ドールズフロントライン ~魔術師殺しの夜~ (弱音御前)
しおりを挟む

魔術師殺しの夜 1話

暑いですね。もう・・・とにかく暑いですね。そんな毎日、皆様いかがお過ごしでしょうか?
どうも、弱音御前です。

本日より、新シリーズのスタートになります。
あらすじにも書きましたが、本作はFateシリーズの一部設定を織り交ぜているお話なので、どうかご了承下さい。
とはいえ、クロスオーバーほど大々的なものではなく、あくまでもドールズフロントなので、そこはご安心を。

それでは、また短い間ではありますが、ごゆっくりとお楽しみください~


 

 

 

 薄暗い街頭と月明りを頼りに山道を歩き続ける事1時間。

 まるで、真黒な壁のようにすら見えた林が開けた先にようやく目的地の姿を捉える。

 

「はぁ~・・・ようやく見えてきたよ。あと少しだから、みんな頑張って」

 

 まず安堵の息を漏らしたのは〝X-ray小隊〟の隊長であるキャリコ。

 

 先頭を歩く彼女は後ろに続く3人を鼓舞する。

 

「1時間もあんな泥道を歩かされるなんてホント信じらんない! 大体、これだけ開けた場所に

あるならヘリでも来れたんじゃないの?」

 

 キャリコの気遣いもお構いなしに愚痴を吐き出すのは、ワルサーWA2000。

 林道を歩いている間、定期的にぶつくさと言っている彼女だが、他の3人にちゃんと気を配って歩いくれていたので、もうご愛敬である。

 

「確かに、この様子なら着陸できないこともないでしょうが。ちょっとでもバランスを崩して樹に激突でもしたら大惨事ですから。徒歩で森林を抜けるのが最適解でしょうね」

 

 後ろに続くコンテンダーがワルサーの愚痴に冷静な分析で返す。

 自分も疲れているのだろうに、それでも落ち着いて対処できる仲間がいてくれるというのは隊長として非常に頼もしい限りである。

 

「あら? 森を抜けた途端に小雨も止んでしまったようですね。残念ですわ・・・」

 

 そして最後尾、ワルサーとコンテンダーの背後の闇から滲むように姿を現すのはステアーAUGである。

 雨が好き、という趣味の彼女は森林特有の小雨のような湿気がお好みだったらしく、この4人の中で唯一ここまでの道のりを楽しんで歩いていた。

 どんよりとしているよりはマシだが、ちょっと不思議な娘を抱えているというのは隊長として

不安なところである。

 

「じゃあ、パラシュート降下でもしたほうが良かった? こんな真夜中に、こんな森のど真ん中に着地できる自信ある?」

 

「そこまでは言ってないじゃない。ただ、なにも森の入り口に車止めて歩いてくるよりはマシな

方法もあったんじゃないか? っていう事。指揮官もそれくらいの策は用意しろってのよ・・・」

 

 完全にふてくされてしまっているワルサーの気持ちは分かる。

 けれども、森の中を半分迷子になりながら彷徨う事になろうがなんだろうが、これは上官から

与えられた立派な任務なのだ。

 戦術人形として、全力を以ってこれを遂行しなければならない。

 今回、初めて小隊長を任されたキャリコは1人、そんなヤル気に満ち満ちていた。

 ピピっ、と緑に囲まれたこの場には不釣り合いな電子音が鳴り響く。

 音の出所はキャリコが装備している通信端末。定時連絡の時間を知らせるアラームだ。

 

「全員、ちょっとだけ休憩。離れすぎて迷子にならないようにね」

 

 3人バラバラな返事を耳にすると、キャリコは小さく咳払いをして喉を整えてから通話を

始める。

 

「こちらX-ray。本部、聞こえますか?」

 

『ああ、聞こえるよ』

 

 こんなに遅い時間なのだ、代役でも立てればいいのに応答してくれた指揮官の声を聞いて、胸の陰りが少しだけ晴れてくれる。

 これに指揮官の優しい笑顔をイメージで加えれば、合わせ技で効果も大幅上昇である。

 

『そちらの状況はどう?』

 

「はい、つい今しがた山道を抜けて目標を視認できる地点に来ました。予定時刻を20分以上もオーバーしてしまってごめんなさい」

 

『謝ることはないよ。真夜中の森林地帯なんだから、進行に支障が出るのは当然だ。それよりも、負傷した娘なんかはいないかな?』

 

「はい、全員無事です」

 

『オーケー。それじゃあ、目標の様子を教えてくれ』

 

「了解」

 

 ポーチから双眼鏡を取り出し、暗視モードに切り替える。

 目標との距離は直線距離でおおよそ500メートル。適切な倍率に合わせて双眼鏡を覗き

込んだ。

 暗視装置特有の、ぼんやりとした緑色で映し出されているのは一戸の建物。

 今のご時世では、それこそ写真や映像データくらいでしかお目にかかることのできない、巨大な古城である。

 キャリコ達が所属するグリフィン基地から、東に100キロ以上離れた渓谷沿いにポツンと佇むこの古城を調査、偵察するというのが、今回のX-ray小隊に与えられた任務である。

 最近、渓谷の向こうで鉄血が基地を設営、戦力を整えているという情報を確認したグリフィンは立地に適したこの古城を基地侵攻の前線拠点として使用する考えのようだ。

 

「周囲に敵影無し。外壁に損傷の痕無し。どの窓からも明かりは確認できません。事前の情報

通り、依然として無人の城みたい」

 

 古城は、その様式が主流だった中世に建てられたものではなく、ここ十数年の間でどこかの

物好きが趣味で建てたものであるらしい。

 所有者などの詳しい素性はデータが紛失して判明していないようだが、あまり色々な情報を

もらっても面倒なだけなので、キャリコはあの城にどんなドラマがあろうが特に興味はなかった。

 城を見に行って、使えるかどうか調べる。それが終わったら帰って寝る。

 シンプル・イズ・ベストである。

 

『異常がなさそうであればそのまま調査を続けてくれ。その渓谷は鉄血とグリフィンのボーダー

ラインみたいなものだから、くれぐれも気を付けて。危険と判断したら無茶しないですぐに切り

上げていいからね』

 

「うん。みんな無事に連れて帰るから、安心して待ってて」

 

 指揮官との通信を終えると、双眼鏡をポーチに戻す。

 休憩の指示を出していた3人を呼び戻すと、キャリコは再び古城へ向けて歩みを進めるの

だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これは・・・近くで見ると荘厳な佇まいですね」

 

「ええ、とても素晴らしい装いですね。ここが現代であるという事を忘れてしまいそう」

 

 城というのは、住まいであるのと同時に戦火を防ぐための砦としての役割をも備える。

 その定義に沿ったように、古城はあまりにも巨大で堅牢。

 それでいて、この暗がりでも分かるほどの威厳と気品を纏っている。

 芸術的な感性にはあまり自信のないキャリコでも、知らずに気圧されてしまっているほどだ。きっと、この城をわざわざ建設した人間は、よほどの物好きなのだろう。

 月明りを背負い、青白い輪郭を浮き上がらせる古城の姿を目の前に、キャリコはコンテンダーとステアーの横で言葉を忘れて呆と佇み、見上げている。

 

「ふ~ん、フェイクなのかと思ったら、ちゃんと本物の石で組み上げた外壁なのね。・・・でも、自然の石ではないのかしら? 何かを混ぜてる人口の石?」

 

 そんな3人を置いて、ワルサーは城の外壁を眺めながら、すでに調査を開始している。

 その姿を目の当たりにして我に返るキャリコ。

 こういう時に隊長が真っ先に行動しなくてどうするというのか。

 

「2人とも、いつまでもお城を眺めていないで調査を始めるよ」

 

「まあまあ、もう少しこの景色を堪能してもいいじゃないですか。これだけのモノを実際に目の当たりにできるなんて、とても貴重な事ですよ?」

 

「そうですよ。皆々様、今夜は私のお城でどうかごゆっくりとおくつろぎくださいませ」

 

 あまりこういう冗談は言わない性格なのかと思いきや、ステアーは、まるでこの城の城主であるかのようにスカートの裾をつまんで優雅にお辞儀をして見せる。

 ステアーの服装とか静かな雰囲気が見事に噛み合って、本当にここの城主のように見えてしまうのが悔しいところである。

 

「今のところ危険な要素はないんだから、ちょっとくらい自由にさせてもいいんじゃない?」

 

「もう、ワルサーまでそんな事を」

 

「大体、初めての隊長だからって気負いすぎなのよアンタは。今回なんて非戦闘任務なんだから、もう少し気を楽にして、落ち着いて構えてればいいじゃない」

 

 そう指摘されると、思い当たる節がここまでの道中で何度かあった事に気付いて何も言い返せない。

 ワルサーに言われたことは、任務前のミーティングで指揮官から言われていた事にほとんど相違ない事だった。

 

「・・・・・・そうだね。ありがとう、ワルサー。私の事を気にしてくれて」

 

「別に、アンタの為に助言してあげたわけじゃないし。お堅い隊長だと私もやりづらいから、私がやりやすいようになるように誘導しただけだし。って、なんで笑ってんのよ!?」

 

「ふふ、こっちの事だから気にしなくていいよ」

 

 暗がりでも分かるくらい顔を赤くしたワルサーを見ていると、いつまでも笑いが止まりそうにないので視線を逸らす。

 すると、視線を向けた先、エントランスへと上がる階段の石垣に金属のプレートが埋められているのが目についた。

 

「? 何か書いてある。えい・・・アイ・・・ン・・・??」

 

 鈍色に光るプレートには文字のようなものが書かれているが、流暢な筆記体なものだから、

キャリコにはハッキリと読むことができない。

 

「〝アインツベルン城〟ね」

 

 眉をしかめながらプレートと睨めっこしているキャリコの脇から、ワルサーが助け舟を出す。

 

「読めるんだ?」

 

「ん、私の出身地の言葉だから」

 

「へぇ~、アインツベルンってどういう意味なの?」

 

「意味っていうか、城ってそこの城主の名前が付くものじゃない?」

 

 ならば、この城はアインツベルンという人物が建てたということなのだろうか。

 まだ、どこの誰が所有者なのかも分かっていない状況なので、これも指揮官にしっかりと報告しておかなければいけないことである。

 十分に雰囲気を堪能したコンテンダーとステアーが合流したところで、いよいよ城内の捜索へと向かう。

 石造りの階段を上がり、エントランスの扉へ。

 キャリコの身長より遥かに高い両開きのそれは、もはや、扉というより門と言った方が適切とも思えてしまう。

 

「鍵がかかってたらどうします?」

 

「裏口とか窓とか、他に侵入できそうな場所を探す。壊して強行突破っていうのはナシだからね」

 

「そんな事は考えませんよ。ショットの娘達じゃないんですから」

 

 グリフィンがこのまま使うという事を考えると、できればこの建物を破損させたくはない。

 幸運にも、というか、恐らくそうならないことを見越しての事なのだろう、この部隊は4人ともスマートに事を進める性格揃いだ。

 改めて、指揮官の采配に感謝したい気持ちのキャリコである。

 ドアノブに手をかけ、体重をかけつつ押してみる。

 華奢な身体のキャリコではビクともしなそうな豪奢な扉は、けれども、音もたてずにスゥと開いてくれた。

 

「あら? 見た目よりもすんなりと開きましたわ」

 

「この城、建てられてからそれほど経ってないレプリカなんでしょ? 見た目はボロいけど、中身はそれほど劣化していないはずよ」

 

 扉を開いた先は、月明りが遮られている分、外よりも暗く、1メートル先の状況も視認できないような状態である。

 

「全員、お互いの背後をカバーするように固まって付いてきて」

 

 ポケットから取り出したフラッシュライトを構え、まず、キャリコがエントランスに足を踏み入れる。

 銃を構える右手にライトを握る左手を添え、射撃線上を照らすようにして明かりを付ける。

 白色の光がまず映し出したのは巨大な階段。

 エントランスの踊り場へと上がる中央階段なのだろう。真っ赤な絨毯が敷かれ、彫刻の施された手すりに彩られ、まさに、童話にでも出てくるお城の階段そのままの装いである。

 

「見事ですね。外観だけでなく、内装までもこれだけ豪華とは」

 

「レプリカだってのにやりすぎだわ。ホント、これを造った奴は正真正銘の変人ね」

 

「このような場所で指揮官と一緒に過ごしたいものですわ」

 

 フラッシュライトが照らす断片的な映像だけでも、このエントランスが古城の外観となんら遜色ない造りであることが見て取れる。

 生活区域から何十キロも離れたこんな辺鄙な土地で、ただ暮らすためだけの建物にしては手が込みすぎだと思えてしまう。

 まだ、キャリコには人間の感性というものを理解しきれていないだけなのだろうか?

 周囲を確認した3人からクリアの合図を受け、ひとまず安堵の息をつく。

 

「エントランスはクリアっと。それじゃあ、電気が点くか確認してみよう。照明のスイッチがどこか・・・」

 

「スイッチなら、たぶん玄関扉横のあれですわ。私が押してまいります」

 

 玄関まで戻るステアーをフォローするように、3人で行く先を照らす。

 飾り細工が施された壁に埋め込まれたパドルスイッチをステアーが操作するが、カチカチという音が響くだけで周囲の様子に変化はない。

 

「駄目ですね。スイッチの手応えはあるのですが」

 

「こっちのスタンドライトも点かないわ。電気が通っていないみたいね」

 

「う~ん・・・指揮官の話だと、この城まで引かれている電線は生きているみたいだから、城の

配電盤で止まっちゃってるのかな?」

 

 指揮官の下調べで、ライフラインが通っている事は確認済みである。

 滞在に必要な設備がすでに整っていたというのも、グリフィンがここを欲しがる理由のひとつなのだろう。

 まあ、それらライフラインは正規に引いているものではなく、盗んで引いているものだという話はキャリコ達が気にすることではない。

 

「指揮官に状況の報告をしておかないと」

 

 通信機のコールボタンを押すが、耳には潮騒のようなノイズが届くばかりで正常に繋がってくれる様子はない。

 不安を煽るような耳障りな音に、キャリコは思わず顔をしかめる。

 

「繋がらないのですか? ・・・あら、私のもですわね」

 

「私のもですね。もしかして、城内にジャミングが施されているのでしょうか?」

 

「石造りの城だから、電波との折り合いが悪いのかもしれないわね。一旦、外に出て試してみなさいよ」

 

 ワルサーの提案にのり、外での通信を試してみる。

 扉を開け、外に一歩踏み出ただけで通信機のノイズが弱まった。

 これが意図的な電波干渉なのか、それとも城の構造上の副産物なのかは分からないが、これからの調査が必要になる事だろう。

 2歩、3歩、と進み、玄関屋根から出たところでいつものコール音が鳴ってくれた。

 

『こちらHQ。X-ray小隊どうぞ』

 

 また指揮官と話ができる、と少しドキドキしていたものだから、通信機越しに女性の声、副官であるUMP45の声を聞いて心底ガッカリしてしまうキャリコ。

 

『あ、いま私が出たもんだから露骨にがっかりしたでしょ?』

 

「そりゃあガッカリもするわよ。誰だって、指揮官と話できるのが嬉しいに決まってるもの」

 

 もう、バレてしまっているのは下手に取り繕ったりしないキャリコなのである。

 

『指揮官は休憩中よ。報告は私が受け付けるわ』

 

「目標に侵入してみたのだけれど、電源が落ちているみたいで電気が点かないの。城内を探索する前に、まずは電源の制御盤を見に行ってみるわ」

 

『電源の制御盤・・・か。場所は分かりそう?』

 

「ん~・・・地下にありそう、ってくらいしかアタリは付けてない」

 

『それじゃあ、城の東側の地下を捜索してみて。地形図を見ると、電線は東側の地下を通って

城まで伸びてるみたいだから』

 

 ガサガサ、と45の声に混じって紙の擦れる音が聞こえる。

 しっかりとX-ray小隊のサポートができるように、ありったけの資料を用意してくれているのだろう。

 それでも、城の詳細は依然として不明なのだから、全くもって謎の建物である。

 

「あと、城の名前はアインツベルンっていうみたい。城主の名前だとしたら、建てたヤツを洗い出す手掛かりになるんじゃないかな?」

 

『了解。こっちも引き続き城の素性調査を続けてるから、何か分かったら教えるわ』

 

「うん、城の中は電波状況が悪いみたいだから、定期的に外に出るようにするね」

 

 連絡を終えて再び城内に戻る。

 エントランスは依然として真っ暗だが、そんな中でもフラッシュライトの明かりを囲んで3人はくつろいでいる様子。

 未知の場所だというのに、その順応力の速さは流石といったところである。

 

「指揮官はまだ起きていましたか?」

 

「休憩中みたいでUMP45が対応してくれたわ。城内の探索を始める前に、まず電源の様子を見に行く。制御盤は城の東側地下にありそうっていう話だから、迷子にならないよう慎重に進みましょう」

 

「迷子とか・・・私たちは子供じゃないっての」

 

「ふふ、きっと、キャリコなりのユーモアのつもりですわ」

 

 4人で陣形を組み直し、先を照らしながらエントランスを進んでいく。

 エントランスと東ウィングを繋ぐ扉を開くと、その先に延びるのは長い廊下。

 まるで、どこまでも延々に続いているのでは、と錯覚してしまうほどの長さである。

 窓から差し込む月明りのおかげでエントランスより見通しが良く、ライトを当てなくても、周囲の様子が視認できるのは救いか。

 

「・・・クリア。ひとまず、廊下の突き当りまで進んでみようか」

 

 この廊下にも敵影、戦闘の痕が無い事を確認。一面に敷かれた、やたらと踏み心地の良い絨毯の上をゆっくりと進んでいく。

 エントランスでもそうだったが、敵なんかよりも、いたるとこに置かれている調度品に気を配った方がいいのではないかという気もしてきてしまう。

 キャリコには詳しい事は分からないが、きっと、これらは戦術人形の給料何か月分にも相当するような値段なのだろう。

 

(・・・もう長いあいだ城主は留守みたいなのに、調度品は手付かず。盗んで売り飛ばすような人間は来なかったのかな?)

 

 ふと、根本的な疑問が浮かび上がるキャリコだが・・・

 

「それにしても、45が応答するとは。もしかしたら、悪い事をしてしまったかもしれませんね」

 

 それよりも、もっと興味深い事をコンテンダーが呟いたものだから、思考の中から即退場させてしまう。

 

「悪い事って、私たちが? 何で?」

 

「だって、日付も変わったこんな真夜中ですよ? そんな時間に、誓約を交わした2人が同じ部屋にいるんですよ? そこで何をするか、という選択肢はあまり多くないと思います」

 

 コンテンダーが何を言いたいのか分かり、途端に顔がオーバーヒートでもしたかのようにアツアツになってしまう。

 まさか、生真面目な彼女からそんな話題が飛び出すというのは驚きである。

 いや、まあ、現実的というか、論理的な性格の彼女だからこそ、そういう考えを導けたのかもしれないが。

 

「え? なに? それってもしかして・・・そういうこと!?」

 

「キャリコからの連絡に対応していた45はベッドの上で指揮官に跨ったままで・・・。45の声に何か異変は感じませんでしたか?」

 

 そういわれると、いつもよりも息遣いが荒かったような、声が時折上ずっていたような、そんな気もしてきてしまう。

 もう、キャリコの思考はあの2人のピンク色な妄想がグルグル回って、全く使い物にならない

状態である。

 

「で、でもでも! 指揮官は真面目な人だから、私たちが任務に就いている間にそんな事をする

わけ」

 

「確かに、指揮官は考えないでしょうね。しかし、相手はあの45です。あの手この手で迫られれば、いくら指揮官とはいえ篭絡せざるを得ないでしょう」

 

 もう、キャリコには意見を差し込む隙も無いほどの正論。

 結局、あの時2人はキャリコに気付かれないようにシテいた、という答えでファイナルアンサーとするしかないのだろうか?

 

「コラコラ、そこのバカ2人は何をバカな話してんのよ。ヤル気あるわけ?」

 

 そんな女子トークにナイフを差し込むのはワルサー。

 暗がりの中でも分かるくらいに呆れた表情だが、なんとなく顔が赤らんでいるようにも見える。

 

「アナタがどうにも落ち着きがないように見えたので、冗談でも言えば気が紛れるかな、と思いまして。少しは落ち着きました?」

 

「わ、私のどこが落ち着きないっていうのよ!? 今だってこうしていつも通り普段通り、ひぃ!?」

 

 突然、ワルサーが引き攣ったような声を小さく漏らして会話を止めてしまう。

 視線の行先からして、どうやら床に映ったキャリコの陰に驚いていたようだ。

 身体が動くたびにゆらゆらと揺らめくツインテールの影は、なるほど、見ようによっては奇妙に見えるのかもしれない。

 

「ワルサー、もしかして怖いの? こういうの苦手なら言ってくれていいのに」

 

「そそそそ、そんなわけないじゃない! これくらいで怖がっててグリフィンの仕事なんか務まるかってのよ!」

 

 明らかに挙動不審だし、ワルサー特有の所謂〝素直じゃない〟言いっぷりだし。この空間に

怖がっているのがみえみえである。

 もちろん、どこかに潜んでいる敵にではなく、もっと非科学的なものに対して、だ。

 

「無理して隠すことないでしょう? 少しくらい弱みを見せた方が指揮官からの好感度も上がってくれるはずですよ。ステアーもそう思いませんか? ・・・・・・ステアー?」

 

 しばらく話に入ってこなかったステアーに話を振るが、応えが返ってこない。

 それどころか、最後尾をついてきていたはずの彼女の姿が、いつの間にか消えている事に気が付く。

 

「え? ステアーったらどこに行っちゃったの? みんなで一緒にこの廊下を進んでいたよね?」

 

「それは私も確認しています。勝手に他の場所を探索に行くような娘ではありませんし、敵に襲撃されたら私達の誰かが気付くはずです。そうなると、認めたくはありませんが、これはもしや」

 

「そんなわけないでしょ!? オバケなんてこの世に居ないの! オバケなんて怖くないんだ

もん!」

 

 自慢のライフルを胸の前でギュッと抱いて、しどろもどろしているワルサーの様子は普段のドライな彼女とは全く正反対で、ちょっとだけ愛らしさを感じてしまう。

 ・・・などと、冷静にワルサーの挙動を観察しているだけの余裕がキャリコとコンテンダーにはあった、という時点で全てはお察しなのだ。

 

「ええ、もちろん。私は怖い事なんて何も致しませんわ」

 

 暗闇に溶けるような黒いドレスと持ち前の静けさで気配を消し、まんまとワルサーの背後に潜んでいたステアーがワルサーの耳元で囁く。

 その瞬間だった。

 

「ふにゃああぁぁああぁぁあぁぁぁぁぁああぁぁ~~~~~!」

 

 とてつもない音量の大絶叫が廊下の空気をシェイクする。

 それはもう、新手の戦術兵器なのかと思うほどの強烈さで、陶器製の調度品なんかが割れても

おかしくないレベルだ。

 咄嗟に耳を塞いだキャリコとコンテンダーは無事だったが、ステアーは近接距離だったために

直撃を受け、少し怯んでしまっている。

 

「ふざけんじゃないわよバカ! バカ! バカ! バカ! 馬鹿ステア~~!」

 

 一通り叫び終え、事の次第を理解すると、ワルサーは背後のステアーに殴り掛かる。

 殴り掛かるとはいえ、ぽかぽかと可愛らしい音が聞こえてきそうなくらい力無いものだ。

 きっと、声と一緒に気力も身体から抜け出てしまったのだろう。

 

「ふふふ、怯えているワルサーを見ていたら、ついイタズラ心に火が付いてしまいました。ゴメンなさいね」

 

 優しく微笑みながらワルサーを宥めるその様子は、まるで子供をあやしているかのよう。

 基地では見かけた記憶もないワルサーとステアーのやり取りを前にして、自然とキャリコの表情も緩む。

 

「なかなかどうして、良いチームのようですね。今まで、ほとんど話をする機会もなかった4人とは思えないくらいです」

 

 コンテンダーの言う通り、この4人はお互いの存在と戦績を知っている程度の間柄で、同じ任務に就くのも初めての者同士だった。

 それも、キャリコが隊長を務めるうえで非常に気がかりな事の1つだったのだが、今ではもう

そんな不安に感じていた事すらくだらなく思えてしまう。

 

「そうだね。私、ワルサーはもっと怖い感じの娘だと思ってたんだけど、実は可愛い娘だったからちょっとビックリした」

 

「誰がカワイイ娘だってのよ! がるるるるる~」

 

「ほらほら、キャリコに噛み付いてはいけません。ステイですわ、ワルサー」

 

 いつのまにかイジられキャラになってしまったワルサーを囲み、姦しい笑い声が廊下に

響き渡る。

 ついさっきまではどこまでも続いているかのように思えた廊下だったが、そんな明るい雰囲気で進んでいけば終点までは本当にあっという間だ。

 

「もう突き当りか。んで・・・この扉っぽい感じするね」

 

「ええ、明らかに作りが違いますからね」

 

 廊下に並んでいたドアはいずれも細かな装飾が施されたものだったが、このドアは平たい木の板にドアノブを付けただけ、といった装いでサイズも少しだけ小さい。

 これほどに凝って再現されている城である。同じ客室に通じているのに、このドアだけ手抜きをしたという可能性は低いだろう。

 キャリコがドアノブに手をかけて押すと、ギィ、という軋み音をあげながらドアが開いた。

 その先には、フロア下へと降りる階段が伸びている。

 ライトを向けても終着点が見えない暗闇の下り階段を前に、一同のさっきまでの明るい雰囲気はどこかに吹っ飛んで行ってしまった。

 

「だ、誰が先頭を行く?」

 

 キャリコはコンテンダーを見て、コンテンダーはワルサーを見て、ワルサーはステアーを見て、ステアーはキャリコを見る。

 誰だって、こんな末恐ろしい中に先陣きって挑むのはイヤに決まっているのだ。

 

「さっきの罪滅ぼし。先に行きなさいよ、ステアー」

 

「・・・はぁ~、致し方ありませんね」

 

 さすがにさっきのは悪かったと思っていたのだろう、ステアーは溜め息をつきこそすれ、大人しく先頭につく。

 1人が通るので一杯な狭さなので、ステアーの後ろにコンテンダー、ワルサーと続き、最後尾をキャリコが務める。

 カビ臭い湿った空気にコンクリート剥き出しの壁。1階の華やかさがウソのような階段を、全員無言のまま降りていく。

 そうして辿り着いた先は机やラックが並べられた部屋。おそらく、倉庫として扱うような部屋なのだろうが、生活用品のようなものは何一つ見当たらない。

 

「この部屋から更に別の部屋に繋がっているようですわ。どちらに進みます?」

 

「階段から見て正面と右の2方向か。ん~・・・」

 

 明かりも差し込まない地下室である。当然、この部屋から繋がっている先はライトを当てても全く様子が分からない漆黒。怖い思いをしながら進むのは勘弁なので、できれば一発で配電盤の部屋を当てたいところである。

 

「? そこの床、何かの痕が付いています。誰も踏み入れていない位置ですよね?」

 

 キャリコが思案している最中、何かを見つけたコンテンダーが床に屈みこんだ。

 

「何があったのですか?」

 

「これ、何かを引きずったような跡ですね。・・・正面の部屋に続いているようです」

 

 コンテンダーの背後から覗いてみると、確かに、床にうっすらと被っていた埃が除けられた跡が付いている。

 まるで、筆でなぞったようなそれは、階段正面から繋がっている部屋へと伸びている。

 

「考えていても仕方ありませんわ。これも何かのお導きと思って、行くと致しましょう」

 

 もう完全に割り切ってしまったのか、恐怖の欠片すらも見せずにステアーはさっさと進んで

行ってしまう。

 本当は行きたくないと思いつつも、それに引っ張られるように続く3人。

 

「ちょっと、そんなにくっついたら歩きづらいよ、ワルサー」

 

「わ、私じゃないわよ! コンテンダーが後ろから押すんだもの」

 

「よくもまあ、平気な顔して私に罪を擦り付けますね。この事、基地の娘達に言いふらしたっていいんですよ?」

 

 醜い言い争いを繰り広げながら、隣の部屋へと移動する。

 ライトを向ければ、そこには金属製の箱のようなものが立ち並んでいるのが確認できる。

 すぐ後ろの壁に這っている何本もの配線が箱に向かって伸びているところからみて、どうやら

この場所がアタリのようだ。

 

「それが配電盤みたいだね。壊れたりはしてなさそう?」

 

「ええ、設備に損傷は見受けられません。ただ・・・こちらの方が私は気がかりですわ」

 

 配電盤の横に立つステアーは視線を足元に向けている。

 その視線の先にキャリコも視線とライトを向けてみる。

 そこには、黒い衣服に身を包んだ人型が転がっていた。

 

「ひぃっ!!?」

 

 引き攣った声と共に服をギュッと握られる。服がちぎれるんじゃないかというくらいの力だったので、体まで巻き込まれて少し痛かったが、もういちいちツッコむのも面倒だったので、この事は不問としておくキャリコである。

 

「それって・・・もしかして鉄血の人形?」

 

「ええ。それも、エリート人形のエクスキューショナーですね」

 

 うつぶせに倒れている人形の頭をステアーが足で転がすと、見知った顔が現れる。

 完全にシステムダウンしているのだろう、足蹴にされているというのに鉄血人形はピクリとも

動く気配がない。

 

「大方、城に迷い込んだクズ鉄血が電気付けようとしてここまで来て、寸でのところでバッテリー切れ、ってところでしょうね。ふん、ザマぁないわね」

 

 さっきまでのビビり具合はどこへやら。黒い人影が鉄血だと判明するや、ワルサーはキャリコの真正面に踏み出て偉そうに言い放つ。

 ここでステアーがさっきのをもう一回やってくんないかなぁ、と、割と本気でキャリコは思う。

 

「さっさと電気を付けて調査に戻りましょうよ」

 

「・・・そうですね。すでにこと切れた鉄血に気を向けても仕方ありません。メインのブレーカーはこの配電盤でしょうか?」

 

 ステアーが配電盤の中を覗き込む。

 しばらくして、バチン、と一層大きな音が響いた瞬間、室内の照明が一斉に息を吹き返した。

 天井に小さな白熱球が数個ぶら下がっているだけの弱い照明だが、それでも、暗闇に長く置かれていたキャリコの眼には少し痛いくらいだ。

 

「今のがメインブレーカーのようですので、これで城内に電気が通った筈です」

 

「あ~あ、ようやく見通しが良くなったわね。はい、調査再開~」

 

 肩の荷が下りたかのような軽快さで、スタスタと進んで行ってしまうワルサー。それにステアーも続く。

 

「キャリコ、ちょっといいですか?」

 

 2人を追おうとしていたキャリコをコンテンダーが呼び止める。

 彼女は先ほどからずっと屈みこんで、エクスキューショナーの身体を見ていたのだった。

 

「どうしたの?」

 

「ワルサーをビビらせてしまうのもはばかられるので、隊長のあなたには報告しておこうと思いまして」

 

 手招きするコンテンダーに従い、エクスキューショナーの傍にしゃがみ込む。

 

「このキズ。あなたはどう考えます?」

 

 うつ伏せに転がっているエクスキューショナーの身体をコンテンダーが転がす。

 身体の正面、胸や腹部、腕に付いているおびただしい数のキズを見て、キャリコは思わず息を呑んだ。

 

「これ・・・切創? すごい数だね」

 

「ええ。腕や胸に付いた多数の細かい切創は、比較的小さい刃物で付けられたように見えます。私が気になるのは腹部と右わき腹の切創、それと左手をバッサリ切り落とされている点ですね。人形の、それも鉄血エリートクラスの身体をこれだけ綺麗に斬り裂くなんて。一体、誰にやられたのでしょうか?」

 

 グリフィン所属の人形は基本的に銃器をスティグマとして設定される。もし、対グリフィンで

負傷したとすれば、それは弾痕になるはずだ。近接戦闘でナイフを用いることもあるだろうが、

それだって腹部を大きく切り裂けるような代物ではない。

 

「鉄血エリートの中にはブレードを装備してる奴もいるでしょ? 何かの理由で仲間割れになって、負傷しながらこの城に迷い込んだ。それからは、ワルサーの推測と同じような流れ?」

 

「筋は通っているように思えますね。けれど、ワルサーが言うような、城に迷い込んで、ここまで這ってきて配電盤に手が届くまであと少し、というところで力尽きてしまうなんていうドラマティックな事がこの場で起こるのでしょうか? 可能性がゼロとは言いませんが、低いものだと

いうのはキャリコも分かるでしょう?」

 

 言われてみればそうだと思ったので、コンテンダーの言葉に素直に頷く。

 であれば、当時のエクスキューショナーの行動はどうだったのか? キャリコは自分なりに少し考えてみる。

 理論派のコンテンダーに付き合って色々と考えるのも、ちょっとだけ楽しく思えてくる。

 

「・・・・・・その逆? エクスキューショナーは電源を入れたんじゃなくて、落としてから力尽きた?」

 

「そちらの方が可能性は高そうですよね」

 

「でも、なんで? わざわざ電源を落として何がしたかったんだろう?」

 

「いかんせん情報が少なすぎますから、推理を広げるのはここまでにしておきましょうか。何があるにしろ、電源を入れなければ調査もままならないのです。私たちは最悪の状況を念頭において先に進みましょう」

 

 コンテンダーの言う〝最悪の状況〟をキャリコはすぐに想像することが出来た。

 この城内にエクスキューショナーを切り刻んだ何かが存在する。そして、それから身を守るためにエクスキューショナーは電源を落とした。

 あまりにもネガティブな考えかもしれないが、考えておくに越したことはない。

 戦場ではいつだって、これくらい臆病な者こそ生き残れるのだから。

 

「お2人とも、何か問題でもありましたか~?」

 

 なかなか追いかけてこないキャリコ達を心配したのだろう、隣の部屋からステアーが問いかけてくる。

 

「なんでもないよ~。すぐに行くから~」

 

「早くしてくだいね~。ワルサーが心配しすぎて今にも泣きだしそうですので~」

 

「だから、なんでアンタはそうやって私を弄るわけ!?」

 

 仲良さげに言い合う2人と合流し、一旦、エントランスへと引き返す。

 電気が復旧し、照明が一斉に灯された城内は、まさに絢爛豪華という言葉そのままの装いで、

ステアーとワルサーは興味深げな眼差しを向けている。

 最大限の注意を、とコンテンダーと約束したキャリコも、そのことを忘れて見入ってしまいそうなほどに美麗な古城。

 甘い香りと華麗な彩で獲物を誘い寄せ、捕食する植物が地球上に存在したという話をつい連想してしまう。今まさに、自分たちはその捕食者の口の中なのだろうか? と考え、キャリコは改めて気を引き締め直した。

 

「じゃあ、これから本格的な捜索を始めるわけなんだけど」

 

 エントランスに戻り、異常が無い事を確認したところでようやく任務の遂行にあたる。

 

「城はウィングが東西に延びていて、その背中、崖との間に中庭が広がっている。ツーマンセルで東と西をそれぞれ捜索、終わり次第中庭に降りてくる、っていうのが効率がいいかなって思うんだ。みんなはどう思うかな?」

 

「ん~、いいんじゃない? それなら捜索も早く終わりそうだし」

 

「ええ、私も良い考えだと思います。賛成ですわ」

 

「私も意義はありませんよ」

 

 3人共にキャリコの意見に賛成してくれる。

 なんだか、今回の任務でようやく隊長らしいことができた気がして、ちょっとだけ嬉しい

キャリコである。

 

「チーム分けは? コインでも投げて裏表で決める?」

 

「いやいや、さすがにそんな雑な決め方はやめようよ」

 

 案外に雑な提案を繰り出すワルサーに苦笑いを返す。事前に聞いていた、クールで知的で冷徹な彼女のイメージが、キャリコの中で音をたてて崩壊を始めている真っただ中である。

 

「戦力を考えて、私とコンテンダー、ワルサーとステアーっていう組み合わせにしようかなって

思う」

 

「え~? ステアーと組みかぁ~」

 

「うぅ・・・そんなに嫌そうにするなんて、私は悲しいです。くすん」

 

 裾で涙を拭う仕草をみせるステアーに本気で嫌そうな表情を向けるワルサー。

 キャリコとて、ちょっと面白そうとかいう気持ちでこういう割り振りをしたわけではない。

髙射速で弾幕を展開できるステアーとキャリコ。高威力の一発を撃ち込めるワルサーと

コンテンダー。違う特性の2人を気分でくっつけてみたのである。

 ・・・結局、気分なのでやっぱり私情も入ってたかもしれないが。

 

「イヤ?」

 

「別に・・・いいけどさ」

 

「ふふ、ワルサーったら、素直じゃないですから♪」

 

「あ~もう! うざったいからくっつくなぁ! その代わり、私たちは東ウィングを調べさせてもらうからね!」

 

 1階の様子がある程度わかっている東ウィングの方が調査が楽、という魂胆なのだろう。それくらいは構わないと、ワルサーの申し出に従っておく。

 さっさと進んでいってしまうワルサーに置いて行かれるステアー。

 ちょうどいいタイミングと読んだキャリコが彼女に駆け寄る。

 

「あのね、ステアー。ちょっと話しておきたいことがあるんだ」

 

「? どのようなことでしょう?」

 

 地下室でのエクスキューショナーの傷の件をステアーに簡潔に伝える。

 

「そのような事があったのですね。承りましたわ。ワルサーにも言っておいた方が良いのでしょうか?」

 

「彼女は少々怖がりなところがありますから、伏せておいた方が冷静でいられるかと思いまして。今後はステアーの判断に任せますよ」

 

「なるほど。彼女はアドリブに強い娘のようですから、私も出来る限り伏せるようにしておきますわ」

 

 ワルサーに対してはやたらと砕けた態度であるが、流石はアサルトのエース人形。話が早くてキャリコもコンテンダーも大助かりである。

 

「なにやってんのよ、ステアー! ヤル気あんの~!?」

 

「お待ち下さ~い。仲良くお手を繋いで参りましょ~」

 

「だから、ヤダって言ってるでしょうが! 阿保ステアー!」

 

 お花マークが浮かんで見えるくらい可愛らしい女の子走りでワルサーに駆け寄るステアーを見ていると、やっぱりちょっと不安がよぎってしまうキャリコである。

 

「さあ、私達も行きましょうか」

 

「うん。頼りにしてるからね、コンテンダー」

 

 西ウィングへ続く扉を開けば、先ほど通った東ウィングと鏡写しのような廊下が伸びている。

 小さく息を吸い込んで気分を切り替え、キャリコは全神経を研ぎ澄ませると、未知の廊下へと

踏み込んだ。

 




まだFate感があまり無くて、拍子抜けした方もいらっしゃいますでしょう。
今後、大体こんな感じです。自分の腕前ではこれくらいが限界なのです・・・

タイプムーン好きな当方なので、今月の月姫リメイクを楽しみにしつつ考えた作品なわけですが、なんでこのメンバーを選出したのか、というのは、きっと、Fate好きな方は分かったのではないでしょうか?

次回より本番に突入となりますので、どうかお楽しみに。
以上、弱音御前でした~




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

魔術師殺しの夜 2話

あんなに暑かったのに、急に気温が落ち着いてきた今日この頃。いくらか気分良く過ごせてイイ感じですね。
どうも、弱音御前です。

新シリーズも今回からいよいよ本番。別作品のリスペクトという立ち位置で考えた作品ですが、知ってる人も知らない人も楽しんでもらえたらな~と思います。
それでは、今回もどうかごゆっくりと~


 

「・・・ですから、そこで私は言ってあげたのです。レールを搭載していない、アタッチメントも満足に付けられない私の苦労が、貴女に分かるはずもないでしょ、って。ふふふ、可笑しいでしょう?」

 

「あ~、そ~ね。うんうん、おかしいおかしい」

 

 これが感性の違いというものなのだろう、笑いどころが少しも分からない話を、さも楽し気に

語り聞かせてくるステアーにワルサーは気の無い返事を返す。

 東ウィング1階と2階の捜索は、ずっとこのような調子で進み、2人はこれから廊下の突き当りにある階段を上って3階の捜索に移るところであった。

 

(ったく・・・なんか、評判と随分と違う娘だけど。最近、メンタルを弄ったりでもしたの

かしら?)

 

 腕利きが特に多いアサルトタイプの戦術人形の中でも、常に上位の成績を叩き出し、〝死〟に対して固執した考えを持っている事から、基地では死神というあだ名までつけられている。それが、ワルサーが得ていた彼女に対しての事前情報だった。

 ところが、実際に蓋を開けてみれば、ワルサーが怖がっているのを良い事にからかってきたり、やたらとベタベタくっついてきたり、勝手に世間話に花を咲かせたり。死神が聞いて呆れるような雰囲気の娘である。

 静かで落ち着いた物腰の相手だったら良い友達になれるかも? と、ちょっとだけ期待していたワルサーは完全に肩透かしをくらってしまったのだった。

 

「あとは・・・そうそう、こんな事もあったのですが」

 

「ちょっと口を閉じなさい。まずは3階の安全を確かめてからね」

 

 階段に足をかけたところでワルサーがクギを刺す。

 1階、2階と異常は全く見受けられなかったが、だからといって上階が安全だとは言い切れ

ない。

 

「申し訳ございません。私としたことが、以後、気を付けますわ」

 

 強く注意したつもりは無かったのだが、途端にしゅんとしてしまったステアーを見ると、小さな罪悪感が浮かんでしまう。

 誰かと話すこと、特に、それが今まで交流のほとんどなかった相手だったら尚更の事、ワルサーはどうしたら良いのか分からない。

 

「はぁ~・・・」

 

「本当にごめんなさい、ワルサー」

 

 ステアーに対して漏らした溜め息ではないのに、思いっきり勘違いされてしまう。

 思考が負のループに陥っている間に、気付けば階段の中腹に差し掛かっていた。

 気分を切り替え、上階に神経を集中させる。

 後ろに続くステアーに合図を送ると、銃を構え直し、壁に背を押し付けるようにして階段を

上がっていく。

 そうして、3階に到達。壁の角で一旦足を止め、恐る恐る廊下の先を覗き見る。

 構造は2階とほとんど同じだが、廊下は突き当りで左に折れている。

 外観から考えるに、3階が最上階になっているので、何か特別な部屋でも設けているのかもしれない。

 そして、相変わらず動体の気配は無し。鉄血人形だったらいいのだが、何か良からぬモノに出くわさなかった事に関してワルサーは安堵の息をつく。

 

「廊下はクリア。手近な部屋から見ていくわよ」

 

「かしこまりました」

 

 ステアーが先行し、その背後にワルサーがつく。

 そうして、1部屋、2部屋、と調べていくが、これまでと同様に小動物の一匹たりとも見つける事はなかった。

 

「3階もゲストルームばかりなのですね。一体、どれだけの賓客を招くつもりなのでしょうか?」

 

「城ってのは権力の象徴みたいなものだったらしいから、見栄だけの部屋なんじゃない?」

 

 規律正しく並べられた家具も、ベッドシーツにも一縷の乱れも見受けられない。

 持ち主も判明せず、長い間放置されていた物件だ。綺麗に残されていて当然か、と傍の化粧台に何気なく手を置く。

 ニスで上品に仕上げられた艶やかな木板の上を、ワルサーの手が音も無く滑る。

 

(埃が浮いてない・・・ずっと放置されていた城なのに?)

 

 違和感を覚え、手を見てみるが、やはり少しの汚れも付いていない。

 昨今の技術を利用した空調設備であれば、埃を完全に除去するという事も可能だろう。しかし、この城にはどうしたってそんな先進的なモノは見当たらない。

 

「2階にあった調度品の保管庫はとても興味深かったです。調査が終わったら、少し覗いてみてもよろしいですか?」

 

「え? ああ、キャリコが良いっていうなら別にいいんじゃない?」

 

 確信を持てない今の状況では考えても仕方ない。違和感を思考の端に寄せつつ、部屋を出ていくステアーに続く。

 そうして残りの部屋も同じように調べていき、廊下の曲がり角へと差し掛かる。

 

「以前、ブルパップ仲間のRFBのお部屋にお邪魔した時に見たのですが」

 

「アンタ、意外な交友関係があるのね」

 

 いかにも合わなそうな性質の2人だなと思うワルサーだが、よく考えてみれば、ブルパップ仲間というだけなので性格とかどうでもいいのか、と妙に納得してしまうのであった。

 

「これまでとは明らかに雰囲気の違う、いかにも! という通路の先には強敵が控えているもの

みたいなのですよ」

 

「・・・そうやってまた私の事をバカにして。ここはアニメやゲームじゃないんだから、そんな事あるわけないでしょうが!」

 

「確かにゲームの話ではありますが、この雰囲気は明らかに・・・ちょっと、私の話を聞いて

下さい~」

 

 真剣な様子で引き留めるステアーを追い越して、ワルサーは廊下の先に進んで行く。

 角を曲がり、すぐ先の突き当りには扉が1つ。これまでの客室の扉などとは違う、木造りの重厚な両開き扉である。

 ステアーが言っていたような、いかにも! な扉が本当に目の前に現れたものだから、つい怯んでしまうワルサー。

 

「だから言ったではありませんか。この先はボス戦ですよ、きっと」

 

「うっさい! ここは現実なんだから、そんな事があるわけがないの!」

 

 思い出してしまった怖さを押し込むようにワルサーは喚き散らす。

 もしかしたら、そんな騒がしさがきっかけになったのかもしれない。

 音も無く、突然に扉が開いたのだ。

 

「っ!!?」

 

 驚きのあまり声を出すことも忘れ、反射的にステアーの背後に身を隠す。

 1秒にも満たないその身のこなしは、日頃の訓練の賜物である。

 

「すぅ~・・・ふぅ~」

 

 ワルサーの行動など意にも介さず、ステアーは扉に銃口を向ける。

 ゆっくりと、静かに呼吸を繰り返す彼女の吐息をすぐ耳元に聞いて、ワルサーの気分も少しづつ落ち着いてくるようだ。

 扉の隙間から白い影が覗く。

 ふわりと揺れる服の裾。新雪のように澄んだ肌。人形のように繊細な細い指。

 照明を受けて煌めく銀色の髪を靡かせ、1人の女性がワルサー達の前に姿を現した。

 歳は若いようにみえるが、純白のドレスを纏ったその佇まいからは、戦術人形でも分かるほどの魅力を感じとれる。

 

「貴女は・・・この城の主ですか?」

 

 相手が人と見て取ったステアーは銃口を外し、静かに問いかける。

 その問いに、白い女性は小さく首を横に振った。

 ルビー色の瞳から送られる視線は冷たく、全く生気を感じられない。

 

「ワルサー、この方は・・・」

 

「人形ね。でも、IOP製じゃあなさそう」

 

 人形が相手だと分かり、冷静さを取り戻したワルサーも銃を構えてステアーの隣に並び立つ。

 

「入城を許可した記録はありません。早急にお引き取りを」

 

 手を前で組み、やや頭を下げ、穏やかな口調で白い女性は言うが、その言葉には有無を言わさぬ強制力を感じる。

 言われた通り、明らかな不法侵入なので文句を言えた立場ではないのだが、こんな言われ方をして黙っていられるほどワルサーは素直な性格ではない。

 

「辺鄙なところに怪しい城が建ってるっていうから調査に来たのよ。人形のアンタじゃあ話にならないから、早いとこ城主を呼んでくれないかしら」

 

「ちょっと、ワルサー。そんな言い方はいけませんわ」

 

 ワルサーの無礼な言い方にステアーも思わず慌てるが、それを向けられた当の本人は無反応。

 姿勢はそのままに、眼を閉じて何やら思案しているような様子。

 そうして、きっかり5秒経過した時だった。

 

「警告に従う意思は無いと判断。強制退去させます」

 

 そう言い終えると、女性の髪がフワリと浮き上がる。

 それはまるで、床から風が吹き上げたかのように。当然、床からは風が吹き上がるような通気口も何も存在しない。

 

「っ!?」

 

 ゾクリ、と背中を氷が滑り落ちていくような感覚で体が総毛立つ。

 なにが起こるのかなんて予想もつかない。ただ、確実に襲いくる危機をワルサーの戦闘本能が

察知する。

 示し合わせたかのように、ステアーとワルサーそれぞれ左右に身体を投げ出す。

 直後、2人が立っていた位置を、幾つもの鋭い風切り音が通り過ぎた。

 遠距離兵器。複数発。散弾? いや、銃は持っていない。投擲? 何を投げた?

 床を転がり、身体を起こすまでの間で瞬時に考えを巡らす。

 敵の兵装も分からない不利な状態であるが、迷っている暇は微塵も無い。

 攻撃は最大の防御。最近知った、ワルサーお気に入りの格言だ。

 

「ステアー、応戦!」

 

「はい!」

 

 石造りの壁に反響し渡る無数の銃声。ステアーの連射弾に合流させるように、ワルサーも弾丸を撃ち込む。

 相手は見た目にも華奢な人形。これだけの弾丸をまともに浴びれば、ひとたまりもないだろう。

 ちょっと容赦なさすぎにも思えてしまうが・・・それは今回、幸いにも杞憂に終わってくれたようだ。

 

「な、何よ、アレ?」

 

「壁? 一体どこから!」

 

 発砲から着弾までの僅か一瞬、ワルサー達と女性との間を遮るように現れた銀色の壁を見て戦慄する。

 それは、正確には壁というの間違いのかもしれない。女性の身体を完全に覆い隠すほどのそれには、翼を持った女神の豪奢なレリーフが施されている。盾というのが正解か。

 盾に弾丸が防がれているのを見て前言撤回。謎の機能を備えた強力な人形が相手という事なら、容赦の必要など微塵もない。

 

「非常に硬い盾ですが・・・」

 

「少しづつ削れてる。怯まず撃ち続けて!」

 

 ステアーがリロードを行っている間、ワルサーが射撃の速度を上げてフォローする。

 材質や特性は依然として不明だが、鉛の集中打撃によって徐々に削れる程度の耐久性能のようだ。特に、ワルサーの使用するフルサイズ弾は当たり所によって大きく抉れている様子が伺える。

 

(正体不明だろうが関係ない。このまま押し切れる!)

 

 虫食いだらけの木板のようにボロボロになってきた盾を見て、ワルサーの戦意が昂る。

 勝てる糸口が見え、攻撃の手に一層熱がこもってしまう。

 ・・・だから、もう一つの脅威に対しての反応が遅れた。

 白い人形の背後、扉から飛び出してきた黒い人影の存在を認識した時には、もう、ワルサーとの間合いは2メートル弱。

 反応が遅れたとはいえ、ソイツの脚はあまりにも速すぎる。

 

「っ!?」

 

 地を這うかのような低い姿勢のまま肉薄してきた相手・・・金糸のようなブロンドに黒いドレスを纏った少女は、手に持っている何かを横薙ぎに振るう。

 舌打ち交じりに強引に床を蹴り、ワルサーは身体を飛び退かせる。

 背後に倒れるかのように崩れた身体の、ほんの数センチ前を長柄の武器が通りすぎた。

 息をつく暇も無く返しの2撃目。少女の身の丈に迫ろうかという長さの黒い剣が軽々と空を

奔る。

 

「こんにゃろ!」

 

 無理に態勢を整えようとは考えない。更に床を強く蹴って身体を跳ね上げると、長い手足を用いた華麗なバク転で剣戟を回避する。

 

「ワルサー! そちらの援護を!」

 

「自分の事だけ考えなさい!」

 

 全力でバク転回避を行ったことで、意図して黒い少女との間合いが広がる。

 それでも、尚もしつこくワルサーに突進してくる少女に反撃を試みる。

 初見は虚を突かれた事もあって動揺したが、その速さを一度視認して、少し冷静になって処理すれば何も恐ろしい速さではない。

 緩くスラロームしながら迫りくる黒い影に弾丸を撃ち込む。少女の速力とワルサーの弾道、弾速から割り出した直撃予測コースに通した。算出した命中率は90%オーバー。かくして、弾丸は

見事に命中。

 しかし・・・

 

「くそっ! 剣で弾くとか!?」

 

 少女が持つ剣が、ワルサーの弾丸の悉くを弾き落とす。むやみやたらに振っているのではない。弾道を見切り、的確に防御しているのが分かるってしまうというのがまた恐ろしい。

 狼狽しながらも、貫通の可能性を頼りに撃ち込み続けるワルサー。着弾による眩い火花を散らしながら、黒い少女は突進の速度もそのままに窓枠の淵に足をかけ、踏み台にして大きく飛び上がった。

 左右への動きを考慮して射撃するので手一杯だったのに、上下の動きまで加えられてしまったら、さすがの戦術人形もすぐには対応ができない。

 

「っ!」

 

 身体の回転を利用し、勢いが乗った斬り降ろしを横っ飛びにかわす。

 再び間合いをとろうと、大きく身体を投げ出したのだが・・・それが災いしてしまった。

 たまたま、ワルサーの左側にあった部屋の扉が開けっ放しだったので、運悪くそこに飛び込んでしまったのだ。

 

「私ったら、なんてバカ・・・」

 

 広い廊下でさえ相手の剣をかわすのに苦労しているのに、こんな障害物だらけの狭い場所に逃げこむなんて自殺行為に等しい。

 早いところ部屋から出たいのは山々だが、入り口には、すでに黒いドレスの少女が立ちはだかっている。

 身長はワルサーの胸の高さくらいしかない、幼さを残した可愛らしい顔立ちだが、まるで満月のように煌めく黄色の瞳は息を呑んでしまうほどに美しく、妖しい。

 

「・・・・・・」

 

 無言のまま、黒い少女が一歩踏み出す。

 それに合わせるように、ワルサーが一歩後退する。

 あまりにも間の悪い事に、マガジンの中身は空。下手に攻撃に転じようと動くぐらいなら、間合いを保ちつつ防戦に回った方が分がいいとワルサーは判断した。

 決して、目の前の美少女に気圧されて後退ったわけじゃないんだからね! とは、ワルサーの談である。

 光を飲み込むような漆黒の剣が微かに揺れる。剣術は見慣れていないワルサーだが、それでも、攻撃の初動である事くらいは見抜ける。

 少女の足が床から離れた刹那、半身を逸らす。

 一瞬にして踏み込んできた少女が突き出した剣先が空を切った。

 重厚な造りの西洋の剣に貫かれたらどうなる事かと、想像して寒気が奔る。

 矢継ぎ早に繰り出される小さく、素早い剣戟を寸でのところで避ける、避ける、避ける。

 周囲の障害物に気を配りながら立ち回るが、しかし、無理を抱え続けた防御は長続きなど

できない。

 

「くっ!?」

 

 絨毯の皺に足を取られ、床に尻もちをつく。

 薪でも割るかのように振り下ろされる刃を横に転がってやり過ごす。

 すぐさま立ち上がり、態勢を整えなければいけないのだが・・・

 

(なんだってこうなるかなぁ! もう!)

 

 すぐそばに置かれていたベッドが脚の高いものだったので、その下に上手く転がり込んでしまったのだ。

 自分の逃げ場をわざわざ潰すように客室に逃げ込んでしまったことといい、ベッドの下に入り

込んでしまったことといい、偶然にしたってあまりにも不運極まりない。

 ベッドの隙間から少女の足が見える。

 カツ、カツ、とヒールの音を鳴らしながら、一対の足がベッドの真正面で立ち止まった。

 

(ヤバい・・・今度こそ逃げ場がない)

 

 このままベッドごと真っ二つか、それとも串刺しか。逃げるチャンスがあるとすれば、それが

運良く外れてくれた直後の隙を狙うしかない。

 

「はぁ、はぁ・・・はぁ・・・」

 

 少女の身体は見えないので、耳を澄まして動きを探る。

 目の前のベッドに反響する自分の呼吸。廊下で応戦を続けているステアーの銃声。耳にまとわりつくそれらにフィルターをかけ、今は目の前の脅威にのみ意識を集中させる。

 ・・・そうして、少女の足を睨みはじめ、しばしの時が流れる。

 さっきまで問答無用で猛攻を仕掛けてきた少女なのに、今になって何を待っているのか?

 ワルサーがその事をいよいよ不審に思い始めた、その時だった。

 ガリガリ、と嫌な音をたてながらベッドが動き始めたのだ。

 

(え? え? なになに?)

 

 一体何を考えているのか、少女がベッドを引き摺っているのだろう。立派な天蓋の付いた

セミダブルベッドだというのに、今更ながらとてつもない馬力の少女である。

 動くベッドに合わせて芋虫のように床を這いつつ、ワルサーは思案を巡らす。

 

(ベッドを動かして私を出したいの? なんでベッドごと斬らない?)

 

 相変わらず疑問は尽きない状況だが、斬りかかってこないのならば、それを利用するまでだ。

 大きく一呼吸。ベッドを挟んで少女と反対側に転がり出ると、すぐ目の前に迫っていた入り口から廊下へと飛び出る。

 広い廊下に舞い戻った。反撃に転じようとするワルサーだが、それよりも少女の動きの方が

早かった。

 

「きゃあ!!?」

 

 後ろ頭を掴まれたかと思えば、次の瞬間には正面の石壁に叩きつけられる。

 小賢しく動き回るワルサーに痺れを切らせたのだろう。壁に押し付け、動きを封じて斬りつける魂胆か。突き放そうともがいても、掴まれた頭はビクともしない。

 もう、逃れる術はない。諦めの言葉がワルサーの思考に過ぎる。

 

「ワルサー!」

 

 そんなワルサーの眼を覚まさせたのはステアーの声と銃声。

 視界の端で、弾丸を防がれているのも構わずに突撃してくるステアーの姿を捉える。

 

「自分の事を考えろって・・・言ったのに」

 

 ステアーの特攻をワルサーよりも優先すべき脅威と判断したのだろう。少女がワルサーの身体を無造作に放り投げた。

 投げ捨てられた空き缶のように勢いよく床を転がるワルサー。

 最中、ガギン、とやけに神経をざわつかせるような気持ちの悪い音を遠くに聞く。

 ようやく勢いが収まるが、石畳に何度も頭を打ちつけたせいで視界がグルグルと回り、立つこともままならない状態だ。

 

「ワルサー、大丈夫ですか?」

 

 駆け寄ってきてくれたステアーに肩を抱えられる。

 上手く少女の攻撃を避けて駆けつけてきたのだろう手際は心強いが、まだ安心はできない。

 

「平気。それよりも・・・アイツらを」

 

 白と黒、一対の人形が並び立っている。

 まだ眩暈の真っ只中のワルサーはまともに戦えない。撤退しようにも、階段は背後、廊下の

遥か先。打つ手はもう思い浮かばない。

 

「ごめんなさい。少し無茶をしますわ」

 

 ステアーに耳元で囁かれたかと思えば、次の瞬間には身体を担ぎ上げられる。

 

「へ? 何?」

 

 絶望の崖っぷちにいたワルサーは、あまりの展開に思考が追い付いていない。

 まるで、土嚢を肩に担ぐかのように抱き上げられているのだ。普段のワルサーなら、恥ずかしさのあまり顔を赤くして暴れているところだが、今は完全にされるがままである。

 

「行きますよ!」

 

 ちょっと控えめながらも、きっと気合を入れたつもりなのだろう一声とともにステアーが身体を投げ出した。

 ガラスが盛大に砕ける音を纏い、2人の身体は宵闇の宙へ。

 廊下の照明を受け、星々のようにキラキラ輝くガラス片と共に、地面へ向けて真っすぐに落下していく。

 

(あぁ・・・やっぱりアホだ、この娘)

 

 城の外観から予測して、3階から地上までは20メートル程だろうか。戦術人形であれば、上手く着地すれば無傷で済む高さではある。

 しかし、今の2人のように態勢が崩れている状態で地面に激突すれば、全損にはならずとも、

行動不能は免れないだろう。

 着地に備えて目をギュッと閉じて歯を食いしばる。

 直後、身体が柔らかい何かに激突した。

 

「っ~~~! はぁ~・・・」

 

 背中から落ちたせいで少し呼吸が乱れるが、痛みはほとんど感じない。

 手足も問題なく動くので、ダメージも無いようだ。

 

「けほっ、けほっ・・・ワルサー、無事ですか?」

 

「ん・・・なんとか。そっちは?」

 

「私も、無事といえますわ」

 

 着地の際にクッションになってくれた庭の植え込みから2人揃って這い出る。

 なんの植物か分からないが、幹も枝も細くて柔らかく、葉は横に広く生い茂っている、まさに、クッションになるべくして生えてきたような植物だ。

 

「これの上に落ちるよう計算して窓から飛び出したってわけね。やるじゃない」

 

「え? え、えぇ、もちろん! ここにこのようなふかふかの植え込みがあったのを覚えていましたので。もう、これしかない! と考えた次第ですわ」

 

 本気で称賛しようかと思っていたのだが、動揺しているのみえみえで答えるステアーを見て、

ワルサーは方針を180度転換。大きく溜め息をついて芝生に腰を降ろす。

 思いっきり運任せな一手だったが結果オーライ。そういう風に良い方向に考えて割り切っておくのも、戦場では必要な事である。

 

「・・・追撃してくる様子は無いみたいね」

 

 自分たちが飛び降りてきた窓を見上げる。

 割れたガラスの向こうにはさっきの2人の姿は見当たらず、その下の階の窓にも、人が通っているような影は浮いていない。

 

「おそらく、自分のテリトリーへの侵入者に対して攻撃を仕掛けてくる、という設定なのではないでしょうか?」

 

「3階に足を踏み入れる、もしくは、あの扉に近づく、っていうのがトリガーか」

 

 あの2体はガーディアンということだろう。あれだけ強力な戦闘能力を備えた人形を配置するくらいだ、それ相応のものがあそこにあると考えてよさそうだ。

 探れば探るほど謎が増えていく不思議な城である。

 

「とりあえずキャリコに連絡・・・外からじゃダメか。仕方ない、エントランスまで入る。

たぶん、奴らは降りてこない予想だけど、警戒は怠らないように」

 

「畏まりました」

 

 空っぽになっていたマガジンを交換すると、周囲を警戒しつつ玄関扉へ向かう。

 

「・・・西ウィングの窓、全部真っ暗になっているのですね」

 

「カーテンを閉め切ったままなんじゃないの?」

 

 ステアーの言葉にあまり関心も示さず返し、玄関扉を開く。

 広大なエントランスはさっきと同様、敵影は見当たらない。安全であることを確認できたところでキャリコに連絡を試みる。

 正常なコール音が何度も鳴り響くが、いつまでたってもそれに応答する気配は無い。

 

「・・・おかしいわね。城内ならば通信できるのは確認済みなのに」

 

 連絡がつかなければ直接赴くまで。ステアーを連れ立って東ウィングへ繋がる扉へ向かう。

 

「っ? なんで開かない? 鍵でもかけてるのかしら?」

 

 ドアノブをしっかりと抑えたままドアを押し引きしてみるが、全く開いてくれる様子がない。

そもそも、感触にも少し違和感がある。鍵がかかっているというよりは、まるで溶接でしっかりと固められてでもいるかのように、扉がビクともしないのだ。

 

「私、中2階の扉を見てまいります」

 

「ん、よろしく」

 

 エントランスの中央の大階段をステアーが駆け足に登っていく。その間も、全力で叩いたり蹴飛ばしたりしてみるが、やはり効果なし。ドアノブと蝶番を撃って破壊しようかとも考えたが、余計に状況が悪くなってしまうリスクを思って踏みとどまった。

 

「2階に通じる扉もダメです。石の壁でも押しているかのように微動だにしません」

 

 肩を落としながら戻ってきたステアーが、ワルサーの予想していた通りの言葉を投げかけてくる。

 

「ったく! どうなってんのよ、この城は」

 

 あまりにもネガティブな状況が続いてイライラが募っていく。

 戦場では自棄になったら負け。そう自分に言い聞かせ、気を落ち着かせるために一旦、扉から

視線を外して大きく深呼吸を繰り返してみる。

 茹だっていた頭が段々と冷え、ようやく思考がクリアになってくれる。

 そこで、ふと、ステアーの上着が傷ついているのが目についた。

 

「ちょっと、アンタもしかしてケガしてるの?」

 

「え? ああ、これくらい大したことありませんよ」

 

 一度気が付いてしまえば、それはどんどんと目につくようになってしまうもので、ステアーは

腕やわき腹に幾つもの切創を受けているようだった。

 

「負傷したら適時報告! ほう・れん・そう、って指揮官から教わったでしょ!ファーストエイドするから、そこのデスクに座りなさい」

 

「いえいえ、ですからほんの掠りキズ」

 

「うるさい黙れ先輩命令よ。座りなさい」

 

「・・・はい。では、お願い致します」

 

 たった1週間くらい早く着任した程度の先輩であるが、その権限を行使し、有無を言わさず傍のデスクにステアーを座らせる。

 

「まずは腕から。上着を捲って」

 

 ミニポーチからエイドキットを取り出し、薬剤と器具を並べる。

 ステアーの石膏のように艶やかな白い肌には、やはり、上着についていたものと同じ数だけの

切創がついていた。いずれも、表皮を浅く裂いている程度のものだが、それでも、放っておいて

いい代物ではない。

 

「地下に転がっていたエクスキューショナーも多分アイツらにやられたんでしょうね。似たような切創だもの」

 

「気付いていたのですか?」

 

「遠目でも、ちょっと目を向ければそれくらい分かるわよ」

 

 コンテンダーが興味深げに見ていたので調査役は譲ったが、ワルサーなりに状況を多岐にわたって予想し、警戒しながら城内を歩いていたつもりだ。

 

(それでも、あんなバケモノが潜んでるなんて予想外もいいところね。ああ、頭がイタイ・・・)

 

 溜め息交じりに視線を落とす。

 ステアーが右腕に抱えていた銃を体に寄せた。

 

「・・・」

 

 ワルサーが半歩だけ立ち位置をズラしてみると、それにタイミングを合わせたかのように、

ステアーは銃を身体の陰に隠すように動かす。

 

「ステアー、銃を見せて」

 

「それよりも、先にキズの手当てを」

 

「ほんの掠りキズなんでしょ? こっちが先」

 

「イタタタ! 急に腕が痛みだしましたわ! 早く手当てしていただかないと痛くてメンタルが

崩壊してしまいそう!」

 

 下手な芝居で誤魔化そうとするステアーを肩越しに真っすぐ見つめると、それで観念したのか、ステアーはゆっくりと自分の銃をワルサーに差し出した。

 

「・・・・・・ごめんなさい。私のせいだよね」

 

 フレーム部を深く抉られ、内部機関が剥き出しになったステアーAUGを目の当たりにして

ワルサーの表情が曇る。

 城内から飛び降りる前、気持ちの悪い金属音を耳にした記憶がワルサーの思考をリフレイン

する。

 

「捕まった私を助けに来てくれた時に」

 

「あの、その・・・確かに、その時に受けてしまったキズですが。決して貴女のせいではありません。私の立ち回りが悪かったというだけですので」

 

 ステアーの慰めも、ワルサーの耳には少しも入らない。

 戦術人形達の中でも抜きん出てプライドの高い彼女は、自分のせいで他の人形が負傷したという事実を絶対に許すことはできない。

 自らの不手際で招いた結果であるのなら、自分が重傷を負った方が百倍マシなくらいである。

 

「そ、そうですわ! 2階にあった調度品保管庫に武器類もありましたから、もしかしたら私の銃もあるかもしれません。早速、見に行ってみましょう」

 

「でも・・・まだ処置の途中・・・」

 

「こんなものは掠りキズですもの。どうという事はありませんわ。そうと決まればすぐに、

さあさあ」

 

 まだ納得していないながらも、ワルサーは手を引かれてとぼとぼと連れていかれるしか

なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 




銃VS剣というのは非常に難しい表現だと個人的には思っています。
どうしたって銃が有利なのを剣で互角に立ち回らせるのかぁ~・・・と、いつも頭を痛めるのは、きっとリアリストな頭故の独創性の無さなのでしょう。

そんなこんなで色々ありますが、うまく続けていきますので、次回もどうぞお楽しみに!
以上、弱音御前でした~


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

魔術師殺しの夜 3話

夜にセミの声を聞かないだけで、ちょっと秋らしさを感じる今日この頃。皆さま、いかがお過ごしでしょうか?
どうも、弱音御前です。

少し趣向を変えてみたドールズフロントライン二次創作、お楽しみいただけていますでしょうか?
あくまでも、当方の趣味100%含有の作品なので、どうか温かい目で見ていただけたら幸いです。
それでは、今回もどうぞごゆるりと~


「うわ、何これ? こんなとこに人形の製造所?」

 

 1階の捜索を終え、2階に上がってきたキャリコ達が見つけた部屋は、古き良きを称えたこの城にはあまりにも似つかわしくない装いだった。

 普段からあまりにも見慣れた風景だったので、一瞬にして現実に引き戻されてしまったような

気分である。

 

「製造所というよりは、メンテナンスルームといった感じの設備のようですね。それにしても、

こんな場所に置いていい規模の設備ではないですよ」

 

 広さはこの西ウィングの端から端まで。やたらと長いデスクにはPC端末にモニター、何に使うのかよく分からない金属製の器具が所狭しと並べられている。

 それでいて、一歩廊下に出てみれば1階と同様のレトロな廊下が伸びているのだから、全く

もって奇妙な城だとキャリコは改めて思う。

 

「この修復器、うちにあるのと同じ物だね。コンテンダー、入ってみれば?」

 

「勘弁してください。電源が落ちてだいぶ時間が経っていたせいで、設定がリセットされてるじゃないですか。下手に入ったら何されるか分かったもんじゃないです」

 

 いくつも並んだモニター群はいずれも、黒いバックグラウンドに緑色のコードが羅列されて

いる。

 起動処理を行っている様子があるので、設備はまだ生きているのだろう。

 

「ほんと、ここは何なんだろうね? 秘密の軍事基地とかだったりするのかな?」

 

「民間施設に偽造して、というのはありがちな話ですね。しかし、それにしたってセキュリティがお粗末すぎます。センサーやカメラの1つたりとも設置されてる気配がないんですから」

 

「だよね。このPCからなんかしらの情報を引き出せたらいいんだけど」

 

 起動が終了し、ホーム画面が表示されたモニターに向かう。

 デスクトップのバックグラウンドでは、やたらと可愛いドレス姿の女の子が笑顔でピースサインをしている。

 キャリコはあまり詳しく知らないが、いわゆる、アニメキャラクターというやつなのだろう。

 

「やはりというか、ロックがかかってますね」

 

「ふふ~ん、こんなこともあろうかと持ってきたコイツの出番だね」

 

 得意げに言って、キャリコはポーチから取り出した外部メモリをPC本体のポートに差し

込んだ。

 

「なんですか、その怪しげなメモリーは?」

 

「極秘ルートで入手したクラックプログラム。現在、この地球上に存在するシステムの7割を破れるんだってさ」

 

「そうですか。入手ルートは言わないで下さいね。私は面倒に巻き込まれたくないですから」

 

 ちょっとしたジョークなのはコンテンダーも分かっている。お互いに笑い合ったところで、

システムアンロックのアナウンスが表示される。

 

「無事にアンロックされたのはいいですが、どのファイルを覗きましょうか?〝Fate〟〝Unlimited Bladeworks〟〝Hevens Feel〟 ・・・ファイル名を見ただけでは、どんな中身かさっぱりなものばっかですね」

 

「入ってるデータそのままのファイル名なんて付けないだろうからね。試しに、このファイル開いてみようか」

 

 カーソルの近場にあったファイルを指し、マウスを握っているコンテンダーがそこをクリック

する。

 表示されたのは、画像が添付されたテキストファイル。カルテなのだろう、2人の女性の検査データが日毎に記録されている。

 

「女性のデータだね。・・・もしかして、人体実験とかじゃないよね?」

 

「ええ、目を通した感じ、この2人は人形ですからね」

 

 コンテンダーの答えを聞いてキャリコはほっと胸を撫で下ろす。

 

「白い方が〝アイリ〟黒い方が〝アルトリア〟という名前のようです」

 

「ふ~ん、IOPの娘じゃあないみたいだけど、2人ともすごい美人さんだね」

 

 雪のように白く長い髪の大人びた女性アイリと、白みがかったブロンドに満月のような冷たさを称えた瞳の少女アルトリア。2人とも、美人揃いのグリフィンに負けず劣らずの美貌である。

 

「2人とも武装してるみたいだね。アルトリアの方は剣。アイリの方は・・・リキッド・メタル? よく分からないけど、戦術人形なのかな?」

 

「・・・これは例の〝白い勢力〟の拠点なのではないですか? 確か、白と黒2体の人形で、それぞれ近距離と遠距離武装という情報でしたよね」

 

 眉を顰め、神妙な面持ちでコンテンダーが問いかける。

 コンテンダーの危惧している通りであれば、もう一刻の猶予もない。今の戦力では絶対に勝てない相手に出くわす前に即時撤退を決めるべきだが・・・

 

「あいつ等じゃないから安心して。こんなに可愛い姿の人形じゃなかったもの」

 

 例の2体を退けた唯一の部隊に所属していたキャリコは、落ち着いた様子でコンテンダーに答えてあげた。

 

「ああ、そうでした。あなたはシュタイアーの特戦隊にいたのでしたね。それを聞いて安心しましたよ」

 

「でも、城内に配備されているだろうこの2体だって、どれだけの性能を持ってるのか分からない。たぶん、地下のエクスキューショナーはこの2人にやられたんだろうね」

 

「あなたの言う通り、これだけ立派な剣なら、あの傷痕に合致しますね。襲われて、勝てないと

見たエクスキューショナーは命からがら逃げだし、城の電源を落とした」

 

「なんで電源を落としたんだろう?」

 

「たぶん、この2体のバッテリー切れを狙ったのでしょう。動けなくなった頃になって逃げようと考えて、その前に自分が、というオチでしょうね」

 

 散らばっていたピースがカチリと嵌まってくれたような感覚。コンテンダーもキャリコも、

揃ってスッキリとした表情である。

 

「こっちのウィングは2階まで全部捜索したけど、この人形達には遭遇しなかった。ワルサー達の方で待ち受けてる可能性が高いね。連絡を入れておかないと」

 

「どうせ連絡するならもっと情報を集めてからにしましょう。もう少しだけ探る時間を下さい」

 

「それじゃあ、3分経ったら連絡を入れるよ。そこまでに得られた情報だけ教える」

 

 情報収集はコンテンダーに任せ、キャリコはPCから離れて室内を見回る。

 この城の素性を探るのに良い情報でも転がってないかと、ラックに整頓されたファイル、デスクの引き出し、キャビネットの中も覗いて見るが、これといって目ぼしいモノは見つからない。

 そうして部屋を半周したところで、少し変わった物が置いてあるのに気が付く。

 

「なんだろう、これ? ・・・バスタブ?」

 

 部屋の隅に置かれた樹脂製の箱は、膝を抱えて丸くなったキャリコがすっぽりと収まるほどの

大きさ。覗き込んでみると、中は液体で満たされている。

 照明の白い光をキラキラと反射させ、緩やかに波打つ銀色の液体である。

 その見た目に気味の悪さを覚えたキャリコは、触らぬが吉、とロクに覗き込む事もせずに水槽を離れた。

 そうして、踵を返したところで時間を確認。コンテンダーに言った時間まであと30秒。すぐに連絡できるよう、通信機に手を伸ばしておく。

 

「あれ? 急にファイルにロックが・・・」

 

 そう、コンテンダーが呟いたのを耳にして、彼女の方に目を向ける。

 

「なんかトラブル?」

 

「はい。ファイルを探っている途中にいきなりロックがかかったかと思えば、もうシステムから

締め出されてしまいました」

 

 キャリコが傍らのデスクに置かれたモニターに目を向けると、セキュリティ警告のウィンドウが表示されている。

 コンテンダーのモニターも同じであるなら、きっと、この室内のシステム全部のセキュリティが復帰してしまっているのだろう。

 

「得体のしれないクラックプログラムなんて使うから、システムを怒らせてしまったのではないのですか?」

 

「その可能性は否定しないけど、どうせ、グリフィンで使うようなシステムじゃあないし、放っておいてもいいよ。ここまで集まった情報だけ教えて。ワルサー達に伝えるから」

 

 今度こそ通話スイッチを入れようとした・・・その時だった。

 

「キャリコ! こっち!」

 

 室内に響き渡るような大声をあげ、コンテンダーがキャリコの腕を引っ張る。

 

「え? ちょっ!?」

 

 身体から腕が抜けるのではないかというくらいの力で引っ張られ、宙に浮いたキャリコの身体をコンテンダーがしっかりと抱きとめる。

 何かの本で読んだ、王子様とお姫様のような構図になっている事に気付き、少し赤面してしまうキャリコ。

 

「い、いいいきなり何するのよ!?」

 

「後ろを見てもらえれば言わずとも」

 

 漆黒の銃口とナイフのように鋭利な瞳が見据える、その先にキャリコが眼を向ける。

 

「うぇ・・・あれって・・・」

 

 今しがたキャリコが立っていた位置に、銀色のぶよぶよした質感の塊が鎮座している。得体の

知れない物質だが、キャリコはこれに思い当たるものついさっき目にしていた。

 

「こいつ、バスタブの中に入ってたヤツ?」

 

「知っていたのになんで見て見ぬフリしていたんですか、あなたは」

 

「さっき見た時はあんなじゃなかったんだもん!」

 

 キャリコが弁明を返すと、銀色の物体が動き出した。

 位置はそのままに、何本もの触手のようなウネウネがキャリコ達に向けて伸びる。

 

「イヤ~!? キモイ~!」

 

 緩慢な動きではあるが、その異様さに驚き、2人揃いデスクの上を乗り越えて距離を取る。

 着地と同時、キャリコは銃を引き抜くとすぐさま反撃に打って出る。

 明滅するマズルフラッシュ。9ミリ弾の豪雨が謎の敵に襲い掛かった。

 

「くそ・・・当たってるけど、やっぱり効いてない」

 

 ジェルのような見た目の通り、弾丸は命中しても飲みこまれてしまっているかのようでダメージを与えている様子は無い。

 

「私のもダメですね」

 

 より高威力のコンテンダーの弾でさえ、全く意味を成していない。

 

「っとぉ!」

 

 攻撃を受けた影響か、緩慢だった動きから一変、まるで目が覚めたかのように速度を増した触手がキャリコに向けて奔る。

 デスクの陰に屈みこみ、鞭のようにしなる触手を回避。

 だが、それで一息というわけにはいかない。デスクの下から、銀色の液体が水溜まりのように

広がり、キャリコを迫ってくるのが見える。

 長いデスクを遮蔽物にして、身を隠しながら距離をとる。

 

「っ! しつこい!」

 

 振り向いてみれば、すでに部屋の床は半分以上が銀色の液体に侵食され、壁にまで這い上がりはじめている。

 その奥、部屋の無事なエリアでコンテンダーが佇んでいるのが見えた。

 

(外に出るよ)

 

(了解)

 

 キャリコのサインを受け、コンテンダーがすぐ傍のドアから廊下に出る。

 続いて、設備機器の上を乗り越え、デスクを潜り、キャリコも廊下へと転がり出る。

 

「あれ何!? あんなの初めて見たんだけど!」

 

「私だって分かりませんよ。キャリコの事を執拗に狙っているようでしたが、何か心当たりは?」

 

「そんなの分かんないよ。とにかく、銃弾が効かない相手じゃあ対抗のしようがない。一旦、

ワルサー達と合流して態勢を立て直そう」

 

 運の良い事に扉から出た先は廊下の端、エントランス中2階に通じる扉のすぐ傍だ。

 駆け足に扉に近づき、ドアノブを握りながら体当たり。しかし、すんなりと開いてくれるはずだった扉にキャリコの身体は弾き返されてしまう。

 

「いたっ!? あ、あれ? ドアが開かないんだけど!」

 

「鍵がかかってないのは確認していたのに。もしかして、セキュリティによる電子ロック? よく見れば、窓にもシャッターが下りてますし」

 

 暗がりの中にうっすらと木々の影が映っていた窓は、その全てにシャッターが下りて塞がれてしまっている。

 

「1階はどうかな?」

 

「望み薄ですが、今は行ってみるしかないですね」

 

 踵を返して廊下の反対、階段のある側へと走り出す。

 通り際、部屋の中から銀色のブヨブヨが出てこようとうごめいているのが見えた。

 

「あいつ、追いかけてくる気だ。急ぐよ」

 

 すでに廊下にまで出てきている敵に向け、スピードを緩めず器用に逃げ撃ちで牽制する。

 相変わらず、効果どころか怯む様子も見せない事に心の中で小さく舌打ち。

 どのような強敵でも必ず弱みは存在する、と、シュタイアーの特別部隊に編成された際に指揮官からかけられた言葉を思い出す。結果、その通りにシュタイアー達は強敵を退け、指揮官に思いっきり褒めてもらうことが出来た。

 だが、全く手応えの無い、煙でも掴むかのような敵を迎えた今はその言葉を疑わしくすら思えてしまう。

 

(もしかしたら、あいつは本当に・・・)

 

 幽霊、という言葉と弱気を寸でのところで振り払う。

 そうこうしているうちに階段へ到達。走ってきた勢いもそのままに階段の踊り場に向けて飛び

降りる。着地と同時に180度ターン。続けて1階へ飛び降りた。

 1階の廊下も同様に窓には全てシャッターが降りている。この分ではエントランスに繋がる扉も絶望的だろうが、ここまで来たらもう走り続けるしかない。

 

「ああ、これじゃあもう絶対にダメですね」

 

「分かってたけど言わないようにしてたのに! 空気読んでよ!」

 

 リアリストなコンテンダーに返す言葉に混じり、遠くからガラスが割れるような音が微かに聞こえた。耳の良さには自信のあるキャリコなので、実際に聞こえたのは間違いないが、この危機的

状況ではどうでもいい些細な事だ。

 体当たりする勢いで扉を開けようとするも、やはり2階と同じくビクともしない。

 ショットガンがいれば吹き飛ばせたのになぁ、と、つい先刻、玄関前で自分が言った事を早くも全否定しているキャリコである。

 振り返ってみれば、敵はすでに廊下の半分くらいの位置にまで迫っている。

 キャリコより2倍近くも大きい銀色の丸い塊が、床を這うようににじり寄ってくるその様子は

キモイという一言に尽きる。

 今更になって気付いた事だが、以前、RFBの部屋に遊びに行った時に見た、昔のテレビゲームに出てくる敵に見た目がそっくりだ

 この敵の事は〝スライム〟と呼称しようとキャリコは心の中で決める。

 

「仕方ない、こっち!」

 

 前方、後方、窓側も封じられてしまい。すぐ傍の部屋に苦肉の策で飛び込む。

 扉を閉め、きっと無駄だろうとは感じているが、カギをしっかりと閉めておく。

 

「これでスライムが入ってくるまで少しだけ時間稼げるかな」

 

「スライム、ですか。見た目通りの分かりやすい呼び名でいいですね」

 

 考えた呼び名を褒めてもらえたのはいいが、状況は相変わらず切迫しまくっている。

 キャリコ達が逃げ込んだここは厨房。金属の調理台にシンク、巨大な冷蔵庫が何台も置かれており、広さは2階のPCが並んでいた部屋の半分ほどだが、所属するグリフィン基地の食堂に負けないくらい立派な厨房だ。

 

「・・・来るよ」

 

 扉の隙間からスライムが染み出してくるのを視認して、キャリコが銃を構える。

 2階で連射発砲した際の銃身の熱で、扉が微かに揺らめいて見える。

 

「待ってください。下手に刺激するのは控えましょう」

 

「ぅ~・・・じゃあ、隠れてやり過ごす?」

 

「これだけ遮蔽物の多い部屋ですから、それが賢明でしょう」

 

 コンテンダーに諭され、大人しく銃を仕舞うと調理台の陰に身を潜める。

 調理台の上から顔だけ覗かせてスライムの様子を伺う。

 扉の隙間から染み出してきたスライムが扉のカギの位置に向かって真っすぐに伸びていく。そうして、いとも簡単にカギを回し開けると、扉がゆっくりと開いた。

 

「見た目に似合わぬ器用さですね」

 

「ホント、動きのいちいちがキモイんだよね」

 

 各々、感想を小声で述べつつ、厨房に侵入してきたスライムと距離をとるように、調理台に沿って静かに移動する。

 しばし扉の前に鎮座していたスライムが、やがて移動を開始。調理台を挟んで反対側の死角に

潜んでいるキャリコを目掛けて真っすぐに進んでくる。

 距離でみれば、キャリコの後方に居るコンテンダーの方が近いはずなのに、だ。

 

(ちょっとちょっと! なんで私ばっか狙うわけ!?)

 

 キャリコ的に嫌な相手なのに、何でか知らないがつけ狙われてしまっている事に内心で焦りを

感じてしまう。

 スライムの挙動を逃すまいと目を向けながら早足に移動して・・・そんな行動が仇になる。

 調理台のフックにぶら下がっていた調理器具に身体が当たってしまったのだ。

 

(ヤバっ!)

 

 耳を劈くような金属音が木霊し、それに呼応するかのようにスライムが大きく跳ね、調理台の上に飛び乗った。

 落ち着いていた様子のさっきまでとは打って変わって、興奮した様子を表すかのようにプルプルと震えながらキャリコのもとへとまっしぐらに猛進してくる。

 

(やだぁ~~~! キモイキモイキモイキモイキモイ~~~~!)

 

 もうどうせ見つかっているのだから、と姿勢を起こしてスライムに対して攻撃を試みる。

 牽制にでもなればと撃ち込んだ弾丸にスライムは怯むような様子は無く、それどころか丸かった身体を大きく広げ、まるでキャリコを包み込もうとでもするような形状に変化する。

 

「ひいぃぃいいぃぃ~~~!!?」

 

 キャリコの正気度もついに限界点に差し掛かったところで彼女に更なる追い打ち。慌てた拍子に足がもつれてしまう。

 キャリコの身体が倒れていくその先には大型冷蔵庫が。

 

「きゃあ!?」

 

 激突した拍子に開いたドアから吹き降ろす冷気が、尻もちをついたキャリコを冷ややかに

撫でる。

 すぐに立ち上がらなければ、と顔を上げるが、もう遅い。

 キャリコの真正面にはすでにスライムが鎮座していた。

 

「~~~~~~!?」

 

 あまりの恐怖で声も出せず、背後の冷蔵庫に背中を張り付けて固まる。

 このままキャリコを飲み込むつもりなのか? それとも、また触手のようなモノを伸ばして身体を引きちぎりでもするのか? 様々な悪いケースが思考を巡り巡り、もう涙がジワッてきそうになる。

 キャリコの前に立ちはだかっていたスライムが細い触手を何本も伸ばしてくる。

 水棲の軟体生物のようなそれを見て、全身がゾクリと粟立つが、いくら嫌だって、もうキャリコには逃げ道もない。

 うねうねと揺らぎながら、触手はキャリコの細くしなやかな身体に向けて・・・ではなく、銃を持った右手に伸びていく。

 

「っ!」

 

 銃を奪われたくない、と反射的に両手を頭上に回して左手に銃をパスする。

 すると、触手も銃を追うようにキャリコの左手に。

 嫌がるキャリコが再び頭上で右手に銃をパスすると、触手もまた銃を追って右手に伸びていく。

 

(な、何がしたいのよコイツ)

 

 武器を奪って無力化しようという魂胆なのか。どうせキャリコの攻撃は当たったところで意味を成さないので、そんな事をしても意味は無いようにも思える。

 そうして、追いかけっこを何度か繰り返しているうちにスライムは突然に触手を引っ込めてしまった。

 まるで、いきなりキャリコに対しての興味を失ってしまったかのような様子である。

 

「・・・・・・」

 

 表面を小さく波立たせ佇むスライムの正面で、キャリコはまだ動けずにいる。

 行動の予測が全くできない相手だ。下手な行動は即死を招く可能性も十分にある。

 少し落ち着いて、よく相手を観察して。そうやって、気分を落ち着けたところで、あるものがキャリコの目についた。

 スライムの遥か背後。厨房の奥でコンテンダーが音をたてずになにやらコソコソとやっているのである。

 大変な目に遭っているというのに、助けにも来てくれない薄情者と思っていたが、コンテンダーなりに何か策があるのかもしれない。

 

〝静かに。そのまま動くな〟

 

 スライムの死角から覗くようにしてコンテンダーがサインを送ってくる。

 動きたくても動けないので、目で肯定の意を返しておく。

 すると、サインを送られてから数秒足らずでスライムがキャリコの傍を離れはじめた。

 この動きにはコンテンダーが何らかの関与をしているのは間違いない。案の定、スライムが離れて視界が開けた先を見てみれば、コンテンダーが幾つも並んでいるキッチンコンロに火をいれているの確認できた。

 キャリコには何がどうなっているのかまだ分かっていないが、逃げるチャンスであることは

確実。

 コンテンダーに向けて這い寄っていくスライムとは反対方向に、四つん這いのまま進んで行く。

 息を、音を殺して、ゆっくり、ゆっくりと慎重に進んで・・・突然、キャリコの身体から電子音が鳴り響いた。

 

(こんな時に!?)

 

 無線機のコール。別動隊のワルサー達は今のこの状況を知らないのだ。しかし、それにしたってあまりにも悪すぎるタイミングである。

 気付かれていませんように、と心の中で淡い期待をしつつ背後に視線を向ける。

 そこには、見事に期待を裏切って猛突進してくるスライムの姿が。

 

(ですよねぇ~~!)

 

 傍にあった調理台の陰に転がり込むように隠れ、通信機に手を伸ばす。通話オフのスイッチを押そうと探るが、あまりにも焦っているせいで上手く操作ができない。

 ベチャリ、と頭上から気味の悪い音。スライムが調理台の上に乗りあげたのを察し、キャリコはその真下へと潜り込む。

 

(ヤバいヤバいヤバい~~!)

 

 コール音を止めようとパニックになっている最中にも、頭上から何本もの触手が伸びてきている。

 身を縮めに縮め、それでももう限界。そんな時になってコール音が止まった。

 キャリコが操作できたのではなく、ワルサー達が諦めて呼び出しを止めてくれたのだ。

 触手の先がキャリコの脚に触れる直前でストップ。手で口を塞ぎ、息を殺していると触手はその場でしばらく揺らめいた後、ゆっくりと引き返していった。

 調理台を伝ってブヨンブヨンと跳ね飛んでいくスライムを見送り、厨房の出口へと早足に向かう。

 すでに扉を開け、キャリコ待ちをしているコンテンダーのもとに滑りこむと、2人して廊下へ。音をたてないよう、ゆっくりと扉を閉めて、ここでようやく安堵の息をつく。

 

「ごんでんだぁ~~、ごわがっだよぉ~~」

 

「よしよし。よくあの状況を乗り切りましたね」

 

 極度の恐怖とキモさから解放され、コンテンダーに抱き着いて泣きじゃくるキャリコ。隊長らしからぬ甘えっぷりだが、隊員に頼る事も隊長には必要、と考えて今は良しとしておく。

 

「うぅ~~・・・アイツどうしよう? まるで倒せる気がしないよぉ~~」

 

「キャリコがあれを引き付けてくれたおかげで色々と分かった事があります。まずは場所を変えてあいつからもう少し離れましょう。話はそれから」

 

 場所を変える、という提案はキャリコも大賛成だったので、素直にコンテンダーの言葉に頷き、抱き着いたまま廊下を進んでゆくのだった。

 




銀色のスライムみたいなヤツ、ということで、Fateシリーズをご存じの方は察しがついているかもしれません。
キャリコとコンテンダー組を割り当てたのもそれに準じて、という細かいネタ設定にしてみたりしました。

例のごとく、次週も投稿を予定しておりますので、気が向いたら足を運んでやってくださいな。
以上、弱音御前でした~


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

魔術師殺しの夜 4話

1日10時間のゲームぶっ続けで、流石に脳みそがやられ気味な今日この頃。皆さまはいかがお過ごしでしょうか?
どうも、弱音御前です。

謎の古城でのお話も今回で折り返しというところ。
いつもの事ながらボリューム薄目な内容ですが、これが当方の実力ということでひとつ。
それでは、今週もどうぞお楽しみくださいな


「だから、悪かったって言ってるでしょ? 考え無しに連絡取ろうとしたのは迂闊だった、反省してる。・・・うん、そっちも気を付けてなさいね」

 

 キャリコとの長々とした通信を終えて一息つく。

 どうやら、ワルサーが連絡をとろうとした際のコール音が原因で、かなり怖い目に遭ったらしく、キャリコにしては珍しい嫌味の効いた説教をもらってしまった。

 しかし、ワルサーだって相手がそんな状況だとは思いもよらなかったのだし、知っていたら連絡を控えたのは間違いない。思いっきり反論しないで敢えて身を引いて話を呑んであげたのは、人間でいうところの大人の対応というものだ。

 理不尽な愚痴を聞いてあげた私、ちょっと偉い。という優越感でイライラを塗り潰してやるのである。

 

「キャリコ達は色々と情報を集められているようですね」

 

「うん。でも、あの2人の名前が分かった程度じゃあ、少しのアドバンテージにもならないわ。

私達の方は私達でなんとかしないとね」

 

 言って、再び室内の散策に取り掛かる。

 東ウィングの2階は半分が客室、残りの半分が調度品の保管室という間取りになっている。客室を4室分くっつけ、それぞれの部屋に赴きの違う調度品の数々が綺麗に整頓されているのだ。

 保管室というよりは、展示室といった方が適切なのかもしれない。

 破損してしまったステアーの銃の代わりを探すためにここに来たので、今は武器が置いてありそうな部屋に来てみた次第である。

 

「見てください、ワルサー。このライフルのような銃、精巧な細工が施されていてとても強そうですよ」

 

 部屋の隅っこに立てかけられていた白いマスケット銃を手に取り、ステアーが嬉しそうに声をかけてくる。

 

「そんな命中精度の低い銃でアイツとやりあえるわけないでしょ?」

 

 ライフリングも刻まれていない、いわば、火薬で金属の弾を弾き飛ばすだけの銃である。単発式で次弾の装填に時間がかかってしまうことも考えると、あの人形2人に対応できる武器には思えない。

 

「では、これなんてどうでしょうか? 6発シリンダーが2丁で計12発。ワルサーのファイアレートにだって負けませんわ」

 

 マスケット銃を大人しく仕舞うと、今度はその近くに飾ってあった2丁の古式リボルバーを手に取るステアー。銃を構えてビシッと決めるその姿はちょっとサマになっている。

 

「それ、シングルアクションだから私の方が射速高いし。そもそも、パーカッションリボルバー

って装弾めっちゃ手間かかるの知ってる? 12発で仕留められなかったら、アンタ死ぬわよ?」

 

「ぅ・・・そうなのですね」

 

 立て続けに撥ねられたのがさすがに堪えたのか、ステアーは、しゅんとした様子で銃を戻した。

 

「もう、さっきの事は割り切ったから! 私も悪かったし、ステアーも悪かった。これでお終い。ね?」

 

 ステアーの銃が損傷を受けた事に対し自責の念に駆られていたワルサーだったが、それを慰めようと努めて明るく振る舞ってくるステアーを見ていられず、つい強引な言葉がついて出てしまう。

 

「はい、それならば良いのですが・・・」

 

 どことなく寂しげなステアーの後姿を見て、少しだけ後悔。トゲの立つ言い方は控えようと心掛けているが、元来の性はなかなか治らないものである。

 

「・・・ねえ、さっきからアンタの様子が気になってたんだけどさ」

 

 しばらく、お互いの間に漂っていた沈黙に耐え切れなくなったのはワルサーが先だった。

 ステアーをしょんぼりさせてしまうような言い方をしてしまった事が背中を押したのは言うまでもない。

 

「なんか、話に聞いてた雰囲気と随分と違うっていうか。私、アンタと話したこと今までになかったからはっきりとは分からないけど。それでも、ちょっと違和感があるような気がする」

 

 あまり他人事には足を踏み入れないワルサーだが、今回はちょっと特別である。

 

 〝クールな死神キャラ〟という点になんとなく近しいものを感じていたワルサーは、今回の任務を期にステアーと友達になれるかな? と思っていたのだから。

 

「やっぱり、おかしいと思いますよね。私は物静かで暗いというイメージが定着しているみたいですものね」

 

 やはり意図してやっていた事なのだろう、ステアーは自嘲気味に言葉を返す。

 

「自分を変えたいと、そう思う出来事がありまして。以来、自分なりに頑張ってみているのですが、あまり上手くいかないのです」

 

「性格を変えたいって、指揮官と何かあったとか?」

 

 自分のメンタルを変革したいと思わせるような出来事となれば、指揮官絡み以外には思いつかない。ワルサーだって、指揮官の為ならそれなりの無茶は通すくらいの覚悟はあるが・・・それは、いま言うようなことではない。

 

「いえ、その・・・41が・・・」

 

「41って、アサルトのG41?」

 

 なにやら恥ずかしそうな表情でステアーが小さく頷く。

 思いもよらない名前が出てきたことで完全に肩透かしをくらってしまったワルサーは、なんと

言えば良いものか分からなくなってしまう。

 

「あの娘とお話できる機会があったので、仲良くなりたくて挨拶に行ったのです。そうしたら、私を見て少し怯えているような様子で。どうやら、私の噂を聞いていて、そのイメージをもっていたのでしょうね。それが思いのほかショックで、もっと明るく接しやすい私にならねば、と思い立ったのです」

 

「あ~・・・そういうことね。確かにその気持ちは、うん、分からないでもない」

 

 G41といえば、見た目の可愛さもさることながら、アサルトの戦術人形の中でもトップエースと呼ばれるほどの実力者である。今や、基地内でのマスコット的存在となっている彼女に怖がられるのは、さぞショックだっただろう、とワルサーはステアーの気持を秒で理解した。

 

「分かっていただけますか? あの娘、とても愛らしくて。特に喜んでいる時にお耳がパタパタと仰ぐところなんか、ずっとずっと見ていられるくらいですわ!」

 

 その様をリアルに妄想できているのだろう、両手で顔を覆って落ち着きのない様子のステアーを見て、ワルサーはようやく一つの結論を導き出した。

 

(この娘、きっと元来がこういう性格なのね。変えたいっていうか、元の性格を現したいっていうところかしら)

 

 よもや、シリアスな話だったらどうしようかと内心でヒヤヒヤしていたワルサーだったが、

思いのほか思いのほかな中身だったことに一安心。

 

「でもさ、アンタの静かで大人しい雰囲気が接しやすいっていう娘もいるんだろうし。無理に変わろうとすることもないんじゃない?」

 

 安心してしまったことが災いし、つい、本心がポロリと口から零れ落ちてしまう。

 

「・・・ワルサーは、普段の私の方が接しやすいのですか?」

 

 ステアーとて、伊達でアサルトのエースと呼ばれているわけではない。戦闘でもない、どうでもいい状況だというのにそれはもう的確にワルサーの失態を拾い上げてくる。

 

「は!? そ、そそそんなこと言ってないでしょ!? なんでそういう考えになるのよ! 訳わかんない!」

 

「そうなのですか? ふぅ~~ん? へぇ~~~?」

 

 したり顔でにじり寄ってくるステアーから思いっきり顔を背ける。焦って顔が真っ赤なのは分かり切っているので、もう、これを見られたら言い訳の使用も無い完全敗北である。

 

「もう! こっち来んな! 頭に風穴開けるわよ!」

 

「は~い。先輩の仰せの通りに~」

 

 装弾済みの銃口を頭に向けられているというのに、ステアーは可憐な笑顔のまま踊るような足取りで引き返していく。

 

「ったく・・・すぐ調子に乗るんだから」

 

 愚痴るが、もう、ステアーとのそんなやりとりに微かな心地良さを感じている事にワルサーは

気付いている。

 人形達にも、指揮官に対しても、今はまだ素直に接することが出来ずにいるワルサーが、この

難題をクリアするのは、そう遠くないもう少し先の別の話である。

 

「ワルサー。ちょっとこちらの部屋に来てください~」

 

 いつの間にか隣の保管庫に移動していたステアーからお呼びがかかる。

 声のトーンからすると、なにかしら良い事がありそうな感じだ。

 しかし、単にワルサーの事をからかっているだけという可能性も大いにあるので油断は禁物

である。

 

「今度こそ良いのがあったんでしょうね? おふざけだったら、ぶっ飛ばすわよ」

 

「そんな怖い事を言わないでください。見ていただければ、私が本気という事がお判りいただけますわ」

 

 ステアーの自信ありげな言葉などこれっぽっちも信用せず、自分の眼で部屋の中を確かめる。

 全く装丁の異なった品々が収められているそこは、異空間に足を踏み入れてしまったかのような錯覚すら感じる。

 おそらく、調度品の出所で部屋を分けているのだろう。先ほどの部屋は西洋。この部屋は東洋のモノだと推測ができる。

 

「・・・私、言ったわよね? 次にふざけたらぶっ飛ばすって」

 

 銃というのはおおよそ西洋で生まれる武器である。中には東洋で生まれるものも存在はするが、少なくとも、この部屋をざっと見た限りでは銃と呼べるような物はどこにも見当たらない。

 

「ふ、ふざけてなどいませんわ! ほら、これを見てください。あの2人と戦うのに足る立派な

武器です」

 

 凄みを効かせての言葉だったが、ステアーはそれでもまだ自分の主張を曲げる事はしない。

 一体、何のことを言っているのか? と、溜め息交じりに彼女のもとへと歩み寄る。

 ステアーが立つ正面の壁には、棒のようなものがズラリと立てかけてあった。長さは様々だが、1メートルが平均といったところか。緩く弧を描き、絢爛豪華な彫刻に装飾が施されているものまである。

 東洋における剣、〝刀〟だ。

 

「確かに、武器だけど。アンタ、こんなの扱えるの?」

 

「はい、扱えますわ」

 

「そんな自信満々に答える理由が私には全くわからない」

 

「以前、指揮官様から通達がありましたでしょう? 銃器以外の戦闘技術も少しづつで良いので

覚えていくように、と」

 

「ああ、そういえばそんな事言ってた気もするわね」

 

 銃を扱う人形達は戦闘時の弾薬確保に関しては常に細心の注意を払っている。

 しかし、めまぐるしく状況が変化する戦場においては、それでも弾薬切れに陥ってしまうという状況も珍しくはない。

 万が一、弾薬が切れてしまい、更に悪い事に増援も見込めないという場合、自力で戦闘を切り抜ける為の戦闘技術習得を指揮官が以前から推進していたのである。

 

「ワルサーは何も習得していないのですか?」

 

「ん~、あんまり興味ないんだけど。まぁ、何とかできるようにはしてるつもり」

 

 巷では、戦術人形の奥の手〝グリフィンCQC〟なるものの存在がまことしやかに囁かれているが、ワルサーはそんな訳の分からない格闘術に頼るつもりもない。

 ワルサーの美徳に沿った近接戦闘技術をこっそりと身に着けて、でも、きっと使う機会なんて

訪れないんだろうな~、と楽観していたくらいである。

 

「にしたって、ナイフとかだったまだしも、なんで剣術を選んだのよ?」

 

「私も短剣を用いた格闘術が妥当かと思っていたのですが、ちょうど居合わせた先生からお誘いを受けまして」

 

「先生?」

 

 当然、刀を持って戦う人形などグリフィンにはいない。鉄血エリートならば剣を持つ者もいるが、先生になってくれるわけもないだろう。

 どうせ、アホのRFBがゲームの真似ごとでもしてステアーを巻き込んだのだろうな、というのがワルサーの予想である。

 

「ブルパップ仲間のRFBにご享受いただいたのです」

 

「うん、そんなこったろうと思ったわ。本当に平気なの? いざ戦闘開始って時になってやっぱ

ダメでした~、じゃあ済まないんだからね?」

 

「武士に二言はありませんわ」

 

 その言い方からしてもう胡散臭いんだよな、とはもうツッコまないワルサーである。

 とはいえ、このまま尻尾を巻いて撤退という気はさらさら無い。受けた被害に対して割増しで

お返してやる、というのがワルサーの信条なのである。

 

「というわけですので、この娘達の中からいずれかを選ばなければいけませんわ」

 

「どれでもいいんじゃないの? 見た感じ、長さも形も大して変わらないように思えるけど」

 

「そのようなことはありませんわ。ほら、ここに結んでいるタグに銘が書いてありますでしょう? 名のある刀ほど、攻撃力や耐久値が高いものなのです」

 

 もう、早速RFBの影響が出ているのか、言い方がゲーム寄りになっているのも少し不安なところである。

 

「これ、漢字で書かれてるのね。私、得意じゃないのよ、この文字」

 

「95式さんに少し教わったのですが、正直、私も得意ではありません」

 

 2人で顔を寄せ、まずは壁に掛けてある4本のうちの一番上の刀の名前から目を通していく。

 

「・・・〝三日月〟までは読めるけど、その下が分からない」

 

「〝宗〟・・・〝近〟でしょうか?」

 

「で、名のある刀ってやつなの?」

 

「聞いたことはありませんし、ピンとくるような銘ではありませんね」

 

「あっそ。じゃあ次」

 

 続いて、下の段に掛けてある刀のタグを手に取り、2人して目を細める。

 

「ダメだ。〝子〟と〝切〟しか読めないわ。これだから漢字ってやつは」

 

「〝童子〟ですね。確か、子供を意味する漢字ですわ。続いて〝切〟〝安〟・・・最後の漢字は私もお手上げです」

 

「なに? 子供を切る刀っていう意味? ロクでもない名前ね。こんな刀は論外よ」

 

「ふふ、やはりワルサーはお優しいのですね」

 

 またも、口から不意に零れてしまったセリフをステアーに拾われてしまう。下手に言い返したらカウンターを受けるのは目に見えているので、何も言わずに、ぷいっと顔を背ける事で返答としておいた。

 

「これも聞いたことはない銘の刀ですわね」

 

「っていうか、銘のある刀って、例えばどういう銘なわけ?」

 

「そうですわね・・・〝フツノミタマ〟とか〝アマノオハバリ〟が有名でしょうか。まぁ、RFBから聞いただけなので、私も見たことはないのですけど」

 

「ふ~ん。それが見つからなかったら、この中にあるやつで我慢なさいね」

 

 そうして、東洋に名だたる名刀、天下五剣のうちの二振を華麗にスルーした2人は更にその下の刀へと目を移す。

 

「これは私でも読めるわ。〝秋雨〟ね」

 

「この娘に致しましょう!」

 

 ワルサーが名前を読み上げるが早いか、ステアーは刀を手に取り、自分の身体でしっかりと抱き寄せてしまう。

 

「即決したわね。そんなに有名な刀・・・否、違うわね。絶対にそうじゃない」

 

 宝物でも見つけたかのように、今にも頬ずりせんばかりのステアーを見てワルサーは気が付く。〝雨〟というステアーにとって特別なフレーズがその刀の銘に入っている事に。

 

「アンタ、雨っていう言葉が入ってればなんでもお気に入りなのね」

 

「ええ。雨という名が付くモノに悪いモノはありませんわ」

 

 一縷の隙も見せずにそう言い切られてしまっては、ワルサーに口を挟む余地は無い。もう、本人の好きにさせるしかないのである。

 ステアーが左腰元のベルトに刀を鞘ごと差し込む。黒い上着の裾から覗く、藍色の鞘は、壁にかかっていた時よりも彩りを増しているかのように映る。

 

「なかなかサマになってるじゃない」

 

「RFBから皆伝は頂きましたので。あの黒い剣士は私にお任せください」

 

「もう1人の方、アイリっていうのを引き離せれば尚のこと良いのだけれどね。まぁ、そこは私がなんとかするしかないか」

 

「そこは心配には及ばないと思いますわ」

 

「? なんでよ?」

 

「剣を携えた私が出れば、向こうは1対1を望んでくるはず。剣士とはそういうものですから」

 

 またも自信ありげにステアーは言い切る。実際に刀を手にしているからだろう、そんな信憑性の欠片も無いステアーの言い分がやけに正論に思えてしまう。

 

「・・・分かった、アンタに任せるわ。ただ、上手くいかなかった時の覚悟だけはしておきなさいね」

 

「心配ありませんわ。だって、その時はワルサーが何とかしてくれるって信じてますから」

 

「どの口が言ってるのよ、まったく」

 

 武器を調達できたところで2人はその場でしばしブレイクタイム。ステアーのよく分からない

面白話だったり、たまにワルサーから話を振ったりで気持ちを落ち着け、リベンジに向けての

コンディションを整えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 言ってやりたかったことのおおよそを吐き捨て、ワルサーとの通信を終える。

 少しだけスッキリとした表情のキャリコにコンテンダーが歩み寄ってきた。

 

「ワルサー達だけでも撤退させた方が良かったのでは?」

 

「私もそう思ったんだけど、あの様子じゃ無理。手も足も出ずにやられっぱなしだったみたいだから。リベンジする気満々だったもの」

 

「ふむ・・・確かに、ワルサーだったらそうでしょうね。ステアーも、ああ見えてアサルトの

エースですから。ワルサーに同調するに違いないです」

 

 コンテンダーがすんなりと納得してくれたところで、2人並んでデスクに腰を降ろす。

 謎の敵、スライム(仮)から逃げおおせたキャリコ達は2階のPCルームへと戻ってきていた。もしかしたら、あの敵に関しての情報があるのではないか? と期待してのものだったが、室内のPCは依然としてシャットダウン中。資料がどこかに置いてあればと、ありとあらゆる場所を

ひっくり返してみるも無念の空振り。

 お互いに捜索が行き詰ってしまい、自然と腰を降ろしたのだった。

 

「今、手元にある情報だけで戦うしかないかな?」

 

「大した情報もないですが、そうせざるを得ませんね。一旦、整理してみましょうか」

 

 材質や構造は不明。形状は流体で、そのせいで弾丸は全く意味を成さない。索敵は音と温度を感知することで行っており、映像による情報収集はできていない可能性が高い。これは、厨房で

キャリコが調理器具をひっかけてしまった事と、コンテンダーが火をいれたコンロに強く反応していたことから推測できる。

 2階からずっとキャリコの事を狙っていたのは、発砲によって加熱した銃身に反応したのだろう、と考えれば合点のいく話である。

 

「おおよその概要は把握した。んで、一番の問題はアレを壊せるのかどうかだね」

 

「相手も物体である以上、破壊できないという事はあり得ません。鉄を溶かす炉にでも放り込んでしまえば確実ですしね」

 

 コンテンダーはそう言うが、放り込んだ溶鉱炉から飛び出し、真っ赤に染まったまま襲い掛かってくるスライムの姿を想像して、背筋が震えてしまうキャリコである。

 

「まぁ、無いものねだりをしても仕方ありませんからね。アレを倒せる方法として現実的なのは、制御コアを破壊する事でしょう」

 

「なるほどね。あの液状の体を纏めているコアがあるって事か」

 

「そうです。ただ、この策にも問題がありまして」

 

「もう問題発生には慣れたから気にしないで」

 

 キャリコが冗談めかして言うと、コンテンダーは小さく笑いを零してから話を続ける。

 

「あの液体を制御しているコアが1個や2個だとするなら、それを上手く撃ち抜いて破壊すれば

済むでしょう。問題なのは、あの流体にナノマシンが混ぜてあって、それらが個別に制御していた場合です」

 

 あの体に極小のコアが無数に存在しているとしたら、それはもう銃器で破壊しきれるようなものではない。それこそ、さっき言っていたような炉に放り込むくらいしか方法はないだろう。

 その事を理解してキャリコは眉を顰める。

 

「でも、それは確認しようもないよ。仮に、デカいコアがあの中に入ってたって私達じゃあ壊せない。あの外膜で弾は防がれちゃうんだもの」

 

「それに関しては私に算段がありますので。あとは、あなたの頑張り次第でしょうかね」

 

 そう、意味深な笑顔で言われてはイヤな予感が拭い去れないが、でも、頭脳派人形コンテンダーの言う事なので、もう信用せざるを得ないキャリコなのである。

 

 




インターミッションな内容となった今話でしたね。
戦術人形に刀を持たせるのはどうか? と悩みましたが・・・その時のマイブームだったので
やっちまいました。果たして、ステアーは本当に刀を扱えるのかどうかというのは、次回のお楽しみという事で。

例のごとく来週も更新予定なので、ぜひとも足を運んでやってくださいな。
それではまたお会いしましょう。弱音御前でした~


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

魔術師殺しの夜 5話

すっかり涼しくなって気分の良い日々になってきた今日この頃、皆様、いかがお過ごしでしょうか?
どうも、弱音御前です。

古城でのバトルもいよいよ佳境。鉄血とは全く違う敵を相手にキャリコ達はどう戦うのか?
今回もどうぞごゆっくりとお楽しみください~


「よいですか? 私がダメだと判断するまでは絶対に手を出さない、口を出さない。お口に

チャックですよ?」

 

「分かってる。人間の子供じゃないんだから、その腹立つ言い方やめてよね」

 

 3階へと上がる階段の最中、先ほど取り決めた段取りを再確認する。

 ちょっと気の短い性質のワルサーにこれでもかとクギを刺しておいて、先頭に立つステアーはゆっくりとした足取りで再び階段を登りはじめた。

 カツンカツン、と響く2人だけの足音。この西棟にはステアー達以外には誰もいないのではないかと、そう思えるような静寂だが、それは錯覚である。

 階段を登りきった廊下の先では、果たして、先ほど驚異的なまでの戦闘能力を見せつけた白と黒の人形がステアー達を待ち受けていた。

 白い人形アイリは前で手を組み、静かに嫋やかに佇み、黒い人形アルトリアは抜き身の剣を構え、眼光鋭く立ちはだかる。

 ワルサーと共にリベンジを硬く誓いあったステアーであるが、やっぱりやめておけばよかったか、と情けなくも思ってしまうほどの威圧感だ。

 

「あのまま逃げ帰っていれば見逃してあげたのに・・・懲りない方達ね」

 

 アイリが溜め息交じりに零した言葉に対し、ワルサーが眉を顰めたのが視界の端に入る。勢い余って手が出てしまわないよう、さりげなくワルサーの前に立ち位置を直しておく。

 

「迅速に排除します」

 

 アイリの煌びやかな銀髪がフワリと揺らぐ。さっきと同じ攻撃の前兆。直後にはまた得体の知れない遠距離攻撃が襲い掛かってくるのだろうが・・・

 それを制止したのはアルトリアだった。無言のままアイリの前に歩み出て、強引に攻撃の手を

止めさせてしまう。

 

「どうしたの? ・・・あのサムライと1対1? なぜ、わざわざ勝率が下がる方法を選ぶのでしょう?」

 

 ステアー達を差し置いて向かい合う2人。アルトリアは依然として無言だが、お互いに何らかのコミュニケーション方があるのだろう、会話が成立しているようだ。

 

「本当に上手くいったわね。ちょっと驚いたわ」

 

「だから言ったではないですか。武士に二言はない、と」

 

 アイリとアルトリアの2人がかりで襲い掛かられたら、先ほどの二の舞になるのは目に見えている。ステアー達にとっては願ってもない事だが、向こうにとっては明らかなマイナス行為。アイリが渋るのも当然の事である。

 

「騎士の誇り? それは、旦那様をお守りする以上に大切な事なの?」

 

 正論で勝負するアイリだが、無言のアルトリアもなかなか折れないのだろう、話は平行線を辿っているようである。

 そうして、ワルサーが欠伸を漏らしはじめたころになって再びアイリが大きく溜め息をついた。

 

「・・・・・・分かりました。致命的なまでの勝率低下ではないと試算が出たので、あなたの意見を取り入れましょう」

 

 その言葉を聞いて、またもワルサーの表情がピクリと動く。

 これからの状況を鑑みるに、ステアーはアルトリアの相手を、ワルサーはアイリの相手をすることになる。今のアイリの言葉は、ワルサーが相手でも楽勝と言わんばかりのものだ。

 もう、ステアーは苛立ちの頂点といった様子だろうが、とりあえず、予定通りに1対1の状況にもっていけたことで良しとして、後の事はもう知らんぷりを通すつもりなステアーである。

 

「・・・」

 

 アルトリアがステアーに向けて手招きをしながら、客室の1つに歩み入る。

 ワルサーをちらりと見やると、行ってこい、というアイサインを返してくれたので、淑やかに佇むアイリの傍を抜けてアルトリアの後に続く。

 1階の捜索からこの方、すっかりお馴染みになった間取りの部屋の先、ベランダへ続くドアを

抜けるアルトリアの背中を追う。

 

(邪魔が入らない場所で戦うつもりなのでしょうが、あんな狭いベランダで?)

 

 首を傾げつつベランダへと出て・・・そこで、彼女の意図を理解する。

 

「これは・・・素晴らしいですわ」

 

 今まではベランダまで出ていなかったので分からなかったが、2階のベランダはそれぞれの部屋を通して繋ぐ構造になっていた。そして、ちょうど城の中央にあたる位置には、エントランスの

大階段にも負けないくらい豪奢な階段が真っすぐに降りている。

 階段を優雅に下るアルトリアのその先に広がるのは広大な中庭。月明りを浴びて、鮮明に、白く揺らぐ花が一杯に咲き誇る庭園である。

 この世離れした美麗な光景に、思わず呟きを零しつつステアーも階段を下りていく。

 数十メートル四方はあるだろう庭園に足を踏み入れると、白い花々がステアーの脛の辺りを優しく撫でてくれる。

 まるで、炎が燃え盛るような形をしたこの花は、ステアーの知識にも載っている植物だ。

 〝リコリス〟又は〝曼殊沙華〟と呼ばれる花で、今はちょうど開花時期なのだろう、まさに満開といった装丁だ。

 戦場は花を踏みながら前に進まなければならない、というのがステアーの信条であるが、それを曲げてしまいそうになるほどにこの足元の花達は美しい。例え根に強い毒性を持っているのだとしても、それを頷けてしまうくらいに、である。

 

(と、観光はこれくらいにしておきましょう)

 

 視線を上げると、正対する位置にアルトリアが佇んでいた。

 感情の欠片も纏わない、冷たい金色の瞳がステアーをまっすぐに射抜いている。

 

「1対1の戦いを選んでいただいた事、感謝しますわ。2人で臨めば、そちらの勝ちは間違いなかったはずでしたのに」

 

 ステアーの感謝の言葉に対しても、アルトリアは口を開かない。その代わりに、真っすぐに伸ばした上体をそのままに浅く曲げ、流麗な〝お辞儀〟を返してきた。

 

「ふふ、ご丁寧にありがとうございます」

 

 両手を腿に軽く添え、身体を折って頭を下げる。これも剣術同様にRFBから教えてもらった

武士の作法である。

 顔を上げ、一呼吸つくとアルトリアがゆっくりと剣を構える。西洋の剣術は全く分からない

ステアーであるが、それでも、実戦データに基づいた本物の〝型〟だということが理解できる。

まるで、すぐ鼻先に銃口を突き付けられているかのような威圧感である。

 

「す~・・・はぁ~・・・」

 

 そんな恐怖心を拭うかのように大きく深呼吸。左腰元に差した刀の柄を掴み、引き抜く。

 囀るような金属音を上げながら姿を現したのは、月光を受け、薄い青色を放つ刀身。アルトリアの持つ実直な剛剣とは正反対の、緩く反った細身の刀身は微かな穢れもなく、雨垂れのような波紋が秋雨の銘を如実に体現している。

 

(さあ、一世一代の大勝負といきましょう、雨ちゃん)

 

 今しがた思いついたニックネームで刀に語りかけ、ステアーも構えをとる。

 両者の動きを見ていたかのように、一迅の風が吹き抜ける。髪を梳き、上着の裾を浚い、揺すられた曼殊沙華の華達が2人に声援を送る。

 そして、風が収まったのと同時に動いたのはアルトリアだ。たったの3歩で間合いを取った

アルトリアの軌跡を大量の白い花びらが彩る。

 一撃で仕留めると言わんばかりの速く、鋭い剣戟がステアーの頭上に降ろされる。

 完全に出遅れてしまったステアーであるが、これはもとより承知の事。刃を上向きに、自分の顔の真横に置いた上段の構えは、受け流しを狙った後手の型。RFBいわく触れたもの悉くを霞のように透かす型〝涼風〟という呼び名だそうだ。

 刀身を返し、降りかかる剛剣を迎え撃つ。まるで、レールの上を走るかのように鋭い金属音をあげながら刀の背を滑る黒い剣先。

 

「!?」

 

 剣を振るった勢いのままに予期せぬ方向に軌道を逸らされたことで、

アルトリアが大きく姿勢を崩す。ステアーに完全に背を向けてしまっている状態だ。

 

「ふっ!」

 

 ガラ空きの背中に向けて袈裟に斬りかかる。容赦なく全力で斬り込んだつもりだったが、

アルトリアが咄嗟に回避行動をとったので手応えは浅い。

 それならば、と振り切った体勢から矢継ぎ早の2撃目。大きく踏み込んで斬り上げを見舞うが、これも、距離をとろうと飛び退いたアルトリアの腹部を掠めるに留まる。

 距離が開いた両者の間に舞う花吹雪を幕代わりに、わずか数秒程度の攻防戦が一旦幕を下ろす。

 

(ふぅ~・・・上手くいきましたね。感謝しますわ、RFB)

 

 剣を受け流した痺れと、身体を裂いた感触がまだ手に残っている。銃撃とは全く異なる未知の

感覚に、なかなか気分の高揚が収まらない。

 落ち着こうと深い呼吸を繰り返すが、その最中に再びアルトリアが口火をきる。

 

「荒っぽい方ですね」

 

 そんな相手にこそ効果を発揮するのが火の型である。切っ先を正面に、刃を上に向けて

アルトリアを迎え撃つ。

 猛進してくる相手を紙一重でいなし反撃を浴びせるその光景は、かつて、とある国で行われていた人間と牛との競技、闘牛のよう。

 一撃でも受ければ致命傷は確実な剣戟を前に、ステアーは臆することなく綱渡りの攻防を展開していく。

 ザクリ、と今までで一番の手応えを感じたのは6撃目の事。わき腹を刀の切っ先が深く通り抜けた際の感触だ。

 

「・・・・・・」

 

 アルトリアはやはり表情一つ変えないが、今のは少し堪えたのだろう、途端に距離をとって

ステアーの様子を伺い始めた。

 

(致命打は与えられませんが、負けてはいません。このまま続ければ、先に根をあげるのは向こうです)

 

 ステアーの刀を回避しきれないながらも、重傷は避け続けているその反応力は厄介なものである。しかし、ダメージが蓄積していけば性能も低下してくる。段々と刀に手応えが出てきているのが何よりの証拠である。

 勝機を掴みつつも、けれど、決して慢心はせずと自分に言い聞かせて、ステアーは堅実に立ち回る。

 ・・・すると、ここでアルトリアの動きに変化が現れる。

 

(? あんなに姿勢を下げて、何を?)

 

 まるで、足元の花畑に隠れでもするように、アルトリアがその場にしゃがみ込む。

 本当に姿を隠したつもりで襲い掛かる魂胆なのだろうか、と訝しむステアーだったが、次の

瞬間、一気に背筋が凍り付くことになる。

 小さな爆発でも起こったかのように、アルトリアの周囲の花びらが一斉に舞い上がる。それらに紛れるようにアルトリアの身体も宙を舞う。

 

「っ!?」

 

 踏み込みの速度から相当な脚力だというのは見当がついていたが、まさか、見上げるほど高く飛び上がろうとは予想だにしないことだった。

 ステアーに向けて飛び掛かるアルトリアが空中で体を捻る。一回転、二回転、と回転数が上がるごとに回転速度も増している。重量のある剣で強い遠心力がかかっているのだろう。

 受け流しのタイミングを計り、待ち受けていたステアーだったが。

 

「っ!?」

 

 直撃の寸前になって、身体が咄嗟に構えを解き、回避行動をとっていた。

 彼女の小柄な体躯から繰り出したとは到底思えない重い風切り音を纏い、ステアーのすぐ真横にアルトリアの斬撃が着弾する。

 

(今の勢いは、受け流せたかどうか・・・)

 

 立ち上がりの勢いを乗せた横薙ぎの一撃。回避は間に合わない。

 本能が警告を鳴らしているが、それでも、ここは受け流しでいなさざるを得ない状況だ。

 頭の芯にまで響くように刃が鳴り散らす。

 

「ちぃ!」

 

 アルトリアの剣は刀の背を滑ることなく、刀ごとステアーの体を押し込んだ。

 まるで、大型車両でも突っ込んできたかのような衝撃に耐え切れず、ステアーの身体が弾き飛ばされる。

 後退しながらもなんとか態勢を保つステアーに更に追撃。背面まで大きく振りかぶった兜割りが襲い掛かる。

 再び受け流しを狙うステアーだったが。

 

(駄目、刃が流せない!?)

 

 さっきまでは面白いくらいに滑っていたアルトリアの剣が、まるで、牙でも立てているかのように刀にしっかりと食いついている。おまけに、パワーが段違いに上がっているものだからたまったものではない。

 

「きゃあ!?」

 

 被撃は免れたものの、刀と共に両腕も持っていかれる。

 たたらを踏みながら腕の痺れに耐えるステアーに対し、アルトリアは容赦のない剣戟を浴びせ続ける。

 白い花びらを逆巻きながら荒れ狂うその様は、さながら嵐か竜巻か。

 

(もしかして、戦闘の中で学習している?)

 

 何度か弾き飛ばされたところでようやく状況が把握できる。

 アルトリアの剣が受け流せなくなったのは、刃が激突する瞬間にアルトリアが力のベクトルを変えているから。剣に対して刀を角度を付けて当てる事で力を受け流していたのだが、その原理に

気が付いたアルトリアは、刀に対して垂直に当たるように調整し直している。

 たった数分で、その原理を見切る戦闘勘とすぐにフィードバックを施す器用さ。力も速さも戦術人形を凌駕する高性能人形を前に、ステアーは一気に窮地へと追い込まれてしまう。

 

(くっ・・・このままだと私の腕もですが、雨ちゃんがもたない)

 

 刀はスラリとした細身の刀身だが、決して曲がらず折れずと称されるほど頑強な刃である。しかし、此度の相手は、厚い金属製の鎧兜ごと敵を両断することを目的に造られた西洋の剣だ。とんでもない馬鹿力での激突を繰り返されては、その謳い文句も意味を成さない。

 

(長期戦なんて悠長なことを言っていられない。一撃必殺の心構えでなければ)

 

 アルトリアの僅かな隙をつき、片手で握った刀を振るう。おおよその人形であれば動力系統が

集中している首元を狙うが、そんな魂胆はお見通しだったのだろう、軽く後退されただけでかわされてしまう。

 直後、腹部に強い衝撃。アルトリアの前蹴りをまともに受けてしまう。

 

「っ!!?」

 

 身体が軽々と宙を舞い、視界が流転する。それでも、自分の状態は理解していたので地面に激突する寸前で受け身が間に合った。

 

「ぅ・・・けほっ! けほっ!」

 

 吐き出してしまった空気を強引に取り込み、身体を起き上がらせる。

 ステアーの手の内は見切ったといわんばかりに悠々と歩み寄ってくる黒い死神。その周囲でゆらゆらと揺れる曼殊沙華が、ステアーを地獄へと招く無数の手のように見えてくる。

 四肢の痺れと弱気を振り払い、刀を構え直す。微かに刀身と柄の接続がガタついた感触が手に伝わる。刀の耐久限界が近づいているという事実が、ステアーのメンタルに揺さぶりをかけてくる。

 ザッザッ。そんなステアーの気も知らず、死の宣告は着々と近づく。

 自分の間合いを計ろうと一歩だけ後退。

 

「っ!」

 

 足元の華に足を引っ掛けてしまい、態勢が大きく崩れる。

 踏みとどまり倒れはしなかったが、そんな状態のステアーを見逃してくれるようなアルトリアではない。

 一息のうちに間合いを詰めてステアーの前に躍り出ると、剣を頭上高く振り上げた。

 ステアーを両断せんと、大気を逆巻きながら黒い刃が奔る。

 足元が崩れている状態のステアーに、その狂刃を避ける術はもう無い。

 ・・・・・・否、避ける必要はもう無いと言った方が適切か。

 アルトリアの駆る黒い剣の、一点をステアーの鋭い眼光が射抜く。

 

(視えました!)

 

 つま先から手指の先までを繋ぐ全関節を同時に跳ね上げる。それら全てが生んだ加速力を合算し、ステアーが握る刀は瞬間的に爆発するかのような勢いを伴う。

 その向かう先はアルトリアの剣身の根元。重量による遠心力の影響が少なく、反力に弱い一点だ。

 

「!!?」

 

 耳を削ぎ落さんばかりの強烈な金属音、目も眩む盛大な火花を伴い、両刃が激突する。

 勝ったのは、狙ってこの状況に誘い込んだステアー。まさか、力で押されるとは予想だにしていなかったアルトリアは、思い切り跳ね上げられてしまった自分の両腕を前に目を丸くしている。

 今の一撃は、ただ攻撃を〝弾き返し〟ただけ。アルトリアの真正面で完全なアドバンテージを得たステアーが刀を構え直す。

 

(そこですわ!)

 

 地面一蹴で繰り出した突きは、さながら闇夜を駆ける一発の弾丸。アルトリアの白く可憐な首筋を裂き、一瞬のうちに過ぎ去る。

 その通った軌跡をなぞるように、パチン、と鋭い音をたて、紫色の閃光が迸った。

 

「その鋭さ、防ぐ事叶わず」

 

 左手に携えた鞘に刀の切っ先を軽く添える。漣のようなさえずりを響かせながら、蒼色の刀身が鞘の中へと消えていく。

 

「その速さ、捉える事叶わず」

 

 アルトリアの体がガクリと崩れ落ちる。しかし、それでも絶対に倒れまいと、左手に携えた剣を地面に突き立て、膝立ち状態で踏みとどまっているのは流石といったところか。

 

「雷光の如き剣戟。名を〝紫電一閃〟ですわ」

 

 RFBから教えてもらった決めセリフまで、しっかりとキメたところでアルトリアに向き直る。

 

「今の一撃であなたの右半身の伝達系統を断ちました。無理に動くと、他の箇所の負担がかかってしまいますよ」

 

 そう冷静に言ってはいるが、そもそも、IOP製の人形と同じく首元に伝達系統が集中しているという確証はなかった。イチかバチかの出たとこ勝負だったのだが、結果オーライで世は事も

無し、である。

 無事な左半身で体を支えるので精一杯なのだろう、アルトリアはその場で屈んだまま微動だにしない。

 そんなアルトリアの前にゆっくりとした足取りで歩み寄り、正面に回り込む。顔を上げてくれたアルトリアとステアーの視線が交錯する。

 アルトリアの表情も眼も相変わらず色が無い。しかし、さっきまでの背筋が凍るような敵意はすっかりと抜け落ちている。

 早く行け、という凛とした少女の声が聞こえたような気がして、アルトリアは再びその場で俯いた。

 行動不能というのは間違いないだろう。一対一の戦いを申し込んできたような相手だ、ステアーが背を向けたところをバッサリという可能性は万が一にもあり得ない。

 勝利したステアーは、このままさっさとワルサーの加勢に向かうというのがお手本である。

 

「・・・なし崩しで戦闘になってしまいましたが、そもそも、私はあなた達を襲いに来たわけではないのです。誤解を招いてしまったこと、お詫びいたしますわ」

 

 けれども、ステアーはアルトリアのすぐ傍で屈むと、力の抜けた右手を手に取り、背中から自分の首へと回した。アルトリアの無事な左手には、さっきまでステアーを斬り裂かんと猛威を振るっていた剣が控えているが、特に気にする事はなかった。

 

「アイリさんというのでしたか? あの方の誤解も解いて仲直りしたいので、一緒に戻りましょう。ね?」

 

 小柄な見た目以上に軽いアルトリアの体に少し驚きながらも、背中に担ぎ立ち上がる。

 顔も見えないが、特に暴れるような様子は無く、携えている剣を腕で抱きかかえてステアーが

歩きやすいように気を遣ってくれている辺り、まんざらでもないといったところなのだろう。

 

「いえいえ、戦った相手に敬意を示すのも武士の嗜みですので」

 

 なんとなく聞こえてきたような気がした背中からの言葉に返し、ステアーは雪景色のような

曼殊沙華の花畑を引き返していくのだった。

 

 




お気づきの方もいるかもしれませんが、今回のシーンは対馬を舞台にした剣戟アクションゲームが元ネタになっています。ちょうど、これを書いていた時期に当方がハマっていたゲームだったんですね。

次週も定期投稿は変わらずの予定なので、気が向いたら足を運んでやって下さいな。
以上、弱音御前でした~


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

魔術師殺しの夜 6話

待望の月姫リメイクも無事に終わり、ロスに苛まれている今日この頃。
皆様、いかがお過ごしでしょうか?
どうも、弱音御前です。

古城での戦いも終盤。今週もキャリコ達の活躍をお楽しみください!


「あ~もう! あの銀髪女、マジで〝*&%#$?〟なんだけど!」

 

 公序良俗に反するような言葉が飛び出してしまうほどにワルサーは狼狽していた。

 客室の入り口に張り付き、廊下の先に陣取っているアイリの様子を覗き込む。

 腹が立つくらい優美に佇んでやがるなぁ、とか思っているワルサーに向けて銀色の軌跡が飛び掛かる。

 咄嗟に客室に引っ込むワルサーのすぐ真横を鋭い風切り音が通り過ぎた。

 決して広いとは言えない客室内で器用に旋回し、後方にいたワルサーを追尾するのは、女性の掌にすっぽりと収まってしまうほどの塊。鳥の形を模した銀細工である。

 

「しつこいってのよ!」

 

 的が小さいうえに射撃に対して正確な回避行動をとるので、迎撃はすでに諦めていたワルサーは悪態をつきながら廊下へ飛び出す。

 客室2つ分ほど離れた位置に立つアイリに向けて3発速射。いずれも、瞬時に展開された盾によって阻まれるが、牽制の為の射撃なので気にせず、隣の客室へと逃げ込む。

 

「こんなイタチごっこも長くは続かない・・・か」

 

 ポーチに入っているマガジンは残り1つ。装弾しているマガジンの中身を合わせて残弾は8発。ワルサーの弾丸であればアイリが展開する盾に相応の打撃を与えられるが、真っ向勝負で打ち破れるほどの弾数には到底思えない。

 そもそも、下手に真正面に出れば、アイリが操作しているあの銀細工の鳥に囲まれてズタズタにされてしまうだろう。

 地下に転がっていたエクスキューショナーの無数の切創は、アイリの攻撃で付けられたものに

違いない。あれの二の舞はゴメンだとワルサーは心底思う。

 

(あんなのにてこずってる場合じゃないのに。早くステアーの援護を)

 

 ワルサーは銃を装備しているのでまだ良いが、どうしたって気になってしまうのは、刀なんていう時代錯誤な武器を持って行ってしまったステアーの事である。

 RFBに何を吹き込まれたのか知らないが、実戦で通用できるようなものではないというのが

ワルサーの読み。せいぜい、ワルサーが援護に向かうまで無事で時間を稼いでいてくれる事を祈るのみである。

 

(もう、利用できるものなら何でも使ってやる。何か、突破口を開けそうな物は)

 

 戦闘において美徳を重んじるワルサーだが、今回のようなイレギュラーにおいては話が別である。

 ・・・それだけ、アイリに舐められた先ほどの件が頭にキているという事だ。

 この狭い空間での操作は難しいのか、銀細工の鳥を客室内に送り込むのにはしばらく時間がかかるようである。廊下を華麗に旋回している今のうちに、全メモリを動員して起死回生のアイデアを練りだす。

 客室内は、見るからに高価そうな家具と調度品類で彩られている。さっきの黒い騎士との攻防でベッドが無造作に動かされている点を除けば、戦いの痕跡すらも感じられないほどだ。

 

(・・・これだけ動きまわってるのに、ほとんど物損が無い。いくらなんでもおかしいわよね?)

 

 これまでに感じた違和感がワルサーの思考を過る。

 長い間、生活の様子が無かった割には僅かな埃すらも浮いていない室内。

 ベッドごと斬ればいいのに、わざわざベッドを動かしてワルサーを引き摺り出そうとしていた

アルトリア。

 

「っとぉ!?」

 

 ワルサーを追いかけてきた銀細工の鳥は、室内を傷つけることなく器用に飛び回っている。置物を気にせずに追尾すれば、ワルサーを捉えられる確率はもっと上がるはずだ。

 

(もしかして・・・・・・こういう事?)

 

 逃げるのをやめて、自分から姿を晒す。

 2羽の鳥は天井から下がるシャンデリアと同じ高さまで上昇すると、ワルサーに向けて急降下。直撃コースに立つワルサーは、その場から逃げる素振りをみせない。

 身体を貫かれる寸前、ワルサーは傍らに置いてある花瓶を手に取った。花は活けていないが、この花瓶だけでも十分な彩りになるくらいな代物である。

 ワルサーの細身の身体とはいえ、到底隠れきるような大きさではないそれを、盾にするように

構える。

 陶器製の花瓶だ。そのままワルサーの身体もろとも貫いてしまえばいいものを、銀の鳥は、それを嫌がるかのように急激にコースを逸らして、ワルサーの横を通り過ぎると勢いもそのままに廊下へと飛び去っていった。

 ワルサーの予想的中。勝利への希望が見えたのは良いのだが・・・

 

(けど、これは・・・こんなやり方は私の美学に反する)

 

 自分にとっての美しさを以って敵を討つのがワルサーの信条だ。今、ワルサーが算出してしまった作戦は、そんな彼女の美的センスから完全に外れるものである。

 

(でも、勝つためにはこの方法をとるのが最善。・・・やるしかない。私は、殺しの為に生まれてきたんだから!)

 

 美徳と勝利。超重量級同士の天秤勝負に決着をつけると、ワルサーはライフルの肩掛けベルトに手をかける。

 

「これ、大事に持ってて。私はデリケートなんだから、傷つけたら承知しないわよ」

 

 客室入り口のすぐ横に置かれていた、両腕と首が無い真っ白な女神像にベルトを掛け、ライフルを預ける。

 自らの誇りである至高の狙撃銃、ワルサーWA2000を手放したということからも彼女の覚悟の程が伺える。

 

「はぁ~・・・よし! 行くか」

 

 さっき手に取った花瓶を右手に備え、ワルサーは廊下へと躍り出る。

 長い廊下の先に立ちはだかるアイリと正対すると、彼女は遠目にも分かるくらいに怪訝な表情をワルサーに向けた。

 

「ほら、攻撃してみなさいよ。できるものならね」

 

 花瓶を前に差し出しながら慎重に歩み出る。一歩、一歩と距離を縮めていくが、さっきまでは

問答無用とばかりに攻撃を仕掛けてきたアイリは、一転して手を止めたままである。

 予想通り、この城のガーディアンは城内の備品を傷つけられないのだと、そう見切ったワルサーが花瓶の影で密かに笑みを零す。

 もう、さっきまで美学がどうのと迷っていた事などどうでもよくなっている次第だ。

 

「やっぱり、コレを壊すわけにはいかない、ってところかしら? ほれ、ほれ」

 

 花瓶を放り投げる真似をすると、それに応じてアイリの脚が微かだが反応しようとしているのが確認できる。

 完全に相手を手玉に取っている事が、ワルサーは内心で楽しくて仕方がない。

 

「っと、そんなのもお見通しよ!」

 

 アイリをからかっていたワルサーが左手を伸ばす。その先、廊下の壁には金装飾の額縁に彩られた一枚の風景画。それを手に取るや、ワルサーは自分の背後に向けて本物の盾でも構えるかのような姿勢をとる。

 ワルサーの持つ絵画を避け、頭上を通過していく2羽の鳥。こっそりと背後に回り込ませようとも、ワルサーの耳はどんな些細な風音も逃さない。

 

「いっけぇぇえぇぇぇぇ~~~~!」

 

 今はまだ虚を突いた事でイニシアティブを取っているが、冷静に考えられてしまうとボロが出かねない作戦である。付け入る隙も与えまいと、ここでワルサーが突撃を試みる。

 花瓶と絵画を両手に携えたワルサーが、廊下を激走している。グリフィン基地の人形達がこの事を知ったら、半年ぐらいは笑いのネタにされかねないヴィジュアルだ。この場には他に誰もいなかったのは、彼女にとって本当に幸運な事である。

 瞬く間に縮まるアイリとの距離。ワルサーの猛進に対して、まだ戸惑っているアイリの様子を覗き見たところで作戦は次のステップへ。

 

「返すわ! 命がけで守りなさい!」

 

 突進の勢いを乗せ、花瓶と絵画を思いっきり放り投げてやる。角度はワルサーの左前方。そして、ワルサーは右前方へと進路を変える。

 備品を守るという命令はよほど強いものなのだろう、アイリはワルサーには目もくれず、花瓶と絵画に注意を削がれている。

 それでも、身を守るという最低限の事は考えているようで、2人の間には、もう見るのも憂鬱な銀の盾が展開される。

 散々に泣かされてきた鉄壁の防御だが、計算高いワルサーの事である。もちろん、こうなる展開も予想済みだ。

 

(アイツにできるなら・・・私にもできるに決まってる!)

 

 床を蹴り、飛び上がる。その先には巨大なガラス窓。ワルサーの腹部ほどの高さの窓淵に足を掛けると、壁を利用した三角飛びの要領で更に大きく飛び上がった。

 先ほど、アルトリアと交戦した時に見せられた、窓淵を使っての大ジャンプを模したものである。これならば、という目論見通り、銀の盾を飛び越えてワルサーの身体はアイリの頭上高くを

舞う。

 スローモーションで流れる景色の中、着地に備えて身体を捻り反転させる。

 伸ばした左手でアイリの後ろ襟を掴み、落下の勢いを利用して背後に引き倒す。同時に、上着の中から取り出したダガーナイフを胸に付きつけてチェックメイト。

 

(・・・と、言いたいところなんだけど。所詮は急ごしらえの作戦ね。甘かったわ)

 

 仰向けの状態でジッとワルサーを見つめるアイリの髪が、まるで、ニードルのように形状を変えてワルサーに付きつけられている。

 視界の端で確認してみれば、彼女の銀髪が、液体のように変化して床を伸びている。その先を追っていくと、丸いクッションのような形状へと変化したその上に、ワルサーが放り投げた調度品が無事な様子で乗っかっていた。

 アイリを護っていた盾も、空を駆ける鳥も、コレを用いて形作ったものだったのだろう。液体

金属とでも呼称するのか、ワルサーの記録には無い未知の技術である。

 同時に自分も詰んでいる事を理解して、内心で大きく溜め息をつく。

 ワルサーに向けられている幾本ものニードルの鋭さは、見ていて寒気を感じるほど。一斉に刺し貫かれればひとたまりもないだろう。

 しかし、足掻くだけの猶予は残されている。上手くいけば差し違えることも出来るだろうし、この後、交戦する事になるだろうステアーの為にダメージを与えておける。

 どちらにしても、無事に帰る事は出来ない。

 基地では新しい自分が事も無しと受け継いでくれるだろうが・・・少しだけ仲良くなれた

ステアー達との束の間の記録が消えてしまう事には、一抹の寂しさを覚えてしまう。

 

(弱気はダメ。プロらしく清々と、堂々と)

 

 思考を切り替え、視界内のニードルの先端に集中する。動きを少しでも察知したら、刹那で

ナイフの切っ先を叩き込む。アイリが向けてくる透き通った紅色の瞳をまっすぐに見返しつつ、

ナイフを握る手の神経を研ぎ澄ませる。

 ・・・・・・ステアーがぶち破った窓から、木々の葉擦れの音と共にそよ風が吹き込む。お互いに、まるで彫像のように膠着した状態が続いたのは、分にも満たない間だった。

 

「・・・ん」

 

 小さく、儚い吐息と共に目を閉じたのはアイリ。途端、ワルサーに向けられていたニードルが

力を失ったかのようにふわりと床に着地した。

 油断させるためのフェイク? とも一瞬だけ疑うが、それは無いとすぐに判断する。アイリが

優位に立っていたのは確実だ。この状況でワルサーを油断させるような罠を仕掛ける意味が分からない。

 

「どういうつもり?」

 

 言いつつ、アイリの身体からナイフを放す。それでも、安全が確保されてはいないので構えと

警戒まで解きはしない。

 

「セイバーが行動不能になったみたい。ここで貴女を排除しても、私の損傷は免れないでしょう? そんな状態で、セイバーを退けた相手に勝てる見込みは薄い。私達2体揃って機能停止という最悪の事態は避けたいの。だから、こちらから提案します」

 

 アイリが身体を起こし立ち上がる。淑やかに両手を前で組む、その佇まいからは敵意を感じられない。

 セイバー(剣士)と言っているのは、相方の黒い騎士姫の事か。あれだけ猛威を振るってくれた相手をステアーが下した、という事実に内心で驚きまくっているワルサーである。

 ここで、ワルサーも警戒を解除。ナイフを上着のシースケースへ仕舞う。

 

「この城にある物品数点の持ち出しを許可します。こちら側の棟にあるものでしたらどれでもいいので、選んでさっさと立ち去りなさい」

 

 完全に誤解されたままだった事に、ここで気が付く。思い返してみれば、ワルサー側は訪問者だというのに、ロクな挨拶もしていなかったのである。

 

「そんなもんに興味はないわ。私たちは調査と協力を申し出る為にここに来たの」

 

「調査と・・・協力? 貴女達は金品目当ての賊ではないの?」

 

「失礼な勘違いしないで。そもそも、私達はグリフィンの戦術人形よ。金品なんか興味ないし」

 

「貴女達も人形? ・・・・・・本当に?」

 

 そう聞いたアイリは、興味津々といった様子でワルサーに歩み寄ってくる。

 棒立ち状態のワルサーを頭から脚までじっと眺め、周囲をクルリと一周して見て周るその姿からは、他の追随を許さないほどの性能を秘めた、謎人形の面影は少しも感じられない。

 

「確かに、人形みたい。人間と見分けがつかないくらい綺麗」

 

「アンタだって同じようなものでしょ? って、お腹を突っつかないで!」

 

 箱入りというものなのか。きっと、騎士姫以外の人形を見たことがないから、ワルサー達IOP製人形が珍しくて仕方ないのだろう。

 グリフィンに在籍している娘達に負けないくらい、否、もしかしたらそれ以上に美しく整った顔立ちで見据えられているものだから、段々とワルサーは気恥ずかしさを感じてしまう。

 

「でも、あの方とは全然違うわ。貴女達には、旦那様と同じような温かさを感じる」

 

「あの方って、やたらと白い肌に黒髪で露出の高い衣装を着たやつでしょ? あんなクズ鉄と私達を一緒にしないでちょうだい」

 

 アイリの視姦が落ち着いたところで話を本線に戻す。

 

「貴女、さっきから〝旦那様〟っていうフレーズを言ってるけど、この城には主が居るんでしょ? 話がしたいから合わせてくれないかしら?」

 

 ワルサーの言葉を受け、アイリは困ったような表情を浮かべる。

 何か問題がありそうだ、という事は城の電源が落ちたままだったことからも予想ができる。

 

「そう・・・ね。もしかしたら、貴女達とだったら旦那様もお話をしてくれるかもしれない。いいわ、案内します」

 

 ワルサーの横を通り過ぎ、廊下の先に進んで行くアイリ。後に続いて廊下の角を曲がると、その先には2人が出てきた扉が。きっとその部屋の中に城の主がいるのだろう。

 これだけの城を建てるような変人である。下手な事を言ってトラブらないように、と装いを正してワルサーはアイリに続いて室内へと足を踏み入れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突破口は、あのスライムの制御コアにプログラミングされている指令にある、とコンテンダーは読んでいた。

 

「リロード! あと100発で足りるかな?」

 

「出来るだけ弾をばら撒いて下さい。アイツを狙う必要はありませんよ」

 

 マシンピストルかつ多弾ヘリカルマガジンという性質上、キャリコは人工降雪機でも作動しているかのような勢いで弾丸をばら撒く。にも関わらず、フルオート射撃していたはずのPCルームも厨房も、彼女の流れ弾で損傷したような箇所は全く見受けられない。

 理由は、あのスライムがキャリコの弾丸を全て受け止めていたから。自らに向けられていたのはもちろん、あらぬ方向に飛んでいった弾丸も、形状を変化させてわざわざ受けていたのだ。

 この城の設備、備品を護るという命令が下されている。キャリコが執拗に狙われているのを良い事に、じっと観察を行っていたコンテンダーが出した仮説は、今、意識してキャリコに弾丸をばら撒かせている事で立証された。弾丸を受け止める為に厨房の中一杯にまで、スライムはその身体を広げている。

 逃げ場を求めて廊下に出てきたキャリコ達の作戦は継続中なので、スライムの拡大もまだ止まらない。

 

「あと50発! コア見える?」

 

「まだです。でも、あと少しだけ・・・」

 

 この作戦は、いわば軽金属を加工するのと同じような事である。

 靭性の高い軽金属は、衝撃を受けても割れたり砕けたりせず、形状を変化させていく。叩いて、圧縮して、伸ばして、金属は表面積を広げていくのだ。

 その際に引き換えになるのは剛性。自動車の車輪に用いられる材質、アルミニウムは数百キロもの重量を支え、路面からの衝撃にも耐えうるが、それを薄く引き伸ばしたアルミ箔は、子供の力でも簡単に引き裂けるほどに柔らかい。

 弾丸の勢いを殺すスライムの身体も、こうして薄く引き伸ばせば勢いを殺しきれなくなる。

 そして、防護幕が薄くなればなるほど、コアの隠れ場所もなくなってくる。

 

「もう10発もない! まだ見えない!?」

 

 残った問題は、コアが視認できるほどの大きさなのかどうかという点。こればかりは箱を開けてみなければ分からない完全な運任せだ。

 しかし、この防衛システムは軍用ほどの強固さは感じない。自宅を守るための存在、というくらいのものだ。それならば、高度な技術と高いコストのかかるナノマシンコアを採用する必要もない。

 自分達の無事を預けられるだけの勝算を見出したからこそ、コンテンダーはこの作戦実行に踏み切ったのだ。

 室内から廊下の至る所にまで広がりに広がった末、十分の一ほどの球体にまで縮んだスライムの中に、赤い光が浮かんだのを捉える。

 一文字に結んでいたコンテンダーの口元が、妖しく吊り上がる。

 

「いただきです」

 

 キャリコの傍から離れ、赤い光に狙いを付ける。

 トリガーと連動するハンマーが薬莢の信管を叩き、ガンパウダーが炸裂。バレル内で十分な加速を得たライフル弾頭が、流星の如く大気中を駆ける。

 着弾は確認しない。すぐさまバレルをブレイクして爪先で薬莢を弾き出し、次弾を装填。2発目をコアに叩き込む。

 

「やったか!? やったね!? やったよね!? ね!?」

 

「こらこら、縁起の悪い言い方をしないでください」

 

 途端、スライムの動きが停止したので、コアに直撃したのは確実。かなり嫌がっていたバケモノをやっつけられて、キャリコも有頂天である。

 

「本当に機能停止したのかしっかりと確認してから・・・!?」

 

「な、なんかまたプルプルし始めた! キモイぃ~~!」

 

 突如、コアが収められている周囲が小刻みに波打ち始めたのを見て、再び警戒態勢に移る2人。

 サブシステムに切り替えて復旧したとでもいうのか。或いは、もっと悪い事態になると・・・

 

「っ! 自爆!?」

 

 自らの損傷を厭わないのが機械の強みである。侵入者を巻き込んで自壊するというのも、セキュリティシステムに備えられた行動としては珍しいものではない。

 コンテンダーがその考えに至ったのもつかの間、耳を劈くような爆音と共に巻き起こった衝撃に吹き飛ばされ、コンテンダーはそこで意識を完全に手放してしまった。

 




美徳を重んじるワルサーですが、たまにはこんな雑な戦い方をしてもらうのもいいかな~、
と思ったり。
キャリコ、コンテンダー組の出番が少なかったのはちょっと反省です。

次週より、お話のまとめに入りますので、どうぞお楽しみに。
弱音御前でした~


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

魔術師殺しの夜 7話

もうすっかり寒くなって、あっという間に今年も終わるんだろうな~、とか思っちゃう今日この頃、皆様、いかがお過ごしでしょうか?
どうも、弱音御前です。

古城でのお話もひと段落。あと、2話の答え合わせを残すだけとなりました。
答えといっても、そんな大それたものでもないのですが・・・
それでは、今週もどうぞごゆっくりと~



 2人のガーディアンと和解したワルサー達は、またも通信が繋がらなくなってしまったキャリコ達の様子を探るため、エントランスへと降りてきていた。

 しん、と静まり返っていたエントランス内に3人の足音と話声が響き渡る。

 

「ですので、私はこう言い返したのです。アタッチメントも満足に取り付けられない私の苦労が、RIS搭載の貴女に分かるわけはないでしょう? って」

 

「ふふふ、それはとても愉快なお話ね。ところで、アタッチメントというのは一体なんでしょうか?」

 

 アルトリアを背負ったままのステアーとアイリの暢気な談笑を、ずっと背中越しに聞きながら

ここまで降りてきたが、ついにワルサーの我慢も限界を迎える。

 

「よくもまあ、飽きずにいつまでもお喋りしてられるわね。射速と口の回る速さは比例関係にあるのかしら?」

 

「一緒にお話がしたかったのでしたら、そう言ってくれればいいのに。本当に素直じゃないのですから、ワルサーは」

 

「そうでしたのね? 私としたことが、気を利かせることが出来ずに御免なさい」

 

 思いっきり嫌味を効かせた物言いを見事に受け流され、ついでにカウンターをお見舞いされてしまう。

 片方のお嬢様なんかは、そういう意図があるわけではない、いわば天然というものだから、責めるに責められず余計に性質が悪い。

 言葉を返す気もなくなってしまったところで、西ウィングへと通じる扉に到着する。

 

「じゃあ、解錠よろしく」

 

「はい」

 

 返答と共にアイリが眼を瞑る。

 アイリの話では、この城に居るガーディアンは、セキュリティシステムに遠隔でアクセスが可能であるらしい。

 そうしてしばらくすると、アンロックのプロセスを踏んでいたアイリが眼を開いた。

 

「数分ほど前にアンロックされてる。任意での操作ではなく、こちら側のガーディアンが破壊された事による解除みたいね」

 

 上手く撃退できたようだが、といっても、キャリコ達が無事だとは限らない。みんな揃って共倒れ、という笑えない可能性もまだ控えているのだから。

 扉を開けるよう、ステアーにアイコンタクトで指示を送る。

 静かに開かれるドアの隙間から廊下を覗き見て、思わず息を呑んだ。廊下の壁から床、天井に

至るまで、得体の知れない液体がぶちまけられていたのだ。

 キャリコ達の負傷によるものなのかと、一瞬だけ背筋が寒くなったが、よく見てみれば液体は

銀色で、戦術人形のモノではあり得ない。そう把握したことで、ひとまず安堵の息をつく。

 

「なによ、この気持ち悪い液体は?」

 

 足元に広がった液体に、靴のつま先で触れてみる。靴が溶けたりだとか、異臭を放ったりといった様子もないので、危険性の高い液体ではなさそうだ。

 

「まるで、溶けた金属のようですね。もしくは、水銀という物質でしょうか?」

 

「こっち側のガーディアンの体組織なのかしらね」

 

 後から入ってきたステアーも廊下の惨状に驚きつつ、可能な限りの思案を巡らす。

 そして、そんなステアーにくっつくように続いてきたアイリが

 

「ああ、これは私が備えているのと同じものね」

 

 2人の疑問を速攻で解決してくれたのだった。

 

「? アンタが備えてるものって、なに?」

 

「これよ。これ」

 

 言って、アイリが自慢の銀髪に手を伸ばす。

 手の甲をスルリと流れる、柔らかく、艶やかな髪の事を指しているのだろうが、それはどうしたって、これら銀色のドロドロと同一のモノには思えない。

 顔に?マークを浮かべっぱなしのワルサーとステアーの前に歩み出ると、アイリは手で掬った髪を液体に近づけた。

 すると、一体どういう原理なのか、液体が髪へと吸い込まれていく。まるで、紙に浸透する水のように、銀色の液体はあっという間に髪と同化されてしまった。

 

「なるほど、それがアンタの武器の素材だったってわけか。で、それは一体何なの? 液体から

個体に熱も加えず変化する金属なんて、少なくとも私の記録には無いんだけど」

 

 ワルサーの質問を受け、アイリが困ったように表情を曇らせる。

 性格からも分かる事だが、とても純粋というか、ポーカーフェイスとか絶対に無理な娘だろうな、とワルサーはつくづく思う。

 

「詳しい事は私にも分からないの。ただ、自分が必要とするカタチを望んで、その通りに成ってくれる装備、としか答えられないわ。こちら側のガーディアンに関しても、私達は存在すらも知らなかった」

 

 科学技術というものは日進月歩だ。ワルサーも、グリフィンですらも聞き及んでいない新技術が、いつのまにか出回っていたって、なんら不思議な事はない。

 タネ明かしは、グリフィンの技術部門にでも任せておけばいい。それよりも、今は、この惨状の中にいるであろう2人の捜索を急ぐべきである。

 

「キャリコ~。コンテンダ~。助けに来たわよ~。どこにいんの~?」

 

「怖いのはもういませんから、出てきても大丈夫ですよ~」

 

 手近な扉の先は厨房。やはり、液体まみれのこの中にも、お目当ての姿は見当たらない。

 足もとに注意しながら廊下を進むが、廊下の中ほどの位置は特にヒドイ有様だ。

 完全に液体になりきっていない、大小のブヨブヨした塊が散乱している。

 本当は足を踏み入れるのも嫌なくらいだが、仲間の命には代えられない、と割り切って歩を進める。

 

「2階かしらね? ここでこんなだから、上がどうなってるのか想像もしたくないんだけど」

 

「ん~・・・ここで一旦、コールしてみるのはどうでしょうか? それで出てくれれば良し。出なくても、こちらからのコール音を頼りに追う事も可能なはずです」

 

「おお? なかなか良い案ね。やってみましょうか」

 

 ステアーの意見に速攻で乗り、その場で足を止める。

 そんなワルサーのすぐ足元には、この廊下に落ちている中でも特に大きい塊が。

 

「じゃあ、鳴らすから、よ~く聴いてなさいよ」

 

 両手を耳の後ろに添えて目を瞑るステアー。横に立つアイリも、それを真似て同じ仕草をしているのがやけに可愛らしい。

 通信機のボタンをオン。さあ、どこから音が聞こえるか、とワルサーも耳を澄ませる。

 直後、ピピピ、と軽やかな電子音が廊下に響き渡る。

 聞こえる音はかなり大きい。

 それもそのはず。音は、ワルサーのすぐ足元から聞こえてきているのだから。

 

「は? へ? なんでそこから」

 

 予想だにしていなかった事に狼狽えるワルサー。

 すると、そんなワルサーの動きを計ったかのように、音の出所、特大のスライムの残骸が蠢き、伸び出てきた手がワルサーの足を掴んだ。

 緩慢な動作で動く残骸から手足が伸び、そして浮かび上がる・・・

 

「わぁぁぁ~るぅぅ~ざぁぁあぁ~~~」

 

 2本腕が生えた、苦悶に満ちた顔から怨念塗れの声が溢れでた。

 

「ふぎゃああぁあぁぁあぁあぁぁあぁぁぁぁぁあぁぁぁあぁぁ~~~~~~~~~~!!?」

 

 再び、ワルサーの大絶叫が廊下の空気を切り刻む。もう、廊下のそこら中にこびりついたスライム片も、その勢いで吹き飛びかねないくらいの強烈さである。

 

「~~~~、~~~~~~(うちのワルサーが、ご迷惑をおかけしてすいません)」

 

「~~~、~~~~~(いえいえ、これくらいで壊れるようなお城ではないから)」

 

 当てていた手で耳をパタンと閉じながら、ゆるりとコミュニケーションを交わすステアーと

アイリ。

 報告によると、ワルサーが一通り叫び終えて床にへたり込むまでには、実に数分を有したのだとか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやぁ~、本当にもうダメかと思ったよ。あの液体、やたらと重くて身動きとれなくなっちゃうんだもの」

 

 残骸がこびりついて、まるで腕のように見えていたツインテールを整えながら、キャリコが安堵の言葉を漏らす。

 

「自爆プログラム、というわけではなかったのでしょうが、あの大量のスライム片を巻き散らすとは・・・なんとも傍迷惑な話ですよ」

 

 同じく、スライム塗れで廊下の隅っこに倒れていたコンテンダーも、今は、いつも通りの凛々しい姿を称えている。

 管制コアの爆破衝撃で吹き飛ばされ、昏倒していたが、2人とも目立った損傷が無いのは本当に幸いである。

 

「こちら側のガーディアンは、私たちのような思考プログラムは搭載されていなかったようですね。お2人の身を危険に晒してしまったこと、心よりお詫びいたします」

 

 言って、アイリは丁重に頭を下げてくれる。

 そもそも、ガーディアンは侵入者を撃退するための存在だ。まぎれもない侵入者であるキャリコ達に襲い掛かってくるのは当然なので、彼女がこうして頭を下げる必要なんて、これっぽっちも無いのである。

 

「ああ、ご丁寧にどうも・・・って、そろそろ成り行きを説明してほしいんだけど」

 

「ごめんなさい、もう少しだけ待ってて下さいね。ほら、いつまでも拗ねてないで、キャリコ達にちゃんと説明をしないと」

 

「むぅぅぅ~~~」

 

 二度までも思いっきり脅かされたことで、完全に拗ねてしまったワルサーは、廊下の片隅で膝を抱えて頬を膨らませていた。

 ステアーの必死の説得で、ようやく機嫌を直してくれたワルサーが立ち上がる。

 

「一旦、西ウィングの3階に戻る。歩きながら話しましょう」

 

 すっかり立ち直って、いつもの様子に戻っているワルサーに続き、キャリコはこれまでの経緯を聞く。

 アイリとアルトリア。2人のガーディアンと戦って和解して、と、何かの物語のような内容だ。

 

「手を煩わせてしまってごめんなさいね。ちょっぴり回収しすぎてしまったみたいで、髪の長さが大変な事に・・・」

 

「ふふ、気にしないでください。なんだか、ウェディングドレスの裾を持って歩いているみたいで、とても趣があります」

 

「ステアーは上手な例えをしますね。にしても、こんなサラサラで艶やかな髪が、あのスライムと同物質とは思えません。本当に不思議な技術です」

 

 後ろの3人が楽しそうに談笑していることからも、ワルサーの言うとおり、古城のガーディアンはキャリコ達への警戒を解いてくれているのが分かる。

 

「それで、あの2人を従えている、件の旦那様? っていう人とは、どういう風に話をつけてきたの?」

 

「ん、まぁ、そこは実際に現場で話した方が良いかと思ってさ。だから、まずはここに連れてきたわけ」

 

 3階廊下の一番奥に控えているのは、両開き式の豪奢な扉。ここまで辿り着くのに合わせて、ちょうど話を纏める手際の良さが、なんともワルサーらしいとキャリコは思う。

 

「私は、部屋で休んでいるアルトリアさんの様子を見てきますわ」

 

「うん、よろしくね、ステアー」

 

 通路を少し戻り、客室に入っていくステアーの背中を見送る。

 小さく一呼吸、姿勢を直し、ワルサーに続いてキャリコも部屋に入る。

 

(ちょっと寒い。それに、この匂い・・・)

 

 城内には、家具や調度品が纏う木と革の上品な香りが漂っていた。この部屋に入って初めて鼻をついた微かな異臭に、キャリコは小さく首をかしげる。

 広さは客室2つ分といったところ。城主の部屋としては申し分ないほどの広さなのだろうが、

趣に至っては、お世辞にも褒められたようなものではなかった。

 

「お邪魔いたします。・・・なにやら、随分と殺風景な部屋ですね」

 

「うん。生活感が無い、っていうのかな」

 

 部屋の中央には、3人が掛けられるくらいのソファーとテーブル。壁沿いには、この古風な趣には不釣り合いな機械装置、人形用のエナジーサプライが居を構えている。そして、部屋の一番奥には、年代を感じる天蓋付きのダブルベッド。

 それだけの物しか置かれていないので、せっかくの広い部屋は、空っぽで寂しさを感じずにいられない。

 

「ねえ、城主はどこにいるの?」

 

 そんな、広々とした部屋の中においても、ついぞ人の姿が見つけられなかったので、ワルサーに向けて小声で話かける。

 

「あそこよ」

 

 ワルサーがベッドを指し示す。

 ベッドに歩みよると、そこで、人が身体を横たえているのが確認できた。

 歳は指揮官と同じか、少し上くらいに見える男性。肩口まで伸び放題の髪に、幽霊のように痩せこけた頬、異常なほど青白い肌。

 目を閉じ、静かに眠っているように見える彼の容態は、キャリコにも一目瞭然だった。

 

「この人、もう・・・」

 

 亡くなっている、という言葉をキャリコは寸でのところで飲み込んだ。

 悲し気に視線を落としている、アイリの姿が視線の端に入ってしまったからだ。

 

「こうなったのは、何日も前の事みたい。もともと、空調の設定温度が低かったのが幸いだったわね。腐敗の進行は遅い」

 

「なぜ、ここに置いたままなのでしょうか? 埋葬なり火葬するのが人間の風習なのでしょうに」

 

 信じられない、という様子でコンテンダーがアイリに問いかける。

 

「それは、その・・・・・・」

 

 別段、責めているつもりはないコンテンダーだったが、アイリは戸惑って言葉を返せないままでいる。

 

「この娘も、向こうの客室で休んでいる娘も、人間の〝死〟っていうのを理解していなかったの。私達、人形みたいに故障した部品を交換すれば、また正常に起動するものだって考えてた。私がその事を教えてあげたから、今は、ちゃんと理解してくれてるけどね」

 

 IOP製の人形は、人間におけるおおよその一般常識を記憶させた状態で出荷される。キャリコ達にとってはありえないことだが、正規のルートで製造されていない人形であれば、納得のできる話である。

 

「ごめんなさい。私、旦那様の事を全く分かっていなくて。このような状態になるまで放っておいてしまって」

 

「アナタが謝る事なんてないわよ。そんな常識も教えないでアナタ達を造って、教えないままいなくなるのが悪いんだもの。ホント、人間って身勝手」

 

 ワルサーらしい棘のある言葉だが、いつもほどの威勢は感じられない。彼女なりに、主人を想っているアイリに気を遣っているのだろう。

 

「もしかして、亡くなった原因って地下にいた鉄血が関係してるとか?」

 

「ううん、話を聞いた感じだと病気みたい。毛布は捲らない方がいいわよ。この人間も、見られたくないって思うでしょうから、きっと」

 

 その言葉を聞き、負傷の様子を見ようと思って伸ばした手を止める。ワルサーがそう教えてくれるくらいなので、それはきっと、キャリコとしても気持ちの良いものではないだろう。

 気を取り直して、アイリに向き直る。

 

「たぶん、ワルサーから聞いているだろうけど、この小隊の隊長として、ここに来た理由を説明させてもらうね」

 

 この城を、鉄血襲撃の為の拠点として使わせてもらう為に来た事をアイリに伝える。城主が亡くなっている今、彼女がここの事実上の責任者であり、諸々の決定権も彼女に帰属する。キャリコがそう説明すると、アイリは見るからに困惑した表情を浮かべてしまう。

 アイリとアルトリアにとって、主人と過ごしたこの城は何物にも代えがたい。

 侵入者との戦闘の中であっても、城内の損壊を防ぐことを優先していたことからも、その想いは容易に伺い知れる。

 それを、いきなりやってきたキャリコ達の好きなようにさせるのは、迷いがあって当然。

 ・・・しばしの逡巡の後に、アイリは佇まいを正すとお辞儀を一つ。その表情にはもう困惑の色は無く、氷雪のような美しさと凛々しさを纏っている。

 

「貴方達に任せます。ただ、私達をここに住まわせてもらう事を条件とさせていただきたい」

 

 同意を示してくれた事に、キャリコはほっと安堵の息をつく。

 誰も寄り付かないような場所に、人形2人だけで暮らしていると知ってしまった以上、放っておくことなんてキャリコには出来やしない。

 

「分かった。あなた達の生活は絶対に脅かさないから安心して。他に要求とか、気になってることとかある?」

 

 アイリが静かに首を横に振ったことを、最終同意として確認する。

 

「オッケー。じゃあ、これから何度か顔を合わせる事になるだろうから、ヨロシクね」

 

 改めての挨拶として右手を差し出すキャリコ。

 その仕草を見て、アイリはやんわりと微笑み。

 

「ええ。こちらこそよろしくお願いしますね」

 

 キャリコの身体に、そっと抱き付いてきた。

 

「へ? え? あ、あの、その!?」

 

 顔に当たる、ふんわり柔らかな感触が何であるかを察してしまい、同じ人形であるとはいえ、これにはさすがのキャリコも大焦りである。

 

「あら? ハグは深い友好の証だと旦那様から教わったのですが、使いどころを間違ってしまったのかしら?」

 

「いや、間違ってはいないんだけど・・・いないんだけどさぁ・・・」

 

 背後で、2人がくすくすと笑いを零しているのが分かる。さっきまで弄られ役はワルサーの担当だったのに、いきなり矛先が向けられ、ワルサーがどんな気持ちだったのかを痛感させられる。

 

「じゃあ! 私たちは本部に連絡するので一旦外に出るから。ほら、2人も一緒に行くよ!」

 

 強引に話を切り替え、アイリのホールドから抜け出す。

 まだ顔が真っ赤なのが自分でも分かるので、後ろの2人には見られないよう意識して歩き出す。

 

「一段落したのは良いのですが。結局、この城の主は何者なのでしょうかね?」

 

 部屋から出たタイミングを図ったように、コンテンダーが口を開く。

 さっき抱き付かれた事を弄るような内容、ではなかったことで、ひとまず安心するキャリコである。

 

「そ~ね~。こんな馬鹿デカい城を建てて、人形を自前で制作して、終いには謎技術の液体金属。一般人の所業じゃないわよね。16Labにだって、ここまでできる研究者はいないかも」

 

「指揮官の方でも調べてくれているから、報告のついでに何か分かってる事を期待しようよ」

 

 考えても仕方がないので指揮官頼み、という結末に落ち着いたところで、この後、アイリに抱き付かれた時の動揺っぷりをちゃんと弄られてしまうキャリコなのだった。

 




次回、答え合わせその2、魔術師殺しの夜最終回となります。
例のごとく、来週更新となりますので気が向いたらどうぞ足をはこんでやって下さいな。

以上、弱音御前でした~


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

魔術師殺しの夜 8話

いよいよ涼しく心地いい日々になった今日この頃、皆様、いかがお過ごしでしょうか?
どうも、弱音御前です

魔術師殺しの夜、今回が最終話となります。
全ての謎がついに明かされる! なんて大袈裟なものでもないですが、どうか、最後までお楽しみいただければ幸いです。
それでは、今週もごゆっくりとどうぞ~


「ねぇ、シよ~シよ~、シよ~よ~。ねぇ、シよ~ってば~、しきか~ん」

 

 猫撫で声をあげて甘えてくる45を放置しつつ、疲れ目に鞭を打って、大量の資料に目を通し続ける。

 そんな、深夜3時を回ったころの執務室。

 

「あ~も~、うっさいなぁ! しようって、何をしたいんだよお前は?」

 

 夜勤早々に集中力を切らした45に付き纏われる事、およそ3時間。ついに我慢と疲労の限界を迎えた指揮官が45に構ってしまう。

 構ったら負けだと分かっていたが、もう、どうしたってどうしようもなかったのだ。

 

「何って、日付も変わったこんな真夜中だよ? そんな時間に、誓約を交わした2人が同じ部屋にいるんだよ? そこで何をするか、という選択肢は少ないっしょ?」

 

 言葉のニュアンスと雰囲気から、45が何を言いたいのかは理解していたが、真っ向から言われてしまうと力が抜けてしまう。

 ただでさえ疲れているのに、これ以上疲れるような事を言われるのは、本当に勘弁してもらいたいのである。

 

「はいはい、じゃあ、お仕事が終わったら構ってやるから。そこに積んでる年代の資料、全部目を通しといて」

 

 そう言って指揮官が指さすのは、他の資料群と比べてもボリュームが別格だったので、今まで後回しにしておいた年代の資料の山。もう、指揮官にはここに手を付けようという気力は残っていない。

 

「はぁ~? 私を上手くやり過ごそう、って気が見え見えなんですけど。そんな悪い事を考える

指揮官は・・・私が美味しく食べちゃうぞ~!」

 

 がお~! と、トラの真似をしてみせる45だが、その姿は猛獣というよりは猫。思わず抱き上げて頬ずりして脚を口でハムハムしてやりたい衝動に駆られてしまう。

 ・・・つまり、そう考えちゃうくらいには、指揮官もキマッてきている時間帯である。

 

「可愛い事を言いやがってよぉ! 逆にお前を食べてやるぞコラぁ!」

 

「きゃ~、食べて食べてぇ~♪ 頭からあんよの先まで美味しくいただいちゃって~ん♪」

 

 もう、このまま野となれ山となれ、な精神で45を抱き上げる指揮官。

 ・・・と

 

『・・・・・・ああ、私の事はどうぞお構いなく。お好きなようにプレイしてくれたまえよ』

 

 執務室の通信用ディスプレイに映し出された、ペルシカのにやけ顔と目が合ってしまう。

 本能的に、指揮官は45を抱き上げたままの状態でフリーズ。45も指揮官と同じく、である。

 

「・・・・・・こんなお時間にいかがなさいましたか、ペルシカ女史?」

 

 そっと45を降ろすと、何事もなかったかのように、努めて紳士的に振る舞う指揮官。

 片や45はというと、寸でのところで水を差されたのが相当腹立たしかったか、ベッドに腰を

降ろして不満一杯な表情である。

 

『いやいや、非常に興味深いメールが届いていた事に気付いたものだから、居てもたってもいられなくてね。そっちの回線に強制接続して割り込んでみれば・・・この有様さね』

 

 強制接続ということは、指揮官側からの応答無しでオンラインになっていたということ。今の

痴態は一部始終、全部見られていたと考えて間違いない。

 そう分かって、茹っていた頭が一気に冷えてくれた。良いクスリ、という言葉は今まさに、この時の為にあるような言葉である。

 

「はぁ~・・・今のはひとまず忘れてもらって」

 

『いや、あんな面白いのをすぐに忘れるのは無理だって。5年間は貰わないと』

 

「メールを見てすぐ応えてくれたってことは、心当たりがあるんですね? アインツベルンっていう名前の城に」

 

 指揮官の言葉を聞いて、ペルシカが笑みを零す。つい今までの、指揮官をからかっていた時の

モノとは異質の妖しい笑みだ。

 その表情を見て、真剣な面持ちで腰を上げる45。

 本気で取り組むべきだと、察してくれたその切り替えの早さは流石である。

 

『ほぼ間違いなく、私が知っている奴の仕業かな。ちょっとだけ長い話になるけど、まぁ、年寄りの昔話と思って聞いてくれ』

 

 指揮官と45が並んでデスクに着いた事を確認すると、ペルシカは一つ小さく息をついて話を始めた。

 

『10年くらい前、人形技術に携わる研究者の中で有名な若者がいたんだ。最年少で何々を~

とか、新技術を~とか、そんな安い謳い文句はよく聞くけど、そいつは掛け値無しの本物でね』

 

 きっと、聞いただけの話ではない。実際に遭ったことがあるからこそだろう、ペルシカの話は

指揮官の胸にすんなりと、溶けるように入り込んでくる。

 

『人形技術全般に長けているのはもとより、そいつは〝流体性合金〟っていう理論を公に発表したんだ。当時、関係各所で大騒ぎになったのを今でも覚えてるよ』

 

「流体性金属? 液状の金属で、どんな形にでもすぐに変われる、とかですか?」

 

「何よそのバカげた物質。そんなのが発明されてたら、私達の出番は無くていいじゃない」

 

『キミの言う通り、バカげた技術だろう? でも、そいつにとっては簡単なモノだったみたいなんだ。磁石と砂鉄を例に挙げてさ、コレと変わりないでしょ? とか本気で言ってたし』

 

 普段の行いはともかく、技術論に関しては一切の妥協を見せないペルシカが、これほど言う人物だ。まさに〝天才〟と呼ばれるような人物だったのだろう。

 しかし、そのペルシカの話が事実だと考えると、どうしても不思議な点が生まれてしまう。

 

「そんな有名な人だったら、私達が目を通してる資料に記事が載っててもいいものでしょ? でも、私も指揮官も、そういった類の話は全く目にしていない。そして、今、現実にそんな画期的な技術が展開されていない、っていうのはどういう事なの?」

 

 指揮官が抱えていた疑問と、全く同じことを45が代弁してくれる。

 なので、お前は早々に調査を放り投げてサボってたよな? というツッコミはしないのが上司としての嗜みである。

 

『理論を発表してから1ヶ月くらい経ったある日、そいつは忽然と姿を消したんだ。ほんの一晩前まで研究室に置いてあった、個人用の機材やデータと一緒にね。まるで、初めからそいつは存在していなかったみたいに、研究室は、ものの見事に空っぽさ。最後の最後まで、ホント飽きさせない奴だよね』

 

「何でそんな事を? 戦術を転換させかねない新技術を開発して、軍事機関からはオファーがひっきりなしだろうし。順風満帆だったんじゃないのかな?」

 

『・・・天才っていうのはね、総じて孤独なものなんだよ。常人とは一線を画した感性、視点、

思考、それらを備えてしまったが故に、自分以外の誰からも理解を得られることはないんだ。だから、そいつが姿を消してしまった本当の理由なんていうのも、結局わからずじまい。所内で完全に孤立していたようだったから、そんな環境に嫌気が差したんだとか言われてたんだけど。まぁ、〝良心の呵責〟っていう風に考えてあげたいかな。私としてはね』

 

「良心の呵責・・・か」

 

 45の言う通り、その技術は、当時の世界のパワーバランスを完全に塗り替えるようなものだっただろう。

 もし、戦闘における運用を考慮せずに発表した技術だったとしても、〝戦争屋〟はそんなことお構いなしだ。強力で実用的で利益の出る技術なら、どんなものにでも群がってくる。そうして、ひとたび戦場に投入されれば、戦力図は塗り替えられ、戦火は広がり、必然、失われる命も増える。

 ペルシカがこれだけ饒舌に語るほどの人物だ、そこまで考えが及ばないはずはない。

 戦闘技術としての導入をさせまいとして、資料共々身を隠した、と考えるのも道理に思える。

 

「では、その人が隠れ家として城を建てたと? 今の話を聞いた感じだと、なんの関連も無さそうに思えるんですが。なぜそう考えるんですか?」

 

『城の名前をヒントに、私なりに色々と調べてみた結果さ』

 

「レプリカの城かと思い、アインツベルンっていう名前で調べたんですが、こちらではまったく足がつかなくて・・・」

 

『うん、読みは悪くないね。ただ、検索範囲が狭すぎたのが敗因だ。あの城は確かにレプリカだけど、実在した城ではないんだ』

 

 実在しない城のレプリカ、というやや矛盾した言葉を聞いて眉を顰める指揮官。もうそろそろ、思考能力の限界が近づいてきている。

 

『彼は昔のサブカルチャー、中でも、アニメーションをこよなく愛する人物でね。広大な研究室の3割くらいは、そのアニメーションに登場する、女の子の人形とかポスターやなんかで占められていたくらいさ。だから、アニメーション作品に登場する、城の名前で検索してみたら大当たり。それも、彼が特に心酔していた作品のものだったから、十中八九間違いないだろうね』

 

「映像作品に出てきた城を再現して建てるなんて・・・ちょっと現実的ではないというかなんというか」

 

『そういう事を平気で出来るような奴だからね。私は驚いたりはしないよ』

 

 こんな時間に緊急で繋げてきたくらいだ、ペルシカには確固たる自信があるに違いない。城の主が判明して、運の良い事に、目の前にはその相手と面識があるペルシカ。件の城に部下を派遣している指揮官として、情報収取にはあまりにも好都合だ。

 

『城だけじゃなくて、登場キャラクターなんかも人形で再現とかしてるかもしれないよ? 剣を

携えた女の子騎士とか、ドレス姿の魔女とか』

 

「いやいや、流石にそれはないでしょう。いくら技術が進んでいるとはいえ、現実と空想の境を取り去ることはできませんよ」

 

「そうかい? 私は、本気でそうじゃないかと考えているんだけどね。その研究員は、あまりに

人間離れした技術と理論を持つことから、〝魔術師〟という異名で呼ばれていたくらいだ。お伽噺に出てくる、人知を超えた術の使い手ならば、これくらいの芸当は軽くやってのけるだろうさ」

 

 魔術師とは、また大層なニックネームである。

 戦闘部隊においては、ゲン担ぎや士気向上のために、そういったニックネームを用いることもあるが、理論的な世界に身を置いている研究員が、そんなものを好んで用いるというのは珍しく思える。

 アニメーションのような非現実が好きな人物だと言っていたので、趣味によるものでもあるのだろう。

 

『いっちょ、賭けてみるかい? いやなに、自信が無いんだったら聞き流してくれていいけどさ』

 

 ディスプレイの向こう側で不敵な笑みを浮かべるペルシカ。

 自分が負けることなど微塵も考えていない、その表情を見ていると、反抗心がふつふつと湧いてくる。

 

「いいですよ。じゃあ、とてつもない性能の人形が城内に闊歩してたらペルシカさんの勝ち。いなかったら俺の勝ちってことで」

 

『ああ、いいともさ』

 

 こっちの提案にすんなり乗ったのを確認して内心でほくそ笑む。

 自分の方が分の良い言い回しをしたつもりの指揮官だったが・・・そもそもペルシカは、その

城主の事を知っている様子で、この勝負を持ち掛けてきたのだ。

 ちょっと考えれば、勝負に乗ること自体が愚かだと分かるはずである。

 まぁ、イロイロとあって平静さをとっくに失っていた指揮官には、どうしたって難しい話ではあるが。

 

『キミが勝ったら、そうだな・・・私を一晩自由にさせてあげよう。どうだい、嬉しいだろう?』

 

「え? あぁ・・・それは、その・・・」

 

『なんだい、その浮かない反応は? 白衣でよく分からないかもしれないが、こう見えてルックスには自信があるんだ。健全な男性を満足させるには、十分に足る代物だと自負しているぞ?』

 

 ペルシカはそう得意げに言うと、白衣の胸元を開いて見せびらかしてくる。

 確かに言う通り、ダボついた白衣を着ていると分からなかったが、胸は谷間がハッキリと見えるくらいには大きく、肌の白さだって戦術人形達にも負けていない。

 ・・・と、いつまでも黙っていると、45の怒りメーターがレッドゾーンに突入してしまうので、ここらでリアクションをとっておく。

 

「では、ペルシカさんが勝ったら、同じく一晩自由にしていいですよ。コイツを」

 

「ちょっ! な、なんで私!?」

 

 45の肩をポンと叩いて言ってやると、非常に良い反応を返してくれる。

 

『それで構わないよ。ちょうど、誓約を交わしている人形の生データを抽出したいと思っていたところだったし』

 

「お互いに異論無し、ということですね」

 

「だから! なんで勝手に話を進めてるのよ、アンタは!?」

 

「大丈夫だって。俺を信じろよ」

 

 必勝を確信しているが故、指揮官は親指を立て、ウィンクまで付け加えて45に応えてみせる。

 後に、とてつもない恥をかくことになるとも知らず。

 

「実戦の時には頼りになる人なんだけど、それ以外の時はなぁ・・・」

 

 それでも結局、指揮官を信用してくれている45は、頭を抱えながらも反論を続ける事はしない。

 しばし、会話が途切れたその間を計ったように、コール音が執務室に鳴り響いた。

 今夜、夜戦任務に就いているチームは1つだけ。件の城を調査しているキャリコ達からの通信である。

 

「それじゃあ、答え合わせといきましょうか」

 

『私にも聞こえるよう、スピーカーモードにしといてくれよ』

 

 はいはい、と気軽に答えつつ連絡を受け取る指揮官。

 この後、怒り爆発の45によって、執務室が阿鼻叫喚の地獄絵図になったのは言うまでもないことである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちゃんと報告できた?」

 

「うん、できたけど・・・」

 

「けど?」

 

「なんか、アイリとアルトリアの話をした途端に、指揮官の声が引き攣ったんだよね。明らかに

ヤバそうな雰囲気だったから、ちょっと気になる」

 

 ついでに、指揮官の後ろから、計り知れない怒りのオーラが迸っていたのを通信機越しにも感じられたのだが。まぁ、指揮官自身が言及しなかったので、キャリコが気にしても仕方のない事である。

 

「あまりにも規格外の人形が2体も居たと報告を受ければ、いくら指揮官といえども慌てるのは道理ですよ」

 

「そして、そのお2人と見事に和解できたのですから、きっと指揮官もお褒めくださいますわ」

 

 そう、ステアーの言う通りだ。古城の安全を確認し、グリフィン前線拠点としての一時使用許可までとりつけた。高い戦闘力の人形を相手にして、重傷者を出さずに完遂したのだから、これ以上はないと言って良いくらいの戦果である。

 

「あ~~ぁ。後発隊は早朝に到着って言ってたわよね。それまでちょっと寝てていいかしら?」

 

 身体をぐ~っと伸ばしながら、気の抜けた声のワルサー。

 時刻は午前3時を回ったところ。さっきまでは、緊張が持続していたおかげで疲れも気にならなかったが、安全だと分かってしまうと眠気が一気に襲い掛かってくる。

 

「さすがに疲れちゃったよね。安全は確認してるけど、念の為、交代で見張りをたてながら休もうか」

 

「賛成です。用心に越したことはありませんからね。見張りの順番は私がトップを務めましょうか?」

 

「いいえ、お2人こそお疲れでしょうから、まずは私かワルサーが見張りを」

 

「んじゃあ、私は最後でいいから。おやすみなさい」

 

 気を遣い合っている3人を差し置いて、ワルサーは玄関横の壁に背中を預ける。

 銃を両手でしっかりと抱えながら目を閉じて、その数秒後には、もう穏やかな寝息をたてはじめてしまった。

 

「うちのワルサーが申し訳ございません。こちらの戦闘も、なかなかに厳しいものでしたので」

 

「気にしなくてもいいよ。それじゃあ、私が1番手でステアー、コンテンダーって順番で繋げていこうか」

 

 隊長権限として順番を決めると、2人とも同意を示してくれる。

 コンテンダーは玄関屋根の柱に、ステアーは植え込みの芝生の上で寝ころがる。

 これだけ立派な城があるのに、玄関で4人も野宿とは、また奇妙な光景である。

 

「・・・アイリさんに状況説明しに行くついでに、客室借りれないか聞いてみようか?」

 

「いや、あれだけ豪華な内装だと、どうにも気後れしてしまって。寝づらそうに思えまして」

 

「こうして、芝生の中で揺蕩いながら眠るのもまた良いものですわ」

 

 なんとも庶民的な答えに苦笑しながら、キャリコは1人城内へ。

 早足にアイリのもとへ行き、簡潔に状況を説明して、再び玄関へと戻ってくる。

 その頃には、コンテンダーとステアーからも穏やかな寝息が聞こえていた。

 

「みんな、お疲れ様」

 

 1人呟くキャリコ。

 

「いいえ、隊長の命令とあらば」

 

「これからも、よろしくお願いしますわ」

 

「まぁ、次も期待してるから。頑張りなさいよね」

 

 そんな言葉に3人が返してくれたことに苦笑を浮かべる。

 天を仰げば、濃紺色の夜空には真ん丸の穴がぽっかりと空いている。

 

〝ああ・・・気が付かなかった〟

 

〝今夜は、こんなにも月が綺麗だったんだ〟

 

 そんな誌的な感想を心の中で紡いで、キャリコは床に寝転がりながら、呆と空を眺め続ける。

 いつまでも、いつまでも。西の彼方がオレンジ色に染まりきった頃まで、キャリコはずっと空を眺め続けていた。

 ・・・その間、気を遣って他のメンバーを朝まで起こさなかった事に対して、後でみんなから

お叱りを受けるキャリコなのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 涼しいそよ風が純白の花畑を、その白さにも劣らぬ煌びやかな髪を撫でてゆく。

 円状の花畑の中央に建てられた、まだ真新しい墓石の前で女性・・・アイリは膝をつき、祈りを捧げている。

 朝目覚め、城内の掃除をひととおり済ませると、アイリはこの亡き主人のもとへやってくる。

 グリフィン職員や戦術人形とのミーティングの際には、現城主としてアイリも出席するが、それ以外の暇を持て余している時は彼女は大抵ここにいる。

 夕日が沈み、辺りが暗くなった頃に、ようやく自分の意思で城内に戻るのである。

 まるで機械のように、というのは人形の彼女には言わずもがなだが、ワルサーにはそう見える。

 同じルーティンを繰り返すだけの空っぽの人形は、工場の製造設備となんら変わらないモノに

見えてしまう。

 

「ねえ、アイリ。ちょっといいかしら?」

 

 それは、少し悲しい。あれほど美しい人形が、油まみれの機械と同じくらいの価値しかないなど、ワルサーは認めたくはない。

 

「あ、おはようございます、ワルサー。今日も来ていただいて、とても嬉しいわ」

 

 だから、そんな彼女に手を差し伸べてあげたくて、何か、前に進むきっかけを与えてあげたくて、ワルサーはこの城に時間の許す限り通っていた。

 

「いつものようにテラスでお茶を頂きながら、何を話すわけでもなく、ゆっくりと過ごしましょうか?」

 

「あ~・・・うん、まぁ、そうするのもいいんだけどさ」

 

 ワルサーとしてはそのつもりはあるのだが、なかなかその事を言い出すことができず、本心は

アイリには伝わらずにいるというのが現状だった。

 アイリに会うたびに、やきもきしてしまうワルサーだが・・・ワルサーの事を見つけると、笑顔でアイリが歩み寄ってきてくれる。その時点で望みが少しだけ達成されている事に、ワルサー当人は気付いていないのである。

 

「近々、うちの指揮官が挨拶に来るっていう話したでしょ? 今日、都合が付けられるみたいで、あと1時間くらいで到着するから」

 

「まあ! 噂に聞く、ワルサーの旦那様をお目にかかれるのね?」

 

「旦那様て・・・間違っちゃいないけどさ」

 

「おもてなしの準備をしなくてはいけませんね。お紅茶は飲める方かしら?」

 

 うきうきとした足取りで、中庭の大階段へ向かうアイリ。花束が添えられた墓石に小さく一礼し、ワルサーもアイリの後に続く。

 

「旦那様以外の人間とご対面するのは初めてなので、少し緊張してしまいそうです」

 

 そう言う割には、アイリは随分と楽し気な様子である。

 彼女と出会ってから3週間。今ではもう、初対面の時に見せた、氷のような視線と敵意の片鱗すらも垣間見る事は無くなっていた。

 なんということでしょう、という決まり文句が飛び出してしまいそうになるくらい、劇的な

ビフォーアフターである。

 

「緊張なんてすることないわよ。私達と話しているのと変わらずに接してればいいから」

 

「そうですね、ワルサー達の旦那様ですもの。きっと、とてもお優しい方に違いありません。戦闘に参加することはないと、そう私達に約束して下さったのですから」

 

 戦いたくはない、というアイリ達の希望を指揮官は全面的に呑んでくれた。

 これだけ強力な人形2人がいるのだから、是非とも戦力として投入したい、というのが指揮官としての本来の思考であるが、今回ばかりは人形想い、基、人形に対して甘々な彼の性格に感謝したいワルサーである。

 

「でも、万が一、城に敵が進行してきたら、自衛はしなきゃダメよ? 特に、白っぽい髪で肌も真っ白で、黒づくめの服を着た人形がやってきたら、問答無用でバラしてやりなさいね」

 

「白い髪と肌と、黒い服・・・」

 

 そう呟いて、アイリはワルサーの肩越しに背後へ視線を向けている。

 つられ、ワルサーも背後に視線を向けてみると、そこにはベランダテラス席でくつろいでいた、白い髪と肌と黒い服を纏った、ステアーとアルトリアの姿。

 しっかりと目が合っているので、今の会話はバッチリと聞こえていたようである。

 

「うぅ・・・ワルサーが私達の暗殺を企てているのです。卑劣にも、自分の手を汚さずに」

 

 泣きマネをするステアーの頭を、アルトリアはテーブルに身を乗り出して撫でている。

 ワルサーがそうであるように、ステアーとアルトリアも今ではすっかりと打ち解けている様子で、相変わらず喋らないアルトリアが言いたいことを、なぜだか理解できるようになったほどである。

 

「・・・いいわよ。私が許可するから、あの2人を串刺しにしてやって」

 

「くっ! 弄りに対してのカウンターとは。成長しましたね、ワルサー」

 

 そうして、ステアーとアルトリアにも指揮官お出迎えの準備を手伝わせることにして、4人で城内に戻る。

 

「そういや、今日はいつもの剣術ごっこはやらないの?」

 

「ごっことは失礼な。私達は至って真面目に剣術の訓練をしているのですよ」

 

 ワルサーの嫌味に対してすぐさま反論するステアー。

 その横でアルトリアはじっと視線を送る。もう、この眼でこうして見つめられるのも、慣れっこになってしまったワルサーである。

 

「ほら、アルトリアも〝ド素人が、私たちの訓練に口を挟むとは良い度胸をしている。その首、

跳ねられるくらいの覚悟はあろうな?〟と、ご機嫌斜めですよ」

 

「本当に? そんな口の悪い言い方してんの?」

 

「ええ、今のステアーの言葉でほとんど合っていますよ。それにしても、リンクが繋がっていないのに、よくあの娘の言葉が分かるものね」

 

 以前、アイリとアルトリアを調べに来たグリフィン職員の話では、2人の間には特殊回線が成立しているようで、そこを介してコミュニケーションをとっているのだとか。非常に強固なシールドが施されていて、外部からの干渉は今のグリフィンには不可能なので、彼女と正確に会話を交わせるのはアイリだけである。

 

「一度、剣を交えた影響なのでしょうね。なんとなく、アルトリアの言いたいことが聴覚中枢に

ピピっとくるのです」

 

 それは放っておいても平気なのだろうか? と心配になるワルサーだが、当の本人が気にした風も無いので放っておく方向でひとつ。

 

「アンタの本業は銃火器なんだから、刀はほどほどにしておきなさいよね。任務に支障をきたしちゃうようじゃ、指揮官に顔向けできないわよ?」

 

「確かに、最近は刀を携行していないと、なんとなしにボディバランスが悪く感じるようになってきていますわ」

 

「ほら、言わんこっちゃない。ど~すんのよ?」

 

 あんな長物を携えたまま戦場に赴くわけにもいかない。最近は事あるごとに弄られている手前、ワルサーは仕返しの意味を込めて、ステアーが困るように煽ってみる。

 

「ですので、こうして対処してみました。名付けて〝小雨ちゃん〟ですわ」

 

 しかし、ステアーは眉を顰めていたのも一変、得意げにその場で体をクルリと反転させる。上着の裾を捲ると、ステアーの後ろ腰にはシースケースに収められた1本の短刀が。

 

「その柄、もしかして、秋雨を改造したの?」

 

「ええ、スパスさんにお願いして、ナイフとして仕立て直していただきました。各部にガタつきが出ていたのでちょうど良い頃合いでしたわ」

 

 改造好きなスパスは、カスタム工房と名打って、自分の部屋に様々な加工機を置いている。大幅なモディファイまで請け負うと噂の彼女なら、刀の加工くらい難しい事ではないだろう。

 

「でもさ、そんなんで落ち着くなら、ボディバランスとかの問題じゃないわよね」

 

「そこは、深く追求してはいけないところですわ」

 

 あ~だこ~だと話をしているうちに厨房へ到着。

 ステアーとアルトリアには応接室の準備を頼み、ワルサーとアイリは簡単なお茶菓子の準備に取り掛かる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわ・・・外観だけじゃなくて、内装も凄いな」

 

 自分たちが初めてここに足を踏み入れた時と、同じようなリアクションをとる指揮官を見て、キャリコは小さく笑みを零す。

 指揮官のこんな可愛らしい様子をすぐ間近で見れて、キャリコはもうご満悦である。

 

「ほら、キャリコ。いつまでもニヤけていないで、ワルサー達が出迎えの準備をしていたのでは?」

 

「に、ニヤけてなんかないし! っていうか、指揮官に聞こえちゃうでしょ!?」

 

 後ろから付いてきていたコンテンダーに思いっきりツッコまれるが、運の良い事に、指揮官は

城内に釘付けで2人の話など全く聞いていない様子である。

 大きく安堵の息をつき、改めてエントランス内を見回してみる。

 指揮官の出迎えをする、と連絡してきたワルサー達の姿は見当たらない。

 彼女の性格なら、約束していた時間にはすでに準備万端、といったところかと思ったが、どうやら買いかぶりすぎていたようである。

 

「ごめんね、指揮官。ワルサー達が案内の準備をしていたはずなんだ。連絡してみるから待ってて」

 

 足元の真っ赤なふかふか絨毯を、気持ちよさげに撫で撫でしている指揮官を尻目に、通信機のコールスイッチに手を伸ばす。

 

「お、おおおおお待たせして申し訳ありません~~!」

 

 キャリコがスイッチを押すよりも一瞬早く扉が開いたかと思えば、そこから飛び出してきたのは、城主であるアイリ。

 なんだか知らないが、この3週間の付き合いの中でも見たことがないくらいに大慌てな状況だ。

 タタタ、と駆け寄ってくる美人形の登場に呆気に取られている指揮官。

 

「本日は旦那さ・・・私の城へお越しいただき、っひゃあ!!?」

 

 まったく足元を見ず、慌てて走っていたアイリである。期待を裏切らず、絨毯の淵に足を引っ掛けて躓いてしまう。

 まるで、ヘッドスライディングの初動のようにダイブするアイリの身体。

 その飛んでいく先に、まぁ、やっぱりお約束のようにいる指揮官。

 

「おっとぉ! 大丈夫? 足、捻ったりしてないかな?」

 

 ダイブの勢いを殺しながら、アイリの身体を柔らかくキャッチ。

 指揮官に抱きかかえられ、しばらく目を丸くしていたアイリだが、状況を理解できると、一目で分かるくらい顔が赤く染まっていく。

 

「えと、あの・・・はい、大丈夫です。気遣っていただいて、ありがとうございます」

 

 俯き呟いて指揮官の腕から離れると、アイリは、こほんと小さく咳払いを一つ。

 

「ようこそおいで下さいました。応接室へご案内しますので、お話はそちらでお伺いしますね」

 

「うん、よろしく」

 

 今さっきの事など無かったかのように挨拶するアイリに、指揮官もしっかりと合わせる。こういう大人な対応ができるところも、キャリコ的にポイントが高いところだ。

 先行するアイリのすぐ後ろにキャリコとコンテンダーがつき、一行は東ウィングの応接室へと

向かう。

 

「なんか随分と手間取ってたみたいだけど、なんかあったの?」

 

 お出迎えに間に合わなかったり、指揮官に向けてダイブアタックをお見舞いしたり、やたらと落ち着きのない様子のアイリのことが気になってしまうキャリコ。

 

「旦那様以外の人間とご対面するのは初めてだったので、すごく緊張してしまいました。みなさんがエントランスに入ってくるのを窓越しに確認はしていたのですが、なかなか出ていくことができなくて。恥ずかしいところを見せてごめんなさい」

 

「ミステイクという割には、やけに正確な動きをしていたように見えましたが。正直、全ての要素を計算したって、あそこまで的確、かつナチュラルに指揮官の胸に飛び込む事なんて出来ませんよ? 何者ですか貴女は?」

 

 あはは、と所在なさげに笑って返すアイリを見て、キャリコは少しだけ安心する。

 グリフィンのエースクラスを圧倒するような人形でも、こんな風に慌てふためいて可愛らしい

一面を持っているものなんだ、と。

 

「みなさんの旦那様はとても素敵な方ね。私、あの方とでしたら、上手くやり取りができそうな気がします」

 

 元来の資質なのだろう、指揮官は、やたらと人形に好かれるという特性を持っている。どんなに尖った性格の人形だろうと、表っ面はつんけんしていても内心ではもうメロメロなのだ。

 頬を赤く染めて、ふにゃりと緩んだアイリの笑顔を見ていると何も言えなくなってしまうが、

ライバルが増えてしまった事が残念でならないキャリコである。

 応接室にはワルサーとステアー、アルトリアがすでに控えていた。

 テーブルを囲んで7人がソファーに座ったところで指揮官とアイリ達の初顔合わせが始まる。

 

「改めまして、このアインツベルン城の現城主を務めているアイリと申します。そして、こちらはアルトリア。私の補佐、および護衛といった立ち位置と考えていただいて結構です」

 

「よろしく、アイリさん。アルトリアさんもよろしくね」

 

 アルトリアは喋らないという事を知っていて、でも、ちゃんと笑顔で声をかける指揮官。

 これまでと同様、無表情でまっすぐに見つめ返すだけというのも勿体ないな~、と、恐らくは

ここに居た人形達の誰もがそう思ったことだろう。

 しかし、アルトリアは、すっと立ち上がると、指揮官に向けて一歩歩み出て

 

「問おう、貴方が私のマスターか?」

 

 凛とした声でハッキリと、そう問いかけたのだ。

 

「え? ・・・シャベッタ?」

 

「喋りましたね・・・確かに」

 

「な、何よ、けっこう可愛い声してんじゃない」

 

「私には、私には話しかけてくれなかったのに・・・くすん」

 

 リアクションも四者四様であるが、可哀そうに、一緒に過ごした時間が一番長かったステアーのショックは大きいものだろう。

 

「えっと・・・その、なに?」

 

 突然の事に呆気に取られてしまっている指揮官が、アイリに状況を尋ねる。

 当のアイリは少し驚いた表情を浮かべはしたが、すぐに、花が咲いたような明るい笑顔を浮かべた。

 

「アルトリアは、自分の主人だと認めた方にこのセリフを言うのよ。旦那様以外の方にも言ってくれるか不安でしたが、杞憂でしたね」

 

「そうなんだ? 口頭による主人の認証ってことか。それじゃあ、マスターっていうかキミの

指揮官、仲間として力になりたいと考えている。って感じでどうかな?」

 

「御意。この剣はアナタの為に、そして、アナタのお傍に」

 

 指揮官の正面で跪き、頭を下げるアルトリア。

 

「いやいや、そこまでしなくていいから。普段通りにして」

 

「ありがたきお言葉。それでは・・・」

 

 レスポンス良く立ち上がると、アルトリアは自分の席に戻る・・・のではなく、何を思ったのか、指揮官の膝の上にぽすんと腰を降ろした。

 

「・・・今度はなに?」

 

「この剣はアナタのお傍に」

 

 傍に居る、と公言した通りに、指揮官の膝の上に座ったということなのだろう。

 アルトリアは背が小さくて体重も軽い。お行儀よくお座りしていれば、確かに、それほど邪魔になることはないだろう。

 ないだろうが、傍からの見た目はかなり悪い。特に、人形達のメンタル的にはとても悪いのである。

 

「ふふ、旦那様と一緒に居た時を思い出すわ。会えなくなって、寂しかったのかしらね」

 

 でも、そういう風にアイリがフォローを入れてしまっては、4人はやはり何も言うことはできなくなってしまう。

 

「さすがに恥ずかしいんだけど、今日はお近づきの印ってことで」

 

 指揮官が頭を撫でると、アルトリアは気持ちよさそうに目を閉じている。

 撫で撫でマスターの指揮官に頭を撫でてもらえるのが、どれだけ光栄な事か。そんな羨ましさを必死で堪え、キャリコは努めて平静を装う。

 

「では、本題に入る前に、まずは挨拶に来るのが遅くなってしまった事に対してお詫びを」

 

「お気になさらず。むしろ、これだけ早く来てくれたことに感謝しています。安全が確保されていないエリアだから、という上層部からの反対を押し切り、連日、遅くまで執務をこなして1日でも早く来られるように尽力して下さったのでしょう? 全部ワルサーが嬉しそうに話していましたよ」

 

「今それを言う場面じゃないわよね!!?」

 

 顔を真っ赤にして喚くワルサーのおかげで、みんなの気持ちが緩んでくれたところで会談が始まる。

 会談といっても、そんなに形式ぶったものではない。優雅なティータイムを思わせるような朗らかさの中、時間はゆっくりと過ぎていくのだった。

 

 

END

 




Fate/Zeroのネタを織り込んだ本作、いかがでしたでしょうか?
コンテンダー、AUG、キャリコ、WA2000が実装されてから、絶対にやってやろうと勝手に息巻いていた当方でしたが、思ったよりも難しく・・・なんとか形にするだけで精一杯だったのは悔やまれる点。
あと、キャリコとコンテンダー組のボリュームが少なかったのも反省点ですね。
ちょっとお天気な感じのAUGとワルサーのやり取りは気に入ったので、今後も出していこうかな~なんて。

そんなわけで、改めまして、魔術師殺しの夜を最後まで読んでいただいてありがとうございます。
次回作の投稿も予定していますので、気が向いたらまた足を運んでやって下さいな。
以上、弱音御前でした~



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。