にはこれから芝を走る時はこの蹄鉄を付けてもらって、芝以外を走る時はこの重りを付けてもらう」

 

 俺がスカイの足元に置いてあった道具に目をやると、スカイがそれを持ち上げようとした。

 

「なにこれ、凄い重いぃ!」

 

「本当ね……こんな重い蹄鉄を付けて走るのかしら?」

 

 2人が片手で持ち上げようとしたが、最初はいつも通りの蹄鉄を持つつもりで持ち上げたせいで腕が上がらなかった。

 

「私はこんな重りを付けながら走るんですね……上手く走れるでしょうか」

 

 重りや蹄鉄を使ったトレーニングってのは特別に珍しいことじゃない。好みは分かれるようだけど使っているチームはたまに見かける。ただ、逃げウマ娘がトレーニングに使ってるところは殆どみないけどな。

 

「スピードとスタミナを伸ばすのは勿論だが、足の踏み込み……つまり加速力を伸ばすのにいいんだよ。相性はあるトレーニングだけどスズカには必要だと思ってな」

 

 差しのウマ娘は、逃げや先行のウマ娘よりも少し重めの蹄鉄を付けてレースに出走することが多い。蹄鉄が重い方が踏み込みがしっかりとできて加速がし易いんだ。

 

「でも、スズカさんは逃げウマ娘よね。なんでこんな重い蹄鉄を付けて練習するのかしら?」

 

 さすがはキング、差しウマ娘ということもあってその辺の知識はしっかりと持ってるな。

 

「逃げの弱点は最後の伸びだ。逃げウマ娘の中ではスズカのラストスパートを立派なもんだけど、差しウマ娘に比べるとどうしても劣ってしまう。だからスズカには、逃げて差すウマ娘を目指してもらおうと思ってる」

 

「逃げて差すですか?でも、そんなウマ娘今までに1度もいた事がないんじゃ……」

 

 俺の発言にスズカが困惑する。それも無理はない、逃げて差すなんて前代未聞だ。そんなことができるなら理想的なレースだしな。

 

「今まで前例はない。だからスズカ、お前が1番最初にそれを実現したウマ娘になるんだ」

 

 今までに前例がないなら作ればいい。それはウマ娘たちの夢に繋が

 るだろう。ほかのウマ娘が出来たなら自分も出来るんじゃないかって。

 

「私が初めてのウマ娘……やります、やらせてください!」

 

「分かった。それじゃあスズカのトレーニングメニューは、当分重りを付けて行う」

 

「はい!」

 

 次はキングとスカイだな。2人はまだ基礎を作ってる途中だからな、特別なトレーニングをするわけではない。

 

「2人は今まで通りスタミナをメインに鍛えて行こうと思う。キングはまだまだスタミナが足りてないからな。スタミナが伸びれば出来るトレーニングの量も増えて質も上がっていく。スカイも基礎を伸ばして行くために今まで通りだ」

 

「分かったわ、私は異論はないわよ」

 

「私もスズカさんみたいに特訓!みたいなトレーニングないの〜?」

 

 スカイはスタミナの量はかなり多いからな……でも、それはデビュー前のウマ娘たちの中での話だ。スタミナの多さはスカイの長所の1つだから伸ばしたいとも思ってる。

 

「スズカはレースでの実践と、トレーニングである程度は自分の走りが固まっているけどお前たちはそうじゃないだろ?変わったトレーニングをして変な癖を付けると良くないからな」

 

「そっか、じゃあしょうがないね」

 

「そういえばトレーナーさん、こんな蹄鉄よく用意出来ましたね……お店じゃ見たことないです」

 

 スズカの質問に俺は答えられずにいた。この蹄鉄はたづなさんに譲って貰ったものだ。重い蹄鉄がないかと相談していたところ、この蹄鉄が入った箱を運んで来たんだ。本人曰く『私が昔使っていた蹄鉄があるのでぜひ使ってください。あ、このことは内緒ですよ?』って言われたんだよな。この重さの蹄鉄を付けて走るって、あの人は本当に人間なんだろうか。

 

「ちょっとツテを使ってな。譲ってくれた人が内緒で頼むってことだから出処は言えないんだ」

 

「そうなんですね、それじゃあ仕方ないです」

 

「とりあえず!色々あって迷惑かけたがチームレグルス再出発だ!」

 

「「「はい!」」」

 

 ウマ娘たちのことを考えて、一緒に頑張って一緒に夢を叶えていこうと再決心できた。そのために、天皇賞秋を勝ちにいくためにトレーニングも頑張んないとな。



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第43話:備えろ!天皇賞秋!

UA30000突破感謝です!
最近チャンミに備えて無限にスズカ育成してます。


「とりあえず、天皇賞秋はダービーと同じ競技場だ。というわけで、山道行くぞぉ!」

 

「「「おお……」」」

 

 なんか元気ないな。スカイはもう何回も行ってるし、スズカはもっと走ってる。キングも最近経験したばかりだしな。

 

「みんな体調でも悪いのか?あの競技場対策でトレーニングするなら、坂も下りもある山道が1番だろ」

 

「そうかもしれないけどさ〜……あのトレーニングキツいんだよねぇ……」

 

「この重りさえなければ全然いいですけど……」

 

「坂……下り……明日は筋肉痛かしらね……」

 

 おいキング帰ってこい。今はまだスプリンターの足をしていて、スタミナもないから周りと比べて負荷も高いだろうし。スズカは重りを使っての初めてのトレーニングだ。

 

「スカイはハードなトレーニングが面倒なだけだろうが」ペシ

 

「あだっ!いや〜そんなことこれっぽっちも思ってないですよ。ただ、ちょっと軽くしてもいいかな〜って」

 

「スズカはいつもよりも強度が高いトレーニングになるし、キングはまだ片道走りきれるかくらいなんだからお前が走らんでどうする」

 

 スカイもまだ往復を完全にしきれてるわけではないが、帰りの途中くらいまでならある程度のペースを維持して走るようになった。あとはスピードを落として意地で走りきってるようもんだが……

 

「スカイはいつも通りに走ってくれ。ラストにしっかりとスタミナを残せるように頑張らないとな」

 

「は〜い」

 

「次はキングだ。いつもよりペースは落としていいが、片道を確実に走りきってくれ。今はローペースでいいが、少しずつペースをあげれるようにしよう」

 

「わかったわ」

 

「スズカはキングについて行ってくれ、今日は走ることに少しでもなれるつもりでな。とりあえず片道を走りきることを目標の頑張るぞ」

 

「はい」

 

 とりあえずトレーニングするために、いつもの山に向かわないとな。俺が車を持ってきてスズカには重りを運んでもらった。俺にあれを運ぶのは辛すぎる。

 

「本当にこれ付けて走るんですね……」

 

 車で移動中に、スズカは明後日の方を向きながらそう呟く。一応スズカはこの山道を走りきれるスタミナと足を持っている。けどそれは通常時の話だ。重りを付ければ今までよりも足に負荷がかかるし疲労も溜まる。

 

(怪我だけはしないようにしっかりと見てないとな)

 

 スタート地点について、みんなを車から下ろした。一応スズカに怪我の注意だけはしとかないとな。

 

「スズカ、怪我をしたら元も子もないからな。キングについて行けとは言ったけど、無理そうだったら自分のペースで走るんだ」

 

「はい」

 

「それじゃあ行くぞー位置について、よーいドン!」

 

 とりあえずスタートはしたが……スズカがスタートから出遅れたな。まぁ、予想通りっちゃ予想通りだな。

 

 

(凄く足が重い……いつも通り足を出そうとしても前に進めない)

 

 私の目の前には、キングちゃんの背中があった。いつもなら私が追われる側なのに。スカイちゃんよりも前にいるはずなのに、今はこの重りが鎖で私を縛り付けてるかのよう……

 

「スズカさん大丈夫かしら、いつもより走りにキレがない気がするわ」

 

「重りで足が前に出ないんだよ、それに前も防がれてるから走りズラいだろうね……それよりも、キングちゃん話してる余裕なんてあるの?」

 

「私だって成長してるのよ!そう簡単に置いてかれるもんですか」

 

(辛い……スカイちゃんやキングちゃんに置いてかれる。今すぐにこの重りを外して追いつきたい)

 

 

 スズカは今が1番辛いだろうな。前は塞がれたまま、いつも背中を追ってくるスカイやキングには追いつけない。何よりも足の重りのせいで前に進めないだろうしな。

 

 今回のトレーニングメニューは、スズカの能力を上げるだけでなく精神的に成長するためのものでもある。たとえ前を防がれても、どんな状況でも諦めず走りきる気持ちと忍耐力を鍛えるためだ。

 

 その後キングはスカイの後ろについて行ったが、3kmを過ぎたあたりでこのままじゃスタミナが持たないと判断したのかスピードを落とした。無理にでもついて行きたくなるだろうけど、俺の言ったことを守ってくれてるんだな。冷静に走れるのもキングの強みだ。

 

 スズカはキングよりも更に後方にいる。まだ半分も走りきれてないけど大分疲労してるように見える。

 

「どうしたスズカー!この辺でもうやめておくか?」

 

「まだ……走れます……!」

 

 息を切らしながらも、まだ走る気概を見せているから止めはしないけど……一応半分行ったところで今日は止めておこう。

 

「トレーナーさんすいません……全然走りきれませんでした」

 

「いいや、初日にしては上等だ。走りなれない状態でこのコースを走るのは疲れるだろ」

 

「少し走っただけのはずなのに足がパンパンです……」

 

 相当負荷がかかったみたいだ。明日スズカは筋肉痛に悩まされることになるだろう。

 

「それにしても、こんなトレーニングよく受けてくれたな」

 

「どうしてですか?」

 

「天皇賞秋までは残り1ヶ月近くしか残ってない。それなのに慣れないこんなトレーニングで負荷をかけて、心配じゃないか?」

 

「トレーナーさんが提案するってことは必要な事だと思いますし。私ならできるって信じてくれてるからやらせるんですよね」

 

「次のレースは、東条さんのところからエアグルーヴが出てくるらしい……普通にトレーニングしていたら1着を取れないっていう確信があるんだ」

 

 東条さんがトレーナーでエアグルーヴの実力が高いってのもあるんだけど、何故だかこのままじゃ勝てないって思ってしまうんだ。

 

「そうですね、エアグルーヴとの初対決。万全を期して挑みたいです。そのためにもこのトレーニング頑張ります!」

 

「このトレーニングはこれからを見据えて長いスパンを想定してるから、焦ることはないからな」

 

 数週間や数ヶ月で完全に走れるようになるとは思ってはない。ただ、確実にスズカの力になっているとは思ってる。

 

「分かりました。私たちが話してる間にもうすぐスカイちゃんがゴールしますよ」

 

「スカイも最初の時よりも更にスタミナが伸びたな」

 

 スカイは余裕こそないけど、しっかりと最後の坂もスピードを出して走り切ってたからスズカ程ではないけどスタミナは結構ついてる。

 

「キングちゃんもスピードを抑えてると言っても、しっかりと走りきりましたね」

 

「本当にあいつらはすげえよ、俺の予想をはるかに上回って成長していく。もちろんスズカもな」

 

 俺たちは車を降りて、スカイとキングの状態を確認しに行った。

 

「2人ともおつかれ。どうだ調子は」

 

「私はいつも通りですよ〜帰りも頑張ります」

 

「私はもうクタクタよ……車で休ませてもらうわね」

 

 キングが立ち上がって車に入ろうとしたので、俺がキングの腕を捕まえる。キングさん何帰ろうとしてるの?

 

「今日はキングも帰り道しっかりと走って貰うよ?」

 

「ぇっいやそんなこと分かってるわよ!少し車の中で休憩しようと思っただけ!」

 

「一応スカイよりは休憩は長く取るけど行けそうか?」

 

「当たり前でしょう!私はキングヘイローなのよ!」

 

 キングヘイローさん、テンパってるのかもしれないけど理由がもうめちゃくちゃになってますよ。

 

 その後に休憩を挟んでスカイには出発してもらって、スタート地点に残ったのは俺とキングとスズカの3人だけになった。

 

「スカイは行ったか……実はキングに話があるんだ」

 

「私に?スカイさんが聞いてるとなにかまずいのかしら?」

 

「別にそういうわけではないんだけど、キングのデビュー戦が決まったんだ」

 

 キングの実力は申し分ない。スタミナはまだ不足しているけど、キングのレースセンスとそのスピードがあればマイル程度の距離なら確実に勝てると判断して、早めのデビューを決心したんだけど……

 

「それは本当かしら!ついに私もデビューできるのね」

 

「おめでとうキングちゃん!」

 

 いつも落ち着いてるキングが、目に見えて分かるくらい喜んでいた。やっぱりウマ娘にとってデビュー戦ってのは、夢への第1歩だもんな。

 

「でも、キングちゃんはってことはスカイちゃんはまだなんですね」

 

「そうなんだよ……別にスカイとキングを比べてキングの方が優れてるからって意味じゃないんだけど、なんて言ったら分かんなくてな」

 

 スカイはキングよりもスタミナがあって強い面もまた違う。ただスピードとパワーがまだ足りてない。だからスタミナを更に伸ばして基礎を固めて、スピードとパワーを鍛えて万全を期して来年の頭にデビューさせる予定だったんだ。

 

「あなたはトレーナーとしての腕は良いのにそういうところは不器用なのね」

 

「面目ない……」

 

 俺の様子を見てスズカが心配そうに俺のことを見ている。逆にキングは堂々としてるけど、なにか解決策があるのだろうか。

 

「そんなの難しく考える必要ないわよ。あなたが考えていることをそのままスカイさんの伝えればいいの。後ろめたいことがないなら、スカイさんもあなたを信じて着いてきてくれるはずよ」

 

「そうか……そうだよな、正面からしっかりと向き合ってみるよ」

 

 スカイなら怒ったりしないだろうし、しっかりと説明するのも俺の仕事だもんな。

 

「それじゃあ、キング」

 

「何かしら?お礼なら結構よ」

 

「そろそろ休憩終わりだからスタートしようか」

 

 

「いてて……キングも頭叩くことないだろうに」

 

「ふふふ、本当にいい娘ですよね2人とも」

 

 キングはしっかりとしていて、俺を支えようとしてくれるし。スカイは俺のことを信じて頑張ってくれる。

 

「全くだ。2人のことを勝たせてやりたいって俺も思えるよ」

 

 2人の話をしていると、キングがダウンした。スピードを抑えたと言っても、行きの道でかなり消耗してたしな。逆によく3kmもはしれたもんだ。キングはスズカと同じで根性がある。プライドこそ高いけど、勝ちたいって想いが強いからか。

 

「キングお疲れ様、車に乗ってくれ。ゴールまで連れてくよ」

 

「ぜぇ……ぜぇ……まだまだね、全く走りきれないわ」

 

 キングを車に乗せてスカイを追いかけると、ちょうど最後の坂を登っている途中だった。フォームも少し崩れてかなりペースも落ちていたが、それでも何とか坂を登りきろうとしていた。

 

「頑張れスカイ!ゴールはもう目の前だぞ!」

 

 スカイは最後の力を振り絞って坂を登りきった。やばい、ゴールして気が抜けたのか。

 

「キングは氷を持ってきてくれ!スズカはドリンクを頼む!俺はスカイの様子を見てくる」

 

「はい!」

 

「分かったわ!」

 

「大丈夫かスカイ!」

 

 無理をさせすぎたか?スカイが頑張ってたから興奮して応援しちゃったけど、止めるべきだったのか。

 

「トレーナーさん……私ちゃんと走りきったよ……最後までしっかりと走りきったよ」

 

「見てた、しっかりと見てたぞ!本当によく走りきったな」

 

 その後はキングの持ってきた氷で体を冷やして、しっかりと給水をして休ませて落ち着くまでとりあえず待機した。

 

「スズカちょっと来てくれ。今日は初めてのトレーニング内容だったから怪我してないかしっかりと確認したい」

 

「分かりました、それじゃあお願いしますね」

 

 俺に呼ばれると、靴を脱いで俺の目の前まで足を差し出してくれた。大分負荷がかかってたし、念には念を置いておこう。

 

「目視でも、触ってみても特に問題はなさそうだな。一応ストレッチとマッサージはしておいてくれよ」

 

「はい」

 

 次はスカイだな、今回はギリギリまで走ったから。さっき倒れたこともあって1番心配だ。スカイは足に触れられるの恥ずかしがってたし、目視で分かる限りしっかりと見よう。

 

「少しだけ腫れてるな……しっかりとアイシングをしてストレッチとマッサージをしてくれ。それでも違和感があるようなら、病院に連れてくから言ってくれ」

 

「トレーナーさん、私は触診してくれないんですか?」

 

「スカイは前恥ずかしがってたし、やめた方がいいのかと思って」

 

「ほっほら!今日はセイちゃん頑張りましたし?怪我してたら嫌なので一応お願いします」

 

 そうか、スカイも怪我したくないもんな。背に腹はかえられないってやつか。

 

「うーん……やっぱり炎症を起こしてるな。戻ったらさっき言った処置をしてくれ、多分怪我はしてないとは思うんだが」

 

「そっか〜ありがとうねトレーナーさん」

 

 キングのデビューのことについても話しておくか。後に引きずってもよくないしな。

 

「来月にキングのデビューが決まったんだスカイ」

 

「キングちゃんデビューするんですか!?私はまだなんですね……」

 

「スカイの実力不足とかではないんだ!スカイは来年の頭に万全を期してデビューしようと思ってる。そうすればスカイなら負けないと思うし……」

 

 やっぱり怒るかな、それとも落ち込んだか傷つけてしまったか。そう思ってスカイの方を見たけど、俺の想像してた反応とは違った。スカイは嬉しそうに笑って尻尾をユラユラと揺らしていた。

 

「そっか〜そうですか、私なら負けないか……えへへ」

 

「そういうわけだけど、問題ないか?スカイがデビューしたいって言うなら今年中にできるよう調整してみるけど」

 

「トレーナーさんは私のことを考えて、そういうスケジュールにしたんですよね。だったら私は言うことないです」

 

 想定とは違ったけど、スカイに話てよかった。不機嫌になると思ってたけど凄いご機嫌だし。

 

「次はキングだな。いつもよりも長い距離走ったからな」

 

「私は目視で確認してくれるだけでいいわ……その触診はまだ恥ずかしいわ

 

 最後なにか言った気がするけど、目視だけでいいってならそれでも問題はない。キングなら自分でもしっかりと確認するだろうし。

 

「見た感じは問題ないな。一応アイシングをして、ストレッチとマッサージは忘れずにな。違和感があったら言ってくれ」

 

 とりあえずこれで今日のトレーニングは終わりだ。初めての試みもしたから不安だったけど、何事も無く終わってよかった。

 

「それじゃあ明日も頑張っていこう!」

 

「「「おぉ……」」」

 

 俺だけ元気はあったけど3人はヘトヘトだったな。スズカの天皇賞秋だけじゃなくて、キングのデビュー戦もあるから俺も気合い入れてかないとな。



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第44話:見せつけろ!キングのレース!

 10月に入って、今日はキングのデビュー戦だ。スズカ以外のウマ娘と待機場に来るのは初めてだから、なんだか新鮮な感じがする。

 

「どうだキング緊張してるか?」

 

「さっきまではしてたけど、今はそうでもないわね。スズカさんに相談したら『せっかくのデビュー戦なんだから楽しんできてね』なんて言うのよ。でも、その通りだわ。今日このレースでキングヘイローの走りを見せつけてやるわ!」

 

 キングはそう言うと余裕そうに高笑いして見せた。スズカもしっかりと先輩らしいことしてるんだな。

 

「とりあえず、今日のレースは差しで行こう。特別に警戒するウマ娘はいないが、キングの走りなら確実に勝ちに行ける」

 

「分かったわ。仕掛けるタイミングはどうするの?」

 

「それはキングに任せるよ。キングが行けるって思ったタイミングで差しに行っていい」

 

 キングのレースの流れを認識する力は中々にいい。そして、仕掛ける判断の早さそのタイミングが素晴らしい。

 

「全く、デビュー戦で初めてのレースをするウマ娘にする作戦じゃないわ……でも、いいわ。勝ってくるわね」

 

「ああ、キングの走りってやつを見せつけてやれ」

 

「えぇ!あなたにはキングのデビュー戦の勝利を見る権利をあげるわ!」

 

 俺はキングを激励して観客席に向かう。スズカとスカイと合流しないといけない。

 

「キングちゃんの様子はどうでしたかトレーナーさん」

 

 俺が観客席に戻るとスズカが聞いてきた。スカイの方が聞いてくるかと思ったけど、スズカもキングのことをしっかりと気にかけてるからな。

 

「スズカのおかげで緊張してなかったよ、ありがとうなスズカ」

 

「いえいえ、私たちはチームメイトですから」

 

「キングちゃんが勝ってスズカさんと私にバトンを回してくれるといいですね〜」

 

 

 このメンバーもチームとしてまとまってきているんだな。互いを思って高め合うのはいいことだ。

 

『本日出走するウマ娘達がパドックに入場します』

 

 デビュー戦ということもあってか、特別注目するウマ娘はいなそうだな。デビューするということだけあって体は出来上がってるけど、キングほどじゃない。

 

『6枠10番キングヘイロー!母親が過去に世界で活躍したウマ娘たちの娘ということもあり注目が集まります!2番人気です』

 

『彼女はダービーを制したサイレンススズカの所属するチームレグルスからの出走となります。キングヘイローの実力、そして、チームレグルスのトレーナーの手腕にも注目が集まってますよ』

 

 2番人気ということに少し不満そうな顔をしたが、調子の方は問題なさそうだな。それにしても、トレーナーの俺の方にも注目が集まってるのか……キングの家族が凄いってことが関係してそうだけど、一応調べておこう。

 

「キングちゃん調子良さそうですね〜」

 

「あぁ、デビュー戦ってのはいくら自信があっても緊張するもんだけどな。キングは冷静そうだし」

 

「そうですか?私はデビュー戦とっても楽しかったですよ?」

 

 それはお前くらいなもんだ。普通のウマ娘はデビュー戦はガッチガチな娘だっているくらいだぞ。

 

「本番レースで普段のトレーニングとの違いを感じてくれればいいんだがな」

 

 パドックの入場が終わって、あとはゲート入場を待つだけだ。

 

 

(凄いピリピリとした空気ね)

 

 パドック入場を終えたあとから明らかに空気が変わった。周りからの視線も感じるし警戒されてるのかしら?

 

(まぁ、これは私が出走したからじゃなくてあの人たちの娘が出走したからでしょうけどね)

 

 私の母親は世界的に活躍したウマ娘だった。その娘が出走するから警戒してるんでしょ。私はキングヘイローじゃなくてあの人の娘というイメージしかないのよ。

 

 だからこそ、このデビュー戦から負けてる場合じゃないのよ。あの人の娘じゃなくてキングヘイローが来たと見せつけてやるわ。

 

『出走ウマ娘達がゲートインします』

 

 とりあえず、目の前のレースに集中しなくちゃね。油断して負けましたなんて言えないわ。

 

 

『1600m芝右回り、バ場状態良です』

 

「デビュー戦の勝利を勝ち取るのはどのウマ娘か。1600m先のゴールを目指して……今スタートです!」

 

 スタートは悪くない……スズカと違ってキングは差しを得意とするウマ娘だ、最初は力を温存して最後に一気に追い抜く。

 

『先頭は4番ラインザクラです』

 

『少し掛かってしまっていますが大丈夫でしょうか』

 

『注目のキングヘイローは後方からのスタートとなります!後ろからレースの流れを把握します!』

 

「キングちゃんいい位置につきましたね」

 

「あそこからなら上手く先頭を確認できるからな、仕掛け遅れることはないだろ」

 

「頑張れキングちゃーん!」

 

 

(前よりも格段について行きやすくなってる……これなら最後のスパートで一気に抜ける!)

 

 このコースには第3コーナーに高低差の激しい上り坂がある。そこまでは平地だからスタミナを溜めて、坂を登りきったところで一気に差し切る!

 

 先頭では、掛かってしまったウマ娘達が先頭争いをしている。そのせいでレースペースが全体的に引き上げられて、キングが少しずつ遅れていく。

 

(まだ大丈夫よ……落ち着きなさいキングヘイロー、勝者は最初にゴールしたものよ。レース中に後方に居たってかまわない)

 

『第2コーナー回って向こう正面、未だに先頭の奪い合いだ!キングヘイローは後方でまだ待機している!』

 

『周りが焦っているなか落ち着いていますね。直線を超えた先には淀の坂もありますから勝負はここからですよ』

 

 

「トレーナーさん!キングちゃん遅れ始めちゃったけど大丈夫なの?」

 

「大丈夫だ。先頭のハイペース組はここまでにスタミナを消耗してるからな、第3コーナーをすぎたあとの坂を耐えられない」

 

「それに、キングちゃんが強いのはここからでしょ?」

 

 前まではスタミナが足りなかったせいで、距離が伸びると最後に差し切るスタミナが残っていなかった。でも、今のキングは前とは違う。マイル程度の距離ならあのスピードを活かして十分差し切れる!

 

『第3コーナーに入り坂を登り始めます!』

 

『おぉっと!ここでキングヘイローが前に出始めます!』

 

「キングちゃん坂でペースをあげたの?」

 

「キングがペースをあげたんじゃない。周りのペースが落ち始めたんだ」

 

 ここまでにハイペースで走ってきた先頭組は、坂に耐えられなかったんだ。キングは後方で足を溜めてたからな、その分スタミナが残っている。

 

 

(レース終盤のこの坂……苦しいし辛い……でも、今までしてきたトレーニングに比べればなんてことないわ!)

 

『坂を登りきり最後の直線に入ります!ここらはゴールまで平地のコースです!誰が仕掛けるか!』

 

『坂でペースが落ちるなか、キングヘイローはペースを落とさずに前に出てきていますからね。ここからが勝負どころですよ』

 

(上り坂が終わったばっかりで周りは息を整えるのに時間がかかるはず。だったら、準備が整う前に今ここで仕掛ける!)

 

『キングヘイローが仕掛けた!キングヘイローが一気に前に出ます!』

 

『ほかのウマ娘たちも負けじとペースを上げて行きますが、キングヘイローのスピードについて行けませんね』

 

 

「行けるぞ!行け!走りきれキング!」

 

「「頑張れ!キングちゃん!」」

 

 

「私はキング……キングヘイロー!こんなところで負けていられないの!」

 

『キングヘイローが前に出た!残り100mを切った!キングヘイロー!キングヘイローが先頭を捉えた!』

 

 スズカさんみたいに、終始先頭を取って圧勝するような輝きのある走りじゃないかもしれない。それでも、私は1着を取るのよ!

 

『キングヘイローが1着でゴールイン!最後に差し切りました!1着はキングヘイローです!』

 

(勝った!勝ったわ!私はやったのね)

 

 私は観客に軽くて振って、待機場に向かう。このことをお母様に報告しないと!

 

「もしもしお母様!私勝ったわよ!」

 

「そうなの」

 

 母親から返ってきて言葉は私が想像していたよりも冷たかった。もっと褒めてくれないの?私頑張ったのに。

 

「勝てて、いい思い出もできたでしょう?そろそろ帰って来たらどう?」

 

「私は勝ったのよ?来年にはクラシック路線で戦って行くのよ?」

 

「勝ったわね、でも所詮はデビュー戦でギリギリの勝利。そんなんでクラシック路線を戦って行けると思うの?」

 

 返答できなかった。家を出る前にトレセン学園に行くことは反対されていた。でも、レースで勝てばきっとお母様も認めてくれると思っていた。

 

「用はそれだけ?私はやらないといけないことがあるからもう切るわね」

 

 そう言うとお母様は電話を切った。せっかくの娘の勝利を祝ってもくれなかった……

 

「キングお疲れ様」

 

「あら、トレーナーさん。わざわざありがとう」

 

「見事な勝利だった。周りにも引っ張られずに仕掛けるタイミングもよかった。さすがはキングだな」

 

 あなたはそうやって私を認めてくれるのね……私を褒めてくれる。担当のトレーナーとして当たり前のことと分かっても、何故かとても嬉しかった。

 

「もうおバカ……」

 

「うお、どうしたキング足でももつれたか?」

 

 私はそのままトレーナーさんに抱きつく形で、胸に顔を埋めた。

 

「今はこうさせてちょうだい。少しだけでいいの」

 

 トレーナーさんは私の言葉を聞くと無言で頭を撫でてくれた。何があったかは言及はされなかった。

 

「大丈夫かキング」

 

「ええ、私の初めてのウイニングライブ見ていてちょうだい」

 

 

 俺はキングを見送ってからスズカたちのところに戻った。ちょっと時間が掛かってしまったな。

 

「トレーナーさん遅いよ〜」

 

「ちょっと色々あってな遅れちまった」

 

 キングのことは黙っておくか……言わない方がいいよな多分。

 

「キングちゃんがステージに上がりましたよ!」

 

 キングのウイニングライブは何かを訴えかけるような力強さを感じた。強者感をも感じさせるそのライブに圧倒されてしまった。

 

「キングは勝った……次はお前たちの番だぞ」

 

「「はい!」」

 

 スズカの今年のG1レースと来年のスカイのデビュー戦。キングも今年中にレースにいくつか出る予定だ。立ち止まってられないな。



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第45話:備えろ!天皇賞秋!2本目

最近よく釣りに誘われてその間に執筆してるんですけど、書きながらも竿が気になって意外と捗りませんでした。


 キングのデビュー戦が終わって休日を挟んで一日が経った。一応次の日にキングの母親について調べてみたけど、ファッションデザイナーを今はしていて、過去にレースで世界的に活躍していたことしか分からなかった。

 

(なんであの時キングは泣いていたんだろう)

 

 キングが話してくれるまで待つしかないか。無理に聞くのも悪いし、キングにも色々あるんだろうし。

 

「久しぶりだな、柴葉トレーナー」

 

「ルドルフか、どうしたんだ?俺のチームルームに来るなんて。今は俺以外誰もいないけど」

 

 俺がチームルームでスズカ達を待っていると、ルドルフが部屋を訪れた。この部屋にチームメンバー以外が来ることなんてほとんどないんだが……

 

「いや、問題はないさ。今日は君に話があって来たんだから」

 

「俺に話?特に生徒会にお世話になるようなことはしてないと思うんだけど……」

 

 もしかしてスカイがなんかやったとか?それとも校内でスズカが走るの我慢できなくなっちゃったとか?さすがにないよな……多分。

 

「そう肩に力を入れなくてもいい、天皇賞秋で今度エアグルーヴと競うだろう?調子はどうか世間話ついでに聞きに来ただけだよ」

 

「そうか、調子はいいぞ。キングもデビュー戦勝ったし、スカイもトレーニングにやる気を出してくれてる。何よりスズカの天皇賞秋も近いしな」

 

「そうか、ならいい。天皇賞秋は勝てそうなのかな?」

 

 それを俺に聞くのか……お互いのチームメンバーの戦いでそれを聞いたら答えは決まってるだろうに。

 

「スズカは勝つさ。相手が女帝と言われる程の相手であってもだ」

 

「楽しみにしているよ。それじゃあ私はここら辺で帰るとしよう」

 

「もう帰るのか?」

 

「私もトレーニングがあるし、それに君のチームメンバーも来るだろう」

 

 それもそうか、ルドルフにもトレーニングがあるよな。スズカたちもそろそろ来る時間だろうし。

 

「最後に1つ。チームのことを考えるのもいいが、自分のことも労わってあげてくれ……気をつけてくれよ君は」

 

 気をつける?何に気をつけるんだろうか。俺は特別病気があるとかでもないし、スズカ達の中で怪我をしそうな様子もないしな。

 

 俺が質問しようとすると、ルドルフは既に部屋を去った後だった。ついでに言うぐらいだしそんな深刻なことじゃないのかな?

 

 ルドルフがいなくなってからしばらくして、スズカたちがやってきたので全員でグラウンドに向かう。

 

「今日からスズカには、この前よりかは少し軽い蹄鉄で1000mの走り込みをしてもらう」

 

「軽くするだけで外しはしないんですね……」

 

 スズカはため息をつきながらその蹄鉄を受け取ると、自分の靴にはめ始めた。ため息をつきながらもやる気はあるようだ。

 

「今日からレース1週間前まではこの蹄鉄をつけるか、同じくらいの重さの重りをつけて走って貰うことになる」

 

「これから毎日ですか?」

 

「あぁ、毎日だ。レースまであと3週間程度だからな、この2週間は追い込んでいくぞ」

 

「はい!」

 

 次はスカイの番だな。キングとは別のトレーニングをしてもらう予定だから別々に説明しなくちゃいけない。

 

「スカイはスズカと一緒の距離を走ってくれ。スピードはできるだけ出し切ってくれ」

 

「りょうかいで〜す」

 

 スカイは十分なスタミナがついてきたからな、これからはスピードをメインに鍛えて行こうと思ってる。

 

「キングは天皇賞秋が行われる前日にある黄菊賞に出走してもらう」

 

「天皇賞秋の前日に?私は構わないのだけど、あなたは大丈夫なのトレーナーさん」

 

 俺?あぁ、たしかにレースに出走するとなると俺にも負担はかかる。けどキングは差しウマ娘だから、少しでも多くのレースを経験させてやりたい。

 

「そんな大きなレースじゃないし、キングの強敵になるウマ娘は出ないと思うしな。キングのレース慣れと、経験を積むためだ問題はないよ」

 

「そう?なら私は構わないわ」

 

「そして、トレーニングメニューはトラックでの長距離のランニングが主になるな」

 

 俺がトラックの長距離って言っただけで、キングは安堵していた。やっぱあの山道走るのって相当しんどいんだろうな……あそこを1人で走らせるのはキングにはまだ早いし、スカイとスズカはトラックで見てなきゃいけないから仕方がない。

 

「そっそう?トラックで走るのね!それでこそキングに相応しいメニュー!」

 

 キングさん、嬉しいのは分かるんだけど、本音が出てるし言ってること滅茶苦茶ですよ。キングって喜んでる時とか焦ってる時は、言ってることが基本的には滅茶苦茶なんだよな……

 

「それじゃあトレーニング始めるぞ」

 

「「「はい!」」」

 

 というわけでトレーニング開始をしたが、3人とも最近のトレーニングで成長が著しいな。スカイはスタミナが伸びて、今までよりもハイペースで走りきることができるようになった。スズカは加速時の踏み込みに力強さが出て加速力も上がったし、スピードも速くなった。キングもスピード次第じゃ中距離くらいまでは息を切らさず走り切れるようになった。

 

 スズカは、蹄鉄を前よりかは軽くしたといっても普通に重いだろうにスカイには1000m負けて悔しそうだった。あれだけ走れてればいつも通りの蹄鉄に戻した時の走りが楽しみだ。

 

 そんな感じで2週間のトレーニングを終えて、スズカとキングのレース1週間前になった。

 

「今日からスズカは重い蹄鉄を外して通常の蹄鉄で走ってくれ」

 

「やっとあの重りから解放されるんですね……」

 

 スズカは尻尾を揺らすほど喜んでいた。あの重りには大分苦しめられてたからな。まぁ、レースが終わったらまた付けてもらうことになるだろうけど。

 

「スカイは今まで通りスズカと一緒に走ってくれ」

 

「は〜い」

 

「次にキングだけど、キングもスズカとスカイの合流して走ってもらう」

 

「あら、長距離走じゃないのね」

 

 今日まではスタミナ強化をメインにして、スピードを出すトレーニングをしてこなかった。それでレース本番に挑んでスピードが上手く出ないと困るからな。マイルで走るためのスピードを思い出すために、今は長距離走をするべきじゃない。

 

「みんなで同じ条件で走るのは久しぶりだからな。お互いライバルのつもりでトレーニングに挑んでくれ」

 

「「「はい!」」」

 

 全員がトレーニングの準備が終わり、スタートラインに立った。スズカは今にも走り出しそうだ。

 

「それじゃあ行くぞ、位置について、よーい……どん!」

 

 先頭を取ったのはスズカだった。その後ろにスカイとキングが続くが、そのままスズカに差をつけられていく。

 

(まさかここまで伸びるとはな……)

 

 大分リスクはあったけど、あのトレーニングはスズカを大きく成長させてくれた。スカイとキングじゃとてもじゃないが追いつけそうにない。

 

 

(凄い……足が軽い。まだまだペースを上げられる気がする)

 

 スカイちゃんとキングちゃんは後ろにいる。いつもならここまで離せないんだけど……今はとても調子がいい。

 

(スズカさん速すぎない!?)

 

(とてもじゃないけど追いつけないわ……)

 

 残りは大体500m程度……まだ行ける!

 

 

 500mを超えたところでスズカがペースを上げた。あそこからまだ伸びるのか。スピードが想像以上に伸びてるな……これはまだスタミナを鍛える必要も出てきそうだ。

 

 最高速度が上がればその分消耗するスタミナも大きくなるからな。どちらかを鍛えるだけじゃだめだ。短距離を走るにしても長距離を走るにしてもバランスが大事だ。

 

 そのあとはスズカのぶっちぎり1着だった。2着はキングで3着はスカイだ。この距離じゃスカイはキングに勝てないか……

 

「3人ともお疲れ様。どうだ調子は」

 

「前よりも速く走れます……足がどんどん前に出ていくんです!」

 

 鎖から解き放たれたスズカはすごい嬉しそうにそう言った。嬉しく楽しいだけじゃなくて、そのスピードまでが鎖から解き放たれたな。

 

「私も前よりハイペースで走れるようになったかな〜スズカさんほどじゃないしキングちゃんにも負けちゃったけどね〜」

 

 スカイは短距離やマイルが得意距離じゃないからな、どちらかと言うと中距離……いや長距離からが強いだろう。それでも、キングに負けたのが悔しいのか少しむくれていた。

 

「最後まで足を溜めて走って、しっかりとスピードを出し切れるわ」

 

 キングはスタミナ不足でその末脚を活かせずにいたからな。スタミナを鍛えたキングなら短距離で道中ある程度スピードをキープした上でラストスパートに入れる。

 

「とりあえず、みんな調子は良さそうだな。だけど、油断は禁物だぞ。特にスズカとキング」

 

 スズカは以前経験してるから大丈夫だと思うけど、急激な成長っていうのは慢心に繋がるからな。

 

「私は前にそれで痛い目に合ってますから大丈夫です」

 

「私もその程度で油断はしないわ。私が強くなっているなら周りの娘も強くなってるはずよ。スカイさんみたいにね」

 

 やめてやれキング、地味にスズカが傷ついてるから。以前それで失敗しちゃってるから。

 

「皮肉を言ってるわけじゃないのスズカさん!ほらスズカさんはしっかりと乗り越えたじゃない」

 

「いいのよキングちゃん……それで失敗したのは事実だから……」

 

「ほらスズカさん元気だして〜トレーニングまだ終わってないんだから」

 

「ほら、2本目行くからみんな準備しろよ」

 

 まぁ、この様子なら大丈夫そうだな。キングはレース経験のためでそんなに心配はしてないんだが……スズカの天皇賞秋はなんだか胸騒ぎがするからな、できることはやっておきたい。

 

 こうして俺たちは順調に準備を進めていった。次のキングのレースも、そしてスズカの天皇賞秋も勝ちに行くぞ。



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第46話:盾を勝ち取れ!天皇賞秋!

レース結果はめっちゃ迷いました。


 キングは黄菊賞を1着でゴールし、その力を見せつけた。そして、今日はスズカの天皇賞秋の当日だ。キングは何事もなく1着を取ったけど、今回はG1レース……しかもエアグルーヴも出走するからな、簡単には行かないだろう。

 

「今回のレースは厳しい戦いになりそうだな……」

 

「はい、エアグルーヴも強敵ですけど……他の娘たちもレベルがとても高いです」

 

 最近スピードが付いたばかりだから、その影響で最後にバテるのが唯一の不安要素だな……

 

「走りを抑えろとは言わないんだけど、一応序盤にスピードの出しすぎには気を付けてくれ」

 

 スズカの場合、最初にスピード乗りすぎるとそのままハイペースで走り続けてしまう恐れがある。スピードが付いて長期間のトレーニングをしてないから、レースで興奮してそのままバテるなんてのもありえる。

 

「分かりました、序盤に飛ばし過ぎないように気をつければいいんですね」

 

「あぁ、それ以外は特に言えることはないな。あとはスズカの全力を出し切れ、そして……思いっきり楽しんでこい!」

 

「はい!」

 

 楽しんでこいか……普通のウマ娘にこんなことは言わないだろうけど、スズカはレースを楽しむことを原動力としてる。何よりも俺は楽しそうに走ってるスズカが好きだからな。

 

 俺は待機場を出てスカイとキングと合流するために観客席に行ったんだけど……

 

「よ!後輩見に来たぞ〜」

 

「なんで先輩がこんなところ居るんですか……」

 

「居るのは俺だけじゃないぞ」

 

 沖野先輩の横にはキングとスカイが座っていて、その横にはスペも座ってた。更にその横には東条さんとチームリギルのメンバーも勢揃いだった。

 

「エアグルーヴが出走するんだから東条さんもいますよね」

 

「えぇ、今日は負けないわよ。チームリギルとレグルスの初対決だもの」

 

「俺もです……今日のレースで勝つためにできることはやってきました」

 

 俺は東条さんと握手をして、席に付いた。勝負は正々堂々、お互い知り合いだからって手を抜いてくれるわけでもない。

 

「それにしても、あの日会った受験生が1年で担当ウマ娘を付けたと思ったら、あのダービーを制してチームをもって天皇賞秋でトップチームとやりあうなんてな」

 

「出会いが良かったんですよ。スズカに会えて、先輩と東条さんに会って色んな人と出会えましたから」

 

 もし俺がいくら優秀だったとしても、この人たちに出会えてなかったら。スズカやスカイたちに出会ってなかったらここまで来れなかった。

 

「その意気です!私たちの世代としても頑張ってください!」

 

「葵さんも来てたんですね」

 

 そういえば葵さんは菊花賞でマチカネフクキタルに僅差で敗れたんだったな……

 

「もちろんです!応援するのは勿論ですけど東条さんのウマ娘の走りも見られるし、レグルスのエースが走るんですから偵察も兼ねてます」

 

 相変わらずこの人は正直者だな。応援しに来たって言えばいいのに、わざわざ偵察しに来たって言うのか……まぁ、誰も文句は言わないけど。

 

『本日出走するウマ娘達がパドックに入場します』

 

 俺たちが話してる間に話していると、パドック入場が始まった。

 

 さすがはG1レース、出走するウマ娘全員が並のレベルじゃない……1人1人がスズカに匹敵する実力を持ってる。

 

『5枠9番サイレンススズカ。前回のレースでは惜しくもマチカネフクキタルの敗れて2着でした。今回どこまで力を伸ばしているか注目が集まります!4番人気です』

 

 前回のレースでは敗れたし、4番人気じゃ上等な方だろ。何より重要なのは人気じゃないからな。

 

「うーむ……いい足だ。前のレースからまた一段と力をつけたな」

 

「いつもなら素直に喜んで浮かれるところなんですけどね……」

 

「今日はエアグルーヴさんもいますからね」

 

『6枠12番エアグルーヴ!去年はオークスを制して、最近のレースでも2連勝という好成績を収めています。2番人気です』

 

『彼女は周りから1つ抜けた存在になっていますね。素晴らしい仕上がりですよ』

 

「流石はG1レースね……今の私たちじゃとてもじゃないけど相手になりそうにないわね」

 

「スズカさん勝てるのかな〜こんなに強い人ばかりだと心配だね」

 

「……ません」

 

「え?」

 

「負けません!!」

 

「「えぇー!」」

 

 スカイたちはレース前なのにコントでもやってるのか……まぁ、同級生で仲良しらしいししょうがないか。

 

 それにしてもだ、さすがは東条さん。凄い仕上がりだな。これはギリギリに戦いになりそうだ……なんて俺が緊張してたけど、スズカの顔を見たらそんな気持ちも吹き飛んだ。

 

(こんなレースにあの相手でなんて顔してんだよスズカ)

 

 スズカは笑みをもらしていた。G1のレースで相手はあのエアグルーヴだ。そんな状況でもスズカはこのレースを楽しんでる。いや、ダービーの時だってスズカはいつもレースを楽しんでるな。

 

 

「今日はいいレースにしようスズカ」

 

「ええ、よろしくねエアグルーヴ」

 

「G1レースだと言うのに余裕そうだな、それとも私相手じゃ不満か?」

 

「余裕なんてない、エアグルーヴが相手にいるってだけで緊張感がいつもよりも凄いわ」

 

「っふ……腑抜けてるわけじゃないならいい」

 

 そう言うとエアグルーヴは自分のゲートの前に向かって準備を始めた。私も準備しないといけないわね。

 

(エアグルーヴ……あなたがいるからこそいつもよりも緊張してる。でもそれ以上にあなたと競い合うのが楽しみで仕方ないの)

 

『出走するウマ娘達が各々ゲートインしていきます』

 

『晴れ渡る空の下2000m芝左回り天候には恵まれバ場状態は良です。天皇賞の秋の盾を勝ち取るのはどのウマ娘か。2000m先のゴールを目指して……今、スタートです!』

 

 凄い……今までよりも体が軽い、スピードが出せる。このままゴールまで駆け抜けてしまえそう……と思ったところでスズカはトレーナーの言葉を思い出した。

 

(序盤は飛ばし過ぎちゃいけないんだった……気分が良くてペースを上げるところだった)

 

『サイレンススズカがトップを走り後方とグングンと差を広げていく!』

 

 

「凄いわねサイレンススズカ……序盤からあのハイペース」

 

「それがスズカの強みですから」

 

(スズカのスピードが想像以上だ……あれはスピードを抑えてるのか、掛かっているのかイマイチ俺も分からなくなっていた)

 

『第2コーナーに差し掛かって依然と先頭はサイレンススズカ!後方との差を4馬身離します!』

 

「スズカさんあんなにペース早いけど大丈夫なのスカイちゃん!?」

 

「ま〜大丈夫なんじゃない?ねえキング」

 

「えぇ、スズカさんは何も考えずにあんなハイペースで走ったりしないもの」

 

 お二人さん。スズカ厚い信頼を置いてるのはいいんだけど、スズカって走る時は走ることしか考えてないから、たまに抜けてるんだよ……

 

「一応、序盤に飛ばしすぎないように言っといたから大丈夫だとは思う」

 

「スズカさんのトレーナーさんもそう言ってるんだから、大丈夫ですよスペちゃん」

 

「そうだねグラスちゃん!頑張ってくださいスズカさーん!」

 

 俺の知らない間に、スペの横には葵さんのところのグラスワンダーが座っていた。更に隣には東条さんのエルコンドルパサーまでいるし……

 

『第2コーナー回って向こう正面!サイレンススズカは依然先頭を譲らない!しかし、後続も離されまいと距離を保ちます!』

 

 直線でもスズカのスピードは落ちない。しかし、第3コーナー手前には坂もあるからな……まだどうなるか分からない。

 

「私たちとあのトレーニングをこなしてるんだから、あの程度の坂大したことないですよね〜」

 

「やめてスカイさん、レース中にあのトレーニングを思い出させないでちょうだい」

 

『第3コーナー手前の坂を上って後方のウマ娘達が仕掛ける!エアグルーヴだ!エアグルーヴが前に出る!』

 

 第3コーナーの上りが終わったあとは少しの平坦と下りがある。そしてそれが終わったらゴール手前の200mまでは上り坂だ。それを見越してここでスズカとの距離を縮めに来たか。

 

「勝負は最後の直線……頑張れスズカ、上り坂でバテるなよ」

 

 

(上り坂……いつも私を苦しめてきた。けど、この程度の坂なら重りから解放された私なら大丈夫!)

 

『サイレンススズカ!上り坂でもペースが落ちない!』

 

『後方ではエアグルーヴが差すタイミングを伺ってますよ』

 

 第4コーナーを過ぎてゴールまでの200mは平坦……多分ここでエアグルーヴが仕掛けに来るはず。スタミナはまだ残ってる、絶対に負けたくない!

 

『エアグルーヴが仕掛けた!サイレンススズカの直ぐ後ろ……いや並んだ!エアグルーヴが並びました!』

 

「悪いなスズカ!私は負ける訳にはいかないんでな!」

 

「私もよエアグルーヴ……私も負けない!」

 

「いけぇぇ!スズカぁぁあ!頑張れぇぇえええ!!」

 

 トレーナーさんも応援してくれてる。スカイちゃんもキングちゃんもスペちゃんも見てくれてる。それに相手はエアグルーヴ……この勝負に勝ちたい!

 

【先頭の景色は譲らない……!】

 

『サイレンススズカがここに来て一気に加速しスピードが上がっていく!このままエアグルーヴから逃げ切るのか!?』

 

「舐めるなぁぁぁあああ!!」

 

『エアグルーヴも食らいつく!2人ともほぼ横一線!エアグルーヴか!サイレンススズカか!2人が今ゴールイン!結果は写真判定となります!』

 

 ゴールして、私がエアグルーヴに話しかけようとした時にはエアグルーヴはもういなかった。そして、私は電光掲示板を見た。

 

 

「スズカが勝った……勝ったぞぉぉお!」

 

「やったよトレーナーさん!スズカさん勝ったんだ!」

 

 スカイが喜びのあまり俺に飛びついてきた。スペも嬉しそうにグラスワンダーに飛びついていた、ってグラスワンダーなんでお前はそんなに嬉しそうなんだ。

 

「ほら、スカイさん離れて。トレーナーさんスズカさんのところに行ってあげて」

 

「あぁ、行ってくる」

 

 

「スズカ!お疲れ様、よくやってくれた……本当に」

 

 俺がスズカに歩み寄って行くと、スズカの方から勢いよく抱きついて来た。

 

「トレーナーさん、私やりました……勝ちましたよ!」

 

 スズカは喜びのあまり涙を流していた。俺はハンカチでそれを拭いて頭を撫でてやった。

 

「お前はよく頑張ったよ……一緒に頑張ってきた成果だな」

 

「はい!本当に頑張りました……坂のトレーニングも重りのトレーニングも本当に大変ですから」

 

「そっそれは、スズカのために必要だったからでだな……」

 

「わかってます、私はトレーナーさんがいたから頑張って来れたんですよ。ウイニングライブ……楽しみにしててくださいね?」

 

 スズカは冗談混じりにそう言い笑っていた。こんな時にスズカに弄られることになるとはな。

 

「楽しみにしてる、ウイニングライブが終わるまでがレースだ!頑張って行ってこい!」

 

「はい!」

 

 スズカと分かれた後に観客席に戻ろうとしていると、エアグルーヴに会ってたであろう東条さんと鉢合わせた。レースの後だとなんだか気まずい……

 

「はぁ……後輩が先輩を気遣ってんじゃないわよ。次は負けないから覚悟しておきなさい」

 

 それだけ言って、東条さんは観客席の方に向かっていった。本当にあの人は優しい人なんだから。

 

 ウイニングライブのスズカは輝いていた。なんだかいつもよりも心に響く感覚があった。ライブ中にスペが暴走しそうになって、グラスワンダーががっちり抑え込むなんてアクシデントもあったが、無事にウイニングライブは終わった。

 

 帰りの車では、後部座席に座っていたキングとスカイは熟睡していた。2人とも頑張って応援してくれていたし、疲れてしまったんだろう。

 

「トレーナーさん、私は今日実は負けちゃうんじゃないかって思ってたんです」

 

「そうだったのか」

 

「負けちゃったらどうしようなんて思ってたんですけど、トレーナーさんが私の全力で走って楽しんでこいって言ってくれて心が軽くなったんです。そうしたらエアグルーヴと走るのが楽しみになってきて最初はペースあげそうになったんですよ」

 

 最初に一応忠告しておいて良かった……序盤であれ以上ペースを上げてたら、最後の直線が持たなかったと思う。

 

「トレーナーさんの忠告のおかげで最後まで走りきれました。本当にありがとうございます」

 

「スタミナも鍛え上げれれば良かったが、あれ以上のトレーニングは怪我の危険があったからな」

 

「本当に……いつもありがとうございます」

 

「ん?なんか言ったか?」

 

 俺が聞いてもスズカから返事はなかった。スズカはレース走ってウイニングライブも踊った後で疲れてたよな。俺の横でスズカはぐっすりと眠っていた。

 

 このまま順調にスズカもレースに出走し勝利して、キングもレースに出て、スカイもデビューをして上手く行くと思ってたんだけど……それまでに起こることを俺はまだ予想できなかった。ルドルフの言っている意味を理解したのは遠い話ではない。




スペちゃんの負けません!のくだりをただただやりたかった人生だった。


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第47話:不穏?周りからの視線?

急な挿入投稿申し訳ないです。次の話があまりにも急展開になってしまい、急展開の緩和のために執筆しました。


 天皇賞秋が終わってから、何故か知らないけど視線を感じる気がする。気のせいだとは思うんだけど何なんだろうな。そんなことを考えながら、沖野先輩と計画していた選抜レースの予告の貼り紙を貼っている途中だった。その途中で先輩トレーナーとぶつかってしまった。

 

「すいません!ちょっとよそ見してて」

 

 俺が謝ると、先輩トレーナーは一瞬貼り紙の方を見て俺に一言言って去っていった。

 

「あんま調子にのるなよ」

 

 唖然して、俺はその場で立ち尽くしていた。調子にのるなってどういうことだ?あのトレーナーとは面識はないし何かをした記憶はないんだけな……

 

 俺はチームルームに戻って、自分の評判についてネットで調べてみることにした。今までは自分の評判なんて考えてなかったけど、あそこまで言われたらさすがに俺も気になってしまう。

 

『チームレグルス天皇賞秋を制する!』とか『期待の新人現る!』みたいに最初は明るい記事ばかりだったが、とあるネット掲示板では『ほかの担当から口車に乗せてウマ娘を奪ってる』とか『たまたま優秀なウマ娘に恵まれただけ』『こいつがトレーナーじゃなくてもサイレンススズカやキングヘイローなら勝ってた』と言った酷い内容だった。そこの掲示板だけでなく他の掲示板でも酷い言われように少し頭に来ていた。

 

(俺は彼女たちのために頑張って来たのに!俺じゃなくても別に良かった?そんなわけあってたまるか)

 

 俺だけでも彼女たちだけでも今の成果は残せなかったと思う。それに、俺たちはお互いに夢を追い求めて頑張ってるんだ。

 

「トレーナーさんいますか?みんな集まりましたよ」

 

「あぁ、今行くよ」

 

 パソコンを見ているとスズカ達がチームルームに訪れたので合流した。選抜レースについて話さないといけないからな。

 

「1週間後に俺と沖野先輩、葵さんの3人主催の選抜レースが行われるから、その日は休みだ」

 

「新しい娘をチームに迎えるんですか?」

 

「あぁ、うちのチームは3人の小チームだからな。メンバーを5人揃えてしっかりとしたチームとして認められれば、学園側から受けられる恩恵も大きくなる」

 

「え〜そのために別の娘を入れるの〜セイちゃんは反対だな〜」

 

「勿論誰でもいいわけじゃない。それを見極めるための選抜レースだ。今回のメインは沖野先輩と葵さんがスカウトすることだから、俺はスカウトするかもわからないしな」

 

 そう言うと、スズカとスカイは納得したようだ。どんなウマ娘達が来るかは分からないが、お目にかかるウマ娘がいなければ今回は無理にスカウトするつもりもない。

 

「とりあえず!今日のトレーニング始めるぞー」

 

「「「はい!」」」

 

 トレーニング中にもちょくちょく視線を感じる、一体俺のことなんか誰が見ているんだろうか?人に恨まれるようなことをした覚えもないし。

 

(そういえばルドルフが前に気を付けろみたいなことを言ってきたけど、あれも結局なんだったんだろうか。天皇賞秋も無事に終わったし、その間にスズカやチームメンバーが怪我したりすることもなかった)

 

 ルドルフが何の意味もなくあんなことを言うとは思えないしな……俺がルドルフの忠告について考えていると、1人のウマ娘が俺に話しかけてきた。

 

「あの……サイレンススズカさんのトレーナーさんですか?」

 

「そうだけど……俺に何かようか?」

 

 話しかけてきたウマ娘は身長が低くて気が小さそうな娘だった。こんな娘と知り合いだったけかな?まぁ、わざわざ訪れてきた手前追い返すわけにもいかないし話を聞こう。

 

「私ライスシャワーって言います……その、担当になってくれるトレーナーさんを探していて、いろんな人を訪ねたんですけどどこも追い返されてしまって。あるトレーナーさんが、お前みたいなやつは柴葉とかいう新人トレーナーのところがお似合いだって……」

 

 話を聞く限り逆指名みたいな感じだな。紹介してきたトレーナーは俺のことを詳しく知っているわけではなさそうだけど、俺に押し付けるような感じだな。

 

「なんで他のところは追い返されちゃったんだ?」

 

「ライスって近くにいる人を不幸にしちゃうから……ライスがダメな子だからだと思います……私って足も速くないし、気も小さいから選抜レースなんかもあんまり出れてないんです」

 

 なるほど、実力のないウマ娘をわざわざチームには入れないってことか……それでも彼女はトレセン学園に入ってこれたんだからそれ相応の才能があるはずだ。選抜レース前に特別に1人を見るのも気が引けるけど……まぁ、時間はあるしいいか。

 

「わかったよ、今はちょうど手が空いてるからちょっとトラックを……1000m走って来てみてくれないか」

 

「あっありがとうございます!」

 

 ライスシャワーは体操着で来ていたのですぐに準備は済んだ。あとはスタートを待つだけだが……ライスシャワーがなかなかスタートラインに立たない。

 

「どうした?体調でも悪くなったか?」

 

「そうではないんですけど……スタート前にどうしても緊張しちゃって」

 

 そういえばさっき自分で小心者って言ってたもんな。今日はグラウンドの近くをうろついてるしな、1人で走るより緊張感があるんだろうな。

 

「ライスシャワーは走るのは好きか?」

 

「それは好きですけど……1人でいっぱい走ってるとなんだか元気になります」

 

「なら楽しめ!せっかく自分が好きなことをするんだったら楽しまないと損だろ?」

 

「はい!そうですよね……頑張ってみます!」

 

 俺が少し励ましてやると、少し気持ちが楽になったのかライスシャワーがスタートラインに立った。

 

「それじゃあ行くぞ、位置について……よーいどん!」

 

 ライスシャワーはスタート時点ではスピードを少し抑えていた。なるほど、彼女は先行や差しが得意なんだな。

 

(それにしても、さっきの怯えていた少女とは思えないな)

 

 走り出したライスシャワーはすごい集中力だった。スピードこそ速くはないんだが、ルドルフとはまた違う威圧感を感じる。疲れてきても何とかスピードを維持しようとしている。根性もかなりある、多分だけど彼女はステイヤーに向いているな。即戦力ではないけど、長い目で見れば彼女はいずれ強いステイヤーになると思う。

 

 しかし、そんな彼女を見る周りの目は笑いで満ちていた。低速のスピードでスタミナもそんなにない、それで疲れている彼女を見て笑っているのだ。彼女だけでなく、何人かは俺のことを見ていた。

 

「どうだい?ライスシャワーをスカウトしてみる気はないか?優秀な君にはお似合いだと思うけど」

 

 その内の1人が俺に話しかけてきた。言っていることは何ら変哲もないことだけど、その表情から皮肉を言ってることがよくわかる。ライスシャワーを追い出したトレーナーの1人か。ライスシャワーの今の実力を見て、追い返したんだろうな……

 

「お気遣いありがとうございます。それは彼女とお話をしてから決めようと思います」

 

 俺が冷静にそう答えると、そのトレーナーは面白くなさそうにその場を立ち去った。挑発のつもりで話しかけてきたんだろうけど、そんな安い挑発に乗るわけにはいかない。

 

 そうして、トレーナーが去ってすぐにライスシャワーがゴールした。確かに才能のあるウマ娘だけど現状すぐにスカウトするわけにはいかないな。選抜レースが来週にあるしな。

 

「その……ライスどうでしたか?やっぱりダメダメでしたよね」

 

「そんなことないよ。今でこそ実力不足だけど長い目でみれば確実に活躍できるはずだ」

 

「ありがとうございます!」

 

 来週に選抜レースがあるのにわざわざ俺のところを訪れるってことは、選抜レースのこと知らない可能性もあるし伝えておくか。

 

「このグラウンドで来週選抜レースがあるから、ライスシャワーも是非参加してくれ」

 

 俺に一礼すると、ライスシャワーはグラウンドを後にしようとしていたから最後に一言だけ話しておくか。

 

「ライスシャワー……君には夢はあるか?レースで叶えたい夢が」

 

「夢……ですか?ライスはただでさえ周りを不幸にしてしまうので、そんなことを考えるのはおこがましいというか」

 

 なるほど、筋金入りの小心者だな。彼女が精神的に成長したあとのことを考えると楽しみだ。トレーナーに恵まれればいずれはG1レースの最前線で活躍することになりそうだな。

 

「そうか、もし思いついたらでいいから選抜レースまでに考えてみてくれ。想いってのは強い力になるからな」

 

 ライスシャワーを見送って、そのあとは無事にトレーニングを終えた。トレーニングを終えたあとにスズカたちからは冷ややかな目で見られたのは辛かった。スカウトはまだしてないって言ったんだけどな……

 

ーーー翌日ーーー

 

 どうやらライスシャワーのことを見たのが一部で噂になってるらしい。チームルームに向かってる途中でも色んなトレーナーに見られた。ただし、その視線は憎悪と言うか悪意みたいなものを感じた。

 

 最初は全く気にしてなかったんだが、午後になる時にはその視線がうっとおしくなってきた。周りからの視線なんて気にならないと思ってたんだけど、ずっと視線を向けられてるととっても疲れる。肉体的に疲れるわけではないんだけど、精神的に結構くるな。

 

 放課後になって、チームルームにメンバー全員が集まったのでグラウンドに出てトレーニングを開始しようとしていた。その途中でスズカたちからおかしな話を聞いた。

 

「なに?知らないトレーナーから昨日から声をかけられる?」

 

「そうなんです、私が廊下を歩いていたら『あんなトレーナーの元にいないで私の担当にならないか?』なんて言われたんです。もちろんその場でお断りしたんですけど」

 

「あ~私も声かけられたなー。『あんなトレーナーの元じゃお前はクラシックで勝っていけない』だってさ。そのまま無視してここまで来たんだけどね~」

 

 デビューを済ませていないスカイにまで声をかけるなんて。なんで俺のウマ娘ばかりに声をかけるんだ?他のトレーナーが付いているとわかっているウマ娘をスカウトしようとするトレーナーは滅多にいない。何よりも周りの目があるからな、あいつは他人のウマ娘を奪おうとしたなんて噂が出たら問題になる。なのに、そんな噂を少しも耳にしなかった。

 

「私も声をかけられたわ。『私のところに来るなら、G1レースでの勝利を約束しよう。君ならば短距離レースで絶対に活躍できるはずだ』だそうよ」

 

「キングまで声をかけられたのか……なんで急にこんなことに」

 

 俺がそんなことを呟くと、スズカたちは心配そうな顔をしていた。俺のことでスズカたちを心配させるわけにはいかない。例え俺がどうなったとしても、俺はこの娘たちだけは巻き込んじゃいけないと決意した。

 

「さぁ!そんなことはどうでもいい!言いたい奴には言わせておけ!俺たちのやることはトレーニングをしてレースに出て夢を叶えることだ!」

 

「「「はい!」」」

 

 それにしても、ルドルフが言ってた忠告ってのはこのことだったか。新人の俺が活躍すれば嫌でも目に留まる。嫉妬するトレーナーもいるのかもしれない。

 

ーーー選抜レース前日ーーー

 

「おい後輩聞いてるのか?」

 

「あっすいません沖野先輩……少しボーッとしてました」

 

 俺はあの日から、できる限りはチームのみんなに心配かけないように心掛けてきた。ただ、最近は周りからの評価が気になってパソコンとにらめっこすることが増えた気がする……そのせいで最近は眠れていない。

 

「明日は選抜レースに参加するウマ娘全員で2000mのレースを行って、その中から各々1人ずつスカウトするウマ娘を決めるっていうことでいいんですよね」

 

「柴葉さんすいません、私のためにわざわざ名前を貸していただいて」

 

「いやいや、俺も新しいメンバーが欲しいところですから。自分のためでもあるので気にしないでいいですよ葵さん」

 

 誰か気になるウマ娘がいた気がするんだけど、誰だったかな。最近は視線に追われたり、チームメンバーを気に掛けたりしていて忙しかったからな。

 

「それじゃあ、ここらで解散かな。時間には遅れないようにしてくれよ。特に後輩は今日はずっとボケっとしてるからな」

 

「気を付けます……」

 

 寮に帰る途中で先輩トレーナーとぶつかった。俺はバランスを崩して尻もちをついてしまったが、相手はそのまま立っていて俺に手を差し伸べた。

 

「すいません……少しボーっとしていて」

 

 俺はその手を取って、立ち上がろうとしたが急に俺の支えがなくなってもう一度尻もちをついた。

 

「悪い、手が滑った」

 

 そのトレーナーはもう一度俺の手を取ることなくその場を立ち去った。最初から俺のことを立ち上がらせるために手を差し伸べたわけじゃないんだ。明らかに俺に悪意を持って接触してきた。

 

 その瞬間に俺の中の何かがプツンと切れる感覚があった。

 

 先輩トレーナーは、新人の俺が活躍するのが気に入らないのだろうか。同期のトレーナーは同じ世代で活躍する俺が妬ましいのか。どうやれば俺のことを認めてくれるんだ、大人しくしていればよかったのか?

 

「勝ち続ければいいんだ。そうすれば俺のことをみんなが認める……いや、認めざる負えない」

 

ーー一方その頃沖野トレーナーはーーー

 

「あいつのことを見てると昔のことを思い出すよ」

 

「それはどういうことかしらね?」

 

「オハナさんだって少しくらいは聞いてるでしょあいつの噂は」

 

 盗人だとかたまたまウマ娘に恵まれただけだとかひどい言われようだ。後輩のチームメンバーを奪おうとするやつらもいるみたいだけど、そいつらが結託しているのと新人で活躍していて妬まれているのもあって、それをしたやつらの悪い噂はこれぽっちも流れてこないんだけどな。なんで俺がそれを知ってるかって?ゴルシの謎の情報網のおかげだよ。

 

「えぇ、良くも悪くも柴葉は目立っているからね。いつかこうなるんじゃないかと思ってたわ」

 

「さすがはオハナさん、話が早いねー」

 

「それでどうするの?助けてあげなくてもいいの。このままじゃあいつは絶対潰れちゃうわよ」

 

 今日少し顔を合わせただけでもわかった。あれは寝不足ってだけの顔じゃない、精神的にかなり追い詰められていたからな。

 

「いや、これはあいつ自身が乗り越えなきゃいけない問題だ。そうだろオハナさん?」

 

「そうね……なんでもかんでも私たちが助けてたらあいつの成長につながらないわ。どうせもしもの時は助けるつもりなんでしょ?」

 

「まぁな……でもギリギリまで今回は見守る予定だ。同期の桐生院に助けられるくらいはいいけどな。先輩の俺らが口出すわけにはいかない。自分で解決しないといざって時になにもできなくなっちまう」

 

 それにあいつはこんなところでへばるやつじゃないだろうしな。そうじゃないとスズカやセイウンスカイ、キングヘイローをあそこまでまとめ上げて鍛えることなんてできない。

 

「もしも道を踏み外しそうになったらどうするの。それでも見て見ぬふりをするの?」

 

「少しくらい道を踏み外しても見守るさ。それでも大丈夫なように俺たち先輩がいるんだ」

 

 あいつが1人ならあいつだけで乗り越えなきゃいけない。それは酷く辛い道のりだ、だけどあいつには俺たちもいる。あいつは1人じゃないんだ。



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第48話:選抜レース!予想外の弊害?

この話を第48話として、第47話を挿入投稿しました。これでも急展開のように感じたら指摘をお願いします……できる限り修正します。


 選抜レース当日の選抜レース開始前に、これからのレースプランについてのミーティングを行っていた。

 

「スズカは11月に行われるマイルチャンピオンシップに出走してもらう、スズカの今のスピードなら十分勝利を狙える」

 

「マイルチャンピオンシップですか?中距離レースじゃないんですか?」

 

「マイルチャンピオンシップはマイルG1の最高峰のレースだ。勝算はあるから出走しておきたい」

 

「わかりました……」

 

 スズカは中距離レースでは最強クラスだがマイルレースはそうじゃない。苦手なわけじゃないけど中距離程じゃない。それでマイルチャンピオンシップで勝利すれば、周りも俺を認めるに違いない。

 

「次はキングだ。キングには11月に行われるG3レースの東京スポーツ杯に出走してもらう。出走条件がジュニア級に絞られてはいるが、それでも重賞レースでレベルは高い……いけるな?」

 

「私はキングなのよ?どれだけレベルが高いレースでも勝ってみせるわ!」

 

 キングの実力ならジュニア級の重賞レースでもマイル以下なら十分戦っていける。レース経験を積む意味でも出走するべきだ、クラシック路線を見据えて、トレーニングはスタミナ強化が主になるだろうけど。

 

「スカイのデビューは先だからな、トレーニングで鍛えるだけ鍛えるぞ」

 

「は~い」

 

 俺はミーティングを済ませて、選抜レースに向かった。流石に遅れるわけにはいかないから急がないと。

 

 

「いや〜意外と応募するウマ娘達が集まったな」

 

「そうですね、これだけ居れば1人くらい強いウマ娘が見つかりそうです。レースに勝てるウマ娘が居ればいいんですけど」

 

 俺の発言に葵さんは黙り込んでいた。俺がなんか変なこと言ったか?

 

「お前にしちゃ珍しいこと言うじゃねえか、なんかあったか?」

 

「別に何もないですよ……そんなことより気になるウマ娘がいたので少し声をかけてきます」

 

 1人だけ知り合いがいたから会いに行く。メジロ家の令嬢なら相当の実力の持ち主なはずだし、マックイーンとは面識があるから誘いやすい。

 

「マックイーン来てたんだな。まさかマックイーンみたいなウマ娘が参加するとは思ってなかったよ」

 

「私もそろそろチームに所属しようと思ってまして。そうしたら、丁度あなたが主催する選抜レースが開催されると聞きまして参加させてもらいましたわ」

 

「マックイーンみたいなウマ娘を迎えられるなら大歓迎だ。前あった時は新しいメンバーを加える余裕なんてなかったからな……ところでリギルとかに入ろうとは思わなかったのか?」

 

「もちろん考えましたわ。でも、リギルは体調管理が厳しくてですね……」

 

「あぁ、大好きなスイーツが食べられないもんな」

 

「何てこと言いやがりますの!?」

 

 まさかマックイーンの方からチームに入る意思があるとは思ってなかったけど、それなら話が早い。あとは選抜レースが終わるのを待って声をかけるだけだからな。

 

「コホン……私の走りを見ていてくださいませ、期待に応えて見せますわ」

 

 俺はマックイーンとの話を終えて沖野先輩達の元に戻ることにした。他に強そうなウマ娘も見当たらないしな。

 

「あの、私まだ朧気ですけど夢を見つけました!私なんかが抱いていいものかわからないんですけど……」

 

 俺が戻ろうとすると、さっき先輩と見ていた背の低いウマ娘が俺の元を訪れた。近くで見て思い出したけど、ライスシャワーだったか。俺が選抜レースに誘ったんだったけど……なんで誘ったんだろうか、体つきを見ても足を見ても実力者には見えない。

 

「夢を抱くのはいいけど……もう少し実力をつけたらどうだ?」

 

「えっ……だって、トレーナーさんが想いは力になるって……」

 

「そんなこと言ったっけ……悪いそろそろ戻らないといけないんでな」

 

 ポカンとしていたライスシャワーをそこに残して、俺は先輩たちの元に戻った。あまり待たせるのも悪いだろう。

 

「お待たせしました先輩。用事が済んだのでこちらは準備OKです」

 

「そうか、それじゃあウマ娘1人1人の意気込みを聞いていこうとしよう」

 

 意気込み?そんなの聞いてどうするんだろうか、結局は選抜レースでの実力でスカウトは決めるはずだ。それなのに、わざわざ1人1人から意気込みを聞くのか?

 

「そうですよね!私も気になります、実力も確かに気になるんですけど目標とかを聞くいい機会ですもんね」

 

 葵さんも乗り気みたいだし、とりあえずは俺も合せておこう。そして、参加するウマ娘たちを整列させて1人1人に意気込みを聞くことになった。

 

『私は3冠ウマ娘になりたいです』とか『私がレースで勝ってみんなに祝福を届けたいだとか』そんなことを言うウマ娘もいたが、どちらも実力は大したことはなさそうだし、声をかけることはないだろうな。

 

 ただ、あの二人は別だ。『私は日本一のウマ娘になりたいです!』スぺは今でこそトレーナーがついてなくて伸び悩んでいるが、その才能は図り切れないものがある。『私は天皇賞春を制したいですわ!』マックイーンはあのメジロ家の令嬢だ。しかも、その実力と才能は噂で聞く限り相当の物だと思える。

 

「本命はスぺとマックイーンですかね、他のウマ娘はなんというか微妙ですね」

 

「そうか?途中の黒髪のちっこいやつとか、他にも何人かお前好みそうなウマ娘は居た気がするけど」

 

「そうですか?彼女は小心者ですし……マックイーンとかに比べると大した実力者じゃないと思うんですけど」

 

 俺がそういうと先輩は無言でウマ娘たちの方を見た。葵さんも参加者のウマ娘をじっくりと見ている感じだったし、俺が気づいていないだけで強いウマ娘が混じっているのだろうか?なんで俺はライスシャワーに可能性を見出していたんだろう。

 

 そして、その予想はほとんど的中していた。スタート直後にマックイーンが先頭を取ってレースを引っ張る。それからレースは殆ど動かずにいたが最後の直線で後ろからスぺが一気に上がってきて、マックイーンが逃げ切れず差される形となった。ライスシャワーは結局後ろのほうから前に上がれずに他のウマ娘たちに埋まってたからな。

 

「それで、お前らはスカウトするウマ娘は決まったか?」

 

 俺たちはレースに参加したウマ娘たちを待機させて、各々で今回スカウトすることに決めたウマ娘の名前を出していく。3人とも1人しかスカウトする気はないから多分被ることは無いと思うんだけどな。

 

「俺は予定通りにマックイーンをスカウトするつもりでいます」

 

「私は……ライスシャワーさんをスカウトするつもりです」

 

 ライスシャワー?あぁ、走りを見たけど結局は大したことなかったな。実力はマックイーンの方が上、前のような走りの力強さも感じられない。

 

「俺はスペシャルウィークをスカウトする予定だ。各々スカウト先に被りはないから、結果発表するぞ」

 

 先輩が話を取りまとめて、結果発表をする。そして、スカウトに選ばれた3人のウマ娘が俺たちの元にやってきた。

 

「わっ私ライスシャワーっていいます……今回はスカウトありがとうございます!できる限り頑張ります!」

 

「あなたの普段からは想像出来ない勝利への執着と、あなたの想いをレースから感じました。これからよろしくお願いしますね」

 

 ライスシャワーが葵さんにぎこちない挨拶をしていた。想いか……確かに重要かもしれないけど、結局は実力がものをいうだろうに。今の俺には理解できなかった。

 

「前にも会ったことがありますけど、私スペシャルウィークです!よろしくお願いします!」

 

 沖野先輩の方も問題ないみたいだな。スズカに聞く限りだと、スぺは結構人懐っこい性格みたいだし。先輩ともその内うまくやるだろう。

 

「よろしくお願いしますわトレーナーさん、私はメジロマックイーンと申しますわ……本当に今回声をかけていただけるとは思いませんでしたわ」

 

「なんでだ?俺がマックイーンみたいな実力者をほっておくわけないじゃないか」

 

「ほら、意気込みの時に前と同じようなことを言ったでしょう?あの時から色々考えましたけど、まだ自分の中の目標という物が見えていないんですの」

 

 あぁ、そんな事言ったな。俺も何を考えていたんだろうか、マックイーン程の実力者に声をかけなかったのか。当時はスズカとスカイの事で頭がいっぱいになっていたから仕方がないか。

 

「そんなことか、気にしなくてもいいぞ。マックイーンは自分の才能と実力を俺に見せてくれた。なら、スカウトしない理由はないだろ」

 

 俺の発言にマックイーンは少しだけ唖然とした。葵さんなんか度肝抜かれたような顔をしていたし、沖野先輩は少し厳しい顔をしてた。葵さんの横にいるライスシャワーも悲しそうな顔をしていた。

 

「そのスカウト待った!」

 

 そんな中で俺とマックイーンの間に突然とゴルシが現れた。なんでゴルシがこんなところにいる、どうしてマックイーンをお嬢様抱っこして拉致ろうとしてるんだ。

 

「今のお前の言動を見てマックちゃんを預けるわけにはいかない!というわけで後は任せたぜトレーナー!」

 

「おい待てゴルシ!」

 

 そのままゴルシはマックイーンを抱えて逃げて行ってしまった。追いかけようとも思ったけど、人間の俺じゃあウマ娘のゴルシを追いかけることがとてもじゃないけどできなかった。

 

「どういうことですか先輩。ゴルシは先輩の差し金ですか?」

 

「いや、ゴルシの独断だろうな。俺はあんなことをお願いしたつもりはない。でも、ちょうどよかったかもな」

 

 丁度よかった?どういうことだ……先輩の言ってることが俺には理解できない。

 

「最近のお前少しおかしいぞ?何があったかは知らないけど、今のお前にはメジロマックイーンのことは任せられないと思ったんだよ。本当はお前のチームをまとめて一時的にでも面倒みてやりたいくらいだ」

 

「そんなこと……先輩が決めることじゃないじゃないですか!」

 

 何をもって先輩にそんな権利があるっていうんだ。マックイーンは俺がスカウトして俺のチームに入るはずだったのに!

 

「あぁ、俺の決めれることじゃないな。どっちにしろお前はメジロマックイーンの方から捨てられていたと思うけどな」

 

「なんでそんなこと言うんですか……」

 

「それはお前が俺の友人で俺の後輩だからだ。後輩が道を踏み外しそうになったら、それを正すのが先輩の役割だろ」

 

「あんたも俺の邪魔をするのか……なんで!なんで!」

 

 先輩は俺のことを邪魔するような人じゃないと思ってた。ネットで騒いでるやつらや、俺のことを妬んでる一部のトレーナーとは違うって信じていたのに。

 

「1か月後もう一度話をしようじゃねえか、その時なんも問題がねえようならメジロマックイーンは普通に返すよ。そして俺も、そうなることを祈ってるよ」

 

 先輩は俺にそう言うと、葵さんと一緒に去って行ってしまった。どうしてこんなことするんだ……俺が間違ったことを言ったのか?強くて勝てるウマ娘をスカウトしたいって考えるのは間違ってるか!?

 

 

「沖野さんよかったんですか……?紫葉さんをほっといても。明らかになにかありましたよね」

 

「もしもの時はお前が手を差し伸べてやれ。あれはあいつ自身が乗り越えないといけない問題だからな……だから、できるだけ待ってやってくれ」

 

 

 俺は帰宅際に病院に寄って行った。最近中々睡眠をとれなくなっていたから、どうにかしないといけないと思っていたところだ。先生にはストレス性の物だと言われて、睡眠導入剤とストレスを緩和する薬を貰って寮に戻った。薬は管理しやすいチームルームの俺の引き出しにしまっておくことにした。

 

 俺は選抜レースでの出来事以来、先輩を見返す為にキングとスズカのトレーニングに力を入れた。キングはいつも以上にやる気を出してトレーニングに励んでいたし、そのあとのG3のレースでも、見事1着を取った。しかし、スズカとスカイはどこか心配そうな顔をしてどこか上の空だった気がする。

 

 そして、スズカのマイルチャンピオンシップ……結果は惨敗だった。

 

 

 



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第49話:ピンチ!レグルス崩壊の危機!? ~ウマ娘視点~

燃え尽きたぜ……真っ白にな
多くの感想とアドバイスありがとうございます。自分では気づけずにいたので本当に助かりました!


 私はセイウンスカイ、今日はトレーニングがお休みで釣りって気分じゃなかったから選抜レースを見に来ていた。同級生のスペちゃんも出走するみたいだし、応援しに行かないとね~。私がグラウンドに着いた頃にはレースが丁度始まるころだった。

 

(スペちゃん速くなってるな~先頭の子も早いけど)

 

 そして、レースが終わって結果が発表された。私のところのトレーナーさんは、メジロマックイーンちゃんをスカウトしたみたい。せっかくだし、挨拶していこうと思いトレーナーさんのところに行った。

 

 そしたら、予想外の展開になっていた。メジロマックイーンちゃんはゴールドシップさんに拉致られるし、トレーナーさんは今まで見たこともないような顔で沖野トレーナーに激怒していた。

 

 私はトレーナーさんになんて声をかけていいかわからずに、その場では隠れて後をつけてしまった。今日はトレーニングはないからそのまま寮に帰ると思ってたのに、その様子はないし。どこに行くんだろうと思い後をついてしまった。

 

(ここって病院だよね……?トレーナーさんどこか悪いのかな。トレーニングの時とか体調悪そうには見えなかったけど……)

 

 私は混乱してどうしたらいいかよくわからなくなっていた。とりあえず、トレーナーさんが出るの待ってようかな。

 

 数十分後にトレーナーさんが病院から出てきて、次に向かったのはチームルームの方だった。

 

「薬を管理しやすいのはチームルームだよな」

 

 遠くから耳を立てているとそう聞こえた。薬を自分の机にしまうためにチームルームに向かうらしい。このままなんの薬を処方されたのか見ちゃおっと。

 

 トレーナーさんが部屋に入って用を済ませて帰宅して行ったことを確認して、私はチームルームに入っていった。罪悪感を覚えながらもトレーナーさんの机の引き出しを開ける。

 

(なにこれ……)

 

 私がそこで見たものは衝撃的な物だった。一部持ち帰ったであろう睡眠導入剤とストレスを緩和する薬がいくつか入っていた。私たちにはそんな素振りを少しも見せてなかったのに。

 

(スズカさんとキングちゃんに相談してみよう)

 

 私にはその場でどうしていいか決められなかったので、翌日のトレーニング前にスズカさんとキングちゃんに相談することにした。

 

ーーー翌日ーーー

 

 私とスズカさん、キングちゃんの3人が集まったので昨日あったことの経緯を話した。

 

「トレーナーさんそんな状態だったんだ……私全く気が付かなかったわ」

 

「まぁ……無理もないわね。最近は勝つことに必死になってる感じがしたこともあったわ」

 

「キングちゃんは何か心あたりがあるの?」

 

 キングちゃんは私の質問に頷いて、ノートパソコンを取り出した。なんでノートパソコンなんだろう。もしかして、キングちゃんトレーナーさんのこと盗撮とかしてるんじゃ……

 

「そんな何かを疑う目で私を見ないでくれる!?まぁいいわ、スズカさんやスカイさんはネットなんかでトレーナーさんの事を調べたことはあるかしら」

 

「私ってあんまり機械が得意じゃなくて……そういうのはあまり調べてないわ」

 

「私も調べてないな~」

 

「それじゃあ、こんなのも見たことないわよね」

 

 キングちゃんがそう言って見せてきたページには色々な記事が出ていた。検索枠には『紫葉和也』と入っていた。記事の中には、キングちゃんのデビューの事やスズカさんが天皇賞秋を制したことが書いてあった。

 

「へー意外と私たちって有名人なのね」

 

「スズカさん……ダービーに天皇賞秋まで取ったんだから有名じゃないわけないよ……」

 

 スズカさんは天然というかなんというか。ここまでの記事には特に問題は無いように見えた。チームの事や、スズカさんやキングちゃんを褒めるような記事ばかりだけど。

 

「ここまでの記事はなんの問題ないわ。問題は今から見せるものよ」

 

 キングちゃんが次に見せてくれたのはとあるネットの掲示板だった。そこに書いてあるのは私たちの予想を上回るほど酷い内容だった。

 

「何これ……こんなデタラメばっかり書いて。この人たちがトレーナーさんの何を知ってるっていうの?」

 

「それで、これがトレーナーさんがあんな風になった原因なの?」

 

 私とスズカさんは冷静でいられなかった。トレーナーさんは私たちの事を思って頑張ってくれてたのに、それを何も知らない人たちに馬鹿にされて。

 

「多分これだけじゃないわね……私も気になってシンボリルドルフ会長に聞いてみたのよ。そうしたら、新人の活躍をよく思わないトレーナーっていうのも少なからずいるみたいなのよ……」

 

「つまり、トレーナーさんの事を妬んで嫌がらせをするような人たちが学園にいるんだ」

 

「許せないわよねスカイちゃん」

 

「はい」

 

 私とスズカさんは、チームルームに置いてあったスズカさんがトレーニングに使う蹄鉄を手に取って、チームルームを退室しようとしていた。

 

「2人とも落ち着いて……トレーナーさんが私たちに話さなかったのは、私たちに心配をかけさせないためでしょ」

 

「じゃあどうすればいいの!トレーナーさんは今も傷ついてるのに」

 

「落ち着いてスカイちゃん、キングちゃんにも考えがあるのよね」

 

「トレーナーさんはいつでも私たちの夢を見ていたわ。でも、今は色々あったせいでそれが霞ががってるのよ。だったら私たちのレースで思い出させてあげましょう?」

 

 私はまた何も出来ない……キングちゃんもスズカさんもレースに出るからいいけど私にできるのはトレーナーさんを信じることだけ。

 

「そっそうね……私たちが3人で頑張ってトレーナーさんを元気付けてあげないとね」

 

 私たちはトレーニングに勤しんだ。以前よりもトレーニングの内容がハードになっていたけど、トレーナーさんのために頑張った。

 

 そして、キングちゃんのレース当日になった。

 

 

「トレーナーさん今日の作戦はあるかしら?」

 

「キングの実力なら今日のレースに敵なんかいないだろうし、勝ってきてくれ」

 

 敵なんかいない……勝ってきてくれ。その2つの言葉がいつものように受け取れないのはなんでかしらね……

 

「分かったわ……見ていなさいトレーナーさんこのキングの走りを!」

 

 そして私はレースに挑み、無事に1着で勝利した。重賞レースということもあって、デビュー線とは違った空気感に圧倒されそうになりながらも、なんとかいつも通りの走りをして見せた。

 

「どうだったかしら!キングのレース!」

 

「あぁ、お疲れ様。とりあえずこれでマイル以下なら重賞レースでも勝てることが分かった。次は中距離のレースになるからな」

 

 デビュー戦で聞いたお疲れ様よりも冷たかった。あの時のあの一言はいつもよりも暖かくて安心できるものだっもの。私じゃあなたの目を覚ませないのね……その日はお母様に連絡する元気もなく、ウイニングライブをこなして学園に帰った。

 

 

 今日はマイルチャンピオンシップ当日。私はいつものように待機場でトレーナーさんの激励を受けようと思っていた。三度目のG1レースということもあって緊張はなかった。けど、どうしてもトレーナーさんの事が頭から離れない。

 

「今日のレースには、現在スプリンター最強と言われているタイキシャトルが出走する。前半は力を溜めて、タイキシャトルとうまく距離をとれ。スプリンター最強であるタイキシャトルに勝って、マイラー最強はお前であることを証明してやれ」

 

 私の得意距離は2000mの中距離ってトレーナーさんが一番分かってるのに……なんで今マイラー最強なんて急に目指すんですか。私たちの夢はレースでみんなに夢を届けることなのに。

 

「わかりました……頑張ってきますね」

 

「あぁ、勝って来いスズカ」

 

 レースを楽しんで来いとも言ってくれないんですね……私がこのレースで勝って、前のトレーナーさんに戻ってくれればいいんだけど……

 

 

 私はトレーナーさんがスズカさんの所に行っている間に、リギルのトレーナーさんの東条さんとお話しをした。どうやら、沖野トレーナーさんからある程度の話は聞かされているみたい。でも、あまり干渉する気はないらしい。

 

「トレーナーさん、スズカさんは調子よさそうでしたか?」

 

「まぁ、問題はないだろう。足に異常はないし、普通に走ることができれば勝てるはずだ」

 

 問題がない……あのスズカさんを見て何も問題がないって言えるんだね。私はどうすればいいんだろう。どうすればトレーナーさんを元気付てあげられるんだろう。

 

「今日は負けないわよ、天皇賞秋のリベンジを果たさせてもらうわ」

 

「私もダービーの時のリベンジです!前までのミークとは違うことを見せてあげます!」

 

「スズカは勝ちます。誰が相手であっても」

 

 冷たくそう答えたトレーナーさんを見て、東条さんは肩をすくめて自分のチームがいるところに戻っていった。葵さんは何かやる気満々のようだった。

 

 パドックでの紹介の時でも必ず笑顔を振りまくスズカさんは、元気がなさそうな顔をしていた。ハッピーミークさんやタイキシャトルさんの仕上がりも凄くて、闘志に満ち溢れているようにみえた。

 

「キングちゃんどう思う?スズカさん勝てるかな」

 

「勝てるって言いたいのだけどね……厳しいレースになりそうね」

 

「何言ってるんだキング、スズカなら勝ってくれる」

 

 トレーナーさんはそう言っていたけど、レースの結果は全く違う結果だった。

 

 スタート時点ではスズカさんが先頭に出れたんだけど、第2コーナーを抜けた先の向こう正面でスピードが落ちてきて、後ろにいたタイキシャトルさんにそのまま抜かれてしまった。

 

 

(なんでいつもみたいに足が前に出てくれないの……タイキシャトルを追いかけないといけないのに!)

 

 タイキシャトルさんに続いて、後ろからミークちゃんが追い越しに来ていた。そして、追い越し際にミークちゃんから『せっかくのリベンジなのに残念』と言って一気に追い越していった。

 

「私は負けたくない……トレーナーさんのためにも!」

 

「私も負けられない……今のあなたに負けてられない。あなたからは勝ちたいという鋼の意思が感じられない!」

 

【鋼の意思】

 

 私がミークちゃんの後をついて行こうとしたけど……そこで力が一気に抜けてしまった。そのあとは酷いものだった。その二人だけじゃなくて後続のウマ娘たちにも追い抜かれて、結果は15着だった。

 

(負けちゃった……トレーナーさん怒るかな、怒るよねあんなレースをしちゃったんだもの)

 

 私が落ち込んで待機場で座り込んでいると、トレーナーさんが部屋にやってきた。いつもならお疲れ様って言ってくれるんだけどな。

 

「おいスズカ、何だ今日のレースは」

 

「ごめんなさい……途中でなぜか力が出なくて」

 

 いつもなら、大丈夫か?って怪我はないかって言ってくれるのに。

 

「あそこはしっかりとタイキシャトルに食らいついていかなきゃいけないところだろ!」

 

 私は、ついに泣きだしてしまった。前までのトレーナーさんが脳裏に浮かんで、今のトレーナーさんと重ね合わせてしまう。自分たちを育ててくれて、頑張ってくれたのに。そのせいでトレーナーさんは傷ついて……どうしたらいいかわからない。

 

 そうやって、私がパニックになっていると私とトレーナーさんの間にスカイちゃんが割り込んで……トレーナーさんの頬を引っ叩いた。

 

「トレーナーさんやめてよ!今のトレーナーさんおかしいよ!」

 

 スカイちゃんも泣きながら私のことを庇ってくれた。トレーナーさんに嫌われるのが一番怖いはずなのに、それでもトレーナーさんの前に立ちはだかった。

 

「今日は一旦沖野トレーナーさんに学園まで送ってもらいます。あなたは一回自分の事を見直してみたらどうかしら。今のあなたは一流の私にふさわしくないわ」

 

 私はスカイちゃんとキングちゃんに連れられて沖野トレーナーの車に乗り込んだ。沖野トレーナーは私たちが車に乗ったことを確認して車を出した。

 

 私はなんだか車に乗り込んだら安心してそのまま眠りについてしまった。

 

 

「まさかあいつがあそこまで追い込まれているとはな」

 

「どうしてこんなことになっちゃったんだろう」

 

「新人が活躍すると稀にあることなんだ、レースも競争の世界だからな。時には新人の活躍に嫉妬するやつだっている。今年は桐生院だけじゃなくて、もう一人普通の出のトレーナーも活躍したから追い込まれてる新人トレーナーたちだっている」

 

 普通の出のトレーナーって言うのは私たちのトレーナーさんのことだろう。桐生院さんと違ってトレーナーさんは一般の家庭出身だったはずだから、自分たちと同じ条件の新人が活躍することでプレッシャーを感じていたのかな。

 

「トレーナーさん大丈夫かな……」

 

「大丈夫だろ、あいつの中にはまだトレーナーとしての良心が残ってる。お前たちにこの事を話したことがなかったのは、お前たちに心配をかけたくなかったからだ。そして、お前たちにその事で文句を言った事があったか?」

 

「そういえば一度もなかったわね……少しずつ変わっていって勝利に執着するようになっていったけど、私たちのせいで追い込まれたなんて一度も言っていなかったわ」

 

「それはどこかでお前らを傷つけたくないと思ってたからだと俺は思ってる」

 

 あんな状態になっても、どこかで私たちのことを気にかけていてくれた……でも、それ以上に追い込まれちゃったんだね……

 

「お前らにできるのはあいつを信じることくらいだ。これを乗り越えられないと、これからのトレーナー業を続けるのは厳しいだろうからな」

 

 沖野トレーナーがそういうと私たちの携帯が同時に鳴った。チームレグルスのグループにトレーナーさんから連絡が届いていた。『明日と明後日はトレーニングは休みだ、キングとスズカはよく疲れを取っておいてくれ』

 

 私たちはこの連絡を返せないでいた。でも、私は少し嬉しかった。あんな状態であんなことがあっても、トレーナーさんは私たちのトレーナーさんであり続けようとしてくれるんだね。

 

 

 



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第50話:トレーナーはウマ娘に夢を見る

チャンミもあるし執筆がががががががが


 マイルチャンピオンシップが終わった翌日は、全く動く気力がわかなかった。俺は何をやってるんだろう、レース終わりで負けて傷ついているスズカを怒鳴りつけて……

 

(俺ってなんのためにトレーナーになったんだっけ)

 

 周りを見返したかったから?周りに認めて欲しかったから?わからない、もう疲れた。頑張っているのに、なんで周りから冷たい目で見られなきゃいけないんだ。結局その日は殆ど何もすることなく俺は眠りについた。何も考えたくなかったのかもしれない。

 

 翌朝目が覚めてからもやる気が湧かずにいた。しかし、夕方あたりに俺は学園に向かっていた。今日はトレーニングもないはずなんだけどな。なんでかは分からない。気分転換をしたかったのか、こんなダメになった俺を叱責してほしかったのか……

 

 俺が学園に着いて正門をくぐると、すぐのところで一人のウマ娘がミニライブをしていた。いや、木箱を並べてそのうえで歌って踊ってるし、看板は段ボール製だからミニライブとも言えないかもしれない。

 

「あー!ファル子のライブに来てくれてありがとー!ファル子頑張るね!」

 

 一瞬立ち止まった俺を客だと勘違いしたのか、俺の方に手を降ってきた。声をかけられて手まで振られてなにも返さないわけにもいかずに軽く手を降り返して、ライブを最後まで見ることにした。

 

(こんな堂々とやっている割にはそんな凄い踊りや歌が上手いわけではないんだな)

 

 おそらく、スズカの方がいいライブをする気がする。時々通りかかる学園の生徒や関係者の中には、こちらを見て笑っているやつもいた。なのに俺は、なぜか目を離せずにいた。踊りも歌もスズカの方がうまいはずなのに、なぜかファル子というウマ娘のライブは引きつけるものがあった。

 

(なんでこんなに輝いて見えるんだろうか)

 

 俺がファル子に視線を向けていると、その視線に気が付いた彼女は俺の方を向いて笑顔でウインクをしてきた。ファンサービスという物だろうか……たまたま通りかかっただけで別にファンというわけではないんだけど。

 

「今日はファル子のライブに来てくれてありがとー!これからもライブ頑張るからよろしくね!」

 

 観客は俺だけしかいないのに、ファル子はそれでも明るく観客席の方に笑顔を振りまいていた。なんでそんなにも明るく振舞えるんだ?

 

「なぁ、ファル子だっけか?お前はなんでそんなに頑張れるんだ?」

 

「私はウマドルを目指してるから!そのためにもミニライブでPR活動にいそしんでるんだよ」

 

「お前も気づいてるんだろ?周りからの視線、そして笑われてることだって。酷いことを言われてるかもしれないんだぞ?」

 

 俺はつい最近に周りからの評価というものを思い知った。誰かのためと思い結果を出しても、どこかで自分は罵倒されている。

 

「確かに今は私のことを笑う人も悪く言う人もいるかもしれない、それでもウマドルになることは私の夢だから!誰かにどう思われるとかじゃないの、私がそうなりたいから!誰かにどう思われるかは関係ないの!」

 

 自分がそうなりたいから、周りがどう言っても関係ないか……どうしてそんなにも真っすぐな目をしていられるんだ。どこかで見た事がある目だ……どこで見たものだろう。

 

(そうだ……今までにもたくさん見てきたじゃないか、スズカにスカイ、キングもだし。それだけじゃない、今思い出せば葵さんがスカウトしていたライスシャワーも同じ目をしていた)

 

 俺は自分自身がやりたかったことを見失っていたんだ。周りの評価ばかりを気にするようになって、自分の苦しみを和らげるために少しでも勝利を重ねようと思っていた。

 

「そうか、わざわざありがとう」

 

「ううんいいの、代わりにまたファル子のライブに来てね!」

 

 俺はファル子と分かれてチームルームに向かった。明日からのトレーニングに備えて、トレーニングメニューを考えなくちゃいけないからな。一応チームの連絡用グループに『明日からトレーニングを始めるから、チームルームでメニューをまとめておく』と連絡をいれといた。あんなことがあった後だし、スズカなんかは顔を出しずらいかもしれないしな……メニューがチームルームにあることを伝えておかなきゃならない。

 

 そうして、俺はチームルームに向かう。その途中で何もないところで転んでしまった。その時ふと試験の日を思い出した、あの時は葵さんが駆け寄って来て俺の事心配してくれたんだったな。けれど今回はそうではなかった。

 

「なんだ、チームレグルスのトレーナー様じゃないか。最近調子はどうだ?あっマイルチャンピオンシップで惨敗したんだっけか」

 

 俺に突っかかって来たのは若いトレーナーだった。俺の同期か一つ上くらいの歳だろう、たまたまこけて無様な俺を笑いにでも来たのだろう。そのトレーナーの顔はにやけ顔だったからな。俺は何か言い返そうとしたんだけど、なぜか声が出ずに言い返せなかった。

 

「なんだよ、期待の新人なんか言われても所詮はウマ娘の才能に頼ったへっぽこトレーナーだったか」

 

「そんなこと言うのはやめてください!」

 

 俺が困惑してパニクっていると、俺とそのトレーナーの間に葵さんが割って入った。

 

「柴葉さんはウマ娘に頼るだけでも、へっぽこでもありません!ウマ娘にしっかりと寄り添える立派なトレーナーなんです!」

 

 葵さんに庇ってもらう日が来るとは思わなかった……人と関わるのがあんまり得意じゃないはずだったんだけど、葵さんも成長してるんだな……っと思ったけど、葵さんの足は震えていた。目の前にいる人間が怖いのに俺の事を庇ってくれてるんだ。

 

「お前もそこのトレーナーもたまたま環境と出会いに恵まれただけじゃねえか!お前ら先輩トレーナーとも仲良いらしいじゃねえか。しかもチームリギルのトレーナーだろ?色々教えてもらってんじゃねえのか?」

 

「それは……」

 

 流石に俺たちは何も言い返せなかった。先輩の沖野さんとも仲良くしてアドバイスももらったし、東条さんとも仲良く俺も何回も助けられてる。

 

「俺だってそんだけ人と環境に恵まれてれば、そこの新人なんかに負けたりしない!」

 

 俺は運がよかっただけなのかもしれない、あの試験の日に沖野先輩に出会ってなければ東条さんにも出会えてなかった。その出会いがなければここまでうまくいかなかったかもしれない……

 

「ほぉ?それは面白そうな話をしてるじゃねえか」

 

「それなら私たちと今夜飲みに行ってもいいわよ?まぁ、話は合わなそうだけど」

 

 たまたま近くにいたのか先輩と東条さんが話に入ってきた。俺はまたこの人たちに助けられるんだな……沖野先輩には前にあんなことを言ってしまったばかりなのに。

 

「ゴールドシップのトレーナーにリギルのトレーナーがなんでこんなとこに」

 

「たまたま通りかかったら騒がしいから見てみりゃ、後輩が随分と罵倒されてたんでな」

 

「っく、あんたらもそんなに後輩1人贔屓してていいのかよ!」

 

 沖野先輩はそれを聞いてため息をつき、東条さんは呆れた顔でそのトレーナーを見ていた。自分で言うのもなんだが、飲み会の場面だったり、模擬レースの事についても贔屓と言われても仕方がないと思うんだけど。

 

「そうよ?桐生院トレーナーも柴葉トレーナーも私情で贔屓しているわ。だからなんだって言うの?私たち先輩トレーナーが気に入った後輩トレーナーを贔屓しておかしい?」

 

「そんなの不平等じゃないか!こいつらはたまたま会っただけであんたらみたいな人に贔屓されて、他の俺みたいな後輩はどうなんだよ!」

 

「確かにお前の言う通り俺たちがこいつらに会ったのは偶然だ。でもな、こいつらと仲良くしてるのは偶然じゃない。俺たちがこいつらと仲良くしたいと思ったからこそ俺らはこいつらにアドバイスもするし、助け船もある程度はだしてやる。出会ったのは偶然でも近くにいるのは偶然じゃないんだよ」

 

 会った人と片っ端から仲良くしてたらきりがないのはわかるけど……俺と葵さんってそこまで言われるほどこの人たちに気に入られてたんだな。いざ本人の口から聞くと嬉しいな。

 

「あんたもたまには良いこと言うわね。こいつの言う通り私たちが仲良くしたいからしてるだけ。それに、アドバイスと言っても聞かれたことを答えるくらいだし、トレーニングメニューのアドバイスとかは殆どしてないわよ」

 

「それに、なんでもかんでも答えるわけじゃない……それをしっかりと乗り越えられるからこいつらは強いんだよ」

 

 多分先輩の言ってるのは今回のことだろう。先輩は俺の異常に気付いていても助けてくれようとはしなかった。今回の問題はあくまでも俺に解決させようとしていた気がする。

 

「チームメンバーだって、こいつだからこそみんなついてきたんだよ。なぁそうだろ後輩?」

 

「はい……はい!俺もあいつらだったからこそ、ここまで頑張ってこれたんです」

 

 そうだ、俺は俺のためだけじゃない。何よりもあいつらのために、みんなの夢を目標を叶えるのを少しでも助けたかったんだ。

 

「あなたも他人のことを妬んでいる暇があったら、自分の担当の娘のトレーニングとかレースプランとか考えることはいくらでもあるんじゃない?」

 

「っく……」

 

 東条さんの言葉を最後に、そのトレーナーは何も言い返せずにその場から逃げ出した。東条さんの圧に耐えられなかったてもあるかもしれないけど……

 

「先輩に東条さん、葵さんもありがとうございます。めっちゃ助かりました」

 

「いえ、私はなにも出来ませんでしたから……」

 

「俺たちは本当に用事の途中にここを通りかかっただけだからな、お礼なんて言わなくてもいい」

 

「そうよ、私たちこのあとも用事があるから行くわね。あなたたちも用事があるでしょ?」

 

 そうだ、チームルームに行って明日からのトレーニングメニューを考えないといけないんだった。ちょっと時間を使いすぎたから急がないとな。

 

「それじゃあ失礼します」

 

 俺はそこで先輩達と分かれてチームルームに向かった。部屋の扉の前に立つと、誰もいないはずの部屋からガサゴソという音が聞こえた。泥棒か……?とも思ったんだけど、扉越しで聞く限りでは部屋を漁ってる感じでもない。

 

「誰がいるのか……?」

 

 俺が中に入ると誰もいなかった。ただ、部屋の真ん中に足が生えてる麻袋が……って足の生えた麻袋なんてあるわけない!誰か入ってるのかこれ。麻袋の紐をほどいて麻袋を外すと中からはマックイーンが出てきた。

 

「うわぁ!」

 

「どうしたんですか!?大丈夫ですかトレーナーさん!」

 

「トレーナーさん大丈夫~?」

 

「全く……このチームはいつも賑やかね」

 

 俺が中から出てきたマックイーンに驚いて大声をあげると、外からスズカとスカイ、キングの三人が入ってきた。どうやら部屋の外にはいたけど中に入るか迷っていたっぽい。

 

「それで、どうしてマックイーンが麻袋に包まれてこんなところにいるんだ?」

 

「それはこっちが聞きたいですわ……いつもみたいに学園の中を普通に歩いてたら、背後から急に現れたゴールドシップさんに麻袋を被せられて、やっとあなたに解放してもらえたんですわ」

 

 どういうことなんだ……ゴルシに俺がここに来る事を言ってるわけもないし。何を主ってマックイーンをここに……いや、やめよう考えてもわかるわけない。

 

「それで、三人はなんでここに?」

 

「私の話は無視ですの!?」

 

 すまんなマックイーン。ゴルシのやったことを一つ一つ真面目に考えてたら脳みそが沸騰しちまう。それこそ世界の真理でも開けそうな気がする。

 

「私は前回のレースで負けてしまったので……これからのトレーニングを考えるならいた方がいいと思って……」

 

「いや~私は一人でトレーニング考えてたらトレーナーさんが可哀想だな~って思っただけだよ」

 

「そんなこと言って、スカイさんは部屋の前でスズカさんとずっとうろうろしてたじゃない」

 

「ちょっとキングちゃん!それは黙っておいてよ!」

 

 スズカはキングとスカイのやり取りを近くで笑いながらみて、キングはスカイのことを軽く受け流してる。マックイーンは状況が飲み込めきれずに軽い放心状態だ。賑やかというかなんというか……本当にいいウマ娘ばっかりだ。

 

「スズカ!俺たちの目標は何だ!」

 

「目標ですか?えーっと……レースに勝つことですか?」

 

「違う、俺とスズカの目標はレースで皆に夢を届けることだ」

 

 そうだよ、元々はそこから始まったんだ。逃げで勝って皆に夢を届けたいスズカと、そんなスズカに夢を見た俺。二人でその夢を叶えることを目標に頑張ってきたんだ。

 

「次はスカイ、俺たちの目標はなんだ?」

 

「私はクラシック3冠とりま~す……あとキングちゃんに勝ちます」

 

 そして、次にメンバーになってくれたのはスカイだった。最初会ったときはトレーニングサボってるところだったんだよな。庶民的な自分でもクラシック3冠を制覇できて、同期のキングに勝ちたいって目標と夢があった。キングは今でこそ仲間だけど、スカイの中ではライバル的な存在なのかもしれない。

 

「次はキング、俺たちの目標はなんだ?」

 

「全距離G1制覇……そして、私が一流なウマ娘であることを証明することよ!」

 

 最初は別のトレーナーのところにいたキングも、今では立派なチームメンンバーだ。キングが入るまでは色々なことがあったけど、キングが来てチームレグルスを作ったんだ。全距離G1制覇……今までに誰も達成したことのない偉業を成し遂げて、自分が一流であることを証明するんだ。

 

「最後にマックイーン……お前が俺と一緒に叶えたい目標ってなんだ?」

 

「私は天皇賞春の連覇……そして、春シニア3冠を取りますわ。メジロ家の念願は通過点で、そこから自分の夢も叶えますわ!」

 

 天皇賞春の連覇はただでさえ難しいことだ、それに加えて春シニア3冠か……でも、それがマックイーンの夢なんだよな。だったら俺はそれを叶えるために全力を尽くすだけだ。

 

「マックイーン、あんなことがあった後で思う事もあるだろうが……俺たちのチームに入ってくれないか?」

 

 もしも、別のチームに移りたいっていうんならそれを甘んじて受け入れるつもりだ。あの時のスカウトはマックイーンというウマ娘を見たものじゃなくて、実力だけをみて決めてしまったからな。

 

「元々私はあなたのチームに入るつもりでしたので、そちら側が受け入れてくれるなら是非入らせていただきますわ」

 

 断られなくてよかった。チームスピカにはゴルシもいるし、居心地が良くなってやっぱりスピカに移りますってことも考えていた。

 

「トレーナーさん、もう大丈夫なんですか?」

 

 スズカが心配そうに話しかけてきた。あの日のレースで俺はスズカを怒鳴ってしまい、怖い思いをさせたからな……絶対にあんなことは二度としちゃいけない。

 

 選抜レースではライスシャワーには申し訳ないことをしたな……現状の実力ではマックイーンの方が上だったけど、才能とあの勝利への執着、レースへの想いはマックイーンと同等かそれ以上かもしれないのに。

 

「あぁ、大丈夫だ。周りからなんと言われようと、俺はお前たちと夢を叶えたい。だから心機一転でマックイーンをチームに加えて、チームレグルス再出発だ!」

 

「「「「はい!」」」」

 

 まだレースは終わってない。ゴールするまでレースは終わらないからな、ここで終わりじゃないんだ。スズカたちと一緒にゴールするまで頑張っていくんだ。

 

 




シリアス回抜けたァァァァァ!


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第51話:決めろ!レースプラン!

あばばばば、執筆が遅れて明日の更新がないかもしれません。


 トレーニングメニューをみんなで考えたあとで、マックイーンのチームに入る手続きを済ませた。沖野先輩にマックイーンのことを伝えようと思ったら、何故かゴルシに関節技を決められた先輩の写真と『任せた』の1文が送られてきた。

 

「とりあえず、スズカ、スカイ、キング3人は今後のレースプランについて話すとして。マックイーンは今後のトレーニング方針を考えていこうと思う」

 

「スズカは来年の天皇賞秋の連覇、そして宝塚記念も狙っていこうと思うんだ」

 

 宝塚記念は人気投票の上位に入ったものしか出走することしかできない、その年前半の一番を決めると言われているレースだ。人気投票上位しか出走できないということもあって、勝利する難易度は高いし、出走すること自体難しい。

 

「宝塚記念ですか……私に出走できるんでしょうか」

 

「実力的には問題ないし、今年は十分な戦績を残した。来年はG2とG3レースを主にこの2つのG1レースを目標にレースプランを練っていく予定だ。何よりも人気投票上位で一番を決めるレース……夢を届けるには良い舞台だと思わないか?」

 

「はい!頑張ります!」

 

 クラシックでダービーを制して天皇賞秋も取った。これからのレースでも一着を取ることができれば人気投票では上位に入れるはずだ。これからのレースと宝塚記念に備えて、トレーニングを緩くするわけにはいかないな。

 

「次はスカイ。スカイは年初めにマイルのデビュー戦だ。そこから中山競バ場で行われる中距離レースに出走してもらって、まずは皐月賞に備えるぞ」

 

「ふっふっふ、私も遂にデビューですね~みんなに早く追いついちゃいますよ」

 

 スカイはキングよりも遅いデビューになったけど、実力は申し分ない。クラシック路線で二人が競いあったらどっちが勝つかわからない。

 

「キングは来月に行われるG3レースに出走するぞ」

 

「あら、私が今年最後のレースを飾るのかしら?」

 

「あぁ、前回はマイルだったから今回は中距離レースに出走して皐月賞に備える」

 

 キングは短距離とマイルは恐らく十分に戦っていける。問題は中距離からだな、クラシック路線は全てが中距離以上のレースだ。最後の菊花賞に関しては3000mの長距離レースだから、少しずつ長い距離のレースに慣れて行かないといかない。

 

「わかったわ、キングが中距離でも戦えるってことわからせてあげるわ!」

 

 2000mの中距離レースをしっかりと走り切れるならクラシック路線でもチャンスがある。ただ、ウマ娘には距離適性という物がある。簡単に言えば得意な距離のことなんだが、キングは仕掛けどころが重要な走り方をするからその感覚がずれる可能性もある。

 

(まぁ、それは走ってみないとわからないか)

 

「次はマックイーンだ。と言っても、マックイーンのデビューは早くても来年の年末か再来年の初めになるだろう」

 

「あら、そんなに遅いんですの?私は今にでもデビューしても構いませんのに」

 

 そうか、マックイーンはメジロ家の令嬢だ。名家出身のウマ娘で自分の力には自信があるだろうし、プライドも才能もある。同期とでは実力差があって負けを知らないのかもしれない。ただ、才能を持って負けを知らないのは非常に危ないことでもある。何よりも、今のマックイーンがデビューしたところでジュニアでも入着が関の山だろう。

 

「スズカ、スカイ、キング」

 

「「「はい」」」

 

「とりあえず模擬レースするか」

 

 自分の実力を知るには、既にデビューしているウマ娘と競い合うのが一番だ。ただ、マイルや中距離じゃダメだ。マックイーンが得意と言う長距離の3200mでレースをしてもらおう。

 

「急にですの?私はまだチームに入ったばかりなのですが……」

 

「安心してくれ、模擬レースのレース内容は天皇賞春と同じ3200mで行う」

 

「トレーナーさん?私はまだ3200mなんてとてもじゃないけど走り切れないのだけど……」

 

 キングが耳を垂れさせながらそう言う。本人は認めたくはないだろうけど、キングはとてもじゃないが長距離レースを走り切れるほどのスタミナがない。ただ、いずれは超えなきゃいけない壁だから経験するのはいいことだ。

 

「キングの今の限界を知りたいってのもある。ためしに全力で走ってみほしい。最悪最後まで走り切れなくても問題はないよ」

 

 俺の言い分に納得したのか、キングはそれ以上質問をしなかった。気持ちやる気を出した気がするし、キングはこれで問題ないな。

 

「あとスズカはみんなよりも重い蹄鉄を付けて参加してくれ」

 

「えっと……私は普通に走っちゃいけないんですか?長距離になると私も辛いんですけど……」

 

「お前が全力で走ったらレースにならないだろ、スカイならいい勝負をするかもしれないけど。それでも、お前の実力を加味してのハンデだ」

 

 スズカはあまり納得はしてくれてないけど、しぶしぶ了承してくれた。天皇賞秋からのスズカの実力はトップクラスだ、トレーニングついでに重りをつけるのがちょうどいい。

 

「スカイ、スズカに勝つ絶好のチャンスだぞ?ステイヤーとしての才能はスズカよりも上だし、マックイーンと同等かそれ以上のはずだ。やってみないか?」

 

「そうですね~スズカさんに勝っちゃうのいいですし。何より舐められっぱなしってのも尺ですからね~」

 

「あらスカイちゃん、私が弱くなるってだけであなたが強くなるわけじゃないのよ?そんな簡単に勝てるかしら」

 

 スカイとスズカはバチバチだし、スズカに至ってはなんかすごい強者っぽいこと言いだした。舐められっぱなしってスカイは言ってたけど、自分たちと実力が同等かそれ以上だと思ってるマックイーンが気に入らなかったのかもしれない。

 

「というわけだけど、問題はないかマックイーン」

 

「せっかくの模擬レース……しかも私の得意な距離での勝負ですから、負けるわけにはいきませんわ!」

 

 マックイーンもやる気満々だな。スズカがハンデを負っている形だから、真剣勝負とまではいかないけどいい勝負になりそうだ。四人全員に見どころありだ。

 

「とりあえずグラウンドに出るぞ。ここで話してても埒が明かないからな」

 

 グラウンドに出て、スズカは重い蹄鉄を付けて準備完了だし。他のメンバーも各々で準備完了したっぽいな。

 

「それじゃあみんなスタートラインについてくれ」

 

 全員がやる気に満ち溢れているな。スカイもスズカに勝つ絶好のチャンスだと、目をギラギラさせているし。キングも自分の限界を知るために全力だ。マックイーンも自分が勝つんだと自信に満ち溢れている。

 

「いくぞー位置について、よーい……どん!」

 

 スタートはスズカが先頭を切ったな。いくら重りをつけてるからとはいえスズカのスタート技術を持ってすれば遅れは取らない。スズカのスタートは誰にでも真似できるものじゃないからな。本人は模擬レース一回で身に付けていたけど……

 

 スズカから少し離れてスカイが二番手に付いており、その後ろにマックイーン付いている。スカイが序盤から前に出たのにマックイーンは少し驚いていたけどな。あのホンワカした雰囲気をみて少し舐めていたな。

 

 そして、さらに後ろにキングがいる。無理にスカイたちについていこうとはせずに自分のペースを保っている。自分のスタミナを加味したうえでのペース配分だ……あくまでキングは勝利する気満々だな。

 

 

(スカイちゃんがついてこない?今の私のスピードくらいならついてこれると思ったんだけど)

 

「あれ~マックイーンちゃん、スズカさんはあんなに前にいるけど大丈夫?」

 

「その手には乗りませんわよ。序盤からスカイさんがここまで前に来るとは思いませんでしたが」

 

 スカイはまだ全然本気ではなかった。スズカに付いていかずに、あえてマックイーンの前についたんだ。スカイは相手のペースを乱すのが得意だからな。

 

(みなさんが前に行ってしまいますわ……でもここで我慢しなきゃダメよキングヘイロー、このメンバーは基本的には逃げが得意なウマ娘ばかり、差しの私は今回1人。ペースを乱されたら駄目よ)

 

 

 最初の1000mはお互い様子見をしている、スカイ以外はだけど。スズカは相変わらず先頭を走るが、スカイが少しずつペースを上げている。その真後ろにいるマックイーンは気づいてるかわからないけどな。スカイがペースを少しずつ上げてるせいで余計わかりにくいだろうな。その証拠にスカイがペースを上げる度にマックイーンもペースが上がってるからな。

 

 キングはまだ後方にいる、だけどまだ1000mだ。距離は離れているが、まだ覆せない程距離は離れていない。キングが動くのは2500mを過ぎたあたりか、そこからが本当の勝負だ。

 

 2000mを通過した辺りでスカイが一気にスピードを上げた。スズカに追いつくために早い段階で一度ペースを上げたんだ。マックイーンもなんとかついて行こうとはしてるが、少しずつ距離は離れていっている。なによりもマックイーンの顔に疲れが出始めた。

 

(スカイに煽られたせいでマックイーンは大分スタミナを消耗したな。スカイは自分が大丈夫なペース配分でしっかりと走ってただろうから、スズカに追いつくためのスタミナは十分残っているはずだ。

 

 2500mを通過したところでスカイがスズカに追いついた。マックイーンはスズカたちに追いつけなくなっていた。キングも少しずつペースを上げてきたが、その顔には疲労が顔に出ている。そして、模擬レースは勝負は3000mの終盤に差し掛かる。

 

「スズカさん大分疲れてるみたいですね~この辺で私に戦闘を譲る気はないですか?」

 

「私はね……並ばれてからが強いのよ?何よりもスカイちゃんにまだ先頭を譲る気はないわ!」

 

『先頭の景色は譲らない……!』

 

 スズカはいつものように最後のスパートをかける。確かに速いんだけどいつもほどじゃない。スピードは確かに上がってはいるんだけど、蹄鉄の影響でスタミナをかなり消耗したらしくてイマイチスピードが乗ってない。

 

「悪いけど今日は先頭、譲ってもらいますね!」

 

 スカイがスズカを追い抜く。スズカも必死に食らいついてはいるけど足が前に出ない。元々スズカは長距離がそこまで得意なわけじゃない、そこに重い蹄鉄までつけて走ってるんだ。あのペースで走り切ろうとしてるだけで十分にすごい。

 

 先頭であの二人が競り合っている間に、後方ではキングとマックイーンが競り合っていた。後方でスタミナを溜めていたキングと、先頭でスタミナを消耗しきったマックイーン。有利なのはキングなのだが、ここまで長い距離をレース形式でキングに走らせるのは初めてだからどうなるか。

 

(仕掛けるなら今……!)

 

 キングが仕掛けたが……少し早い。やっぱりマイル以下と長距離とでは勝手が違うか。先頭はスカイとスズカの競り合いで、後方ではキングとマックイーンの競い合いだ。

 

 結局1着を取ったのはスカイだった。スズカはスカイに追いつけずに2着で終わった。3着はマックイーンだ、キングとマックイーンは最後の最後までほぼ横一線だったんだけどマックイーンが最後前に出た。キングは仕掛けるタイミングを間違えたのもあり4着でゴールだ。

 

 全員が一息ついた後で集合をかけた。今日の模擬レースの反省会をしないといけない。今回のレースでいつもよりも知らないことがわかったからな。

 

「まずはスカイだ。1着でよくゴールしたな。マックイーンのペースを乱す作戦は見事だったし、そのあとのスズカに追いつくタイミングもよかった。スタミナも十分伸びてきたみたいだし、これからも油断せずにトレーニングしていくぞ」

 

「は~い」

 

 重りをつけてるスズカが相手とはいえ、スズカはクラシックでG1最前線で勝利しているウマ娘だ。これからシニアクラスに入るスズカを相手によく勝ったもんだ。

 

「次にスズカだ。不得意な長距離レースでよくあそこまで走りきったと褒めたいところなんだけど……ペース配分をミスったな、重りをつけてる中でとは言え最後にスピードが出なかったのは途中のハイペースの影響だ」

 

「次からは気を付けます!」

 

 スズカの走りはペース配分が命だからな、ハイペースを維持できるのはスズカの強みだがスピードを上げすぎると、最後のスパートでスタミナを残せない。

 

「キングは長距離とマイルとでの差を実際に体感しただろう。距離が違えば仕掛けるタイミングももちろん変わってくる、差しで走るならその判断ミスはレースで致命的なミスになる。スタミナも長距離を走るには全然足りていない。これからまだまだ鍛えていくぞ!」

 

「わかったわ!」

 

 キングには少しきついことを言ってしまったな。だけど、キングのやろうとしていることはそれだけ難しいことなのだ。時には厳しくしないと、キングの為にならない。何よりもキングはそれを自分でもしっかり自覚している。

 

「最後にマックイーン……今日のレースで分かったと思うけど、マックイーンはまだまだ成長途上の実力不足だ。スカイには完全に手玉に取られたし、中距離以上が苦手なキングにぎりぎり勝利するレベルだ。これを踏まえて、マックイーンのデビューがまだ後なのは理解できたか?」

 

「えぇ……私は自分のことを過大評価していたようですわ。このままデビューしていたと思うとぞっとします」

 

 マックイーンも納得してくれたみたいだ。マックイーンの実力を測るために行ったつもりだったけど、想像以上の収穫だ。今日のレースの内容を加味したうえでトレーニングの調整もしないとな。

 

 

 

 



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第52話:歓迎!メジロマックイーン!

ちょこっと更新速度遅れます!いつも読んでくださってる皆さんすいません。


「今度の休みにマックイーンの歓迎会ということで、みんなでどっか行こうと思うんだけど案があるやついるか〜」

 

スカイやキングがメンバーに入った時は、チーム内に誰かしら知り合いがいたから特別開くようなことはなかった。けど、マックイーンはそうじゃない、知り合いが1人もいないチームに入って心配もあるだろう。チーム内の親睦を深めるという意味でもちょうどいい機会だ。

 

「私はマックイーンさんの歓迎会ならマックイーンさんの行きたいところに行けばいいと思いますけど」

 

「私も異論な〜し」

 

「私もそれでいいと思います」

 

チームの意見はまとまったな、それじゃああとはマックイーンに聞くだけだ。

 

「それで、マックイーンはどこか行きたいところあるか?」

 

「私……スイーツバイキングに行きたいですの!」

 

スイーツバイキングか、ウマ娘は甘いもの好きが多いしマックイーンは特にスイーツが大好物だったな。スズカも甘いものは好きだって言ってたから大丈夫だと思うけど。

 

「キングとスカイはそれで問題ないか?二人が苦手なら別の場所に変えるのも手だけど」

 

「私もスイーツは好きだから問題ないわ」

 

「私も大丈夫だよ~もちろんトレーナーさんのおごりだよね」

 

スカイはちゃっかりしている。まぁ、俺の奢りで行くつもりだったからいいんだけどさ。トレーナーの給料っていうのは結構いい。スズカの活躍のおかげでかなりのボーナスももらっているし。G1レースの勝利ボーナスっていうのはかなりの額だし、ぶっちゃけしばらくは遊んで暮らせるレベルでは貰ってる。

 

「最初っからスイーツバイキングってのもあれだし、先にゲーセンか何かで時間でも潰すか」

 

「ゲーセンですの?」

 

「私は行った事ないのだけど大丈夫かしら……」

 

そういえば、キングもマックイーンも一応はいいとこのお嬢様だからな。そういう所に行った経験がないのかもしれない。別の場所に変えたほうがいいだろうか。

 

「えぇ~キングちゃんもマックイーンちゃんもゲーセンとかいったことないの?」

 

「恥ずかしながら行った事がないんですの……カラオケなんかは行った事はあるんですが」

 

「私もそういったところに行ったことはないわね。いい機会だし行ってみてもいいかもしれないわ」

 

一応はキングもマックイーンも乗り気みたいだし、とりあえずは歓迎会でやることは決まったな。歓迎会というか、みんなで遊びに行くだけな気もするけど……親睦を深めるって意味じゃ問題ないだろう!

 

「それじゃあ、次のトレーニング休みに近くのゲーセンに集合な。集合時間とかは後々また連絡するから」

 

ーーー休日ーーー

 

というわけで、チームメンバー全員でゲーセンに来たわけなんだけど。スカイはいつも通りフワフワしている。キングとマックイーンはとてもソワソワしながらあたりを見回している。初めての場所に好奇心の目でゲーセンを見ている。

 

「すごいですわね……こんなに色々な物があるなんて」

 

「スカイさんには私たちを案内する権利をあげるわ!」

 

「セイちゃんに任せてください!私はよくここでトレーニングをさb……」

 

「スカイちゃん?トレーニングサボっちゃダメでしょ?」

 

俺が様子を見て色々気を使った方がいいと思ったんだけど、あの感じなら俺が干渉する必要はないだろうな。久々にゲーセンに来たんだし、少しだけ俺も遊んでいくか。これでもトレーナーになる前はたまにゲーセンに来て、息抜きに音ゲーとかやりに来てたからな。

 

昔やっていたダンスゲームのところには先客がいて、小学生くらいの小さなウマ娘だった。小さいだけじゃないな、全体的に体が細くて見てて心配になるくらいだ。けど、ダンスのステップ一つ一つが力強いな。俺の視線に気づいていていたのか、ゲームが終了した後でそのウマ娘が俺に話しかけてきた。

 

「さっきからなんで私の事見てるのおじさん、もしかして通報したほうがいい感じの人?」

 

おっおじさん……俺はまだ20代なんだけどな。まぁ、小学生から見れば俺くらいの年齢の男はだいたいおじさんみたいなもんか。って、そんなこと言ってる場合じゃない。この子いま通報とか危ないこと言ってた気がするんだけど。

 

「俺は怪しいものじゃないって!?ほら、トレーナーバッジだって持ってるトレセン学園でトレーナーをやってるんだよ。ダンスをしているウマ娘がいたからついな」

 

「トレセン学園のトレーナーね、じゃあおじさん凄い人なんだ」

 

「今年入ったばかりの新人だけどな。一応はチームも持たせてもらってるし、一応凄い人……なのかな?」

 

俺の発言を聞いて、そのウマ娘の耳がピクンと反応した。お互い初めて会ったんだから知らないはずなんだけど。この子は俺のことを知っているのだろうか……

 

「ふーん、あんたが柴葉トレーナーね。ネットとかで名前をよく見かけるよ、もちろんその噂もね」

 

もしかしておめーアンチだな!って小学生に言うわけにはいかないよな。というより、この子が俺を見る目はキラキラと輝いる……憧れと言うかなんというか……

 

「知ってもらっていて光栄だよ。まぁ、その様子だと良い噂じゃないことくらい知ってるだろ」

 

「私はあんたに憧れてるんだよ、周りからどれだけ認められなくても力と実績で周りを認めさせようとするのをさ」

 

力と実績で周りを認めさせるか……そんな時期もつい最近あったけど、今は違う。俺たちはやりたいことをやって、それに実績がついてくるだけだ。

 

「お前もトレセン学園に入りたいのか?」

 

「無理だって言いたいの?こんなに小さくて細い体じゃ無理?あんたもみんなと同じこと言うの?」

 

彼女から放たれる威圧感は小学生のそれじゃなかった。彼女の目からは何かしらの強い意志だ。周りから認められたい、それだけじゃなくて強くなりたいという純粋な想いや勝利への憧れを感じるんだ。

 

「そんなことはない、お前にも何か叶えたい想いがあるのなら必ずやり遂げられる。そのためには、トレセン学園を目指すんだ。もしトレセン学園に入れたら俺が面倒を見てやるさ」

 

あれ、なんか俺凄い偉そうなこと言ってる?しかも、トレセン学園に入学したら面倒を見るとまで言ってしまった!俺が面倒を見るかもわかんないし……みんなには黙っておくことにしよう。

 

俺がメンバーのところに戻ってみると、チーム全員でプリクラを撮ろうとしている真っ最中だった。プリクラか……俺には無関係な世界だ、少し遠くから出てくるのを待つとしよう。

 

「トレーナーさんも一緒に撮りましょう?」

 

「なっ!スズカいつの間に!」

 

「ほらほらトレーナーさん、一緒に撮りましょうよ~」

 

俺はスズカとスカイに連行されてプリクラ機の中にぶち込まれた。俺がいなくての4人で撮ればいいのに、なんで俺がプリクラなんてキラキラしたものに。

 

「ちょっと狭いですわ!スカイさんもう少し避けてくださらない!?」

 

「まぁまぁ、そんなに恥ずかしがらないでよマックイーンちゃん。ほらキングちゃんも近づいて近づいて」

 

「スカイさん!?ペースがあるんだからもう少し離れても」

 

スカイはコミュ力が高いというか、適応能力が高いというか……キングとも仲直りするのも早かったし、マックイーンと距離が近くなるのも早い気がする。

 

「トレーナーさんもう少しそっちに寄ってください」

 

「おっおう」

 

結局、全員がほぼ密着する形でプリクラを撮ったわけだけど、これってトレーナー的に大丈夫なのだろうか。ウマ娘との距離感はしっかりと保つべきだってよく言われるけど。その後はほぼ放心状態で撮影を終えた。

 

「トレーナーさん変な顔~」

 

「しょうがないだろ、こういうのは初めてなんだから」

 

昔からもっとこういう経験があればよかったんだが。ウマ娘は人間以上の力を持っているが中身は普通の女の子だからな、こういう遊びに関することは詳しいだろうな。

 

「ほら!そろそろスイーツバイキングの予約時間だ、目的地に向かうぞ」

 

俺はスズカたちを連れて店に向かった。元々はこれが今日のメインイベントだから遅れるわけにはいかないい。マックイーンなんて今日1日ずっと楽しみだったのか会った時からソワソワしてたからな。

 

「一応ウマ娘食べ放題コースだけどほどほどにな?一応トレーニングに支障が出ない程度にしてくれよ。特にキングは近々レースがあるんだから、スイーツ食べ過ぎて走れませんわ~なんてことにならんようにな」

 

「トレーナさん?それは私のモノマネをしているつもりかしら?」

 

冗談はともかくとして、キングの食べる量は少しだけよく見ておこう。レース前のウェイト管理は大切だからな。スズカなんかはウェイト管理で困ったことがあるようには見えなかったけど、みんなが同じとは限らない。そんな会話を目にも止めずにマックイーンはというと……

 

「パクパクですわ!これがすっごい美味しいですの!手が止まりませんわ!」

 

そこには、大量のスイーツをパクパクじゃなくてバクバクと食べるマックイーンが目の前にいる。同じ席に座っているスズカやスカイ、キングもこの光景にはドン引きである。

 

「ちょっと、なんか食べたいもの探してくる」

 

「私も~ちょうど食べるものなくなちゃったし」

 

俺とスカイハ二人で新しいスイーツを取りに行った。スズカとキングは、マックイーンの食べっぷりに唖然としていて席に座り込んでいた。あの食べっぷりじゃ体重が増えるわけだ……今日は特別な日だからいっぱい食べてるってのもあるだろうが、あのスイーツ好きは食べ始めたら止まらないだろう。

 

「マックイーンちゃんも私たちみたいに普通のウマ娘なんだよね」

 

「そうだな……あの様子をみると普通のウマ娘かと聞かれると微妙なところではあるが」

 

俺の冗談が面白かったのか、スカイが笑っていた。声に出して笑うほどじゃないけど、笑みがこぼれている。でも、あのマックイーンの食べっぷりは冗談抜きで普通ではない気はする。

 

「セイちゃんは最初マックイーンちゃんがチームに入るの少し嫌だったんですよ?マックイーンちゃんってお嬢様だし、その上天才だなんて言われててさ。そういう娘に苦手意識が会ったんだよね~」

 

何それ、俺は初耳だぞそんなの。そんなそぶり少しも見せなかったし、嫌だったら相談してくれれば良かったのに……その割にはスカイってマックイーンと仲がよさそうに見えたけど。

 

「トレーナーさんが選んだ娘だから、少し歩みようって思ってこれでも頑張ったんですよ?模擬レースの時なんてマックイーンちゃんにカチンと来てましたし」

 

「あぁ、それはレース展開でなんとなくは分かってたけど……」

 

あの時はスカイがマックイーンを煽ってスタミナをごっそりと削りにかかってたからな。明らかにマックイーンを狙っての作戦だったと思うし、そんなことをしなくてもスカイの方が実力は上だった。

 

「でも、あのレースの時から気づいたんですよ。お嬢様でも天才でも、できないことだってあるし私たちと同じ女の子だし、マックイーンちゃんって抜けているところあるし」

 

「まぁそうだな、今だってお嬢様とは思えない顔でスイーツにむさぼりついてるぞ」

 

マックイーンの方を見ると、饅頭の様に顔をまん丸にしながら幸せそうな顔でケーキを口にしていた。あの顔を写真にとってメジロ家の令嬢ですって言っても誰も信じてくれなそう。

 

「というわけで、セイちゃんはマックイーンちゃんと仲良くやっていけそうでありま~す」

 

「ならよかったよ。ありがとうなスカイ」

 

俺が頭を撫でると、スカイはそのまま顔をうつむかせてしまった。いつもは笑顔なんだけど、今日はなんか気分が悪い日だったのかな……

 

「そういう不意打ちは私ずるいとおもうなぁ~」

 

「なんか言ったかスカイ?」

 

「何でもないです~!早くみんなのところにもどりましょう」

 

スカイを追いかけるようにみんなのところに戻った。テーブルを見ると驚く量のお皿が積んであった。それを見て、俺が笑ってしまい、それにつられてみんな笑いだした。流石のマックイーンも恥ずかしくなったのか顔を真っ赤にしていた。

 

「もっもう私お腹いっぱいですわ!そろそろいい時間ですし、お店を出ませんか?」

 

「え~マックイーンちゃんまだたべたりないんじゃない~い?」

 

スカイがマックイーンをからかいつつも、実際いい時間になってきていたし、俺たちは店を出ることにした。帰り際にマックイーンが名残惜しそうにスイーツを眺めていたのを俺は忘れない。

 

「どうだマックイーン。チームとはうまくやっていけそうか?」

 

学園に変える道中マックイーンと2人になったので気になって聞いてみた。スズカたちは前の方でじゃれ合ってるから、今の内に聞いておいてもいいだろう。

 

「そうですわね、スズカさんは話下手ではありますけど私の事を気に掛けてくれているようですし。キングさんは私が困っていると色々アドバイスをくれたりしますわ。スカイさんは私のことを苦手意識していたので申し訳なく思っていたのですが、最近は何故かフレンドリーで何かと絡まれることが増えた気がしますわ」

 

「そうか、ならよかったよ」

 

「トレーナーさんマックイーンちゃん、二人で後ろでゆっくり歩いてると老いてっちゃいますよ?」

 

俺とマックイーンが二人で話していると、前の方でスカイたちと遊んでいたスズカが俺たちの方にやってきた。マックイーンがチームになじめるように色々なところで気にかけてくれていたんだな。少し不器用ではあるけど。

 

「はいはい、ほら行くぞマックイーン」

 

「皆さん待ってくださいませー!私も混ぜてくださてくださるー?」

 

俺がマックイーンに声をかけると、俺よりも早くみんなの輪の中に飛び込んで行った。チーム内での争いや、分裂っていうのは良く聞く話だ……でも、俺のチームメンバーはお互いが信じあって支え合って。本当にいいチームだな。



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第53話:挑戦!キングの中距離レース!

来週までには多分更新ペースを戻すと思います。


 今日はキングのG3レースだ、キングからすれば初の中距離レースだけど大丈夫だろうか。マイル以下のレースならジュニアクラスのレースで今のキングが負けるところを想像できないんだけど中距離になると話は別だ。

 

「今日の作戦なんだけど、先行策で行こうと思うんだけど……キングの意見を聞いておきたい」

 

 走るのは結局はキングだからな、それにキングの走りは繊細だ。無理にキングの意見を捻じ曲げるよりも彼女自身の意見を取り込んだほうがいいだろう。

 

「私も同じことを考えていたところよ。悔しいけど、中距離のレースで差しでいける自信がまだないわ」

 

 先行策ならば前に出て、ある程度臨機応変に対応できる。後方ならばレース全体を見ることができるからこそ、仕掛けるタイミングを伺えるし。最後のスパートまで力を溜めることもできるんだけど、タイミングをミスった時のリスクがでかいからな。

 

「勝敗はどうなるかは分からない。だけど本番のレースはトレーニングより多くの事を学べるから、今できる限りの全力でぶつかってこい!」

 

「えぇ!」

 

 俺はキングを送り出して、観客席にいるスズカたちと合流する。今日のキングのレースは俺たちチームレグルスにとって今年最後のレースだから、どうしても緊張もする、けれどそれ以上に気合が入ってる。

 

「キングちゃん大丈夫かな……あの日のレース以来少しだけ自信が無いようだったけど」

 

「心配しなくても大丈夫よスカイちゃん。キングちゃんは誰よりも自信家だもの」

 

「自信を持つのはいいことだ、自分の走りを信じてその時の最大のパフォーマンスを出しやすい。ただ、時にそれは諸刃の剣になる」

 

 自信家っていうのはいいことだが、それを支えになっていることがある。ただ、それを支えに強く依存することもある。もしも自信を破られた時、そういった人間は非常に弱くなるんだ。

 

「それって大丈夫なんですの……?心配する要素しかないのですが」

 

「なんだ?マックイーンもキングのこと心配してくれるのか」

 

「私も入ったばかりとはいえチームの一員ですのよ?チームメンバーの心配くらいしますわ」

 

「なに~マックイーンちゃんクールぶってるけど優しいところあるじゃ~ん」

 

「っわ!スカイさんなんですの!くっつかないでくださいませ!」

 

 最初はマックイーンの事をあまり良く見ていなかったスカイもうまくやってるみたいだな。マックイーンは典型的なお嬢様ってやつだからな、スカイがあまり好きなタイプではない。まぁ、マックイーンの場合時折お嬢様にあるまじき言動をすることもあるからな……

 

『本日出走するウマ娘がパドックに入場します』

 

 スカイたちがじゃれ合っている間にパドック入場が始まった。途中まではキングでも負けないと思えるウマ娘ばかりだったんだけど。

 

『4枠6番ロードアックスです。彼女は早い段階でのデビューを果たし、良い結果を残せずにいましたがかなり調子がよさそうです。二番人気です!』

 

 彼女はレース経験が豊富な分周りよりもアドバンテージがある。それだけならよかったんだが、パドックの様子を見る感じ仕上りはいい。これは厳しい勝負になるかもしれないな。

 

『そして6枠9番キングヘイロー!彼女はデビューから今日まで3つのレースを勝利しています!今日はどんな走りをみせるのか!一番人気です!』

 

『中距離以上のレースに出走するのは初めてですからね。中距離レースでも彼女の実力が通用するのか、注目が集まりますね』

 

「さっきまでしてた心配も問題なさそうだな」

 

「そうですね、キングちゃんやる気に満ち溢れた顔してます」

 

 パドックでのキングはいつも以上に闘志にあふれていた。先日の模擬レースで少し自信を失っていたと思ったが、さすがはキング。現状の実力をしっかり理解したうえで全力を尽くす、その自分を保つ精神力と分析能力は素晴らしいな。

 

「キングさん大丈夫なんでしょうか……3200mを走った時スカイさんとスズカさんはすごかったのですが、キングさんはその……」

 

「あまり速くなかったか?」

 

「そっそういう意味ではないのですが……」

 

 模擬レースでキングはマックイーンに僅差で敗れた。その結果だけ見れば心配になる気持ちもよくわかる。マックイーンは自分に負けたキングが勝てるのかって話だろう。

 

「マックイーンはキングの適正距離がどのくらいだと思う?」

 

「キングさんの適正距離ですの?やはりマイルが得意で中距離も少々と言ったところでしょうか……」

 

「違うな、キングは元々は生粋のスプリンターとして育てられていたし、その才能もスプリンターに寄っていると俺も思ってる。マイルでさえギリギリの勝負だった」

 

 キングの担当になった当時はスタミナの無さが問題だった。クラシック路線を目指しているのに中距離を走り切るには、あまりにもスタミナ不足が目立ちすぎた。

 

「スカイはどう思う?キングはこのレースを走り切れると思うか?」

 

「勝てるかは分かんないけど……走り切れるよ、キングちゃんはそれだけ頑張ってきたんだし」

 

 キングの根性はすさまじいものだ。最後まであきらめないその姿勢が彼女のスタミナを鍛える上で大きなアドバンテージとなった。まだ、スカイほどのスタミナを持っているわけではないが、マックイーンはステイヤーとしては彼女の世代では最強と言えるだろう。そのマックイーンとギリギリの勝負ができる程彼女は成長した。中距離レースくらいなら走り切ってみせるだろう。

 

「というわけだけどマックイーン、これでもまだ心配か?」

 

「いえ……そこまで言われて信じられない私じゃありませんわ。本当にこのチームは素晴らしいですわね」

 

 マックイーンが改めてこのチームを認めてるわけだけど、理由を聞こうと思ったところでゲートインが完了した。さぁキング、お前が中距離でも戦っていけるってことを見せつけてやれ!

 

『2000m芝天気にも恵まれ、本日のバ場状態は良となります。晴れ渡る空の下、2000m先のゴールを目指し今……スタートしました!』

 

 キングのスタートは悪くなかった。出遅れるこはなく、かつ中段に飲まれることもなく走り出せたな。このまま良い位置に付けそうだが。

 

「二個目の集団の二番手についたな」

 

「キングちゃん良い位置につきましたね~」

 

「そうなんですの?先頭集団からも離れてますし、後ろの集団の二番手ですのよ?」

 

「いや、あれはキングの得意な位置だよ。位置取りは決して悪くない」

 

 先頭集団は逃げウマ娘か、それに引っ張られて掛かってしまってるウマ娘だけだし、第二集団の二番手ってのは差しウマ娘のキングにとっては理想の位置といってもいい。いつでも仕掛けて抜かせる位置にいるし、ペースは先頭のウマ娘が作ってくれるから仕掛けるタイミングに集中できる。

 

「先頭ってのは自分でペースを作らないといけないから意外と負担かかるんだよ、差しウマ娘のキングは余計そうだろう」

 

 勿論スズカみたいな例外もいるし、自分でレースをコントロールしたがるスカイなんかは先頭で走るのが得意だけどな。まぁ、これに関しては相性と経験が物をいうから、いつかはキングもできるようになるとは思うんだけどな。

 

『1000mを通過し先頭集団が後方集団をさらに引きはがします!後方集団のロードアックスはまだ仕掛けません!』

 

「先頭集団が明らかに掛かってハイペースになっているな」

 

「そうですね~でもレース中のみんなは気づいてないかもしれないですね」

 

「大丈夫よキングちゃんはしっかりと分かってるから」

 

 そろそろ、レースが動くころかな。後方集団が少しずつしびれを切らしてきている。ロードアックスも終盤に備えて少しずつペースをあげてはいるけど、その後ろにいるウマ娘たちはじれったくてしょうがないだろう。

 

『おぉっと!後方集団がしかけ始めました!集団を率いていたロードアックスとキングヘイローはいまだに動きません!』

 

「みなさん前に出始めたけど大丈夫ですの!?キングさんはまだ前に行きませんわ!?」

 

「まぁまぁ~マックイーンちゃん落ち着いて落ち着いて」ペシ

 

「いってぇですわ!」

 

 全くこいつらはレース中になにやってんだか……スカイはマックイーンへのあたりが少し強い。今だってスカイのチョップを受けてマックイーンうずくまってんじゃねーか。

 

「お前ら!遊んでないでレースに集中しろ!」

 

「ごめんなさい……」

 

「私は悪くないじゃないですの!」

 

「キングちゃんたち動きますよ!」

 

『レースは残り600m!ここに来てロードアックスとキングヘイローの二人が仕掛けます!グングンとスピードを伸ばし!1人また1人と追い抜いていきます!』

 

 ロードアックスとキングの二人の勝負になりそうだな。他のウマ娘はスタミナもギリギリでラストスパートについてこれないか、二人のスピードにそもそもついてこられない。

 

 

(仕掛けるタイミングを間違えば確実にレースに負ける……早く仕掛けても差し返される。仕掛けるのが遅くても差し切れない!)

 

 私たちはそれだけ実力が拮抗していた。一瞬の迷いが、判断の遅れが勝敗を決する。絶対に見逃しちゃいけない、その一瞬を!そう考えていると前にいるロードアックスがペースをぐっと落とした。

 

(なんでこのタイミングにペースを?いや!そんなことを考えている暇じゃない!ここで差さないと!)

 

 一瞬だけ相手のペースダウンを疑問に思ったが、すぐにキングは差し切る体勢に切り替えた。その判断の早さはキングの強さがでた……しかし、その一瞬の疑問を抱いた時間も相手は見逃してなかった。

 

『ロードアックスが仕掛けた!一気にスピードを上げていきます!その後ろから少し遅れてキングヘイローもスピードを上げていきます!』

 

 

「くそ!やられた!」

 

「どうしたんですの!?」

 

「キングちゃんまんまとはめられちゃったね……」

 

 キングは真後ろにいたせいで気づかなかったかもしれない、いや真後ろにいて良く観察してたからこそ引っかかったのか。ロードアックスは加速のための踏み込みをあえて大きくすることで減速してるように見せかけたんだな。その減速にキングは騙されたんだ、そのままロードアックスは強い踏み込みのまま加速した。

 

 

(出遅れた!私としたことがハメられましたわ……」

 

 どうすればいい!ここから逆転する方法を考えるの!諦めちゃダメよキング!まだレースは終わってないんだから!……違う。

 

(落ち着きなさい……確かに出遅れたけど、まだ差し返せない距離じゃない!冷静になるのよキングヘイロー!)

 

 スタミナもギリギリで足も重いのになぜか私は力が湧きだすような感覚があった。冷静になることで余計な力が抜けたのかもしれない。これならいけるわ!

 

『おっと!残り200mでキングヘイローが一気にスピードが上がっていく!ここから差すかキングヘイロー!ロードアックスも負けじとラストスパートをかけている!』

 

『キングヘイローの方がスピードが速いですね、ゴールするまでまだ勝負はわかりませんよ!』

 

(このままいけば……いける!)

 

『残り100mでキングヘイローがロードアックスに並んだ!このまま追い抜くことができるか!』

 

 キングはこのまま差し切ろうとしたけど、そこでもう一歩前に足が出なかった。極限状態で気づかなかったが、彼女の足はもう限界を迎えていたのだ。むしろラスト100mまでスピードを出し切れたのが凄いくらいだ。

 

『キングヘイローがここで減速!ロードアックスが前に出てそのままゴールイン!ロードアックスが一着でゴールインしました!2着は1馬身差でキングヘイローです!』

 

 

「俺はキングのところに行ってくるから、みんなは帰る準備をしといてくれ」

 

「私たちはキングさんのところに行きませんの?」

 

「いいからいいから~マックイーンちゃんも片付けの手伝いしてね~」

 

 ありがとうスカイ、キングもみんながいたら嫌がるだろうしな。スズカも分かっているようで笑顔で俺のことを見送った。スズカも走ることしか考えてないようで、チームができてからはチームメンバーをよく見ている。

 

「キングお疲れ様、惜しいレースだったな。最後のスピードは俺も驚かされた」

 

 最後のスパートは今までに見せたこと程速いスピードだった。あのまま走り切れていたなら、仕掛けるタイミングを間違えなければ……いや、やめよう。今回は完全に実力で敗れたんだ。

 

「そうね……でも私は負けてしまったわ。全てを上回られた気がするわ」

 

 キングは今回の敗因を自分で理解していた。なら俺からこれ以上いうことはない、自分が良く分かっていることをさらに言われてもイライラするだけだろうしな。

 

「それよりも、スカイさんたちは来ていないのかしら?」

 

「あぁ、片付けを頼んできたからな。呼んできたほうがよかったか?」

 

「いえ……いいわ」

 

 そういうと、キングは俺の袖を掴んで俺の胸に顔をうずめてきた。顔は見えない、だけどわかる。キングはここまで負けなしだった、初めての敗北って言うのは辛いものだ。キングは俺の胸の中で泣いていた。

 

「勝ちたかった!でも勝てなかったわ!私の実力が足りなかったから!最後にスタミナが残っていれば確実に差し切れていたわ!」

 

 キングは賢いウマ娘だ。自分の敗因がわかっているってことは自分の実力不足も強く実感しているんだろう。元々負けず嫌いでプライドが高いのもあるだろうが。

 

「そうだ、今日は負けた。実力が足りなかった。だったら、俺たちがやるべきことはわかるなキング」

 

「えぇ、私はもっと強くなるわ。スカイさんやスズカさんにマックイーンさんにも負けないぐらい強くなる!こんなところで諦めてたまるもんですか。私はキング、いずれ一流のウマ娘になるキングヘイローなのだから!」

 

 キングは強いな。レースが終わったばかりでレースの最後の瞬間が脳裏に残っているだろうに、彼女はそれをもう乗り越えようとしているんだ。これから、キングはまだまだ強くなれるはずだ。

 

「もういいわ、ありがとう。私はウイニングライブの準備をするから、スカイさん達のところに戻って観客席をとりなさい。私が出るウイニングライブを盛り上げてもらわないといけないわ!」

 

 キングは俺から離れれると高笑いして、ウイニングライブの準備をし始めた。俺はキングの元を後にしてスカイたちに合流した。すでに観客席も抑えていて準備万端と言ったところだ。一番最初に俺のところに来たのはスズカだった。

 

「キングちゃん大丈夫そうでしたか?」

 

「あぁ、キングの心は強いよ。俺なんかよりも立派なもんだ。それよりも、キングのこと心配してくれてありがとうな。お前は本当にチームメンバーのことを大事に思ってくれてる」

 

 俺はスズカにそう言いそのまま彼女の頭を撫でた。ちょっと前までは人と関わるのが苦手で走ることにしか興味がないような彼女も、仲間を大事に思って心配してくれてるのが何だか嬉しかった。

 

「いえ、キングちゃんは私にとって大切なチームメンバーでチームの後輩ですから!」

 

 レグルスはできたばかりだけど、メンバー同士の絆はしっかりと出来上がってきているんだな。元々仲が良かったスカイとキングだけじゃない。スズカやマックイーンもしっかりと互いの事を気にしてる。

 

「そうだな、それじゃあキングのウイニングライブをしっかりと盛り上げないとな!」

 

「はい!」

 

 ウイニングライブに出てきたキングは少し疲れを見せながらも、終始笑顔を振りまきウイニングライブを無事に終え、チームレグルスの今年最後のレースを終えた。来年はスカイもデビューして二人のクラシック戦が始まるし、スズカも宝塚記念を目指す。来年は忙しい1年になりそうだ。

 

 



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2年目突入
第54話:1年の終わり!年末年始!


チャンミの結果はBランクで一着でした。ここ最近は夜に釣りに駆り出されて執筆があんまり進んでないです。


 キングのレースが終わり、今日は大晦日でチームメンバー全員がチームルームに集まっている。キングやマックイーンなんかは実家に帰ると思ってたんだけど、一年目の初めての年末ということでチームの方を優先してくれたみたいだ。

 

「さぁて、食材の買い出しは済ませてあるし。晩飯の準備を開始するか、この中で料理とかできるやついるか?」

 

「魚くらいなら捌けますよ~」

 

「私も軽い料理ぐらいならできますけど」

 

 スカイは魚釣りが趣味なだけあって魚の扱いだけならお手の物だな。スズカは料理とかあんまイメージできないけど基本的なことはできるんだな。

 

「マックイーンとキングは……手伝えそうなことがあったら手伝ってくれ」

 

「違うんですわ……メジロ家ではこう言った事は使用人の仕事でして」

 

「私の家も同じだわ」

 

 マックイーンとキングは名家出身で、使用人を雇うほど裕福な家庭だからな。家事なんかに関わることも滅多になかっただろうから仕方ない。なんかできることがあればいいんだけどな。

 

「とりあえず、スズカとスカイは鍋に入れる具材の下準備を手伝ってくれ」

 

「はい」

 

「は~い」

 

「キングとマックイーンはそこにある野菜を切っておいてくれないか?」

 

 流石に料理はできないとは言えど野菜を細かく切るくらいならできるだろう。ちょっとキングさん?なんで包丁を振りかぶってるの?猫の手って知ってる?マックイーンもなんでほうほうみたいに納得した顔しているの?

 

「このくらいなら私にだってできますわ!私はキングなのよ」

 

「キングとマックイーンはそっちで休んでテレビでも見ていてくれ。よくやってくれたよ後は俺たちがやるから」

 

「そう?私は何もしなくていいんですの?」

 

 何もしないでというか、何もしないでくれ頼む。なんで大根を切っていたはずなのにそんな四角形の物体が完成するんだ。しかも、包丁を振るたびにあんなことしていたら危なくて集中できない。

 

「スカイとスズカ悪いけど少しだけ仕事が増えた」

 

「いいんですよ、二人に割り振ってたのは少しだけですし問題ないです」

 

「私もテレビみたいな~それにしても、マックイーンちゃんにあんな欠点があったなんてね~」

 

「だめよスカイちゃん?悪いこと考えちゃ」

 

「そんなこと考えてないですよスズカさん!ほら早く準備しないと!」

 

 スズカさんも包丁持った状態でスカイを威嚇しないでやってくれ。平然と作業をしているけど、スカイが震えてるから。ていうか、見ている俺も怖いからやめてくれないか。

 

「ほら、遊んでるとウィンタードリームカップが始まっちまうぞ」

 

 今日集まったのは大晦日って言うだけじゃない。年末に行われるウィンタードリームカップ、本当に選ばれた最強のウマ娘が集まっている。見逃すわけにはいかない、見るだけでいい経験になる。

 

「今日は会長さんも出走するんですよね」

 

「あぁ、ルドルフの走りを見るのはスズカの模擬レースぶりだから楽しみだ」

 

 あれはクラシック路線の真っ最中の出来事だった。スズカのために必要だったとはいえ、ルドルフの走りはやばかった。あの時のスズカは未熟だったとはいえクラシック路線で走れるほどのウマ娘だった。そのスズカを子供をあやすかの用に走り、スズカの成長のために走ってくれた。最後の最後で一矢報いたとはいえ、かなり手加減された上での敗北だったからな。

 

「スズカさんはシンボリルドルフ会長と走ったことがあるんでしたね」

 

「そうなんですか!?シンボリルドルフ会長との模擬レースをするなんて、あなたって本当に新人トレーナーなのですか?」

 

 キングとマックイーンが俺とスズカをキラキラとした目で見てくる。模擬レースが出来たのは沖野先輩のつてだし、スズカもルドルフが手加減してたのを知っているから乾いた笑いをしている。

 

「まぁ、色々あったからな。ほらレース始まるぞ。キングなんかは脚質が似てるからよく見ておけ」

 

「言われなくても分かってるわよ」

 

「他にはマルゼンスキーなんかも出るから、スズカやスカイ、マックイーンもよく見といてくれ」

 

「「「はい」」」

 

 今言った2人が優勝候補だろうな。マルゼンスキーが逃げるか、ルドルフが差すか。2人とも東条さんのチームメンバーだ、流石はトレセン学園最強チームと呼ばれるチームのエースたちだ。

 

 スタートはマルゼンスキーが取ってレースを引っ張っていったが、最終コーナーで後方から一気にルドルフが上がって来て差し切られる形となった。結局、最初から最後までリギル内での戦いに終わったな。

 

「やっぱりすごいですねリギルの皆さんは……」

 

「そりゃトップチームですからね~」

 

 スズカとスカイの言い分もわかるけど、それじゃあ駄目だ。俺たちは憧れるものではなくて、あくまでも挑む者だ。勝つつもりでいないと、今でこそ勝負するまではいかないがいつかは勝利してみせる。

 

「お前たちもいつかあの舞台に立つんだよ。そのつもりでいないと駄目だぞ」

 

 俺の発言に一瞬みんなは唖然としていたが、すぐに無言でうなずいた。さっきまでとは顔つきが違う、このチームはお淑やかだったりフワフワしてるのが多いんだけど。いざって時は闘志を見せてくれる。

 

「トレーナーさん飲み物が切れたから買ってきて~」

 

「なんで俺が買ってこなきゃいけないんだ……しょうがない、買ってきてやるよ」

 

 久々に飲酒をしていたから少し外の空気を吸いたかったところだ。担当の前で酒を飲むのは気が引けたが、スカイがどうぞどうぞと押してきたのでつい飲んでしまった。年末で気が緩んでいるのかもしれないな。

 

 

「さぁて、トレーナーさんもいなくなったし。そろそろあれを頂くとしますかね~」

 

「あれって何のことスカイちゃん」

 

 ずっと気になっていたんだよね。それに今日飲むことができるのはトレーナーさんの好みだから飲んでおきたいし……

 

「ちょっとスカイさん!?それはまずいわよ」

 

「そうですわ!スズカさんいつもみたいにスカイさんを止めてください!」

 

 やばっスズカさんのこと忘れてた。スズカさんには勝てない……スズカさんはグラスちゃんと同じで怒らせたら不味い人の人の1人だ。自分の目的ばかりに目がいって他の事を何も考えてなかった……って思ったけど大丈夫そう。

 

「私も少しだけ気になります……そのトレーナーさんが飲んでいたお酒」

 

 今テーブルの上に置いてあるのはトレーナーさんが飲んでいたコーヒーリキュールとカシスの2本。そして、冷蔵庫に入っていたウマロングZEROとking krowというお酒だ。

 

「ここまで来たら2人も飲んじゃおうよ。少しだけだからさ」

 

「もうスカイさんったら……ちょっとだけよね?」

 

「キングさんまで……こうなったらヤケですわ!」

 

 各々が1つずつお酒を手に取った。私がコーヒーリキュールでスズカさんがカシス、マックイーンちゃんがウマロングZEROでキングちゃんがking krow。

 

「king krow……まさにキングである私にふさわしい名前ね!」

 

「それじゃあ、みんな共犯ということでカンパーイ!」

 

「「「カンパーイ!」」」

 

 何これ濃い!お酒ってこんなものなの?もう少しだけ飲んでみようかな……

 

「ぷはぁ!これうんまいですわ!これを飲めば勝ちですわ!」

 

「ちょっとマックイーンちゃんそろそろやめておいたら?顔が真っ赤よ?」

 

「何言ってるのよスズカさん、スズカさんだって顔真っ赤になっているわ」

 

 みんな何言ってるの?みんな顔真っ赤だけど……ってそんな事考えてたら頭がフワフワしてきた。こんな気持ち初めて。

 

「あれ、これもう空ですの?もっといっぱい飲みてえですわ!」

 

「あれ〜マックイーンちゃん口調ブレてるけど酔っ払っちゃってるんじゃない?」

 

「あぁ、またスカイさんが私のことをからかおうとしてきますわ……」

 

「違うわよマックイーンちゃん。スカイちゃんはねマックイーンちゃんと仲良くなりたいだけなのよ」

 

「っちょスズカさん!?」

 

 うぅ、いつもなら何かしら言い返すんだけどなんだか頭が上手く回らない。なんか思ったことをッパと喋っちゃうっていうか。

 

「そうだったんですの!?そうならそうと言ってくれればいいんですわ。私もスカイさんともっと仲良くなりたいですわ!」

 

「マックイーンちゃん!?私今お酒臭いと思うから抱きつかないで〜!」

 

「そんなことないですわ。スカイさんはなんだか落ち着く匂いがします」

 

 マックイーンちゃんいつもならそんなこと言わないのに……ちょっとスズカさん助けてくれませんかって思ってスズカさんの方を見ると。

 

「スズカさん……わだし勝ちたかったのに、負けちゃったの」

 

「いいのよキングちゃん。キングちゃんは全力で頑張ったんだもの。トレーナーさんもそれを認めてたでしょ?」

 

「私は一流なのに。トレーナーさんの期待にも答えられなかったわあぁぁああ!」

 

 なんかキングちゃん号泣してるし、スズカさんは聖母のごとくキングちゃんをなだめてる。助けを求められる状況じゃないし……あれなんで私って助けを求めようとしてるんだっけ。マックイーンちゃんに抱きつかれてるのってなんだか落ち着く。

 

 

「なんじゃこりゃァァ!」

 

 俺が買い物に行って帰ってくるまでの間に何があったんだ……マックイーンとスカイは抱きつきながら寝てるし。キングはなんか号泣してるし、その近くでスズカは寝てるし。

 

「こいつら……よりにもよって俺の外出のスキを狙って酒飲みやがった!」

 

 しかも、コーヒーリキュールとカシスなんかは割って飲むお酒なのに原液で飲んである。ウマロングZEROも酔いやすい代表だ。king krowはこの中でも1番度数の高いお酒だし。

 

(このまま寮に戻っても俺とこいつらが説教されるだけだろうし、未成年に酒飲ませたとなっちゃ問題になりかねん……)

 

 よし、寝よう。この状況じゃ大晦日にも行けないし。明日のことは明日の俺に任せよう。この絶望的な現実から一刻も早く目を逸らしたくて、俺はそのまま眠りについた。



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第55話:1年の始まり!年末年始!

最近毎日あばばばばってなりながら執筆しながらウマ娘やってるんですけど、長距離育成全然してなくてチャンミの準備が間に合うか心配であります。


 年初めの朝から地獄だ。スカイとマックイーンは2人で抱き合って眠ってるし。キングは号泣してるし。その傍でスズカも寝ていた。

 

「全く!少し外でてる間に酒を取られると思わなかった……」

 

「マックイーンちゃんそろそろ離れたら?私の好きなのはいいんだけどさ~」

 

「言われなくてもそうしますわよ!なんで私たちこんな寝かたしてるんですの!?」

 

 叫んだ反動かしらないけど、マックイーンはまた吐きそうになっていた。やめてくれ……頼むから部屋を汚すのだけは勘弁してくれないか。

 

「あぁ寮長になんて説明したらいいんだよ!」

 

「トレーナーさん少し静かにしてくださるウップ」

 

「勘弁して欲しいですわ……」

 

 なんで朝からマックイーンとキングのトイレ往復見なきゃいけないんだ。ていうかお嬢様がそんな醜態をさらしていいのだろうか。いや、考えるのはやめておこう。というか、この地獄の光景に耐えられない。

 

「すいませんスカイさん、白湯をくださいませんか……」

 

「はいはい、マックイーンちゃんって!そのボタン今おしちゃダメ!」

 

 マックイーンが誤ってトイレのウォシュレットボタンを押してしまったらしく、凄い勢いで水がマックイーンの顔にかかっている。

 

「スカイさん、スカイさん……ウォシュレットが私を襲ってきます……助けて下さる?」

 

「もー!マックイーンちゃんのせいでびしょびしょだよ……」

 

 頼むから止めてくれマックイーン、俺は昨日の事から既に頭がパンクしそうなんだ!あぁ、キングも顔を真っ青にしながらスズカに看病されてるし!

 

「スカイはマックイーンにシャワーを浴びせてきてくれ!一応二日酔いみたいな状況だからできるだけ様子を見てやってくれ。スズカはキングに水分を取らせながら様子を見ていてくれ!俺はお前らの寮まで行って寮長に謝ってくるから!」

 

 俺はスカイとスズカに指示を出してから、ウマ娘の寮に向かう。結局昨日は自暴自棄になってそのまま眠ってしまったから寮に外泊許可を出していない。本来外泊する場合は軽い手続きをしないといけないんだけど、急な出来事でそんなことしてる暇がなかったからな。

 

 寮に着いて寮長のフジキセキに謝ると、かなりお説教をされたけどわりと早く解放された。これからこういう事はないようにと言われたが、どうやら大晦日やこういったイベントの時なんかは無断外泊するウマ娘はそう少なくはないようだ。

 

「「きゃぁ!」」

 

 俺がチームルームに戻る途中でシャワールームのほうからスカイとマックイーンの悲鳴が聞こえてきた。俺は思わずシャワールームに飛び込んだんだけど、今考えてみればシャワールームに男が入るのはまずかった。まずは声をかけて状況を把握するべきだったんだが……

 

「大丈夫かスカイにマックイーン!」

 

「えっと……その、トレーナーさん?」

 

 中に入ると服を着てない二人が倒れこんで重なっていた。そして、不幸なことにスカイと目が合ってしまったわけだけど……どういう状況?2人ってそういう関係だったの?ていうか俺がここにいたらまずくないか?

 

「えっと、その……失礼しました」

 

「トレーナーさーーーん!」

 

 中からスカイの叫び声が聞こえたが、俺はチームルームに向かって走り出した。あのままあそこにいたらスカイにひっぱたかれたに違いない。焦っているウマ娘にひっぱたかれたんじゃたまったもんじゃない!

 

「スズカ、キングの調子はどうだ?」

 

「ついさっき顔色が戻り始めて眠っちゃいましたよ」

 

 ソファーで眠るキングの顔は少しだけ赤みを帯び始めていた。とりあえず病院沙汰にならなくてよかったんだけど、そもそもお酒を飲まれた俺も監視不足というか、結構ヤバイんじゃないか?

 

「ところで、なんでトレーナーさんの後ろでスカイちゃんは手を振りかぶってるんですか?」

 

「え?」

 

 俺が後ろを振り向くと服を着たマックイーンと手を振りかぶるスカイがいた。待って、スカイさん落ち着いてください。そんな大振りされたら人間の俺は死んでしまいます!まぁ、容赦なくひっぱたかれたんだけど。

 

「とりあえず、お前らは反省しろ!いくら浮かれてたと言っても酒を飲むのはいかんだろうが!」

 

「「「「すいません……」」」」

 

 スカイなら考えそうなことだけど、スズカもマックイーンもキングもいるから安心していた。まさか、四人全員が共犯だったとは思わなかったんだけどな。スズカとマックイーンとかならまだやりそうなのかもしれないけど、キングあたりはしっかり止めてくれると思った。そのキングが一番潰れているとは……

 

「それで?全員が昨日のことをほとんど覚えてないほど泥酔していたわけだが……」

 

 とりあえずは、全員が反省しているからいいか。今後は同じようなことは無いだろう。スカイがマックイーンと抱き合って眠っていたり、キングが号泣したせいで目が赤く腫れていたり……本当に昨日の俺がいない間に何があったんだ。

 

「はぁ、今回はいいけどこれからは気を付けてくれよ。怒られるのは俺なんだし、困るのはお前たちなんだから」

 

「「「「はい……」」」」

 

「よし!なら神社にお参りにいくか。昨日の晩に行く予定だったんだけど、みんなつぶれていたからな」

 

 俺はスズカたちを連れて近くの神社に向かった。新年っていうこともあっていっぱい人がいたけど、固まって動かないと迷子になるほどじゃなかった。スカイとマックイーンとキングの三人は少し前を歩いていた。マックイーンがすごい勢いで屋台を周ろうとするもんだから、スカイとキングがそれを抑える作業をしていた。

 

「それで?スズカは昨日何があったか覚えているんじゃないか?」

 

 昨日帰ってきたときも普通にキングをなだめていたし、今朝起きた時も他の三人と違って普通に過せていて俺の手伝いまでしてくれていたからな。けど酒を飲んだ形跡はあったから飲んでないわけではない。もしかしたらスズカはかなりの酒豪なのかもしれない……

 

「ふふ、女の子たちの秘密です♪」

 

 どうやらスズカは昨日のことを覚えてはいるけど話す気はないみたいだ。話さないってことは特別悪いことがあったわけじゃなさそうだし、深入りする必要はないか。本人が話したがらないのを聞いても悪いし、他の三人が覚えてないことを聞くのは気が引ける。

 

(何よりも初めて酔っ払った時って何をするかわからないし、聞かれたくないのはよくわかる)

 

「ほらお前ら、そろそろお参りしにいくから買い食いはその辺にしておけ~」

 

 俺がスカイたちに声をかけると、スカイとキングがマックイーンのことを引きずって連れ戻してくれた。いくら年末年始だからといって食いすぎは良くない。マックイーンはスイーツをよく食べるがそれ以外のものも割と平均以上に食べてしまうようだしな。

 

「ゴルシやきそば~ゴルシ焼きそばはいらんかね~」

 

 お祈りに向かう途中にゴルシに会った。なんでこんなところでこいつは焼きそばを売ってるんだ?そういえば沖野先輩から聞いた話だけど、模擬レースやスぺのデビュー戦の時なんかもゴルシはお弁当を売っていたり、焼きそば屋を開いたりしているらしい。

 

「おーいゴルシ、沖野先輩は来てないのか?」

 

「なんだお前たち今頃来たのか。スピカのみんなはとっくに帰っちまったぞ」

 

 だよな……こればっかりは俺たちが悪い。色々なアクシデントがあったせいで来るのが遅くなっちまったからな。あぁ、嫌だ思い出したくない。

 

 ゴルシは俺と会話しながら俺の後ろの方に視線をやっていた。どうやら、マックイーンとスカイの事を見てるらしい。スカイがいつもみたいにマックイーンのことをからかって遊んでいる。なぜだかわからないけど、その視線がとても安堵に満ちていた気がした。

 

「どうしたゴルシ?うちのスカイとマックイーンがどうかしたのか?」

 

「いや~あのマックちゃんがしっかりとチームになじんだみたいだな~っと思っただけだぜ!私はそろそろ行かなきゃいけないからまたな!」

 

 気づいたらゴルシはすでにいなくなっていた。あいつは一体何なんだ……普通に現れたと思ったら嵐のように消えていくし、嵐のように現れたと思ったら嵐のように消えていくし。

 

 お参りに向かう途中でマチカネフクキタルが占い屋を開いたりしていたが、看板が胡散臭かったりと見た目が胡散臭かったりとであんまり客足は良くないようだった。寄ってもよかったんだがチームのみんなもいたし、何よりも時間が押しているから寄っている時間がなかったんだ。

 

(今年は誰も怪我をせずに無事に一年を乗り越えられますように)

 

(宝塚記念で勝って、天皇賞秋も連覇してトレーナさんと観客のみんなに夢を届けられますように)

 

(三冠を取れますように……そして、チームメンバーのみんながもっと仲良くなれたらいいな~)

 

(どんなに負けても挫けない……だから私に一流のウマ娘に、そして勝利を届けてください)

 

(もっと実力をつけてデビューを果たしたいですわ。チームにももっとなじみたいです)

 

 俺たちはお参りを終えて神社を後にする。寮に戻って昨日の片づけをしないといけないし、スズカたちも家に戻ってゆっくりしたいだろうしな。あんなことがあってマックイーンとキングはくたくたそうだし。

 

「スカイはすぐにデビュー戦があるし、他のみんなだって明日からトレーニングあるんだからしっかりとかえって休むように!」

 

「「「「はい!」」」」

 

 こんな感じでチームレグルスの二年目の始まりはグダグダでみっともないものだったけど、チームのみんなで過ごした年末年始はとても楽しいものだった。チームの仲も良くなったみたいだし、またこうやってみんなで何かできたらいいんだけどな。

 

 

 



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第56話:年明け!初トレーニング!

グダグダして週末を迎えてしまったわけですが、来週は毎日投稿します。


 元旦の翌日はしっかりとみんなが顔を出してくれた。誰か1人でも体調を崩していたらどうしようとは思ったんだけど、どうやら杞憂に終わったらしい。

 

「まずはスカイ!お前はもうデビュー寸前だからなギリギリまで走り込みだ。お前の自慢のスピードで走りこむぞ!」

 

「は〜い」

 

 スカイは完全にスタミナが鍛えきれてるわけじゃない、かといってそのスピードを生かしきれるほどのスピードがないからどうにかしないといけない。

 

「次にスズカとキングとマックイーンは例の場所に」

 

「今日もあれをつけて走るんですか?」

 

 スズカがいうあれとは重りのことだろう、つけるにこしたことはない。ただ、スズカも年末年始で体を休めていた。だから最初は刺激が強すぎないペースで走るべきだ。

 

「はあ、結局はあそこに戻ることになるのね……スタミナを鍛えるのにいいとは言うけどハードね……」

 

「あそこってどこですの!?私の知らないとこですよね……キングさんの怯え用からしてやばいってのはわかったわ」

 

「あとスズカはマックイーンの監視も兼ねてるから後ろから走ってくれ」

 

「はい!」

 

「スカイ!俺についてこい、今日からは別の場所で走り込むからな」

 

 スズカ達が例の山道に向かう中、俺たち2人が近くの神社に向かっていた。スズカがクラシック路線に挑む前にやっていたトレーニングだ。

 

「あの、トレーナーさん?この坂と階段はなんですか?」

 

「坂と階段だろ」

 

「いや、そういうことを聞きたいんじゃなくて。この急な坂と階段の数はなんですか!?」

 

 まぁ、俺とスズカも初めて来た時はこんな感じだったからな。驚くスカイの気持ちもわからなく無いんだが。

 

「今日からのトレーニングはこの階段をひたすら登ってひたすら下れ、それがお前のスピードになるし坂道を走るいい経験になる」

 

「えぇ……本当ですか?」

 

 疑う気持ちもあるだろうが、実際に効果があった。フォームの改善や、坂道の登り方、そしてスズカのスピードの基礎を上げてくれた。ここで得られたものは多くあった。

 

「ほら行くぞー!」

 

「は〜い」

 

「位置についてよーいドン!」

 

 スピードは悪くない、最後まで登りきれているし。ただ、悪くないというだけで特別に早いわけじゃない。ここからは早くて持続力のある力を手に入れないといけない。

 

「ほらスカイ!上で休んでないでくだってこーい!」

 

「ちょっと休ませてよ〜ここ登るのすごいつらいんです!」

 

 スカイが弱音を吐きながらも階段を下ってきた。一応文句は言いつつもしっかりとトレーニングをこなす気はあるようでなによりだ。スカイもわりとやる気満々だ、文句を言っていてもトレーニングをこなしてくれる。

 

「去年のクラシック前にはスズカもこのトレーニングをやってたんだ、スピードトレーニングと坂道トレーニングをするためにな」

 

「へぇ、スズカさんもやってたんだ」

 

 スカイはスズカに昔から対抗心を燃やしている。スズカがデビューするより前からスズカと走ってきたから、スズカと同じチームで走ってきたからこそ勝ちたいという思いがあるのだろうか。今はまだ勝つことはできないが、スカイならばいつかスズカにくらいつく日が来るかもしれない。

 

 ーーースズカサイドーーー

 

「ほらマックイーンちゃん頑張って」

 

「なんてコースですの……スズカさんたちはいつもこんな所走ってるんですか?」

 

「うーん、スタミナトレーニングの時は良く来てるかも、でもグラウンドでもしっかり走るわよ?」

 

 マックイーンちゃんのスタミナは初めてここで走った時のスカイちゃんぐらい?とりあえずペースメイクはマックイーンちゃんに任せて、私はその後ろをついて行けばいいか。

 

「こんな……コースを走るなんて……聞いてないですわぁー!」

 

「ほら、ラスト1kmよ頑張って」

 

 そういえば、初めてスカイちゃんと走った時は最後抜かされちゃったんだっけ。あの時は坂が苦手で上手く走れなかったとは言え、すごい悔しかったな。

 

「スカイちゃんは私のこと最初抜かしてきたけど……マックイーンちゃんには厳しいかしら。スカイちゃんに話したらどんな反応するかなー」

 

「スカイさんが!?こんなところで諦めてたら笑われてしまいますわ!」

 

 私が少し煽りを入れただけですぐにマックイーンちゃんはやる気を取り戻したみたいで、最後の1kmの坂を登り始めた。スタミナもギリギリでヘトヘトみたいだけど、それでもゴール目指して走りきろうとしていた。

 

(スカイちゃんとマックイーンちゃんは本当に仲がいいのね。あと、マックイーンちゃんは少し正直過ぎない?)

 

 最後の坂をクタクタでマックイーンちゃんは登りきった。マックイーンちゃんからは何かをやり遂げたような雰囲気を醸し出していた。

 

「やりました!ゴールしましたわぁぁ!」

 

「それじゃあ帰りも頑張りましょう?」

 

「え?帰りも走るんですの?どこを走るんですの?」

 

「今来た道に決まってるでしょ?」

 

「いやぁぁぁ!」

 

 マックイーンちゃんはその場で崩れてしまった。まさか、そこまでショックを受けると思ってなくて。軽いジョークを言ってみたんだけど……

 

「大丈夫よマックイーンちゃん冗談だから。帰りは私とゆっくりジョギングして帰りましょ?」

 

「十分にきついですわ……」

 

「私は普通に走るけど、途中で厳しくなったらズズカさんたちと合流します」

 

 3人でこの後の行動をまとめて休憩に入った。マックイーンちゃんは初めてここにきたし、キングちゃんは往復するにはギリギリだからちゃんとした休憩が必要ね。

 

「マックイーンちゃんはゆっくり休憩取ってね。普通に走るよりもかなり負荷が掛かってると思うから」

 

「そうですね……想像以上でしたわ。距離だけならいいのですが、ここまで坂と下りがきついと」

 

 普段のトレーニングはグラウンドでやってるから、ここまで高低差が厳しいコースを走ることは滅多にない。足にかかる負担はすごいけど、トレーナーさんは私たちにできると思ってトレーニングを考えてる。しかも、私たちの体調やコンディションをよく確認して怪我をしないようにしてくれてる。

 

「それにしてもめちゃくちゃなトレーニングよ。最初の内なんか私でさえ心が折れると思ったもの」

 

「キングちゃんはスタミナが最初なかったから本当に苦労していたわね」

 

「本当に大変だったわ……最初の内は半分程度走り切るのがやっとだったわ」

 

 最初はスカイちゃんに序盤ついていくのもままならなかったキングちゃんがここまでスタミナをつけた。まだ往復しきるまではいかないけど、片道走り切るだけなら問題なく走ってる。こんなコースを走るトレーニングなんて他のチームじゃ見ないけど、私たちはトレーナーさんと私たちが信じ合ってるからこそうまくいくのかな。

 

「それじゃあそろそろ出ましょう?休憩時間はおしまい」

 

「私は先に出るわね」

 

 キングちゃんは普通に走るから先に出て行った。私は帰り道もマックイーンちゃんの後ろを走って戻るから後ろの方からスタートした。マックイーンちゃんはくたくたになりながらも、帰り道をジョキングして戻るくらいのスタミナは残っていたみたい。

 

「マックイーンちゃんチームには馴染めそう?」

 

「前にトレーナーさんからも同じことを聞かれましたわ……そんなに心配ですの?」

 

「うーん……マックイーンちゃんの才能とか実力を疑ってるわけじゃないのよ?うちのチームって少し変わってるでしょ」

 

 私もトレーナーさんの担当になる前は別の人に教わってたからわかるんだけど、トレーナーさんは周りのトレーナーとは教え方が違う。他の人達はウマ娘達をしっかりと管理している感じがするけど、トレーナーさんは道は示してくれるけどどこか放任主義な気がする。

 

「今回もトレーナーさんは見に来てないし、マックイーンちゃんにペース配分とか聞かなかったじゃない?そういう風に私たちにトレーニングを任せたりするの」

 

「確かに変わっているとは思いましたが、私は嫌いじゃないですわ。このチームの……なんというんでしょう、メンバー同士の信頼関係やトレーナーさんの信頼と自主性を重んじる形は嫌いじゃないですわ」

 

 マックイーンちゃんもこのチームを気に入ってるみたいで良かった。スカイちゃんとも仲が良さそうだし、トレーナーさんの方針にも不満がないなら大丈夫ね。

 

「それに、チームメンバーの皆さん。もちろんスズカさんのこともチームに入ってもっと好きになりましたわ」

 

「なら嬉しいけど、何かあった?」

 

 私も出来る限りマックイーンちゃんと関わるようにしてるけど、元々コミュニケーションが得意じゃないから上手く話せてる自信はないんだけど。

 

「入る前はスズカさんって走ることにしかあまり興味ないと思っていて、スカイさんは不真面目でトレーニングをサボってるイメージでキングさんはもっとプライドが高くて冷たい方だと思ってましたわ」

 

「実際は違った?」

 

「えぇ、スズカさんはチームのことを思って行動することも多いですし、スカイさんはトレーニングに真面目に向き合って私のことも気にかけてくれます。キングさんはプライドは高いけど色んなところで面倒を見てくれます」

 

 マックイーンちゃんの言ってることはあながち間違って無いかもしれない。私は夢は持っていたけれど走れればそれで良いと思ってたし。

 

「みんなちょっと前まではそんな感じだったのよ?トレーナーさんに出会ってちょっとずつ変わっていったの」

 

「そうなんですのね……私はこのチームに入れて良かったですわ」

 

 私がマックイーンちゃんと話しながら走っていて、残りは3kmまで来たんだけどこキングちゃん大丈夫かしら。もしかしたらしっかりとゴールまでたどり着けてるかもしれないけど。

 

「マックイーンちゃん少しだけペース上げれる?キングちゃんが少し心配で」

 

「わかりましたわ」

 

 私の嫌な予感は的中してしまって、残り1kmの上り坂に差し掛かったところでフラフラになりながらも前に進むキングちゃんがいた。

 

「キングちゃん大丈夫!?」

 

「大丈夫……です……最後まで」

 

 私の声掛けに返答はするもののしっかりと返事が出来てない。あと少しでゴールだけど……止めてもいいのか、止めちゃダメなのか……いや、トレーナーさんならきっとこうする。

 

「マックイーンちゃんはキングちゃんを支えてゴールまで連れて行って。私はトレーナーさんの所まで行ってすぐに連れてくるから!」

 

「キングさん捕まってください!このままじゃ危ないですわ!」

 

 私は全力で走った。坂の練習って言ってたから多分あの神社の階段ダッシュをしてると思う。

 

「トレーナーさん!」

 

「どうしたスズカそんなに急いで……まさか何かあったのか!?」

 

「最後の坂でキングちゃんがフラフラで……会話も上手くできないほど息も切らしていて、マックイーンちゃんに任せてトレーナーさんを呼びに来たんです!」

 

 私は急いでパニックになっていたせいで上手く状況は説明できなかった。だけどトレーナーさんは私の言っていることはある程度理解はできたみたいだった。

 

「スカイ!キングがやばそうだから急いで車に乗ってくれ!」

 

 私とスカイちゃんは急いで車に乗り込んで、キングちゃんのところに向かった。ゴール地点にたどり着くと、そこには倒れ込んでいるキングちゃんと看病をしているところだった。

 

「トレーナーさん……一応は身体中に氷を当てて体温を冷やすようにしたんですけど」

 

「よくやったマックイーン!」

 

 トレーナーさんはキングちゃんの様子を見ると、急いで携帯を取り出した……そしてしばらくして救急車が来てキングちゃんを運び込んだ。



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第57話:明かされる!キングの思い!

チームレグルスの人気アンケートやってみたんですけど100票集まった現状のランキングを発表します。
1位:サイレンススズカ 46票
2位:セイウンスカイ 24票
3位:メジロマックイーン 12票
4位:トレーナー 11票
5位:キングヘイロー 9票

1位は初期メンバーということもあってスズカが1位で2位はスカイ。3位のマックイーンは後半に参加したにも関わらずの3位。僅差で4位のトレーナーで5位は残念ながらのキングになりました。

ぶっちゃけトレーナーが0票で最下位かと思ってました。



 病院に送られて少ししてキングは目を覚ました。医者曰くは命に別状はなく、軽い酸欠状態で疲労によるものらしい。スズカやマックイーンの話を聞く限り、キングはかなりギリギリの状態になるまで走ったらしく、キングに追いついたときには既にフラフラだったと言っていた。

 

「キングちゃん大丈夫?」

 

「ありがとうございますスズカさん。少し体がダルいくらいでもう大丈夫です」

 

 キングは病室のベットでスズカ達に囲まれていた。スズカなんかはキングの近くにいただけに責任を感じていたし、マックイーンやスカイはキングのことが心配でずっとソワソワしていた。

 

「とりあえず、キングは今日は病院で安静にしていること。スズカたちはそろそろ寮の門限があるから一回今日は帰らないとな」

 

「え~トレーナーさんもう少しぐらいいいじゃないですか」

 

「だめだめ、お前らが怒られるならともかく。怒られるのは俺なんだからな!?キングの様子はしっかりと俺が見るから、そろそろお前らは帰らないと。

 

 俺の言い分に納得したのかスカイはスズカに連れられて帰っていった。スズカは俺の考えてることが分かったのか知らないけど、スズカがいてくれたおかげでゆっくりとキングと2人っきりで話ができる。

 

「それで?キングはなんでここまで走ったんだ。俺の監督不十分のせいではあるけど、冷静なキングらしくないじゃないか」

 

「それは……少しトレーニングに熱中しすぎてしまったわね」

 

 それもあるだろうけどそれだけではないはずだ。キングは今までトレーニングに熱中することはあったけどここまで追い込みすぎることはなかった。今の返答だって変な間があったし、多分なにか隠していることがあるはずだ。

 

「キングが話したくないようだったから聞き出すようなことはしたくなかったけど、こんな感じでトレーニングに支障が出るほどになるとトレーナーとして見逃すわけにはいかないんだ」

 

「話さなきゃダメみたいね……」

 

「あぁ、教えてくれ。お前をそこまで追い詰めるものってなんなんだ?

 

「そうよね……いずれはあなたには話さないといけないことだとは思っていたわ」

 

「それじゃあ、話してくれるんだな」

 

 俺の質問に対して、無言でキングはうなずいた。どうやら話す気になってくれたようだ。相変わらず話すのは嫌そうだったけど、それでもキングは俺に話してくる。

 

「あなたも私の母親のことくらい知ってるでしょ」

 

「たしかファッションデザイナーの社長さんで、昔はG1ウマ娘……それも海外も相手にできる程の実力者だったと聞いてるよ」

 

「そのとおりよ。その影響でトレセン学園に入ってしばらくしてから色んなトレーナーに話しかけられることになったわ。だけど、トレセン学園に入った直後に一人のトレーナーが声をかけてきた」

 

 そのトレーナーっていうのは元トレーナーのことだろうな。あの時に何かしらのつてを使ってキングの家計の事を知って、それを利用してキングをスカウトしたのだとか。

 

「私はその時嬉しかったのよ、私をあの人の娘じゃなくてキングヘイローとして見てくれるトレーナーがいるんだって。まぁ、結果的には騙される形になったんだけどね」

 

「その時にスカイを経由してキングのことスカウトすることになったんだよな。スカウトと言っていいかわからなかったけど」

 

「私はあのトレーナーに裏切られて、家系が良いだけの才能の無くて一流なんかじゃないと思った。あなたに出会って、私は今一流じゃなくてもいい、いつかなれればいいんだって、今すぐになる必要なんてないって振り切れてるつもりだった」

 

 そうだ、キングは今は成長期だ。最初から一流である必要なんてないんだ、実績なんていう物はその人の努力ややってきた道に付いてくるものだ。いくらその人物に才能があって一流と言われても、努力もせずに何もやってこなければ一流であることはできない。

 

「それじゃあ一体どうして」

 

「私は本当はトレセン学園に入る予定じゃなかったのよ。母親がトレセン学園に入ることに反対していたから、入れないと思ったの。でも、私は母親のいう事にそのまま従うのが嫌で猛反対したの」

 

 トレセン学園に入学できないほどに両親が反対することなんてあるのか……母親はG1ウマ娘として大活躍していたんだから、娘が自分と同じ夢を目指してるって知ったら嬉しそうなもんだけど。

 

「あの人は私の事を信じてないし期待してない。私の事嫌いなのよきっと。それに、才能がないと思ってる私が公の場で負けることを恥じているんだわ」

 

「そんなことが……でも自分の娘にそこまで言うのか?キングは才能があるはずだし、過去の話とは言っても最前線で戦ってきたウマ娘がキングの才能を見抜けないわけない」

 

 だから余計にわからない。才能に溢れた自分の娘がその道を歩もうとしているのになぜ応援してあげないんだ。だけど、キングはデビューしてから何度かレースに出走している。そのレースを見て母親の意見も変わっていそうなものだけど。

 

「私もそう思ったわ。レースに出て結果を残せば認めてくれるって……でもね、あの人はデビューしてから私の事を一度も褒めてくれなかった。デビュー戦で勝った時もそのあとで勝った時も。前のレースで負けた時は侮辱こそされなかったけど、早く帰って来いって言われてしまったわ」

 

「なるほど……それで少し焦ってしまったのか」

 

「そうね……最近はもっと強くならなくちゃって思って焦ってしまうことも多くなった。今日のトレーニングなんか、スカイさんは走り切れてるんだから私も走り切らなくちゃって思っちゃったの」

 

 スカイはキングよりも早くあの往復コースを走り切れるようになった。でもそれはスカイが元々スタミナが多かったていうのと、逆にキングのスタミナが少なかったていうのもある。しかし、キングには天性の才能がある。スタミナは努力すれば伸びると言われているが、スピードはある程度才能が絡んでると言われてる。

 

「スカイにはスカイのキングにはキングの武器があるだろ」

 

「ですが、このままじゃスカイさんにクラシックで勝つことができない……勝負にすらならない!」

 

「俺はそんなことは無いと思うぞ」

 

 キングにそう返してからポケットから携帯を取り出して、連絡先にあるスカイに連絡する。2コールくらいするとスカイは電話に出た。

 

『もしもしトレーナーさんどうしたんですか?もしかして~私と話したくなっちゃいましたか?』

 

「まぁそれもあるんだけど、今回は別件だな」

 

『トレーナーさんのそういうところズルいと思います……』

 

 とりあえずは、スカイに連絡がついたし本題に入らないとな。キングがクラシックでも戦っていける才能と実力があることを証明してやる。母親の言っていることじゃなくて目の前にいるトレーナーと仲間が言ってることを信じてもらいたいから。

 

「お前がライバルだと思ってるウマ娘って誰だ?」

 

『う~ん、難しいこと聞きますね。スズカさんはいつか勝ちたいと思ってるし、マックイーンちゃんには負けたくないって思ってますよ?」

 

 スカイの発言を聞くとキングは落ち込んでいるようだった。チームメンバーの二人の名前が出ているのに自分の名前が入っていないことにショックを受けたらしい。キングが少し落ち込み始めると、少ししてからスカイが言葉を続ける。

 

『でも~ライバル視してるとしたらキングちゃんですね。今でこそスタミナ的に有利があってクラシック路線じゃ私の方が勝てそうですけど……でも、キングちゃんならそれまでに絶対にその問題を乗り越えてくると思うんです。あっこれ本人にはないしょですよ?』

 

「そっか、ありがとうな。明日もトレーニングがあるからゆっくり休んでくれ」

 

『は~い。またいつでも連絡してきてくださいね』

 

 俺はスカイとの電話を切ってキングの方を向く。キングは呆気に取られたような顔をして唖然としていた。自分の名前が出てきたことにそこまで驚いたのか?

 

「だそうだけど?一流のライバルさんはここまで言われてもまだ自信を持てないか?」

 

「スカイさんからあんな言葉を聞けるなんてね……いいわ!私は一流のウマ娘になるんだから!こんなところで挫けずにはいられないわね。お母様のことだってその内に見返してみせるわ!」

 

 キングはそう言うといつものような高笑いをして元気そうな表情を見せた。全く……キングは本当に強いウマ娘だ。プライドの高いキングにとっては自分の弱みを見せること、自分のプライドの高さの要因となったもの話すのは楽ではなかったはずだ。弱さを見せるのは簡単そうに見えて簡単ではないからな。

 

「その様子なら大丈夫そうだな。明日の放課後もトレーニングあるから、今晩はゆっくり休んでおけよ」

 

「えぇ、わかってるわ。それと……トレーナーさん」

 

「どうしたんだ?」

 

 一瞬だけ俯いた後に俺と目を合わせて一言だけ。

 

「ありがとう」

 

 俺はその言葉に軽く手をあげて病室を後にした。俺はトレーナーでキングは俺の担当だから当然のことをしただけだし、それに対するお礼を言われたら感謝を返すべきだけど……その時は振り返ってキングの顔を見るべきじゃないと思った。



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第58話:デビュー戦!セイウンスカイの晴れ舞台!

 今日はスカイのデビュー戦当日だ。先日こそキングが倒れるなんてアクシデントが発生したけど、そのあとのトレーニングは順調でスカイはレースで十分に戦っていけるスピードは身に着いたと思う。

 

「それにして、ガッチガチだなスカイ。いつものフワフワしたお前はどこにいったんだ?」

 

「トレーナさんは緊張してないの!?いくら私だって緊張位します~」

 

 まぁ、緊張してないって言えば嘘になる。スズカとキングに続いてスカイのデビュー戦で三回目だ。嫌でも慣れという物は来る、あんまりデビュー戦の緊張に慣れすぎるってのも問題だ。出走するスカイはこうやって緊張しているし、トレーナーである俺は冷静でいられるくらいがちょうどいいのかな。

 

「とりあえず、今日の作戦について先に話し合っておきたいんだが」

 

「今回は先行策を取ろうと思うんですけど、どうでしょうかトレーナーさん」

 

 先行策?スカイは自分の得意な逃げを打つと思ったんだけどな。先行策を取るって自分から言ったからにはきっと勝算はあるとは思うんだけど、逃げではなくて先行策を取ろうと思ったのか。

 

「お前の実力と脚質的には逃げを打つと思ったんだけど。先行策にしようと思った理由は何だ?」

 

「逃げ切れる自信がないんです……スズカさんは私と違って非凡な才能が有りましたから逃げ一筋でやってこれたかもしれないけど、私は平凡だからそんなにうまくできる気がしないんですよ」

 

 スズカが非凡と言うならスカイも非凡だろうに。だけど、その非凡な才能を活かすことができたのは紛れもなく本人たちの努力の成果だ。となりの芝は青く見えると言うが、スカイは自分が平凡な家系な出を少しコンプレックスに感じているところがある。そんな自分とスズカ、最近入ってきたマックイーンを重ね合わせて劣等感を抱いていたのかもしれない。先行策でも今のスカイなら十分に勝てると思うし、自身を付けるという意味ならやる価値は十分にある。

 

「わかった。今日の作戦は先行で行こう」

 

「わかりました~」

 

「最後に……スズカーそろそろ入ってきてもいいぞ」

 

「え!スズカさんここまで来てるんですか?」

 

 レース前には本人が集中力を乱してしまうことがあるから他のウマ娘を準備室にはあまり入れない。けど、スズカがどうしても言いたいことがあるらしいから特別に連れてきた。多分キングに言った事と同じことを言いたいんだと思うけど。

 

「スカイちゃん随分と緊張してるみたいね」

 

「スズカさんはデビュー戦緊張しなかったんですか?」

 

「そんなことはないわ。私だって最初は緊張してたのよ」

 

 そういえばスズカも緊張していたな。すぐに緊張は解れてレース本番を迎えていたけど、あの時に俺が言った事が割と今のスズカに影響してると思うと嬉しいようななんというか。

 

「スカイちゃんは走るのは好き?」

 

「まぁはい、もちろん好きですよ?」

 

「それじゃあ、初めてのレース楽しんできてね。模擬レースやトレーニングと違った色んな感覚を体験できると思うから……それと、トレーナーさんのためにも頑張らなきゃね……

 

「っちょっちょっとスズカさん何言ってるんですか!」

 

 スズカがスカイに何かを耳打ちした後にスカイは顔を真っ赤にして声をあげた。どうしたんだろうか……何か変なことを吹き込んだんじゃ!いや……スズカがそんなことをするはずもないか。

 

「ふふ、スカイちゃん緊張解れたみたいね」

 

「も~そうですけど……」

 

「作戦会議はここまでだな、いい感じにスカイの緊張もほぐれたし」

 

 スカイも一人で集中する時間が欲しいだろうからあんまり長居するわけにはいかないし、キングとマックイーンに合流もしなきゃいけないしな。

 

「自信をもってけよスカイ。お前の実力は誰が否定しても、お前自身が否定しても俺が保証してやる」

 

「はい!」

 

 スカイを送り出して、俺たちは観客席にいるキングとマックイーンに合流したんだけど……マックイーンがめちゃくちゃソワソワしながら待っていた。そんなマックイーンを見ていたせいか逆にキングは冷静でいた。

 

「なんでマックイーンがそんなにソワソワしてるんだ?」

 

「だって、朝会った時からスカイさんガチガチでしたのよ!?心配しないってほうが無理な話です」

 

「パドックでの様子を見て見ればわかるよ、スカイならきっと大丈夫だ」

 

 俺も準備室でスカイの顔を見た時は少しヒヤヒヤしたけど、俺が部屋を出るときにはキリッとしていたし大丈夫だろう。スズカと話した後は自然と緊張も解れてたし、スカイはいざって時はやる気を出してくれる。

 

『本日出走するウマ娘たちがパドックに入場します!』

 

 スカイは8枠16番大外からのスタート……かなり不利なスタートになるけど、スカイも何も策略なしでいるわけじゃないだろう。基本的にはメンバー本人の意見を尊重したうえで作戦を立てるようにしているけど、実際に走るのはスカイ本人だ、走ってるウマ娘のアドリブ力と判断力が試される。

 

『8枠16番セイウンスカイ!彼女はチームレグルスの3人目のデビューウマ娘です!大外のスタートということもあり5番人気です!』

 

 スカイはいつもみたいにフワフワしながら観客席に向かって笑顔で手を振っている。途中で俺たちがいることに気が付いたのか、少し背伸びをして大きく両手で手を振る。周りから少しだけ視線が集まって恥ずかしいからやめなさいスカイさん。

 

「スカイさんいつもみたいにマイペースなのにその目が闘志に満ち溢れてますわ」

 

 マックイーンの言う通りスカイは今までで一番闘志に満ち溢れてる。はたから見たらデビュー戦なのに揺るんだ態度を取ってるように見えるけど、スカイは勝気満々だな。自信がないから先行策を取ろうなんて言ってたけど、この雰囲気じゃ逃げでそのまま勝ってしまいそうな勢いだ。

 

「へーよく気が付いたな……マックイーンはスカイのことよく見てるんだな」

 

「そっそういうわけじゃないです!いつもからかわれているせいでついつい視線が向いてしまうだけですわ!」

 

 いやーうちのチームはみんな仲良しでいいな。うちのチームの中では新参のマックイーンとスカイが仲がいいのは良いことだ。まぁ、スズカもキングもしっかりとスカイの様子には気がついてる様子だけど。

 

「冗談はともかくとして、パドックの様子を見た限りスカイ本人にも問題はなかった。新年までデビューを引っ張ったウマ娘が集まってるだけあってデビュー戦にしては平均してレベルは高いが、スカイはその中でも頭1個抜けた実力があると俺は思ってる」

 

「スカイさんは私に勝ったうえでクラシック三冠を取ると言ってるのよ?こんなところで負けるわけがないわ!」

 

 スカイの強敵になりえるウマ娘は同期にキング、スペ、グラスワンダー、エルコンドルパサーの4人くらいだろうな。スカイも含めてこの5人はずば抜けた才能と実力を持っている。スカイとキングは俺のチームで、スペは沖野先輩のチーム、グラスワンダーは葵さんのチーム、エルコンドルパサーは東条さんのチームで鍛えられている。全員知り合いってところが何とも言えないんだけど。

 

『出走予定のウマ娘たちが今ゲートインしました』

 

 

(あぁ……本番レースってこんなワクワクするんだ。5番人気で周りからは警戒されてないのに、そこから一気に勝利したらかっこいいよね……!)

 

 トレーナーさんには自信がなくて先行策で行くなんていっちゃったけど……あんなこと言われたら勝手に自信湧いてきちゃうなぁ。スタートはスズカさんほどうまくはない、それでも私はこのレースを……逃げ切る!

 

『中山競バ場1600m曇、馬バ状態は稍重となります』

 

『1600m先のゴールを目指して今……スタートしました!』

 

 まずは先頭を取って、レースを引っ張る。そうすれば後は私の得意な位置で戦える。私は1600mを走りきれるスタミナがある、ただそのスタミナを活かしきれるスピードがない。このレースで私が勝つために重要なのは私のスタミナをゴールするまでにしっかりと使い果たすこと。

 

『おぉっと!セイウンスカイが大外から一気に前に出てレースを引っ張ります!』

 

『少し掛かり気味でしょうか。しっかりとここから落ち着くといいんですが』

 

 私が掛かり気味?こんなペースで走ってたらスズカさんと走ってたらあっという間においてかれちゃう。私が保てる限界のスピードで走ってはいるけど……後ろを見て見ると二番の娘とはすでに距離が離れていた。

 

 

「スカイのやつそろそろ気づいた頃か」

 

 レースがスタートして大体4分の1が終了した。その時点で他の逃げウマ娘とは2バ身から3バ身離れていた。二番のウマ娘が先行策ってわけじゃない、逃げを打ってはいるがスカイに追いつけないんだ。スカイはキングやスズカみたいなスピードはないが、そのスタミナはスカイの世代じゃスペやエルコンドルパサーと比べてもずば抜けてる。そのスタミナをもってすればスピードが特別速くなくてもハイペースを維持できる。

 

「スカイちゃんは自分に自信を持てなかっただけで実力は高いんだから」

 

「スズカさんの言う通りね、彼女が実力不足なんて言ったら私が自信を無くすわ」

 

 スズカやキングの言う通りだ、スカイはチームの仲で一番スズカと走ってきたんだ。逃げウマ娘としてはトップクラスの実力を持っているスズカと走ってきたんだ。その経験値は並じゃない、レースで十分……十分すぎる程の実力がある。

 

『1000mを通過して依然として先頭はセイウンスカイ!後続のウマ娘たちも懸命に追いかけますがセイウンスカイの後ろにつけません!』

 

「後続も全体的に引っ張られてハイペースになってる」

 

「中山の180m手前からゴール70m前までは急坂がありますわ。そこでさらにスカイさんが前に行きますわ!」

 

「キングちゃん随分とここの競技場に詳しいのね」

 

「いずれは走るかもしれないので調べただけですわ!」

 

『レースはすでに半分を終えました!セイウンスカイが速い!まるで同チームのサイレンススズカを彷彿とさせる走りです!』

 

 スカイは確かに速い。だけどスカイの真骨頂はそこじゃない。今でこそ周りと実力差があって分かりにくいが、スカイが得意なのはレース中の駆け引きと煽りスキルだ。レース前までのフワフワしたスカイの雰囲気を見てた周りのウマ娘は、そんな緩みきったウマ娘に負けてたまるかと触発されてペースを上げたんだからな。

 

『レースは残り200m!ここからは急坂に入り最後の勝負どころです!』

 

『セイウンスカイはまだスタミナに余裕をもっていそうですし、このままトップで走り切るかもしれませんね』

 

 

 あぁ、急坂か~。坂って走るの辛いんだよね、トレーニングではイヤってほどトレーナーさんに走らされたし。スズカさんには最初の1回目しか勝ててないし。そう考えれば、この程度の坂ならどうってことないよね!

 

『セイウンスカイペースが落ちない!急坂をそのまま駆け上がっていきます!』

 

(私は3冠を取るんだ!こんなところで負けてられない!)

 

『セイウンスカイがさらにペースを上げて!そのままゴールイン!』

 

 

「それじゃあスカイのところにちょっと行ってくるから、ウイニングライブの席どりよろしく頼むな」

 

「もちろんですわ!特等席を取ってお待ちしていますわ」

 

 俺はスズカたちにウイニングライブの場所取りを任せてスカイのところに向かった。せっかく勝ったってのにゴールの後ずっと一人じゃ寂しいだろうしな。

 

「スカイお疲れ様。先行策で行くんじゃなかったのか?」

 

「いや~レース前にトレーナーさんにあんなこと言われて頑張っちゃいました」

 

 俺が話しかける頃にはスカイはいつも通りのフワフワしたスカイに戻っていた。それでも、スカイの顔にはいつも以上に喜んでいるのが良く分かった。

 

「ウイニングライブ楽しみにしてるからな」

 

「はい!みんなで盛り上げてくださいね!」

 

 ウイニングライブのスカイはいつも以上の笑顔でキラキラと輝いていた。ついでに俺の隣に居るマックイーンもいつも以上に水色のサイリュームを振って輝いていたんだけど、ウイニングライブの後にそれを見ていたスカイにからかわれて顔を真っ赤にしていた。

 

 



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第59話:飲む!トレーナー飲み会!5杯目

 スカイのデビュー戦が終わった翌日の夜に、前々から計画されてた飲み会を開くことになった。年始のもっと早いうちに開く予定だったんだけど、スカイのデビュー戦があったから少しだけズラして貰ったんだ。

 

 新年初の飲み会ということもあって集まるメンバーもいつもよりも多いんだとか。トレセン学園最強チームのトレーナー東条さんに、スペのデビューによって注目を集めてる沖野先輩、桐生院出身の葵さん、理事長秘書を務めるたづなさん。傍から見ればトレセン学園のヤバいメンバーが集まってるわけだけど。

 

「よー後輩!お前が一番乗りか」

 

「今日はトレーニングが休みだったんで少し早めに出れたんですよ」

 

 とりあえず、俺と先輩の2人で飲み屋に先に入ることにした。集合時間よりは少し早いけどそのうちみんなも集まるだろう。

 

「それにしても、お前んところの新チームは大暴れだな」

 

「おかげさまで、でも先輩のスペだって大活躍じゃないですか」

 

 スペは去年にデビューしてから3戦2勝で重賞レースでも1着を取っている。おそらくこれからは弥生賞に出走して、そのまま皐月賞に挑むんだと思うが。

 

「スペのやつ張り切ってんぞ。キングちゃんやスカイちゃんに負けないように頑張らないとって」

 

「私のところのグラスさんも張り切ってますよ?エルコンドルパサーさんをライバル視しているみたいで、スペシャルウィークさんも意識してます」

 

 俺と沖野さんが話していると、店に着いた葵さんが席に座った。葵さんのとこのグラスワンダーはデビューしたばかりなのにURA賞を受賞したとかで、かなり話題になっていた。

 

「うちのエルも全員意識してるどころか、サイレンススズカのことまで意識してるわよ?絶対にいつか勝つんだって」

 

 葵さんに続くように東条さんも席に着いた。ここにいるメンバー全員の担当ウマ娘が今年バチバチにやり合うって思うとゾワゾワするな。

 

「皆さんのチームメンバーもそうですけど、トレーナーさん達も

 注目されているの忘れないでくださいね?」

 

 続々登場で全員集まったかな?って思ったらたづなさんの後ろにも1人だけいた。なんか細身の人だけどみたことないな。

 

「どうも、南坂です。よろしくお願いします」

 

 南坂トレーナーさんが1番後方にいた。俺はあったことはないけど、誰かの知り合いなのだろうか?

 

「よーし全員集まったな乾杯するぞカンパーイ!」

 

「「「「カンパーイ!」」」」

 

「それで、南坂さんってどんな人なんですか?」

 

「担当が着いたからってこいつが連れてきたのよ」

 

 なんだかんだ言って沖野先輩の顔は広い。変わった人だけど何故か1部からはしっかりと人望がある。やっぱり根がいい人には人が集まるのだろうか。

 

「よろしくお願いします南坂さん。俺は柴葉っていいます」

 

「お噂は聞いてますよ。そして、噂通りの人じゃないってこともね」

 

 トレセン学園のトレーナーってみんな俺の噂を知ってるんだな。まぁ1年目の新人がクラシック1冠と天皇賞秋に加えて、デビューして3勝したキングに新年から勝利したスカイの3人を活躍させたんだもんな。

 

「沖野先輩から何か聞いたんですか」

 

「いえ、あなたのチームのトレーニングを見たことがありますし、レースも見ました。トレーニング方式は独特ですが悪いとは思わないし、ウマ娘の才能だけじゃレースであれだけ凄い走りはできないですよ」

 

「そう言って貰えると気持ちが楽ですよ」

 

 まぁ、沖野先輩がここのメンバーを悪く言う人を連れてくるとは思ってなかったけど、こういうことを言われると安心する。認めてくれる人はしっかりと認めてくれるんだって。

 

「ていうか、たづなさんと桐生院が凄いハイペースで飲んでるけど大丈夫なの?」

 

「東条さんなんれすか?このくらいのペースなら余裕れふ」

 

「そうですそうです!秘書だからってお酒ガバガバ飲まないわけじゃないんですー!」

 

 葵さんは呂律が回ってないし、たづなさんは饒舌になって生ビールのジョッキを振っている。葵さんは普段は度数の弱いお酒をちょびちょび飲んでるだけど、たづなさんと一緒に生ビールをグイグイと飲み干している。

 

「ほら葵さん水飲んで水」

 

「う〜柴葉さーん!」

 

 葵さんがジョッキを置いて俺に抱きついてきた。あぁ……葵さんってこういう酔い方するタイプだった。というか葵さん?僕も一応男性なんですけど、そういう風に密着されると困るんですけど。

 

「どうしたんですか葵さんらしくもない」

 

「聞いて下さいよ!ライスちゃんがーライスちゃんがー!」

 

「はいはいライスシャワーがどうかしたんですか?」

 

 葵さんのチームは十分に活躍してる。ハッピーミークはクラシックで2冠を獲得し、グラスワンダーも活躍してURA賞を獲得した。ライスシャワーに何かあったっぽいのだが、葵さんは担当ウマ娘に当たるような人じゃないし自分で抱え込んでしまったんだろう。

 

「ライスちゃん才能はあると思うんです……いやあります!ただ、少し臆病というか自責の気持ちが強いというか、ミークやグラスさんの活躍を見て自分に自信が無くなってしまったのかトレーニングにも力が入っていないんです……」

 

 そうか……たしかに周りに実力も才能にも溢れているウマ娘が2人もいれば自信を失うこともあるだろう。自責の気持ちが大きいライスシャワーなら余計に辛いと思う。

 

「気持ちが分かるなんて言えません……だけど、葵さんならきっと答えを導けると思う。ハッピーミークとも最初は上手く行ってなかった、それでも今では彼女はあなたを信頼してついてきている。その経験が活かされる時じゃないですか?」

 

「じゃあ、柴葉さんも手伝ってくださいよ〜私1人でやれるか分からないですし」

 

 ライスシャワーは選抜レースまでに1度立ち上がった。だからあの日のレースに彼女は参加していた。それなのに俺は彼女を冷たい言葉で跳ね除けた。だから、俺にも責任はあると言えばあるんだけど……俺に出来ることがあるのか?

 

「まぁ、俺に出来ることがあるなら可能な限り手伝いますけど……」

 

「本当ですか!じゃあ次のトレーニング休み空けておいてくださいね!」

 

「ほら、桐生院こっち来なさい涙やらなんやらで顔ぐちゃぐちゃじゃない」

 

 葵さんは東条さんに連れられて化粧室に連れてかれた。女性にしかできないサポートもあるだろうし……この中に女性が1人だけじゃなくて良かった。

 

「たづなさん、葵さんに変わってといっちゃなんですけど俺が付き合いますよ」

 

「柴葉トレーナーですかーあなたも私のことダラしないとか思ってるんですか?いつもは気を引き締めてるからこんな時くらいいいじゃないですかー」

 

「いやいや、そんなこと思ってないですって」

 

 たづなさんは学園長秘書。やる仕事の量は俺たちトレーナーの比じゃないはずだ。それに立場ってものもある、学園長秘書がダラダラしていたり緩んでる所を学園で見せるわけにはいかないだろうしな……

 

「柴葉トレーナーの例の誹謗中傷も止めようとはしたんです。あなたみたいにウマ娘と真剣に向き合って真面目に取り組む優秀なトレーナーは多くはありません。ただでさえトレーナーの人数は少ないのに、変な人は出てくるし。何よりも世間の目には勝てません……」

 

 この人も俺たちと違う舞台で理事長と戦ってるんだ。自分のためじゃないウマ娘みんなのために、彼女達の幸せのために頑張っているんだ。

 

「たづなさんは立派ですよ。こうやって今でもウマ娘達のことを苦しんでるってことはそれだけ彼女達のことを思ってるってことじゃないですか」

 

「そう言ってくれたのはあなたが初めてですよ……すいません湿っぽい話をしました」

 

「そうですよ!せっかくの飲み会なんだから飲みましょう!」

 

 なんでもかんでも酒に頼ってたら悪いことが起こりはするけど、酒の力ってのも必要なことだってあるんだ。心を守るってのはそれだけ大切な事だから。

 

「お前ら楽しそうに飲んでんじゃねーか!俺らも混ぜろって。なぁ南坂」

 

「はは、お手柔らかにお願いします」

 

 その後の飲み会は数時間に渡って行われた。俺はそこそこ酒には強い方だと思ったんだけど上には上がいるもんだな。南坂さんはあんだけ飲んでもケロっとしてるし、今は沖野先輩に肩を貸して寮に送っていった。葵さんは東条さんに連れられて女性寮に運ばれてったし。

 

「たづなさん歩けますか?」

 

「何言ってるんですかーほら真っ直ぐ歩けてるじゃないですか」

 

 そう言って数歩フラフラと歩いてからたづなさんが転けた。ダメだこの人、1人で家まで行かせたら途中で倒れてそのまま寝そうだ。俺は適当なタクシーを拾って、たづなさんを家まで送ることにした。

 

「たづなさん家の前まで着きましたよ?」

 

「え〜もう着いたんですか?もう1軒くらい回りましょうよー」

 

 俺はたづなさんの言うことを無視してカバンの中から鍵を拝借した。男女の差とかプライバシーとか言ってられない、たづなさんすんごい力強いしなりふり構ってられない。

 

「って……なんじゃこりゃ……」

 

 たづなさんの部屋は散らかり放題だった。ウマロングZEROやらの鮭缶が詰まった袋が何個もあったり、服や下着が出しっぱなしだったりとめちゃくちゃだ……足場を探しながら何とか布団にたづなさんを寝かせた。

 

(一応上着位は脱がせてあげた方がいいよな)

 

 そう思ったらたづなさんが自分で上着を脱ぎ始めた。酔っ払いながらも寝ずらかったのか……って待ったそれ以上脱いじゃいけない。

 

「たづなさん!?俺まだいるんですけど!」

 

 俺は急いでその手を止めようとしたら、その手をそのまま掴まれてたづなさんに抱き抱えられてしまった。俺はそこから何とか抜け出そうとしたんだけど、たづなさんの力が強すぎて抜け出せなかった。

 

「ごめんなさい……守れなくって」

 

 たづなさんは飲み会に呼ばれるだけあって沖野先輩とも繋がりがある。あの時のことを聞いて気負いしていたのかもしれない。たづなさんは理事長秘書であると同時に、学園のウマ娘だけじゃなくてトレーナーまで気にかけてくれてるんだ。

 

(あぁ……どっちにしろ抜け出せないし明日のことは明日の俺に任せよう)

 

 俺は半分諦めて眠りについた。酒が回ってたってこともあって、少し気を抜いたらそのまま意識を失った。明日もトレーニングあるんだけどな……



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第60話:キングとスカイ!2人のトレーニング方針!

 目を覚ますと横にたづなさんはいなかった。部屋に散らかっていた衣類だけがタンスに雑に放り込まれており、玄関までの足場が確保されていた。書置きに『大変すみませんでした』の1文だけが残されていた。

 

(とりあえず……トレーニングの準備しないとな……)

 

 放課後に今後のことを話すためにみんなをチームルームに集めた。それはいいんだけど……チームメンバー4人全員が機嫌が悪そうだった。悪そうというか悪い。マックイーンとかはそこまででもなさそうなんだけど、スズカとスカイの機嫌の悪さが尋常じゃない。キングさんもなんでそんなに機嫌悪そうなの?マックイーンみたいな感じじゃないの?

 

「トレーナーさん?とりあえずそこに正座してください」

 

「はい……」

 

 俺は4人の目の前でスズカに正座をさせられた。なんか怒られるようなことしたっけかな……いや、心当たりはあるんだけど、あれは今朝あったばっかりだし……みんなが知っているはずはないんだけど。

 

「昨日の飲み会の後、そのまま女性の家で一夜を共にしたって言うのは本当ですか?」

 

「なんでお前がそれを!?」

 

 っは!自ら墓穴を掘った!待ってスズカさん?そんな目で俺を見ないで。顔は凄い笑ってるんだけどその目が笑ってないから!スカイは顔を膨れさせてるし、キングはムスッとしている。

 

「へ〜本当だったんだ。トレーナーさんがそんなことしてもいいの?」

 

「違う誤解なんだって!あれは酔っ払ったたづなさんを介抱して家まで運んだら!」

 

「運んで普通そのまま泊まるかしら?」

 

 っく!こういうところはしっかりと冷静にキングがつっこんでくる。でも、俺が言ったことは事実だし弁解の余地がない!かと言ってたづなさんに捕まってというわけにもいかない。

 

「あの日は何もなかったんだ!本当だ!」

 

 俺が渾身の命乞いをすると、スズカがため息をついていつもの表情に戻っていた。もしかしたら、許してくれたのかもしれない。

 

「トレーナーさんがそこまで言うなら本当だと思うんですけど……埋め合わせはしてくださいね?」

 

 埋め合わせってどういうことだ。俺は昨日の飲み会でここのメンバーと約束を破るようなことはしていないはずなんだけど。今朝は学園の授業もあったろうし予定もなかったはずだ……いやここで口答えするのはやめておこう。

 

「今度の休みは予定があるからその後の休みなら大丈夫だ」

 

「何言ってるんですかトレーナーさん。スズカさんだけじゃなくて私たち全員に決まってるじゃないですか〜」

 

「はい……」

 

 俺の貴重な休日が消えていく……って話が脱線したどころか本題に乗ってすらない。俺の命乞いに時間を使いすぎたから早くこれからの話をしないと。

 

「とっとりあえず、この話はここまでにしてミーティングを始めよう」

 

 俺は立ち上がって、ホワイトボードの横に立って今後の方針について話し始めた。

 

「スカイは3週間後にあるジュニアカップに出走してもらう。トレーニングの内容だが、弥生賞まではとりあえずはスピードトレーニングを行う。詳しい内容はまた後で教える」

 

「は〜い」

 

「キングは弥生賞までひたすらスタミナトレーニングだ。弥生賞までレースはないが気を緩めるな」

 

「わかったわ」

 

 とりあえずは2人のトレーニング方針は大雑把に言えばスピードとスタミナ強化。細かい内容はここでは言わない。2人はチームメイトだが、それと同時に同じレースで競り合うライバルでもあるからな。

 

「マックイーンはスカイとキングのトレーニング両方に参加してもらう。スズカは基本的にはスタミナ強化がメインだからキングと同じだ」

 

「「はい!」」

 

「とりあえず今日はマックイーンはスカイとグラウンドに。スズカとキングはいつものコースに向かってくれ」

 

 ミーティングを終えて、俺はスカイとマックイーンと一緒にグラウンドに向かった。今日はキングたちのトレーニングを見る予定だけど、トレーニングの内容と目的を話さなくちゃな。

 

「スカイの走りは逃げで先頭を取ってレースメイクするのがメインの走りだ。時には相手を揺さぶったりすることもあるが、それらをするのは基本的にはレース中盤だ。そのために必要なのはなんだ?」

 

「う〜ん、前提条件として抜かれないことが大事だからスピードが大事でしょ?」

 

「それはそうだ。だけど、レース中盤でスピードを上げることも必要になってくる。もちろん中盤でスピードを上げるのはスタミナを使うが、スタミナの量じゃお前はピカイチだ。そこらは心配する必要はないけど、負荷を減らすために練習は必要になる」

 

 それに、逃げウマ娘が先頭を取られて蓋をされるのが1番危ない。逃げウマ娘は基本的には自分でペースメイクをして走るのがメインだから、目の前に壁があると上手く走れない。

 

「そのためにスカイは2000mを走って、マックイーンは1000m通過地点からスカイを全力で追いかけろ」

 

「私は2000m走らないんですの?」

 

「マックイーンのスピードじゃスカイに2000mついていけない。これはあくまでスピードトレーニングだからな、マックイーンが2000m全て走り切る必要はないんだ」

 

「そうですか……」

 

 さすがにストレートに言い過ぎたか?でも落ち込んでるというよりか納得できないって顔してる。とりあえずは予定通りのトレーニングを行っていこう。マックイーンもスカイとの実力差は分かってると思うし納得してくれるだろう。

 

「今日はキングたちのトレーニングをメインで見るから、何かあったら連絡してくれ」

 

 そう言って俺はマックイーンを連れてキングたちのいる所へと向かった。一応マックイーンも参加することもあるし、スカイも賢いやつだから問題は起きないとは思うんだけど。

 

 

「キングはペースを調整する術を身につけるんだ。このロングコースの往復は菊花賞の何倍もある。けど今までみたいにがむしゃらに走るだけじゃだめだ、ペースを調整してしっかりと力を使い切って走りきるんだ」

 

「トレーニングだからこそ限界に挑戦して走るべきじゃないのかしら?」

 

 トレーニングは自分の力を伸ばすためにしている。そのためには限界の挑戦して走り続けるのもいい、もちろんオーバーワークは良くない。だけど、スタミナを伸ばすためには継続的に長い距離を走りきることも大切だからな。

 

「限界に挑戦するのも大事だけど、しっかりと長距離を走りきることが大事なんだ。これを繰り返していればペースメイクにも慣れるし、スタミナも上がっていく」

 

 今日までの厳しいトレーニングでキングのスタミナは底上げされただろう。これからはそのスタミナを伸ばしつつ、長い距離を走るためのスタミナ管理を鍛えていくべきだ。

 

「分かった。とりあえずはそれでやってみることにするわ」

 

 うちのチームメンバーは全員素直でいい娘ばっかりだ。トレーニングの中で自分でその意義を考えて、効率よく自分の体を鍛えていく。トレーナーとしては大歓迎なのだが、なんというか物足りなく感じる時もある。

 

「スズカはいつものこれな」

 

「うわ、なんですのこの重り……こんなものをつけてトレーニングするんですかスズカさんは……」

 

「いつも以上に負荷はかかるけど……何故か私に合ってるみたいで」

 

 ウマ娘ってのは不思議なもので成長期や成長速度にかなり差がある。それと同時にそのウマ娘にあったトレーニングもある。スズカはスピードの成長速度は尋常じゃないし、スカイもスタミナの伸びが著しい。

 

「マックイーンはスズカの後ろを追いかけて走ってくれ」

 

「キングさんの後ろでは無くてスズカさんの後ろですの?」

 

「走ってみれば分かるとは思うんだけど、マックイーンはとりあえず走れる距離を伸ばしていきたいんだ」

 

 マックイーンのスタミナは彼女の世代ではトップクラスかもしれないけど、クラシックやシニアクラスになればざらにいる。幸い彼女には時間があるから、まずは走れる距離を伸ばして行きつつスタミナを伸ばして行く。

 

「とりあえずはマックイーンはこのままスズカ達のトレーニングに合流してくれ、明日はスカイのトレーニングに合流してもらうからよろしく」

 

 マックイーンも納得をして、スズカも重りを付けて準備万端だ。キングもかなりやる気に溢れてるし、新年に入ってからチーム全体の士気が高い。

 

「それじゃあ、トレーニング始めるぞー」

 

「「「はい!」」」

 

 各々が目標のためにトレーニングを開始した。クラシック3冠はウマ娘が1度しか挑戦できない。それに、キングとスカイ2人の目標であるからこそ、俺は2人のどちらかしか勝利できないと分かっていても全力で向き合う。



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第61話:スカイとキング!トレーニング開始!

 キング達のトレーニングはキングが先頭を走って、その後方の方をスズカとマックイーンが走ってる感じだ。マックイーンはスズカの後ろをついて行ってるし、キングはペースを探すようにいつもよりはペースが遅い。

 

「ほらマックイーン! ゴールまではまだ距離があるぞー」

 

「長い距離を走ってる間にゴールまでのこと言われると何とも言えない気分になりますわ……」

 

「言いたいことは分かるわマックイーンちゃん……でも目の前のトレーニングに集中しましょう」

 

 言われてみればマックイーンの言うことはもっともだ。自分が20キロ走ってる間に、あと9キロ頑張れって言われたら何とも言えん。それじゃあマックイーンを元気付けるために何を言ったらいいのか。

 

「マックイーン! これ走りきったらクレープ奢ってやるから頑張れよ〜」

 

 こんな風にもので釣ってもマックイーンには効かないかもしれない。まぁ、単純にご褒美があることを言っておけば少しでもモチベーションに繋がるかもしれないし。

 

「俄然やる気が出ましたわあぁぁぁ!」

 

「嘘でしょ……」

 

 マックイィィィィイン! お前はメジロ家の令嬢だろ! クレープ1つでやる気出してどうするんだ……いや、やる気を出してくれて嬉しいんだけど。この娘は単純すぎると言うかなんというか。

 

(キングの方は最初だし口を出さないで置くか。自分で考えるのも必要なことだし)

 

 ゆっくり走ればキングだってこのコースを走りきるのはどうということは無いんだけど、それじゃあ意味は無い。適度な速度と適度なスタミナ管理で、ゴール時点までに上手く力を振り絞れるかが重要だ。

 

 

「スズカさん……なんでそんな重りをつけてゼエ……走れるんですのぉぉ……」

 

「もちろん最初は全く走れなかったんだけど……慣れなのかな」

 

 スズカさんは絶対おかしいですわ。あんな重りつけてたら平地を走るのも大変でしょうし、それでこの山道を走るってどういうことですの? もしかして、私もいずれはああなるのでしょうか……

 

「それにしてもマックイーンちゃんすごいわよね」

 

「何がですの?」

 

 私からすれば、スズカさんもスカイさんもキングさんもチーム全員が自分より凄い。スズカさんは実績を残しているし、スカイさんもキングさんも一緒に走ってみて速いことがよく分かりますわ。

 

「私はここを初めて走った時は辛くて辛くてしょうがなかった。上りはスピードでないし距離は長いし。それがデビューしてからの話」

 

 スズカさんも最初から凄かったわけじゃないんですよね……少しずつ少しずつ血のにじむような努力の結果が今のスズカさんなのよね。

 

「こんなトレーニングよく耐えられますわね……」

 

「めちゃくちゃなトレーニングにも思えるけど、意外と色々考えられてるのよ?」

 

 チームレグルスはマイラー以上……それも中距離から長距離の選手層が厚いからスタミナトレーニングを主流にするのはわかるのですが……どうしてこの山道なんでしょう。

 

「私も最初はクラシック3冠を目指していたの。その中でスタミナを鍛えつつ、坂道や下り道を経験できるし平地も長いから得られる経験も多いの」

 

「日本ダービーを制したのは知っていましたが、スズカさんもクラシック3冠を目指していたんですのね……」

 

 私は去年の終わりの頃にチームに入ったから、チームメンバーのそれまでをあまり詳しくは知らない。このチームは各々が大きな目標に向かって頑張ってるということは知ってはいましたが……

 

「まだチームメンバーの事も知らないことばかりですわ」

 

「これから長い間同じチームにいるんだから大丈夫……ってこれ以上話してたらトレーナーさんに怒られちゃう」

 

 

 行きの道は無事に全員が走りきった。スズカは帰りも少し走れそうだけど……マックイーンは行きで完全にダウンしたな。キングはいつもよりローペースってこともあって余裕が見える。

 

「とりあえずマックイーンは帰り車に積むとして、スズカはまだ行けそうか」

 

 スズカは足に重りをつけてるから、傍から見てるよりも負担がかかっている恐れがある。この辺の確認を怠ると怪我に繋がるからしっかり確認しておく必要がある。

 

「もう少し走れそうです。だけど途中で拾って貰うことになると思います」

 

「キングは行けそうか?」

 

「えぇ、まだ走れるわ」

 

 とりあえず、スズカとキングは2人とも走れるけどマックイーンは無理だな。スズカの後ろをついて行って、スズカを回収してからキングの後ろを追えばいい。前回のこともあるし、キングもぶっ倒れるまで無理はしないだろう。

 

 帰り道は予想通りで、途中スズカを回収してキングを追いかけることになった。キングは無事にゴールしていたが、なんだか浮かない顔をしていた。

 

「どうしたキング。初めてのゴールだけど嬉しくないのか?」

 

「嬉しいには嬉しいわよ……でもスカイさんがゴールした時と違って全部を絞り出せなかった。力を残したままゴールしてしまった」

 

「キングの言うことはもっともだけど、それが出来るようになるためのトレーニングだし……今は完走を喜んどこうぜ」

 

「それもそうね……」

 

 前にぶっ倒れたばっかりなのに、最初からギリギリの調整で走りきれるとは思ってなかった。やはり恐怖感に打ち勝つのは難しいだろうし、何よりもその調整自体が難しいから。

 

 その日のキングのトレーニングは無事に終了し、翌日はマックイーンと共にスカイのトレーニングの方に行く予定だ。2人の現状を把握するのは大切なことだから、トレーニングが別々な間は行ったり来たりだ。

 

 

───翌日───

 

「というわけで昨日説明したとおり、スカイは2000mでマックイーンは1000mを走ってもらう」

 

「マックイーンちゃんは最後までに私を追い越せるといいね〜」

 

「軽口を言ってられるのも今のうちですわ!」

 

 スカイは基本的にスズカ相手にメラメラと闘志を燃え滾らせてるけど、マックイーンと一緒の時はマックイーンがスカイに対して闘志むき出しだからお互いにやる気満々なんだよな。2人ともステイヤーで気が合うのか合わないのか……

 

「じゃれてないでトレーニング始めるぞー」

 

「「はい」」

 

 俺が声をかけるとスカイはスタートの準備を始めた。トラック1周1000mのコースだからマックイーンはスタート地点で待機だ。スカイが1周したところでマックイーンが同時にスタートする。

 

「マックイーンはスタート手前から加速に入ってうまくスカイに合わせてスタートしてくれ」

 

「分かりましたわ。スタートから遅れるなんてことしませんわ!」

 

「スカイは1000m通過までは軽くスピードを乗せるくらいのペースで走って、残り1000mに入るところでスピードを伸ばしていくんだ。一気にスピードをあげる必要は無い、少しづつスピードを上げていけ」

 

「はーい」

 

 トレーニングを開始して最初の1本目の1000mは予定通りのローペースで通過しようとしてた。950mを通過し始めた辺りからマックイーンも軽くスタートしてスピードを合わせる準備をしていた。

 

(マックイーンのスタート直後の加速力も中々のものだ。メインは先行で逃げとしての適性もありそうだな)

 

 1000mを通過してから少しずつスピードを上げていく。マックイーンもスカイの後ろを頑張って追いかけるが中々追い抜けない。マックイーンもスカイと同じで、ステイヤーとしてスタミナは上等なもんだけどスピードがあまりないから追い抜ききれない。

 

「2人ともラストの直線だ! 頑張れ!」

 

 スカイが少し早い段階でラストスパートをかけ始める。スズカはラストスパートでスピードが乗ってから更にもう一段階スピードを上げるタイプだけど、スカイの場合は自分の加速力を活かして早い段階からトップスピードに到達して周りより長くスパートで走る。

 

 マックイーンは王道の走りだな。今は特別目立ったスパートをかけるわけじゃない。どちらかといえばスズカみたいなタイプになると思うんだけど……

 

「2人ともお疲れ様。マックイーンはよくスカイに食らいついたけど、スタート直後はスカイを抜き去るつもりで走り出せ。走る距離は1000mっていう短い距離だから出し惜しみしないでいけ」

 

「分かりましたわ……短距離はあまり得意ではないのですが」

 

「その認識を改めるんだ。これはスピードトレーニングであってレースじゃないんだからさ」

 

 レースみたいに全体的なイメージをマックイーンは作る必要は無い。できる限りスピードを出してスカイに食らいつけばいい、ラストスパートでスタミナが切れるのは最悪しょうがない。

 

「スカイの方はスピードの伸びは悪くないけど、スピードを上げていく距離が長すぎるからもう少し短くてもいい。それとラストスパートのタイミングが早かったせいで最後の最後で少しバテたな」

 

「分かってはいるんだけど中々タイミングが合わないんだよね〜」

 

 レースでは一瞬の減速で勝負が覆ることもある。スズカの一瞬の油断をフクキタルが差し返したりするんだから減速なんて格好の的だ。

 

「今回のトレーニングのメインじゃないけど、いずれは乗り越えないといけない課題だな」

 

「頑張りまーす」

 

 とりあえずスカイとキングは弥生賞までは今のトレーニングをメインにして進めて行って問題は無さそうだ。ジュニアカップもスカイなら確実に1着争いに食い込めるだろうし、勝負は2月の中旬あたりからの2人の様子を見てからだな。

 

 



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第62話:水族館!元気づけろライスシャワー!

不定期更新になってしまっていて申し訳ないです。体調崩したり通院したりで当分は不定期更新になりそうです。
量を書くことだけが取り柄だったのに……



 俺は葵さんとライスの3人で水族館に来ていた。酒の席でライスを元気付けるのを手伝って欲しいとは言われたけど、まさか水族館に連れてこられるとは思わなかった。

 

「やっぱり水族館はいいですねー」

 

「綺麗……」

 

 2人は満足してるみたいだけど、水族館にこのメンバーで行くって知ったライスは頭にクエスチョンマークだった。

 

「やっぱりって、葵さんはよく水族館来るんですか?」

 

「ミークと仲良くなるためによく来ていたんです」

 

 ハッピーミークと葵さんはここで仲良くなったのか。最初の方とかほぼ無言で1日水族館回ってそうだな。それにしても、ハッピーミークと仲良くなった場所でライスとも距離を縮めやすいのかもな。

 

「誘っておいて言うのもなんですけど、ライスちゃんは水族館でよかったですか?何も聞かないで私が勝手に決めちゃったので」

 

「ううん、ライスも水族館好き。とっても綺麗で落ち着くし、みんな笑顔で幸せそうだから……トレーナーさんたちもライスなんかが一緒でよかったの?」

 

「元々俺が来てるのがおかしいんだし、全く問題ないだろ」

 

 ライスからしたら、同期トレーナー二人が水族館に遊びに来てるのになぜか自分が呼ばれたみたいな感じなんだろう。俺からしたら別チームのトレーナーとチームメンバーが一緒に遊びに行ってるのになぜか俺も一緒にいる感じなんだが。ライスシャワーには前に迷惑かけたし断るわけにはいかなかったが……

 

「そうですよ!せっかく来たんだからライスちゃんも楽しんでいきましょう」

 

「ごめんなさい……みんな楽しんでるのにライスのせいで暗い雰囲気にしちゃって」

 

 ライスシャワーは自分を責めるというか、周りの不幸や不祥事などが全て自分のせいだと思っているんだろうな。言葉の頭にはその人の性格が宿ると言われてるぐらいだ。特に彼女なんかはごめんなさいから入ることが多い。

 

「とりあえず周ろうか。同じ所に立ち止まっていても周りに迷惑になっちまうからな」

 

「ごめんなさい……」

 

 その後ライスシャワーは目をキラキラさせながら水族館の展示物を見ていて、何か周りに不幸が起こると俺たちに謝罪をした。葵さんはというと、俺たちがわからないことがある度に色々なことを説明してくれた。ハッピーミークと水族館に行っていた時に色々調べこんで話の種にしていたのか。

 

「ライスシャワー危ない!」

 

 俺たちが三人で歩いていると、清掃員の人が足を滑らせて水を出しているホースをこちらの方に向けているのが見えた。直撃コースにいたライスシャワーを押し出して、代わりに俺が頭から水をかぶることになったわけだか。

 

「私タオル買ってきます!」

 

 葵さんは直ぐに近くの売店にタオルを買いに行って、俺に水をかけた清掃員さんは俺のところに来て凄い勢いで謝ってきた。誰も怪我はしていないから大丈夫と言って清掃の業務に戻ってもらった。

 

「ごめんなさい……ごめんなさい。ライスがいたせいでトレーナーさんが」

 

「ライスシャワー、君はなんでもかんでも自分のせいって思ってるけど。今のは俺が君を助けたかったから起こった出来事なんだ」

 

「でも、ライスがいなかったらこんなこと起きなかったと思うし……」

 

 そんなことは起こってしまったら仕方がないことだ。ライスがいたから起きたなんて言ったら、たとえライスじゃなくても不幸を振りまいてることになっちまうじゃないか。

 

「俺はライスを助けて水を浴びた。それは俺が勝手にやったことだし謝るのは違くないか?」

 

「えっと……それじゃあ、ありがとう?」

 

「どういたしまして。ありがとうって言われて悪い気持ちになるやつって少ないと思わないか?」

 

「それは……たしかに?」

 

 お礼や感謝をされて怒るやつなんてそう居ないだろうし、助けたんだから謝罪されるよりも感謝された方が気分がいい。

 

「君は君のせいで葵さんが不幸な目に合ってると思ってるな。けどそれは違うぞ、葵さんはライスシャワーは強くしてあげたいから関わってるんだ。ライスシャワーが不幸にしてるんじゃない、ライスシャワーのためになにかしてあげたくてみんなやってるんだから。ライスシャワーはごめんなさいをありがとうって言えるようになろうぜ」

 

「ごめんなさいじゃなくてありがとう?」

 

「もちろんしっかりと謝罪しなきゃいけないこともある。でも、誰かに助けて貰ったり、誰かが自分のためになにかしてくれたならありがとうだ」

 

 これによってネガティブな感情だけじゃなくてポジティブな感情も湧いてくるかもしれない。何よりもこれにはライスシャワーにとって深い意味がある。

 

「ありがとうって言われると幸せな気持ちになるんだ。ライスシャワーはそうやって誰かを幸せにできるウマ娘なんだ」

 

「ありがとうでみんなを幸せに……」

 

 おっと、そろそろ葵さんも戻って来るしそろそろこの話はやめにしておこう。ライスシャワーのことは葵さんに任せるとしよう。

 

「柴葉さんおまたせしました!冷えてませんか!?」

 

「少ししか濡れてないから大丈夫ですけど、さすがに濡れた服で歩き回るのもあれなので自分は帰らせてもらいますね」

 

 今からずっと濡れたまま歩き回るのはさすがに辛い。帰ってシャワー浴びて暖かい布団の中に入り込みたい。

 

「あの……トレーナーさん」

 

「どうしたライスシャワー?」

 

「今日はありがとうございました。これからはライスのことライスって呼んでください!」

 

「分かったよライス、今日は楽しかった」

 

 俺はライスと葵さんを残して帰宅することにした。おぉ寒い寒い。あとは葵さん次第か、まぁ葵さんならば何とかしてくれるだろう。

 

 

「トレーナーさんごめんね、ライスのせいでトレーナーさん帰っちゃった」

 

「仕方がないですよ。誰も怪我したりはしてないので問題はないです」

 

 トレーナーさんは私のことどう思ってるのかな。やっぱりみんなの足引張てる邪魔な子って思われてるよね……

 

「トレーナーさん、私がチームを抜けますって言ったらどう思いますか?」

 

「え!ライスちゃん抜けちゃうんですか!?」

 

「いや、例えばの話なんですけど……」

 

「う〜ん、それはやっぱり悲しいですね。幸運にもライスちゃんみたいな才能溢れたウマ娘の担当になれたのに……」

 

 トレーナーさんも私のために頑張ってくれてるんだ。私と出会えたことを幸運って思ってくれていたんだ。

 

「トレーナーさんありがとうね!」

 

「いえいえ、ライスちゃんはまだまだ成長期ですからねーこれからが楽しみですよ。そうしていずれ戦うであろうマックイーンさんに勝って柴葉さんを不幸にしちゃいましょう!」

 

「ふふ、そうだねライス頑張る」

 

 

 まさかこの日の出来事で、とんでもないライバルを生み出してしまったことをこの時の俺は知らない。

 

 水族館に行った次の日からは、ライスシャワーはトレーニングにしっかりと参加しているようだ。少しだけ前よりも明るいことも増えたらしくて、アドバイスしたかいがあったなーって思った。

 

「近々スカイのレースもあるし……油断はしていられないな」

 




鬱の状況が悪くなって執筆が全く進んでいません。
最初は人気に興味はなくて、妄想を垂れ流して協賛してくれる人が何人かいたらいいなって思ってたんですけど、最近では人気になりたいと思ってしまうこともあります。
主が執筆などの未経験で文才があるわけでもないので、こういうところがおかしいとか、こういう風にした方が読みやすいとか指摘いただけると助かります……


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第63話:ジュニアカップ!スカイが大暴れ!

長い時を経て投稿。一応次の話も少しずつ書いてましすが、いつ更新になるかは謎に包まれていますごめんない。


「今日のレース緊張してるか?」

 

「緊張はしてるんだけど……セイちゃんすっごい調子いいんだよね〜」

 

 最近のスカイはトレーニングでも調子がいいのが目に見てわかる。今までスピードトレーニングをあんまりしてこなかったし、自分の成長が実感できていてモチベーションがかなり高いのかもしれない。

 

(それにしても、スピードトレーニングを初めてこの短期間でここまで仕上がるとはな)

 

 それだけスカイの成長速度はすさまじいものだった。慢心になってしまうかもしれないけど、今のスカイが今日のレースで負けるビジョンが見えない。今年クラシックに挑もうとしているメンバーの中でもスピード、スタミナ、レースセンスにおいてトップクラスの実力を持っていると言ってもいい。

 

「今日はスカイが思うように走ればいい。アクシデントにさえ気を付ければ今のスカイに勝てるウマ娘はこのレースに出ていない」

 

「へ~トレーナーさんそこまで言っちゃうの?」

 

「今までで一番スカイは調子がいいと俺は思う。それに……こんなところで負けていたらクラシック三冠なんて夢のまた夢だろ?スカイなら勝てるって信じてるよ」

 

 俺の言葉にスカイは尻尾を揺らせながらご機嫌のようだった。デビュー戦でスカイは自分の走りに自信を持っているし、その走りを信じて走り抜けば確実に勝ちに行けるレースのはずだ。

 

「そこまで言われたらセイちゃんやる気でちゃいますね~頑張ってきます!」

 

 デビュー戦ほどスカイも緊張はしてないみたいだし、程よい緊張感でレースに挑めそうだな。俺はスカイを見送って観客席の方にいる、スズカたちに合流するために移動を始めた。

 

 

「トレーナーさんスカイちゃんの調子はどうでしたか?」

 

「いつも通りフワフワしてるって思ったんだけど、いつも以上にやる気だし調子もいい」

 

「スカイさんならきっと勝ってくれますわ!」

 

 スズカの質問に返答してる途中にマックイーンがスカイの勝利を宣言していた。最近あの子スカイにからかわれすぎておかしくなってしまったんじゃないかって錯覚しそうになる。

 

「キングはどう思う?」

 

「パドックで改めて見ないと確信はできないけど、スカイさんが勝つと思うわ。認めたくはないけど、彼女の今の実力は私たちの世代でもトップクラスだから」

 

 あのキングも認めるほど今のスカイは絶好調だ。最近はトレーニングに更に力を入れて取り組んでいたし、前回のレースでの欠点も補ってのレースだからな。

 

『本日出走するウマ娘達がパドックに入場します』

 

『一枠一番…………二枠二番セイウンスカイ!彼女はデビュー戦で見事な逃げ足を見せてくれましたから、今日はどのような走りを見せてくれるのか!三番人気です』

 

「これはスカイちゃんの勝ちですね」

 

「スカイさんの勝ちよ」

 

「スカイさんが勝ちですわ!」

 

 3人が口を揃えて似たことを言う。スカイを見た瞬間のスカイの勝利を確信したんだ。それだけスカイの実力と調子が良かった。フワフワしている雰囲気は取り払われて闘志に満ち溢れてる。

 

「まさかここまでの仕上がりになるとは俺も思わなかったけど……普通に行けばスカイの勝ちになりそうだな」

 

 パドックでのスカイを見ての俺の感想も三人とほぼ変わらない。スカイの仕上がりは今までで一番の仕上がりだし、やる気も調子も良い。今日のレースでスカイは敗北するビジョンが見えない。慢心になってしまうが……それだけスカイの仕上がりが良かった。いつも近くで見ていても本番になってみるとここまで違って見えるか。

 

 パドック入場を終えて、しばらくするとゲートの準備が終えて問題なくゲートインすると思ったんだけど……

 

「スカイのやつ中々ゲートインしないな」

 

「何かあったのでしょうか?」

 

『セイウンスカイがゲートに入って全ウマ娘のゲートインが終了しました』

 

 一応レース関係者にゲートに押し込まれる形でゲートインは済ませたけど……ゲート難っていうのはスタート前の集中力を切らせる危険性がある。もちろんそれは自分だけじゃなくて周りのウマ娘も同じことなんだけど。

 

(こりゃゲート入りの練習する必要がありそうだ。ここに来てゲート難になるとはな)

 

『2000m晴バ場状態は良です。青空の下2000m先のゴールを目指して今……スタートしました!』

 

 スタート直後からスカイが先頭を取る。スピードを上げたことによってスタミナを上手く使えるようなハイペースなレース展開になっている。

 

『レースは先頭のセイウンスカイが引っ張りますが、かなりハイペースなレースになっています』

 

「こりゃ圧倒的だな……」

 

「スカイさんの一人旅ですわ……」

 

「味方なら頼もしいのに、これと戦うと思うとぞっとするわね」

 

『セイウンスカイの一人旅だ!後続を全く引き付けません!』

 

「凄い……ここまで一方的になるなんて」

 

「さすがはスカイさん……私のライバルにふさわしいですわ」

 

 その後もスカイのスピードに後続が全く着いてこれてない。ペースメイクがとか作戦がとかそういう話じゃない、単純なフィジカルでスカイが圧倒的に強い 。

 

「これはスカイさんが走りきって終わりって感じかしらね?」

 

『第2コーナー回って向こう正面に入りますが、未だに先頭がセイウンスカイです!』

 

 その後も誰に抜かされることなくスカイが先頭をキープし続けている。がその辺から違和感を感じ始めた。

 

『最終コーナー回って最後の直線に入ります!ここでセイウンスカイがペースをあげていく!』

 

「なんかスカイの走りかたおかしくないか?」

 

「確かにそう言われればそんなきがしますわね」

 

『終始先頭をとってゴール!2着とは5バ身以上離しての勝利です!』

 

 レース結果は完勝ではあったが、なにか嫌な予感がしたので直ぐにスカイのいる待機室に向かった。勘違いならいいんだけどな……

 

「スカイお疲れ様〜」

 

「トレーナーさ〜ん調子良すぎてなんもないって言いたかったんでけどね〜」

 

 スカイは氷で足をアイシングしていた。おそらく怪我をしてしまっただ。クラシック路線に殴り込み直前の怪我は致命傷だぞ!?

 

「一応はそんな痛くはないんですけどね〜ウイニングライブくらいなら踊れそうです」

 

「そこまで痛みがないようならいいんだけど……明日は病院だからな!」

 

「は〜い」

 

 

「おかえりなさんトレーナーさん、スカイちゃんの様子はどうでしたか?」

 

「多分怪我をしてるな……」

 

「怪我って大丈夫なんですの!?」

 

「マックイーンさん落ち着いて」

 

 ソエは一応は怪我なんだが、スズカがソエになった時に色々調べこんだ。あれは筋肉痛や成長痛に近いものだ。

 

「多分だけど怪我はソエだ、クラシック路線まで影響が出るものじゃないから心配はすんな」

 

「ならいいんですけど……」

 

「ほらほら、ウイニングライブの席取り行ってこーい」

 

 俺の命令を聞いて、マックイーン、キングの2人は席取りに向かった。しかし、スズカだけは俺の方に寄ってきた。

 

「なんだか思い出しますね」

 

「何をだ?」

 

「去年私がソエになって大変な思いをしたじゃないですか」

 

「あ〜あの時は迷惑かけたな」

 

 あの時はスズカのメンタルケアをしっかりとしてあげられなくて、スズカが調子を崩して万全の状態でレースに挑むことができなかったんだ。

 

「迷惑だなんて、今になってみればあの怪我は努力の勲章ですよ。私が頑張っていたからこそ発症した怪我です」

 

「ソエは努力の勲章か。怪我はしないに越したことはないが、そのくらいの気持ちでいた方が楽なのかもしれないな。

 

「ありがとうスズカ、気持ちが楽になったよ」

 

「いえいえ、みんなが待ってるから行きましょう?」

 

 その後のライブは無事に何も無く終わった。スカイが少し力抜けてよろけそうになると、そっちの方にペンライトを持ったマックイーンが飛んでった。あいつは本当にスカイのことが好きだな。



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第64話:ソエ発症!気分転換のお出かけ!

マンハッタンカフェとカフェを開いて入店してくるウマ娘達の愚痴を聞きたい人生だった。


 レースが終わって、みんなを寮に送り届けた後にスカイと一緒に病院に訪れていた。結果はやっぱりソエによるものだったようだ。覚悟はしていたけど、いざ言われてみるときついな……

 

「なになに〜?トレーナーさん私のこと心配してくれてるんだ」

 

「そりゃ、当たり前だろうが。お前は俺の担当バだぞ」

 

 スカイの怪我の原因は、トレーナーと当の本人のお互いが悪いっちゃ悪いんだけどな。なによりもこの怪我は気が付きにくいし、スカイも初めてな怪我で心配にもなる。

 

「それじゃあ〜私を励ますために明日お出かけしませんか?」

 

「お出かけって……お前意外と傷ついてないだろ……」

 

「この怪我はサボり魔なんて言われてた私とお別れをした証拠です!怖いもんじゃないです!」

 

 そう言うスカイの手は少し震えていた。ほぼ言っている通りなんだろうけど、やっぱり怖いもんは怖いんだよな。スカイは初めての怪我だし、スズカの二の舞にしてしまうわけにはいかない。

 

「そうだな〜それじゃあ明日近くのショッピングモール行くかー」

 

「それで〜?誰を誘うんですか?」

 

「いや?お前と俺だけだぞ?」

 

 誰かを誘うって考えはなかったな、元々チームメンバー1人1人との時間を取る予定だった……いや取らされる予定だったからな。俺の返答に呆気に取られて唖然としていたが、少しするといつものスカイに戻っていた。

 

「へ〜トレーナーさんよくわかってるじゃないですか。好感度アップですピロピロピロリーン」

 

「好感度とかあるの!?ついでに今はどのくらい?」

 

「秘密です!」

 

 スカイは下らないやり取りができるくらいには落ち着いてきたようだった。手の震えは収まってるし、表情の硬さも取れて尻尾もゆらゆらと揺らしている。それにしても、好感度の換算なんてされてるんだなんて初めて知ったんだけど。大丈夫?マイナスだったりしない?

 

「それじゃあ、明日は学園前に集合ということで」

 

「遅刻しないできてくれよー」

 

「さすがに遅れたりしないですよ〜」

 

 ーーー翌日ーーー

 

 結構適当な格好で来ちゃったけど大丈夫だろうか……なんかおしゃれとかしたほうがよかったかな、こういうおしゃれな服とか着るの慣れてないんだよな。

 

「トレーナーさんお待たせしました〜」

 

 スカイは黄緑と白をベースとしたワンピースで……可愛かった。いつもはフワフワ系なのに今回は清楚のカワイイ系といいますか。つい見入ってしまった。

 

「なんですかトレーナーさん?見とれちゃいました?」

 

「いや〜魅入っちまって唖然としてた」

 

「へ〜私に魅了されちゃってたんですね〜」

 

「あぁ可愛かった」

 

「トレーナーさんは私の冗談を流す能力をつけるべきだと思います!」

 

 スカイに魅入っていたのは本当のことで、実際に可愛いと思ったんだから冗談とかそういうのはなかったと思ったんだけどな。

 

「とりあえずはなんか買うか〜スカイは欲しいものとかあったりするか?」

 

「練習用の靴とか欲しいかなー。ランニングウェアーとかはまだ余ってるので」

 

 俺も何を買おうか考えとかないとな。せっかくここまできたんだからプレゼント無しじゃ寂しいだろうし。スカイも年頃の少女だから下手な物を買うわけにもいかないし。

 

「それじゃあ、靴屋に行くかー」

 

 俺はスカイを連れて近くにあった靴屋に入って、スカイに合うトレーニングシューズを探すことになった。サイズに関しては問題はないだろうけど、ファッションのほうはよく分からない。

 

「スカイはどういうシューズが好きなんだ?」

 

「うーん、私は黄緑と白と青が入ってるやつとか好きですよ」

 

 スカイが選んだのは結構可愛いらしいデザインのシューズだった。トレーニングシューズだからもっと地味な物を選ぶと思っていたんだけど、割と各々がトレーニンググッズにこだわりを持って物選びをしているっぽい。

 

「スカイによく似合ってんじゃないか」

 

「そうでしょうそうでしょう!セイちゃんはファッションセンスもいいんです!」

 

 スカイのファッションは自分を活かしつつも、まとまっている感じがしている。少しキューティーなところはあるのに幼く見えないのはなぜなのだろうか。

 

「勝負服の制作依頼もそろそろ出さないと行けないし、その辺もこだわりどころがあったら考えといてな」

 

「は〜い」

 

 話をしてる間にスカイは自分の買うシューズを選び終わって、レジの方で購入を済ませようとしていた。俺はすかさずスカイの横に割って入って財布を取り出す。

 

「俺が今回は払うよ」

 

「いや流石に悪いですよ。自分で使うものだし自分で買いますって」

 

 俺の提案を断るスカイを見て俺は驚愕した。スカイが人から奢られることを断っただと……まさか怪我のことを引きずっていてまだ全然元気じゃないのか。

 

「いやトレーナーさん、言いたいことは顔を見ればよーくわかりますけどね……でも、この金額のものを買ってもらうっていうのはセイちゃん的にも〜……」

 

 スカイが買おうとしているシューズの値段は5桁あるからさすがに申し訳ないと思ったのか。トレーナーって言うのは給料も高いし、去年の間にスズカとキングが活躍してくれたおかげでその分色々と貰っているから経済てな余裕がある。

 

「遠慮しなくてもいいぞ。元々お前を励ますためのお出かけだろ?たまにはこんくらい買ってやる。それに、トレーニングシューズはトレーニングに関わる物だし別にいいよ」

 

「それじゃあお言葉に甘えて買ってもらおっかな〜大切にしますね」

 

 そのままスカイのシューズを買って渡すと、スカイは嬉しそうにシューズを抱き抱えていた。チームメンバーに高価ばプレゼント。

「あとはその辺ぶらぶらしながら欲しいものさがすか」

 

 俺とスカイはショッピングモールをあらかた回り終わった。ここから先はどこに行くか考えてなかったんだよな。お食事とかに連れていけばいいのかな?

 

「スカイはどこか他に行きたいところかるか?」

 

「う〜ん、今日の天候を見るとお昼寝日和……学園に戻りましょう」

 

 2人で一緒に学園に戻ったが、そこは俺とスカイが初めて出会った場所だった。怠惰なスカイを叩き起すのには苦労した。あの時のスカイは楽して勝ちたいという気持ちがあってトレーニングをさぼっていることが多かった

 

「それで?俺は何故ここに連れてこられたのかな?」

 

「そんなのお昼寝日和するからに決まってんじゃないですか」

 

 お昼寝?どこかしら遊びまわるのかと思ったけど、学園に戻って来てグラウンド付近でお昼寝とは。スカイらしいって言えばスカイらしいんだけど、外でお昼寝なんてずいぶんしてないからなんだか落ち着かない。

 

「本当に昼寝でいいのか……ってもう寝てるし!」

 

 スカイの寝顔はいつものフワフワしているような感じを少し残しながらもどこか穏やかに感じた。昼寝のプロって言うか、本当に気持ちよさそうに昼寝するな。何故かウマ娘は基本的にビジュアルが良いとされている。それはスカイも同じで、いつものはしゃいでるスカイとはまた違った可愛さがある。

 

「いや~俺の担当バはかわいいな~」

 

(いやいやいや、トレーナーさん!?私まだ起きてるし全部丸聞こえなんですけど!)

 

 スカイが顔を真っ赤にするころには既にトレーナーは横になって眠りに入っていた。スカイもそのあとすぐに眠りについて二人で夕方近くまでお昼寝タイムに突入した。柴葉は浅い眠りに入りながらも、ショッピングモールで買ったプレゼントを渡すのを忘れていたことを思い出した。まぁ、起きてから渡せばいいだろう。

 

 俺が目を覚ました時に、スカイハまだ眠っていた。起こそうと手を伸ばそうとしたところで、スカイの鼻に蝶が止まってスカイが目を覚ました。一度体を伸ばしてから目をごしごしとこすってからスカイが再起動した。

 

「いや~よく眠れましたねトレーナーさん」

 

「あぁ、トレーナーになってから昼寝をする機会なんてなかったからな……外でこんなにぐっすり眠れると思わなかったよ」

 

 年末年始で色々とごたごたしていたし、スカイのデビュー戦もあったから最近ずっと忙しかったから何もせずにこうやってぐっすり昼寝したのは久しぶりだ。時計を見ると五時を過ぎていてそろそろ門限の時間も近かった。

 

「もうこんな時間か~そろそろ寮に帰らないと門限すぎちゃうかも」

 

「そうだ、帰る前にスカイに渡しておきたい物があるんだ」

 

「なんですかなんですか?プレゼントですか?」

 

 昼間ショッピングモールで買っておいたプレゼントをポケットの中から取り出す。そんなに高くないヘアピンを買うことにした。ヘアピンなら例え好みに合わなくても処分に困らないし、値段的にも負い目を感じることもないだろうしな。

 

「今あけちゃってもいいですけ?」

 

「別にいいぞ、大したものじゃないからあんまり期待するなよ」

 

 そういうと、スカイは嬉しそうに袋の中からヘアピンを取り出した。ヘアピンを手に取ってスカイハそれをじっくりと観察していた。大丈夫か?好みに合わなかったかな……

 

「トレーナーさん!ありがとうございます。大事にしますね」

 

「喜んでもらえたならよかったよ」

 

 よろこんでもらえたのはよかったんだけど、なんでそんなにヘアピンを観察しているんですかスカイさん。尻尾を揺らして喜んでいるのはよくわかるんだけど、なぜ疑問そうな目でヘアピンを見ているの?

 

「それにしても、なんでこの花のヘアピンなんですか?」

 

 俺が渡したのは黄色の花……そう菊の花のヘアピンをプレゼントした。たまたま目についただけなんだけど、見た瞬間にスカイに似合いそうだな~って思って手に取ってそのまま購入することにした。

 

「ほら、クラシックでスカイが一番輝くのは多分菊花賞だろ?菊花賞と言えば菊の花だ。だから菊の花のヘアピンをプレゼントしようかと」

 

「ぶっぶ~トレーナーさんこれ菊の花じゃなくてたんぽぽのヘアピンですよ~?間違えちゃったんですか?」

 

 え?これ菊の花じゃないの?菊の花のヘアピンと商品明記はされていなかったし、素人目からしたら菊の花だとばかり思っていた。まさか菊の花じゃなくてたんぽぽだとは……もっとしっかりと見てから買えばよかった。

 

「ごめん!てっきり俺は菊の花だとばかり思っていて……あれならまた今度プレゼントし直すから返してもいいぞ?」

 

「う~ん、一応トレーナーさんからの初めてのプレゼントなのでこれは私がもらっておきます。次はしっかりと菊の花のヘアピンをプレゼントしてくださいね?」

 

「もちろん!次は絶対に間違えないよ……多分」

 

 俺たちがそんなやり取りをしていると時間はさらに進んで門限の時間がさらに近づいていた。これ以上長話をしているとスカイが門限に遅れて俺も怒られることになるからそろそろ帰らないとな。

 

「そろそろいい時間だしここらで解散しようか」

 

「そうですね~今日はありがとうございました。少し元気出ました」

 

 スカイは満面な笑みで手を振りながら寮の方に帰っていった。スカイが元気を取り戻せてよかった、去年のスズカみたいに自分を追い込みすぎて傷ついてしまうんじゃないかと心配していたが問題はなさそうだ。弥生賞にも向けてスカイのトレーニングメニューも組み直さないとな。スカイだけじゃない、キングも弥生賞でスカイと初めてぶつかり合うだからしっかりとトレーニングメニューを考えておかないとな。



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第65話:トレーニング!弥生賞に向けて!

タイトルが1年目と被りそうになるんですけど、話数だけじゃ味気ないよなーなんて思ってます。


 スカイのお出かけの翌日はグラウンドに集合じゃなくて、まずはチームルームに集まって軽いミーティングをすることにした。スカイの怪我のこともあるし、スズカのレースが2月の頭に決まったからそのことも話さないといけない。

 

「スカイの怪我はソエだってことがわかった」

 

「やっぱりそうだったんですね……」

 

「この時期に怪我をして弥生賞に間に合いますの?」

 

 スズカとマックイーンは心配そうな顔をしていた。スズカは去年にソエになって嫌な思いをしているし、マックイーンはスカイに懐いているから人一倍心配なんだろう。

 

「とりあえずは弥生賞に向けてのトレーニング計画は立ててはいる」

 

 当の本人のスカイは昨日のうちに話を既に済ませてあるからいつもみたいにダラーっと話を聞いている。一緒に弥生賞を走るキングはスカイのことを信頼しているのか特別心配している様子はなかった。

 

「スズカは2月の頭にレースが決まった。それに向けて今日からは通常の蹄鉄をつけて2000m走をマックイーンと行ってもらうが、2人とも問題はないか?」

 

「スカイさんの次はスズカさんを追いかけますのね……」

 

「マックイーンちゃんよろしくね」

 

 スズカとマックイーンは問題はなさそうだな。スズカは重りをつけるトレーニングが多いから、通常の状態で走る感覚をしっかりと思い出してもらわないといけない。マックイーンは単純なスピードトレーニングなわけだけど。

 

「スカイは軽いランニングでスタミナをできる限り保つことと、筋トレをメインに肉体作りをしていくぞ」

 

「えぇ……セイちゃん筋トレ苦手なんだけどな〜」

 

「怪我だからこそ普段鍛えられない所を集中的に鍛えられるんだ。3冠目指すなら時間は無駄にできないぞ」

 

「は〜い」

 

 弥生賞までに本調子にまで持っていけるかは分からないけど、少なくとも皐月賞には間に合うはずだ。だからスピードやスタミナを鍛えられない今はパワーを鍛えていくしかない。

 

「キングは今まで通りスタミナトレーニングだ。皐月賞と日本ダービーもそうだけど、キングの1番の壁は菊花賞だからそのためにも地味なトレーニングが続くが頑張ってくれ」

 

「分かっているわ……スタミナは努力で補えるはずだもの」

 

 キングもやる気満々でモチベーションも高い状態だ。モチベーションの高い状態でのトレーニングは非常に効率がいいから、キングの成長にもよく観察しておかないとな。逆にスカイは怪我のせいでやる気が少し下がってしまっているから、モチベーションを保ってうまく弥生賞までに持っていければいいんだが。

 

「今日はスズカとスカイ、マックイーンの三人の様子を見なきゃいけないからキングはトレーニング一人になるけど大丈夫か?」

 

「問題ないわよ、前みたいに無理して倒れるなんてことはしないわ」

 

 トレーニング中に1人にはあまりさせたくはないんだけどチームメンバーも四人だし、俺の体も一つしかないから全員のトレーニングを同時に見ることもできない。マックイーンはまだ全体的にトレーニングをつまなくちゃいけない時期だから常に二人一組ってわけにもいかないから難しいところだ。

 

「キングはトレーニング場所の到着次第トレーニングを開始してくれ。スカイは俺の横で筋トレをしてスズカとマックイーンを見守る」

 

「「「「はい」」」」

 

 とりあえず今後の基本的なトレーニング方針は話したし、今日の予定も決まったから気を引き締めて行こう。スカイも流石に俺の真横でサボり始めたりはしないだろうしな。スズカは久しぶりの2000m走だからしっかりと見ておきたいし、マックイーンも2000mをどれだけ走れるか見ておきたい。

 

「ほらスカイまずは腹筋からだ」

 

「筋トレいやだ~」

 

 スカイはグチグチ言いながらも腹筋を始めた。スズカとマックイーンもウォーミングアップが終わってそろそろスタートの準備も終わっていた。スズカは久々のターフと重りなしでの走りに気持ちがウキウキしている。トレーニングメニューを聞いたときからニッコニコだったからな。

 

「スズカとマックイーンもスタートするぞ」

 

 俺の呼びかけで二人が集まった。マックイーンはつい最近までスカイの2000mの1000mから追走する形でのトレーニングを取っていたし、スズカも先日までは超長距離のスタミナトレーニングだったから中距離の走りを思い出してもらわないといけないからな。

 

「マックイーンは今出せる全力を尽くしてくれ。全力のスズカと走るのは初めてだろうから大変な思いをするとは思うけど、盗めるものは盗んで自分の走りを見失わないようにな」

 

「大丈夫ですわ!私だって最近までスカイさんと一緒に走っていたんですのよ?スズカさんと走って自分の走りを見失ったりしませんわ!」

 

 マックイーンは自信満々にそう答える中、俺の真横にいるスカイはニヤニヤと笑っていた。

 

「どうしたんだスカイ?」

 

「いや~マックイーンちゃんは可愛いな~って思っただけですよ」

 

 まぁ、前までスカイと走っていたと言っても途中1000mからだったし。スズカの逃げはスカイの逃げとはまた違った強さがあるのと、クラシックを戦い抜いてきたスズカじゃ逃げとスピードの完成度が全く違う。来年あたりになれば長距離じゃスズカはスカイに勝てなくなっているだろうけど。

 

「スズカは今までの会話を聞いてたらわかるとは思うけど、気持ちいように全力で走ってくれ」

 

「はい!」

 

 スズカはスズカ自身の走りを縛りすぎると力をうまく発揮できないから、走りに対する指摘はあまりできない。まぁ、悪いところとかアドバイスするところがあればするんだけど今のスズカの走りに文句をいう所なんてほとんどないからな。

 

「それじゃあいくぞー位置に着いてよーい……どん!」

 

 スタートした。最初に前に出たのはやっぱりスズカだった。スズカのスタートにマックイーンは面食らっていたが、すぐに冷静に走り始めた。一応頭は冷静になっているだろうけど、スズカに着いていこうとかなりハイペースになっている。

 

「スカイはマックイーンどうなるとおもう?」

 

「初めてスズカさんと走るんじゃペース崩されてラストばてて終わるか、それともスズカさんが久々の2000mでオーバーペースになってるって思って力を溜めるのどっちかだろうね~」

 

 流石はスカイだ。レースの流れをしっかりと見ているし、スズカとマックイーン二人の今までの走りを参考に考えたんだろうな。スカイは意図的に相手のペースを崩したりスタミナを削ったりすることはあるけど、スズカの場合は必然的にそれが起こり得るからな。特に本気のスズカと走るのが初めてのマックイーンだと余計ペースを狂わされるだろう。

 

 1000mを通過してもいまだにスズカのペースは落ちない。スズカはハイペースで序盤から終盤あたりまで走り切る。ペースに特別に波はないから読みやすいのだが、単純なパワープレイほど対策しずらいものはない。マックイーンもスズカに追いつこうと必死にペースを上げるがスズカのスピードに全く追いつけていない。

 

「ラスト400m切ったぞ!スズカこっからラストスパートかけてけ!マックイーンもまだゴールまであるぞペース緩めるな!」

 

 スズカは一気に加速をかけてトップスピードに乗ってさらにスピードを伸ばしていく。マックイーンはスタミナをかなり削られているが、それでも必死に最後の力を振り絞っている。

 

(スズカにスタミナがついて最後のスピードの伸びが今まで以上だ……レース中盤のペースもしっかりと保てているしスズカはまだまだ成長していくな)

 

 俺は走り終わった二人にドリンクとタオルを持って歩み寄っていく。マックイーンは倒れこんで息を切らしている。スズカは久々に全力を出して走れたことが嬉しかったのか気分が高揚しているように見えた。スタミナは切れてもまだまだ走り足りないって顔だ。

 

「スズカは前よりも最後の伸びが良くなったな」

 

「スタミナに余裕をもって走れましたし、最後の加速も今まで以上にうまくできて楽しかったです」

 

 あんだけギリギリまでスピードだして走り終わった後なのに、そのトレーニングの感想が楽しかったっていうのは何ともスズカらしいな。マックイーンも汗を拭いてドリンクを飲んで落ち着いてきたようだ。

 

「マックイーンは走っている途中に自分がオーバーペースになっているの気が付いたか?」7

 

「気が付いたのは最後のラストスパートの時でしたわ……まさか自分がいつも以上にスピードを出しているのに気が付かなくて、最後のスパートをかけるスタミナが切れてしまいましたわ」

 

「ペースなんかは相手に意図的に乱されることもあるが、相手の威圧感や走りに圧倒されて自らペースを乱してしまうこともあるんだ」

 

 よくよく考えてみればスズカってすごいよな。ルドルフのあの威圧感を後ろに自分の走りをしていたんだよな……我が強いってのもレースでは立派な武器になるんだな。今回の場合はスズカの圧倒的な逃げのスピードに引っ張られてスピードを上げる形になったわけだが。

 

「わかりましたわ。自分の走りにしっかりと自信を持って、自手に乱されないようにしないといけませんわね」

 

 俺の言いたいこともほとんど自分で理解できたみたいだし、これ以上は言及することはないな。うちのチームのメンバーは俺が一つアドバイスをするとそれから俺が言いたいこと全部吸い取っていく。トレーナーとしては嬉しいことなんだけどなぁ……

 

 スズカもレースに向けての調整は問題なさそうだし、スカイも俺の横でグチグチ言いながらもしっかりと言われたメニューをこなしていたのでとりあえずは大丈夫だろう。心配なことは多いが皆もやる気を出しているし、トレーニングをしっかりこなしていけば弥生賞の方もなんとかなるだろう。どちらかが勝てばどちらかが負けるのは何とも言えないんだけどな。

 



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第66話:圧勝!バレンタインS!

タイトルがネタバレだって?タイトルって考えるの大変だったり。
そして内容が短い。


 今日はスズカの年明け初のレースだ。調子を見るためにも1800mのマイルにレースに出走だ。しかも、東京レース場というスズカが何度か勝利を勝ち取ったレース場でもありスズカの調子も絶好調だ。

 

「今日は三カ月ぶりのレースで年もまたいでる。今日のレースでレースの感覚を思い出して来い!」

 

「はい!」

 

 久々のレースという事もあって十分にやる気を出しているし、俺が心配する必要はなさそうだな。いつも通りスズカの走りをすれば今日のレースは確実に勝てるはずだ。今のスズカの全力ってやつを見るいい機会だ。

 

「久しぶりのレース思いっきり楽しんで来い!」

 

「私だけの先頭の景色を見てきます!」

 

 俺はスズカを見送って観客席に戻る。今日のレースにはマックイーンだけしか連れてきていない。今日のレースはスズカの慣らしが目的だからな、弥生賞を控えている二人は連れてきてない。

 

「マックイーンはスズカのレースを見たことがあるか?」

 

「日本ダービーのレースはテレビで拝見させていただきましたわ。天皇賞秋はレース場に赴いて実際に見させていただきました。天皇賞秋の最終コーナーからの勝負は胸躍りましたわ」

 

 天皇賞秋と日本ダービーは去年スズカが取ったG1レースの二つだ。スズカはあの二つのレースで強敵のライバルと競い合う極限状態で俺の予想をはるかに上回る成長を見せてくれた。レース中のあのスズカの成長があったからこそスズカは二つのレースで勝利を残せたんだろう。

 

「外から見るのと本人と走ってからのスズカのレースは全く別物だぞ。しかもあれからスズカはさらに成長を続けてるからな」

 

「それは楽しみですわ」

 

『本日レースに出走するウマ娘たちがパドックに入場します』

 

 スズカは8枠12番の最後だし、パドックに入場するウマ娘たちの中で特別スズカに匹敵しそうなウマ娘がいる様子はなかった。まぁ、スズカはトゥインクルシリーズにいるウマ娘の中じゃ異次元の強さを誇っている。再来年あたりにはルドルフやマルゼンスキーといった超強豪が集まるドリームトロフィーシリーズに殴り込みをかけられるだろうな。

 

『8枠12番サイレンススズカです!今年は初めての出走となりますが、去年のレースではG1を2つも取っていますから期待が集まります!一番人気です!』

 

「絶好調なのはいいけど飛ばしすぎないといいんだけどな……」

 

「パドックでのスズカさん走りたくてウキウキしてましたけど」

 

 ダメだな。確実に最初の方は掛かってスタートすることになりそうだ。中盤からしっかりと冷静さを取り戻して普通のペースに戻してくれるとは思うんだけど……大丈夫だよねスズカさん?ぶっ飛ばしすぎて最後バテたりしないでね?

 

『全ウマ娘がゲートに入りました。1800m芝曇りバ場状態良です。あいにくの曇り空の下1800m先のゴールを目指して今……スタートしました!』

 

 スタートは完全にスズカが先頭に出たな。ていうかやっぱりスズカさん掛かっちゃってるじゃないですか。しっかりと忠告しておくべきだった。最近のスズカはリーダーって感じもあって落ち着いていたから大丈夫かななんて思ってたんだけど……

 

『先頭はサイレンススズカ!凄いハイペースですね』

 

『中盤にしっかりと冷静を取り戻せるといいのですが』

 

「スズカさん凄いオーバーペースですね……」

 

「スズカって普段はお淑やかというか落ち着いているように見えるだろ……走りになると自分に素直すぎる!」

 

 スズカの良いところでもあり悪いところでもあるんだけど、気持ちがそのまま走りに直結してしまうから張り切ってるときはオーバーペースになりやすい。その辺も長いレース経験で克服されつつはあるんだけど、本当に今日のレースを楽しみにしていたんだろうな。

 

『レースは第2コーナー抜けて第3コーナーに差し掛かります!サイレンスズカの1人旅です!』

 

「1000m通過タイムもかなり速いな」

 

「これって1800mのレースですわよね?スズカさんの足ってどうなってるんですの?」

 

 マックイーンの言う事ももっともだ。流石のスズカもこのペースをキープしたまま走り切るのは無理だ。そろそろこの辺で一息つかないと確実にばてて最後のゴール手前で抜かれることだって十分あり得る。

 

 

(もう1000m通過……ここまで久しぶりのレースで興奮しすぎちゃったかも)

 

 ここまでかなりのハイペースで走ってきちゃったし、このまま走ったら最後のスパートを気持ちよく走れない。このコーナーで一回一息ついたほうが良さそう。

 

(でもこのまま走り切れる気がするのはなんでだろう)

 

 

『第3コーナーでサイレンスズカがペースを落とします』

 

『冷静さを取り戻したようですね』

 

 スズカも流石にこのハイペースのままじゃやばいってことに気が付いたな。最後のラストスパート前に一息つくことにしたらしい。一息いれるには一番ベストなタイミングでペースを落としに来たな。これはレース経験のたまものか。

 

「スズカさんしっかりとペースを落としましたわね」

 

「このまま走ったら自分がもたないってのにしっかりと気が付いたんだ。自分のスタミナ把握とスピードを把握してこそスズカの逃げは活かされる」

 

『サイレンスズカが最後の直線で一気にペースを上げる!』

 

 後続のウマ娘たちも最後にスズカのペースが落ちると読んでここまで溜めていたけどスズカのスパートについてこれていない。序盤はハイペースにペースを乱されて、中盤はせっかく足を溜めていたのにラストスパートで一気にスピードあげられたら相手からしたらたまったもんじゃない。

 

『サイレンスズカが1着でゴール!4バ身離れてホーセズネックがゴールしました!』

 

「最初から最後までスズカさんの独壇場でしたわね……」

 

「これは慢心になっちゃうけど、今のスズカが負けるビジョンが見えない」

 

 それだけスズカの走りは異次元の物だ。彼女の走りからは絶対を感じる。レースに絶対はないとはいうけど、あの皇帝シンボリルドルフが見せていたものとはまた違った絶対なレース。しかもまだまだ、スズカには伸びしろがある。

 

 スズカのウイニングライブが終わってからスズカと合流して車でトレセン学園に向かった。久々のレースを楽しんだスズカはライブの方も全力で笑顔を振りまいてた。まるで子供を連想させるように楽しそうに笑いながら観客席に手を振っていた。

 

「マックイーンちゃんはもう眠っちゃいましたか」

 

「あぁ、身内が出てるレースを見るのって結構疲れるからな。しかも、マックイーンは終始興奮状態で観戦していたし」

 

 なんかスズカを応援するときとか縦に手を振っていたんだけど、あれってなんか別のスポーツ観戦の応援だった気がするんだけどなんだっけかな。あの動きを見る感じ、マックイーンはスポーツ観戦をしょっちゅうしてるみたいだけど。お嬢様も結構意外な趣味をお持ちな様で。

 

「それで、今日のレースはどうでしたか?」

 

「はっきり言うと微妙ではあったな。これがG1やG2レースじゃなかったから問題こそなかったけど相手がもし強豪揃いだったら負けてもおかしくなかった」

 

 厳しいことを言うようだけど、もしもあの第3コーナーで落ち着きを取り戻せなかったら?オーバーペースが相手にバレてその隙を狙われていたら?今日のレースは少し考えただけでいくらでも問題点がある。

 

「まぁ、そういう感覚を思い出す意味での今日のレースだ。次に活かしてくれよ?」

 

「はい、次はそのまま最後まで走り切れるようにします」

 

 確かにそれができるのが1番なんだけど……いや、なんか今のスズカならやってくれる気がするから怖い。スズカだけじゃない、スカイにキング、マックイーンもどんどん力をつけてるからこれからが楽しみだ。

 



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第67話:準備!もう一つのバレンタインステークス!

たまたまこの時間帯に完成したので投稿しましたー。


「これってどうすればいいんですの?」

 

「チョコは鍋に入れて火であぶって溶かすんだよ」

 

「チョコってこのくらい粉々にすればいいのかしら」

 

「嘘でしょ……」

 

 私たちは今バレンタインの準備をするために同室に集まったんだけど、スカイちゃんはマックイーンちゃんをからかって遊んでいる。マックイーンちゃんもマックイーンちゃんでスカイちゃんのいう事をそのまま聞きそうになるし、キングちゃんはチョコを細かく刻んでって頼んだら木っ端みじんにしちゃうしどうしたらいいの……

 

「みんな一回落ち着いて!?」

 

 とりあえず一回みんなの作業を中止してテーブルを囲むことにした。このまま続けていたら何が起こるかわからないし、何よりも収拾がつかなくなっちゃう……スカイちゃんと私がチョコ作りができるって理由からみんなでバレンタインデーの準備することになったのはいいんだけど、スカイちゃんがマックイーンちゃんで遊んでいるせいで収拾がつかない。

 

「スカイちゃん?これ以上マックイーンちゃんからかっちゃだめよ?」

 

「え~マックイーンちゃんがあれもこれも素直に聞いてくれて、本当のこと言った時の反応が面白いのに……」

 

「スカイさんそんなことしていましたの!?」

 

「スカイちゃん?」

 

「ハイ」

 

「だめよ?」

 

「はい……」

 

 スカイちゃんはこれで進捗に影響が出るほどマックイーンちゃんの事をからかうことはないとは思うんだけど……キングちゃんは真面目にやってるし、細かく切るチョコを粉々にしただけだから後はチョコを溶かすだけだから大丈夫なはず……

 

「次は細かく刻んだチョコレートを湯煎にかけて溶かしましょう」

 

「湯煎って何をするのかしらスズカさん……こういったことは本当に何も知らなくって」

 

 湯煎なんてお菓子作りでもしてないと滅多に聞かない単語だし、そこは問題ないんだけど……流石にお湯位沸かせるよね?マックイーンちゃんとキングちゃんを見ているとそれすらできないんじゃないかって不安になってしまう。

 

「キングちゃん」

 

「何かしら」

 

「お湯って沸かせる?」

 

「スズカさん……流石にそれは私も傷つくわ……」

 

 そうよね、お湯を沸かすことくらい寮生活でもするものね。私も心配しすぎたみたい。スカイちゃんとマックイーンちゃんの二人も湯煎の準備をするためにお湯を沸かしてるし問題ないよね。その直後にマックイーンちゃんたちの方から叫び声が聞こえた。

 

「くっそあっちいですわぁぁ!」

 

「どうしてマックイーンちゃんお湯沸かすだけでそんな簡単に火傷できるの!?」

 

 どうやらお湯を沸かしている途中でマックイーンちゃんが軽いやけどをしてしまったみたいで水道で手を冷やしてた。水をやかんに入れて火にかけてボウルに入れるだけのはずなんだけど……一体どこの過程でやけどをしちゃったんだろう。

 

「キングちゃん……大丈夫?」

 

「大丈夫です!」

 

 一応様子を見ながらキングちゃんにお湯を沸かしてもらった。マックイーンちゃんとは違って特別何か起こることもなく無事に沸かすことができてよかった。普通はこれが正しいんだろうけど……

 

「あとはお湯の入ったボウルの上にもう一個砕いたチョコを入れたボウルを乗っけて、ドロドロになるまでヘラで混ぜるの」

 

「わっわかったわ」

 

 キングちゃんは慎重にボウルを机に固定してからチョコを湯煎し始めた。この調子なら何事もなく作業も終わりそうで安心していた。その直後にもう一度スカイちゃんたちの方から悲鳴を聞くことになったのだけど……

 

「くっそあちいですわぁぁ!」

 

「マックイーンちゃんそれさっきも聞いた!中にお湯が入ってるんだから思いっきりボウル押し込んじゃダメじゃん!」

 

 油断してないで一応はしっかり見ておこうかな。というかキングちゃんは知識がないだけでそこまで不器用ってわけじゃないから問題はなさそう。マックイーンちゃんは知識もないし、なによりも……不器用な娘だったのね。

 

「スズカさんしっかりと溶かせました」

 

「それじゃあ、あとはこれを型に流し込んで固めるだけね。ここに温めた生クリームとか入れて生チョコなんていうのもできるけど、今日は簡単に手作りチョコレート。生チョコとか興味があったらネットで少し調べれば簡単に作れるだろうし、もしよかったら試してみてもいいかも」

 

「意外とチョコレート作りって簡単なのね」

 

 確かに今回のチョコレート作りは初心者でもできるように溶かして固めるだけだしね。他にも色々と作り方とかもあるけど、そういうのは私も作れないしキングちゃん……マックイーンちゃんにやらせたら何が起こるかわからないし。

 

「確かに簡単だけど、こういうのって手作りっていうことに意味があると思わない?」

 

「一理ありますわね……市販のものを買って渡すよりもこちら側も感謝を伝えられてる気分になります」

 

 私たちの方は方にはめ終わって冷蔵庫の中に入れたから少し一休みすることにした。マックイーンちゃんの方は大丈夫か心配で少し覗いてみると、マックイーンちゃんが型にはめたチョコレートをつまみ食いする決定的瞬間を目撃してしまった。

 

「熱いですわ……」

 

「マックイーンちゃんつまみ食いしたらダメじゃん……」

 

 最初はスカイちゃんがマックイーンちゃんをからかって大変な事になってたけど、後半はマックイーンちゃんのお世話が大変すぎてスカイちゃんが珍しくマックイーンちゃんにツッコミをいれてた。キングちゃんの方は特別苦労はしなかったからよかった。

 

「そういえば~みんなでこうして集まってバレンタインの準備してるんだから渡す相手も決まってるよね~」

 

 片付けも一通り終わって完成したチョコレートを食べながら雑談をしているとスカイちゃんがそんなことを言い始めた。バレンタインの準備のためというのは聞いてたけどみんなが誰に渡すかは聞いてなかった。スカイちゃんなんかは友達いっぱいいそうだし、みんなに配って回るのかな?

 

「私は同室のウララさんに渡したり、スカイさんやスペシャルウィークさんとか同級生に渡すくらいかしら。日ごろのお礼も兼ねてトレーナーさんにも渡す予定だけど」

 

 そういえばキングちゃんはスカイちゃんと同級生だしスペちゃんとも同級生だったわね。よくスペちゃんがキングちゃんがーとかエルちゃんがーとか仲のいい5人のお話を良く聞かせてくれるし。

 

「私はテイオーとトレーナーさんくらいですわ。私がチョコレートを作ったなんて知ったらテイオー驚くに違いありませんわ!」

 

「あれれ~セイちゃんにはくれないのー?」

 

「スカイさんは今こうやって一緒に食べてるじゃありませんの……」

 

「私は個人的にマックイーンちゃんにあげようと思ってたのに……私だけだったんだね」

 

「ちょっとスカイさん!?ちゃんと作ります!ちょっとしたサプライズですわ!」

 

 スカイちゃん落ち込んでるように見せてたけど、マックイーンちゃんが困惑し始めたあたりからニヤニヤが抑えられてないわ……マックイーンちゃんもそんな大勢に送るわけじゃないのね。一人で大勢分作ってたら大変なことになりそうだし少し安心しちゃった。

 

「そして~スズカさんは誰に送るんですか~?」

 

「私はエアグルーヴとかフクキタルかしら。みんなと一緒で友達に配ってトレーナーさんに渡すくらいかしら。同室のスペちゃんにはもちろん送るつもりではいるけど……」

 

 スペちゃんなんかは多分私に何かしら渡してくれるだろうし、私自身もスペちゃんになにか送りたいから。トレーナーさんには日ごろからお世話になっているから贈らないわけにはいかない。

 

「スカイちゃんは誰に渡す予定なの?」

 

「私はキングちゃんと似たような感じですよ?」

 

 スカイちゃんはキングちゃんと同級生だから渡す相手も必然的にかぶっちゃうよね。マックイーンちゃんに渡したり細かいところは違うかもしれないけど大体は似た感じなのかな。

 

「でも~みんなトレーナーさんにはお世話になってるから渡すんだよね?」

 

「そうね……トレーナーさんにはとってもとってもお世話になってるから」

 

「私も同じね。せっかくのいい機会なのだから贈らない理由はないわ」

 

「そうですわね」

 

 みんながみんなトレーナーさんには返せない程の恩を持ってるんだもの。少しでも返せる機会があるなら返していきたいと思ってる。キングちゃんやスカイちゃんなんかはトレーナーさんに救われたと言っても過言でもないんだから。

 

「それならさ~その役目私に譲ってもらえないかな?みんな別々に渡すとトレーナーさんもお返しを考えるの大変でしょ?」

 

「「いやですわ」」

 

 スカイちゃんの発言にキングちゃんとマックイーンちゃんはすぐに拒否した。スカイちゃんのいう事ももっともだけど、なぜだか私もそれは嫌だった。トレーナーさんには自分で渡したいと思ったから。

 

「でも、私何かおかしいこと言ったかな~」

 

「スカイさん?それ以上そこに触れるのはタブーじゃない?」

 

「冗談だって!冗談だからそんなに怒らないでよキングちゃん!」

 

 結局はトレーナーさんにはみんなが別々にバレンタインデーに贈り物をすることになった。それにしても、なんで私はトレーナーさんには自分が直接渡したいだなんて思ったんだろう……。

 



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第68話:出走!もう一つのバレンタインステークス!

過去1番の文章量!そして今まで1番のノリノリの文章!
キャラ崩壊の恐れあり。


 ついにこの日がやってきてしまったか……バレンタインデーが。つい先日にスズカのバレンタインステークスがあったばかりなのに俺もバレンタインステークスに出走することになるなんて。

 

(バレンタインなんて家族以外に一度も貰った事ないからな……義理も含めて)

 

 今までは勉強三昧でコミュニケーションもうまく取れなかったせいでバレンタインにチョコなんていう物を貰ったことは無かった。しかし、トレセン学園に入ってから葵さんを初めとする女性トレーナーと関わってきたし。チームを持ったり、何人かのウマ娘と接点もあるからもらえるんじゃないだろうかという期待を抱いている。もちろんその為にトレーナーになたわけじゃないんだけど!それでも期待してしまう……俺だって男だから!

 

「柴葉さんおはようございます~」

 

「葵さんおはよう」

 

 そんな邪なことを考えていたら早速葵さんに遭遇した。俺がチームルームに向かうのと同じように葵さんも向かっている途中だったのだろう。

 

「そうそう、これ東条さんから預かりものです」

 

「なにこれ?」

 

 葵さんが取り出したのは少し小さい四角形の箱だ。東条さんからの預かりものって言ってたけどなにか渡されるようなものあったっけかな?

 

「ほら今日ってバレンタインデーじゃないですか。東条さんって忙しい人だから直接渡すのは無理だけど『義理チョコ』だそうです……って!なんで泣いてるんですか」

 

「いや……俺は本当にいい先輩を持ったなと思って」

 

 まさか初めてチョコレートを貰えることになるなんて。東条さんありがとうございます。今度あったら崇めます……まじで。

 

「それとこれは私からです……柴葉さん?本当に大丈夫ですか?」

 

「大丈夫……それよりも雨が降ってきたな」

 

「雨なんて……すごい涙の量ですよ!?」

 

 俺はもしかしたらそのうち不幸な目にでもあるのだろうか。だって今日がこんなにも幸せなスタートを切っているのだから。同期の女性からバレンタインチョコをもらえるだと?そんなことが現実に起こり得るだなんて。

 

「あとこれはライスちゃんから預かったものです」

 

 ライスから渡されたのは袋の中に一通の手紙とチョコレートが入ってるであろう箱が入っていた。手紙の内容を読んでみると、前回の水族館の一件や今までのお礼が書き綴られていた。

 

(ライス……君は人を不幸にしてしまうウマ娘なんかじゃないよ)

 

 だって現に俺はこんなにも幸福になっているじゃないか。バレンタインに贈り物までもらってその中に感謝の手紙まではいってるとか……お兄さん泣いちゃう。

 

「ありがとう葵さん……ホワイトデーには倍返しさせてもらうよ」

 

「いえいえ、柴葉さんにはいつもお世話になっているので。そんなことよりも今日なんかキャラブレてませんか?」

 

 最後の最後で言及されてしまったけど。なんとも言えない間をおいてお互いその場を後にした。すまない葵さんわかってくれ。皆にとっては当たり前のイベントかもしれないけど、俺にとっては初めての体験だったんだ。

 

「おはよ〜トレーナーさん」

 

 俺がチームルームに入るとスカイが既に部屋の中にいた。今日は朝練をする予定とかは特にしてなかったんだけど、スカイにしては珍しく朝早く起きて自主練に励んでたとか?格好は学園の制服を着ているしそういうわけでもないか。

 

「どうしたんだ?スカイがこんなに朝早くからいるなんて珍しいじゃないか」

 

「実はですね〜トレーナーさんに大事なお話があるんですよ」

 

 スカイの雰囲気はなんだかいつもと違った。フワフワしている感じでもなく、冗談を言うような感じもしない。声のトーンも結構ガチっぽい。怪我のせいで自分を追い込ませてしまったか?

 

「なんだ?俺に出来ることならなんでもしてやる」

 

「それじゃあ……これ受け取って貰えますか?」

 

 スカイがそう言って俺の前に差し出したのは可愛いらしい箱だった。まさか、これが噂の本命チョコってやつか!?でも俺とスカイはトレーナーと担当の関係だからそういうのっていいのか?噂話程度だが共にトゥインクルシリーズを戦い抜いたトレーナーとウマ娘が結婚するケースは結構あるんだっけか。

 

(でも、俺も新人でチームも持っているしな……流石に応えるわけにはいかないが。かといって無碍にもできない)

 

「スッスカイ……気持ちは嬉しいんだけど。こういうのは俺の立場的にまだ受け取れないというかなんというか」

 

 俺がスカイの言っている意味を理解したことに気が付いたのか、顔を真っ赤にしながら俯いていた。冷静になって考えてみるんだ。このチャンス逃してもいいのか?スカイは中等部の三年生だ。だけど来年になればもう高等部で立派な大人の仲間入りだ。世間体を考えればよいことではないがチームメンバーに話せば納得してくれるかもしれない。

 

「な~んて冗談ですよ。トレーナーさん照れちゃいましたか?」

 

 俺が本気でどうするか考えていると笑いながらスカイがそう言ってきた。冗談なら冗談でいいんだが、ウマ娘って基本的にビジュアルが良すぎるからそういう事を言われると本気で照れてしまうから勘弁してほしいものだ……俺みたいに恋愛と女性耐性がそんな高くない人間には効く。

 

「あぁ……いつもよりガチみたいに見えたから勘違いしそうになったよ。俺みたいな女性耐性低い人間はスカイみたいに可愛い子に言い寄られるのは慣れてないんだ」

 

「かかかかか可愛い!?そっそうですね!セイちゃんみたいに可愛い子に言い寄られたら困っちゃいますよね!忘れものしたのを思い出したので一回帰ります!」

 

 俺にバレンタインの贈り物を渡すだけ渡してスカイは颯爽とチームルームから出て行った。珍しくスカイの混乱している様子も見られたし、贈り物もしっかりともらえたので俺的には大満足なんだがスカイ大丈夫か?

 

(というか、嬉しいことにいっぱいもらえるけどその分いっぱい返さなきゃいけないんだよな。しっかりと考えておかないと)

 

 スカイがいなくなった後、いつも通り今日のトレーニングの事を考えていると扉の方から音が聞こえた。今日は朝から来訪者が随分と多いな。扉の方を振り向くとスズカが部屋にはいってきた。朝のランニング終わりによってくれたのかな?

 

「スズカも朝はチームルームに顔を出さないのに珍しい日があるもんだな」

 

「私もっていうと他にも誰かが来てたんですか?」

 

「あぁ、スカイが朝から顔を出したぞ」

 

 俺の発言にスズカは頭に?マークを浮かべている。スカイは基本的に授業中でさえ居眠りをすると言われるほど眠るのが好きだ。そんなスカイが朝早く起きてチームルームに来たのが不思議でならないのかもしれない。

 

「スカイちゃんが?何かあったんですか?」

 

「バレンタインだからって贈り物を渡してどこかに行っちゃったよ」

 

「そうですか……スカイちゃんが」

 

 スズカが少し俯いて何かを考えている。ここまでの会話の中でそこまで何かを考えるようなことがあったか?昔の俺が聞いたら信じられないかもしれないけど、今はチームメンバーとは良好な関係を築けていると思うしそこまで考え込むようなことかな。

 

「それで、今日はどんな用件で来たんだ?スズカだって朝からチームルームに来ることなんてめったにないだろう」

 

 俺が質問すると、結局考えていることの結論がでなくてもやもやした顔をしながら質問に答えた。

 

「いえ、少し忘れ物をしてしまった気がしたんですけどそんなことなかったみたいです。放課後またお願いします」

 

 そういうとそのままスズカは部屋を去っていった。スズカは少し抜けているところがあるから部屋に置いてある場所でも思い出したんだろう。今日は朝からこんなに人に会う事になるなんてな。

 

 

 ーーースズカサイドーーー

 

 今日はバレンタインの贈り物をトレーナーさんに渡す為に少し早く寮を出ていた。チームの中の誰よりも早くトレーナーさんに贈り物を渡したかったから。どうしてそんなふうに思ったのかはわからないけど、自然と朝早くに目が覚めて準備を済ませていた。

 

 トレーナーさんがチームルームに来る時間はだいたい決まってるから、その時間よりも少し遅いくらいに行った方がいいよね。朝はその日の準備とかで忙しそうだし。そう思いながら私はチームルームへと向かった。

 

「そうですか……スカイちゃんが」

 

(どうしてだろう、スカイちゃんが先に渡したって聞いて不安になっちゃった。トレーナーさんちゃんと私のプレゼントで喜んでくれるかな。スカイちゃんは可愛いし……もしかしたらあんまり喜んでもらえないかも)

 

 そんなことを考えながら寮に向かって廊下を歩いていると、たまたま居合わせたスカイちゃんと出会った。たまたまというよりかは、多分私の事を待っていたような感じにも見えたけど……

 

「スズカさんはトレーナーさんにバレンタインデーの贈り物わたせましたか?」

 

「まだ渡せてないけど……スカイちゃんはもう渡してたのね」

 

 スカイちゃんは朝はあんまり活発に動かないのに、髪の毛もしっかりとセットしてあるし化粧も最低限はしていて顔もさえてる。スカイちゃんは放課後のトレーニングの後とかに渡すと思ってたのに。

 

「私はトレーナーさんに一番最初に渡したい理由がしっかりとありますからね~スズカさんもそうだからこんなに早くからトレーナーさんのところに来たんじゃないんですか?」

 

「わからないわ……なぜかトレーナーさんには私が一番最初に渡したいと思って」

 

「スズカさんは本当に走ること以外には鈍感なんですから」

 

 そう言うとスカイちゃんはそのまま先に寮に戻って行ってしまった。私がトレーナーさんに一番最初に渡したかった理由ってなんなんだろう。

 

 

 ーーーお昼のチームルームーーー

 

「とりあえず一通り今日の準備は終わったし少し休憩するか」

 

『すいません柴葉トレーナーいらっしゃいますか?』

 

 こんな昼間にわざわざ俺に用があるのかな?声的には多分たづなさんだとは思うんだけど……もしかして俺なんかやらかしてしまったのか!?たづなさんは一応は理事長秘書だし、俺が何かをやらかしてそれを報告しに来た可能性も十分にありえる。

 

「いますよーどうぞ入ってください」

 

 俺がそう返事を返すとたづなさんが部屋の中に入ってきた。やはりたづなさんだったか……他愛もない世間話でありますように。

 

「そう警戒しないでくださいよ。別に問題が発生して訪れたわけじゃないですから」

 

(なに!?思考が読まれた?)

 

 とりあえずは紅茶でも出しておこう。たづなさんって立場的に言えば一応は上司にあたるわけだし、一応軽いおもてなしぐらいしないとしないとな。

 

「わざわざありがとうございます。私情で来ただけなのでそんなにかしこまらなくても大丈夫ですよ」

 

「それならそうさせてもらいます。それで今日は一体どういったご用件で?」

 

「そうでした、これを渡そうと思いまして」

 

 そう言ってたづなさんはクッキー缶を取り出した。もしかして、たづなさんもバレンタインデーに手作りのお菓子を!?でも、前に飲み会に行った時にたづなさんの部屋を見た時はとてもお菓子を作れ様な感じではなかったんだけど……

 

「柴葉トレーナー。言いたいことは分かりますが私の言い分も聞いてください。私は昔から少し片付けが苦手ってだけで別に家事ができないわけではないんです」

 

 少し苦手……そうか、女性の部屋なんかにはいままで入ったことが無かったから知らなかっただけで普通はそんな感じなのかもしれない。それはないな、たづなさんが明らかに掃除が苦手すぎるだけだろう。

 

「ちょうどここに紅茶もあるし時間があるなら一緒にどうですか?」

 

 贈り物をくれた本人と一緒に食べるってのもどうかと思ったが、せっかく二人分の紅茶があるんだし二人で食べたほうがいいだろう。たづなさんは忙しい人だから実際に一緒に食べれるかどうかは分からないけど。

 

「そうですね。今はちょうど休憩時間ですし一緒にいただきましょうか」

 

 たづなさんの手作りクッキーはシンプルな物ではあったけど、味の方はかなり美味しかった。家事はできるけど掃除だけは苦手というのは本当っぽいな。

 

「そういえば、たづなさんはどうしてわざわざバレンタインを?」

 

「先日の飲み会ではどうやら非常に迷惑をかけたっぽいので……そのお返しといいますか」

 

 あの飲み会は本当に後処理が大変だった。主にチームメンバーのご機嫌を取るのが大変だった。もちろん一夜たづなさんに拘束されることになるとは思わなかったけどな……しかも布団の中で!

 

「あの時は葵さんも酔いつぶれてましたし、次から気を付けてくれれば問題ないですよ」

 

「ふふ、その時はまたよろしくお願いしますね?」

 

「勘弁してくださいよぉ……」

 

 その後は他愛もない世間話をしながら、たづなさんが作ったクッキーをつまみながら紅茶を飲んでいた。たづなさんが作ってきたクッキーは普通に美味しくて、なんでこんなに料理はできるのに掃除は出来ないんだろうという疑問を抱いた。

 

「それじゃ、私はこの辺で失礼します。なにか困ったことがあったら私に相談してください。柴葉トレーナーのお願いなら少しくらいならオーバーなお願いでも聞いてあげますから」

 

 ほう、オーバーなお願いと言うとお付き合いとかそういうのも含まれるのだろうか。普通にウマ娘関連のことを言っているのだとは思うけど、今日のたづなさんは少しだけいつもと雰囲気が違った気がする。

 

 放課後になって、あとはチームメンバーを待つだけだ。1番最初にチームルームに訪れたのはキングだった。

 

「あなたにはキングからのバレンタインを貰う権利をあげるわ!」

 

「ありがとうキング」

 

 部屋に入った勢いでそのまま押し付けられる形でキングから箱を貰った。中に何が入ってるかはわからないけど、多分手作りで作ってくれた物が入ってるんだろうな。

 

「いつもお世話になってるからあなたの分だけ少しだけ特別にしたんだから感謝して食べるといいわ!」

 

「感謝して食べさせてもらうよ……本当にありがとうキング」

 

 俺に贈り物を送るキングの後ろでその様子をマックイーンが見ていた。両手を後ろに回して、まるで何かを隠しているようだ。

 

「マックイーンもなにかあるのか?」

 

「いや、そのですねトレーナーさん。私は普段はこういったことは全くしてこなかったですし、みなさんと作業をして初めて知ったのですが自分が想像以上に不器用でして……」

 

 そう言いながらマックイーンは軽い火傷を何ヶ所かした手で少し不格好な梱包をしてある箱を取り出した。

 

「もしかして、わざわざ俺のために?」

 

「べっ別にトレーナーさんのためだけじゃありませんわ!他にも何人か配りましたし……それにこの通りスズカさんやスカイさんみたいに上手く出来てないですし……」

 

 何を言っているんだマックイーン。出来が悪いか良いかなんて関係ないだろう。自分のためにここまで頑張ってくれて嬉しくないわけないだろうが。

 

「めっちゃ嬉しいよありがとうマックイーン。後で美味しくいただくとするよ」

 

「何回も固めるのに失敗してしまいましたが……頑張ったかいがありましたわ」

 

 そうかそうか……そんなに何回も失敗して。待てよ何回も失敗した?失敗作のチョコレートはどこにいったんだ?処分したのか?

 

「マックイーン……作るまでに何回も失敗したんだな」

 

「そうですわね」

 

「今日はここに来てからお腹隠してるな」

 

「そう……ですわね」

 

「なら失敗作のチョコレートどこにやった」

 

 その瞬間にマックイーンは背を向けて逃げ出した。ところが部屋を出る直前に部屋に入ってきたスカイに身柄を捉えられてそのまま尋問が始まった。

 

「まずは言い訳くらいは聞いてやろうじゃないか」

 

「違うんですの!これは不可抗力ですわ!失敗作をそのまま捨ててしまったら勿体ないじゃないですの」

 

 うーん。それに関してはマックイーンの言う通りなんだよな……やっぱり仕方ないってことで無罪放免にするか?俺やみんなのために頑張ってくれたわけだし。

 

「マックイーンちゃんが食べたのは本当に失敗作だけかな〜?」

 

 スカイがニヤニヤしながらマックイーンのお腹を見ている。マックイーンは甘いものには目がないし、作成中に材料のチョコレートをつまみ食いしていた可能性は十分にありえる。

 

「う〜……確かにつまみ食いはしてしまいましたが」

 

 マックイーンがさすがに誤魔化しきれずに罪を認めた。マックイーンはただでさえ現状ウェイト管理に苦労しているからな。そこに大量の糖分とカロリーを摂取されたら大変なことになっちまう。

 

「罪人メジロマックイーンに判決を言い渡す……今日から1週間はスイーツの減量をすること!」

 

「そんな!殺生な!」

 

「お黙りなさいマックイーン!本来ならスイーツ禁止と言いたいところだが……今回はこの程度の処罰で見逃してやる。多少のことなら目を瞑るんだけど、さすがに今回は食いすぎじゃないか?」

 

 俺がそう言うとマックイーンはバツの悪そうな顔をしながら俯いて納得してくれた。どうやら本人も今回は食べすぎてしまったことを自覚していたらしい。それにしても、さすがはスカイの観察眼だ……一瞬でマックイーンのつまみ食いを暴くとは。

 

「すいません少し遅れてしまって……なんでマックイーンちゃん縛られているんですか」

 

 俺たちがマックイーンの尋問を終えた頃にちょうどスズカもやってきた。尋問のため拘束したマックイーンを見て少し引いてる。

 

「マックイーンがバレンタインのために手作りチョコを作ったんだけど、その過程で多量のチョコレートをつまみ食い及び摂取していることが発覚してな。その尋問をしていたわけだ」

 

「そうですか……マックイーンちゃんも」

 

 スズカがなにかブツブツと言いながらも俺たちと合流した。マックイーンは直ぐに解放したが、解放したあとしばらくの間はスカイにお腹と頬をプニプニされていた。

 

「とりあえず、今日のトレーニング始めるぞー」

 

 メンバー全員を連れて1度グラウンドに出るが、その間スズカの様子が少しだけおかしく見えた。どこか上の空で何かをずっと考えているようだった。

 

「スズカは来月にレースを控えているし、マックイーンもデビューまで半年ちょいだから先輩だから勝てませんとも言ってられないぞ」

 

「「はい!」」

 

 マックイーンには厳しく言ったがマックイーンは十分に頑張っている。超格上のスズカやクラシック組の2人に食らいつくところではしっかりと食らいついていってるからな。

 

「それじゃあいくぞー位置について、よーいドン!」

 

 今日もスズカとマックイーンは2000m走だ。でもスズカの走りがいつもよりも鈍いな……この1本目が終わったら少し話を聞いてみるか。

 

「スズカさん!?大丈夫ですの!」

 

 スズカがゴールしてから倒れた。多分だけどぼーっとしていて躓いただけだと思うけど、さすがに少し注意しないといけないな。

 

「スズカ大丈夫か?」

 

「はい……すいません考え事をしていて」

 

「考え事もいいけど、走ってる途中は気をつけてくれ。スズカ達のスピードで倒れたら怪我に繋がるだけじゃない。それ以上に被害が出るかもしれないんだ」

 

 しっかりと受け身をとれば擦り傷くらいで済んだりはするんだ。ウマ娘はそのスピードで走る分体も丈夫にできているから。それでもぼーっとしたまま受け身も取れなきゃ大怪我に繋がるし、何よりも他人を巻き込む恐れもある。

 

「わかりました……ごめんなさいトレーナーさん。それとその……そろそろ離して貰えると」

 

「うお!すまんすまん」

 

 倒れ込んだスズカを抱き込むように触っていた俺は、焦ってその手を離す。さすがのスズカも少し恥ずかしかったようで少しだけ赤面していた。

 

「どうする?集中できないようなら今日は休んどくか?レース前に下手に怪我したり調子を崩しても困るからな」

 

「いえ……走ります。なにかわかった気がするんです」

 

 本人は走る意思があるようだしもう1本くらい様子を見てからでもいいか。それでやばそうなら止めればいい……なんて考えてたけど心配はなかったみたいだな。

 

 その時のスズカの走りはここ最近で1番いい走りをしていた気がする。力強く、それでいて俊敏で何かを目指すような走りには美しさすら感じた。

 

「トレーナーさん」

 

「おぉスズカお疲れ様」

 

「トレーナーさんこれ受け取ってください。バレンタインらしいチョコレートじゃないんですけど、トレーナーさんのことを思って野菜チップスをチョコレートで加工してみたんです」

 

 休憩に入った直後にスズカが俺にバレンタインをくれた。こんなタイミングで渡されると思わなかったが、ちょうど小腹が空いていたところだしちょうどいい。

 

「ありがとう。すんげえ上手いわ」

 

「喜んで貰えたならよかったです」

 

 最初の1本目の時みたいにぼーっとした顔はもうしていなかった。多少頬は赤らめてはいるが、いつも通りのスズカに戻っている。

 

「2本目は随分調子が良さそうだったけどなにかあったか?」

 

「私はレースを先頭で走ってゴールして見る景色が大好きなんですけど、もう1つだけ見たい景色ができたんですよ」

 

「もう1つの景色?それって一体……」

 

「秘密です♪」

 

 スズカが珍しくイタズラする子供のような笑顔で俺にそう言ってグラウンドの方に戻って行った。見たい景色か……一体なんなんだろうか。

 

 その後は何事もなくトレーニングを終えて、自分の部屋に戻っていた。ようやくみんなから貰えた初めてのバレンタインを味わえる!

 

(スカイって相変わらず可愛いセンスしてるよな)

 

 スカイがくれたのは、バニラとチョコレートが混ざって作ってある猫の顔の形をしたクッキーだった。なんとも言えない可愛らしいさを持つ顔にデフォルメ化されていて、ビジュアルも良く味も美味しかった。

 

(キングも普段はお菓子作りなんてしないだろうによく作ってくれたな)

 

 キングは生チョコを作ってくれた。普通のチョコレートと作る工程がどう違うなんかはあんまり詳しくないけど、俺のためにわざわざ作ってくれたんだから美味しく頂こう。

 

(マックイーンのチョコは不格好で少し苦い気もするけど美味しい。食べててなんだか暖かい気持ちになってくる)

 

 聞いた話だとマックイーンはあんまり器用じゃないみたいだし、作ってる途中に何回も失敗したらしい。チョコ作りであんだけの数火傷できるんだから相当大変だっただろうに。

 

 東条さんは1口サイズの食べやすいクッキーが入っていた。これなら業務の片手間に食べることができるしとても助かるな。

 

 葵さんのは……ってこれ高級ブランドのチョコレートじゃねえか!?お返しどうすればいいんだこれ。うーん……とりあえずその時になったらもう一度考えるか。高級品をプレゼントされたことないから何を返せばいいのかわからない。

 

(それにしても……本当に俺は人に恵まれたんだな)

 

 先輩に同期、担当のウマ娘からもこうやってバレンタインを貰えた。周りとの関係が良好な証拠だと思う。明日からもトレーナー業頑張るかー。



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第69話:限界突破!キングの成長!

誤字報告ありがとうございます!そして不定期更新申し訳ありません!


 バレンタインデーが終わってから日が経ち、今はもう2月も終えようとしていた。最近ではスカイとキングもレースが近くなってきてピリピリしてきている。弥生賞はクラシック路線に入る前の重要なレースだから緊張くらいするか。

 

「今日のメニューはスズカはグラウンドで2000m走をやってもらって、スカイは一応は様子を見つつ1000m走りを終わった後にロングランニングだ」

 

「「はい!」」

 

 スズカはスタミナ的にはとりあえずは現状問題はない。だとしたら今必要なのは更なるスピードだろう。スピードを伸ばしてそれを補うようにスタミナトレーニングを組み込んでいく。スカイは怪我が開けたばかりで心配だが、レースも近いしオドオドしてられない。1000mでスピード感を思い出しながら、ロングランニングで自分の現状のスタミナを把握してもらうしかない。

 

「キングとマックイーンはいつものコースで走るぞ。キングは弥生賞も近いから気合い入れてけ。マックイーンもまだデビューじゃないっていっても力を抜くなよ」

 

「「はい!」」

 

 この2人に関しては口で言わなくても心配ないだろうけど、一応活気付ける為にも形だけは言っておかなくちゃな。実際にスカイが怪我をしたと言ってもキングとスカイじゃスカイにまだ部があると思うからキングには頑張ってもらわないといけない。

 

「今日はキング達のトレーニングを見るからスカイのことは頼むなスズカ」

 

「スカイちゃんが無理しないようにしっかりと見ておきますね」

 

「そんなことしなくても大丈夫ですよ〜」

 

 スズカもいるしスカイも無理することは無いだろう。無理することはなくてもサボることはあるかもしれないけど、それもスズカがついているから大丈夫だ。

 

 俺はキングとマックイーンを連れていつものスタート地点に向かう。

 

「それじゃあ2人とも準備が出来たら教えてくれ」

 

 いつもならすぐにスタート前のアップを済ませたり、足の状態を自分で把握してスタートに備えている。しかし、俺の指示を聞くとキングが俺の方に寄ってきた。

 

「トレーナーさんちょっといいかしら」

 

「どうしたんだキング」

 

 キングは最近調子が良い。今日も様子を見る感じじゃ調子が悪いようには見えないけどなにかあったか?

 

「今日は少しだけ無茶をしてしまうかもしれないけど……構わないかしら」

 

「無茶か……それは承認しかねる」

 

「なんでよ!弥生賞までもう時間がないのよ!?スカイさんは怪我をしていたと言っても十分な実力を持ってるし、スペシャルウィークさんだってとても強敵だわ……このままじゃあの二人に勝てない!」

 

 キングも焦ってるんだな……だけど無茶させるわけにはいかない。レースで速く走るためのトレーニングなのに、そこで無茶をして怪我でもしたら元も子もない。だけどキングのいうことも最もだ。このまま行ったら勝てるかどうか怪しいところではある。

 

「無茶はするな。俺が後ろからついていくから限界まで頑張れ!」

 

「ふふ、なんだか貴方らしい言い回しね」

 

 キングの頑張りたいという気持ちはトレーナーとしては尊重したい。だけど、トレーナーとして無茶をさせるわけにもいかない。キングが無茶をしそうになったらそれを止めるのも俺の仕事だからな。

 

「マックイーンも最近はスピードトレーニングを重点的に行っていたから、今までよりもスタミナの消費量が激しいはずだから気を付けて走ってくれ」

 

「分かりましたわ」

 

 最近のマックイーンは成長期に入りつつある。そのせいで頭が体の成長に最初のうちは追いつかないかもしれない。ウマ娘は成長期が来るのにかなりばらつきがあるからトレーナーの俺がしっかりと把握しないとな。

 

「それじゃあ準備が出来たらスタートだ」

 

 その後直ぐに2人の準備が完了してスタートした。キングのスタートは上々だ。マックイーンもキングの後ろにしっかりとくっついてスピード負けしていない。

 

(マックイーンの成長もだが、それ以上にキングのスタミナの伸びとスタミナ管理の技術力も上がっている)

 

 行きの道のりでは最後の坂道まではマックイーンがついて行ったが、そこからキングのスピードが上がったのと、スタミナ管理をミスしたマックイーンが減速していきゴールした。

 

「マックイーン動けるかー?」

 

「もうダメですわ……今日は1歩も走れる気がしません……」

 

 マックイーンも最後は減速したとはいえ、スピードトレーニングからスタミナトレーニングに変わって初めてのトレーニングでここまで走れれば上等だ。ステイヤーはスタミナ管理が上手いな。

 

「マックイーンは帰りは車の中だな。慣れないスピードでよくここまで走った」

 

 次はキングだが……疲労度も折り返しにしてはちょうどいい。体が全体的に温まっていい状態を保っているな。スピード自体も決して遅くないペースだったから、今までで1番いい走りをしてると言っていい。

 

「キングはまだまだ行けるな?」

 

「えぇ、今日はなんだかとっても調子がいいの。このまま走りきって見せるわ!」

 

 キングの調子は絶好調だ。後半から疲れで判断力さえ鈍らなければ走り切れるかもしれない。キングの強さはその判断力の高さと冷静さだから恐らく大丈夫だとは思うがどうなるか……

 

「休憩時間が終わったら直ぐにスタートだ。キングはスタートの準備を済ませておけよ」

 

「わかってるわ」

 

 キングはドリンクを飲んで水分補給を済ませると、そのまま軽くウォーキングを始めた。この後直ぐに走り始めるからずっと座りきっりになるとせっかく温まった体も固まっちゃうからな。

 

「キング、そろそろ時間だ」

 

 休憩時間が終わって、キングのスタート準備も終えたのでそのままスタートした。俺とマックイーンが車で後ろから追走する形で後を追う。

 

(後半が始まったばかりだけど、以前よりも足取りが軽いな)

 

「キングさん走りきれるでしょうか……」

 

「マックイーンから見たらどう思う?」

 

 今日のキングはやる気満々だし、調子も今までにないくらいに良い。逆に言えばこのトレーニングでうまくいかなかったら、現在のキングの実力ではこの超ロング走は走り切れないということになってしまう。その現実は本人にも突き刺さるだろう。

 

「私は正直言ってきついと思いますわ……スカイさんのように中距離やステイヤーとしての才能があれば別なのですけど、キングさんはどちらかというとスプリンターやマイラーとしての才能を感じます……やはり超ロング走ともなると難しいと思うんです」

 

「まぁ、普通はそう思うよな」

 

「どういうことですの?」

 

「見てりゃ分かるよ。そろそろラスト1kmに差し掛かるぞ」

 

 ここまでの道のりでかなりスタミナを消耗している、キングの顔からも明らかに疲れの色が見えている。体幹もぶれてはいるけどスピードは衰えていない。追い込まれてからのキングのスピード保持能力はかなり高い。感情論で全て解決するつもりはないけど、キングの根性はかなりのものだ。

 

「キングさんスピードが落ち始めましたわよ!?」

 

(私頑張りましたよね……まだ弥生賞まで少し時間はあるし、今日は無理せずこの辺りで)

 

「おいキング!まだ誰とも戦ってない!スタート地点にも立っていないのにお前は自分に負けるのか!」

 

 キングの顔からは疲れと同時に走りが弱気になっているように見えた。俺たちが後ろにいるからここで休んでも大丈夫という心の余裕が生まれてしまった。レースで戦う時はいつでも1人だ、ここで自分自身を追い込めないと本番で極限まで自分を追い込めなくなってしまう。

 

「私はキング……キングヘイローなのよ!こんなところで負けてたまるもんですかぁぁあ!!」

 

(そうよ……トレーニングで妥協していたら本番のレースで勝てるわけなんかないわ!)

 

 ラスト100mのところでキングがペースを整え直した。さらにそこからペースを上げてそのままゴールしたが、限界まで自分を追い込んだせいでキングはそのまま倒れこんでしまった。

 

「キングお疲れ様!最後良く耐えきった!」

 

「あそこまで言われて止まれるわけないじゃない……」

 

 キングにドリンクとタオルを渡して休憩を取らせる。前回みたいに救急車を呼ぶほどの状態じゃないし、意識もしっかりとしている。スタミナも今あるぎりぎりまで絞りつくしたと言ってもいいだろう……キングはこのコースをついに完走したんだ。

 

「マックイーン見てたか」

 

「しっかりと見ていましたわ……極限状態まで追い込まれたあの状況からペースを立て直すなんて驚きましたわ」

 

 キングの追い込まれた時の強さは異常だ。ただ、疲れでうまく思考が回らないせいでそれに気がつけないでいる。弥生賞の手前でまさかこんな課題が見つかることになるとは……克服できたならキングの後半の強さは必ず武器になる。皐月賞か日本ダービーまでには間に合わせたいところだが、今日はキングが一つの目標を達成したことを喜ぼう。クラシックで戦っていくための必要最低限のスタミナがキングにはついた……明日からキングは完全に弥生賞に向けての調整が始まるからな。

 

(弥生賞……本格的にどうなるかわからなくなってきたな)

 

 



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2年目の春
第70話:激闘!弥生賞!


また描き上がりが8時すぎてしまったのでこの時間にupです。申し訳なし。


 今日は弥生賞当日だ。今日のレース結果で皐月賞に出走できないということはないが、クラシック路線に乗り込むんならこのレースではしっかりと勝利を納めたいところだ。しかし、今日一着でゴールできるのはたった一人だけだ。

 

「スカイにキング、二人には既に作戦は伝えてあるしやることは分かってるな?」

 

「全力で走るだけですわ」

 

「一番にゴールするだけだよね~」

 

 2人とも調子も良さそうだし、チームメイトが同じレースに出走しているからと言って普段と違う様子もなさそうだし良かった。これからクラシックで二人はバチバチにやりあうことになるから変に気をつかっていたらどうしようかと思っていた。

 

「俺は観客席から見ているから……今出せる全力で走って来い!」

 

「「はい!」」

 

 2人を見送って俺は観客席へと戻る。今日は俺とスズカとマックイーンだけで見に来たわけじゃないからな。ついに沖野先輩と直接対決することになるんだ。スペは最初こそはレース経験の少なさからいいレース展開を繰り広げられずにいたが、それでも本人の実力で一着を勝ち取ってきた。

 

「待たせたなスズカにマックイーン」

 

「いえいえ、先に来ていた方々と色々とお話をしていたので大丈夫ですわ」

 

 マックイーンの奥には葵さん一堂と沖野先輩とスピカメンバー、東条さんに南坂トレーナーも見に来ていた。東条さんはチーム全員を連れてきているわけではなかったけどデータを取るためにカメラの準備をしていた。

 

「よー後輩やっと来たか。今日を楽しみに待ってたぜ」

 

「先輩相手でも負けるつもりはないですよ」

 

「ひゅー言うねぇ……スペも一番のコンディションで挑んでる、簡単には負けないぞ」

 

 元より簡単に勝てるとは思っていない。スカイとキングがお互い以外にライバルをあげろといったらスペの名前が一番最初に出てくるだろうからな。今回の強敵は間違いなく沖野先輩のスペだ。

 

「…………」

 

「どうかしたかスズカ?」

 

 いつもなら今日のレースについて話しそうなものだけど、スズカは今日は妙に静かだ。何か考え事だろうか?もしかして去年の自分の弥生賞の事を思い出しているとか?

 

「いえ……チームメイトのスカイちゃんとキングちゃんに勝ってほしいのはもちろんのことなんですけど、同室で友達のスペちゃんにも勝ってほしいと思っちゃうんです」

 

「なるほどな」

 

 チームメンバーに勝ってほしいと思うのはごく自然なことだけど、そのレースに別チームから自分の友達が出走してるとなると何とも複雑な気分だろうな……

 

「別にスペのことを応援したって構わない。スズカはスズカが頑張って欲しいやつを応援すればいいし、勝ってほしいやつに声援を送ればいいんだ」

 

 出来ればチームメイトを応援してほしいけど、強要するわけではない。特別な存在っていうのは人それぞれだからな。

 

「そうですね……それじゃあ私はスペちゃんもスカイちゃんもキングちゃんも応援します!」

 

「そうだな!そうしてくれ」

 

 全員応援するのもそれでいい。俺は全力でスカイとキングを応援するつもりだし、マックイーンはスカイの事を応援する気満々だ。一体どこからその黄緑のメガホンを取り出したんだ……

 

『本日出走するウマ娘達がパドックに入場します』

 

『……3枠3番キングヘイロー!ここまでのレースは4戦3勝!クラシック直前のこのレースでどのような成績を残すのか!?1番人気です!』

 

 キングの調整はあの後無事に進んで行った。コンディションもいいし、やる気も十分。1着を狙っていけるはずだ。

 

『7枠10番セイウンスカイ!前回のレースの後に怪我が発生しましたが、以前のような走りを見ることができるのか!?3番人気です』

 

 スカイは3番人気か……怪我のこともある。かなり戻せてはいるとは思うんだけど、それでも全盛期ほど戻ったかと言われるとなんとも言えない状態だ。スカイが今日のレースでどこまで戦い抜いてくれるのか。

 

『8枠13番スペシャルウィーク!ここまでのレースは3戦2勝!キングヘイローに続く2番人気です!』

 

 スペの仕上がりも良さそうだ。ラストスパートでスカイが逃げ切るか、キングかスペが差し切るかの勝負になるか?キングとスペのどっちの末脚が速いのか、どちらが早く仕掛けるか良いポジションを取るのか……勝負が始まってみないと全くわからない。

 

「そういえば、葵さんも東条さんも見に来たんですね」

 

「クラシック路線に入る前の一番重要なレース、しかも他チームの未来のエースが出るんだから見ないわけにいかないでしょ」

 

「私も東条さんと同じような理由なんですけど、グラスさんがどうしても3人のレースだけは見ておきたいということなので」

 

 葵さんの横には真剣な目でパドックのウマ娘たちを見ている。グラスワンダーは同じレースに出走していなくても同級生とかそういうものの前に既にライバル視しているんだな。

 

『出走するウマ娘たちがゲートインの準備をしています』

 

 

「スカイちゃんにキングちゃん」

 

「何々スペちゃん?まさかレース直前に宣戦布告?」

 

「私は逃げも隠れもしないけれど?」

 

 スカイ、キング、スペの3人が円を描くように集まっている。3人がお互いを見合ってお互いを意識しているんだ。その空気はいつもの3人にはないピリピリとした空気感が漂っている。

 

「私は今日勝つために頑張ってきました!いいレースにしましょう!」

 

「私はいつも通りいかせてもらうよ~」

 

「私はキングヘイローなのよ?正面から正々堂々打ち勝って見せるわ!」

 

 3人はお互いに視線を合わせた後に各々のゲートに入っていった。スカイもキングもスペも2人以上同時にレースに出走したことがない。3人ともこのレースの展開は読めずにいるが考えることは同じだった。

 

『『『自分の全力の走りで勝つ!』』』

 

 

『全員がゲートへと入りました。芝2000m晴バ場状態良となります。13人のウマ娘がクラシックへの思いを胸に、今スタートしました!』

 

「スカイが先頭を切ったな」

 

『先頭を切ったのはセイウンスカイ!1番人気キングヘイローは先頭集団に入ります!続いて3番人気スペシャルウィークは後方からのスタートとなります!』

 

「予想はしてたけどセイウンスカイの逃げ足は中々のもんだな」

 

「はい。スカイは順調な出だしです。ただキングのほうは……」

 

 スカイはいつも通りの自分の走りができている。レース全体の流れもつかめてるし、ペースメイクもしっかりとできている。ただ、キングが少し掛かり気味だ。確かに今回の作戦は先行策で行こうという話ではあったけどスカイに引っ張られている先頭集団に無理についてくことはない。完全に掛かってるな。

 

「頑張れー!頑張れー!スカイさん!」

 

 そんな俺の心配をしている真横でマックイーンは全力でスカイの事を応援している。スズカはキングのことを見ていて少し心配した顔をしている。スペは後方で冷静にポジションを確保しながら前を確実に狙っている。

 

 400m800mを通過しても3人の順位は動かない。このままいくとキングのスタミナが確実に最後まで持たないぞ……頼むどこかで冷静に戻ってくれ!1000mあたりまでに気づかないと1着を狙うのは相当厳しくなってくる。

 

『おぉっと!ここでキングヘイローがペースを落とす!スペシャルウィークとキングヘイローが並びました!』

 

 キングが冷静を取り戻して終盤戦に備えて足を溜め始めた。ここまで来ると俺も沖野先輩も無言でレース展開を見守ることになる。ただただ自分の担当ウマ娘の走りを見守って勝利することを信じて。

 

『スペシャルウィークがペースを上げます!そのすぐ後方にはキングヘイロー!登り坂に入る前にスペシャルウィークとキングヘイローがセイウンスカイと距離を詰めていきます!』

 

「勝負は坂を上り終わった後の最後の平坦の直線だな」

 

 沖野先輩の言う通り坂道で勝負は起こりにくいから最後の平坦で勝負は決まると思うだろう。坂道はスタミナを多く消耗するし、それに対して大したスピードは得られない。

 

『坂道に入ってセイウンスカイが少しペースを上げている!?スペシャルウィークとキングヘイローもそれに食らいつくように坂道を駆け上がる!』

 

 キングは前半でスタミナをだいぶ消費してスピードは伸びなかったが、スタミナが多いスカイはこの坂道からしかけ始める。普段のトレーニングで坂道を走るのはある程度慣れているし最後にバテるなんてことは無いはずだ。

 

『キングヘイローがここでスペシャルウィークに距離を離される!ここからはゴールまで平坦コースです!』

 

 キングがスパート手前で取り残されて、スペはスカイを射程圏内にとらえ始めてる。このまま負けるのか?キングは掛かってしまって自分らしいレースができなかったしスカイも怪我が治ったばかりで本調子でしょうがないと割り切るか……?

 

「スカイ!キング!ラストスパートだ!まだレースは終わってないぞぉぉぉぉおおお!!」

 

 理由があるから負けてもいい?そんなわけがない。負けてしまう理由があるから勝つ方法を考えるんだ。二人はこんなところで諦めるウマ娘じゃない!

 

(トレーナーさんも無茶いうな~……今でも今出せるトップスピードで足も限界に近いって言うのに。だけど、そこまで応援されたんじゃ負けられないよね!)

 

「うわぁぁぁぁああ!!」

 

 スカイは自分の限界を叩き壊すように、今の足の疲れを吹き飛ばすように全力で咆哮した。そして、もう一段階だけペースを上げてスペから距離を離す。

 

(私の名前を呼ぶ声が聞こえる。たった一つ小さな声だけれど確かに私の名前を呼んでいる!私はキング……キングヘイローよ!)

 

【Call me KING】

 

『セイウンスカイがペースをさらに上げる!スペシャルウィークに一度は離されたキングヘイローもペースを立て直しスペシャルウィークに今並びました!』

 

 残り100mでスカイとキングとスペの3人が完全に横に並んだ。スカイは既に限界のスピードを出しているし、スタミナ的にはキングは限界を超えて走っている。そうなると問題はスペにどれほど力が残っているか。

 

『スペシャルウィークが前に出た!セイウンスカイとキングヘイローはついていけません!スペシャルウィーク!スペシャルウィークだ!今1着でゴール!』

 

 負けたのか……?スカイとキングが。スカイもキングも限界を超える走りをしていた。2人の全てをもってしてもスペには届かなかったのか……今の俺たちじゃスペには勝てなかったか。

 

「スズカ、マックイーン。俺は2人のところに行ってくるからウイニングライブの場所取りは任せたぞ」

 

 レース終了直後に俺は2人のもとへ走り出した。一瞬でも速く2人の元に行かないといけないと思ったというのもあるが、体を動かさないと今でも泣きだしてしまいそうになったんだ。

 

「「トレーナーさん……」」

 

 しかし、2人に会った瞬間にその涙は引いた。レースが終わって一番泣きたいのは俺じゃない。レースで走った本人たちじゃないか、俺が2人の前で涙を見せてどうするんだ。

 

「2人ともお疲れ様」

 

 俺の言葉に安心したのか、それともレースが終わったという実感が疲れを一気に体に促したのか。それは分からないが、2人は今にも泣きそうに顔を歪めていた。GⅡレース、傍から見れば2着と3着の高順位。けれど2人はスぺに負けた。それが悔しくて仕方がないんだ。

 

「皐月賞だ!」

 

 俺が急に大声を出したことによって2人が呆気にとられる。そして、視線が俺に集まっている。

 

「今は涙をこらえて悔しさを力に変えろ!皐月賞……GⅠの舞台でリベンジを果たすぞ!」

 

「「はい!」」

 

(私はまだまだ強くなれる!)

 

(ここで諦めたらキングの名折れよ!)

 

 キングとスカイは溢れだしそうだった涙を拭いで俺と目を合わせる。その顔にはさっきのような弱気さは見られず、次は負けない自分が勝つんだという強い想いが感じられた。

 

 ウイニングライブを無事に終えて、帰り際で沖野先輩に出会った。あちらも帰る直前だったようで、スペと他のメンバーは既に車の中に乗り込んでいた。

 

「沖野先輩。今日は負けましたけど次は負けません」

 

「次もうちのスペが勝つさ」

 

 その一言だけ交わして俺たちは各々の車に乗り込んだ。本当の勝負は皐月賞からのクラシック路線の三戦だ。スカイとキングの二人がクラシックを掴んでくれる。俺はそう信じてるし、トレーナーとして二人を支えて行かなくちゃいけない。

 



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第71話:反省会!振り返る弥生賞

アンケートのそう投票数が250票を超えた現在の結果です。
サイレンススズカ 87票
セイウンスカイ 67票
キングヘイロー 35票
メジロマックイーン 34票
トレーナー 27票

スズカとスカイの2人が順調に票を伸ばして1位と2位。キングが前回よりも票が伸びて3位。続いて僅差でマックイーンが4位で最下位はトレーナーとなります。


 今日はトレーニングからじゃなくてチームルームでミーティングからスタートだ。先日行われた弥生賞のレース展開や結果を踏まえての反省会を開いている。

 

「とりあえずレースの動画見ていって反省会するぞ〜」

 

「え〜自分の負けたレース見るの〜」

 

「負けたレースでも負けた理由と、相手の何が強かったかがわかってくるだろう」

 

 弥生賞では完全にスペに実力差でスカイは敗れてしまった。キングは前半で冷静でいられずにオーバーペースでスタミナが持たずにスペに置いてかれた。単純なスピード勝負ならキングはスペに負けていなかったが……これもまた実力差ってことか。

 

「スズカとマックイーンも動画を見てなにか思うことがあったら言ってくれ」

 

 俺は弥生賞の動画を再生した。スタートは2人とも問題はなかった。スカイは先頭を上手く取れていたし、キングもポジション的には悪くなかった。ここまでは2人とも予定通りの出だしだったんだけどな。

 

「キングはここで焦ってペースをあげたな」

 

「スカイさんが想像以上にハイペースで入ったのと、後ろについてるスペシャルウィークさんに圧を受けてしまったわ……もう少しレース全体を冷静に観察すべきだった」

 

「ふっふっふ、セイちゃんの作戦通りですね」

 

 スカイのお得意の作戦でレースが全体的にひっぱられていた。個人に仕掛けたものなら対処しやすいが全体的にペースが上がっていくと、自分一人だけペースが上がっているわけではなくてそれが普通のペースと錯覚しやすい。逃げで先頭からレースを動かそうとするスカイのこの作戦は非常に強く有効なものだ。

 

「でも、スペにはその作戦も通用しなかった。単純な実力勝負に最後持ち込まれてスカイは負けた」

 

「「…………」」

 

 しょっぱなから重い雰囲気になってしまった。とりあえず動画を再生しよう。まだレースがスタートしてから少ししかたってないからな。ここからレース中盤から終盤にかけてのレース展開を確認していかないといけない。

 

「レース中盤のレース展開は悪くはなかった。スカイは先頭をしっかりと維持していたし、スタミナ的にも問題はなかった。キングも冷静さを取り戻してペースを抑えてラストに備えてしっかりと足を溜め始めたからな」

 

「このまま行ったらラストスパートでスカイさんに追いつけずにスペシャルウィークさんには差されると思ったわ」

 

 中盤はキングが冷静さを取り戻してからレースはあまり動かなかった。スカイ、キング、スペの三人がお互いの状況を見合っている状況だ。問題はここからの終盤、坂道に入ってからだ。スペの走りで俺が個人的に気になる場面があるからな。

 

「ここからが問題だな……」

 

「ここって私が坂道に入ってからしかけ始めたところですよね?」

 

「そうだな。スカイのこの判断は正しかった。自分のスタミナの多さと坂道の得意さを活かした良い作戦だ」

 

 ここでスカイが一番早く仕掛けて、キングも後ろから追い越そうとペースを上げようとしたがスタミナ不足でペースアップできなかった。しかし、この三人のなかで唯一スタミナもスピードも能力値的には十分のはずだったのにスペは仕掛けなかった。

 

「スペちゃん……もしかして」

 

「多分スズカの想像通りだ。スペは坂に慣れていない、もしくは坂が得意ではない可能性が高い」

 

 スペは平坦コースになってから一気に加速して仕掛けてきた。例えスカイが坂道でのアドバンテージを易々と渡すとは思えない。次のレースまでの期間一ヵ月でスペがもしかしたら弱点を克服してくる可能性はある。沖野先輩がその弱点に気が付いているかどうかはわからないが、単純にスペの弱点克服が間に合わない可能性もある。そこは様子を見つつ作戦を立てればいいだろうが。

 

「この弱点を利用しない手はない。スペの弱点克服も視野に入れるとすると、今は単純な実力アップを目指すぞ」

 

「そうだね~……ラストの直線では完全に実力勝負で負けちゃったからなぁ……」

 

 スカイはスピード、キングはスタミナが足りていない。皐月賞までには最低限この二つを補っておきたい。キングのスタミナはある程度は足りてはいる。スピードとスタミナをどちらも上げていきたいところだ。スピードはすでにスペを上回っているが、さらにそこで差をつけることによって勝利を確実にしていくはずだ。

 

「スカイもキングも今日からはメニューを変えていくぞ」

 

「あの~私やスズカさんのトレーニングがどうしますの?」

 

 スズカのトレーニングメニューは決まっているんだけど、マックイーンのメニューをどうするか決めかねていた。マックイーンのスタミナの伸び率はスカイ同様かなり高い。しかし、そこばかりを重点的に鍛えすぎて別をおろそかにするわけにはいかないんだよな。

 

「スカイはスピードトレーニングのためにショットガンタッチを行う。キングは1000mのインターバルトレーニングだ」

 

「キングちゃんのインターバルは分かるんだけど、私のショットガンタッチ?ってなんなんですか?」

 

「ショットガンタッチていうのは、スタート地点からボールを投げてそれを走るやつが取りに行くっていう遊び?スポーツみたいなもんだ」

 

 まぁ、ショットガンタッチの由来なんかはどうでもいいんだけど。その内容はスピードトレーニングに向いている。スタートからの瞬発力と、ウマ娘の強肩から放たれる投擲距離。瞬発力とスピードの維持力の二つが鍛えられる。

 

「マックイーンとスカイの2人でこのトレーニングをする。1000mのインターバルはキングとスズカの2人だ」

 

「自分で言うのは悔しいけどスズカさんと私じゃ実力差で周回差ができると思うのだけど」

 

「そこに関しては安心してくれ……周回数差分1000mダッシュ追加な?」

 

 こういうのは闘争心を煽るような罰ゲームをたまには用意するのも一興だ。もちろん二人の負担をみて止めることもあるだろうが、基本的には走ってもらう予定ではいる。

 

「そんなめちゃくちゃな!スズカさんだって流石にきついですよね?」

 

「私は全然かまわないですよ?キングちゃんとはスタミナトレーニングばっかりしてきたから楽しみだわ」

 

 残念だったなキング……スズカと組んだ時点でお前に逃げ場は既にないんだ。このトレーニングを乗り越えてまた一つ強くなれ。スカイは最初スズカに痛いほどしごかれてここまで伸びてきたんだから、キングもきっと大丈夫だと思う。

 

「キングさんは大変ですわね……」

 

「おーっとマックイーン。しっかりとお前たち二人の分も考えてあるぞ?」

 

「ちくしょぉぉですわぁぁぁ!!」

 

 スカイはマックイーンを弄るのが好きだし。これを理由にトレーニングにさらにやる気を出してくれるかもしれない。しかも、マックイーンはしっかりとスカイに対抗心を持っているからちょうどいい。

 

「投げたボールをキャッチできなかった場合はもう一人がボールを取りに行っている間に腕立て伏せな」

 

「へ~それは面白そうだね~マックイーンちゃんが小鹿のように腕も足もプルプルさせてるのを拝めるかもしれないんだ」

 

 2人の間に脚力とスタミナの差はあれど肩力はあまり変わらないはずだからな、球を飛ばす距離はあんまり変わらないはずだ。スカイは釣りが趣味と言ってたし、他のスポーツをあんまりやっている様子はない。マックイーンもスイーツをパクパクしているだけでスポーツをやっているイメージはないしな。2人のどちらかが野球とかハンドボールとかをしっかりとやってたら大変なことになりそうだけどな。

 

「とりあえずは皐月賞が終わるまではチーム全体のトレーニング方針はこんな感じだ。全員気合入れてけ

 よ。スカイとキングは言わずもがな、スズカだって近くにレースを控えているし7月には本命の宝塚記念が待っているんだからな。マックイーンもこのままいけば年末にはデビューできるだろう」

 

「「「「はい!」」」」

 

 チーム全体の士気は上々。沖野先輩待っていてくださいね?次のレースで勝つのは俺たちチームレグルスです。

 

 



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第72話:実践!新トレーニング!

いつの間にかお気に入り500突破しました……ありがとうございます!


「とりあえず今日はスカイとマックイーン2人のトレーニングを見るけど問題ないか?」

 

「私は問題はないですよ?」

 

「私も大丈夫よ」

 

 とりあえずキングとスズカは大丈夫そうだ。2人はしっかりものだし、トレーニング内容をしっかりと見て理解できるだろう。トレーニング自体は特別難しい内容ではないからな。

 

「というわけでスカイとマックイーン準備はいいか?」

 

「私は問題ありませんわ!」

 

「私も大丈夫ですよ〜」

 

 スカイはいつも通りだけど、マックイーンが気持ちいつもよりやる気を感じるのは気のせいだろうか?いつも弄ってくるスカイに一矢報いてやろうとでも考えているのか。

 

「じゃあまずはスカイが球を投げてそれをマックイーンが取りに行ってくれ」

 

「それじゃあいくよマックイーンちゃんッ!!」

 

 最初から全力投球!?投げたスカイはニヤニヤと走るマックイーンを眺めている。1本目だからって流石にやりすぎだろ……さすがにマックイーンも取れな……って取ってる!?なんて綺麗なスライディングキャッチ。

 

「えっ……?マックイーンちゃん?」

 

 投げたスカイも唖然としてるし。なんでマックイーンがそんな高クオリティのスライディングキャッチができるんだ?あのレベル最近初めて到達できるレベルじゃないぞ?

 

「次は私の番ですわねスカイさん……行きますわよっ!!」

 

 マックイーンもスカイが全力投球してきたことには気付いていたようで、まるでお返しするかの如くの全力投球。だがしかし、スカイとは全く違う美しいフォーム。球の速度も飛距離もスカイよりも格段に上だった。

 

「ちょっとマックイーンちゃんそれは聞いてないよぉぉおおお!」

 

 スカイは絶叫しながらも何とか球に追いついてキャッチしていた。なんという闘争心……マックイーンよりは先に落とさないという鋼の意思と鉄のような強さを感じる。

 

「ハァハァ……次は私の番だねマックイーンちゃん」

 

 スカイはニヤニヤとしながら球を構える。待ったスカイやめておいた方がいいんじゃないか?そこからは地獄だぞ……

 

「ほらマックイーンちゃん取ってこぉぉぉぉおおおい!!」

 

「絶対落としませんわぁぁぁあ!」

 

 なんかこいつら1周回って楽しそうだな。一応はかなり負荷がかかるトレーニングのはずなんだけどな……さっきから叫んで全力でトレーニングに励んでいる。

 

(前々から思ってたけどトレーニングする相手っていうのも大事だよな)

 

「落としてしまいました……」

 

「ほらマックイーンちゃんさっきみたいに全力投球しなよ」

 

 そう言いながらスカイはマックイーンに球を渡した。さっきと違って腕立てのペナルティを背負っているマックイーン。さすがにさっきまでみたいに全力投球することはできないよな。

 

「こうなったらやけくそですわ!」

 

「ちょっとマックイーンちゃん本気!?」

 

 まさかのマックイーンの全力投球に呆気に取られたスカイはスタートが出遅れてしまって球に追いつけそうになかった。

 

「一矢報いてやりましたわ……」

 

「マックイーンは喋ってないで腕立てしろ腕立て」

 

 走って疲れてるせいもあってマックイーンもひぃひぃ言いながら腕立てをしていた。球を落としたスカイがそれを拾って戻って来るまで腕立ては続くんだけど、これはマックイーンの自業自得なので何も言えなかった。

 

 その後もスカイとマックイーンの全力投球は続いた。投げて取って落として腕立てをして2人はへとへとになっていた。スカイよりも先にマックイーンがダウンすると思っていたんだけど、いかんせんマックイーンの投擲距離が長いもんだからスカイもへとへとになっていた。

 

「私の方が取り逃した数は少なかったですわ」

 

「いや~セイちゃんの方が少なかったと思うなぁ」

 

「「どっちの方が少なかった?トレーナーさん!」」

 

 そんなにしっかりとカウントしてなかったんだけどな……ぶっちゃけ後半の方は2人ともへとへとになって拾い逃しも多かったし。気持ちマックイーンの方が少なかった気はするんだけど、2人の視線が怖い。ここは無難な回答を……

 

「大体同じくらいだったと思うぞ?そんなことよりしっかり休憩して次に備えてくれ」

 

「えぇ!これまだやるの!?」

 

「そんなの私聞いてませんわ!」

 

 本当は一本目から過度な負荷がかかる予定はなかったからな。お前たちが勝手にヒートアップしてあんな全力投球するから……罰ゲームの腕立て伏せの時間だってどんどん伸びていくし。その割には2人とも投球の力を抑えようともしないし。ストイックなんだかただのバ鹿なんだか……

 

「ほら、体冷やさないようにジャージ着てドリンクも飲んで!」

 

 2本目からは2人とも加減を覚えたのか投擲距離が短くなっていた。それでも2人ともしっかりと全力で走ってくれるから助かる。本来はこのくらいを想定していたんだけど2人とも無茶するから……結局その翌日からのトレーニングでも1本目はかなりの強度の高い練習をしているようだ。

 

 

ーーー翌日ーーー

 

「っというわけで本日はキングとスズカのトレーニングに付き添う」

 

「どういうわけなのよ……」

 

 とりあえずトレーニングメニューの再確認と昨日のトレーニングの様子だけは聞いておくか。昨日のトレーニング終わりに少しだけキングがナイーブな感じになっていた気がするし……スズカさんあなた何かしたんじゃないだろうな?

 

「トレーニングメニューは1000mトラックを一周ダッシュしてから200mのジョギングをしてそこからさらにトラックを一周の繰り返しのインターバルトレーニングだけどここまでは問題ないな?」

 

「問題ないですね。昨日もその通りにトレーニングしましたよ?」

 

「確かにここまでは特に問題ないわね」

 

 トレーニングの方はうまく進行していたらしい。特別に難しいことをしているわけではないし失敗することもないとはわかっていたが。しっかりと確認できたので安心した。

 

「それを5本終わるごとにしっかりと休憩をはさんで」

 

「ちょっとまってトレーナーさん。それは分かってるのよ。分かってるんだけどなぜかそこもうまくいかないの」

 

「それってどういうこと?」

 

 休憩がうまくいかないってどういうこと?インターバルトレーニングのほうが上手く進行しなくてグダってしまったとかならまだわかるんだけど、休憩がうまくいかない?200mのジョギングを挟むから回数も分かりやすいように5本で区切ったんだけどなぁ……

 

「スズカさんがどうしても5本目終わった後に6本目に入っちゃうのよ!それを止めるために私も走らなきゃいけないし!」

 

「私も意識はしていたんですけど気がついたら走っていて」

 

 なるほど……もしかして今のスズカにはこのトレーニング量じゃ足りていないのかもしれない。5本目が終わって6本目に自然と入ってしまうということは、まだまだスズカに余力が残っているということだ。自分の担当ながらも最近のスズカの成長速度は末恐ろしいな……

 

「とりあえずスズカは一回のインターバルの本数を3本だけ増やそう。もしそれで足りないようならペースをさらに上げることを意識して走ってくれ」

 

「わかりました!」

 

 本数を増やされて喜ぶなんてスカイとかと比べると考えられないな。スカイなんかは一応色々言いながらもこなしてはくれるんだけどね……スズカは自分から積極的に走りたがるからな。トレーニングにストイックと言うよりかはシンプルに走るのが大好きだからなスズカは。

 

「それで?他にも何か問題があるのか?」

 

「インターバルトレーニングが終わった後の周回遅れした分のランニング……スズカさんのインターバル中の200mのジョギングのスピードが速くて距離が増えるんですわ!気分転換に外周を走ることにしたらスズカさんが気づいたら居なくなって、それを探すのにどれだけ走ったか……」

 

 外周のランニングの時は一応グラウンドに戻ってくるんだけどな。もしかしていつもランニングの時間が長いのって、本人が無自覚の間に迷子になって無自覚の内に帰って来るからなのでは?トレーニング後のランニングはダウンのためのジョギング程度に考えていたんだけどな……

 

「トレーニング後のランニングは5kmで固定にしよう。スズカもそれでいいな?」

 

「わかりました」

 

「とりあえず、今言った感じでトレーニングを進めていこう」

 

 俺とスズカの会話を聞いてキングもほっとしていた。スズカもここまでトレーニングの調整と圧力をかけて置けば流石に暴走することはないだろう……ないよな?

 

「それじゃあ、さっそくトレーニング始めて行くぞ」

 

「「はい!」」

 

 まずは1本目。スズカもキングもさすがのスピードだ。キングは元々スピードに関してはかなり磨きがかかっていたのに加えて、スタミナも伸びたおかげでそのスピードを今まで以上に有効活用できている。スズカに関しては凄いの一言に尽きるな……フォームも綺麗だしスピードもかなりのハイペース。それでいてペースが乱れることもない。

 

 2本目3本目も順調にトレーニングは進んでいく。1セット目は無事に終了してキングは先に休憩に入った。スズカは今8本目のラストに入ったが、スズカの顔にも疲れの色が出ていた。5本目あたりまでは涼しい顔をして走っていたのにここまでくると厳しいか。これ以上の本数にするとダレて2セット目と3セット目が上手く回らなくなりそうだ。

 

「スズカもお疲れさま、2セット目に入るまでしっかりと体を休めてくれ」

 

「トレーナーさんから見て今の私はどうかしら?スカイさんにも対抗できると思う?」

 

 スズカにドリンクを渡した後でキングが俺に直接訪ねてきた。スカイとキングの実力は拮抗していると言ってもいい。スカイはスタミナとレースを動かす力、キングはスピードとその判断力で互いを上回っている。

 

「いざレースになってみないと分からないけど、俺が見ている感じでは実力は拮抗してる」

 

「そう……ならその考えを変えられるような走りを見せてあげるわ!」

 

 キングは俺に高らかと宣言してスズカと一緒にトラックに向かった。キングは言うだけあって2セット目もしっかりと乗り越えて、2セット目の休憩を終えて3セット目に差し掛かろうとしていた。キングにとってはここからが本番だ。差しの最後のスパートと……あとは根性だな。根性論じゃ何も解決はできないけど、根性がなけりゃ何もできないからなぁ。

 

(それにしても予想外だな……キングが3セット目をここまで走るか)

 

 キングはすでに汗のせいで泥だらけだ。それだけ自分の体を追い込んでいて体はくたくたのはずだ。それでもキングは自分のペースを維持している。スタミナは限界に近いはずなのに、それでもキングは全力で走り続ける。その気持ちの強さがキングの走りを支えているのかもしれない。

 

 とりあえず今後は2つのグループを週ごとに入れ替わりで見ることにしよう。どちらも俺が見てなくてもトレーニングには全力で取り組んでくれるだろうし、2人1組だから何かが起きた時はどちらかが俺を呼びに来ることもできるだろうしな。皐月賞まではあと1カ月、日本ダービーまでは2カ月で宝塚記念が2カ月後。油断はできない。



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第73話:飲む!トレーナー飲み会! 6杯目

中山記念を書くか書くまいか悩んでたんですけど、今回はスキップさせてもらいました。


 今日は3月15日でスズカの中山記念のレース当日だった。レース内容は上々で無事に1着でゴールすることができた。ウイニングライブが終わった辺りに葵さんからの連絡が入った。

 

『忙しいと思うんですけど。今晩少しだけ時間を開けて貰えないでしょうか?』

 

 今日と明日のうちにスズカの今日のレースについてまとめないといけないんだけど……けれど、それは葵さんも承知の上で連絡してきたんだろう。葵さんには世話になってるし、なによりも同期の友人の頼みだからな。幸いにも今回のレースは上手くスズカが勝利したし、特別作業が多いわけじゃないから明日頑張れば何とかなるだりう。

 

(それにしても葵さんから連絡が来るとはな……そんなに悪いことが起きてなければいいんだけど)

 

 とりあえずはスズカ達を学園に送り届けて、軽く準備を済ませてからいつも集まる飲み屋に向かった。なんか長めに話すならここっていうのが俺や葵さんの中に定着しつつある。

 

「葵さんお疲れ様です」

 

「お疲れ様です紫葉さん。忙しい中わざわざありがとうございます……」

 

 俺が飲み屋に着いた時には葵さんは既に席に着いていた。葵さんの顔には元気がなく、目の辺りには涙を流した跡が残っていた。これは少し覚悟しておいた方が良さそうだな……

 

「葵さんの方から誘って来るなんて思ってなかったから驚きましたよ」

 

「あっそうでした……紫葉さんは今日レースがあったから知らないんですよね。私レースがあって忙しい中誘ってしまったじゃないですか!ごめんなさい……」

 

 ちょっとだけ葵さんがパニック状態になってしまった。今のを聞いた感じじゃ、俺たちがレースに行っている間に学園で何かあったのか?戻ってそのまま来たから分からないんだけど。

 

「いや、大丈夫ですよ。何があったのか話して貰えませんか?」

 

「実はグラスさんが骨折してしまったんです……とりあえず病院に連れて行ったんですけど、私どうしたらいいかわからなくなっちゃって」

 

 グラスワンダーが骨折!?彼女はスカイ世代ではスカイたちと並ぶ実力の持ち主で、周りからは頭一つ抜けた実力の持ち主だ。しかも今は3月でクラシックに入る直前の重要な時期だ……骨折となると春の復帰は厳しいだろうな。状態が酷ければ復帰どころか引退までありえる。

 

「骨折の状態は結構ひどい状態なんですか?」

 

「幸いにも小さな亀裂だけで済んだんですけど……春の復帰は絶望的。しっかりと走れるようになるのも夏になると言われました……レースへの復帰は早くても秋になると思います」

 

 いくら状態が悪くなくても骨折は骨折だ。それもウマ娘にとって命と言っても過言ではない足の骨折。葵さんが名門桐生院の出身で対処方法を知っていてもどうしたらいいか分からなくなっているんだ。それも俺が今日レースに行っていることを忘れるほどに取り乱してしまっていた。

 

「私がもっとしっかりしていればグラスさんを怪我をさせることなんてなかったんです……グラスさんはあんなにも頑張っていたのに」

 

「葵さんだけの問題ではないですよ。俺たちはウマ娘とトレーナー2人が一緒に頑張って結果を残しているんですから」

 

 そうだ、葵さんは今はやらなきゃいけないことがある。担当を怪我……しかも骨折させてしまって葵さんは今とても落ち込んでいる。不安だろうし悲しいだろうし悔しいとか言ったそういった感情が渦巻いてると思う。でも、葵さん以上にグラスワンダーは今不安な思いをしているはずだ。

 

(だからこそ、俺はトレーナーとして友人として厳しいことを言わなくちゃならない)

 

「葵さんが辛いのはわかります。俺も担当のウマ娘を骨折とまでいかずとも怪我させてしまいましたし。だけど、葵さんはやらなきゃいけないことがありますよね」

 

「私がやらなきゃいけないこと……」

 

「今回の骨折のことを反省することも、自分の気持ちと折り合いをつけることも大切です。だけど今はグラスワンダーの事を考えて行動するべきじゃないですか?」

 

 厳しいことを言っているのは分かっている。すぐに行動に移すのも難しいと思う。それでも、俺は友人として言わなくちゃならない。骨折となると今後のことについて考えることはいっぱいある。メンタルケアも勿論、怪我の治療だけじゃない療養中に何をさせるか、退院した後のリハビリの事やレース復帰プラン。考えることは大量にあるんだ。

 

「今一番辛い思いをしているのはグラスワンダーです。いくらウマ娘が肉体的に俺たちより優れていても、その心はどこにでもいる少女たちと変わりません。トレーナーと担当ウマ娘以前に俺たちは大人で彼女たちは子供です。今は葵さんが頑張らなきゃいけない時なんですよ!」

 

 分かっていても中々難しいことだ。俺もスズカの怪我の時は凄い落ち込んだり、追い込まれてみんなに迷惑をかけることもあった。だからこそ、誰かが言ってあげないといけない。ハッピーミークは体が頑丈で怪我をすることが無かったから葵さんは自分の担当ウマ娘が怪我をしてかなり混乱している。

 

「私が頑張らないといけない。そうですね!今まではグラスさんが頑張ってきた。辛いトレーニングも頑張って、レースでも勝利を納めてきたんだから。今は私が頑張らないと!」

 

「その意気ですよ葵さん!」

 

 葵さんは凄い人だ。こう言われてもすぐに気持ちを切り替えられる人はそういないだろう。言っておいてなんだが俺は担当ウマ娘が骨折した時にこうやって立ち直れるか。葵さんからは鋼の意思と鉄のような強さを感じる。

 

「ありがとうございます柴葉さん……1人で悩んでたらもっと大変な事になってたかもしれません」

 

「いや、葵さんも俺がもしもそんな風になったら声をかけてやってください」

 

「もちろんです!」

 

 俺も葵さんもみんなが怪我をしないように細心の注意を払っている。それでも怪我という物は発生してしまうんだ。葵さんがグラスワンダーの怪我でこうなってしまったように、俺もスズカたちが大怪我をしてしまったら外から背中を押してもらえると助かる。

 

「誘っておいてすいません!今から寮に戻ってやらなきゃいけないことができました!」

 

「いいんですよ行ってください」

 

 葵さんは今日の支払いをして帰って行った。割り勘する予定だったのに、葵さんが今日は急に呼んで迷惑をかけたからと聞かずに支払いを済ませてしまった。大して注文もしてなくてそんな高額じゃなかったから今回はおとなしくその言葉に甘えることにした。

 

「俺も帰って今日のレースのまとめに入るかな……」

 

「まぁまぁ、そう言わないで飲み直さないか後輩?」

 

「なんで先輩がここにいるんですか……?」

 

「居るのは俺だけじゃないぞ」

 

 先輩が指差す方を見ると、南坂さんに東条さん、たづなさんまで居た。しかも、俺と葵さんが座っていたすぐ後ろの席に。色々と考えすぎて俺と葵さんが気がつけなかったのか、それとも先輩たちが気を使って気づけないように隠れていたのか。

 

「それにしても、つい最近まで新人右も左も分からなかったのに言うようになったわねあんたも」

 

「盗み聞きなんて良い趣味とは言えないんじゃないですか東条さん?」

 

「あんな声で話しててこの距離なら嫌でも聞こえるわよ」

 

 まじで?ここにいる3人に全部話しを聞かれてたってことか。どうりで先輩がさっきからニヤニヤとこちらを見ているわけだ。たづなさんと南坂さんは微笑ましく俺の方を見ているし。

 

「男前でいいと思いますよ?僕もそれぐらい言えるようになればいいんですけど」

 

「南坂さんもからかわないでくださいよ」

 

「いえいえ、本当にそう思いますよ」

 

「私もですよ柴葉トレーナー。色々と不安になることはありましたけど、今は同期と支え合って頑張ってるんですね」

 

 南坂さんとたづなさんのいう事もわかるんだけど、たづなさんだけお姉さんというか母親みたいな感じで答えてるのはなぜだ……

 

「まぁ、後輩も成長してるってことだ。いいことじゃねえか」

 

「それなら、もっと素直に褒めてくれたっていいんじゃないですか?」

 

 そうは言うけど、俺はこの人たちに感謝しないとな。ここに居合わせたのは本当に偶然だとは思う。だけど、隠れていたのはもしも俺が失敗しても大丈夫なように。葵さんが挫けそうになったらいつでも声をかけられる用にしていたんだろう。俺たちの背中には先輩たちがいる……だから大丈夫ってことだろう。

 

「それと……先輩がもし何かあった時は力になるので先輩もお願いしますね?」

 

「言うじゃねえか」

 

 俺も葵さんもいつまでも支えられるだけの新人じゃない。いつかは俺が先輩たちを支える時が来るかもしれない。そういう心構えができるようになっただけまた一つ俺は成長しているのかもしれない。



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第74話:過去を超えろ!皐月賞制覇者ハッピーミーク!

色々あって全く執筆に取り掛かれずにいました……申し訳ないです。


 葵さんとグラスワンダーの件があってから数日が経った。あっちもそこそこ落ち着いて来たみたいで『何かお礼がしたいんですけど何かありますか?』とのことだった。丁度葵さんには頼みたいことがあったからあちら側から連絡をしてもらえて助かる。

 

「というわけで、今日は葵さんのところからハッピミークに来てもらいました」

 

「よろしく」

 

 葵さんとハッピーミークのことはうちのチームなら知ってるだろうけど、形だけでも一応紹介はしておかないとな。そう思っていたんだけど、紹介から入っておいて正解だったみたいだ。スカイとキングは唖然としているし、マックイーンは手を頭に当ててフラフラとしていた。

 

「今日はスズカとスカイとキング、そしてハッピーミークの4人で模擬レースを行うことにした」

 

「「えぇ!!」」

 

「そういうことはもっと早く言ってくださる!?」

 

「どうしてトレーナーさんはいつもそんなに唐突なの……」

 

 なんで2人はこんなに怒っているんだ?ハッピーミークは去年の皐月賞を制しているし、G1レースにも何回も出走していて実力は確かだ。スズカも日本ダービーを制して、皐月賞のための模擬レースなら最高のカードと言ってもいいだろう。そんな俺と一瞬目があったマックイーンがため息をついて話し始めた。

 

「いいですかトレーナーさん。ミークさんもスズカさんも去年のクラシックを一つずつ制したウマ娘なのはわかりますわよね?そんな2人と急に模擬レースするなんて言われたら驚きますわ……しかもなんでそんなすごい方をほいほい呼んで来れるんですの……」

 

「スズカとはよく一緒にトレーニングしているし、葵さんと俺が知り合いなのはみんな知ってるだろ?だから大丈夫かと思って」

 

「スズカさんとはチームメイトだし。トレーニングを一緒にするのと模擬レースをするのは違うと思うんですよ~」

 

「もう少し早く伝えて欲しかったのよ。気持ちの準備だって私たちにはあるのよ」

 

 今回の模擬レースは行えるか分からなかったのと、昨晩葵さんから連絡が来て計画したものだったからみんなには連絡していなかった。夜に連絡するのもな~なんて思ってたけどしっかりと伝えておくべきだったか。

 

「キングとスカイに連絡が取れてなかったのは申し訳ないが……とりあえず!今日はスズカとハッピーミークとの模擬レースだ。スズカたちには話があるから先にウォーミングアップを始めててくれ」

 

 そうすると、なんだかんだ文句を言いつつも気持ちを切り替えて2人はアップを始めた。2人からすると自分の実力を試す絶好の機会だ。スズカとハッピーミークの走り方は全く違うから、キングなんかは走りを勉強する機会にもなるだろう。

 

「ハッピーミークは皐月賞……ダービーでもいいけど、その時の走りの感覚とか覚えてるか?」

 

「多分大丈夫だと思う」

 

「スズカは実力の7〜8割くらいの力で走ってくれ」

 

「なんで私には違うことを!?」

 

 悪いなスズカ……俺はお前の実力を1度足りとも信用しなかったことはない。ただ、スズカはダービー時の感覚で走ってる途中でその通りの気持ちで走り始めて全力で走りそうだし……

 

「とりあえず、ハッピミークとスズカもアップを始めてくれ。いくら今の全力を出さないと言っても、これは模擬レースだからしっかり準備してくれ」

 

「わかった……あと私のことはミークって呼んでいい」

 

「それじゃあ私も行ってきますね」

 

 何故か知らないけどミークとの距離も気づかない間に縮まっていたらしい。葵さんと仲良くなってから会う機会も増えてたし気を許してくれたのかもしれない。ミークもあんまり積極的じゃないからあっちからそう言ってくれるなら嬉しい限りだ。

 

「いやー葵さん無理言ってすいません。スズカとだけと模擬レースさせると2人の感覚を狂わせちゃうかと思って」

 

「大丈夫ですよ。私のところからは今年のクラシックには誰も出走しないですし、恩を受けて返せる機会をもらったのに返さないわけにはいかないですよ!」

 

 俺はその件はあんまり気にしてないんだけど……それでも今回はその好意に甘えるとしよう。今回の模擬レースはそれだけの価値がある。去年のクラシックの最前線……その内二つのレースの勝者がいる模擬レースだ。きっとなにかいい刺激を与えてくれるはずだ。

 

「4人とも準備はいいか?」

 

「私はいつでも大丈夫」

 

「スカイちゃんとキングちゃん相手でも負けないからね」

 

「スズカさんは実力の7割って言われてなかったかしら……」

 

「今回の模擬レースならスズカさんに勝てるチャンス!」

 

 4人ともなんだかんだ言ってノリノリだな。スカイはいつもよりもやる気満々っぽいけどな……いやスカイだけじゃない、スカイ以外のメンバー3人もやる気満々だな。キングも他のメンバーに負けまいと目を光らせてるし、スズカとミークも実力を抑えると言っても本気の2人と競い合えるのが楽しみなんだな。

 

「柴葉さんは誰が勝つと思いますか?」

 

「スカイとキングの2人の実力は拮抗してると言ってもいい。そうなると問題はスズカとミークだけど……ミークは去年のクラシックの実力を再現してくれるように頼んだしそれを再現してくれるだろう。そうなるとスズカに2人のペースがどれだけ崩されるかですかね」

 

 俺が今回の模擬レースの予想を話していると葵さんが笑っていた。なんかおかしいこと言ったかな?結構まじめに考察したつもりだったんだけどな。ミークは結構忠実というか真面目なウマ娘っぽいし、割と予想通りっぽいんだけど。

 

「ミークってああ見えても負けず嫌いですから。私は最後の最後で負けたくなくて本気出しちゃってミークが勝つと思います」

 

 あぁ……それは盲点だった。一応お願いはしたんだけど、今の全員の様子を見る感じ凄いやる気だからな。本番に負けず劣らずの気迫を感じる。待って?スズカさんはなんでそんなにもニコニコしているの?大丈夫かな我慢できるかな。

 

「葵さんの理論で行くと、気づいたらちょっとずつスズカのリミッターが外れてって一番最初に本気で走り始める気がする」

 

「なんだか、お互い苦労しますね」

 

 苦労することも多いけど、それが彼女たちの短所でもあり長所でもある。意思の力はレース中では大切な要素だからな。それに苦労すると言っても走りすぎないかとか心配するくらいだから問題はない。なんならトレーナーにとっては贅沢な悩みかもしれない。

 

「っと、そんなこと話してる間に準備整ったみたいですね」

 

「そうみたいです。柴葉さんスタートお願いできますか?」

 

「分かりました。お前らスタートするぞー」

 

 俺が声をかけると4人がゲートインを完了した。4人ともすごい集中力だ……それだけじゃない、4人が全員やる気に満ち溢れていて気迫が凄い。

 

「それじゃあ行くぞ!位置についてよーい……ドン!」

 

 俺の掛け声と同時に4人がいっせいにスタートして模擬レースが始まった。一体全体誰が勝つんだ?

 

 



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第75話:激闘!模擬レース開始!

ポ〇モンのせいで執筆が進みません。申し訳ない!


『位置について。よーい……ドン!』

 

 トレーナーさんのスタートの合図と同時に私たちはスタートした。いくらこれが模擬レースだからって負ける訳にはいかないし、何よりもこんなところで負けてたら3冠なんて取れない。

 

(スズカさんは蓋をされるのがとても苦手はず。とりあえずはそのポジションを取りに行こう)

 

 スタートから800mのところで先頭をスズカさんから奪った。ちょっと無理をしちゃったけどこうするしかない。キングちゃんとミークちゃんは後ろから来るだろうから、スズカさんを抑えられるのは私しか居ない!

 

(スズカさんがさっきから落ち着いてる気がする。スピードを抑えて足を溜めてる?でもスズカさんはそんなことするタイプじゃないし……)

 

 

 このレースは後ろから詰めていく展開になるわね……わたしは逃げ得意じゃないから無理に着いていくことはできないし、スカイさんかミークさんがスズカさんを抑えてくれることを願うしかない。

 

(ミークさんの序盤のペースが予想以上に速い!?)

 

 スズカさんを封じ込めるほど前には出ていないけど、自分が得意な脚質の限界の速度で走ってる?それじゃあ後方から攻めるメリットが薄くなるしリスクが高い……でも、私も着いていかないと確実にレースから置いて行かれてしまうわ!

 

 私はすぐさまミークさんのすぐ後ろに着いて背中を追った。スタート直後ということもあって問題なく追いつくことが出来て良かったけど……かなりスタミナを使わされたわ。

 

「どうして無理してまで私に着いてこようと思ったの?」

 

 私がミークさんの背中を追いかけていると、ミークさんが私に話しかけてきた。

 

「ついて行かないと行けないと思ったからかしら」

 

「ふーん……それって私が前に出たから着いて行かないとって思ったの?私が前に出たから前にでないとまずいって思ったの?」

 

 そういうとすぐにミークさんは前を向いて走り始めた。どういうことかしら……ミークさんが前に行ったから私も前に行ったことには変わらないじゃない。

 

 

「スカイちゃん。私スカイちゃんとここまで一緒に走れて嬉しい」

 

 1600mを通過してラストスパートに入る直前にスズカさんがスズカ私に話かけてきた。私もスズカさんと一緒にレースが出来て嬉しかった。前までは背中を追うことしかできなかったスズカさんの今は背中を見せてるんだから。

 

「本当に嬉しくってとっても楽しい……だからこそ負けたくないって思っちゃうの!」

 

 スズカさんが横に来たと思ったらそのまま一気に前に出た。それを読んでいたかの用に後ろからミークさんとキングちゃんの2人が上がってきた。

 

(さすがにスズカさんは速い!だけどその背中を追い越すために私も頑張って来たんだから!)

 

 

「やっぱり我慢出来なかったか……」

 

「ミークも全力の走りです……」

 

 予想通りというかなんというか。やっぱりみんな負けず嫌いなんだよな。大人しそうなミークもここぞという時の力強さを感じる。スピードもパワーも日本ダービーの時の走りとは比にならない速さだ。

 

「それにしても……あの2人も末恐ろしいですね。ミークもスズカさんも全力で走ってるのに食らいついていますよ」

 

「あぁ、シニア級でもトップクラスの2人にあそこまで競り合えるとは思ってなかった。スペもエルコンドルパサーもあのレベルと考えると今年のクラシックは大荒れだな」

 

 去年はミーク、スズカ、フクキタルの3人が1冠ずつを獲得したが……今年のクラシックどうなるがわからない。東条さんの話だとエルコンドルパサーは3冠には挑戦する予定はないと言ってたし、グラスワンダーはクラシックには間に合わない。そう考えると今年の3冠はスカイ、キング、スペの3人で奪い合うことになる。

 

 そんな話をしていると模擬レースもラスト200mの大詰めだ。スズカとミークは横一線でどちらが勝利してもおかしくない……その少し後方にスカイとキングが走っている。

 

(スズカとミークは本当に横一線で走ってるけど、スカイとキングの方は気持ちスカイの方が前を走ってるか?)

 

 結局そのあとはスズカもミークもお互いに譲らずに同着という結果になった。写真判定があればしっかりとした順位が出るだろうけど俺たちの目視じゃ同着にしか見えなかった。スカイが3バ身差でゴールしてさらに2分の1バ身差でキングがゴールした形だった。

 

 

「ああ!くそー!負けちゃった」

 

 キングちゃんにはなんとか勝てた……だけどスズカさんとミークさんには全然追いつけなかった。なんとも言えない気持ちだなぁ……

 

「スカイちゃんお疲れ様」

 

 私が地面に仰向けになっているとスズカさんが手を伸ばしてきてくれた。あぁ……全くスズカさんにはまだ敵わないなぁ完敗だ。

 

「全く!スズカさん全力出しちゃだめって言われてたじゃないですかー」

 

「それはごめんなさい。だけど本気を出さないとスカイちゃんたちに負けちゃうと思っちゃって」

 

「私もスカイちゃんの走りには驚いた……後ろからあそこまで食いついて来られるとは思わなかった」

 

 うぅ……なんだかこの2人に褒められるとむず痒いなぁ。2人とも凄い人だって分かってるからこそのむず痒さというか。

 

「次は負けませんからね」

 

 けど、それ以上にこの2人にもいつか勝ちたいと思った。そんな私を見て一瞬呆気に取られた2人は笑顔でなんだか嬉しそうな顔をしていた。

 

 

「4人ともお疲れ様……って言いたいけど。スズカとミークは言いた行ことはわかってるな?」

 

「「ごめんなさい……」」

 

「2人も反省しているし、いい刺激になっただろうからいいじゃないですか」

 

「まぁ、そうなんですけど……」

 

 スカイとキングのための模擬レースのつもりがスズカとミークにもいい刺激になったようだ。スカイもキング想像以上に頑張ってくれたし。これは皐月賞が楽しみだ。

 

「2人はどうだった今日のレースは」

 

「いや〜さすがはスズカさんとミークさんですね。最後全く追いつける気がしませんでしたよ」

 

「そうね……スズカさんとはトレーニングで一緒に走ることもあって凄いのは分かっていたけど、ミークさんは想像以上に力強い走りだったわ」

 

 最後は2人とも全力だったからな。最初から2人が全力だったら結果はもっと違うものだっただろうが……それでもスカイとキングはよく頑張ったと思う。

 

「先輩2人はどうだった?」

 

「スカイちゃんもキングちゃんも凄かったですよ。私も一緒に皐月賞走りたいくらいです」

 

「スカイちゃんは凄かったです。でも、キングちゃんは少しガッカリしました」

 

「ちょっとミーク!?」

 

 キングにガッカリした?序盤から終盤にかけてしっかりとミークについていた用に見えたけど。

 

「それはどういうことかしらミークさん」

 

 俺が聞こうとしていたことと全く同じことキングが聞いた。キング本人も全力で走っていたからこそ今の発言が気掛かりだったようだ。

 

「弥生賞でキングちゃんの走りを見て今日走るって聞いてワクワクしてた。しっかりと序盤から私について来てはいたけど、その走りからは威圧感や勢い感じられなかった……キングちゃんの走りからは力強さや自分の想いを感じられなかった」

 

「ちょっとミーク!待ちなさい!すいません……私はミークのことを追います」

 

 ミークは話を終えるとそのままその場を後にして、そんなミークを葵さんが追いかけて行った……

 

「私の走りから力強さも想いも感じられないですって……?」

 

 ミークの言ったことは俺には理解できなかったし、キング本人にも理解できないようだった。ミーク……一体キングに何を伝えたかったんだ。

 



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第76話:遭遇!メジロパックイーン!

タイトルは思いつきです


 模擬レースが終わってからミークの言っていたことについてずっと考えていたがどういうことか分からなかった。今日は休日ということもあって気分転換にちょっと外出することにした。

 

(そろそろお昼時だし……その辺の店で済ませるか)

 

 そう思い近くのお店を探していると、とあるカフェの中にマックイーンが居るのが見えた。そう……大量に積み上げられた皿と一緒に。

 

「よぉパックイーン。まさかこんなところで会うとはな」

 

「誰がパックイーンですって?私にはマックイーンというちゃんとした名前が……って!トレーナーさん!?」

 

 マックイーンは急に現れた俺に驚いていたが、俺からしてみればお前のテーブルに積んである皿の量に驚かされてるんだが。一体全体どれだけ食ったんだ?

 

「そんなことよりも……これはどう説明してくれるんだ?ウェイト管理にはあんだけ気をつけてただろお前は」

 

 マックイーンは体質的に肉が付きやすい方だ。それは長所とも言えるが過剰過ぎると毒にもなる。しかもスイーツって糖質もカロリーも高いからな……

 

「少し考え事をしていたんですわ……気づいたらこれだけ食べてしまっていて」

 

「考え事?なにか悩み事でもあるのか?」

 

「私自身のことでは無いですわ。昨日のミークさんの発言がどうにも気になってしまって私なりに色々調べていたんですの」

 

 マックイーンもキングのことを考えてくれていたのか。トレーナーとしてはチームメイト同士がお互い支え合い切磋琢磨するのは嬉しいことだ。

 

「それで、なにか分かったことでもあったのか?」

 

「えぇ……キングさんの走りを初めて見た時になにか既視感を感じたことを思い出して、それをヒントに色々と調べましたの。それで少し気がついたことがありまして、トレーナーさんにお話するべきか悩んでいたんですわ」

 

 キングの走りに既視感?一体マックイーンは何を見つけたんだ。キングのためになるのなら俺がそれを知らない訳にはいかない。

 

「教えてくれ。お前が気づいたことと調べたことを」

 

「分かりました。それでは今日は私にお付き合いください。これを食べ終わってから」

 

 マックイーン……パックイーンは最後の1皿のスイーツに手を伸ばした。マックイーンがスイーツ重度なスイーツ好きなのは知ってるし、一応食べ過ぎが起こってもいいように調整はしているけど……いくらなんでも食べ過ぎじゃないか?

 

 そうして、スイーツを食べ終わった後はマックイーンのあとをついてどこかに連れて行かれた。どこに連れていかれるのかと思っていると……凄い御屋敷に案内された。

 

「マックイーン……ここって?」

 

「私の実家……メジロ家の御屋敷ですわ。トレーナーさんはメジロ家を見るのは初めてでしたか?」

 

 マックイーンって本当にメジロ家のお嬢様なんだよな……すげえ御屋敷あるなーって前々から思ってはいたけど、これがマックイーンの実家なのか。

 

「お嬢様お帰りなさいませ……そちらは、お嬢様のトレーナー様でございますね?」

 

「あっはい。初めまして紫葉っていいます」

 

「じいや、トレーナーさんを屋敷に案内しますわ」

 

 じいやっていうとこの人ってマックイーン専属の使用人さん?そういうのっておとぎ話の世界だけじゃないんだな……

 

「分かりました。奥様にはご紹介なされないのですか?」

 

「今日はそういう用事ではありませんわ!行きましょうトレーナーさん!」

 

 俺はマックイーンに手を引かれて屋敷の中に入っていった。その際にじいやさんが俺に深く礼をしていたから俺も一応軽く返しておいた。来客の人には挨拶みたいな感覚でするんだろうけど……

 

「ここですわ」

 

 俺が案内されたのは小さなシアタールームだった。そして、部屋の机の上には4枚のディスクが用意されていた。

 

「このディスクは?」

 

「これはキングさんのデビュー戦と弥生賞、そして先日の模擬レース。あるウマ娘のレースの映像が残っていますわ」

 

「この4つのデータに何が?」

 

 キングの走りは近くで見てきた。その走りを見てなにがわかるんだ?

 

「まずはデビュー戦のキングさんの走りですわ」

 

 これは俺とキングの初舞台だった。キングは順調なレース運びで1着でゴールインした。走りの方は特に問題はなかったはずなんだけどな。

 

「これのどこに問題があるんだ?デビュー戦にしては十分すぎるくらいの走りをしたと思うが」

 

「それはこれから分かりますわ」

 

 次にマックイーンが流したのは弥生賞での走りだ。弥生賞は以前までとは比べ物にならないくらいキングは成長していた。走りにも力強さがあった。本番での緊張感にやられてペース配分ミスなどはあったが走り自体は素晴らしいものだった。

 

「次は先日の模擬レースの映像ですわ」

 

 このレースもスカイに敗北を喫したもののミークによく食らいついていたと思う。弥生賞のような力強さがあったかと言われればそんなことはないが、ぶっつけ本番の模擬レースでここまで実力を出せるウマ娘は多くない。

 

「私もキングさんの走りは立派なものだとずっと思ってましたわ。ただ次の映像を見ていただければミークさんの言っていたこともわかると思います」

 

 マックイーンはそう言って最後の映像を再生し始めた。これは海外のレースの動画か……?なんでこんなもの見せるのかと疑問に思ったが、その疑問はすぐに払拭された。

 

「マックイーン。誰なんだこのウマ娘は」

 

「この方はキングさんの現役時代のお母様ですわ」

 

 キングの母の走りは凄まじいものだった。周りを引き離し見事1着を取る力強い走り、画面越しでも伝わってくる迫力。そして、その走り姿やフォームはキングに酷似していた。

 

「ミークが言っていたのはこのことか」

 

「おそらくそうだと思います……キングさんの走りはキングさんのお母様に酷似していますわ。デビュー戦でも弥生賞を除く他のレースでも」

 

「キングは母親となにかあるっぽかったからあまり詳しく調べていなかったが……それが裏目に出るとはな」

 

 この走りは完成度がかなり高い……その走りに引っ張られているキングもいい走りをしているわけだ。けどこれは困ったことになったな……

 

「キングはキングの走りがある……肉体の作りも違えば得意な脚質も違う。キング自体のレースセンスと影響を受けてるウマ娘の走りがいいからこそ今は何とかなっているが」

 

 キングがこれから戦っていくのはレースの最高峰G1レースだ……キングの実力を100%出せる走りをしないと勝ち残れない。なんでこれにいままで気がつけなかったんだ俺は。

 

「私が分からないのは、何故弥生賞ではいつもと違う走りができていたのかですわ」

 

 身体的理由だけじゃない……きっとなにか精神的理由も絡まって来るだろうがなんなのかが分からない。

 

「弥生賞でキングは殻を破ろうとしていた……なのになんで模擬レースでは」

 

「こればかりは本人に聞いて見ないとわかりませんわね……」

 

(キング……お前は一流のウマ娘になるんだろ。キングヘイローというウマ娘の実力を見せつけるんだ。母親の背中を追いかけてる場合じゃない)

 

「ありがとうマックイーン。俺だけで考えてたら気づけなかった」

 

「いえ、チームメイトとして当然のことをしたまでですわ」

 

 チームメイトとして当然のことか。マックイーンも完全にチームの一員ってわけだな。

 

「とりあえず今日は1回帰るとするよ。明日に向けて考えなきゃいけないこともできたし」

 

「あら、今日は一日私に付き合ってくれるんじゃないんですの?」

 

「そうしたいところだけど、今の俺にはやらなきゃいけないことがあるからな」

 

「ふふ、冗談ですわ。頑張ってください」

 

 俺は家に帰ることをマックイーンに告げてその部屋を出ようとした。そういえばマックイーンにも言い忘れてたことがあったな。

 

「マックイーン食べるのはいいけど……ほどほどにな?」

 

「せっかくいい感じで終わりそうなのになんてこと言いやがりますの!?」



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第77話:カチコミ!キング邸!

投稿がすごい遅れてしまいました。これも全部ポ○モンってやつが悪いんだ。


 休日が終わった翌朝のチームルームでキングを呼び出し2人で話し合いをしていた。さすがに事情が事情なだけに他のメンバーにあまり知られたくないだろうからな。

 

「キングはミークが言っていた意味が分かったか?」

 

「いえ……昨日一日考えてはみたけど分からなかったわ」

 

 やっぱりキングも無意識か。無意識に人の走りを真似していたら本人も気づけないし、見ているこちらも違和感を感じないわけだ。

 

「単刀直入に言おう。お前は母親の背中を今も追いかけてるんだ」

 

「っ!あなたもそんなことを言うの!?私は私!キングヘイローよ!」

 

「じゃあ先日の模擬レースの走りをどう説明するんだ?弥生賞で殻を破りかけたお前がなんであんな走りをしたんだ」

 

 俺の言葉にキングは押し黙った。ここまで言われればキングにも心辺りがあるようで後ずさりする。母親と比べられ続けてきたからこそ、その事実を認めたくないんだろう。

 

「教えてくれないか?弥生賞の後に一体お前に何があった」

 

「弥生賞……私は自分なりに全力を尽くして挑んだわ。それでスペシャルウィークさんとスカイさんに負けたのだから悔いはなかった。それでもお母様は私を認めてくれなかったのよ。『セイウンスカイさんは自分の走りを突き通して走り抜いて素晴らしかった』ですって」

 

「なんだよそれ」

 

「あの人は私が走ることを認めてない。トレセン学園に入るのも猛反対されたわ。私はお母様に憧れて、お母様のように輝きたかっただけなのに……お母様は1度も私を応援してくれなかったし認めてくれない」

 

 キングはこんなにも頑張っているのに?どうして認めてやれないんだ。俺には子供はいないし親じゃないと分からないのか?今1番問題なのはそれが走りに影響が出てしまっていることだ。

 

「母親が認めてくれないから母親の真似事を続けるのか?」

 

「あの人を超えればきっと認めてくれるわ!認めて欲しい人に認めて貰えない気持ちが分かる!?」

 

「超えたい相手の真似をしてて超えれるわけないだろ!」

 

「それなら一体誰が私を認めてくれるのよ……」

 

 泣きたいのは分かる、悲しいのも悔しいのも分かる。でもそれをするのは今じゃない。お前は一流のウマ娘になるんだからな。

 

「キングヘイロー!」

 

「っ……」

 

「誰がなんと言おうとお前の努力は俺が認めてやる!キングヘイローというウマ娘はこれだけ凄いって俺が証明し続けてやる。たとえお前の母親がお前を認めなくても、代わりに俺がお前の1番の理解者でいてやる!」

 

 誰が認めるだって?そんなのトレーナーが認めてるに決まっているだろうに。母親が認めてくれない?それじゃあお前をライバルというスカイやスペ、エルコンドルパサーやグラスワンダーはどうなる。共に走ってる相手が1番お前を認めているんだ。

 

「あなたは私を認めてくれるの?」

 

「あぁ、お前の努力を1番見ているのは俺だ」

 

「あなたは私が一流と言ってくれるの?」

 

「お前を一流にするために俺はいるんだ」

 

「本当にあなたはズルい人だわ……」

 

 キングは一流になり得るポテンシャルを持っているし、そのポテンシャルを引き出すための努力もできるウマ娘だ。前までは皐月賞でスカイたちと肩を並べて走れるなんて誰が思っただろうか。キングは血が滲むような努力をしてその舞台に舞い上がった。

 

「それでも無理よ。お母様は日本ダービー……いや早くて皐月賞が終わったら私を連れ戻そうとすると思うわ」

 

「なんだって?一体なんの権限があってそんなことを」

 

「トレセン学園に通ってるのは私だけの力じゃない。家の支援なしじゃ通い続けるのは無理でしょう?」

 

 トレセン学園は名門校だ。通うのにもそれ相応の費用がかかる。それを1生徒のキング1人で負担しきるのは不可能だ。だけど、それが親のやることなのか?

 

「キング……今日のメニューは用意してあるから、それを見てみんなで今日のトレーニングはこなしてくれ」

 

「えっちょっとあなたどこに行くのよ!?」

 

「俺はちょっと行かなきゃ行けないところがある」

 

 俺はキングに今日のメニューを押し付けてチームルームを後にした。幸いキングの家の住所は知っている。こういうことで家に押しかけるのは非常識かもしれないけど……

 

「でけぇ……」

 

 マックイーンの家行った時も思ったけどお嬢様の家のサイズは別次元だな……うちの家の何倍のサイズなんだこれって。

 

「すいませーん」

 

 インターホンを押して御相手の返事を待つ。いくらか担当トレーナーだからってほいほいと敷地内に入るのは完全に犯罪行為だしな。

 

『どちら様でしょうか』

 

「私はキングヘイローさんのトレーナーをさせて頂いてます柴葉和也といいます」

 

『……少々お待ちください』

 

 使用人らしき人は俺がキングのトレーナーであることを伝えると、何かを確認しに行ったのか1度インターホンが切れてしまった。

 

(さすがに門前払いってことはないと思うが……)

 

 しばらくすると、さっきの使用人と思わしき人が屋敷の中から出てきて俺を屋敷の中へと案内した。奥へ奥へと連れて行かれてるっぽいからおそらくこの屋敷の家主……キングの母親の元に連れていかれてるんだろう。

 

「この部屋で少々お待ちください」

 

 俺は応接室らしき部屋に案内されて、その部屋のソファーに座って待機することになった。応接室だけでもこの広さ……チームルームくらいの広さはあるんじゃないか?

 

「お待たせしました」

 

「初めまして……キングのお母様ですよね?」

 

「あら、よく一瞬で分かりましたね」

 

 キングの母親はキングにそっくりだった。いや、娘である彼女が母親に似たと言うべきなんだろうが……?

 

「キングとそっくりでしたので」

 

「なるほど。娘の担当をしているだけによく娘を見ているんですね」

 

 2人で対面して少しの沈黙が流れる。いざ対面してみると中々言葉が出ないものだ。

 

「娘は元気にやっていますか?」

 

 その発言に俺は呆気に取られてしまった。キングから聞く話だけだと、母親とは不仲だと思っていたから。もっと厳しくて硬い人かとも思ったが想像以上に雰囲気は柔らかい人だ。

 

「どうしたのですか?何か変なことを言いましたか?」

 

「いっいえ。娘さんは元気にやっていますよ。たまに元気すぎて無茶しすぎることもありますが」

 

「そうですか……あの子は昔から少しやんちゃなところがありますから」

 

「それにしても意外でした……お2人は不仲なものだとばかり」

 

 実はキングの勘違いだったりするのだろうか。だけど少しの勘違いでキングがあそこまで追い詰められることもないだろうし……

 

「不仲?私は母親として娘のことを愛していますよ」

 

「じゃあ何故キングのことを応援してやれないんですか!」

 

「なるほど……娘から話は聞いていますか」

 

「あなたは現役時代に大きな戦績を残していたのは知っています。その走りも動画で拝見しました」

 

「確かに、私は現役時代に全力でレースに向き合い。その走りを研ぎ澄まし、レースで勝利して記録を残してきました」

 

「あれほどの走りをできるあなたならばレースの尊さとその楽しさを知っているはずです!それなのに何故その道を行こうとする娘を応援してあげないんですか」

 

 俺はそう発言した瞬間に彼女の気迫が一気に増して、その威圧感に一瞬押し黙りそうになった。その威圧感はまるであのルドルフをも彷彿とさせるほどだった。

 

「レースの尊さや楽しさは私も理解しています。勝利した時の喜び、ライバルと切磋琢磨したあの日を今でも鮮明に覚えています」

 

「それならばなぜ!」

 

「私はそれ以上にレースの厳しさや苦しみを知っているからです。それはあなたも理解できるのではありませんか?新人のトレーナーさん」

 

「それは一体どういう……」

 

「勝利するためには厳しいトレーニングと血のにじむような努力が必要です。勝利をすれば周りから賞賛されますが、時には誰かから妬み恨まれることもあります……そして、敗北をすれば罵声を飛ばされバッシングを受けることも」

 

 レースに挑み続ければいずれはそういったことは起こり得る……いや、彼女は実際にそれを経験して最前線で競い合ってきたんだ。だからこそ娘に同じ思いをさせたくないのか。

 

「でも、キングは自分の殻を自らの力で破ろうとしていました」

 

「それは弥生賞の話ですか?私に言わせれば、あの走りはまだまだ私の真似事をしているにすぎません」

 

「いいじゃないか。自分の娘が自分の背中を追いかけてる……微笑ましいことじゃないか」

 

「昔はそうでした。娘が走るのが好きだと言い。私のレースの動画を何度も見て私の真似をする……とても微笑ましいと思いました。しかし、レースとなると話は別です。あそこには自らの走りを研ぎ澄まして勝利を目指し走り続ける天才達が出走しているのです」

 

 キングの同期のスペやスカイのことを言っているのか。確かにあの二人は天才と言ってもいい。スペのあの末脚は天性のものだし、スカイの持久力とレースセンスは群を抜いてる。

 

「キングではスペシャルウィークやセイウンスカイに勝てないと言うんですか」

 

「そうです。特にスペシャルウィークさんは素晴らしいです。今はまだ荒削りではありますが、彼女の走りには周りを引きつけるものがあります。将来は必ず何かを成し遂げると思います。セイウンスカイもかなりの才能の持ち主だと思います」

 

「だからキングからレースを取り上げるんですか?」

 

 辛い気持ちをさせたくないから、負けさせたくないから夢を取り上げるのはいかがなものだろうか。

 

「取り上げるつもりはありませんが……私は今すぐにでも戻って欲しいと思っています。スペシャルウィークさんやセイウンスカイさんのデビュー戦を見たその日から」

 

「それは一体どういう」

 

「例年通りなら私の娘ならばある程度のレースならば勝利できたでしょうが……?今年はメンバーが悪すぎます。スペシャルウィークさんセイウンスカイさんグラスワンダーさんにエルコンドルパサーさん。この4人を相手にし続けなければならない」

 

「だから皐月賞が終わったら帰ってこいなんて思ってるんですか?」

 

「私は多くの夢を叶えて来ました。つまりそれはそれ以上に多くの夢を奪って来たということです。そして、そんなウマ娘達を実際に多く見てきました。夢を奪われ心を折られる娘みたい母親がどこにいますか」

 

 彼女の言うことももっともかもしれない。最愛の娘に辛い思いをさせたくない。けど、過保護すぎるあまり彼女は見逃しているものがある。

 

「キングの心は折れません。そして、彼女は必ず夢を叶えます」

 

「一体何を根拠にそんなことを」

 

「俺とキングが証明してみせます。皐月賞……いや日本ダービーで。それまでキングのことを見守ってあげてください。そして、もしも証明出来たなら……キングのことを応援してあげてください」

 

「もしも証明出来なかったら?」

 

「俺はこの話から手を引きます。俺はキングの指導を続けますが、今後この話に口を挟まないことを約束しましょう」

 

 元々は家族間での問題。そこに俺が口を挟んで聞いてもらえてるだけ温情というものだろう……それとも彼女もどこかでキングの可能性を信じたいのか。

 

「いいでしょう。その話受けることにします」

 

「最後に一つだけいいでしょうか」

 

「なんですか?」

 

「あなたはキングの才能を一つだけ見逃しています」

 

「私が娘のことをあなたよりも理解していないと?」

 

「キングのあの不屈の魂は誰にも負けません」

 

 俺はそう言ってキング邸を後にしてトレセン学園に戻った。学園に戻る頃にはすっかりと夜になっていて、みんなはもうトレーニングを終えてかえってあとだった。

 

「はぁ……なんだか今日はどっと疲れた」

 

「あれ、柴葉トレーナーじゃないですか」

 

 俺が学園から出ていこうと正門に向かっている途中で、仕事終わりのたづなさんと偶然出くわした。

 

「たづなさんお疲れ様です」

 

「お疲れ様です。何か悩み事ですか?」

 

 どうやら疲れが顔に出ていたらしい。まさかこんな時間に人に会うと思っていなかったから油断していた。

 

「まぁ……少し色々とありまして」

 

「なんでしたらちょうどいい時間ですし。お話お聞きしましょうか?」

 

 たづなさんは博識な人だし経験も豊富だから何かいいアドバイスを貰えるかもしれない。今日はお言葉に甘えさせてもらおう。

 

「それではお言葉に甘えて」

 

 こうして俺たちは2人で飲みがてらに食事をとることにした。きっと何かしら役にたつはずだ。

 



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第78話:飲み会!2人の密談!

新年明けましておめでとうございます!
早いもので本年も残すところあと365日となりました。
ことよろしくお願いします


 俺は今日は荷物をあまり持っていなかったし、たづなさんも帰り際に食事をとる予定だったみたいだったからそのまま店に向かうことにした。

 

「トレーナーさん今日は外に出ていたんですか?随分と遅かったようですが」

 

「はい。少しキングの実家の方に……」

 

「キングヘイローさんのご実家ですか……?なにか問題でも?」

 

 俺は今日あったことをたづなさんに話した。家族間のこともあるし少し濁すところもあったが、たづなさんもキングのことを知っていたようでスムーズに説明は終わった。

 

「なるほど……私もこれでも色々なトレーナーさんやウマ娘の皆さんを見てきました。途中で挫折するウマ娘もいれば、最後の最後で夢を叶えられないウマ娘。他にも怪我でどうしても復帰出来ない娘なんかもいました。レースに参加して競い合っていく以上はそういう辛い思いはすることになると思います」

 

「キングは強いウマ娘です。肉体的にも勿論ですけど、精神的に言えば他のウマ娘を凌ぐと思ってます。たしかに母親の件に関しては小さい時から染み付いてしまったものもあるし、コンプレックス的なものもあるでしょうけど……」

 

 いくら精神的に強いと言っても無敵ではない。キングも少しずつ揺らいでいって不安定になってしまうことだってある。

 

「それでも俺はキングならそれを乗り越えられると信じています」

 

「素晴らしい信頼関係ですね……いいでしょう!私が皐月賞の後でよければキングさんの特訓に相応しい相手をご用意しますよ」

 

「本当ですか!?クラシックに備えての相手なので中々見つからなくって……学園の生徒に心当たりが?」

 

 スズカの時はルドルフとの模擬レースで得られるものは大きかったし、先日のミークとの模擬レースでも多くのことに気が付かされた。普段走らない強い相手との勝負は通常のトレーニングよりもいい刺激になるだろう。

 

「学園の生徒ではありませんが……実力は私が保証しますよ」

 

「それならぜひお願いします!」

 

 何故かたづなさんが誇らしげに紹介する相手の実力を保証していたけど、たづなさんが認めるほどの実力者とトレーニングできるならキングの役に立つはずだ。

 

「それで、柴葉トレーナーはキングヘイローさんにどのようなトレーニングを?」

 

「とりあえず1週間近くは何もしません」

 

「皐月賞も近いですしなにか手を打たなくてもいいんですか?」

 

「あぁ、そういう意味じゃなくて。キングにはこれから1週間は走らせません」

 

 俺の発言にたづなさんは目を丸くして驚いていた。本番レースはすぐなのに走らせないなんて普通じゃ考えられないけど……俺が狙うのは皐月賞じゃなくてダービーと菊花賞だ。今の状態のまま皐月賞を勝ててもダービーと菊花賞で勝ち残れない。

 

「意図はある程度は分かりますが……リスキーなことをしますね。何よりもキングヘイローさんが納得してくれるでしょうか」

 

「それは話してみないとわかりません。もしかしたら皐月賞にも間に合うかもしれませんし。今やるべきことはキングから今の走りを抜き去って不純物を除いたキングの本当の走りを作り上げることです」

 

「そのために1週間走らないと」

 

「本当はもっと長い期間を取りたいですけど、そうすると皐月賞の勝利も怪しくなってくるので……」

 

「その間はどうしておくつもりなんですか?」

 

「基本的な筋トレと水泳トレーニング。あとは知識をつけて自分の走りって言うのを固めていくつもりです」

 

 何もしないと体の質が落ちてしまうから、その辺をカバーするようにしっかりと運動はする必要はある。そしてフォームと走り方を固めていくんだ。

 

「たしかにリスキーではあるかもしれません……でもキングなら必ず乗り越えてくれると思います」

 

「あなたがそういう決断をしたならわたしは何も言いません。最強チーム目指して頑張ってくださいね」

 

「はい。クラシックで強いのはスペとスカイだけじゃないって解らせてやりますよ」

 

 俺たちは最後にそう言い合って店を後にした。明日のキングのことを考えないと行けないからな。



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第79話:一休み!キングの再スタート!

今回は今までより描写などの文章を増やすよう心がけて見ました。前の方が良かったとか、こういうところが変などあったら感想お願いします。


キング邸に乗り込んだ翌日、トレーニング開始前に今日のメニューを各々に言い渡す。

 

「スカイは坂道ダッシュでスピード向上を目指せ。スズカとマックイーンの2人はターフで長距離ランニングだ」

 

「「「はい」」」

 

 今日のトレーニング内容を簡潔に説明してスズカ、スカイ、マックイーンの3人に今日のメニューを渡した。

 

「私はどうすればいいのかしら?」

 

「それについてはこれから話すから、とりあえず3人はトレーニングに向かってくれ」

 

 キングには個別に話があるから3人には先にグラウンドの方に向かって貰った。そして、チームルームには俺とキングの2人になる。

 

「よし!それじゃあまずは買い物でも行くか!」

 

「えっ?」

 

 発言の意味を理解しきれずに唖然としているキングの手を取ってチームルームを飛び出した。学園内を移動してる途中に何やら視線を感じたが何故だろうか?

 

「ちょっちょっと!そろそろ手を離して貰えるかしら!?」

 

 ショッピングモールの直前でキングに手を振りほどかれてしまった。未だにキングは何がなんだかわかっていない感じだけど、さすがに手を握られてるのは恥ずかしかったのかもしれない。

 

「急に買い物なんて連れて来てどういうつもりかしら!?皐月賞まであと1ヶ月もないのよ!」

 

 なんの説明もなしに連れて来たせいでキングも随分とご立腹だ。

 

「キングにはこれから1週間は走りから離れて貰うことにした。メインのトレーニングは筋トレと水泳とかだな」

 

「ちょっと待って欲しいわ……少し頭の理解が追いつかないの」

 

 俺の急な発言についてこれずにキングはその場で頭を抱えてうずくまる。

 

「まずはなんで大事なレースの前に走るのを1度やめるのか教えて貰えるかしら……」

 

「今のキングの走りには不純物が多いからな。1回走りを忘れてリセットしてから完成まで持っていくことにした」

 

 俺の意図を少し理解したのか、その場から立ち上がり大きな溜息と一緒に俺の方を見た。

 

「百歩譲ってそれは理解できるけど、なんでその1日目が買い物なのかしら?」

 

「最近キングの調子があまり良く無さそうだったから、1回パーッとトレーニング休んで気分転換でも思ってな。変に不調を引きずってトレーニングするよりもいいだろうし」

 

 質の良いトレーニングをするにはコンディションが悪いままじゃだめだからな。それに1日キングを走りからすっぱり切り離したいってのもある。

 

「はぁ……それじゃあ行くわよ」

 

「キングさん!?ちょっと急に!」

 

 キングは俺の右手を掴んで歩き出した。もうちょっとは言い争いになるんじゃないかって思ってたんだが……

 

「随分と素直に受け入れるじゃないか。てっきり俺はグラウンドに引きずられるんじゃないかと思ってたぞ」

 

「私も完全に納得しているわけじゃないのよ?だけど、1番の私の理解者がそうするべきだって言うから今は信用するの」

 

 なんでもかんでも俺の言ってることが全て正しいとはキングも思ってないだろう。それでも、俺の言っていることを聞いて信じても良いと思ったんだ。

 

(俺がキングの道標になって、その道をキングが歩いて正していくんだ)

 

 キングに手を引かれショッピングモールにとりあえず入っていった。

 

「それで?今日は何を買って行くのかしら?」

 

「ドリンクの素とか備品系と、後はみんなにプレゼント渡そうと思っててな」

 

 キングとスカイはもちろんのことだけど、スズカも本格的にレース本番を迎えることになる。それに向けて士気を盛り上げていく意味も込めてな。

 

「プレゼントってどんなものを買うつもりなの?」

 

「一応は3人のメンコとマックイーンの耳飾りかな」

 

 スカイとスズカとマックイーンの3人には事前に確認をしておいた。ウマ娘の中にはメンコを付けている娘は多くいる。けれどあんまり合わないこともあるらしいからな。マックイーンなんかは合わないらしいので耳飾りを買うことにした。

 

「その辺のことはあんまり考えていなかったわね……せっかくだし勝負服のデザインに合わせて見ようかしら」

 

「俺的にはスズカとキングには1番必要だと思っていてな」

 

 キングは俺の言っている意味が分かってないみたいで頭にクエスチョンマークを浮かべている。

 

「まぁ、それはいずれ分かると思う」

 

 そう言って俺たちは店の中に入っていった。中には想像以上の種類のメンコや耳飾りが販売していた。

 

「ファッションとかそういうのあんまり詳しくないけど凄い種類あるんだな……」

 

「その娘のイメージカラーだったりとか、普段着ている物に合わせたりとか色々あるのよ」

 

 みんなのイメージカラーか……ファッションとかそういうのはあんまり分かんないけどそのくらいなら思いつきそうだ。

 

「キングは赤と青だな」

 

「理由を聞いてもいいかしら?」

 

 キングが興味深そうに俺の方を見てきた。キングはある程度そういうの決めてると思ったけど素人意見も気になるもんなんだな。

 

「一見冷静そうに見えるけど、その冷静さの中に熱い情熱があるっていうのかな。矛盾してるように聞こえるけどその2つを同時に持ってるのがキングの強さだとも思ってる」

 

 俺が質問に答えるとキングは少しだけ意外そうな顔をしていた。僕何か変なこと言っちゃいましたか?

 

「なんでそんなに意外そうな顔してるんですかキングさん?」

 

「想像以上に私たちのことしっかりと見てるんだなと思って」

 

「当たり前じゃないか。俺はお前たちのトレーナーだぞ?」

 

 そう言いながら俺は近くの棚にあったメンコを取ってキングの方に差し出す。

 

「これなんかキングに似合ってると思うけど」

 

「んっ」

 

 しかし、キングはそれを受け取らずに頭をこちらに寄せて耳を差し出してきた。

 

「キングさんこれはいったい?」

 

「あなたって本当に鈍感なのね……」

 

 キングは溜息混じりに呆れた感じで俺の方を見てきた。

 

「私の耳に直接着ける権利をあなたにあげるわ」

 

 俺は慎重に丁寧にメンコを着用させていった。ウマ娘にとって耳はかなりデリケートな部分と聞いていたので雑に扱ったりしたら怒られそうだし。

 

「おぉ……良く似合ってるじゃないかキング」

 

「そうね、なんだか不思議としっくり来る感じがするわね」

 

 メンコをつけたキングは自然体そのものだった。特別目立つわけではないのだが違和感もない。本当にしっくり来るって言葉がそのまま合うだろう。

 

「どうする?せっかくだしもう少し見てみるか?」

 

「いえ……せっかくあなたが選んでくれたものだからこれでいいわ」

 

 キングはそれを抱きしめるかのように手で包み胸に当ててる。気分転換のためにプレゼント選びを一緒にしたが、想像以上に喜んで貰えたみたいでよかった。

 

「スズカなんかは勝負服に合わせて緑色がいいだろうし……これなんかいいんじゃないか?」

 

「あなたが渡すプレゼントなんだからあなたが決めたらいいじゃない。それに、あなたが選んだものならみんな喜ぶわよ」

 

 みんなにデザインは任せるって言われてたけどいざ自分で選ぶとなると怖くなるな。そんなことを考えているとキングがため息をついて俺に話しかける。

 

「それはスズカさんに良く似合ってると思うわ。選ぶセンスは悪くないから自信持ちなさいよ」

 

 キングに背中を押して貰いながら、スズカ、スカイ、マックイーンの贈り物を決めた。

 

 

「いやーキングのおかげでいいものが選べたよ」

 

「私は後ろから見てただけで選んだのはあなたじゃない」

 

(キングが見ていてくれたから安心して選べたんだよな)

 

 少し帰り道を歩いてるとキングが少し下を向いて考え事をしているようだった。そして、不安そうな顔で俺に話しかけた。

 

「私はスカイさんやスペシャルウィークさんに勝てるのかしら……今の私はやっとスタート地点に立ったみたいなものなのに」

 

 キングの言いたいことも分かる。本番1ヶ月前に走りをリセットして再出発してるわけだからな……

 

「大丈夫だよ。今までキングが努力して身に付けてきた力は偽物なんかじゃないんだから。それに俺も付いてるからな。今は1人で一流になれなくても2人一緒なら一流にも勝てるさ」

 

「それじゃあスカイさんも同じじゃない」

 

 キングは笑いながらそう指摘した。たしかにスカイも俺の担当ウマ娘ではあるんだけどさ。キングはそのまま俺の背中に軽くポンと拳を当てた。

 

「頼りにしてるわよ」

 

「おう2人で勝つぞ」

 

 そうして俺たちはトレセン学園に戻った。グラウンドでは、ちょうどみんながトレーニングを終えてストレッチをしているところだった。

 

「みんなーちょっと集まってくれー」

 

 俺の掛け声で帰ってきたのに気づいて3人が集まってきた。

 

「まずはスカイだな」

 

「ほうほう、昨日言ってた贈り物ですね〜セイちゃん楽しみにしてたんですよ」

 

 ニヤニヤしながらスカイが俺の手元を見てくる。そんなに期待されるとなんだか緊張するな……

 

「スカイには少し可愛らしいのが似合うと思って選んできた」

 

 俺がスカイに選んだのは黄緑がベースの雲のような模様が入ったメンコだった。付け根のところにモフモフが着いてて可愛らしいデザインだ。

 

「うわぁ!ありがとうね〜ほらほらトレーナーさん付けてくださいよ〜」

 

 どうやらデザインは気に入ってくれたようで喜んでくれた。スカイもキングのように耳を差し出して来たので着けてあげた。

 

「どう?似合ってる?」

 

「あぁ良く似合ってるよ。想像以上に可愛いな」

 

 そういうとスカイは顔を真っ赤にしながらマックイーンの後ろの方に隠れて行った。

 

「次はスズカだな。スズカは勝負服に似合うように選んできたんだ。スズカだけ走る時に周りが気にならないように両耳買ってきた」

 

「わざわざありがとうございます。大切にしますね」

 

 スズカは無言で頭をこちらに差し出す。俺がもう着けること前提だったんですねスズカさん……

 

「うん良く似合ってる。スズカは緑色が良く似合うな」

 

「ありがとうございます。これでもっと速く走れますね」

 

 それだけでそんなに変わるのかとも思うんだが、スズカなら本当に速くなりかねないと思えるのはなんでだろうか。

 

「最後にマックイーンだ」

 

「私はデビューもまだなのにここまで気にかけてもらってよかったのですか?」

 

 マックイーンは少し申し訳なさそうにしていた。気持ち耳も垂れていて不安そうだ。

 

「マックイーンも俺の担当ウマ娘でチームメイトだ。これからも一緒に頑張ってくれ」

 

「はい!」

 

 そう言うとマックイーンは嬉しそうに尻尾を揺らしながらこちらを見た。

 

「マックイーンはメンコじゃなくて耳飾りにしようと思って紫色のリボンを選んできた。マックイーンの髪色に似合うと思ってな」

 

 俺がそのままリボンを手渡そうとすると、マックイーンはムスっとした顔で耳をこちらに預けてきた。

 

「私には着けてくださらないの?」

 

「それじゃあ着けさせてもらおうかな」

 

 リボンを結んであげるとマックイーンは嬉しそうに尻尾を揺らしながらみんなのところに戻って行った。

 

「スズカもスカイもマックイーンも俺の担当ウマ娘でチームメイトだ。3人のことも俺はしっかりと見ている。これからも一緒に頑張っていこう」

 

「「「「はい!」」」」

 

 その後は、みんなで俺のプレゼントを見せ合いながら和気藹々と話していた。俺も明日からのキングのメニューを考えないといけないし、スペの対策もしっかりと考えないとな。



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第80話:苦悩!地獄の筋肉トレーニング!

投稿期間開きすぎてしまった。
出来るだけもう少し短いスパンで投稿出来るよう頑張ります。


 昨日のお出かけから1夜開けた翌日。キングのトレーニングメニューを考えてのスタートだ。メンバー4人を集めて今日のメニューの発表をする。

 

「スカイとマックイーンの2人はコンビでショットガンタッチを行ってくれ」

 

「マックイーンちゃん今日は私より長く耐えれるといいねー」

 

「ぐぐぐ……今日こそは負けませんわ!」

 

 スカイがニヤニヤしながらマックイーンのことをいつもみたいに煽っている。最初の方は五分五分だったんだけど、トレーニングに慣れ始めたのかスカイが最近は勝ち続けてるらしい。

 

「スズカは2000mのインターバル走だ。スズカもレースが近いから気を引き締めていってくれ」

 

「はい。今まで以上に速く走れるように頑張ります」

 

 スズカもやる気十分って感じだな。どこか心ここにあらずって顔をしているが、あれは単純に早く走りたいだけだろう。

 

「最後にキングだが、今日は体幹トレーニングから始めるぞ」

 

「筋トレでは無いの?」

 

 元々水泳や筋トレを行うと聞いてたキングは少し首を傾げている。

 

「体幹トレーニングも筋トレの延長線上みたいなもんだからな。長い距離を速く走るなら体幹の軸がブレるとスタミナを多く使うし、フォームも崩れるから速く走れない。重点的に鍛えて損はないはずだ」

 

「わかったわ……キングに任せておいて!」

 

 そう息巻いてから数時間後、そこにはさっきの威厳も感じさせないほどに疲れてヘトヘトになってるキングの残骸が……

 

「いったい……あとどれだけやれば……はぁはァ終わるのかしら」

 

「とりあえずラスト1セットだな」

 

 俺のその言葉にキングは安堵の息を吐く。俺のチームは基本的には走りがメインのトレーニングが多く取り入れられている。普段積極的に行わない筋肉トレーニングは体に応えるだろう。

 

(だいたいはスズカが筋トレとかよりも走りたいっていうのがあったからその名残りだが)

 

「その後は水泳な」

 

 その瞬間にキングが膝から崩れ落ちた。気持ち涙目でこちらを睨んでいる気もする。色々と厳しいトレーニングになってるのは許して欲しいものだ。

 

 

「殺す気だわ……あの人私のことをここで沈めるつもりに決まってる!」

 

 私は水泳の休憩中にそんなことを言いながら仰向けで倒れていた。さっきの筋トレに続き水泳トレーニングの内容がハードすぎる。

 

「大丈夫ですの?キングさん……」

 

 心配そうに私の方に駆け寄ってきたマックイーンさんがタオルをわたしてくれた。

 

「大丈夫なわけないでしょう!?」

 

 私の大声にびっくりしてマックイーンさんが少し私から距離を置く。

 

「それで……どういう要件かしら?」

 

「トレーナーさんがキングさんが泳ぎ終わったようなら図書室に連れて来いってっひ!以上ですわ!私はトレーニングに戻りますわ!」

 

 なんでかマックイーンさんは逃げて行ってしまった。私は今そんなに怖い顔をしているのかしら?そうして私は図書室に向かった。

 

「待たせたわね」

 

「おう、待ってたぞキング……ってお前なんて顔してんだよ!何かあったか!?」

 

 トレーナーさんは私の顔を見ると少しギョッとした顔をして怯えていた。何か誤解してるみたいだから笑顔で聞いてみることにした。

 

「なんでそんなに怖がっているの?」

 

 その瞬間にトレーナーさんが土下座して懺悔をし始めた時はどうしたのかと思った。

 

「キングのメニューがキツいのも走れないのが辛いのも分かってる!でもお前のためなんだ許してくれ!」

 

 全く理解出来なかった。何故トレーナーさんは目の前で私に土下座をしているのだろうか。私はそんなに怖い顔をしてるのかしら?気になった私は手鏡を確認する。

 

「酷い顔ね」

 

 私の顔からは威圧感を強く感じさせるような顔になっていた。長らく走る以外のトレーニングをあんまりしてこなかったから、筋トレや補強トレーニングをメインにしてこなかったせいかは分からないけど疲れてしまったのかもしれない。

 

「全く……この程度のことで顔に出していたら一流とは言えないわね」

 

 少し深呼吸して落ち着いた。そうすると雰囲気が変わったのが分かったのかトレーナーさんが話しかけてきた。

 

「キング怒ってないのか?」

 

「怒ってないわ。ただ少し疲れてただけよ」

 

 それを聞くとトレーナーさんは何かを考えている顔つきだった。

 

「今の威圧感をレースでも出せたら周りは怖いと思わないか?」

 

 そんなに怖かったのかしら……自分ではそんなに分からなかったけど。

 

「私も無意識だったから難しいかも知れないわね……今すぐにしろって言われても無理だわ」

 

「そういった面を強化していく1週間にしようじゃないか。武器が1つでも増やせるのなら増やせるに越したことはない」

 

 トレーナーさんの言うことはもっともだ。手札は多ければ多いほどいい。それが役に立たないことなんか滅多にない。

 

「そうして、今日ここに来てもらったのはこれからの走り方……どちらかと言うとレース展開についてだな」

 

 私は彼の提案に頷く。現状は走法とレース展開が迷子の状態の私は基礎の基礎からはっきりと決めていく必要がある。

 

「今までのレースを振り返ると先行と差しがキングには1番合ってる。キングの末脚は瞬発力だけならスペを凌駕するものだと俺は思うから同じポジションからのスタートでも十分戦える」

 

「あなたがそう言うならそうなのね。そう考えると私は差しをメインに行きたいと思う。後ろからならレースがよく見えるわ」

 

 私の強さは末脚の瞬発力だと彼は言った。判断力の速さも強みだとも言われた。そう考えると私が走って1番強いのは差しの走り。

 

「俺もそう思う。ただ、キングは視野の広さと判断力で周りに惑わされることがある」

 

 私も思い当たる節があった。スズカさんとの模擬レース、母親の走り……相手に惑わされすぎて自分の走りを見失うことがある。

 

「前回の模擬レースでスズカが逃げで行くことは想定できたはずだ。前気味の先行でスズカを捉えていくか、最後まで足を貯めて一気に抜きにかかるかの2択だった。そして、キングは後者を選択したな」

 

「その通りよ」

 

 あの時はスカイさんかミークさんのどちらかがスズカさんを押さえ付けると思っていた。そして、想像通りスカイさんがスズカさんを抑えにかかった。

 

「あの時、ミークが想像以上に前に出ていったのにビビって前に着いて行った。キングはあの時、自分の走りを突き通すべきだった。スパートのタイミングや駆け引きはレースにはつきものだけど周りに流されるな」

 

「分かったわ……」

 

 ここからのレースでもスカイさんと一緒に走ることになる。そう考えると周りに流されてる暇はない。彼女はもっと上手くこちらのペースを乱しに来るかもしれないのだから。

 

「皐月賞やダービーでの私たちの地力はほぼ互角だと思ってるわ。だからこそ自分の走りを貫いてみせる!」

 

「その意気だ!お前はキング!キングヘイローだ!最後にゴールするのはお前だ」

 

 そうよ、この人が私をキングと呼んでくれる。キングヘイローだと信じてくれる。だからそれを信じて勝利を掴むのよ。

 

「私が差しを極めるわ。スズカさんやスカイさんが逃げを極めようとしているのだから」

 

 私は覚悟を決めた。自分のこの走りだというものに自分のレース人生をかけようって。まだ見つかっていないその走りで勝ち上がるんだ。

 

「あとは走るまではイメージトレーニングだ。誰かの走りを見て考えるな。自分がこう走りたいこうなりたいって気持ちを大切にしろ」

 

「私がしたい走り……」

 

 私が少し不安そうな顔をすると、トレーナーさんがそれを見て言う。

 

「スズカのあの大逃げレースは誰かがさせたんじゃない、むしろ周りからは反対されるようなものだった」

 

「そんなまさか」

 

 スズカさんの大逃げは最強と言ってもいい。終始トップをキープして最後のスパートでさらに加速していく。どうやって勝てばいいのか私にはわからない。

 

「そのまさかだよ。普通に考えて大逃げなんてするウマ娘がそんなにいるか?スズカも実際に最初は出来なかった。けど、それがスズカのしたい走りだったから出来るようになるまでトレーニングしたんだ」

 

 私のしたい走り……私もカッコよく一流に走れるのかしら。きっと走れるのよね……この人がそう言うんだもの。

 

「あなた私の末脚は素晴らしいって言ったわよね」

 

「ああ言ったな。スピード、加速力どちらをとっても1級品だ」

 

 自信満々に答える彼を見て、私もなんだか自信が湧いて口元が少し緩んでいた。

 

「なら、スズカさんのような走りをするウマ娘も後ろから迫って差し切ることも出来るのかしら?」

 

「スズカの逃げを差し切るか……並のウマ娘じゃまず無理だろうな。先行ポジションで出来るだけスズカに食らいつくだろう」

 

 彼は含みを持つ言い方でそう言ってさらに言葉を続ける。

 

「ただ、キングは一流のウマ娘になる娘だ。今は出来ずともいずれ出来るようになる。そして、そのサポートを俺が全力でしてやる。だからお前はお前のしたい走りを貫け」

 

「えぇ!」

 

 覚悟はできた。後はそれに向けて自分を鍛え上げるだけだ。



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第81話:激走!黄金世代!

 今日はトレーナーさんが何やら用事があるようで、トレーニングはお休みだった。

 

「今日は何しようかな〜」

 

 そんなことを部屋の布団の中で考えていると、同級生のグループからメッセージが送られてきた。

 

『今日はみんなトレーニングが休みと聞いたデース!滅多にない機会なのでみんなで遊びませんか!?』

 

 今日はリギルのトレーニングもお休みみたいで、エルちゃんはテンションマックスって感じだな〜どうせ私は元々予定なかったし。

 

『いいよ〜』

 

『私も問題ありません!』

 

『ぜひご一緒します』

 

『あなたたちにはキングと休日を過ごす権利をあげるわ!』

 

 スペちゃんやグラスちゃん、キングちゃんも特別予定があった訳ではないようだったからすぐに決定した。ササッと準備を済ませてから集合場所の正門前に向かう。

 

「あっスカイちゃんおはよ〜」

 

 私が正門前に着くと、既にスペちゃんが到着して待っていた。

 

「おはよ〜スペちゃん早いね〜」

 

「このメンバーでお出かけなんて滅多にできないから張り切っちゃって」

 

 スペちゃんは少し照れくさそうに私に話した。私もスペちゃんと同じで結構楽しみだった。いつもなら1番最後に到着なのに2番目っぽいしね〜。

 

「私も楽しみだな〜久しぶりにお出かけするし」

 

「スカイちゃんは良く外でお昼寝したりしてるじゃないですかー」

 

「授業サボってお昼寝はするけど、放課後とかはトレーニングがあるからさ」

 

 私がそう言うと少しスペちゃんが唖然としていた。トレーニングではスペちゃんと会うこともないししょうがないか。

 

「セイちゃんこう見えてもトレーニングはしっかりやってるんだよ〜」

 

「わっわかってますよー!」

 

 私の発言に慌てふためくスペちゃんが面白くてついついからかってしまう。こんな光景見たらマックイーンちゃんなんかは嫉妬しちゃうかな?

 

(かという私もトレーナーさんがキングちゃんに最近お熱みたいだから妬けちゃうけどねー)

 

 前にそれとなくスズカさんに聞いてみたが、どこか余裕そうというか涼しげに『トレーナーさんなら大丈夫』なんて言っていた。

 

「お待たせしましたー」

 

「お待たせデース!」

 

 スペちゃんと2人でお話をしていたらエルちゃんとグラスちゃんの2人もやってきた。

 

「あら、キングちゃんはまだ来ていないんですか?」

 

「珍しいこともありマース」

 

 グラスちゃんとエルちゃんが少し驚いていた。そういば、こういう集まりの時は大体キングちゃんが1番最初か2番目には来てるんだけどな。

 

「申し訳ないわね……遅れてしまったわ」

 

 少し遅れてキングちゃんが急いでやってきた。

 

「キングちゃんが遅れてくるなんて珍しいね。何かあったの?」

 

 スペちゃんが首を傾げながら聞いている。普段遅れてこないキングちゃんが珍しいのかグラスちゃんとエルちゃんも興味津々だ。

 

「ここ数日のトレーニングが結構ハードで体が重くて遅れてしまったわ……」

 

 キングちゃんは疲れた顔で少しため息をついた。最近凄いハードなメニューをしてるとは聞いてるけど、皐月賞も近いので詳細はトレーナーさんからは教えてもらってない。

 

「私は大丈夫だから行きましょ?」

 

 とりあえず、キングちゃんも大丈夫って言ってるからみんなで目的地のショッピングモールに向かった。最初はみんなで軽くショッピングしてたんだけど、キングちゃんはお疲れでグラスちゃんも足に負担がかかったみたいでエルちゃんが着いて言って休憩している。

 

「いや〜みんな大変だね〜」

 

「グラスちゃんは足を怪我してるし、キングちゃんも疲れてたみたいだもんね」

 

 私とスペちゃんはすぐ近くでお店を見ながら歩いていた。私は手ぶらでスペちゃんはタピオカを啜りながら。

 

 

「グラスにキングちゃん。大丈夫デスカ?」

 

「大丈夫ですよエル。少し疲れてしまっただけだから」

 

 私たち2人を心配そうに見るエルさん。グラスさんは一応少し休めば大丈夫ということだ。

 

「あなたたちには私と一緒に休む権利をあげるわ!」

 

 私がそういうと2人は楽しそうにニコニコと笑う。私がいつも通り元気そうで安心したようだった。

 

「それにしても、タフネスなキングちゃんがここまでヘロヘロなのは驚きデース!」

 

「一体どのようなトレーニングを?」

 

 エルさんは興味津々そうに、グラスさんは少し羨ましそうに聞いてきた。グラスさんは怪我で走れないと聞いているから、走りでクタクタだと思って羨ましいと思ってるのかもしれないわね。

 

「実は最近走りのトレーニング自体はしてないのよ」

 

 私の発言に2人は驚いた顔をした後に心配そうな顔をしていた。

 

「怪我でもしたんデスか?」

 

「たしかキングちゃんは皐月賞出ますよね?」

 

 2人が心配するのもそうよね。G1レース……それも一生に1度のレースまで一月切っているのに走りのトレーニングをしてないなんて。

 

「怪我をしたわけじゃないの。クラシックで勝つために走り方を矯正する必要があって、そのために今は走ってないのよ」

 

 私が怪我してないことが分かると2人は安堵の息をはいた。グラスさんなんかは怪我の途中で大変なのにここまで心配してくれるなんて……私もいい仲間を持ったわね。

 

「走れるのに走れないって辛くないですか?」

 

 グラスさんは走れるのに走れない……そう考えると少し複雑な気持ちね。

 

「最初はそう思ってたわ……でも、走れなくってもやることって多いのね。トレーニングはハードで身体中バキバキだもの。トレーナーさんには迷惑をかけてるけど、あの人が私のために頑張ってるのだから私も全力でトレーニングをしてるわ」

 

「走れなくてもやるべき事……ですか」

 

 私が走れない中でも様々なトレーニングをしていることを理解したグラスさんが何かを真面目に考え始めた。

 

「グラスも怪我で走れないからそういうことしてるデスカ?」

 

「私はトレーナーさんが体に負担をかけないようにとトレーニングのサポートをしていますが……走れなくてもできることはいっぱいあるんですよね」

 

 グラスさんはさっきより何だか前向きというか明るい表情になった気がする。何もできない状態っていうのはやっぱり辛いんでしょうね……

 

「なんだか、こんな話をしていたら走りたくてたまらなくなりマース!」

 

「私も早く走りたいわね」

 

「私もです」

 

 もう少しで走りトレーニングが始まりが、今の話をしていたらなんだか走りたくなってきた。そうして、少しするとエルさんが話し始める。

 

「いい事思いつきました!」

 

「どうしたんですか?エル」

 

 

「スペちゃんは最近のトレーニングどうなの?やっぱ結構きつい?」

 

「うーんキツいけど、チームのみんなは優しいしトレーニングも楽しいですよ!」

 

 スペちゃんは呑気にそう言うけど、スペちゃんのその以前より丸くなったお腹が全てを物語っていた。最近のスペちゃんはどこか緩んでいる気がする。

 

「へー私もだよ。後輩のマックイーンちゃんを揶揄うのが楽しくって熱中しちゃうんだよね〜」

 

 スペちゃんの今の実力がどうしても気になってしまう。今の私の予想が正しいなら……私は皐月賞でスペちゃんには負けない。

 

「なんだかこんな話してたら走りたくなってきちゃったよ」

 

「いつも寝てたいって言ってるスカイちゃんが珍しい!今日はいいお天気だし走ったら気持ちいかもしれないですね」

 

 そんなことを話していると休憩場の方からキングちゃんたちがやってきた。なんかエルちゃんがニコニコしてるけど……

 

「午後から学園に戻ってみんなで走りマース!」

 

 そして、戻ってきたエルちゃんはそんなことを言い始めた。今日は休日で走るつもりはなかったけど、ちょうど気になることもあったしラッキー。

 

「そうだね〜私もちょうど走りたいと思ってたんだよね。ねっスペちゃん」

 

「いいですね!みんなで走る機会なんてあんまりないから楽しみです!」

 

 そうして、私たちはみんなで学園に戻って準備を済ませてからグラウンドに向かった。グラウンドに着くと、ベンチに座って休憩中のスズカさんを見つけた。

 

「あれ〜スズカさんじゃないですか。今日はトレーニングお休みなのにどうしたんですか?」

 

 後ろから急に話しかけたせいで少しだけ驚きこちらに振り向く。でも、私たちがいることの気づくと少し首を傾げていた。

 

「あれ?スペちゃんも他のみんなも今日はお休みでみんなで出かけたって聞いてたのにどうして?」

 

「滅多にみんなで走れる機会がないので、折角だから模擬レースしようって話になったんですよ!」

 

 スズカさんの疑問に対してスペちゃんが経緯を説明してくれた。

 

「私たちからしたら休日にグラウンドで走ってるスズカさんが不思議でしょうがないだけど……」

 

「折角のお天気だから走りたくなっちゃって。トレーナーさんにも確認して少しランニングをね。私は走り終わったからみんなでここを使って」

 

 トレーナーさんに確認を取ったという言葉でグラスちゃん以外が目を逸らした。キングちゃんのこともあるからトレーナーさんには黙ってはいるけど、模擬レースなんて負荷がかかること黙ってやったってバレたらと考えると……

 

「審判は私がやりますから、みんなウォーミングアップしてきてください」

 

 審判とスタートの準備はグラスちゃんがやってくれるみたいで、みんなは各々ウォーミングアップを始めた。1人で大変じゃないかと思ったけどスズカさんが手伝ってるみたいだから問題はなかった。

 

 

(久しぶりの走りなのにぶっつけ本番ね……大丈夫かしら)

 

 私はウォーミングアップをしながらもそんな不安を抱えていた。フォームもペースも上手く作れるか分からない。スタミナトレーニングはしていたから体力が持たないなんてことはないと思うけれど。

 

「どうしたのキングちゃん。久しぶりのレースで不安?」

 

 私が不安を抱えてるのを見てスズカさんが話しかけてくれたらしい。

 

「そうね……不安じゃないと言えば嘘になるわ。トレーナーさんとは走りながら調整したわけじゃないからビジョンしかまだ出来てないから」

 

 そう言うとスズカさんはクスっと笑ってから話始めた。

 

「ごめんなさい。別にキングちゃんの悩みを笑ったわけじゃないの。ビジョンが見えてるならあとはそのビジョン通り走るだけよ。そうして前に行きたいもっと速く走りたいって強い気持ちがあれば体が自然と着いてくると思う」

 

「そうやってスズカさんは強くなってきたんですね」

 

 スズカさんはこくんと頷いた。

 

「そうね。キングちゃん頑張ってね。私は努力してる人が好きだから」

 

(そうだ、私は今まで努力することだけはやめなかった。今回も勝つ努力をするればいいのよ)

 

 私はスズカさんに軽く頭を下げてスタート地点に向かった。このレースは復帰レースには十分すぎるメンバーが揃ってる。このレースで何かを掴み取ってみせる。

 

 

 各々がウォーミングアップを終えてスタート地点に集まった。全員が勝つつもりでいるようで空気がピリピリしている。

 

(みんなで楽しく勝負しようって雰囲気じゃないよね〜)

 

 誰かしらにスタート前に話しかけようかと思ったけど、キングちゃんもいつも以上に集中してたし。スペちゃんやエルちゃんは本気の実力を見たいから。

 

「みんなスタートするから準備してー!」

 

 グラスちゃんじゃなくてスズカさんの呼び掛けで私たちはスタートラインに立った。

 

「それじゃあ、位置について……よーいドン!」

 

 スズカさんの一声で模擬レースが始まった。

 

 

「スズカさんがやらなくても私がやりましたよ?」

 

「いいのよ、私も1回やってみたかったから」

 

 グラスちゃんの仕事を取って悪いことをしてしまったかしら?トレーナーさんがいつもやっているのを見てついついやってみたかったのよね。

 

「スズカさんは誰が勝つと思いますか?」

 

 4人がスタートしてからすぐにグラスちゃんが私にこのレース結果の予想を聞いてきた。

 

「このレースはエルちゃんかスペちゃんが勝つと思うわ」

 

 その質問に私は即答した。グラスちゃんは少し呆気に取られていた。

 

「意外だった?」

 

「はい……スカイちゃんもキングちゃんも居るからどちらかの名前は聞くと思っていました」

 

 スカイちゃんの名前は出そうとは思ってたんだけど……今回は1着は取らないと思うな。

 

「キングちゃんは流石に復帰1戦目であのメンバーは辛いと思うし、スカイちゃんは1着を取る気はなさそうだから」

 

「それはどう言うことですか?」

 

「スカイちゃんはね確かめてるんだと思う。スペちゃんやキングちゃんの実力をね。あと周りからあまり警戒されるのが好きな子じゃないから」

 

 その後グラスちゃんは何かを考えたあとに1番気になっているであろうことを聞いてきた。

 

「皐月賞……誰が勝つと思いますか?」

 

「実力的にはスペちゃんとスカイちゃんが拮抗してる……いや、スカイちゃんの方が少し速いかもしれないけど。でも、キングちゃんは今大きな壁を越えようとしてるわ。私もトレーナーさんと一緒に壁を何度も超えて来たから何となくわかるの」

 

 

 スタートは綺麗に出ることができた。後方からはエルちゃんとスペちゃんが迫ってきてる。キングちゃんの姿が見えないけど後ろの方にいるのかな?

 

(流石に復帰1戦目にこれはキツイかな?)

 

 いつものキングちゃんならこの状況は前に出て狙ってくると思ったんだけど。レースはもう少しで折り返しの1000mを通過するからそろそろ動くかな?

 

 

(スカイさんは逃げでエルさんもスペさんも前よりの先行でレースは前よりの展開になってるわね……)

 

 いつもならスペさんの後ろに付いて走っていただろうけど、今回は足を溜めるのよ。勝負はラストスパートからの600m。

 足以外の部位はトレーニングで負荷をかけて疲れてると思ってたけど、想像ほど体は怠くないし足も軽い。怠いどころか以前よりも走りが安定している気がする。

 

(残り800m……仕掛けるならここから!)

 

 そのタイミングでスペさんのエルさんも動き始めた。スカイさんとの距離をどんどんと縮めていく。

 

(もっと前に!1歩でも前に!)

 

 

 レースは残り400mでスペちゃんとエルちゃんが並んできた。いつもならもうちょっと粘るし、まだ追いつかれないだろうけど。

 

(今日はこの辺で潮時かな?)

 

 私はそこでペースを落とした。みんなには悪いけど……G1レース前に本気を見せるのもねぇ。スペちゃんとエルちゃんはすっかり熱くなっちゃってるけど。

 少しして、後ろからキングちゃんが来ているのがわかった。今日は本気で走る気はなかったけど、キングちゃんが横を通りすぎた瞬間にその考えは変わった。

 

(何それ……それはキングちゃん聞いてないよ!)

 

 キングちゃんは今までにないくらいの前傾姿勢で走っていた。そして、そのスピードは今までに見たことないくらいの速さだった。

 私はすぐにスピードをあげた。しかし、キングちゃんと距離を詰めることが出来なかった。距離を詰める所か離されていくんだから。

 

 

(もっと前に……もっと速く!)

 

 走っている本人は自分のフォームに気づいてはいなかった。ただただ一心不乱に1歩前に少しでも速く走ることだけを考えていた。以前までのキングならここまでの前傾姿勢で走ったらバランスを崩していただろうが、今日この日まで超ハードなトレーニングによってそれを可能とする体幹を手に入れていた。

 レースも残り100mというところまで来ていた。先頭はスペさんとエルさんが並んでいる。少し後方にスカイさんが追って来ていた。

 

(このレース……負けられない!)

 

 強い意志の元、キングは走り切った。しかし、結果は3着だった。久しぶりのレースということもあり、道中のレースペースを上手く作れずに差が開きすぎて追い付き切れなかった。

 

 

「いや〜みんな速いね〜」

 

 模擬レースが終わってみんなでストレッチをしていた。結局最後は本気で走ちゃったし。

 

「スカイちゃんだってスタートからすごいペースだったじゃないですか!」

 

「そう言われると照れるな〜」

 

 スペちゃんが私の走りを褒めてくれた。前半のレースメイクは上手くいったし、褒められるのは悪い気がしない。

 

「私は復帰一回目でスカイちゃんに勝ったキングちゃんに驚いてマース!」

 

 エルちゃんがそう言うと、キングちゃんは一瞬私の方をチラっと見てからため息をついた。

 

「そうね、久しぶりのレースだからどうなるかと思ったけれど……これなら皐月賞も大丈夫そうね」

 

「なにおぉ」

 

 キングちゃんは私が手を抜いていた事には気づいてる。でもね、本気で追いかけて届かなかったのには気付いていない。

 

「みんな速くってびっくりしたわ。ねっグラスちゃん」

 

「私も頑張らないといけませんね」

 

 レースを外から見ていたスズカさんとグラスちゃんは全てお見通しって感じだった。

 

「というか、そろそろ門限近づいてませんか?」

 

 スペちゃんの指摘でみんな一斉に立ち上がって寮にダッシュした。寮長に怒られるのは嫌だからね〜

 

(今日のレースで分かったことがあった)

 

 皐月賞……1番警戒するべきなのはキングちゃんだ。

 

 

 その日のレースから各々が動き始めた。

 

「もう一本お願いしマース!」

 

 後ろから迫り来るライバル達に追い抜かれないように努力する者。

 

「トレーナーさん……トレーニングについてお話があるのですが」

 

 他人を見て自分も何かできることがあると気が付いた者。

 

「いや〜今日のメニューも疲れました」

 

 いつものように普通にトレーニングする者。

 

「トレーナーさん。フォームについて話があるのだけど」

 

 レースで新たな発見をして壁を乗り越えようとする者。

 

「マックイーンちゃん今日も頑張って貰うね?」

 

 後ろから迫る強敵を見つけて今まで以上に努力する者。

 

 皐月賞まであと少し。この日のレースがどんな影響を及ぼすことになるのか。

 

 



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第82話:直前!皐月賞へのトレーニング!

多量の誤字報告ありがとうございます…
文章が読みやすくなって本当に助かっています。


 休日明けのトレーニングでミーティングの為にチームルームに集まってもらった。そして、スカイとキング2人が部屋の真ん中で正座している。スズカは申し訳なさそうな顔をしているが、スカイとキングは俺の目をさっきから見ないし、マックイーンに関しては何が起こってるか分かってない様子。

 

「キングヘイローさんにセイウンスカイさん? 俺の言いたいことは分かるよね?」

 

「ちょっと心当たりがないからセイちゃん分かんないですね〜」

 

 そう言いながらスカイが顔を逸らす。

 

「キングヘイローさんは?」

 

「わっ私たちは昨日はみんなでショッピングをしていただけよ? 怒られる覚えがないわね」

 

 キングもまた顔を逸らした。

 

「それじゃあ2人はなんでさっきから顔を逸らしてるのかな?」

 

 2人が昨日模擬レースをしていたのは今朝の段階で既に知っていた。最初は葵さんから急にお礼のメールが来てなんのことだと思ったんだが、スズカが全部話してくれた。

 

「別にやるなとは言わないけど、今は皐月賞手前の大事な時期だ。連絡くらいはしておいてくれ」

 

「「ごめんなさい……」」

 

 2人も反省してるみたいだからお説教はこの辺にしておこう。折角今日はめでたい日なんだからな。

 

「説教は終わりだ。昨日休みだったのは2人の勝負服が完成して受け取りに行っていたからなんだ」

 

 俺が勝負服が完成したと言った瞬間に2人はパァっと顔が明るくなった。勝負服はG1ウマ娘だけが着ることができる名誉あるものだから。しかも、世界に一つだけの自分のユニフォームだ。テンションも上がるだろう。

 

「まずはスカイからだな」

 

 俺はスカイの勝負服をスカイに手渡す。スカイの勝負服は白をベースに水色っぽい色を加えて。緑の装飾に緑の短パンだ。ワンピースタイプで色んなところにフリフリが付いてる可愛らしいデザインだ。

 

「やった! 見て見て! 私の勝負服ですよトレーナーさん!」

 

 スカイは勝負服を手に取って嬉しそうにぴょんぴょん跳ねながらそれを俺に見せつけてくる。ここまで上機嫌に跳ね回るスカイは初めて見たな。

 

「次はキングだ」

 

 キングの勝負服は緑がベースで白のスカートが付いている。まるでドレスのようにも見えるデザインになっている。

 

「やっと私もここまで来たのね」

 

 勝負服を受け取ると少し感慨深そうに勝負服を眺めている。キングは色々あったからな……遂にここまで来たんだという実感が湧いてきたのか。

 

「それじゃあ、2人とも着てみてくれ」

 

 そう言って俺がその場に立ち止まっていると、久しぶりにスズカが凄い笑顔で俺の手を取る。

 

「トレーナーさんは私と一緒に外で待っていましょうか?」

 

 冗談のつもりだったんです……許してくださいスズカさん。本当に反省しているのでそんな目で僕を見ないで。

 外で待っていると中からマックイーンが顔を出した。

 

「お二人共着替え終わりましたので入っても大丈夫ですわ」

 

 俺はそのままチームルームに入って、2人の勝負服姿を見ることになった。

 

「どうかしら? 似合ってるとは思うけれど」

 

「どうしたの黙り込んじゃって。私たちに見惚れちゃった〜?」

 

 2人は勝負服姿を俺に見せてくれる。感想を言わないとと思ったけど、2人ともよく似合ってるもんだから言葉が出なかった。そうしたらスズカがムッとした顔で俺の足を軽く蹴ってきた。

 

「私の時はそんな反応じゃなかったじゃないですか……」

 

 スズカがボソッっと何かを言っていたが上手く聞き取れなかった。そんなことよりも2人に感想を言わないとな。

 

「想像以上に似合ってて言葉が出なくてな……これを着てレースでも頑張ってくれよ」

 

「「はい!」」

 

 着替えてもらっておいて悪いが2人にはすぐに着替え直してもらった。一応確認の意味での着用だったし、今日は皐月賞までの方向性の確認をしなきゃいけないからな。

 2人の着替えが終わったので、キングには部屋を出てもらってスカイに残ってもらった。

 

「まずはスカイに聞いておきたいんだが。今1番警戒している相手は誰だ?」

 

 スカイが苦手意識か警戒している相手を定めて対策を練って、何かしらのトレーニングを行わないとならない。トレーニングの方向性も決めやすいしな。

 

「キングちゃんですね。スペちゃんはどこか緩んでる感じがするし〜昨日の模擬レースで見たキングちゃんの走りを見ればトレーナーさんも同じことを言うと思う」

 

 スペとエルと一緒に走った上でキングが警戒すべきか……どうやらキングも俺の想像以上の成長をしているようだ。

 

「何を伸ばせば確実に勝てる? 実際に走ってみて何を脅威に感じたんだ?」

 

 久しぶりに走った上にメンバーがメンバーだ。レース展開自体は良いものではなかったと思う。そう考えるとスカイを警戒させる程の何かがあったはずだ。

 

「ラストスパートのキングちゃんの末脚……とんでもなかった。あのスピードは私じゃ敵わない。だから、トップスピードに少しでも速く乗るための加速力が欲しいです」

 

 スカイの瞳は真剣そのもので、それでいてどこか焦っているようだった。

 

「それならスズカと一緒にトレーニングするといい。その為の道具は揃ってるからグラウンドで待っていてくれ」

 

 俺がそう言うと、何かを察したのかゲッとした顔でスカイは部屋から出ていった。そうして、スカイと入れ替わりでキングが部屋に入ってくる。

 入ってくる。

 

「トレーナーさん、私もう少しで何か掴めるような気がするの。昨日の模擬レースでたしかに今まで以上のスピードで走れたのよ」

 

 キングは部屋に入ってきてすぐに話し始めた。自分の大きな成長……その第1歩に少々興奮している様子だ。

 

「俺は実際に模擬レースを見ていたわけじゃない。その時のことを教えて貰えるか?」

 

 俺がそう冷静に返すとキングも少し落ち着いたようで、こくんと頷いて模擬レースのことを語り始めた。

 

「ただただ一心不乱にひたすら前に進もうと思ったらか……」

 

 一心不乱に何も考えずに走るというのはキングの走り方にはあまり合わない走り方だと俺は思ってた。思ったてたじゃない、今もそう思っている。だけど、それが実際に噛み合ったのも事実。

 

「私らしくないとは思っているわ。でもね、可能性がそこにあるなら考える価値はあると思うの」

 

「それは分かるんだけどな……一心不乱と冷静は矛盾して……」

 

(待てよ? そもそも、冷静さと情熱の矛盾を同時に体現してるって言ったのは俺じゃないか)

 

 冷静かつ情熱的な走り……考えるんだ、冷静に走りながらも一心不乱に走っても良いタイミングはどこだ? 

 少し考えてその答えはすぐに出た。そんなの『ラストスパートのゴールを目指している時』しかないじゃないか。ただ、ラストスパート直前は多くの駆け引きが繰り広げられるタイミングでもある。そのスイッチの切り替えのタイミングが重要だ。

 

「キング。お前は自分が仕掛けるべきタイミングを信じ切れるか? そのタイミングを見定められるか?」

 

 中途半端はダメだ。どちらかが少しでも残っていれば躊躇してしまう。だからこそ、仕掛ける時はただひたすらにゴールを目指すんだ。

 

「当然よ! 私は一流のウマ娘のキングヘイロー。そんなことを恐れてたらこれからのレースで戦っていけないもの」

 

 キングの覚悟も十分か。あとはキングを信じてその準備をするだけだ。

 

「とりあえずグラウンドに1回出ようか」

 

 とりあえずは方向性は決まった。あとはトレーニング内容を詰めていかないとな。

 もう一度グラウンドで4人が集合した。スズカ&スカイチームとマックイーン&キングチームの2つに分けて説明をしていく。

 

「まずはスカイのトレーニングだが……この蹄鉄を着けての1000mのインターバルトレーニングをスズカと行ってもらう」

 

 スズカはいつものように蹄鉄をはめて軽くランニングをしていた。しかし、スカイの方はジョギングして走るのがやっとと言ったところか。

 

「トレーナーさん……これすっごく重いんだけど」

 

 スカイは嫌そうな顔をしながら俺の方を見てくる。もちろん本気で嫌がっているわけではないと思うんだけど。

 

「このトレーニングはスズカを大きく成長させたトレーニングの一つでもある。合わなそうなら直ぐに変えるが試してみる価値は十分ある」

 

「よろしくねスカイちゃん」

 

 スズカはニコニコでスカイのことを引きずってスタート地点へと向かっていった。最近スカイはマックイーンとのトレーニングが多かったし、久しぶりに一緒に走れるのが楽しみ……だと思いたい。

 

「キングとマックイーンは2000m走を通しで行って、その休憩の間にお互いのフォームについて話し合ってくれ」

 

「私もフォームチェックをしますの?」

 

 今まであまりマックイーンの走り方に口を出したことはなかった。マックイーンは速かったしフォームも綺麗だと思っていたから。しかし、今回のキングの件でそれは自分の慢心だと気づいた。走りには各々の個性も出るし、今までの癖も付いている。それは子供の頃の未熟な時に付いたものかもしれない。

 

「俺もずっとキングを見ることができないのもあるし、マックイーンもデビューが近いからな。速くなる可能性があるなら吟味していくべきだ。実際に走るウマ娘同士だから気付くこともあるだろうしな」

 

 マックイーンもキングも納得したようで頷いた。とりあえず皐月賞に向けてできる準備はここまでだ……あとは2人がそのトレーニングでどこまで成長してくれるかだな。



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第82.5話:直前!皐月賞へのトレーニング!

82話とまとめて書いても良かったのですが、そうすると投稿がいつになるか分からなかったので分けさせてもらいました。
注意:改善点や改善法は9割こじつけです。
投稿遅れてごめんなさい


 トレーナーさん、お元気ですか?私は今スズカさんと久しぶりにロングジョグをしています。スズカさんはとても楽しそうに走っています……助けてください。

 

「スズカさん……1回、1回休憩しましょう……ゼエゼエ」

 

 私は両手を膝に付いて立ち止まった。というか立ち止まらざるおえなかったと言うべきな気がする……足は疲労のせいでプルプルしてるし、今は歩くのが精一杯だ。

 

「あっごめんなさいスカイちゃん……スカイちゃんは初めてだから大変よね」

 

 スズカさんに支えられながら、日陰に連れて行ってもらって休憩することになった。そのまま1度靴を脱いでスズカさんにアドバイスを貰うことにした。

 

「スズカさんってこの蹄鉄を付けてる時も、いつも程じゃないですけどぴょんぴょんと走りますよね」

 

「私はもう慣れちゃってるから。最初は私もスカイちゃんみたいにロクに走れないかったし」

 

 前までは、まさか自分もやることになるとは思ってなかったし……辛い顔しながら走ってたスズカさんも、今では涼しい顔をしながら走ってる。

 

「何かコツとかってないんですか?」

 

 私がそう聞くと指を顎に当てて少し考え始める。スズカさんはどちらかというと感覚派なイメージだし、言葉にするのは難しいのかな?

 

「踏み込みを意識しながら走るといいかも。いつもよりも重い蹄鉄をつけてる分、いつもよりも踏み込みが深くなるから」

 

 想像以上に的確なアドバイスに唖然としてしまった。そんな私を見てスズカさんがむくれている。

 

「スカイちゃんの言いたいことは分かるけど……失礼なこと考えてるよねぇ?」

 

「もう少し感覚的なアドバイスが来ると思ってました。はい」

 

「私だってちゃんと色々考えてるのよ?たしかに昔は走ることしか考えて無かったけど、今はどうしたらもっと速く走れるのかって考えてるの」

 

 スズカさんも変わっていくんだなぁ……って結局考えてる事は走ることなんだけど。でも、これだけ的確なアドバイスをしてくれるなら上手く行きそうだ。

 

 

 一方その頃キング達は

 

「とりあえずはキングが先に走って、次にマックイーンが走るっていう感じにしよう」

 

 キングがスタートの準備をしている間にマックイーンが俺に話しかけてきた。

 

「スカイさんのところには行かなくてもいいんですの?」

 

 マックイーンはちょっとだけムッとした顔をしている。最近はキングに付きっきりでスカイのことを見てなかったから贔屓していると思われてるのかもしれない。

 

「勿論スカイのところにも行くよ。キングは走りのベースを決める大事なところだからな、一回目は見ないわけにはいかんだろうし。何よりも、2人が同じレースに出るんだ。私情で贔屓するような真似はしないよ」

 

 俺の回答に納得したのかマックイーンはトラックに視線を戻す。スタート地点ではちょうどキングがスタートの準備を終えていた。

 

「キングー!とりあえず1本目は自分の好きなように走ってみてくれ!」

 

 1本目はフォームの確認のためにタイムは気にせず走ることになってる。スタートも自分の好きなタイミングで、自分のできる限りの綺麗なスタートをするようにした。

 

「キングさん綺麗なスタートですわね」

 

「あぁ、久しぶりのスタートなのにここまで感覚が残ってるとはな」

 

 ゲートでのスタートとなれば違ってくるとは思うけど、キングこスタートは想像以上に綺麗なものだった。スタートが1番重要なのは逃げだと思われがちだが、差しなんかはポジションが大切になってくるからスタートが上手くて損はない。

 

 

(今日も足が軽い。足は軽いのに何だか走りづらいわね……)

 

 キングは久しぶりの走り込みで足の踏み込み方が変わっていた。さから走りやすくはなっているのだが、姿勢などが変わってはいないせいでバランスが悪くなっていた。

 

 足はいつもよりも早く回っているのに……何故か速く走れない。バランスが悪いのも分かるけど、それ以上にテンポが上手く合わない。

 

(何かが違うからバランスが悪いのは分かるのに、何が悪いのかが分からない……)

 

 

「キングさんの走り、どこかチグハグしてますわね……」

 

 キングの走りをジッと見ながらそう言う。マックイーンの言う通りキングの走りは今バランス、テンポが悪い。

 

「足の踏み込みが以前と変わって足の回転が早くなった。それに対して腕の振りが間に合ってない。だからテンポがズレるんだ。バランスが悪く感じるのはなんでだと思う?」

 

 俺の急な質問に、マックイーンは考え込みながらキングの走りを分析する。自分の走りを分析することは大事だが、時には他人の走りを分析することも大切だからな。

 

「軸が少しズレている?」

 

「大した分析力だなマックイーン」

 

「ズレてるのは分かりますわ……ただその理由が分かりません」

 

 マックイーンの指摘は正しい。しかし、厳しい体幹トレーニングを乗り越えたキングは、並大抵の事じゃ体自体の軸はズレることはない。ズレてるのは体と踏み込み着地点の軸だ。

 

「キングは以前よりもつま先の方で着地している。着地点が変われば軸も変わる。そして、つま先の方から着地する場合は自然と体が前傾姿勢になる。けど、無理に姿勢を正そうとしている結果バランスが悪くなっているんだ」

 

 これは指摘すれば、キングなら直ぐに直せるだろう。スピーディなフォームにはなるが、そのフォームの方が負担が少なく速く走れるならそちらの方がいい。

 

「ラストスパート入りますわよ!」

 

 

(ここからはラストスパート……ひたすらにゴールに向けて駆け抜ける!)

 

 私はそう思い、姿勢を前傾にしていきスピードを出していく。

 

(もっと……もっと前に!)

 

 そこで私はバランスを崩して転んでしまった。受け身は上手く取れたし、スピードも最高速度に乗っていなかったこともあって怪我はなかった。

 

「大丈夫かキング!」

 

 私が転んだのを見て、すぐに私の元にトレーナーさんが駆けつけてくれた。

 

「大丈夫、少し擦りむいただけよ」

 

 トレーナーさんが差し出してくれた手を掴んで立ち上がる。休憩と消毒をしつつ、今の走りの反省会を行う。

 

「何となく自分で走りに違和感を感じてはいたけれど……どこがダメだったのかしら?」

 

 とりあえず、俺たちが見た感じでも分かったことを説明していこう。

 

「まずは通常時の走りだけど、腕の振りが足の回転のリズムと合ってない。そして、足の着地点と体の軸がズレてるせいでバランスを崩してる」

 

 ここまでは意識の問題でどうにかなるはずだ。問題はここからだな。

 

「ラストスパートはまだ感覚を掴めていない。だから何度も何度も繰り返すしかない」

 

 それまでに何度もコケることになったとしてもだ。なんどもなんども繰り返して、体にそのフォームを覚え込ませるしかないんだ。

 

「そんなことは覚悟の上よ。さっきので思い知ったわ……新しいことに挑む難しさをね」

 

 キングも多くの経験と時間を経て精神的にもかなり成長してる。成長期真っ盛りの彼女たちは全ての面でこちらの予想の上を行ってくれる。

 

「キングがいいならokだ。次はマックイーンの走りだけど、これはキングが見てやってくれ。俺はこの後スカイのトレーニングを見たりしないと行けないからな」

 

ーーー2週間後ーーー

 

「いいかスカイ、皐月賞まではあと1週間と少ししかない。追い込めるのは今日が最後だ。準備はいいか?」

 

「大丈夫大丈〜安心して見てってよ」

 

 そう言うとスズカの腕を掴んでスタート地点に向かう。重い蹄鉄を普通の蹄鉄に付け替えてからのスタートだ。

 

「それじゃあ行くぞ!位置について……よーい、ドン!」

 

 スタート直後、先頭に出たのはスズカだった。今回はラストの加速力の確認のために1000mで終わることになってるが……スズカのやつ本気だな。

 

(単純なスピード力じゃスズカに分があるか)

 

 序盤中盤とスズカが先頭でその後ろにスカイが続く形でレースが進む。そして、終盤のラストでスズカが仕掛ける。

 

 

(大事なのは踏み込み。力強い踏み込み)

 

 少し前までは出来なかった。私は逃げウマ娘でそんな事を練習する日がくるなんてとも思ってた。それでも、私は負けないために……ここまで努力してきた!

 スズカさんが加速する同タイミングで私も加速する。そして、その加速についていった。

 

 残り200m程でスズカさんが私を突き放して先にゴールした。良く考えてみれば当然の結果だ。加速力は同等になってもスズカさんの真の脅威はそのスピード力だから。

 

「いや〜流石にスズカさんにはまだ勝てないですねー」

 

「そうね……でも私もうかうかしてられないわね」

 

 スズカさんは何だか少し嬉しそうに言っている。私の成長が嬉しいのか……隣で競い合う相手がいて嬉しいのかはわからないけど。

 

「たしかにスズカには今回勝てなかったが……その加速力は大きな武器だな。その部分だけを見れば当時のスズカを凌駕してると思う」

 

 クラシックの時のスズカさんを超える武器。今回はスズカさんに勝てなかったけど……少しずつだけど追いついていってる。

 

「それは嬉しいですね〜でも……今回の相手はスズカさんじゃないですから」

 

 そうだ、今回のレースの相手はスズカさんじゃない。性格も違えば脚質も全く違う。しっかりと目の前の相手を見失わないようにしないと。

 

 

ーーーキングサイドーーー

 

「キングもう一本だ!」

 

「わかったわ!」

 

 キングもやる気十分だ。フォームも綺麗に研ぎ澄まされていき、レースの基本的な型みたいなものも固まってきた。

 

「キングさんのフォーム綺麗になってきましたね」

 

「あぁ……」

 

「その割には複雑そうですがどうしましたの?」

 

 キングの道中の走りは完璧に仕上がってきている。だが、唯一ラストスパートだけはまだ未完成だ……

 

「ラストスパートのフォームに少しだけ違和感があるんだよな……」

 

 ラストスパートに入る過程で少しずつ姿勢が前傾していく。その中で一瞬だけキングの視線が下を向いた。そして、姿勢が完全にラストスパートに入った時にも一瞬下を向いて少しだけ姿勢が戻る。

 

(もしかして転ぶのを怖がってる?)

 

 ウマ娘は人間と違って高速で走ることができる。それ故に走っている途中でのアクシデントが大怪我に繋がることもある。だからこそトレーニング中の少ししたことが軽いトラウマになりやすい。1番最初の走りで転んでしまったせいで意識が下に向いてしまうのかもしれない。

 キングがゴールして休憩しているところに俺は歩み寄る。キングの息遣いやぱっと見る疲労感から全力なのはよく分かる。

 

「次は転んでもいいから全力で走ってみてくれないか?」

 

 俺がそう言うとキングは俺の顔を見た。バレていたの?と言わんばかりの表情で、本人も気がついている様子だった。

 

「本当によく見てるんだから……どうしても目を背けてしまうの。大丈夫だと分かっているはずなのに」

 

 キングは酷く悔しそうだった。ダメな理由も解決策も分かってるのに。ちょっとした恐怖でそれを達成できないことが悔しいんだ。

 

「大丈夫だよキング。怖くなんてない!俺を信じろ!」

 

 根拠は何も無い。俺が出来るのはキングの不安を出来る限り取り除いてやることだ。精神的なものには精神的要因で解決するしかない。

 

「分かった……あなたを信じるわ」

 

 キングはそう一言だけ言ってスタート地点に向かった。

 

 

(まだ完璧に走りきれる自身はないけど、あの人は信じろと言った。何かあるかは分からないけど、私にできることは信じること!)

 

 私はいつも通り今できる1番の走りをする。スタートしてからはいつも通りのペースとフォーム……問題はここからね。ラストスパートでもしも怖さを振り切れなければあの人を信用していないことになる。

 

(私はあの人を信用できるか?愚問ねできるに決まってるわ。あの人は私の1番の理解者だもの)

 

 そうして、ラストスパートに入ろうとしていく。いつもよりもスピードを出そうとさらなる前傾姿勢になっていきまた転びそうになった。

 

(私はまた倒れるのね……)

 

 私の体が地面に着地すると思い体に力を入れていたがそんなことは起こらなかった。その代りになにかにぶつかる感覚があった。

 

「あなた何やってるのよ!」

 

 私はあまりのことに声をあげた。私が転ぶのを身を呈して守ったんだ。トップスピードじゃなくてもウマ娘のパワーをくらったら人間じゃたったものじゃない。

 

「大丈夫大丈夫このくらいなら。キングは転んでないで立ってるだろ?お前が倒れそうになったら何度でも俺が立たせてやる。だから安心しろ!」

 

 彼は明らかに今体を痛めている。それでも私を信じてアドバイスをしてくれてるんだ……

 

「そうね……ありがとう。だけど今は保健室に行ってきなさい?マックイーンさんお願いできる?」

 

「もちろんですわ。行きますわよトレーナーさん」

 

 マックイーンさんがトレーナーさんを連れて保健室に向かっていった。そして、私だけがグラウンドに残った。

 

(いくら倒れても立たせてくれるね……ならこの体預けさせてもらうわよ!)

 

 この日、キングは自分の体操着が泥まみれになるまで走り込んだ。残すは2週間世代のトップ達が集まるレース。どうなるのかが全く読めない。



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2年目クラシック路線
第83話:G1!皐月賞!


総合評価が1000に到達しました!いつも見てくれてありがとうございます。更新頻度は早くないですがこれからも更新していきます。

今回のお話は気がついたら1万文字を超えていたのでもし良ければ最後までお付き合いください。


 遂に皐月賞当日を迎えた。キングとスカイは各々の待機室でレースの準備をしている。そして、最後の作戦会議のために俺も待合室に向かっていた。2人の作戦を知っているからこそ公平に作戦を考えるのは中々難しかった。

 

「スカイ入ってもいいか」

 

「どうぞー入っちゃってください」

 

 一応扉をノックしてから入室する。もしも、勝負服に着替えてる途中とかだったら嫌だからな。

 

「おぉやっぱり良く似合ってるな」

 

 部屋に入るとスカイは既に準備万端だった。椅子に座りながら体を伸ばしてリラックスしてる。

 

「えへへ……ありがとうございます。我ながら可愛い勝負服を着こなしてると思うんですよ〜」

 

 スカイの勝負服は本人の要望を少し取り入れたデザインだった。フリフリが欲しい〜とか可愛いのがいいといった大雑把なものだったけど。

 

「褒めておいてなんだけど本題に入るぞ」

 

 最初はリラックスするために軽い話題から入ったが、本人も以前よりは緊張していなかったので本題に入ることにした。さっきまでフワフワとリラックスしていたスカイが一気に引き締まる。

 

「今回もいつも通り基本的には逃げで行ってもらうつもりだけど問題はないな?」

 

「もちろんです。私もそれ以外は考えられないですし〜」

 

 先行で様子見ながらっていう考えもあったが本人に1番合う走りで戦うべきだろう。何より今日の相手はスペとキングだからな……余計相性が悪い。

 

「ただ、レースの様子を見ながらできる限り脚を溜めて欲しいんだ」

 

 俺の作戦にスカイはちょっと不満そうな顔をした。スカイ的にはできる限り後ろと距離を離しておきたいだろうしな。

「スタミナを温存してラストの坂の手前から仕掛けるぞ」

 

「坂前からラストスパートですか!?」

 

 スカイが驚くのも分かる。坂はただでさえスタミナを多く消費するし、スピードを出すためにはさらに消耗が激しくなるだろう。

 

「スペは先行、キングは差しで来るはずだ。そうなると2人が攻めに来るのは坂を登った直後だ。スカイのラストスパートを見てペースを上げるかもしれないがそれはそれでいい。ラストの末脚を十分削れるはずだからな」

 

 並のウマ娘なら難しいかもしれないが、スカイにはステイヤーとしての並外れなスタミナがある。それを活かせば十分に逃げ切れるはずだ。それに、同タイミングで仕掛けたらスピードの差で勝てない可能性が高い。

 

「ん〜セイちゃん辛いの嫌だな〜……でも、そうすれば2人に勝てちゃいますかね?」

 

 スカイはイタズラっぽくニシシと笑う。辛くても勝つためなら1着でゴールするためならスカイならやり遂げてくれる。

 

「絶対に勝てるとは言えない……だけど、スカイなら逃げ切ってくれると思ってるよ」

 

 そう言うとスカイは嬉しそうに小箱を俺に押し付ける。スカイに視線を送ると開けてみろと首をクイッとしてきた。小箱を開けてみると中には俺が以前に買ってあげたタンポポの髪飾りが入っていた。

 

「トレーナーさんに直接付けて欲しいな〜ほらほらー送り出すと思って」

 

 俺は別に構わないんだけど……これで本当にいいのだろうか?

 

「これ菊と間違えて買ったやつなのにいいのか?」

 

「トレーナーさんが私に初めてくれた贈り物ですからね〜セイちゃんやる気フルマックスです!」

 

 スカイが頭をグイグイとこちらに押し付けて来るものだから、俺はそれを手で押さえつけてそのまま髪飾りを付けてやった。

 

「ほら、これで満足か?」

 

「もちろんです!私はこれで大丈夫なのでキングちゃんのところに行ってあげてよ」

 

 髪飾りを付けたスカイは尻尾をフリフリと揺らしてご機嫌に俺を部屋から追い出した。

 

「私……トレーナーさんと一緒に勝ちますから」

 

 最後何かをボソッっと言っていたが俺には上手く聞き取れなかった。スカイに時間をずっと使う訳にもいかないので、俺はキングの待機室へと向かった。

 

「キング入るぞ」

 

「えぇ、こっちはもう準備は出来てるわ」

 

 部屋に入ると勝負服を既に着終えて準備万端のキングが座っていた。キングの勝負服の基本デザインはキング本人が作ったものだ。スカイの可愛らしさとは違って大人びたデザインでまるでドレスの用に見える。

 

「綺麗だ……」

 

 あっ口に出してしまった。相手は去年まで中等部の少女だぞ!?いくら似合いすぎてるからと言って綺麗だなんて。

 俺はキングにドン引きされるか叩かれるくらいの気持ちで目を開けたが、目の前に広がるのは全く想像していない状況だ。

 

「きっっききれいだなんて!嬉しくないわけではないいのよ?ただレース前にはちょっとわきまえなさいよ!」

 

 顔を真っ赤になりながらテンパって俯いていた。マイナス的なイメージを……受けてるわけではなさそうだ。

 

「落ち着けキング!俺の言葉選びが悪かったな。良く似合ってるよ」

 

「落ち着いてるわよ!ほら、早く作戦会議に移りましょ」

 

 そうだ、こんなことをしてる場合じゃなかった。キングはいつも以上の落ち着きを見せている。別の出来事で慌てては居るがレースに対する緊張感はあまり無さそうだ。

 

「とりあえず、今回のレース基本的には王道的な走りで勝負していこうと思ってる。前半は溜めてラストの坂を登りきったところで一気に差しに行く」

 

 今回のレースはシンプルな実力勝負になってくると読んでいる。弥生賞を経てレース場の感覚を掴んでるウマ娘もいるだろうから、余計にミスが減っていくレースになるだろう。

 

「そうね……でも隙があれば付け入るつもりよ」

 

「もちろんだ。そこは臨機応変に対応してくれ」

 

 キングの走りは相手のミスなどを誘発させる物じゃない。けれど、相手がその隙を見せたなら利用しない手はない。それに、スカイは今回、仕掛けるポイントが特殊だったりするから臨機応変に対応していく必要がある。

 

「特別な作戦を立ててやれなくてすまないな」

 

 謝るとキングは俺の方を見て軽く微笑んだ。

 

「大丈夫。あなたは私とスカイさん2人のトレーナーだもの。お互いの特性と作戦を知った上で考えるのは難しいわ」

 

「そう言って貰えると助かるよ」

 

 作戦会議も終わったし、あとは本人が1人で集中する時間も欲しいだろ。俺はそう思って部屋を後にしようとした。すると、いつの間にか横にいたキングに袖を掴まれる。

 

「最後に背中を少し押してくれないかしら?」

 

 その手は少し震えていた。流石のキングも初めてのG1レースは緊張もすれば不安もあるよな……

 俺はキングの背中を軽く叩く勢いで押した。

 

「キングの意地ってやつを見せつけてやれ」

 

「えぇ!」

 

 スカイとキングを送り出した。あと俺に出来ることは応援して見守ることだけだ。キングの部屋を後にして観客席へと向かった。

 

「よお後輩」

 

 観客席に戻る途中の通路で沖野先輩とすれ違った。先輩はどこかおちゃらけてるような態度からは考えられないその真剣な眼差しで俺を見ている。

 

「先輩……今日は負けません」

 

 前回は敗北したが、今回はスカイもキングもスペに勝つ自信がある。そう出来るようにチームで努力してきたんだから。

 俺の言葉を聞くと少し嬉しそうに笑い『上等だ』そう一言だけ行って俺とは別方向の観客席に向かった。

 

「トレーナーさん。スカイさんとキングさんのご様子はどうでしたの?」

 

 観客席にたどり着くと、マックイーンがソワソワした様子で2人のことを聞いてきた。チームに所属してからの初めてのチームメイトのG1レースだ。2人のことが気になってしょうがないって感じだろう。

 

「2人とも絶好調だよ。特別緊張してる様子もなかった。最高のパフォーマンスでレースに挑めると思う」

 

 それを聞いてマックイーンとすぐ近くに座っていたグラスワンダーもホッとしていた。同期のG1レースだから気になってたんだろう。ただ、もしもグラスワンダーがこのレースに参加してたと思うとヒヤヒヤとする。

 

「グラスさんも人の心配ばかりしていないで、レースも見てくださいね。いずれは戦うことになる相手なんですから」

 

 グラスワンダーの横から葵さんが顔を出す。その横にはライスとミークそしてハルウララがいた……ハルウララ!?

 

「あの、葵さんのところになんでハルウララが?」

 

「あっそれはですね……」

 

「私ね!桐生員トレーナーのところでしゅぎょうちゅう?なんだ!」

 

 俺と葵さんが話してると後ろからハルウララが会話に乱入してきた。彼女が言うには修行中らしい。

 俺が頭を傾げていると「それはまた後で話しますー!」と言ってハルウララを席に戻していた。

 

「あなたの周りは随分と賑やかですね」

 

 俺たちのすぐ後ろには南坂さんとナイスネイチャの2人が座っていた。ナイスネイチャは軽く目が会うと会釈して目を逸らした。

 

「南坂さんも見に来ていたんですね」

 

「もちろんですよ。ネイチャさんのいい刺激にもなりますし……見ないのはあまりにももったいないですよ」

 

 南坂さんの言いたいことも分かる。黄金世代と言われる5人の内3人が参加するレース、それもクラシックG1。これを見逃すのはもったいない。

 

「すいません隣座ってもいいですか?」

 

 南坂さんと話してると横から声が聞こえたのでそちらを振り向く……が誰もいなかった。

 

「こっちです!こっち!」

 

 そうすると目の前に手が現れて、下を向くと小等部くらいのウマ娘が2人いた。見た感じ小学校中学年くらいだけどこの歳で競技場までくるのか。

 

「あぁ、気付かなくって悪かったな。特に誰かが来る予定もないし座って大丈夫だぞ」

 

 俺がそう言うと2人は喜びながら席に座った。今日は競技場は混んでるし席を探すのは大変だっただろう。

 

(そういえばこの前ゲーセンであったナリタタイシンも今日のレースを見に来てるんだろうか)

 

 そんな事を考えていると、横の2人は耳をぴょこぴょこさせたり尻尾を揺らしながら目をキラキラさせていた。

 

「2人はレースをよく見に来るの?」

 

「いえ今日が初めてです。キタちゃんがどうしてもレースを見てみたいって言うから……」

 

 もう1人の茶髪のウマ娘の娘が答えてくれた。どうやら黒髪のウマ娘はキタちゃんと言うらしい。それにしても初めて見るレースがG1レースとは。下調べとかは特にしてないっぽいし運がいい。

 

「ダイヤちゃんだって私も見てみたいって言ってたじゃん」

 

 茶髪の子はダイヤちゃんと言うらしい。2人がワイワイと話しているとパドック入場が始まった。

 

『本日のレースに参加するウマ娘がパドックに入場します!』

 

 入場のアナウンスが入ってからウマ娘がパドックに入場する。

 

『2枠3番セイウンスカイ!2番人気です!』

 

『前回のレースではスペシャルウィークに敗れてしまいましたからね。今回のレースでどこまで成長してきたのか注目ですよ』

 

 パドックに入場したスカイはフワフワした感じで観客席に手を振っている。その仕草にうちのマックイーンさんがメガホンを手にはしゃいでいる。

 

「スカイさんやる気も気合いも十分ですわ!」

 

 傍から見るとフワフワしていて読めないスカイだが、ずっと近くにいるマックイーンには無意味らしい。スカイのやる気なんかをあそこから読み取れるのは中々……

 

「スズカから見てスカイはどうだ?最近は1番近くで見てたわけだし」

 

 そう話をふると、スズカは静かにスカイの足を見つめている。表情や上半身は見ずにただ足だけを見つめてた。足の仕上がりでやる気や調子はある程度分かるけど、それ以外を少しも見ないのは流石スズカさん。

 

「今までで1番いい仕上がりだと思います。ふふ、早く一緒にレースで走るのが楽しみ」

 

 スズカから見てもスカイの足の調子は良さそうだ。するとキタサトコンビの方から大きな声が聞こえた。そちらを振り向くとキタちゃんが目をキラキラさせながらスカイのことを見ていた。

 

「スカイさん可愛い!」

 

 どうやらスカイのことが偉く気に入ったらしい。椅子から立ち上がってパドックの方を見てピョンピョンと跳ねている。

 

「キタちゃんまたいつもの一目惚れ?」

 

 いつもの一目惚れってなんだ。でもあのくらいの歳じゃ好奇心旺盛な歳頃だろうからそんなものなのだろうか?

 そんな事を考えているとパドックのウマ娘は次のウマ娘の紹介へと移っていた。どのウマ娘も仕上がりが素晴らしい。みんなが1生に1度のクラシックに全力で挑んでいるんだ。

 

「スズカ……去年俺たちが取りこぼした夢をスカイとキングが取りに行くぞ」

 

 去年は俺はトレーナーとして、スズカは選手としての実力が足りずに皐月賞出走が出来なかった……その夢を同じチームメイトが繋いでいるんだ。

 

「スカイちゃんとキングちゃんならやってくれます。だって2人は速いですもん」

 

 スズカらしい反応というかなんというか。先輩として成長はしても、その根本にあるのはスズカのままってことだな。

 

『6枠12番キングヘイロー!3番人気です!』

 

『彼女の末脚は凄まじいですからね。今日のレースどう攻めるか注目です』

 

 キングはパドックに出ると人差し指を空に掲げて早々に退場した。キングなりの宣戦布告……いや、このレースを勝つのは私だと言わんばかりのポージングだったな。

 

「すごい仕上がり……」

 

 俺の真後ろにミークが立っていた。さっきまで葵さんのところにいたと思ったんだが。

 

「どうだ?うちのキングは」

 

「前に言いすぎたこと少し心配してました。でも……心配はいらなそう」

 

 去年の皐月賞を取ったミークがそう言うなら間違いない。それに俺もキングの成長は確信している。

 

「今日のキングは今までとは次元が違うぞ?楽しみにしとけよ」

 

「楽しみにしてる」

 

 そう言うと、コクリと頭を下げて葵さんのところに戻って行った。

 

「これで残るはスペか……」

 

 次々と出走ウマ娘が紹介されていき、ついにスペの番が回ってきた。スペの勝負服は紫とピンク色が目立つ可愛らしいデザインだ。

 

「仕上がりは悪くはないけど、でも……」

 

「スペちゃんは今回のレースは厳しいと思います」

 

 俺が思っていることをスズカが横から言ってくれた。スズカはスペのことが大好きだけど言う時はしっかり言うのな。それに、スズカはスペと同室で同じ空間にいる時間も長いだろうし。

 

「どうしてそう思うんだ?確かに仕上がりが凄い良いわけじゃないが……それでもスペの実力は1級品だと思うが」

 

 スズカの言い分は分かる。それでもそこまできっぱり言うほどだろうか?スペの実力は他チームの俺から見ても高い。それに指導しているのは沖野先輩だ。

 スズカは少し考えた後に自分の意見を話し始めた。

 

「最近のスペちゃんは少し慢心してるかなって……なんだか少しフワっとしてると言うか、多分体重管理とかも……」

 

 慢心か……スペはここまでほぼ無敗で来ているからな。負けたレースと言っても極々僅差で2着のレースが1度だけ。俺はたんとうしている訳じゃないから気づけなかったが、心の隙は必ずレースにも影響してくる。

 

「なんだか去年のスズカを見ている気分になるな」

 

 1度だけ慢心と油断で1着を取りこぼしたのを思い出した。スズカもそれをしっかりと忘れずに覚えていたらしくて、その話題を出した俺に向かってムクれている。

 

「私はしっかりトレーニングもしてたし体重管理もしてましたよトレーナーさん」

 

「分かってるからそんなに怒るなって」

 

 そう言うとスズカはイタズラ交じりにクスッと笑いターフの方に視線を戻した。

 

「ついに始まるんですね」

 

「あぁ、今年のクラシックの王者を決める1番最初のレースが」

 

 

 パドック入場が終わってゲートインを待っている間、私はスペちゃんのことを見ていた。

 

(やっぱり仕上がりがあんま良くない気がする……1番警戒するのはキングちゃんだな〜)

 

 スペちゃんからはやる気も感じるし調子も悪いって感じじゃなかった。だけどどこか浮ついてる気がするんだよね〜。

 

「レース前にライバルの観察でもしているの?」

 

 私が周りの娘の様子を見ていたら、パドックから戻ってきたキングちゃんに話しかけられた。今日のキングちゃんからは自信というか……なんて言ったらいいか分からないけど気迫のようなものを感じ

 る。

 

「いや〜?セイちゃんはただみんな強そうだなーって思ってただけですよ」

 

「なら私のことをよく見ておきなさい。今までの私とはもう違うんだから」

 

 そう言いながらキングちゃんは私の前に堂々と立つ。同じチームのキングちゃんに真正面から堂々と宣戦布告されちゃうとはね〜。

 

「おぉ〜怖い怖い。お手柔らかにお願いしますねキングちゃん?」

 

「もぉ……こんな時まで人からかって」

 

 呆れたようにキングちゃんは私の前から居なくなった。

 

(今までと違うなんて分かってるよキングちゃん……でも私も今までとは違う)

 

 

 今日はなんだか冷静でいられる。初めてのG1レースで緊張もしている……でも、自分に自信が持てる。そのおかげか焦りなどはなかった。

 

(スカイさんもやる気満々のようだったわね……私は今の私に出来る最高の走りをするだけよ。そうよねトレーナーさん)

 

 あの人は私をキングヘイローとして見てキンギヘイローと言う1人のウマ娘として育ててくれた。私のことをキングというものはもういる……なら、キングの最高の走りを見せつけてあげるわ。

 

 

『ゲートの準備が完了しました。出走するウマ娘はゲートに入ってください』

 

 ゲートインの合図が出たので私たちは各々のゲートの前に案内されていく。

 

(私ゲートってあんま好きじゃないんだよね〜……狭いし、なんだか1人で孤独になってる気分)

 

 ゲートに入ろうと、その狭い空間に近づこうとすると少し足が後ずさってしまう。でも、今の私は1人じゃないんだよね。

 私は髪飾りを触ってトレーナーさんのことを思い出していた。私は1人で走るんじゃない、トレーナーさんも一緒に走ってるんだから。

 

『各ウマ娘がゲートインしました』

 

(大丈夫私は1人じゃない……1人じゃないんだ!)

 

『中山競バ場2000m晴れバ場状態良。クラシック路線最初のレースが今……スタートしました!』

 

 

(スカイさんが出遅れた!?)

 

 スカイは自分の中の葛藤には打ち勝ったがスタートが少し出遅れた。周りからしたら気づかないレベルの出遅れだった。しかし、周りを良く観察していたキングは見逃さない。

 

(理由はどうであれ、このチャンスを無駄にする訳には行かない!)

 

『おぉっと!キングヘイローがスタートから一気に前に出た!これは大胆な作戦です!』

 

 

「キングちゃん良く見てましたね」

 

「あぁ……これが吉と出るか凶と出るかは分からないが、少なくともスカイへの影響は少なからず出るだろうな」

 

『キングヘイローのスピードが落ちない!まだ後続との距離を離していく!』

 

『彼女は逃げウマ娘じゃないのですが……何かの作戦なのでしょうか?』

 

 200m手前でキングとスカイの2人が並んで、キングが少しずつ減速していきスカイが先頭に立つ。後ろからスペや他のウマ娘たちが上がって来てキングは後方に位置を取った。

 

「レースが全体的にハイペースだな。最初にキングが先頭を取ったせいで大分掻き乱された」

 

 後方のウマ娘からすれば、後方から攻めるキングよりもスカイが後ろにいることによる困惑もでかいだろう。それによってスカイが今回はローペースからのスタートなのでは無いかと思い込んで掛かって行ったな。

 

「スペちゃんも掛かっちゃってますね……」

 

 スペもスカイの少し後ろの先頭集団にくっついている。キングの影響でごちゃごちゃになったレース状況を利用してさらに煽りをかけてるなスカイのやつ。

 

「キングさんはスタート無理な走りをしましたがここから大丈夫ですの?」

 

 マックイーンの言う通りではある。ただでさえ普段ならしない戦法からのスタートだ。スカイを煽る為にペースもかなり速めでスタミナを消耗している。キングのことだからその辺の管理はしてると思うが。

 

 

(キングちゃんのせいでかなり脚を使わされちゃったな〜でも、おかげで先頭集団のペースはめちゃくちゃになってる)

 

 キングちゃんは後方で今は脚を溜めてるはずだ。だからといって先頭を走る私とあまり距離は離したくないはず。私もかなり脚を使わされたし辛い状況だけど……

 

(それはキングちゃんも一緒だよね!)

 

 800mを通過したところでもう一段階ギアをあげていく。後ろの集団にバレない程度に少しずつ少しずつスピードを上げる。周りのみんなはスタートの時に、今日の私はスピードが遅いんじゃないかと思ってるから騙されてくれると思う。

 

(トレーナーさんに言われた通りにできる限り脚を溜めようとは思ったけど……かなりギリギリの勝負になりそうかな)

 

 

『セイウンスカイがレースを引っ張り1000mを通過しました!』

 

『初めに先頭を取ったキングヘイローは後方に控えていますが大丈夫でしょうか』

 

 逃げのスカイが先頭で後方に先行メンバーが固まっているが、そのすぐ後ろに差しメンバーが追従している。

 

「なんでここまで集団が前によってるんだ……?キングはポジションもペースも悪くはない。むしろ周りが全体的に掛かってるから問題はないんだが……」

 

 ペース自体が狂うのは分かる。キングとスカイの2人が意図してぐちゃぐちゃにして行ったからな。それでも集団があそこまで固まるか?

 

「キングさんの走りは凄い威圧を感じますわ……以前よりもスピード感と勢いを感じますの」

 

 なるほど、真後ろにラストスパートでもないのに通常よりも低姿勢のウマ娘がいれば圧も感じるか。前はスカイは引っ張って、後ろからキングが押し上げるせいで集団が自然と固まっているのか。

 1000m通過からしばらくはレースは動かなかった。1500mを通過したところでレースが動き出した。

 

『おおっと!ここでキングヘイローが後方から前に出ます!』

 

 キングは特別ペースを上げたわけじゃない。少しづつペースを上げ始めただけだ。けれど、ここまでのレース展開でスタミナを削られてギリギリのウマ娘何人かが着いて行けずにいる。

 

 

 ゴール500m手前……いつもならそろそろスパートに入ってラストスパートに備えるところだけど、このレース場はゴール170m手前に急坂がある。最後に差しに行く私には不利な展開になるはずだから、それまでにスカイさんとの距離を詰めつつポジションを取りに行くわ!

 ゴール300m手前に入る頃にはレースは動き先頭にスカイさんがいて、その後方にスペシャルウィークさんがいる。そして、私はスペシャルウィークさんの後方に控えている。

 

(残り200mで仕掛け始める。そして、坂を登りきってから一気に差し着る!)

 

 300mから200mの間に少しづつペースを上げていき前との距離を詰めていく。そして、残り200mに入りキングが動き出す。

 

(もう私をキングと呼んでくれる人はいる……私と共に一流を目指してくれる人がいる。あの人は坂を登りきってからって言ったけど私はこの勝負を勝ち取りたい!キングの意地を見せてあげるわ!)

 

【Pride of KING】

 

 

(キングちゃんが上がってきたね〜。でも、それってまだ全力じゃないよねキングちゃん……)

 

『ここでセイウンスカイとキングヘイローが仕掛ける!遅れてスペシャルウィークもスピードを上げていく!』

 

 スペちゃんは坂でスピードに着いてこれてない。だけどキングちゃんがじわじわと距離を詰めてきてる。多分坂を登りきったところで一気に差し着るつもりだと思うんだけど……それにしては少しペースが速いッ!

 

(キングちゃんはここからペースを上げるつもりでいる。あのペースで登りきってそこからまだペースを上げる気だ!)

 

 

「坂に入る前にキングが仕掛けたか。仕掛けたからには登りきれよキング。そして、登りきったキングから逃げ切るんだぞスカイ」

 

 スペはスカイのペースについていけずに距離が離れるが、キングはもう少しでスペを追い抜く。坂ももう少しで終わりだ。

 

『キングヘイローがスペシャルウィークを追い抜いた!そして、セイウンスカイは坂を登りきりました!少し遅れてキングヘイローも坂を登りきります!』

 

 キングが坂を登りきったその瞬間、キングが力強く地面を蹴り出した。そして、前傾姿勢のフォームがさらに前傾になっていった。

 

『キングヘイローがここに来て更にペースをあげる!すごい前傾姿勢だぁ!』

 

 キングがペースを上げてスカイに一気に迫っていき。2人はほぼ横一直線になろうとしていた。

 

「逃げ切れえぇぇ!セイウンスカイ!差し入れぇぇえ!キングヘイロー!」

 

 どちらが勝ってもおかしくない。どちらにも勝って欲しい。どちらにも負けて欲しくない。そんな気持ちが爆発して俺は全力で2人を応援し叫んだ。

 

『『はぁぁぁぁぁ!!』』

 

『セイウンスカイがペースを上げてキングヘイローと横一線!セイウンスカイか!キングヘイローか!横一線のままゴール!』

 

 電光掲示板には写真判定の文字。3着は少し遅れてスペがゴールした。

 

「セイウンスカイさんとキングヘイローさんどっちが勝ったんだろう!」

 

 俺の横ではキタちゃんがピョンピョンと跳ね上がってる。目視では本当に横一直線で判断出来なかった。

 

「トレーナーさん……どちらが勝ったんでしょうか」

 

 スズカが俺に結果を聞いてきた。スズカの後ろではマックイーンも興奮した様子でこちらを見ている。

 

「全く分からない……目で見た限りは横一線に並んでたからな」

 

 俺たちは結果出るまで静かに待った。その短い数分間が俺には何十分何時間という長い時間に感じる。

 

『写真判定の結果が出ました!1着は……同着です!1着はセイウンスカイとキングヘイローの2名!クラシックG1皐月賞!まさかの結果で幕を閉じました!』

 

「どう……ちゃく?」

 

 結果のアナウンスが鳴り響く中でレース場は沈黙する。同着というのは有り得ない話ではない。3名が同着だったことがあったぐらいだからな。ただクラシックG1で同着を見ることになるとは。

 そして、一気にレース場が歓声で溢れた。

 

「俺は2人のところの行ってくる。ライブ会場の席取りは任せたぞ!」

 

「「はい!」」

 

 

 私は歓声の中で呆然と立ち尽くしていた。最後の数十mでキングちゃんに差されると思って一心不乱に競り合った。その結果が同着。2人とも1着なんだ。

 

「いい勝負だったわスカイさん」

 

 すると横にいたキングちゃんが私に手を差し出した。私がその手を握るとキングちゃんは口を開いた。

 

「今回は引き分けね。でも、次は私……キングヘイローが勝利するわ」

 

「ううん。次こそ1着を独占するのは私だよ……でも今日は2人で1着を喜ぼうよ〜」

 

 キングちゃんは一言『そうね』といい笑いながら私の手を取ったまま観客席に手を振った。そして、電光掲示板を眺めるスペちゃんと観客を後に控え室の方に向かった。

 

「スカイ!キング!」

 

 控え室の通路に入るとトレーナーさんが私たち2人の元に飛び込んできた。私たちは驚いて慌ててトレーナーさんを受け止めた。

 

「お前らよくやった!本当によく頑張った!」

 

 トレーナーさんは私たちの頭を撫でながら私たちを褒めちぎってくれた。

 

「もう……走った私たちじゃなくてトレーナーさんがそんなにはしゃいでどうするの?」

 

「全くだよトレーナーさん」

 

 トレーナーさんは私たちことをギュッと抱きしめると1歩後ずさった。

 

(やっぱりトレーナーさんと一緒にいるのは落ち着く……暖かい)

 

「今日の勝利はお前たちの夢に近づく大きな前進だ。だけど、レースはウィニングライブを終えるまでだからライブも気合い入れて行くぞ!」

 

「「はい!」」

 

 トレーナーさんはそう言うと観客席の方に戻って行った。ずっとここで私たちと一緒にいる訳には行かないから仕方ないんだけどね。

 

「私たちは本当に良いトレーナーに恵まれたわね」

 

 キングちゃんは恥ずかしいそうにしながらも、トレーナーさんから頭を撫でられたりして嬉しかったみたい。耳もピコピコ動いてるし尻尾も揺れてる。キングちゃんから見たら私も同じかな。

 

「本当に恵まれ過ぎだよ」

 

 

 俺がライブ会場の方に向かうと観客席で一緒に居たメンバーが集まっていた。

 

「今日はレースでおつかれかもしれませんが今晩軽く1杯行きませんか?」

 

 俺に気がついた葵さんが飲み会に誘ってくる。明日は皐月賞の祝賀会をチームでするつもりだし、それが終わればダービーに向けて忙しくなるしな……

 

「分かりました。お気持ちに甘えて軽く行きますか」

 

 多分お祝いの為のお誘いだろうし、最近は忙しくてそういう機会もなかったからいこう。俺が了承すると葵さんはチームメイトの元に戻って行った。

 

「トレーナーさん!トレーナーさん用のサイリウムですわ!」

 

 俺もチームメイトのところに向かうとマックイーンが緑と青のサイリウムを手渡してきた。マックイーンの格好を見ると青かった。青のサイリウムを片手に青のメガホンを装備していた。

 

「キタさんもダイヤさんも準備はいいですの!」

 

「「はい!」」

 

 マックイーンの横には青のサイリウムを持つキタちゃんと緑のサイリウムを持つダイヤちゃんがぴょんぴょん跳ねていた。

 

「マックイーンちゃん楽しそうですね」

 

 スズカがニコニコしながら後ろから声をかけてきた。

 

「スズカも楽しそうじゃないか」

 

「楽しいですし嬉しいです。自分のチームメイトがG1初勝利ですから」

 

 本当に嬉しい。去年のスズカのG1勝利時は1人で喜んでいたが、今年は一緒に喜びを共有できる。本当に担当ウマ娘に恵まれたんだな。

 ウイニングライブは何事もなく無事に終了した。スカイがマックイーンに気がついてファンサービスした時はどうなるかと思ったけど。

 帰りの移動ではみんなが疲れ果てて眠ってしまった。レースを走ったスカイとキングだけじゃない、応援していたスズカとマックイーンもかなり体力を使っていたからな。




当初の予定では皐月賞でキングが勝つ予定ではなかったです。ただ、キングの成長物語を書いてるうちに情が凄い湧いてしまいこういう結果になりました。


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第84話:飲む!トレーナー飲み会!7杯目

皐月賞までのアンケート結果です!
サイレンススズカ 141票
セイウンスカイ 100票
キングヘイロー 56票
メジロマックイーン 64票
トレーナー 42票

スズカとスカイが大きく票を伸ばしました。キングに焦点を当てたお話は最近でしたし、マックイーンはまだメインじゃないのに善戦だと思います。


 チームメンバーを寮まで送り届けて、軽く準備をして飲み会の会場に向かう。いつもの店に着くと既に葵さんと南坂さん、たづなさんの3人が待っていた。

 

「すいませんお待たせして」

 

「大丈夫ですよ。こちらこそお忙しい中来てくれてありがとうございます」

 

 疲れたっちゃ疲れたけど、俺も息抜きになるから誘って貰えてありがたい。葵さんに謝られると申し訳ないな。

 葵さん達に合流して店の中に入っていった。そして、注文をして全員に飲み物が届いた。

 

「それでは私が音頭を取らせていただきます。紫葉トレーナーの皐月賞を祝って!カンパーイ!」

 

「「「カンパーイ!」」」

 

 こうして俺たち4人の飲み会兼俺の祝賀会が始まった。

 

「紫葉さんおめでとうございます。次の日本ダービーも楽しみですね」

 

「ありがとうございます葵さん。今回は何とか勝てましたが……次の日本ダービーでスペと沖野先輩が手を打たないはずがないので油断はできないです」

 

 今回のスペは完全に仕上がりきっていなかった。体重管理なんかも少し出来ていなかったらしい。スペは今回の敗北を糧に必ず這い上がってくる。

 

「沖野さん……多分気づいてたと思います。スペシャルウィークさんが緩んでることに。けど、それで勝てばいいし負けたら糧になると分かってたと思います」

 

 スペはここまでに大きな負けはなかった。敗北を知ることで新しく分かることもある。

 

「沖野さんは放任主義だけど見ることは見ているから。スペの成長を思ってこそだとは思う」

 

 もちろんトレーニングなんかはしていただろうが、慢心や心の問題は本人が納得して初めて完全に解決することだから。スペ本人に気がついて欲しかったんだろう。

 

「そういえば、結局ハルウララはなんで葵さんのところに?本人は修行中って言ってましたけど」

 

 俺が気になっていたことを聞くと少し渇いた笑いをしながら答え始めた。

 

「元々はライスさんの紹介で会うことになったんです。すっごい頑張ってる娘がいるからって」

 

 ハルウララはライスの友達だったのか。奥手なライスと天真爛漫なハルウララはちょうどいい相性なのかもしれない。実際会ってみて凄く明るい娘だったし。

 

「それでチームに入れることにしたんですか?」

 

 そう言うと次は苦虫を噛んだような顔をしながら葵さんは説明してくれた。

 

「チームメイトとは仲良くやっていけそうですし、私個人としても好きなタイプの娘です……ただ、最近では私のチームに入りたいというウマ娘もいます。そんな中でハルウララさんを入れることができなくって」

 

 葵さんも桐生院としての立場もあるし、ハルウララにもハルウララの立場があるだろう。ハルウララの方はそういった事をあまり気にしなそうだが、そうじゃないウマ娘もいるだろう。ハルウララはお世辞にも実力者とは言えない。芝で走るところを見たことがあるが……ダートはそこそこ走れると聞いたことがあるが、そんな娘が自分の入りたいチームに入れたって聞いたらハルウララも葵さんも何か言われるかもしれない。

 

「それで修行中ということですか?」

 

「そういうことです。ウララさんの実力が一定の水準に到達するまで私から課題を出して、それをクリアしてもらうことになってます」

 

 なるほど。そうすればハルウララの実力もついて行くし、チームに入る時も周りから何かを言われることもないだろう。

 

「トレーナーさんたちにはそういうことは考えなくて良いようにしていきたいんですがね……皆さん心を持ってますから中々難しいです」

 

 学園を運営する側のたづなさんからすれば痛い話だろう。ただ、これに関しては対策する術がないから仕方ないとも思うが。

 

「いえ、ウララさんならきっと大丈夫です。彼女は努力家ですし。何よりも走ることが大好きですから」

 

 葵さんがハルウララに何かを見出しているならきっと彼女にも才能があるのだろう。俺には彼女の才能を引き出す自信はないが、そこはトレーナーとウマ娘の相性というやつだろう。

 

「そういえば気になっていたいたのですが、桐生院さんはチーム名を付けないんですか?」

 

 南坂さんが葵さんに質問する。葵さんのチーム名を聞かないと思っていたら、まだチーム名がしっかりとついていなかったのか。

 

「今まではチームとしてデビューしていたのはミークとグラスさんだけでしたし、そのグラスさんも怪我をしていたので延期させていただいてたんです」

 

 チーム結成にチーム名って必須だと思ってその場でチーム名決めたんだけど、もしかしてそんなこと無かったりするのか。

 

「でも、ウララさんも加入予定ですしチーム名を決めることにしました」

 

 南坂さんもたづなさんも興味津々だ。もちろん俺も葵さんがどんなチーム名にしたか気になる。

 

「チーム名を聞いても?」

 

 俺が葵さんに聞くと少し溜めてから話し始める。

 

「チーム名は……【シリウス】にします」

 

 シリウス……一等星の名前のチーム。俺のチームのレグルス。沖野先輩のスピカ。東条さんのリギル。そして、葵さんのチームシリウスか。

 たづなさんはチーム名シリウスを宣言する葵さんを見てとても嬉しそうだった。学園側からすれば優秀なトレーナーがチームをしっかりと確立していくのは喜ばしいことなんだろう。

 

「チーム名ですか。僕も早くチームを持てるくらいになればいいんですが」

 

 葵さんのチーム名発表を聞いてどこか遠い目をしながら南坂さんが呟いていた。

 

「私は南坂トレーナーのことを高く評価していますよ。サブトレーナーから担当を持って独り立ちしたあなたはチームを持つべき手腕の持ち主だと思います」

 

 たづなさんは広い視野を持って学園のトレーナーを見ている。そんなたづなさんが認めているのだから、南坂さんのトレーナーとしての実力は確かなものだろう。

 

「そう言って貰えるのは嬉しいですが、ネイチャさんのこともまだ支えきれていないのにチームを持つのはまだ先ですね」

 

「いいえ、ナイスネイチャさんは確かに成長しています。彼女は控えめな性格で自分を過小評価しがちですから、南坂トレーナーまで卑屈になってはダメですよ」

 

 たづなさんが強く南坂さんの背中を押す。たづなさんとは大きく年齢差がある訳ではないと思うが……なぜここまで頼もしく見えるのだろうか?やっぱり踏んできた場数とかだろうか。

 

「そうですね。もう少し前向きに考えながら頑張って行こうと思います」

 

 それを見てたづなさんは満足したようでビールを再び飲み始めた。葵さんもそれを見て嬉しそうにしていた。

 

「そうそう紫葉トレーナー。以前話していた件ですが」

 

 以前話した件と言うと、トレーニング相手をたづなさんが用意してくれるってやつか。

 

「見つけることが出来ました?」

 

「はい。やっと準備が終わりました。いつでも走れると思うので出来れば早めに……3日後の夕方の5時以降にグラウンドにいてください」

 

 夕方5時以降か。相手側にも色々と事情があるだろうし、わざわざたづなさんが呼んでくれたんだ。時間くらいは合わせないとな。何よりもたづなさんが自信をもって選んだ相手だ、必ず2人の力になってくれるはずだ。

 

「わかりました。3日後の夕方5時に」

 

 その後は、雑談をしながら軽くお酒を飲んで解散となった。たづなさんも葵さんも酔いつぶれることなく安心した。さてと、明日はチームの祝賀会の準備をしないといけないから早く帰って休もう。

 

 



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第85話:祝え!皐月賞祝賀会!

ダービーの勝利予想アンケートが想像外の結果になって驚いてる今日このごろです。


 皐月賞翌日のお昼手前に俺は目を覚ました。今日の祝賀会の用意はメジロ家の力を使って済ませるとのこと。あんまり家の力とかを使わせたくないから何度もはしたくないけど……今回はマックイーンどうしてもと言うので力を借りることにした。

 

(みんなはまだ授業中だろうからチームルームで少し時間を潰すか)

 

 部屋に入ると祝賀会の準備はほとんど終わっており、あとはメンバーが集まればいいだけだ。部屋を見渡しながらソファーに座ろうとすると、そこにはスカイが眠っていた。

 

(昨日レースがあって疲れてたんだな……)

 

 違うそうじゃない。なんでスカイがこんなところで眠っているんだ。今は授業中でスカイは教室で授業を受けているはずじゃないのか。

 

「おいスカイ起きろ」

 

 スカイのことを揺すりながら呼びかけるとウトウトしながらソファーから体を起こした。

 

「あれ〜トレーナーさんじゃないですか。もう祝賀会の時間ですか?」

 

「いや、まだその時間じゃないんだけど……違う!なんでお前ここにいるんだ。まだ授業中だろ?」

 

 体を伸ばしてからスカイが俺の質問に答えようとすると、ドアのノック音が聞こえる。

 

「すいませーん。紫葉トレーナーいますか。あれ?鍵が開いてる」

 

 どうやらたづなさんが来たようだ。何か用事かと思い出ようとするとスカイに捕まりロッカーの中に押し込められた。

 

 

(どうしよう!どうしよう!どうしよう!勢いとはいえ密室にトレーナーさんと2人っきり)

 

 私が顔を真っ赤にしながらトレーナーさんに顔を埋めているけど、トレーナーさんは何がなんだかって感じの顔をしている。

 

「おいスカイなんでこんなところに?」

 

「ちょっと大きい声出さないで!」

 

 トレーナーさんの口を抑えて今の状況を説明する。

 

「授業サボってここで眠ってたからたづなさんに見つかったら怒られちゃいます!」

 

 そう言うとトレーナーさんは速攻でロッカーの扉を開けようとしたので押さえつけて、お互い動いてガタガタしてるとチームルームのドアを開ける音がした。

 

「今ここから出たら軽い事件ですよ〜」

 

 授業中にチームルームで担当と2人っきりで、他人が来てロッカーに隠れてたなんて何かあったと思われるはず!

 トレーナーさんも諦めて動かなくなった。動かなくはなったけど、今の危機的状況に心拍数が上がり心臓の音が聞こえてくる。

 

(トレーナーさんの心音……抱きつくようにしてて暖かいから安心する)

 

 ゲートと同じかそれ以上の閉鎖空間。それなのに不安や孤独感なんてこれっぽっちも感じない。むしろ安心する……隣にトレーナーさんがいるから。

 

(そう……隣にはトレーナーさんがいるんだ)

 

 スズカさんはトレーナーさんの前を走ってトレーナーさんを引っ張っていた。キングちゃんはトレーナーさんに引っ張って貰いながら後ろからトレーナーさんを支えてた。だからかな、ゲートで1人になった時に孤独感を感じたのは。

 

(私はトレーナーさんの隣を一緒に歩けるようになろう)

 

 私はトレーナーさんに抱きついた。密着してるだけじゃなくて腕を背中に回して抱きついた。今、心に浮かんでいるこの気持ちをどうにかして表現したかった。

 

「ちょっスカイ!?」

 

 トレーナーさんはびっくりして少しだけ声をあげた。そして、その声をたづなさんが見逃すはずもない。たづなさんがロッカーを開けて私たちを見て驚いた。少し何か考えてから話し始めた。

 

「何をしていたかは葉紫トレーナーに聞きましょう。セイウンスカイさんは授業中ですよね?授業に戻ってください」

 

 トレーナーさんは半分放心状態で言い訳を考えるためにあたふたとしていた。私はと言うとトレーナーさんの背中に回って隠れている。するとたづなさんはため息をついた。

 

「トレーナーさん落ち着いてください……とりあえずセイウンスカイさんはトレーナーさんから離れてください」

 

「嫌です……」

 

 私がそう言ったのにたづなさんは驚いていたが、この中で1番驚いていたのはトレーナーさんだった。普段ならここら辺で教室の方に走って逃げてるだろうし、まさか怒っているたづなさんの言うことを断ると思わなかったのかも。

 しかし、たづなさんも納得するはずもなく何かを言おうとしていた。

 

「お願い。授業には行きますから少しだけ」

 

 たづなさんはその何かをっぐと抑え込んで。『わかりました』と言った。

 

「ですが、トレーナーさんにはしっかりお話を聞かせて貰いますからね」

 

 そう言うとたづなさんは部屋から出ていった。トレーナーさんは何が起こっているのか理解できずに混乱している。

 

「あのセイウンスカイさん?」

 

 トレーナーさんの声掛けを聞きながら背中に私は抱きついたままいた。そうして沈黙が数分だけ続く。その沈黙が何だか心地よくって安心出来た。

 

「よし!それじゃあセイちゃんは授業に戻りま〜す」

 

 私はそのままトレーナーさんから離れて顔を合わさずに部屋から出ていった。トレーナーさんからは少し呼び止められたけど、この緩みきった顔でトレーナーさんの方を見ることは出来なかった。

 

 

「結局何だったんだ……」

 

 授業をサボってるスカイを見つけたと思ったらロッカーにぶち込まれて。そしたらスカイに抱きつかれて。たづなさんが怒ってこちらに来たと思ったら帰って。もう一度スカイに抱きつかれて。

 俺は現状を全く理解出来ずに半場放心状態で棒立ちになっていた。すると、ノックが聞こえてたづなさんが入ってきた。そして俺は本能的に正座した。

 

「それで……何があったか説明いただけますか?」

 

「わっわからないです……」

 

 たづなさんがかなり威圧的に言葉をかけてくるので俺は完全に萎縮していた。

 

(言葉を間違えたら……首が飛ぶ!物理的にも社会的にも!)

 

「確かにウマ娘は容姿端麗です。思春期の彼女たちに触れ合って抱く感情もあるでしょう。しかし、手を出すのは不味いのではないですか?」

 

 これってスカイと俺が如何わしいことをしていたって勘違いされてるのか?確かにスカイは可愛いとは思うし1年もいれば思うこともあるが……相手は高等部で担当ウマ娘だぞ?

 

「待ってくささいたづなさん誤解です!彼女とはそういう関係はありません!」

 

「別に恋愛的関係になることを怒ってるわけではありません。思春期のウマ娘がクラシックという激戦を共にした異性に引かれることは珍しくありません」

 

 えっそれは初耳なんですけど。印象とか変な人間がトレーナーに紛れないようにあまり表には出していないのだろうか。

 

「ただ、お付き合いする場合は手順を踏んでしっかりと学園側に報告してくださいね?」

 

「だから何もありませんって!」

 

 俺が全力否定するとたづなさんが笑い始めた。あれ?怒ってると思ってたんだけどな。

 

「すいません、冗談ですよ。紫葉トレーナーの反応が面白くってつい」

 

 たづなさんは笑いを落ち着かせてからこちらと目を合わせる。

 

「紫葉トレーナーがそんなことするとは思っていないですよ。でも、もしそうなる時はしっかり手順を踏んでくださいね」

 

 さっき笑っていた時とは違って真面目な表情でたづなさんはそう言う。たづなさんや理事長はウマ娘の幸せを強く願っている。ウマ娘が傷つくような事態は起こしたくないんだろう。

 

「大丈夫ですよ。ところでどういう要件で?」

 

 たづなさんは小包ゴソゴソと取り出して机の上へと置いた。どうやらお菓子が入っているっぽい。

 

「たまたま家で見つけたので差し入れにと思いまして」

 

 たづなさんの家でたまたま見つけた……?たづなさん家の中ってたしか。そんなふうに俺が心配しているとたづなさんがむくれてしまった。

 

『流石にお祝いに贈る品で変なものは持ってきません!』

 

 そう言ってプンプンと怒って帰って行った。部屋からの去り際に『冗談ですよ』と軽く笑って出ていった。あの人の言うことは冗談なのかどうなのか……

 

 

 祝賀会は無事に始まった……始まったんだけど。

 

「キングちゃん最近トレーナーさんと距離近くない?」

 

「そっそんなことないわよ!スカイさんこそトレーナーさんの膝に乗って!」

 

 スカイが俺の膝の上に座って、キングが横からしがみついてきている。スズカはスズカで何事もなくキングの反対側からしがみついてきてる訳だが……

 

「トレーナーさん私も頑張って活躍しますわ〜」

 

 マックイーンは後ろから腰あたりに抱きついてきてるし。一体どうしてこうなってしまったんだ……

 

 

ーーー数十分前ーーー

 

「スカイとキングの皐月賞勝利を祝して!」

 

「「「「カンパーイ!」」」」

 

 祝賀会が始まり、チームみんなで人参ジュースで乾杯をしていた。流石にこの席で飲酒する訳にもいかないので、俺も一緒に人参ジュースを飲んでいた。

 

「いやーそれにしても2人とも俺の想像以上の走りだったよ」

 

 今思い返しても2人のラストスパートは熱い勝負だった。2人の頑張りを思い出して頭を撫でてしまった。スカイは嬉しそうに尻尾を揺らしていた。キングも顔を背けてはいるが嬉しそうだった。

 

「スズカも次は小倉大章典が近いから気を抜かずに行こう」

 

「勿論です」

 

 スズカはいつでもやる気十分だな。流石にチーム内で1番場数を踏んでるだけはある。

 

「マックイーンは一応来年デビューを目指してトレーニングを積んでいこう」

 

「私も早くあの舞台で皆さんの様に走りたいですわ!」

 

 マックイーンも2人から大きく刺激を受けている。トレーニングにも良い影響が出ていくだろう。

 

「そうそう、たづなさんから差し入れのお菓子の差し入れを貰ったんだ」

 

 俺が机の上にたづなさんからの差し入れを取り出すと、4人がポイポイと口の中に放り込んだ。味が気に入ったのかみんなであっという間に食べ終わってしまい俺が食うことは出来なかった。

 すると、しばらくの間沈黙が走った。気持ちスズカの距離感が近くなった気がするが……

 

「あなたのおかげでここまで強くなれたわ……本当に感謝してる」

 

 キングがそう言いながら俺の横にポスリと倒れかかる様に座った。担当ウマ娘にそこまで言って貰えると嬉しいし、何よりも頑張った甲斐がある。

 

「あー!キングちゃんとスズカさんばっかりずるい!」

 

 スカイがいつものフワフワしたテンションからは考えられないハイテンションで俺の膝の上に飛び乗ってきた。

 

「ちょっとスカイさん?それは不味くないですか?」

 

「問題はあえいませ〜ん」

 

 ということがあって今の現状に至る訳だが。

 

「スカイさん!私はどうですの?」

 

「勿論マックイーンちゃんも大好きだよ〜」

 

 スカイはマックイーンの頭を撫でて、マックイーンはお嬢様がしていいのか分からないような蕩けた顔をしていた。そうじゃない!何故こうなったんだ!?俺はたづなさんに貰ったお菓子の箱を見る。

 

『リキュール』

 

(これ酒入ってんじゃねええか!いや微量だろうけどさ。ウマ娘ってお酒とか毒に強いんじゃないの?うちのメンバーはなんでこんなに弱いの?)

 

「ほら!みんな1回離れろ!」

 

 そうやって引きはがすがスズカだけが離れない。どうしてだ、思い切り手で押してもピクリとも動かない。

 

「スズカさん?」

 

「私は1番速いです」

 

 ダメだスズカも正常じゃない。どうしようか、人がウマ娘に力で勝てるわけない……そんなことを考えていると俺を掴むスズカの手の力が緩んでいった。

 

「あれ?みんな眠ってる?」

 

 昨日今日で疲れが全部抜けるわけでもないか。今日は普通に授業ああったわけだし。俺は全員に毛布をかけてやって事務作業をすることにした。

 その後、数時間後に全員目を覚ましたが酔ってからのことは曖昧っぽい。疲れも溜まってるだろうからその時点で解散にした。




うちのマックイーンがゲームとアニメとデジたんが融合し始めている……


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第86話:伝説!トキノミノル!

投稿がかなり遅れて申し訳ないです。


 今日はたづなさんが呼んでくれたウマ娘とのトレーニング日だ。スカイとキングのトレーニングはそのために軽いジョギングだけにしておいた。

 

「誰と走るんだろうね〜キングちゃん」

 

「分からないわね……ただ、トレーナーさんがたづなさんの紹介だからきっと良いトレーニングになるって言っていたし心配することはないんじゃないかしら」

 

 2人は相手を待っている間そんな雑談をしていた。スカイは『だから心配なんだけどね……』なんて言っていたが。

 

「すいませんお待たせしましたー!」

 

 声が聞こえた方を向くとたづなさんが走ってきた……いや違う!ウマ娘の耳と尻尾が生えている。たづなさんじゃないのか?とりあえず、しっかりと挨拶をしないと。

 

「初めまして。チームレグルスのトレーナーをしている柴葉といいます。今日はよろしくお願いします」

 

「初めまして……ですか」

 

 俺が自己紹介すると、相手の方が耳を垂れ下げてしまった。あれ、何か不味いことを言った?

 

「あの……何か気に触ってしまいましたか?」

 

「いえそんなことは。こちらの紹介が遅れましたね。私はトキノミノルといいます。よろしくお願いします」

 

 お互い自己紹介が終わると周りのみんなの沈黙に気がついた。スズカはいつも通りだが、キングは呆れたように頭を抑えている。スカイとマックイーンは唖然と口を開けている。

 

「トキノミノルって伝説のウマ娘じゃないですかああ!」

 

 少し間を開けてからスカイが叫んだ。えっこの人ってそんなにやばい人なの……?トキノミノル、トキノミノル……あっ!昔ダービーを取ったウマ娘にいた!

 

「彼女は現役時代最強の座を手に入れてましたわ。彼女の走りには絶対があると。ただ、とあるレースを境に表舞台に出てこなくなったと聞いていましたが……」

 

 顔の広いたづなさんの知り合いにそういう人がいるってのはまだわかるんだが……なんでトレーニングを受けてくれる気になったんだろうか。

 

「時間も惜しいのでスカイさんとキングさんに個別で少しお話があります」

 

 そいうとトキノさんがスカイとキングの2人を引っ張っていってしまった。まずはキングから話すようだ。

 

 

 

「それで話と言うのは何かしら?」

 

 私とスカイさんが呼び出されて、スカイさんに話が聞こえない程度まで距離を置いてから話始めた。

 

「今の現状の実力と今日の走りで意識して欲しいポイントを説明するためです。実力の把握とトレーニングの意味を理解することはトレーニングの効率アップに繋がりますから」

 

 彼女は多くの修羅場を戦い抜いていたウマ娘……それこそ伝説と言われるほどの実力者。様々な走りを見てきたはず。なら、そのウマ娘達と実力を比較してある程度の基準を作れると思う。

 私が無言で頷くと、ミノルさんは話し始めた。

 

「まずは実力ですが、こちらは問題ありません。シニアの最前線で戦っていくなら必ず到達する領域に至ってますから」

 

 レースのラストスパートの時に弥生賞、皐月賞では本来の力以上の走りが出来た。それを領域と表現してるのならその表現が何故かしっくりとする。

 

「それだけ評価されていると嬉しいものね。流石に幾多のウマ娘を見てきただけはあるのかしら?」

 

 すると、彼女は悔しそうに少しため息を吐いてから話し始めた。

 

「当初の私の予定ではあなたはクラシックで埋もれる存在だと思っていました。しかし、弥生賞で領域に到達する前兆を見せ。皐月賞本番でその領域に到達しました。そしてセイウンスカイさんに並んで同着。全くの予想外でした」

 

 スカイさんはトップで私は2着以下という予定だったといいたいらしいわね。私にはその実力が無かったと思われていた。

 

「なるほどね。それじゃあダービーは誰が勝つと思われてるんです?」

 

 ミノルさんは少し話すか悩んでいた。悩んでいるというか躊躇っているという方が正しいかしら。

 

「言い難いですがスペシャルウィークさんだと思っています。彼女のポテンシャルと適正を考えると彼女が1番有利でしょう」

 

 皐月賞では何事もなくスペさんには勝てた……ただ、それは彼女が万全で無かったからだと言うのは私も理解している。ミノルさんは続けて話す。

 

「ですが、皐月賞のこともありますから私の予想は予想でしかありません。スカイさんが領域に到達して、あなたが限界のその先にたどり着いたとしたら……」

 

 そう言いながら彼女は楽しそうに笑った。まるで自分の想像を超えていく私たちを見ていて喜んでいるような。

 

「あなたの走りは完成しつつあります。なので今回は大したことが出来ませんが……その先の1つの可能性を示そうとおもいます」

 

 そう言い残して彼女はスカイさんの方に行ってしまったのか。私の1つの可能性。そして、それを私なりの突破していくと思っているのでしょうね。

 

 

「キングちゃんとは何を話してたんですか?」

 

 わざわざ2人に分けて、しかも内容はお互い分からないようにするなんて思わなかった。それだけ重要な内容ってことなのかな?

 

「今日のトレーニングの意図と実力の診断……と言った所でしょうか。スカイさんにもしっかりお話するので聞いてくださいね」

 

 不得意な事とか弱点の話もしなきゃいけないから私に話が聞こえないようにしたんだ。

 

「伝説のウマ娘さんからするとセイちゃんの実力はどうですか〜?」

 

 いつものようにフワフワした調子でミノルさんに聞いてみる。非凡な才能を持ち、伝説と言われる偉業を成し遂げた彼女に真剣に向き合う自信がなかった。

 

「そうですね……実力と体の出来は非凡と言ってもいいでしょう。セイウンスカイさんのスタミナは才能と努力あってこそのものです」

 

 良かったと安心した。天才に自分の才を認めて貰えたことに。平凡と言われなかったことが嬉しかった。次の彼女の言葉を聞くまでは……

 

「しかし、それとは裏腹にその走りは平凡的です。皐月賞でキングヘイローさんから逃げきれたのは奇跡と言ってもいいでしょう」

 

「セイちゃんはキングちゃんやスペちゃんみたいな天才とは違いますか〜」

 

 私は今にも泣き出しそうになりながらも我慢した。手は震えて気持ちは落ち込んだ。自分もみんなと同じ舞台の1人だと思っていたかった。

 

「あなたには私が伝説や幻とまで言われたその走りを見せてあげます……そこから何を感じるかはあなた次第ですけどね」

 

 そう言うとミノルさんはトレーナーさんの方へ向かって歩いていった。私も戻ろうとしたけど戻れなかった。呆然とし彼女の言葉を受け止めきれずにいたから。

 

 

「ミノルさん。2人にどんな話をしたか聞いてもいいですか?」

 

 俺は戻ってきたミノルさんに何を話していたか聞いた。キングは大丈夫そうだが、スカイの様子が少しおかしい気がしたからだ。

 

「もちろんです」

 

 彼女は2人にした話をそのまま俺に伝えてくれた。少し気になることもあったが、黙って最後まで話を聞いく。

 

「ミノルさんそれって本気で言っていますか?」

 

 皐月賞を制したスカイの走りを平凡とまで言うとは。それは一緒に走り競いあったキングやスペを軽んじる発言じゃないだろうか。

 

「たしかに少し厳しく言った箇所もあります。しかし、私は嘘は言っていません。スカイさんの身体的ポテンシャルはクラシックでもトップクラスでスタミナは頭1つ抜けています。しかし、その走りは平凡的です」

 

 スカイの才能を認めていない訳では無い。ただ、その走りから非凡さを感じないということだろうか。それならなんでスカイはあそこまで傷ついたように見えるのだろうか。

 

「スカイさんは心のどこかで自分の才能を信じきれていません……それ故に実力を活かしきれてないと私は思っています」

 

「スカイが天才にコンプレックスを感じていると言うことですか」

 

 たしかに、去年トウカイテイオーと会った時もあまり快く思っていなかった感じだった。今でこそマックイーンとも中が良いが最初は警戒してる様子だったし。

 

「彼女がダービーに勝つためには限界を超えて、ポテンシャルを全て引き出す必要があると思います。だからこそ、私の力を彼女に見せるんです」

 

 そう言ってミノルさんはターフへと向かった。スカイとキングは彼女と走ることで、その先の可能性にたどり着き限界を越えられるのか。

 




たづなさんやほかのキャラの正体については公式設定じゃないので賛否両論あると思いますが、私はウマ耳があると信じてます。


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第87話:伝説を知る!VSトキノミノル!【キングヘイロー】

どうしてもレースを細かく描写できない……


 ミノルさんは今日1日で2回走るつもりのようで、まずはキングと走るらしい。その間スカイは近くをウォーミングアップで走りに行った。

 

「いいんですか?一日2回も入るなんて……」

 

「クラシック終期のお2人と走るなら辛いと思いますが、今なら大丈夫です。私の心配よりも終わったあとの2人のケアのことを考えていてください。それはあなたの仕事なのですから」

 

 ミノルさんからは強者の余裕を感じられる。どうすればここまで絶対的自信をもてるのだろうか。

 

「あの二人を相手するのはそこまで簡単ですか?」

 

「キングヘイローさんは苦戦すると思いますよ?ただ、あの状況のセイウンスカイさんは相手にならないと思います」

 

 スカイはさっきから調子があまり良さそうじゃない……その状態なら相手にもならないということか。

 

「私も準備が出来たのでそろそろスタートしようと思います」

 

 キングは既にゲート付近でストレッチをしながら待機していた。ミノルさんもゲートに向かいゲートインした。キングは一息入れてからゲートインする。かなり緊張してる様子だ……

 

「キングさん勝てるのかしら……」

 

 不安そうにマックイーンがゲートの方を眺めている。

 

「勝つのは厳しいだろうな。でも、キングにはこのレースで多くのことを学んで欲しいと思うよ」

 

 

(なんて威圧感なの?まだゲートに入ってスタートもしてないのに)

 

「今日はあなた自身の走りができるように頑張ってくださいね」

 

 当の本人は余裕そうな顔で体を伸ばしている。そんな威圧感を出しながらもなんてリラックスしているのかしら……

 

「それじゃあスタートするから準備してくれ」

 

 トレーナーさんの合図でスタートの体勢に入る。相手がどういう走りをするか分からない以上は好スタートを切るしかない!

 ゲートが開いてスタートした。スタートは悪くないわ。さて……ここから相手がどうでるか。

 

(スタートから全く前に出てくる様子がない……)

 

 それなのになんなの?すぐ後ろから今にでも抜かそうとしてくるこの気迫は。

 緊縛する空気の中……ゲートが開いた!

 

(相手は私の走りを知っているけど、私は彼女の走りを知らない……)

 

 これによってあちらには大きなアドバンテージがある。だからこそ今私にできることは……全身全霊で走りきること。

 

 

「キングはいいスタートを切ったな」

 

「その割に……ミノルさんは普通の後ろからのスタートですね」

 

 スズカもレースに夢中だ。どんなレースを繰り広げて行くんだろうと。

 

「キングは相手の走りを全く知らない中の勝負だ。自分にできる全力を尽くすしかない」

 

 スタートからの序盤は問題はない。キングは自分のペースを上手く作っているし、ミノルさんが何かを仕掛ける様子はなかった。

 

 

(さっきから後ろから着いてくる気配がする……全体見渡せるコーナーで様子を見る!)

 

 そうして、第1コーナーを過ぎようとして後ろに目を向けると……ミノルさんが今にも抜かさんばかりに視界に写ってくる。1度見てからその情景が頭から離れない

 

(大丈夫よ……まだ仕掛けてくる様子はないもの)

 

 私はまだこの時いつも通りの走りが出来ていると思っていた。威圧感に萎縮せずに走りを崩されていないと。

 

 

「ペースが上がったな」

 

 第1コーナーを超えた所からジワジワとペースが上がって行っている。遠目から見る限りでは上手く分からないが恐らく……

 

「なんだか皐月賞の時を思い出しますわ……」

 

 マックイーンもレースをしっかりと見ている。あれはミノルさんに煽られたキングが少しずつペースを上げさせられている。

 

「ペースが乱れ始めたのは第1コーナーを過ぎてから……キングちゃんどうしちゃったのかしら」

 

 スズカもレースを見て何が起こったか考えている様子だ。キングだけじゃなくて俺達も良いものを見る機会に感謝しなくちゃいけないな。

 

「お前らはレースをしている時後ろを確認するとしたらどのタイミングだ?」

 

 2人とも真剣に考えていたが先に答えたのはマックイーンだった。

 

「全体を一気に確認できるコーナー……なるほどそういうことでしたのね」

 

 マックイーンは何が起こったかある程度予想出来たみたいだが、スズカは未だに頭の上にクエスチョンマークを浮かべてる。スズカは自分の走りをして周りを気にしないから、今回のことはあまり体験がないから分からなかったのか。

 

「実際に何が起こったかまでは分からないが、あのタイミングでミノルさんが何かしらのアクションを仕掛けたんだろうな」

 

 その後もミノルさんは前に出る素振りを見せつつも、キングの後ろに着いて行った。そして、勝負が動いたのは最終コーナー手前からだった。

 

 

(ラストのコーナーに入ったら仕掛ける!)

 

 そう思った瞬間に、まるで背筋が凍り付くような感覚が走った。何が起こったか理解できない。体に異常はないはずなのに体が固まるようだ。

 

(来る!ここで抜かされると不味い!)

 

 私がペースを上げてから少ししてミノルさんも後ろから上がってきて横の並ぶ。

 

(まだ着いていける。ならここからが勝負のはず)

 

 更にペースを上げて行こうと思ったのにペースが上がっていかない。それに対してミノルさんは一気にペースを上げていく。それでも追いつこうと必死に食らいついて行った。

 残り100mに差し掛かったあたりでミノルさんが更にペースを一気にあげた。

 

(さっきのがラストスパートじゃないっていうの!?)

 

 

「なんですのあのスピード!」

 

「ありゃ度肝抜かれたな……」

 

 マックイーンは驚きで口をパクパクさせている。残り200mでスパートを掛けたと思ったら、100mのところで更にもう一段階スピードを上げるとはな。

 

「2度差しですよね……トレーナーさん」

 

 スズカはあの走りを2度差しと言った。差しに行ってそこから更にスピードを上げる。スズカも似たようななことをしているが差しでやっているのは初めて見た。何よりもそのスピードが尋常じゃない。

 

「ウマ娘は極度の集中状態になると自分の限界を超えたスピードを出すとは聞くが……模擬レースでその状態に意図的に入ってるのか?」

 

 スズカやキングも体験したことがある領域。ある程度ルーティン化されていて、スズカなんかはレース終盤に安定して自然とその状態に達する。

 

「伝説と言われるだけあってとんでもない走りをしますわね……」

 

 レースはそのままミノルさんがゴールしてキングは勝利を収められなかった。

 

 

 ゴールして私が息を整えているとミノルさんが私の元に歩み寄ってきた。

 

「分かりましたか?」

 

 そして、その一言だけを私に問いかける。彼女はレース開始前に私の可能性の先の1つを見せると言っていた。直接対決して彼女の強さを知った。そして、その走りをまじかに見た私は分かっていた。

 

「えぇ、分かったわ」

 

 私がそう答えると彼女は満足した顔して彼女は笑った。どうにも彼女に選別を受けてるというか……何か試されている感覚がずっとある。

 

「そんなキングヘイローさんの1つだけアドバイスです。自分の長所を今一度見直して見たらいいかもしれませんね」

 

 そう言って彼女はトレーナーさんたちの方に行ってしまった。それ以上は自分で考えてと言われてるように感じるわね……

 

 

「どうでしたかキングの実力は」

 

 俺は一息ついていたミノルさんにレースの感想を聞こうと話しかけた。休んでいる彼女の顔は満足そうな顔をしていた。

 

「素晴らしいです。自分をしっかりと抑制しようとする精神力と経験を力に変えようとする吸収力……どちらをとってもトップクラスです」

 

 彼女は随分とキングの素質の高さを喜んでいるようだった。そして、嬉しそうにレースの感想を語り始めた。

 

「本当ならもっと彼女のペースを乱してレースを進める予定でした。しかし、乱れたペースはわずかでした。最後のスパートは冷静さを欠いていたせいで本来の力を発揮できなくなりましたが……それでも想像以上のペースで追ってきました」

 

 キングも弥生賞と皐月賞を経て大きく成長している。ライバルとの真剣勝負はここまでキングを成長させるとは。

 

「そこまで評価してもらえるとトレーナーとして嬉しい限りです」

 

「本当にあなたたちは私の想像を超える成長をしていきますね。キングヘイローさんが皐月賞で1着を取れたのも、あなたたちだからこそできたことでしょう」

 

 彼女は俺たちのことを高く評価してくれているようだ。それに、キングに対してもしっかりと為になるような走りをしてくれた。どうしてここまで良くしてくれるのだろうか。

 

「スカイ期待に応えられるといいんですけどね」

 

 そう言うと、ミノルさんは少し言いにくそうに話し始めた。

 

「正直……セイウンスカイさんには今回の模擬レースで期待はしていません」

 

 スカイを平凡な走り彼女は言い切った。そして、スカイもその言葉にショックを受けて立ち直れていない状態だ。けれど、俺はそれを聞いてどうしょうもなく辛かった。

 

「でも、日本ダービーに期待しています。セイウンスカイさんなら……いや、あなたたちチームなら必ずもう1つ上の段階に到達してくれます」

 

 そう言って彼女はスタート地点へと再び向かった。彼女はスカイが日本ダービーまでにレベルアップできると確信しているようだった。なんだか嬉しいようなむず痒いような感覚に襲われた。

 

(さて……次の模擬レースでスカイがどこまでくらいつけるか)

 

 



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第88話:伝説を知る!VSトキノミノル!【セイウンスカイ】

微弱なシリアス要素を検知


「セイウンスカイさんお待たせしました」

 

 ミノルさんに後ろから話かけられただけで私の体は跳ね上がった。この人の圧倒的強者感に怖気付いたのか……それとも、さっきの発言がどうしても頭から離れないせいなのか。

 

(いや違う……私は怖いんだ。この人に何か言われるんじゃないかって)

 

 私はできる限り平常心を保っている様に振り返る。無理にでもそうしないとこの人に飲み込まれてしまうような気がしてしまう。

 

「いや〜私なんかが相手になるか分からないですけどお手柔らかにお願いします〜」

 

 私がそう言うとミノルさんの表情が一瞬にして冷めていく。まるで楽しみにしていた何かが想像よりも良くなかった時のように。

 

「今のあなたでは私の相手にも楽しむことも出来ないでしょう。私もまさかそこまでと思っていなくて期待していましたが……どうやら過大評価だったようですね……」

 

 今すぐにここから逃げ出したくなった。自分の無力さをどんどんと指摘されていくようで。それでも私は平常心を保とうとしていた……だってトレーナーさんが見ているから。

 

「あはは〜確かにそうなのかもしれないですね……」

 

「紫葉トレーナーには個人的に思うところもありますし……レースに移るとしましょう」

 

 そう言ってそのまま彼女はゲートインしていった。私も後に続いてゲートに入る。自分が流しているその涙にも気付かずに。

 

 

「トレーナーさん……スカイさん大丈夫ですの?」

 

 マックイーンの言いたいことは十分にわかる。今のスカイは正常ではない。けど、俺は今ここで声をかけるべきなのか?

 

「スカイさんはG1で戦うウマ娘と言えどまだ私と同じで子供ですのよ!?あんな風に傷ついているスカイさんを見て何も思いませんの!」

 

 そうだ、スカイは俺の担当であると同時に守るべき存在だ。伝説がなんだ、俺はスカイを近くでずっと見てきた。その俺がスカイに声をかけないでどうするんだ。

 

 

 私は不安に潰されそうになりながらもゲートに入った。怖かったはずなのに、何故かゲートにはすんなりと入ることが出来た。そうしてスタートを待っているとトレーナーさんの声が聞こえた。

 

「シャキッとしろスカイ!勝負する前に諦めるな!お前は俺の自慢の担当ウマ娘だろうがあああ!」

 

 トレーナーさんにしては珍しく感情的で周りも気にしないような大きな声だった。

 

「そんな大きな声じゃなくても聞こえてるよトレーナーさん」

 

 私はその時つい笑ってしまった。レース直前に集中力を欠くようなことだったかもしれないけど……それでも自慢のウマ娘って言って貰えたのが嬉しくって。

 

(相手が伝説だからなんだって話だよね……彼女に評価されなくてもトレーナーさんは私を評価してくれるんだから!)

 

 そうして私はいつも通り……いや、いつも以上に気合いの入った顔でスタートを切った。

 

(まずは先手を打って少しでもレースの主導権を握る)

 

 仮に相手が逃げを打ってきても、少しの無理をしてでも先頭を奪う。実力は相手が格上なはず。なら少しのリスクは承知で勝負に挑まないと確実に負ける。そう思っていた……

 

 

 俺は今の状況に唖然としていた。スカイは良いスタートを切っていたし、全力で先頭を取りに行っているのも見ていたわかった。けれど、先頭に立っているのはミノルさんで今も差が広がっている。

 

「ミノルさんすごいスタートですね」

 

 スズカも彼女のスタートを見て驚いている。スズカのスタートは早く綺麗だ。けど、ミノルさんのスタートはそれをはるかに上回っていた。

 

「冷静に考えればおかしいことは無いか……スズカのコンセントレーションを教えてくれたのはたづなさんだった。もしかしたらミノルさんの走りを知っていたからかもしれない」

 

 マックイーンは俺の横で口をパクパクとして言葉を発せずにいた。だけど、気持ちは分からなくはない。キングの時の走りも凄かったが……今の走りはその比にならない。

 

「これがトキノミノルというウマ娘の走りか……」

 

 

(まだ……もう1ギアだけならあげられるはず!)

 

 今までなら絶対にしないような走りだった。レース中盤でここまでペースを上げるなんてしたことはない。けど、私のスタミナならここまでのスピードなら耐えられる!勝負はまだまだこれからだと思っていた。

 

(今、笑った?)

 

 一瞬だけミノルさんが後ろを振り向き嬉しそうに微笑んでいるように見えた。ただ、その目はまるで勝ちを譲るようには思えないほどの迫力を感じた。

 

「あはは……嘘でしょ?」

 

 走っている途中なのに自然と声が漏れた。起こったことは単純に相手が更に加速しただけ。ただ、そのスピードが圧倒的であっという間に私は置いていかれた。

 

(力の差はあると思ってた……でも、ここまで離されるものなの!?)

 

 そこから先は一方的なレースになった。ペースアップをしてからはスピードが落ちることはなく、最後のスパートでは更にスピードが上がって行った。私は出来る限りの走りをしたつもりだった……それでも背中が近づくことは無かった。

 

 

「まさかここまで圧倒されるとはな……」

 

 スズカはミノルさんの走りに集中していたし、マックイーンは全力でスカイのことを応援していた。俺は、クラシックで現役で走っているスカイをここまで一方的に負かしている光景に驚きを隠せなかった。

 

「そんな……スカイさんが一方的に……」

 

 どうやらマックイーンも同じ気持ちのようだ。いや、この光景を目撃したら誰でも同じような感想を抱くだろう。

 

「トレーナーさんスカイちゃんのところに行ってあげてください」

 

 スズカが俺の背中を押した。彼女の顔はどこか不安そうな顔だった。あれだけのレースをされたスカイのことが心配なんだろう。

 俺はそのままスカイの元に駆け寄って声をかけようとしたが、スカイはこちらを一瞬だけ見てその場から逃げ出してしまった。

 

「私が追いかけますわ!」

 

 逃げて言行ったスカイを見て、マックイーンが咄嗟に追いかけて行った。

 

「悪いけど頼む!」

 

 スカイは俺を見てからその場から逃げ出した……なら、今俺が追いかけるのは得策じゃないだろう。

 マックイーン達を見届けて少しするとミノルさんが俺の元にやってきた……いや俺がそう呼ぶのはおかしいかもしれないな。

 

「2人の成長に助力して貰ったのは感謝していますけど、少しやり過ぎじゃないですか……たづなさん?」

 

 俺がそう言うとたづなさんは少しだけ驚いた顔をして、それも当然かという諦めたような表情を浮かべた。

 

「いつから気付いたんですか?」

 

「気付いたのはスカイとのレース中です。たづなさんが教えてくれたコンセントレーション。そして、たづなさんが呼んだと言うあなたに瓜二つのウマ娘……さすがの俺でも予想はつきます」

 

 たづなさんは自分がたづなである事を否定はしなかった。しかし、トキノミノルと言う名前を隠してたづなという名前でいるには理由があるはずだ。これ以上の言及は野暮だろう。

 

「大丈夫です。別にこの件を誰かに言うつもりはないです。それよりもスカイのことを説明してもらってもいいですか?」

 

 スカイの件について言及すると、たづなさんは俯きながら申し訳さそうにしていた。

 

「私も大人気ないことをしてしまいました……元々レース展開はあの通りにする予定でしたが、スタート前のセイウンスカイさんの発言がどうしても私は嫌でした」

 

 スタート前にスカイの様子が明らかにおかしくなったのは、2人の会話の内容が原因だったってことか。

 

「謙虚と自信の無さは違います。それを取り違えると他人を傷つけることにもなります。それに……彼女の発言はいつもどこかに逃げ道を残すような物が目立ちます」

 

 たづなさんの言わんとすることは分かる。それに、スカイに言い過ぎてしまったことも反省してるみたいだし……

 

「たづなさんの言いたいことは理解しました。次からは気をつけてくださいね」

 

 たづなさんは、もう少し俺が怒ると思っていたのか驚いた顔をしていた。

 

「ありがとうございます……今日はここで帰った方がよさそうですね」

 

 そう言うと彼女は帰宅の準備を済ませて、その場を後にしようとした。しかし、去り際にこちらを振り向く。

 

「昔約束した私の夢……本当にあなたなら叶えてくれるのかもしれませんね」

 

 昔約束した夢……思い出した!ずっと何か引っかかってると思ったら彼女は!そう思った時には既にたづなさんはそこにいなかった。

 

「いつかその約束叶えてみせます」

 

 その日は、スズカとキングには時間も時間なので先に寮に帰ってもらって、俺はスカイとマックイーンからの連絡を待つことにした。

 



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第89話:認める!スカイの実力!

最近ウマ娘アプリが楽しすぎます。


 私はレースが終わって、なだめに来てくれたトレーナーさんから逃げちゃった。期待してくれてたのに、あんなレースをしたのが恥ずかしくって……顔を合わせることが出来なかった。

 

「スカイさん、こんなところまで来ていましたのね」

 

 そんなことを考えながら海を眺めていると、後ろからマックイーンちゃんの声が聞こえた。学園からここまで追いかけて来たんだ。

 

「どうしたのマックイーンちゃん。今日はもうトレーニングは終わりだよ〜」

 

 私はできる限りいつも通りにマックイーンちゃんに返答した。彼女にはこんなかっこ悪いところ見られたくなかったのに……

 

「さっきのレースのスカイさん。凄かったと私は思いますが」

 

 マックイーンちゃんは私の横に座りながら核心を突くような発言をした。

 

「凄かった……?どこが凄かったって言うのさ!レースの結果は完全敗北!一矢報いることすら許されなかった!ただの一度も背中が近づかなかったんだよ!?」

 

 何も出来なかった……あのレースにあったのは圧倒的な実力の差。才能の差という物を嫌という程見せつけられた。それを凄かった?感情的になるつもりはなかったけど、私はつい声を荒らげてしまった。

 

「たしかに……レース結果だけを見れば惨敗でしたわ。それでも、私は今日のスカイさんをかっこいいと思いました」

 

 あんなレースを見ても、こんな私を見てもマックイーンちゃんの私を見る目は変わらなかった。憧れの目……そんな目をしている気がする。

 

「私はそんな凄くないよ……マックイーンちゃんみたいに血筋が良い訳でもない。マックイーンちゃんみたいに天才でも期待され続けたわけでもないんだよ?」

 

 マックイーンちゃんはメジロ家の令嬢だから……もちろん才能だけじゃないのは分かってる。マックイーンちゃんは才能にうつつを抜かすことなく、トレーニングにもストイックに励んでる。一緒にトレーニングをしてきたからそれはよく分かってるのに……

 

「スカイさんは凄いですわ。今日のレース……たしかに圧倒的な実力差がありました。それでも、あなたはゴールまで決して諦めることはなかった。何よりも、今までで1番速かったの気づきまして?」

 

 私はそれを聞いて呆然とした。今までで1番速く走れていたなんて思いもしなかった……ただ、少しでも追いつかなくちゃって必死だったから。

 

「それにスカイさんは平凡なんかじゃありませんわ。もしそうだとしたらミノルさんに見る目がないんですわ!もし本当だったとしても、平凡な走りであの皐月賞を制したのならそれもまた才能です」

 

 マックイーンちゃんに正面からそこまで言われると照れちゃう……と言うか口元が緩んじゃうじゃん。

 

「あははは!マックイーンちゃんったら褒めすぎだよ〜」

 

 私は大きく笑ってしまった。トレーナーさんだけじゃない、私のことを認めてくれる人がこんなにいるのにこんなことで悩んでる自分が馬鹿らしくなってしまった。

 

「ちょっなんで笑うんですの!私はこんなにも真面目に話しているのに!」

 

 あぁ、支えてくれるトレーナーさんがいて。勝ちたいスズカさんがいて。負けたくないキングちゃんがいて。尊敬してくれるマックイーンちゃんがいる。

 

「私……このチーム好きだなぁ」

 

 ムスっと怒っているマックイーンちゃんの横でボソッと呟いてしまった。そして、それはマックイーンちゃんに聞こえてたらしくて嬉しそうに笑っていた。

 

「私も今のチームが大好きですわ。お互いが信用し合って、仲間であってライバルでもある。各々が目標を持ってそれに向かって奮起している……何よりもトレーナーさんがそれを支えてくれますし」

 

 マックイーンちゃんは嬉しそうに語り始めた。本当にこのチームが好きで、チームメイトの私たちのことも大好きでいてくれるんだ。

 

「スズカさんは少し変わってはいますけど仲間思いですわ。何よりも速く走ることへの妥協がない。キングさんは誰よりもトレーニングにストイックに挑んでいますし。スカイさんはいつも適当そうにしながらもやることはしっかりとしていますわ」

 

 正面から自分のことを褒められるのは、なんだかむず痒くて顔を少し俯かせてしまった。気持ち顔も熱くなってる気がするし……

 

「それに、別々の才能を武器に走っているのに誰一人その才能に胡座をかくことがないのも凄いと思いますわ。自分や誰かのために努力を惜しまない……そんなこのチームが大好きですのよ?」

 

 全て話し終わると、マックイーンちゃんは恥ずかしくなったのか俯いてしまった。その耳は赤くなっていて恥ずかしがっているのがよく分かる。

 

「ありがとね……マックイーン」

 

 すると、マックイーンはパッとこっちを見た。そして、何かを言おうとした瞬間に後ろから声が聞こえた。

 

「はぁはぁ……距離が意外とあったから遅くなった」

 

 そこには膝に手をついて息を荒らげているトレーナーさんがいた。ただ、私もマックイーンも予想以上に楽しそうにしていたせいか、状況を読めずに唖然としている。

 

「あ〜トレーナーさんじゃん。こんな所まで追ってきてくれるなんて。セイちゃんの好感度がアップしましたよ〜ピロリロリーン♪」

 

 この時にはいつも通り振る舞えるくらい元気だった。それに、トレーナーさんが来てくれて嬉しかったのは本当だし。

 

「ほら、マックイーンちゃん帰んなきゃ。そろそろ門限すぎちゃうよ〜」

 

 私はマックイーンの手を掴んでトレーナーさんの車に乗り込んだ。トレーナーさんはやれやれって顔をしながら運転席に乗ったけど、その顔はどこか嬉しそうだった。

 

「ちょっとスカイさんさっきのは……?」

 

 マックイーンが顔をグッと近づけて、さっきのことを問い詰めてくる。驚いて少しだけ呆気に取られたけど問題はない。我ながらさっきのは少し私らしくなかったなぁ。

 

「さっきのこと〜?セイちゃんはなんのことだか分からないな〜」

 

 私はそっぽを向いて口笛を吹く。それを見てマックイーンがムムムという顔をしてるのが可愛い。

 

「全く……心配して来てみればスカイがいつも通りだし……一体どんな魔法を使ったんだマックイーン」

 

 私とマックイーンは顔を見合わせてトレーナーさんの方を見て。

 

「「内緒です(わ)」」

 

 とだけ答えた。

 

 それにしても、これから考えるべきことはいっぱいあるなぁ。私のパフォーマンスをフルに活かし切る……つまりスタミナを上手く使う戦い。レース中盤のペースアップや、駆け引きのためにもっと大胆に勝負していかないと。

 

「スカイ。お前の実力は俺だけじゃなくてみんなが認めてる。まだ能力を持て余してレースで全力で走れていないなら、俺のミスでもある」

 

 あぁ……本当にこのチームは暖かいな。トレーナーさんに見つけてもらって、トレーナーさんに育てて貰えて本当に良かった。

 

「トレーナーさん……私ってもっと速く走れるのかな」

 

 自分の実力や才能があるのをマックイーンは認めさせてくれた。だから、トレーナーさんには私の可能性を認めさせて欲しい。

 

「なーに当たり前なこと言ってんだ。お前はこれからまだまだ速くなるさ。今日のあのメンタル状態で格上相手にあそこまで強気の走りもできたんだ。確実に肉体的にも精神的にも成長してるさ」

 

 トレーナーさんは、私の可能性を疑うことすらしてない。マックイーンの方をちらっと見ると目が合って、無言で頷いてくれた。

 

「私頑張るね。ダービーで負けないように……これから先も戦っていけるように」

 

「あぁ!一緒に頑張ってこうな」

 

 トレーナーさんもマックイーンも嬉しそうに笑っていた。今は後ろを向いてる場合じゃない……前も見てできる限りのことをやらないと。

 

 

 

 




ダービーの結果は執筆時のアンケートの内容も加味した上で書こうと思っています。


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第90話:スカイとキング!各々の悩み! 【キングヘイロー】

ウマ娘育成してて更新がすごい遅れてしまいました……本当に申し訳ないです。



 ミノルさんとの模擬レース翌日はトレーニングが休みとなった。私とスカイさんの体の負担を加味した上で、レースで学んだことをまとめる時間だそうだ。

 

(ミノルさんは、私の長所をもう一度見直して見るといいと言ってた。ならまだ自分を活かしきれていないはず……)

 

 自分の長所を知ってるのは何しも自分だけじゃないわ。私と走ったことのあるウマ娘なら、私の強みが何か実感したことがあるはず。

 

(別のチームや一緒に走るライバルに聞くのは気が引けるけど……背に腹は変えられないわね)

 

 廊下を眺めていると、スペさんがちょうど通りかかったので話しかけた。

 

「スペさんちょっといいかしら?」

 

 スペさんは私が声をかけたのに気がつくと嬉しそうにこちらに寄ってきた。

 

「キングちゃん!キングちゃんから話しかけて来てくれるなんて珍しいね」

 

 まずはスペさんに聞いてみますか。クラスも同じでレースでも何度か走っているし。

 

「私の長所について聞いて回ってるのだけど……あなたは私をどう思うかしら?」

 

 彼女も急にこんなことを聞かれて驚いた様子だったが、すぐに質問に対する回答を考え始めた。彼女は真面目な性格だからしっかりと真剣に考えてくれる。

 

「キングちゃんはいつも冷静で、みんなをしっかりと見ててすごいと思うよ!私もキングちゃんみたいにしっかり者だったらよかったけどなー」

 

 冷静で周りを見ている。レースでも重要な能力よね。差しの戦法を良く取る私には必須と言ってもいい。ミノルさんとのレースでは、ラストの直前で冷静さを欠いてしまったけれど。

 

「そう……忙しそうなところ悪かったわね」

 

「ううん!また困ったことがあったらなんでも言ってね!」

 

 彼女は笑顔でそう言いながら去っていった。全く本当に優しい娘なんだから……それで助けられているわけでもいるのだけどね……

 次に会ったのはエルさんだった。お互いにグラウンドに向かう途中に校舎の入口で鉢合わせになった。

 

「こんにちは。エルさん今お時間大丈夫かしら?」

 

「大丈夫デース!私に何か用事デスか?」

 

 エルさんはいつも通りのハイテンションで私のお願いに応じてくれた。彼女はクラシック三冠にチャレンジしていないから聞きやすいわね。

 

「うーん、中々難しい質問デース……走ってて追いかけられる感覚はやっぱり慣れませんね〜」

 

 エルさんは基本的に前よりの先行策をとることが多いから、差しで威圧してくる私はあんまり良い存在ではないのかしら?

 

「キングちゃんの威圧感はすごいデース!まるでグラスの怒ってる時みたいデース!」

 

 すると、エルさんの背後から人影が出てくる。そして、そのままエルさんの頭を鷲掴みにしてしまった。

 

「あらあら、エルったら適当なこと言っちゃいけませんよ?キングさんは真面目に悩んでるんですから」

 

 その人影はグラスさんだった。とっても笑顔でエルさんの頭を掴んでいる。正確には笑顔ではあるけど目は笑ってないのよね……

 

「私は真面目に答えてマース!今だってこんなにすごい威圧感でって痛い痛いデース!」

 

 エルさん……それは威圧感というか殺気のようなものに近い気がするのだけれど……

 

「キングちゃん、エルがすみません」

 

 エルさんの頭を離すと、こちらを見て一礼した。

 

「いえいいのよ。それよりもグラスさんにお願いがあるのだけれど……」

 

「なんでしょうか?」

 

 私がグラスさんにお願い事をすることが滅多にないせいか、グラスさんは首を傾げてキョトンとしてる。

 

「ミークさんにもお話を聞きたいの……あなたのチームルームに案内してくださる?」

 

 グラスさんは少し悩むと、首を縦に振って了承してくれた。

 

「桐生院トレーナーはキングちゃんのトレーナーさんとも面識がありますし、多分大丈夫だと思います。ちょうどこれからチームルームに向かうところでしたからご案内します」

 

 私はグラスさんのあとを追ってチームルームへと向かった。そして、チームルームに入るとミークさんと桐生院トレーナーが部屋で待っていた。

 

「こんにちはグラスさん……それとキングヘイローさんですか?珍しいお客さんですね」

 

 桐生院トレーナーは、グラスさんの後ろにいる私に気がつくと驚いた顔をしていた。トレーナーさんと一緒じゃなくて私単体で来ることなんてないから仕方ないけど。

 

「突然の来訪失礼するわ。今日はミークさんに用があってきたのだけど、お時間大丈夫かしら?」

 

 そう言うと、表情を変えずにミークさんが前に出てきた。どこかフワフワしてるのだけど……しっかりとこちらを見つめて来ている。

 

「何か用?心当たりがない……」

 

 言葉が冷たくてトゲトゲしく聞こえるのに、何故か悪意などそういったものは感じられない。これが彼女の素なのだろう。

 

「実は、私の走りを見てくれていたミークさんに助力を得たいと思ったの。私たちは別のチーム同士……もちろん断ってもらっても構わないわ」

 

 彼女のチームには私と同世代のグラスさんもいるし、助言を貰えなくても仕方ない。

 そう思っていると彼女はグラスさんの方をチラりと見た。その視線にグラスさんが気が付くと首を縦に振った。

 

「分かった……私から見た限りだけだけど教えられることは教える」

 

 どうやらグラスさんに確認を取ったらしい。前回の事もあるからそれ相応の覚悟を持って聞こう。

 

「無理なお願いを聞き入れて頂いて感謝するわ」

 

 そのあとは、ミークさんと桐生院トレーナー、私の3人を残して他のメンバーはトレーニングに向かった。桐生院トレーナーが話をこの3人だけにするために配慮をしてくれた。

 

「早速だけど、あなたと私は少しだけ似てる」

 

 ミークさんは最初にそう言った。私たちが似ている?彼女の冷静な部分とかかしら?走りも先行と差しで同じだし……私が少しだけ首を傾げると彼女はそのまま話を続ける。

 

「私はよく周りから冷静な走りをするって言われるけど……レース中はそうじゃない。勝ちたいって思いでいっぱいだし、ゴールに1歩でも早く辿りつこうと必死になってる」

 

 今の彼女からは考えられない事実だった。いや、彼女の冷静な走りを見たことがあるからこそ信じられない。

 

「それでも……勝つために、速く走るための冷静さを保とうと必死になってる。何も考えないで走ったら勝てないから」

 

 そう言って彼女は拳を強く握りしめる。スズカさんと同世代で多くの修羅場を駆け抜けてきた彼女だからこそ、その冷静さを保つことの難しさを知っているのだろう。

 

「つまり、私はミークさんと同じで全力で走りつつも冷静さを保って走ることができるということね……」

 

 私がそう言うと桐生院トレーナーがクスっと笑っていた。

 

「なにか私がおかしなことを言ったかしら?」

 

 彼女は軽く咳払いをしてから質問に答えた。

 

「いえ……ミークの本質は負けず嫌いで熱くなりやすさです。そして、それが強みでもあります。なので冷静な走りといざ言われると面白くって」

 

 彼女はさっきのことを思い出したようで、もう一度笑い始めた。ミークさんはというと、桐生院トレーナーの方を見てムスっとしていた。

 

「トレーナーが言ったことは間違いじゃない……私はあくまで冷静でいようとしているだけ。だから私とあなたは少しだけ似ているの」

 

 彼女はこちらを再び見て真剣に話し始めた。

 

「それじゃあ、私は冷静で熱く走れるって言うのかしら?」

 

 私がそう聞き返すと、ミークさんが口を開こうとした瞬間に桐生院トレーナーがその口を塞ぐ。

 

「一見矛盾しているように聞こえますが……あなたなら可能な気がします」

 

 そう言う彼女の表情は、前にトレーナーさんが同じことを言った時の表情によく似ていた。それにしても、トレーナーさんと全く同じことを言われるとわね……

 

「どうやれば私はそう……」

 

「私たちが出せる助言はここまでです。あとはあなた自身で考えてトレーナーさんと共に進んでください」

 

 桐生院トレーナーはそう言うとミークさんと一緒に立ち上がって部屋を去ろうとする。そして、去り際に。

 

「もしも紫葉トレーナーがあなたをスカウトしていなかったら……私はあなたを育成してみたかったですね」

 

「それも良かったかもしれないわね。でも……私のトレーナーはあの人だけよ?」

 

 つい口に出してしまった言葉。冷静になると恥ずかしさで顔が真っ赤になっていた。それを見た桐生院トレーナーはどこか嬉しそうに笑いながら去っていった。

 そして、私はこれからの事を考えながら帰路についた。



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第91話:スカイとキング!各々の悩み! 【セイウンスカイ】

アイネスフウジンが実装されて骨になりました。


 今日はトレーニングがお休みということなので、セイちゃんは釣りに行こうと準備をして学園祭を出ようとしていたわけですが……

 

「スカイさんどこに行きますの?」

 

 ちょうどマックイーンとばったりと会ってしまった。別に嫌だというわけじゃないけど、昨日の今日で少し気まずさを感じちゃうな。

 

「いや〜せっかくの天気でトレーニングもお休みだから釣りにでも行こうかと思ってね〜」

 

 流石に釣竿を担いでお散歩とも言えないし……いや、わざわざ誤魔化す必要もないよね。

 

「釣りですか……スカイさんよく行っていますが、私はそういった経験はありませんわね……」

 

 そう言うとなにか考えながら私の釣竿を眺めている。あんまり見るものでもないし珍しいのかな? 

 そう思ってたら、急になにか思いついた様に耳をピーンと立てた。

 

「そうですわ! せっかくのお休みですし、ご一緒してもいいでしょうか」

 

 マックイーンは意気揚々と言ってるな……別に問題はないし、釣竿は2本持っていく予定だったからいいんだけど。

 

「それはいいんだけど、とりあえず制服から着替えよっか」

 

 マックイーンは自分の格好を見ると焦って寮の方に走っていった。もしかして、制服のまま釣りするつもりだったのかな……いや、できなくはないけどさ〜

 私が正門で待ってると、ジャージに着替えたマックイーンが息を切らしながら走ってきた。

 

「お待たせしました……ハアハア」

 

「そんなに急がなくても良かったのに。まぁ、ぼちぼちと行きますか〜」

 

 私は地面に置いておいた荷物を手に取って歩き始めた。マックイーンは私の横を尻尾を揺らしながらトコトコと歩いて着いてくる。

 

「随分とご機嫌そうだけど、なにかいいことでもあったの?」

 

 そういうと、マックイーンは少し恥ずかしそうに顔を赤らめた。

 

「初めてやることには胸が踊るものですし……何よりもスカイさんと2人きりでお出かけすることも少ないですから。どうしたんですか? 急に早歩きなんてー!」

 

 そんなのマックイーンのせいに決まってるじゃーん! なになに? そういうキャラだったっけ? そんな照れられるとこっちも照れちゃうじゃん! こんな顔見せられないって。

 そんなこんなで予定時刻よりもかなり早くついてしまったわけで。

 

(どうしようかなー……とりあえずマックイーンに軽くやり方を教えようか)

 

 道具とか仕掛けの用意は予め済んでるし。後は竿を伸ばして餌を付けるだけにしてある。

 

「マックイーンちゃんおいでー釣りのやり方教えてあげるから」

 

 リールの使い方をある程度教えて、釣竿を伸ばし終わったところでマックイーンがソワソワしているのに気がついた。

 

「どうしたの? そんなにソワソワしちゃって」

 

 すると、マックイーンは私の持ってきた餌の方へと視線を向けた。

 

「その……お恥ずかしながら虫があまり得意な訳ではなくて」

 

 ははーん、釣りの餌はちょっと見た目がエグいのが多いからね〜それを見て心配になちゃったわけだ。

 

「安心していいよ。セイちゃんはその辺気が利くウマ娘なのです!」

 

 私は途中で買っておいた物をバックから取り出す。最悪釣りのつまみにしようと思ってたけど、買っておいてよかった。

 

「これはイカですの?」

 

 マックイーンは不思議そうに餌のイカを眺めている。今回は餌釣り用の道具しか持ってなかったし、ルアーとか投げ釣りは初心者には難しいだろうから。

 

「そうそう、コンビニで売ってたイカそうめん」

 

 そう言いながらまずは針に餌の付け方を見せてあげる。最初は針でイカを突き刺して、もう一度刺し返して取れないようにするのがコツなんだよね〜。

 

「本当にこれで釣れるのでしょうか……」

 

 糸を底まで置いて、少し巻き上げてからマックイーンに竿を渡す。マックイーンは疑惑の目で水面の方を見ている。

 

「それは待ってみればわかる事だよ」

 

 私も釣り糸を垂らして地面に座った。今日は防波堤での釣りだから地面もあまりゴツゴツしてないし。

 一段落すると沈黙が流れる。待つ時間っていうのは釣りの醍醐味だし、私もこの時間が好きなんだよね。でも、今日はなんだか少しむず痒いような感覚がある。

 

「マックイーンちゃ」

 

「マックイーンとは呼んでくださらないんですね」

 

 いやああああ! 今一番振られたくない話題が来ちゃった……あの時は勢いというか? なんというか。

 

「いや〜なんのことか分からないな〜」

 

 とりあえずシラを切ろう。とりあえず、それで乗り切れればよし。無理だとしたらその時に考えよう。

 

「ふーん……シラを切るんですか?」

 

 やばいやばい……あれはなにか策がある顔だ。なにか手を打たないと一方的に話の手綱を握られる。

 

「マックイーンちゃんが私のことスカイって呼ばないのに、私がマックイーンちゃんを呼び捨てにするっておかしくないかな〜」

 

 私はこれでこの話を流せると思っていた。しかし、マックイーンの方をみると肩透かしを受けたような顔をしていた。

 

「あなたをスカイ……と呼んでもいいんですの?」

 

 私は今、どんな顔をしているんだろう。平然を保てているかな? そんなことを考えながらも自然と返事は出ていた。

 

「マックイーンが……呼びたいならそう呼んでもいいけど?」

 

 私が返すと再び沈黙が流れた。海の方を見て、竿先を見て魚がかかるかどうかを見ている。

 

「マックイーン! 竿! 魚かかってる!」

 

 マックイーンは慌てて竿を握る。だけど、どうしたらいいかわからなくなってパニックになってる。一応1連の動作は教えたけど難しいよね。

 

「マックイーン落ち着いて。1回竿を上にあげて、針を魚にかけてリールを巻くの」

 

 私はマックイーンの背中から抱き込むように腕を支える。そのあとは、リールを巻くところまでいったところで私が離れる。

 

「釣れた! 連れましたわ!」

 

 マックイーンは釣り上げた魚を目を煌めかせながら眺めている。針を抜くために地面に置いてピチピチ跳ねる魚にビクビクしている姿はとても可愛らしい。

 

「これはなんという魚なんです?」

 

「これはカサゴ幼魚だね〜」

 

 釣り上げたのはカサゴの幼魚だった。こいつは色んなところがトゲトゲしてるから私が針を外す。

 

「こいつはリリースしちゃうけど大丈夫?」

 

 大きいのだったら味噌汁にしたり色々食べるんだけど、さすがにここまで小さいのだと食べるのはなぁ……私はそう思ってたけどマックイーンは違うみたいだった。

 

「逃がしてしまうんですの……?」

 

 うぅ……そんなピュアな目で私を見ないで。でも、こればっかりは私のポリシーというかなんというか。

 

「こいつはまだ小さいでしょ? これからもっと大きくなるんだよ。だから無闇に持って帰らないで大きくなってから、私でもいいしほかの誰かに釣り上げて欲しいからさ」

 

 すると、マックイーンはカサゴをジーッと見た後にチャポンっと海へと返した。そして、海のそこに戻っていくのを見ていた。

 

「なんだか、釣りってレースみたいですね……そして、釣りをしている時のスカイは選手の様でトレーナーさんみたいですね」

 

 釣りがレース……か。でも、確かにそうかもしれない。待つ時は待って、攻める時は攻める。そして、最後は釣り上げるんだよね……1着を。

 

「ありがとうマックイーン。答えに近づけた気がする」

 

 今回は、さっきみたいに慌ただしくない状態で名前を呼ばれたのに驚いたのか俯きながら返事をしてくれた。

 

「えっと……スカイ……の為になったなら嬉しいですわ」

 

 顔は隠してるけど耳が真っ赤っかですよマックイーンさん。

 

「あ〜マックイーン照れちゃった?」

 

「違いますわ! からかわないでくださいスカイさん!」

 

 マックイーンはプンプンと怒りながら再び釣り糸を垂らす。私が呼び捨てで呼んで貰えるのはまだまだ先っぽいですね〜

 こうして私たちは門限ギリギリまで釣りをして帰った。1人で色々考えようと思ってたけど、気分もスッキリしたし。これから先のビジョンも固まったから結果オーライな1日になった。

 



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第92話:激走!小倉大賞典!

まだ失踪してないです。
投稿遅れましたああああ!


 今日はスズカの小倉大賞典当日。応援は俺とマックイーンの2人だけだ。スカイとキングはダービーが近いから調整の為に学園に残っている。

 

「スズカ体調や足の具合に問題はないか?」

 

 今は控え室でスズカの調子などの最終確認を行っている。走ることにワクワクしながらもかなり落ち着いているように見える。

 

「はい。今回のレースも最初から最後まで先頭を譲る気はありません」

 

 スズカはこちらを見ながらニコっと笑いそう言った。

 

「は〜お前にはトレーナーらしいことをしてやれないが全力で応援させてもらうよ」

 

 スズカの走りの性質上、俺が口を出せることもない。妙な作戦を立てたりするよりも、彼女自身の走りたい全力の走りをさせてあげるのがベストだからな。

 しかし、それを聞いたスズカはとても嬉しそうにしっぽを揺らしていた。

 

「それだけで私は嬉しいです……見ていてくださいね。トレーナーさんの1番の担当ウマ娘の走り」

 

 スズカの走りやレースへ対する想いは強い。レースに対する油断や慢心もない。

 

「頑張ってこい!」

 

「はい!」

 

 俺に出来るのはスズカに檄を飛ばしてやることだけだ。そして、それが1番スズカに力を与えてやれると信じている。

 こうして、俺はスズカのことを送り出して観客席に戻る。

 

「スズカさん調子は良さそうですの?」

 

 観客席にはマックイーンがソワソワしながら待っていた。マックイーンもチームメンバーから色んな刺激を受けて成長している。

 

「あぁ、調子はいいよ。むしろ良すぎて負けるのが想像できない……」

 

 俺の回答にマックイーンは頬を緩ませた。ここまで褒めるべきじゃないと思うが……だが、今のスズカを止めることができるウマ娘はいるのか?

 

「とりあえず、俺たちには見ることしか出来ないからな。応援しよう。スズカもスカイとキングの2人を見て燃え上がってるはずだ」

 

 俺がそういうと同時にパドックの入場音がなり始めた。G1ではないが、シニアクラスの重賞レース……さすがにどのウマ娘も仕上がりがいい。

 

『続いては7枠14番サイレンススズカ!異次元の逃亡者のその走りを今日も見ることができるのか!1番人気です!』

 

 実況がスズカの解説をしている。異次元の逃亡者か……ほかのチームメイトとかにも異名ってのはついてくのかな。

 

「(マックイーンならスイーツの鬼とかだな……)」

 

 そんなことを考えているとマックイーンに足をつねられた。ウマ娘につねられるとめっちゃ痛いんだけど!

 

「変なこと考えてるからですわ!」

 

「マックイーンは真面目だなぁ……」

 

 こんな時でもしっかりとスズカのことをじっくりと見ている。かという俺も見ている訳だが。こういうのは見ているだけでも勉強になるからな。

 

「当たり前ですわ!私たちのチームのエースが走るのですわよ!?」

 

 マックイーンはそう言うが……スズカの仕上がりは素晴らしい。もし、これで負けるのなら相手の実力が相当上だということだ。俺たちにできるのは不安がってることじゃない。全力のスズカを応援してやることだ。

 パドック入場が終わり、次はゲートインが始まった。特に問題も起こらずに無事にゲートインも終わった。

 

『晴天の元2000mバ場状態良、小倉競馬場に16人のウマ娘がゴールを目指して……いまスタートしました!』

 

 全員が一斉にスタートして、ハナを取ったのはスズカだ。さすがにスタートが速い。初動の加速も上手くいってる。

 

「流石スズカ……と言いたいがペースが早いな」

 

 スズカは序盤からハイペースでレースを展開していくのは分かってる。だが、今日のレースはいつもよりもペースが早い。ラストスパートで垂れなきゃいいんだが……

 

『先頭は変わらずサイレンススズカ!後方のウマ娘を引き寄せないハイスピードの逃げです!』

 

「今のところスピードは落ちてませんわね……」

 

 マックイーンも俺のさっきの言葉を聞いて少し不安そうな顔をしている。当の本人のスズカは真剣な顔をしながら涼しそうに走っている。

 

『レースは半分を終えて残り1000mとなりました!後方に控えた追い込み策のウマ娘たちが動き始めました!』

 

『ここからのレース展開がどうなるか目を話せませんよ』

 

 掛かっていたと思っていたが……スピードは未だ衰えないし、スタミナも残っているように見える。

 

「大丈夫ですの?なにかあったのでしょうか……」

 

 さっきまで一生懸命に応援していたマックイーンだが、スズカのペースを見て心配そうだ。今は先頭を保っているが抜かされることを危惧しているんだろう。

 

「俺もそう思ったが、どうやら悪いことは起こってないみたいだ」

 

 俺がターフを見ながらそう言うと、マックイーンはこちらを見ながら首を傾げていた。

 

「クラシックの時点でスズカの才能は開花したと思っていたが……」

 

 スズカのペースは落ちずに1200m、1300mを通過していく。

 

「よく見ておけマックイーン。今日のレースでスズカの才能は完全に花開くぞ」

 

 

(今日はいつもよりも脚が軽い)

 

 序盤に少しペースが早すぎるという自覚はあった。だけど、何故か脚は自然と動いていた。私はその時、このまま走ってみたいって思った。ペースは確かに早い……だけど、このペースでも走りきれる気がしたから!

 レースは残り400m。後方から追い込みの娘が一気に迫ってきた。いつもよりハイペースで走っていたせいで、呼吸が苦しく肺が痛い。それでも、脚はまだ動く。

 

【先頭の景色は譲らない!】

 

『おーと!ここに来てサイレンススズカが更にペースをあげていきます!』

 

 そこからゴールまではあっという間だった。だけど、私はその短い時間がとても楽しかった。今までよりもずっとずっと速く走れたから。

 

『1着はサイレンススズカ!そしてタイムは……レコードです!異次元の逃亡者サイレンススズカ!レコードタイムを更新しました!』

 

(レコード……?)

 

 電光掲示板にはレコードの表記があった。私はまだ速くなってるんだ。まだまだ速くなれる。そう思うと嬉しくって顔が少し緩んでしまった。

 私は観客席に一礼をしてから控え室に戻った。控え室の前ではトレーナーさんが待っていた。

 

「お疲れ様スズカ。想像以上の走りだった。本当によく頑張ってくれた!」

 

 そう言いながらトレーナーさんは私の方に来て、頭を撫でてくれた。

 

(あぁ……なんでこんなに落ち着くんだろう)

 

 その直後に自分が走り終わった直後だと思い出した。私は頭を下に下げて1歩後ろに下がる。トレーナーさんは申し訳なさそうに手を下ろした。

 

「あっ!嫌だったわけじゃないんです!ただ、走り終わったばかりなので汗が……」

 

 私は直ぐに離れた理由を説明した。すると、トレーナーさんも事情を察してくれたようで納得していた。

 

「ライブの準備もあるだろうから、俺はとりあえずこの辺で戻るよ」

 

 トレーナーさんはその場を去ろうとすると、焦ったように振り向いてこっちに戻ってきた。

 

「レコードおめでとうスズカ!ウィニングライブもしっかり決めてこい!」

 

 どうやら、私がいつも以上に走れたことが嬉しくてレコード更新のことを話忘れてたらしい。トレーナーさんに言われた通りウイニングライブも頑張らないと。

 

(次はスカイちゃんとキングちゃんの番よ……)

 

 私は心の中で2人の日本ダービーへのバトンを繋いだ。

 



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第93話:最終調整!日本ダービーへ!

投稿期間がとても空いてしまいました。申し訳ないです。
ダービー直前にしてはかなりサッパリとしてしまった……


 小倉大賞典翌日。俺はメンバー全員をチームルームに集めた。今日のトレーニング内容を発表するためでもあるが、スカイとキングは今日がダービー前に激しく体を動かせる最後の日だからな。

 

「スズカはレース直後で疲れてるだろうから体を休めてくれ」

 

 スズカは頷くと、ランニングシューズを履き始めた。軽いランニングをするだけだろうから何も言うまい……スズカにとってのレストは軽いランニングなんだ。

 

「スカイとキングは別々のメニューなんだが……マックイーンちょっと来てもらえるか」

 

 俺はマックイーンを手招きして、トレーニングメニューを書いておいたメモを渡す。

 

「これに書いてある距離のタイムを全て測っておいてくれ」

 

 メモの内容を見ると。一瞬だけギョッとして俺の目を見てきた。

 渡したメモには2000m2400m3000mの3つの距離のタイムを測るように書いといたからな。

 

「分かりましたわ……スカイさんのタイムを測ればいいんですのね?」

 

 メモを受け取って、みんなの所に戻ろうとして行くマックイーンの肩を掴んで俺は彼女が1番聞きたくてないであろう言葉を放った。

 

「勿論マックイーンも一緒にやってくれよ?」

 

 その時のマックイーンの顔は衝撃的だった。目を見開いて口を大きく開け、お嬢様とは思えないような表情をしていた。

 スカイは放心状態のマックイーンを引きずってグラウンドの方に行った。

 

「さて、キングは俺ともう少し話そうか」

 

 スズカもランニングに外に行ったし、部屋に残ったのは俺とキングの2人だけだ。

 

「あら、私は外でトレーニングしなくてもいいのかしら?」

 

 キングのその態度からは焦りを感じられない。流石に最後まで自分が残されたことに何かしらの理由がある事には気がついているようだ 。

 

「俺なりにキングの冷静さについて考え直してみたんだが……聞いてくれるか?」

 

 俺がそう言うと、キングは首を縦にふり真剣な面持ちで耳を立てる。

 

「冷静でいるためにはいくつか条件がある。集中していること。周りから集中をかき乱されないことだ。レースには集中をかき乱すものが多い。周りの戦略、圧力、自分の感情もそうだ」

 

 冷静になることが難しいんじゃない、冷静さを維持することが難しいんだ。

 

「お前は我が強い。それ故に周りから揺さぶられないし自分を保つことが出来る。勝ちたいという我。我が強いが故の冷静。それがお前の力だ」

 

 走る皆が持っている物だが、キングは自信やプライドなどが混ざることで絶対的な我を持っているんだ。

 

「それじゃあ、私の走りの最後の1押しは気持ちの問題という事ね……」

 

 肉体的な実力も大事なことではある。しかし、走るのはウマ娘達で機械とは違い心がある。精神論だけじゃ勝つことは出来ないが精神的成長は勝利への力になるだろう。

 

「だから、キングにはこれといった最後の追い込みはする予定じゃない。ひたすらに自分と向き合って自信を付けるんだ。今日はそれにちょうどいいメニューにしておいた」

 

 キングは俺からトレーニングメニューを聞くと、一瞬だけッゲっという顔をしていた。しかし、すぐに気持ちを切り替えて部屋を出ていった。

 

(彼女たちに今必要なのは成長をしっかりと自覚することだ)

 

 2人はスズカという強い先輩の元でトレーニングを重ねてきた。入ってきた後輩もメジロ家の令嬢で天才と言われるマックイーン。自分たちも十分ハイスペックなのに、周りも強かったからこそ自分の伸びを実感しずらかっただろう。強いが故に出走レースもグレードが高いし、共に走るライバルたちも速かった。

 

(今回のトレーニングでそれを実感してくれるといいんだがな……)

 

 恵まれた才能、恵まれた環境故に気が付けないこともある。例え才能があろうがなかろうが、速くなりたいと思う強い意志を持つ彼女等は関係なく課題が出るんだ。

 

 

(めちゃくちゃなメニューだと思っていましたが……ちゃんと意味のあるメニューでしたのね)

 

 スカイさんの記録計測をしながら私はそう思った。トレーナーさんから受け取ったメモにはトレーニングメニューと過去のスカイさんの記録も書かれていた。

 

(これがいつの記録かは分かりませんが……連続での記録測定で体に疲労が溜まっているはずなのに記録を更新していきますわ)

 

 2000mはもちろんのこと、その後に走った2400mも過去の記録を上回っていた。今は3000m終盤に差し掛かるが、このままのペースで行けば確実に記録を更新するはず……

 その後もスカイさんのペースは落ちることなくゴールした。

 

「スカイさんお疲れ様です」

 

 私はスカイさんにタオルとドリンクを渡して一緒に休憩していた。

 

「いや〜……流石に1日に3回も測定するのはかなりくるね……」

 

 スカイさんはクタクタになって座り込んでいた。私も今からこれをするんですの?スカイさん疲れて忘れたりしてないでしょうか。

 

「それじゃあ、トレーニングの報告にトレーナーさんのところに行くだけですわね」

 

 私がそう言うと、とても笑顔な顔でスカイさんが私の肩をガシっと掴む。

 

「マックイーンちゃんも頑張ろうね〜?」

 

 顔は確かに笑顔なのに作り笑いなのがすぐ分かりますわ……

 

「もっもちろん冗談ですわよ?」

 

 何とか自分はやらなくて済むんじゃないかなんて……以前は考えることもなかったのに。スカイさんと一緒にいるからかしら。それとも、トレーナーさんのメニューがキツいからでしょうか。

 何とか3000mを走り終えて倒れ込みながら私はそんなことを考えていた。

 

「チームルームは涼しいだろうから、そっちの方行こうよ〜」

 

 そんな私の横でスカイさんがそんなことを言ってくる。

 

「私この通り疲れてクタクタで動けないですわ……」

 

 すると、スカイさんが私の前に来て座って背を向ける。

 

「私がマックイーンのこと背負ってくから大丈夫」

 

 私が困惑していると、スカイさんが私の手を引いて勢いでそのまま背負われる形となった。

 

「ちょっちょっとスカイさん!?」

 

「それじゃあしゅっぱ〜つ」

 

 私が焦っている中、スカイさんはトコトコと歩き始める。私は諦めて、スカイさんの背中へ顔を埋めた。

 

(少し汗の匂いがするけど……心地良いですわ……)

 

 疲労のせいか、それともスカイさんの背中が落ち着くからか分からないけど私はそのまま眠りについてしまった。

 

 

「トレーナーさん終わったよ〜」

 

 私は疲れ果てて眠ってしまったマックイーンを背負ってチームルームに入った。

 

「おぉ……スカイお疲れ様……ってマックイーンどうしたんだ?」

 

 トレーナーさんは私に背負られているマックイーンを見ると、少し心配そうな顔をした。

 

「大丈夫ですよ。少し疲れちゃっただけですから」

 

 私は部屋の中にあったソファーの上にマックイーンを下ろして横にした。そして、トレーナーさんに今日測定した記録を渡した。

 

「更新してるとは予想してたけど、想像以上のタイムだ」

 

 それを見たトレーナーさんは驚いて嬉しそうにタイムをパソコンに打ち込んでいった。

 

「いや〜3000mはもう少しタイム伸ばせると思ったんですけどね〜」

 

 長距離には自信があったし、中距離レースなどに出走する中で自分は長距離の方が得意って気付いてたからこそ余計に悔しかった。

 

「そりゃ、このタイムは一日をその測定のためにウォーミングアップをして、1本に絞って全力で測ったタイムだからな。3本目の3000mの更新がそんなに大きくないのはしょうがない。むしろここまでのタイムを叩き出すとは思わなかったよ」

 

 トレーナーさんの発言を聞いて私は呆然としていた。トレーニングのキツさと疲労感で忘れていたが、私は3本目の3000mでこのタイムを出したんだ。

 

「このタイムを見ればよく分かるだろうが、スカイの実力は去年の年末に測ったタイムを大きく更新している。スピードやスタミナだけじゃない。それ以外の全てが成長しているんだ」

 

 私のタイムを見ながらトレーナーさんはそう言った。トレーナーさんは私を自信付けるために……自分の実力が伸びてることを実感して欲しかったんだ。

 

「うん……ありがとう」

 

 何故か分からなかったけど私はお礼を言った。自分がここまで成長できたのはトレーナーさんのおかげだからかな。

 

「実力が伸びれば体が勝手にある程度合わせてくれる。けど、最高のパフォーマンスを発揮するならその伸びをしっかりと認識することも大切だ」

 

 トレーナーさんはそう言いながら私の頭を撫でてくれた。私はそれが嬉しくってつい尻尾を揺らしてしまう。

 

「今日は疲れただろう。マックイーンも眠ってしまったし寮まで届けてやってくれないか?」

 

 私は頷いて、マックイーンのことをお姫様抱っこする形で持ち上げる。そして、去り際に一言だけ。

 

「トレーナーさん。私勝つからね」

 

 少しだけトレーナーさんの方を見ると嬉しそうに頷いていた。そうして、私は寮に行ってマックイーンを部屋に届けて自分の部屋に戻った。流石に今日は疲れたな……

 

 

(自分と向き合って自信を付けるためのトレーニングね)

 

 私は山道を走るためにやってきたスタート地点で、そんなことを考えていた。チームに入った時はよく見た光景で自分を鍛えてきたこの道……自分と向き合うにはちょうどいいかも知れないわね。

 

(相変わらず長い坂道だわ)

 

 けど、この長い坂道が私を強くしてくれた。何度も何度も挑み続けた。完走出来ない度に悔しい思いをした。

 

(やっと折り返しね)

 

 スタミナがない私は、クラシック3冠に挑めないんじゃないかと思っていた。それでもあなたはずっと支え続けてくれたわね。

 

(ラストの上り坂……流石に疲れて来たわね)

 

 私がお母様の言葉に折れかけて、自分を見失いそうな時にはあなたはお母様と戦ってくれた。そして、私のあるべき道を示してくれたわ。

 

(やっとゴールね)

 

 そして、皐月賞ではスカイさんとの同着1位。ここから距離が伸びて行くから私は不利になっていく……それでも確かに結果を残せた。

 

「お疲れ様。キング」

 

 ゴールすると、そこにはタオルとドリンクを持ったあなたが居た。私の目を見ると、満足したかのように嬉しそうに私の頭を撫でてくれた。

 

「トレーナーさん……私は負けないわ」

 

 だから、あなたはゴールで待っていなさい。この一流のウマ娘が1着でゴールするところを。

 

 キングとスカイの最終調整も無事に終わり。ついに日本ダービーが幕を開ける。

 

 



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第94話開幕!日本ダービー!

 日本ダービー当日、俺たちはレース場である東京レース場に到着していた。今日はライバルである2人を、長く同じ場所にいるべきではないと判断して早めに送り出した。

 

「よぉ後輩。随分と早いじゃねえか」

 

 早めに選手登録を済ませて、少し休憩していると先輩が後ろから話しかけてきた。

 

「今日の2人は今まで以上に集中しているから、できるだけ早く1人の時間を作ってやりたかったんです」

 

 沖野先輩はなるほどなって顔をして俺に近づいてくる。前回はレース前にほとんど話すことは無かったけど……

 

「今日はどっちが勝とうが恨みっこ無しだ。オハナさんやほかのメンバーに会場も抑えて貰ったからな」

 

 待って欲しい。確かに対戦相手だから話さないようにはしてたけど……飲み会の予定を入れているならしっかりと連絡だけは欲しかった。

 そんなことを思っていると、先輩は俺の目の前に立ち止まって手を差し出した。俺はその手を握り返す。

 

「さっき、今まで以上にってお前言ってたな」

 

 その時の先輩はいつもと違う雰囲気だった。まるで、俺を狩らんとばかりの威圧感を感じる 。

 

「スペも前回とは違う……今回は勝たせてもらうぞ」

 

 そう言うと、手を離して俺の横を通り過ぎていった。俺は立ち尽くして少しだけ動けずにいた。それと同時にスペに対する警戒心は跳ね上がった。

 

「スカイ入るぞ」

 

 先輩と別れてから2人の待機部屋へと向かった。今日のレースの最終確認と2人の調子を確認する必要があるからな。部屋の中からスカイの声が聞こえてから部屋に入った。

 

「調子はどうだ?」

 

 部屋に入ると勝負服を着終えて準備万端のスカイが座っていた。今回は気を引き締めている様子だった。実際にスカイからはいつもは感じさせない気迫を感じた。

 

「トレーナーさん……その」

 

 スカイは耳を垂らして不安そうな顔をしていた。まさか調子を崩したか!?それとも脚に違和感でも?

 

「大丈夫なのか?どこか痛いところとかがあるのか?」

 

 俺は焦りながらスカイの足元に寄って、膝をついてスカイの脚を確認する。炎症なんかはない……そんな風に心配しているとスカイの笑い声が聞こえてきた。

 

「えへへ〜冗談ですよ冗談」

 

「お前なぁ……」

 

 スカイは笑顔で俺の方を見ていた。俺の方は安心して脱力した。本当に心臓に悪い冗談はやめて欲しい。

 

「冗談を言う余裕があるならいいけど勘弁してくれ……」

 

 緊張度合いもちょうど良さそうだし、不調を隠してる様子もないから大丈夫そうだな。

 

「一応作戦を言う前に警戒してるライバルは誰だ?」

 

 スカイは少し悩むように首に手を当てた。

 

「う〜ん……キングちゃんは勿論怖いんだけど、スペちゃんも怖いんだよねぇ」

 

 さっきの考えてたのは、キングとスペのどっちの方が怖いか悩んでいたのか。スカイの中でもスペに対する警戒心がしっかりとあるなら問題ないな。

 

「キングも仕上がりがいいから警戒するのは勿論のことだが……スペは来るぞ絶対に」

 

 俺の声色から何かを察したのか無言でスカイは力強く頷いた。先輩はスペは前回までとは違うと言った。俺はそれがブラフには思えないし、この1ヶ月何もしてないとも思えない。

 

「作戦は逃げをうつ。今回のレースは総力戦になるだろうからな……単純な実力だけじゃない、肉体的にも精神的な強さのぶつかり合いだ」

 

 スカイは真剣な眼差しで俺の眼を見ていた。一瞬だけ俺はその気迫に呑まれるんじゃないかと錯覚するほどに。

 

「逃げるってことは後ろからの圧を全部受けることになる……って心配していたが、その感じじゃ俺に言えることはないな」

 

 俺はそう言って、ポケットの中に入れておいたスカイへのプレゼントを取り出した。

 

「スカイ。ちょっと頭出してくれ」

 

 俺な唐突なお願いに、スカイは困惑しながらも俺の前に頭を出す。そして、俺は菊の華の髪飾りを付けた。

 

「トレーナーさんこれって」

 

 スカイは頭に着いた髪飾りを鏡で確認している。

 

「前に上げたのは菊の華じゃなかったからな。流石にずっとそれじゃあ締まらないから、新しいものを用意しておいたんだ」

 

 最初は困惑していたが、次第にスカイの表情は笑顔に変わり、嬉しそうに尻尾をゆらゆらと揺らしている。変に集中力を切らしたりしないといいが……渡すタイミングをミスったか?

 

「トレーナーさんありがとう!」

 

 今までで見た中で1番の笑顔だった気がする。しかし、お礼を言うと同時にスカイの表情は勝負に挑むその顔をしていた。

 

「私……勝つよ」

 

「あぁ……楽しんでこい!」

 

 こうして俺はスカイの待機室を去った。最後は変な心配をしてしまったが杞憂だったようだ。

 

 

「キング入るぞ」

 

「大丈夫よ」

 

 俺がノックすると、中から落ち着いた声でキングから返事が返ってきた。随分と冷静なようだな。

 そう思い部屋に入った……キングは予想通り落ち着いた顔をして座っていたのだが……なんだかピリピリとした感覚が伝わってくるような圧を感じた。

 

「やる気満々って感じだな」

 

 俺が声をかけると、キングから返って来たのは予想外の返答だった。

 

「さっきスペさんとすれ違ったわ……一瞬だけ後ろに後ずさりそうになった。それだけの圧を感じたわ。今日の彼女は絶対に来る」

 

 若干の余裕の無さとこの威圧感はそれが原因か……最初は軽い話からするつもりだったが、会話の流れを気にする暇がないくらいにキングはスペに危機感を抱いていたか。

 

「スペが怖いか?」

 

 そう聞くとキングの肩の力が少し抜けた。

 

「そうね……あの威圧感には正直驚いたわ」

 

 スペが実力を上げて来るとは予想してただろう。けど、それが予想以上の未知の実力で不安なんだな。

 俺はキングの後ろに立って、少しだけ力を入れて背中を叩いた。

 

「シャンとしろ!そんなことで怯えていいのか?俺たちは一流になるんだろ!?」

 

 キングは一瞬だけ驚いてビクッと体を跳ねさせた。しかし、それで余計な力が抜けたのか少しリラックスしている様子だ。

 

「その圧を全部レースでぶつけてやれ。怯えるのはお前じゃない。お前が怯えさせてやれ」

 

 キングはふふっと笑いながら俺の方を再び向き直した。

 

「そうよ!私は一流のウマ娘キングヘイロー!ライバルに怯えたりしないわ!」

 

 そう言いながらお嬢様ポーズで高笑いをしている。いつもの調子を取り戻し、その瞳にはさっきまでの余裕の無さを感じさせないほどのやる気に満ち溢れていた。

 

「とりあえずは作戦会議だ。今回は差しでシンプルに攻めて行こう。スカイは逃げ、スペはおそらく先行策を取ってくると俺は読んでる。思いっきり後ろから威圧してやれ!」

 

 細かいマークや作戦は必要ない。弥生賞と皐月賞で何が必要かはキングたちが1番理解出来てるはずだ。

 

「単純な実力勝負ね……私の勝負の舞台としては一流よ」

 

 最高のメンバーの最高の舞台でのレース……だが、勝者は1人で担当ウマ娘のどちらかは負ける……

 俺はキングの部屋を出てからそんなことを考えた。本人たちの前では顔には出さないけど、とんでもなく複雑な気持ちだ。

 

「トレーナーさん。スカイちゃんとキングちゃんの調子はどうでしたか?」

 

 観客席に戻るとスズカが心配そうな顔をして待っていた。スズカは去年ダービーに出走していたからな、思うところがあるんだろう。

 

「あぁ、調子は良さそうだったぞ。スペのことも互いのこともしっかりと警戒し合ってる」

 

「それならいいんですけど……」

 

 そう言っても、すずかは少し何かが引っかかってるような顔をしていた。

 

「パドック入場が始まりますわ!」

 

 パドックの入場音と同時にマックイーンは声を上げた。いや、マックイーンだけじゃない。この大勝負の開始を多くの観客が燃えている。

 

『1枠2番キングヘイロー!前回の皐月賞ではセイウンスカイと同着での1着でした。今回はどのような走りを見せてくれるのでしょうか!2番人気です』

 

 ここから見る限りは問題は起こってなさそうだ。緊張感を持ちつつもしっかりとリラックスしている。

 

「キングさん落ち着いてますわね」

 

 パドックを見ていたマックイーンは安堵の息を漏らしていた。G1レースの中でも日本ダービーはウマ娘にとって特別なレース。その緊張感と迫力は並のレースの比にならない。

 

「ああ見えてさっきまでガッチガチだったけどな」

 

 恐らくキングとスカイがここから調子を崩すことはないだろう……そうなると、あとは他のウマ娘の仕上がりをしっかりと把握していかないとな。

 

『3枠5番スペシャルウィーク!皐月賞では惜しくも敗れ3着に終わりましたが、今回はセイウンスカイとキングヘイローに勝利することが出来るのか!?1番人気です!』

 

『皐月賞とは比べ物にならない程の圧を感じますね。仕上がりも十分で納得の1番人気ですね』

 

 気の所為かもしれないが一瞬だけスペと目が合った気がした。その一瞬で俺は背筋が凍りつくようだった。

 

「想像以上だな……精神的にも肉体的にもしっかりと追い込んでる。こりゃ厳しい戦いになりそうだな」

 

 パドックに入場したスペをスズカはじっと見ていた。

 

「スズカから見てスペはどうだ?」

 

 スズカは真剣な眼差しで俺の方を見て話し始めた。

 

「最近のスペちゃんは帰ってきたらすぐ眠っていました……それだけハードなトレーニングをしていたんだと思います。それに、減量もしていて体は十分に締まっていて……多分ですけど皐月賞の時のスペちゃんは参考にならないと思います」

 

 スズカはスペと同室で俺たちよりも多くスペと接している。そのスズカがここまで言うんだから確実だろうな。

 

『6枠12番セイウンスカイ!キングヘイロー同様皐月賞を制したG1ウマ娘です!いつものような穏やかな雰囲気からは考えられない迫力を感じます!』

 

 流石のスカイもこの緊張感の中じゃ余裕も無くなるか。そんなことを思っていると横のマックイーンが叫ぶ。

 

「スカイさん頑張ってくださいませー!!」

 

 すると、スカイも声が聞こえているらしく、マックイーンの方を見て微笑みながら手を振っている。マックイーンはサイリウムを振りながらメガホンでキャーっと叫んでいる。いつも思うけどどこにストックしてるんだそれ?

 その後も続々と出走ウマ娘が入場してきた。

 

「例年よりも全体的にレベルが高い……そして、なんだこの以上なまでにピリピリとした雰囲気」

 

 いつものダービーがレベルが低いって言いたい訳では無いんだが……去年のダービーとは雰囲気がまるで違う。

 

「スペちゃんやスカイちゃん、キングちゃんたち黄金世代って呼ばれる5人にみんなが引っ張られてます。自分達も1着でゴールするっていう強い意志を持ってみんな参加しているんです」

 

 実力が高いのは問題はない……ただ、この空気と全員が放ってる圧力が問題だ。

 

「スカイ……掛かるなよ…!」

 

 それをレースで一身に受けるのは先頭でレースを引っ張るスカイだ。平常心でこのレースを完走しきるのは不可能に近い。実際にその場にいる本人たちもレースが始まれば気付くことになるだろうが……

 

 

(さてと、そろそろゲートインの準備しますかね〜)

 

 パドックでは緊張感に結構押されてたけど、マックイーンを見てたらなんだか可笑しくて笑ちゃった。ま〜そのお陰でもう1回リラックスできたんだけどね。

 

「スカイさん」

 

 私がターフに向かっていると、キングちゃんに声をかけられた。キングちゃんの表情は真剣そのもので、背筋がゾワゾワとする程だった。

 

「ん〜?宣戦布告でもしに来たの?」

 

「えぇ、今日のレース。誰よりも速くゴールラインを踏むのはこの私よ」

 

 軽い挑発のつもりで返したのに軽く受け流されちゃった。すると、後ろの方からもう1つだけ足音が聞こえて来る。

 

「スカイちゃんキングちゃん」

 

「「スペちゃん(さん)」」

 

 スペちゃんに声をかけられると圧が一気に襲いかかってくる。今日のスペちゃんはやばい。走る前からでも分かる程の存在感。それだけこのレースに集中してる。

 

「今日は負けないよ……皐月賞では負けちゃったけど。そのためにいっぱいトレーニングをしてきましたから」

 

 そう言うと、スペちゃんはターフの方に足を進めた。そして、去り際にボソリと。

 

『私は負けない。私はスターダストじゃなくてシューティングスターなんだから』

 

 スターダストは星屑でシューティングスターは流れ星?だよね。どういう意味なんだろう。

 私たちはゲートインのために勝負の舞台へと上がった。

 

『全てのウマ娘がゲートインしました』

 

『東京優駿日本ダービー。東京レース場2400m。天候曇り。馬バ状態稍重』

 

『生憎の曇り空のもと。日本一の座、2400mのゴールラインを目指して。今いっせいに……スタートしました!』

 

 クラシック最強ウマ娘を決めるレースがこの瞬間にスタートした。



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第95話:激闘!日本ダービー!

レースを書くのは難しいです。


 日本ダービーが開幕して一斉にスタートが切られた。ゲートインもスムーズに進んでのスタートだった。スカイのゲート難も改善されていたし、キングも出遅れずポジションを取りに行っている。

 

「それにしても……速いな」

 

 序盤にしてはペースが速い。逃げのスカイは先頭を取るためにもある程度スピードは出る。しかし、今回のレースは逃げと先行の距離感が近い。

 

「大丈夫でしょうか……スカイさんの後ろに集団が」

 

 マックイーンも心配そうな顔でスカイのことを見ていた。明らかに前方集団が多すぎる。大丈夫か……スカイ。

 

 

(レース序盤からのハイペース……明らかに掛かっているわね)

 

 スタート時点から作戦通り後方で待機していたキングの周りには誰もいなかった。

 

(唯一前にいるのはスペさんくらいで、後は前の方に引っ張られて行ったわ)

 

 私は後方からレース全体の流れがわかる。スペさんは冷静に自分の走りを貫いてるから掛かることはないと思う。けど、スカイさん。あなたはその重圧に耐えられるかしら?

 

 

(後方からの圧力が凄い……)

 

 皐月賞とは比較にならないくらい空気がピリピリとしてる。それが背中に突き刺さるように集中してくる。ここにいる全員がクラシック最強の座を目指して、本気で1着を取りに来てる!

 

(それよりも、さっきから後ろの集団が離れない。ペースは遅いつもりもない……なんならいつもよりも速く走ってるつもりなのに)

 

 だけど、これ以上のペースアップは中盤以降のレース展開に関わってくる……先頭は譲らないようにギリギリのところで止めよう。

 

 

「まずいまずいまずい!」

 

 スカイが少しずつペースを上げてる!あの徐々に上がっていく感じは自分でペースは抑制してる。だけど、周りの雰囲気と勢いペースアップに気付けてない……

 

「スカイさんどうしたのでしょうか……」

 

 マックイーンは心配そうにスカイの方を見ている。スズカは何が起こっているか分かってるようで、俺の方を見ていた。

 

「相手の実力を見誤った!スカイとキングはお互いとスペの事を警戒してレースに挑んだ。でも……警戒すべきは個じゃなくて全体だった!」

 

 冷静に考えれば分かることだ……確かにスカイたち黄金世代と言われる5人は周りよりも強い。だからと言って周りが弱いわけじゃない。舞台はG1日本ダービーだ。

 

「周りは1着になろうと先頭のスカイに食らいつくように走ってるんだ。その圧力は並大抵なものじゃない」

 

 少しでも意識して挑んだなら、また違った結果があったかもしれない。けど、スカイはそれに気付いてない。結果的に後ろから押し出されるようにペースが上がってる!

 

「スカイちゃん……辛い展開になっていきますね」

 

 スカイのスタミナ量は並じゃない。後続のウマ娘と勝負するなら先頭でゴールできるだろう。だが、スペとキングとのスパート勝負の削り合いでスタミナが持つか……

 

 レースも折り返しまで来て残り1200m。途中で落ち着きを取り戻したのか後方に控えてる娘は減った。

 

(ここで仕掛けて後方を突き放す!)

 

 今、私の後ろにいる娘たちは私を追い越すというモチベーションで走っているはず。それなら、ここで一気に突き放すことでそれを折る。

 

『相手の心を折るならば一気に距離を離すことが大事ですわ。その距離は決して長くなくてもいいですの。5m〜10mもあれば十分です』

 

 これはトレーニングでマックイーンと一緒に考えついた術。私の元々の中盤の飛び出しをもっと強く、効率よく行うための!

 

【脱出術】

 

 私は速度を一気に上げて後続を突き放した。1m2mと距離を離していき、そのまま後方が追いついて来れず距離を離した。ここまでのレース展開で、結構足を使っているだろうし追っては来ない。

 

 

(スカイさんが仕掛けた!?)

 

 まだレースは中盤……後方を惑わすために緩急を付けた?いや、そんなことは無いわね。

 

(あなた……そのまま逃げ切って勝負を決めるつもりなのね!)

 

 私は徐々にペースを上げていく。そして、もう少ししたら第3コーナーに入る。足を削られてるところ悪いけど……スカイさんの足を少しでも削る。できることならスペさんのことも。

 第3コーナーに入り、少し大きめに外を走る。できる限り内側で尚且つ先を走る娘達よりも大きく。

 

(これで見逃さないわよね?レース展開をしっかりと把握する貴方なら!)

 

 

 後ろから距離を離してしばらくした第3コーナーで、背筋が凍りつくような寒気を感じた。ふと後ろを振り返ると後続の後ろからキングちゃんが来ている。

 

(いや、あれはフェイクだ。そういう風に写りこんでるだけでまだ距離はある)

 

 まだペースはここままで大丈夫。できる限り消耗した足をスパートまで溜めないと。

 

 

「キングは仕掛け始めたけどスペが仕掛けないな」

 

 スペは相変わらず前から落ちて来た娘の真後ろに控えている。中盤のレースが落ち着いて来てからずっとピッタリ……

 

「スリップストリーム……ですよねトレーナーさん」

 

 スズカにもスペが何をしてるか分かったらしい。スリップストリームは真後ろをベッタリくっついて走ることによって、空気抵抗を減らすことでスタミナの減少を抑える技だ。

 

「足を削られてるスカイと足を溜めているスペ……圧倒的に不利な状況だな」

 

「大丈夫ですわ!スカイさんも後続を引き離してから足を溜めてます!」

 

 マックイーンの言う通りか。俺に今できるのはスカイ達を信じて応援することだけだ。

 

 

 レースは残り600m。ここから一気にレースが動くわね。もちろん私もそのうちの1人よ!

 

『キングはレースの中で自分の走りを完成させるんだ』

 

 あなたは私にそう言ったわね。無茶なことを言うとも思った。でも、あなたは私ならやってのけることが当然のように言った。なら……見せてあげようじゃない!このキングの走りを!

 私は姿勢を前傾にさらに傾けゴールを見る。レースの盤面を把握し、仕掛ける。

 

(恐れ戦きなさい!これが一流のキングヘイローの走りよ!)

 

【Throne of the king】

 

 

 後方を突き放してから、勝負に備えて足を溜めていたら後ろから凄い熱を感じた。

 

(これは炎?)

 

 まるで炎のように熱いはずなのに、それでいて氷のように冷たい。私には蒼い炎……蒼炎が後ろから迫って来て、今にも私のことを燃やし尽くすように錯覚した。

 

(来るとは思ってたけど……ここまで熱烈に来るとわねキングちゃん!)

 

 キングちゃんはすぐそこまで上がってきてる。でも、上がって来るのは1人だけじゃないよねスペちゃん!

 

 

 皐月賞で負けたあの日。私は初めて勝負で泣いた。負けたことが悔しかった。自分が調子に乗っていた事が許せなかった。色んな感情が入り乱れて泣き叫んだ。

 そんな私にチームのみんなは力を貸してくれた。私のことを支えてくれた。そうして、あの夜にトレーナーさんは私に言ってくれた。

 

「スペ。お前が目指すのは日本一のウマ娘なんだろ。空を見てみろ、有象無象の星々が輝いてるがそこにはあるのに見えない星もある。お前はその中でも更に輝くんだ」

 

『いいか、お前はスターダストなんかじゃない。光り輝くシューティングスターだ』

 

(私は日本一のウマ娘になるってお母ちゃんと約束したんだ。だから……負けないよ!スカイちゃん!キングちゃん!)

 

【シューティングスター】

 

 

『おーと!キングヘイローとスペシャルウィークが飛び出した!レースも終盤残り400m!先頭は未だにセイウンスカイ!』

 

 マックイーンが釣りはレースのようだと言った。確かにって私も思った。釣り針を垂らして魚を騙す。そして、針に掛かったら一気に勝負が始まる。大事なのはタイミング。

 私に足りないものが何か分からなかった。だけど、自分の知っている物が例えで考えることでそこからは早かった。走って、考えて、鍛えて……そして完成した。

 

【アングリング】

 

 

『セイウンスカイがここで一気に加速して後方のスペシャルウィークとキングヘイローを突き放す!』

 

「スカイ仕掛けたか!」

 

 タイミングは完璧だ。しかし、突然なあの加速にキングもスペもしっかりと反応した。2人ともスピードは更に伸びていっているのも分かる。

 

『スペシャルウィークとキングヘイローがセイウンスカイとの距離を詰めて行きます!』

 

「スカイさん……やっぱりスタミナが」

 

 ここまでのレース展開で、スカイのスタミナはかなり削られている。だけど、それはスカイに並ぶキングとスペも同じことだ。ラストスパートは根性勝負になる!

 

『ゴールまで残り200mのところで、セイウンスカイにキングヘイローとスペシャルウィークが追いつきました!しかし、追い抜けない!セイウンスカイも抜かせまいと粘ります!』

 

「行っけぇぇぇぇ!スカイ!キング!」

 

 粘るんだスカイ!差し切れキング!ここで突き放されたら終わる。この横一線から1歩でも遅れたら1着を逃すぞ!

 

 

(絶対に負けない!私はクラシックで三冠取るって……トレーナーさんと約束したから!それが私の夢だから!)

 

『おーっと!残り100mでセイウンスカイが前に出た!セイウンスカイこのまま逃げ切れるか!』

 

 足が重くてしょうがない……肺が苦しい。でも、ここでスピードは緩められない。すぐ後ろにキングちゃんもスペちゃんも追ってきてる。2人ともまだ諦めてない。油断した瞬間に絶対に抜かれる!

 そうして、残り50mというところで足が一瞬止まった。ここまでのレースでの疲労で足の動きが鈍った。この速度のラストスパートで一瞬が命取りになる。事実、私の減速を2人は見逃さなかった。

 

「置いてかないで……くっうわあああああああ!」

 

 それでも、私は叫んで最後の力を振り絞る。

 

 

(スカイさんが落ちた!)

 

 ここまでの疲労は半端なものでは無かったはず。残り50m。たった50mの所でその疲労が足を蝕んだ。そして、私はそのチャンスを私は見逃さない!

 

「はああああああ!」

 

 残りは25mもない。スペさんとはほぼ横一線。でも、私は負けられない。お母様に私の実力を示すために。一流のウマ娘になるために!

 私は叫んだ。体から全てを絞り出すように。体力、精神力、筋力。その全てを持って勝つ!

 

「ダアアアアアァァビィィイイイ!!」

 

 それはスペさんも変わらない。お互い譲らないラストスパート!

 

『勝つのはスペシャルウィークか!キングヘイローか!いま……ゴールラインを踏みました!1着は……スペシャルウィーク!スペシャルウィークだ!日本ダービーを制した今年のダービーウマ娘はスペシャルウィークです!』

 

 

「負けた……のか?」

 

 スペとキングがゴールして、3着でスカイがゴールした。レース展開は悪くなかった。寧ろ良かったと行ってもいい。それでも負けた。

 

「ズガイざん!ギングざん!わああああぁぁ」

 

 俺の真横でマックイーンは号泣していた。スカイとキングの名前を何度も呟いて泣いていた。見ていたマックイーンや俺でもこんな悔しい思いをしてるんだ……だったらあの二人は。

 

「マックイーンちゃんは私に任せて行ってください。今の2人にはトレーナーさんが必要です」

 

 スズカがマックイーンの背中を摩りながらそう言った。そうだ、2人はやるべきことをやった。なら、俺もやるべきことをやるんだ。

 

「ありがとうスズカ!行ってくる」

 

 

 俺が2人の待機室に向かうと、その途中廊下で2人は俺のことを待っていた。

 

「スカイ……キング」

 

「いや〜1着取れなかったですよトレーナーさん。途中でキングちゃんが凄い威圧してくるもんだから」

 

 スカイはいつも通りふざけたようにそう言う。そして、キングもいつも通りにスカイにツッコミを入れる。

 

「私だって1着狙ってるんだからしょうがないじゃない!」

 

 そう……2人ともいつも通り話していた。だが、2人のその手は震えていた。強く握り閉めて傷ができてしまいそうなほどに。

 俺は2人を抱き寄せた。

 

「いいんだ。もう我慢しなくていい。今はもう……泣いていいんだ」

 

 俺が涙は我慢しろって、皐月賞で言ったから我慢してたんだよな。でも、もういいんだ。だって……日本ダービーは終わったんだから。

 

「ごめんなざい……!私!私!最後の直線で足が!」

 

「届かなかった!すぐ横にいたのに!追いつけなかったの!」

 

 2人はダムが決壊したように泣いた。俺は全部受け止めた。2人はよくやった。全部出し切った。そして……負けたんだから。

 俺は2人が落ち着くまで背中をさすってやった。しばらくして落ち着いたのか、2人が俺から離れた。

 

「レースはウイニングライブまでだ。そこに立てなかった者の分も。お前たちを応援してくれたファンのためにも全力で挑め!」

 

「「はい!」」

 

 俺たちの日本ダービーはこうして幕を下ろした。だが、2人はここから強くなれる。皐月賞でスペが強くなったように、日本ダービーという大きな舞台での敗北を知ったのだから。




原作とは全く違うレース展開で、キングは逃げを打たず。そのキングの代わりに後続のウマ娘にスカイが掛からされる形になりました。
アンケートでは最後まで3人の同着とスペの1着が争っていました。御協力ありがとうございました。


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第96話:飲む!トレーナー飲み会! 8杯目

 俺はダービーを終えて、メンバーを全員寮へと届け終わった後に飲み会の準備を始めた。スカイもキングも全力を尽くした。今日は早く休息をするべきだし、ダービーという節目を終えて俺も疲れがドットきた。

 

(それにしても負けたのか……)

 

 全く先輩にどんな顔して会えばいいんだか。先輩だって気まづかったりしないのかな。

 そんなことを考えながらも目的地である飲み屋に向かった。飲み屋の前では東条さんと先輩の2人が既に待っていた。

 

「よー後輩!今日はギリギリのレースだったな!勝ったのはスペだったけどな!」

 

 先輩はそう言いながら俺の背中をバシバシっと叩いてくる。

 

「先輩痛い痛いって!」

 

 なんでこの人こんなにテンション高いんだ?いや、それもそうか。担当のウマ娘がG1のレースで勝ったんだから。

 

「おめでとうございます!先輩!」

 

 結構強めに先輩の背中をバシ!っと叩いた。先輩は痛そうに背中を抑えてたけど、このくらいしてもいいだろ。負けて悔しいもんは悔しいからな。

 そして、メンバーが次々と集まっていき飲み屋に入っていった。

 

「それにしても随分な大所帯ですね」

 

「元々この日にしようって話してたからな。みんなスケジュールを合わせてくれたんだ」

 

 俺はその予定聞かされて無いですけどね〜。沖野先輩、東条さん、葵さん、南坂さん、たづなさんの俺を合わせて6人での飲み会だ。

 

「それじゃあ、俺のダービー勝利を祝してカンパーイ!」

 

「「「「「カンパーイ!」」」」」

 

 とりあえず、こいつで疲れを癒すとしますか。ここ最近は飲む余裕なんて全くなかったからな。

 

「そういえば、葵さんたちは今日のレース見てたんですか?」

 

「もちろんですよ!ね、南坂さん」

 

 葵さんは南坂さんと見に来ていたのか。南坂さんの方を見ると笑顔で頷いている。

 

「声をかけてくれれば良かったのに」

 

 すると、葵さんは笑いながら横に首を振った。

 

「柴葉さんは集中していたし、チームメイトのみなさんも応援の準備だったりで忙しそうだったので。邪魔しちゃ悪いかと思って」

 

 気を使って話かけないでいてくれたのか。あの時は見ることで頭がいっぱいいっぱいだったから。

 

「ありがとうございます葵さん」

 

「いやいや、私はクラシックに挑む娘を今年は担当していませんでしたから」

 

 そういえば、グラスはどうなったんだろうか。今年に怪我をしてからどの程度まで復帰したのだろうか。

 

「そういえば、チームの方はどうですか?」

 

 すると、葵さんは少し恥ずかしそうに指で頬をポリポリとしながら話始めた。

 

「上手くいってますよ。グラスさんも復帰も近いので燃えているし。ウララさんはハードなトレーニングも楽しそうにやってくれるのでチームの士気も高いです。ライスさんは相変わらずネガティブな面が多いですが、ウララさんの明るさのおかげで楽しそうにしてることが増えてきました」

 

 どうやら、チームの方は上手く纏まっているらしい。ハルウララがチームに良い影響を与えてるっぽいな。

 

「そして、ミークは宝塚記念に向けて調整中です」

 

 宝塚記念……ダービー直前の金鯱賞を勝利したことによってスズカは駒を進めた。

 

「宝塚記念……負けませんよ。スズカも今日のレースを見て燃えてます。チームとして、何よりもスズカ個人として負けたくないはずですから」

 

 スズカは今日の熱いレースを見て刺激を受けていた。最近は更にスピードを伸ばしているし、後1ヶ月もあれば更に強くなるはずだ。

 

「私達も負けませんよ!」

 

 一旦は肩の荷が降りたと思ったが……まだまだ油断出来ないな。ライバルがいるのはいい事だ。けど、トレーナーとしては考えること多くてたまらねえな!

 

「柴葉トレーナーお疲れ様でした」

 

 葵さんとの会話を終えた所でたづなさんが話しかけてきた。彼女には今回のレースのために力を借りた。けど、その恩に報うことが出来なかった。

 

「ありがとうございます……そして、すいませんでした。どうでしたか?2人の走りは」

 

 たづなさんはビールジョッキを持ち上げ、ゴクッゴクっとビールを飲みジョッキを置くと笑顔でこう言った。

 

「満足も満足!大満足です!あの状況でのキングヘイローさんの冷静な判断。最後こそ足に限界を迎えましたが、セイウンスカイさんがあの状況であそこまで競り合ったのは予想以上でした。そして、スペシャルウィークさん。彼女のラストの末脚はキングさんを上回りました」

 

 酔っているのもあってかなりのハイテンションだが、実際に彼女たちの走りを見て大いに満足しているらしい。

 

「セイウンスカイさんの走りはまだ未完成でした。寧ろあのレースで最終的に走りを完成させたのはキングヘイローさんです。あの極限状態での勝負で完全に彼女は目覚めまして。それでも、スペシャルウィークさんに負けた……理由はお分かりですよね」

 

 俺の慢心……いや、スカイとキングは確かにスペのことを警戒させてたし、その他のウマ娘には実力でも作戦でも上回っていた。

 

「上を見るがばかりに足元を掬われました……今回ばかりは俺のミスです。ダービーというレースにかける想いを近くで見てきたはずなのに、俺はそれを見誤りました」

 

 たづなさんはコクンと頭を縦に振り俺の頭を撫でた。その瞬間俺の中で何かが切れたような感覚と同時に涙が流れてきた。

 

「クラシックに入ってから、ずっと気を張り続けていたのは周りから見ても分かりました。僕もその舞台で早く戦いたいです」

 

 南坂さんも俺に労いの言葉をくれた。そうだ、頑張った。全力で頑張った。その時に思いつく限りのことをやり尽くした。それでも負けたんだ。

 

「そうだ後輩!お前はよくやったよ。2年目でクラシック2着3着独占なんて上等じゃねえか!」

 

「スペシャルウィークが勝って嬉しいのは分かったから、あんたはもう少し空気読みなさい!」

 

 東条さんが、盛り上がっている先輩の頭にゲンコツを食らわせていた。それを見て俺はつい笑ってしまった。

 

(本当にいい人たちに巡り会えたな)

 

 みんなでワイワイと酒を飲んでレースのことについて話し合った。

 

「そういえば、後輩はこれからどうするんだ?流石に菊花賞も楽々取らせてくれるわけじゃないんだろ?」

 

 先輩もスペも菊花賞までにまだまだ実力を付けるはずだ。そのために俺たちはまだまだ強くならないと行けない。

 

「もちろんです……今年の夏にチームレグルスは夏合宿を開く予定です」

 

 毎年のように夏合宿を開いている東条さんは特別リアクションはなかった。葵さんと南坂さんもなるほどって顔をしている。しかし、先輩だけは唯一ニヤついている。

 

「そうか、お前のチームも夏合宿か」

 

 お前のチームもってことは先輩のチームも合宿ってことか。夏の合宿は殆ど丸一日を2ヶ月間トレーニングに費やす。この時期を耐えたウマ娘は夏の前よりも遥かに強くなる。

 

「内容はかなりハードな物を予定していますから……菊花賞は負けませんよ」

 

 菊花賞は3000mの長距離レース。スカイは有利なレースだが、スペが食らいついてくる可能性は十分にある。キングは逆に不利なレースになる。それを夏合宿で一気に補っていく必要がある。

 

「それで、もし良かったらなんですけど。チームレグルスとシリウス、南坂さんと一緒に合同合宿なんてどうですか?」

 

 唐突な俺の提案に南坂さんは若干困惑しているが、葵さんは嬉しそうに両手を合わせている。

 

「ぜひやりましょう!私も夏合宿するかしないか迷っていたところだったので」

 

 スズカと競り合う相手が欲しかったから、葵さんのミークが一緒に参加してくれるのはありがたい。それに、南坂さんはナイスネイチャの1人だ。ほかのウマ娘たちと一緒にトレーニングすればいい刺激になるはずだ。

 

「僕もよろしくお願いします。それだけレベルの高い空間でトレーニングすることはネイチャさんにとって良い経験になるでしょうし」

 

 良し。これで夏合宿の準備は殆ど整った。覚悟しててくださいね先輩に東条さん。俺たちもそのレベルに追いついて見せます。

 その後はくだらない談笑をしながら時間を迎えて解散した。さてと……宝塚記念までにできる限りの準備を整えないとな。

 



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第97話:今後の夢!セイウンスカイとキングヘイロー!

 日本ダービー翌日。チームルームにスカイとキングを集めた。スズカは宝塚記念が近いのでトレーニングに、マックイーンもトレーニングするように言っておいた。

 

「とりあえず、改めてダービーお疲れ様。今回は俺のミスで足元を掬われる形になって申し訳ない」

 

 頭を下げて2人の方を見ると、そんな事気にしてたの?って顔をして笑っていた。

 

「そんな事気にして無いですよトレーナーさん。出来る限りのことをしての結果なんですから」

 

 スカイはコメくいてーポーズをしながら気の抜けた感じにそう言った。

 

「そうよ!それに、レースに直接出ていた私たちが気づけなかったのも悪いのだから」

 

 キングはレースの時のことを思い出して悔しそうに拳を握りしめていた。

 

「そうか……反省点は各々あるだろうがそれは夏に解決する。今確認したいのは2人のモチベーションだ」

 

 日本ダービーはクラシックの節目だ。このレースに向けて、トレーニングに全力で取り組んできたウマ娘は少なくない。それ故に心が折れてしまったり、燃え尽き症候群を起こしやすい。

 

「厳しいことを言えば、スカイは三冠の夢はダービーで潰えた。キングは自分を追い込みギリギリまで鍛え上げた。これからのレースでも全レース快勝になるとは思えない。ダービーのように敗北することもあるだろう」

 

「言いたいことはそれだけかしら?」

 

 一通り言うべきことを言うとキングが言った。その目は真っ直ぐで弱さをこれっぽちも感じさせなかった。

 

「ダービーが終わったあとにお母様から電話があったわ。『あなたの自由にしなさい』だそうよ」

 

 

「もしもしお母様」

 

『見たわよ日本ダービー』

 

 おそらくテレビ中継でレースを見てたであろうお母様はレース結果を知っているはず。

 

「私……勝てなかったわ」

 

 声を捻り出すかのようにレース結果を伝えた。そうしないと声が出なかった。日本ダービーという大きな舞台で負けたショックはそれだけ大きかった。

 

「だから良い思いをしてる間に戻ってきなさいと言ったのに」

 

 これがお母様が言いたかったこと。誰かの夢が叶うということは誰かの夢が破れるということ……そして、その悔しさや悲しみ苦悩を全て知っていたから。

 

「確かに負けた。でも、次に勝つのは私よ」

 

 お母様は少し黙ってから再び話し始めた。

 

「次のG1は菊花賞の3000m。あなたにとっては厳しいレースになる。きっとセイウンスカイさんには勝てないでしょう」

 

「勝てないかもしれないわね……でも、その次こそ勝てばいい」

 

 今回負けたならその次にそれでダメでもその次に。それがあなたと私。そうやって一流に向かっていくのよ。

 

「そう……スペシャルウィークさんの走りは凄かったわ。あそこまで人の目を引く走りができるウマ娘はそう居ない……あなたもね」

 

「お母様それって」

 

「あなたの自由にやりなさい。帰る場所はあるのだから」

 

 私の言葉を遮るようにそう言ってお母様は電話を切った。私は電話を持ったまま立ち尽くしていた。

 

(お母様に認められた……?)

 

 その時に私の中に残っていた感情は悔しさだけだった。さっきの電話で自分のやりたいことは明白になって、頭の中がスッキリした気がする。

 

(自分のために……次は勝つわよ)

 

 私がやらなきゃならないことは前と変わらない。走ること。少しでも早く走るの。

 

 

「そうか……認めてくれたか」

 

 キングに関してはそこが心配だった。あの母親を認めさせることが出来るか。だが、キングの覚悟もその才能も受け止めてくれたか。

 

「スカイはどうだ?」

 

「ん〜」

 

 スカイの方はあんまり良い感じじゃないな。そりゃ、スカイの夢はクラシック三冠。日本ダービーを逃してしまった今、三冠を取ることはもう叶わない。

 

「私はちょっと分からないですね〜なんか気が乗らないっていうか」

 

 明らかにスカイの調子は落ちてるな。日本ダービーのラストスパートで足が鈍って勝負に参加も出来なかった……目標が破れるっていうのは辛いだろう。

 

「スカイは今週自由にやっていいぞ」

 

 スカイは呆気に取られたような顔で棒立ちになっている。負けたからハードなトレーニングを課せられると思ってたんだろう。だけど、やる気のない時や集中できてない時にするトレーニングは危ない。効率も悪いし怪我をするリスクがある。

 

「えっと?それは一体全体どういうことですか?」

 

「トレーニングしたければしたいトレーニングをしてもいい。したくなければ出掛けたりしてもいいし、誰かのトレーニングに付き合うのも良いな」

 

 モチベーションを向上させるのは難しい。今回のは大きい出来事だから、出来れば長い期間自由にさせてやりたいが……それだと7月の夏合宿に響くからな。

 

「ふ〜ん。じゃあ、トレーナーさんと一緒にみんなのこと眺めてようかな」

 

 俺と一緒に?まぁ、他人のトレーニングを見ることで新しい刺激やみえてくるものもあるだろうしな。

 

「それじゃあよろしく頼むな。スカイサブトレーナー」

 

「サブトレーナーはちょっと恥ずかしいですね〜」

 

 ちょっと恥ずかしそうにしながら、尻尾をユラユラと揺らしているのが分かる。職場体験とかそういう感じのノリなのかな。

 話がひと段落したところで、チームルームの扉をノックする音が聞こえた。

 

「入っても大丈夫ですよ」

 

「失礼します」

 

 そうして入ってきたの予想外の人物だった。てっきりたづなさん辺りかと思ったんだが。

 

「君はたしか……」

 

「はい。ミホノブルボンといいます」

 

 ミホノブルボン。噂では凄いトップスピードで走るスプリンターだとか。それにしても、無表情なのかポーカーフェイスなのか分からないけど感情が読み取れない。

 

「それで、ミホノブルボンがどうしてここに?」

 

 誰かに用事でも頼まれたか?ミホノブルボンとは接点がないし、どんなウマ娘なのかも全く知らない。

 

「今日はチームレグルスに入るために訪れました」

 

「そっかチームに入りたいねー……って」

 

「「「ええええ!」」」

 

 唐突の発言に俺だけじゃなくてスカイとキングも叫び声を上げた。特にチームメンバーの募集をかけてるわけでもないのに、わざわざ俺なんかのチームに?

 

「君は優秀なスプリンターだと聞いているが、東条さん……いや、チームリギルに入ろうとは思わなかったのか?」

 

 優秀なウマ娘を東条さんも放ってはおかないだろう。噂にもなるほどだ、その実力はきっと本物だろう。

 

「もちろん行きました。しかし、私はリギルには入りませんでした。東条トレーナーは私に短距離を走れと言いました」

 

「それが問題なのか?君はスプリンターじゃないのか?」

 

 彼女は入りませんでしたと言った。入れなかったんじゃない、入らなかったんだ。彼女の才能と実力は確かに東条さんに認められたんだ。

 

「私はスプリンターではありません。クラシック三冠を獲得するために走っています」

 

 東条さんは基本的には勝つためのトレーニング、G1で勝つためのレースプランを計画しているという。ミホノブルボンはスプリンターという噂を聞くが、中距離長距離が速いという噂は聞いたことが無い。

 

「それでなんで俺のチームなんだ?他にもチームはあると思うが」

 

 チームリギルが合わないとしても他のチームもあるはずだ。その中でもなんでこのチームを選んだのか。スズカはダービーを取ったし、スカイとキングも皐月賞は取った。しかし、先日のダービーでは敗れた。このタイミングでのチーム加入は不自然な気がする。

 

「あなたは夢を叶えてくれるトレーナーであるというデータを得ました。キングヘイローさんは去年までクラシックで勝利を納めることを予想されていませんでした。それでも、皐月賞では勝利し、日本ダービーでは一着に限りなく近づきました。それらを加味したうえで、チームレグルスに加入することが私の夢を叶えるために必要と推測しました」

 

 キングに対する情報収集が素晴らしいな。だが、そこまでキングに執着を見せているということは……彼女もまたキングと同じタイプということか。

 

「理由はなんとなくわかった。だが、俺は君のことを知らないし、君は俺のことを知らないだろう。今年チームレグルスは夏合宿を開催する予定だ。それに参加して俺というトレーナー、チームのことを知ってくれ」

 

 ミホノブルボンはそれを聞いても表情が揺るがなかった。逆に、夏合宿があることを始めて聞いたキングとスカイの二人は唖然としていた。

 

「それはつまり」

 

「あぁ、仮契約だ。お互いに見極めて合わなければ切ってもらって構わない」

 

「ステータス『昂揚』を確認。これからよろしくお願いしますマスター」

 

 マスター?きっとトレーナーって言う意味だよな。なんだか独特な言い回しをする娘だ。感情を表現するのがあまり得意ではないのか。

 

「あぁ、よろしく頼むよブルボン」

 

 まさかの新メンバー(仮)の参戦だが、トレーナー冥利に尽きる。それだけこのチームが名をあげて、自分の実力が認められてきた証拠だからな。今年あと1人……来年の新入生から1人でチームレグルスは完成だな。

 

 スズカ、スカイ、キング、マックイーン、ブルボン。この五人でも十分に強いチームだ。けど、俺にはやってやれることに限界がある。だからこそ、チームメイトで高め合って強くなってほしい。

 

 



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第98話:占い!ウマドル再来!

 今日はトレーニングがチーム全体で休みだ。かと言って俺は特別やることがなかった。そこで、前々からスズカにフクキタル占いは当たると聞いていたので、胡散臭い占いテントに足を運んだ

 

「ようこそいらっしゃいました」

 

 中に入るとそれっぽい雰囲気の占い屋になっていた。中心のテーブルに水晶を置いて、それをフクキタルが見ている。なんか不思議な感じの紫のライト入ってるし。

 

「結構本格的な感じなんだな。スズカからよく当たるって聞いて来たんだが」

 

「ほう!スズカさんが紹介してくれたんですか!」

 

 スズカの紹介と聞くと、フクキタルは物凄く喜んでフンギャロしていた。同級生で仲が良いからしょっちゅうスズカは占って貰っているらしい。

 

「それで本日はどういう占いを!?恋愛運ですか?金運ですか?」

 

 なんでこんなに食い気味なんだ……フクキタルの後ろに立っているドトウの方を見ると、何故か涙を拭っていた。あっ……あんまり人来ないんだな。

 

「普通に運勢を占ってくれ。オーソドックスなものでいいんだが」

 

 そう言うと、「分かりました」と言い。フクキタルは水晶に集中し始めた。レースでもシラオキ様がーとか言ってるスピリチュアルガールだとは思ってたけど……まさか本当のガチなやつなのか?

 

「出ました!」

 

「それで……運勢は?」

 

「凶です!」

 

 凶……え?占いってそういう感じで出るものだったのか。どっちかと言えばおみくじな気がするが……いや、あれも占いの1種みたいなものか?

 

「救いはないのですか〜?その、ラッキースポットとか」

 

 すると、フクキタルがもう一度水晶と向き合って集中し始めた。

 

「ラッキースポットはズバリ!湖です!」

 

 湖?湖と言ってもこの辺にはそう何個もあるもんじゃないし……いや、確か近場に1箇所くらいあったかな。ちょうど気分転換に外に出たいと思ってたし、散歩感覚で行ってみるか。

 

「ありがとうフクキタル。ためしに今日行ってみるよ」

 

「きっと素敵な出会いが待っているでしょう!」

 

 俺がテントを出ようとした時にフクキタルは最後が素敵な出会いがあると言った。それなのに運勢は凶なのか。いや、ラッキースポットに行かなかった場合は凶なんだろう。

 こうして俺は湖のほとりでを散歩している。天気も良くって気持ちがいい。すると、近くから歌声が聞こえてきた。

 

「みんなありがと〜」

 

 歌声の方に行くと、木の下でウマ娘が1人手を振ってファンサービスをしている。そう……誰もいないところに向かって。

 

「何をしてるんだ?ファルコ」

 

 一段落したところでファルコに話しかけた。以前に何度か会ったことがある。なんなら彼女の前向きな言葉に助けられた。

 

「あっファン1号さん!ファルコのライブに来てくれてありがと〜」

 

 ファン1号?いつの間にか俺はファルコのファンになっていたのか。ゲリラライブみたいなのには何度か参加したが。

 

「それで?冗談はともかくとして何してるんだ?」

 

「冗談じゃないのに……」

 

 俺の反応にファルコはショボンとしてしまった……ファン1号ということにしよう。俺はファルコのファン俺はファルコのファン。

 

「今日はライブの練習をしてたの。本当はトレーニングもしなきゃいけないんだけど……ちょっと気分転換に」

 

 何かがあったのかファルコは更に落ち込んでしまった。やばい、何か元気づけてやらないと。

 

「いや〜途中からしか聞けなかったからファルコのライブもっかい聞きたいな」

 

 すると、耳をピンと立たせて急激に元気になっていく。感情がわかりやすいというかなんというか。

 

「今日はわざわざファルコのために来てくれてありがとう!」

 

「うぉおおおファルコ!」

 

 俺はマックイーンの真似をしながら場を湧かせていた。何もしなかったらまたお通夜状態だ。

 一通りライブが終わった。彼女のライブの完成度は凄かった。デビュー後のウマ娘でも、あそこまでライブに力を入れてる娘は多くないだろう。そこで、再び同じ問いをかける。

 

「それで?なにがあった」

 

「実は……もうすぐレースデビューしなきゃいけないの。クラシック走るためにね?でも、私の要望をどのチームを受け入れてくれなかった」

 

 そうか、クラシックに挑むのか。でもチームに所属できてないから出走できない。

 

「なんでチームに受け入れられなかったんだ?」

 

 幾つのチームを回ったかはしらない。それだけ回ればひとつでも加入できるチームがなかったのか?それだけの理由?

 

「私がウマドル目指してるっていうと、大体のトレーナーさんが嫌な顔をするし。走りを見せればダートを走れって言うの」

 

 なるほど……そもそも目的が謎でダートを走らせたいけどそれは嫌だから、トレーナーとしてはお手上げなんだろう。

 

「そもそもウマドルってなんなんだ?」

 

「ウマドルはアイドル活動をするウマ娘です」

 

「アイドルとは違うのか?」

 

「ウマドルです!」

 

 なるほど、ファルコはウマドル?になりたいのか。何となくイメージはつくんだが。

 

「それで、なんのレースに出たい?」

 

デビューするだけならダートレースはいくつもある。しかし、芝にこだわると言うことは、何か出たいレースがあるからだろう。

 

「クラシック三冠取りたいの」

 

 クラシックか……ここまでの話を聞いている感じ、ファルコのバ場適正はダート。芝はあまり高くないんだろう。

 

「なんでクラシックにこだわるんだ?ダートにもレースはあるだろう」

 

一応数は少ないがG1のレースもある。G2やG3もあったはずだが。

 

「ダートが嫌いってわけじゃないんだけど、芝レースに比べると盛り上がってないから。ウマドルとして活動するなら芝を走りたい!」

 

 たしかに……芝レースとダートレースだと人気度に差がある。クラシック三冠、トリプルティアラといった称号も多い。レースの種類の多いからファンも多い……

 

「なら、必要なのは場適正を変えること。ウマドルとしての活動やトレーニングを上手く時間に折り合いをつけることだな」

 

 俺がそ言うとファルコは口を丸く開けて、ポカーンという顔をした。

 

「えっと、ダートを走ればいいとか……変な夢を追いかけるのはやめろって言わないんだね」

 

 変な夢?俺にはウマドルというのがどういうのかはイマイチ分からない。けど、これだけ悩むということは、それを叶えるためにファルコは努力してきたんだろう。

 

「まだ、芝でレースに出たわけじゃないんだろう?諦めるのはチャレンジしてからでも遅くない」

 

 ファルコはそのまま顔を俯かせてしまった。きっと、トレーニングではまだ上手くいったことがないんだろう

 

「ファルコ……ウマドルになれるかな」

 

「ウマドルが何かは俺にはしっかり分からない……でも、夢のためにそこまで悩めるなら……きっとなれるさ」

 

 彼女は今悩んでいる。その夢に挑戦すべきかどうか。だが……目標無しに挑んで勝てるほどレースは甘くない。トレーニングのモチベーション、レースに勝ちたいって想いが必要だ。

 

「それじゃあ……トレーナーさんが支えてくれる?私がウマドルになるために」

 

 その目は期待に満ち溢れていた。だが、希望を与えたからこそ……俺が現実も教えないといけない。

 

「ダートから芝への転向は難しい。夢は応援するが……勝てないレースに俺はトレーナーとして出し続ける訳には行かない」

 

 彼女の夢は人気になる……勝つことが重要だ。芝で勝てるなら良い。だがもしも、芝で戦えなかったら。

 

「クラシック皐月賞……それで結果を残せないなら俺でもダート路線に戻って貰うことになる」

 

 皐月賞に出走するレベルに到達することがそもそもの最低前提。しかも、それで結果を出せという条件。かなり厳しい条件だ。

 

「それでも!チャンスがあるなら私は挑戦したい」

 

 ファルコにとって、俺は唯一のチャンスだったんだろう。実績がある訳でもない、それでも夢を諦められずにいた。その夢に挑める場所がやっとあったんだから。

 

「ようこそ、ファルコ。チームレグルスに。今月はスズカの宝塚記念があるから、本格的な指導は夏に入ってからになる」

 

「よろしくお願いします!」

 

 ファルコは本気の目をしていた。その本気に答えられるように俺も頑張らないとな……

 フクキタルの占いのお陰で正式なチームメンバー5人目が揃った。ところで……ウマドルになるためには具体的に何すればいいのだろうか……



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第99話:新人!ミホノブルボン

ちょっと短め。


 ブルボンちゃんが仮加入して、そのトレーニングを今は私が見てる。まぁ、1週間だけなんだけどね。本格的にチームと合流するのは夏合宿からだから、それまではチームとは別でトレーニングをしている。

 

「それにしても……めちゃくちゃなことしてるなぁ」

 

 私がブルボンちゃんのトレーニングを見て思ったことがそれだった。私たちのトレーニングが、如何にトレーナーさんによって考えられてるかが分かる。

 さっきからブルボンちゃんがやってるのは走り込み。走っては倒れて、休んでは走っての繰り返し。

 

「どうしてブルボンちゃんはそんなトレーニングをしてるの?」

 

「私にはスタミナが必要と推測。スタミナの補完のための走り込みです」

 

 たしか短距離はすっごく速いんだったよね。でも、中距離や長距離は走るスタミナがないっぽい。

 

「長い距離を走るなら、もう少しペースを落として走ったら?」

 

 ペースを落とすと言うとブルボンちゃんの頭の飾りが?マークになった。え?どういう仕組みなのそれ。

 

「今は自分のスピードを活かすためにスタミナを付けてる。つまり、そのスタミナの量じゃスピードを活かした走りができてないんだよ。だから、自分のスタミナを配慮した上で長い距離を走れるようになるのが優先じゃない?」

 

 最初の1000mを速いスピードで走れて、残り1000mをゆっくり走りきるくらいだったら、終始普通のスピードで走りきった方が速いし効率がいい。

 

「セイウンスカイさんの発言は理解しました。そのためのペースの提案をお願いします」

 

 ペースの提案?今は結構ハイペースで走ってるって認識であってる。となると少しペースダウンするだけじゃダメだよね。

 

「う〜ん……今のスピードから2段階くらい落としていいんじゃないかな」

 

「了解……」

 

 あまり納得した顔をしていなかったけど、その後の走り込みではペースにバラつきは出ていたけど今までよりも長い距離を走ってた。

 次の日もブルボンちゃんは走り続けてた。昨日の助言を聞き入れてペースも落ち着いてる。

 

「ブルボンちゃんブルボンちゃん、今日のペースこのタイムで走れる?」

 

 昨日のハイペースの時の走りと、ローペースの時の走りを元にタイムを設定した紙をブルボンちゃんに渡した。

 

「可能です。タイムを再設定して走り込みを開始します」

 

 その後のブルボンちゃんの走りは見違えるようだった。決して速くもないし、長い距離を走れるわけじゃない。それでも、中距離の走りをしている。ただ、少し昨日より疲れてる?

 その日は学園に忘れ物にして、門限の1時間前くらいにターフの近くを遠りかかった。すると、1人のウマ娘がまだ走っていた。

 

(へ〜こんな時間までトレーニングか。結構遅い時間から始めたのかな……って)

 

 そこにはフラフラのブルボンちゃんがいた。もしかして、今の今まで走ってたの?トレーニングは昼からやってる……もしかして、昨晩もこんなに走ってたの?

 私が話しかけようとした直後にブルボンちゃんがよろけた。私は咄嗟に走り出していた。

 

(間に合え!間に合え!)

 

 ウマ娘のスピードは速い。その分体は丈夫にできてるけど、何の受け身も取らずに倒れたら大怪我しかねない。私は何とか倒れる前にブルボンちゃんを支えることに成功した。

 

「何やってるの!?こんなに走ったらオーバーワークになるに決まってるじゃん!」

 

 私は抱えたブルボンちゃんを怒鳴った。それだけ危ないことをしてたんだから。だけど、ブルボンちゃんからは返事が聞こえない。限界だったのか過呼吸になって顔色も悪い。

 急いで保健室に連れて行った。倒れた理由は勿論疲労。軽い酸欠状態で足も炎症を起こしているらしい。幸いにも怪我はなく、明日になれば普通に走れるそうだ。

 その翌日は私のお説教からトレーニングは始まった。

 

「それで?なんでブルボンちゃんはあんな時間まで走ってたのかな〜?」

 

 ブルボンちゃんも反省はしているようで、耳をショボンとさせて正座していた。

 

「私はクラシック三冠を取らなければなりません。それに、現状私の実力派ではチームレグルスには相応しくないと認識しています。そのため、焦りを感じていました」

 

 私はその発言に驚いた。私は新人だった頃のトレーナーさんを知っているし、活躍前のチームも知ってる。だけど、チーム外の人から見た私たちのチームはそういう存在なんだ。

 

「は〜ブルボンちゃんは難しく考えすぎだよ。ブルボンちゃんは多分デビューはまだ先のことだと思う。つまりね、強くなる時間があるの。そして、トレーナーさんが今みたいのはブルボンちゃんの実力じゃなくて、ブルボンちゃんが強くなれる娘かってことなの」

 

 どうやらブルボンちゃんにはピンと来ないらしく?マークを浮かべてる。なんて言ったらいいんだろうな……

 

「トレーナーさんは私たちを強くするためにいるの。だから、ブルボンちゃんは強くしてあげられるか見極めてるんだよ。チームリギルは完全実力主義で特殊だけど……」

 

 なんとなく理解はしたらしくてブルボンちゃんは納得した表情をしていた。ほぼポーカーフェイスであんまり違いは分からないけど……多分納得してるよね?

 

「それなら、私は一体何をすれば?」

 

「そうだね〜基盤作りかな。強くなる準備的な?」

 

 そうして、私は1枚に紙を渡した。夏合宿までのトレーニングメニューだ。

 

「ここに、走る距離とそのペースを書いてある。一日の総合量もね……もしもこれで怪我したら。わかってるよね?」

 

 メニューを受け取って、ブルボンちゃんは!マークを浮かべる。

 

「ま〜所詮私が考えたメニューだけどね。夏合宿までの基礎体力作りに役立ててね」

 

「いえ……よく出来たトレーニングメニューです。ありがとうございます」

 

 ブルボンちゃんごめんね。もう少しトレーニングを見てる予定だったんだけど、私もトレーニングに戻るよ。

 

「それじゃああとは頑張ってね〜合宿の内容は知らないけど、それを1ヶ月耐えれれば参加していけるくらいは大丈夫だと思うから」

 

 そう言って私はその場を後にした。ブルボンちゃんにはやるべきことを与えた。なら、次は私がやるべきことをしないと。

 

「トレーナーさん」

 

「おうスカイ。どうした急に」

 

 トレーナーさんにブルボンちゃんとの間にあったことを話した。オーバーワークで倒れたと聞いた時は苦虫を噛んだような顔をしていたが。

 

「それで?どうしてスカイはトレーニングに?」

 

 この時のトレーナーは私を試すかのように問いただしてきた。トレーナーさんが提示した1週間よりも早く私が来た。その真意を聞いてるんだ。

 

「ブルボンちゃんの話を聞いてね。私たちはもう憧れられる存在なんだよね〜だったらかっこ悪いところ見せられないし。スペちゃんにも負けっぱなしって言うのはね〜?」

 

 私はずっと追い掛ける側だと思ってた。スズカさんとかの背中を追い続けるんだって。でも、私はもう追い掛けられる側なんだよね。

 

「分かった。明日からまたビシバシ鍛えていくぞ!」

 

 トレーナーさんは嬉しそうにしていた。それを見て、私はトレーナーさんの期待に添えたんだって嬉しくなった。

 

「お手柔らかに〜」

 

 こうして、私は再びトレーニングに合流した。菊花賞までは約4ヶ月……ちょっと気合い入れ直しますかね〜




書き始めから予定していた、スズカ、スカイ、キング、ブルボン、ファルコの5人がついに揃いました(長かった)
マックイーンちゃんは元々参加する予定じゃなかったんですよね()


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第100話:大逃げない!サイレンススズカ宝塚記念

レースを書くのは難しい


 宝塚記念本番の日。いつもの様に選手の待機室で作戦会議をしようとしたところ、そこでスズカから聞いたのは衝撃的な事だった。

 

「私……今日のレースでは大逃げはしないつもりです」

 

 大逃げをしない?スズカの大逃げは彼女のアイデンティティと言ってもいいし、今までその走りで勝利し続けてきた。

 

「どうしたんだ急に。どこか調子が悪いのか?足に違和感があるとか」

 

 そう質問すると、スズカは首を横に振った。不調が原因じゃないとなると……どうしてなんだスズカ。

 

「なんて言ったら分かんないですけど……足が痛いとか調子が悪いとかじゃないんです。ただ、今日は大逃げが出来ない気がするんです!」

 

 スズカの目は真剣そのものだ。俺が大逃げしろと言えば、きっとスズカは大逃げするだろう。ウマ娘の直感スズカを信じるか……

 

(いや……考えるまでもなかったか)

 

 今までもそうだ。スズカを信じて、いつもスズカはその力で勝利を勝ち取ってきた。ならば、スズカを信じよう。

 

「分かった。今日は大逃げをするのはやめよう……だけど、その走りでお前は満足して楽しめるか?」

 

 スズカの根本にあるのは走ることの楽しさだ。それが無くちゃコンディションや走りの質に関わる。

 しかし、スズカは無邪気な子供のような笑顔で楽しそうに笑った。

 

「G1の宝塚記念でグルーヴやドーベルにライアン……そして、ミークさんと一緒に走れる……この舞台でこのメンバー。楽しめないはずありません!」

 

 スズカから唐突も凄い気迫を感じた。全身が逆立つような感覚に襲われる。スズカは今も笑顔でレースを楽しみにしている。どこからその気迫が出てくるんだ?

 

「分かった……それならペースはお前に任せる。ただ、スタートからゴールまで先頭を誰にも譲るな!」

 

「はい!」

 

 今日のスズカの調子はいい。勝てる……レースには絶対はないと分かっているが、何故かは分からないがそんな気がした。

 観客席に向かおうと廊下を歩いていると、偶然葵さんと東条さんに出くわした。2人ともミークとエアグルーヴとの話が終わったんだ。

 

「来たわね柴葉」

「来ましたね柴葉さん」

 

 どうやら、2人は俺のことを待っていたっぽいな。

 

「今日のエアグルーヴは今までで1番の仕上がりよ。気合いも十分。サイレンススズカに勝つために……このレースで負けないために己を鍛えてきたわ」

 

「ミークは今日は負けないと言いました。作戦も考えハードなトレーニングにも耐えてきました……勝ちますよ。サイレンススズカさんに」

 

 2人からの宣戦布告。葵さんだけじゃなくて東条さんからも。

 

「スズカは負けません。だって……誰よりもこのレースを楽しみにしているんだから」

 

 俺の言葉を聞くと2人は笑顔でその場を去った。簡単なレースにはならなそうだな……なぁスズカ?

 

 

 パドック入場の為に近くの入口に居ると、グルーヴ、ドーベル、ライアン、ミークさんの4人が私の元にやってきた。

 

「お前とのこのレース楽しみにしていた……今日は勝たせてもらう」

 

 グルーヴは先に行き、それに続いてドーベルとライアンも出て行った。そして、最後にミークさんが私の前に出てきた。

 

「私はこのレースで勝つために頑張ってきた……あなたはライバルだから」

 

 ライバル……そっか、みんなライバルなんだ。一緒に競い高めあってきた相手。だからこのレースがこんなに楽しみなんだ。

 

「私も……負けられない」

 

 

 パドック入場が終えてゲートインの準備に入っていた。観客席には、俺とマックイーン、スカイとキングの4人だ。

 

「さすがシニアのG1……みんな仕上がりが素晴らしいですわね」

 

 パドック入場のウマ娘を1番よく見ていたのはマックイーンだった。今日のレースには強豪が揃ってるからな。俺もよく目を光らせておいた。

 

「今回もスズカさんの大逃げが楽しみね」

 

 キングはスズカの走りを楽しみにしている。

 

「今日はスズカ大逃げしないぞ」

 

「「「えぇ!」」」

 

 場が騒然とした。気持ちはわからなく無いが……あの走り屋のスズカが大逃げしないことがあるなんて、このチームじゃ考えられないことだ。

 

「まぁ、レースを楽しみに見ててくれ」

 

『ウマ娘が全員ゲートに入りました。宝塚記念2200m天候晴れ。馬バ状態は良。宝塚記念2200m先のゴールを目指して今!……スタートしました!』

 

 予定通りスズカは前に出た。しかし、それほど大きく前には出ていない。

 

『サイレンススズカが前に出ますが……いつもよりもペースを抑えているように感じます』

 

 

 実況の言う通り。スズカは今回大逃げしないからな。それは誰も予想できなかったらしく、レースプランが総崩れとなっていた。今回のレースで警戒されていたのはまさしくスズカだ。そのスズカ急に予想外の行動に出たらテンパるだろうな。

 

 1000メートルを通過したあたりでレースは動き始めた。そこまで、各々がポジション取りをして、最終盤面に備えていた。

 

『ここにきてハッピーミークとエアグルーヴが動いた!一気にサイレンススズカの後ろに付きます!』

 

 ここまでスズカがペースを上げないのをみて差しに来たか?いや、差しに来てる!

 

『おーっとどうしたことか?ハッピーミークとエアグルーヴが後方についてからサイレンススズカのペースが上がっていきます』

 

「急にスズカさんペース上げたね〜」

 

 周りから見たら不自然な加速だろう。後方が寄ってきた瞬間にペースを上げる先頭。しかし、今のレースは1000メートルを通過したばかりだ。

 

「スズカには先頭を奪われるなと言っておいた。ミークとグルーブが来てペースをあげたということは……2人は確実に抜きに来たんだ」

 

 相手もスズカが足を溜めていることに気がついた。それを阻止する為に前に出てきた。前に出て蓋が出来れば良いし、後ろで足を溜めるのもいい。

 

『おぉっと!サイレンススズカ、ハッピーミーク、エアグルーヴの3人がどんどんペースをあげていきます』

 

 このレースの最終勝負はもう始まってるんだ。このゴール1200m前の時点で。

 

「ここからはスピードと根性の勝負ね……落ちたらもう1着は取れない」

 

 

『ここまでペースを上げ続け、先頭にサイレンススズカ、その後方にはハッピーミークとエアグルーヴの2人!このレースも残り200mです!』

 

 2人には早々に引き付ける走りで足を溜めてるのがばれちゃった。ここまで、ろくに脚を貯められてない。でも、それは相手も同じはず。この舞台でこのメンバーでこのレース……守りきった先頭は誰であろうと!

 

【先頭の景色は譲らない!】

 

『サイレンススズカが一気に前に出た!サイレンススズカがゴール向けて動き始めた!』

 

「いつもみたいに伸びないよトレーナー!」

 

 スカイがいつものようなトップスピードで走らないのをみて叫んでいる。

 

「ここまでのレース展開で足は溜められてない。あの1000mの時点でラストスパートは始まってたんだよ!」

 

『サイレンススズカ前に出るが!ハッピーミークとエアグルーヴも前に出る!しかし伸びない!2人のスピードが上手く伸びません!』

 

 スズカが足を溜められなかったのと同じでミークとグルーブも溜められてない。だからこその……根性勝負。

 

『残り数十m!サイレンススズカに後方2人が必死に食らいつく!サイレンススズカか!ハッピーミークか!エアグルーヴか!』

 

 勝負が着いたのはその直後だった。

 

『1着でゴールしたのはサイレンススズカだ!いつも見せる大逃げとが違った逃げで逃げ切りました!』

 

「「「「うぉぉぉ!スズカ!」」」」

 

 誰が勝ってもおかしくなかった。それでも、一番最初に主導権を握ったスズカが有利だったか。

 

「俺はスズカのところに行ってくるよ」

 

 チームメンバーにそう言ってスズカの部屋に向かった。

 

「よくやったスズカ!」

 

 俺は勢い余ってそのままスズカに抱きついた。スズカは顔が真っ赤になって尻尾でペシペシと叩いてきた。

 

「すまんすまん。つい興奮しちまってな」

 

 あの激戦を勝ち残ったんだ。あの身の削り合いのような戦い。あれを見て興奮するなという方が無理だろう。

 

「最後の最後……3人とも足を使い尽くしてました。先頭を譲っていたらどうなっていたか」

 

「理由はともかく……よくやったスズカ!」

 

 慣れない走りでの1着だ。十分良くやってくれた。

 

 この後は、無事にウイニングライブも終えて解散となった。さぁ、スズカの宝塚記念が終わった……これからの夏合宿も気合い入れてかないとな。




実はここ好きを確認するのが好きです。
次回から夏合宿


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夏合宿
第101話:始動!夏合宿!


作品評価ありがとうございます。感想や評価はモチベーションになるので嬉しいです。


 宝塚記念をスズカが勝利を収めて、チーム全体は活気づいていた。その高いモチベーションを保ったまま夏合宿に挑めるのは理想的な事だ。

 

「今から夏合宿のために移動するわけだが。その前に紹介しなきゃいけない人が何人かいるから紹介していく」

 

 今回夏合宿に参加するメンバーはここに全員集まっている。何となく皆が誰のことかは分かっている。

 

「まずは、新しい仲間として迎えるスマートファルコン。そして、仮契約をしたミホノブルボンだ」

 

「よろしくお願いします」

 

「みんなーよろしくね☆ファルコって呼んでね!」

 

 ブルボンはスカイとキングを顔を合わせてたし、何ならスカイにトレーニングを見てもらっていた。しかし、ファルコは皆名前こそ知っているが会ったのは今日が初だ。

 

「次に今回の夏合宿は合同合宿だ。チームシリウスと南坂トレーナーと一緒にトレーニングを行う」

 

 葵さんたちと南坂さんたちが軽く挨拶をする。ミーク、グラス、ライス、ウララ、ネイチャを加えた計11人のウマ娘たちでの合宿だ。違うチームのメンバーと一緒にトレーニングすることで良い刺激を受けるはずだ。

 荷物を積み込んでバスに乗り込んだ。各々が好きな席に座ってワイワイと騒いでいる。

 

「よろしくねブルボンちゃん!新参同士一緒にがんばろー!」

 

「よろしくお願いしますファルコさん……睡眠不足によるスリープモードに移行します」

 

「キングちゃん合宿一緒に頑張ろうね!」

 

「ウララさん落ち着いて。朝早くの出発で寝不足の娘もいるんだから」

 

「ミークさん……ってもう寝てる。ウソでしょ……」

 

「ぐーぐー」

 

「いや〜海辺での合宿って言ってたし、いい釣り場あるかな〜」

 

「スカイさん?釣りしに行くわけじゃないんですわよ?」

 

「グラスちゃん頑張ろうね!」

 

「そうですねライスさん」

 

「いや〜青春ですね〜」

 

 みんな随分と楽しそうだ。詳しくは合宿の内容は発表してないしな。

 

「本当に最初の5日間はあのトレーニングをするんですか?」

 

 南坂さんがみんなに聞こえない声で囁いてきた。トレーナー3人でトレーニング内容は考えたので、もちろん南坂さんもトレーニング内容走っている。

 

「はい。それに、オープンキャンパスの丁度いい催しにもなります」

 

 トレセン学園では丁度今日からオープンキャンパスを開いている。勿論その時にチームの様子を見に来るウマ娘も大勢いる。

 

「それなんですけど、よく学園側の了承を得られましたね」

 

「たづなさんに相談したら快く了承してくれました。理事長も今後のウマ娘の成長に良い影響を与えるということで」

 

 今回、学園側に頼んでちょっとした準備をしておいた。これはトレーナー側の俺らにもメリットのある事だし。

 

「お前らー着いたらトレーニング始めるんだからゆっくり休んどけよ」

 

 俺も少し休もう。トレーナーも最初の5日間は忙しくなる。主にサポート面でだけどな。

 眠りについて数時間後目を覚ますと合宿所のすぐ近くまで来ていた。そして、ポツポツとウマ娘達がいるのが見える。

 

「お前らーそろそろ到着だ。荷物を宿に下ろしたらトレーニング始めるぞ!」

 

 掛け声をかけると、各々が降りる準備を始めた。しかし、まだまだ寝起きでダルいのもいるな。

 

「あ"〜トレーナーさん。着いたら少しだけ休みませんか?」

 

 スカイが這い出でるように席から顔を出した。あいつ寝起きあんまり強く無さそうだしな……

 

「それは各々に任せることになるが……少し人を待たせてるからな。説明を聞くまでは頑張ってくれ」

 

 そして、荷降ろしを終えて。補給用のスポーツドリンクと携帯食を用意して集合場所に向かった。俺は準備を初めて、あとの事は葵さんに任せることにした。

 

「トレセン学園の、チームレグルスとシリウスの合同合宿に参加するウマ娘さんは集合してくださーい!」

 

 葵さんの呼び声で近くのウマ娘達が集まって来た。うちのメンバーはと言うと、そんな事聞いてないと言わんとばかりに俺の方に視線を送ってきた。

 

「今回の合同合宿の最初の5日間は私たちのメンバーと同じトレーニングをしていただきます」

 

 その言葉に反応して場がザワついた。参加する側もまさかトレセン学園のチーム同じトレーニングをするとは思わなかっただろう。

 

「すいませんが質問いいでしょうか」

 

 参加者の1人が手を上げた。白髪でロングヘアーのウマ娘だ。

 

「どうぞ」

 

「私たちは小等部で、先輩方のように体が出来上がっているわけではありません。その辺は配慮していただけるのでしょうか」

 

 たしかに、鍛え上げられたスズカやミークたちと同じトレーニングをこなせるわけが無い。

 

「それについては俺が説明する。チームレグルスに柴葉トレーナーだよろしく頼む」

 

 俺は葵さんと場所を交代して壇上に立つ。その時ふと見かけたことのある顔を見た。

 

「今回最初のトレーニングは簡単だ。個人差が出ても問題ない内容になっている。ペースも各々に任せるし休憩も各自好きなだけ取るといい」

 

 そう、個人差は関係ない。これは自分との勝負でもあるからな。

 

「それで、そのトレーニングって言うのは……」

 

「今日含めずの明日からの5日間で1000kmを走りきることだ」

 

 合計で約6日間走り続ける。それが最初のトレーニング。1000kmと言う異常な距離を聞いてみんながザワつく。

 

「ルールは特にない。さっき言ったように休憩の感覚もペースも全て自分たちで決めるんだ。誰かと一緒に走るのも構わない」

 

 葵さんや南坂さんは元々知っていたので驚いてない。うちのチームはスズカが嬉しそうにしていて、他のメンバーはやれやれと言った感じか。ファルコは口を丸く開けてポカーンとしてる。

 

「そして、俺は来年スカウトするウマ娘をこの5日間で決める予定だ」

 

 俺のその発言で場の雰囲気が一気に変わった。葵さんたちは唖然とした表情で、うちのチームはもう呆れ果てて走る準備を始めている。問題は小等部のウマ娘たちだ。

 

「俺が提示する条件は3つある。1つは怪我をしないこと。2つ目に無茶のし過ぎで倒れないこと……そして最後に、この5日間を耐えきることだ」

 

 うちのチームに興味があったであろうウマ娘たちの士気は一気に上がった。それに釣られて全体的にトレーニングへのモチベーションを上げている。

 

「コースはここをスタートして1周10kmのコースを走ってもらう。上りもあるし下りもある。皆よく考えて走るように。以上!」

 

「トレーニング開始は10分後なので各々準備を開始してください」

 

 

 全く……トレーナーさんは無茶なことを言いますわ。5日間で1000km走破だなんて。しかし、いつもとは違って与えられた時間は多い。早朝から夜まで1日の殆どを使えるのだから。そんなことを考えていると2人のウマ娘が私の元にやってきた。

 

「「マックイーンさんお久しぶりです!」」

 

「お久しぶりですわ。キタサンにダイヤさん」

 

 レースの時にたまたま顔を合わせて仲良くなった2人だった。ダイヤさんは家の都合で顔を合わせる事は何度かありましたが。

 

「お2人はまだ来年も小等部でしたわよね?どうして合宿に参加出来るのです?」

 

「今回の募集条件がトレセン学園志望の小等部。今年度卒業って条件はないんです!」

 

 そう言ってダイヤさんがリュックから募集要項の紙を取り出した。たしかに、学年の決まりはないようですわね。

 

「きっと辛い5日間になるでしょう。私も自分のことで手一杯でしょう……なので予め言っておきますわ。怪我だけはしないで……できる限りで全力で挑みなさい!」

 

「「はい!」」

 

 そう言って私はその場を去った。いつもは後輩の立場ですが……先輩としてちゃんと励ませたでしょうか。そんな私を見てニヤニヤしてたスカイさんに弄られないはずもなく、先輩としての尊厳は一瞬で消え去った。

 

 

 最初はスタートを待って小等部の娘たちと話すつもりは無かった。しかし、待ってる間で不快な発言が聞こえたものだからつい口が出てしまった。

 

「あんたトレセン学園本気で行くつもりだったんだw冗談かと思ってた」

 

 どこかのウマ娘が小柄のウマ娘に対してそんなことを言っていた。小柄の娘の方はそんな事に耳を貸さずに準備に取り組んでいる。

 

「どうにか言ったらどうなのさ!そんなちっこくて才能も無いんだし入学出来るわけないじゃん!」

 

「そんなの……アンタに決められることじゃない」

 

 少し手は震えながらだけど言い返した。そして、それが気に入らなかったのか、小言を言っていた娘がカッとなって手を出そうとしていた。

 

「おやめなさい」

 

 私は咄嗟にその手を掴んだ。

 

「キ……キングさん」

 

「才能の有無なんてあなたが決めることじゃないわ。力を示したいなら走りで示しなさい。そんな野蛮な方法は一流じゃないわ。今回は見逃してあげるから、あなたも準備をしなさい」

 

 少し威圧すると、その娘はあっという間にどこかに行ってしまった。

 

「別に助けてなんて言ってない……」

 

「勘違いしないでくださる?私があなたを気に入ったから助けただけ。私が勝手にしたことよ」

 

 例え自分が弱くても自分を曲げないその姿勢……頑固だけど私は嫌いじゃないわ。

 

「あなた名前は?」

 

「ナリタタイシン」

 

「そう。合宿中に困ったことがあったら声をかけなさい。力になってあげるわタイシンさん」

 

 そう言って私はその場を後にした。少しカッコつけすぎたかしら?これで1000km走破出来なかったら笑いものね。

 

 

「時間だ!今から夏合宿1000km走開始!」

 

 こうして地獄の夏合宿が開始された。キタサンブラックにサトノダイヤモンド、ナリタタイシンの3人の走りは見ておきたい。タイシンには前に会ったが、実力と才能がなければ俺は切らなきゃいけない。誰がどうやって走りきるか期待だな。



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第102話:夏合宿!地獄のランニング!

書いてたら楽しくなって色んな視点書きたいなぁって思ってたらいつもより長くなりました。
分かる人は気づいてるかもしれませんが弱ペダ好きです。


 合宿初日のトレーニングがスタートして、俺たちトレーナーはモニターを見ていた。各々にGPSが付いている腕輪を配り、誰が今どこに居るのかが分かるようになっている。

 

「ミークとサイレンススズカさんは共走してますね」

 

 葵さんは先頭にいる2つの信号を指さした。1番先頭をスズカがその後ろにミークが走る形になっている。

 

「2人で走ればお互い負担を減らせますからね。どちらかが風よけになったり、ペースメイクをしたり。坂道なんかは得意な方が前に出れば効率がいい」

 

 人間でも1人より2人の方が効率よく走れるだろう。だが、ウマ娘達は人間よりも早く走る。その分風の抵抗なんかも受けやすい。そう考えれば擬似的にスリップストリームを再現して走ると効率が上がる。

 

「それから離れてキングヘイローさん。更に後方にセイウンスカイさん。そこからはかなり距離を置いてグラスワンダーさんとスマートファルコンさん。少し離れてメジロマックイーンさんにライスシャワーさん、ミホノブルボンさん、ネイチャさん、ハルウララさんの5人ですか」

 

 キングとスカイもこのトレーニングの主旨を理解している。恐らくグラスワンダーとマックイーンも理解した上でのペースメイクだろう。マックイーンの後方4人はまだとりあえず走っているって感じか?

 

「グラスワンダーは流石にキツイですか……」

 

 グラスワンダーはスカイとキングの同期で黄金世代の1人だ。その才能と実力をジュニアの時に存分に奮っていた。しかし、怪我による休養でしばらく走っていなかった。

 

「グラスさんには無理をしないようにキツく言っておきましたから。本来なら夏までに怪我が治る予定ではなかったんです。けど、グラスさんの強い要望と想いがここまで彼女を回復させました。寧ろよく走っていますよ」

 

 グラスワンダーは賢いウマ娘だ。きっとそこは弁えているだろう。ファルコも割と前を走っている。

 

「ナイスネイチャはどうですか南坂さん。長距離とかって得意なんですか?」

 

 ナイスネイチャの走りを俺はあまり見たことがない。デビュー戦はまだ先というが。

 

「そうですね。ネイチャさんはああ見えて根性が凄いんですよ。考える力もあります。必ずこの1000kmを耐え切ると思います」

 

 南坂さんがそこまで言うんだ。いや……それだけ自分の担当ウマ娘を良く見て信頼してるってことか。

 

 1番最初に10kmを通過したのはスズカとミークだった。案の定と言うべきか、顔にもまだ余裕が見える。軽い給水を済ませてそのまま2週目に突入した。

 

「サイレンススズカさん楽しそうですね」

 

「ミークも楽しそうですけどね」

 

 2人は宝塚記念でも争ったライバルだ。しかし、今は共にトレーニングをする仲間だ。そんな相手と一緒に走れるのが楽しくてしょうがないんだろう。

 

 次に通過したのはキングだ。顔に多少疲れは見えるが、キングも給水を済ませて2週目に突入した。

 

「キングさんはたしか長距離があまり得意でないと聞きましたが……想像以上のスタミナですね」

 

 南坂さんの言う通りだ。キングは元々は短距離からマイル向きだ。しかし、クラシック三冠制覇、全距離G1制覇という大きな夢を目指して人一倍努力してきた。

 

「努力でスタミナは補えると俺は考えています。何よりもキングも根性ありますから」

 

 次に来たのはグラスワンダーとファルコだ。2人はここで休憩を取ると思ったがこちらも水分補給をして2週目に突入した。

 

「大丈夫かファルコ……グラスワンダーも2週目にそのまま突入するんですね」

 

「モニターを見てください。2人のペースがガクっと落ちました。恐らくこのペースで2週目を走って休憩に入ると思います」

 

 なるほど、ペースを落として疲労を最小限にして距離を稼ぐ。賢いやり方だな。

 次に来たのはマックイーンにライス、ブルボン、ネイチャ、少し遅れてハルウララだ。

 

 そして、休憩に入ったのはブルボンとハルウララの2人のみで残りのメンバーは2週目に行った。

 

「スカイから聞いた話じゃブルボンはもう一周行くと思ったが?」

 

「たしかに、私が1000kmを走破するなら休む時間などないでしょうしかし、私の目標は耐えて乗り越えることです。何よりも私のスタミナではここで休憩をするのが効率的と考えます」

 

 ブルボンもちゃんと学んでる。リタイアが出来ないこの状況で自分はどうすれば距離を稼げるか。そう思い休憩を減らすと効率が落ちる。ブルボンのようにスタミナのないウマ娘は定期的な休憩を挟んで走るべきだ。

 

「ハルウララも休憩ですか」

 

「ウララちゃんは短距離マイルの娘ですから。周りよりスタミナが無いのは仕方ないです」

 

 ウマ娘が10km走ること自体にはそんなに時間はかからない。しかし、そのスピード故に体に大量に疲労が蓄積されていく。走るのが早いウマ娘でも距離を走るならそれ相応の時間がかかるんだ。

 

(最高時速60kmで走るとしたら5時間で300kmで合宿の目標に3日で到達するしな……)

 

 そんなこんな午前中に走った距離は、スズカ、ミーク、スカイ、キングが50km。グラスワンダーとファルコが40km。マックイーン、ライス、ネイチャ、ブルボン、ウララが30km。

 

 結局マックイーンとライスとネイチャの3人は一緒に走っていた。ブルボンとウララは休憩を取り最終的に同じ距離走ったという感じだ。

 

「昼食は弁当を取ってあるから各々が適切な量しっかりと食べるようにしてくれ」

 

 トレセン学園メンバーの殆どは直ぐに弁当を手に持って食事を始めた。ナイスネイチャやブルボンは食べるのを少し辛そうにしていたが、それでも何とかエネルギーを摂ろうと口に運んでいた。

 

「やっぱり中々食事が進みませんね皆さん」

 

 南坂さんの言う通り、小等部メンバーの殆どは弁当に手がついてない。それもそうだ、普段走らない距離を延々と走らされ、しかも夏場のこの気温。食欲が失せるのも無理はない。

 

「ですが、ここでエネルギーを摂取しないと午後のトレーニングに支障が出ます。午前中だけでもかなりのカロリーを消費しているはずですし」

 

「葵さんの言う通りですね。ただ、ここで普段のトレーニング量の差が目立ちますね」

 

 参加した小等部で走ったのは最高で20km。20kmを走りきったウマ娘は結構居た。しかし、今食事に手をつけてるのはビワハヤヒデ、ウイニングチケットの2人だけだ。キタサンとダイヤも普段からトレーニングしているんだろうが……流石に年齢的に厳しいか。

 

「さぁ、午後からのトレーニングに耐えられるウマ娘は何人いるか……」

 

 

 ペースを抑えたり休憩を取ったりしても午前だけで50kmはかなり来るわね……普段走るロングコースよりも坂も下りがかなり緩やかなのが救いだった。

 昼食を摂ろう場所を探しているとお弁当と睨めっこしているタイシンさんを見かけた。

 

「どうしたの?食べないのかしら」

 

 私は彼女の隣に座って昼食を摂り始めた。食欲はあまり湧かないけれど、ここで食べないと午後からのトレーニングで走れなくなってしまう。

 

「私は元々少食だし……別に食べなくても大丈夫だから」

 

 彼女はそんな素っ気ない返事を返した。もちろんただの強がりだって言うのは分かる。箸を弁当に伸ばそうとするがどうしても食欲がないんでしょうね。

 

「その強気な姿勢は嫌いじゃないわ。ただ、あなた強くなりたいんでしょう?」

 

 すると、彼女は私に睨みをきかせてきた。そんな事は当たり前。だけど、強くない自分が嫌なのよね。

 

「ならば食べなさい。強くなりたいなら食べなきゃダメよ。それが出来ないなら、このトレーニングを耐えることなんて出来ないわ」

 

 私がそう言うと彼女はハッとした顔をする。そして、その目は覚悟を決めた目をしていた。彼女はたしかに強くはない。それ故に誰よりも強くなりたいと思ってる。

 彼女は弁当をかき込んだ。手で口を抑えて戻しそうになっても何とか飲み込んだ。そして、延々と弁当を食べ進め完食した。

 

「いっ言ったでしょ……私は少食なだけだって……」

 

 本当にこの娘は……トレーナーさんが目を付けるだけはあると思った。だって、私はこの娘がチームに欲しいと思ってしまったから。

 

「午後のトレーニング。先頭を走ってた2人に食らいつきなさい。あの2人よりも早く休憩を取っても構わない。ただ、最終日までには追いつきなさい!このトレーニングで自分を追い込んで……今までより強くなるの」

 

 強さに身長は必要な時もあるかもしれない。けれど、強くなるのに身長は必要ない。小柄を気にしてる暇なんてないわよ?

 

 

「キタさんにダイヤさん。随分とお疲れですわね」

 

 昼食を終えて私はキタサンとダイヤさんの元にやってきていた。正直私も疲れは溜まっている。しかし、それと向き合っていると余計に疲れそうだったので、気を紛らわす意味でも2人とお話したかった。

 

「あはは……流石に応えますね」

 

「私たちも頑張ったんですけど……」

 

 キタさんは苦笑いをしていて、ダイヤさんは自分の実力不足を噛み締めている。

 

「お2人はまだ体が出来上がってませんもの。でも、お2人は仲良しですし、お互いの弱点を補い合えばもう少し走れると思っていましたが……」

 

 すると、2人はお互いを見て目をパチパチとしている。まさか、2人とも共走を上手く出来てませんわね。

 

「どちらかが苦手でどちらかが得意な所は先頭に出て引いて行けば、もう少し走る距離を伸ばせるはずですわ。午後からはコースに慣れ始めて皆が走る距離を伸ばしてきますわ」

 

 休憩感覚。コースの癖。そういうものを見極め始めたウマ娘達がきっと走行距離を伸ばしてくる。

 

「「ありがとうございます!マックイーンさん!」」

 

「いえいえ、頑張ってくださいな」

 

 とは言え、それは私たちも同じこと。私も油断出来ませんわ……延々と続く疲労の蓄積と精神的消耗。かと言って休憩は余計に取る訳にも行かない。頑張らないと行けませんわね。

 

 

 約1時間の休憩を挟んでスズカやミーク達が再び動き出そうとしていた。

 

「午後からは5kmのところにも休憩所を用意してあるから有効に使ってくれ!」

 

 葵さんには5km地点の休憩所に行ってもらった。この休憩地点を上手く利用出来るウマ娘はどれだけいるか。休める場所があるとついつい休みたくなるものだ。休憩時間ばかり増えて走る時間を減らすか、上手く休憩を挟んで効率を上げるか。

 

 午後になって全員がスタートした。午前に溜まった疲労があるから、ここからはまた違ったメンバーで走る事になるだろう。

 

 マックイーンがライスやブルボン達を置いて1人先行し始めた。スタミナの差がで始めたか。その後方にブルボンとハルウララ。そして、更に後ろにライスとナイスネイチャだ。

 

「ブルボンとハルウララは休憩スパンが短い分ペースを上げたか」

 

「そうですね。ライスシャワーさんとネイチャさんもそのペースに引っ張られる事無く冷静にペースメイクしています」

 

 必要なのはハイペースじゃない。自分にあったペースで距離をしっかりと走ること。長距離が得意なウマ娘とマイルや中距離が得意なウマ娘とではペースが変わってくる。

 1日目の後半戦……動きがどう変わるか。

 

 

 私はキングヘイローさんに言われた通りに先頭の娘に付いて行っている。周りよりもペースが速くて付いていくのがやっとだ。

 

(このままじゃダメだ。今の私じゃ自分だけの力だと……)

 

 上手く行くかは分からない。相手とは面識があるわけじゃない。それに、私は強くならないといけない。変なプライドも今は必要ない!

 

「ねえアンタちょっといい?」

 

 返事は無かった。けれど、耳は反応していたから声は聞こえているはず。

 

「私は先頭のアンタに付いてかなくちゃいけない。でも、私はアンタより遅いから長い距離付いてけない。だから……共走しない?」

 

 言っている事はめちゃくちゃだ。それでも、私は!

 

「ふむ。それで、私には何のメリットがある?」

 

 食いついた!

 

「私は最初にアンタを引く。その後、私がついていけない様なら切り捨てて貰って構わない!悪い提案じゃないと思うけど?」

 

 悩んでる。それでも、相手も少しでも体力は温存したいはず。それならいつでも切り捨てられる引き役はいて困らない。

 

「っふ……良いだろう。その提案乗らせてもらおう」

 

 やった!これで半分引いたとしても残り半分を少ないスタミナ消費で走れる。そう思って、前に出ようとすると。

 

「ねえねえ!その話私も乗らせてくれない?」

 

 さっきからずっと近くを走ってる娘が私の話を聞いていたようで話しかけてきた。

 

「私ウイニングチケット!長い時間1人で走ってるのも辛いし……ダメかな!?」

 

「勝手にすれば!」

 

「ありがとう!2人の名前は?」

 

 どうやら着いてくる気らしい。でも、付いてくるって事はきっと速い。私よりもこの娘は速いんだろうな。だけど、今は好都合!

 

「私はナリタタイシン……」

 

「私はビワハヤヒデだ」

 

「そっか!よろしくね!タイシン!ハヤヒデ!」

 

 こうして、私の合宿初日の第2ラウンドが始まった。

 

 

 午後は特に問題なく進んだ。小等部から何人かリタイア者は出たが、そんなに多くはない。そして、午後5時に1日目が終了した。1日目はあくまで様子見だからな。明日からが合宿本当の1日目だ。

 

「今日はスズカとミーク、キング、スカイの4人が100kmグラスワンダーとファルコが80km。マックイーンとライスが70km。ブルボンとハルウララ、ナイスネイチャが60km。タイシン、ビワハヤヒデ、ウイニングチケットが50kmか」

 

「小等部の3人が想像以上に伸びましたね」

 

 走行距離を見て南坂さんが3人を指差す。俺も正直この3人は予想外だった。いつものコースの坂よりも控えめなコースを選んだが。それでも50km走ったか。

 

「でも、本番は明日から……ですよね、柴葉さん」

 

「その通りです」

 

 スズカやミーク、スカイとキング辺りは初日の様子見だろう。それでも距離走った。ペースが例え遅くともこれだけの距離を走れば疲労は蓄積する。しかも、今日の時間でその疲労を抜き切るタイミングは無かった。

 

「小等部のウマ娘は今ここでリタイアすることも可能だ。それと、希望者はそのまま同じ宿でこの5日間を過ごせるように準備もしてある!」

 

 小等部の生徒は日帰りでの参加も可能にしてある。しかし、朝から晩までしっかりと合宿に参加したい者は許可制で受け入れてある。

 結局残ったのは半数程度で残りは帰宅した。慣れない環境での宿泊は疲労も溜まるしストレスも感じる。日帰りしたい娘は多いだろうな。

 

「晩御飯の準備ができているので皆さん食堂に集まってくださーい!」

 

 葵さんの呼びかけで生徒たちが食堂に集まって来た。そして、食堂に用意してある大量の料理を見て絶句していた。

 

「今日君たちは今までにない量走った。そして、明日からも走るわけだが。朝と昼はエネルギー補給。そして、夜の食事は体作りに直接関わってくる。1日完全に疲労を抜き切る事無く動かし続けた今は体が栄養を吸収する。それに、夜の寝ている時間の超回復にはしっかりとした食事が必要だ!しっかりと食べるように!」

 

「トレーナーさん……?流石に全部食べろって事は無いですよね?」

 

 流石の料理の量にスカイから質問が飛んできた。ここにいる中で大食いのウマ娘は少ない。寧ろ少食と言われる娘もチラホラいる。

 

「何当たり前のことを聞いているんだスカイ」

 

 全員が少しホッとしている。そうだこんな多い量の料理。

 

「残したら失礼だろう」

 

 ヤバいヤバい。想像以上の視線の痛さなんだけど。しかし、今日の運動量に見合うタンパク質や栄養を補うには大量に食べなきゃいけない。それに……問題は明日以降だ。今日食べれないようじゃ地獄を見る。

 

 

「あれれ〜?マックイーンちゃんもう少し食べた方が良いんじゃない?」

 

 私が晩御飯を取ってテーブルに着くと正面にスカイさんが座ってきた。

 

「とりあえずですわ!これを食べ終わったら取りに行きます」

 

「いやいや、しょうがないと思うよ?私は今日マックイーンちゃんよりも多く走ったからお腹ペコペコだなあ」

 

 くぅ!大人気ないですわ!たしかに、スカイさんよりも私は距離を走れてないですけど……しかし、私はスカイさんの箸があまり進んでいない事に気がついた。

 

「そんなこと言ってスカイさん先程から箸が進んでないようですが?私はこの通りパクパクですわ!」

 

 私もそれほど食欲があった訳じゃない。だけれど料理はまだ沢山ある。今必要なのは勢い!

 

「なっ何言ってるのかな?この通り私もいっぱい食べれるよ!」

 

 この後、私とスカイさんは争うように晩御飯を食べた。ついでに私が勝ちましたわ!

 

 

 昼間にタイシンさんにあれだけ言っておいて、放ったらかしと言うのは薄情だと思い探していると、横に2人の娘が座っていた。

 

「あら、お友達も一緒に参加していたのタイシンさん」

 

「別に友達じゃないから!」

 

「えっ!?一緒に走ったから友達じゃないのタイシン!」

 

 随分と愉快なお友達が出来たみたいね。途中から誰かと走ってるとは思っていたけど。

 

「あの、チームレグルスのキングヘイローさんですよね?私はビワハヤヒデと言います」

 

「えぇそうよ。初めましてビワハヤヒデさん」

 

 皐月賞を取って日本ダービーに出走していれば流石に名前も知れてるのね。

 

「キングヘイローさん!ダービーで2着だっ……あっごめんなさい」

 

 彼女はたしかウイニングチケットさんね。

 

「いいのよ。あなたはダービーに興味があるのかしら?」

 

「うん!そうなんです!私はいつかダービーを走りたいんです!」

 

 敬語とタメ口が混ざった様な喋り方ね。あまり敬語に慣れてないのかしら?

 

「そう……いい夢ね。頑張りなさい」

 

 目標は力になる。それが明確な目標であればあるほどいい。

 

「ところで……この量の食事を一気にとる事に意味があるのですか?たしかに、柴葉トレーナーの言うことに一理はありますが……」

 

「そうねぇ……ビワハヤヒデさんは翌日立ちたくないと思うほどの疲労を溜め込んだ事はあるかしら?」

 

 彼女は私の唐突な質問に困惑している。私は知っている。筋肉痛と疲労感で学園に登校するのも苦痛だった。あの地獄の様なランニングの日々を。

 

「いえ……ありませんが。しかし、たしかに疲労はあれどそこまでではありません」

 

 今はそうでしょうね。初日のトレーニング。尚且つ自分達が憧れるウマ娘たちとの共同。自分達が思っている以上にアドレナリンが分泌されて疲労を感じにくいはず。

 

「きっと明日の朝には分かるわ。それよりも……この料理をどうにかしないとね」

 

 疲労感の地獄は味わったことはあった。まさか満腹で苦しくてこんな目に合うとは思わなかった。

 

 

 みんなが各々食事を摂る中。俺はキタサンとダイヤが目に付いた。2人は少しづつだがしっかりと食事を取っている。

 

「2人共あまり無理はするなよ?たしかまだ小4だろ?」

 

 あくまでもこれは高学年とトレセン組を想定したトレーニングだ。2人の歳じゃかなりキツイはずだ。今日だって合計30kmは走っていたはずだ。

 

「いえ……小さいからと言う理由で甘やかさないでください!私たちはスカイさんたちとトレセン学園で一緒に走りたいんです!」

 

「その通りです!」

 

 2人はそう言って食事に再び手を付けた。そうか……2人はそれだけの覚悟を持ってこの合宿に参加してきたんだ。

 

「そうか。それはすまなかった。だったら少しだけアドバイスだ。今日は早く寝て……少し早めに起きるといい」

 

 2人は首を傾げていたがこれは重要だ。睡眠は疲労回復にも肉体強化にも必要なことで、朝は早く起きないと体のエンジンがかかるのにかなり時間がかかるからな。体を起こす時間もな。

 

 晩御飯も無事食べ終わり就寝時間になった。明日から合宿本番だ。何人が明日一日を乗り越えられるかな。



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第103話本番!夏合宿

色々な視点からのシーンを描いてたらまた長く……


 朝起きてスタートラインに向かうと1人のウマ娘がいた。まさか、朝のあの筋肉痛を乗り越えて来たのか!

 

「どうしたんだタイシン」

 

 そこに居たのは想像もしていなかったウマ娘だ。今までに走ったことの無い距離。それにより疲労の蓄積。しかも体にエンジンがかかりにくい早朝に……その倦怠感の中スタートに立ったか。

 

「別に……昨日他の娘に差をつけられちゃったから。早くから走っちゃダメって書いてなかったし」

 

 たしかに、早朝から走っても夜中に走っても走行距離はカウントされる。むしろこのトレーニングのキモの1つと言ってもいい。

 俺は悩んでいた。個人的にタイシンには期待していた。しかし、まだチーム未加入の上に小等部。1人だけ贔屓していいものかと。

 

(確実に伸び代はある……)

 

 そうだ、伸び代はあるんだ。だったら、それを伸ばしてやらないとトレーナーとしてダメじゃないか。

 

「なら、今朝はローペースで走るんだな。自分でも分かってるだろう?自分の体に負荷がかかってることくらい」

 

 並の精神じゃこのスタートに立てない。何か自分を支えてくれる高いモチベーション。それがあるからこそタイシンは走ってる。

 

「追いつきたいやつが居るなら距離を埋める為に朝の時間を使え。追い抜かれたくないならそのためのアドバンテージを作るんだ」

 

 俺はタイシンに助言をしたが、プイっとそっぽを向いてスタートした。そう、ゆっくりと軽くこちらに手をあげながら。

 次にスタートに来たのはスズカだった。まぁ、想像通りと言えば想像通りだ。せっかく早朝から走ることが許されてるんだから、その機会を逃さないとは思ってた。でも……それだけじゃないだろう?

 

「スズカ随分と早いじゃないか」

 

「トレーナーさんおはようございます」

 

 スズカは昨日の疲労を感じさせない程涼しげな顔で早朝の空気を楽しんでいた。

 実際に早朝の気温は昼間よりも低く、長い距離を走るのには適した環境ではある。日も余り出てないから余計にな。

 

「どうしたんだ。スズカは昨日のペースを見る感じ朝に走るとしてもここまで早朝じゃなくてもいいだろうに」

 

 俺の言っていることは事実だ。昨日の昼と夕方だけで100kmスズカは走っている、ここまで早い時間から走らなくても1000km走破は問題ないはずだ。

 

「たしかに……このまま行けば私は1000kmという距離を走りきれると思います。けど、今日からはミークちゃんと走行距離に差がで始めます」

 

 ミークは短距離から長距離まで全ての距離に置いて適正があると聞いた。スズカには長距離の適性がない。そうなると、いずれミークとの走行距離に差が出る。

 

「トレーニングだから勝負に拘る必要なんて無いかもしれない……でも私負けたくないんです!このミークちゃんと一緒に走れるトレーニングを全力で楽しみたい!」

 

 その瞬間スズカから威圧感とはまた違った圧を感じた。強者から感じる圧……勝負するウマ娘から感じる圧。

 宝塚記念からその兆候は見られた。今までのスズカは走ることを楽しんでレースに挑んでいた。レースの空気感、会場。しかし、今のスズカはライバルと共にその大舞台で走ることにも楽しさを見出している。

 

「そうか……なら走れ!その分だけお前は強くなれる!」

 

「はい!」

 

 スズカがスタートしてから少ししてスカイとキングの2人がやってきた。初日には言ってなかったが、この2人には1000km走破だけじゃなくてもう1つの目標があるからな。

 

「2人とも良く来たな」

 

「私は問題ないわ。どちらにせよこのくらいから走るつもりではいたもの」

 

「いや〜キングはやる気満々だね」

 

 キングはやる気満々だし、スカイも何だかんだ言って体のスイッチはついているな。

 

「いいか。お前ら2人はダービーでスペに負けた」

 

 2人の雰囲気が一気に締まった。ダービーでスペは2人を上回った。完全な実力差で敗北したんだ。スピード、パワーのどちたもスカイとキングを上回ってた。

 

「スカイも次は長距離で有利だと思って油断するなよ。スペは恐らく長距離にも適正がある。2500mとかじゃなく、3000mや3200mも走れるだろうな」

 

 クラシックの夏は重要な時期だ。ここで一気に成長して秋から冬にかけて頭角を表しだすウマ娘も少なくない。

 

「この1000km走破するまでにスズカとミークに追いつけ。それがお前たちの目標だ。それが出来ないなら……菊花賞厳しいぞ」

 

 スズカの長距離適正は高くない。その上ミークもトレーニングの範疇のスピードで走っている。それに追いつけないなら菊花賞負ける可能性は十分にある。

 

「この夏で成長しろ!お前たちにはまだまだポテンシャルが残っている!」

 

「「はい!」」

 

 気合いを入れ直して2人もスタートした。しばらくしてから続々とほかのウマ娘達も目を覚ましランニングを始めた。

 

「おはようございます。チームの様子はどうですか柴葉さん」

 

 起床した葵さんもスタート地点の様子を見に来ていた。南坂さんはもしもの為に車でコースを回っている。

 

「スズカもやる気十分ですし、スカイとキングも目標を設定しました。それでもダメなようなら……厳しいでしょうね」

 

「サイレンススズカさんのかげでミークもやる気が上がってます。グラスさんもセイウンスカイさんとキングヘイローさんに刺激されてます」

 

 スズカのライバルと走る事への想いが刺激されていいトレーニングになる。その2人を追いかけるスカイとキング。スズカとミークも油断してると追いつかれるぞ。

 

「それにしても、スマートファルコンさんは想像以上に走れますね。まだチームに入ったばっかりと聞いてたのに」

 

「ファルコの実力は高いです。それに、ポテンシャルもある。長距離こそ今は苦手ですが短距離から中距離まで走れる……スピード、スタミナ、パワー申し分無しです」

 

 ウマドルを目指して何をしていたのか前に聞いたことがある。センターに立つ為には1着を取らないといけないから!走るトレーニングも怠ってないとのことだ。

 その後は特に動きもなく早朝トレーニングは終わった。流石に初日の早朝に大きな動きは無い。そのまま朝食のために食堂に向かった。

 

「朝食は今日1日動くために必要なエネルギー源だ!早朝トレーニングに参加した者は特にしっかり食べるように!」

 

 朝食は各々量を調整出来るようにバイキング形式だ。朝食の過剰摂取は昼のトレーニングに関わるからな。各々が適切な量を食べるのがいい。

 

「葵さんのチームの娘って結構な量食べますよね……」

 

「えっそうですか?」

 

 そういう葵さん本人も結構食べてるしな。ライスに関してはスペ程では無いにしろ凄い量だ。ハルウララもライスに釣られて凄い食べてるし。グラスもスペと昼食を食べてるせいか並のウマ娘よりも食べている。

 

「それに比べてうちのチームは控えめだな」

 

 恐らくはいつもの朝食よりは食べてる方だとは思う。しかし、ライスなんかの量が多すぎるが故に少なく見える。

 

「メジロマックイーンさんなんかはもっと食べると思っていました」

 

 そう言いながら南坂トレーナーが俺の横に座ったが……彼の朝食の量も凄かった。葵さんと南坂さんに挟まれて肩身が狭い。

 

「マックイーンは普通よりは食べますけど……あくまでマックイーンが好きなのは甘いものですからね。別腹というやつらしいです」

 

 そして、昼トレーニングから展開が変わった。スカイは昨日よりもペースを上げて、キングは1回の走行距離を伸ばした。マックイーンもライスとの差を広げ始めていた。

 

「合宿も本番って感じですね。全員がコースに慣れ始めてペースを上げ始めました」

 

 南坂さんの言う通り、全体的に目立つウマ娘はペースを上げた。だが、昨日よりもペースが落ちてるウマ娘も多い。1部は昨日の披露から立ち直れていないもの。そして、残り少数は合宿を耐え抜くという言葉を履き違えてるものだ

 

(耐えろって言うのは何も走ってればいいと言うもんじゃない)

 

 元よりこのトレーニングは楽をしようと思えば楽が出来る。スカイとキングなんかは目標を設定しているから別だが、スズカなんかは早朝から走らなくても問題ないからな。

 

「今日からは自分を如何に追い詰め耐えられるかの勝負です」

 

 

 昼は何の問題もなかった……だけど、昼食を食べた後くらいからチケットとハヤヒデに追い付けなくなり始めた。

 

(2人とも全くペースが落ちてない……私はペースに合わせるので精一杯だけど、2人にとってはこれが自分の走りやすいペースなんだから当たり前か……)

 

 コースの中間に差し掛かろうとするところで私は2人から遅れ、スタミナ的にも結構きていた。

 

「ハヤヒデ!タイシンが!もう少しペース落とさないと!」

 

 チケットはハヤヒデに訴えかけるが後ろを振り向く事はなかった。

 

「タイシンは追い付けないなら見捨てても良いと言っていた。だから……置いていく」

 

 そう……この共走の条件は私も引っ張って、もしもついて行けない時は切り捨てても良いということ。それが満たせないなら置いてかれても仕方ない。

 

(今は休もう……これ以上無理について行っても、その後に倒れてちゃうから)

 

 いくらついて行っても倒れてしまったら本末転倒だ。無茶だけはしちゃダメ……

 私はその周の中間で次に2人が来るのを待った。今は確実に2人の背中を追うんだ!

 

 

 私はスマートファルコン!今は夏合宿で走ってる真っ最中!最初はグラスちゃんの後ろを走ってたんだけど、気がついたらあっという間に置いてかれちゃった。

 

(もう少し頑張れば距離を走れるかもしれないけど……)

 

 汗をダラダラ垂らしてダラしない顔で走るのはウマドル的にNGな気がするし……どうすればいいかなぁ。

 私は一旦休憩するためにコースから離れた。ドリンクを飲みながらタオルで汗を拭き取って日陰で休むことにした。

 

「ファルコお疲れ様。どうだ調子は」

 

 休憩中にトレーナーさんが私の横に座った。

 

「見てる感じ足には余裕ありそうだけど。どっか調子悪かったりするか?」

 

 どうしよう……トレーナーさんには本当のこと言った方がいいのかな。でも、理由が理由だし怒られちゃうかな。

 

「うーんファルコ普通に疲れちゃって……調子は絶好調だよ!」

 

 流石に騙せないかなぁ……トレーナーも呆れた顔でため息ついてるし。

 

「お前を担当し始めたのはつい先日のことだ。でもな、昨日の走り見てればグラスワンダーについて行けなくてもペース落として走れるのは分かる」

 

「怒らない?」

 

「サボりとかなら怒るが……理由があるなら怒りはしないさ」

 

 怒らないって言ってるし大丈夫だよね?でも、サボりって言われてもおかしくないよね。

 

「えっとね……ファルコ的にはウマドルが笑顔をやめて、崩れた顔でぐしゃぐしゃになるのはngかなって……ほら、周りに人がいっぱい居るから」

 

 怒られるかと思った。けど、トレーナーさんは私の頭に手を乗っけた。

 

「気にするな。それがお前の想いなんだろ?」

 

 トレーナーさんはそう言うと腕を組んで考え事を始めた。

 

「だけど、トレーニングの量を減らす訳にはいかない」

 

 そうだよね……周りのみんなは頑張ってるのに私だけっていう訳にははいかないよね……

 

「本当は余り良いことじゃないが……夜走ることも出来る」

 

 えっこんな理由なのに。それでもトレーナーさんはそこまで考えてくれるの?

 

「早朝はみんな走りに出てるからな……いや、気温も低いし日も昇ってないから大丈夫か」

 

「いいの?自分で言っておいてだけど……トレーナーさん的には怒るところじゃないの?」

 

 すると、トレーナーさんは少し難しい顔をしていた。何かを伝えようとはしてるけど上手く言葉にできないみたいな感じ?

 

 

「俺はな、走る信念って言うのは大事なことだと思ってる。スズカなんかは走ることに楽しさを強く見い出してる。だからこそ俺はスズカに好きな走りをさせられる……」

 

 走る信念……私がレースで勝ってウマドルになりたい!みたいなものかな。

 

「ファルコは走ることで人気になってウマドルという目標に向かって努力してる。なら、それを否定しちゃだめだ。そうすると、ファルコ自信が何の為に走ってるか分からなくなるだろ」

 

 なんの為に走ってるか……私はレースで勝ちたい。そして、ライブでみんなに笑顔になって欲しい。私がキラキラしてそのキラキラで少しでも元気になって貰えたらな。もちろん!ウマドルっていう存在に憧れてるのが大きいかもだけど!

 

「だからお前は早朝と夜に誰よりも努力しろ。昼間に必死な姿を見られたくないって言う想いがお前にあるならそれでもいい。けど、今はみんなが必死に努力してる……必死じゃないやつにそういう奴らと競い合うのは難しい。だから、みんなが見てないところで必死に努力するんだ」

 

 それを聞いて私はなんだか嬉しい気分だった。自分の事じゃないのに、まるで自分のことみたいに考えてくれて……あっ!ファン1号さんだから当然だよね!

 

 

 ファルコにアドバイスをしてから、特に何か起こることも無く昼トレーニングと夕方のトレーニングを終えた。夕食も食べ終えて夜のトレーニングが始まった。

 

「そう言えばこのトレーニングが終わってから2日ほど休みを取るんでしたっけ」

 

「そうですね。流石にこれだけハードなトレーニングの後に休み無しは厳しいでしょうし」

 

 葵さんの言った通り、このトレーニングのあとは2日間という少し長めの休日を入れる。疲労が完全に抜けきるかは分からないが……それ以上長い休みを取ると、せっかくの集中力が途切れてしまうかもしれない。

 

「その休日中に近くで縁日が開かれるそうですよ?折角ですし誰かと行ってみるのもいいかもですね」

 

「そうですね……でも、ハードトレーニングのあとの休日くらいトレーナーとじゃなくって友達とかと一緒に居たくないですか?」

 

 合宿中は朝から晩までトレーニングで俺が居る。それなのに、休日まで一緒だと気が休まないだろう。しかし、何故か俺を見て葵さんはため息をついていた。

 理由を聞こうと思ったが、ちょうど時計が9時を回ったのでトレーニング終了のアナウンスを始めた。

 

「これ以上暗くなると怪我のリスクもある!明日に備えて休むように」

 

 そして、もう1つのアナウンスも忘れないようにしないとな。

 

「もう1つ小等部メンバーには連絡だ。明日の朝に南坂トレーナーに頼んで車を出してもらう予定なんだが。リタイアするものはその車に乗ってくれ。明日リタイアしない者は、残りの4日間も参加する者と判断する!」

 

 流石に辺りがザワついた。一応はオープンキャンパスの一環として合宿参加を行っている。それを途中でリタイアというのは入学時に影響があると思ってる娘もいるだろう。

 

「明日リタイアしたものを俺たちは責めたりしない。もちろん、学園入学試験などの時に影響もでないし、オープンキャンパスには参加したことにする……明日の朝までよく考えておくように!」

 

 そして、ほとんどのメンバーが解散した。俺を除いた3人以外は。

 

「ファルコには事前に伝えてはいたが……キングとタイシンも残るとはな」

 

 タイシンはビワハヤヒデとウイニングチケットに距離を離された。キングはスズカ達に追いつかなきゃ行けない……そして、スカイに付けられた差を無くさなければならない。

 

「私はスカイさんほどのスタミナがない……それは、明日以降から顕著に出るでしょうね。だからこそ、私は走らなきゃいけないのよ。その力の差を埋めるために」

 

「元々の距離差もあったし……今日は結局着いてけなかった。そのためには走るしかない」

 

 キングとタイシンの言うことはもっともだ。トレーナーとしてその意図を汲んでやりたいとも思う。だけど……

 

「キングは条件付きで許可をしてもいい。ただ、タイシン。お前には許可を出せない」

 

「なんで!私が小等部だから!?」

 

「そうだ」

 

 俺の返答にタイシンは押し黙った。正確には年齢が問題ないわけじゃないんだけど。

 

「夜は明かりが少なくて危険も多い。俺が車を出してライトを焚いて後方から追うが……見られるのは1人だけだ。何よりもタイシン。ここで走ったとして、お前は明日のトレーニングを耐えられるか?」

 

 実力不足とオーバーワークが重なればどんな無茶をするか分からない。タイシンは早朝からも走ってるから、夜は睡眠を取って疲労回復を優先するべきなんだ。

 

「それは……」

 

 タイシンは悔しそうな顔をしつつも納得しきれずにいる。自分の実力不足もオーバーワークも分かってるはずだ……それでも、速くなりたいという強い意志がそれを納得させてくれない。

 

「なら、タイシンにも条件を出す。2人から少しでも遅れ始めるか、無理をしていると俺が判断したら直ぐに回収する。これが最大限の譲歩だ」

 

 とりあえず、タイシンはその条件で納得してくれた。正直あまりしたくはなかった。これがタイシンに良い影響を与えるか悪い影響を与えるか分からないからだ。けど、今のモヤモヤを抱えたままじゃタイシンはこの合宿で成長出来ない……俺はタイシンというウマ娘を深くは知らないが、彼女の情熱的な想いを信じることにした。

 

「次にキング。お前にも本当は走って欲しくないんだぞ?」

 

「分かってるわ……本当は疲労回復に努めるべきだって。でも、菊花賞でスカイさんたちに勝つためにはここで壁を超えないといけないのよ」

 

 キングの覚悟も決まってるか……ただ、彼女の言うことも正しい。今のままじゃ菊花賞の3000mという距離でスカイやスペには勝てない。

 

「先頭を走るのはファルコだ。キングがファルコを追い抜くことは禁止する」

 

 これはあくまで、昼間にスタミナを温存しているファルコのためのトレーニング。キングがしっかりと走ればファルコが追いつけないのは分かってる。だから、ファルコを追い抜かないことが条件だ。

 

「あと、これは条件とは少し違うが。夜の走りでは軽いステップを意識して走れ」

 

 さっきの条件にはあっさりと納得した様子だったが、こっちの方はあまり理解できない様子だ。

 

「キングの走りは極端に言えばスピード特化の走りをしてる。何よりも、お前のそのパワーによる踏み込みの強さは、爆発的なスピードを生むと同時に足に疲労も蓄積される。中距離までなら体力だけでどうにかなるかもしれないが、長距離以降は何か技が必要だ」

 

 キングの今の走りじゃ長距離を走る上では負担がかかりすぎる。キングにスカイみたいな長距離適性やスタミナがあれば話は別だがキングはそうじゃない。なら、その走りに長距離用の何かしらの工夫が必要だ。

 

「ファルコの後ろを走るならペースをセーブすることになるだろう。だから、ステップを軽くするイメージで走るんだ」

 

「全く……フォームを変えたり走りを変えたり忙しいわね」

 

 キングは呆れ混じりにため息をついた。それに釣られて俺も苦笑いしてしまった。普通ならここまでフォームを弄ったり走り方を変えたりすることは無い。

 

「そりゃ、全距離G1で1着なんて取るんだから……これくらいはやらないとな」

 

「っふ……その通りね」

 

 キングの目にはやる気が満ち溢れていた。そのくらい直ぐに出来るようになってやるわと言わんばかりの態度でスタートに立った。

 

 

 スタートした直後から私は驚愕してた。スマートファルコンさんのことは詳しく知らない……だけど、これがトレセン学園の実力なんだって。

 ほぼ自分の全力を出てた。それでも付いて行くのが精一杯だった。そして、疲れた体で全力で走れば力尽きるのもあっという間だ。

 

「タイシン……ここまでだ」

 

 スタートからたった4km。コースの半分を走ることも無く距離を離された。

 

「やっぱり私には無理なのかな」

 

 つい弱音を吐いてしまった。実力不足は自覚してたけど、まさかここまでの差が出るなんて思わなかった。

 

「キングは元々長距離だったら今のタイシンよりも遅かった」

 

 私が俯いていると、トレーナーが語り出した。

 

「まさか……お世辞はやめてよ」

 

「これはお世辞を言ってるんじゃない。言い方が悪かったか。キングが遅かったんだ」

 

 キングヘイローさんが遅かった?そんなバカな。皐月賞では1着を取って、ダービーでは僅差で2着……菊花賞でも1着を狙ってるような人なのに。

 

「中距離なんか走れないって言われた。最強に皐月賞では勝てないと評価されていた……だけど、キングは成長した。そして、追い抜いて証明したんだ自分の実力を」

 

 私はキングヘイローさんの実績は知ってるけど、あの人の過去を知ってるわけじゃない。だから、トレーナーの言ってることは本当なのかもしれない。

 

「タイシンも今成長しているんだ。無理をするのは良くない」

 

「でも……今日追い付けなかった。負けたんだよ?」

 

 悔しかった。自分の実力が2人よりも劣っていると明白になった。認めざる負えないから。

 

「負けたのはレースじゃない。トレーニングだ」

 

 分かってる。でも、悔しいものは悔しい。例えそれがトレーニングでも負けたんだから。

 

「それでも負けたことが悔しいなら……最終日までに2人を追い抜いてやれ!今勝てなくたっていい。最初負けてても最後に追い抜けばお前の勝ちなんだから」

 

 最初に負けてても最後に追い抜けば……そっか、これはトレーニングだからそのチャンスがあるんだ。

 

「お前は今成長しようとしてる。デビューはおろかトレセン学園に入学もしてない歳だ。周りを追い抜くチャンスなんてこれからいくらでもあるんだ。今は焦る時じゃない。自分の実力にあったトレーニングで着実に地盤を固めることだ」

 

「分かった……あのさ、ありがとう」

 

 これを伝える為に私に走ることを許可したんだ。しかも、私がトレセン学園に入ることを確信しちゃってるし。

 私は思わず笑ってしまった。そこまで自分のことを評価して貰えて嬉しかったのもあるけど……なんでかな、この人がトレーナーっていうのに違和感を感じない。

 

「いいんだ。この経験もお前の力になる。だから来いよトレセン学園」

 

 こうして、来年の新たな蕾は芽吹き始めた。各々が自分の目標を再設定し、その目標に向かって歩んで行く。

 

 



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第104話:厳選!残った精鋭たち!

 2日目の早朝トレーニングに来た人数は昨日からガクっと減っていた。昨日リタイア者は今日中にリタイアを決めろって言ったからな。

 

(これは殆ど残らないな……)

 

 案の定朝食後に殆どのメンバーがリタイアして行った。残った小等部は……5人だけか。

 

「今朝の時点で多くのリタイア者が出た」

 

 食堂に今残ってるメンバーを全員集めて集会を始めた。現状の把握と軽いミーティグのために。

 

「現在残ったのは、ナリタタイシン、ウイニングチケット、ビワハヤヒデ、キタサンブラック、サトノダイヤモンドの5人だけだ」

 

 たったの5人。トレーニング中のアドバイスも殆どないし、やることは1000kmを走る目標だけ、モチベーションなんてゴッソリとえぐられてただろうな。

 

「ナリタタイシン!お前はいまなぜここにいる?」

 

 俺の唐突な質問に周りがザワつく中、冷静にタイシンは答え始めた。

 

「私が速くなるため……ライバルを追い抜くため」

 

「ありがとうタイシン」

 

 たった2日間の間に目標を設定し、ライバルと言える存在ができている。賞賛に値するだろう。

 

「ほかのメンバーが脱落したのはトレーニングを見てくれないから、トレーニングがキツイから、俺らのチームに興味がなかったの3つだ……だが、G1出走ウマ娘の走りを生で見たり、トレセン学園の生徒と走ることが出来る……これだけでも十分すぎるメリットがこの合宿にはあった」

 

 他にも同世代と共に走ることでのモチベーション向上。自分の今の実力を知ることも出来るし、こちらからのバックアップありの万全なトレーニング環境だ。

 

「ここからは、俺を含めるトレーナー3人で走りに対して口を出すこともある。必要だと思ったことはしっかりと取り入れることにしてくれ」

 

(まぁ……俺は既に結構口出しちゃってるけどな)

 

 元々質問が来たら答えるというスタンスでやっていたが、俺はタイシンに結構深入りしてしまった。

 

「朝のミーティングは以上だ!2日目でかなり疲労が溜まってると思うが……各々の目標のため頑張ってくれ!」

 

 

 そして、昨日のようにトレーナーも2チームに別れてトレーニングの監督を行っている。昨晩も走ってたファルコとキングも疲労は残ってなさそうだ。

 

「マックイーン休憩か」

 

「えぇ……流石に夏の暑さの中での長時間のランニングは体に堪えますわ」

 

 マックイーンはドリンクを持って日陰の方に休みに行った。俺にもそれについて行く。

 

「マックイーンは辛くないか?」

 

 俺の質問にマックイーンは首を傾げた。少し言葉足らずだったな……

 

「スズカやスカイなんかは目標を持たせて走らせてる……だけど、マックイーンには何を示してやればいいかわからなかった。申し訳ない」

 

 俺の心配を他所に、マックイーンは何も思ってないように汗を拭っていた。

 

「ここには私が追うべき相手も、私のことを追う相手もいますわ。それだけで頑張るには十分だとは思いませんか?」

 

 マックイーンの目には強い想いが宿っていた。

 

「私もスズカさんやスカイさん、キングさんのようにこのチームを代表するウマ娘になってみせますわ!」

 

(それに……私には負けられない相手がいますし)

 

 道を示さなくても自分で我が道を歩むか……さすがはメジロ家の令嬢と言うべきか。トレーナーとしては少し寂しい気がするが。

 

 合宿2日目はその後問題なく進んだ。昼食を済ませて夕方、晩のトレーニングでもリタイア者や怪我人も出なかったが……問題は3日目の午後に起きた。

 

「トレーナーさん!ダイヤちゃんが!」

 

 ダイヤがキタサンの肩を借りながら2人でスタート地点に戻ってきた。俺は急いで2人の元に駆け寄った。

 

「どうした!?怪我か!?」

 

「ここより少し前で足をつっちゃったみたいで……何とか足は伸ばしたんですけど」

 

 疲労とこの暑さにやられたか……この周回に入る時は大丈夫そうだと思ったが。もう少し目を光らせて見ておくべきだった!

 

「ダイヤ痛むか?」

 

 彼女の足を軽く触った。筋が張っていて、かなり筋肉を酷使していたのが分かる。

 

「ッツ……痛いです」

 

 触っただけで痛いか……骨などには異常はなさそうだし、怪我に直接繋がってるわけじゃない。しかし、これ以上の運動は確実に怪我に繋がる。

 

「サトノダイヤモンド……ここでリタイアだ」

 

 瞬間にダイヤは焦ったように俺の腕を掴んだ。

 

「待ってください!合宿はまだ終わってない……キタちゃんだってまだ走ります!私だって少し休めば!」

 

 俺は首を縦に振らなかった。ここまでの肉体疲労……普通に走っていれば俺が気づいてたハズだし、本人が気づいていなければフォームなどもブレる。しかし、前周のダイヤのフォームは綺麗だった。

 

「ダイヤ……お前隠してただろ。自分の足が限界に近いと気付いてて」

 

 ダイヤは押し黙った。やっぱり図星だよな……ダイヤはまだ子供だ。ここで強く言うのは可哀想だが、合宿に参加している以上は俺が言わないといけない。

 

「いいか?お前のその行為は危ないことだ。今回は何も無かったが怪我……いや大怪我に繋がっていた可能性だってある。近くにキタサンがいたからよかったが居なかったらどうするつもりだ!」

 

「ごめんなさい……」

 

 ダイヤは目に見えるように落ち込んでいた。ここまで頑張って走っていた……その行為を注意されることになったから。俺もそのやる気は褒めてやりたい。だが、怪我に繋がるほどのオーバーワークを俺は注意する義務がある。

 

「ダイヤちゃんはここで休んでて?私は走ってくるから……ってあれ?」

 

 さっきまで座っていたキタサンが立ち上がろうとしたが、上手く力が入らずに座り込んでしまっていた。

 

「あれ可笑しいな……上手く力が」

 

 キタサンの足は震えていた。彼女もほぼ限界状態だったんだろう。この合宿で気分も上がって疲労を忘れる程に必死に走っていた。ダイヤが無事だと分かって安心した所に、体が疲労に一気に気がついたんだ。

 

「キタサン……お前もリタイアだ。その限界な状態でよくここまで走った。さっきの話を聞いていたなら……分かるよな?」

 

 彼女は無言で頷くと落ち込んでショボンとしていた。けど、しっかりと納得はしたようだ。

 

「歩けるようになるまでここでアイシングをして、そのあとは宿舎に戻ってゆっくりと休んでくれ。お前たちは本当に良くやったよ」

 

 2人の頭にポンっと手を乗っけると2人は泣き始めてしまった。自分たちはここまでだというのを改めて実感して悔しかったんだろう……この歳でここまで悔しがって挫折を味わったなら、この2人はトレセン学園に入るまでに確実に力をつけるだろう。

 

 

「小等部のお2人はリタイアですか……頑張っていたのに」

 

 葵さんは名残惜しそうに2人を見送った。頑張る2人に好印象を持ってるのは俺だけじゃない。

 

「むしろ頑張りすぎでこれ以上は怪我になりますから……流石に止めざるを得ません」

 

 脱落者はそこから出ることはなかった。スカイはスズカ達を射程圏内に捉えて、タイシンも小等部先頭の2人を捉えた。しかし、キングが少し厳しい。夜のトレーニングで距離を縮めてはいるが……あと2日目で追いつき切れるか。明日が追いつく最後のチャンスになるだろう。



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第105話:交差する想い!最終日に向けて!

 さぁ、合宿四日目。最終日の明日に向けて各々が準備を整える頃だ。スカイとキングは今日中にスズカ達に追いつかないといけないし。タイシンはチケットとハヤヒデから離されたらダメだ。

 

「「トレーナーさんお願いがあります!」」

 

 俺の横にはキタサンとダイヤの2人がいた。2人は今朝リタイアで送られたはずだったけど。

 

「私たちは確かに走りきれずリタイアしてしまいました!でも、この空気を少しでも多く味わっていたい!この感覚を忘れたくないんです!」

 

「私もです!この環境でどうにかまだ強くなりたいんです!お願いします!」

 

 キタサンとダイヤの意思は強いな……2人とも走るとは一言も行ってないから大丈夫か……

 

「分かった!俺が2人の筋トレを見てやる。少しでも強くなれ!」

 

「「はい!」」

 

 2人には特製の筋トレメニューを言い渡した。もちろん足に負荷がかからない物を選んだ。

 

「おいブルボン止まれ!」

 

 俺はスタートラインを、そのまま通り過ぎようとするブルボンを呼び止めた。ブルボンはまだ15kmや20km連続で走ることは厳しい。今なんか10kmも厳しいはずだ。

 

「足を見せてみろ」

 

「マスター。私の足には異常はありません」

 

 ほう?異常なしか……そう言うブルボンの足を触ると明らかに熱を持っていた。

 

「無理はするなと言っただろう……」

 

「しかし……私は周りと差があります」

 

 1度は取り戻した冷静さ。しかし、この環境がブルボンに熱を付けたか。

 

「気持ちは分かるが……これ以上やってたら怪我をしていた。今は基盤を作る時だ。分かってくれブルボン」

 

 怪我をしたら元も子もない。頑張るのは才能だ。けど、頑張り過ぎれるのも困りものだな……

 

「今日怪我したらこれからあるトレーニングにも影響が出るだろ?」

 

「マスター……それはつまり」

 

 そう、俺はもうブルボンのことを認めている。認めているからこそ裏切らないで欲しいとも思ってる。

 

「今からは5km事に休憩を取れ。それを守ることが出来れば晴れてチームメンバーだ」

 

 彼女はこれから確実に強くなるだろう。ブルボンのスピード力は天性のものだ。ここからスタミナを中心に伸ばしていけばデビュー頃にはかなりの実力者になる。

 

「今回の休憩時間は少し長めに取るようにしてくれ」

 

 

 この4日間タイシンとチケットと共に走り続けてきた。今朝、走行距離を見たらタイシンは私たちに追いついていた。彼女たちと長く関わってきたわけじゃない……たった4日間の関わりかもしれないが、分かったことが一つだけある。

 

(彼女たちは本気だという事)

 

 チケットは初日から私から離れることはなかった。タイシンに至っては追いついて来るとも思っていなかった……しかし、結果はどうだろう。チケットは未だに私の後ろに着いてきているし、タイシンは追いついてきた。

 そして、その本気に私も応えなくてはならないといけない。最終日前日の今日。1度でも突き放されれば追いつくチャンスはもう無い!

 

「ちょっと!ハヤヒデペース上げすぎじゃない!?」

 

 そう言いながらもチケットは私の後ろに付いてくる。タイシンも無言でその後ろを追う。

 

「私はお前たちを戦うべきライバルだと思った……それと同時に負けたくないと思ったのさ!」

 

 私はもう一段階ペースを上げた。彼女たちを突き放すためのペースアップのつもりだった……それなのに私の横に2人が飛び出した。

 

「面白いじゃん……突き放せるもんなら突き放してみな!」

 

「私はまだハヤヒデとタイシンと走ってたい!」

 

 

 次にあの2人の背中が見えたら……やっと追いつける!ここまでかなり無理してペース上げて来たけど、1回くっついちゃえばかなり楽になるはずだ。

 カーブを超えると2人の影が見えた。私はそのまま2人の後ろに付いた。

 

「スズカさんにミークさん!おまたせしました!ちょ〜っと天気が良かったのでセイちゃんお昼寝しちゃってましたよ」

 

「ふふ、待ってたわよスカイちゃん」

 

「これで後はキングさんだけ」

 

 ミークさんはキングちゃんが来ると思っている。夜も走って距離を縮めているとは聞いてるけど……このままのペースだとキングちゃんはギリギリ明日までに追いつけない。

 

 

 昼のトレーニングを終えて時間は夕方に差し掛かっていた。そのタイミングでグラスが休憩に入った。

 

「グラスさん」

 

「はい……」

 

 そこへ葵さんが歩み寄り名前を呼んだ。グラスはそれで耳をショボンとさせていた。

 

「分かりますよね」

 

「っツ……分かり……ました」

 

 グラスはとても悔しそうな顔で俯いてしまった。彼女は怪我明けでまだ本調子ではない……リタイアということだ。

 

「焦る気持ちは分かります。ですが、夏合宿はまだほぼ2ヶ月残っています。今は休みましょう」

 

「スカイちゃんやキングちゃんに距離を離されれば離されるほど実力の差を思い知らされます……もう追いつけないんじゃないかって……!」

 

 グラスは泣いていた。同期に大事な時期に差を付けられたという悔しさ。そして何よりも、もう追いつけないかもという不安に押し潰ぶされそうなんだ。

 俺は葵さんとアイコンタクトを取り、無言で頷いた。葵さんも意図を理解してグラスの方を向き直した。

 

「ほら行きましょう。宿舎までついて行きますから」

 

 グラスは賢いウマ娘だ。だが、心はまだ少女。大人である俺たちがしっかりとケアをしてあげないといけない。

 そして、それと同時に俺たちは言うべき事も言わないとならない。

 

「昔より明るくなったんじゃないか?ライス」

 

 俺は休憩中のライスに話しかけた。ハルウララが葵さんのチームに入ってから、彼女はかなり明るくなった。ハルウララが彼女にとって心の太陽的存在になっているんだろう。

 

「うん……ウララちゃんと一緒に居ると元気が貰えて笑顔になれるの!」

 

 トレーニング中、学園生活ではウララとライスはお互いを支え合っているんだろう。だが、レース中は孤独だ。

 

「みんなを幸せに出来るような走りか……ならライスが1着を取ったら1番幸せそうな顔をしてやれ。それが、夢のためファンのため……何よりもライバルの為になる」

 

 俺の言っていることが理解できなかったらしく、ライスは首を傾げている。

 

「レースで幸せを掴むってことは……夢を叶えるってことは誰かの夢が叶わないってことなんだ」

 

 その言葉にライスは同様していた。彼女はまだデビュー前のウマ娘だ。負けた相手のことなんて考えたことは無かっただろう。だが、勝者がいるということは敗者もいるということ……優しい彼女なら必ずいつか対面する問題だろう。

 

「じゃあライスどうしたらいいの……?ライスの走りじゃ誰も幸せに出来ないんだ……」

 

 ライスは今にも泣き出しそうな顔をしていた。自分が走ること、自分が勝つことは誰かを傷付けてしまうと知ったから。

 

「だから、幸せであれ。そういう時は全力で喜べばいい。その姿がファンを喜ばせるし。ライバルへの最低限の礼儀みたいなもんだ」

 

 彼女は頭に?マークを浮かべて悩んでいる。これは実際に体験してみないと分かりにくいか……

 

「全力で頑張って全力で喜べばいいんだ。その姿で元気づけられる人がいるってことさ。今は難しく考えなくていい……いつか分かるさ」

 

「分かった!ライス頑張るね!」

 

 これは俺が詰めるべきことじゃないな。彼女のトレーナーは俺じゃなくて葵さんなのだから。だけど、一応このことは葵さんに話さないといけないな。

 

「……というわけなんですけど」

 

 俺はライスに話した事を一通り葵さんに話した。

 

「いえ、いつかは話さないといけない内容ですから。ライスさんは優しさ、ウララさんは楽しみ。どちらも彼女たちの立派な長所です。しかし、それ故に気付けないことや対面する問題があります」

 

 ライスはその優しさ故に自分の幸せよりも他人の幸せを願ってしまう。それは良いことでもある。だが、それによってレースでぶつかる問題がある。

 

「ウララさんは走る事を楽しんでいます……体も丈夫ですしやる気もあります。ただ、勝利への執着がありません」

 

 勝利への執着か……スズカも走りを楽しむという根本的な面は同じだ。だけど、スズカは先頭でゴールしたいという勝ちへの意識があった。

 

「ですが……彼女たちはまだ成長途中です。これからのレースやトレーニング、そういった経験で必ず乗り越えるはずです」

 

 葵さんは2人の事を信頼している。2人を見るその瞳に迷いなんてものは感じなかったから。

 

「ところで、キングさんは大丈夫なんですか?スカイさんは先頭2人に追いつきましたが……」

 

 キングの走行距離は3人には少し及ばない。このままいけば追いつけないだろう……

 

「こればかりはキングが乗り越えなければならない問題です。どうにかできるならしてやりたいですが……」

 

 結局夕方のトレーニングでキングが追いつくことは無かった。夜はファルコのペースに依存する関係上厳しい……何か策はあるのか?

 

 

 最終日前日の夜にトレーニングでキングちゃんはピリピリしてた。トレーナーさんからキングちゃんの今回のトレーニングの目標は聞いてたから、何となく理由は想像はつくけど……

 

(私が速く走ればキングちゃんの目標に近づく……)

 

 そんな事を考えていたらキングちゃんの方から私の方に歩み寄ってきた。

 

「ちょっといいかしらファルコさん」

 

「どうしたの?」

 

「あなたまだ全力で走っていないわよね?」

 

 核心を突かれて困惑してしまった。

 

「どっどうしてそう思うの?」

 

「だって、あなたの必死な姿をまだ見ていないもの……理由があるのかしら?」

 

 どうやら全部丸分かりの様だった。私は諦めてトレーナーさんに話したよう、全部を正直に話した。

 

「可愛さ……ね」

 

「あはは……ごめんね?キングちゃんとかは立派な理由があって走ってるのに」

 

 怒られるかな……と思ったらキングちゃんは笑い始めた。

 

「オーホッホッホ!可愛くある……というのがどういうものかは分からないわ。だったら必死な時こそ笑えば良いじゃない。誰かに笑顔を届けたいと思うあなたの笑顔はきっと素敵なもののはずよ」

 

 必死な時こそ笑う……そして、キングちゃんは「それに」と付け加え。

 

「必死に走っているウマ娘は可愛らしいものでは無いかもしれない。でも、どんな時よりも尊く素晴らしいものでは無いかしら?」

 

 ウマドルとして……何よりも競技者としてファンの人達に元気を届ける。私のそんな姿でも元気を上げられるかな。

 

「周りは違うかもしれない。でも、ここにいるみんなはそう考えているはずよ……だから、走りなさい。それが私のためでもあり、あなた自身のためでもあるんだから」

 

 キングちゃんは自分のことで精一杯のハズなのに。それでも私の事を気づかってくれてる。もしかしたら自分のためなのかもしれない……それでも、その姿を私は応援したいと思っちゃったんだ。

 

「うん……!ファルコ頑張るね!」

 

 

 さっきのキングとファルコの話を聞いた。俺には気付けなかったことにキングは気付いた……スズカやスカイ、キングはチームのことをよく見ている。トレーナーとしては不甲斐ないが……このチームは纏まっていっている。

 

(それにしてもいいスピードだな……)

 

 ファルコのスピードは想像以上だった。このままのペースで行けばキングはスズカ達に追いつくことが出来るだろう……このまま行けばだが。

 

(やっぱりスタミナ的に厳しいか)

 

 ファルコの適正距離は大体キングと同じだ。しかし、スタミナ量と技術の差がある。スピードを維持するのにスタミナは消費するし、維持出来る距離は短い。

 

「キング!ファルコ!ここからはローテーションを許可する!ただし、無理に付いて来させるようなことはするなよ!」

 

 そのセリフを待ってたと言わんばかりにキングが前に出た。落ちていたペースも戻りファルコも呼吸を整えていた。

 

 

「ファルコさん。キングの一流の背中を見せてあげるわ!着いてきなさい!」

 

「うん!」

 

 凄い走りやすい。なんでだろう、今はキングちゃんの背中がすごく大きく感じる。風が全然来ないからすっごく走りやすい!

 その後は基本的にキングちゃんが前を引いて、私がたまに前に出て走った。時間いっぱいまで力を振り絞って走りきる。

 

「2人ともお疲れ様。キングは先頭集団にギリギリ追いついた。ファルコも今までで1番の走りだったぞ」

 

 

 私たちはゴール地点で倒れ込んでた。全力で走ったハズなのにまだ走れそうな気がして、それがなんだか面白くて笑ちゃった。キングちゃんもそれにつられて笑い始めて、トレーナーさんは何がなんだか分からなくて困惑してた。

 

「トレーナーさん。最後の1日もファルコ頑張るね!」

 

「あぁ!」

 

 私はその後、お風呂で汗を流してお布団に入るとすぐに眠りについた。明日の為に少しでも体の疲れを取ろうとしようとばかりに。

 

 

 明日は最終日。みんなが身体からアドレナリンがドバドバ出て極限状態で迎える事になる。その状態で何人が殻を破れるか。

 スズカとミーク、スカイとキング4人の大勝負。マックイーンもギリギリ完走圏内。小等部3人の競り合い。どうなるか楽しみだ。



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第106話:勝負!ロング走の決着!

夏バテと文章量でひんしの軽傷です


 早朝スタートラインに着くと、スズカ、ミーク、スカイ、キングの4人が並んでいた。このメンバーは早朝トレーニングの間に走破できる。各々がウォーミングアップを済ませて勝負の準備は出来てるみたいだ。

 

「トレーナーさん。スタートお願いしてもいいですか?」

 

 スズカが俺に旗を渡してきた。この4人の大勝負のスタートを切る。トレーナー冥利に尽きるというか、レースファンからしたらたまったもんじゃないな。

 

「もちろんだ。全員スタートの準備をしろ!」

 

 その一言でその場の雰囲気が一気に変わった。これがトレーニングであることを忘れる程の空気感。全員本気だ。

 

「位置について……よーい!スタート!」

 

 一斉にスタートを切った。見る限り先頭を走るのはスズカ。その後ろにスカイ、ミーク、キングの順番で並んでいる。

 

(このロング走じゃ勝負はラストの数km……そこまでは互いのスタミナの削り合いだ)

 

 そこからは誰一人離れることなく4人は周回を重ねて、ついに最終周に突入した。その時にはメンバー全員が目を覚ましていた。

 

「休憩組とキタサト2人集まれ!」

 

 俺の掛け声に全員がなんだなんだと集まってきた。

 

「今先頭組のスズカ、ミーク、スカイ、キングの4人が最終周に突入した!だから、そのゴールを見届けて欲しい。きっとそれが全員の刺激となる!」

 

『はい!』

 

 この勝負の結末がどうであれ、当の本人たちとそれを見届ける全員に確実に影響を与える。何よりも……見逃すのはあまりにも勿体ないカード揃いだろう!

 

 

 最後のスタートラインを切ってから5km地点を通過した。きっと、最終勝負はレースでもある3000m付近からになるはず……

 

(スズカさんは長距離のレース経験はない。ミークさんは去年の菊花賞に出走してる。キングちゃんは菊花賞に向けて対策はしてるけど……昨日の晩に何とか距離を縮めたってことはきっとかなり消耗してるはず)

 

 私もたしかに消耗してる……それでも、有利なのには変わらないはず。警戒すべきは……

 

「警戒するのはミークちゃんだけだと思ってるでしょスカイちゃん」

 

 スズカさんに話しかけられた瞬間背筋が凍り付いた。それと同時に一瞬緩んだ気持ちが一瞬で締まった。

 

「たしかにスカイちゃんが有利なのには変わりない……でも、それだけなら私もミークちゃんも1着を取れないことは多いの。今日、この時、この状態だからこそ限界は突破出来るの……だから警戒するのは1人じゃないわよ?」

 

「いや〜、それは……気合い入れないとですね!」

 

 油断するな!ここにいるのは修羅場を乗り越えて来た2人と……私のライバルなんだから!

 

 

 私はスタートから出来る限り脚を溜める事に専念していた。私が1番脚を削られてる。スタミナも距離適性もスカイさんやミークさんの方が上……どうすればいいの!考えなさいキングヘイロー!

 

「キングちゃん……私はあなたの気持ちが分かるよ」

 

 前にいたミークさんが私と並走し始めた。相変わらず表情は読み取り辛いけれど、その眼は真剣だった。

 

「私は元々距離適性が広かった……でも、苦手な距離はもちろんあった。短距離とかマイルとか」

 

「私とはまるで真逆ね」

 

 私が得意だったのは短距離とマイル。走れても中距離が関の山だった。

 

「元々走れなかった距離のレース……それもG1に出るキングちゃんにはもう分かってる話かもしれないけど。毎回毎回苦手な距離を走る時はどうするか必死に考える……でも、答えはいつも同じ」

 

 苦手な距離を走るということは周りよりも不利の可能性が高い。そんな中で出来ること。

 

「「その時に出来ることをやり尽くす」」

 

 結局周りより出来ることは少ない。なら、自分の持っている全てのカードを切って走るしかない……全力で全て出し尽くす。簡単なことよね。

 

「やっぱり分かってた。先輩らしいことって難しいね」

 

「そんな事ないわよミークさん。なんだか余計なモヤが晴れた気がするもの」

 

 出来ないことは幾ら考えても思いつかないわ。だから、出来ること、時には出来そうな事を駆使して勝負する。

 

 

「そろそろスカイは驚いてるころだろうな」

 

 恐らく5kmは超えて……そろそろ残り2kmといったところだろう。もう既に勝負は始まっている。

 

「スカイさんがですか?」

 

 スカイの事が気になってしょうがないマックイーンはさっきからずっとソワソワしていた。案の定俺の発言に反応していた。

 

「スズカはな先頭を走ってる時は速い。だけど、先頭を奪われそうな時……並ばれてから強いんだよ」

 

 マックイーンはなるほどと納得していた。しかし、ブルボンはイマイチ納得していない様子だった。

 

「ブルボンは最後の直線は誰が競り合うと思う?」

 

「スカイさんとミークさんでしょうか。距離適性とスタミナを考えれば、スズカさんとキングさんは厳しいです」

 

 たしかにブルボンの言う通りだ。距離適性の壁はある。だが、その壁は絶望的な程ではない。スズカは元々適正が少しはあった。そして、キングはジュニアの時から必死にスタミナを鍛えてきた。

 

「答えは全員だ。あいつらは互いにライバルで譲れないものがある。負けたくない、勝ちたいっていう想いは大きな力になるからな」

 

「理解不能……感情論だけでは勝負に勝つことは不可能と考察します」

 

「感情論だけじゃあ勝てないな。でもな、感情論無くして勝ちはない。それを良く見ておくんだ」

 

 

(残り2000m……そろそろスズカさんには先頭を譲って貰おうかな!)

 

 そう思いスズカさんの横に並んでそのまま抜かした……と思ったのに。

 

(抜けない!?ここまで走ってまだスタミナが残ってるの!?)

 

 スズカさんは笑ってた。とても楽しそうに笑ってた。なのに……どうしてこんなに迫力があるの!?

 

「私ずっと待ってたわ。キングちゃんとスカイちゃん……あなたたちが私の横に並ぶ時を!」

 

 瞬間、スズカさんがスピードを上げた。私とキングちゃんはその加速に反応出来なかった。けれど、ミークはそれに反応して加速して行った。

 

(マズイ!このままじゃ置いてかれる!)

 

 そう思った直後、後方からキングちゃんが私を抜き去った。私と同じで反応が遅れたはずなのに……一瞬で判断して即座に加速したんだ!

 

(考えるのをやめちゃダメ!けど今は……前3人に並ぶことだけを考える!)

 

 スタミナ的アドバンテージは私にある。ここからハイペースで追いかければ直ぐに追いつく。

 

 

「先頭がスズカ、2番目がミーク、3番目がキング、4番目がスカイか……」

 

 スカイが4番手か。きっとスズカを抜かして行きたい場面だっただろうに。何が起こったかは分からないけど、スカイが4番手とはな……

 

「柴葉さん見てください!」

 

 葵さんが順位表を指さした。それに反応して再び目を向けると……スズカとスカイの順位が交互に入れ替わり続けている。

 

(先頭で一体何が起こってるんだ?)

 

 

「スズカさん!そろそろセイちゃんに先頭譲って下さいよ!」

 

「スカイちゃんもそろそろ辛いじゃない?」

 

 さっきまでスカイさんは後ろにいたはずなのに……何で私の前でスズカさんと先頭争いをしているのかしら?

 何であんな加速が出来るの?いや……たしかに加速力はあった。でも、異常なものじゃなかった。普通の加速がスカイさんには出来てる、それが出来るだけのスタミナが残ってるのね……

 

(こっちは着いていくのでやっとだって言うのに……)

 

 でも、まだ離されてない。もう少しでラストの直線に入る。そこで一気に差し切る!

 

 

「そろそろ見えてくるぞ!」

 

 ラスト直線200mのところで2人のウマ娘の影が見え始めた。

 

「スカイさんとスズカさんの先頭争いですわ!」

 

 スカイが先頭争いに参加してるのを見てマックイーンはテンションが上がっている。

 

「直ぐ後ろにミークと……その後ろにキングさんです!」

 

 葵さんには、しっかりと後ろの2人の順番まで把握出来たらしい。視力がいいと言うかなんと言うか……この人は身体能力が並じゃないなぁ……

 

「スズカがスカイに先頭を譲った!」

 

 スズカは先頭を譲もスカイに食らいついている。そして、1番の強敵ミークがスカイの横に並ぼうとしているが、そのすぐ後ろにキングも付いている。

 

「ブルボン見えるか。あいつらの本気の顔が。一人一人が勝ちたい。負けたくないって気持ちで全力を尽くしてる。スカイとミークが有利のハズなのに……それでも、スズカとキングはあんなにも食らいついて射程圏内に捉え続けてる!」

 

「急激な感情の昂り。ステータス『高揚』を確認……どうしてでしょうマスター」

 

「お前だけじゃないさ。こんな熱い勝負見せられたら誰でも心踊るさ」

 

 ブルボンだけじゃない。葵さんや南坂さん。ここにいるウマ娘全員が4人の勝負に釘付けだ。

 

 

 最後の直線が100mを切った。スズカさんは完全に追い抜いた……でも、2人なら絶対に追いついてくると思ってたよ!ミークさんにキングちゃん!

 

「その先頭譲って貰うわよ!スカイさん!」

 

「負けない……差し切って見せる」

 

 2人がジワジワと距離を詰めて来て、残り50mのところで並ぼうとした……瞬間に私は加速した。

 

(完全にちぎった!)

 

 そう思った。なのに何でミークさんが私の横にいるの!追いつく直前に加速すれば付いて来られないと思ったのに!

 

「負けるかあああああああああぁぁぁ!」

 

 自分の全力を捻り出すかの様に私は叫んだ。そして、ゴールと同時に倒れ込んだ。私勝ったのかな……

 

 

「スカイが……勝った」

 

 ラスト50mでキングはスカイに離された。その後はスカイとミークの1体1の勝負だった。そして、最後の最後で僅かに先頭に出たスカイが勝利した。

 

(条件はレースとは違ったが……ミークに勝った)

 

 ミークは長距離にも適正がある。シニア級のG1で走っていける程に。そのミークにスカイが勝った……スカイのステイヤーとしての実力は既にクラシックの領域から逸脱している。

 

「セイウンスカイ!ハッピーミーク!キングヘイロー!サイレンススズカ!以上4名は1000km走破!本当によくやった!」

 

 葵さんはミークの元に駆け寄ってタオルとドリンクを渡している。俺も3人の元に持って行く。

 

「スカイお疲れ様……本当に…本当に良くやった」

 

「あはは〜……ヘトヘトでセイちゃん1歩も歩けませんねぇ……」

 

 最後の最後で全て出し尽くしたか。けど、極限までに追い込まれた体、精神、状況がスカイの才能の殻を完全に突き破った。

 

「キングもお疲れ様」

 

 座り込むキングの頭にタオルを被せてやった。みんなのいない所で涙は流したいだろうに……キングも動けないんだ。

 

「私……負けたわ」

 

 その声は震えていた。完全な実力差を見せつけられた。ラストのスパートでキングは完全に置いていかれたからな。

 

「あぁ負けた。でも、あと一歩の敗北だった。長距離レースに出走する事も絶望的だった昔とはもう違う。1歩後ろまで追いついたんだ」

 

 そうだ、あと一歩だった。昔のキングがステイヤー達と肩を並べるまで成長したんだ。キングは負けて悔しいだろう……だから、せめて俺はキングの成長を喜ぼう。

 

「次は負けるな。本当の勝負は菊花賞でだ!今は休め。スカイを追い抜くために」

 

 最後はスズカか。3人よりも長距離適正が低い分不利な勝負だっただろう……それでも、最後のスパートまで食らいついて…負けた。きっと俺には想像も出来ないくらい悔しいだろうと思っていた。スズカの顔を見るまでは。

 

「おいおい……負けたのに随分嬉しそうじゃないか」

 

 スズカの口元は笑っていた。けど、その3人を捉える目は闘志に溢れていた。

 

「スカイちゃんとキングちゃんと走れて楽しかったです……でも、中距離は譲らない」

 

 スズカの最も得意とする中距離レースなら負けないってか。スズカは負けず嫌いだからな……変な張り合いかたしちゃってるよ。

 

「そうだな……得意な距離じゃ負けるなよ」

 

「もちろんです」

 

 俺が3人に声をかけ終わって元の場所に戻ると、キタサトコンビは目をキラキラさせながら4人を見つめていた。他のメンバーの士気も上がってる。

 

「マスター」

 

「どうしたブルボン」

 

 ブルボンは胸に手を当てながら俺のところのやってきた。

 

「私は4人の勝負を見て……気持ちが昂りました。そして、私もいつかあんな勝負がしたいです……私にも出来るでしょうか」

 

「クラシック3冠を目指すなら、いつかはあれ以上の熱い勝負ができるさ。必ずお前の前にもライバルが現れるはずだ」

 

 そう答えるとブルボンは少しだけ微笑んでいた。普段ポーカーフェイスな彼女だが、嬉しくて顔に出たか。ブルボンはそのままトレーニングに戻って行った。

 

 その後、昼頃にマックイーンが1000kmを走破した。

 

「お疲れ様マックイーン」

 

「ありがとうございますトレーナーさん」

 

 走破しきったというのに、マックイーンの顔はどこか満足しきれていないという顔をしていた。

 

「不満か?」

 

「そうですわね……たしかに1000kmを走破しきったのは自信になりました。でも、早朝のあれを見た後ですと」

 

 早朝の勝負はそれだけ白熱していた。だが、マックイーンは十分凄い。まさか、昼の間に走破しきるとは俺も思っていなかったからな……

 

「来年はあそこにお前も加わるんだ。今年のうちにデビューを計画してる。気合いいれてけ」

 

「はい!」

 

 マックイーンはデビューの話を聞いて嬉しそうにしていた。待ち遠しいかっただろう。だが、最近のマックイーンの成長を見る限り今年のデビューがベストだと今日確信した。

 

 そして、殆ど夜に差し掛かったころファルコがゴールした。昨日の夜の時点では走破出来るかはギリギリのところだったはずなのに、まさかこんな段階で走りきるなんて……

 

「ねえトレーナーさん!」

 

 走り終えたファルコは俺の元に駆け寄ってきた。その顔からは汗が垂れ、全身汗でびしょびしょになっていた。

 

「今のファルコ可愛いー?」

 

 その時のファルコの笑顔は今までで1番輝いていた気がする。並じゃない汗の量……人前では必死に走る顔を見せたくないと言っていたが、キングの一言がファルコを変えたのか。

 

「あぁ……今のファルコは世界で1番可愛いと思うぞ」

 

 そう言ってドリンクとタオルを渡した。ファルコは嬉しそうにそれを受け取って休憩に入った……のに、何でこんなにも背筋が凍る様な感覚が……

 

「トレーナーさん?」

 

「はひ……」

 

「正座してください」

 

 スズカが今までで1番怖い。スズカだけじゃない、チームメンバー全員の視線が……

 

「いや、でもここザラザラしたコンクリの上で……」

 

「正座してください」

 

「はい……」

 

 気軽に世界一とか可愛いとか言ってはいけないとスズカとスカイとキング、マックイーンの4人から総叩きにされた……女の子って難しい。

 

 そして、1000kmトレーニング終了直前。殆どのメンバーがトレーニングから上がり休憩をしていた。今から来るであろう3人を待って。

 

「周回はこれでラストだ!頑張れ!ビワハヤヒデ!ウイニングチケット!タイシン!」

 

 数十分前に時間的に最後の1周に3人が入った。その他のメンバーはタイミング的にもう一周行けないタイミングでゴールしていた。

 

「キングちゃんは誰が1番でゴールすると思う?」

 

「あのねえスカイさん……3人はまだ小等部よ?ここまで走ってこれただけでも十分凄いのだから。恐らくヘトヘトでゴールすることになるわよ」

 

 キングの言う通りだ。ペースは各々で設定していいとは言ったし、完走は出来ていない。それでもこの数日を走り切ったメンタルは凄まじいものだ。だが、体はとっくに限界を迎えてるだろうからな……

 

 

 私はハヤヒデとチケットの後ろを走っている。すると、ハヤヒデが1人でに話し始めた。

 

「私はこのトレーニングを1人でゴールするのだと最初考えていた……いや、ゴール出来るかも怪しいとまで考えていたよ。だが、今はこうやって最後の1周まで漕ぎ着けた」

 

 たしかに……このトレーニング期間は朝も昼も夜もずっと走り続けてた。正直、自分の体が今動いてることも不思議なくらい体を追い込んでた。

 

「そして、私の後ろにはチケットとタイシンの2人がいる。チケットは途中から着いてくるだろうと思っていたが……正直な話、タイシンがここに居るとは予想も出来なかった。しかも、距離も私たちに追いついてだ」

 

 キングさんが背中を押してくれなかったら……トレーナーがいなかったら途中で折れてたかもしれない。それでも、私は2人と対等な位置まで躍り出た。

 

「ここに居る3人は完全に対等な条件でここに並んでいる……ところで、2人とも脚はまだ動くか?」

 

「「もちろん!」」

 

 チケットもハヤヒデの言いたいことを理解出来たのか返事をした。体は限界だ……でも、早朝からあんな勝負見せられたら。私たちだって頑張るしかないでしょ!

 

「距離は日本ダービーと同じ2400mでどうだろうか」

 

「ダービー!もちろん!2人とも頑張ろうね!」

 

「ばーか。今から勝負する相手鼓舞してどうすんだ」

 

 日本ダービー……いつかは挑戦したい。その勝負を学園入学前にする事になるとはね!

 

 

「柴葉さん!3人が見えてきました」

 

「おいおい……まじかよ」

 

 俺は笑いを堪えられなかった。クタクタの3人が滑稽だったというわけじゃない。昼間、ハヤヒデにゴールから2400m手前の位置を聞かれた時に何となく察しはついていたが……本当に限界の体動かして勝負してやがる!

 

「あいつら!全く良いもん見せてくれるなあ!」

 

 3人の体はクタクタだった。フォームもブレてるし汗もダラダラ。スピードだって出ていない。2400mをレースで走る体が出来上がってないんだから当たり前だ……それでも、1人1人が負けない、誰よりも早くゴールするって強い意志を瞳に宿していた。

 

「頑張れ!ラスト100m気を抜くな!」

 

 俺以外のみんなも頑張れ!とか3人を応援していた。3人はもう限界だ。だったら、俺たちに出来るのは応援して少しでも鼓舞させることだけ。

 

「葵さんと南坂さんタオルを持ってゴール付近に待機しましょう!恐らく3人とも限界でゴール直後倒れ込みます!」

 

「分かりました!ネイチャさんは3人分のドリンクの用意を!」

 

 そして、3人はゴールして案の定倒れそうになった。そこを、タイシンは俺が。ビワハヤヒデを葵さん、ウイニングチケットを南坂さんが受け止めた。

 

「はぁ……はぁ。私勝った……?」

 

 タイシンが俺の腕の中で勝利結果を聞いてきた。

 

「いいや……勝負は当分持ち越しだな。同着だ」

 

 ゴールは横一線だった。誰も1歩前に出れずの同着。けれど、タイシンは嬉しそうに微笑んだ。

 

「そっか……私あいつらに追いつけたんだ」

 

「あぁ……追いついた。本当にお前はよく頑張ったよ」

 

 俺がそう言い返した時にはタイシンは眠りについていた。精神的にも肉体的にも全てを捻り出して走ったんだしょうがない。他の2人も葵さんと南坂さんの腕の中で眠っている。

 

「これにて夏合宿最初のトレーニングを終了する!みんな宿に戻ってゆっくり休んでくれ。なお、明日明後日は休みとする!小等部メンバーも明後日までの滞在は出来るから先輩の話を聞いたり、一緒に過ごしたり有意義に使ってくれ!それでは解散!」

 

 こうして1000km走トレーニングは幕を下ろした。本当にみんな良くやった。

 

 



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第107話:休日!夏祭り!

アンケート回答ありがとうございました!



 夏合宿の休日初日。3人のトレーナーで話し合った結果、俺たちトレーナーも今日は休みにすることになった。

 

(かと言って、やることも特別にないんだけどなぁ……)

 

 そう思いながらも一日中寝てるのも勿体ないと思い、俺は散歩をするために昼頃外に出た。

 

(それにしても今日はいい天気だな)

 

 空を見上げること雲ひとつない晴天だった。かと言って湿度が高いわけでもなく、そよ風も吹いている。スズカがいたら。

 

「「今日は走るのには絶好の日」」

 

 俺と同じセリフを言う声が後ろから聞こえた。振り向くとランニング姿をしたスズカがちょうど宿舎から出てきたところだった。

 

「スズカか。随分と珍しい格好してるじゃないか」

 

 いつもストレートに下げてる髪は纏められてポニーテールになっていた。服装も学校指定のものではない薄めのランニングウェアに短めのランニングパンツを履いている。

 

「あっトレーナーさんに見せるのは初めてですね。休日のランニングの時とかは気分転換に格好を変えて走ったりするんです」

 

「そうなんだな。良く似合ってるじゃないか」

 

 俺もチームメイトと四六時中いるわけじゃないからな。こういったラフな格好をしてるスズカを見ると新鮮な感じがする。

 

「ふふ、ありがとうございます。それにしても、昼間なのに人通りが少し多いですね」

 

「そうだな。たしか、今晩夏祭りがこの辺であるらしいからその準備だろう。花火もやるらしいぞ」

 

 大荷物を持ってる人や、車も軽トラとかの行き来が多い。恐らく夜の縁日の準備が始まっているんだろう。

 

「いいなあ……そうだせっかく綺麗な夜空を期待できそうなんだ。チームで夜の縁日行かないか?」

 

「あ、いいですね!」

 

 スズカはそのまま宿舎の方に戻って行ってしまった。

 

「ちょっとスズカさん!?ランニングは?」

 

「ちょっと用事を思い出しました!」

 

 俺はその場に1人取り残された。まぁ、とりあえず予定通り散歩でもするか。

 

 

「というわけでみなさんお願いします。私トレーナーさんと2人で縁日回りたいの!オシャレとかもよくわかんないし……」

 

 私がみんなにそうお願いすると。スカイちゃん、キングちゃん、ファルコちゃんが携帯を鳴らした。

 

「トレーナ~?スズカさんから話聞いたんだけど、今日マックイーンと行く予定だったからさ、他の子連れてってあげてよ」

 

「あらトレーナーさん?私はウララさんと行く予定でして……申し訳ないけど残りのメンバー行ってあげなさい」

 

「もしもしトレーナーさん!ごめんねー私ブルボンちゃんと予定があって」

 

 トルゥントルゥンと私の携帯が鳴り始めた。私はとっさにその電話を手に取った。

 

「もしもし、スズカか?なんかみんなに連絡したんだが都合が合わないっぽい。2人で行くか?」

 

「もちろんです!楽しみにしておきますね!」

 

 トレーナーさんからすれば私の目の前で起こってる光景なんて予想できるわけもないわよね。騙してるみたいで申し訳ないけど。

 

「皆ありがとう!」

 

 周りのみんなは笑顔だそれだけのはずなのになんでこんなに圧力をかんじるのかな?

 

「ブルボンさんは腕を。スカイさんは足を抑えきってください。さて、残ったのはあたしと、ファルコさんにマックイーンさんね。道具は持ってきているかしら?」

 

「流石に浴衣なんて持ってきてないけど必要最低限のものは持ってるよ」

 

「私も最低限のものは持っていますわ」

 

 キングちゃんとファルコちゃんとマックイーンちゃんの三人が、見たことが無い量の化粧品らしきものをいっぱい取り出した。

 

「それじゃあ始めるよ!スズカさん美人化計画!キングちゃんとファルコさんはメイクの方をお願いします!服装の方はマックイーン。夏祭りの開始前に仕上げるよ!」

 

「「「「おおおおおお!」」」」」「おお?」

 

 みんなハイテンションだけどブルボンちゃんはテンションについていけてないし……

 

 

 時間が過ぎて夕方になった。スズカがチームメンバーに夏祭りの事を伝えてくれたっぽいが、既にみんな知っていて各々が予定が決まっているようだった。チーム全員でゆっくりするのもいいと思ったが、せっかくの機会だし居たい相手と居るのが良いだろう。

 

「トレーナーさんお待たせしました」

 

 宿舎の外で待っていると、後ろからスズカの声が聞こえた。振り向くと夕焼けで朱く照らされるスズカがいた。白ベースの服に緑色のリボン。そして、碧色のスカートを履いていた。髪は昼間のようにポニーテールになっていて。その結われた髪の隙間から見えるうなじが妙に色っぽく感じた。

 

(おいおい、落ち着け相手は担当の子供だぞ)

 

 俺は喉が詰まったように声を出せずにいた。それに違和感を感じたスズカが俺のすぐ側まで寄って来て顔を覗き込ませた。

 

「どうしましたかトレーナーさん。もしかして、あまりに会ってないでしょうか……」

 

「いや、すまん!似合ってると思うぞスズカ」

 

 顔が近くに寄ってきたことで、スズカが化粧をしているのに気が付いた。あまり派手すぎずにスズカの素の顔の良さを活かすような感じだ。

 

「ふふ、そう言ってもらえるなら頑張ったかいがありました」

 

 最初は褒められたことを喜んで笑っているように見えたが、後半はどこか遠い方を見るような目で空を見ていた。

 

「とりあえず、いい時間だしそろそろ会場に向かおうか」

 

「そうですね……そろそろ日も暮れるころですし」

 

 スズカは俺に歩幅を合わせながら横を歩いた。こうして、俺たちは夏祭りの縁日へと向かった。

 

 俺たちが会場にたどり着くと、既に縁日が始まっており人も多く集まっていた。

 

「いやぁ……予想はしてたけどかなりの人数がいるな。人に飲み込まれそうだ」

 

 そう言いながらスズカの方を向くが、スズカは何かを考え込むように下を向いていた。「どうかしたのか?」と声をかけようとした瞬間、スズカが俺の手を握った。

 

「これでもし飲み込まれちゃっても離れないですね」

 

 スズカは笑顔で俺の方に向き直した。俺はなんだか照れくさくなって視線を逸らしてしまった。俺の反応が面白かったのか、スズカがふふっと笑っていた。

 

 その後、2人で縁日を回った。何個かの屋台の店員の人にカップルとお間違えられることがあった。

 

「俺ってそんなに幼く見えるか?」

 

「私はそんなことないと思いますよ?」

 

 どっちかと言えば親と子くらいに見えないものだろうか。そう思いながらスズカの方を向くと、スズカの顔が目線の少し下にあった。

 

「スズカ身長伸びたか?」

 

 俺が初めてスズカに会った時、身長はもう少し小さくて幼い感じだったが……こうしてよく見ると顔から幼さは消えて身長も伸びている。

 

「トレーナーさんはずっといるから気づけなかったのかも知れませんね。これでも結構大きくなったんですよ?」

 

 スズカはもう子供じゃないってことか……いや、スズカだけじゃない。スカイやキングだって子供じゃないんだ。完全に大人ってわけではないから支えてやらないといけないが。

 俺はそんな事を考えながら呆然と空を見上げた。そこには大量の星々が輝いていた。

 

「それにしても、本当に綺麗な星空だな」

 

「そうですね……」

 

 スズカも星空を見上げた。雲ひとつかかっておらず綺麗に空を一望できる。

 

「こんな夜空の下じゃ走りたくなるか?」

 

 俺がそう聞くとスズカは少し考え込んだ。しかし、すぐに顔をこちらに向けた。

 

「確かに、この夜空の下で走れたら気持ちいいのかもしれません……でも、こういう日にこうやって歩幅を合わせて誰かの隣を歩くのもいいなって最近は思います」

 

 そう言いながらスズカの手を握る力が少しだけ強くなった。俺は返答に困った。どう返答したらいいか分からなかったのもある。けど、それ以上に返答してはいけないと思ったからだ。

 直後大きな花火が空に打ち上げられた。俺とスズカの意識は自然と空の花火へと向けられた。

 

「おぉ……大きな花火だ」

 

 俺が花火のことに話を切り替えると、スズカはムスっとした顔で俺の背中しっぽで叩いてきた。でも、これでよかったんだ。

 スズカは誰の隣とは言わなかった。それは言っちゃいけないことだと分かっていたからだろう。だからこそ、本人の前で位は気づかないフリをしよう。




今回は描写を丁寧に書こうと意識したんですけど、中々難しいですね……


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第107.5話:夏祭りの裏側

申し訳程度に……


 いやぁ、スズカさんがトレーナーさんと2人でお祭り行きたいなんて……セイちゃんびっくりしたなぁ。

 

(今までなら絶対そんなこと言わなかったのに)

 

 かという私は1人で釣り針を垂らしてるわけですが。私が最初に声をかけてもらったらなぁ……多分1人抜け駆けしてたのに。

 

「やっぱりここにいたんですのねスカイさん」

 

 声の方を向くと釣り道具を背負ったマックイーンがいた。そのままマックイーンは私の横に座って釣り糸を垂らし始めた。

 

「とっておきの場所見つけたと思ったのにバレちゃったか〜。それにしても、マックイーンちゃん道具集めたんだね」

 

「えぇ、いつかこんな日が来ると思いまして。ここに来るだろうと思えたのも色々と勉強してたおかげですのよ?」

 

 マックイーンは少し誇らしげに胸を張った。私と一緒に釣りをするために勉強して道具とか集めたんだ。

 

「そんなことよりも、昼のことは少し予想外でしたわ。他の皆さんはともかくとして、スカイさんとキングさんがスズカさんを2人きりでトレーナーさんとお祭りに行かせるなんて」

 

 たしかに、マックイーンから見たら以外かもしれない。けど、私とキングちゃんはスズカさんともう長く居るから分かる。

 

「多分ね、スズカさんは凄い勇気を振り絞って私たちに頼み込んだと思うんだ。何よりも、スズカさんがこういうお願いをするのは初めてだから」

 

 マックイーンはそうなんですのねと言い、海の方に目を向けた。

 

「何より、本当に居るべきタイミングで横に入れれば私はそれでいいから」

 

 強がりでしかない。本当は私だってトレーナーさんと一緒に夏祭り行きたかったなぁ……

 

「全く……トレーナーさんも罪な人ですのね。ですが、私は尊敬こそしますが、その……恋心を抱くほどなんですの?」

 

「う〜ん……なんて言ったらいいのかな」

 

 マックイーンの質問に私は悩んだ。トレーナーとして私たちのトレーニングを見てくれるのは当たり前だし、他のチームでも同じことだと思う。

 

「トレーナーさんは受け止めてくれるからかな……私が走る気持ちが出ない時は休んでもいいって言ってくれたし。レースでこういう走りをしたいとか言えば全力で支えてくれる。スズカさんとかがいい例かな。G1レースとかってやっぱり結構辛いんだよ?トレーニングもハードだし、メンタル的にも重圧があるから」

 

 その度にトレーナーさんが支えてくれたんだよね〜。親身になって話を聞いてくれるし、打開策も頑張って考えてくれる。

 

「もしかしたら当たり前なことかもしれない。でもね、私にとってはそれをしてくれたのはトレーナーさんだから……って何言ってるか分からないね、にゃはは」

 

 私の話にマックイーンも難しい顔で考えてた。上手く説明出来ないから仕方ないんだけどね。

 

「ま〜マックイーンだってレースに出たり、壁にぶつかった時にわかると思うよ。トレーナーさんすっごく頼りになるんだから」

 

「でも、そうなるといずれはチームが大変そうですわね」

 

 トレーナーさんは1人しかいないからねぇ……でも、その辺はみんな弁えてると思う。

 

「このチームって良くも悪くも訳ありの娘が多いからね〜吊り橋効果が凄いんじゃないかな」

 

 私はチラリとマックイーンのお腹を見た。

 

「なっ!私のこれは体質ですのよ!周りよりちょっと太りやすいだけですわぁぁぁぁああ!」

 

 

「ねぇねぇキングちゃん!縁日人いっぱいだね!」

 

「ちょっとウララさん!走り回ったら危ないわよ!」

 

 私は縁日ではしゃいでるウララさんの裾を掴んで、迷子にならないようにしていた。この子は本当に無邪気なんだから。

 縁日を歩き回っていると、ウララさんがふと私の顔を覗き込んできた。

 

「どうしたのかしら?私の顔になにか?」

 

「あのね、キングちゃんはいつもトレーナーさんのお話いっぱいしてくれるから、今日はトレーナーさんと一緒にお祭り来たかったんじゃないかなって」

 

 私としたことが顔に出ていたかしら……ウララさんも心配そうな顔で私を見ている。

 

「そんなことないわ。私はあなたと来て良かったと思ってるのよ?こんなにも元気を貰えてるのだから」

 

 それに、今は一番になれなくたって最後の最後で一番に一番になれればいい。そう教えてくれたのはあなただったわよね?

 

 

 お昼は凄いもの見ちゃったな……スズカちゃんがあんなこと言うなんて……お付き合いしてるかは分かんないけど、そういうことなんだよね?

 

「ブルボンちゃん。トレーナーとウマ娘の恋愛っていいと思う?」

 

 私の唐突な質問を理解できなかったのか、ブルボンちゃんの耳飾りが?マークになってる。あれって一体どうなってるんだろう……

 

「ほら、スズカちゃんって明らかにトレーナーさんに気があるでしょ?それってどうなのかなぁって」

 

「私には恋という感情が理解できません。しかし、トレセン学園で過去にトレーナーと担当ウマ娘同士が結婚したという事例は何度かあります」

 

「へっへぇ〜……」

 

 えぇ!ウマ娘とトレーナーの恋愛って珍しくないの!?もっもしかしてファルコも?

 

「このチームどうなっちゃうのぉぉぉ!」

 

 ここにも1つの叫び声が生まれた。

 

 

「タイジンずごいよぉぉぉお!」

 

「ちょっとチケット暑苦しいって!」

 

 泣きながら抱きついてくるチケットを引き剥がしながら、彼女から少し距離をとった。

 

「だって!チームレグルスって言ったら今じゃトレセン学園の有名チームだよ!?そんなチームのトレーナーさんに認められるなんてえ!」

 

「別に……前にたまたま縁があってそれが上手くいっただけ」

 

 実際にあの日トレーナーに会わないで話すことがなかったら、私はこんなにも頑張ることは出来なかった。

 

「例え偶然が重なったとしても、認められたのは事実だ。それは誰にでもできることじゃないだろう」

 

「でも油断してられない……まだ入学まで半年もあるから」

 

 ここじゃないどこかでも、私が強くなってるように強くなってる娘がいると思うから。

 

「あっ!2人とも花火始まったよ!」

 

 けど、今はこの3人で合宿を乗り越えたことを労わろう。綺麗な花火も上がってる事だし。

 

「ほら、チケットがそこいると私たちも一緒に見えないじゃん」

 

 各々が色んな経験、想い、成長をこの夏で得た。小等部以外はしっかりと2ヶ月間の夏のハードなトレーニングをこなして、秋のレースに向かって準備を着実に始めていた。

 




夏の合宿はここまでです。もう少し長く書こうとも思ったんですけど、これ以上長くなるとグダッたりすると思ったのでいいところで。


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2年目秋
第108話:秋突入!各々の方針


新シナリオが楽しいのが悪いと思います。


 合宿が終わって1ヶ月が経った。今ではもう9月が終わりを迎えようとしている。ここからは秋本番、G1レースも多く控えている。そのため、ミーティングを行うことにした。

 

「まずはスズカからだ。合宿前に宝塚は本当によく頑張ってくれた。次に狙うのは2度目の天皇賞秋だ」

 

 俺の発言にチームが少しだけザワついた。スズカにとって今年は2度目の天皇賞秋。去年勝利しているということは連覇がかかったレースだ。

 

「そのためには10月の初旬にある毎日王冠に出走してもらうけど問題ないか?」

 

「はい問題ありません。宝塚記念、天皇賞秋ときたから……11月にはジャパンカップですか?」

 

 どうやら説明するまでも無かったようだ。去年までのスズカならレースプランなんてあまり気にして無かったのに。

 

「その通りだ。だが、兎にも角にも天皇賞秋を無事に勝ち上がってになる。毎日王冠はすぐだし、天皇賞秋までそう時間はない。気張っていけよ!」

 

「はい!」

 

 さてさて、次はクラシックメンバーの番だ。

 

「スカイとキングは菊花賞直前だ。スカイはここまでのレースよくかってきた。だが、キングは残念な結果に終わっている。お前自身が強くなってると同じで、周りも強くなってる。そのギャップを克服して自分のレースを取り戻せ!」

 

「えぇ……次は勝つわ!」

 

 ライバルが夏を経て、急激に成長した影響でキングは上手くレースメイクできていない様子だった。しかし、2度のレースとも順位は悪くない。調子も悪くないし菊花賞は十分に狙える……例年の菊花賞ならそう断言出来たんだが。

 

「次にスカイだ。先日のレースは無事に勝利した。レースペースも申し分ない……慢心せずに万全の状態で菊花賞に臨んでくれ」

 

「はぁーい」

 

 ソファーに座ったままスカイは軽く返事を返すが、正直言えばこのチームでスズカと同レベルで夏合宿が終わってから調子がいい。それに加えてしっかりと実力が伸びてるからこそ、キングは菊花賞厳しいレースになるだろう。

 

「次はデビュー予定の二人だ」

 

 ファルコとマックイーンがぴょこっと耳を立てるのが見えた。ウマ娘にとってデビュー戦とはそれだけ重要な物なんだよな。

 

「ファルコは十月の終わりにダートのデビュー戦だ。そこでレースに慣れて芝レースに転向していく」

 

「はい!」

 

 ファルコもやる気十分だ。とりあえずは最初はダートレース。芝に転向して皐月賞出走を目指してレースプランを立てていく予定だ。

 

「次にマックイーンだが……」

 

 最初にマックイーンの顔を見てそのまま脚の方に目を移す。

 

「ソエの発症でデビューは来年になるが、今年度中のデビューは決定してる。脚を動かすトレーニングはしばらく出来ないが体調管理には気をつけてくれ」

 

 そう言いながらお腹の辺りに目を移すと周りからジト目で見られた。

 

「お前ら待て。別にマックイーンを邪な考えで見てるわけじゃない。ただ、ソエの発症から重量がふえt」

 

「ちょっと!なんであなたが知ってますの!?」

 

 驚いたようにマックイーンがこちらを向く。トレーナーとして、担当ウマ娘のコンディション確認は怠らないようにしている俺だが……

 

「いやいやマックイーンちゃん……多分気づかれてないと思ってたのマックイーンちゃんだけだよ?」

 

 最後にスカイがマックイーンのお腹をつまむことで、マックイーンにトドメを刺す形で話は終わった。

 

「とりあえず、マックイーンはウェイト管理を気をつけつつ生活してくれ」

 

「はい……」

 

 マックイーンは心に傷を負って、ソファーの上で体育座りで丸くなってしまった。許せマックイーン……

 

「最後にブルボンだが……デビューはまだ当分先になりそうだ」

 

「了解しました」

 

 ブルボンはポーカーフェイスで表情があまり動かないが、少しだけ耳としっぽがションボリとしている。

 

「理由は単純にクラシックを目指すだけのスタミナがないこと。1番の理由としてはまだ身体が出来上がってないことだな」

 

「身体がですか?」

 

 実力不足と身体の出来上がりが上手く繋がらないらしく、ブルボンは首を傾げていた。

 

「ウマ娘は身体が急成長する時期があるんだよ。それを見極めてデビューをさせるのが俺らの仕事だからな」

 

 その理由に納得したのかブルボンもやる気を取り戻した。

 

「とりあえず、しばらくの間は言った通りの予定でトレーニングを進める。それじゃあ」

 

 トレーニングを始めようと言おうとした瞬間に、ドン!という音を立てながらチームルームのドアが開かれた。

 

「おらおら!カチコミだぁ!チームレグルスのチームルームはここかあ!」

 

 そこから勢いよくサングラスとマスクをつけたゴルシが入り込んできた。その後ろから似た格好をした沖野先輩も入ってくる。

 

「チームスピカはレグルスに宣戦布告する!」

 

 先輩が高らかにそう宣言すると、その後ろからスペとトウカイテイオーが入ってきた。そして、スペがそのまま前に出て口を開いた。

 

「菊花賞が終わったら、私はジャパンカップに出走します」

 

 ジャパンカップ出走……少し思うことがあって先輩の方を見ると、ニッと笑って親指を突き出した。

 

「そして、スズカさんに勝ちます!」

 

 完全に合わせに来たよなぁ……去年スズカは天皇賞秋に出走したし、宝塚記念を取った時点でジャパンカップ出走はバレてるか。

 

「ほら、スズカも言い返してやれ」

 

 俺はスズカの背中をポンっと押して前に出した。

 

「スペちゃん……楽しみにしてる。けど、レースは私が勝つわ」

 

 スズカの瞳は真剣で、その表情は笑っていた。スペがついに憧れと言っていたスズカとライバルの土俵に上がってきた。それをスズカは待ち望んでいたんだろう。

 

「次はボクの番だね!」

 

 スペが後ろに下がると、トウカイテイオーが前に出てきた。たしかマックイーンとライバル関係だとか。

 

「ボクはクラシック3冠を取って無敗でマックイーンを破りまーす!」

 

 堂々としたブイサインをマックイーンに届けていた。彼女の噂は聞いてたけど、無敗の3冠ウマ娘か。

 

「私は逃げも隠れもしませんわ!正々堂々正面から勝負して差し上げます!」

 

 トウカイテイオーとマックイーンもバチバチだな。これはスカイとキングのクラシックが終わっても先輩と張り合うことになるのか。

 

「お前たちのチームが強くなってるように俺らのチームも強くなってる。以上だ!チームスピカ退散!」

 

 先輩の合図でスピカの面々が部屋から退室していく。まるで嵐のように去っていったな……先輩もノリノリだったけど、ゴルシ辺りの立案な気がする。

 

「スペちゃんに負けないよう私も頑張らないとですね」

 

「あぁ……俺も気合い入れてかないとな」

 

 こうして俺たちは波乱の秋に突入した。これから先のレースで何が起こるか知ることもなく。

 

 



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第109話:逃げ切り!秋のファン感謝祭! 前編

ウマ娘をしたり、地球を守ったりしていて投稿頻度が遅れています……申し訳ないです。

誤字報告いつもありがとうございます。とても助かっています!


 チームルームで作業をしていると、学園側から一通のメールが届いた。

 

『秋のファン感謝祭の出店・イベントについて』

 

 秋のファン感謝祭かぁ……うちもチームメンバーが増えてきたからメールが届いたのか。確か東条さんのチームも出し物やったりしてたが……俺たちのチームもなにかした方がいいのだろうか。一応みんなに確認取るか。

 

「という訳で集まって貰ったんだが……なにか案があるものはいるか?一応不参加というのも可能だけど」

 

 一応は秋のレースがあるからな……トレーニングに集中したいのもあるだろうし。息抜きにでも参加するのもいい。

 

「私は参加してもいいと思います。ファンの皆さんがいつも応援してくれるので……こういう時はそのお礼をしたいです」

 

 スズカは賛成か。ほかの面々も特に反対ではないようだ。問題としては何をするかだが……たしかリギルは喫茶店を開いてファンをもてなすって聞いたな。

 

「はいはーい!ファルコみんなでライブやりたい!」

 

 ライブか。ダンスのトレーニングとかなら普段からやってるし、あんまり負担にもならないな。

 

「でも私たちのチームは6人ですのよ?人数的にバランスも……それに私やブルボンさん、ファルコさんはデビューしていませんし……」

 

 チームとして出るなら問題はない。デビュー前のファンに対する宣伝にもなるし。実際に一個人ではなくチーム自体に注目するファンも少なくない。

 

「センターにスズカを置けば大丈夫だとは思う。あとは衣装や選曲とかをどうするかだけど……」

 

「衣装作りなら任せなさい!やるのならば徹底的に、一流のライブになるようキングが支えてあげるわ!」

 

 キングはファッション系に強いからな。強いというか本職並の仕事が出来るだろう。

 

「そうなるとライブと衣装制作で大変じゃないか?」

 

「いえ、今回は完全に裏方作業に回らせて貰うわ。数合わせ的にも丁度いいわよね?」

 

 メンバー5人ならバランスの良いライブになる。しかし、キングがライブに出ないとは。それとも衣装製作に燃えているのだろうか。

 

「構わない。となると、メンバーはスズカ、スカイ、マックイーン、ファルコ、ブルボンの5人か」

 

 逃げウマ娘が綺麗に揃ったな。マックイーンはどちらかと言うと先行だが……

 

「じゃあグループ名は逃げ切りシスターズだね!」

 

「逃げ切り……?なんだって?」

 

「だから!グループ名!逃げ切りシスターズ!みんなはどう?」

 

 逃げ切りシスターズねぇ……なんだアイドルって感じのグループ名だな。

 

「いいんじゃない?セイちゃん的には問題ないと思う。なんか可愛いし」

 

「そのちょっと可愛すぎないかしら……?」

 

「賛同。グループ名逃げ切りシスターズを受理します」

 

「あの……私はそもそもそも逃げウマ娘じゃ……」

 

 グループ名は逃げ切りシスターズで。あとは選曲だな。既存の曲から選べば今すぐにでもライブを開けるが……

 

「ついでに選曲はどうするつもりだファルコ。なにかアイデアがあるなら聞きたいんだが」

 

 俺の質問を聞くと、ファルコはふっふっふと笑い始めた。さすが言い出しっぺの未来のウマドル。既に選曲とかは決まっているようだ。

 

「こういう日のために私が考えたオリジナル曲があるよ☆」

 

 あるよ☆じゃないだろう!つまり1から歌詞を覚えて振り付けを覚えるってことか?

 

「なにそれ見せて見せて〜」

 

 どうやらスカイは興味があるらしい。元々こういう可愛いものが好きってのもあるだろうが。

 

「それじゃあファルコが1回踊って見せるね!ミュージックスタート!」

 

 え?もう音楽まで作ってあるの?いや……もしかしたらこういうステージがファルコにとっての夢だったのかもしれない。きっと、みんなでステージに上がることを夢見て1人で色々考えて来たのかもな。

 

「逃げ切り!逃げ切れ!だってI want you」

 

 ファルコがみんなの前で歌い始めたが……なんともファルコらしい振り付けと歌詞。でも悪くはなかった。一人一人にしっかり振り付けもあるようでかなり完成されたものだ。

 

「えっと、これをライブでやるんですか?私たちが?」

 

 俺は結構納得していたが。どうもスズカは納得していないらしい。ステージでこれを踊っていることを想像して顔を真っ赤にしてる。

 

「スズカちゃん絶対似合ってるよ!」

 

「でも私はセンターなんですよね……?」

 

 ファン感謝祭だからな……うちのチームの看板はスズカだ。そのスズカをセンターに置かない訳には行かない。

 

「俺もスズカは可愛い路線行けると思うけどな。何よりもこういうキラキラしたものは子供とかに夢を与えるからな」

 

 俺がそう言うとスズカはモジモジと。

 

「私可愛いですか……?」

 

「ん?ああ可愛いだろ」

 

 常識的に考えてスズカは可愛いし綺麗だ。ウマ娘は全員容姿に優れている。スカイやキングたちも例外じゃない。

 

「それなら……分かりました」

 

 よし、スズカの説得もできた……のはいいんだが何故か視線が痛い。

 

「とっとりあえず、軽く振り付けと歌詞を覚えよう。最後に少し合わせて今日は終わりにしよう」

 

 振り付けや歌詞の暗記は順調に進んだ。さすがレースのためにライブのトレーニングをしてきただけのことはある。

 

「とりあえず、序盤の方は覚えて来たか。軽く合わせてみようか」

 

 俺とキングは5人の合わせを確認する。キングも現役だから俺よりも見えてくるものもあるだろう。

 

「どうだ……キング……」

 

「どうもこうも……逆にあなたにはどう見えてるかが気になるところよ」

 

 形にはなっていた。歌詞も振り付けもちゃんと覚えていた……覚えていたんだが……

 

「とりあえず1人1人反省点を言って行くかぁ……」

 

 とりあえず1番問題がなかったやつから言っていくか。

 

「まずはスカイ。特にこれといって問題はない気がする。ノリもいいし歌もダンスもしっかり覚えてるからな」

 

「いえーい!さすがセイちゃんですね」

 

 特に言うことはなかったので良かったてんを褒めると、目の前にピースをして可愛げのあるポーズを……ゴホン。

 

「次はマックイーン。歌は特に問題はないが……スカイを際立たせすぎだ!スカイが常にセンターなわけじゃないんだぞ!?」

 

「そっそんなことしてませんわ!私はしっかりと振り付け通り!」

 

 振り付けは良かった……ただ、明らかにスカイを意識した立ち回りというか……

 

「マックイーン……スカイとのライブが楽しいのは分かるが。ほどほどにな?」

 

「うぅ……分かりましたわ」

 

 マックイーンは耳をしょぼんと垂らして落ち込んでいた。スカイのウイニングライブの時のマックイーンを見て、なんとなく予想はついていたけどな。

 

「スズカはどうした?いつもならウイニングライブはしっかりと踊れてるじゃないか。どうしてそんなに恥ずかしがるんだ」

 

「ウイニングライブはこういうものって割り切れるんです!何より私たちにとっても大切なものですし……」

 

 夢を届けるウマ娘になるのがスズカの夢。もちろんウイニングライブも手を抜かない。それがファンのみんなの為になると分かってるから。

 

「今回のライブも似たようなもんだ。ファンの為にみんなの為にだ」

 

「それは分かってるんですけど……ただ……」

 

 スズカは少し蹲りその顔が見えない。だが、耳がプルプルと震えている。

 

「振り付けも歌詞も可愛すぎませんか!?」

 

 あっ爆発した。スズカの顔も耳も真っ赤っかだ。普段見ることのできない新鮮なスズカの様子に目を奪われた。

 

「聞いてますか!トレーナーさん!」

 

 テンパっているせいか、いつもよりも言葉が崩れてカジュアルな感じになってるし。俺はこれでも別にいいんだが。

 

「おっ落ち着けよスズカ。たしかにウイニングライブとかの曲よりも振り付けも歌詞も可愛らしいものだ。けど、この歌はファルコの夢の形と言ってもいい」

 

「そうですけど……」

 

 俺の言い分も理解できるようで、スズカは1歩退いた。

 

「センターで目立つから恥ずかしいのも分かる。けど、もう少し頑張ってみよう」

 

「分かりました……」

 

 今までのウイニングライブとかじゃこんなことはなかったからな……まぁ、後学のためにもいい経験になるだろう。

 

「次に言い出しっぺのファルコ」

 

「どうだった?私のダンスと歌☆」

 

 ウマドルを目指すと言うだけあって、ファルコの歌とダンスのレベルは高かった。以前トウカイテイオーのダンスを見たことがあるが、それとはまた違った良さがある。

 

「良かった。良かったんだが……ちょ──っと、というか結構でしゃばりすぎだ!センターはスズカだぞ!?」

 

 良くも悪くも目立ち過ぎる……というかポジショニングが明らかにセンターを意識した動きのせいで若干ライブ全体が乱れる。

 

「むー!ファルコだってセンターやりたかったんだもん!」

 

「やりたかったんだもん!じゃない!」

 

 気持ちは汲み取ってやりたい。大勢の前でのライブ。ファルコからすれば夢みたいなものだろう。しかも、ウイニングライブと違って、特別に開くライブだから余計にだ。

 

「気持ちは分かる。けど、ファルコはまだ下積みの時期だ。感謝祭で来る客もほとんどがスズカ、スカイの2人とこのチームを見に来る。お前の可愛さも歌やダンスの上手さも俺にもわかる。だけど今回は我慢してくれ」

 

「ッシャイ」

 

 怒られると思ったが、ファルコは怒ることなく後ろを向いた。

 

「最後にブルボンだが。ライブだけを見るならお前が1番問題だ」

 

 ブルボン本人は言われた意味が分からないようで、首を傾げて耳飾りは?マークになっている。

 

「疑問。私は振り付けも歌詞も完璧に再現していたと思います。どこがいけないのか教えていただけますかマスター」

 

 たしかに歌も振り付けも完璧だ。完璧すぎると言うかなんと言うか。

 

「無表情でずっと踊り続けるのは不味いだろ……動きも若干だけ硬いんだよな」

 

 これだったら、羞恥で踊りを少しミスるスズカの方がまだ可愛げがある。

 

「そう……ですか……次のトレーニングまでに修正しておきます」

 

 ブルボンは素直だ。でも、どこか機械的なところが多い。それは強みでもあるんだが弱みでもある。ウマ娘は想いで走ると言うくらいだからな。

 

「とりあえず課題はまだまだ多い。各々改善に務めてくれ。一応は学園のイベントでやるわけだからな」

 

 この日のライブトレーニングはここで終わった。レースのためのトレーニングもちゃんとしないといけないからな。



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第109.5話:逃げ切り!秋のファン感謝祭! 後編

ウマ娘でマイル育成をしていたら全然手が進みませんでした……


 やっほ〜!みんなのアイドルファルコだよ☆今日はファン感謝祭の為にブルボンちゃんと一緒にライブの特訓中なの!

 

「ファルコさんはライブに全力で取り組んでいますね」

 

 特訓の休憩中にブルボンちゃんがそう言った。私にとってライブを全力でやることは当たり前だった。いつか、ファンのみんなにキラキラを届けたくて。

 

「ウマドルはね可愛くてキラキラしてるの!だからライブはファンのみんなのために頑張るんだよ!」

 

 でも、ブルボンちゃんは違うのかな……ウマ娘はみんなライブに憧れてると思ってたから。

 

「私には分かりません……そもそもライブというものが必要なのかも。私は走ることに全力を尽くすつもりです」

 

 どうしよう……私も実際にレースに出たことがあるわけじゃないし。ライブの大切さを話せない。あっそうだ!

 

「ちょっと待っててね!助っ人を連れてくるから!」

 

 

「それで……私はなんで連れて来られたの?」

 

 私は寮にいたスズカちゃんを引っ張り出してきた。こういうのは経験者から聞くのが早いからね!

 

「実はかくかくしかじかで」

 

「まるまるウマウマってことね……」

 

 事情を説明すると、スズカちゃんは微笑んでいた。何か面白いこと言ったかな?

 

「ファルコ変なこと言っちゃいました?」

 

「ううん。私もそんな時期あったなーって」

 

 私はお口を開けて驚いちゃった。だって、スズカちゃんってチームの中でもライブにしっかりと向かい合ってるイメージがあったから。

 

「意外かしら?昔は本当に走ることしか考えてなかったのよ?」

 

「それは今も変わらな」

 

「ファルコちゃん?」

 

「ごめんなしゃい」

 

 ファルコの目に一瞬だけダークスズカちゃんが映った。そういえばスカイちゃんがスズカちゃんは怒らせちゃダメって言ってたっけ……

 

「私はレースを見る人に夢を届けたかった。そして、誰よりも早く先頭でゴールしたかったの。何より走ることが大好きだから。ブルボンちゃんはなんで走るの?」

 

 ブルボンちゃんは少し何かを思い返すように上をもあげていた。少ししてからもう一度口を開いた。

 

「元々クラシック三冠に夢を見ました。しかし、それを聞いて喜んだ父を見て、更に強くそうなりたいと思いました……だから私は走り続けます」

 

 それを聞いたスズカちゃんは少し嬉しそうに真面目にこう返した。

 

「私たちは想いを背負って走ると言われているわ。そして、それだけ速く走れる。だからこそ私たちはライブでその想いに応えるの。ブルボンちゃんにも想いを届けたい相手がいるはずよ?」

 

「私が届けたい相手……」

 

 私もスズカちゃんの言葉に衝撃を受けた。私は今までウマドルになりたい、キラキラしたいって思いでライブの練習を頑張ってた。だけど、誰に届けたいかかぁ……ファンのみんなに届けたいって思ってたけど、私にはファンがまだ……

 

「ここにいるウマ娘なら誰しも1人はいるはずよ?家族に友達。トレーナーさんだってそう」

 

「想いですか……もう一度踊って見ようと思います」

 

 話しを聞いたブルボンちゃんは再びステージに上がってライブを始めた。それでも、今までの硬さは中々抜けていない様子だった。

 

「やはり上手く行きません……」

 

「ううん、そんなことはないわよ。だって伝わってきたもの。ブルボンちゃんのありがとうって気持ち」

 

 何か大きく変わったようには見えないのに、なんでこんなにも変化を感じるんだろう。

 

「伝えようって想いが大事なの。例えライブが上手くなくても、届けたい想いを届ければいいの」

 

 そっか、ブルボンちゃんのダンスとかは完璧なのに何か足りなかったのはそれだったんだ。

 

「スズカさんありがとうございます。何か答えが見えてきた気がします……そのお詫びと言ってはなんですが、スズカさんのお悩みを解決させてください」

 

 

「どうだキング。衣装デザインの作製の方は」

 

「イメージはある程度固まって来たわ。ただもう少しだけ何か足りないのよね……」

 

 キングはチームルームで絶賛デザインの考案中。俺は雑務をしながら傍で様子見だ。

 

「それにしても、この2人は何しに来たのかしら……」

 

「はしゃぐだけはしゃいでソファで寝ちゃうんだから」

 

 俺たちの視線の先には仲良くお昼寝してるスカイとマックイーンがいた。ソファに座ってお互いの頭で支え合って眠っている。

 

「まぁ……仲が良いのはいいことだ」

 

 マックイーンはスカイのことを尊敬している。そのスカイもマックイーンのことをかなり気に入っている。大体いつもベッタリとくっ付いてるイメージだ。

 

「案だけ出して寝ちゃうんだから苦労するのよ。個人に作るならいいけど、グループでの衣装なんだから。各々の個性を出しつつそれを消さないようにするの大変なんだから」

 

 各々の個性か……それを聞いて少し考え込んでしまった。

 

「どうしたの?珍しく悩みこんで」

 

 俺のその様子を見て、キングが顔を覗かせてきた。

 

「俺が悩んでるのはおつものことだよ……いやな、前の時みんなに色々言ってしまったけど。それも彼女たち……逃げ切りシスターズのメンバーの特色なんじゃないかってな」

 

 たしかにダンスや歌の上手さは大事かもしれない。完成度が高いに越したことはないが……かと言って本人たちの個性を尊重しないのも違うと思う。

 

「そうね……私たちはダンサーでもなければ歌手でもないものね。ファルコさんのアイドル……ウマドルというのがどういうものなのかは分からないけどね」

 

 そんなことを考えていると、ドタドタと廊下の方から音が聞こえてきた。

 

「ほら!スズカちゃん!ここまで来たんだから諦めてぇ!」

 

 ドアを開けてファルコが誰かの裾を引っ張っている。そして、次にブルボンも一緒に誰かを引っ張ってる。

 

「スズカさん諦めてください。皆さんに認めてもらえればその羞恥心も紛れるはずです」

 

 ついに2人が中に入ってきて、引っ張られていた本人も入室した。

 

「スズカさん?」

 

「はい……」

 

 スズカはその場で丸くなってしまった。その格好はいつもより大きくかけ離れていた。いつもは白を基調に緑も入った清楚なワンピースとかなんだが……今はピンク色をしたフリフリとしたカワイイ系の服を着ている。

 

「えーと。状況を説明してくれるか?ファルコにブルボン」

 

「回答します。本日はライブのトレーニングを実施。その際にスズカさんに助言を頂きました。なので、私もスズカさんのために悩みを解決しようと協力しています」

 

 なるほど分からない。前半の部分は理解できるんだが……どうしてスズカがこういう格好になったかが理解できない。

 

「あのね、前にスズカちゃんが可愛すぎるのは恥ずかしいって言ってたでしょ?」

 

 俺が頭を傾げていると、ファルコが補足説明を始めてくれた。

 

「前にスズカちゃんが可愛いの恥ずかしいって言ってたでしょ?だから、もっと可愛い格好でみんなに見てもらえばなれるかなって☆」

 

 なるほど……荒治療みたいなものか。けど、当の本人は丸く蹲っている状態だが。

 

「マスター。スズカさんに対する評価を提示してください」

 

 評価ねぇ……スズカはどちらかと言うとクールビューティとか清楚な格好のイメージだが。可愛らしい格好もギャップがあってなんとも。

 

「そうだな。似合ってて可愛いと思うぞ」

 

 ボンッ!という音がスズカからなって耳まで真っ赤にしてる。可愛いを褒められるのも恥ずかしいのか……

 

「ふぁ〜なんですか?セイちゃん達がゆっくりお昼寝して……」

 

 昼寝をしていたスカイも騒がしさで目が覚めたらしい。辺りを見回しながら起き上がるが、スズカを見た瞬間に一瞬だけ固まって、すぐさまニヤリとしていた。

 

「ありゃ、ありゃりゃりゃ?スズカさんすっごい可愛くなってるじゃないですかー。こういうのも似合うんですね!」

 

 丸まったスズカの周りでスカイがスズカのことを褒め倒してる。ただ、その顔はイタズラを楽しんでいるようにしか見えない。

 

「全く……スカイさんったら」

 

 キングも呆れた顔で2人の様子を見ていた。すると、突然スズカが立ち上がって俺の方にドタドタと歩み寄ってきた。

 

「トレーナーさん。今からスカイちゃんと自主練をするので許可をください」

 

 未だに顔は真っ赤のままでスズカは自主練の申し出。

 

「ちょ、スズカさん今日はおやす」

 

「スカイちゃんとの自主練の許可をください」

 

 ただ、そこから感じる圧に俺は勝てなかった……

 

「おう……トレーニングに支障が出ないようにな」

 

「そんな!トレーナーさん!」

 

 スカイはそのままスズカに引きずられて行った。

 

「私が後ろを走るからスカイちゃんが前を走ってね?」

 

「いやあああァァァァ!」

 

 ドアの外から絶叫が響き渡った。すまないスカイ……だが自業自得だ。

 

「全く……スカイさんったら」

 

 いつの間にか目を覚ましたマックイーンは、不服そうな顔でスカイ達が出ていった扉を見つめていた。

 

「なんだ嫉妬かマックイーン?」

 

「そっそんなことないですわ!私が嫉妬だなんて……」

 

 最近はマックイーンとスカイは一緒にいることが多い。しかし、マックイーンがチームに入る前は、スカイがスズカをからかってよくしばかれてた。

 

「ふふ、なんだかこういうの楽しいね。ファルコは好きかも」

 

「ステータス楽しいを感知。私もこのチームのこういうところは嫌いではありません」

 

 そんなマックイーン達を見てファルコとブルボンは楽しそうだった。そして、少しだけブルボンの顔が緩んだ。

 

「ブルボンそれだよ!その緩さが少しだけ欲しいんだ」

 

 ブルボンの無機質なところはたしかに特色ではある。だが、無機質すぎてブルボンらしさというものを上手く感じられない。

 

「このメンバーで楽しさを感じるなら、ライブも楽しめばいい。それで、その楽しさを俺たち観客にも分けてやってくれ」

 

 急にこんなこと言われても困るか……そう思っていたが。

 

「ミッション楽しさを届けるを受注しました。今後はそのようにライブに努めます」

 

 困るどころか少し嬉しそうにブルボンが微笑んだ。ブルボンもちゃんと笑うのかという驚愕の方が大きかったが。

 

「急にこんなこと言われて困らないのか?」

 

「マスターに楽しさを届けろと言われた時、父と重ね合わせてしまいました。そして、私はあなたの願いを叶えたいと思いました」

 

 色々と理由がすっぽ抜けてる気はするが……本人がやる気を出してくれたようで何よりだ。

 

「ビビッと来たわ!やっぱり逃げ切りシスターズは自分たちの特色を活かすべきだわ!」

 

 今の光景でデザインのインスピレーションを得たのか、キングがヒートアップしてキャラ崩壊を起こしかけていた。

 

「たしかに……個性強いメンバーが集まってるからなぁ。上手くいくといいが」

 

 感謝祭への方針が決まった。その後は順調にライブの準備が進んでいった。そして、ついにライブ本番を迎える。



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第110話:逃げ切りシスターズ!

やらなきゃいけないゲームが多すぎて……


 秋のファン感謝祭当日のステージ裏で、最後の打ち合わせをしている。

 

「みんなセリフは覚えた?衣装は大丈夫?」

 

 ファルコが中心となって最終確認を行っている。その間にふと観客席を俺とキングの2人で覗き込んだ。すると、そこには想像を超える観客が待機していた。

 

「キッキングさん?想像以上の観客数ですね」

 

「そうね……想定より少し多いかもしれないわ」

 

 テンパる俺に対して、この自体を想定していたかのような冷静さ。

 

「はぁ……あなたねぇ。もう少し知名度とかそういうものは知っておきなさい? 皐月賞を取って菊花賞を控えたスカイさん。ダービー、天皇賞秋、宝塚記念を勝っているスズカさん。そして、私キングヘイローがいる。それだけで注目されているし、チームで注目されているんだからこれだけ集まるのも当然よ」

 

 ついでに、キングは勝負服を着て司会のようなことをする。流石に他のメンバーはステージに出て、キング1人だけずっと裏方をやらせる訳には行かないからな。

 

「それじゃあ、あとは任せた。俺も観客席から見てるからな」

 

 俺はそう言って観客席に向かった。すると、そこには見かけた顔がいた。

 

「おぉ、キタサンとダイヤか。よく見に来てくれたな」

 

 フル武装をしたキタサンブラックとサトノダイヤモンドが待機していた。マックイーン直伝のライブ武装だ。そして、その横には見かけない男性が2人……もしかして不審者! 

 

「えっと……そちらのお二人は誰かな?」

 

「「私たちのお友達です!」」

 

 どうやらレースを見ていくうちに仲良くなっていき意気投合したのだとか。

 そんな話をしていたら、ライブの開演時間となっていた。

 

「ほら、そろそろ始まるぞ。俺たちのチーム逃げ切りシスターズのライブが!」

 

 ステージの中央にコツッコツとキングが1人立ち止まった。

 

「ファンのみなさん、今日のライブ楽しみに待っていたかしら?」

 

 観客席はキングの登場で既に盛り上がりを見せていた。

 

「残念ながら私のライブを見ることは叶わないけど、それは菊花賞まで取っておきなさい?」

 

 流石はキング。会場の注目を集めるのが上手いし、いい具合に場も盛り上がってきてる。

 

「けど、今回はファンのみなさんのために、チームレグルスのウマドルユニットを結成したわ!」

 

 ユニット結成と聞いて会場はザワついていた。それもそうだ。今日のライブは、チームレグルスによるライブとしか告知していない。もちろん、学園側に許可は取ってある。

 

「それじゃあ、入ってきてちょうだい!ユニット名は逃げ切りシスターズよ!」

 

 逃げ切り♪逃げ切り♪というイントロと一緒にスズカ達がステージに入場していく。そして、整列が終わり。センターのスズカがマイクを手に取る。

 

「どうも皆さんこんにちは!ライブも全力で駆け抜けます!サイレンススズカです」

 

 エメラルドグリーンのライブ衣装を着たスズカが、手を振りながら観客に挨拶をする。フリフリのスカートに、腰にリボンの装飾が着いたかなり可愛らしいデザインに仕上がっている。

 

「今日は皆さん来てくれてありがとうございます。ぜひ楽しんで言ってください!」

 

 そうして、そのままマイクはスカイに預けられる。

 

「どもども皆さ〜ん。白い雲のように、セイウンスカイだよ〜」

 

 スカイは若干水色がかった白の衣装だ。装飾は全員統一してある。

 

「今回はセンターじゃないけど、菊花賞ではセンターで踊るからみんな応援に来てね〜」

 

 さっきのキングに対抗する発言。それによってスカイとキングのファンは大いに盛り上がりを見せた。そして、マイクはマックイーンに。

 

「どうも皆さん初めまして。メジロマックイーンと申します。まだデビューもしていないですが、先日「スイーツの」お誘いを受け、お恥ずかしながら「パクパク」させていただきました……ってスカイさん!?」

 

 マックイーンがスカイによる思わぬイタズラを受けて、顔を真っ赤にしてスカイを睨んでいた。スカイは楽しそうににゃははと笑っていた。なお、俺たちは知らないがこの日を境に、デビュー前なのにマックイーンのファンが増えてスカイのファンも増えたと言う。

 

「コホン……という訳で本日はよろしくお願いします」

 

 マックイーンは薄紫色の衣装を纏っての参加だ。次はブルボンにマイクが移る。正直1番不安だが……

 

「ライブの楽しさを皆さんにお届け、ミホノブルボンです。よろしくお願いします」

 

 マックイーンの固い挨拶と、直前のブルボンの無機質な表情。それとは真反対のような明るい笑顔での挨拶となった。そのギャップからか、観客的には結構な好印象。そして、ついにファルコの手元にマイクが渡る。

 

「どうもみんなー!ファルコが逃げたら追いかけろ!スマートファルコンです!ウマドル目指して奮闘中だよ!今年中にデビュー予定だからレース場で見たら応援よろしくお願いします!」

 

 大きな反応は得られなかったが、観客みんながファルコを期待の目で見ていた。そんな視線の中に上を見上げる小さな影が。

 

「タイシンじゃないか!」

 

「っげ……」

 

 っげとはなんだ、まるで俺に会いたくないみたいじゃないか。案の定タイシンの目には俺は良く写ってなかった。

 

「私……入学後のチーム変えようかな……」

 

 どうやら今回のうちの催しがお気に召さない様子だ。

 

「こういう事はあまりしないストイックなチームだと思ってた」

 

「まぁ、そう言うな。こういうのも大事なことなんだよ。見てればわかるよ。ほら、始まるぞ」

 

 一曲目はMake debut! ウマ娘にとっては全ての始まりの曲だ。そして、逃げ切りシスターズにとっての始まりになる。続くか……は知らないけど……

 

 会場は大盛り上がりだ。デビュー線でスズカとスカイのファンになった人もそう多くないだろうし。クラシックからのファンにとっては、生で見れる絶好の機会だからな。

 

(俺はデビューからずっと見続けてるからな)

 

 心の底で周りにマウントを取りつつ、横にいるタイシンの顔を見た。その目は周りの人同様輝いていた。

 

「みんなー!聞いてくれてありがとうございます!」

 

 1曲目が終わり、スズカが顔を真っ赤にしながらファンたちに手を振る。本当はありがとうございますじゃなくてありがとーって言うところだったんだけどな。

 

「次に歌うのは私たちのオリジナル曲です!メンバーのファルコちゃんが考えてくれました!」

 

 スズカからファルコへとマイクが渡された。

 

「どうもスマートファルコンことファルコです♪みんなは私のことを知らないかもしれないけど、チームが出来た時のために頑張って考えた曲なので聞いてください!」

 

 そして、すぐにスズカにマイクを返した。

 

(良く我慢したなファルコ……)

 

 本当は中央で1番目立ちたいはずだ。自分の曲をみんなに聞いて欲しい。それでも、このライブを1番盛り上げるために我慢してスズカにマイクを返した。

 

「それじゃあ聞いてください!【逃げ切りっ! fallin'Love】」

 

 新曲のイントロが流れ始めた。ついでに言うと、楽曲作りや衣装作りなど色々な雑務をキングが背負ってくれた……背負ってくれたというかノリノリで作業に勤しんでいた。

 

 

(楽しい!私がセンターじゃなくっても。色んな人のためにするライブが!)

 

(ステータス高揚。ライブの大切さ、ファンからの想い……)

 

(ライブ中のスカイさんがこんなまじかに!いやいや、メジロ家として初めてのライブに集中しなくてわ)

 

(いや〜やっぱりステージの上はテンション上がるね。トレーナーも見てるし、気合い入れちゃおっかな!)

 

(やっぱりこの衣装も曲も可愛らし過ぎない!?)

 

 メンバーが各々の想いを持ってライブに挑んだ。そして、問題なくライブは終了した。

 

 

「それで?チーム変えるっていう話は?」

 

 俺がそう言うと、こちらを睨みつけながら軽く背中を小突かれた。

 

「ふん……元々冗談のつもりだし、調子乗んな」

 

 そのままタイシンはその場を去っていった。俺は俺でメンバーの元に向かった。

 

「お前らお疲れ様。ライブは大成功だったぞ」

 

 後々知ったが、この時の逃げシスのグループ結成はネットでは結構話題になっていたらしい。

 

「いや〜本当に疲れちゃったよ〜。セイちゃんはゆっくり休みまーす」

 

 スカイを先頭に更衣室へと足を向けた。そして、最後にファルコが戻ってきた。

 

「どうだった?楽しかったか?」

 

「楽しかった!でも悔しかったなぁ……」

 

 ファルコはステージの方を眺めている。

 

「いつかファルコもセンターで踊れるよう頑張らないと」

 

 そう気合いを入れて、ファルコも更衣室に向かった。さぁ、ファン感謝祭は終わった……ここからは秋のレース本番だ。

 

 

 



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第111話:秋レース!チームレグルスの快進撃!

ワタシ チャンミ ツライ


 チームルームで俺はかつてない程に歯がゆい思いをしていた。と言うのも、今日はスズカとキングのレース当日なのだ。スズカが毎日王冠、キングが京都新聞杯に出走している。

 2人のレースは開催日が同じだったから、俺はどうしたらいいか悩んでいたところ、2人からテレビで見ていてくれと言われた。

 

「はぁ……現地でちゃんと応援したいなぁ」

 

「私も現地に行きたかったです」

 

 この部屋にいるのは俺とブルボンだけ。スズカとキングはレースでもちろんいないし、マックイーンとファルコには2人のサポートを任せてある。スカイはレースのための調整だし。

 

「本当はブルボンも行かせてやりたかったんだがな。俺が行けない以上は、もしもがあると困る」

 

「いえ、マスターの判断が正しいと思います」

 

 ブルボンは良くも悪くも従順だ。俺があれをこうしろと言えばそうする。それ故に説明をしっかりとすれば飲み込みが早い。しかし、その応用の効かなさがレースに響かないといいが。

 

「ブルボンはチームに馴染めそうか?うちは良くも悪くも個性派揃いだからな」

 

 走ることが大好きすぎるスズカにマイペースでフワっとしたスカイ。誰よりもストイックなキングにメジロ家の令嬢のマックイーン。

 

(まぁ、ファルコもブルボンもどちらかと言えば個性派なんだが……)

 

 少し悩んでからブルボンは口を開いた。

 

「馴染めていると思います。ファルコさんは良く話しかけて来てくれますし、他のメンバーの方とも話すことはあります」

 

 ファルコは妙にブルボンのことを気に入ってるし、スカイなんかはあれでも面倒見が良いからな。

 世間話はこれくらいにして、本題に入るとするか。ほかのメンバーがいるとブルボンも答えにくいだろうし。

 

「そういや、答えにくいなら答えなくてもいいんだが……ブルボンはクラシック三冠に挑戦できると思うか?」

 

 ブルボンは俺の唐突な質問に?マークを浮かべて困惑していた。

 

「チームに入ってからそこそこ経ったし、スズカやスカイ、キングとかの実力はなんとなく分かるだろ?」

 

 質問に対して、ブルボンは首を縦に振った。

 

「スズカはダービーを勝ったし、スカイとキングは皐月賞を同着ながらも勝利した。それを評価した上でお前がうちに来たのもわかってる」

 

 俺とスズカたちで残した実績を評価してもらえるのは正直に嬉しい。ブルボンの三冠挑戦にも否定的な感情はない。

 

「それでも、スズカは皐月賞に怪我で出走出来てない。スカイやキングもダービーを逃した」

 

 ブルボンも俺の話が読めて来たらしく真面目な顔で考えていた。3人の実力を近くで感じているからこそ分かるはずだ。あの3人の才能と実力を持ってしても三冠は取れなかった。

 

「もちろん俺はブルボンに三冠を取って欲しい……けど、三冠を取れなかった時に後悔を感じないか?あの時スプリンターになっていればとか。それだけ、クラシック路線の相手は強い。そして、時には実力や才能が上回っていても1着では無い時もある」

 

 怪我やトラブル。レース中には何が起こるか分からない。何よりも、1年という期間を大きな怪我をしないということが大前提だ。俺たちの間には長い沈黙が流れた。

 

「おっと、スズカたちのレースが始まっちゃうな。とりあえずはレースを観よう」

 

 まずはスズカの毎日王冠からだ。実はこのレースかなりやばいんだよな……葵さんのところのグラスの復帰戦でもあり、東条さんのエルコンドルパサーの出走している。

 

「スズカさん。なんだかいつもより凛々しく見えます」

 

 パドックでのスズカを見たブルボンの感想だ。たしかに、いつもよりも顔が引き締まっている気がする。気合いが入っているというか。もしかしたら、俺に心配かけないようにしてくれてるのかもしれない。

 グラスは調整はたしかに出来ている感じだが……仕上がりきってないな。まぁ……復帰戦でしっかりG2に調整出来たのは葵さんとグラスの力か。

 

「1番の問題はこっちだよなぁ……」

 

 エルコンドルパサーがパドックに入場した。その足の仕上がりは素晴らしいと言わざる負えない。東条さんがトレーナーとして優秀なのは分かる。しかし、エルコンドルパサーのその才能と実力も並外れている。

 

 パドック入場とゲートインが終了して、いよいよレースが始まった。

 序盤から先頭に立ったのはスズカだ。先行集団にエルコンドルパサーが控えて、グラスは後方で待機している。

 

「とりあえずはレースの流れは掴めたな」

 

 俺がボソッっと口に出してしまったが、ブルボンはそれに反応する様子もなく画面に魅入っている。

 レースは進み中盤でグラスが仕掛けた。仕掛けたと言うよりかは、スズカを明らかに意識して動き始めた。他の面々は自分のタイミングを狙っていたり、スズカの減速を待っていた。

 

(減速を待つ……いや待ちたい気持ちは分かるが。そんなに甘くないこともみんな分かってるよな)

 

 恐らくレースに出走してるウマ娘なら分かると思うが……スズカのスピードにはさらに磨きがかかっている。減速を待っているウマ娘は減速してくれとお祈り状態だろうな。

 そのままスズカの減速はなく、レース終盤にさしかかろうとした時に早い段階でグラスが仕掛けた。

 

(上手い……恐らく1番絶好なタイミングだ。スズカの走りをまじかで見た葵さんとグラスだからこそ立てられた綿密な作戦か……)

 

 夏合宿で完全に実力測られてるなぁ……それはこっちも同じことではあるんだが。それでも、1番仕掛けられたら不味いタイミングを導き出したのはあの二人の研鑽あってこそか……本当にいい友人である前に怖いライバルだと思う。

 

 少ししてエルコンドルパサーもしかけたが……あれじゃあ遅い。グラスもタイミングこそ良かったが、その作戦に体が追いついてない。

 

(いや……本気で勝ちに来てるんだ。これが復帰戦とか関係なく)

 

 グラスは減速して、エルコンドルパサーがそのまま前に出てきた。そして、スズカの背後を捉えた瞬間。エルコンドルパサーの表情が僅かに揺らいだ。レースで隙を見せた。

 

(エルコンドルパサーの実力は本物だ……けど、精神力と経験が足りなかったな)

 

 その瞬間エルコンドルパサーに抜かれたグラスと、前方のスズカがほぼ同時に加速した。しかし、一瞬テレビに映ったグラスは悔しそうな顔をしていた。

 

(スズカの加速はエルコンドルパサーの油断を突いたものだろう。だからこそ、グラスもそのタイミングを読んだ。スズカに勝つために)

 

 俺はその精神力に度肝を抜かれた。自分の実力は加味してない。作戦に耐えて、ここで攻めないと負けると判断した。グラスはこの復帰戦を本気で勝つつもりだ。

 しかし、レースは残酷だ。加速こそしたが、すぐに減速してしまった。既にグラスは出し尽くしていたんだろう。それでもなお食らいつこうとした。

 

 そして、レースはスズカが2バ身以上差をつけてエルコンドルパサーに勝利した。

 

(このレース……得たものは大きいが。相手に与えたものが大きすぎるなぁ……)

 

 エルコンドルパサーとグラスは、この敗北をバネに確実に強くなるだろう。それがいずれ自分達に帰って来ると思うと末恐ろしい。

 

「スズカさん……流石です。私もあのように走れるようになるのでしょうか」

 

 ブルボンは憧れの目でスズカを見つめていた。誰しもが憧れ夢に見た走り。それを実現したのがスズカだ。

 

「ブルボンには無理だろうなぁ……」

 

 失言だった。本音ではあったが、言葉選びが良くなくてブルボンをしょんぼりとさせてしまった。

 

「ブルボンの実力不足とかを言いたいわけじゃないぞ!?スズカの走りには馬鹿みたいにスタミナを使うし長距離とかは走れない。ブルボンにはブルボンに合った逃げ方があるってことだよ」

 

「私の逃げ方……」

 

 ブルボンは再び悩みこんでしまった。今日は悩ませてばかりで申し訳ないが……俺も知りたいんだ。ブルボンのことをもっと。そして、その覚悟を。

 

「おっと、次はキングのレースが始まる」

 

 キングのレースにはスペも出走する。正直ここでは戦いたくない相手ではあるが……このレースは2200mで菊花賞3000mとは程遠い。しかも、2200mなら皐月賞よりは長くなってしまうがダービーよりも短い。勝てたら相手の勢いを奪いつつこちらも勢いずこうと考えている。

 

「スペとキングの関係はライバルだ。お互いが相手を強敵認識しての真剣勝負。そんな競走を続けてきた」

 

 そう言った直後レースはスタートした。キングの作戦は先行策。激烈なポジション争いを制して、なんとか良いポジションを取ることが出来た。

 スペは今回は後方から仕掛けるつもりだな。正直なところ結果は読めてない。ダービー時点ではスペとキングの2人の実力は互角だった。

 

(レースが中々動かないな……)

 

 レースが始まって既に中盤に差し掛かっている。前方集団での順位の入れ替わりはほとんどない。後方ではポジション取り争いで少しづつ順位の変動はあったが……

 しかし、ラストスパートで一気にレースが動き始めた。スペ、キングの順でラストスパートを掛けていき、後方との距離を離し2人のタイマン勝負。

 

「行け……行けキング!」

 

 残り数十m。キングとスペはほぼ横一線……そして、直後に1着が決まった。

 

『1着はスペシャルウィーク!スペシャルウィークです!キングヘイローはクビ差で2着です!』

 

 実況の声だけが部屋に鳴り響いた。勝たなきゃ行けないレースではなかった。それでも、勝たせてやれなかったことに変わりは無い。

 

「三冠に……レースに挑んで行くって言うのはこういうことだ」

 

 残酷なことを言っているかもしれない。

 

「どれだけ研鑽を積んでも負けることもある」

 

 夢を応援はしたい。

 

「それでも走る覚悟があるか?」

 

 だからこそ、現実を見せないといけない。

 

「今日のスズカさんはかっこいいと思いました」

 

 ブルボンは今日のレースの感想を語り始めた。

 

「キングさんが負けたのは残念です……でも、いつものキングさんを見ているからこそかっこいいと思えました!」

 

 身を乗り出して俺に言葉を飛ばす。

 

「もちろんレースには負けたくないです。ですが、キングさんのように負けるのなら、私は後悔はしないと思います。スプリンターになっても負ける可能性もあります……それなら、自分の走りたいレース、マスターが走って欲しいレースで全力を尽くした上で負けたいんです」

 

 三冠を目指して尚負ける覚悟も出来てるか……どうせやるなら自分のやりたいことに全力を尽くしたい。あぁ……類は友を呼ぶってこういうことを言うんだな。

 

「なら、負けて後悔しないように全力を尽くそう。俺も全面的にしっかりとサポートするよ」

 

「はい!」

 

 この日、ブルボンとの心の距離が近くなった気がする。チームメンバーに後悔のあるレースをさせたくなんてない。悔しい思いもして欲しくない。何よりも、負けたら俺も悔しいからな!

 

 10月初めのレースはスズカの1着とキングの2着という上々の滑り出し。あとは、スカイのG2とついにファルコのデビュー戦だ。

 

 



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第112話:秋本番!G1とデビュー戦!

もちゃあ


 スズカ、キング、スカイの3人がG2レースを終えた10月中旬。10月の終わりのファルコのデビュー戦や11月のG1レースへのプランを話すため、メンバーをチームルームに集めた。

 

「とりあえず、先日のレースお疲れ様。それと、他のメンバーもサポートありがとう」

 

 俺の体はひとつしかないから、マックイーンやファルコ、ブルボンの3人には世話になった。

 

「スズカは来月の天皇賞秋に無事に駒を進めた。キングも2着で惜しかったが菊花賞には出走だ。スカイは1着で問題はないが油断はするなよ」

 

「「「はい!」」」

 

 この3人は特別心配はしていない。これまでの経験、そして緊張感がしっかりとしている。

 

「問題の2名はファルコとメジロマックイーンさんですねぇ……」

 

 ファルコはデビュー戦そ控えている。それがダートレースなら心配なんてしないんだが、芝レースとなると話は別だ。

 

「ファルコはデビュー戦直前だ。最後の追い込みだと思ってトレーニングに望んでくれ」

 

「はい!」

 

 気持ちの方は問題ないだろう。ファン感謝祭のあとから、ファルコの気持ちは引き締まってトレーニングにも集中出来てる。

 

「次にメジロマックイーン!」

 

「はっはい!」

 

 1番の問題はマックイーンだ。ソエの発症でデビュー戦が遅れる。それはいい。

 

「怪我でストレスが溜まるのは分かる……が流石にそろそろ見過ごせない。このまま行ったら冬は減量地獄を覚悟しておけ」

 

 マックイーン血の気が引いた顔で冷や汗を垂らしていた。許せマックイーン……これもお前のためだ。

 

「マックイーンちゃんったらピーkgも増えちゃったもんね!」

 

 そう言いながらマックイーンの背後を取っていたスカイが、マックイーンのお腹を鷲掴みにした。

 

「ちょっスカイさん!なんであなたがそれを知ってますの!?」

 

「偶然体重計見てるのを見ちゃったからかな〜」

 

 事態は俺が想像している以上に深刻なようだ……

 

「とりあえず、マックイーンの重量調整は最大重要事項としよう」

 

「トレーナーさんまで!」

 

 実際に重要事項なのには変わりない。メジロ家の令嬢をぷっくり体型でデビューさせたとなれば……考えるのも恐ろしい。

 

「異論は認めない!恨むんならスイーツを食べすぎた自分自身を裏目!」

 

 反論の余地がないマックイーンはぐぬぬと引き下がった。

 

「もちろん、他のメンバーにも課題は残ってる」

 

 スカイやキングは伸び代がまだまだあるし、スズカでさえ新しく課題が出来たわけだし。

 

「スズカはレース中に体幹がブレてフォームが乱れたのには気づいたか?」

 

「本当ですか?」

 

 本人も気づいてなかったか。俺もレースを見直してる最中に気づいたことだし、走ってる本人は余計気付きずらいだろう。

 

「最近のスズカのスピードの伸びは凄まじいものだった。それ故に肉体作りの方が追いついてないんだよ」

 

 人でさえ極限状態で自身の限界を超えた力が出ると言う。ウマ娘は自身の肉体とその極限状態。さらに+‪αの何かしらの力で走ると言われている。そのため、稀に自身の肉体の許容量を超えたウマ娘も現れる。

 

「怪我に繋がる可能性もあるし、スズカは基礎トレと体作りメインな」

 

「はい……」

 

 そういうと、スズカの耳がしょぼんと垂れ下がる。

 

「安心しろ。ちゃんと適度なランニングメニューは考えてあるから」

 

「はい!」

 

 耳がピーンと立ち上がった。スズカさん、そんなんだから先頭狂とか走ることしか考えてないって言われるんですよ。

 

「スカイとキングは各々の課題が先日のレースで何かしら見つかってるだろう。それと元々抱えてた弱点を克服していくぞ」

 

「ええ!」

「は〜い」

 

 キングはスタミナ。スカイはスピード。相手が持っていて自分は持ってい物が弱点になってる。それをどこまでカバーし切れるかが勝負の要になる。

 

「ブルボンは基礎トレとひたすらスタミナトレーニングだ。1級品のスピードを持ってるんだから、それを活かせる体を作り上げろ!」

 

「はい!」

 

 チーム全体の方向性は決まった。あとはこの秋のレース後半を勝ち切るだけだ。頼むぞファルコ、スカイ、キング、スズカ!



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第113話:デビュー戦!ウマドルのスタート!

超大作!ということも無く……リアルが忙しかったりポケモンしたりしてたら時間があっという間に……失踪してないです。


 チームレグルスの10月最後のレース。ファルコのデビュー戦の作戦会議中だ。

 

「正直、単純な実力勝負じゃファルコが負けることはないと思う」

 

「本当に!?やったー」

 

 俺の言葉に素直に喜ぶファルコ。まぁ、実力だけで勝負が決まるわけではない。

 

「けど、ファルコと他のウマ娘が唯一同じレベルにあるのがレース経験だ。今回のファルコの作戦は逃げだけど、基本的には自分が好きなペースで好きな時に仕掛けて構わない」

 

 これはデビュー戦だ。つまり、ここにいるウマ娘全員が初めての本番レース。そこに経験値の差は生まれない。それ故にレース中に何が起こるか分からない。

 

「えーっと……つまり」

 

 ファルコは俺の言いたいことが上手く理解出来て無い様子。

 

「つまりだな……油断せずに最後までしっかり走れってことだ」

 

「うん!分かったよ!ファルコ頑張るから見ててね」

 

 相手の情報も無いから対策も無い。作戦も正直考えようもないから、デビュー戦本番のトレーナーのしてやれることってほとんどないんだよな……

 

「そうそう、俺たちのチームにはデビュー戦に挑むに当たっての心構えみたいなもんがあるんだ」

 

 これもスズカが始まりだった。そして、スカイやキングたちにも受け継がれてる想い。

 

「初めてのレースだ!全力で楽しんでこい!」

 

「はい!」

 

 発破はかけた。あとはファルコの運と実力次第だ。相当な事故でも起こらない限りは負けないとは思うが……それが起こり得るのがレースだからな。

 

 

「ファルコさんの様子はどうでしたか?」

 

 観客席に戻るとマックイーンがファルコの様子を気にしている様子だった。

 

「少し緊張してるようにも見えたけど大丈夫だと思う。何よりも、ファルコはみんなに見られてる方が力が出るタイプだしな」

 

 本当はスズカたちもファルコのデビュー戦を見たがっていた。しかし、さすがにG1レース直前に連れ回すのはまずい。

 

「マックイーンは、スカイとキングのデビュー戦を見た事あるだろうがブルボンは見たことないだろ?よく見ておくといい」

 

「了解しました」

 

 デビュー戦は別レースに比べればレベルは劣る。けど、他のレースとは違った雰囲気がある。初めてのレースへの想いや未経験の中での戦い。見ておいて損は無い。

 

『本日出走するウマ娘がパドックに入場します!』

 

 アナウンスと共にウマ娘が入場し始める。デビュー戦なだけあって仕上がりはまばらだ。

 

『3枠3番スマートファルコン!デビュー戦とは思えない仕上がりです!1番人気です!』

 

 おぉ、ファルコは1番人気か。クラシックでスカイとキングも暴れてるし、チームのネームバリューが効いたのか?

 

『先日のチームレグルスの感謝祭でのデビュー宣言が影響しているようですね』

 

 いや、チームの力ではあるが、あのイベントを企画したのはファルコだ。この1番人気はファルコが勝ち取ったものか。

 ファルコは嬉しそうに観客席に手を振ってステージを後にした。

 

「ファルコさん調子良さそうですわね」

 

「あぁ、後は全力で走るだけだ」

 

 

(初めてのレース……なんだか緊張しちゃうな)

 

 でも、スカイちゃんもキングちゃんもスズカちゃんだっていい結果を残してる……同じチームメイトとしてファルコも頑張らないと!

 難しいことを考えながら、ふと観客席を見るとトレーナーさんたちが目に入った。

 

「全力で楽しんでこい……だよねトレーナーさん」

 

 そうだよ。難しいことを考えたって、今の私にはどうにもできないんだから。だったら、今できる自分の精一杯で頑張ろう!

 

 

『全てのウマ娘がゲートに入りました。1600mダートバ場状態は重。14人のウマ娘たちが新たな1歩を踏み出します!』

 

『そして……今スタートしました!』

 

 スタートは上々……いや、むしろ綺麗すぎるくらいだ。

 

「ファルコさん初めてのレースなのに落ち着いてますね」

 

「マックイーンもデビュー戦でカチカチにならないといいな」

 

「なっ!私はメジロ家としてそんなことありえませんわ!」

 

 それはどうかな……レースは順調そのもの。先頭をファルコが取ってから後方を引き付けない走りだ。

 

「なんででしょうか……ファルコさんのあの走りをどこかで」

 

 マックイーンの言ってることはわかる。そしてその人物の正体も。

 

「ファルコさんとスズカさんの走り方を比較。60%近く一致」

 

「ブルボンが言う通りだ……デビュー当時のスズカの走りを思い出すよ」

 

 ただ、スズカと走りを寄せてる訳じゃない。ファルコは大逃げじゃないし、スズカのような逃げ方はしない。それでも、ファルコの走りは自然と俺たちを魅せてくれる。

 

 

(みんなが見てる。みんながファルコの走りに期待してくれてる……)

 

 ピリピリ伝わってくる圧力。感じる疲労と汗。そして、何よりも楽しい!

 

(今の私……輝いてる!)

 

『おぉっと!スマートファルコンが仕掛けた!後方も追いかける!』

 

 私は残った体力を振り絞って脚を前に出す。少しでも速くゴールするために!

 

『速い!スマートファルコンが後方を全く引き付けない!そのまま1着でゴール!』

 

(やった……!私勝った……勝ったんだ!)

 

 私は膝に手を着いた体を伸ばした。そして、観客席の方を見た。そこには私が今まで見たことのない景色が広がっていた。

 

「みんな応援ありがとー!」

 

 私は出来る限り大きい声で観客席に向かって叫んだ。そして、お辞儀をしてからターフを後にした。

 

「ファルコお疲れ様」

 

 控え室に戻る途中でトレーナーさんが待ってた。

 

「えへへ、ファルコ頑張ったよ」

 

「あぁ……本当によく頑張ったよ」

 

 トレーナーさんは私の頭を優しく撫でてくれた。勝ったのは自分だけど、一緒に頑張ってこれたのはチームのみんな……何よりもトレーナーさんのおかげ。だからなのか、私はそれがなんだかとても嬉しかった。

 

「けど油断するなよ?お前にとってはここからも本当の勝負なんだからな」

 

「うん!全力でライブするから!トレーナーさんも盛り上げてよね!」

 

 これから初めてのライブ……私がセンターで踊れるライブなんだから!

 

「みんなー!今日は本当にありがとう!ファルコ全力で踊るからみんなもライブ盛り上げてね!」

 

 私は全力で踊った。ファン感謝祭と同じ……それ以上に。私の私だけのデビューライブを作り上げることが出来たんだ。



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第114話:天皇賞・秋

「どうだスズカ?調子のほうは」

 

 レース本番の少し前、スズカの体調確認も兼ねて軽く小話をしていた。

 

「好調……絶好調いや、それ以上かもしれません……ただ、今は早く駆け出したいです」

 

 スズカ自身の調子も良い。トレーニングでも特に問題は無かったし、故障とかそういった不調もなかった。

 

(それなのに何故だろう。どうしてこんなにも胸にモヤがかかるんだ)

 

 今日のレースは天皇賞秋。ハッピーミークを初めとした多くのライバルも出走する。しかし、先日の毎日王冠の走りを見ると今絶好調のスズカが簡単に負けるとも思えない……

 

(何考えてんだ俺は!トレーナーの俺が不安がってどうする!)

 

 怪我の予兆は無い。スズカも絶好調だ。

 

「お前の全力をぶつけてこい。今のスズカなら何が相手でも大丈夫だ!」

 

「はい!」

 

 俺は自分に言い聞かせるようにスズカにそう言った。そして、俺は待機室後にして観客席へと向かった。

 

 観客席に戻ると、沖野先輩と東条さん、たづなさんに南坂トレーナーも居た。そして、葵さんも。

 

「今日はいい勝負にしましょう」

 

 俺が来たことに気がついた葵さんは立ち上がると手を差し出した。

 

「えぇ……もちろんです!」

 

 そう言い返し、俺は彼女の手を握り返した。

 

 他のみんなは各々しっかりと目的があって今回は来ているようだ。

 

「俺か?俺はスペがどうしてもサイレンススズカのレースが見たいって言うから連れて来たんだ。もちろん俺も個人的に見たかったってのもあるが」

 

「ライバルチームのエースが走るG1レースよ?前回はエルコンドルパサーは負けてしまったけど……次は負けないように対策を立てなきゃいけないのよ」

 

「今1番熱いとされているサイレンススズカさんのレース……そして、ハッピーミークさんも出走すると聞いたら僕も見なくてはならないと思いまして」

 

「私は今回は個人的に見に来ましたよ。サイレンススズカさんが気になっていましたから。お休み取るの大変だったんですよ?」

 

 とりあえず、みんなが各々のチームメイトを連れて来ている。それだけスズカが注目されてるってことか……頑張ってくれよスズカ。

 

 ついでに、スカイとキングの強い願いによって2人も観戦に来ている。

 

 

(とっても足が軽い……今日はいつもよりも速く走れる気がする)

 

 パドック入場に向けての通路を歩いている時、私はそんなことを考えていた。最近のトレーニングも絶好調だったし、思うように足が動いてくれる。

 

「スズカ」

 

 後ろから誰かが私を呼んだ。

 

「ミーク」

 

 後ろにいたのはミークだった。ただ、そこにいるだけなのになんでこんなにピリピリするんだろう。ううん……これは怖がってるんじゃない。ミークと一緒に走るのが楽しみでしかたない。

 

「今日は負けない」

 

「私も負ける気はないわ」

 

 その場で握手を交わして、そのままパドックに向かおうとした。

 

「スズカ靴紐解けてる」

 

 ミークにそう言われて、自分の靴紐が解けていることに気がついた。私は靴紐をすぐに結んで勝負の場に赴く。

 

 

『本日出走するウマ娘がパドックに入場します!』

 

 ついにか……今年はスズカの天皇賞秋2連覇がかかったレース。このまま勢いに乗ってジャパンカップにコマを進めれば、秋シニア3冠も夢じゃない。

 

『本日最初に入場するのはこのウマ娘だ!1枠1番サイレンススズカ!今年に入って頭角を更に表し始めた注目のウマ娘だ!』

 

『人気も凄まじく今日はサイレンススズカのクッズはほとんど完売しているくらいですからね』

 

『今回のレースも見事な大逃げを見せてくれるのか!天皇賞秋2連覇の期待もある1番人気です!』

 

 スズカの入場に会場は大盛り上がりだ。うん……やっぱり仕上がりは完璧なはずだ。調子も良さそうだし。

 

「いやぁ……今のスズカさんとはまだ私走りたくないなぁ〜」

 

「強者に勝ってこそ真の一流……と言いたいところだけど、スズカさんは既にその領域に達しているのかもしれないわね」

 

 最近絶好調で夏合宿ではスズカに勝利を収めたスカイも、いつも強気で弱音なんて吐かないキングにさえそう言わせる。スズカの存在感と実力は今はそのレベルに達している。

 

『そして、それに対するは2枠2番はハッピーミーク!定石にそった走りながらもそのポテンシャルは凄まじい!サイレンススズカに届きうる存在になり得るのか!2番人気です!』

 

 ハッピーミークには突出したものは特別になかった。能力のアベレージが高くて基礎が凄まじく出来上がってる。それ故に強い……そう思ってたのに、パドックからですら伝わってくるこのプレッシャー……

 

「ミークには桐生院に伝わるレースの真髄を全て教えました。そして、それを習得してなおミークは前に進みました……それが今のミークの実力です」

 

 桐生院はトレーナー界でも長い歴史を誇る。そこで築き上げた全てを注ぎ込み、更に自分立ちで前に進んだ……その実力は計り知れない。

 

「本当に簡単には勝たせてくれないですね……」

 

 これは辛い勝負になりそうだ。

 

 

 パドックのミーク凄かったな……前にシンボリルドルフ会長と一緒に走った時……いや、それ以上の圧を感じたかも。

 

 それでも、私は今の私に出来ることをしよう。前までは自分のために好きに走るのが心地よかった……でも、今は誰かのために走るのも良いなって思う。

 

(だから……私はトレーナーさんのためにも負けられない!)

 

『全てのウマ娘がゲートに入りました。東京レース場芝2000m。天候は晴。バ場状態良。秋の盾を巡って12人のウマ娘が……今スタートしました!』

 

 

 スタートは完璧。スタートと同時にスズカが一気に先頭まで駆け抜ける。

 

『サイレンススズカが先頭を駆け抜ける!おぉっと!しかし後続も続く!サイレンススズカを逃がさんとばかりに食らいつきます!』

 

(毎日王冠のレースを見て、スズカを自由に走らせたら不味いことはバレてる)

 

 しかし、それは無意味だ。いや……スズカのペースを崩したりプレッシャーを与えると言う意味では意味はあるだろう。けれど、逃げでスズカと戦うということは、スズカの1番得意な戦場で戦うということだ。

 

『どういうことだ!?サイレンススズカが更にペースを上げた!たまらず後方のウマ娘たちは距離を離される!』

 

『ここまで清々しい走りをするウマ娘は初めて見ました』

 

 順調なレース運び。前半から後続を引き離す完璧な展開……それなのになんでだ。なんでこんなにもモヤモヤするんだ。

 

 

(脚が軽い……思うように動く)

 

 いつもならこのくらいのスピードが限界だった。それなのになんでだろう……まだもう一段階ギアを上げていける気がする。

 

(行ける!)

 

『サイレンススズカ更に加速!このウマ娘に限界はないのか!?後続はもう誰も競り合いが……いや!このウマ娘がいた!ハッピーミーク!ハッピーミークが距離を保っています!』

 

 後ろからミークが私を追って来てる……ううん、追いつこうとしてる!

 

『ハッピーミークが徐々に距離を詰める!レースは既に1000mを通過!サイレンススズカが逃げる!ハッピーミークが追いかける!まだこのレースは終わっていません!』

 

 勝負はまだここからよね……ミークも分かってる。だから、私はまだ走れるの!

 

 

『サイレンススズカ……サイレンススズカがサイレンススズカが更に加速したぁ!』

 

 会場は半分が唖然とし、半分が湧き上がっていた。まだ加速するのかという困惑とそのスピードに驚く声。

 

「ダメだ……ダメだスズカ!これ以上は!」

 

 俺はその場で咄嗟に立ち上がりそう叫んでいた。もちろん、スカイやキングは俺の行為に驚いている。なぜかは分からない。でも、これ以上はマズイと何かがどう思わせる。

 

 

(走り切れる!)

 

 今まで以上のハイペース。それでも私の体は動いてる。スタミナはまだ残ってる。もう少しで最後のコーナーに入る……

 

(ミークも後ろから迫ってる……ここでもう1回!)

 

 そう思って地面を踏み込み前に行こうとした……瞬間に激痛が脚に走った。

 

『サイレンススズカが失速!スタミナが限界を迎えたか?いや……足を庇って走っています!サイレンススズカに故障発生です!』

 

(脚が痛い!前に進めない!)

 

 後ろからはミークが迫ってきてる……けど、これ以上減速したらラストスパートで再加速出来なくなっちゃう……

 

 この時の私は、激痛とミークに追いつかれるというプレッシャーに板挟みになっていたの。それでも、勝つという想いと打開策を考えてた。不思議と止まるという考えはなかった。

 

 

「ダメだ……スズカ止まれ。止まってくれ」

 

 俺はその場に膝をついた。走りを見ればわかる。明らかに足を故障している。それも、軽い怪我なんかじゃない。

 

「なんでだ!なんで止まらないんだ!スズカァ!」

 

 今ここで止まれば間に合うかもしれない。あんな状態で全力で走ったらどうなるか分からない。

 俺は軽いパニック状態になっていた。

 

 パァン!

 

 頬に痛みが走った。一瞬理解出来ずに固まってしまった。自分が頬を叩かれたということを認識するのにも時間がかかった。

 

「何を言ってるのよ!」

 

 俺を叩いたのはキングだった。

 

「スズカさんを見なさい!まだ走ってる!勝つことを諦めてないのよ!?それなのにあなたがそんなヘッポコでどうするのよ!」

 

 キングが俺の胸ぐらを掴む。

 

「今1番辛いのはスズカさんよ!今1番痛いのもスズカさんよ!そんなスズカさんが走るって決意してるの!それならトレーナーであるあなたにもやるべきことがあるんじゃないの!」

 

 俺はターフを見た。そこには失速しつつもペースをキープしようとするスズカの姿が見えた。その瞳はゴールを見据えている。レースの状況を把握している。そして、その顔は激痛に苛まれてる。

 

「ちょっとキングちゃん流石に!」

 

 スカイがキングを俺から離した。

 

「いや、大丈夫だスカイ。おかげで目が覚めた」

 

 スズカは走る決断を下した。なら、俺はそれを全力でサポートしなくちゃいけない。最悪の事態を想定して行動しなくちゃならない。

 

「スカイはスタッフに状況の通達を頼む!確実にスズカの脚は故障してる。それも骨折レベルの怪我の可能性が高い!」

 

 スカイは俺の話を聞くとすぐに頷いて動き始めた。

 

「キングはスズカのゴールに備えるようにスタッフと連携してくれ!このままの勢いでゴールしてバランスを崩せば命に関わる!」

 

「えぇ!任せなさい!」

 

 俺はトレーナーとして見届けなくちゃいけない。スズカの勇姿を……その全力の走りを。

 

「お前の好きなように走れスズカァァァアアア!頑張れぇえええ!」

 

 喉がはち切れんばかりに俺は声を張り上げた。スズカに俺の声が届くように……

 

 

(あぁ……トレーナーさんの声が聞こえる)

 

 いつもトレーナーさんは私の背中を押してくれた。私のことを支えてくれた。そして、私にいっぱいの夢を見せてくれて……叶えてくれた。

 

『ハッピーミークがサイレンススズカのすぐ後方に迫った!そして今サイレンススズカに並んだ!』

 

「私は例え相手がどんな状況でも全力で走る……ううん、相手がスズカだからこそ力は抜けない!」

 

【限界の先へ】

 

『ハッピーミークがスピードを上げていく!このままサイレンススズカを交わすか!?』

 

 トレーナーさんは夢を見せてくれた……だから、私もトレーナーさんに夢を見て欲しい……そして少しでも叶えてあげたい!だからこそ、脚がどれだけ痛くても!

 

【それでも……この景色だけは譲れない!】

 

 

『サイレンススズカもスピードを上げた!?サイレンススズカとハッピーミーク完全に横一線です!』

 

「スペシャルウィーク!メジロマックイーン!ミホノブルボン!スマートファルコン!ライスシャワー!ハルウララ!トウカイテイオー!」

 

 俺はこれからの時代を築くであろうウマ娘の名前を呼んだ。

 

「いいか!これがレースに勝つってことだ!勝ち続けるってことだ!これが……異次元の逃亡者サイレンススズカの走りだ!」

 

 

「私はトレーナーさんと勝ちたい!」

 

 脚の感覚はなかった。でも体が覚えてる。トレーナーさんと一緒に積み重ねてきたトレーニング、経験の全てが私を支えてくれる!

 

「はあぁぁあああ!」

 

 そこから先のことは私は覚えていない。

 

 

『サイレンススズカとハッピーミークが今ゴールしました!サイレンススズカは大丈夫でしょうか!』

 

「スズカ!」

 

 俺は急いでゴール地点に向かった。その時には既に、スズカはタンカーに載せられて救急車に運ばれようとしていた。

 

「大丈夫だ!大丈夫だからな!」

 

「トレーナーさん……私頑張り……」

 

 スズカが一瞬だけそう呟いた。

 

「あぁ!よく頑張った!本当によく頑張った!」

 

 スズカはそのまま救急車に運ばれた。

 

「ゴール後はスタッフと協力して上手くスズカさんを受け止めたわ」

 

 キングがしっかりと動いてくれたようだ。今回はキングに感謝しないといけない。

 

『サイレンススズカとハッピーミークの写真判定が終了しました……1着はサイレンススズカ!ハッピーミークとの激戦の末に勝利を掴んだのはサイレンススズカだ!』

 

 実況の声が聞こえたと同時に携帯が鳴った。

 

「おい聞こえるか後輩」

 

 電話に出ると沖野先輩の声が聞こえた。

 

「優勝おめでとうってゆっくり祝いたいところだが……今はそれどころじゃないだろ?チームの奴らの面倒は俺らに任せてお前は病院に行ってやれ!」

 

「ありがとうございます!」

 

 駐車場に向かうと南坂さんが既に車を回してくれていた。急いで俺は車に乗り込んだ。

 

「ちょっと飛ばしますから……皆さんには内緒でお願いします」

 

 俺はその後すぐにスズカが搬送された病院に辿り着くことができた。あぁ……俺は本当に良い人達に出会えたんだ。

 

「頼むから無事でいてくれよスズカ!」



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第115話:意識不明?トレーナーの責任!

メリークルシミマスしてました


 病院に到着すると、俺は診察室に案内された。スズカの状態は緊急事態なので、既に手術室に運ばれたとのこと。

 俺が部屋で待っているとお医者さんが中に入ってきた。真剣な面持ちで俺の方を見る。そして、椅子に座ると口を開いた。

 

「結論からいいますと……サイレンススズカさんは非常の危ない状態にあります。足がどうとかではなく、生命的に危険な状態なのです」

 

 つまり死んでしまう可能性もあるということだ……俺はそれを聞いた瞬間頭が真っ白になってしまった。

 

「体の過去の検査結果を見る感じ、レース直前でも体に異常はありませんでした。それで、レースに出走したのは分かります!ですが!なぜ止めなかったんですか!」

 

 俺はそれに何にも言い返せなかった。

 

「幸いにもスタッフの素早い対応で一命は取り留めましたが、足の状態も重体です。ですが、これは奇跡と言ってもいいでしょう……かろうじて粉砕骨折にとどまっています」

 

 粉砕骨折が奇跡という足の状況……全て俺が防げたかもしれなかった。それでも!

 

「俺はスズカを止めなかったことで後悔はしません!もちろん責任は負います。俺は最後の最後までスズカに夢を託し、スズカは最後まで夢を叶えようとしていました!」

 

 俺たちは走るという覚悟をした。走りきると決意した。結果こうなってしまったが後悔はない。

 

「そうですか……医者としては褒められたことではありますが……お気持ちは分かります」

 

 俺の想いに納得してくれたのか、先程よりも冷静に会話が進む。

 

「スズカは助かるんでしょうか……」

 

 一命は取り留めたと言っていたが、未だに生命的に危険な状態であることには変わらない。

 

「申し訳にくいんですが……分からないのです」

 

 分からない?それもそうか……そんな状態で走っていたスズカの体……蓄積したダメージは半端なものではないんだろう。

 

「サイレンススズカさんはあの状態であのペースで走りました。それがまず異常なんです。その上怪我は粉砕骨折のみ。普通なら起こりえない何かが起きました……それゆえ完全には判断しかねますが……」

 

 先生は言葉に詰まる。粉砕骨折程の怪我をして、その上意識不明の重体。どうなるかが予測がつかない。

 

「助かりさえすれば日常生活には問題は無いと思います。走れるようにもなるとも思います」

 

 良かった……助かりさえすればスズカはまだ走っていける。

 

「ですが!レースを今まで通り全力で走れるのは難しいと思います。絶望的と言ってもいいでしょう」

 

 そうか……治っても元に戻るとは限らないか……

 

「とりあえず今は祈りましょう。手術が無事に成功することを」

 

 廊下に出て数分経つと携帯がなり始めた。

 

「もしもし?」

 

「あ〜トレーナーさん?セイちゃんでーす。色々と片付けとか終わって病院向かってます」

 

 スカイからの電話だった。そうだ、スカイとキングにレース場のことは全て丸投げして来ちゃったからな。

 

「あぁ……ありがとう。それでスズカのことなんだが」

 

 俺は言い淀んでしまった。意識不明の重体。病院に来たらすぐにわかる事実だが……それをスカイたちに言うのがとても重く感じたんだ。

 

「大丈夫分かってる」

 

 スカイの声はさっきと一変して真剣だった。

 

「スズカさんが危険な状態なのも分かるよ。キングちゃんもそれが分かってる。だから、さっきから気負っちゃってるみたいだけど」

 

 実質的に俺の背中を押したのはキングだった……それを気にしているんだろう。だけど、あそこでキングが背中を押してくれなかったら、1番中途半端な結果で1番スズカが危なかったかもしれない。

 

「ありがとうスカイ。キングには俺は後悔してないって伝えてくれ」

 

「うん……私達もそのうち着くと思うから待っててね〜」

 

 そう言うとスカイは電話を切った。

 

「責任……責任かぁ」

 

 きっとチームメイトや周りの人間は俺の事を責めはしないだろう……しかし、スズカに怪我をさせたのは事実だし、止めるべき立場で止めなかった俺に責任はある。世間は許してくれやーせんってやつだな。

 

(気にしないと決めていてもやっぱ来るものはあるよなぁ)

 

 そんなことを考えていると、再び電話がなった。

 

「もしもし」

 

「すいませんたづなです。今大丈夫ですか?」

 

「はい……大丈夫です」

 

 たづなさんからの連絡となると……あまり良いお知らせは聞けそうにない。

 

「今現状トレーナーさんへの世間からの風当たりが強いです。あれだけの観客がいたレース場で、あんなことが起これば一瞬で拡散されますから……」

 

 既にスズカの怪我はネットで拡散されているだろう。それに加えて、俺がスズカに走れと言ったことを知ってる人物もいるだろうしな……

 

「しばらくの間は控えてください……正直菊花賞の出走も私の立場からすればオススメできません」

 

「いえ……菊花賞には2人を出走させます。世間の目を気にして2人の夢を無下にすることはできないですから」

 

 俺がスズカを最後まで応援し続けたのを見ていたファン見ただろう。1人いれば無数の知る人が増えていく。スズカの意識不明が世間に知れれば俺に対する風当たりは厳しくなる……

 

「分かりました。学園側も出来る限りサポートしますので……サイレンスズカさんの無事を祈ります」

 

 そう言ってたづなさんは電話を切った。俺のことを気遣ってできる限り業務連絡を短く済ませてくれたんだ。

 

 俺はスズカの手術を終えるのを待った。まるで無限に時間が止まっているような感覚だった。途中でスカイやキングも合流したが、お互いに言葉が出なかった。

 

 何時間待ったかも分からないが、ついに手術室の扉が開いた。

 

「先生!スズカは!」

 

「手術は無事成功しました……成功したのですが」

 

 先生が言い淀んだ。

 

「なにかあったんですか?」

 

「手術開始時は危険な状態でしたが、生命的に危険な状態は脱しました。しかし、意識を取り戻す様子が全く見られないんです」

 

 俺はそれを聞いてとりあえず安心してしまった。スズカが生きている。その事実に安堵を隠せなかった。

 

「しかし、ウマ娘がレース後に意識を失うという事例は過去にもありまし。基本的には激しいレースの後なのですが、数日もすれば目を覚ますとは思います」

 

 身体的に異常はない……しかし、意識は戻らない。その状態が異常とも言えるが、ウマ娘と言う存在自体が現代医療で理解しきれない面もある。

 

「そうですか……スズカを救ってくれてありがとうございました」

 

 とりあえずは病院に入院することにはなる。先生に説明を受けて病院を後にすることになる。スズカの顔も見たがったが……時間も遅く状況も状況だったので仕方がない。

 病院の帰り道。俺とスカイとキングの3人で行動していた。ほかのメンバーはレースが終わった後に寮に届けて貰ったらしい。

 

「キングありがとうな俺の背中を押してくれて」

 

 キングには感謝している。中途半端だった俺の気持ちを正してくれたから。しかし、キング本人はそうは思っていない。

 

「いえ……私は未だに分からない。あの時あなたの背中を押したことが正しかったのか……本当は止めるべきだったんじゃないかと思いうわ」

 

 やはりキング本人は自分のせいなんじゃないかと気に病んでいる。

 

「あれれ〜キングちゃんは一流のウマ娘なんじゃないの?だったらその判断も一流のはずだよね〜」

 

「ちょっとあなたね!私はこれでも真面目に」

 

「あの時点でスズカさんは故障してた。それでも1着を取るほどの走りをしたんだよ?だったら間違ってる訳ないじゃん」

 

 そう、あの時点で恐らくスズカの足は……それでもスズカは走った。走り続けること自体が奇跡に近い。それなのに、スズカは過去1番のスピードで1着をもぎ取った。

 

「そうだキング。最終的に決断したのは俺だ。トレーナーである俺が責任を持つ。だから、あんま気にすんな。そういうのは俺ら大人の仕事だ」

 

 そう言いながらキングの頭をワシワシと撫でる。

 

「もう……でもありがとう」

 

 少しはキングもスッキリしただろう。

 

「スカイも色々とフォローしてくれてありがとうな」

 

 そう言うとスカイは頭をこちらに突き出してきた。

 

「っん」

 

 えーっと。つまりそう言うことですよね?俺はスカイの頭を撫でてやった。すると嬉しそうに尻尾を揺らしていた。

 

「しかし困ったな……流石に菊花賞で表立って動けないな……」

 

「「私たちは大丈夫」」

 

 2人の目には何か力強いものが宿っているように感じた。考えることは多いが考えても仕方ないことも多い……とりあえず、目の前の菊花賞をサポートしてやらないと。

 



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第116話:セイウンスカイの葛藤!クラシックラストレース!

年始から40度の熱を出して執筆出来ませんでした。失踪はしてないと思います


 今日は菊花賞当日。いつもならこの時間はトレーナーさんと最後のミーティングをしてる……でも、今日このレース場にはトレーナーさんはいない。

 

(天皇賞秋……色んなことが重なったからなぁ……)

 

 スズカさんが連覇を達成した。でも、その代わりに今も原因不明の意識不明。素人目に見ても限界を超えた走りを見せたスズカさん。それに発破をかけたトレーナーさん。世間からの目はとても冷たいものだった。

 

(トレーナーがハード過ぎるトレーニングを課していたんじゃないかとか、ドーピングなんて疑惑も出たくらい)

 

 もちろん2人の功績とその努力を素直に賞賛してくれる人もいた。でも、それでも2人の努力も気持ちも知らないでいい加減なことを言ってる人たちが大勢いる。私が怒りを覚えるのには十分過ぎる理由だった。

 

(せっかく新しい勝負服のお披露目なのにな〜トレーナーさんにも見て欲しかった……)

 

 前よりもスカートの丈が若干伸びてフリルが少し増えた。デザインは基本的に前と同じだけど……自分の想いとか理想がしっかりと詰まってる。

 

(今日のレース勝つから見ててね……トレーナーさん)

 

 私は控え室から出てパドックに向かった。

 

『続いては2番人気!セイウンスカイです!先日の天皇賞秋ではチームメイトのサイレンススズカが連覇を達成し勢いに乗っているチームレグルスの1人!日本ダービーでの借りを返せるか!?』

 

 パドックに立った。いつもなら清々しい気分……高揚、喜び色んな感情が溢れてくる……けど今日は違った。ウマ娘は耳が良いから聞こうと思えば観客の声も聞こえてくる。感情や雰囲気といったものにも敏感だから分かる。私にはトレーナーさんがトレーナーであることを哀れまれてる。そこにいるのに耐えられずいつもよりも早くパドックを後にした。

 

 しばらく時間が経ってパドック入場が終わった。ゲートインを済ませるために私はターフに向かった。そして、スペちゃんとキングちゃんと向かい合った。

 

「スカイちゃん!今日はいいレースにしようね!」

 

 スペちゃんは無邪気に私に話しかけてきた。スズカさんの状態はスペちゃんには正確に伝えられた無い。スペちゃんところの沖野トレーナーさんが、菊花賞のことを考えて本人がスズカさんの現状を知ることを避けたようだ。怪我をしたーくらいのことは聞いてるだろうけど。

 

「うん……っていつもなら言うところだけど。ごめんねスペちゃん。今日は勝たせてもらうよ」

 

 そう言ってキングちゃんの方に足を進めると、スペちゃんは自然と道を譲ってくれた。

 

(なっ何今の……背筋がまるで凍りつくような……)

 

 スペはスカイに威圧されたと感じた、スカイからしたらそのつもりは微塵もなかったわけだが。

 

「ねぇキングちゃん……」

 

「あら、本番前に雑談をする余裕があるのね」

 

 キングちゃんも少しピリピリしていた。でも、キングちゃんは落ち着いてた。天皇賞のことや観客の反応があっても、しっかりと目の前のレースを見据えてる。

 

「感情的に走ったら勝てないって昨日まで思ってたんだ……でも、どうしようもないほど感情が膨れ上がるとこんなにも冷静になっちゃうんだね」

 

 観客や世間に対する怒りはある……でも、それが一定より大きくなった時、自然と冷静に周りが見えた。

 

「キングちゃんも負けられない理由とか冷静でいられる何かがあるんだと思うけど……今日は勝たせてもらうね」

 

「ふん!キングである私がそんなに易々と敗れるとでも?でもそうね……挑ませて貰うわ。セイウンスカイというライバルに」

 

 あぁ……キングちゃんは本当に凄いなぁ。でも、私が今日取るのは勝利じゃない。圧倒的な勝利。

 

『全てのウマ娘がゲートに入りました。3000m京都レース場菊花賞。天候は晴れ。バ場状態良。クラシック3冠。菊の華を手にするのはどのウマ娘か……今……スタートしました!』

 

 今回のレースで警戒しないといけいないのはキングちゃんとスペちゃんの2人。そして、その対策と作戦はシンプルだ。

 

『おぉっとセイウンスカイが大きく前に出た!』

 

 レースの状況をしっかりと見定めて、勝負を仕掛けに来た2人から逃げ切るだけ!

 

『セイウンスカイの力強い大胆な走り!』

 

『彼女はトリックスターと言われるほどに作戦や駆け引きを重視するウマ娘ですからね。今回のレースでも目を離せませんよ』

 

 後方は引き付けない。一定の距離を保つように意識して走る。そして、2人のポジションをしっかりと把握する。ラストスパートが始まるその時まで。

 

『レースは中盤の折り返し1500m。先頭は未だにセイウンスカイ。キングヘイローは中段の5番手をキープ。そしてダービーウマ娘のスペシャルウィークは後方10番に控えています』

 

 キングちゃんが先行でスペちゃんは差しで脚を溜めてる。そして、先に仕掛けて来るのは私のことを知ってるキングちゃんのはず。その2人のタイムラグが有利にレースを進めてくれる。

 

『セイウンスカイが2000mを通過!そして、後方からキングヘイローが動きを見せる!残り1000mでレースが動きます!』

 

 キングちゃんが私を見据えてる。スペちゃんは後方からラストスパートの準備してる。まだ、まだ引き付けても大丈夫。

 

『レース展開はかなりのハイペース!セイウンスカイのスタミナが持つか!?レースは残り800m!おぉっと!スペシャルウィークが仕掛けた!スペシャルウィークが後方からぐんぐんと上がっていく!』

 

 まだ!もう少し!もう少しだけ!ゴールに向かって2人とも集中してる。その集中を私は切らせる!

 

『セイウンスカイが一気に飛び出した!すごい加速だ!キングヘイローも負けずと追いかける!スペシャルウィークは急な加速に反応が遅れた!』

 

 キングちゃんもスペちゃんも末脚が凄い。でも、キングちゃんは元々スプリンターのスピードを持ってる。長い距離もスパートなら後半にスピードが落ちる。スペちゃんも先頭争いには強いけど、今回は加速の反応に遅れた。

 

(あぁ……2人とも、私の餌に食いついたね!)

 

【アングリング×スキーミング】

 

『セイウンスカイが凄いスピードで駆け抜けて行く!スタミナをまだ残していたのか!セイウンスカイが更にスピードを上げていきます!』

 

 さっきまで感じてた2人の圧みたいなものは、私の加速と同時に離散していった。それでも、流石に2人ともそんなに甘くない。私のことを追い抜こうと後ろから追ってきてる。

 

『スペシャルウィークとキングヘイローがセイウンスカイを追いかける!しかし、ゴールまであと少し!セイウンスカイ落ちない!セイウンスカイ!セイウンスカイが今ゴールしました!』

 

「はぁ……はぁ。勝った……勝てた」

 

 レース運びは自分が思う以上に完璧だった。最後も自分のスタミナを全部振り絞って走りきれた。あまりの疲労感に私は地面に膝を着いた。

 

「スカイさんお疲れ様」

 

「ありがとうキングちゃん」

 

 ゴールしたキングちゃんが手を差し伸べてくれた。私はその手を取って立ち上がった。

 

『1着はセイウンスカイ!タイムは……3分1秒!?さっ3000mのワールドレコードを大きく塗り替えた!セイウンスカイが3000mワールドレコードです!』

 

 掲示板を見るとワールドレコードの文字。自分がそのタイムを出したのは分かってる。でも、何故か理解が追いつかなかった。それだけの大きな出来事に心が追いついていなかった。

 

「あはは……こりゃトレーナーさん私と会うの気まずそうだなぁ」

 

 その瞬間に急に意識が遠くなる感覚がする。私はたまらずにフラついて倒れそうになった。

 

「その時はちゃんと私も弁解してあげるわよ……だから、まだ倒れるのは早いわ。キングが肩を貸すんだから……最後までやり切りなさい」

 

 倒れそうになった私をキングが支えてくれた。そのおかげで何とか意識を留めることが出来た。たしかに、今回のレースは今まで以上に自分を追い込んで走った。けど、それ以上の心身的な疲労が体に襲いかかってきた。

 

(あぁ……スズカさんもこんな感じだったのかな)

 

 そんなことを考えながら、私は何とか控え室まで戻ってウイニングライブまで休憩することにした。

 

 

 そして、時間が経ってウイニングライブの時間になった。私が今日のレースを1着でゴールすることに固執した理由……センターにどうしても立たなきゃいけなかった。

 ステージでは、司会の人がライブの前に1着のウマ娘に軽いインタビューをする。その時は私以外のファンの人もここにいる全員の人が私に注目する。

 

『という訳で!本日1着だったセイウンスカイさんなにか一言お願いします!』

 

 司会の人が私の口元にマイクを差し出した。私はすかさずにそのマイクを奪い取ってステージの前に出た。

 

「誰がなんと言おうと!チームレグルスは最高のチームだから!それを今日私は証明したつもりです!」

 

 高らかにそう宣言し、唖然としている司会の人にマイクを返した。

 

「ちょっちょっとスカイちゃん!?さすがに今のはマズイんじゃぁ……」

 

「何言ってるのよスペさん。スカイさんは当然のことを言っただけよ」

 

 レースの後に、私たちのチームの事情をしっかりと知ったスペちゃんは困惑して、キングちゃんはどこか誇らしげに胸を張っていた。

 

(あーあ。ちょっと好き勝手しすぎちゃったかな?)

 

 まぁいいや……今はこの記録と菊花賞で勝てたことを喜ぼう。

 



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第117話:転機?サイレンススズカ覚醒!

ちょっと重い


 菊花賞の翌日。俺たちはスズカの病室でミーティングを行っていた。幸いにもスズカの病室は個室で、部屋のスペースも広い。

 

「とりあえず、スカイとキング。2人とも菊花賞お疲れ様。スカイは1着……しかも、3000mのワールドレコードと来たもんだ。キングも2着でよく奮闘したな」

 

「へへーん。セイちゃん頑張りすぎちゃいました〜。もっと褒めてくれてもいいんですよ?」

 

 いつものような反応を示すスカイと、まだどこか気まずそうなキング。

 

「正直、俺の頭の中はごっちゃごちゃだ。スズカのこともあるが……トレーナーとして、お前ら2人の功績を全力で褒めてやりたい。けど、俺個人としては言いたいこともある」

 

 喜べばいいのか、怒ればいいのか、悲しめばいいのか……それだけの事がこの短期間で起こりすぎた。

 

「一つ一つ……全部言えばいいわ。それを言われる覚悟も受け入れる覚悟もしてきているもの」

 

 2人の眼は真剣そのもので、しっかりと俺のことを捉えていた。あぁ、俺はこいつらに救われてばっかりだな。

 

「そうだな……まずはすまなかった……俺がスズカの足の故障を予想出来ていれば、世間はここまで騒ぐこともなかっただろう」

 

 テレビでレース場の雰囲気くらいは分かった。明らかにスカイとキングを見る目が他とは違うことを。

 

「キング……中盤の展開で冷静さを欠くシーンが何度か見て取れた」

 

「それは、スカイさんに上手く釣られただけよ」

 

 たしかに、あのレースでスカイはキングとスペの勝利の流れ見たいなものを断ち切った。だが、それだけじゃ納得できない場面がありすぎた。

 

「ウマ娘が人間よりも周りの感情や雰囲気に敏感なのは俺も知ってる……そして、あの日のレース場の雰囲気は今までと比べて明らかに異常だった。レースにムラが出るのも仕方がない状態だった」

 

 キングはそれ以上は言い返さずに下を向いた。

 

「俺はお前たち3人の、あの大舞台でのレースに水を挿してしまった。本当ならもっと熱く楽しいレースになるはずだった……本当にすまない!」

 

「大袈裟だなトレーナーさんは〜私もキングもそんな気にしてな」

 

 スカイの言葉を遮るの様に2人を抱きしめた。俺が後ろめたい気持ちもあった。けど、これ以上スカイとキングに抱え込んで欲しくなかった。

 

「本当にありがとう!お前らが頑張ってくれて俺は助けられた。俺がお前らを守ってやらなきゃいけないのに」

 

 大人の俺が子供の2人を守らなきゃいけなかった。それなのに、世間からの批判を覆して俺を守ってくれたのは2人だった。菊花賞での頑張とパフォーマンスが俺へ対する評価を塗り替えた。

 

「本当に良く頑張った。だからもう気張らなくていいんだ」

 

 ここなら俺が守ってやれる。他に見てるやつらなんていないんだから大丈夫だ。

 

「グス……私頑張った。頑張ったよトレーナーさん!でも、怖かったよぉお」

 

 緊張の線が切れたのか、スカイとキングは声を出して泣いた。

 

「負けた……!負けたわ!あんな雰囲気に飲まれるだなんて!」

 

 レース場にいる多くの視線、そして、大人たちの想い。それらをまだ10代の少女達が背負うには重すぎる。

 

「あんな状況で良く頑張ってくれた。だから、もうあんな楽しさや情熱を持たない走りはしないでくれ!俺も辛いが……1番辛いのはお前たちなんだから!」

 

 ウマ娘は強い。だが、それ以上に俺たちは大人で彼女たちは守られるべき子供なんだ。それなのに大人の事情に巻き込んで、2人には負担をかけてしまった。

 

 しばらく、2人が涙を流すのは止まらなかった。しかし、一頻り泣いた後は落ち着いたようで、いつもの顔立ちに戻っていた。

 

「とりあえず、世間の俺への不満は解消したらしい。トレセン学園の方に問い合わせの電話が来ていたが、たづなさんがそれも今は収まったって言ってたから」

 

 スカイは誇らしげに胸を張っていた。スカイの菊花賞1着。しかも、ワールドレコードでのゴール。その後、怪我なども特に見つからずに実力で世間を黙らせたわけだ。

 

「現状残った問題は……」

 

「「スズカさん……」」

 

 スズカが意識を失ってから大体3日程経つ。健康状態に異常はなく、意識だけが戻らないらしい。原因は不明で何故意識が戻らないかが不思議な状態である。

 

「結局、今日も意識は戻らなかったか……」

 

 時間は既に夕方で日も落ちようとしていた。スカイとキングの2人は寮の門限がもう近い。

 

「とりあえず、時間も時間だ。2人は寮に帰らないとな」

 

「トレーナーさんはまだ帰らないのかしら?」

 

「あぁ……俺はもう少しだけ残るよ」

 

 2人は頷くと荷物をまとめて部屋を出ていった。クラシック最後の菊花賞……その大事なレースを終えたという実感は無い。しかし、2人が居なくなって心の緊張が切れたのか。俺はそのまま眠ってしまった。

 

 

「……ナーさん。トレーナーさん」

 

 眠ってからどれだけ時間が経っただろう。俺はスズカの声で目が覚め……スズカの声?

 

「スズカ……?スズカ!目が覚めたのか!」

 

 目を開けると、そこにはベットの上で体を起こしたスズカが居た。

 

「トレーナーさん。私はどれくらい眠っていたんでしょうか……」

 

 俺たちからすれば数日もスズカは眠っていた。けれど、スズカからすれば、天皇賞でゴールして意識を失ってから一瞬の出来事なのか。

 

「3日……スズカが意識を失ってから3日は経ってる」

 

「そんなに……」

 

「幸運なことに体に異常はないらしい。けど……」

 

 俺はスズカの脚に視線を向けた。スズカ本人も既に気が付いていたのか、自分の脚を見て深刻そうな顔をしている。

 

「私の脚はどうなりましたか……?レース中に脚の痛みを振り切って走った時点で覚悟はしてました」

 

 スズカはそう言ったが、俺は怪我の状態を話すことを躊躇してしまった。おそらく、本人も軽い怪我では済んでいないことくらい分かってるいるはず。その上で覚悟が出来ていると言った。けど、今から言う内容がそのスズカの覚悟の上を行く内容だった時、スズカはそれを受け入れられるだろうか。

 

「粉砕骨折だ……レースを走りきれたこと自体が奇跡だって言われたよ」

 

 しかし、俺は話してしまった。冷静に考えれば、走ることが誰よりも好きなスズカが受け入れられるはずがないのに。

 

「粉砕骨折ですか……治るまで時間がかかりそうですね。でも、元通りに走れるようになりますよね」

 

「それが、元に戻るかは分からないそうだ……勿論日常に問題はないレベルには確実に回復する。走ることも出来るだろう……だが、レースで前のように走れるかどうか……」

 

 スズカから一瞬目を逸らしてしまった。それは怪我をさせてしまった後ろめたさか……しかし、俺はすぐにスズカの目を見直した。が……そこには俺が予想……いや、そうあって欲しい光景ではなかった。

 

「え……?」

 

 彼女の目には光が挿していなかった。現実を受け入れられない、絶望を前にしたような……そんな顔をしていた。

 

「走れな……え、でも。私、そんなことになるなんて」

 

「落ち着けスズカ!大丈夫か!?」

 

 俺は荒ぶるスズカの肩を掴んだ。

 

「たしかに治るかは分からない!けど、分からないだけで治る可能性だってある!だから落ち着いてくれスズカ!」

 

 からなり心は乱れていたが、何とかスズカを落ち着かせることに成功した。

 

「すいません……今は1人にして貰えないえしょうか……私には少し受け入れられそうにないです」

 

 俺は何も言わずに部屋を出た……そして、スズカの寝室から聞こえる絶叫や鳴き声は聞かない振りをして病院を後にした。

 



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第118話:恐怖するスズカ!話せないトレーナー!

新シナリオ楽しすぎて更新ががが


 目を開くと、眠っているトレーナーさんが目に入った。そして、それを起こそうと立とうとした時、自分の足が動かせないことに気がついた。正直、無理な走りをした自覚はあるし、こうなるんだろうな……とは思ってた。

 

「トレーナーさん。トレーナーさん」

 

 私の呼びかけでトレーナーさんが目を覚ました。そして、私が目を覚ましたことにすごく驚いてた。一体どれだけ私は意識を失っていたんだろう……

 

 トレーナーさんの話を聞くと、どうやらレースが終わってから3日間近く私は意識を失っていたらしい。幸いなことに命に別状もないと。

 

「私の脚はどうなりましたか……?レース中に脚の痛みを振り切って走った時点で覚悟はしてました」

 

 脚が動かないという事は骨折以上の怪我をしているはず……覚悟はしてる。けど、前みたいに走るためならどんな努力だって惜しまないつもり。

 

「粉砕骨折だ……レースを走りきれたこと自体が奇跡だって言われたよ」

 

 粉砕骨折……しかし、お医者さん曰く、粉砕骨折で済んだことすらも奇跡的なことだと言っていたらしい。

 

「元通りに走れるようになりますよね」

 

 治すのに時間がかかってもいい。辛いリハビリにも耐えてみせる。また、レースで走ることができるなら。

 しかし、次にトレーナーさんが発する言葉は、私の覚悟を軽く飛び越えて行った。

 

「それが、元に戻るかは分からないそうだ……」

 

 その後も、トレーナーさんが何かを説明してたけど正直頭には入ってこなかった。

 

「え……?」

 

 頭の理解が追いついた時。ポツンと一言だけしか発せなかった。走れない?もう、前みたいに?

 

「走れな……え、でも。私、そんなことになるなんて」

 

 怪我は覚悟してた。でも、あんなにも速く走れて。もう無理?嫌だ。嫌だ!

 

「嫌だ……もう走れない……走れない」

 

 頭が真っ白になった。その後何十分も取り乱して、トレーナーさんに慰められながら何とか落ち着きは取り戻した。

 

「すいません……今は1人にして貰えないえしょうか……私には少し受け入れられそうにないです」

 

 そう言ってトレーナーさんには帰ってもらった。どんな顔をすれば良いのか分からなかった。どうすれば良いのか分からなかった。何よりも1人になりたかった。

 

「アアアアアァ"ァ"ァ"ァ"ァ"!」

 

 声にならない声を出して叫んだ。物に当たった。泣き叫んだ。そして、気付いた時には疲れて眠っていた。

 そして、その日から私は面会謝絶となった。

 

 

 スズカが目覚めた翌日に、俺はチームメンバー全員を集めてことの経緯を話した。

 スズカが目を覚ましたこと。脚のことで精神的に大きなダメージを負ってしまったこと。そして、今は面会出来る状態では無いこと。

 

「スズカの状況は良くは無い……けど、トレーニングを疎かにするわけには行かない。通常通りトレーニングは行う」

 

 部屋に静寂が流れる。軽く受け流せるような内容ではないし、仕方がない。俺がスズカの面会謝絶を聞いたのも今朝のことだ。正直俺自身も困惑してるし、この場を治めることが出来たなかった。

 

「ほら!ファルコさんブルボンさん!トレーニングに行きましょう?ファルコさんはデビューしたばかりで、ブルボンさんはまだまだスタミナ不足が目立ちますわ!」

 

 その静寂を断ち切ったのはマックイーンだった。

 

「それでは、私達はお先にグラウンドに向かっています」

 

 マックイーンがファルコとブルボンを連れて部屋を出ていった。残されたキングが1歩前に出た。

 

「スズカさんの件。私はあなたが間違ったことをしただなんて思わない。これからの事もあなたが悩んで選ぶことなのよね?だったら、その選択を担当である私たちは見守る。もしも間違った道を歩みそうになったら、このキングヘイローが首元を掴んででも引き戻してあげるから安心しなさい」

 

 そう言って、そのままキングは部屋を出て行った。流石に付き合いの長い3人からはこっちの悩みなんてお見通しって訳か。

 

「にゃはは。キングはあー言ってるけどさ、私たちはトレーナーさんを信じてるよ?私たちは大丈夫だから、間違えないように……後悔のないようにね?まー休み休み行きましょ〜」

 

「そうだな……あっでもトレーニングは休みすぎるなよ?」

 

「あははは……それじゃあ行ってきまーす!」

 

 スカイもキングの後を追うように部屋を出て行った。

 

(たしかに……俺が思い詰めすぎちゃだめだ。俺が何をすべきか分かってないんだからな)

 

 とりあえず、気分転換にコーヒーでも買いに行くか。そう思い、俺は1回仕事を休憩して外に向かった。

 

「よう後輩」

 

「沖野先輩」

 

 俺が自販機でコーヒーを買って、1口飲み始めたところで沖野先輩がやって来た。

 

「随分と疲れた顔してんな。まぁ、お前も最近色々あったから当然っちゃ当然か」

 

「あはは……傍から見てもそう見えますか」

 

 あまり表には出さないようにはしていたけど、先輩から見ても俺は随分疲れた顔をしているらしい。

 

「それでなんだが、久しぶりに今晩どうだ?お前も話したいことの1つや2つあんだろ。息抜きついでにな。俺も話してえことあるし」

 

 そういえば、秋になってから忙しいすぎてそういった時間も取れずにいたな。先輩たちに話を聞いてもらいながら、1回リフレッシュするとしよう。

 

「そういうことなら、いつものところでいいですか?」

 

「いや、今日はここに来い。俺とオハナさんの行きつけの店でな」

 

 先輩はそう言って、俺に住所の書かれた紙を渡してそのまま去っていった。

 

「んじゃ、また後でな」

 

 俺もその後チームルームに戻って業務を進めた。月末に控えたファルコの2度目のレースにも備えないといけないしな。

 そこからは特に問題なくトレーニングも終えて、俺の少しスッキリした顔を見たみんなも安心して帰って行った。

 



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