大詠師の記憶 (TATAL)
しおりを挟む

外郭大地編
記憶の中のモースと私


「……やはりこうなるのですね」

 

 ベッドの上で横たわる少年は掠れた声でそう呟いた。翠色のその目は十二歳の少年にしては酷く醒めていて、まるでこの世の全てが価値の無いと悟ってしまっているようだった。

 

「あなたからすれば、こうなった方が嬉しいのでしょう? この世界は預言(スコア)通りに進むのだということが改めて確信できるのですから」

 

 端正な顔を歪めて、少年は私を見つめた。確かにその通りだろう。私の立場からすれば、こうなることは分かっていた上に、それを見越した準備をずっと進めていたのだ。むしろ彼にとって最も大事であろうこの最期の時間に、自分のような存在が傍らに侍っていることがおかしいのだ。

 

 ……それでも。

 

「……どの口が言うのかとあなたはお怒りになられるのでしょうが。それでも、私はこの預言(スコア)が外れることを願っておりましたよ。導師イオン」

 

 私とこの幼い少年以外は誰もいないこの部屋でこそ、私はこの言葉を漏らすことが出来る。ここだけが唯一、私が自らの立場を忘れて話すことの出来る場所なのだから。

 私の言葉を聞いた少年、導師イオンは、醒めきった目に少しだけ温度を取り戻したように目線を和らげると、弱弱しく微笑んだ。

 

「フフ、意地悪なことを言ってしまいましたね。そうでした。あなただけはいつも私を見ていてくれました。その立場を超えて」

 

「そんなことしか出来なかった私を恨んでくれても構いません。私は所詮、あなたを利用することしかしなかった外道でしかないのですから」

 

「あまり自分を悪く言わないで下さい……例えそうだとしても、僕は救われたのだから。死ぬ運命にある僕が、何もかも投げ棄てずにいられたのはあなたのお陰ですよ」

 

 ベッドから差し出された彼の右手が、傍らに立つ私の左手を捉えた。赤ん坊にも劣る握力で握られたそれは、少し動かすだけで振りほどけてしまう。だが、私にはそんなことは出来なかった。結局何も出来なかったくせに、彼を気にかけたのはただの自己満足で、何度眠れぬ夜を過ごしたか、もはや数えることも億劫になるほどだ。

 であるのに、そんな自分を、彼は救いだと言う。ならば、最期までその鍍金は剥がしてはいけないのだ。彼の求める私でいなければならないのだ。

 私は彼のすっかり細く、弱くなってしまった右手を自分の両手で包み込むと、ベッドの傍らに膝立ちになり、彼と正面から視線を合わせた。

 

「……導師イオン。私こそ、あなたと出会えて救われたのです。この世界は、預言(スコア)になど屈しないことを、必ずや私が証明してみせましょう」

 

「期待していますよ……私は、ヴァンではなくあなたに賭けたんですから。……アリエッタのこと、頼みましたよ、大詠師モース。僕の、右腕……」

 

「必ずや」

 

 もう彼の右手には少しの力も入っていなかった。眠るように閉じられた瞼は二度と開くことはない。この世界は、預言(スコア)は、残酷なまでに正確に人の運命を決めてしまうのだ。

 

 だが、私は立ち止まってはいけない。そう、私は大詠師モースなのだから。()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 


 

 

 

 この記憶がいつから私の頭の中に巣食ったのかは定かでない。ただ、少なくともこの記憶の通りになってしまうことは避けなければならないことは蒙昧な自分にも理解が出来た。

 

 戦争に向かうキムラスカ、マルクト。外殻大地の崩落、都市一つが文字通り沈み、障気が世界を覆った。その中で、私は預言(スコア)に示された仮初の繁栄に目がくらみ、自らの地位を振りかざして戦争を煽り、数え切れぬ人を踏みにじりながら、一心不乱に預言(スコア)の成就を追い求めた。

 醜い化け物となって討たれた自分、預言(スコア)から世界を解放するために犠牲になったルーク(レプリカ)。まるで何かの舞台を見せられているかのように、自らの死にざまも、この世界の行く末も見届けた記憶は、ただの空想とは切って捨てられない現実味を持って自分を責め苛んだ。

 

 この記憶の通りにしてはならない。例え、これがただの夢だったのだとしても、預言(スコア)を盲信する自分であってはならない。

 

 そうして自らを戒め、それでも幼い頃に受けた預言(スコア)の通りに、今の自分は大詠師という立場に収まってしまった。記憶の中の自分とならぬよう、神託の盾(オラクル)騎士団の奏将となった今でも鍛錬は欠かさない。騎士団の訓練に没頭し、自らを責め続けている間は心に重く圧し掛かる罪悪感を束の間忘れることができた。

 

 私がここまで強く罪悪感を抱いているのは、ただその記憶の中の自分が余りにも醜いからだけではない。

 この記憶は強く示唆しているのだ。記憶の通りにならなければ、遠からず世界は崩壊してしまうのだと。

 

 ヴァン・グランツ。またの名をヴァンデスデルカ・ムスト・フェンデ。

 

 始祖ユリアの血を継ぐフェンデ家の生き残りであり、キムラスカとマルクトの戦争で消失したホドの生き残り。そして預言(スコア)に縛られたこの世界を滅ぼし、預言に縛られないもの(レプリカ)だけの世界を生み出そうとした男。

 

 彼の野望を挫く過程で、この世界を支えているセフィロトツリー、パッセージリングの存在が明らかとなり、世界の破滅の遠因となる地殻震動による液状化、ローレライの音譜帯への解放が成るのである。

 真の意味での預言(スコア)からの解放には、ルーク(主人公)の存在が不可欠なのだ。そして、私がヴァンに利用され、キムラスカとマルクトの戦争を煽り、その盲信によって破滅することが、必要になってしまうのである。

 

 惑星預言(プラネットスコア)などよりも、余程強く己を縛り付ける呪いとして、この記憶は私に巣食っていた。

 

 

 


 

 

 

「今日の仕事はこれで以上となります。今日はいつもより少ないですね」

 

「ありがとう、ハイマン。早いですが、今日はもう上がって頂いても構いませんよ」

 

 大詠師に割り当てられた広い執務室で、最後の書類に判を押し、裁可済の棚へとしまい込んだ。大詠師という地位は、教団内で導師に次ぐ地位である。しかし、実務面で言えば、その権力は教団トップである。そのため、日々多くの申請や嘆願が文字通り山となって降ってくるのだが、今日は珍しいことに仕事が少なく、昼過ぎには仕事が終わってしまったのだった。

 

「モース様はどうなさるのですか?」

 

「私は少し導師様にお伝えせねばならないことがありますからね。それに今ある仕事が終わったからといって、大詠師である私が休むわけにはいきません」

 

 副官であり、私の日々の激務にも文句一つ言わずに付いてきてくれる頼れるハイマン君は、私の言葉を聞くと顔をしかめた。

 

「でしたら私が休むわけにはいきませんね。副官として、上司より先に休むなど許されません」

 

 しまった。確かに私がまだ仕事をするなどと言っているのに部下が休むというのは心情的に難しいか。とはいえ連日夜遅くまで仕事に付き合わせてしまっている身としてはこういうときこそ休んでもらいたい。もちろん休みはしっかりと取らせているし、見合う給金も渡しているつもりだが、それでも辛いものは辛いだろう。

 

「しまったな。確かにそう言われると休みにくいか。では休憩にしましょう。私も自室で少し仮眠を取りますので、君もゆっくりと休んできなさい。時間になったらそのまま上がりで構いませんから」

 

「……では一時間だけ休憩を取ります。モース様も絶対に休んでくださいね!」

 

 ハイマン君はどこか疑わしげな目で私を見つめながら不承不承といった様子で執務室を出て行った。なぜだろう、一番信頼してる副官に信頼されていない気がするのだが。

 

「さて、私も導師様の所に行かなければなりませんね」

 

 ハイマン君が部屋を出たのを見送った私は、席を立つとぐっと背伸びをして書類仕事で凝り固まった身体を解す。少しの時間でも空き時間があれば騎士団の鍛錬に参加しているおかげか、私の身体は、夢の私とは違ってしっかりと戦士の身体を維持出来ていた。それは良いことなのだが、ずっと座っていることがどうにも慣れず、すぐに身体を動かしたくなってしまうので大詠師としてはどうなのだろうとも思ってしまう。

 

 そんな益体のないことを考えながら、歩きなれた教団の施設内を歩き、目的地へと向かう。道中ですれ違う詠師や、一般の教団職員が挨拶をしてくるのに答えながら歩を進めると、導師の部屋の前で言い争う声が聞こえてきた。

 

「…から、そこを退いて! アニス!」

 

「出来るわけないじゃん、今の導師守護役(フォンマスターガーディアン)は私なの! 根暗ッタじゃないんから」

 

「アリエッタ、根暗じゃないもん!」

 

 予想はしていたが、喧嘩をしていたのはいつもの二人だった。一方は桃色の髪と黒い洋服のコントラスト、両手で抱えた奇妙な造形のぬいぐるみが印象的な少女、神託の盾騎士団が誇る最高戦力、六神将の一人、妖獣のアリエッタだ。そしてもう一人は、()()導師イオンを守護する役目を持った少女。黒髪に薄桃色の服と背中に背負ったこれまた奇妙な造形の人形(トクナガ)がトレードマークの少女、アニス・タトリンである。

 

「また、喧嘩をしているのですか二人とも」

 

「モース様! だってアリエッタが!」

「モース様! だってアニスが!」

 

 見ているわけにもいかず、声を掛けると、二人はピッタリと息の揃った動きで私に向き直り、私に互いの言い分を浴びせてきた。君たち本当は仲が良いんじゃないか? なんでこんなに息ピッタリなんだ。

 彼女たちは否定するだろうが、傍目には二人はどこか姉妹のような雰囲気を感じさせるのだ。髪と服の色が反転しているように、二人の性格も正反対であるが、それはそれで嚙み合っているように見えるのである。

 

「はいはい、二人の言いたいことも分かります。その前に、アニス」

 

「う…はい」

 

 私は尚も言い募ろうとする二人を手で制し、アニスとじっと目を合わせた。彼女自身も、次に何を言われるのか予想がついているのか、言葉に詰まって気まずそうに目を泳がせている。

 

「あなたが導師守護役としての働きを全うしようとするのは素晴らしい心掛けです。その責任感の強さを買って私があなたを守護役に任じたのですから。しかし、だからといって先任のアリエッタに対する侮辱は許されません」

 

「うぅ、すみませぇん」

 

「やーい、アニス怒られた」

 

 しょんぼりと項垂れるアニスと対照的に、アリエッタはいつの間にやら私の後ろに隠れてアニスを煽っていた。先ほどまで根暗と言われて涙目になっていたとは思えない切り替えの早さだ。()()()()()()()()そうだったのだろうか?

 

「アリエッタ、あなたもですよ」

 

「ふぇ…?」

 

 私は私の陰に隠れたアリエッタに向き直ると、腰を落として彼女と視線を合わせる。気弱な彼女には、特にこうして目線の高さを合わせるといった細かな気遣いが欠かせない。

 

「あなたが導師守護役を外されて辛いのも分かります。ですが、それで今の守護役であるアニスを困らせて約束も無しに導師様の部屋に押し入ろうとするのは良くないことです。それでは導師様も困ってしまいます」

 

「でも、私はイオン様に会いたくて…」

 

「ええ、分かっていますよ、あなたのその思いは。なので今度はちゃんと導師様に約束を取り付けましょう。アニスに伝えればちゃんと場を用意してもらえますから。そうですよね、アニス?」

 

「……はぁ~い」

 

「さ、アリエッタも今日の所は部屋に戻りなさい。あなたが頑張っていることは知っていますし、私も近いうちに導師様の予定をあけられるように調整しますから」

 

「モース様が言うなら、分かりました、です」

 

 先ほどまでの元気はどこへやら、また目にいっぱいに涙を溜めてしまったアリエッタの頭を出来るだけ優しく撫でてやり、時間の空いたときに導師と話す場を設けることをアニスに約束させてやって何とか宥めすかし、部屋に帰すことに成功した。

 

「さて、アニス。導師様と話がしたいので部屋に入れて頂けますか?」

 

「……む~」

 

「アニス?」

 

 部屋に入れてもらおうとアニスに声をかけてみれば、アニスは何やら不満げな様子で私を見上げていた。何故だろう、やはり怒ったからだろうか。いやでも少しでも二人の関係を良好に保っておかなければいけないのだ。記憶の通りに進んでしまえばアリエッタは失意の中で没し、アニスもまた消えない傷を抱えて生きていくことになってしまう。記憶の通りにヴァンの野望を挫くとはいえ、その過程で少しでも減らせる犠牲は減らさなければならないのだから。

 

「どうしてアリエッタだけ頭を撫でるんですか」

 

「はい?」

 

 何だか予想とは違う言葉がアニスから聞こえたせいか、思わず聞き返してしまった。

 

「アリエッタばっかりズルいですー! そりゃ、私だって根暗ッタって言ったのは悪かったかもしれませんけど、でもちゃんとお仕事してただけなのにー!」

 

「え、えぇ、そうですね。確かにアニスはしっかりと仕事をこなしてくれていますものね。いつも感謝していますよ?」

 

「じゃあ私もアリエッタみたいに慰めてください」

 

 そう言って私に向かって頭を突き出してくるアニス。うぅむ、これは、アリエッタみたいに撫でろということだろうか。記憶の中の彼女は、(モース)とこのようなことをする関係ではなかったはずだ。とはいえ、そのことは今の私が少しでも記憶の中の私から外れることが出来ているという証明だ。そのことが、私にとってほんの少しではあるが嬉しい。

 

 結局、導師様の部屋に入るまでに、私はアニスが満足するまで彼女を撫でながら褒めることになったのだった。導師様の部屋の前で何をやっているんだろうか、私は。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

導師守護役と私

 私がアニス・タトリンと初めて顔を合わせたのは、記憶の通りに彼女の両親が拵えたバカげた額の借金を私が肩代わりしたときだった。

 

「おお、モース様。この度は本当にありがとうございます。これでまた奉仕活動を続けることが出来ます」

 

 家すらも引き払うことになってしまったタトリン家に、教団施設内の宿舎を格安で貸し出したことを、私は少し後悔し始めていたところだった。

 私の前でニコニコと温和な笑みを浮かべているタトリン家の大黒柱、オリバー・タトリンは、悲しいことに私の記憶の中のままの性格であった。

 

「タトリンさん。あなた、この状態で奉仕活動に参加するなど、本気で言っているのですか」

 

「? ローレライ教団の者として奉仕活動は欠かせないでしょう。パメラも同じ意見です」

 

 私の隣に立つアニスが俯き、両手で裾をぎゅっと握りしめているのがタトリン夫妻には見えないのだろうか。借金は消えたわけではなく、私が肩代わりをして債権が移っただけなのだ。タトリン家には給金が発生しない奉仕活動などにかかずらっている余裕などあるはずが無いのに。

 

「いやはや、本当に困っておりました。何分相手が返済を待ってくれなかったもので、どうしたものやら途方に暮れておりましたので」

 

 タハハ、と笑うオリバーを私は白い目で見ることしか出来ない。まさかこの男、私が借金の返済を催促せず、ずっと待ち続ける聖人君子だとでも思っているのだろうか。いや、思っているんだろう。この人を疑うことを知らないタトリン夫妻は、人の善性を信じて疑わない、ある種傲慢な考えを持った二人は、まさかローレライ教団の大詠師である私が借金の催促などするはずが無いのだと、頭からその可能性を排除しているのだ。だからこうして呑気に笑っていられるのだ。

 

「タトリン夫妻。お子さんのアニスがいる前でこのようなことは言いたくないのですが、あなた方はどうやってこの借金を私に返すおつもりなのか、お聞きしても良いですかな?」

 

「えぇ、それは私たち夫婦の給金から少しずつ返済いたしますが…?」

 

「それはあなた方の借金額をきちんと認識した上で言っておられますか? 私が肩代わりしたお二人の借金は一千万ガルド。一般職員であるあなた方が日々の生活費と別に捻出したお金で細々と返して返しきれる額とお思いですか」

 

「モース様! 私のお給料も返済に充てますから!」

 

 アニスが私を見上げてそう訴えるが。それではダメなのだ。それを許せば(モース)とアニスの間には確執が生まれるだけではなく、タトリン夫妻は自らを省みることなくこれからも他者への善意のツケをアニスへと、自分たちの娘へと背負わせ続けるのだ。それではアニスが幸せになれない。彼女にとっては家族がいるだけで幸せなのかもしれないが、それは歪んでいる。

 

「アニス。あなたの給料を返済に充ててもそう変わりません。私が言いたいのはただお金を返せということではない。タトリン夫妻、あなた方に自らの過ちを見直し、その傲慢な考えを修正して頂きたいのです」

 

「傲慢な考え、ですか?」

 

 呆けた表情をするタトリン夫妻に、私は我慢ならず、胸に抱いていたモヤモヤを全てぶちまけてしまった。

 

 

 何故他者を善意で助けるタトリン夫妻が、最も善意を向けるべきである娘を蔑ろにするのか。

 

 二人は確かに家族に愛情を向けているかもしれないが、情だけで何故守ろうとしないのか。

 

 娘が両親に言ってもどうにもならないと私に頭を下げに来た時、彼女がどれほど情けなく、辛い思いをしていたのか。

 

 私が思いの丈をぶちまけ終わったころには、オリバー・タトリンは項垂れてすっかり消沈してしまい、パメラ・タトリンははらはらと涙を溢していた。

 言いたいことを言いきって冷静になった私は、言い過ぎてしまったことに今更ながらに焦りを覚えていた。

 

 取り敢えず二人がきちんと生活基盤を整え、アニスに頼ることなく借金を返せる体制が出来上がるまでは返済は待つので、しっかりと家族で話し合うようにとだけ言い残して私はその場を後にしたのだった。

 

 それから、アニスが神託の盾騎士団でやっていけるように目をかけたり、ディストと会わせて彼女のメイン武器であるトクナガを手に入れられるようにしたり、譜術や戦闘の訓練をつけたりなど、導師守護役として不足ないように、記憶の中の彼女と同じ、あるいは超えられる程の力を身に付けられるようにフォローを欠かさないようにした。これで少しでもアニスの中の私の評価を上げると共に、彼女が家族のことを一身に背負って潰れてしまわないように取り計らった。

 

 

 


 

 

 

「その結果が、今のこれですか」

 

 私は自分の手に頭をグリグリと押し付けてご満悦な表情をしているアニスを見やり、小さな声で呟いた。

 どうやら彼女の中で私は親戚のおじさんに近いような立ち位置となったらしい。公の場ではキチンと立場を弁えた振る舞いをするものの、こうして人目が少ないところでは年相応の幼さを見せるようになった。それ自体は喜ばしいことだ。彼女が心を許せる相手は一人でも多くいて欲しい。記憶の中では、彼女は借金という枷を嵌められ、誰にも相談できないままにスパイをさせられ、心を擦り減らしてしまっていたのだから。

 

「さ、アニス。そろそろ良いですか?」

 

「んへへ~、はい、満足しました!」

 

 あまり長くこうしているわけにもいかない。アニスに声をかけると、アニスはアリエッタと言い争っていた時の剣幕は何処へやら、緩み切った顔でドアノブに手をかけた。

 

「イオン様~、モース様がいらっしゃいました~」

 

 部屋に入ると、書き物机で何かを読んでいた少年が顔を上げ、柔らかな笑みを浮かべて私を出迎えてくれた。

 

「やぁ、モース。来てくれたんですね」

 

「ええ。導師様のお呼びとあらば、万難を排して参上いたしますとも」

 

 アニスには再び扉の番をしてもらい、誰が来ても部屋に通さないようにと命じて導師と二人きりにしてもらった。控えめながら、意匠をこらした机を挟んでソファーに腰掛ける。

 

「お茶でも入れましょう。導師様、茶器をお借りします」

 

「そんな、それは部屋の主である僕の仕事ですから」

 

「導師様にお茶くみをさせたなどと噂になっては、大詠師ではいられませんからな。どうぞ、座っていてください」

 

 慌てる導師を押しとどめ、私は手早くお茶の準備を済ませると、私と彼の前に湯気が立つティーカップと茶菓子を広げた。私も導師も、茶菓子を一つ摘み、お茶で口を湿らせる。これは彼と話をするときのルーティンだった。いつもしている動作は、私の心を少しばかり落ち着けてくれる。この準備は、他の誰でもない、私の為に必要な準備なのだ。

 

「さて、今日もお話しさせて頂きたいのですが」

 

「ええ。導師イオン(オリジナル)と、あなたの記憶についてですね?」

 

 私の言葉に、導師は表情を引き締める。

 

 そう、私は彼が()()()()()()()()()()()()()()、こうやってオリジナルである導師イオンのこと、私の記憶のことを彼に教えてきた。彼こそ、この世界最後の導師であり、その温かな人柄、素直な性格と、私の記憶を託すのに必要な資質を全て兼ね備えている。

 

「導師イオンについては、あなたも彼の日記を読んで殆ど把握してくれていることでしょう」

 

「そうですね。……彼が自分の導師守護役であるアリエッタを本当に大切に想っていたのだということが、伝わってきました。どうして彼がアリエッタを導師守護役から解任して僕に付けないようにしたのか、分かります」

 

 彼はそう言って膝の上に乗せた本の表紙を撫でた。それは、私が導師イオンに言ってつけてもらっていた日記である。死の預言(スコア)を知ってから、導師イオンはこの世界に絶望してしまった。そんな彼が唯一心を許していたのが守護役であったアリエッタだ。彼が死ぬまで綴られた日記の大半は、アリエッタとの日々が記録されている。私はこれをイオン(オリジナル)から託され、イオン(レプリカ)へと繋いだ。アリエッタを悲しませることのないように。少しでも、今の導師にイオンを知ってもらえるように。

 

「近いうちに、アリエッタとあなたが話せる場を持ちます。人払いをアニスに任せますので、話したいことを話してください。今のあなたがアリエッタの知る導師イオンではないことを伝えても構いません」

 

「……良いんですか?」

 

 私の言葉に導師は意外だと言わんばかりの表情を浮かべる。

 

「良いのです。私は導師イオンからアリエッタのことを任されました。しかし、あなたもまた私が守るべき存在なのですから。あなたが導師イオンとしてでなく、一人の自立したイオンとして彼女と向き合うこともまた尊重されるべきでしょう。優しい嘘の世界で生きるとしても、辛い現実に向き合うことになるのだとしても、私はそれを支えるだけです」

 

 そう。アリエッタのことを思うのならば、彼には彼女の知る導師イオンであり続けてもらった方が良い。だが、それではいつまでも彼が導師イオンのレプリカという影に捕らわれたままになってしまう。記憶の中では、彼は旅の途中で自己を確立させたが、その直後に私の愚挙によってその命を散らせてしまう。彼が導師イオンのレプリカとしてでなく、一人の人間として立つことが出来るようにすることもまた、私にとっては譲ることの出来ない使命であるのだ。

 

「……あなたこそが導師と呼ばれるような人なのだと、僕は思いますよ。モース」

 

「やめて頂きたい。私のような愚か者には大詠師の地位さえ重すぎるのです」

 

 導師は優しい目で私を見つめるが、私にはその目にすら自身を責め立てる光を幻視してしまう。どこまでも罪深い私に許されるのは、この身をすり潰してでも、少しでも優しい方向へ世界を導くことだけなのだ。

 

「さて、では私の記憶の話をしましょうか。前回はどこまで話しましたかな?」

 

「アブソーブゲートでヴァン謡将を討ち取ったところまでですね」

 

「ではその続きから話しましょうか」

 

 その言葉を合図に導師は姿勢を正し、私の言葉に耳を傾ける。私から与えられる情報を一言一句聞き漏らさないように。

 

 

 


 

 

 

 気がつけば日が傾き、窓から西日が差しこんでいた。

 

「今日はここまでにしておきましょうか」

 

 随分と集中していたのか、私も彼も時間の流れどころか話すこと以外のことを意識していなかった。この言葉で初めてカップの茶がすっかり冷めてしまっていることに二人して気づいたくらいなのだから。

 

「そうですね。モースは、この後はまだ仕事は残っていますか?」

 

「仕事ですか? いえ、今日は珍しく仕事が少なかったものですから」

 

「でしたら、夕食を一緒に食べませんか?」

 

 彼はそう言って無邪気に笑う。しかし、この方は自分の立場というものをちゃんと理解しているのだろうか。いや、分かっていて言っているのかもしれない。彼はまだ生まれて間もないがとても聡明だ。導師イオンもそうだったが、その性質は彼にも受け継がれているようだった。

 

「導師様。あなたは改革派筆頭、私は保守派のリーダーなのですよ? 対立する派閥のトップが仲良く食事とはいきませんでしょう。こうして二人で会うこともあまり公にしたくないことなのですから」

 

「そうは言いますが、むしろ両派閥の溝を少しでも埋めるために必要なことではないですか?」

 

「むぅ、確かにそうかもしれませんが」

 

 派閥という意味ではそうかもしれないが、問題はヴァンである。あまりにも私と導師との距離が近いと彼が私を与しやすい傀儡と思ってくれるかどうか。今はまだ私とヴァンの間には協力関係があるが、あまりレプリカに入れ込んでいる姿を見られるとどのような変化が起こるか分かったものではない。

 

「フフ、そんなに悩むことはないと思いますよ」

 

 私の悩みを見透かしたかのように、彼は言葉を投げかけてくる。確かに考え過ぎなのかもしれない。だが、

 

「もう、そこまで煮え切らないのならば強硬手段しかありませんね」

 

「はい?」

 

 私がずっとうんうんと唸っているのに痺れを切らしたのか、彼はソファから立ち上がり、扉へと向かった。はて、強硬手段とは何だろうか。

 

「アニス。今日はモースと僕とアニスとで夕食にしませんか?」

 

「導師様!?」

 

 彼は扉を開けると、その前に立つアニスに向かってそんなことを言い放ったのである。

 

「ホントですか! 行きます行きますぅ~!」

 

「さ、モース。行きましょうか」

 

 そしてアニスは無邪気に飛び跳ねて喜んでいる。こちらに振り返ってニコリと微笑む導師に、私は何故か黒いものを感じたのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

謡将と私

かなり昔にやったゲームの知識故、設定やストーリーが曖昧になっています。外伝も覚えていないので足りない知識はwikiで補うスタイルで書いていきます。

ここ設定間違ってるゾ。矛盾してるじゃねぇかオラァン!ってときは言ってくれると助かります(修正するとは言っていない)


 導師とアニスとの食事を終えた次の朝。まだ空がぼんやりと白みかけてきた時間に、私は神託の盾騎士団の訓練場へと足を運んでいた。

 

 士官学校に入学してから、奏将となった今でもずっと続けている日課の訓練を行うためだ。

 

 まだ誰もいない訓練場の中央に立つと、教団の譜術士に支給されるものとは少し意匠が異なる杖を構えた。奏将となったときに特注で作らせたものだ。片腕と同じ長さ程ある棒の先端に、淡青色の宝玉が据え付けられ、それを保護するように棒と同じ素材の金属で格子状に覆っている。また、宝玉と反対側の先端は丸く膨らんでおり、殴打の威力を上げる工夫がなされている。

 構えは杖の中ほどを右手で握り、左手は宝玉の辺りに添える。専守防衛の構えである。呼吸は深く、穏やかに。最初は動きもゆっくりと。身体を型に馴染ませるように杖を振るう。筋肉が解れてきたと感じれば、動きは少しずつ速く、激しくしていく。

 

 半刻もしないうちに、私の身体からはとめどなく汗が流れ、杖が朝の空気を切り裂く音と私の荒い息遣いだけが訓練場に響き渡っていた。

 

「ぜぇ…ぜぇ…、やはり私ではこんなものですか」

 

 この訓練の時、私の目の前にはいつも幻想のヴァン謡将が立ちはだかっている。栗色の髪、髭をたくわえた偉丈夫が振るう剣は、想像の中でさえ私を容易く切り伏せるのだ。そのことが、どうしようもない壁を痛感させ、私を更に鍛錬へと打ち込ませる。

 

 杖術の訓練を終えれば、次は譜術の訓練である。私は杖を目の前に構えると、身体の中を流れる音素に意識を集中させる。

 

「荒れ狂う流れよ…『スプラッシュ』!」

 

 言霊に合わせて宝玉は輝きを増し、身体から力が抜ける感覚と共に目的の現象を発生させる。

 訓練場の中を流れ、全てを押し潰す濁流。第四音素の中級譜術、スプラッシュである。

 私はどうやら第四音素との親和性が高かったらしい。士官学校の頃から、第四音素の譜術に関しては同期の中でも頭一つ抜けた実力を発揮できていた。今の地位にいられるのも、この素養が大きいと個人的に感じているほどだ。

 スプラッシュに続き、私は音素の許す限り譜術を行使し続けた。このような乱暴な訓練、もし候補生や騎士団員がしていれば止められているところだ。私も何度も教官から怒られた。だが、私はこの訓練を止めるつもりはなかった。ともすれば音素枯渇で意識を失う、一歩間違えれば死んでしまいかねないが、そこまで自身を追い詰めなければいけなかった。でなければあの男の影さえ踏むことが出来ないのだから。

 

「出でよ…敵を、蹴散らす……ぐっ」

 

 何度譜術を行使したか分からない。遂に身体が意志に反して崩れ落ち、まともに立っていることすら出来なくなってしまった。私は訓練場の真ん中に横たわり、呼吸を整えることに集中する。

 

「やはり、この程度では……」

 

「相変わらず無茶な訓練をしているな」

 

「!? カンタビレ…いつから見ていたのですか」

 

 いつの間にやら訓練場の片隅に立っていたのは、六神将と並び立つ第六師団の長、カンタビレだった。眼帯によって片目しか使えないにも拘わらず、その実力は六神将と伯仲している強者である。彼女とはこの訓練場で顔を合わせることが多い。いや、この時間に訓練場に足を運ぶのは彼女くらいしかいないのだが。

 艶のある黒髪と、漆黒の装いは物陰にいれば存在を認知できなくなってしまいそうな見た目ながら、一度彼女を見てしまえばとても無視出来ない美貌であった。

 

「お前が譜術を滅茶苦茶に乱発し始めてからだな。ったく、お前以外がやっていたら殴ってでも止めてたところだ」

 

「ハハハ、非才の身ではこれくらいせねばいけませんからな」

 

「非才、ね」

 

 仰向けになった私を上から覗き込んだカンタビレの目には、どこか呆れの色が浮かんでいるように見えた。しかし、師団長を前にしていつまでも寝転んでいるわけにはいかない。私はまだ重たい身体を何とか動かし、身体を起こした。

 

「非才ですとも。ここまでやっても尚私の力はあなたや六神将には遠く及ばない。立ち合えば敵と認識される間も無く地に倒されているでしょう」

 

「そりゃな。大詠師としての仕事があるお前と違って私は訓練することも仕事だ。むしろお前に負けたら情けないくらいだよ」

 

「確かに、その通りですな。やはり私はまだまだ驕っていたようです」

 

 それもそうだ。大詠師として働いている間も、彼女らは訓練し、自らの実力を磨き上げている。高々少し死にかけたくらいでそれに追いつけると考える事こそ傲慢な考えだった。反省しなくてはいけないな。

 カンタビレは最早呆れを隠すつもりも無いようで、私を見てやれやれと言わんばかりに首を振っていた。彼女からすれば呆れどころか怒っても良いくらいの考えだったな。その実力のみを以て師団長の地位に就いた彼女にしてみれば、私の考え方はとても受け入れられたものではなかっただろう。

 

「失礼なことを言ってしまいましたね、すみません」

 

「謝るなよ。私は確かにお前には負けるつもりはないが、だからといってあんたを認めてないわけじゃないんだ。少なくとも歴代の大詠師であんた程真面目に訓練に打ち込んでた奴はいなかっただろうさ。派閥としては中立だけど、私人としてはあんたには見どころがあると感じてるんだ」

 

「これはまた…過分な評価を頂いてしまいましたな」

 

 カンタビレからの予想外の評価に戸惑っていると、私の眼前が白い何かで遮られた。

 

「ほら、汗を拭きな。汗だくのおっさんなんかいつまでも見たくないからね」

 

「そうですね。見苦しいものを見せてしまいました。と、話は変わりますが、ティア・グランツ候補生はどうですかな」

 

「良い子だね。堅苦しいのは玉に瑕だが、真面目だし、何より優秀だ。最初はヴァンに傾倒していたけど、今はそれもマシになっているしね。訓練期間が終わればお前の情報部隊に預けようと思うが、どうだい?」

 

「ええ、それで構いません。私としても、彼女には是非私の下で働いて欲しいと思っていますからね」

 

 そうすることでヴァンへの牽制になるだけでなく、記憶の通りに救世の旅が進んでいるかをティアとアニスの両方から情報として得ることが出来る。記憶の中の私はアニスからの連絡のみで情報を得ていたようだが、それだけでは不足だ。情報源は多くなるに越したことはないのだから。

 私はそう考えて発言したのだが、どうやらカンタビレはそうでもなかったようだ。ニヤリとからかうような笑みを浮かべて私を見てきたのだから。

 

「おやおや、節制のモース様も若い女の魅力には勝てなかったってところか?」

 

「何を言っているのですか、カンタビレ。冗談にしても、グランツ候補生が可哀想でしょうに、私のような男にそんな目で見られてしまうなど。私がグランツ候補生ならば身の毛もよだつ思いですよ」

 

 というか節制のモースとはなんだ。いつの間にそんなあだ名が私に付けられているのだ。別に節制を美徳として率先したことは無いのだが。いや、確かにこの歳になって妻どころか恋人すら出来たことのない寂しい人間であることには違いないのだけれども。

 

「何だい、からかい甲斐の無い奴だな。少しは焦ったりしないもんかね」

 

「ここで焦ってしまってはそれこそ語るに落ちるというものでしょう」

 

「ハッハッハ、違いない。ま、そういうことならよろしく頼むよ。お前ならヴァンに預けるよりかは信用できるし、ティアもお前の下ならって乗り気だ」

 

「その信用を裏切らないように努力しましょうか」

 

「ああ、お前ならそう言ってくれるだろうと思っていたよ」

 

 借りたタオルは洗って返すことを約束し、私の朝の訓練は幕を閉じたのだった。

 

 

 


 

 

 

 大詠師の仕事には、定期的に開催される詠師達との会議に参加することも含まれる。月に一度、導師、大詠師、詠師、神託の盾騎士団の首席総長が一堂に会し、様々な議題について意見を交換するのだ。

 広い会議室に設置された長方形の机を囲むように、導師イオン、大詠師である私、主席総長のヴァン、教団の詠師が席を並べる。議長席には導師イオンが座り、その右隣には私、ヴァン、そして大詠師派閥の詠師達が続く。反対側には導師派閥および中立派の詠師達が席についている。いつの頃からか、この会議では大詠師派閥とそれ以外の派閥が対立するような席順が固定されてしまった。

 大詠師派閥はすなわち預言(スコア)遵守派閥である。一般の信者は皆預言(スコア)を遵守することを当然と考えている。したがって教団の最大勢力であり、その筆頭として大詠師である私が立つ。その一方で預言(スコア)はただの指標に過ぎず、緩やかに預言(スコア)からの解放を唱えるのが導師イオンの率いる改革派である。ただし、この派閥はトップの導師イオンがしばしば体調を崩すこと、派閥自体がまだ小さいことから、どうしても勢力基盤が弱く、導師イオンの力によってのみ立つ派閥に過ぎない。

 私は導師様とは私室で頻繁に顔を合わせ、話をするものの、こうした公の場では導師様と対立せざるを得ない。預言(スコア)の遵守など、自分からしても馬鹿らしいとしか思えないが、何も知らない人々は今日も預言(スコア)を拠り所にしているのであり、無用な混乱を招いてしまえばそれこそヴァンが暗躍しやすくなるだけだ。

 

「では、本日の議題に関してですな」

 

 会議の進行役である詠師トリトハイムが、参加者全員が揃ったことを確認してから口を開いた。

 

「近年キムラスカとマルクトの国境で緊張感が高まっております。目ざとい商人の中には開戦気運が高まっていると流通を絞り始めているものまで出始めているとか。生活に窮した一部の人々がダアトに移住を願い出ております」

 

「ダアトは誰に対しても中立で、門戸を開いています。可能な限り受け入れるべきでしょう」

 

「待て! 無作為に受け入れてはダアトに住む教徒達に我慢を強いることになりかねませんぞ。神託の盾騎士団だけでは治安維持にも限界がある」

 

「しかし受け入れないわけにもいかないでしょう。マルクトであれ、キムラスカであれ、彼らは心底困窮しているのですから」

 

「キムラスカはともかく今のマルクトは預言(スコア)嫌いのピオニー陛下ですぞ。なぜ教団に逆らうものを教団に受け入れねばならないのです」

 

 会議ののっけから改革派と保守派が激しく舌鋒を交わしている。導師様は瞑目し、私もまた踊る会議を何の感慨も持たずに眺めるのみである。ヴァンは見た目こそ穏やかな表情を浮かべて話を聞いているものの、その目は冷徹な色を隠しきれていない。

 

「モース、あなたはどうすべきだと考えますか」

 

 両派閥の人間が僅かに静まった隙を見計らったように、導師様は声を発した。その声は、静かながら周囲の人間全ての注意を引き付けた。

 

「……そうですな。民に関しては受け入れる他ありますまい。教団の宿舎にまだ空きがあったはず。しばらくはそこで過ごして頂き、入れなかったものは最悪街の外縁部でバラックを建てて住むしかないでしょう。神託の盾騎士団がダアト周辺の魔物を掃討し、その解体や周囲の開拓作業を仕事として与えて少しでも収入を与えれば今すぐにどうこうなることは防げるでしょう。騎士団に関してはヴァン謡将にお願いしてもよろしいのでしょう?」

 

「ええ、お任せください。人員の配置を進めましょう」

 

 保守派の人間としては今のダアトに住む人々が大事だ。もちろん困っている人を助けることは教義にも適うのだが、それも自身に余裕があることを前提としている。誰も彼もがタトリン夫妻のように自身の身を削って奉仕できるわけではないのだ。

 

「ありがとう、モース。では、そのようにしましょう」

 

 ただ無条件に受け入れるだけではだめだ。その場しのぎでしかなくとも、当座の仕事を与えねばならない。私の提案は導師様の求めるものであったようだ。彼がそう言ってしまえば、それに反対できるものは誰もいない。この議題はこれで決着だ。

 

「では、難民は受け入れる方向で話を進めるということで。本日はその他に大きな議題は上がっておりませんし、このまま解散でよろしいかと思いますが、如何か」

 

「そうですね。僕はモースとヴァンに相談したいことがあるので、少し残って頂けますか?」

 

 トリトハイムと導師様の言葉に、詠師達は会議室を後にする。全員が部屋を出るのを見届けてから、詠師トリトハイムも私とヴァン、導師様に一礼して部屋を出た。

 この会議室に残ったのが導師様、ヴァンと私だけになったことを確認してから、導師様は徐に口を開いた。

 

「先ほどのキムラスカとマルクトの緊張感の高まり。それに関連して、マルクト皇帝のピオニー陛下から、和平の使者の要請が僕に届きました」

 

 これだ。ここが一つの転換点だ。私は表情こそ変えなかったが、心臓は煩いほどに鼓動を荒げていた。記憶を想起する中で、私は常に疑問であった。何故、導師イオンはマルクト軍から半ば誘拐されるような形で使者となったのか。マルクトからキムラスカへの親書などという大きな行事ならば、必ずダアトに一度は打診があったはずだ。タルタロスなどという大型兵器を持ち出しての行軍。本当ならば堂々とキムラスカとマルクトの国境を越えたかったはずなのだ。

 なのに、実際は人の目を逃れるように親書は秘密裏に導師イオンの手に渡り、キムラスカへと届けられた。それは何を意味しているのか、

 

「僕としてはこの申し出、受けるべきだと考えています」

 

「いけませんな、導師イオン。その申し出は受けるべきではありませんぞ」

 

 そう、大詠師モース()がそれを拒否したのだ。その権力を使って、半ば軟禁という形で。

 

「ダアトは、ローレライ教団はあくまで中立の立場。マルクトの親善大使という立場は我々の権威がマルクトに政治利用されるということになりますぞ」

 

「ですが、モース……」

 

「それに、導師イオンが使者となってキムラスカとマルクトの橋渡しをすることなど、預言(スコア)にも詠まれていません」

 

 私なら、大詠師モースならばこう言うだろう。キムラスカとマルクトに戦争を起こしてもらわなくては困る大詠師モースは、何としてでも両国に火種を残しておきたいのだから。

 

「モース様、とはいえ戦争になれば多くの死者、難民が出ますぞ?」

 

 白々しく、ヴァンが私を窘める。どの口が言うのか、導師イオンが和平の使者になって欲しくないのは貴様も同じであろうに。ヴァンは私が強硬に反対することを見越して導師イオンの肩を持つのだ。そうすることによって今の導師イオンの心に自らを植え付けていくのだ。だからこそ記憶の中の導師様は薄々ヴァンが怪しいと感じながらも、どこかでそれを信じ切れていなかったのだろう。

 

「黙れ! 預言(スコア)から外れたことをするなど許されるわけが無い! ヴァン、導師イオンを部屋にお連れしろ。お疲れのようですからな、導師守護役と共に部屋で休ませ、騎士団員に部屋の前で警護させて誰も通さぬようにしておけ」

 

 こうして傲慢に振る舞うことが、ヴァンの計画に含まれているはずだ。これでヴァンの、そして()()()()()()狙い通りになるはずなのだ。

 預言(スコア)狂いの大詠師、これほどまでに扱いやすい駒はないだろう、ヴァンよ。

 

「申し訳ありません、導師イオン。ご同行願えますかな?」

 

「……ええ、分かりました」

 

 私の言葉に従い、ヴァンは導師イオンに付き従って会議室を後にする。部屋を出る前に導師イオンがほんの僅か、視線をこちらに向けた。私は答えるように目礼した。

 

 さあ、ようやく始まるのだ。聖なる焔の光による救世の旅が。多くの命を救うために、生まれて間もない幼子を犠牲にするふざけた物語が。

 

 貴様の筋書き通りになどしてやるものか、ヴァンデスデルカ・ムスト・フェンデ。人は、預言(スコア)に縛られたままの家畜などではないことを教えてやる。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

レプリカと私

 導師様とアニスを部屋に軟禁してから数日後、私は教団の地下施設の更に地下。私の他には極数人しか知らない部屋へと来ていた。

 

「ここに来るのも一週間ぶりですか。皆には悪いことをしてしまいましたね」

 

 ここにはいくつかの部屋があり、寝室や談話室、身体を動かせるような訓練室など、物資さえあればこの施設から一歩も外に出ずに過ごせるように生活環境を整えられている。それは全て施設の存在が外部に知られる可能性を少しでも減らすため。ここまでして私がこの施設の存在を隠し通そうとするのはここにいる人に理由があるためだ。

 私は片手に抱えたものを一瞥し、問題が無いか確認してから扉をノックした。

 

「あっ! モースだ!」

 

「ええ、久しぶりですね、フローリアン」

 

 特徴的な若葉色の瞳を輝かせて私を迎えてくれたのは導師イオンの三人目のレプリカ。記憶の中ではアニスによってフローリアンと名付けられていたが、ここでは私が名付け親となった。私ではアニスが名付けた名前以上のものは思いつけなかったのだ。

 

「うん、ずっと来てくれなかったからさみしかったんだよ? 他の兄弟達も待ってたんだから!」

 

「すみません。どうにも仕事が忙しかったもので。その分、今日はゆっくりとお話ししましょう」

 

 無邪気に笑うフローリアンは、私の手を引いて部屋へと導いてくれる。談話室の中には同じ顔をした少年がもう一人座って本を読んでいた。私は彼に近づくと、腰を落とし、顔を上げてくれた彼と目線を合わせた。

 

「久しぶりですね、ツヴァイ」

 

「久し、ぶり」

 

 言葉を区切るように話す彼は二人目のレプリカである。この施設は、廃棄予定だったレプリカイオンを引き取り、生活させるために私が六神将のディストにお願いして作ってもらった施設である。

 

 悲しいことに、一人目のレプリカは他ならぬオリジナルの導師イオンに殺されてしまった。勝手に生み出され、そしてまた身勝手な理由で殺される。一人目の彼は何を思ったのだろうか。また、自分と同じ姿形をした存在を殺してしまった導師イオンにも、消えない傷を残してしまった。私はそれを止められなかった。だからこそ、その罪滅ぼしをするように廃棄予定だった残りのレプリカを引き取ったのである。導師イオンには廃棄したと伝え、ヴァンには予備として利用価値があると無理のある説得を通してでも、彼らをただ死なせるわけにはいかなかった。それでは私が嫌悪する私と変わらない。例え自己満足と謗られようとも、私はこの子達を守らなくてはならないのだ。

 

「どうぞ、新しい本を持ってきましたよ」

 

「あり、がとう。ちょうど、今読んでたのが、終わりそうだった」

 

 私は左腕に抱えた籠の中から一冊の本を取り出すと、ツヴァイへと手渡した。彼はそれを受け取ると、ほんの僅かにではあるが、笑みを浮かべてくれた。たったそれだけのことだが、私にとっては何よりも嬉しいことだ。

 

「あー! ツヴァイばっかりズルい! モース、僕にも!」

 

「ええ、ええ、分かっていますよ。フローリアンにはこれです」

 

 私の後ろで口を尖らせて飛び跳ね、身体全体を使って主張するフローリアンには、町で有名な焼き菓子を籠から取り出して手渡した。

 

「わーい! このお菓子だいすき!」

 

 受け取るや否やフローリアンは談話室の机に走っていき、椅子に座ってお菓子を頬張り始めた。キチンと席について食べるようになってくれて安心だ。当初は受け取ったその場でボロボロと溢しながら食べたものだから、掃除が大変だった。

 

「ところでツヴァイ、他の皆はどこにいますか?」

 

「みんな、まだ寝てる」

 

「そうですか。でしたらゆっくりと料理でもしながら待ちましょうか」

 

 そう言って私はキッチンへと向かう。籠の中にはそれぞれの個性に合わせたプレゼントの他に、食材も入れてきたのだ。男の料理であるため大したものは作れないが、それでも彼らが求めてくれるのでここを訪れるときは毎回食事を手作りするようにしている。今日のメニューはビーフシチューだ。

 

 

 


 

 

 

 ぐつぐつと鍋が煮えてきたころ、部屋の扉が開く音に顔を上げた。

 

「やっぱりここに来てたんだね、モース」

 

「ええ、例え偽善と罵られようが、私にできることはこんなことしかありませんから」

 

 部屋に入ってきたのはシンクだった。彼は他のレプリカには無い運動能力の高さから、ヴァンに見出され、今や六神将として働いている。当初は私がやっていることに嫌悪を露わにし、目も合わせることがなかった。しかし、いつの間にか、彼はこの施設を訪れるようになり、タイミングが合えば食事を共にするようにもなった。

 

「ま、偽善だし、ただの自己満足だよね。こんなことしても何の得もない。僕らなんて生まれてきた意味も無いまますぐ死んじゃう実験動物に過ぎないのにさ」

 

「それでも、ですよ。いつか死ぬのは誰もが同じ。生まれてきた意味を知るものなど、オリジナルであってもそうはいないものです。あなた達は確かに我々のエゴで生み出されてしまったのかもしれない。でもせめて生まれてきて、少しでも良かったと、悪くない思い出もあったのだと思って欲しいのですよ」

 

「相変わらず反吐が出そうな甘ったれた考えだね。それに身勝手で、傲慢だ」

 

「ええ、私はあなた方にいつ殺されても文句は言えません。決して許されないことをしました」

 

 そう、勝手に生み出しておいて、救いたいだなどとどれほど傲慢な考えか。シンクの表情は仮面に覆われて見る術はないが、それでも憤りの表情を浮かべていることは想像できる。あるいは救いようのない馬鹿者に対する呆れの表情か。

 

「ま、あんたが自分の馬鹿さ加減を分かったうえでこんなことやってるって言うなら、僕は何も言わないさ。精々報われない奉仕活動を続けるんだね」

 

「もー、シンクはいつもそうやって悪者みたいなこと言うよね。そんなこと言いながらモースの作ったご飯楽しみにしてるくせに」

 

「バッ、そんなわけないだろ! 馬鹿フローリアン!」

 

 唐突に話に入ってきたフローリアンの言葉に、シンクは先ほどまでの皮肉気な様子は何処へやら、分かりやすく感情を見せて反発する。髪の下から覗く耳が微かに赤くなっているのを見るに、演技ということも無さそうだ。

 私に対してはいつものシンクであっても、フローリアン達の前では少しだけでも素直になれているのだろうか。だとすれば嬉しいことだ。

 

「さ、喧嘩はそこまでにして食事にしましょう。ちょうどお昼ですからね。フローリアン、他の子たちを呼んできてくれますか?」

 

「はーい、シンクも行くよ」

 

「ちょっ、何で僕まで!」

 

 私の言葉に元気よく返事をしてくれたフローリアンは、抵抗するシンクを有無を言わさずに引っ張って兄弟達を呼びに行ってくれた。それを微笑ましく眺めていると、服の裾がくい、と引っ張られる感触を覚えた。

 

「おや、どうしましたか、ツヴァイ」

 

「……モースは、偽善者なんかじゃ、ないよ?」

 

「……ありがとうございます。優しいですね、ツヴァイは」

 

「ん」

 

 呟くような声量だが、その声には確かに私を気遣う温かさを感じた。私は思わずツヴァイの頭に手をやり、柔らかな緑髪を傷めないように梳いた。私の汚れた手では、無垢な彼には失礼だとは分かっていても、この気持ちを行動で示さずにはいられなかった。私はやはり、どこまでも弱い人間なのだ。

 

 

 


 

 

 

 彼らとの食事を終えた私は、執務室に戻って自分の仕事に没頭していた。副官のハイマン君は方々への連絡で今は執務室には私一人だ。こうして没頭していられることで、私は記憶の中の私が曲がりなりにも大詠師としては優秀であったのだと思い知らされた。

 記憶の中の私は精力的にバチカルまで足を運び、預言(スコア)の成就のための根回しを怠ることはなかった。日々の仕事に忙殺されている私からしてみれば、記憶の中の私はどうやってそれほどの時間を捻出していたのだろうかと不思議で仕方がない。まさか副官のハイマン君に仕事を丸投げしていたわけでもあるまいに。

 

「モース様、いらっしゃいますか?」

 

 私が益体のないことを考えながら手を動かしていると、執務室の扉をノックする音共に、ハイマン君の声が聞こえた。

 

「ええ、開いていますよ。どうぞ」

 

「失礼します。マルクトからモース様宛に密書が届いております」

 

「マルクトから、ピオニー陛下ですか」

 

 来るとは思っていたが、予想よりも早いな。

 

「目を通します。こちらに」

 

「はい」

 

 ハイマン君から丸められた羊皮紙を受け取る。巻き紐にはピオニー陛下の封蝋がされており、ここに辿り着くまでに内容を見た者がいないことを示している。ということはやはり、導師イオンの件ですね。

 ハイマン君を下がらせ、封を切って内容を検める。予想通り、和平の使者として導師イオンの派遣を要請する旨と、私がそれを拒否したことに対する説明の要求であった。記憶の中の私はこれに対してどのように返事を返したのか。とはいえ、私がすることは決まっている。

 私は手早く返事を認める(したためる)と、部屋の外に待機しているハイマン君に手渡した。

 

「これをグランコクマのピオニー陛下まで。手紙の内容を説明するために私がお伺いします」

 

「モース様が直接ですか!?」

 

 ハイマン君は驚きに目を瞠って手紙を受け取る。そう、これは私が直接行くことが最も確実なのだ。マルクトには導師イオンとアニスをダアトから連れ出してもらわなくてはならない。だが、それで教団の職員や神託の盾騎士団に被害が出ることは出来るだけ避けねばならない。

 

「それと、これを導師イオン様の部屋まで届けてください。私がいない間の導師様の予定です」

 

「はっ、畏まりました」

 

 もう一通手紙をハイマン君に手渡すと、私は再び執務室へと引っ込んだ。さて、色々と準備をせねばなるまい。導師様にお渡しした手紙は、彼の今後の予定を綴ったものではあるが、もちろんそれだけではない。

 ピオニー陛下から直接手紙が来たということは、近いうちに導師様はジェイド・カーティス率いるマルクト軍に連れられてダアトを脱出する。私は導師様に記憶のことを話してはいるが、アニスには何も伝えていない。いや、伝えたところで信じてもらえるわけがない。今のアニスは事情も分からず、混乱していることだろう。万が一ジェイド達がやってきたときについていくことを拒否してしまっては困る。そのため、彼女にもこの手紙で最低限の事情は伝えておかなくてはいけないのだ。

 

「後は、フローリアン達のことですね」

 

 先ほどまで一緒に食事をとっていた彼らを思う。シンクにも話をしておくが、やはりもう一人彼らを気に掛ける人がいて欲しい。

 

「……あまり頼りたくはなかったですが、仕方ないですね」

 

 記憶の中だけでも強烈なキャラクターを発揮していた彼の顔を思い浮かべて、私はため息をついた。とはいえ、こちらの事情を知り、なおかつヴァン謡将との繋がりもあまり深くない人間などそうはいない。それに、ああ見えて彼は意外に面倒見が良いということはアニスとのあれこれで理解している。

 

「ディスト博士にお願いしてみましょうか。彼に頼んでいる研究のこともあります」

 

 あの趣味の悪い服装と無駄にゴテゴテとした椅子が無ければ彼も普通の人間に見える……かどうかはともかく、もう少しマトモに見えるだろうに。

 手紙を届けて帰ってきてくれたハイマン君にディストを呼んでくるように頼むと、彼も頬を引き攣らせていたので、私とハイマン君の彼に対する印象はあまり変わらないようだ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

薔薇?と私

盆休みなんてなかった


「まったく、崇高なる私の研究を邪魔してまで呼び出すなど、よほど重要な案件なのでしょうね?」

 

 ハイマン君に連れられてやってきた彼は相変わらずの皮肉屋であった。いつもと変わらぬ花弁のような長い襟、ゴテゴテとした椅子に針金のように細い手足の彼が腰かけ、腕を組んでいる姿はカマキリを彷彿とさせる。いや、人の趣味をとやかく言うのは良くないことだが、そのセンスはどうかと思うのだ、ディスト。

 

「急にお呼び立てして申し訳ありません。どうしてもあなたにお願いせねばならないことがあったものですから」

 

「……あなたがそう言う案件といえば、導師のレプリカ達のことですね?」

 

 私が切り出す前に彼はその意を得たりとばかりにニヤリと笑った。彼は確かに天才なのだ。その嗜好はともかくとして。

 

「その通りです。数日ほど留守にしますので。その間彼らの面倒を見てあげて欲しいのですよ」

 

「やれやれ、確かにあの施設を知っている人間は限られていますがね、だからといって私を便利に使いす……」

 

「私の権限であなたの研究に予算を回しますの「お任せなさい!」」

 

 交換条件を言い終わる前に輝かんばかりの笑顔で了承を告げられた。私がやむを得ない仕事でダアトを離れることがある度にこのやり取りは繰り返されてきた。どうせ減らされる予算は私の公務に充てられる予算だ。キムラスカやマルクトの都市を訪れる船賃や馬車賃、宿代はこの予算から捻出されるらしい。普段使うあても暇もない給金が余っている私はそれを使ったことが無いが。

 

「ええ、ではよろしくお願いしますね。それと、私がお願いした研究についてもこの機会に進行状況を教えてください」

 

「はぁ~? そんな簡単に成果が出るわけがないでしょうが。まだ研究開始して一年半程度ですよ? 前例も無い手探り状態なのですから、まだまだ分からないことだらけに決まっているでしょう」

 

 私の言葉にディストは呆れを隠す気もなく大きなため息をついた。そんなものなのだろうか。しかし、彼らに残された時間は多くないのだ。

 

「すいません。気が急いていました」

 

「……ま、気持ちは分かりますがね。レプリカの寿命問題の解決なんて片手間にやるにしては難解すぎるんですよ。スピノザも頑張ってはいますが、私と比べれば素人ですからね。やはりジェイド、ジェイドが必要です。ネビリム先生を安定化させて復活させるためにも」

 

 気落ちしたことが声だけでなく表情にも出ていたのか、ディストにしては珍しく私を慮るような言葉をかけてくれた。とはいえ、ジェイド・カーティスですか。確かにディストの言う通り、フォミクリーの生みの親である彼の知見があれば研究の進みは飛躍的に早まるだろう。しかし、彼自らがフォミクリーを禁忌として封じたのだ。そんな彼に協力を願い出たところで拒否される未来しか見えない。

 

「彼に協力を依頼するのは難しいでしょう。彼自身がフォミクリーを忌むべき技術として封印してしまったのですから」

 

「そうは言いますがね、正直今の状況ではあなたの求める成果は得られませんよ。サンプルがあまりにも少なすぎます。レプリカイオンを実験に使うのはあなたの本意ではないのでしょう?」

 

「当たり前です」

 

「甘いですねぇ。技術の進歩には膨大なサンプルが必要なのですよ。なのにその貴重なサンプルを使うことを許さないと言うのですから」

 

 どこか嗜虐的な光を秘めたディストの目が私を射抜いた。つい先ほどまでジェイドジェイドと悔し気な表情をしていたというのに。しかし、その目から逃げることは許されない。確かに彼の言う通りこれは私のエゴでしかないのだから。

 

「私の甘さ、エゴについては言われるまでも無く自覚していますよ。それでも、果たすべき役割というものがあるのですよ」

 

「……はいはい、やってあげますよ。レプリカ達の面倒も任せなさい。柄じゃありませんが、報酬分くらいは働くことにしましょう」

 

「ありがとうごさいます、手間をかけさせて申し訳ありません」

 

 

 礼などいらないとばかりに手をひらひらと振りながらディストは踵を返して部屋を出ようとする、直前で止まり、顔だけをこちらに向けた。私を見るその目はどこか無機質だ。

 

「あなたの果たすべき役割、それはあなた方の奉ずる預言(スコア)のお導きですか?」

 

「……いえ、これは私がそう在るべきと私に課したものですよ。預言(スコア)は関係ありません」

 

「そうですか……」

 

 ディストは満足気な表情を浮かべると今度こそ部屋を後にした。

 

 

 


 

 

 

「――――では、私が留守の間は任せましたよ、詠師トリトハイム」

 

「ええ、確かに承りました」

 

 ディストと話した後、私は引き継ぎも兼ねて詠師トリトハイムのもとを訪れていた。彼は私が不在の間、私に代わって教団を取り仕切る立場にある。他にも詠師はいるが、彼がそれを任されるのは偏に彼の人柄によるものだろう。実務能力は当然のことながら、導師派と大詠師派が水面下で火花を散らす中、中立派をまとめあげ、巧みな調整能力と敵を作らない柔らかな物腰で衝突が表面化することを防いでいる。

 

「しかし、モース様もお忙しいですな。グランコクマまで赴くことになるとは」

 

「仕方ありません、難民の受け入れに関しても説明をする必要はありました。皇帝陛下にお会いするのに他の者に任せるわけにもいきますまい」

 

「ハハハ、確かにその通りかもしれませんな」

 

 彼と話しているときは私も普段より穏やかな気持ちで話せている気がする。彼が醸しだす雰囲気がそうさせるのだろうか。その人の好さ、能力に頼って私も彼に多くの仕事を任せている自覚はある。

 

「詠師トリトハイムにはいつも仕事を任せてしまって申し訳ない。きちんと休めていますか? 仕事を任せてしまっている私が言うのも何ですが、身体を休めることも大事なことですから」

 

「それを言うならモース様こそあまり休んでおられないでしょうに。教団の実務取り仕切りに加えて大詠師派の舵取り、導師様のご公務まで管理されているのですから、忙しさは私の比ではないでしょう」

 

「私は良いのですよ。相応の地位に就いてしまったからには相応の仕事があるものです」

 

「では、私も相応の地位に相応しく仕事をしているのですから大丈夫ですよ」

 

「ぬぐ……」

 

 トリトハイムはしてやったりといった顔で言葉に詰まった私を見た。流石の口の巧さである。彼が本気になったらとてもではないが口論で勝てる気がしない。

 

「繰り言になってしまいますが、モース様もキチンと休みをとるべきです。ハイマンが言っていましたよ。いつ休んでいるのか分からないと。たまには一人のダアト市民として過ごすことも、必要なことです」

 

「……そうですね。グランコクマから帰ったら、休みをとってみましょうか」

 

 それが叶わないと私は知っているが、口にする。私がグランコクマから帰れば、ジェイドの手によって導師イオンはダアトから抜け出し、私はヴァンに命じてそれを追わせる。そして私の下についたヴァンの妹に第七譜石の探索を命じ、救世の旅が始まるのだ。

 

「では引き継ぎに関してはハイマン君からもお願いしておきますので。私は執務室に戻ります」

 

「ええ、今日はもう仕事を早く終わらせてゆっくりお休みください」

 

 詠師トリトハイムへの引き継ぎを終わらせ、彼の部屋を後にする。自分の部屋へと向かう道すがら、私は自らの思考に没頭していた。

 

 旅が始まってからの私がどのように動いていたのか、私には分からない。記憶の映像は常にあの幼い少年(ルーク)に寄り添っていたからだ。だが、預言(スコア)の成就に邁進する私ならば、精力的にバチカルに足を運び、キムラスカの首脳部に良からぬ企みを吹き込んでいたことだろう。

 

 ならば私もそうするべきだろうか。出来る限り犠牲は少なくしたい。だが、ローレライが地殻から解放され、人々が預言(スコア)から離れた明日を歩むためには、記憶の通りに進む必要があるとも感じている。だからこそ私は記憶の通りにヴァンに協力し、ファブレ公爵家の一人息子のレプリカを生み出すという大罪を見逃したのだから。外殻大地の崩落を防ぎ、ヴァンの野望を阻止するためには私だけでは力不足なのだ。奴のカリスマは私を容易く超える。表立ってはそんな素振りを見せていないが、中立派を公言しているカンタビレ以外の師団長はやはりヴァンの影響下にあると考えてよいだろう。したがって私が教団内で真に私の指揮下で動かせる部隊はティアがこれから所属する情報部隊しかない。とてもではないが手が足りない。

 

 記憶の通りの悲劇を起こさないために私がしなければならないことはそれこそ山のようにある。

 

 レプリカの寿命問題、コンタミネーション現象の解決。アクゼリュス崩落に伴う犠牲の軽減。アッシュとルークの確執の解消。シンク、導師イオンの生存、キムラスカとマルクトの開戦回避もしくは開戦までの時間稼ぎ、パッセージリングの操作に伴うティアの体内への障気蓄積への対応もしなければ。そしてこれらのほぼ全てにおいてあのディストの協力が不可欠なのだ。とはいえ彼の能力、時間にも限度はある。

 

「私は第七音素を取り入れて死ぬ前に忙しさで死んでしまうのかもしれないな」

 

 あるいは異形と化さずともルーク達一行に討たれてしまうのかもしれないが。ナタリア王女とインゴベルト六世陛下がより強固な絆で結ばれ、キムラスカを預言(スコア)の軛から解き放つことを彼に決心させるためには、私がナタリア王女の出生に一度は言及する必要があるのだから。

 

「報いを受けるとしても、出来れば苦しまずに死にたいものです」

 

 この罪深い身が裁かれることに否やは無い。だが、耐えきれぬ苦痛の中で死にたくないという我が儘くらいは叶えてもらいたいものである。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

水の都と私

書きたい場面だけを書き散らしていくスタイル


「二大大国の皇帝。若いからと舐めていたわけではありませんでしたが……」

 

 美しい水がとめどなく湧き、街中を巡る帝都グランコクマ。マルクト最高峰との噂名高いホテルの一室で、ベッドに横たわった私は胃が痛むような謁見を思い出して冷や汗を流していた。

 

 

 


 

 

 

「マルクト皇帝、ピオニー・ウパラ・マルクト九世陛下におかれましては、ご機嫌麗しく……」

 

「長ったらしい御託はよせ。そんなものを聞くためにかの大詠師様を呼んだわけじゃない。顔を上げろ」

 

 床と上半身が平行になるまで腰を折った私の頭の上から、重たい声が圧し掛かる。声に従って顔を上げれば、そこには彫像のように固まった表情で冷たく私を見下ろす若き皇帝。私よりも一回り以上若い彼から伝わる重圧に、私は顔に汗が浮かばないようにするので精一杯だった。

 

 彼はこの世界の大多数の人とは違い、預言(スコア)というものを絶対視していない。どころか、彼はそれを嫌い、憎んですらいると言って良い。その理由を私は知らないが、記憶()は知っている。彼が互いに想い合っていた女性は、預言(スコア)に従って彼以外の男と結ばれた。人の想いは、この世界では容易く踏みにじられる。好きなものを食べたいという些細なものから、人生を共に歩みたいパートナーを選ぶ重大なものまで。

 

「それは、失礼いたしました。では本題に入らせていただきますが、よろしいでしょうか」

 

「……ジェイド、ゼーゼマン、ノルドハイムは残れ。他は部屋を出ろ。誰も謁見の間に入れるな」

 

 私が周囲に目をやった理由を察したのか、ピオニー陛下は手を一振り、人払いを命じた。それに従い、この謁見の間に残るのは私とピオニー陛下、そして彼が心から信頼する臣下のみとなった。ピオニー陛下が兵士が全員部屋を後にし、私に目線を戻したのを受けて私は再び口を開く。

 

「導師イオンをマルクト帝国の和平の使者に、という話については、先だって回答しました通り、教団としては否とさせて頂きます」

 

「……その理由は」

 

「あくまでローレライ教団は中立の立場故、マルクト帝国の旗の下に動くことは許容できかねます」

 

「では貴様らがキムラスカに肩入れしている事実はどのようにする!」

 

 淡々とした私とピオニー陛下のやり取りに、ノルドハイム将軍の怒声が割って入る。

 

「はて、我々ローレライ教団がキムラスカ・ランバルディア王国に肩入れをしているとは。異なことを仰る」

 

 私はそれを意にも介していない風体で首をかしげて見せる。内心は冷や汗が止まらないが。この場にはマルクトが誇る最大戦力、ジェイド・カーティスがいるのだ。私も多少は鍛えているとはいえ、現役軍人には勝てるわけもない。それに謁見の間に入る前に武装解除を命じられ、今の私は丸腰だ。ただでさえ勝ち目がないのに、これでは逃げる事すらできない。ピオニー陛下がその気になればこの場で起こったことは全て無かったことに出来てしまうのだ。

 

「ぬけぬけとよくも抜かしたものだな……!」

 

「よせ、将軍。しかし事実として貴様はキムラスカに足繫く通っている。これをどう説明する?」

 

 私の言葉にノルドハイム将軍は更に眉を吊り上げ、言い募ろうとするが、ピオニー陛下がそれを制し、冷静な声で私を問い詰める。

 

「私はあくまで教団として預言(スコア)を求められた故にかの国へ赴き、求められたものを献上しているに過ぎませぬ。ローレライ教団は中立であり、預言(スコア)の導きを求めるものを拒むことはありませぬ故」

 

 ピオニー陛下は私から視線を外さず、言葉の真偽、私の真意を読み取ろうとするかのように目を細めた。だが、私の言葉に嘘はない。マルクトと違い、キムラスカは預言(スコア)を重んじる。キムラスカの外交筋を通して預言(スコア)を求められており、私が預言士(スコアラー)を伴ってキムラスカを訪れているのだから。もちろん、彼らには始祖ユリアの遺した惑星預言(プラネットスコア)についても伝えている。こうすることが、後にキムラスカとマルクトを強く結びつけることを私は知っているからだ。

 

「……我がマルクトには預言(スコア)を詠む価値は無いと?」

 

「ローレライ教団は求めるものに与えるのみ。求めぬものに預言(スコア)を詠むことはありませぬ」

 

「……話が逸れたな。ではダアトはキムラスカとマルクトの和平を望むつもりはないということで良いか?」

 

「ローレライ教団はこの世界の繁栄を望みます。マルクトの旗の下に動くことは無くとも、この世界がより良い方向へ行くことについて力は惜しみませぬ」

 

「では教団としてはどう動く?」

 

「我らは中立。ダアトは両国のどちらも武力を以て立ち入ることを許されぬ土地です」

 

「動く気はない、ただその場を提供する気はあるということか」

 

 教団としては動かない。だが、ダアトは両国の緩衝地としての機能を有している。だがそれを明言してはいけない。ローレライ教団の実質的なトップという不相応な立場にいる私は、キムラスカにも、マルクトにも具体的な言質を与えてはいけないのだ。いくら神託の盾騎士団があるとはいえ、二大国とぶつかって生き残ることが出来るだけの地力はダアトにはない。ダアトは中立故に動けないし、動いてはならない。

 緊張状態にあるキムラスカとマルクトの両国がダアトの仲介無しに和平に向けて動けるか、普通ならば外交筋から働きかけるのだろう。だが、今の状態は普通ではない。

 

「とはいえ、こっちから送った外交官に対して向こうは何ら反応しない。そんな相手を引きずり出すには教団の、導師の威光が必要だろう。キムラスカが教団と深い関係ならば余計にな」

 

 そう。ピオニー陛下の言った通り、マルクトは外交官を通じてキムラスカと何とか連携しようとしているのだ。だがその試みは上手くいっていない。その背景にはヴァンの暗躍がある。ファブレ公爵家に対して、ルークの剣術の師としても潜り込んでいる彼は、教団での地位とその個人的な立場を巧みに利用してマルクトとキムラスカの連絡を握りつぶしているのだ。

 

「導師様がマルクトの名のもとに動けばキムラスカにいるローレライ教団の信徒が要らぬ迫害を受ける恐れもあります。導師様の地位は重いのです」

 

 先ほどピオニー陛下に諫められたノルドハイム将軍がこの言葉に再び顔を赤くさせている。しかし、私の警戒心は感情豊かな将軍ではなく、涼し気な顔でピオニー陛下の横に佇む若き軍人へと向いていた。

 

 ジェイド・カーティス

 

 この軍人は、その戦力もさることながら真に恐れるべきはその知略である。彼には私の言葉の真意は伝わっているだろうし、その上で教団がどう動くのが最良か、それも見えていることだろう。全てを見透かしたように、軽薄な笑みを浮かべてこちらを見ているのだから。そんな彼が未だ一言も発しない。私を観察するように見つめるだけで、一体何を待っているのか。

 

「ふむ、教団としてはそういう立場のわけだな。ジェイド、黙ってないでお前も何か意見を出せ」

 

 ここでピオニー陛下がジェイドへと水を向けた。それを受けて彼は一息、ゆっくりと瞬きをして私を見据えた。

 

「では、御指名も受けたことですし、一言二言お話しさせて頂きましょうか」

 

 記憶に違わず、人を食ったような雰囲気の男だ。実際に相対して分かる。どこか達観したようなこの男は、実のところその優秀さを持て余す幼い情緒の持ち主であると。

 

「先ほど大詠師様はマルクトの旗の下に動くことはないと言いましたね?」

 

「……確かに、そのように申しましたな」

 

「ではダアトの名の下に動きましょう」

 

 私が返した言葉に我が意を得たりとばかりに彼は続けた。もちろん、それが最も有効な手立てだ。私の記憶の通りにマルクトが導師様を攫う前に、この発案は当然あったはずだ。そのときに記憶の中の私はどのように返したのだろうか。

 

「導師様がローレライ教団の名の下にマルクトとキムラスカの和平を呼びかけるのです。それならばあくまで中立の立場でしょう?」

 

「もちろん、それが可能であれば」

 

「ほう?」

 

 だが、どれほど苦しかろうと、私はこの提案に頷くわけにはいかない。ここで頷いたところで、ヴァンの計画を止められる可能性が如何ほど生まれるか、万が一暴発し、何も備えの無いままアクゼリュス崩落を起こされてしまっては私の記憶以上の被害が出てしまう。それどころか、六神将が揃って反旗を翻し、ダアトに集まった両国のトップを始末してしまえばどうなる。止めることの出来ない泥沼の戦争が始まってしまう。ヴァンはこの世界がいくら崩壊しようが、レプリカを作ってしまえば良い。それだけは防がなくては、ある程度はヴァンの計画通りに進めさせ、性急な暴発を予防せねばならない。

 

「例え導師様がそう宣言したところで、その裏にマルクトがあることは隠せますまい。明言されぬ疑いは人々の間に不和を生みます。信徒が徒に迫害される恐れがあることを、軽々にすることは出来ませぬな」

 

「おや、導師様の威光では教団が制御できないと仰るのですか?」

 

「導師様の威光が届かぬ場もあるというだけのこと。それは例えばここのように。それに、先ほどから和平和平と言っておりますが、何故和平などと? 戦争など起こってはおりませんでしょうに」

 

「カイツールの国境付近では両軍の緊張感が高まり、衝突が起きていることをご存じない?」

 

「国境は常に緊張状態にあるもの。それにどちらの国からも宣戦布告はされておりませぬ。始まってもいない戦争の和平とは、おかしなことを仰るものだ」

 

 苦し紛れの私の言葉は、しかしある程度の真を含んではいる。だからこそ無暗に否定は出来ない、させない。屁理屈に屁理屈を重ねているが、それでも体裁が整っていれば良いのだ。のらりくらりと時間を稼げば良い。時間が無く、追い詰められているのはマルクトであってダアトではないのだから。

 

「……良いだろう。今回の件について、ローレライ教団の意思は確認できた。教団としては和平に反対する意思はない、それでいいな?」

 

「ローレライ教団は始祖ユリアの遺志の下、常に世界の安寧と発展を願っております」

 

「最後まで腹の見えない奴だ。下がっていいぞ」

 

 これ以上話していても埒が明かないと分かったのだろう。ピオニー陛下は目線でジェイドを制すると、私に退室を命じた。ジェイドは最後まで涼やかな表情を崩すことは無かったが、その目は最初に会った時よりも警戒感を増しているように思えた。

 

「それでは、これにて失礼いたします。陛下の貴重なお時間を頂けて光栄でございました」

 

 私は一礼してから謁見の間を後にし、美しい景色を見ることもなくホテルに直行し、ベッドに倒れ込んだのだった。

 

 

 


 

 

 

「大詠師モースか、どう見る、ジェイド」

 

 私室にて、若き皇帝とその懐刀は先ほどの謁見を振り返っていた。

 

「食えない御仁ですねぇ。のらりくらりと言質を取らせないように立ち回られましたね」

 

 眼鏡を押し上げ、ジェイドは私見を述べる。あの大詠師に対する第一印象は腹に一物も二物も抱えた狸。その印象は少しばかり会話を交わしたことでより強くなった。

 

「だな。とはいえ言っていることはあながち間違いでもない。実際ローレライ教団を錦の旗にしてキムラスカに乗り込もうってのはな、利用する気満々なわけだからな」

 

「その上で場を用意するわけですからねぇ、利用される気は無いものの、存在感を出すことを忘れない。良い政治家ですねぇ、彼は」

 

「まったくだ。ああいうのがこっちにも居てくれればな、もっと俺が楽を出来たものを」

 

「おや、陛下が仕事をしているところをあまり見た覚えがありませんが?」

 

「お、不敬罪でしょっぴかれたいようだな、ジェイド」

 

 軽口を叩き合う二人だが、口調とは裏腹に表情は重い。少し軽くなりかけた空気も、ほどなくして重苦しいものへと変わってしまった。

 

「やはり、正規の外交手段だけでは限界があるな」

 

「ですねぇ、大詠師の手によるものか、あるいはそうではなくキムラスカの中に戦争を望むものがいるのか。いずれにせよ正規の手段は握りつぶされているとみて間違いないでしょう」

 

「……あの男が率いるダアトから導師イオンを連れ出せるか?」

 

「ご命令とあらば」

 

 皇帝の問いかけに、あくまで軽い口調で答えるジェイド。皇帝に仕える軍人であるものの、幼馴染でもある。彼が抱える重責を支えるものとして、この地位にいるのだから、出来ないとは言わない。

 

「タルタロスを使う。奴がダアトに戻る前に何とかしないとな。こっちがどう出るかは向こうも予想してるだろう」

 

 秘密の会談は夜更けまで続く。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ヴァンの妹と私

アライズが楽しみで夜しか眠れないので初投稿です


「ただいまをもってティア・グランツ響長を大詠師麾下情報部隊に任命する」

 

「謹んで拝命いたします」

 

 二人しかいない大詠師の執務室の中で、私はヴァンの妹、ティアと向かい合って立ち、彼女の掲げた杖に右手を翳し、簡素な宣言をすることでこの儀式は終了した。余りにも質素に、そして呆気なく任命式は終わった。

 

 グランコクマから戻った私に待っていたのは、カンタビレの推薦を受けたティアの任命式だった。それはつまり始まりが近いことを告げている。マルクトの動きは予想以上の速さだった。タルタロスを使ったのか、私がダアトに辿り着く前にアニスを通じて導師イオンと接触し、彼女の手引きによって無事にダアトを脱出。今はジェイドと行動を共にしていることだろう。

 導師イオンの軟禁は私を含めた教団トップの一握りのみが知っている。多くにとっては導師イオンが体調不良で静養していることになっているため、今のところ教団内に混乱は起きていない。だからこそ私も表面上はいつも通り振る舞う必要がある。

 

「これで君は私の指揮下に入った。この部隊の部隊員は互いの顔も、名前も、請け負った任務も知りません。それを知るのは私とハイマン君のみです。あなた達は孤独に任務に臨まねばなりません。これについてはカンタビレに聞いていますね?」

 

「ハッ、カンタビレ先生から聞いています。モース様は信用に足ると」

 

 これはまた、私はいつの間にやらあの女傑から身に余る信頼を受けていたらしい。ティアは彼女の言葉のおかげで私に信頼を向けてくれているようだ。彼女のアイスブルーの瞳は縋るように私を見つめている。そこに籠められた思いは、言葉は無くとも私に強く伝わってきた。

 

 そこにあったのは孤独、寂寥、微かな希望。

 

 唯一の肉親を疑わなければならないということは、そしてそれを周囲に明かすことが出来ないというのはどれほどこの幼い少女に重圧を与えたことだろう。多少なりともそれを分かち合えたカンタビレも今はいない。彼女にとっては、カンタビレから伝えられた言葉を信じるしかないのだ。

 

「……ティア。君の中にある疑念を私は否定も肯定もしない。ですが、一言だけ言えるとすれば、カンタビレが私にかけた信頼を、私は裏切るつもりはありません」

 

「っ、……ありがとう、ございます」

 

 私の言葉に、彼女の瞳の中に浮かぶ不安の色が少し和らいだことが見て取れた。私ごときの頼りない言葉でも、多少は彼女の重荷を受け止められたようだ。

 私は彼女に多くを語ることは出来ない。狡猾なヴァンであれば、この幼い少女からいとも容易く情報を抜き取るだろう。そして私の裏切りに気づき、人知れず私を葬るか、あるいは計画を変更するかしてしまうだろう。私に出来ることは彼女の重荷を少しでも代わりに背負うことが出来る存在がいるということを伝える事だけだ。

 

「あなたに多くを語ることは出来ません。そして語ることが出来ない理由も、あなたに伝えられるのはあなたに与えられる任務についてです」

 

 そう言って彼女に封筒を差し出すと、先ほどまでの不安げな色を押し隠し、軍人の顔に戻ってそれを受け取ると、中身を読み進める。

 

「第七譜石の探索、ですか」

 

「そうです。ユリアの遺した最後の預言(スコア)、それを見つけることは教団の悲願です。神託の盾騎士団でも多くが捜索にあたっていますが、未だに場所の手がかりすら分かっていません」

 

 本当は第七譜石の場所は分かっている。ザレッホ火山の奥深く。火口付近にそれは鎮座している。常人が立ち入ることを許さない過酷過ぎる環境に第七譜石が落ちたのは、この世界の終焉を詠んだ残酷な預言(スコア)を人々に突き付けることを厭った始祖ユリアの優しさだろうか。

 だが、それ故にこの任務は私にとって好都合だ。教団にとって優先事項であるが故に邪魔されにくい上、どこにいて何をしていようとそれは任務の範疇になる。曖昧な命令とはそれを理解している人間にとって非常に使い勝手の良い口実となる。しかし、彼女には私の言いたいことが上手く伝わっていないようで、少し困ったような顔をしている。

 

「未だに発見の目途が立たない代物です。あなたには広範囲に渡り、時間をかけて探索に当たってもらわなければならないでしょう。あなたはあなたの調査結果に基づいて調査を進めてください」

 

「私の、調査結果……、っ!? はい、ありがとうございます!」

 

 私の意図が伝わったのか、彼女は勢いよく私に頭を下げた。彼女の灰銀色の髪がふわりと舞う。そうだ、彼女はまだ少女だった。誰も彼もがヴァンや私、ジェイドのように腹芸に慣れているわけではないのだということを忘れてしまっていたようだ。

 私は執務机の引き出しから小物入れに使っている小箱を取り出すと、その中からいくつかの小物を見繕って彼女へと差し出した。

 

「モース様、この宝石は……?」

 

「任務にあたってはある程度の資金が必要ですが。ガルドでは嵩張りますからね。安心して下さい、どれも教団が利用している店で仕入れたものですから本物の宝石です」

 

「こんな立派なもの、受け取れません!」

 

 彼女は慌てたように私の手を押し返そうとするが、それに構わず私は指輪やネックレスといった小物を彼女に押し付けた。

 

「これは情報部隊の人間皆に渡している物ですから遠慮などいりません。それにどうせ私の給料から私的に購入している物ですからね、教団の資金を不正に流用しているわけでもないので至って健全です」

 

「余計に受け取り辛くなりますよ!」

 

 彼女の細い眉がハの字になって少し泣きそうになっている。何故だ、どうせ私は独り身な上、衣食住は教団からの補助で殆ど個人負担が無いため、いくら給料を貰おうと使い道のない金が貯まっていくばかりなのだ。ならば少しでもこうして経済を回すことに貢献せねば。それにもしこのまま彼女を送り出してしまえば、彼女はルークとタタル渓谷に飛ばされた際、母親の形見のペンダントを馬車代として商人に渡してしまうのだ。後にそれは買い戻されることになるが、その通りになるとは限らない以上、こうして安全策を講じておくに越したことはない。

 

「何、必要経費として遠慮なく受け取っておけば良いのです。もしくは任命祝いとしてでも考えておけば良い。あなたの前に任じた人物など、嬉々として受け取って頬擦りまでしていましたよ?」

 

「……流石にそこまではしませんが、ありがとうございます。大切にします」

 

 そう言って渋々といった表情を隠そうともせず、彼女は小物をしまいこんだ。いや、大切にするのではなくキチンと使うべき時に使って頂きたいのだけれども。まあ流石に形見のペンダントと私のちょっとした小物なら形見のペンダントを取るでしょうし、恐らくは大丈夫だろう。

 

「よろしい。では早速任務に出てください。一度ユリアシティで準備を整え、ユリアロードを通じてアラミス湧水洞から始めると良いでしょう」

 

「ハッ、ご期待に沿えるよう、全力を尽くします」

 

「ええ、期待しています」

 

 彼女は顔を引き締めると、一礼してから部屋を後にした。私はその後ろ姿を見届けると、机に備えられた鍵付きの引き出しから、一通の簡素な便箋を取り出した。

 

「やはり、無事に導師イオンとアニスはジェイドと合流できたようですね。補給のためにエンゲーブへ向かう、やはり私の記憶の通りになっているようですね」

 

 それはアニスから私に宛てられた定時連絡だ。彼女は鳩を使ってこうして私に簡潔な報告を寄越してくる。これのお陰で私は彼女らが記憶の通りに旅を進めているかを知ることが出来る。そしてこの段階になった以上、また一つ済ませておかなくてはならないことがある。私は席から立ち上がると、急ぎ足で部屋を後にした。

 

 


 

 

「急にお邪魔してしまってすみませんね」

 

「そんなこと、ないです。モース様、優しいから、好き、です」

 

 私が訪れたのはアリエッタの部屋だった。この時期ならばギリギリまだ動き出していないはずだと踏んでいたが、どうやら予想通りだったようで、彼女は快く私を迎え入れてくれた。彼女が魔物と意思疎通が出来るその能力を買われてヴァンに拾われて以来、私も彼女に心を砕いてきたことが功を奏したのだろうか。慣れない手つきながらもお茶を淹れてくれたため、先ほどまでライガが占領していて毛がついた椅子に腰かけ、ありがたく頂く。少し濃く淹れ過ぎてしまっているが、これくらいの方が頭がスッキリすると思えば悪くない。

 

「モース様に教えてもらったお茶、練習しましたです。どう、ですか?」

 

 そう言って不安げに傍らに立つアリエッタを安心させるため、私は微笑んで彼女の頭を優しく撫でる。

 

「ええ、とても美味しく淹れられていますよ。練習してくれたのですね、とても嬉しいです」

 

 その言葉に安心したのか、彼女は目を細めて微かに笑みを浮かべる。このぽわぽわとした雰囲気はいつも私を癒してくれるのだが、今日は急ぎの用事があるためこの優しい空気に浸っているわけにはいかない。

 

「さて、アリエッタ、今日来たのはあなたに知らせておくべきことがあるからです。あなたの母親、ライガクイーンに関してです」

 

「ママのこと、ですか?」

 

「そうです。今彼女らの群れはエンゲーブ近くの森で営巣していると聞きましたが、間違いありませんね?」

 

「はい、元々住んでたところが、火事になっちゃって、これから生まれてくるアリエッタの弟妹の為にも、おっきな森にじゃないとダメ、だから」

 

 そう。このままだと彼女の育ての親であるライガクイーンはルーク達と対立し、ジェイドによって卵諸共殺されてしまう。これが決定的な対立となり、最期まで彼女はルーク達と戦い続けることになってしまう。そんな救われない最期など私はごめんだ。確かにライガは人にとっては自らを襲う害獣であるが、それでもアリエッタにとっては家族なのだ。であれば少しでも救われなければならないだろう。例え全てを救うことが出来ないとしてもだ。

 

「そのことですが、ライガクイーンと卵だけでも人里から離れた森に移すことは出来ませんか。群れ全体を養うことは出来ずとも、クイーンと生まれてくる仔ども、多少の取り巻きであれば生きていくことが出来るのではないかと思うのですが」

 

「出来る、かもしれないですけど。でも、どうして、です?」

 

 アリエッタは私の言葉に不思議そうに首を傾げる。本当ならば群れ全体を別の場所に移したいが、それはそれでルーク達とチーグルの接点を潰しかねない。だからこそ、ライガの群れに多少の被害が出ることは諦めるしかない。魔物に育てられたアリエッタは、その辺りの死生観は魔物に近い。彼女の母親や弟妹に被害が出なければ、悲しんだとしても致命的な決裂にまでは至らないと信じたい。

 

「エンゲーブ付近でライガの目撃情報が増えているとの声がありましてね。まだ被害は出ていませんが、予防的にライガを駆除しようとする動きがあってもおかしくはありません。その前にあなたの母親と卵だけでも人目につかない所に逃げておいてもらえればと思いまして」

 

「そう、なんですね。分かりました。ママにお話してみます」

 

 そう言って彼女は人形をギュッと抱きしめる。これで少しは被害が、未来の悲しみが減ることを祈るしかない。

 

「ありがとうございます。出来ることならダアトの近郊の森に引っ越してきてもらえれば良いんですが、群れを養えるほどの森は少ないですからね」

 

 彼女が普段連れていたり、作戦行動に同行させるライガやフレスベルグ達が森に既に住み着いているため、追加でライガの群れを養うほどの能力はダアトの森にはないだろう。

 彼女に急いで伝えるべきことは伝え終わったため、私はカップに残った少し冷めたお茶を飲み干すと席を立つ。最後に不安そうにしている彼女の頭をもう一度撫でて扉へと向かう。

 

「ああ、忘れていました。アリエッタ、もう一つだけお願いしたいことがあるのですが……」

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

鮮血と私

アライズの体験版が楽しかったので初投稿です


 ダアトの地下深く、フローリアン達の部屋を訪れた私は、今日も今日とて似合わぬエプロンを身にまとい、くつくつと煮立ち、美味しそうな匂いをさせる鍋を前にして腕組みをしていた。今日のメニューはカレーライスである。そういえば前に来たときはビーフシチューを作ったのだったか。いかんせん量を作ろうと考えると鍋物になってしまいがちだ。次は焼き物か、揚げ物にしてみようか。

 

「カレーだカレーだ」

 

「モースの、カレー、楽しみ」

 

 私が一人静かに悩んでいるのを余所に、フローリアンとツヴァイは並んで座ってソワソワと楽し気に身体を揺らしている。楽しみにしてもらえているなら、まぁ良いのだろうか。

 

「ツヴァイもフローリアンも少しは落ち着きなよ、みっともない」

 

 そしてそれを窘めるのはいつの間に部屋に来ていたのか、六神将となった彼らの兄弟、シンク。前のシチューのときといい、しれっと着席しているので今日も彼は食べて帰るようだ。隣で身体を揺らすフローリアンとツヴァイを鬱陶しそうに押さえつけていた。

 

「そう言いながらシンクも楽しみにしてるんだよね、分かるよ」

 

「おい、その減らず口閉じなよ、じゃないと頭にたんこぶが出来る程度じゃ済まさないからね」

 

「兄に向かってこの言い方。不良になってしまったんだね、悲しい」

 

「同じ姿形してるくせに何が兄だこの馬鹿フィオ! モース! このクソ生意気な口はあんたの教育のせいか!」

 

 そんなシンクに対して微塵も物怖じせず―――というかここに居る彼の兄弟は皆彼に対して恐れる様子を見せたことは一度もないが―――すまし顔で、だが目はからかうような光を湛えて彼を煽るのは4番目のレプリカ、私がフィオと名付けた子だ。

 

「私は他の子たちと同様に教育しているので、フィオの個性ではありませんか?」

 

 鍋から目を離すわけにもいかないので、リビングに向かって少し声を張って答える。レプリカで、例え皆が同じ人物であるのだとしても、彼らは日々を過ごすうちにこうして少しずつ彼ら自身の個性を育んでいる。私はこの個性を潰してしまわぬよう、だが間違った道へと向かわぬように時間を縫って彼らに教育を施している。そういう意味では、フィオの人格形成の責任の一端は私にもあるのかもしれない。

 

「そう、個性。こんなに同じ顔が並んでいたら生半可なキャラ付けだと埋もれる。シンクが痛い仮面で個性をアピールするみたいに、僕はこうやって個性をアピール」

 

「僕のこの仮面はキャラ付けじゃない! いい加減にしないとホントにぶっ飛ばすよ!」

 

 いつもは周囲から一歩引く皮肉屋なシンクが、フィオ相手にムキになっている様子は、本当に彼らが兄弟のように見えて微笑ましい。この光景を見れただけでも、彼らを助けた甲斐はあったのだと思える。とはいえ、このまま放っておいてシンクがフィオの頭に拳骨でも落とそうものなら賑やかな食卓の雰囲気も沈んでしまうことだろう。私は出来上がったカレーの鍋を抱えてリビングへと向かった。

 

「まぁまぁ、落ち着いてください。カレーも出来上がったことですし、まずは食べませんか?」

 

「……とりあえず説教は食べてからしてやる」

 

「説教は不可避なのか、悲しみ」

 

 フィオはツヴァイと同じく表情こそあまり変わらないものの、雰囲気で感情が分かりやすい。いや、彼の感情が分かるくらい彼らと共に過ごしてきたからかもしれないが。

 

「さ、頂きましょう」

 

「「「頂きます」」」

 

 その食卓はとても楽しく、心安らぐものだった。罪深い私などがこの場に居ても良いのかと考えてしまうほどに。

 

 


 

 

 楽しかった時間があるならば、苦しい時間も当然ある。

 

「聞かせろ、モース。ヴァンの計画の詳細を」

 

 食事を終え、執務室で人心地ついていた私のもとに無遠慮に乗り込んできたのは私が苦手とする人物の一人であった。

 背中の中ほどまで伸びた深紅の髪。神託の盾騎士団の誰が言い出したのか、戦場で浴びた返り血に染まったのだと荒唐無稽な話は、彼の纏う雰囲気と二つ名のためかあながち嘘ではないと思わせる。事情を知っている私にとっては、そんな荒唐無稽な噂が真実であった方がいくらかマシだと考えてしまいそうであるのだが。

 

「アッシュ、いきなりどうしたというのですか」

 

「いいから話しやがれ。ヴァンの野郎がバチカルに行って不在の今じゃねぇとこうしてお前と接触できねぇんだからな」

 

 眉間に深い皺を刻みながら、彼は椅子に座る私を見下ろす。その右手が剣の柄に掛かっているのは脅しのつもりか、はたまた焦燥に駆られて無意識のうちにか。私としては是非とも前者であってほしい。そうでないと話の中で気づいたら斬り捨てられてしまう可能性が否定できないからだ。

 

「ヴァンの計画、と言われましてもな。あくまで彼と私は協力関係。彼が私のすることを完全に把握していないように、私もヴァンのやること、やろうとしていることを全て知っているわけではありません」

 

「御託はいい! こっちは少しでも情報を集めなきゃならねえんだ!」

 

 遂に彼の左手が執務机の天板に振り下ろされ、積んであった書類がふわりと舞った。

 彼の焦りも分かる。恐らく彼は確証は無いまでも、ヴァンが何か恐ろしいことを企んでいることを勘付いたのだ。だが、私は彼に情報を与えるつもりは無い。

 

 記憶の中の彼は、彼の写し身(ルーク)に対して凄まじい憎悪を見せていた。ヴァンの野望を阻止するという目的の一致があり、そのためには積極的に協力すべきであるにも拘わらず、対立する姿勢を崩すことは無かった。かと思えば、ルークと離れているときの彼は理知的で、人を思う青年であった。この極端な二面性は、果たして彼の気質に由来するものなのだろうか。私にはどうにもそう思えなかった。アッシュは聡い。およそ彼の年齢に似つかわしくない思慮深さがある。そんな彼が、ヴァンの野望を阻止するという目的の中で自らの感情を優先して動くことがあるのだろうか。

 

 彼が本来全ての怒りを向けるべきはヴァンのはずだ。キムラスカから彼を連れ去り、レプリカにその座を奪われ、それがヴァンの計画によるものだと悟ったとき、どうして彼はその怒りを彼のレプリカ、ルークにまで向けたのか。もちろんその気持ちも理解出来ないわけではない。だが、ルークもその存在をヴァンに弄ばれた被害者の一人。アッシュの中に割り切れない思いがあったにせよ、彼があそこまで頑なになった理由は。

 

 私はそこまで考えたところでとても恐ろしいことに気づいたのだ。

 

 彼は何も怒りのままにルークを殺そうとしていたのではない、ということに。ルークとアッシュが初めての邂逅を果たしたカイツールでの一幕。彼は怒りで自らの冷徹な計算を覆い隠し、ヴァンに悟らせないようにしていた。

 

 ヴァンの計画はルークの超震動でアクゼリュスを崩落させることが要石であった。ならば、ルークを殺してしまい、そして自らもまた死んでしまえばヴァンの計画は頓挫、あるいは大幅な遅延を余儀なくされる。もちろんデータが残っている以上、もう一度ルークが創られてしまうだろうが、それでも彼の計画に大きな狂いが出ることは間違いないだろう。そうなれば後はジェイドやティア、ナタリアらに事情を伝えておけばヴァンの野望を終わらせることも出来ただろう。

 

 ユリアシティでもそうだ。利用された後でなおヴァンに心を寄せるルークがこれ以上利用されないように、彼を殺そうとしていたのならば……。

 

 もし私がアッシュに私の知る情報を与えたとき、冷酷で計算高い彼の頭脳は一体どのような結果を導き出してしまうのか。

 

 目の前で焦燥で顔を歪めるアッシュの瞳の中に、私は冷徹な光を見た気がした。

 

「アッシュ。もし私が何らかの情報を持っているとしても、それを何故あなたに教える必要があるのですか」

 

「ッ、てめえ……!」

 

「私が、ヴァンはこの世界を滅亡させようとしている、などと言ったところでそれを裏付ける証拠などありません。不確かな情報を基にあなたが暴走するだけです。そしてあなたが暴走することすらもヴァンはお見通しでしょう。私ですら予想できるのですから。あなたの師であるあの男なら造作もないことです」

 

「ハッ、お人形遊びが趣味のくせに、随分と知ったような口を利くんだな」

 

「私にとってそれは挑発にはなりませんよ」

 

 私を怒らせて口を滑らせようとしたのかもしれないが、この程度の挑発など大詠師になるまでも、そしてなってからもごまんと聞いてきた。教団の中も外も、地位が上がれば大差は無い。人は皆虎視眈々と権力の座を狙い、自らが手を汚さぬように何とか相手の失態を引き出そうとする。そんな狸や狐を相手取ってきた自分からすれば、目の前の青年が放つ挑発はむしろ微笑ましくすらある。

 

「もし、あなたが何かを掴んだというのなら、まずはそれを信頼できる人と相談するところから始めるべきでしょう。もちろん、私がその相手に選ばれたならば光栄ですが」

 

「フン、誰が貴様を信用するものか!」

 

「まあ、そうでしょう。ならばディストに話してみると良いでしょう」

 

「ディストだと……?」

 

 アッシュは私の言葉に怪訝な表情を隠そうともしない。それだけであの変人に対するアッシュの評価が良く分かるというものだ。私もそれは否定しないが。

 

「ええ。彼は私とも、ヴァンとも深いつながりはありません。ただ彼は彼の目的のためにヴァンや私にその知識と技術を与え、対価を受け取っているに過ぎません。あなたが彼の興味を惹く対価を提示すれば彼は快くあなたに協力するでしょうね、私やヴァンには内密で」

 

 そしてディストにとってアッシュは喉から手が出るほど欲しい対価を持っている。完全同位体のオリジナルであるという対価を。今のシェリダンの設備でアッシュのデータを取り、フォミクリーが彼に与えた影響、ルークと彼の間にある不可思議な繋がりは、かの天才の知的好奇心をくすぐって止まないことだろう。

 

 アッシュは先ほどまでの苛立ちを霧散させ、今は顎に手を当てて思案に耽っている。その姿は彼の容姿と相まってとても絵になる光景だ。

 

「……貴様の提案を受け入れるわけじゃないが、今は出直すことにしよう」

 

「それは助かります。もしあなたが確たる何かを掴んだのならば、再びこうして話をすることもあるかもしれませんね」

 

 私の言葉に返答することなく、彼は部屋を後にした。

 

 それを見送った私は、彼の足音が部屋から遠ざかっていったことを確認してようやく無意識のうちに総身に籠めていた力を大きなため息と共に抜き、椅子に深く身体を沈めて一息つくことが出来たのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

教団の闇と私

気が付いたらちょこちょこお気に入り登録をされているばかりか評価までして頂いてました(ハーメルンの機能全然把握してないマン)

まさかこんなニッチ過ぎるものに栞を挟んでくださる方がいるとは思わず手が震えました。
読んでくださる皆様、評価や感想をいただいた皆様にこの場を借りてお礼申し上げます。

自給自足がメイン目的のため、相変わらず書きたいものを書き散らすスタイルですがそれでもよろしければ今後もよろしくお願いいたします。

そしてあやふやな知識で書いているため既にガバが発生し始めていますが、独自設定()ということで……

そして早速その言い訳を利用してオリキャラが出てきますが、何卒ご容赦ください。


 かつて記憶の中の私が狂信的とも言えるほどに預言(スコア)の成就を願っていたことはもはや語るまでもないことだが、そんな人間が教団のトップに登り詰めたという事実から、このローレライ教団について二つの異なる考察が可能だ。

 

 一つは教団という組織は実務能力に長けていれば、多少の人格的な問題は無視されるというもの。これは記憶の中の私が周囲に対してどのように振る舞っていたかを考えればさもありなんと思わされる考察だ。一国の公爵家嫡男や、血の繋がりは無いと知っていたとしても対外的には王女として受け入れられている女性に対しても尊大な態度を崩すことは無かった。この世界の一大宗教の実質的なトップではあるとはいえ、褒められた態度ではない。

 

 当初は私も、この考察の通り教団は能力主義であるのだろうと考えていた。だが、実際に目の当たりにし、私はもっと恐ろしい考えに至ったのだ。

 それがもう一つの考察。教団という特殊な組織においては、預言(スコア)を絶対視することに対して何ら疑問はなく、むしろ預言(スコア)の成就を優先することがより良い人格として評価される、というものだ。

 

 私の目の前で唾を撒き散らかさんばかりの勢いで言い募る男を見て、私はこの恐ろしい考察が正しいのかもしれないという考えを深めていた。

 

「大詠師モース! マルクトとキムラスカの緊張状態は今が最高です。今こそキムラスカに開戦を提言すべきではありませんか!」

 

「……詠師オーレル。少しは落ち着いていただけませんか」

 

 アッシュとの胃に穴が開くような会談を終え、しばらくは急いですべきことも少ないだろうと日々の仕事に精を出していたところに、この男はやってきた。

 

 詠師オーレル。大詠師派の急先鋒であり、派閥の中で急速に存在感を増している男である。まるで記憶の中の私のように、身体にはだらしなく肉がつき、歩くたびに顎の肉が揺れるような有様だが、その巨体を揺らして演説する様は堂に入ったものである。

 

「これが落ち着いていられますか! もたもたしていて機を逃すわけにはいきません! 預言(スコア)を歯牙にもかけぬマルクトの若造が何やら動いているとも風の噂で聞いております。万が一マルクトが先制してキムラスカに痛撃してしまうか、あろうことか和平など結んでしまったらどうするのです!」

 

 熱弁を振るう男の揺れる顎肉をぼんやり眺めながら、少なくともこのような不健康な風体にならなかっただけでも、日々の鍛錬は無駄ではなかったようで少し安心できる、などと益体の無いことを考えてしまった。

 しかし、徹底的に行動を秘匿しているであろうマルクトの和平に対して言及するあたり、預言(スコア)に対する執着というのもあながち馬鹿に出来たものではないのかもしれない。

 

「今こそユリアが示した未曽有の繁栄が訪れようとしているのですよ! 大詠師であるならばこの機にあらゆる手段をもってキムラスカに開戦させるよう働きかけるべきでしょう!」

 

 熱に浮かされたような口調で何とも恐ろしいことを言うものだ。戦争が起こればどれほどの人が死に、行き場を失くすことか。例え未曽有の繁栄が訪れるとしても、それを享受できない人にとってはただただ悲惨でしかない。そんな戦争を、彼は積極的に起こすように言う。いや、彼だけではない、彼のように公言こそしないものの、大詠師派の多くは預言(スコア)の成就を願っているのだから、戦争が起こることを望んでいるのだ。そこにどれだけの犠牲が生まれるかを承知していたとしても。そうでなければ、この男が派閥内で力をつけることは無いだろう。

 

「確かにユリアはマルクトとキムラスカの戦争の果てにキムラスカの繁栄を詠みました。ですが、戦争が起これば多くの市民が命を失うことになります。兵士だけではない、罪もない一般市民が戦禍に巻き込まれることのないように教団としても態勢を整えなければなりません」

 

「それでは遅いというのです! それに戦争はマルクトの敗北で終わるのですよ? 死者が多く出るのはマルクト、預言(スコア)を軽んじる愚か者の国です。始祖ユリアに背くものが彼女の恩恵に預かれなくとも何も問題は無いではありませんか。ダアトの民がことは戦禍に巻き込まれるなどということも預言(スコア)には詠まれておりませんし」

 

 本気で言っているのだろうか、この男は。いや、本気なのだろう。彼は自分が安全圏にいると確信している。預言(スコア)に詠まれていないから、死ぬのは自分以外の取るに足らない人間しかいないから、本気で戦争が起こり、何千、何万もの人々が容易く命を落としても良いと考えているのだ。そしてそんな思想を肯定してしまうような雰囲気が、教団の上層部、大詠師派の中には漂っているということだ。

 

 始祖ユリア、あなたは余りにも偉大過ぎた。人々が己の運命に立ち向かい、自らを律する強さを失ってしまうほどに。

 

「大詠師に許されているのはあくまで求められたときに預言(スコア)に基づいて助言をすることでしかありません。他国の政治に口を出すのは筋違いですよ」

 

「筋違いなものですか、偉大なる始祖ユリアの遺志に適う行いなのですから」

 

 私が何を言おうと詠師オーレルは聞く耳を持たない。いや、彼からすれば私の方がおかしいのだ。実際、ユリアの遺した預言(スコア)通りの状況が整いつつあり、そしてその先には未曾有の繫栄が約束されている。ならば、その成就を願うのは当たり前の話だ。これまで一度も外れた事のないそれは信用するしないではなく、絶対のものなのだから。

 

 だが、短い繫栄の先に待つのはこの大地、オールドラントそのものの死だ。もし人々が預言(スコア)から解放されなければ、逃れえぬ破滅が待っている。あり得ない仮定だが、もし私が預言(スコア)の結末だけを知り、ルークのことを知らなければ、あるいは人類に絶望してヴァンの計画に加担していたかもしれない。そうすれば少なくともこの世界で人々は生き続ける。ユリアの預言(呪い)から解放されて。

 

「とにかく、近いうちにキムラスカに赴かれるべきですぞ。その際は是非とも私も同行させて頂きたい」

 

「……ハァ、そうですね。そのときにはあなたに同行をお願いします」

 

「ええ、お任せください!」

 

 この男をダアトに残していけば、その弁舌を伸び伸びと振るってますます力をつけるだろう。それを許すくらいならば、私に同行させて目の届くところに置いておく方がまだ安心できる。

 私の記憶の中にはこの男は影も形もなかったと思うのだが、確証は持てない。私の記憶はあくまでルーク達の旅を見守るものであり、モース(記憶の中の私)の動きを全て見ていたわけではないからだ。あるいは精力的に飛び回っていたモースに代わり、この男が教団内の取りまとめをしていたのかもしれない。

 

 この男に言われるまでもなく、キムラスカには訪れるつもりではあった。私とルークはそこで初めて顔を合わすことになるのだから。彼の旅がもう始まってしまったのかはまだ定かではないが、アニスと合流すれば連絡が入るはずである。

 あまりキムラスカに戦争を勧めるようなことを言いたくは無いが、この男が同行する以上それは難しいだろう。ならば私に出来ることはいかに被害を少なく戦争を終わらせるかを考えることだ。

 

 腹をユサユサと揺らしながら上機嫌に去っていく詠師を見ながら、私は痛み始めた頭を労わるようにこめかみを揉み解すのだった。

 

 


 

 

「それで、私に声を掛けるってことは結構困ってるってことだろう?」

 

 詠師オーレルとの会合から暫く経った頃、私は任務を終えてダアトに帰ってきたカンタビレを執務室へと呼び出していた。任務報告直後で疲れているにも拘わらず、彼女は少なくとも表面的には快く召喚に応じてくれたのだった。

 

「そうですね。あなたの手どころかねこにんの手も借りたいくらいですよ」

 

「ハッハッハッ、お前がそんなことを言うってことは相当だね。良いさ、聞いてやるから言ってみな」

 

 豪気に笑い飛ばしてくれる彼女の何と頼りになることか。私は椅子に座ったままの状態ながらも頭を下げると、今のマルクトとキムラスカの状況、大詠師派に漂う雰囲気について彼女に話した。

 

「……任務であちこち飛び回ってるからな、きな臭くなってきてるのは私も感じちゃいるが。そこまでになってるのかい」

 

「そうですね。預言(スコア)の成就が近いと皆が浮足立っています」

 

「ったく、仮にも大詠師なんだからそれくらい舵取りしな」

 

「耳が痛いですが、その通りですな。ですがどうにも私一人の手に余りまして、お恥ずかしい限りですがあなたの力をお借りしたいのです」

 

 彼女のもっともな指摘に、私は申し訳なさから下げた頭を上げることが出来ない。私は腐っても大詠師であり、派閥の長であるのだから、もう少しやりようがあっただろう。フローリアン達やアリエッタなど、私の中の記憶に踊らされ、肝心の足元を疎かにしていたのは確かだ。

 

「……ハァ、お前はそうやって抱え込む奴だったね。冗談だよ、お前が精一杯やってるのはこっちだって知ってるんだ。これ以上頑張ったら倒れちまうよ」

 

「いえ、事実ですからな。言われても仕方ありません」

 

「だーから、そんなに抱え込むんじゃないって!」

 

 その言葉と共に私の肩に彼女の手が置かれた。それに釣られて顔を上げると、普段浮かべている勝気な表情からは想像もつかない優しい目が私を見つめていた。

 

「ほら、私に頼みたいことがあるんだろ? 遠慮なく言いな。お前がこんなことで潰れちまったら私も困るんだ」

 

「……本当にありがとうございます」

 

 彼女に促されるままに私は話を続ける。

 

「今の大詠師派の勢いは止まらないでしょう。詠師オーレルが熱心に説いて回っていますしね。それに六神将も動き始めています、恐らくヴァンの指示を受けているのでしょう」

 

「そうなるとあんたが動かせる駒は殆ど無いわけだね。情報部隊はどうしたんだい?」

 

「彼らには皆特命を与えています。それに規模も小さいですからね。どうしても手が足りません」

 

「残るは中立派、あからさまに導師派とも大詠師派とも距離を取ってる私のところくらいしか自由に動けないね。それで、お前は私に何をさせたいんだい?」

 

 先を促す彼女に、私は数舜言葉に詰まった。この先を続けてしまえば、もう後戻りは出来ないだろう。この一手が場合によっては決定的な歪みとなり、ルーク達の旅の行く末を変えてしまう可能性は否定できない。それでも、私はこの手を指すしかないと考えてしまっている。

 

「……アクゼリュスです」

 

「アクゼリュス? あの鉱山都市かい。あそこが一体どうしたっていうのさ」

 

「現在、アクゼリュスでは謎の毒が鉱山の奥深くから湧いています。短時間ならば問題はありませんが、長期間被ばくすると体調を崩し、最悪死に至る可能性もあります」

 

「……そんな情報は出回ってなかったはずだが」

 

「今はまだそこまで重篤な症状の者は出ていません。ですが、近いうちに被害が拡大します」

 

「ってことは、私は師団を率いてアクゼリュスの住民を避難させれば良いってことかい?」

 

「ええ。それもキムラスカ、マルクトに知られることなくです」

 

 私のこの言葉に、カンタビレは怪訝な顔をする。

 

「知られることなく? アクゼリュスは国境付近の街だ。両国に応援要請した方が良いんじゃないのかい?」

 

「マルクト側からは山道の土砂崩れで近づけませんし、キムラスカは応援を出すことはないでしょう。キムラスカはこれを利用するつもりです」

 

「利用? 一体何に……?」

 

「ND2018、ローレライの力を継ぐ若者、人々を引き連れ鉱山の街へと向かう。そこで若者は力を災いとし、キムラスカの武器となって街とともに消滅す」

 

「ユリア・ジュエの預言(スコア)か!」

 

 目を見開くカンタビレに、私は首肯を返した。彼女は忌々しそうに目を細め、私の肩に置いた手に力を籠めた。

 

「随分と胸糞悪いもんを遺したね、始祖ユリアは」

 

「キムラスカはこれを成就させるように動くでしょう。ならば住人を助けるため、という大義名分を使う機会を自分から潰しにいくことはありますまい」

 

「お前が私に頼みたいことは分かった。お前がやりたいこともね。とりあえず私は最悪の事態を考えて動かせる奴は動かしておくよ」

 

「ありがとうございます。あなたが動いてくれるのなら、私も危ない橋を渡った甲斐がありました」

 

「本当にね。教団上層部しか知らない秘預言(クローズドスコア)をたかが師団長に漏らすなんて、大詠師派の奴らに聞かれたら一巻の終わりだよ。それに私がこのことを誰かに話すとか考えなかったのかい?」

 

「そのリスクを甘受してでも、話すべきでしたから」

 

 最後の言葉は、彼女の眼を正面から見据えて発した。それだけの覚悟を持っていると示すために。私だけでなく、彼女もこれから危険な場所に赴くことになる。ならばせめてそれに見合うだけの誠意を示す必要があるだろう。

 

「フッ、そこまで買われたんだ。応えなきゃ人として最低になるな。任せなモース。あんたの期待に応えてみせるさ」

 

 私の言葉を受けた彼女の表情は、いつも通りの自信に溢れたもので、それを見るだけで私も安心感を覚えてしまった。やはり彼女に頼って良かったのだと。

 

 さぁ、私が出来ることはやった。ここからは化かし合いといこうじゃないか、ヴァン。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

光の都と私

アライズが楽しいので初投稿です

投稿ペースについてですが、展開が思いつき次第文字起こししてるようなものなので非常に不安定です。妄想力が続く限りは週刊ペース以上をキープするつもりです。

拙作に感想を頂いて手が震えながらも書いていきます。頂いた感想については全て読ませて頂いているのですが、一つ返信するのに時間が恐ろしくかかる遅筆のため、感想に対しては本編の更新で応えようというストロングスタイルです。申し訳ございません。

それと誤字報告をしてくださる方に感謝を。推敲しているつもりでも書いてるうちに脳が溶けているので見落としてしまっています。

今後ともよろしくお願いいたします。

日課の日刊ランキング漁りをしていたら拙作を発見して仰天しました。アビスは根強いファンがいるのだと嬉しくなりました。


「遂に来ましたか……」

 

 いつも通りの朝。いつも通りの執務室。だが椅子に座る私は、表情には出さないものの激しい動悸を感じていた。

 きっかけはキムラスカからもたらされた一通の書簡。

 

 バチカルにて公爵家嫡男、ルーク・フォン・ファブレが謎の襲撃者に襲われ、行方不明。

 

 書簡の中の一文が指し示すのは旅の始まり。ティアがファブレ邸を訪れ、ヴァンを襲ったのだろう。そしてルークがそれを防ぎ、二人の間に起きた超振動が彼らをタタル渓谷に飛ばしてしまった。

 キムラスカとしてはたまったものではないだろう。何せ預言(スコア)に示された年に、その要となる青年が行方不明になってしまったのだから。キムラスカは預言(スコア)に約束された繁栄のために、彼にはその時まで生きていてもらわなければいけない。だから私を呼ぶのだ。預言(スコア)によってルークがその時まで生き長らえていることを確認し、安心するために。

 

「ハイマン君に詠師オーレルを呼んでもらわなければいけませんね」

 

 以前の約束通りに彼はバチカルに連れて行かねばなるまい。私がバチカルに赴く目的の半分は彼のせいで達成できないかもしれないが、もう半分の目的はこの機に是が非でも達成しておかなくてはならない。

 

 ルークの父親、クリムゾン・ヘアツォーク・フォン・ファブレの真意、それを確かめるという目的を。

 

 


 

 

「いやはや、相も変わらず雅な都市ですなぁ」

 

 バチカルという都市は縦に広がる世界でも類を見ない都市であり、人々は街の各所に設置された空中ゴンドラに乗って行き来する。バチカルの港から街へと昇る空中ゴンドラに揺られながら、詠師オーレルは上機嫌に街を見渡していた。彼と交流の無い人間であっても、今の彼が浮かれているのは一目で分かることだろう。

 

「モース様も座っていないで景色を眺めませんか? 何度見ても素晴らしい」

 

「遠慮しておきます。あなたは随分と楽しそうですね」

 

「それはそうでしょうとも。始祖ユリアの遺志を継ぐ者としては無理もありますまい。むしろモース様はよくご自身を律していらっしゃる」

 

 大袈裟に両手を左右に広げて語る彼は根っからのアジテーターなのだろう。今このゴンドラに乗っているのが私と彼、教団の預言士(スコアラー)、護衛の神託の盾騎士団員数名と、身内しかいないというのに彼はここが演台と言わんばかりに身振り手振りを交えて話す。

 

「こうしてキムラスカに請われて預言(スコア)を詠む度に私は始祖ユリアの偉大さを噛み締めるのですよ。彼女の遺志を継いだ教団で詠師となった私自身が誇らしくて仕方ない。始祖ユリアの威光はかの大国をもひれ伏さざるを得ない、とね」

 

「あくまで我々はこの世界で迷う人々が少しでも良い選択が出来るように預言(スコア)を詠むことが生業です。ユリア・ジュエの威光を笠に着ることがローレライ教団のすることではありませんよ」

 

「もちろんです。始祖ユリアの教えの通り、人々が従うべき預言(スコア)を授けることが我らの使命。忘れたことはありませんとも」

 

 違う、と言いたい。ユリア・ジュエが彼のような思想で人々に預言(スコア)を遺したのではないと私は信じている。かつて終わらぬ戦争の中で、ローレライと契約を交わした彼女が望んだのは、隣を歩く人が笑っていられるような、そんな些細な幸せが踏みにじられないような世界だったと信じたい。少なくとも、今目の前で口を大きく歪めて笑い、ぎらつくような権力欲を目に漲らせている男とは異なる思想であったと思いたいのだ。

 

 ゴンドラを乗り換え、昇降機によって辿り着いた先はこの国の最高府。グランコクマの王宮が見るものの目を奪う美しさを持っているのに対し、バチカルの王城は見るものに圧し掛かるような威圧感を与える。重苦しい扉を潜り抜け、謁見の間に待っていたのはインゴベルト六世を始めとするキムラスカの重鎮達であった。

 

「ローレライ教団、大詠師モース、詠師オーレル。キムラスカ・ランバルディア王国の要請を受け馳せ参じました。インゴベルト六世陛下にお目通り叶いまして光栄の至りでございます」

 

 護衛の騎士団員は謁見の間に立ち入ることを許されていない。この場にいるのは私と詠師オーレル、そして教団から連れてきた預言士(スコアラー)の三人である。私の言葉に合わせ、私を含めた三人は玉座に腰かけるインゴベルト陛下に対して膝をついた。

 

「よい、面を上げよ。よく召喚に応じた。此度の召喚の理由については把握しているな? 早速頼む」

 

 陛下の言葉に、私たちは揃って顔を上げる。私が預言士(スコアラー)に目をやって促すと、預言士(スコアラー)は一歩前に進み出てから第七音素(セブンスフォニム)を励起させた。

 

 

 朗々と預言(スコア)を詠みあげる声が止むと、謁見の間にはどこか弛緩したような空気が漂っていた。

 

「ふむ、此度の失踪によるルークの死は預言(スコア)には無いようだな」

 

 インゴベルト陛下は、そう呟いて安堵のため息を漏らした。死ぬべき時に死ぬために今生きていることを安堵する。どこまで残酷なことだろう。ましてやルークは生まれてからまだ7年しか生きていないというのに。

 

預言(スコア)には聖なる焔の光の死は詠まれておりません。ですので彼の捜索を積極的に推し進めるべきかと愚考いたします」

 

「既に始めておる。だがルークが飛び去ったのはマルクトの方角という。流石に国境を越えて軍を動かすわけにもいかん。その場に立ち会っていたヴァンに旅券を持たせてマルクトへと送るのが精一杯だ」

 

 やはりそうなったか。私は舌打ちしたくなるのを何とか抑えた。ここで文句を言っても仕方がない。キムラスカからしてもマルクトとの緊張が高まっている段階で不用意にキムラスカの軍人をマルクト領に入れたくはないだろう。それにヴァンは導師イオンの捜索という名目でキムラスカとマルクトを自由に行き来することが出来る上に、ルークが最も信用している人間だ。彼にルークの捜索を任せるのはキムラスカにとっては極々自然なことだ。とはいえ、そうやってルークを連れ戻させてヴァンは拘束してしまうあたり、為政者としての狡猾さもしっかりと見せているから陛下は食えない男だ。

 そしてこの一手によって、ルークがヴァンに取り込まれてしまうことが確実なものとなってしまった。慣れぬ環境に惑い、見た目にそぐわぬ幼さを見せる彼は導師イオン以外の仲間から不興を買い、その傷にヴァンが付け入ってしまう。アクゼリュスの悲劇は、この時点で決まってしまっていたのかもしれない。

 

「……そうですか、ではそちらはヴァンに任せるしかありませんな」

 

「インゴベルト陛下、大詠師モース。差し出がましいとは存じますが、私にも発言の機会を与えて頂けますかな?」

 

 私の言葉尻に被せるようにして、問題の男が口を開いた。ここまでついて来た以上口を挟まないわけがないとは思っていたが、予想以上に積極的だ。

 

「詠師オーレル、控えなさい」

 

「よい、モース。オーレルと言ったか、申してみよ」

 

 制しようとした私をインゴベルト陛下が遮り、オーレルを促した。預言(スコア)を重視し過ぎるきらいがあるとはいえ、基本的に陛下は善性の人間だ。だからこそ本来なら無礼なこの振る舞いも一度は許容する。

 それを知ってか知らずか、もしかしたらその嗅覚で嗅ぎ付けたのかもしれないが、オーレルは笑みを深めると、歩を進めた。

 

「ではお言葉に甘えまして。この場にいる方はご存知の通り、現在のキムラスカとマルクトの緊張状態は過去最高といっても過言ではありますまい。民たちはそれを敏感に感じ取り、日夜不安を感じていることでしょう。民の不安を和らげるためにも、兵たちを動かすべきではと愚考する次第であります」

 

 表面上は民を慮った発言。だが、その裏にある意図はおぞましいものだ。

 

 戦争の準備をせよ。国境の兵を厚くし、宣戦に備えよ。

 

 彼の発言は、私にはこのように聞こえた。

 

「キムラスカ、マルクトを問わずダアトには不安を感じた民たちが日夜押し寄せております。今は大詠師モースの取り計らいによってダアト周辺に何とか住まわせることも出来ていますが、それもいつまで続くことやら……、ローレライ教団としても、ダアトに住む一市民としても民たちが安心して暮らせるようになることを願うばかりでございます」

 

 彼の演説は聞くものを惹き込む力を持っている。時に感情的に、時に冷徹に、発する言葉に巧みに自らの感情を織り込み、聞くものの心に働きかける。更に言っていることが大袈裟であるものの嘘とまでは言えないこともまた彼の言葉が力を持つ理由の一つだ。

 腹を揺らし、両手を広げ、言葉を紡ぐ彼を止めるものは誰もいない。

 

「ダアトを発ち、バチカルへと至った私めはバチカルの荘厳な街並み、そこに住まう人々の笑顔にインゴベルト陛下の治世の素晴らしさを目の当たりにした思いです。その陛下のご威光が国中に広がれば、今の不安に怯える国境の民も安心して夜を眠れることでしょう」

 

 最後は大袈裟にお辞儀をして締めくくった彼は、舞台をやり切った演者のように息を切らしていた。

 

「……ふむ、オーレルとやら。お主の言いたいことは分かった。確かに国境近くに住まう民が不安を覚えていることは私も感じている」

 

 陛下はそう言ってオーレルの言を認めつつも、だが、と言葉を続けた。

 

「この緊張状態はマルクトも同様。今ここで私がゴールドバーグ将軍に命じて兵を動かせば、それこそが引き金となって戦乱を巻き起こしかねん。ルークも戻っておらぬ今、そのような危ない橋を渡る必要は感じられんのだよ」

 

 こう返されることは私にとって当たり前であったし、詠師オーレルにとっても想定内のはずだ。それでも彼が今ここで進言した意図は何か。彼は陛下の言葉を受けても自信に満ちた笑みを崩すことはなかった。

 

「そうです。懸念点はルーク様が戻っておられぬということ。ですが陛下、ルーク様の出奔についてどうにも私は疑わねばならぬ人物がいると言わざるを得ないのです」

 

「ほう? ファブレ家の使用人はルークはヴァンを狙う謎の刺客からヴァンを庇い、爆発のようなもので飛ばされたと申しておったが」

 

「そこですよ。何故、神託の盾騎士団の主席総長ともあろうヴァンが、彼の教え子であるルークに庇われるのでしょう。刺客など、ヴァン一人で対応出来たはずではありませんか」

 

「屋敷に潜り込んだのは第七音譜術士(セブンスフォニマー)であり、謎の術で身動きが取れなかったとヴァンは言っておった」

 

「ではルーク様だけが動くことが出来たと? 何とも不思議な話ですな」

 

 その疑いについては陛下も考えていることだろう。だからこそルークを連れて戻った際にヴァンが拘束されたのだから。まさか記憶の中では私がこの進言をしてヴァンを拘束させたのだろうか。

 

「……何が言いたい、詠師オーレル」

 

「ヴァンとその刺客は繋がっていたかもしれませんぞ。ルーク様を出奔させるためにヴァンが一芝居打ったとは考えられませぬか? ……そしてその裏に糸を引いた者がいるとも」

 

 彼が付け足すように呟いた一言に、私は何故か背筋に怖気が走った。思わず顔を上げて彼を見据えると、彼もまたこちらを見ていた。その目にいつか見た権力欲をぎらつかせながら。

 

「ヴァンは神託の盾騎士団の主席総長として、ローレライ教団の大詠師モースと日頃から密に連絡を取り合っておりました。ヴァンがルーク様の出奔に関わったとするなら、大詠師モースがそれを知らぬとは私にはどうしても思えませぬ。お二人は教団内でも普段から秘密の会合を行っているようでしたからな」

 

 その言葉に私は今更ながらに彼の意図を察した。彼はルークの失踪を最大限に利用して自らの権力を拡大する気だ。ヴァンと私、神託の盾騎士団とローレライ教団の実質的な2トップを追い落とせば、次にお鉢が回ってくるのは教団内の最大派閥である大詠師派で急速に力をつけた自身だ。

 彼は望んでいたのは預言(スコア)の成就だけではなかった。それを成し遂げたのが自分であるという名誉。教団の歴史に名を刻み、揺るがぬことのない地位すらも、彼は求めていた。

 

「私はこの大詠師モースこそがルーク様の出奔の糸を引いていたと進言いたしますぞ! ヴァンと共謀してルーク様を掌中に収め、預言(スコア)を盾に偉大なる陛下の治める王国を支配せしめんと!」

 

 私に振り返った彼の顔は、まるで記憶の中の私のような、欲に溺れた醜悪な笑みを浮かべていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

疑惑と私

書き溜めが完全に尽きたので初投稿です


「ふむ、その方が言うことは真か、モースよ」

 

 玉座に腰かけたままのインゴベルト陛下の視線が私を射抜く。その視線にも、私は動揺を見せることはない。この程度、慌てるまでも無い。教団の中での権力争いもこれに近いことは今まであった。そのことや、各国の重鎮との交渉に比べれば言いがかりに過ぎない彼の主張を退ける程度訳はない。

 

「……一詠師の世迷言ですな。論ずるにも値しない」

 

「ではこやつの言うことは出鱈目であるというのだな。だが、この者の言う通りヴァンが刺客に後れを取ったとは考えづらい」

 

「ヴァンが何を企んでいるのかは分かりかねますが、何らかの意図があったのかもしれませんな。確かに私は大詠師であります故、主席総長であるヴァンとは話をする機会が人より多くなるでしょう。だがそれはあくまで職務の上でのこと、詠師オーレルの言う秘密の会合など覚えがありませぬ。何より私はこれまでキムラスカの発展のために教団を通して尽力してまいりました。そんな私が陛下に弓引くことがありましょうか」

 

「口では何とでも言えますな」

 

 詠師オーレルが食い下がろうと私の発言を遮る。まだ諦めていないのか。

 

「確かに口では何とでも言えますな。ですから陛下には私のこれまでの行動で判断して頂きたい。私がこれまでキムラスカに尽力したことと、突然現れてこのようなことを言いだす男のどちらを信用するのか」

 

 私はこれまで大詠師として大過なく仕事をこなしてきた。それはもちろんキムラスカとの外交も含めてである。自治独立を許されているダアトはしかし単独では立ちいかない。ダアトは都市でありながら国としてキムラスカ、マルクトと対等に交渉をしなければならないわけだ。キムラスカにとって私は慣れ親しんだ外交官であり、互いの急所を抑え合っている仲である。

 

 キムラスカ王家が公爵家の嫡男を預言(スコア)に従って見殺しにしようと画策していることを握っている私がこの情報を公開すれば王への信頼は地に墜ちる。同時に、預言(スコア)の成就のため、そんな恐ろしい画策に表向きは進んで協力していた私も教団を追われることになるが。

 

 そんな私を不用意にインゴベルト陛下が罰することはないと断言できる。事実、私を見る陛下の目に懐疑の色は薄いのだから。

 だが、それくらいこの小賢しい男ならば理解しているはずだ。なのに、今この場で彼は私を陥れようとしている。それはこの男の権力欲が暴走した故か、あるいは動くに値するだけの何かをこの男は掴んでいるのか。

 

 前者ならば問題はない。これまでもあった権力闘争と同じく、彼を沈めてしまえばいい。だが後者ならば? 私にとって致命的な何かを、この男が握っているとすれば。

 

 私は思考を目まぐるしく働かせながら陛下の言葉を待っていたが、次に言葉を発したのは陛下ではなかった。

 

「確かに大詠師モースのこれまでの働きは我が国にとって利となったことだろう。だがそれはこの詠師オーレルも理解しているはず。であるならば、口にするだけの何かをこの男は握っているのではないか」

 

 その言葉を発したのは、インゴベルト陛下の右手側に佇み、今まで頑なに沈黙を保っていた男。側頭部に残る髪と髭は白くなってしまったが、未だにその総身から溢れる覇気は衰えを感じさせない将。キムラスカが誇る王国軍の第一師団長、ゴールドバーグ将軍であった。

 予想外の方向から飛んできた刃に、私は無意識に驚きの表情を浮かべていたようだ。詠師オーレルの顔が愉悦に歪むのを見て、初めてそれを認識した。

 

「ゴールドバーグ将軍、この者から何か聞いているのか」

 

 陛下の信任厚いこの男が言うことは、先ほどまで陛下の中にあった私への信頼が微かにでも揺らがせてしまう。彼が言うのだから、本当に何かあるのかもしれない、と。つまりこれが詠師オーレルが隠し持っていた武器の一つというわけだ。一体いつの間にこのような根回しを済ませていた? 少なくともバチカル行きに同行を願い出たときにはこの算段は付けていたはずだ。だが、その動きが全く私に入ってこないということがあり得るだろうか。

 

「私も詳しくは聞いておりませぬ、教団の行く末に関わる大問題に大詠師モースが関与しているとだけ」

 

「ふむ、ならば詳しく聞かねばなるまい。オーレルよ、続けよ」

 

 そして最悪の想定通りに話は進もうとしている。インゴベルト陛下が詠師オーレルの話を聞く姿勢を見せた。腹心からの忠言によってオーレルの言葉は先ほどまでよりも受け入れられ易くなった状態で。

 

「我らローレライ教団の導師イオンはお体が弱く、ここ最近も体調が思わしくないとのことで療養されております。そのことは教団のみならず、陛下のお耳にも入っていることでしょう」

 

 陛下の言葉を受け、水を得た魚のように再び彼の口は言葉を紡ぎだす。何と見事な台本を用意したものだと、部外者ならば感心してしまいそうになるが、今の私にそこまでの余裕はなかった。この話を切り出したということは、彼が握っている情報は正しく今の私にとって致命傷を与えうるものだ。

 

「ですが不思議なことにですな。導師様は教団内の私室でお休みになられているにも拘わらず、部屋から出ている姿を見た者は誰もおりません。食事にすら出てきていないのです」

 

「それは導師様の私室で生活が完結するように整えられているからであって……」

 

「モース。今はこの者の話を聞いている」

 

 口を挟んだ私をゴールドバーグ将軍が諫める。陛下もそれを見て視線で詠師オーレルに先を促した。形勢は悪化していくばかりだ。

 

「更におかしなことに、導師様の部屋の前には常に神託の盾騎士団の者がついており、見舞客であろうと誰も部屋に入ることが叶いません。詠師である私すらもです」

 

 先ほどよりもヒートアップしてきた彼の右足が、陛下の玉座に続く階段にかかった。

 

「極めつけに導師守護役ですら、その姿が見えないのです。これは流石におかしいと考え、私はそんなはずがないと思いながらも大詠師モースと導師イオンについて独自に調べを進めていたのです」

 

 私はかつてこの男を見たときに、まるで記憶の中の私のようだと感じた。それはこの男の異常なまでの預言(スコア)への執着、権力への欲がそう感じさせた。

 ならば、私はその時にこの男を最大限に警戒すべきだったのだ。記憶の中の私が、如何なる手段を用いてでも預言(スコア)の成就にしがみついたように、今目の間で朗々と話すこの男も、同様の執念を持っているはずだったのだから。

 

「騎士団の目を盗み、導師様の部屋の様子を伺った私は驚きました」

 

 彼の演説はクライマックスに向けて更に白熱していく。更に一段、彼は昇った。

 

「導師様の部屋はもぬけの殻でございました。では騎士団は何を守っていたのでしょう?」

 

 更に一段。遂に彼はインゴベルト陛下の目の前に到達した。だが、それを咎めるものは今この場にはいない。この場の空気を支配しているのは詠師オーレルだからだ。彼の許可なく、口を開くことが出来るものはいない。教団のただの詠師とは思えない雰囲気が、彼を実際以上に権威的な存在へと見せていた。

 

「騎士団が守っていたのは導師様ではないのです。守っていたのは大詠師モースの黒い秘密」

 

 陛下の左耳に顔を寄せ、まるで耳から毒を吹き込むかのように、彼は囁く。そして私へと振り返り、今度こそ勝ち誇ったような笑みを浮かべた。

 

「導師イオンは、休養などではなく、他ならぬ大詠師モースによって教団を追われたのです」

 

 私にとって致命傷となりうる矢が放たれてしまった。

 

 謁見の間に漂う空気が重く感じる。それはゴールドバーグ将軍を始めとしたキムラスカ重鎮達の猜疑の目に晒されていることに加え、陛下すらも疑いの色を濃くした瞳で私を射貫いているからだ。

 

「大詠師モース。そなたは導師イオンが体調を崩しているゆえに療養していると言っていたな。だがこの者は導師イオンはダアトにいないという。どういうことだ」

 

 ここでの答え如何では、私は投獄されるだけではなく、大詠師の地位も剥奪されてしまうことだろう。

 私一人が責を負うならば構わない。だが、今ここで私がダアトに戻れなくなってしまえば、フローリアン達はどうなる。ディストが資金提供もなく善意でレプリカの諸問題について研究を進めてくれる保証はどこにある。そうなれば、ルークは、導師イオンは、記憶の通りに消えてしまうのか。戦争が起こり、障気が大地を覆う悲惨な記憶を現実のものにして良いはずが無い。何より、私を信頼して今も動いてくれているカンタビレにまで累が及んでしまえば、神託の盾騎士団はその全てがヴァンの掌に収まってしまう。

 

 ならば私がすることはただ一つ。

 

 ひたすら足掻くのだ。今この場は私を裁く場になっているが、それを言葉によって多少なりとも覆して見せよう。

 

「恐れながら申し上げます。まずインゴベルト陛下に謝罪を。確かに導師イオンは、現在ダアトを留守にしております。ですが、それは私にとっても予想外のこと。何しろ、体調を崩されて療養されていた導師イオンがその守護役共々失踪してしまったのですから」

 

「失踪、だと?」

 

 首を傾げる陛下に、私はしめたものだと心の中で呟く。まずは陛下の興味を惹くことが出来た。ただ話すよりもこうして相手からのリアクションを引き出さねば、言葉は相手の心に届きづらい。

 

「そう、失踪です。導師イオンは何者かの手によって誘拐されてしまったのです。ですが、それを公表してしまっては教団内外に要らぬ混乱を招きかねません。それ故、外に向けては療養中ということにしておき、教団と騎士団の極一部の者たちで秘密裏に捜索をしておりました。ヴァンもその任を帯びており、騎士団の取りまとめのため、私と話す機会が必然多くなります。それを詠師オーレルに見咎められたのでしょう。このことは教団の最重要機密ゆえ、容易くは漏らせませんので」

 

「では導師イオンは一体誰に誘拐されたというのだ?」

 

「そこまでは何とも。下手人はかなりの手練れのようでして。その日警護に当たっていた者は皆姿を見ることも出来ずに打ち倒されてしまったようですからな。そのためヴァンにはマルクト方面の探索を命じ、キムラスカには私の手の者を捜索に送り込んだ次第でございます」

 

「それを我らに伝えなかった理由は」

 

「キムラスカ王国軍が動けばマルクトを刺激しましょう。そして軍が動けばその目的を隠してはおけないのは自明。不要な混乱を招くことを嫌ったばかりに詠師オーレルや陛下に要らぬ疑いを生じさせてしまったことに関しては私の不徳の致すところですな」

 

 陛下からの追及の言葉に私は淀みなく答える。導師イオンが失踪したことも、ヴァンに捜索を命じたことも、間違いなく事実である。その中に嘘とまでは言えないほんの少しのまやかしを混ぜ込んでいる。もちろんこんなものは口から出まかせだと一蹴されてしまうこともあるだろう。だが、条件は詠師オーレルも同じだ。互いに自らが調べたと述べた範囲で証言しているに過ぎない。私と彼が述べる仮説は、もう一つの別の視点からの補強が無ければ、どちらも容易く崩れ去る砂上の楼閣だ。しかしそれ故に、どちらの主張も崩すことは出来ない。詠師オーレルが苦虫を嚙み潰したような表情をしていることから、彼には私の主張を覆すだけの決定的な証拠は無いらしい。ということはやはり彼の権力欲の暴走がこの事態を引き起こしたと見てよいか。

 

「……そうか、大詠師モースの言い分にも、理はある」

 

「陛下!」

 

 目を閉じ、そう呟いたインゴベルト陛下に、ゴールドバーグ将軍が詰め寄る。

 

「この者の言うことがただの言い訳に過ぎん可能性もあるのですぞ」

 

「それは詠師オーレルとて同じこと。どちらも互いの目で見たことでしか話しておらん」

 

「しかし……」

 

 尚も言い募ろうとするゴールドバーグ将軍を、私は右手を挙げることで制した。もちろん、詠師オーレルとこれを共謀しただろう彼は私が今すぐにでも牢屋に入れられ、大詠師として不適格だという烙印を捺されることを期待していたのだろう。事実、導師の失踪と、それを隠蔽していたことは私にとって致命的だ。膠着状態になったとはいえ、疑いが完全に晴れることは無いだろうし、疑いが晴れても私とキムラスカの間には不信感が残る。

 だが、それでも今この場で性急な断罪を受けることを避けられれば、多少なりとも私の言葉が受け入れられる土壌を作れたのならば、何とかなる。これから私がしたかったことが出来なくなってしまい、詠師オーレルに時間を与えてしまいかねないが、最悪の事態を避けるためならば致し方ない。

 

「ゴールドバーグ将軍の言う通り、確かに私の言い訳に過ぎない可能性もあるでしょう。ですので、この件に関わるもう一人が現れるまで、私はこの城に留まることを進言いたします」

 

「もう一人だと……?」

 

 ゴールドバーグ将軍が訝しげに私を睨みつけるが、そんなものに怯む私ではない。私が城に留まると

 

「ええ、導師捜索の特命を帯びたヴァンです。ルーク様を見つければ、一度はここに戻ってくるでしょう。その時に彼が導師イオンの失踪に関わっているかを問い質してみましょう。私が導師イオンをダアトから追い出そうとするならば、ヴァンの助けは必要不可欠です。ヴァンが失踪の手引きをしていないかを確かめれば、私の疑いもはっきりとするはず」

 

「……ではそれまではバチカルに留まる、と?」

 

「軟禁していただいて結構。ただ、預言士(スコアラー)は帰し、私が不在の間の教団の取りまとめを詠師トリトハイムに手紙で指示しなければなりませんのでその許可は頂きたいですが。もちろん、手紙の検閲はご自由に」

 

「……良いだろう。ヴァンが戻るまでの間、大詠師モースを城に滞在させることとする。客間にて過ごすことを許すが、外出は許さん、手紙は明日、一通のみ送ることを許可しよう」

 

「陛下のご恩情に感謝を」

 

 私の言葉と、自ら城で軟禁を受け入れる提案をしたことによって陛下の心情も疑いから半信半疑程度にまでは戻せたようだ。これによって詠師オーレルが私の目の届かないところで動く時間を与えることになるが、それでも私はまだローレライ教団の大詠師である。詠師トリトハイムならば上手く舵取りを行ってくれるだろう。ヴァンがこちらに戻ってくるということは、導師イオンも連れられてくるということだ。例えヴァンが私を切り捨てたとしても、導師イオン本人の声があればそれを覆すことも可能だ。

 

 結局、私がバチカルに来た目的は何一つ果たせなかったということか。人生はままならないことばかりである。だが、この時間も有効に使わねばならない。詠師オーレルが一体どこまでその手を伸ばしているのか、調べなければなるまい。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

紅蓮と私

アライズが正統にボーイミーツガールしてて楽しいので初投稿です

主人公が真っ当に主人公してるしヒロインもヒロインしてますね、楽しい
戦闘は……よく分かりません(ライフボトルぐびー)


「ではこの手紙をダアトの詠師トリトハイムにお願いしますね」

 

 そう言って差し出された手紙を、バチカルに同行してきた預言士(スコアラー)は大事に懐にしまった。

 詠師トリトハイムに宛てた手紙には、謁見の間でのあらましと共に、今後の教団の舵取りを任せる旨を認めておいた。それと同時に、文面に暗号を散りばめ、詠師オーレルの動きに注意されたし、ということも。神託の盾騎士団の連絡で用いられている暗号文の中でも、非常に古いものを用いた。検閲では当然見咎められなかったし、教団や神託の盾騎士団関係者でも解読できるものはそうはいないだろう。詠師トリトハイムが読み取ってくれるかどうかは賭けになってしまうが、あの抜け目ない男ならあっさりと暗号に気づくのではないだろうかと思っている。もし気付かなかったとしても、ハイマン君まで手紙が渡れば何とかなる。

 

「承知いたしました。この命に代えても」

 

 私の手紙を受け取った預言士(スコアラー)の青年は、何故か悲壮な決意を秘めた表情で胸に手を当てていた。どうしたというのだろうか、

 

「あの、そこまで覚悟を決めなくとも良いのですよ?」

 

「何を仰いますか! モース様には私を取り立てて頂いた大恩があります。それに、あのようなガマガエルがダアトに戻って自由にするなど考えただけで恐ろしい。必ず手紙を詠師トリトハイムに届け、モース様がお戻りになるのをお待ちしております!」

 

 どうやらこの青年は私に恩を感じてくれているらしい。過去に彼を取り立てたようだが、そんなに大したことはしていないのだが。私が自身の情報部隊を立ち上げる際に組織を多少再編した都合で預言士(スコアラー)の数が足りなくなる可能性があったのだ。そのため、第七音素(セブンスフォニム)を扱う才能を持っていた彼をバチカルに同行する預言士(スコアラー)として抜擢しただけの話である。どちらにせよとても義理堅い青年だ。ちょっと抱え込み過ぎているとは思うが。

 

「そこまで言って頂いたのですから。私もまだまだ頑張らねばいけませんね。任せましたよ」

 

「はい、モース様もどうかご無事で」

 

 そう言って客室を後にする預言士(スコアラー)の青年を見送ると、部屋の外に待機していた兵士が扉を閉め、私は部屋の中に一人残される。

 

 私の軟禁部屋は王城に数ある客室の一つであり、自由に出入りが出来ないということを除けば居心地は悪くない、むしろ教団で用意されている私室よりも調度品が豪華なくらいだ。流石に証拠も無く、疑わしいというだけで問答無用で牢に入れることはしないようだ。まあ事はあくまでダアト内のこと、キムラスカとしても不用意なことをするわけにはいかないのかもしれない。対外的には私はキムラスカの要請を受けて長期滞在するということにでもなっているのだろう。私はソファーに腰かけ、背もたれに頭を預けてぼんやりと天井を眺める。

 

 頭を過るのはこれからのことだ。恐らく記憶通りにヴァンはルークと導師イオンを連れてバチカルに戻る。そしてルーク出奔の関与を疑われて勾留される。記憶と異なるのは、そこに導師イオン失踪に関わっているという疑いが追加されるということだろう。ここであの男がどう動くかについてはある程度私にも読める。

 ある程度私の記憶について把握している導師イオンならば私を庇ってくれるだろうと予想できる。そうなれば、導師イオンの失踪に関しては正体不明の誘拐犯の仕業ということになり、その手を逃れた導師イオンとアニスをマルクト軍が保護した、というシナリオになるだろう。ヴァンもそのシナリオに乗ってくると考えられる。

 もしそこでヴァンが私に疑いを向けるようなことを供述したとすれば、私を見限ったか、あるいは私の動きに勘付いて排除しにきた、ということになる。大人しく私が解放されればまだ私は奴にとって都合の良い駒のままという認識だ。最悪のパターンはヴァンが詠師オーレルと繋がっていた場合。ヴァンに私の動きがばれており、尚且つ既に都合の良い駒を確保している状態だとすれば、私はもはや用済みだ。ヴァンの手に掛かって殺されてしまうことも有り得る。

 

「……そうなったら私も一巻の終わりかもしれませんね」

 

 ヴァンが私を殺しに来たとしたら、もう化かし合いも何もない。私は始めからヴァンの掌の上で滑稽な踊りを披露していただけということになる。ならば考えるだけ無駄というものだ。最悪一歩手前までならばまだ何とかなると信じて、今は彼らを待つことにしよう。

 

 と、そこまで考えていたところで、部屋の扉をノックする音に思考が現実に引き戻された。

 

「どうぞ、開けて頂いても構いません」

 

 私の言葉に部屋の扉が静かに開かれる。その前に立っていたのは、私にとっては少々意外な人物であった。

 

「まさかあなたの方から訪ねてきてくれるとは思ってもいませんでしたよ、クリムゾン・ヘアツォーク・フォン・ファブレ公爵」

 

「バチカルに来る際に私に個人的に面会を申し入れてきたのは貴殿であろうに。どうやら予定が少々狂ったようだが」

 

 焔のよう、あるいは戦場においては血のようだとも形容される特徴的な赤髪を持つ彼こそが、ルークの父親でもある現ファブレ公爵。ホド戦争においてガルディオス家に自ら乗り込むほどの武勇を持つキムラスカの忠臣だ。

 

「そうですな。身内の手綱も握れていなかったとお恥ずかしいばかりでございます」

 

「フン、その割には落ち着いているようにも見えるが」

 

 私の対面のソファーに腰かけたクリムゾンは、腕組みをし、硬い表情で私を見据える。

 

「それで、ローレライ教団の大詠師ともあろうものが私に何の用だ。またぞろ預言(スコア)に関して何かあるというのか」

 

「そういうわけでは……いえ、預言(スコア)も関わるかもしれませんな。私がクリムゾン様にお聞きしたかったのは以前お話しした件について、回答を頂きたいと思いまして」

 

「……そういうことか」

 

 私の言葉にクリムゾンは納得したように息を吐き、表情を緩めた。それを受けて私は視線を扉へと送る。その意図に気付いたクリムゾンも、扉を一瞥すると、私へと視線を戻して一度頷いた。どうやら扉の前にはキムラスカ王国軍ではなく、白光騎士団を立たせているらしい。それに客間とはいえ王城の一室だ。防音もしっかりとしている。この部屋の会話は外に漏れることはないと考えても良いだろう。

 

「ええ、大切なご子息を預言(スコア)のためと言いながら私は死地へ送るように進言しました。そしてその運命の時は近づきつつあります」

 

「何もかも貴様の言った通りになったというわけだ」

 

「ええ、残念なことにではありますが」

 

「はっ、預言(スコア)の成就を第一に考える大詠師派のトップとは思えん言い草だな」

 

「あなたの前で今更取り繕うことに意味はありますまい」

 

 その言葉にクリムゾンはそれもそうかと笑った。

 

 私はアッシュが生まれ、そしてヴァンによって攫われて今のルークにすり替えられたとき、一度ファブレ邸を訪れていた。表向きはキムラスカにとって重大な運命を背負った人間が何らかの異常をきたしていないかを教団の代表として確認するという目的だった。しかし、実際のところ、私の目的は今目の前に座っている赤髪の公爵であった。

 

「七年前、訪ねてきた貴様がいきなり預言(スコア)に背く気は無いかと問うてきたときは気が触れたのかと思ったが、実際は気が触れたなどと生易しいものではなかったな」

 

「私自身もそう思っていますよ。ここまで自分が言ったことがその通りになるなど、自分で自分が悍ましいもののように感じてしまいます。ですが、だからこそこのまま人は預言(スコア)に従ったままではいけないと思ったのです」

 

 私は七年前、クリムゾンに向かって私の記憶の一部を話したのだ。その上で人々を預言(スコア)から解放することに、ルーク達が辿るであろう旅を陰ながら支援することに協力を求めた。

 

「あの日のクリムゾン様は今にも私を斬り捨てんばかりの剣幕でしたね」

 

「当たり前だ。誰のせいで私は自身の息子を愛することを出来なくなったと思っているのだ。あろうことか張本人から全てをひっくり返すようなことを言われて、よくその首を落とさなかったものだと過去の私の忍耐力を褒めてやりたいところだ」

 

 あの時のクリムゾンの迫力は今思い返しても身震いする思いだ。首を落とさないまでもその刃は私の首に少しばかり傷跡を残した。詠師服は首元まで覆うので普段は見えることはないが、未だに薄っすらと跡が残っている。首に包帯を巻いていた時は、普段何かといがみ合ってばかりのアニスとアリエッタが揃って私を心配し、息の合った連携であれこれと私の世話を焼こうとしたものだ。やっぱり本当は相性が良い二人なのだと微笑ましく思ったことを覚えている。

 

「ですが、クリムゾン様は私の首を落とさず、私から得た情報の裏付けを取りました」

 

「……ヴァン・グランツはかつてホドにいたフェンデ家の人間。そんな人間が敵国たるキムラスカの、よりにもよってバチカルに入り込んでいただと? 冗談にしても笑えなかった。この国の防諜を一から見直すことになったわ。それに、そうと分かればあの日いなくなったルークをヴァンが連れ戻した、というところから疑わしく見えてくる。奴が何か良からぬ細工をルークにしていたとして、それによってルークが記憶を失ってしまったのならば奴が預言(スコア)を利用してキムラスカに刃を向けることも十分に考えられる」

 

「ですが、それを知って尚あなたはヴァンをルークの剣術の師として雇い続けた」

 

「記憶を失ったルークが唯一心を開いたのがヴァンだった。それが奴の策略だったとしても、あの時のルークからヴァンを引き離すことは出来なかった。愛情の示し方を忘れたとはいえ私はルークの父親だ。それに貴様もそうすることを勧めた」

 

「その通りです。そして遂に今年、ルーク様はアクゼリュスに赴き、預言(スコア)の通りに消滅することになります」

 

「そうだ。だが、そうならない為に貴様は動いたのだろう? それを信じたからこそ私はその通りになるように動いたのだから」

 

 クリムゾンはそう言って試すような視線を私に投げかける。どうやら私が望んでいた答えが受け取れるようだ。七年間待たされたが、それでも彼から私の求める言葉を引き出せたならお釣りが返ってくるくらいだ。

 

「……ということは、クリムゾン様は私にご協力頂けると考えてもよろしいので?」

 

「何を今更。私は親として最低限の愛情すらルークに示してやれなかった最低の人間だ。だがな、どこの世界に子どもの死を望む親がいるものか。良いだろう、大詠師モース。クリムゾン・ヘアツォーク・フォン・ファブレは貴殿に協力する」

 

 その言葉と共にクリムゾンは私に右手を差し出した。その意味が分からないほど私は愚かではない。私もそれに応えて彼の右手を握り返した。

 

「これでもし貴様がしくじれば私はキムラスカに対して背信行為を働いた大逆人になるわけだな」

 

「ええ、そのときには私は大詠師でありながらローレライ教団に反旗を翻した稀代の大悪党ということになりますね」

 

「ならばそのような未来にならぬようにせねばならんな、預言(スコア)に頼らず、自らの力で」

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

金色と私

どうして世間は三連休なのにPCを開くことすら出来ない状況なんですか……?(現場猫)


 バチカルで過ごす日々は存外穏やかなものだった。もしかすると、ダアトに居る時より仕事が無い分体力的に楽かもしれない。部屋で過ごしながら、時折訪れる人々の相談に乗るくらいしかすることが無いのだから。

 

 しかし、それ故に今まで忙しさを理由に頭の片隅に追いやっていた心配事が頭をもたげ、思考に絡みついてくる。

 

 ライガクイーンはどうなっただろうか。何とか犠牲は少なく終わっただろうか。

 

 タルタロスが襲撃され、やはりルークは初めて自らの手を汚すことになってしまったのだろうか。

 

 導師イオンは六神将に連れられ、ダアト式封咒を解いてしまったのだろうか。身体が弱いあの子が無理をして倒れていなければよいが。

 

 今更になってああすれば良かった、こうした方が上手く行ったのではないかという思いが私から離れてくれることはない。来客があるときは、そこに意識を集中できる分まだマシだが、一人になると途端に身体が重く感じられる程にそれらが圧し掛かってくるのを感じていた。

 

 予定に無い来客があったのはそんなある日のことだった。

 

「まさか、あなた様が訪ねてこられるとは思っておりませんでした、ナタリア殿下」

 

「約束も無しにいきなり訪問したことは謝罪いたしますわ。ですがお父様が何故かお許しにならなかったので、仕方ありませんでしたのよ?」

 

 私の前に座り、そう言ってイタズラに成功した子どものような無邪気な表情を覗かせた少女。肩口までの金髪に、エメラルド色の瞳は明るく輝いており、本人の気質をよく反映している。白と青を基調にした肩口のフリルが特徴的なワンピースは彼女の活発さと清楚な性質を表しているといえる。もちろん、父親であるインゴベルト陛下に黙って私に会いに来るなどという無鉄砲さも彼女の気質の一つである。

 

「陛下のお許しもないということは内密に来られたのですか? これでは後で私が怒られてしまいますな」

 

「大丈夫ですわ。扉の前にいた見張りにはよく言って聞かせましたし、ローレライ教団の大詠師様に年頃の娘の悩みを聞いていただくだけですもの、何も問題はありませんわ」

 

 手を口に当てて笑うその姿はお転婆姫の名に違わない。そしてそんな娘の口撃にあの子煩悩な陛下はあっさりと丸め込まれてしまうことだろうというのも、容易に想像が出来た。

 

「にしても、妙なことですわね。いつもならこうして私がモースと会うことにお父様が何か仰ることなどないはずですのに、何故今回に限って」

 

「陛下にもお考えがあるのですよ。ナタリア殿下もそうであるように」

 

「……そういうものなんですのね。それでも、私にも諦められないものがありますのよ」

 

「ルーク様の記憶のことですね……」

 

 私の言葉に、先ほどまでの快活な笑顔が鳴りを潜め、ナタリアは表情を強張らせた。

 

「何度も言っていますもの、お見通しですわね。その通りですわ」

 

「そして私もこれまでと同じ答えしか返せないのですよ。ルーク様の記憶が戻るという預言(スコア)は詠まれておりません」

 

 そう言うと彼女は肩を落とし、顔を俯かせてしまった。そもそも、ルーク(レプリカ)に戻る記憶などあるはずがないのだから。彼女と大切な約束を交わした男は、神託の盾騎士団でアッシュと名乗っている男だ。そしてそれを伝えることは私には出来ない。

 

「申し訳ありません、ナタリア殿下」

 

「いえ、気にすることはありませんわ。ここで適当なことを言って私のご機嫌を取ろうとしないことだけでも、あなたが私に誠実であろうとしていることは通じていますもの」

 

 そうは言うものの、彼女からは落胆の色が濃く見られた。それほど、彼女にとってアッシュとの約束は大切なものなのだ。それは記憶の中で、アッシュが想い人だと分かった後にガイに投げかけた言葉にも現れている。

 

「……本物のルークはここにいる、か」

 

「? 何か言いまして?」

 

「いえ、何も」

 

 思わず、私の口からぽつりと漏れたその呟きはどうやら彼女の耳には入らなかったようだ。気づかず自身の思考に深く沈んでしまっていた。

 

「ナタリア殿下。私にはナタリア殿下とルーク様の交わされた約束の重みなど分かるはずがありません。ですが、その約束は預言(スコア)に縋ってでも取り戻したいものなのでしょうか」

 

「……どういう意味ですの?」

 

 彼女の目に剣呑な光が宿った。言い方がまずかったか。しかしこれは聞いておくべきことだと私は考えていた。

 

「何も知らぬ老いぼれの戯言でしかありませんが、私にはナタリア殿下が余りにもその約束に囚われ過ぎているようにも見えるのです。まるで、その約束を覚えていないルーク様をルーク様と認めていらっしゃらないように」

 

「なっ! そんなわけが……」

 

「ない、とは言い切れぬでしょう?」

 

 言葉よりも、大きく見開かれたエメラルド色の瞳が雄弁に物語っていた。少なくとも今の彼女はかつての約束の影を追い続け、視野を狭めてしまっているようだ。彼女の肩に力が入ったかと思えば、力なく落ちた。

 

「……だとしたら、何ですの。でも、私にはあの約束が全てでしたの。王宮に味方がいないとき、ルークだけがずっと味方でいてくれましたわ。心無い使用人の陰口に傷ついていた私を慰めてくれました」

 

 ぽつりと呟くその姿は、年齢以上に彼女を幼く見せた。まるで、アッシュと約束を交わした頃に戻ってしまったかのようだ。

 

 彼女のその輝くような金髪は、キムラスカ王家ではおよそ考えられない髪色であった。王家に連なる人間は燃えるような赤髪を特徴とする。アッシュやルーク、クリムゾンしかり、若かりし頃のインゴベルト陛下も赤い髪色をしていた。それに対し、ナタリアは金色の髪。その血筋を疑う人間が当時の王宮に溢れかえった。その疑いは当たってはいるのだが、ナタリアの真の母親はその頃には自ら命を絶ち、王宮お抱えの医者たちは揃って口を閉ざした。疑いは疑いのまま、幼いナタリアの周りで渦巻いてしまったのだ。

 

 幼くとも聡いナタリアはそれを敏感に感じ取ってしまった。インゴベルト陛下が惜しみない愛情を注いでも尚、それは傷となってナタリアを蝕んでしまった。

 

「もちろん、モースもダアトから来る度に相談に乗ってくれたのは感謝しておりますわ。そうですわね、確かにあなたにも私は助けられていましたわね」

 

 かつてのナタリアの状況を見て見ぬふりをしていられなかった私はバチカルを訪れるたびにナタリアと話をしていた。私と話している間は、口さがないものの目と口を気にする必要がなくなる。また、仮にもローレライ教団の幹部と話しているという事実が重要になる。ローレライ教団としてはナタリアを王女として認めているということを暗に示しているからだ。彼女の抱える悩みは、幼いアッシュだけでは支えられただろうか。インゴベルト陛下以外にも、彼女が信頼できる大人が一人くらいいても良いのではと感じてしまったのだ。

 

 結局、その信頼を裏切らなければならないと分かっていたとしてもだ。そのときには他にも信頼できる人が彼女の周りにもいることが救いだ。

 

「懐かしいですな。功績でもって周囲に認めさせるというあなたの考えに余計な口を度々挟んだものでした」

 

「ですがそれがあったからこそ周りとの軋轢も少なくなったと今では理解していますわ」

 

「とはいえ、それでもルーク様との約束が殿下の心の多くを占めているのでしょう。それを責めるつもりもありません。ですが、それだけではない。今のあなたの周りにはかつて約束を交わしたルーク様だけではなく、あなたを信頼し、あなたを支えようとするものもいるということを覚えていて欲しいのですよ。そして今のルーク様を、記憶を失くしてしまったルーク様を見守る余裕を思い出して欲しいのです。思い出せなくて辛いのは他ならぬルーク様でしょう」

 

「そう、ですわね。一人だけ全ての記憶を失って、屋敷にも閉じ込められたままですもの……。婚約者である私がもっと寄り添うべきでしたわ」

 

「ルーク様は陛下の命を受けたヴァンがきっと連れ帰ることでしょう」

 

 力なく目を伏せた彼女に言い聞かせるように言葉を重ねる。かつてもこのように話したことが何度もあった。幼い彼女の自信なさげに揺れる瞳を前にしては、私はどうにも冷たく突き放す気持ちが湧かなくなってしまったのだ。例え未来で裏切るのだとしても、一時の慰めくらいにはなれると思ってしまった。

 

 記憶の中の私よ、見ているだろうか。お前が王家の血筋ではないと暴露し、陛下に処刑を迫った娘は、周りに味方がいない中で、死に物狂いで足掻き、民からの信頼を獲得するに至った。だが、その内側には常に年相応の柔らかい心が隠れている。そんな心を荒々しく踏み躙ったのが私だ。

 

 碌な死に方はすまいよ。

 

 


 

 

「モースについて、ですか?」

 

 日が沈んでからそれなりの時間が経ち、すっかり夜も更けた宿屋の一室。そこではローレライ教団の最高指導者である導師イオンと導師守護役(フォンマスターガーディアン)であるアニス、そしてマルクト軍人であるジェイドの三人が密かに机を囲んでいた。

 

「ええ、マルクトの、それもピオニー陛下の傍にいるとどうしてもローレライ教団との繋がりが薄くなってしまいますからね。かの教団の実権を握る大詠師モースとはどういう人物かを聞いておきたく思いまして」

 

 首を傾げて聞き返した導師イオンに対して、紅瞳の男はいつもの涼やかな笑みを浮かべて言葉を紡ぐ。

 

「モースには身体が弱い僕に代わって教団の実運営を全て任せてしまっていますからね、頭が上がりません」

 

「おや、彼に軟禁されていたのではなかったので?」

 

 微かに微笑みながら発されたイオンの言葉に、ジェイドは片眉を上げて聞き返す。ダアトで軟禁されているところをアニスと脱出し、ジェイド率いるマルクト軍と合流した経緯を鑑みれば、イオンの態度はジェイドの目には奇妙に映る。

 

「それは何か事情があるんじゃないかってアニスも考えてるんですよねぇ。モース様ってばいつもはイオン様に気を遣い過ぎるくらいなのに」

 

「そうですね。僕もそう思います。人目のあるところでは導師派と大詠師派という派閥の問題から仲良くは出来ませんが、個人的にはモースとは仲良くしていましたからね。軟禁に関しては何か意図があったのだと信じていますよ。ですから大詠師派が戦争を求めていたとしても彼個人はそんなことないと僕は信じていますよ」

 

「よっぽど信頼されているんですねぇ、私も部下からそう思われたいものですよ」

 

 アニスとイオンの言葉に、ジェイドは肩を竦めておどけてみせた。しかし、その内心ではモースという男を測りかねていた。

 

 ダアトの一般民衆の前では自ら奉仕活動にも参加する模範的な信徒であり、教団幹部。

 

 ピオニーの前ではローレライ教団の実権を握るものとしての強かな政治家。

 

 導師イオンやアニスの前では子どもたちに信頼される大人。

 

 人間がたった一つの側面で説明し切れるものではないことはジェイドとて理解している。しかし、そのどれかの姿にはその人物の本質が隠れているはずだ。だとすると大詠師モースの本質とは一体どれなのだろうか。

 

 教団の幹部か、政治家か、素朴な大人か。

 

「大佐も一度話してみれば分かりますよ~」

 

「そうですね、二人がどんな話をするのかは気になります」

 

「機会があれば是非ともお話ししてみたいものですねぇ」

 

 無邪気に笑う二人に対し、ジェイドはいつものような薄い笑みで応えるのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

紅瞳と私

睡眠時間を犠牲にアライズをクリアしました
出てくるカップルが皆尊くて素晴らしい作品でした
これにはカプ厨おじさんもニッコリ

アライズの某キャラの中身がカプ厨おじさんになってあの手この手で主人公たちの尊いシーンを鑑賞しようとする毒電波を受信したので誰か書いてくれないかな(他力本願)


 想像していたよりもあっさりと私の軟禁は解かれる結果となった。本来ならば謁見の間で一行と顔を合わせるはずだったのだが、客室に軟禁されている故にそれは叶わなかった。とはいえ、親書を受け渡す程度なのだろうから私が居るかどうかはそこまで大きな変化は無いだろう。

 

 私の疑惑に関しても、バチカルに帰ってきたヴァンが関与を否定し、導師イオンも彼にしては珍しく強く抗議の意思を示したことが大きいらしい。部屋に訪れたセシル少将が珍しいものを見たと言わんばかりの表情で経緯を説明してくれた。とはいえ、私の疑惑が晴れてもヴァンの疑惑が残っているため、私の記憶通りヴァンは一時勾留される結果になったらしい。ヴァンが私を切り捨てなかったのは導師イオンの手前か、もしくはまだ私に利用価値があると見た故か、あるいはその両方か。

 ともかく、ルーク達帰還の報があった次の日、解放された私は導師イオンとアニスの部屋に通された。

 

「ホントにひっどい話ですよねー! なんでモース様が疑われなきゃいけないんですか!」

 

「そうですね、教団としても正式に抗議すべき案件だと僕も思いますよ。ローレライ教団の大詠師を一国が独断で裁くことは許されていないはずです」

 

 ぷんすこという擬音が聞こえてきそうなほどに全身で憤りを表現しているアニスはともかく、普段は静かな導師イオンが無表情ながら怒りを滲ませている様子なのはどういうことなのか。私に向けられている怒りではないとはいえ、背筋に寒気が走った。これを直接向けられたキムラスカ王国の重鎮達に勝手ながら同情を禁じ得ない。

 

「あの、取り敢えずアニスも導師イオンも落ち着きましょう、ね?」

 

「モース様はもっと怒るべきですよぅ!」

「その通りです。こういうところはきちんと指摘しておかなければ」

 

 宥めようとしたが、アニスと導師イオンに詰め寄られてタジタジと後ずさるしかなかった。どうして直接軟禁された私よりも二人の方が怒っているのだろうか。というか段々私が怒られているみたいになってきてないだろうか。普段から感情豊かなアニスはまぁ分かるが、導師イオンがここまで感情を見せるのはとても珍しい。記憶の中ではこの頃はまだあまり感情を出していなかったように思えるため、これは良い変化だ。彼が導師イオンのレプリカとしてではなく、一人の人間として生きようとしている証左だと私には思えるからだ。

 

「そ、それはともかくとしてですね。お二人がいなくなってからのことを聞かせて頂けますか? マルクト軍人にファブレ公爵家の嫡男などという珍しすぎる取り合わせです。お二人の口から詳しく知りたいですね」

 

 尚も怒りの収まらなさそうな二人をソファーに座らせ、話題を変えるためにこれまでの旅の話を聞くことにした。大まかな話はアニスからの報告書で把握しているが、細かなところまではフォローし切れていない。チーグルの森でのこと、タルタロスの襲撃、コーラル城でのことなど、詳しく聞いておかなければならないことが山積している。

 

「これまでの旅、ですか」

 

「色々大変だったんですよ~」

 

 うまく話題を逸らせたようだ。二人は表情を緩め、これまでの道のりについて話し始めた。

 

 エンゲーブでは食料盗難騒ぎからチーグル達と出会ったこと。チーグルから事情を聴いたルーク達がライガの巣に向かったが、群れの長は姿を消しており、残ったライガ達をジェイドと協力して掃討したらしい。どうやらアリエッタの説得が功を奏し、ライガクイーンとその子どもは別の場所に移ってくれていたようだ。これならルーク達とアリエッタの確執はそこまで深くならないだろう。

 

 タルタロスでは記憶通り六神将による襲撃が発生し、同行していたジェイドがアンチフォンスロットによってその能力の大半を封じられてしまったこと。

 

 カイツール軍港が襲撃され、コーラル城で攫われたルークが不思議な機械に繋がれていたこと。

 

 細部は多少異なるものの、大筋では私の記憶通りに彼らの旅は進んでいたようだ。ということは数日後にはルークが親善大使に選ばれ、アクゼリュスに向けて出立することになるだろう。別経路にはなるが、ヴァンと共に。

 

「そうですか、導師イオンもそうですが、アニスも大変だったようですね。タルタロスで護衛すべき導師イオンとはぐれてしまったのは良くないですが、それでもよく導師イオンを守ってくれました」

 

 私はそう言って彼女の頭に手をやり、髪を乱さないようにしながらゆっくりと撫でる。この小さい身体に大きすぎる責任が圧し掛かっている、いや私が背負わせてしまった。今ここにいない彼女の両親の代わりにはなるまいが、こうして労わるくらいはしてやりたい。それが許される身ではないとしても。

 

「んへへ~、アニスちゃん頑張りましたよぅ」

 

「ええ、あなたに任せて良かったと改めて思いましたよ。ですが……」

 

 私は撫でる手を止めた。

 

「タルタロスから飛び降りるなど、余りにも無茶なことをしましたね? 運よく怪我が無かったから良かったものの、死んでいてもおかしくはなかったのですよ?」

 

「あ、あのぅ、そのぅ……」

 

「私はそのときにその場に居なかったのですから本来何も言うべきではないですし、守護役とはそうした危険があるのだと分かってはいます。ですが、あなたに万が一のことがあれば私はあなたのご両親に何と説明すれば良いのですか」

 

「うぅ、ごめんなさぁい……」

 

 私の言葉にアニスはしょんぼりと項垂れてしまった。心なしか彼女のツインテールも萎れているような気がする。これは、言い過ぎてしまったかもしれない。彼女を導師守護役に任命したのは他ならぬ私だ。危険があると分かっていて、そんな私が彼女に説教をする資格など無いのに、つい言ってしまった。

 

「申し訳ありません、アニス。ですが、ご両親も、任命しておいてどの口がと思われるかもしれませんが私だって心配しているのです。お願いですから、無茶はしないでください」

 

「ごめんなさい……モース様」

 

「私も言い過ぎました、謝ることはありませんよ。本当に無事で良かった。ダアトに戻ったらアニスの好きなものを作らせて下さい」

 

「! それじゃあビーフシチューが良いです!」

 

「またそれですか、好きですね、あなたも」

 

「デザートにいちごパフェも食べたいで~す!」

 

 先ほどまでの消沈具合はどこへやら。急に元気になってぴょんこぴょんこと彼女のツインテールが跳ねている。導師イオンが微笑ましいものを見る目でこちらを眺めており、何だか居た堪れない心地になってきた。

 

「こ、こほん。導師イオン、あなたもですよ」

 

「僕も、ですか?」

 

「そうです。私はあなたも心配していたのですから。身体が弱いのにダアト式譜術を使うなど、ライガを追い払う程度なら他の術があったでしょうに」

 

「は、はい……」

 

「私がこのようなことを言うべきでないことは分かっています。ですが、言わせて頂きたい。私は、()()()()()()()()()()()()()()

 

 その言葉は、アニスには何のことやら理解出来ないことだろう。現に首を傾げて不思議そうな顔をしている。しかし、彼にならば伝わるはずだ。オリジナルの想いを知り、私の記憶についても把握している彼ならば。自らの末路まで知ってしまっている彼ならば。

 

「……あなたも無茶なことを言うのですね、モース」

 

「それが、私に課せられた使命ですから」

 

 儚く笑う導師イオンは、それでも私の目にはどこか嬉しそうな色を滲ませてるように思えた。

 

 願わくば、少しでも救いのある結末を。

 

「あぁ、そうだモース。あなたに会わせたい人がいるのですが……」

 

「私に、ですか?」

 

 


 

 

「いやはや、思いのほか早い再会でしたねぇ」

 

「喜ぶべきか否かは判断が分かれそうなところですがね」

 

 薄く微笑む紅瞳の男を前にして、顔が引き攣らないように堪えた自分を褒めてやりたかった。何故この男と私を引き合わせたいと導師イオンは言ったのか、それに部屋には現在自分とジェイドの二人きり。先ほどまでの心癒されるひと時の引き換えというには少し重くはないだろうか。

 

「取り敢えず、導師様を誘拐した疑いで拘束してもよろしいので?」

 

「それは困りますねぇ……我々は偶然導師様とお会い出来たのでこれ幸いと使者として同行を願い出て、そして導師様も快く協力してくださったのですが」

 

「……そういうことにしておきましょうか。結果的に、事が上手く運ぶのでしたら」

 

「おや、意外ですね」

 

 眉を上げてわざとらしくおどけるジェイドに私はジト目を寄越した。

 

「本当のところを暴いたとて、意味がありませんからな。無駄な労力を割く気はありません」

 

「無駄なこと、導師様の安否に関わるのでは?」

 

「今導師様は安全で、少なくともマルクトが導師様を害する理由も必要も無い。それに神託の盾騎士団のティアと導師守護役のアニスもいますからな。万が一あなたが何か事を起こしたとしてもアンチフォンスロットにかかったあなたに対処することは容易いでしょう」

 

「もうそこまで知られていましたか。確かに、その通りですねぇ」

 

 ハハハ、と声だけ笑って見せるが、彼の目は私をじっと観察している。私の一言、一挙手一投足から私という人間を掴み取ろうとしているようだ。実際そのつもりなのだろうが、だがそれを悠長に待ってやるほど私は優しくはない。この男と話すのは胃がいくつあってももたないが、ならばこの数少ない二人きりで会話出来る機会にこちらから彼に踏み込んでいくべきだ。ディストが言っていたように、ジェイドの助け無しではレプリカ達の諸問題を解決することは難しいのだから。協力を得られる時期が早まることで悪いことは無いはずだ。

 

「しかし、私にとってもあなたとこうして話が出来るのは僥倖でした」

 

「ほう? 一介のマルクト軍人の私にローレライ教団の大詠師様がどんなお話があると?」

 

「いえいえ、ジェイド・カーティス大佐にはあまり用は無いのです。用があるのはジェイド・バルフォア博士に対してなのですから」

 

 この言葉に、今まで微笑を保っていたジェイドの顔から表情が消えうせた。紅瞳にあった探るような色も無くなり、代わって冷徹な光が私を射抜く。

 

「……その名を出すということは、あなたにも知られているということですね」

 

「聡明な博士のことならば最早気付いているのでしょう? 実際にあなたは目にしたはずだ。タルタロスで、彼と、あの子の両方を見比べた」

 

「そしてコーラル城でディストから奪ったフォンディスクの情報。なるほど、導師イオンか、アニスから聞きましたね? 抜け目ないことだ」

 

「詳しいことまでは何も。ですが、それ以外の情報網も私にはあるのですよ」

 

「六神将ですか? キムラスカとマルクトの戦争を切に望んでいるらしいじゃありませんか。そのために暗躍して我々を妨害し続けた、とか」

 

 おっと、どうやら彼の中では六神将を差し向けたのは私ということになっているらしい。それもそうか、ヴァンは彼らと同行していたし、対外的に六神将は大詠師派ということになっている。彼らが動くのならば大詠師である私の指示があったのだと考えるのが自然だ。

 

「にしても、今代の大詠師様はとても頭が切れますねぇ。六神将を動かしながら、導師イオンとその守護役も懐柔し、自身に疑いを向けさせない。いやはや、その手口は見習いたいものです。導師イオンもあなたの手に掛かればただの操り人形。それを止められるものは教団にはいない、というわけですね」

 

 この男から見れば、私は導師イオンを擁する和平使者団を六神将を使って妨害しながら、しかしそれを当の導師本人に疑わせないほどに導師の心に深く入り込んでいる奸臣のようなものか。なるほど、彼がここまで警戒するのも頷ける話だ。そしてこのすれ違いは多少話をしたところで解消できそうも無いのが痛い。いきなり未来を知っているなどと話してそれを信じる人間はそうはいない。タトリン夫妻ほど純粋ならばあるいは信じるかもしれないが、

 

「六神将を動かせるのは私だけではない、と言ってもあなたは信じないのでしょう」

 

「どうでしょう。案外すんなり信じるかもしれませんよ?」

 

 そう言ってジェイドはまた薄く微笑むが、その目は全く笑っていない。嘘をつくのが下手な男だ。真に狡猾な男は自身にまで嘘をつくことが出来る。殺したいほど憎い仇を目の前にしても、その仇をまるで自らの家族かのように思いやり、気遣ってしまえるのだ。そういう意味では、この男もまだ未熟者なのかもしれない。あるいはこれがこの男の手口ということなのか。

 

「それを言うならもう少しうまく表情を取り繕うべきですな。私は言うべきことを言うだけです。聞いてどうするかはあなたに委ねるしかありませんが」

 

「……聞かせて頂きましょう」

 

「私はあなたがいつか私に協力してくれることを願っています。半ば事情を知ったあなたならば、ルークと正面から向き合うことも出来るでしょう。己の罪から目を背けず、彼を見てあげることを私は願います。それと……ヴァンには気をつけることです」

 

「…………あなたは、一体どこまで知っているのですか」

 

「……さぁ、私にも皆目見当もつきません」

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

密会の夜と私

そろそろ記憶が怪しくなってきたのでTOAのアニメを見直しています


「こうやって捕まるところまであなたの計算通りですか? ヴァン」

 

「どうだろうな、私としてはお前が軟禁されていたことに驚いたが。部下に足元を掬われるとは、迂闊なことだ」

 

 格子の向こう側で簡素なベッドに腰かける男は、拘留されている身分とは思えないくらいに堂々としていた。この男は腹の内に何を思っていようと、それを表に決して出すことは無いと分かっていたが、こういうときでもそれは健在か。むしろこちらに水を向けてくる余裕を見せるとは。

 

「詠師オーレルについては言い訳のしようもありません。まさかあの場で動くとは予想していませんでした。とはいえ、ダアトは詠師トリトハイムに任せていますし、私が戻れば表立って動くことは無いでしょう。それより、これからどうするつもりですか?」

 

「レプリカについてアクゼリュスに行くとも。お前の求める預言(スコア)の成就には必要なことだからな。陛下には、口添えを頼む」

 

「……そうですね、あなたに任せましょう。ティアとアニスも同行させます」

「私がいるのだ、導師守護役はともかくティアは必要ないだろう」

 

 私の言葉に半ば被せるようなヴァンの発言。やはりまだヴァンも妹のことは巻き込みたくないと考えているのだろう。とはいえ、私が何か言ったところで責任感の強いあの子が今更一行から離れることはないだろうが。それに彼女の譜歌が無ければアクゼリュス崩落のときにルーク達が無事に魔界(クリフォト)に降りられなくなってしまう。

 

「彼女が導師イオンを放って行くような娘とでも? 彼女に関してはアクゼリュスに着いてから引き離すことを考えた方が良いでしょう」

 

「……そうするしかない、か」

 

「いずれにせよ、これで預言(スコア)通りに事が進む」

 

「お前の栄光は目の前に、というわけだ」

 

 作り物に見えないように浮かべた私の笑みにヴァンが同調するように口の端を吊り上げた。いつまでこの男を誤魔化し切れるかは分からない。だが、見抜かれて切り捨てられるまでは私は()()()()()()であらねばならないのだ。私ならアクゼリュスでどれだけの人々が死ぬと分かっていても、その先にある繁栄を見て笑うだろう。そしてヴァンはそんな私を冷笑し、利用しようとするだろう。それでいい、精々私を利用すれば良い。

 

「何を考えているのか分かりませんが、キチンとやるべき事をやって頂きたいものですね」

 

「分かっているとも。お前も、為すべきことを為せば良い。お互いに利用し合う、それが私たちの関係なのだから」

 

 


 

 

 その日の夜、城に滞在している私の部屋まで、ティアが訪ねてきた。扉の前にいた彼女は俯き、常ならぬ陰気な雰囲気を漂わせている。このまま部屋の前で話をしていてあらぬ噂を立てられてはかなわないので部屋に招き入れる。一体どうしたというのだろうか、

 

「このような時間に訪ねてくるのはあまり感心しませんね」

 

「申し訳ありません。ですが、どうしてもモース様にお聞きしたいことがありまして……」

 

「聞きたいこと?」

 

「その、モース様がキムラスカとマルクトの戦争を望んでいる、と……」

 

「戦争を、ですか」

 

「そんなはずが無いと私も、イオン様も、アニスも考えています。ですが……」

 

「私が違う、と言ってすぐにそれを信じますか? それは自分では何も考えていないのと同じことです」

 

「それは……そうかも、しれませんが」

 

「あなたの目と耳で見極めなさい、ヴァンも、私も。もちろん戦争など、起こらないに越したことは無いと思っています、とは言っておきましょうか」

 

「……フフッ」

 

 私の言葉を聞いたティアが何故かクスリと笑みを零した。どうしたというのか、先ほどまでの鬱々とした様子よりは笑ってくれている方がよっぽど良いことではあるのだが、私は特に何も面白いことは言っていないと思うのだが、

 

「? 何か笑うところがありましたか?」

 

「いえ、失礼しました。モース様らしい言い方だと思ってしまいまして」

 

「私らしい、ですか?」

 

「はい、言葉を弄さず、行動で示す。だからこそイオン様もあれほど信頼なさっているのだと分かりました」

 

 過分な評価を受けてしまっているのは相変わらずのようだ。そしてその信頼をいつか裏切ることになるかもしれないと考えることが恐ろしい。どこか冷徹に、彼らから受ける信頼すら計算に入れている自分がいることを再認識してしまうからだ。そういう意味では、私もヴァンと変わらない人間なのかもしれない。

 

「口下手なだけですよ。それで、少しは顔色が良くなりましたね。心配の種は多少減ったということでしょうか?」

 

「はい。自分も、イオン様もアニスも間違えていないと思えました。モース様は戦争を望んでいない。イオン様やアニスを悲しませるようなことをする方ではないと、私は信じます」

 

「だから、そう簡単に信じてはいけないと言ったばかりではありませんか……」

 

「はい、簡単に信じたわけじゃありません。私が自分の意思で、モース様を信じたいと思っただけです」

 

 そう言ってティアは柔らかく微笑んだ。この娘は年齢以上に落ち着いた思考を見せることもあるかと思えば今のように年齢相応かそれよりも幼い迂闊さも見せる。将来悪い男に騙されてしまわないだろうか。ヴァンは妹の教育に関しては甘すぎたんじゃないかと考え込んでしまいそうになる。

 とはいえ、この話を続けていると私の精神衛生上良くない気がしてきたので早々に話を逸らすことにする。アクゼリュスに行く前に、今一度ティアの中にあるルークの印象を変えておかなければなるまい。

 

「こほん。ところでティア、あなたから見てファブレ公爵家のご子息はどう映りましたか?」

 

「ルークが、ですか? 典型的なお坊ちゃん、でしょうか」

 

 私の突然の問いかけに少し考え込むように顎に手を当てたティアは、私が予想していた通りの答えを返してきた。

 出会ったばかりなのだから仕方がない、やはりそう映ってしまうのだろう。彼の置かれた境遇を正確に理解できているのはヴァンしかいない。だからこそあの男は少年の心に深く根を張り、誰も悲劇を止めることが出来なくなってしまっているのだ。恐らくルークは止まれないだろう。今の彼にとってヴァンの言葉は絶対だ。ならば少しでも彼の心を守るために出来ることをしておかなくてはならない。

 

「ティア、ルーク様の境遇をもう一度思い出してほしいのです」

 

「境遇を、ですか?」

 

「私は何度もバチカルに出入りしているのでルーク様のことについても耳にしています。彼は七年前に一度全ての記憶を失った。自分の名前どころか言葉すらも。いわば一度赤ん坊になってしまったのですよ。そこから七年間、屋敷の中に閉じ込められて育ってきた。つまり彼は屋敷以外の世界を知らない七歳の子どもと変わらないのではないか、と私は思うのです」

 

「それは……」

 

「そんな彼の唯一の理解者となったのがヴァンです。今やルーク様の心の中はご両親以上にヴァンが大きな位置を占めてしまっている。私にはそれが恐ろしいことに思えてならない。ティア、気をつけることです。あなたの疑いが確実なものとなるとき、心に最も大きな傷を負うのは、もしかしたらあなたではなくルーク様なのかもしれないのですから」

 

「実の肉親以上に、ルークの中で兄の存在が重くなってしまっていると?」

 

「ヴァンとルーク様の様子を見たあなたなら分かるでしょう。あなたに言うのは酷な事だと承知していますが、言っておかねばなりません。彼はヴァン以外からまともに愛情を受けたと感じられていない子なのですから」

 

 そう言うとティアは顎に手を当てたまま考え込むように床を見つめた。彼女は今何を考えているのだろうか、旅の途上でのルークのことか、それとも彼女の兄のことか。

 

「……分かりました。ルークから目を離さないようにします。それと、彼に対する接し方も、考えてみます。彼も、不器用なだけで優しいところはあると思いますし」

 

「ありがとうございます、ティア。それが聞けただけで十分ですよ。あなたばかりに押し付けることになってしまって申し訳ないです。代わりにはならないと思いますが、必要なものがあれば何でも言ってください。そういえば前にお渡しした物は少しでも役に立ちましたか?」

 

「あ、その、頂いた宝石なんですが……ルークと飛ばされてしまった先で馬車に乗るためのお金が無くて、それで……」

 

 何気無く聞いたことだったのだが、ティアは肩を丸めて落ち込んでしまった。何故だ、足りなかったというのだろうか、それで彼女の母親の形見を結局手放すことになってしまったというのだろうか。もしそうだというのなら何としてでも探し出して買い戻しておかなくては。

 

「足りなかったのですか?」

 

「い、いえ! 十分に足りました! ですが、簡単に手放してしまったことが申し訳なくて……」

 

 良かった。彼女が母親の形見を手放すような事態にはなっていなかったか。私が渡した宝石を使ったことに何故か罪悪感を抱いてしまっているが、そこまで気にする必要などないというのに。

 

「足りたのならば良かった。あなたが悔やむことは何一つありませんよ。気にせず使いなさい、そのために渡しているものなのですから。そうだ、使ってしまったならばまた渡しておかなくてはいけませんね……」

 

「そんな! これ以上頂くなんて!」

 

「あなたに与えている任務の経費なのですから、遠慮することはないですよ。それに私のようなむさ苦しい男の手元にあるのは宝石にとっても良くないことでしょう」

 

 どうせ持っていてもこうして情報部隊員に渡さなければ引き出しの肥やしになってしまっているのだ。作った職人にも申し訳ないし、こうして誰かに使ってもらわないとそれこそ宝の持ち腐れになってしまう。

 

「でも、そこまで甘えるのは……」

 

「何を言うのです。あなたはまだ16歳でしょう。大人には甘えておくものですよ。大人はそれを笑って受け止める義務があると私は思っていますから。まぁ今は手元に無いので何もお渡しできませんが」

 

「いえ、その、甘えるにしても流石に申し訳なさすぎると言いますか……」

 

 先ほどまで落ち込んでいたティアだったが、今は困ったような表情で手を所在なさげに身体の前で振っている。その姿はまさしく年相応の少女のようで、微笑ましい気持ちになる。もし娘がいたとしたなら、このような気持ちになるのだろうか、などと下らない考えまで浮かんでしまうほどだ。だとすれば私はお小遣いで娘の気を惹こうとする情けない父親になってしまうのか。よそう、あまり考えていると悲しい気分になってしまう。

 

「まぁこの話はまたダアトに戻ったときにしましょうか。今日の所は部屋に戻りなさい。マルクトからの親書への返答については近いうちに陛下からお話があるでしょう」

 

「……そうですね。お話に付き合って頂いてありがとうございました。おやすみなさい、モース様」

 

「ええ、おやすみなさい。今は難しいことを忘れてゆっくり休みなさい」

 

 頭を下げて部屋を後にするティアの表情は、少なくとも私の部屋に来た時よりは良い表情をしていた。これならば少しはよく眠れることだろう。

 

 これから先に待つ試練までの、僅かな幕間に過ぎないとしても、どうか今日くらいは良い夢を。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

朱赤と私

 ルークが親善大使としてアクゼリュスに赴くことが決まった。

 

 謁見の間でそれを告げられたルークはうんざりしたような顔で渋っていたものの、拘留されているヴァンの解放と引き換えに引き受けることとなった。私は顔を顰めないようにそれを眺めることに苦心していた。今この場にいる大人たちは皆嘘吐きだ。国の繁栄のため、預言(スコア)の成就のため、何も知らぬ子どもを死地へ送り込もうとする。

 

「お前は……英雄となるのだ、ルーク」

 

 絞り出すように告げるクリムゾンの手は固く握られていた。その結末を知っていながら、内心とは正反対の言葉を出さねばならない彼の葛藤はそれを見るだけで察することが出来る。少なくともこの場に一人、私と志を共にする大人がいる。そのことは私を勇気づけてくれる。まだ足掻くことは出来るはずだと。

 

「俺が、英雄に……」

 

 掌に視線を落としながら呟くルーク。実感の伴っていない肩書に戸惑っている、というよりは道に迷ってしまった幼子のように見える。外の世界も知らず、それどころか自らのことすら知らない彼は、生まれた直後からこうしてゴテゴテとしたメッキを貼り付けられ、そのメッキは内側にいる無垢な自分をも傷つけかねないものだった。だからこそ彼はこうなってしまったのだ。弱さを認めることが出来ず、許されないまま、強がって、素直に気持ちを出すことを恐れるように。それは子どもにとって不幸なことだと思ってしまうのだ。それを理解して振る舞うのならばまだ良い。だが、そうするしかなかった子は、どうすれば良いのか。

 

 それを良しとしないからこそ、私は今この場に立っているはずだ。

 

「陛下。出立の前にルーク様とお話しする機会を頂けますか?」

 

「む、モース。どういう理由だ」

 

「彼にお伝えしておくことがあります。先ほど詠まれた預言(スコア)に関する教団の最高機密です。出来れば二人でお話しする場があれば」

 

「陛下を差し置いてルークだけに話すことだと? そのような怪しい話……」

 

 ゴールドバーグ将軍が訝し気な表情を隠そうともせずに私に詰め寄ろうとするが、インゴベルト陛下はそれを視線で制した。

 

「よい、ゴールドバーグ将軍。出立まであまり時間は無い故、短い時間となるが良いな?」

 

「陛下!」

 

「それと、その場には導師イオンを同席させる。教団の最高機密ならば導師イオンが居ても問題は無いな?」

 

「……そうですな、導師イオンならば問題ないでしょう」

 

「ゴールドバーグ将軍も、これで良いだろう」

 

「むぅ、致し方ありませんな」

 

 納得はしていなさそうだが、陛下が執り成し、私も譲歩した以上彼も引き下がるしかない。老練の将軍は渋々といった様相で陛下の傍に戻った。私としても、導師イオンならば事情を知っているので同席していても問題はない。何より、詠師オーレルが手を回しているであろう将軍が私の要求を黙って呑み込むはずが無い。教団の最高機密と言っておけば導師イオンを持ち出してくる、表向き導師派と大詠師派のトップとして対立しているのだから、私の監視役として導師イオンは最適だ。

 

「では、ルーク様と導師イオン、それと私の三人でお話しさせて頂くということで。導師イオン、お手数をおかけしますがよろしくお願いいたします」

 

「ええ、構いませんよ。ルーク、行きましょう」

 

「えぇ~、めんどくせーなぁ……」

 

「お願いします、ルーク」

 

「ったく、わぁーったよ。行けばいいんだろ、行けば」

 

 あからさまに面倒なオーラを出しているが、導師イオンに押し切られる。記憶の中でもそうだったが、どうも彼は導師イオンにはあまり強く出られないところがある。それは身体が弱い導師イオンに対する彼なりの優しさ故か、あるいは、

 

「申し訳ありませんね、ルーク様。そう時間は取らせませんので」

 

「ったりめーだろ。俺は早くアクゼリュスに行ってヴァン師匠を助けなきゃなんねーんだから」

 

 どうやら、まずはご機嫌斜めになってしまったルークを宥めるところから始めなくてはならないようだ。

 

 


 

 

「まずはお時間を取らせてしまったことを謝罪します、ルーク様、導師イオンも」

 

 王宮の中では比較的小さな部屋──とはいえ私の認識からすればよっぽど広いが─―に通された私は、まず二人に頭を下げる。導師イオンはいつものように薄い笑みを浮かべ、そしてルークは右手をプラプラと振って私の謝罪を受け取ってくれた。

 

「さっさと要件を話せよな。俺はヴァン師匠のとこに行かなきゃいけねぇんだから」

 

「まぁまぁ、モースもどうしても今話しておかなければならないことがあるから呼び出したのでしょうし」

 

 どかりと豪華なソファーに身を沈めて急かすルークと、その隣に腰かけて宥める導師イオン。それと向かい合う形で同じく椅子に腰かけ、私はルークに目を向けた。

 

「まずは親善大使としてアクゼリュスに赴いて頂くことに教団として感謝を。導師イオンもそうですが、アクゼリュスのことについては私も胸を痛めておりました」

 

「? どういうことだよ、お前は戦争を起こしたがってるんじゃなかったのか」

 

 ティアから問われたことと同じ内容がルークの口から発せられた。

 

「ルーク、先日も謁見の間で言いましたが、モースが戦争を望んでいるというのはあり得ません」

 

 私が弁解する前に、何故か導師イオンがルークを咎めていた。心なしか彼の表情が険しいものになっているようにも見える。

 

「う、いや、イオンがそう言うなら……」

 

 そしてルークにしては珍しく、導師イオンの言葉を素直に受け入れたのだった。先ほどまでソファーにふんぞり返っていたのに、今は姿勢を正して縮こまってしまっている。まさか導師イオンに怯えている? 私の記憶の限りでは、彼が導師イオンを気遣ったり、幼さ故に少しキツイ物言いをしてしまうことはあれどこのように怯えたような様子を見せること等なかったはずだ。一体何があったというのだろうか。

 

「イオン様」

 

「すみません、モース。少しキツイ口調になってしまいましたね。ですがルーク、ここだけの話ですが、モースは僕が最も信頼する人なんです。あなたにとってのヴァンと同じくらいに。そんな人物が悪く言われるのを僕は笑って見過ごすことは出来ません」

 

「ヴァン師匠くらいに……」

 

 導師イオンを止めようと声をかけたのに、何故か彼は話を続けた。相変わらず過分にも程がある評価を導師イオンから受けていることに首を傾げたくなるが、今の雰囲気でそうする勇気は私には無かった。

 

「ええ、ルークもヴァンが悪し様に言われることは嫌でしょう?」

 

「そう、だな。悪かった、イオン」

 

「いえ、分かってくれたならそれで良いですよ」

 

 そう言ってルークはきまり悪そうに頭を掻きながらイオンに頭を下げた。あのルークが素直に謝罪した。その光景は私の記憶の中のルークからは想像もつかないことだ。少なくとも、今このときのルークとしては。旅の道中で導師イオンがルークを気にかけ、それによってルークも導師イオンに多少心を許したのかもしれない。だとすれば、今の彼は少なくとも私が知るような孤独感の中で旅を続ける羽目になることは避けられるかもしれない。

 

「何だよ、なに笑ってんだよ」

 

 不貞腐れたような顔のルークに指摘されるまで、私は自分の顔が緩んでいることにすら気づかなかった。それほどまでに、今私の目の間で繰り広げられたやり取りは私に大きな驚きと、期待を感じさせたのだ。

 

「いや、失礼しました。お二人が仲睦まじいように見えたものでして、嬉しくなってしまいましてな」

 

「仲睦まじくぅ? 俺とイオンが? やめろよ、うぜーっての」

 

「ハハハ、そう言わず、ぜひこれからもイオン様と仲良くして頂きたいですな。なにぶん幼い頃から周囲には友人と呼べる者はおらず、病弱故にダアトから中々出ることが出来なかったお方です」

 

「ダアトから出られない……俺と同じ……」

 

「ええ、ルーク様がお屋敷から出られなかったように、イオン様もそのご身分故に自由に出歩くことを許されなかった身です」

 

 そしてどちらも愚かな大人の勝手な事情によってフォミクリーによって生み出されてしまったレプリカ。彼らの間に感じる奇妙な繋がりはこうしたいくつもの共通点によるものなのだろうか。

 

「と、話が逸れてしまいましたね。本題に入りましょうか。と言っても、私が特に伝えるべきこと等ないのですがね」

 

「は、はぁ? 教団の機密事項だなんだって言ってたじゃねえか!」

 

「ハッハッハ、あれは方便というものですよ。私はただ単にルーク様と話がしてみたかっただけのこと。これまでバチカルに訪れても中々顔を合わせる機会が無かったものですから」

 

「そんなの知らねーし俺はお前と話すことも何も無えよ!」

 

 また機嫌を損ねたようで、そっぽを向いてしまうルーク様。だが、今の私には彼の興味を惹ける武器があるのだ。

 

「まぁまぁ、ルーク様が知らない教団でのヴァンのこと、聞きたくありませんか?」

 

「ヴァン師匠のこと?」

 

 私がそう呟くだけで、彼はあっさりと機嫌を直してソファーから身を乗り出してきた。扱いやすくて助かる気持ちもあるが、それ以上にここまで彼の心にヴァンが入り込んでしまっていることを実際に目の当たりにしてゾッとしてしまう。あの男は自らの計画の為だけに無垢な子どもの心をどこまで踏み躙るつもりなのか。

 

 内心の怒りを面に出さないように、表情をにこやかに保ちながら、ヴァンの話をきっかけとしてルークと他愛もない話に興じる。導師イオンも交え、ヴァンだけでなく、教団の普段の生活や彼らの旅にまで話は及んだ。

 

「やっぱり、教団ってティアみたいに暗い奴ばっかりなのか」

 

「そんなことを言ってやらないでください。彼女は真面目なだけですよ、少し自分の気持ちを表現するのが苦手なだけですから。そういう意味では、ルーク様と似ているかもしれませんね」

 

「んなわけねーだろ! なんで俺があんな女と!」

 

「そうやってムキになるところがそっくりですよ。と、そろそろ時間ですね。ルーク様、あなたとお話しできてとても楽しかったですよ」

 

「ムキになってねー! ったく、こんなことならさっさとヴァン師匠の所に行くんだったぜ……」

 

 ルークは口を尖らせているが、私にとってこの時間はとても重たい意味を持っていた。これまで面識の無かった彼と話が出来たうえ、共通の話題を通して少しだけだが彼の心に歩み寄れた。ならば最後に伝えるべきことを伝えておくだけで良い。

 

「老人の長話に付き合わせてしまいましたね。……ただ、最後に一つ、ルーク様にお伝えしておきたいことがございます」

 

「伝えておくことぉ? 何だよ」

 

「あなたが旅の途上で六神将の襲撃にあったように、私ですら与り知らぬところで陰謀が渦巻いているのは確かなようです。どうかアクゼリュスの道までもお気をつけて、あるいはアクゼリュスにすら何らかの手を伸ばしているかもしれません」

 

「だったらお前が命令でも何でもして止めればいいじゃねえか」

 

「そうしたいところなのですがね、彼らは神託の盾騎士団の師団指揮権と、独断行動の権利を与えられています。情けない話ですが、私では彼らを止めることは出来ません。彼らが聞くとすればヴァン謡将の命令くらいでしょう」

 

「じゃあヴァン師匠が戦争を望んでるって言うのかよ!」

 

「いえ、それは分かりません。ですが六神将があなた達の妨害に動いていることは事実。ルーク様自身の身もそうですが、どうか導師イオンもお守りください、この通りです」

 

 そう言って私は頭を下げる。ルークにとって導師イオンを守る理由を少しでも増やしておきたい。そういった打算もあれど、良くも悪くも導師イオンとより近い距離間で接することが出来るルークが導師イオンの傍にいることはどちらにとっても良い影響があるはずだ。

 

「お、おい、いきなり頭下げてんじゃねぇよ。……わぁったよ、俺のついでに守ってやるよ」

 

 ルークは私の言葉に少し投げやりな態度ではあるものの、了承してくれた。短い時間しか話していないが、それでも誠実な願いに対してそれを無下にするようなことはしない。一行にも、もう少しこうして互いを理解して話し合える時間があれば。

 

 ルークはこれで話は終わりだとばかりにソファーを立ち、扉へと向かう。その背中に、もう一言だけ伝えておきたかった。

 

「ありがとうございます、ルーク様。アクゼリュスで困ったことがあれば、導師イオンと共にカンタビレを探すと良いでしょう。彼女ならば信用できます。ルーク様が私を少しでも信じてくれたならば、あるいはアクゼリュスで煩わしいことがあれば、彼女はきっと力になってくれるはずです」

 

「……カンタビレだな、分かったよ」

 

 アクゼリュスで待つ悲劇に対して、どうか少しでも彼らが心を強く持てるように。ルークの背負う十字架を、どうか分かち合えるように。今の私に出来ることはこのくらいしかない。余りにも情けない自身の姿は、お笑い種だ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

波乱の旅立ちと私

 ルークらの旅立ちが穏便に始まることは無かった。

 

 記憶の通りに導師イオンが攫われ、それを追うために彼らが廃工場を通ってバチカルの外を目指すことになったからだ。ヴァンの指示によるものか、アッシュの独断によるものか、記憶によればザオ遺跡にはシンクとラルゴも同行していたため、ヴァンの指示の可能性は高い。ヴァンの計画を知ったアッシュが後に利用するために便乗しているということも考えられるが。

 

 何はともあれ、謁見の間で導師誘拐の報告を受けた私は、そうなると知っていながら、そして導師イオンもそれを承知しており、覚悟の上であるということも分かっていながら、腸が煮えくり返るのを抑えることが出来ないでいた。

 

「独断行動を許されているとはいえ、近頃の六神将の行いは余りにも勝手が過ぎるようですね……」

 

「大詠師モース。ということは導師イオンの誘拐はお前の指示では無いのだな?」

 

「当たり前でしょう……! あの方は身体が弱いお方だ。ただでさえ、ダアトからの失踪で心配していたというのに、本来導師を守るはずの六神将が導師を攫う? 冗談ではない!」

 

 覚悟していたこととは言え、それを傍観しか出来なかった自分への怒りも相まって、陛下の問いかけに普段ならば有り得ないほどに声を荒げてしまった。報告に来た一行の中で、特にアニスが肩を跳ねさせて怯えてしまっているのを見て、私は自身を冷静に省みることに成功した。

 

「いや、すみません。少し冷静さを欠いてしまいました。アニスもすみません。あなたを責めているわけではないのです」

 

「でもでも、私がイオン様から目を離しちゃったから……」

 

「アニスが良くやってくれているのは理解しています。早朝とはいえバチカルのど真ん中で事に及ぶような愚か者のことを想定する方が難しいことです。しかし陛下、導師イオンが攫われたとなると和平にも支障が出かねませんぞ」

 

「……くそ、さっさとアクゼリュスに向かわねえと先に出発したヴァン師匠を待たせることになっちまうじゃねえか」

 

 ルークがぼそりと呟いた言葉は、静まり返った謁見の間でその場にいる者の耳に入るには十分な声量だったようだ。傍らに立つアニスやティア、陛下の隣に腰かけるナタリアが血相を変えて物申そうとするが、それを手で制して私はルークの前に歩を進めた。今の彼の頭の中は出発前にヴァンと交わした亡命の約束でいっぱいになってしまっている。信頼できる師との未来に無邪気に思いを馳せている子どもなのだ。そんな彼に感情的に怒りをぶつけるのは悪手だ。冷静に状況を教え、彼が自発的に導師イオンを追いかける状況を、共にアクゼリュスを目指せる状況を整えてやることが大事だ。本来の彼は、導師イオンを思いやれる子なのだから、

 

「ルーク様、事はそう単純では無いのです。確かにキムラスカの親善大使はルーク様ですが、和平の使者は導師イオンということになってしまっております。それはつまりローレライ教団が二国の仲介となっているということ。導師イオンにもしものことがあれば、キムラスカとマルクトの両国は仲介役が居なくなり、ルーク様の親善大使という地位も張りぼてになってしまいます。言わば和平の土台となるのが導師イオン、その上でキムラスカとマルクトが結びつくための印としてのルーク様なのです」

 

「ってことはイオンが居ねぇと……」

 

「ルーク様がアクゼリュスに行こうと和平が成立しないことになってしまいますな。それに、私としては以前ルーク様が仰って下さったことを当てにしたいとも思っているのです。狡い言い方になってしまいますが……」

 

「っ~~! くそっ、さっさとイオンを追いかけようぜ!」

 

「ありがとうございます、ルーク様」

 

 私の言葉につい先日交わした会話を思い出したのか、頭をガシガシと掻くと謁見の間を足音荒く後にしたルーク。私はその背に頭を下げると、不思議そうな顔で私とルークに交互に目をやりながらルークの後を追う一行に声をかけた。

 

「ジェイド・カーティス大佐」

 

「……なんでしょうか、大詠師モース様?」

 

 立ち止まり、少し間を置いてから肩越しに振り返った彼の目には、やはり警戒の色が濃く浮き出ている。だが、それを気にして何も言わないわけにもいかない。

 

「あなたと先日交わした言葉を今一度、思い出して頂きたい。そして、私はあなたが()()であることを信じていますよ……」

 

「どこから見ても私は子どもには見えないでしょう?」

 

「察しが悪い振りをするのは子どもの証ですよ。あなたの責任を果たせと、そう言っているまでです」

 

「……善処しましょう」

 

 ほんの一瞬、少し不機嫌そうに彼の目が細められたが、次の瞬間にはいつもの瓢々とした口調で肩を竦めた。そういうところが、未だ大人になり切れていないところだ。だが彼にも傷があることは理解しているつもりだ。ルークは彼の傷そのものであり、だからこそ彼と向かい合うことにも時間が掛かるだろうことは理解できる。私が出来ることは、アクゼリュスに到着するまでに彼がルークに大人げない態度を取ることを減らしてくれるように祈ることだけだ。

 

「導師イオンの捜索、奪還はルーク様達にお任せすることになりましたので、私も一度ダアトに帰還しようと思います。構いませんか、陛下」

 

「そうだな、必要なときはまたダアトに使者を送る」

 

「では、失礼いたします」

 

 陛下から許可をもらい、私も謁見の間を後にする。恐らくこの後はナタリアが城を抜け出してルーク達に合流するのだろうが、それが発覚したときにバチカルに留まっていたらこれ幸いとゴールドバーグ将軍辺りにあらぬ疑いを掛けられて再び軟禁の憂き目にあう可能性もある。それにダアトで動いているであろう詠師オーレルも気になる。詠師トリトハイムが上手く立ち回ってくれているだろうが、彼一人で抑えられるとも思ってはいない。

 

 ダアト港へ向かう船に乗り込みながら、私は今後の自身の動き方について考えを巡らせるのであった。

 

 


 

 

 ダアト港

 

 ダアトへの玄関口となるそこは、キムラスカとマルクト両国からの貿易を受け入れていることも有って普段から賑わいが絶えない。二つの国の商船が日夜行き交い、ダアトとだけではなく、ダアトを介して互いに商品をやり取りしている。ダアト港はダアトの一部であり、中立地帯であるからこそ緊張状態が高まっていても商人たちは気兼ねなく訪れ、商談に花を咲かせる。一部の商人を除いて国交が途切れかねない戦争は損にしかならない。大っぴらにキムラスカとマルクトを行き来するのが憚られる今、ダアトの存在は政治的にも経済的にもその重要性を増していた。

 

 常になく賑やかな港に、目立たない服装で足を踏み入れた私は市場を横目にダアト港の門を目指す。道行く人々にぶつかりそうになるくらいに混雑しており、人の間を縫うように歩を進める。私の身分を明かせば、もう少しスムーズに進めるかもしれないが、騒ぎを起こすのも憚られる上に、こうして歩いていれば()が私を見つけてくれるはずだからだ。

 

「バチカルでは災難だったね、モース」

 

 気づけば隣を同じペースで歩くのは少年の背格好ながら頭に被ったフードで顔を見せない人物。だが、そのフードからは見慣れた緑色の髪が一房飛び出している。私に囁きかける幼い少年の声も、耳に馴染み深いものだ。私は歩くペースを少し落とすと、視線は前に向けたまま、雑踏に紛れる程度の声で返す。

 

「詠師オーレルがあのような軽挙に出るとは予想していませんでしたからね。いや、私がこうしてバチカルに長く拘束されたのですから、彼にとっては狙い通りだったのかもしれませんね」

 

「そうだね、モースがいない間に随分と精力的に動き回っているみたいだよ。あんたが帰ってきた以上、少しは大人しくなるかもしれないけど、油断は禁物だね」

 

「どこかで暴発することも考えられますか。貴重な情報をありがとうございます、フェム」

 

「ボクがやりたくてやってることだけだよ。このままダアトまで行くんだろ? 護衛も兼ねてついて行くよ」

 

「それでも言わせて下さい。それと、護衛もよろしくお願いしますね」

 

「任せておいて、それと、お礼がしたいなら今度ご飯作ってね」

 

 彼ら兄弟は揃いも揃って……、私の作る料理が彼の冒した危険に適うとは到底思えないのだが。こうして私の為に動いてくれるのにそれに十分報いることが出来なくて歯痒く感じてしまう。

 

 ダアトへの道すがら、私と並んで歩くフェムは、通りがかる人がいないのを良いことに暑いと言ってフードを取り払い、よく知る顔を晒した。

 

「そういえば、私はしばらくダアトに帰っていませんでしたが、フローリアンやツヴァイ、フィオは元気ですか?」

 

「問題ないよ、むしろフローリアンは元気過ぎて困るくらいだよ。ディストがちょくちょく様子見に来てくれてるしね。ボクもあちこち行ってるから頻繁に顔を合わせているわけじゃないけどさ」

 

 フェムはイオンの5番目のレプリカだ。シンクには及ばないものの、身体能力の高さを活かして私の情報部隊の一人として動いてくれている。最初はそんなことをさせるつもりも無かったが、あまり拒否しても彼が独自に動いてしまいそうで、それならばいっそ私が彼の動きを少しでも把握し、サポート出来るようにした方が良いと考えて数年前に今の立ち位置になった。

 そうやって動き始めた彼は、私の予想以上に精力的に働き、彼のお陰で多くの情報が私の下に届けられることになった。だからこそもっと彼の働きに報いたいのだが、

 

「モース、また難しい顔してるよ」

 

「おっと、すみませんね」

 

「ボクのことなら気にしなくて良いって言ってるのに。シンクだってイオンだって働いてるじゃないか。ならボクだってモースの為に出来ることがあるなら働くだけだよ」

 

「フェム、私はあなた達に働いてもらうために助けたわけでは……」

 

 ない、と言おうとして私の口をフェムの人差し指が塞いだ。

 

「それも何度も聞いた。ボクがやりたくてやってるから良いんだよ。ツヴァイ達には無い身体能力があるんだし、使わないと損だよ。生憎、シンクみたいに譜術は使えないけどね。それに、モースだって少しでも動かせる手が多い方が良いでしょ?」

 

 それを言われると私は何も言えなくなってしまう。彼らがやりたいことは可能な限りやらせてあげたいし、彼の働きによって助かっていることが多いのも事実なのだ。しかし危険なことはして欲しくない。彼らに対して父親染みた情を抱いてしまっているのかもしれない。そんなことが許されるはずも無いというのに。

 

「……ありがとうございます。こんなことでしかあなたの働きを労うことが出来ない私が情けないですね」

 

「まさか、例え他の誰がモースを否定しても、ボク達がモースを情けなく思うことなんか無いさ」

 

「心強い味方ですよ、あなた達は。さ、ダアトが近づいてきました。申し訳ないですが……」

 

「うん、フードで顔を隠しておくさ」

 

 私が促すと、フェムは再びフードを目深に被って自らの顔を隠した。私からすれば導師イオンもフローリアンもツヴァイもフィオもフェムもシンクも皆違っているのだが、他人から見れば彼らは皆同じ顔をしている。まだ導師イオン以外は徒に顔を晒すことが出来ないのだ。いつか彼らが何も気にせず、顔を見せて街を歩けるようにするために、私は決意を新たにするのだった。

 

 さあ、ダアトに到着した。預言(スコア)を盲信する詠師オーレルとの再会が迫っている。この子達を守るためにも、そして魔界(クリフォト)から戻ってくるルーク達の為にも、私が出来る精一杯をしなければならない。休んでいる暇は無い。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

崩落の都市と私

描きたいシーンがたくさんあってまとまらない問題

描きたい場面のために展開を早めることを決意


 鉱山都市アクゼリュスの崩落

 

 

 その知らせはオールドラントを瞬く間に駆け巡った。

 

 それもそうだろう。あの日、空へと一筋の光が立ち上ったかと思えば、海を越えて響く地鳴り、揺れる大地、どれほど鈍感な人間であっても何かが起こっていることを悟らせたことだろう。それから間もなくしてダアトには夥しい数の難民が押し寄せ、マルクトとキムラスカが兵の準備をしているという噂まで飛び交うようになった。

 

 ユリアの遺した預言(スコア)の通りに世界は進んでいる。ダアトのローレライ教団本部の中、大詠師である私を筆頭とする教団の詠師達は、大なり小なり熱を孕んでいた。

 

「遂に、遂に来たのです! ユリアの導きの時が! 今こそキムラスカに挙兵を促し、預言(スコア)に従ってルグニカ平野に戦火を巻き起こすときが!」

 

 詠師の会合が始まって早々に熱弁を振るうのは詠師オーレル。彼が最もこの部屋で熱に浮かされていた。厄介なことは、彼がその熱を他者に感染させる弁を持った人間であるということだ。

 

「まさしくその通り! 大詠師モース、一刻も早くバチカルへ向かうべきでは?」

「約束された繁栄は目の前ですぞ!」

 

 同調して私に言葉を向けるのは大詠師派の詠師達。彼らも皆一様に熱に浮かされた目をしている。身体はこの場にあるのに、意識はそこに無く、ここではないどこか遠くを見ているような目だ。足元で苦しむ人々を無視してしまっている目だ。

 

「それよりは難民の受け入れが先ではありませんか? 我々が介入せずともユリアの預言(スコア)が絶対ならば戦争は起こる。ならば巻き込まれる人々を、被害を減らすように動くことが今の教団のすべきことではないでしょうか」

 

「詠師トリトハイム! 何を生温いことを言っているのですか! ユリアの遺した道標を人々が違えぬように導くことこそが教団の存在意義ではないですか!」

 

 トリトハイムの言葉に詠師オーレルが猛然と噛みつく。

 

「皆さん、議論も良いですが熱くなるのも程々に願いますよ。詠師オーレルの言も分かりますが、詠師トリトハイムの言葉にも一理あるでしょう。ユリアの預言(スコア)は絶対。只人では背くこと能わぬものならば、今困窮している人々に手を差し伸べてからでも動くのは遅くない」

 

「大詠師モース!」

 

 抗議するように声を上げたオーレルを、私は手で制した。これ以上彼と話していても実りある会話になるとは思えなかったからだ。今の彼は預言(スコア)の成就に繋がる以外の如何なる行動も許容しないことは容易く読める。

 

「詠師オーレルの言う通り、バチカルへ赴くことも考えています。ただ、今ではないというだけ。しばらくはダアトで難民の受け入れ、混乱した各地の慰撫に努めるとしましょう。皆さんもそれで構いませんね?」

 

 私が卓に着いた皆を見渡してそう問いかけると、一部は納得したように、また一部は不承不承といった様子ではありながら一応は肯定の意思を見せた。

 

「では今回の会合はここまで。詠師諸兄におかれてはまずダアトを目指す難民の受け入れ体制の構築、神託の盾騎士団と協同した周辺の治安維持に関する草案をよろしくお願いします」

 

 そう言い残し、広い会議室を後にした。それに続くように他の詠師達も部屋を出る。私はそのまま自らの執務室に足を向けた。

 

「やれやれ、大地が崩落したという一大事にも拘わらず、呑気なものだ」

 

 彼らにとっては預言(スコア)に詠まれていないのだから自分たちの住むダアトまで崩落する考えなど、まず浮かぶことすらないのだろう。だが、普通はそんなことは思わない。ダアトに難民が殺到しているのがその証拠だ。一般的な危機感を持つ人間ならば、大地が落ちるなどという異常事態に冷静でいられるはずが無く、そして自らの足元に不安を覚えて逃げ出すものだ。その逃げ出す先がダアトというのは、ローレライ教団の威光ゆえか。

 だが、教団幹部達は民衆以上に預言(スコア)を盲信している。だからまず危機感すら覚えないのだ。それがどれだけ狂っていることか。

 

「しかし、やはり崩落を避ける事は出来ませんでしたか……。ルークもそうですが、カンタビレは無事でしょうか……」

 

 私の脳裏を過るのは重い十字架を背負わされてしまった子供たちのこと。そして私が自らのエゴの為に送り込んでしまったカンタビレのこと。

 大人たちはルークの心に寄り添ってくれているだろうか、カンタビレはアクゼリュスの民をどこまで逃がしてくれているだろうか、何よりカンタビレ自身は無事でいてくれているのだろうか。

 

 私の身体には、私の求めていないものが幾重にも巻き付いて重くのしかかっている。大詠師という地位、導師イオン、アニス、フローリアン達、アリエッタ、ハイマン君、多くの教団員とダアト内外の人々。そのどれもが私には捨てられない。私の中にある記憶の通りにさせてはならないという思い、相反するように今私の周りにあるものを守り通さねばならないという思い。その間に挟まれて、私は満足に動くことが出来ない。

 そうやって理由付けているが、結局は恐れているのだろう。正面からヴァンと対峙することを、自分の罪をルーク達に打ち明けることを。だから騙すように口先だけで他人を動かそうとする。カンタビレをそうしたように。そのくせに一丁前に心配なんてして見せる私は、笑えるくらいに愚かな人間だ。

 

 徐々に重くなる足を引きずって誰も居ない執務室に辿り着くと、扉を開けて部屋に入ると同時に床に膝をついてしまった。身体に力が入らない。鉛を身体中の血管に流し込まれてしまったように、指先さえ動かすのが億劫になってしまっていた。幸い、扉を閉めるところまでは出来たため、廊下を通りがかった人に私の醜態を見られることは無い。それだけは安心できた。こんな情けない姿を人に見せるわけにはいかないからだ。とはいえ、灯りをつけることも出来なかったので部屋は薄暗がりに包まれてしまった。

 

「……へばっているわけには、いきません。少しでも、私に出来ることをしなければ」

 

 床を這うようにして、執務机に近づく。ダアトに帰ってからというもの、休む間もなく働きづめだ。少し疲れが出てしまったのかもしれない。とはいえ、呑気に休んでいる暇もない。

 普段ならば一分もかからず辿り着けるはずの机が、やけに遠く感じる。

 

「おかしい、ですね。いつもこれくらいの疲労があっても、ここまで、は……」

 

 やっとの思いで執務机まで這いずったかと思えば、机の陰の暗がりに何かの気配を感じた。

 

 それに釣られて目を上げた私の視界に飛び込んできたのは……

 

「馬鹿、な……。有り得ない、幻覚だ……」

 

「そう、幻覚だ」

 

 総身が血に塗れた男。

 

「これはあなたの罪悪感が見せる幻」

 

 頭に包帯を巻いた幼い男の子。

 

「あなたの記憶が見せる泡沫の夢」

 

 げっそりと痩せた女。

 

 そのどれもが記憶の中にあるアクゼリュスの民だった。

 

「何故、今になって……」

 

 記憶をはっきりと認識してから、彼らは私の夢に現れ始めた。大詠師となってからはその頻度も増えた。それは預言(スコア)通りに世界を動かそうとする私を責めているように、無言で枕元に佇む幻影だった。仕事に明け暮れて泥のように眠ってしまえば、夢すら見ない眠りにつけた、というのに。

 

「俺達はお前が忘れない限り、現れる」

「あなた自身が望んでいるから」

「罪に対する罰として」

 

 三つの口から発される言葉は不協和音となって私の耳朶を打つ。いや、本当は耳に聞こえた音ではないのだ。私の脳内に響く幻聴に過ぎないはずなのだ。だというのに、その幻覚を否定することは私には出来なかった。

 

「アクゼリュスが崩落した」

「だからあなたは無意識に罰されたいと思った」

「自らの罪に耐えかねて」

 

「私の、罪……」

 

 幻影は床に倒れ込む私を取り囲むように立つ。私を見下ろす幻影達の顔に表情は無く、ただ無機質に立つのみ。血を流しているにも拘わらず、床には汚れ一つ付くことは無い。

 

「そうか……、私が罰されたいから、あなた達が……」

 

 視界が遂に霞み始めた。瞼が重く、幻の姿も形を崩し始めている。

 

「すみま、せん……私は、どこまでも、弱い」

 

 あなた達の姿を借りなければ、自分を罰することも出来ない程に。

 

 私はついに意識を手放した。

 

 


 

 

 タルタロスの甲板上、崩落したアクゼリュスから逃げ出すルーク達一行の間に漂う空気は決して良いものではなかった。

 障気によって物理的に人に危害を加えるだけではなく、重苦しい沈黙が横たわっているためだ。

 

「……そんな、ヴァン師匠が」

 

「迂闊でした。ルークから目を離すべきではありませんでした」

 

 呆然と呟くルークを横目に、ジェイドは眼鏡を押し上げる。その顔は、常の彼からは想像もつかないほど歪められていた。

 

「私も、兄さんの部下に分断されなければ……」

 

 ティアも痛ましいものを見るようにルークを見る。アクゼリュスに到着してすぐ、彼女は神託の盾騎士団、ヴァンの部下に騙され、ルーク達と分断されてしまった。大詠師モースからの緊急連絡があるとの報せに、疑わしく思いながらもそれを振り切ることが出来なかった。モースに対する、彼女の信頼がヴァンに利用されてしまった形だ。

 

「で、でも、何でアクゼリュスが……、俺、何も覚えて……」

 

「ヴァンに何らかの洗脳を施されていたんです。アクゼリュスの坑道のダアト式封咒の前で、ヴァンに何かを呟かれたあなたは突然意識を失ってしまったんです。封咒を解除しなければあなたを殺すと言われてしまい、僕は……」

 

 事態を呑み込めていないルークに、イオンは自らの行いを悔やむように呟く。アクゼリュスに辿り着いたとしても、自分がダアト式封咒を解除しなければ、モースの懸念通りにはならないと考えていた。モースの話では、自分がルークの説得に押されてしまったために崩落が起きたのだ。だからこそ、自分が警戒していれば大丈夫だと考えてしまっていた。まさか、ルーク自身を人質に取るとは、仮にも七年間弟子として接した子どもをあそこまで冷徹に駒として扱える男だとは、イオンも考えられなかった。

 

「ルーク、落ち着いて聞いて下さい。ヴァンによってあなたは超振動を無理矢理使わされ、アクゼリュスを支えるセフィロトツリーを破壊してしまったのです」

 

「お、俺が、アクゼリュスを……」

 

「違います! あなたを利用したヴァンがやったことです!」

 

「でも……」

 

 震える手で顔を押さえるルークに駆け寄り、イオンは懸命に声を掛ける。だが、その声もルークに芽生えた罪の意識を拭うには至らない。

 

「オイオイ、何うだうだと話してんだい」

 

 その重苦しい空気を打ち破ったのは、甲板に現れた一人の女。

 

「カンタビレ教官……!」

 

 ティアの声に片手を上げて答えたカンタビレは、へたり込んでしまったルークに近づくと、膝をついて視線を合わせた。

 

「よく聞きな、坊ちゃん。確かにあんたはアクゼリュスを崩落させちまった」

 

「っ!……」

 

「カンタビレ! そんなこと……」

 

「導師イオンは黙ってな。実際にルークがやらかしちまったことはきちんと本人が認識しとくべきだ」

 

 カンタビレの厳しい言葉にルークの肩がびくりと震え、イオンが抗議の声を発するが、それを一喝で黙らせると、彼女はルークの肩を両手で掴み、額を突き合わせるほどの距離まで顔を近づけた。

 

「良いかい、あんたはアクゼリュスを崩落させた。多くの人の故郷を失わせちまったんだ。それにキムラスカとマルクトの戦争のきっかけにもなっちまうだろうね、あんたはともすれば世界中から恨まれかねないことをやらかしちまったんだ」

 

「俺は、俺は……!」

 

「しっかりしな! だが、アクゼリュスの人は死んじゃいない!」

 

「え……?」

 

「住民の大半はあんたらが来る前に逃がしてるし、残った人もこのタルタロスに保護してる。人的被害は最低限で済んだ。不幸中の幸いってやつだね。取り返しのつかない事態かもしれない、あんたが逃げたくなるのも分かる、でも正面から受け止めるんだよ。自分がヴァンに利用されちまった事、それでとんでもないことをやっちまったことを、呑み込むしか……」

 

「もういいでしょう!」

 

 尚も言い募ろうとしたカンタビレの肩を掴み、怒号と共に止めたのは、ジェイドだった。

 

「カンタビレ、それ以上は、あまりにも酷ではないですか」

 

「……へぇ、死霊使いともあろう男が随分と甘いものだね、あんたこそこういうときは冷静に責めるもんだと思ってたよ」

 

「私は……、確かにそうしていたかもしれません。ですが、大人になれと言われてしまいましたから」

 

 ジェイドを横目に口の端を吊り上げたカンタビレと、対照的に気まずげに眼鏡の位置を直すジェイド。周りの人間は、デオ峠でも見せた声を荒げるジェイドという光景に目を丸くしていた。

 

「とにかく、一旦休みましょう。話はティアの言っていたユリアシティに着いてからでも良いはずです」

 

 そのジェイドの言葉で、一行は甲板からタルタロス艦内へと歩みを進めた。未だ呆然自失状態になってしまっているルークは、ティアとアニスがその両脇を固め、イオンが心配そうにそれを見送った。

 甲板からイオンとカンタビレ以外が姿を消してから、イオンはカンタビレへと振り返った。

 

「すみません、カンタビレ。損な役回りをさせてしまいましたね」

 

「気にしなさんな、導師イオン。誰かがやらなきゃいけないことなんだ。こういうのは大人の役目ってね。いやぁ、私もモースの奴の悪癖が感染っちまったかな?」

 

「フフッ、そうかもしれませんね」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

魔界の海と子どもたち

モース様ログアウトにつきダアト視点一時欠落のお知らせ


 ユリアシティ

 

 この毒に満ちた世界で唯一、人の営みを残す街。ユリアの残した道標を世界が過たず辿るように見上げる監視者の街。

 

 タルタロスはその機関にいくらかの不調をきたしながらも、乗員達を無事に送り届けようと泥の海を行く。

 

「まさか私の部下がタルタロスで生き残っていたとは思いもしませんでしたよ」

 

 身体に包帯を巻きつけながらも、ジェイドの指示に従ってタルタロスを駆る部下達を眺めながら、六神将の襲撃で皆殺されてしまったと思っていました。などと言って彼はおどけて見せた。

 

「流石に全員無事とはいかなかったみたいだけどね、半分ほどは営倉や倉庫の奥みたいな人目につかないところに押し込められてたよ。私が見付けたのも偶然だ」

 

 そう言って返すのは神託の盾騎士団の師団長カンタビレ。ジェイドの隣に並び、一面に広がる泥海の向こうを見通そうと目を細めた。

 

「カンタビレがいてくれて助かりましたよ。あなたのお陰で僕たちは無事に魔界(クリフォト)の海を行くことが出来ます」

 

 ジェイド、カンタビレとブリッジに並び立つのはローレライ教団の最高指導者にして象徴である導師イオン。普段は穏やかな表情を崩さない彼は、今は常ならぬ雰囲気を漂わせていた。

 

「しかし解せませんね。六神将がマルクト軍を見逃す理由があるとも思えませんが……」

 

「そんな難しく考え込むようなことじゃないさ。生き残ってたのは襲撃時に左舷側を守ってた連中ばっかりと言うじゃないか。なら左舷側から進攻した奴が殺さないように手加減してたってことだよ」

 

「手加減……? ますます分かりませんが」

 

 カンタビレの言葉に、ジェイドの困惑は深まるばかりだった。六神将が敵である自分たちに敢えて手心を加えた理由は何なのか、抵抗されることを思えば、皆殺しにしておく方がよっぽど楽だ。それに目撃者を減らしておかなくては、今後困ったことになるというものを。

 

 そこまで考えて、彼の思考はとある人物へと行き当たった。いる。この状況になることを見越し、タルタロスの運用と保守に支障ないように手筈を整える可能性のある人物が。更にその人物はローレライ教団の中でもとびっきりの重要人物で、六神将に命令を出したとしても何らおかしなことは無い。

 

「……大詠師モース」

 

「当たり。案外早かったね。流石はケテルブルクが生んだマルクト一の天才」

 

「彼は、一体何を知っているというのでしょう」

 

 カンタビレのからかうような口ぶりに反応する余裕すら今のジェイドには無かった。彼の手回しは間違いなく自分達の利になる。恐らくはカンタビレが今ここにいるのも彼の取り計らいによるものだということもジェイドには理解出来ている。

 

 理解出来ているからこそ、分からなかった。彼は自分達に何をさせたいのか。まるで全てを見透かしたかのように語った彼は、一体何が見えているというのか。今は自分達の味方のように振る舞っているが、その腹の内では何を考えているのかが全く見えてこない。

 

 ヴァンのように、人格者の皮を被った悪魔なのか、それともただどこまでも善良な、底抜けの聖人でしかないのか。

 

「これまでも言ってきたことですが、モースは信用に値する人ですよ。僕が保証します」

 

「生憎と、私は打算なき善意などというものを信じるには歳を取り過ぎてしまったようです」

 

「ハッ、歳だけ無駄に重ねただけの男が何言ってんだい。私からしたらお前なんてまだまだ子どもだよ」

 

 いくら考えても分からないことに時間を割く余裕はない。そう結論付けてやれやれと首を振ったジェイドを、カンタビレは鼻で笑った。

 

「ちょっとはマシになったのかもしれないけどね、結局はお前もルークやティアと同じ子どもさ。なまじっか頭が良いから背伸びしちまってるだけのね。まだまだ大人にゃ程遠いよ」

 

「おやおや、こんなおっさん染みた子どもとは始末に負えませんね」

 

 いつかバチカルで彼から投げかけられたのと似たような言葉に、ジェイドは敵わないとばかりに肩を竦めることしかできなかった。

 

「それで、私の部下達を生かした六神将に心当たりはありますか?」

 

「ああ、恐らく、いや確実にアリエッタだね」

 

「アリエッタ……あの魔物と話せる少女ですか」

 

 カンタビレから告げられた名前に、ジェイドは脳内でアリエッタを思い浮かべた。幼く、か弱そうな見た目に反して強力な譜術を用い、魔物と心を通わせて自分たちの前に立ちはだかった少女。人間的な情緒と魔物的な感性がない交ぜになった彼女が、上司の命令とはいえ手加減などというまだるっこしいことをするだろうか。

 

「解せない顔をしてるね」

 

「私にはどうにも呑み込めないのですよ、彼女が手加減をするところが想像できない」

 

「そうでしょうか? 僕にとってはむしろ納得がいく答えですけど」

 

「難しく考えすぎるのは頭が良すぎることの弊害さね。物事ってのは複雑そうに見えて案外単純にできてるもんなんだよ」

 

「単純……ですか」

 

「そうさ」

 

 尚も顎に手をやって考え込むジェイドに、カンタビレは可笑しそうに笑みを浮かべながらその答えを口にした。

 

 子どもなら誰だって、大好きなパパの頼み事は聞きたくなっちまうだろ?

 

 その答えはジェイドを更に困惑の渦に叩き込むことになった。

 

 


 

 

「俺は……おれ、は……」

 

「ご主人さま……」

 

 タルタロスの船室の一つ、ベッドの隅で膝を抱えて、ルークはうわ言を繰り返していた。その傍らに唯一寄り添っているのは、小さな身体の聖獣。つぶらな瞳一杯に涙を溜めて、主人の肩に乗って気遣わしげに見上げていた。

 

「ルーク……」

 

「ルーク様……」

 

 少し離れたところから心配そうに見つめるのは彼をここまで連れてきたティアとアニス。

 

 ティアは、バチカルでモースに言われたことの重大さを今更になって正しく認識していた。彼は間違いなく幼い子どもでしかなく、その無垢な信頼を裏切られ、受け止めるには大きすぎる罪を背負わせられてしまった。更に言ってしまえば、それをさせたのは自身の唯一の肉親である男。あの時、屋敷でヴァンに刃を突き立てていれば、カイツールで再会したときに躊躇うことが無ければ。こうなってしまったのは、自らの弱さ、甘さが原因であるのだと、彼女は内心で自らを責め続けていた。

 

 アニスにとってルークは年上でありながら弟のような人だった。世間知らずで、ワガママで、何かにつけて臍を曲げて口を尖らせる。どこか浮世離れしていて危なっかしい自分の護衛対象も弟のようなものだが、ルークはそれとは別方面で目が離せない存在。導師イオンが殊更に気を掛けていたようだから、彼女も自然とルークに目を向けることが多くなった。彼の境遇に同情してしまったということも理由の一つだった。狭い世界に飼い殺しにされ、一人の男の野望のために利用された存在。それは一歩間違えていれば、自らが辿っていた道かもしれなかった。

 もし、ダアトにいた自分にあの大詠師がいなければ、今頃自分は顔も知れぬ好事家に売り飛ばされていたかもしれない。そうでなくとも、頼る相手を間違えていれば、似たようなことになったかもしれないのだ。

 

 二人と一匹は、それぞれ内容は違えども、今自らの罪に押し潰されようとしている少年を支えたいと考えているのは変わりなかった。皆ルークに掛ける言葉は思い浮かばず、ただ心配そうに見守ることしか出来ない。

 

 そんな船室に、控えめなノックの音が響く。

 

「今戻りましたわ。アクゼリュスの皆さんの怪我も重篤なものは私が治療しました」

 

「ざっと見て回ったがすぐに手当が必要そうな人はいなかったよ。それで、ルークは……?」

 

 そっと足を踏み入れたのは沈痛な面持ちをしたナタリアとガイ。部屋に入ってきた二人に対して、ティアとアニスは同じく痛ましい表情で首を横に振った。それを受けてナタリアとガイは目を伏せた。

 

「……ルーク!」

 

 そして遂に耐えかねたのか、ナタリアがベッドに蹲るルークへと駆け寄った。

 

「いつまで沈んでいらっしゃいますの! 確かにあなたのやってしまったことは取り返しのつかないことかもしれませんわ。でも、ここで沈んでいても何も解決しませんのよ!」

 

「ナタリア! 今のルークにそんなことを……!」

 

 ティアが慌ててナタリアの肩を掴み、力任せに振り向かせた。だが、ティアの顔に浮かんでいた非難の色は、振り向いたナタリアの顔を見て驚きに塗り替えられてしまった。

 

 彼女のエメラルド色の瞳はその大きな瞳では湛えきれないほどの涙に濡れていた。目尻を真っ赤に腫らし、ともすればこの場の誰よりも打ちひしがれたような顔をしていたからだ。

 

「離して! ルークは、ルークはこんなことでダメになってしまうはずがありませんわ! 記憶を失って変わってしまったとしても、彼はルークなのです! 幼い私を守り、共に国を導くことを誓った彼が、こんな……」

 

 そして遂には床にしゃがみ込んで顔を手で覆い、泣き出してしまった。彼女にとって今のルークの姿は受け入れ難いものだった。彼女の中のルークは、あの日の約束のまま、自分を守り、手を引いてくれる強い男だった。彼が大きな過ちをしでかしてしまったとしても、それを受け止め、足掻く強さを持っているはずだと、年頃の純粋な憧れを、今のルークに投影してしまっていた。そしてそれがあっけなく崩れてしまった今、ルークにいくら邪険に扱われようと献身的に支えてきた彼女の心の支柱は折れてしまった。今のルークを認めてしまえば、記憶の中で約束を交わしたルークはもういないのだと、それを認めてしまうような気がして。

 

「ナタリア……」

 

 泣きじゃくってしまったナタリアを慰めるように、ティアも傍らにしゃがみ込んで彼女の肩を抱いた。アニスも同じように寄り添い、しゃくりあげる背中を撫でる。自分よりも年上のはずの少女は、今は行き場を失った子どものように見えた。

 

「ルーク……」

 

 船室の壁に寄りかかったガイは、そんな状況にも何ら反応を示すことがない自らの主人の姿をどこか表情の読めない目で見つめていた。

 

「……今は立ち直れないかもしれない。だが、いつか立ち上がるんだろ? じゃないと……」

 

 その後に小さく呟いた声はガイ以外の耳に入ることは無かった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

語られた真実と朱赤

 タルタロスは泥の海を無事に超え、目的地であるユリアシティへと到着した。

 

 未だ現実を呑み込めておらず、どこか気の抜けた表情なアクゼリュスの住民達は、同じく自身の想像を超えた世界に戸惑いながらも、訓練を受けた人間としての矜持でそれを表に出すことを我慢しているマルクト兵に連れられ、ユリアシティに足を踏み入れる。

 カンタビレと、彼女が率いる神託の盾騎士団員達も後に続き、住人への説明に奔走していた。

 

 自失状態のルークは、万が一にもアクゼリュスの住民達と顔を合わせてショックを受けてしまわないようにというジェイド達の気遣いから、彼ら以外が無事にユリアシティに保護されたことを確認してから艦を降りる運びとなった。

 

「ほぇ~、まさかこんな泥ばっかりの魔界(クリフォト)にホントに街があるなんて」

 

 ルークの脇を固めながらも、物珍しそうに辺りを見渡してアニスは間の抜けた声を上げた。少しわざとらしい色が混じったそれは、重苦しく漂う一行の空気を払拭せんとしたためだろうか。

 

「生活に必要な物資の大半は外殻大地からの支給に頼っているから、あまり見て楽しいものは無いけれど」

 

「そーなんだ。時間があるときに探検したかったんだけどなぁ、残念」

 

 ルークを挟んで交わされるアニスとティアの会話。後に続くイオン、ナタリア、ガイの顔は一様に沈んでおり、彼らの前を行くジェイドも、自分の後ろを歩くルークを気にかけてはいるものの、かけるべき言葉が見つからず、声を掛けあぐねていた。

 

「ようやく来やがったか、散々待たせてくれたな」

 

 同じ空間にいるはずなのに、噛み合わない一行が行き着いた先、街の入り口にも見える少し開けた空間。そこに佇む一人の男に、一行は驚きの表情を露わにした。

 

「アッシュ!?」

 

 彼を見てティアが驚きの声を上げる。彼らを待ち受けていたのは深紅の髪を靡かせ、碧色の目を持つ、神託の盾騎士団六神将の一角でありながら、ルークと同じ顔を持った男であった。

 

「ヴァンに強引にアクゼリュスから連れ出されたはずでは?」

 

「あんな鳥程度片手で十分だ。抜け出すのに時間が掛かっちまったがな」

 

 ジェイドの問い掛けに素っ気なく返すアッシュ。その視線は最初からジェイドにはではなく、ルークただ一人へと向けられていた。

 

「……おい」

 

「っ! な、何だよ……」

 

 つかつかと歩み寄るアッシュに肩をびくつかせ、怯えるように後ずさるルーク。そんな彼を庇うようにティアとアニスが前に出た。

 

「フン、相変わらずいいご身分だな、お坊ちゃん。女に守られて情けなくねえのか、テメエは」

 

「な、なんだと!」

 

 嘲るように鼻で笑ったアッシュに対して、怯えていたルークが初めて積極的な反応を見せた。

 

「女の後ろでビクビクしてるような奴が情けなくないワケがねえだろう。何が違うんだ? 悔しかったらこんなことを言う俺を殴るくらいはしてみせろよ、泣き虫お坊ちゃんがよ!」

 

「お前ぇっ!」

 

 その言葉に遂にルークがアニスとティアの手を振り切り、アッシュへと掴みかかった。アッシュは馬鹿にしたような表情を崩すことなく、かといってこれといった抵抗を見せることもなくルークに胸倉を掴ませた。

 それを見て慌てて止めようとするティア達の行動は、他ならぬアッシュが手で制したことによって不発に終わる。

 

「どうした? 俺に馬鹿にされて悔しいんだろう? ヴァンに利用されちまった自分が惨めなんだろう? ほら、殴ってみろよ、操られるだけじゃなく、自分の意思で自分の行動をコントロールしてみせろ」

 

「俺はっ! おれ、は……!」

 

 胸倉を掴まれたにも拘わらず、尚もルークを挑発し続けるアッシュと、それに返す言葉も無くただ手を震わせるルーク。

 

「そうやって泣いてたらお前のしでかしたことは無くなるのか?」

 

「アッシュ、もうその辺りで……」

 

「黙ってろ死霊使い。今のコイツには立ち止まって甘やかされてる時間は無い」

 

 ジェイドが止めようとするも、アッシュはそれを視線と言葉で押し留めると、再びルークへと目を向ける。

 

「よく聞けお坊ちゃん。お前がそうやって沈み込んでてもアクゼリュスは元に戻らない。それにここでお前が立ち止まってなんかいたらヴァンの手によって第二第三のアクゼリュスが生まれてもおかしくないんだ。考えろ、お前が今すべきことを! それが俺の居場所を奪ったお前が果たすべき責務だろうが!」

 

 もはやルークの手はアッシュの胸倉から離れていた。それどころか、反対にアッシュがルークの胸倉を掴みあげ、同じ色の瞳を覗き込んでいた。ルークはその視線から逃れようと藻掻いていたが、アッシュの言葉の中に引っ掛かるものを感じた。

 

「奪った……?」

 

 言葉を呑み込み切れず、思わず口に出してしまうルークに、アッシュは一瞬目を瞠ると、すぐに嘲るような笑みを顔に浮かべた。

 

「鈍さもここまでくるとお笑いぐさだ。まだ気付いてなかったのか。考えてもみろよ、何で俺とお前が同じ顔を、声をしてるのか。使う剣術が同じ流派なのは何故だ? 赤毛と緑の瞳はキムラスカ王家に連なる人間の特徴だったか? ならどうして神託の盾騎士団の六神将である俺がその特徴を持っていると思う?」

 

「っ!? う、嘘だ……」

 

「いけません! アッシュ!」

「嘘じゃない! よく聞きやがれ。俺は昔バチカルの貴族の家に生まれた。キムラスカの忠臣である公爵家の一人息子だったんだよ。ヴァンっていう悪党に攫われるまではな」

 

「まさか……そんな……」

 

「イヤだ! 聞きたくない!」

 

 アッシュの語りに目を見開くナタリアと、逃れようとするかのように耳を塞ぐルーク。アッシュはそれを許さないと言わんばかりにルークの手を掴み、言葉を続けた。

 

「かつての俺の名はルーク・フォン・ファブレ。お前はヴァンが計画の為に俺の情報を基に作り出した俺のレプリカなんだよ」

 

「そんな」

「なっ……!?」

 

「嘘だぁぁぁっ!」

 

 ティアとガイが驚きのあまり険しい表情を崩す。そしてルークは叫びと共にアッシュの手を振り払い、しかしそれ以上は身体が動かずその場に倒れてしまう。それを見て尚も言葉を紡ごうとするアッシュをジェイドが後ろから羽交い絞めにした。

 

「アッシュ! 今はこれ以上は話すべきではないでしょう。ルークにも受け入れる時間が必要です!」

 

「お優しいな死霊使い! いつから人の機微に聡くなったんだ冷血の天才サマは! 罪滅ぼしのつもりか?」

 

「ぐっ、報いを受けるべきなのは分かっています。ですが……」

 

「今は言い争ってる場合じゃないでしょー! ほら、ティアもガイも、ルークを連れて行ってあげなきゃ!」

 

 アッシュとルークの間に割り込んだアニスが場の空気を変えようと声を張り上げた。彼女の言葉に、固まっていたティアとガイがルークに駆け寄り、二人で脇からルークを持ち上げた。アクゼリュスの崩落、そしてアッシュの放った言葉、莫大な情報に押し流されたためか、彼は意識を失っていた。

 

「ティア、どこか休める場所は?」

 

「とりあえず私の部屋に連れて行きましょう。ガイと先に行ってるわね、アニス」

 

 そう言うと、ティアはガイと共にルークを担いでユリアシティの奥へと向かった。その後には心配そうな顔をしたイオンが続く。

 この場に残ったのは肩で息をしているアッシュと、それを羽交い絞めにしているジェイド、アッシュを下から睨みつけるアニス、そして事態を呑み込み切れていないナタリアのみとなった。

 

「チッ、離せ、死霊使い。暴れる気は無い」

 

「それを聞けて安心しましたよ」

 

「その、ルーク……今の話は……」

 

 ナタリアがおずおずとアッシュに歩み寄るが、彼はそれを拒絶するかのように背を向けた。

 

「……今の俺はアッシュだ。ルークじゃない」

 

「ですが……!」

 

「その名前は今はアイツのものだ」

 

「その割にはルークに当たりキツかったんじゃない?」

 

 ナタリアと目を合わさないようにするアッシュに対し、アニスは敵愾心を隠そうともせず対峙する。それは痛々しいルークに対するアッシュの態度を見たが故か。

 

「なんだ、あのお坊ちゃんをえらく庇うんだな、導師守護役が」

 

「レプリカとかなんとかよく分からないけど、ルークはルークなりにこれまで頑張ってきたんだもん。イオン様がアンタに攫われたときだって、何だかんだ言いながら助けてくれたのはルークだもん。ヴァン謡将に早く会いたかったのに、それを我慢してくれたの!」

 

 その姿は小柄ながらも、腰に手を当て、精一杯身体を大きく見せるアニス。それは威圧的なアッシュに対してせめて気持ちの上では負けないようにしようとするから。今この場で全面的にルークの味方をしてあげられるのは自分しかいないから。かつて、自分を無条件に守ってくれた彼のように、今度は自分が守ってあげたいと考えるからだった。

 

「……フン、事情も知らないくせにそこまで言うとはな」

 

「アッシュ、まずは他の皆さんも集めて事情説明をすることにしましょう。少し時間を置いて、冷静に」

 

 冷たい目で見下ろすアッシュの肩に手を置き、そう諭すジェイド。私が言えた事じゃない、と自身の冷静な部分は今の自分を見て嘲笑している。今更になって理解ある大人のフリをしようとしている自分を、他ならぬ自分が最も侮蔑しているのだ。

 自らの才能に胡坐をかき、禁断の技術を生み出してしまった自分。後悔し、それを禁忌としたくせに、研究記録を抹消することは出来なかった。認めたくないが、自らに並び立つあの天才ならば、そして自分の罪の象徴に並みならぬ執着を持つ彼ならば資料さえあれば再現することは容易いはずだ。それを分かっていながら、放置した。どこか期待していたのかもしれない、彼が真に自らの研究を完成させることを。そのツケが今目の前に立つアッシュ、そして心に傷を負ったルーク。

 

(そして、恐らくは導師イオンも……)

 

 脳裏に過るのは穏やかな顔をした緑髪の少年。そしてザオ遺跡で対峙した六神将の一人。

 

(烈風のシンク……)

 

 顔を仮面で隠していたものの、その声も、体躯も、かなり近しい。アッシュとルークがそうであるならば、同じくローレライ教団に関係する彼らも同じような関係なのではないかと想像することは、ジェイドにとっては容易いことだった。

 

「おい、何してんだ死霊使い」

 

 少し離れたところから聞こえたアッシュの声に、彼の意識は現実に引き戻された。

 

「大佐?」

 

 小さな導師守護役が彼の顔を下から覗き込んでいた。

 

「……いえ、少しボーっとしてしまいましたね。いけませんねぇ、歳を取ると」

 

「まだ若いですよぅ、大佐は」

 

 取り繕うようにいつもの軽口を交え、笑みを浮かべる。アッシュは先を行き、その少し後ろを躊躇いがちにナタリアが続く。ジェイドの言葉を聞き、アニスもその後を追った。

 

「……こうなることも、あなたの予想通りですか?」

 

 彼の中に響くのはかの大詠師の言葉。まるで今のこの状況を見越したかのように、彼はカンタビレを派遣してアクゼリュスの民を救い、それによってルークの心に更なる傷を負わせることを防いだ。そしてジェイドがかけるべき言葉を考える余地を与えた。

 

 彼の言葉、動きの全てがこの状況になることを知ったうえで行われたもののように感じられる。何を知って、何が見えているのか、ジェイドの頭脳を以てしても推し量ることが出来ない。

 

(大詠師モース。話を聞かねばならないことばかりになりますね……)

 

 だがしかし、今だけは。この瞬間だけは、自分がアッシュを止め、ルークを慮るだけの分別を与えてくれた彼の言葉に感謝しても良いのかもしれない。

 

 そう思いながら彼も歩を進めるのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

朱赤と鮮血

 闇に沈んでいたルークの意識が浮上する。それに伴って目を開こうとするが、彼の意に反して瞼が開かれることは無かった。それどころか、身体を動かすことすら儘ならない。

 

(ど、どうなってんだ……?)

 

(やっと起きたか、お坊ちゃん)

 

 混乱するルークの頭に響くのは、自らのそれと似た声。

 

(ッ!? 一体どこから)

 

(そう慌てるな。今見せてやる)

 

 彼の言葉と共に今まで閉ざされていた視界が開け、初めて周囲の状況を見るに至った。目の前には身体全体を映し出す姿見。そしてそのガラス面に反射している姿は、

 

(アッシュ!? 何で俺がアッシュの姿に!)

 

(喚くな。俺とお前は音素振動数が完全に一致したオリジナルとレプリカ。コーラル城でお前とのフォンスロットを開いたお陰で呑気に眠ってるお前をこうして俺の意識と繋げることも出来るってわけだ。お前が起きるのをボーっと待ってるわけにもいかないんでな。お前は俺の中から、俺がやることを見ていろ)

 

 アッシュが振り返ると、その視界に映し出されるのはベッドに寝かされた自身の姿。それを見てルークは自身の意識がアッシュの身体の中にある現状を認識した。

 

(……やっぱり、俺はお前のレプリカなんだな、アッシュ)

 

(ようやく認めたか。今度はみっともなく喚くんじゃねえぞ。頭の中でゴチャゴチャ言われると煩くてかなわんからな)

 

「アッシュ!」

 

 そして背後からかかるのはルークがよく知る女の声。視界に映るのは共に長く旅をした彼女。

 

「聞いてるの? タルタロスの打ち上げとアクゼリュスの難民についてお祖父様(おじいさま)にお話しして」

 

「分かっている。すぐに向かう」

 

「……それと、ルークに妙なことをしたら」

 

「何度も言うな。手は出さねえよ、護衛もいることだしな」

 

 アッシュは視線を険しい表情のティアから外して再びルークに向けた。枕元にはアッシュの視線からルークを守るかのように小さな聖獣が佇んでいた。

 

「ご主人さまをいじめる人は許さないですの!」

 

 手を目一杯に広げ、少しでも身体を大きく見せようとするその姿はある種滑稽だが、今のルークには見た目の姿以上に頼もしく思えた。

 

「ミュウも森で仲間にいっぱいいっぱい迷惑かけちゃったですの。ご主人さまについて行ってからも、いっぱい迷惑かけちゃったですの。でも、ご主人さまはミュウを見放したりしなかったですの! ミュウを守ってくれたですの! だから今度はミュウがご主人さまを守るですの!」

 

(ミュウ……それにティアも……こんな俺の為なんかに、ありがとう)

 

「忠義心に厚いことだな。安心しろ、ソイツをどうこうしようだなんて考えてねえよ」

 

 そう言うと、アッシュはルークに背を向けて部屋を後にした。向かう先はユリアシティの中で最も広い会議室。その最奥に腰かけているのはこの街の長、テオドーロ。

 

「どうかな、魔界(クリフォト)の感想は?」

 

「噂通り……気持ちのいいところじゃない」

 

「天は障気と外殻大地に覆われ、大地はむき出しのマントルの上を液状化した地殻の一部が流れている。およそ人間の住む場所ではない」

 

(じゃあなんでこいつらはここに住んでるんだ?)

 

「……知っているだろう。我らには監視者の役目がある。この土地を離れる訳にはいかない」

 

(監視者? 一体何を監視してるんだ?)

 

「タルタロスを外殻に上げること、不可能ではないらしいな」(それは起きたときに自分で聞いてみるんだな)

 

「タルタロスにパッセージリングと同様の音素活性化装置を取り付けた。一度だけならアクゼリュスのセフィロトを刺激して、再びツリーを伸ばすことができるだろう」

 

「セフィロトツリーに乗せられる形で、外殻に上がるんだな」

 

「さよう。あの陸艦を使えば、今ここに避難しているアクゼリュスの民も皆外殻大地に戻すことが出来るだろう」

 

「どうしてもタルタロスに乗せなくちゃならないのか? ユリアシティから直接外殻大地に戻すことも出来るだろう」

 

「大半は事前に避難していたと言えそれでもかなりの人数だ。出来なくはないがかなりの時間がかかる。その上道中の安全を保障することも難しい。それならばマルクト軍とカンタビレが率いる神託の盾騎士団がタルタロスで送り届けた方がよほどマシだと思うが?」

 

「ッチ、仕方ないか」

 

 テオドーロの言葉にアッシュは忌々しげに吐き捨てる。彼にとってはタルタロスという足を使う機会を最大限利用できるこの機会、それを少しでも煩わされるのは不服だった。とはいえ、テオドーロの言うことも事実であり、受けざるを得ない。

 

「さて、私は一度席を外しましょう。何やら皆さんお話ししたいことがありそうですからな」

 

 そう言ってテオドーロは立ち上がり、扉へと向かう。それを目で追った先にいたのはティアをはじめとする一行。

 

「ルークはまだ目を覚ましていませんが。外殻大地に戻る前に、話す場を設けるべきだと考えました。よろしいですか?」

 

 ジェイドが眼鏡を押し上げ、一歩前に進み出る。

 

「あなたからも、私からも、話すべきことがあるかと思います」

 

「……そうだな。長くなる話だ」

 

 アッシュもジェイドに同調し、席に着いた。他の者もそれに続く。全員が腰を下ろしたことを確認したジェイドは、徐に口を開いた。

 

「では私からお話ししましょうか。アッシュとルークの関係。レプリカについて。その話をするには、まずは私の生い立ちから話す必要がありますね。少し長くなりますが、聞いて下さい」

 

 その言葉を皮切りにジェイドから語られた話は、事情を知るアッシュ、そして導師イオン以外の皆を驚愕させた。

 

 フォミクリーと呼ばれる技術。生体、無機物問わず、その音素構成情報を基に人為的に構成された模造品。幼少のジェイドが雛形を作り出し、マルクト軍に見出されてその研究を進め、その果てにフォミクリーを禁忌として封じたこと。だがその研究資料は持ち出され、恐らくはヴァンによって研究は続けられているということ。

 

 そして続けてアッシュの口から語られた話。7歳の頃、ヴァンの手によって誘拐され、コーラル城でレプリカが作られ、自らの居場所を奪われた。自分がいるはずだった場所、努めるべきだった役割、隣に立つはずだった者、その全てがそっくりそのまま、同じ顔をした別人に取って代わられてしまった絶望。

 

 彼が感じた絶望は如何ほどのものだっただろうか。ある日突然、自分の居場所が世界から消える恐怖、幼い彼が自らを誘拐したヴァンの下に身を寄せるしかなかったのはごく当たり前の話だった。

 ヴァンという男の狡猾さ、計算高さは恐るべきものだ。レプリカとして作られたルークに、自らの存在を刷り込み、同時に攫ったアッシュのたった一人の寄る辺となることによって自らの計画の肝となる存在どちらに対しても大きな影響力を持つに至った。

 

「私の罪は、フォミクリーを生み出してしまったこと。そしてそれ以上に、そのフォミクリーへの未練を捨てきれなかったことです。そのせいで、アッシュは居場所を奪われ、ルークはその心に大きな傷を負ってしまいました。本来責められるべきは……ルークよりも、ヴァンよりも、私なのですよ」

 

(ジェイド……)

 

「殊勝だな、死霊使い」

 

 机に目を落としたジェイドにつかつかと歩み寄るアッシュ。

 

「殊勝、そんなものではありませんよ。大人になりきれなかった過去の私のツケから逃げられなくなってしまっただけですよ。事ここに至って、みっともなく逃げ回ることは、私のちっぽけなプライドが許してくれないのです」

 

「詩的なセリフだな。冷血な死霊使いサマとは思えない言葉だぜ。なら、その言葉がどこまで本気か確かめさせてもらおうか!」

 

「なっ!」

 

「まさか!」

 

 アッシュはそう言って茶髪越しに見えるその首に剣をあてがった。ガイとティア、アニスが腰を上げようとするが、ジェイドがそれを手で制したことによってその動きは止められた。

 

(アッシュ!? やめろ!)

 

(黙ってろ! 俺の中にあるこの怒りは、誰にも止める権利など無い。お前だってこいつがいなけりゃ今みたいな目に合わなくて済んだんだぜ?)

 

(そう、かもしれない。でも!)

 

 意識の内側で言い争うルークとアッシュ。だがアッシュはそれを外面に出すことは無い。あくまで表情は変えず、冷静にジェイドの首に剣を突き付け続ける。

 

「……もしこの首を飛ばすことで、全てが贖えるというのなら。それもまた良いのかもしれません」

 

「おい旦那! 滅多なことを言うもんじゃないぜ?」

 

「そうです! 大佐はマルクトに必要な人間です!」

 

 その剣に命を委ねようとしているとも取れるジェイドの発言に、ガイとティアがジェイドの制止を振り切って立ち上がり、反駁する。だが、アッシュに目で制されてそれ以上の行動を抑えられてしまった。

 

(やめろ、剣を下ろせ、アッシュ!)

 

(ごちゃごちゃうるせえぞ! そんなに止めてみたきゃ、ケセドニアで俺がしたみたいに俺の身体を動かしてみたらどうだ?)

 

 尚も頭の中で騒ぐルークに一喝すると、アッシュは剣を振り上げた。

 

「その態度、そのまま維持出来るか?」

 

「……あなたが私を殺そうとすること。それほどまでに私に怒りを向けることは、正しいことなのでしょう。ですが、この愚か者の言葉を聞いて頂けるなら。私を殺した後は、フォミクリーの技術に関して全てこの世から抹消することを約束して頂けますか?」

 

「安心しろ、初めからそのつもりだ。お前を殺したら、フォミクリーに関わった人間を全員始末する。研究資料も燃やす。フォミクリーという言葉をこの世界から消し去る。ヴァンがもう二度とふざけた計画を立てられないように、……あのお坊ちゃんも殺す」

 

「そんな!」

 

「させないよ!」

 

 アッシュの言葉に、遂にナタリアとアニスも立ち上がった。片やその目を信じられないと言わんばかりに見開いて、そして片や刺し違えてでも凶行を止めてみせるという強い意志を秘めて。だが、それよりもアッシュが動く方が速い。神託の盾騎士団六神将の一角として鍛えられたアッシュの剣は、その鋭さを欠片も鈍らせることなくジェイドの首へと向かっていく。

 

「……アッシュ、あなたの言葉を聞けて私の憂いは無くなりましたよ。ピオニー陛下にはアクゼリュス崩落の際に行方不明になったと言えば良いでしょう」

 

「安心しな、後始末はきっちりつけてやる」

 

 安心したように目を閉じるジェイドと、それを聞いて振り下ろす剣に満身の力を籠めるアッシュ。

 

(や、めろォォォッ!!)

 

 ただ一人、アッシュを除いて誰にも聞こえないルークの叫びが、アッシュの脳内に木霊した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

背負った者と背負わされた者

説明回故に展開も筆も進まない問題


「これより、タルタロスはアクゼリュスのセフィロトツリーを一時的に励起させ、記憶粒子(セルパーティクル)の流れに乗って外殻大地に浮上する。総員、タルタロスの起動完了後は衝撃に備えよ。また、アクゼリュスからの避難民の皆さんも手近なものに掴まって身体を少しでも固定して下さい」

 

 タルタロス艦内に響くジェイドの声に、マルクト軍兵士達の動きが俄かに慌ただしくなる。彼が立つ艦橋でも、数人の兵士に加えてガイやアッシュ、アニスがモニターを前に操作を行っていた。

 

「うぅ~、大佐から説明は受けたけどやっぱりチンプンカンプンですよぅ」

 

 淀みなくタルタロスの起動を進める兵士達とは対照的に、事前にレクチャーを受けているとは言え、実際に動かすのは初体験になるアニスの手はどこかたどたどしい。

 

「いやいや、音機関を少しは触ってた俺もここまでデカい代物を動かすのは苦労するんだ。アニスは良くやってるよ」

 

「アニスもガイもゴチャゴチャ言わずに手を動かせ。マルクト軍が生き残ってるお陰でマシだが人手は足りないんだ」

 

「分かってますー! というか趣味で音機関触ってたガイはともかくアッシュは何でそこまで慣れてるのよー」

 

「タルタロスを乗っ取って動かしてたのは誰だと思ってるんだ。少なくともド素人のお前らよりはマシだ」 

 

 アニスに答えたアッシュの言葉に、艦橋には僅かに緊張した空気が漂った。だが、当の本人は素知らぬ顔で淀み無く手を動かし続けている。どちらかと言うと、迂闊なことを聞いてしまったアニスとそれを横で聞いていたガイの方が居心地が悪くなってしまった程だ。

 

「はいはい、皆さんちゃんと手を動かしてくださいねー。ところでアッシュ、外殻大地に戻ったらどうするのですか?」

 

 それを敏感に感じ取ったのか、ジェイドが空気を変えるように両手を打ち、アッシュへと問いを投げかけた。

 

「私としてはアクゼリュスの避難民もいることですし、マルクト領か最悪ダアトまでは送り届けたいのですが?」

 

「私もイオン様と一回ダアトに戻りたいでーす。モース様も心配してるだろうし~」

 

「……マルクト領まで行くと遠回りになり過ぎる。避難民はダアト港で降ろすが、導師イオンと守護役はまだついて来てもらう」

 

「え~!? なんでわざわざ」

 

「必要なことだからだ」

 

「遠回りというと、アッシュの目的地はどこなのです?」

 

「ベルケンドだ。ヴァンが頻繁にベルケンドの第一音機関研究所に出入りしていたからな。そこで情報収集する」

 

「ベルケンド……確かにそこに向かうならグランコクマは反対方向になってしまいますね。部下達には苦労をかけますが、しばらく頑張って頂きましょうか」

 

「ダアト港で避難民を降ろし、物資を補充してからベルケンドへってことか」

 

「そういうことになる。人員も十全とは言えないが残っているからな、タルタロスという移動手段を最大限に利用させてもらう」

 

「ナタリアはどうしますか? ベルケンドならばそのままバチカルに向かうことも可能だと思いますが」

 

 そこでジェイドは艦橋の片隅に佇むナタリアへと水を向けた。彼女は自分に話が振られるとは思っていなかったのか、彼の言葉に応えることは無く、ただ思い詰めた表情でアッシュへと視線を注いでいた。

 

「ナタリア?」

 

「っ?! え、ええと、ごめんなさい。今はどのようなお話をしていましたの?」

 

「外殻大地に戻った後のことです。アッシュはベルケンドに調査に向かうと言っていますが、ナタリアはそこからバチカルに戻ることもできます。どうしますか?」

 

「そうですわね……、私もまだ気になることがありますから同行しようと思いますわ。導師イオンが無事にダアトに戻られるのを見届けてからバチカルに帰りますわ」

 

 ジェイドの再びの問い掛けにナタリアは少し考え込んだものの、同行を申し出た。それを受けてジェイドは視線をナタリアから外し、再びアッシュへと戻す。

 

「そうですか。ではアッシュの用事を早々に済ませてしまいましょうか」

 

「さっさと終わらせるぞ」

 

 ジェイドに視線を合わせることなく、ぶっきらぼうに答えたアッシュ。ジェイドはその姿に、今はまだ眠りについているもう一人の存在が重なり、微笑ましいような、それでいてそう感じる自分を嘲るような複雑な気持ちが胸中に渦巻いた。

 

「ええ、そうしましょう。タルタロス起動、これより外殻大地に浮上する!」  

 

 そんな感傷を胸の奥深くに押し込め、彼は号令をかける。ジェイドの言葉を受けてタルタロスはその巨体を震わせ、船体の周りは活性化した記憶粒子(セルパーティクル)が舞い、その光がタルタロスを包み込んでいく。

 ある種幻想的なその光景をぼんやりと眺めながら、ジェイドは先の会議室でのやり取りを思い出していた。

 

 


 

 

 アッシュが振り下ろした剣がジェイドの首を斬り飛ばすことはなかった。剣を握りしめたアッシュの右腕は、他ならぬアッシュの左腕によって止められていた。

 

(……ほう、やれば出来るんじゃねえか。お坊ちゃん)

 

(殺させない。まだ何も理解できてないけど、それでもこんなことをすべきじゃないってのは分かる!)

 

 アッシュを止めたのは、アッシュの意識と同調しているルークだった。かつてアッシュが無理矢理ルークの身体を動かしたように、左腕だけとはいえ、身体の制御をアッシュから奪い取ったのだ。

 

「……殺さないのですか」

 

 ジェイドがアッシュを横目に見ながら呟く。

 

「初めから殺すつもりはない。お前にはやってもらわなきゃならないことが山ほどあるんだ。ここで死んで逃げられるとでも思ったか?」

 

「死ぬことが逃げ、ですか。そうですね、私はまた、安易な方法に走ってしまうところだったようです」

 

「フン、お前のツケはお前自身で払うんだな」

 

 そう言ってアッシュは剣をしまい、再び席に腰を下ろした。それによって張りつめていた会議室の空気がようやく少し緩んだものへと変化した。

 

(ツケは自分自身で払う……)

 

(そうだ。お前も自分がしでかした事は、生きて自分で償うしかない。死んで償うなんて出来やしない。それはただの自己満足だ)

 

(でも、それじゃあ俺はどうすれば……) 

 

(そんなことは俺の知ったことじゃない。自分の頭で考えろ、お坊ちゃんが)

 

 アッシュはそう言い放つと、ルークとの交信を絶ち、目の前のやり取りに集中する。彼がこのような行動に出たのは、ただ自分の留飲を下げたいがためではない。

 

「ツケ、ですか。どうすれば私の冒した罪を少しでも贖えるのでしょうね」

 

「そんなこと俺が知るわけも無いだろう」

 

「……それもそうですね。少なくとも、ここで死ぬことは贖いでは無いことは確かですね。私に出来ることを探さないといけません。まずはルークが目を覚ました時に、謝るところからですかね。アッシュには感謝しなければいけませんね。あなたの言葉が無ければ、私は自分の罪を背負ったつもりで、目を背け続けていたことでしょう」

 

 そう言って大きく息を吐くジェイドは、どことなくスッキリとした表情をしていた。彼が胸中に抱え続けてきた罪を告白したことで、むしろ肩の荷が降りたと言うことなのかもしれない。

 

 ジェイドの変化を目敏く見抜いたアッシュは、仏頂面を崩すことはなかったが、ルークに感知されない意識の奥底で満足を感じていた。

 

 彼の脳裏にあったのはここに来る前にディストと交わした会話。モースに言われるがままにディストに話を持ち掛けると、彼は待ってましたと言わんばかりに嬉々としてアッシュに協力してくれた。その最中、ディストが今取り組んでいる研究について語るのを聞き流していたアッシュだが、その中に見逃せない単語が散りばめられていた。

 

 レプリカの寿命、オリジナルの劣化、そしてコンタミネーション現象。

 

 ディストから断片的にもたらされる情報だけで、アッシュの頭脳はおおよその概要を掴めてしまっていた。そして戦慄した。

 

 自分があの出来損ないが生まれたために劣化し、あまつさえ最後は一体となってしまうかもしれない?

 

 そのことは、アッシュにとってはとても許容出来ないことだった。そして自身をこのような境遇に追いやった元凶であるディストをすぐさま切り刻むことすら考えたが、彼の冷徹な部分がそれを押し留めた。聞けば、ディストはそうしたフォミクリーに付随する問題点を解決するための研究を行なっている。光明を自分で消し去るほど彼は短絡的ではなかった。

 更にディストはそれらの研究がモースの指示であることも語った。それを聞いてますますアッシュの中でかの大詠師が不気味で、ともすればヴァン以上に警戒すべき対象となった。どこから知り得たのか分からないフォミクリーへの深い見識、自身がディストと接触するように提言したのは、こうなることを見越した故なのか。

 

 アッシュにとって自らのレプリカは忌むべき存在だ。だが、最早彼を消すことは叶わない。自分と自分のレプリカは、まさしく表裏一体の存在だったのだから。一方が死んでしまえば、他方も逃れられぬ滅びが待っている。

 

 だからこそアッシュは、今この場でジェイドに迫った。ディストだけでは足りないかもしれないが、フォミクリーの生みの親の力があれば変えられるかもしれないと考えたから。

 

(モース、こうなることもお見通しか? 今は踊らされてやる。だが、いつか必ず全てを話してもらうからな)

 

 ジェイドやティア、アニス達が机を挟んで言葉を交わすのを横目に、アッシュの内心を占めていたのは、穏やかな笑みに何もかもを押し隠したような大詠師の姿だった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

目覚めと私

モース様ログインのお知らせ


 これは夢だと理解しながら夢を見ることが偶にある。

 

 今回のこれも、私にとっては夢だと理解出来る光景であった。

 

「お前は亡き王妃様に仕えていた使用人、シルヴィアの娘メリル」

 

 見慣れたとまで言えるバチカルの謁見の間。そこで私は金色の王女と相対し、意に反して動く口から残酷な言葉を吐き出していた。

 

「お前はアクゼリュスへ向かう途中、自分が本当の王女では無いことを知り、実の両親と引き裂かれた恨みからアクゼリュス消滅に加担した!」

 

 心の内で私は違うと叫び続けるが、その叫びが夢の中の私に届くことも無く、この悪趣味な演劇は続く。

 

「偽りの王女の発言に何の価値があろうか? あまつさえアクゼリュス消滅に加担したその罪はキムラスカの国益を損するのみ。その命を以て償うしかありますまい」

 

 ナタリアの少し後ろに控えるルークがこちらに向かって何かを言っているが、厚いガラス越しになったようなそれは私の耳には意味のある言葉として入ってこない。

 私の目は、青褪めた表情のナタリアを見て己の企みが上手くいくことの喜悦に歪み、その口からは子ども達の心を切り裂く言葉ばかりが紡がれていた。

 

 やめろ。

 

 やめてくれ。

 

 誰か、この私を殺してくれ。

 

 私の口から飛び出す言葉の刃は、その鋭さをそのままに翻って私をも斬り付けた。目を閉じ、口を塞ぎたいと思っても身体の自由は効かず、私に罪を突き付けるように場面は流れる。

 

 視界がぐるりと回り、次に私の前に現れたのは衰弱しきった導師イオンだった。傍らに寄り添うルークとティアの姿も確認できる。導師イオンの真っ白になった顔には大粒の汗が浮かび、周囲の岸壁の様子を見るにこの場はザレッホ火山であると推察できた。ただその状況だけで、私は次に起こることが分かってしまう。

 

 ダメだ。

 

「ティア、僕の第七音素(セブンスフォニム)の乖離に合わせて、あなたの汚染された第七音素(セブンスフォニム)をもらっていきますよ……」

 

 やめてくれ。

 

「もう……僕を監視しなくていいんですよ……アニス……」

 

「ごめんなさい、イオン様! 私……私……」

 

 光の粒となって掻き消えていく導師イオン。それを悲痛に歪んだ顔で見送るルーク達。彼の、彼女のこんな顔を見なくて済むように私は。

 

「く……。一番出来の良いレプリカだったが、やはり正しい預言(スコア)は詠めなかったか……」

 

 再び私の口から紡がれる醜悪な言葉。何故、これを目の当たりにして出てくる言葉がそれなのだ。

 

「人類が存続するためには預言(スコア)が必要なのだ!」

 

 違う。預言(スコア)が無くとも人は生きていける。迷ったときの、選択肢の内の一つに過ぎないはずだ。

 

預言(スコア)の通りに生きれば、繁栄が約束されているのだ! それを無視する必要があるのか!」

 

 約束された繁栄の先にあるのは導師イオンが詠んだ滅亡だけだ。彼が詠んだスコアに間違いは無かった。そもそも正しいユリアの預言(スコア)など、それを確認する術が無い私に分かるはずも無いのだ。

 

「私は監視者だ! 人類を守り導く義務があるのだ!」

 

 誰もそんな義務を課してなどいない。私が勝手に自らに課しただけに過ぎない。自分の手で人類を導いている、そんな全能感に酔いしれて、ヴァンに利用された。

 

「私はこのレプリカ共を使って、ユリアの預言(スコア)通り、必ず戦争を引き起こしてみせる」

 

 人類を守る義務と嘯いた次の瞬間には、戦争によって更なる災禍を引き起こそうとしている。既に私は狂ってしまっているのだ。

 

 私の意識ははっきりとしているのに、夢の中の私は私の中の悍ましい記憶をなぞり、私に自らの罪を淡々と見せつける。私の心は軋み、だが同時に奇妙な安堵も覚えていた。

 

 夢とは、無意識の願望の顕れであるという話を、どこかで耳に挟んだことがある。

 

 であれば、目の前で繰り広げられている光景は、私の心が望んでいることなのだ。安穏としていることを許さないように、己の罪科を突き付け、片時も気を緩めることのないように私が無意識に考えていたから、私の記憶が夢と言う形で顕現したのだろう。

 

 だからこそ、私は改めて誓わねばならない。この光景を現実にしてはならないと。何があろうと、子ども達が犠牲を強いられる世界にしてはならないと。少しでも多くが救われる世界であって欲しいと。

 

 

 例えその先に、私の居場所が無かったとしても。

 

 

 


 

 

 

 意識が浮上していく。自分が呼吸していること、確かにこの世界に息づいていることを認識する。

 

 同時に、身体が何かに包まれていることも認識した。包まれているというよりも、拘束されている……?

 目を閉じたまま身体を捩ろうとしても、何かが巻き付いた私の身体はびくともしない。覚醒に近づくにつれて、それが温かいものであることを理解し、そして自分が横になっていることも判明した。

 

 そして徐に私は目を開けた。

 

「……緑色?」

 

 目覚めの第一声は、私の視界に広がった色の呟きだった。若葉色が視界一面に広がっている。それを見て、私は自身の中にあった警戒心が萎んでいくのを感じた。その色は私にとってとても見慣れたものであったからだ。

 

「起きた?」

 

「おや、ツヴァイですか……。ということはここはあなた達の部屋ですか?」

 

 枕元から聞こえた声に視線を向ければ、顔の下半分を本に隠したツヴァイと目があった。

 

「モース、倒れたって、フェムが連れてきた。フローリアンが騒いで、大変だった」

 

「それでこのような状態になったというわけですか……」

 

 執務室に入ってから倒れてしまったところまでの記憶はある。ダアトに入ってから別れたフェムが見つけてくれたのは幸運だった。他の人間に見られていたらもっと騒ぎになってしまっていたかもしれない。彼にはこの短い間に一度ならず二度までも助けてもらった。これは今度会った時には腕によりをかけねばならないだろう。

 私は、そのまま私の身体に巻き付いて眠るフローリアンの頭に手を置いた。少し体温の高い彼から伝わる熱が、悪夢で凍えた私の心を優しく溶かしてくれるような気がした。

 

「フィオが、今ご飯作ってる」

 

「そうですか。それは楽しみですね」

 

 ツヴァイの言葉に、身体が思い出したかのように空腹を訴え始めた。そこで、私の中にふとした疑問が生じた。

 

「……ツヴァイ、つかぬ事を聞きますが、私はどれくらいの間眠っていたのですか?」

 

「三日、くらい」

 

「三日?!」

 

 彼の口から出た言葉に思わず声が大きくなってしまい、慌てて手元に目線を下ろすが、フローリアンは少しむずがるのみで、再び安らかに寝息を立て始めた。それを見てほっと胸を撫で下ろしてから、ツヴァイへと視線を戻す。

 

「まさかそんなに長い間眠ってしまっていたとは」

 

「だから、フローリアンはずっと、ここで寝起きしてた。フェムは、誰かが、毒を盛ったのかも、って。フィオも、僕も、心配してた」

 

 そう言ってツヴァイは本を閉じると、椅子から降りてベッドに腰かけた。眉尻が下がり、先ほどまで本で隠されていた彼の口は堅く引き結ばれていた。普段から表情の変化が乏しい彼が、ここまで感情を露わにすることは珍しい。それほど心配をかけてしまったということだろう。申し訳ない。

 

「すみませんでした。心配をおかけして」

 

「本当、起きて良かった」

 

 自由が利く左手を彼の頭に伸ばし、フローリアンと同じ色をした頭を撫でる。俯いた彼の目には、零れすらしなかったものの、涙が浮かんでいるのが見える。私は彼らにとって今のところ唯一の保護者なのだ。彼らが人目を気にすることなく、自由に暮らせるようになるまで、彼らの目の前から消えることは許されない。だというのに、とんだ無様を晒し、彼らに心配をかけてしまった。

 

「教団の方にも、迷惑をかけてしまいました」

 

「起きていきなり、仕事の話、良くない」

 

「おっと、すいません。どうにも仕事をしていないと落ち着かない性分で、三日も眠っていたと聞くと一層、ね」

 

「シンクが、モースの付き人? にも言ったって。モース、疲れたから、しばらく休むって」

 

「付き人……ハイマン君ですかね。彼に言ってくれていたなら大丈夫ですかね。それにしても、シンクもですか。私はあなた達に助けられてばかりですね」

 

 ハイマン君に言づけてくれるところまでやってくれているとは。彼に言っておけば私の裁量が必須のもの以外は彼がどうとでもしてくれるだろう。それだけハイマン君は私と一緒に仕事をしている。ダアトを離れてバチカルに行っていたときと同じように、戻ればまた私宛の仕事が多少は溜まっているだろうが、すぐに教団が実務面で機能不全に陥ることは無い。それにしても、フェムだけでなくシンクも助けてくれていたということに、私は顔には出さなかったものの、内心驚いていた。

 

「モースを連れてきたの、フェムとシンク、だから。フェムだけじゃ、運ぶの大変」

 

「確かにそうですね。彼には私は少し重いでしょうし」

 

 私の身体は記憶の中のものとは違って肥え太りはしていないものの、訓練の結果身に付いた筋肉によってそれなりの重さになってしまっている。流石に六神将のラルゴ程ではないが、それでもまだ少年の体躯をしたフェムとシンクの二人で運ぶのは大変だったことだろう。フェムにもそうだが、シンクにも改めてお礼を言っておかなくては。

 

「ん……むぇ……」

 

 と、話し声のせいか、私が手を置いているせいか、私に巻き付いて眠るフローリアンが起きてしまったようだ。目をこすりながら上を向き、私と視線を合わせる。

 

「……モース?」

 

「起こしてしまいましたか、フローリアン。おはようございます」

 

 しまらない格好での挨拶に苦笑していると、状況を認識したフローリアンの目がどんどんと見開かれ、見る見るうちにその目から涙が溢れ出してきた。

 

「モースが起きたーーー!!」

 

「ぐおっ!? ふ、フローリアン、く、苦しい……!」

 

 そしてどこにそんな力を隠し持っていたのだと言いたくなる万力の様な力で私に巻き付く力を強めたものだから堪らない。私は肺から空気が絞り出されてしまう前にツヴァイに助けを求めたのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

詠師と私

 琥珀色のスープに浮かぶのは彩り豊かな野菜とベーコン。よく煮込まれた野菜を口に運べば咀嚼するまでもなくホロホロと崩れ、その滋味を存分に味わうことが出来る。

 目覚めた私に用意された食事は、胃に負担をかけないようにという気遣いが感じられるものだった。

 

「とても美味しいですよ、本当にありがとう、フィオ」

 

「それほどでもない、と謙遜しておく。料理キャラは兄弟でも唯一なり」

 

「ええ、いつも私や他の者が来れない時はあなたが食事を作ってくれていますものね。それは素晴らしいあなたの個性ですよ」

 

「もっと褒めてくれても良い」

 

 フィオもツヴァイと同じく表情の変化が多いとは言えないが、言葉数の多さで自分の思ったことをよく表現してくれる。こうしてこの子達を見るたびに、例え見た目が同じであっても彼らが導師イオンの代用品などではないということを思い出させてくれる。彼らはれっきとしたこの世界に生きる一人の人間なのだ。

 

「フィオばっかりズルい! 僕もずっと看病してたよ」

 

「看病、というか横で寝てた、だけ?」

 

「フローリアンに看病は重荷だったのだ。知ってた」

 

 私の両隣でフローリアンが頬を膨らませ、それを見て首を傾げながらツッコミを入れるツヴァイ。彼らとの食卓はいつも賑やかで優しく、身体だけでなく心まで満たされる。

 とはいえ、ここでのんびりと休んでいる暇は無いだろう。私が三日間も眠ってしまっていたということは、ヴァンや詠師オーレルが自由に動く時間がそれだけあったということだ。アッシュ達がベルケンドを訪れてスピノザから情報を聞き出し、ルークが目覚めてアラミス湧水洞に来るまでどれだけの日数がかかっていたかは定かではない。だが、アクゼリュスに送り込んだカンタビレが避難民達を連れてくる可能性もあるため、のんびりとしていられる時間は無いはずだ。

 私は残ったスープを勿体ないと思いながらも急いで胃に流し込むと席を立った。

 

「さて、皆さんのお陰ですっかり元気になりました。私は仕事があるので急ぎ戻ろうと思います」

 

「えぇ~、もっと休んでようよ~。三日も起きなかったんだよ?」

 

「倒れるまで、働くのは、やりすぎ」

 

「右に同じ。休めるときに休むべき。過労死はいけない」

 

 私の言葉に、彼らは三者三様に私を引き留めようとする。彼らの心遣いは嬉しいことこの上ないが、それでも休むわけにはいかない。それに、こうして安穏としている間にもルーク達は動いているのだと考えると、そうした意味でも私が休むわけにはいかないと感じてしまうのだ。

 

「大丈夫ですよ。今回は不覚にも倒れてしまいましたが、この程度でどうにかなるほど、私は柔ではないと自負しています」

 

 そう言っても尚私にしがみつく三人を宥めすかし、次に来るときは彼らに一日付き合うことを約束してようやく解放されたのだった。

 

 

 


 

 

 

 執務室に戻った私を出迎えたのは私の心境的には久しぶりと言える顔であり、そして待ち望んでいた味方でもあった。

 

「お久しぶりです、カンタビレ」

 

「まったく、えらく過酷な現場に送り込んでくれたもんだね。部下もそうだが私も珍しく疲れたよ」

 

 執務室に備え付けられた来客用のソファに我が物顔で座り、部屋の主を余所に寛いでいる様は、本来ならば怒るべきなのだろうが今の私にそうする権利は無い。むしろ彼女がより寛げるようにお茶を淹れるくらいするべきなのだ。

 

「それに関しては申し開きもありません。ですが、よく生きて帰ってきてくれました。あなたならば必ずとは思っていましたが、それでも万が一がありますから」

 

「タルタロスが無かったらダメだったね。あそこにタルタロスがあったこともお前の予想通りかい?」

 

 私が淹れたお茶に口を付けながら、カンタビレは横目で問う。探るような口調ではあるが、警戒心を感じさせるものではない。彼女も私があまり話さないことを察した上で、確認のために口にしただけなのだろう。対面に座る私は、その問いに頷きを返す。

 

「そうですね。ほぼ確実にあるとは思っていました。だからこそそこに残されたアクゼリュスの住民を助ける可能性を見出したのですから」

 

「なるほどね……、どうやって知ったのか、とかは気にしないことにするよ。アクゼリュスからの避難民はハイマンとトリトハイムがお前の残した草案で上手く受け入れ案を固めたみたいだよ」

 

 私の答えにそれ以上追及することも無く、彼女は興味を失くしたように机上の菓子を摘まんで口に運ぶ。彼女のその割り切ったところに、私はまた救われた。また、私が眠っていた間の懸念の一つについても情報を与えてくれた。

 

「それを聞いて安心しました。ありがとうございます」

 

「でも気がかりなのはそれだけじゃないんだろう?」

 

「……やはり分かりますか?」

 

「心配事が一つしか無かったら倒れることもなかっただろうに。難儀な男だね。何でもかんでも自分で抱え込むなって前にも言わなかったかい?」

 

 そう言ってジト目で睨まれると私は申し訳なさそうに肩を竦めることしか出来ない。とはいえ、私が抱えていることを今全て明かしたとしてそれが信じられるか、という問題もある。何より、ヴァンにそれが漏れてしまったときのことが最も恐ろしい。カリスマでも、武力でも計略でも劣る私に残された唯一のアドバンテージがこの忌まわしい記憶だ。これを共有する人間は出来る限り絞りたい。

 

「……すみません」

 

「ま、いいさ。私はお前に賭けるって決めた。それを違えるつもりは無い」

 

 頭を下げた私に対し、彼女はあっさりとそう言ってのけた。どうしてここまで彼女が私を信じてくれるのかは未だに分からないが、今はありがたい。彼女には申し訳ないが、まだまだ頼りたいことがたくさんあるのだ。

 

「さて、それで私が倒れている間に何か変わったことはありませんでしたか?」

 

「変わったことねぇ。少しマズいことになってるかもしれないよ」

 

「マズいことですか?」

 

 私の問いに彼女は眉根を寄せ、不機嫌な表情を隠そうともせずに答えた。

 

「ああ、お前が眠っている間に導師イオンがキムラスカの王女を連れてダアトに戻ってきた」

 

「導師イオンが戻られたのですか。ですが、問題とは?」

 

「あのガマガエルがやらかしたのさ」

 

「詠師オーレルが? まさか……」

 

 私の脳裏に嫌な想像が過る。彼の振る舞いは記憶の中の私と被るところが少なくない。そしてダアトに戻った導師イオンとナタリア殿下。記憶の私は何をした?

 

「導師イオンとナタリア殿下が教団施設内のどこかに軟禁されたみたいだ。あの野郎、よっぽどキムラスカとマルクトに戦争して欲しいらしいね。ま、預言(スコア)の成就を目指すローレライ教団の信徒としてはある意味あるべき姿なのかもしれないけどね」

 

「馬鹿げた話です。未曽有の繁栄という言葉に踊らされ、その過程で出る犠牲を許容するなど。アクゼリュスもあなたがいなければ夥しい犠牲が出ていました。戦争になればそれ以上の犠牲が出る。その先に得られる繁栄とは一体どれほどの価値があるのか」

 

 カンタビレ以外に聞かれてしまえば大問題となってしまうような言葉だった。だが、口を衝いて出てしまった。私は記憶の私を得てしまってから今まで常識と感じていたものに初めて疑問を抱くようになった。その一つがローレライ教団の在り方だ。ユリア・ジュエの遺した預言(スコア)は確かに外れることが無く、絶対のものに思える。だからこそそこに詠まれた未曽有の繁栄に希望を抱くことを否定は出来ないが、その過程で生じる犠牲、戦乱をこうもあっさりと許容出来てしまうのは何故なのだろう。キムラスカとマルクトのことしか詠まれていないから、ダアトは無事だからと、進んで戦争を引き起こそうと動くことが正しいという価値観に、私は疑問を抱いてしまったのだ。あるいはそこで降ってわいた記憶を投げ棄て、教団の価値観に染まることが出来たなら、こんなに悩まなくても済んだのかもしれない。

 

預言(スコア)にはそれほどの価値がある。だから戦争の犠牲も、そのための致し方ない犠牲なんだろうさ。奴らにとっては」

 

「だとしてもです。詠師オーレルのしたことはキムラスカを敵に回しかねないことなのですよ。一国の王女を監禁する? いくら自治区とはいえ所詮は一都市でしかない。キムラスカ軍を相手に生き残れはしないのに、徒に大国を刺激するようなことをするなど……」

 

 そこまで言って私はまた、ある可能性に思い至る。まさか、彼はナタリア殿下のあの秘密について知っているのではないだろうか。彼の振る舞いが記憶の私と重なる点、そして彼が教団内で着実に力を付けており、彼の手が及ぶ範囲が広がっていること、彼はキムラスカが敵に回らないという確信を持っていたからこそこのような凶行に及んだのではないか。記憶の私がそうしたように。

 

「モース? 急に考え込んじまってどうしたんだい?」

 

「……カンタビレ、今はとにかく導師イオンとナタリア殿下を救出しましょう。導師イオンがこのままダアトに留まって六神将の手に渡ることも避けねばなりませんし、何よりナタリア殿下をこのまま閉じ込めておくのはダアト全体にとって良からぬことを招きかねません」

 

「まったく、余計なことしかしでかさないね、あの男は。とはいえどうするんだい? 私も導師イオンとナタリア殿下がどこに閉じ込められているのかまでは分からないよ。奴の子飼いにしか情報は降りてないだろうし、今から何人か捕まえて吐かせるかい?」

 

「手分けしましょう。カンタビレは今言った通りオーレルの部下から情報を聞き出して下さい。私は少し心当たりがありますので、先にそちらを当たります。もしそれで見つけられなければ合流します」

 

「よし、なら早速動かないとね」

 

 言い終わると同時にカンタビレは勢いよく立ち上がり、執務室を飛び出していった。それを見届け、私も部屋を出る準備を始める。

 備え付けのクローゼットから取り出すのは訓練でも使用している宝玉付きの杖。実戦にも耐えるそれをゆったりとしたローブの内側に隠し、外から見えないようにする。

 もしも詠師オーレルが記憶の私のように行動するとすれば、導師イオンとナタリア殿下が捕らわれた部屋も心当たりがある。まずはそこを当たってみるつもりだ。待っていても恐らくはルーク達が救出に来るのだろう。しかし、私だけではなく、詠師オーレルが動いているこのダアトに彼らを近づけることは何となくだが避けたい。出来る事なら私の手でダアトから逃がせないものか。

 私が今までのように細やかな抵抗をし続けたところで世界は悲劇に向かうことは避けられないかもしれない。私の記憶の通りに世界が進むかどうかも分からなくなってきてしまった。記憶の中では、セントビナー崩落の後、ルグニカ平野でキムラスカとマルクトの両軍が衝突する。しかし、それが早まる可能性もあり得るのだ。そうだとすれば、ナタリア殿下には早くバチカルに戻り、少しでも進軍を遅らせてもらわなければならない。あの男が本当に秘密を握っていると考え、それがインゴベルト陛下の耳に入らないうちに。

 

「……私も、腹を括るときが来たのかもしれません」

 

 ローブの中にしまい込んだ杖の冷たい感触が、今の私には心地よく感じる程だった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

記憶からの脱却と私

 その部屋は教団施設の中でも奥まったところに位置している。一応最低限人が過ごすことを考えた調度品が置かれているものの、そこが使われることは殆ど無い。神託の盾騎士団の訓練施設に程近く、一般の教団関係者が近づくことが無い上に、教団施設でもあるので普段から神託の盾騎士団員がうろついていることも無い。ローレライ教団と神託の盾騎士団の狭間に生まれた空隙、そんな場所だからこそ、記憶の私は導師イオンとナタリア殿下を閉じ込めるのにそこを使用したのだろう。そして同じことを詠師オーレルも考えたに違いない。

 

「騎士団員が扉の前に二人、やはり当たりだったということですか」

 

 目的地である部屋の前には、剣を佩いた騎士団員が二人立ちはだかっており、更に前の廊下を一人が定期的に巡回していた。普段ならば見ない光景だ。訓練終わりの騎士団員が歩いていることはあれど、見張りのように立っていることなどない。物陰から様子を窺っていたが、彼らが動く気配が無いことからこのまま機を待っていても無駄と考え、堂々と正面から入ることにした。

 

「! モース様、お疲れ様です。こんなところまでどうされましたか?」

 

 私の姿に気付いた見張りが、敬礼と共に声を投げかけてくる。

 

「お疲れ様です。この部屋に導師イオンがいらっしゃるとお聞きしましてね。ご挨拶に伺ったまで。通して頂けますか?」

 

「申し訳ありません。誰も通すなとの命令を受けております」

 

 気負いも無く彼らの間を通ろうとするが、見張りの二人が立ちはだかって扉に触れることを邪魔する。やはり易々と通してはくれないようだ。

 

「その命令は誰からの命令ですかな?」

 

「詠師オーレルから、主席総長を通して命令されております」

 

「私は大詠師です。私の命令権限は詠師オーレルのそれを上回るでしょう」

 

「我々は主席総長より直接命令を受けております。神託の盾騎士団では主席総長の命令が優越いたします。主席総長を通してご命令下さい」

 

 彼らの言葉で詠師オーレルとヴァンの繋がりがはっきりとした。どうやらヴァンは私ではなく詠師オーレルを駒として利用することにしたようだ。予想はしていたが、ここで確証を得られたことは重要だ。恐らく彼は記憶の私をなぞるように預言(スコア)の成就を目指すだろう。私はヴァンにとって目障りな存在となり、遅かれ早かれ排除されてしまう可能性が高くなった。

 

「私の命令が聞けない、ということですか? あなた方は神託の盾騎士団所属かもしれませんが導師イオンはローレライ教団の所属、その導師イオンに会うために大詠師の私があなた方の許可を取らねばならない理由があるというのですか」

 

「神託の盾騎士団はローレライ教団の剣であり、盾ですが直接命令権は主席総長にあります」

 

「では、これ以上ここで話していても埒が明かないということですね……」

 

 尚も食い下がろうとするも、頑として彼らが聞き入れることは無い。廊下を見回っていたもう一人もこちらに近づいてきており、このままでは力づくでこの場から排除されてしまうだろう。

 やはり私の覚悟が試されるのはここなのだろう。今ここで動けば決定的に私の知る道筋から外れてしまう。私が今後どうなるかは分からなくなる。だが、ここで動くことで極度の緊張状態にあるキムラスカとマルクトを多少なりとも押し留めることが出来るかもしれない。

 

 私が諦めたように肩を落としたのを見て、見張りの二人と、こちらに歩み寄ってきていたもう一人の緊張が緩んだのが見て取れた。まさか彼らも私が今この場で実力行使に出るなどあり得ないと思っているのだろう。それは正解だ。少なくとも今までならば。

 

「仕方ありません……、押し通るまで」

 

「は? 何か仰いまし……」

 

 私がぼそりと呟いた言葉に反応した一人が言い終わる前に、ローブの内に隠し持ったメイスを引き抜くと、勢いをそのままに見張りの側頭部へと叩き付けた。

 ガインッ、という耳障りな金属音が響き、神託の盾兵の身体が床に沈む。殺すつもりで振るってはいないし、床に倒れた彼の手足が震えていることからまだ生きてはいる。第七譜術士(セブンスフォニマー)の処置があれば問題なく復帰できるはずだ。

 

「モース様、何を?!」

 

「スプラッシュ!」

 

 それに動揺しながらも剣を構えようとしたもう一人の見張りをこちらに駆け寄って来ようとしていた兵士諸共譜術によって生み出した濁流で押し流す。話の途中から音素(フォニム)を練り上げ、メイスの宝玉に術式を待機させておき、音素(フォニム)を通すことですぐに術を展開出来るようにしていたため、詠唱を省略して中級譜術を使用することが出来るようにする技術である。私が日々の鍛錬の中で、ヴァンを仮想敵にしながら編み出した奥の手だが、流石に杖術だけでは制圧に時間がかかる。使える手段は全て使って事を進めなければ。

 

 人目に付かない場所であることが有利に働いたのか、騒ぎに気付かれた様子も無く、見張り達三人の神託の盾兵が皆すぐには動ける状況に無いことを確認してから、私は扉を押し開けた。

 

「導師イオン、ナタリア殿下、御無事ですか?」

 

「モース! 来てくれたんですね!」

 

 部屋の外の騒ぎに、ナタリアに庇われながら壁際へと避難していた様子の導師イオンは、私の顔を見ると安心したように表情を緩ませて駆け寄ってきた。

 

「大詠師モース、先ほどの騒ぎは一体?」

 

「見張りが通してくれなかったものですから、少々強引な手を使ってしまいました。ここで悠長に話している時間はありません。ナタリア殿下も聞きたいこと、言いたいこともあるでしょうが、今はここから早く出なければ」

 

「え、ええ……」

 

 物問いたげなナタリアを制し、私は導師イオンの手を引いて、部屋を出る。まだ勘付かれてはいないが、気付かれるのも時間の問題だ。追手がかかれば導師イオンを守りながらでは厳しい。そうなる前にダアト港に連れて行って脱出してもらう必要がある。彼女は私に罵詈雑言を浴びせる権利があるが、もう少しだけ我慢してもらわなければ。

 

「モース、ここを出てからどうするのです?」

 

「キムラスカはマルクトに対して今にも進軍しかねない状態となっています。ナタリア殿下には急ぎバチカルに戻ってインゴベルト陛下に開戦を止める、悪くとも延期するように説得して頂かねば」

 

「ですが、私達だけでなくルーク達も……」

 

「彼らを待っている時間は無いと判断しました。まずは動ける人間だけでも動かねば。導師イオン、アニスは?」

 

「僕がルーク達への伝言役に出しました。恐らくアラミス湧水洞で彼らと合流しているかと」

 

 廊下を足早に進みながら言葉を交わす。教団施設内は複雑に入り組んでおり、人目に付かないような経路を選んではいるがそれでも完全に隠れて移動することは出来ない。徐々に騒がしくなってきた。恐らく、導師イオンとナタリアが逃げ出したことは詠師オーレルの耳にも入ってしまっていることだろう。

 

「入れ違いになるのは避けねばなりませんね。導師イオンとナタリア殿下はダアト港からバチカル行きの船に乗ってもらいます」

 

「モースはどうするのですか?」

 

「ルーク達にお二人の無事をお知らせする人間が必要でしょう」

 

「いけませんわ! 一人で残ったりなどすれば追手の者に……」

 

「ですが誰かが残って伝えねば」

 

「大詠師モース! 一体何をしておられるか!」

 

 隣を行くナタリアを説得しようとしていたところで、背中にかかる怒号。肩越しに見て見れば、神託の盾兵を連れた六神将の一人、リグレットが怒りで顔を真っ赤に染めてこちらを睨みつけていた。このまま施設内で捕まってしまっては何の意味も無い。

 

「お二人とも、走りますよ! 導師イオン、申し訳ありませんがしばらくのご辛抱を」

 

「え? うわわっ!?」

 

 戸惑う導師イオンを横抱きにし、その言葉と共に私は駆けだした。ナタリア殿下は良く心得たもので、私のペースに遅れることなくついて来てくれる。導師イオンの体力で走り続けるのは難しいため、苦肉の策である。衆目を集めてしまうが、致し方ないものとして我慢して頂こう。

 リグレットとその一派が追い付かないうちに教会を飛び出し、街中を駆けていく。道行くダアト市民が何だ何だと目を丸くさせているが、それに構っている暇は残念ながら無い。

 

「大詠師モース! 流石にこのペースでダアト港に行くのは無理ですわ、追い付かれます!」

 

「ご安心を、追い付かれそうになったら私が足止めをします」

 

「一人では無茶ですわ!」

 

 追いかけてきている神託の盾兵は五人程度。これくらいならばまだ立ち回り次第で何とかなるはずだ。流石に街中で譜術を使うわけにはいかないが、向こうも遠慮なく長物を振り回せるとは思えない。

 

「モース! 前です!」

 

 と、後ろにばかり気を回していたが、胸元から聞こえた導師イオンの声に視線を再び前に向けてみると、街の入り口に神託の盾兵が三人佇んでいるのが見えた。まさか挟まれてしまったか。流石に八人相手では分が悪い。

 走るペースを落とすことなく目の前に佇む三人の神託の盾兵へと向かう。だが、追手にしては様子がおかしい。まさか、

 

「モース様、お早く。ここは第六師団が引き受けました」

 

 彼らの一人がこちらに投げかけた言葉に、私はそういうことかと合点がいった。

 

「お二人とも、大丈夫です。彼らはカンタビレの部下、こちらの味方です」

 

 恐らくダアトから抜け出すときに追手が掛かると見越して彼女が街の入り口を抑えておいてくれたのだろう。彼女には増々頭が上がらなくなってしまった。

 

「師団長より伝言です。ダアト港にてバチカル行きの船を取ってある、皆様が乗ってから出発するとのことです。それと詠師オーレルは既にダアトを発ってバチカルへ向かっているとのこと」

 

「ありがとうございます。ではこちらからもカンタビレに伝言をお願いします。ルーク達が訪ねてきたら我々は既にバチカルへ向かった。そちらはそちらの為すべきことを為せ、と。ここは任せましたが、皆さんあまり無茶をされないように。こんなところで死ぬことは許しませんよ」

 

「了解しました。実力が最も重視される第六師団の力、教団本部でぬくぬくとしている奴らに見せつけてやりますとも」

 

「それに、リグレットは私が引き受けるからな」

 

「カンタビレ!」

 

 剣を構えた彼らの頼もしい言葉に続くように、細身の剣を携えたカンタビレが傍らに現れる。

 

「まさかこっちが追い付く前に導師イオンを連れ出していたとはね。先回りさせておいて正解だったよ」

 

「助けられっぱなしですね、カンタビレ。ここはお任せしても?」

 

「愚問だね、むしろこの方が性に合ってる。だがダアト港にも追手が掛かってるかもしれないからね、気を付けな」

 

 私の問いに、剣を抜き放ったカンタビレが好戦的な笑みを浮かべて答える。

 

「はい、肝に銘じておきます。ここは頼みました。行きますよ、ナタリア殿下」

 

「え、ええ!」

 

 彼女が来てくれたならここは任せても安心だろう。私はナタリアを促してダアトを脱した。

 

 

 ダアト港は一見すると普段通りの様相を呈していたが、通りを歩く神託の盾兵が普段より多い上、ダアト港の入り口を見張る神託の盾兵が常は鞘に納めている剣を今は晒していることから、既に導師イオンが奪還された報せはダアト港まで届いているとみて良いだろう。門の死角になる位置に導師イオンとナタリアと共に隠れて様子を窺いながら、私はどうしたものかと頭を巡らせる。

 

「さて、港ももう敵の手が回っているとなると……」

 

「どうしますの?」

 

「取り敢えず導師イオンとナタリア殿下はここに居てください。お二人に万が一があってはいけませんから」

 

「まさかモース、あなた……」

 

 導師イオンが何かを察したように私に手を伸ばそうとするが、一歩届かず、その手が私のローブの裾を捉える前に私は見張り達の前に躍り出ていた。

 

「大詠師モース! ここは通さん!」

 

「初めから簡単に通れるなどと考えていませんよ!」

 

 私に気付いた神託の盾兵二人が剣を片手に向かってくるが、それに怯むことは無い。私の記憶の中にあるヴァンの動きに比べれば、彼らの動きは遅い上に読みやすい。

 

 右手に携えたメイスで振り下ろされた剣の横面を叩き、軌道を強引にずらす。振り下ろす勢いをそのままに私の身体を切り裂くこと無く地面へとめり込む。それを足で押さえつけ、体勢を崩したところにメイスを叩き付ける。身体同士が接触するほどの近距離においては、剣よりも更に間合いの短いメイスが有効な打撲武器となる。更にメイスの柄尻は、丸く膨らんでおり、打撃の衝撃を余すことなく鎧の中へと伝えられる。背中をメイスで殴打された神託の盾兵は、肺から空気を叩き出され、地面に沈む。

 

「なっ!?」

 

預言(スコア)にかまけた大詠師だから、戦闘が出来ないと思いましたか?」

 

 まさか教団の文官職が太刀打ち出来るなどと考えていなかったのか、もう一人の神託の盾兵の動きが驚愕と共に固まる。そしてその隙を見逃してやるほど今のこちらに余裕はない。

 

「すみませんが、骨の二、三本は覚悟していただきます」

 

 神託の盾兵が動揺から立ち直る前に懐に潜り込み、その腹に全体重を籠めたメイスをめり込ませる。鎧があるために本来の威力が出ることはないだろうが、この場合は死なせることが無いため全力を出せてむしろ好都合だ。

 打撃の勢いで地面に倒れた神託の盾兵を足で押さえつけながら、音素(フォニム)を励起させる。

 

「氷の刃よ、降り注げ、アイシクルレイン」

 

 音素(フォニム)によって形成された氷刃が神託の盾兵の服を地面に縫い付け、手足を拘束して地面に大の字に磔にする。

 

「氷が溶けるまで大人しくしておくことをオススメします。氷とはいえ鋭利な刃ですから、あなたも自分の手足を犠牲にしてまで上司に従う気は無いでしょう?」

 

 私の言葉に、神託の盾兵は諦めたように脱力した。それを確認してから物陰に隠れていた導師イオンとナタリアに手招きをして呼び寄せる。

 

「お待たせしました。騒ぎになる前に手早く行きましょう。人ごみに紛れてしまえば神託の盾兵も軽々に手を出すことは出来ないはずです」

 

「分かりました。もしもの時はまたお願いします」

 

「ええ、お任せください」

 

「……あの」

 

「どうかしましたか、ナタリア殿下」

 

「いえ、まさかここまでの実力を持っているとは思ってなかったものですから」

 

「大詠師だからといって武芸を疎かにして良い理由にはなりませんからね。権力には危険が付き物です。自衛手段が多いに越したことはありません」

 

 それに、こうして役に立ったでしょう? と少しおどけて見せると、躊躇いがちだった彼女の顔に僅かに笑みが戻ったのだった。




本格的にモース様が原作介入を開始するようです

原作を改めてプレイし直して改めて感じる詰みっぷり。世界がルークとアッシュを殺しにかかっている……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

船上での一幕と私

 人ごみに紛れ、バチカルへの連絡船に乗り込んだ私と導師イオン、ナタリアの三人は、宛がわれた船室でようやく一息つくことが出来ていた。

 

「ふぅ、船に乗ってさえしまえば後はバチカルに向かうだけですね。お二人には突然のことで申し訳なく思います」

 

「いえ、私は特に、それよりもあなたの方が……」

 

「そうです! モース、どこか怪我はしていませんか?」

 

 部屋に入り、さて一息と思ったところで導師イオンが常ならぬ焦った表情で私の身体を触って怪我が無いか確かめてきた。ローブの上から触っただけでは分からないと思うのだが、実際怪我をしているわけでもない。

 

「ご安心ください、多少疲れはしましたが怪我などはしていませんよ。それよりも、あなたやナタリア殿下は特に体調に問題は無いですか? そんなことは無いと思いますが、閉じ込められているときに暴行を受けたりはしていませんか」

 

「僕たちは大丈夫です。部屋から出してもらえなかっただけで、特に危害を加えられることもありませんでした」

 

 導師イオンの言葉を聞いて私はホッと胸を撫で下ろした。どうやらあの男もそこまで短絡的ではなかったようだ。導師イオンに手を出すことは無いとは思っているが、ナタリアに対しては彼女の秘密を知っていれば危害を加えてもおかしくないとは考えていただけに、余計である。

 私は未だに心配そうに身体をさすってくる導師イオンを宥めて椅子に座らせると、思い詰めたような表情で黙り込んでいるナタリアの方へと向き直った。

 

「さて、バチカルに着くまではいくらか時間があります。この機会に私に聞いておきたいこと、言っておきたいことがあるのではないかと思っているのですがどうでしょうか、ナタリア殿下」

 

 聞かれたことには出来る限り誠実に答えましょう、と続ければ、不安げに震える翠の瞳と視線が合った。

 

「……そう、ですわね。あなたには聞きたいことばかりですわ。何から聞くべきなのか最早分からないくらいに」

 

 アクゼリュスでは崩落に巻き込まれ、ユリアシティではルークとアッシュの関係を知り、そうして戦争を止めるために導師イオンと訪れたダアトでは何も聞かされぬ間に拘束されてしまう。彼女の頭の中には処理できていない情報が溢れてしまっていることだろう。むしろ取り乱すことも無く、私について来てくれただけでも驚きだ。

 

「その、あなたは一体どこまで知っておりましたの……?」

 

 暫しの沈黙を置いて発された彼女の疑問は、多くの意味を含んでいた。

 

「どこまで、ですか。正直に言いましょう。私はアクゼリュスが崩落することも、ルークがレプリカであることも知っておりました」

 

「モース、良いのですか?」

 

 あっさりと情報を漏らす私に、導師イオンが気遣わしげに問いかけるが、それに対して頷きを返して安心させる。彼女も知るべき情報だろう。こうして記憶から外れ始めてしまった以上、話せるところは話してしまうべきだ。

 

「……だとしたら、どうしてアッシュのことを私に黙っていたのですか! 私が悩んでいるのを知っていながら、何故!」

 

 彼女の怒りは当然のものだろう。彼女からすれば、私は彼女が大事にしているルークとの約束の記憶について悩んでいるのを知っていながら、その悩みの核心について口を閉ざし続けていたのだから。

 

「私が悩んでいる姿はさぞかし滑稽だったでしょう! 約束を交わしたのはルークではなく、アッシュだったのですから。あるはずもないものを求めてルークに付き纏っていた愚かな女と、笑っていたのでしょう!」

 

「何故、どうして、全てを奪われたアッシュを助けなかったのですか!」

 

 彼女の悲痛な叫びの全てが私に鋭利な刃となって突き刺さるような心地だった。

 

「ナタリア、モースにも事情が」

 

「導師イオン、良いのです。彼女の怒りは当然のもの。事実として私は事情を知りながらアッシュを助けることなく、ナタリア殿下が悩んでいることを知りながらも何も明かさなかったのですから」

 

 我慢できないとばかりに反論する導師イオンを途中で遮る。今は彼女の言葉を止めるべきではない。彼女にしてみれば私の事情などは何の意味も無いのだ。それに、ナタリアの怒りを受け止め、それに対して弁明するのは私がやるべきことであり、導師イオンが泥を被ってはならない。

 

「ナタリア殿下、確かに私はアッシュの境遇を知りながら、彼を助けることはしませんでした。ルークがレプリカであることを知りながら、あなたの悩みを解決する答えを持っていたのにそれを抱え込んだままでいたことは責められて然るべきでしょう」

 

「……何故、アクゼリュスが崩落すると知りながらルークを行かせたのですか。それのせいで、彼は心に深い傷を負いましたのよ」

 

「何を言っても言い訳にしかならないでしょうが……私にはそれを止める術が無かった。預言(スコア)に詠まれたアクゼリュスの崩落を、大詠師の私が止めることは出来ませんでした。出来たのはカンタビレを送り、せめて犠牲者を出さないようにすることだけでした」

 

「でしたら! 今こうして私達を助けたのも預言(スコア)に詠まれていたからだと言うのですか!」

 

「……信じて欲しいとは言いません。ですが、あなた達に信じて頂けなくとも、私はあなた達を助けると決めているのです。それが、私に課せられた役目ですから」

 

「役目……?」

 

 ナタリアは何を言っているのか分からないと言わんばかりに目を白黒させている。彼女からしてみれば訳が分からないだろう。だが、それで良いのだ。誰かに理解されるために私はこうして動いているわけではない。私はただこの頭の中に巣食う記憶を現実にしないために動くだけなのだから。

 

「そう、役目ですよ。ナタリア殿下の悩みを解決することもせず、ルーク様に何も知らせずにアクゼリュスに行かせた。私は既に大人失格の人間ですが、それでも子ども達が少しでも平和に過ごせるように心を砕くのが大人の役目というものです。今更に過ぎますが、その役目を果たさなければならないと思ったのです」

 

「その役目の中に、アッシュを救うことは入っているんですの?」

 

「勿論。彼が望まないとしても、遅すぎると罵られようと」

 

 例えその過程でこの身を犠牲にすることになったとしても。その言葉は心の中に留めることに成功した。

 

「そう、ですか。では大詠師モース、外殻大地の崩落も、戦争も、全てはヴァンの謀なのですか?」

 

「私が戦争を望んでいたとすれば、あなた方を助けることはありませんでした。ヴァンが関わっていることは間違いないでしょうが、戦争を望んでいるのはローレライ教団の上層部のほぼ全てと言っていいでしょう。それがユリアの預言(スコア)に詠まれていること故に」

 

「…………でしたら、私があなたを責め続けることは出来ませんわ。今はキムラスカとマルクトの戦争を止めるために動かなければいけませんもの」

 

 沈黙の後、彼女の口から出てきたのは私を責める言葉では無かった。それは些か私にとって甘すぎるのではないかと思えるくらいの言葉だった。

 

「良いのですか? 私はあなたに罵られる程度では済まないことをしていました」

 

 思わず心の中の疑問が口を衝いて出てしまった。むしろ、私は彼女に責めて欲しかったのだろう。私の抱える罪悪感が、それによって少しでも薄まるのだと期待して。

 

「言いたいことは山のように有れど、それを全て口に出してしまうほど子どものつもりはありませんわ。それに、後程きちんと謝って頂きますわ、ルークと、アッシュの二人に。確かに私と約束を交わしたのはアッシュですわ。ですが、ルークも七年間ずっと、傍で見続けていましたの。ルークに対する仕打ちを許したつもりはありませんわ」

 

 その言葉に、私はそんな場では無いと分かっているにも拘わらず、顔が綻んでしまいそうになった。彼女の言葉は、ルークとアッシュをレプリカ、オリジナルという括りで見るのではなく、一人の人間として、それぞれを受け入れていることを示していたからだ。私には知る由も無いが、ユリアシティで真実を知ってから、彼女の中で折り合いをつけることが出来たのだろう。そのことが堪らなく嬉しく感じる。「本物のルーク」という残酷な言葉がこの少女の口から出なかったことが嬉しい。

 

「そう、ですね。二人には必ず謝罪をすると約束しましょう。事情を知りながら動かなかったことを。例え彼らが許してくれなくとも」

 

「アッシュとルークならば許しますわ。私の二人の幼馴染を見くびらないでくださいな」

 

 そう言ってツンとそっぽを向いてしまうナタリアに、私は口元をついつい緩めてしまったのだった。それと同時に、彼女にも近い内に辛い真実を突き付ける必要があることに、じくりと心が痛むのを感じた。

 

 それから暫くは、穏やかな船旅の時間を過ごすことが出来た。船室の中で、教団本部にあったものよりはやや質の劣る茶葉を使って束の間のティータイムに興じる余裕すらあったほどだ。ナタリアはバチカルのことやルーク達のことが気がかりなのか、最初は渋っていたものの、今の状況では気を急いても仕方がないと説いたこと、そして導師イオンの説得もあって後半からは席に着いてお茶を楽しみ始めた。

 そんな平和が崩れたのは、ダアトを脱してから一日が経ってからのこと、俄かに船室の外が騒がしくなったのをナタリアが聞き咎めたのが始まりだった。

 

「何やら外が騒がしくありませんか?」

 

「何かあったのでしょうか?」

 

「私が見てきましょう。お二人はくれぐれも船室から出ないように」

 

 外を気にする二人に対して、外に出ないようにと言い含めた私は、船室を出てから人の流れに逆らうようにして甲板へと向かった。

 行き交う人々は皆自身の船室に争うように逃げ込んでおり、耳を澄ませてみれば魔物、少女といった単語が耳に飛び込んできた。ここに導師イオンがいること、そして今耳にした言葉から、私はこの船に訪れた客人が誰なのかを理解すると共に、私の狙い通りになってくれたことに対して始祖ユリアに感謝したい気持ちだった。

 

「我々は海の上、タルタロスも手元には無いとなれば頼るのは彼女ともう一人のどちらかになるでしょう。彼女を送り込んだのがあなただとすれば、感謝しなければなりませんね、リグレット」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

妖獣と私

いつにも増して短い上に話が進んでない体たらく


 甲板に出てみれば、そこに居たのは私の予想通りの人物であった。

 

「お久しぶりですね、アリエッタ」

 

 傍らには大人一人を軽々と運んでしまえる鳥型の魔物、フレスベルグを従え、胸元に奇妙な人形を抱えた黒衣の少女、アリエッタは相も変わらず自信なさげに瞳を震わせながら私と対峙していた。

 

「モース様、イオン様を攫ったって、リグレットが。そんなの、嘘、だよね?」

 

 彼女の問いに対してどのように答えるべきか、少しの間考え込んだのち、私は彼女に歩み寄りながら口を開く。

 

「アリエッタ、私はあなたを裏切るつもりなどありません」

 

「じゃあ、どうしてイオン様を……」

 

 彼女に近づくにつれて、彼女の隣に佇むフレスベルグが警戒心を高め、威嚇するように翼を広げるが、それを敢えて無視する。

 

「導師イオンが良からぬ輩に利用されかねなかったからです。ダアトに閉じ込められ、あのままでは導師イオンの体調も考えずに無茶をさせられかねなかった。だからこうしてダアトから連れ出したのです。あなたから導師イオンを奪うことなどしません」

 

 ついに彼女の目の前に立ち、膝をついて彼女と視線を合わせる。記憶の中で彼女がルーク達と対峙することになった原因は今は無いはずだ。ならば彼女をここで完全に味方に引き込んでおきたい。ヴァンにこれ以上利用されない為にも。

 

「ホント、に……?」

 

「ええ、本当です。もし私が嘘をついていると感じたのならば、いつでも私をあなたの兄弟の手にかけて下さっても構いません」

 

 人形を抱きしめる彼女の手に、自分の手を重ねる。自分よりも高い体温を持つその手は、不安で少し震えている。彼女にとっては自身が慕う導師イオンが奪われてしまうところだったのだ。その不安はどれほどだっただろう。リグレットに言われなくとも、彼女ならば私達を追いかけてきていたに違いない。

 

「……モース様が、言うなら、信じる」

 

「ありがとうございます、アリエッタ。私はあなたの信頼に必ず応えます」

 

 私が重ねた手を握り返して、アリエッタはそう言ってくれた。ならば私も、自身が口にしたことを嘘にしないために、出来ることから動かなければいけないだろう。私は彼女の手を握ったまま立ち上がった。

 

「では行きましょうか、アリエッタ」

 

「? 行くって、どこに?」

 

 彼女はキョトンとした顔で立ち上がった私の顔を見上げた。そうか、彼女と約束したのは随分前のことだった。今の今まで時間が取れなかったのは私の至らないところだ。

 

「随分と時間がかかってしまいましたが、導師イオンと二人きりで話せる時間を作ると約束したでしょう?」

 

「あ……うん!」

 

 私の言葉に、目を輝かせて手を握り返してくれるアリエッタ。その姿は彼女が並の兵士をものともしない譜術士であり、魔物までをも操る神託の盾騎士団のトップエースだとはとても思えない、年相応の無邪気さを見せる少女のものだった。まずは混乱させてしまったことの謝罪を船長と乗客にしなくては。

 

 


 

 

 突然の魔物の襲来に怯えて船室に逃れた乗客は、それから一向に騒がしくならないことを不思議に思ったのか、船員を伴って少しずつ甲板に顔を出し始めていた。そんな彼らに申し訳ないとアリエッタと共に頭を下げて回る。

 

 幸い、六神将の一人ということでアリエッタの名前は知られており、教団の密命を受けてのことだと大詠師の私から説明すれば、驚かせたことに対してチクリと刺されたものの、それ以上大ごとになることもなく事態は収束した。

 

「イオン様!」

 

「アリエッタ、あなたへの説明も無く姿を消してしまってすいませんでした」

 

 船室の中で導師イオンと対面を果たしたアリエッタは、表情だけでなく身体全体で喜びを表現しながら導師イオンの周りを跳ねていた。それを見て、私はナタリアと視線を合わせる。その意図に気付いたのか、彼女も黙ってうなずくと、私の後ろに続いて扉へと向かってくれる。

 

「しばらく私とナタリア王女は席を外します。導師イオンとアリエッタ二人でお話しください」

 

「モース……」

 

 私の言葉に、問うように導師イオンが私の名前を呟く。後に続く言葉すらないものの、私には彼が何を言いたいのかが分かった。

 

「導師イオン、私はあなたの選択を尊重することはあれど、強制することはありませんよ。あなたが思うようにされるとよろしい」

 

「……ありがとうございます」

 

 それだけを言い残してナタリアと連れ立って船室を出る。扉を閉め、あまりあちこち歩くわけにもいかないと欄干に手をついて目の前に広がる海を眺める。

 

「今の言葉の意味を聞いてもよろしいですか?」

 

 隣に立つナタリアから投げかけられた疑問は、彼女にとってごく当たり前のものだ。そして彼女に対して隠す意味は無い。今後の為にも、彼女には一足先に事情を知っておいてもらう必要があるだろう。

 

「導師イオンの背中を押しただけですよ。導師イオンも、ルークと同じです。知る人間は限られていますが」

 

「ルークと同じ……まさか!?」

 

「アリエッタは元々導師イオンの守護役でした。導師イオンが体調を崩して長期療養に入り、それが明けると同時に彼女は守護役を解かれ、アニスが代わりに導師守護役となりました。表向きには師団長業務への専念のためとされていますが、本当のところは違います」

 

 レプリカの導師イオンと、オリジナルを知るアリエッタを会わせてしまえば、些細な違和感から導師イオンがレプリカであると看破されてしまう。実務的な理由はそれだが、この人事にはオリジナルの導師イオンの思惑も多分に絡んでいる。アリエッタを大切に想っていた彼は、自身のレプリカがその居場所を奪うことを許容しなかった。彼はアリエッタの唯一であり続けたかった。レプリカで代用されてしまうことを許せなかったのだ。その気持ちは、アッシュならば理解したかもしれない。いや、レプリカに居場所を奪われてしまう気持ちは、当人達にしか理解できないだろう。そこに訳知り顔で踏み込むことは誰にも出来ない。

 

「ローレライ教団は、何故そこまでするのですか……!」

 

「ユリアの預言(スコア)はこれまで一度も外れたことが無い。故にその成就は教団の使命であり、人類を導くことが教団に与えられた至上命題なのですよ」

 

「そのために、人の尊厳を踏み躙っても良いと言うのですか!」

 

「どうなのでしょうね、その先にあると信じている繁栄のためには、その程度の犠牲は許容できるのかもしれません。例えば一万人が死んだとしても一億人がそれによって繁栄を享受できたとするなら。単純な比較で考えるとすれば、ですが」

 

「その考えは傲慢ですわ!」

 

「傲慢でしょうね、ですがその価値観が今の教団上層部の正常なのですよ」

 

「……あなたもそうだったのですか?」

 

「……どうでしょう。ただ今の私は教団の中でも異端なものである、ということは言えるでしょうね」

 

 私はそう言って自嘲するように笑った。よくよく振り返ってみれば、私は何がしたかったのだろうかと思ってしまう。預言(スコア)の行く末を見、そうはならぬようにと思いながらも、表立ってヴァンと対立することを恐れた。それなのに、今このときになって記憶の私から乖離した行動を取り始めた。結局のところ、策士を気取っていても目の前の状況に翻弄される無力な人間でしかないということだ。そのくせ、今になって大詠師という地位を投げ棄てるような真似をしたことに怯えてしまっている。

 

「……大詠師とは、教団の詠師達の中から選ばれます。導師から指名されることもあれば、詠師達が互選することもあります。私は後者の方法で大詠師となりました。それはすなわち当時の教団の中で最も私がローレライ教団にとって有益、世界を預言(スコア)通りに導くと期待されたからでもあります。ですが、私はそうした意味では、大詠師となる資格は無かったのでしょう」

 

 今にして思う。本当に私が大詠師となって良かったのか。もっと他に取れる手段は無かったのか。私以外が大詠師となった方が良かったのではないだろうかと。

 普段は頭の片隅に小さく丸められて意識しない疑問も、今というこの空白の時間になって私の頭の中で大きく膨らんでしまう。私の口は、半ば無意識に言葉を溢していた。

 

「少なくとも、私はモースが大詠師であったお陰で救われましたわ」

 

「そうでしょうか」

 

「ええ、そうですとも。幼い私を支えてくれたのはアッシュとあなたですわ。アッシュは婚約者として私を横から支え、あなたは前に立って私を導いてくれたのですから。一国の王女を導いたのですから、あなたがローレライ教団を率いる器であることは疑いようもないことだと私は思いますわ」

 

 そう言って腰に手を当てて自信満々な様子の彼女に、私はつい笑みを浮かべてしまった。私の方が弱音を吐いて子どもに慰められてしまってどうするというのか。今はこんな益体も無いことを考えている場合ではないし、情けない姿を晒している時間も無いはずだ。

 

「そこまで言って頂けるとは思ってもみませんでしたよ」

 

「あら、色々と黙っていたことを怒っているのは確かですが感謝しているのも本当ですのよ? それに、教団でのモースも決して悪人であったなんて思えませんもの」

 

「おや? 何故そう言い切れるのです?」

 

「簡単な話ですわ。だって先ほどアリエッタと手を繋いで部屋に入ってきたあなたの姿は、まるで父親みたいでしたもの」

 

 そう言って彼女はクスクスと笑った。




大詠師選出関係は完全に妄想です。トリトハイム以外の詠師の影が薄すぎる上に教団の人事関係がフワッとしすぎているので独自設定と割り切ってどんどん妄想で詰めていきます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

妖獣と私 2

本来は前話でここまで書きたかったものの長くなるため分割


 導師イオンとアリエッタが居る部屋から大きな物音がしたのは、私とナタリアの会話が一段落した頃だった。何かが床に倒れるような音、そして誰かの泣き声。誰か、と濁したものの、その声の主はすぐに分かった。ナタリアと顔を見合わせ、私はドアノブに手をかけて扉を開いた。

 

「……どうやら話は終わったみたいですね」

 

「モース……」

 

 床にへたり込んで泣いているアリエッタと、椅子に座ったまま沈んだ表情で俯く導師イオン。それだけでこの部屋で何が話されたのかは理解できてしまう。ナタリアはアリエッタの隣にしゃがみ込み、彼女の肩を抱いて慰めてくれていた。ナタリアとアリエッタは自身の想い人がレプリカとなっていたという共通点がある。私から導師イオンがレプリカであることを聞き、そしてアリエッタの今の表情から、彼女も大体の事情を察したのかもしれない。

 

「ナタリア殿下、アリエッタを少し外に連れ出してやってくれませんか。今は冷静になれる時間が必要でしょう」

 

「ええ、分かりましたわ。さあ、行きましょうアリエッタ」

 

 ナタリアに支えられ、アリエッタは覚束ない足取りながらも部屋を後にした。今は導師イオンの傍にいる方が辛いだろう。本当は私がついていてやるべきなのだろうが、アリエッタと同じくらいに今放っておけない人が目の前にいる。

 

「導師イオン、話したのですね」

 

「はい……。彼女に嘘をつき続けることは出来ないでしょうから」

 

 膝に置いた自身の手に視線を落としたまま、導師イオンは私の言葉に答えた。アリエッタの辛さは私には計り知ることが出来ない。慕っていた人が本人のレプリカであり、そして本人は既にこの世を去っていた。幼い少女の心に、その事実はどれだけの衝撃を与えてしまったことだろう。

 自らその事実を打ち明け、アリエッタの心を傷つけてしまった彼もまた辛いはずだ。そして彼はそんな自分の心を押し込めることが出来てしまう人間なのだ。それでどれだけ自分が傷ついてしまおうとも。

 

「モース、今更になって話さなければ良かった、だなんて言ったら笑いますか?」

 

「笑いませんよ。笑うことなどできません」

 

 今この場で嘘をつき続けたとしても、いずれ彼女は気付いてしまっただろう。例え姿形がまったく同じでも、オリジナルとレプリカは別人なのだから。近くにいれば違和感を覚える。早いか遅いかの違いでしかないと私には思えてしまうのだ。だとすれば、彼自身の口から真実を告げることは、精一杯の誠実さの表れではないだろうか。

 そのことを告げると、導師イオンは力なく笑みを浮かべながら、傍らに立つ私を見上げた。

 

「やっぱり優しいですね、モースは」

 

「そんなことは無いでしょう。本当に優しいのならば、あなた自身の口からこんなことを言わせることも無かった。結局、私は私の口からアリエッタに真実を話すことを恐れ、その責任をあなたに被せたのです。恨んでいただいても構いません」

 

「感謝すれど、恨むことなんて一つもありませんよ。それに、これは僕のワガママなんです。アリエッタの望む導師イオン(オリジナル)でいることが出来ないから、僕は僕と言う一人の人間でいたいというワガママです」

 

「それがワガママなものですか。誰かの代わりなど誰にも出来ないのです。例えレプリカでもです。私にとって導師イオン(オリジナル)あなた(導師イオン)は最初から別の人間です。彼の日記をあなたに渡したのは、彼の想いを知って欲しかったからであり、あなたに彼の代わりになることを望んでいたからでは無いのです」

 

 私はそう言って彼の傍らに膝をつき、彼の頭に手を乗せる。兄弟の中では最も落ち着きがあり、大人である彼だが、今は年相応の不安げな表情を覗かせていた。本当ならば、私がこのようなことを言う資格が無いことは分かっている。だが、今彼にそれを言えるのは私しかいないのだ。

 

「ですからあなたが自分を責める必要など何一つ無いのです。不甲斐ない大人を、私を責めれば良いのです。子どもはそうやって大人を使うことが許されるのですから」

 

「……仮にも僕はローレライ教団の導師ですよ?」

 

「そうだとしても、子どもであることが許されないわけではないでしょう」

 

「そう、なのでしょうか」

 

 私が知る限り、忌々しい記憶の中でも、導師イオンは生まれてから死ぬまで涙を見せたことは無かった。彼自身の情緒がそこまで育っていなかったということもあるだろうが、それとは別に彼の立場、生まれが彼にそれを許さなかった側面があることを否定できない。フローリアン達が個性的で、多かれ少なかれ自分の感情を出すことに躊躇いを覚えないのは、導師イオンという外から与えられた枠が無いからなのかもしれない。彼らは最初から導師イオン(オリジナル)の代用という役割が無かったから、アイデンティティを確立出来た。

 だが、導師イオンには最初から代用品という役割が押し付けられてしまった。それが彼の自我の確立に良い影響を与えているわけが無いことは明らかだ。それを押し付けた者の一人でありながら、私にはそれが堪らなく悲しいことのように思えるのだ。

 

「導師イオン、私はあなたに導師の役割を、イオンの役割を押し付けてしまった罪人です。だから本当はこのようなことを言うことなど出来ないし、言うべきではない。ですが、敢えて言わせて頂くなら、あなたはあなたで良いのです。同じ名前を背負ったからと言って、()()()()()にならなくとも良いのです」

 

「……ならば、少しの間だけ、胸をお借りしても構いませんか?」

 

「私のような偽善者でよろしければ、いくらでも」

 

 そう言うと彼は私の胸に顔を埋めた。私には、彼の表情を見ることは出来なかったが、彼の肩が小刻みに震えているのを見るだけで、今の彼がどんな顔をしているのかが想像できた。それを指摘するほど私は無粋なつもりはない。今の私が出来ることは、押し殺した声で泣く彼が落ち着くまで彼の震える背中をさすってやることだけだ。

 

 人は皆、生まれたときに泣く。自分がここにいることを世界に知らしめんばかりに、総身を以て自らの存在を声高に主張するのだ。

 

 だが、レプリカは生まれたときから既に成長した姿であり、泣くことも無い。導師イオンのレプリカとして生まれた彼もそうだった。無機質に生み出され、無感動に生まれた。

 

 赤ん坊が産声を上げることによって()として生まれるのだとするのならば。

 

 今、彼は一人の()()()として生まれたのかもしれない。

 

 


 

 

 

「恥ずかしいところを見せてしまいました」

 

 暫く経って落ち着いたのか、イオンは顔を離すと、頬を赤らめながらそう言った。その目元はまだ多少赤くなっているが、涙が溢れてきそうな気配はない。

 

「恥ずかしいものですか。辛いときは誰だって泣くものです」

 

「僕はあなたが泣いているところを見たことがありませんよ?」

 

「私が泣いているところなど人に見せられたものじゃありませんからね」

 

「モースが泣くときは、今度は僕が胸を貸しましょう」

 

 そう言って微笑むイオン。どうやら冗談を言える程度にまでは落ち着いたようだ。服の裾を掴んで見上げるイオンに曖昧な笑みを返していると、扉がノックされる音が響いた。それに答えると、アリエッタの手を引いたナタリアが部屋へと入ってきた。アリエッタも目元は赤くなっており、今も目は潤んでいるものの、先ほどまでのように声を上げて泣く気配は見られない。

 

「ナタリア殿下、ありがとうございます。本来ならば私が向かうべきでしたのに」

 

「気になさらなくても構いませんわ。そちらも色々とあったということは分かりますもの。それに、アリエッタと仲良くなれましたし」

 

 私の言葉にそう答えて、彼女はアリエッタに微笑みかけた。それを見たアリエッタも、頬を少し赤らめながら小さく頷く。彼女が面倒見が良い気質であることは以前から知っていたが、その気質がアリエッタにも存分に発揮されたようだ。傍から見ても彼女らの距離が縮まったことが分かる。そんな彼女達に向かってイオンが歩み寄り、懐から小さな冊子を取り出してアリエッタへと差し出した。

 

「アリエッタ、あなたにとって辛い事実を突きつけることになってしまってごめんなさい。ですが、このことを告げないとあなたにはこれを渡すことすら出来なかった」

 

「これは……?」

 

「導師イオン、よろしいのですか?」

 

「良いんですよモース。これは本来なら彼女の手に渡るべきだったものです。それを僕が今まで一時的に預かっていたに過ぎませんから」

 

 イオンがアリエッタに差し出した冊子。それはオリジナルのイオンが生前に日々の出来事を書き綴った日記だった。彼の死後、私が預かり受け、今のイオンへと渡していたものだ。

 

「アリエッタ、これはあなたのイオンがつけていた日記です。これを読むだけでどれほどあなたと導師イオンが互いを想い合っていたかがよく伝わってきました。そんなお二人の間に僕が割り込むことなんて出来ないと思うくらいに。僕はあなたのイオンになることは出来ません。彼はもう死んでしまって、ここに居る僕は彼と同じ姿形、名前をしているだけの別人です。だけど、この日記の中にあるのは、間違いなくあなたのイオンです」

 

「イオン、様……」

 

 日記を震える手で受け取ったアリエッタは、それを胸に掻き抱くと、静かに涙を流す。先ほどまでのように自身の感情を曝け出すのではなく、自身の気持ちと折り合いをつけるために一時だけ泣く姿は、ほんの少しの時間で彼女が子どもから大人へと成長したことを感じさせた。

 

「……ありがとう、ございます。大切にします、ね。イオン様」

 

 そして再び顔を上げた彼女は、未だに涙が止まらないにも拘わらず、その顔に笑みを浮かべていた。

 

「モース様も、ありがとう、ございます。イオン様と話す機会をくれて。私のイオン様は死んじゃったのかもしれないけど、でも、今のイオン様をモース様が助けたいなら、私もお手伝い、します」

 

「……ありがとうございます、アリエッタ」

 

 アリエッタの言葉に対して礼を言う私の内心は荒れ狂っていた。私がアリエッタを気遣い、面倒を見て、彼女に慕われていることは私自身理解していた。だからこそ教団から追手として彼女がやってきたことに対して不安を感じることはなかったし、彼女ならば私に協力してくれるだろうという考えがあった。タルタロス襲撃のとき、彼女にマルクト兵を殺さないように言ったことも、今彼女が発した言葉も、今までの彼女との信頼関係を踏まえれば、そうしてくれる、そう言ってくれるだろうという期待があった。だがこの考えは、幼い少女の純粋な気持ちを利用するものだ。このためだけにアリエッタと信頼関係を築いたわけではないのに、結果として彼女からの信頼を利用し、便利に使おうとしている。今の私の行いはヴァンがルークを利用した所業とどこが違うと言うのか。結局のところ、私はいくら悔いてもその心根は悪党でしかないということだ。

 

 ならば、私はとことんまでそうならなければならない。利用するならば、せめてそれが無駄にならないように。

 

「アリエッタ、では一つお願いをしても良いですか」

 

「お願い、ですか? 分かりました。何でも、言ってください」

 

 私は膝をついて彼女と視線を合わせる。彼女はその瞳に強い意志を秘めて私に視線を返してくる。そこには、私への信頼と、使命感が宿っているのだろうか、私にはそんな価値は無いというのに。

 

「教団本部に、導師イオンのレプリカ達がまだ残されています。今までは私が匿っていましたが、こうして教団を離れた今、彼らを助けることが出来る人間が必要です。あなたには、彼らの、導師イオンの兄弟とも呼べる存在を助けて頂きたいのです。ディストかシンクならば教団本部の隠し部屋に繋がる道を知っています。あなたの力を使って、彼らを秘密裏にダアトから連れ出して頂けませんか」

 

 特にフローリアン、ツヴァイ、フィオの三人は、身体能力に特筆すべきものがあるわけでもなく、導師としての素質があるわけでもない。だが、その存在がヴァンや詠師オーレルに知られてしまえば、彼らがフローリアン達を利用するだろうことは想像に難くない。だからそうなる前に、ダアトからフローリアン達を連れ出し、安全な場所に匿わなければいけない。

 

「イオン様の兄弟……。分かりました。アリエッタ、頑張ります」

 

「ありがとうございます、アリエッタ。どうか、あなた自身が怪我をしないように気をつけてくださいね」

 

 人形と日記を抱く手に力を籠めたアリエッタの頭に手を添え、心からの謝意を口にする。この少女を、記憶のように悲しみの中で死なせることはあってはならない。自分のツケを払わせるように彼女を利用することに対する負い目と、彼女からの信頼の重みで軋む心を努めて無視しながら、私は顔に笑みを浮かべてみせる。どこまでも薄っぺらな笑みだが、長年貼り付けてきたその薄皮は、多少の痛みや苦しみを容易く覆い隠し、周囲に悟らせることは無い。

 

 いずれ全てが終われば、私には然るべき報いが下されることだろう。そのときには、犠牲になるのが私のような悪人一人であることを願う。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

虚栄の城と私

頭の中に書きたいシーンはたくさんあるのに書く時間が取れない地獄


 連絡船が王都バチカルへと接舷する。港地区から見上げるこの街の威容はまさしく圧巻の一言だ。

 

 譜石が落ちた縦穴に築城された王城を中心として栄えるキムラスカ王国の首都。その来歴故にこの国が預言(スコア)を神聖視するのも頷ける。今から私はこの国、ひいてはこの世界(オールドラント)に深く根付いた価値観そのものに喧嘩を売ることになるのだ。

 アリエッタとは洋上で別れることになった。彼女はフローリアン達を保護するために単身ダアトへと戻ったのだ。仮にも六神将の一角である彼女に滅多なことが起こることは無いと頭では理解しているが、それでも私の心には不安が残る。そんな内心を押し隠し、私は船を降りたイオンとナタリアに振り向いた。

 

「ナタリア殿下、導師イオン。行きましょうか」

 

「ええ、お父様の目を覚まさせなければなりませんわ」

「出来る限りのことをしましょう」

 

 私の言葉に力強く頷く二人。そんな彼女らを伴って街の上層階に通じる昇降機へと乗り込む。普段は人でごった返し、乗るのに一苦労するものだが、今このときは閑散としており、同じ連絡船に乗ってダアトから来た客くらいしか同乗者は見かけない。つまりそれはマルクトとの行き来が現在は断絶しており、市民も不穏な空気を感じ取って外に出るのを躊躇っていると言うことだ。

 

「普段よりも活気がありませんわね……」

 

 同じ空気を感じ取ったのか、ナタリアも昇降機の窓から街を眺めながらポツリと呟いた。王女であるからという以上にこの国、この街を愛している彼女にとって、バチカルの現況は喜ばしいものではない。そして、不穏なのは街の住人の雰囲気だけではない。通りを行く兵士の数も普段より多く見えることが、この国が戦争に向かっているのだという事実をより感じさせるのだ。

 街の上層階に行くにつれてその雰囲気はより濃くなり、最上層に到着して見上げた王城は普段よりもその威圧感を増しているように見えた。

 

「ナタリア殿下、登城する前に、一つ野暮用を済ませてもよろしいですか?」

 

「え、ええ、構いませんが。一体何なんですの?」

 

 使命感からか、はたまた緊張感故か、唇を引き結んで城へと歩を進めるナタリアを呼び止め、私は王城の前を通り過ぎる。登城する前に、やっておくべきことがあるのだ。

 

「何、手紙を渡すだけです。大した時間は取らせませんよ」

 

 そう言って私が向かうのはこのバチカルにおいて唯一王族の住まう城と同じ階層に居を構えることを許されるキムラスカの最高位貴族の屋敷。建国から王家と親戚筋としてあり、キムラスカの忠臣として今までこの国を支えてきた重鎮、ファブレ公爵家である。

 屋敷の前に立つ白光騎士団の人間に手を上げて手紙しか手に持っていないことを示しながら近づく。

 

「ローレライ教団、大詠師モースです」

 

「モース様、よくぞお越しくださいました。クリムゾン様にお取次ぎいたしますか?」

 

「それには及びません。クリムゾン様にこの手紙をお渡しください。私はこれから城に向かわねばなりませんので」

 

「承知いたしました。すぐにクリムゾン様にお渡しいたします」

 

「ええ、お願いしますね」

 

 門番に手紙を渡し、それだけ告げると、私は踵を返してナタリアとイオンのもとへと戻った。

 

「モース、あの手紙には何を?」

 

 不思議そうに首を傾げながら尋ねてくるナタリア。一刻を争う今というときに、私がわざわざ渡した手紙だ。彼女が気にするのも当然だろう。とはいえ、中身について大っぴらに話すことは出来ない。

 

「そうですね、悪党同士の秘密のやり取りとでも言っておきましょうか」

 

 ますます首を傾げてしまったナタリアを促し、入城を果たすのだった。

 

 門を守る衛兵達はナタリアの帰還を心から喜び、城へと迎え入れてくれた。どうやら彼らにはまだナタリアの出生に関する秘密は漏らされていないらしい。そのまま謁見の間へと歩を進める。

 

「今はローレライ教団から使者が来ておられます」

 

 だが私たちの歩みは、謁見の間へと通じる扉の前に立つ兵士によって押し止められてしまう。彼らはあくまでも自らの仕事を忠実にこなしているのか、はたまた何かを言い含められているが故の行動か。

 

「私が帰ってきたことを伝えること以上に重要な用件などあるものですか」

 

「ローレライ教団の導師と大詠師が揃って来ているのです。中にいる者はまさか導師イオン以上の教団関係者というわけがありますまい」

 

「は、ハッ、失礼いたしました!」

 

 ナタリアが捲し立て、私がそれに続けば、兵士は気圧されたように扉の前から退けて道を空け、謁見の間へと続く扉を開いた。どうやらここに立つ二人の兵士はあくまでも真面目に仕事をこなしているだけの兵士だったようだ。少し威圧的な言い方になってしまったことを反省すべきか。とはいえ、今はそれどころではない。扉が開くや否や私達はナタリアを先頭に謁見の間に足を踏み入れた。

 

「マルクトの脅威など何するものぞ、我らにはユリアの預言(スコア)の加護があるのです!」

 

 謁見の間では、今まさに一人の男が熱弁を振るっていた。ゆったりとした詠師服の上からでも分かるほどに肉のついた腹を揺らし、顎と頬の肉を震わせながら自身の紡ぐ言葉に酔いしれる様の詠師オーレルがそこにはいた。やはり私が倒れている間に好き勝手に動いてくれていたようだ。その横には六神将の一角、ラルゴとシンク、そしてディストが控えている。どうやらアリエッタが私を追ってきたのは、ディストがバチカルに居たからであるようだ。

 

「お待ちなさい! 預言(スコア)に詠まれたなどと甘言でキムラスカを戦争に引きずり込もうとする奸臣の言葉に耳を傾けてはいけませんわ!」

 

「詠師オーレル。導師である僕だけでなく、直属の上司であるはずのモースにも黙って何をしているのですか」

 

 ナタリアとイオンに続けざまに糾弾され、詠師オーレルの言葉は遮られる。だが、振り返った彼の顔は、自分の話を邪魔された苛立ちの色を浮かべることは無く、むしろどこか歪んだ喜悦を湛えていた。

 その顔を見て、私は倒れていた時に見た夢を思い出す。今の彼が私達を見てこのような表情をする理由は何か。その理由を、この場では恐らく私だけが知っている。

 

「奸臣とは失礼な。私はキムラスカの繁栄を願えばこそ」

 

「徒に戦争を引き起こして何が繁栄の道ですか! お父様、このような男の言葉を信用してはいけませんわ!」

 

 ナタリアはそう言って玉座に座るインゴベルト王に目を向ける。私もそれに釣られて王の方を見れば、その様子は普段の彼と違うことが私にも分かった。

 このオールドラントをマルクトと二分する大国の主として、普段は玉座に腰かけた姿からは王たる威容を感じさせていたインゴベルト王は、今この場にはいなかった。目の下に刻まれた隈、艶を失った髪、そして何よりも生気を感じさせない目。今玉座に座っているのは、疲れ果て、正常な判断力を失ってしまった老人であった。

 

「ナタリア……」

 

「お父様……?」

 

 インゴベルト王は掠れた声でそう呟く。その様子に、ナタリアも疑問を覚えたのか、表情に不安を滲ませて父と目を合わせようとする。

 

「よくも父などと言えたものですなぁ、盗人の身分でありながら」

 

 だが、ナタリアとインゴベルト王が視線を合わせることは無かった。それを遮るように、詠師オーレルの言葉が謁見の間に響き渡ったからだ。

 

「無礼者! 誰に向かって言っているのです!」

 

 そしてナタリアが詠師オーレルの言葉を聞いて黙っていられるわけが無い。彼女は鋭い視線で詠師オーレルを射抜くが、彼の表情から余裕が消えることは無い。

 

「他ならぬあなたに向かって言っているのですよ。ナタリア王女、その名も、地位も、本来は別の者が手にするはずだった。その場所にのうのうと割り込んでいるのがあなただと言っている」

 

「さっきから訳の分からないことをぬけぬけと……」

 

「私は以前よりとある敬虔な教徒の懺悔を耳にしてきました。その者はキムラスカ王家にお仕えする侍女であった。かの者は亡き王妃様の出産に立ち会い、生まれた赤ん坊が死産だったことを知ると自分の娘が生んだ子ども、メリルを王妃様の子と偽った!」

 

「何を、出鱈目なことを!」

 

 朗々と語る詠師オーレルに対しナタリアは食って掛かるが、それを歯牙にもかけずに語り続ける。大袈裟な身振り手振りを交えて話すその姿は、この場を支配しているのは自分だという自信がありありと見て取れた。

 

「出鱈目なものか。ここに立つ乳母こそが証人。何よりも貴様と陛下に血の繋がりがないことはその髪を見れば良く分かる。キムラスカ王家に連なるものは皆燃えるような赤髪が特徴でしたな? だがこの者は金髪。亡き王妃様は美しい黒髪であったとか、その王と王妃からこの者が生まれてくることはありますまい」

 

 詠師オーレルの言葉は的確にナタリアの心を抉った。キムラスカ王家に連なる者にあるはずの特徴が無い。そのことは、幼い頃からナタリアの心を苦しめてきた。それ故に侍女達に陰で心無いことを言われていたこともあるのだ。

 

「そんな、そんなはずありませんわ! お父様、私はお父様の娘ではないのですか!?」

 

「儂とて……信じたくはない。だが、この者が申す場所から赤子の遺骨が見つかったのだ……」

 

 泣きそうな表情のナタリアに対し、インゴベルト王も苦しげに表情を歪めながら言葉を絞り出す。その姿を見るに、彼も突然突き付けられた真実に困惑し、心身共に消耗してしまっているのだろう。今の彼には正常な判断を求めるのは不可能だろう。

 

「さて、王家の名を騙り、アクゼリュスを崩落に導いた者にはそれに相応しい罰を与えなければなりませんな。私めがダアトから連れてきた六神将、黒獅子のラルゴにその役目を任せましょうぞ」

 

「キムラスカは、そなたの死を以てマルクトに正式に宣戦布告をする……」

 

「そういうことか……。悪趣味な男だ」

 

 呟くようなインゴベルト王と対照的に水を得た魚のようにその弁が増々熱を帯びるオーレル。彼に指名されたラルゴは、心底忌々しそうな顔をしながらも、武器を構えた。私はそれからナタリアを庇うように前に出る。どこまで時間が稼げるかは分からないが、ショックで自失状態となっているナタリアが我に返るまでは私が時間を稼がなければなるまい。

 

「待ちなさい。それをあなたが決める権限はないでしょう、詠師オーレル」

 

「おや、大詠師モース。何か言いたいことでもあるのですか? ユリアの預言(スコア)通りに世界は進む。私の邪魔をする必要は無いはずですが」

 

預言(スコア)の通りに世界が進めば、人の心を踏み躙り、命すら気に掛ける必要も無いと言うのですか」

 

「何を馬鹿げたことを。その先には繁栄が約束されているのです。今不幸になる人間より遥かに多くの人間が幸福になる!」

 

「本気で言っているのですか。そのために仲睦まじい親子の絆を裂くことすら厭わぬと」

 

「血の繋がらぬ偽りの子どもだと知らぬ不幸を私が正したまで」

 

「親子の情が、血の繋がりの有無だけではかれるものですか。魔物とすら心を通わせ、親子となれる者もいるのです。何故同じ人同士で血の繋がりが無いだけで親子でないなどと言えますか! 詠師オーレル、あなたの言葉は大詠師として許すことが出来ません」

 

 脳裏に思い浮かぶのはアリエッタとライガクイーンのこと。彼女らは種族の壁すら超えて家族として繋がっている。本来は被捕食者と捕食者の関係であるはずなのにだ。それを思えば、ナタリアとインゴベルト王が親子でないなどとは言えるはずがない。

 

「どうやらあなたは預言(スコア)を遵守することの重みを理解されていないようですな、モース。私がここに来る前にやっておいたことは無駄では無かったようだ」

 

「……いきなり何を言い出すのです」

 

「大詠師モース、いやモース。そなたの大詠師としての地位をただいまを以て剥奪とする。これはダアトにて過半数の詠師の支持を得た決議である。これよりはこの私、オーレルが大詠師となり、ローレライ教団を導く!」

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

虚栄の城と私 2

流れ的にはモース様が大詠師から降ろされてピンチのはずなのに感想欄ではリミッターが外れたみたいな扱いされてて草


 大詠師が本人の引退を前にして退いた例自体はごく稀ではあるが無いわけではない。

 時の大詠師がその役目を放棄したとされたとき、詠師達過半数の賛成があり、導師がその議決を受けて大詠師の除名を宣言する。過去、その地位を利用して私腹を肥やした輩はいるものだ。ローレライ教団が閉じられた環境であるが故に、そうした事例はむしろ他よりも多いだろう。ただ、頭が多少回る人間はその利益を他の詠師と分けあい、弾劾されないように立ち回るものだ。

 私自身はそうした企みをしたことは無い、というよりしている暇も無かったが、他の詠師達が少なからず行方不明となって消える金を懐にしまいこんでいるのを把握している。過度にしない限りは目溢ししているが。

 

 つまり、今回詠師オーレルが得た議決は、より他の詠師の利益になると判断された故のものなのだろう。少なからず私が預言(スコア)遵守という役目を放棄しようとしていることに感付いていたとも考えられるが。

 

「詠師オーレル。そのようなことは導師である僕が認めません」

 

 導師イオンが私の隣に歩み出て険しい表情で告げる。そう、そもそもその議決も、教団の最高権限を握る導師がひっくり返してしまえば何の意味もない。そのことにこの小賢しい男が気付いていないことがあるだろうか?

 私の頭の中にいくつかの可能性が浮かんでは消え、一つの仮説が残る。オーレルにとって最も確実で、私にとってあまり考えたくない可能性。

 

「導師イオンはモースに騙されております」

 

「何を……」

 

「ダアトに戻ってからお話しいたしましょう。そうすればあなたにも()()頂けましょう」

 

「何を言われようと僕がその決定に頷くことはありません」

 

()()()()()()()ならばそうでしょうな。ですが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 その言葉に、私は嫌な予感が間違っていなさそうだと感じた。この男はヴァンと繋がり、犯してはならぬ禁忌に手を出そうとしている。この男は、自身に都合の良い導師イオンを再び作り出すつもりだ。自身の傀儡として頷くだけの人形を導師の位置に据え付けるつもりなのだ。

 

「遂にそこまで堕ちましたか。いつからヴァンと手を結んでいたのですか」

 

「それを今の貴様が知る必要は無い。貴様はもはや大詠師ではない。メリルへの裁きが終われば次は貴様の番だ。ユリアの預言(スコア)に背こうとした罪、きっちりと精算していただく。そのためにラルゴ以外の六神将も連れてきたのだから」

 

 そう言うと、オーレルは後ろに控えるシンクとディストに目配せをする。シンクは仮面に覆われて表情は読めないが、ディストは常と変わらぬニヤケ顔で前に進み出ると、彼自慢の譜業椅子から立ち上がり、私のもとまで歩いてきた。

 

「おやおや、追い詰められてしまいましたねぇ、モース」

 

「金払いの良いパトロンを助けるつもりはありませんか」

 

「残念ながら今のあなたを助けたところでワタシの目的は達成出来そうにありませんからね」

 

 そういって馴れ馴れしく私の肩に手を回すディスト。彼らしくもないスキンシップだ。

 

「ご安心なさい。あなたに頼まれた仕事くらいは終わらせてやりますよ」

 

 私以外には聞こえないような声量で呟かれた言葉に、私は僅かに目を見開く。

 

「さて、私は別れを済ませましたけれど。シンクも何か最後に言っておくことは無いですか」

 

 そしてディストは椅子に腰掛けていつも通りふんぞり返ると、飄々とシンクに話を振る。

 

「……三番目達は任せなよ」

 

 彼が告げた言葉はそれだけだったが。その言葉だけで十分だった。まだ私は見限られていない。つまりこの程度の窮地は窮地ではないということだ。

 

「さて、ではメリルから……」

 

 オーレルが言い終わるのを待たずにラルゴの前にメイスを構えて向かい合う。

 

「……何のつもりだ。モース」

 

「言うまでもないでしょう。子どもを守るのはいつだって大人の役目。どうやら本来ここに立つべき大人は今すこし腑抜けているようですからね、代わりに私が立つまでのことです」

 

「……偽善者が抜かしたものよ」

 

 私の言葉に、玉座に座るインゴベルト王だけでなく、目の前に立つラルゴもピクリと頬を震わせて反応した。ナタリアの実の父親であるラルゴに、今の言葉は刺さったことだろう。だが、娘を捨て、復讐に走った男を庇うつもりは私には無い。

 

「お前が俺に勝てると思っているのか」

 

「勝てないでしょう。ですが、それの何が問題ですか?」

 

「自ら死にに来るとはな。俺が思うより愚かだったようだ」

 

「愚かで結構。愚かで無様でも、子どものために身体一つ張れずに大人を名乗れるものですか」

 

「ならばそのまま骸を晒せ!」

 

 問答はこれまでとばかりにラルゴが大鎌を振り上げて迫る。その速度は、彼の重厚な肉体からは考えられない速度だ。その一撃をまともに受ければ、私の身体はあっけなく肉塊になってしまうだろう。だが、シンクやディストの手前、何より後ろにはナタリアとイオンがいるのだ。私が簡単に死ぬことはあってはならない。

 

 私は迫り来るラルゴにメイスを正眼に構えて迎え撃つ。面白いと言わんばかりに彼の顔に獰猛な笑みが浮かぶのが見えた。

 

 そして私とラルゴがまさに交錯する瞬間。

 

 謁見の間の扉が勢い良く蹴り開けられ、扉の先からラルゴに向かって氷の刃が飛来した。

 

「ぬうっ!」

 

 不意打ちで放たれた譜術だったが、ラルゴも一流の武人だ。迫る氷刃を大鎌の一振で打ち落とすと、飛び退いて私と距離を取った。

 

「こんなところで遊んでんじゃねぇ!」

 

 その言葉と共に私の前に飛び出してきたのは、真紅の髪を翻したアッシュだった。

 

「まさかあなたに助けられるとは思いませんでしたよ、アッシュ」

 

「お前を助けたつもりは無い。あくまで俺が助けたのはそこの王女と導師だ」

 

 視線を前に向けたまま、アッシュは吐き捨てるように言う。その口調から、私を信用しているわけではなさそうだが、今はまだ目的が一致しており、敵に回ることはないと思える。

 

「イオン! ナタリア!」

 

「イオン様! モース様も無事ですか!」

 

 更に後ろに続くようにルーク、アニスを先頭としていつもの一行も姿を見せ、ナタリアとイオンを庇うように囲む。タルタロス、アルビオールといった移動手段を使える彼らがいつかは追い付いてくるとは考えていたが、予想以上に早かった。とはいえ、ナタリアとイオンを守る人間が増えたのは心強い。これならば私も後ろを気にすることなく戦うことが出来る。

 

「ええい、衛兵たちは何をしておるか! 罪人メリルを庇う者たちも同罪である、諸共ひっ捕らえろ!」

 

 内務大臣であるアルバインが焦れたように声を張り上げると、それに従って兵士が謁見の間になだれ込み、出入り口を封鎖する。

 

「公爵家の嫡男であるルークまでも殺すつもりですか」

 

「そこにいる者は皆アクゼリュス崩落に加担した罪人。キムラスカに仇なす者たちである!」

 

 呆れたようなジェイドの言葉に、怒号で返すアルバイン。彼自身はキムラスカに忠誠を誓う臣であり、オーレルに唆された一人に過ぎないということは分かっている。だが、その姿はどうにも尊敬すべき大人であるとは言い難い。

 

「チッ、グズグズしているせいで囲まれちまったじゃねえか。モース、何か手は考えてるんだろうな?」

 

 前方には戦意を漲らせるラルゴ、後方には扉を塞ぎ、逃がすまいとするキムラスカの兵士達。逃げるためには寡兵でこの包囲網を突破する必要があるが、中々に骨だろう。それを分かっているのか、強気な表情こそ崩さないものの、アッシュの頬に一筋の汗が流れ落ちていく。流石にアッシュと言えど、同じ六神将のラルゴを相手取りながら後方のキムラスカ兵を突破するルーク達の援護が出来る程余裕はない。イオンを守りながら動く必要がある以上、ルーク達もあまり自由に戦うことが出来るわけではない。この状況を打破するためには、更なる援軍が必要だ。それも数を備えた援軍が。

 

「さて、あのときの約束を果たしてくれるとすれば、今なのでしょうが」

 

「? 何を言ってやがるモース」

 

 私がポツリと呟いた言葉に、アッシュが怪訝な表情で聞き返す。だが、私が答える前に、扉を塞ぐ兵士の壁が左右に割れた。

 

「何だ? あれは、まさか白光騎士団?」

 

 油断なく武器を構えていたガイの疑問に答えるように、兵士たちが空けた道から謁見の間に輝かしい白銀の鎧に身を包んだ兵士達が踏み込んでくる。

 

 闖入者の正体は、ファブレ公爵家が誇る白光騎士団。騎士たちは兵士達より前に出ると、ルーク達と向かい合った。

 

「まさかファブレ公爵家までナタリアを殺すなどという馬鹿げた行いに加担するつもりか」

 

「まさか、父上……」

 

 ガイが発した言葉に、不安げな声を漏らすルーク。だがその不安は恐らく杞憂だろう。このタイミングで彼らが来たということは、私が送った手紙は無駄ではなかったということだ。

 

「どこの世界に我が子をこの手で殺す親がいるというのか」

 

 その声と共に騎士達の間から姿を現したのはファブレ家当主、クリムゾン。そして自らの主の言葉に従い、白光騎士団はその身を翻してキムラスカ兵たちに向き直り、各々が手に携えた武器を構えた。

 

「ファブレ公爵! 一体どういうことだ!」

 

 それを看過するわけもないアルバインがクリムゾンに怒りも露わに叫ぶ。

 

「クリムゾン、お前は儂を否定するというのか……」

 

「そうですな、陛下。ファブレ公爵家はキムラスカの忠臣。であればこそ、自らの戴く王が間違った道を選ぼうとすれば諫言するのも役目」

 

 インゴベルト王の言葉にクリムゾンは気負うこともなく答える。彼がその手に自ら剣を握っていることが、その言葉に嘘が無いことを雄弁に物語っていた。

 

「その者は亡き王女の名を騙り、更にはアクゼリュス崩落に加担した者たちだぞ!」

 

「送り出したのは我らだ。この子らがそのようなことをする人間であるものか。例え何かの間違いで彼らがアクゼリュスを崩落させたとして、その責任をこの子らに押し付けて我らが知らぬ存ぜぬを貫き通すような無様を晒すなど、ファブレ公爵家の誇りにかけてごめん被る!」

 

「父上……!」

 

「行け、ルーク! ナタリア殿下をお守りしろ。モース、ここは私が引き受ける。そなたも約束を果たせ。ルーク達を頼んだぞ」

 

「言われるまでもありません。この身にかけても」

 

 クリムゾンの言葉に、ルーク達は弾かれるように走り出す。その周囲を白光騎士団が固め、こじ開けた道を閉じさせないようにキムラスカ兵を押し留めていた。私もその後に続いて駆ける。

 

「なっ!? 待て、モース! ええい、シンク、ディスト、早く奴を追わんか!」

 

「あの兵士どもを掻き分けて? やだよ面倒くさい。それにここまでついて来たのはアンタの護衛をヴァンに命じられたからってだけだ。アンタの命令を聞く義理は無いね」

 

「同じく。それに肉体労働はこの私に相応しくありませんからね。そういう意味では、モースの方がよっぽど私を上手く使っていましたよ」

 

 オーレルが口角泡を飛ばす勢いでシンクとディストに詰め寄るも、彼らはそれを何とも思っていないように受け流す。それを尻目に、私とルーク達はついに謁見の間を脱することに成功したのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

空の上の一幕と私

 城を脱出し、昇降機を使って街の出入り口がある下層へと辿り着いた私とルーク一行。だが腐っても大国の兵士か、キムラスカ兵は既に下層に展開しており、出口を前にして睨み合うこととなってしまう。

 

「逃がさんぞ、王女の名を騙る大罪人め!」

 

 先頭に立ってそう怒鳴るのはゴールドバーグ将軍。彼もまた忠実なキムラスカの臣のはずなのだが。

 

「直に昇降機も降りてきます。そうすると囲まれてしまいますよ」

 

 ナタリアを庇うようにゴールドバーグらと対峙しながら、ジェイドが横目で私に問う。とはいえ、私に切れる札はもう殆ど無い。記憶の中では、ラルゴを上手くあしらったのかアッシュが駆けつけてくれたが、今の敵味方入り乱れている謁見の間から抜け出してくるのは難しいだろう。ということはどうにかして自力でここから脱出する必要がある。であれば、取る手段は限られる。

 

「アニス、イオン様から離れないように。ティア、ルーク様とナタリア殿下のお傍に。カーティス大佐、非才の身ですが、援護をお願いしますよ」

 

「は、一体何を……!?」

 

 アニスとティアに指示を飛ばし、ジェイドに一言告げると、彼らの返事を待たずに眼前のキムラスカ兵に向かってメイスを構えながら吶喊する。ジェイドの口から、常ならば聞けないような素っ頓狂な声が漏れたような気がするが、そちらに目を向ける暇は無い。彼が驚いた表情をするというのも珍しいので是非ともこの目に焼き付けておきたかったが仕方ない。

 キムラスカ兵もゴールドバーグも、まさか私自ら突っ込んでくるとは考えもしていなかったのだろう。驚愕したことで一時的に身体が硬直し、私の行動への反応が一拍遅れた。その貴重な時間を見逃すわけもなく、私はゴールドバーグの隣に控えていたキムラスカ兵一人の懐に潜り込むと、横なぎにメイスを振って剣の鍔を強かに打ち付ける。突然手元に加わった衝撃にたまらず剣を弾き飛ばされたキムラスカ兵の背に回り込み、他の兵士達からの攻撃の盾にしながら、一連の動作の中で励起させた音素によってメイスの宝玉に待機状態となっている譜陣を起動する。狙いは兵たちのやや後ろに控える譜術士だ。背中を見せて逃げるときに後ろから譜術を打ち込まれては堪らない。

 

「言い遅れましたが、骨の一、二本は覚悟して頂きますよ。セイントバブル!」

 

 その言葉と共にキムラスカ軍の譜術士の足元に俄かに水球が生まれ、彼らの視界を塞ぐように浮き上がる。そして、勢いよく弾けて圧縮された水を譜術士とその周囲の兵士達に浴びせる。その衝撃によって兵士達の塊が割れ、か細いが抜け道が生まれた。

 

「カーティス大佐!」

 

「ええい、いきなり何をするかと思えば無茶をなさる! 道を開けなさい、ロックブレイク」

 

 私の声に我に返ったジェイドが、私の意図を素早く見抜いて狙い通りの譜術を使う。地面からせり上がった二列の岩壁が、途上のキムラスカ兵を弾き飛ばし、同時に横からの侵入を防ぐ即席の塀として機能する。これで街の出入り口に通じる仮設通路が完成した。横からの攻撃さえ防ぐことが出来れば、後ろを私が守ればルーク達に攻撃が届くことは無い。

 

「皆さん、今です!」

 

 ジェイドの指示でルーク達も動き出し、今しがた作られた道を駆けだしていく。彼らが皆道に足を踏み入れたことを確認してから、私もその後に続いた。背後ではゴールドバーグが何やら怒号を飛ばしているが、それに構う暇など無い。

 

「簡単に追ってこられても困りますので、アイシクルレイン」

 

 そしてダメ押しとばかりに背後に向かって譜術を使用。氷の刃が中空に描かれた譜陣から降り注ぐ。その先は兵士達ではなく、ジェイドの譜術で生み出された即席逃走経路の入り口だ。絶え間なく降る氷の刃が積み重なり、後続の兵たちが追いかける障害となる。もちろん大した時間が稼げるわけではないが、街を出られるまでの時間が生み出せれば十分だ。街を出れば捜索範囲が広くなり、易々と追い付くことは出来ない。

 

 しかし、言葉も無いまま私の意図を瞬時に見抜き、最適な行動を判断できる頭脳とそうやって考えたことを可能にする譜術、戦闘に関する才能。どれを取っても天才に相応しい人間だ。もし私が彼ほどの能力を持っていたならば。 前を走るジェイドの背中を見ながら益体も無いことを考えてしまった。

 

 


 

 

 バチカルを出た私達を迎えたのは、世界でも二機しかない貴重な飛行艇アルビオールだった。本来はイオンを奪還するためにルーク達がダアトを訪れ、そのときに操縦士であるノエルが捕らえられてしまったためにここではアルビオールを使うことが出来なかったのだが、どうやらノエルがディストの手に墜ちることは無かったようだ。彼はオーレルに連れられてバチカルを訪れていたのだから当然なのだが。

 

 アルビオールに乗り込んで空に逃れた私たちは、思ったよりも広くて快適な操縦席でようやく落ち着くことができた。

 

「まさかローレライ教団の大詠師がここまで戦えるとは思いもしませんでしたよ」

 

「マルクト軍人であるあなたからすれば児戯でしょうがね。最低限の護身術として身に付けたものに過ぎません」

 

「あれで最低限だったら神託の盾騎士団の殆どが護身術すら身に付けてないことになっちゃいますよぅ」

 

 ジェイドへの返答に、アニスが苦笑いしながら口を挟む。護身術は流石に謙遜し過ぎではあるが、それでもルーク達や六神将とまともにやり合って勝てるような実力ではないのだ。そんな私が大きな顔をすることなど出来るわけが無い。それに最初からいつかはヴァン達に敵対し、そのときに備えていたなどと言って信じてもらえるとも思えない。

 

「ま、何故大詠師ともあろうあなたがそこまでの強さを持っているのかについては疑問が尽きませんが、今は置いておきましょう。それよりも、お互いに何があったかを報告する必要がありそうですね」

 

「そうしましょう。特にそちらは私に聞きたいことがたくさんあるでしょうからね」

 

 納得したわけではなさそうだが、ジェイドはそう言って話題を切り替え、私もそれに便乗する。

 

「まずは我々の方から話しましょうか。アクゼリュスが崩落してからのことですが……」

 

 そう切り出したジェイドから語られた話は私が知る記憶の旅と大筋は変わらなかった。とはいえ、カンタビレの働きによってアクゼリュスの人的被害は最小限に抑えられ、アクゼリュスからの避難民は無事にダアトかグランコクマで保護されたらしい。この事態が起こる前からダアトには少なからず他の都市から人が集まってきていた。アクゼリュスの民が来たとしてもまだ何とかなるはずだ。

 そしてシェリダンでアルビオールを手に入れ、崩落の危機にあったセントビナーから市民を逃がすことに成功したらしい。

 

「アニスに言われてダアトに向かってみたら既にイオンもナタリアもいないってカンタビレに追い返されちまったからな、最初はカンタビレまで敵に回ったかって慌てたもんだ」

 

 そう言って肩を竦めるガイ。長い話だったが、既知の内容が多かったためか、はたまたガイがこうした役回りに慣れているのか、要点を押さえた彼の説明はすんなりと私の頭に入ってきた。そしてそのことによって私の頭の中に巣食う懸念の一つが鎌首をもたげたのを感じた。

 

「それで、セントビナーの皆を避難させて、ザオ遺跡でセフィロトを操作してと結構大変だったんだぜ?」

 

「そのようですな。して、そこでティアが倒れたというのは本当ですか?」

 

 セフィロトはユリアの血族であるヴァンとティアに反応する。そしてセフィロトを操作するたびに、地殻からパッセージリングを通じてティアに、障気によって汚染された大量の第七音素(セブンスフォニム)が流れ込むのだ。ザオ遺跡でティアが倒れた原因は、恐らく一度に大量の障気を取りこんだことによるものだ。

 

「体調管理も出来ず、お恥ずかしい限りです……」

 

「いえ、責めているわけではありません。その原因について、私は大体の見当をつけていますから」

 

「ほ、本当ですか!?」

 

 申し訳なさそうに肩を縮めているティアを手で制して返した言葉に、ティア本人よりもルークが大きな反応を見せた。背中のまで伸びていた赤毛は肩までの短さになっており、ここでも彼は自身へのけじめとして断髪を行ったことが窺える。その理由がどうか自罰に過ぎるものでないことを祈るのみだ。

 

「ええ、セフィロトは地核から記憶粒子(セルパーティクル)が吹き上げてくる場所。同時に第七音素(セブンスフォニム)もです。パッセージリングはユリアの血族であるヴァンとティアに対して反応したのならば、何らかの繋がりを通じて第七音素(セブンスフォニム)がティアに流れ込んだのでしょう。地核から魔界(クリフォト)を通って障気に汚染された第七音素(セブンスフォニム)が」

 

 本当は地核から噴き出す音素そのものが汚染されているのだが、今の私がそこまで情報を持っているのもおかしい話だ。パッセージリングの話については教団の禁書を読み解けば分かることなので公開することに躊躇いはない。

 

「ということは、彼女の病状は……」

 

「詳しいことはベルケンドの医者に見せなければ分からないでしょうが。これからも各地のパッセージリングを操作するのであれば、良化することは無いでしょう」

 

「そんな……!」

 

 確認するような口調のジェイドに私は淡々と返す。今ここで大人が冷静さを失ってはいけない。ルークは納得できないと言い募ろうとするが、それを手で制したのは他ならぬティアだった。

 

「いいの、ルーク。モース様、もし私がこれで死んでしまうのだとしても、この役目から逃げるつもりはありません」

 

「ティア! どうにかならないんですか、モース様!」

 

 自己犠牲を厭わないティアの言葉に、アニスが悲痛な声を上げて私に縋るような目を向ける。

 

「ティア。あなたのその高潔な精神は素晴らしい。ですが、あなたはまだまだ大人に頼っても良いはずです。あなたしか出来ないことなのかもしれませんが、それを手をこまねいて見ているだけだなんて私がすると思いますか?」

 

 私はそう言って懐に手を差し入れる。取り出したのはアクセサリーにするには重厚なブレスレットだ。黒い鋼板に覆われ、青と赤のボタンが付いているだけの物々しい見た目とブレスレットにするには大きすぎるそのサイズは、ブレスレットというよりは籠手といった方が適切かもしれない。

 

「モース様、これは……?」

 

 それを見たティアが首を傾げながら問うてくる。まぁこの見た目だけでは何をするものなのかは想像がつかないだろう。私だって初見では何が何だか分からない。

 

「もしかしたら今のあなたの問題を解決してくれるかもしれないものですよ。謁見の間でディストがこっそりと私の懐に忍ばせていました」

 

 あの男が私と肩を組むというらしくもないことをしたのは、私の懸念について言葉をくれるだけでなく、成果物を秘密裏に渡す目的もあったということだ。しかもご丁寧に使い方のメモまで付けてくれている。彼にはいよいよ頭が上がらなくなりそうだ。どこかで高い利子をつけて借りを返さねばなるまい。

 

「さて、メモによりますと。このブレスレット、というには大きすぎる腕輪は着用者の第七音素(セブンスフォニム)を無制限に吸収する機能を持っています。青のボタンを押せば腕輪を通じてフォンスロットが強制的に開かれ、第七音素(セブンスフォニム)を吸い出し始めます。赤いボタンを押せば停止する。なるほど、障気に汚染された第七音素(セブンスフォニム)をそれごと取り出してしまえという発想ですね」

 

 流石の彼の頭脳を以てしても第七音素(セブンスフォニム)自体に結び付いた障気を乖離させることは出来なかったのだろう。添えられていたメモにも、あくまでこれは試験機であり、完成品ではもっとエレガントでスマートかつ高機能なものになるということが長々と書かれている。もはや機械そのものの説明よりもそっちの方が長いくらいだ。

 

「この装置の安全装置など怖いところは多々ありますが、少なくともこれで障気混じりの第七音素(セブンスフォニム)が大量にティアの身体に取り込まれている問題はマシになりますかね。どうですか、ティア。あなたの上司はいっそ恐ろしいくらいに抜け目ない男でしょう?」

 

「っ……、はい。本当に、ありがとうございます……!」

 

 その言葉に張り詰めていた緊張の糸が途切れたのか、ティアは微笑みながらも目からとめどなく涙を流したのだった。




スキット「大詠師は肉体派」

「それにしても、まさか大詠師様があそこまで戦えるとは思いもしませんでしたよ」

「あなたに言われると面映ゆいですな、カーティス大佐。所詮は護身術程度のものですよ」

「護身術であれだけの精度と速度で譜術を出せるなんて恐ろしい組織なんだな……ローレライ教団は」

「あれはモース様が鍛えすぎてるだけだよ、ガイ。あれ見たらアニスちゃんもモース様に勝てるって断言できないしぃ……」

「六神将もヴァン師匠も強かったし、やっぱり大詠師も戦えないといけないんだな」

「上に立つ者が先頭に立って戦う、素晴らしいですわ」

「いえ、ですから大したものでは無いと」

「良いじゃありませんかモース。褒められて悪いことでは無いでしょう? 僕だってあなたが褒められれば嬉しいです。それにダアトでは一人で神託の盾兵を圧倒していたじゃないですか、格好良かったですよ」

「それ私も見たかったですよ~、イオン様ぁ!」

「私が戦うところなど見てどうするというのですか……。あくまで大詠師の仕事の合間に鍛えていただけのこと。私の戦闘術など大したものではありません」

「ジェイドの旦那もそうだが、モースも大詠師としての仕事の合間に訓練だなんてよく出来るな」

「私は譜術がメインですからねえ。メイスで近接戦闘もバリバリこなす大詠師様ほどではありませんよ」

「私にはカーティス大佐のような譜術の才はありませんからな。近接戦闘も譜術も中途半端なのだから、組み合わせるしかなかっただけのこと」

「中途半端……。大佐よりも譜術が使えなくてモース様よりもメイス捌きが上手くない私って……」

「あの、ティア? 何故凹んでいるのですか?」

「大詠師って戦いも出来ないといけないんだな。ローレライ教団って皆そうなのか、アニス?」

「あれはモース様が過度に肉体派なだけだよ、ルーク」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

疑心、告解と私

Q. スキットいる?

A. いる(鋼の意志)

テイルズ特有のスキットが好きなのでネタが続く限りは入れます
本編に入らない小ネタ的会話とか思いついたらスキット化

なおそんな小ネタばっかり思いついてしまう模様

サブタイトルが被っていたので慌てて変更。行き当たりばったりでサブタイトルをつけてたってハッキリわかんだね




「落ち着きましたか?」

 

「あの、その……お恥ずかしいところを」

 

 自身の血に由来する役割と、身体を蝕む病魔のプレッシャーが和らいだためか珍しいティアの涙を見ることが出来た。泣かせたいわけではないが、こうして年相応の感情を見せてくれるのはとても微笑ましく思える。

 

「さて、ではそろそろ私の方からもお話せねばいけないでしょうな」

 

 その言葉と共に私は居住まいを正してルーク達に向き直る。空気が変わったのを感じたのか、彼らの表情も自然と引き締まる。

 

「あなた達から聞きたいこともたくさんあるでしょう、カーティス大佐は特に」

 

「そう思われる程度にはご自分が怪しいとは思っていらっしゃるのですね」

 

「自覚はしているつもりですよ。特に先ほどはあからさまでしたから」

 

「そうですね。ティアの症状に対してまるで予め準備出来ていたように対策を打ち出した。我々の動向をティアやアニスがあなたに知らせていたとしてもディストの協力を得てこの装置を作るには時間がかかるはず。それにあなたはアクゼリュスで何が起こるかも知っていた。崩落することは預言(スコア)に詠まれていたとしても、ヴァン謡将がルークを利用することまで見通していた。ルークとアッシュの関係も知っているということはヴァン謡将と協力関係にあったのではありませんか。それなのに彼と敵対するかのような行動を取る。あなたの行動は私には不可解に過ぎるのですよ」

 

 眼鏡の奥から私を射貫く紅瞳は、軍人としての彼を象徴するように鋭い光を宿している。その視線に晒されているだけでまるで槍の切っ先を突き付けられているような錯覚を覚えた。

 

「それで、カーティス大佐は何から聞きたいのですか?」

 

「一番知りたいのはあなたの目的。そしてどこまであなたが知っているのか、ということですかね」

 

 ジェイドの言葉は彼らしくも無い漠然とした物言いだった。それだけ彼にとって私の動きは不気味に映っていたのだろう。

 

「私の目的ですか。ヴァンの企みによる犠牲を可能な限り少なくすること」

 

「ということはヴァン謡将とは敵対関係であると?」

 

「そうなります。もちろん信用されるとは思いませんが。そして二つ目の質問についてですが、少なくともあなた達より多くのことを知っているでしょう。これでもローレライ教団の大詠師だった人間ですから」

 

 それだけでは無いが、私の事情を深く知っているのはこの場ではイオンだけだ。今私の記憶を明かしたとして、それを容易く信じてもらえると思うほど私は楽観的にはなれない。

 

「あなたの行動を見ていればヴァン謡将と協力しているわけではないことに疑いはありません。ですが……」

 

「あなた達の味方であるようにも見えない、ということでしょうか」

 

「そうなります。本当にあなたが我々の味方であるならば、アクゼリュスに向かわせた理由が分かりません。ティアやカンタビレがいたから我々は死ぬことはありませんでした。しかし、そもそもあなたの権力があればルークをアクゼリュスに向かわせず、被害を出さないことも出来たのではありませんか? そうすれば、ルークが辛い思いをすることも無かった」

 

 彼の言葉を黙って聞きながら、内心私は驚きを隠せなかった。まさかジェイドがルークを慮るようなことを言うとは。記憶の中の彼は最後こそ彼に対して心を開いていたものの、この時点でこうして彼への気遣いを素直に言葉にすることは無かったはずだ。私がかつて投げかけた言葉によるものか、あるいはルークの姿を見て感じることがあったのか。

 

「そのことについては、私はルークにどれだけ罵倒されようが甘んじて受け入れましょう。ルークにとって辛いことですがアクゼリュス崩壊は私には止めることは出来ませんでした。もし無理矢理止めようとしても私がローレライ教団での求心力を失って大詠師の座を退くことになり、キムラスカはやはりルークをアクゼリュスに送り込んだことでしょう。その場合、カンタビレによって事前に市民を避難させることも間に合わなかった可能性があります」

 

 そしてその行為は今以上にオーレルが動く大義名分を与え、ヴァンの暴発を招く可能性もあった。それを思えば迂闊に動くことは憚られた。結局今の状況はそれと似たようなことになってしまっているが。

 

 そのことを伝えると、ジェイドは未だに難しい顔をしたままながらも、取り敢えずは納得したように頷いた。それを見て私はルークへと視線を向ける。

 

「さてルーク。今も言ったように私はあなたには何を言われようが、何をされようが受け入れるしかありません。あなたは私に言いたいことはありませんか」

 

「お、俺?」

 

 突然話を振られて目を丸くさせるルーク。自分に話が回ってくるとは思っていなかったのだろうか。

 

「……その、少なくとも俺は恨み言を言うとか、そんなつもりは無いよ」

 

「それは何故です?」

 

「その、だってバチカルで俺の身を案じてくれてただろ。ローレライ教団の大詠師だから預言(スコア)を守らなきゃならない。だったらカンタビレを動かす必要も、俺を心配したり、俺に頭を下げる必要だって無かったはずなんだ。出来る範囲で必死だった、聞き分けのないガキだった俺にもきちんと向き合ってくれた大人だと、俺は思うんだ」

 

「ルーク……」

 

 彼の言葉に、傍らにいたティアが表情を和らげて嬉しそうに呟いた。彼を近くで見てきたティアだからこそ、彼の変化が、成長が感じられるのだろう。そして私も彼の言葉に自らの今までの行いを肯定されたような気がして、ともすれば視界が滲んでしまいそうだった。そんな資格は無いというのに、許されたように錯覚してしまう。私がしてきたことは間違いではなかったのだと。その優しさに甘えてはいけないのに、私のような罪深い者が。

 

「もしかしたら理解ある大人のフリをしているだけかもしれませんよ?」

 

「そうやって悪ぶろうとするところ、ジェイドと似てるな」

 

 ルークに言い返されてしまい、何も返せずに言葉に詰まる。それを見てアニスが堪えきれないとばかりに噴き出した。

 

「モース様、もう良いんじゃないですか? 大佐も色々と疑っちゃうのは分かりますけどぉ、モース様はそんな悪いこと出来るような人じゃないですよ」

 

「そうですね、それは僕からも保証します。何より僕もナタリアもダアトでモースに救われたのですから」

 

「少なくとも個人として悪い人では無いというのは確実ですわ」

 

 アニスの言葉を皮切りに、イオンもナタリアもそう言って私を擁護してくれる。確かに彼らを助けたのは事実だが、それだけでここまで信用されるというのもどこか居心地悪く感じてしまう。子ども達に懐かれることもそうだが、私のような人間が慕われることに違和感が拭えない。

 

「……ま、取り敢えずそういうことにしておきましょうか」

 

「あっさりと説得されてしまうのですね、カーティス大佐。ガイもそれで良いのですか? ともすればあなたにとって私は最も憎むべき人種なのかもしれませんよ?」

 

 ジェイドが肩を竦めてそう言ったため、今度はガイに話を向ける。先ほどから黙ってこちらを観察していたが、彼にも私を疑い、憎む理由はそれこそ山のようにある。

 

「そう言うってことは俺のことも知ってるってわけだな」

 

「ええ、知っていますよ。消滅したホドにあったマルクトの名家、ガルディオス伯爵家の嫡男。ホドの消滅は預言(スコア)に詠まれていた。私はその預言(スコア)遵守を命題とするローレライ教団の大詠師だった人間です。思うところはあるでしょう」

 

 私がガイの事情を把握していることに、彼は驚く素振りは見せなかった。これまでの私の様子を見て、それくらいなら知っていると思っていたのだろう。

 

「そりゃあ預言(スコア)を盲信して戦争を起こし、挙句の果てにホドを、俺の家族を殺した大人に思うところが無いわけじゃない。ルーク達にはもう話しちゃいるが、ファブレ公爵家に潜り込んだのも元はと言えば復讐のためだしな」

 

「ガイ……」

 

「そんな顔するなよルーク。少なくとも今は復讐なんて考えちゃいないさ。お前がアクゼリュス崩落の責任に耐えかねて潰れちまってたら、どうなってたか分からねえけどな」

 

「それは一体どういうことですか?」

 

 ガイの言葉に私はいまいち理解が及ばない。ルークが精神的に潰れてしまっていたら公爵家に復讐をしていたかもしれない? 私の記憶ではガイがルークを気遣うことはあれど、そのようなことを口にしていた覚えはない。

 

「俺のご主人サマはルークだからな。そりゃあ主人を害されたら怒るさ、俺は忠義者だからな。それに、その頃からあんたが大詠師だったわけじゃないだろ。ローレライ教団の関係者だから復讐するなんてなったら俺は何人を手にかけなきゃいけないか分かったもんじゃないさ。むしろカンタビレを動かしてくれたおかげでルークが罪も無いアクゼリュスの人々を死なせることもなかったんだ。それを考えれば感謝したいくらいだね」

 

「モース様、そんなにご自分を卑下なさらないでください。モース様に救われた人は大勢います。私だってそうです」

 

 ガイに同調するようにティアも言葉を重ねる。やめてくれ、私はそのような優しい言葉をかけてもらえるような人間ではないのだから。

 

「ガイ、それにティアもありがとうございます。ですがこればかりは性分ですので」

 

「さて、では話もこれくらいにしてベルケンドに向かいましょうか。ティアの容態も見てもらわないといけませんしね。ノエル、お願いしますよ」

 

「お任せください!」

 

 ジェイドの言葉に操縦士のノエルが舵を切り、アルビオールは機首をベルケンドの方角へと向ける。

 

「ほらほら、モース様、こっちに座って外を見てみてくださいよ。すごい景色ですよ!」

 

 深刻な話は終わりと言わんばかりに、アニスが自分の座っている席から私に呼びかける。それに従って窓へと目を向ければ、バチカルは足下に遥か遠くなり、イニスタ湿原も一望できる高さからオールドラントを見下ろしていた。その光景に一瞬幼い頃に戻ったかのように胸が高鳴り、思わず窓に手をついて眼下に広がる美しい景色に見入ってしまった。ここまで美しい景色があったとは思いもしなかった。ローレライ教団の施設も大詠師や導師の部屋は高い階層に割り当てられているため、眺めは悪くない。だが、この景色はそれとは一線を画すものだ。

 

 音譜帯は今私達がいるよりも遥かに高いところに位置している。つまり音譜帯にいる音素集合体はこの景色を常に眺めているのだろう。唯一地核に残されたローレライを除いて。始祖ユリアとの契約のためとはいえ、孤独に地核に囚われているローレライが解放を望む気持ちが理解出来た気がした。

 

 心行くまで景色を堪能した後、アニスが空けてくれた席に腰を下ろす。まだ興奮は収まらない。表情こそ変わらないように引き締めているものの、胸の内で心臓がどくどくと鼓動を打っているのを強く感じた。

 

「……素晴らしい景色でした」

 

「そうでしょそうでしょ~」

 

「……あの、何故私の膝の上に座るのですか、アニス」

 

「アニスちゃんも疲れちゃいましたし~。他の席には大佐やティアが座ってて空いてないんですもーん」

 

 私が腰を下ろすと同時に、当たり前のように私の膝の上に座るアニスに問いかけるが、彼女は何も気にした様子なく上機嫌に頭を揺らしている。座りたかったのならば私に席を譲ることなどなかったというのに。

 とはいえ、アニスが上に乗っている以上立つことも出来ず、アニスがそこまで重くもなく、負担になるわけでもないため、甘んじてベルケンドに到着するまで彼女の椅子になることにしたのだった。

 

 途中で頭を撫でることまで要求されるとは流石に思わなかったが。

 

 





スキット「大詠師のおしごと(過労死編)」

「そういえばローレライ教団の大詠師って普段何やってるんだ?」

「いきなりな質問ですね、ルーク様。ま、余り大した仕事があるわけではありませんよ。各地の統括は詠師が行っていますからね、私が主にするのは教団全体の方針策定にキムラスカ、マルクトとの折衝。導師様のスケジュール管理くらいでしょうか。神託の盾騎士団にも教団との連携の上で指示を出すこともありますが」

「ダアトは宗教自治区ですからね。導師を国王とするならば大詠師は宰相のようなものでしょうか。僕は知識が無かったのでモースは国王としての仕事も兼任する摂政みたいな位置づけでした」

「それってもしかしなくとも滅茶苦茶偉いんじゃないのか?」

「めちゃくちゃ偉いですよぅ。それにたった一都市なのにキムラスカやマルクトみたいな大国と交渉する必要もあるから大詠師はとっても大変なんだってパパやママみたいな普通のダアト市民でもよく言ってるよ。ダアト市街で見かけるモース様って大体早歩きだし」

「マルクトに大詠師が来られるときは通商関連の交渉がメインでしたねぇ。ピオニー陛下も何度も言い包められて悔しがっていたものです」

「キムラスカには預言を詠みに来ることが多かったですわね。そのときに私も色々とアドバイスして頂きましたわ」

「そんな人がこんな所にいるって改めて思うとすごいことだな……」

「いや、ルーク様。公爵家嫡男のあなたも十分にすごいのですよ?」

「俺自身は何かしたわけじゃないからなぁ」

「それを言うならば私もですよ。結局私は皆の意見を聞き、それを取りまとめるだけです。王みたいなものと言っても所詮は一都市の長に過ぎませんから」

「その一都市の長がマルクト皇帝を丸め込んでたってのはすごいことなんじゃないのか、旦那?」

「そうですね、ガイ。陛下も大詠師がマルクトで生まれていれば何としてでも臣下にしてやると言っていましたよ」

「あの陛下なら言いかねないな……」

「というか今は大詠師でもなくなったわけだし、ピオニー陛下なら嬉々としてスカウトしそうだな」

「良いところに目をつけましたわねルーク。我がキムラスカにスカウトいたしましょう!」

「僕がダアトに戻ってモースをもう一度大詠師にするので大丈夫ですよ」

「流石イオン様! アニスちゃん大賛成でーす!」

「いやぁモテモテですねぇ、モース様は」

「マルクトに関してはカーティス大佐がもう少しピオニー陛下の補佐をすれば良いのでは?」

「ハッハッハッ、私は子どもですからね。難しいことは分かりません」

「さてはあなた、前に言ったことを未だに根に持っていますね?」

「この感じだと、大詠師様はどこに行っても休むことは出来ないんじゃないか?」

「そうね、ガイ。皆して好き勝手なこと言って。もう、こんなことならユリアシティにきてお祖父さまと一緒に市長をして頂きたいわ。ルークもそう思わない?」

「いや、ティアも援護してるように見せかけてちゃっかり引き込もうとしてないか?」

「必要とされるのは嬉しいのですが、身体がもちませんね……」

「刺客に殺されるんじゃなく仕事に殺される大詠師か……」

「滅多なことを言わないでください、ガイ。冗談に聞こえません」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

栄光を掴む者と私

スキットが割と好評なようでウレシイ……ウレシイ……

フローリアン関係やアニスアリエッタ関係、カンタビレ、ディストとの絡みなど頭の中にネタはあるのでキリの良いところまで本編が進んだら少しずつ番外編などで放出するつもりでいます

なおキリが良いところが遠い模様




 ベルケンド上空に近づいた私たちは、目立たぬようにベルケンドから離れた位置にアルビオールを着陸させ、ノエルに留守を任せて歩いて街中を目指すこととなった。地形を無視して移動できるアルビオール以上の速度で動く手段はこの世界には無い。となれば、追手はまだ追い付くことは無いだろう。そもそも、どこに行ったのかすら分かっていないはずだ。あるとすれば伝書鳩を用いた連絡がベルケンド知事に入っているくらいだろうか。

 

「ま、そうだとしても気にすることは無いだろうけどな。何せベルケンドはファブレ公爵家のお膝下だ。旦那様だったらここの知事に働きかけて追手が掛からないように取り計らってくれてるだろうさ」

 

 とのガイの言葉に、一行、特にナタリアに浮かんでいた不安げな表情が和らいだ。気丈に振る舞っているが、やはり父に拒絶されたことは彼女の心に暗い影を落としていたようだ。

 

「ナタリアもそんなに沈んだ顔をするなよ。もしキムラスカを追い出されたらマルクトに来ればいいさ。ピオニー陛下なら喜んで受け入れてくれるだろうさ」

 

「ダアトも歓迎しますよ。モースが大詠師に返り咲けばキムラスカの干渉なんて跳ね返してくれますから」

 

 そんなナタリアを励ますように、ガイとイオンが声をかける。しかし、イオンから私への期待が妙に大きいのは何故なのだろうか。もちろん万が一ナタリアがダアトに身を寄せることになり、自分が再び大詠師の地位に就いたのならば彼女も全力で守るつもりではいるが。

 

「ふふっ、ガイも、導師イオンもありがとうございます。そうですわね、私にはこんなにも頼りになる仲間がいるんですもの。いつまでも凹んでなんかいられませんわ。モース、もしものときはよろしくお願いしますわね?」

 

「ええ、そんなことにならないことを祈ってはいますが、もしもの時は何とかいたしましょう」

 

 二人の励ましにナタリアもいつもの調子が戻ってきたのか、私に悪戯っぽく笑いながらそんな冗談を言ってきた。やはり彼らは良い仲間だ。

 

「よしっ、それじゃさっさと行こうぜ!」

 

 ルークの言葉に、一行は再びベルケンドの街中に歩を進める。やはり追手はまだ掛かっておらず、街はいたって平穏なまま、ナタリアとルークが歩いていても頭を下げて道を譲ることはあれど追いかけてくることは無い。

 

「しかし、さっきからチラホラと神託の盾兵が見えるのが気になるな……」

 

「ベルケンドにはローレライ教団からも人を出しているので神託の盾兵がいるのは分かりますが、確かに多いかもしれません」

 

 見慣れた鎧姿が往来を行き来しているのを横目にガイと私はひそひそと声を交わす。私は今この街にヴァンとリグレットがいることを知っている。恐らくヴァンに付き従う神託の盾兵の分ベルケンドの神託の盾兵が増えているのだろう。私がいることがばれていないのか、あるいはヴァンのシンパは研究所付近に集められており、今街中に出てきているのは彼らと関係ない派閥の兵なのかは分からないが、幸いにも騒がれることは無く、何事も無く私たちは歩を進めることが出来ていた。

 しかし、このまま進めば自分やイオンが露見する可能性が高い。そうでなくとも、記憶ではルークがアッシュと間違えられてヴァンのもとに案内されたのだ。ヴァンとの対面は避けられないだろう。とはいえ、それを避けるつもりもない。私一人の身の可愛さでヴァンを避けるくらいなら最初から記憶の道筋から外れた行動など取っていない。

 

「モース、あんたがここにいることがバレちゃまずいんじゃないか?」

 

「それを言えばここにいる誰もがヴァンに所在を掴まれればマズいですよ。今更私一人が保身に走ってどうしますか。子ども達を放り出して逃げる情けない大人などと思われるのはごめんですね」

 

「ま、固まってた方が安心なのは確かだな。……つくづくホド戦争のときにあんたが大詠師だったらって思っちまうよ」

 

 目線を外して呟いた後半の言葉は私に聞かせるつもりは無いのだろう。それを敢えて掘り返す気もないため聞かなかったことにする。私が何を言おうと慰めにはならない。ガイもそれを分かっているから独り言のように呟いたのだ。

 

「お、研究所が見えてきたな。……って、やっぱり神託の盾兵が入り口を固めてるな、どうする?」

 

 そんなことを思いながら歩いていると、先頭を行くルークがこちらを振り返って聞いてきた。彼の言葉通り、研究所の入り口両脇を固めるように神託の盾兵が佇んでおり、物々しい雰囲気が漂っている。思えば、キムラスカ領であるベルケンドにここまで堂々と神託の盾騎士団が駐留し、我が物顔で警邏などしているというのは改めて見れば不気味な話だ。一体どこの国に他国の兵士に自国の街を警備させるというのか。キムラスカとダアトの親交が深いと言えば聞こえは良いが、

 

「行くしかないでしょう。どうせ遅かれ早かれ見つかってしまいます」

 

 ジェイドがそう言って立ち止まったルークを促す。それを受けて彼は覚悟を決めたように一度頷くと、再び研究所に向き直って歩き始めた。

 そうして研究所の入り口に差し掛かったところで案の定両脇を固める神託の盾兵に止められた。

 

「師団長、探しましたよ。主席総長がお待ちです」

 

「師団長……?」

 

 彼らがルークを止めた理由は私の記憶の通り、ルークを自身の上司であるアッシュと勘違いしたというものだった。私とイオンが連れ立っているのも、アッシュが私達を捕らえて連れてきたものだと受け取ってくれたらしい。そしてこれまた記憶の通り、ジェイドの発案でルークを先頭に神託の盾兵の後に続き、ヴァンと対面することにしたのだった。

 

 


 

 

 

「アッシュ師団長をお連れしました!」

 

 その言葉と共に部屋に乗り込んだ私達の顔を見て過剰に反応したのはヴァンの隣に立つリグレットだった。

 

「貴様、どうやってここに!」

 

 その言葉と共に彼女の代名詞とも言える譜業銃を構えようとするが、それを手で制したのは他でもないヴァンだった。

 

「よせ、リグレット。兵士がレプリカをアッシュと見間違えたのだろうな。顔だけは同じだからな。それに良い機会だ」

 

「良い機会、ですか?」

 

「そうだ。ティアと、モースの話を聞く機会だ」 

 

 戸惑うように返したリグレットに、ヴァンはそう言葉を返して私に視線を向ける。まさかティアだけでなく私にまで水が向けられるとは思っていなかった。貫くような鋭い視線に、思わず背筋に冷たい汗が流れるのを感じた。

 

「モース。何故そこのレプリカを庇う? お前の役目は世界をユリアの預言(スコア)通りに導くことだろう。そのために我々は協力してきたはずだ」

 

 ヴァンが最初に語り掛けてきたのは私。その語り口は妙に優し気で、ともすれば安心感を抱いてしまいそうなほどだ。だが、言葉とは裏腹にその目は冷めきっている。

 

「あなたが自身の目的のために私を利用するつもりだったように。私もあなたに話していない目的があっただけのこと。互いに相手を利用しあい、利用出来なくなったから切った。それだけのことでしょう?」

 

 あなたが私を切り捨て、詠師オーレルを次の傀儡として選んだように。

 

 その意を込めてヴァンの目を見つめ返す。それが伝わったのか、ヴァンは口元だけの笑みを浮かべた。

 

「確かに互いを騙し合おうとしていたのは確かだな」

 

「だからこそ彼に目をつけたのでしょう? 色々と吹き込んでいたようで」

 

「それを食い破ってきたというのだから、中々厄介な男だ。奴に渡した薬も、結局は数日お前を拘束することしか出来なかった」

 

 ヴァンの言葉に、ダアトで倒れてしまったことが脳裏に蘇る。確かに唐突であったから怪しくは思っていたが、やはりこの男の差し金でオーレルが何かを私に盛っていたらしい。

 

「殺せるほどの量を盛らなかった奴の器の小ささを見抜けなかった私の落ち度かもしれんな」

 

「詠師オーレルが早々不用意なことをすることは無いでしょう。保身にかけては余念が無い男です」

 

「だが、今ここで殺してしまえばその心配も無くなるというわけだ」

 

 そう言ってヴァンが腰に佩いた剣に手をかけようとする。それにいち早く反応したのはティアとアニスだ。私とヴァンの間に割って入り、アニスはメイスを、ティアはメイスとナイフを構えた。他の面々も一拍遅れて戦闘態勢に入ろうとする。それどころか、イオンまで私の前に立とうとするのでそれだけは手で押し留めた。あなたは私に逆に庇われなければならない人物だというのに、何をしているのか。

 

「アニス、ティアやめなさい。皆さんも、ヴァンもここで事を起こすようなことはしません」

 

「……ティア、何故その男を庇う。お前の後ろに立つ男はお前すらも利用しようとしている男だ。そこの出来損ない諸共死んでも誰も困らん」

 

「その言葉、取り消して! ルークは出来損ないなんかじゃないしモース様はそんなお方じゃないわ!」

 

 ヴァンの言葉に、ティアは常ならぬ怒りを滲ませた瞳で彼を睨みつけた。だが、唯一の肉親からぶつけられた強烈な感情にもかかわらず、ヴァンは内心を表に出すことなく、涼し気な表情は崩れない。

 

「出来損ないだ。そのレプリカは単独で超振動も起こせん。それに忘れたのか、そもそもレプリカを、そしてお前をアクゼリュスに送り込み、崩落に巻き込んだのはモースだ。いくら詭弁を弄そうと、モースが多くの者を死においやろうとしたことは変わらない」

 

「それこそ詭弁だな。モースはカンタビレを使ってアクゼリュスの住人を助けたぜ。それにルークにアクゼリュスを崩落させたのはお前だ、ヴァン」

 

「ガイラルディア様。アクゼリュスは私が何もせずとも預言(スコア)通りに崩落していたでしょう。それにモースはローレライ教団の大詠師。ホドの崩落も、ローレライ教団がユリアの預言(スコア)通りに世界を導かんとしたため。我らの復讐の対象ではありませんか」

 

「だったら猶更モースに剣を向けるのは可笑しいぜ。モースは預言(スコア)を知っていたから被害を減らそうと動いた。ホドのことだって当時大詠師でもなかったモースを斬るのなら、今ローレライ教団にいる人間全員を皆殺しにしなきゃ話が通らないだろ。ヴァン、お前の復讐はいささか見境が無さすぎる」

 

「……今は理解されなくとも、私はいつでもあなたの協力を受け入れる心づもりでいます」

 

「その機会は無いだろうぜ」

 

「貴様、閣下のお気持ちを!」

 

「よせ、リグレット」

 

 ヴァンに明確な拒絶を示したガイに対し、リグレットが敵意を剥き出しにするもヴァンが一喝してそれを抑える。

 

「兄さん、これ以上外殻大地を崩落させようとするのはやめて」

 

「メシュティアリカ。いずれお前も理解出来よう。この世界がいかに救いようもなく預言(スコア)に毒されているのか。そのときに絶望し、私の真意を知るだろう。今は見逃す。無駄な努力を繰り返し、世界の醜さを知るがいい」

 

 そう言うとヴァンは私達に背を向け、それ以上の対話の拒絶を態度で示した。どうやらこの場で事を構えなくて済んだようだ。ヴァンも最初から戦いを挑むつもりも無かったのだろう。ティアに対する肉親の情、ガイに対する主従の情がまだ彼の中に残っているのかもしれない。だとすれば、この段階の彼はまだ踏みとどまれる余地があるのだろうか。

 

 尚も言い募ろうとするティアを押し留め、リグレットに言われるままに追い出されるように私達は部屋を出た。ヴァンと初めて正面から対峙した結果は、互いに譲れぬものがあることを再認識するだけに終わった。




スキット「悪者顔はどっち?」

「主席総長って髭生やしてる分人に怖い印象与えますよねぇ」

「ヴァンの武人としての雰囲気もそれ助長してるな。だがそれを言ったらモースも中々迫力ある顔つきをしていると思うけどな」

「あー! 言っちゃいけないこと言ったよガイ!」

「うひぃ!?す、すまなかった。謝るから急に抱き着きに来るのはやめてくれアニス!」

「……やはり目つきが悪いせいでしょうか」

「ほら、モース様が落ち込んじゃったじゃん!」

「あ、気にしてたのか。それはすまなかった」

「いえ、自分の人相が悪いのは自覚してますので」

「まぁあなたのその顔で言われるとどうしても最初に警戒が来ますねぇ。かくいう私もそうでした」

「交渉事においては相手に威圧感を与えることも重要だと思いますわよ?」

「カーティス大佐、ナタリア殿下。そうやって心を抉るのはやめて頂けませんか?」

「モース様は悪役顔なんかじゃありません! ちょっと誤解されやすいかもしれませんけど……」

「ティア、それはフォローしてるように見えてもっと追い詰めてるよぅ」

「アニス!? わ、私そんなつもりは……!」

「良いのです、良いのですよ。だからこそ半端な言葉よりも行動で示すべきだと自分を戒めていますので……」

「モース、僕はあなたの顔が怖いとは思いませんよ」

「フォローありがとうございます、導師イオン……」

「……責任が重い仕事をしてたらストレスで人相が悪くなったりするのかな」

「おやおや、私はそこまで人相が悪いつもりはありませんよ、ルーク」

「ということは旦那は責任が重い仕事をあんまりしてないってことかもしれないぜ」

「はっはっはっ、ガイは面白いことを言いますねぇ。お礼に今度知り合いの女性を紹介してさしあげましょう」

「や、やめてくれ……」

「……普段からもう少し目を見開くようにしてみましょうか」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

光明と私

説明回は相変わらず筆が進まないのでその分スキットで好き勝手に遊ぶスタイル


 ヴァンと出くわしたことにより、ティアをベルケンドの医者に見せるタイミングを失った私達は、その足でベルケンド知事のもとを訪れていた。

 ベルケンド知事であるビリジアンはファブレ公爵家と縁深く、ルークの顔を見るなり屋敷に迎え入れてくれた。

 

「つい先ほどクリムゾン様から連絡が届きましたよ。ルーク様が来たなら迎え入れてキムラスカ兵には知らせぬようにと」

 

 客間に通された私達に、ビリジアン知事がクリムゾンから聞いたバチカルの現況を掻い摘んで教えてくれた。どうやらあの後アッシュは無事にラルゴとキムラスカ兵を切り抜けて逃亡し、ファブレ公爵家も登城中は監視はつくものの、屋敷内に立ち入ってくることはなく、概ね今までと変わらぬ穏やかな暮らしぶりらしい。国王に向けて刃を向けたにも拘わらず、異例中の異例と言えるほどの軽い沙汰であり、アルバイン辺りは憤慨したが、どうやらインゴベルト陛下が執り成したらしい。彼もクリムゾンの言葉を切って捨てられない程に迷いがあるのだろう。特に近しいファブレ公爵が自らの子どもを守るために王家に剣を向けたということが陛下の心に大きな衝撃を与えたのかもしれない。

 

「父上は俺達がここに来ることを知っていたのか?」

 

「どうでしょう。恐らくは自身の影響が強い人物には粗方指示を出しているように思えますけどね。ファブレ公爵は自身の武勲もさながら、情報工作といった智謀でも長けたキムラスカきっての大将軍でしたからね」

 

 ルークの疑問に答えたのは敵国マルクト軍人のジェイドだった。ホド戦争ではクリムゾンと同じ戦場に立つ機会もあったのかもしれないと思う程度には、彼の言葉には実感がこもっていた。

 

「何はともあれ、警戒を緩めて休める場所というのは貴重です。ティアの体調について調べられなかったのは残念ですがそろそろ日も落ちてくる頃ですし、まずは身体を休めましょう」

 

 ここでこれ以上話しているよりは、まずは身体を休めた方が良いだろう。そう考えて話を打ち切るように私は言葉を発した。特にナタリアは身体だけでなく精神的にも疲弊している。気丈な彼女はあまり表には出さないが、一度整理する時間も必要だ。それに、この機会に話をしておかねばならない人もいる。

 

「使用人に部屋を用意させています。食事の用意が整いましたらお呼びしますので、それまでゆっくりお休みください。ご所望ならばカウンターでお酒なども用意させますので」

 

「そういうことならお言葉に甘えましょうかね。何せナタリアや導師イオンもそうだが、俺達もアルビオールであっちこっち飛び回ってバチカルで大立ち回りしてきた後だ。身体もそうだが、それ以上に精神的に疲れが溜まっちまってるだろうしな。ルーク、部屋に行こうぜ」

 

「お、おいガイ? ちょ、押すなって」

 

「ミュウも行くですの~」

 

 ビリジアンの言葉を聞いたガイがルークの腕を引いて部屋を後にし、ミュウもふよふよとその後を浮いてついて行った。去り際に私とジェイドに意味ありげな視線を向けて。こういったところに気が付くのが彼の美徳なのだろう。

 

「それじゃあ私達も行きますか。イオン様、行きましょ。ほら、ティアとナタリアも。特にティアは体調不良だし、ナタリアも色々あって疲れてるだろうし。ご飯の時間までゆっくりしよーよ」

 

「そうですね、行きましょうか。アニス」

 

「ええ、そうね。それでは、私達もお先に休ませていただきます」

 

「失礼しますわね。ありがとう、ビリジアン知事」

 

「とんでもございません。ゆっくりお休みください、ナタリア殿下」

 

 アニス達もぞろぞろと連れ立って部屋を出ていき、残ったのはビリジアン知事とジェイド、そして私のみとなった。

 

「お二人はどうされますか?」

 

「そうですね、少し彼と話したいことがあるのでこの部屋を使わせていただいても?」

 

「畏まりました。人払いをしておきましょう」

 

 私の言葉に、多くを聞かずに必要なことだけを述べてビリジアン知事も部屋を後にした。彼がクリムゾンからの信頼を受けているのも頷ける有能さだ。ビリジアン知事の足音が遠ざかるのを確認してから、私はジェイドに向き直った。

 

「さて、ここからは悪だくみの時間、ということでしょうか?」

 

「悪だくみ……。ま、そうかもしれませんね。どちらにしろあまり多くの人間に聞かせる話ではありませんし」

 

 少しおどけたように話すジェイドに、私は肩を竦めて返す。口調が軽いとはいえ、お互いこの場が他愛もない話で終わることなど無いとは理解している。

 

「大詠師モース。あなたならばヴァンの外殻大地崩落計画を何とかする手段があると考えてもよろしいのですか?」

 

 そして先ほどまでのふざけた様子からは一変、真剣な表情になったジェイドは私に問いかける。

 

「そうですね、一時凌ぎ程度の案になってしまいますが」

 

 私はそう言って彼に語り始める。それは、私の記憶の中でローレライ教団の禁書を一晩で読破したジェイドが考案した案。崩落する外殻大地は障気に満ちた魔界(クリフォト)を落下していき、液状化した大地に呑み込まれる。それを防ぐためには、大地の液状化を止める必要がある。大地の液状化は地核の振動によってもたらされており、地核の振動はプラネットストームが原因だ。プラネットストームはラジエイトゲートから記憶粒子(セルパーティクル)第七音素(セブンスフォニム)が噴き出し、アブソーブゲートに収束して再び地核に還っていく循環のことだ。各地のパッセージリングはこのプラネットストームの流れを利用して外殻大地を持ち上げるセフィロトツリーを形成している。

 

「つまり、外殻大地を安全に降下させるためには各地のパッセージリングを同期させて一斉に外殻大地を降下させると同時に地核の振動を止めて液状化を何とかする必要がある。そのためにはプラネットストームを停止しなければならない、というわけですね」

 

「そうなります。加えて地核の振動を中和する装置を地核に打ち込む必要も」

 

 私の説明を受けたジェイドは考え込むように顎に手を当てている。眼鏡の奥にあるはずの紅い瞳は、今はレンズの反射に隠れてその輝きを見ることは出来ない。きっと彼の脳内では様々な推測、計算が走っていることだろう。彼ほどの頭脳を持たない私は、今彼が何を考えているのかなどうかがい知ることは出来ない。

 

「疑問なのですが、セフィロトを低出力で維持したまま、液状化した大地の上に浮かべ続ける、ということは出来ないのですか? プラネットストームを停止させれば今の譜業、譜術技術は大きな後退を迫られるでしょう」

 

「その場合パッセージリングの耐用年数が問題になります。古代の超文明の産物とはいえ、所詮は人の手で作り出されたもの、しかもメンテナンス方法なども失伝した譜業です。それが未来永劫働き続けるなどと考えるのは楽観的に過ぎると私は思いますがね」

 

「その通りですね……。障気はディバイディングラインで押し込めてしまうということですか。なるほど、だから一時凌ぎの策というわけですか」

 

 ジェイドは何かに思い至ったように顔を上げ、私と視線を合わせた。私が長い時間かけて出した結論に、彼はこの短時間で辿り着いたのだろう。末恐ろしい頭脳だ。

 

「障気は外殻大地のすぐ下側に位置するディバイディングラインに押し込められますが、いずれは漏れ出してくる可能性が高い。障気そのものを消しているわけではないのだから。それにプラネットストームを停止させるということはセフィロトの力も弱まる。そうなれば必然、セフィロトによって形成されているディバイディングラインも弱まり、障気は漏れ出してくるというわけですね」

 

「その通りです。何より、ディバイディングラインの弱化は既に始まっていると言ってよいでしょう」

 

「……アクゼリュスの障気被害」

 

「それ故に私の案はあくまでただの時間稼ぎ。真に求められるのは」

 

「障気の中和方法を見つけ出すこと」

 

 これは骨の折れる仕事になりそうです。と言って肩を竦めたジェイドに私は苦笑いを返す。この天才の頭の回転は一体どうなっているというのか。譜術も、戦闘術も、頭脳すらも私は彼の足元にも及ばないということを改めて思い知らされてしまう。とはいえ、その程度のことで嫉妬に囚われる程私は自分を過大評価していない。所詮は記憶というズルで得たアドバンテージだ。そんなもの、最初から勘定に入れるべきではない。

 

「とはいえ、泣き言を言っているわけにもいきませんね。あのディスト……サフィールですら、腹の内はどうあれ何とかしようとしているのです。私がこのまま何もしないなど、他ならぬ私が許せそうもない」

 

「ディストはフォミクリーに関する問題にも手を付けています。私は、あなたもそこに協力していただければと思います」

 

「……フォミクリーは私の罪の象徴です」

 

「ですが、ルークも、イオンも生まれてしまいました。ならばやるべきことは臭いものに蓋をすることではないでしょう」

 

「向かい合い、前に進めということですか。相変わらず厳しいことをいうお方ですね」

 

 そう言って儚げに笑うジェイドは、ともすればルークやナタリアと同じ年頃の少年のようにも見えてしまうくらい、不安が色濃く滲んでいた。

 

「何も一人で背負えなどというつもりはありません。私とて清廉潔白と胸を張れる人間ではないのですから。辛ければ誰かと分かち合えば良いのです。あなたが仕える皇帝は、それを受け止めるだけの器を持っているでしょう」

 

 私の口から零れた言葉が、私の耳に虚しく木霊する。分かち合うなどと口にしながら、私は誰かに自らの罪を打ち明けたことがあっただろうか。イオンに私の記憶を伝えはしたが、それだけだ。いずれ明らかになるだろうと、そんな曖昧な未来に逃げ、自分の罪と正面から向かい合うことを避けているのは他ならぬ私自身なのだ。

 

「誰かと分かち合う、ですか……。大詠師様には、そういった人はいるので?」

 

 そうやって問いかけるジェイドの言葉に、私は曖昧な笑みを返すことしか出来なかった。

 






スキット「大詠師はモテモテ?」

「大詠師ともなれば教団の女性から引く手あまたなんじゃないか?」

「いきなりですね、ガイ。生憎とそのようなお話はありませんでしたよ」

「意外ですねぇ。大詠師の地位だけでも惹きつけられる人はいるでしょうに」

「そんな邪な考えの人はアニスちゃんの目が黒いうちは近づけさせません!」

「何でアニスがモースの相手を選ぶ立場なんだよ……」

「そうね、ルーク。私もきちんと目を光らせているわ」

「いや、そうじゃなくて」

「導師として、自分の直接的な補佐をする大詠師の結婚相手はきちんと見定めなくてはなりませんね」

「導師イオンまで……。ある意味モテモテですのね、モース」

「この様子では大詠師様から浮ついた話が聞けるのはかなり先になりそうだな」

「大詠師のお相手となる方も、これだけ目を光らせている子ども達がいたら気後れしてしまうでしょうねぇ」

「……私は彼らの父親になったつもりは特にないのですが」

「そんな寂しいこと言ってやるなよ。微笑ましいじゃないか」

「はぁ、他人事だと思って随分気楽そうですね、ガイ。まぁ私もこの歳になって今更所帯を持つことなど考えていませんがね。仕事ばかりにかまけていて趣味も特に無いつまらない男ですから、私などと結婚する相手の方が可哀想です」

「そんなことないですよぅ!」

「そうです。モース様の良いところを私達はたくさん知っています!」

「自分を卑下しないで下さいといつも言っているじゃないですか」

「き、聞いていたのですね、アニス、ティア、導師イオン」

「……ありゃあまるで」

「男手一つで三人の子どもを育て上げて子ども達に再婚を促されてタジタジになっている父親、というところでしょうかねぇ」

「えらく具体的な例えだな、旦那」

「とても微笑ましくて思わず笑顔になってしまいますねぇ。ハッハッハッ」

「ここぞとばかりに笑ってやがるぜ、ジェイドの奴」

「迂闊に触れるな、ルーク。あのジェイドが中々口で負かせない人間だからな。こういうときにしっかり弄っておきたいんだろうさ」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

反抗への道と私

アビスって割と用語関係の説明が少なくてプレイ中はフィーリングで進めていた思い出

改めて調べてみるとそうだったのねって設定が多くて驚きました


 ビリジアン知事の館で休養を取った翌日、応接室に集まった私達は、昨晩ジェイドと二人で話した内容を共有していた。

 

「……えぇ~っと、そのディバイディングラインとか、記憶粒子(セルパーティクル)ってのはよくわからねぇけど、つまり各地のパッセージリングを操作して外殻大地を一斉に降ろせば何とかなるってことか?」

 

 話を聞いたルークがこめかみに人差し指を添えて眉間に皺を寄せながら確認するように私の方を向く。そういえばこれらの話はローレライ教団の詠師以上にしか知られてない話も含まれていた。そうした背景知識が無いまま話をしても中々飲み込めなかっただろう。きちんと具体的な行動を読み取ってくれただけでもルークがきちんと理解しようと話を聞いてくれていたのだと分かる。

 

「急に込み入った話になってしまいましたね。少し整理しましょうか」

 

 そう言って私は身体ごとルークに向き直る。それに対してルークはきまり悪そうに肩を縮めた。

 

「ご、ごめん。知らない言葉ばっかで混乱して……」

 

「謝る必要はありませんよ。知らないことを恥じる必要などまったく無いのですから。むしろ責められるべきは不親切な説明をしてしまった私です。分からなければ何でも聞いてくれれば良いのですよ。それを咎めるなど、少なくとも私にはできません。それにあなたが疑問に思ったことは大抵の人も疑問に思っていることなのですよ。それを聞いてくれることは周りの理解も助ける上で大切なことです」

 

 アクゼリュス崩落の際、カンタビレがフォローし、ジェイドも不器用なりにルークを気遣ったと聞いている。それ故か今のルークに記憶の中の彼ほど卑屈になっている気配は見受けられないが、それでも罪悪感から彼の自尊心が著しく低くなってしまっており、ふとしたことでも自分の落ち度だと思い込んでしまうようになってしまっていた。落ち込むルークに対して私は気にすることは無いとルークに笑いかけながら、補足を始めた。

 

 そもそも第七音素(セブンスフォニム)記憶粒子(セルパーティクル)は互いに密接な関係にある。地核に含まれている膨大な記憶粒子(セルパーティクル)がプラネットストームによってオールドラント上空に噴き出すと、それは音譜帯に到達する。その際に音譜帯と結びついた記憶粒子(セルパーティクル)第七音素(セブンスフォニム)を生み出す。記憶粒子(セルパーティクル)にはこの星の行く末が記録されており、それ故に第七音素(セブンスフォニム)を扱う素質のあるものは第七音素(セブンスフォニム)と結びついた記憶粒子(セルパーティクル)から預言(スコア)を読み取ることが可能になる。

 そして記憶粒子(セルパーティクル)の噴出を利用して外殻大地を押し上げる機構がセフィロト。各地のパッセージリングは地核と繋がるセフィロトを操作してセフィロトツリーを形成しており、このセフィロトツリーが外殻大地の直下全域を覆うように形成している力場がディバイディングラインというわけである。この力場によって外殻大地は支えられ、魔界(クリフォト)の障気が外殻大地に噴き出すことを押し留めている。

 つまり外殻大地降下作戦は、このディバイディングラインを利用して緩やかに外殻大地を降下させると共に障気を押し込め、地核振動の原因となるプラネットストームを停止させることで大地の液状化を止め、外殻大地を安全に魔界(クリフォト)に浮かべることを目的としている。

 

「でもそれじゃ、障気は消えないんだろ? いつかはアクゼリュスみたいにまた噴き出してきちまうんじゃねえか」

 

 説明を受けたルークは、そう言って首を傾げる。やはりこの子はとても頭が良い。基となる知識が少ないだけで、その着眼点と頭の回転は人よりも優れている。

 

「とても素晴らしい質問ですね、ルーク様。ですからこれは一時凌ぎでしかないのですよ」 

 

「べ、別にそんな大した質問じゃねーよ……」

 

 失われてしまった自信は、こうして些細なことから成功体験を積み重ねることでしか取り戻すことは出来ない。彼が気恥ずかしげに頬を掻いているが、それに構うことなく私は彼を褒めた。

 

「もちろん障気はそのままです。したがって障気の根本的な解決は」

 

「我々大人の仕事、ということになります。人遣いが荒いですねぇ、大詠師様は」

 

 私の言葉を引き継いでそう締めたジェイドがやれやれと肩を竦めた。私はそれに対してジト目を返す。もちろん冗談だと分かっている。少し難しい話になったため、ジェイドなりにブレイクをとったのだろう。

 

「最も大変な仕事を子ども達に任せるのですから、せめて後顧の憂いを断つくらいはしないと。情けない大人と言われたくはないでしょう? それに今は大詠師ではありませんよ」

 

「そう言われてはやるしかありませんね。ここで元大詠師様の好感度を稼いでおけば、良いこともありそうです」

 

「生憎ですが私の査定は厳しいですよ?」

 

「おや、でしたら珍しく真面目にやりましょうか」

 

 そう言って私とジェイドがくつくつと笑いを溢すと、それに釣られて応接室内の空気も和らいだものに変わった。ひとまずは空気の入れ替えには成功したと言って良いだろう。

 

「さて、ではこれからのことについて考えましょうか」

 

 ジェイドはルーク達に向き直り、そう言った。彼らがこれからすべきことは、各地のセフィロトを巡り、外殻大地降下の為にパッセージリングに命令を書き込んでいくこと。そして地核の振動中和を行うため、その前提となる地殻の振動数測定を行うことだ。

 

「しかし、地核振動数測定といってもどういった装置が必要になるのか分からないのが辛いところですわね」

 

「ローレライ教団の禁書の中には創生歴時代の技術書もありました。その中にならばそういった装置の設計図もあったのでしょうが、持ち出すことは出来ませんでした」

 

「流石に一から考えるなんてしてられないからな。ダアトに潜り込むか?」

 

「ダアトは新たに大詠師となったオーレルが掌握している恐れがあります。今戻れば拘束されかねません。潜入するにしても二手に分かれるべきでしょう」 

 

 ガイとジェイドがダアトへの潜入について意見を交わすが、今のダアトの状況的に私達が戻るのはリスクが高い。もしオーレルの手の者に捕まってしまえば、それを助けるために動く時間が発生する。ヴァン達にその分自由に動ける時間を与えるのは避けたいところだ。

 その後も、応接室で私達の議論は続くが、各地のセフィロトを巡るにしても地核振動数測定装置が手に入るのが遅れるのは好ましくない。アブソーブゲートとラジエイトゲートを除けば、残るセフィロトはタタル渓谷、メジオラ高原、ザレッホ火山の三か所。この三か所を巡る前に装置を用意しておく必要がある。

 

「やっぱり、ヒントがそこにしかないなら行くべきじゃないのか?」

 

「その必要は無い」

 

 議論が停滞し、ルークがそう言ったタイミングで応接室の入り口から彼の言葉を否定する声が上がった。そのぶっきらぼうな声は私はもちろんこの場に居る誰にとっても聞き馴染みのある声だ。

 

「アッシュ、無事だったのですね」

 

「当たり前だ。あの程度で俺がどうこうなるわけがないだろう」

 

 私の言葉に、鼻を鳴らしながら不愛想に返すアッシュ。お前なんかに心配される謂れは無いと言いたげなその態度で、彼の言葉が強がりでないことが分かって安心した。

 

「アッシュ、その、父上と陛下は……」

 

「安心しろ。ファブレ公爵は無事だ。オーレルの奴は怒り狂っちゃいたがインゴベルト王が止めたよ。まだそこまで腐っているわけじゃないらしいな、王様も」

 

 ルークの言葉にもアッシュは常と変わらぬ口調で返す。それを受けてルークは安心したように息を吐いた。アッシュにとってもファブレ公爵とインゴベルト王は父と伯父であるため、彼も目をかけていたのだろう。もっともそれを指摘したところでアッシュが認めることは無いだろうが。

 

「ところでアッシュ。ダアトに戻る必要が無いとはどういうことですか?」

 

「どうもこうも、こういうことだ」

 

 話を戻したジェイドに、アッシュはそう言って片手に抱えたの古ぼけた本を差し出した。その表紙に書かれている言語が古代イスパニア語であることから、それが創生暦時代に執筆されたことが分かる。つまりこの本は、

 

「創生暦時代、サザンクロス博士の遺した技術書ですか」

 

「そういうことだ。お前たちが探していたのはこれだろう」

 

 本を受け取ったジェイドが興味深そうに装丁を眺める。研究者基質の彼のことだ、その内容にいたく興味を惹かれていることがありありと見て取れた。

 

「それにしても、どうしてアッシュがこの本を? 教団の禁書に指定されているものです。導師以外で閲覧できるのは大詠師のみ。持ち出しなど導師以外には認められていませんよ」

 

 頭に浮かんだ疑問をそのままアッシュにぶつける。私がダアトを脱出するときにこの本を持ち出せなかったのもそれが原因だ。書庫から禁書を持ち出すことは大詠師であっても禁じられている。そもそも導師が禁書を持ち出せるというのも、規則として導師による持ち出しを禁じる規定が無いだけであり、最初から禁書が持ち出される想定などされていないのだ。そこに書かれている内容が教団にとってあまりにも刺激が強すぎる故に。

 

「これを渡してきたのはアリエッタだ」

 

「アリエッタが……?」

 

 アッシュの返答を聞いて私はますます頭が疑問符で埋め尽くされるのを感じた。アッシュならば禁書庫に忍び込んで持ち出すくらいのことはやりかねないが、アリエッタがそんなことをするとは考え難い。ならばどうして彼女がアッシュにこの本を。

 そこまで考えたところで、私は一つの可能性に思い至った。バチカルに到着する前、船上で彼女に頼んだこと。そして彼女がそれに従って動いたとするならば、あのもう一人の天才とあの子達の誰かが協力したならばこの本を届けることも不可能ではないが。

 

「ディストから伝言だ。子ども達には大好物を作って労ってやるように、だとよ」

 

「……まったく、どこまで私に貸しを作るつもりなのか。今から何を請求されるのかが怖くてたまりませんね。ディストにも、もちろんアリエッタにも私の出来る限りを尽くして報いてやらねばなりませんね」

 

 私の脳裏で白髪痩躯の男が丸眼鏡を光らせて高笑いしている姿が鮮明に浮かんだ。ジェイドを研究に協力させるように説得したというカードで彼に対する借りが多少は返せると良いのだが。

 






スキット「大詠師の隠し子疑惑?」

「も、モース様! 子ども達ってどういうことですかぁ!?」

「あ、アニス?! そんな大声を出していきなりどうしたのですか」

「モース様、アッシュの言っていた子ども達とは?」

「あぁティア、そのことですか……」

「モース様、いつの間に子どもなんて……。相手は誰なんですか、アニスちゃんは聞いてないですよ!」

「あの、落ち着いて下さいアニス」

「どうしてモースの相手についてアニスの許可がいるんだよ……」

「やめろルーク。今のアニスに触れるんじゃない」

「モース様、お相手は一体どのような人なんですか……?」

「あの、ティアは何故そのように不安げな顔をしているのですか? というか私にそのような相手はいないと以前にもお話ししたはずですが」

「ティアまで……。以前も思いましたが、モースはアニスとティアの父親みたいですわね」

「ってことは今の状況は父親の再婚に不安になって迫る娘の図か……」

「冷静に解説していないで助けて頂けませんか、ナタリア殿下、ガイ」

「いや、ちょっとそこに乗り込む勇気は俺には無いかなぁって。この場は年長者の旦那に任せよう」

「イヤですねぇガイ。あなたは私に子どもの相手が出来るとお思いですか?」

「……ジェイドには無理そうだな」

「というよりそうしたことが出来る大人が私達の中ではモースしかおりませんわね……」

「モースが加わってから割としっかりしてたアニスとティアが幼く見えるようになったからな。げに恐ろしきは大詠師の父親オーラか」

「その父親オーラとやらで思いもよらない大ピンチを招いているようですがね。ま、温かく見守りましょうか」

「ガイもジェイドも諦めたような目を……」

「ルーク、私達も外野から見守ることにいたしましょう」

「……そうするか」

「「モース様!」」

「お願いですから誰か助けて頂けませんか……」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

白い花の咲く渓谷と私

 アッシュのお陰でダアトに戻る必要がなくなったため、ヴァンがベルケンドを離れたというアッシュの言とジェイドが技術書の解読を行うのを待つこともあり、私達は再び研究所を訪れていた。街中もそうだが研究所の前にもいた神託の盾兵の姿はなく、ヴァンが街を離れたことを示していた。

 

「俺達が街にいることは知っているはずなのにこうもあっさりと離れるとはな。嘗められてるってことか」

 

「どうでしょう。案外こちらに構っていられる余裕が無いのかもしれませんね。外殻大地を崩落させるなど一人の人間が企てるには大きすぎる野望です」

 

 ガイの言葉にそう返す。私の記憶とは異なり、今はアリエッタがヴァンに積極的に協力しているわけではない。場合によってはシンクもヴァンとの協力関係を見直しているかもしれない。そしてそもそもディストはヴァンの思想に共感しているわけではなく、あくまでビジネスライクな関係に終始している。そう考えると、ヴァンが十全に使える戦力というのはおよそリグレットとラルゴくらいのものだ。特に魔物を使役できるアリエッタが消極的であることはヴァンの機動力を削ぐという意味で大きな意味を持っている。彼があまりこちらに干渉せず、オーレルにある意味任せた状態になっているのもそういった背景があると考えれば頷ける。とはいえ、油断することは出来ないが。

 ティアの診察結果を待つ間、診察室の外でこうしてガイと他愛もない話に興じる。ジェイドはビリジアン知事の屋敷で技術書の解読。アニスとイオン、ナタリアは街で物資の買い出し、ルークはティアに付き添って診察室の中にいる。こうして二人きりでいるのは初めてだが、あまり気まずい空気もなく会話が行えているのは彼の気遣いのお陰だろうか。

 

「それにしても、話を蒸し返すわけじゃないが一体あんたはどこまでお見通しなんだい、モース様?」

 

「どこまで、ですか……。どこまででしょうね」

 

「おいおい、随分と曖昧だな」

 

「私自身、分からないのですよ。それに、今話したとて信じられないようなお話です」

 

「……それを話すにはまだ俺たちが信用ならないか?」

 

「いいえ、逆ですよ」

 

 逆? と片眉を上げたガイに向かって、私は力ない笑みを浮かべて答える。

 

「私が私自身を信用していないのですよ」

 

 この記憶がただの妄想と切って捨てられるものではないということは今までの経験で既に分かっている。それ故に、私は自分自身を最も信用できないのだ。つまり私は常に自分を戒めていなければ、記憶の中の私のように独善的な正義を振りかざし、それを大義名分として数多の人々を踏み躙ってしまうような人間だと言うことだ。

 そんな私が、この記憶を彼らに話せばどうなるか。彼らに全てを任せ、自分は累が及ばないところに逃げてしまうのではないだろうか。自分が傷つくことを恐れ、子ども達が犠牲になることを良しとするような、私が許容できない生き方を選んでしまわないかという恐れが私にはあった。それ故に、万が一のことがあったときの為にイオンには話をしたが、ルーク達に私の記憶について話をすることは気が引けた。

 

「私は弱い人間です。自分が背負っているのだと、そうやって自らを縛り付けておかないと辛いことから逃げ出してしまうような人間です。私が抱えたものは、私がそうやって逃げ出さないようにする重しでもあるのですよ」

 

「……何とも、難儀な性格をしてるんだな、あんたも」

 

「意志薄弱な人間というだけですよ」

 

 呆れたように肩を竦めたガイに、私はそう言って同じように肩を竦めて見せた。

 

「ま、そういうことなら無理に聞き出すのはやめとく。あんたが話しても良いと思えるようになったら話してくれればいいさ」

 

「ありがとうございます。虫の良いことを言っていることは自覚しているのですがね」

 

「良いさ。あんたがルークや、俺達のことをちゃんと考えてくれてるってのは分かる。大詠師なんて地位が似合わないお人好しなんだってこともな」

 

 そう笑うガイの顔に、私に対する疑いの色は見られない。こうして人から信頼を向けられるということに慣れていない私には、それは少々背中がむず痒くなるものの、決して不快な感覚では無かった。

 

 そうやって話している間に診察が終わったのか、診察室からルークを伴ってティアが姿を現した。事前にディストの腕輪を使って彼女の身体に蓄積した汚染第七音素(セブンスフォニム)を吸い出したが、障気によるダメージが残っていないとも限らないし、何より無理矢理身体から音素を抜き取っているのだ。障気のあるなしに拘わらず、その行為自体が何らかの負担となっている可能性を考えなければならない。今後、各地のセフィロトを巡る上で彼女が汚染された音素をその身に取り込むことは避けられない以上、腕輪によってそれを除去する工程は必須。だが、除去工程が障気障害以上に彼女の身体に負担となってしまっては本末転倒である。

 そういった事情もあり、ヴァンが居ようが居まいがこのタイミングでベルケンドでティアの容態を診てもらうことは必須だったのだ。

 

「お疲れ様です、お二人とも。診察の結果はどうでしたか?」

 

「何も問題ありませんでした、モース様」

 

「ああ、ちょっと血中音素が減ってるって話だったけど、障気障害は何も無かったってさ」

 

 安心したような笑みを浮かべてそう返してくれる二人からは、何か隠し事をしているような気配は感じない。ということはディストの発明品は確かにティアの身体の汚染音素を取り除き、彼女を障気障害から救う手段となっていると言って良いだろう。

 

「そうですか。それを聞けて安心しました。ということは腕輪を使って汚染された第七音素(セブンスフォニム)を都度取り除いてやれば、パッセージリングの操作に伴うティアの負担は軽くなるというわけですね」

 

「はい、モース様のお陰です」

 

「私が何かしたわけではありませんよ。ディストのお陰でしょう。さて、ではこれで憂いもなくなったことですし、後はジェイドの解読を待つだけですね」

 

「とはいえいくら旦那と言っても一日はかかるだろ。俺達も買い出しに出るか?」

 

「そうですね。このまま帰ったとてやることも無いでしょうし、気晴らしも兼ねて買い物に行くのも良いでしょう」

 

 特に反対する理由も無いため、ガイの提案に頷く。腕輪がその役割を果たすという確証が得られた今、急いですべきこともあまりない。懸念していたスピノザの盗み聞きも、ディストが彼を扱き使っているせいか、研究所の廊下を慌ただしく駆けるその姿で無いと感じた。何せルークとすれ違ったのに何ら反応を示すことも無く、両手に溢れんばかりの紙束を抱えて走る彼に、ヴァンに告げ口をしている余裕があるようには見えなかった。とはいえ、地核振動を止めるためにタルタロスをシェリダン港で加工し始めればヴァンもこちらの動きに気付くことだろう。

 

「じゃ、じゃあ皆で一緒に……」

 

「私がいても楽しめないでしょうし、皆さんで楽しんできてください。私は一足先にジェイドの所に戻って少しでも解読の手伝いをしてきますので。……っと、すいません。被ってしまいましたね、ティア」

 

「いえ……」

 

 ティアと被ってしまったため、謝罪するも、彼女は何故か落ち込んだ様子だった。一体何を言おうとしていたのだろうか。そしてそんなティアの姿を見てガイとルークが苦笑をしているのも気になる。

 

「やれやれ、さっき話してたときも思ってたが、自分を卑下し過ぎるってのも考え物だな。ルークもここまでなっちゃだめだぞ?」

 

「いや、流石に俺もここまでじゃないだろ。……ないよな?」

 

 ガイとルークは二人で顔を寄せ合って何やら話しているが、一体どうしたのか。そもそも若者の中に一人私のような年増が混ざるというのも気まずいものなのだ。何せ仕事しかしてきていないわけで、こういったときに若い子たちがどうするのかなど分かるわけがない。

 

「はぁ、モース様よ。こういうときは荷物持ちが一人でも多い方が良いんだよ。ティアもそう思うだろ?」

 

「……ハッ、ええ、そうね、そう思うわ!」

 

「よし、じゃあモースも買い出しに付き合うってことで! それにジェイドは一人で集中したいって言ってたしな!」

 

「え、あの、皆さん? あ、ちょっと引っ張らないで」

 

 私が何かを言う前にルークを先頭にガイとティアの二人が私の手を引いていく。それを振り払うわけにもいかず、されるがままについて行くしかなく。そのままルーク達三人の買い物に付き合って日暮れまで街を練り歩くことになったのだった。

 

 


 

 

 ルーク達に引っ張られて身体的にはともかく精神的に中々の疲労を感じた次の日、私達は技術書の解読を済ませたジェイドと、護衛としてアッシュをシェリダンに送り届け、他の面々はセレニアの白い花が咲くタタル渓谷へとやってきていた。

 

「前に来たときは夜だったし、初めてだったから余裕も無かったけど。こうして来てみるとここの景色って結構良いんだな」

 

 気持ちいい風に吹かれながら、ルークは目を細めてはるか先の海原に視線を向ける。この場所は超振動でルークとティアがバチカルのファブレ邸から飛ばされた先だ。時折吹く海風は、セレニアの花弁を少し散らして私達の間を抜けていく。

 

「初めてここであなたが目覚めたときはとんだお坊ちゃんだと思ったわ」

 

「ちょ、やめてくれよティア」

 

「フフッ、冗談よ。あのときは本当に申し訳なかったわ。私が先走ったせいで何も知らないあなたを巻き込んでしまって……」

 

「でもそのお陰で俺は外の世界を知ることが出来た。もちろん辛いこともあったし、取り返しのつかないことをしちまって悔やんでも悔やみきれないこともあった。でも、ティアと会ってこうやって旅を出来ることに感謝してるよ」

 

「ルーク……」

 

 そう言って屈託なく笑いかけるルークに柔らかい笑みを返すティア。今この場にいるのは二人だけとでも言わんばかりの雰囲気が漂い始め、特にこの場にいる人間の中で些か年齢が離れている私などは少々居心地の悪さを感じ始めるほどだった。

 

「おんやぁ~、何だか二人ともイイフンイキ~?」

 

「ほうほう、ルークも隅におけねえなぁ」

 

「あら、そういうことでしたらルークはまずモースに話を通すべきなのでは無くて?」

 

 そんな私の胸中を察したのか、あるいは年頃のイタズラ心故か、アニスがニヤニヤと笑みを浮かべながら二人をからかい、そんなアニスにガイとナタリアも乗っかった。

 

「ちょ、お、俺はそんなつもりじゃ……!」

 

「そ、そうよ! それにどうしてモース様の許可なんて話に」

 

 三人の口撃に、ルークもティアも慌てて否定の言葉を口にするが、耳まで真っ赤に染まった二人の顔色が何よりも内心を雄弁に物語っていた。

 

「そうですよ、ナタリア殿下。いくら上司といえど、私は部下の交友関係にあれこれと口出しするような浅ましい人間ではありませんよ」

 

「お、良かったなルーク。これで堂々と声を掛けても許されるぞ」

 

「もう勘弁してくれよガイ」

 

 ニシシと笑うガイに、手で顔を扇ぎながらルークがぶつぶつと返す。ティアもティアでアニスに何やら詰め寄っている様子だ。

 

「アニスもいきなり何を言い出すのよ」

 

「えぇ~? でもでもぉ、ティアも満更じゃなさそうだって感じだったしぃ~」

 

 腰に手を当てて怒りを表現するティアだが、未だに赤みの抜けないその顔では迫力など全くない。アニスがにやけた表情を戻すこともない。ティアも本気で怒っているわけではないし、アニスもそれを分かっているからだ。ここ数日は特に気が抜けない日々だったのだから、こうやって少しくらいガス抜きをする時間も必要だ。誰しも常に気を張っていられるわけではないのだから。特にこうした他愛ない会話こそ、子ども達がらしくあれる瞬間だと言えるだろう。

 

「ま、交友関係に口出しするような人間ではないと言いましたが、もしめでたいことがあったならば是非私からもお祝いさせて頂きたいですね。良い報告が聞けることを楽しみにしていますよ」

 

「「モース(様)!?」」

 

 だから私がこうして彼らをからかってしまうのも仕方のないことなのだ。そう言い訳しておくことにしよう。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

聖なるものと私


戦闘シーンってどうしてこうも書くのが難しいのか……




 セレニアの花畑での束の間の休息を終えた私達は、セフィロトの探索を再開していた。木々の隙間から差し込む日の光を頼りに渓谷の奥へ、流れる川の源流を目指すように深く分け入っていく。

 いくら記憶があるとはいえ、セフィロトの詳しい位置までは覚えていないため、私もルーク達と同じく周囲の景色に目を凝らしながら歩いていた。

 

「結構奥まで来たはずなんだけどな。イオン、体力は大丈夫か?」

 

「え、ええ、まだ、大丈夫です」

 

 先頭を行くルークがそう言って振り返る。少し遅れて、私の前を歩くイオンがそれに答えるが、後ろ姿を見るだけでも肩で息をする彼の消耗は見て取れた。恐らく前から見ているルークはより顕著に感じ取れたことだろう。

 

「無理すんなって。もうちょっと先に少し開けた場所がありそうだし、そこまで行ったら一旦休憩にしよう」

 

「す、すみません……」

 

「気にすんなって。むしろ俺達もザオ遺跡の時みたいに戦闘があったときに備えて体力を回復しとかなきゃいけねーしな」

 

 申し訳なさそうなイオンに屈託なく笑いかけるルーク。意地っ張りの仮面を外した彼は、元々内に秘めていた優しさを素直に表に出すことに随分と慣れた様子だった。ティアやガイ、アニスもルークのそんな態度に自然と表情を綻ばせている。かく言う私もだが。

 

「な、なんだよ、何で急に皆ニヤニヤしてんだよ」

 

「いやいや、何でもないぞルーク。ただ俺は嬉しくってなぁ。あのルークがこんなに素直な好青年になっちまってよ」

 

「ガ~イ~! あんまりからかうなって言ったろ!」

 

 引き気味なルークに笑みを浮かべたまま肩を組むガイ。ルークはガイの言葉に照れくさそうに頭を掻くと、そっぽを向きながら足早に進んでいってしまった。それを追って私達も木立を抜け、崖際の開けた空間に出た。

 崖沿いに細い道が続くその場所は、少し離れたところに流れ落ちる滝が見えて休憩にもってこいの場所だった。セフィロト探索が終わって日が沈んでしまっていたら無理に渓谷を抜けずともここで野営をすることを考えても良いかもしれない。

 

「ん~、良い景色!」

 

「アニス、危ないですからあまり崖際に行ってはいけませんよ」

 

「は~い、大丈夫ですよー!」

 

 アニスが凝り固まった身体をほぐすように背伸びをする。それに釣られて他の面々も張り詰めさせていた神経を緩め、思い思いに身体と精神を休めようとした。私はといえば、はしゃぐアニスに注意を促しながら、私は周囲に魔物が徘徊していないか、危険はないかを警戒する。幸い、魔物の気配もなく、更にここにはアニスの強く気を惹くものは無さそうだ。コレクターの間で超高値で取引されている蝶などが飛んでいることもなく、彼女が崖から落下しかねないような事態は起こりそうにない。それを確認できたため、私もしばしの時間、心と体を落ち着かせることが出来た。

 

 そうしてルークの発案で取られた休憩時間のおかげで、疲労の色を滲ませていたイオンの様子も落ち着き、そろそろ探索を再開してもよいかと考え始めた頃、私は身体が意志に反して揺れたのを感じた。そしてそう感じた次の瞬間には、立っていられず、思わず膝をついてしまうほどの激しい揺れが私達を襲った。

 

「皆、伏せて頭を庇いなさい!」

 

 傍らにいるイオンを庇いながらルーク達に指示を飛ばす。彼らは私の言葉に素早く反応し、地面に伏せて両手で頭を庇う。幸いにして揺れはほどなくして収まり、余震の気配も消えてから、私は立ち上がる。

 

「モース、今の揺れは……」

 

「恐らくは導師イオンの想像通りかと。セフィロトの出力が不安定になっているため起こっているのでしょう」

 

 そもそもセフィロトの力で浮上している外殻大地は地揺れとは縁遠い。精々が大雨による土砂崩れやザレッホ火山の噴火に伴う揺れ程度だろうか。だからこそこんなときは皆パニックを起こすものだと思っていたのだが、ルーク達は流石というべきか、あまり動揺した様子は見られない。

 

「ぐずぐずしてられないな。早くセフィロトに行こう」

 

 私の言葉を聞いたルークはそう言って立ち上がると、崖際の道を下りはじめ、私達もその後に続く。

 

 そうして暫く道を下っていくと、滝のすぐそばに、岩壁にステンドグラスをはめ込んだかのような一角が目に飛び込んできた。私達の目指すセフィロトへの入り口だ。ルークもそれを見つけたのか、小走りに先に進み、目を凝らす。そして嬉しそうな顔でこちらに振り向いた。

 

「皆、あそこ……」

 

「危ない!」

 

 だが、ルークがセフィロトへの入り口を指差そうとしたのを私は途中で遮り、彼の身体を抱きかかえるようにして横に飛ぶ。彼がこちらを振り返る直前、彼の後ろにチラリと見えていた影が驚くべき速度で迫っていたからだ。

 

 その影はルークを捉え損ねると勢いのままに私達から距離を取り、ゆっくりと旋回して対面する。

 

 ぱっと見は身体全体を薄っすらとエメラルド色の体毛が覆う美しい毛並みの馬。だが、大人一人をあっさりと刺し貫くことが出来るだろう額から生えた角、後頭部から首にかけて碧い鬣がたなびき、更に頭部と首のあたりから鳥の翼のようなものが生えている。見る者を魅了する美しさと神々しさが同居するその威容は、今は私達に向けられる敵意と相まって威圧感の源となっていた。

 

「あれは、ユニセロス!?」

 

「穏やかな気質で滅多に人を襲わないというあのユニセロスが、何故……」

 

「今は問答をしている暇はありません、下がりなさい。アニス、導師イオン」

 

 アニスとイオンが驚いて固まっているため、私はすぐさま身体を起こすと、ユニセロスから彼女らを隠すように前に立ってメイスを構える。この対面は私にとっても予想外なことだった。私の記憶では、ユニセロスはティアの身体に蓄積した障気に苛立って襲い掛かってきた。ティアの体内にある残った障気はここに来る前にディストの腕輪によって取り除いたのだ。今この場においてユニセロスがこちらを攻撃してくる理由が分からない。

 とはいえ、分からないからと言って大人しくやられるわけにはいかない。あの獣の突進は並の鎧では紙のように容易く貫かれてしまうことだろう。今は戦う他なさそうだ。

 

「一旦落ち着かせるしかないみたいだな」

 

「くそっ、こんなことしてる場合じゃねーってのに!」

 

「ですが逃げられそうもありませんわ!」

 

 ガイとルークも各々武器を構えて前に出る。その後ろでナタリアが弓を構え、ティアもメイスと投げナイフを手に戦闘態勢に入った。

 

 そこにユニセロスが甲高い嘶きと共に再び突進してくる。狙いは先ほど仕留め損ねた私。なるほど、ルークとガイの守りを抜いてティアやナタリアを叩くのは難しい。それに比べれば、アニスとイオンを後ろに庇う私に向かってくるのは理に適っている。

 

「だが、その選択は間違いでしたよ!」

 

 後ろにアニスとイオンがいる以上、躱すという選択肢は存在しない。そうすればユニセロスはその勢いのままにアニスかイオンのどちらかに吶喊することは目に見えている。ならばやることは一つ。あの魔物を正面から受け止める。私の頭の中には、ユニセロスがこっちに向かって来てくれたことでこの戦闘を最速で終わらせる道筋が生まれていた。

 

 励起された音素が手に持ったメイスに流れ込み、素早く譜術を起動する。発動するのは私が最も扱いに手慣れている術、氷の刃を生み出すアイシクルレインである。だが、氷の刃をそのままユニセロスに放ったところであの突進を止めること等出来ない。それに、この譜術は何も氷の刃を生み出すだけの術ではない。

 発動した譜術は強い冷気でメイスとそれを握る私の手を分厚い氷で覆う。更に足下にも氷が発生し、私を大地に縫い留める枷となる。そもそも私とあの魔物では体躯も、重量にも大きな差がある。正面からぶつかれば私が負けるのは火を見るより明らかだ。ならばどうあっても私の後ろにユニセロスが行かないようにこの身を地に縫い付けてしまえば良い。

 

「更に、スプラッシュ!」

 

 そして、仕上げとばかりにユニセロスに向かって濁流を放つ。宝玉に籠められたアイシクルレインの発動と、同時に口頭詠唱することでほぼタイムラグ無しに二つの譜術を発動させる。身体にかかる負担は単純に二つの譜術を連続で発動させることを遥かに上回るため、多用できないものの、こうした切羽詰まった状況においてはそのリスクを甘受するだけのメリットが生まれる。

 私の眼前に展開された譜陣から濁流がユニセロスに殺到し、その突進の勢いを僅かではあるが落とす。それでも驚異的な速度だが、私が反応する時間が生まれただけで十分だ。

 

 私の右腕はメイスごと肘まで氷で固められているため大雑把な動きしかできない。それでもユニセロスの必殺の角を掻い潜ることは出来る。

 

 私の氷で固められたメイスと右腕が、ユニセロスの顔面と交錯した。

 

「っっ!!?」

 

「モース!?」

「モース様!!」

 

 後ろにいるイオンとアニスが私の名前を呼ぶが、それに答える余裕は無かった。交錯の瞬間、私に襲い掛かったのは身体をバラバラに吹き飛ばされたと錯覚するほどの衝撃。最早満足に呻き声も上げられない程だ。足を氷で固めていなければ容易く吹き飛ばされていただろうし、氷で固めていたからこそ満足に衝撃を逃がすことが出来なかった。右腕とメイスを覆う氷は呆気なく粉々になり、右腕はユニセロスの頭と私の身体に挟まれて嫌な音を響かせた。幸いというべきか、私の身体は戦闘の興奮によって痛覚を麻痺させており、今頭を占めているのは右腕の痛みではなく、右腕が使い物にならなくなってしまったという冷静な計算だった。すかさず私はまだ動く左腕でユニセロスの頭を抱え込むと、ヘッドロックの形に持ち込む。そして身体の消耗を度外視して体内のフォンスロットを開き、再びメイスに音素を流し込む。私の下半身を固めていた氷の勢いが増し、私の左半身と抱え込まれたユニセロスの頭まで固め始める。

 

「ティ、ティア、譜歌を!」

 

「は、はい!」

 

 そしてティアに半ば叫ぶように指示を飛ばす。今は単語以外の言葉を発する余裕が無い。

 

「る、ルーク! 俺達も行くぞ!」

 

「お、おう!」

 

「援護いたしますわ!」

 

 ルークとガイも、最初は呆けていたが、私とユニセロスを氷が覆い始めたのを見て意図を察したのか、彼らもユニセロスの身体に駆け寄る。それを敏感に察知したユニセロスはその場から動けないものの翼をめちゃくちゃに動かしてルークとガイの接近を妨げようとする。

 

「させませんわ! シュトルムエッジ!」

 

 その声と共にナタリアは目にも止まらぬ速射で3連の矢を放ち、ルークとガイに向かう翼を弾くことでユニセロスの抵抗を封じた。その隙を衝いてルークとガイがユニセロスの身体に取り付き、その動きを抑える。

 これで、ユニセロスは嘶きを上げながら振り払おうとするが、頭を私に、足をガイとルークに抑えられて上手く動くことが出来ない状態となった。

 

「こんの、よくもモース様を!」

 

 そして私の後ろからはトクナガに跨ったアニスが躍り出てユニセロスの胴体に譜業人形の重たい拳撃を浴びせる。

 

「聖なるユニセロスだか何だか知んないけど……! ヤローてめぇぶっ殺ーす! 殺劇舞荒拳!」

 

 常の飄々とした様子からは想像もつかない気迫のアニスによる拳撃の嵐。

 

「トゥエ レイ ズェ クロア リョ トゥエ ズェ」

 

 ティアの口から紡がれるユリアの譜歌。その第一節。

 

 アニスの拳によって大きくダメージを受けたユニセロスは、ティアの譜歌によってあっさりと意識を手放し、その身体から力を抜いたのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

暗躍する影と私

メロスは激怒した。必ず邪知暴虐の上司を除かねばならぬと。
メロスには政治は分からぬ。だが、年末進行の唐突なおかわり残業には人一倍敏感であった。

ということで初投稿です。




「どうしてあんな無茶をしたんですか!!」

「モース様のバカッ! 向こう見ず! アンポンタン!」

「万が一があったらどうするつもりだったのですか」

 

 ティア、アニス、そしてイオン。譜歌によって意識を失ったユニセロスを横目に、私はこの三人に凄まじい剣幕で詰め寄られていた。

 

「私とティアが治癒術を修めていてこれほど良かったと思うことはありませんわ」

 

 ナタリアが呆れたように言いながら、ティアに続いて私に治癒術をかけてくれている。それに何も言い返すことが出来ない。というよりそちらに視線を向けようものなら剣呑な表情の三人が目を逸らすなと言わんばかりに私の顔を掴んで強引に彼女らの方を向かせるのである。

 

「いえ、その、落ち着いて下さい三人とも。あそこではアニスとイオンが後ろに居たのですから、私が避けることが出来るわけが無いでしょう」

 

「私のトクナガだったら受け止めることも出来ました!」

「それであなたが大怪我を負ってどうするのですか!」

 

 アニスはともかく、常に冷静なイオンが初めて見るくらいの剣幕で言い募る。物言いこそ静かではあるが、言い知れぬ迫力に私はこれ以上下手な言い訳をするべきでは無いと悟った。

 

「……心配をかけてしまったことは謝ります。ですが、私の職務としても、何より一人の大人として、身体を張ってでも皆を守らねばならないのです。ティアも、泣かないでください」

 

「泣いてません!」

 

 今にも目尻から溢れんばかりに涙を溜めているにも拘わらず、ティアはそう言って私を鋭く睨みつけた。アニスやイオン、アリエッタはともかく、ティアくらいの年頃の娘を泣かせてしまうと居心地が悪いことこの上ない。そうやって怒っていても私の治療を続けてくれていることには感謝しかないのだが。彼女たちが自分に信頼を寄せてくれていることは分かってはいたが、まさか泣かれてしまうとは思わなかった。

 

「モース様はご自身のことを省みなさすぎです! これからもこんなことを続けていたらいつか本当に死んでしまうかもしれないじゃないですか」

 

「そうは言いますがねティア。私の身一つでどうにかなるのなら、それはそれで良いことだと思いませんか」

 

「良くなーい!」

 

「ちょ、アニス!?」

 

 ティアを宥めていたらアニスが突然私に飛びついてきた。

 

「モース様は私達の気持ちが何にも分かってないです!」

 

「そ、そうでしょうか。確かに年齢が離れすぎていますから色々ついて行けてないとは思いますが……」

 

「そういうことじゃありません! モース様が私達を助けたいって思うのと同じくらいにティアも、イオン様も私もモース様を助けたいんです! 助けてもらった分以上にお返ししたいって思うんです!」

 

「そんな、私を助けるなど。大人が子どもを守るのは当たり前の話ではありませんか」

 

 私はやんわりとアニスを宥める。アニス達が私を助けようと考えてくれることはとても嬉しい。だが、その優しさは私などに向ける必要はない。私は当たり前のことをしたのであり、子どもはそれを享受することが仕事のようなものだ。そう言えば子ども子どもと言いながら彼女達は教団で役職を持ってしっかりと働いていたのだったか、とはいえ私が庇護すべき存在だということは揺るがないのだが。

 

「モースはいつも言っていましたよね。人は助け合いが大事だって。なら僕達が助けられた分モースを助けることは間違ったことですか?」

 

「ぬ……。いえ、そういうわけでは」

 

「そうですそうです! だからモース様はもっとアニスちゃん達に頼るべきなんです!」

 

 言葉に詰まった私にアニスが畳みかける。ティアも治癒術をかけながら同意するように頻りに頷いていた。私は助けを求めるように輪から離れたところに立っているガイとルークの方へと視線を向ける。私の視線に気づいたガイとルークは、少しの間互いに顔を見合わせると、仲良く同時に肩を竦めて私に苦笑いを返してきた。

 

「諦めな、モースさま。あんたの負けだ」

 

「そうそう。それに今のティア達に俺達から何か言っても無駄だと思うぜ」

 

「子どもを守るのが大人の役割なのは尤もですが。子どもの意向を尊重するのも大人の役割なのではなくて?」

 

 ガイとルーク、加えてナタリアの言葉に私はこの場に味方がいないことを悟った。シェリダンで解読した古文書を元にイエモン達と頑張ってくれているジェイドがいればまた違ったのだろうか。いや、奴のことだからどうせどちらに肩入れもせず安全圏からニヤニヤと私を眺めて笑っていたことだろう。

 

「……そうですね。ここまで言われてしまってはこれ以上頑なになるのもおかしな話です。既に色々と頼りにはしているのですけれども、これからはもう少し頼らせてもらうことにしますね」

 

 私の言葉に、ティア達はようやく満足したかのように怒りを収めてくれた。とはいえこれ以上どう頼れば良いものだろうか。

 

 


 

 

 私の腕の治療が終わり、戦闘の疲れも癒したところで私達はユニセロスを囲んでどうすべきかと議論を交わしていた。

 

「もうこのまま寝かしておいてもいいんじゃねえの? 起こしてまた襲ってきたら面倒だろ」

 

「そうは言うがな、これでセフィロトを操作して出てきたときにさっきみたいに不意打ちなんかされたらたまったもんじゃないぜ」

 

「そもそもユニセロスはあまり人を襲うことはないと聞いていたのですが。どうして先ほどは襲ってきたのでしょう」

 

「あまりにもユニセロスの縄張りに深く踏み入ってしまったのか、他に理由があったのか、もしくは人を襲うことはないという噂そのものが間違っていたかですかね」

 

 ユニセロスが襲い掛かってきた理由が検討もつかないことが、このままユニセロスを起こしても良いものかを悩ませる原因だった。治療して起き上がった途端に暴れだされてはたまったものではない。私とて好き好んで怪我をしたいわけではない。怪我をせずに済むならばそれに越したことは無い。それに、安全が確信できていない状態でユニセロスを起こすことで私はともかくルーク達が怪我をしてしまったらどうするのか。

 

「とはいえこのまま寝かせていて他の魔物に襲われてしまうのも忍びないですわ」

 

「この辺りでユニセロスより強い魔物は早々いないけど、それでも寝てるときって無防備だもんね……」

 

 ナタリアとアニスがそう言って心配そうにユニセロスを見つめる。そんな顔をされては私が言えることは一つしか無くなってしまう。

 

「……ユニセロスを起こしましょうか。ミュウ、説得をお願いできますか?」

 

「みゅ、了解ですの!」

 

「お、おい良いのかよモース?」

 

 ユニセロスの前に進み出た私を止めるようにルークが声をかけるが、私はそれを手で制した。

 

「ガイの懸念も尤もなのです。それに先ほどのように不意打ちを受けるのではなく今度はこちらが万全の態勢で迎え撃つことが可能です。万が一暴れだしても先ほどよりも被害を抑えて鎮圧出来るでしょう。そのときはもう寝かしたまま手早くセフィロトを操作してシェリダンに戻りましょう。ティア、続けざまで申し訳ないですが治療をお願いできますか?」

 

「はい。……くれぐれも気をつけて下さいね」

 

 ティアは先ほどのことを思い出したのか、そう言って私にジト目を向けてくるため、私は苦笑いで返す。もちろん無理をするつもりはない。必要とあらば多少の怪我を許容するだけのことだ。

 ティアがユニセロスに手を翳すと、その手から柔らかな光が溢れてユニセロスに降り注ぐ。私達によって身体に刻まれた傷が見る見るうちに消えていき、程なくしてユニセロスが瞼を上げてエメラルド色の瞳を覗かせた。

 

「みゅみゅ、みゅみゅう。みゅう」

 

 そしてすかさずミュウがユニセロスの前に飛び出してコミュニケーションを試みる。ミュウの言葉が届いたのか、最初は暴れようと身体を緊張させたユニセロスも、すぐにその力を抜いた。それを見て完全にではないが、私達も戦闘態勢を解除することが出来た。

 

「ユニセロスさんがケガをなおしてくれてありがとうって言ってるですの!」

 

「ええ、どういたしまして。それで、どうして私達を襲ったのかは分かる?」

 

「はいですの! ユニセロスさんもホントはあんまり襲いたくなかったらしいですの。でも、前にここに来た人間に住んでたところを追い出されて、それで気が立ってたらしいですの!」

 

「前にここに来た人間……?」

 

 ミュウの言葉に私は首を傾げた。このセフィロトは長らく人の手が入っていないはずだ。私達以外の誰が訪れるというのか。

 

「剣を持った人に追い回されたって言ってるですの。ティアさんからその人と似た匂いがしたからまた来たのかと思って襲ってきたらしいですの」

 

「ティアと似た匂い。なるほど、そういうことでしたか」

 

 ミュウが続けて発した言葉に、私の疑問は氷解した。ヴァンがここに来たのか。

 

「ティアと似たってことは総長がここに来たってこと? もしかして先回りされた!?」

 

「そうですね、アニス。ヴァンが恐らく先んじてここのセフィロトを訪れていたのでしょう」

 

 だとすれば、記憶の通りに起こったあの揺れについてももしかすると原因はヴァンが何か細工したことによるものなのかもしれない。私の記憶では確かタタル渓谷のセフィロトにルーク達より先にヴァンが訪れることは無かったはずだが、私が動いたことで記憶の筋書と乖離が出始めているのかもしれない。とすれば、ヴァンがタタル渓谷のセフィロトに細工をして外殻崩落を早めようとしている可能性が否定できなくなってきた。

 

「じゃあ何かセフィロトに細工されてるかもしれないってことか。その情報は大きいな」

 

「ユニセロスはもう私達を襲うつもりはありませんの?」

 

「はいですの! 怪我を治してくれたから悪い人じゃないって分かってくれたですの!」

 

 ナタリアの言葉にミュウはぶんぶんと首を縦に振りながら答えた。その答えを裏付けるようにユニセロスはゆるりと立ち上がると、礼を言うようにティアを鼻先で撫でてゆっくりと立ち去って行ったのだった。

 

「元々気性が穏やかだという話は確かだったようですね。それにしても、ヴァンが何かしたということは急がなくてはいけません」

 

「そうだな。グズグズして手遅れにならないうちに進んじまおう」

 

 私の言葉に同意したルークがずんずんと歩を進める。他の面々もそれに続き、私は彼らの最後尾について歩きながら頭の中でミュウの言葉を反芻していた。

 私達に先んじてタタル渓谷のセフィロトを訪れたヴァン。これが一体何を意味するのか。単純にセフィロトを回る順番が前後したというだけかもしれないし、それ以上の意味が込められていることも考えられる。あるいはそうやって私達に疑念を植え付けるためのブラフという線も有り得る。

 

「やはり厄介な男ですね、ヴァン」

 

「? 何か言いましたか、モース」

 

「いいえ、何も言っていませんよ、導師イオン」

 

 言い知れぬ不安が頭の中に膨らんでいくのを感じながら、私はそれを表に出さぬように努めてイオンに言葉を返すのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

セフィロトと私

モース様の歪みをもっと出していきたい所存

スキットの譜術関連の設定は捏造しまくりです。
ゲーム的に言えば特定の術技から特定の譜術に派生出来るけどそのパターンは多くない的なイメージ


 セフィロトが佇む広間は外界から隔絶された静寂に包まれていた。見上げる程大きな音叉型の音機関。その中央付近には薄青の宝玉が鎮座しており、地核から僅かに溢れる記憶粒子(セルパーティクル)の光を反射して輝いている。

 

「静かだな。パッセージリングが停止してるのか?」

 

「かもしれませんね。ヴァンが先に訪れていたようですし、何かしたのかもしれません」

 

 辺りを見回しながら呟くガイの隣まで歩いて私は返答する。ヴァンが何かしらの細工を施した可能性は高いが、何をしたかについては検討もつかない。

 

「とはいえそれを恐れて何もしないではここまで来た意味がありません。ティア、ルークお願いできますか」

 

「はい」

「おう!」

 

 私は振り返ってティアとルークに声を掛ける。彼女らは私の言葉に気合の入った返事をすると、ティアが床から伸びるパッセージリングの操作盤に近づいた。

 青白い光を放つ半透明の足場から伸びる端末は、一見パッセージリングの前に突き立った一枚の板のようにしか見えないが、ユリアの血族であるティアが近づくことによってその機能を解放する。板の先端が二股に分かれ、まるで本を開くかのようにその内部をティアへと見せる。彼女がそこに手を翳せば、音叉型の音機関の頂点に古代イスパニア語の文章と複雑な幾何学模様が浮かび上がった。

 

「相変わらず、何度見ても原理が分からない技術だな。創生暦時代の音機関っていうのは」

 

「技術基盤を作ったサザンクロス博士と始祖ユリアの知見には感嘆させられるばかりですわね……」

 

 ガイとナタリアが天井を見上げながら口を開けている。私も表情こそ変えないものの、似たような感想を抱いていた。この星の中心部からエネルギーを取り出し、それを以て大地を全て中空に浮かべてしまうほどの音機関を作ることが出来た創生暦時代の技術力は、今とは比べるべくもないのだろう。言ってしまえば私達は創生暦時代の遺産で生き永らえているようなものだ。しかし、感嘆するとはいっても過去のその技術によって障気が発生し、今の魔界(クリフォト)が出来たのだから技術の発展はその匙加減を少し違えるだけで取り返しのつかないことを引き起こしてしまう実例にもなっている。私には技術の発達が人の幸福に直接結びつくのか判断することは難しい。

 さて、取り留めもないことを考えてしまったが、本題に戻ろう。私は宙に描かれた文字と記号の意味を読み取ろうと目を凝らした。

 

「ふむ、どうやら現在パッセージリングは操作が出来ないようにロックされた状態になっているようですね」

 

「ロックされた状態?」

 

「あなた達がこれまでも目にしたようにヴァンがロックを掛けている状態でしょうか。同時に操作盤自体も停止しているようですが」

 

 頭上に広がるのは8個の小さな円が一つの巨大な円周上に配置された幾何学模様。この模様が実際の操作盤であり、ティアの前にある端末はただの認証装置に過ぎず、この譜陣によってパッセージリングは制御されているのだ。小さな円の内二つは線で結ばれ、白く発光しており、別の三つは周囲が赤く囲われ、ロックされていることを示している。ヴァンが仕掛けた暗号によるロックがこれのことだろうか。

 

「ってことはこれまでみたいに制御は出来ないのか?」

 

 私の言葉にルークが不安そうに尋ねてくるが、私は安心させるように彼に微笑みかけた。少なくともこの事態は私が知っている範囲の内であるからだ。ならば解決方法も既知である。

 

「いえ、超振動によって無理矢理ロックを削り、命令を書き込んでしまえば問題ありません」

 

「分かった。取り敢えずこれまでと同じように暗号を削るから何て書きこめばいいか教えてくれ」

 

 ルークはそう言って頷くと、両手を揃えて頭上に広がる操作盤に向ける。彼の掌に第七音素(セブンスフォニム)が集まり、小さくも強い光を放ち始めた。そしてそれと連動するように操作盤上の赤く囲われた円の一つが外側の赤線を削られていくのが見える。超振動によってヴァンの仕掛けた暗号とパッセージリングの停止命令が強引に削り取られているのだ。

 ルークが削り終えるのを待ってから私はジェイドに伝えられた内容をそのまま口にする。記憶があるとはいえ、私の頭脳はジェイドには遠く及ばない。こういうときはより賢い者の指示を余計な解釈を交えずに伝えることが重要だ。

 

「……っと、これで良し、かな」

 

「ええ、ジェイドの言った通りの文言を書きこめています」

 

 ルークが額から玉のような汗を一筋垂らしながら作業を終えた。私は操作盤を眺めて彼の作業内容に問題が無いことを確認すると、肩に手を置いて彼を労わった。

 彼が書きこんだ命令は私の記憶にあったものと変わらない。ラジエイトゲートとここを繋げ、ラジエイトゲートで降下が始まったのに合わせてここのセフィロトも連動して同じ動作を行うように命令を書きこんだのだ。

 私は作業の終了を告げるために他の面々に振り返った。

 

「さて、これで私達がここで出来ることは終わりましたね」

 

「だな、結局どうしてヴァンがここに来たのかは分からずじまいだったが」

 

「それだけがどうにも不気味ですね。ヴァンも自分の仕掛けた暗号が無理矢理解除されていることには気が付いているはずです。なのにどうして同じことを繰り返すのか」

 

 ガイの言葉に私も同調する。あの計算高い男ならば無駄な行動はまず取らないはずだ。ならばこのセフィロトに暗号を仕掛けたのも何かの意図があるはず。それが見えてこないことが気にかかる。なのにそれを気にして立ち止まることも許されないことが余計に不安を煽るのだ。

 

「色々と考えたいことはありますが今はここを出ませんか?」

 

「おっと、そうですね、導師イオン。ティアも腕輪を着けて体内の汚染された第七音素(セブンスフォニム)を除去することを忘れないようにしてください」

 

「ええ、勿論です」

 

 イオンに窘められ、私は思考の海に沈みそうになっていた意識を無理矢理浮上させると、ティアがディストの腕輪によって障気に汚染された第七音素(セブンスフォニム)を体内から吸い出したことを確認してからセフィロトを後にした。

 

 

 外に出てみれば既に日が傾きかけており、暗い山道を行軍することによって皆、特に身体の弱いイオンにかかる負担、ティアとルークの消耗を考慮してユニセロスとの戦闘があった開けた場所で野営を行う運びとなった。

 

「野営とは、神託の盾騎士団の野外行軍訓練に参加したとき以来ですね」

 

 即席の竈に火を入れ、食事の準備を進めながら私は呟いた。

 

「それにしては手際がとても良いんですのね」

 

「とっても良い匂いがするですの!」

 

 隣では私の手つきを感心したように眺めるナタリアとその肩に乗って目を輝かせているミュウ。

 

「モースの手料理ですか、久しぶりですからとても楽しみですね」

 

「ローレライ教団の実質トップを飯炊きに使うなんて、ある意味世界一の贅沢かもしれないな」

 

「モース様、ニンジン切れましたよ~!」

 

 火を囲むように座るイオンとガイ、そして食材を切ったり、火の様子を見たりと私の周りをちょこちょこと動いてお手伝いに勤しんでくれるアニス。ついつい口元が緩んでしまうような微笑ましい情景が私の前に広がっていた。

 

「そういやルークとティアはどこに行ったんだろうな、さっきから姿が見えないが?」

 

「おやおやぁ~? 二人っきりで抜け出すなんてアヤシイ~」

 

 ガイはそう言って周囲をきょろきょろと見回し、アニスはそれを聞いてニヤニヤと怪しげに笑う。私はと言えば彼らが向かった先が何となく想像がつくため、何も言わずに鍋をかき混ぜていた。大方昼間も話していたセレニアの花畑にいるのだろう。ルークが目を覚ましたのは夜のタタル渓谷で、時間も日が沈んだちょうど今頃だという。彼にとってはかつてとは違った心持で始まりの地を今一度見ておきたいだろうし、ティアはそんな彼の傍に付いていることだろう。

 

「モースは二人のことが気になりませんの?」

 

「気にならないと言えば嘘になりますが、まああまり詮索することでもないでしょう。それよりも今はこの鍋の中身が焦げてしまわないかの方が私は気がかりですよ、アニス」

 

「はわわ! しまった火が強すぎるぅ!」

 

 アニスはそう言って慌てて竈に木を放り込んでいた手を止めた。

 

「ルークにとってこの旅はあまりにも過酷でした。彼にとってこの地は始まりであり、ティアにとっても彼女を変えることになったきっかけの場所でもある。ここで出会った二人だからこそ互いに感じるものがあるのでしょうし、それは余人が徒に介入しても良いものだとは思えません」

 

「……そうかもな。ルークにとっちゃ何もかもが生まれて初めてばかりの旅だったんだ」

 

「何にも分からないのにチーグルの森でイオン様を助けてくれたんだもんね」

 

「ご主人さまはミュウのことも何度も守ってくれたですの!」

 

「身体の弱い僕のことをぶっきらぼうだけど気にかけてくれました」

 

「何よりアクゼリュスのことがあっても心折れずに前に進もうとしていますわ」

 

 私の言葉がきっかけとなったのか、ガイたちが自分たちの思いを口の端にのぼらせる。そう、今彼らが口にしたようにルークはたった七年間、それも屋敷という狭い世界で生きてきただけだったが、この旅で目覚ましい成長を見せた。私の記憶とは異なり、彼がアクゼリュスでその手を血で染めることが無かったこと、彼自身と彼を取り巻く環境に気を配ることが出来る人間が増えたことで彼はより良い方向に変わることが出来た。過度に自罰的で、ともすればあっさりと自分を犠牲にしかねないような痛ましい姿を見せることは減り、年相応の精神を身に付けているのだ。これ以上に喜ばしいことがあるだろうか。

 

「さぁ、私から言い出した事なのであまりとやかく言えませんが。そろそろ食器の準備もして頂けますか? 良い感じに煮えてきましたので」

 

「おっと、それじゃメシにするか」

 

「アニスちゃんは二人を呼んできまーす!」

 

「では私は食後のデザートを作りますわ」

 

「「それだけはやめて」」

 

 空気を変えるための私の言葉にガイとアニスが乗っかってくれたが、ナタリアが腕をまくってやる気を見せたことでガイとアニスは当初の目的を達成する前にいかにしてナタリアから調理器具を取り上げるかという難問に取り組む羽目になった。





スキット「大詠師流戦闘術(?)」

「ハッ! せいっ!」

「おお、野営中だってのに訓練とは真面目だな、大詠師様も」

「ガイですか。私は戦闘が得意というわけではありませんからね。こうして訓練を欠かさないようにしないとすぐに追い越されてしまいますので」

「相変わらず自己評価が低いことで。メイスを振り回しながら譜術を使うなんてティアやジェイドでも出来ないことをやってるんだからもっと自信を持てば良いってのに」

「そういやそうだよな。モースってジェイドみたいに詠唱をしないで譜術を使ってるけど、あれってどういう仕組みなんだ?」

「あれはそう複雑なタネがあるものでもありませんよ、ガイ、ルーク」

「「?」」

「手の内を晒すのもあまり好ましくないですが、どうせジェイド辺りにはバレているでしょうから良いでしょう。言ってしまえば身体の動作一つ一つを詠唱に見立てているのですよ」

「……分かるか、ガイ?」

「いや、さっぱりだな」

「譜術は詠唱することでフォンスロットを開放し、術を構成します。言ってしまえば詠唱は助走であり、骨組み作りに当たるわけですね。私は決められた身体動作を取ったときに無意識にフォンスロットを開放し、音素を励起させるように訓練をしたのですよ。譜陣はメイスの宝玉に組み込まれているので後は励起させた音素を流し込むことで術が発動する、というカラクリです」

「それって凄いことなんじゃないのか?」

「いえいえ、当然詠唱するよりも威力、精度共に落ちますし、何より決められた身体動作をするということはその動作を見切られてしまえば次の手札が相手に露見するということでもあります。ジェイドほどの実力者ならば素直に詠唱した方がよっぽど良いでしょうね」

「ほう、そういうもんなのか。だけど近接戦闘と譜術を組み合わせられるのはかなり便利で凄い技術だと思うけどな」

「身に付ける労力の割に得られる成果はそこまででもありませんからね。実戦でも使えるのは精々2種類程度ですし。それだって十年以上訓練してようやくでした」

「十年!?」

「そいつはまた……」

「才無き者は努力することが大事なのですよ」

「いや、モースの実力で才能が無いなんて言ったらそれこそ他の神託の盾兵の立場が無くなるんじゃないか?」

「そんなことありませんよ、ガイ。自分に適した武器を持ち、私と同じように訓練してその扱いを修めれば私程度の実力は身に付けることが出来ると思いますが」

「モースの場合その修めるレベルが異常に高そうだな……」

「ルーク、俺は今ヴァンに付いて神託の盾騎士団に行かなくて良かったと、お前の従者になって良かったとこれほど強く思ったことは無いぞ」

「そこまでかよ、ガイ」

「無理なくコツコツと積み重ねる。それが重要ですよ」

「コツコツか……」

「ルーク、このコツコツを真似するのは相当の覚悟が要りそうだぞ……」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

反抗作戦と私

「ヴァン謡将がタタル渓谷に、ですか……」

 

 タタル渓谷で一晩過ごしたのち、アルビオールでシェリダンへと帰った私達。ルーク達が宿に向かったのを見届けた私は、地核振動数測定装置の作成補助の為にイエモン達と共にシェリダンに残っていたジェイドとアッシュに事の次第を伝えていた。場所は街の中央に位置する集会所、という名のイエモンらシェリダンの技術者達の研究所だ。

 

「ヴァンが何を意図してタタル渓谷のセフィロトを訪れていたかは分かりませんが、警戒するに越したことは無いかと」

 

「同感だな。お前たちがやろうとしていることは奴も気が付いてるはずだ。まだ地核振動停止作戦まではバレてないとは思うがな」

 

「幸い、音素研究で名高いベルケンドのい組のヘンケンさんとキャシーさん、譜業研究で右に出る者はいないシェリダンめ組のイエモン、タマラ、アストンと音機関研究では心強い皆さんのお力があったお陰で測定装置は早々に完成しています。今は地核振動中和の為にタルタロスの改造に取り掛かって頂いていますし、進捗としては順調すぎるくらいだと思います」

 

「創生暦時代の音機関の復元なんて面白そうなテーマ、め組ばかりにさせてられんからな!」

 

 ジェイドの言葉に同調するように元気に言い放ったのは件のヘンケン氏だ。ジェイドから地核振動停止作戦について聞かされたアッシュがベルケンドの研究所からタマラ女史と共に連れ出し、シェリダンへと連れてきた。口髭と耳当てが特徴的で、老齢ながらも降って湧いた興味深いテーマに少年のように溌溂とした雰囲気を漂わせていた。

 

「タルタロスに関しても心配せんでええ。儂とタマラも手を貸して特急で仕上げてやるからな!」

 

「それは心強いです。引き続きよろしくお願いします」

 

「おう、それじゃ渡すもんも渡したことじゃし、早速作業に戻るとするか」

 

 そう言って測定装置をジェイドに預けたアストン氏はそそくさと外に出て行ってしまった。余程タルタロスの改造が気になっていたらしい。ジェイドは手にした装置をひとしきり眺めると、再び私達に向き直った。

 

「この調子だと予想以上に早く準備は整いそうですね。後は」

 

「恐れるべきはヴァン達による強襲ですか」

 

 私の言葉にアッシュとジェイドは揃って頷いた。ヴァンの目を逃れてベルケンドでタルタロスを改造するような大規模な工事は不可能だ。だからといってシェリダンでもあんな大規模な陸上戦艦を弄り回して目立たないわけが無い。ヴァンに目論見がばれてしまうのも時間の問題だろう。

 それに、私は知っているのだ。このまま何もせずにいた場合、シェリダンにリグレットとヴァンが襲撃を仕掛けることを。そしてその襲撃によってアストン達五人を始めとするシェリダンの技術者達が死んでしまうことを。

 

「そうは言っても四六時中ここに張り付くわけにはいかねえぞ。俺にもやることがある」

 

「ルーク達もロニール雪山かザレッホ火山のセフィロトに行って地核振動数を測定しなければいけませんしね。彼らをずっと守り続けることは難しいでしょう」

 

 そう、それが問題なのだ。絶望的に手が足りない。ヴァンが軍隊を率いて襲い掛かってくるのに対し、こちらは一人一人の練度が高いとはいえ精々10人に満たない。機動力では確かに勝っているが、こうした防衛においては単純な数が大きな脅威になり得る。

 私の記憶では彼らを救うことが出来なかった。だが、そのような事態を許すわけにはいかない。犠牲を少なくすることはもちろんだが、私の知る筋道から外れ始めている以上、余人を以て代えがたい知識、技術を持つ人間をむざむざと見殺しにする余裕はない。

 

「取り敢えずは私が残りましょう。頼りない戦力ですが」

 

「過小評価は戦力配置を誤る可能性があるため感心しませんねぇ、大詠師モース。少なくともあなたが一人残るだけでも私は安心して自分の仕事に専念できる」

 

「直接見たわけじゃねえがジェイドから聞いてる話じゃまだ動ける方なんだろう。なら戦力として数えさせてもらう」

 

 私の発案にジェイドとアッシュから反対意見は無かった。彼らとしても私を護衛につけることは考えていたはずだ。どちらもここに残っていては出来ないことが多いのだから。

 

「思った以上の評価を受けているようで恐縮してしまいますね。勿論全力を尽くします。とはいえ私一人では不安が残るのも事実」

 

「それはそうですね。護衛対象も多い上に一人で常に気を張っていることは出来ません」

 

「だが追加の戦力を引っ張ってくるなんて出来るのか。……いや、モース。お前の命令ならアリエッタは動くんじゃないのか?」

 

「それはそうかもしれませんが……彼女は今はイオンの兄弟を守ってくれているでしょうから」

 

「そっちから戦力を引き抜くわけにもいかない、か」

 

 アッシュはそう言って大きくため息をついた。私としてもアリエッタが力を貸してくれれば心強い。だが、彼女はフローリアン達から離すことは避けたい。フローリアン達がいる場所は安全であるはずだが、万が一危機が迫ったときに無条件で彼らの味方であると確信できるアリエッタが付いていてくれるからこそ私も安心して動ける。

 

「カンタビレはどうですか?」

 

「難しいでしょう。今のダアトはヴァンとヴァンに協力するオーレルが支配しています。私に付いていたカンタビレは監視されている可能性が高い」

 

 ジェイドの発案にも私は色よい返事が出来ない。カンタビレと彼女の率いる第六師団は戦力として大きな魅力だが、彼女らが動けば間違いなくヴァンも動く。それも大戦力を以て。それに彼女が自由に動ける状態かどうかも定かではないのだ。接触を図った結果情報を抜かれてしまったということになりかねない。

 

「となると万事休すですね……」

 

「モース一人に任せるしかないか。死霊使い、お前たちの内何人かが常に待機しておくのは無理か?」

 

「それは私が反対します。ルーク達はセフィロトを回らなければならない。そうするとヴァンや六神将と鉢合わせたり、危険な魔物と対峙する可能性が高いでしょう。こちらで戦力を遊ばせておくことは避けるべきです」

 

 そう言ってアッシュの案を退ける。しかし、何か良い案を出さねばアッシュも納得しないだろう。せめて六神将を相手にして時間稼ぎ、撤退戦が出来る程度の能力を持っており、私達、少なくとも私が信用できる人物。そんな人間が都合よく現れるものだろうか。これ以上ディストに頼るのは無理だ。こうした状況は彼の専門ではないし、対価を用意することも出来ない。シンクも完全にこちら側というわけでもないとすれば、彼に頼ることも憚られた。

 

 そこまで考えて、私の脳裏にふと浮かんだ顔があった。

 

「……もしかすれば、少なくとも一人の戦力は確保出来るかもしれません」

 

「本当か?」

 

 私が呟いた声に耳ざとく反応したのはアッシュ。怪訝な表情で片眉を上げてこちらに視線を投げかけている。

 

「ええ、少なくとも私は信用している人物で、戦闘能力に関しても保証できます。生憎と一人だけですが」

 

「一人いるだけでもありがたいですね。その方はどこにいらっしゃるのです?」

 

「アッシュならば知っているでしょう」

 

「……俺が?」

 

 私は不思議そうな表情をしているアッシュに脳裏に浮かんだ人物の名を告げた。

 

 


 

 

「それでは我々は地核振動測定のためにメジオラ高原のセフィロトに向かいます」

 

 しばしの休息を終えたルーク達が集会所に集まったのを確認して、ジェイドはそう切り出した。

 

「モースはついて来て頂けるのですか?」

 

「私はシェリダンに残ります」

 

「えぇ~! 何でですかぁ!?」

 

 イオンの言葉に私がそう返事をすると、アニスが不満そうに頬を膨らませて抗議してきた。それをどうどうと宥める。

 

「こちらの動きはヴァンにも勘付かれているでしょう。シェリダンの技術者を護衛する者が必要になるからですよ」

 

「だったら私も……!」

 

「いけませんよアニス。あなたは導師守護役でしょう。導師イオンがセフィロトに向かわねばならないのですから、あなたがそれについて行かなくてどうするというのですか」

 

 意気揚々と手を挙げたアニスを少し厳しい口調で咎める。私の記憶にあるアニスとは異なり、今の彼女はともすれば幼く感じられるような振る舞いをすることが目立つ。それは記憶の中の彼女は大人にならざるを得なかったためであり、今はそうした心配が少なくなったお陰でこうした幼さがきちんと残っているのだろう。

 彼女が年相応の振る舞いをすることは許されないわけが無いし、それを受け止めるのも大人の役目ではある。だが、そうやって甘やかしてばかりではいけないのだ。彼女には彼女に与えられた役割があるのだから。

 

「あなたが私を信頼してくれているのはとても嬉しい。ですが、あなたにはあなたの役目があり、それを疎かにしてはいけないでしょう?」

 

「う……。は~い。せっかくモース様ともっと一緒に旅が出来ると思ったのになぁ」

 

「そう言ってくれることは嬉しいですがね。私はここで皆さんの帰りを待っていますよ」

 

 口調を緩めてそうフォローすると、少し気落ちした様子のアニスを撫でた。

 

「さて、話を戻しましょうか。我々が巡るべきセフィロトはメジオラ高原、ザレッホ火山、ロニール雪山の三つです。メジオラ高原で地核振動数を測定し、タルタロスの改造が終了次第地核に突入します」

 

 空気を変えるようにジェイドが眼鏡を押し上げながら話を再開した。

 

「先にセフィロトを回りきる必要は無いのか?」

 

「ありませんよ、ルーク。地核への突入自体は先の三つのセフィロト全ての操作が終わる前に行ってしまいたい。後に回せばそれだけヴァン謡将に襲われる可能性が高くなりますからね」

 

 ルークがふと漏らした疑問にもジェイドは丁寧に答える。この作戦の全貌を把握しているのはジェイドと、恐らくは私くらいのものだ。ささいな疑問であってもそれを解消しておく必要がある。

 

「……それじゃあさ、この作戦を始める前にもう一度ピオニー陛下と伯父上にきちんと話をしておくべきなんじゃないか?」

 

「……というと?」

 

 俯いて少し自信なさげに言ったルークを、ジェイドが言葉少なに促した。

 

「いや、だって世界がガラッと変わっちまうことだからさ。俺達だけで勝手に進めて良いのかなって。キムラスカとマルクト両国にきちんと説明して協力してもらうべきなんじゃないかって思うんだ」

 

「……確かにその通りだが、そのためにはバチカルに戻る必要があるぜ、ルーク」

 

 そう言ってガイは気遣わしげな視線をナタリアへと投げかけた。ルークの言葉は誰もが考えていたことのはずだ。そもそもタルタロスはマルクトの軍艦。ジェイドの指揮下にあるとはいえそれを勝手に改造することなど本来は許されるはずがない。ジェイドがピオニー陛下と個人的に親交があるから黙認されているだけに過ぎないのだ。

 それにこうして降下作戦を進めている間にも戦争は続いている。キムラスカとマルクトの間で兵士達の命がすり潰されている。それを見逃すにはこの場にいる人間は二大国の中枢に近い位置に居すぎた。

 

「ナタリア、勇気を出してバチカルに戻ってみないか? 父上、ファブレ公爵は俺達を守ってくれたし、街の皆に慕われてるのは王家と血の繋がった王女じゃなくてナタリアなんだ。そのことを伯父上に話して分かってもらわないとナタリアも、伯父上も辛いままだと俺は思うんだ」

 

 ナタリアを正面から見据えてルークは言葉を紡ぐ。ルークとナタリアは奇しくも似たような境遇となりながら、対極的だ。ルークもナタリアも国にその身を追われる立場となった。しかし、ルークを信じて仕えるべき主に剣を向けたクリムゾンと、国の繁栄と民の命という重責から娘に剣を向けざるを得なかったインゴベルト王。

 そんな二人だからこそ互いに理解出来る部分もあるだろうし、言いたいことがあるだろう。

 

「……正直に言えば、まだ私は怖いですわ」

 

 ポツリと、ナタリアは零した。

 

「ですが、向き合わなければいけないのも事実。……少しだけ、時間を頂けませんか?」

 

「ああ、待ってる。俺も待ってもらったから」

 

 ナタリアの言葉にルークは力強く頷いた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

懺悔と私



年明けからアビスアニメがYouTube公式チャンネルで毎週配信するぞ!(唐突な宣伝)

2021年最終投稿です。良いお年を




 メジオラ高原のセフィロトへと向かうルーク達を見送った私は、シェリダン港で作業するヘンケン達技術者の元を訪れていた。見上げる程の威容を誇るタルタロスは現在、シェリダン港のドックに入港しており、外装や内部などのあちこちにシェリダンが誇る技術者達が取り付いて各々作業に取り掛かっていた。

 私はタルタロスに乗り込むと甲板へと向かう。さしものタルタロスと言えども、地核の圧力に耐えられる程の強度を誇っているわけではない。そのため、タルタロスの甲板に圧力中和のための譜陣を描くのだ。その施工については音機関を専攻するシェリダンの技術者よりも音素研究を専門とするベルケンドの研究者の方が得意だ。

 甲板に出てみれば、私の予想通り、甲板を走り回る若い男たちに喧噪に負けない大声で指示を飛ばすヘンケンの姿があった。

 

「おっと、モース様じゃないか。てっきりルーク達と行ったものかと思っておったが」

 

 私の姿を認めたヘンケンが作業の手を止めて私に向き直った。周りの作業員達も手を止めてこちらに視線を向けているが、手を振って気にしなくても良いと伝える。それを見て彼らも再び各々の作業へと戻っていった。

 

「作業の邪魔をするつもりは無かったのですが、手を止めさせてしまって申し訳ありません」

 

「構わんよ。粗方指示は終わったからな。後はきちんと出来るか見届けるだけといったところだわい。それで、モース様は俺に何か話でも?」

 

「ええ、スピノザについて」

 

 私がその名前を口にした途端、ヘンケンの表情が変わった。暫し強張った表情のまま私を見つめ、ふぅ、と息を吐いて方から力を抜く。

 

「……あ奴が何をしているのか、モース様は知ってるのか?」

 

「ええ、知っています。彼とあなた方の間に生まれてしまった溝についても」

 

 スピノザについて私が直接干渉したことは全く無い。私がディストに依頼した仕事のいくらかがスピノザに回されていることは知っていたが、だからといって私が彼に直接会いに行くことは無かった。

 

「スピノザは、あの男は神託の盾騎士団のヴァンとディストの言うことに従って手を出してはならんものに手を出しおった」

 

「フォミクリーですね」

 

「っ! 知っておったのか!?」

 

 私の口からフォミクリーの名が出るとは思わなかったのか、ヘンケンが普段は眠たげに細められている目を見開いた。

 

「そのことについて私はあなた方に謝罪をしなければならないのですよ」

 

「謝罪……? そいつは一体……?」

 

 私の言葉に何を言っているのか分からないと言いたげな表情のヘンケン。

 

「本来ならばこれはい組とめ組両方の皆さんに伝えなくてはならないことなのでしょうが。私はまず真っ先にあなたに謝罪するべきだと考えました。スピノザがフォミクリーに手を出したのは、ディストを通じて私から指示があったためです」

 

 その言葉を発した瞬間のヘンケンの表情を私は二度と忘れることは無いだろう。束の間の驚愕、そしてそのすぐ後に訪れた怒り。彼が私の胸倉を掴み、その老体に見合わぬ剛力で私を引っ張り上げた。

 

「お前か! お前がスピノザを!」

 

「私とヴァンの計画でした。フォミクリーは計画に必要な技術。天才と言えどディストだけでは研究が滞る。彼の知識への貪欲さと、臆病さは我々にとって有益だったのです」

 

「あれのせいで俺とキャシーはスピノザと袂を分かつことになった! 最早い組の三人に戻れなくなるほどに!」

 

 彼の余りの剣幕に、作業員達も何事かと手を止めてこちらを見つめている。先ほどまでの喧騒が嘘のように、タルタロスの甲板は今静まり返っていた。

 

「何を言われようと私には何も言い訳が出来ません。ただ謝罪をすることしか」

 

「謝罪などどうでもいい! お前が指示したというなら、お前の指示で止めさせるんじゃ!」

 

 ヘンケンの言葉はまさしくその通りだ。だが、それをすることは出来ない。私は今やローレライ教団の大詠師という権力を失ってしまっているし、何より大詠師だったときもヴァンがそんなことを許すわけが無い。一度でも知識に憑りつかれたスピノザが私の言葉で研究を止めることも無いだろう。そして何より、既にフォミクリーによって生まれてしまった命がある。今研究を中途半端に止めてしまえば、ルークやイオン、フローリアン達、アッシュに迫る問題を解決する道が閉ざされてしまう。それは私にとって許容出来ない。

 私がフォミクリーを理解できる研究者であればどれほど良かったことだろう。私が一人で研究を進められれば、こうしてスピノザを誘惑することもなく、ベルケンドのい組が仲違いをすることも無かった。全てを私一人が背負ってしまえた。

 

「……それは出来ません。既に私にはその力が無い。それに、今研究を止めればもっと悪いことが起こるかもしれません」

 

「何を!」

 

「そこまでにしてあげたら良いじゃないの、ヘンケン」

 

 激昂するヘンケンを止めたのは、彼と同じい組、キャシーだった。

 

「キャシー! だが、だがコイツは!」

 

「そうね。確かに指示を出したモース様が悪いって思うかもしれない。でもね、そうやって怒る前に、きちんと互いのことを話し合わなくちゃいけないじゃないの」

 

 そう穏やかに諭す彼女に、ヘンケンは手に籠めた力を次第に抜いていった。彼の手から解放された私は、乱れた首元を正すと、キャシーへと顔を向けた。

 

「キャシー女史。私はいくら罵られようと何も言い返せないことをしてしまったのですよ?」

 

「あら、でも謝りたいって言ってたじゃない。ならちゃんとスピノザと私達を仲直りさせてくれるって信じてもいいんでしょう?」

 

 私の言葉に、穏やかに笑って返すキャシー。彼女の中にも、ヘンケンにあったものと同じくらいの怒りはあるはずだ。だというのに、彼女はそれを抑えて私と話をしてくれている。

 

「ええ、必ずや。あなた方とスピノザが再びベルケンドのい組として共に働けるように全力を尽くします。今は何も力が無いですが、いつか必ず」

 

 それこそ私の命に代えてでも。ヘンケン、キャシー、イエモン、アストン、タマラ。彼らがタルタロスの改造を終えた直後にヴァン達に殺害されることなどあってはならない。

 

「……フン。その言葉、覚えたからな」

 

「ほらほら、ヘンケンもいつまでも怒ってないの。作業もひと段落したことだし、お茶にしましょう?」

 

 鼻息荒く去っていくヘンケンとその後ろを変わらず柔らかな笑みを浮かべてついて行くキャシー。彼らの後に続きながら、私は自身の肩に圧し掛かっている命の重さを改めて感じた。

 

 


 

 

「お前の言っていた協力者を連れてきてやったぞ」

 

 昼下がりの集会所、アルビオール三号機の操縦士であるギンジを引っ張って飛び回っていたアッシュがシェリダンに帰還した。彼は私が告げた協力者の名前を聞くとルーク達が戻ってくるのを待たずに飛び出していったのだ。

 

「ありがとうございますアッシュ。早速助かります」

 

「そろそろ手が足りなくなる頃だと思ってた。フローリアン達の説得に苦労したよ」

 

 アッシュに続いて入ってきたのはフードを目深に被った小柄な体躯の人物。顔は隠しているものの、その声と僅かに覗く深緑の髪で彼が誰かは分かる。

 

「すみません。出来ればあなたの手を借りずに済ませたかったのですが」

 

「そうやって蚊帳の外に置き続けられたら何のために力を付けたのかが分からなくなるじゃないか。僕はこうやって呼ばれることを待ってたんだよ、モース」

 

「心強いですね、フェム」

 

 フードの下から顔を覗かせたのはイオンの五番目のレプリカ。譜術の才を受け継ぐことは無かったものの、シンクにも引けを取らない近接戦闘能力を身に付けた兄弟の一人だ。アリエッタと共にフローリアン達の護衛として動いてくれていた彼だが、今回のために隠れ家からアッシュに連れ出してきてもらった。

 

「導師のレプリカか、よく躾けてるんだな、大詠師モース」

 

「その言い方は出来れば止めてください。私は彼のことをフェムと名付けました。導師のレプリカではなく、一人の人間として扱いたい」

 

「そういうことだから、よろしくね、鮮血のアッシュさん?」

 

「……シンクがもう一人増えたみたいでやりにくいことこの上ないな、クソッ」

 

 そう忌々しげに吐き捨てると、アッシュは開け放たれたままの扉を顎で示す。

 

「ほら、お前はさっさと技術者共の護衛に行ってこい」

 

「君はどうするつもりさ、アッシュ」

 

「俺はこの男に聞きたいことが山ほどあるんでな」

 

 アッシュの言葉に、フェムは警戒心を隠そうともせず私とアッシュの間に立った。

 

「それを僕が許すとでも思ったわけ? そんな剣呑な雰囲気垂れ流してる奴とモースを二人きりにするわけないだろ」

 

「お前の許しなど必要無い。お前を連れてきたのは技術者の護衛のためだ。モースを守らせるためじゃねえ」

 

 売り言葉に買い言葉。まさにそんな言葉がぴったりな応酬である。アッシュは腰に佩いた剣の柄に手をかけ、フェムも半身になって拳を握ったり開いたり繰り返して戦闘態勢に入ろうとしている。

 

「二人とも、今は争っている場合ではないことは分かっていますね? フェム、私は大丈夫なので暫くの間皆さんの護衛をお願いします。何かあれば合図を出して下さい」

 

 二人の間に流れる緊張感が高まり切ってしまう前に間に割り入ってその空気を霧散させる。六神将二人がまともにぶつかり合うような戦闘をここで繰り広げてみろ、ただでさえ騒がしいのに余計騒ぎが大きくなる可能性がある。

 

「俺だって馬鹿じゃねえ。ここで騒ぎを起こすつもりは無い」

 

「……ま、モースがそう言うなら」

 

 私の言葉に、渋々と言った様相を隠しもしないまま彼は集会所の扉から外に出て行った。アッシュはそれを見届けると素早く扉を閉め鍵までかけた。更に窓にまで覆いをかける徹底ぶりである。そこまでして満足したのか、私の前まで二脚椅子を引っ張ってくると、一方に座り、私にも座れと手で示す。

 

「さて、ようやく邪魔も入らず話が出来るようになったわけだ、モース」

 

「そうですね。あなたは特に私に聞きたいことだらけでしょう」

 

「その通りだ。今まで散々待たされた分、きっちり全て聞かせてもらうからな」

 

 もしも視線が物理的な干渉力を持っていたとするならば、今のアッシュの視線は私を容易く射抜いてしまうのではないだろうかと思うほどに彼の視線は鋭く、力が籠もっていた。私にその視線を避ける資格があるわけもなく、正面から受け止める。

 

「何から話すべきでしょうか……」

 

「俺が質問する。嘘偽り無く答えろ。お前はヴァンと手を組んで俺のレプリカ造りに協力した、間違いないな?」

 

「ええ、間違いありません」

 

「っ! 次だ。何故ヴァンと敵対した?」

 

「ヴァンの目的と私の目的は似ているようで、違います。むしろ、私の到達点はヴァンのそれとは対極に位置するものでした。あなたがヴァンの目論見を阻止したいように、私も奴の野望を阻みたいと考えていたからです」

 

「ヴァンの目的はそもそも何だ。何故外殻大地の崩落なんて大それたことを画策してる」

 

「……預言(スコア)からの解放ですよ。今の人類を外殻大地崩落によって皆殺しにし、レプリカだけで満たされた世界にする。ユリアの預言(スコア)にはレプリカのことは詠まれていません。この大地そのものすらレプリカとすることで、彼はこの世界から預言(スコア)を消し去ろうとしているのです」

 

 アッシュが驚愕からか目を見開き、次いで音が出る程に歯を噛み締めた。ヴァンの野望は、彼が愛する国と、何よりも大切に想う人を破滅させるもの。彼にとっては許せるはずも無い。

 

「……そんな馬鹿なことを、本気でやろうとしてるってのか、あの男は!」

 

「ユリアの血族であるあの男ならばそれが可能ですからね。なまじ実現可能な力を持っているだけに質が悪い」

 

「チッ、まあいい。お前は少なくともヴァンと敵対している。なら俺はそれを利用するだけのことだ。だが、その前にはまだ聞いとかなくちゃならないことがある。お前は、お前の犯した罪を償う気持ちはあるのか」

 

 アッシュの言葉に、私はしばし口を閉ざして逡巡する。そんなもの答えるまでも無い。当然のことだ。私は一時的とはいえヴァンと協力し、アッシュの人生を狂わせ、他にも多くの人間を弄んできた。そんな人間が裁かれなくて良いはずが無い。だが、それをアッシュに言葉で伝えてどれだけ信じてもらえるものか。

 

「……どうした。言えないことなのか」

 

「私の罪は、恐らくあなたが思う以上に数多くあります。何度謝罪してもし足りない程でしょう。何をすれば償いになるかは分かりませんが、私に出来ることであれば何だってします。その為に今ここにこうしているのですから」

 

「……」

 

 そう言って正面からアッシュの瞳を見つめ返す私を、彼は値踏みするように睨みつけていた。彼の右手は剣の柄にかかったままであり、何かあれば私を斬り捨てることなど容易だ。だがそれに対して私が警戒することも、万が一斬りかかられても抵抗する気は無い。その覚悟が無ければこうして彼と二人きりで話すことなど出来ないからだ。

 

「……少なくとも嘘は言っていない、そうだな?」

 

「ええ、始祖ユリアに誓って」

 

「俺からしてみればお前はこの手で斬り捨ててやりたい人間の一人だ。だが、今はそんなことで自分から味方を減らすつもりも無い。お前がもし償いたいと思っているのなら、行動で示してみせろ。俺は常にお前を見ているぞ」

 

 そう言って音を立てて椅子から立ち上がった彼は、集会所の扉を押し開けて出て行った。彼の姿が視界から完全に消えてしまってからようやく私は身体の力を抜き、背中が汗でびっしょり濡れていることに気が付いたのだった。

 

 





スキット「ジェイドの譜術教室」

「なあジェイド。一つ聞いても良いか?」

「おや、どうかしましたか、ルーク?」

「いや、前にモースから譜術の詠唱を身体の動作で代替するって話を聞いたんだけどさ、ジェイドもやっぱりそういうことが出来るのかなって思って」

「……ルーク、今何と?」

「へ?」

「詠唱の代わりに身体動作でフォンスロットの開放、活性化を行うですか。またあの大詠師様はトンチキなことを考えたものですね」

「と、トンチキ? そんなに難しいことなのか?」

「そうですね。上手い例えが見つかりませんが、あえて言うなら全力疾走しながら専門書を暗記して技術者と討論をするようなものでしょうか? そんなことをする人は普通いませんよね?」

「お、おう……よく分からねえけど誰もやらないようなことだっていうのは分かった」

「身体の動作と詠唱をリンクさせるなんて無謀なことなんですよ。きちんと発動させるためには常に寸分違わぬ動作をしなければならないですし、目の前に敵がいて接近戦を仕掛けている状態で譜術に意識を割くなんて普通は自殺行為です。目の前の敵から目を逸らすような兵士はいないでしょう?」

「あら、ですが私と導師イオンを助けに来られたときはそれはもう見事に神託の盾兵を圧倒していましたが……」

「だったら単純に頭がおかしい訓練を積んだとしか言えませんね。僅かなずれで不発になるどころか、下手すれば暴発です。少なくとも、私ならそのようなリスクは取らずに距離を取って素早く詠唱する訓練をするでしょうね」

「そのような危険な技術でしたのね……」

「成功しても普通に詠唱するより威力も規模も小さくなることが予想出来ますからね。デメリットは数あれど、メリットは敵の虚を衝いて譜術を発生させられるくらいです。それに人が相手であれば下手すれば次の一手を読まれやすくなるリスクもある。あの大詠師様はどんな敵と戦うことを想定してそのような技術を身に付けたのやら」

「おお、旦那にそこまで言わせるとはな」

「ま、こうしたリスクがあっても大詠師様が戦闘でもそれらを十全に使いこなしているとするならば……」

「するならば、何なんだよジェイド?」

「かの大詠師様の再就職先にマルクト軍が追加されることになるでしょうね」

「つまり喉から手が出る程欲しい技術、というわけだな」

「ええ、そうなりますね。増々あの陛下の興味を惹くことでしょう」

「モースが後三人くらい欲しくなりますわね」

「……大詠師で良かったかもしれないな、モースの旦那。もしキムラスカかマルクトに生まれてたら今頃過労死してたかもしれないぞ」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

暗闘と私

2022年初投稿です

今回も捏造設定タグが大活躍しております。
あくまでも個人の解釈であって公式設定ではないのであしからず。


 シェリダンで過ごす日々は穏やかなものだった。あくまでも表面上は、という但し書きがつくのだが。

 

 タルタロス改造に勤しむアストンやイエモンら技術者との話は刺激に富んでいた。彼らはそれぞれのアプローチで譜業と譜術の更なる発展を目指しており、そんな研究者達にとって創世暦時代の音機関を再現し、現代の最先端音機関たるタルタロスに組み込むという仕事は大層知的好奇心を刺激するものだったようだ。

 アストンを始めとするスピノザのかつての友人達に頭を下げたその日こそ多少はぎこちなかったが、次の日には目を爛々と輝かせた彼らと卓を囲み、彼らの音機関と音素への深い造詣に唸らされていた。

 

「なるほどなぁ、障気と結合してしまった第七音素から障気のみを取り除く技術か」

 

「ええ。そもそも障気と第七音素が何故結びついてしまうのか、その変化がそもそも可逆的なものなのかどうかすら分かっていないのでまだ手も足も出ていない状態ですがね」

 

 私の言葉にぐむぅ、と唸り声を漏らして思考の海に沈んでいくヘンケン。椅子に座って視線をテーブルに落としているが、今の彼は自分がどこにいて、何を見ているかが思考の端に上ることすらない。

 

「そもそも第七音素自体が他の音素と異なる性質を持っていてまだまだ研究も途上ですものねぇ」

 

 困ったように首を傾げるキャシー。ベルケンドが誇る音素研究の第一人者であっても、障気と第七音素の結合は不可解な現象らしい。とはいえ、それも当然の話だ。外殻大地の住人である彼らが障気のことを知ったのはそもそもアクゼリュスの障気被害が最初だ。そして障気と第七音素が結合してしまうという情報に至っては今私から告げられたばかりなのだから。

 

「いやしかし、これは面白いテーマかもしれんな」

 

「そうね、これで第七音素自体の研究も進みそうよ」

 

「おや、私は門外漢故にさっぱりなのですが、そうなのですか?」

 

 ヘンケンとキャシーの放った言葉に首を傾げる。それを見た彼らは、理解の及ばない私に少しも苛立ちを見せることなくかみ砕いた説明を始めてくれた。

 

「そもそも、現代の治癒譜術は第七音素士(セブンスフォニマー)の特権だろう? 第七音素には生体に干渉する性質が存在するわけだ。一方で障気とやらは長期間被曝することで重篤な障害を引き起こす。これも生体に干渉しているわけだな。つまり方向性の違いこそあれど第七音素と障気は似通った性質を持っていて、それらが結びついているのはその似通った性質に拠るものかもしれん。だとすれば障気と第七音素の関係を研究することそのものが第七音素の研究に繋がるということだな」

 

 ヘンケンの言葉に確かにその通りかと頷く。今まで当たり前のように受け入れてきたが、そもそもどうして第七音素だけは他の音素とここまで異なる性質を持っているというのか。

 

 預言(スコア)の形で未来を見通し

 

 生物の傷を癒し

 

 超振動によってあらゆる物体を消し去ってしまう

 

 こうしてふと思いつくものを列挙するだけでこれほど特異性が顕になる。他の音素でこうした事象が確認された例はない。生体への干渉については、他の音素が人間に親しみやすい火や水、風といった属性を持つのと同様に、第七音素に生体という属性が付与されていることによるものなのかもしれないが、それでも特異な事には変わりない。

 

「創生暦時代の優れた科学者達ですらついに障気を真に解明することは出来なんだ。今俺達が立ってる外殻大地とやらで障気が湧いてこないように蓋をするしかないようにな。ということは俺達がその謎を解明できれば創生暦時代をようやく超えることが出来たとも言えるわけだな」

 

 そう言ってヘンケンはまるで少年のように目を輝かせていた。なるほど、こうした好奇心、そして未知への挑戦心があるからこそ、彼らは優れた科学者なのだろう。

 

「逞しいですね。創生暦時代を超える、ですか」

 

「研究者って皆夢追い人みたいなものよ」

 

 そう言ってキャシーも笑う。彼らは分からないもの、先人が諦めたものを前にしても恐れることは無い。そこはまだ誰も踏み入れたことが無い宝の山だと信じて疑わず、突き進んでいくのだ。

 

「それで話を戻すが障気と第七音素なぁ。実物を観測したわけじゃないから何とも言えんが、結びつくってのはどういうことなんだか」

 

「第七音素の元である記憶粒子(セルパーティクル)と同様に地核から湧きだす汚染物質。案外、第七音素と障気は同じものなのかもしれませんね」

 

 私はふと思いついたことを口にした。記憶粒子(セルパーティクル)も障気も地核から発生している。一方は第七音素となり人に利益をもたらすが、もう一方は人を害する。鏡合わせの存在なそれらは、私にはどうにも似たようなものだと思えてしまったのだ。例えば地核で何らかの形で変性してしまった記憶粒子(セルパーティクル)が障気となっている、ということは無いだろうか。元々が同じ出自であるために、第七音素とも親和性が高く、結びついてしまう。そして人体に取り込まれると、第七音素と似ているが僅かに異なる故に体内で悪さをしてしまう、というより人体がその違いを認識できない為に本来音素が入るべき場所に障気が入り込んで機能不全を起こしてしまう、というべきか。

 第七音素の特別性にしてもそうだ。他の音素と異なり、唯一生体に直接干渉することが出来る音素。突飛な考えではあるが、この大地に生きるあらゆる生体に干渉する第七音素には膨大な情報が含まれており、ユリアの預言(スコア)とはその情報を読み取った結果なのかもしれない。第七音素の集合意識体であるローレライはすなわちこの世界の生き物たちの情報そのものだ。ローレライはその膨大な情報から最も確からしい未来を導き出し、ユリアがそれを伝えた、とは考えられないのだろうか。

 そこまで考えたところで、ヘンケンとキャシーが興味深そうな目をこちらに向けているのに気が付いた。まさか今考えていたことが口に出ていたのだろうか。素人考えを専門家に聞かせてしまうとは、恥ずかしい。

 

「お二人とも、どうかしましたか?」

 

「……いや、ローレライ教団の大詠師だなんて頭の固い人間しかおらんと思ってたんだがな。案外研究者に向いてるかもしれんぞ、モースさん」

 

「そうねぇ、今の説は中々面白そうだわ。きちんとデータが取れれば論文にも出来るかもしれないわね」

 

「素人の与太話ですよ……」

 

「案外その与太話が本質を突いていることがあるのが研究の面白いところさ。なあモースさん。あんた今ローレライ教団を首になってるんだろ? この仕事が終わったらベルケンドに来て研究やってみんか?」

 

「音素研究の第一人者であるあなたに勧誘されることは光栄ですが、やめておきますよ。私にそのような才があるとは思えません」

 

「いーや、俺の目に狂いは無いね。何なら兼業でも構わんぞ!」

 

 まさかのスカウトである。それも割と熱心な。面白そうだと思いはするものの、頷くわけにはいかないので丁重にお断りしておいた。

 

 その後もあの手この手で勧誘を仕掛けてくるヘンケンを躱していると、それを見かけたイエモン達シェリダンの技術者組が何故か対抗心を燃やして私にスカウトを仕掛けてくるという珍事に発展し、大の大人が更に年上の大人に引っ張り合われるという目も当てられないことになり、フェムが呆れたようにため息を漏らしていた。

 

 


 

 

 昼間はこうして技術者達と賑やかな時間を過ごすことが多かったが、一転して夜は静かになる。技術者達、特にヘンケンやイエモン達を護衛するために昼間は彼らの近くにいることが多いため騒がしいが、夜になれば彼らは眠り、私は一人宿舎の外に神経を尖らせているためだ。

 

 そしてどうやら今日も客がいるらしい。タルタロスの格納庫に複数人、怪しげな人物が近づいていることがフェムから知らされた。人目を避け、足音を殺すと努力しているようだが、六神将に引けを取らない身体能力を駆使し、尚且つ小柄で隠密に長けたフェムの追跡を撒くことは出来ない。

 

 私はヘンケン達が起きないように静かに宿舎を後にすると、建物の影から影を渡る人物達の先回りをし、物陰から彼らの様子を窺う。周囲の人目を避けるように裏通りを進む侵入者の数は4人。暗い色の外套を身にまとっているため一見その所属を知ることは出来ないが、ちらりと覗く服は神託の盾騎士団の制服。ということは早速誰かが探りを入れてきたということになる。ヴァンか、オーレルか、どちらにせよ私と対立しているのは変わりないため、彼らにみすみす情報を与えてしまうことは避けねばならない。

 

「どうする、モース? 奴らにタルタロスを見られるわけにはいかないだろう」

 

 いつの間に来たのか、私の傍らにはフェムが控え、耳打ちをしてくる。

 

「我々の顔を知られるわけにもいきません」

 

「顔を見られず、尚且つタルタロスの情報を渡すことなく奴らを退散させる。難しいことを言うね」

 

 でも、モースがそれを望むなら努力するよ。

 

 そう言い残してフェムはそっと闇の中に姿を消す。イオンの兄弟の中で、最も感情の色が見えない彼だが、こうした場では平素から変わらないその声色が頼もしい。

 彼が姿を消してからしばらく、侵入者たちの頭上から一つの影が襲い掛かり、着地点にいた一人が強かに頭を打ち抜かれて倒れ伏す。

 

「!? 何が……!」

 

 声を上げようとしたもう一人に素早く肉薄し、腹に深々と拳を突き刺してそれ以上の言葉を紡げないように黙らせる。事態をようやく飲み込めたのか、各々が隠し持った武器に手を伸ばす。私はその二人に向かって使い慣れた譜術を発生させる。彼らの頭上から鉄砲水が降り注ぎ、その質量を以て地面に引き倒す。そして最後はフェムがそれぞれの意識を奪えば終わりだ。

 こうして存外にあっけなく、幾度目かの侵入者の迎撃は完了した。あっけなく、とは言ってもフェムがいてくれたからこそではあるが。

 

「さて、モース。こいつらはどうする?」

 

「そうですね、街の外に放り出しておきましょう。街の入り口近くなら魔物にも襲われないでしょうし」

 

「甘いね。せっかく顔を見られずに倒せたのに、そんなことだから奴らも飽きもせずこうして刺客を送り込んでくるんじゃないの?」

 

「今更ですよ。どうせここに送り込んできた以上目星がついているということです。彼らが帰らなければそれはそれで相手に情報を与えます。何かをしている、だが何をしているかまでは分からないという状態が現状の最良でしょうし、ならば敢えてこちらが手を汚す必要はありませんよ。こうして刺客を送り込んでくるだけで済んでいるのは相手も情報を掴みあぐねているからでしょうしね」

 

 しょうがないね、と言って肩を竦めるフェムと共に侵入者を街の外に放り出すと、私達は再び宿舎へと戻る。とはいえ、そろそろ大規模な襲撃が起こってもおかしくはない。この街がヴァンによって争いの火に呑まれてしまうというなら、その火が人々を喰らい尽くさないように全力を尽くすことが私の今の役割だ。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

大人になった者と私

スキットネタが膨らんで会話劇だけでは収まらなくなりそうな今日この頃。

掲示板ネタやWikiネタといったメタネタも出来ればどこかで書き散らしたい。




「ルーク達の取ってきたデータでようやく地核振動抑制装置も完成だな」

 

 タルタロスの機関部に組み込まれた装置に地核振動数測定装置のデータを打ち込みながらアストンは高揚を隠せない様子で機関室に鎮座するタルタロスの心臓部を見上げていた。

 

「これで後は実行に移すだけですね」

 

 それを横目に見ながら、私もアストンと同じく巨大な音機関を眺める。ロニール雪山から戻ったルーク達はその足でグランコクマにも足を運んでいたらしい。ピオニー陛下に外殻大地降下作戦について伝え、協力を取り付けていたらしい。今はシェリダンの宿屋で身体を休めており、明日にはバチカルに向かってインゴベルト王と再び対峙することになるのだろう。ナタリアの表情は硬いままだが、私はそれほど心配してはいない。

 

「後はあの子らに任せる、か」

 

「情けない話ですが、彼らにしか出来ませんから」

 

 悔しげに呟くアストンに慰めにもならない言葉を投げかける。他でもない私が最も歯痒く思っているのだ。

 

「調整の方はもう終わりましたか?」

 

 そこに声を掛けてきたのはいつの間に機関室に入ってきていたのか、紅瞳の天才だった。作業の進捗を確認しに来たのだろうか。彼もルーク達と共にセフィロトやグランコクマなどあちこちを飛び回っていて疲れているだろうに、涼し気なその表情からは疲れは読み取れない。

 

「ああ、今終わったところだよ。イエモン達から説明は受けているだろうが、後はお前さん達のタイミングで地核の圧力に耐えるための補助譜術を起動する。作戦開始後の時間的余裕は無いからな、今のうちにしっかり休んでおくんだぞ」

 

「ええ、聞いていますよ。なのでルーク達には今日は宿屋で休むように言ってあります」

 

「あなたも休むべきなのですがね、カーティス大佐」

 

 自分のことは勘定に入っていないかのようなジェイドの物言いに、私はジト目で返す。この男は、少し大人になったかと思えば。

 

「いえ、少し大詠師様にお話したいことがありましてね」

 

「私にですか?」

 

 どうやら私に用があったらしい。一体どうしたというのだろう。

 

「それじゃ俺は先戻ってるからな」

 

「お気遣い感謝します」

 

 自分がいても話がし辛いと察したのか、アストンはひらひらと手を振りながら機関室を後にする。これでこの広い機関室に残っているのは私とジェイドの二人だけだ。

 

「この作戦は上手く行くと思いますか?」

 

 ジェイドの口から出たのは、常に余裕ある表情を崩さない彼にしては珍しい弱音だった。思わず目を見開いて彼の顔をまじまじと眺めてしまった。

 

「……何ですかその表情は」

 

 私の顔を見たジェイドが少し顔を顰める。今のジェイドを見たら誰であろうと驚くだろう。

 

「まさかあなたの口からそのような弱音が出てくるとは思わなかったもので」

 

「一体私がどのように思われていたのかが気になりますねぇ」

 

「才能に溢れ、常に余裕綽々な態度を崩さないのが死霊使いジェイドでは?」

 

「……確かにそのように振る舞ってはいますがね。不安を感じないわけではありません。それにルーク達の前では私は大人でなくてはいけないでしょう?」

 

「それは私への当てつけですか?」

 

「まさか、そうに決まってるじゃありませんか」

 

「相変わらずいい性格をしていますね……!」

 

 かつてバチカルで言った言葉をいつまで根に持っているつもりなのだこの陰険眼鏡は。

 

「そんなに当て擦りせずとも、今のあなたは立派に大人をやっていますよ」

 

「おや、そうですか。大詠師様に認められるとは思いませんでしたねぇ」

 

「そう言うまでずっと引っ張りそうでしたからね、あなた」

 

「いやいやまさか。感謝しているんですよ、これでも」

 

 これまた意外な言葉がジェイドから聞けた。この男が素直に感謝を述べることがあるとは。明日はシェリダンにケテルブルクを超える量の雪が降るのかもしれない。

 

「そんな似合わない言葉が出る程度にはあなたも不安を感じていると言うことですか」

 

「不安、というよりは力不足に対する歯痒さでしょうか。結局のところ、私はあなたやディストのようにルーク達の力になることは出来なかったわけです。あなたのようにイオンやアニスに慕われているわけでもなければ、ディストのようにティアの身体の障気を除去することも出来ませんでした。今回の作戦にしても、もしも失敗してしまったらと考えると情けなくも震えそうになってしまいます」

 

 ぽつりぽつりと静かに溢すジェイド。誰に聞かせるつもりもないような声量のそれは、ジェイドが誰にも漏らせないであろう彼の弱音なのだろう。内容に関してまったく頷くことが出来ないが。

 

「まさかそのような弱音があなたの口から聞けるとは思いもしませんでしたよ、カーティス大佐、いえ、ジェイド。一つ勘違いをしているようなので正しておきましょう」

 

「勘違い、ですか?」

 

「そうですとも。あなたが力不足? ルーク達の力になれていない? 何を言っているのやら私には分かりません。あなたがいなければそもそもこの作戦を思いつきもしなかったでしょう。あなたはその譜術の才と頭脳で十二分にルーク達を助けているではありませんか。あなたで力不足と言うのなら私はどうなるのですか。大詠師という尻で椅子を磨く仕事をするだけのうだつのあがらないおっさんでしかないではないですか。ディストといいあなたといい、普段は自信満々で鬱陶しいくらいなのに偶によく分からないところで凹むのですね?」

 

 ジェイドほどの才覚と頭脳を持った人間で力不足などあるものか。彼と同じ頭を持っていたなら、私はもっと早くヴァンの計画を阻止するために動けていたことか。私の前でそんな弱音を吐くのは最早私に対して何の恨みがあるのかと言いたくなる。私が乏しい才能を足りない頭で何とかやりくりしているというのに。

 

「……あの泣き虫と同列扱いは頂けませんね」

 

「割と似た者同士ですよ、あなたとディストは。ま、ルーク達の前でそのような弱音を吐かなかったのは正解ですね。あなたが不安を出してしまうとあなたを信頼しているルーク達にもいらぬ不安を与えてしまいますから」

 

「ルークが私を信頼してくれている、ですか?」

 

「当たり前でしょう。私もあなたを信用していますよ。あなたが出す結論はおおよそ間違いが無いと」

 

 むしろ創生暦時代の書物を一晩で読破し、地核振動停止作戦を考え出す末恐ろしい天才の言うことが間違っていることがあるだろうか。欠点といえばその天才性故に他者の心を慮ることを苦手とするくらいだが、今の彼はその欠点すらも克服しようとしている。こうなればもう向かうところ敵無しではないだろうか。

 

「あなたが私を信用しているとは思いもしませんでした」

 

 今度はジェイドが目を丸くして私を見る番だった。どうやら私がジェイドを信用していることが中々に意外だったらしい。信用していない人間に教団の禁書を見せるような奴だと思われていたのだろうか、私は。確かに私はジェイドを好ましい人物と考えているかと言われれば素直に頷くことは出来ない。私は彼に対して、その天才性故に自分が認めた一部以外は無意識に見下し、共感性に欠けた人間だという印象を抱いているためだ。だが、だからといってその能力を疑うことはしないし、アクゼリュス崩落から今まで彼が変わったことを実際に目の当たりにもしている。これで意固地に嫌い続けることが出来る訳がない。元より私が他者を評価できるほど出来た人間ではないということもあるが。

 

「信用していなければ貴重な書物を預けたりしないでしょうに」

 

「今日は珍しく優しいのですね。てっきり嫌われているとばかり思っていました」

 

「あなたも私も、互いに周りに弱音を吐けぬ立場です。ならばこういう場くらいは互いに優しくしても罰は当たらないとは思いませんか」

 

「……あなたは不思議な方だ。全てを見通し、掌の上で転がしている黒幕のように見えて、蓋を開けてみれば底抜けのお人好し。一体どちらが本当のモースなんです?」

 

「どちらでしょうね。マルクトの天才ならば是非とも見極めて頂きたい。何せ当の本人すらよく分かっていないのですから」

 

 そう言うと、ジェイドの暗かった表情が幾分か明るくなった。少しは彼の心を軽くすることが出来たらしい。

 

「ま、お互い人には言いにくい後ろ暗いことをたくさん秘めていますからねぇ。一概に言い切ることは出来ない、敢えて言えば悪人でしょうか」

 

「そうですとも。善か悪かで言えば我々は間違いなく悪党でしょうよ。フォミクリーを生み出し、そして封印した異端の天才と生体レプリカの禁忌に再び手を出した愚かな大詠師。物語でいえば典型的な悪党に聞こえますね」

 

「その場合は悪の黒幕はあなたでしょうねぇ。私は研究欲に憑りつかれたマッドサイエンティストといったところでしょうか」

 

「自分よりも頭の良い部下を持つのは御免です。さて、調子も戻ったみたいですし、あなたも宿で休んではいかがですか?」

 

「ええ、そうさせてもらいましょう」

 

 その言葉でジェイドと連れ立って機関室を後にする。ジェイドの心が少しでも軽くなればと思ったが、気が付けば私も楽しくお喋りをしていた。私にとっても、彼との油断ならない、しかし小気味いい会話は良いリフレッシュになったようだ。

 

「宿に戻って寝る前に晩酌でもいかがです?」

 

「おや、まさかマルクトの頭脳と酒を酌み交わす日が来るとは思いもしませんでしたね。一献お付き合いしましょうか」

 

「陛下以外で酒の席を共にするのはもしかするとあなたが初めてかもしれませんね」

 

「それは光栄なことだ。私も私的な場で互いに酒を飲むというのはあなたが初かもしれませんね。何分これまで私の周りには私にはもったいないくらい清貧な方か酒を飲ませられない子ばかりだったものですから」

 

「ハッハッハッ、では作法を気にせず好きに飲ませてもらいましょう」

 

「良い度胸をしてますね。やはり少しくらい凹んでいた方が御しやすくて良いかもしれません」

 

 





スキット「大人の雰囲気……?」

「……(コソコソ)」

「? おいルーク、一体何してんだ?」

「うおっ!? ガイ、ちょ、静かに! あれ見てみろって」

「あれ……? おや、あれはジェイドの旦那とモースの旦那じゃねえか。二人でカウンターに座って、酒でも飲んでるのか」

「あの二人、一体何話してんだろうなって気になってよ。でも割って入るのも良くない雰囲気というか……」

「あー、まあそうだな。あの二人が静かに酒飲んでると余人には入りがたい空気があるというか……」

「というか酒飲む姿が様になり過ぎだろ。特にモースの方は」

「あればっかりは重ねてきた歳によるものだろうな。というかジェイドもモースも何飲んでるんだ。やっぱりウィスキーかね?」

「というかジェイドがちょっと笑ってるぜ……初めて見た」

「あの旦那が屈託なく笑うところが見られるとは……こりゃ明日は大嵐になるかもしれないな」

「一体何を話してんだろうな……」

「う~ん、モースの旦那のことだから、アニスとかイオンのことか?」

「それでジェイドが笑うか?」

「……そもそも旦那があんな笑い方してるのが想像つかなかったからな。何を話してるのか分からん」

「くぉ~、気になる! でも邪魔するのも気が引ける!」

「分かるよルーク」

「アニス!? いつの間に!?」

「ついさっきだよ。仕事の場以外でお酒飲んでるモース様なんて初めて見たよぅ」

「やっぱり普段は飲んでないんだな」

「会食とか出るときはイオン様の代わりに飲むけどプライベートで飲んでるところは見たこと無いなぁ……。うぅん、かなり気になるけどあんまりジロジロ見てて二人に気付かれても気まずいし戻ろっか」

「……そうだな。気になるなら明日旦那に何話してたのか聞けば良いさ、ルーク」

「分かってるよ、流石に邪魔するわけにはいかねえし」






「……気付かれていないとでも思っているのでしょうかねぇ」

「微笑ましいことじゃないですか。いつかはルーク達とも酒が飲みたいものです」

「相変わらず目線が父親ですね」

「今のあなたに言われたくは無いですが。お互い似たようなものでは?」

「あなたよりはマシだと思っていますとも、"お父さん"?」

「やめてください、あなたに言われると背筋に怖気が走ります」

「ひどい言い様ですね」

「歳を考えなさい、歳を」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

王女と支える者

 ジェイドとの一席を終え、少しの時間眠った私は、どうにも寝付けずにまだ夜も明けきらない時間に目を覚ましてしまった。妙に目は冴えており、このままベッドで寝転がっていても再び寝付くことは出来ないと感じたため、夜明け前の散歩と洒落こもうかと宿屋を出てまだ眠りの中にあるシェリダンの街並みを練り歩く。

 海に面した高台には展望台があり、水平線まで見渡すことが出来る。まだその姿は見えないが、もう少しすれば水平線の先から太陽が現れるだろう。私は暫くの間、薄明かりに揺れる海を眺めていた。

 

 ジェイドと酒を酌み交わす日が来るとはまさか思いもしなかった。昨晩の体験は恐らく生涯忘れることは出来ないだろう。彼と私が互いに穏やかに談笑することが出来たのだから。

 

「叶うことならば、ジェイドだけでなく他の皆さんともこうして穏やかに過ごせる日が来れば良いんですがね……」

 

「何黄昏れてやがんだ、モース」

 

「聞かれていましたか。おはようございます、アッシュ」

 

 いつの間にシェリダンに戻ってきていたのか、私の後ろから声を掛けてきたアッシュへと振り返る。

 

「その挨拶をするには早すぎる時間だがな。タルタロスの改造は終わったのか?」

 

「ええ、後はルークの発案で改めてキムラスカとマルクトの和平を実現し、二国の協力を取り付けるだけです」

 

「ふん、あのお坊ちゃんにしてはマシなことを考えたもんだな」

 

 私の隣に立つアッシュは、腕を組んで鼻を鳴らす。こうして憎まれ口を叩いてはいるが、彼自身、ルークのことを認めていないわけではないのだろう。認めていなければ彼はルークを殺すことを諦めない。

 

「ルークはあなたのレプリカとして生まれこそしましたが、あなたの代わりではなく、他でもない()()()として生きようとしています。思うところはあるでしょう、ですがそれだけは認めてあげて欲しいものです」

 

「俺のいる場所を奪ったんだ。それくらいして初めてスタートラインだ」

 

「厳しいですね」

 

「お前が甘すぎるんだよ、モース。どうしてそこまで奴に肩入れする?」

 

「あなたが理不尽に居場所を奪われたと同時に彼の居場所が理不尽そのものになってしまったから、でしょうかね」

 

「……甘すぎるだけじゃなく、抱えすぎる欠点もあるわけだな、お前は」

 

 アッシュの言葉は、私の言葉を正しく理解したからこそ発されたものだった。事実、私は抱え込み過ぎているのかもしれない。この身に余ることを為そうとしているのかもしれない。だけど止まれないのだ。止まることを自身が許さない。

 

「その言葉はもう耳にタコが出来るくらい聞きましたよ」

 

「だったらちゃんと直す努力をするんだな」

 

「耳が痛い言葉です。それで、どうしますか?」

 

「何のことだ?」

 

 私の言葉に何を言っているのか分からないと言わんばかりに首を傾げるアッシュ。おや、ということは彼がここに戻ってきたのは偶然だったのだろうか。てっきりナタリアを励ますためにこっちに足を運んだのだとばかり思っていたが。

 

「ナタリアは再びバチカルに戻ります。気丈に振る舞ってはいますが、不安が無いわけでは無いでしょう。あなたから励ましてあげてはいかがです?」

 

「……俺は、ナタリアの婚約者である()()()じゃない」

 

 そう言ってアッシュは視線を足下に落とした。彼は、居場所(ルーク)を奪われてしまったときに同時にナタリアの婚約者であることを捨てた。彼女を心から想いながらも、その隣に立つことは出来ないと。しかし、彼は頑なにナタリアの想いを否定する一方で、記憶の中では度々ナタリアを気遣い、励ますなど彼のナタリアへの想いを窺わせる行動を取っている。

 

「そうやってうじうじと悩むところはあなたもルークも変わらないのですね」

 

「俺があんなお坊ちゃんと似ているだと!」

 

「似た者同士ですよ。自信があるように振る舞うけれど、内心では怯えている。あなたがナタリアの隣に立つために必要なのは肩書き(ルーク)ではないと思うのですが、違いますか?」

 

「ナタリアはキムラスカの王女だ! 貴族でも何でもない俺がどうしてアイツの隣に立てる!」

 

 私の言葉に苛立ちを隠せない様子で言い募るアッシュ。彼が怒りを顕にしたことが、私の言ったことが的を射ている証左になっている。

 

「そうですね。もちろん私も愛する気持ちさえあれば何もいらないなどと言うつもりはありません。王女に釣り合うだけの身分は必要でしょう」

 

「だったら……!」

 

「何事にもやりようはありますよ。一つ言えるとすれば、あなたはその気持ちを抑える必要は無い。ただ、あなたが思うままにすれば良いと思いますよ」

 

「……簡単に言ってくれるな。だったらそのやりようというやつ、見せてくれるんだろうな?」

 

「ええ、お見せしますとも。何せ私は悪の黒幕ですからね。それくらいの計略はしてみせましょう」

 

 


 

 

 アッシュは早々に私との話を切り上げて宿屋へと向かって行ってしまった。ちょうど宿屋を出たナタリアと顔を合わせるだろう。高台にいる私からは、ナタリアとアッシュが朝日に向かって肩を並べている姿も、ナタリアを心配して後を追いかけてきたものの、アッシュの姿を見て出るタイミングを見失い、建物の陰でその様子を窺うルークの姿も見える。とはいえ会話は聞こえないし、姿も小さくしか見えないが。

 

「こうやってアッシュが来ることもアンタの計算の内なのかい、モース様?」

 

「今度はガイですか、皆さん早起きなのですね」

 

 次に高台に姿を現したのは金髪の青年だった。屈託のない笑みを浮かべ、眼下の光景を私と並んで眺める。

 

「アッシュを焚きつけてナタリアを元気づけようってか?」

 

「私が焚きつけるまでもなく、彼ならば今のナタリアを放っておくことはしませんよ」

 

 実際、私の記憶の中ではアッシュは誰に言われるまでも無くナタリアのもとを訪れ、励ましている。あくまでも私の言葉は少し彼の背を後押ししただけに過ぎない。

 

「それで、アッシュにあんなこと言って大丈夫なのか? 実際、アイツの想いが叶う望みは薄いぜ? いくらあんたが悪の黒幕でもな」

 

 ガイはどうやら私とアッシュの会話をしっかりと聞いていたらしい。からかうような口調で、しかし目に宿った光は真剣そのものに、私に鋭く向けられている。そこにはただの気休めの言葉にすることを許さない気持ちが籠っていた。ガイの主人はルークだが、かといってアッシュを蔑ろに思っているわけではないということらしい。

 

「もちろん、口だけで終わらせるつもりはありませんよ。言ったからには策を講じます。話は変わるのですが、教団の詠師職というのは意外と重職でしてね。大詠師ともなれば一国の王への謁見がある程度簡単に叶うわけです。まあ他国の王族との婚姻となればもう一方の国からは快く思われないでしょうが、神託の盾騎士団の要職に就いた人間ならばそうした非難も無いでしょう。それに孤独に戦い世界を守ろうとした人間と王女の恋物語、民衆受けもばっちりだとは思いませんか?」

 

 つらつらと語る私に対し、最初こそは首を傾げていたガイだが何に思い至ったのか、顔を青くして信じられないものを見るような目で私を見つめてきた。

 

「……おい、あんたまさか!」

 

「いえ、誰のこととは言っていませんよ? それに王女の父親も、多少は負い目もあることでしょうし、話を通すこと自体は出来ると思うのですよ。教団との縁を更に深くする機会にもなるわけですからね。王族の血が薄れる

? おや、都合がよいことにその人間は王家の血を引く者の特徴を持っているらしいですね」

 

「おいおいマジかよ……。なるほどな、悪の黒幕だなんて言うのも頷けるぜ。あんた、ヴァンなんかよりよっぽど悪役が似合ってるよ」

 

 ガイはそう言って肩を竦めて笑った。悪役と言われた私もそれに相応しくあくどい笑みを浮かべてみせた。

 

「ローレライ教団の大詠師をしてたのは伊達じゃないってわけだな」

 

「そういうことですよ。ですからこうした後ろ暗い勘定は私のような悪人に任せておいて子ども達は自分の心を押し殺さずにいてほしいと思ってしまうのですよ」

 

 その言葉と共に私は再び眼下に目を向ける。ナタリアとアッシュの様子を見ることを止めたルークが、宿屋の前でティアと話しているのが見えた。

 アッシュとナタリアだけではない。ルーク、ティア、アニスやイオンも、皆が自分の心を殺すことなく、自分を犠牲にすることなくいられるのならば、私はそれこそ悪人にでも怪物にでもなってやろう。

 

「ところでガイはそう言った話は無いのですか?」

 

「おいおい、女性恐怖症の人間にそんな浮いた話があるわけないだろう?」

 

「そうは言ってももう原因を思い出したのでしょう? だったら改善していくでしょうし。それにガルディオス家の遺児なのですから、これからは縁談も舞い込んでくるでしょう」

 

「やめてくれよ……。俺はまだそういうことを考えてないってのに。俺よりもジェイドの旦那や、それこそあんたじゃないか?」

 

「ハッハッハ、ジェイドは私が言っても無駄でしょうし、私もそういったことを考えるような歳はもう過ぎてしまいましたよ。第一、私のような人間と一緒になろうという奇特な女性がいるとでも思いますか?」

 

 ガイの言葉に私は笑ってそう返す。私のような歳になると、最早自分のことより人のそういった話を聞いたり世話する方がよっぽど楽しく感じるのだ。そもそも私が家族を養う甲斐性があるとも思えない。

 

「……ま、何も言うまい。それにこんな気楽なことが言えるのも、まずはヴァンをどうにかしてからだな」

 

「ええ、その通りです。それまではこの胡散臭い男を精々利用してやって下さい」

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

王と娘

更新ペースが落ち気味に……

気合の連続更新です


「お待たせして申し訳ありませんでしたわ。私はもう逃げません、バチカルへ行き、お父様にもう一度話をしますわ!」

 

 夜が明けて場所はシェリダンの宿屋前。そこに立っていたのは昨日までの気弱な姿が嘘のように、かつての覇気を取り戻したナタリアの姿だった。アッシュが彼女に掛けた言葉は、彼女を十二分に励ますことに成功したようだ。

 

「全然待ってなんか無かったさ」

 

「ええ、きっとナタリアなら大丈夫って思ってたもの」

 

「ミュウも信じてたですの!」

 

 いつもの調子で声を掛けるガイと、常の冷静な表情が僅かに崩れ、柔らかく微笑むティア。そして良くも悪くも変わらないミュウ。言葉は無くとも、それ以外の面々も皆優し気な表情で彼女を見守っていた。

 

「うし、それじゃあバチカルに行って伯父上ともう一度話をしよう!」

 

 ルークが右手のひらに左の拳を打ち付けて気合を入れると、ジェイドへと視線を向けた。それを受けた彼は眼鏡の位置を指で直しながら、一つ咳ばらいをして他のメンバーの注意を自分へと向けさせる。

 

「これまでの経緯と我々の計画については昨晩の間にインゴベルト陛下宛の書状にまとめています。ピオニー陛下からこの件に関して私は全権を委任されていますから、この書状はピオニー陛下からの正式な申し入れということになります」

 

「ならそれを何とか陛下に見せることが出来ればいいわけだ。とはいえ易々と会わせてくれるもんかね」

 

「それなら大丈夫でしょう。僕がいますから」

 

 ガイの懸念に対してすかさず言葉を返したイオン。周囲のメンバーを見渡しながら、小さく輪の中に一歩踏み出した。

 

「この話はキムラスカとマルクトの二国に収まる話ではありませんから。ローレライ教団の導師として、全力で協力します」

 

「それを聞けて安心しましたよ。特に我々の計画は外殻大地を降下させてはい、終わりとはいきませんからね」

 

「障気の問題があるもんねぇ」

 

 ジェイドの言葉にアニスが悩まし気な声で同調する。声だけでなく、こめかみに両手の人差し指を添えて身体を傾け、全身で悩んでますアピールも忘れない。そうやって敢えておどけてみせるのは深刻な問題を前に気持ちが沈んでしまわないようにという彼女の気遣いか、もしくは生来の気質か。

 

「障気の問題はベルケンド、シェリダン、ダアト、ユリアシティといった各地の知恵を集結する必要がある問題です。とはいえ、そうした大同盟が出来るためには」

 

「まずはキムラスカとマルクト、ってわけか」

 

 ジェイドの言葉の先を悟ったルークが固い口調で呟く。彼自身が言い出した事とはいえ、そこに圧し掛かる重圧を改めて感じてしまったのだろう。彼の右手が、左の拳を固く握っていた。

 

「ま、そこまで気負うことは無いでしょう」

 

「ん、どういうことだよジェイド?」

 

「何と言っても我々にはローレライ教団のトップである導師に加えて、元ナンバーツーのモース様がいますからねぇ。集団の統治と組織化について知り尽くしている上に戦力としても申し分ない。もし陛下が渋ったら力づくで押し通すことも出来ますよ?」

 

 ここまで静かに輪から少し離れて立っていた私に大きな飛び火であった。ルークの緊張を見て取ったジェイドなりのジョークなのかもしれないが、彼は常に胡散臭い微笑みを顔に張り付けているため冗談か本気かイマイチ判別がつかない。そして彼はそれを分かっていて利用しているからより始末に負えないのだ。

 

「ちょ、ジェイド!?」

 

 ほら、ルークがちょっと真に受けてしまったではないか。

 

「ジェイド、ルークをからかうのは止しなさい。あなたの冗談は分かりにくいんですから」

 

「じょ、冗談か。そうだよな、流石に」

 

「おや? あながち冗談でもないんですがねぇ」

 

 なおもそう言ってとぼけるジェイドに付き合いきれないとばかりに手を振って話を止める。こやつは私を一体何だと思っているのか。いや、悪の親玉と言ったのは私だったな。ならあながち間違っていない評価なのか。考えていて少し自分でも悲しくなってきてしまった。

 

「ジェイドの冗談はともかく。導師イオンが味方に立っていることのメリットはかなり大きいのは確かです。ローレライ教団の権威はインゴベルト陛下も無視は出来ないでしょう。尋ねてもいきなり兵士に連行されると言った事態にはならなくてすみそうですね。懸念が無いわけではありませんが。というか、私もついて行くのですか?」

 

 ふとジェイドの言葉を思い返してみれば、まるで私がルーク達についてバチカルに行くような口ぶりだった。私はシェリダンに残って引き続きイエモン達の護衛を務めるつもりなのだが。

 それを伝えると、何故かジェイドだけでなく他の面々からも意外そうな顔をされた。

 

「ついて来てくれないんですか?」

 

「いえ、あのですね、導師イオン。ここにも護衛が残る必要が」

 

「私は、ついて来て頂けると心強いですわ」

 

「ナタリア殿下……」

 

「あのとき、モースが私を庇ってラルゴの前に立ってくれたことでどれだけ救われたか。ルーク達だけじゃない、他にも味方がいると頼もしかったものですから」

 

 イオンはともかく、ナタリアに言われると少し困る。断り辛いことこの上ないためだ。もちろん私がルーク達について行くことも考えないでは無かった。私の記憶が確かならば、インゴベルト陛下と和解したナタリア達はそのままユリアシティで和平会談を行い、地核振動停止作戦の大詰めにかかる。この記憶との差異として、今のローレライ教団には新たに大詠師となったオーレルがいる。間違いなくバチカルでマルクト脅威論を煽っていることだろう。私が同行すれば、彼の行動を掣肘することも出来る。

 その一方で、私がシェリダンを離れることの不安も大きい。既に私が知る筋書きとは異なる進み方をしているこの世界において、ヴァンによる襲撃が早まる可能性が無いとは言えないからだ。記憶の通りならば、和平会談後に襲撃が発生した。恐らく、和平会談を聞きつけたヴァンがスピノザからのタレコミでシェリダンでの動きを知ったのだろう。だが、今は既にシェリダンに侵入者が度々訪れている。いつ本格的な襲撃があってもおかしくないのだ。私がいれば、タルタロスだけでも逃がすことが可能かもしれない。だが、最悪の場合はイエモン達が死んでしまうだけでなく、タルタロスが破壊されて作戦そのものが頓挫してしまうかもしれない。そのリスクをどうしても私は取れない。

 

「行ってきたら良いじゃないか、モース」

 

 答えに窮した私の背中を押したのは、ルーク達の声では無かった。

 

「うおっ!? 一体どこから、っていうか誰だ?」

 

 まるで影のように、路地裏から足音も無く現れ、ルーク達の背後に立つ彼の顔は目深に被ったフードによって見ることは出来ない。ここで顔を見られてルーク達に無用な混乱を招いてしまうのを避けた心遣いか。

 

「モースに頼まれてシェリダンの技術者を護衛してる者だよ。あんまり気にしなくていい。モースの味方だってことだけ覚えとけば」

 

「……あなたは」

 

 驚くルークに素っ気なく返すフェム。その声に何か勘付いたのかイオンが意味ありげな視線を向けていたが、フェムはそれに応えることなく私に顔を向けた。

 

「ここの護衛なら僕に任せておけばいい。数日くらいなら何とでもなるだろうさ」

 

「しかし……」

 

「どうせあの樽親父とはいつか白黒つけなきゃいけないんだ。良い機会なんだし、行ってきてよ。じゃなきゃ、フローリアン達も安心して迎えに行けないだろ?」

 

 フェムの言葉はご尤も。私もいつかはオーレルを退けて再び大詠師に戻る必要がある。でなければフローリアン達が利用される可能性が常に残ってしまうからだ。少なくとも私が大詠師でいれば、新たに導師イオンのレプリカを作ることも、フローリアン達を利用して導師の権力を乱用することもしない。

 

「はい、なら決まり。さっさと行った行った。ほら、ボーっとしてないでモースをアルビオールに押し込むのを手伝ってよ。この筋肉オヤジ重たいんだからさ」

 

「お、おう!」

 

「ちょ、あの、何で私を拘束するのです? 私はまだ行くと言ったわけでは……」

 

「アニスちゃんは何も聞こえませ~ん」

 

 そしてうだうだと悩んでいる私を見かねたのか、フェムとルークに右腕を、アニスとガイに左腕を拘束されてあれよあれよと言う間にアルビオールへと引きずられてしまった。機体が離陸し、シェリダンが小さく離れていったのを目にして遂に私は諦めたのだった。

 

 


 

 

 バチカルは一見すると普段の賑やかさを取り戻しているようだった。ただし、街道を行き交うキムラスカ兵士の姿にそれは間違いであったと悟る。ナタリアの要望で港から王城まで直接行くのではなく、堂々と街の入り口から登城することになったため、人々の耳目は自然とナタリアに集まった。

 

「ナタリア様だ!」

「帰ってきてくださったんですね!」

「ナタリア様、俺達がついてますから!」

 

 だが、その注目は決してナタリアにとって悪いものでは無い。むしろナタリアを温かく迎え入れるものだ。ナタリアがバチカルを離れても、必ず帰ってくると信じていた市民達。今ナタリアにかけられる言葉を聞くだけでも、彼女と市民達が確かな絆を紡いできたことを感じさせる。彼女は言葉こそ返さないものの、片手を上げて市民の声に応えながら、昇降機に歩を進める。

 

「俺達だけじゃない、皆、ナタリアのことを信じてるんだ」

 

 昇降機が王城へ向けて上昇する中、ルークは噛み締めるように呟いた。

 

「ええ、その通りですわ。仮に私がお父様と血の繋がりを持たない娘だとしても、これまで私が為してきたことは無かったことになりませんわ」

 

 昇降機の扉が開いた先は、ナタリアにとって見慣れた景色だ。薔薇と噴水の美しい庭園。傍らにはファブレ公爵邸、正面には威容溢れる王城。穏やかな景色でありながら、流れる空気はどこか張り詰めている。

 

「ナタリア様、お戻りになられたのですか!?」

 

 城の玄関口を守る兵士は、ナタリアの姿を見ると驚きの声を上げた。

 

「お父様……。いえ、国王陛下にお話があります。通して頂きますわ」

 

「ナタリア様、今のあなたではお会いにはなれません。お覚悟は出来ておられるのですか」

 

 ナタリアの言葉をすげなく切り捨てる兵士。その兵士の前にイオンが歩み出る。

 

「私はローレライ教団の導師イオン。インゴベルト陛下に謁見を申し込みます。ここにいる者は皆この私が身元を保証する者であり、その場に同席させる必要がある者達です」

 

「導師イオンの申し出を一介の兵士が取り下げることは許されません。そこを通してもらいます!」

 

「は……はっ!」

 

 イオンと、それに続くアニスの言葉に気圧されたのか、兵士は先ほどまでの態度を一変させ、合図を出すと城への扉を開いた。

 

「さあ、行きますわよ」

 

「ああ、伯父上の目を覚ませてやろう!」

 

 駆け足にならないギリギリの速さで歩き、謁見の間に続く階段を上がる。扉の横に立つ兵士の制止も振り切り、ルークは謁見の間の扉を開け放った。

 

「伯父上! 聞いて頂きたい話があります!」

 

 そして正面、玉座に腰かける人物に向かって声を張り上げた。その声に反応してか、件の人物は目線を上げ、私達の姿を捉えると、僅かに目を見開く。

 

「ルーク……それに、ナタリア……」

 

 最後に見たときからさほど時は経っていないにも拘わらず、その姿はどこか小さくなってしまったように見える。いや、実際の姿は変わっていないのだろうが、その身に纏う覇気とも言うべきものが萎んでしまっているのだろう。

 

 キムラスカを統べる者、インゴベルト王とナタリアが対峙した。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

親と子

最近スキットを書けてない……だらしない……

会話劇だけでの表現に限界を感じているため、番外編として独立した章で書くことを検討中




 謁見の間にいたのはインゴベルト王を始めとするキムラスカの重鎮とオーレル。その中にクリムゾンの姿もあったことから、彼が王に剣を向けたことはどのような政治的判断があったにせよ表向きは不問となったらしい。

 そして対峙するインゴベルト王とナタリア。表向きの立場としてはインゴベルト王の方が上のはずであるのに、使命感に燃えるナタリアと対照的に、彼の目はどこか怯えているようだった。

 

「ふん、のこのこと罪人共が顔を見せおったか」

 

 傍らに控える詠師、いや今は大詠師となったオーレル。彼の表情にはナタリアに対する侮りがありありと見て取れる。彼にしてみれば、今のナタリアは何の権力も持たない小娘に過ぎないのだろう。だが、そう思っていられるのも今の内だ。

 

「黙りなさい、オーレル。私達は今マルクトのピオニー陛下から任ぜられたローレライ教団の和平使節団としてここに立っています。ナタリアを侮辱することはすなわち使節団の代表であるこの導師イオンを侮辱することと同義であることを弁えなさい」

 

「ぬ、ぐぅ……」

 

 オーレルをイオンの鋭い言葉が咎める。教団内の実権はともかくとして、公式の場において導師イオンは教団のトップである。大詠師となった彼と言えど、イオンにそう言われては口を挟めない。

 静かになった外野を横目に、ナタリアとルークが揃って一歩を踏み出した。それに対し、インゴベルト王は微かに身を震わせる。

 

「お父様、いえ、インゴベルト陛下。この世界はもはや預言(スコア)から外れてしまっておりますわ。このままマルクトとの戦争が続けば、大地は際限なく崩落し、約束された繁栄を享受する間もなくキムラスカは、この世界諸共滅びの道を辿ってしまいます」

 

「陛下、私というレプリカの存在で預言(スコア)は狂いました。これ以上マルクトと戦争を続ける意味は無いはずです!」

 

「……私に一体どうしろと言うのだ」

 

 ナタリアとルークの堂々とした言葉に比べて、喉から絞り出したかのようなインゴベルト王の言葉はともすれば聞き逃してしまいそうなくらいに弱弱しいものだった。

 

「儂の娘は……ナタリアは生まれたと同時に死んでおった。儂は、十七年前のあの日に、愛する妻と娘の両方を喪っておったのだ……」

 

 疲れ切った彼の口から紡がれる言葉は、どこまでも後ろ向きだ。そしてその様子を見たオーレルの顔が喜色に歪んでいく。インゴベルト王がナタリアの言葉に頷くことが無いと考えたからだろう。そんなインゴベルト王の前に立つ人影が一つ。

 

「まだそのようなことを仰られているのか、あなたは」

 

「クリムゾン……?」

 

 私達に背を向けているため、クリムゾンの表情を見ることは出来ない。だが、彼の拳が今にも血が滴り落ちんほどに強く握られていることが、今の彼の内心を何よりも雄弁に物語っていた。

 

「妻を喪った苦しみを私が理解することは出来ないでしょう。だが、愛する娘を喪ったとはどういうことか。あなたの娘は今この場にいるだろう!」

 

「だが、だがあ奴は……」

 

「血の繋がりが無いと言われるか? では十七年間積み上げてきた親子の絆はどうなのだ! 例え血の繋がりが無くとも、これまで培ってきた心の繋がりまでが偽りだなどと、言えるわけが無い、言わせてたまるものか」

 

「なら……ならば、お主はルークを、レプリカというそこの男を息子として認めることが出来るとでも言うのか」

 

 インゴベルト王の言葉にクリムゾンはゆっくりとこちらに振り返り、その目がルークを捉えた。ルークはそれに身を固くさせてしまうが、クリムゾンの目にはどこまでも優し気な、慈愛の光しか見て取れない。

 

「ああ、言えるとも。この子は、私の息子だ。例えシュザンヌが腹を痛めて生んだルークでは無かったとしても、そのルークも、今この場にいるルークも私の息子であると言えるに決まっている」

 

「ち、父上……」

 

 それは恐らくルークが初めて見たクリムゾンの柔らかな笑顔だった。

 

「ルーク。この愚かな男をまだ父と呼んでくれるか。預言(スコア)に従い、お前を死地に追いやるしか出来ず、それ故にお前を愛することから逃げた弱い男だ。だが、それでも、お前は私の息子だ」

 

「何故、何故そこまで言える……クリムゾン」

 

 迷いなく発されたクリムゾンの言葉に誰よりも衝撃を受けたインゴベルト王は、信じられないとうわ言のように繰り返した。

 

「レプリカなれどルークは七年間ファブレ家で確かに私の息子として、ルークとして育てられたのだ。何故息子で無いなどと言える。生まれただけで責められる謂れなど無い。責められるべきは七年前のあの日、オリジナルのルークとレプリカのルークを見分けられなかった私だけだ。王よ、十七年の月日はあなたにとって偽物だったのか? そんなはずがない。だからこそ今のあなたは苦しんでおられる」

 

 そこでクリムゾンは言葉を切ると、再度インゴベルト王に向き直り、片膝をついて彼と視線を合わせた。

 

「その苦しみを無視せよとは言えませぬ。だが、ナタリアの言葉に今一度耳を傾けられよ。いくら否定しようと、彼女が王女として教育を受け、そして真に国を憂いていることは覆しようのない事実。ならばその言には一考の価値があることは自明でしょう」

 

 それを言い終わると、クリムゾンは玉座の前から退き、再び傍らへと控えた。キムラスカの他の重鎮、例えばアルバインなどは何かを言いたげにしていたが、彼もクリムゾンの言葉に思うところがあったのか、渋々と言った表情でそれを呑み込んでいた。

 

「……」

 

「伯父上」

「お父様……」

 

「陛下、惑わされてはなりませぬぞ!」

 

 目を伏せて沈思黙考するインゴベルト王に、オーレルが先ほどまでの余裕の表情を崩して声をかける。それだけに留まらず、玉座に駆け寄ろうとした。

 私はすかさず彼に近づき、その腕を取って彼の動きを阻害する。何事かとこちらを見たオーレルの顔が憤怒に歪むのにそう時間はかからなかった。

 

「貴様、どこまでも私の邪魔を……!」

 

「この場で邪魔なのはどちらですか。親子の絆を引き裂こうなど、一人の大人として情けないことこの上ない。今はあなたの言は不要。ユリアの預言(スコア)が真に世界の道筋を決めていると信じるのであれば、見苦しく騒がずに事の成り行きを見守りなさい」

 

 特に鍛えているわけでもないであろうオーレルでは私の腕を振りほどくことは出来ない。しばらくは藻掻いていた彼だが、無駄だと悟ると抵抗を止めた。これで横やりが入ることは防いだ。後は陛下の心次第だが、そこまで心配はしていない。私が見上げた先にある陛下の目は、先ほどまでの弱弱しいものではなくなっていたからだ。

 

「……国を真に憂いているからこそ、か」

 

「キムラスカの民がナタリア様を慕っているのは彼女が王家の血を引くからではないでしょう。彼女が民に寄り添い、民のために身を粉にして働いて来たからではないのですか?」

 

 インゴベルト王を後押しするように、ジェイドが言葉を紡ぐ。

 

「マルクトとしては陛下がナタリア殿下を放逐するというのであれば喜ばしいことこの上ないですねぇ。彼女の才覚は確かですし、ピオニー陛下の結婚相手としても申し分ありませんし」

 

「可愛い我が娘をマルクトの若造なぞに嫁がせてたまるものか! ナタリアは私の娘、誰が何と言おうと愛すべき我が子だ!」

 

 そして続くジェイドの言葉に、遂にインゴベルト王が立ち上がって言い放つ。少々親馬鹿が過ぎる反応だが、その言葉はつまり彼の中で踏ん切りがついたことを示している。

 

「お父様……?」

 

「おお、ナタリア。情けない父を許してくれ。朋友に諭され、敵国の軍人にここまで言われなければ、弱い私はお主を娘と呼ぶことすらできなかった」

 

「いえ、いえ! お父様、お父様!」

 

 ナタリアは被りを振ってインゴベルト王に駆け寄ると、その胸に縋りついて涙を流した。ようやく、ようやくキムラスカの雄が蘇ったのだ。

 

「そんな、馬鹿な。陛下! その者は偽者、偽りの姫なのですぞ!」

 

「黙れ! 我が娘を愚弄するな!」

 

 オーレルの言葉を、それ以上の声量と迫力でもって切って落とすインゴベルト王は、先ほどまでの弱った姿が嘘のように、その身に王として相応しい威厳を纏っていた。

 それを見て形勢が悪いと感じたのか、オーレルは苦虫を噛み潰したような表情で引き下がると、足取りも荒く謁見の間を後にした。

 

「ルーク達も、すまなかったな。情けない姿を見せてしまった」

 

「いえ、伯父上とナタリアが元通りになって良かったです」

 

「ありがとう。ではお主達が来た本題を聞こう、と行きたいところだが。少し時間を貰えないか。ナタリアが目元を腫らしてしまっているから少し休ませてやりたいのだ」

 

「ええ、構いません」

 

「ありがとう。ではまた後程な」

 

 そう言ってインゴベルト王はナタリアと共に謁見の間を後にした。アルバインやその他の重鎮達も、思うところがあるような顔をしてはいたが、何も口にすることなく同じく部屋を出ていき、謁見の間に残ったのはルーク達とクリムゾンだけとなる。

 

「……父上」

 

「ルーク、すまなかったな。お前が今抱いている苦しみは私が背負わせたに等しい。許してくれとは言うまい」

 

「そんな、そんなこと……。むしろ、俺は、アッシュの、オリジナルの居場所を奪って」

 

「そう自分を卑下するな。お前が居場所を奪ったのではない。私達大人が弱かったためにお前たちの居場所を作れなかっただけなのだから」

 

 クリムゾンは俯いてしまったルークに歩み寄り、その頭を胸に抱く。所作こそぎこちないものの、そこにあるのは確かな親子の情だった。その光景に、私は目頭が熱くなるのを感じた。ティアやアニスも、顔を伏せて目を押さえている。彼女らは特にルークに心を砕いていた。それ故に今のこの情景に感じ入るものがあったのだろう。

 私の記憶とは違い、確かに今のクリムゾンとルークは親子として情を交わすことが出来ている。ルークにとって優しい光景がここに広がっていた。惜しむべきは、ここにアッシュを交えていないことだが、いつかはルークとアッシュが揃ってクリムゾンと屈託なく親子となれることを願うばかりだ。

 

「モース、感謝するぞ」

 

 と、そこでクリムゾンが私に水を向けてきた。

 

「私が何かをしたわけではありませんよ」

 

「何を言う。お前が私に教えてくれたことが無ければ、今でも私はルークを受け入れることは出来ていなかっただろう」

 

「モースが……?」

 

「そう持ち上げられても何も出せませんよ。私が何をせずとも、あなた達はきちんと親子になれていたでしょう。私が余計なお節介を焼いただけです」

 

 少し照れ臭くなって視線を逸らした。私のこれは感謝されるためにしているわけではない。ただ私が少しでも優しい世界をと、言うなれば私のエゴに過ぎないもののためにやってきたことだ。それを面と向かって感謝されると面映ゆさに加えて罪悪感も感じてしまう。

 

「そのお節介が私とルークをこうして結び付けてくれた。お前が受け取らなくとも私が勝手に感謝するだけだ」

 

「……私のような悪人には些か以上に過ぎた報酬ですね」

 

「あくにん……?」

 

 私は諦めて肩を竦め、これ以上この場に居てルーク達の邪魔をするわけにもいかないと扉に向かった。背後ではアニスが何かを呟きながら首を傾げていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

踏み出す勇気と私

 しばらくの時間を置き、再び謁見の間に集められた一同は、王に相応しい威容を纏ったインゴベルトの言葉を待っていた。

 

死霊使い(ネクロマンサー)殿から頂いた書状、確かに目を通した。我がキムラスカはマルクトと停戦、協力して外殻大地降下作戦に全面協力をする」

 

「お父様!」

 

 彼の言葉に、隣に控えるナタリアの表情が明るくなる。彼女と王の距離はこれまでに増して近づいたようで、インゴベルト王も柔らかな笑みを浮かべてナタリアを見つめ返している。

 

「差し当たっては和平会談を執り行わねばなるまいな」

 

「ピオニー陛下には我々から日時と場所をお伝えしましょう。今は一刻も早く戦争を止め、崩落の危険がある場所から兵を退かせなければいけません」

 

 インゴベルト王の言葉に同調してジェイドが続ける。ジェイドはピオニー陛下から白紙の委任状を貰っている状態だ。彼が同意すれば、後はマルクトの首都、グランコクマに戻って結果を陛下に奏上するだけで段取りが付く状態になっている。ピオニー陛下はそこまで考えていたのか、あるいはジェイドへの全幅の信頼がなせる業か。この場合は両方なのだろう。

 

「会談場所はどうする」

 

「両国のどちらにも属さぬ土地が良いでしょう。ダアト、と言いたいところですが、私はユリアシティを挙げさせて頂きます。ティア、テオドーロ市長に協力依頼をお願いできますか?」

 

「え、ええ。問題ありません。でもどうしてユリアシティなんでしょう、大佐?」

 

「今のダアトはまだオーレル、ひいてはヴァンの勢力圏内にあるためですね。それに両陛下に一度魔界(クリフォト)を実際に目の当たりにして問題意識を強く持っていただくためでもあります」

 

 ジェイドの言葉にルーク達は得心がいった表情で頷く。私も、この男がこういった場においてどれほど有用な人物であるかを改めて感じていた。魔界(クリフォト)という地獄、人々を蝕む障気がこの大地のすぐ下に埋まっていることを伝聞でしか知らないのと実際に目の当たりにするのでは、その後の取り組みに大きな差が出ることは明白だ。

 障気の問題は特にキムラスカとマルクト、そしてダアトの全ての勢力が一丸となって取り組むべき問題。会談場所をユリアシティに指定することで両国の和平意識を強め、同時に障気の脅威を伝えることも出来る。元々考えていたことかもしれないが、彼の頭脳は軍人に留まらない優秀さを如才なく発揮していた。

 

「そういうことならユリアシティがピッタリだな」

 

「行き来もアルビオールを使えば速くて安全ですわね」

 

 ルークとナタリアがジェイドの言葉に同意し、それを見たインゴベルト王も納得したように頷いた。

 

「うむ。寡聞にしてユリアシティという都市に聞き覚えが無いが、お主達がそう言うなら必要な事であろう。会談場所はユリアシティとしよう。して、日時は如何する?」

 

「今すぐにでも、と言いたいところですが懸念事項が一つ」

 

「? 何か心配事か、旦那」

 

 言い淀んだジェイドにガイが言葉を投げかける。他の面々もジェイドが言葉に詰まった理由については考えあぐねている様子だが、私はぼんやりとその理由に思い当っていた。

 

「シェリダンにあるタルタロスですね」

 

「その通りです」

 

「ふむ、確か地核振動停止の要となるものだったか。お主の懸念も理解できる」

 

 私の言葉にジェイドが頷き、インゴベルト王も少し首を傾げたものの直ぐに理由に見当がついたようだ。

 

「御三方だけで納得してないで説明して頂けませんか?」

 

「簡単なことだ、ガイよ。戦争において重要なのは戦略目標の達成。そのためには戦術の要を疎かにするわけにはいかんだろう。寡兵は機動力こそ勝るがこと防衛においては頼りない」

 

 他のメンバーを代表して疑問を呈したガイに答えたのはクリムゾンだった。

 

「ルーク達の作戦にはタルタロスが必要不可欠だ。だがそれは既にヴァンも知るところであろう。タルタロスを破壊してしまえばこの作戦の前提が崩壊してしまう。タルタロスとは我々の切り札であると同時にアキレス腱なのだ。それも易々と動かすことも、隠すことも出来ない防衛対象だ」

 

「ああ、そういうことか。のんびり和平会談なんかしている間に」

 

「ヴァン師匠がシェリダンを落とすってことか」

 

「それだけではない。それを危惧してタルタロスに護衛を割けば今度は直接会談の場に乗り込んで両陛下の命を狙うことも考えられるのだ。守るべき対象は既に最低2箇所。常に敵は我々の機先を制することが出来るのだから戦力の配分は慎重にする必要があるだろう」

 

 クリムゾンの言葉は、和平という希望に輝いていた子ども達の表情を硬くするのに十分だった。彼の戦略家としての目は正確にヴァンの狙いを看破していたし、語られる脅威は現実味を帯びている。

 

「幸運なのはユリアシティとやらは大軍を送り込むのには不向きなことか。それに確率が高いとは言えヴァンにとって会談場所は不明確。であれば隠しようがなく、逃げようがないシェリダンに軍勢を差し向ける可能性が高いだろうな」

 

「地核振動停止作戦にはタルタロスだけじゃなく俺達の脱出用にアルビオールも不可欠だ。作戦を優先すれば会談を先延ばしにせざるを得ない。そうすれば前線の緊張感が高まって暴発の危険性が高まる」

 

「かといって会談を優先すればヴァンが動く時間を多く与えることになってしまいます。会談場所を抑えられてしまえば、それこそ戦争を止める術が無くなってしまいます」

 

 クリムゾンの言葉をガイとイオンが引き継ぐ。先ほどまでの明るいムードは一変して重苦しい沈黙が謁見の間に広がった。これについては私にもどうすることも出来ない。ユリアロードを使おうにも魔物蔓延るアラミス湧水洞に両陛下をお連れするわけにもいかないし、ダアトのユリアロードなどそれこそ論外だ。機動力こそあるものの、手が絶望的に足りない。シェリダンで一度悩んだ問題が更に規模を増して頭痛の種になってしまった。

 

「ひとまずはシェリダンにキムラスカ軍を駐留させ、警戒を厳とするのが現実的な策か」

 

「そうですね、陛下。ですが大規模な動員は足が遅くなる。私にお任せを」

 

 クリムゾンはそう言ってインゴベルト王一瞬視線を交わすと、それ以上言葉を交わすことなく慌ただしい足取りで謁見の間を出て行った。

 

「……いやはや、戦場を思い起こさせる気迫でしたねぇ。深い洞察と稲妻の如き速さの用兵。これが我が国を相手取ったものでないことに安心してしまいますね」

 

 それを見送ったジェイドの言葉は字面だけ見れば些か緊張感に欠けるように思えるが、そこに籠められた感情はかのマルクトの俊英にしては真に迫ったものだった。

 

「しかし、お陰でシェリダンの防衛については余裕が出来ました。であれば可能な限り早く会談を行う必要があるでしょう。日時については固定するのではなく、ピオニー陛下とユリアシティに協力を取り付け、バチカルに戻り次第速やかにインゴベルト陛下にもお越し頂くという形は如何でしょう?」

 

「儂は問題ない。これ以上に重要なこと、今は無いのだからな」

 

「ユリアシティには僕とティアが残って依頼に当たりましょう。こういうときのために導師の権力は存在しますから」

 

「ならユリアシティに寄ってイオンとティアを降ろしてから、グランコクマに行ってピオニー陛下に事情を説明」

 

「その足でバチカルにインゴベルト陛下を迎えに行くってことだね!」

 

 ルークの言葉を継いだアニスが締めくくる。これで大筋は決まった。後は動き出すだけだ。それも可能な限り早く、ヴァンに動く暇を与えないように。

 

「フフ……」

 

「おや、どうかされましたかな、インゴベルト陛下」

 

 インゴベルト王が小さく笑いを零したことに気が付いた私は、思わず今までの沈黙を破って彼に声をかけてしまった。

 

「いや何、世界はこうして未曽有の危機に直面している。だがな、儂は今、初めて王として相応しい仕事をしているように思えてしまったのだよ。預言(スコア)に言われるがままではなく、自ら決めた道を歩む。この歳で情けないことに、それが少々恐ろしい」

 

「陛下……」

 

 インゴベルト王が溢した言葉に、私は改めてこの世界における預言(スコア)の重みを思い知った心地がした。そう、これまでの人は迷う必要が無かった。預言(スコア)が迷う前に道筋を示してくれるから。それは人によっては途轍もなく残酷なことだが、一方で多くの救いをも生んできたことは確かなのだ。預言(スコア)があるからこそ耐え難い苦痛に耐えられた人間もいる。苦痛の先が見えていたから。だからと言って預言(スコア)が全て肯定されるわけではないが、確かに人々の寄る辺となっていたのだ。

 それを私は奪い去ろうとしている。一人の青年を救いたいと、自身の手の届く人だけでも幸福を享受できるようにと、目の届かない大多数の救いを無くそうとしている。インゴベルト王は預言(スコア)からの脱却を恐れながらも決意した。それがどれだけ勇気のいることだろうか。今まで当たり前のように見えていた視界を突然奪われて平静を保てる人間はどれだけいることか。

 

「大詠師モースよ。これまでキムラスカのためにお前はこの上ない献身をした。それをこのような形で裏切ることになる」

 

 彼は私にそう言って申し訳なさそうな顔を向けた。確かに陛下にしてみれば、私はこれまで預言(スコア)の成就に奔走してきたローレライ教団の人間だ。そう思うのも分からないではないが、彼は今自らも未知への恐怖を感じている。だというのにそれを抑えて私に気遣いまでしてくれているのだ。一度は心が弱ったとはいえ、確かに彼は王の器と呼んで差し支えない人物なのだ。私は表情を緩め、玉座へと腰を折って言葉を投げかける。

 

「より良い未来が預言(スコア)から外れた先にあるのなら、それを目指すことに否やはありませんとも。卑小の身ですが、陛下の勇気ある決断を心より尊敬いたします」

 

「……まさかお主がそのような考えを持っていたとはの。ローレライ教団の指導者としてはおかしなものだ」

 

 インゴベルト王は目を伏せ、笑った。私もそれに笑みを返しながら、一つ彼の勘違いを訂正するために人差し指を立てた。

 

「ふむ、どうやら陛下は一つ勘違いをされていらっしゃる」

 

「勘違いとな?」

 

「ええ。私の個人的な解釈を申し上げれば、預言(スコア)とは始祖ユリアが後世に残した祈り。道に迷ったときに、目の前の暗闇を僅かに照らす灯りに過ぎぬもの。それに従うかは今を生きる我々に委ねられているはずです。そして何より、今の私は残念ながら大詠師を首になっています故」

 

 預言(スコア)などどうでもよろしい。

 

 そう言った直後、謁見の間には珍しく笑い声が響き渡ったのだった。

 





スキット「冗談? 本気?」

「時にモースよ、大詠師職を辞していると言うのは真だな?」

「は? ええ、まあ本当ですが。一体どうしたのですか、クリムゾン様」

「なるほど。であれば和平会談が終わった暁にはインゴベルト陛下にお伝えしておかねばならんな。優秀な内政官の当てがあると」

「いや、待って下さい。何を言っているのですか、まさか私をキムラスカに迎え入れようとでも?」

「何か不満があるか?」

「不満も何も」

「これまでの貢献を考えればそれくらいの報酬を与えても良いくらいだろう。ナタリア殿下の政策に助言を与えていたことも耳に入っている」

「一体どこからそのような情報を仕入れてくるのですか……。それに私は国政を執り行える器ではありませんよ」

「器……身分のことならば心配するな。貴族位、子爵くらいならば与えてやれるとも」

「そういう意味ではありません。分かってて言っているでしょう!」

「何故そこまで固辞するのだ。大詠師からは多少格落ちとはいえキムラスカの子爵位は大きな看板だぞ?」

「そういったものを頂いても私は腐らせてしまうばかりですよ。何より権力など、最も私に与えてはならないものです」

「ふむ。私の持論だがな、真に権力の座につく者はいつだってそこから最も自身を遠ざけようとしている者だという。そういった意味でもお前はキムラスカに引き入れておきたいのだが」

「ファブレ公爵、何やら面白い話をしていらっしゃいますね」

「おや、導師イオン。聞いておられたのですね」

「ええ、聞いていました。モースは近々大詠師として復職します。ですので後のことをご配慮いただく必要はありませんよ」

「ハハハ、大詠師だからと言ってキムラスカ貴族であってはならないわけではないでしょう」

「いやいや、いけませんからね。仮にも自治区の権力者になるのですから……。冗談はやめていただけませんか、クリムゾン様。導師イオンも、クリムゾン様の冗談に乗せられるのはお止しなさい」

「冗談、そうですよね。冗談ですよね?」

「……ハッハッハッ、ええそうですとも! 冗談に決まっております。導師イオンの覚えめでたいモースを取り込もうなどと、本気で言うわけがないではありませんか」

「ハァ、少し焦ってしまいましたよ。冗談も程々にしてくださいね? ファブレ公爵」

「…………今は、ですがね」

「クリムゾン様、何か最後に不穏なことを言いませんでしたか? あの、目を逸らさないで頂けませんか? 導師イオンも何で黙っているんです? 何だか目が怖いのですが……」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

公爵家と私

 インゴベルト王がマルクトへの書状を用意するために、私達も一晩バチカルで待機する必要が生じた。

 

 ナタリアはインゴベルト王と共に城で過ごし、それ以外の面々はクリムゾンに招待されてファブレ家の歓待を受けることになった。

 

「前に来た時も思ったけどやっぱり公爵家ってスゴイよね~。いくつ部屋あるのって感じ」

 

 アニスがキョロキョロと落ち着かなさそうに周囲を見渡しながらため息を漏らす。アクゼリュスに向かう前にも彼女はここを訪れていたようだが、何度見ても慣れないらしい。それは私も同感だ。敷地内に兵の訓練も出来る程の広い中庭があり、それを囲むようにルークの部屋に当たる離れ、食堂、屋敷の主人であるクリムゾンとシュザンヌの部屋を備えた母屋、客室と使用人たちの部屋がある棟と、贅沢な空間の使い方をしている屋敷だ。初めて訪れた人間は案内無しでは迷子になること間違いなしだろう。

 

「まずはシュザンヌに顔を見せに行こう。妻も皆と話がしたいと言っていたからな」

 

「お身体の調子はよろしいので?」

 

 クリムゾンの妻であるシュザンヌは身体が弱く、中々ベッドから起き上がることも出来ない人だ。公爵たるファブレ家の跡取りがルーク一人であったのもシュザンヌがこれ以上の出産に耐えることが出来ないと言う理由があるためだった。それ故に七年前のアッシュが誘拐されたとき、そしてルークとティアが超振動によってタタル渓谷に吹き飛ばされたときは心労の余り床に臥せてしまった。それを知っている身としてはあまり大勢で押し掛けるのも良くないと思うのだが。

 

「心配するな。最近は調子も良くなってきている。むしろお前たちと話せない方が辛いだろう。あれも病のために屋敷から中々出られないからな。見慣れた人間以外と話すことが良い刺激になる」

 

「……そういうことでしたら」

 

「ま、お前のお陰で最近はシュザンヌも寂しがることはなくなってきたがな、モース」

 

「? それはどういう……あ、いえ、そういうことですか」

 

 クリムゾンが肩越しにこちらをチラリと見て放った言葉に、私は一瞬何のことか分からなかったが、すぐに事に思い至った。そういえばクリムゾンには今回の件以外にも大きな借りを作っていたのだった。

 

「その節は、というよりも今この時もですが、あなたにはお世話になりっぱなしですね」

 

「気にすることは無い。そのお陰で、私もシュザンヌもルークのことを受け入れ易くなったのだからな」

 

「? 父上もモースも一体何の話を……」

 

 前を歩く私達の話を聞きつけたルークが何の話かと首を傾げている。

 

「ええっと、それはですね……」

 

「ちょっと待て、何か聞こえないか?」

 

 私が振り返って説明しようとすると、ガイがそれを遮った。一体どうしたのかと耳を澄ませてみると、何やらドタドタと足音が迫ってきている。それも一人ではない、複数だ。方向的には中庭の方からだろうか?

 まさかと思いクリムゾンの方を見ると、彼はやれやれといった表情で肩を竦めた。

 

「どうやら先触れをやったときにお前たちが来るという話を聞きつけてしまったようだな」

 

「ちょっと待ってください! 出来ればこんな形ではなくもっときちんとした形で皆さんに説明する場を……」

 

 私の言葉は最後まで紡がれることは無かった。言い終わるよりも先に中庭に繋がる扉がドンッという音と共に勢いよく開き、そこから飛び出してきた影が私に襲い掛かってきたからだ。

 有り得ない仮定であるが、例えばそれが私を狙う暗殺者であったならばそれに対処することは容易だっただろう。いくら戦闘は得意ではないとはいえ、自衛手段ならいくらでもある。しかし、今回私に突っ込んできた相手はそういった手荒な方法を使える相手では無かった。

 結果、私はその塊を全身で受け止める羽目になる。それも一人ではなく、複数人が私にタックルしてきたものだから流石に受け止めきれない。私はあっけなく柔らかな絨毯に押し倒されることとなった。ここがファブレ公爵の屋敷で良かった。もし下が石畳だったなら私の背中が酷いことになっていたに違いない。

 

「な、なんだ……?」

 

「モースの旦那の知り合い……か?」

 

「彼らは……。ここに匿っていたんですね、モース」

 

「ぐぅ……。ええ、そうです導師イオン。クリムゾン様に頼んでここで保護して頂いています。というか、降りなさい。ここは廊下であってベッドではないのです。いつまでも寝転がっていられませんから」

 

 私はそう言って上に圧し掛かっている緑色の塊に手をかける。少し抵抗するようにしばし私の胸元に顔を押し付けていた顔が上がり、翠色の瞳と私の目が合う。

 

「えへへ、久しぶりだね、モース!」

 

「お久しぶりです、フローリアン。それに他の皆さんも」

 

 私がダアトを脱してまだそこまで長い時間が経っていないにも拘わらず、この翠の兄弟達と会うのは随分久しぶりな心地がした。

 

 


 

 

「さて、シュザンヌ様への挨拶もそこそこに皆さんに説明しなければならないことが沢山ありますね……」

 

 フローリアン達を何とか宥めすかし、当初の予定通りシュザンヌへの挨拶を済ませた私達は、食堂に集まっていた。ツヴァイ、フローリアン、フィオが椅子に座った私に引っ付いており、さながら緑色のミノムシのような様相を呈してしまっている。それを目を白黒させてみているのがルークとガイ、ティアにアニス。表情こそ変えていないものの何か言いたげな目をしているジェイド、そして淡く微笑んでいるイオン、最後に隅でそれを見守るクリムゾン。何とも言い難い雰囲気が食堂に漂っていた。

 しかもこの空気はシュザンヌと顔を合わせているときから続いていた。何しろフローリアン達はシュザンヌの私室に我が物顔で入り、部屋の主と仲睦まじく言葉を交わしたかと思ったらベッドに上がりこんだりとやりたい放題だったのだ。そしてそれをまた嬉しそうにシュザンヌが受け入れているものだからルーク達の驚きは推して知るべしである。

 

「あ~、そのモース。この子達は、もしかして……?」

 

「ルーク様の御察しの通り、導師イオンのレプリカ達ですよ」

 

 躊躇いがちに発されたルークの言葉を私は努めて軽い口調で肯定した。深刻な話ではあるのだが、あまりこの子達にそういう負い目を感じさせたくはないからだ。

 

「彼らはそれぞれ導師イオンの2番目、3番目、4番目のレプリカ達です。皆さん、自己紹介を」

 

「ツヴァイ」

「フローリアンだよ!」

「兄弟一のしっかりものと評判のフィオ」

 

「今は不在ですが、5番目のレプリカもいます。名をフェムと言います」

 

 私が促すと三人ともそれぞれの特徴が良く分かる名乗りを上げてくれた。ルーク達も早く彼らの見分けがつくようになって欲しいものだ。

 

「ええっと、じゃあ、イオンは……」

 

「その通りです。僕もレプリカです。導師イオンの、七番目のレプリカ」

 

「末っ子」

「イオンもこっちにおいでよー」

「苦しゅうない、頭を撫でてしんぜよう」

 

「……衝撃の事実のはずなのに緊張感が無いな」

 

 イオンの言葉に三人が揃って茶々を入れるものだからガイが脱力したように肩を落とした。

 

「あの、モース様は彼らをずっと見てきたのですか?」

 

「その通りです、ティア。導師イオンのレプリカの中で第七音素(セブンスフォニム)を扱い、導師としての才があったのは今のイオン様のみでした。それまでに作られた他のレプリカは廃棄される予定でした。最初に生み出されたレプリカを救うことが出来なかった私は、せめて彼らだけでもと思い、秘密裏に教団内で匿っていました」

 

「だから時々どこに行ってもモース様が見つからないことがあったんですね~」

 

 私の言葉にアニスが得心がいったようにうんうんと頷いていた。開示された事実に対して彼女の反応が軽すぎると思ったが、それは彼女なりの気遣いなのだろう。

 

「申し訳ありません、導師イオン。こんな形で事実を明らかにしてしまい」

 

「構いませんよ、モース。何よりナタリアは既に知っていましたし。僕も今日皆さんに告白するつもりでしたから」

 

 頭を下げた私をイオンが手で制した。

 

「それにしても、4人もよく一人で隠して育てることが出来ましたね」

 

「私一人の力ではありませんよ。ディストの力も大きかったです」

 

「ディストが、ですか……。どうやら私は、知らぬ間にあの鼻たれの幼馴染に大きく水をあけられてしまってるようですね」

 

 ジェイドが驚きに目を瞠った後、自嘲するように笑った。彼と行動を共にするようになってから感じたことだが、私の記憶のジェイドよりも、今の彼は自嘲する癖が強いように思える。彼が年長者として周りを慮った言行をしてくれることは喜ばしいことなのだが、だからと言って自信を失ったような彼の姿はどこか痛々しさを感じた。

 

「ジェイド、そう自分を卑下しないでください。あなたはどうやら自分の力を過小評価しているようですね。まったく、いつもの自信は何処に行ったのですか」

 

「……ふっ、誰に似てしまったのでしょうね」

 

 ジェイドはそう言って肩を竦めて笑った。本当に一体誰に似たのだろうか。ルークの心が守られた代わりに、今度はジェイドが自信を見失ってしまったと言うのか。

 

「ま、私のことはさておいて。ダアトで保護されていた彼らがどうしてファブレ公爵家に?」

 

「それについてはアリエッタと、恐らくシンクとディストのお陰です」

 

「アリエッタ?」

 

「ええ、ダアトに捕らわれていたナタリア殿下と導師イオンを救出した際にアリエッタが追いかけてきまして。そのときに彼女にフローリアン達をダアトから連れ出してファブレ公爵家に送るように依頼したのですよ。私がダアトから離れてしまえば遠からずこの子達の存在がオーレルやヴァンに露見する。そうなったときにこの子達が彼らの企みに利用されるわけにはいきませんから」

 

「屋敷に突然この子達を伴って六神将の一角が現れたときは王城の兵を出すかどうかという騒ぎになるところだった。アリエッタがモースからの手紙を持っていたお陰で受け入れることが出来たがな」

 

「その節はお世話を掛けました、クリムゾン様」

 

「……何だか情報量が多すぎて頭が混乱してきたわ」

 

「ティアの言葉も御尤もだ。一旦各々が頭を整理するために休憩時間にしないか?」

 

 こめかみを押さえて目を伏せたティアにガイが同調してこの場は一旦お開きとなった。確かにルーク達にしてみればいきなり明かされた情報が多すぎて消化不良を起こしてしまいそうなのだろう。その気持ちは良く分かる。私も同じ立場だったら驚きの余り卒倒していたかもしれない。

 

「ところでモースの旦那、ずっと気になっていたんだが……」

 

「おや、どうしましたガイ?」

 

 皆が食堂を出ようかとしたところで、思いついたようにガイが私に声をかけてきた。

 

「いや、大したことじゃないんだが。重たくないのか? それ」

 

 そう言って彼が指差したのは私にピッタリと引っ付いて離れない三つの翠色。さっきから静かだと思ったら私の膝の上を占領してすやすやと寝息を立てていた。

 

「……運ぶのを手伝って頂けますか?」

 

「ああ、分かった。大変だな、お父さんってのは」

 

 そう言って私とガイは苦笑いを浮かべた。




スキット「大詠師の隠し子疑惑?(解決編)」

「それにしても、まさかの事実だったなぁ、ルーク」

「イオンがレプリカだったことか? 確かに驚いたけど、でもイオンはイオンだろ、ガイ」

「いや、それもあるんだがな。前にも言ってた大詠師モースには実は隠し子がいたって話、あれが事実だったってことがな」

「そっちかよ!」

「「!?」」

「何でティアもアニスも確かに!? みたいな顔をしてるんだ……」

「あの子達と話しているモース様、確かに私達と話してる時とも違ったもんね」

「そうね。モース様がどこか安心する雰囲気をされているのはそういうことだったのね」

「アニスちゃんも早く皆の見分けがつくようにならないといけないなぁ。イオン様も含めると四つ子? 五つ子? ふみゅぅ~、皆が並ぶと自信無くなるなぁ」

「話したら分かると思うのだけれど、黙って並んでいたら分からなくなるわね……」

「モース様は皆の見分けついてるみたいだし、何かコツとかあるのかなぁ?」

「ずっと見てきたから自然と見分けられるようになったのかもしれないけれど、コツがあるなら聞いてみたいわね」

「おっと、軽い気持ちで振った話が意外と大ごとになるかもしれないぞ」

「俺は知らねーからな、ガイが何とかしろよ……」

「おいおい、冷たいじゃないかルーク」

「だって今のティアとアニスに触れるのはヤバいって勘が言ってるし」

「ハハハ、大袈裟だなルーク」

「ま、アニスちゃんは導師守護役だからイオン様と一緒にこれからもモース様に会う機会があるし、これから追々知っていけば大丈夫かなぁ」

「む……、私もモース様直属の情報部隊所属なのだから、それこそこれから知る機会はたくさんあるわね」

「む……」

「……どうやらルークが正しかったみたいだな」

「ティアとアニスは前からモースが絡むとどっかおかしくなるんだよな」

「優しい親戚のおじさんが自分の子どもにばかり構って放っておかれている子どもみたいですねぇ」

「ちょ、旦那やめろ! 無暗に刺激するな!」

「大丈夫ですよ、モース様が何とかしてくれるでしょう」

「たまにジェイドってモースに対して厳しいときあるよな……」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

若き皇帝と私

 公爵家で賑やかな夜を過ごした明くる日。私達はインゴベルト王から託された親書と共にアルビオールを駆り、一路グランコクマを目指していた。

 

「それにしても今朝は大変だったな……」

 

 そう言ってげっそりとした顔を隠そうともしないルーク。彼の赤毛も常の輝きが少し失せているようにも見える。

 

「まさかあそこまで大騒ぎになるとはな……」

 

「イオン様と同じ顔してるのに中身は全然違うんだねぇ……」

 

 ガイとアニスもルークに同調するように疲れた表情を見せる。私はというと、それに対してどう声を掛けたものかも分からず苦笑いする他ない。

 

「一体なにがありましたの……?」

 

「ナタリアは昨日城に居たものね。実は……」

 

 そんなルーク達を見て頭に疑問符を浮かべているナタリアに、ティアが今朝の様子を掻い摘んで説明し始めた。その会話を聞きながら、私も今朝の騒動に思いを馳せる。

 

 事の発端は朝食の席だった。和平会談と降下作戦開始のタイミングをどうすべきか話し合う私達に、クリムゾンが白光騎士団をシェリダンに送り込んだことを告げ、取り敢えずは和平会談を優先することに決めたところまでは順調だった。

 問題はそこからだ。私がルーク達と共にグランコクマに発つことをフローリアン達に話すと、三人は口を揃えてこう言ったのだ。

 

「「「やだ!」」」

 

 理屈も何も無い一言である。そして私の身体にしがみついて徹底抗戦の構えを見せたのである。しかも私が行くなら自分達もついて行くと言う。導師イオンがグランコクマに行くのだし、彼の護衛はどれだけいても多すぎることはない。フローリアン達に関して言えばバチカルの、それもファブレ公爵家に保護されている時点でこの世界で一番と言って良いくらいに安全が確保されている。フローリアン達を連れ出すのは彼らが傷つけられたり、攫われるといった直接的なリスクもさることながら導師イオンと同じ顔が複数あることによる混乱なども考えられ、どう考えても認めるわけにはいかない。

 そう言い聞かせても彼らは私の身体にへばりついたまま動く素振りを見せなかった。彼らの気持ちも分からないではない。突然ダアトを連れ出されたかと思えば、安全だからと見知らぬ場所に放り出された。もちろんクリムゾンが無体な真似をしていないことは彼らを一目見れば分かることだが、それで彼らの心細さが埋まるわけではないのだ。私が訪れたことで、迎えに来てくれたのだと思ったのだろう。

 

 そう考えてどうにも声を掛けあぐねていた私に助け舟を出してくれたのがルーク達だった。

 

「モースだって離れるのは辛いけどどうしてもやらなくちゃいけないんだ」

「これが片付いたら今度こそ迎えに来るからさ」

「離れるのは辛いけど、皆を連れて行って怪我をさせてしまう方がモース様には辛いことだと思うの」

「モース様も頑張って早く帰ってくるから、皆もモース様を送り出してあげてくれないかなぁ?」

 

 ルーク、ガイ、ティア、アニスの四人がこうして宥めすかし、言い聞かせ、最後には力づくで私からフローリアン達三人をべりべりと引き剥がしてようやく公爵家を出ることが出来たのだ。ちなみにジェイドは最後までニヤニヤと楽しそうに私を眺めていただけだった。

 

「まあ、それは……大変でしたのね、モース」

 

「いやぁ、大人気なお父さんですねぇ」

 

「説得してくれたルーク達には感謝してもし切れませんよ。そしてジェイド、あなたは最後まで手伝う素振りすら見せませんでしたね……?」

 

「ああいった手合いは私にはどうにも出来ませんからね。慕われていて何よりでは?」

 

 ジト目で睨みつけるもジェイドは悪びれる素振りも無くカラカラと笑う。言い返す気力もなく、私は席に身体を埋めた。

 

「これから更にタフな相手と話をしなければならないというのに、何故朝からこんなに疲れてしまっているのでしょうね、私は」

 

「ホントにな……」

 

 心の中に留めておくつもりが思わず声に出ていたようで、隣に座ったルークが力無く同意してきた。私とルークは顔を見合わせると、互いにため息交じりの笑いを交わしたのだった。

 

 


 

 

 マルクトの首都グランコクマ。水の壁に囲まれたその都市は見る者の目を奪う美しさがあるが、戦時には敵の侵攻を阻む強固な要塞となる。大規模譜術によって海面からせり上がった水の壁が都市をぐるりと囲むことであらゆる譜術や攻城兵器を通さない流体の壁となるのだ。譜業に秀でるキムラスカと対照的な、譜術を極めんとするマルクトらしい都市防衛機構だ。今はその防衛機構は発動していないため、私達はこうして皇帝へのお目通りが叶っている。

 

「ようやくキムラスカも重い腰を上げて和平に臨む気になったか」

 

 玉座に腰かけた金髪褐色の美丈夫は、インゴベルト王のしたためた親書に目を通すとやれやれと言わんばかりに首を振った。彼にしてみれば、前々から打診していた和平交渉を散々無視され、今になってようやくキムラスカから和平の打診があったのだ。言いたいことの一つや二つはあるだろう。ただそれを仮にもキムラスカからの使者の前で口に出して良いものかという懸念はあるが。

 

「ピオニー陛下。これまで貴国からの打診を無視し続けておきながら今になって、と言われても何も言い返せませんわ。申し訳ございません」

 

「よせよせ、あなたはキムラスカの王女で正当な和平の使者だ。そんな方にこんな愚痴一つで頭を下げさせたとあっちゃ俺の方が悪者になっちまう。というかジェイドも止めろよな」

 

 頭を下げようとしたナタリアをピオニー陛下はそう言って押し留めた。そして恨めしそうにジェイドを見やるが、彼は相変わらずの薄ら笑いで何のことですか? と嘯くばかりだった。

 

「いやぁ、陛下がうら若い王女を泣かせていた、と妹に良い報告が出来そうなものでしたから」

 

「おい馬鹿やめろ。ネフリーにだけは言ってくれるな。里帰りがしにくくなるだろうが。天下のマルクト皇帝を吹雪の通りに締め出す知事なんてアイツくらいのもんだぞ」

 

 そう言って頬杖をついて半眼になるピオニー陛下。そんな彼と私の目がバッチリと合ってしまった。もちろん彼のことだから私がついて来ていることなどは最初から分かっていたのだろうが、彼はわざとらしく驚いた表情を作って見せる。

 

「おっと、大詠師モースじゃないか。まさかルーク達と一緒に来ているとは思いもしなかったな」

 

「はぁ、何を仰いますか。ジェイドから報告を受けていたでしょうに。それに今の私は大詠師ではありませんよ。陛下にも教団から使いが来たのではありませんか?」

 

「んん? そういえば来ていたかもしれんな」

 

 陛下はそう言って顎に手をやって視線を宙に彷徨わせる。つくづく芝居がかっている所作だが、彼の優れた容貌と纏う雰囲気で様になっている。頭の良い皇帝陛下は自身のそうした性質も最大限利用しているのだ。

 

「何やら大詠師が交代したなど訳の分からんことを言っていたが、ダアトのローレライ教団員の中でマルクトと交渉出来るのはお前くらいしかいないだろう? ま、お前が大詠師職を辞したままなら我が国にとって喜ばしい限りだがな」

 

 関税交渉が楽になって助かる助かる。

 

 そんなことを言ってさも楽しそうに笑うものだから、ついつい私も釣られて笑みを浮かべてしまった。

 

「過分な評価をして頂いているようで恐縮ですね。今の私はローレライ教団とは無関係なダアト市民ですので、交渉などは良く分かりませんが、どうかお手柔らかにして頂きますよう」

 

「「ハッハッハッ」」

 

「何かピオニー陛下が怖いんだけど」

 

「腹黒い大人たちの腹黒いやり取りだ。ルーク、耳塞いどけ」

 

 ついには陛下と私とで声を上げて笑ってしまった。横に立つルークとガイが何やらぶつぶつと言い合っているが一体どうしたというのか。

 

「それにしても、ジェイドが何だか自信喪失したと思ったらモースに鼻をへし折られてたってわけか」

 

「陛下、御戯れはよしてください」

 

「照れるなよジェイド。ったく丸くなっちまいやがって。モースに言い包められちまったんだろ?」

 

 珍しく狼狽えた様子を見せるジェイドを、陛下は容赦なく追い詰める。気心の知れた幼馴染だからこそのやり取りだろう。当のジェイドにとってはたまったものではないかもしれないが。

 

「言い包めたつもりはありませんがねぇ。少しばかり小言をぶつけてしまいましたが」

 

「ハッハッハ、モースの小言か。それは耳が痛かったことだろうな、ジェイド」

 

「そうですね、こんな人と日々やり合っていたのかと、我が国の外交官を労わる気持ちが湧きましたよ」

 

「おお! あのジェイドが人を気遣うことを覚えたとは。こりゃモースには何か褒美を取らせないとな」

 

「遠慮しておきますよ。陛下からの贈り物には喜びよりも先に警戒心がくるので」

 

「この不敬者め」

 

 そう言って陛下と私は笑う。ローレライ教団の大詠師として訪れていた頃は緊張感しかない会談だったが、それがこうやって気楽な会話に興じることが出来るようになったという意味では、大詠師職を追われて良かったのかもしれない。 

 

「と、雑談はこのくらいにしておいてだな。会談場所は?」

 

「切り替え早ッ!? ……ユリアシティにしようと思ってます」

 

 そしてさぱっと話を切り替えた陛下がルークに目をやる。やや展開について行けていなかったルークだが、気を取り直すように一度咳ばらいを挟むと、会談場所を陛下に告げる。

 

「ユリアシティか。聞いたことはないが、まあこの宮殿から出られるならどこだって楽しいもんだ。良いだろう」

 

 流石にマルクト皇帝といえど、魔界(クリフォト)にある都市までは知らなかったようだが、特に気にした様子も無く会談場所を受け入れた。事によっては自身の命が狙われる危険もあるというのにこの態度は相変わらず肝が据わっているお方だ。

 

「早速行くのか?」

 

「陛下の準備ができればすぐにでも。今は時間が惜しいですから」

 

 陛下の言葉にジェイドが間髪を入れずに返す。ジェイドの発言を受けて陛下はすぐさま立ち上がった。

 

「なら早速行くとするか。護衛にはフリングス少将をつける。ゼーゼマン、俺の留守を任せたぞ」

 

「畏まりました、陛下」

 

 傍らに控える部下に指示を飛ばし、玉座を降りてルークの前に立つと、陛下はルークと目を合わせて微笑んだ。

 

「よくやったな、ルーク。お前のお陰で、これ以上無駄な血が流れるのを防ぐことが出来そうだ」

 

「ッ、はい、ありがとうございます!」

 

 その言葉にルークは一度身体を震わせると、勢いよく頭を下げた。床を見下ろす彼の表情はよく見えなかったが、青い絨毯に一滴の雫が落ちたことが彼の内心をこの上なく物語っていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

和平会談と私

「これが魔界(クリフォト)か……」

 

「俺達が過ごしてる足下にこんな世界があったなんてな。あらかじめ聞いてなかったら腰抜かすところだ」

 

 そう言って驚きを露わにするアルビオールの座席に腰かけた二大国の長達。

 

 ピオニー陛下の驚くべき行動力によって、グランコクマに到着して半日後には再び私達はバチカルへと飛び立っていた。

 

「善は急げと言うだろ? それに、面倒な横槍を入れられる前に動かないとな」

 

 とは当のピオニー陛下の言だ。そして道中でユリアシティに寄ってティアと導師イオンを降ろし、バチカルにとんぼ返りした私達は、その早さに驚くインゴベルト王を急かしてアルビオールに乗せると、再びアクゼリュス崩落の跡地からユリアシティがある魔界(クリフォト)へと降下したのだった。

 

「この魔界(クリフォト)に満ちているものが障気か」

 

「そうです。少しの間ならば問題は無いですが、長く晒されると身体の内部からボロボロになってしまう毒の空気です」

 

「これに、我が国の民達は、アクゼリュス市民は苦しめられていたのだな……」

 

 ルークの言葉を聞いたインゴベルト王が考え込むように自身の膝に視線を落とす。魔界(クリフォト)の環境を実際に目の当たりにして、外殻大地がアクゼリュスのように崩落してしまったときのことを想像したのだろうか、彼の手は固く握りしめられていた。

 

「おいジェイド、ユリアシティで会談をするというが、障気は大丈夫なのか? バチカルへの道中で一回寄ったときも特に体調不良も無かったから大丈夫だとは思っちゃいるが」

 

「ご安心を。ユリアシティとその周辺は障気の影響を受けません。ユリアシティまでの道中程度ならば障気も害を及ぼすほど吸うことはありません」

 

「なら一安心ってところか。俺はともかくインゴベルト王に何かあっちゃ困る」

 

 ピオニー陛下はそう言って安心したように席に身を沈める。何かあっては困るのはピオニー陛下もそうなのだが、彼はあまり自身には頓着しないところがあるから困る。

 そうこうしているうちに魔界(クリフォト)の泥海に浮かぶユリアシティ、その中心部から外殻大地に向かって伸びる光の柱へとアルビオールが接近していく。光の柱はユリアシティと外殻大地を繋ぐユリアロードとなる記憶粒子(セルパーティクル)の吹き上がりで形成されたものだ。

魔界(クリフォト)には液状化した大地からなる泥海の他には地核から時折吹き上げる記憶粒子(セルパーティクル)の光と、ユリアシティしか存在しない。そんな中でユリアロードの光は、アルビオールがユリアシティに辿り着くための灯台としての役割も果たしていた。

 

「ユリアシティ、監視者の街ねぇ。こんなところでずっと暮らすってのはぞっとしないな」

 

 旋回しながらユリアシティに近づくアルビオールの窓から外を眺めながら、ピオニー陛下は独り言のようにそう呟いた。

 

「ローレライ教団にとってここまでするほど大事なもんなのかね、預言(スコア)っていうのは。なぁ、モース?」

 

「大多数がそう思っているからこそ、ユリアシティが存在するのでしょう。それに、この街があったからこそアクゼリュス崩落に巻き込まれたルーク達が再び外殻大地に戻ってこられたのです」

 

「ま、どんな物にだって功罪はあるわな」

 

預言(スコア)とて同じこと。その功があまりにも大きすぎたために、今その罪に悩まされているのでしょうね」

 

「おやおや、随分と危険な発言だな」

 

 ピオニー陛下からの問い掛けに私は思ったままの言葉を返す。それを聞いた陛下は言葉とは裏腹に楽し気な表情で私を見つめ返す。

 

「食えない奴とは感じていたが、思った以上だったな。お前が大詠師だった頃にはそんなことを考えていたなんておくびにも出していなかった」

 

「腹芸の一つや二つはこなせませんと大詠師とは名乗れませんからな」

 

「だったらお前の後任は大詠師失格だな」

 

 くつくつと笑う陛下につられて私も笑みを浮かべる。望外の評価にむず痒さはあるものの、彼のような人間に評価されるというのは正直に言って嬉しいものだ。それが特に私が記憶から離れたところでのものであれば。

 

「お二人とも、ユリアシティに到着いたしますわよ」

 

 ナタリアの言葉に意識を外に向けると、アルビオールがユリアシティに入港しようとしているところだった。目を凝らしてみれば、港には導師イオンとティア、そしてユリアシティを治めるテオドーロ市長が待っているのも見えた。預言(スコア)に和平会談は詠まれていないが、ユリアの預言(スコア)を遵守する模範的なローレライ教団信徒である彼が協力してくれたのは導師とティアの力のお陰だろうか。

 

「ピオニー陛下、インゴベルト陛下、よく来てくれました。ローレライ教団の導師として、この和平会談の立会をします」

 

「ユリアシティ市長のテオドーロと申します」

 

「出迎え感謝する。実りある会談にしたいものだな」

 

 導師イオンとテオドーロが両陛下と挨拶を済ませると、私達は早速場所を会議室へと移して会談をスタートさせた。

 キムラスカ陣営はインゴベルト陛下、クリムゾンの二名。マルクト陣営はピオニー陛下とジェイド。両者の仲介としてテオドーロ市長、導師イオン。そして卓から少し離れてルーク達がそれを見守る形で会談は進む。私は今は教団関係者ではないにも拘わらず、何故かテオドーロの左隣に配置されて会談の進行役を務めることになってしまった。教団関係者では無いと主張しても誰も取り合ってくれず、最終的に折れるしかなかった。

 

「では、これよりキムラスカ、マルクトの和平会談の開催を宣言いたします。進行としてはまず和平にあたって要求事項の折衝と和平条約の締結、その後、二国間の協力に関する話をルーク達からして頂きます。よろしいですか?」

 

「おう、問題ないぜ」

「こちらも問題ない」

 

「では、最初にルグニカ平野での戦いにおける両国の捕虜交換について……」

 

 


 

 

 会談は滞りなく進行し、条約調印の段へと進む。これが終われば今回の会談の目的は達成だ。後は両陛下から大陸降下作戦とその後の世界の舵取りに関する合意をもらうだけになる。

 

「ちょっと待った」

 

 だがそこに待ったをかける声が割って入る。声を発したのはガイ。今まで壁にもたれかかって沈黙を保っていた彼だが、今まさに調印が行われようとしたタイミングで動いた。

 

「ホド戦争の前にも似たようなことをしていたよな。今度はちゃんと守れるのか?」

 

「……ホドのときとは状況が異なる。あのときは預言(スコア)のために」

 

預言(スコア)のためだったら何も知らない人間を大勢殺してもいいってのか!」

 

 私の記憶とは異なり、ガイは剣こそ抜くことはなかったものの、拳をテーブルに叩き付けた。インゴベルト王の前に置かれていたコップが跳ね、倒れて中身をテーブル上に撒き散らす。

 

預言(スコア)の遵守なんて大層な御題目を掲げて、やったことは歴史上類を見ない大殺戮だ!」

 

「落ち着け、ガイ。ガルディオス家の遺児。その殺戮を実行したのは他ならぬ私だ。裁きを求めるのなら、後で私の首でも何でも持って行くがいい」

 

 そんなガイに待ったをかけたのはインゴベルト陛下の隣に控えたクリムゾンだった。ガイはクリムゾンの顔を見て目を丸くしている。

 

「な、気付いて……!?」

 

「最初は知らなかったとも。どこぞのお節介な大詠師の助言に従って調べた結果だ。ガルディオス家はファブレ家の仇敵だった。そこに嫁いだ親戚筋のユージェニー・セシルがホド侵攻の際に私に情報を流すはずが、彼女はキムラスカを裏切り、情報を流さなかった。侵攻に際して後の禍根とならぬようガルディオス家を滅ぼさんと決めたのは陛下ではなくこの私。お前が恨むべきはこの私だろう」

 

「……ガルディオス家の宝剣をこれ見よがしに庭先に飾っているのは戦利品自慢ってか?」

 

「そうではない。あのホド侵攻によってガルディオス家の血は途絶えた。私はガルディオス家を滅ぼした仇敵だ。だが、だからこそガルディオス家があったことを忘れてはならない。この世の誰が忘れたとしても、私だけは語り継がねばならないのだ。ホド戦争で刃を交わしたガルディオス家の強さと誇り、そして己の血塗られた歴史を。そのための戒めだよ、あの宝剣は。もちろんお前が望むならあの宝剣は譲ろう」

 

 視線だけで射殺してしまいそうな鋭さを孕むガイの視線にも、クリムゾンは動じることなく言葉を紡ぐ。それを傍から聞いていたピオニー陛下が組んでいた腕を解き、会話に割って入った。

 

「ガイラルディア。恨むべきは俺かもしれんぞ?」

 

「陛下……?」

 

「ホドを消滅させることを決めたのは先帝、俺の父だ。ホドでは超振動を利用した兵器開発が行われていたからな。キムラスカが侵攻してきたときにホド諸共証拠隠滅をさせたってわけだ。そうだな、ジェイド?」

 

「そうですね。被験者にはフェンデ家の人間が使われていたと記録が残っています。ガイ、あなたならこの意味が分かるでしょう?」

 

「フェンデだと!?」

 

 ジェイドが発した言葉にガイがこれまでの発していた怒りを霧散させ、驚きを露わにする。恐らくこの場でガイが何故驚いているかを理解しているのはマルクト側の人間ではピオニー陛下とジェイド、キムラスカ側ではクリムゾン。そしてルーク一行の面々では私とティア、イオンくらいだろうか。

 

「だから奴は超振動に対する理解があった。そしてルークを利用出来たってことか」

 

「ガイ……? フェンデって一体」

 

「ヴァンのことだよ、ルーク。奴の本名はヴァンデスデルカ・ムスト・フェンデ。ガルディオス家に代々仕える護衛の家系だよ」

 

「ま、マジかよ!?」

 

 ガイに説明され、ルークと他の面々も理解が出来たのか、表情を変える。

 

「……ふむ、横から口を挟んで申し訳ありませんが。話が少し横道に逸れているご様子。今一度皆さま冷静になられてはいかがかな?」

 

 会話が無くなった一瞬の隙に、テオドーロがその場の流れを矯正しようとする。ガイもその言葉にテーブルから手を離し、壁にもたれかかる。

 

「元から誰にも手を出すつもりはなかったんだがね。すまなかったな、騒がしくしちまって」

 

「……ふむ、では改めて調印を進めましょうか」

 

 私がそう言った途端、会議室の扉が轟音を立てて揺れた。

 

「っ!? 何だ?」

 

 会議室の扉は外部からの邪魔が入らないように内側から固く閉ざされている。だが、この轟音の主はその意図を無視して扉を破壊せんばかりの音を立てる。

 

 そして幾度目かの轟音の後、悲鳴のような音を立てて扉の鍵が弾け、内側に拉げる。そこから姿を見せたのは、ある意味予想通りな、しかし予想外の乱入者だった。

 

「マルクトとキムラスカの王に重鎮、ローレライ教団の導師と元大詠師。なるほどなるほど、揃い踏みの和平会談というところか」

 

「あなたに招待状を送った覚えは無いのですがね……ラルゴ」

 

「フッ、固いことを言うなよモース。バチカルのときに付けられなかった決着をつけようじゃないか」

 

 大鎌を構えた漆黒の巨漢は、そう言って会議室を愉快そうに見渡したのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

黒獅子と私

「陛下たちはこちらに!」

 

 ルークの誘導で貴人たちは会議室の奥へと避難する。唯一の出入り口がラルゴによって塞がれてしまっているため仕方ないのだが、もしラルゴを退けられなかったら一網打尽になってしまう。

 

「あの時吐いた大言、忘れたとは言わせんぞ」

 

「案外根に持っているのですね、ラルゴ。そこまで執着深いとは思っていませんでしたよ」

 

 ラルゴと向かい合ってその一挙手一投足を見逃さないようにしながら口を開く。ローブの下に隠したメイスには既に手をかけている。私単独でラルゴと渡り合えるとは思ってはいないが、ルーク達には陛下の護衛をしてもらわなければならない。

 

「ラルゴ、あなたはそこまでヴァンに義理立てする理由があるのですか」

 

 ルーク達の後ろから、イオンがラルゴへと問う。私は彼が預言(スコア)を憎み、ヴァンのレプリカ計画に加担することになった理由を知っている。しかし、それは本来私が知り得るはずが無い情報であり、今それを明かせばラルゴは余計に頑なになることが予想出来るため、説得材料には出来ない。

 

「フン、人形の分際で一丁前の口をきくようになったな」

 

 ラルゴはそう言ってイオンの言葉を一笑に付す。イオンの説得に耳を貸さないのはまだいい。だが、彼が発した言葉は聞き捨てならない。

 

「今導師イオンのことを人形と呼びましたか、あなたは」

 

「事実だろう。導師も、お坊ちゃんも計画の為に生み出された人形でしかない。それにむやみやたらと肩入れするのは理解出来んな」

 

 ラルゴの顔は、心底からそう思っていることを物語っていた。彼にとってルークも、導師イオンも一人の人間ではない認識のようだ。彼がそう思っている限り、私が彼と歩み寄れる可能性は無いということがハッキリした。成功する目算が低くとも説得という手段も考えてはいたが、たった今その手段を取ることは無くなった。

 

「ルークや導師イオンが人形とは、おかしなことを言うものですね。それを言うならラルゴ、あなたの方がよっぽど人形に相応しい」

 

「……なに?」

 

 挑発として放った言葉にラルゴは安易に激昂することは無かった。だが、大鎌を握る手に力が籠もったの私は見逃さない。

 

「自身の復讐心をヴァンに委ね、ヴァンに言われるがままに動く。あなたの行動にはあなた自身の決定が一つも介在していないではありませんか。それを人形と呼ばずに何と言いますか? 少なくともルークも、導師イオンも自分達で選択した結果この場に立っているのです。それを人形だなどと、無価値だと断じる権利は少なくともあなたにはありませんよ」

 

「……バチカルのときといい今といい、口だけは達者だなモース。お前のそれに乗せられて俺が冷静さを欠くとでも思ったか?」

 

「思っていませんよ。ただ我慢ならないから言ったまでのこと」

 

 そう言いながら私はローブの中からメイスを取り出し、右手で構えて姿勢を低くする。ラルゴもそれに合わせて大鎌を両手で構える。

 

「それに、どうせあなたは陛下やルーク達を害することなど出来ません」

 

「ほう、大層な自信だ。俺と渡り合えると思っているのか」

 

「まさか、ですがあなたをここに足止めするくらいなら問題ありませんよ!」

 

 その言葉と共にメイスの柄尻を床に叩きつけ、ラルゴが反応してこちらに突っ込んでくる前に会話の最中に励起させた音素(フォニム)を解き放つ。

 

「守護氷槍陣!」

 

 床から鋭利に尖った氷の刃が形成され、私とラルゴを取り囲む。本来この技は自身を中心に氷の槍を地面から生やすことで周囲の敵を氷で拘束し、同時に砕いた時の氷の礫で攻撃するという技だ。私はそれを自身とラルゴを中心に発生させ、なおかつ氷槍を維持することで会議室の中でありながら私とラルゴを周囲から隔離した。

 

「な、貴様……!」

 

「あなたならば砕くことは容易いでしょう。ですが、敵に背を向けて悠長に氷を割るほどあなたは危機感が無いわけではないでしょう?」

 

 忌々し気な表情のラルゴに向かって、私はにやりと不敵に微笑んで見せる。もちろんこの氷の牢獄は永遠に続くことはない。そもそも氷槍の維持のために私の音素(フォニム)は常に消費されているし、意識を失ってしまえば容易く崩れ落ちてしまう脆い陣でしかない。ただ、時間を稼ぐことが出来れば私の勝ちだ。

 

「ルーク! 陛下達を連れてアルビオールへ!」

 

「モース! アンタはどうするんだ!」

 

「私よりも陛下達の心配をしなさい! それにラルゴがここに来たということはタルタロスにも敵の手がかかっている可能性があります。早く行きなさい!」

 

 そう、アルビオールでルーク達がユリアシティを脱出してしまえばラルゴにそれを追う手段はない。何より、ここにラルゴが乗り込んできた以上、シェリダンにも敵の手がかかっている可能性が高い。ファブレ公爵家の私兵がシェリダンに派遣されているとはいえ、ヴァンやリグレットが直接乗り込んできたときのことを考えれば心もとない。ならば今の最善手は私がここでラルゴを足止めしてルーク達を急ぎシェリダンに送り込むこと。

 

「行きましょう、ルーク」

 

「ジェイド!?」

 

「彼の言うことも尤もです。ここでじっとしていればいるほど、私達に残された時間が無為に削られてしまう」

 

「行くしかないか。ルーク、ジェイドの旦那の言う通りにインゴベルト陛下を。死ぬんじゃねえぞ、モースの旦那!」

 

 ガイとジェイドが他の面々を素早くまとめ、私とラルゴを躱して会議室の外へと飛び出して行く。それを見届けても、私は展開した陣を解除することはしない。ここに乗り込んできたのがラルゴ一人の保証もない。ならばラルゴを逃がすのはあり得ない。少なくともアルビオールでルーク達が脱出するまではここに留めてみせなければならない。

 

「……まさかここまでするとはな。俺は少しお前を見誤っていたようだ」

 

「今更何を言うのですか、ラルゴ」

 

 目の前に佇むラルゴは、隙を一切見せないながらも、その目には感心したような光を湛えていた。

 

「少なくともお前は守るべきもののために本当に自身を投げ出せる男だったというわけだな」

 

「それが私が自身に課した役目ですから」

 

「……もう少し早く貴様と腹を割って話していればと思うばかりだ、な!」

 

 言うや否やラルゴがその巨体に見合わぬ速度でこちらに吶喊してくる。それを真正面から受けることなど出来る訳が無い。私は真横に飛び込み、ゴロゴロと床を転がって避ける。

 

「その程度ではなぁ!」

 

 だが、ラルゴは強靭な足腰で慣性を無視した急制動をかけると、大鎌を床に転がった私めがけて振り下ろす。大鎌は、その形状から盾以外で真正面から受けることがほぼ不可能だ。ならば出来ることは限られる。

 振り下ろされる鎌の横っ面をメイスで力一杯弾き、その軌道を無理矢理逸らす。大鎌の切っ先が私の顔のすぐ横に突き刺さり、その力に耐えかねて割れた床材が飛び散って私の頬を少しばかり切り裂いた。

 

「正面からやり合って勝てると思うほど私は自惚れてはいませんよ!」

 

 床に突き立った鎌をラルゴが引き抜くそのわずかな隙に立ち上がって体勢を整えると、全身に力を籠めてラルゴの懐に潜り込む。

 

「獅子戦吼!」

 

「ぬぅ!?」

 

 闘気を全身に纏い、獅子の顔と見紛う迫力を以てラルゴに叩き付ける。本来はその勢いで相手を吹き飛ばす奥義だが、私の未熟故かラルゴの能力の高さ故か、身体が僅かに傾いた程度の衝撃しか与えられなかった。しかしそれは織り込み済みだ。ここで終わらせるつもりは元より無い。

 私はラルゴに肉薄した体勢から掌を彼の腹に押し当て、そこに気を集中させる。

 

「烈破掌!」

 

「ぐぉ!」

 

 やはり吹き飛ばすまではいかなかったが、ラルゴがたたらを踏むように二、三歩後退った。

 

「……クックック。驚いたな。まさかここまでやれるとは思わなんだ」

 

 大したダメージを与えられていないことは承知の上だったが、それでもここまで余裕そうな表情をされてしまうと力が抜けてしまいそうになる。とはいえ、最初から勝てるつもりで戦いを挑んでいるわけではない。少しでも足止めを、そしてラルゴにダメージを蓄積させればいい。

 

「お褒めいただき光栄ですね。まだまだ行きますよ!」

 

「やらせるか! 火竜爪!」

 

 距離を詰めようとした私をけん制するようにラルゴが大鎌を横薙ぎに振るう。その軌跡をなぞるように炎が生まれ、私は距離を詰めることを諦めざるをえなくなった。

 

「今度はこちらの番だ。烈火衝閃!」

 

 ラルゴの鎌の一振りと共に、彼の前から放射状に五発の火炎弾が放たれ、私に殺到する。その全てを避け切ることは難しいと判断し、顔や体の中心線に沿った急所への防御に集中する。結果、顔を庇った腕を火球が襲うが、私のローブはこの程度の炎で焼け落ちたりはしない。しかし、火球が直撃した衝撃までを殺すことは出来ない。

 

「足が止まったな?」

 

「しまっ……!」

 

「獅吼爆炎陣!」

 

 その隙をラルゴが見逃すわけが無い。ラルゴの身体から私のそれを遥かに凌駕する闘気が放たれ、獅子の顔を模す。物理的な衝撃を伴って私に襲い掛かったその闘気は、最後には爆発して私の身体を枯れ木のように吹き飛ばす。

 

「かっ、は!」

 

 自身が生み出した氷壁に背中からぶつかり、その衝撃で肺から空気が絞り出される。衝撃と酸欠によって意識がホワイトアウトしそうになるも、奥歯を噛み締めて辛うじて繋ぎ止める。が、身体は私の意に反して床に倒れ伏したまま動いてはくれない。

 

「お前の力は認めよう、モース。確かにそこらの兵士じゃお前には勝てんだろう」

 

 ゆっくりと一歩一歩踏みしめるように、ラルゴがこちらに歩み寄ってくる。

 

「俺とて万全の状態のお前を相手にしていたならもっと苦戦したことだろうよ」

 

 だが、と彼は続ける。

 

「今のお前はこの氷壁の維持に力を割いているせいで全力を出すことが出来ていないだろう。そんな状態では六神将の俺には勝てん」

 

 そして倒れ伏した私の前で立ち止まり、どこか口惜しそうな表情で私を見下ろした。

 

「殺しはせん。お前にはまだ利用価値がある。少し動けなくなってもらうだけだ」

 

 そう言って大鎌を振り上げる。刃が逆側を向いていることから殺すつもりはないという彼の言葉に嘘は無いだろう。私の意識を奪うのが目的の一撃。だが、まだそれを受けてやるわけにはいかない

 

「そうやって、勝ちを確信するのは、早計ですよ!」

 

 大鎌が私の頭を捉える直前。私の身体はまるで重力の働く向きが変わったかのように横に吹き飛んだ。

 

「なんだと!?」

 

「ぐぅぅ! 私が陣の維持に集中して譜術を使えないというのは確かですがね、それはあくまで戦闘に耐えられるレベルの術行使の話。多少の小細工程度なら出来ますとも」

 

 私がしたことは単純だ。私の得意とする譜術、アイシクルレインを()()()()()()()()()()()()。先端を鋭利にしていなければ私の腹を貫通することは無い。とはいえ、鈍器のような氷が私自身にぶつかったのだからダメージは無視できない程に大きいのだが。

 

「さあ、仕切り直しといこうじゃありませんか」

 

「面白い。やはりお前は俺達の仲間に迎えておくべきだった」

 

 足はまだ多少ふらつくものの、先ほどのように動けないわけではない。メイスを構えてラルゴに向かい合う。ラルゴは獰猛な笑みを浮かべると、大鎌を構えて私に吶喊してくる。

 

「地龍吼破!」

 

 大鎌の柄が床に叩きつけられ、鋭利な破片が私に殺到する。

 

「岩斬滅砕陣」

 

 それに対応して私もメイスを床に叩きつけ、破片を飛ばして迎撃を行う。今度はそこで終わらせるつもりはない。ラルゴがこちらに肉薄しきる前に、逆にこちらから距離を詰める。

 

「流影打!」

 

「くっ、甘いわ!」

 

 そしてそのままメイスでの連撃をお見舞いする。ラルゴの右肩、左わき腹、そして右足を狙って繰り出された三連打は、初撃の右肩には入ったものの、残りの二打は有効打とはならず、大鎌の柄に防がれる。

 反撃とばかりにラルゴの大鎌が振り下ろされるが、メイスで弾き返す。だがその隙にラルゴの蹴りがねじ込まれ、私はその勢いを利用して距離を取って再度にらみ合いの体勢となる。

 

「ふぅ、つくづく惜しいなモース。武人の端くれとして、お前が並々ならぬ鍛錬を積んだことが理解できる。だがそれだけに、お前が大詠師などに収まってしまったことが惜しくてたまらん」

 

「……何が言いたいのです」

 

「大詠師などにならず、武を極めていれば俺に勝つことも出来たかもしれんということだ」

 

「随分と余裕ですね。私があなたに勝てないとでも?」

 

 それが事実だとしても、口に出して認めるわけにはいかない。虚勢は張り続けなければ。

 

「それが純然たる事実だからだ。お前では俺には勝てん」

 

「やってみなければ分からないでしょうに!」

 

 私はその言葉と共に再び足を強く踏み込んで間合いを詰める。ラルゴの間合いに入る少し手前で飛び上がり、タタル渓谷でしたように私の全身を氷で覆う。

 

「氷爪襲落!」

 

 そしてラルゴに向かって落下。氷を纏って重さを増した一撃がラルゴに迫るが、彼は避ける素振りすら見せず、私を迎え撃つ構えを見せた。

 

「炎牙爆砕吼!」

 

 そして大鎌を振り上げ、私が纏った氷とぶつける。大鎌と氷の間で爆発が起こり、私はそれに抵抗せずに距離を取って着地する。

 

「その戦い方が、実戦経験の不足がお前の敗因だ!」

 

「しまっ!」

 

 だが、ラルゴは既に私の着地点に先回りしており、次手を繰り出す体勢に入っていた。着地した瞬間の私は、それを認識しながらもどうすることも出来ない。

 

「モース、たった一人で俺とここまで渡り合える奴は稀だ。お前の実力は認めよう。故に、俺の秘奥義で沈める。紅蓮! 旋衝嵐!」

 

 一際強い気迫の籠もった声と共に、炎を纏った鎌の連撃が私を襲う。急所をずらし、致命傷を与えないようにはしているものの、叩き込まれるその衝撃は私から抵抗する力を奪うには十二分に過ぎた。

 

「がっ……はっ……!」

 

「喜べモース。お前は戦術的には負けたが、確かに貴様の戦略目標は果たした」

 

 吹き飛ばされ、宙を舞う私の視線は、会議室の窓から見える魔界(クリフォト)の空に向かった。正確には、障気満ちる大気を裂いて飛ぶアルビオールの姿を。

 

 そうだ、これで、私の勝ちだ。

 

 私はそれを見届けると意識を手放した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

シェリダン攻防戦

 ルーク達を乗せたアルビオールは外殻大地に舞い戻った後バチカル港に寄港した。そこでインゴベルト、ピオニーを始めとする重鎮達を降ろすと、休む間もなくシェリダンへと急ぐ。

 

「モース様、大丈夫かな……」

 

 その道すがら、アニスが不安げな表情を隠さないまま呟いた。常に周囲に気を配り、自身の弱みを殆ど見せない彼女にしてみれば珍しい一面だが、それを気にかける余裕はルーク達にも無い。

 

「俺達全員を一人で相手に出来る六神将相手だからな……」

 

「正直、彼が無事でいる可能性は低いでしょう」

 

 ガイとジェイドが目を伏せて告げる。彼らが発した言葉は、その意味を取り違えようが無い。アニスは瞳に溢れる涙が落ちないように堪えるので精一杯になり、それを慰めるはずのティアやナタリアも暗い表情で顔を伏せてしまっている。

 

「なあジェイド、やっぱり今からでも戻って……」

 

「いけませんよ、ルーク」

 

 耐えかねたように話すルークを、ジェイドは意図して冷たい口調で途中で遮った。今は彼とガイしか一行の中で冷静になれる人間がいない。であれば今の彼に出来る最善は一つだった。

 

「今我々が戻ってどうするのです? 会談場所を割られたということはシェリダンのタルタロスの位置もバレてしまっていることでしょう。いくら白光騎士団がいるとはいえ、ヴァンや六神将が乗り込んできてしまえばタルタロスを落とされてしまってもおかしくない。我々が判断を誤ればその時点で外殻大地降下作戦は頓挫してしまうのです。それに、今戻ったところでモースが無事であるとは思えません」

 

「大佐! そんな言い方は」

 

 ナタリアが耐え切れずジェイドに詰め寄るが。彼の冷たく取り繕った仮面が剥がれることは無い。元来他者に対して強く興味を持つことは無い彼にとって、他者が彼に向ける感情など何の意味も持たない。そしてそう取り繕うことが出来る程度には、彼はルーク達よりも年齢を重ねてきているのだ。

 

「モースならば言うでしょう。我々がすべきことをしろ、と」

 

「それ、は……」

 

 その言葉に、ナタリアも勢いを失う。彼女とて理解している。今自分たちがすべきことはタルタロスに向かい、一刻も早く降下作戦を成功させること。だが、現実的な計算だけで感情は割り切ることは出来ない。それをするにはまだ彼女は優しすぎた。そして、モースという人間が与えた影響が些か大きかった。

 

「ナタリア、それに皆も。ジェイドの旦那が言うことは尤もだ。俺達に今できることは出来るだけ早く作戦を成功させて、そんでモースを救出することだ。それに、案外あの旦那なら上手く切り抜けてるかもしれないじゃないか」

 

 場の空気が重くなる一方なところで、ガイが努めて明るい口調でその雰囲気を払拭しようとする。周囲への気遣いを常に忘れない彼は、ジェイドの言葉で自身に求められている役割をすぐに理解した。理と利をジェイドが説き、情はガイがフォローする。旅の途中でもままある連携だったため、ガイはそんな役回りは慣れたものだと心中で独り言ちる。

 

(だが、旦那だって心配してないわけじゃないんだろう?)

 

 ガイはその思いを胸に視線をジェイドに向ける。腰に当てるように後ろに回されたジェイドの左手は、彼の冷徹な表情に似つかわしくないくらいに強く握りしめられていた。手袋越しでなければ爪が皮膚を突き破って血を滲ませていたのではないかと思わせる程に。

 

「心配する気持ちも分かる。だからこそ、早く作戦を成功させちまおう」

 

 そう言ってガイはルークの肩に手を乗せる。少しの間、顔を伏せて逡巡していたルークだが、再び顔を上げた彼の顔は、先ほどまでのような弱弱しいものではなく、決意の籠もった表情に変わっていた。

 

「……ああ! 行こう」

 

 かくしてアルビオールはシェリダンに向かう。常ならぬ速度で空を駆けるそれは、ルーク達の胸中にある焦燥を反映しているようだった。

 

 


 

 

「ノエルはアルビオールで先にシェリダン港へ。アストンさんに言ってアルビオールをタルタロスに載せてもらってくれ!」

 

「了解です!」

 

 シェリダンの外れでアルビオールを降りたルークは、操縦士のノエルにそれだけ伝えると全速力で街へと向かう。その理由は、上空からシェリダンに向かう神託の盾騎士団の姿を目にしたからだ。集会所で彼らを待っているだろうイエモン達の元へ急ぐ。その後ろにティア達も続く。

 

 シェリダンの街中まで侵入している神託の盾兵はまだいない。それを確認すると、半ば蹴破るようにして扉を開き、ルークは集会所へと飛び込んだ。

 

「イエモンさん! タマラさん!」

 

「お、おう!? 一体どうしたんじゃ、そんなに慌てて」

 

 ただならぬ様子のルークに、事態を把握していないイエモンは目を丸くする。とはいえ長く伸びた彼の眉毛で彼の目は覆い隠されてしまっているため、実際の所は分からないが。

 

「この街に神託の盾兵が迫ってるんだ! 早く避難を!」

 

「神託の盾兵が!? ……いや、じゃが儂らは逃げる訳にはいかん」

 

「イエモンさん!?」

 

 ルークの言葉に驚きを露わにするイエモンだが、逃げるつもりはないとばかりに椅子に座り直す。

 

「作戦が開始したらタルタロスが地核の圧力で破壊されないように補助術式を発動する必要がある。そのためには港のアストンに狼煙を上げて合図せにゃならん」

 

「でも……!」

 

「ルーク! 神託の盾兵が来たわ!」

 

 説得しようとするルークのもとに、ティアの声が届く。どうやらシェリダンに神託の盾兵が辿り着いてしまったらしい。

 

「行きなさい、ルーク。私らみたいな老人じゃあなた達について行けない。狼煙は上げておくから、早くシェリダン港に向かいなさい」

 

「ルーク!」

 

 穏やかな顔で告げるタマラと、焦燥感を募らせるティアの声。板挟みになったルークはどうしてよいか分からずに立ち尽くす。イエモンはそんなルークに駆け寄ると、バシン、と音を立ててルークの尻を張り飛ばした。

 

「何ぼさっとしとるんじゃ! 補助術式は長くもたん、早く行かんか!」

 

「ッ! ……ごめん、イエモンさん、タマラさん!」

 

 イエモンに叱咤されたルークは、不安を振り切るようにそれだけ言い残すと集会所を飛び出して行く。それを見送ったイエモンとタマラは互いに顔を見合わせ、困ったように笑い合った。

 

「こういうときはありがとう、だろうに」

 

「まったくね、帰ってきたらちゃんと教えてあげないと」

 

「さ、儂らの仕事をしちまおうか」

 

 集会所を飛び出したルークは、ティア達がリグレット率いる神託の盾兵と向かい合っているのを目の当たりにする。

 

「そこを退け、ティア」

 

「嫌です!」

 

 譜業銃を突きつけるリグレットとメイスを構えて対峙するティア。リグレットの狙いは集会所の中にいるイエモン達であることは明白だった。辺りを見渡せば白光騎士団と神託の盾兵が争っているのも目に入った。ルークはティアの隣に立つと、剣を抜いてリグレットに立ちはだかる。

 

「フン、レプリカも来たか」

 

「アンタに構ってる暇は無いんだ。退いてくれ!」

 

「断る。お前達がしようとしていることは分からんが、閣下の計画の邪魔になるのならば阻止するのみ」

 

 リグレットを出し抜くのは容易ではない。その上、ルーク達が今ここでリグレットを潜り抜けて行けば、彼女は白光騎士団の妨害を物ともせず集会所に押し入り、イエモン達を害してしまう。ルークは集会所の中に居るイエモン達を見捨てることが出来ない。つい先ほどイエモンに叱咤されたというのに、割り切ることが出来ないでいた。

 

「何やってるのさ、まったく」

 

 だが、ここに居るのはルークだけではない。呆れたような声と共にリグレットとルーク達の間に降り立ったのは、フードで顔を隠した小柄な人物だった。唐突な乱入者にリグレットだけでなく、ルーク達も身を固くさせる。彼らに背を向けてリグレットに対峙しているということは味方なのだろうが、生憎とこの乱入者に見覚えはない。

 

「お、お前は……?」

 

「モースが言っていた協力者ですか?」

 

「そういうこと。それだけ分かってれば十分だろ? ほら、ここは任せてさっさと行きな、よ!」

 

 ジェイドの問いを肯定すると、膝を少し沈めてライガを思わせる素早い身のこなしでリグレットに飛び掛かる。それは警戒を強めていたリグレットであっても目を(みは)る速度であり、引鉄を引く間もなくその蹴りを受けざるをえなかった。

 

「チィッ! 小癪な」

 

「ほら、実力に不足は無いだろ? 行った行った」

 

「お、おう、任せたぞ!」

 

 リグレットを押しのけ、自身の実力を示したとばかりに手をひらひらと振る乱入者。ルーク達はそれに促されるようにリグレットの横をすり抜けて走っていく。リグレットはそれを忌々しげに睨みつけるが、追いかけるようなことはしなかった。目の前に居るフードの人物がそれを許さない程度の実力を備えていることは先ほどの一撃で理解出来ていた。

 

「シェリダンに放っていた偵察兵を処理していたのは貴様か。モースの差し金だな」

 

「そういうこと。それで、お互いここで不毛な戦いする? そっちもここでやり合う意味は無いと思うけどね」

 

 そう軽口を叩くものの、腰を低く落として戦闘態勢は崩さない。それに応えてリグレットも譜業銃を構える。

 

「せめて貴様の正体を暴いておかねばな」

 

「ならそれは諦めてもらうしかないね」

 

 それを皮切りに再び二人は交錯する。六神将とそれに匹敵する実力者のぶつかり合いがシェリダンで発生した。

 譜業銃を巧みに操り、引鉄を引くリグレットに対し、フードの乱入者、フェムは拳と蹴りを使って射線を逸らす。少しでも距離を離されればリグレットの間合いになる。譜業銃と譜術を組み合わせた遠距離攻撃手段が豊富な彼女に対し、譜術に適性の無いフェムには肉体戦闘術しかない。だからこそ常にリグレットに張り付いて攻撃を続ける。

 

「中々やる!」

 

「お褒めに与り光栄だね!」

 

 リグレットの右手の銃が顔に向けられれば顔を逸らして避け、身体を狙われれば拳撃で銃そのものを狙って射線を逸らす。だがリグレットの武器は譜業銃だけではない。

 銃口を逸らしたフェムのこめかみに向かってリグレットの回し蹴りが迫る。一撃で意識どころか命を刈り取りかねない威力を持ったそれを、フェムは勢いよく後ろに仰け反ることによって回避する。だが、その拍子に彼が被っていたフードが外れ、彼の顔が白日の下に晒される。仰け反った勢いで距離を取ったフェムの顔を見たリグレットの表情が驚愕に歪んだ。

 

「おっと……」

 

「なるほど……。その顔ならばこれだけの戦闘力を持つことも頷ける。モースめ、まさか導師のレプリカを秘密裏に兵としていたか」

 

「そこまで必死になって隠すつもりもなかったし、視界も良くなって助かったかな。さて、第二ラウンド行っとく?」

 

「フン、貴様に言われるまでも無い」

 

 そう言ってリグレットはニヤリと笑うと、譜業銃をフェムに向ける。応えるように彼も拳を構え、再びリグレットに気合いと共に仕掛けた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

地核突入

 シェリダン港に辿り着いたルーク達は、自然発生したとは思えない白い靄に行く手を阻まれていた。

 

「皆、口を塞いで呼吸しないように。譜術で吹き飛ばします」

 

 その脅威にいち早く気付いたジェイドが譜陣を展開する。ジェイドの譜術により生じた風が、周囲の靄を吹き飛ばす。ルーク達が再び目を開ける頃には、彼らの周囲に立ち込めていた靄はさっぱり消え去っていた。

 

「譜業による催眠煙幕ですね。大の大人でも昏倒してしまう代物です」

 

 そう言ってジェイドが見渡せば、周囲には意識を失って倒れ込んでいる神託の盾兵の姿がチラホラと見える。その様子を見るに、この催眠煙幕はヴァンによるものではなく、シェリダンの職人たちの手によるものだろう。

 

「おおっと、よかったよかった。あんた達まで寝ちまったらどうしようかと思った」

 

「小さい子には効きが速いみたいだけど、ジェイドがすぐ吹き飛ばしてくれたんだね」

 

「アルビオールならタルタロスに積み込んである。いつでも出られるぞ」

 

 その言葉と共に現れたのはヘンケンとキャシー、アストンの三人。どうやらシェリダン港に押し寄せた神託の盾兵を煙幕で無力化することで対抗していたらしい。

 

「奴らがタルタロスを盗もうとしてきやがってな。この催眠煙幕でノックアウトしてやったよ」

 

「それで俺達がノックアウトされたらどうするつもりだったんだよ……」

 

 どうだと言わんばかりに胸を張るヘンケンに対し、ルークは力が抜けたように肩を落とす。それを見てヘンケン達は悪い悪いとまるで悪びれた様子も無く笑う。

 

「無駄話をしている余裕があるのか?」

 

 だが、その後ろから冷たい刃のような言葉が差し込まれる。ルーク達がそれに反応する前に彼らを暴風のような剣閃が襲い、彼らを枯れ葉のように吹き飛ばした。

 吹き飛ばされたルーク達にゆったりと歩み寄るのは六神将をまとめる神託の盾騎士団の主席総長。その右手に握られた一振りの剣が、先ほどの暴威が彼一人の手によって引き起こされたことを物語っていた。

 

「ベルケンドから逃げ出した技術者達がシェリダンに隠れていたことは分かっていたが、何をしているかまでは掴めなかった。モースがことごとく偵察を潰していたためにな。だが、その様子だと間に合ったようだな」

 

「間に合った? それを言うのは早計ではありませんか」

 

 ヴァンの言葉に反論したジェイドが言い終わるや否や譜術を発動させる。ヴァンの目の前に収束した音素(フォニム)が弾け、衝撃波を生む。

 

「小細工が通用するとでも思ったか?」

 

 だが、それを剣の一振りで相殺し、ヴァンは余裕の態度を崩さない。

 

「くっ」

 

「ジェイド! 俺も……」

 

「やめなさいルーク。今はタルタロスに向かうことが先決です。こうしている間にも時間は減っていきます」

 

「だがそれを私が許すとは思うまい?」

 

 加勢しようとしたルークを片手で押し留め、ジェイドは忌々しげに前に立つヴァンを睨みつける。ジェイドとてヴァンが易々と逃がしてくれるとは思っていない。背中を見せれば容赦なくヴァンは襲い掛かるだろう。ならば今のこの場で出来る最も合理的な手段は、ほんの一瞬でもヴァンを引き留めること。例え、戦闘力が無い民間人であっても前に立ちはだかることは可能だ。それが老人であったとしても。

 ジェイドの頭脳が、感情とは切り離された冷徹な判断を導き出す。この場ではそれが取り得る最善だと理解している。だが、その犠牲を容認することは躊躇われた。それを口にしてしまうくらいなら、あるいは老人たちが自らその身を呈することを選んだとしても、そうするくらいならば自分が囮になる方がマシだと。

 

(あなたもこんな気分だったのですか、モース)

 

 恐らく、いや確実に勝ち目は無い。ジェイドは自身が天才だと自負している。だが、それはあくまで譜術という技術においてであり、戦闘に関して、特に近接戦闘でヴァンと渡り合えると自惚れていなかった。それでも誰かがヴァンを足止めしなくてはいけない。その役目は、恐らく自分が担うべきなのだとジェイドは考えていた。それは彼の合理的な頭脳からではなく、どこかのお節介な大詠師によってもたらされた感情的な思考から導き出されたものだったのかもしれない。

 

「ルーク、あなたはタルタロスに……」

 

「おいおい。何かどんちゃん騒ぎになってるかと思えば、主席総長サマじゃないかい」

 

 覚悟と共に踏み出そうとした一歩はしかし、この場に似つかわしくない呑気な声に遮られてしまった。その声の主は、肩に愛用の刀を担ぎ、気負った様子も無くヴァンへと歩を進める。その姿は緊張感に欠けているが、間合いに入ればすぐさま切り伏せられてしまいそうな雰囲気を漂わせていた。

 

「カンタビレ……。何故ここにいる?」

 

「いや何、あたしをのけ者にして楽しそうなことしてるって風の噂に聞いてね。あたしも混ぜちゃくれないかい?」

 

 そう言ってカンタビレはにやりと犬歯を覗かせて獰猛な笑みを浮かべると、ヴァンに躍りかかる。目で追うことすら至難なその一閃を、ヴァンは事も無げに防いでみせた。だがそこでカンタビレの連撃は止まらない。続けざまに二度三度、白銀の軌跡を残して刀が振るわれる。

 

「カンタビレ、自分が何をしているか理解しているのか」

 

「伊達や酔狂でこんなことするもんか。ほら、こっちはあたしに任せてお前達は行きな。やることがあるんだろう?」

 

「カンタビレ教官、ありがとうございますっ!」

 

 カンタビレに促され、ルーク達はタルタロスへと駆け込んでいく。それを阻止しようとするも、ヴァンの目の前に立ちはだかる人間がそれを許すことはない。背を向けたルークに向かって放たれたヴァンの譜術を、カンタビレが一刀両断する。

 

「おいおい、あたしが目の前にいるってのに余所見は無いんじゃないか?」

 

「……面倒な」

 

 挑発するようにプラプラと刀を揺らすカンタビレに対し、ヴァンは温度を失くした瞳で右手に持った剣を構える。先ほどまでの余裕に満ちた表情は消え、今はただ目の前の敵を葬ることだけに思考を集中させる。

 

「おぉ、怖いねぇ。流石は主席総長サマ」

 

 ヴァンの殺気を受けてなお愉快そうなカンタビレ。刀を肩に担いだまま、姿勢を低くし迎撃の構えを見せた。

 

「さぁ、始めようじゃないかヴァン」

 

 


 

 

 オールドラント大海を行くタルタロスの艦橋にルーク達は集まっていた。タルタロスは最大船速でアクゼリュス崩落跡に向かう。シェリダン港を出てタルタロスがアクゼリュス跡地に辿り着くのは5日。もどかしい時間がタルタロス内に流れていた。

 

「ルーク、少しは落ち着け」

 

 艦橋を右へ左へと忙しなく行き来するルークに、ガイは呆れたように声をかける。

 

「ガイ、でも、シェリダンの皆は……」

 

「俺達が心配してもどうにもならないさ。それにリグレットとヴァンはモースの旦那が手を打ってくれてたんだから、イエモンさん達もきっと大丈夫だろうよ。それに出発してからずっとそんな感じじゃないか。そんなんじゃ地核突入までもたないぞ」

 

「う、分かったよ」

 

 ガイに窘められ、ルークは決まり悪そうに椅子に腰かける。その隣にティアが歩み寄り、労わるように肩に手を置いた。

 

「カンタビレ教官はとても強いわ。兄さん相手でも大丈夫よ、きっとヘンケンさん達を守ってくれる」

 

 そう言って安心させるようにルークに微笑みかける。このやり取りもタルタロスに居る数日で何度も繰り返されたものだ。ルークがこうして落ち着きなくしている一方で、他のメンバーはかえって冷静に各々の仕事を熟しているが、だからといって誰もルークを責めることは無い。誰もが内心ルークと同じ思いを抱えており、ルークを宥めることで己の不安をも和らげることが出来ていたからだ。

 

「皆さん、そろそろ持ち場へ。見えましたよ」

 

 艦長席に座るジェイドがそう言って全員の注意を前方へと向けさせる。タルタロスの目前にはアクゼリュスの崩落による大穴が口を開いており、穴の際からは海水がとめどなく落ちている。

 

「アニス、術式の起動状態は大丈夫ですか?」

 

「えとえと……、大丈夫で~す!」

 

 ジェイドの言葉に、アニスは自身の座席に設置されたモニターに素早く目を通す。そこには、事前に教えられた異常を示す表示は無く、問題なくタルタロスが地核に突入可能な状態であることを示していた。

 

「それでは行きましょうか。皆さん、準備はよろしいですね?」

 

「おう!」

「大丈夫ですの!」

「いつでもオーケーだ、旦那」

「準備は出来ています」

「私も問題ありませんわ」

「アニスちゃんもオッケーで~す」

 

 ジェイドの呼びかけにルーク達が返答する。最後に彼は隣に立つ導師イオンへと目を向けた。

 

「イオン様も、大丈夫ですか?」

 

「はい。行きましょう」

 

「では……。タルタロス、これより地核に突入します」

 

 ジェイドの指令でタルタロスは大穴へと最大船速で向かい、遂に穴の淵から飛び出した。しかし、本来魔界(クリフォト)へと真っ逆さまに転落するはずのタルタロスは穴に飛び込んだ時の高度を維持したまま大穴の中央へと進んでいく。タルタロス艦体の下には、虹色の光を放つ巨大な譜陣が展開されており、それがタルタロスを落とさないように支えているのだ。

 大穴の中心部で停止したタルタロスは、そこからゆっくりと降下を開始する。外殻大地の岩壁を横目に高度を下げ、障気の雲の中へと突入する。シェリダンの職人とベルケンドの技術者がその知識を結集した術式によってタルタロスは乗員達を安全に、かつ確実に魔界(クリフォト)へと降下させていき、遂に泥の海にまで迫った。

 

「……本当に大丈夫だよな?」

 

「なるようになるさ、ルーク。イエモンさん達を信じろ」

 

 足下に迫る泥海に固唾を飲んだルーク。それを安心させるようにわざとらしい程の軽い口調でガイが言葉をかける。

 

 そしてタルタロスは泥海に着水し、更にその巨体を沈めていく。展開された譜陣によって泥がタルタロスを襲うことは無く、泥海に穴を穿つように潜航し続ける。

 

 辺りから光源が消え、頼りない艦内灯のみがルーク達の視界を僅かに保障してくれる時間。それがどれほど続いたかは彼らにも分からない。作戦の緊張感と前人未到の地を目指す不安、そして暗い艦内という環境が時間感覚を奪ってしまっていた。

 

 ごくり。誰かが生唾を飲み込んだ音がルークの耳に聞こえた気がした。あるいはそれは自身が立てた音だったのかもしれない。

 

 薄暗がりの中、一度目を閉じたルーク。そして再び目を開いた彼の目前には、極彩色の空間が広がっていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

シンクの激情、ローレライの預言

今回はいつにも増して捏造設定入りまくりとなっておりますのでご注意下さい(注意と言ってもどうするんだって話ですが)。




「すげえ……」

 

 目の前に広がる光景に思わず感嘆のため息を漏らすルーク。それは他の面々も同じだったようで、皆興味深そうに周囲を見渡していた。

 

「創生暦時代の人々でさえ地核内に突入したことはないでしょう。我々は今、正しく人類初の領域に立っていますね」

 

「こんな時に暢気な感想かもしれないですけれど、とても美しい光景ですわね」

 

 ナタリアもうっとりと辺りを見渡す。地核から噴き上がる記憶粒子(セルパーティクル)は雪のようにタルタロスの周囲を舞う。補助術式による保護が無ければ、その圧力によってタルタロスは卵のように簡単に潰れてしまうということを忘れてしまいそうになるほど幻想的な景色が広がっていた。

 

「……そろそろ甲板に向かいましょう。後は甲板の譜陣を起動してアルビオールで脱出しなければ」

 

「そうだな、行くか……、って何だ!?」

 

 突如として艦橋内に響く警報音。それはタルタロスに侵入者がいることを示していた。

 

「おいおい、何でこんなときに」

 

「恐らくどこかに潜んでいて、地核突入のタイミングで警戒区画に踏み入ったのでしょう。だとすれば敵の目的は甲板にある譜陣。急ぎましょう!」

 

 ジェイドの言葉に全員は弾かれたように艦橋を飛び出し、甲板へと走った。

 そうして息を切らしながら甲板に足を踏み入れたルーク達を出迎えたのは、イオンと同じ色の髪をした仮面の少年。

 

「シンク!」

 

「おっと、これ以上近づくんじゃないよ。間違って足下の譜陣を消しちゃったらここで皆お陀仏だからね」

 

 名前を呼んで駆け寄ろうとした導師イオンを牽制するようにシンクは足下の譜陣に右手のひらを向ける。分かりやすく音素(フォニム)を纏ったその手は彼の言葉が少なくとも非現実的な話ではないことをルーク達に伝え、彼らの足を止めさせるには十分な効果を持っていた。

 

「一体いつの間に忍び込んでいたのやら。いや、ヴァンが襲撃してきたときでしょうね、あの時は皆の注意がタルタロスから逸れていた」

 

「名推理ご苦労だね死霊使い。それが分かったところで何の意味もないけどね」

 

「とはいえあなたも我々と交渉する意思はあるのでしょう? でなければ問答無用で譜陣を消していたはず。それをしないということは我々に何か要求することがあるからでは?」

 

 シンクの煽るような口調にも流されず、ジェイドは淡々と話を進めようとする。それを見てシンクは忌々しげに舌打ちをすると、右手に纏った音素(フォニム)の光を少し弱めた。

 

「その通り。ヴァンから下された指令はお前達をタルタロス諸共この地核に沈めてしまうこと。任務を達成するためならこんな悠長に話してるわけがないからね」

 

「タルタロス諸共って、待てよそれじゃあお前も死ぬじゃないか!」

 

 シンクの言葉にルークは思わず口を挟んでしまう。彼の言葉が確かならば、ヴァンはシンクに対して死んで来いと命令したに等しい。

 

「そうさ。別にボクはそれでも良かったさ。自分の存在意義なんてヴァンにとってその程度だったっていうのは分かってたし、自分でもそうだと思ってたんだから」

 

 その言葉と共にシンクは自身の左手を顔へとやる。彼の顔の上半分を隠すように覆う金の下地に複雑な深紅の模様が入った仮面。それを取り外すと、肩越しに後ろへと放り投げた。

 

「っ!? お前!」

 

 仮面の下から現れた顔に、ルークは思わず背後に立つイオンを振り返った。二人の顔は鏡に映したかのようにそっくりそのまま。ルークの脳裏に過るのはアッシュと自身の関係。もしそれがシンクとイオンにも当てはまるのだとすれば、

 

「そうさ。ボクはそこの導師イオンと同じ、レプリカだよ。もっとも、そこにいるイオン様とは違って出来損ないだけどね」

 

「シンク、あなたは……」

 

「同情は止してくれよ。ボクをそんな目で見ることは誰にも許しはしない」

 

 ナタリアの言葉を途中で遮り、シンクは口元を歪めてほんの一瞬、笑ってみせる。しかし、その笑みもすぐに消え去った。

 

「それにこんな話をしたいわけじゃない」

 

「他にすべき話があると?」

 

「そうさ。ボクやそこのイオンの生い立ちなんて今はどうでも良い」

 

 そう言ってシンクは一歩、ルーク達に向けて進む。

 

「お前達だけじゃヴァンを止めることなんて出来やしない」

 

「……何が言いたいのです?」

 

「そのままさ。ここまで来るのだってどれだけ自分たちの力でやり遂げられたのさ? 今ここに立っているその足下にどれだけの献身があるのかを知りもしない。ボクにはそれが我慢ならない」

 

 話を掴めないと目を細めるジェイドに構わずシンクは語り続ける。それはルーク達に聞かせるためというよりは、自身の内側から漏れ出すものを止められていないといった様子だった。それを示すように、最早シンクの視界にはルーク達は入っていない。視線は下に向けられ、何かを考え込んでいるようにも見える。

 

「何でお前達なんだ? ヴァンどころかボクに勝つことすら怪しい出来損ないに何を期待してるっていうんだ。何でそのために容易く自身を投げ棄てられるんだ」

 

「お、おい、シンク……?」

 

 そのただならぬ様子にルークが気遣わしげに声をかける。するとそれに反応したようにシンクが視線をルークに向ける。かと思えば、次の瞬間には拳を構えてルークの目の前に迫っていた。ルークは目を見開き、腰から引き抜いた剣の腹でその拳を辛うじて受け止める。予備動作も無いその早業にルークが反応できたのは奇跡と言って良いだろう。

 

「いきなり何を!」

 

「よく聞きなよ、出来損ない。モースはヴァンに捕らわれた」

 

「そんなっ!?」

 

 拳を剣と打ち合わせた姿勢のまま、シンクはルークに向けて吐き捨てるように呟いた。その内容は、ルーク達にとって半ば予想出来ていたが、それでも否定したかったもの。モースが戦う姿を目にした面々は、例え六神将が相手であってもモースが引けを取らないと思っていた。神託の盾兵を圧倒した姿を見ていたナタリアなどは特に。

 

「今までお前達がどれだけモースに助けられてきたと思う? 直接的にも間接的にも、ヴァンの企みを妨害してきたのは自分達だけなんだと自惚れちゃいないだろうね?」

 

 シンクはそう言って拳を解くと、ルークの剣を握りしめる。手袋越しとはいえ、刃引きのされていない剣をルークが動かそうともビクともしないくらいに強く。

 

「ボクはヴァンの企みなんてどうでも良い。だけどモースだけは別だ」

 

 仮面を脱ぎ捨てて露わになったシンクの表情は先ほどまでの自嘲するような笑みでも、何の色も伺えない無表情でもなく、ただ憤怒に染められていた。その怒りの矛先はルーク達のようでいてそうではない。

 

「モースに頼まれたからボクは他のレプリカ達をダアトから逃がしたし、こうやってヴァンの指示に従ってもやる。それでモースが目的を達成できるならね。でも、その結果モースが死ぬことは許さない」

 

 シンクの怒りの矛先は他ならぬシンク自身。やり場の無いその怒りがルークの剣を握るその手に現れていた。剣を握っているために距離を取れないルークに向かって顔を寄せ、目と目を合わせた。

 

「今ここで誓え、レプリカ。何があっても、例えモースがそれを望まなかったとしてもモースを助けると」

 

「シンク、どうしてそこまで彼のことを」

 

「お前達には理解出来ないししてもらおうとも思わないよ。誰かの都合で勝手に生み出されて、そして勝手に要らないものとして棄てられる。利用価値があるからなんて気紛れで生かされて、いつかはこうやって捨て駒にされることが分かり切ってるのに生きてる。そんなときに救い上げてくれた人間のことをどう思うかなんて。自分が存在してられる幸福を無条件に享受してるお前達なんかに、身を削って陽だまりを作ってくれた人間がどれだけ大きいかなんて分かってたまるか!」

 

 困惑するジェイドを睨みつけて血を吐くように叫ぶシンク。そこにルークはかつての自分を見たような気がした。記憶が無く、訳も分からず過ごしていた日々の中で、誰よりも親身になってくれた剣の師。自身を利用するために近づいたなどと知らなかった当時の自分にとっては、間違いなくヴァンが自身の世界の中心になっていた。今のシンクは、その時の自分と重なって見えた。唯一の心の拠り所。それを守れなかった自身への怒り、ルーク達に頼る自身の情けなさへの憤りがない交ぜになった感情が色濃く滲んだ言葉に、ルークは何も言い返すことが出来なかった。

 

「そこの導師サマなんかにも分かるわけが無い。ボクはまだまだ何も出来ちゃいないんだ! 他の兄弟みたいにモースの料理を頻繁に食べてない。導師サマみたいにモースと何度も話しても無い。たまに食べた料理の感想だって全部言っちゃいないんだ。ずっとずっと我慢してたんだ、モースの頼みだからって。だけどその本人がいなくなったらまたボクは空っぽになっちゃうじゃないか! ボクはもう耐えられないんだ……頼むよ」

 

 いつの間にかシンクの両手はルークの胸倉を掴んでいた。最後にポツリと、蚊の鳴くような声で続けられた頼むよ、という言葉と共に、シンクは膝から崩れ落ちる。それに引きずられるようにルークも片膝をつき、彼の両肩に手を添えて身体を支えた。

 

「ここを脱出したら絶対にモースを助ける。約束だ」

 

「ま、モースの旦那には散々お世話になってるからな。それに助けないなんて言ったら確実に三人……いや、四人が大騒ぎするだろうからな」

 

 ルークに続いてガイもシンクの傍らに膝をつくと、そう言い添える。それを聞いてシンクはようやくルークの胸倉を握りしめていた手から力を抜いたのだった。

 

 


 

 

 ぐったりとしてしまったシンクをアルビオールに乗ったノエルに預けると、ルーク達は譜陣の起動の為に再び甲板に戻る。

 

「では起動します。基本的に音素(フォニム)の制御は私が行いますが、これほどの大規模です。万が一の際はティア、お願いしますね」

 

「了解です、大佐」

 

 ティアの返答を確認したジェイドは目を閉じると、全身のフォンスロットを開放し、譜陣に起動用の音素(フォニム)を注入していく。程なくして、タルタロスの甲板に刻まれたト音記号状の文様が淡い光を放ち始める。

 

「これで良いでしょう。さ、アルビオールに行きましょう」

 

 無事に譜陣が起動したことを確認し、ジェイドは一息つくと、後ろに控えていたルーク達にそう声を掛ける。それに従って歩き出したところで、ルークを馴染み深い頭痛が襲った。

 

《我が声に耳を傾けよ! 私と同じ存在よ》

 

「アッシュ!? いや、違う……この声は?」

 

「ルーク!」

 

 常ならぬ激痛が走り、ルークは思わず膝をついてしまう。それを見て、心配そうな表情でティアが駆け寄り、ルークの肩に手を添えた。

 

《ユリアの血縁か。ちょうど良い。しばし身体を借りる》

 

 ティアがルークに触れた瞬間、その言葉と共にルークの頭痛は綺麗に消え去り、代わりにティアが甲板に倒れ込んでしまう。ルークは突如として消えた頭痛に周囲を見渡し、傍らにティアが倒れているのを見つけた。

 

「ティア!?」

 

 そう言ってティアを抱き起そうとするが、その前にティアがすくっと立ち上がる。ただしその目は閉じたまま。

 

「ルーク。我が同位体の一人。これでようやくお前と話が出来る」

 

「ティア……?」

「一体どうしましたの?」

「様子がおかしい。何があったのですか」

 

 普段と異なる口調で語りだしたティアに、ルークだけでなくナタリアやジェイド、他の面々も困惑を隠せない。今のティアは、目を閉じたまま立ち、更にその身体が仄かに励起した音素(フォニム)によって光を放っていた。それだけで異常が起きていることが見て取れる。自然、ルーク達は警戒態勢を取るが、ティアの口を借りて語る何者かはそれを全く意に介さなかった。

 

「私はお前たちがローレライと呼ぶ存在。かつての契約者であるユリアの血縁者の身体を借りてこうしてお前達に語り掛けている」

 

「ローレライ! 第七音素(セブンスフォニム)の意識集合体ですか。理論上存在するとは言われていましたが、実在するとは」

 

「私は第七音素(セブンスフォニム)そのもの。ルークともう一人のお前は私と音素振動数が一致する完全同位体。お前と私は同じ存在。だからこそお前に頼みたい」

 

「俺に? 一体何を……?」

 

「私を地核から解放して欲しい。何かが私の力を吸い上げている。セフィロトを停止し、地核の振動を止めたとて私が地核に捕らわれたままではいずれ破綻する」

 

「ローレライの力を吸い上げている……? 一体何が起こっているのですか」

 

「分からない。だがルーク、お前ならば私を解放出来る。殉ずる者に聞け……我が預言の行く末を……」

 

 問答を続けるうちにティアの身体から発される光は弱まり、言葉は途切れ途切れとなる。最後にか細い声で呟いたかと思えば、光は完全に消えうせ、ティアの身体から力が抜けた。倒れそうになるティアの身体をルークが抱き留めた。ティアはそのまま意識を失っているようで、ルークの腕の中で規則正しい呼吸で眠っていた。

 

「ローレライの預言の行く末……。第七譜石を探せということでしょうか?」

 

「でもでも、殉ずる者に聞けって言ってましたよ~?」

 

 そう言って顎に手を添えてローレライの言葉を反芻するジェイドを、アニスが見上げる。

 

「殉ずる者……。誰かを指しているのだとすれば誰かの名前、でしょうか」

 

 ナタリアはそう言って首を傾げる。そして問うような視線をガイに投げかけるが、ガイは肩を竦めるばかりだ。

 

「古代イスパニア語だと俺にはお手上げだなぁ。旦那やイオン様は心当たりあるかい?」

 

 そう言ってイオンとジェイドに目を向けたガイは、二人が揃って深刻な表情をしていることに気付く。

 

「お、おい、ジェイドもイオンもどうしたんだよ?」

 

 ただならぬ様子の二人にティアを抱きかかえたまま、ルークは問いかけた。

 

「古代イスパニア語で殉ずる者。その人物は我々も良く知る人物です」

 

「へ? そうなのか。だったらここを出てすぐに聞きに行こうぜ!」

 

 ジェイドの言葉にルークの表情が明るくなる。だが、すぐにその表情は訝しむようなものに変わる。ジェイドの言う通りだとすれば、何故ジェイドとイオンの二人は深刻な顔をしていたのだろうか。そんなルークの疑問を感じ取ったのか、イオンが口を開いた。

 

「殉ずる者。フォニック言語ではモース。第七音素(セブンスフォニム)の意識集合体であるローレライが何故その素養を持たないモースの名を出したのでしょうか」

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

フェンデの末裔と私

今回も捏造設定回です(土下座)



 闇の底に沈んでいた意識がゆっくりと浮上し始める。ぼんやりとした意識のまま、自分と周囲の状況を把握するために視線を辺りに向けた。

 窓の無い部屋で、灯りは天井に取り付けられた弱弱しい照明のみ。手足が動かないことから紐か何かで椅子に縛り付けられているようだ。そのまま視線を動かすと、自身の前に誰かが立っているのが見えた。未だぼやけた視界ではそれが誰かまでは分からない。

 

「ようやく目を覚ましたか」

 

 だが耳に届いたその声に私の意識は覚醒を余儀なくされた。そうだ、私はユリアシティでラルゴに負け、意識を失ったのだった。ということはここはダアトの教団本部の一室か、窓が無いから神託の盾騎士団の懲罰房か、あるいは私の把握していない秘密の区画か。

 

「ヴァン……」

 

 ヴァンは机を挟んで私の前に座る。その口元は楽し気に歪められている。

 

「こうしてお前と話してみたかった。お前の中にある秘密を明らかにしなければならないと、ずっと考えていた」

 

「私はあまり話したいとは思っていませんでしたがね。……っ」

 

 身体はまだあちこちが痛むが、それでもラルゴとの戦いの後だと思えば身体に残ったダメージは少なく感じる。恐らく最低限の治療はされたのだろう。私の尋問をスムーズに進めるためのものであり、まだ身体に痛みが残っているということは私が逃げ出さないように意識を回復させる程度に留めたといったところか。目の前の男の用心深さ、悪辣さに思わず笑いが漏れる。

 

「私はお前と敵対する必要などないと思っているのだがな」

 

 その口調は酷く優しく、警戒してるはずの私の心にもするりと入り込んでくるような心地だった。油断してはならないと分かっているのに、安心感を覚えてしまいそうになる。

 

「何をふざけたことを……。私とあなたは相容れないことなど火を見るよりも明らかでしょうに」

 

「そうか? 私もお前も、今や世界を預言(スコア)から解き放とうとする数少ない同志だろう?」

 

「その方法に私が賛同できない以上、話にもならない」

 

「……やはりお前は私の計画を知っているのだな」

 

 私はそこで口を滑らせたことを悟った。そうだ、ヴァンは私に計画の詳細を伝えてはいなかった。記憶の中にあるヴァンの計画を阻止するために動いていた。それをヴァンは敏感に察知していたのだろう。そして今確信に至った。

 

第七音素(セブンスフォニム)の集合体であるローレライを消し去らねば、この世界から預言(スコア)を無くすことは出来ない。愚かな人類が預言(スコア)から逃れることなど出来ない。だからこそ私がやらねばならない」

 

 ヴァンはどこか遠くを見ながら語り始める。それは私というたった一人の聴衆に向けたヴァンの演説だった。

 

「大量の、それこそこのオールドラントの全てをレプリカに置き換える。それには莫大な第七音素(セブンスフォニム)が必要だろう。それこそ、地核から湧き上がる記憶粒子(セルパーティクル)全てを消費してしまうほどに」

 

 私が知る筋道では、後にヴァンはホドを模したレプリカ大地、エルドラントを創り上げた。レプリカ作成技術を搭載した空飛ぶ要塞でもあったエルドラントは、大地のレプリカ情報を抜き取り、その領土を広げていた。ルーク達が阻止しなければ、大地はヴァンの目論見通りにそっくりレプリカに置き換わってしまっていただろう。そしてその作成と維持には第七音素(セブンスフォニム)が必要不可欠。ヴァンが考えていたのはこの世界をそっくりそのままレプリカに置き換えることで預言(スコア)から解放された世界を実現するといったものだった。

 

「ローレライは第七音素(セブンスフォニム)の集合体。レプリカを創り出す過程で消費された後の第七音素(セブンスフォニム)では、ローレライの存在を賄いきれまい」

 

 ヴァンの口から語られるのは、その先に見据えていた世界。レプリカ作成と維持によって意識体としての存在を保てなくなるほど第七音素(セブンスフォニム)が枯渇してしまえば、この世界から預言(スコア)を与える存在は消え去る。それによって世界は真にローレライから解放されるとヴァンは言う。

 

「この世界を支配しているのはローレライだ。奴の預言(スコア)から世界は逃れられん。例え、レプリカによって歯車が多少ずれたとしてもそれすら包含してしまうのが預言(スコア)だ」

 

 そう。私はだからこそ疑問だった。ヴァン自身が私の記憶の世界で語っていたのだ。例え預言(スコア)にないレプリカで一時的に世界が筋書きから外れたとしても、その結末は変わらないと。だとすればヴァンの計画はそもそも矛盾している。例えレプリカで世界を満たしたとしても、それはいずれ世界の修正力とでも言うべきものによって元のレールに戻されてしまうだろう。それをこの男が気が付かないはずが無い。ならばヴァンの動機は何だったのか。単純な世界への復讐か、あるいは何か別の、誰にも打ち明けなかった彼だけの動機があったのか。今、彼はその内心を私に語っている。その狙いはどこにあるか分からないが、

 

「レプリカで満たされる限り、この世界にローレライが存在することは出来ない。真に預言(スコア)から世界は解放される」

 

「例えその世界にあなたがいなくとも構わないと?」

 

「愚問だな。そもそもこれはただの復讐に過ぎない。私の命一つをチップに、ローレライの命を賭けた博打だ」

 

「そのために、あなたはあなたを信頼する部下を使い捨てようとするのですか」

 

「あれらは皆私の想いに同調している。そして最終的にあれらの本懐も遂げられる。私は最初からあれらを裏切ってはいない。お前と違ってな」

 

 嘘だ。ヴァンの言葉には嘘しかない。そもそもヴァンは彼らを、リグレットやラルゴ、そしてヴァンに付き従う神託の盾兵を誰一人として人間として見ていない。彼にとっては全てコマに過ぎないのだ。オールドラントというテーブルに載せられたチップ。だからこそヴァンにとって裏切りという概念は無い。そもそも人間扱いしていないのだから。

 

「私が誰を裏切っていると?」

 

「ハッ、お笑い種だ。お前ほど裏切りを重ねている者はいるまい。お前は皆を裏切っている。私も、導師イオンも、そのレプリカも、そしてお前を慕う人間全てを裏切り続けている」

 

「聞き捨てなりませんね。私は誰も裏切っていませんよ。そもそもヴァン、あなたこそ全ての人間を裏切っている。あなたにとってこの世界の人々はコマに過ぎないのでしょう」

 

 ヴァンは訳も分からない言葉を並べ立てる。私が裏切る? 一体誰を裏切るというのか。

 

「まさか、自覚もしていないとはな。あの出来損ないのレプリカの方が自らの身の程を弁えていた分まだマシだったな」

 

 そう言ってヴァンは笑う。遠くに向けていた視線を私へと向け、そこに私には読み取れない不思議な色を滲ませて。

 

「モース。お前は何故、そこまで私の動きを読み切っておきながら、今ここにいるのだ?」

 

「……何を?」

 

「お前には部下がいる。志を同じくする仲間も。なるほど、シンクを懐柔したのは見事だ。ディストの目的を見抜き、それを利用したのも流石というべきだろう。つまりお前は私を完全に出し抜いていたわけだ」

 

 だが、だからこそとヴァンは続けた。先ほど読み取れなかったヴァンの視線に籠められた意味が、今はその表情にも表れている。それはどこか私を憐れむような感情だった。

 

「分からないな。そこまで出来ていて何故そんな様で私と対面している? シェリダン襲撃も、ユリアシティへのラルゴ乱入も、お前ならば読み切っていただろう。ならばお前がここまでする必要は無かったはずだ。人に任せることが出来たはずだ。お前がそう出来なかった理由は簡単だ」

 

 お前は誰も信じてなどいない。

 

「お前にとってこの世界の人間は皆人間ではない」

 

「そんなバカな……」

 

「お前にとってこの世界の人間は庇護すべき弱者だ。愛玩動物のようなものでしかない。お前にとってはありとあらゆる人間が人間に映っていない。だからその心の底にあるものを誰にも打ち明けたりはしない。踏み込ませたように見せて、本当に重要な部分には誰一人関わらせない。お前の言う通り確かに私は部下をコマとして見ているだろう。だが、お前も同じだ。同じ地平に立って人々を見ていない。私を傲慢な悪と罵るのならば、お前は傲慢な善意と言えるだろう」

 

 ヴァンの語りに、私は返す言葉が無かった。それは口を挟む隙が無かったからではなく、彼の言葉が否定できなかったからだ。私の内心を少なからず言い当てているように感じてしまったからだ。

 

「モース、お前は私と反対のようでいて、その実よく似ている。鏡合わせのように」

 

 ヴァンは席を立ち、机を回って私の前に立つと、視線を私と合わせた。

 

「お前の存在はとても不愉快だ、モース。私と同じ視座に立っているように見えて、私すらも人間に見ていない。まるで物語の登場人物を見るように私を見るその目が、私にとってこの上なく忌々しい」

 

 ヴァンは両手で私の顔を挟み込むと、私の目を通して頭の中を覗き見ようとするかのように、目を凝らす。

 

「モース、人の身に見えない地平を見通す者よ。お前は何者だ。何を知っている?」

 

 その手に籠められた力が徐々に強くなる。そこから逃れようとするも、身体を拘束され、ヴァンの万力の様な力に抑え込まれた状態では叶うべくもない。

 

「その頭の中にいるのか、ローレライが。お前に何かの知恵を与えたとでも言うのか。才が無いはずのお前から、何故微かに第七音素(セブンスフォニム)を感じ取ることが出来る」

 

 遂に抑え込まれた頭が鈍く痛み始めた。それほどヴァンの力は強く、私は苦悶の声を漏らす。その痛みのせいで、最早私にはヴァンが話す内容が頭に入ってこない。意味を成さない音の羅列が、締め付けられた頭の右から左に流れていくばかりだった。

 

「モース。お前の頭の中にあるその秘密、私が必ず暴いてみせよう」

 

「ぐっ……、わ、私が、簡単に答えるとでも思いますか?」

 

「私とて簡単に聞き出せるとは思っていないとも」

 

 ヴァンはそう言って私の頭から手を離す。彼が懐に手を入れ、何かを探り当てる。

 

「キノコロードという場所を知っているかな」

 

「キノコロード? 何故いきなり……」

 

「あそこには様々な薬効を持つキノコや植物がある。中には強力な効用を持ち、薬の原料となるもの」

 

 そう言って取り出されたヴァンの手の中にあるものは注射器だ。筒の中には透明な液体が詰まっており、針の先端から僅かに雫が垂れている。

 

「あるいは、強すぎる効能故にそのまま服用すれば幻覚を引き起こし、自白剤のような効果を持つものまでな」

 

「……そこまであなたが人の道を外れたとは思いもしませんでしたよ」

 

 椅子のひじ掛けに拘束された私の腕に、鈍く光る針先が埋まっていく。左腕に感じる鋭い痛みと、何か冷たいものが身体に入り込んでくる感覚。

 そして私の意識に少しずつ靄が掛かっていくような心地。反対に、手足の先から感覚が異常に鋭くなっていく。全身が総毛立つ寒気と、身体中から汗が噴き出すような熱気を同時に感じる。

 

「人の身でありながら人の視座にいない異常者」

 

 ヴァンの声がやけに遠くに聞こえる。

 

「ようやくお前の心根を垣間見ることが出来そうだ……我が野望を阻む者、ローレライの使徒」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

奪還作戦と毒杯を呷った男


とうとう捏造設定に加えて捏造用語まで発生する始末



 地核から飛び立ったアルビオールはベルケンドへと降り立った。シェリダンはローレライ教団、ヴァンの勢力下に陥落した可能性があるというジェイドの進言があったためだ。イエモン達の安否が気にかかるルークではあったが、優先順位をはき違えるなというジェイドの言葉に、渋々ながらも従った。

 

「ルーク様! 地核に突入したとシェリダンから報告を受けましたが、御無事だったのですか!」

 

 ベルケンド領事館に足を踏み入れたルーク達は、心配そうな顔をしたビリジアン知事に迎えられた。

 

「作戦は成功しました。その、シェリダンのイエモンさん達は……」

 

「おお、成功したのですね! それは何よりです。シェリダンの職人達ですが……」

 

「それについては私から話そうじゃないか、ビリジアン知事」

 

 ルークの報告に顔を綻ばせるビリジアンの後ろから現れたのは、気だるげに欠伸をするカンタビレだった。

 

「カンタビレ教官! ご無事だったのですか!?」

 

 その姿に大きな反応を見せたのはティアだった。彼女から見ればヴァンも、カンタビレもその実力を身を以て理解している人間だ。その二人が本気でぶつかり合ったとして、どちらが勝つことになるかは彼女には判断できないが、それでも双方が無事に終わることはないと思っていた。それが何事も無かったかのように目の前に現れたのだ、彼女の驚きは推して知るべきである。

 

「カンタビレ、ヴァンは、シェリダンはどうなったのですか?」

 

「元気そうだね、導師イオン。ヴァンならタルタロスが港を出たらとんずらこいたよ。シェリダンにいたリグレット共もね。キムラスカの兵士達も来たからね、シェリダンの技術者達は無事だよ」

 

「ホントですか?!」

 

「本当に本当だよ。だから安心しなって。泣きそうな顔しやがって」

 

 カンタビレの言葉にようやくルークの顔に安堵したような笑みが浮かぶ。カンタビレはそんなルークの前まで歩み寄ると、子どもをあやすようにその頭をポンポンと優しく叩いた。七年前に生まれ、その生まれと公爵家という環境から碌に親との触れ合いが無かったルークからすれば、このやり取りはむず痒く、かと言って不快ではない不思議な心地になるものだった。

 

「さて、これで地核の振動問題は解決したわけだね。ということは次は各地のセフィロトかい?」

 

「その前にモースだ!」

 

 そうカンタビレに食って掛かったのはルーク達一行の最後尾にいたシンク。いつの間にかルーク達の後ろから、カンタビレの目の前に詰め寄っていた。

 

「おっと、シンクじゃないか。まさかルーク達と一緒に居たとはね、ヴァンから鞍替えかい?」

 

「くだらない話をしてる場合じゃないだろ! 今だってモースは苦しんでるかもしれないんだ。セフィロトなんかよりも……!」

 

「落ち着きな。モースを助けに行かないなんて言ってないだろう。だがモースの救出も、セフィロトの操作もどちらも滞っちゃならない。そうだろう?」

 

 シンクの肩を掴んで抑えながら、カンタビレはジェイドに目配せをする。

 

「……カンタビレの言う通りです。冷静に考えれば、セフィロトの操作を後回しにすることは得策ではありません」

 

「っ! お前!」

 

「ジェイド、俺はシンクと約束したんだ。モースを助けるって!」

 

 ジェイドが放った言葉に、シンクの顔が怒りに歪む。地核での言葉は嘘だったのかと。ルークも抗議の声をあげ、シンクは我慢しきれずにカンタビレの制止も振り切ってジェイドに掴みかかろうとするが、その前にジェイドが言葉を続けた。

 

「ですが、その選択肢を取ることは今は出来ないでしょうね」

 

「おや、何でだい?」

 

「まずそれをしてしまうとシンクの信頼を失ってしまうということ」

 

 それに加えて、とジェイドは言う。

 

「モースの存在は、些か我々にとって大きすぎますからね。困ったことに」

 

 そう苦笑したジェイドは、言葉とは裏腹に嬉しそうな雰囲気を醸し出していた。

 

「……やれやれ、天下のネクロマンサー様にしちゃ随分と優しいことだね」

 

 カンタビレは観念したようにため息をついた。そして目を閉じて切り替えるように一つ深呼吸をすると、先ほどまでの緩めた雰囲気を収め、好戦的な笑みを浮かべた。

 

「モースは恐らくダアトに捕らわれている。ダアトは今や大詠師オーレル、いやさヴァンの勢力下。あの中で起こったことはキムラスカだろうとマルクトだろうと知ることは出来ない。そんな魔窟になっちまってる。セフィロトの降下作戦を控えているあんた達が行くにはあまりにも危険だ。それでも、やるんだね?」

 

「「当たり前だ!」」

 

 ルークとシンクの声が重なる。その後ろで同意するようにアニスやティア、その他のメンバー達も頷いていた。

 

「よぅし、良い返事だ。なら、いっちょやってみるかね、モース奪還作戦」

 

 


 

 

 ダアトのローレライ本部、その中には、教団の極一部の人間しか知らない部屋が存在する。特別な譜陣を用いて移動する以外に辿り着けない階層。その譜陣は特定の音素振動数を持つ人間にのみ反応するように設計され、それ以外の人間が何をしようとその譜陣が起動することはない。ヴァンを始めとするレプリカ計画に賛同する一派は、モースをそんな部屋の一室に閉じ込めていた。

 

「閣下、一体どうされたのですか? あの男と話してから黙り込んで」

 

 リグレットは椅子に座り、俯いて視線を彷徨わせるヴァンに気遣わしげに声をかける。ヴァンが意識を失ったモースと共に部屋に入った後、その部屋には誰も立ち入ることが許されなかった。そして次にその部屋から出てきたヴァンは、一言も発することも無く私室に入ると、リグレットがこうして声をかけるまでずっと、何かを考え込んでいた。

 

「……私のこの行動も、所詮はローレライの、いや更に上の存在の掌の上に過ぎない、か」

 

「閣下……?」

 

 聞き取れないほど小さな声で何かを呟いたヴァンに、リグレットは首を傾げる。リグレットにはヴァンが何を考えているのかは理解出来ない。ただ、リグレットはただ憎んだだけだ。自身の弟を奪った預言(スコア)をこの世界から消滅させる。死の運命を己の弟に課した預言(スコア)。ヴァンの部下であったリグレットの弟。かつてはヴァンを恨んだリグレットだったが、いつしかヴァンの思想に共鳴し、共に世界から預言(スコア)を消し去る同志となった。少なくともリグレットはそう思っている。ヴァンがどう思っているかは分からないし、分かろうとも思わない。ただ、ヴァンが何かを悩んでいるのならば支えたいという思い故に、リグレットはヴァンに言葉をかける。

 

「閣下、あの男に何を言われたかは分かりませんが私達のすべきことは変わらないはず、違いますか?」

 

 リグレットはそう言って机に置かれたヴァンの手に自身の手を重ねる。そこまでされてようやくリグレットの存在に気が付いたのか、ヴァンは彷徨わせていた視線をリグレットに留めた。

 

「……すべきことは変わらない、か。フ、フハハハ」

 

 リグレットの言葉に、ヴァンは立ち上がると突然声を上げて笑い始める。

 

「この私が、ここまで自身を見失うとはな。これすらも奴の知る筋書き通りなのかもしれん。なるほど、モースの抱えていた秘密は確かに劇毒だった」

 

 だが、とヴァンは続ける。

 

「それで止まることが出来るのならば、初めから預言(スコア)を、ローレライを世界から消滅させようなどと考えもしなかっただろう。そうだ。何も変わらない。ただ、私が抗すべきものがローレライから変わっただけのこと」

 

 モース。ヴァンは噛み含めるようにその名を呟く。自身を欺き、牙を研ぎ続け、ローレライの知る世界の筋書きを超えた世界を知る者。モースの知る筋書きにおいてはローレライの預言(スコア)は覆された。ならばモースの知る筋書きこそが惑星預言(プラネットスコア)をも超える筋書き、終末預言(フェルマータスコア)とでも呼ぶべきもの。ヴァンは自身の中に曖昧に存在していた予感がはっきりとした形を持ったことを感じた。ローレライの預言(スコア)は、多少の揺らぎなど気にも留めない。それらを呑み込み、預言(スコア)通りの結末へと向かって行く力を持っている。だが、そのローレライの預言(スコア)すら超える筋書きがあったとするなら、そんなものを知る存在は、

 

「神、とでも呼ぶべきか」

 

 何故選ばれたのがモースなのかは分からない。ただ、ローレライすらも何者かの掌の上にある存在なのだとすれば、

 

「私の意志と神の意志、果たして世界はどちらに傾くのか。存外、楽しめそうだぞ、モースよ」

 

 リグレットはそう言ったヴァンの顔を見て驚きに目を見開く。ヴァンの顔に浮かんでいた表情は、これまで彼女が見たことが無いものだった。ヴァンはいつもは表向きの柔らかな笑みを浮かべている。そしてリグレット達同志と共にいるときは冷酷な、世界に対する復讐心を秘めたような表情を見せる。だが、今の彼に浮かんでいたのはそのどちらでもない。心の内にある期待を隠しきれないような、難敵に向けて自分の力を試したがるような、どこか少年のような楽し気な笑みを浮かべていたのだった。

 

 リグレットはヴァンの私室を後にすると、真っ先にモースが捕らわれている部屋へと向かった。見張りについた神託の盾兵の敬礼に答礼することも無く、人払いを済ませた部屋の中に足を踏み入れる。

 

「……モース」

 

 リグレットの目の前に座る男は、ヴァンに打たれた薬の影響か、リグレットの言葉に反応する様子は無い。定まらない視線を中空に彷徨わせ、閉じ切らない口からは聞き取れないほどの呟きと共に涎が絶え間なく流れ続ける。リグレットはその姿に眉を顰めた。それは不快感からでは無かった。むしろ、憤りがリグレットの内心を占めていた。何故この男がヴァンの心に居座っているのだ。モースがヴァンに並ぶ程の人間だとするならば、そして大詠師としての地位を持っていたのならば、何故弟を死なせたのか。今、預言(スコア)を覆すために動いているというのなら、何故あのときに動いてくれなかったのか。リグレットの心の中には、言葉に出来ない淀みが溜まっていく。それをぶつけるように、リグレットはモースの胸倉を掴んで引き上げる。ぐったりと力の入っていない大人の身体は、その重さ以上の重量を感じさせるが、リグレットの訓練された身体は容易くモースの身体を椅子から持ち上げた。

 

「お前は、何故今動いたのだ! 何故弟を救わなかった! そうすれば、私がこの思いを抱えることも無かった! お前は神様にでもなったつもりか、お前の匙加減で救われる人間が決まるというのか! ふざけるな! そんなこと、そんな傲慢が許されてたまるものか!」

 

 リグレットの声は徐々に大きくなり、最後には叫ぶような口調になっていた。言いたいこと、ぶつけたいことはもっとある。だが、今のリグレットにはそれを言葉にすることが出来なかった。よしんば言葉に出来たとしても、薬で自失状態となった今のモースにそれを認識することは出来ない。リグレットを視界に捉えてはいるものの、意識に入れないまま、誰に向けてか分からない謝罪の言葉を紡ぎ続けていた。

 

「……今のお前に何を言ったところで無駄、か。モースよ、薬で聞いているのか分からないが言っておく。私も、ヴァンも、お前の思い通りになどなりはしない」

 

 リグレットはそう言ってモースから手を離すと、足取りも荒々しく部屋を後にした。残されたのは、うわ言を呟き続けるモース唯一人。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

揺れるダアト

相変わらず話が進まない説明回


「ダアトは今やヴァンの息がかかった連中の巣窟だ」

 

 カンタビレはダアトへの道すがら今のダアトの状況をルーク達に説明する。

 

 カンタビレの率いる第六師団は大詠師となったオーレルによって僻地の警備任務へと充てられ、今のダアトにカンタビレの部下は数える程しかいない。また、モースの退任に応じなかった詠師達は元の任地を奪われ、その勢力を大きく削がれてしまった。

 

「そうだって言うのに問題はオーレル派閥の連中がまともに仕事をしないってことさね」

 

 カンタビレは呆れたようにため息をつく。モースが大詠師であった時も私腹を肥やす要職者はいた。だが、度が過ぎた者は流石のモースも見逃さずに処理していた上に、見逃されていた連中もモースのそうした監視を理解してローレライ教団としての仕事を滞りなく進めていたためある程度の統制が取れていた。

 

「重石が無くなって好き放題しているというわけですね」

 

 ジェイドの言葉にカンタビレはその通りと言わんばかりに大きく頷いた。

 

「オーレルは周りを賛同者で固めて好き放題だよ。実務担当者が何とか回しちゃいるがね。そういった奴らは大体がモース派で冷遇されてる。いつまでも均衡が続くわけじゃない」

 

 現状のダアトは一見すると導師派、中立派、大詠師派の三つ巴の様相を崩してはいないが、その内実は大きく異なっている。大詠師オーレルに反発するモース支持者が大詠師派から離反し、対抗派閥である導師派あるいは火の粉が飛ぶことを恐れて中立派に合流。大詠師派の勢力は数だけ見れば少なくなったが、オーレルが大手を振って権力を行使するようになったため、導師派も中立派もその対処に苦慮していた。その煽りは神託の盾騎士団にも及んでおり、ヴァンと敵対するカンタビレは師団長でありながら行動制限を受け、アリエッタ、シンクは無断行動のため師団長権限を凍結。現在の神託の盾騎士団においてはヴァン、リグレット、ラルゴが実質のトップ層となっていた。

 

「あれ? ディストはどうしたの?」

 

 カンタビレの説明にアニスが口を挟む。アニスの背に負うトクナガはかつてディストが手を加えたことによって戦闘用譜業人形となっており、そうした縁もあってアニスは師団長の中ではディストを最も気にかけていた故に出た質問だ。

 

「ディストは上手くやってるね。モースに協力していたのは確かだけど、オーレルにも取り入ってるよ。それにアイツの頭脳はオーレルもヴァンも易々と手放せない。ギブアンドテイクが続く限りは好きにさせるだろうさ」

 

 カンタビレの言葉通り、ディストの動きは見事なものだった。モースが大詠師を追い落とされてすぐにオーレルに取り入り、自らの研究者としての能力をアピール。彼らの計画に必要なフォミクリー技術についてはジェイドを除けばディストが最も深い見識を持っていることは確かであり、モースに協力した事実はあっても表立って反抗もしないディストは邪魔されることなく今なおベルケンドの研究機関を出入りしているらしい。

 

「あの鼻たれがそこまで強かになっているとは……」

 

 ジェイドは思わず言葉を漏らす。彼の知るディストはいつも自分の後をべそかきながら追いかけてくる情けない姿のまま。それがいつの間にか強かで、この局面において欠かすことの出来ない重要なポジションに落ち着いている。それを思うとジェイドの中には今まで感じたことのないざわつきが生まれた。

 

(私がディストに嫉妬している……? まさか)

 

 そのざわつきの正体に半ば気付いてはいるものの、頭を振ってそれを再び自身の心の奥底に封じ込めると、カンタビレの説明に意識を戻す。

 

「あたしも今回シェリダンでドンパチやったからね、今頃権限停止処分でも出されてるだろうさ」

 

 ま、そんなもの今更気にしないけどね。とカンタビレは笑う。

 

「あたしは何か信念があって神託の盾騎士団に居たわけじゃない。自分の力を試したくて、気付いたら師団長になってたってだけだからね。元より権力になんか興味も無い。だからそんな気にするんじゃないよ、ルーク」

 

「は、はい。ありがとう、ございます」

 

 権限停止処分と聞いて暗くなったルークを励ますように、カンタビレは殊更明るく言い放った。

 

「それにね、どうせ師団長って言っても主席総長や大詠師の命令何かで良いように使われるだけの人間さ。あたしを使うのは、あたしが認めた人間じゃないとね」

 

「それならば、早くモースには大詠師に戻って頂かないといけませんね。カンタビレが神託の盾騎士団から居なくなるのは困りますから」

 

 そう言ってカンタビレと導師イオンは顔を見合わせて笑う。

 

「ところでカンタビレ、現在のダアトの状況は分かりましたが、だとすればこのままダアトに向かっていて大丈夫なのですか?」

 

 ジェイドはカンタビレの説明がひと段落したところを見計らって疑問をぶつける。彼女が何も考えてないはずがないが、万が一ダアトでヴァン達に包囲されてしまえばモースを救出するどころではなくなってしまう。無策、あるいは策があってもジェイドにとって実現可能性が低い案であったならば、どれだけ反対意見が出ようと一旦退避することを提案する気でいた。

 

「用心深いね、ネクロマンサー。だけど安心しな。少なくともダアト市民も、街に出てる神託の盾兵もあたしらの敵じゃない」

 

 その証拠に辺りを見てみな、とカンタビレは言う。確かにダアトに続く街道を行くルーク達の周りには、ダアト市民や商人、そして街道警備を行う神託の盾兵が多数いる。目立たないようにしているとはいえ、カンタビレや導師イオンといったダアトの重鎮、ルークやナタリアなどのキムラスカ王族に彼らが全く気付いていないなどあり得ないだろう。現に、こうして辺りを見渡しているジェイドと警備を行う神託の盾兵は先ほどから何度か目があってすらいる。だが、神託の盾兵は何も言わず、自分達を見逃している。

 

「あたし達にとっちゃ嬉しいことにね、今の大詠師サマは一般市民からも不人気みたいだよ」

 

 それに街道警備なんて雑用に駆り出されているのは現在権限凍結中のアリエッタやシンクの師団に所属する兵達。自身の上司がそんな状態になっている中で士気を保って職務にあたれる人間はそう多くない。

 

「さすがに教団本部や自分の周囲は子飼いで固めてるけどね、自分がどれだけ敵を作っているかってのはちゃんと理解してるらしい。だからってそんなことしているからあたし達がこうやって近づいていることを知りも出来ないんだがね」

 

「大詠師の交代がこんなに市民や兵士達に影響を与えるものなのですね」

 

「モースの場合は事情が違うからね。マルクトやキムラスカの輸出入交渉、教団支部やダアトの整備、戦争を逃れた難民達の受け入れなんかはモースが主導してた事業だ。ダアトの商工会や難民連中、それと関わってた市民らは大詠師が交代してすぐにその影響を受けたからね、怒り心頭さ」

 

 ジェイドの呟きにカンタビレが笑いながら返す。そして何故かカンタビレの言葉に導師イオンやアニスが嬉しそうに胸を張っているが、それにツッコミを入れると面倒な予感があったためジェイドは流すことに決めた。

 

「それで、ダアトに先行したシンクとフェムには何をお願いしたのですか?」

 

「簡単な伝言と偵察だよ。あたしらが教団本部に潜入するための仕込みだね」

 

「仕込み、ですか?」

 

「ま、それは着いてからのお楽しみだね」

 

 


 

 

 ダアト市街は一見するといつもと変わらぬ賑やかさだった。しかし、人の波を縫って歩くルーク達の耳には、道行くダアト市民が交わす会話が否応なしに耳に入る。

 

「おいおい、また野菜が値上がりしてるじゃないか」

「仕方ないだろ、エンゲーブからの農作物の関税が上がっちまったんだから」

「難民連中の居住区整備も遅れてるって話だろ?」

「土木組合の頭がカンカンだったぜ。モース様んときにまとまってた話を卓袱台返しされちまったってな」

「教会へのお布施も前より求められるようになったしなぁ」

「モース様みたいに街中に出てくることが殆ど無いからな。何してるか分かんねえよ」

「どこに金使ってるんだろうな、新しい大詠師サマはよ」

 

「何だか皆ピリピリとしているようですわね」

 

 ナタリアがヒソヒソと周りに聞こえないような声量で漏らす。賑やかなのは変わらなくとも、その中身は大きく異なる。交わされる会話は明るい話題よりも少しの不満を滲ませるものが多く、そうした雰囲気は市街全体に伝播してダアトを覆っていた。

 

「まだ就任してそんなに日も経ってないだろうに。どれだけ大鉈を振るったんだろうな」

 

 ガイもそう言って顔を顰めた。少なくとも以前ダアトを訪れたときは、このような不満を漏らす会話はもっと少なかったはずだ。内心はどうあれ、不満を隠すことなく表に出している現状があまり良くないものだということは政治に疎いガイにも分かる。

 

「イオン様が顔を隠していて良かったわね、もし見つかっていたら別の意味で大騒ぎになるところだったわ。もう少し固まって皆でイオン様を隠しましょう」

 

 ティアはそう言ってフードで顔を隠す導師イオンを市民の目に触れないように身体で隠す。ティアの言葉に他の面々も大人しく従い、一行は導師イオンを中心に一塊になって教団本部を目指す。

 

 そうして教団本部に続く階段の下まで辿り着くと、カンタビレが手を上げて一行を制止させた。

 

「よし、取り敢えずここまでは来れた」

 

「それで、ここからどうするのです? まさか正面から乗り込むわけではありませんよね?」

 

「そりゃあそうさ。シンク、フェム、いるんだろう?」

 

 ジェイドの心配を一蹴し、カンタビレはシンクとフェムの名を呼ぶ。それに応えるように、物陰からフードで顔を隠した二人組が足音も立てずルーク達の前に現れた。

 

「はいはい。ったく、どうしてボクがこいつなんかと」

 

「そうカッカするなよシンク。末っ子だからってワガママは良くない」

 

「誰が末っ子だ! それを言うなら末っ子はこっちだろ!」

 

 窘めたフェムにシンクはヒソヒソ声で怒鳴るという器用な芸当を披露しながら、一行の中心に立つ導師イオンを指差す。

 

「イオンは僕達よりも社会経験豊富だからね、末っ子って感じがしない」

 

「まるでボクが社会不適合者みたいな言い方するの止めてくれない? 下らないこと言ってないで行くよ」

 

 違うの? と喉まで出掛かった言葉を呑み込むくらいの分別はフェムに備わっていた。ここであまり騒いで時間を浪費するわけにはいかない。シンクとフェムが前を行き、その後をルーク達が続いて教団本部の裏手に続く細い路地を進んでいく。

 

「カンタビレ、二人はどこに向かっているのですか?」

 

「さっきジェイドが気になってた潜入の為の仕込みってやつですよ、導師イオン」

 

 二人の案内でルーク達が辿り着いたのは通りから幾分か離れたところに佇む一件の小さな小屋。木窓一つ以外は窓も無く、その辺りの民家と比べても貧相な見た目だ。

 シンク達はその小屋に近づくと、扉を拳でドンドンと叩く。

 

「おい、さっき言ってた連中を連れてきたよ」

 

「シンク、もう少し優しくノックしないと扉が壊れる。ただでさえボロいんだから」

 

「教団本部からも離れてるけど、ここからどうやって侵入するんだ?」

 

 シンク達を尻目にルークが首を傾げて小屋を眺める。てっきり教団本部の裏口があるのかと思っていただけに、教団本部からも離れたこの小屋からどうやって内部に潜入するのか想像もつかない。そんなルークを見てカンタビレは面白そうに笑う。

 

「着いてからのお楽しみって言っただろ? もう少しの辛抱だよ」

 

 カンタビレがそう言うのと同時に小屋の扉が開く。

 

「お待ちしていました、皆さん」

 

「えっと、あなたは……?」

 

 中から現れた人物はルーク達の見覚えがない人物。刈り上げられた黒髪と、よく鍛えられた身体からただのダアト市民では無いことは分かる。歳の頃はルーク達よりは上だが、ジェイドまではいかないくらいだろうか。

 

「準備は出来てるんだろうね?」

 

「勿論です、カンタビレ師団長。っと、申し遅れました。私はモース様の副官をしていました、ハイマンと申します。今回の皆様の潜入をお手伝いさせて頂きます」

 

 そう言って男、ハイマンはルーク達に頭を下げた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

潜入、ローレライ教団本部

週一投稿のくせに話も進まないだらしない投稿者ですまない……すまない……

そして書きかけなのに誤って投稿してしまいました。エンターキーを無意識に押した小指が悪いんだ……


 ハイマンに導かれて小屋に足を踏み入れたルーク達は、粗末な皮の敷物と簡素な木のテーブルしか家具が無いその内装にこの小屋に何故モースの副官であった男がいるのか、わざわざカンタビレがここまで連れてきたのは何故なのかが掴めず頭に疑問符ばかりが浮かんでいた。

 

「モース様が教団本部にいることは確かです。教団職員の何名かの目撃情報もあります」

 

 そんなルーク達の様子を気にすることなく、小屋の中ほど、テーブルまで歩を進めたハイマンは淡々と説明を始める。

 

「しかしそれは最初の一日だけ。以降は目撃情報は無く、私や他の者が探っても見つけられませんでした」

 

 説明を続けながらも、ハイマンはテーブルの下にしゃがみ込むと、テーブルの脚を床に固定している釘の様子を確かめ、懐から取り出した釘抜きで一本ずつ引き抜き始める。

 

「とはいえそれはヒントにもなります。モース様は普通の教団職員では知り得ない、辿り着けない隠された場所に捕らわれている。ただ生かして捕らえている以上、食事やゴミの処理は必須です。ちょうど暇になったので教団全職員の動きを洗い出しました」

 

「あ、あの、は、ハイマンさん? さっきから何をしてるんですか?」

 

 謎の作業を続けながら説明する状況に遂に耐えかねたか、ルークが躊躇いがちにハイマンの説明を遮る。ハイマンはルークの様子に一瞬驚いたような表情を見せ、カンタビレに視線を向けた。

 

「カンタビレ様、特に説明はしていなかったのですか?」

 

「口で言うよりは見せた方が早いだろ?」

 

「……まあ確かにそうかもしれません。失礼しました、ルーク様。まずはここの説明でしたね」

 

 ハイマンはそう言って立ち上がると、テーブルを抱えて小屋の隅へと移動させる。そしてテーブルの下にあった皮の敷物をめくりあげると、そこから姿を現したのは譜陣。

 

「ここはローレライ教団本部内に通じる抜け道の一つです」

 

「抜け道……そんなものがあったんですか」

 

「もちろん公式に存在しているものではありません、イオン様。これはあの大詠師などと僭称する輩が大きな顔をしてから詠師トリトハイムと共に急遽拵えたものですから」

 

「僭称……やっぱり滅茶苦茶オーレルのこと嫌いなんだね、ハイマンさん」

 

 アニスの言葉に当然と言わんばかりに鼻を鳴らし、ハイマンは説明を続ける。

 

「この譜陣は急ごしらえの為一回きりですが教団内部、トリトハイム様の執務室に繋がるようになっています。正面から教団本部に入るのは危険ですし、入れたとしても詠師達が詰めている重要区画に入ることは難しいでしょうが、これならばその問題はクリア出来ます」

 

「仮にもマルクトとキムラスカの人間をそのような重要区画に招き入れても良いので?」

 

「構いません。どの道現状のダアトはキムラスカからもマルクトからも軽視されるような地位に成り果てました。それにモース様さえ戻ればそれ以外の問題は些事に過ぎませんから」

 

 ジェイドが揶揄うように言うも、それに対して表情を少しも揺るがすことなく返すハイマン。その様子にルークはモースに対する彼の信頼感の重さに冷や汗が頬を伝うのを感じながらも、辛うじて表情に出すことは抑えていた。

 

「さて、では今回の作戦を説明いたしますね」

 

 敷物を片付け終えたハイマンが手についた埃を払いながら咳払いをする。ルーク達も空気が変わったことを感じ取り、先ほどまでの少し気の抜けた雰囲気を潜め、顔を引き締める。

 

 ハイマンは現在のローレライ教団本部の人員体制と大詠師オーレルの側近、部下についての説明を始める。特に教団本部の警備体制について事細かに。神託の盾兵が何時に何処を通るのか、誰が巡回するのか。そしてリグレットの部下であり、時折自身の職務場所から離れたところで目撃される不審な神託の盾兵についても。

 

 説明を聞き終える頃には、ルークやガイ、ティアだけでなくマルクト軍人のジェイドすらも顔を引き攣らせていた。皆一様に感じていることは目の前で淡々と自身が所属する組織の内部情報を何の躊躇いも無く漏らす目の前の男の末恐ろしさだった。ハイマンの隣に立つカンタビレすらも微妙な表情を浮かべていた。

 

「潜入後は先ほどお教えした神託の盾兵の後を尾ければモース様が捕らわれている場所に辿り着けるはずです。この譜陣は片道しか使えないため申し訳ないですが救出後の脱出については別の手段を見つけて頂かなくてはいけません。その辺りはカンタビレ様がいればどうにでもなるとは思っていますが。ひとまず説明はこのくらいでしょうか。何かご質問はありますか? ……皆さん何故引いていらっしゃるのですか?」

 

 一頻り説明を終えたハイマンはルーク達をそう言って見渡すが、ルーク達は皆無言で首を横に振る。それを見て首を傾げながらも、譜陣の準備を進めるハイマンであった。

 

 


 

 

「……怖いくらいに言う通りになってるな」

 

 ハイマンが起動した譜陣を使って教団内部に潜入したルークは、事前にもたらされた情報の精度に再び頬に冷や汗が伝うのを感じていた。

 何しろ一から十までハイマンの言う通りになっているのだ。彼が言った場所に言った通りの手順で向かえば誰にも見つかることなく目的の神託の盾兵を見つけることが出来た。入念な下調べと教団本部の構造への理解が成せる業だろう。

 

「大詠師の補佐を一人でやってたんだ。教団についての理解はモースに次ぐ人間だろうさ。アイツがボクと同じくらいの戦闘力を持ってようものなら一人で救出に向かってたかもね」

 

 そうならなくて良かったよと、ルークの後ろについたシンクが背後を確認しながらそうぼやく。

 

「ほら、無駄口叩かないで、そろそろ目的地に着きそうな気配よ」

 

 そんなルークとシンクをティアが窘める。カンタビレはルーク達とは別れ、陽動を兼ねて一人で正面から乗り込んでいるため、今のルーク達を諫めるのはティアの役割になっていた。

 ティアの言葉にルーク達が件の神託の盾兵を見てみると、目的の人物は本部施設の中で人の行き来が最も少ない階段下の物置に繋がる扉の前に立ち、人目を気にするように辺りを見渡していた。その視界に入らないように柱の陰に身を潜め、姿を観察する。

 神託の盾兵は何気ない風を装っているが、小脇に抱えている包みは食糧庫から出てきたときに持っていた物だ。包みからは恐らくパンであろう茶色い物体がはみ出ているのも見える。そんなものを持って人目を気にしながら物置に向かう。何かがあることは確定だろう。

 

「部屋に入っていきますね。追いかけましょう。あの神託の盾兵しか使えない譜陣などがあった場合厄介ですからね」

 

 ジェイドに促され、神託の盾兵が部屋に入ろうと扉を開いたところでルーク達も後を追うように扉に向かって駆ける。足音に気付いた神託の盾兵が振り向いてルーク達の姿を視界に収めると、兜越しにでも分かるくらいにギョッとした様子で慌てて扉を閉めようとする。

 

「させませんわ!」

 

 それを見てすかさずナタリアが矢を扉に打ち込み、神託の盾兵が扉に手をかけることを阻止。自身の指先に掠るような精度で打ち込まれた矢に、神託の盾兵も泡を食って尻もちをついた。

 

「ナイスだナタリア! 今だ!」

 

 ルークの言葉に応えるように小柄なシンクが一団から飛び出し、神託の盾兵に肉薄する。剣を抜こうとした手を押さえ付け、鞘から見えかけた刀身を再び鞘に押し戻す。

 

「おっと、こんなところで物騒な物振り回さないでよね。ボクはそこまで優しくないから抵抗するならこのまま手足を折っちゃうけどどうする?」

 

 そして流れるように神託の盾兵の右腕を取って背後に回り、床に押し倒して関節を極める。少しでも抵抗すればその言葉通りにされるということは、極められた肩に走る激痛で否応なく理解させられた。

 

「ひ、ヒィッ! シ、シンク師団長、何故こんなことを!?」

 

「うるさいよ。お前が話して良いのはモースの所に行く方法だけだ。それ以外のことを話せばお前の指が一本ずつあらぬ方向を向いていくよ」

 

 その言葉通りに身体に抱えた神託の盾兵の右手人差し指を手の甲側に折り曲げようとするシンク。

 

「は、話します! 話しますから!」

 

 その様子にシンクが本気であることを悟り、神託の盾兵は抵抗することを諦めた。

 

 

 神託の盾兵から奪い取った音叉型のメイスは、通常のそれと比べて肘から手先程度までの長さしかない短さから、戦闘用ではなく儀礼用であることが見て取れた。それを手にして物置とされていた部屋の中に描かれた譜陣の上に立つことで、隠された階層への扉が開く。

 

「あの神託の盾兵が言ってたことは間違いないみたいだね」

 

 メイスを手に譜陣の起動を確認したシンクが呟く。

 

「よっし、それじゃ早速行こうぜ!」

 

 その言葉を聞いて、ルークも意気揚々と譜陣の中に足を踏み入れ、他の面々もその後に続いた。

 

「……今更だけどさ」

 

「ん? どうしたんだよ、シンク」

 

 だがシンクはすぐに譜陣によって転移すること無く、自身の目の前に立ってキョトンとした顔をしている朱赤を見つめた。

 

「モースを助けるように言ったのは確かにボクだ。でもこの先にはもしかしたらヴァンがいるかもしれない。曲がりなりにもお前の師で、お前の理解者だった人間だろ。もし奴と対峙したとしてもちゃんと戦えるんだろうね?」

 

 その問い掛けは一見するとルークがヴァンと戦えるかどうかを疑うようなもの。しかし、ルークに向けられた声色はそんな冷たい感情を示してはいなかった。

 

「……もしかして心配してくれてるのか?」

 

「バッ!? そんなわけないだろ! 貴重な戦力がまともに使えるのかが不安なだけだよ!」

 

 ルークの言葉にシンクは音が聞こえそうな勢いで顔を逸らして言い捨てる。仮面によって表情こそ窺えないものの、翠の髪の隙間から覗く耳が彼の今の心境を十分に物語っていた。

 

「ありがとな、シンク。でも大丈夫だ。俺はヴァン師匠と戦う。俺が止めなくちゃいけないと思うから」

 

 ルークは自身の左手に視線を落としながらそう言った。かつての、世間知らずな自分を親よりも親身になって受け止めてくれた男。だが、その男はルークにアクゼリュスをこの手で消滅させ、多くの人の故郷を奪わせた。それを恨んでいるかと言われれば、不思議とそんな気持ちはルークには無い。ただ、自分が犯した罪を償うこと、そしてヴァンを止めるという使命感が今のルークを動かしていた。そのためにはかつての師と言えど剣を交えることも厭わないと思うほどには。

 

「……その言葉が嘘にならないことを祈ってるよ」

 

 そんなルークの内心が言葉を通して伝わったのかは定かではない。だが、確かにシンクは今この瞬間、何故モースがルークをここまで信頼していたのかが少しだけ分かったような気がした。

 

 





スキット「ハイマンという男」

「なあなあシンク」

「何だよ、いつからそんなに気安く話しかけるような間柄になったんだ、ボクとお前は」

「いや、その、ハイマンって人のことなんだけどさ……」

「ハイマン? あの男がどうかしたのかい?」

「小屋で話してた時も思ったんだけどさ、あの人モースのことになるとなんか空気変わるよな。普段の教団でのモースとあの人ってどんな感じなのかふと気になってさ」

「ボクはあくまで神託の盾騎士団の師団長だったからね、あんまり深く関わることは無かったよ。それでも異常だってことは良く分かるけどね」

「あ、やっぱりそうだったんだな」

「その辺りは導師守護役の方が良く知ってるだろ」

「え~、でもでも、ハイマンさんって普段はと~っても優しい人だったよ? 私もイオン様もお世話になったことあるしぃ」

「そうですね。モースがキムラスカやマルクトを訪問してダアトを不在にしているときは一時的に彼がモースの仕事を引き継ぐこともありました。ある意味モースから一番信頼されていたと言っても良いかもしれませんね」

「大詠師モースの懐刀かぁ、言ってみりゃピオニー陛下にとってのジェイドの旦那みたいなもんだろ? そりゃ凄い人なわけだ」

「教団のことでハイマンさんが知らないことって殆ど無いんじゃないかなぁ」

「部下にも恵まれてましたのね、大詠師モースは」

「ジェイドの旦那も、あんな優秀な部下が羨ましくなったりするのかい?」

「いやぁ、いくら優秀でも私はごめんですね」

「……やっぱり?」

「上司に向ける敬愛なんてレベルを超えた良く分からない感情を向けられるのはごめん被ります」

「それを普段から補佐として横に付けて仕事をしてたモースって……」

「……隠すのがよほど上手だったんだろうね、そこの導師守護役の話を聞くにさ」

「というかそこまで教団内部のことを良く知ってる人間が嬉々として情報を横流しにしてる現状って」

「良いところに気が付きましたね、ガイ。と~ってもマズいことですよ」

「是が非でもモースには大詠師に復帰してもらわなきゃいけないわけだな……」

「みゅ? ミュウにはよく分からない話ですの。ご主人さま、モースさんはとってもハイマンさんに好かれてるってことですの?」

「……そういうことだよ、ミュウ。今だけはお前が羨ましく思えるよ」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

雪夜の街と私

 私の意識はハッキリとした形を保てないまま揺蕩っていた。リグレットかヴァンが何かを語り掛けてきているような朧げな記憶もあれば、誰が用意してくれたか分からないパンと水だけの質素な食事を口にしていた記憶もある。だが、散り散りになった私の記憶は正確な時間感覚を失わせ、唯一首筋に感じる冷たい痛みだけが、朧げな意識の中で確かな感覚だった。それ以外は座っているのか、横たわっているのかも分からないままただ靄が掛かった視界の中でどれだけ過ぎたかも分からない時間の中を漂っていた。

 

──ま! ――して、こんな

 

――く、くすり――しょう

 

 ガラスを隔てたような途切れがちの声が私の耳に入ってくる。それはいつも聞くものとは違ったもので、聞き覚えがあるはずなのに誰なのかが分からなかった。

 

ここは――、リカ―ー

 

 ぼやけた視界の中を複数の影が動いている。それに焦点を当て、追いかけようとするも私の目はゆっくりと左右に動くだけで影の正体を掴むことは出来ない。そうしているうちに影の内の一人が私の視界に手を翳すと、温かな光が私を照らす。

 霞掛かった視界が微かに晴れた心地がした。鉛を身体中に流し込まれたかと思うほどの重たい感覚も多少和らいだ気がする。

 

これで―ー、ただ―ー。早く移動―ー

 

 私の目の前に手を翳していた誰かの声が先ほどよりもハッキリとしてきた。

 

グズグズしてると―ー。俺達で運ぶしか――

 

 少しずつ意識が覚醒してきているのが分かる。周囲の状況を掴めるようになってきていた。だが、同時に足下から湧き上がる怖気に身体が震えだす。

 

モース!? 急に震えだして、どうしたんだ!

 

薬の離脱症状が出始めています。このままではマズい、早く休める場所に移さなければ……

 

マズいですわ。そろそろ神託の盾兵に気付かれてしまいます

 

 誰かが話しているのは確かだが、意識の覚醒に伴って身体が意志とは関係なく震え、まともに内容をくみ取ることが出来ない。

 

「このまま起きても脱出に支障があります。一旦眠らせましょう」

 

「そうですね……、モース様、必ず助けますから――」

 

 その言葉と共に私の耳朶に優しい歌声が染みこみ、私は久方ぶりの安心感の中眠りに導かれたのだった。

 

 

 身体が何か柔らかいものに包まれている。柔らかく、温かいそれは心地よい浮遊感で私を癒してくれている。まだ眠っていたいと訴える身体と、早く起きなければという理性の焦燥。今回も勝ったのは理性の方だった。微睡む意識が浮上し、自分が置かれている状況を把握するために重い瞼を開き、周囲に視線を巡らせる。部屋に窓があることから、ここはダアトでは無いことは確かだろう。華美では無いものの、高級感ある落ち着いた意匠の家具の数々は、ここの主の地位と趣味の良さを示している。窓の外に目を向ければ、白い雪がちらつく暗闇が広がっている。その光景に今私がどこにいるのかが理解できた。

 

「ここは……、ケテルブルクですか」

 

 だとすれば、私は教団本部から誰かの手によって救い出されたのだろう。最後に聞こえたあの歌声、もし彼らなのだとすれば、地核振動停止作戦は成功したのだろう。

 

「シンクはどうなったのでしょうか……」

 

 私の記憶の通り、彼はタルタロスに乗り込んでルーク達と対峙し、地核に消えてしまったのだろうか。アリエッタはヴァンからほぼ離反し、ディストも中立を保っている。個人的にシンクとも交流を重ねてきた。彼が私との繋がりを少しでも重く見てくれていたならば、この世界の全てを恨み、空虚を抱えたまま死のうとすることを思い留まってくれていないだろうか。

 そのとき、扉が開く音に私は窓の外に向けていた視線を扉へと向ける。そこに立っていたのは白いスーツに身を包み、金髪を後頭部で括った眼鏡の麗人。

 

「あなたは……」

 

「ああ、目が覚めたんですね大詠師モース。兄さんたちが運び込んできたときは今にも死んでしまいそうな顔色でしたから、ここ数日は全く気が抜けませんでした」

 

 私を見て表情を和らげる彼女はネフリー・オズボーン。ジェイドの実妹であり、ケテルブルクの知事でもある才媛だ。

 

「私は何故ここに……」

 

「兄さん、ルーク達があなたを連れてきたんですよ。教団本部で非道な尋問を受けていたと」

 

 彼女の言葉に私の予想が正しかったのだと確認できた。やはり私はルーク達に救われたらしい。彼らを助けるつもりが、逆に彼らの手を煩わせることになるとは。

 

「ルーク達はまた慌ただしく出て行ってしまったけれど、入れ替わりにあの人が来てくれて助かりました。医者はいるけれどあまりあなたの居所を人に知られるわけにはいきませんから。あなたの容態が悪化したときに診られる人がいて」

 

「あの人……?」

 

 ネフリーの言う人物の心当たりが無く、私は頭に疑問符を浮かべる。ネフリーが信頼する人物で私の看病を任せられる人物。そのような人間はそう多くないはずだが、

 

「あら、分かりませんか?」

 

「ええ、生憎と「ハァーッハッハッハッハ!」……たった今心当たりが出来ましたね」

 

「あ、あれでも根は良い人ですから」

 

 最近耳にしていなかった高笑いが寝起きの頭に響き渡り、私は疲れを誤魔化すようにため息を一つ吐いて脱力する。そんな私を見てネフリーはクスクスと笑っていた。あの特徴的な笑い声に対してこの反応が出せる辺り、彼女は相当懐が広い。いや、そうでなければ彼の幼馴染など出来ないのだろう。

 

「ようやく目を覚ましましたね、モース! さあ、この天才に今までの恩を身体が潰れる程に感じなさい!」

 

 そんなセリフと共に部屋に足を踏み入れてきたのは花びらのように大きく開いたジャケットと白く光を反射する眼鏡が特徴的な天才譜業士。なるほど、確かに彼ならばネフリーも信用しているのが頷ける。私としても悔しいことに彼には借りを作りっぱなしだ。さらに言えば、今まさに新たな借りができたところなのだろう。

 

「最早私が返せるものであなたへの借りに釣り合うものがあるのか自信がありませんよ、ディスト」

 

「そうでしょうそうでしょう! ハァーッハッハッハッハ!」

 

 華麗なる天才を自称する男は、私の態度に増々気を良くして高笑いを部屋中に響かせるのだった。

 

 


 

 

「さて、これからのことについて少し情報のすり合わせをしておきましょうか」

 

「あの、その前に大丈夫ですか……?」

 

 何事も無いように話すディストだが、その顔には真っ赤な手形が張り付いている。病み上がりの人間の前で騒ぎすぎだとネフリーのお仕置きを受けたのだ。それでもめげないということは彼らの間では割と繰り返されてきたやりとりなのかもしれない。

 

「お気になさらず。それよりも今の状況を把握していますか?」

 

「私の予想では地核振動停止作戦は成功。後は各地のセフィロトを操作しアブソーブゲートを閉じる段に入ったところ、でしょうか?」

 

「……頭の回転は鈍っていないようで結構」

 

 私の考えは間違っていなかったようで、仰る通りとディストは両手を広げながらダアトとローレライ教団の近況について説明する。聞けば、シンクがルーク達に接触して私の救出を依頼。ハイマン君と詠師トリトハイムの手引きで教団本部に潜入して私を連れ出した後、ハイマン君と詠師トリトハイムもダアトを脱出したらしい。カンタビレはダアトに残ったものの、その権限を剥奪されて勾留され第六師団は解体、師団の兵達は一時的に大詠師麾下となったらしい。

 

「とはいえ実力至上主義の第六師団が従うわけも無く、大詠師サマは虫の居所が最悪ですが」

 

 ああなったらもう未来は無いでしょうねぇ、そう言ってディストはケラケラと笑っているが、私はそれに乾いた笑いを返すことしか出来ない。まさか私が大詠師でなくなった瞬間にダアトの政治機能が崩壊し始めているとは思いもしなかった。私の記憶を振り返ってみても、愚かな私はそれでもダアトの統治は大過なく行えていたと認識している。もちろんローレライ教団の行く末を巡って市民に混乱をもたらしたことは確かだが、まさかこの段階でここまでの状況になってしまっているとは思ってもみなかった。何より、私などを助けたせいでそのような事態になっていると思えば、胃の辺りがじくじくと痛み出すような心地がした。

 

「このようなことになるならば」

 

「私など救わなければ良かったのに、ですかね?」

 

 私は言葉に詰まった。まさに私が言おうとした内容だったからだ。

 

「その言葉は私の前ではともかく、子ども達の前では言うべきではありませんね。それとあの狂信者の前でも」

 

「狂信者が誰のことかは分かりませんが……そうですね、確かに言うべきことではありませんでした。すみません」

 

「分かればよろしい。謙虚は美徳と言われますが、あなたのそれは卑屈通り越して自虐ですからね、あなたが自分で自分を卑下することはあなたを慕う子達も同様に貶めることになることをいい加減に理解すべきでしょう」

 

 この天才たる私のように自分自身に正当な評価を下すのです! ハァーッハッハッハッハ!

 

 最後に茶化すように添えられた言葉が不器用な彼なりの場を和らげるためのものだということはいくら鈍感な私でも理解出来た。そうだ、シンクもルーク達と敵対すること無く、むしろ協力者となって生き残っている。私が知る筋書きよりも世界は優しい方向に向かい始めている。悪いことばかりでは無いはずだ。

 

「気遣いありがとうございます。いけませんね、どうにも悪い思考が出てきてしまう」

 

「ま、教団本部でヴァンに相当キツイ薬を盛られたようですからね。しばらくは身体をしっかり休めることです、と言いたいところですが」

 

 ダアトでヴァンと何を話したのですか。ディストはそう言って目を細めた。どうやらヴァンは私の尋問についてディストと情報共有をしていなかったらしい。

 

「すみません。私自身、意識が朦朧としていたのであまり覚えておらず……」

 

「ふむ。そこまでしてモースから聞き出したかったこと、気にはなりますが覚えていないのならば仕方ありませんね」

 

 朦朧とした意識の中で何かを話していた記憶はあるが、その内容については思い出せない。

 

「ヴァンが無意味な問答をするとは思えませんし、不気味な話です」

 

「ま、ヴァンの頭の中でどのような計画があったとしても私は私の目的の為に邁進するだけですしね。それに、今のあなたはヴァンのことよりももっと気にすべきことがあるでしょう」

 

「気にすべきこと……?」

 

 ディストはそう言いながら扉の前から離れ、ベッドを挟んで反対側まで来る。その行動の意図が読めずに彼を目で追っていると、廊下の方が何やら騒がしいことに気が付いた。

 

「ちょうど帰ってくる頃だと思いました。やはり天才たる私の計算は間違ってなかったようですね」

 

「ディスト、一体何を……」

 

 私の言葉は最後まで続くことはなかった。それよりも先に扉が蹴破られんばかりの勢いで開かれた。そこに立つ二つの翠と一つの朱に、自然と口元が綻ぶのを感じた。この二人が並んでいる姿は、私の記憶には終ぞ無かった光景だ。これを見られただけでも、世界は確実に良い方向に向かっているはずなのだと思えるのだから。

 

「ルーク様、導師イオン、それにシンクまで。あまり扉を乱暴に開けるものじゃありませんよ」

 

「あ……あ……」

 

「……あの、聞いていますか?」

 

 私の言葉が耳に入っているのかいないのか、幽鬼のような足取りでヨロヨロと私のもとに近づいてくるその姿は控えめに言って恐怖でしかない。

 

「モース、目が覚めて……」

 

「モース様ぁぁぁ!」

 

「あ、アニス!? 止まっ、ぐぼっ!?」

 

 そしてそんな彼らを弾き飛ばすほどの勢いで飛んできたアニスという名の黒い弾丸がベッドに横たわる私の腹に突き刺さり、

 

「寝起きの病人にタックルかますアホがいますかぁ!」

 

 部屋にはディストの怒号が響き渡った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

雪の街、ルーク達と私

 余りの騒がしさにネフリーが再び部屋に乗り込んできて一喝するまで、子ども達とディストの大騒ぎは続いた。結局、注意と称して喧しさに拍車のかかっていたディストの顔に手形がもう一つ増える形で騒動は決着した。

 

「こほん、では私の方から現状の説明をさせて頂きましょうか」

 

 咳払いを一つ挟み、ジェイドが説明を始める。ディストはニヤニヤとさぞ嬉しそうな顔でそんなジェイドの隣に陣取っていたが、誰もそれにツッコミを入れることはしない。面倒なことになるのが分かっているから。

 ジェイドの説明によれば、ルーク達は既にザレッホ火山とロニール雪山のセフィロトを起動し、降下作戦の準備を整えてきたらしい。更にロニール雪山のセフィロトに入る直前、リグレットとラルゴの二人と戦闘になり、二人は雪崩に巻き込まれて行方不明となった。現状、ルーク達を阻むのはヴァン唯一人となったことになる。

 

「ただ問題も発生しました。ヴァンがセフィロトに罠を仕掛けていました。ルークの操作に誘発され、各地のセフィロトが異常活性化してアブソーブゲートから記憶粒子(セルパーティクル)が逆流。このままではアブソーブゲート以外の外殻大地が崩落する可能性があります」

 

 そのため、可能な限り迅速にアブソーブゲートに向かい、セフィロトを操作する必要が出てきました。とジェイドは締めくくる。

 

「ですが、そんなことは兄さんも予想しているはず。アブソーブゲートで確実に待ち構えているわね」

 

「遂に主席総長と対決するときが来たってことだね!」

 

「今からそんなに力んでても仕方ないだろ。もう少し落ち着いたらどうなのさ」

 

 気合十分、とばかりに拳を固めたアニスをやれやれと首を振りながらシンクが窘める。

 

「ぶ~、何々、急に冷静ぶっちゃってさ。さっきまでモースにしがみついて泣きそうになってたのは誰ですか~?」

 

「んなっ!? いきなりモースに飛びついて泣いた奴が何を言ってるんだ!」

 

「はいはい、二人とも騒がないの。またネフリーさんが来て雷を落としに来るわよ」

 

 互いに睨み合って唸るシンクとアニスを、ティアがため息をつきながら仲裁する。その姿に私は思わず吹き出してしまった。部屋中の視線が私に集まるのを感じる。

 

「ん、んんっ。ヴァンの罠ですか。あの男ならばそれくらいはやってくるでしょうね。アブソーブゲート、出来れば私も同行したいところですが」

 

「「いけません!!」」

 

 気を取り直すように続けた言葉は、アニスとティアの鬼気迫る声によって遮られた。

 

「一体何を考えているのですか! つい先日までモース様はあんなにボロボロだったのに、もっとご自分を気遣ってください!」

 

「ティアの言う通り! タタル渓谷のときもそうだったけどモース様は自分のことを気にしなさすぎなんですよぅ!」

 

「あ、あの、落ち着いて下さい。流石に私もそんなことは出来ないと分かっていますから」

 

 ベッドに身を乗り出して迫る二人のあまりの剣幕にベッドの端まで追い詰められてしまう。自分の力量をそこまで過信しているわけではない。私ではアブソーブゲートでの戦いについて行くことは出来ないだろう。それに、今の私には他にもやるべきことがあるのだから。

 

「今はヴァンのこともそうですが、ダアトのオーレルとも決着をつけねばなりませんからね」

 

「結局休むって選択肢は無いのですわね、あなたには」

 

 ナタリアが何やら困ったように右手を頬に当てているが、こればかりは他の誰かに任せる訳にはいかない。

 

「ダアトの現状を捨ておくわけにはいきませんからね。このままの状態が続けばダアト市民にいらぬ混乱を招くことになってしまいます」

 

 伝え聞く話をまとめると、今のダアトはお世辞にもうまく回っているとは言えない。せめて詠師トリトハイムや

ハイマン君が残っていればまだ何とかなっているだろうと安心は出来たのだが、それも叶わないとなれば取り敢えずは現状を把握している自分がダアトに戻るしかないだろう。

 

「僕もついて行きます。導師である僕が一緒に居ればオーレルとて安易に手を出すことは無いでしょう。それに、アブソーブゲートまで一緒に行くことは出来そうにありませんし。そちらはシンクに任せようと思います」

 

「ちょ、なに勝手に決めて……!」

 

「お願いできませんか? アニスやティア、ルーク達を僕に代わって守って欲しい。こんなことを頼めるのは兄弟であるあなたにしか任せられませんから」

 

 イオンに反論しようとしたシンクだったが、続けられた言葉に押し黙り、イオンと目を合わせる。

 

「……ハァ、分かったよ。ただしヴァンとの戦いで全員が無事でいられるなんて楽観的なことは考えないでよ」

 

 そして根負けしたように目を逸らし、小さな声で了承の意を伝えた。

 

「それよりも、モースがわざわざダアトに戻るっていうのは了承しかねるね。折角ダアトから救い出したのになんでまた戻るのさ? 導師イオンだけが戻ってあの男を罷免でも何でもすれば済む話だろ?」

 

 だが私の考えには賛同できないようで、ジト目で私を見つめる。仮面を外しているため、今までなんとなくの雰囲気でしか掴めなかったシンクの考えていることがよく分かる。実は仮面の下では表情豊富だったのかもしれないと思うと、もう少し早くこの子が仮面をつけずに済むようにしてあげるべきだったか、などという思いが私の頭に過った。

 

「オーレルを除くだけならばそれでも良いかもしれませんが、ダアトの政務を引き継ぐ人間が必要ですからね。それに今のローレライ教団の信用は芳しくない。責任を取る人間が必要なのですよ」

 

 かの大詠師を廃した後、その後任は失墜した信用を取り戻すために奔走する必要があるだろう。ダアト内、そしてマルクトやキムラスカとの信用回復に努め、そのためには方々に頭を下げて回る必要も出てくる。言ってしまえばオーレルの後任はただの貧乏くじでしかないのだ。そんなものに詠師トリトハイムやハイマン君といったまともな人間を据えるわけにはいかない。彼らには世界が平和になった後、もっと安定したときにその座を明け渡すつもりだ。

 

「責任ねぇ。相変わらず損な性分してるな、モースの旦那は。そんなものオーレルの奴に取らせるもんだろうに」

 

 そう言ってガイが呆れたように笑う。

 

「役目を中途半端に放棄してしまいましたし、私にも責任があるのは確かですよ」

 

「そういうところが損な性分だと、ガイは言っているのですがね」

 

 ディストがやれやれと首を左右に振る。なんだろうか、ディストにこのような反応をされると釈然としないものを感じる。いや、確かに自分でも不器用な人間だと思ってはいるのだが。

 

「話が大きく逸れてしまいましたね。ジェイド、続きをお願いできますか?」

 

「もうあまり話すことも無い気がしますが。取り敢えず我々がすることはアブソーブゲートに突入してヴァンを退け、外殻大地降下を完遂すること。容易く勝てるような相手ではありませんが、ヴァンも各地のセフィロトを操作していたということはティアのように障気で汚染された第七音素(セブンスフォニム)を大量に取り込んでしまっているはず。そのダメージを考えると、我々にも勝機はあるでしょう」

 

「そして空になった教団本部に導師イオンと私が戻り、実権を取り戻す」

 

「降下が始まれば市民の間に混乱が生じるでしょう。そこは大詠師に返り咲いたモースの手腕に期待といったところでしょうか」

 

「いきなり重大な役目を任されてしまいましたが、微力を尽くすことを約束しますよ」

 

「それは心強い。あなたの微力は我々にとって頼もしいばかりですからね」

 

 ジェイドからの期待が重たい。口元にいつもの薄ら笑いを浮かべているのを見るに私をからかっているのだろうが、今の状況でそれは悪手だということを教えてやらねばなるまい。

 私はジェイドから視線を横にずらし、したり顔のディストを見据える。

 

「私に期待してくれるのは結構ですが、私も相応にあなたに期待していますよ?」

 

「おや、私に期待ですか?」

 

「ええ、あなたにはディストと共にその頭脳を存分に発揮して頂かなくてはいけませんから」

 

 逃れられるとは思わないことです。という意思を籠めて口をニヤリと歪めて見せる。私の意図するところは正確に伝わったようで、ジェイドの口元がヒクリ、と僅かに引き攣ったのが見えた。

 

「ハァーッハッハッハッハ! 話が分かりますねモース! その通り、ジェイドは私とフォミクリーの深淵に迫る義務があるのです!」

 

「……なるほど、やけにディストが協力的だと思ったら。とんだことを企んでいたのですね、モース」

 

「ベルケンドでのあなたの言葉、それが嘘ではないことを信じています」

 

「……ならばせめて今夜くらいは一杯奢って頂かねば割に合いませんよ?」

 

 それくらいならお安い御用だ。私はジェイドの提案を快諾した。

 

 

 私が目覚めたばかりかつルーク達もロニール雪山から戻ってきたばかりということもあり、暫くの間は各々が自由に身体を休める時間となった。私も完全に体調が回復したわけでもないためひと眠りしようと思ったのだが、看病の名目で部屋に残った人間がいるため、安眠は一時お預けになっていた。もちろん部屋に人がいる程度ならば眠るのに支障は無い、無いのだが。

 

「あの、シンク……」

 

「……何さ?」

 

「……それとアニス」

 

「どうしましたぁ? モース様」

 

「いえ、どうして二人してそんなにこっちをじっと見るのですか?」

 

 シンクとアニスの視線が私に突き刺さりまくっているのだ。流石にそれを無視して眠ることは出来ない。

 

「モース様ぁ、シンクってばタルタロスでね」

 

「ちょ、馬鹿何言おうとしてるんだ!」

 

 そして私を差し置いて二人で騒ぎだした。あぁ……ますます安眠が遠のいていく。

 

「でもでも、モース様に褒めて欲しいって言ってたじゃん」

 

「言ってない! そんなこと言ってないからねモース!」

 

「え、ああ、はい」

 

 尚も騒ぐアニスの口を手で無理矢理塞ぐシンク。ああ、なるほど、彼がこうして部屋に残っている理由に見当がついたかもしれない。

 私はシンクに手招きをしてベッドに腰かけさせる。そして近くに寄ってきた翠の髪に私の右手を埋めた。

 

「え、も、モース……?」

 

「はい暴れないのー」

 

「は、離せアニス!」

 

 ギョッとした表情で仰け反るシンクの身体を、アニスが後ろから抑え込む。

 

「本当にありがとうございました。あなたのお陰で私は救われました。今はこのくらいのことしか出来ませんが、決着がつけばあなたがして欲しいことを教えてください。私の持てる力を使ってそれを叶える努力をしますから」

 

 そう言ってシンクの頭を優しく撫でる。今は力を入れたくとも力が入らない為、乱暴に撫でようとしても出来ない。出来たとしてもしようとは思わないが。

 

「ボクのして欲しいこと……」

 

「はい。何でも言ってください」

 

 シンクは大人しくされるがままになりながら、そう言って考え込むように俯いた。

 

「……なら、モースの作った料理が食べたい」

 

 少しの間を置いて発されたシンクの願いは、私の予想していたものよりもはるかにささやかなものだった。

 

「料理……? そんなもので良いのですか?」

 

「うん、そんなもので良い。そんなものだから良いんだ。ヴァンとの戦いが終わったらボクが満足するまで作ってもらうからな」

 

「ええ、いくらでもリクエストして下さい。だから、くれぐれも無事で帰ってきてくださいね」

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

雪の街、ルーク達と私 2

決戦前のコミュ回故、話の進みは更に遅くなる……(懺悔)


「疲れて寝ちゃった?」

 

 ベッドの傍らに立つアニスがそう言ってシンクの顔を覗き込む。ベッドに突っ伏したシンクは穏やかな表情で寝息を立ていた。険の取れたその寝顔は彼の兄弟そっくりで、それを見ているとどうにも言葉に出来ない感慨が湧いてしまう。私は彼の頭に添えていた手を再び優しく動かした。

 

「そのようですね」

 

「寝顔だけ見たら可愛いんですけどねぇ。起きたら憎まれ口ばっかりだけど」

 

 にゅふふ、と怪しげな声を上げながらシンクの頬を突つくアニス。シンクは起きることこそ無いものの、顔を顰めた。

 

「こらこら、止めなさいアニス」

 

「はぁい。起きたらまたからかってやろーっと」

 

 私の言葉に素直に従ったアニスだが、その目には依然として悪戯っぽく輝いている。これはシンクが起きたらまた騒がしくなりそうだ。私はシンクの身体が冷えないように私に掛かっていた毛布をかけてやると、ベッドから抜け出した。

 

「モース様、どこに行くんですか?」

 

「横になって休めましたからね。少し身体を動かしてきますよ。シンクを見ていてもらっても良いですか?」

 

「……無理しちゃ駄目ですよ?」

 

 そう言ってジト目になるアニスに苦笑いを返しながら扉を開く。廊下の少し冷えた空気が顔に当たり、まだ微かに残っていた眠気が覚めていく。廊下に出た私は窓から外を眺めながら歩を進める。外を舞う雪は室内の光を反射しているようで、雪の向こうに見える街の灯りが幻想的な雰囲気を醸し出していた。

 

「時計が無いので分かりませんが、夜も更けた時間でしょうか」

 

「ええ、子どもはもう寝る時間ですから」

 

 誰に聞かせるでもない呟きに廊下の奥から返事が返ってきた。暗い廊下の先に目をやれば、そこに立っていたのは青い軍服を身に纏った男。いつもの薄ら笑いではなく、今はいつもより穏やかな笑みを浮かべているように見えるのは気のせいだろうか。あるいはこの男にも故郷への思い入れというものがあるということだろうか。

 

「眠れないようなら一杯、付き合って頂けますか?」

 

「……ええ、お付き合いいたしましょう」

 

 そう言って導かれたのは知事邸の一階に設えられたバーカウンター。こんなものが知事邸にあるとは、客人をもてなす為にあるのかもしれないが案外知事というのは役得があるものなのだろうか。

 勝手知ったるとばかりにカウンターを漁り、グラスに琥珀色の液体を注ぎ、私に差し出した。丸く削られた氷が少し暗めの照明に映えて美しい。

 

「……ユリアシティでは済まないことをしました」

 

「何故あなたが頭を下げるのですか」

 

 自分の分のグラスを用意し、口を湿らせたかと思えば開口一番私に向かって頭を下げたジェイド。ユリアシティでのことと言えば、ラルゴが乱入してきたときのことだろう。とはいえ、どうして彼が頭を下げるのだろうか。私は彼の肩を押さえ、頭を上げさせる。

 

「自分で言うのも何ですが、私は人よりも多少頭が回ります。だから、あの時はあなたにラルゴを足止めしてもらうことが最適だという判断が間違っていたとは思いません。ですが、最適が必ずしも最善ではない。本当ならばあなたと共にラルゴを撃退することが最善だったのではないかと、そう思えてならない」

 

 そう言うジェイドは私と目を合わせようとはしない。いつも冷静で、高みから見下ろすようなその目が今は力なく目尻を下げているのを見ると、何故か私の方が罪悪感で居心地が悪くなってしまう。

 

「あなたは私の前ではよくしょぼくれた顔をしますね。あなたの判断は当然正しいものでしたし、あの場で出来る最善だったに決まっているでしょう。そもそも私もあなた達に陛下達を連れて逃げるように指示したではありませんか」

 

「ですが、そのせいであなたはヴァンに囚われた。あのような目に遭わされて」

 

「私の身がどうしたというのです。作戦を何としてでも完遂することが第一です」

 

「あなたがそれで良いとしても、それで納得しない人もいることをあなたは知っておくべきだ」

 

 あなたが傷つくことで、あなた以上に傷つく人もいる。

 

 ジェイドはそう言ってグラスを一息に呷った。私もそれに合わせて手に持ったままのグラスに口をつけた。氷が溶けて少し薄くなったアルコールが喉を通り、じんわりと身体が温まる。暖炉があるとはいえ、雪の降るケテルブルクの夜は冷える。

 

「そうですね。私も軽率なことをすべきでは無かったのかもしれません。ヴァンに捕らえられ、情報を抜かれてしまった」

 

「……そういう意味では無いのですが」

 

 どこか不服そうなジェイドはそう言って手酌でグラスに酒を満たし、再び呷る。何も言わずに向けられた瓶口にグラスを添えると、なみなみと注がれる。

 

「モース、あなたにはやはり聞いておかなければならないことがあります」

 

「ジェイド……?」

 

「地核でローレライが我々に接触してきました」

 

 ジェイドの言葉は、かつての私ならば驚愕に言葉を失う情報だっただろう。だが、今の私はそれを予め知っている。その内容が私に関わるものでないということも。

 

「ローレライがあなた達に、ですか。ヴァンのことで何か?」

 

「……驚かないのですね」

 

「地核にはユリアとの契約でローレライが留まっている。ユリアの血縁であるティアが地核に近づけばローレライが接触することも予想出来たことです」

 

 用意しておいた言い訳を口にする。勘の良いこの男ならばこれがただの言い訳だと気付くかもしれない。だが、それで私の抱えている秘密に辿り着くことはない。誰が予想出来る? 私が未来の記憶を持っているなど。

 

「予想出来た、ですか。ではこれは予想出来ましたか?」

 

 殉ずる者に聞け、我が預言の行く末を。

 

 彼の口から出たその言葉は私の記憶に無いものだ。殉ずる者。古代イスパニア語での私の名を呼ぶ存在など、他に考え付かない。

 

「……それは一体誰が?」

 

「あなたなら言わなくても理解出来ているのでは?」

 

 ならばやはりこれを言ったのはローレライなのだろう。だが、何故ローレライが私の名を呼ぶのか。何をルークに伝えたかったというのだ。

 

「病み上がりのあなたに聞くべきでは無いと分かっています。ですが、聞かずにはいられませんでした。モース、あなたはユリアの血縁でもなければルークやアッシュのようにローレライの完全同位体というわけでもない。そんなあなたが何故、ローレライに認識されているのか。ローレライの預言(スコア)の結末を知っているのか」

 

 あなたは一体何者なのですか。

 

 ジェイドの言葉に、私は返す言葉を持たない。彼が問うたことは私が自問し続けてきたものだ。

 

「……前にあなたに問われましたね。どこまで私は知っているのか、と」

 

「ええ、聞きました。はぐらかされてしまいましたが」

 

「あの時の言葉も嘘ではありませんよ。私にも分からないことばかりなのですから」

 

 テーブルに目を落とし、グラスの中の氷を指先で弄ぶ。何を言うべきか、言わないでおくべきか。

 

「預言の行く末とは何なのです。それはユリアの遺した預言(スコア)のことなのですか。第七譜石の行方を、あなたは知っているのですか」

 

 預言の行く末

 

 ローレライが何の意図を持ってその言葉を発したのかは分からない。私が持つこの記憶はローレライによってもたらされたものだというのか。だとすれば、何故私を選んだのか。しかし、それを考えるより前に、今は彼の疑問に答えるべきだろう。

 

「……預言(スコア)の通りに進めば、この世界は障気に覆われ、滅亡してしまうでしょう」

 

「第七譜石の預言(スコア)ですか。やはりあなたが見つけていたのですね」

 

「……第七譜石は未だ見つかっていませんよ」

 

「それは……、では一体どうしてあなたがその結末を知っているのですか」

 

 私はそれに答えるのに一瞬躊躇った。この先を知っているのは導師イオンのみ。いつかはジェイドに話すことも考えてはいた。それが早まっただけのことだと自分に言い聞かせ、グラスを傾けて口を湿らせる。

 

「荒唐無稽な話だとあなたは思うかもしれません。ですが、これは少なくとも私にとっては事実だということを、前置きさせて頂きます」

 

 そして私は語り始める。私の原点、頭に巣食う忌まわしい記憶を。かつての私が辿った結末。かつてルークが辿った結末、あるいはこれから辿るかもしれない結末を。

 それを聞くジェイドの表情は読めない。グラスに浮かべた氷に視線を留めたまま、口も挟まず、私の話に耳を傾けていた。

 

「──これが、私からあなたに話せることです」

 

 語り終えた私はグラスに残った酒を喉に流し込んだ。すっかり薄まってしまった酒は、引っ掛かることもなく喉を通り抜けていく。ジェイドほどの男が私の話を早々信じることはないだろう。だが、この男ならば私の話をきちんと活用してくれるはずだ。

 

「……にわかには信じ難い話ですが。あなたが言うのならば、そうなのでしょうね」

 

 しかし私の予想を裏切り、彼はあっさりとそう言ってのけた。

 

「信じるというのですか? 私の話を」

 

「それが真実だと仮定すれば、驚くほどすんなりとあなたの動きが理解出来てしまいますからね。だからあなたは私のことも知っていたし、的確に手を打つことが出来ていた」

 

 そう考えてしまえば、納得するしかありません。そうやって言われてしまえば私には返す言葉も無い。いや、彼に信じてもらえることは喜ばしいことのはずなのだが。

 

「それに、あなたがルークを気に掛けるのはそういうことだったのかと得心がいきましたから」

 

「……だって、情けないじゃありませんか」

 

 どうして彼一人が全てを背負わねばならないのだ。ローレライの完全同位体、アッシュとの因縁、レプリカとしての宿命。どれもこれも、生まれて七年の少年が負うには重すぎる。それをどうすることも出来なかった自分が、周りが、情けなくて仕方がない。

 空になったグラスを両手で包むように持ち、私はそう呟く。ジェイドが横目にそれを眺めているのを感じながらも私の独白は止まらない。

 

預言(スコア)の結末を知ってしまった私は狂ってしまいました。ユリアの預言(スコア)は繁栄をもたらすと決めつけ、そうなることを求めた果てにそれが叶わないと知るや現実から目を背けて妄想に逃げた男です。ルークの周りだけじゃない、何より私自身が情けなくて。こんな思いを引きずったまま、この記憶の通りになるだなんて私はごめんです」

 

「私には、あなたが語る記憶のあなたが想像もつかなさ過ぎるんですがね。ですが、情けない大人というなら私もそうでしょう。あなたから見て私は少しはマシに映っていますか?」

 

「よっぽどキチンとしていますよ、今のあなたは」

 

「でしたら、何よりです。少しはあなたの重荷を引き受けられる人間になれたということですか」

 

「私の重荷を?」

 

「以前言いましたよね。私には寄りかかることの出来る人がいますがあなたにはいるのですか、と」

 

 あなたは寄りかかられることに慣れ過ぎていますからね。大詠師モースに頼られる人間など、光栄ですね。

 

 そう言ってジェイドは穏やかに笑い、グラスにお代わりを注ぐ。

 そうか、今私はジェイドを頼りにしているのか、頼りにして、良いのか。誰かを頼る。カンタビレにも言われたことだ。だから多くの人間に力を貸してもらった。だが、私が抱えているものを知って欲しい、私だけでは背負いきれないそれを、支えて欲しい。そんなことを思っても、良いのだろうか。

 

「……何をしてやったりな顔をしているのですか」

 

 グラスを受け取ると、今度は一息で全てを呑み込んだ。薄まっていないアルコールが喉を焼き、咳き込みそうになるのを堪えて天を仰ぐ。視界が滲むのはアルコールのせいだと言い聞かせて。

 

「モース。話してくれてありがとうございます。あなたが抱えた重荷、私にも背負わせてください。おや、あなたの涙など、珍しいものを見ましたね」

 

「……私の泣いている姿など、まともに見れたものではないと言ったでしょう」

 

 こんなことを思うのは間違っているはずだ。なのに、何故心から拭い去ることが出来ないのだろう。

 

 今更、許されたいだなんて。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

雪の街、ルーク達と私 3

コミュ回は出来るだけ2話/週更新で進行を早くする所存です


「何だか、随分と顔色が良くなりましたね」

 

 机を挟んで相対する導師イオンの声音は柔らかいものだった。

 

「そうでしょうか?」

 

 窓の外に向けていた視線を導師イオンに戻すと、彼が穏やかな笑みを浮かべているのが見えた。

 

「ええ、そう見えます。昨夜何か良いことでもあったのですか?」

 

「良いこと……。ええ、そうですね、良いことがありました」

 

 私の脳裏に蘇るのは昨夜のジェイドとの会話。あれからは何か話し込むこともなく、ただ静かにグラスを傾けるだけの時間だったが、とても居心地の良いひと時だった。沈黙の時間を気まずいものと思わず、互いが互いの存在を当たり前に受け入れている空間。あれほど穏やかに酒を飲んだのは随分と久しぶりなように感じる。

 

「ルーク達は今日はどうすると?」

 

「今朝は明日のアブソーブゲート突入に向けての準備を。午後からは各々で身体を休めるとのことです」

 

 導師イオンの問いに答えつつ、私は手元の便箋を折りたたむと封筒にしまい、蝋で封をする。これで五枚目の手紙が書き上がった。

 

「ところでモースは先ほどから何の手紙を書いているのですか?」

 

 きょとんとした顔で私の手元を覗き込む導師イオン。隠すものでもないため、手元に広げていたもう一枚を差し出す。手紙を受け取った導師イオンはそれに目を通して内容を確認する。

 

「これは、キムラスカのファブレ公爵に宛てたものですか?」

 

「ええ、そうです。明日にはダアトに戻り、またひと悶着起こそうというのです。それが成功に終わるとしても失敗に終わるとしても、出来る限りの根回しをしておく必要があります。こっちはマルクトへ、そしてこっちの手紙はダアトへ。ネフリー知事の名でそれぞれ出してもらいます」

 

 手紙を矯めつ眇めつしていた導師イオンは、私の言葉にため息をつくと手紙をそっと机に戻した。

 

「相変わらず慎重というか仕事熱心というか。もう少し身体を休めても良いと思いますが」

 

「心配性なだけですよ。それに筋を通すべきところはきちんとしておく。たかが手紙一枚で周りの人も自分も動きやすくなるのならやっておくべきでしょう」

 

 机に置かれた手紙を丁寧に折り畳むと、先ほどまでと同じように封筒に入れ、丁寧に封蝋を施す。私が打てる手筈はこれくらいだろうか。私は背もたれに身体を預けて肩や腰の凝りを解し、ネフリー知事の使用人が淹れてくれた紅茶に口を付ける。すっかり冷めきったその温度に、もう昼になっていたのかと気付いた。

 

「ジェイドに私の記憶について話しました」

 

「……そうですか。あなたの重荷を支える人が増えて何よりです」

 

 ぽつりと零した私の呟きに、導師イオンは多くを言わなかった。常と変わらない穏やかな表情で受け止めてくれる。その姿を見ていると、彼が生まれて数年しか経っていないとは信じられない。ある種の老成した雰囲気すら感じられるその佇まいは、彼が導師という地位だけで人々に慕われているわけではないことの証左だ。

 

「……モース、本当にダアトに戻るのですか?」

 

「導師イオン?」

 

 不可解なことを言った導師イオンの表情はこれまでに無い真剣なものだった。彼の膝の上で握られた拳が、彼の内心の緊張を表している。

 

「今の大詠師を下すくらいならば、僕と詠師トリトハイムがいればどうとでもなるでしょう。モースがそこまで頑張る必要は無いと思います。ヴァンに囚われ、拷問を受けた。あなたはそれでも足りないと思うのでしょうが、僕から見ればもう十分すぎるくらいにあなたは自分の罪に向き合ったでしょう。後のことはルークやジェイド、僕達に任せてあなたは表舞台から退いても誰も責めはしませんよ。ダアトだけではない。キムラスカでもマルクトでもあなたを受け入れてくれる場所はあります。ヴァンに目を付けられたとしてもあなたに手出しをさせないように、導師である僕が取り計らうことだって。だから……」

 

 休んでもいい、と。

 

 どこまで優しい声で彼は言う。その言葉は私にとって甘い毒で、決して受け入れてはならない言葉だ。それを受け入れてしまえば、私はどこまでだって堕ちてしまう。あの記憶の中の私のように、醜い怪物となってしまう。外見ではない、心がだ。つくづく救いようがない。心の底では誰かの赦しを求めているのに、いざその選択肢を提示されても受け入れることを私自身が許さない。

 

「導師イオン。あなたやルーク達が戦っているのに背を向けるような人でなしに、私をしないで下さい」

 

「モース……」

 

「私はこれでもあなた達よりも長く生きているんです。あなた達より長くこの世界で生きる幸運を享受しているんです。その幸運が続くように、次に大人になる者にそれを繋ぐことが大人の役割だと私は思っています。だからあなた達を少しでも守らせてください。あなた達が生まれて良かったと思えるように。これからも生きていたいと思えるように努める許しをください」

 

 気づけば私は机に額を付けんばかりに頭を深く下げていた。何も知らない人が見れば、私が導師イオンに懺悔しているように見えたことだろう。実際、これは懺悔だ。傲慢な私の自己満足をルーク達に押し付けることの許しを得ようとしているのだ。

 

「頭を上げてください、モース。僕たちを助けようとしてくれているあなたが頭を下げる必要なんてどこにもないじゃないですか」

 

 顔を上げて導師イオンと視線を合わせる。彼の表情は痛ましいものを見るように歪められ、その目からは今にも涙が零れそうになっていた。私は席を立つと、彼の隣に腰かけ、昨日シンクにそうしたように頭に手を乗せた。シンクのそれとは違い、導師イオンの髪は柔らかく、よく手入れされていることが分かる。それは二人の環境の違いが生んだもので、二人が違う存在であり、互いを代替する存在ではないことの証明だ。

 

「どうしてあなたが泣きそうになっているのですか、導師イオン」

 

「……僕はイオンのレプリカです。レプリカには親という存在はいません。……でも、僕には父親がいるんですよ、モース。その人は他の誰にも想像が付かないようなものを抱えていて、自分に出来ることを全力でやりきって、それでも手から零れ落ちるものを仕方が無いと切り捨てることが出来ない優しい人なんです。僕はその人にずっと守られていて、僕を守るために傷だらけになることも厭わない人です。僕は僕の大切な人が傷つくことが嫌なんです。ルークも、アニスも、ティアも、ガイ、ナタリアやジェイド、ミュウ、アリエッタ、ディスト。僕の周りの人が傷つくのは辛いことです。でも、何よりも、あなたが傷つくことが僕には耐えられそうにない、モース」

 

 だから、休んでくれと、彼は言った。守られてくれと。

 

 父親。私でもそんな存在になることが出来ていたのか。そう思うと、胸の奥から熱い塊がこみ上げてくるのを感じた。それは喉を通り過ぎ、鼻を抜け、目頭に突き立って流れ出そうとする。目を閉じてその波をやり過ごし、落ち着いてから再び目を開いた。

 

「ありがとうございます、導師イオン。そこまで心配させていたのかと情けない限りです。猶更あなた達を置いて逃げることなど出来ませんよ。あなたが私を父親のように感じてくれているように、私もあなたやシンク、他の兄弟達を子どものように感じています。だからこの情けない父親代わりの人間にもう少し格好つけさせてくれませんか」

 

 そう言って導師イオンと視線を合わせる。ここ数日、私はあちらこちらからこうして助けてもらってばかりいるような気がする。ディストも、アニスも、シンクも、ジェイドも、そして導師イオンも、私には勿体ないほどの人だ。それに報いようと思えば私の何を差し出せば良いのだろう。

 

「……仕方ないですね。無理はいけませんよ? 今度あなたが傷つくようなことがあれば、ヴァンの前に僕やシンクがあなたを閉じ込めてしまうかもしれません」

 

「ハハハ、それは怖い。そうならないように鍛錬を積みますとも」

 

 私と導師イオンはそう言ってどちらからともなく笑いだした。そうだ、私は彼らの、導師イオン達の父親代わりなのだ。だとすれば、何としてでも彼らを守り通さねばならないだろう。シンクがエルドラントで散ることが無いように、導師イオンがザレッホ火山で音素(フォニム)に解けることが無いように。

 

 


 

 

 雪の降り積もるケテルブルクの中心にある公園は、雪遊びに興じる子ども達で溢れかえっていた。午後の日差しは上空にかかった雲で遮られ、その暖かさを減じてしまっていたが、広場を走り回る子ども達にとってはそれくらいがちょうど良い具合なのかもしれない。広場を抜けて少し人も疎らになった辺り、入り口付近に、見慣れた朱赤を見とめた。

 

「奇遇ですね、ルーク様」

 

「おわっ!? モースか」

 

「驚かせてしまいましたか。すみません」

 

「良いよ、ボーっとしてたのは俺だし」

 

 ルークに促され、備え付けられたベンチ、彼の隣に腰を下ろす。奇遇、と口では言ったものの、実際の所は彼を探しに来たのだ。

 

「他の皆とは話をしましたか?」

 

「……ああ。皆、覚悟を決めてた。ティアも、肉親と戦うことになるのに、躊躇わないって」

 

「そうですか」

 

 両手を組み、視線を落とすルークの横顔はいつかバチカルで見たそれよりも数段大人びて見えた。

 

「俺、さ。皆の前ではちゃんとしなきゃって思ってもやっぱりダメでさ。多分、ヴァン師匠と向き合う覚悟が一番出来てないのは俺なんだと思う」

 

 それは近しい間柄だからこそ零せない彼の内心。ティアの覚悟も、ナタリアの想いも、ガイやジェイド、アニスが戦う理由を受け止めた彼は、だが一番幼く、純粋な子どもなのだ。子どもであって良いはずなのだ。

 

「俺なんかよりアッシュの方が強い。俺じゃヴァン師匠に勝てないかもしれない。それに何より……」

 

 まだ、あの人に認めて欲しいと思ってる。

 

 そう言って彼は自嘲するように笑った。

 

「情けないよな。変わるって思ったはずなのに、結局何にも変わっちゃいないんだ。アクゼリュスを消滅させたときから、俺は何も成長していない。人を殺す覚悟だって全然出来ちゃいない」

 

「情けないものですか。あなたにとってヴァンという存在はそれほど大切だった。あなたにとって親とも言えるような存在だ。それを簡単に切り捨てることが出来ないのは当たり前ですよ」

 

 それでも、

 

「あなたは前に進もうとしている。そのことを批判することも、嘲ることも貶すことも、例え誰が何と言おうとこの私が許しません」

 

「……ハハッ、やっぱりモースって大詠師なんだな」

 

「と言いますと?」

 

預言(スコア)を信じなくても、モースを信じるって人はダアトに沢山いるんだろうな」

 

「宗教家は口が上手くないとやっていけませんからね」

 

 少しおどけたように言うと、ルークはへへっ、と先ほどまでの自嘲するような笑いでなく、肩の力が抜けた自然な笑いを漏らした。

 

「アブソーブゲートで待つヴァンは生半可な相手ではないでしょう」

 

「……ああ」

 

「あなた達に任せるしかない無力な私を恨んでくれても構いません」

 

「そんなことしない。モースは十分俺達を助けてくれた。ヴァン師匠との決着くらいは、俺の手でつけなくちゃいけないんだ」

 

 そう言って顔を上げたルークの顔は、先ほどまでの弱弱しいものではなかった。確たる決意を秘めた、一人の戦士の顔だ。この顔が出来るのなら、私がこれ以上何かをする必要はないだろう。

 

「ええ、よく言いました。あなたはやはりとても強い子だ」

 

「わっぷ! ちょ、いきなり何すんだよモース!」

 

 私は弾みをつけてベンチから立ち上がると、少し乱暴に朱赤の髪を右手でかき混ぜた。

 

「ルーク、あなたの周りにはあなたを支えてくれる人がたくさんいます。今みたいに迷ったときは、遠慮せずに大人に頼ってください。こうして話をするだけでも良い。解決策を提示することが出来ず、話を聞くことしか出来ないかもしれません。それでも、あなたが抱えているものを、周りの人も支えたいと思っていることは忘れないでいてください」

 

「……なんかモースって宗教家というよりはやっぱり父親みたいだよな」

 

「ハハハ、そう言って頂けて光栄ですが、本当の父親には敵いませんよ」

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ダアト、積み上げてきたものと私

 翌日、ケテルブルクを発ったアルビオールは、ダアトとダアト港を結ぶ街道から少し外れた平野に降りたった。

 

「くれぐれも皆、無事で帰ってきてくださいね」

 

「勿論ですわ!」

 

「モース達も、気を付けてな」

 

 私の言葉にナタリアがいつも通り胸を張って、そしてルークが心配そうに返してくる。その姿を見ているとむしろこちらの方が緊張してしまう。安心させようと口を開きかけたところで、私の隣から騒がしい声が上がった。

 

「ご安心なさい。この大・天・才たる薔薇のディストがついている限り、滅多なことは起きませんとも!」

 

「ひょろひょろのディストが言ってもまったく安心できないね」

 

「そうだよねぇ~……」

 

「むきー! シンクもアニスも、少しは私を信用しなさいよ!」

 

 そしてジト目を向けるシンクとアニスに地団駄を踏むディスト。こちらはいつも通りの雰囲気で、逆に力が抜けすぎてしまいそうだ。とはいえ、今はディストくらいの気持ちで構えていた方が良いのだろう。彼はいつでも自信に満ちた姿を崩さない。その良し悪しはともかく、安定感は見習うべきだろうか。

 

「こちらはあまり心配することはありませんよ。リグレットもラルゴもロニール雪山で行方不明。シンク、ディスト、アリエッタはこちら側についてくれています。残るはアブソーブゲートに残るヴァンのみ。ダアトに残るのはオーレルの子飼いくらいです。であれば私とディストで導師イオンを守り抜くことが出来ましょう」

 

「……あなたも本来は守られる側なことをお忘れなく」

 

 私の言葉を聞いて横で呆れた顔をしているディストの声は聞こえないふりをする。流石に彼一人で私と導師イオンの両方を護衛するのは場合によっては厳しいだろう。彼の本領は戦闘ではないのだから。

 

「私達よりもルーク、あなた達こそ十分に気を付けてください。ヴァンと単独で渡り合える人間は極僅か。あなた達が総力を尽くしても厳しい戦いになることは確実でしょう。必ず、皆で生きて帰ってきてください」

 

「……ああ、分かってる」

 

「当然だな」

 

「皆で揃って帰ってきますから」

 

 ルーク、ガイ、ティアも頼もしい表情で言葉を返してくれる。彼らならば大丈夫だと、そう信じている。だが私の記憶からずれた筋書きをなぞるこの世界では何が起こるか予測が出来ない。私の介入は既に大きな影響を及ぼしている。アリエッタ、ディスト、シンクはルーク達と敵対することは無く、味方となった。戦力としては増えている。しかし、その分ルーク達は強敵との、それも対人戦の戦闘経験が私の記憶よりも乏しくなっているはずだ。その影響がヴァンとの戦いにおいてルーク達に不利に働くことはあっても有利になることは恐らく、無い。

 

「……モース。あなたの心配は理解しているつもりです」

 

 私の内心が表情に出ていたのか、ジェイドが見かねたようにため息をついた。

 

「ですが、その心配は今は私に預けておいて下さい。あなたも気を散らしていられる状況ではないのですから」

 

「そう、ですね。ありがとうございます」

 

 言葉の裏に隠されたジェイドの不器用な優しさに、私は目を伏せて微笑む。そうだ、私は頼れと言われたのだ。今は彼らに任せ、私は私のことに集中するべき時だ。

 

「お二人だけで他人の入り込めない理解し合った空気を出すのはお止めなさいよ!? なんですなんです二人して私を除け者にしてぇ!」

 

 そしてそんな私とジェイドの間に割って入るようにディストが騒ぎ立てる。本当にこの男はジェイドのこととなると我慢というか理性の利かない人間である。

 

「ディスト、ダアトに戻る二人はあなたに任せましたよ」

 

「ほへ? ジェイド……?」

 

「こんなことを言うのは癪ですが。……あなたを頼りにしています」

 

 そう言ったジェイドに驚きの声を上げなかった自分を褒めてやりたいくらいだった。視線を横にずらせばルークやティア、ガイ達といった他の面々も誰だこいつと言いたげな表情でジェイドを見ていた。この男がこのようなしおらしいことを言うなど想像もつかなかったのだから当然だ。私は彼がそういった思いを内に秘めていること自体は分かっていたが、子ども達の前で、それもディストに対して自身の弱さとも言える部分を曝け出すとは。

 

「あ、あなた、ジェイドの偽者ですか!?」

 

「その無駄にヒラヒラした襟を引きちぎって差し上げましょうか?」

 

「ヒィッ! やっぱりジェイドでした」

 

 誰もが思ったことを口に出してしまったディストへのジェイドの対応は目が笑っていない笑顔での脅迫だった。それに怯えながらもどこか安心したようなディストに、二人の関係性がよく見て取れる。

 

「私とて人間ですから、心配くらいはしますとも。だから、頼みましたよディスト」

 

「……ふ、ふふ、ハァーッハッハッハッハ! この薔薇のディスト様にお任せなさい! この私の華麗なる譜業で見事二人を守り切って見せますからね!」

 

 晴天の下に高笑いが響き渡った。

 

 


 

 

 遠くの空に消えていくアルビオールを見送り、ダアトへと歩を進める。顔を隠すこともせず、堂々と街道の真ん中を歩いて行ったため、道行く人々は皆私達の存在に気付いたことだろう。何度も声を掛けられ、それに応えながらダアト市街を目指した。

 もちろん目立つようにしているのだから私達の帰還はすぐにオーレルの耳に入ったことだろう。その証拠に、ダアトの市内外を隔てる門の前には普段なら見かけない数の神託の盾兵の姿があった。更にそれを遠巻きに眺めるダアト市民。兵士を囲む市民の顔は強張っており、秘めた感情が必ずしも兵士達にとって良いものでは無いことを窺わせている。

 

「おやおや、あのなんちゃって大詠師に付き従う物好きがまだこれだけいるとは驚きですねぇ」

 

 周囲をぐるりと兵士に囲まれながらも、ディストの余裕綽々な態度は崩れない。丸眼鏡の奥の瞳を妖しく光らせて不敵な笑みを浮かべるばかりだ。私も怯むことなく兵士達を睨み返す。

 

「道を空けなさい! 導師イオンの名において、モースに手出しをすることは許しません」

 

 先頭に立つ導師イオンが凛とした声でそう言い放つ。だが、周囲の神託の盾兵はそれに大きな反応を見せることは無かった。

 

「導師イオン、ディスト師団長。そこを退いていただけませんか。モース様には現在捕縛命令が出ております。出頭して頂けない場合、手荒な手段を取らざるを得ません」

 

「どういった理由があって彼を拘束するのですか」

 

「大詠師オーレルの命令です」

 

「モースの大詠師退任、オーレルの大詠師就任を僕は認めた覚えはありません。僕にとって大詠師はモースであり、彼が拘束されるような罪は全くありません」

 

「導師イオンが何と言おうと現在のダアトを政務運営は大詠師オーレルが取り仕切っております。実権は既にモース様にはありません。……申し訳ありませんが、ご理解下さい」

 

 導師イオンが何を言おうと彼らに退く気は無いらしい。神託の盾兵は遂に腰に佩いた剣に手をかけた。周囲の市民達がざわつき、導師イオンもディストもそれに応じて身構える。だが、私はそれを手で制して前に進み出た。

 

「モース!?」

 

「あなたまさかこんな時にも……」

 

 ディストが私を睨みつけてくるが、何もこんなところで自分の身を投げうつわけではない。ただこんなところで睨み合っていても埒が明かないだろう。それに万が一こんなところで戦闘になってみろ、市民達が巻き込まれて死傷者が出てもおかしくない。

 

「良いでしょう。私を大詠師オーレルの下に連れて行きなさい。無いとは思いますが、導師イオンや周りの市民への手出しは許されませんよ」

 

「……ご協力、感謝いたします。導師イオンにも、ダアト市民にも誓って手出しはいたしません。大詠師オーレルの下までお連れします」

 

 私が歩み出てきたのを見て兵は警戒を緩めたのか、剣の柄から手を離した。張り詰めた空気が僅かとは言え緩み、私は小さくため息をついた。遠巻きに私達を見つめるダアト市民の緊張も少しは緩んだように見える。今目の前にいる兵士が理解のある人間であったことに感謝するしかない。

 

「隊長、モースは捕縛した後に裁判まで牢に拘束のはずです」

 

 私と話していた兵の隣にいた男が咎めるように隊長と呼ばれた兵と私の間に割って入った。

 

「牢に拘束する前に捕縛の報告をするだけだ。何か文句があるのか、副官」

 

「モースを連れて行く必要は無いのでは」

 

「私が必要と判断した」

 

「不要だと言っているのです!」

 

 譲らぬ隊長に、副官の兵が語気荒く言い募ると腰の剣を抜き放った。どうやら彼は私をここで消し去っておきたい派閥に遣わされた人間らしい。更にそれに続くように私を囲む兵達の半数ほどが剣を抜き、私達に向けた。どうやら冷静に話し合いの席についてくれるつもりはあまり無さそうだ。私はそっと懐に忍ばせたメイスに手を添える。剣を構えて飛び掛かってきたなら導師イオンや市民にその剣が万が一にも届く前に譜術と杖術を以て制圧する。その気でいた私の前に、先ほどまで言い争っていた隊長格の男が割って入った。

 

「気でも狂ったか!」

 

「隊長こそ! 預言(スコア)を軽視する男を大詠師に戻すおつもりか!」

 

 まさかの神託の盾兵同士の、それも隊長と副官の対立に他の兵達も二つに分かれる。一方は私を守るように、もう一方は依然として殺気だって私達を取り囲む。

 

「止めなさい! こんなところで戦闘を起こすつもりですか、市民達に被害が出たらどうするのです!」

 

 私の制止の声も届かない。このままでは本当に乱闘が起こってしまう。そうなれば私の身一つだけでなく、導師イオンや市民達にも被害が。

 一触即発の空気は、私がいくら歯噛みしてもどうにもならない。緊張で指先が氷のように冷え切っていくのを感じながら、私は最悪の事態に備えて静かに音素(フォニム)を励起させる。

 そのとき、どこからか飛んできた小石が私に剣を向ける神託の盾兵の鎧に当たって軽い音を立てた。

 

「モース様に手を出すな!」

 

 そう言って私の足に縋りつくようにして飛び込んできたのは幼い少年だった。

 

「は、離れなさい! ここに居たら怪我では済みません!」

 

「イヤだ! 神託の盾騎士団がモース様を守らないならボクが守るんだ!」

 

 宥めようとしても、男の子はイヤイヤと首を振り、恐怖から目に涙を滲ませつつ、兵士達を睨みつけた。それを皮切りに周囲で遠巻きに眺めていた市民達が兵達の包囲網の間を縫って雪崩込み、私と導師イオン、ディストをその内側に取り囲んだ、

 

「俺達は誰もモース様が大詠師を辞めただなんて信じちゃいないぞ!」

「そもそも今の大詠師サマになってからダアトは滅茶苦茶だ!」

「オーレルとかいう奴こそさっさと大詠師を辞めろ!」

 

 そして口々に周囲の兵達に罵詈雑言を浴びせる。やめろ、

 

「やめなさい……」

 

 私なんかの為に、あなた達が傷つこうとなんてしてはいけない。

 

「どうして……私などを」

 

 私はあなた達に守られるような人間ではないというのに。

 

「流石にダアト市民に手を出すほど落ちぶれてはいませんよ、兵士達は」

 

「ディスト……」

 

 いつの間にか私の隣にいたディストがこの騒ぎの中、不釣り合いなほど穏やかな声音でそう言いながら私の肩を叩いた。

 

「あなたが積み上げてきた信用、信頼はこうして今あなたを守る盾になっている。素敵な話じゃありませんか。それに心配することはありません。ここまでの騒ぎになったなら、彼女が出てくるでしょう」

 

「ほらほら! 退いた退いた。この場はあたしに任せてもらうよ!」

 

 そう言うディストの声に応えるように、群集の向こう側から頼もしい声が響くのが聞こえた。ああ、確かに彼女が来たならば安心だ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

問われる覚悟と私

諸事情により来週投稿が出来ない可能性があるため来週分を本日投稿。

第一部は予定では後3~4話で終了予定です。
その後は番外編を4~5話程度挟んでから第二部に進行します。
第一部終了後は活動報告等で番外編のネタ募集なんかをかけるかもしれません。その際はお気軽にネタを放り投げて頂けると嬉しいです。

では今しばらくモース様の旅にお付き合いください。


 人ごみが自然に二手に分かれ、私と彼女の間に立つ者は未だ剣を収めない副官のみとなった道を、彼女は悠々と歩いてくる。

 

「いやぁ、思ったよりも早いお帰りだったねモース。もう身体は良いのかい?」

 

「ええ。お蔭様で。あなたにも世話になりっぱなしですね、カンタビレ」

 

 私がそう言うと、カンタビレは口を開けて豪快に笑う。そして気にするなと言わんばかりに私の肩を叩き、隣に並んだ。

 

「カンタビレ師団長。あなたは現在謹慎処分中のはずですが?」

 

「謹慎? 確かにオーレルの奴はそう言ってたけどね。そんなの今更従う必要があるかねえ、導師イオン?」

 

 剣を構えたまま、険しい声でカンタビレを問い詰める副官に対し、カンタビレは何も気負った様子は無い。薄ら笑いを浮かべて導師イオンに目配せをすると、導師イオンもくすり、と微かに笑いを漏らした。

 

「ええ。導師である僕の権限を以て、カンタビレの謹慎を解きます。僕達の護衛をよろしくお願いしますね」

 

「委細承知した」

 

 その言葉を待ってましたとばかりにカンタビレは腰に佩いた刀を抜き放つ。黒い、細身の刀身が日の光を浴びて鈍く輝いている。

 

「さあ、やる気があるならかかってきな! あるいは少しでも疑問を持つ者は後に続け! モースと共に今のローレライ教団に否やを突き付けてやろうじゃないか!」

 

 カンタビレはそう言って剣を頭上に掲げる。それに呼応するように私達を取り囲む市民達から声が上がった。それに気圧されたように剣を構えていた兵達は後退った。更に私達の側に立っていた兵達が逆に彼らを取り囲み、身動きを封じる。

 

「ほら、お前はどうするんだい?」

 

「ぐっ……! 何故、この男を庇うのですか。預言(スコア)に背き、世界に混乱を齎そうとしている男を……」

 

 カンタビレの言葉に、苦し気な声で返す目の前の兵士。剣こそ構えたままだが、柄を握る手は震えている。気が付けば周りの味方は降伏しており、これ以上抵抗を続けても意味が無いというのに、それでも戦意を失わない。それだけ、彼にとって預言(スコア)は重たいものなのだろう。今私に剣を向けている人間だけでない、この場にいないダアト市民や、他国の人々の中にも、私と相容れない考えを持つ者はいる。

 彼はそんな人々の気持ちを私に代弁してくれているのだ。それはとても勇気がいることだっただろう。こうしている今も、剣を構え続けるのにどれだけの覚悟がいるのか、私には想像もつかない。彼もまた、彼なりのやり方で世界を守ろうとしているに過ぎないのだ。

 

「カンタビレ、ここは私に任せていただけませんか」

 

「……あんたがそこまで身体を張らなきゃいけないことかい?」

 

「それでも私が向き合わねばならないことですから」

 

 カンタビレにそう言って私は目の前の男へと歩を進める。両手を軽く広げ、武器を持たないことを示しながらゆっくりと歩み寄れば、彼の剣の震えがより一層大きくなる。

 

「あなたの言いたいことは分かります。あなたにとって私は、あなたが大切にする預言(スコア)を蔑ろにする愚かな男でしかないのかもしれません」

 

「やめろ……止まれ!」

 

 歩みは止めない。後ろから導師イオンが私の名を呼ぶのが聞こえるが、ディストとカンタビレに止められているようだ。おかげで私の歩みを止めようとするものは目の前の男の言葉のみとなっている。

 

「私もあなたも、互いに譲れないもののために戦っています。だから私はここで止まるわけにはいかないですし、あなたもここを通すわけにはいかない。ですが、それでも少しだけ、私の話を聞いて欲しいのです」

 

「聞きたくない……聞いてたまるか!」

 

「あなたにとって受け入れ難い話かもしれません。ですが、剣を交えるのは言葉を尽くしてからでも遅くは無いはずです。私は預言(スコア)を蔑ろにしたいわけではありません」

 

「嘘を、嘘をつくなぁ!」

 

 遂に震える剣の切っ先が私の胸に触れる。少しでも目の前の彼が力を籠めれば、その切っ先は容易く服を切り裂き、私の胸に沈み込むことだろう。だが、そうはならなかった。私が一歩進む度に、剣に籠められた力は弱くなり、その切っ先は服に傷すらつけることなく私の肩口に滑る。

 

預言(スコア)は私達が迷ったとき、目の前に提示される選択肢に過ぎない。その道を選ぶのか、あるいは他の道を選ぶかは、私達に委ねられているはずだと私は思っています。今あなたが私に剣を向けているのは全て預言(スコア)に詠まれていたからでは無いはずです。

そこにはあなたの意志があったはず。預言(スコア)にも、何ものにも縛られない意志が。

時にはその意志が指す道が預言(スコア)の指す未来と異なることもあるでしょう。でもそこで自らの意志を放棄するようなことを、私はしたくないのです。そんなことをするのが正しいのだと、人々に、子ども達に言いたくないのです。

意志を捻じ曲げて進んだ先に罪の無い人々の犠牲があったとして、預言(スコア)に詠まれているからそれこそが唯一絶対の道なのだと言うのならば、声を大にして否と言うことが、ユリアに後世を託されたローレライ教団の使命だと、私は信じているのです。罪の無い命を犠牲にすることが無いよう、私はここに居る。あなたも同じ気持ちであると私は信じています。例え見据える未来が違おうとも、その志は違いが無いはずだと」

 

 肩に乗っかっているだけとなった剣を、私は左手で握りしめる。よく手入れがされた刃はそれだけで私の手の皮膚を薄く切り裂き、刃筋に沿って私の血が流れていく。痛みも感じるが、剣を手放すことはしない。刀身を握りしめたまま、肩に乗っていた剣の切っ先を私の喉に宛がう。周囲からどよめき、悲鳴が上がるが、視線は目の前の男から逸らさない。兜の奥で揺れる瞳を正面から見据える。

 

「もし違うと言うのであれば剣を握るその手に力を籠めなさい。私は甘んじてあなたの刃をこの身に受けるでしょう。ですが、もし私の言葉に少しでも共感してくれるのであれば、今ひと時だけでも剣を預け、私の言葉を聞いて頂けませんか」

 

 そう言いながらもう一歩、足を踏み出す。鋭い剣の切っ先がほんの僅か私の喉元に埋まり、ぷつり、と皮が裂け、血が玉となる。もはや剣を支えているのが彼の手なのか、あるいは私の手なのかは分からない。あと一歩、私が足を踏み出せば剣は私の喉を貫き、この命を奪うだろう。私は心臓が耳元まで移動してきたのかと錯覚するほどの鼓動をうるさく感じていた。それは恐怖からか、あるいは命の危機に瀕したことによる緊張感からか、

 

「お、俺は……俺は!」

 

 喉から絞り出すような声を上げた彼は、その後暫しの沈黙を挟み、ついに力なく剣を手放した。そして地面にへたり込み、力なく肩を落とす。

 

「……俺がガキの頃、キムラスカに居たとき。俺の親父はホド戦争に行ったきり帰ってこなかった」

 

 力ないその声は、兜を通してくぐもっており、目の前の私にしか聞こえそうにないほど小さかった。

 

預言(スコア)に詠まれてたんだ。戦争に行くことを。俺も、お袋も止めたさ。だけど俺達の言葉に耳を貸さないで行っちまった。そんで呆気なく死んじまったんだ」

 

 なあ、教えてくれよ。そう言って彼は私を見上げた。

 

預言(スコア)が唯一絶対の正解じゃなかったのなら、親父が死んじまったのは無駄だったのか? 親父は預言(スコア)に踊らされたただの馬鹿野郎でしかないのか!? そんな滑稽な話が、馬鹿みたいなことが許されるのか!」

 

 最後には涙交じりの、声にもならぬ声で吼えた彼は、私の足に縋りつく。私は膝をつくと、血に汚れていない右手を彼の肩に乗せた。

 

「私にはあなたのお父上がどのような心持ちで戦争に赴いたか推し量ることは出来ません。そこには壮絶な葛藤があったのかもしれませんし、ただ預言(スコア)に従っただけなのかもしれない。安易な慰めはあなたをかえって傷つけることになるだけでしょう。

私が言えることは、かつての戦争で出た犠牲を無駄なものにしてはならないと、今この時も戦っている人がいるということだけです。預言(スコア)に詠まれたからじゃなく、自らの意志で。未来をなぞるのではなく、切り拓くために戦っていることをあなたにも知ってもらいたいということだけ。

先の見えない道は暗く、足を踏み出すのは途方もない勇気が必要です。それでも、その先に預言(スコア)を超えたより良い未来があると信じて一寸先の闇に身を投じている彼らに、少しでも力添えをしてやってはくれませんか」

 

 私の脳裏に過るのは、今まさにアブソーブゲートに突入しているであろうルーク達。そして、外殻大地降下に備えてあらゆる手を尽くしているだろうキムラスカのインゴベルト王とマルクトのピオニー皇帝。誰もが自分たちに出来ることを、自分たちの意志で選び取って死力を尽くしてくれている。それは目の前で震える彼だってそうだ。だからこそ私は彼らにこの身一つで向かい合わなければならない。それが私が唯一彼らに示せる誠意であるのだから。

 

「……モース様」

 

 どれだけの沈黙があっただろうか。ほんの一瞬だったかもしれないし、存外長い間であったかもしれない。それを破った目の前の兵士の声は、先ほどまでとは違い、落ち着いたものだった。

 

「あんたはどうしてそこまで出来るんだ? 分からないじゃないか。ここまでしても、預言(スコア)に詠まれたものより良い未来がくるかなんて」

 

「ええ、分からないでしょう。何なら、もっと悪い未来になることもあるかもしれません」

 

「だったら何故……?」

 

「信じているからです」

 

「信じる、何を……?」

 

「人の意志は預言(スコア)に縛られたりしないと。そうして選び、掴み取った未来は、ただ言われるがままに享受しただけの未来より、ずっと価値があるはずだと。そういう意味では私も、あなたと大きく違いはありません。預言(スコア)か、あるいは人の意志に価値を見出すのか。私は人の意志が、想いが、預言(スコア)すら覆せるのだと信じているのです」

 

 私がそう言うと、彼は兜の奥で小さく息を呑んだ。

 

「その結果、あなたが死んでしまうとしても?」

 

 私はその問いに答える前に一度大きく息を吸い、そして吐く。この問いに対する答えは決まっている。もうずっと前から、私がこうなる前から定められている。この世界が辿ったかもしれない記憶が頭に巣食うことがなくとも、

 

「ええ、私は私の選択に殉じるでしょう」

 

 私は殉ずる者(モース)

 

 かつて預言(スコア)の成就という選択に殉じ、今は預言(スコア)を覆すという選択に殉ずる男だ。

 

 それが私の名の指す意味。私が生まれた意味なのだから。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

鏡面の向こう側と私

今週は投稿できないと言ったな?

あれは嘘だ


 ローレライ教団本部へ続くダアトの目抜き通り。私は導師イオンと並び立って歩き、後ろにはカンタビレとディストを筆頭に神託の盾騎士団、そしてダアト市民が続く。

 

「あの……、導師イオン? そろそろ離していただいても」

 

「ダメです」

 

 私がおずおずと切り出した言葉は言い切るか言い切らぬかどうかといったところでバッサリと切り落とされてしまった。私の右腕は今導師イオンがガッチリと捕まえてしまっており、離してくれと言おうものなら彼にしては大変珍しい鋭い視線が私を貫くため、私はすごすごと引き下がることしか出来ない。

 

「ま、その程度は甘んじて受けるべきでしょうね。あの兵士がもし逆上していれば今頃あなたは死んでいたワケですし」

 

 後ろでディストが導師イオンを援護する。ディストには先ほどの手の怪我と首の傷を治してもらったため、彼にそう言われてはもう何も言えない。いつの間にか頭が上がらない人が増えてしまった。

 

「ディスト。あなたもどうしてモースを止めなかったのですか」

 

「もちろん最悪の場合は止めに入るつもりでしたとも。それはカンタビレとて同じこと。ただ、我らが大詠師様があの程度の状況を切り抜けられないワケがありません。そうでしょう?」

 

 導師イオンの恨み節にもディストは飄々と返す。しかし肩越しに振り返ってみれば、彼の頬に冷や汗が一滴流れ落ちるのが見えた。どうやらディストにとっても今の導師イオンの迫力は中々に恐ろしいものであるらしい。視線だけで助けてくれと訴えかけてみるが、憐れむような目を向けられるばかりであった。

 

「導師イオン。もうすぐ教団本部が見えます。あまりこうした姿を見せるものではありませんよ」

 

「…………このことはアニスとティア、シンク達にも後で報告しますからね」

 

 思わず背筋がピンと伸びてしまうほど末恐ろしいことを呟いて導師イオンは渋々私の右腕を解放してくれた。そうか、この戦いが終わっても子ども達から逃れることは出来ないのか。

 今後のことを考えて少し憂鬱になってしまいながらも、私は教団本部の正面扉の前に遂に辿り着いた。扉を守る神託の盾兵は、私達の姿を見て一度は武器を構えたものの、後に続く人の波を見ると抵抗する気を失くしたのか剣を収め、脇へと退いた。

 

「ローレライ教団の導師イオンが今戻りました。扉を開けなさい!」

 

 導師イオンの凛とした声が響く。大勢の群衆が詰め掛け、物理的にも圧力を増した集団の先頭に立った彼の姿はまさしく人々を導く人間だ。隣に立つ彼の姿が眩しく映り、私は思わず目を細めた。

 目の前に聳える荘厳な装飾を施された扉は、導師イオンの言葉に応えるように重たい音を響かせながら左右に開いた。教団本部にいる人間全てを掌握する時間はオーレルには無かったらしい。私と導師イオンは開いた扉へと歩を進め、そのまま一番奥の講堂を目指す。ここまで私達が無事に来てしまった以上、オーレルに逃げ場は無い。彼に残された道は、私を公衆の面前で論破し、自らが大詠師として相応しいことを市民に認めさせるか、諦めて導師イオンの下に出頭するかである。逃げ出せば彼は自ら権力を放棄し、二度とローレライ教団には戻れなくなる。彼がどのような選択をするかは分からないが、生粋のアジテーターであり、自らの信念を正しいと信じて疑わぬ彼であれば、事ここに至って逃げることはないのではないかと思えた。

 

 そして教団本部に乗り込んだ勢いそのまま、最奥の講堂へと足を踏み入れた私は、ステンドグラスから差し込む光を背に受けて壇上から忌々し気に見下ろす彼と目が合った。

 

「モース……。忌々しい背信者め。よくもおめおめとここまで戻ってこられたものですな」

 

 広く、天井も高い講堂でともすれば呟き声など耳に入る前に消えそうに思われがちだが、音の反響を計算し尽くして設計されたこの部屋においては、壇上の人間が発する声は容易く聴衆の耳に届く。オーレルの言葉には、私に対する怨嗟が色濃く滲んでいた。

 

「詠師オーレル。あなたのやろうとしていることを、私は認める訳にはいきません」

 

 導師イオンを伴って壇上に登った私は、彼を正面から見据えて言い放った。今までのらりくらりとはぐらかしてきた私の真意を、今こそ皆の前で話すときがきた。

 

「認める訳にはいかない……? ……この私こそが! 始祖ユリアの遺した預言(スコア)を成就させんとする真の大詠師だ! 甘言で皆を惑わし、ユリアの預言(スコア)を蔑ろにする貴様が大詠師だと!? そんなことを誰が許すものか!」

 

 私の言葉に対し、詠師オーレルは激する。預言(スコア)の成就こそを悲願とする()()()人間である彼にとっては、私は最も受け入れ難い人間だ。そして恐らくこのオールドラントの多くの人間が、オーレルと同じ価値観を持っていることだろう。私が今からすることは、私なりのこの世界に対する反逆だ。私の言葉を以て、この世界の預言(スコア)至上主義に風穴を空けて見せよう。

 

「市民達よ、目を覚ませ! 今まで我らが長きにわたる繁栄を享受できたのは何故だ! 預言(スコア)を固く守り続けてきたからだ! 預言(スコア)は我々の進むべき道を、正しい未来を示してきた! それを今になって放棄せよと宣うこの男を、どうして信じられよう! 創生暦時代から続く始祖ユリアの言葉より、このちっぽけな男の言をどうして鵜呑みに出来るというのだ!」

 

 私が言葉を発さないのをいいことに、オーレルの弁舌は加熱する。彼の言葉は重たい。その通りなのだ。遥か昔から続く始祖ユリアの預言(スコア)に従った結果、今の繁栄がある。高々歴代の大詠師の一人でしかない私の言葉が、絶大なる信仰を集めるユリアを上回ることが出来るわけが無いのだ。

 

「私を糾弾したいと言うならば良いだろう! 囀ればいい! どのような手練手管で人々を惑わせたのかは知らぬが、貴様の妄言が私に通用するとは思わないことだ!」

 

 そこまで言い切ってオーレルは肩で息をしながら私を睨みつける。彼の迫力と、真に迫った弁舌は人々を呑み込み、私に向けられる目に疑いの色が混じり始めるのが感じられた。私は深呼吸を一つ挟むと、オーレルに向けてではなく、私を見つめる市民に向かって語り出した。

 

「始祖ユリアよりも私を信じるなど愚かなこと。詠師オーレルの言うことは確かにその通りでしょう」

 

 群衆がざわつく。その上から塗り潰すように、私は「だが、」と言葉を続けた。

 

「私達は預言(スコア)によってのみ生きているのですか? 私達は日々の何もかもを預言(スコア)に委ねなければならないほど弱い生き物なのでしょうか? 預言(スコア)に示されたものだけが唯一絶対の正解なのでしょうか? 私にはそう思えないのです。日々口にする物、目にする物、談笑する人、買い物をする場所、その全てを預言(スコア)に頼ることが、本当に生きていると言えるのでしょうか。私にはそうは思えません」

 

 生きるとはすなわち選択の連続だ。預言(スコア)とは子どもがケガをしないよう、優しく母親が諭すのに似ている。私達が迷って立ち止まってしまいそうなとき、どうしても選べない何かが目の前に現れたとき、そっと寄り添って考える材料を、ヒントを与えてくれる。そんなものが預言(スコア)なのだと私は思っている。

 預言(スコア)は私達の行く末の一つを示してくれるに過ぎない。預言(スコア)に従うか、あるいは別の道を行くかは私達の手に委ねられているはずだ。いつしか子どもが親の手を離れ、自らの歩く道を決めるように、ユリアの預言(スコア)は私達が独り立ち出来るようになるまでの杖であるに過ぎないのだ。

 

「始祖ユリアの愛はこのオールドラントを包み込んで余りあるものでした。遥か天空に浮かぶ譜石帯がその証明でしょう。ローレライと契約し、この世界の行く末をローレライから聞き出したユリアはそれを空に浮かべました。そうして私達の営みを見守ってくれているのです。母が子どもを見守るように」

 

 今こそこの場にいる人々に打ち明けよう。始祖ユリアはキムラスカとマルクトの戦乱を預言(スコア)に詠んだ。キムラスカの未曽有の繁栄が待っていることと共に。ローレライ教団はその教義に則り、キムラスカがマルクトと矛を交えるように動くべしだと。だが、それは本当に始祖ユリアが望んだことなのだろうか。ローレライの見た未来を何故始祖ユリアは秘したままにしなかったのか。変えて欲しかったからだと思うのは私の安楽的な考えに過ぎないのだろうか。

 

「私達は今こそ一人で立ち、歩いて行くべきでしょう。ユリアの詠んだ戦争が待つ未来を、マルクトを滅ぼしてキムラスカが得る繁栄の未来よりも、キムラスカとマルクトが手を取り合って共に更なる繁栄を成し遂げる未来を創り上げることを選び取るときが来たと、私はそう思っているのです」

 

 だから、あなた達の力を借りたいのだ。私一人の力では全く足りない。この世界の行く末を変えるなどと大それたことを、私一人で成し遂げられるわけが無い。私達は一人一人では取るに足らない力しか持たない。だから手を取り合いたい。預言(スコア)にそう定められたからでは無く、私達がそうしたいと思ったから協力しあう。あなた達とそうなりたいのだ。

 預言(スコア)に頼らない生き方は、ともすれば一歩踏み出すことすら恐ろしいものになることだろう。そんなときこそ、私達を頼って欲しい。預言(スコア)を数ある選択肢の一つとして、迷ったときに話を聞き、共に悩み、共に苦しみ、共に涙を流し、考え抜いて選んだ未来の先で喜び合う隣人として、ローレライ教団はありたい。そう変わるべきだと私は思っている。

 

 語り終えた後、講堂内は誰かの息遣いすら聞こえそうな静寂に包まれていた。私は深々と皆に向かって頭を下げる。こんな異端者を受け入れて欲しいと、大詠師として、皆を助ける許しが欲しいと。

 

「ふ、ふざ……ふざけるな!」

 

 その沈黙を破ったのは私の横で怒りに震える男の叫び声だった。

 

「始祖ユリアの預言(スコア)が選択肢の一つ? より良い未来を創り上げる? 無知蒙昧の傲慢もそこまで極まったか! 騙されるな! 遥か昔から続くユリアの預言(スコア)こそ、この世界に残された最後の希望。この道標に従うことこそが、最上の繁栄への道なのだ!」

 

 そして民衆に向かって唾を撒き散らしながら訴えかける。彼もただ必死なのだ。自らが掲げた信念に忠実であるに過ぎない。ともすれば私と彼の立ち位置は逆であったかもしれないのだ。預言(スコア)こそが正しいと信じた私の姿が、今のオーレルだ。だから私と彼の訴えのどちらがより正しいかにあまり意味は無い。人々がどちらを選んでくれるかだ。

 

 明るく、安心できる揺り籠(スコア)か。

 

 それとも闇に覆われた荒野か。

 

 その荒野はともすれば暖かな花畑かもしれないし、触れた人々を呑み込む底なし沼かもしれない。私には信じることしか出来ない。私を信じてついて来てくれた人々が、預言(スコア)を超える強さを持っていることを。

 オーレルの言葉が終わっても民衆たちの間には重苦しい沈黙が横たわっていた。私は頭を下げ続ける。ふと横に誰かが立つ気配を感じた。

 

「皆さん。僕からもお願いします。人は預言(スコア)に頼らなくとも生きていける。僕が大好きな皆さんなら、その強さを持っていると僕は信じています」

 

 その気配は導師イオンだった。彼も私と同じように民衆に向かって頭を下げる。その姿に人々の間から僅かに声が漏れた。だが、それきり声は消え、互いに出方を窺うように顔を見合わせている。

 

「フン、そんな媚びるポーズをしたところで、真に正しいのが誰かは明らかだ。惑わされてはならんぞ敬虔なるダアト市民よ。ユリアの預言(スコア)を信じよ!」

 

 そんな私達を見て勝ち誇った様子を見せるのはオーレル。彼は大袈裟な身振り手振りで民衆へと語り掛ける。

 

「ああ! まったくその通りだ!」

 

 だが、そんなオーレルを遮るように群衆の間から大きな声が上がる。そしてダン、という音と共に壇上に登ったのは市街で私に剣を突き付けた副官の男だった。

 

預言(スコア)に従うのが正しいだなんて俺達がガキの頃から教えられてることだ! なら今更疑う必要なんざ無いはずだよな!」

 

 そう捲し立てる男に、オーレルの笑みはますます勝ち誇ったものに変わる。しかし、その先に続いた彼の言葉に、オーレルの笑みは凍り付くことになった。

 

「……だがよ、俺達はあのとき見ただろ! 俺が突き付けた剣に迷うことなく身を投げ出したんだぞ! 俺達が預言(スコア)に頼らなくても生きていけるって、俺達の意志は預言(スコア)を超えることが出来るって身体を張って示そうとしたんだ! それを見てお前らはついて行こうと決めたんだろ! ならなんでずっと黙ってやがる! 情けなくねえのか、命張ってるこの人に顔向けできねえだろうが! 俺は、この人に剣を向けた俺だからこそ言ってやる。俺はこの人を信じる。お前らはどうなんだ! いつまでもガキのままだなんて言われてて黙ってられるのかよ!」

 

 思わず顔を上げて私は男の顔を見つめた。市街で項垂れて私達の後ろをついて来ていた姿は今はもうどこにもない。今の彼は憑き物が落ちたように晴れやかな顔をしていた。

 

「モース様。俺はあなたを信じる。あなたが預言(スコア)を棄てろというなら棄ててみせる。あなたなら、その覚悟を絶対に無下にはしないことを、俺は市街で見せてもらった!」

 

 そう言い切った彼に続くように、群衆からはポツポツと同意するような声が上がり、いつしかそれは講堂全体を震わせるような大音声となって響き渡った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

極点の対峙

今話と次話で第一部完結となります。

二話同時投稿のため、出来れば連続で読んでいただけると幸いです。



 アブソーブゲート

 

 そこは地核からラジエイトゲートを通して吹き上げる記憶粒子(セルパーティクル)がオールドラントを一巡し、最後に通るセフィロト。外殻大地が魔界(クリフォト)の泥の海に沈まぬように支えるディバイディングラインを形作る要石の一つ。ラジエイトゲートとアブソーブゲートはオールドラントの両極にあり、まさしく大地を支える大黒柱であった。

 

 そのアブソーブゲートの最深部でルーク達が目にしたのは、自分たちに背を向けて鍵盤型の装置を操作するヴァンの後ろ姿だった。ヴァンの手が鍵盤の上を躍る度にパイプオルガンにも似た美しい旋律が響き渡る。

 

「そうか……、やはり貴様は来ないのか。どこまでもこの筋書きを崩したくないと見える」

 

 鍵盤を操作していた手を止め、ここには居ない誰かに向けられた言葉は暫し宙を漂って溶けた。

 

「何故お前がここにいる、レプリカ」

 

 背を向けたまま放たれる言葉。一見して隙だらけだが、その実、一歩でも間合いに踏み込めば首を落とされることが容易く予想できてしまうほど、今のヴァンが放つ雰囲気は鋭いものだった。

 

「ヴァン師匠……、俺はあなたを止めに来ました」

 

「……レプリカ風情が吼えたものだな。本来ここにいるべきはアッシュだった。もしその言葉を私に向けるものがいるとすれば、少なくともそれはお前では無かった」

 

 ルークの言葉を否定し、ヴァンは遂に彼らに振り返る。そこに浮かび上がっていた表情はルークにかつて向けていた穏やかなものでも、冷徹なものでもなかった。落胆、悲憤、そして憐憫。およそ敵対するものに向ける感情では無いものが、今のヴァンの顔にはありありと見て取れた。

 

「モースはどうした? ダアトから連れ出したのだろう。ならば私を今ここで止めに来るべきはモースであるべきだ。いや、奴でなければならない」

 

 その雰囲気にルークだけではなく、今まで数多の戦場を渡り歩いてきたジェイドすらも一筋の汗を浮かべて身構えた。ヴァンがモースに向ける執着は、およそ彼が今まで見せてきた感情の中で最も強く、濃いものだったからだ。それはまるで最も近しい者に向ける信頼にも、最も相容れぬ者に向ける憎しみにも見える何か。

 

「私が今ここでお前達を屠ってみせれば、奴は現れるのか? ローレライに選ばれたモースが、ローレライを亡き者にせんとする私の前に現れないのは何故だ? 何故、たかがレプリカ如きが私の前に今立っているというのだ」

 

「俺は……、俺はたかがレプリカなんて存在じゃない! アッシュの代替品なんかじゃない、ルークっていう一人の人間だ!」

 

「モースをお前の前に立たせたりなんてするわけが無いだろ。ボクが何のためにここまで来たと思ってるのさ!」

 

「哀れなレプリカ共よ。ルーク、お前に教えてやろう。お前はユリアの預言(スコア)を覆す為に生み出されたただの捨て駒に過ぎん。そしてそれすらもローレライの掌の上、捨て駒にすらなれなかった出来損ないだ。そしてシンク、貴様は導師の代わりにもなれず、何者にもなれなかった空虚な存在でしかない」

 

「その言葉、撤回して!」

 

 ルークの心を抉るようなヴァンの言葉に、叫ぶように反論したのは彼のたった一人の肉親であるティアだった。

 

「ルークは捨て駒でも、出来損ないなんかでもない。いつだって不器用でも、自分なりに他人と、世界と向き合ってきたのよ! そんなルークのことを否定する資格は兄さんには無いわ!」

 

「シンクが空虚なわけないじゃん! こんなにもモースのこと大切に想ってる人が空っぽだなんて、アニスちゃんがそんなの言わせないよ!」

 

「哀れだな、傀儡に過ぎない者たちよ。……メシュティアリカ。哀れな妹よ。もはやお前すら、この恐るべき世界の真実に囚われた操り人形の一体なのか」

 

 だがそんなティアやアニスの言葉も、今のヴァンには通じない。彼の心は既に目の前にいるルーク達から離れていた。彼の目に映るのはこの世界を超えた地平に立つ一人の男。それ以外の全ては今の彼にとってどうでも良いことだった。かの大詠師の筋道を、神に決められた道を捻じ曲げることこそが、今のヴァンの目的となっていた。

 

預言(スコア)に汚染され尽くしたこの世界を変えなければならない。ローレライを滅し、神の思惑を超え、真にこの世界を解放せねばならない」

 

「そのために外殻大地を崩落させ、レプリカで大地を満たす? 大人が見る夢にしてはあまりに壮大な妄想ではありませんか?」

 

「妄想、賢しい死霊使い(ネクロマンサー)にとってはそう見えるのだろうな」

 

「ヴァン、あなたは唯一の肉親であるティアがここまで言っているのにどうしてそこまで頑なになるのですか! あなたの血を分けた妹なのでしょう!」

 

「レプリカを作るから今のティアはいらないってか、ヴァン? だとしたら俺はお前を軽蔑するぜ」

 

 ジェイドの嘲りを一蹴したヴァンに、ナタリアとガイが武器を手にしながら言い放つ。辺りに漂う緊張感はヴァンとルーク達が剣を交える瞬間が迫っていることを否が応でも感じさせた。

 

「操り人形となった者の言葉など、最早私の心には響かない。ここでお前達を始末し、ローレライ、そして神への反逆の嚆矢としよう!」

 

「ヴァン師匠……、いやヴァン! 勝つのは俺達だ!」

 

 その言葉と共にルーク達は一斉に剣を抜いたヴァンへと飛び掛かる。

 

 終末のセフィロトで、決戦の火蓋が切られた。

 

 


 

 

 戦いは数が多い陣営が有利だと言われる。だが、今ここで繰り広げられている戦いはその通説を覆すものだった。

 

「その程度か、レプリカ!」

 

 その言葉と共に鋭く突き出された剣が朱赤の顔を貫かんとする。その冴えは並の兵士ならば反応すら出来ずにあっさりと命を散らしてしまうほどのもの。それに反応できたのは、ルークが曲がりなりにもヴァンに師事し、その剣筋を見続け、身に付けてきたから。そしてここに至るまでの数多の強敵との戦いが、ルークの野性的な勘を研ぎ澄ませてきたからだった。

 

「ぐぅ……!」

 

 眼前に迫る切っ先を左手に持つ剣で弾くも、勢いは殺しきれずに後ろに吹き飛ばされるルーク。その陰から飛び出したのは拳を固めたシンクだった。

 

「昂龍礫波!」

 

 突き出された拳は闘気を纏い、身体に受けてしまえばひとたまりもないことが一目で分かる。だがそれを前にしてもヴァンは冷静さを崩すことは無い。剣の腹で拳を受け流すようにいなすと、そのまま左拳をシンクの腹へと沈ませた。

 

「誰が貴様に体術を仕込んだと思っている!」

 

「かはっ!?」

 

「ちょ、シンク!? 何でこっちに、危なーい!」

 

 枯れ葉のように吹き飛ばされたシンクは、そのまま後ろから更に追撃を仕掛けようとしていたアニスのトクナガへと突っ込み、諸共地面に倒れ込んだ。 

 

「おっと、俺達を忘れちゃ困るぜ」

 

「行きますわよ、ガイ!」

 

「秋沙雨!」

「シュトルムエッジ!」

 

 シンク達を追撃させまいとガイが割って入り、目にも止まらぬ突きの連打を繰り出し、それに対処する隙を衝くために絶妙にタイミングをずらして放たれたナタリアの三連射がヴァンに襲い掛かる。

 

「この程度!」

 

 だが、剣の一振りで二本の矢を叩き落とし、残りの一本を素手で掴み取ると、素早くガイから距離を取ってヴァンは弓を引き絞るように剣を引く。

 

「光龍槍!」

 

 そして剣の周りに纏った光輝く音素(フォニム)がヴァンの突きと共に槍となってガイへと迫った。

 

「やべっ!」

 

「させません! ロックブレイク」

 

 焦りの表情を浮かべたガイだったが、ジェイドが詠唱した譜術によって地面からせり上がった土壁が槍を受け止めた。

 

「回復するわ、ハートレスサークル!」

 

 そしてティアが唱える譜術によってダメージを負った面々の足下に淡く光を放つ環が描かれ、光と共に傷を癒していく。

 入れ替わり立ち代わりヴァンを攻め立ててはいるものの、先ほどからこうして膠着状態となってしまっていた。何度も攻撃を仕掛けているにもかかわらず、ヴァンはその全てに対応、反撃を繰り出し、たった一人であることを感じさせない立ち回りを見せていた。多少の傷を負ってはいるものの、総合してダメージをより多く受けているのはルーク達だ。

 

「くそっ! このままじゃジリ貧だ」

 

「まさかここまで手強いとは思いませんでしたよ。軍人としてのプライドが傷ついてしまいますねぇ」

 

 微塵も隙を見せないヴァンに、ルークは悪態をつき、ジェイドはやれやれとため息を吐く。そんな彼らを尻目にヴァンは悠々と自分が携える剣を眺め、その状態を確認していた。

 

「大言を吐いたが、所詮は出来損ないか。これほどの人数差がありながら私一人追い詰めることが出来ないとはな」

 

「くっ!」

 

 ヴァンの言葉に歯噛みするルークだが、否定の言葉は出てこない。何度繰り返しても、他のメンバーと連携を取ろうと、ヴァンはその全てに反応する。倒せるビジョンが思い浮かばない。完全に手詰まりだった。

 

「おい、ルーク。耳だけよこせ」

 

 そんなルークに向かって、隣に並んだシンクが小声で話しかけた。ルークはそれに視線はヴァンから離さないまま、意識をシンクの言葉へと向ける。

 

「このままじゃ埒が明かない。今からボクが相打ち覚悟で突っ込む。お前はピッタリとボクの後ろについて来い、いいな?」

 

「なっ!? おま」

 

 ルークの反論を待たずに、シンクはヴァンに向かって駆けだした。敢えて身体を大きく見せるように、気迫の叫びをあげながら、

 

「フン、玉砕覚悟の突撃か。もう少し賢い選択をすると思っていたのだがな、シンク」

 

 そんなシンクに対して呆れたような目を向けながらヴァンは剣を構えた。

 

「させるか! 魔神月詠華!」

 

「エンブレスブルー!」

 

 シンクを援護するため、ガイが別方向からの剣技で、ナタリアが頭上高く打ち上げた矢で牽制する。

 

「合わせますよ、セイントバブル!」

 

「続くわ! ホーリーランス!」

 

 ジェイドが発動した譜術によってヴァンの足下から凝縮された水泡が立ち昇り、ティアの譜術によってヴァンを囲うように光の槍がいくつも形成される。常人ならば逃れることの出来ない必殺の陣。ヴァンは素早く周囲の状況に目を走らせると、剣を両手に持ち、切っ先を地面へと向けた。そして剣を地面に突き立て、そこから莫大な量の音素(フォニム)を放つ。

 

「この程度で! 星皇蒼破陣!」

 

 その言葉と共にヴァンの周りを囲うように音素(フォニム)の嵐が吹き荒れ、ガイの身体を、ナタリアの矢を弾き飛ばし、ジェイドとティアの譜術を吹き飛ばした。そして拳を構えて突っ込んでくるシンクへとヴァンの視線が向けられた。

 

「後悔するのだな」

 

「しないさ! モースの代わりにボクが戦う。ボクはもう空っぽなんかじゃない!」

 

 ヴァンに言い返しながら、戦闘の空気に敏感なシンクの直観はこの後に起こる出来事を予測できていた。

 

 自分の拳は恐らく、いや確実に届かない。拳が届くよりも先にヴァンの剣は自らの身体を切り裂くだろう。自分から断頭台に向かっているようなものだ。まず助からないし、助かるつもりも無い。この身でヴァンの剣を受け止め、後ろに控えるルークがヴァンを仕留めるための隙を何としてでも作りだす。これほどまで死の予感が強かったことはこれまで無かった。ザレッホ火山の火口で、出来損ないだからと煮えたぎる溶岩に身投げを強要されていたとき以上の死の気配が自分に纏わりついているのを感じる。だが、不思議と恐怖は無い。

 

(ああ、モース。笑える話だね。あんなに世界が嫌いで嫌いで堪らなかったボクが、今はそんな世界を守ろうと命まで懸けてるんだ。でも、嫌な気分じゃないよ)

 

 それはきっと、生まれてきてくれて、生きていてくれて良かったと言ってくれる人が自分にもいると分かったから。世界の誰からも望まれていなかったとしても、たった一人だけはそんな自分を受け入れてくれると知ったから。

 

(ねえモース。また頭を撫でて欲しいって言ったら、どんな顔をするんだろうね? 無事で帰って来いって約束はこれじゃ守れないね)

 

 自分に迫り来る絶死の刃を前に、シンクは穏やかに笑って見せたのだった。

 

 その刃は、無慈悲に身体を切り裂いた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

極点の決着

第一部最終話です。

以前にも書いた通り、ここから番外編数話を挟みます。活動報告を更新するので番外編で見たいネタ等はそこにコメント頂けると嬉しいです。


 シンクに襲い来るはずの痛みは無かった。代わりに、何か温かいものに抱きしめられているような感覚があった。

 

 目の前には赤、紅、緋。まるで花弁が散るように血が舞っていた。シンクは目の前に立つ彼女を見て目を見開いた。

 

「なん、で……ボクを庇ったんだよ、アニス」

 

 シンクを抱き留めるように、ヴァンとシンクの間に割り込んだアニスの背中を、ヴァンの刃が深々と斬り付けていた。

 シンクの言葉に何も返さないまま、しかし弱弱しく笑うアニス。それを見てシンクは身体の中で何かが燃えているように、全身が熱を持つのを感じた。

 

「合わせろルーク!」

「おう!」

 

 剣を振りぬいた一瞬の間隙。そこを衝いてアニスの陰からシンクとルークが揃って飛び出す。シンクが拳と足を巧みに使ってヴァンの剣を押さえ、弾き、ルークがその隙にヴァンの懐に潜り込む。

 

「お前だけは許さない。許してやるもんか! 疾空雷閃舞!」

 

 肘、拳、膝、足先。人体で武器となり得る部位を全て活用し、敵の正中線にそれらを叩きこむ二十連撃。半数を剣で弾くが、残りの半数を身体で受け止めることになったヴァンは、その威力に遂によろめいた。

 

「ぐっ! だが、まだ終わっては」

「うおおおおっ!!」

 

 呻き声と共に体勢を立て直そうとしたところにルークが吶喊する。剣をしまい、合わせた両手から迸るのは今にも爆発してしまいそうな第七音素(セブンスフォニム)の脈動。

 両掌に凝縮された破壊の因子、超振動の力は、旅の道すがら、ティアの指導と訓練のお陰で自分が狙ったものにダメージを与えるルークの切り札の一つとなった。かつてアクゼリュスを支えるセフィロトを消し去ってしまう威力を秘めた攻撃、制御下にあるために威力は大きく落ちるとは言え、その力が今ヴァンに向かって放たれる。

 

「レイディアント・ハウル!」

 

「くっ、ぐおぉぉぉぁぁあああ!!」

 

 さしものヴァンであっても、それに耐えられる程の肉体を持っているわけではない。身体の内側から破壊されるような痛みがヴァンを襲い、遂に彼は膝をついた。

 

「ティア! ナタリア!」

 

「分かってるわ!」

「すぐに治療を!」

 

 ヴァンがすぐに動けない状態になったと見るやルークは後ろに控える治療師(ヒーラー)に声をかける。ティアとナタリアはそれにすぐさま反応し、地面に倒れ伏すアニスに駆け寄って治療を始めた。シンクはアニスの傍らにしゃがみこみ、自身の服を力任せに引き裂くと、傷口に押し当てて圧迫し、これ以上アニスから血が流れないようにする。

 

「お前、お前……、なんでボクなんか」

 

 シンクの口からは何故、という問い掛けばかりが零れる。どうして自分を庇ったのか。モースがアニスのことを大切に想っているのは知っている。アニスだってどれだけモースのことを慕っているかも。このままヴァンとの戦いが長引けば、誰かが犠牲になっていた。モースは誰が犠牲になってもひどく苦しむだろう。だからこそ、犠牲になるなら自分だとシンクは考えたのだ。シンクという存在は自分しかいない。でも、兄弟達がいる。自分よりもモースに明け透けに好意を表せる兄弟達なら、自分がいなくなった悲しみを癒すことだってできるだろう。しかし、アニスはダメだ。アニスが死んでしまえば、モースの心に取り返しのつかない傷が残る。それだけは嫌だった。

 

「アニス、ちゃんは。お姉ちゃんだもん」

 

 そのとき、微かな、消え入るようなアニスの声がシンクの耳に届いた。

 

「シンクは、さ。弟がいたら、こんな感じ、かなって。放って、おけなくて」

 

「……馬鹿アニス。ボクの方が大きいんだからな」

 

 ティアとナタリアの必死の治療が少しずつ効果を表しているのか、徐々にアニスの顔色は穏やかなものになっていく。

 

「シンク! そのままアニスと話し続けて! 意識を途切れさせちゃダメ!」

 

 治癒術を重ね掛けしながら、ティアがシンクにそう指示を出す。それに応えるように、シンクは空いた左手でアニスの右手を包み込んだ。

 

「ダメ、じゃん。まだま、だ、モース様に、甘えなきゃ、いけないんだから」

 

「ああ、そうさ! でもそれでお前が居なくなったらモースがどれだけ悲しむと思ってるんだ!」

 

「良いですわ。もう少し、もう少しですわよ!」

 

 先ほどまでの戦闘以上に張り詰めた表情のナタリアが、傷口に手を添え、治癒の光を当てる。そうするたびに痛みが和らぐのか、歪んでいたアニスの表情が緩んでいった。

 

「ほら、見ろよアニス。背中に背負ってたトクナガが今のでボロボロだ。またディストのやつを扱き使って修理させないと」

 

「そう、だね。ホント、ディストって何でも出来て……すご、い、から……」

 

「アニス? アニス!?」

 

 ふっ、と瞼が落ちたアニスを見て、シンクが焦燥に駆られて肩を揺さぶるが、それをティアとナタリアが両隣から肩に手を置いて押さえた。

 

「落ち着いて、シンク。気を失っただけよ。怪我の治療自体は何とか終わったから」

 

「シンクの応急処置が的確で助かりましたわ。少しでも止血しておかなくては傷を塞いでも血が足りずに、なんてことにもなりかねませんでした」

 

 その言葉を聞き、ようやく安心が出来たのか、シンクは地面にへたり込むと、すうすうと寝息を立てているアニスを胸に掻き抱いた。

 

 ルーク、ガイ、ジェイドの三人は大きなダメージを受けて蹲るヴァンを囲み、そんな彼女らに万が一にもヴァンが近寄らないように警戒していた。

 

「ぐっ、ハァ……ハァ……。まさか、私が利用した力が私に返ってくるとは、な」

 

「諦めて投降しなさい、ヴァン。障気に蝕まれた身体でルークの超振動を受けたのです。これ以上の戦闘は不可能でしょう」

 

 未だダメージが抜けきらず、息が荒いヴァンに槍を突き付けながら、ジェイドは投降を促す。ジェイドとしては、モースに聞いた話から、ここでヴァンを地核に逃がしてしまうことは避けたかった。だが、ヴァンもダメージを負っているとはいえ、こちらもアニスが意識を失い、ティアとナタリアも治療で力を使い果たし、シンクはとても戦える状態ではなくなった。手負いであっても戦力が半減したルーク達でヴァンが倒しきれるとはジェイドは考えてはいなかった。

 

「フッ、投降? 今ここで私が死んでいないということは、まだ私にも可能性が残されているということ」

 

「余計な真似をするなよヴァン。かつての主人の責任だ。今度は俺が刺し違えてでも止めてやる」

 

 ジェイドの言葉を鼻で笑ったヴァンに、ガイが険しい表情で剣を突き出す。かつての主従の絆は消え、今は仲間を傷つけた者への敵意が彼の内心を占めていた。少しでも後ろのティア達を害そうとする動きを見せれば、容赦なくその首を刎ね飛ばそうと、剣を握る手に力を籠める。

 

「もう諦めるべきだ、ヴァン師匠。投降してくれたら命までは取らない」

 

「それが甘いと言うのだ出来損ないのレプリカめ!」

 

 ルークの言葉に、先ほどまで膝をつき、動けなかったように見えたヴァンが剣を力任せに振るった。それは型も何も無い、ただ膂力に任せた一閃だったが、それでもルーク達とヴァンの間に少しの距離を作ることには成功した。その隙を衝き、ヴァンは身体を引きずるようにして音叉型の音機関の下まで移動し、剣を杖代わりに立ち上がる。

 

「やはり筋書きに抗うには尋常な手段では不可能か……。であれば、一先ずは筋書きの通りに尋常ならざる力を得ねばなるまい」

 

「ッ! 待ちなさい!」

 

 ニヤリと笑みを浮かべたヴァンにジェイドが慌てて駆け寄るが、一歩届かない。ヴァンは不敵な笑みを浮かべたまま、音叉型音機関の下に空いた底の見えない穴へと身を投げた。セフィロトへと繋がるその穴の先は、地核。すぐに暗闇に呑まれてヴァンの姿は消えてしまう。最初からヴァンなどいなかったかのように。しかし、柱や床に残る戦闘の跡、そして突き立てられた剣が、姿を消したヴァンの存在を強く主張していた。

 

「くっ、逃がしてしまいましたか……」

 

「逃がした、とはいえこの先は地核だろう? 流石の奴も生きちゃいないと思うが……」

 

 ジェイドの言葉にガイは訝し気な表情を返す。とはいえパーティの頭脳が言うことだ。ガイは不思議に思いはするものの、否定はしない。

 

「一先ずヴァンは退けたんだ。さっさと降下作戦を済ましちまわないか?」

 

「……ええ、そうですね。ルーク、行けますか?」

 

「おう。ガイとナタリアはシンクとアニスに付いててやってくれ。俺とジェイドとティアは奥でパッセージリングの操作を」

 

 ジェイドの問い掛けにそう答えたルークは、そのままジェイドとティアを伴ってパッセージリングへと向かう。そして、音叉型音機関を前に、両手を揃えて構えた。

 

「いつでもいけるぞ、ジェイド」

 

「分かりました。ティア、お願いできますか?」

 

「はい」

 

 そして外殻大地の降下が始まる。

 

 


 

 

「市民は講堂の中へ!」

 

「教団関係者は神託の盾騎士団の訓練場に行きな!」

 

 ダアトのローレライ教団本部は普段からダアト市民が足繁く通うため、常に人がいて賑やかだ。しかし、今この場はいつにも増して人でひしめいていた。私は声を張り上げて市民達を講堂の中へ誘導し、カンタビレは右往左往する教団関係者を神託の盾兵に案内させて訓練場へと連れて行かせていた。

 外殻大地の降下でどのようなことが起こるのかは分からない。だが、市民が各々の家で過ごすよりは、こうして頑丈な建物内に纏まっている方が安全だ。先の崩落で起こった地揺れ以上のものが起きたとしても、教団本部の建物ならば恐らく耐えられるだろう。

 そうやって市民の誘導を行っている私の隣に、鳥型の魔物であるフレスベルグが降りたつ。そこに乗っていたのは神託の盾兵。アリエッタの部下だ。

 

「モース様、オーレルは無事収監されました」

 

「そうですか……、ありがとうございます」

 

 講堂でダアト市民が私への支持を明確にすると、オーレルは逃げることもせずにその場に呆然と立ち尽くしていた。まるで市民の反応が有り得ないとでも言いたげな表情で。そんな自失状態だった彼を神託の盾騎士団本部にある懲罰房に収容し、私とカンタビレ、ディストは今必死に市民達の避難誘導を行っているのだった。本当ならばアリエッタの力も借りたいところだが、今の彼女はフローリアン達の護衛に加えてライガクイーンとその群れの混乱を抑える役割もあり、とてもではないが手が足りない。だからこそ彼女が従える魔物を部下に預け、連絡手段として用いている。

 

「モース。大体の人間は収容出来たよ」

 

「こちらもです。講堂に収まらないものは玄関ホールにいます。あそこもまあ崩れたりすることは考えにくいですからね」

 

 そう言ってカンタビレとディストが私の下へと近づいてきた。導師イオンはダアト市民達を安心させるために一人一人と話しに行っており、この場には私達三人しかいない。

 

「ありがとうございます、カンタビレ、ディスト。後は無事に降下作戦が終了することを祈るだけですが……」

 

 そう私が言い終わるや否や、足下が微かに揺れるのを感じた。この揺れは、タタル渓谷で感じたものと同じだ。

 瞬く間に揺れは大きくなり、私では立っているのも怪しくなるほどだ。

 

「皆さん床に伏せて! 大丈夫、崩れたりはしません!」

 

 悲鳴が上がり、ざわつく空間に声を張り上げ、私は地面に膝をついた。それに合わせてカンタビレもしゃがみ込んで周囲に手本を示してくれる。ディストだけは相も変わらずお馴染みの椅子に座ってぷかりぷかりと浮いていたが。

 

「この揺れがあるってことは、あの子たちは上手くやったんだろうね、モース」

 

「ええ、そのようです。これで外殻大地崩落の危険は無くなることでしょう」

 

預言(スコア)からの脱却方針も示せたし、お前としては大成功なんじゃないのかい?」

 

「いえ、それは違いますよカンタビレ」

 

 うりうりと脇を小突いてくるカンタビレに、私は首を横に振って返す。ここがゴールであるなどとんだ思い違いだ。

 

「私はこれから皆に示し続けなくてはいけないのですよ。預言(スコア)に頼らぬ生き方で人は幸せになれることを。今は一時の熱狂で皆私に従ってくれているに過ぎません。時がたち、冷静になれば預言(スコア)への未練が顔を出す。そうなったときに人々が迷うくらい、私はこの選択が間違っていないことを証明し続ける必要があります。真に大変なのは、今この時からだと私は思っていますよ」

 

「おうおう、真面目だねぇ。こんなときくらい少しは喜んだらいいものを」

 

 カンタビレはそう言って呆れたように笑い、私と肩を組む。私とて喜びたい気持ちはあるが、それ以上にルーク達の安否が気がかりだ。ヴァンは退けたのだろうが、誰か怪我はしていないだろうか、あまつさえ死んでしまっていたらと考えるだけで、心臓が止まりそうに感じる。

 

 今はただ、彼らが無事に帰ってくることを祈ろう。

 

 ──が声を―ーけ、――る者よ――。

 

 揺れ続ける外殻大地降下の最中、私は頭の奥が微かに痛むような感覚と、誰かの声を聴いたような気がした。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

番外編
世紀末大詠師伝説モース(武官ルートモース様)


活動報告でネタをたくさん投げて頂いて嬉しい悲鳴が止まりません。自分が温めていたネタより面白そうなネタがあるので形にしたいと思います。
なお自分の知識と時間の問題で投げられたネタ全てを書けないことをここでお詫びします。でも絶対にいくつかは書くので……何卒ご容赦くださいませ。

if モース様が武官方面に極ぶりしていたら……

今回も捏造設定が入っておりますのでご注意ください(本編とは一切関わらない番外編なので多少はセーフということでここは一つ……)

なお武官と言いながら戦闘シーンはありません。武官ルートに行ったモース様のとある一日です


 神託の盾騎士団には六神将という枠組みが存在する。

 

 頂点たる主席総長ヴァン・グランツに付き従う六人の特務師団の幹部を指す。黒獅子ラルゴ、魔弾のリグレット、烈風のシンク、妖獣のアリエッタ、死神ディスト、鮮血のアッシュ。それぞれが一般の兵士を遥かに上回る武力を持ち、たった六人で通常の一師団を超える戦力と評されている。

 そんな六神将の枠組みからは外れているが、実力とその地位において彼らと同格とされている師団長がもう一人いる。神託の盾騎士団の第六師団長、カンタビレである。六神将が大詠師派であるのに対し、唯一彼女のみが中立を表明しており、そしてそれが許されるだけの能力を備えていた。

 

 そしてもう一人、六神将に並び立つと人々が噂する男がいた。

 

「おい、モース。また大詠師職を固辞したんだって?」

 

 神託の盾騎士団本部の一室。師団長であるカンタビレに割り当てられた部屋。部屋の主である黒髪の麗人はそう言って呆れたように自身の斜め前に座る副官の男に声を掛けた。それに反応して、モースは手元の書類に落としていた視線を上げ、困ったような表情で頬を掻いた。

 

「私には過ぎた地位ですから……」

 

「毎年毎年要請されてんだからさっさと大詠師になっちまえば良いものを」

 

「大詠師と副師団長の掛け持ちなど出来る訳が無いではありませんか」

 

 カンタビレの言葉をすげなく否定しながら、モースは書類をトントンと机で整えると、カンタビレの前に置かれている箱にそれを置く。

 

「お前が副師団長に甘んじてるから、大詠師になれって連中が煩いんだろうよ。いっそのことあたしを下して師団長になっちまえ」

 

「ご冗談を」

 

 ニヤリと好戦的な笑みを浮かべてモースを挑発するが、彼がそれに応じることは無い。困ったように笑いながら冗談だと流してしまうのみだ。カンタビレは今の自分の立場に不満など無い。優秀な副官が居て、気心の知れた仲間たちと日々の訓練や任務をこなす。そこに不満は無い。ただ、一つ不満を挙げるとするならば、

 

「杖術と譜術の組み合わせでラルゴやあたしと渡り合えるような男が何を言ってるんだか。少しは自信を持ちな」

 

「私の方が長く訓練を積んできたのに、あなた方よりも強くなれていない時点で私の底が知れてしまいますよ」

 

 しれっと言うモースに、カンタビレはジト目を返す。この男はどうにも自分の評価を辛くし過ぎるきらいがある。それはカンタビレが初めてこの男に会った頃から変わらなかった。ラルゴや自分よりも強くないと嘯いてはいるものの、模擬戦をしてみれば戦績は五分五分、よりはややラルゴと自分が優位といったもの。つまり実際の戦闘力においてモースは六神将やカンタビレと十分に張り合える力を持っている。更に言えば第六師団の事務処理や新兵訓練といった雑務はほぼモースが捌いている。自身の訓練や任務もあるというのに一体どうやって時間を捻出しているのか、恐らく最も長くモースと共にいると自負するカンタビレにも分からなかった。それでも底が知れるなどと言ってしまうのは、単純にこの男が自らに課しているハードルが高すぎるだけだった。

 

「その卑屈癖はどうにも直らないんだね。お前の悪いところの一つだ」

 

「こればかりは性分ですので……」

 

 そんな他愛無い会話は、扉がノックされる音で終了することになる。カンタビレがノックの主に促してみれば、部屋を訪れたのは一人の若い男だった。

 

「失礼します。カンタビレ師団長、モース副師団長。本日の訓練と任務のご報告に伺いました」

 

「ああ、ご苦労様です。オスロー君」

 

 キビキビと敬礼する男に、モースは柔らかに微笑みながら返す。カンタビレはそれをやはり目を細めたままじっくりと観察していた。

 

 ユーリ・オスロー

 

 かの魔弾のリグレットであるジゼル・オスローの弟であり、ある日モースがヴァンの部隊から引き抜いてきた男だ。そのときのモースは普段からは考えられない程に強引な手段を取っていた。本人の意向も半ば無視する形で第六師団預かりとし、モースの補佐官とした。当初はヴァンに心服しており、突如行われた配置転換に誰の目から見ても明らかに不満たっぷりの様子だったが、気が付けば立派にモースの補佐をしている。心服の対象がヴァンからモースに移ってしまったようにも思えるくらいの変わり身だった。

 

「ところでモース様。どうやら今年も大詠師への就任を拒否なされたとか」

 

 今日一日の報告を終えたユーリはモースの隣の席に腰かけながら半眼で自身の上司を睨む。カンタビレに睨まれてもあまり動揺を見せなかったモースだが、ユーリにまで睨まれてしまっては流石に堪えたらしい、うぐぅと不可思議な鳴き声を上げた。

 

「仕方ありませんよ。今の仕事で私には精一杯なのですから」

 

「でしたら僕が仕事を一部引き受けると言っているではありませんか! いつまであのオーレルとかいう男に好き勝手にさせておくのですか!」

 

「いえいえ、彼も別にそこまで悪い人間というわけでは……」

 

「導師イオンをお飾りだと言わんばかりに好き勝手言ってるあの男がですか!? 他人への評価が甘すぎますよ」

 

 モースの精一杯のフォローを食い気味に否定するユーリ。その詰め寄りっぷりに先ほどからモースは押されっぱなしだった。

 

「そうだそうだー。モースはいい加減腹を括れー」

 

「カンタビレ様はまずモース様に任せっぱなしにしている仕事をご自分で処理なさってください」

 

「おっと藪蛇だったか」

 

 これ幸いと便乗しようとしたカンタビレであったが、自分にも飛び火がしそうだと感じると素早く撤退の判断を下した。

 

「まあまあ、落ち着いてください。ほら、報告も終わったことですし、今日はもう切り上げてはいかがですか?」

 

 どうどうと鼻息荒い自身の補佐官を宥めながら、モースはそう提案する。すると、ユーリは良いことを思いついたと言わんばかりの顔でモースの両手をがっちりと掴んだ。

 

「確かにそろそろ切り上げましょうか! モース様も今日はこの辺りにして食事にでも行きませんか、姉さんと一緒に!」

 

「え”!?」

 

 ユーリの提案にモースの口から聞いたことの無いような声が漏れた。

 

「ふむ、それは良い案だ。流石は私の弟だな」

 

「リグレット?!」

 

「いつの間に部屋に入ってたんだいリグレット……」

 

 そして気配を消して部屋に侵入していたのか、いつの間にか部屋の中にいて自分の弟の言葉にうんうんと頷いているリグレットに、カンタビレはげんなりとした表情を隠そうともしない。このリグレットという女、弟のことになると少々どころではなく盲目になってしまうのだ。敬愛する上司から離されたと不満を漏らした弟のために、カンタビレとモースの下に直談判しに来たのも未だにカンタビレの記憶に新しい。そしていつの間にやらモースへの評価がおかしなことになっているところも弟とそっくりだった。

 

「気にするな、カンタビレ」

 

「いえ気にして下さい、リグレット」

 

 カンタビレに代わってモースが力なく肩を落としながら窘める。普段は凛とした佇まいを崩さず、誰よりも規律に厳しいこの女傑は何故かカンタビレの執務室内ではおかしなことになってしまうのがモースの悩みのタネであった。余りにもモースの記憶にある姿とかけ離れているのだ。

 

 モースが物心ついたころには頭の中に巣食っていた忌まわしい記憶。

 

 自身が大詠師になってしまえば、不幸を撒き散らすだけになってしまう。そう思った彼は、記憶の自分とは最もかけ離れた道を選ぶことに決めた。それが今の神託の盾騎士団第六師団副師団長という地位である。杖術と譜術の鍛錬に全霊を傾け、身体動作によって譜術の詠唱を代替する独特の戦技を編み出した彼は、その実力を以て騎士団内でその地位を確立した。 そして自身の出来る範囲で手を差し伸べようと努力した。鍛錬を通じてラルゴと誼を通じ、弟の死の預言(スコア)を覆すことによってリグレットがヴァンの計画に賛同することを阻止した。更にカンタビレと共にティアとアニスに訓練を施した。彼女らが生き残れる術を少しでも身に付けられるようにと。

 ただその過程で、自分の知る筋道からかけ離れた世界になることをモースが恐れなかったかと言えば嘘になる。だが、今更自分が大詠師になることの方が、モースにとっては恐ろしかった。万が一にもあのような恐ろしいことをしでかしてはならない。病的なまでに記憶の自分を恐れるモースは、何度大詠師への就任要請があってもそれを突っぱね続けているのだった。

 

「おいモース、聞いているのか!」

 

「は、はい!?」

 

 と、思考の海に沈んでいたモースをリグレットの咎めるような声が引き戻す。気が付けば、鼻の頭がくっつかんばかりの距離にまで迫られていた。

 

「あの、近くないでしょうか、リグレット……?」

 

「貴様が心ここにあらずな様子だったからな。それで、今日はこの後暇か? ユーリが言ったように食事でもどうだ」

 

「あ、あぁ、いえ、私は少しやらねばならないことがありますので」

 

 そう言ってモースはやんわりとリグレットの申し出を断ると、そっと彼女の身体を押し返して席を立った。

 

「あ、おい待たないか」

 

「では師団長、私は一旦失礼します」

 

「おう、分かった分かった」

 

 そして失礼にならぬ程度に急いでカンタビレの執務室を後にしたのだった。

 

 


 

 

「ふぅ……、どうしてリグレットはあんなことに」

 

 騎士団本部の廊下を歩きながら、モースはそう独り言ちた。リグレットからの評価が高いことはモースにとっては喜ばしいことだが、評価の方向性が自身の思っているものとずれているような気がしてならなかった。

 そうして、何故こうなってしまったのかと顎に手を当てながらぶつぶつと言っていると、突然背中に衝撃が走り、思わず前につんのめってしまう。

 

「モース、何をぶつぶつと言っている。悩み事があるなら訓練場で俺と身体でも動かさないか」

 

「……ラルゴ。あなたはもう少し力加減というものを覚えて頂けませんか」

 

 そう言って下手人を睨みつけるモースだったが、当の本人はどこ吹く風とその巨躯を震わせて豪快に笑っている。

 

「この程度でどうにかなるほど柔な鍛え方はしとらんだろう。それでどうだ? 少し手合わせでも」

 

「何故あなたは会うたびに私と手合わせをしようとするのですか」

 

「俺と渡り合える実力者はそうおらんからな。それにお前の戦い方は新鮮で面白い。いつも予想もしない奥の手を隠し持っているからな」

 

「その奥の手を初見で対応してくる方とはあまり戦いたくないのですがね。手の内を晒して増々勝ち目が無くなってしまいます。それに私は少し用事がありますので」

 

「むぅ、ならば仕方ない、か。ならば手合わせは暫くお預けだな」

 

 そう言ってラルゴは残念そうな表情を隠すこともせずモースを解放する。

 

「むさ苦しい男が何をじゃれ合ってやがんだ、暑苦しい」

 

 そんなモースとラルゴの背後から刺々しい声がかかる。声の主は紅い髪を靡かせながらずかずかと二人の下まで歩み寄ってくると、相も変らぬ不機嫌そうな表情でモースを睨みつける。

 

「人を呼びつけておいて待たせやがって」

 

「ああ、すみませんアッシュ。急いで向かってはいたのですが」

 

「なんだ、用事とはアッシュと会うことだったのか」

 

「そういうことだ。だからさっさとモースを解放しろ、ラルゴ」

 

「おお、怖い怖い。なら俺はもう行くとするか」

 

 アッシュの睨みにも怯んだ様子は無く、ラルゴはそう言うと笑いながら歩き去っていった。それを見送ってから、私とアッシュは並んで歩きだす。

 

「ヴァンの動きが怪しくなってきやがった」

 

「ということは、そろそろ動き出すということですか」

 

 モースとアッシュは互いに視線を前に向けたまま、声を潜めて情報交換を行う。今のモースにとって、この世界で最も信頼していると言える人物こそアッシュであった。共にヴァンの計画を阻止する同志として、モースはアッシュに自身が知る情報をほぼ全て話していた。

 

「お前の情報が確かならレプリカはタタル渓谷に飛ばされるんだな?」

 

「その筈です。あなたはタルタロス襲撃に参加し、その後カイツールでヴァンと合流する直前のルーク達と出会うでしょう」

 

「チッ、さっさとあの出来損ないを始末してやりたいが、お前の話が確かなら奴を殺せば俺も一蓮托生ってわけか。忌々しい」

 

 アッシュは苦虫を噛み潰したような表情で呟く。モースはそれを小声でまあまあと宥めながら歩みを進める。

 

「まあいい。ヴァンの野郎が何をしようとしてるのかが分かってるってのは大きなアドバンテージだ。定期的に連絡を送る、見逃すなよ」

 

「ええ、頼りにしています」

 

 モースとアッシュ。六神将とカンタビレの副官という異色の組み合わせの二人が共闘するこの世界がどのような道筋を辿るのか。それはローレライすら知る由もない。




武官ルートモース様と本編モース様の人間関係変化一覧

     武官ルート  本編ルート
アッシュ  良好     普通~やや悪
シンク   悪      良好
ラルゴ   良好     悪
ディスト  悪      良好
アリエッタ 良好     良好
リグレット 良好     悪
カンタビレ 良好     良好
アニス   良好     良好
ティア   良好     良好
ヴァン   悪      良好(?)
イオン   普通     良好

【悲報?】ヴァン、右腕をモースに奪われる【朗報?】

なおモース様の戦闘力は本編から強化されたものの各国への影響力が無くなってしまったため本編よりハードモードになる模様。

ただこのルートではモースとアッシュが最初から手を結んでおり、アッシュが冷静になる分ルークとの和解ルートが発生する可能性有

基本的にモース様がルークパーティに合流してバリバリ戦闘をこなします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

【俺は】TOA総合掲示板part11【悪くねぇ!】

番外編2本目は掲示板ネタです

リクエストにもあったので早く書きあげました

どうやら2周目特典のグレードショップに綺麗なモース様ルートが実装されていたようです

当時は無かったネタやネットミームが入ってても許して……許して
そこまで再現は出来なかったんです…


102:名無しのレプリカ ID:olos85ZJk

一周目クリアしたが何だこのひたすらルークが可哀想なシナリオは……

 

 

103:名無しのレプリカ ID:rHA44DtBx

俺は悪くねぇ!

 

 

105:名無しのレプリカ ID:1Df01HaNj

>>103 ホントに悪くないんだよなぁ…

 

 

106:名無しのレプリカ ID:faHADlyBZ

そんな>>102は今すぐグレードショップの????を取って2周目を開始するんだ

 

 

110:名無しのレプリカ ID:28Ii21nsE

>>106 1周目アクゼリュス崩壊のとこで心折れたワイ気になる。何ぞそれ?

 

 

111:名無しのレプリカ ID:ITpztTPp7

1周目クリア時点で3000GRADEなんか持ってかれたら経験値2倍すら取れないんですがそれは…

 

 

113:名無しのレプリカ ID:QDfNSkGIZ

>>110 あんまネタバレしたくないから詳しくは言わないがシナリオが大きく変わるフラグ。これ取った2周目でアビスの評価はガラッと変わる

>>111 間違いなくその価値はあるから安心しろ

 

 

117:名無しのレプリカ ID:olos85ZJk

スレ民のアドバイス通り2周目始めたらなんかティアがルークに優しんだけどどうなってんのこれ

 

 

118:名無しのレプリカ ID:dZenRF8fB

始まったな。Welcome to underworld

 

 

121:名無しのレプリカ ID:IHUZHk/OO

>>118 申し訳ないが黒歴史はNG

マジで2周目は色んな意味で衝撃的過ぎる

 

 

123:名無しのレプリカ ID:fEn8xItdq

アニスが良い女過ぎるんだよなぁ…

 

 

126:名無しのレプリカ ID:KGsOi6Iwg

キャピらず守銭奴じゃなく面倒見が良くて家事も出来るアニスなんてただのメインヒロインじゃないか!

 

 

129:名無しのレプリカ ID:pvJu1bIUn

>>126 ヒロインはイオン様なんだよなぁ

2周目で見られるスキット全部見てるか?ルクイオてぇてぇなんだわ

 

 

133:名無しのレプリカ ID:Wcjwh3mhH

イオン様が1周目よりルークに積極的に絡みに行くし自分の意見も言うから長髪ルークの攻撃性がマイルドになっていい具合にツンデレになって良き

 

 

134:名無しのレプリカ ID:z8JPJfMA5

「ルークは屋敷から出たことが無いんですね」

「何だよ、なんか文句あんのかよ」

「いえ、僕も似たようなものですから。何だか仲間ができたみたいで楽しいですね」

「……うぜーっての」

あぁ^~

 

 

138:名無しのレプリカ ID:6hlPfNkFJ

貴腐人の多いインターネッツですわね

 

 

140:名無しのレプリカ ID:olos85ZJk

バチカルまで戻ってきたらなんかモースとの会談イベント始まったんだがなんだこれ

しかもモースのビジュアル変わってね?こんなにデカかった?

 

 

142:名無しのレプリカ ID:qW7dDRBzT

来たわね

ザオ遺跡でシンクが全く戦闘に参加しないでサンドバッグになってるのに驚け

 

 

143:名無しのレプリカ ID:jjw9ynD0a

そこから1周目との違いが顕著になるぞ。覚悟しろ

ザオ遺跡のシンクのやる気の無さは異常。最初はAIバグってんのかと思ったわ。基本棒立ちだし

 

 

144:名無しのレプリカ ID:olos85ZJk

ジェイドが妙に優しい!コワイ!

てかモースとジェイドの会話シーン意味深すぎィ!

あの????ってモースラスボス化フラグだったんか

 

 

147:名無しのレプリカ ID:XxG+tR2It

草。まあ誰だってそうなる。俺もそうだった

この時点のモース様クソ怪しいからな。ラジエイトゲートで化け物にならずにエルドラントでヴァンと一緒に最終決戦になるんだとずっと思ってました

イオンとアニスとティアがめっちゃ庇ってるから狡猾な黒幕度が余計増してた

 

 

151:名無しのレプリカ ID:mIu/gN8pa

1周目「リーダーはあなたなのでは?」←煽りクソ眼鏡

2周目「導師イオンもあなたと同じく和平に重要な人物です。焦る気持ちも分かりますが、今しばらく力を貸していただけませんか?」←誰だお前!?

 

 

154:名無しのレプリカ ID:9KE020NKw

バチカル出てからのジェイドが反抗期の息子にどう接していいか分からない父親みたいになってるのホント草なんだよなぁ

それはそれとしてモースが怪しすぎるのはその通り。なおアクゼリュス崩落後

 

 

158:名無しのレプリカ ID:olos85ZJk

カンタビレとかいうの出てきたんだけど。アクゼリュス民避難させてるとか有能杉内?

そして名言キャンセル。やっとパーティメンバーがルークは悪くないって気付いてくれたんだなって

 

 

162:名無しのレプリカ ID:Fq/omd2xl

正妻登場か。てか進めるペース早いな。そのシーンは特に感動するぞ

 

 

164:名無しのレプリカ ID:hPneqU5f+

ジェイドがフォローの鬼になる瞬間で草生え散らかした

 

 

167:名無しのレプリカ ID:olos85ZJk

おぉ、アニス……ママぁ……

 

 

168:名無しのレプリカ ID:+b1sTDIDX

また一人アニスの母性にやられた人間が出たな

 

 

172:名無しのレプリカ ID:odYc4a9+Q

アッシュ相手に啖呵切るところカッコよすぎ

2周目アニスはパーティレギュラード安定なんすわ

 

 

175:名無しのレプリカ ID:hFk46RKqf

カンタビレがモースの正妻という風潮。一理ある

 

 

179:名無しのレプリカ ID:9GVXYXoLz

正妻はシンクなんだよなぁ…

 

 

183:名無しのレプリカ ID:pvJu1bIUn

>>179 シンクは息子定期。正妻は導師イオンだから

 

 

185:名無しのレプリカ ID:SM7KpKELF

>>185 ルクイオなのかモスイオなのかどっちなのかハッキリしろ

イオンもモースの息子だから

 

 

187:名無しのレプリカ ID:olos85ZJk

ルークが目覚めた後にダアト行ったらカンタビレに追い返されたんですけど?

ナタリアと導師イオンをモースが助けたとかドウイウコトナノ…

 

 

191:名無しのレプリカ ID:FegOQFSLu

はよバチカル行け

 

 

193:名無しのレプリカ ID:MbNINqmgd

イケオジが待ってるぞ

 

 

196:名無しのレプリカ ID:/MHX1P+nk

あのシーンでラルゴと対峙してるのカッコいい。こんな大人がいたらなって1周目で思ったこと全部やってくれてる

 

 

198:名無しのレプリカ ID:0y56Zllq6

退け!私はモースの息子だぞ!

 

 

202:名無しのレプリカ ID:f28S9tYI3

モースは独身定期

 

 

203:名無しのレプリカ ID:8RzlakErR

独身だけど事実上の息子娘がいるんだよなぁ

 

 

207:名無しのレプリカ ID:22FBzHB3m

モースは一生独身なんだろうな

 

 

208:名無しのレプリカ ID:B14xPAVXi

アニスとティアとイオン達の審査を突破できる母性、女子力に加えてモースを守れる武力も求められるからな

 

 

211:名無しのレプリカ ID:gITndhyCy

モースを…守る…??

流影打→スプラッシュ→魔神拳→アイシクルレイン→氷爪襲落→流影打の無限ループができるモースを守る必要とは?

 

 

213:名無しのレプリカ ID:KCO1mV/Oz

術技の組み合わせでノータイム譜術とFOF変化自給自足は反則なんよ

 

 

216:名無しのレプリカ ID:SB1zk2Q8x

アビスで一番システムとして腐ってるFOF変化を一番使いこなしてるモースとかいう傑物

 

 

217:名無しのレプリカ ID:olos85ZJk

モース様強過ぎィ!

Lv42とか初期ジェイドと変わらないじゃないか!

回想シーンでモース単独操作で戦闘なったけど負ける気せーへん

 

 

220:名無しのレプリカ ID:HB1XhV44h

護身術程度(Lv42)

Lv45で軍人としてドヤ顔してたジェイドもいるんですよ!

 

 

222:名無しのレプリカ ID:DR70r2mLw

子供だまし(無限ループでタイマン嵌め殺し可能な鬼性能)

子供だましでボスすら封殺するとかこのキャラ壊れてるよぉ…

 

 

223:名無しのレプリカ ID:itBGg4gDv

ス、ステータスはHPが高いこと以外は他のメンバーより劣ってるし譜術も威力低くなってるから…

 

 

225:名無しのレプリカ ID:hmlptjlgA

なおパッシブで挑発スキル持ってるお陰で自分で操作しなくてもCPUでもタゲ取り係としてクッソ有能な模様

 

 

228:名無しのレプリカ ID:5OnS2IgX1

子どもを守る大人の鑑。誇らしくないの?

 

 

229:名無しのレプリカ ID:olos85ZJk

ディスト有能過ぎない?何で2周目で全然戦いに来ないのかと思ってたけどそういうことか!

 

 

231:名無しのレプリカ ID:ff5v4EWYf

モース様の功績

・導師イオンとアニスの保護者として真っ当な教育を施す

・シンクを味方に引き込む

・ジェイドをフォロイドに変化させる

・アクゼリュス市民を事前に避難させて人的被害を極小化する

・カンタビレを派遣して俺は悪くねぇキャンセル

・ダアトに囚われたナタリアと導師イオンを単身救出してバチカルに乗り込む

・ラルゴ相手にナタリアを庇って啖呵切ってる

・しかもクリムゾンを味方に引き込んでる

・パーティメンバー加入して鬼の活躍

・ディストの協力を取り付けてティアの障気汚染問題解決

 

ドラ〇もんもビックリな活躍

 

 

232:名無しのレプリカ ID:t+Vr/QXdX

>>231 箇条書きマジック…にしても功績多すぎんだよなぁ

それだけじゃなくナタリアのフォローとかもしてたらしいし…なろうかな?

 

 

236:名無しのレプリカ ID:iNdhHMQ5+

モース加入後についてる称号「ダアトの大詠師」でダアトで買い物すると全品4割引きとかも地味に壊れてるゾ

 

 

239:名無しのレプリカ ID:H1eJQfRww

エンゲーブで料理サブイベ起こして手に入る「クッキングパパ」の称号も料理効果15%UPとかいう破格なんだわ

 

 

240:名無しのレプリカ ID:C62eLSmHB

限定加入キャラだからって公式が好きに盛りまくった結果である

 

 

243:名無しのレプリカ ID:xaYS05kR7

ケセドニア連れてくとアスターとのサブイベあるぞ

交渉事にも滅法強いことが明かされる。この男何なら出来ないんですかね…?

 

 

244:名無しのレプリカ ID:7lYUKSVkI

>>243 あのイベントのおかげで最初にバチカル戻ったときに何故かオパールとかアメジストとかルビーを貰えた理由が分かったわ

 

 

246:名無しのレプリカ ID:sYRZhUj6w

モース様、娘にお小遣い代わりに宝石渡すパパ活おじさんだった模様

 

 

248:名無しのレプリカ ID:v2ilNvLqO

そのお陰でティアのペンダントが売り飛ばされなくて済んだ上にティアのルークへの当たりが柔らかくなったからぐう有能

 

 

251:名無しのレプリカ ID:olos85ZJk

モース様は聖人だって最初から思ってました!

 

 

254:名無しのレプリカ ID:lm8+TRfb0

熱い掌返し

 

 

258:名無しのレプリカ ID:YcOPzzVJB

ぐう分かる

 

 

259:名無しのレプリカ ID:K8wbgTKBk

ラスボス濃厚からの一転聖人攻勢

プレイヤーを息子堕ちさせるパパ

 

 

260:名無しのレプリカ ID:xelLBG6zU

息子堕ち草

 

 

263:名無しのレプリカ ID:cvA5AcntH

フローリアン達に癒されたい……癒されたくない?

 

 

266:名無しのレプリカ ID:olos85ZJk

ユニセロス完封するモース様おかしいよ……

このモース様限定加入なん?どうして最終決戦までついて来てくれないの…

 

 

267:名無しのレプリカ ID:J7hoA/sdr

olos85ZJkが順調にモース沼に嵌ってて草生える

 

 

269:名無しのレプリカ ID:CvDD0KMkA

そんなあなたにオープントレイバグ

 

 

270:名無しのレプリカ ID:7HedaIgX+

ちなみにモース様のレベル上げまくって地に足つけてる間は怯まないADスキル取得したら不沈艦ゾ

 

 

274:名無しのレプリカ ID:cWixVDYAo

>>270 レベル上げの労力が頭おかしい

 

 

277:名無しのレプリカ ID:olos85ZJk

イオンレプリカsがモースにくっ付いてるの愛おしすぎて辛い…辛い…

そしてモース様が囚われて辛い…辛い…

 

 

278:名無しのレプリカ ID:uD80zRrRS

何で1周目はこうならなかったんやろなぁ…

パーティ加入時にボスを圧倒してたモース様がラルゴに負ける画が想像できない

 

 

280:名無しのレプリカ ID:NzF4mLZYW

モース様でもイベントには勝てないから……

 

 

281:名無しのレプリカ ID:olos85ZJk

シンクゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!お前がナンバーワンだ

 

 

285:名無しのレプリカ ID:opRmeEcUG

>>281 草草&草

 

 

288:名無しのレプリカ ID:uDWsoA3sr

地核突入時のシンクはお労しいからな。自分も涙いいすか?

 

 

292:名無しのレプリカ ID:iq11IMXdG

なおその後のローレライからの爆弾発言

 

 

294:名無しのレプリカ ID:olos85ZJk

殉ずる者…?こんなの1周目にあったっけ?

 

 

297:名無しのレプリカ ID:dMayAziFA

(そんなもの)ないです

 

 

301:名無しのレプリカ ID:nEKXPpiN0

モースとジェイドとかいう大人組の絡みがぐうカッコいいの何なんこれ

 

 

302:名無しのレプリカ ID:LgifFGj7p

ディストはコメディリリーフからちょっと抜けててカッコいい三枚目まで役柄の幅が広すぎる

ケテルブルクのモース目覚めイベントでは重苦しい空気を吹き飛ばしてくれる

 

 

306:名無しのレプリカ ID:Uv+yM1y16

ここでディストをひとつまみ

 

 

308:名無しのレプリカ ID:w52a2oO1o

ジェイドがディスト相手にちょっと卑屈になってんの草生えるんだが。モース様の教育偉大過ぎない?

 

 

312:名無しのレプリカ ID:bRa8bIL9K

シェリダンやケテルブルクで酒飲んでる二人が渋くて好き

 

 

313:名無しのレプリカ ID:RRsEZou9v

ジェイドとモースが飲み友達の称号手に入れるの仲良くなった感あってほんすこ

 

 

316:名無しのレプリカ ID:olos85ZJk

モース様アブソーブゲートについて来てくれないの……?

 

 

318:名無しのレプリカ ID:fUefqEnt4

好感度が足りない

 

 

321:名無しのレプリカ ID:NIzaX/3ob

サブイベ全部クリアしてどうぞ

 

 

325:名無しのレプリカ ID:olos85ZJk

え?サブイベクリアしたらついて来てくれるの!?

 

 

327:名無しのレプリカ ID:/mNQYXHtF

シンフォニアのクラトス加入イベみたいな感じだぞ

 

 

328:名無しのレプリカ ID:7wX1hPUMx

モースがいる間にダアト、エンゲーブ、ケセドニア、セントビナーでサブイベ起こすと加入選択肢が出るぞ

なお嘘情報

 

 

330:名無しのレプリカ ID:olos85ZJk

嘘かよ!

 

 

331:名無しのレプリカ ID:9ewe5v5Z

サブイベがあるのは本当だぞ

でも最後までついて来てはくれない。その代わりにクッソカッコいいシーンがあるから期待してろ

 

 

335:名無しのレプリカ ID:CrMWCnjnS

初見じゃヴァン倒せへんやろなぁ

 

 

338:名無しのレプリカ ID:kjzCj9xP4

2周目だからって難易度マニアでやってたらボロカスにやられて難易度ノーマルに戻しても一回負けたんですけど(半ギレ)

 

 

340:名無しのレプリカ ID:tiiAsS5tu

あそこのヴァンはモースの影響があったのかハイパームテキモードだからしゃーない

シンクが助っ人加入してくれてるんだから上手く利用するべし

 

 

343:名無しのレプリカ ID:olos85ZJk

ヴァン強過ぎィ!

 

 

344:名無しのレプリカ ID:35VpSkqDg

予想通り負けてて草

 

 

350:名無しのレプリカ ID:GLI8DjbO/

初見でハイパームテキヴァンを倒せた者のみがolos85ZJkに草を生やしなさい

 

 

356:名無しのレプリカ ID:MPJGzQ4Rn

勝てるわきゃねーだろ!

 

 

359:名無しのレプリカ ID:9qyFf9eAN

スーパーアーマー固すぎてクソ

シンクがタゲ取りからダメージソースまで有能だったから何とかなった。流石モースの代打

 

 

360:名無しのレプリカ ID:jpKc9kpKP

適正レベルあそこだけバグってんだわ

 

 

364:名無しのレプリカ ID:ojRI1zctU

ヴァン戦闘後に流れるダアトのムービーが前半のハイライト

 

 

367:名無しのレプリカ ID:FmJlA1Qii

あそこのモース様はガチの聖人だからな

 

 

373:名無しのレプリカ ID:0LBGLpQVf

二次創作で女体化されるタイプの聖人

 

 

375:名無しのレプリカ ID:ERb8ITnIB

くっころ適正高そう

 

 

379:名無しのレプリカ ID:1r5uXw1LP

実際作中でお薬漬けされてんだよなぁ

 

 

383:名無しのレプリカ ID:sZwiL5JDu

モース様性別が女だったらぐうの音も出ないヒロイン過ぎて誰も勝てなくなる

 

 

388:名無しのレプリカ ID:AvHwDb7Sg

パッパなのかマッマなのか

 

 

389:名無しのレプリカ ID:cvEiWlt+Y

パッマだな

 

 

394:名無しのレプリカ ID:q4QMtO0+W

え?マッパ?

 

 

395:名無しのレプリカ ID:olos85ZJk

目が覚めました。ローレライ教団辞めてモース教団に入信します

 

 

401:名無しのレプリカ ID:mjjWyzL/U

また一人信徒が増えてしまったな……

 

 

 




以上、第一部掲示板ネタでした

楽しかったのでまたやるかもしれません
次はWikiネタか……もしくは活動報告で投げて頂いた中のネタを拾うかもしれません


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

モース[単語]ニ〇ニ〇大百科

次のネタは某大百科ネタになります

メタネタは書きやすくて困る……

GW明けを目途に第二部を開始するのでそれまで少し番外編という名の気晴らしにお付き合いください



モースとは、テイルズオブジアビスに登場するキャラクターである。

声優大矢○臣 / 森功○

 

 概要

この作品のサブキャラクター……の一人。少なくとも1周目はサブ。

ローレライ教団において導師に次ぐ権限を持つ大詠師。神託の盾騎士団での階級は奏将。部下に狂信者ハイマン(声 - 白○稔)がいる。事実上教団の頂点に立っているものの、導師になるために必要な第七音素の素養を持たない。ユリアの預言による繁栄の到来を信じ、そのためにもユリアの預言は如何なる場合においても遵守され成就されるべきと信じている。その信仰心は狂信的で、預言の成就のためなら人の死も厭わず、預言に詠まれたキムラスカとマルクトの戦争を実現させるために暗躍する。改革派のイオンとは水面下で争いを続けている。ヴァンとは利害が一致したときに利用し合う関係だが、実際はヴァン側の都合の良いようにのみ利用されており、度を超えた預言への執着心がやがて自らの身を滅ぼしていく。

後に戦争を引き起こした大罪人として逮捕されるも、彼のスパイであるアニスの手引きとディストの助けを得て脱獄し、アニスを利用してイオンに惑星預言を読ませる。その後、ディストによって第七音素を注入され異形の生命体と化す。能力こそはディストの言葉通り導師そのものであるが、彼は第七音素の素養が無い人間であるため拒絶反応が起こり、精神汚染により自我を失っていく。最期はラジエイトゲートにてルーク一行に敗北し、溶けるようにして消滅していった。

 

……少なくともここまではただの小悪党であり、シナリオを動かすための典型的な憎まれ役に過ぎない。

 

だがこのキャラクターが真価を発揮するのは2周目においてクリア後特典であるGRADEショップで????(ネタバレ防止のため透明化大詠師の記憶)を取得してからである。

 2周目で????を取得した場合

以降重大なネタバレがあるため未プレイの場合は見ないことを推奨

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2周目においてモースは1周目とは正反対の立ち位置のキャラクターとなり、一気にメインに躍り出る。

具体的には本編開始前から導師イオンと協力関係を築き上げ、アニスの借金問題を解決。更にはシンクとディスト、アリエッタを味方につけ、秘密裏にルークの支援をする(なんだこのオッサン……)

そして一番目を除く導師イオンのレプリカを救出し、男手一人で育て上げ(パパ……)、そのうちの一人の協力を得て各地の情報収集ができる体制を整え、カンタビレを味方に付けてアクゼリュスから市民を避難させる手筈を整え、更にそれをダアトで受け入れる体制まで整備している。

恐ろしいことにヴァンの計画に協力するフリをしながらこれらのことを本編開始前に段取りつけているのが2周目モースである(全部コイツ一人で良いのでは?)

 

ルークが初めてバチカルに戻ったとき、モースとファーストコンタクトを取るのだが、そこでの会話は必見。モースから漂うお父さんオーラにルークもタジタジである(パパぁ……)

 

 

さらにさらに頭がおかしいのは後述するモースの戦闘力。中盤において回想イベントでプレイヤーがモースを操作(!?)するパートが挟まれ、ダアトからナタリアとイオンを連れ出すイベントが始まる。そこでモース単独でオラクル兵と戦闘することになるのだが、初期Lv42というステータスの暴力に加え、一人だけ格ゲーから出張してきたような無限コンボで君が!泣くまで!殴るのを止めない!なモースが堪能できる。

その後パーティに臨時加入するが、操作キャラなら先述した無限コンボで死ぬまでボスを殴り続け、CPUならパッシブスキルで敵からのヘイトを集め、横からタコ殴りに出来るという八面六臂の活躍をしてくれる。

加えてスキットでパーティメンバーから弄られたりアニスやイオンが子どものように甘える場面もあって1周目で荒んだプレイヤーの心が急速に癒されていく。このオッサン可愛すぎないか?

総じてプレイヤーが1周目で感じていた違和感、不満を全力で清算するために生まれたような存在。特にバチカルでラルゴ相手にナタリアを庇って啖呵切る姿には惚れ直したプレイヤーも多いとか(別名:息子堕ち

その姿を日常的に見てきたであろうイオンやアニス、ティアの懐きっぷりは異常である(ヴァンがモースに執着するのはシスコン的に当然のことだった……?)。

なお一番モースに執着しているのは恐らくシンクである。それについては関連項目:シンク(息子堕ち)を参照。ただ地核突入時に戦闘していた1周目を予想していると、2周目のシンクの胸中の吐露に色々と我慢できなくなるので注意されたし。ケテルブルクで頭撫でられてるシーンで昇天する貴腐人もいたとか

 

そして地核突入イベントではローレライからその名が出てくるなど、物語の中核に位置付けられていることを窺わせる描写が増えてくる。ヴァンがモースから尋問によって何かを聞きだした結果、アブソーブゲートでの会話も多少変化している(会話以上に戦闘難易度が変化し過ぎていて初見プレイヤーはほぼ必ず負ける:ハイパームテキヴァン)。

 

 私のこれは護身術に過ぎませんから

護身術という名のモース流戦闘術。アルバート流の術技と譜術を組み合わせており、タイムラグ無しで術技から譜術が繰り出せる。更にFOFサークルを自身で作り出せるため、術技→譜術→術技→FOF変化技→術技→譜術……と敵がいなくなるかTPが尽きるまで殴り続ける無敵の戦闘マシーンとなる(護身術とは一体……?)。

その技術はジェイドをしてマルクト軍に引き入れたいと言わしめるもの(というかあちこちから引き抜き合戦かけられてるなこのモテモテおじさん)

闘技場で勝てないプレイヤー諸兄は是非ともモースを連れて行ってみて欲しい。驚くほどあっさりと勝ててしまう。パーティ加入時はLv42とジェイドの初期Lv45とかなり近く、大詠師の仕事の傍らそこまで実力を磨き上げているキチガ…傑物である。その実力は和平会談に乱入したラルゴをして一人の武人として尊敬させてしまうほど(ついにおじさんにもモテ始めたなこのおじさん)。

 

 

 私は悪人ですから……

バチカルでナタリアとインゴベルトの和解イベント時にモースが放った一言。背景でアニスが首を傾げているが、プレイヤーも画面の前で首を傾げている。やだ、この人の自己評価低すぎ……?

スキットで悪人顔であることを指摘されて凹んでいる姿も見られる程度には悪人であることを気にしている模様(筋肉モリモリマッチョマンで糸目な僧侶とかアヤシイに決まってるだろ!)。

これまでのパーティメンバーやジェイドとの会話から恐らくモースは預言『スコア』の先を知っていると思われるが、ここまでモースの自己評価が低い理由は明らかになっていない。ちなみに第一部の間に判明したモースがやってきたことを以下に箇条書きしていく。

・導師イオンとアニスの保護者として真っ当な教育を施す

 

・シンク、アリエッタ、ディストを味方に引き込む

 

・アクゼリュス市民を事前に避難させて人的被害を極小化する

 

・アクゼリュス避難民のダアトへの受け入れ準備を整備

 

・アッシュを誘導してディストと協力するようにし、更に思考をマイルド化

 

・カンタビレを派遣して俺は悪くねぇキャンセル

 

・ダアトに囚われたナタリアと導師イオンを単身救出してバチカルに乗り込む

 

・ラルゴ相手にナタリアを庇って啖呵切る

 

・しかもクリムゾンを味方に引き込んでる

 

・パーティメンバーに加入して鬼の活躍

 

・ディストの協力を取り付けてティアの障気汚染問題解決

 

・ジェイドと会話を重ねて大人として改心させ、外殻大地降下作戦とその後の障気問題に協力を確約させる

 

・和平会談でルーク達が脱出するまでラルゴを単身足止め

 

etc.

 

うーんこの聖人。

なおアブソーブゲートでヴァンを打倒するとダアトに戻ったモース達のイベントシーンが挟まれるが、そこでモースは剣を向ける兵士の前に自ら身を投げ出し、言葉によって説得すると言うムーブをかます。

更にはその後、1周目のモースポジと思われる小悪党大詠師と対峙し、預言『スコア』からの脱却を敬虔な信者達の前で提言してその場の空気があったとはいえ賛同されるという演説術を見せてくれる。ネットのお友達の間でつけられたあだ名は新生ローレライ教団導師(真)、皆のパパ、時代が違えば稀代の詐欺師、綺麗なヒ〇ラー(アウトォ!)等々。

確かに人々を容易く熱狂させてしまうため稀代の扇動者として悪人にもなり得るかもしれない(なお実態)。そしてこのイベントの最後、外殻大地降下が始まるとモースにルークやアッシュと同じような頭痛、幻聴(ローレライからの呼びかけ?)があるような描写が挟まれる。その前にヴァンからの尋問シーンで第七音素『セブンスフォニム』の素質を持たないはずのモースから何故かその気配を感じると指摘されるなど、ローレライとの関係を色濃く示唆するシーンが増える。モース、お前……消えるのか?とプレイヤーは戦々恐々である。

 

 

 殉ずる者、それが私の生まれた意味

第一部ラストのイベントシーンでモースが放った一言。生まれた意味を知るRPGというキャッチコピーを直接回収し、ネット民から裏主人公と言わしめた一言である。

古代イスパニア語でモースの名を指すらしいが、字面からして今後の展開に不穏なものを思いっきり匂わせる名前である。モース、お前……消え(ry

預言『スコア』に頼らず、人の意志で掴み取った未来にこそより価値がある。その選択の結果を受け止める覚悟を示した。その言葉によってダアト市民の信頼を勝ち取り、預言『スコア』からの脱却に一歩前進させた。

もはや導師よりよほど導師している言葉だが、その直後にイオンからお説教をくらいながら教団本部へ向かうシーンが挟まれるのでその威厳は急激に霧散する(お前がパパになるんだよぉ!)。

その言葉を体現するかのような所業に第二部ではプレイヤー諸兄が悲鳴を上げることになる。

 

第二部において(ネタバレの為格納)

 

 

 

 

 

 

 

 




メタネタは頭空っぽにして書けるので投稿が早くなります

多分次くらいから劇中番外ネタになると思います

声優名がっつり出すのマズイという指摘に慌てて修正入れました。確かにそうですね。指摘くれてありがとうございました


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第一回大詠師争奪戦

活動報告で投げられたネタを一つ

どうやらバチカル脱出後、モース様臨時加入状態で街を巡るとこんなサブイベントが発生するようです

本編時系列の隙間でこのようなことがあったり無かったりしたのかもしれません


「一体どうしてこうなってしまったのでしょうか……」

 

「いやぁ、慕われていますねぇ」

 

 私は目の前で繰り広げられている光景に頭を抱え、そんな私の隣でジェイドがこの上なく良い顔で笑っていた。

 

「第一回、誰が一番親孝行出来るか選手権! 開始ぃ~!」

 

 そんな私を尻目に、元気いっぱいのアニスの声が青空の下にこだましたのだった。

 


 

 

 旅の道すがら、エンゲーブに立ち寄った私達は、ミュウを連れてチーグルの森に近況報告に向かう者と、エンゲーブで食料を補給する者に分かれた。チーグルの森にはルークとガイ、ティアそして導師イオンの4人が向かい、残った私とアニス、ナタリア、ジェイドが物資補給班としてエンゲーブに残ることになった。

 

「さすがオールドラント随一の食料生産地ですね、鮮度もさることながら、一つ一つの質が素晴らしい」

 

 店先に並んだリンゴを一つ手に取り、その大きく、輝く紅玉をしげしげと眺める。表面が艶々と輝くそれは、見ただけで甘いであろうことが良く分かる。この熟し方から見るに村内やごく近隣の集落向けだろう。

 

「モース様! これで一緒にアップルパイ作りましょうよぉ!」

 

「それも良いですね。宿の調理場を借りて帰ってくるルーク達のために用意してあげましょうか」

 

 アニスの提案に頷き、リンゴをいくつか見繕って店主に代金を渡す。そして袋にリンゴを詰め、気を取り直して食材の見極めに戻ろうとした……のだが。

 

「あの、アニス。先ほどから腕にしがみつかれていると非常に動きにくいのですが……?」

 

「えぇ~! 良いじゃないですかぁ。ダアトじゃモース様が忙しくてこんな風にお買い物なんて出来なかったし~」

 

 私がやんわりとアニスに離してくれるようにお願いするも、アニスにすげなく拒否されてしまった。ただの食料品の買い出しでしかないのだが、私の隣を歩くアニスはとても上機嫌に鼻歌まで歌っていた。その姿を見てしまうと、これ以上強く言うことは憚られる。導師守護役であり、一人で導師イオンをこれまで立派に守り抜いてきた優秀な神託の盾騎士団の兵士のアニスだが、それでもまだ13歳の子どもだ。環境故に自立せざるを得なかった彼女だが、本当はまだまだ親に甘えたい盛りだろう。アニスにはオリバーとパメラという立派な両親もいることだし、私が親代わりなど口が裂けても言うことは出来ないが、少しでもアニスの心が軽くなるのなら私の気恥ずかしさ程度どうということもないだろう。

 私は気を取り直すと、微笑ましいものを見る目で私達を見ている店主に追加であれこれと指差して食材を袋に詰めてもらった。

 

「本当に、アニスはモースが大好きなのですわね」

 

「もっちろん! モース様のためならアニスちゃんはいつでも頑張っちゃうよ~!」

 

 ナタリアの言葉にアニスは何の恥じらいも無く答える。それを見たナタリアもクスクスと嫌みの無い笑みを浮かべていた。

 

「少し、羨ましいですわね」

 

「あ……、その、ごめん」

 

 だが、次の瞬間ぽつりと零したナタリアの一言に、アニスの笑顔は強張った。ナタリアは自身の言葉の意味に気が付いたのか、アニスが沈んだのを見て慌てて手を振る。

 

「いえ、違いますのよ? アニスがそんな気にすることでは……」

 

 先ほどまでのほのぼのとした雰囲気が一転、少し気まずい空気が私達の間に流れる。

 

「おやおや、でしたらナタリアもモースに甘えてみてはいかがです?」

 

「「へ?」」

 

 ジェイドがさらりと放った一言にアニスとナタリアがぽかんと口を間抜けに開く。かく言う私も口には出さなかったものの、彼女らと同じ気持ちだ。何を言っているのだこの男は。

 

「いえ、ナタリアもかの大詠師にはバチカルに居た頃に何度もお世話になっているようですし、インゴベルト陛下とまではいかなくとも、保護者みたいなものではないですか。ほら、ここに傷心の子どもがいるのですよ。大詠師ともあろう人物がそんな子どもを見逃すというのですか?」

 

 いつもと変わらない涼し気な表情から放たれるその言葉は、揶揄っているのか本気で言っているのか全く判断がつかない。いや、この男のことだから確実に揶揄っているのだろうが。

 

「えぇっと……」

 

 とはいえナタリアがそれを求めるとはあまり思えないかった。王女としての気位をいつだって忘れない彼女は、あまりそうした弱みを見せることを好まないだろうからだ。私はジェイドからナタリアに視線を移し、どうしたものかと頬を掻いた。

 

「その、モース。……もしあなたさえよろしければ、お願いしてもよろしいですか?」

 

「え?」

 

 あまり予想していなかった言葉に、思わず幻聴を疑って聞き返してしまった。ナタリアはそれに顔を赤くし、否定するように首を忙しなく左右に振った。

 

「あ、その、やっぱり……!」

「アニスちゃんは大佐とちょっとお散歩行ってきまーす! モース様はちゃーんとナタリアを甘やかしてあげてくださいね!」

 

 彼女が否定してしまう前に、アニスは私からパッと手を離し、いそいそとジェイドの隣に並んで二人して私とナタリアを置いて行ってしまった。シレっと私の手から食料を詰めた袋も奪う周到な手口だ。ここまでされてしまえば、私とて気恥しいなどと言っていられないだろう。

 

「……ナタリア殿下。少し歩きましょうか」

 

「え、ええ」

 

 私はそう言うと、まだ事態を呑み込めていない様子のナタリアを伴って村の中でも人通りが少ない方へと向かう。彼女は仮にもキムラスカ王家に連なる者。あまり余人の耳にこれからする話が入ることは避けたかった。

 少し開けた場所に出て、私は立派に育ったリンゴの木の下、木陰に入ると、木にもたれかかった。

 

「アニスと大佐には気を遣わせてしまいましたわね……」

 

「アニスは聡い子ですから。今の殿下の助けになりたいという思いはあの大佐も同じですよ、もちろん私も」

 

 私は隣で同じように木にもたれかかっているナタリアにそう言いながら、頭上に広がる葉を透かして空に浮かぶ太陽を眺めた。ナタリアもそれに釣られて視線を上に向ける。

 

「……私は、お父様の本当の娘では無かったのですわね」

 

 何かを確かめるように、ナタリアはぽつりと呟いた。

 

「そう思えば、私がこのような髪色なのも納得ですわ。キムラスカ王家の証たる紅毛でないことに悩んで……悩むまでも無く、王家の人間ではなかったのですから」

 

「……ナタリア殿下、確かに王家の人間は市井の民よりも血筋が重要視されます。ですが、血筋のみで王たる資格を論じられないこともまた真理ですよ。そして親子の情というものも、血の繋がりに由らない親子の絆が存在しないなどと私には口が裂けても言えません」

 

 私の脳裏に浮かぶのは魔物と親子の情を交わした一人の少女。種族の壁を越えてすら絆を結んだあの子を見ていれば、たかが血の繋がりが無い程度のことでこれまで築き上げてきた年月が無に帰すことなどあり得ないだろう。

 

「アリエッタのことですのね」

 

 バチカルに向かう船で出会った少女のことを、ナタリアも思い出したのだろう。船上で仲良くなったのもあってナタリアの顔に笑顔が戻る。

 

「ええ、そうです。それだけではありません、ナタリア殿下。あなたがキムラスカ王家の人間として、どれだけ努力を重ねてきたのか私は知っています。あなたが献策を何度私に相談してきたとお思いですか?」

 

「そ、それはその……あのときは周りの人間を見返したい一心でしたものですから」

 

「仮にもダアト、他国と言っても差し支えない立場の人間に話を持ち込んできたのですから、最初はどうしたものかと頭を抱えました」

 

 私の脳裏に過るのはかつてのナタリアの姿。周囲からキムラスカ王家にそぐわない容姿と言われ、父であるインゴベルト王とアッシュ以外を信用できなくなっていた彼女は、そんな周りの人間を見返すために自身が考えた施策を当時預言(スコア)を詠む為に訪れていた私に度々相談しに来ていたのだ。

 いくらキムラスカとダアトの関係が深かったとはいえ、私は部外者であることには変わりない。そんな私に相談を持ち掛ける程、当時の彼女の周りには頼りになる大人がいなかったのだ。

 

「ですが、あなたは辛抱強く話を聞いて下さいましたわね」

 

「私はダアトの運営を預かる大詠師だったわけですが、それ以前に一人のローレライ教団員ですからね。悩める子どもの話を聞くことは大人の義務です。私はあなたがキムラスカを、国民をどれほど大切に想っているかを目の前で見続けてきた人間の一人です。そして、その献策が成ったときのあなたとインゴベルト王がどれほど仲睦まじく微笑み合っていたか。あの様を見て二人が親子で無いなどと言える者がいるものですか」

 

「……ありがとう、モース。こうして私を見てくれている人がいるというのは、とても心強いものなのですわね」

 

 ナタリアはそう言うとずるずると地面に腰を下ろし、膝を抱えた。私もそれに合わせてしゃがみ込み、ナタリアと目線を合わせた。

 

「私だけではありません。ルークやガイ、ティア、アニス、ジェイド、導師イオンやあなたをバチカルから逃げるのに協力してくれた人たち。あなたを支えたいと思う者はあなたが思っているよりも多いのですよ。もしも周りの全てが信じられなくなったとしても、少なくとも私はあなたがキムラスカ王家の人間であり、インゴベルト王の娘であると言って憚らない人間ですよ。近すぎず、遠すぎない距離にいる私のような人間に胸の内に溜まったものをぶちまけてしまえば良いのです。そして、また前を向いて歩いて行きましょう」

 

 もちろん、ぶちまけるといっても国の機密や政治に関わるようなものは困りますが。そう言って私はナタリアの頭に手を置き、ふわふわと手触りの良い髪の上を何度か往復させる。甘えさせると言っても、子どもどころか結婚もしていない私には、年頃の娘をどう甘やかして良いものかさっぱり見当がつかない。唯一といっていい経験値は、フローリアン達と過ごしている時間くらいのものだ。そんな乏しい私の経験から出せる選択肢と言えば、これくらいのものだった。

 

「……頭を撫でられるなんて、久しくありませんでしたわね」

 

「不器用なもので、これくらいしか甘やかし方を知らないのですよ」

 

「フフッ。でも、それがとても心地よく感じますわ。何だか、お父様……いえ、近しいおじさまがいればこのような感覚なのでしょうか」

 

「ナタリア殿下のような姪がいれば、ずっと甘やかしてしまいそうですな」

 

 そう言って二人して笑い合う。沈んでいたナタリアの雰囲気は今や霧散している。アニスやジェイドから言いつけられた甘やかせという指令もこれで達成できただろうか。

 

「アニスや大佐にお礼を言わなければいけませんわね。これからも、私が落ち込んでしまったときはこうしてくださるかしら?」

 

「元気が出たようで何よりです。こんな私で良ければいくらでも」

「ああっーーー!! 何してるんですか二人ともー!」

 

 私とナタリアの間で和やかな空気が流れていたのに、聞きなれた声がその空気を一瞬で賑やかなものに変化させてしまった。私はきょとんとした顔で声の主に目線を向ける。

 

「あの、甘やかせと言ったのはアニスでは……?」

 

「でもでも! そこまでやれなんて言ってませんよーぅ! むむむ、アリエッタやティアだけでなくナタリアまで……、こうなったらますますモース様を独占出来なくなっちゃうじゃないですか!」

 

 一体何を言っているのだこの娘は。

 

「ありがとうございます、アニス。私も、これからはもっとモースや皆さんを頼りにしようと思いますわ。それに、また沈みそうになったら元気づけて頂きますもの。ね、おじさま?」

 

「ナタリアも何故そんな煽るようなことを言うのですか」

 

「ぐぬぬぅ、モース様の包容力を甘く見過ぎたアニスちゃんの失敗。いや、こうなったら私とティアとナタリア、誰がこの中で一番モース様に孝行出来るかを白黒はっきりつけるしかない!」

 

 アニスは一人で喋って一人でどんどんとヒートアップしていった。私が宥めようとしてもそれがアニスの耳に届くことは無く、面白がったジェイドやガイが外野から茶々を入れ、あれよあれよ言う間に冒頭のアニスのセリフへと繋がることになったのだった。

 

 


 

 

「勝負は簡単。私とティアとナタリアが一人一品ずつ料理を作ってモース様が一番美味しいと言った人が優勝! 優勝者にはモース様を好きに出来る権利をプレゼント!」

 

「何故本人のあずかり知らぬところでそのような権利がやり取りされるようになってしまっているのですか」

 

 私の虚しいツッコミは誰の耳にも入らず、アニス、ティア、ナタリアの三人は張り切って腕まくりまでしている。いや、私の言葉を聞き届けてくれた人がいたようだ。労わるように私の肩に手を置いたのはルークだった。

 

「モース。色々と大変だろうけど、頑張れ」

 

「応援の言葉ありがとうございます、ルーク」

 

 そして勝負と称して行われるのは、宿の広い調理場を借りて行われる料理対決。何故アニスがよりにもよってそれをチョイスしたのかは謎であるが、色々な意味で目が離せない勝負が始まってしまった。

 

「ええっと、まずはこの人参を切るんですわね」

 

「ナタリア殿下、包丁はそんなに固く握りしめるものではありません。左手は指先を丸めて! そんな勢いよく振り下ろしては怪我をしてしまいます!」

 

「モース様、私も旅をしながら少しは料理が出来るようになりました!」

 

「そのようですね、ティア。分かりましたから手元をよく見なさい! あなたも怪我をしたらどうするのですか。……ってナタリア殿下! 何を鍋に入れようとしていますか!」

 

「え? 隠し味にリンゴを」

 

「リンゴを一個丸々入れるのを隠し味とは言いません! そういうときは摩り下ろして味見しながら少しずつですね……」

 

「モース様ぁ! アニスちゃんの手際はどうですか~?」

 

「ええ、アニスは手際が良いですし、怪我しそうも無いので安心して見ていられますね」

 

「えっへへ~、そうでしょそうでしょ~?」

 

「モース! 鍋から火が!」

 

「何故少し目を離しただけで鍋から火が吹くのですかナタリア殿下!」

 

「と、取り敢えず水をかければ良いんですの!?」

 

「絶対にダメです! 離れて! 私が処理しますから!」

 

 ……本当に目が離せない勝負だった。

 

 調理が終わり、三人の料理が私の前に並ぶ頃には私は勝負に参加していた三人以上に疲弊していた。これが私をどれだけ労えるかというのを競う勝負であると言うのならば、この時点で三人とも失格ではなかろうか。

 

「ではでは、アニスちゃんから発表でーす! 私が作ったのはコレ!」

 

 そう言ってアニスが示したのはクリームスープだった。湯気が立ち昇るそれはミルクの甘い香りを仄かに漂わせ、私の腹の虫を擽った。先ほどまでのドタバタもあり、良い具合に腹も空いてきたため、一匙すくってスープを口に運ぶ。

 

「これは、とても美味しいですね。ミルクの風味と人参の甘さが感じられる味です。アニスの人柄を表すようなとても優しい味ですね」

 

「にゅふふ~。やったー!」

 

 私が感想を伝えると、アニスは口元をむにゅむにゅと緩めて全身で喜びを表現する。私が続けて匙を動かしていると、今度はティアがおずおずと私の前に皿を差し出してきた。

 

「じゃあ次は私ね。その、アニスがスープを作っていたので、私は主食になるようなものをと思ってこれを。あんまり手は凝ってないのですが……」

 

 そうして差し出されたのは2枚のパンに茹でた卵を細かく刻んだものを挟んだ料理。たまごサンドだった。

 

「手間をかけることだけが、料理の評価を決めるものではありませんよ。こうしてスープと合わせられる料理を選ぶ。そんな細やかな心配りがとても嬉しいものです」

 

 私はそう言って皿を受け取ると、一切れ手に取って口に運ぶ。食べてみればこのサンドイッチはティアの言葉がただの謙遜だと分かる。刻んだ卵はほんの少し黄身が半熟感を残しており、卵の味をより濃く感じられるようになっている。それに卵以外に玉ねぎも入っており、食感に飽きがこないように工夫も凝らしている。ティアらしい、些細なところへの気遣いが感じられる一品だった。

 その感想を伝えれば、自信無さげだったティアの顔が見る見るうちに明るく輝いていった。そこまで喜んでもらえるならいくらでも感想を言おう。

 

「では、最後は私ですわね!」

 

 その言葉と共に自信満々にナタリアが前に進み出た。この王女様は先ほどまでの騒ぎがあってもここまで堂々としていられるのはどうしてなのだろうか。とはいえ、この自信に満ちた明るい姿こそが本来のナタリアのもの。そう思えば先ほどまでの私とナタリアの会話が、彼女に良い影響を与えている証拠なのかもしれない。

 

「さあ、召し上がってくださいませ!」

 

「これは……、から揚げ、ですか」

 

 差し出された皿の上に乗っていたのは、から揚げ。それも、から揚げの上に溶けたチーズがかけられた一品だった。見たところ、焦げたり、何かおかしなことになっている様子は無い。私は皿の上の一つを取ると、息を吹きかけて少し冷ましたところで口に放り込んだ。

 

「ほふ、ほふ……。おお、これは」

 

 意外、と言っては失礼かもしれないが、とても美味しい。キチンと鶏肉には下味がついており、衣もサクサクと歯ごたえが気持ちいい。何より、上にかかっているチーズが相性抜群だった。子どもには特に好かれるメニューだろう。そう言うと、ナタリアは増々鼻高々といった様子で胸を張った。

 

「ああ、どの料理もとても美味しかったですよ。アニス、ティア、ナタリア、ありがとうございます。こんなに良くしてもらって何を返して良いやら」

 

「モース様にはこれくらいじゃ返しきれないほど助けてもらってますから」

 

「ええ、この程度ではまだまだですわ」

 

「それに~、まだ結果を聞いてないですよぅ?」

 

「結果?」

 

 アニスの言葉を聞いて私は一瞬首を傾げたが、すぐに思い出す。そう言えばこれは私が一番美味しいと言った料理を選ぶのだったか。すっかり忘れてしまっていた。正直に言えば、どれも甲乙つけがたいものであったし、賞品が私を好きに出来るというものだったので出来ればこのまま有耶無耶にしてしまいたかったのだが。

 

「「「モース(様)?」」」

 

 一斉に、息ピッタリに私に詰め寄る三人に対し、私は苦笑いをしながら後退ることしか出来ない。

 

 最終的に、皆に私が作ったアップルパイを振る舞うことで手打ちとしてもらったのだった。




《システムメッセージ》

モースは称号『キムラスカ外部顧問?』を手に入れた

ナタリアパートが長くなったため争奪戦というよりもナタリアイベントとでも言うべきものになってしまったかもしれません

本編とはノリが違ってもこれは番外編、サブイベントと言い張ります


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

大詠師のいつもと違う一日

活動報告に投げて頂いたネタを見て思い浮かんだので

どうやら子ども達がモース様のために一肌脱ぐようです

時系列は本編開始前


 今日はアニスと導師イオンにとってとても大切な日だった。

 

「何で今日に限ってイオン様がこんなに忙しいんですか~!」

 

「あはは、ごめんなさいアニス」

 

 椅子に座ってぐでんとだらしなく伸びるアニスに導師イオンは苦笑いを返すことしか出来ない。とはいえ、内心は導師イオンも同じものだ。彼にとっても今日という日は大きな意味を持っていた。出来ることならダアトを片時たりとも離れていたくは無かった。だというのにその半月前から導師イオンは各地のローレライ教団支部に慰問に訪れる予定が組まれていた。今はそれらを何とか終わらせ、ダアト港へ向かう船の中、周りの目も無いためか、アニスは張り続けていた気を緩め、のんべんだらりとしていた。

 

「でもでも、もうダアトに帰るだけですし。何とか間に合いそうですよね」

 

「ええ、御誘いを断ることになってしまったのは申し訳なかったですけど」

 

「良いんですよぅ。あの支部長明らかに嫌らしい笑い方してましたし~。断って正解です!」

 

 アニスは申し訳なさそうな表情をする導師イオンと対照的にうげ~、と言わんばかりに苦々しい顔をしていた。思い出されるのは教団支部長の導師イオンに対する態度。普段ならばこうした慰問には極力モースも同行しており、各支部長との会食はモースが引き受けてきた。導師イオンは支部の式典と教団員を労うことが主な仕事だ。今回はモースがダアトから離れられず、導師イオンの訪問スケジュールがそこに重なってしまったが故に起こったこと。同行者がたった一名欠けてしまっただけのことであるが、それだけでこうも気疲れしてしまうものなのかと、アニスも導師イオンも感じていた。

 それは各地の支部を訪れる毎の会食の誘い。もちろん、モースの考えに共鳴し、純粋に導師イオンを労おうというものもいるし、そういった人間との会食はむしろ望むところであった。実際導師イオンが毎回会食を断っていたわけではない。だが、どうしてもそうした相手だけではない。導師イオンを取り込もうと考える者、その権威にすり寄り、己が利益とせん者。あるいは導師イオンの考えに反発し、些細なことでも粗探しをしようとする者。千差万別だが、そのどれもが食事の場でありながら導師イオンに油断を許さず、日中の仕事以上に疲れを感じさせるものであったことは言うまでもない。

 

「ああいう手合いをいつも相手にしているのですね、モースは」

 

「普段のお仕事だけでも疲れそうなのにあんなのまで相手にするなんて考えたくもないですよねぇ……」

 

 げんなりとした表情を隠そうともしないアニスと顔には出さないもののやや疲れたようなため息を吐く導師イオン。互いに脳裏に浮かぶのは穏やかな笑みを絶やさない大詠師の姿。敢えてそうした姿を見せようとはしていないのだろうが、ああした腹に一物どころか二物も三物も抱えていそうな人間を導師イオンに代わって相手にし続けてきた彼に、アニスと導師イオンは改めて感じ入るものがあった。

 

「そういえばイオン様はちゃんと用意出来ましたか?」

 

「ええ、アニスのおかげでバッチリです。アニスも?」

 

「もっちろん! この分だと昼前にはダアトに着きそうですし、モース様をお昼ご飯に誘ってそのときに渡すつもりで~す!」

 

「それは良い考えですね。僕もご一緒しても?」

 

「最初からそのつもりですよぅ」

 

 そう言ってアニスと導師イオンは笑い合う。二人が思い浮かべるのはダアトで今も仕事に忙殺されているであろう大詠師。だが、アニスと導師イオンが顔を見せれば彼は仕事の疲れなどおくびにも出さず。彼女らをいつも通り温かく迎えてくれるだろう。そして、いつもの安心させてくれるような笑顔で言ってくれるのだ。

 

 お疲れさまでした。おかえりなさい、と。

 

 今日はアニスと導師イオンにとってとても大切な日だった。

 

 


 

 

 アリエッタにとって今日は勇気を振り絞った日だった。そしてシンクにとっては面倒だとため息をつきたくなるような、でも放っておけない日だった。

 

「どうしてボクがお前の買い物に付き合ってやらなくちゃいけないんだよ、アリエッタ」

 

 ダアトの目抜き通りに所狭しと広がる大小様々な商店を、人形に顔を埋める黒装束の少女と金の仮面で顔を隠した少年が並んで物色していた。少年の声はやや不機嫌そうで、その声を聞いた少女は肩をビクリと竦ませ、涙目で仮面の向こうにある目を見上げていた。

 

「だ、だって、こんなこと頼めるの、シンクしか、いないから」

 

「ハァ、だからって当日まで引っ張る奴がいるかな。もっと前々から準備しておくものだと思うけどね、こういうのは」

 

「うぅ、ずっと悩んでたけど、一人じゃやっぱり決められ、なくて。ごめん、なさい」

 

 シンクは後頭部で両手を組み、仮面の下で呆れたような視線をアリエッタに向けた。この少女が自分に怯えていることはシンクは十分に承知している。だが同時に理解していることもある。アリエッタは、当初は自分の力だけで準備を済ませようと考えたが、どうしても決められず、最終手段としてなけなしの勇気を振り絞った結果が今の状態なのだと。だからこそ表面上は不機嫌であるものの、心底面倒だという気持ちにはなれなかった。それこそこうして最後にはアリエッタに同行していることが何よりの証左だ。シンクは自分が面倒だと感じたなら他人の心情など一顧だにせず断ることが出来る性格なのだから。

 

「で、何で悩んでたのさ?」

 

「うぇ?」

 

「だから、候補はもういくつか決めてるんだろ? 最後の決め手にボクを呼んだんだろうし。ならアドバイスしてあげるからさっさと決めてくれない?」

 

 シンクの言うことを理解出来ないと目を丸くさせていたアリエッタだが、横を向いてアリエッタから顔を背けているシンクを見て遅ればせながら理解が追い付いて来たのか、泣きそうだった目からは涙が引き、はにかむような笑顔を浮かべた。

 

「うん! ありがとう、シンク!」

 

「はいはい、どういたしましてどういたしまして。早く行くよ。人も多いんだし、はぐれないでよね」

 

「う、うん。手、つなぐ?」

 

「バッ!? 繋ぐわけ無いだろ!」

 

 ダアトの街中を神託の盾騎士団の六神将二人が並んで歩いている。字面だけ見れば周囲の人間が委縮してしまうような状況だが、現実はどこか素直じゃない少年と大人しそうな少女が仲良く連れ立って商店を練り歩く様子。道行く人が見れば思わず顔を綻ばせてしまいそうな穏やかな景色だった。

 

「ボクがアリエッタに付き合ってあげたんだから後でボクの用事にも付き合いなよ?」

 

「う、うん。シンクも、まだ決まってない、の?」

 

「そんなわけあるか! ボクのは頼み事されたからそれを片付けたいだけだよ!」

 

 アリエッタにとって今日は勇気を振り絞った日だった。そしてシンクにとっては面倒だとため息をつきたくなるような、でも放っておけない日だった。

 

 


 

 

 フローリアン達にとって今日は兄弟が珍しく一致団結する日だった。

 

「う~ん。上手くいかないなぁ」

 

「レシピは、間違ってない」

 

「兄弟一の料理人に間違いなどない、多分」

 

 教団本部の中に極秘に作り上げられたフローリアン達の為の居住空間。普段は兄弟の料理担当であるフィオかモース以外は立ち入ることが無い厨房に、今は四人の翠が一堂に会していた。今は大きな寸胴鍋を前に、うんうんとそのうちの三人が頭を抱えて唸っていた。

 

「どうして僕が呼ばれたんだ」

 

 それを後方から眺める一人、フェムがそう呟く。

 

「あちこち飛び回ってるフェムなら珍しい料理とか知ってたりしないかな~って」

 

「僕があちこち飛び回ってるのはモースに頼まれた任務があるからなんだけどね」

 

 フローリアンの言葉を訂正したフェムは、そう言いながらも彼らの前にある鍋を覗き込み、一匙中身を掬うと口に運ぶ。任務とは言え、この部屋にずっと隠れ住むことを余儀なくされているフローリアン達に比べればまだフェムは外の世界を良く知っており、様々なものを食してきた。彼らよりも色々な味を知っていると言えるかもしれない。とはいえ、それはフェムにとってフローリアン達に対して優越感をもたらすものではない。どちらかというとその逆だった。自分から志願したこととはいえ、父親代わりとも言えるかの大詠師と日常的に触れ合えないこと、そしてその手料理を味わえないことはむしろ大きなデメリットだとフェムは感じていた。それでも少しでも恩を返すために任務を放棄することは無い。今日という日を除けば、であるが。

 

「……なんだろうね、この美味しいんだけどもう一歩足りない感じ」

 

「何が足りないんだろうねぇ。ちゃんとレシピ通りに作ってるんだよ?」

 

「摩訶不思議」

 

「本が、間違ってる?」

 

 フェムの呟きに、フローリアンとフィオ、ツヴァイもそれぞれ同意する。この作り直しももう三度目だ。一昨日ディストに頼んで買ってきてもらった食材の残りも心もとない。外に気軽に出ることが出来ないフローリアン達にこれ以上の失敗は許されなかった。

 

「色々外で食べた経験があるとは言っても僕も料理は専門外だからね。フィオが分からないならお手上げじゃない?」

 

「ツヴァイ、知恵袋の出番」

 

「レシピ通りで、これ。知恵袋、お手上げ」

 

「今夜に間に合わなかったらどうしよう……」

 

 肩を竦めて降参したフェムと、がっくりと肩を落とす残りの三人。厨房には重苦しい空気が立ち込め始めていた。

 

「おやおや、どこにいるのかと思えば皆さん厨房にお揃いで。これは、料理をしているのですか?」

 

 そこに現れたのは長身痩躯の自称薔薇。

 丸眼鏡をクイクイとさせ、厨房を覗き込んでいた。

 

「「ディスト!」」

 

「はいはい、ディストですよ~」

 

 フローリアン達の声にディストはいつもの軽い調子で手をヒラヒラと振りながら答えた。

 

「それで、皆さんが雁首揃えて料理など珍し……。いえ、そういえば今日はそんな日でしたねぇ。ああ、あの数日前の食材買い込み依頼はそういうことでしたか」

 

 鍋の中身を覗き込んでいたディストは、一人得心がいったように右手を左手にポンと打ち付けた。

 

「ということはお悩みはこの鍋の中身ということですねぇ」

 

 そして先ほどのフェムと同様に匙で一掬い、中身を取り上げると口に運び、目を閉じて味わう。

 

「うぅ~ん、この際ディストに教えてもらう?」

 

「本に、書いてないから、仕方ない」

 

「致し方ない。苦肉の策」

 

「ホントに? 頼りになると思ってる?」

 

「少しはアタシを信用しなさいよあなた達はぁ! 誰が食材を買ってきてやったと思ってるんですかもう!」

 

 不安を隠そうともしないフローリアン達に、ディストはムキーッと地団駄を踏む。それに合わせて彼の髪色と同じ白い花弁のような長い襟がヒラリヒラリ。そんな様子を見て先ほどまでの沈んだ表情はどこへやら、フローリアン達は楽しそうに笑う。何だかんだでディストのことを信じているフローリアン達なのであった。

 

「良いですか! まず下拵えからですね……」

 

「ディストが料理を語る。いや、騙る?」

 

「真面目に聞きなさいよ料理担当!」

 

「はいはい! 今日は下拵えはフローリアンの担当!」

 

「指示出し、担当」

 

「雑用担当」

 

「じゃあツヴァイはそこに座ってフィオに準備を指示しなさい! そんでもってフェムは洗い物しときなさいよ!」

 

 フローリアン達にとって今日は兄弟が珍しく一致団結する日だった。ディストにとってはいつもより疲れる一日だったかもしれない。

 

 


 

 

 私にとって今日は忙しさからようやく解放された一日だった。

 

 というよりここ一ヵ月ほど仕事が後から後から湧いてくる日だった。マルクト皇帝との定例会談と外交官との通商会談。それが終わればキムラスカのインゴベルト王に預言(スコア)を求められてバチカルまで渡り、その道すがら教団支部からの陳情を現地でいくつか拾い、バチカルでは預言(スコア)に加えて何故かナタリアの腹案を添削指導することにもなった。そうしていつもより少し長くダアトを空ければ、帰ってきて待っているのはうず高く積まれた書類の山。ハイマン君がいくらか片付けてくれていたとはいえ、それでも帰ってから数日は自室に帰ることも中々出来ない日が続いた。

 

「ですが、それも今日で終わりです」

 

 私は清々しい気分で机の上に置かれた書類にサインをし、裁決済みの棚へとその書類を移す。溜まりに溜まっていた仕事は一先ず片付いた。私は椅子に座ったまま大きく伸びをする。凝り固まった腰や背中からポキポキと音が鳴り、椅子に座っていた時間の長さを教えてくれた。

 

「ああ、ハイマン君」

 

「はい、何でしょうか、モース様」

 

 身体を解しながら、私は斜め前に座るハイマン君に声をかける。彼は私がダアトに戻る前から仕事をしてくれていたし、私が帰ってきてからは私と共に朝早くから夜遅くまで事務作業に付き合ってくれた。まだ昼になったばかりだが、今日はこれくらいで終わっても良いだろう。

 

「今日はもう上がって頂いて良いですよ。ここ数日無茶をさせ過ぎました。すみませんね」

 

「とんでもない。私以上にモース様の方が無理をしてらっしゃったではありませんか。まだまだ大丈夫ですよ」

 

「いやいや、それは良くありません。折角仕事も終わったのですから休まねば。私も今日はもう休もうと思いますし、ハイマン君も今日は休んで、出来れば明日明後日も休みを取りなさい」

 

 渋ってまだまだ仕事を続けそうなハイマン君を窘める。こうして無理にでも休ませないと彼はそれこそ自分で仕事を取ってきてずっと仕事をしようとするのだから、別の意味で扱い辛い、のだろうか? 上司としては仕事熱心で喜ばしいことなのだろうが、無理してないかとヒヤヒヤもするのだ。

 

「むぅ、モース様がお休みなられるのでしたら、そうしましょう」

 

 ハイマン君は少し不満げだが、私も休むと言ったことが効いたのか、手に握っていたペンを机に置いてくれた。そして席を立ち、私に頭を下げてから扉へと向かった。

 

「おっと、帰る前に一つ」

 

「おや、何か忘れ物でも?」

 

 だが部屋を出る前に彼の足が止まり、振り返ってこちらへと近づいてくる。

 

「ええ。とても大事なことを忘れてしまうところでした。誕生日おめでとうございます、モース様」

 

 彼はそう言って赤いリボンが結ばれた小箱を私に差し出してきた。私は最初、彼が何を言っているのか分からず口を開けていたが、少しして思い至る。そういえば今日は私の誕生日だったか。仕事にかまけていてすっかり忘れてしまっていた。

 

「そういえば今日でしたか。まさかこの歳になって誕生日を祝って頂けるなんて思いもしませんでしたよ」

 

「何を仰いますか。私の尊敬する人の誕生日です。祝わないという選択肢はありません」

 

 ハイマン君の差し出してくれた箱を受け取りながら私は思わず頬を緩めた。この歳になってしまえば、一つ歳を重ねることに大した感慨も湧かないものだが、それでもこうして誰かに祝ってもらえるとなれば話は別だ。

 

「今開けても構いませんか?」

 

「もちろんです」

 

 ハイマン君に一言断りを入れ、丁寧にラッピングされた小箱を開ける。中に入っていたのは青く美しく輝くひし形。いわゆるタリスマンと巷では呼ばれている護符だった。

 

「タリスマンですか」

 

「はい。何を差し上げれば良いか悩んだのですが、やはり大詠師ともなれば身辺にも警戒を、ということで。持ち主を護ってくれるというタリスマンを。私は文官故に戦いは知りませんが、私の代わりにモース様をお護りすることを祈って」

 

「ありがとう。とても嬉しいですよ、ハイマン君」

 

 私は深々とハイマン君に頭を下げる。お返しは何をしてあげれば良いだろうか。そう考えていたところで、執務室の扉が勢いよく開かれる。

 

「ただいま戻りましたぁ、モース様!」

 

「ただいま帰りました、モース」

 

「お邪魔するよ」

 

「ああ、おかえりなさいアニス、導師イオン。そしていらっしゃいませ、カンタビレ」

 

 入ってきたのはアニスを先頭に導師イオンとカンタビレ。導師イオン達については今日帰ってくる予定だったのでここを訪れるのは予想出来ていたが、カンタビレはどうしたのだろうか。

 

「モース様! もうすぐお昼ですけど一緒にいかがですかぁ? 私もイオン様も今帰ったばかりでお腹ペコペコでぇ」

 

「ええ、私で良ければお付き合いしますよ。二人とも疲れているでしょうに、よろしいのですか?」

 

「勿論ですよ、モース。楽しみです」

 

 導師イオンはそう言って朗らかに笑う。ここ数日は昼食も執務室で簡単に済ませていたから、こうして誰かとキチンとした食事を摂るのは久しぶりに感じる。

 

「おっとその前に、こっちの用事を済ませておきたいんだがね」

 

「ああ、すみませんカンタビレ。どうしました?」

 

 そんな私の目の前で自身の存在を示すように手を振るカンタビレ。私は彼女に視線を向けると、彼女が小脇に何かを抱えているのが見えた。

 

「ま、用事と言っても大したもんじゃない。私と私が今訓練してる教え子からモースにプレゼントってやつだ」

 

 カンタビレはそう言って脇に携えた小包を私に手渡してきた。受け取ってみれば、それは少しズシリとした重みをもっており、尚且つ表面は硬質な何かであることが読み取れた。

 

「あ、ありがとうございます。あなたからも貰えるとは予想外でした」

 

「ま、いつも頑張ってる上司サマをたまには労ってやろうってことさ。中々上等なワインだからね、よく味わいな?」

 

「ええ、ゆっくり頂こうと思います」

 

「あー! カンタビレ様に先越されたぁ!」

 

 私がカンタビレに頭を下げると同時、アニスが声を上げる。それを聞くに、どうやら彼女も私にプレゼントを用意してくれていたらしい。

 

「まさかアニスも用意してくれていたのですか?」

 

「当たり前じゃないですかぁ! むぅ、お昼食べた後に渡そうと思ってたのになぁ。ま、いっか、モース様誕生日おめでとうございまーす!」

 

「僕からもありますよ、モース。おめでとうございます」

 

「……二人とも、ありがとうございます」

 

 アニスと導師イオンが差し出してくれる包みを私は触れるだけで壊れてしまうガラス細工を扱うかのような手つきで受け取った。顔は笑っているはずなのに、目頭が熱くなってきてしまう。それが表に出ないようにするので精一杯だった。

 

「アニスちゃんからは、万年筆でーす! モース様いつも書類たくさん書いてるから、少しでも良い物を使ってもらおうと思って」

 

「僕からは靴を。マルクトやキムラスカまで足繁く通うあなたが少しでも疲れないように」

 

 ああ、この子達は私をどうしたいというのだ。私のような男を泣かせても何の得も無いというのに。私は声が上擦ってしまわないように、震えてしまわないように全霊を傾けながら言葉を絞り出した。

 

「本当に、ありがとうございます。これは大切に、大切に使わせて頂きますね。ハイマン君もカンタビレもありがとうございます。言葉に出来ないくらい嬉しいです。さ、導師イオン、アニス、食事に行きましょうか」

 

 私はそう言ってもう一度皆に頭を深々と下げると、アニスと導師イオンと手を繋いでダアトへと繰り出したのだった。

 

 


 

 

「も、モース様!」

 

 食事を終え、貰ったプレゼントを抱えて自室へと向かっていた私を呼び止めたのは幼い少女の声だった。それが誰のものであるかは振り返らなくとも分かる。

 

「どうしましたか、アリエッタ。おっと、シンクも一緒だったのですね」

 

 振り返った先に居たのは私に声を掛けたアリエッタだけではなかった。彼女の隣には仮面をつけた導師イオンの兄弟も一緒にいた。

 

「そ、その、今日は、モース様の誕生日、だから、これ!」

 

「ま、たまにはこういうのも良いかもね。大したものじゃないけどさ」

 

 顔を真っ赤にしたアリエッタと、そっぽを向いたシンクがそれぞれ私に小箱を差し出してくれる。

 

「アリエッタ、シンク……。ありがとうございます。とても嬉しいですよ」

 

 私は左手でプレゼントを抱え直すと、床に片膝をついてアリエッタと視線を合わせ、空いた右手で彼女の桃色の髪を優しく撫でた。私の手の動きに合わせてアリエッタは心地よさそうに目を細めた。

 

「アリエッタね、モース様のために手袋、買ったの。モース様がケガしないようにって」

 

「そうですか、アリエッタは優しいですね」

 

「ボクは髪留め。鬱陶しいくらい髪伸ばしてるんだし、動くとき邪魔だろ?」

 

「ありがとうございます、シンク。訓練の時に使わせてもらいますね。あなたにこうして祝って頂けるなんて思ってもみなかった」

 

「……別に、ボクだってそういう気分のときくらいあるさ」

 

 そっぽを向いたままのシンクの耳が微かに赤くなっているのに気付いた私は、どうにも堪えきれなくて笑ってしまったのだった。

 

 


 

 

 そしてその夜。いつものようにフローリアン達に食事を作りに向かった私だったが、フローリアン達の様子がいつもと違っていた。何やら企み顔で私の背中をぐいぐいと押したかと思えば、あれよあれよと言う間に食卓につかされていた。見れば、普段は任務で姿を見せないフェムの姿まであった。今日一日の流れを振り返ってみて、彼らが何をしようとしてくれているのかが分からないほど私は鈍感ではない。

 

「ふっふっふ、今日はモースがご飯を作る必要は無いよ!」

 

「何と我ら四人の合作」

 

「頑張った、よ」

 

「僕は大したことしてないけどね」

 

「それはそれは、とても楽しみですね」

 

 フローリアンが自信満々に笑い、厨房へと消えていく。そしてツヴァイとフィオも食卓につかずに姿を消した。フェムは残って私の話し相手になってくれるようだった。その心遣いに甘えてしばし彼と他愛もないお喋りに興じる。内容は最近行った街で興味を惹かれたものや、食べたものについてなど任務とは関係無いこと。今日くらいはそんなおしゃべりに終始しても構わないだろう。

 

「「じゃじゃーん!」」

 

 そして準備が整ったのか、フローリアン達が戻ってきた。まず目の前に用意されたのは、湯気を立ち昇らせるフローリアン達の好物。私がよく彼らにねだられて作ってやることの多い料理。

 

「ビーフシチューですか。作るのが大変だったでしょうに」

 

「レシピ本、見ながら、頑張った」

 

「悔しいけどディストの力も」

 

「本の通りにやっても何か足りなかったんだよねー」

 

 ディストも協力していたのか。相変わらずあのお人好しは。死神だなどと謗られているが、彼の根底にあるのは隠しきれない人の好さ。どこまでいっても彼は憎めないキャラクターなのだろう。

 

「では、いただきます」

 

「「どきどき」」

 

 私はフローリアン達の期待の眼差しを受けながらスプーンを片手に持つ。皿からシチューを一匙掬って口に運ぶと、よく煮込まれて柔らかくなった人参の甘みと、濃厚なシチューの味が口に広がる。二口三口と食べ進め、よく味わう。

 

「「どきどき」」

 

「…………」

 

 声が出なかった。というより、出せなかった。何か言おうとすれば、声の代わりに嗚咽が漏れてしまいそうだ。

 

「モース、泣いてる?」

 

「えっ、美味しくなかった!?」

 

「馬鹿な、味見は完璧だったはず」

 

「そういうことじゃないと思うけどね」

 

 どうやら声を我慢できても涙は我慢できなかったらしい。頬に一筋の涙が伝ってしまっていた。フローリアン達が慌ててしまっている。私は気にするなと言うように首を振り、口の中に入っていたシチューを飲み下した。

 

「いえ、違います。とても、とても美味しかったのですよ。それこそ涙が出るくらいに」

 

 下拵えも、ブラウンルーも、どれも手間暇を惜しまず作られていることがこれでもかと伝わってきた。この子達がどれだけ気持ちを籠めてくれたのかが一口で分かるシチューだった。それこそ、こんなものを口にする資格が私にはあるのかと思ってしまうくらいに。誰にも見せまいとする涙が我慢しきれず一筋だけ頬を伝ってしまうくらいに。

 

「フフーン、これで泣いてたらこの後はもう泣くだけじゃすまないよー?」

 

「ハハハ、これ以上があったら私はもうどうなってしまうんでしょう」

 

 フローリアンは私が悲しんでいるわけでないと分かったのか、えへんえへんと胸を張っている。私はそれを見ながら、そういえば先ほどツヴァイとフィオがどこかに行っていたことを思い出していた。

 

「ツヴァイ、フィオ」

 

「持って、来てるよ」

 

「抜かりなし。渡すのは、フェム」

 

「え、僕なの?!」

 

 何も聞かされていなかったのか、ツヴァイとフィオにプレゼントであろう包みを押し付けられたフェムがしばし目を白黒させたが、気を取り直して咳払いをすると、私へと向き直った。

 

「えっと、まあ料理だけじゃなんだってことで、フローリアン達がシンクに頼んでプレゼントを買ってきてもらったらしいんだよね」

 

「選んだの、ツヴァイ。渡すの、フェム」

 

「ということで、はい。誕生日おめでとう、モース。これからも元気でいて欲しい」

 

「……ありがとう。嬉しいということを、感謝を示す言葉がこれ以上見つかりません。今ほど私の語彙力を呪ったことは無いかもしれません」

 

 フェムに手渡された包みを手に、私は目頭を押さえる。どうしてこの気持ちを伝えられる語彙が私の中に無いのだろう。ただのありがとうでは足りないのに、それ以上に言うべき言葉が見つからないもどかしさを、どうすれば解消できるのだろう。許されるなら今すぐこの子達をヴァンの前に連れて行き、彼の眼前で叫んでやりたい。お前が無価値と断じた子達は、これほどまでに人を想う優しい子達なのだと。この子達のどこが無価値か。純粋に人を喜ばせようと努力できることがどれほど尊いことかをあの男に教えてやりたい。

 

「えっへへ~、大成功だね、皆!」

 

「ぶい」

 

「苦しゅうない」

 

「お前はどの立場なんだよフィオ。ま、成功してよかったね」

 

 私にとって今日は忙しさからようやく解放された一日だった。

 

 そして何ものにも代え難い価値ある一日にもなった。




貫禄の一万字越え

番外編で本編以上の文字数になるだらしねえ作者がいるらしい

普段は投稿速度と読みやすさのバランスで5000字前後を狙っているのですが、筆が滑りまくった結果この文字数に

ネタを投げて頂いて本当にありがとうございます

これで番外編5話を投稿したので第二部の書き溜めを進めます。思った以上に早く番外編が書き上げられたのでGW中には開始出来るかもしれません。番外編も同時進行で書き進めます

追記)
感想でディストの自称と他称をしていただいたので一部修正。なんですぐ上で自称薔薇って書いてるのにその下で自称死神って間違えるんだ自分は……
指摘いただいた方にこの場で感謝申し上げます。ありがとうございました


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

モース様がもし女性だったら

モース様の性別を反転させたらどうなるのかを考えてみました

TSモース様はテンプレ的に黒髪ロングの美魔女なんだって?

本編の一部が致命的にアウトになる……


アリエッタとアニスの場合

 

 

「お母さん!」

 

 その声と共に胸に飛び込んできた少女を私はそっと受け止めた。胸に顔を埋めたその子は、少しモゴモゴと不可思議な鳴き声を上げた後、私を見上げてにへら、と緩んだ笑みを浮かべた。その安心しきった表情に私もつい顔を緩め、彼女の柔らかな桃色の髪に右手を置いた。

 

「どうしましたか、いつも以上にご機嫌そうですねアリエッタ」

 

「うん! さっきまでママと会ってきたの! それで帰ってきたらお母さんにも会えたから!」

 

「そうだったのですね。久しぶりにあなたに会えてライガクイーンも喜んでいたことでしょう」

 

 話しながらアリエッタは私の左側に立ち、私の左腕を抱き締めながら満面の笑みで語る。彼女が私を母と呼び始めたのはいつ頃からだったか。初めて呼ばれたときは寝ぼけて言い間違えたのかと思ったが、二度三度と続けばそうではないと分かる。否定しようものなら彼女が泣いてしまうことは容易に想像できたためそのままにしていたら、気が付けば私も彼女にそう呼ばれることに慣れてしまった。

 

「お母さんはまだ仕事なの?」

 

「ええ、まだしばらくはかかりそうです」

 

「そっかぁ……」

 

 私の言葉にアリエッタは見るからに落ち込んでしまう。そんな彼女の頭に右手を添えて宥めつつ、私はどうしたものかと廊下を歩きながら頭を悩ませていると、私の背中に何かがぶつかるのを感じた。いや、ぶつかるというか、へばりついたというのがより正確な表現かもしれない。

 

「モース様ぁ! アニスちゃんただいま帰りましたー!」

 

「やっぱりあなたでしたか、アニス」

 

「む……」

 

 左腕に感じる締め付けが強くなったのを感じながら、私は肩越しに背後を見やる。そこには癖のある黒髪を左右で結んだ少女が満面の笑みで私を見上げていた。

 

「きちんと導師イオンはお守り出来ましたか?」

 

「もちろんです! さっきお部屋にお送りしてきたところですよぅ」

 

 アニスがそう言うのならば、導師イオンが気を利かせて今日の彼女の仕事の終わりを告げたのだろう。今回の支部訪問には同行できなかったため、普段よりも彼に負担をかけてしまったかもしれない。後日導師イオンを訪れて労ってあげなくてはなるまい。

 私は尚も背中にへばりつくアニスを私の右手側に誘導する。これで私は二人の少女に左右を挟まれる形になったわけだ。

 

「アニス、お母さんから離れて」

 

「うげ、いたんだアリエッタ。モース様にくっつくのにアンタの許可なんかいらないもんねー」

 

 そして私を間に挟んでいがみ合いを始める二人。こうして二人が顔を合わせると決まってこんなことになってしまうのだ。偶にならば微笑ましいで済ませられるが、毎回となれば放っておくわけにもいかない。

 

「二人とも、いつも言っていますが何故そう喧嘩腰なのですか。少しは仲良くですね」

 

「でもアニスが!」

「アリエッタが!」

 

「「いっつもモース様(お母さん)を独り占めしようとするから!」」

 

「「むうぅぅ!」」

 

 私が仲裁しようとすれば二人して息ピッタリに私に詰め寄って声を合わせ、そして直後にそのことに気付いて互いに頬を膨らませる。その息の合い方に本当は仲が良いんじゃないだろうかと思ってしまう。当人たちは自覚していないだろうが、そうやって些細なことで張り合おうとするのはまるで年の近い姉妹のようだ。

 

「はいはい、そう喧嘩するのはよしなさい。仕方ないですね、ちょうどお昼時ですから、三人で食事に行きましょう。一緒にご飯を食べれば仲良くなれるでしょう?」

 

 そして私が口に出すのはいつものセリフ。こう言えば二人とも顔を輝かせて頷くのだ。そんなところも仲が良く見える一因なのだが、二人に言っても一向に認めようとしない。

 

 いや、むしろ敢えて仲が良くないと言い張って私と会う度にこれ見よがしに言い合いをしているのだろうか。そうすれば私が二人を誘って食事に行ったり、何かしら構うということを見越して……? だとすればとんだ策士な二人だ。

 

「アニスちゃんはパスタが食べたいでーす!」

 

「アリエッタはハンバーグが……!」

 

「「むうぅぅ!」」

 

 いや、本当にただ張り合ってるだけなのかもしれない。

 

 


 

 

バチカルでナタリアの出生が明らかになった場面で

 

 

「子どもを守るのは大人の役目。例え血の繋がりが無くとも、今まで築き上げてきた絆を否定できるものですか」

 

 ナタリアと導師イオンを後ろに庇いながら、私はインゴベルト王を鋭く睨みつける。

 

「王の重責の耐え難きことは私には想像もつかないことです。しかし、親としての情を忘れ去ってしまったわけではないでしょう。お考え直し下さい、陛下」

 

「ええい、黙れ黙れ! ラルゴ、この女を黙らせろ!」

 

「……ここまでか、俺も腐りきったものだな」

 

 私の言葉を打ち消すように叫んだ詠師オーレルの命令に、ラルゴは自嘲するように一言呟いて私の前に立ちはだかった。

 

「モース、情深き大詠師よ。武器を降ろせ、そして投降しろ。俺はもはや戦士として見下げ果てた男に成り下がった。それでも俺に誇り高い女を手に掛けさせてくれるな」

 

 大鎌を構えるラルゴはそう言って私に投降を促す。だが、それに対する私の返答は決まっている。私はメイスをラルゴに向ける。

 

「愚かな女と笑って頂いても構いません。それでも、私はここを退くべきではないのです」

 

「……そうか、ならば俺もお前を一人の戦士として打ち倒そう」

 

 私の言葉にラルゴはため息をついて大鎌を握る手に力を籠め、体勢を低くした。かの巨漢の突進を押し留められる力は私には無い。しかしここで果てるとしても、私はここを退くことはないだろう。

 

「一刀にて仕留め……ぐぅお!?」

 

 だが、ラルゴの刃は私に届くことは無かった。その前に彼の背後から強襲した影があったからだ。

 

「何を……」

「何をしている! シンクゥ!」

 

 私の声に被せるように詠師オーレルの怒号が響く。ラルゴを襲ったのは先ほどまでオーレルの横に控えていたシンクだったのだ。

 

「何故ラルゴを攻撃している! やるならば目の前にいる売女の方であろうが!」

 

「おやおや、これは……」

 

 怒り狂う詠師オーレルの横で、ディストがニヤニヤといつもの笑みを浮かべている。

 

「悪いけどあんたの頼みはもう聞けないよ。寄ってたかって女子供をいい大人が囲んでさ。情けないとは思わないの?」

 

「シンクぅ……、貴様、自分が何をしているのか理解しているのか!」

 

「少なくともあんたに従うことは嫌だって理解はしてるよ」

 

 シンクはそう言って私の隣に並ぶ。それとほぼ同時くらいのタイミングで背後の大扉が蹴り開けられ、アッシュが謁見の間に飛び込んできた。

 

「おい、どういう状況だ」

 

「良いところに来たね。今くらいは黙ってボクを手伝いなよ。王女サマを逃がしたいんだろ?」

 

「ッ、後で事情を聞かせてもらうからな」

 

 そしてアッシュに続くように乱入してきたルーク達とクリムゾンの助けもあり、私とナタリア、導師イオンはバチカルを逃げ出すことに成功したのだった。

 

 


 

 

スキット「ケテルブルクの夜」

 

 

「あなたとこうして酒を酌み交わす日が来るとは思いもしませんでした」

 

「それを言うなら私こそ、稀代の女性大詠師と謳われるあなたと酒の席で語り合えるとは光栄ですねぇ。いやはや、噂通り近くで見ても年齢不詳ですね」

 

「何を背伸びしているのですか。私のような老いぼれにお世辞を言ってどうします。それを言うならあなたも歳が分からない見た目でしょうに」

 

「いやいや、今でも十分お若いですよ?」

 

「そのような話をするためだけにこの場を設けたわけではないでしょう?」

 

「……ローレライは地核であなたの名を呼びました」

 

「それは……寝耳に水ですね」

 

「あなたには第七音素(セブンスフォニム)の才は無い。そのはずです。では何故ローレライはあなたを指して預言(スコア)の行く末を聞けと言ったのか」

 

「何が言いたいのですか?」

 

「私の見当違い、考えすぎならば笑って頂いて結構。私自身、荒唐無稽過ぎて笑い飛ばしたくなるような話です」

 

「だから、何が言いたいのですか」

 

「あなたは、始祖ユリアを継ぐ者ではないのかと」

 

「……は?」

 

「血筋で言えばティアやヴァンがその血を継ぐ者なのでしょう。ですが、それとは別にローレライが選んだ次の契約者があなたではないか、と」

 

「……それは誰か他の方に言ったりはしましたか?」

 

「まだ誰にも。こんなこと言いふらしてしまえば頭がおかしくなったと思われますからね」

 

「そうですか、良かった」

 

「それはどういう意味でですか?」

 

「どうもこうも、あなたが狂人扱いされることがなくて良かったということですよ」

 

「ということは私の考えすぎ、ということでしたか」

 

「私が始祖ユリアを継ぐ者? そんなはずが無いでしょう。子ども達に笑われますよ、そのようなことを言っていては。いや、あなたにもまだそうした少年のような気持ちが残っていたということでしょうか」

 

「……この歳になって頭を撫でられるとは思いもしませんでしたよ」

 

「おっと、すみませんね。深刻な雰囲気でそんなことを言うものですから、あなたが可愛く思えてしまいまして」

 

「もうそんな歳でも無いのですがね」

 

「まあまあ、そう言わずに」

 

「……あなたは始祖ユリアを継ぐ者では無いのかもしれませんが。あなたに色々と狂わされた人は多そうですね」

 

「?」

 

 


 

 

おまけの一幕「殺意の波動に目覚めた子ども達」

 

 

「何とかモースをダアトから救出したのは良いが……」

 

「ガイ、何とかしてくれよ」

 

「無茶言うなルーク」

 

「主席総長許すまじ……」

 

「モース様に薬を盛る……? いくら兄さんでも」

 

「ヴァンは超えてはならない一線を越えました」

 

「アニスとイオンとティアが怖い……」

 

「女性恐怖症がひどくなりそうだ……」

 

「止めておきなさい、ルーク、ガイ。今のアニス達に不用意に触れるものではありませんよ」

 

「ジェイドが真顔で止めるレベルか」

 

「気のせいかティア達の背後に黒いオーラみたいなものが見えるもんな……」

 

「唯一の癒しはナタリアくらいか」

 

「モース……あなたの分まで私がヴァンを誅してみせますわ」

 

「ダメみたいですね」

 

「よし、ルーク、あっちに行こうな」

 

「お。おう……」

 

 




モース様の性別が反転するだけでアニス達の反応が数倍過激になる模様

なお教団内の大詠師派閥の中に「預言脱却派」、「モースに惹かれて従う派」に加えて「とにかくモース様でおぎゃり隊」が増えるとか増えないとか


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

【朗報】モース様、マイソロ参戦【聖人追加】

凝りもせず番外編を投稿してしまいました

今回のネタは活動報告にもいくつか頂いていました

綺麗なモース様がマイソロ参戦決定したようです



1:名無しのレプリカ ID:8Z6Ab5Pcg

速報 モース様、次回のレディアントマイソロジーに参戦決定!

以下ソース↓

https://www.tamitsu.com/news/20xx0y/29z602pq.html

 

 

5:名無しのレプリカ ID:6GV5MNevk

っぱ天下のバンナ〇なんだわ有能&有能

 

 

 

10:名無しのレプリカ ID:Gd5RwQW8k

ソースも有るとかこの>>1有能杉内?

 

 

13:名無しのレプリカ ID:z4M1cKKgt

モース様はマイソロでもぶっ壊れなんやろ、ワイには分かる

 

 

16:名無しのレプリカ ID:sZcLuBCjP

ありがとう……ただただありがとう……!それしか言葉が見つからない

 

 

18:名無しのレプリカ ID:GXIVzND33

絶対鬱展開許さないマンがマイソロ殴り込みか。全ての悲劇フラグを一身に集めて世界を救いそう

 

 

22:名無しのレプリカ ID:Po84yXcT3

>>18モースレクイエムか

 

 

23:名無しのレプリカ ID:k0H2YvUie

ワイ性能厨もモース実装にはニッコリ

今回も無限コンボ期待してます

 

 

27:名無しのレプリカ ID:zlMxfJn21

モースなら無限コンボ実装されてそう。そしてまた作中でトンチキ理論展開して周りが呆れてそう

 

 

29:名無しのレプリカ ID:ij2ba7+V1

毎朝のラジオ体操のノリで新技術開拓したモース様を信じろ、きっとマイソロでも意味わからん理屈で意味わからん戦法開拓してるから

 

 

34:名無しのレプリカ ID:KXdLYOJwN

ラジオ体操のノリで草。確かに言われたらその通りだわ

 

 

36:名無しのレプリカ ID:1dC9WXZXI

てかマイソロ次回作ってヴァンも参戦するやんけ!今回は敵じゃなく味方として戦えるオジサン'sが見れるんですか!?

 

 

37:名無しのレプリカ ID:c1Ol/rV8U

ヴァンとモースの共闘か。胸熱だな

 

 

42:名無しのレプリカ ID:RzKSiFOKc

本編はどうしてこうなったって言いたくなることばかりだったからね……

やっと二人が和解出来るんやなって

 

 

44:名無しのレプリカ ID:ugkFQNu/m

合法的にモース様の息子or娘になれるってマ?予約不可避なんだが?

 

 

45:名無しのレプリカ ID:FIShF9Syv

オギャる丸が出たぞ!

 

 

50:名無しのレプリカ ID:3I4w1/ZRZ

オギャり隊の人間は隔離スレに返ってどうぞ

 

 

54:名無しのレプリカ ID:ZhOjTlAAQ

男キャラ、しかも特にイケメンでもないのにここまで人気でたキャラって珍しくないか?

いや、かく言う俺もモース様好きだけどさ

 

 

58:名無しのレプリカ ID:iX2//XioA

作中屈指の聖人だからね、致し方なしたかし

各作品の宗教キャラは皆コイツを見習えと。おうマーテル教お前らのことだよ

 

 

63:名無しのレプリカ ID:D7suWmHGG

人間牧場はNG

モース様がいたらレミエルをノータイムでぶん殴りにいきそう

 

 

68:名無しのレプリカ ID:BvJ+Jr6dX

シンフォニア世界にモース様いたらコレットへの仕打ちにブチギレてミトスをステゴロでボコボコにしてそう

 

 

70:名無しのレプリカ ID:+IKlPfDw4

いや、ミトスが英雄だった時代に生まれて息子堕ちさせてるかもしれん

 

 

74:名無しのレプリカ ID:0WkZZNOYd

それモース様が死んだら闇落ち不可避じゃないですかヤダー

 

 

79:名無しのレプリカ ID:pIMwK4ihU

マーテルに加えてモースを蘇らせようとするミトス……?

 

 

82:名無しのレプリカ ID:fDW9i39r+

スレチなのでそろそろ止めろ。今はマイソロにモース実装の話だ

 

 

87:名無しのレプリカ ID:nGGid6K+2

実際めちゃくちゃ言われてたしな。アンケート書いて送りもしたし

 

 

92:名無しのレプリカ ID:ejWWfnqOy

前作でヴァンが実装されたのにモースがいなかったからスレ民が大暴れしたのは懐かしい思い出

 

 

93:名無しのレプリカ ID:na2SSaWf0

そら(仲間キャラ差し置いてラスボスが参戦したんだから)そう(怒る人も出てくる)よ

 

 

97:名無しのレプリカ ID:+5gDPr8ah

しかも作中でモース登場匂わせあったから余計にな

 

 

99:名無しのレプリカ ID:8Fe038xAa

隠し要素だと思って何周もやり直したワイの怒りをどうしてくれよう

 

 

102:名無しのレプリカ ID:lpEgT9bxC

解析で結局キャラデータが無かったから参戦しないって明らかになったときの絶望は計り知れない

 

 

105:名無しのレプリカ ID:FHXwv/L2A

ヴァン「ライマ国で剣士として最上位である自負はある。だが、ライマ国では私と肩を並べる戦士がもう一人いる。恐るべきことにその男は戦士ではなく教会の神父なのだがな。多彩な術と戦技を途切れることなく扱う術を持った男。私が唯一隣り合うことを認めた男だ」

こんなん絶対モース様が参戦するって思うやん

 

 

109:名無しのレプリカ ID:Afpy6bpyt

改めて見て思ったけど相変わらずヴァンからクソデカ感情向けられてて草も生えない

 

 

111:名無しのレプリカ ID:7XnGhKJha

アビスのときもそうだったけどヴァンはモース好き過ぎ問題

 

 

114:名無しのレプリカ ID:2IuB19sYg

モース様は嫁が多すぎる……

 

 

119:名無しのレプリカ ID:hXq0mHPr8

五等分のモース様?

 

 

122:名無しのレプリカ ID:Fwxn7EDZS

カンタビレ、ティア、アニス、ジェイド、イオン、ヴァン、ディスト、フローリアン兄弟、シンク、ハイマン

いかん、五等分じゃ足りないぞ

 

 

127:名無しのレプリカ ID:FrZSHxooR

その中で一番クソデカ感情向けてるのがよりにもよって副官のハイマン君という罠

 

 

131:名無しのレプリカ ID:pXoGiOG55

モース様のダアトでのサブイベントは……心が震えましたね(恐怖で)

 

 

135:名無しのレプリカ ID:UMcjDfEZZ

ここはマイソロスレだ。アビスの話はアビススレに行くのだ

 

 

140:名無しのレプリカ ID:RFoVqcYKE

実際モース様の性能どうなるんだろうな

 

 

144:名無しのレプリカ ID:NZTZ+/0fn

相変わらずステ的には低いけどコンボの暴力でハメ技出来ちゃうぶっ壊れに一票

一人で999コンボも夢じゃない

 

 

145:名無しのレプリカ ID:ZpCpeYPFb

けどモース様大正義の性能にするわけにもいかんじゃろ。キャラ多いんだし

 

 

149:名無しのレプリカ ID:aMiTAV9ob

あえてのサポ特化型の可能性

 

 

154:名無しのレプリカ ID:2ueLdM0jG

自分にバフ盛りまくって殴りかかるストロングスタイルか

 

 

155:名無しのレプリカ ID:n80S09Z24

前作のレディアントドライブみたいなシステムあったらモース様の強み消えるからな

 

 

157:名無しのレプリカ ID:tGvTeI/MN

確かに。そう考えると独自の強みをどう作るんだろうか。本編の設定的に特化した強みがあるわけじゃなかったし

(一人だけRPGの世界で格ゲー染みたコマンドゲーしてたことから目を背けつつ)

 

 

158:名無しのレプリカ ID:mGRQxDYeH

強みがないとは一体……?

 

 

161:名無しのレプリカ ID:FWUaJ3UyT

戦闘性能よりもミントとかフィリアみたいな教会組やその他年少組との絡みの方が気になる

絶対保護者ポジだろ

 

 

163:名無しのレプリカ ID:RsgfMiENB

他作品を見ても随一の保護者力を誇ってるからな。そらそうなる

 

 

166:名無しのレプリカ ID:EqAdv1iBk

自己犠牲精神の塊エステルVS自己犠牲精神の塊モース

ファイッ!

 

 

168:名無しのレプリカ ID:2o1mCLlT/

互いにボロボロになりながら互いを守り合ってそう

 

 

173:名無しのレプリカ ID:bNIwdgIiy

世界を救うために命捨てるなんてダメです!って互いに言いながら自分の命投げ出そうとしてそう

 

 

175:名無しのレプリカ ID:xLCb8Yyhx

世界で一番不毛な争いしてそう

 

 

179:名無しのレプリカ ID:RuFBe9njj

ナタリアのポイズンクッキングを矯正したモース様ならアーチェの料理もまともにしてくれるはず……

 

 

184:名無しのレプリカ ID:E5i8dta+/

ストレスとは別の要因でモース様の胃に穴が空くのでNG

 

 

188:名無しのレプリカ ID:d+wiOpqGN

モースのことを問題を放り込んだら解決してくれる便利なダストシュート扱いするんじゃない

 

 

192:名無しのレプリカ ID:xahFergck

このゴミ箱、ゴミを入れるたびに自分の身を削って処理してくれるんです

 

 

195:名無しのレプリカ ID:6qqO089WJ

吸引力の変わらない唯一つの厄ネタ処理機

 

 

197:名無しのレプリカ ID:i5eoDLXc4

モース様が何をしたというのか。自分から厄ネタに突っ込んでいってるから仕方ないんだが

 

 

201:名無しのレプリカ ID:YOYE9M1DC

レイヴンと飲み友達になる。絶対なる。俺にはその未来が見える

 

 

206:名無しのレプリカ ID:DTvRbq6k2

ユージーンと絶対仲良くなれるぞモース様

 

 

207:名無しのレプリカ ID:wHn9pO/85

お互いに良識持った大人だしな。成熟した大人同士の会話が楽しみなんじゃ

 

 

208:名無しのレプリカ ID:shlGiPR0P

モースとユージーンとヴァンとレイヴンが静かに酒を飲む横でユーリが騒がしくしてフレンに怒られる様子がミエルミエル

 

 

211:名無しのレプリカ ID:X8JRMWpdp

コハクを守るヒスイを守るモース様が見れる可能性が?

これはドキがムネムネしてきましたね……

 

 

213:名無しのレプリカ ID:95fIJMmMD

続報 モース様、次回作でもやっぱり保護者な模様

制作P「モースは皆さんの期待通り、大人として主人公を含め子ども達を導く役割を担っています」

https://www.tamitsu.com/news/20xx0ut/interview.html

 

 

218:名無しのレプリカ ID:nx3N5LZnk

>>213有能有能&有能

やっぱモース様は保護者なんやなって

 

 

222:名無しのレプリカ ID:GjZcEVF6e

制作プロデューサーのインタビュー全文読んだけどなんか不穏じゃないか?

「これまでの主人公は最後には世界樹へと還っていきました。謂わば世界を救う代償として自らを犠牲にしてきたわけです。そんなことをモースが許すとは思えなかったので今作のストーリーはとても悩まされました。アビスであそこまで強烈なインパクトを残したキャラクターです。今回の参戦に当たって何か挑戦すべきじゃないかと議論を重ねました。結果としてモースは想像以上のものを背負ったと思います。それがモースというキャラクターだと思います」

 

 

227:名無しのレプリカ ID:iA3G5LUkm

なんだこの死亡フラグ濃厚なインタビューは……

 

 

232:名無しのレプリカ ID:J7D67R6oF

発売前から死亡説流れそうで草

 

 

233:名無しのレプリカ ID:9hTB2/9YH

マイソロはお祭りゲーなんや……誰も死なないハッピーな世界なんや……

 

 

237:名無しのレプリカ ID:3/AyKU8Nr

なお主人公は毎回世界樹に還る模様

 

 

240:名無しのレプリカ ID:wiV2s9j9f

そりゃプレイヤーの分身なんだもの。ストーリーが終わればゲームからは消えるんだわ

 

 

245:名無しのレプリカ ID:KVG2LREr1

なおモース様はそれを許さない模様

 

 

248:名無しのレプリカ ID:EbmQlVm9A

その結果モース様死亡とかになったら笑えんぞマジで

俺はただモースとヴァンが並んで戦ってる姿が見れたら満足なんだ

 

 

251:名無しのレプリカ ID:L50WZGhMU

スレチだから言わないがアビスでもあれだったからな。特にシナリオ後半

 

 

256:名無しのレプリカ ID:7mNstDERg

びっくりするほど自己犠牲が似合うモース様だからな。絶対主人公の代わりに自分が世界樹に還るとか言い出すぞ。俺は詳しいんだ

 

 

259:名無しのレプリカ ID:1a0sUctsk

「大人が子ども達より長く生きてきた理由は、こういうときに子ども達を守って先に逝くためなのですよ」

世界樹に還るモース様のセリフが容易く予想出来るな

 

 

264:名無しのレプリカ ID:i6DNcItRS

>>259ガチで言いそう

 

 

266:名無しのレプリカ ID:4WrJeLHfP

マイソロ参戦でワクワクしてたスレ民がインタビュー記事で急に怯えててワロタ

 

 

269:名無しのレプリカ ID:pg0uWSDgl

でぇじょうぶだ!世界樹なら何とかしてくれる!

 

 

273:名無しのレプリカ ID:S3uecuQtS

欠片も信用できないんですがそれは

 

 

274:名無しのレプリカ ID:ZDtG8Mj9E

何だろう、発売前のワクワクとは毛色の違うドキドキが俺を襲っているんだが

 

 

 




本編は順調に書き溜めが進んでいるので予定を早めてGW中には第二部開始が出来そうです。お待たせして申し訳ございません。おかげさまで連休中毎日更新できるくらいのストックが作成できそうです

第二部開始は5月3日を予定しています


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

光の亡者と化したモース様(モース様ラスボスルート)

ふと頭に浮かんだ小ネタを供養します

モース様はアマッカスをインストールしたようです


「……つっまんねぇ」

 

 バチカルで最も高い階層に位置する屋敷。その一室で、赤毛の少年は不貞腐れた表情で零した。七年前、記憶を全て失ってから久しく、彼は生活に何不自由しない豪華な屋敷の中で、不自由な暮らしを強いられていた。

 

「ガイの奴も今日はどっか行ってていねーし。ヴァン師匠もいねーし」

 

 見上げていた空から視線を外し、ルークはベッドに転がった。背中を覆うまで伸びた髪がベッドに無造作に広がる。

 まだまだ日は高いけれど、このまま寝てしまおうか。そう思っていた矢先のことだった。扉がノックされる音が部屋に飛び込んできた。

 

「ルーク様、いらっしゃいますか?」

 

「ん、おう。入っていいぞ」

 

 こうしてルークの部屋に入る前にお伺いを立てるのは屋敷の使用人だ。使用人とはいえ、流石にベッドに寝転がったままでは体裁が悪い。そう思ったルークはベッドから起き上がって手早く髪を整えると、入室の許可を出す。ルークの許可を得てから開かれた扉の先には、屋敷に仕えるメイドの一人がしずしずと頭を下げていた。

 

「失礼します。ルーク様にお客様がお見えになっております」

 

「客、俺に?」

 

「はい! ルーク様お待ちかねの、ヴァン謡将と大詠師モースがいらしてますよ」

 

 メイドが笑顔で言った言葉に、ルークは先ほどまでの退屈そうな雰囲気はどこへやら、パアッと顔を輝かせた。

 

「ヴァン師匠とモースが来てるのか!? 今日は稽古の日でもいつもの預言(スコア)を詠みに来る日でもないだろ?」

 

「どうやら火急の用件とかで、クリムゾン様をお訪ねになったらしいのですが、ルーク様にも是非お会いして下さいと言ってまいりました」

 

「さっすが! サンキューな。またペール達も交えてお茶会でもしようぜ!」

 

「ええ、行ってらっしゃいませ」

 

 見かけに合わないはしゃぎようを見せて部屋を飛び出していくルークをメイドは微笑ましげに見送った。

 そんなメイドの視線を背中に受けながら、花壇の世話をしているペールの脇を駆け抜け、ルークはいつも食事を摂っている食堂へと慌ただしく駆けこんだ。

 

「ヴァン師匠! モース!」

 

「……ルーク。もう少し落ち着きなさい」

 

 食堂に飛び込んできたルークを迎えたのは、父であるクリムゾンの厳しい声。それに対し、少しバツが悪そうに頭を掻いたルークだが、クリムゾンと共に部屋にいる人物を目にするとすぐに気を取り直した。

 

「ルーク、私を師匠と呼んでくれるのは嬉しいが、それならば大詠師モースにも敬称を付けるべきだぞ」

 

「いえいえ、それだけルーク様が心を許して下さっている証拠です。それに、ルーク様といるときは私はただのモースでいると言ったのです」

 

 苦笑しながらルークを窘めるのは顎髭をたくわえ、歳に見合わぬ風格を備えた神託の盾騎士団の主席総長、ヴァン。一方、そんなヴァンの横に座り、穏やかな笑顔を浮かべたままルークに手招きしているのはローレライ教団の大詠師、モース。ルークはモースに招かれるままに彼の隣に座った。

 

「今日はどうしたんだよ、稽古の日でも伯父上に呼ばれたわけでも無いんだろ?」

 

 ルークはウキウキとした様子を隠そうともせずにモースとヴァンに問いかける。

 

「少しファブレ公爵にお伝えすることがありましてね。最近会えておりませんでしたが、ルーク様はきちんと良い子にしておられましたか?」

 

「子ども扱いすんなよなー。ちゃんと使用人たちとも上手くやってるし、嫌いな勉強だってやってるんだぜ?」

 

「おやおや、それは素晴らしい。昔はあんなに手の付けようがないワガママさんだったのですが」

 

「ちょ、昔の話は良いだろ!」

 

 あらあらうふふとでも言いたげなモースをルークは頬を少し赤らめて遮る。このまま他愛ない世間話でも始めてしまいそうな雰囲気だが、そんな空気はクリムゾンの咳払いで払拭された。

 

「ところで、用件をまだ伺っておりませんが」

 

「おっと、失礼いたしました。これは内密にお願いしたいのですが、導師イオンが何者かに拐かされてしまいまして。ヴァンにはこれからその捜索にあたっていただきます。そして私も混乱する教団本部を治めるためにしばらくはこちらに顔を出せなくなってしまうかと」

 

「えー! マジかよ、師匠の稽古とモースの話が数少ない楽しみだってのに!」

 

 モースが口にした内容は、ルークにとっては受け入れ難いものだった。屋敷に囚われた自分が唯一思いっきり身体を動かせるヴァンとの剣術の稽古も、大詠師の職務であちこちを飛び回っているモースが語ってくれる話も、狭い世界しか知らないルークにとっては無くてはならない大事な時間だ。それを奪われてしまうのは今の彼にとって耐え難い苦痛だった。

 だが、そんな甘えを許してくれる大人は今この場にはいない。

 

「ルーク様、そうは言っても誰かがやらねばならぬ事です。それに、数少ない楽しみと言ってもあなたには使用人たちとのお茶会があるではないですか」

 

「……ってもよ、そんなに頻繁に誘ったらあいつらにも迷惑だしよ」

 

 モースに諭されたルークは、それでもどこか納得がいかないように口を尖らせていたが、これ以上言っても何も変わらないと思い直し、次々に溢れそうになる愚痴を堪え、ヴァンの方へと目を向けた。

 

「それじゃあ今日は俺が満足するまで稽古に付き合ってくれよな、ヴァン師匠!」

 

「勿論だとも。稽古が終わればモースも交えて茶を飲みながら話そう。しばらく会えなくなる分、私もモースもお前が心行くまで付き合うつもりだ」

 

「やりぃ! じゃあ俺中庭で待ってるから!」

 

 ヴァンの言葉に顔を輝かせたルークは、父親であり、当主でもあるクリムゾンへの挨拶もそこそこに食堂を出て行った。それを見送ったクリムゾンが小さくため息を零す。

 

「ハァ、少しは落ち着きを覚えて欲しいものだが」

 

「良いではありませんか。以前のようにただ腐っているだけよりはこれくらい無邪気な方が可愛げがあります」

 

「その節はモース殿にはお世話になりっぱなしだったな。私やシュザンヌよりもよほど子育てが上手だ」

 

「仕事柄、人に説教をするのは慣れていますからね。子どもを諭すのも同じことです」

 

 モースはそう言って懐かしむように目を細める。クリムゾンとヴァンもそれに引っ張られて在りし日のルークを思い起こしたのか、各々に味わい深い表情をしていた。

 

「さて、伝えるべきことは伝えましたし、ルーク様の稽古に行きましょうか」

 

「そうだな、それが終われば茶会か。クリムゾン様も、奥方と参加されてはいかがです?」

 

「……そうだな。それまでに仕事を片付けておくとしよう」

 

 三人はそう言って席を立つ。だがヴァンとモースは知っている。その約束が果たされることは無いということを。ここから全てが始まるのだということを。

 

 


 

 

「全て、お前の思い描いた通りというわけか? モース」

 

 ダアト、ローレライ教団本部の中、大詠師の執務室で二人の男が向かい合っていた。

 

「あなたに以前お話しした通りだったでしょう? 細部は違えど、ここからも大筋は変わりませんよ」

 

 厚い扉を閉ざし、鍵をかけてしまえば、防音処置が施されたこの部屋の会話を知る者はヴァンとモースのみ。だからこそ、二人は何を取り繕うこともなく話が出来る。

 

「末恐ろしいものだな、星の記憶というものは」

 

「あなたが当初考えていた計画すら、この星全体からしてみれば誤差のようなものということ。真に我々の本懐を遂げるにはあなたのやり方では不足ですよ、ヴァン」

 

「だがお前はまだ何か手を打っている。この星から忌々しい預言(スコア)を、ローレライを消し去る手を。だからこそあの日ユリアシティで燻っていた私に声を掛けたのだろう、モース?」

 

 ヴァンは思い返す。ホドが崩落し、唯一残った妹と共にユリアシティで細々と生活をしていたとき、モースが突然訪ねてきたことを。世界への、預言(スコア)への復讐の炎こそ胸の内で燃え盛っていたものの、具体的な計画も何も無かったときに、この男は自分に手を差し伸べてきた。

 

「私が思いついた計画が、かつてお前に渡された封筒に入っていた紙に寸分違わず書かれていたときは流石の私も背筋が凍りつく思いだった」

 

「そうでもしなければあなたが私と腹を割って話すことなどしなかったでしょう?」

 

 それもそうかもしれない、とヴァンは思った。事実、一度は手を差し伸べてきたモースをヴァンは拒否したのだから。だが、自分が胸に秘めた計画を、誰にも話してすらいないその全貌を言い当てられてしまっては、モースを無視し続けることは出来ない。だからこそ神託の盾騎士団に所属し、主席総長となる前からモースとは関係を構築してきた。人を見る目について、ヴァンは相当の自信を持っている。だというのに、モースは全く底を見せない。気付けばヴァンは自らの計画についての助言をモースに求めるまでになってしまっていた。

 

「そうして私はお前と同志、いや共犯者となったわけだ。しかし解せんな。何故お前の知る筋書きのままに進めようとする? それでは何も変わらないだろうに」

 

「いいえ、完全に同じ筋書きにはなっていませんよ。ルークは周囲と打ち解ける術を知り、私はあなたとこうして共犯関係になった。六神将も私の命令をきちんと聞く。ルーク達も私の記憶よりも強くなるでしょうが、彼らに立ちはだかる壁もまた、確実に私が知る筋書きよりも険しいものになった」

 

「それでお前は何を望む? いつも私が聞いてもはぐらかしていたが、ここに至っては聞かせてもらっても良いのだろう?」

 

 ヴァンは何度目になるか数えるのも億劫になってきたかねてからの疑問を再度投げかける。モースはいつも怪しげに笑っては曖昧なことを言って終わらせてきたが、今日は聞かせてもらうまで退く気は無かった。この男がどこまで見据えているのか、何を求めているのかを知りたい。自分でも見通せないその心の奥底に一体どんな恐ろしい考えを沈めているのか。

 モースはヴァンの言葉に少し沈黙し、目を閉じた。その様子にまたしても真意を聞くことは出来ないのかと落胆しそうになるヴァンであったが、次にモースが言った言葉にその不安は払拭される。

 

「そうですね、ここらで話しておきましょうか。とはいえ、隠し立てするほどのものではありませんがね」

 

「ほう、遂に聞かせてもらえるのだな」

 

「ええ、まず初めにあなたの誤解を解くために言っておくことがあります」

 

 ヴァン、あなたの計画はそのまま進めると良いでしょう。

 

 そう言い放ったモースに、ヴァンは暫し言葉を失う。

 

「それはどういう意味だ?」

 

「そのままの意味ですよ。レプリカ計画を進めましょう。そのためにルークを作ったのですから。ルーク達が険しい壁を前にして折れてしまうようであれば、当初の予定通り世界をレプリカに置き換えてローレライを消滅させてしまえば良い」

 

「……それでお前の目的は達せられるのか?」

 

「私の目的はあなたと同じですよ、ヴァン。この世界を預言(スコア)から解放する。ただ、私が知るルーク達であればレプリカ計画などには屈さないでしょう。彼らは強い、私やあなたなどよりも余程。であればこそ、その輝きがもっと強ければ、更に世界はより良い方向へ行くと私は信じています」

 

 人の意志は預言(スコア)になど負けない。私はそれを()()()()()のだから。

 

 そう言ったモースの表情に、かつて己の計画を詳らかにされたとき以上の怖気が背筋を走っていくのをヴァンは感じた。この男はルーク達がレプリカ計画を潰すことを微塵も疑っていない。例えどれほどの困難が襲い掛かったとしても、それら全てを乗り越えると純粋に信じている。

 

「人の可能性は預言(スコア)になど、私の記憶になど縛られたりしないのです。だから私はより険しい壁を用意しましょう。険しい壁があればこそ、それを乗り越えた先にはより素晴らしい未来が待っているでしょうから。そのためならば私自身も彼らの前に立ちはだかりましょう。ですが、人の意志が導く未来を、出来れば死ぬ間際にでも目にしたいものですね」

 

 狂っている。ヴァンが抱いた感想はそれだった。ルーク達に更なる困難を与えるためだけに、この男は全力を傾けようとしている。そしてその困難をルーク達ならば絶対に乗り越えると信じているのだ。曰くモースの頭に巣食ったユリアの預言(スコア)とは異なる星の記憶。それを知ってしまった男は、ルーク達が放つ輝きにその目を灼かれてしまったのだ。

 

「さあヴァン。これからは忙しくなりますよ? 手始めに私も第七音素(セブンスフォニム)を取り込んでも異形とならないように訓練をしなければ。才能が無いなどと嘆いていてはいけません。絶死の可能性をルークが乗り越えたように。私も彼らの前に立つ壁としてより強くあらねば」

 

「……そう、だな」

 

 躍るような足取りで執務室を出ていくモースに続きながら、ヴァンは頬に流れる汗を拭う。人の可能性を信じ切っているこの男は、いずれ自分をも凌ぐ脅威となってルーク達の前に立ちはだかるだろう。そしてその結果、この星そのものが滅んでしまうとしても、それすらも彼らならば乗り越えると盲信して邁進してしまうだろう。

 ともすればヴァン自身を超える狂気。人の可能性に心奪われたがために魔王への道を歩み始めた男を前にして、ヴァンは図らずも自らを冷静に見つめ直す機会を得たのだった。




モース「人間賛歌を謳わせてくれ! この喉が嗄れ果てるほどに!」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

過日のモースとカンタビレ

ふと思いついたネタ供養シリーズ

カンタビレが他愛の無い世間話に興じるようです


「カンタビレ様とモース様はどのように知り合われたのですか?」

 

「んぁ? どうしたんだい、藪から棒に」

 

 ダアト、ローレライ教団本部の一室で、私は怪訝な表情を隠しもせずに声を掛けてきた男に胡乱な目を向けた。

 副官ハイマン。モースが不在の今、ダアトの政務はこの男にその大半が握られている。誰よりもモースの傍でその仕事を目にし続けてきたコイツだからこそ処理できる仕事がダアトには多い。そしてそれをサポートするという名目でサボりに来ているのが私だ。勿論サポートするというのも嘘じゃないが。

 

「いや、変な意味でなく。自分が副官としてモース様にお仕えし始めたときには既にカンタビレ様はモース様とお知り合いでしたし、自分より多くのことをモース様と共有されていましたから。いつからお知り合いなのか気になっただけです」

 

 ちょっと脅かすつもりで睨みつけたわけだが、ハイマンは動じるどころか眉一つ動かすことなく私の目を見て言葉を返してきた。コイツ、仮にも神託の盾騎士団の師団長に威圧かけられて欠片も動じないってのはどういうことだい。モースの傍仕えを始めた当初はまだ可愛げがあったのに、気が付けばちょっとやそっとじゃ小動(こゆるぎ)もしないふてぶてしい奴になっちまった。

 

「いつから、ねえ。そりゃ前導師のエベノス様がご存命だった頃からだし、長い付き合いだね。まだあいつが大詠師じゃなく、私が師団長にもなっていなかった頃だよ」

 

「ほう、そんなに昔から。まだ大詠師でない頃のモース様のお話は気になりますね、良ければお聞かせくださいませんか?」

 

「えぇ? ……まぁ、仕事も一段落しているようだし、構わないか。と言っても面白い話じゃないよ?」

 

 表情は変わらないものの、目だけは興味津々といわんばかりに爛々と輝かせているハイマンからの圧に負け、私は手に持っていた書類の束を机に放り投げた。

 

 そうだね、どっから話すか。やっぱり初めて奴を見たときからかねぇ。最初に見たのは神託の盾騎士団本部の地下修練場だね。ああ、今も日が昇り始めた時間に訓練に出てるあそこだよ。まったく忙しいってのにどっからそんな体力が湧いてくるのか分からないけどね。

 それはともかく、モースを初めて見たのはやっぱり早朝の修練場だったよ。

 

 


 

 

「ふっ……ふっ……!」

 

 日も昇らない修練場の真ん中で訓練用に殊更重く調製されたメイスを蠅が止まりそうなくらいの速度で、まるで身体全体、指先一つに至るまでの動き全てを確認するように振っている奇妙な男が居るっていうのは当時の神託の盾騎士団の中じゃ有名な噂だった。私の訓練時間よりも早い時間だ。全体訓練や教団の仕事も考えりゃそいつはいつ寝てるんだって疑問を覚え、気になったからには一度拝んで話でも聞いてみるかと思ったのが発端だった。

 

「……今日は、ここまでですね」

 

 その男以外誰もいない修練場だからか、そいつの言葉はよく響いた。話しかけても邪魔にならないタイミングも分かったことだし、私は意気揚々と修練場に足を踏み入れてそいつに寄っていった。別に足音や気配を隠すつもりも無かったからか、修練場のど真ん中で肩で息をしているその男はすぐに私の接近に気付いたようで、頭を上げてこっちに視線を寄越した。

 

「朝っぱらから精が出るね。あんなにノロノロ動いてたのはどういうわけか、聞いてもいいかい?」

 

「ええ、別に構いませんが……。先にお名前を伺っても?」

 

「おっと、すまないね。私はカンタビレ。第六師団所属の響士だよ」

 

「初めまして、カンタビレ響士。私はモース。階級は律師です」

 

「おっと、中々のお偉いさんだったか、これは失礼を働いたかい?」

 

「ハハ、構いませんよ。名ばかりですし、何よりここは神託の盾騎士団。それも実力主義の第六師団所属とあれば、私が敬われる筋合いも無いでしょう」

 

「へぇ、あそこまで熱心に訓練してるってのに謙虚なことだね」

 

 ストイックなのか、自分に自信が無いのか。まあどっちにしろ堅苦しい話し方をする必要も無いってのが分かったから良かった。そうして話を聞かせてくれと急かしてみれば、モースはどこか話しにくそうではあったが訓練の内容とその目的を話してくれた。

 

 曰く、身体動作を通して音素(フォニム)を励起させる。

 

 曰く、励起した音素(フォニム)で術技からタイムラグ無しに譜術を発動する。

 

 曰く、そのために普段から寸分違わぬ動作をする体力、筋力を保つための訓練がこれである。

 

 正直に言おう、最初に聞いた時から頭がおかしいんだと確信していた。何なら付き合いが長くなった今もそれは変わらない。そんなことが可能だとは思わなかったし、モースに聞いても実現できるかは定かじゃないときたもんだ。想像出来るか? 言ってみりゃ空を飛ぶために腕を振りながら木から飛び降りるようなことを毎日、何年も続けているようなもんだ。一番おかしいのはそんなことに自分の全精力を傾けられるコイツの狂った執着心だよ。

 

「……ハッキリ言うが、正気の沙汰じゃないね。そもそも、譜術は譜術士に任せりゃいいんだ。譜術を使いたけりゃちゃんと詠唱すりゃいいんだ。自分で何でも出来るように、なんてのは一番の悪手だろうに」

 

 そう言ってやった。モースはそれはそうだと苦笑しながら、私が投げつけてやったタオルで汗を拭う。

 

「ですが、私程度の人間が戦うにはこれくらいの無茶は通さねば」

 

「その無茶が通せる人間を程度、なんて言葉で済まして良いとは思えないけどね」

 

 今の言葉で理解した。頭がおかしいというよりも馬鹿なのだ、この男は。とはいえ、何がモースをそこまで駆り立てるのだろうかという疑問は残る。そりゃあ神託の盾騎士団の人間で弱いままで良いだなんて考えている人間はいないだろう。皆多かれ少なかれ自身の能力を伸ばすことには意欲を見せる。ただここまで非常識なやり方をする人間がいないというだけだ。

 

「どうして見込みも無い訓練に精を出せるんだい? そこまでして戦う力を身に付けなきゃならない理由があるんだろう?」

 

「それは……」

 

 言い淀んだモースの表情を見て、なるほど軽々しく口には出せない事情があるわけだと察した。ただ単純に誰もやっていない戦法を身に付けたいだなんて浅い理由ではなさそうだ。

 

「言いにくいなら構わないさ。会ったばかりであれこれ聞くのも失礼だって分かってるからね」

 

「すみません……」

 

「モースが謝るこた無いだろう。謝るのは私さ、すまなかったね」

 

 こうして話しているうちにモースの息が整ってきたため、私は行くぞと言ってモースの肩に手を置く。何を言われたか理解出来ないのか、キョトンとした顔をしているが、構うこと無くそのまま肩を組んだ。

 

「何を訳が分からないって顔をしてるんだい。お前の訓練は終わったんだろう? せっかくだし私の訓練に付き合ってそのまま飯を食いに行くよ」

 

「初対面なのに遠慮がありませんね……」

 

「気にするんじゃないよ。お前のやってる訓練がどんな結果になるかはともかく、お前自身は見込みがありそうだから興味が湧いた」

 

 訓練を覗き見ていた印象でしかないが、モースの身のこなしは一端の戦士のものと言って良い。本人は否定するだろうが、それこそ第六師団に所属していればかなり良いところまで上がれる能力を持っていることは間違いない。なんだ、神託の盾騎士団に入ってからこっち、実力主義の第六師団とてこの程度かと退屈していたが、どうやら面白い奴もそれなりにいるじゃないか。

 

「仲良くしようじゃないか、モース」

 

「……何がそこまで琴線に触れたのかは検討もつきませんが。望むところですよ、カンタビレ」

 

 笑いながら肩を組んでみれば、モースはそう言って苦笑を零した。

 

 後になってこの男が律師としてこなしている仕事量を知って私は柄にもなく戦慄したよ。この男、一人で何人分働くつもりだと言わんばかりに仕事をする上、朝早くから訓練までしていたんだから。しかもどうやって時間を捻出したのかは分からないが、時折私と模擬戦をすることもあったからね。勝敗? もちろん私の勝ち越しに決まってるじゃないか。

 

 それから何だかんだとアイツは教団内で、私は第六師団で上がっていったからね、それなりに長い付き合いにもなったさ。こっちとしても教団内に融通が利く人間がいるのは助かるし、向こうも師団長と繋がりが出来るのは利益があるわけだしね。

 

 


 

 

「これがモースとの初対面かね。ま、劇的な出会いってわけじゃなかったよ」

 

「なるほど、やはり昔からモース様は真面目なお方だったのですね。私も精進せねばいけません」

 

 ……なんだってこの男は私の話をそうまで熱心にメモ取ってんだろうね。

 

「それで、私が話したんだから今度はお前の番じゃないかい?」

 

「自分、ですか? それこそ自分など大した話ではありませんが……」

 

 私に水を向けられたハイマンはキョトンとした顔でとぼける。無自覚な狂信者っていうのがこれほど厄介なものだなんてね……。

 

「自分などそれこそモース様が大詠師になられてから副官として任命されたのが初めての出会いでしたので。当時は何故自分が指名されたのかさっぱりでした。もちろん今はこの奇跡に感謝して毎日過ごしておりますが」

 

 さらっと重たいことを言ってのけるハイマンに背筋を冷たいものが流れるのを感じた。職業柄あっちこっちで戦う機会があるが、どんな相手を前にしてもこの男程の嫌な汗を流させる相手はいない。モースの周りにいる人間は多かれ少なかれこんな感じになっちまうのが恐ろしい。ハイマンは特にどっぷり漬かっちまってる例だが、私の見てきた限りじゃ今の大詠師派教団職員の3割程度はモース個人について行くと明言しているし、残りも明言こそしてないもののそんな空気を醸し出している。むしろ口に出してない分煮詰まっていてよっぽど()()なっちまってる気がする。それでいて肝心のモース本人がそれには全く気が付いていないのも怖い。モース自身に何かあればローレライ教団が大きく揺れる事態になりかねない。

 これで奴がヴァンみたいな思想を持っていたらと思うとゾッとしない。モースに限ってそんなことは無いと思うのは付き合いがそれなりに長いからだろうか。

 

「良いから良いから、お前が今みたいにモース大好き人間になっちまったきっかけを話してくれよ。何があってそこまでハマっちまったのか私としては気になるんだ」

 

「ハマる、というのはよく分かりませんが。そうですねぇ……」

 

 と言って奴が話し出した内容に関してはあまりにも長くなったので記憶から消すことに決めた。恋人の惚気話でももう少しマシだし、何より惚気話にしては色々と湿度が高すぎる。こいつが女じゃなくて良かったとこれほどまでに思ったことは無かった。

 

「とまぁ、こういった経緯があって私は一層モース様に精一杯お仕えしようと思うようになったわけでして」

 

「……あぁ、そうかい。うん、ご馳走様」

 

「どうされました? どことなくお疲れのようですが」

 

「気にしなくていいよ。安易な気持ちで聞いた私が馬鹿だったんだ……。モースめ、こんな仕上がった奴を放っておいて私に押し付けるんじゃないよ」

 

 これ以上この部屋にいるとハイマンの話で胸焼けがしそうだ。滅多に使わない自分の執務室にでも戻ろうと私は席を立った。

 

「……あんな顔でモース様との出会いをお話ししていたカンタビレ様も私に言わせれば()()()()()()()とは思いますが」

 

「何か言ったかい?」

 

「いえ何も?」

 

 部屋を出る直前に何やら呟いていたハイマンだったが、生憎と私の耳には入らなかった。




番外ネタが浮かぶと本編の筆が止まる不具合

申し訳ございません……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

栄光の大地編
平穏な忙しさと私


お待たせいたしました。第二部開幕です

5月第一週は毎日19時に投稿。第二週からはこれまで同様に週一ペースになります


 外殻大地降下はオールドラント中が知ることになり、尚且つその衝撃は物理的にも精神的にも凄まじいものだった。

 

 ダアトには預言(スコア)を求めた人々が津波の如く押し寄せ、教団本部はその機能が一時的にマヒする事態にまで発展してしまった。導師イオンのカリスマと教団員の献身が無ければダアトの運営そのものまで影響が及んでいたことは想像に難くない。かく言う私も、その混乱に忙殺された一人である。降下の際、私と共にいた市民はまだ混乱がマシであったことが救いであった。とはいえキムラスカとマルクトから雪崩れ込んでくる人々をどう受け入れるか、そしてどう説明をすべきかに多大な労力を割くことになった。それに加え、アブソーブゲートで地核に消えたヴァンの密葬、ユリアシティの存在が明るみになったことに対する教団員への説明、各国との利害調整など、事情を知っている者としてすべきことも山積していたため、ここ一ヵ月はまともに寝た覚えがない。

 

 そんな私は今、執務室の中で追い詰められていた。

 

「あの、皆さん落ち着いては頂けませんか……?」

 

「ボクは落ち着いてるけどね」

 

「アリエッタも、れいせい」

 

 ソファに横たえられ、上から押さえつけられては身動きが取れない。私は肩を押さえ付けているシンクの手を外そうとするが、却ってシンクの手に力が籠められてしまい、私の身体の自由が増々奪われてしまう。そうでなくとも、今の私の身体の上には桃色の髪をばさりと広げた少女が圧し掛かっているのだ。戦況はどう考えても挽回不可能だった。

 

「ボクはアニスからモースのことを頼まれてるからね。無理し過ぎてるようなら多少乱暴でも休ませるようにって」

 

「アリエッタも、大詠師守護役として、お仕事してるだけ」

 

「私はともかくシンクも無茶をしてるでは無いですか。アブソーブゲートでのこと、私は忘れていませんよ」

 

「必要も無いのに自分から剣の前に身を差し出すようなことをしたモースが言えることじゃないよね?」

 

「「……」」

 

 これ以上言っても不毛なことを悟り、私とシンクは互いに押し黙った。私は諦めて身体から力を抜くと、ソファに全体重を預けた。そして私の上に乗っているアリエッタの頭に手を乗せる。アリエッタは私の手を心地よさそうに受け入れてくれ、顔をだらしなく緩める。

 大詠師守護役。この役職はほんのつい最近できたものだ。具体的には外殻大地降下後。更にこの役職が出来たのは導師イオンの強い提言があったためだ。そして初代守護役となったのがアリエッタ。今の彼女は神託の盾騎士団の師団長であり、同時に大詠師守護役でもある。その職務内容は大詠師である私の守護、とされているが実際はお目付け役だ。私が無茶をしているとアリエッタが判断すれば、その情報は導師イオンの耳に入り、導師守護役であるアニスを通じてシンクが私を強制的に休ませようと飛んでくる。このやり取りも既に十回は繰り返されているのだ。

 

「ほら、少しは寝てなよ。アブソーブゲートの調査隊もまだ不審な点は無いって報告してるし、キムラスカとマルクトからの避難民受け入れも多少は落ち着いた頃なんだから、休憩しても問題ないだろ?」

 

「……ええ、そうかもしれませんね」

 

 私はシンクへと向けていた目を天井に移す。アブソーブゲートには定期的にキムラスカとマルクト両軍の合同調査隊が向かっており、調査内容は私も含めて両国に共有されている。それによれば、まだアブソーブゲートの最深部に突き立てられたヴァンの剣はそのまま残っているらしい。それはリグレットとラルゴが動き出していないということを示している。また、カンタビレが主導して行っている神託の盾騎士団によるラルゴとリグレットの捜索も不発に終わっている。出来ればアブソーブゲートに彼らが侵入する前にその動きを捉えておきたい。静かになると、途端に頭の中にはぐるぐると今後のことが巡ってくる。私の知る筋書きとは異なる道を辿り始めているというのに、私は未だに私の記憶に縛られている。預言(スコア)からの解放を謳いながら、その実最も預言(スコア)に縛られているのは私なのかもしれない。

 

「ほら、また難しいこと考えてる」

 

「ん、すみません。考えても仕方ないことだと分かってはいるのですが、ね」

 

 シンクに窘められ、私は頭の中に浮かんでいた取り留めのない考えを振り払う。ふと視線を下げれば、私の上に乗っていたアリエッタはすっかり寝息を立てていた。安心しきった顔で眠るアリエッタの顔を見ると、肩に入りかけていた力が抜けていくのを感じる。この子にここまで信頼されていること、シンクが私を心配してくれることの重みを改めて感じられた。

 

「モースが何を抱えていて、何を不安に思っているかなんてボクには分からない」

 

 シンクが私の傍らに立ちながらポツリと溢す。

 

「無理に聞き出すつもりもないよ。でも、それとは別にそんなモースを心配することもあるってことは理解しておいてよね」

 

「……肝に銘じておきます」

 

 彼の気遣いにそう返すことしか出来なかった。シンクだけではない。私の周りには、私以上に私を大事にしてくれようとする人がいてくれている。導師イオンも、アニスも、ティアだって。自分たちの方が大変だというのに、それを差し置いて私を気遣おうとする。そんなことをしてもらえる人間ではないと思いながらも、弱い私はそんな皆に甘えてしまっているのだ。

 私は頭に何か温かいものが乗せられた感覚を覚え、閉じかけていた目を開く。見上げれば、シンクの右手が私の髪を撫でつけていた。

 

「シンク……」

 

「ケテルブルクでしてもらったことのお返し。ほら、今ここは安全だよ。ボクだって、アリエッタだっている」

 

「ええ……、そう、ですね……」

 

 シンクの声に誘われるように瞼が落ちていく。人に頭を撫でてもらうなど、いつぶりだろうか。まだ小さかった頃、今はもういない両親にそうしてもらったような朧げな記憶が蘇る。確かに、これはとても安心できる。シンクも、アリエッタも、私が撫でたときに同じように思ってくれていたのだろうか。だとすれば、この上なく嬉しいことだが。

 私の意識はいつしか夢の世界に落ちていた。久方ぶりに、よく眠れそうだ。

 

 


 

 

「ヴァンと奴の部下はまだ動き出していない、か」

 

「そうです。ですが、備えるに越したことはありません」

 

 優しい午睡を過ごした私は、今は私を訪ねてきたアッシュと二人きりで執務室にいた。シンクやアリエッタは渋ったが、無理を言って退出してもらったのだ。

 

「ヴァンはローレライを捕らえた。降下作戦の時にローレライから接触してきたことがその証拠だ」

 

 そう言ってアッシュは腰に佩いていた剣を私に見えるように差し出す。黒い音叉、その二又に分かれた部分から銀色の刀身が生えた剣。創生暦時代の記録に、ユリアが携えていたと記されている伝説の剣だ。

 

「ローレライの鍵」

 

「ローレライはラジエイトゲートにいた俺とアブソーブゲートにいたルークに鍵を託すと言っていた。俺に送られてきたのは剣。とすればもう一方に送られたのは」

 

「ローレライの宝珠でしょう」

 

 アッシュの言葉を引き継ぐ。ローレライはやはり地核に逃れたヴァンによって捕らわれたのだろう。そして捕らわれる直前、ユリアとの契約の証であるローレライの鍵を自身の完全同位体であるアッシュとルークに送り込んだ。ローレライの鍵はローレライを地核に縛り付ける楔であり、ローレライを解放するための鍵。剣と宝珠を揃え、ヴァンに捕らわれたローレライを空高くある音譜帯に返してやる。それが私達に与えられた使命になるのだろう。

 

「そうだというのにあの坊ちゃんはローレライの宝珠なんぞ知らないときた」

 

 アッシュが吐き捨てるように呟く。そう、ローレライからのメッセージを受け取ったのはアッシュもルークも変わらない。だが、アッシュはローレライの剣を手に入れたのに対し、ルークはローレライの宝珠を受け取っていないという。その真相は、ルークが構成音素にまで分解されたローレライの宝珠を、コンタミネーション現象を起こして自らの身体に取り込んでしまったというもの。そのため、ルークはローレライの宝珠を受け取ったことを知覚できず、後に再び世界を覆った障気を超振動によって消し去るために自身の体内音素を使い果たして消失寸前になるまで宝珠を取り出すことが出来なかった。

 

「各地のセフィロトを回っちゃいるが宝珠の影も形も無え。あれをヴァンに確保されちまったらローレライの解放が難しくなる」

 

「アッシュ、焦ってはいけません。まだリグレット達は動いていないのです。ルークが宝珠を受け取っていないと言っても何か勘違いをしている可能性があるのですから」

 

「チッ、どこまでも手間を掛けさせるお坊ちゃんだ」

 

 ただ私の口からその真相を言うことは憚られた。そもそも言ったところで自発的にコンタミネーション現象をコントロールできないルークでは宝珠を取り出すことが出来ない。その辺りに関しては専門家に一任しておくのが最も効率的だろう。

 アッシュは苛立たし気に舌打ちをするが、私はそれを宥めるように彼の肩に手を置く。

 

「逸る気持ちも分かりますが、それだけに目を向けて視野狭窄になってしまってはいけません。こういうときこそ些細な喜びにも目を向けなくては」

 

「呑気だな、大詠師。そうやってのんびりしてるうちにまたヴァンに出し抜かれても知らねえぞ」

 

 肩に置いた手を振りほどくことはしなかったものの、アッシュは鋭い目で私を射抜いた。それに気圧されそうになるが、気持ちを引き締めて堪える。そもそも、私の記憶ではこのときのアッシュは神託の盾騎士団からも離脱して無茶な単独行動をしていた。それを思えば今こうして曲がりなりにも神託の盾騎士団に残り、私に協力してくれているだけで彼は大きく変わっている。ならば、私は彼が私の知る運命を辿らないよう、引き留める重石を少しでも多く積み上げよう。

 

「出し抜かれることになったとしても、使命に殉じることだけを追い求めてはいけません。あなたの出生記録や戸籍についてようやく諸々の手筈を整えることが出来たのですから」

 

「!? ってことは」

 

 私の言葉にアッシュは先ほどまでの険しい顔は何処へやら、弾かれたように顔を上げ、その仏頂面に僅かに喜色を滲ませた。

 

「ええ、あなたはダアトで代々詠師を輩出している家系に生まれ、神託の盾騎士団の師団長を務めあげ、今は詠師補佐も兼任している。ダアト内では出生も立場も盤石です。マルクトやキムラスカ貴族との婚姻が出たとしても無理なく受けられる程度にはなったでしょう。王族との婚姻となればもう少し箔付けが必要になるでしょうが、それもこれまでの功績と王女を影ながら守り抜いたことでファブレ公爵家が養子に迎えるというシナリオでクリアできると考えています」

 

 アッシュが置かれた立場はとても複雑なものだ。元はファブレ公爵家の一人息子だが、今はその立場にルークがいる。彼に残されたのは燃え滓(アッシュ)という名と、神託の盾騎士団の師団長、六神将であるという立場だけ。私は外殻大地降下に際し、事情を把握しているピオニー陛下とインゴベルト陛下とクリムゾンを巻き込み、アッシュが元々ダアトのさる家系に生まれ、ヴァンの近くにいながらその野望を阻止するために動いていたことでファブレ公爵家が養子としてアッシュを迎え入れるという話が纏まった。これでアッシュは再び何の臆面も無く公爵家の息子としてバチカルに戻ることが出来るようになる。

 

「……そこまでしてお前に一体何の得があるってんだ」

 

「私の贖いの一つとして受け取って頂ければそれで結構。あなたが恩を感じてくれれば儲け物ですが」

 

「それがお前の謝罪というなら受け取る。恩を感じるかは別だ」

 

 アッシュはそう言って私の手を振り払い、背を向ける。ただ、私を振り払った彼の手も、彼の口ぶりもいつもより優しく感じたのは、私の気のせいだろうか。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

備える者たちと私

 ダアトでの仕事がようやくある程度の落ち着きを見せた頃、私は政務をハイマン君やトリトハイムに任せてベルケンドを訪れていた。

 かつてはキムラスカの譜業研究都市であったベルケンドであるが、今はマルクト、ダアトも関わった国際研究都市になっており、シェリダンとの技術交流も含めて第七音素(セブンスフォニム)の力に頼らない、より省エネルギーかつ高効率な音機関、譜術の研究が盛んに行われている。そしてこのベルケンドの研究施設の一角に、私の目的地はあった。

 

「お邪魔しますよ」

 

「おや、これはまた珍しい客がやって来ましたね。ダアトの運営はよろしいので?」

 

 研究所の一室、ベルケンドの中でも特に潤沢に予算がかけられ、最新鋭の機材に資料が揃えられたその部屋は、音機関、譜業、譜術、とにかく研究に携わる人間であれば憧れない者はいないだろう。そんな部屋の主は入ってきた私を見るといつもの飄々とした口調で語りかけてくる。相も変わらずどのような原理で浮いているのか分からない譜業椅子に腰かけた彼は、恐らく過去一番に輝かしい表情をしていた。

 

「頼りになる部下がいますからね。外殻大地降下の混乱もようやく落ち着きを見せ始めました。ここいらで一度あなた方に顔を見せに行こうと思ったのですよ、ディスト」

 

「ふむ、殊勝な心掛けですね! 素晴らしい! やはり理解あるパトロンというのは得難いものですねぇ!」

 

 私の言葉にディストは高笑いで答える。そう、ここはベルケンドに設置されたディストの専用研究室だ。ヴァンに捕らわれていた私を治療するためにダアトを出奔した際にディストはご丁寧に神託の盾騎士団師団長としての仕事をきっちりと部下に引き継いでいた。そうして身軽になった彼は、マルクト皇帝からの恩赦を受け、私がかねてからの借りを返す意味を籠めてベルケンドに彼専用の研究室を設立するようにピオニー陛下とインゴベルト陛下に掛け合ったのだ。機材や資料は勿論、()()も彼が望むままに。

 

「そろそろ来る頃かと思っていましたよ。とはいえ、まだ研究はあまり進んでいるとは言い難いですが」

 

 その言葉と共にディストの後ろから現れたのは白衣を纏った紅瞳の眉目秀麗な男。マルクト軍人でありながら、譜術研究、フォミクリー技術の第一人者であるジェイド・カーティス大佐だった。彼は今マルクト軍の研究所から出向という形でディストの研究室に身を寄せている。常駐しているわけではないが、それなりの頻度でベルケンドを訪れ、ディストとフォミクリーを始めとする様々な課題について議論と検証を重ねているようだ。

 

「久しぶりですね、ジェイド。何か不自由していることはありませんか?」

 

「ええ、お久しぶりです。不自由どころか、研究には快適過ぎて中々マルクトに戻るのが億劫になってきてしまうほどですよ。何せこの研究室には太客がついているものですからね」

 

 私の問いにジェイドは肩を竦ませながら笑う。言葉は皮肉っぽいが、随分と柔らかな口調になったものだ。この分なら、ディストともうまくやれているのだろう。

 

「ならば良かった。あなたにはディストと共にやって頂きたいことばかりですからね」

 

「人遣いの荒い出資者殿ですね。ま、期待を裏切るつもりはありません」

 

「私とジェイドの二人ならばどんな問題だろうと解決できるに決まっているでしょう! 大船に乗ったつもりで構えてなさい!」

 

 ディストはそう言ってジェイドと肩を組もうとするが、ジェイドはそれを一瞥することすらなく躱すと、私の方へと歩み寄ってくる。

 

「それで、今日は何を聞きたいので?」

 

「そうですね、コンタミネーション現象というものについて講釈頂ければと」

 

 私がそう言うと、ジェイドの眼が面白いものを発見したと言わんばかりにスッと細められた。

 

 


 

 

「……つまり、コンタミネーション現象とは物質を構成する音素(フォニム)と元素の融合を意味するわけです。本来交わることの無い元素同士を音素(フォニム)が引き合う力によって結び付けていると言えば良いでしょうか。したがって固有振動数の近いものであるほどこの現象は起こりやすいと言えるわけですね」

 

 私の問いから始まったジェイドのコンタミネーション現象に関する講義は、私の予想以上に噛み砕かれて理解し易い内容としてまとまっていた。

 物質を構成するのは元素と音素(フォニム)であり、このうち音素(フォニム)は似たものが互いに結びつこうとする力を持つ。それぞれの物質が持つ音素(フォニム)固有振動数が異なる上、元素同士が互いに反発するため、普段は物質同士が結びつくことは無い。しかし、譜術によって物体の固有振動数を調整し、例えば自らの身体と同調させた上で、元素の反発力を弱めてやることによって物体と人体が融合するコンタミネーション現象が発生する。ジェイドはこの技術を駆使して右腕に槍を融合させており、好きなタイミングで具現化させて振るっているわけだ。もちろん簡単なわけが無い。この技術は一歩間違えば物体同士の反発作用によって重篤な音素乖離現象を引き起こす危険性を孕んでいる。更に言えば、素人がジェイドの真似をして右腕に槍を融合させたとしても、それを二度と取り出せなくなったならばまだ良い方、最悪は予期せぬタイミングで具現化し、更に具現化する場所が右手では無く自分の胸を貫く形になることも有り得る。ジェイド以外にコンタミネーション現象を使いこなしている人間がいないことがこの男の異常な天才性の証左でもある。

 

「なるほど。であれば完全同位体であればある種容易にそうした現象が起こる可能性があるわけですね」

 

「そうですね、理論上はそうなります。……いや、ということはまさか」

 

 私が顎に手を当てながら呟いた言葉にジェイドが頷いていたかと思えば、彼は私に信じられないものを見るような目を向けてきた。

 

「ルークがローレライの宝珠を見つけていないというのは、彼が宝珠をコンタミネーション現象によって体内に取り込んでいるからであると?」

 

「その可能性もあるかもしれないと思っただけです。アッシュが各地のセフィロトを巡っても見つけられなかった。そもそもローレライが送り先を間違えるようなことをするとは中々思えません。ということはルークは宝珠を確かに受け取っている。ただし、それが目に見えない形になっているだけだと考えてみたのです。そもそも剣と宝珠がその形のまま地核から飛び出してくるなんて思えませんしね」

 

「……その可能性は確かに高いです。更に言えばルークはアッシュと違って構成音素(フォニム)第七音素(セブンスフォニム)のみのレプリカ。同じく第七音素(セブンスフォニム)で構成されているであろうローレライの宝珠を取り込むのに抵抗は少ない。そしてローレライの剣も宝珠も、ローレライが生み出したもの。となれば固有振動数もローレライと同じ、ひいてはアッシュやルークとも……。むしろ言われてみて何故この可能性に思い至らなかったのかと歯噛みする思いですね」

 

 やはり大詠師など辞めて研究者になられてはいかがです? と冗談めかして言うジェイドに私は曖昧に笑って返すことしか出来ない。これは私が真相が明らかになった筋道を知っているから。つまりはカンニングして得た答えだ。そんな私が発した言葉でここまですぐに結論を導き出せるジェイドと並んで研究者になるなど烏滸がましいにも程がある。よしんば研究者となったとしても、早晩そのメッキは剥がれて周囲を失望させてしまうだけだ。

 

「それにあなたの仮説が正しいとすれば、やはりオリジナルとレプリカの間で起こるビッグバン現象も……。ディストの研究資料と合致しますね。モース、あなたの言葉でまた一つ道筋が見えたかもしれません。転職先がまた一つ増えましたね」

 

「勘弁してください。私があなたとディストの議論について行けるわけが無いでしょう。そこまで自惚れたつもりはありません。私の素人考えからそこまで発展できるあなた達がスゴイだけですよ」

 

「おや、またフラれてしまいましたか」

 

 短時間で二度も勧誘してきたジェイドに私はきっぱりと断りを入れる。こんな天才たちと共に働いたら毎日劣等感に苛まれてどうにかなってしまうに違いない。思えばこんな天才達に食らいついて研究を続けているスピノザとは末恐ろしい人間なのかもしれない。

 私は脱線しかけた話を元に戻すことを要求するように咳払いを一つ挟む。今話しているのはローレライの宝珠の行方についてだ。それ以外の問題についてはまた別の日に考えてくれればいい。

 

「話を戻しましょう。ルークとローレライの宝珠がコンタミネーション現象を起こしている可能性についてです」

 

「問題はもしそうだとしてもどうやってルークの身体と同化しているローレライの宝珠を取り出すかになりますね」

 

「確かにその通りです。すぐに考え付く方法としてはルークの身体から極限まで第七音素(セブンスフォニム)を乖離させるというものがありますね。自身の構成音素(フォニム)を減らすことで異物、この場合は宝珠の違和感を増幅させ、取り出す」

 

「そのような方法を私が許すとでも?」

 

「もちろん思いませんし、私もするつもりはありません」

 

 ジェイドの発案に、私は拳を握りしめる。その道の先にあるのは避けられないルークの消滅だ。そのようなことを認められるわけが無い。そうならないためにディストとジェイドというこの世界で一、二を争う頭脳を揃え、潤沢極まりない環境を整えているのだから。

 

「もう一つはルークの音素(フォニム)コントロールを向上させる方法でしょうね。各地のセフィロトを操作するときは超振動の出力を調整するだけでした。それに加えて音素(フォニム)で譜術を形成する、実際に回復術を使用して人体に音素(フォニム)が作用する感覚に鋭敏になるなどで自身の内にある宝珠の存在に気付いてもらう。そうすれば後は超振動を放つのと似たようなものだ。自身の中にある宝珠の構成音素(フォニム)を意識し、放つことでコンタミネーション現象は解除出来ると思います」

 

「とはいえ根気強さが求められる方法ですね」

 

「その通りです。それにルーク自身も音素(フォニム)コントロールがあまり得意ではない。ヴァンが動き出すまでに間に合うかは賭けになりますね」

 

「間に合わない前提で動くべきでしょう。それ以外にも解決すべき問題は山積みなのですから」

 

「そうですね。ではルークには訓練をしてもらうようにはしましょう。私からルークに手紙を出します」

 

 その言葉と共に、壁に掛けられた時計が時を告げる。見れば、もう日が落ちる時間だ。気が付けば研究室には私とジェイドしかいなかった。ディストはいつの間にやら帰ったらしい。私は席を立つと、ジェイドに一度頭を下げる。

 

「面倒なことばかり押し付けてしまい、すみません。あなたとディストが頼りなのです。子ども達の為に、お願いします」

 

「……相も変わらず、その身が潰れそうなほど多くを背負っている人ですね。ケテルブルクで私はあなたに言いましたよ、あなたの抱えた重荷を私も背負うと」

 

 そう言ってジェイドは柔らかく微笑んだ。その顔は、彼が戦場に立つ軍人であるとはとても思えないほど穏やかで、そしてあどけない笑顔だった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

動き出した野望の影と私

 その報告が飛び込んできたのは私の気分とは似ても似つかない快晴の日だった。

 

「アブソーブゲートにヴァンの剣が無かった?」

 

「はい、キムラスカもマルクトも緊急会談を開くべきと」

 

 ハイマン君から手渡された調査隊の報告書に目を通しながら、私は頭の中で自身の記憶を反芻する。アブソーブゲートから剣が奪われたということは六神将が遂に動き出したのだろう。私達の捜索も虚しくリグレットとラルゴは追跡の目を振り切ったということだろう。外殻大地降下の混乱に紛れてヴァンを信奉していた一部の神託の盾兵も姿を消していることから、彼らの助けも借りていることは想像に難くない。

 

「会談はどこで?」

 

「両国の中立地点ということでダアト、もしくはユリアシティを希望しています」

 

「でしたらダアトが良いでしょう。警備も厚くできますし、ユリアシティとなると移動手段も限られる」

 

 私は椅子から立ち上がり、ハイマン君を伴って執務室を出る。この情報は導師イオンにも伝えておかなくては。

 

「ハイマン君、出来るだけ早い日程で会談のセッティングを。カンタビレにも連絡をお願いします」

 

「はいっ!」

 

 ハイマン君は心得たとばかりに廊下を駆けていく。細かい指示を出さずとも彼ならこれで十全に準備を整えてくれる。

 私は導師イオンの居室に辿り着くと一度息を整え、ノックの返事が来るのを確認してから扉を開けた。部屋の中では、導師イオンが椅子に腰かけて古ぼけた装丁の本を机に広げていた。蔵書庫から何か持ち出してきたのだろうか。

 

「導師イオン。ヴァンが動き出したようです」

 

「ヴァン達が……。分かりました、キムラスカとマルクトには?」

 

「両国から既に会談の要請が届いています」

 

 私の持つ記憶についておおよそ全てを把握している彼は、私の言葉にも大きな動揺を見せることなく立ち上がった。こういうところは年不相応に落ち着いて見える。とはいえ今はそれがありがたい限りなのだが。

 

「では僕達も動かないといけませんね。第七音素(セブンスフォニム)の大量消費の経路は掴めていないのですか?」

 

「ええ、残念ながら」

 

 導師イオンの言葉に私は否定の言葉を返す。外殻大地降下から暫くして、アブソーブゲート調査隊が地核振動の活発化を報告していた。原因は第七音素(セブンスフォニム)が大量に消費され、それを補おうと大量の記憶粒子(セルパーティクル)が地核で生成されていること。世界が音素(フォニム)に頼らない生き方を模索し始めている中、このようなことをするのはヴァン達しかいない。私は各地の情報部隊を頼って第七音素(セブンスフォニム)の消費地を探っていたが、日々の仕事と並行したそれは大きな成果を上げることが出来ていなかった。ここでも私はヴァンに上手く躱されてしまった形になる。

 

「ですが事態は思ったより悪くありません。アッシュは神託の盾騎士団に残り、宝珠の行方も分かっている。ディストもこちらに協力的ですしアリエッタも味方。ヴァンもしばらくは潜伏するしかないと思います」

 

「その間に僕たちは国家間の協力体制を盤石にしておかなくてはいけませんね」

 

「ええ、その通りです。私の力不足で申し訳ないのですが、世界はまだ預言(スコア)から脱却し始めたばかりで人々は不安の中を生きている。頼るべきではないと分かってはいるのですが、導師イオンのご威光がまだ必要です」

 

「頭を上げてくださいモース。むしろ僕にまだ出来ることがあって嬉しいくらいですよ」

 

 導師イオンはそう言って柔らかく微笑む。彼の導師たる所以がこういったところに垣間見える。どこまでも彼は優しく、人々の為に働くことを厭わないのだから。私は彼の言葉に従って頭を上げると、彼の翠の目を見つめる。夏の木漏れ日を思わせる彼の瞳は、見る者を不思議と安心させてくれる光を湛えていた。

 

「導師イオン、どうか約束して下さい。もしもの時は、自分の身を第一に考えると」

 

「……僕がザレッホ火山で死んでしまうと?」

 

「それは分かりません。ですがあなたを狙う者がいることは事実です。ヴァン達が動き出した以上、警戒し過ぎるということはありませんから」

 

「警戒すべきはあなたの方ですよモース。アブソーブゲートでのヴァンはあなたに並々ならぬ執着を見せていましたから。こうして戻ってきた以上、またどうにかしてあなたを捕らえようとするかもしれません」

 

 導師イオンにそう窘められるも、私は何故あの男が私などにそこまで執着しているのか理解が出来ていなかった。何かがあるとすれば私が捕らえられていたときのことだろうが、肝心の私の記憶が曖昧なため、その理由に思い至らない。とはいえ、ここまで導師イオンが言っているし、更にはアブソーブゲートから帰ってきたルーク達も声を揃えて私に気を付けるように言ってきたものだから私もある程度警戒するようにはしていた。

 

「自分を軽んじているつもりはありませんよ。アリエッタも付いてくれていますし、アリエッタがいないときはシンクも来てくれますから」

 

「それに、あたしもちゃんと目を光らせてるからな」

 

 部屋の入り口から聞きなれた声が飛んできて、私と導師イオンは口を閉じて視線を向ける。そこには扉にもたれかかるようにして黒髪黒衣の女剣士が立っていた。神託の盾騎士団の現主席総長であるカンタビレだ。

 

「ハイマンから聞いたよ。ヴァン達が動き出したんだってね」

 

 カンタビレは私達に歩み寄りながらいつもの不敵な笑みを浮かべた。

 

「そんなに難しい顔してるんじゃないよ、モースに導師イオン」

 

「おっと、そこまででしたか?」

 

「そこまでさ。二人して深刻な顔しても何も解決しやしないよ。ダアトのトップ二人がそんな顔してたら下の人間が不安になる。お前達はいつも通りにしてれば良いのさ」

 

 そう言ってバシンと軽く背中を叩かれる。ともすれば気楽すぎるとも思えるが、いつもと変わらない彼女の態度が今は頼もしい。

 

「そうですね、カンタビレ。僕達にはあなたがついていますからね」

 

「そういうことです、導師イオン。あたし達を使えばいい。モースに押し付けられて主席総長になっちまったんだ。なら給料分の仕事はしてあげないとね」

 

「フフ、頼もしい言葉ですよ、カンタビレ」

 

 導師イオンの顔にも笑顔が戻る。それを見てカンタビレも先ほどまでの不敵な笑みは鳴りを潜め、少し柔らかな表情になった。

 

「ではカンタビレ、早速頼らせて頂いても?」

 

「ああ、言ってみな大詠師モース」

 

 


 

 

「ルーク! ティア!」

 

「イオン! 久しぶりだな!」

 

 ダアト港で出迎えたキムラスカからの使者はルークだった。傍らにはティアも控えているのも見える。外殻大地降下後、ティアはファブレ公爵家の嫡男を意図せずとは言え誘拐してしまったことを償うため、ファブレ公爵家に奉公に出ていた。こうして二人でダアトに寄越したのは彼らが事情を深く知っているというだけでなく、少しは羽を伸ばせるようにという大人達の気遣いもあったのかもしれない。

 

「お久しぶりです、モース様。兄さんの密葬の時には、お世話になりました」

 

「久しぶりですね、ティア。あれから公爵家に奉公に出ていましたが、大事ありませんでしたか?」

 

「はい。クリムゾン様も、シュザンヌ様もとても良くしてくださいました。ナタリアも度々来てくれて、仮にもルークを屋敷から連れ出してしまったのにこんなに楽しい思いをして良いのか不安になるくらいで……」

 

 どうやらティアも元気でやっていたらしい。彼女のファブレ家への奉公は、ヴァンとの戦いの後で塞ぎ込みかけていた様子を見かねた私がクリムゾンに持ちかけて決まったことだった。実のところ、償いというのは建前であり、クリムゾンも自由になったのに屋敷からあまり出ようとしないルークを心配し、旅の仲間が近くにいれば気も紛れるだろうという双方の利害の一致があって今回の件は決定した。アッシュのファブレ家への養子入りとナタリアとアッシュの復縁を見据え、ルークとティアの仲を目敏く見抜いたクリムゾンの秘めた思惑も無かったかと言えば、嘘になる。

 

「ルーク様、本日はようこそおいで下さいました」

 

「ああ……っと、大詠師殿においても御壮健なようで何よりだ。今日は実りある会談になることを期待している」

 

 私がルークの前に進み出て腰を折れば、ルークは最初こそ導師イオンへと向けるものと同じ笑顔を私に向けたが、すぐに気付いて言葉を取り繕って見せた。導師イオンとルークは個人的な友好を結んでいると認知されているが、私とルークはそうではない。また、今回の訪問は一応公式の行事となっているため、最初だけは形を取り繕っておかなければいけなかった。

 

「ふふ、屋敷で閉じこもっていると聞いていましたが、きちんと公務に出るための勉強をされていたのですね」

 

「……ハァ、抜き打ちテストなんてヒドイと思うぜ、モース」

 

 私がニヤリと笑って見せれば、ルークも肩の力を抜いてため息をつく。

 

「すみません。私としても気にしないのですが、何分こうした形式的なことを重視するお偉方もいますからね」

 

「そうだな。俺もティアとナタリアに口酸っぱく言われて何とか覚えたよ」

 

「仲良くされているようで何よりです。娘同然に思っている大事な部下ですから、ルーク様にはそれに相応しくなって頂かなくては」

 

「モース様!?」

 

「ふ、相応しくって! べ、別に俺とティアはそんなんじゃ!」

 

 相も変わらずルークとティアはあまり進展していないらしい。私としては二人が互いを憎からず想っていることは分かるので、この束の間の平穏で距離が縮んではいないかと思っていたのだが。後でクリムゾンに手紙を出してみようか。

 

「おや、仮にもティアの主人筋に当たるわけですからね。従者の質で主人が見極められると言いますが逆もまた然り。ルーク様がしっかりしていないとティアも軽んじられる、という意味で言ったつもりでしたが……。どうやら何か別の意味で捉えられたようですな?」

 

「なっ、ぐっ、し、知らねぇ!」

 

 私の言葉にルークは耳まで赤くしてそっぽを向いてしまった。ティアも同じ顔色で俯いている。こうした反応が初々しくて可愛いものだからついつい揶揄ってしまいたくなるのだが、あんまりしつこいと嫌われてしまいそうだからこの辺にしておこう。

 

「さて、ルーク様にティア。マルクト側の船も見えたことですし、一緒に出迎えて頂いても?」

 

「お、おう。……ホントに敵う気がしないぞ、モースには」

 

「そうね……、ほらルーク、襟が曲がっているわ」

 

 私の隣に並んだルークが、ティアの小言を受けながら襟を直されている。その様子を見て、彼らがバチカルでもこんな様子であったならクリムゾンもやきもきしただろうと思い、思わず頬が緩んでしまったのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

再び集う仲間たちと私

 船が桟橋に固定され、マルクトからの使者が姿を現す。使者はルーク達にとって馴染み深い顔だ。ピオニー陛下も顔に似合わず気遣いをする質というか、お人好しというか。

 

「よ、久しぶりだな、ルーク」

 

「ガイ! マルクトの使者ってガイだったのか!」

 

「おう。ピオニー陛下のご指名でな。俺だけじゃないぜ」

 

 笑顔でガイに駆け寄るルークに、ガイは親指で背後を示して見せる。ガイに少し遅れて姿を見せたのは見慣れた青い軍服に身を包んだ紅瞳の男。

 

「おやおや皆さんお揃いで。大詠師殿に至っては変わらずお元気そうで何よりです」

 

「ジェイド!」

 

 相も変わらず飄々とした態度で彼は私達に片手を上げて挨拶をする。少し前に会ったばかりだが、白衣ではなく軍服を着た彼の姿を見るのは久々のような気がする。思えば彼と会うのは大体がベルケンドの研究所で、グランコクマでは陛下かフリングス少将が私の相手として出てくることが多かった。

 

「あなたもお元気そうですね、ジェイド。何かと厄介な案件を投げてしまっていますがお疲れではありませんか?」

 

「おや、気遣って頂いてるので? 安心して下さい。期待には応えて見せますよ」

 

「いや、進捗が大丈夫かを聞いたわけではないのですが……」

 

 どこか答えがずれているが、見た限り疲れている様子も無さそうなのでそれで良しとしよう。今は別の問題があるのだから。再会の喜びもそこそこに、私達は連れ立ってダアトへ向かう。本当ならダアトから迎えを用意していたのだが、シェリダンからノエルの駆るアルビオールが来てくれたのだ。短い距離ではあるものの、空の旅を楽しもうということで、ダアト港からダアトまでアルビオールで飛ぶことになり、私は久しぶりの空の景色に目を奪われていた。

 

「ところでモース。さっき旦那に言ってた厄介な案件ってのは?」

 

 私の隣に腰かけているガイが思い出したように尋ねてくる。そういえばジェイドに任せている案件は彼以外にはまだ打ち明けてはいなかった。情報漏洩の恐れを最小限にしたかったというのもあるが、まだルーク達に知らせるべきではないのではないかと私が怖気づいただけのこと。

 

「今後に備えた悪だくみですよ。子ども達に聞かせるものでもありませんから」

 

「悪だくみねぇ、ということは今回の話以外にまたぞろ面倒な問題が起こりそうってことだな。深くは聞かないが、警戒はしとこう」

 

「……お気遣いに感謝します」

 

 ガイはあまり深く突っ込むことは無く椅子に深く身体を預け直した。彼のこうした聡いところは長々と説明する必要を省けて非常に助かる。多くを語らずとも人の気持ちを汲み取れる察しの良さは、なるほどピオニー陛下がガルディオス家を復興させて傍に置いておく理由もよく分かる。

 空の旅はあっという間に終わり、私達はダアトに降り立つ。操縦士であるノエルにアルビオールを任せ、私はルーク達を引き連れて教団本部内でも防諜に優れた会議室へと向かう。その部屋は窓も無く、扉も他の部屋と比べて厚く作られているため、例え扉に耳をぴったりくっつけたとしても音がハッキリ聞こえることは無いだろう。教団内でも秘預言(クローズドスコア)に関する話をするときなどはこうした部屋が使われる。ましてや今回の話は万が一にも外部に漏れては困る。

 

「さて、皆さま本日はわざわざご足労頂いてありがとうございます」

 

 全員が席に着いたことを確認した私は、皆の顔を見渡しながら口を開く。先ほどまでの和やかな雰囲気はもうない。今は皆一様に真剣な表情で私の次の言葉を待っていた。

 

「アブソーブゲートの調査隊からの報告は皆さんのお耳にも入っていることかと思います」

 

「ヴァンの剣が消えていたって話だな」

 

「はい、その通り。ダアトも捜索隊を編成して手を尽くしていましたが、どうやらリグレットとラルゴに出し抜かれてしまったようです」

 

 アリエッタという機動力の要を失った六神将の二人がどのようにしてロニール雪山の雪崩を逃れ、捜索の手を振り切ったのかは定かではないが、彼らほどの実力者ならおかしくはないとも思う。彼らがヴァンの剣を回収したならば、次に狙うのはヴァンとの合流か、もしくはローレライの鍵。アッシュがローレライの剣を手にしたことは既にキムラスカ、マルクトの上層部とダアトの極一部に知れ渡っている。リグレットとラルゴがその情報を手にしたとすれば、ローレライを取り込んだヴァンの身を護るためにもう一方の鍵を探し出そうとすることは容易に想像がつく。

 

「……ごめん、まだ宝珠を具現化することが出来てなくて」

 

 ルークはそう言って俯いてしまう。ジェイドから話を聞いたルークは、ティアの助けも借りてバチカルの屋敷で第七音素(セブンスフォニム)を操る訓練に勤しんでいたらしい。彼の様子を見るにまだ成果は挙がっていないようだが。

 

「落ち込むことはありませんよ、ルーク。我々は宝珠の所在を掴んでいますが、ヴァン達は掴めていない。それだけでも大きなアドバンテージになっているのですから」

 

「ジェイドの言う通りです。ヴァン捜索を兼ねてアッシュに各地のセフィロトを巡ってもらっているのは宝珠の所在が分かっていないとヴァン達に誤認させるため。今はその時間を使ってあなたの鍛錬を地道に続けることが肝要です」

 

 ジェイドに続いて私もルークにフォローを入れる。そもそも、ジェイドと私がこの話をしたのがおよそ一月程前であり、そこからルークに最速で話が行ったとしても彼の訓練期間は2週間と少しくらいのものだろう。それだけの短期間でコンタミネーション現象を使いこなせるようになれと言う方が酷な話だ。そのことはこの場に居る人間ならば皆理解しているだろう。

 

「ルークには引き続き訓練を続けてもらうとして、問題はヴァン達が動き出したことです。第七音素(セブンスフォニム)の大量消費も相まって何をしてくることやら」

 

第七音素(セブンスフォニム)を消費してるってことはレプリカ作成をしてるんじゃないのか?」

 

「そのはずなのですがね、ガイ。ディストから聞き出した情報を元にマルクト軍がヴァン達のレプリカ施設に突入したのですが、結果はもぬけの殻。稼働した痕跡はありませんでした。彼の話によればヴァン達は移動式の要塞のようなものを造り上げ、そこでレプリカ作成をしている可能性が高いとのことです」

 

 ジェイドの言葉に私は思い当る節がある。レプリカとして蘇ったかつてのアリエッタの故郷、フェレス島だ。私の知る筋書きでは、ヴァンはそこで大量のレプリカを作成し、キムラスカとマルクトに無秩序に放った。巷には死人と同じ顔をしたレプリカ達が溢れ、キムラスカ兵やマルクト兵の格好に偽装したレプリカ達が対立する国の兵に自爆特攻を仕掛け、何とかして戦端を開こうとしていた。そのときの混乱でマルクトの若き将校であるフリングスの命が奪われてしまうのだ。だが、今度こそそのような真似はさせない。その為に今、この場にキムラスカとマルクトの重要人物を集めたのだから。

 

「ヴァン一派が隠れてレプリカ作成をしているのならば、彼らが次に打つ手はある程度予測出来るでしょう」

 

 彼らが次に狙うのはキムラスカとマルクトの連携を妨げること。神託の盾兵やキムラスカ、マルクト兵に扮したレプリカで国境付近を刺激し、両国とダアトの信頼関係を崩そうとしてくるだろう。それを防ぐためには、両国の末端にまでキムラスカとマルクトの連帯を疑わせないようにすること。それに打ってつけの人物こそ、この場に集まってもらった面々に他ならない。

 

「なら俺達がやることはカイツールみたいな国境地帯に行って改めて兵士にキムラスカとマルクトの協力体制を周知することか」

 

「ええ、まずはそれが地味ながら有効な手立てになるでしょう。キムラスカの重鎮たるファブレ公爵家の嫡男とマルクトの誇る死霊使い(ネクロマンサー)が行動を共にしているという事実は前線の兵達に与えるには十分なインパクトを持っています」

 

「でもでもぉ、ホントに元主席総長はレプリカを使ってそんなことをしてくるのかなぁ。ユリアシティで和平会談をしたのは向こうも知ってるはずですし」

 

「……確かに、別の手を取ってくる可能性もあります。しかしどれを取っても出たとこ勝負になってしまうのは仕方の無いことと割り切りましょう。現状の材料から考え得る相手の手を予測してそれに対応するくらいしか、私達には出来ないのですから」

 

 アニスの言葉も尤もなのだが、あいにくと私にはヴァンの謀を見抜けるほどの智謀は備わっていない。記憶の通りに起こる可能性のあることに対して出来るだけの手立てを講じるくらいしか出来ないのだ。私はジェイドに目配せをして意見を問う。

 

「そうですね、私も取り敢えずはモースの指示に従うしかないかと思います。現状、ヴァン達がどういった手段に出るかは分かりません。ですが、取り得る手段の中で最も取って欲しくない手がレプリカを用いた離間工作です。最悪に備え、適宜柔軟に対応する。これくらいしか、今私達が出来ることはないでしょう」

 

「そっかぁ、ま、モース様も大佐もそう言うならアニスちゃんは大丈夫で~す!」

 

「俺達も問題ない。ガイ達はどうだ?」

 

「マルクトとしても異論はないな。陛下には手紙を出して今すぐ動いても良いと思うぜ。バチカルに寄ってナタリアも拾っていくか?」

 

「報告もしたいし、出来ることならそうしたいわね。ナタリアったら、私とルークだけが行くのはズルいって拗ねていたから……」

 

 対応の方向性が決まった段階で会議室に漂う緊張感は霧散し、いつもの彼ららしい雰囲気が帰ってきた。現状を理解し、互いの対応を話し合うことが出来れば今回の会談は十分に成功だろう。何年も会っていない、というわけでは無いが、それでもしばらくぶりに会えた面々だ。暫し旧交を温めるのも良いことだろう。

 私は会議室で彼らがそれぞれ思い出話に花を咲かせるのを尻目に扉をそっと開けて外に出る。そして扉を閉めたところで、視界がぐらりと揺れるのを感じた。

 

「ぐっ! 立ち眩み……?」

 

 ─が声─、耳を──。我が──を知る――よ。

 

 どこか遠くから聞こえるようなその声は、その実私の耳を介さず、頭に直接響いており、何より頭が割れてしまうような痛みを伴っていた。私は堪えきれずにその場に膝をつく。この声、そして割れるような頭の痛み……。何故、何故私が……。

 

「何故、ローレライの声が、私に……」

 

 いつしか私の頭に響く声は消えており、頭の割れるような痛みも嘘のように引いていた。ふと何かが鼻の下に流れたような気がして手で拭ってみれば、右手の甲には赤い血が付着していた。どうやら鼻血が出ているらしい。

 

「……ローレライの同位体でないばかりか、第七音素(セブンスフォニム)の才すら持たない私にローレライの声が聞こえる? 一体、何故……」

 

 呟いた言葉は、誰に耳にも入ることなく宙に溶けた。

 私の知らない何かが起こっている。それだけは確からしい。私は壁に手をついて立ち上がると、血の垂れた詠師服の替えを取りに執務室へ向かったのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

望まぬ再会と私

 ルーク達が旅立つのを見送ってから数日、私は再び日々の業務に追われていた。導師イオンもルーク達に同行させ、共にキムラスカとマルクトを巡ってもらっている。ここ数日は導師イオンに任せていた一部の仕事も相まって久しぶりに忙しいと感じられる日を過ごしていた。そんな忙しいながらも平穏な日々に暗雲が立ち込め始めたのは、ハイマン君の持ってきた一つの報せだった。

 

「ダアト周辺で地揺れが頻発している、ですか」

 

「はい。モース様も以前仰っていましたが、やはりここ数日ダアトやダアト港周辺で地揺れを感じたという報告が多く挙がっています。アクゼリュス崩落後も地揺れは何度かありましたが、それよりも頻度は多いです」

 

 アクゼリュス崩落からずっと、ダアトとダアト港では地揺れの発生を記録し続けてきた。これまでも記録自体はしていたが、それをより詳細にするようになったのだ。アクゼリュス崩落後は外殻大地の予期せぬ崩落を事前に察知するため、そして外殻大地降下後の今は、

 

「ディバイディングラインが弱まっていることと地核振動が激しくなっていることの両方が要因でしょうね」

 

「モース様、ということはやはり……」

 

「ええ、障気が漏れ出してくる可能性があります。それも今回はアクゼリュス周辺といった小範囲に留まらず、オールドラント全土に」

 

 ハイマン君の言外の疑問を肯定する。ここで彼を安心させるための嘘を言う意味は無い。彼には正しい情報を伝え、そして誤解無く私の右腕として動いてもらわなければいけないからだ。

 

「ベルケンドに連絡を。障気蝕害(インテルナルオーガン)の対策が急務です。シェリダンにも併せて連絡をしてください。地核振動を中和しているタルタロスが後どれくらい保つか気になります」

 

「了解しました!」

 

 私が指示を出せば、頼もしい返事と共に彼は執務室を飛び出して行く。それを見届けてから、私は机の鍵付き引き出しを開錠し、中に入っていた封筒を取り出す。全部で三通あるそれを光に透かし、きちんと中身があること、そして封蝋が破られた形跡が無いことを確かめてからもう一度引き出しにしまい、鍵をかけ直す。これを使う機会が無いことを祈っているが、

 

「モース様! いらっしゃいますか!?」

 

 私が引き出しを閉めたとほぼ同時、執務室の扉が乱暴に開け放たれ、教団の連絡員が飛び込んでくる。表情からして緊急事態なのは間違いなさそうだ。

 

「どうしましたか?」

 

「ダアト郊外から障気の発生が!」

 

 その言葉に私は席を立ち、足早に執務室を後にする。私の背中を追う連絡員から歩きながら詳しい報告を聞き、道行く教団員にも指示を出していく。動き出すのが遅かった。障気が地表に噴出したということは地核振動がタルタロスでは抑えきれなくなってきているということ。近い内に地核内のタルタロスは振動に耐え切れず圧壊し、オールドラントを障気が覆う事態になってしまうだろう。

 障気がオールドラントを覆えば、身体の弱い子どもや老人から、最終的には健康な大人まで身体を蝕まれ、死に至る。

 

「教団支部にも連絡を飛ばしてください。老人や病人を最優先で保護すること、ベルケンドから障気蝕害(インテルナルオーガン)に関する情報が発信されたらすぐに従うこと、混乱に備えて防備を固めることの三点を徹底してください」

 

 私の言葉に教団本部内は俄かに慌ただしくなる。障気の発生は既にダアト内でも話題になっているようで、動きは迅速だった。お陰で私は道すがら口頭で指示を出すだけで済み、ダアト市街に出ることが出来た。

 

「っ、この臭いは……」

 

 市街に出て最初に感じたのは微かに鼻の奥を刺すような臭気。忘れるわけが無い。障気の持つ独特の臭いだ。まだ目に見えて空気が淀んでいるところまではいかないが、近い内に各地から障気が噴出し、赤紫の霧が視界を覆うようになることだろう。

 

「市民の皆に口を布等で覆って少しでも障気を吸わないように指導を。私は少し発生源を見に行きます」

 

「ちょ、モース様! せめて守護役のアリエッタが来るのを待っ」

 

 ついて来た連絡員の制止を振り切り、私はダアト市街を抜け、壁の外に出た。臭いが強く、そして微かに色づいた障気が流れてくる方向に向かう。歩を進めるたびに臭気は強くなり、視界にかかる赤紫の霧が濃くなる。

 そして辿り着いたのはダアトとダアト港を繋ぐ街道を東に逸れた森の中。幸いなことに市街からも港からも距離があるため、すぐに障気が人口密集地に流れ込んでどうこうという状況になることは無さそうだ。準備をする時間は残されている。

 

「ですがダアトだけで収拾は不可能。ジェイドとディストの力を借りなければなりませんね」

 

「それを易々と許すとは思わないことだな」

 

「っ! その声は!」

 

 突如私の背後から響いた聞き覚えのある声に、私は弾かれたように振り返った。私の視線の先には、両手に譜業銃を構え、艶やかな金髪を後頭部で纏めた麗人の姿。ロニール雪山でラルゴと共に雪崩に巻き込まれてから行方不明になっていたヴァンの右腕、

 

「お久しぶりですね、リグレット」

 

「そちらもな。元気そうで何よりだ、モース」

 

 一見すると穏やかにも思える言葉のやり取りは、互いにメイスと譜業銃を構え合っている状況とチグハグで。互いに向けあう視線は敵意を隠そうともしない。

 

「雪崩に巻き込まれたと聞きましたが」

 

「ああ、その通りだ。抜け出すのに苦労したが、その程度で死ぬとはお前も思ってはいないだろう」

 

「ええ、もちろんです。だからこそ捜索隊も出していました。それを掻い潜ってこの場にいることは流石に予想外でしたが」

 

「フ、貴様の予想を超えられるとはな。閣下もお喜びになるだろう」

 

 言葉を交わしながら、この状況を打開する術について頭を巡らせるが、リグレットの譜業銃は油断なく私を捉え続けており、僅かでも動きを見せれば容赦なく私の身体に風穴を空けることが容易く予想出来た。譜術を発動しようにも、発動までの極僅かなタイムラグだけで十分リグレットは私を始末することが出来るだろう。

 

「確かにあなた達の動きは私の予想を超えていました。ですが何も問題はありません。導師イオンを押さえに来たのであれば見込み違いでしたね。彼は今ルーク達と共にいる」

 

 リグレットの狙いは恐らく導師イオンだろう。彼を押さえ、新たな導師イオンのレプリカを作成して新生ローレライ教団の導師として擁立し、混乱した民衆を取り込む算段なのだろうと私は予想している。

 

 だが、私の言葉を聞いたリグレットはそれを鼻で笑った。

 

「ならば我々はまたしてもお前の予想を超えたわけだ。我々の目的はモース、お前なのだから」

 

「何ですって?」

 

 思わず私は聞き返してしまう。私の確保がヴァン達の目的? 導師イオンやアッシュ、ルーク以上に私が優先される理由が私には分からなかった。

 

「自身の価値を正しく理解しないことがお前の弱点だ。無駄な抵抗は止めろ、大人しくすれば怪我をさせる必要も無い」

 

 チャキリ、と音を立ててリグレットが譜業銃を握り直す。彼女の目は、抵抗するならば死なない程度には痛めつけても構わないと言外に伝えてきていた。六神将相手に正面戦闘で私が敵う道理は無い。忠告に耳を貸さず、単身でここに来てしまった己の迂闊さを呪いたくなったが、ここで諦める訳にはいかない。リグレットに向けて構えたメイスに、励起した音素(フォニム)が纏わりついて仄かな光を帯びる。

 

「生憎と、そのような素直な性分では無いもので」

 

「お前ならばそう言うだろうと思ったよ」

 

 その言葉を最後に互いに口を閉ざす。私にとって悔やまれることに、ここはダアトから多少離れてしまっている。私を追ってアリエッタやシンクが来てくれるとしてももう少し時間が掛かるだろう。それまで耐えられれば私の勝ち、耐えられなければ負けになる。

 

「喰らえ!」

 

 最初に動いたのはリグレットだった。私に突き付けた二丁の譜業銃の引き金を、彼女の人差し指が引く。私は殆ど勘でその気配を察知すると横っ飛びに回避すると共に待機状態となっていた譜術を発動する。

 

「アイシクルレイン!」

 

「その程度の攻撃で!」

 

 譜業銃から放たれた音素(フォニム)弾は私の腕を掠めたが、お返しに私が放った氷刃は彼女の服を切り裂くことすら出来ずに回避される。それを嘆く間も無く私はフォンスロットを更に開放し、目の前に氷壁を生成する。その直後に生成した氷壁に罅が入った。氷刃を回避したリグレットが放った弾だ。私の譜術を回避すると同時に既に反撃を繰り出していた。

 中~遠距離になれば発動までに僅かながらラグのある私とそれがほぼ無いリグレットでは圧倒的な差がある。故に取れる手段は限られる。

 私は氷壁を砕き、リグレットに向けて破片を飛ばすとそれを目くらまし代わりに彼女に接近を試みる。

 

「そのような安易な手で!」

 

 だが、それを容易く許してくれる甘い相手では無い。リグレットは側転しながら破片を躱すと、私の足下に譜業銃を撃ち込む。それによって私の足は一瞬とはいえ止められ、再び間合いの外で膠着状態が形成される。

 

「今の攻防で十分理解しただろう。お前に勝ち目は無い。これ以上無駄な手間をかけさせるな。閣下は可能ならば万全な状態のお前を連れてこいと仰せだ」

 

 そう言って私に譜業銃を突き付けるリグレットには油断も慢心も無い。勝ち目が無いというのはリグレットの驕りでも何でもなく、純然たる事実だからだ。

 

「勝ち目が無い程度で諦められたのならば、私はユリアシティでラルゴに立ち向かうことは無かったでしょう」

 

「愚かな」

 

 私の言葉にリグレットの目が厳しさを増す。

 

「お前のような人間が何故閣下を、ヴァンをそこまで惹き付けるのだ!」

 

「さあ、私も皆目見当が付きませんね」

 

 リグレットが激昂するが、私だってヴァンが私に執着する理由は分からない。自失状態の私から情報を聞き出したのならば、私の価値はヴァンにとってほぼ無くなったはずだ。それでも尚私に何か利用価値を見出したとしたならば、ヴァンは私が知らない何かを知っているのかもしれない。

 

「今更になって預言(スコア)からの解放を謳うなど、お前のような詐欺師の言葉には虫酸が走る!」

 

「その言葉を戯言で終わらせる気は私にはありません」

 

「嘘を言うな! 何もかもを悟ったような顔で平然と人を選別するお前のような人間の傲慢を、預言(スコア)で歪められたこの世界を正せるのは閣下だけだ!」

 

 リグレットはそう叫ぶと、譜業銃を乱射する。だがその狙いは的確で、最初の三射で私の動きを制限し、続く二射が足を掠め、私から機動力を削いだ。そしてとどめの一射が私の右手に握られたメイスを弾き飛ばし、私から抵抗する力を奪い去る。

 

「ここまでだ、大詠師モース。お前の詭弁も聞き飽きた」

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ヴァンの意志を継ぐ者と私

 果たしてリグレットの指が引鉄を引くことは無かった。私に向けていた視線を傍らの茂みに向けたかと思えば、彼女は勢いよくその場から飛び退いたからだ。そしてそれとほぼ同時に、何か巨大な影が私とリグレットの間に立ち塞がった。

 

「……ライガクイーン。ここを新たな縄張りにしていたか」

 

「グルルル……!」

 

 リグレットに牙を剥き出しにして威嚇していたのは幼いアリエッタを拾い、自らの仔として育てた異例の魔物、ライガクイーンだった。黒い体毛に稲妻のように走る金色の模様が毛を逆立てているために一段とハッキリと分かる。私は弾が掠った右足を庇いながら立ち上がると、ライガクイーンの隣に立つ。

 

「ありがとう。お陰で命拾いしましたよ、誇り高き魔獣の母よ」

 

 ライガクイーンの視線は油断なくリグレットを見据えているが、右耳がこちらを向いていることから私の言葉を認識してくれているようだ。私は弾かれたメイスを拾うと、音素(フォニム)を練り上げて抗戦の構えを見せる。リグレットはそんな私とライガクイーンを交互に見やると、構えていた譜業銃を下ろした。

 

「これ以上ここで戦う意味は薄いな。ここは退かせてもらおう」

 

「見逃がすとでも?」

 

「手負いの分際で何を言っている。見逃すのはこちらの方だ。それに本来の目的は既に達せられている」

 

「本来の目的……? 一体何を」

 

 私の言葉が終わる前にリグレットが指笛を鋭く鳴らす。その音色に呼ばれた鳥型の魔物、ガルーダがリグレットの手を掴むと、瞬く間に上空へと運び上げた。アリエッタが使役していたのとはまた別に、彼女も自らの移動手段を確保していたらしい。

 

「貴様に話す必要は無い。閣下の計画を邪魔させはしない。ローレライの鍵を手に入れるのは我々だ」

 

 そう言い捨てると、リグレットは飛び去って行く。譜術で追撃することも考えたが、リグレットと再び戦闘となった場合に勝てる可能性は限りなく低い。ライガクイーンが来てくれたとはいえ、私は負傷しており、尚且つアリエッタのようにライガクイーンと十全に連携を取ることは出来ないのだから。彼女の言う通り、私は彼女に見逃されたに過ぎない。

 視界からリグレットの姿が消え、そこでようやく私は緊張を解いた。同時に身体が無視していた痛みを再度訴えだす。立っていられなくなり、ライガクイーンの身体に寄りかかる格好となってしまった。

 

「すみません。今しばらく、肩をお借りしたいのですが」

 

「グル……」

 

 私がそう言うと、ライガクイーンは私の顔を一瞥し、脚を折って姿勢を低くしてくれた。そして私に身体を擦り付けてくる。これは、乗れと言われているのだろうか。そもそも魔物と友好関係を結ぶ人間はアリエッタを除いてまずいない。あるとすれば調教による使役関係くらいのものだ。通常のライガや先のガルーダ程度ならば上下関係を教えることで使役することは出来なくも無いが、ことライガクイーンが人を背に乗せることを赦すとは思えない。ライガの群れを率いるボスであり、誇り高い女王である彼女がたかが人間に背を許すなど誰が信じられるというのか。

 

「えぇっと……、乗れ、ということでしょうか?」

 

 私が恐る恐る尋ねると、肯定するように大きな尻尾がゆらりと振られ、私の身体に巻き付いた。どうやら本当に乗っても良いらしい。私はおっかなびっくりクイーンの背に跨る。もしこれが私の勘違いならば私はすぐさま振り落とされて激怒したクイーンに無残に喰い殺されてしまうだろう。

 だが、私の心配をよそに、クイーンは私が跨るのを確認すると、ゆっくりと身体を起こし、森の外に向かって歩き始めた。命を救ってくれたばかりか森の外まで送っていってくれるらしい。恐らくこの森一帯を支配下に置いている縄張りのボスが人間を背に乗せて送迎してくれるなど、恐らく最も安全な移動手段だろう。アリエッタが私のことをライガクイーンに言い含めておいてくれたのかもしれない。というより、そうでなければ彼女が私の味方になってくれる理由が思いつかない。

 

 そのままクイーンの背に揺られることしばらく、木々が疎らになり、街道が見えるくらいの場所にまでやって来ることが出来た。街道には私の後を追って来ていたのか、数人の神託の盾兵を率いたアリエッタがおり、ライガクイーンとそれに跨った私の姿を見ると曇った表情を輝かせて走り寄って来る。神託の盾兵は視界にライガクイーンを捉えた瞬間に剣を抜き放って警戒したが、アリエッタの反応とクイーンの背にいる私の姿を見て安心したのか、すぐに警戒態勢を解いてくれた。

 

「ママ! モース様!」

 

「ああ、アリエッタ。あなたの母親に命を救われました。本当に助かりましたよ」

 

 森と街道の境目で立ち止まり、ライガクイーンは私を背から降ろす。街道は人間の縄張りで、そこを侵すつもりはクイーンには無いということだ。ライガクイーンがダアト近郊の森にその居を移して以来、街道にライガの姿が確認された事例が増えたことも報告も無い。それだけライガクイーンは群れを統率しており、そして人間との縄張りをきちんと線引きしているのだ。アリエッタを拾って育てたことといい、魔物の中でも極めて理性的だ。

 私はライガクイーンに相変わらず肩を借りた状態で、飛びついてくるアリエッタを受け止めた。彼女は最初こそ笑顔を見せていたが、私の右足に滲む血を見るとその目に見る見るうちに涙が溜まっていく。

 

「モース様、怪我したの?」

 

「ええ、リグレットが現れました。ライガクイーンが来てくれなければこの程度では済まなかったでしょう」

 

「モース様、お怪我をされているところ申し訳ありませんが、すぐにご報告したいことが!」

 

 アリエッタの頭を撫でて宥めていると、追い付いてきた神託の盾兵の一人が私に声を掛けてくる。ヘルムによって表情こそ窺えないが、声色からして深刻な案件であることが窺える。

 

「聞きましょう」

 

「はっ。現在の障気発生によりダアトでは市民の間で混乱が起こっています。事情を聞こうと教団本部に人々が殺到し、教団員で対応中ですが手が足りておらず。更に拘留中の詠師オーレルが今回の混乱に乗じて逃げ出したとのこと」

 

「市民の混乱はともかく、詠師オーレルが脱走、ですか」

 

「はい。見張りの話では、同じく神託の盾兵が交代要員として来たとのことでした。ですがそれは本来の交代要員では無く、何者かが成りすましていたと思われます。本来の交代員がやってきたときには部屋はもぬけの殻になっていたらしく」

 

「成程。リグレットが言っていた本来の目的とはこのことでしたか」

 

 障気が再び発生したことによる混乱に乗じて捕らえられていた詠師オーレルを連れ出すことがリグレット達の目的だったのだろう。

 

「ですが何故詠師オーレルを連れ去ったのか……」

 

 分からないのはそこだ。詠師オーレルは私と同じく第七音素(セブンスフォニム)を扱う才を持たない。仮にリグレット達が私の記憶にある通り新生ローレライ教団を名乗るとしても、シンクがこちらにいる以上預言士(スコアラー)はいない。そこにオーレルが加わったところで大きな意味は無いはずなのに。あるいは記憶の中の私がそうしたようにオーレルに無理矢理第七音素(セブンスフォニム)を流し込み、導師として担ぎ上げるつもりなのか。

 

「だがそれでヴァン達に利があるとは思えない……」

 

「モース様、まずはダアトに戻って怪我を治そう……? 皆モース様のことを心配してるよ?」

 

「あ、ああ、すみませんでした。つい考え事に夢中になってしまって」

 

 グルグルと繰り返される答えの出ない問い掛けは、アリエッタの言葉で遮られる。彼女の言う通り、まずは先走ってしまったことで心配をかけた人々に謝らなければ。それにここでいくら考えを巡らせたところで答えが分かることは無い。まずはリグレット達が再び動き出したこと、そして彼女達がまだローレライの宝珠の在り処を掴めていないことという情報を得られたのだからそれで良しとすべきだろう。後はルーク達やディストとその情報を共有しながら対策を練っていかなくては。

 

 


 

 

「それで、また突っ走って怪我をしたわけですか。懲りないですね、あなたも」

 

「耳が痛い限りです」

 

 数日後、教団本部の執務室には、私を呆れたような目で見下ろすディストの姿があった。障気の発生を受け、情報共有のためにベルケンドから呼び出されたのだ。ついでに私の怪我の様子も何故か診てくれている。私はあなたの主治医じゃないんですけどね、とお小言をくらいながらではあるが。むしろ頼む前に彼が傷を見せろと言ってきたのに。

 

「あまり急かすことはしたくないのですが、障気については」

 

「ジェイドやスピノザ、ベルケンドとシェリダンの技術者連中の協力もあって進んではいますよ」

 

 私の右足と右手の傷を診ながら、ディストは言う。

 

「もちろん十分とは言いませんがね。でもあなたに以前渡した第七音素(セブンスフォニム)強制排出装置のデータもあって何とかならないことも無さそうですよ」

 

「本当ですか!?」

 

「こら、動きなさんな! ええ、本当です。障気は第七音素(セブンスフォニム)と結びつく。それはつまり第七音素(セブンスフォニム)に親和性があるということですからね。体内に取り込まれた障気を体外の第七音素(セブンスフォニム)に引っ張らせれば理論上は障気を身体から取り除ける、というところまでは進んでいます。第七譜術士(セブンスフォニマー)が障気に侵されたなら症状の緩和は可能でしょう。ですがまだ第七譜術士(セブンスフォニマー)以外の人が障気蝕害(インテルナルオーガン)を発症したときの治療法は確立していません。下手に第七音素(セブンスフォニム)を注入しようものなら精神汚染からの肉体崩壊が始まりますからね」

 

「早々上手くはいかない、ということですか」

 

 ディストの言葉で脳裏に思い浮かぶのは私の記憶の世界の中、私に惑星預言(プラネットスコア)を詠むよう強制された導師イオンが、自らが消える間際にティアの体内にあった障気を引き取ったときのこと。ディストが言うことは、それと同じ現象を装置を使って起こすことが出来れば障気による病を治療ないし緩和が可能、ということなのだろう。本来はここまで出来ているだけでも目覚ましい進歩であるはずなのだが、それでも歯痒い気持ちは抑えられない。障気によって弱っていくのは体力の無い子どもや老人からなのだ。そして第七音素(セブンスフォニム)を扱える人間はとても少ない。一般市民を助ける方法を早く見つけないと遠からず障気による死者が発生してしまうだろう。

 

「何を悔やんでいるのかは分かりませんけどね。何でもかんでも欲張ろうとはしないことです」

 

「……ばれてしまいましたか」

 

「隠せているつもりでしたか?」

 

 私の内心の葛藤を見透かしたように、ディストは私の目を見て言った。丸眼鏡の奥に見える薄紫の瞳が剣呑な光を帯びていた。

 

「そんな考えでいるから一人で焦って危険に飛び込んでしまうんですよ。それで今回も怪我をしている。いつか取り返しのつかない傷を負いますよこれじゃ!」

 

「い゛っ!?」

 

 包帯を巻き終えた上から、ディストが私の右足をペシンと叩く。それも狙い澄ましたかのように傷のある場所を。私は声にならない声をあげて悶絶する。

 

「ま、気長に待ちなさい。ジェイドが居なくとも、私とスピノザで障気に関する問題は何とかしてみせましょう。なのでまずあなたがすべきことはアリエッタやシンク達に怒られながら傷を治すことです。そもそも大詠師が何で戦いなんてしてるんですか。文官筆頭のくせに!」

 

 その後もディストの小言は延々と続き、定期的にペチペチと傷の辺りを叩かれるものだからその度に情けない声をあげることになってしまったのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

●障気に染まる世界と私


感想にて指摘されたので後書きにおまけスキットが入る章には章タイトルに●マークを入れるようにしました。
自分でもどこに書いたか分からなくなってたのでさっさとそうすべきでしたね……

これまでに書いた章にも時間があるときに●マーク追加していきます


 それからも各地で地揺れは発生し、同時に障気も各所から噴き出し、ゆっくりと、だが確実に世界を覆い始めていた。私は怪我の療養のために外出を禁じられ、以前にも増してアリエッタやシンクが傍を離れない中、混乱するダアトとローレライ教団の舵取りに忙殺されていた。

 

「食料品を始めとする生活必需品の値上がり傾向が著しくなってきました」

 

「ダアトの商会に介入をお願いしましょう。同時に市民への啓発を。パニックによる買い溜めを少しでも抑止していく必要があります」

 

「マルクトとキムラスカからダアトに逃れてくる人々が増えてきたのはいかがいたしますか?」

 

「教団員を派遣して帰国するように説得するしかありません。障気はこの世界を等しく覆い、ダアトだけに特別にユリアの加護があることは無いのだと知ってもらわなければいけないでしょう。それでも正式な移住許可証、滞在許可証を持つ人を無理矢理帰すことは出来ませんからね。以前ダアトの外縁部を広げた際の余裕がまだ多少あります。最悪の場合はそこに受け入れるしかないでしょう。ダアト近郊の開墾を進めなくてはいけませんね。出来るだけ森のライガ達の縄張りを侵さないように」

 

 ハイマン君から投げかけられる案件に口頭で答えながら、机一杯に広げ、積み上げられた申請書や嘆願書に目を通す。大部分は私の下に辿り着くまでに数多の確認を通ってきており、後は私が簡単に確認して決裁をするのみではあるのだが、往々にしてこうしたときこそチェック機構の抜け漏れ、ちょっとした不正というのは発生するものであまり気は抜けない。ローレライ教団という組織が宗教団体でもあり、行政、司法、立法機能も担っているために私のところまで上がってくる案件は余りにも幅広い。こういった緊急事態のときは特にである。私は見慣れない書式、単語に悪戦苦闘しながら書類を一枚ずつ片付けていく。

 

「ハイマン君、ここに積んだものは全て決裁済みです。申し訳ないですが詠師達に戻してきて頂けますか、簡単に仕分けはしてあるので」

 

「畏まりました。……モース様、少しはお休みになられた方が」

 

 私の机に積まれた書類の束を手に取りながら、気遣わしげに私の顔を窺うハイマン君。その気遣いはとても嬉しいが、今は休んではいられない。私は彼を安心させるために笑みを浮かべる。

 

「大丈夫ですよ。むしろこうして座って書類仕事をしているだけなのですから、体力が有り余ってしまっているほどです」

 

「何を言っているのですか。ここ数日寝ていないのは知っていますよ。前々からあまり寝ていないのは知っていましたが、遂に寝ないで仕事をするだなんて」

 

 どうして彼は私の生活リズムを把握しているのだろうか。ちゃんと彼が帰ったことを確認してから仕事を再開していたはずなのだが。

 

「アリエッタから聞いています」

 

 私の護衛役があっさりと私の情報を漏らしてしまっていたらしい。いや、ハイマン君ならば大丈夫だと分かっているのだが。というか口に出してないのに何故彼は私の思っていることが分かったのか。あまり深く考えるのはよそう。

 副官の勘の鋭さにタジタジになっていた私だが、そこに扉を荒々しくノックする音が飛び込んできた。

 

「モース様! いらっしゃいますか、ルーク様とアッシュ様がいらっしゃいました!」

 

 伝えられたのはルークとアッシュの来訪。彼らが揃って顔を出すなど珍しいことだが、一体何があったというのだろうか。私はハイマン君と目を合わせ、頷く。

 

「ハイマン君」

 

「はっ。今開けます」

 

 足早に扉に歩み寄ったハイマン君が開けたその先には、よく似た朱赤と真紅の姿。その後ろにはよく見知った一行の姿もある。その表情はいずれも強張っている。どうやらあまり良い報告は聞けそうにも無いらしい。

 

「半月ぶりですね。まずはお茶でも淹れましょうか、皆さん」

 

 浮かない表情をしている彼らの心を軽くするために、私は顔に浮かべた笑みを意識して深くしたのだった。

 

 


 

 

「各地で神託の盾兵の姿をした者達が無差別攻撃を……?」

 

「ああ。セントビナー近郊でフリングス将軍が襲われた」

 

 ルーク達の口から語られた話は、私の知る筋書きとは少し異なるものだった。本来であれば、キムラスカ領ではマルクト兵の姿をしたレプリカ達が、反対にマルクト領ではキムラスカ兵の姿をしたレプリカ達が自爆特攻を各地で仕掛けて両国に緊張を煽っていたはずなのだが、彼らの話によれば襲ってきた兵士の姿は神託の盾兵だったらしい。

 

「それも厄介なことに襲ってきた奴らは口を揃えてある言葉を言っていた」

 

「モース様の為に……。ヴァンの奴も面倒な手を使ってきやがる」

 

 ガイの言葉をアッシュが引き継いだ。二人の表情も険しく、その顔を見るだけで今の私を取り巻く状況が芳しくないことが分かってしまった。

 

「どうやらキムラスカとマルクトでの私の立場はよろしくないようですね」

 

「お父様もピオニー陛下もこれがヴァンの策略と言うことは理解していますわ! ですが、末端の兵士や実際に被害を受けている人々は……」

 

「神託の盾兵の姿をした人間が自分達を襲い、あまつさえローレライ教団の実質的なトップの名を声高に叫ぶ。まあそれを目の当たりにした人からすればそうなってしまうのも致し方ありませんね。細部は異なれど似たような方法を取ってくることを予測出来ていたため我々はすぐにヴァン達の策だと分かりましたが」

 

「まだ噂は兵士達の一部で収まっちゃいるが、このままいくとキムラスカとマルクト内で正規の神託の盾兵が動き辛くなるだろうな。ッチ、忌々しい」

 

 どうやら敵はキムラスカとマルクトの不和を煽るよりも、今のダアトを二国から切り離す方向にシフトしたらしい。そして実際その手は私の記憶にあるものよりも有効に働くだろう。今のキムラスカとマルクトは私が知るものよりも強固な結びつきを形成している。だがそれはダアトが積極的に介入することによって成り立っているものだ。二国間を取り持つ裁定者としての立場をダアトが担っていることで、何らかの問題が発生した場合はダアトが最終的な裁定を下すことになっている。裏を返せば、キムラスカとマルクトからのダアトへの信頼によってこの関係は成立する。ダアトの信頼が失墜すれば、二国間の裁定者としての立場は失われ、再び二国は歯止めの効かない緊張状態に逆戻りする可能性がある。

 

「私が大きく動き過ぎてしまいましたね……」

 

 私は小さく零して椅子に身を沈める。そう、私は積極的に動き過ぎた。記憶の中の私よりも、私はキムラスカとマルクトに頻繁に出入りし、なまじ導師イオンよりも顔が売れている状態だ。各地の教団支部にも何度だって足を運んでいる。ヴァンに協力するフリをしていたとき、表向きは導師派閥と対立姿勢を見せていたために、導師は形だけのトップであり、実質的なダアトの指導者は私であるという認識が人々の間に定着してしまっている。そして今回の騒動である。ダアトから離れているほど、こう思うことだろう、「遂に大詠師モースが教団の更なる支配地域拡大を画策しているのか」と。

 

「モースのせいではありません。僕がもっとしっかりしていれば」

 

「それこそ導師イオンの責任ではありませんよ。私がお願いしたことです。むしろ私が狙いならば望むところですよ」

 

 それだけルーク達に迫る危機が減るということなのだから。

 

「ハァ……、そういうとこだぜモースの旦那」

 

 ガイが呆れたようにため息をつく。そう言われてもこの性分は早々何とかなるものではない。

 

「ダアトの孤立工作はこれからも続くでしょう。ですがそれに怯えてこちらの動きが消極的になってしまってはいけません。私は引き続きダアトの運営とベルケンドにいるディストとの情報共有を行います。ルーク達には今回の工作の要となるヴァン達のレプリカ作成拠点を探し出して頂きたい」

 

「ああ、任せてくれ!」

 

 そう言ってルークが拳を掌に打ち付けて気合を露わにする。それを面白くなさそうな表情で眺めていたアッシュが、鼻を鳴らすと席を立った。

 

「お、おい、アッシュ! どこに行くんだよ?」

 

「お前達はヴァンの拠点を探すんだろ。俺は各地のセフィロトをもう一度確認する。ヴァン達が細工していないとも限らないからな」

 

「アッシュ、まさか一人で行くつもりですの?」

 

「ゾロゾロと群れるのは性に合わないからな」

 

 心配そうに胸に手を当てるナタリアを肩越しに振り返ると、アッシュは扉に向かう。皆アッシュを引き留めたいとは思っているが、彼の後ろ姿はそれを明確に拒絶していた。しかしこのまま一人でアッシュを行かせることは私としても承服しかねる。もしセフィロトを巡っているときにリグレット達、あまつさえヴァンと出くわしてしまったらアッシュ一人では死なないまでも大きな手傷を負うことは想像に難くない。

 だが扉に向かうアッシュを引き留める言葉が出てこない。何を言おうとアッシュがルーク達と行動を共にすることは無いだろう。私の記憶の中のアッシュほど今の彼がルーク達に隔意があるとは思わない。それでも未だにルークに対してどこか割り切れない感情を抱いているのは間違いないのだから。それにアッシュと同行するならばある程度以上の戦闘能力が必須になる。適当な人間がついて行ったところでアッシュの負担が増えるだけなのだから。私がそうして歯噛みをしていると、執務室の扉が外から開かれた。現れたのは緑髪に仮面が特徴的な導師イオンの兄弟の一人。

 

「おっと、もしかしてお取込み中だったかな?」

 

 シンクは書類を手に持っていつもと変わらない軽い口調、歩調で部屋に入ってくる。ちょうど部屋を出ようとしていたアッシュの道を塞ぐ形で。

 

「話は終わったところだ、退け」

 

「相変わらず無愛想だよね、キミはさ。もうちょっと頼み方ってものを考えたらどうなのさ?」

 

 顔を顰めるアッシュと対照的に揶揄うような態度のシンク。私は彼らの姿を見て、一つ閃いた。アッシュを一人で行動させることなく、尚且つ負担にもならない戦闘能力を持った人間がいるではないか。

 

「そうです! シンク、アッシュと一緒にセフィロトの調査お願いできませんか?」

 

「「はぁ?」」

 

 いつもは全く反りが合わない二人の声が綺麗に重なった瞬間だった。





スキット「懲りない男」

「そういえばモース」

「どうしました、導師イオン?」

「これはここに来るまでにアリエッタから聞いたのですが、リグレットと戦闘になって負傷したらしいですね?」

「…………」

「どうして黙っているのですか? どうして後退っているのですか?」

「あの、違うのです」

「あなたが単独行動をしなければならない非常に重要で切迫した事態があったのですか?」

「いえ、その、ですね……」

「以前に僕は言いましたよね? 今度あなたが傷つくようなことがあれば、と」

「導師イオン、近いです。ちょ!? どうして私を拘束するのですか! ティア、アニス!」

「モース様、ごめんなさい」

「でもでも、今のイオン様には逆らえませんよぅ」

「それに私達もモース様のことを心配したんですよ?」

「ティア……。ええ、確かに迂闊過ぎたと反省しています。私はどうにも自分のことを軽んじてしまうようで」

「ならやっぱりイオン様にちゃんと叱ってもらわなきゃいけないですよねぇ」

「えぇ!?」

「モース、そこに正座してください」

「え、えっと」

「正座」

「はい!」

「凄いな、あの大詠師様がタジタジだ」

「今のイオンは誰にも止められないくらい怖いな……。あんなに迫力あるイオン見たのは初めてだ」

「イオンさん、怖いですの……。ライガクイーンよりも怖いですの」

「ところで、大佐はどちらに?」

「そういや姿が見えないな……」

「ジェイドの奴、手に負えないと悟って逃げやがったな」

「賢明な判断だと思いますわ。私達も先に休みましょう」

「……そうだな。ま、モースの旦那もたまにはこうやって叱られないと無茶ばっかりするしな」

「モースはいつもそうやって自分を顧みないのですから。どれほど周りが心配しているか……」

「はい、はい……、ご心配おかけして本当にすみませんでした」

「……なんで正座してるモースの膝をアニスが枕にしてるの?」

「モース様が逃げないようにするためだから~♪」

「……く、羨ましくなんてないわ」

「その顔じゃ説得力無いよ、ティア?」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

不穏の足音と私

 互いに顔を突き合わせ、散々文句を垂れるシンクとアッシュに理と利を説き、最後は情に訴えて説得を終える頃には、外はすっかりと暗くなってしまっていた。ルーク達はもうダアトの宿屋に戻って身体を休めている頃だろう。

 私はと言えば、ルーク達と話していた間に進められずにいた残務を処理していた。来客の予定も無いこの時間は一人で黙々と仕事を進めるにはもってこいの時間である。

 

「……さて、このくらいにしておきましょうか」

 

 私は紙束を持って決裁済みの棚に入れると、背伸びをして身体の凝りを解す。副官にも釘を刺されてしまったことなので、今日は私室に戻って横になるべきだろう、と思っていたのだが、部屋の外に感じた気配にそういうわけにもいかなさそうだと察する。

 

「仕事ならひと段落ついたので、入って頂いて構いませんよ」

 

 私が声を掛けると、扉が小さく軋む音と共に開かれ、来客が姿を現す。それは昼間にも見た顔だ。もっとも、昼間よりも浮かぶ表情には陰りが見られるが。

 

「気付いていたのか」

 

「こんな時間ですからね、物音も少ない。ちょっとした足音なんかも耳に入ってきてしまいますから。お茶でも?」

 

「……貰おう」

 

 彼はぶっきらぼうに言い放つと、ソファに腰を下ろす。私の申し出を素直に受けるくらいには弱っているらしい。こんな時間に来たことも併せて考えると愉快な相談になることは無いだろう。私は自分の分も含めた二つのティーカップと小さな砂糖菓子を盛った皿を机に置くと、彼の対面に腰かける。

 

「ルーク達の前では出来なかった話ですか、アッシュ?」

 

「ナタリアには聞かせる訳にはいかなかった」

 

 膝に肘をつき、両手を組んだ彼の姿はこれまで見てきた中で最も弱々しく見えた。いや、どこまで強く見せていても、彼もまだ17歳だ。背負ったものの重さに負けないように強くあらねばならないと己に言い聞かせているだけの。

 

「私には話していただけるのですね」

 

「お前は俺に贖うと言った。その言葉に嘘は無いんだろう?」

 

「もちろん。私はかつてヴァンと共にあなたの居場所を奪った人間です。その罪を償うために出来ることなら何でもします」

 

「なら、今の俺を何とか出来るか……?」

 

 アッシュのその言葉に、私は彼の抱えている悩みに思い至った。この頃から彼は自身の身体について自覚し始めていたのか。あるいはディストと話す中でその可能性に辿り着いたのかもしれない。

 レプリカ情報の抜き取りはオリジナルにとっても大きな負担になる。元より第七音譜術士(セブンスフォニマー)の才があったアッシュであればその程度はまだ軽いのかもしれないが、生体に特殊な方法で第七音素(セブンスフォニム)を注入し、その音素構成情報をフォニミンと呼ばれる薬剤で抜き取る。その過程で被験者の構成音素が不安定化し、音素乖離を起こすのだ。フォニミンの原料採掘地であると共にレプリカ作成研究施設でもあったワイヨン鏡窟でのレプリカ作成実験のレポートは私も目を通していた。

 

「……症状が出始めたのはいつからですか?」

 

「一か月前からだ。身体の動作に違和感がある。前よりも譜術の精度と威力も落ちた。まだ本人しか分からない程度じゃあるがな」

 

「音素乖離による劣化ですね。フォミクリー被験者に見られる副作用です。生物、無生物に限らず見られる劣化現象です」

 

「治す手立てはあるのか?」

 

「下手な嘘をつく方が不誠実でしょうから正直に言います。今のところ確立した方法はありません。ディストとジェイドが主導で研究を進めていますが」

 

 フォミクリー被験者の音素乖離問題についてはディストも頭を悩ませていた。そもそも、フォミクリーはその発想からして被験者を生かしておく動機が無い。そのため、被験者にかかる負担は始めから度外視されている。そしてベルケンドでの研究も生体レプリカの作成を禁じているためサンプル数が足りず、足踏み状態が続いていた。

 その事実を聞かされたアッシュは、怒りを顕にするでもなく、ただため息をつくばかりだった。

 

「見込みはあるのか? 俺も易々と死んでやるつもりはない」

 

「今のところはまだ何とも。ですが必ず方法を見つけます」

 

 こちらを力なく見つめるアッシュと視線を合わせながら私は言い切る。彼が死ぬ未来など来ない。でなければ、私が今もこの立場にしがみついている意味が無い。アッシュも、ルークも、子ども達が皆笑える未来のために私はこの記憶を持って生まれたのだから。

 

「……その言葉、信じるぞ」

 

「あなたの信頼を裏切ることはしません。何があろうと」

 

 組んだ両手が微かに震えているのに気が付かないフリをした。

 

 


 

 

 翌日、私はダアトを出て少し歩いた草原までアリエッタと出かけていた。用件はルーク達の見送りだ。アッシュとシンクは日が昇り切らない内に私に一言出立を告げると、早々にダアトを発ってしまった。アルビオール参号機の操縦士であるギンジ青年も朝早くから大変なことだが、アッシュにこうして引っ張りまわされるのは慣れっこなのか、力無く笑いながら肩を竦めるだけであった。

 

「大変な事ばかり頼んでしまいますが、よろしく頼みましたよ」

 

「モースにはいつも教団のことを任せてばかりですみません、ダアトをお願いしますね」

 

「私達よりモース様の方こそ気を付けてくださいよぉ」

 

「アニスの言う通りです。ご自分のこともきちんと大事にしてください」

 

 私の言葉にアニスがやれやれとため息をつきながら返し、それにティアが同調する。実際迂闊なことをやらかしてしまったので何も言えないが、それでも私よりも危険が大きいのはルーク達だ。

 

「ご心配なく。アリエッタもついていてくれます。あなた達はラルゴやリグレット、ヴァンと直接対峙する可能性が高いのですから。くれぐれも怪我などしないようにしてくださいね」

 

「アリエッタ、モース様をちゃんと守るから!」

 

 私の横に立つアリエッタが拳をグッと握って可愛らしく力んでいる。微笑ましいその様子に私だけでなくルーク達も顔を緩めた。

 

「ああ、アリエッタがついててくれるなら安心だ」

 

「モースのこと、頼みましたわよ」

 

 ルークとナタリアがしゃがんでアリエッタと視線を合わせる。ナタリアだけでなく、ルークもアリエッタと距離が近くなったらしい。これは押しの強いナタリアがアリエッタをルーク達の輪の中に強引に引っ張りこんだからなのだろうか。

 

「そっちも、イオン様のことちゃんと守ってね」

 

「おう、任せときな!」

 

 ガイがそう言ってアリエッタに親指を立てて見せる。無論、彼とアリエッタの間には距離がある。改善傾向にあると言ってもまだ女性恐怖症が完治したわけではないから仕方ないのだが、彼も中々難儀な性分をしている。

 

「ジェイド、あなたには旅の道中も手紙を通して色々と知恵をお借りしますよ?」

 

「ええ、分かっていますよ。サフィールだけに任せておくわけにもいきませんからね。バックアップはお任せしましたよ?」

 

「中々ダアトから動くことも難しい身ですが、出来る限りのことをしましょう」

 

 私とジェイドは互いに握手を交わす。手袋越しの彼の手は死霊使い(ネクロマンサー)という二つ名がそぐわない温かさを私に伝えてくる。

 手を離すと、ルーク達は振り返ってアルビオールへと乗り込んでいく。そして白い機体から音機関が始動する低い唸り声が響き、両翼から勢いよく音素が噴き出してその機体を中空へ浮かべていく。その姿が遥か遠くの小さな点になってしまうまで見送ってから、私はアリエッタに視線を向けた。

 

「ダアトに帰りましょうか。ディストも首を長くして待っていることでしょう」

 

「うん! ディストがフローリアン達を連れてきてくれたから、またお話しするの楽しみ!」

 

 私の右手を取りながら、アリエッタはそう言って顔を綻ばせる。そう言えばベルケンドで検査入院をしていたツヴァイやフローリアン達兄弟をディストが送ってきてくれたのだったか。以前教団本部から彼らを連れ出してくれたアリエッタはあれ以来フローリアン達とも友好を順調に深めてくれているらしい。人との交流経験が少なかった彼女にとってフローリアン達との交流は互いにいい刺激になるだろう。

 

「それで、私がベルケンドにフローリアン達を迎えに戻っている間にアッシュもルーク達も出立してしまったと?」

 

「そういうことになりますね」

 

「まったく、タイミングが良いのか悪いのか分からないことですね!」

 

「痛い! 傷口を叩くのは止めてください!」

 

 執務室に戻った私を出迎えたのは、我が物顔で茶器を取り出してお茶を楽しむディストだった。一緒に戻ってきてディストのヒラヒラした襟で遊んでいたフローリアン達はアリエッタを見ると顔を輝かせて彼女と連れ立って行ってしまった。護衛としてはフェムが残ってくれているので不足はないし、むしろ戦闘能力に乏しいツヴァイやフィオ、フローリアンをアリエッタとライガ達が守ってくれるのでこちらとしては願ったりだ。

 そして話し始めたかと思えば情緒不安定に私の足をペシペシと叩くディストに私は抗議の声を上げる。

 

「それで、タイミングが良い、悪いとは一体何のことですか?」

 

 ディストの手を押し留め、足を庇いながら私は問う。研究の進捗報告はこの間の治療の際に受けているし、今回はフローリアン達を送りに来てくれただけだと思っていたのだが。

 

「いえね、障気問題に関してですよ」

 

「……何か良い方法が?」

 

「いいえ。あなたが言った超振動による障気の分解くらいしか現状方法はありませんがね。それにしたって第七音素(セブンスフォニム)を収束させるローレライの剣だなんていう伝説の代物頼りの美しくない策」

 

 ただ、とディストは言葉を続ける。

 

「オールドラント全土を覆う障気を超振動で消し去るのに必要な第七音素(セブンスフォニム)について、おおよその試算が出来ましたよ。あなたのお望み通りにローレライの剣の使用有無の場合分けをした上でのね」

 

「おお、それは良い報告ですね。暗い話題ばかりでしたから、多少は気分が上向きそうです」

 

「これを聞いてそう思えるかは分かりませんがね。ローレライの剣有りならあなたが以前言った通りレプリカ一万人分程度の第七音素(セブンスフォニム)があれば何とかなるでしょう。しかし、ローレライの剣が無ければその数はもっと膨れ上がり、レプリカ十万人分は必要になります。ここまでくると島サイズの超巨大レプリカを作ってそれを素材にした方がマシなレベルになるでしょうね」

 

 ディストの報告は、私にとっては文字通りの福音と呼べるものだった。つまり彼はこう言っているのだ。障気を消すのにローレライの剣(アッシュ)に頼らなくても良い方法があると。

 

「なるほど。逆に言えばそれだけの第七音素(セブンスフォニム)を用意しさえすればローレライの剣による収束効果無しでも超振動による障気の分解は可能なのですね?」

 

「あくまで理論上の話に過ぎませんよ? それに超振動を起こす第七音譜術士(セブンスフォニマー)に莫大な負荷がかかるのは変わりません。結局、実行してしまえば音素乖離が起こるのは免れないですよ。現実的じゃありません。ルークやアッシュに死ねと命じられるような人間では無いでしょう、あなたは」

 

 ディストの指摘はご尤もだ。しかし、私の頭の中にあるのはルークやアッシュではない。それはかつてホドを滅ぼしたときのマルクトが行った凶行。

 

「ですが超振動を起こせるのはルークやアッシュに限らないでしょう。例えば、フォミクリー装置を意図的に暴走させるとか」

 

「疑似超振動のことですか? あれはルークやアッシュの超振動よりも威力が大幅に落ちます。出力が足りるかは賭けになりますよ? その方法にしたって誰かがフォミクリー装置に繋がって装置と被験者の間で干渉を起こす必要があります」

 

 私が一言述べるだけでディストはすぐに意図を察し、そして問題点を挙げる。

 

「何より装置があるのはワイヨン鏡窟です。そこに島サイズのレプリカか生体レプリカ十万人分をどうやって運び込むというのですか」

 

「……やはり中々うまい方法というのは見つからないものですか」

 

 ヴァン達が用意した移動式レプリカ作成拠点であるフェレス島のことを口に出そうとして止めた。もしそれを言ってしまえば、この天才は私の考えをたちどころに見抜いてしまうに違いないからだ。

 

「……何か隠していますか?」

 

 まさか先ほどの僅かな間で察したとでもいうのだろうか。眼鏡の奥の目が細められ、私を鋭く射抜く。とはいえ、それでボロを出すようでは大詠師としてやっていけない。

 

「いいえ、何か抜け道が無いかと頭を巡らせているのですよ。と言っても専門家であるあなたで思いつかないことを私が思いつけるわけもありませんが」

 

「……ま、そういうことにしておきましょうか。何を考えているかは知りませんが、滅多なことはするもんじゃありませんよ? あなたも護衛の筈である人間が看守になるような事態にはなって欲しくないでしょう?」

 

「はい?」

 

「おや、鈍感もここまで来れば最早末恐ろしい。おっとフェム、睨むなら私じゃなくてモースですよ、モース。何か怪しい動きをしようものなら骨の一本くらいなら良いんじゃないですか?」

 

「……そうだね、その心づもりはしておくことにするよ」

 

 ……何やら恐ろしい会話がディストとフェムの間で交わされているが、聞こえないフリを貫いて私はお茶を啜った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

砂漠の主と私

 それからは以前にも増して目まぐるしい日々となった。これまでもあった預言(スコア)を求める人々への対処、障気への対処に加え、各地に発生した神託の盾兵を偽る謎の襲撃者への対処も増え、一日に処理できる仕事量をいよいよ超え始めてきた。神託の盾騎士団をカンタビレに任せっぱなしにし、トリトハイム達詠師が懸命に対応しても尚、状況は底に穴の開いた船から水を掻き出すかの如き様相を呈していた。

 

 そして今日、私はアリエッタとフェムを供にしてダアトを離れ、ある場所へと向かっていた。移動手段はアリエッタの友達、大型鳥獣のフレスベルグである。最初の頃こそ訓練もしていない人間が移動中に転落する可能性もあって周囲から大反対を受けていたが、今となっては身軽に移動できる手段として当たり前の顔をして使っている。周囲が大反対する余裕すら無くなってきたということでもある。他にも、アリエッタの魔獣使役能力は疑う余地も無いこと、それに船や馬車よりも空を行く方が襲撃の危険が却って少ないこともハイマン君達の心配を和らげた要因だろう。

 私の前に座るアリエッタが機嫌良さげに鼻歌を歌いながら、私に身体を預けてくる。チラリと横に目をやれば、胡乱な視線を向けてくるフェムが見える。さすがのフレスベルグと言えど、三人を乗せて運ぶことは出来ないと、フェムは一人ガルーダに乗って私とアリエッタに帯同している。

 

「お、アリエッタ。見えてきましたよ」

 

 そんなフェムに苦笑いを返すと、私は眼下に見えてきた街をアリエッタに指差して伝える。このまま街中に降りる訳にもいかないため、一度街外れに着陸する必要がある。

 

「ん、それじゃあ降りるね。お願い」

 

 アリエッタはそう言うと、跨ったフレスベルグの首を軽く叩く。それだけで意を得たりとばかりにフレスベルグは高度を下げ始め、フェムを乗せたガルーダもそれに続く。ゆっくり、螺旋を描くように降下していくのに合わせ、小さく見えていた街が見る見るうちに視界を埋め尽くす大きさになっていく。

 

「砂漠の街ケセドニア。来るのはあまり気が進まなかったのですがね」

 

 視界の先、どこまでも続く砂漠を眺めながら、これから始まる会合へのため息が抑えきれずに零れたのだった。

 

「いやはや、ここ最近はきな臭い話が溢れておりますな、大詠師殿」

 

「ええ、まったく」

 

 砂漠の街の中でも一際豪奢な建物を訪れた私達を出迎えたのは、このケセドニアを一代で自治区にまで押し上げた稀代の商人、アスターだった。小柄な体躯を少しでも大きく見せるためか、常に腰に手を当てている彼は、綺麗に整えられた口髭の下に笑顔を絶やさない。しかし、その目は常に油断なく光っており、内に秘めた野心が僅かながら顔を覗かせていた。

 

「死んだはずの者が翌日には歩いている。ただし記憶も何も無いままで。預言(スコア)を詠むことに消極的になった教団に代わって怪しげな預言士(スコアラー)を名乗る集団。そして神託の盾兵に偽装した襲撃者、でしたか? 我が街の商隊もいくらか被害に遭っておりますな。補償金だけでも頭が痛くなる程度には。本日はその辺りの話もして頂けると思って良いのでしょう?」

 

「お耳の早いことで。その通りです。是非ともあなたのお知恵をお借りしたいと思ったのですよ、アスター殿」

 

 彼の執務室に通されると、早速とばかりにアスターが口火を切る。ダアトという特殊な事例を除けば、ケセドニアはオールドラントで唯一の自治区となった街だ。それも武力では無く、経済によって。砂漠という生産力に乏しいこの街がそこまでの存在感を出せるようになったのは、この街がキムラスカとマルクトの国境線上に位置していること、バチカルからザオ砂漠、ケセドニアを通じてマルクトの食料庫であるエンゲーブを結ぶ輸送網の要となっていること、それだけでなく両国の陸路貿易においてケセドニアが如何に重要な地位を占めているかと言うことは、キムラスカとマルクトの陸路における接点が南ルグニカ平野に位置する国境の街カイツールを除けばケセドニアのみ、キムラスカが南ルグニカ平野のカイツールを維持する上で海路以外の輸送網を担っていると言えば伝わるだろうか。それもあってケセドニアを巡るキムラスカとマルクトの対立は熾烈だったが、両国共にチョークポイントとなるケセドニアを維持する軍事費を捻出し続けるのは厳しい。そこに目を付けたアスターが二大国を相手に交渉と貿易で渡り合い、自治権を捥ぎ取ったのである。

 そんな傑物を相手に私程度がまともに渡り合えるなどとは思えない。ケセドニアともダアトは商取引をいくらか行っているが、通商交渉でこの男を言い包められた試しがない。故にアスターを相手取った交渉はその重要度に拘わらずいつも胃壁が擦り減るような心地だった。

 

「大詠師殿も頭を悩ませているのですな。偽装兵は口々にモース様のためになどと口走っていたと商人が噂していたものですから、てっきりこれも何かの謀かと」

 

「あなたを相手にして私の稚拙な策が通用すると思えるほど自惚れてはいませんよ」

 

 試すように言葉を投げかけるアスターに対し、私はきっぱりと否定する。その一挙手一投足を相手がさり気なく、されどしっかりと値踏みしているのは承知している。このアスターという男に下手な嘘や誤魔化しは通じない。キムラスカとマルクトから毎日数多の商人が通り、街自体にも土着の商人達が犇めいているこのケセドニアを文字通り掌中に収めている男だ。そもそもの経験値が雲泥の差なのだから。

 

「フフフ、試すような真似をして失礼しました。大詠師殿がそのような見え透いた策を弄するとも思えませんが、歳を重ねると猜疑心ばかりが大きくなってしまいましてな」

 

「疑うことよりも信じることは何倍も難しい。ですが、それを続けてこられたからこそアスター殿の下で今のケセドニアがあるのでしょう」

 

「相変わらず人の心を擽るのが上手いお方だ。して、実際のところはどうなのです?」

 

「レプリカ、というものに聞き覚えはありますか?」

 

 私の言葉にアスターは暫し考え込むように口髭を手で弄ぶ。

 

「ふむ、寡聞にして聞き及んでおりませんな」

 

 彼の情報網にも引っ掛かっていなかったとあり、興味をそそられたのか、椅子に座ったまま身を乗り出したアスターに対し、私は持て成しとして差し出された果実水で口を湿らせると、話し始めた。

 

 


 

 

「ふむ……、そっくりそのままの見た目の人間を生み出す技術ですか。ゾッとしませんな」

 

 話を聞き終えたアスターは神妙な面持ちで顎に手を当て、机に視線を落として考えを巡らせる。

 

「身内の恥を晒すようで言いにくいのですが、ローレライ教団から離反した詠師オーレル、詠師かつ神託の盾騎士団の元主席総長であるヴァン、リグレット、ラルゴを中心とした者達の企てです。キムラスカ、マルクトとダアトの信頼関係を崩し、戦乱を巻き起こそうと彼奴らは動いています」

 

「戦争、ですか」

 

 その言葉と共に、アスターの目が一瞬危険な光を放ったのを、私は見逃さなかった。

 

「アスター殿、まさかとは思いますが戦乱を望まれているわけではありますまいな?」

 

 咎めるような声になってしまい、しまったと思ったものの、今更取り繕うことは出来ない。

 

「戦乱には金の話が付き物ですからな、商人としては気になってしまうのも仕方がないというもの」

 

 それに、とアスターは続ける。

 

「フォミクリーとは、見方を変えれば素晴らしい技術ですな。死を厭わない兵士を無際限に生み出せる。成程、この技術の生みの親が禁忌としたのも分かるというものです。そして兵士が生まれれば装備を与えなければならないのも事実。商人として、目の前にある金貨が詰まった袋を見捨てる選択肢は無い」

 

「その結果として世界中から目の敵とされたとしてもですか?」

 

「元来商人なんてものは嫌われ者ですよ。自らでは何も生み出さず、物を右から左に流すことで金を掠めとる。盗人と罵られた時代もあったものです。それ故に商人は善悪よりも金の持つ力を貴ぶのでしょう」

 

 アスターにレプリカについて話をしたのは早まったのかもしれない。ルーク達に対しては善良な統治者としての側面しか見せていない彼だが、ケセドニア自治区を纏め上げ、二大国と対等に渡り合うためには善良であり続けるだけでは無理だ。アスターの中には支配者としての冷たい一面が確かに存在している。今私と一対一で向かい合っている状況では、その冷徹で計算高い商人としての彼が強く表に出ているのかもしれなかった。

 

「加えてローレライ教団は預言(スコア)を詠むことに消極的になっている。皆モース殿のように強い人間ばかりではありません。迷える民は安易な道を採るでしょう。それこそ、預言(スコア)を授けてくれる新たな教団、とか。商人が気にするのはどちらがより金を生むのか。より自らを守る盾であり、剣ともなる黄金を築き上げられるのかです」

 

 今のローレライ教団と今後現れるであろう新生ローレライ教団。ケセドニアとしてどちらにつく方が得であるかをアスターは天秤にかけている。それは、自らの力があればキムラスカやマルクトを丸め込めるという自信からきているのだろうし、実際このまま手を拱いていてはローレライ教団の弱体化は避けられない。

 

「つまり、ケセドニアは今までのダアトと積み上げてきた信頼を無に帰すことも考えられる、ということでよろしいか?」

 

 私の言葉で室内には重苦しい沈黙が立ち込める。アスターから視線を逸らさず、その奥に隠された真意を読み取ろうとするが笑顔という分厚い装甲に覆われたそれを見抜くことは私には出来なかった。

 

「今のダアトはキムラスカ、マルクト両国と非常に親密な関係を築いています。戦乱による短期的な利益よりも、信頼に依る長期的な利益を採るのがケセドニアの主人であるアスター殿の選択だと私は信じています」

 

「……ふむ」

 

 言葉を重ねる私に対してアスターが発したのは一言のみ。私は背筋に冷や汗が伝うのを感じ、更に言葉を紡ごうとするが、それより先に目の前の男の肩が震えだしたのに気付いた。

 

「……くくっ、流石の大詠師殿も焦りましたかな?」

 

「まさか……、私を試したのですか? 意地の悪い方だ」

 

 アスターはそこで我慢しきれないように呵呵大笑する。私はドッと力が抜けるのを感じ、身体をふかふかの椅子に沈めた。

 

「もちろんただ試したわけではありません。商人としての勘が、レプリカは大きな富を生むと言っています。しかし、私は既に商人だけでなく為政者でもある。金を追いかけるだけで許される人間では無くなってしまいましたからね」

 

「今ほどあなたが商人でなく為政者であってくれて良かったと思ったことはありません」

 

「ハハハ、例え商人であったとしても私は大詠師殿を選んだと思いますがね?」

 

「おや、それはまたどうしてです?」

 

「商人は金を貴ぶだけではようやく三流。二流は情報を貴び、一流は信頼を貴ぶ。私は自身が一流であると自負していますので」

 

 そう言ったアスターの顔は先ほどまでの朗らかな笑顔から、再び油断ならない商人のものに戻っていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

砂嵐に潜む悪意と私

 その後、商人としての本領を発揮したアスターとの交渉が始まり、今後のケセドニアとダアトの取引品目のすり合わせから隊商の護衛費用の比率、税率に至るまで、口頭レベルであるが今後の付き合い方について認識合わせが出来た。そんな交渉はもう少し準備を整えた状態で行いたいのだが、兵が常在戦場を心掛けるように、商人は常在商談の心構えがあるようで、一度スイッチの入ってしまった砂漠の主人との交渉は私の体力を根こそぎ奪っていったのだった。

 

「ふぅ……、来年も実りある商売が出来そうで何よりですな」

 

「ご満足頂けたようで……」

 

「お疲れですかな?」

 

「本格的な交渉をする準備をしてこなかったものですからね。護衛費用についてはかなりふんだくってくれましたね?」

 

「ケセドニアはダアトと異なり独自の戦力に乏しいものですから。聡明な大詠師殿のご理解が得られて何よりですな」

 

 私の嫌みもどこ吹く風と言わんばかりに悪どい笑みを浮かべて見せるアスター。この男、本当に油断も隙もない。信頼を第一とする、義理人情の男であるのは確かなのだが、それとは別に強かな商人でもあるのだ。商談ともなれば1ガルドたりとも逃さないという勢いで掛かってくるのだから堪らない。

 

「ま、あくまで口頭レベルの確認に過ぎません。ダアトに戻った後に使いに書面を持たせますので、細部の詰めはそちらでお願いします」

 

「ええ、ええ、分かっていますとも。ですがこうして話の分かるトップが居ればかくも商談はスムーズに進むものなのですな。ダアトはてっきり頭の固い人間ばかりで商談など出来ないとばかり思っていましたが」

 

「ケセドニアと同じくダアトは自治区ですよ? こうした交渉事が出来なければやっていけませんとも。それに、これまでもダアトとケセドニアは商取引を続けてきたでしょうに」

 

 アスターがしみじみと呟いた内容にツッコミを入れる。ケセドニアとダアトの付き合いは何も今になってから始まったものでは無い。ケセドニアが自治区となるにも、マルクトとキムラスカが交渉のテーブルにつく仲介をしたのがダアトだ。アスターが莫大な献金をダアトに行い、それに報いる形でケセドニアの自治権を認め、キムラスカとマルクトの国境上にありながら駐留する兵力を街の防衛に必要な最低限に収めさせた。導師イオンの威光とアスターの交渉術が合わさるとどれほど恐ろしいことになるかを如実に表れたのがこの街というわけだ。

 

「モース様が出張ってこられる前は散々稼がせて頂いたのですがね。ヒヒ」

 

「献金さえしておけばダアトが何でも許すと思われては後の人間が困りますからな」

 

「おお、怖い怖い。ですが、気の抜けない交渉こそ、商人が最も夢中になる娯楽。今後とも末永くお付き合いしたいものです」

 

 アスターはそう言ってパンパンと手を叩き、使用人を呼ぶ。扉を開けて現れた使用人は、一本のワイン瓶と二つのグラスを乗せた銀の盆を携えていた。使用人からグラスを受け取ったアスターは、二つのグラスにワインを注ぐと、一方を私に差し出してくる。

 

「さ、小難しい話も終わったことですし、一息入れるのも良いでしょう。エンゲーブ産の上等な一本ですよ?」

 

「……頂きましょう」

 

 差し出されたグラスを受け取り、アスターに合わせて一口含む。ケセドニアはすぐ隣にザオ砂漠が広がる暑く、乾燥した気候が特徴だ。それ故か、渡されたワインは良く冷やされており、喋り続けた喉を気持ちよく潤してくれた。だがワインの味をじっくりと楽しんでいることは出来ない。目の前の男は尚も目に油断ならない光を宿しているからだ。

 

「ところで、最近になってケセドニア周辺を騒がせている謎の預言士(スコアラー)について情報共有をしても?」

 

「ええ、恐らくはローレライ教団が預言(スコア)を詠むことに消極的になったことで台頭してきたのでしょう」

 

「でしょうな。それに加え、最近ダアトから罪人として捕えられていた詠師が逃げ出したとか?」

 

 この男の情報網は一体どうなっているかと言いたくなる。詠師オーレルの脱獄は教団関係者でも限られた人物に留めていたはずだが。人の口に戸は立てられぬと言え、防諜体制を見直すべきかと思わされてしまう。

 

「商人の情報網は広く、そして深い。何より関係ない事柄すら結び付けて色々夢想してしまう悪癖が災いして突拍子も無いことを言ってしまったりするのですよ。ヒヒヒ」

 

 つまりダアトに出入りする商人から細かな情報を集め、そこから推理した結果を話していると。この男を前にして隠し事をしようというのは甘い話だったのかもしれない。私はため息をつき、グラスをテーブルに置く。

 

「そこまで知っておられるのなら隠すまでもありませんな。十中八九、逃げ出した詠師も関わっているでしょう。既に聞き及んでいることかと思いますが、ヴァンとそれに付き従う者らの企みが動いているのは疑いようもありません」

 

「なるほど、街の警備兵に伝えておきましょう。とはいえ、ケセドニアは自由な言説を重んじる街故、ただ演説をしていたからと逮捕することは出来ませんが」

 

 アスターは口髭を手でしごきながら言う。ただ彼が私の言葉を聞いて少しでも警戒してくれるのならばそれだけでも十分だ。私は席を立つとアスターに頭を下げる。

 

「それだけでも十分助かります。それと、ルーク達やアッシュがここを訪ねてくる事もあるでしょうが」

 

「ええ、分かっておりますとも。彼らの頼みには出来る限り応えましょう。こちらにとっても大きな得のある取引になることでしょうから」

 

 彼らに便宜を取り計らうだけ、私に、ひいてはダアトに恩を売れる。そして私はその恩を高く買うことだろう。アスターの頭の中ではそんな算盤が弾かれているのだろう。もちろん、彼個人がルーク達を気に入っているということもあるだろうが。

 

「ええ、損は無いでしょうな」

 

「素晴らしい。自分だけ儲けるというのは商人としては失格。互いに利益を享受できて初めて取引というのは成立するものですからね」

 

 そう言って私とアスターは互いに右手を差し出した。

 

 


 

 

「お出かけ、お出かけ」

 

「あんまりはしゃがないでよね」

 

 今にもスキップを始めそうなアリエッタと、それを呆れたような目で諫めるフェム。

 アスターの屋敷での交渉を終えた私は、この街の市民が着ている服を借り受けると、アリエッタとフェムを連れて市場へと繰り出していた。日頃から私に付き従ってくれているためにあまり遊びに出かける機会も無い二人を労おうと考えたためだ。

 私の左を歩くフェムは常と変わらず周囲を気取られないように探っているが、右手側を行くアリエッタの方は久々のお出かけにご満悦のようだ。ここまで喜んでもらえると連れてきた甲斐もある。もちろん、私は服装を変え、目から下を布で覆って隠している。砂嵐に悩まされるケセドニアであれば、宙を舞う砂を吸ってしまわないように鼻と口をこうして保護するのは不自然ではない。アリエッタとフェムも常の服装から様相を変えている。二人とも腰から膝まではだぼっとしていながら、ふくらはぎから下は絞ったデザインとなっているズボンに、上は風通しの良いシャツに砂から身体を保護する皮のベスト。そして頭には日光を受けないためのターバンといった出で立ちだ。ターバンは二人の特徴的な髪色を隠す役割も果たしてくれており、普段の様子からかけ離れた服装と相まって私達が教団関係者であると気付く人間はそういないことだろう。

 

「ケセドニアはキムラスカとマルクト両国から物と人が集まる街ですからね、文化的にも興味深いところですよ。ザオ遺跡が近いことも相まって特に宝石商や古物商が土着の商売として発展してきた街ですね」

 

「だから露天商でも宝石やアクセサリー類が多いわけだね」

 

「キラキラ、綺麗……」

 

「おや、アリエッタもやはりそういったものに興味があるのですね」

 

 露店に並ぶ宝石に目を輝かせているアリエッタを微笑ましい思いで見つめる。アニスはこうした光り物が大好きなのか、まさしく目の色を変えるのだが、アリエッタは今までそういった様子を見せることは無かった。それだけ彼女の情緒が育ってきたということなのかもしれない。アニスだけでなく、ナタリアやティアといった同年代の同性との付き合いが良い影響を与えているのは間違いないだろう。

 

「良さげなものがあれば是非教えてください。日頃のお礼にプレゼントしますから」

 

「あぅ、で、でも、どれも高い」

 

「この程度で困窮するほどではありませんよ」

 

 躊躇するアリエッタの頭を撫でる。彼女の働きを考えればここで宝石の一つ二つ贈っても足りないくらいだ。給金もきちんと払っているが、それとは別に私からも感謝の気持ちとして何か贈ってやりたかった。

 そう言ってアリエッタを優しく促してやると、それでも躊躇いがちではあったが彼女の指が露店に並ぶ商品の一つを指した。私はそれを手に取り、露天商に言われるがままの額を引き換えに手渡す。せっかくならば値切り交渉も体験してみたかったが、子どもへのプレゼントを目の前で値切るなどという行為をするのはあまりにも情けないので無しだ。

 

「アメジストがあしらわれたペンダントですか。少し赤みが強くてあなたの瞳の色に近いですね」

 

 そう言いながら私はアリエッタの前に跪き、ペンダントを着けてやる。白い皮のベストの上ではあまり映えないかもしれないが、いつもの彼女の服装、黒いドレスならばこの宝石はもっと美しく輝くだろう。

 アリエッタはしばらくぼうっと掌の上に乗せたペンダントを眺めると、私にはにかむような笑顔を見せてくれた。

 

「とっても綺麗。モース様、ありがとう!」

 

「これくらい安いものですとも。フェムもどうです?」

 

「遠慮しておくよ。僕は宝石をチャラチャラ身に付ける趣味は無いしね」

 

 フェムにも話を振ってみるが、すげなく却下されてしまう。彼にもいい機会だから何か贈ってやりたかったが、それはまたの機会に取っておくしかないか。私達はそれからも暫く市場を歩き回り、時には屋台の食べ物などにも舌鼓を打ちながら、久々に味わうのどかな時間を満喫していた。

 

 しかし、そんな時間はケセドニアの中央にある国境線をキムラスカ側に渡ったところで終わりを告げた。国境を跨るように建てられた酒場、そのキムラスカ側の入り口の程近くで、人だかりが出来ている。

 

「今、世界は障気に覆われ、腐ったローレライ教団は預言(スコア)を私物化して民衆から奪い去ってしまった。ですがそれでも始祖ユリアは我らをお見捨てにはならない! 今の教団の在り方を憂い、真に始祖ユリアの遺志を継ぐ新たな教団、新生ローレライ教団を立ち上げたのです! 迷える人々に惜しみなく預言(スコア)を与えましょう。さあ、我に続きなさい! 新たに導師として立ったオーレル様のお導きを授けましょう!」

 

 民衆の中心から聞こえたその声に、私達三人の足は止まった。互いに視線を交わすと、民衆の隙間から声の主を目を凝らす。

 

「見えましたか、フィー」

 

「いや、アンはどう?」

 

「見えない……、ごめんなさい」

 

 あらかじめ決めておいた偽名を呼ぶ。二人もすぐにそれに合わせてくれた。私は声に惹かれて集まっている人々の塊に近づき、何とか姿を見ようと試みた。おそらくオーレル本人ではない。だが、関係者の顔を押さえておくことは非常に重要だ。

 

「ユリアの預言(スコア)に障気が世界を覆うとは詠まれていない! では何故今、このような状態になっているのか。それはひとえに今の教団がユリアの遺志に背いて預言(スコア)を私欲のために利用したからに他ならない! 自らが肥え太ろうと思うあまり世界を繁栄に導く預言(スコア)から道を踏み外したのだ! それを許さぬ、預言(スコア)を今一度人々の手に戻さんと導師オーレルは立ち上がられた。さあ、船に行こう、同志達よ!」

 

 その言葉と共に群集が二つに割れ、中から教団の預言士(スコアラー)の制服を着た人物が出てくる。もどかしいことに、目元を白い仮面で覆ってしまっているため、それが誰かを確認することは出来なかった。私達は慌てて熱に浮かされたような人々の間に紛れて姿を隠す。視線がこちらに向くのを感じたが、預言士(スコアラー)は何も言わずにすぐに視線を前へと戻すと人々を率いて港へと歩いて行った。

 

「……アン、今の情報をすぐにアスターに伝えてください。その後、フレスベルグで上空から私達の監視を」

 

「うん、わかった」

 

「フィー、すみませんが、ついて来て頂けますか?」

 

「良いけど、まさか乗り込むつもり? 自分から敵の手中に飛び込んでいくのは認められないよ」

 

 アリエッタは私の言葉を聞いてすぐにアスターの屋敷に向かって走り出し、フェムは私をじろりと睨みつける。だが、ここで退くわけにはいかない。これはある意味大きなチャンスでもあるのだ。

 

「あの預言士(スコアラー)について行けば、恐らくヴァン達のレプリカ作成拠点に辿り着けるはずです。それに少なくともあの預言士(スコアラー)はリグレットやラルゴではない。私達のことがバレる可能性も低いでしょう」

 

「だからって大将自ら乗り込む必要性は無いだろ。このことをルーク達に伝えればいい」

 

「ルーク達は今もアルビオールでどこを飛んでいるか分かりません。それでは彼らを逃してしまう。今、ここで動かなくては。それに、一人じゃなくあなたもいますし、いざというときはアンもいます。逃げるだけなら何とかなるのでは?」

 

「…………何を言っても諦めるつもりは無いんだろうね。ああ、もう分かったよ。でも、危ないと思ったら首根っこ引っ掴んで周りが海だろうと躊躇なく飛び込むからね?」

 

「ええ、構いません。行きましょう、敵の胃の中へ」

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

仮面の下の色と私

 謎の預言士(スコアラー)が人々を引き連れて向かったのはケセドニアの港に停泊している一隻の船。積み荷の何人もの水夫が荷を運んでいるのを見るに貿易船に便乗してきたのだろう。キムラスカとマルクトどちらの船籍を騙ったのか定かではないが、レプリカを用いれば船籍の偽造も造作ではないため考えるだけ無駄なことだ。

 預言士(スコアラー)は慣れた足取りで船へと乗り込んでいき、それに付き従う人々も続々と乗り込んでいく。その集団に紛れて私とフェムも渡し板を渡って船に足を踏み入れる。先導してきた預言士(スコアラー)は私達を甲板まで連れて行くと、そこで振り返り、私達を見渡しながら口を開いた。

 

「よくついて来てくれました。これから求める皆さま全員に預言(スコア)を授けましょう。同志が別室にあなた方を連れて行きます。預言(スコア)を聴いた者から船を降りなさい。今のローレライ教団は預言(スコア)を聴くものを弾圧するかもしれません。ここで見たこと、聞いたことを口外しないよう。どこにローレライ教団の手が伸びているか分かりません。我らもここに来るまで多くの迫害を受けてきました。この場に居る人々はそのような人間では無いと我らは信じていますが……」

 

 そう言って仮面の預言士(スコアラー)は僅かに見える口元を歪めた。弾圧、という言葉を聞いて聴衆の身が固く強張るのが目に入った。この預言士(スコアラー)は人々の不安を煽るのが大層上手い。事実としてローレライ教団が預言(スコア)を放棄したことは無い。積極的に預言(スコア)を詠むことこそ無くなったものの、それでも求める者がいれば預言(スコア)を詠むこともある。それでも、大詠師である私と、何より導師イオンが預言(スコア)に頼らない方針を打ち出した。それによって預言(スコア)を盲信する人々の間には言い知れぬ不安が蔓延したはずだ。その不安はいつしか怯えになり、想像の中の脅威を無際限に膨らませていく。障気の噴出も相まってこうした人々の中では、今のローレライ教団が世界を滅びに向かわせているように見えているのだろう。そこをこの預言士(スコアラー)は巧みに刺激した。こんなことを言われては、存在しない弾圧に怯えた人々はここで起こったことを決して口にしない。この預言士(スコアラー)に脅されたという自覚も無いまま、むしろ感謝までするかもしれない。

 

「では、私の前に居るあなたから、参りましょうか」

 

「おお、感謝いたします!」

 

 預言士(スコアラー)は自分の前に立つ男を示すと、感激に打ち震える彼を連れて船内へと消えていく。残された人々は、知り合い同士で身を固め、一人で来たものは周りから少し距離を取って。誰もが油断なく周囲の人間に目を光らせている。先の預言士(スコアラー)はこうなることまで見越して先ほどの言葉を残して行ったのだろうか。この場にいるのは皆預言(スコア)を求めるという目的が一致したある種の仲間のはず。だが、その連帯意識が生まれることを先ほどの言葉が許さなかった。こうして監視の目が少なくとも誘い込まれた人々が自然と互いを見張る監視員となる。怪しい動きをすればすぐに船員に知らせることだろう。これで私とフェムもかなり動きにくくされた。

 

「……どうする? このままじゃ見す見す生体情報だけ抜かれてレプリカを作られる羽目になるよ」

 

「とはいえ易々と動くことは出来ないでしょう。何か混乱でも起これば別ですが」

 

 隣に立つフェムが私に囁く。視線をそちらに向けないように意識しながら私もそれに声を潜めて返した。

 預言士(スコアラー)は大っぴらに人々の目の前でレプリカ情報を抜くことは無い。預言(スコア)をだしに別室で作業にあたり、その間は監視の目が緩むと考えていた。その隙を縫って船内に潜み、フェレス島の位置を特定、あわよくばフェレス島への潜入も考えていたのだが、ここで怪しげな動きをしてしまえば耳目を集めてしまい、目的を達する前に船を降ろされてしまうだろう。

 

「言っておくけど、僕に囮になれって言うのは無しだからね? 囮になるならモースだ。それで僕が潜む」

 

「ですがそれでは……」

 

「モースが敵地に一人残されるのはあり得ない。今のダアトの状況分かってる? ここでこんな事してるのだって本当はダメなんだよ」

 

 ヒソヒソ声なのにドスを利かせるという器用な芸当を披露するフェムに、私は言葉に詰まる。私が居なくともダアトは何とかなる、と言いたいところだが、現実はそうもいかない。着実にダアトの経営陣に掛かる負担は増えているし、そこで最終決定権を持つ私が消えてしまえば完全にダアト中枢が麻痺してしまう。少なくとも今の偽装神託の盾兵による問題を解決し、両国からの圧力を解消しなくては私が動き回るのは難しい。だからこそ彼の言う案が現実的な妥協点であることは理解出来る。それでも彼を一人敵地に、それも絶海の孤島に残してしまうことに感情的に納得できないことには変わりない。

 

「……その時はアリエッタに頼んで彼女の魔物に偵察してもらうだけに留めましょう。それでもフェレス島の位置は掴めます」

 

「了解。それが落としどころだね。ま、だったらどこかでさっさと抜け出すのが吉だね」

 

 そう言うとフェムは両手を頭の後ろで組んで周囲で目を光らせている人々の観察に戻った。私も集まった人々と甲板で作業に勤しむ船員たちを観察する。船員達は一見すると皆何かの作業に従事しているように見えるが、その中に数人、虚ろな目で私達を眺めている者がいる。生気を感じない目、何の感情も窺い知れない能面のような表情。彼らは恐らく。

 

「レプリカも交じってるね」

 

「各地でレプリカ情報を抜き取っているのです。単純労働力として打ってつけでしょう」

 

 最初に刷り込みで決まった作業を教えてしまえば、後は文句を言うことも無く働くだけ。アスターの言う通りこれほど便利で、そして悍ましい技術は無い。彼らは自らの置かれた環境に疑問を抱くことを知らないのだから。自分が苦しいことを主張することを知らず、ただ限界が来るまで黙々と働くだけの血肉で出来た機械を生み出せることの何と恐ろしいことか。

 今すぐこの船で暴れ、先ほどの預言士(スコアラー)を捕まえてしまいたくなる衝動を、拳を強く握りしめて堪える。ここで私が怒ったところで大局的には何も好転せず、むしろ私達の動きが敵に知られるのみで事態が悪化するばかりだ。この場は情報を得ることに専念すべきだ。

 

「……あんまり強く握ると手を傷つけるよ」

 

 私の様子を見かねたフェムが、そう言って自身の右手を私の右手に重ねた。その暖かさに、私は自分の手から少しずつ力が抜けていくのを感じる。いけない、どうしてもレプリカ達を前にすると、感情のコントロールが上手くいかない。それは私の中に彼らレプリカを良いように扱い、最後には捨て駒とした忌まわしい記憶が根付いているからだろうか。

 

「すみません。冷静さを欠いていました」

 

「いいよ。それだけ怒ってくれること、僕は嬉しく思うから」

 

 表情は変えず、それでも口調はどこまでも優しく、フェムは私の手を労わるように撫でてくれた。

 

 


 

 

 その後も順番に呼び出され、甲板から少しずつ人が減っていく。私達は甲板の隅の方に立っていたお陰で、呼び出されることも無いまま時間が過ぎていく。私はそっと視線を空に向けた。船の上空、目を凝らせば、ガルーダが旋回しているのが映る。どうやらアリエッタが伝言を終え、船に偵察を飛ばしてくれたらしい。これで最低限の情報収集を行う手筈は整った。後は上手くいくか分からないが、私とフェムが二人揃って潜入できるかを試すだけだ。

 私は隣のフェムと視線を合わせ、頷き合うと、これ見よがしに胸を手で押さえて咳き込みながら甲板に蹲った。

 

「おい、どうした!」

 

「ああ、大変だ。伯父はこのところの障気で身体を壊していたんだ。どこかで休ませてあげないと!」

 

 私の様子を訝しんで近づいてきた船員に、フェムが焦ったような声と表情で縋りつく。もちろん演技だ。だが、これならば私が鼻から下を布で覆っていることの言い訳もつくし、どこかの船室で休ませて貰えればそのまま船内のどこかに身を潜めてしまえばいい。

 

「ねえ、どこかの船室を借りられないか? 横になって休ませてあげたいんだ。障気で身体を壊して医者も匙を投げちゃって、もう預言(スコア)しか頼れるものが無いんだよ」

 

「む……、そうは言うがな」

 

 フェムの懇願にも船員はどこか渋い顔で首を易々と縦には振らない。その表情には、私を船内に留めることで他の船員に感染しないかを疑う気持ちがありありと現れていた。

 

「それは大変ですね、すぐに部屋に連れて行って差し上げて」

 

 これ以上粘っても無理か、大人しく船を降りるしかないと考えていた私達を救ったのは、人々を扇動していた仮面の預言士(スコアラー)だった。声色には私達を気遣う様子を滲ませているが、表情は窺うことは出来ず、その胸中に何を抱えているかは見えない。

 

「し、しかしですね……」

 

「構いません。預言(スコア)を求める者は我らの同志ですから。例え障気に身体を侵されているとしてもそれを理由に排することはあってはなりませんよ。さ、こちらへどうぞ」

 

 何か言いたげな船員を優しく、されど有無を言わせぬ口調で黙らせると、預言士(スコアラー)は私達を船内へと招き入れた。そして船員用ではなく、客人用と思われる調度品の整えられた船室へと通される。

 

「少しここで休んでいらしてくださいね」

 

「ああ、親切にありがとうね」

 

「構いませんよ。我々は預言(スコア)を求める同志に手を差し伸べるのが役目。預言(スコア)がきっと、あなたの伯父の身体を治す術を指し示してくれることでしょう」

 

 微かに見える口元は柔和な笑みを浮かべており、口調はどこまでも気遣わしげだ。心の底から私の体調を心配しているように見える。どこまでが演技で、どこまでが本心なのか読み取ることが出来ない。それはフェムも同じようで、警戒をしているが、どこか困惑を隠せていない。それほどまでに仮面の預言士(スコアラー)には敵意が無いように見えるからだ。

 

預言(スコア)があれば、本当に伯父は助かるんだよね?」

 

「おや、不安ですか?」

 

「どこの医者に聞いても皆首を横に振ったんだ。不安にもなるさ」

 

「そう……、それはお辛いことでしたね。ですが安心して下さい。預言(スコア)こそが万民救済の唯一の道標なのですから」

 

 フェムの疑問に預言士(スコアラー)は口元に浮かべた笑みをそのまま、私達へと歩み寄ってくる。

 

「障気のこともユリアの預言(スコア)に詠まれていました。であれば、その対策が詠まれていないはずがありません」

 

 私の前に立った預言士(スコアラー)は口元に浮かべた笑みを増々深くし、仮面越しに私の目を覗き込んでくる。私は仰け反ってしまいそうになるのを堪え、仮面の奥にあるであろう預言士(スコアラー)の目と視線をぶつける。

 

「でも、あなたのことをユリアはお救いにはならないかもしれませんね?」

 

「は……?」

 

「マズい!? モース!」

 

 だがそれ故に反応が遅れた。身体が反応するより、預言士(スコアラー)が動く方が早かった。顔の右半分、眉から頬の下にかけて、何かが光る。思わず右目を閉じたが、その上を冷たいものが通り過ぎる感覚が走った。遅れてやって来るのは灼熱の如き痛みと何かが流れ出す感覚。

 

「ぐっ、あぁぁぁぁ!!」

 

「モース!? くそっ、僕が付いていながら!」

 

 切られた、と認識すると同時、フェムが私を肩に担ぎ、船室の窓を勢いよく蹴破って外に飛び出していた。その後ろから、預言士(スコアラー)の狂ったような笑い声がついてくる。

 

「アハハハハハ! 預言(スコア)を蔑ろにする反徒には罰を! 約束された繁栄を見通せない曇った目ならばいらないでしょう、大詠師モース!」

 

 辛うじて左目を開け、フェムの肩越しに笑い声の主を見る。血の滴るナイフを片手に、預言士(スコアラー)は嗤っていた。顎を上げて嗤うその仮面の下からは、嗤い声とは対照的に憤怒の色に染まった瞳が覗いていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

傷つくものと私

 いつの間にか意識を失っていたのか。気が付くと私は柔らかなものに包まれて横たわっていた。瞼越しに光を感じ、そっと目を開ける。

 

「ッ、痛!」

 

 だが、右目に鋭く走った痛みにその試みは阻まれた。手をやってみると、顔の右半分を覆うように布が巻かれているようだ。左目だけを意識して開けば、どこかの病室であるらしい、白い壁に囲まれた部屋だ。フェムに船から連れ出され、アリエッタが運んでくれたのだろうか。個室のようで、ベッドに備え付けられたサイドテーブルには水差しとグラスが置かれている。それを見て喉の渇きを自覚した私は、半身を起こしてグラスに水を注ぎ、一息に呷る。冷たい水が喉を通って渇きを癒してくれ、私はホッと一息ついた。それと同時に扉が開かれる。

 

「おや、目が覚めていましたか」

 

 その声と共に部屋に入ってきたのはこの数日で何度見たか分からない顔だ。彼にしては珍しく普段の黒を基調とした細身のスーツの上に白衣を纏っている。

 

「相変わらず怪我をするのは上手いですね。研究者としてでなく医者として私をここまで扱き使った人間はあなたくらいのものです」

 

「いつも面倒をかけてすみませんね、ディスト」

 

 ため息をつきながら椅子に腰かけたディストは、私の頭を両手で押さえて触診を始める。

 

「血まみれのあなたをフェムとアリエッタが担いで駆け込んできたときは流石の私も肝が冷えましたよ」

 

 運が良かったですね、とディストは言う。聞けば、もう少し刃が深く食い込んでいれば、私の右目は視力を失っていた可能性が高かったらしい。しばらくは目の保護のために眼帯生活を余儀なくされるという。

 悪人顔に増々磨きがかかりますねぇ! とケラケラ笑うディストを私はジト目で睨みつけた。

 

「冗談はさておき。本当に危ないところでした。リグレットのことがあったばかりだというのに、何故先走った行動を?」

 

「……謝ることしか出来ません。どうにも私はこうすべきと思うことがあるとそれで頭が一杯になってしまうようで」

 

 表情を真剣なものに変え、常のような軽い口調が鳴りを潜めたディストは、視線だけで私をたじろがせる迫力を醸し出していた。高笑いとわざとらしい怒った仕草で周りを和ませてくれるいつものディストの姿はそこには無い。彼のあの姿は彼が意図して道化を演じていたものだったのだろうか。今の、無表情でありながら静かに怒りを放つ姿が彼の本来の気質なのだろうか。どことなく、ジェイドと似た雰囲気を感じた。

 

「あなたの謝罪は聞き飽きましたよ。何度言われてもその悪癖は直る気配が無い。簡単に自分の身を投げ出し、傷つき、それでも何度も自ら傷つきに行こうとする」

 

 それがどれだけ周りの人間を苦しめているか分かりますか?

 

 ディストの言葉が部屋に木霊する。

 

「他人が見ればあなたの行いは聖人なのでしょう。何も知らぬ民衆はあなたのことを称えるでしょうね。他者の為に、躊躇わずに自らの身を差し出す聖人と。ですが、あなたに近しい人はどう思うのです? あなたに傷ついて欲しくない、そう思う人を蔑ろにし続け、()()()()()()()()()()()()のために、()()()()()()()()()()()を傷つけ続けるのですか?」

 

 ディストの言葉に私は何も言い返せないまま、ベッドに視線を落とした。

 

「アリエッタとフェムがね、泣いていました。この話を聞いた他の兄弟達も、アニスや導師イオンも泣くかもしれません。あなたが身を裂かれれば、あの子達も心が引き裂かれる痛みを感じるでしょう」

 

 あなたはそれでもまだ、このようなことを続けるつもりですか……?

 

 ディストから投げかけられた問いに答える言葉を私は持たない。彼も私の身を案じてくれているのはひしひしと感じている。だが、その気持ちに応えることが私には出来ない。すぐに裏切ってしまうと分かっていることを、私は約束できない。

 私は私を慕ってくれる人を傷つけたいわけではない。そもそも、アニスの頼みを受けてタトリン家の借金を肩代わりしたのも、導師イオンや他の兄弟達を助けたことも、ルーク達を助けることも、その全ては私のエゴでしかない。誰かに慕って欲しくて、認めてもらいたくてやった行いでは無いのだ。ただ、私が私自身を許せなかったからしただけのこと。その結果、私のことで皆が傷つくのだとすれば、

 

「……私は、血も涙もない醜悪な怪物であれば良かったのかもしれません」

 

 あの記憶の通り私が振る舞えていたなら、私が傷ついても誰かが泣くことは無かっただろう。私に与えられた役割のまま、()()()()()()でいられたなら、こんなことにならなかったのかもしれない。

 

「そんなことが土台無理な話なのは、他ならぬあなた自身が理解しているでしょうに」

 

「ですが、これからも私はこうするでしょう。私が傷つくことに痛みを感じる人もいる、その通りです。それでも、私は……」

 

「破滅願望でも持っているのですか、あなたは」

 

 破滅願望。言い得て妙な表現だ。事実として、私はこの頭に巣食う忌まわしい記憶の中の私を亡きものにしたいと思っている。ともすればそうなってしまいそうな今の私も消し去ってしまいたい。私は悪人だと、救われるべき人間ではないのだと思い続けているのは、いつか私が私自身を殺してしまいたいと考えているからなのかもしれない。

 

「そうかもしれませんね、ディスト」

 

 私は顔を上げてディストと目を合わせると、もう一度彼の名を呼ぶ。彼の目が少し見開かれ、そして直後にすっと細められる。私がまたぞろろくでもないことを言いだすと確信したように。

 

「あなたに頼みたいことがあるのです」

 

「聞きたくありません」

 

 内容も聞く前からディストはそう言って両手で耳を塞いだ。私が口を開こうとすればアーアーと言って掻き消そうとする。辛抱できなくなった私はディストの手を捕まえると無理矢理耳を開かせる。

 

「あなたにしかお願いできないことなのです!」

 

「止めなさい! そう言うってことはあなたも周りも傷つくような不幸な手段なのだということは分かっていますからね!」

 

「それでも、私に出来ることはこれくらいしかないのです」

 

「あなたがそうまでしなければならない理由は無いでしょう!」

 

 私が頼むことの内容を聞いてもいないのにディストは頑なに首を振って話を聞こうとしてくれない。その様子はいつもの彼からは想像もつかないものだった。飄々としていて、掴みどころのない不敵な彼の姿は見られず、駄々っ子のようにどこか幼さを感じさせた。

 

「私はね、フォミクリーを復活させた人でなしです。恩師のレプリカを解き放つためにあらゆるものを利用する外道ですよ。でもね、友人を大切に想う気持ちだって持ち合わせてる外道なんです。それにあなたが傷つくようなことをすればあの子達が泣いてしまうじゃありませんか」

 

 ディストの言葉に私は呆気に取られて手から力を抜いてしまった。この男からそんな言葉が聞けるとは思わなかった。

 

「てっきりあなたは私を与しやすい利用相手として見ているものとばかり」

 

「そんな相手を私が甲斐甲斐しく治療するとお思いですかね、あなたは」

 

 私と視線を合わせないようにそっぽを向いて、ディストはボソボソと呟く。その姿に何だか私もいたたまれない気持ちになって彼の手を離す。

 

「ジェイドとネフリー、ピオニー、そしてネビリム先生が私の世界でした。ネビリム先生を真に蘇らせるために、私はあなたが持つネビリム先生のレプリカ情報と研究資金を狙い」

 

「私はあなたの持つフォミクリーへの知見と研究者としての頭脳を欲した。互いに利用するだけの関係でした」

 

「そう、だったはずなのですがね」

 

 眼鏡を中指で押し上げて彼は視線を私へと戻した。

 

「どうやらただの協力者というには少しばかり情を掛け過ぎてしまったようです。あなたにも、あの子達にも」

 

「……私に掛ける分も、あの子達に目をかけてやって頂けませんか」

 

「あの子達の親が務まるのはあなただけでしょうに」

 

「今のあなたでも十分務まると私は思いますがね」

 

 素直にそう思えるくらいには今のディストは優しい表情をしている。最初は私の依頼でデータ採取をしていただけだった。だが、その日々の中で、あの子達が育っていくのと同じように彼の中でも育っていったものがあった。

 

「だから、今こそあなたに伝えておきたい」

 

 私の記憶を。私が背負うものを。あなたの頭脳ならば、打開できるはずだと信じて。例え私が居なくなったとしても。

 

 私の口から語られることを、ディストは黙って聞いていた。時折何かを堪えるかのように目を閉じたり、ガリガリと頭を掻きむしったりもしていたが、何はともあれ口を挟むことは無かった。

 

「……これがあなたの妄想ならば後世に遺る大作になるでしょうね」

 

 語り終わった後、彼が言ったのはこれだった。

 

「そんなつまらない冗談をあなたが言うとは思えないので、これは事実なのでしょうね。少なくともあなたの中では」

 

「ご理解いただけて何よりです」

 

 ディストは納得してくれたらしい。わざとらしく大きなため息をついて肩を落とし、下を向く。だが、再び顔を上げた彼の顔にはいつもの不敵な笑みが浮かんでいた。

 

「しかし、とても面白い。第七音素(セブンスフォニム)によるものか、あるいはローレライの計らいか。いずれにせよあなたはユリアの預言(スコア)に等しいものを、あるいはそれ以上の知識を有している。であれば今までの動きにも理解が出来る。未来を知っていたのなら、道理でダアトの運営もあの子達の保護も、ルークの手助けもあそこまで上手くやれたわけです」

 

「ですが、それも限界が来ています。私が彼らを手助けできるのも後少し。私だけでは足りない」

 

 そして私は口にする。彼にお願いしたい三つの望みを。

 

 それを聞いたディストの顔色は再び怒りで赤く染まった。

 

「そんなことをさせるのですか! よりにもよってこの話をしておいて!」

 

「あなたならば、今のあなたならば聞き届けてくれるのではありませんか?」

 

 私はディストの両手を取って固く握りしめる。握りしめられた両手に視線を落としたディストはいからせていた肩を下げると、力無く項垂れる。

 

「……あの子達に泣かれるのは嫌ですよ」

 

「あの子達の世界に居るのは私だけではありませんよ」

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

障気中和への道と子ども達

 ──今こそ知るが良い……預言(スコア)を蔑ろにした者の末路を……

 

 ルークの頭にその声が木霊する。

 

 アリエッタからの知らせでフェレス島の位置を突き止め、乗り込んだルーク達はそこで詠師オーレルと対峙した。

 アリエッタのかつての故郷であり、ホド島がかつてのキムラスカとマルクトとの戦争時、フォミクリー装置に繋がれた若きヴァンによって引き起こされた超振動で滅びたとき、その余波によって生じた津波に呑まれた島。それをレプリカとして再現した島である。ヴァン達はそこをレプリカ作成の新たな拠点とし、ダアトから連れ出されたオーレルもそこに身を隠していた。

 夥しい数のレプリカに自身の身を守らせながら、ギラギラと欲望に燃える瞳でルーク達を見つめながら放った一言は、彼らの脳裏にべったりと張り付いていた。

 

「なあ、ジェイド。預言(スコア)ってそんなに必死に守るべきものなのかな。イオンとかモースを見てたから、俺にはよく分からないんだ」

 

 オーレルがレプリカ達を盾にフェレス島を脱した後、島の最深部にズラリと並んだフォミクリー装置を眺めながら、ルークは傍らに立つジェイドに問う。初めから預言(スコア)に無かった自分。それによって世界は本来辿るべき道筋を踏み外した。それを許さないと文字通り必死になる人間がいる。預言(スコア)が無いことに不安を覚え、預言(スコア)を求める人もいる。ルークにとって、オーレルやその他の預言(スコア)を頑なに求める人々の考えこそが上手く呑み込めない。

 

「あなたにとって預言(スコア)は嫌なものでしかないですからね。大多数の人にとって、預言(スコア)とは正解の道なのですよ」

 

 ルークの隣に立つジェイドは、苦々しい顔でフォミクリー装置を並べながら答える。

 

「例えば将来の道に悩んでいる人がいるとしましょう。小説家になるか、研究者となるか。どちらも自分のやりたい道に違いは無い。そんなときに預言(スコア)を読み解いてみれば、小説家としての成功が詠まれている。明らかに明るい未来があると分かっている選択肢を敢えて捨てる人はいないでしょう? それで成功してしまえば、次も迷ったときに預言(スコア)に選択を委ねる。そうやって少しずつ選択することよりも預言(スコア)に頼るようになります。遂には毎日の献立すら預言(スコア)にお伺いを立てるようになる人間の完成というわけですね」

 

 特にユリアの預言(スコア)は今まで外れたことが無い唯一絶対のものとされています。それ故により一層、ユリアの預言(スコア)を遵守することは重要視されるわけですね。

 

 ジェイドの言葉に、ルークは何とも言い難い表情になって唸る。外れたことの無い預言(スコア)。だが自分という存在そのものが預言(スコア)から逸脱している。レプリカとはそもそも預言(スコア)に存在していないものなのだ。そんなレプリカを使ってまで預言(スコア)の成就を目論むのは、ある種矛盾しているようにも思えた。

 

預言(スコア)を守ることの為に俺みたいなレプリカを使い捨てても構わないっていうのはおかしいと思うんだ」

 

「……そうですね。あなたの言う通りです。時に賢しい大人の意見よりも、無垢な子どもの言葉が本質を突くこともあります」

 

「何かそれ、俺が子どもだって言ってないか?」

 

「いえいえ、そんなことはありませんよ?」

 

 ルークはジト目で睨みつけたが、ジェイドは相も変わらない微笑みを浮かべてとぼけて見せる。そこに周辺の調査を終えたアニス達が合流する。

 

「レプリカ以外はもぬけの殻だな。奥に操舵室のようなものがあったからそこでこの島の進路をコントロールできるかもしれない」

 

 ガイが親指で奥を示しながら言う。ガイの言葉で、この島が決められた航路で動いている可能性が高まった。恐らくそれによって今までキムラスカとマルクトの追跡を躱していたのだろう。

 

「オーレルが居なくなったらレプリカの人たちもみ~んな何もしなくなっちゃいましたね」

 

「きっと彼の命令が無ければ何も出来ないんだわ。自発的に何かするということを教えられていないから」

 

 辺りでぼんやりと立っているだけのレプリカを見渡しながらアニスとティアは呟く。生気を感じられないレプリカの目は、まさしく人形と言っていい。ヴァンに完全に洗脳されていれば、ルークもこうなっていたのかもしれないと考えてしまい、ティアは背筋が冷たくなるのを感じた。

 

「ここにいる人々をそのままにしておくわけにはいきませんわ。何処かで保護してあげませんと。このままでは食べることも飲むこともしないまま死んでしまいます」

 

 ナタリアが心配そうに頬に手を当てて言う。だが、それに対する答えは既に用意されていると、ジェイドは懐から簡素な便箋を取り出して見せた。

 

「そのことならば既にかの大詠師殿が指示をくれていますね。可能ならばダアト港の近くに寄せてくれと、アリエッタが使役する魔物が持っていた手紙に書いてありました。キムラスカとマルクトに送るよりもダアトで受け入れた方が混乱が少ないとのこと。どうやら凶作に備えた食料の備蓄を放出する用意があるらしいです」

 

「おっと、そこまでお見通しなのか。相変わらず準備が良すぎていっそ怪しく見えてくるくらいだな、あの大詠師様は」

 

 ジェイドの言葉にガイが苦笑しながら返す。まさかフェレス島の位置を突き止めるだけでなく、そこに大量のレプリカがいることも見抜いているとは。こうなることを知っていたかのようにずっと以前から用意していたのではないか、この事態を全て裏で画策しているのではないかと疑ってしまいたくなるガイだが、実際のモースの姿を知っているだけにそんな考えはどうにも現実味を帯びてくれない。むしろ、未来を知っていたとして、人知れず苦心しながらそれに備えて悪戦苦闘している姿が容易く思い浮かぶのだから、あの大詠師にすっかり誑かされてしまっているのだと彼は思わず笑ってしまう。

 

「それじゃ、俺は進路を変更できないか試してくる。フォミクリー装置はどうする? 破壊するのか?」

 

「いえ、既に稼働させる人間もいませんし、わざわざ破壊することも無いでしょう。何ならレプリカ達の食料が足りなければこの装置を使って一時的に水増しが可能です。あまり使いたくない手ですが、取れる手段を減らすのはあまりしたくありません」

 

「……そうか、レプリカ技術があれば食料も増やし放題だな。何なら金だって」

 

 ジェイドから出た案にガイは目から鱗が落ちる思いだった。これまでレプリカと言えばどうしても悪い面ばかりに目が行きがちだったが、言われてみればこれほど便利な技術も無いものだ。これがあれば第七音素(セブンスフォニム)がある限り、食料も、物も、金も思いのままだ。使い方を誤れば世界を混乱させるが、こうした事態で当座を凌ぎたいときにはこれほど有用な技術は無い。

 

「ま、使い過ぎると経済の混乱を招くうえ、我々は最終的に障気の根本解決のためにプラネットストームを停止させます。そうすると第七音素(セブンスフォニム)の無尽蔵な供給は無くなり、フォミクリーの命脈も尽きるでしょう。第七音素(セブンスフォニム)以外の音素(フォニム)を利用したレプリカ作成は不安定過ぎる上、私の頭の中にしか技術体系が存在しませんしね」

 

「あくまでも一時凌ぎってことだな。そういうことならこいつ等はそっとしておくか。じゃあ俺は行ってくる」

 

 ジェイドの言葉に納得したガイはそう言うと片手を上げて奥の部屋へと向かう。

 それを見送りながら、ジェイドの脳裏に蘇るのはかつてケテルブルクにてモースから話されたこの世界の行く末。

 

「……急がなくてはいけませんね」

 

 このまま進めば、ルークは一万人のレプリカを引き連れ、自らを犠牲にして超振動を用いて障気を中和する。それによってすぐに音素乖離を起こすことは無かったものの、ルークはその存在の維持に必要な音素(フォニム)を殆ど失い、いつ消失してもおかしくない状態になってしまう。そうならない為に、アブソーブゲートでヴァンを討った後はディストと共に障気の中和に関しても研究をしてきたが、進捗は芳しくない。

 

「誰一人、死なせてなるものですか」

 

 先に進むルーク達の背を見ながらジェイドは一人呟く。ともすれば代わりに全てを背負って行ってしまいそうな彼も含めて。自分が成すべきことはそれなのだと。

 

 


 

 

 ダアト港が見える位置まで移動したレプリカフェレス島は、そこで進行を停止した。命令を下す存在を失い、ただ何をすることも無く立ち続けるレプリカ達に、すぐに戻ると言ってダアトへ降り立ったルーク達はそこで衝撃的なものを目にする。

 

「その目はどうしたんだモース!」

 

「おや、お久しぶりですね、ルーク」

 

 ルークの焦った声とは真逆の、いつも通り落ち着いた調子で彼らを出迎えたモースの顔には、右目を覆うように黒い眼帯が装着されていた。声を上げたルークとは反対に、イオン、アニス、ティアは何も言わずに駆け寄る。

 

「あ、あの、皆さん……?」

 

「一体今度はどんな無茶をしたのですか」

 

 常の穏和な姿からは想像も出来ない迫力が籠められた言葉がイオンの口から発せられた。それは後ろで聞いているルークとガイが思わず背筋を正してしまうくらいの。

 

「……違うのですよ。見た目は物々しいですが、実際は大した事は」

 

「モース様、嘘はいけませんよぅ」

 

 否定しようとしたモースを、下からアニスがにんまりと笑みを浮かべながら遮る。人は心底から怒っているときはむしろ笑顔になるのかもしれない。だがアニスの小さなツインテールはピンと逆立って彼女の感情を雄弁に物語っていた。

 

「これには深い事情が」

 

「でしたらその事情を聞かせて下さいますよね、モース様?」

 

 背中に冷たい氷を入れられたと錯覚するくらいに冷え切ったティアの声。遂にナタリアまでもピンと背筋を伸ばし、ジェイドが常に浮かべている微笑を引っ込めた。

 

「……お話ししますので、まずは部屋に案内させてください」

 

 その言葉と共に項垂れたモースを、ティアとアニスが左右からがっちりとホールドした。

 

 

 大詠師の執務室に通された面々は、そこでモースからフェレス島発見までの経緯を語られる。モースが今眼帯をしている理由も。イオン達三人の表情は話が進むほどに険しくなっていき、それに比例してモースの顔に流れる冷や汗は増えていったのは言うまでもない。ただ、話はそこで終わらず、今オールドラントを覆っている障気の問題にまで及んだ。

 

「私の怪我はともかく、遂にダアト内でも障気に侵されて倒れる人が出始めました」

 

 その言葉にルークやガイ、ジェイド、ナタリアの表情も厳しいものになる。障気の被害が目に見えて出始めた。彼らの脳裏に浮かぶのはかつてのアクゼリュスの住民の姿。障気に身体を内部から侵され、苦しむ姿は忘れようと思っても忘れられない。

 

「障気の中和を考えなくてはなりません」

 

「モース、ですがそれは……!」

 

「分かっています、ジェイド。これは本当は言うべきではないということも」

 

「何か方法があるのか!」

 

 モースとジェイドの様子から障気の中和方法に見当がついていると感じたルークは、暗かった表情を一転して明るくさせて二人を見つめる。だが、それを見返す二人の表情は依然として暗く、険しい。

 

「……現状の障気の中和方法は超振動を用いるものしか当てがありません」

 

「超振動なら俺が……」

 

 ジェイドに対し、ルークがそう言いかけるも、途中でモースによって遮られる。

 

「そう簡単な話ではないのですよ、ルーク。一人の超振動でこの星を覆う障気を中和しきることは出来ません。ディストが試算してくれましたが、第七音素(セブンスフォニム)を収束させるローレライの剣を使ってもレプリカ一万人分程度の第七音素(セブンスフォニム)を集める必要があります。それだけでなく、超振動を使用した人間は反動に耐えられず音素乖離によって死に至るでしょう」

 

 死に至る。モースが発したその言葉にルークは何も言えなくなる。

 

「……ですがご安心ください。障気蝕害(インテルナルオーガン)の治療方法についてはディストが着手しています。今しばらく時間を稼ぐことが出来るでしょう」

 

「でもそれじゃあ根本的な解決にならないのではなくて?」

 

「ええ、そうです。なので皆さんにはベルケンドに行ってディストと合流し、障気中和方法の模索に協力して欲しいのですよ」

 

 既にアッシュにも話を通しています、とモースは続けた。

 

「アッシュの持つローレライの剣、お二人の超振動のデータがあれば新たな障気中和方法も編み出せるかもしれません」

 

「これまた可能性の薄そうな話だな。聞いてるだけでもかなり綱渡りになりそうだぜ?」

 

「非才な我が身ではこれ以上の案を出すことが出来ませんでした。ですが、誰も犠牲を出さずに障気を中和するにはこれに賭けるしかありません」

 

 ガイに鋭い目を向けながらモースは語る。これが現状取り得る最善の手段だと。

 

「……確かに今はディストと合流して一刻も早く障気中和方法を考案するしかないですか」

 

 ジェイドも納得したとは言えないが、他に代案も無いのか渋々と頷く。確実に障気を消せるとは言え、ルークを犠牲にする方法を採ることは今のジェイドには出来ない。それをするくらいならばモースの言う通りギリギリまで足掻くだろう。

 

「……ま、他の手も無いしな。ベルケンドに行ってディストの知恵を借りるか」

 

 ジェイドも賛同したのを見てガイも同調する。しかし、彼の心の中には口には出さないものの疑問が渦巻いていた。

 これまで未来を知っているかのように事前に手を打ってきたモースがこの局面に来てこのような不確かな手段に頼るものだろうか。今までの用意周到さに比べて今のモースの案には穴が多すぎる。まるでこの場凌ぎの策のように。

 

(フェレス島には大量のレプリカが乗っている。それがダアト近くにあって俺達がベルケンドに行けば、それを一番利用できるのはモースになるわけだが……まさかな)

 

 一瞬頭に過った考えを、ガイは頭を振って振り払おうとする。そもそもモースに第七音素(セブンスフォニム)を操る才は無い。超振動を起こしようが無いのだから、ルークの代わりに犠牲になることなど不可能なのだ。

 だが、ガイの頭の中に一度芽生えてしまったその可能性を、彼は最後まで否定しきれなかった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ディストの叫び、ジェイドの……

「ああ……、あなた達ですか」

 

 訪れたルーク達を出迎えたのは、常の胡散臭い笑みをちらとも見せていないディストだった。トレードマークの豪奢な譜業椅子にも座っておらず、白衣に身を包んで疲れたように簡素な椅子に腰かけていた。

 

「ディスト、えらく疲れている様子ですね」

 

 その様子を見咎めたのはジェイドだった。幼馴染が普段見せない憔悴した姿に眉を顰めている。

 

「いえ、何も。ただ色々と忙しくて疲れてしまっているだけですよ」

 

「あの、俺達モースに言われて来たんだ。アッシュと俺を調べて、障気の中和方法を探すって言われて」

 

 何も無いと頭を振ったディストの前にルークが歩み出る。障気蝕害(インテルナルオーガン)の治療法に当てがあるとモースに言われたものの、障気の中和方法を一刻も早く見つけたい。自分も、アッシュも犠牲にならないような方法を。もし間に合わなければ、そのときは。

 

「そう、そうですね。まずはルークの身体を少し調べさせてもらいましょうか。他の皆さんは宿屋で休んでいなさい。ジェイドは残って手伝ってくれますね?」

 

「……良いでしょう」

 

 そう言ってジェイドも部屋の隅に掛けられた白衣を手に取る。ルークとジェイド以外はディストに促されるまま宿屋へと戻り、部屋に残るのは三人だけとなった。

 ディストの対面に置かれた同じく簡素な椅子に腰かけながら、ルークは不思議そうな顔で部屋中を見渡す。

 

「……なあ、アッシュはまだ来てないのか?」

 

「そうですね。今の間にルークのことを調べておきますよ。最近は体調に何か変わったことはありましたか?」

 

「え? いや、そりゃ別に無いけど」

 

「そう、それは何よりです。……コンタミネーション現象にはまだ猶予はありますね。データ採取も兼ねて精密検査もしておきましょうか」

 

 ルークは言われるがままにベッドに横たえられ、そこにディストがあれこれと器具を取り付けていく。画面に映し出される様々な数値を眺めながらも、ディストはどことなく上の空だ。それを横で見ていたジェイドが何かを察したように一瞬目を見開くと、顔を曇らせた。

 

「ディスト、やはり……」

 

「何も言わないでくださいよ。一番腹立たしいのは私なのですから」

 

 いつもならジェイドと話をするときのディストはこのようなぶっきらぼうな対応はしない。気持ち悪いほどの笑みを浮かべてご機嫌なはずだが、今はそんな様子は一切見られない。しかめっ面のまま画面を見続けている。

 

「お、おい、ジェイドもディストも何を話してるんだよ……?」

 

「……いえ、何もありませんよルーク。今はあなたのデータを採らせてください。これが終わればあなたも宿に戻って休みなさい。私とディストで今後のことを考えておきますから」

 

 不安そうなルークにジェイドはそう言い聞かせ、真剣な顔でディストと共に画面を見つめる。二人の様子にただならないものを感じたが、身体のあちこちに計器類を取り付けられているルークは動くことも出来ずに大人しくしているしかない。

 

「なあ、これで何が分かるんだよ?」

 

「あなたとアッシュは共にローレライとの完全同位体です。単独で超振動が起こせるのはそのためですね。あなた達の音素振動数データがあれば、超振動を単独で起こす装置なんかも開発出来るかもしれません」

 

「! じゃあその装置があれば障気も……」

 

 ディストの言葉にルークは明るい表情になるが、ディストの表情が変わらず沈んだままなのを見て途中で言葉に詰まる。今のディストが言う装置が完成すれば、ルークもアッシュも犠牲になることなく障気を中和することが出来るはずだ。だというのに何故、彼の表情はこんなに優れない?

 

「今こうしてデータ採取している段階ですよ。いくら私とジェイドがいても時間が掛かります」

 

「じゃあ何のために……?」

 

「それでも、策を講じないわけにもいかないでしょう?」

 

 そう言ったきり、ディストは固く口を閉ざしたままだった。

 

 ルークの身体を調べ終わると、ディストとジェイドは半ば強引にルークを部屋から追い出し、宿に戻るようにと言い含めると、扉を閉めてしまった。帰れと言われたものの、ただならぬ様子のディストが気になったルークが素直に宿に戻るわけもなく、そのまま扉の前から動かず、むしろ耳を扉に寄せて中の会話を聞き出そうとする。

 

「さて、私達二人だけになったことですし、話して頂けますね、ディスト?」

 

「ジェイドなら察しもついているでしょうに。わざわざ私の口から言わせるのですか?」

 

「……モースは、やはりその道を選んだのですか?」

 

「子ども達のことは私とジェイドに任せると。あなたもモースから話を聞いているのでしょう? 導師イオンはともかく、次に話したのがあなたで散々協力してきた私がその次というのが少々業腹ですがね」

 

「止めなかったのですか」

 

「逆に聞きますがジェイドなら止められましたか? 私のちっぽけな頭じゃルークかアッシュを犠牲にする方法しか示せませんでした」

 

「……いえ、あなたはやはり優しい。私ではもっと残酷なことしか言えないでしょうね。私ではルークに、死んでくださいとしか言えません」

 

(死ぬ……超振動での障気中和のことか)

 

「あのお優しい大詠師サマはそのどちらもお気に召さなかったようですよ。だからといってこんな手に走るなとは言ったんですがね」

 

「ですが彼に第七音素(セブンスフォニム)を操る素養は無いはずです。ルークとアッシュの代わりに超振動を起こすなんてことが出来るはずがありません」

 

(待てよ、まさかモースは俺とアッシュの代わりに障気を中和して死ぬつもりなのか!?)

 

 部屋の中から漏れ聞こえてくる声にルークは心臓を鷲掴みにされたような心地になる。頭に浮かぶのは常に穏やかな笑みを絶やさず、ゆったりとした詠師服に身を包んだ男の姿。誰に対しても穏和な姿勢を崩さず、捻くれた子どもだった自分にも大人として接してくれた。それだけでなく、自分たちの旅を表からも裏からも助けてくれた存在だ。彼が居なければ、アクゼリュスで自分はその手を夥しい量の血で染めていたことは想像に難くない。アクゼリュスを崩落させただけで自分は大きなショックを受けた。もしそこに、更に数多の人の命を奪っていた事実が圧し掛かっていたなら、自分の心は完全に折れてしまっていたかもしれない。

 

(皆に知らせないと!)

 

 少なくともアニスや導師イオン、ティアにはこのことを伝えなければ。ルークは自分がこっそりと盗み聞きしていたということも忘れ、慌ただしく廊下を駆けて行った。

 

「……で、ルークにこれを聞かせたのは何故ですか?」

 

 ルークが走り去ったのを聞き届け、ディストはジェイドに問いかける。

 

「おや、あなたも聞かせたかったのではないのですか?」

 

 それに対し、ジェイドは肩をすくめて返した。それを見てディストはため息を吐き、頭をがしがしと掻きむしる。

 

「否定はしませんがね。私では止められませんでした。ですが、あなた達なら、とも思います」

 

「本当に止めるべきかどうかは私にも分かりませんが」

 

 ジェイドはそう言って視線を床に落とす。本当にモースを止めて良いのだろうか。止めたところで、今のままではルークやアッシュが代わりに犠牲になる道しかない。結局は誰かがその負担を抱える必要があり、それをルークに背負わせることを良しとしなかったモースが代わりに抱えようとしているだけだ。そしてモースが代わりになるのならば、ルークとアッシュは確実に助かる。ディストと自分が何をしてでも彼らを生かす手段を見つけ出すだろう。そしてヴァンの企みを阻止するにも、ルークとアッシュは重要だ。ローレライの完全同位体であるルーク達だからこそ、ローレライの鍵を扱って地核、そしてヴァンに囚われたローレライを空の音譜帯に帰すことが出来る。考えれば考える程、ルークがモースを止めて代わりに犠牲になることのメリットが少なくなる。

 

「ルークの代わりにモースが死ぬ。ある意味、モースの言う記憶の世界よりも良い結果になるでしょうね」

 

「それ、本気で言っているのですか、ジェイド?」

 

 小さく呟いた言葉を聞き逃さなかったディストは、剣呑な目をジェイドに向けた。必要があればどこまでも冷徹になれるのがこの幼馴染であるのは承知しているものの、今の発言はディストにとって見逃せるものでは無かった。

 

「あくまでも実利を考えた場合ですよ。ルークの音素乖離は防がれ、我々の研究が進めば二人のコンタミネーションも何とかできるかもしれない。キムラスカは余人を以て代えがたい王族の血を失わずに済み、導師イオンも死なない、ダアトはキムラスカとマルクトの両方に大きな貸しを作ることが出来るでしょう」

 

「ですがその結果としてどれだけの人が絶望することになりますか? ルークやアッシュは代えがきかない、確かにそうでしょうよ。でもね、あの大詠師こそ一番代えがきかないだろう人物であることはあなたも分かっているでしょう」

 

「だとすれば後はどちらをより重く見るかでしょう。ルークか、モースか。どちらを生かし、どちらを死なせるのか」

 

「ええ……、そうですね。……そうでしょうとも!」

 

 吐き捨てるように叫んだディストは、細い指を固く握りしめて机に振り下ろした。ドガンと大きな音を立て、上に載った書類がふわりと浮き上がるくらいの勢いで。

 

「私は天才ディスト様ですよ! だからモースの頼みを引き受けることが現実的に最も利益が大きいと判断しました! でもね、あなたなら、私に並ぶ、いや私を凌ぐ天才のジェイドなら何か他に道を考えられるんじゃないんですか!?」

 

 ディストはジェイドの胸倉を掴んで叫ぶ。彼が今まで見せたことの無い剣幕で。ジェイドは抵抗すること無く、ディストの手に自身のそれを重ねた。

 

「……私を買い被り過ぎですよ。あなたの判断は間違っていない。残酷な私に言えるのはそれだけです」

 

「私は、私がやったことは、子ども達を傷つけることです。私じゃ、モースの代わりになんかなれやしないんですよぉ……!」

 

「……今のあなたは薔薇でも死神でもなく、洟たれですよ、サフィール」

 

「それはあなたもでしょう……」

 

 ディストの手を握りしめるジェイドの手。重ねられた二人の手が震えているのは、どちらかの手が震えているせいなのか、あるいは両方の手がそうだからなのか。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

優しくて残酷な企み

 宿屋に駆け込んだルークの鬼気迫る様子に、他の面々は何事かと怪訝な様子だったが、話される内容を聞くうちに全員が表情を強張らせていった。

 

「ルークの代わりにモース様が犠牲になって障気を中和する……!?」

 

「何でそんなこと……!」

 

 アニスとティアが今にも泣きだしそうな声で叫ぶ。導師イオンは何も言わず、ただ椅子に座って机を見つめているが、固く握りしめられた両拳が内心をこの上なく表していた。

 

「嫌な予感ってのに限って当たっちまうんだな……」

 

「ガイ、まさか気付いていましたの?」

 

「確証は無かったさ。ただ、今までのモースの策に比べて今回の策はあまりに杜撰だったろ? いつもは未来を知っているみたいに解決策を用意してたのが、今回は時間稼ぎしている間に何とか方法を見つける、だぜ? 俺達に言えないような策があるのかも、くらいは考えてた」

 

「じゃあ何で……!」

 

 その時に言ってくれなかったのか。そう言いかけたアニスの言葉は途中で詰まった。ガイが感付いたとして、それを自分達に言ってくれたとして、何が出来たのか。自分達に言えることは、

 

「俺が言って、モースが素直に言ったとしてどうする? 代わりにルークに死んでくれって言うのか?」

 

 アニスが言いかけて止めたことを、ガイは強い口調で言う。モースを止めるのは良い。だが障気の中和は死活問題だ。被害者は出始めており、その場凌ぎの時間稼ぎだけではいずれ各国のリソースが尽き、ヴァン達に対抗する力まで無くなってしまう。

 

「俺だってモースに死んでくれなんて言いたかないさ。でもな、ルークに同じことを言えなんてもっと残酷だぜ」

 

 ガイの言葉にアニスもティアも何も言えない。モースを慕う二人だが、それと同じくらいルークのことも大切な仲間だ。どちらかを選べというのはあまりにも酷な話だった。

 

「ごめん、ガイ」

 

「良いさ。気持ちは分かるからな」

 

 しょんぼりと肩を落としたアニスに、ガイは優しい口調で返した。ガイとて、モースを見殺しにしたいわけではない。ただ、ガイの中ではルークがより重たかっただけ。そのことは誰に責めることも出来ない。誰もが何も言えないまま、宿の一室には重苦しい沈黙が立ち込めていた。

 

「そうやって慰め合って目を逸らしても何も変わらねえぞ」

 

 そんな沈黙を破って部屋に足を踏み入れてきたのは、深紅の髪を靡かせたルークのオリジナル。その顔はいつにも増して険しい。後ろには仮面で表情を窺わせないシンクも続いている。

 

「アッシュ!」

 

「鬱陶しいから寄るんじゃねえ、ルーク。こっちも話はディストから聞いてる。お前達と相談しなきゃならないことがあったからな」

 

「相談……?」

 

 ティアがよく分からないと言いたげに首を傾げる。今までアッシュがルーク達に一方的に話をすることはあっても、相談をしたことなど無かった。アブソーブゲートでヴァンを討つまではその動向をヴァンに知られないためという理由があったものの、それ以降もあまり顔を合わせたがらなかった彼から出る言葉としては珍しいものだ。

 

「ああ、相談だ。俺とルークとモース、三人のうち誰が死ぬべきかっていうな」

 

「アッシュ! 何てことを言いますの!?」

 

 アッシュから告げられた内容にナタリアが悲鳴のような声を上げた。だがそちらに視線を向けることすらしないで、アッシュはルークの顔を見つめ続けていた。

 

「いいか? 俺達は選ぶしかないんだ。俺ならローレライの剣を使ってフェレス島のレプリカ共だけで障気を中和できる。各地のレプリカはフォミクリー装置で物資を複製すればモースの望み通り当座を凌げるだろうよ。結果としてモースとルークが生き残り、ヴァンを止める。ルーク、お前も同じだ。劣化しちゃいるが俺のレプリカであるお前ならローレライの剣を使えば俺と同じことが出来る。その場合は俺とモースが残る。それで最後がモースだ。第七音素(セブンスフォニム)の才能を持たない奴がどうやって超振動を起こすのかは分からねえが、奴の場合はレプリカ共じゃ足りねえ。フェレス島そのものを巻き込んで第七音素(セブンスフォニム)を搔き集めることになるだろうな。そうすると各地のレプリカの受け入れにフォミクリー装置が使えなくなってキムラスカもマルクトもダアトも苦労する。そして生き残るのは俺とお前だ」

 

「ルークかアッシュか、それともモースか。それ以外の手は無いのか?」

 

「ヴァンの妹はローレライの解放に不可欠だからこんなところで死なせるわけにはいかねえ。キムラスカ王族のナタリアも今後の世界の為にも生き残ってもらわなきゃ困る。他に誰がいる? なにも知らない第七音譜術士(セブンスフォニマー)を二人連れてきて無理矢理超振動を起こさせるのか? アクゼリュスを崩落させたヴァンとやってることは変わらねえだろ、それは」

 

 ガイの問いに対するアッシュの答えは正しすぎて冷たいものだった。

 

「悪いけどボクは言うよ。犠牲になるならそこのレプリカだって」

 

「シンク!? お前!」

 

 突き放すような口調で言ったシンクに向かって、ガイが気色ばんで詰め寄った。小柄なシンクの胸倉を掴みあげて睨みつけるが、仮面越しにも感じられるシンクの怒りはそれ以上だった。

 

「今のダアトを纏められるのはモースだけだ。翻ってそこのレプリカが死んだってアッシュが残る。ヴァンは責任持ってアッシュとボクとで止めれば良い。どう考えても一番現実的で、メリットがあるだろ。それに、前にも言ったはずさ。モースが居ない世界なんてボクにとって何の価値も無いってね!」

 

「ルークはまだ七年しか生きてないんだぞ! これ以上何を背負わせるって言うんだ!」

 

「二人とも止めて!」

 

 今にも殴り合いにまで発展しかねない二人の様子に、ティアが割って入り、掴み合った二人の距離を離す。シンクもガイも肩で息をしながら互いを睨み合っていた。

 

「……そこの導師サマも何か言ったらどうなんだい」

 

 そこでシンクはふと視線を椅子に座ったまま一言も発さない導師イオンへと向けた。彼は拳を握ったまま、目を閉じていたが、シンクの言葉にゆっくりと瞼を開けると、彼を見る面々を見渡した。

 

「……すみません。僕も、モースには死んでほしくありません」

 

 そして小さく、本当に小さな声で、選択を口にした。

 

「イオン……」

 

「ごめんなさい、ルーク。出来ることならあなたにも、アッシュにも死んでほしくなんかない。……でも、モースは僕にとって自分以上に大切な人なんです。僕は導師として、誰に対しても穏やかで、正しい人物でいなくてはいけません。だけどモースだけは、正しくなくとも、諦められないんです。導師としては失格ですが、これがイオンとしての選択になります」

 

 今にも泣きそうな声だった。周囲からは導師イオンとして振る舞うことを求められてきた彼が仲間に初めて見せるその姿は、いつもの大人びた少年ではなく、幼い子どものように思えた。

 

「イオン様……」

 

「すみません、アニス。僕は正しい導師でいなくちゃいけないのに、そうなれませんでした……」

 

「そんな、そんなこと言わないでください! 謝るのは私の方で……!」

 

 ごめんなさい、ごめんなさい、と。涙を流しながら導師イオンに縋りついたアニス。自分が弱かったせいで言えなかったことを、導師イオンは代わりに言ってくれた。言えば誰よりも優しい彼が傷つくと分かっていながら、アニスは止められなかった。彼が代わりに言ってくれたことに安心感すら覚えてしまった自分が情けなくて、許せなくて涙を流すしかなかった。

 

「私は……私には選べませんわ! どうして誰かが死なねばならないのですか! 何か、誰も犠牲にならなくて良い方法がどこかにあるはずですわ!」

 

 ナタリアはそう言って顔を覆う。隠しきれない涙が両手の隙間から零れ、彼女の苦悩の深さを示していた。彼女の様子に、アッシュも表情を曇らせるが慰めの言葉を掛けることはしない。他者にも、自分にも厳しいアッシュだからこそ、今ナタリアを慰めることは浅ましい行為のように思えた。自分を庇ってくれと言わんばかりの行為に思えてしまった。ナタリアから目を逸らしたアッシュは、ガイを押さえているティアに水を向ける。

 

「お前はどうなんだ、ヴァンの妹」

 

「……どうしても、選ばなくちゃいけないの?」

 

「選べ。ローレライ解放の鍵になるお前の意見は他の奴らよりも重い」

 

 アッシュの言葉に、ティアの表情が歪む。唯一の肉親であるヴァンを討たねばならない、それだけでも彼女の心は軋みを上げているのだ。

 

 自分を惜しみ無く慈しみ、未熟な自分を教え諭し、いつも身を案じてくれた。いつしか肉親に等しい情を向けていたモース。

 

 旅を共にし、良いところも悪いところも知った。償いという口実で、屋敷で共に過ごした短い日々で、もっと互いに理解を深めあった。未だ言葉に出来ないけれど、大きな想いを向けているルーク。

 

 フォミクリーの犠牲者であり、自分の居場所を奪われたまま孤独に7年間戦い続け、モースの力もあってようやくそれを取り戻そうとしているアッシュ。

 

 どれかを選べ、と言われて選べるものでは到底無かった。何かを言おうと口を開けど、掠れた息が漏れるばかり。

 誰も選ぶことなど出来ないと、ナタリアのように言えれば良かった。けれど、障気に覆われた世界を幼い頃からユリアシティで目にしてきた彼女だからこそ、障気を一刻も早く何とかしなくてはならないと分かる。

 

「……わた、しは……ルークに、しんでほしくない」

 

 身体がバラバラに引き裂かれてしまったように胸が痛む。それでも彼女は口にした。口にしてしまった。選んでしまった。どれだけ残酷な選択だと分かっていても、気付けば掠れた息と共に零れてしまっていた。一杯になった器から堪えきれずに雫が溢れていくように。

 旅が始まる前の彼女であれば、迷うことは無かった。モースを選ぶことに躊躇いなど無かった。その方が、彼女にとって楽だった。けれど、それは意味の無い仮定。

 今となってはこうしてルークを選んでしまうことも、あの大詠師の思い描いた通りなのではないかと考えてしまう。あの旅も、屋敷での日々も、いつもその裏には大なり小なりモースの思惑があった。あの旅があったから、ヴァンとリグレット、モースしかいなかった彼女の閉じた世界には今や旅の仲間達が加わり、中でもルークがひときわ大きな存在になった。旅を通して成長していたのはルークだけではない。一緒に笑い、時にはぶつかり合い、感情を表に出すことが得意でなかった彼女は、いつしか仲間の前では素直になることを躊躇わなくなった。お膳立てされていたみたいではないか、何かの物語のように。

 全ては今この瞬間、彼女がモースではなくルークを選ぶことになるように。それはどこまでも優しく、思いやりに満ちてはいるが、誰よりも残酷な企み。

 ティアの足から力が抜け、床にへたり込んでしまう。気が付けばその瞳からは大粒の涙が後から溢れて止まらなかった。

 

「ティア……」

 

 ルークはティアの名前を呟くが、アッシュ同様に駆け寄って慰めることはしなかった。自分を選んでくれたことは嬉しくてたまらない。けれど、今ここで選ばれるべきは本当に自分なのだろうかという思いが拭えないでいたから。

 

「取り敢えず、さ。ジェイドが帰ってくるのを待とう。皆で落ち着いて、もう一度話し合おう。モースだって今すぐにダアトを離れて障気の中和に行くことだって出来ないだろうし、頭を冷やせば何か考えだって浮かぶかもしれないだろ? 最初に話を持ってきた俺が言うのもなんだけどさ……」

 

 結局、一行の中で一番冷静に話を進められたのは当事者であるはずのルークだった。彼の言葉に従って、一行は暫しそれぞれ思い思いの時間を過ごす。

 

 誰もが誰かを想って、自分以外の誰かが悲しまないようにと願いながら、結局はそれ故に誰もが悲しむ未来しかない。やり切れぬ気持ちを抱えたまま、皆が言葉に出来ない気持ちを抱えたまま、誰とも話さないまま時間は過ぎていく。

 

 ジェイドが帰ってきたのはすっかり日が沈んでからだった。

 

 


 

 

 

「なるほど……、そういう話になっていたのですね」

 

 宿に戻ったジェイドを出迎えたのは暗い顔をしたルーク達と珍しく憂いを帯びた表情のアッシュとシンク。それだけでジェイドは全てを察した。自分が帰ってくるまでに何が話されていたのか。そして今から何を話そうというのかも。

 

「ジェイドを待って、皆で決めたいと思ったんだ」

 

 そう言うルークを、ジェイドは眩しいものを見るかのように目を細めて見つめる。彼にとって今のルークはあまりにも眩しすぎた。どうして彼は自分を責めないのだろう。こんなことになったのは、全て過去の自分のせいだというのに。責めてくれれば、詰ってくれればいっそ楽だった。だというのに、どこまでも優しすぎるこの子は自分を決して責めたりしない。ならば自分が今すべきことは、何だろうか。

 

「……モースはフォミクリー装置に自らを繋いで疑似超振動を起こすつもりでしょう。かつてヴァンがそれによってホドを消滅させられたように」

 

「でも、第七音譜術士(セブンスフォニマー)じゃないモースがどうやって超振動を起こすんだ?」

 

 ルークの疑問に正直に答えるべきかどうか、一瞬躊躇われた。だが、隠したとてすぐにバレてしまうことだ。彼らが自分で決めたいと言うのなら、そのための判断材料を自分の勝手な都合で隠すべきではない。そう考えたジェイドは、少しの沈黙の後、口を開く。

 

「譜眼ですよ」

 

「譜眼?」

 

「ええ。私は自分の眼に音素(フォニム)を取り込むための特殊な譜陣を刻み込んでいます。生憎と素養が無いので第七音素(セブンスフォニム)を取り込むものではありませんが。同じ処置をモースも施しています。第七音素(セブンスフォニム)を取り込むための陣を右眼に刻んでいるのですよ」

 

「あの眼帯は、まさか……!?」

 

「ティアの言う通り、眼帯は然るべき時まで第七音素(セブンスフォニム)を取り込んで暴走してしまわないようにするためにディストが用意した第七音素(セブンスフォニム)の除去装置です。ティアが使っていた物をより小型化したものですね」

 

「じゃあモースの策にはディストも関わってるってのか?」

 

 ガイの言葉にジェイドはこくりと頷く。

 

「ディストの協力無くしてモースの計画は成就し得なかったでしょう。そして第七音素(セブンスフォニム)は素養の無い者が取り込めば致命的な事態を引き起こします」

 

「致命的な事態……どういうことですか、ジェイド?」

 

第七音素(セブンスフォニム)による精神汚染と肉体の崩壊ですよ」

 

 導師イオンに問われるまま答えたジェイドの言葉に、室内に緊張が張り詰めた。ジェイドの言葉が確かならば、例えモースの代わりにルークかアッシュのどちらかが犠牲になったところで結局モースが助かることは無いということだ。

 

第七音素(セブンスフォニム)の素養が無いモースが疑似超振動を起こせば、まず間違いなく死は避けられません。そして疑似超振動を阻止したとしても、第七音素(セブンスフォニム)を取り込んだだけで彼はいずれ精神を侵され、肉体が音素(フォニム)に解けてしまうでしょう」

 

 そこでジェイドは一旦口を閉ざす。これより先は口にしたくない。けれど、言わなければならない。それが自分の役割だから。

 

「……実利を考えるならば、いずれにせよ死を避けられないモースが犠牲になることが一番でしょう。こうなることまで考えて、彼はこの計画を実行しました。ルークかアッシュを選ぶメリットが一つも無い。合理的に考えればモースが死ぬこと以外の答えはありません」

 

 導師イオンやアニス、ティアにはモースと同じくらい大切に想える仲間ができた。導師イオンとディストならばフローリアン達を無下にすることは絶対にない。アッシュが自暴自棄になって死んでしまわないようにキムラスカに彼の居場所を取り戻す算段までつけた。ルークが自己犠牲に走ってしまわないよう、自尊心を持ち続けられるよう、旅を陰から見守り続けた。ルークとアッシュが万が一にも犠牲にならないよう、情理で皆を縛り付けた。その情理の縄は底抜けの思い遣りで編まれた縄で、だからこそどんなに冷徹な計算で導き出された答えも、どんなに情に満ちた選択も刃が立たない。

 

「例えディストの装置で抑えていても、体内に取り込まれ続ける第七音素(セブンスフォニム)は遅かれ早かれモースを呑み込んでしまう。そうならない内に、自分を薪として燃やし尽くすことを、モースは選びました」

 

 そして少なくともその選択を自分とディストは支持する。支持せざるを得ないことを示した。絶望に染まるルーク達の顔が見ていられなかったが、目を逸らすことは自分には許されない。ディストがモースから重荷を引き継いだように、自分もモースが背負ったものを引き受けるとかつて言ったのだから。

 

「……今日は夜も遅い。皆、休んだ方が良いでしょう」

 

 口から出てきたのはそんな時間稼ぎの言葉だけ。今ほど自分という存在が薄っぺらく感じられたことは無かった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

言われるがままの未来より、傷つく選択を

 夜、どうにも寝付けなかったルークは宿屋を出て、人気のない広場に出ていた。音機関の街ベルケンドのトレードマークである大きな歯車の音機関も、今は停止している。ぼんやりと月を見上げながら、先ほどまでの会話を頭の中で反芻する。

 

「……モースを犠牲にするのが一番の選択、か」

 

 空に手を翳し、月の光に透かす。アッシュも、モースも、誰かに必要とされている。自分が誰かに必要とされているだなんて考えたことも無かった。アクゼリュス崩落の後、自分と言う存在がヴァンに利用されるだけの傀儡であると、そうでなくとも大人達の思惑のために動かされるだけの存在に過ぎないのだと思っていた。変わりたい、変わらなくちゃいけないという決意を断髪に籠め、自分に出来ることを精一杯頑張ってきた。だけど自分一人の手で救える人の数なんてちっぽけなもので、自分が成してきたことは、モースが人知れず敷いてくれた道の上を歩いてきた結果に過ぎないのではないかとも思う。

 

「俺って本当に生き残って良いのかな……」

 

 口を衝いて出るのはそんな後ろ向きな言葉だった。モースは凄い人間だ。それはルークにだってハッキリと分かる。なら自分はそんな凄い存在が自らを投げ出して守るほど、自分という存在に価値があるものなのだろうか。

 

「所詮、アッシュの代わりでしかないもんな」

 

 レプリカ、代用品。周囲がそう言ったことは無い。けれども、他ならぬ自分がそう思ってしまっている。自分なんかに一人の人間として生きていく資格はあるのか、たくさんの人の故郷を奪い、それでもみっともなく生き足掻いている自分なんかに。

 

「そんな悲しいことを言わないで」

 

「ッ! ティアか……」

 

 突然背後から投げかけられた言葉に驚いて振り向けば、そこに居たのはティアだった。いつもの冷静な表情は消え去り、悲痛な顔でルークを見つめていた。

 

「あなたはアッシュの代わりなんかじゃないわ。ルークという、この世界でたった一人だけの掛け替えの無い存在よ」

 

「でもさ、俺はやっぱりアッシュのレプリカで……」

 

「レプリカだとしても、私が一緒に旅をして、屋敷でお世話をしたのは今ここに居るルークよ。アッシュじゃないわ」

 

 卑屈になってしまうルークの隣に立つと、力無く下がった彼の右手を、ティアの両手が包み込んだ。冷え切ったルークの手が柔らかな温かさに包まれる。

 

「ルーク。私にとってモース様はとても大きな存在よ。あの人はとても優しくて、ただの部下でしかない私のことを気遣ってくれて、こんなことを言うのはおかしいかもしれないのだけれど、まるで父親みたいだって思っていたわ。だからモース様がご自分を犠牲にする選択をしたことは辛い。……きっと、イオン様やアニスと同じくらいに」

 

 でもね、とティアは続ける。儚い笑みを浮かべながら。

 

「あなたも私にとっては大切な存在よ。だから、代わりに犠牲になるなんて言わないでちょうだい」

 

「ティア……、だけどそれじゃあ」

 

 その先の言葉をルークは言えなかった。ティアがルークの胸に縋りついてその先を言わせなかった。

 

「言わないで……、お願い」

 

 ルークからはティアの顔は見えない。けれど、きっとティアは泣いているのだろう。胸に顔を埋めた彼女の肩が震えていたから。ルークはおずおずと彼女の肩に手を乗せる。

 

「……ごめん」

 

「私こそ、ごめんなさい。あなたが一番辛いんだって分かってるのに……」

 

 互いに謝り合い、暫しの沈黙が二人の間に流れる。ルークはティアの肩の震えが収まるまで口を閉ざしていた。初めて会ったときは冷たくて、自分よりもずっと大人びて見えた。冷たい軍人のように振る舞う彼女が実はその仮面の裏側には柔らかく、繊細な心を持っていて、唯一の肉親であるヴァンを討たねばならないと自分に重たい十字架を科していた。そんな彼女にとって、モースの存在はどれだけ救いになったのだろうか。味方がいないと思っていたときに、自分を気遣ってくれた存在が、味方だと公言してくれることの心強さを、ルークは痛いほど理解している。

 

 だからこそ、ルークが次に言う台詞は決まっていた。

 

「なあ、ティア。やっぱり俺、モースを止めたいんだ」

 

「代わりにあなたが犠牲になるって言ったら、怒るわよ」

 

「そう言うわけじゃない。……でもさ、このままモースの考え通りにして良いのかな。それって結局、ヴァン師匠(せんせい)に良いように操られてたときと変わらないんじゃないかなって思うんだ」

 

 涙目で自分を睨みつけるティアと正面から目を合わせて、ルークは決意を籠めた表情で続ける。

 

「この世界のことはモースだけじゃない、俺や、アッシュや、皆と一緒に決めていかなくちゃいけないんだ。どれだけ優しくても、どれだけ俺達のことを第一に考えてくれてたんだとしても、モースに俺達の言葉をぶつけなきゃいけないんだ、と思う。結局何も変わらないかもしれない、何も変えられなくて、俺か、アッシュか、モースが犠牲にならないとどうにもならないのかもしれない。それでも、誰かから押し付けられた結果じゃなくて、選ばされた選択肢じゃなくて、自分の意思で道を進んだ結果として、それを受け止めなくちゃいけないんだ」

 

「ルーク……」

 

 ルークの目には自分が犠牲になればという卑屈な光も、諦めの光も浮かんでいない。自分の意思で道を切り拓く。そんな思いを秘めた一人の男の顔だった。

 

「ティア、これは俺のわがままかもしれない。でも、一緒に来て欲しい。一緒にモースに会いに行こう。何も変わらないとしても、俺達の言葉を届けに行こう。大詠師の言いなりになってたら、預言(スコア)に頼らないで生きていくなんていつまで経っても出来ないだろ?」

 

 

「ええ、ええ! そうね、ルークの言う通りだわ!」

 

 ティアの顔に笑みが戻る。そして胸に湧き上がる衝動のままに、ティアは再びルークの胸元に飛び込んだ。

 

「私はあなたについて行くわ。あの人に私達の言葉を伝えに行きましょう!」

 

 いつからだろう、自分が守らなくてはいけないと思っていた存在が自分を守ってくれるようになったのは。戦いだけじゃない、心を守ってくれるルークの存在がここまで頼もしく思えるようになったのは。

 

「ティ、ティア、その……ちょっと苦しい」

 

「あ、ご、ごめんなさい!」

 

 ルークの言葉に、今自分達がどのような状態になっているか冷静に認識してしまったティアは、弾かれるようにルークから離れた。そして先ほどまでの重苦しいものとは違う、むず痒くなってしまう沈黙が二人の間を漂う。

 

「と、とにかく、明日の朝、皆に話してみようぜ」

 

「そ、そうね! 皆が反対しても、私はあなたについて行くわ!」

 

 ぎこちない空気を振り払うように、ルークとティアはわざとらしく明るい口調で言葉を交わす。

 

「そうと決まればもう戻りましょ? ちゃんと寝て、明日に備えないと」

 

「そうだな。皆をちゃんと説得できればいいけど……」

 

「大丈夫よ、今のルークの言葉をそのまま伝えれば良いのよ。私も味方になるわ」

 

 心配そうなルークを励ますようにティアは微笑みかける。少しは不安が和らいだのか、ルークも表情を緩めて、二人は並んで宿へと戻っていく。

 先ほどまでの沈んだ表情のルークとティアはいない。決意を秘めた表情で歩く二人の手はしっかりと繋がれていた。

 

 


 

 

 モースを追ってフェレス島に向かう。

 

 宿の一室に集まった面々を前にルークはハッキリと言い切った。

 

「それは、モースの代わりにお前が犠牲になるってことか?」

 

 ぶっきらぼうに問うアッシュに、ルークは静かに首を横に振って答える。

 

「いいや、違うよアッシュ。昨日も言っただろ、()()話し合って決めたいって。その皆の中にはモースだって入ってる。モースが誰にも相談しないで勝手に決めたことを俺達が受け入れられないように、俺達もモースに何も言わないで選んだりしたくない。だからモースに会いに行こう。アッシュも、シンクも一緒にさ。それで皆で決めるんだ。辛くても、何も変えられないとしても、言われたままに流されるより、自分達で選び取った未来の方がきっと価値があるはずだから」

 

 そう言って部屋にいる皆を見渡す。誰もがルークを見つめていた。大小あれど皆一様に内心の驚きを隠せずにいた。

 

「……時として、賢しい大人の意見よりも、無垢な子どもの言葉が本質を突くこともある」

 

「何だよジェイド、フェレス島のときみたいに俺が子どもだって言いたいのか?」

 

「いいえ、いいえ違います。あなただからこそ言える言葉だと。私みたいな中途半端な大人には決して言えない、強い言葉だと思ったのですよ」

 

 ジェイドはそう言って穏やかな微笑を浮かべる。だが、現実はルークの言葉のように綺麗に纏まってくれるものでは無い。

 

「ですが、話したとしてどうするのです? もうモースに残された時間は多くは無い。現実的に取り得る選択肢は少ないでしょう」

 

「ジェイドの言うことも尤もだ。ルーク、ただ話に行くだけじゃ結論は変えられないぜ?」

 

 ジェイドの言葉に、ガイも同調する。他の面々よりも少しだけ歳を重ねている二人だからこそ、ただ理想を語るだけではいけないとルークを窘める。理想だけを追って、ルーク達がより傷つく結果になることを避けるためにも。

 

「……分からない。どうすればモースを救えるのかも、誰も犠牲にしないように障気を中和する方法も。だけど、このままじゃいけない。何か動かなきゃ、何も変えられない」

 

「……具体的な方策が無いまま向かったところで、モースの引き起こす疑似超振動に巻き込まれてしまえば我々も危険に曝されます。徒にあなた達を危険に巻き込まれるような案を認める訳にはいきません」

 

 俯いてしまったルークに、ジェイドは優しく、されど断固とした口調で告げる。既に状況はほぼ決してしまっている。取り得る手段は無く、指を咥えて見ていることしか出来ない。

 

「大佐、私からもお願いします。何も変わらないかもしれない。でも、言葉を交わすことで分かるものだってあるはずです! モース様と大佐とディストで思いつかなかった方法も、私達皆なら見つけられるかもしれません」

 

「ティア……、そうは言いますが、やはりどこまで行ってもネックになるのは時間です。第七音素(セブンスフォニム)による汚染をどうにかしない限り……」

 

 と、そこでジェイドは言葉を止め、部屋の扉へと目を向ける。それに釣られて他のメンバーの視線も扉へと向けられた。

 

「……誰です?」

 

 ジェイドが硬い声で呼びかけた。自然、ルーク達の手が各々の得物に掛かり、いつでも戦闘に入ることが出来るように体勢を整える。

 

「ハァーッハッハッハッ!」

 

 だが、扉の外から聞こえてきたのは調子っぱずれの高笑い。誰が聞こうともその声の主を聞き間違えるはずが無い。

 

「……ハァ、一体いつから盗み聞きしていたのやら」

 

 頭痛を抑えるようにジェイドがこめかみに指を添える。その言葉に応えるように扉が勢いよく開かれ、飛び込んできたのは昨日までの憔悴した様子が嘘みたいな自称薔薇。

 

「盗み聞きとは失敬ですねぇ、ジェイド! 私はいつでもどこでも現れます。そう、今ここで悩める若者を救うために!」

 

「モースの譜眼を何とか出来るのか!?」

 

 ディストの言葉にルークが食らいつく。ともすればディストに掴みかからんばかりの勢いのそれを、ディストは鼻先に人差し指を突き付けて制止する。

 

「落ち着きなさいな、ルーク。確かにモースの譜眼は私なら停止させることが可能です。意図して外さない限り、そうした安全装置を付けておくのは技術者として当然の義務ですからねぇ」

 

「っ!? だったら……」

 

「で~す~が~、ただ譜眼を停止させてしまえばあなたかアッシュを犠牲にしなくてはいけなくなります。そんなこと、モースが許すはずもありませんし、誰だって嫌でしょう。さて、ルーク、あなたはどうしたいのです? モースを助けることは可能。しかし助けようとすれば自分かアッシュを代わりに差し出さないといけない。あなたは答えを出せますか?」

 

 ディストは試すようにルークに言う。ルークはディストの言葉に視線を一度床に落としたが、すぐに正面からディストの目を見据えて口を開いた。

 

「俺か、アッシュか、モースか。誰かが犠牲にならないといけないとしても、それはモースが勝手に自分の命を差し出して終わらせる問題じゃないはずなんだ。もしかしたら間に合わないかもしれない。だけど、足掻くことすら諦めたら、俺達は預言(スコア)に盲目的に従う人達と何も変わらなくなっちまう。従うのが預言(スコア)からモースの言葉になるだけなんだ。俺は何も知らないガキだから、ジェイドやディストみたいに解決策が思い浮かんだりはしないけどさ、言葉を交わすことは出来る。自分で自分達の未来を決める、モースだってそう言ってただろ?」

 

 それはやはりただの理想論でしかない。モースの代わりに自分やアッシュが犠牲になるとも、モースをそのまま見殺しにするとも決めていない、先延ばしの論理。けれど、自分達の未来を自分達の手で掴み取ろうとする戦士の言葉だ。ただ庇護されるだけを良しとしない、一人の自立した人間の言葉だった。

 ディストはその言葉にニヤリと笑みを浮かべる。合格だと言わんばかりに。

 

「まるっきり駄々をこねる子どもの言葉です。ですが、その覚悟は伝わりました。良いでしょう、フェレス島に向かってあの分からず屋に一発ぶちかましてあげようじゃありませんか! アッシュもそれで良いですね? あなたの言った通り、彼らは誰を選ぶか決めるんですから。場所は少々移すことになりますが」

 

「……フン、どこで話そうが誰かを犠牲にすることは変わらないだろうがな。ま、モースの勝手な行動には俺もイライラしていたところだ」

 

 アッシュはそう言ってそっぽを向く。素直じゃないですねぇ、とディストはその姿にケラケラと笑ってからジェイドへと向き直る。

 

「さ、こちらの話は纏まりましたがどうするのですか、ジェイド?」

 

「……昨日はメソメソと情けなく洟を垂らしていたくせに、随分と早い立ち直りですね」

 

「過去は振り返らないのが私の流儀ですからね! ハァーッハッハッハッ!」

 

 清々しい高笑いを響かせるディストと、対照的に苦々しい顔をしているジェイド。そんなジェイドの前に、イオンが歩み出てくる。

 

「ジェイド、僕からもお願いします。モースを追わせてくれませんか?」

 

「導師イオン……」

 

「モースを選んでしまった僕がこんなことを言うのはルークに失礼かもしれません。でも、ルークが言ったように、揺り籠の中で守られたまま得られる安穏とした未来よりも、傷ついて、泣いて、それでも自分達で選び取った未来にこそ価値があるのだと、かつてモースも言っていました。なら僕も傷つくかもしれない未来から逃げることはしたくないんです。例え立ち直れるか分からない傷を負うとしても、それでも皆さんと一緒に傷つくことが出来れば、それは僕にとっては価値があるはずですから」

 

「イオン……」

 

「……ハァ、他の皆さんも、意見は同じなのですか?」

 

 ジェイドはため息をついて他のメンバーを見渡すが、ガイも、ナタリアも、アニスも決意に満ちた顔でジェイドを見つめていた。

 

「頼む、ジェイド。俺にチャンスをくれないか? 俺が自分で未来を選ぶことの出来るチャンスを」

 

 そう言ってイオンの隣に並び、二人でジェイドを見上げた。過去のジェイドならともかく、今の彼はルーク達のこの目に弱い。それに、心の底ではルーク達と同じようにしたいと考えていることもまた確かなのだ。計算高く、冷徹な死霊使い(ネクロマンサー)はそんな無駄なことに時間を割くなと言う。一方で、一人の大人として、モースから託されたジェイド個人の声が、そんな死霊使い(ネクロマンサー)の声を掻き消してしまった。

 ジェイドは目を伏せると、やれやれと言わんばかりに肩をすくめ、そして笑みを浮かべてルークの目を見つめ返す。

 

「あなたが傷つかないようにという、私にしてはとても珍しい思い遣りを無下にするなんて。勿体ないことをしますね?」

 

「ジェイドはいつだって俺達を思い遣ってくれてるさ」

 

「何も変えられない、良い方法が浮かぶ可能性なんてほぼゼロですよ?」

 

「ああ、それでも俺達の手で未来を選びたいんだ」

 

「なら、私から言うことはもう何もありません」

 

「ジェイド……! だったら!」

 

「ええ、行きましょう。フェレス島へ。勝手に突き進んでしまう石頭に一言文句を言って、それでも抑えられなければ殴ってやっても良いかもしれません」

 

「ははっ、そうだな。行こう、フェレス島へ!」

 

 ルーク達は選択した。言われるがままに受け入れるを良しとせず、例えその先に残酷な結末しか待っていないとしても、自分達でそれを選び取り、受け止めるために。

 

 それは奇しくも、預言(スコア)からの脱却を唱え、人の意志で選び取った未来にこそ価値があるとするモースの言を体現する姿だった。




 

ここまでどうにか一気に話を持って来たくて休日を二日とも潰して更新しました。

お楽しみいただけたなら幸いです。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

殉ずる者と子ども達

 フェレス島はホドが消滅したときに発生した津波に呑まれた島だ。海底に沈んでしまったそれの情報を抜き取って作成されたそこは、津波に浚われたオリジナルの崩壊具合をそのまま反映している。

 島の中心に遺った大きな屋敷。当時の島を治める領主一族が住んでいたと思われる建物の地下には、ヴァン達によって作り上げられたレプリカ作成施設が眠っている。

 

 二度目の探索となるそこには、一度目には居なかった人物がフォミクリー装置を見上げて佇んでいた。

 

「……もしかすると、来るかもしれないとは思っていました」

 

 優しいですからね、あなた達は。

 

 纏う雰囲気は相変わらずどこまでも柔らかく、口調は優しい。まるでいつもの執務室でルーク達を出迎えるときのような調子だった。

 階段を駆け下りてきたルークにゆっくりと振り返ったその男は、仕方ない子達だと困ったような笑みを浮かべていた。

 

「ディスト、あなたにはルーク達のことをお願いしたはずなのですが」

 

「ええ、私の教育方針は放任主義なもので、やりたいことをやらせるべきだと思っただけですよ」

 

 モースの言葉にディストがニヤニヤとした笑みを浮かべて返す。ただ、その目は全く笑っていない。何なら眼鏡の奥からモースを射抜かんばかりの眼光を放っていた。

 

「モース、俺達の話を聞いてくれ! 一人で勝手に突き進むんじゃなくて、皆で話し合って未来を選びたいんだ!」

 

 ルークが一歩前に進んでモースへと訴えかける。それに合わせるように隣にいたティアも進み出た。

 

「モース様! 誰かが犠牲になるような手段を採る前に、もう一度皆で何か手は無いのか考えてくれませんか!」

 

 ルークも、ティアも、他の面々も、どこか信じ切っていた節がある。モースならばルーク達の訴えを無下にすることは無いと。この出来過ぎる程に人格者である男は、誰に対しても誠実で、短絡的な手段を採ることは無い。誰の話にも耳を傾け、話し合うことを厭うような男では無いと。

 

「……申し訳ないですが、それは出来ません」

 

 だからこそ、モースの口から発された言葉を認識こそすれ、理解するのに少しの時間を要した。

 

「もはや話し合いでどうにかなる段階は過ぎています。障気は人々を蝕み、この場にはそれを解決できる手段が用意されている。そしてそれを実行するのはルークでもアッシュでもなく、この私。私でなければならない。そうなるように今こうして用意を整えたのですから」

 

 淡々と話し、モースはフォミクリー装置を起動する。ブゥン、という起動音と共に装置から音素(フォニム)が収束する仄かな光が生じる。

 

「勝手な理屈で勝手に犠牲になろうとするなんて正しくない! 障気のことは、モースだけじゃなくて俺達や、他の皆とも話し合って決めなきゃいけないことじゃないか!」

 

「そうですね、勝手な屁理屈で、身勝手な大人そのものです。でもね、私はルークやアッシュのどちらかが死ぬということを容認できません。大人というのは子どもを守るために先に生まれてくるのです。子どもに守られるだけの大人になることは私には耐えられない」

 

「そうやって()()()()()()なんて思いながら勝手に死んでいくのですか。それで死ぬよりも辛い気持ちになる人がいることを無視して!」

 

 イオンの言葉に、隣に立つシンクは拳を固く握りしめる。イオンの言葉はシンクの言葉でもある。自分の心をどう表現すれば良いか分からないシンクに代わり、イオンが言葉を紡ぐ。同じレプリカでありながら担う役割も考え方も違う二人は、ことモースに限っては意見を一致させる。

 

「導師イオン、それにシンクも、私のような人間のことは忘れてしまうべきなのです。フローリアン達も、アリエッタも、心の傷は時間が癒してくれる」

 

 そう言うとモースはフォミクリー装置に向き直り、ルーク達に背を向けた。話は終わりだと言わんばかりに。その様子にティアはどうしようと隣のルークを見上げた。

 このままいくら言葉を重ねようともモースは聞く耳を持たないだろう。自分達の言葉がモースの耳に届くことは無い。それだけの力が無いからだ。だとすれば、話し合いの場に立たせるための力が必要だ。

 

(超振動、第七音素(セブンスフォニム)を集める……。だったら……!)

 

 ルークは何かを捧げ持つように両手を身体の前に持ってくると目を閉じる。今まで一度として成功したことは無い。屋敷にいたとき、ティアと共に挑戦したが何も感触を掴めなかった。その後、旅の道中でも事あるごとに試していたが、終ぞうまくいくことは無かった。

 

(だけど、今成功させなくちゃいけないんだ!)

 

 自分の身体の奥底に意識を向ける。吸う息と共に意識が身体の中に集中し、血の巡りと共に身体の隅々まで行き渡る。自分の身体に混ざりこんだ何かを見つけるために、全神経を集中させる。周囲の音は消え、自分が立っているかどうかも分からないくらいに外界からの情報は遮断される。そして遂に、

 

「見つけた……!」

 

 ルークの身体を微かに光が包む。励起した第七音素(セブンスフォニム)が全身のフォンスロットを通じて少しずつ放出されていることによるものだ。後は吐く息と共に、それを自身の掌に具現化するだけ。

 

「ルーク、その手にあるのは……!」

 

「ローレライの宝珠!? まさか取り出すことに成功したのですか!」

 

 ルークの手に現れた手のひら大の赤い宝珠。半透明のそれは中に白い音叉様のものが埋め込まれており、それ自体が第七音素(セブンスフォニム)に反応するように僅かに光を放っていた。

 それを見てティアとジェイドが驚きに声を上げ、他の面々も目を瞠った。ジェイドの声に、モースも歩みを止めて振り向いた。

 

「モースなら、ローレライの宝珠の力は知っているよな?」

 

第七音素(セブンスフォニム)を拡散させる力……」

 

 ルークの問い掛けに、モースが僅かに表情を歪ませて答えた。モースにとって今最も脅威となるものこそがローレライの宝珠だ。

 

「それを使われてしまえば、私とフォミクリー装置によって放たれる疑似超振動に十分な第七音素(セブンスフォニム)を集められない可能性がある」

 

「なら、俺達の話を聞く気になったか?」

 

 苦々しく呟いたモースにガイが声を掛ける。

 

「……話したところで結論は変わらないですよ。どうやっても誰かが傷つく選択になることは変わらない」

 

「どうしてそう言い切れる? まさか預言(スコア)に詠まれているからだなんて言わないよな?」

 

「唯一絶対の未来など無い。預言(スコア)からの脱却を目指すモースだからこそ変わらないなどと言うべきではないのではなくて?」

 

「……そうですね、これも良い機会なのでしょう。ジェイドとディストに話したことを、あなた達にも伝えておくべきなのかもしれません。本来であれば、私がいなくなってから導師イオンやジェイド達から伝えられるはずのものでしたが」

 

 ガイやナタリアの言葉に答えるというよりも、自問自答の結果を呟くように、モースは話す。

 

「モース? 一体何を……?」

 

「かつてあなたが地核でローレライと接触したときに聞いたであろうこと。その意味を明かそうということですよ」

 

 そう言ってモースは語り始める。忌まわしき己の記憶を。

 

「私にはこの世界の未来が分かる。ユリアの預言(スコア)ではなく、あなた達が辿ってしまう未来が。この先ヴァン達とどのように対峙し、どう決着するかが私には分かるのです」

 

「何だと……? いきなり何を言って」

 

「アッシュ、今は、話を、聞きなさい」

 

 怪訝な顔で口を挟もうとするアッシュを、言葉を一節一節区切るようにしてディストが制した。何か言いたげにしていたが、ディストの顔を見たアッシュは一つ舌打ちを挟むだけで口を閉ざした。

 

「私の見た未来ではアクゼリュスからの市民の避難は間に合わず、崩落と共に大勢の犠牲が出ました。ルークは過剰な自己犠牲を自らに強いるようになり、アリエッタやシンクとも対立を深めていきます。アニスは両親の借金を盾に私のスパイとして働き、導師イオンを私の下に連れてくるように動きます。そして私によってザレッホ火山の奥深くで発見された第七譜石の預言(スコア)を詠まされ、導師イオンはその負担に耐えられず死んでしまう。私は第七音素(セブンスフォニム)を取り込んで身も心も化け物となり、最期にはルーク達に討たれて死にました。

そして障気の問題はアッシュが一万人のレプリカと共に超振動で中和しようとします。ルークは代わりにそれを果たそうとしてレムの塔の頂上で超振動を使います。そうして甚大なダメージを受けたルークの身体は音素乖離によっていつ消失してもおかしくない状態となり、ヴァンとの最終決戦の後、あなたを先に行かせるために犠牲となったアッシュと共に地核へと消える」

 

 淡々と語られるのはこの世界が辿るかもしれなかった道筋。預言(スコア)からの脱却、ローレライの解放を成し遂げた先に待っていたのはルークとアッシュが一つとなり、ルークの記憶を引き継いだアッシュが帰ってくるという結末。

 

「あまりにも救われない。そんな未来を許してはならないと私は動いてきました。その結果、導師イオンは今も尚生きており、アリエッタもシンクもルーク達と対立すること無く、それどころか互いに並び立って戦ってくれている」

 

 ほんの少し、ボタンの掛け違えが起こらないように。そう思った結果がモースの目の前に広がっている。

 

「ルーク、私は既に私の目的を殆ど達成している。直接手助け出来ることはもうありません。懸念事項であったローレライの宝珠の具現化も出来た。であれば私に出来る最後の手助けはこうしてあなた達の礎となること」

 

 だから行かせてくれ。

 

 モースは笑ってそう言った。それはどこか晴れやかで、今から死んでしまうという悲壮感をまるで感じさせない笑顔だった。

 

「かつてオールドラントの滅亡を詠んだユリアもこんな気持ちだったのでしょうか。自分だけで抱えきれないものを背負い、けれどその中で少しでも人々が笑って暮らせるようにと尽力したのでしょうか。ただの人として時には苦悩しながら」

 

 モースから語られる話にルークは頭がついていかない。あまりにも突拍子もない話だったからだ。自らがアッシュのレプリカだと知らされたとき以上の混乱が彼を襲っていた。それは他のメンバーも同じだったようで、見ればティアやガイ、アニス、ナタリアにアッシュ達も呆気にとられた表情で何も言えないでいた。

 

「ふふ、信じられないでしょう? 頭がおかしくなったと思うでしょう? ですがそれで良いのです。頭がおかしくなった私が勝手に死んでいくと思えば良いのです」

 

「な……、そんなこと、思えるわけ無いだろ!」

 

 自嘲するように笑うモースにルークは頭を振って否定する。例えモースの語るそれが妄想だとしても、モースの成してきたことが無くなるわけではない。モースを見殺しにして良い理由にはならない。

 

「私は化け物です。未来を知り、他者を助けることに狂った人間です。自分を自分として愛することが出来なくなった異常者なのです。だから、私を無駄死にさせないでください。あなた達を守って死なせてください」

 

「ッ! させない、させてやるもんか! モース、あんたの言ってることは正しいのかもしれない。だけど、だからってあんたがそんなことをしてどうするんだ! 預言(スコア)から世界を解放するんだろ? 今のモースは自分だけの記憶(スコア)に縛られてる! だったら俺達が解放してやる!」

 

 ルークはそう言って剣を抜く。このまま話していてもモースの決意を翻すことは出来ない。ならば多少強引にでも止める必要がある。ティア達も同じ考えのようだ。

 

「モース様、記憶(スコア)に囚われたあなたを私達が止める!」

 

「今までずぅっと素直だったアニスちゃんだけど、これからは反抗期だよ!」

 

 ティアはメイスを構え、アニスは巨大化したトクナガの頭に乗る。

 

「俺もジェイドの旦那みたくあんたと酒を飲んでみたいんでね!」

 

「私の恩人を見殺しにするなんて、キムラスカ王家の名に懸けてお断りですわ!」

 

 腰に佩いた剣を抜き放ち、肩に担ぐガイと弓に矢を番えてモースを鋭く睨みつけるナタリア。

 

「頑固だとは思っていましたが、ここまでとは思いませんでしたよ。あなたとはまだ話していないことが山のようにあるのですよ?」

 

 目に刻んだ音素(フォニム)吸収用の譜陣、その効果を抑制する眼鏡を外したジェイド。

 

「モース、ボクは生まれて初めて激怒っていう感情を知ったよ……!」

 

「こんな話をして俺を混乱させて、勝手に一人で死ねると思うなよ」

 

 シンクは両拳を合わせて、アッシュも剣を抜き放っていつも以上の剣幕で構える。

 

「さあ、こちらは準備万端ですよ、モース? 私も久しぶりに、童心に帰って喧嘩というものをしてみたくなってきましたよ」

 

 ディストが譜業椅子に腰かけ、肘掛けに頬杖をついてモースを見据える、その顔にはいつもの不敵な笑みが浮かんでいた。

 

「……そうですか、そうですね。話し合いで解決が見込めない以上、最初からこうなることを考えるべきだったのでしょう」

 

 ルーク達を見渡したモースは、ため息をつくと左手を顔に翳し、眼帯に手をかける。

 

「戦いは得手ではありませんが、第七音素(セブンスフォニム)を取り込んだ今の私なら一人でもあなた達と渡り合えることでしょう」

 

 眼帯の下から覗くのは譜陣によって紅く光る目。それは譜陣が起動してモースの身体に第七音素(セブンスフォニム)が取り込まれていることを示唆している。

 

「結局、この世界でも記憶の中でも、あなた達と戦うことは避けられないことらしい。それもまた、この忌まわしい記憶がユリアの預言(スコア)に等しい束縛力を持っているということなのかもしれません」

 

 そしてローブの中に隠し持っていたメイスを取り出し、姿勢を低くして構える。

 

「ならば今ここで私は私の記憶を超えて見せましょう!」

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

殉ずる者との戦い

「喰らえっ! 崩襲脚!」

 

「合わせるぞ、ルーク! 弧月閃!」

 

 モースを挟むような位置でルークが中空からの蹴りを、ガイが袈裟斬りを放つ。

 

「その程度でッ!」

 

 その声と共にモースは地面を大きな音を立てて踏み鳴らし、ガイとの間合いを敢えて縮める。剣の間合いの更に内側、拳の間合いにまで踏み込んでしまえば、剣先に速度が乗る前にメイスで剣を押さえ付け、背後に迫るルークの蹴りは見ることも無く身体の軸を逸らすことで回避する。

 

「ガイ、離れなさい! 譜術に巻き込まれます!」

 

「そう、したいところなんだがなぁ!」

 

 ジェイドが鋭い声を飛ばすが、ガイは動きたくとも動けない。メイスで剣を押さえ付け、そのまま剣の柄を握る右手をモースの手が捕まえているからだ。

 

「ガイを離せ!」

 

「ええ、言われなくとも」

 

 地面に着地したルークがモースに躍りかかるが、そこに向かって捕まえたガイを投げ飛ばし、攻撃を止める。間髪入れずそんなモースにジェイド、ティア、アッシュからの譜術が飛ぶ。

 

「サンダーブレード!」

「ホーリーランス!」

「アイシクルレイン!」

 

 ジェイドの放つ雷槍が、ティアの光槍、アッシュの氷刃がモースを取り囲むような形で殺到する。回避することを許さない攻撃の嵐だが、モースはメイスを地面に突き立てる。

 

「守護氷槍陣!」

 

 地面から立ち上がった幾重もの氷の槍がジェイド達の放つ譜術を受け止めた。殺すつもりは無いため威力を落としているとはいえ、それでも高威力の上級譜術を受けてモースを守る氷の結界は崩れ去ったものの、その中心に立つモース自身には傷一つついていない。

 飛び散った氷の欠片に紛れて突撃するのはトクナガに乗ったアニスとその後ろに潜むシンク。

 

「行っくよー! 爪竜烈っ……!」

 

「させませんよ。剛掌破!」

 

「きゃあ!?」

 

 技を繰り出そうとしたアニスの駆るトクナガに向けて、モースは両手を揃えて掌底を放つ。トクナガの顔面にめり込むほどの勢いで放たれた掌底はアニスを後ろに大きく吹き飛ばし、後ろに控えていたシンクの姿が露わになる。

 

「チッ! 相変わらず滅茶苦茶だね!」

 

「援護しますわ! エンブレススター!」

 

 悪態を吐くシンクだが、既に術技を繰り出す準備は整っている。ナタリアが上空に向けて曲射した矢がシンクと共にモースに迫る。

 

「空破爆炎弾!」

 

「ぐっ、ああ!」

 

 ナタリアの矢をメイスで弾き落とした隙、それを見逃すシンクではない。火を纏ったシンクの突進がモースに襲い掛かる。爆炎とシンクの拳がモースの身体に突き刺さり、大きく後方へと吹き飛ばされた。着地したモースはダメージを隠し切れないのか床に膝をつく。

 

「良し! ナイスだシンク!」

 

「そんなこと言ってる場合じゃないだろレプリカ!」

 

 ルークの言葉に怒号を返すシンク。確かなダメージを与えたにもかかわらず、シンクの顔に喜びは無い。それどころか、警戒を高めてモースを観察していた。

 

「……なるほど、第七音素(セブンスフォニム)の力とはこれほどのものですか」

 

 そう小さく呟いたモースは自身の身体を見下ろしていた。右目の譜陣が一層紅く輝き、モースの身体に第七音素(セブンスフォニム)を取り込む。そしてモースの身体に起こった事象にルーク達は自身の目を疑うことになる。

 

「っ! 傷が……!」

 

 モースの右目が輝くごとに、先ほどのシンクの攻撃でついた傷が癒えていく。それはおよそ尋常な人間にはあり得ない回復速度だ。まるで回復譜術を使ったような。

 

第七音素(セブンスフォニム)を取り込んだことによる異常回復能力……」

 

「マジかよ……」

 

 ジェイドの呟きにルークが生唾を呑み込む。持久戦はルーク達にとって一方的に不利になるばかりだ。そしてモースの得意とする戦法こそ時間稼ぎを主とする持久戦。モースの戦いを目にしてきた者ばかりであるからこそ、第七音素(セブンスフォニム)を取り込んだ今のモースの厄介さが身に染みて理解出来た。

 

「ただ力が増すだけではないということですか。ならばこれほど好都合なことはありませんね」

 

「皆、構えて! 来るわ!」

 

 ティアの言葉に全員が武器を構え直す。ルーク達を見渡したモースは、メイスを右手に構えると、床が大きく陥没するほどの勢いで踏み込む。気付けばパーティの先頭に立っていたシンクの目の前にモースの姿が現れていた。

 

「!? そんな……」

 

「獅子戦吼!」

 

 そして闘気を纏った体当たりで先ほどの仕返しとばかりにシンクを吹き飛ばすと、そのまま奥で構えていたアッシュへと肉薄する。

 

「流影打」

 

「舐めるなよ!」

 

「アッシュ、援護いたしますわ!」

 

 モースから繰り出される三連撃を剣と拳を使っていなすアッシュ。そこに弓に矢を番えたナタリアが狙いを定めるが、モースはそちらに一瞬だけ目を向ける。次の瞬間には、ナタリアに向かって氷の刃が放たれていた。

 

「危ない!」

 

「っ、きゃあ!」

 

 ガイが間に割って入り、剣で叩き落として迎撃したが、その顔には冷や汗が伝っていた。

 

「モースの十八番、無詠唱譜術か!」

 

「味方だと頼りになりましたが、敵に回るとここまで厄介なものだとは!」

 

「呑気なこと言ってないでこっちにも援護を寄越せ!」

 

 言葉を交わすガイとジェイドに向かってアッシュの怒号が飛ぶ。常のアッシュならば、モースの攻撃を防ぐことに然程苦労することは無い。だが、第七音素(セブンスフォニム)によって身体能力すら強化されたモースの攻撃はアッシュですら一人で押さえ込むのが難しいものだった。殺しても良い、容赦のいらない相手では無く、出来るだけ傷を負わせないようにという枷があることも理由の一つではあるが。

 

「俺も行くぞアッシュ!」

 

「馬鹿野郎、無策で突っ込んでくるんじゃ……!」

 

「雷旋豪転牙!」

 

 そんなアッシュを見かねて助けようと飛び込んだルークだったが、それを視界の端に捉えたモースは身体に雷を纏わせ、回転させる。竜巻のように雷が吹き荒れ、ルークとアッシュに襲い掛かる。

 

「「ぐああっ!」」

 

「ルーク! アッシュ!」

 

 雷撃をまともに喰らってしまい、苦悶の声を上げるルークとアッシュを案じるティアを、ジェイドが手で制した。

 

「落ち着きなさい! この後の隙を狙って……」

 

「フリジットコフィン!」

 

 だがそんなジェイドの目論見はモースによって容易く崩される。ジェイドとティアの足下から細かな氷の礫が噴き上がり、二人に殺到する。

 

「この術は!? 避けなさい、ティア!」

 

「きゃっ! た、大佐!?」

 

 譜術への造詣が深いジェイドだからこそこの後に起こることを予測できた。ティアの背中を押して術の効果範囲から逃がし、上空から飛来する氷塊を睨みつける。

 

「ええい、厄介極まりない! フレイムバースト!」

 

 避けることは不可能と判断し、音素(フォニム)を励起させて対抗譜術を組み上げる。超速で発動された譜術は、ジェイドの常からは考えられないほど威力を落としていたが、生成した火球が氷塊にぶつかり、その威力を減じることに成功した。

 

「大佐! 無事ですか!」

 

「ええ、何とか」

 

「回復いたしますわ!」

 

 膝を折ったジェイドにナタリアが駆け寄り、譜術で回復を試みる。それを見たティアが、モースに挑みかかっているアニスとガイ、シンクに再び視線を戻した。

 ガイの剣を、トクナガの拳を、シンクの蹴撃を、モースはメイスと譜術を織り交ぜて迎撃している。同士討ちを恐れて思い切った攻撃を仕掛けられないとはいえ、三人からの攻撃を時に捌き、時に別方向に誘導し、いなすモースの戦闘技術にティアも思わず舌を巻いた。かつてダアト郊外の森でリグレットに手も足も出なかったと本人が言っていたが、それが信じられないほど今のモースはガイ達をあしらっていた。それだけでも驚くべき事なのに、モースは時折こちらに目を向け、譜術を撃ち込んで牽制までしてくるのだ。第七音素(セブンスフォニム)によって身体能力を向上させているとはいえ、戦いの技術は向上したわけではない。今のルーク達を圧倒しているのは間違いなくモースの戦闘技術だった。

 

「くっ! アニス、もう少し周りを見てくれ!」

 

「それはこっちのセリフだよガイ!」

 

「無駄口をたたいてる場合じゃないだろ二人とも!」

 

 攻撃の方向を巧妙に逸らされるためにガイ達の攻撃は時に思ってもみない対象に向かってしまう。アニスの大ぶりな攻撃はモースに避けられてしまえばガイやシンクの行動を阻害し、ガイの鋭い剣閃もそれ故にモースにとっては読みやすい。そしてシンクの攻撃は鈍重なトクナガの影に隠れるモースを捉えることが出来ない。

 

「そろそろ諦めて頂きたいのですがね、獅吼滅龍閃!」

 

 モースの纏う闘気が獅子の顔を模し、周囲に衝撃波として放たれ、ガイ達を吹き飛ばす。体勢を大きく崩されたガイ達だが、そこにモースからの追撃が入ることは無かった。

 

「合わせろ、ルーク!」

 

「おうよ!」

 

「「双牙斬!」」

 

 雷撃のダメージから回復したアッシュとルークが鏡写しのような息の揃った動きでモースに攻撃を仕掛けたためだ。

 

「セイントバブル!」

 

「なっ!? コイツ、自分ごと!」

 

「アッシュ、避けろ!」

 

 だが、モースを中心に発生した水泡を目にして、二人はたたらを踏んで攻撃を中止せざるを得なくなった。ルークは自分よりも一歩先に踏み込んでいたアッシュまで駆け寄ると、ごめん! と言いながらアッシュを蹴り飛ばす。そしてモース諸共、圧縮された水塊の解放に巻き込まれた。

 

「ぐっ、ああああ!」

 

「ぬう!」

 

 自身が第七音素(セブンスフォニム)による回復能力を得ていることを利用した自爆戦術。怯んだルークをメイスで弾き飛ばすと、自身へのダメージを無視して離れたところに立つジェイド達へと駆ける。

 

「自分も巻き込んだ自爆特攻とか頭おかしいんじゃないですかあの大詠師!」

 

「そんなことを言う暇があったらあなたも働きなさい、ディスト!」

 

「肉体労働は私の専門外って知ってるでしょうが! ええい、私をここまで追い詰めるのとはやりますねモース! 来なさい、カイザーディストDX!」

 

 ジェイドに叱咤された、ディストがヤケクソと言わんばかりに頭上を指差すと、どこから現れたのか、巨大な譜業人形がジェイド達とモースの間に立ち塞がる。

 

「やっておしまい、我が自慢のカイザーディスト……」

 

「……これは壊すことに遠慮が要らない分、やりやすいですね。絶破烈氷撃!」

 

「カイザーディストDXぅぅぅ! あなたには人の心ってものが無いんですかモース!」

 

 だがディストご自慢の譜業人形は、モースの放った氷を纏う掌底によってその胴体に大穴を空けられ、あっけなく機能停止に追い込まれた。会心の力作をあっさりと破壊されたディストの悲鳴が響くが、そんなもの意に介さぬとばかりにモースは再び走り出す。

 

「いえ、良くやりましたよディスト。旋律の戒めよ」

「っ!? 激流よ!」

 

 だが対照的に満足そうに浮かべるジェイドは、高めた音素(フォニム)を更に練り上げんと詠唱を始める。それに良からぬものを感じたモースも立ち止まって詠唱に取り掛かった。

 

死霊使い(ネクロマンサー)の名の下に具現せよ」

「我が前に立ち塞がる敵を打ち倒せ!」

「ミスティックケージ!」

「メイルシュトローム!」

 

 凝縮された各属性の音素(フォニム)の球がジェイドの詠唱と共に膨らみ、爆発を引き起こす。それに対抗するように、その球をモースが生み出した激流が包み込み、相殺しようとする。だが、ジェイドが自らの才能を存分に振るって練り上げた独自の譜術に、モースの譜術が完全に対抗することは出来ず、モースは爆風によって吹き飛ばされた。

 

「今です!」

 

 そのジェイドの言葉に従ってルーク達が一斉にモースに向かう。ジェイドの最上級譜術によって、軽減したとはいえ大きなダメージを与えられたモース。それに対し四方八方からルーク、ガイ、アニス、アッシュ、シンクが迫り、上空はナタリアの矢によって塞がれた。更に外縁からはティアの譜術が隙を伺ってまでいる。ジェイドの言葉に嘘は無く、今を逃せばモースに有効打を与えられる瞬間など来ないだろうと思ってしまうほどの好機。

 それ故にルーク達もなりふり構わず突撃する。それを迎え撃つモースが追い詰められた様子を微塵も見せていないことに気付くこと無く。

 

「やはりあなた達は強い。しかし、今の私には負けることは許されない」

 

 誰にも聞こえぬように呟かれたモースの言葉。それと共に身体に取り込まれた第七音素(セブンスフォニム)が眩しいほどの光を放ち、ルーク達の足を止めさせる。

 

「うおっ、何だこれ!」

 

「眩しっ! 何にも見えないよぅ!」

 

「くっ、マズい、お前ら! 離れ……!」

 

 アッシュが何かを感じ取り、ルーク達にそう声をかけるが、もう間に合わない。モースを中心として譜陣が展開され、譜陣に沿って立ち上がった光の壁がルーク達を閉じ込める。

 

「これは……! ティア、今すぐ譜術で妨害を!」

 

「ッ! はい!」

 

「ダメです、間に合いません!」

 

 ジェイドの指示でティアが譜術を発動させようとするも、ディストの言葉通り、モースのそれが発動する方が早かった。

 

 極光壁

 

 静かに零れたモースの言葉と共に、ルーク達を光の奔流が飲み込んだ。





モース様の秘奥義初お披露目会(なおボス仕様のため味方時に使えるかは不明)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

諦めない者、ローレライの声

 瞼を閉じているはずなのに、まるで目の前に太陽があるようにも感じられた。そんな目を灼く光がようやく収まったと感じ、目を開けたティアの視界には想像を絶する光景が広がっていた。

 

「取り込んだ第七音素(セブンスフォニム)を無秩序に放つだけでこれですか。なるほど、この力を持てば、かつての私ならば精神汚染が無くともいずれ狂っていたことでしょう」

 

 床は大きく円形に抉れ、天井は消失して陽の光がそこから差し込んでいる。自らの掌を見つめて呟くモースの周囲には、甚大なダメージを受けて床に倒れ伏す仲間たちの姿があった。

 

「ぐっ、あ……」

 

「無理はしない方が良いでしょう、アッシュ」

 

 呻き声をあげるアッシュの手に握られたローレライの剣を取り上げると、モースは呆然と立ち尽くすティア達へと視線を向けた。

 

「彼らのことはあなた達に任せて良いのでしょう? ティア、ジェイド、ナタリア。イオン様とディストもアルビオールに向かいなさい。ローレライの剣は事が済めば同位体であるアッシュの下に戻ることでしょうしね」

 

「モース……あなた、その身体で……!」

 

 ジェイドはモースの惨状に思わず目を鋭くする。彼の身体は、床に倒れ伏すルーク達を上回る夥しい傷に覆われていた。その上、譜陣が刻まれた右目からはとめどなく血涙が流れている。

 

「……資格の無い者が己が身に余る力を振るえばこうなるということですよ」

 

 既に傷は癒え始めているが、血に染まった詠師服と歩くたびに床に落ちる血が、いつも穏やかな表情を崩さないモースの顔が今は僅かに歪められていることが、その身体に刻まれたダメージの大きさを物語っていた。

 

「モース、僕は……!」

 

「イオン様、私はただ私の為だけにあなたを導いてきたに過ぎない。私の行いは徹頭徹尾、自分の為。そこにあなたが責任を感じる必要も、その資格もありはしない」

 

 何かを言おうとしたイオンを冷たく遮ると、モースはジェイド達に背を向ける。何も語ることは無いと言わんばかりに。そのままフォミクリー装置へと歩みを進めた。

 

「……エナジーブラスト!」

 

 だが、それを良しとしなかったのはジェイドの譜術だった。凝縮した音素(フォニム)の小さな塊がモースの目前に現れ、ダメージを与えることは無いものの、その足を止めることに成功した。

 

「……どういうつもりですか、ジェイド」

 

「生憎と、私はそう易々と諦めることが出来そうにありませんから」

 

 肩越しに振り向いたモースの右目が、鋭くジェイドを見据える。頬に一筋の冷や汗を流しながらも、ジェイドは構えを崩そうとはしなかった。

 

「あなたはそうした不合理なことはしないと思っていました」

 

「おや、もうあなたが勝ったとでもお思いですか?」

 

「まだ終わっていませんわよ!」

 

「私達だけでも、あなたを止めてみせます!」

 

「カイザーディストDXの恨みを晴らすまでは倒れてやりませんよぉ!」

 

 ジェイドに続いて、ナタリアとティアもそれぞれの武器を構え、ディストはその後ろからやいのやいのとヤジを飛ばす。それを見たモースの顔には、呆れたようにも、嬉しそうにも見える微笑みが浮かんでいた。

 

「どこまでも、あなた達は優しいのですね。こんな私にも手を差し伸べようとする。ですが、その優しさはもっと別の者を助けるために使うべきものだ」

 

 その言葉と共にモースは右手をティア達に向ける。それを見た彼らは攻撃を予期して身構えるが、その反応はモースを相手にしては余りにも遅い。

 言葉も無く行使された譜術は、モースとジェイド達との間に分厚い氷を生じ、彼らの間を隔てる壁となる。

 

「っ、しまった!」

 

 譜術の行使をする気配など微塵も感じられず、更に敵意も感じられなかった。それ故にジェイド達は氷の向こうに立つモースを歯痒く見つめることしか出来ない。

 

「早く去りなさい。この島は私と共に消失します。ダアト港が近いとは言え、海の真ん中に置き去りになってしまっては中々難儀するでしょう」

 

 そして今度こそモースはジェイド達に背を向ける。氷の向こうで壁に手をついて何かを叫んでいるティアも、涙を流すしかないイオンとナタリアも、それらを視界から消し去り、静かに唸りを上げるフォミクリー装置を見上げる。

 

「さあ、罪深い私への裁きがようやく下される」

 

──が声を聞け

 

「っ、また、ローレライの声が……」

 

 自らを装置に繋いでいると、またしてもモースの頭に響き始める声。

 

「ですが、その声ももう聴くことはなくなる」

 

――我がーーよ

 

「ようやく、私の罪に裁きが下される」

 

 モースはその言葉と共に目を閉じる。フォミクリー装置から生じる音は更に大きく、そして不規則になり、モースと装置を中心に嵐のように風が吹き荒れ始めた。

 

――響け、我が声よ

 

――我が預言の先を知る者よ

 

 かつては途切れ途切れにしか聞こえなかったはずのローレライの声。それが今やモースの頭にはっきりと響いている。だが、それは彼にとって最早気にするものでは無くなっていた。

 

「さあ、この身と引き換えに障気を消し去りたまえ!」

 

――我が片割れを持つ者よ!

 

 そしてモースの視界は再び光に包まれた。

 

 


 

 

 ルークは朦朧とした意識のまま、歩いて行くモースを見つめていた。

 

(一体、何が起こって……)

 

 視界が光に包まれたかと思えば、仲間達と共に床に倒れ伏し、全身に走る痛みに呻いていた。自分達は負けたのか、そう思う間もなく勝負は決していた。自身の力不足に歯噛みすることしか出来ない。

 

(くそぅ、結局モースを犠牲にするしか……)

 

――け、我が声よ

 

(この、声は!?)

 

 その時、ルークの頭に響いたのはアッシュの声とは違う、かつて悩まされていた幻聴。だが、それは今となっては誰からのメッセージなのか、ルークには分かる。

 

(ローレライの声!)

(ローレライの声!)

 

 そしてそれを聞いたのはルークだけではない。ルークのオリジナル、同じくローレライの完全同位体であるアッシュにもその声は届いていた。

 

(アッシュ! お前にも聞こえてるのか!)

 

(当たり前だ! 何故今聞こえているのかは分からねえが、だが奴を止めるならもう時間がねえぞ!)

 

 同時に響くアッシュの声に、ルークは身体が痛むのも忘れてアッシュへと顔を向けた。アッシュもルークの方に身体を引きずって近づこうとしている。

 

(ローレライの鍵をモースに奪われた。疑似超振動を起こされちまったらもう奴を止められねえ)

 

(なら、ここで寝てる場合じゃない!)

 

 互いに肩を貸し合いながら身体を床から引き起こす。見れば、既にモースは自身を装置に繋いでおり、装置との間に第七音素(セブンスフォニム)が暴風のような渦巻いている。既に事態は一刻を争う状態となっていた。

 

――の先を知る――よ

 

 未だに頭の中に直接響くようなローレライの声は、モースに近づくほどにその声の鮮明さを増していく。まるでモースの隣にローレライがいるかのように。ルークとアッシュの目にはモースの隣に立つ誰かの姿が映っていた。あの姿は、

 

(モースが、もう一人……?)

 

(遂に頭までやられちまったか? っ、クソ、ダメージがデカくてこんな足取りじゃ奴の所までは……!)

 

 ヨロヨロとたどたどしい足取りでしか進めないことに歯痒く感じるアッシュ。この速度ではとてもでは無いがモースが超振動を発生させるのに間に合わない。そう歯噛みしたアッシュの身体は、次の瞬間暖かな光に包まれた。

 

「ヒール!」

「ファーストエイド!」

 

 それは隣にいたルークも同じ。氷壁の向こう側にいたナタリアとティアが、モースへと向かう二人に気付いて治癒術を飛ばしたのだ。ルーク達の身体を苛んでいた痛みが和らぎ、足取りも軽くなる。

 

(これなら)

 

(行ける!)

 

 ルークとアッシュは互いに顔を見合わせると、頷いて走り出す。目指すは自分達に背を向けて暴力的なまでの第七音素(セブンスフォニム)を発しているモース。

 

――我が片割れを持つ者よ!

 

「「モォォォォォス!!」」

 

 二人が伸ばした手はついにモースを捉えた。それと同時に、モースと装置の間で目を開けていられないくらいの光が発生する。

 

「アッシュ!」

 

「チィッ! これで死んだら一生恨むからな、クズ!」

 

 ルークの声に応えるように、アッシュが手を伸ばし、モースの手に握られたローレライの剣を握りしめる。

 

「ルーク、アッシュ!? いけない、早く逃げなさい!」

 

「そうはいくか! こんな形で終わりだなんて認められない!」

 

「手助けくらいはしてやるが、そんなに死にたいならお前一人で死ね!」

 

 ルークとアッシュの二人が加わり、ローレライの剣に集まる第七音素(セブンスフォニム)が一層の輝きを放ち始めた。

 

「もちろんそのつもりですよ、アッシュ! ですからルークを連れて下がって……」

 

「俺もルークもテメェのガキじゃねえんだ! テメェに一から十まで指図を受けなきゃいけないような人間じゃねえんだよ!」

 

 モースの抗議の声は、それを上回るアッシュの怒声で掻き消される。

 

――響け、ローレライの声よ。我が預言を覆す者を守りたまえ

 

 三人の頭にその声が響くと共に、超振動による光が辺りに満ちた。

 

 


 

 

 ジェイド達が見守る前で、モース達三人は収束する第七音素(セブンスフォニム)に包まれ、直視出来なくなる。そしてそれと同時に始まった周囲の異変に目敏く気付いたのはティアだった。

 

「っ、大佐!」

 

「いけません、フェレス島の音素乖離が始まっています! ディスト、倒れている人を連れてアルビオールへ!」

 

「ええい! 人遣いの荒いのはあなたもモースも変わりませんね!」

 

 モース達がいる光の中心に近いところから、床や壁、天井が構成音素(フォニム)に解け、光の中心に向かって集まっていく。モースとフォミクリー装置の間に発生した疑似超振動によってレプリカフェレス島がその姿を構成していた第七音素(セブンスフォニム)へと解け、ローレライの剣に秘められた力、第七音素(セブンスフォニム)を収束させる力によってモース達へと集まっていく。その規模は徐々に膨らみ、ぼうっとしていてはティアやジェイド達まで巻き込まれてしまうだろう。

 

「ルーク! アッシュ! モース!」

 

「いけませんナタリア! 近づけばあなたも巻き込まれてしまいます!」

 

「ティアもナタリアを連れて行きなさい! 私は導師イオンを!」

 

 悲鳴を上げて光の中心に駆け寄ろうとするナタリアを、イオンとティアが羽交い絞めにして止める。そのままティアがナタリアの手を掴んで走り出し、ジェイドがイオンを担ぎ上げて後に続く。その後ろからは、倒れていたガイとアニス、シンクを回収したディストが追いかけてきた。

 

「ちょっとぉ! 私の負担だけ重すぎやしませんか!」

 

「良いから急ぎなさい! ルークとアッシュが加わったせいか予想以上の出力です! このままでは私達も巻き添えで音素乖離してしまいます!」

 

 ディストが情けなく声を上げるのを叱咤しながら、ジェイドは建物の出口を目指して走る。その後ろからは超振動の光が呑み込んだものを全て音素乖離によって分解しながら追いかけてきている。

 

「と言ってもこのままじゃ追い付かれますよぉ!」

 

「もうすぐ出口です! アルビオールに乗り込んで上空に逃げれば何とか!」

 

 そして目の前に見えた出口から飛び出した一行は、既に離陸体勢に入っていたアルビオール。そこに転がり込むように乗り込むと、息を整える間もなく操縦士であるノエルに離陸するように告げる。ノエルはそれを聞くとすぐさまアルビオールを浮上させた。

 

 アルビオールが上空へと逃れるとほぼ同時、光はフェレス島全体を包むように広がり、溜め込んだ力を解放する。

 

 超振動による障気の中和が始まったのだ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

消えた記憶、残されたものと私

 私は一体どうなったのだろう?

 

 フォミクリー装置と自らを繋ぎ、体内に取り込んだ第七音素(セブンスフォニム)と装置が生み出し始めた私のレプリカとの間で疑似的な超振動現象が発生し始めたところまでは意識がはっきりとしていた。

 ローレライの剣を掲げ、頭に響くローレライの声を無視していたのも。そしてその剣を誰かが横から掴んできた。

 

「っ!? ルーク、アッシュ!」

 

 瞬間、記憶が呼び起こされ、私は微睡みの中にあった意識が急速に醒めていくのを感じた。そして無意識に身体を起こそうとし、全身に走る痛みに私がまだ生きてこの世にいることを認識したのだった。

 

「ぐっ、あ……。何故、私はまだ生きて……?」

 

 横たわったまま周囲を見渡せば、目に入るのはあまりにも物が少ない簡素な部屋。ダアトのローレライ教団本部内にある私室だった。そしてそこで私の視界が半分塞がれていることにも気付く。右目はどうやら包帯に覆われてしまっているようだ。

 ということは私はあの後、フェレス島からどうにかして連れ出されたのだろうか。だとしても、私が生きているのはおかしな話だ。あの時、私は疑似超振動を起こして音素乖離を起こしたはず。考えられるとすれば、アッシュやルークが私と共に超振動を発動し、その負荷を軽減したというもの。主体はあくまで私なのだから、ルークの容態は幾分かマシであるだろう。

 

 と、そこまで考えたときに私は思わず痛みを忘れてしまうほどの衝撃に襲われた。マシ? マシとは一体何だ? ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「思い、出せない……?」

 

 私が音素乖離を覚悟してまで疑似超振動を発したのは、それによって防ぐことが出来る何かがあったはずだ。私はそれを目的としていたはずなのに、今はその内容がすっかり頭から抜け落ちてしまっている。それは私のあらゆる行動の原理となっていたはずだ。私の人格の基礎を成す何かであったはずだ。それを失ってしまった。

 私は急に自分の身体から芯が抜け落ちたような心地となり、フワフワと頼りなく身体が宙に漂っていってしまいそうな感覚を覚えた。

 

「……何故、私はここまで自らの身を呈してルーク達を救おうとした? 私の原点は一体何だった?」

 

 何とか思い出そうとしても、私の脳裏には何の情景も浮かばない。この胸に遺されたのは、莫大な罪悪感と自罰的な思考、そして使命感だった。何に代えても子ども達を守らねばならないという使命感だけが、私の痛む身体を起き上がらせようとする。

 いくら集中しても湧き上がるのは吐き気を催すほどの自己嫌悪と自己否定。これまで私がしてきたことは覚えている。だというのに、その動機がすっぽりと消え去ってしまっているのだ。そのことに言葉にならない焦燥だけが募っていく。導師イオンと話をしたはずだ。ジェイドや、ディスト、ルーク達にも私が抱えていた何かを話した記憶は残っている。なのに、何故その内容を思い出すことが出来ない? 肝心な部分になると記憶に靄がかかり、それ以上鮮明に思い出すことが出来なくなってしまう。

 

「私の身に、何が起こったというのですか……」

 

 両腕を目の前まで持ち上げてみれば、指先まで巻かれた包帯が私の容態を如実に物語ってくれている。私の身体は生きているとはいえ、素養を持たないまま行使した第七音素(セブンスフォニム)と疑似超振動によって甚大なダメージを負ってしまったようだ。

 

「どうしたものか……」

 

 諦めて腕を降ろし、目を閉じる。この胸中に渦巻く得体のしれない自己嫌悪が何なのか、私が私を価値無しと断ずるのは何故なのか。

 

「モース……?」

 

 そのとき、私の耳に届いた小さな声に私は目を開いた。視線を巡らせてみると、いつの間に扉を開けたのか、導師イオンが部屋の入り口に立っていた。両手にたらいを抱えているところを見るに、私の看病をしに来てくれたのだろうか。目を見開いたまま枕元まで歩いてくるとサイドテーブルに持っていた物を置くと、両手で私の顔を左右から挟み込んで目を覗き込んできた。翠色が視界一杯に広がり、思わず身体を引きそうになるが、私は寝転がっていること、そして想定以上の導師イオンの力に私は身動きが取れない。

 

「あ、あの、導師イオン……?」

 

「モース……、生きて、いるのですね?」

 

 その言葉と共に目の前の翠は見る見るうちに潤み、堪え切れなかった雫が幾筋もの流れとなって頬を伝っていく。

 

「本当に、良かった……。あなたがこのまま死んでしまったらどうしようかと」

 

「導師イオン……。泣かないでください。あなたに泣かれてしまうと、私はどうすれば良いか分からなくなってしまうのです」

 

 そう言いながら包帯に覆われた手で彼の頬を流れる涙を拭う。拭えども拭えども、後から溢れてくる涙は止まる気配を見せることが無い。

 

「……一体、誰のせいでここまで泣いていると思っているのですか」

 

「私のせい、なのでしょうね。本当ならば、あなた達が来る前に全てを終わらせてしまうつもりでした」

 

 私がそう言うと、導師イオンは表情を一層悲痛に歪ませて頬を撫でる私の手を握りしめた。

 

「そんなこと許しません。例えあなたがあなた自身を許さないとしても、僕達にはあなたが必要なんです」

 

「……あなた達はもう立派に歩んでいけますよ」

 

「だとしても、あなたがいなければ傷付くのに変わりは無いんです」

 

 私は今までどうして彼らの言葉を正面から受け止めてこなかったのだろうか。今はもう失ってしまった何かがそれを許さなかったのだろうか。今ならば身に染みて理解出来る。ルーク達があそこまで必死になってくれた意味も、それを受け止めようとしなかった私の愚かさを。私が身を呈することでこの子達が傷つくことを分かっていながら、私は止まろうとしなかった、止まれなかった。どこか他人事のように見ていたのだ。私は私自身を第三者的にしか捉えられていなかった。だからこの子達の気持ちを知りながらこの身を粗末に扱えた。

 

「そうですね……。私は愚かでした」

 

「モース……?」

 

「あなた達に慕われていると知りながら、私はあなた達を傷つけてしまう選択肢しか採れなかった。許してくれ、とは言いません。今思い返しても、それが私にとって最善の道であったことに変わりは無いのですから。それでも、傷つけてしまったことは、謝らせてください。すみませんでした」

 

 その時の導師イオンの顔を何と形容すべきだろう。驚きに目を瞠って、それでいてどこか怒ったような、だけども嬉しそうな顔で私を睨みつけていた。私はそれに苦笑を返すことしか出来ない。

 

「呆れた男でしょう? こういう愚か者なのですよ。死にかけて、ようやく自らの存在を強く感じるような鈍感な男なのです」

 

「もう……。本当に呆れた人です、あなたは。でも、そういうところがあなたらしいと僕は思いますよ」

 

 私はもう軽々しく我が身を犠牲にすることは出来ないだろう。私はもう死への恐怖を知ってしまった。自分の身を投げ出してしまうことで、自分以上に傷つく人が沢山いることを実感してしまった。かつての私がしていたように、壁一枚隔てた感覚で自分を見つめることはもう私には出来なくなってしまった。

 だけどそれで良いのだと思う。私は聖人になどなれない。どこからか湧き上がる自己嫌悪と罪悪感に苛まれ、私自身を殺めてしまいたいと思いながら、それでも私の近くにいるこの子達を第一に考えてしまう愚か者なのだから。そうなってしまったのだから。

 

 私は、殉ずる者(モース)にはなれなかった。ただのモースだ。

 

 


 

 

「記憶を失った? それは結構なことですね」

 

 私の事情を聞いたディストの第一声はそれだった。

 

「いえ、私としてはモヤモヤしたものが残るのであなたから私が失ってしまった記憶について教えて欲しいのですが」

 

「あんなもの聞かない方が良いんですよ。折角忘れられたんだから、そのままにしておきなさいな」

 

 私の言葉を手をヒラヒラと振ってすげなく却下するディスト。これは取り付く島もない、というやつだろうか。

 

「それよりも、今はあなたの身体のことですよ。あなた、ちゃんと自覚してます?」

 

 私がどうにか思い出せないものかとうんうんと唸っていると、私の眼前に人差し指を突き付けてディストが真剣な顔で問うてきた。とはいえ、私は自分が傷だらけなのだろうということしか分かっていないのだから首を左右に振るしか出来ない。

 

「なるほど、まあ包帯で覆っているんだから分かるはずもありませんか。今解きますからちょっと待ちなさい」

 

 ディストはそう言うと私の頭に巻かれた包帯をクルクルと解いていく。

 

「私はあなたの右目に第七音素(セブンスフォニム)を取り込む譜陣を刻みました。この眼帯の下にあるやつですがね」

 

 包帯を解き終わってもその下に眼帯が隠れていたらしい。黒い革で出来た眼帯をディストがコツコツと叩く。

 

「今から包帯を外します。鏡を渡すから自分で確認なさい」

 

 手鏡を渡された私は、それを顔の前で構える。それを見たディストが私の後頭部で結ばれた紐を解いて眼帯を取り外してくれる。ディストに脅かされた私は、ごくりと生唾を呑み込みながら、ゆっくりと瞼を開く。

 

「っ!? ……これは」

 

「本来ならば素養が無いあなたは譜眼で取り込んだ第七音素(セブンスフォニム)によって精神汚染が始まり、そして最終的に疑似超振動が起こって肉体の音素乖離に至る、はずだったのですがね」

 

 鏡に映っていた私の右目は、何も処置をしていない左目とは全く異なる様相を呈していた。まず目を引くのは真っ赤に染まっていること。ジェイドも譜眼を起動しているときは両眼が赤く染まっているが、私のそれは彼とは一線を画していた。ジェイドの譜眼が瞳を赤く染めているだけに対し、私は右目全体が赤くなっていた。そしてそれ以上に印象的なのは、

 

「ローレライの宝珠……?」

 

「に、限りなく近い何かでしょうね。宝珠はルークがちゃんと持っていますから」

 

 右目の中心には音叉の二又に分かれた部分を逆さまに配置したような紋様が入っていることだ。それはルークが持っているローレライの宝珠と同じ意匠であり、右目全体が赤く染まっていることも相まって小さなローレライの宝珠と言っても良い状態になっていた。

 

「私の身体に何が起こったというのですか……」

 

「私にも良く分かりませんよ。言えることはあなたの右目が第七音素(セブンスフォニム)で構成されていて、私の封印機構も意味が無く第七音素(セブンスフォニム)をあなたの身体に供給し続けていること。だというのにあなたは精神汚染も、肉体崩壊も起こす気配が無いということだけです。研究者泣かせにもほどがありますねぇ、あなたのやることは」

 

 ディストがお手上げだと言わんばかりに肩を竦めているが、私にも何が何やら理解が出来ない状態だ。とはいえ、ディストが分からないと言っている以上私に理解出来ることなど何もないだろう。だとすれば今はこの状態でも私に悪影響が無いというディストの言葉を信じるくらいしかやることが無い。

 

「分からないのは不気味ですが、あなたが大丈夫というのならば安心ですね」

 

「おっと、えらく信用されたものですね、私も」

 

「人を見る目はこれでも養われてきたつもりですから。面白い研究材料をあなたが易々と手放したりはしないでしょう?」

 

「自分の身体をそう言ってしまうのは悪人だと自虐していたときの癖ですか? まあ、間違っちゃいませんがね」

 

 そう言うと私とディストは互いにくつくつと静かな笑いを零したのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

偽りの大地と私

 あれから何日かの検査を挟み、特に大きな不調が無いことをディストに確認してもらった私は、ルーク達に半ば閉じ込められるようにダアトに押し込まれ、大詠師としての仕事をするように言いつけられてしまっていた。そして彼らの監視の下に仕事を行い、リグレット達の捜索を一通り終えたアッシュが来るのと入れ替わるようにルーク達が旅立って数日後のこと。

 

――預言(スコア)を蔑ろにする愚民共よ! 今こそひれ伏すが良い、この栄光の大地に!

 

 その宣言が為されたのは私が大量のレプリカを受け入れたことで混乱する教団の建て直しに奔走していた時だった。

 

「この声は、オーレルですか」

 

 どのような仕組みなのか、室内にいても響き渡って来る。恐らく全世界の人間が聞いていることだろう。証拠に執務室で一緒に仕事をしていたハイマン君もキョロキョロと辺りを見回している。そしてオーレルの声に遅れて地鳴りと地揺れが襲い掛かってくる。

 

「これは、一体何が……!?」

 

「モース様! 外を見てください!」

 

 焦ったような声でハイマン君が窓を指差すものだから、そちらへと目を向ける。そして目に飛び込んできた光景に私は思わず口が開いてしまった。

 

「何ですか、あれは……?」

 

 そこにあったのは洋上に浮かぶ影。相当な距離があるというのにその形がハッキリと分かるくらいであるということは、相当な大きさだ。それがどういった仕組みか空に浮かび上がっている。それも水を滝のように溢れさせながら。まさか海中にあんなものが沈んでいたのだろうか。

 

――見よ! これこそが世界を正しくユリアの預言(スコア)通りに導くための新たな大地、エルドラントである!

 

 威厳たっぷりに響くオーレルの声に、あそこに奴がいるのだと分かる。フェレス島から逃げたとルーク達から聞いたが、あのような所に隠れていたらしい。だがこうして姿を見せたということは。

 

「宣戦布告……」

 

 釣鐘を逆さにしたような本体。上下に白い柱状のものがその本体を覆っている。柱は最上部で外側に向かって開き、さながら羽根が生えた逆さ釣鐘といった様相だ。全体として白を基調とした外観のためか、遠目にも目立つ。

 

――預言(スコア)を信ずる正しき者達よ、このエルドラントに集え! 真なるローレライ教団、すなわち真正ローレライ教団は正しき者達を受け入れ、共に繁栄を享受することを許そう。そして預言(スコア)を蔑ろにする者達に裁きを下す!

 

 その言葉を最後にオーレルの声は止んだ。私は振り返ったハイマン君と視線を合わせる。

 

「モース様、これは」

 

「今すぐキムラスカとマルクトに書簡を。一刻も早く対応せねばならないでしょう。これは宣戦布告です。あんなものを持ち出してこんな宣言をするということは向こうはあれだけで我々全員を圧倒できると確信している。どんな秘密があるのか分かりませんが、軽率に手を出すことは避けなくては」

 

「承知しました。すぐに書面の準備をいたします。会合の場所は如何なさいますか? 物流にも影響することを考えるとケセドニアのアスター様も加えるべきかと思いますが」

 

「そうですね、でしたらケセドニア……いえ、ユリアシティにしましょう。今回の会合はローレライ教団が頭になっているということを内外に示しておいた方が良い。オーレルの言う真正ローレライ教団とやらを我々が認めていないことを見せつけておかなくては。両陛下とアスター殿はルーク達かアッシュにお連れしてもらうのが良いでしょう」

 

「ではそのように。アッシュ特務師団長にもお伝えしておきます」

 

 そこまで言ってからハイマン君がずずい、と私の前に詰め寄ってきて、私の肩に両手を置いた。その顔があまりにも真剣かつ醸し出す雰囲気が恐ろしく、私の背筋にドッと冷や汗が浮かぶ。

 

「く・れ・ぐ・れ・も! お一人でどこかに行ったりしないよう、良いですね?」

 

 とうとう私は副官であるハイマン君からも欠片も信用されなくなってしまったのだ。私がダアトに戻ってからの彼の動揺っぷりは流石に予想外だった。フェレス島に赴く前に、私の執務室に彼宛ての手紙を残しておいたのだが、何と彼はその手紙を胸に抱えたままずっと私の執務室で崩れ落ちていたのだ。帰ってきて薄暗い執務室の中に虚ろな目で手紙を何度も読み返している男がいたときに感じた恐怖はヴァンを前にしたときに匹敵するかもしれない。そしてそれ以降、彼は仕事中は私から離れることは無くなり、離れるときは必ず誰か見張りをつけ、更に執務室の扉に鍵を掛けて内外を遮断する徹底ぶりを発揮し始めた。私は何故子どものように扱われているのだろう。

 

「は、はい……」

 

「まあ外から鍵を掛けておきますし、そろそろカンタビレ主席総長もいらっしゃいますから見張りをお願いしますが」

 

「私はそこまで信用ならないのですね……」

 

「ご自分の所業をよく振り返られた方がよろしいかと。特に真正ローレライ教団などとふざけたことを抜かす輩が出たのです。教団の柱であるモース様が今いなくなってしまえばダアトの結束も危うくなります。ただでさえレプリカの受け入れで混乱しているのに」

 

 私をグイグイと押して椅子に座らせると、くれぐれも勝手に動かないようにと念押しするように言い含めて執務室を後にした。自業自得であるし、ハイマン君の言うことに何一つ反論出来ることも無かったため、私は諦めて椅子に身体を沈めると、未だに残っている書類を片付けようと手を伸ばした。

 

 それからしばらくして、いつもの黒い細剣を携えたカンタビレが鍵のかかった扉を開いて部屋へと入って来る。

 

「やあモース。さっきの宣言はちゃんと聞いてたようだね」

 

 部屋に入ったカンタビレは勝手知ったるとばかりに戸棚を漁り、ティーセットと茶菓子を取り出すとテキパキとお茶の準備を進める。私はそれを横目に目を通していた書類にサインをすると決裁済みの束へと積んだ。

 

「ええ、聞いていましたよ。ハイマン君から話は聞いているのでしょう?」

 

「まあね、それで次はどんな無茶をするつもりだい?」

 

「無茶をするのは確定しているのですか……」

 

「しないのかい?」

 

「……いえ、否定は出来ませんね」

 

 カンタビレに聞き返されて私は何も反論できず肩を落とす。今私が考えていることを話してしまえばハイマン君ならカンカンに怒り狂って止めるだろう。

 

「レプリカ達の受け入れによる混乱はもうすぐ収束します、収束させてみせます。後はキムラスカとマルクト、ケセドニアとの協力体制を構築し、あの空に浮かぶ要塞をどうにかするだけです」

 

「まさかルーク達について行くだなんて話かい?」

 

「そのまさかですよ」

 

 眉をひそめたカンタビレの問いを私はあっさりと肯定した。カンタビレはそんな私に対して驚くほど長い時間ため息を吐くと、ジトっとした目でこちらを睨みつけてくる。

 

「そんなことをあのハイマンや導師イオンが許すとでも思うのかい?」

 

「許さないでしょう。ですが、私にはまだ何か役目があるのではないか、そう思えてならないのです」

 

 私はそう言いながら右目を覆う眼帯に手を触れる。ディストとジェイドがどう手を尽くしても私の右目が元に戻ることは無かった。視界がおかしくなったわけでもなく、むしろ身体から力が湧き出てくるほどだったので私としてはどうにかしようという気は無かった。とはいえ、見た目に奇妙であることには変わりないため、こうしてディストお手製の眼帯によって普段は隠している。

 

「この目はローレライの声と共にもたらされたと思っています。確実に死ぬといわれた疑似超振動を起こしても私は死なず、ルークもアッシュも身体に何の問題も無かった。変わったのは私のこの目だけ。あれ以来時折聞こえていたローレライの声は聞こえなくなりました。彼が最後に私に授けたコレの役割は、このままダアトに座したままで果たせるものでは無いと思っているのです」

 

「……ま、どうしても動かなくちゃならないってならちゃんと説得することだね。騙し討ちみたいにするのは無しだよ」

 

「止めないのですか?」

 

「一人くらいはあんたの後押しをしても良いだろうさ。それに、もう自分から死にに行くような真似はしないんだろう?」

 

「そうですね。私はもう我が身を投げ出すことが出来なくなってしまいましたよ」

 

「その方がよっぽど健全さ。さて、モースの見張りっていう口実も出来たことだし、私はちょいとサボらせてもらうよ」

 

「カンタビレ……、一応大詠師である私の前で堂々とサボり宣言は止めていただけませんか?」

 

 結局、カンタビレに押し切られて私も仕事を中断することになるのだった。

 

 


 

 

「あの空に浮かぶ面妖な要塞。真正ローレライ教団とやらはあすこを本拠地としていると?」

 

「ええ、アスター殿。まず間違いないでしょう」

 

「といっても空に浮かばれてるんじゃな、こっちからじゃ手の出しようもない」

 

「海上に艦隊を並べて上空に向けて撃つくらいか」

 

 ケセドニアに集まったのは砂漠の主アスター、マルクト皇帝ピオニー、キムラスカ王インゴベルト、そしてユリアシティ市長のテオドーロとローレライ教団大詠師である私の5人。アスターの屋敷に備えられた豪勢な会議室内で行われているこの会談は、まさに世界を動かす会議といって過言では無いだろう。もちろんこの会議に参加しているのはこの5人だけではない。

 

「手を出せるとすればアルビオールを有するルーク達とアッシュだけになりますね」

 

「そう思ってあの要塞、エルドラントに向かいましたが音素(フォニム)の嵐で守られていまして近づけそうもありませんでした」

 

 私の言葉に続けてジェイドが情報を補足してくれる。やはり易々と乗り込ませてくれるものでは無いらしい。でなくてはあのような目立つものを浮かべたりはしない。

 

「プラネットストームの力を転用しているんでしょう。あれをどうにかするにはそもそもの供給を絶つ必要があります」

 

「供給を絶つっていうと、プラネットストームを停止させるってことか。そうなると今までの譜業技術が基盤から崩壊しちまうな」

 

 ジェイドの言葉にピオニー陛下が顎に手をやって考え込む。同じことをインゴベルト陛下も思ったようで、難しい顔をして押し黙っていた。彼らの懸念は正しい。ジェイドの言う通りにプラネットストームを制止させてしまえば、我々は無尽蔵の第七音素(セブンスフォニム)を失ってしまう。創生暦時代の技術が失われてから、今日の譜業技術はプラネットストームによる無尽蔵のエネルギー供給をベースとして発展してきた。プラネットストームの停止はエルドラントの防御機構の喪失と引き換えに私達の文明基盤の喪失をもたらす。

 

「ですが迷っている時間はありません。それに、プラネットストームはいずれ停止しなくては地核の振動によって障気が再び発生してしまいます」

 

 導師イオンがそう言って決断を促すが、両陛下の表情は重たい。もちろんオーレル、ひいてはヴァンの計画を阻止することは重要だ。だがそれ以上に、自国民の生活を守ることも考えなければならないのだ。

 

「導師イオン、そうは言っても我らには自国民を守る義務がある。そう易々と決断は出来ぬ」

 

「ですが伯父上、このまま放っておいたら!」

 

「ルーク、抑えなさい」

 

 インゴベルト陛下の言葉にルークが思わず席を立つが、ジェイドの鋭い声に制される。誰もが口を閉ざし、会議室内に沈黙が横たわる。私はそれを見計らって口を開いた。

 

「今までは出来るだけ何も知らない民衆に影響が出ないように、今までと変わらない毎日が送れるようにとしてきました。ですが今回は我々の努力だけではどうにも出来ないことです。両陛下の腰が重くなるのも当然でしょう」

 

「ですがモース、それで相手に時間を与えるのは……」

 

「ええ、その通りです導師イオン」

 

 ですので、と言葉を続ける。

 

「ここからはルーク達は席を外していただけませんか?」

 

「え?」

 

 私の言葉にきょとんとした顔を向けるルークに私は微笑みかける。

 

「ズルい大人達の話し合いの時間ですから」

 

 場所を整え。情報はルーク達がもたらしてくれた。ならばここからは大人が頑張らねばならないだろう。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

新たな秩序と私

「それで、わざわざルーク達を、ジェイドまで追い出してやりたい話ってのはなんだ? 別に俺としてはルーク達に全面協力することに否やは無いんだが」

 

 ルーク達が部屋を後にしたのを確認してから、ピオニー陛下はそう切り出した。彼の明け透けな物言いは生来の気質もあるのだろうが、それを利用した強かなところがあるのも否定できない。事実、彼の眼は朗らかな口調とは裏腹にひどく醒めていた。

 

「私が口出しするまでもなかったものと思いますが、ここらで口を挟んでおかないと後々肩身が狭い思いをしそうですからね」

 

「イヒヒ、お気遣い感謝いたしますよ、モース殿」

 

 私に続いて、今まで沈黙を保っていたアスターが口を開く。ルーク達の説明を聞いている間も、彼は相槌こそ打っていたものの何も意見を述べることはしなかった。ピオニー陛下やインゴベルト陛下のように質問をすることも無かった。ただ話が進むのに任せるばかりで、いつもの彼らしからぬ様子だったのだ。そしてルーク達の提案にピオニー陛下達が少し考えて沈黙したとき、私にチラリと視線を送ってきた。つまり、そういうことなのだろう。ここで口を挟んでおけと。このまま素直に話を終わらせるべきでは無く、そしてそれを言い出せるのは、言い出すべきであるのは私であると。

 

「キムラスカやマルクトはルーク達に協力するのを渋る理由など無いでしょう。彼らの貢献に報いる対価も出せるはずです。しかし、ダアトとケセドニアは別です」

 

 ただの一都市でしかないダアトとケセドニアにはキムラスカやマルクトと張り合えるような戦力の供出も出来なければ、物資の大々的な支援も難しい。更に言えば、ルーク達がヴァンの計画を阻止した後の世界とはすなわち預言(スコア)から解放された世界だ。そこではローレライ教団総本山というダアトの権威も衰退は避けられない。だから今、ここで流れるままに話を終わらせてしまってはいけなかった。

 

「それを懸念していたからこそ、陛下達も返答を躊躇ったのではありませんか?」

 

「……ま、そんなところだな」

 

「流石はモース殿ですな」

 

 私の説明に満足したかのようにピオニー陛下もアスターも頷いた。ピオニー陛下はともかくアスターまでこう言うということは……。この可能性も予想はしていたが、私は試されていたと言うことなのだろう。アスターを気遣ったつもりが、むしろアスターは私を気遣ってくれていた側ということらしい。

 

「意地が悪いですね。仲間外れは私だけということですか?」

 

「そう言ってくれるなモース。ダアトは今まで多かれ少なかれローレライ教団の、預言(スコア)の権威に依って立つ面もあった。それでは戦後を見据えたときに各勢力のバランスが取れない懸念があったのだ」

 

 インゴベルト陛下が弁明するも、私はそれにジト目を返す。力不足だったかもしれないが、ダアトは教団の権威だけでは無いことを示すために外交的に努力を重ねてきたつもりだったのだが。私の不満が伝わったのか、宥めるようにアスターが私の傍にやってきて肩に手を置いた。

 

「試すような真似をしたことは謝罪いたします。ですが必要なこととご承知いただきたいのです。ダアトもケセドニアも所詮は自治区。力では二大国に及びません。物流の要としての役割を担ってきたケセドニアと比較し、キムラスカとマルクトの不和によって役割を持ってきたこれまでのダアトはどうしても存在感が薄れる恐れがありました。その懸念は払拭できそうで何よりですが」

 

「……お眼鏡に適ったのなら何よりです」

 

 私があのとき話が進むままに任せていたならばダアトは今後の世界の中でキムラスカやマルクトと対等に外交を続けていくに値しない。ピオニー陛下の言に従うばかりになるため、二大国とダアトの間に明確な上下関係が生まれてしまう。アスターの合図を受けて多少なりとも口を挟めたなら、今後のダアトの価値が落ちることを予測し、先んじて手を打ったと判断され、交渉のテーブルにつくことが出来るようになる。この会談のきっかけとなったのはあくまで私だが、それはすなわちダアトが両国と今後も対等な関係を築けていくことを意味しない。むしろこれが最後にダアトが軽んじられる未来もありえた。

 世界を二分する大国の指導者や、それらと対等に商談を繰り広げようとする砂漠の主からすれば、私もまだまだ頼りない未熟者に映ったということなのだろう。

 

「いずれにせよ、これでルーク達に協力する懸念は無くなったと見てよろしいですね?」

 

「おう、こっからはどこが何をどれだけ負担するか」

 

「つまりは商談ですな」

 

 ピオニー陛下とアスターはそう言ってニヤリと笑った。インゴベルト陛下も何を言うでもなかったが目を伏せて笑みを浮かべている。

 ここまで試されてからようやくこの三人との交渉が始まるのかと思うとため息をつきたくなるばかりだったが、何とかそれを飲み下すと、笑みを顔に張り付けた。

 

「時間も少ないことですが、実りあるお話が出来るように努めましょう」

 

 


 

 

 結論から言えば、エルドラントに突入するルーク達への援護として戦力を供出するのはキムラスカとマルクトの二国であることは変わりない。だが、それだけではケセドニアとダアトは何も貢献できないことになる。

 

「ケセドニアは此度の作戦にかかる戦費の4割を負担いただく。残りは我がキムラスカ、マルクト、ダアトにて2割ずつ。ダアトからは戦力として六神将であるシンク謡士、アリエッタ響手を供出。アリエッタ響手の擁する鳥型魔物を用いてルーク達に続いてエルドラントに突入する援護隊を担っていただく」

 

 ケセドニアが負担するのは金。既に1万人のレプリカを受け入れているダアトは戦費を負担することは厳しい。更に言えば軍事力で言えばキムラスカとマルクトには及ばない。だが二国に出来ず、ダアトに出来ることもまたある。そのうちの一つが飛行できる魔物を用いたエルドラントへの突入だ。これでアルビオールで先行して突入するルーク達に追加戦力を届けることが出来る。とはいえ、それでも魔物の数に限りがある以上、誰でもとはいかない。そのため神託の盾騎士団の最高戦力であるシンクとアリエッタを持ち出す。エルドラント内にはオーレル達が作成したレプリカ兵達が待ち受けていることだろう。だがシンク達ならそれを切り抜けることも出来るだろう。二人を政治の道具にしてしまっていることに罪悪感は当然あるが、これでも両陛下とアスターには手心を加えてもらったのだと分かる。

 話がひと段落し、使用人が注いでくれたグラスの水を飲み干す。短時間の交渉だったが、それでも普段以上に体力を使った。私はこれまで知らず知らずのうちに預言(スコア)の権威を頼りにしていたらしい。

 

「さて、他にも戦後のあれこれを話しておきたいが、あまり時間も無い。だが話しておかなくちゃならない案件はもう一つある」

 

 私が人心地ついたのを見計らい、ピオニー陛下が再び口を開く。私も疲労はしているが、彼の話したい内容が予想出来る故にここで会談を終わりにしてしまってはいけないと理解出来る。

 

「セフィロトの扱い、ですね」

 

 このオールドラントには記憶粒子(セルパーティクル)が溜まりやすい星のツボ、とでも呼ぶべき場所が10箇所存在する。かの創生暦の天才が星のツボ(セフィロト)を利用してプラネットストームを発生させ、無尽蔵のエネルギーを生み出せるようにした。そしてそのことによって各地のセフィロトを巡って大戦争が勃発した。これは障気が発生し、ユリア・ジュエが現れるまで終わることが無かった泥沼の戦争だ。プラネットストームを停止させるとはいえ、セフィロトに記憶粒子(セルパーティクル)が溜まりやすいことは変わりない事実。無尽蔵のエネルギーが限りある資源に変わったとき、セフィロトの領有はすなわち国力を示す。

 

「アクゼリュスのセフィロトは最早使えない。そうするとラジエイトゲートとアブソーブゲート、ダアトがあるパダミヤ大陸のザレッホ火山を除けばキムラスカとマルクトで各々3つのセフィロトを領有することになる。アブソーブゲートとラジエイトゲートは完全中立地帯とした場合、世界はある意味拮抗した形になるわけだ」

 

 だが、とピオニー陛下が言葉を続けた。

 

「一自治区であるダアトが一つのセフィロトを独占することに懸念があるのも確かだ」

 

「ダアトはキムラスカやマルクトと違って譜業や譜術による音素(フォニム)の消費規模が少ない。であればザレッホ火山のセフィロトは三国の共通管理とする案も考えられる」

 

「ケセドニアも管理に噛ませてもらえるという認識でよろしいので?」

 

 ピオニー陛下に続いてインゴベルト陛下もアスターも各々の主張を展開する。要はダアト一都市の国力をケセドニアと同等以下にまでしておきたい。セフィロトの共同管理という形でダアトに首輪を着けたいという魂胆だ。だが、それを単純に認める訳にはいかない。

 

「これまでダアトは預言(スコア)に関して中立の立場を貫いてきました。戦後はそれがセフィロトに変わるだけ。両極のセフィロト以外の資源地にダアト以外の干渉を可能な限り避けることが余計な戦火を生まない策かと」

 

「ダアトがそれを外交のカードとしたとき、キムラスカとマルクトの天秤が傾くのは変わりあるまい? キムラスカとしては承服しかねるな」

 

「マルクトも同意だ。そもそもダアトこそローレライ教団が預言(スコア)を政治利用してきた結果だ。共同管理が最も手堅い」

 

「キムラスカとマルクトがダアト領内に管理の為と称して軍を派遣する大義名分を与えてはそれこそ新たなセフィロト戦争が勃発するのでは? そしてそのとき戦火に見舞われるのはキムラスカでもマルクトでもなくダアトです」

 

 10あるセフィロトのうちキムラスカとマルクトが3つずつ。アブソーブゲートとラジエイトゲートのどちらかでも一国が独占すればそれ以外の勢力が全て敵に回る。そうなるとダアトが所有するザレッホ火山のセフィロトが大きな意味を持つ。キムラスカとマルクトの溝は確実に埋まってきている。しかしどちらも自国の繁栄を第一に考えるのは変わらないのだから、どうにかしてザレッホ火山のセフィロトを利用出来るようにしておきたいと思うのは当然の話だ。そして私はそれを易々と許してはいけない。預言(スコア)を失ったローレライ教団にとって、ザレッホ火山のセフィロトは重要な戦略物資となり得るのだから。

 

「ダアトだけの管理で不安だと仰るのならばケセドニアにも噛んでいただきましょう。キムラスカとマルクトの介入があった場合、ケセドニアが中立の立場として事態の収拾に努めるというのは?」

 

「でしたらザレッホ火山のセフィロト利用をケセドニアに許可頂けるということですな? イヒヒ、私としては望むところですとも」

 

「おいおい、ケセドニアは自治区だがキムラスカ領内にあるんだぞ。マルクトにとって余りにも不利な内容だ」

 

 私の提案にピオニー陛下が話にならないと鼻を鳴らす。

 

「両国の一方だけに肩入れすることは却ってケセドニアの首を絞めてしまうだけだと理解しておりますとも」

 

 エネルギーに大きな制限がかかる今後の世界においては、これまでの物流は間違いなく維持出来ない。砂漠に面しており、交易で成り立つケセドニアこそキムラスカとマルクトが友好的であってい続けてくれなくては困窮してしまう。

 

「ケセドニアは両国が適度に仲良くいがみ合ってくれないと立ち行きませんからな、イッヒヒヒ」

 

 アスターもそのことは重々承知しているため、楽しそうにピオニー陛下へと笑いかけた。それを受けてピオニー陛下も諦めたように笑った。彼とてここでこれ以上話を長引かせるのを望んでいるわけでは無い。そもそもインゴベルト陛下とピオニー陛下、そしてアスターの治世が続く中でセフィロトの所有を巡った戦争が起こる可能性は低いだろう。

 

「ま、これ以上は戦後に持ち越しだな。俺達の子孫が馬鹿なことをやらかさないことを祈るだけだ」

 

「少なくとも子の世代は安心だろう。ナタリアならば正しく導いてくれると儂は信じているからな」

 

 つまりこの場の懸念は今両陛下が言ったことに尽きる。そして暫定措置は決まった。

 

「それじゃあ戦後すぐに互いに銃口を突き付け合わないようにお目付け役を頼むぞ、アスター」

 

「重大な役割を任されましたな。ええ、承りましたとも」

 

 こうしてルーク達にあまり聞かせたくない類の話は無事に終わった。私の体力を根こそぎ奪っていったのと引き換えではあるが、少なくともヴァンを打倒してすぐに創生暦時代のような戦争が勃発という事態になることも、ローレライ教団が迫害されてしまうことも無いだろう。

 

「出来れば次からは抜き打ち試験のような真似は止めて頂きたいものですね」

 

「ハッハッハ、根に持つなよモース。これからも仲良く頼むぜ?」

 

「キムラスカとマルクトの共栄にはダアトが強く立ち続けてもらわねばならんからな。これもそなたの負うべき役目よ」

 

 この戦いが終われば大詠師を辞して隠居でもしようと考えていた私の未来予想図が音を立てて崩れ去った瞬間であった。





申し訳ございませんが来週は投稿出来ない予定です。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

残されるものと私

 この場にいるのは世界を二分する大国の主とそれらと口先で対等に渡り合う傑物だ。私を試す場でなくなり、今後の方針が決まってしまえばそこからは驚くほどスムーズに話が進んだ。

 詳しい内容はキムラスカとマルクトの外交官同士で詰めることになるのだろうが、キムラスカが得手とする譜業、マルクトが長ずる譜術、それぞれが互いの持つ技術を交換し、今後枯渇に向かう第七音素(セブンスフォニム)の問題について協力していくことがこの場で決まる。

 そして大人同士の面倒な話が終わったならば、その結論をルーク達に伝えなければいけない。私達がお茶のお代わりを飲み終えたところで、アスターの使用人に連れられてルーク達が会議室に戻ってきた。

 

「待たせて悪かったな、ルーク」

 

「儂らはオーレルの率いる真正ローレライ教団に対抗し、キムラスカ・マルクト連合軍を以て対峙することに決定した」

 

「本当ですか!」

 

 両陛下から告げられた言葉に、ルークの顔が明るくなる。後ろに控えるティア達もホッとしたような表情を浮かべていた。もちろん彼らとて陛下達が敵対するとまでは思っていなかっただろうが、積極的に協力してくれるということも予想外だったのだろう。

 

「本当だから安心しろ。とはいえ相手は空に浮かんだ要塞だ。俺達じゃ援護はしてやれても乗り込むことは出来ない。突入は空を飛べるお前達任せだ」

 

「だから儂らは連合軍にて海上からお主達の突入を支援する」

 

「ありがとうございます!」

 

「頭を下げることはない。むしろヴァン達と対峙するという一番重要な役割をお前達に任せるんだ。せめてこれくらいはしておかないとな」

 

 腰を折るルークに対して手を振って気にするなと言うピオニー陛下。そもそもピオニー陛下は最初からルーク達に協力する気を隠そうともしていなかった。ペットのブウサギにルークと名付けるくらいにルークのことを気に入っている陛下のことだ。彼の言葉は間違いなく本心からのものだろう。そしてその気持ちはインゴベルト陛下も同じだ。

 

「ルークもそうだが、ナタリア、お主はエルドラントに乗り込むのか? 儂としてはお主にはバチカルに残っておいて欲しいのだが」

 

 と、インゴベルト陛下が王の顔から父親の顔に戻ってナタリアに話しかける。彼の心配は尤もだ。自分の後継者でもある上に、目に入れても痛くない娘が最も危険な最前線に行こうとしていることを良しとする父などいない。

 

「いいえ、お父様。私はキムラスカの王女として、何よりも仲間として、見届ける義務がありますわ」

 

 とはいえ、それで引き下がるような子ではないのが困ったところだ。ナタリアはインゴベルト陛下の眼をしっかと見据えて言い切った。その目に秘められた意志の強さは父であるインゴベルト陛下であるからこそよく理解出来ていることだろう。彼は諦めたようにため息をつくと、椅子に身体を沈めた。

 

「安心して下さい、伯父上。ナタリアは必ず無事に帰しますから」

 

「ルーク、そなたも無事に帰ってくるのだぞ。でなくては儂はクリムゾンに顔向けが出来なくなってしまう」

 

「おっと、確かに旦那様がお怒りになったら怖そうだ。ルーク、こりゃちゃんと生きて帰らないと後が怖いぞ?」

 

 陛下の言葉にガイが軽い口調で乗っかり、場の雰囲気を和ませる。

 

「大丈夫だよ、ガイ。俺も、アッシュも、皆も絶対に生きて戻るさ」

 

 ルークはそう言って私の顔をまっすぐ見つめた。かつてあった世間知らずな子どもの顔はもうそこには無く、決意の籠もった一人の男として、彼は今ここに立っている。彼も、彼の仲間達も、何とか手を尽くして守ろうとしているうちに大人になっていく。

 

「おっと、言い忘れていましたが導師イオンはダアトで待機して頂きますよ?」

 

「モース!? ですが……」

 

「何を言われてもダメです。今までルーク達と同行して頂いていたのはヴァン達の動きが読めなかったから。ですがエルドラントという彼奴らの拠点が明かされた以上、あなたは安全なダアトで守られていただかなくては困ります。たとえ預言(スコア)が無くなろうと、ローレライ教団は導師イオンの下に結束しているのですから」

 

 何か言いたげな導師イオンを制して私は言葉を紡ぐ。彼にとっては辛いことかもしれないが、ここだけは譲れない。彼はこの後の世界でも要となる人物だ。これ以上危険に曝させるわけにはいかなかった。

 それに、彼をダアトに留めておきたいのにはもう一つ理由がある。

 

「心苦しいですが、導師イオンには私がいない間のダアトの取り纏めをお願いしたいのです」

 

「モース? どういうことですか」

 

 私が発した言葉に、にわかに導師イオンの纏う雰囲気が変わる。先ほどまでの柔らかな空気は霧散し、私を鋭い目で睨みつけている。

 

「導師イオンに代わり、私がルーク達に同行します」

 

「ちょ、何を言い出すんだよモース!?」

 

「冗談にしてはあまり面白くないですよ?」

 

 ルークが素っ頓狂な声を上げ、ジェイドも厳しい表情に変わるが、伊達や酔狂でこんなことを言っているわけでは無い。

 

「冗談などではありません。私はルーク達と共にエルドラントに乗り込むつもりです」

 

「いけません!」

 

 導師イオンが常からは考えられない強い口調で言い放つ。そして私につかつかと歩み寄ってきたかと思えば、私の服の裾を力一杯握りしめ、私を見上げた。

 

「何故そうやって自分を危険に曝そうとするのですか! これ以上あなたが戦わなければいけない理由は無いはずです!」

 

「俺も導師イオンに賛成だぞ、モース」

 

 導師イオンの言葉に真っ先に賛同の意を示したのはピオニー陛下だった。先ほどまでの朗らかな表情は鳴りを潜め、今は一人の為政者としての顔で私を見据えていた。

 

「お前は実質的にダアトの王だ。王自らが出陣して兵の士気を上げるってことも考えられなくは無いが、お前はそんなタイプじゃないだろう。たとえお前が戦う力を持っているとしても、お前の立場を考えれば前線に出ることが正しくないのは明白だ」

 

「陛下の言う通りです。しかし、そんなことはあなたも分かっているはずでしょう、モース? それを理解しながらも、どうしても我々に同行しなければならない理由があるのですか?」

 

「私の右目に起こったこの事象ですよ」

 

 ジェイドの問いに答えるため、私は右目を封じていた眼帯を外す。私の右目を初めて見た両陛下が驚きに息を呑んだ。視界がおかしなことになっているわけではないが、私の右目は既に尋常な人のものではなくなってしまっている。ともすれば化け物と言って差し支えない様相だ。私にしがみついている導師イオンも、まだ見慣れていないのか身体を固くしていた。

 

「私はフェレス島でフォミクリー装置との間に起こった疑似超振動に耐えられず、音素乖離を起こして死んでしまうはずでした。しかし、奇妙なことに私の右目を何か別のものに作り変えてしまった以外、私は五体満足で今ここに立っています。これが一体何によってもたらされたものなのか、私には一つだけ心当たりがあるのです」

 

 その心当たりとはローレライだ。疑似超振動を起こしたあの時、ルークとアッシュが私の持つローレライの剣を握った際、私にはローレライの声が殊更にはっきりと聞こえた。彼は言っていたのだ、『我が片割れ』と。それがルークを指すのか、アッシュを指すのかは分からない。もしかすると、私を指して言った言葉なのかもしれない。

 

「いずれにせよ、あのとき私が音素乖離せずに今ここに立っていられるのは、ローレライが何かしら関わっているためと考えています。であるならば、私に課せられた役目があるのかもしれません。そしてその役目は恐らくルークと共にヴァンに対峙することになる何かだと、私は思うのです」

 

 私はそう言って右手を頭上に掲げ、異形となった自身の右目に意識を集中させる。すると私の右目を通して第七音素(セブンスフォニム)が体内に取り込まれ、右手へと集まって淡い光を放った。譜術に造詣の深いジェイドや第七音譜術士(セブンスフォニマー)であるティアとナタリア、ルークは私が今していることを理解したのか、驚きの余り口を開けた。

 

第七音素(セブンスフォニム)の才を持たない私が、この右目を通せば第七音素(セブンスフォニム)を行使することが出来るのです。私はこれが無意味な偶然だとは思いません。ローレライは間違いなく、私に何かをさせたがっている。それが何かは、いくらかの記憶を失ってしまった今の私には分かりませんが。ですがただ後方でじっとしていることが私の役割だとは思えないのです。だからあなた達について行かせて欲しい。私に言えるのはそれだけです」

 

 私が話し終わってしばらくは会議室内に沈黙が満ちる。皆何かを言おうとしては言葉が出ないのか、そのまま口を閉じることを繰り返していた。その沈黙を破ったのは、やはりというべきか、この男だった。

 

「……なるほど、あなたの言うことにも頷けるところはあります」

 

「納得いただけましたか、ジェイド?」

 

「納得まではいきませんが。少なくともあなたの右目に起こった異変にローレライが関わっているとするなら、我々と行動を共にすることでその右目を元に戻す方法が見つかるかもしれませんしね」

 

「ジェイド、だからと言ってモースを連れて行くってのは……」

 

「ここで拒否したところで、モースが単独行動をする可能性を考えれば我々と一緒にいた方が安心ではないですか? それに、彼の戦闘能力は我々にとっても非常に大きな助けになります。フェレス島では総出でかかっても敵わなかったんですから」

 

 ジェイドに反論され、ガイは何も言えなくなって口を閉じる。ルーク達も何か言いたげではあったが、言葉が見つからないのか口をパクパクとさせるだけで言葉を発することはなかった。

 

「導師イオンも、ご納得頂けましたか?」

 

 私はそう言って胸元に顔を埋めている導師イオンに視線を落とす。導師イオンだけに心配を掛けているわけでは無いと理解しているが、特に彼には一際心配を掛けていることは自覚している。服を掴んで震わせている彼の手に自分の右手を重ねた。導師イオンは服から手を離すと、私の手をぎゅっと握る。

 

「……必ず無事で帰ってくると約束してくれますか?」

 

「ええ、私はもう自分を躊躇なく差し出すことは出来なくなってしまいましたからね」

 

「シンクも、他の兄弟達も絶対に怒ります」

 

「そうですね、帰ったら許してもらえるまで謝り続けますよ」

 

「大怪我なんてしたら僕は他の皆よりももっと怒るかもしれません」

 

「それは怖いですね。許してもらえるように怪我無く帰ってきます」

 

「絶対に無事で帰ってきてください。僕はあなたとまだまだこの世界で生きていたいんです」

 

「もちろん。私もあなた達と一緒に生きていたいと思えました。死んでなんてやりませんよ」

 

 何かを、誰かを残して戦いに赴くというのはその当人よりも残された人々を苦しめる。私は周りの人を苦しめてばかりだ。だがそれもこれで終わる。これで終わらせるために、私はルーク達と共に戦うのだから。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

●三人の強敵と私

 ケセドニアでの会談を終えた私達は、この場で略式ながら調印式まで済ませることが出来た。両国のトップと導師イオン、そしてアスターの署名が記された原本はケセドニアにてキムラスカ、マルクト両国の厳重な警備の下で管理される。そしてその写しをインゴベルト、ピオニー両陛下と私がそれぞれ所持することになる。両陛下はそれを持ってバチカルとグランコクマに戻り、私もルーク達と共にダアトに一旦帰ることになった。

 

「ルーク達について行くなら僕達だけじゃなくて他にも説得すべき人がいますよね?」

 

 とは導師イオンの言だ。彼の表情こそ笑顔だったが、そこに妙な迫力を伴っていたことから、まだこの子は私がルーク達と共に行くことを心の底では納得していないことがよく分かる。しかし、導師イオンの言う通り、私が説得すべきはルーク達や導師イオンだけではない。もしかしたらそれ以上の難敵がダアトには待っている。

 

「なあモース」

 

 そして空の上、アルビオールの艇内で、私の隣に立つルークが声を掛けてきた。

 

「おや、どうしましたか、ルーク」

 

 声につられ、ルークへと視線を向ける私。彼の表情はどこか気まずそうで、私に声を掛けたものの次の言葉を探しあぐねているように思えた。

 

「その、なんていうか……。言いにくいんだけどさ、大丈夫なのかなって」

 

 暫しの逡巡を挟んで放たれた言葉は要領を得ないもので、私は首を傾げて彼を見つめる。

 

「大丈夫、とはどういう意味です?」

 

「……あー、くそ! ディストから聞いたんだけどよ、モースにはもう、記憶が無いんだろ? 預言(スコア)とは違う、この世界の未来の」

 

 ルークの言葉に、こちらに視線を向けてはいないものの、アニスや導師イオン、ティアの肩がピクリと震えたのが見えた。

 

「そうですね。私はフェレス島で疑似超振動を起こし、この身に起こった異変と引き換えに私の原点とも言うべき記憶を失いました」

 

「その、さ、不安じゃないか? 記憶が無いって」

 

 その言葉で、私はようやくルークが何を気にかけていたのかに思い至った。

 

「そうですね、記憶が無いことの心細さ、辛さをあなたほど知っている人はいません。気を遣わせてしまいましたか?」

 

「いや、別にそんなことは……まあ、そうなんだけどよ」

 

 照れくさいのか私から目を逸らしながら、彼は頬を掻いていた。その姿がいじらしく、私は顔が緩むのを抑えられなかった。

 

「あー! 何笑ってんだよ! こっちが心配してんのに!」

 

「いえいえ、馬鹿にしているわけでは無いんです。ええ、大丈夫ですよ。記憶を失ってしまったとはいえ、私は私ですから」

 

 ルークはいきなりある程度成長した姿で生み出され、存在しない記憶と、過去のルークを知る周囲からの認識とのギャップにずっと苦しめられてきた。そして本人も自分という存在の価値を、疑い、自分の居場所を見つけられないまま迷ってきたのだ。まっさらな状態から積み上げてきたルークだからこそ、自分だけが持つ記憶というものがどれだけ大きいのか、価値を持つのかを人よりも知っている。だから聞きたいのだろう、私が私をどう受け止めているのか、同じく迷っているルークだからこそ。

 

「不安になったりしないのか?」

 

「不安、そうですね。以前の私ならば知っていたことが分からない。ヴァンの企みについても最早私の考えが及ぶところにはありません。それが不安では無いと言えば嘘になるでしょう。ですが、私が失った記憶は既に導師イオンも、ジェイドも、ディストも、そしてあなた達も少なからず知っていることです。私自身には記憶はありませんが、それを受け継いでくれる人がいる。だから、不安があってもそれ以上に頼もしくてならないのですよ」

 

 私一人で背負っていたままでは、私は再びあのような暴走を起こしていただろう。だが、今は少なくともあの時ようなことはしない。この子達が私のために泣いてくれると知っているから。

 

「それにね、私は私の存在を()()()()()()()()()()()()で見失ったりしませんよ」

 

「た、たかだかって……」

 

「私にとってはたかだかな出来事なのですよ。私は私一人で今ここに立っているわけでは無いのですから」

 

「? どういうことだよ」

 

 私の言葉の意味を図りかねるのか、ルークは首を傾げている。他の面々も、耳をそばだてているようだが、そちらには気が付かないフリをしたまま私は言葉を続けた。

 

「私が私を知らなくとも、自身の価値を見出せなくなったとしても、あなた達のように私を大切だと言ってくれる人がいる、私の居場所はここだと言ってくれる。自分のしたことにありがとうと言ってくれる、案外そんなことで人って生きていけるんですよ。生きる意味なんて、そんな簡単なことで良いんです。出口が見えないまま彷徨っているように思えるときほど、答えは手元にあるものだと、私は思っていますよ」

 

「彷徨っているときほど答えは手元にある、か」

 

「ええ、だからあなたもアッシュと自分を比べて自分の生きる意味は何なのか、だなんて考え込む必要は無いのですよ」

 

「うぇっ!? そんなに分かりやすかったか……?」

 

「これでもローレライ教団の大詠師ですよ? 人の悩みや迷いを聞いてきた経験値でしたら、中々のものだと自負しています」

 

 先ほどのルークの言葉には、私を気遣う気持ちがあったことは間違いない。だが、それと同じくらいに私が見慣れた色がその瞳に滲んでいた。教団で働いていれば、必ず目にする色だ。それは人生の答えを、預言(スコア)を求めてくる人々の眼に宿っている色。預言(スコア)から外れた存在として生み出されながら、最も預言(スコア)に縛られたルークは、預言(スコア)から解き放たれた世界の中で誰もが抱えるであろう迷いに、最初に直面しているのがルークだ。そして、その悩みに答えるのが、これからのローレライ教団の使命になるのだ。

 

「ルーク。あなたの周りに居る人が、そのままあなたの居場所であり、あなたの生きる意味になっているのだと私は言いますよ」

 

「……そっか、何か変な感じだな、俺が気遣ってたのに、気付いたら逆に気遣われてるなんてさ」

 

「何を言いますか。あなたの気遣いのおかげで、私はまた一つ、生きる意味を見出せたのです。悩んでいる人と一緒に悩めるというのは貴重な才能だと私は思いますよ。どうですか、もしファブレ家に居辛さを感じるのでしたら、全てが解決したらダアトに来ますか? あなたの実力ならば神託の盾騎士団でも、私のように詠師を目指しても成功出来ると思いますよ」

 

「モース様!?」

「ちょ、何を言ってるんだよモース!?」

 

 私がニヤリと笑いながら発した言葉にルーク以上に過敏に反応したのはティアだった。こちらの会話を気に掛けているのは分かっていたが、聞いていないポーズをすることも忘れ、こちらに振り向いて身を乗り出している。

 

「おやおや、盗み聞きとは感心しないですね、ティア」

 

「こんな狭い室内で話してるんですから聞こえますよ!」

 

「おや、それは失敬」

 

「モース、流石に冗談だよな?」

 

「ま、冗談と言うことにしておきましょうか」

 

「モース!?」

「モース様!?」

 

 ルークの問いに私がはぐらかしたような答えを返せば、ルークとティアがそれはもう息ピッタリに反応を返してくれる。何とも仲が良いものだと結婚すらしていないのに親心が出てきてしまいそうだ。もちろん冗談ではあるのだが、

 

「ルークが本気で望めば、私は拒みませんよ。ルークがダアトに来れば、色々と障壁が無くなって嬉しい人もいるでしょうし? 私も楽が出来ますしね?」

 

「嬉しい人って……、いえ、やっぱり言わないでください」

 

「それはもちろんルークとあな」

「言わないで下さい!!」

 

 ティアが大声で私の声を掻き消した。耳まで赤くなっているのだからもはや語るに落ちていると思うのだが、知らぬは本人ばかりなり。ジェイドやアニス達が暖かい目でルーク達を眺めているのもむべなるかな。ケセドニアからダアトまでの空の旅は、終始どこか和やかな雰囲気で進んだのだった。

 

 


 

 

「「「ヤダー――!!」」」

 

 ダアトに戻り、事情を伝えた私に襲い掛かってきたのは翠の三重奏。腰、右手、左手にそれぞれ取り付いたツヴァイ、フローリアン、フィオをどうすることも出来ずに立ち尽くす私と、それを見て生暖かい目を向けているルーク達、そして他人事と思って大口を開けて笑うカンタビレ。誰も私に助け船を出してくれる人はいないらしい。ちなみにシンクはアッシュについて回り、フェムは私の頼み事で別の場所にいるためここには居ない。

 

「ディストからモースが死にかけたって聞いたんだからね! もう危ないことなんてゼッタイゼッタイダメ―ー!」

 

 フローリアンの言葉に腰と左手を拘束する二人も激しく頷いて同意を示す。

 

「イオンも何故許した。兄は悲しい」

 

「モースは口が回る。純粋な弟、騙された」

 

 そしてそのフィオとツヴァイの矛先は導師イオンにも向かう。イオンは二人の厳しい視線に苦笑いを返す。

 

「すみません。でも、兄さん達なら止めてくれると思っていましたから」

 

「もちろん! モースの口車には騙されないよ」

 

「詐欺とはとても人聞きの悪いことを言いますね、フローリアン」

 

 今のこの状態と普段の導師イオンの姿を鑑みれば、どちらかと言えば兄っぽいのは導師イオンの方なのだが、生まれた順番で言えば七番目の彼が兄弟達の中で末っ子に当たるためこの子達の言うことはあながち間違ってもいない。

 

「それにモースは僕達を放置しすぎ。遺憾の意」

 

「育児放棄、良くない」

 

「いえ、放棄しているわけでは……」

 

 ダアトにいるときは可能な限り顔を出して食事を一緒に摂るようにしているし、最近はディスト以外にも彼らの面倒を見てくれる仲間を増やして彼らが寂しい思いをしないように気を遣っているつもりなのだが。

 

「タトリン夫妻は皆さんの面倒をちゃんと見てくれているでしょうに」

 

「パパとママがこの子達の面倒見てるんですかー!?」

 

 アニスが後ろで驚いたように声を上げている。導師イオンについて回っているアニスは知らなかったようだが、外殻大地降下後から日々の仕事に追われた私は彼らに私が不在の間のフローリアン達の面倒を任せるようになっていた。私が肩代わりした借金を真面目に返すために奉仕活動を自粛していたタトリン夫妻にこの話を持ちかけると快諾してくれたために甘えている。もちろんただ働きはさせるつもりはない。彼らの世話にかかる費用は負担しているし、別途給金も支給している。夫妻には断られてしまったため、その分は私が肩代わりした借金の返済に充てるようにしている。

 私は身じろぎ一つ出来ない状態になっているため、首だけを動かして助けを求める。視線を向けた先はこの中で唯一私の味方をしてくれそうな人間。カンタビレだ。私の視線に気づいた彼女は、笑った顔のままで私に近づくと、私の身体にくっ付いている三人をひょいひょいと摘まみ上げてくれた。

 

「「「離せー!」」」

 

「はいはい、このままじゃモースが動けやしないからね」

 

「助かりましたよ、カンタビレ。もう少し早く助けてくれるともっと嬉しかったんですがね」

 

「言ったじゃないか、一人くらい肯定してくれる奴がいても良いってね。困る顔を見て楽しんでたってのは否定しないけどね」

 

 かつての言葉に嘘は無いと、彼女はそう言って笑った。

 

「さて、助けるのは助けたけど、説得はちゃんとしなよ?」

 

「ええ、もちろんそのつもりです」

 

 流石にそこまで彼女に甘えるつもりは無い。私はカンタビレに押さえられてブーブーと文句を言っている三人に歩み寄って腰を落とし、皆と視線を合わせた。

 

「ツヴァイ、フローリアン、フィオ。あなた達に寂しい思いをさせていることは大変申し訳なく思います。何度も辛抱を強いている私が何を言うのかと思われるかもしれませんが、私のワガママを許しては頂けませんか? きっと、これが最後の戦いになるはずです」

 

「……これで最後?」

 

「ええ、約束します」

 

 そう言って目に涙を溜めたフィオの頭を優しく撫でる。

 

「帰ってきたらもうどっかに行ったりしない?」

 

「はい。力不足ですが、私はあなた達の親でありたいと思っています。あなた達が私の下から巣立つときが来るまで、あなた達の止まり木であり続けますよ」

 

 フローリアンが私の肩に顔を埋める。その柔らかな翠の髪に手櫛を通せば、彼が震えていることが分かってしまって、私の弱い心が揺らいでしまいそうになる。

 

「本を読んで、知識を付ければモースの役に立つと思ってた」

 

「はい、あなたにはいつも助けられていますよ」

 

「でも、モースはいっつも僕達を置いて行く。僕達は、重荷?」

 

「あなた達は私の心を守ってくれているのです。重荷じゃないです。あなた達こそ、私の生きる意味ですから」

 

 結局、三人とも再び私に縋りついて最初の状態と変わらなくなってしまったが、それを振り解こうとは思わなかった。





スキット「モースの本気がトラウマ?」

「モースが仲間に加わってくれたら百人力だな」

「そうだな、なんせ俺達にアッシュやシンクが加わっても一蹴されちまったんだからな」

「……何だか期待が重いですね、ルーク、ガイ。ですがあの時のような力は流石に出せませんよ?」

「あら、どうしてですの?」

「あの時はモースの体内に取り込んだ第七音素が暴走状態にあったからですよ」

「暴走状態、とはどういうことですか大佐?」

「あの時のモースは急速に精神汚染が進み、身体が変異してもおかしくないくらいの第七音素を取り込んでいました。素養が無ければ普通ならば戦闘行動どころか意思疎通すら不可能ですよ」

「でもでも、モース様はピンピンしてますよ~?」

「ええ、今のモースは右目に変異が出た状態で第七音素の吸収も落ち着いています。出力が安定したと言えるでしょうね。であるからこそ、あの時のような爆発力は無いでしょう。そうでなくとも心強いのは間違いありませんが」

「よく観察していますね、ジェイド。その通りです。私はあの時のような感覚はもうありません。とはいえ、あなた達の足を引っ張るつもりはありませんよ?」

「その心配は誰もしてないと思うぜ?」

「おや、信頼されてますね。その期待に応えられるように頑張りますよ、ガイ。今まで本気を出していなかったわけではないですが、全力を尽くすつもりです」

「大詠師モースの全力か……俺達いらないんじゃないか?」

「言うな、ルーク。前衛はモース一人で良いんじゃないかとか言うんじゃない……」

「おやおや~、情けないですねぇ、若者達は」

「大佐は余裕そうですわね?」

「私は役割が違うと分かっていますから」

「近接組が要らない子扱いされる~?」

「やめろ! やめてくれ!」

「俺は、俺は……!」

「……どうして私が仲間に加わるだけでこのようなことに?」

「それだけあなたが彼らに与えたトラウマが深いということですよ、反省して下さいよ?」

「耳が痛いことを、もうあんなことはしませんよ。あなた達には」

「「ああ! 光が、光がぁ!」」

「男二人の取り乱しようを見てると、何だろうね~」

「そうですわね……」

「敵よりも味方に与えるダメージの方が大きそうだわ……」

「……私はついて行かない方が良かったのでしょうか?」

「ハッハッハ、いやぁ、愉快ですねぇ」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

終極の地と私

お盆は私用で書く時間が取れませんでした


「ここが、アブソーブゲート……」

 

 ダアトを発ち、アルビオールで降り立ったのはかつてルーク達がヴァンと対峙した地。この星を巡るプラネットストームの収束地であるアブソーブゲートだ。オールドラント全土の記憶粒子(セルパーティクル)がここのセフィロトを通って地核へと還っていく。そんな地では、降り積もる雪と吹き荒れる記憶粒子(セルパーティクル)が幻想的な光景を作り上げていた。

 

「改めて、こんな壮大なものを作った創生暦時代の技術力には驚嘆するしかないですね」

 

「そうだな、これを作っていた時は、未来は良い方向に進むはずだと信じて疑っていなかったんだろうな」

 

 私が小さく零した呟きにガイがそう返してくる。確かにそうだろう。尽きることの無い無限のエネルギー。それさえあれば、人々は争う必要は無くなる。かつては皆がそう考え、これを作り上げたはずだ。

 

「ですが人はそこまで賢くなれなかった。現状が満たされれば更なる飛躍を、尽きない欲望は結局争いを生んでしまった。それが悪いことかどうかは意見が分かれるところでしょうがね。その欲望の恩恵を、今の我々は享受しているわけですから」

 

「だけどそれだけじゃもうダメなんだ。行こう、俺達で変えるために」

 

 そう言ってルークは拳を掌に打ち付けて気合を露わにする。

 

「そうね。それに急いだほうが良さそうだわ。リグレット教官達もここに来ているみたいだし」

 

「やっぱりあれって神託の盾騎士団の船だよねぇ……」

 

「彼らもアブソーブゲートに来ているのですわね」

 

 そう言うティア達の視線の先にあるのは、アブソーブゲートの入り口がある島に接岸されたタルタロスよりも一回り小さな装甲艦。神託の盾騎士団が所有しているものの一隻だが、もちろん今はここにあるはずが無い。各地の混乱の際に持ち出され、リグレット達の移動手段になっている船の一隻だろう。

 

「急ぎましょう。ここにラルゴやリグレットが来ているということは、ヴァンが地核から戻って来ようとしている可能性が高い」

 

 ジェイドに促され、私達はアブソーブゲートへと足を踏み入れた。

 

 アブソーブゲートは現代文明と隔絶した技術で構築された遺跡だ。柱が見当たらず、どこで支えられているのかも分からない床が続く回廊と、光に満ち、くぐれば別の場所にワープをする門の形をした転移装置。調査隊が何度踏み入ってもその秘密の一端を垣間見ることすら出来ていない超技術は、このような時でなければ私も足を止めてじっくりと観察がしたいほど興味を惹かれるものだった。

 

「それにしても、不思議ですね」

 

「どうかしましたの、モース?」

 

 そろそろ中腹まで降りてきただろうか。時間の感覚が少しずつ薄れてきたためにイマイチ自分達が今どのあたりにいるのかが把握できないが、少し開けた場所に出てきたため小休憩をしていたとき、ふと口を衝いて出た疑問を聞きつけたナタリアが私の方へと向き直った。

 

「いえ、少し気になったのですよ、アブソーブゲートはプラネットストームの終着点です。ヴァンが地核からローレライを取り込んで舞い戻ってくるとして、記憶粒子(セルパーティクル)が地核に流れ込むこのアブソーブゲートから戻ってくるのは素人目には合理的ではないと思ってしまっただけです」

 

 ジェイド達から聞いた話だ。ヴァンは地核に落下し、そこでローレライの一部をその身に取り込んだ後にアブソーブゲートに帰還する。かつて私が彼らに語ったらしいが、生憎とその記憶は私から欠落してしまっている。だからこそ、少しの違和感が私の中に生じたのかもしれない。

 

「ヴァンがやろうとしていることは水の流れに逆らって滝を昇ろうとするようなものです。普通は記憶粒子(セルパーティクル)の流れに乗ってラジエイトゲートから飛び出してくる方が楽ではないかと、そう思ってしまっただけですよ。まあそんな単純な話では無いのかもしれませんが」

 

「確かに、言われてみるとそうかもしれませんわね。アブソーブゲートから地核に落下したから、戻る時もそこから戻ってくるものだと勝手に思い込んでいましたわ」

 

 私の言葉にナタリアが顎に手を当ててなるほどと頷く。ルーク達も何故かヴァンがアブソーブゲートから戻ってくると確信しているような様子だった。もしかすると以前の私もそうだったのかもしれないが、そう思えるだけの材料が何かあったということなのだろうか。

 

「お二人とも、何か気になることでもありましたか?」

 

「ああ、ちょうど良いですね。少し気になったことが……」

 

 そんな私達の様子が気になったのか、少し離れたところにいたジェイドがこちらに寄ってきたため、今ナタリアに話していた内容をそのまま伝える。

 

「……なるほど、確かに私もディストやあなたから聞いた話からそうだとばかり思っていましたが、言われてみればヴァンはどこから戻ってきてもおかしくない」

 

「真正ローレライ教団がここに訪れているので私の疑問は的外れなのかもしれませんがね」

 

「いえ、実際彼らもどこからヴァンが戻ってくるのかは分かっていないのでしょう。ここで無ければ別のセフィロトを探しに行くはずです。とはいえ我々の目的はプラネットストームを停止させること。ヴァンがアブソーブゲートか、それ以外のセフィロトに降り立つのか、いずれにしろアブソーブゲートとラジエイトゲートの両方を訪れなければいけないのは変わりありません」

 

「……アッシュも我々とは別に各地の動向を探ってくれていますし、何かあればルークに伝えてくることを期待するしかないですね」

 

「そういうことです。さ、休憩はこの辺りにして、行きませんか?」

 

 


 

 

 アブソーブゲートの終着点は外界からの光が届かないくらいの深さに位置している。にもかかわらず、視界の確保に困らないどころか昼間の屋外とほぼ変わらない明るさが得られるのは記憶粒子(セルパーティクル)そのものが放つ光によるものなのだろうか。平時ならば遺跡の荘厳な様子を心行くまで観察していたいところだが、生憎と今は先客がそこにいた。

 

「リグレット教官!」

 

 ティアの声に振り向いたのはヴァンの右腕。虚ろな目をしたレプリカ兵を従えて、地核へと通ずる穴の淵に立っていた。そしてその隣にはもう一人、私にとってあまり嬉しくない因縁の持ち主がいた。

 

「ティア、まだその出来損ないと一緒にいるのか」

 

「モース! 貴様、よくもおめおめとここを訪れられたものだな! ユリアが遺した大地の御柱に、貴様のような背信者が足を踏み入れることが許されるものか!」

 

 こちらを振り返るなり冷たく言い放ったリグレットと、それと対照的に口角泡を飛ばさん勢いで捲し立てる男、詠師オーレル。いや、今は元詠師と呼ぶべきか。

 

「あまり騒ぐな。仮にも真正ローレライ教団の導師を名乗るつもりならばな」

 

「ぐっ……、まあいい」

 

「ラルゴもいると思っていましたが、どうやら別行動をしているようですね」

 

「私一人ならば何とかなるとでもおもっているのか、死霊使い(ネクロマンサー)

 

 ジェイドの言葉に眉をピクリと震わせ、譜業銃を構えるリグレット。それに反応してルーク達も武器に手をかけた。

 

「周囲をレプリカ兵で囲っているとはいえ、そちらは非戦闘員を抱えています。それで対等に戦えると思われているなら、あなたこそジェイドを見くびっているのでは?」

 

「言うようになったな、モース」

 

「出来損ないという言葉、取り消してください、リグレット教官!」

 

 各々が武器を構え、場に緊張感が満ちる。何か些細なきっかけがあれば戦闘が始まってしまうだろう。

 私がそう思って武器をメイスを握り直したそのとき、頭の中をかき乱すような痛みが私を襲った。

 

「ぐうっ!? この痛みは……!」

 

(聞こえるか、レプリカ!)

 

「アッシュ!?」

 

 突如として私の頭に響いた声と、その直後に隣から聞こえたルークの言葉に、私はこの頭痛がアッシュとルークの繋がりを何らかの理由によって傍受したことで発生したものだと理解出来た。

 

(ヴァンが戻ってきやがった! ラジエイトゲートだ!)

 

「何だって!?」

 

「ルーク、アッシュは何と?」

 

「ヴァンがラジエイトゲートに戻ってきた、と」

 

 動揺しているルークに代わり、ジェイドの問いに答える。私の言葉を聞いたジェイドが微かに目を瞠って私を見つめ返した。

 

「ラジエイトゲートですか。それよりも、どうしてモースがアッシュの言葉を直接聞くことが出来ているのです?」

 

「私にも分かりません。ですが、私の頭にもアッシュの声が響いてきたのです」

 

「そうか、閣下はラジエイトゲートに向かわれたか。であればここに留まっている意味も無いな」

 

 こちらの会話を聞いていたリグレットはそう言うと、譜業銃を下ろした。

 

「おっと、そう言われて見逃すとでも思うか?」

 

「リグレット! ここでこの背教者共を見逃すなど私が認めんぞ!」

 

 そんなリグレットを止めようと挑発するガイと、こちらへの憎悪を剥き出しにして吼えるオーレル。

 

「見逃すさ。その為にコイツを連れてきたのだから」

 

 だが、そんなガイに対してリグレットは焦りを見せることも無く、隣で激昂するオーレルに冷たい目を向けた。

 

「リグレット? 何を……」

 

 疑問に思ったオーレルが言い終わる前に、リグレットが彼の胸倉を掴みあげる。

 

「閣下がお戻りになった以上、貴様は用済みだ」

 

「がっ、何を、離せ!」

 

「まったく、自身の器を弁えずに喚き散らすばかりの貴様もようやく役に立つときがきた」

 

 オーレルの身体はリグレットによって掴みあげられ、辛うじてつま先立ちになっている。そんな彼の顔に、リグレットは空いた片手を向けた。

 

「喜べ、貴様が欲しがっていた第七音素(セブンスフォニム)の才能をくれてやる。私はディストほど優しくは無いから、どうなるかは分からんがな」

 

「ひっ、や、やめ、ぁぁぁああああ!」

 

 酷薄な笑みを浮かべながら、リグレットはオーレルの顔に譜陣を刻みつけていく。見る見るうちに彼の顔は血まみれになり、想像を絶する痛みにオーレルの悲鳴が辺りに響き渡った。

 

「いけない、止めなくては!」

 

 それを止めようと彼女らに向けて走るが、そこにレプリカ兵達が立ちはだかる。十人以上の兵達が私達とリグレットの間の壁となり、そのせいで譜術を飛ばそうにも視界を通すことすら出来なくなってしまう。

 

「い、痛い! いだいぃぃぃ!! ぎぃいいい!」

 

「くっ、退きなさい!」

 

 ルーク達の援護も受けながら、レプリカ兵をなぎ倒すが、彼らは痛みなど感じていないかのように何度も立ち上がり、私達に向かってくる。その間にもオーレルの絶叫が木霊し、私は焦燥を募らせた。リグレットが今していることは、私がかつてディストにしてもらったことと同じだ。目に譜陣を刻み、第七音素(セブンスフォニム)を強制的に体内に取り込む。それを目だけでなく、他の部位にも、下手をすれば全身に刻みつけているのだろう。その先に待っているのはディストの説明によれば精神の汚染と肉体の変容だ。処置直後ならばジェイドが何とか出来るかもしれない。

 

「嫌だ! イヤだぁぁぁ!」

 

 オーレルの悲鳴が響き続ける中、私は何人目かのレプリカ兵の兜にメイスを叩きこみ、ルークとガイは対峙するレプリカ兵を切り伏せる。

 

「まとめて吹き飛ばしましょう。タービュランス!」

 

「ホーリーランス!」

 

 そしてジェイドの譜術で生じた暴風が兵達を壁に叩きつけ、ティアが追撃として放った光の槍が彼らに殺到する。そうして動けるレプリカ兵が疎らになり、視界が開けたところで、私達は肉の壁の向こう側で行われていた惨事を目にすることとなった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

●欲望の果てと私

 私達の前にあったのは上等な詠師服をズタボロにされ、血の流れていないところを探す方が難しいと思えるほどに無残な姿にされてしまった詠師オーレルの姿だった。

 

「あ"ぁ"……わ、ヴぁたしの、目が……」

 

 喉に血が絡み、ごぼごぼと音を立てる彼の口から漏れ出す言葉に釣られて視線を上げれば、ほんの短時間で彼がリグレットにどれだけ悍ましい仕打ちを受けたのかがありありと見て取れた。

 

「物理的に譜陣を身体に刻むなど、正気の沙汰ではありませんね。どれだけ残酷な拷問官でもやらない所業ですね」

 

「目が……引き裂かれて……!」

 

 オーレルに為された行いを正しく理解したジェイドがリグレットを鋭く睨みつけ、意味するところは分からずとも、表面に現れた残酷な行いに呻きを漏らしたティア。私は、ジェイドと同じくそれが引き起こす事象を知識として知っているために、リグレットではなく凄惨な姿を晒すオーレルにこそ警戒を強めていた。

 

「この男が望んだことをしてやったまでだ。モースが憎くて仕方がないのなら、自分の手で殺せる力を与えてやった」

 

「リグレットォォ! ギザマァァ!」

 

 冷たく言い放ったリグレットの声にオーレルが激昂するも、最早その目は何も映していないのか、彼の腕はあらぬ方向に振りぬかれる。

 

「何を怒ることがある? すぐに貴様はモースを殺す力を得られるというのに」

 

「この、ごの力、わだじにはあづがえな……ぐぎっ、ぎぃいいい!」

 

 何も見えないだろうに、声だけを頼りに滅茶苦茶に腕を振り回していたオーレルだったが、突如頭を押さえて苦しみ始める。そして誰の目にも明らかに異常と分かるほどの第七音素(セブンスフォニム)が彼の周囲に集まり始めた。そうだ、ここはアブソーブゲート。オールドラントを巡るプラネットストームの終着点であるここには他のセフィロトをも凌ぐ量の第七音素(セブンスフォニム)が集まっているはずだ。そんなところで全身にくまなく譜陣を刻まれ、己の意に反して大量の第七音素(セブンスフォニム)を取り込むことになってしまったオーレルが辿る結末を予想するのは難しくない。

 

「マズい!」

 

「させない!」

 

 ジェイドがその様子に慌てて譜術を起動するが、リグレットの譜業銃による牽制で阻まれる。睨み合いによる膠着が発生し、その間にもオーレルに起こる変化は進行していく。

 

「わ、わだじは……預言(スコア)でせか、いをみぢびぐ……選ばれし、にんげ、ンンンン!?」

 

 まず変化が現れたのは腹。まるで空気を入れて無理矢理膨らませたように、オーレルの腹が歪に膨張していく。それに伴ってその肌は正常な色から鬱血したような紫色へ。更にその変化は腹に留まらず手足へも及んだ。

 

「やべろぉ! わだしの、あだまに、入ってぐるなぁ!」

 

 元の2倍の太さにまで膨れ上がってしまった両腕で頭を掻き毟るオーレル。頭の中にいる何かを追い出そうとしているかのように、それによってそぎ落とされた皮膚の下からは、腹や腕と同じく変色した新たな皮膚が覗き、そして醜く膨れ上がっていく。蛹から羽化するように、されど生まれ出でるのは蝶とは程遠い悍ましいナニかだ。

 

「オイオイ、こいつはかなりマズいんじゃないか?」

 

「何が起こってるんですかモース様ぁ……」

 

 そう言って剣を構えるガイと巨大化させたトクナガに跨るアニス。それに答える間も惜しみ、私は変異を続けるオーレルへと走り寄っていた。ああなってしまった彼を元に戻すことはジェイドであっても不可能だ。精神が汚染され、身体も変わり果ててしまう。ならばそんな彼に出来ることはもう一つだけだ。

 

「させんと言った!」

 

 リグレットが素早く反応して足下に譜業銃を撃ち込むが、足を止めなければならないのは私一人ではない。

 

「今です、ルーク!」

 

「っ! おう!」

 

 ジェイドの声にルークも私に続いて床を蹴る。リグレットが二丁の譜業銃それぞれで私とルークに狙いを定めるが、そうすれば最も自由にしてはならない男を自由にすることになる。

 

「私から目を離しましたね? 喰らいなさい、サンダーブレード!」

 

 歴戦の猛者であるリグレットはジェイドに対して警戒を緩めたわけではなかった。だが、ほんのわずかの隙であっても、この天才が事を起こすには十二分であったというだけだ。ジェイドの行使した譜術によって生み出された雷雲は、目も眩むような閃光を放ち、轟音と共に歪に膨らんだオーレルを紫電が貫く。

 

「ぎぃああああああ!」

 

 オーレルの絶叫と共に音素(フォニム)の嵐が吹き荒れ、目を焼く閃光も相まって私もルーク達も目を庇い、足を止める。目を閉じているにもかかわらず、瞼越しに感じる光は強烈で、視界に焼き付いた光が暫く瞼の裏に明滅するのを感じた。普通ならば、ジェイドの上級譜術を喰らって生き残る人間などいない。六神将やヴァンとて、まともに喰らえばただでは済まない。戦闘の心得も無いオーレルはひとたまりも無いはずだ。

 だというのに、

 

「ぐぅ、ぎ、ぁぁああ! 許さん……ゆるざんぞぉぉ!」

 

 オーレルの怨嗟の声が耳朶を打つ。目を開いてみれば、目の前にいるのは人間としての面影を完全になくしてしまった化外の姿。紫色に膨れ上がった胴体に首は埋もれ、歪な玉から四つの腕が生え、虫を思わせる短く小さな足が四本生えたその姿はおよそ常識的な生き物の姿ではない。

 

「ユリア"ぁぁぁ! わだじこぞが、ユリアにぐぁわり世界をぁぁ!」

 

「錯乱して無秩序に暴れています。皆さん戦闘準備を!」

 

「くそっ、行くぞ皆!」

 

 ルークの言葉に従い、赤く染まった目から血涙を流すかつてオーレルであったモノに向かって武器を向ける。彼の憎悪に染まった目は、先ほどまでの失われていた視力を回復したのだろうか、今は私に向かって注がれていた。

 

「モ"ォォォス! はいぎょうしゃめぇぇぇ! きざまさえいなければぁぁぁ!」

 

「そこまで私が憎いですか。何がそこまであなたを狂わせてしまったのか……」

 

 オーレルはその肉体からは想像もつかない速度で私めがけて突っ込んでくる。その足は床についていないことから、身体に溜め込んだ第七音素(セブンスフォニム)を推力として飛んでいるのだろうか。原理は分からないが、何もせず正面から受け止めることは愚策だろう。メイスを身体の前に翳し、音素(フォニム)を励起させる。

 

「守護氷槍陣」

 

 私の眼前に幾重にも張り巡らされる氷壁。オーレルの巨体はその壁を歯牙にもかけず破って来るが、何重もの壁によってその速度は減ずることになった。

 

「行きますよ、グランドダッシャー!」

 

「ネガティブゲイト!」

 

 そして僅かでも足が鈍れば優秀な後衛の譜術が援護してくれる。アニスの譜術によって発生した漆黒の球体がオーレルの身体を超重力によってその場に縛り付け、その隙を足下から突き上げる大地の棘が襲う。

 

「ぎぃはぁ!」

 

 全身を容易く押し潰してしまう重圧と、身体を貫く棘を喰らったにもかかわらず、オーレルは僅かに怯んだだけ。腕の一振りで譜術を発生させると、彼を中心として暴風が吹き荒れ、私達を吹き飛ばした。

 

「くっ、吸収した大量の音素(フォニム)に任せて滅茶苦茶に譜術を発動しています。何が飛んでくるか分かりませんよ!」

 

「なら警戒してたって仕方ない! いくぞ、ルーク!」

 

「おう!」

 

 開いた距離を素早く詰めたガイとルークが、巨体の両脇から鏡合わせのように剣を振るう。赤黒い血が散るが、その傷跡は次の瞬間には塞がっている。

 

「私の時と同じ、超速再生ですか!」

 

「これでは埒が明きませんわ!」

 

 ルークに向かって振るわれた反撃の巨腕をメイスで受け止め、ナタリアの援護に合わせて再び距離をとる。

 

「問題は彼の体内に取り込まれた大量の第七音素(セブンスフォニム)です。これを何とかしなければどれだけダメージを与えてもすぐさま回復されてしまいます!」

 

 ジェイドが顔を顰めて呟く。その言葉に、隣に立っていたティアが何かに気付いたように目を見開いた。

 

第七音素(セブンスフォニム)……! ルーク、ローレライの宝珠よ! 第七音素(セブンスフォニム)を拡散させる宝珠の力なら!」

 

「……! 分かった、やってみる!」

 

「ではそこに至るまでの援護は任せてもらいましょう!」

 

 私はそう言って宝珠を携えたルークにオーレルの注意が向かないよう、低威力の下級譜術をオーレルにぶつけながら彼の目の前に躍り出る。

 

「さあ、私が憎ければ来なさい。私はあなたの目の前にいますよ!」

 

「モォォォス!」

 

 私の譜術か、それとも言葉か、どちらに反応したかは定かでは無いが、彼の注意を惹くことには成功した。オーレルは激昂しながら次々に譜術を発動させ、私には火球や氷槍、暴風が矢継ぎ早に襲い掛かって来る。

 

「モース! 一人じゃ無茶だ!」

 

「私は良いからルークの援護をしなさい!」

 

 こちらに走り寄ろうとするガイにそう言いつけ、私は向かってくる譜術に真っ向から相対した。既に私の変質した右目を覆う眼帯は取り払われている。オーレルのものと同じく、赤く変化した私の右目は第七音素(セブンスフォニム)を私の身体に取り込む性質を持っている。私はメイスを正面に構えると、意識を自身の内側に向け、音素(フォニム)を励起させる。

 

「私とて、一人の戦士。この程度の攻撃を凌げなくてどうします。極光壁!」

 

 私の言葉と共に私を囲むように第七音素(セブンスフォニム)の暴風が立ち昇り、私に殺到した譜術を全て吹き飛ばす。かつてルーク達と対峙したときほどの威力は望むべくも無いが、それでも譜術を相殺する程度ならば訳は無い。譜術を凌ぎ切った私は、そのままオーレルへと走り寄り、メイスを振りかぶる。

 

「さあ、まだ私に付き合ってもらいますよ。流影打!」

 

 昆虫のような節足めがけた一撃、胴体にめり込ませる二撃、巨大な腕を狙った三撃。それぞれがオーレルの肉にめり込み、内部の骨を砕く威力を秘めている。そしてそれで終わるつもりもない。

 

「獅子戦吼! スプラッシュ!」

 

 獅子の顔を象った闘気がオーレルの胴体に喰い付き、その勢いにさしもの巨体もよろめく。そしてすかさず追撃の譜術による濁流が殺到し、彼の体勢を大きく崩すことに成功した。

 

「その音素(フォニム)、使わせて頂きますよ。レイジングミスト!」

 

 そして、私が使った譜術によって生じた名残。第四音素の残滓を利用してジェイドが更なる攻撃を重ねる。大地が灼熱に溶けてオーレルの足を捕らえ、頭上から水柱が落として押し潰す。最後には焼けた地面と接触した水柱が水蒸気となって体積を膨張させ、爆発となってオーレルを吹き飛ばした。

 

「ぐぎぃぃいいい!」

 

 苦悶の声を上げて吹き飛ばされるオーレルだが、その目は依然として爛々とした憎しみを湛えて私を睨みつけている。

 

(何故、何故貴様のような者が大詠師に! 私こそ、私こそがその地位に相応しいというのに!)

 

 それと目が合った瞬間、私の頭にオーレルの声が響いたような気がした。変質してしまった私の右目と彼の目が共鳴したような、不思議な感覚が私の脳内を満たす。

 

「オーレル、あなたは……」

 

「ぎぃやはぁ!」

 

 それ故に、彼が放った反撃に対して反応が数瞬遅れてしまった。

 

「モース様ぁ!」

 

「ぐっ、がはっ!?」

 

 私の腹にめり込んだ火球が、勢いをそのままに私を後方へ大きく吹き飛ばした。少し距離を置いて見ていたアニスがそれに素早く反応し、トクナガで私を抱き留めてくれていなければ、私は背中から壁に激突して重傷を負っていたことだろう。

 

「今だ、ルーク!」

 

「うおおお! これでも、喰らえぇっ!」

 

 だが私にそこまで執着していたということは、ルークとガイが彼の懐に潜り込むのに十分な隙を作ることになるということでもある。オーレルが吹き飛んだ地点に先回りしていたルークが、ローレライの宝珠を携えて彼の持つ特異な力、超振動をオーレルに向かって解き放つ。

 

「ぎ、ぎぃうヴぁああああああ!!!」

 

 あらゆるものを分解・再構築する超振動と、自らの力の源となっていた第七音素(セブンスフォニム)を拡散させるローレライの宝珠の力を喰らったオーレル。今の彼にとって最も痛みを伴う攻撃を受けては、崩壊する自身の身体を回復させることも出来ず、名状しがたい悲鳴を上げて地面に倒れ伏すしかなかった。

 

「い、いやだ……、わたしは……」

 

 地面に転がったオーレルは、崩壊していく自分の身体を認識しているのか否か、うわ言のように呟き続ける。

 

「この、セがいを……導く……えらばれじ……」

 

 彼の口から洩れるのは否定、拒絶の言葉。預言(スコア)を自らの力としようとした男の成れの果てがそこにはあった。

 

「わだじこぞが……この世界の、ただじぎ王……にぃ……!」

 

「正しき王などいませんわ。王とは、民に望まれてそうあるもの。自分一人で名乗るものではありませんわ」

 

 オーレルのうわ言に返したのはナタリア。王女として、例え王族の血が流れていなくとも民を一番に想う彼女だからこそ、オーレルの言葉を受け入れることが出来なかったのだろう。

 

「あなたが為したいことは預言(スコア)で世界を導くことじゃありません。預言(スコア)を利用して意のままに世界を操りたかっただけでしょう」

 

「わだ、じは……!」

 

 ジェイドの言葉にオーレルは何を返そうとしたのだろうか。それを言い終わる前に彼の身体は音素(フォニム)に乖離し、この世界を巡るプラネットストームに溶けていった。

 

「……終わりましたね、リグレットには逃げられてしまったようですが。今はプラネットストームを閉じることが先決です。行けますか、ルーク?」

 

「ああ……、大丈夫だ」

 

 オーレルは預言(スコア)を遵守した先で、何を求めたのだろう。ルークが、私がいなければ、彼は自らの言う正しき王になれていたのだろうか。私にはそれを予想することは出来ないが、不思議と彼が辿った末路は、私が辿っていたかもしれないもののようにも思えてしまったのだった。




スキット「オーレルとモース」

「…………」

「浮かない顔をしていますね、モース」

「ああ、ジェイドですか。いえ、益体も無いことを考えてしまいましてね」

「オーレルの死に様に何か思うところでも?」

「……不思議な感覚なのですがね、彼の末路が他人事に思えませんでした。何かのボタンの掛け違えで、ああなっていたのは私の方かもしれなかったと思うのですよ」

「そうでしょうか? 例えそうであったとしても、彼とあなたとでは色々と違っていたでしょう」

「何故そう言い切れるのです?」

「あなたは良くも悪くも滅私奉公の人だからですよ。ルーク達を助けようとしてくれるあなたを見ていれば、例え預言を遵守すべきだという考えのままだったとしても、オーレルとはその動機が全く違う」

「……過去の私から話を聞いていたんでしたね。記憶の中の私はどんな人間でしたか?」

「今と根っこの部分は変わりませんよ。ルークの為にという動機が、預言の先にある未曽有の繁栄の為にとなっているだけで。どこまでもこの世界の人々のことを想っているという点では、今も、以前にあなたから聞いた記憶のあなたも変わりはしませんでした」

「……どちらにしろ、自分が正しいと思い込んだ道にのめり込むのは今と変わらないみたいですね」

「そういう意味では、あなたの名前は正しくあなたのことを表していますね」

「殉ずる者、皮肉な名です」

「あなたはオーレルとは違う。それがハッキリと分かる良い名だと、私は思いますがね」

「違ったとしても、辿る結末が同じであれば何の救いにもなりませんよ。善意でやっている私の方が迷惑まであります」

「相変わらず自己評価が低い方ですね。もう少し、あなたの足跡をあなた自身で評価してあげればいかがです?」

「あなたにしては随分と優しいことですね、ジェイド。あなたならば結果が伴わない過程に意味は無いと言いそうですが」

「……どこぞのお節介な大人の影響を受けてしまいましたからね。その人は今、小さなことでお悩みのようですが」

「小さなって……」

「小さなことですよ。過去が、記憶の中でどうであれ、あなたは今は間違った道に立っているわけでは無い。それどころかあなたの行いで救われた人もたくさんいる。そこに目を向けず、自罰に走るのは逃げではありませんか? 功罪を正しく捉える、それが私の知るローレライ教団の大詠師だと思いますが」

「……あなたにこのように叱咤される時が来るとは」

「不快でしたか?」

「いえ、ありがとうございます。歳を取ると、こうして叱ってくれる人も少なくなってしまいますからね」

「常に大人として正しくあらねばというのも疲れますからね。少しは息抜き出来るときがあっても良いでしょう。それに、こんな弱音を吐いてられる時間ももう終わりですからね」

「? それはどういう……」

「モース様ぁ~!」

「ほらね?」

「……ふふ、ですが存外、正しくあろうと気を張っている私も好きになれそうですよ。こうして慕ってくれている子達がいるのですから」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

戻ってきた彼と私

番外編を投稿したら本編も進めねば不作法というもの


 セフィロトの更に下に位置する場所。そこは人の身で行ける場所の中で、最も地核の傍になる場所だ。そこには、床一面に描かれた譜陣が我々を出迎えてくれた。この譜陣は創生暦時代から我々に無尽蔵のエネルギーを与えてくれる源となっていた。それを私達は今日、この手で消し去るのだ。

 

「この譜陣の中心で宝珠に第七音素(セブンスフォニム)を籠めてください。この陣はローレライの剣で描かれたもの。相反する性質を持つ宝珠の力で消し去ることが可能です」

 

 ジェイドの案内に従ってルークが譜陣の中心に移動し、その手に宝珠を構えた。彼が目を閉じると彼の周囲に第七音素(セブンスフォニム)が集まり、仄かな光が彼を包む。それに呼応するように宝珠も赤く輝きを増していき、眺めているだけの私達の間にも不思議と緊張が走る。そして宝珠が一際強く光を放ったかと思えば、目に見える程の第七音素(セブンスフォニム)が吹き荒れ、私は思わず顔を覆う。

 

「うぉ、何だ何だ!?」

 

「宝珠の力による第七音素(セブンスフォニム)の拡散ですよ。譜陣を維持していたのはこの周囲に満ちる第七音素(セブンスフォニム)そのものです。宝珠の力でそれを一時的にでも吹き飛ばしてしまえば、譜陣は掻き消えてしまう。よく出来た仕組みですよ。プラネットストームの終着点であるここには宝珠の力を以てせねば吹き飛ばしきれない第七音素(セブンスフォニム)が満ちている。まさしく、剣と宝珠が一体となってローレライの鍵となるわけです」

 

「ローレライの剣がプラネットストームを開くための鍵であり、宝珠は閉じるための鍵であるということですか」

 

 音素(フォニム)が吹き荒れる中、平然とした様子で語るジェイドの言葉にそう返す。剣と宝珠を指して鍵と称したユリアの名づけに、いつか彼女はこうなることも知っていたのではないかと考えてしまう。破滅の預言(スコア)を知った後世の誰かがそれを食い止めることを願って。

 音素(フォニム)の嵐が収まり、辺りを見渡してみれば、先ほどまで床一面に刻まれていた譜陣はきれいさっぱりと消えていた。更には先ほどまで地核に流れ込んでいた記憶粒子(セルパーティクル)も今は静かに辺りを漂うだけだ。この事象が指し示すことはつまりルークの行動が私達の予想通りの効果を引き起こしたということ。私達は陣の中心に立っていたルークのもとへと歩み寄ったが、そこで彼の様子がおかしいことに気付いた。

 

「ルーク……。ルーク? なにボーッとしてるんだ」

 

 ガイが呼びかけるもルークは何ら反応を示さず、虚空に視線を彷徨わせていた。その様子にただならぬものを感じた皆がルークに呼びかけたり、肩を叩くもそれにも反応することは無かった。

 

「一体どうしちゃったんだろ……」

 

「分からないわ。目は開いたままで意識を失っているような……」

 

 アニスとティアが首を捻る。あまりにも反応を示さないルークに、後ろから見守っていた私も不安に駆られた。

 

「ルーク、大丈夫ですか?」

 

 そう言って彼の肩に手をかける。その瞬間に起こった変化は劇的だった。

 

「熱っ!?」

 

 右目に感じる突然の熱。反射的に目を閉じたはずなのに、私の瞼の裏には鮮明に映像が浮かび上がってきた。

 

「これは……一体……?」

 

 まるでオーロラの中にいると錯覚してしまいそうなほど、辺りは極彩色で埋め尽くされていた。だからだろうか、私の傍らにいる見慣れた朱赤にいつも以上に安心感を覚えたのは。

 

「ルーク!」

 

「え、も、モース!? どうしてモースまで……、って今はそんなことより、あれを!」

 

 私の声に振り返ったルークは、しかし焦ったように何かを指差す。その先を辿ってみれば、私は更に頭が混乱と疑問で埋め尽くされた。

 

「アッシュ? ……それにアッシュと対峙しているのは、ヴァン!?」

 

 私が目にしたのは、苦痛に顔を歪めて片膝をつくアッシュと、その前に悠然と佇むヴァンの姿だった。どういうことだ。ラジエイトゲートにヴァンが現れたとアッシュは言った。だとすればこれは今まさにアッシュの身に起こっていることなのか? ルークとアッシュの間にある繋がりに、何故か私が入り込んでしまっているのか?

 

「アッシュ! 今すぐ逃げるんだ!」

 

「うるせぇ! それが出来たらとっくにやっている!」

 

 ルークの懸命な声掛けに、アッシュが苛立たし気に返す。言葉の節々で辛そうに息継ぎをしているのを聞くに、ヴァンとの戦闘でかなりのダメージを負ってしまっているらしい。

 これが今起こっている出来事なのだとすれば、アッシュとヴァンはラジエイトゲートにいる。アブソーブゲートにいる私達では何も手出しが出来ない。このまま眺めていれば、最悪の事態が起こってもおかしくない。

 

「アッシュ、退きな!」

 

 そこに私にとって聞きなれた声が響く。翠色の稲妻の如く疾駆する彼は、必殺の威力を秘めた拳をヴァンに向かって振りぬいた。だが、その拳はヴァンの手によって容易く阻まれる。

 

「シンク、哀れな人形よ。モースに媚びて得られた偽りの幸福がよほど気に入ったようだな」

 

「相変わらず口が達者だね、ヴァン。ローレライを取り込んでまで生き延びるなんて生き汚い、ね!」

 

 シンクの拳を掴んだまま冷たく見下ろすヴァンに向かって、挑発を返しながらシンクは回し蹴りを放つ。その脚が自身の顔に触れる前に、ヴァンは無造作にシンクの拳を掴んだ腕を振るうと、彼の小柄な身体をアッシュへと投げ飛ばす。子どもが枯れ枝を放り投げるように易々と宙を舞ったシンクの身体は、その後ろで息を整えていたアッシュに直撃した。

 

「ぐぉ!? テメェ、俺の足を引っ張るんじゃねえ!」

 

「時間稼ぎをしてやったのにいつまで息が上がってるんだよ! さっさと動きなよ」

 

「ああもう! 二人ともこんな時に喧嘩してる場合かよ!」

 

「二人とも早く退きなさい! アルビオールまで行けば何とかなるでしょう!」

 

 いがみ合うアッシュとシンクを見てルークが頭を掻き毟り、私も届くか分からない言葉を二人にかける。しかしその言葉に反応したのは、アッシュとシンクでは無かった。

 

「……む、この感覚は。そうか、見ているのか、ルーク。ルークだけでは無いな、モースも見ているだろう」

 

 何を感じ取ったのか、ヴァンはこめかみに指を当てて目を閉じると、そう言った。私とルークはヴァンのその言葉に背筋に氷柱を差し込まれたような心地となり、互いに顔を見合わせる。何故だ、この繋がりはルークとアッシュの間だけにあるもののはず。どんな理由かは知らないが私も混線してしまっているが、それにしたってヴァンがそこに割り込んでくることが出来るなど……。

 

「アッシュとルークの間にある繋がりは完全同位体同士のチャネリング。であれば同じ完全同位体であるローレライを取り込んだ私もそこに少しは入り込むことが出来てもおかしくはあるまい?」

 

 私の心を読んだように呟いたヴァンは、ゆっくりと目を開いて辺りを見回す。そして私が立っている場所、ヴァン達からすれば何も無いはずの虚空でピタリと視線を止めた。

 

「そうか、今はそこから見ているのだな、モース。直接お前に会うことを楽しみにしている」

 

 ヴァンの目はピタリと私の目と合わされている。その左目は蒼く、音叉のような模様が浮かび上がったそれは……。

 

「お前と同じ地平に立つために、私はお前の知る私を一つ越えた。どうだ、モース? 今の私はお前にとって価値の無い石ころでも、意のままに踊る操り人形でも無くなった。さあ、どちらがよりこの世界を導くに相応しいか決めようではないか」

 

 ヴァンは最早アッシュもシンクも目に入っていないかのように私だけを見つめていた。楽し気な笑みまで浮かべているその目には、一目見てそうと分かる狂気の光が宿っている。

 

「ッ、アッシュ! ヴァン師匠がモースに気を取られているうちに早く!」

 

 ルークがヴァンの放つ異様な雰囲気に気圧されながらも、アッシュ達に叫ぶ。その声に弾かれるように、アッシュとシンクはヴァンに背を向けて走り去る。アッシュとヴァンの距離が離れていくにつれて、私の視界も歪み始めた。恐らくルークとアッシュの繋がりが切れ始めたからなのだろう。それでもヴァンの視線は、去り行くアッシュやシンクを一瞥することも無く、私に向かってのみ注がれていた。

 

「モース、楽しみだ。お前の生の感情をこの身に受けるにはどうすれば良い? あのレプリカ共を殺せば、お前は私に怒りを向けてくれるだろうか?」

 

「なっ!? 何をするつもりですかヴァン! あの子達に、フローリアン達に手を出すなど絶対に許しませんよ!」

 

 視界が闇に覆われる直前に聞こえたヴァンの言葉に、私は今まで感じていたヴァンからのプレッシャーも忘れて声を上げたが、それがヴァンに届いたかどうかは定かではない。最後に目にしたのは不気味に微笑むヴァンの表情だけだった。

 

「……ス! モース!」

 

「ッは!」

 

 そして私の意識は私の身体に舞い戻る。最初に目に入ったのは心配そうな表情で私の肩を揺らすジェイドの顔だった。

 

「ああ、ようやく気が付いたのですね。ルークに触れるなり気を失ってしまうものですから、ヒヤヒヤしましたよ。ルークも今こちらの呼びかけに答えられるようになりましたし。一体何があったのですか?」

 

「す、すみません……。っ、そんなことより!」

 

「ヴァン師匠がダアトに! フローリアン達が危ない!」

 

 私が何かを言う前にルークが叫ぶ。それを聞いた他の面々は困惑の表情を隠そうともしない。

 

「ルーク? 一体何を……」

 

「聞いてくれ、ティア! さっきまで俺とモースはラジエイトゲートにいたんだ。そしたらヴァン師匠がモースを見て、フローリアン達を殺すって!」

 

「ちょ、待て待てルーク。落ち着けって、ラジエイトゲートにいたって、お前達はずっとここに」

 

「違うんだよガイ! 俺とアッシュの繋がりで……!」

 

「はいストップストップ~!」

 

 ガイに宥められても尚言い募ろうとするルークを、アニスが間に入って止める。

 

「まずは深呼吸だよ、ルーク。何かマズいことが起きてるのは分かったから、それでもきちんと説明してくれないと皆分からないんだから」

 

「お、おう……、ごめん」

 

 アニスの言葉に冷静さを取り戻せたのか、ルークは一度大きく息を吸って吐いた。その間に私が前に出る。

 

「ルークは恐らくアッシュとの繋がりを通じてラジエイトゲートでの出来事を目にしていました。何故か私も同じものを見ていたようですが。そこでヴァンが私に向かって言ったのです、フローリアン達を手にかけることを」

 

「あなたがルークとアッシュの繋がりに割り込めたのに加えてヴァンまで……。それにしてもどうしてヴァンがフローリアン達を?」

 

 ジェイドの疑問に私は目を伏せる。

 

「……私のせいです」

 

「? どういうことですの、モース」

 

「ヴァンは何故か私に並々ならぬ執着を抱いています。ヴァンはフローリアン達を手にかければ私が彼を憎むかもしれないと」

 

 その言葉にルーク以外の面々が先ほどまでの困惑に満ちた表情からギョッとした表情に変わる。

 

「な、なんて滅茶苦茶なことを考えますの!」

 

「フローリアン達は無関係なのに!」

 

「そこまで堕ちたんだな、ヴァンの奴は」

 

「取り敢えず、ここにこうして居る訳にはいかないわ!」

 

「皆、早くダアトに戻ろう!」

 

 ルークの言葉を皮切りに、私達はアブソーブゲートの入り口を目指して走る。何としてもヴァンよりも先にダアトに辿り着く必要がある。カンタビレがいるとしても、今のヴァンはそれを歯牙にもかけないだろう。それほどまでの力を、アッシュとの繋がり越しに私は感じていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

燃えるダアトと私

「急ごう、もしヴァン師匠がフローリアン達を狙うとするならダアトに向かうはずだ!」

 

アルビオールに転がり込むように戻り、操縦士であるノエルが目を白黒させるのも構わずアブソーブゲートを発った私達。空を駆ける機体は尋常でない速度でダアトに近付いているはずなのに、胸の内に募る焦燥は収まるどころか勢いを増していた。

 

「ヴァンの目的は一体何なんだ? もう奴がフローリアン達を狙う理由は無いはずだろ」

 

ガイが腕を組んで頭をひねっている。確かに、普通に考えればヴァンが導師イオンのレプリカであるフローリアン達を狙う理由はないのだ。だが、ヴァンがラジエイトゲートで私に向かって発した言葉。それを聞いたとき、私は何故ヴァンが私にこれほどまでに執着するのかが理解できてしまった。

 

「師匠はモースの記憶を越えたって言ってたんだ」

 

「......ということはヴァンはモースの記憶を、この先起こり得ることを既に知っているということですか。タイミングはやはり」

 

「私が拐われた時でしょうね」

 

そう言ってジェイドの言葉を引き継ぐ。薬を盛られた私から記憶について聞き出したのだろう。

 

「ヴァンにとってモースの記憶は預言(スコア)以上におぞましいものに感じられたはずです。預言(スコア)を滅ぼすための己の行動そのものが則ちローレライの視た星の記憶に沿ったものであったのですから」

 

「モースに執着するのはその記憶を覆すことこそを目的にしてるから、ってことか?」

 

「断定は出来ませんが、恐らくは」

 

ガイの言葉にジェイドは首肯する。

 

「ですが、それがどうしてフローリアン達を害することに繋がりますの?」

 

ナタリアがそう言って首を傾げた。その疑問には私が答えるべきだろう。

 

「ヴァンが私に歪んだ執着心を向けているからですよ」

 

「執着心、ですの?」

 

「ええ。ヴァンにとって私はユリア以上にローレライと繋がった存在です。彼女が遺した預言(スコア)を覆した未来をしっていたのですから。ですからヴァンは私の記憶の中のヴァンを超え、私を打ち倒すことにこそ預言(スコア)を打ち破る未来を見出だした、のだと考えています。ヴァンに語った記憶を他ならぬ私が失ってしまっている以上、ただの推測に過ぎませんが」

 

「いずれにせよモース様とその周囲が危険に晒されることに変わりはないわ」

 

「絶対にフローリアン達に手を出させたりなんてしないんだから!」

 

ティアとアニスがそう言って決意を漲らせ、ルーク達も頷いて同意を示す。

「見えてきました、ダアトです! ですが、あれは......!?」

 

そんな私達の間に、操縦士であるノエルの声が届く。だが、その声に滲んでいた不吉な色に、私達は嫌な予感を拭えないまま、窓から外に視線を向けた。

 

「おいおいおい、あれはシャレにならないぞ!」

 

「まさか、もうこんなところまで......!?」

 

「我々よりも速かったというのですか」

 

「あのようなことを、ヴァンは人の心を失ったのですか」

 

「パパ、ママ......!」

 

「ダアトが......」

 

「燃えてる......」

 

私達の眼下に広がっていたのは、街のあちこちが黒い煙と共に赤く燃え上がっているダアト。私の守るべき場所が、人々が、他ならぬ私のせいで傷つき、苦しんでいる光景であった。

 

 


 

 

「住民の避難を最優先に! 術士はまずは消火を! 無理そうなら延焼を防ぐために燃えている家屋の周囲を譜術で崩しなさい!」

 

ダアト市街を駆けずり回りながら、私の副官は自らも拙いながらに譜術を行使して混乱の収拾にあたっていた。街の広場に降り立ったアルビオールから飛び出した私はそんなハイマン君に走り寄って彼を引き留めた。

 

「一体何が起こっているのですか!」

 

「モース様! ヴァンです、奴が教団本部に襲撃を! カンタビレ様が引き受けて下さっていますがこのままでは......!」

 

私の顔を見たハイマン君は、ほんの一瞬安堵した表情を見せたかと思えば、すぐにその顔を焦燥に歪めて私に状況を伝えてくれる。私は彼の言葉を聞くや否やルーク達がついてきているかも確認せず、教団本部に向かって走っていた。今のヴァンを相手にカンタビレ一人でどれだけ持ちこたえることができるのか、嫌な予感ほど当たるものだ。地面を蹴る足の勢いが自然と強くなる。

 

教団本部に近付くにつれて火の手が上がっている建物が増え、比例するようにパニックに陥った人々も増える。焦る気持ちとは裏腹に、街の外に向かおうとする人々の波を掻き分けねばならない私の歩みは遅くなってしまう。それでも何とか人混みをすり抜け、教団本部の前までたどり着くと、そこに広がっている光景はまさしく私の嫌な予感を具現化した景色であった。

 

「ハッ、しばらく見ない間に、随分と腕を、上げたじゃないか」

 

「この状況でもまだそのような口が利けるか。大したものだな、カンタビレ」

 

身体のあちこちから血を流し、地面に片膝を着いて息も絶え絶えながら、尚も戦意を絶やすこと無くぎらついた目でヴァンを睨み付けるカンタビレ。

 

「これくらいで私が死ぬとでも思ったか? この程度、ピンチの内に入りゃしないね」

 

強がりであるのはすぐ分かる。けれども心を折ることは無い。今のダアトでヴァンに僅かなりとも対抗できる可能性があるのは彼女だけだからだ。私は彼女の姿を見た瞬間に得物をローブから抜いてヴァンに躍りかかっていた。

 

「そこまで堕ちたかヴァン!」

 

「おお、モース。お前が来るのを今か今かと心待ちにしていた」

 

総身に力を籠め、頭に振り下ろしたメイスは、しかしヴァンの左手であっさりと受け止められた。私の姿を見たカンタビレが驚きからか目を丸くしている。

 

「モース!? なんだって戻ってきたんだ!」

「この状況で言うことではないで、しょう!」

 

受け止められたメイスを力任せに振り抜く。余裕の表情を崩さないヴァンだが、手負いとはいえカンタビレが背後にいる状況で私と力比べをして足を止める愚を嫌ったのか、メイスの力に逆らわず一飛びで私とカンタビレの両方から距離をとった。

 

「立てますか、カンタビレ」

 

「安心しな、こんな怪我で倒れるほど柔じゃないよ」

 

ヴァンから視線を外さないで、私の横にいるカンタビレに声をかければ、彼女は自分の剣を支えに身体を起こした。今の神託の盾騎士団で恐らくトップの実力を持つ彼女がここまで追い詰められるとは。私が加勢に来たとはいえどこまでもたせられるかは心許ない。

頭の中でこの状況を打破する方法を探してぐるぐると考えを巡らせ、顔を強張らせている私とは対照的に、ヴァンはいかにも楽しそうにその顔に笑みを浮かべて私を見つめていた。

 

「どうだ、今の私のこの姿は。ローレライをただこの身に封じただけではない。その力を凝縮し、より私の意のままに操れるように形を変えた」

 

そう語るヴァンの目は蒼く光を放ち、中心に刻まれた音叉を模した紋様もそれに呼応して妖しく輝いている。やはり、あの目は私と同じ。

私も右目の眼帯を外し、ヴァンの目を正面から見据える。まるで対になっているかのように、私の右目は赤い光を放っていることだろう。それを見たヴァンの笑みがさらに深くなる。

 

「やはりそうだ。私が出来たことなのだから、お前にも出来るに決まっている。だからこそ嬉しいぞモース。私のこの力は正しくお前とローレライに抗する力になることが分かったのだから」

 

恐ろしいことにヴァンの目に浮かぶのは喜色だった。その理由が何一つ分からず、私の背筋には怖気が走る。その気配を感じ取ったのか、ヴァンは先程まで浮かべていた笑みを潜め、怪訝な表情を見せた。

 

「どうしたモース。何故そのような理解が及ばぬものを見る目で私を見つめている? 今こそ私とお前は互いに鏡写しの存在となれたのだというのに......」

 

そこまで言って言葉を区切ったヴァンは、何かに気付いたように目を見開いた。

 

「いや待て。どうしてモースがそのような目で私を見る? かつての超越した視座は、私ですら箱庭の住人として見ていたお前はどこに消えた?」

 

そのときヴァンの顔に浮かんだのはどのような内心を表したものだったのだろうか。私にはそれを悠長に考える時間は与えられなかった。何故なら視界からヴァンの姿が消えたかと思えば、次の瞬間には私は首を掴まれ、ヴァンによって吊り上げられていたからだ。

 

「ガッ、あっ」

 

「どこに消えたのだ、モース。私と相対するのはお前でしか無いというのに」

 

「て、めぇヴァン! モースを離しな!」

 

喉を締め上げられ、呼吸も儘ならない私を見てカンタビレが血相を変える。未だにダメージが残っている身体に鞭打ってまで剣を振り抜くが、それを一瞥もせずにヴァンは受け止めた。

 

「邪魔をするなカンタビレ。動くのも辛いだろうに」

 

「邪魔者はお前だよヴァン! さっさとモースを離して消えなってんだ」

 

ヴァンの目がすっと細められ、カンタビレを見据える。ダメだ、今のヴァンに手負いの彼女では太刀打ちが出来ない。私は酸欠で遠退く意識を舌を噛んでどうにか繋ぎ止めると、少しでも身体を捻って拘束から逃れようとする。だがヴァンの手はびくともせず、むしろ喉に食い込む指の力は増すばかり。遂には痛みだけでは意識を保つことも難しくなり、視界が端から白く濁り始める。

と、その時、どこからか飛んできた火球がヴァンに直撃し、その身体を揺らした。その攻撃自体はヴァンに大したダメージを与えることは叶わなかったものの、注意を僅かに逸らすことに成功する。

 

「っ! そこ!」

 

そしてその隙を逃すカンタビレではない。彼女が振るった剣は、私の首をつかみ上げるヴァンの左腕を強かに打ち付け、流石にそれに怯んだのかヴァンの拘束が緩んだ。それに合わせて私は満身の力を込めてヴァンの手から抜け出し、地面に情けなく崩れ落ちて荒く息を繰り返す。

 

「ハッ、ハッ、ハッ! 助かりましたよ、カンタビレ」

 

「私だけじゃないさ」

 

私のお礼に、カンタビレはそう返して視線だけを肩越しに背後に向けた。それに釣られて私もそちらに目を向ければ、

 

「あまり私のパトロンに手を出されては困りますよ、ヴァン」

 

「久しいな、ディスト。もう私との協力関係は終わりということか?」

 

いつもの不敵な笑みは鳴りを潜め、丸眼鏡の奥に鋭い眼光を宿した天才の姿。トレードマークとも言える譜業椅子も今はなく、一本の針が地面に突き立っているかのようにも見える痩身一つで、ヴァンと退治していた。

 

「お前の恩師を甦らせるのに必要なレプリカ情報は私の頭の中にしか無いぞ?」

 

「フン、その程度の情報が無いくらいで躓くようなちんけな才能ではありませんよ」

 

何より、とディストは言葉を続ける。

 

「モース以外は有象無象と見るあなたが気に入りません。その目にとくと焼きつけなさい、この薔薇の......いえ、業腹ですがあえて名乗りましょう。死神ディスト様の力をねぇ!」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

死神と私

一部キャラの贔屓が激しいと思われるかもしれませんが……

私の好みが多大に反映されております故何卒ご容赦を(今更)


「そらそらそらぁ! 行きますよぉ!」

 

「……なるほど、かの死霊使い(ネクロマンサー)と並ぶと言われる力は伊達では無い、か。よくも今まで道化を演じてきたものだ」

 

 威勢の良いディストの声と、大きなダメージこそ負っていないもの、その場に釘付けにされているヴァン。私とカンタビレは、目の前で繰り広げられている攻防を俄かには信じられなかった。

 

「あのディストがヴァンを押してるだって……?」

 

「私も信じられませんが、今は何よりも心強いのは確かですね」

 

 ディスト特製の譜業――カイザーディストと言っただろうか?――がヴァンを囲むように計4機展開され、中空に浮かんで絶え間なく譜術を浴びせていた。

 

「まだまだ行くズラ! 完全耐性なんてあり得ないズラ! 波状攻撃で動かさないズラ!」

 

 そしてそんな4機の譜業の更に上空に、見慣れた譜業椅子が鎮座しており、そこには私の膝丈程度の可愛らしいサイズの譜業人形が音頭を取るように、あるいは指揮者のように眼下の譜業へと指示を下していた。

 

「4機のカイザーディストXXによる攻撃は壮観なものでしょう?」

 

 私とカンタビレの隣に立つディストはそう言ってニヤリと笑う。

 

「譜業が自律的に譜術を使うのはあり得ない? この天才にはそんな陳腐な常識なんて通用しませんよ。各々のカイザーディストはあくまで端末。肝は上のタルロウXです。あれが戦場を俯瞰し、各機体の譜術の発動にかかる時間を私にフィードバックする。時には自身で選択して各機を制御もしています。術者である私と端末を繋ぐ現場指揮官と言えるでしょうね」

 

 ディストが語る間にも、ヴァンを囲む譜術は更に激しさを増している。恐るべきはヴァンに繰り出されている譜術が全て互いを阻害しない、尚且つ攻撃の切れ目を生じない絶妙なタイミングに調整されていることだ。暴風の刃が収まったかと思えば地の顎が足下から食い破らんと突き立ち、氷塊が頭上の逃げ場を塞ぐ。そこに時折ディスト自身が発動した譜術の超重力によって敵の動きを更に封じ込めている。

 今のディストは、自ら行使する分も含めて5種の譜術を同時発動出来るような状態だ。一見するとただ便利なだけに思えてしまうその薄皮一枚下には、ディストという人間の恐ろしい天才性が秘められている。言ってしまえば5つの身体を同時に操っているようなものだ。一人の人間が処理するにはあまりに多すぎる情報量を、この男は涼しい顔をして処理してしまう。私達に解説する余裕さえ見せながら。

 

「さて、モースはカンタビレを連れて下がりなさい」

 

「ディスト!? しかしそれでは……!」

 

「聞き分けなさい。私とてあのヴァンをいつまでも押し留められると自惚れてません。こんな子供騙しにヴァンが警戒して動き出さないうちにさっさとフローリアン達を連れてダアトを脱出しなさい。バチカルのファブレ公爵家にまた転がり込みなさいな。あの男なら不義理はしないでしょうし」

 

 譜術の暴威の真っただ中に晒されているヴァンを油断なく見据えながら、ディストは私に向かって言う。私が反論しようとしてもそれを上から押し潰すように言葉を重ねて。ディストの言葉はこの上なく合理的だ。だが、その合理性は少なくとも私には受け入れがたいものだった。

 この男と協力関係を築き、少なくない時間話したのだから知っている。この男が人でなしであったのは事実だ。過去の恩師を蘇らせるために、最初は私を利用するだけのつもりだったことも分かっている。だが、それだけでは無いのだ。尊大な振る舞いは自信の無さの裏返し。その天才性故に誰からも理解されず、孤独であった折にアニスの優しさに触れ、身体が小さな彼女が神託の盾騎士団の一員として戦えるようにとトクナガを作ってやる人間味も持ち合わせている。そしてフローリアン達と接するうちに、臆病な優しさが表に出てくるようになった。いつしか私にとってただの協力者ではなく、私の全てを託しても良い同志となっていた。

 そんな彼をここに残して行く。フローリアン達ももちろん大事だが、それでもその選択を採るには私の中でこの男の存在が大きくなり過ぎてしまった。

 

「……カンタビレ、もう動けるのでしょう? 早くモースを連れて行ってくださいな」

 

「普段からそんな感じなら、趣味の悪い服装も少しはマシに見えるんだけどね」

 

「このファッションの素晴らしさを理解出来ない凡愚はお黙りなさい! まったく、いつまでも怪我人が近くにいたらこっちも気を遣うじゃありませんか。ほら、早くそこの筋肉ダルマを引っ張っていってください。私の! 華麗なる! カイザーディストXXが! 本領を発揮してヴァンを倒せないでしょう?」

 

 ついさっきはヴァンを押し留められないなどと言っていたのに、ディストは自信満々な表情を見せた。虚勢であることなど一目で分かる。その針金のように細い身体が、どうしてここまで頼もしく思えるのか。そして、どうしてこんなにも不安になるのか。かつてフェレス島へ行く私を見送った彼も、こんな気持ちになったのだろうか。だとすれば私はよく彼に許してもらえたものだ。

 カンタビレが立ち上がり、私の腕を掴んで引っ張る。それに引きずられるようにして、私は教団本部の建物へと歩を進める。

 

「約束してください! 必ず、生き残ると」

 

「誰に言っているのですか。この天才、薔薇のディスト様に不可能は無いのですよ? ハァーッハッハッハ!」

 

 肩越しに振り返って投げかけた言葉に、いつもの調子っ外れな高笑いが返ってきた。

 

 

 

「それで、お前の隠し玉はこれで終わりか?」

 

「あれだけやってかすり傷程度とは、たいがい人間辞めてますねぇ、ヴァン」

 

「私を止めることが出来るのはモースだけだ」

 

「もはや気持ち悪いくらいですね、モースのこと好き過ぎません? あなた」

 

「愛か、言い得て妙だな。モースに対するこの執着は、確かに愛と呼んでも良いかもしれん」

 

「おおやだやだ。そういうインモラルなことは止めて頂きたいですねぇ」

 

「さて、お前の手がこれだけというのなら、これ以上様子を見る必要は無いな」

 

「フン、天才たる私が二の矢三の矢を持っていないとでも? 付き合って頂きますよ、ヴァン。この天才ディスト様の悪足掻きに」

 

 


 

 

 教団本部は万が一ダアトにどこかの勢力が攻め込んできたときのことを考慮し、神託の盾騎士団本部と合わせて籠城拠点としての機能を果たすことも出来るように設計されている。それはつまり、表面的な破壊が内部に伝播しないような造りになっているということだ。それが功を奏したのか、教団本部の建物は外観こそ崩れている部分があり、燃えているところもあったものの、内部にまでその破壊は及んでいない。市街から避難してきたダアト市民の姿もチラホラと目に入る。

 

「モース様!」

 

 カンタビレに引っ張られた私に声を掛けてきたのは、怪我をした市民に包帯や薬を運んだりと忙しなさそうなオリバー・タトリンだった。

 

「オリバー、ちょうど良いところに来てくれました」

 

「ちょうど良いとは? それよりカンタビレ様、そのお怪我は!?」

 

「気にするな。ちょっとヴァンとやり合っただけだ。フローリアン達は?」

 

「フローリアン様達であれば導師イオンと共にパメラが部屋で面倒を見ています。混乱を招かないように外に出すのは控えようと……」

 

 オリバーの手の中にあったタオルを受け取り、顔についた血を拭いながらカンタビレが問えば、オリバーは訳が分からないと言いたげであるものの、きちんと答えてくれた。どうやらフローリアン達は無事のようだ。こんな状況で導師イオンと同じ顔をした人間が衆目に晒されれば更なる混乱を招くことになるのは目に見えている。

 

「なら話は早いね。さっさとフローリアン達を連れてバチカルに脱出するよ」

 

「ですが、ヴァンを放ってダアトを離れるなど……」

 

「ヴァンの狙いはお前だよモース。お前がヴァンと対峙した時点で、奴の目的は殆ど達成されてるだろうさ。あんまりグズグズしていてルーク達と戦うってのも、復活直後の奴としちゃあんまりやりたくないことだろうしね」

 

「そう、かもしれませんが……」

 

 カンタビレの言葉に私の頭の中で様々な可能性が浮かんでは消える。脱出か、あるいはここで残ってヴァンを撃退出来る可能性に賭けるか。フローリアン達を確実に救って罪も無いダアト市民を危険に晒すのか、ダアト市民を守り、フローリアン達に危害が及ぶ可能性を受け入れるのか。何を選んでも何かが犠牲になるような板挟みに、口の中が渇き、喉に言葉が張り付いてしまう。

 

「……その、私には何が何やら分かりませんが」

 

 と、そんな私を眺めていたオリバーがおずおずと口を開く。

 

「モース様が何に悩まれているのかは分かりません。きっと私などでは及びもつかない大きなことを考えていらっしゃるのだとは思います」

 

 ですが、と。優し気だったオリバーの目が一瞬だけ鋭く光る。

 

「モース様、かつてあなたが私に仰った言葉を返しましょう」

 

 善意を一番に向ける相手を間違えてはいけない。

 

 その言葉は、かつて借金の取り立てに悩むアニスを助けようと、私がタトリン夫妻に向かって言い放ったものだった。私はハッとして彼の目を見る。

 

「あなたがダアトをこの上なく大切に想っていらっしゃるのは重々承知しております。でも、人がその両手で掬えるものはあまりに少ない。だからこそその優しさを向ける先を間違えてはいけないのです。ダアトももちろん大事でしょう。ですが、あなたの一番はそれではない。導師イオン、フローリアン様達ではありませんか? 子と呼んでも差し支えない彼らにこそ、あなたの情が一番注がれるべきなのです」

 

 全てを一人で救うなど、あまりに傲慢な考えだと思いませんか?

 

 私だけではない。隣にいるカンタビレまでもが、呆気に取られてオリバーを見ていた。

 

「それに、一人では出来ることに限りがあるからこそ、私達は手を取り合う。そう教えて下さったのはあなたですよ、モース様。モース様で足りぬ分は、ここにいる皆で助け合いましょう。かつてあなたが私達に手を差し伸べてくれたように、私達にもあなたを助けさせて下さい」

 

 最後は私に向かって頭を下げるオリバー。私は、彼の言葉に頭をガツンと殴られたような気分だった。傲慢な考え、その通りだ。私はいつから、ダアト市民をただ庇護すべき存在としか見ていなかったのだろう。彼らが自分達で考え、歩んでいる一人の人間であると言うことを、そうあることを求めた私自身が忘れていた。ただ守らねばならないと、私がやらねばならないとずっと考えてばかりだった。それが少しはマシになり、ルーク達にも頼ることを覚え始めてきたが、それではまだ足りないのだと、オリバーは優しく叱ってくれる。

 

「一本取られたね、モース」

 

 カンタビレはそう言って嬉しそうに笑う。

 

「ヴァンの奴を止められる保証なんてない。犠牲が出るかもしれない。だけどね、それはモースに命令されたからじゃない、他ならぬ私達でそうすることを選んだ結果なのさ。その選択の重さを、お前一人で抱え込む必要なんか無いしその義務も無い。誰かに言われるがままに従うんじゃなく、自分達で選択し、その結果を皆で受け止めるのさ。それが、お前の言った未来を自分の意思で選ぶってことだろう?」

 

「……私は、あなた達にとっくに支えられているのに、この上更に助けてくれなどと恥知らずなことを言って良いのですか?」

 

 情けなくも視界が滲むのを抑えられず、だが声だけは震えないようにと堪えながら、言葉を絞り出した。

 

「それに否やを唱える人間は少なくともダアトにはおりませんよ、モース様」

 

「恥知らず上等さ。頼りな、モース。お前が築き上げたダアトは、繋いだ人間は、たかが大詠師一人くらい軽々と受け止められるくらい強いのさ」

 

 ディストも、カンタビレも、オリバーも。ダアトの人々は私に優しすぎる。どうしようもなくなってしまった私を、カンタビレとオリバーが確かに受け止めてくれた。

 

 私は選んだ。選ばせてもらった。ハイマン君やディスト、カンタビレ、オリバー、ダアトの強さに甘えて選択した。それは大詠師としては無責任だと罵られても仕方がない選択だ。私情に塗れた選択、私のエゴでしかない。けれどそれで良いのだと、それでも味方だと言ってくれる人がいる。ならば私は、その選択に恥じない男でなくてはならない。私は確かに弱くなったのだろう。モース(殉ずる者)にはなり切れなかった弱い男だ。だが、せめてこの選択にだけは、殉ずる者でいることを誓おう。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ダアトからの脱出と私

大変お待たせしました……


「導師イオン! ツヴァイ達もいますか!」

 

 オリバーに案内された部屋に、私はもはや扉を蹴破らんばかりの勢いで飛び込んだ。中で導師イオン達にお茶の用意をしていたであろうパメラが驚いてカップを取り落としてしまう程であったから、それくらい私の剣幕は鬼気迫るものがあったのだろう。

 

「モース!? どうしてここに……、ルーク達とプラネットストームの停止に向かっていたのでは?」

 

「そうでしたが、ヴァンがダアトに攻め入って来ました。ディストが足止めを買って出てくれましたがいつまで保つか……。奴めがここに来る前にダアトを脱出せねばなりません」

 

 突然のことで目を白黒させている導師イオンに捲し立てる。私に続いて部屋に入ってきたオリバーがパメラと目を見合わせると、それだけで通じ合うものがあったのか、二人とも真剣な顔で頷く。そしてオリバーがツヴァイとフローリアンを、パメラがフィオとフェムの手を取った。

 

「モース様、他の皆様は私とパメラが。モース様はイオン様を」

 

「オリバー!? ここまで案内して頂いただけで十分です。オリバーもパメラも早く避難を」

 

「何を仰いますか」

 

 オリバーの言葉に驚き、慌てて断ろうとした私を遮ったのはパメラだった。

 

「いくらモース様とカンタビレ様がいても、五人も守りながらは辛いものがあるでしょう。私共では戦うことは出来ませんが、少しでもお手伝いいたします」

 

「普段の仕事とは訳が違うのです。下手をすれば死んでしまいますよ!」

 

「今のダアトで安全な場所などありませんよ、モース様。それにここで言い争っている暇は無いはずです。一刻も早くここを出なくてはならないのでしょう?」

 

「お前の負けだよモース。お前の判断は間違っちゃいないけどね、今はごちゃごちゃと議論するよりは動いた方が良い。グズグズしてると嫌なことになるだけだからね」

 

 パメラ、オリバーに反論していた私の肩に手を置いてカンタビレが諭す。彼女の言う通り、今は言い争っている時間は無い。分かってはいるのだが……。

 私は尚も口を衝いて出ようとする言葉をどうにかして飲み込むと、導師イオンの手を握り、タトリン夫妻と正面から目を合わせた。

 

「……本当に、覚悟は出来ているのですね?」

 

 二人の黙って頷いた。恐怖はある、だがそれ以上に強い意志の籠められた目に、私はこれ以上何も言えず、導師イオンの手を引いて部屋を出たのだった。

 

「こちらへ! 詠師職以上が知る秘密の抜け道があります!」

 

 一行を先導して廊下を駆ける。自慢では無いが、教団本部の構造は今の教団員の誰よりも熟知している。ローレライ教団本部が有事の際に砦となることを想定されているということは、重要人物を逃がすための隠し通路も備えているということだ。そのうちの一つが資料室の棚の裏側からザレッホ火山に通じる道。そしてもう一つは、

 

「一方通行ですが大詠師の執務室からダアト市外の森に通じる譜陣があります。アルビオールに乗り込んでさえしまえば」

 

「っ! 止まりな、モース!」

 

 前を行く私の襟首を捕まえたカンタビレは、その細腕のどこからそんな力が出ているのかと思うほどの勢いで私の身体を後ろへ引っ張る。急制動がかけられた私の眼前を、鈍色の光が通り過ぎた。

 

「モース、覚悟ぉ!」

 

「邪魔すんじゃないよ!」

 

 物陰から奇襲を仕掛けてきた神託の盾兵を、カンタビレが斬り伏せる。ヴァンとの戦いで負傷しているとは思えない鋭い太刀筋によって、鎧の上から切り裂かれた兵士はそのまま床に倒れ伏す。左手に握った導師イオンの手が微かに震えるのを感じるが、今は声を掛けている余裕は無い。荒事に慣れていないタトリン夫妻が顔を青くしているのも気遣っていられない。ヴァンはラジエイトゲートからダアトに直行したはずだ。復活したヴァンの周りに協力者はいなかったはず。ここにヴァンの手の者が入り込んできたということはリグレット達がダアトに来たことを示唆していた。

 倒れた神託の盾兵を超えて廊下を駆ける。道すがら、同じ神託の盾兵同士が矛を交えているのがちらほらと目に入り、焦燥も募っていく。

 

「皆さん、この広間を抜ければ……」

 

 目的の隠し通路は目前。階段が壁に這うように設置された吹き抜けにまで辿り着いた私は、後ろの皆を振り返ってそう言う。

 そして前を向き直る時に、視界の隅に金色が閃いた気がして、咄嗟に導師イオンを後ろに庇って譜術を発動させる。氷壁が目の前に生成されると同時、そこに弾痕が刻まれ、分厚い氷に細かな罅が入った。

 

「ッチ、反応が良いな。大詠師モース」

 

「……リグレット」

 

 ひらりと私達の前に降り立ったリグレットに、私は苦々しい声を返した。今最も会いたくない人物に鉢合わせてしまった。彼女は譜業銃を構え、私達の行く先を完全に塞いでいた。

 

「ヴァンが戻ってきたのならばお前を狙う。それが叶わなければダアトを。その予想は正しかった」

 

「嫌になるくらい有能な副官ですね、あなたは」

 

 譜術と違い、攻撃までのタイムラグがほぼ無い譜業銃。こちらは非戦闘員を大量に抱えている状態では、リグレットの追跡を振り切ることは不可能だ。そして時間は今はヴァン達に味方する。私が歯噛みしていると、カンタビレがリグレットの注意を惹くように前へ一歩踏み出した。

 

「ったく、何が楽しくてあの破滅主義者に付き従うんだか。つくづく男の趣味が悪いね、リグレット」

 

「そのような安い挑発に乗るとでも?」

 

 この場の緊張感にそぐわない軽い調子で言い放ったカンタビレに、リグレットはそう言って譜業銃を突きつける。だが、それに対しても何ら気負うこと無く、やれやれとため息までついてみせる。

 

「そこまで入れ込むほど奴は魅力的かい?」

 

「ハッ、それを言うなら貴様こそ男の趣味が悪いな、カンタビレ」

 

 ニヤリと口の端を上げて笑って見せたカンタビレに、リグレットも冷たい笑みで返す。私はと言えば、この膠着した状況を覆す術が思いつかず、メイスの感触を確かめるように右手の中で握り直すことしか出来なかった。

 

「言ってろ」

 

 カンタビレはそう言い捨てると目にも止まらぬ速さで剣を抜き放ち、リグレットの目前へと迫る。その速度は先ほどまでヴァンに痛めつけられていたとは思えない程であったが、リグレットは眉一つ動かさずに譜業銃で迎撃する。それに一拍遅れて、私は後ろに立つ非戦闘員の周りに氷壁を展開する。彼らが保護されたのを確認してから、カンタビレへの援護として練り上げた音素(フォニム)を解放する。

 

「アイシクルレイン!」

 

 私の十八番ともいえる氷の譜術。急いで発動されたために刃というよりも礫の形となったそれがリグレットの頭上から降り注ぐ。だがそれすらも軽い身のこなしで後ろに跳んで躱す。

 

「手負いのカンタビレとモースでは私を破ることは不可能だ」

 

 淡々と述べるリグレットに、私とカンタビレは共に歯噛みをする。彼女の言う通り、現状はまさしく進退窮まるといった状態だ。カンタビレも先の攻防だけで僅かに息を切らしているところから、ヴァンとの戦いのダメージがまだ残っていることが見て取れる。

 

「……モース」

 

「ここであなたを残して行く選択はありませんよ」

 

 私の名を呼びながら目配せしてきたカンタビレにそう返す。私情を抜きにしても、カンタビレを残して行くのは悪手だ。手負いの彼女が最悪リグレットの手に掛かってしまえば、こちら側の戦力が激減してしまう。ヴァンに対抗できる人材を無為に捨ててしまうことだけは避ける必要があった。

 こうして退くことも進むことも出来ない膠着状態が出来上がる。この膠着はリグレットに一方的に有利に働くばかりだ。彼女の顔に勝利を確信した笑みが浮かぶ。

 

「このままヴァンが来るまで私と踊ってもらうぞ」

 

「面倒な!」

 

 リグレットの言葉を皮切りに再びカンタビレが距離を詰めようとする。その後ろを不意を衝くために無詠唱で発動させた私の譜術が追う。カンタビレの身体で隠された氷の刃は、一歩間違えば味方であるはずの彼女を貫いてしまいかねない。だが、そんなヘマを彼女がやらかすなど私には到底想像がつかなかった。

 

「踊るってんなら見本を見せてみな!」

 

「なっ!?」

 

 リグレットの挑発に怒鳴り返しながらカンタビレは一際強く地を蹴ると、中空にその身を躍らせる。それによって、背後に隠していた氷刃が回避が難しい距離までリグレットへと迫る。その不意打ちに驚いたのか、一歩間違えれば同士討ちの可能性がある無謀な策に驚いたのかは定かでは無いが、リグレットは目を見開くと横っ飛びと共に譜業銃で氷刃を迎撃にかかる。リグレットの持つ音素(フォニム)を吸い上げ、炎の属性を帯びた弾丸がいくつかの氷刃と正面からぶつかって砕け散る。流石に全てを迎撃することは叶わなかったようだが、かといって有効打を与えられたものも無く、その二の腕に薄っすらと血を滲ませる程度に留まった。とはいえ、本命は私の攻撃では無い。

 

「そっちばっかり気にする余裕は無いだろうさ!」

 

「死に損ないがよく吼える!」

 

 中空に飛び上がっていたカンタビレがリグレットの回避先に重力を利用した剛剣を叩き付ける。その勢いは例え近距離から遠距離まで万能に戦えるリグレットの為に特注で作られた譜業銃の強度を以てしても真っ二つに両断されかねないもの。そのことを瞬時に判断したリグレットはカンタビレを迎え撃つ選択肢をさっさと放棄すると、床をゴロゴロと転がってその刃から逃れた。叩き付ける相手を失ったカンタビレの剣はその秘めたる威力を床に敷き詰められた石畳を広範囲に渡って粉々に砕くことで示す。

 

「正攻法も、不意打ちもダメですか。やはり厄介ですね、あなたは。ヴァンの部下の中で最も恐ろしい」

 

「そうでなくては閣下の副官は務まらん」

 

 思わず漏れてしまった呟きにリグレットが返す。成程、ヴァンがかつて自身を殺すことを目的としていたリグレットを副官にしてまで手元に置き、自らの腹心の部下とした理由がよく分かる。遠距離は譜術、中距離は譜業銃、近距離は体術と譜業銃を織り交ぜる。どの距離で戦うことになっても彼女は強い。近距離が得意な相手からは距離を取り、遠距離が得意な相手にはその軽い身のこなしで距離を詰める。ヴァンが副官にしたリグレットという女は、あるいはヴァンが戦闘力として最も危険視した存在なのかもしれない。

 

 この嫌な拮抗状態を打破するためには私とカンタビレだけでは足りない。どうにか後一手必要になる。

 

 そしてその助けは今の混乱したダアトでどれほど期待できるのか。

 

「モース、やっぱり私が惹き付けるしか無いんじゃないかい?」

 

「……しかし」

 

 カンタビレが再度私に問いかける。先ほどの攻防で彼女も私も理解していた。今の二人だけではどうにもならないと。ここで最悪の事態を迎えるくらいならば、最悪の中の次善を選ぶべきなのか。

 

「大丈夫だよ、モース様。今度は間に合ったから」

 

 その救いの声は、物騒な魔獣の鳴き声を伴っていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

妖獣の決意と私

リグレットと私達の間に壁となるように降り立った彼女は、種族の壁を超えて家族となった兄弟達と共にリグレットに対峙する。彼女を守るように、両脇には彼女がいつも連れている四足の魔物であるライガと鳥獣型の大型魔物であるフレスベルグが控えていた。

 

「アリエッタ、お前も閣下を裏切るのね......」

 

そう呟くリグレットの声に、先程の私やカンタビレに向けていたような力強さは無い。どこか悲しそうな顔でアリエッタを見つめていた。

 

「お前の故郷は預言(スコア)に従う愚か者達の手によって滅ぼされたようなものだ。だというのに、どうして私達についてこない」

 

「アリエッタの故郷も、本当のパパとママも沈んじゃった。でもそれをしたのはモース様じゃないもん! それにモース様は預言(スコア)に頼らないで生きていこうって言ってるもん。リグレットも総長もモース様と同じで預言(スコア)なんかいらないって思ってるのにどうして仲良くできないの?」

 

アリエッタの情緒は魔物に育てられた故か歳の割には幼く、また直情的になりがちだ。しかしそれが故に彼女の意見は時折大人達も舌を巻くほど物事の本質を抉り出してくることがある。今のリグレットへの返しもそうだ。現に私やカンタビレに何を言われても表情を崩さなかったリグレットの顔が苦々しく歪んでいた。

 

「それは......。モース達のやり方は手緩いからよ。彼らのやり方では真に預言(スコア)から解放されることはない。たとえ一時でも預言(スコア)を手放したとて、愚かで弱い人間はいずれ同じ過ちを繰り返す。根本から消し去らなくては」

 

「モース様はママと新しく生まれてくる兄弟達の為にダアトの近くにママ達を住まわせてくれた。アリエッタの本当の家族はもういなくても、アリエッタにはママ達も、モース様も、イオン様もいる。だから皆がいなくなっちゃうようなことを考えてるリグレット達には味方できない!」

 

「あのイオンはアリエッタの知っているイオンではないのだぞ!」

 

「それでもアリエッタのイオン様に頼まれたんだもん! 今のイオン様も、フローリアン達も守ってあげてって! アリエッタはイオン様の導師守護役(フォンマスターガーディアン)だもん!」

 

アリエッタがそう言い切ったのを合図に、彼女と共に降りてきた他の個体よりも立派な体格をしたライガがリグレットに飛びかかる。更にフレスベルグが中空からライガを援護するようにリグレットに襲い掛かり、高さというアドバンテージを活かしてリグレットの注意を惹き付ける。異種族の魔物が同士討ちもせず、なおかつこのような連携を取るなど常識で考えればまずありえない事象だ。それを明確な指示もなく、魔物達と築き上げた絆によって成立させてしまえる能力こそ、彼女がその幼さというハンデを物ともせずに六神将に名を連ねることになった理由の一つ。そして更に、

 

「リミテッド!」

 

アリエッタのその声と共に、リグレット目掛けて幾筋もの光柱が降り注ぐ。上級譜術を容易く行使する本人の戦闘力。魔物を使役する能力だけでなく、譜術士としての才もまた、彼女が六神将と呼ばれるに相応しい。譜術に限って言えば、彼女の才能は同年代のアニスをも上回るのだから。

 

「モース様! ここはアリエッタが守るから、行って!」

 

アリエッタが背後の私達に向かって言う。確かに彼女ならば一人でもリグレットと渡り合える。魔物との言葉も必要としない連携と、本人の譜術による援護。こちらが心配することも烏滸がましい。だが、それを容易く受け止めることが躊躇われたのもまた事実。そんな私を我に返らせたのは、右手の裾を強く引く感触だった。

 

「行きましょう、モース」

 

「導師イオン......」

 

アリエッタの乱入によって集中力が途切れ、解除されてしまった氷壁から出てきた導師イオンが、私の腕を取っていた。

 

「アリエッタを信じましょう。アリエッタは強い、そうでしょう?」

 

私の目を覗き込みながら言う導師イオンの目の奥には微かにアリエッタを心配する色が残っている。それでも、彼は優先順位を間違えるなと、あくまでも冷静だ。本来その役割は私が担うはずであるのに。また彼に嫌な役目を背負わせてしまった。私は右手に添えられた導師イオンの手を取り、力無く笑みを浮かべた。

 

「ええ、そうですね。すみません、嫌なことを言わせてしまいました」

 

「話しは終わったかい? 行くよ!」

 

カンタビレの声に弾かれるように、私達はリグレットによって塞がれていた扉へと走る。リグレットは私達を止めたくとも、ライガとフレスベルグ、アリエッタの譜術に追い立てられていては流石にその余裕も無い。先程までの苦戦が嘘のように、あっさりと私達は扉を越えることが出来たのだった。

 

 


 

 

ローレライ教団本部にいくつもある書庫。そこにはそれぞれに異なる場所へと繋がる転移用の譜陣が隠されている。私が選んだのはその中でも比較的近距離、ダアトの郊外に位置する巡礼碑に繋がる譜陣だった。

光が収まり、目を開ければ鬱蒼とした森の中。少し歩けば巡礼碑が見えてくるだろう。その証拠に、ダアトから避難してきたと思われるダアト市民の声が聞こえてくる。

 

「怪我をしている人はこっちに!」

 

「この辺りは安全だから安心してくれ! 神託の盾騎士団が巡回しているからな」

 

そのざわめきの中に、聞き慣れた声が聞こえて私はようやく張りつめていた緊張が解けていくのを感じた。今この場においてもっとも安心できる声だったからだ。

 

「ルーク、ガイ!」

 

「モース!? 無事だったのか!」

 

声をかけながら開けた場所に出てみれば、目を丸くしたルークが慌てて駆け寄ってくる。そして後ろに続くカンタビレが視界に入ると、振り返ってガイにティアを呼んでくるように指示を飛ばす。

 

「一体何があったんだよ! ヴァン師匠(せんせい)と戦ってたディストがここに皆を避難させてればモースが来るって言うけどいつまで経っても姿が見当たらないし、心配してたんだぜ?」

 

「すみません。導師イオンやその他の皆さんをダアトから連れ出さねばなりませんでしたから」

 

そう謝って経緯を説明する。ガイが連れてきてくれたティア達他のメンバーにも同様に事情を説明し、勝手な行動を取ってしまったことを謝罪した。

 

「すみませんでした。軽率に一人で行動したばかりに取り返しのつかないことになるところでした」

 

「まったくです。ヴァンが来ているなら尚更我々が固まって行動するべきでした。一人で対峙するなど、無謀を通り越して自殺行為でしかありません」

 

頭を下げた私に、ジェイドの厳しい言葉が降ってくる。彼の語調こそ平時と変わらず平坦なものの、そこに秘められた怒りは私にひしひしと伝わってくる。

 

「ま、その先走りのおかげでカンタビレが助かったのだとすれば、責めるばかりも出来ませんがね。とはいえ、独断専行は慎んでください。今のあなたはヴァンに付け狙われている。あなたがあの男の手に落ちてしまえば、ヴァンが何をしでかすか分かったものではありません」

 

「......肝に銘じます」

 

ジェイドの言葉に、私はダアトで対峙したヴァンの姿を思い出す。私を見るあの男の目は、何かに取り憑かれたかのような異様な光を宿していた。アブソーブゲートでルークとアッシュの繋がりを通してヴァンと接触し、その狂気の一端に触れていたにも拘わらず、私はあの男の危険性を本当に理解していたわけではなかったことを思い知らされた。

「......それで、導師イオンや他の兄弟達をどこに連れていくんですの? まさか連れ歩くわけにもいきませんわよ」

 

重苦しい沈黙が漂いそうになったのを敏感に察知したナタリアが助け船を出してくれた。

 

「そのことですが、面倒をかけてしまいますがファブレ公爵家の力を借りられれば、と」

 

「父上の?」

 

ファブレの名を出せば、ルークがきょとんとした顔をして聞き返してきた。

 

「ええ。バチカルはそもそも要塞都市ですからヴァン達に攻め込まれるとしても耐えられるでしょうし。何よりも導師イオンの事情をあまり大っぴらにするのもマズイですからね。いくらレプリカが大衆に認知されたからとて、逆に認知されたからこそ、容易に受け入れられるとは思っていません」

 

そういった意味でも、すでにこちらの事情を知っており、なおかつ協力してくれる人物の選択肢はあまり多くない。その中で最も助けてくれる可能性が高く、フローリアン達の面倒を見ることが負担になりにくい人物といえばファブレ公爵になる。

 

「バチカルに向かうのは良いとしても、ここの人達はどうすればいいかしら?」

 

「流石に神託の盾騎士団だけに任せるわけにはいかないよぅ。またレプリカが紛れ込んでてもすぐに区別出来ないし......」

 

ティアとアニスが発した言葉に、他の面々も顔を曇らせる。確かに、巡礼碑の周りは普段から騎士団が魔物を掃討し、今も巡回してくれているとは言え、魔物の脅威はゼロではない。加えて、万が一レプリカ兵が紛れ込んだときの混乱を考えれば、すぐにここを離れる判断がしにくくなるのも無理はない。

 

「それなら俺がここに残る」

 

妙案が思い浮かばず、黙り込んでしまった私達に投げ掛けられたぶっきらぼうな言葉。

 

「アッシュ!? 無事だったのか!」

 

弾かれるように顔を上げたルークが声の主に駆け寄ると、彼は顔をこれ見よがしにしかめてルークを押し留めた。

 

「近付くんじゃねえ、鬱陶しい! 俺もシンクも大した怪我はしてない。ヴァンの野郎、俺達に何も興味を示さずダアトに飛んでいっちまったからな。それで、ここに残って市民を護衛する人間が必要なんだろう?」

 

どこから話を聞いていたのか、私達の状況を正確に把握している彼は、そう言って後ろに控えているシンクに目配せをする。

 

「......ハイハイ、分かったよ。とりあえずアッシュの元部下を集めてくるよ。どれだけここにいるかは分からないけどね。そいつらを頭に部隊を分けて互いに符丁を決めて照合させる。照合出来ない人間がいたらそいつはレプリカ。人数にもよるけど5班くらい作って2班は巡回、2班は野営地警邏、1班が休憩でローテーションさせればまあ何とか保つと思うよ」

 

あの目配せだけで何が伝わったのか、シンクはすらすらと方針を諳じると「これで満足?」とでも問いたげに仮面越しにアッシュへと視線を返す。

 

「ほぇ~、シンクって実は仕事出来る人だったり?」

 

「これでもヴァンの下で参謀みたいなこともやってたんだ。人を動かしたりもしてたんだからこれくらい出来て当然だろ」

 

感心したように声を漏らしたアニスに、シンクがあらぬ方向を向いて素っ気なく返す。微かに耳が赤くなっているのを見るに照れているのだろう。そしてそれを見逃すアニスではない。彼女はシンクの様子にニマニマといやらしい笑みを浮かべると、近寄って肘でシンクの脇腹をつつく。

 

「な~に? もしかして照れてる~?」

 

「そ、そんなわけあるか! そんなわけあるかッ! ~っ、さっさとバチカルにそいつらを連れていきなよ!」

 

アニスにからかわれて更に耳の赤みを増したシンクは、そう言うとずんずんと人混みの中へと歩き去っていってしまった。

 

「ふふ、頼りになりますね、シンクは」

 

その様子を微笑ましく見つめる導師イオン。ルーク達も、温かい目で人混みの中へ消えていくシンクを見送った。

 

「俺とシンクが残って指揮を採る。ヴァンがここを離れたのを確認したら俺達はグランコクマに行って作戦の最終打合せだ。それまでにお前達はラジエイトゲートに行ってプラネットストームを停止させておけ」

 

「分かった。ここは頼んだ、アッシュ」

 

ルーク達に向き直って言ったアッシュに対し、ルークはそう返して右手を差し出す。

 

「何のつもりだ?」

 

そう言って差し出された右手を睨み付け、眉間の皺を深くするアッシュにもルークの微笑みは崩れない。

 

「ここを頼むっていう握手だよ。思えばアッシュとこうして協力することって今まで無かったなって思ってさ」

 

「......馴れ合うつもりは無い」

 

「馴れ合いじゃなくていいさ。互いにやり易いように互いを利用する。そんな関係でも、こうやって表向きは手を取り合うもんじゃないか?」

 

「......ッチ、しばらく見ねえ間に」

 

その後に続く言葉は無かった。アッシュの心の中にだけしまわれたであろう言葉が何なのか、それを知る術は無い。しかし躊躇いがちとはいえ、差し出されたルークの右手を苦々しく握り返したことが、何よりも雄弁にアッシュの内心を物語っているように見えたのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

●カンタビレと私

閑話回です


「なるほど、ダアトの状況は理解した。良いだろう、あの子らはこちらで預かる。カンタビレ殿もこちらで身体を休めると良いだろう。既に白光騎士団は互いの顔と名前、識別術式で照合可能だからな。レプリカ兵が入り込む隙は与えん」

 

「すみませんが頼らせて頂きます。面目ない」

 

「気にするな。バチカルもそうなっていた可能性は十分にあったのだから」

 

 バチカルの最上層。王城と同じ階層に建てられたファブレ公爵邸にて。私達は応接室でクリムゾンと向かい合っていた。私から事の次第を聞いたクリムゾンは眉間に皺を寄せて思案に耽っている。

 

「にしても、ヴァンが意図していたかはともかくとして、開戦前に機先を制されたな。プラネットストームの停止も出来ていない中、一方的にこちらが被害を被った」

 

「その通りです。ピオニー陛下には既に鳩を飛ばしていますが、キムラスカも警戒を厳とすべきでしょう。いつヴァン達が両国に進軍してくるか分かりません」

 

「助言感謝する、死霊使い。しかし備えたとしても空から来られてはバチカルも無力だな。下からの侵攻には強くとも上からの侵攻に対する備えは乏しい」

 

 クリムゾンの言葉に、私の頭にバチカルの構造が思い起こされる。かつて巨大な譜石が落下した跡地に築き上げられたらしいこの都市は、縦に長い構造をしている。上層に行くほど高級住宅街となり、最上層は王城とファブレ公爵邸を構えた階層構造だ。それぞれの階層は昇降機か天空滑車を用いる仕組みとなっており、地上や海上から進攻しようとすればそれらの昇降装置を用いなければ難しい。縦に長い構造は大兵力を展開するにも不向きだ。一方で守る側からすれば兵力を集中させるべき場所が絞られており、尚且つ敵の進攻ルートも分かりやすいとなればこれほど守りやすいことは無い。かつてキムラスカとマルクト以外にも数多の国が興り、相争っていた時代でもなおこのバチカルが陥落したことは無かったのだから、その堅牢さは歴史が証明していた。しかし、今度の敵は空中に浮かぶ島。下からは攻めにくくとも、上から見れば最も狙うべき相手が目の前にいる状態だ。これまでの常識が通用しない戦いになるだろう。

 私の頭でも考えられる懸念は、歴戦の将であるクリムゾンであれば当たり前に考え付くことだろう。そしてそんな常識の埒外にいる相手に対し、防衛策を講じなければならない彼の重圧は私如きには計り知れない。

 クリムゾンは暫し黙って眉間を人差し指と親指で揉んでいたが、一つため息をつくと、顔の険を和らげて私達を、ルークを見つめた。

 

「防衛に関してはゴールドバーグ将軍とも相談することにしよう。それより、ルークもよくやった。ダアトから市民を避難させ、急拵えの野営地まで準備するとはな」

 

「え、お、俺はそんな……、大したことはやって、ないし」

 

 突然話を振られたルークはクリムゾンの褒め言葉にしどろもどろに返し、どんな顔をすれば良いのか分からないように頬を掻いて視線を下に向ける。その様子が微笑ましくて、私やジェイド、他の面々も頬を緩め、先ほどまで漂っていた緊張感が霧散していくのを感じていた。

 

「何を言う。貴族として、他国であろうと民を守り、導く姿勢。キムラスカの、ファブレの名に恥じぬ行いだ。貴族たるものの責務を果たした息子を褒めなければそれこそ私がシュザンヌに叱られてしまう」

 

「それを言うならアッシュの方がよっぽど俺なんかよりしっかりと貴族らしかったよ、父上」

 

 ルークの肩に手を置いて微笑むクリムゾンに、褒められた当の本人は逆にどんどんと居心地悪そうに縮こまっていく。クリムゾンが父として接しているのに対し、ルークはまだどこか心の隅でアッシュのレプリカという事実が引っ掛かっているようだ。そんなルークに向かってやれやれと呆れながら、歩み寄り、力強くその背を叩いたのはルークが最も信頼する友人。

 

「なーにうじうじしてんだよ、ルーク。こういう時は胸張っときゃ良いんだ。他人の方が出来てようが何だろうが、お前だって十分以上に働いてたことは事実じゃねえか」

 

「そうよ、ルーク。あなたはちゃんと変われている。ずっと見てきた私が言うんだもの、間違いないわ」

 

 そう言ってガイに続くのは優しい微笑みを浮かべたティア。ガイと共にルークを挟むように立ち、彼と視線を合わせた。

 

「ガイ、ティア……」

 

「そういうことだ。私が褒めることなどあまり無いのだから、素直に受け取っておきなさい」

 

「……はい。ありがとう、ございます」

 

 ガイとティアに諭され、ルークはようやくクリムゾンの言葉を受け止めると、そう言ってはにかむのだった。そして応接室内には、どこかむず痒い空気が漂うことになるのだが、ジェイドの「そろそろ感動の親子対面シーンは終えても構わないですかね」という身も蓋もない言葉でそんな空気もあっさり消え去るのだった。

 

 


 

 

 バチカルはファブレ公爵邸のもとに身を寄せて二日は何事もなく日々が過ぎていった。ヴァンとの戦いでダメージを負ったカンタビレと私の回復を待つためにルーク達を足止めしてしまう形になったが、彼らからは気にするなと言われるだけだった。

 とはいえ、もちろんその言葉に甘えて休み続けていたわけでは無い。ヴァンと直接対峙した人間として、今の彼の強さ、状態をルーク達に伝え、クリムゾンと共にバチカル防衛網構築にも無い知恵を絞って協力していた。

 

「休むという言葉の意味が分かってるのかい、お前は」

 

「藪から棒になんです、カンタビレ」

 

 そして今日はといえば、ティアとナタリアの譜術によってダメージが多少癒えてきたカンタビレの看病を朝からしていた。その最中に半眼のカンタビレに投げかけられた言葉がこれだ。

 

「きちんと睡眠は摂れていますし、目立った外傷もありません。十分に休めましたよ、私は」

 

「そういうことじゃないんだがね……。まあいい、さっさと包帯を巻いてくれ」

 

 私の返答に呆れたように大きなため息を零したカンタビレは、そう言って私に左腕を差し出す。ティア達の譜術で回復させたとは言え、ヴァンとの戦いで深く傷ついたのか、彼女の二の腕から肘にかけては大きな傷がついてしまい、まだ治り切っていない。恐らくは傷跡が残るだろう。

 

「なんだい、じっと見つめたりなんかして」

 

「……いえ」

 

「傷のことなら気にすることは無いよ。どうせ既にこの服の下は細かい傷がたくさんあるんだ。今更一つ二つ増えても変わらないさ」

 

 カンタビレはそう言って豪快に笑うが、私はピクリと口の端を引き攣らせるだけで上手く笑えなかった。カンタビレもそうだが、私の為に傷ついた人たちが沢山いる。今目の前にある彼女の傷が、私に語り掛けてくるようだった。自身(モース)がどれほど無力な存在であるか。導師イオンを、ルークを、子ども達を守ろうと思っているのに、結局は彼らを矢面に立たせざるを得ない己の身が如何に滑稽か。そしてそんな無力な己の為に傷つく人を癒すことすら出来ない。

 

「何を考えてるのかは分からないけど、あんまり女の肌をじろじろ見るってのは感心しないね」

 

「ああ、すみませんでした。すぐに包帯を巻きますね」

 

 カンタビレにそう言われて私は慌てて彼女の左腕に包帯を巻いて行く。真新しい白い包帯が傷を覆い隠していき、私の目から傷が見えなくなってしまうまで、私は目に焼き付けるように彼女の傷を見つめていた。忘れるな、これが私の為に傷ついた人の傷だ。私がどれほど多くの人に支えられているのか、オリバーにも言われたように、彼ら自身が選んだ結果なのだとしても、その協力に、献身に報いる気持ちを忘れてはならない。

 

「さ、これで良いと思いますが、きつくはありませんか?」

 

「ああ、ちょうど良い」

 

 包帯を巻き終えた左腕を動かしながら、カンタビレは満足気に笑う。

 

「それで、あんなに熱心に私の傷を見て何を考えてたんだい?」

 

「ただありがとう、と。あなたのお陰でヴァンの足止めが叶い、こうしてバチカルまで逃げることが出来ました。これまでもあなたには散々助けられてきましたからね、どう報いたものか考えあぐねていました」

 

 これも事実だ。カンタビレとは大詠師となる前からの付き合いであり、最も古くからの協力関係だ。これまで助けられてきた恩に対し、それに値するものを私が返せているとは思っていない。かつてそのことを正直に伝えたときに返ってきたのは、彼女の代名詞とも言える豪快な笑いと気にするなという言葉だった。

 

「報いねぇ。傷を見てナーバスにでもなったかい? 傷物になったって?」

 

 私はそんなタマじゃないよと、相も変わらない豪快な笑いを私に返してくれる。

 

「元より棒振りしか能が無い人間。傷なんて数え切れないほどついてるさ」

 

「それでも、あなたには返しきれない借りがありますから。いつか借りを返しますよ」

 

「そりゃいい。ならこの傷をつけた責任でも取ってもらおうかね」

 

「先ほど数え切れないほどついてると言いませんでしたか?」

 

「だから取らなきゃいけない責任も大変なことになってるかもしれないねぇ?」

 

 カンタビレはそう言って悪戯っぽく笑う。それに釣られて私も肩を落として笑うしかなかった。

 

「こんな情けない老人に何をさせるおつもりですか」

 

「何が老人だ、老人があんなに身体張ってたまるか」

 




スキット「女三人寄れば……?」

「ムッフッフ~」

「うふふ」

「な、なにかしら、アニス、ナタリア。そんな妙に笑って」

「いえいえ、べっつにぃ? ねえ、ナタリア~?」

「ええ、ルークの理解者が増えて喜ばしいと思っているだけですわ」

「絶対にそれだけじゃないでしょう、その笑いは」

「だって~、ルークのことずっと見てきたってなんだかや~らし~」

「!? そ、そんな変な意味無いわよ! ルークが大人になってることを分かってるって意味で……」

「ええ、ええ、そうですわね」

「アニスちゃんも分かってま~す」

「絶対に分かってないじゃない!」

「そんなことないよぉ? 全部終わったらルークはモース様に挨拶に行かなきゃね~」

「ですわね。モースのお眼鏡に適うのは中々厳しそうですが」

「なんでモース様に挨拶することになるのよ! モース様も困るじゃない」

「モースなら案外普通に受け入れそうですけれど」

「娘はやらん!って言ってるモース様?」

「プフッ、ちょっとアニス、やめてくださいまし」

「ま、どっちかというと穏やかに談笑してるイメージだけどねぇ。それでいて変な男だったら諭して改心させてそう」

「まあ、ルークは変な男では無いのですから安心ですわよ?」

「だ~か~ら~!」

「あら、これ以上揶揄っては本当に怒っちゃいそうですわね」

「でも顔真っ赤だからあんまり恐くないね」

「……もう、知らないっ!」

「行ってしまいましたわね」

「揶揄いすぎちゃったかなぁ、アニスちゃんはんせー」

「あの、ティアが顔を真っ赤にしてこっちに来たのですが。何を言ったのです?」

「怒ってすぐに頼るのがモース様ってだけで結構さっきの話が割と現実味を帯びちゃうよねぇ?」

「ですがアニスならガイやジェイドにこのような話をしますの?」

「……しないねぇ。ガイも大佐もこんな話にいっちばん向いてない人間だよ」

「何の話をしてるのですか……」

「モース様が頼りになるなぁって話ですよ」

「ええ、その通りですわ」

「……素直に喜べないですね」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

親娘と私

 王城からの呼び出しを受けたのは翌日のこと。通い慣れたとも言える謁見の間では無く、インゴベルト王の執務室に通されたルーク達と私は、そこで待っていた王とナタリアの表情から今から話されることがあまり愉快な話ではないであろうことが容易に予想出来た。

 

「ナタリアの本当の父親のことについて皆に聞いておきたい」

 

 インゴベルト王の言葉に、ルークはどこか合点がいったような表情で懐に手を差し入れると、ロケットペンダントを取り出した。

 

「以前、ロニール雪山でラルゴとリグレットの二人と戦ったときに、戦場に落ちていたものです」

 

 ルークの手の中にあるそれには、色褪せてしまっているがナタリアによく似た、いや成長したナタリアと言っても良い人物が写された写真が納められていた。

 それを見たナタリアが声を上げることこそ無かったものの、零れ落ちんばかりにその目を大きく見開く。そして私も、彼らのその反応で理解できた。ラルゴこそ、ナタリアの真の父親であったのだと。

 

「ラルゴは各地を放浪していたのをヴァンが連れてきて神託の盾騎士団入りした経緯があります。それ以前の経歴はラルゴとヴァン以外に知る者は殆どいません」

 

「かつて、ナタリアが生まれてすぐのことだ。キムラスカ軍の若い兵士が突如として王城に乗り込み、私と妻を襲わんとしたことがあった。その凶行は近衛兵と白光騎士団によって防がれたが、下手人はイニスタ湿原に逃れ、行方をくらましたという。その兵士の名はバダック」

 

 そうか、そういうことだったのかと、うわ言のように呟くインゴベルト王と、何も言えず、両手で口を覆うナタリア。ティアとアニスがそんな彼女に寄り添って肩を抱いている。ルークやガイも沈痛な表情で黙り込む中、ジェイドだけが眼鏡を白く反射させ、表情を伺わせないままに口を開いた。

 

「ラルゴとナタリアの関係はこれで分かりました。しかし、ナタリアの本当の母親については何も語られていません。とはいえ、結末は容易に想像が出来てしまいますがね」

 

「ラルゴがどうして単身で神託の盾騎士団に身を置いているのか。どうしてこの世界を滅ぼしてまで預言(スコア)を、ローレライを消し去ろうとしているのか。つまりはそういうことだよな……」

 

 ジェイドの言葉を引き継ぐように、ガイが躊躇いがちに呟く。この場にいる全員が理解しているだろう。ナタリアの本当の母親は、ラルゴの妻は、既にこの世にいない。それが預言(スコア)に詠まれていたかどうかは定かではない。だが、ヴァンの思想に共鳴している以上、預言(スコア)はこの一件に深く関わっていることだろう。

 

「ナタリア、お主はこれ以上戦いに赴くべきではない」

 

「お父様!? 何を仰いますの!」

 

 暫しの沈黙の後、インゴベルト王が発した言葉にナタリアが血相を変える。

 

「ルーク達が、キムラスカとマルクトの民が力を合わせているのに王族たる私がのうのうと尻尾を巻いて逃げろと!?」

 

「そうではない!」

 

 ナタリアの悲鳴のような声を掻き消すほどの大声でインゴベルト王が一喝する。その声には、直接それが向けられたわけでは無い私達さえも姿勢を正してしまうほどの迫力が籠められていた。

 

「そうではない……。前線で戦うことだけが王族の務めでは無いのだ、ナタリア。それに血の繋がった親子が互いに憎み合い、刃を向け合うのはやめてくれ。儂はそなたがこれ以上傷つくのを見たくないのだ……」

 

 だが、続く言葉に先ほどまでの覇気は全くない。憔悴しきった表情でぶつぶつと口の中で呟くだけだった。

 

「かつての、預言(スコア)を盲信していた儂ら大人の過ちだ。その報いを何故お前が受けねばならんのだ……」

 

 そこに居たのは王では無かった。ただ心から娘を案じ、娘が自ら厳しすぎる現実に身を投じようとするのを何とか止めたいと願う一人の父親だった。その姿に、ナタリアも言葉に窮する。彼の言い分は、ただ心情的に拒否しづらいだけではない。現実、キムラスカ王家の一人娘が戦場、それも最前線に立とうとするなどおかしな話なのだ。公爵家嫡男であるルークもそういう意味では同じだが、彼には彼にしか出来ない役割がある。それに対し、ナタリアに関しては彼女でなければいけない理由は言ってしまえば無いのだ。王妃が既にこの世におらず、王の年齢的にナタリアの弟妹が望めないとなれば、むしろ彼女が危険に曝される可能性は何としてでも排除すべきだ。たとえそれがバチカルの奥深くに軟禁する結果になったとしても。

 それを理解出来ていないナタリアでは無い。それでも自分にも出来ることがあるはずと、仲間の力になりたい一心でルークの旅に付き合ってきた。だが、今のインゴベルト王の姿を見て、そして現実的な理由から、ナタリアは返す言葉を失った。彼女の目は、縋るような光を帯びて私達に向けられる。

 

「……正直に言えば、私も陛下の言葉に賛成です」

 

「モース!? あなたまで……」

 

 そして私が発した言葉は、ナタリアの望むものでは無かった。

 

「ナタリア殿下。私には陛下の気持ちが痛いほど分かるのですよ。シンクがアッシュと行動を共にしていることに、私は常に心を痛めています。あの子が傷ついてやいないか、あまつさえ、死んでしまってはどうしようかと。シンクだけではありません。ツヴァイ、フローリアン、フィオ、フェム、導師イオンもそうです。叶うならば皆安全なところで心穏やかに過ごしていて欲しい。ですがそれが出来る程私に力が無いばかりに、シンクを危険に曝している。それで何かあったとき、私は恐らくこの世のあらゆるものに絶望してしまうでしょう。陛下も同じ気持ちなのです。ましてやあなたは今後キムラスカを背負って立つ存在。その身には多くの人の期待と希望がかかっている。それら全てを振り切って、戦場に赴く覚悟があなたにはありますか?」

 

「それは……」

 

「何も同行することを絶対に拒否するということではありません。ですが、陛下のお気持ちも今一度考えてみて頂けませんか? 親というのは、例え子に嫌われようとも子を守ろうとするものなのですから。……すみません、話し過ぎましたね。一旦席を外します」

 

 それだけ言うと、私はルーク達を残して部屋を後にした。これ以上私が残ったとしてもナタリアが話しにくいだろう。どこまで行っても私は彼らと真に同じ方向を向くことは出来ない。良くも悪くも、ルーク達と私では見ているものが違うのだから。親の心子知らず、というわけではないだろうが、どうしてもルーク達にインゴベルト王や私が抱える気持ちを真に理解してもらうことは出来ないと思ってしまう。彼らも親になったときに初めてこの気持ちを知るだろうから。

 

「例え世界を引き換えにしても、子を守る。子を、そして恐らく妻を亡くしたラルゴの気持ちも、私は分かってしまうのですよ」

 

 それは多分、ヴァンによって導師イオンやフローリアン達を害されるかもしれないと考えたときに、私の腹の奥底から湧いて出てきた怒りと同じものだろうから。勝てるかどうか、可能かどうかという理屈ではない。そこに残るのはただただ全てを燃やし尽くす炎。苛烈なそれは、自分だけでなくその周囲も焼き尽くし、燃やせるもの全てを燃やし尽くすまでは決して止まらないだろう。

 

「……だからこそ私はあなたを止めたいのですよ、ラルゴ。あなたはまだ、真にナタリアを失ったわけでは無いじゃないですか」

 

 会って話すことが出来る。たとえ当たり前の家族の形で無かったとしても、絆を結び直すことは出来ないだろうか。それは私の楽観的に過ぎる希望でしかないのか。それでも尚、手を伸ばしてしまう。私達とラルゴの対立が避けようがないものだとしても、取り返しのつかない離別は避けられると信じて。

 

「少し気分転換に歩きましょうか……」

 

 そう独り言ちると、私の足は自然と王城の中庭へと向かっていた。

 

 


 

 

 ファブレ公爵邸の中庭には、常に綺麗な水が流れ、そして庭師のペールが丹精込めて育てた花が美しく咲き誇っている。そんな中庭を見るのは私がファブレ公爵邸を訪れたときの楽しみの一つであったが、それと同じくらい、いや凌駕するのが王城にある中庭だ。まず規模からして異なる。かつてキムラスカ領内に落下した譜石を加工して装飾とした噴水を中心に、同心円状に広がる生垣と、そこに咲いている種々の花々。生垣の間を歩けば、香りがきつくならないように計算して植えられた花の香りが甘く漂い、噴水に流れる水は手で掬って飲むことが出来そうなほどに透き通っている。夏には、青々とした芝生が綺麗に刈り揃えられており、かつて幼かったナタリアにせがまれて裸足で歩いた時はふかふかとしてとても気持ちがよかった。

 バチカルを訪れたときは必ずと言って良いほど私はこの中庭に足を運び、ほんの少しの時間だけでも、頭を悩ませる問題を忘れて心を自然に委ねていたものだ。

 そんな美しい庭園には、今は私以外にも先客が足を運んでいた。

 

「あ、モースだ!」

 

 弾むような声が聞こえたかと思えば、バタバタとこちらに駆け寄ってくる足音が四つ。私は、強張らせていた表情を緩め、地面に片膝をついて腕を開き、彼らを迎え入れる。四人のうち一人はやや躊躇いがちだったが、私が手招きをするとおずおずと残りの三人と同じように私の腕の中に収まった。

 

「皆さんもこの庭に来ていたのですね、ツヴァイ、フローリアン、フィオ、フェム」

 

「凄いね、ここ!」

 

「図鑑でしか見たこと無い花、いっぱい」

 

「食べられそうな草は無い、しょぼーん」

 

「何おっかないこと言ってるんだよフィオ……」

 

 腕の中でそれぞれに話す彼ら一人一人と目を合わせ、頭を撫でていく。一頻りそれを繰り返すと満足したのか、四人が離れたので私は立ち上がる。ふと視線を上げると、彼らを連れてきてくれたであろう人物がこちらに向かってのんびりと歩いて来ているのが視界に入った。彼女がゆるゆると右手を上げたので、私もそれに手を振り返す。

 

「引率ありがとうございます、カンタビレ」

 

「ずっと寝てるだけじゃあっという間に鈍っちまうからね。リハビリにゃもってこいだよ。それにしてもこの二人は特に元気が有り余り過ぎてるがね!」

 

 そう言ってカンタビレはフローリアンとフィオの頭をわしゃわしゃとかき回す。きゃーと嬉しそうな悲鳴を上げるフローリアンと、うぼぁーとよく分からない声を上げるフィオ。私がここに来るまでに何をしていたのだろうか。

 

「ほれ、その体力を走り回ってさっさと使い果たしてきな」

 

「よーし! 綺麗な花を見つけてモースにプレゼントだ!」

 

「誰が一番、気に入られるか、勝負」

 

「なんで勝負になるんだ……」

 

「フェムは自信無い? なら仕方ない、そこで指を咥えて見ていると良い。ふんす」

 

「……その安い挑発に乗ってあげるよ」

 

 カンタビレに促されたフローリアン達は、そうやってやいのやいのと騒ぎながら慌ただしく走り去っていってしまう。

 

「花を摘むときは摘んでも良いか庭師に尋ねるんですよ!」

 

 遠ざかっていく背中に声を張り上げると、はーいと元気の良い言葉が返ってくる。それを聞き届けてから、私は噴水の縁に腰を下ろした。少し間を空けて、カンタビレも同じように腰かける。

 

「それで、またぞろ何か難しいことを考えてるんだろう?」

 

「……そんなに分かりやすい顔をしていたでしょうか」

 

 カンタビレの言葉に、私は思わず苦笑する。彼女と言い、ディストやジェイドと言い、どうも近しい人には私如きの表情はお見通しらしい。

 

「なに、お前が難しいことを考えてないときの方が珍しいんだ。こうやって突いてやればすぐにそうやって自白する」

 

 前言撤回。表情は取り繕えているのかもしれないが、どうやらそれ以上に私が隙だらけ過ぎるらしい。ジト目で横を見やると、カンタビレがニヤニヤと笑っているのが目に映る。だが、彼女のその表情の奥には私を気遣う気持ちがあることは分かっている。こうやって軽い調子で言ってくれるからこそ、私も胸の内を吐き出しやすい。

 

「……子どもを案じない親はいません。世界と引き換えにしてでも守りたいと思うでしょう。でも、そんな親心とは反対に、子は親の庇護下をあっさりと抜け出してしまう。それは自発的にかも、あるいは他者に強制された結果かもしれませんが」

 

 そしてその先で時には命を落とし、残された者が深い絶望と悲しみに暮れることになる。

 

「子のためならどんな茨を踏み抜こうと構わない。もしも子を亡くせば、それこそ世界全てを敵に回してしまうくらいに」

 

 ままならないものです。もはや何の説明にもなっていない独白。事情を知らないカンタビレからすれば、何を言われているのかさっぱりだろう。だが、彼女は最後まで耳を傾けてくれた。そして手を降ろし、噴水の透き通った水の中に指先を差し入れる。

 

「詳しいことはさっぱりだけど。またぞろ変なことに気を回しているんだろうね」

 

 指先をくるくると回して小さな渦を作りながら、カンタビレは言葉を続けた。

 

「一つ言えるのは、お前もお前で視点が偏ってるってことだね」

 

「偏っている、ですか?」

 

「親心を子は分からない。当たり前じゃないか。例え血の繋がった親子だろうと違う人間なんだから、内心が分かるわけが無い。同じように子の心も親が分かるわけがないだろう。だから話し合う、お前がよく言っていることじゃないか」

 

 カンタビレの真似をするように、私も噴水に指先を沈めてみる。ひんやりとした感覚が伝わり、それによって頭の奥がすぅっと醒めていくような心地がした。どうやら、私は気付かず熱くなり過ぎていたらしい。親子のことになると、どうにも私は冷静になれないのかもしれない。フローリアン達という子どもがいるからだろうか。

 

「余計な気を回し過ぎでしょうか」

 

「さあね、所詮は私の持論さ。そんなことより、フローリアン達はどんな花を持って帰ってくると思う?」

 

「どうでしょう。大輪で派手な色の花なんかは目を惹くでしょうし、それかもしれませんよ」

 

「案外落ち着いた色の花を持ってくるかもしれないよ?」

 

 私とカンタビレはそう言って離れたところで走り回るフローリアン達を見つめる。互いに何やら話しながら、庭師を引き連れてあっちこっちを歩き回っている姿に思わず頬が緩む。ラルゴともこうして穏やかな時間を過ごすことが出来ればと思う。この世界に復讐せんとする彼をどうすれば止められるのか、私には分からない。対話で解決できる段階はとうに過ぎてしまっているのだろう。それでも、取れる選択肢を狭めないようにしよう。ルーク達がラルゴを止めたとき、力だけでなく、言葉でもってラルゴを止める選択肢を提示出来るように。

 

 フローリアン達が持って帰ってきた花は、私の予想を裏切るものだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ラルゴと私

 結局、ナタリアはルーク達について行くことに決めたらしい。あの後しばらくしてルークが中庭まで私を呼びに来てくれた時にそう教えてくれた。彼女の決意は固く、それは陛下の言葉であっても覆ることの無いものだったらしい。彼女がそうと決めたのならばこれ以上は私に言えることは無い。これまで以上に強い意志を秘めた彼女の目を見た私は、後ろで諦めたように笑う陛下と同じ顔をしていたことだろう。

 そして今日、真正ローレライ教団から使者が訪れるという先触れがあったため、私達は玉座の間、ファブレ公爵やゴールドバーグ将軍と並んで陛下の側に控え、その使者を迎えた。

 

「真正ローレライ教団の使者、黒獅子ラルゴ。過日そちらに寄越した要求に対する返答を聞きに参った」

 

 我々に対するのは黒髪の偉丈夫。使者とは彼のことだったか。私は視線をインゴベルト陛下の横に立つナタリアに向けた。彼女の顔は強張っているものの、取り乱すことは無かった。ラルゴを、敵として立ちはだかる実の父親を前にしても彼女は毅然とした態度を崩すことは無かった。

 

「キムラスカ=ランバルディア王国は真正ローレライ教団を認めない。その創始を宣言した首魁たるオーレルは既におらん。我々が貴殿らに屈することは無いと思ってもらおう」

 

「……なるほど、それがそちらの答えか」

 

 陛下の言い放った言葉を瞑目して聞き届けたラルゴは、静かにそう呟いた。そこに感情の乱れは無い。彼もそうなることが分かっていたからだろう。

 

「お前達は星の記憶に縛られ続ける未来を選んだというわけだ」

 

預言(スコア)には頼らない。キムラスカはマルクトと手を結び、預言(スコア)に頼らず繁栄を手にして見せよう」

 

「ハッ、今まで散々預言(スコア)に頼り続けてきた分際で笑わせるものだ」

 

 陛下の言葉をラルゴは一笑に付す。口元に微かに笑みを浮かべてはいるものの、その言葉の端々に滲むのは確かな怒り。

 

「その言葉、嘘では無いのならば示して見せろ。ラジエイトゲートで待つ」

 

 その言葉と共に身を翻し、ラルゴは玉座の間を去ろうとする。

 

「少し待ってはくれんかラルゴ、いやバダックよ」

 

 だがそれを呼び止めたのは陛下の言葉。バダックと呼ばれた瞬間にラルゴの身体から目に見えて分かるほどの怒気が発され、先ほどまで冷静だった表情は明確に怒りで歪められていた。

 

「その名は捨てた。よりにもよって貴様が俺をその名で呼ぶとはな。この場で縊り殺してやろうか?」

 

「それを我らが許すとでも?」

 

 ドスンと床を大きく鳴らして踏み出したラルゴとインゴベルト王の間にクリムゾンが割って入る。ルーク達と私も警戒態勢に入るが、陛下が片手を上げてそれを制した。

 

「かつても貴様の率いる白光騎士団に阻まれたのだったのか。だが今は目の前に落とすべき首がある」

 

「バダック、お主が儂を恨んでいるのは重々承知している。だが、ナタリアまで、お主の娘まで巻き込むことを良しとするのか」

 

「……俺の娘は死んだ! 妻も、娘も、他ならぬ貴様らの手によって奪われた。そんな貴様らが俺を諭すだと? どこまで傲慢で、人を馬鹿にすれば気が済む!」

 

 ラルゴの怒りは凄まじく。絨毯が敷かれているにもかかわらずその下にある大理石がミシミシと音を立てる。直接向けられていないはずの私の背中にとめどなく汗が流れていた。

 

「確信したよ。その傲慢さこそ、人が星の記憶から脱却出来ないことを示す何よりの証左だ。何度でも同じ過ちを繰り返す。……覚えておけ、二度と貴様らと俺の道が交わることは無い」

 

 言いながらラルゴは左腕の裾を捲り上げると、私達に見せつけるように掲げた。そこに刻まれているものを一目で理解出来たのは、身をもってそれを経験した私とジェイド、そしてそれを受けたものを目の当たりにしたことがあるルーク達だ。

 

「ラルゴ、その腕は……」

 

「副作用が分からないはずが無いでしょう……!」

 

「フン、元よりこの身は既に果てたものと考えているわ。今更何を躊躇う必要がある」

 

 彼の腕に刻まれていたのは譜陣。それも私やジェイドのものと同じく、周囲から特定の音素(フォニム)を吸収する効果を持つものだ。第七音素(セブンスフォニム)を吸収するものでは無いようだが、その他の音素(フォニム)であっても、過剰に吸収してしまえば体内の音素(フォニム)バランスが崩れ、致命的な事態を引き起こしてしまう。そんな効果を持つ劇物を、彼は左腕にびっしりと刻みつけていた。

 

「もう一度言う、ラジエイトゲートで待つ。そこでお前達の覚悟を見せてもらおう。本気でこの世界を守りたいのなら、俺を殺して前に進め」

 

「……本当に、止まることは出来ませんの?」

 

「止まらん、止まれんところまで俺達は来ているんだよ、お姫様」

 

 そう言ってラルゴはナタリアを一瞥すると、今後こそ振り向いて玉座の間を後にする。

 

「……すまなかった。儂の気が逸った」

 

 ラルゴが居なくなり、静かになった部屋の中で、陛下がぽつりと零した。

 

「確かにあまり良い交渉ではありませんでしたな。あの場でラルゴが激昂していれば、例え私とルークらが居ても陛下の身に危険が及んだことでしょう」

 

 陛下の謝罪に率直に苦言を呈したのはクリムゾンだ。彼に返す言葉も無く、陛下は顔に手を当てるとため息を吐く。

 

「すまぬな。昨夜ナタリアと話し、覚悟を決めたのは分かっていたのだ。だが、それでも聞かずにはおれなかった。怒らせると分かっていてなお、一縷の望みを捨てきれんかった」

 

「親である以上、娘を案じるのは当然のことです。ですからこれ以上責めることは致しません。それよりも、先ほどラルゴが見せた腕の入れ墨、あれの意味をルーク達は知っているのか?」

 

「あれは……」

 

 クリムゾンに問われ、説明しようと口を開いたルークを手で制したのはジェイドだった。

 

「あれは特定の音素(フォニム)を吸収する効果を持った譜陣です。身体に刻めば、フォンスロットを通して対応する属性の音素(フォニム)を体内に吸収し、譜術の威力や身体能力を向上させる効果を持ちます」

 

「なんと、そのような技術があったのだな。だが、あの口ぶりからするに良いことばかりではあるまい?」

 

「ええ、その通り。特定の音素(フォニム)を身体に取り込み過ぎると、体内で構成音素(フォニム)のバランスが崩れ、深刻な音素乖離症状を引き起こします。パッと見た印象ですが、ラルゴの腕に刻まれていたものはかなりの密度でした。恐らく後先考えない量の音素(フォニム)を取り込んでいるはずです。身体能力の向上は凄まじいものでしょうが、それに付随する音素乖離の進行も著しいでしょう」

 

 死ねば死体も残らない。

 

 ジェイドの言葉に、その場にいた全員が目を見開く。私の脳裏に過るのは強制的に第七音素(セブンスフォニム)を吸収させられ、音素に溶けていった詠師オーレルの最期。ラルゴはラジエイトゲートで待つと言っていたが、そこでの戦いに勝とうが負けようがラルゴは生き残るつもりは無いのだろう。

 

「止まれない、とはそういう意味か。儂はもう、あの者に謝罪することすら出来ぬのだな」

 

「我々に出来ることは、ラルゴを踏み越えてでも目的を達成することだけです」

 

「……行こう、ラジエイトゲートへ」

 

 


 

 

 創生暦時代にユリアがプラネットストームの起点としてオールドラントに刻んだ最初のセフィロト。生き物の気配が希薄で荘厳な印象を受けたアブソーブゲートとは対照的に、ラジエイトゲートはかつてそこを根城にしていたであろう巨大な竜の魔物の骨が遺構に巻き付き、地核から噴き出す記憶粒子(セルパーティクル)が暴風となって吹き荒れていた。

 

「これほど大きな魔物が創生暦時代には存在していたとは」

 

「気を付けましょう。ここを住処にしている魔物は他とは一線を画す強さでしょうから」

 

 竜の遺骨を見上げて呟いた私に、ジェイドが注意を促す。その後ろでは、ノエルに言づけ済ませたルーク達がこちらに歩いて来ているのが見えた。

 

「それで、入り口は?」

 

 ルークに問われ、私とジェイドは揃ってある方向を指差した。そちらを覗き込んだアニスがあからさまにげんなりとした顔をする。

 

「……思いっきり崩れちゃってるけどぉ?」

 

「崩れ方から見て昨日今日に崩れたのではなさそうね」

 

「だがこれじゃあどこから入ったもんか」

 

 瓦礫で塞がれた遺跡への入り口を前に、アニスとティア、ガイが腕を組んで唸っているが、私とジェイド、ルークは別の方向を見ていた。

 

「なあジェイド、やっぱり……」

 

「それしか無いでしょう」

 

「……流石に肝が冷えますね」

 

「三人とも崖下を覗き込んで、何を見ていますの?」

 

 口々に呟く私達を見かねたナタリアが隣に立って同じように崖下を覗き込んだ。そして顔を少し蒼褪めさせてこちらを見る。

 

「まさか……」

 

「そういうことです」

 

 そうであって欲しくないというナタリアの望みをそう言って絶つ。入り口が塞がれているのならばこうするしか他は無いだろう。

 

「皆、こっちから入れると思う!」

 

 ルークが振り返ってティア達を呼ぶ。彼女らもナタリアと同じように崖下を覗き込むと、顔色が悪くなった。

 

「あのあの~、アニスちゃんには遥か下に中に入れそうな入り口っぽいのがあるように見えるんだけどぉ……」

 

「この高さから落ちたらただじゃ済まないのでは」

 

「まさかとは思うが壁に突き刺さった骨に飛び乗るとか言わないよな……?」

 

「よく分かりましたねぇ、ガイ。流石です」

 

「こんなの分かりたくなかった……」

 

 これから起こることを理解したガイが、にこやかなジェイドに肩を落としながら返す。そう、正規の入り口が塞がっている以上、壁に突き刺さった巨大な竜の骨を飛び移り、中に入れそうなところまで降りていくしかない。とはいえ、足を踏み外せば地核まで真っ逆さまと思われそうなそこを命綱も無しに降りていくのは非常に肝が冷えるが。

 

「ここ以外に道が無いのも事実です。諦めていきましょう」

 

「ほらほら、この中で最年長のモースがそう言っているのですから、ガイもいつまで情けないことを言っているのです」

 

「……モースみたいな覚悟決まり過ぎた人間と一緒にするのは止めて欲しいね」

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

始原の地、激突と私

「存外、早く来たものだな。もう少しかかると思っていたが」

 

 私達を出迎えたのは予想通りの人物。その手に握られているのは、大の男の上半身程の大きさはあろうかと思える黒鉄の刀身の大刀。更に身体中を覆う銅色の鎧と、顔を保護する同色の仮面。まさしく決戦仕様と呼ぶに相応しい装いだ。それでも最も目を惹くのは大刀だろう。その威容はそこにあるだけでラルゴの武人としての雰囲気と相まって押し潰すような威圧感を与えてくる。私の視線に気が付いたのかラルゴは手に持った大刀を掲げてみせた。

 

「この武器が気になるか、モース。これはかつて、俺が(ラルゴ)になる前に使っていた武器だ。どれだけ他の武器を使おうが、最も手に馴染むのはこの武器だった。皮肉なものだな、過去を捨てたはずの俺が、最も過去に縋っているとは」

 

「過去を捨てることなど出来ません。いつまでも過去は私達の背に張り付き、時を経るごとにその重みを増していくだけです」

 

「ハッ、おセンチなことを言うのだな死霊使い(ネクロマンサー)。それともお前にも何か消してしまいたい過去があるということか」

 

「ご想像にお任せしますよ」

 

「そんな人間味がお前にあるとはな、面白い」

 

 ラルゴはそう言って私に顔を向ける。仮面越しのため目元は伺い知れないが、私には彼の視線が物理的な重さを伴っているように感じられた。

 

「大詠師モース。思えばバチカルでは何一つ言葉を発していなかったな。この際だから聞かせてもらうが、お前は本当に星の記憶から人が脱却できるなどと信じているのか? 大詠師であればこそ、最も人の愚かしさをその目で見てきたというのに」

 

「唐突な問い掛けですね、ラルゴ。答えは変わりません、人は預言(スコア)に、星の記憶に負けることなど無いと、私は信じています」

 

「……そうか。あるいは貴様ならば俺やヴァンの想いを知り、共感してくれるかもしれんと期待していた」

 

「何を……」

 

「そうではないか。世界を預言(スコア)から解放せんとするその志は俺達と変わらない」

 

「違いますよ。私はあなた達のようにこの世界を滅ぼそうなどと考えてはいません。何より、あなた達のしていることは世界に対する復讐です。その気持ちを否定することは私には出来ませんが、その行いを許すことはありません」

 

 ラルゴの言葉を頭を振って否定し、メイスを彼に向ける。私の返答をラルゴは笑って受け取った。私の隣に立つナタリアが何かを言おうと口を開くも、何も言わないまま口を閉じて弓に矢を番えた。

 

「俺の気持ちは否定しないが、行動は否定する、か。良いだろう、その返答や良し。ならば後は己の得物でこのエゴを貫き通すのみ!」

 

「来るぞ、皆構えろ!」

 

 その言葉を皮切りに、その場の空気が重く、息苦しいものへと一変する。ここからは言葉でどうすることも出来ない領域だ。ラルゴの放つ威圧感が更に膨れ上がり、私は無意識に止めていた呼吸を何とか繋げる。

 

「日が暮れるまで突っ立っているつもりかぁ!」

 

「くっ、重ッ!?」

 

 怒号と共に突っ込んできたラルゴが大刀を横薙ぎに振るい、それをルークが受け止める。だがその予想以上の重さに、ルークは床を横滑りし、ラルゴに道を開けてしまう。

 後衛が無防備になるのを嫌ったガイがその隙間に入ると、決して小さくは無いその身を猫のようにしならせ、大刀の脅威範囲の内側、刃の無い柄本まで入り込んだ。

 

「ちょこまかと目障りだ!」

 

「生憎とそれが持ち味なものでね! 虎牙破斬!」

 

 振り切った後の大刀を左手のみで支え、懐に入り込まんとしたガイに裏拳を振るうも、ガイはそれを跳躍して避けると重力を味方につけて刃をラルゴへと叩き付ける。

 

「軽い!」

 

 だがその斬撃はラルゴの腕を覆う籠手に僅かな傷をつけるのみに終わり、力任せに振るわれた腕の勢いを利用してガイは距離を取る。そしてそれまでの攻防を黙って見ているだけの素人は今この場にはいない。

 

「そこでじっとしてなさい、セイントバブル!」

 

「ネガティブゲイト!」

 

「合わせます、エクレールラルム!」

 

 高密度に圧縮された水球がラルゴの周囲に浮き上がり、破裂してラルゴを濁流に呑み込まんとする。そこに合わせて放たれたアニスの譜術は超重力の黒玉を発生させ、その場にラルゴを釘付けに、そしてトドメとばかりにラルゴの足下に十字が走り、その身を切り刻む苛烈な光刃がさく裂した。

 

「ぐおぉ!」

 

 物理的な衝撃には滅法強いだろうラルゴの鎧も、熟練の譜術士の三連撃を叩きこまれては流石にダメージを抑えるのは出来ないのだろう。苦悶の声が暴威の中心から響く。私は彼らほど譜術に長けておらず、彼らの攻撃に参加しても足しになるどころか加減を間違えて連携を乱しかねないこと、そして今ラルゴと後衛の間にはルークもガイもおらず、壁役がいないことからラルゴとジェイド達の中間地点に立ち、専守防衛の構えで暴威の中のラルゴを見据えていた。間違いなくダメージは与えられているが、この程度で倒れるような男でないことは重々承知している。

 そして私のその警戒が無駄では無かったことはすぐに証明される。譜術によって発生した霧を突き破ってラルゴがこちらに向かって雄叫びをあげながら突進してきたからだ。

 その突進をそのまま受け止めては私もルークと同じように吹き飛ばされてしまう。私はかつてタタル渓谷でユニセロスを受け止めたときと同様に、地面と足を氷で繋ぎ止めてメイスを構える。

 

「バリアー!」

 

 そんな私に向けてナタリアが援護として補助譜術をかけてくれた。対象の物理的強度を高めるそれは、私がラルゴの突進を受け止めるのに十二分に役に立つ。

 

「モォォォス!」

 

「ここを通すわけには!」

 

 そして咆哮と共に突き出される大刀をメイスで受け止める。ラルゴという巨大な質量がその身に取り込んだ音素(フォニム)で強化された身体能力で人外の加速を以て私にぶつかり、およそ人体がぶつかったとは思えない衝突音が響く。床面と足を繋ぎ止めた氷は呆気なく砕かれ、私の身体はズルズルと後退させられた。ナタリアの補助が無ければメイスを支える私の腕どころか、身体ごと消し飛ばされていたかもしれない。だが、ラルゴに吹き飛ばされることなく、鍔迫り合いの状態に持ち込むことは出来た。

 

「甘っちょろい理想に甘っちょろいやり方! それで何が変えられる! 何が良くなる!」

 

「あなたの言う甘いやり方でも、人々は預言(スコア)から離れる意志を見せた!」

 

「意志だけではなぁ!」

 

 私を払い除けようとするラルゴの大刀をメイスと全身を使って押さえ込む。逃さない、逃してなるものか。彼の足をここに釘付けにするのだ。彼らが態勢を整えてこちらに向かってくるまで。

 

「くっ、放せモース!」

 

「させません!」

 

 私の左目が熱をもつのを感じる。ラルゴを抑えるため、無意識に力を引き出そうと周囲の第七音素(セブンスフォニム)を取り込んでいるのだ。少しずつ、私のメイスがラルゴの大刀を押し返し始めた。そのことにラルゴは数瞬驚き、だがその動揺は続かず、ラルゴの鎧の隙間から紅い光が漏れる。ラルゴも私と同じように音素(フォニム)を盛んに取り込み、力を増そうとしている。事実、鍔迫り合いは膠着状態に戻りつつある。後数刻でこの拮抗は破れるだろう。

 

「そこだぁ!」

 

 そんなラルゴの背後にルークが迫り、裂帛の気合と共にその背に刃を振り下ろす。

 

「甘いわ!」

 

 だがその刃はラルゴの鎧に傷を刻んだものの、その身に到達することは無く、更なる剛力を発揮したラルゴによって私とルークは呆気なく吹き飛ばされた。

 

「なら同じところに攻撃を受け続ければどうだ!」

 

 ガイがそう言いながらラルゴに迫り、ルークによって付けられた傷に目にも止まらぬ連撃を加える。その攻撃は遂に鎧を突き破り、鎧の破片が飛ぶ。

 

「持ってけもういっぱぁつ!!」

 

 そうして出来た突破口に、アニスがトクナガを駆って重たい一撃を放つ。

 

「ぐぅお!?」

 

 その一撃はさすがの剛体を持つラルゴと言えど堪えたようで、苦悶の声と共に体勢を崩した。

 

「畳みかけます、サンダーブレード!」

 

「ホーリーランス!」

 

 そこに殺到するジェイドの雷槍とティアの光矢。それらは容赦なくラルゴの身体を貫いた。

 

「ぐああ! ……っぁぁあああ!」

 

 その場の全てを震わせるほどの悲鳴を上げたかと思えば、与えられたダメージなど無いかのように怒号と共に大刀をこちらに投げつけてきた。

 

「そんな苦し紛れの攻撃!」

 

 目の前に迫る大刀をメイスで弾き飛ばし、視線をラルゴに戻すと、そこには私の眼前に迫り拳を振り上げる巨躯があった。

 

「苦し紛れかはその身で確かめるが良い!」

 

 その言葉と共に振りぬかれた拳は、私の腹に深々と突き刺さる。ナタリアにかけられた補助の効果がまだ僅かに残ってはいたが、そんな守りを物ともせず拳は私の身体を蹂躙し、内臓がひっくり返るような衝撃が私を襲う。

 私は枯れ葉のように吹き飛ばされ、床に転がった。腹の中身が喉元までせり上がってきたのをなんとか堪えるも、うまく息が吸い込めずに酸欠になったようで頭がくらくらとする。呼吸の代わりに咳き込んでいると、視界の端に誰かが屈み込んでいるのが映った。

 

「モース! 今回復を!」

 

「な、ナタリア、助かります……」

 

 ナタリアの掌から暖かな光が湧きだし、腹の痛みがマシになり、酸欠でぼうっとした頭がスッキリとする。ナタリアがここまですぐにそばに駆け寄ってこれたということは、後衛のところまで吹き飛ばされたということだ。私は前線に意識を戻す。

 

「紅蓮旋衝嵐!」

 

「があああ!」

「ぐっ、あああ!」

 

「ルーク! ガイ!」

 

 大刀を手にしたラルゴが、その巨大な刃を目で追うのも難しい速度で振るってルークとガイに攻めかかっている。数合は凌いだ二人だったが、その絶技に呑まれ、私同様に吹き飛ばされてしまっていた。そうなると今近接戦闘要員としてラルゴを足止めできるのは、

 

「このアニスちゃんだけってね! 殺劇舞荒拳!」

 

 トクナガが縦横無尽に拳を振るい、ラルゴへと殴打を叩きこむ。

 

「そんな程度で!」

 

 ラルゴは大刀とだけでなく、手足も駆使してトクナガの打撃をいなすが、避けきれなかった拳が何発かラルゴの身体に沈み込む。

 

「タフ過ぎるでしょー!」

 

「ですが良くやりましたアニス、いい加減沈みなさい! エクスプロード!」

 

「私は回復を、ハートレスサークル!」

 

 近接戦闘におけるアニスの最大火力と言って良い攻撃を叩きこまれて尚立ち続けるラルゴに、アニスが我慢ならないと叫ぶ。だが十分に時間は稼げたらしく、ジェイドの譜術が発動する。ラルゴの足下が赤熱し、彼を中心に急激な温度の上昇と空気の膨張、すなわち爆発が起こる。それはジェイドの操る譜術の中で、単発では一、二を争う威力を秘めた譜術だ。本来は多数の敵に対して用いるものとされている対群術式。それがラルゴ唯一人を戦闘不能にするために放たれた。

 

「私がいること忘れてるでしょ大佐ぁ!?」

 

「味方識別術式は組み込んであるので安心しなさい!」

 

 アニスが焦ったように爆心地から飛び退いて距離を取る。爆発によって巻き上がった粉塵でラルゴの姿が私達の視界から消えた。この爆発をまともに受けてはラルゴとて無事ではいられないだろうが、それでも油断は出来ない。

 私は目を凝らして灰塵の向こう側を見通そうとする。そのお陰か、僅かにそれが揺らめくのを見逃さなかった。私は半ば反射的にジェイドの前に走ると、右半身を前に出して右腕全体を硬い氷で覆い、メイスを右手で構え、最上部の板金で覆われた殴打部に左手を添えて衝撃に備える。

 迎撃の準備を整えた瞬間に、身体が千々に千切れ飛んでしまいそうな衝撃が私を襲った。

 

「こんな程度で私の覚悟を止めさせてなるものか!」

 

 服はあちこちが焼けこげ、そこから覗く皮膚も焼けただれている。顔の上半分を覆っていた面は吹き飛んでしまったのか、今はラルゴの顔が全て見えるようになっているが、その顔の右頬は黒く焦げていた。それでもその目は戦意を失っておらず、それどころか爛々とこちらへの敵意を滾らせていた。

 

「止まらんよ、止めたくば俺の首を落として見せるがいい!」

 

 その声と共に更にラルゴの身体は紅い光を強め、負傷に見合わぬ力を発揮させる。普通の人間ならば戦うべくもない傷を負いながらも、ラルゴの威圧感と剛力は増す一方だ。周囲の音素(フォニム)を取り込み、半ば暴走状態のようになっている。最早彼自身でも止まることが出来なくなっている様子だ。

 メイスが押し込まれ、鼻先まで迫る大刀に片膝をつく。身体を守る氷はとうに砕け、大刀が上からラルゴの体重も加わって私の身体を両断しようと迫って来る。

 

「くっ、う、ぐぅ……」

 

「せめて貴様一人でも連れて行くぞ!」

 

 ラルゴの地の底から響くような声が私の身体を震わせた。これ以上は、もたない。

 

「死ね、モース。俺の命と引き換えに貴様を殺せるのならば本望だ」

 

 大刀が私の左肩に食い込み、服を切り裂いて肉に埋まる。

 

「ぐあっ!」

 

 じわりと血が滲み、力を籠めたくとも抵抗は弱くなる。肩により深く刃が食い込み、血が滴る。左腕から力が徐々に抜け、押し留めることが出来なくなる。このままいけば私の左腕は呆気なく落とされるだろう。

 

「があぁ!?」

 

 だが、次の瞬間上がった悲鳴は、私のものでは無かった。痛みに悶えたのは、大刀に籠める力が抜けて私の前で背を反らしたラルゴだった。

 

「こんな、矢ごときに……」

 

 ラルゴの苦悶の原因はその背中に突き立った矢。ルークが開け、ガイが広げたラルゴの背中を守る鎧の急所。放たれた矢は、唯一ラルゴの肉体を穿つことが出来るそこを正確無比に射抜いていた。

 さらに続けざまに二本の矢がラルゴに突き刺さる。その矢が放たれた元を見れば、震えた手で弓を構えたナタリアが立っていた。

 

「……ナタリア」

 

「こんな、こんなことにならない未来もあったはずですわ。そうでしょう……?」

 

 細く紡がれたラルゴの声に、ナタリアが泣きそうな声で問いかける。

 

「そんなものは、とっくの昔に消えていたさ。お前が奪われた日、妻が死んだ日から、俺の時は止まったままだ。俺にとってメリルはいつまでも小さな赤ん坊でしかなかった……」

 

 ラルゴが大刀を取り落とし、膝をつく。先ほどまでの闘志が嘘のように、彼は戦意を失い、虚ろな目でナタリアを見やった。

 

「……そうか、そこまで大きくなっていたのだな、メリル」

 

「っ!? お父様……!」

 

 ナタリアはついに弓を落とした。その目からは涙がはらはらと零れ落ちている。

 

「心しろ。ヴァンは俺のように生温くは無い。……ああ、シルヴィア」

 

 その言葉を最後にラルゴは目を閉じ、地面に倒れ込んだ。そして手足の末端からその身体が輝く粒子となって音素(フォニム)に溶けていく。私達はその様を目に焼き付けるように瞬き一つせずに見ていることしか出来なかった。その身体が完全に溶け、世界を巡る音素(フォニム)と混ざり合っていくまで、

 

「ラルゴ、いえバダック。どうか安らかに」

 

 誰にも聞こえないようにそう呟き、私は目を閉じる。また私は救えず、この手から取り零した。その望みが我が身を超えた大願と知って尚、それを諦めきれなかった私自身に嫌悪が湧き起こる。

 

 だが今は私などよりも、両手を組んで祈っているナタリアに寄り添うことが大事だろう。私もナタリアの隣に並ぶと、左肩の痛みを無視して同じように両手を組み、目を閉じる。そこにラルゴがいたという証は、彼が振るっていた大刀しかない。それを墓標とするように、私とナタリアは祈りを捧げた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

●終曲への足音と私

 ラジエイトゲートの譜陣を封印することで起きた変化は劇的だった。暴風のように吹き荒れていた記憶粒子(セルパーティクル)の流れが停止し、轟轟と鳴っていた音も今は止んでいる。

 ラルゴの大刀を回収し、プラネットストームの停止の報告を行うためにグランコクマを訪れた私達は、街の入り口まで出迎えに来てくれたゼーゼマン将軍に案内されてマルクト軍本部、作戦会議室に通された。

 

「よくやってくれた、ルーク。エルドラントの周囲を守っていたプラネットストームは停止した。これで俺達の砲撃も向こうに届くようになった」

 

 部屋の中央に置かれた卓に地図を広げ、ピオニー陛下はこちらに視線を向けてそう言った。

 

「キムラスカ軍もマルクト軍も既にケセドニアに兵力を集めている。ダアトからもシンク謡士、アリエッタ響士が師団を率いて合流しておる。ダアトの混乱は一先ずは収まった。教団本部に収容しきれなかった避難民はセントビナーやカイツールに受け入れが完了した」

 

 ピオニー陛下の隣に座るインゴベルト陛下がピオニー陛下の言葉を引き継いだ。彼の言葉に、私は肩からどっと力が抜けるのを感じた。心に引っ掛かっていた棘が抜けたように思えたからだ。

 

「そうですか、このような緊急の事態に対応いただいて、何とお礼を申して良いやら……」

 

「気にするな。ヴァンらによる急襲を受けたのだから」

 

「これでダアトに恩を売れたと思えば安いものだな」

 

 頭を下げた私に構うなと手を振るインゴベルト陛下と、意地悪い笑みを浮かべるピオニー陛下。二人の気遣いを受け、一層腰を深く曲げると、私はルーク達の後ろに下がった。

 

「よし、それじゃあ作戦会議だ。とはいえ、これ以上大した話は出来ないがな。俺達はケセドニアから出立し、エルドラントに向けて全力で攻勢をしかける。お前達はそれを見てアルビオールでエルドラントに突入する。後はお前達に任せるしかない、不甲斐ないことだがな」

 

「援護するとは言え熾烈な抵抗が予想されるだろう。くれぐれも気を付けてくれ」

 

 両陛下はそれだけ言うと、突入に備えて休むようにとルーク達に告げた。グランコクマで最高の宿を用意をしたというピオニー陛下の言葉に、ルーク達の表情も少しは和らいだ。ラルゴとの戦いは身体的にだけでなく、精神的にも彼らに大きな負担になっていたに違いない。頭を下げて出ていこうとすると、ピオニー陛下からは私だけ残れと言われてしまった。ジェイドの目配せに小さく頷くと、私は足を止める。口を開くのはルーク達が出ていき、扉が閉まってからだ。

 

「……それで、如何されましたか」

 

「ダアトからの避難民についてだ」

 

 ピオニー陛下の口から出たのは、私が半ば予想していた問題でもあった。ダアトにはヴァンが無秩序に生み出したレプリカ達が保護されていた。今回のヴァンによる襲撃で帰る場所を失ったのは元々ダアトに住んでいた民達だけではない。ダアトにはレプリカ達を受け入れても食い繋がせていくだけの食料を以前から溜め込んでおり、それを吐き出して何とか賄ってきた。それがヴァンの襲撃によって市民達がキムラスカとマルクトに散り、そしてレプリカ達も同様に散った。その負担は両国に重くのしかかっている。

 

「モース、お前の博愛精神は尊敬する。ルーク達の手前、受け入れることに否やは無い。だがこのままではヴァンに勝てても早晩俺達が飢え死にしちまうかもしれない。急に増えたレプリカを受け入れられる程、俺達は強くない」

 

 はっきりと告げられる。両陛下はルーク達と話していた時の温かみを失い、冷たい為政者としての顔になっていた。

 

「正直に言っちまうとだ。今回の突入作戦の援護部隊にいくつかレプリカだけで構成された隊を混ぜることも真剣に議論されている」

 

「陛下!? それは……!」

 

「捨て石作戦、そなたの考えている通りよ。前線をレプリカ部隊で固め、後衛から砲撃を行う。前衛艦ははりぼてでも構わんから懐もあまり痛まん」

 

 ピオニー陛下の言葉に言葉を失った私に代わり、インゴベルト陛下が言葉を続けた。

 

「我が国の民を守ることも出来るし、今後の憂いも無くすことが出来る」

 

「あまりにも非人道的な行いですよ……!」

 

「人道的な行いで俺の国の宝が苦しむくらいなら、非人道的な行いで回避する。それが王と呼ばれる人間のすべきことだ」

 

 我慢しきれず零れた言葉に、ピオニー陛下が冷たく言い放った。頭では分かっている。元より彼らにレプリカを受け入れる理由は存在しない。それを曲がりなりにも保護してくれているだけでも破格の厚遇だということも。

 

「それでも、そんなことをすれば我らはヴァンと何一つ変わらないではありませんか」

 

 レプリカを道具としてしか見ず、己の欲望の為だけに使い捨てる。預言(スコア)を、この星を憎み、そのためならばどんな非道にも手を染めるヴァンと同じ手段を採ることになるのは、私にとって許容しかねることだった。

 

「だが現実問題としてどうする? 食料は一日二日で急激に増えたりはしない。俺達も備蓄はあるがそれはあくまで不作時の備えだ。それを今ここで吐き出して、万が一来年が不作になったらどうする? それもプラネットストームが停止して一寸先も見えなくなっちまうってのに、不確定要素ばっかり抱えてたんじゃ俺達はまさに預言(スコア)に詠まれた通り醜く争って共倒れになるだろうよ。食料を巡った争いだ、そうなったら止まらん」

 

 誰も、家族が飢え死にするのを目の前にして隣人を慈しむことなんか出来ないぞ。

 

 そう言われてしまえば、私は黙ることしか出来なくなってしまう。爪が食い込み、皮膚が破れて血が滲むほど手を握りこんでも、私の愚鈍な頭からはピオニー陛下の言葉を崩す論理を生み出すことが出来なかった。

 

「ダアトから逃れてくる民に加えてレプリカも保護したのは導師イオンの要請があったからだけじゃない。マルクトもキムラスカもそれだけお前を重く見ているからだ」

 

「……それは、理解しています。どれほど身に余る光栄かということも」

 

「そうか、それを理解してくれているからこそ何も言わない。お前はやはり賢い男だよモース」

 

 レプリカは何も知らない。生きる術を持たず、生まれたての赤ん坊のように真っ新な状態で放り出されてしまった。ダアトでの保護期間中に教育を施してはいたが、そもそも数が多すぎるためまだまだ足りていない。そんな彼らが明日にでも働くことが出来るだろうか。答えは聞くまでもなく否だ。少なくとも一年以上は彼らは何も生み出せず、ただ人々の負担となる。

 

「ダアトで全て受け入れようとしていたのもそういう理由だというのは分かっている。我がキムラスカとマルクトに負担を掛けまいとしていたのもな。その献身に敬意を表してそなたに黙ってこの非道を行わなかった」

 

 インゴベルト陛下の言葉が私の耳に入るも、その意味が頭の中で形を成す前に滑り落ちていくように感じる。どれだけ頭を巡らせても、二人の言葉に理が、利があるのだから。重荷にしかならないレプリカを盾とすれば、オリジナルは無事に帰れる可能性が高くなる。口減らしも、国民の護りも同時にこなせる妙案だ。それはどこまでも甘美な毒だ。一度口にすれば、その考えは二度と頭を離れない。だが実行してしまえば、私は二度と人々の前に顔を出せなくなってしまうことだろう。そんなことのためにレプリカを保護してきたわけでは無い。誰かの都合で生み出されてしまった彼らを、誰かの都合で死なせるなど許されるわけが無い、許されていいわけが無いのだ。

 考えろ、キムラスカが、マルクトがレプリカを保護し、国庫を圧迫してでも生かす利を説かねばならない。今まで大詠師として踏んできた交渉の場数はこの時にこそ活かすべきだ。

 

「……両陛下のお言葉は、なるほどその通りだと言わざるを得ません」

 

「分かってくれるか、モース」

 

「すまないな、お前にとって辛いことだろうが。だが為政者として、清いことだけを口にすることが出来るわけじゃないというのは分かっているはずだ。濁りすらも飲み下し、非道に手を染めなければ守れないものもある。既にマルクトもキムラスカも多くの兵の血の上に成り立っている。何もお前だけが気に病むことじゃない」

 

 俯き、歯の隙間から絞り出した私の言葉に、両陛下はほっとした表情をすると、立ち上がって歩み寄り、私の肩に手を置いてそう言ってくれた。私はそこで顔を上げると、近くに寄った二人の顔を正面から見つめた。

 

「ですが、今一度お考え直して頂けないでしょうか!」

 

「モース、そなたの気持ちも分かるが」

 

「待て、インゴベルト王。話だけでも聞いてみようじゃないか。俺達を納得させるだけのメリットをモースが出せるかどうか」

 

 困ったように眉尻を下げたインゴベルト陛下をピオニー陛下がそう言って制止、目で私に続きを促してきた。

 

「確かにレプリカ達は今はただの重荷にしかならないでしょう。ですが、今回の作戦で捨て石とすること、それもまた愚策であると私は進言いたします」

 

 そう言うものの、今の私の頭の中に何かまとまった策があるわけでは無い。そのことは両陛下も見抜いているはずだ。だからこそインゴベルト陛下は悲しそうな目で、ピオニー陛下は冷たい目で私を見ている。だがその程度で退くわけにはいかない。これまでもダアトの代表として交渉をしてきた中で、苦しかった場面などいくらでもあった。そんなときも私は何とか切り抜けてきたのだから。諦めるな、考え続けろ、言葉を紡ぎながら、

 

「レプリカ達を盾とする、なるほど合理的な作戦です。しかし、それで全てのレプリカを死なせることが出来る訳ではありますまい。残ったレプリカ達は我々の行いを目にし、我々に反感を持つ。それはいずれ大きな災厄の芽となりましょうぞ」

 

「死なせる利ではなく不利を説くか、だがその程度当然織り込み済みだ。レプリカは大した武器も持たず、戦闘技能も無い。鎮圧は容易いから問題は無い」

 

「レプリカはそうでしょう。ですが、自らの親族友人と同じ顔をした人間を、兵は殺せますか? よしんばそれが出来たとして、彼らはその後も兵士としてあり続けられますか」

 

「……そうならぬようにこちらが手を回せば良い」

 

「ピオニー陛下、市井に紛れたレプリカをどう見分けますか。逃げ延びて国境を越えてしまえばもう分かりませんぞ。それはせっかく距離の縮まった二国に要らぬ緊張を呼び込むことになりましょう」

 

「レプリカにそこまでの知恵が回ると?」

 

「ダアトにて基礎的な教育を施された者も一部おります故、万が一を考えるに越したことはないと愚考します、インゴベルト陛下」

 

 論になっていない論。薄い可能性を重ね続けた最悪の想定。よくもまあここまで適当なことを言えたものだと我ながら自らの口の回りに笑ってしまいそうになる。とはいえ、賢王たる二人は私が語った可能性を絶無と切り捨てることはしなかった。もしかしたらそんな未来もあり得るかもしれない、そう思わせられたなら良しだ。次はレプリカを保護することの利を説く。

 

「だからこそ今はレプリカを保護いたしましょう。何も不利益のみでは無いと私は考えております」

 

「ほう……、ではその利とやらを語ってみろ」

 

 私の言葉にピオニー陛下が目を細めた。先ほどまでの冷たさは依然残っているものの、ただ切って捨てることは無さそうだ。

 

「先ほど陛下御自身が仰られていました、プラネットストームの停止による未来を見据えてですよ」

 

「プラネットストームの停止がレプリカ達を生かす利になる? 何を言っておるのだモース」

 

「プラネットストームが停止すれば、我々は今まで享受できていた無限のエネルギーを失い、譜業、譜術文明は後退を余儀なくされるでしょう。数年は大丈夫でしょうが、それでも将来的に、今まで通りの譜術、譜業の使用は出来なくなるはずです。そしてそれは食料生産にも大きく響く。農機具も譜業なのですから。そして不作になったとき、民が飢えることを憂うのは為政者として当然のことです」

 

 ですが、と私は言葉を続ける。話していくうちに頭の中に浮かび上がってきた悪魔のような策。だがこれで時間稼ぎが出来るのなら、私は躊躇わない。

 

「食料は一日二日で増えることは無い。それは確かにそうです、普通ならば。ですがレプリカを生かすことでそれを覆すことが出来るとすれば如何ですか?」

 

「食料をすぐに増やす……、フォミクリーか!?」

 

「そうです。フォミクリーならば食料を一日二日で大量に増やせます。ですがプラネットストームの停止で第七音素(セブンスフォニム)の供給はか細くなる。おや、都合の良いことに構成音素(フォニム)が全て第七音素(セブンスフォニム)で出来た、まさしく第七音素(セブンスフォニム)の貯蔵庫とでも言うべき存在があるではありませんか」

 

 私が言うのはレプリカを原料としてレプリカを作成する悪魔の策。食料飢饉が起こったならば、今のレプリカを第七音素(セブンスフォニム)に音素乖離させ、新たなレプリカの材料としてしまえということだ。そう考えれば、レプリカ達を戦場ですり潰してしまう以上の価値が彼らに生まれる。何せ兵士は死ねばそこまでだが、レプリカは死ねば他の人間を生き長らえさせることになるのだから。

 

「……そういうことか。そうやってレプリカを生かしておき、いざという時が来たとして、その時にレプリカ達が死なせるには惜しい程度に別の価値をお前が与える。そうだな?」

 

 ピオニー陛下は私の言いたいことをすぐに看破したようで、薄っすらと口元に笑みを浮かべて私にそう言ってくる。私は頬に一筋の汗が伝うのを感じながら頷いた。

 

「その通り。レプリカ達が己の身を己の力で立てることが出来れば、彼らを殺す必要性は無くなるはずです。その為の時間を頂きたい。減っていく第七音素(セブンスフォニム)を一時的にも補填出来ること。与えられた時間に見合う利は、あるはずです」

 

「なるほど……、言われてみればそういう見方も出来るかもしれないな。だが、その時までに本当にレプリカ達が己の価値を示せると本当に思うか?」

 

「出来るかどうかではありません。そうして見せます。私は彼らを死なせるために生かしたわけでは無いのですから」

 

 ピオニー陛下の目を見据えて私はそう言い切る。茨の道だということは百も承知だ。それでも、私は退いてはいけない。現実に膝を屈した瞬間に、私はヴァンと変わらぬ、ヴァンよりも醜い怪物になってしまう。レプリカ達の命を勝手に天秤に載せた以上、私は諦めることは許されなくなった。

 

「……良いだろう、その覚悟確かに受け取った。今回の作戦にレプリカを参加させることは止めだ。備蓄を切り崩してでも皆を生かしてやる。王として出来るのはそこまでだ。お前の覚悟に俺個人からの敬意を」

 

「ありがとうございます……、寛大なる陛下に感謝を」

 

「儂からもそなたの献身に改めて敬意を払おう。王としては何も出来ぬが、私人としては儂はお主を心の底から尊敬しておること、忘れてくれるな」

 

「はっ、過分な評価ですが、ありがたく」

 

 両陛下にそう言われ、私は深々と頭を下げる。私が見据えるべきはヴァンとの戦いだけではない。その後も世界は続いていくのだから。

 

 ルーク達の、子ども達が素直に喜べる未来を築くために、この身を捧げよう。





スキット「珍しくお疲れ?」

「……ハァ」

「モース、様子を見るに、ピオニー陛下によほど詰められましたね?」

「ああ、ジェイド。見ての通りですよ。あまり子ども達に情けない姿を見せる訳にはいかないのですが、少しね」

「仕方ないでしょう。何を言ったかは大体想像がつきますが。相変わらず王としては厳しい方だ」

「マルクトにとってはそれは喜ばしいことではありませんか」

「マルクト軍人としては喜ばしいですが、あなたの友人としては素直に喜べないというのが複雑なところです。あなたも言い難いことを口にする羽目になったでしょう」

「流石はジェイドですね。お見通しですか」

「私すらも追い出して話をしたのですから、フォミクリーやレプリカが話題に挙がることは予想出来ましたよ。それからダアトの今の状況を考えれば、おのずと答えは一つです」

「……ピオニー陛下もインゴベルト陛下も、為政者として時には非情にならねばならぬと言っていました。そういう意味では私は人の上に立つべき人間では無いのでしょう」

「……私はそうは思いませんがね。両陛下に挟まれて、逆に説き伏せることが出来る人間がどれだけいますか。それもルークのように情だけでない、理も説いて」

「そう言って頂けると救われます」

「必要なこととはいえ、決戦を前にして大切な戦力を動揺させるのは止めて頂きたいものですね」

「この程度に動揺しているうちはまだまだだという両陛下のご指導と受け取っていますよ」

「謙虚に過ぎるのもあまり良くないですよ?」

「そうですね……、でしたら今夜は一杯お付き合い頂けますか?」

「ええ、望むところです。どうせ陛下の懐から出るのですから、普段は飲めないようなお高いものを頂きましょう」

「ははっ、それは良いですね」

「モースの奴、帰ってからすげえぐったりしちまってるけど、一体どうしたんだ?」

「さあな、だがモースの旦那が普段は絶対に見せないだろう姿を俺達に見せるくらいにはクタクタなんだろうし、ジェイドの旦那が傍についてるんだ。今はそっとしておいてやろうぜルーク」

「……そうだな」

「あれほどモースが疲れているだなんて。これは私が何か差し入れを用意して差し上げませんと!」

「「よせナタリア!」」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

もう一人の焔と私

 話がある。

 

 ピオニー陛下に用意された宿、私が滞在する部屋にそう言って訪れたのは神妙な顔つきをしたアッシュだった。時刻はすっかり夜も更け、人々が寝静まっている頃。頭は疲れ切っているのに、どうにも目が冴えて眠れなかった私の下に彼はやってきた。

 

「アッシュ、改めてお礼を言わせてください。ダアトではありがとうございました」

 

「よせ。お前に礼を言われるためにやったんじゃない」

 

 頭を下げようとする私を手で制し、アッシュは部屋に備え付けられたソファにどかりと腰を下ろした。私もお茶の用意を済ませると対面に座る。わざわざこんな時間に訪ねてきたのだ。簡単に終わる話をすることは無いだろう。

 

「どうぞ、夜風で身体が冷えたでしょう」

 

「……大詠師なのに茶を淹れるのが上手いとはな」

 

「人を持て成すのは好きですから」

 

 カップを傾けたアッシュは、彼にしては珍しく穏やかな表情で言うとフッと笑った。私がそれを見てポカンと呆けてしまったのは言うまでもない。少しの間固まってしまったものだからアッシュが私の顔を見て怪訝な表情をした。

 

「……なんだよ」

 

「いえ、何でもありません」

 

 眉間に皺を寄せていないあなたの顔なんて初めて見たものですから。などとは言えるわけが無い。言えば彼はすかさず私の見慣れたぶすっとした顔に逆戻りするだろうから。私は曖昧に笑って誤魔化すと、アッシュに話を促した。

 

「プラネットストームが停止して、明日にはエルドラントに乗り込むことになるだろう」

 

 アッシュはポツリポツリと、言葉を口から落とすように話し始めた。

 

「お前は忘れちまってるかもしれねえが、俺は近い内に音素乖離を起こし、あのレプリカと一体化しちまうだろう。俺の身体は確かに劣化し始めている」

 

 常の彼からは考えられない程に弱々しい口調だった。彼が語った内容は、私が既に失ってしまった記憶にあったことなのだろう。固く組んだ両手は僅かに震え、机に置いたカップをじっと見つめていた。

 

「最初は我慢ならなかった。俺の居場所を奪っておいて弱っちいあの坊やが。タルタロスで初めて顔を合わせたときは殺してやろうとまで思っていた。アクゼリュスを崩落させたときはあの考えなしの甘ったれをやはり殺しておくべきだったと後悔した。それでも奴は俺と一蓮托生だから殺すわけにはいかなかった。だからコーラル城で同調させたアイツとのフォンスロットを通じて意識を繋げ、現実を見せた。そこからだ」

 

 少しずつアイツが変わっていったのは。

 

「自分のしでかした事を受け止め、前を向いた。俺のレプリカとしてじゃなく、()()()として自分の居場所を作り上げていった」

 

 そこでアッシュは目線を上げ、私と目を合わせた。彼の目は震えていた。キムラスカ王族に連なる者の証でもある翠の目は、僅かに濡れているように見えたのは私の見間違いだろうか。

 

「アイツはもう、俺の居場所を奪っただけのレプリカじゃない」

 

「俺は、それが怖い」

 

「アイツを認めちまったら俺には何が残る? 居場所を奪われ、ただの燃え滓(アッシュ)になった俺に残されたものなんか無い。お前が作ろうとしてくれる居場所に間借りさせてもらっているだけの俺の方が、よっぽどレプリカじゃないかとすら思っちまう。劣化していく俺と反対に、奴は強くなっていった。そのくせ卑屈なのは癪に障るがな」

 

 私は自然と彼の隣に腰かけていた。彼が何故私にここまで内心を吐露しようと思ったのかは分からない。弱みを見せることを嫌い、強くあることを己に課し続けている彼が、私をその例外とした理由は何なのだろうか。ただ理由が何であれ寄りかかられたのならばそれに寄り添い、支えるのが大人のあるべき姿だ。

 

「……笑えるだろう?」

 

「笑えるものですか。その恐怖も、葛藤も、人が笑って良いものではありません。その恐怖に向き合い続けているあなたを笑える人間はこの世に居ません」

 

 問われれば、目を見て答える。問われたことだけに、ハッキリと。

 

「エルドラントでヴァンを止めるのに本当に相応しいのは俺か、アイツか。ローレライの鍵を託すに相応しいのはどっちなのか。前までは俺だと思っていた。だが今はもう分かりゃしねえ。なあモース、お前は何故かローレライと繋がりがあるんだろう。俺とアイツ、どっちがローレライに選ばれた人間なんだ。どっちが、聖なる焔の光(ルーク)に相応しい?」

 

「それは……」

 

 その問いは私には答えることが出来ないものだ。私がローレライと繋がっているとしても、能動的に彼と交信することは出来ないし、何よりアッシュとルーク、どちらがより相応しいかを決めるのは私であってはならない。

 

「……聞くまでも無いな、アイツだろうさ。モース、お前がディストやジェイドと一緒になって俺とルークの身体をどうにかしようとしてくれていたのは知っている。だが怖いんだよ。自分の存在が希薄になって、最期にはアイツと同化するだなんて。俺が俺である証を失って、その存在すらも消えちまうってのが」

 

 私は固く組まれたアッシュの両手に自身の右手を添えた。その手は温かいお茶を飲んだ後だというのに冷え切っていて、その冷たさに耐えかねた私は両手で彼の手を包み込んだ。

 

「アッシュ、申し訳ないですが私はあなたの問いに答える術を持っていません。ですがヴァンを止めるのは、ローレライに選ばれたのはあなた達のうちどちらかなどではなく、あなた達どちらもでは無いのですか? 私はそう信じています。あなたも、ルークもどちらも欠けてはいけない存在だ」

 

 月並みな言葉だ。ここまで薄っぺらい言葉がよくも吐けたものだと自己嫌悪が止まない。私の言葉はただの綺麗ごとで、何の解決にもならない。それでも私は綺麗ごとを貫き続けなければ。

 

「……ハッ、なんで俺よりもお前の方が先に泣いてやがる」

 

「そ、そんなことは……」

 

 彼に指摘されて初めて私は自身の頬に伝う涙に気が付いた。居た堪れなくなり、視線を落として頬を拭う。

 

「見苦しいものをお見せしてしまいました。情けないことです。私などよりよっぽどあなたの方が辛いというのに」

 

「モース、この話はアイツらにはしてくれるなよ。こんな話で同情を買うなんてみっともない真似はごめんだ」

 

「……ええ、あなたの望むままに」

 

 私の情けない顔を見たことで少し元気が出たのか、アッシュの顔に先ほどまでの悲壮感は無かった。代わりに弱々しいながら、呆れたような笑みを浮かべて私を見つめていた。

 

「アッシュ、あなたはもうルークを一人の存在として認めているのですね」

 

「ああ、もうアイツは、俺のレプリカなんかじゃねえ。アイツが、アイツこそがルークだ」

 

「アッシュ……」

 

 レプリカを、自身の居場所を奪った存在を認めること。それはどれだけ勇気のいることだろう。けれどもアッシュは口に出して言ってみせた。

 

「私は、燃え滓(アッシュ)としてだけではないあなたの居場所を作ります。もう少しすればあなたはアッシュ・フォン・ファブレとして、この世界に唯一の存在として居場所ができる。それにその居場所は私一人の力で作ったものではなく、あなたがたった一人でヴァンの計画に立ち向かった功績があるからこそ作ることが出来たものです。どうか、ご自分を卑下することが無いようにと言わせてください」

 

「……皮肉なもんだな。今は俺の方がアイツよりもよっぽど弱い」

 

 自嘲するように笑うアッシュの肩を抱く。彼がこうやってある意味年齢相応の弱さを見せたことが何度あっただろう。今まで彼にはそれが許されてこなかった。幼い頃にヴァンに誘拐され、レプリカに存在を置き換えられ、自身を誘拐した張本人であるヴァンに依存せねばこの世界に存在することすら難しかった。今までの旅にしてもそうだ。ティアやガイ、アニス、ジェイド、ナタリアといった頼もしい仲間がいたルークに対し、アッシュは一人で戦い続けていた。

 

「弱さを見せることはその人が弱いことにはなりませんよ」

 

 ならば今のアッシュを誰が責められようか。誰かと泣くことも、笑うことも奪われた彼が見せた弱さを誰が笑えようか。

 

「私では不満でしょうが、彼らの前で強くありたいと思うのならば、こうやってどこかで弱さを吐き出さねば」

 

 結局、私では本当の意味でアッシュを救うことなど出来ない。けれども彼の肩を抱き、その心に少しでも寄り添うことは出来る。一時の慰めになることも。そしてそのことをアッシュが必ずしも不快に思っていないだろうことは、彼が私の手を振り解かないことで十分に理解出来ていた。しばらく言葉も無く、アッシュは視線を自身の両手、そしてそこに添えられた私の手に落としていた。

 

「……俺は今ここで弱さを吐き出した。すまないな、お前に俺の感情を吐き捨てるようなことをした」

 

「少しでもお役に立てたなら幸いです。あなたより長く生きているのですから、支えるのは当たり前のことですよ。あなたにこうして頼って頂けるほど信頼されていたというのは私にとっては嬉しい誤算でしたがね」

 

「お前がヴァンの企みを知り、この世界の行く末を知り、一人で戦っていたことをお前自身の口から聞かされた。お前は覚えちゃいないだろうが。俺だってそれを認めていないわけじゃない。俺の為に動いてくれようとしたこともな」

 

 アッシュはそう言ってソファの背もたれに身体を預けた。私は彼の肩に回していた手を解き、窮屈にならないように少し離れて座り直す。彼の顔が先ほどよりも晴れやかになっているのを見るに、部屋に来たときよりも精神状態は良化したと見て良いだろう。ただ話を聞くことしか出来なかったが、元より強い彼にはそれだけで十分だったのかもしれない。

 

「モース、俺は明日の朝に改めてお前達を訪ねる。そこで俺は決着を付ける」

 

「……そうですか」

 

「止めないんだな」

 

「あなたがそうすべきと思ったのなら、そうすべきなのです。それがけじめになるのなら。例えどちらが勝ったとしても……」

 

「ああ、俺は(アッシュ)だ。アイツ(ルーク)とは違う」

 

 そう言って彼は席を立つ。弱々しさは消え、いつもの彼の力強い気配が戻ってきた。私はそれを認めると彼の前に立つ。

 

「アッシュ、あなたの選択は他ならぬルークを救うでしょう。私は、あなたにこの上ない敬意を表します」

 

「俺はアイツを救うつもりでやるわけじゃない。俺が俺として生きるために、過去(ルーク)を乗り越え、(アッシュ)を生きるためにやることだ」

 

 私の言葉にそう返してアッシュは部屋を後にした。テーブルの上に残されたカップは空になっており、私はそれを見つめながら、どうにも寝付けないまま朝を迎えることになる。

 

 そして翌朝、グランコクマの街の入り口で私達を待ち受けていたアッシュはルークと対峙し、こう宣言した。

 

「俺とお前、どちらがローレライの鍵を手にヴァンと対峙するのか。どちらがルークとして、あの男の弟子として奴の前に立つのか。今ここで決める」

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二人の焔と私

大変お待たせしました……。

年末進行の足音が迫ってきているのでどうしても投稿頻度が落ちてしまいますが、エタることは絶対にありませんのでご容赦ください。


「良かったのですか、あの二人の戦いを見届けなくて」

 

 グランコクマが面する広大な海を臨む橋の上で、隣に立つジェイドは私にそう問うた。

 

「良いのですよ。彼らの戦いは、近しい者らだけが見る資格がある。私には見る資格はありません。ヴァンに協力し、彼らが生まれる理由となった私には。あなたもそう思ったからここにいるのでは?」

 

 その問いに返しながらジェイドに目をやれば、彼は僅かに目を細めて目の前の海を眺めていた。それは傷の痛みに耐えているようにも見える表情だった。

 

「お見通しでしたか」

 

「お互いに脛どころかあちこちに傷を持った人間ですからね」

 

 オリジナルとレプリカが互いの存在を掛けて戦う。昨夜アッシュに告げられていた彼らの戦い。私とジェイドはその場に居ることを辞退した。戦いの中で彼らが交わす剣を、言葉を、私が耳にする資格は無い。そう思い、戦いの見届け人は彼らの仲間に任せて私はこうして黄昏れていたのだった。ジェイドも同じように考えたから私の隣にいるのだということは彼の目を見れば分かる。

 

「あなたはどう思いますか、ジェイド。アッシュとルーク、どちらがローレライの鍵を持ってヴァンに対峙するに相応しいか」

 

 昨夜答えを出せなかった問いをジェイドに投げかける。

 

「……預言(スコア)に選ばれたのはアッシュでしょう。レプリカが生み出されなければ、ローレライの完全同位体であるアッシュがローレライの見た通りの未来を齎していた。であればローレライの鍵は、アッシュの手に渡ることが正しい」

 

 その答えは冷徹だが正しい。昨夜私の頭に過ったものと変わりは無かった。私はどうしてもルークに肩入れをしてしまう。だからその答えを口に出すことは出来なかった。実利的にも、第七音素(セブンスフォニム)を十全に操ることが出来るアッシュがローレライの鍵を持つのは正しいことなのかもしれない。それでも、私は違う答えを期待していた。私よりも遥かに頭が良いジェイドであれば、私とは違う答えを導いてくれるのではないかと。身勝手な期待をジェイドにかけていた。

 

「ですが、ルークもまたローレライの鍵を持つ資格があるのも確かでしょう」

 

 だからこそ続くジェイドの言葉に私は目を見開いた。

 

「そうでなければ何故ローレライは剣と宝珠をアッシュとルークそれぞれに送ったのか分かりません。ローレライの考えを伺い知ることなど出来ませんが、少なくともどちらかだけがローレライの鍵を使う資格があるというのなら、最初からローレライはルークなど眼中にも入れなかったでしょう」

 

「そうですか、そう言ってくれますか」

 

「私とてルークをそれなりに見てきました。情を持たないでいるには少々長すぎる程度には」

 

 そう言って眼鏡を押し上げるジェイドに私は微笑ましい気持ちになる。ジェイドも私も、この問いに択一の答えを出すことは出来ないだろう。けれどもそれで良いのだと、ジェイドを見ていると思えるのだ。彼を通して私自身を見直すことが出来たからかもしれない。アッシュは昨夜、どちらが相応しいかと問うたが、案外答えはもっと単純なものだった。

 

「ローレライの鍵を別々に送り付けたのは、アッシュとルークどちらかではなく、アッシュとルーク両方が手を取り合うことを他ならぬローレライが願ったからなのかもしれませんね」

 

「だとすれば、ローレライもルークとアッシュが生きることを望んでいると?」

 

「さあ、人の理解を超えた存在ですからね。そうあって欲しいという私の願望でしかありません」

 

 けれどあまり間違っていないのではないかと思う。根拠も何もないというのに、そう信じている私がいる。言葉通り、救いを求める私の願望でしかないのかもしれないが。

 

「あなたの願望、予測は案外馬鹿に出来たものじゃありませんからねぇ」

 

「そうでしょうか? 私の思い付きなど、あなたやディストの力が無ければ素人の絵空事で終わってしまうことばかりですよ。アッシュとルークの身体のことも、あなた達に任せきりです」

 

「その思い付きで私やディストを度々驚かせてくれましたからね」

 

「あれは未来の知識を知っていたというズルをしていたからですよ。今となってはそれも出来ません」

 

「……ま、そういうことにしておきましょう」

 

 私の言葉にどこか釈然としない答えを返してくるジェイドから視線を外し、空に浮かぶ譜石帯に目を向ける。創生暦時代、ユリアがこのオールドラントの行く末を詠んだ預言(スコア)は巨大な譜石となり、このオールドラントの空に散り散りに浮かべられた。どこにいても見上げれば譜石は空から私達を見守っている。この星の破滅までの道筋を知ったユリアが何を思ったかは分からない。かつて同じようにこの世界の未来を知った私がどう思って行動していたのかも、本当の所は分からない。だが、

 

「ルーク達を救う。大人の醜い都合で生み出された他のレプリカ達も、救います。誰に笑われようが構いません、この世界の誰をも」

 

 私が何を求めていたのか、何故訳も分からない焦燥が常に私の心に渦巻いていたのか。改めて言葉にすると、この大言壮語は驚くほど私の胸の内に馴染んだ。

 

「……そうですね、救いましょう。皆で」

 

「ヴァンを止められるのはローレライの分身ともいえるルークとアッシュしかいません。彼らを何としてでもヴァンのもとまで送り届けないと……」

 

 言い終わらない内に視界が揺れ、足下が覚束ない感覚に襲われた。橋の欄干に掴まって身体を支えようとするが、足から力が抜けて崩れ落ちそうになってしまう。

 

「モース!?」

 

 しかし、横にいたジェイドが慌てたように肩を掴んで支えてくれたおかげで、地面にへたり込む無様を晒すことは防がれた。

 

「す、すみません。一体どうしたんでしょうか。身体は休められているはずなのですが」

 

「それでもこれまでの旅は相当に辛いものでした。身体的にも、精神的にも」

 

 労わるように背中を撫でながら、ジェイドは私に深呼吸を促す。ジェイドの呼吸に合わせて深く息を吸い、そして吐く。幾度か繰り返せば先ほど感じていた眩暈は収まった。だが、頭に響く痛みは残っていた。

 

「……すみません、もう大丈夫です。私としたことが、情けない」

 

「モース、今までこのような症状が出たことは?」

 

 ジェイドに礼を言い、手を離そうとするが彼は真剣な表情で私の顔を覗き込んでそう問うてきた。

 

「どうでしょう、過労で倒れたこともありますが、その時とは少し違うように思います……」

 

「まさか……」

 

 答えれば、一言呟いてジェイドは黙り込んでしまった。何が何だか分からず、彼の言葉を待つが何も返ってくることはなかった。

 

「あの、ジェイド、何か?」

 

「いえ、何でもありません。私の思い違いだと、考え過ぎだと思いますので。それよりも戻りましょう。そろそろルーク達の戦いも終わるころです」

 

 そう言って踵を返すジェイドに従って宿への道を歩く。私の眩暈に彼が何を見出したのか、気にはなるが彼を問い詰めるほどでも無いと考えた私は大人しく彼について行くだけだった。

 

 宿に帰れば、ルークとアッシュは既に戻ってきていた。彼らの間に言葉は無かったが、ルークの腰に佩かれたローレライの鍵を見れば、つまりはそういうことなのだろう。

 

 


 

 

「エルドラントに突入するときは二手に分かれる。お前達はアルビオール二号機。俺は三号機でだ」

 

 ナタリアの治療を受け、体力を回復したアッシュはそう言って席を立った。

 

「一緒に行くのはダメなのか?」

 

 それを引き留めようと動いたルークだが、アッシュのひと睨みでその場に縫い付けられたように足を止めた。

 

「俺とお前が一緒に動いてヴァンの野郎に辿り着く前に一網打尽にされたらどうする。例え俺だけがヴァンのもとに辿り着くことになったとしても、全滅するよりははるかにマシだ。それに、俺とお前のどっちがローレライの鍵を持ってるかなんて奴らには分かりようが無いんだからな。連中の手を分けられるだけでも良い。なんせ向こうにはもうリグレットしかいないんだからな」

 

 そう言ってちらりとアッシュは自分の手に視線を落とした。ローレライの鍵を持たず、単身エルドラントに乗り込むこと、彼の昨夜の告白。彼はルーク達に及ぶ敵の手を惹き付ける囮となろうとしている。そのことのメリットを分かっているから察しているであろうジェイドとガイは何も言わない。ルーク達他の面々も薄っすらと感じてはいるだろうが何を言おうが受け入れてはもらえないだろうと言葉を掛けることが出来ない。

 

「そういうことであれば、私もあなたに同行しますよ」

 

「なんだと!?」

 

 だからこそここで私が彼に声を掛けなければいけない。彼を一人で行かせてはならないと誰かが私の背中を強く押しているような気すらしてくる。

 

「ヴァンの目を逸らすというのなら私も同行する方が良いでしょう。アッシュだけでなく、ヴァンに何故か執着されている私も一緒にいればより敵の目を晦ませることが出来る」

 

「ふざけたこと抜かすんじゃねえ! お前はコイツらのお守りで来てるんだろうが!」

 

 私の言葉に怒りも露わにアッシュは振り向き、私を睨みつける。だが彼のその剣幕は私を退かせるには到底足りない。

 

「単純な戦力としても、あなた一人よりも私が加わることで敵にとってより脅威になります。頑なに私の同行を拒むのは何故です?」

 

「当たり前だろう! ローレライの鍵を守る人間は多い方が良いに決まってる」

 

「ならヴァンらもそう考えているでしょう。敵の目を欺くというあなたの作戦を強化することになります」

 

「ぐっ……!」

 

 自身が言ったこと故に有効な反論が出来ず、アッシュは私を鋭く睨むことしか出来なくなった。私はこれで話は決まりとばかりに歩を進めてアッシュの隣に立ち、ルーク達に振り返った。

 

「そういうわけです。アッシュは私がついて行きますから、ヴァンとの決戦前に合流しましょう」

 

「モース……、アッシュを頼みましたわ」

 

 そう言って胸の前で手を組んでいるナタリアに安心させるように微笑む。

 

「もちろん。アッシュも、私も道半ばで倒れることなどしませんよ。それに我々がエルドラントに突入した後に続いてアリエッタやシンクも来てくれることになっています」

 

「モース様、絶対に無茶しないでくださいね! ……って言っても無駄だろうし、アッシュがちゃんと見ててよね!」

 

「どうして俺が勝手についてくる奴の面倒まで見なきゃならないんだ!」

 

「安心してください、足手まといにならぬようにしますから」

 

 私に駆け寄って心配そうに見上げるアニスの頭に手を乗せる。私はジェイドに言ったようにルークも、アッシュも、全員を救おうなどと宣う強欲者だ。簡単に倒れてやるつもりはない。

 

「さあ、行きましょうかアッシュ。どうせ既にアルビオールは出発できるように待機させているのでしょう?」

 

「……チッ、足手まといになると判断したら置いていくからな」

 

 抵抗することを諦めたのか、アッシュはそれだけ言うと今度こそ扉に手を掛けて外へと歩いていく。私は後ろでこちらをじっと見据えていたジェイドに目をやれば、彼は仕方がないと呆れたように笑って私を見送ってくれていた。それに目礼だけ返し、アッシュに続いて宿を後にする。

 

 キムラスカとマルクトの陽動作戦開始まで後僅か。ルーク達に先んじてアルビオールで突入することになる私は、海の上に浮かぶ純白の要塞に目を向ける。見えるはずも無いのに、そこで待つヴァンが私達を見据えているような心地がしてきて僅かに身震いがした。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

栄光の大地と私

「この一戦は我々の未来を我々で掴み取るためのものである」

 

 アルビオール参号機の中、エルドラントに向けて発進する大艦隊に向けてピオニー陛下が語る演説をアッシュと共に聞いていた。

 

「我がマルクトとキムラスカ、ダアトが手を結ぶことなどこれまでは考えもしなかっただろう。だが、その瞬間は今ここに来た。誰もが、ユリアすらも予想だにしなかった偉業を我々は既に成し遂げている」

 

 操縦席に座る男。ルーク達が乗っているアルビオール弐号機のパイロット、ノエルの兄であるギンジが後ろに立つ私とアッシュに目配せをする。それに答えるように頷きを返せば、ギンジは計器を操作してアルビオールを起動させた。飛行譜石が内蔵された浮遊機関が唸りを上げ、弐号機とは異なる赤と黒のコントラストが厳めしいその機体を浮上させ始める。

 

「空を見よ、マルクトの誇る軍人であるジェイド・カーティス大佐とキムラスカの王族が共に乗り、我々の道に立ち塞がる敵を打ち砕かんとしている」

 

 参号機の浮上に合わせて隣り合っていた弐号機も同時に空へと浮かび上がる。甲板に立つ兵達がこちらを熱い眼差しで見ていることは改めて眼下を見渡すまでも無い。海上の彼らからは赤黒と青白の機体が番の鳥のように見えることだろう。

 

「これこそが我らに立ち塞がる敵、ヴァン・グランツを穿たんとする反逆の嚆矢。我らはそれを番える弓である」

 

 ピオニー陛下の語り口は聞く者の意志を否が応でも高揚させる。それに当てられたのか、私の肩にも自然と力が入る。横を見れば、いつもと変わらぬ様子で佇むアッシュが目を細めて私を睨みつける。今更浮ついてるんじゃねえとでも言いたげな表情だ。私とて大舞台は幾度も経験しているが、何せ今回の舞台はまさにこのオールドラントの命運を左右する戦いだ。緊張するなと言う方が無茶ではないだろうか。そう思ってアッシュを見つめ返してみれば、腕組みをした彼の右手が微かに震えているのに気付いた。流石に彼にとっても緊張するものであるらしい。私の視線に気付いたアッシュが、誤魔化すように目を逸らしたことでフッ、と私の顔も緩んでしまった。

 

「さあ、我が勇敢なる兵士達よ、今こそ満身の力を籠めて引き絞れ、我らの希望を空に浮かぶ要塞に到達させるため、出陣せよ!」

 

 彼の一声と共にアルビオールの機体そのものが震えていると錯覚せんほどの声が上がり、目の前に浮かぶ白色の浮遊大陸に向かって艦隊が一斉に動き始める。恐らくほぼ同時にキムラスカ側からも艦隊が出陣しているはずだ。エルドラントを挟み込むように艦隊が布陣し、牽制として砲撃を始める。私達はそれと同時にエルドラントに向けて突撃するというシンプルな作戦だ。

 

「ギンジ、よろしくお願いしますね。我々の命はあなたの腕に掛かっています」

 

「任せてください! オイラが絶対に皆さんをあそこに連れて行きますから!」

 

 頼もしい返事と共にギンジがアルビオールを前へと進め、隣の弐号機はその後ろに。洋上の艦隊と一列に並んだアルビオールはピオニー陛下の言葉通り、エルドラントに向けて放たれようとしている弓矢のようだった。

 

「もうすぐ艦隊の射程圏内にエルドラントが入ります」

 

 ギンジがそう言うとマルクト艦隊、そしてエルドラントを挟んで反対方向にあるキムラスカ艦隊が次々に巨大な譜陣を展開し、エルドラントに向けて砲撃を開始した。それに応戦するようにエルドラントからも無数の砲弾が海上に降り注ぐ。

 

「行きます!」

 

 同時にアルビオールが急加速し、身体が座席に押し付けられ、食い縛った歯の隙間から呻き声が漏れてしまう。だがそんなものに構ってはもらえない。エルドラントの壁面に備え付けられた砲台がアルビオールに向けられ、苛烈な砲撃を浴びせてきているからだ。それを避けるためにアルビオールは空を縦横無尽に駆ける。錐揉み回転や宙返りなど、内臓がひっくり返って口から飛び出してきそうな感覚をどうにかして押さえつける。

 海上の艦隊が囮となってくれているため、アルビオールに向けられる砲撃はほんの一部だ。だというのに私も、隣に座るアッシュもその顔を歪めて耐えねばならない曲芸飛行を強いられる程、敵の抵抗は激しい。

 

「敵の砲火が激しすぎて、これじゃ近づくどころか……!」

 

 ギンジの口から苦悶の声が漏れる。エルドラントの全周から隈なく放たれるそれはギンジの腕前が無ければ今頃バラバラにされてしまっている姿が容易く想像できる。だが彼らの腕をもってしても空に浮かぶ要塞との距離を詰めることは叶わない。こちらを叩き落とさんとするエルドラントを睨みつけてその砲火の隙間を探す。

 

「……っ! ギンジ、突っ込め!」

 

 突然、隣に座っていたはずのアッシュが操縦席に掴まってギンジにそう指示を出す。彼に見えているものが分からないがそれはギンジも同じらしい、ただアッシュの指差す方向に機首を向ける。砲弾が翼を掠め、表面を抉り取っていく度に機内に悲鳴のような音が響き渡り、ギンジの食いしばった歯の隙間から声にならない叫びが漏れるが、アッシュはそれでも進めと指示する。

 

「アッシュ! このままでは壁に激突してしまいます!」

 

「黙ってろ! このままだ、このまま真っ直ぐ!」

 

「っ、はい!」

 

 先ほどまで遠くに見えていた白い壁が近づいてくる。私の口から悲鳴交じりの声が漏れるが、アッシュに一喝されてしまい口を閉ざす。操縦席の背もたれにしがみついたアッシュはギンジの隣でまだだ、と押し殺した声で呟いている。そして白い壁が眼前にまで迫った瞬間。

 

「今だ! 機首を下げてそのまま突っ込め!」

 

「はい!」

 

 アッシュの合図と共にアルビオールがその頭を下に向け、真っ逆さまに落ちていくような浮遊感が私達を襲った。アルビオールの進む先にあるのはエルドラントに据え付けられた砲台の内の一つ。それは眼下のキムラスカ、マルクト艦隊への攻撃に使用され、私達に向いていないもの、連合軍の協力が生んだ敵の死角。

 

「衝撃に備えろ!」

 

 アッシュの声に私は両手で頭を庇い、姿勢を低く保つ。轟音と共に一際大きな衝撃がアルビオールを襲い、私の視界が黒く染まった。

 

 


 

 

「──い! ──きろ! 起きろ、モース!」

 

 ぼやけた視界に紅が映る。それと同時にアッシュの声が鼓膜を揺らし、意識を現実へと引き戻して行った。

 

「……ぅ、ここは?」

 

「エルドラントの中だ。砲台なら外壁よりも装甲が薄いと思ったが、予想通りだった。目が覚めたならさっさと立て」

 

 アッシュに支えてもらいながら立ち上がる。意識を失った私をアッシュがアルビオールから引っ張り出してくれたらしい。正面から砲台に突っ込んだアルビオールの操縦席は全面のガラスが割れ、翼も半ばから折れてしまっている。私の隣には肩を押さえたギンジが座り込んでいた。

 

「いっつつ……、相変わらず無茶させるんですから、アッシュさんは」

 

「あのまま飛び回っていてもいずれは撃ち落されて終わっていた。それに砲台を潰せたから後から来るアイツらも突破し易くなる。脱出は弐号機を使えばいい。シェリダンのジジイ達に煩く言われるだろうが浮遊機関だけ確保しておけば文句は無いだろう」

 

 アッシュの言葉にギンジは諦めたようにため息を吐く。これほどの無謀は無かっただろうが、似たような無茶ぶりは今までも散々あっただろうということが窺える反応だった。私はそれを横目に乱れた衣服を直しながら改めて周囲の様子を見渡す。私達が飛び込んだのはエルドラントの下層のようで、崩れた穴から差し込む光で辛うじて視界は確保できるが、見上げれば暗闇が頭上に広がっている。

 

「もう動けるようだな。ギンジはここに残って後から来るルーク達に先行したことを伝えろ。行くぞ、モース」

 

 そう言ってスタスタと歩いて行ってしまうアッシュを小走りで追いかける。

 

「アッシュ、あまり一人で先行してはいけませんよ。罠があるかもしれません」

 

「ならグズグズするな。アイツらが追い付いてきたら何のために二手に分かれたのか分からなくなるだろうが。俺達は過剰に暴れてヴァンの目を惹きつける。今の衝撃で奴らも俺達が来たことに勘付いてるだろうからな」

 

 上層へと繋がる階段を二人並んで駆け足で上る。外壁だけでなく、内部まで白一色で造られた無機質な空間に二人分の足音が木霊する。しばらく上を目指していると、照明で明るく照らされた広間に差し掛かった。

 

「さっきのが下層とすれば、ここは中層か」

 

「そのようです。それよりも、聞こえますか?」

 

 そう問いかければ、アッシュは鼻を鳴らして腰に佩いた剣に手を伸ばす。私とアッシュ以外の、それも重厚な足音がいくつも広間の奥から響いてきていたからだ。

 

「いけるな?」

 

「もちろん。背中は気にせず戦ってください」

 

 挑発するように笑ったアッシュに、私も努めて軽い口調で返す。目の前には神託の盾騎士団の鎧に身を包んだ兵士達。恐らくはフォミクリーによって生み出されたレプリカ兵達が私達に迫ってきている。アッシュという戦力もいるのだから、レプリカ兵くらいならば相手取ることに不安は無い。だというのに、私は頭の奥が疼くような感覚を覚えていた。右手の中にあるメイスの感触を確かめるように握り直す。

 

「ならそのお言葉通り、後ろは気にしねえからな!」

 

 レプリカ兵達が続々と広間に足を踏み入れたその時、アッシュはそう言うや否や剣を抜いて敵に躍りかかる。少し遅れて私も彼の背中を追いかける。頭の疼きは消えないまま、それでも目の前の戦闘に意識が切り替わっていく。

 

「たかがレプリカ兵如きが俺達の前に立ち塞がってんじゃねえ!」

 

 その声と共に振り払われた剣でアッシュの目の前にいた二人の兵が吹き飛ばされる。広間に雪崩れ込んできた大量の兵士達の真っただ中に飛び込んだアッシュの背後に別の兵士が斬りかかろうとするが、その前に私が起動した譜術によりアッシュの周りを囲むように濁流が発生し、周囲の兵士をまとめて押し流した。

 

「私もいることを忘れてもらっては困ります」

 

 アッシュに追いつき、彼と背中合わせに立ってメイスを構える。私達の周囲をぐるりと取り囲んだレプリカ兵達を見渡し、手足の先が冷たくなっていくのを感じる。

 

「アッシュ、私もあなたも回復術は使えません」

 

「そうだな」

 

「たった二人で囲まれているこの状況ですが、余裕ですね?」

 

 後ろにいるアッシュに問いかけてみれば、アッシュがくつくつと笑ったのが聞こえた。

 

「俺達を囲んでるのは精々十数人だ。治癒術が必要になると思うか?」

 

 自信に満ち溢れ、いっそ不遜とまで思えるその発言に思わず私も笑ってしまう。

 

「いえ、野暮なことを聞いてしまいましたね」

 

 その言葉を皮切りに、レプリカ兵達が一斉に斬りかかって来る。アッシュと二人でこうして共闘することなど初めてのはずだ。だというのに何故だろう、私も、そして恐らくはアッシュも、互いをここまで頼もしく思えるのは。

 

「さあ、精々暴れて目立ってやりましょうか!」

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

悪意の発露

 アッシュとモースを乗せたアルビオール参号機がエルドラントの対空砲火を掻い潜っていってからしばらく時間を置いて、ダアトから供出された神託の盾騎士団の援護艦隊の発進に合わせてルーク達を乗せたアルビオール弐号機がエルドラントと連合艦隊が砲火を交える戦場に飛び込んだ。

 

「うおわぁ!?」

 

 機内のルークが思わず素っ頓狂な声を上げてしまうほどの曲芸飛行。先に突入したギンジに勝るとも劣らない操縦技術で敵味方の砲弾が入り乱れる海上を駆ける。目指すは参号機が捨て身の特攻でもって抉じ開けた突破口。連合艦隊の砲撃によってエルドラントの砲台はいくつか破壊されている。それによって手薄になった弾幕を掻い潜り、ノエルの駆るアルビオール弐号機は着実に空に浮かぶ白磁の要塞との距離を縮めていく。

 

「ルーク、しっかり掴まっとけ! 舌噛むぞ!」

 

「分かってるって!」

 

 ひっくり返りそうになったルークをガイが支える。ルークが機内を見渡せば、キチンと座席に身体を固定している他の面々もあちこちに身体が振られる感覚に苦悶の表情を浮かべていた。あのジェイドですら顔を顰めていたほどだ。

 

「皆さん! もう少しです!」

 

 そんな彼らを励ますように操縦席に座るノエルが声を張り上げる。その言葉と共に操縦桿を力の限り押し下げ、アルビオールが機首を海へ向け、エルドラントの外壁を舐めるように飛ぶ。機体の壁一枚を挟んだ外には要塞の砲台が構えており、アルビオールを撃ち落とそうとしてくる。それを躱しながら突入を目指すアルビオール。ついに操縦士であるノエルの視界にエルドラントの横っ腹に空いた大穴が映り、そこに向けて更に速度を上げていく。

 

「しっかり掴まって!」

 

 ノエルの声に返答する余裕は無かったが、ルーク達全員が壁や座席にしがみついて衝撃に備える。アルビオールの機体全体を揺らす衝撃が襲ってきたのはその直後だった。参号機が空けた穴にねじ込むように突っ込んだ弐号機は、機体に少なくないダメージを受けながらも、先に突入した参号機よりも遥かに少ない被害で内部に着陸することに成功した。もうもうと舞う土埃が収まるのを待って機外に降り立ったルーク達は、まず目にした参号機の惨状に目を瞠った。最悪の事態を予想したルーク達は、多少の怪我こそあるものの機内で大破した機体から浮遊機関を取り外す作業をしていたギンジを見てほっと胸を撫で下ろす。

 

「アッシュさんとモースさんは既に上に行きました。オイラは大丈夫ですから皆さんは先へ!」

 

「ここは兄さんと私で大丈夫です。皆さんが戻ってこられるまでにアルビオールが飛べるようにしておきます!」

 

 そうノエルとギンジに促され、ルーク達は先に行ったアッシュ達の後を追って上層を目指す。そうして階段を駆け上がった彼らは、アッシュとモースの二人も足を踏み入れた広間へと辿り着く。しかし、そこは二人が突入したときとは大きく様相を変えていた。

 ルーク達の前にはレプリカ兵が倒れ伏していた。その数は数人程度の可愛いものではなく、数十人もの兵達が広間で折り重なるようにして積み上げられていた。

 

「これは、また……」

 

「アッシュとモース、二人だけ、なんだよな……?」

 

 想像以上の光景にガイとルークが頬をひくつかせる。ジェイドすら表情こそ崩してはいないものの冷や汗が一筋横顔を伝っていた。

 

「何はともあれ、これほどまで派手に暴れてくれているのです。敵の目は殆どが二人に向いているはず。我々も敵がこちらに集まってくる前に可能な限り進みましょう」

 

 思わず足を止めてしまった己と他の面々にそう言うと、彼らは気を取り直して再び上層へ向けて足を動かす。その道中にも敵兵が転がされていたが、もうそれを見て足を止めることは無い。

 

「にしても、たった二人だけでこれとは末恐ろしいな。アッシュもモースも強いのは分かっちゃいたが」

 

 横目に倒れた敵兵を見ながら、ガイはそう呟く。

 

「あの二人が強いことは否定しませんが、恐らくは敵もそこまで強くは無かったのだと思いますよ」

 

「えっと、それは……?」

 

「どういうことですの、大佐?」

 

 頭上にはてなマークが幻視出来る程分かりやすく困惑したティアとナタリアがジェイドに問いかけた。

 

「いくらヴァンに付き従う神託の盾兵がいたとしても、このエルドラントにまでついて来ている者はここまで多くは無い。大半はレプリカ兵のはずです。それもここで生み出されたばかりのね」

 

「そうか、最低限の戦闘技能だけを叩きこまれたから数を頼りにするしかないってことか」

 

「その通りです、ルーク。とはいえ、それでもこの数を二人だけで相手にしていては消耗して当然なのですがね。そこはあの二人の異常さがよく分かるところでしょう」

 

 ジェイドの脳裏に浮かぶのは深紅の剣士と老練な譜術士が並び立って戦う姿。敵陣に果敢に突入し、敵の鎧ごと斬り潰すような剛剣を振るうアッシュ。それと対照的に途切れることの無い杖術と詠唱も無く縦横に放たれる譜術を振るってアッシュの背中を守るモース。その様子が目の前に立ち上ってくるかにも思える戦いの跡がそこかしこに残されていた。

 

「俺達は助かるんだが……」

 

「つくづくあの二人が味方で良かったと思いますわ」

 

「早く合流しないと、二人とも消耗はしているはずよ。このままのペースで戦い続けられるわけが無いわ」

 

 ガイとナタリア、ティアがそう言って足を速める。一行の最後尾でそれを眺めながら、ジェイドはふと視線を倒れているレプリカ兵、兜に覆われたその頭部に向けた。何故かは彼自身にも分からない。ただ、言い知れぬ不安を感じたからとしか言えなかった。

 

「……まさか、ね」

 

 自らの頭に浮かび上がった嫌な想像を振り払うように、彼は視線を前へと戻した。

 

 


 

 

 中層から上層に上がるためには一度外壁に沿った長い階段を昇る必要があった。海上で強風が吹き荒ぶ中、ルーク達は足下を確かめながら更に上を目指していた。

 

「くっ、皆気を付けろ! 足を踏み外したら終わりだ!」

 

 後ろに続く仲間達に声を掛けながら、自分も壁に手をついて歩を進める。先を行くアッシュとモースの背はまだ見えない。敵と戦いながらだというのに、彼らはどこまで先に進んでいるのか。あるいは途中で自分達には見つけられなかった分かれ道でもあったのだろうか。この辺りには戦闘の痕跡も無く、先行した二人がここを通ったのかすら定かでは無かった。

 暫く昇った先、踊り場になっている場所で休憩を取ることにした一行。ルークは遠くに伸びた白亜の端の先に視線を向ける。それはエルドラントが自分達の住むオールドラントに伸ばした侵略の手。大地に突き立ち、そのレプリカ情報を吸い上げては莫大な第七音素(セブンスフォニム)を消費して大地のレプリカを中空に生成しているのだ。栄光の大地、それを起点としたこの星の総レプリカ化計画がゆっくりと、だが着実に進められている。

 

「焦ってはいけませんよ」

 

「っ!? ジェイド、急に驚かすなよ……」

 

 突然背後からかけられた声に肩を跳ねさせながら振り返れば、こちらを見つめる紅の瞳と目が合った。

 

「急がなければいけないのは確かです。ヴァンは大地のレプリカを作成し、巨大な同位体同士の間で生まれる超振動はオリジナルの大地を消し飛ばしてしまいますからね。ですが、それで先を急ぎ過ぎて疲労困憊になっては肝心のヴァンを止めることが出来なくなってしまいます」

 

「……分かってるよ。でもさ」

 

 続けようとした言葉は止められた。ルークの肩に青い手袋に覆われた手が載せられることによって。

 

「エルドラントの手を止めるために下ではキムラスカとマルクトが戦ってくれているのです。彼らを、大人達をもう少し信じても良いのですよ。それとも、モース程でないと頼りにはなりませんか?」

 

 最後におどけた口調で付け加えられた内容に、ルークは噴き出して肩から力が抜けるのを感じた。

 

「ぷっ、はは。確かに、モースが残ってくれてたらこの上なく頼もしかったよ」

 

「そうでしょう。ま、あのネジが二、三本どころか十本単位で抜けているふっ飛んだ人間がそう何人もいてたまるか、という話ですがね」

 

「おいおい、そこまで言うか……」

 

「あの大詠師は私でも予想がつかないことを度々やらかしていますからね。この評価は妥当だと思いますよ?」

 

 呆れ顔のルークにジェイドはいつもの惚けた口調で返す。本人のいないところで頭がおかしい扱いをされているが、それを否定してくれる者は少なくともこの場にはいないようだ。

 

「さて、良い感じに肩の力も抜けたようですし、行きましょうか。もうすぐ階段も終わりです」

 

「ああ、そうだな!」

 

 ジェイドに促されて立ち上がったルークは、右手のひらに左拳を打ち付けて気合を入れると、再び上を目指し始めるのだった。

 

 階段を昇り切った先にあったのは大きな邸宅がいくつも並ぶ通り。あちこちが崩れ、中には基礎しか残っていないような有様だったが、それでも立ち並ぶ家々はそこに住んでいた者達の地位の高さを伺わせる造りをしていた。

 

「ここは……?」

 

「この家……、まさかっ!?」

 

「おい、ガイ!?」

 

 あちこちをに視線を巡らせながら歩いていたルークだが、何かに気付いて顔を強張らせたガイが走り出したのに釣られて慌てて後を追いかける。ジェイド達他の面々もその後ろに続いた。

 

「ここも……、ここもそうだ! ……この家も!」

 

 走りながら周囲に目を向け、ぶつぶつと呟くガイ。彼の足はいくつも並んだ邸宅のうちの一つを前にして止まった。そこは他の建物と比べても一回り大きく、かつて荘厳な門があっただろう場所には顔の欠けた獅子を象った支柱が立っていた。

 

「ガイ、急に、走り出して、一体どうしたんだよ?」

 

 ようやく追いついたルークは膝に手をついて切れた息を整えつつ、ガイに問いかける。

 

「見覚えがあると思ったんだ、この場所に」

 

 自らの目の前に佇む廃墟から視線を逸らさず、ガイは答えた。

 

「そりゃそうさ。考えるまでも無い。俺はこの場所を知っているんだからな」

 

「どういうことだよ、ガイ」

 

 要領を得ない答えにルークが質問を重ねる。ティアとナタリア、アニスもようやく追いつき、ガイに問うような視線を投げかけていた。一番後ろにいたジェイドは既に何かを察したような表情で自分達に背中を向けるガイに気遣わしげな表情を向けていた。

 

「ガイ、やはりここは……」

 

「ああ、その通りだよ旦那。ここは、エルドラントは俺の故郷、ホドのレプリカだ」

 

 ガイの言葉にルーク達が目を見開いた。

 キムラスカとマルクトのかつての戦争の舞台となった島。ヴァンとティア、そしてガイの故郷であり、フォミクリー装置に繋がれたヴァンの起こした超振動によって海へと沈んだ島。それが今レプリカとして蘇り、オールドラントを食いつくさんとする要塞となった。

 ガイに何か言葉を掛けようと他の面々が口を開きかけるが、それより先に目の前の廃墟から物音がしたことで彼らの頭は即座に緊張状態となった。各々が自身の得物に手をかけ、いつでも応戦できるように体勢を整える。

 

「……その声、追い付いてきやがったか」

 

「っ、アッシュ!?」

 

 だが、聞こえてきた声に彼らは戦闘態勢を解いて廃墟へと走り出した。朽ちた邸宅の中から聞こえてきたのは自分達よりも先行していた者の声だったからだ。

 崩れ落ちた玄関口に踏み入り、一番奥の部屋を目指す。廊下の先、蝶番が外れかけた扉を開けば、天井が崩れて光が差し込んでいる部屋の真ん中にアッシュとモースが座り込んでいるのが目に入った。

 

「二人とも無事だったんだな!」

 

 一見すると目に見える怪我も無い二人にルークは顔を輝かせたが、彼らの前に横たわっているものを見て足を止める。

 

「アッシュ、モース様、それは一体……?」

 

「格好から察するにレプリカ兵の一人?」

 

 後に続いたティアとアニスが首を傾げながら二人のもとへ歩を進める。

 

「ああ、レプリカ兵だよ。ヴァンの野郎も趣味が悪いことしやがる」

 

「いつの間に、というのは愚問ですね」

 

「二人とも一体何を……。っ!?」

 

「ティア……? って、ちょっとこれって……!」

 

 アッシュとモースの姿で遮られて見えなかったもの。それを彼らの背中から覗き込んで見たティアとアニスは二人とも口元を押さえて後退った。

 

「ティア、アニス?」

 

「……どうしてこう当たって欲しくない予感ばかりが当たってしまうのか」

 

 何が起きているのか理解出来ていないルークとガイ。それと反対に二人の反応でジェイドは全てを察してしまった。

 

「悪趣味、というだけではないでしょう。何か狙いがあってやったことだと、私は考えます」

 

「一体どうしたんだ、旦那? そこに倒れてるレプリカ兵に何かあるのか?」

 

 ジェイドの言葉に首を傾げながら、遂にルークとガイも床に座り込む二人へと近づく。アッシュとモースの視線の先にあるものの正体を目にするために。

 

 そのレプリカ兵は既に息絶えていた。恐らくはアッシュとモースに襲い掛かり、返り討ちにされたのだ。そしてどういうわけか、その身体をアッシュとモースはここまで運び込んだ。それは一体いかなる理由によるものだろうか。その答えは、二人の見つめる先にある。

 

「ッ! そんな、これは!?」

 

「おいおい、コイツは」

 

 ルークはそれを目にした瞬間に驚愕で口を開いた。ガイは眉間に深く皺を刻み、その青い瞳に怒りの炎を宿した。

 

「どうやら道中で襲って来たレプリカ兵は皆、これのようです」

 

 モースはそう言ってレプリカ兵の顔に手を翳すと、見開かれたままだった目を閉じさせた。彼と全く同じ顔をしている、神託の盾兵の鎧に身を包んだそれの。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

虚ろのレプリカと私

 自分の前に横たわるレプリカ兵をじっと見下ろす。自身と同じ顔をした存在を手にかけたことに言い知れない気持ち悪さが腹の底から立ち昇ってくるが、奥歯を噛み締めてそれを堪えた。気を紛らわすように周囲に視線をやれば、ルーク達が気遣わしげにこちらを見つめているのに気付いた。

 

「モース、大丈夫ですか?」

 

 ジェイドがそう言って私の前に膝をつき、顔を覗き込んでくる。

 

「……ええ、良い気分とは言えませんが」

 

「……ひどい顔色だ」

 

 目を合わせたジェイドが深刻な表情のまま、私の頬に手を添える。手袋越しに感じた温かさに、凍り付いていた心が少し解れたような心地がした。

 

「ヴァンの狙いはあなたの特異性を再現することでしょう。成功してはいないようですが」

 

「こんな老人一人によくもまあここまで執着したものですね」

 

 ジェイドの言葉にそう言って力無く笑う。あの男が私に並みならぬ執着を見せていたのは分かっていた。だが、ダアトで彼は私に執着していた理由である何かが私の中から抜け落ちたのを知ったはずだ。

 

「私はもうヴァンが求めるものを失っているのですがね」

 

「だからこそ、今になってヴァンはあなたのレプリカを作っているのでしょう。あなたの中にあった記憶、ローレライとの謎の繋がり、それはあなたという存在から抜け落ちましたが、あなたのレプリカにならば再び宿るかもしれない。そう考えたのかもしれません」

 

 怒りゆえか、ジェイドの眉間には珍しく皺が寄っている。

 

「あなたの尊厳を踏み躙る行為です。許される事ではありません」

 

「あのとき私が感じた立ち眩みは、レプリカ情報を抜かれたことによる副作用だったのですね」

 

 グランコクマでジェイドと二人で話していたときに視界が揺らぎ、立っていられなくなったのは疲労によるものではなかったということだ。

 

「私の考え過ぎでは無かった。こうまで勘が鈍っているとは、我ながら情けない」

 

「私がレプリカ情報を抜かれたのはヴァン達に捕らえられていた時のことでしょう。この事態は避けられなかった」

 

 悔やむように顔を歪めるジェイドを宥める。ふと、再び視線を下に戻してみれば、横たわっていた私のレプリカが音素乖離を起こし始めているのが目に映った。手先から小さな光の粒子となって輪郭を朧にし、空気に溶けるように消えていく。

 

「大量に、調整もままならずに作成されたレプリカは非常に不安定です。死んでしまえば、すぐに音素乖離を起こす」

 

 それを見つめていたジェイドが小さく零した。私は何を思うでもなく、消え始めている手に指先を触れさせる。すっかり冷たくなってしまった手を、儚い感触しか返してこないそれを自身の手で包み込み、握りしめた。

 自らを憐れんでいるようなものかもしれない。ほんの僅かな生しか許されなかった彼にとって、私が抱える感傷は無意味なだと言う者もいるだろう。それでも、彼とて()()()()()()()()()()の人として生きることも出来たかもしれない。それを忘れないように、自分に刻み込むように、その全身がすっかり消えてしまうまで、私は目を逸らさずに見つめ続けていた。

 

「……すみません、少し時間が掛かりましたが、行きましょうか」

 

 私はそう言って、ジェイドの手を借りて立ち上がった。ルーク達は、珍しいことにアッシュまで私を心配そうな表情で見つめていたが、私は心配をかけまいと口元に笑みを浮かべる。

 

「そんな顔をしないでください。ヴァンが私に何らかの執着を見せていることは分かっていました。私のレプリカを作ったところで大した戦力にはなりはしないというのに」

 

「モース様、冗談でもそのようなことを仰らないでください」

 

 私の言葉にティアが泣きそうな顔で詰め寄って来る。いけない、心配をかけるまいとすればするほど逆効果になりそうだ。このままでは本当にティアが泣き出してしまいそうに思えたため、私はいつもフローリアン達にしているように彼女の頭に手を乗せ、少し屈んで彼女と視線を合わせる。

 

「心配させて申し訳ないです。でも、本当に気にしないでください。私達がすべきことはここで立ち止まることでは無く、ヴァンを止めることでしょう? 私一人の為に、長く立ち止まるわけにはいきません」

 

「分かっては、います……」

 

 私は顔を上げて他の面々を見渡した。ルーク達は皆気遣わしげな色こそ抜けないものの、それでもその目は各々の決意を表すかのように輝いていた。

 

「行きましょう、ここからは私とアッシュも合流します。随分と上がってきましたからね、ヴァンとの対面ももうすぐ叶うことでしょう」

 

「ああ、行こう。頼りにしてるからな、モース、アッシュ!」

 

 ルークはそう言って力強く頷いた。私達は部屋に残された鎧と剣を一か所に固め、簡素な墓標とした後、レプリカとして蘇ったガイの生家ガルディオス邸を後にした。

 

 ──が──を

 

 朽ちかけた門扉を出ようとした瞬間、誰かに呼ばれた気がして、私は思わず振り返った。

 

「? ……今のは、一体」

 

「どうした、モース?」

 

「……いえ、何でもありませんよルーク」

 

 誰もいないはずの廃墟から声が聞こえた、だなんて言っても誰が信じるというのか。色々とストレスがかかったのかもしれないが、気を引き締めなければ。

 私は頭に湧いた疑念を振り払うと、前を行くルーク達を小走りで追いかけた。

 

 


 

 

 かつてマルクトによって海の底に沈められたホドは、沈む直前の崩れかけた状態を寸分違わずレプリカとして再現され、エルドラントに蘇っていた。この白亜の城を護る魔物もレプリカ兵も屋敷が立ち並ぶこの区画には姿が見えない。敵がここまで昇って来ることを想定していないのか、あるいは曲がりなりにもヴァンの故郷を想う気持ちの表れか。どちらにせよ私達にとっては都合よく、周囲を警戒しながらも順調に歩を進めていた。

 そして敵地といえど、ずっと黙り込んだまま歩いていては気が滅入る。会話は自然と、先行していた私とアッシュが主題となっていった。

 

「それにしても、二人は道中随分と大暴れしたんだな」

 

「ちょうど良い陽動になったでしょう、ガイ?」

 

「ですがたった二人であのような行動、あまりにも無謀すぎますわ」

 

「たかがレプリカ兵ごときで俺だけでも余裕だ」

 

 アッシュの言葉に、ガイは呆れたように笑い、ナタリアは無茶なことをするなと怒ったように腰に手を当てて詰め寄る。ナタリアにだけは弱いアッシュは、きまり悪そうに頬を掻いて目を逸らした。

 

「でもでも、本当に怪我は無いんですかぁ?」

 

「大丈夫ですよ、アニス。もちろん無傷とまではいきませんが応急処置もしていますし、体力を回復させるためのグミも十分な数を用意していました」

 

 隣を歩くアニスがジトっとした目で見上げてくるので、私も苦笑しながらそう言ってアニスを宥める。あの廃屋にいたのも、怪我をしたからではなく、レプリカの正体に気付いたことによるショックが主な理由なのだ。道中の戦闘は自分でも驚くほどに問題なく切り抜けられていた。アッシュも剣技と譜術を織り交ぜて戦うためか、敵陣に猪突猛進に突っ込んでいくだけでなく全体を俯瞰して私との連携もしっかりと熟していた。むしろ、私がフォローしてもらったことの方が多いのではないかと思うくらいだ。私は前を行くアッシュの背中を見つめる。

 

「アッシュには随分と助けられました。私も負けないようにしませんと」

 

「モース様も、私達をとっても助けてくれてますよ?」

 

「おや、そうでしたら嬉しいですね」

 

 嬉しいことを言ってくれるアニスを見下ろし、顔を綻ばせる。そこで、視界の端に何かが光ったような気がした。

 

「っ! アニス!」

 

「ふぇ? ぎゃん!?」

 

 私は反射的にアニスを後方に突き飛ばすと、最後尾のジェイドに合図を出す。それを素早く察したジェイドは足を止め、ルークとティアを手で制した。それと同時に私、アッシュ、ガイ、ナタリアを囲むように地面に譜陣が浮かび上がる。

 

「罠だ!」

 

「これは!?」

 

「回避を……」

 

「間に合いません!」

 

 私達四人が譜陣の範囲から逃れようとするよりも早く、罠は起動した。身体全体があらゆる方向から押し潰されるような重圧が襲い、たまらず膝をつく。重圧はどんどんと強くなり、身体がミシミシと悲鳴を上げていくのが分かる。これは敵の動きを止めるものじゃない。そのまま敵を圧殺するための罠だ。

 

「ルーク! 超振動を!」

 

「分かった!」

 

 罠を逃れたジェイドがルークに指示を出すと、ルークは地面で赤く光を放つ譜陣に向けて両手を向けた。手を合わせたところから音素(フォニム)の眩い光が放たれ、超振動によって譜陣が構成音素ごと削り取られていく。

 

「ぐっ、急げ……! このままじゃ」

 

「分かってる! もう少し!」

 

 アッシュが片膝をついて苦悶の声を上げ、それに応えるようにルークの両手の光が明るさを増す。そして、ガラスが割れるような音と共に譜陣が消え去り、私達の身体を押さえ付けていた重圧が嘘のように消え去った。

 

「はぁ……はぁ……、た、助かった」

 

「身体が折れてしまいそうでしたわ……」

 

 ガイとナタリアが地面にへたり込んで荒い息を整える。そこへルークとジェイド、アニス、ティアが走り寄ってきた。

 

「かなり巧妙に隠されていました。モースが気付いてくれなければ、我々全員が罠にかかり為す術はなかったでしょう」

 

 そう言いながらジェイドは私の手を引いて立ち上がらせる。時間にしてみればほんの僅かだったが、痛みと死を意識した緊張で全身から汗が噴き出していた。

 

「助かりましたよ、モース」

 

「それはこちらのセリフです。ルークが止めていてくれなければ、それこそ何も出来ずに死を待つのみでした」

 

 私は額の汗を拭いながらルークに礼を述べる。ガイとナタリアもそれに続いてルークに礼を言えば、それを受け取る本人は気恥ずかしそうに頬を掻いていた。

 

「……助けられちまったな。自分が情けねえ」

 

 アッシュは礼かどうか怪しいことを言っていたが、ルークが満足そうにしていたからそれで良いのだろう。罠を切り抜け、極度の緊張から解放された私達の間に少し緩い雰囲気が漂い始める。

 だが、その空気はすぐに凍り付くことになった。

 

「なんだ、第二超振動とやらは出さないのか」

 

 頭上から聞こえた声に私達全員が弾かれるように顔を上げる。私達の目の前にある真っ白な石の階段を昇った先、声の主はそこに立っていた。そしてゆっくりと階段を降りてくる。

 

「閣下の話ではここでアッシュの死を知ったレプリカが第二超振動で罠を無効化すると聞いていたが、アッシュも生きている上に第二超振動も無い。閣下の脅威が一つ消えたというわけだ」

 

 両手に携えた譜業銃、後頭部で一つにまとめられた色素の薄い髪、怜悧な光を放つエメラルド色の瞳。彼女は、私達の前に立つとその手に持った銃をこちらに向けた。

 

「だが第二超振動をレプリカが使えようとそうでなかろうと関係ない。お前達はここで私の手に掛かるのだからな」

 

「……リグレット、やはり出てきましたか」

 

 ヴァンの副官であり、右腕。そして六神将の中でも最優と名高い女傑、魔弾のリグレットが私達の前に立ちはだかった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

リグレットと私

PCの調子が悪いためサブのタブレットから投稿


「久しく顔を合わせていなかったな、モース」

 

「今この場では会いたくなかったですがね、そこまでヴァンが大事ですか」

 

 リグレットが持つ譜業銃は小動もせずに私に向けられている。彼女が少し人差し指に力を籠めるだけでその銃口から私を貫く火が吹くことだろう。だというのに、私の心の内は不思議と凪いでいた。今の彼女は私をすぐには撃たないとどこかで確信しているように。事実、リグレットは銃を下ろし、再び口を開いた。

 

「それはこちらのセリフだ。そこまで、その愚かなレプリカが、この世界が大事だとでも言うのか」

 

 彼女の問いに私は何も答えず、目に力を籠めて彼女の瞳を見つめ返す。

 

「思えばこうしてお前とまともに言葉を交わしたことはダアトに居た頃もあまり無かったな」

 

 それを意にも介さず、リグレットは言葉を続けた。

 

「今更言葉を交わす意味は無いが、聞いておきたいこともあった」

 

「聞いておきたいこと?」

 

「モース、お前はいつから未来を知り得ていたのだ。生まれた時からか、それとも閣下と手を結んでからか」

 

 そう言った彼女の顔に張り付いていた薄い笑みは、傷ついて疲れ果てた女が意地で浮かべたものでしかなかった。

 

「どうしてお前はそのレプリカの為には動いて、私達の為には動いてくれなかったのだ。女々しいことだと分かっていても、問わずにはいられん」

 

 彼女の言葉に私は何と返そうとしたのだろうか。何かを言おうとはしたのかもしれないが、乾いた口内に言葉が張り付いて上手く出てきてくれなかった。

 

「私には弟がいた。両親を早くに亡くした私にとって唯一の肉親だ。私も弟も神託の盾騎士団に所属し、忠実に職務を果たし、そして弟が戦争に駆り出され、呆気なく死ぬことまでもが預言(スコア)に詠まれていた。お前ならば、私もラルゴも、閣下も苦しみを味わうことが無いように出来たかもしれない。お前はその時は動くことはなく、あまつさえ我々を欺いて協力するように見せかけた。滑稽だったか? 何も知らない人間が自身の掌の上で動き回るさまを眺めるのは。同じだよ、お前も。預言(スコア)のままに動く人間を腹の底では嘲笑っていた歴代のローレライ教団の老害共と何一つ変わらない」

 

 力無く笑う表情はそのままに、銃把を握りしめた彼女の手は力を籠めすぎて白くなっていた。そこには彼女の飲み下せない、御しきれない怒りが現れている。私はその姿にかける言葉を持たなかった。彼女の言葉は私の全てとまでは言わなくとも、少なくとも一側面は捉えていた言葉なのだから。私にとって動くことが出来ない理由があったとしても、それは彼女にとっては納得できる理由にはならない。リグレットだけではない、ラルゴも、それ以外のヴァンの思想に賛同した者達も、私がこの手から零した人々であり、彼らからすれば私は全てを知りながら見捨てた人間でしかないのだ。

 

「違います!」

 

 何も言えずに立ち尽くすままの私に代わって声を上げてくれたのは、ティアだった。

 

「モース様は誰にも言えないまま一人で苦しみ続けて、何とか一人でも多くを救おうと足掻き続けてきました! それは誰にも責められる謂れはありません。ましてや教官達がモース様にしたことは許されることじゃありません!」

 

「よく考えなさい、ティア。その男が多くを救おうと思っていたのならば、何故ホド戦争が起きて閣下とお前の故郷であるホドは滅びたのだ。お前も、そこにいるガルディオス家の生き残りも何故こちら側にいない」

 

「俺はお前達みたいに駄々をこねる子どもじゃないんでね。何でもかんでもモースのせいってか? 笑わせるね」

 

 水を向けられたガイは、眉間に皺を寄せてリグレットを睨み返すと、冷たく言い放った。

 

「あなた方が預言(スコア)の被害者だということを否定する気はありません。預言(スコア)に支配された世界をどうにかしたいという想いも。ですが致命的にやり方を間違えたのです。その正当化にモースを言い訳として使っているに過ぎません。私に言わせれば動かなかったのはモースでは無くあなたですよ、リグレット」

 

 ガイに続けてジェイドも醒めた表情でリグレットに言葉を返す。

 

「教官、何を言おうとあなた達のやり方は間違っています。この世界の全てをレプリカに置き換えるだなんて、それこそ預言(スコア)に詠まれたオールドラントの滅亡でしかありません。そんなことを許すわけにはいきません」

 

「……そうか。ティア、お前達の言い分は分かった。だが、私はまだ最も聞きたい者から答えを聞けていない」

 

 ティアの言葉に数瞬目を伏せたリグレットは、私と正面から視線を合わせた。その顔に先ほどまでの張り付けたような笑みは無い。さりとて、私に対する怒りも見えなかった。ただ純粋に答えが知りたいのだと、彼女の目は物語っていた。

 

「……リグレット、あなたの求める答えを私は持ち合わせていないことを予め断っておきます」

 

 私にはルーク達に伝えたこの世界の未来の記憶は今は無い。ただ私がこれまで重ねてきた行動が私の中にあるのみだ。それでも、ルーク達がこれまでの私も、今の私も変わらないと言ってくれるのなら、私がしてきた行動の動機は、今の私でも考えが及ぶところのはずだ。

 

「何もかも救うには私の手はあまりにも短く、力が足りなかった。私一人では何も出来ないのに、周囲を信用することも出来なかった。何より私は恐ろしかったのだと思います。未来を知っていたからこそ、そこから外れることで何が起こるのかを恐れた。そんな私が預言(スコア)から、未来の記憶から外れることを恐れなくなったのは皮肉にもヴァンが私を切り捨てたお陰だった」

 

 私の言葉を聞いたリグレットは今度は先ほどまでのような無理をして浮かべたものでは無く、自然な笑みを見せた。

 

「フッ、私達の行動が奇しくも私達自身の首を絞めていたということか」

 

「私にもう少しの勇気があれば、あなたと肩を並べることもあったのかもしれません」

 

 私が動くことを恐れず、リグレットやラルゴに協力を願い出ていたのなら、彼らが歪んでしまう原因となった出来事に私が介入出来ていればこうして向かい合うのではなく、同じ方向を向いていることも出来たかもしれない。

 

「どうだろうな。預言(スコア)などというものが無ければ、私が呪うべきものが無ければ、そうだったのかもしれない」

 

 リグレットはそう言うと下げていた譜業銃を再び掲げ、銃口を私へと向ける。それに合わせるように私や、ルーク達も武器を構えた。固い表情をしているルーク達とは対照的に、リグレットと私はどちらも口元が笑っていた。

 

「惜しいな、モース。お前も私も、目指すべき道は変わらなかった。どちらも預言(スコア)の無い世界をと願い、お前はそこのレプリカに希望を見出し、私は閣下に自らの信念を委ねた」

 

「今からでも協力してヴァンを止めることは出来ませんか?」

 

「それこそ愚問だな。私は自らの信念も、心も閣下に委ねた。預言(スコア)への怨嗟と愛する男への気持ち両方を押し殺すことなど出来るものかよ」

 

「ならば、これ以上の問答は不要ですね」

 

 私達が彼女へと向かって駆けると同時に、彼女は引き金を弾いた。

 

 


 

 

 剣が、矢が、譜術が、弾丸が飛び交う空間で、リグレットと私は互いに踊るようにステップを踏んでいた。

 

「しばらく見ない間にやるようになった!」

 

 そう言ってリグレットが右手の譜業銃をこちらに向けるのを顔を逸らして避ける。リグレットはどこか楽しそうにすら見える様子だが、こちらにはそれに答える余裕は無かった。体術と譜業銃を巧みに織り交ぜた彼女独特の戦闘術に翻弄され、打撃を逸らし、銃口から身を避けるので精一杯になっていた。そして一対一の戦いにおいて、私が彼女に優る点は無い。それを証明するように、リグレットの攻撃を凌ぐ過程で生まれた死角に飛び込んできた彼女の蹴りが私の横っ腹にめり込んだ。

 

「ぐっ!」

 

 たまらずたたらを踏んで後退りをすれば、そこにすかさず追撃の弾丸が殺到する。それを地面に転がって無様に避けた私に更なる追撃を仕掛けようとしたリグレットだが、そうはさせまいとルークとガイが挟撃し、そちらへの対処にリグレットの注意が割かれた。

 

「狂乱せし地霊の宴よ、ロックブレイク!」

 

そしてその隙を見逃さず、ジェイドの譜術によってリグレットの足下から尖った岩の槍がせり上がる。

 

「甘い!」

 

だが軽業師もかくやと言わんばかりの身のこなしで術の範囲から飛び退いた彼女は、ジェイドとナタリア、ティアの後衛組に牽制弾を撃ち込む。それによってジェイドの譜術に続こうとしたティアとナタリアの動きを掣肘した。

 

「いい加減食らいやがれ!」

 

距離を取ったリグレットに向かって悪態と共に駆け出し、剣を振るったのはアッシュ。虎視眈々と機を窺い、リグレットが着地した瞬間を狙った一閃だったが、その剣は金属同士がぶつかる甲高い音と共に防がれた。

 

「狙いは良いな。だが、お前に戦い方を教えたのはヴァンだけではない」

 

「教官面しやがって......!」

 

銃把を握る手を守るためのナックルガード。リグレットの譜業銃に取り付けられたそれは外縁部が研がれ、そのまま殴り抜くだけで敵を切り裂く武器にもなるそれがアッシュの剣を防いでいた。両手で全体重をかけて振り下ろされたアッシュの剣は、どこからそんな力が出ているのか不思議になる細腕によって食い止められ、そしてリグレット本人はいたって涼しげな顔をしている。

 

「失望させてくれるなよ、ヴァンは私のように甘くはない」

 

「舐めるな!」

 

「氷爪襲落!」

剣を振り払ってリグレットから距離を取ったアッシュと入れ替わるように、体勢を整えた私が氷を纏った蹴りでリグレットの頭上から強襲をかける。

 

「アニス!」

 

「リミテッド!」

 

そしてリグレットが私の攻撃を受け止めたと同時に後ろに控えたアニスの名を叫ぶ。彼女は心得たとばかりに待機させていた譜術を発動させ、私とリグレットの足下に譜陣が浮かび上がった。

 

「特攻か、愚かな」

 

「それはどうですかね!」

 

つまらなさそうに私を見たリグレットにそう言い返すと、私自身も発動直前で止めていた譜術を起動させる。アニスの譜術で展開された譜陣に重なるように新たな譜陣が展開される。

 

「拙い術を重ねたところで......!?」

 

リグレットの言葉は驚愕の表情と共に途切れた。それは私の展開した譜陣が彼女の想像したものと様相をがらりと変えたためだ。

アニスの発動した譜術は光を司る音素(フォニム)を収束させ、敵に光の柱をぶつけるもの。つまり、彼女の譜術によって地面に展開された譜陣には光の音素(フォニム)が高濃度に集められている。譜陣は術者の音素(フォニム)を使って展開されると、周囲の音素(フォニム)を更に集束させて術を発動させる。そのときに譜陣が展開された環境に特定の属性の音素(フォニム)が偏っていると、本来起こしたいものとは異なる現象を引き起こすことが出来る。フィールドオブフォニムスと呼ばれる環境中の特定音素(フォニム)の偏りを利用したその戦術は、自身が狙いたい特定の音素(フォニム)が偏る環境を作り上げる難易度、そしてその音素(フォニム)が拡散する前に更に譜術を重ねる必要があることから狙って起こすものではないとジェイドをして言わしめる。だが、優秀な術者が味方にいれば話は別だ。

 

「貧者の戦術ですが、優秀なあなただからこそ慮外になるでしょう」

 

私が発動した譜術はセイントバブル。それは周囲の水属性の音素(フォニム)を収束させて超圧縮された水塊を生成して敵にぶつける譜術だが、周囲の環境中に風の音素(フォニム)が偏っていると全く異なる譜術に変化する。光の音素(フォニム)は使い手が限られる代わりに火および風の音素(フォニム)と互換性を持つため、セイントバブルを発動させる譜陣に吸収されたそれによって私とリグレットの周囲に落雷が発生する。

 

「喰らいなさい、ディバインセイバー!」

 

次々と発生した雷が私とリグレットを囲む牢獄となり、最後には収束して私達を灼く雷撃となった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

リグレットと私 2

 自ら放つ譜術によって過剰に傷付かないように防御用の譜術を展開していたにも拘らず、術者本人である私にも無視できないダメージが入るほどにフィールドオブフォニムスを利用した譜術の威力は凄まじいものだった。それだけに、この結果は予想外だ。

 

「このような曲芸を実戦の中で行う人間がいるとはな」

 

「かすり傷、で終わらせるつもりはなかったのですがね......」

 

 激しい光が収まった中心には細かな傷をつけながらも、依然として悠然と佇むリグレットの姿。少し肩を上下させてはいるものの、戦闘には支障が無さそうに見える。どのようなからくりか、攻撃を仕掛けた側の私の方が消耗が大きいように思える程だ。

 

「普段の私ならば無視できないダメージを負っていただろうが、その程度で死んでやれる程安い命ではない」

 

「その言葉、あなたもラルゴと同じように.」

 

 彼女もラルゴ同様に身体に譜陣を刻み込み、自らの能力を底上げしているらしい。譜術に対する耐性の高さもそれによるものだろう。

 

「曲芸を見せてくれた礼だ。私も見せてやろう」

 

 リグレットのその言葉と共に私と彼女を囲むように広がる譜陣。先程の譜術でダメージを負っていた私ではその範囲から抜け出ることは叶わず、けれども防御姿勢をとり、身体へのあらゆるダメージを軽減する術式、粋護陣を展開する。

 その刹那、私の身体を暴風のような殴打が襲った。吹き飛ばされてもおかしくない衝撃であるにもかかわらず、吹き飛ばされることすら出来ずにいるのは足下に展開された譜陣に捕らわれているからだろう。

 

「光の欠片よ、敵を討て!」

 

 殴打が止んだかと思えばすぐさま視界一杯に広がる光の奔流に私の身体はあっさりと後方に吹き飛ばされてしまった。その攻撃自体にさほど攻撃力は無いが、それまでのダメージと衝撃によって満足に動くことが出来ない。そんな私に向けてリグレットの譜業銃が光を放つ。

 

「プリズムバレット!」

 

 そして防御陣の上からでも身体に穴を空けるような威力を持った弾丸が私に降り注ぐ。私は残った自身の音素(フォニム)を粋護陣へと注ぎ込み、砕かれないことを祈ることしか出来ない。この防御を突き破れられたが最後、リグレットの攻撃を私の身体一つで受けきれる訳がない。

 

「終わりだ!」

 

 彼女がそう叫んだかと思えば、顔を庇うために交差させた腕の向こうに一際強い極彩色の光が見えた。彼女の放つ秘奥義の最後の一撃、極太のレイジビームが迫ってきていた。半ば意識が飛びかけている中で、なんとか防御姿勢を維持することに全霊を注ぐ。この恐ろしい強撃の数々が僅か数秒の間に叩き込まれるという事実が、彼女が神託の盾騎士団の中でも最優と称するに値する所以を示していた。

 

「......!」

 

 歯を食い縛ったところに襲いかかる質量をもった光の柱が私に叩き付けられ、後方へと大きく吹き飛ばした。どこかの壁にぶつかったのか、背中に感じる衝撃と共に私の身体は地面へと崩れ落ちた。

 

「......囚われていたのはヴァンだけでなく、私もだったか」

 

「敵の注意を逸らせ、全ての攻撃を必殺としろ。あなたの教えです、リグレット教官」

 

 倒れた私の視線の先で、リグレットが諦めたように笑っているのが見えた。その周囲を光輝く雲のような音素(フォニム)が取り囲んでいく。

 

「情をかけるな。心が弱いお前にはどれだけ言っても直らなかったが。ようやく克服できたな」

 

 音素(フォニム)はリグレットの頭上で収束する。リグレットは両手足に纏わりついたその残滓によって身動きを封じられているのか、身動ぎ一つしないまま佇んでいた。

 

「私はいつも強いあなたに憧れていました、教官」

 

 そう言うと共に頭上にメイスを掲げたティア。それに伴ってリグレットの頭上の光が大きくなり、眼下のリグレットに向かって裁きの光を降す。

 

「イノセント・シャイン!」

 

「......見事だ」

 

 リグレットを光の滝が呑み込むのと同時に、私の意識は闇へと沈んでいく、

 

「あなたの、私達の理想は間違いなんかじゃない、ヴァン」

 

 リグレットが最後に呟いたであろう言葉が闇に覆われた私の意識の中でいつまでも木霊していた。

 

 


 

 

 闇の中で、私の意識は重い微睡みに沈んでいた。

 

 ──が声を、聞け

 

 誰かに呼ばれたような気がして、一寸先も見えない闇の中に目を凝らす。

 

 ──囚われたものよ

 

 誰かいるのか。口に出そうとしても唇が張り付いたように動かず、あちらこちらに視線を彷徨わせるが、相も変わらず自分の手すら見えない闇が広がるばかりだ。

 

 ──思い出せ

 

 思い出せ。私の中から失われた記憶のことか。どこからか響く声を聞く度、私の頭が割れるように痛む。

 

 ──解放してくれ

 

 解放。何から解放しろと言うのだ。頭の中で問い掛けるが答えが返ってくることはない。

 

 ──栄光を掴む者。その名が示す未来が来る

 

 何者かの声は何を知っている。私に何をさせたいのだ。私は自身に出来ることを力の限りやって来た。これ以上何を望む?

 痛む頭に顔が歪むのを感じながら、声にならない叫びを頭の中で返す。

 その時、私の肩が何かに強く掴まれるのをかんじた。そのまま後ろに引っ張られ、身体ごと振り向かされる。

 

預言(スコア)が示す未曾有の繁栄を!」

 

 大音声で私の頭を揺さぶったのは、常は細い目を血走らせて見開き、長い髪を振り乱した男。その声、その目、その服装は。

 

「......私?」

 

 体つきは異なって見えるが、私の肩を掴み、鼻と鼻がくっつかんばかりの距離で意味を汲み取れない叫びを上げていたのは、確かに私だった。

 

「レプリカを利用してキムラスカとマルクトの戦争を起こせば、ユリアの見た未曾有の繁栄が訪れるのだ!」

 

 目の前の私は何を言っているのだ。キムラスカとマルクトの戦争などもはや起こり得ない。それに今手を取り合っている二国の関係を裂く以上の繁栄など望むべく無いだろう。この私が言っていることは既に破綻している。

 

預言(スコア)の成就を!」

 ──お前が見た未来を覆せ

 

 どこからか響く声と目の前の私の声が重なる。それと同時に暗いだけだった視界の下方が明るく光り、足下に何かの映像が映し出されているのに気が付いた。

 それは崩れ行く白亜の台地に一人佇む朱赤。両手に持ったローレライの鍵を地面に突き立てて辛うじて立っているという様相だ。その周囲にはユリアの子孫たる少女が、キムラスカ王女が、小さな導師守護役が、マルクトの天才と恐れられた軍人が、朱赤の忠実な付き人が、そして鮮血の異名を持つ青年が、いずれも無惨な姿で横たわっていた。そんな彼らと対面する位置には、剣を片手に佇む男。

 剣を握る右手は全体が赤黒く染まり、腕全体を蜘蛛の巣のように覆う黒い筋には鼓動するように一定のリズムで青い光が走っていた。その様子はもはや人間の腕とは呼べない。そして左腕もまた拳が青い光を放っており、掲げられたその手の先には、他ならぬ私が吊り上げられていた。

 

 ──今のお前達では、こうなる

 

 眼下に広がる無惨な光景に言葉を失っていると、無機質な声が再度響く。

 

 ──狂った過去と戦った先の未来

 

 視線を上げれば、私に向かって叫ぼうと口を開いたところで固まっている私の顔。戦った未来が眼下の光景で、目の前の私がかつて狂った過去ということか。どちらにしても私が辿るのはろくでもない末路だ。

 

 ──お前は奴と戦ってはならない。互いに我を宿している故に

 

 その言葉に、半信半疑であった声の正体を確信した。そうであるならば、私の身体に起きた不可思議な現象も、ルークとアッシュの繋がりに何故か私が割り込めたことも頷ける。

 

 ──だがお前は奴と相対しなければならない。互いに我を宿している故に

 

 ならばどうすれば良いというのか。謎かけのようなローレライの言葉に途方に暮れる。戦ってはならない、だが相対する必要はある。私は戦場でただ置物になっていろということか。

 

 ──ルークとアッシュ。我の力を引き出す者

 

 二人が鍵だと言うローレライ。その言葉を最後に、浮遊感が私を包む。待ってくれ、まだ何も分かっていない。私はどうすれば良い、ルークとアッシュに何を伝えれば良いのだ!

 

 ──最後に立つのはその身を捧げた者だけ

 

 私の胸中の叫びも虚しく、眼下に広がっていた光景は小さな光の点となって消え、かつて死んだ私の姿も闇に溶けた。

 

 

 次に意識を取り戻した時には、辺りにはリグレットがいた痕跡すら無く、ティアが私達に背を向けて何かに祈るように俯いている姿が目に入った。

 視線を巡らせれば、先程まで私達が戦っていた場所ではなく、屋内、大広間にも見えるような場所なのだろう、頭上に高く広がる天井が目に映る。

 

「ここは......」

 

「先程戦っていたところから少し進んだ建物の中です。エルドラントの最深部ですよ」

 

 私の問いに答えたのは傍らに立つジェイドだった。

 

「ヴァンはこの階段を昇った先。エルドラントの最上部で我々を待っているとのことです」

 

 そう言うジェイドの視線を追えば、広間の奥には更に上層へと続く階段があり、そこから光が差し込んでいた。

 

「それよりも、魘されていたようですが、悪い夢でも見ましたか?」

 

「......夢、というにはあまりにも強烈な体験でしたが」

 

 心配そうに私の顔を覗き込んでくるジェイドに、先ほど見ていた光景を説明する。話せば話すほど、自分でも悪い夢だと言いたくなるような体験だ。私にローレライが宿っているなど、普段ならば一笑に付すどころか酒の席の冗談にしても面白くない。けれど、見せられた未来のあまりにも鮮明なさまと、そう仮定してしまえば私に起きた現象を説明出来るだけに夢や冗談だと切って捨てることもできなかった。

 

「我々が全滅する未来、ですか」

 

 私の話を聞き終えたジェイドはそう言うと顎に手を当てて黙り込んだ。

 

「ローレライが見せた未来なのであれば、確度は高いでしょう。そもそも、アブソーブゲートでヴァンに勝てたことも驚きだったのです。我々相手で油断していたということもあったでしょうが、それでもかなり手強かった。今度は最初から本気でしょうからね、勝率は高くない」

 

「だとしても退くという選択肢はありません。それよりも、私とヴァンが戦ってはならないという言葉です」

 

「考えられる可能性としてはヴァンが取り込んだローレライとあなたに宿っているローレライ、その二つが合わさるとマズイということでしょうかね。あなたが負けてあなたに宿っているローレライが取り込まれると今度こそ取り返しがつかないことになる、とか」

 

「そうすると最終決戦では私は戦力になりそうもありませんね」

 

 そもそも私の実力ではヴァンとまともに渡り合うことなど出来ない。その上で私がヴァンに負けてしまうと取り返しがつかないことが起こるとするなら、戦闘どころではない。

 

「ですが相対せねばならないというのですから、あなたの存在そのものがヴァンに対するカウンターになるのは確かでしょう。その上で鍵はルークとアッシュの二人だという」

 

「......ここに来て二の足を踏ませるような情報を与えてくるとは。気遣いというものが出来ないようですね、ローレライは」

 

「ローレライがユリア所縁の者や完全同位体であるルークとアッシュ以外の人間を気にかけるだけでも驚くべきことですから。ルーク達と情報を共有するくらいはしておきましょう」

 

 私とジェイドはそう言ってため息をつくと、こちらに歩いてくるルーク達に大丈夫だと言うように手を振った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

約束の時

  アルビオールを持たない人類にとっては未経験となる白亜の浮遊大陸の頂点。吹き荒ぶ風の中、その男はまるで演劇の舞台のように平坦に整えられた地面に正座し、その横に剣を突き立てて私達を待っていた。

 

「この時を待ちわびていた」

 

  じっと目を閉じていたヴァンがそう言って目を開き、私達を順番に一人ずつ、ゆっくりと見渡す。

 

「今この場に至るまでは星の記憶の導き通り」

 

  ヴァンの視線が私のところでピタリと止まり、そしてゆったりとした動作で立ち上がって私達に向けて一歩踏み出した。

 

「もう止めにしましょう、兄さん。預言(スコア)は変えられる。預言(スコア)とも、モース様の記憶とも違う未来を私達は選べるのよ!」

 

「愚かなメシュティアリカ。預言(スコア)は何も変わっていない」

 

   泣きそうな声のティアの訴えを、ヴァンは冷たく突き放した。

 

「このような変化は大きな流れに一つの小石を投げ込んだようなものに過ぎない。この全てを星の記憶は飲み込むだろう」

 

   だからこそ、とヴァンは続ける。

 

「お前が、私の希望となったのだ、モース」

 

「私が希望? おかしな話をしますね。あなたが求めたのは預言(スコア)を狂わす存在としてのルークでしょうに」

 

「違う、違うぞモース。本来であれば素養を持たないお前の内に宿るローレライこそが人々をこの星の記憶から解放する希望となる」

 

  ヴァンの言葉の意味を汲み取れず、私は首をかしげる。そもそも私の中にローレライの片鱗がいることをどうしてヴァンは確信を持って話しているのか。

 

「この身にローレライを取り込んだことで分かるのだ。解放されようとするローレライが互いに引き寄せあっているのを。そも、ローレライとは第七音素(セブンスフォニム)の意識集合体。第七音素(セブンスフォニム)の集まるところには自我の有無こそあれ、ローレライが宿ると言っても良い。人が預言(スコア)に従う訳ではない。その身体に、星に宿る第七音素(セブンスフォニム)、ローレライに意図せず操られていると言えるだろう」

 

「何をバカなことを。この世界には第七音素(セブンスフォニム)を扱えぬ人もいる。あなたの説はそこからして破綻していますよ」

 

「していないとも。現に第七音素(セブンスフォニム)の才を持たぬお前が後天的にその素養を獲得したことが何よりの証左だ。ローレライの意思によって、人の素養すら左右される。この星は巨大な箱庭にしか過ぎない」

 

  ヴァンは私に向けて手を差し伸べた。

 

「こちらへ来い、モース。今の私がお前の中のローレライを取り込めたならばローレライを完全に制御できる。エルドラントの炉心に封じ込めたローレライでこの星を完全にレプリカとし、星の記憶を完全に消滅させることが出来るのだ」

 

「断ります。何を言われようと、あなたと私の道が交わることはありません」

 

  そう言ってヴァンの誘いを一蹴すると、彼はいっそ不気味に思えるくらいに穏やかな笑みを浮かべた。

 

「やはりな、そう言うことは分かっていた。お前はローレライに選ばれたこの星の使徒。だからこそ、失った記憶が宿る可能性に託してレプリカを作ったが、それも無駄だった」

 

「どこまでも悪趣味だな、ヴァン。いつからお前はそこまで堕ちちまったんだ。結局、お前は誰よりも預言(スコア)通りに動いてるだけじゃないか。預言(スコア)憎しでここまでやって、それでも何も変わっていないんだからな」

 

   自らの非道をあっさりと語るヴァンに向けて、ガイが嫌悪を隠そうともせずに吐き捨てる。預言(スコア)に縛られている己を指摘されても、ヴァンの悠然とした笑みは消えることは無かった。

 

「ええ、そうなのでしょう。私は遂にモースの持つ記憶、真なる預言(スコア)を覆すことは能わなかった。アブソーブゲートで敗れ、ここに至るまでの道筋をなぞり直したに過ぎない」

 

「それが分かっていてどうしてなおモース様に執着するんですか。総長はそれ以外の道を選ぶことも出来たはずです」

 

「あなた程の人が易々と結果が分かりきっていることを続けるわけがない。だからこそ私には解せませんね、そこまでして預言(スコア)の消滅に拘るのであればこそ、モースの思想に共感すべきだったでしょうに」

 

   アニスが小さな身体に怒りを漲らせてヴァンを睨み付け、ジェイドも譜眼の影響で赤く染まった目を鋭く細めてヴァンに問い掛ける。

 

「モースの思想こそ、この星がそこに住む人間を飼い慣らそうとしていることの揺るがない証拠だ。聞こえの良い言葉に惰弱な民衆は従い、結果従うものが預言(スコア)からモースの言葉になる。ローレライの宿ったモースの言葉はすなわち星の記憶に定められた未来に他ならないだろう」

 

「モースが民を操るなんてことをするわけがありませんわ! 何もかも分かったように嘯くのはお止めなさい!」

 

「本人にそのつもりが無くとも、周囲はそうではない。結局、周囲から推されてモースは今の地位にいるのは変わらないのだから。縋るものがユリアの預言(スコア)からモースの預言(スコア)に変わるだけのこと。それこそ、これまでダアトを見てきたモース自身がそのことを過たず理解しているだろう?」

 

  ナタリアの激昂すら意に介さず、ヴァンは私から目を片時足りとも外さずにそう問い掛ける。そして私はそんなヴァンの言葉に思い当たる節があることを否定出来ない自分に気が付いた。預言(スコア)からの自立を促した結果、多くの人々から相談を求められると共に、こう言われ続けてきたのだ。「モース様が大詠師でいてくだされば安心だ」と。あるいはそれは、預言(スコア)を頼れない不安が次なる依存先に私を選んだことを示していたのかもしれない。

 

「ハッ、相変わらず尤もらしいことを言って煙に巻くのはお得意だな、ヴァン」

 

  だが、そんな私の葛藤をあっさりと吹き飛ばしてくれたのはアッシュの言葉だった。

 

「誰からも影響されないで何かを選べる人間なんて居やしない。お前が言っていることは生まれたばかりの赤ん坊に人生の選択をさせるような荒唐無稽な話でしかないんだよ!」

 

「誰かに教えられて、教えて、そうやって俺達は未来をつくっていくんだ。師匠(せんせい)の言うことは、結局俺達は何も選ぶなってことと変わらない!」

 

  アッシュの言葉をルークが引き取ってヴァンに叩き付ける。

 

「だからこそレプリカによってこの世界を新生させるのだ。アッシュ、ルーク、お前達も来い。私とモースのローレライの力と、ローレライの写し身であるお前達が共にあれば星の記憶を完全に消滅させ、新たな世界を作り上げることも容易い」

 

「「断る!」」

 

  ヴァンの誘いを二人は間髪をいれずに一蹴した。

 

「俺達はこの世界で生きていく!」

 

「お前の世界を巻き込んだ破滅願望に付き合わされてたまるか!」

 

「破滅願望、そう捉えるか。ならば当初の計画通り、モースの内に宿るローレライを取り込み、このエルドラントから新たに始めることにしよう」

 

そう言ってヴァンは傍らに突き立てていた剣の柄に手を掛ける。

 

「ならばこれ以上の問答は不要。今ここで、お前達を踏み越え、私は今度こそ預言(スコア)を越える」

 

その言葉と共に俄に増したヴァンの圧力に、私達はそれぞれの武器を構える。

 

「兄さん、今ここであなたを止める」

 

師匠(せんせい)......、いやヴァン、覚悟!」

 

ティアとルークの声に応えるように、ルークの手の中のローレライの鍵が仄かに光を放った。

 

 


 

 

戦いはたった一人の敵を相手に、私達全員が相対して尚拮抗していた。

 

「「瞬迅剣!」」

 

ルークとアッシュのピッタリと息が合った刺突がヴァンの前後から挟み込むように放たれる。

 

「閃空剣」

 

それに対し、周囲を剣で円を描くようになぎ払いながら飛び上がって躱したヴァン。その着地を狙って姿勢を低くしたガイが猫のような俊敏さで肉薄する。

 

「真空破斬!」

 

鋭い剣閃が鎌鼬を引き起こし、一太刀に何閃もの剣筋を発生させるシグムント流最速の剣技。着地直後という最も大きな隙に過たず叩き込まれたその剣は、ヴァンが鏡合わせに放った同じ技によって相殺された。

 

「あなたに剣を教えたのは誰か、お忘れですか」

 

「ッチ、思い出させてくれてどうも!」

 

舌打ちと共に追撃を受けないようにヴァンから距離を取るガイ。それを追おうとしたヴァンの前に巨体が躍り出る。

 

「させないよ! 臥龍撃」

 

気合いの声と共に地を這うようなアッパーがヴァンに迫り、それを避けてヴァンが後ろに飛びすさる。

 

「距離を空けましたわね。エンブレススター!」

 

「援護しますよ、グランドダッシャー!」

 

私達から距離が空いたところにすかさず放たれるナタリアの矢とジェイドの譜術。上空から迫るナタリアの矢とヴァンの足下から突き出す岩の刃は、先ほどのルークとアッシュの平面的な挟み撃ちに対して立体的なものとなってヴァンを追い立てる。

 

「その程度で!」

 

常人であれば為す術もなく穿たれる鋭い攻撃でも、ヴァンは頭上の矢を剣で打ち払い、大地の刃もその発生源を正確に見抜き、隙間に身体を潜り込ませて回避する。

一見すると、ヴァンが反撃することも出来ずにこちらが攻め立てているようにも見えるが、実態は異なる。むしろ、こうして隙間無く攻撃し続けなければヴァンの苛烈な攻撃がすぐにでもこちらを襲うのだ。

 

「破邪の天光煌く神々の歌声 クロア リョ クロア ネゥ トゥエ レイ クロア リョ ズェ レイ ヴァ」

 

「アイシクルレイン!」

 

ティアが譜歌の詠唱を始めた隙を埋めるために私も譜術を放つ。ヴァンの頭上から鋭利な氷の刃が放射状に降り注ぎ、こちらに詰め寄ろうとしたヴァンの足を止めさせる。そしてその時間でティアの詠唱が完結し、ヴァンの足下に譜陣が展開される。

 

「破邪の祈りを込めた第六譜歌か、だが!」

 

ヴァンを灼き尽くさんとする光の十字架が譜陣から立ち上るのに対抗してヴァンの身体から膨大な音素(フォニム)が吹き出す。単純な音素(フォニム)の嵐がティアの譜歌とぶつかり、光の十字架を消し飛ばすほどの威力を発揮した。

 

「そこは既に私の間合いの中だ」

 

ヴァンのめちゃくちゃな戦法に目を奪われ、私達の攻撃に僅かな隙が生まれる。それを見逃してくれるほどヴァンは甘い男ではない。

 

「光龍槍」

 

「がっ!?」

 

ヴァンの剣先に収束した音素(フォニム)が輝く光の矢となって私に迫る。その速度は私に満足な防御姿勢を許さず、私の身体は後方へと大きく吹き飛ばされる。

 

「モース様! よくも!」

 

「いけない、アニス!」

 

それに激昂したアニスがトクナガを駆ってヴァンへと迫る。慌ててジェイドが制止するが、その声は彼女に届くことは無かった。

 

「荒れ狂う殺劇の宴!」

 

「耐えてみせろ。ネガティブゲイト!」

 

渾身の秘奥技を放とうとしたアニスに向けて、ヴァンは刹那の間に譜術を行使した。アニスの上からのし掛かるような超重力の黒球が彼女の動きを阻害し、そのまま押し潰そうとする。

 

「きゃあああ!」

 

「アニス!」

 

苦悶の声を上げるアニスを助けようとナタリアが矢を放つが、それはヴァンに届く前に黒球に引き寄せられるように軌道を変える。

 

「させるか!」

 

「合わせるぞ、ルーク!」

 

それを見たルークとガイがヴァンに駆け寄る。

 

「双牙斬!」

 

「虎牙破斬!」

 

振り下ろしから斬り上げと、斬り上げからの振り下ろし。互いに対を為す流派の技によってヴァンを空中と地上で挟撃する。

 

「守護氷槍陣」

 

だがそうして挟撃されたならば周囲全体を攻撃することで守れば良い。ヴァンの足下から鋭い氷の刃が槍衾のように生み出され、ルークとガイを弾き飛ばす。

 

「この程度か? お前達の力というものは」

 

攻めあぐねて攻撃の手を止めた私達に向けてヴァンは失望したように呟く。

 

「もしそうだというのならば、私の見込み違いだ。そのまま絶えてしまえ」

 

その言葉と共にヴァンの足下を起点に巨大な譜陣が展開され、私達全員を取り囲む。

 

「これは......!? 皆防御を!」

 

「もう遅い。星皇蒼破陣」

 

破壊の光が私達の視界を埋め尽くした。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

約束の時 2

暴力的な音素(フォニム)の奔流が収まったところで、私は周囲を見渡してルーク達の無事を確認した。ダメージは少なくないが、最悪の事態に陥っている者はおらず、私は小さく息を吐いて地面に突き立てていたメイスを握り直す。しかし、私の意思に反して手からはメイスがこぼれ落ちた。

ヴァンの攻撃に合わせてそれを相殺するように私も音素(フォニム)を放出したためだ。極光壁と名付けたこの技は、私の周囲に音素(フォニム)の壁を生成し、領域内の敵を攻撃、味方は逆に回復する作用を持つ。その絶大な効果と、致命的な副作用こそ無いとは言え素養に欠ける私が莫大な量の第七音素(セブンスフォニム)を無理矢理行使するため、私自身には多大なる負荷がかかる。

 

「......お前ならば耐えると信じていた」

 

片膝をつき、息を切らす私に視線を合わせたヴァンは喜色を滲ませた笑みを浮かべた。

 

「この身に取り込んだローレライによって強化されたこの力、相殺できるとすれば同じくローレライを取り込んだお前か、あるいはローレライの完全同位体であるアッシュ、ルークしかいない。だが肝心の二人は合一を果たしておらず、かつてお前から聞き出した第二超振動も引き出せない」

 

剣を片手にゆっくりとこちらににじり寄るヴァンに対して私が出来ることは、ただ睨み付けることだけだった。易々と動けない程度には先ほどの無理が祟っている。

 

「まさしく今、この瞬間はこの星の記憶から我々二人が超越している! 預言(スコア)にも、星の記憶にすら存在しない物語を、我々がこの手で紡ぎ出している」

 

朗々と語るヴァンは、今が戦いの最中であることを忘れているかのようだった。この場がまるで舞台であるかのように、ここにいない誰かに向けて示すように両手を広げてヴァンは語る。

 

「モース、お前の記憶のおかげで、私はこの世界の地平を越えられる」

 

「訳が、分からねえこと言ってんじゃねぇ!」

 

私と自分以外の存在が目に入っていないようなヴァンに向けて、いち早くダメージから回復したアッシュが迫る。その手にはルークの手から零れたものを拾ったのか、ローレライの鍵が握られている。背後から強襲する形になったにもかかわらず、ヴァンは焦ることもなくその剣をあろうことか自身の左腕で受け止めた。

そしてその行動の結果は誰もが予想し得ないものとなる。ガラスが割れるような甲高い音と共に、その服の下に隠されていた異形が露になる。

 

「その、姿は......!?」

 

「フフ、見覚えがあるだろう? だが、お前の知るものとは全く異なるということを教えておくぞ」

 

全体が赤黒く染まり、腕全体を蜘蛛の巣のように覆う黒い筋には鼓動するように一定のリズムで青い光が走るそれは、間違いなく私が意識を失っていたときに見た異形の腕。

 

「ローレライはどうにも非協力的だった。だが、所詮はユリアとの契約に縛られる存在。中途半端に人の形を保つことをしなければ、その力を行使することも容易い」

 

ヴァンの言葉と共にその異形は剣を握る右腕にも広がり、遂には首もとまで青く光る筋が埋め尽くすまでに至った。変貌した自身を見下ろしたヴァンは満足げに息をつく。

 

「これもまた星の記憶を越えた一つの証拠。だが、私が取り込んだローレライだけではまだ足りない。モース、お前が持つ最後の欠片が必要だ」

 

硬直したアッシュを容易く振り払ったヴァンは、遂に私の眼前に立つ。ローレライに幻視させられた脳裏に過る。戦ってはならないというローレライの言に従うべきだったか、だが相対せねばならないというのはどういう意味だったのだ。結局、ローレライが見た未来の通りになってしまうというのか。

 

「「さ、せるかぁ!」」

 

だがそこに待ったをかける声が二つ。まったく同じ声がヴァンの背後から迫る。

 

「無駄だと何度言えば......!」

 

ルークとアッシュが鏡合わせのような動きで迫るが、事も無げにヴァンが二人の剣を自身のそれで受け止める。鍔迫り合いの形となり、

 

「まだだ!」

「こんなところで!」

 

「「終わってたまるか!」」

 

面倒だと舌打ちすらしそうであったヴァンの顔が驚きに歪んだ。ルークの握るローレライの鍵が仄かな光を放ち、微かに音を発していたからだ。更にそれに共鳴するようにルークとアッシュの身体からも光が放たれる。それは彼らが超振動を起こすときと似たような現象でありながら、いつも目にするそれとは異なりとても静かな波動だった。

 

「バカな! それは、今のお前達には使えないはずの......!?」

 

最後まで言い切ることが出来ず、ヴァンは二人の剣に弾き飛ばされて大きく後退する。ローレライの力を取り込んで人間の枠を越えた力を持っているはずのヴァンが、だ。

 

「まさか、あれは第二超振動?」

 

驚きに目を丸くする私の背後で、ようやく起き上がったジェイドがそう漏らす。第二超振動。その言葉はリグレットも発していた。理論上、存在することは示唆されているものの、発生条件が非現実的であるため実際には起こり得ないとされている事象。完全同位体同士による超振動の共鳴で生じる静かな破壊。ありとあらゆる音素(フォニム)を分解、無効化するとされている現象だ。ルークとアッシュ、二人の完全同位体が揃い、それを仲立ちするローレライの鍵によって偶然成し得たこの事象により、ヴァンは大きな苦しみを味わうことになった。

 

「ぐっ、ローレライの力を取り込んだ弊害かっ! 身体が......」

 

見れば、ヴァンの左腕が焼け残った炭のように表面がボロボロと剥がれ、音素(フォニム)にほどけて消失していた。ローレライと一体化し、アブソーブゲートで負った傷を強引に埋めたヴァンは、その身体の大半を音素(フォニム)の塊へと変えていた。それによってローレライの力を引き出すことが出来ていたのと引き換えに、あらゆる音素(フォニム)を無効化する第二超振動によって甚大なダメージを受けるようになってしまったということらしい。

ルークとアッシュによって生み出された絶好の好機、それを見逃すことなど出来るわけがない。すかさずティア達が追撃を試みる。

 

「穢れなき風、我に仇為す者を包み込まん」

 

「天光満つる処に我はあり、黄泉の門開く処に汝あり、出でよ神の雷」

 

「そのような鈍重な詠唱で......!」

 

ティアとジェイドの詠唱が重なる。それに気付いたヴァンが、痛む身体に鞭打って動こうとするが、二人が大技を放つ時間を稼ぐためにナタリアがつがえた矢を上空へ向かって放ち、ヴァンを囲むように陣を描く。

 

「私達から逃れられると思って? 降り注げ星光、アストラルレイン!」

 

矢で描かれた陣に閉じ込められ、さらにその上から流星のように降り注ぐ追撃の矢に、その場に釘付けにされるヴァン。そしてその時間でティアとジェイドの準備が整う。

 

「イノセントシャイン!」

「インディグネイション!」

 

光の軌跡がヴァンを包み込み、身体を拘束すると共にダメージを与える。その拘束はそのままジェイドの放つ最大級の火力を余すことなくぶつけるための檻となった。俄にヴァンの頭上に暗雲が立ち込め、幾重もの譜陣が照準を合わせるようにヴァンと暗雲との間に展開される。離れたところから見ていても髪が逆立つような感覚があるほどの雷光が、ヴァンの身体を貫いた。

 

「がっ、ぁぁあああ!」

 

私達を圧倒するばかりだったヴァンから、初めて苦悶の声をあげる。ルークとアッシュの攻撃によって崩れ始めた拮抗。私もいつまでも休んでいるわけにはいかない。今ここで、自分達の全てを叩き込む!

私は震える手に喝を入れてメイスを握ると、まだダメージから立ち直れていないヴァンへと肉薄する。

 

「モース様、私も!」

 

その後に続くようにトクナガを駆るアニス。彼女の言葉に視線だけを返すと、心得たとばかりに彼女はうなずき、私と自身でヴァンを挟むよう位置取りとする。

 

「準備は!」

 

「いつでもいっけまーす!」

 

開始の合図はそれだけ。トクナガの拳と私のメイスによる連続殴打がヴァンに襲い掛かる。

 

「荒れ狂う殺劇の宴!」

 

「「殺劇舞荒拳!」」

「とっどめー!」

 

私とアニスそれぞれが放つ十七連撃。その殴打の嵐を、防御する隙を与えずに叩き込んだ。いくら人外の力を持つヴァンと言えど、ティアとジェイドの最大火力をくらい、更にこの攻撃を重ねられては相当堪えたらしい。呻き声をあげながら吹き飛ばされる。そしてその着地点には、ヴァンのかつての主人であった男が待ち受けていた。

 

「ヴァン、従者の不始末をつけるのが主人の役目だ」

 

剣を鞘に納めた状態で力を溜めるように身を屈めたガイは、ヴァンをその射程に捉えた瞬間に目にも止まらぬ剣閃を繰り出す。

 

「神速の斬り、見切れるか。閃覇瞬連斬!」

 

一撃一撃の重さは軽い。だが、それを補って余りある超高速の連続切りがヴァンを切り刻み、その身体にダメージを蓄積させる。

 

「かっ、は......!?」

 

ついにヴァンが膝をつき、地面に突き立てた剣に身体を預けて大きく肩で息をした。私達はティアとナタリアの回復を受け、先ほどまでとは対照的な構図で彼と向かい合う。

 

「いくぞ、ルーク」

 

「ああ!」

 

そしてルークとアッシュが幕引きの一撃を繰り出そうと駆け出した瞬間。下を向いていたヴァンが、こちらにギラついた目を向けた。

 

「ぅううおおお!」

 

野生の獣のような雄叫びと共に放たれた重圧に、ルーク達は足を止められる。更に異変はそれだけに留まらなかった。

 

「な、何だコイツは!?」

 

最初に気付いたのはガイ。次いで私達も気付く。何か強烈な力の源に身体が、いや体内の音素(フォニム)ごと引き寄せられていることに。

 

「これは、マズい! ローレライの力です。ダメージを回復するために周囲から無差別に音素(フォニム)を吸収しようとしている! このままでは私達も音素乖離を起こしてしまいます!」

 

「そんな!?」

 

「なんとかならないの!?」

 

ジェイドの言葉にナタリアとアニスが悲鳴のような声で返す。

 

「先ほどのように第二超振動を使えば......。ルーク、アッシュ!」

 

「んなこと言ったって」

 

「どうやったか分からないもんを再現なんか出来るか!」

 

ジェイドに怒号を返すアッシュだが、ルークと目を合わせて何とかしようと考えは巡らせている。既にヴァンに向かって生じる引力は凄まじいものになっており、何とか足を踏ん張っているものの、ズルズルと引っ張られ始めているのだ。私もメイスを地面に突き刺して錨としながら、必死に考えを巡らせる。

 

ーーが声を聞け。

 

こんなときだというのに、私の頭の中に声が響く。

 

ーー戦ってはならない。相対せねばならぬ。

 

聞こえてくるのは夢の中でも聞いた謎かけのような言葉。

 

ーーお前達は共に我を宿すもの。相反する我が力を。

 

その言葉を最後に声は止む。私とヴァンの共通点。相反する力。ヴァンの放つ周囲全てを破壊して自身を癒す力と、私の仲間を癒して自身を破壊する力。

そこに思い至ったとき、私はローレライの言葉の意味を理解できた気がした。戦ってはならない、私ではヴァンと戦えない。私が出来るのは、ルーク達がヴァンと戦える場を設えるところまでだったのだ。

 

「ルーク、アッシュ!」

 

「なんだ! 言いたいことがあるなら手短にしろ!」

 

「今から私がヴァンの力を相殺します。その代わり、私はまともに動くことも出来なくなります。なので、後はお任せします!」

 

「ハァ!? 一体どういう意味だよモース!」

 

言いたいことを一方的に捲し立てると、意味を理解できていない皆を無視して全身から第七音素(セブンスフォニム)を放出する。これまで以上の出力で放つそれに呼応するように、私の目に刻まれた譜陣も赤く光を放っていた。

 

「私とヴァンは共にローレライの欠片を宿す身。ヴァンの力に抗うことくらいなら出来るはず!」

 

そもそも、地核で直接ローレライを取り込んだヴァンと、いつから宿っていたか分からない、才能も無い私が渡り合えるなどと驕ることはない。私が出来るのは精々ルーク達が動けるようになるところまで。その証拠に、譜陣が刻まれた私の目は開いているのが辛いほどに熱を持っていた。それでも、眼前のヴァンをしっかと見据える。ヴァンも蒼く光る双眸でこちらを見つめていた。

 

「もう一度、あの時のようなちからを。極光壁!」

 

ヴァンが放つ圧力を真っ向から押し返すように、私を中心として第七音素(セブンスフォニム)の波が広がる。それが通りすぎたところは、先ほどまでの引力が嘘のように収まり、凪いだ空間となった。

 

「動ける!」

 

「いくぞ!」

 

「私と対をなす力。どこまでも私を楽しませてくれるな、モース!」

 

周囲の音素(フォニム)を取り込んで身体の傷を修復したヴァンが心底楽しいと言わんばかりに顔を歪ませる。そこに剣を携えたルーク達が殺到し、戦いは次のステージへと移行する。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

約束の時 3

ヴァンは意図的にローレライの力を暴走させ、周囲の音素(フォニム)を取り込もうとし続けていた。それを抑え込むために私も常に第七音素(セブンスフォニム)を放出し続け、ヴァンの力を相殺し続ける。だが、ヴァンとの力の差は歴然だ。奴がローレライの力を行使しながらルーク達と戦い続けられるにもかかわらず、私はヴァンの力を相殺しているだけでもはや動くこともままならない。それどころか、相殺し続けようと第七音素(セブンスフォニム)を行使しているだけで身体にダメージが蓄積していく始末だ。

 

「モース! このままではあなたの身体が!」

 

私の身体に治癒術をかけてくれているナタリアがそう言って私を止めようとするが、私はそれを振り切って術の維持に全力を傾ける。

 

「今ここで術を解いてしまえば、至近距離でヴァンと戦っているルーク達が飲み込まれてしまいます。そうなれば終わりです。ローレライの解放には二人と鍵が必要なのですから」

 

私の視線の先ではルークとアッシュ、ガイが三方からヴァンを囲み、斬り結んでいる。

 

「くらえ! 通牙連破斬!」

 

「斬影烈昂刺!」

 

ルークとアッシュの初撃はどちらも上段からの振り下ろし、そこから掌底で相手を吹き飛ばすか、切り上げへと繋がるかが異なる派生。後者の後隙を前者の吹き飛ばしでカバーする連携だ。あれほど普段はいがみ合っているのに、戦いとなると互いの弱点を知り尽くし、的確にカバーし合う連携を見せる二人。そしてそれを体捌きと剣による防御で巧みにいなし、更に僅かな隙に拳撃や剣を繰り出すヴァンに舌を巻く。

 

「ナタリア、私は放っておいて彼らの援護を。私が保っている間に決着を!」

 

「ですが、その傷では!」

 

ナタリアにルーク達の援護に戻るように指示するが、心優しい彼女は私を気にしてしまう。私の身体は術の反動でもはやあちらこちらの皮膚が裂け、服に血が滲み始めていた。そんな状態の私を放っておくことなど、ナタリアが出来るわけがないだろう。それでも、そうしてもらわねば困るのだ。

 

「私の身体を治療したとて、ヴァンを討たねば終わりません。私はこうして立っていることしか出来ない置物です。どうか、私は放っておいてあなたも加勢を」

 

「......っ、帰ったらこれも導師イオンに報告いたしますわ!」

 

私の説得にナタリアは恐ろしいことを言い残して戦いへと戻っていく。ヴァンと剣を交えているのはルークとアッシュからガイとアニスへと変わっていた。

 

「いい加減しつこいぜ、ヴァン!」

 

「そろそろ倒れちゃってよ~!」

 

「モースでも、ましてやルークやアッシュでもない者の攻撃程度!」

 

猫のようにヴァンの周囲を飛び回りながらあらゆる角度から攻撃をしかけるガイと、トクナガの頑丈さを全面に押し出して正面から拳の嵐を浴びせるアニス。どれほどの手練れといえど、無傷どころか手傷程度で済むとも思えない猛攻でさえ、ヴァンは何も堪えていないように捌いていく。

 

「業火よ、焔の檻にて焼き尽くせ! イグニートプリズン」

 

そんなヴァンの動きを止めるために、ジェイドの譜術が発動した。ヴァンの足下に譜陣が展開され、赤熱する。その攻撃の気配を敏感に感じ取ったヴァンの対応も素早かった。

 

「守護氷槍陣」

 

ヴァンの対抗策は、譜陣から立ち上る炎の柱から自身を守るように周囲に氷の壁を展開すること。炎が氷を包み込み、内部を焼き尽くそうとするが、譜術が収まった後には焦げ一つついていないヴァンが立っていた。

 

「力任せかと思えば、巧みな防御もやってのける。厄介極まりないですねぇ!」

 

それを見たジェイドが忌々しそうに舌打ちをして追撃を仕掛けようとするが、それよりも早くヴァンが剣を脇に構え、その先端に収束させた光を槍のようにジェイドに向かって放った。

 

「堅き守りよ、バリアー!」

 

術の発動後で動きの鈍かったジェイドを守るようにナタリアの防御術が展開され、光の槍を防いだ。

 

「助かりました、ナタリア。ですが、これほどまで有効打が無いとは......」

 

「早くしませんとモースが!」

 

二人の気遣わしげな視線に言葉を返す余裕はもはや無かった。ヴァンがダメージを受ければ、それを回復しようと周囲から音素(フォニム)を奪う圧力が増す。それに対抗するために私も術を強めるのだが、それによって更に私の身体に加わるダメージが加速する。私の術によってルーク達が受ける多少の傷は回復していくが、それと反比例するように私の身体には傷が増えていった。今や私の足下には血溜まりが出来ているほどに。

 

「壮麗たる天使の歌声 ヴァ レイ ズェ トゥエ ネゥ トゥエ リョ トゥエ クロア」

 

見かねたティアの譜歌によって身体の傷が多少癒える。さらに身体が少し軽くなり、ルーク達の攻撃が苛烈さを増した。

 

「動きを止めるよ! ネガティブゲイト!」

 

アニスが必死の形相で譜術を繰り出し、少しでもヴァンの動きを止めようと試みる。その効果を確認する前にアッシュとガイがヴァンの懐まで潜り込み、ピッタリと息の合った剣閃がヴァンに迫る。

 

「いい加減倒れやがれ! 閃光墜刃牙」

 

「月華斬光閃!」

 

光を纏った強烈な突きと、ヴァンの逃げ道を塞ぐ幾重もの剣閃。そのうちのいくらかをまともに喰らいながらも、ヴァンはカウンターで強烈な拳をガイに突き立て、蹴りでアッシュを吹き飛ばす。

 

「倒れはせんよ。この星の記憶を凌駕するまでは!」

 

「そんなものの為に、これ以上皆を傷付けさせて堪るかぁ!」

 

ガイとアッシュに反攻したこと、アニスの譜術によって生じたヴァンの僅かな、隙とも呼べないような空白を穿つためにルークが肉薄する。もちろんそれだけならばヴァンは容易く対処しただろう。事実、ヴァンは既に異常とも言える反応速度でルークに向かって剣を振りかぶっていた。

 

「させませんわ! エンブレスブルー!」

 

だが、それをさせないとナタリアが中空に放った矢の先からいくつもの氷柱がヴァンに降り注ぐ。アニスが先に放った譜術、それによって残ったF.O.F(フィールドオブフォニムス)を巧みに利用した一撃だった。目が良すぎるヴァンはその攻撃にすら反応する、出来てしまう。

 

「そこだ! レイディアント・ハウル!」

 

「馬鹿な!?」

 

そしてついに生じた一瞬の隙。そこに向けて、ルークの渾身の攻撃が、全てを破壊する暴虐の力が指向性をもって解放される。ローレライによって再構成された身体を根刮ぎ破壊する超振動がヴァンに襲い掛かり、内部から凄まじい衝撃を与えた。そして、ヴァンから常に放たれていた圧力が消えていくのがわかる。ヴァンが行使していた周囲の音素(フォニム)を取り込む力が消え失せたのだ。

 

「圧力が和らいだ。ローレライを支配する力が弱くなっています。ティア、譜歌を!」

 

それに気付いたジェイドがティアに指示をとばす。ティアもそれに素早く応え、祈るように目を閉じる。

私はそこまで見届けてヴァンに対抗して行使していた術を解いた。緊張が僅かに緩んだのか、身体に蓄積したダメージが限界を越えたのか、私の膝からは力が抜け、血溜まりに膝をつく。譜陣が刻まれた目から溢れているのは堪えかねる痛みによる涙か、はたまた別の何かか。慌ててナタリアが駆け寄って治癒術をかけてくれたお陰で、多少は動くようになった身体を無理やり立ち上がらせる。

 

「モース、いけませんわ!」

 

「いえ、ナタリア。今です、今しかないのです。ローレライの支配が弱まり、ティアが譜歌を詠唱する。このときこそ、ヴァンを討つ最大にして最後の機会」

 

ここで倒れてなど、いられない。

 

 


 

 

トゥエ レィ ズェ クロア リュォ トゥエ ズェ

 

透き通るようなティアの歌声が響き渡り、その旋律合わせて周囲に巨大な譜陣が展開される。

 

クロア リュォ ズェ トゥエ リュォ レィ ネゥ リュォ ズェ

 

一節歌う度に先ほどまでの青空だった戦場に星空が広がる。

 

ヴァ レィ ズェ トゥエ ネゥ トゥエ リュォ トゥエ クロア

 

上空ゆえに吹き荒れていた風も止み、歌声だけが唯一耳を通して存在を主張する。

 

リュォ レィ クロア リュォ ズェ レィ ヴァ ズェ レイ

 

戦場は遂に大譜陣と譜歌によって掌握された。

 

ヴァ ネゥ ヴァ レィ ヴァ ネゥ ヴァ ズェ レィ

 

その旋律を何とか止めようと、ボロボロの身体でティアに迫ろうとするヴァンを、ルーク達が全力で押し止める。

 

クロア リュォ クロア ネゥ トゥエ レィ クロア リュォ ズェ レィ ヴァ

 

剣戟の音すら耳には入ってこない。身体には衝撃こそ来れど痛みは無く。

 

レィ ヴァ ネゥ クロア トゥエ レィ レィ

 

七番目、最後の譜歌と共に、どこからか荘厳なパイプオルガンの音が響いた気がした。

 

ヴァンの剣がガイを吹き飛ばし、アニスを彼女が乗ったトクナガごと押し倒す。続けて詠唱した譜術がジェイドとナタリアに襲い掛かり、その勢いで再びティアへと歩を進める。

 

「させるか!」

 

それを食い止めようとアッシュが割って入り、流れるような動きで剣閃と拳撃をヴァンに叩き込む。だが、それを意にも介さず、というよりは構う余裕も無く、ヴァンの足は止まらない。

 

「止めろ、メシュティアリカ! 今すぐ歌を止めろ!」

 

必死の形相で叫ぶヴァンだが、それをティアが聞き届けることはない。戦場を支配する旋律は、歌声に合わせてどこからか響く伴奏と共に二周目に入った。

 

「ティアのところへは行かせない! ここであなたを止める!」

 

「退け、レプリカ! オリジナルとの合一も果たしていないお前ごときに私が止められるとでも」

 

ルークの剣を受け止め、力任せに振り払おうとするが、大譜歌による援護を受けたルークはその場に留まり、ヴァンと拮抗する。

 

「そうやって誰もまともに見やしないから、あなたは負けるんだ!」

 

「モース以外が私を知ったように語るな!」

 

収束した音素(フォニム)を爆発させ、激昂と共にルークを吹き飛ばしたヴァン。大譜歌による影響で、体内のローレライが力の支配権を取り戻しつつあるにもかかわらず、ヴァンは並外れた意思によってローレライの力を御していた。

 

「私を止めるのはお前達ではない。このようなことがあるものか。星の記憶を越え、モースの記憶を越えた私が、その筋道通りの末路を辿るなど......!」

 

最後方で歌うティアを憎々しげに睨み付けるヴァン。

 

「自らの肉親を、そのような目で睨むものではありませんよ」

 

その視線を遮るように、私はティアとヴァンの間に割って入った。

 

「モース、モース! お前のローレライを、力を得られれば、私はこれすらも乗り越えることが出来る」

 

「ええ、そうでしょう。だから私はあなたに絶対に負けてやることは出来ません」

 

ルーク達とのこれまでの戦闘によるダメージが無視できず、僅かに足下がふらついているというのに、なおヴァンから感じられる脅威は恐るべきものだった。メイスを正眼に、専守防衛の構えを取る。

 

「私はあなたを倒すことは出来ない。それは私の役目ではない」

 

「違う、違うぞモース。私とお前だけが、この作られた舞台を認識し、同じ地平に立てるのだ。私達だけが互いを喰らい合える片割れなのだ」

 

喜色を浮かべて斬りかかるヴァンの剣を、メイスで何とかいなし続ける。ティアの譜歌によって私の身体の傷は癒え、それどころか活力が後から後から沸き上がり続けている状態だった。

 

「あなたは、ただ上を見上げて高い視座に立ったと勘違いしているだけです。そうして驕った者を討つのは、いつだってあなたが目にも留めなかった者達だ!」

 

ヴァンの剣を受け止め、カウンターでメイスによる殴打を繰り出す。その動きは、これまでの人生で数えるのも億劫になるほど繰り返したもの。無意識に刷り込まれたそれは、身体の動きに合わせて全身のフォンスロットを開き、詠唱という隙を挟むこと無く目的の譜術を発生させる。

 

「氷!? だが、この程度で!」

 

ヴァンの剣と鍔迫り合いをしているところから、私とヴァンを繋ぐように氷が覆う。ヴァンにとっては瞬きする間に抜け出せるような小細工だ。今さら警戒するまでもない弱者の工夫。

 

「言ったでしょう、あなたを討つのはあなたが目にも留めなかった者達だと」

 

だがそれで良い。私は所詮、ここまでしか出来ないのだから。ヴァンを討つのは、その役目を担うのは私ではない。二周目の旋律は、七番目に入った。

 

「響け!」

「集え!」

 

「これは、まさか!?」

 

ヴァンの背後から迫る二つの声。氷に封じられていない首を回して後ろに目をやったヴァンは、ローレライの剣を構えて迫るルークと、その隣に並走するアッシュが共に第七音素(セブンスフォニム)の励起によって強い光を放っているのを目にしたことだろう。

 

「全てを滅する刃となれ!」

 

二人の剣が交互にヴァンを斬りつける。互いの超振動が共鳴し、その一閃一閃にはまさしく致命となるだけの威力が込められた斬撃がヴァンを襲う。

 

「「ロスト・フォン・ドライブ!」」

 

最後に二人が放った一撃は、あらゆる音素(フォニム)を無効化する光を伴い、ヴァンの身体を上空へと打ち上げる。

そしてティアの歌う七番目の旋律が完結し、大譜歌が発動する。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

約束の時 4

「なるほど、私は侮っていただけだったか......」

 

地面に横たわったまま、ヴァンは呟いた。その手から剣は離れ、先ほどまでの覇気は感じられない。

 

「私達はどこまで行ってもこの世界に生きる人間です。何を知ろうと、何を為そうと、人を越えた地平に立てる道理など無いのですよ」

 

「......ハッ、星の記憶に誰よりも囚われたが故の、この結末か」

 

自嘲するようにヴァンは笑う。

 

「ヴァン、師匠」

 

「このような体たらくになってなお私を師と呼ぶか、愚か者め」

 

言い切れぬ感情が滲み出た表情をしているルークを、ヴァンは一喝する。だが、口調とは裏腹にその顔は優しいものだった。

 

「......いや、愚か者は私か。今になって、ようやくまっすぐと世界を見るようになるなど」

 

「兄さん......」

 

「メシュティアリカ、この世界は醜い。誰も彼もが星の記憶に縛られ、意識せずとも滅びへ向かおうとする。仕組まれたかのようにな。それでもこの世界は守る価値があると言えるか」

 

「確かに私達は間違ってしまうこともあるわ。でも、何度だってやり直せる。ルークが示してくれたように、モース様が教えてくれたように。預言(スコア)に頼らない未来を、そう思うことこそが一歩目だと私は信じているわ」

 

「そうか。優しいお前が、押し潰されてしまわぬよう願っている。......さらばだ、メシュティアリカ」

 

ヴァンの最期の言葉は、唯一の肉親であるティアを気遣うものだった。音素(フォニム)の塊として再構成されていたヴァンの肉体はルーク達の攻撃と大譜歌によって楔となっていたローレライの力を失い、ボロボロと崩れ、形を失っていく。そしてついに、風に浚われて最後の一片までが吹き消えてしまった。

 

「ヴァン......あなたの為したことは許されることではない。ですが、それに共感した人がいたことも事実。次なるあなたを生み出さぬことが、あなたに対する弔いになると心に留めます」

 

そこに彼がいたことが嘘であったように、ヴァンの痕跡は消え去ってしまった。私は空を見上げ、音譜帯に消えていったヴァンに向けて呟いた。戦場だった空間にしばしの沈黙が横たわる。

しかし、それを遮るように地面が、エルドラントが震え始めた。

 

「これは、動力源であったローレライを失ってエルドラントが崩壊しようとしています!」

 

現状をいち早く理解したジェイドがそう言って全員に向けて避難するように指示する。

 

「皆は早く避難を。ここからは」

 

「俺達の役目、だな」

 

その中でルークとアッシュは互いに見合わせて頷くと、そう言ってティア達に先に逃げるように促した。

 

「今ここでローレライを解放する」

 

「こんな崩れそうなところで!? 脱出してからでもいいじゃん!」

 

「そうですわ! ここに取り残されて無事に帰れる保証などありませんわ!」

 

アニスとナタリアが二人に食って掛かるが、ルークもアッシュも頑として動こうとはしなかった。

 

「今しかない。ヴァンによって地核から引き剥がされ、大譜歌の影響が残っている今しか」

 

「このまま放っておいたら、ユリアとの契約が力を発揮してまたローレライは地核に縛り付けられる......なんでか分からないけど、そう思うんだ」

 

アッシュとルークは根拠が分からないものの、それが事実だと確信している口調だった。全員が何も言えずに立ち尽くす中、私はそう言う二人に歩み寄ると、それぞれの肩に手を乗せる。

 

「二人が言うのならば間違いないのでしょう。私も残ります」

 

「「な!?」」

 

「なんでモースまで!?」

 

目を見開いたルーク達と、慌てて駆け寄って私の肩を掴むガイ。込められた力に逆らわずに振り返ると、私は穏やかな笑みを浮かべて見せた。

 

「私の中にもローレライがいる。ここで同時に解放しなくては。それに、ここが崩落したとしても死ぬとは限りませんよ。ローレライもそこまで薄情では無いでしょう?」

 

少しおどけて言って見せるが、皆の表情は優れない。だが、そうしている間にもエルドラントの震えは増し、崩落は進んでいく。最後の決め手となったのは、最も冷静なジェイドの判断だった。

 

「......行きましょう。ここは三人に任せます」

 

「大佐!? ですが......!」

 

「ただし、絶対に三人で帰ってくること。良いですね?」

 

抗議の声をあげたナタリアの言葉を塗り潰すように、ジェイドはそう言って私達を睨み付けた。それに対して私も、ルークとアッシュも頷いて返す。

 

「安心してください。何があっても、少なくともルーク達は無事に帰します」

 

「私は三人で、と言いました。それを破ることは許しませんからね」

 

「おっと、失礼しました」

 

「導師イオンに伝えなければならないあなたの無茶がまた一つ増えましたね」

 

「......それだけは勘弁していただきたいものです」

 

私の言葉に表情を険しくしたジェイドは、最後には呆れたようにやれやれとため息をつく。どこまでも締まらないが、その方が良いのかもしれない。他の皆も、ルーク、アッシュと思い思いに言葉を交わしてから階段を降りていく。最後まで名残惜しそうにこちらを振り返るものだから、私達も苦笑して手を振り返すしかなかった。

 

「さて、ではお任せしても?」

 

皆がいなくなった後、三人だけとなったエルドラントの最上部で、私達は互いに向かい合って立つ。

 

「ああ、アッシュ」

 

「分かっている」

 

ルークに促され、アッシュはローレライの鍵を掴むルークの手に自身のそれを添える。そして二人で地面に鍵を突き立てる。ローレライの鍵はその切っ先をあっさりと地面に沈め、突き刺さった周辺が碧色の光を放つ。そして扉の鍵を開けるように、剣を一回転捻ると、私達三人の足下に譜陣が展開され、薄く光る膜で全身を包み込み、崩落するエルドラントの下方へと沈み込み始めた。

「......壮観だな」

 

剣を構えた天使を象った巨大な彫刻、精巧な天井絵を支えていた支柱、それらが崩れ、瓦礫が降り注ぐが私達を包む膜を通り抜けることは出来ず、私達を避けるように下に落ちていく。

 

「終わり行くものの美とでも言うものでしょうか」

 

「はは、なんか暢気だな、俺達」

 

この世界で、ユリアが為したことと同じくらいの所業をこれから為そうというのに、私達はそんな気の抜けた会話をしていた。

 

「なあ、モース。どうして、お前だったんだろうな」

 

「どうしました、アッシュ? 質問の意味がよく分かりませんが」

 

「不思議だったんだ。第七音素(セブンスフォニム)の才能もないお前が、何故ローレライを宿して、未来の記憶なんてものまで持っていたのか」

 

アッシュは私と視線を合わせず、ぽつぽつと話し続ける。

 

「だが、ラルゴやリグレットを見て考えた。あいつらは音素(フォニム)を無理矢理取り込んで、最後は音素乖離を起こして死んでいった。お前がかつて語ったお前自身の末路のようにな」

 

「......私が音素乖離を起こしてかつて死んだことに、何か鍵があったと?」

 

「分からん。ただの俺の妄想だ。第七音素(セブンスフォニム)を無理矢理取り込んで、そして音素乖離を起こしたんだ。それも地核に最も近いラジエイトゲートでな。もしかしたら、そのことでお前の記憶か何かが星の記憶に組み込まれちまった、なんてな」

 

「面白い仮説ですね。帰ったらジェイドとディストに検証してもらいませんと」

 

アッシュの推論は面白いものだった。もしその説が正しいとするなら、どこかの世界には自身の末路を知り、レプリカ計画を諦めたヴァンもいるのかもしれない。あるいはナタリアと和解の道を選んだラルゴも。私のただの願望でしかない妄想だが、そうであればどれほど救われることだろうか。

 

「未来が見えるなんて訳の分からねえシロモノなんだ。どこかの世界で起こった出来事が違うようで似た世界の誰かに受け継がれるなんてこともあるかもしれないと思ってな」

 

「だとしたら、そんな偶然を引き起こしてくれたローレライには感謝しなくてはなりませんね。お陰で私は過ちを犯すこと無くこうしてここに立っていられるのですから」

 

「振り回されてばかりだから、文句の一つでも言ってやらなきゃ気が済まねえけどな」

 

そう言って私とアッシュは笑い合う。他愛もない戯言だ。それでも、あながち間違ってはいないように思えた。いつしか周囲の光景は様相を変え、オーロラのように七色に移り変わる幻想的な景色が広がっていた。それはかつてルーク達が語ってくれた地核に突入したときの光景によく似ていた。

 

「そろそろだ」

 

「ああ」

 

ルークの言葉に、アッシュもローレライの鍵を握る手に力を籠める。私達の足下に広がっていた譜陣の円周から焔のような光が立ち上り、それらは私達の前に浮かび上がるとその体積を増して揺らめく人形(ひとがた)の塊となった。

 

ーー我が写し身よ、契約の履行に感謝を

 

頭の中に直接響くような声。声に合わせて顔にあたるであろう部分がゆらゆらと様相を変えている。

 

ーー殉ずる者。我が見せた未来を覆し、自らの意志で選択した未来に敬意を

 

「フフ、伝説の存在にそう言われると照れてしまいますね」

 

目や鼻がついているわけではないため、ローレライがどこを向いているかは分からない。それでも、彼が私という一個人を認識し、私を見ているように感じた。

 

ーーかつて見た結末は覆され、再び見た結末は塗り替えられた。驚嘆、称賛に値する

 

その言葉と共にルーク達が握っていたローレライの鍵が光の粒となって消える。ユリアとの契約の証が消えるということは、その契約の終わりを意味する。これで、ローレライが地核に囚われることは無くなった。他の音素(フォニム)意識集合体と同様に音譜帯へと還ることが可能になった。

 

「ここまでやらせたんだ。少しは俺達の願いを聞いてくれてもバチは当たらないと思うが?」

 

腕組みをして物怖じもせずに言いはなったアッシュに顔を向けたローレライは、先を促すように首を傾げる。

 

ーー我が写し身。何を望む

 

「俺とルークの結末をより良いものに」

 

「俺達が互いにそれぞれの存在として生き続けられるように」

 

アッシュとルークがそう言ってローレライを見つめる。少しの間、沈黙を保ってただ揺らめいていたローレライだったが、二人の言葉の意味することを理解したのか、頷くような仕草を見せた。

 

ーー人の意志に称賛を。我が写し身に、より良い結末を

 

そしてローレライは私へと顔を向ける。

 

ーー殉ずる者。そなたの持つ我が欠片をもらう。そなたの望まぬ記憶を、魂を

 

「......ようやく、悩ましい頭痛ともお別れできるのですね」

 

ローレライの言葉は、私がもう第七音素(セブンスフォニム)を扱えなくなることを意味していた。意識してか無意識してかはともかく、私はローレライの力を借りて第七音素(セブンスフォニム)を行使することが出来ていた。ローレライの力を返すということは、それが出来なくなるということだ。とはいえ何も悔いはない。

 

「お返ししますよ、ローレライ。愚かな私がやり直す機会を与えてくれたことに感謝を」

 

ーー大詠師。我が言葉を詠む者。ユリアと異なり、なれど近しい者に感謝を

 

その言葉を最後に、ローレライの放つ光は強まり、揺らめく炎のような身体は大きさを増して天へと昇っていく。地核を突き抜け、エルドラントの瓦礫を越え、高く音譜帯まで。それは世界のあらゆるところから空に立ち上る光の柱として見えたことだろう。それを見届けた私達は、互いに穏やかな表情で顔を見合わせる。

 

「さて、かのローレライに感謝までされてしまいましたね」

 

「帰ったら皆に話さないとな」

 

「思った以上に話が通じる奴だったってな」

 

この場所からどのように出れば良いかについて、ローレライは何も言わなかった。だが、私達はなんとなく出方が分かっている気がしていた。

 

「それで、どこに出たい?」

 

「私はどこでも」

 

「なら俺が決めても良いか? ティアと約束したんだ」

 

私達を包む膜が光を増し、周囲に広がっていく。ローレライが解放され、静かになった地核の中で私達はルークが言った場所を頭に思い浮かべる。

 

ルークとティアの、約束の地を。





次回、エピローグ



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

エピローグ 自ら選んだ明日へ

ダアト郊外、巡礼碑の立つ丘はダアトを一望できる高さにある。かつてはローレライ教団総本山であるダアトに参拝する者が多く往来していたそこは、世界が預言(スコア)から独り立ちを始めた今日この頃といっても以前と変わらぬ賑わいを見せていた。かつてヴァン一派から受けた破壊も、今となっては元通り。それどころか、期せずして増えた人口を養うため、以前以上の規模となっていると言っても過言ではない。そんなダアトを見下ろしながら、道行く人に紛れる翠が二人。

 

「久しぶりだよねぇ、ダアトに戻ってくるのも!」

 

「そもそも今回の任務は僕一人で十分だったんだよ。どうしてお前までついてきたんだ」

 

ニコニコ顔で歩く一人と、それに対して苦言を呈すもう一人。瓜二つな二人は、今となっては当たり前に受け入れられている光景だ。最も、顔は瓜二つと言えど、ニコニコ顔の方はその活発さを前面に押し出すようにさっぱりと肩口までで碧の髪を切り揃えており、仏頂面の方はと言えば背中の中ほどまで伸ばした髪を一つに括ってまとめているのだから、慣れていない人間でも彼らの区別は容易だろう。

 

「そんな連れないこと言わないでよフェム。僕達って今までずぅっとダアトかファブレ公爵家で過ごしてきたんだもん。外に出られる機会があったら逃さないに決まってるじゃない。それに、今回は無愛想なフェムだけじゃなくてたすかったでしょ?」

 

「......はいはい、僕が悪かったよフローリアン。確かに今回は君がいて助かった」

 

フローリアンがニマニマと笑って覗き込んでくるものだから、フェムも降参降参と手を上げる。年々、兄弟達に口で勝てなくなっていっていることに危機感を覚えるが、それはそれとして、彼だって兄弟達と何も気負うこと無く外を歩けることは楽しいに違いないのだ。

 

「それにしても、結構ギリギリになっちゃったね。もう皆揃ってるかな?」

 

「どうだろうな。ツヴァイなんかは本部に閉じ籠りきりだから間違いなくいるだろうが、シンクあたりはまた護衛だって言ってデートしてるかもね」

 

「フフフ、そんなところ見かけたらまたからかってあげなきゃ!」

 

フローリアンがフェムの言葉に顔を綻ばせる。あの素直じゃない弟が最近は随分と丸くなった。フローリアンは顎に指を当ててうんうんと考えを巡らせる。

 

「からかうのも良いけど、それよりも先にすることがあるだろ?」

 

「......うん、そうだね」

 

窘めるように口にしたフェムに、フローリアンも真面目な表情に戻って同意する。彼らがここに戻ってきた理由はいくつもあるが、そのうちの一つはどうしても帰ってすぐに行う必要があることだった。

 

「まずはお墓参りからだね」

 

 


 

 

ダアトのローレライ教団本部。真正ローレライ教団を名乗るヴァン一派との戦いが終わった後のダアトはまさしく大混乱に陥った。ヴァンの思想に理解を示し、教団を離れるものもいた。モースの思想に共感し、残ってくれるものもいたが、突然ダアトの人口が一万人も増えたのだから、いくら組織運営を担っていた幹部が残ってくれていようと絶対数が足りなかった。そんな中、いち早く数いるレプリカの中でも自身の価値を証明しようと名乗りを挙げたのはかつてヴァンによって作成された導師イオンのレプリカ、その二番目であるツヴァイだった。本が好きで、モースやディストにねだっては様々な本を読み漁って知識を蓄え、ファブレ公爵家に匿われているときは執事のラムダスやあろうことかファブレ公爵本人に様々な教えを乞うていた彼は、組織運営に必要な知識を多少ではあるが備えていた。それは混乱期にあるダアトにおいてはねこにんの手以上の助けであり、教団で実権を握っているモースと近しいこともあって概ね好意的に受け入れられた。さらにその後の仕事振りで懐疑的な者であっても認めざるを得ない成果を叩き出した。

 

そんな彼は今、自身が割り当てられた執務室で机に突っ伏していた。

 

「もう無理、死ぬ」

 

「大丈夫、人はそう簡単に死なない。ファイト、ファイト」

 

「弟なら手伝おうという気は無いのか」

 

「残念、権限が足りない」

 

書類に埋もれて息も絶え絶えなツヴァイを、横から平坦な声で励ますのは四番目の兄弟、フィオ。ちゃっかりとツヴァイの補佐として名乗りを上げ、そこそこに仕事をしながら日々を満喫していた。ツヴァイとしても、絶対に自身を裏切らないと言えるフィオが補佐についてくれるのは願ったり叶ったりであった。こうして仕事を手伝ってくれないところはジト目で睨み付けるしかないが。

ここ数日ですっかり似合うようになってしまった眼鏡を外したツヴァイは、席を立って背伸びをする。

 

「お、サボり? 手伝う」

 

「サボりを手伝うとは」

 

訳の分からないことを言いながらも手際よくお茶を淹れてくれるフィオは、実は結構出来る奴なのだと評価しているものの、如何せんねこにん以上の気紛れを発揮するフィオを真面目にさせることが出来るのは世界広しと言えど片手で数えられるくらいしかいない。

 

「ほほう、サボりですか......」

 

「ギックゥ」

 

背後、執務室の扉からかかった声に、お手本のように肩をびくつかせたフィオ。油が切れたブリキ人形のような動きで振り返ってみれば、そこに立っていたのはフィオが苦手な数少ない人物の一人。

 

「詠師トリトハイム。ちょうど良いところに」

 

「律師ツヴァイ、お疲れ様です。相も変わらず大変ですね、きちんと休めていますか?」

 

穏やかな笑みを浮かべて部屋に足を踏み入れたトリトハイムは、歩みこそゆったりとしているものの、的確に約一名の逃げ道を塞いでいた。

 

「少し休憩しようとしていたところ。それをサボりだなんていう不届き者がそこに」

 

「ツヴァイ、兄弟の絆は?」

 

「今は上司と部下だから」

 

襟首をつまみ上げられたフィオが助けを求めたが、それをすげなく切り捨てたツヴァイ。

 

「まったく、唱士フィオも真面目におやりなさい。今日は大事な日なのでしょう? そのために仕事を詰め込んで時間を空けようとしているのですから」

 

トリトハイムに諭されてはフィオに為す術はない。育ての親に似てトリトハイムは感情を露に怒ることこそ無いものの、こんこんとお説教をしてくるため、フィオの心が先に折れるのだ。

 

「むぅ、それを言われては厳しい。仕方ない、今日は一年に三回しか出さないフィオさんの本気を出す日としよう」

 

「でもフィオに任せられる仕事はもう殆ど無い」

 

「......このやり場の無いやる気はどこに持っていけば良い?」

 

行き場無く手をわきわきさせるフィオに向かってからかわれた仕返しとばかりにツヴァイは舌を出す。

 

「それじゃあボク達は行くから、詠師トリトハイム、あとはお願いします」

 

「ええ、お任せを。皆さんによろしく言っておいてください」

 

ツヴァイはフィオの手をとると、トリトハイムにペコリとお辞儀をしてから部屋を後にする。引っ張られていくフィオはあーれーなどと間の抜けた声をあげていた。それを見送ったトリトハイムは、机に残された処理済みの書類に目を通しながら楽しそうに笑みを浮かべる。

 

「大詠師モース。あなたの子ども達はとても立派になりましたよ」

 

 


 

 

「だーかーらー! この服で何が悪いと言うのですか!」

 

ダアト港に向かう船の中、一人の痩身の男が納得いかないと声を張り上げていた。

 

「私のこのエレガントでエクセレントなセンスを何故理解できないのです!」

 

「何が悪いと言うとまず頭が悪いですねぇ」

 

「ぐはっ、容赦がありませんねジェイド。流石は我が親友」

 

「勝手に不名誉なカテゴライズをしないでいただけます?」

 

「今日くらいはもう少し私に優しくしてもバチは当たらないと思いますけどねぇ!?」

 

誰と言われるまでもなく、騒がしいのはディストであった。その隣に立つジェイドは相も変わらぬ冷たい目で幼馴染みを見下ろしていた。

 

「その悪趣味はヒラヒラした襟首をどうにかなさい。引きちぎって差し上げましょうか」

 

「ヒィ! 分かった分かりましたよう!」

 

これ以上ごねると本気で襟を引きちぎられる。そう確信したディストは観念して愛用のジャケットを脱ぐ。ジェイドはそれを見て意外だと言いたげに目を少しだけ見開いた。

 

「驚きました。その悪趣味な服、脱げたんですね。脱皮ですか?」

 

「私を何だと思ってるんですか! 失礼しちゃいますね、もう!」

 

私だって弁えるところは弁えるんですよう、とぶつくさ言いながら着替えるディストに対し、なら初めからそうしてくれという言葉を飲み込んでため息をこぼすジェイド。ジェイドといえば、いつもと変わらぬ青いマルクト軍服に身を包んでいる。それをディストがじっと見ているのに気付き、ジェイドは剣呑な目を返した。

 

「なんです? やはり脱皮が難しいのでしたら無理矢理剥いでやっても良いですよ?」

 

「違います! ジェイドはいつもの服装なんですね、今日くらいはもう少し華やかな装いでも良いのでは?」

 

「私にとってはこれが正装ですからね。軍人とは楽なものです」

 

「私が言うのもどうかと思いますが、ジェイドもあんまりな人だと思いますがねえ」

 

ディストは何とも言えない表情を浮かべているが、それを無視してジェイドは窓から外の海を眺める。海はどこまでも穏やかで、何も変わらない。少なくとも自分達にとっては激動といっても良い変化があったというのに、そんなものは何するものぞと言わんばかりにいつも通りに日は昇るし、世の営みは続いていく。そして人々も案外そんな世界に慣れていくものだ。そんな強かさを持っていることを意外と人は自覚していないのだろう。

 

「おや、どうしました、ジェイド?」

 

「なんです、私の顔に何かついていますか?」

 

「いえ、近年稀に見る穏やかな笑顔を浮かべていたものですから」

 

「失礼なことを言いますね。そのダサい服を真っ赤に染めて差し上げましょうか?」

 

「どうしてそうバイオレンスなんですかあなたは!?」

 

そう言いながら、ジェイドは自分の頬が緩んでいることを自覚していたのだった。

 

 


 

 

ダアトの目抜通り、人々がいつも以上の賑わいを見せている往来を、少女と少年が歩いていた。

 

「んっふっふ~、今日は絶好のお散歩日和だね~」

 

今にも鼻唄を歌い出しそうな様子で歩くのは背中にトレードマークの戦闘人形を提げた少女。その横を額を押さえながらついていくのは仮面を外し、素顔を晒すようになった翠の兄弟の一人。

 

「あんまりはしゃぐなよ、アニス。昨日も遅くまで仕事をしてたんだから、転けたりしたらどうするんだ」

 

「ぶ~、心配性だなぁシンクは。これくらい平気だよぅ」

 

「そう言ってこの前仕事しすぎで倒れたじゃないか。いくら初の女性導師になる為といってもやりすぎだ。ちゃんと休むように」

 

口を尖らせて反抗するアニスに、反論は受け付けないとばかりにドライな対応をとり続けるシンク。最終決戦が終わってから、教団初の女性導師になるのだと息巻いて精力的に仕事をこなすアニスを見続けていたシンクにしてみれば、彼女の大丈夫という言葉ほど信用ならないものは無かった。

 

「それに、アニスの両親からも言われてるからね。ちゃんと見張っててくれって」

 

「えぇ~、パパとママめぇ」

 

そうして心配してついて回っているうちに、シンクの仕事は忙しなく働くアニスの補佐、半ば副官のような立ち位置になっていた。六神将という枠組みが半壊した神託の盾騎士団において、参謀総長のシンクと新たに師団長となったアニスは教団の内外問わずに最も顔を合わせる仲になっていた。そんなシンクにアニスの両親が頑張りすぎる彼女のことをお願いするのもむべなるかな。そこに別の思惑が無いとも言いきれないが。

 

「それにしても、シンクもよく笑うようになったね」

 

「? いきなりどうしたのさ」

 

「だって、前までのシンクって怒ってるか泣いてるかのどっちかだったんだもん。お姉さんは心配してたんだよ~?」

 

「ハッ、いつまでもちんちくりんのクセして、姉貴ぶるのも大概にしときなよ」

 

「ムカッ、アニスちゃん今のはカチンときましたよぉ」

 

そう言って二人して顔を突き合わせてぐぬぬと一頻り。何だか可笑しくなってアニスは吹き出してしまった。それを見たシンクが呆れたように肩を落とす。

 

「アッハハ、おっかし~! シンクとこんなことしてるだなんて、昔の私が聞いても絶対に信じないよ」

 

「ホント、何だってこんなことになっちゃったんだか」

 

それでも、こんなぬるま湯のような毎日が悪くないどころか中々気に入っているのだとはシンクも口には出さなかった。もっとも、アニスの何か言いたげな表情を見れば大体見抜かれていることは分かってしまうのだが。

 

「シンクも丸くなったよね~。久しぶりに任務から帰ってくる兄弟を出迎えようだなんてさ」

 

「別に、アイツらがいない間の話をして羨ましがらせようってだけだよ」

 

ニシシ、と笑うアニスから顔を逸らしたシンクだが、その顔を隠す仮面はもう無い。そうなれば、顔を逸らしたところで頬がほんのり赤くなっていることを誤魔化す術はない。

 

「さ、早く行こっか!」

 

「走るんじゃないよ、アニス! ああもう!」

 

駆け出したアニスを慌てて追いかけるシンク。今度は二人隣り合って、手を繋いでダアトの門へと向かっていくのだった。

 


 

 

「その、このような場に私は不釣り合いではないでしょうか......?」

 

「なーに言ってんだ将軍。むしろ俺からしたら今回のメインはお前達なんだぜ?」

 

「そうそう、胸を張ってくださいよ、将軍」

 

「ガイまで......」

 

ローレライ教団本部内の一室。そこには礼服に身を包み、端正な顔を少しだけ青く染めている若き将軍とそれを見て笑う褐色の皇帝の姿があった。そしてそれに付き従う金髪の従者の姿も。

 

「大丈夫だ、フリングス将軍。誰がなんと言おうと、お前がこの場に招かれたのは導師様のご指名があったからなんだからな。誰にも文句は言わせんよ」

 

「むしろそのことがより大きなプレッシャーになってしまっているのですが......」

 

ピオニーが豪快に笑ってフリングスの背を叩くほど、彼は萎縮して小さくなっていく。どうしてかの導師が自身などを指名したのか。喜ばしいことは確かなのだが、それ以上に錚々たる顔ぶれが揃い踏みの中、自分は明らかに見劣りしているように思えてしまうのだった。

 

「お前達はこれからのマルクトとキムラスカの架け橋になるんだからな。頼むから夫婦喧嘩なんかで別れてくれるなよ? あっちは美人だが気が強そうだ。お前が尻に敷かれるくらいがちょうど良い」

 

「陛下! そうやって変にプレッシャーをかけるのはお止めくださいと何度も!」

 

「陛下、あんまり意地悪を言うのはやめてあげてくださいよ」

 

にやにやと笑って脇を小突くピオニーとやれやれとそれを制止するガイ。いつも通りの二人の姿を見ているうちにフリングスも緊張が徐々に解れてきたのか、顔色がよくなってくる。それを見て内心ピオニーはほっと胸を撫で下ろすのであった。誠実で好青年な男なのだが、いかんせん生真面目が過ぎて色々不器用な人間だ。お相手もそれに勝るとも劣らず生真面目な人間だったのでここまで漕ぎ着けるのに苦労させられたが。最終決戦の少し前くらいから面識を持っておりお互い憎からず思っていたはずであるのにちゃんとくっつくまでどれだけかかったのか、その苦労を思うとこの程度のからかいくらいは甘んじて受けてほしいというのがピオニーの本音であった。

そんな彼の考えは部屋をノックされる音で中断される。相手を確認してみれば予想通りの人物であったので、扉を開けて迎え入れる。

 

「よーう、そっちも準備は整ったか?」

 

「うむ。いやはやここまで来て恥ずかしがっておるのか、部屋の前でうだうだしておるがな」

 

「い、インゴベルト陛下!?」

 

部屋の中に足を踏み入れたのはキムラスカを統べるインゴベルト王。慌てて背筋を正すフリングスであったが、二大国のトップが自分の目の前にいるプレッシャーに先ほどようやく血色を取り戻した顔から再度血の気が引いていく心地がした。そんな彼を見てガイはどうしたもんかと苦笑する。

 

「そっちは今日は大変だな?」

 

「いやなに、嬉しい悲鳴だ。それに、これが私の最後の大仕事になるだろうしな」

 

「おや、もう引退宣言か? こりゃ今後のキムラスカとの交渉は楽になりそうだ」

 

「ハッハッハ、私の手練手管は全てナタリアに引き継いだとも。胸を貸してやってくれ」

 

「おっと、こりゃ苦労させられそうだ。ガイ、しばらくはお前に任せることにするぞ。ファブレ公爵家に仕えていたときに握った弱みはこういう時に使うんだぞ」

 

「ちょっと陛下!? 滅多なこと言わないでくれませんか!」

 

「おお、怖い怖い。ならばナタリアとアッシュ、それとクリムゾンにもガイが相手の時には手加減無用と言っておかねば」

 

「インゴベルト陛下まで!?」

 

「マシになってきてるがまだまだ女性には慣れてないからな、交渉の席には是非ともガイに気のある女性を立たせてやると良い」

 

「陛下はどっちの味方なんですか!?」

 

そう言って右往左往するガイを見て笑うピオニーであったが、内心冷や汗をかいていた。この老獪な王の手練手管を学んだ理想に燃える女王など相手にしてられない。冗談を抜きにしてガイに丸投げしてしまうか、あるいはさっさと自分も身を固めて後に任せたいところだが、生憎とそんな相手もすぐに思い浮かばない。どうして祝いの場でこんなことに頭を悩ませることになるんだと愚痴りたくなる心を押し殺して不敵に笑って見せる。

と、そのとき、先ほどよりはずいぶんと控えめなノックの音に三人の注意が扉へと向けられる。入室を促すインゴベルトの声に扉が開かれれば、そこに立っていた者にフリングスの目は一瞬で釘付けにされた。

 

「......陛下、先ほどは私が不釣り合いではと言いましたが、訂正します」

 

「おう?」

 

「少なくとも彼女は今日の誰よりも美しい。惚れた弱みと言われようが、そう言わせていただきます」

 

「お、おう、そうか。ご馳走さん。ガイ、フリングスの相手はしばらくはお前に任せるぞ」

 

「陛下、ご自分だけ逃げようなんて許しませんからね?」

 

これから先ことあるごとに惚気を聞かされる羽目になりそうだとピオニーとガイは額を押さえた。

 

 


 

 

教団本部のこじんまりとした中庭。ティアはそこで花壇を前に物思いに耽っていた。

 

「こんなところに居ましたのね。探しましたわよ」

 

何をするでもなく、ぼんやりと空を眺めていたティアを探し当てたのはナタリア。装いこそいつもと変わり無いが、普段よりも気合いの入った化粧を施された彼女はそのオーラと相まって嫌でも衆目を惹き付ける。とはいえ、今この場にいるのはティアとナタリアの二人だけ。煩わしい視線に悩まされることもなく、ナタリアはティアの隣に立つ。

 

「浮かない顔をしていましたわね。何か不安なことがあって?」

 

「......そういうわけではないの。ただ、少しだけ思ってしまったのよ、この場に兄さんが居たらって」

 

花壇で赤く自己主張する花に手を添えながらティアはナタリアの問いに答える。ユリアシティには生えていない色鮮やかな花。セレニアの花畑の真ん中にたつ名も無き墓標に、この花を供えてあげようと心の中で呟く。

 

「ティア......」

 

「ごめんなさい。湿っぽい話にするつもりは無かったの」

 

「気にしていませんわ。優しいですわね、ティアは」

 

「そんなこと無いわ。私は卑怯者よ。兄さんがしたことは許されることじゃない。なのに肉親の私が何もせず、こうしてのうのうと幸せになろうとしているんだもの」

 

「何もしていないなんてことありませんわ。あなたが誰よりも努力を重ねていることは私が保証しますわ。キムラスカ王女、もうすぐ女王になる人間の言葉ですもの。間違いありませんわ」

 

自虐的になっているティアを励ますようにナタリアが胸を張って言い切る。その自信に満ち溢れた顔に、ティアの顔にも笑みが戻った。

 

「フフ、それじゃあ暴君じゃない」

 

「あら、民のことを一番に考えているのですから、仁君ですわ! 私が暴君になるのは友のためだけですわよ」

 

そう言って二人して笑いあう。かつての戦いによってティアは兄を、ナタリアは実の父親を失った。互いに肉親を失ったもの同士、旅も含めて彼女らが互いに深い友情を築くのに十分な時間だ。いつしかお互いだけが知る互いの秘密も増えた。そんな二人だからこそ、控え室をこっそり抜け出したティアをナタリアはあっさりと見つけ出したのだろう。

 

「ティア、私もあなたも、あの戦いで様々なものを失い、そして得ましたわ。こうして今平穏に過ごせていることが不思議なくらいに。ですが、だからこそ今日この時くらいは全てを忘れて、幸せを感じても良いと私は思いますわ」

 

「ナタリア......」

 

「ティア、私達は今日の主役ですわよ? そんな顔をしているとテオドーロ市長も心配いたしますわ。さ、戻って着替えましょう。あの二人が見惚れて緊張してしまうくらい磨き上げてやりますわよ!」

 

そう言ってナタリアはティアの手をとり、歩き始める。そんな堂々と、そして温かい友人の背中を見てティアの顔も柔らかく綻んだ。

 

「ありがとう、ナタリア。......さようなら、兄さん」

 

礼の後にこぼしたその一言を、ナタリアは聞こえないフリをした。

 

 


 

 

ローレライ教団本部の裏手には、ダアトで没したもの達を悼むための墓所がある。その中の一つ、他の墓石と変わらぬ形をしていながら、真新しいものの前に一人の男が立っていた。

 

「......私はあなたとの約束を果たせたでしょうか」

 

墓石に刻まれた名は導師イオン。かつて、モースの記憶を最初に知り、そして自らの願いを託して眠るように没したオリジナルの墓だった。導師イオンがレプリカであったということが明るみに出せなかったため、つい最近になってようやく墓を建てることが出来た。

 

「私は今でも考えてしまいます。あなたも生きる道は無かったのかと。私がこの手から最初に溢してしまったのがあなたでした」

 

墓前に跪き、懺悔するように手を組んで、彼は独白する。

 

「自らの弱さをあなたに晒すことで、私はあなたに救われていました。あなたの方が辛かったでしょうに、あなたは私の重荷を引き受け、笑ってくれた。全力を尽くしたつもりです。それでも、まだまだ足りないところばかりでした」

 

あの戦いからしばらく、ずっと走り続けてきた。この身が擦りきれようと救うのだと息巻いて、周囲に止められることもあった。そして今日という日を迎えられた。

 

「イオン、私はあなたに許されても良いのでしょうか」

 

「はい、良いと思います」

 

返ってくるはずの無い答えが自身の背後から返ってきたことに、モースは心臓が縮み上がった心地がして弾かれるように振り向いた。

 

「今日もここに来ていたんですね、モース」

 

「めでたい日だってのに、辛気臭い面してるねモース」

 

「導師イオン、それにカンタビレも......驚かさないでください」

 

いつもと変わらぬ穏やかな笑みを浮かべた導師イオンと、呆れたような顔をしているカンタビレにそう苦言を呈するものの、周囲を気にせず没頭していたのは自分の方だったと内省する。

 

「毎日毎日、よく飽きないもんだね。空の向こうのイオン様の方は流石にモースの顔も見飽きたんじゃないかい」

 

「ハハ、そうかもしれませんね」

 

カンタビレの言葉にそう返すと、モースは彼女につられて空を見上げる。今日という日を祝うように雲一つ無い青空だ。

 

「モース、僕はあなたの献身を知っています。僕だけじゃない、他の兄弟達もです。ルークやアッシュだけじゃなく、僕たちの身体の問題もジェイドやディストと一緒に頑張って解決してくれたんですから。これ以上無いくらい、あなたは罪を贖った。そろそろ自分を許してあげても良いんじゃないでしょうか」

 

導師イオンの言葉にモースは沈黙を返す。世界は多少の混乱を見せたものの、間違いなく平和になった。そこに関わって東奔西走したモースの献身を否定するものは誰もいないだろう。ただ一人、当の本人を除いては。

 

「結局、ローレライに忌まわしい記憶を預けたところでウジウジとした性根までは治らなかったようです」

 

モースはそう言って力無く笑う。

 

「安心してください。本番までにはいつも通りになります。ただ、この子の前でだけは、私は弱さを隠せないのですよ」

 

墓石に刻まれた名前を愛おしげに指でなぞるモース。この世界で最初にして最大の同士であった少年。こうして堂々と彼を悼むことすら今まで出来なかったのだ。

 

「モース......」

 

「ハァ、導師イオン。少し後ろ向いてな」

 

「? はい、分かりました」

 

どう声をかけたものかと悩む導師イオンに、カンタビレはそう促す。何をするのかは分からなかったが、カンタビレのことだからモースを傷付けることはしないと導師イオンはその言葉に素直に従う。

 

「おい、モース」

 

「はい、何でしょ...。!?」

 

導師イオンの背後で何やら動いている気配を感じられる。気にはなるが、後ろを向いてろと言われたので律儀に待つことにした導師イオン。少しすると、彼の肩をカンタビレが軽く叩いた。

 

「ほら、もう良いよ」

 

「終わりましたか。ところで何をしたんです?」

 

「......さあね、モースに聞いてみな?」

 

導師イオンの疑問にニヤリと意味深に笑ってそう返したカンタビレは、そのままヒラヒラと手を振って戻っていってしまった。彼がモースへと視線を向けてみれば、モースは惚けた表情で去っていくカンタビレの後ろ姿を見つめていた。

 

「......何があったんです?」

 

「すみません、私自身が把握できていないのでもう少し待っていただけますか......?」

 

要領を得ない答えに導師イオンは首を傾げる。そのとき、遠くから聞き慣れた声が複数近付いてくるのに気が付いた。どうやら迎えに出した者はちゃんと合流できたらしい。とはいえ、彼らが合流すると騒がしくなってしかたないため、先ほどは何があったのかを聞き出せるのはもう少し後になりそうだ。

 

「......導師イオン」

 

「どうしました、モース?」

 

「私はどうしようもない愚か者で馬鹿な人間ですが、それでもここに居ても良い、生きていたい理由になってくれる人がいるようです。私はその人達の為にも、自分を許せるようになろうと努力してみます」

 

「ええ、それが良いと思います。まずは今日が終わったらきちんと他の兄弟達と一緒に僕を甘やかしてくださいね?」

 

どうやらモースの姿を遠目に見つけたのか、段々と近付いてくる足音。彼らに聞こえないように、導師イオンはモースに囁いた。

 

「もちろんです。私はあなた達の父親なのですから」

 

そしてモースはその言葉に穏やかに微笑んで返したのだった。

 

 


 

 

固く閉ざされた扉の前で、ルークは緊張で肩に力が入りっぱなしになっていた。

 

「オドオドしてるんじゃねえ、鬱陶しい」

 

それを腕組みしながら横目に睨み付けているのは、ルークと瓜二つの顔をした男。二人とも白のモーニングコートに身を包んでいるため、特徴的な赤毛がより目立っていた。

 

「そうは言ってもさぁ。どうしても緊張するだろ? アッシュだってさっきから落ち着かなさそうだし」

 

組んだ腕を人差し指で忙しなく叩いているのを指差されたアッシュは、頬にさっと朱が入る。

 

「う、うるせぇ!」

 

「お二人とも落ち着いて、もうすぐ始まりますから!」

 

売り言葉に買い言葉な二人を宥めるのは同じくモーニングコートに身を包んだフリングス。先ほどまで自身も緊張していたが、自分以上にソワソワと落ち着かなさそうなルークとアッシュの姿を見ていると緊張など消えてしまっていた。

 

「お集まりの皆様、本日はようこそお出でくださいました」

 

「ほら、大詠師様のご挨拶が始まりましたよ」

 

「「っ!!」」

 

フリングスの言葉にルークだけでなくアッシュも口を真一文字に引き結んで姿勢を正す。意図したわけでは無いだろうが、ぴったりと息のあったその動きにフリングスも思わず吹き出してしまう。

 

「今日はこのダアトだけでなく、キムラスカやマルクトにとっても非常にめでたい日となります。キムラスカの若き公爵家跡取りの成人の儀。それだけに留まらず、この世界に新たに三組の夫婦が生まれようというのですから」

 

扉を隔ててもなお、かの大詠師の声は三人の耳にハッキリと届く。教団本部の建物がそれを想定した造りとなっていることもあるだろうが、あの大詠師がそれ以上にこうした演説のときにどのようにすれば声が通るか、自身の言葉が聴衆に聴きやすくなるかを熟知していることも大きいのだろう。

 

「この婚姻はキムラスカとマルクト、キムラスカとダアト、マルクトとダアトの三者を強く結びつけるものになることでしょう。預言(スコア)に頼らぬ世界で、互いの意思で結び付いた二人。幸せばかりでは無いでしょう。辛く、苦しいことも待ち受けていることでしょう。それでも、彼らならば乗り越えられる。それは私だけではなく、今日この場に参列されている皆様もご承知のことでしょう」

 

「......ルーク」

 

「? どうしたんだよ、アッシュ」

 

扉の向こうから聞こえる演説に耳を傾けていたルークは、隣に立つアッシュの声に意識をそちらへと引き戻す。

 

「俺は今でも、あのとき居場所を奪われた苦しみを忘れちゃいねえ」

 

「! ......そうか」

 

「だけどな、それ以上に、今この場に立てているのはいろんな奴等に助けられた結果だっていうことも理解してるんだ。お前に助けられたこともあるってのもな」

 

だから、とアッシュは続ける。

 

「俺は()()()()で良い。()()()はお前だからな」

 

「アッシュ......!」

 

「言っておくが、ルークを名乗る以上腑抜けた真似は絶対に許さねえからな!」

 

「ああ、分かってる。この名前を背負うことの重さも、今ここに立っていることの価値も」

 

「......なら良い」

 

ルークの言葉を聞いたアッシュはそう言って満足そうに笑う。心の中に最後まで残り続けた小さなトゲ。それが抜けたような気がした。これからは、隣に立つ朱赤を素直にルークと呼ぶことが出来るだろう。

 

「今日結ばれる三組を、ユリアとローレライも音譜帯から祝福してくれていることでしょう。では皆様、拍手でお迎えください。本日の主役、新郎のルーク・フォン・ファブレ様とアッシュ・フォン・ファブレ様、並びにアスラン・フリングス様の入場でございます」

 

その言葉と共にゆっくりと扉が開かれる。割れんばかりの拍手と共にルーク達三人をステンドグラス越しの光が温かく迎えた。

 

一つの日だまりの中の彼らは足を踏み出す。誰も知らない、けれどより良い明日をと願った先へ。預言(スコア)に頼らず、自分達の意思で。

 

 





これにて本編完結となります。描きたい内容を詰め込めるだけ詰め込んで一万字越え。これでもまだまだ描き足りないところがあります。

この後、あとがきと称した誰得設定語りおよび番外編を投下する予定です。
そして例に漏れず活動報告を投下しますので、番外編ネタを懲りずに募集させていただければと。第一部完結時の活動報告に投げていただいていたネタももちろん書きます。

ここまで長期間お付き合いいただきありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

番外編2
あとがき(脳内設定置き場)


読み飛ばしても何ら問題ありません

思い出したように追記することもあります。気になることがあれば指摘等頂ければと思います。


 モース

本作主人公。原作知識を得たばかりに自罰意識マシマシになってしまった人。原作でもあくまで世界をより良く導くことを至上命題にしてたあたり、若い頃は理想に燃える人だったんじゃないかなぁと妄想。

原作知識を得た理由付けとしては第七音素(セブンスフォニム)を取り込んで異形化し、溶けて消えていったので記憶やら意識が第七音素(セブンスフォニム)と同化、本作のモースにローレライと一緒にインストールされたという脳内設定。副次効果として本来無いはずの第七音素(セブンスフォニム)を扱う素養を後付けでゲット。なおエンディング後はローレライに全て返したのでその素養は無い。とはいえ培った戦闘力は自前なので困ることは特に無い模様。

古代イスパニア語で『殉ずる者』というのは完全な捏造設定。原作的にも本作的にも本人の譲れない何かに殉ずるという意味ではしっくりくるのではないかと。

鍛えてる分原作よりもがっしりしており、渋くなってるという妄想。実は単体戦闘能力はネームドキャラの中ではそこまで高くない。

対ラルゴ→負け

対リグレット→ライガクイーン乱入で引き分け(実質負け)

対ヴァン→言うまでも無く負け

 

戦闘技術は高いものの地力が足りていない。ステータス的にはHP,物理防御力がやや高いが後は平たいというタンク寄り起用貧乏性能。なおその地力を補える第七音素(セブンスフォニム)を取り込んだ暴走状態ならルーク達と渡り合えてしまう模様。ノータイムで術技と譜術を連打してくる上にピンチになるとトンチキ秘奥義で全体攻撃+全体蘇生+全体回復とかしてくるのでゲームで敵になったときにはクソゲー待ったなし。フェレス島ではモースの中のローレライが力を貸したことでルーク達の負担がほぼ無く、代わりにモースの中のローレライの力の一部および記憶が失われたという脳内設定。

その他については後々のWikiネタのときにでも。

 

 カンタビレ

原作で名前こそあれど影も形も出てこないお方。そのせいでキャラ付けにとても悩んだ。結果、モース様の一番の懐刀になってもらうことに。モース様がどのルートに進んだとしても心強い味方になってくれる(ラスボスルート除く)。仕事にも鍛錬にも手を一切抜かないモースをドン引きしつつも高く評価している。エンディングでは多分大方の人の予想通りのことになっている。

 

 

 第七音素(セブンスフォニム)と障気

公式設定が謎過ぎて捏造設定入りまくり。本作では鏡合わせのような存在とした。アミノ酸のD-体とL-体のような関係……?(誰がこの例え分かるんだ)。地核の振動で記憶粒子(セルパーティクル)が何か変質した結果、第七音素(セブンスフォニム)になるはずが障気になってしまい、体内に取り込むと正常に代謝されず臓器不全を引き起こしたりする、という屁理屈。この辺りの設定をもっと活かせただろうと反省。

 

 超振動、第二超振動

捏造設定のオンパレード。特に第二超振動は良く分からなさ過ぎたのでフィーリング&フィーリング。『全ての音素(フォニム)を無効化する』、『非現実的な条件でしか成立しない』としか公式では語られてないのでどうしようもなかった。本作では完全同位体の超振動がローレライの鍵を仲介として互いに増幅しあうことで通常の超振動を遥かに超える破壊力を持つ、という捏造設定に。

 

 ローレライ

原作では言葉足らずな上に役に立ってんだかそうでないんだかよく分からない奴。本作ではモース様に力を貸したり、ルークとアッシュの問題を何とかしてくれたりと色々と頑張った。カンタビレと同じくらいキャラが掴めなかった。モース様に宿った余波で原作知識を知った分、協力的になっているという脳内設定。

 

 モースの戦闘技術について

身体の動きで詠唱を代用するというのはキャラごとに譜術の詠唱が全然違うことから妄想した設定。究極的には詠唱なんかいらないのでは? という若かりしモース様の気の迷いから生まれたトンチキ戦術。なお難易度。

 

 オーレル

本作の一番の被害者。原作キャラをあんまりヘイトしたくないというエゴによって生み出された。この世全ての悪を背負って死ぬことを定められた悲しきモンスター。多分原作モース様の権力欲とか自己顕示欲を更に強くするとこうなるんじゃないかと思いながら書いてました。扇動家としてはそれなりで、多分ローレライ教団の大半は程度の差こそあれコイツのように預言(スコア)こそ至上とか考えてる。そうじゃなけりゃ導師イオンを軟禁するモースが大詠師になれる理由が自分には思いつかなかった。健康不安を理由に周囲には誤魔化していたのかな、とか考えましたが原作で導師イオンに一喝されているのに大詠師のままなモース様見てると教団全体の価値観が歪んでそうだよねって。

 

 ヴァン

本作の一番の被害者その2。モース様から無理矢理原作知識を聞きだしたせいで色々とタガが外れてしまったお方。そしてモース様に歪んだ執着心を向けることに。CVジョージなのが悪い(責任転嫁)。

アブソーブゲートでの戦闘、エルドラントでの戦闘どちらにおいても油断が消えたことで難易度が跳ねあがっている。単純なステータスの暴力に加え、隙丸出しの光龍槍とか譜術の使用頻度が減る。スーパーアーマーと襲爪雷斬のような攻撃チャンスの少ない技でねちっこい戦い方をしてくる。多分モース様が何かの間違いで味方になったら喜びつつも失望しちゃうめんどくさい性格になってる。

 

 リグレット

本作の一番の被害者その3。心酔した上司がまさかあんなことになるなんて……。総合戦闘力で言えば六神将最強。やはり銃は強い。武官ルート以外で味方化する未来が見えない。ビジュアルは敵キャラの中で一番好き。

弟さえ救うことが出来ればと思うがその弟がヴァンに心酔しているため、救済難易度が高い。その代わり、味方化した武官ルートでは弟と一緒に人生エンジョイモードになってると思う。ネタが思いつけば番外小ネタ化するかもしれない。

 

 ラルゴ

原作と変わらない道筋しか思いつかなかったお方。預言(スコア)が悪いよ、預言(スコア)が。自死した妻を想うと和解ルートがまず発生しない。本人の武人気質も相まって不器用ながら自身の道を貫くモースを高く評価している。武官ルートで一番救われるのは恐らくこの人。

 

 シンク、イオン、フローリアン兄弟

救済枠。モース様が綺麗になった影響を一番間近で受けた人たち。揃いも揃ってファザコン化した。シンクは最後まで懐疑的だったかと思いきや割と最初の方から絆されていた。重さで言えばシンク≧イオン>その他くらい。感想でも言及されてましたが多分オーレルにモース様が追及されているとき、ラルゴじゃなくてシンクに手を下させようとしてたら辺りが血で染まっていた。

 

 ディスト

便利枠。シリアスもコメディも厄介な問題の解決策も大体コイツが何とかしてくれる。多分一番本作でエンジョイしてる。ジェイドと最高に近い形で和解してるし太いパトロンもいるし研究に邁進できる環境が整っているため。モース様への好感度は一、二を争うレベルで高いと思われる。複数のカイザーディストを使った戦闘術は多分サブイベントなんかで体験できるやつ。

 

 アリエッタ

割と一番救済されている。エピローグで出せなかったのはごめんなさい。綺麗なモース様に教団内で馴染めるように教育を受けたりしたお陰で原作よりも人間的価値観に寄っている。ライガクイーンも健在でダアト郊外の森で人と生息圏をしっかり線引きしているため共生関係を築けている。原作でも人以上に理性的なライガクイーンなので群れを統制して縄張りの線引きは出来ると妄想。本作エンディング後は更に成長し、群れへの影響力を強めたアリエッタにより、彼女の師団に所属する兵士は全員が一頭の魔物をパートナーにした人魔混合部隊になっているという脳内設定。

 

 アッシュ

モース様によって強引に救済された枠。ルークとのコンタミネーションを避けられたのはローレライの働きによるものと、コーラル城で開いたルークとの共鳴フォンスロットをエルドラントから帰還後に閉じたこと、ディストとジェイドの研究が実を結んだことによる複合要因という脳内設定。二人を対象にした研究によってフォミクリー研究が飛躍的に進んだ。

 

 預言(スコア)

惑星預言(プラネットスコア)は公式設定。終末預言(フェルマータスコア)は捏造設定。ヴァンが聞き出したモース様の原作知識、それがヴァンにとっての終末を意味しており、星の記憶を消し去ろうとしていることすら預言(スコア)通りか、ということからヴァン自身が命名。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

モース[単語]ニ〇ニ〇大百科 後編

書きやすいネタから投下していきます。


モースとは、テイルズオブジアビスに登場するキャラクターである。

声優大矢○臣 / 森功○

 

 概要

この作品のサブキャラクター……の一人。少なくとも1周目はサブ。

ローレライ教団において導師に次ぐ権限を持つ大詠師。神託の盾騎士団での階級は奏将。部下に狂信者ハイマン(声 - 白○稔)がいる。事実上教団の頂点に立っているものの、導師になるために必要な第七音素の素養を持たない。ユリアの預言による繁栄の到来を信じ、そのためにもユリアの預言は如何なる場合においても遵守され成就されるべきと信じている。その信仰心は狂信的で、預言の成就のためなら人の死も厭わず、預言に詠まれたキムラスカとマルクトの戦争を実現させるために暗躍する。改革派のイオンとは水面下で争いを続けている。ヴァンとは利害が一致したときに利用し合う関係だが、実際はヴァン側の都合の良いようにのみ利用されており、度を超えた預言への執着心がやがて自らの身を滅ぼしていく。

後に戦争を引き起こした大罪人として逮捕されるも、彼のスパイであるアニスの手引きとディストの助けを得て脱獄し、アニスを利用してイオンに惑星預言を読ませる。その後、ディストによって第七音素を注入され異形の生命体と化す。能力こそはディストの言葉通り導師そのものであるが、彼は第七音素の素養が無い人間であるため拒絶反応が起こり、精神汚染により自我を失っていく。最期はラジエイトゲートにてルーク一行に敗北し、溶けるようにして消滅していった。

 

……少なくともここまではただの小悪党であり、シナリオを動かすための典型的な憎まれ役に過ぎない。

 

だがこのキャラクターが真価を発揮するのは2周目においてクリア後特典であるGRADEショップで????(ネタバレ防止のため透明化大詠師の記憶)を取得してからである。

 2周目で????を取得した場合

以降重大なネタバレがあるため未プレイの場合は見ないことを推奨

 

 

 

第一部において

 

 

第二部において(ネタバレのため格納)

 

 ローレライとの繋がり

第二部において、モースはルークと同じように頭痛に悩まされているような仕草を時折見せるようになる。疲労からであると本人は言うものの、第一部ラストのムービーシーンで明らかにローレライの声を聞いたような描写があるため不吉さが増す。更にここからモースは単独であちこちを回るようになり、パーティには参加しないもののセントビナーやエンゲーブ、カイツールなどの街に出没するようになる。アルビオールも無いのにどうやって移動してるんだこのオッサン……。時期限定のサブイベントもあるため、興味がある人はモースの足跡を辿ってみると良いだろう(モース様とマクガヴァンイベモース様は健脚イベ)。どのイベントも実はお茶目なおじさん要素があるモース様の一面が垣間見れるものとなっている。

ただし、それぞれのイベントのラストにはローレライとの繋がりを示唆するシーンであったり、ジェイドと意味深に視線を交わしたりするシーンが入る匂わせおじさんっぷりも発揮する。

 

 ……まさかな

モースに促され、ダアトからベルケンドに向かうことにしたルーク達。そこでガイが内心呟いた言葉。その懸念をルーク達と共有しろぉ!とプレイヤー諸兄ツッコミ必至である。フェレス島、レプリカ、これ見よがしな眼帯、これまでの匂わせ、この時点であっ(察し)となった人が大半であろう。ちなみにこの後モースに話しかけると「犠牲の無い方法……。そんなものがあるとすれば……」と言ったきり無言となる。

 

 私じゃ、モースの代わりになんかなれやしないんですよぉ……!

ベルケンドで飛び出したディストの内心の叫び。一周目のディストを知る人間からすれば「誰だお前は!?」となること間違いなしのキャラ崩壊っぷり。なおゲーム的にも特技→奥義→譜術→FOF変化技→特技……と一人だけ別ゲーやってるモースの操作感を知るプレイヤー全員の心の声でもある。ボス嵌め殺し出来る性能の代わりなんているわけないだろ!

ディストからこの一言が飛び出した時点でモースの大先生っぷりが良く分かる。ディストとジェイドの更生というだけで歴史に名を残す偉業だが、それ以上にプレイヤーと作中人物の心に爪痕を残しまくるお人である。

モースがフェレス島と共に消えることで突如海の真ん中に出来た島などという国際問題待ったなしな事態と障気問題を一挙に解決出来る上、譜眼を既に施術済みで精神汚染からの肉体崩壊待ったなしな状態のため、ルークが犠牲になる選択肢がそもそも意味を成さないという徹底っぷり。制作陣はモースレクイエムでも起こすつもりだったのかと言わんレベルでモースを犠牲にするルートが舗装されていく様はもはや絶望を通り越して芸術的。宿屋でイオンが涙ながらにモースを選ぶシーンに心が壊れた人も多数いたとかいないとか。

だが、その後のルークとティアの夜のシーンで二人がモースを止めようと決意するシーンは少年漫画のような熱さ。(ルーク、立派になって……)

翌日には前日まで沈んでいたディストも復活して参戦してくる。

なおこの後、ダアトに向かうとカンタビレからモースが既にフェレス島に向かったことを知らされ、モースの執務室には床に座り込んでうわ言を呟く副官のハイマン君がいる。

 

 今ここで私は私の記憶を超えて見せましょう!

全プレイヤーを発狂させたであろうボス戦。譜眼によって第七音素(セブンスフォニム)を取り込み、戦闘力を増したモースとの戦闘。硬い、隙が無い、リジェネ持ちの三拍子揃った実質ラスボス。タンク役にリジェネを持たせるんじゃない!という怒りの叫びを上げたプレイヤーも多い。更に前衛組を殴っていたかと思えば後衛組にノータイムで譜術を放つことも出来るほか、譜術を発動しようとする味方への優先度が高く設定されているのか、ジェイドやティアといった後衛組が援護しようとした瞬間にセイントバブルで沈めてくる。味方であったとき特有のステータスの低さで許されていた性能を基礎能力だけボス仕様にしたらこうなると言わんばかりの暴れっぷりを披露する。

後衛組がまともに後衛出来ず、アイテム使用はタイムラグが少ないため通ることから最適解はルーク、ガイ、アニスおよび臨時加入のシンクという前衛組4人衆で囲んで回復アイテムの物量に任せて殴り続ける脳筋戦法。なおHPが50%を切ると自身の周囲全体を攻撃する秘奥義『極光壁』を繰り出してくる周到さ。一時はバルバトスに迫る初見殺しとして掲示板が荒れた。最終的な攻略法としては、秘奥義を出すたびに体力が2割削れる特性を活かしてのヒットアンドアウェイによる自滅待ち。極光壁の体力減少効果を残したのは制作陣の最後の良心に違いない。詳しい攻略法は後述。

 

 モース戦の攻略法

基本スタイルは杖を使ったインファイト(杖を使ったインファイトとは……?)。特技→奥義→譜術→FOF変化技→特技を一連のコンボとしており、最後の特技からそのまま奥義に繋げることが出来るため、ADスキル「グローリー」をつけているとなまじ怯まないせいで気づけば瀕死ダメージを受けているといった事態に陥る。ボスHPとなったタンクに正面から殴り合いを挑むのは愚の骨頂であるため、前述した前衛組四人編成で挑み、一人にタゲが向いている間に残り三人でタコ殴りにしよう。ちなみに後衛組が譜術を詠唱し始めた瞬間に譜術が後衛組に飛んでくる上、前衛組が減るとただでさえ硬いスーパーアーマーを削れずにモースが不沈艦と化す。

体力が5割を切るまでは秘奥義として「殺劇舞荒拳」を放ってくる。これ自体は単体攻撃であることと攻撃範囲の狭さから避けることは容易い。とはいえ、四人で囲めば硬いだけの物理ボスであるため、対処自体は簡単だろう。問題はボスにあるまじきリジェネ性能である。硬い上に途切れず術技を放ってくるまではまだ良い(良くない)。だがリジェネだけは許さない。このリジェネが後衛組が活躍出来ない最大の理由となる。

体力が5割を切ると、モースが秘奥義「極光壁」を解禁する。自身の周囲全体攻撃+自身への自傷という極端な性能。後半はこの自傷攻撃がダメージソースとなるため、敵のオーバーリミッツを待ち望むというおかしな展開になる。

総じて装備が整い、キャラの強化も終えた最終盤でないことも相まってラスボス以上にラスボスしていると言わしめたクソボスとなっている。しかも負けた時のメッセージが普段と異なる。

普段「その後、彼らの姿を見た者はいなかった……」

モース戦「その後、モースの姿を見た者はいなかった……」

明らかに何があったかが良く分かり、後味の悪さもひとしお。制作はドS

 

 モース戦後

モース戦に勝利すると再びモースがルークのパーティに参加する。そのときの性能はリジェネこそ失われたものの、秘奥義2種をそのまま引っ提げてきている。

極光壁は周囲の一定範囲内全体攻撃+全体蘇生+全体回復+自傷ダメージという性能であり、発動後はモースの体力が4割減少するという強烈なデメリットがある代わりに強烈な性能。この自傷ダメージでモースのHPが0になることは無いが、必然的に敵に囲まれた状態になりがちな前衛組としては使いどころに注意が必要……と思いきやもう一つの秘奥義「殺劇舞荒拳」で十分に戦力になる。敵だと強いが味方だと微妙、という定説に真っ向から喧嘩を売るスタイルであり、多分モース戦の難易度の高さから制作陣のご褒美的意味合いがあったのではないかと推測される。というかなんでこんなに強いのにラルゴやリグレットに負けてるんだこのオッサン…

 

 その他イベント・小ネタ

GRADEショップで「大詠師の記憶」を取得した2周目は1周目と異なり様々なイベントが変化、追加されている。中でも1周目と大きく異なるものをいくつか紹介する。

 

・モース式ブートキャンプ

モース戦後、ローレライ教団本部地下の修練場を訪れるとアリエッタが立っている。話しかけるとモース達と共に訓練を、という話になり、「はい」を選ぶとカンタビレ、アリエッタ、シンク、モースの4人との戦闘になる(なんでモースが敵側に回るんだ……)。

モースの性能は複数ボスであることもあってか抑え気味であり、リジェネも無い上に戦闘AIも普通のボスと大差ない。だが、モース一人を残すと極光壁によって盤面リセットをされてしまうため、まずはモースを落とすことに専念すべきだろう。このときに気を付けるべきはカンタビレである。シンクよりも足は遅いものの、ラルゴを上回る攻撃力で前衛組を膾切りにしてくる。モースに気を取られていると後ろからあっさり…といったことも起こるため、注意されたし。

負けても特にペナルティは無いが、勝利すると初回は大量の経験値とガルドをくれる。また2回目以降もオパールやルビーといった宝石系のアクセサリーをくれる(パパ活おじさんと呼ばれる所以)ため、十分に育った終盤の金策には良いかもしれない(戦闘難易度からは目をそらす)。

 

・復活のカイザーディストXXX!

こちらはヴァンによるダアト襲撃イベント後、「復興中のダアト」街中にいるディストに話しかけるとイベント。譜業を自慢するディストがルーク達にカイザーディストの素晴らしさを知らしめようと挑んでくる。敵はディスト一人+カイザーディストXXX×3体。カイザーディストはこれまでも披露してきたレーザーやドリルによる攻撃に加え、それぞれが火、水、風系統の譜術を行使してくる連携まで見せる。そしてその後ろからディストが光、闇系統の譜術で援護してくるため中々に厄介な敵。弱点属性も克服しているため、ジェイドの「ミスティックケージ」やティアの「フォーチュンアーク」といった全体攻撃でディスト諸共削ってしまうのが手っ取り早い。ディストの秘奥義は「ビッグバン」であり、本編で見られない貴重なカットインを見ることが出来るイベントとなっている。

こちらも初回勝利時は大量の経験値とガルド、そしてモース専用武器「ガイストシュタープ」をドロップする。この装備は魔剣ネビリム等の触媒武器と同等の効果を持っており、モースでとどめを刺した敵の数だけ攻撃力が上がる仕様となっている。なお2回目以降の勝利では何も落とさないが、ディストが悔しがる姿が見ることが出来る。

 

・暗闇の夢後援者

モース加入後、ケセドニアの宿屋前にある暗闇の夢ファンクラブの男に話しかけるとイベント。モースがサーカス団「暗闇の夢」に後援者として私財を投じていることが明らかになる。ダアト襲撃後の「復興中のダアト」にも暗闇の夢のチラシがあちこちに貼ってある理由がここで明かされる。漆黒の翼も登場し、ノワールが「ご贔屓の旦那のためなら色々便宜をはかる」という言葉を残す(モース麾下の情報部隊=漆黒の翼説)。

 

・ケテルブルクのスパイベント

一周目でプレイヤー諸兄が大喜びしたケテルブルクのスパイベントだが、もちろんモースが加入した2周目も存在している。イベントの大筋自体は変わらないが、モースの衣装が変わる称号を得られる。なおモースは残念ながら(?)ジェイドと同様にバスローブ姿。しかし、ジェイドと異なり腕を捲っており、そこから覗く腕がかなり筋骨隆々であることから、バスローブの下の姿も推して知るべし。細目と相まってド迫力だとルーク達に言われ、凹むモースが見られる。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

【皆の】TOAキャラ掲示板モースPart14【お父さん?】

メタネタだらけですまない……頭空っぽで書けるからつい……


1:名無しのレプリカ

「私は殉ずる者(モース)。かつて預言(スコア)の成就という選択に殉じ、今は預言(スコア)を覆すという選択に殉ずる男だ。」

 

この板はテイルズオブジアビスに登場するキャラ「モース」について語り合う板です。

 

●前スレ

【パパ活】TOAキャラ掲示板モースPart13【おじさん】

http://mohs.2ch.net/test/read.cgi/????/1432950

 

●TOA総合掲示板は↓

http://TOA.2ch.net/test/read.cgi/????/1432950

 

次スレは>>950が建てること!

 

 

3:名無しのレプリカ

乗り込め―

 

6:名無しのレプリカ

おぎゃっ、おぎゃ!

 

11:名無しのレプリカ

開幕地獄絵図で草。大体のプレイヤーが2周目経験して息子堕ちしとる

 

14:名無しのレプリカ

2周目の満足度が高すぎるせい

 

16:名無しのレプリカ

魔性の男モース

 

19:名無しのレプリカ

ホントに男で良かったな。これでモースが女だったら真面目にヴァンがやべー奴だった

 

23:名無しのレプリカ

>>19 本編でも十分やべー奴なんですがそれは

 

25:名無しのレプリカ

だけどフェレス島のモース様は絶対に許さない

 

29:名無しのレプリカ

リジェネ持ちとかふざけんな。生まれて初めてRPGでコントローラー投げたわ

 

34:名無しのレプリカ

ティア・ジェイド「譜術で援護するンゴ」

 

モース「譜術なんぞ使ってんじゃねえ!(ノータイムセイントバブル―)」

 

クソゲー待ったなし

 

37:名無しのレプリカ

一時期総合掲示板でモース様最クソボス説が提唱されたからな……

 

38:名無しのレプリカ

なお満場一致でクソボス認定された模様

 

43:名無しのレプリカ

ワイジェイド使い。メインキャラが封印されてむせび泣く。後衛キャラメタとかひど杉内

 

44:名無しのレプリカ

ナタリアなら後衛として戦えるぞ!

 

47:名無しのレプリカ

>>44 火力が足りないんだよなぁ……

 

50:名無しのレプリカ

真面目に初見でフェレス島のモース様倒せた奴おるんか?

 

55:名無しのレプリカ

>>50 無理無理かたつむり

適正レベル遥かに超えてるんやぞ

 

60:名無しのレプリカ

>>50 ワイは死ぬほどレベリングしてたからごり押しで初見突破したぞなおレベル150

 

65:名無しのレプリカ

>>60 高すぎワロチ。最終決戦前じゃねえか

 

70:名無しのレプリカ

シンクが臨時加入した理由が良く分かる。前衛組が一人足りないもんな…

 

71:名無しのレプリカ

囲んで殴れという公式からのお達しやぞ。なお極光壁

 

75:名無しのレプリカ

どうせ殺劇舞荒拳だと高を括ってOVL中も殴り続けたアホおりゅ?

……ワイです

 

79:名無しのレプリカ

あれは初見殺し過ぎる

 

82:名無しのレプリカ

あれのせいでクソボス扱いされたからな。囲んで殴るの推奨するくせに体力半分切ったら範囲攻撃で周囲一掃するとか人間のやることじゃねえ!

 

84:名無しのレプリカ

でも皆モース様加入したらずっとモース様使ってたろ?

 

87:名無しのレプリカ

>>84 当然なんだよなぁ

 

90:名無しのレプリカ

>>84 強すぎるから仕方ないね。まさか極光壁をそのまま使えるようにするだなんて予想するわけが無い

 

94:名無しのレプリカ

フェレス島あたりのガンギマリモース様の策は何周しても悲劇として完成され過ぎてて息が詰まる

 

96:名無しのレプリカ

>>94

フェレス島をフォミクリー装置諸共消し飛ばして面倒な問題解決します

障気も消せます

モース様は既に譜眼施術済みで遅かれ早かれ死ぬので救っても無駄です

モース様が死ねばルークもアッシュも助かります

レプリカを受け入れる算段まで整えてました

 

マジで身辺整理が完璧すぎてあそこでモース様死ぬんだなって思った

 

101:名無しのレプリカ

実際制作はあそこでモース様退場のつもりだったんじゃないのか

イオン様みたいな感じで誰かを救うために犠牲になるみたいな

戦闘前のモース様の「行かせてください」は喉がヒュッてなったわ

 

105:名無しのレプリカ

その前にディストとジェイドの会話のとこで泣いたわ

というかディストがずる過ぎるわ。あんなに一人だけギャグ時空に生きてるくせにあそこでドシリアスになるとか

 

106:名無しのレプリカ

ディストの高笑いがあんなに頼もしく思えたのは初めてだったな

 

110:名無しのレプリカ

やっぱりモース×ディストなんだよなぁ

 

111:名無しのレプリカ

ジェイディスと並ぶ一大派閥になったモスディス

 

115:名無しのレプリカ

モース様の一番の理解者だからね、仕方ないね

 

116:名無しのレプリカ

嫁はカンタビレだって言ってんだルルォ!?

 

120:名無しのレプリカ

EDのスチルでオリジナルイオンの墓前でモース様と並ぶカンタビレが嫁すぎる。異論は認めない

 

124:名無しのレプリカ

1周目でティアの譜歌でエンディングだったのに2周目がインストなのは何でだろうと思ったらあのEDだからな

 

126:名無しのレプリカ

扉が開いてアッシュとルークが一つの陽だまりの中に入ってるのがエモ過ぎるんだよな

まさに一人分の陽だまりに僕らはいるなんだよ

 

131:名無しのレプリカ

なんでモース様は神父なんです?新郎では?

 

135:名無しのレプリカ

真打は最後に登場するんやぞ

 

138:名無しのレプリカ

描写してくれなかったら意味ないじゃないですかやだー

 

141:名無しのレプリカ

カンタビレとの匂わせも墓前で並んでるシーンが最後だったからな。決定的なシーンがない

 

143:名無しのレプリカ

まあモース様もそこまで若くないからね。別にそういう関係にならなくても不自然じゃない

 

148:名無しのレプリカ

>>143 カンタビレは絶対にモース様を食ってるゾ

 

151:名無しのレプリカ

>>148 うーん否定できない

 

154:名無しのレプリカ

>>148 モース様がそんな流され男なわけ無いだろ……とは言い切れないな

バチカルで言質取られてたし

 

155:名無しのレプリカ

あのときのモース様迂闊過ぎて草生えますわ

 

160:名無しのレプリカ

自分なんかが好かれるわけないという自虐精神の塊だからね、他人からの好意を正面から受け止めるなんて無理ゾ

 

163:名無しのレプリカ

>>160 その結果が導師イオンの湿度マシマシ化なんですが

 

165:名無しのレプリカ

後半のモース様パーティ加入後のスキットでモース様がことごとくイオン様に負けてるのホント草生える

 

166:名無しのレプリカ

イオン様だけじゃなくて子ども達全般に弱くなってるゾ

 

168:名無しのレプリカ

そしてダアトではパパ活おじさんに……

 

169:名無しのレプリカ

訓練イベのモース様をパパ活おじさん呼ばわりはヤメルンダ

 

174:名無しのレプリカ

あそこでしか戦えないカンタビレとかいうレアキャラ

ラルゴより攻撃力高いとかバグじゃないんか?

 

176:名無しのレプリカ

モース様殴ってたら背後からぶった切られて全滅しました(半ギレ)

 

178:名無しのレプリカ

そら(旦那が殴られてたら嫁が殴り返しにくるのは)そうよ

 

179:名無しのレプリカ

体力低くなってるし余裕だわ

→極光壁で盤面リセットしますね^^

 

180:名無しのレプリカ

>>179 スパルタ教官の鑑

 

182:名無しのレプリカ

>>179 絶対に許さない。制作陣はTOA2周目やった後にGRADEショップで「大詠師の記憶」取得しないで3周目を始めてもらう

 

183:名無しのレプリカ

>>182 ガチの拷問で草。落差で心壊れますよ…

 

186:名無しのレプリカ

でも何だかんだで1周目シナリオの方が好きなんだよな。滅茶苦茶悲しいけど綺麗で

 

189:名無しのレプリカ

>>186 分かる。一流の悲劇だわ。悲劇というかビターエンドだけど

 

193:名無しのレプリカ

いきなり2周目のシナリオだったら絶対にここまで2周目が評価されてないからな。1周目あってこそよ

 

195:名無しのレプリカ

2周目やってみると1周目モース様も何だか憎めなくなってくるから困る。コイツもコイツで必死やったんやなって

 

200:名無しのレプリカ

>>195 殉ずる者の名前は伊達じゃないからな。ある意味覚悟ガンギマリだったから1周目でも譜眼刻んだとも言える

 

201:名無しのレプリカ

EDで流れるモース様の若かりし頃の一枚絵見てるとホントに若い頃は理想に燃える模範的なローレライ教団員だったんだろうなって

 

206:名無しのレプリカ

あれって何歳くらいなんだろうな

 

208:名無しのレプリカ

二十代とかじゃないか?

 

212:名無しのレプリカ

あの頃から1周目の記憶持ってたんだろうな。めちゃ辛そうな顔してるとこばっかだったし

 

217:名無しのレプリカ

自分が導師イオンを死なせてレプリカ大量に作って死なせて最後には自分も気が狂って死ぬ記憶持ってるってどんな気分なんだろうな

 

218:名無しのレプリカ

>>217 そら自分を殺したくなるくらい最悪の気分よ

 

219:名無しのレプリカ

>>217 だから極限まで自分を苛め抜いてたんだろうな

 

220:名無しのレプリカ

おかげでフェレス島以降はサクサクでした。終盤はルーク、モース、ジェイド、ティアが鉄板パーティ

 

223:名無しのレプリカ

俺はモース、ガイ、ジェイド、ティアだったな

 

226:名無しのレプリカ

モース、ルーク、ティア、アニスのお父さんといっしょパーティやぞ

 

227:名無しのレプリカ

モース様自分で使ってもCPU操作でも強いのズルい

 

230:名無しのレプリカ

近接メインの譜術士とかいうバグ。なんでユリアシティでラルゴに負けたの?

 

233:名無しのレプリカ

>>230 TPが尽きたんやろ

 

234:名無しのレプリカ

>>230 FOF変化技すかしたんやろなぁ

 

237:名無しのレプリカ

実際ゲーム上の強さと描写上の強さが一番乖離してるまであるからな、モース様

 

241:名無しのレプリカ

最終決戦のヴァンすら究極完全態グレートモース様だったら単騎で勝てるのにな

【動画リンク】

 

244:名無しのレプリカ

>>241 触媒武器で攻撃力9999にした動画やんけ。誰でも単騎で勝てるわ

 

246:名無しのレプリカ

ディストのサブイベントこなして手に入る武器がモース様の最強武器とかいう罠

 

248:名無しのレプリカ

>>246 やっぱりディストがモース様好き過ぎる。あんだけ助けまくる上に武器まで用意するとか

 

250:名無しのレプリカ

あれってやっぱりネビリムイベントでモース様だけ触媒武器無いことの埋め合わせなんだろうな

 

252:名無しのレプリカ

ドイツ語で「魂の杖」とかいうド直球ネーミング

 

254:名無しのレプリカ

実はディストからもクソ重感情向けられてるんでなかろうか

 

255:名無しのレプリカ

実はもくそも向けられてるじゃろ。ダアトであんだけ嫌がってた死神名乗りまでしてヴァンを足止めしてんだから

 

256:名無しのレプリカ

>>255 あのシーンほんとズルい。あんなの好きになるに決まってんじゃん

 

260:名無しのレプリカ

>>255 あの後しっかり生き残ってるあたりディストってマジで強いんじゃないかと錯覚しそうになる

 

261:名無しのレプリカ

なおサブイベでジェイドの秘奥義に巻き込まれてるうちに沈んでるディスト

 

263:名無しのレプリカ

ひ、秘奥義カットインはカッコいいから……

 

265:名無しのレプリカ

【朗報】TOAアニメ第2弾始動

 

267:名無しのレプリカ

>>265 !?

 

272:名無しのレプリカ

>>265 ファッ!?

 

275:名無しのレプリカ

>>265 ワッザ!?

 

278:名無しのレプリカ

>>265 まさかの2周目シナリオか!?

 

282:名無しのレプリカ

調べてみたらガチな模様

https://www.bannam.com/news/20xx0ut/TOAanime.html

タイトルはTales of the Abyss~memory of Grand Maestro~

 

287:名無しのレプリカ

ガチで草

 

289:名無しのレプリカ

マジでアニメ化するんか。初見切り捨て前提じゃね?

 

292:名無しのレプリカ

そもそも原作既プレイ勢向けだろ、サブタイトル的に

 

295:名無しのレプリカ

公式ページ見るとゲームと違ってモース視点でシナリオを再構成しているとのこと

制作P「本作はゲームの焼き直しではなく、大詠師モースの視点でシナリオを再構成し、ゲーム内で語られなかった大詠師モースの苦悩や戦いにも焦点を当てるつもりです」

 

298:名無しのレプリカ

>>295 昨今のアニメ市場に喧嘩を売るオッサン主人公か

 

302:名無しのレプリカ

>>295 君有能ってよく言われない?

 

303:名無しのレプリカ

>>295 うおおおお

 

308:名無しのレプリカ

ということはルーク達の旅の裏でモース様が何をしてたかが分かるのか

 

309:名無しのレプリカ

オ……オギャ……

 

311:名無しのレプリカ

>>309 座ってろおギャル丸

 

313:名無しのレプリカ

>>309 実況スレ立てるまで我慢しろ

 

317:名無しのレプリカ

はよ放送されんかね

 

321:名無しのレプリカ

まあ先に本編アニメの再放送だろうな。初見も出来るだけ取り込みたいだろうし

 

324:名無しのレプリカ

なんにせよ楽しみ過ぎるんだが!!

 

328:名無しのレプリカ

今日から全裸待機します

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

とある日のルーク達

投げて頂いたネタで頭から浮かんで離れない場面がありました。

どうやらエピローグ後のルーク、アッシュ達のようです


ルークの場合

 

 

 朝から忙しない日だった。成人を迎え、それと同時に新たな家族を得たルーク。彼は父であるクリムゾンの指導も受けながら、崩落したアクゼリュスから避難した人々の内、生活基盤を築けていないもの、突如世界に現れてしまったレプリカ達の居場所作りといった仕事に取り組んでいた。障気中和、ヴァンとの戦いで前面に立ったことをキムラスカとマルクト両国が喧伝したことでルーク達の知名度は高く、それ故にこうした問題に取り掛かるにはうってつけとされた。時には実務の手腕よりも名が勝つこともあるし、それ以上にかつての自身の所業と正面から向き合おうと懸命に取り組むルークの姿は関係者の険を和らげるのにそれはもう大きな効果を持っていたのだ。

 その日も各地の村々を巡り、村役人達と受け入れ可能な人数の調整やそれに伴う街道の整備など、仕事を始めて少し経つとはいえハードな交渉を続けていたルーク。日が沈むころにはクタクタになり、最後に訪れた村で村長の厚意から一晩泊めてもらえることになった彼は早々にベッドに倒れ込んでいた。

 

「ルーク、疲れているのは分かるけど、上着は脱いで畳んでおかないと皺になるわよ?」

 

「うー……分かってるんだけど身体が動かね~」

 

「もう……」

 

 ベッドに沈んだルークの傍らに腰かけたティアがため息交じりにルークを抱き起し、上着を脱がせて楽な体勢にしてやる。

 

「ありがとぉー」

 

「はいはい、だらしない格好をしないの」

 

 ため息交じりながらもティアの顔に浮かぶ表情は穏やかな笑みだ。彼女とて、ルークが一日頑張っていたことは分かっている。

 

「んなこと言ってもよ。今日相手にしたのはモースが設立した教育所上がりの奴らばっかりだったんだぜ?」

 

 身体を起こしたルークはそう言って口を尖らせる。あの戦いからしばらく、ダアトの大詠師としての職務に戻ったモースは、突然増えた万単位のレプリカ達を受け入れるために辣腕を振るった。その中の一つにダアトに設立された教育所がある。モース自身と彼の個人的な伝手で呼び寄せた講師陣による次代の育成機関であり、今後のダアトが独力で立ち行かないと考えたモースが生き残りの道の一つとして講じた方策だった。設立後浅いながら、モースや彼の志に共感した教団職員、更にはヘンケンやイエモン、スピノザといった技術者達まで参加してきた教育所はモース自身の想定も超えた勢いを見せ、その講師陣に教えを受けた第一期生が各地に飛び立ち、根を張り始めている頃だった。どこの大詠師に似たのか、穏やかな笑みを浮かべながら鋭い指摘ばかりしてくるかつての生徒達。偶然にもそんな強敵たちと舌鋒を交わすことになったルークは常以上に疲労困憊になっていた。

 

「いつにも増して要求がシビアだったものね。モース様やトリトハイム様のやり方にそっくりよ」

 

「そりゃあの二人に教えを受けたなら強敵になるよなぁ」

 

 キムラスカやマルクトからも多くの人間を教育所に送り込んでいるのはかの大詠師との繋がりを保ち続けたいだけでなく、国力の基礎を固める狙いが二国にはあったのだろう。だが、個人としてその成果と正面から交渉をする羽目になるルークとしては勘弁してほしいというのが正直なところだった。

 そんなルークの疲労も理解しているのか、ティアは隣に座るルークの頭をあやすように撫でる。

 

「はいはい、今日もしっかり頑張っていたのは私も知っているわ。もう村長さんも寝たでしょうし、気を張る必要は無いと思うわよ?」

 

 そう言ってルークの顔を覗き込むティア。緩く微笑む彼女の両手は自身の太ももを軽く叩いている。彼女とて一日頑張ったルークを労いたいという気持ちはある。それにそもそも二人は新婚だ。必要なことと理解しているものの、忙しく飛び回ってばかりで触れ合う時間が少ないことに不満が無いわけでは無い。彼女の出すサインを見たルークは、ぐっと言葉に詰まり、耳まで赤くしながらも、おずおずとティアの方へと身体を傾けたのだった。

 

「……なんか、子ども扱いされてねえ?」

 

「あら、そんなことないわ。いつも頑張って偉いって労っているのよ」

 

 クスクスと笑いながらティアはルークの朱赤の髪に手櫛を通す。

 

「少し伸びてきたわね……」

 

「かもな、前に切ったの、成人の儀の前だったし」

 

 ティアの言葉にルークも自身の前髪を指先で摘まんで長さを確かめる。かつて変わると決意したあの日から、ルークは髪を長く伸ばすことはせず、短く切りそろえるようにしていた。それはかつての自分との決別を示すものであると同時に、今はもう一人のファブレとの違いを分かりやすくする記号としての役割も担っていた。

 

「また切って欲しいな」

 

「ええ、任せて」

 

 ルークがそう言って頭上のティアを見上げれば、彼女も笑みを深くして了承する。ルークの髪を切り、整えるのは旅の途上でも、こうして家族となった今でもティアの誰にも譲れない仕事の一つだった。

 

「帰りはユリアシティに寄ろう。ヴァン師匠のお墓参りも」

 

「……そうね、そうしましょう」

 

 ユリアシティにあるティアの居室、そこから繋がるセレニアの花畑の中央には、名の刻まれていない墓碑が建っている。知らぬ人間が見たら首を傾げるしかないそれは、ティアの兄であり、レプリカ計画の首謀者であるヴァンを悼んで建てられたものだ。その墓所の管理はユリアシティ市長であるテオドーロが主に行っているが、ルーク達も折を見て訪れては手入れを欠かしていない。世界にとっては間違いなく大敵であった。それでもティアにとっては遺された唯一の肉親であったし、ルークにとっては敬愛する師匠であったことも間違いなかった。

 しんみりとした空気が二人の間に漂い、しばしの沈黙が横たわる。ルークもティアも、どこか視線を遠くに向けて何かを思い出すかのように目を細めていた。そうして過ごすこと暫く、膝上のルークがもぞりと動いたのを感じ取ったティアは、視線を下に向けた。

 

「元気出た?」

 

「……おう!」

 

 ティアの問いに笑みで返したルーク。そうして二人は今日という一日を終える。少し感傷的になってしまった夜は二人並んで、手を繋いで眠ることにしていた。

 

 


 

 

アッシュの場合

 

 

「アッシュ!」

 

 バチカルの最上部、王族たちが住まう城の廊下に自らの夫を呼ぶ王女の声が響き渡った。名を呼ばれた男は、足を止めるとため息を一つついて背後を振り返る。

 

「そんなに騒ぐな、周りに示しがつかねえだろ」

 

 深紅の髪を背中の中ほどまで伸ばし、細身の礼服を身に纏ったアッシュは、駆け寄ってくるナタリアを窘める。エメラルド色のドレスに身を包んだナタリアはといえば、窘められたことを気にも留めずにずんずんとアッシュの目の前まで詰め寄る。

 

「そんな悠長なことを言っている場合では無いのです!」

 

「どうした、またセシル少将が惚気話でも始めたか?」

 

 眉間に寄りそうになる皺を右手で揉んで押さえ込みながらアッシュはナタリアに言葉を返す。長かった戦いも幕を閉じ、自身も思ってもみなかった形で報われる結末を迎えることが出来た。これ以上ない望外の幸せを手に入れたというのに、彼の心労はあまり軽くなってはいなかった。

 

「それもありますけど、違いますわ。またマルクトのピオニー陛下からこんな手紙が届いたのです!」

 

 それもあるのか、と口から漏らしそうになったアッシュだったが、目の前に突き付けられたかの若き皇帝からの手紙に目を通す。程なくして読み終えたアッシュは、今度こそ眉間に皺が寄ることを止められなかった。

 

「またあの皇帝サマは、的確にこっちが嫌がることを」

 

 そこに書かれていた内容はマルクトとダアトが新たに譜術研究の為に人員交流を企画しているということ。内容としては確かにそれだけなのだが、手紙に添えられた一文が問題だ。

 

「大詠師モースをグランコクマにしばらく招待する、か」

 

 アッシュが手紙の末文に記された一文を読み上げれば、ナタリアがキィーと手紙をくしゃくしゃにした。

 

「私達もずっと招待をしているというのに! どうしてモースはバチカルには来ずにグランコクマに行くのです!」

 

「そりゃ今まで預言(スコア)を詠むためと言って足繁くバチカルに通ってたんだ。釣り合いを取る意味でもグランコクマを多少は優先するだろう。それにただ招待するだけじゃなく、あっちには研究の為、人員交流で親睦を深めるって大義名分があるんだからな」

 

「モースとカンタビレの婚前旅行としてバチカルを挙げて歓待する準備を進めておりますのに!」

 

「それをあの二人に秘密でただ招待だけ飛ばしても忙しいあいつらが易々と来れるわけ無いだろうが」

 

 アッシュは思う。この王女はここまで残念な頭をしていただろうかと。かつて共に国を変えていこう、導いていこうと誓い合った少女がどうしてこうなったのだと。かの大詠師に多大なる借りがあるのは自分とて同じだが、あれが関わると目の前の妻はどこか箍が外れるのだ。

 

「というか、別にあの二人が結婚すると決まったわけじゃないだろうに」

 

「いいえ、あの二人の互いを想い合う姿。あれはまさしく愛し合う二人ですわ! アッシュと私のように!」

 

 城の廊下、使用人たちの目どころか他の貴族の目すらもある場で何を言っているんだと口を塞ぎたくなったが、何とか堪える。

 

「取り敢えず場所を移すぞ」

 

 このままここでナタリアと話していると先にこちらが羞恥心でおかしくなりそうだと思ったアッシュは、そう言って彼女の手を引いて手近な部屋に入る。応接室らしいそこで部屋の中に誰もいないことを確認したアッシュはようやく少しは落ち着いて話が出来そうだと胸を撫で下ろした。

 

「それで、俺達はどうするんだ?」

 

「どうする、とは?」

 

 突然そう切り出したアッシュにナタリアがきょとんとした顔で返す。

 

「マルクトがモースを招待したのは今回の企画もあるだろうが、俺達と同じことを考えていないわけじゃないだろう。こうして手紙で知らせてくるってことは間違いなくな。このままマルクトにだけ良い顔をさせるわけにもいかねえだろう?」

 

 そこまで聞いたナタリアは先ほどまでと一転して表情をパアッと輝かせる。

 

「では私達もこの手紙を口実にしてグランコクマへ参りましょう! そうですわ、今回の技術交流にベルケンドからも人員を派遣いたしましょう!」

 

 閃いた、と言わんばかりの顔で語るナタリアを見て、アッシュは小さくため息を溢しながらも口元を緩める。あの皇帝も恐らくこうしてキムラスカが噛んでくる事を見越して、というか期待していたのだろう。でなければこうして私信でナタリアに今回の件を伝えてくる必要など無いはずだ。最近は徐々に表舞台から退き始めたインゴベルト王に代わり、近い内に女王となるナタリアを少しでも為政者として鍛えようとしてくれている。モースといい、どうもお節介な大人が自分達の周りには多いようだとアッシュは笑う。そして目の前ではしゃぐ愛しい妻の髪を乱さないように気を付けながら撫でる。

 

「あ、アッシュ……?」

 

「……成人したと言ってもまだまだ俺達は子どもだな」

 

 突然のことに目を白黒させるナタリア。ほんのりと顔が赤くなっているのはアッシュの見間違いでは無いだろう。彼女が少し幼く思えるのも、周りの大人達に甘えているということなのかもしれない。それを許してくれる周囲に改めて自分達が恵まれていることを実感する。

 

「もう、まだ昼ですのよ。こんな、大胆な……」

 

「おい、なに不埒なこと考えてやがる。そこまでするわけねえだろ!」

 

 暫くは甘えたいナタリアとそうはさせまいとするアッシュの謎の攻防が応接室で繰り広げられることになり、使用人たちは空気を読んで今日一日は部屋に近づかないでおこうと心に決めたのだった。

 

 


 

 

「……お二人とも仲睦まじくやっているようで何よりですね」

 

 ダアトにある一軒の酒場。営業日であったが店主のご厚意で貸し切りとして頂いた店で、私はアルコールの苦みを塗りつぶすような話を同席したルークとアッシュから聞かされていた。

 

「確かに成人したあなた達と酒を酌み交わす日を楽しみにしていましたがね、こうして惚気を延々と聞かされるとは」

 

「なんだよぉ、良いじゃんかよ。こうやって話を聞いてくれるのモースくらいしかいないんだし、久しぶりに会ったんだしよ」

 

 赤みがかった顔で私と肩を組むルーク。彼らとこうして私的に酒席を設けるのは成人の儀以来と言って良い。これまでも度々顔を合わせることはあったが、どうしてもガイやジェイド、ティア達といった他の面々も交えてのことが多く、それ自体は嬉しいことなのだが男だけの場というのも欲しいと考えていたところだったのだ。そんなところに折よくルークとアッシュがダアトを訪れる用があり、それに合わせて店を用意したというのが今日の流れになる。

 

「フン、もう酔ってるのか。情けないな」

 

「なんだよぉ、アッシュも顔赤くなってるくせによぉ」

 

「なってねえ!」

 

 少々呂律が怪しくなり始めたルークが今度はアッシュにしなだれかかる。それを跳ね除けて威嚇するアッシュだが、そう言う彼自身も言葉とは裏腹に酒が回り始めているのか頬に赤みが差している。さして飲んだわけでは無いが、少し強い酒にしたのがまずかっただろうか。

 

「まあ仲が良いのは大変素晴らしいことです。ティアやナタリア殿下からも時折手紙は頂きますが、やはりこうして直接話を聞くのは良いものですね」

 

 酒の席が始まってしばらくは他愛のない話だった。だが二杯、三杯と飲み進めるうちにルークが日々の仕事の愚痴、に見せかけた惚気話を披露し始め、対抗するようにアッシュも話を始めたのだ。微笑ましい思いで最初は聞いていたのだが、そろそろ酒の苦さで誤魔化せない胸やけを感じ始めているところだった。

 カウンターの向こう側でグラスを磨いている店主と苦笑を交換しながらグラスを傾けていると、隣から視線が突き刺さるのを感じた。

 

「でもよぉ、ずっと俺達が喋ってるのは不公平じゃねえか?」

 

「……それもそうだな」

 

 横を見れば、そう言ってジト目を向けてくるルークと少し据わった目のアッシュ。どうやらアッシュも表に出ないだけで中々酔いが回ってきているらしい。

 

「あなた達、さっきまでいがみ合ってたのではなかったのですか」

 

「んなことよりぃ、モースは何かねえのかよぉ?」

 

「俺達から散々聞き出したんだから、お前も何か話してもらわないとな」

 

「いや、あなた達が勝手にずっと喋っていたんじゃないですか……」

 

 などと反論して見るも酔っ払いに理屈は通用しない。気が付けば左手側をルークが、右手側をアッシュが固めて逃げられないようにされてしまっていた。

 

「ほらほらぁ、なんかあんだろぉ? 大詠師と主席総長なんだし、結構一緒にいることが多いって噂になってるぜぇ?」

 

「導師イオンのレプリカ達も今はそれぞれで暮らしているんだろう? 私生活も少しは余裕ができてきたんじゃないのか」

 

「なんと息が合ったコンビネーション……」

 

 なんでもっと早くこうして仲良くなれなかったのですかと言いたくなるが、それをグッと堪える。何か話すようなことはあっただろうか。というかこういった話をすることなど無かったものだから心の中に恥ずかしさが顔をもたげてしまう。

 

 少し口の滑りを良くしようと、私はグラスに残った酒を一気に呷ったのだった。

 

 


 

 

モースの場合

 

 

「……そのようなことがありましてね」

 

 所変わってグランコクマは上流階級御用達の高級バーのカウンターで、私は滅多に口に出来ない上等な酒に舌鼓を打ちながら話していた。

 

「へぇ、あのガキ達もうまくやってるんだね」

 

 そう言って隣でグラスを傾けるのはカンタビレ。ピオニー陛下の発案で譜術研究のための人員交流会を開催した後、普段からお世話になっているカンタビレに何かお返しをせねばとこの店に誘ったのだ。彼女の表情を見るに満足してくれているらしい。

 

「こうしてまた新しい世代が育っていくというのは、嬉しい反面寂しさもありますね」

 

「なんだい、もう枯れたつもりかい? まだまだ大詠師を続けるつもりだろうに」

 

「私や、これまでのローレライ教団の清算が残っていますからね。後進の宿題が少しでも軽くなるように、今しばらくは気張るつもりですよ」

 

 これからのダアトやレプリカ問題、限りある資源となった第七音素(セブンスフォニム)など、一朝一夕には解決できない問題がこの世界には数多くある。それを私の代で全て解決出来るなどと自惚れてはいない。だが、解決に向かう道を少しでも開拓しておくことは出来るはずだ。そのためにもうしばらくは頑張らせて欲しい。

 

「あなたには苦労をかけてばかりですね、カンタビレ」

 

「は、今更なに言ってるのやら。そんな奴だってことはハナから承知だからね。好きにやればいいさ」

 

「いつもそう言ってくれるから、つい甘えてしまいますね」

 

「その何倍も人を甘やかしてんだ。バチが当たることも無いだろうさ」

 

 彼女との打てば響くような会話は心地が良い。ローレライ教団の大詠師と神託の盾騎士団の主席総長として仕事で関わることも増えたのもあるが、たまに時間が空けば食事を共にすることもある。そんな何気ないときに交わす会話が、充実しながらも忙しい日々で疲れた心と身体の癒しになっていることは違いない。

 

「それで、結局はどんなことを話したんだい?」

 

「はい?」

 

「お前がルークとアッシュに語った話さ。何を話したんだい?」

 

「いや、それは……」

 

 唐突に投げ込まれた爆弾に言葉に詰まる。誤魔化すようにグラスに口をつけるが、面白そうに目を細めるカンタビレには私の内心は筒抜けになっているようだ。

 

「ほら、ここには今は私とお前しかいないじゃないか、恥ずかしがることないだろうに」

 

「あなたに聞かれることが私にとっては一番恥ずかしいことなのですが……!」

 

 そう訴えるも、カンタビレの追及は止まらない。

 

「ほーぅ、そんな恥ずかしいことをガキ達に聞かせたってことか」

 

「ぐぬぅ……」

 

 何も言い返せず、グラスを傾けようとして既に空になっていることに気付く。

 

「ま、本当に話したくないって言うなら聞かないがね」

 

 残念だなぁ、と言ってカンタビレは頬杖をつき、私の顔を覗き込む。

 酒のせいかやや赤らんだ顔、猫のように悪戯気な光を宿した瞳、そこに彼女の長い黒髪が数束かかり、少し暗めな照明と相まって普段の竹を割ったようなスッキリとした彼女の姿とは対照的な艶めかしさを生じさせていた。

 それに数瞬目を奪われ、酒のものではない熱さが顔を覆ったことを自覚した私は決まり悪くカウンターに視線を落とす。年甲斐もなく何を考えているのだ、私は。ただ、つくづく私は彼女に敵わないのだということを実感した。

 

「……はぁ、そう言われてしまっては話すしかないではないですか」

 

「おや、案外素直じゃないか」

 

「良いんですよ、あなたの前でくらいは」

 

「……」

 

「おや、どうしました?」

 

「いや……」

 

「珍しく反撃成功、でしょうか?」

 

「……あんまり調子に乗るんじゃないよ」

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

【心が】TOA実況版Part1【痛い】

3:名無しのレプリカ

来たぞ

 

7:名無しのレプリカ

来たわね

 

10:名無しのレプリカ

待ちわびたぞ、この日を!

 

14:名無しのレプリカ

いきなりはじまた

 

17:名無しのレプリカ

ベッドの上のイオンとモース?

 

19:名無しのレプリカ

これは、オリジナルイオンじゃな?

 

24:名無しのレプリカ

いきなり空気が重いんですが…

 

28:名無しのレプリカ

「あなただけはいつも見てくれました。立場を超えて」とか相変わらずこのオッサン父親やってんな?

 

30:名無しのレプリカ

オリジナルも中々重たい感情向けて抱えてそう

 

32:名無しのレプリカ

そらレプリカのイオンもああなるわな。高い湿度はオリジナルから受け継いだ気質や

 

37:名無しのレプリカ

何か受け取ったぞ

 

42:名無しのレプリカ

日記?

 

45:名無しのレプリカ

アリエッタを頼む、か。二周目モースがアリエッタを気にかけてたのはこの言葉もあったからなんだろうな

 

46:名無しのレプリカ

というか第一話冒頭から死亡シーンを流すアニメがあるか!

 

47:名無しのレプリカ

視聴者をふるい分けていくストロングスタイルやぞ

 

52:名無しのレプリカ

僕の右腕とかオリジナルイオンに何したらここまで信頼されるようになるんだこのモース

 

53:名無しのレプリカ

大詠師モースに生まれてしまったのだからとかいきなりお労しい精神状態になってて草枯れる

 

54:名無しのレプリカ

視聴者様の中に心のお医者様はいませんか。ここに患者がいます

 

59:名無しのレプリカ

導師イオンの手を握って身体を丸めるモース様が労しすぎる。これホントにテイルズアニメなんだよね?脚本ブッチーだったっけ?

 

64:名無しのレプリカ

ここでOPか。やっぱりOPはカルマなんだな

 

67:名無しのレプリカ

OPで一周目のシーンを入れていくスタイル。復習用かな?

 

71:名無しのレプリカ

モース死亡シーン入ってて草

 

76:名無しのレプリカ

ゲームやってたらここから伏線と気付けるようになってるわけだ

 

77:名無しのレプリカ

Aパートは日常パートか

 

79:名無しのレプリカ

常に後ろに控えてるハイマン君

 

81:名無しのレプリカ

真面目そうな青年なんだよなぁ。表面上は

 

83:名無しのレプリカ

中身も真面目だろ!モース様への感情?……ノーコメントで

 

84:名無しのレプリカ

アリエッタとアニスの口論がほのぼの過ぎてアバンとの温度差で風邪ひきそう

 

86:名無しのレプリカ

アリエッタが一周目よりも明るくなってるのは教育パパの成果なんだろうな

 

88:名無しのレプリカ

娘二人からナデナデねだられるモース様父親過ぎるんじゃが

 

93:名無しのレプリカ

俺は娘からこんなおねだりされたこと一回も無いぞ

 

97:名無しのレプリカ

>>93涙拭いてもろて

 

102:名無しのレプリカ

ここまでされて自分が慕われてる自覚ないとかこのオッサン情緒壊れてんじゃん……

 

107:名無しのレプリカ

>>102実際壊れてるからな

 

112:名無しのレプリカ

タトリン一家の借金をモースが肩代わりした上に両親真人間化したことが分かるからこの慕われっぷりも納得

 

114:名無しのレプリカ

そして導師イオンとの面談

 

117:名無しのレプリカ

フラッシュバックするオリジナルイオンの言葉

 

122:名無しのレプリカ

レプリカイオンと話すたびに心ガッシガッシ削られてそう

 

123:名無しのレプリカ

顔で笑い心で泣くのだ

 

126:名無しのレプリカ

ここで導師イオンとオリジナルイオンと一周目の記憶共有してたのか

 

131:名無しのレプリカ

そりゃルークや他のメンツのこともよく分かってるわな。二周目イオン様のあの押しの強さに納得

 

135:名無しのレプリカ

導師イオンがまだダアトにいるってことは本編開始前だろ?この頃から情報共有してるとか、身辺整理既に始めてるじゃないか

 

138:名無しのレプリカ

早々に退場するキャラにしか見えない

 

139:名無しのレプリカ

何なら導師イオンが主人公まであるなここまで見てると

 

144:名無しのレプリカ

・何故かスコアとは異なる未来を知っていて自分を守り導いてくれる

・戦闘力も高い

・常に穏やかな笑みを浮かべている壮年の男

・自分を見るたびにどこか陰のある表情を見せる

・何か話していない過去がありそう

 

149:名無しのレプリカ

>>144 3話あたりで死ぬな。俺は詳しいんだ

 

150:名無しのレプリカ

>>144 改めて見ても死亡フラグ満載で変な笑い出る

 

152:名無しのレプリカ

>>144 死亡フラグの過積載

 

155:名無しのレプリカ

話が終わったら食事か

 

159:名無しのレプリカ

モース様無慈悲な却下

 

162:名無しのレプリカ

食い下がる導師イオン

 

166:名無しのレプリカ

ここで導師イオン、飛び道具(アニス)を投入

 

169:名無しのレプリカ

これにはモース様も苦笑い

 

174:名無しのレプリカ

導師イオンの作戦勝ちですねぇ

 

177:名無しのレプリカ

ここまでAパート

 

180:名無しのレプリカ

詰め込み過ぎィ!

 

181:名無しのレプリカ

初っ端からお労しさがフルスロットルなのどうにかなりませんか

 

184:名無しのレプリカ

ほのぼのとシリアスの板挟みで俺達の情緒を破壊しに来ている……

 

189:名無しのレプリカ

こんなお労しい人を寄ってたかってボコボコにした主人公がいるってマ?

 

192:名無しのレプリカ

>>189そうしないとダイナミック自殺かましちゃうからね、しょうがないね

 

197:名無しのレプリカ

>>189騙されるな。お労しいかもしれないが中身はガチだぞ

 

200:名無しのレプリカ

>>189俺はPS2コン2台壊した末に倒したからガッツポーズしたぞ

 

202:名無しのレプリカ

モース戦で苦しめられた奴わらわらいて草

 

205:名無しのレプリカ

Bパートは訓練シーンからか

 

207:名無しのレプリカ

一周目の記憶を振り切るように訓練に打ち込むモース様

 

211:名無しのレプリカ

自分をいじめる材料にとことん事欠かないな

 

212:名無しのレプリカ

自分が幸せになるのが許せないとか思ってそう

 

215:名無しのレプリカ

毎朝フォニム切れでぶっ倒れるまで訓練とか。何気に光の亡者要素あるな

 

220:名無しのレプリカ

仕事が終わらない?モース様なら出来たぞ?

 

221:名無しのレプリカ

事務仕事と戦闘訓練の両立が出来ない?モース様なら出来たぞ?

 

223:名無しのレプリカ

特技と奥義からノータイムで譜術が打てない?モース様なら出来たぞ?

 

226:名無しのレプリカ

>>220、>>221、>>223ハイマン君ステイ!

 

229:名無しのレプリカ

>>223その技術はジェイドをしてトンチキと言わしめた技術なんだよなぁ

 

231:名無しのレプリカ

これが毎日のラジオ体操(難易度ルナティック)ですか

 

232:名無しのレプリカ

お、この声は

 

236:名無しのレプリカ

来ちゃ!

 

237:名無しのレプリカ

嫁だ!

 

240:名無しのレプリカ

モース様の嫁キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!

 

242:名無しのレプリカ

カンタビレ登場か。主要キャラの顔見せだな

 

243:名無しのレプリカ

タオルまで用意してくれている嫁の鑑

 

248:名無しのレプリカ

なるほどここでティアの話が出てくるのか

 

249:名無しのレプリカ

というかカンタビレからティアを預けるの打診されたのか

 

250:名無しのレプリカ

本編前から信頼度は高かったんだな

 

253:名無しのレプリカ

そして場面は会議室へ

 

258:名無しのレプリカ

マルクトとキムラスカの緊張状態とかゲームしてるとよく分からんかったけどなるほどこんなことが裏ではあったのね

 

263:名無しのレプリカ

難民とかこの時点で対策始めてたのか

 

265:名無しのレプリカ

これが後々レプリカ受け入れに繋がっていくんやなって

 

270:名無しのレプリカ

後ろで意味深にヴァンが視線送ってるのが……

 

275:名無しのレプリカ

この頃はまだ目覚めてないはず……

 

280:名無しのレプリカ

まだ協力者やからちゃんと働いてるか監視してるだけやぞ

 

281:名無しのレプリカ

監視(意味深)

 

285:名無しのレプリカ

会議終わってからヴァンとモースとイオンで三者面談はーじまーるよー!

 

290:名無しのレプリカ

ここで預言狂いの表情を見せていくモース様

 

294:名無しのレプリカ

ヴァンからの視線が厳しい

 

297:名無しのレプリカ

怖すぎィ!

 

298:名無しのレプリカ

ここでモース様自然な流れで導師イオンを軟禁するルートに修正

 

303:名無しのレプリカ

すれ違う瞬間に目と目で通じ合うモース様とイオン様、良いよね……

 

307:名無しのレプリカ

良い……

 

312:名無しのレプリカ

良い……

 

313:名無しのレプリカ

というかモースを諫めるヴァンが白々しすぎて草生える

 

318:名無しのレプリカ

お前の台本通りやんけ!

 

323:名無しのレプリカ

去っていくヴァンを睨みつけるモース様

 

326:名無しのレプリカ

EDがここで入って来るのか

 

330:名無しのレプリカ

一話で本編開始まで行かなかったか

 

335:名無しのレプリカ

むしろここまでの話でもっと話数使って欲しかった

 

340:名無しのレプリカ

オリジナルイオン様との絡みをもっと見せろ!(モス×イオ過激派)

 

342:名無しのレプリカ

ゲームEDの墓前スチルが思い出されてすでに涙が……

 

346:名無しのレプリカ

来週までにもう一回ゲームしてくるか

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

肉体派モースとルーク達

過去の番外ネタであった武官ルートモース様の続き、という名の思いついたシーン書き散らし


「オイオイ、何の冗談だいこれは……」

 

「申し訳ありませんが、冗談ではありません」

 

 私は目の前で困ったように額をさするカンタビレに言葉を返す。彼女の執務机に置かれているのは一通の書類。

 

「なんだってこんなタイミングで辞めるだなんて」

 

「このタイミングだからですよ」

 

 アッシュから連絡があった。ルーク達がザオ遺跡に到達したらしい。導師イオンを奪還した彼らはそのままデオ峠を超え、アクゼリュスに至る。そこでヴァンが引き起こす最悪の惨劇が待っているとも知らずに。

 

「導師イオンの行方も分かり、大詠師とヴァンの怪しい動きも見えてきました。とはいえ、私が表立って動くと第六師団そのものに迷惑がかかります。ですから……」

 

「待て待て、結論を急くんじゃないよ。お前が前から色々と動いていたことは知ってる。だけどその上で待てと言っているんだ」

 

「しかし……!」

 

 渋るカンタビレに詰め寄ろうとした矢先、執務室の扉が開かれる。

 

「何やら言い争っているようですが、いかがしましたか?」

 

「……オスロ―、ノックくらいしたらどうだい」

 

「しましたが、聞こえていなかったようですので」

 

 ジト目で睨みつけるカンタビレの言葉をさらりと受け流すと、入室してきた青年はスタスタと私とカンタビレの間に入り、そして机の上に置かれた私の辞表に目を留めた。

 

「……モース様、これは?」

 

「……私のけじめですよ」

 

 ひょいとそれを摘まみ上げた彼に、私は言葉少なに返す。彼をこれ以上深入りさせる気は無かったからだ。死の預言(スコア)を強引に捻じ曲げ、手元に置いたかのリグレットの弟は、私の部下として非常に優秀な人間だ。彼ならば私の後任を大過なく務めることが出来るだろう。

 

「……何故、相談してくれなかったのですか」

 

「すみません、あなたを巻き込むわけにはいきませんでした」

 

 声を震わせる彼に私は頭を下げることしか出来ない。これは私の身勝手だ。何を言われようとも受け入れるしかない。彼の手は辞表を握ったまま震え、その怒りを如実に伝えてくる。

 

「師団長に不満があるならそう言ってください!」

 

「は?」

 

「おっと、そう来たか」

 

 次に彼の口から飛び出した言葉に私はポカンと口を開け、カンタビレは天を仰いだ。

 

「確かに師団長はぐうたらです。仕事はしないし、暇があれば訓練だと言って棒振りに行くので剣の実力以外はハッキリ言って尊敬出来ません! ですが、そんな第六師団が何とか運営出来ているのはモース様のお力あってこそ! 今一度考えなおして下さい!」

 

「おいモース、上司がここまで言われてるんだぞ。少しは弁護してくれ」

 

「……私から何か言うとそれだけあなたに流れ弾が飛ぶだけでは?」

 

 先ほどまで私とカンタビレの間に流れていた重苦しい雰囲気はとっくに消失してしまい、どこか脱力したような空気が漂っていた。そんな中、私の手を取る彼だけが一人ヒートアップしていた。

 

「働く環境にご不満があるなら今すぐ第四師団に移りましょう! あそこはきちんと仕事をする師団長です。モース様ならどこに行ってもすぐにご活躍出来るかと」

 

「身内贔屓が過ぎるんじゃないかい……」

 

 堂々と直属の上司の悪口を言うことに加え、ここぞとばかりに姉であるリグレットが師団長を務める第四師団への異動を勧めてくるあたり、彼もここに来たことで随分と図太くなったらしい。そんな彼の後ろからカンタビレのやる気の無い抗議が飛ぶ。少しは自己弁護をしてはいかがだろうか。

 

「すみませんが、私がこれからすることは教団や神託の盾騎士団の誰にとっても不利益になりかねないことです。私が身を引くしか」

 

「問題ありません。カンタビレ師団長だけを残すことの方がよほど不利益です」

 

「そこまで言われるとはね。私が一体何をしたって言うんだい」

 

「何もしていないからでしょう」

 

「モースが全部やっちまうんだからしょうがない。楽で良いことだね」

 

 辛辣な言葉もどこ吹く風と笑い飛ばすカンタビレ。そして彼女は私の辞表を手に取ると、細かくビリビリに破いてしまう。

 

「なっ!?」

 

「お前の負けだよ、モース。それに今更お前以外の副官を置く気は無いからねぇ」

 

「カンタビレ師団長、モース副長いてこその第六師団ですから」

 

 そう言って二人がじっと私を見つめてくる。片方からは尊敬を、もう一方からは暖かな信頼を。

 

「行ってきな。お前が少し不在にするくらい何も問題は無いさ。何をしようと第六師団は私達についてくる。そうだろう、オスロ―?」

 

「ええ、勿論です」

 

「……まったく、二人してこんな老人一人を捕まえてどうしようというのですか」

 

 彼女らにそう言って笑みを返す。私の心をじくじくと痛めつける忌まわしい記憶。それから逃れるために駆け込んだ場所だというのに、気が付けば手放し難い居場所となっていた。

 

「では、しばし単身任務を頂いても?」

 

「許可する。ただし、報告だけはするように。何かあればこっちからも助けを寄越す」

 

「ご不在の間は自分がフォローに回りますので、師団の運営はお気になさらず」

 

「ええ、感謝します。カンタビレ師団長、オスロ―君」

 

 頼もしい二人に腰を折り曲げて謝意を示す。彼女らの信頼に報いるためにも、一刻も早くルーク達に合流し、アクゼリュスの悲劇を食い止めなければなるまい。

 

 余談だが、どこからかこの話を聞きつけたリグレットが頑なに私に同行しようとするのをカンタビレ達が必死になって食い止めたとか。後になって飛ばした報告の愚痴交じりの返信でそれを知ることになった。

 

 


 

 

ナタリア糾弾シーンにて

 

 

 背後には数多のキムラスカ兵、そして目の前には大鎌を携えた漆黒の偉丈夫。物心ついたときから父と慕っていた人間からの唐突な宣言に呆然自失となってしまったナタリアを背に庇いながら、私は周囲を牽制していた。

 

「……お前とこうして向かい合うのは避けたかったぞ、モース」

 

「それはこちらのセリフですよ、ラルゴ」

 

 渋面でこちらを睨みつけるラルゴ。神託の盾騎士団ではカンタビレ、リグレットに次いで親交を深めていただけに、この対立は私にとっても心が痛むものだ。ラルゴとナタリアの秘められた親子関係を知るが故に猶更。

 

「ラルゴ、私達はここで武器を向け合う必要は無いと私は信じていますよ」

 

「俺はそれを信じ切れていない。この世界を受け入れるには、俺は後戻りが出来ぬところまで来た」

 

 そう言うラルゴの大鎌の切っ先が微かに震えているのを私は見逃さなかった。彼ほどの武人が自らの得物の重さに負けることなどあり得ない。その震えはそのまま彼の心の迷いを映し出している。彼は言葉ほどにまだその心を頑なにしていないはずだ。どこかで迷っている。それを引き出せる最後のチャンスだ。

 

「かつて話したではないですか、この世には取り戻しのつくこととつかないことがあると。思い出の中に浸り続けることで、今目の前で作り上げることができる思い出を蔑ろにしてどうします」

 

「思い出の中にしか慰めを見出せなかった人間にその言葉は何の重みも持たないな、モース。失う痛みを知らぬお前の言葉など!」

 

 迷いを振り切るように一足で間合いを詰めたラルゴの鎌が私の首を刈ろうと迫る。身体を反らしてそれを避けると、彼の懐にこちらから飛びこんで拳撃をお見舞いする。

 

「失う痛みを知らずとも、友人がその痛みを更に受けようとするのを黙ってみているわけが無いでしょう!」

 

 柄で巧みに反撃を繰り出すラルゴだが、私もそれを杖でいなし、互いに武器だけでなく拳や蹴りも交えての泥臭い戦いに移行する。彼と模擬戦をするときも常にこのようになる。大柄な体躯に反して、鎌というトリッキーな武器を扱うラルゴと、杖術と譜術を織り交ぜて戦う私は、ラルゴが鎌を十全に使えずかつ私が譜術を織り交ぜる隙も無い至近距離でのインファイトによって勝敗を決することになるのだ。

 

「そんな上辺だけの言葉で今更ァ!」

 

「上辺だけな訳がありますか! あなたにはまだ、家族がいるでしょう!」

 

 幾度目かの応酬で、私のメイスがラルゴの肩に、ラルゴの鎌の柄が私の横腹に突き立ち、私は勢い良く吹き飛ばされた。それは周囲で固唾を飲んで見守っていたキムラスカ兵達を幾人も巻き込んで倒してしまうほどの勢いで。

 

「家族? 俺に家族と言ったか、モース。俺に家族などもういない!」

 

「いない、わけが無い。血の繋がりこそ無くとも家族にはなれる。ですが、血の繋がりを否定することもまた出来ません」

 

 私の手足を押さえ込もうとした兵士達を杖と譜術で吹き飛ばし、あるいは氷漬けにして固めながら、私は再度ラルゴへと肉薄する。

 

「あなたもまた迷っているはずです。でなければ、先の一撃で私は死んでいた!」

 

 杖でラルゴの鎌を上へとかちあげ、がら空きになった胴体に掌底を突きこむ。

 

「くっ……!」

 

「ですがそうならなかった。私はまだ信じています。あなたと対立するのではなく、隣り合える選択肢があることを」

 

「どこまでも甘いことを……!」

 

 何合かの打ち合いの末、再度の鍔迫り合い。

 

「お前は、今更俺が何を取り戻せると言う!」

 

「家族の絆を」

 

 互いに満身の力を籠めて相手を押し返そうとするが、拮抗状態となったそれは周囲の緊張状態と相まって一瞬の静寂を私達の間に生む。

 

「……その言葉を信じろと?」

 

「私があなたに嘘をついたことがありますか」

 

 その一瞬で交わされた会話は私達以外の耳には恐らく入っていない。けれど、私達にははっきりと聞こえた。

 

「ええい、いつまで手間取っているラルゴ! シンク、貴様も手を貸せ!」

 

「……ハァ、仕方ないな。ま、ラルゴじゃ本気でモースを殺そうとなんて出来ないだろうしね」

 

 ラルゴの後ろで泡を飛ばして叫ぶオーレルに、シンクが面倒くさそうに頭を掻きながら前に歩み出てくる。

 

「ラルゴ、そのまま押さえておきなよ。アンタがやれないって言うなら、ボクが代わりにやってやるからさ」

 

「……」

 

 私を押さえ付けるラルゴの圧力が増す。その力を正面から受け止めてしまえば最早動くことは叶わない。シンクがそれを見てから跳躍し、私の背後に回り込んだ。

 

「くっ、ラルゴ……!」

 

「……」

 

 ラルゴは何も言わず、じっと私の目を見つめ続ける。シンクを止めようとルーク達がこちらに加勢しようと動いたのが気配で伝わってきたが、キムラスカ兵達に囲まれている以上シンクを止めるには間に合わない。そして私の背後にピタリとついたシンクが私の背に手を当てた。

 

「じゃあね、モース。別に恨んでくれても良いよ」

 

「……! ぬぅあああああ!」

 

 これまでかと目を閉じた瞬間、獣のような咆哮と共に私を押さえ付けていた圧力が無くなり、同時に背後に在ったシンクの気配も消えた。

 

「……どういうつもりだい、ラルゴ」

 

「ハァ……ハァ……」

 

 たった一度、得物を振りぬいただけだと言うのに大きく肩で息をするラルゴは、私を背に庇ってシンクと対峙していた。

 

「ラルゴ……」

 

「モース。俺はとうに失った家族を今更取り戻そうなどとは思わない」

 

 だが、とラルゴは続ける。

 

「俺は俺の手で、友と認めた人間を屠ることが出来る程愚かな人間に成り果てることなど出来んようだ」

 

「チッ、つまらない感傷でボクらの邪魔をするつもりかい、ラルゴ!」

 

 シンクが苛立たし気に吐き捨てるが、ラルゴはそれを切り捨てるようにシンクに迫る。

 

「俺は最初から最後まで、自分の心に従って生きるまでよ!」

 

「ならお前もここで死ぬだけだ!」

 

「させませんよ、アイシクルレイン!」

 

 ラルゴの攻撃を掻い潜り、痛打を与えようとするシンクに私はすかさず譜術を飛ばして援護する。シンクは大きく飛び退って私の攻撃を回避し、私達との間に距離を取る。その機を逃さず、ラルゴもその巨体に見合わぬ俊敏さでルーク達を囲んでいたキムラスカ兵に突進すると、謁見の間の扉を諸共吹き飛ばすような勢いで兵達を薙ぎ倒した。

 

「行け! ここは俺とモースが引き受けた!」

 

「え、えっと、ありがとう!」

 

 あまりの急展開に理解が追い付いていないながらも、今はこの場から逃げることが先決とルークはナタリアの手を取って走り出す。その後ろをティア達が追いかけ、数名のキムラスカ兵もそれを追いかけたがそれ以上の追跡を扉の前に立ち塞がった私とラルゴが食い止める。

 

「さて、ここまで大見得を切った手前、ある程度は暴れてから追いつくとするか」

 

「ラルゴ、貴様……!」

 

「悪く思うなよ、大詠師オーレル。もっとも、俺はハナからお前には何ら肩入れしてはいなかったがな」

 

「ラルゴ、あなた急に生き生きとしてきましたね?」

 

「かもしれんな。お前と肩を並べて戦えることを柄にもなく楽しんでいるのかもしれん」

 

 ラルゴと並んで立ち、互いに得物を構えて目の前にズラリと並ぶキムラスカ兵とシンクを睨みつける。

 

「いかんな、お前と戦って消耗しているはずだが、どうもこの程度の相手では負ける気がせん」

 

「奇遇ですね、あなたが味方についてくれたことで私も同じ気持ちですよ」

 

 さあ、見せてやろう。人の意志を。何もかもを掌中に収めているつもりのあの大詠師とヴァンに、一泡吹かせてやろう。






脳筋モース様は本編モース様より多少熱い感じになっているとラルゴと仲良くなれるんじゃないかと妄想しています。なおこの後良い空気吸ってるリグレットも合流してくる模様。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

【お労しい】TOA実況版Part16【おじさん】

レイズやアスタリアネタを書きたいと思いつつ、プレイ経験がなくて中途半端な知識では書けないと悶々する日々。こうして掲示板ネタで茶を濁します


106:名無しのレプリカ

今週もそろそろ心が折れる時間だな

 

108:名無しのレプリカ

ようやく12話。和平会談の時間だオラァ!

 

111:名無しのレプリカ

視聴者がアニメを見ることを修行と称するアニメ

 

114:名無しのレプリカ

ゲーム本編裏のモース様がお労しすぎるのがいけない

 

117:名無しのレプリカ

ルーク達を親善大使として送り出した直後にぶっ倒れてたなんて誰が想像したというのか

 

120:名無しのレプリカ

ゲームしてた時 コイツ絶対黒幕だわ。早く殺らないと(使命感)

ゲームクリア後 モース様強過ぎワロタ

アニメ視聴後  誰かこのオッサン救ってやれよ……

 

121:名無しのレプリカ

クリムゾンパッパとの絡みが好きなやつはおらんのか?

 

125:名無しのレプリカ

>>121 ここにいるぞ

 

127:名無しのレプリカ

>>121 俺を呼んだな!

 

131:名無しのレプリカ

>>121 あそこでパッパと密約結んでたからこそ例のシーンでパッパが乗り込んできたんやなって

 

133:名無しのレプリカ

実はモース様と作中一番レベルでずぶずぶな関係のクリムゾンパッパ

 

134:名無しのレプリカ

大人が大人してるアビスとかただの少年漫画じゃないか

 

137:名無しのレプリカ

なろうもビックリな根回し力のモース様。こんなこともあろうかとの塊

 

141:名無しのレプリカ

>>137 そら(1周目の記憶持ってるんだから)そう(TASみたいな動きする)よ

 

144:名無しのレプリカ

ゲームじゃダアト港までのところで途絶えたからアニメで初描写された船乗ってからのモースとアリエッタのやり取りがまんま親子で草生える

 

145:名無しのレプリカ

気軽に手を繋いで歩くんじゃない。オギャるぞ

 

148:名無しのレプリカ

>>145 新手の脅しやめろ

 

149:名無しのレプリカ

そしてすかさず導師イオンを慰めていくモースパッパ

 

151:名無しのレプリカ

アリエッタとモースを見てほんわかしたと思ったらモースとイオン様でしっとりしてアリエッタとナタリアが仲良くなったのであら^~ってなって最後のアリエッタとモースのやり取り後のモースの独白で視聴者の心を再び折りにくる鬼構成

 

153:名無しのレプリカ

死ぬ気で奔走してる人間に下される報いってなんだよ

 

157:名無しのレプリカ

>>153 そら人生の墓場直行よ

 

159:名無しのレプリカ

>>157 報いって必ずしも罰って意味じゃないから合ってるな

 

162:名無しのレプリカ

お、はじまたぞ

 

165:名無しのレプリカ

ユリアシティにお偉いさんたち勢ぞろい

 

168:名無しのレプリカ

モース様ナチュラルにテオドーロ市長から進行役押し付けられてて草草の草

 

171:名無しのレプリカ

そこで固辞出来ないしこなせちゃうからあちこちから狙われるんやなって

 

172:名無しのレプリカ

調印前にガイのインターセプト

 

176:名無しのレプリカ

クリムゾンパッパの先制パンチ。ガイの身辺調査洗い出し済みのカードを切っていく

 

180:名無しのレプリカ

ここのパッパ大物感あってすこ

 

183:名無しのレプリカ

公爵家って国の№2だからな。大物感も何も大物なんよ

 

185:名無しのレプリカ

そしてラルゴ乱入。このおじさんどうやってユリアシティに来たんだ

 

188:名無しのレプリカ

そらアラミス湧水洞からでしょ

 

192:名無しのレプリカ

>>188 えっちらおっちらあの洞窟攻略してるラルゴ想像してお茶吹いた。訴訟

 

194:名無しのレプリカ

そして流れるようにモース様が足止めを務めることに。相変わらず自己犠牲精神の塊で草枯れる

 

198:名無しのレプリカ

そんなことだからマイソロでエステルとブーメランで殴り合うような口論することになったんだゾ

 

201:名無しのレプリカ

>>198 せめてブーメランは投げろと

 

203:名無しのレプリカ

アニメで見るとやっぱり終始押され気味なんだな、モース様

 

205:名無しのレプリカ

ゲーム性能だったら負ける気がせんのだが

 

208:名無しのレプリカ

ラルゴをよろめかせるだけの攻撃を繰り出せる文官とかいうこの世のバグ

 

210:名無しのレプリカ

そらラルゴも見る目変えるわ。何を置いても子供らを身を呈して守るとかいうアビス世界の大人にグサグサ刺さることナチュラルにやってるし

 

212:名無しのレプリカ

>>210 アニスのマッマも子ども(イオン様)を身を呈して庇ったやろがい!

実の娘のアニスにモースが肩代わりした借金返済させてる……?んまぁ、その、ねぇ……

 

215:名無しのレプリカ

>>212 闇が深くなるからやめろ

 

216:名無しのレプリカ

譜術を自分にぶつけて無理矢理移動させるとか相変わらずモース様トンチキ戦法使いおる

 

218:名無しのレプリカ

ラルゴが秘奥義打って終わりか。モースのスーパーアーマーだったら余裕でカウンター出来るだろ

 

221:名無しのレプリカ

カウンターで殺劇舞荒拳打てば勝てたな

 

225:名無しのレプリカ

ゲーム基準で考えるのはNG

 

226:名無しのレプリカ

そしてラルゴからの称賛

 

229:名無しのレプリカ

ラルゴの逃走阻止のために障壁を維持しながら足止めを完遂させる大詠師

 

233:名無しのレプリカ

遠くに飛んでいくアルビオールを視界に収めながらブラックアウトしてAパート終了か

 

236:名無しのレプリカ

アニメでゲームには無かった視点が補完されるたびに戦闘力とお労しさが跳ねあがっていくなこのおじさん

 

239:名無しのレプリカ

>>236 その分1周目知識でジェイドにマウント取れたりもしてるから……

 

242:名無しのレプリカ

1周目ジェイドが考えた作戦を語って2周目ジェイドに感心されて居心地悪そうなモースは笑えた

 

246:名無しのレプリカ

テストカンニングしてるようなもんだからな

 

249:名無しのレプリカ

カンニングで得た偽りの知識

 

252:名無しのレプリカ

>>246,249 でもティアの汚染音素の解決策はモース独自のアイデアでは?

 

254:名無しのレプリカ

>>252 ぐう有能

 

256:名無しのレプリカ

>>252 モースしか勝たん

 

259:名無しのレプリカ

>>252 モースなら出来るって信じてた

 

261:名無しのレプリカ

ここまでテンプレ

 

265:名無しのレプリカ

CM明けはモース様監禁シーンからか

 

269:名無しのレプリカ

二者面談はーじまーるよー

 

271:名無しのレプリカ

ここでヴァンがモースに狂った舞台裏が明かされるのかな

 

274:名無しのレプリカ

レプリカ計画で明かされるローレライ抹殺計画

 

278:名無しのレプリカ

ヴァンからの執拗な尋問

 

280:名無しのレプリカ

頭掴んで目を覗き込むヴァン怖すぎィ!

 

282:名無しのレプリカ

ヴァンはモースが1周目の記憶持ちだって薄っすらと感付いてたのね

 

286:名無しのレプリカ

記憶持ちっていうかスコアを知ってると思われてる?

 

287:名無しのレプリカ

第七音素を感じるとか視座が違うとか結構この時点でモースの核心に迫ってるんだな

 

290:名無しのレプリカ

流石ラスボス。洞察力で差をつけていく

 

293:名無しのレプリカ

っておい待て、何だその注射器は

 

294:名無しのレプリカ

地上波で流しちゃいけないシーンやんけ!

 

296:名無しのレプリカ

ゲームでもジェイドが言及してたけどホントに盛られてたのか

 

299:名無しのレプリカ

2周目モース様を女体化した創作あるけどこのシーンそのまま描写したらアカンことになりそう

 

302:名無しのレプリカ

>>299 女体化してなくてもアカンことになってるんですがそれは

 

304:名無しのレプリカ

ローレライの使徒とか明らかにユリア的ポジションだと確信してるじゃん

 

308:名無しのレプリカ

実際あながち間違ってないからこのラスボス恐ろしい

 

311:名無しのレプリカ

盛った後の尋問はカットか、そらそうだわな

 

314:名無しのレプリカ

そしてリグレットとヴァンのシーン。ヴァン覚醒

 

315:名無しのレプリカ

預言以上の存在とか言い出したぞコイツ

 

319:名無しのレプリカ

ドン引きのリグレット

 

323:名無しのレプリカ

信じた上司がおじさんにドはまりしてゲス顔ダブルピースするなんて……

 

326:名無しのレプリカ

ゲス顔ダブルピース草

 

328:名無しのレプリカ

リグレット怒りのモースガン詰め

 

330:名無しのレプリカ

なおモース様の目は虚ろな模様

 

331:名無しのレプリカ

これ完全に事後だよ!しかも合意が無いタイプの!

 

332:名無しのレプリカ

お薬で頭パーにされたおじさんとそれ見て笑うおじさんとかいう地獄絵図

 

334:名無しのレプリカ

これには腐女子もドン引き

 

338:名無しのレプリカ

ガン攻めヴァン×総受けモースという業が深いカップリングが既にあるのに何を今更

 

340:名無しのレプリカ

リグレットは弟をスコアのせいで亡くしたのか

 

342:名無しのレプリカ

それでモースに当たるのはお門違いでは?(正論パンチ)

 

346:名無しのレプリカ

アビスの敵はどいつもこいつも復讐対象のピントがずれてる奴らが多すぎる

 

349:名無しのレプリカ

てかうわ言で謝り続けるモース様お労しすぎるんやが

 

352:名無しのレプリカ

どんな幻覚見てるんだろうな

 

356:名無しのレプリカ

>>352 ぶっ倒れたときみたいにアクゼリュスの被害者みたいな1周目で救われなかった人の幻覚じゃね?

 

360:名無しのレプリカ

何でもかんでも自分のせいだと思うのはガチで心の病気なんだよなぁ

 

362:名無しのレプリカ

この裏でシンクが地核まで乗り込んでルークにモースを助けるように詰め寄ってたんだよな

 

366:名無しのレプリカ

そらこうなるって分かってたら何がなんでも助けようとするわ

 

367:名無しのレプリカ

育ての親が拷問されて廃人になるかもとかクッソ恐ろしいわな

 

369:名無しのレプリカ

これ見るとシンクのあのシーンが改めて心に来ますねぇ、ウッ(心停止)

 

372:名無しのレプリカ

シンクにとっちゃマジでモースが死ぬかもしれない不安だらけだったろうしな

 

373:名無しのレプリカ

なおこれから更にそんな心配は増える模様

 

374:名無しのレプリカ

そら守護役(監視)付けられますわ

 

378:名無しのレプリカ

モースとかいうTOA2周目のピー○姫

 

380:名無しのレプリカ

>>378 この姫肉体派すぎません?

 

383:名無しのレプリカ

12話はルーク達がダアトに向かうシーンで終わりか

 

385:名無しのレプリカ

地核のシーンはカットか。モース視点で再構成だからルーク視点はゲームしろって話なのかな

 

389:名無しのレプリカ

尺の都合もあるしな

 

393:名無しのレプリカ

1周目と完全に違うルートに入ってることを示唆してるシーンだから入れて欲しかったがなぁ

 

396:名無しのレプリカ

ローレライがモースとの繋がりを示唆するシーンもあったけど今後どっかで入れるのかな

 

398:名無しのレプリカ

今週も視聴者の精神をボコボコにしていく話でしたね

 

399:名無しのレプリカ

Aパートのラルゴ戦は熱かったけどな

 

400:名無しのレプリカ

ここまで戦える自負があったからバチカルで一人でナタリアを庇えたんやなって

 

403:名無しのレプリカ

ルーク達が乗り込んでくる前に一人でラルゴ+兵士達と対峙するファンキーな元大詠師

 

404:名無しのレプリカ

大詠師クビになった瞬間暴れることに躊躇なくなってるからな

 

405:名無しのレプリカ

オーレルの最大のミス、モースをクビにしたこと説

 

407:名無しのレプリカ

あれで大詠師という立場の枷が無くなったからな

 

409:名無しのレプリカ

世界最大の宗教組織のトップという地位が枷扱いされるモース

 

413:名無しのレプリカ

ゲームやアニメでの描写見るにモースが独立したら教団が割れる可能性あったからな

 

416:名無しのレプリカ

ハイマン君とかいうモース教(狂)団導師

 

419:名無しのレプリカ

そこに騎士団主席総長としてカンタビレを一つまみ

 

423:名無しのレプリカ

大詠師派と第六師団が味方につく派閥のトップをあっさりクビにして解き放つ迷采配

 

427:名無しのレプリカ

お陰でモースがルークパーティに合流出来たんやから有能采配やぞ

 

428:名無しのレプリカ

迷将オーレル

 

431:名無しのレプリカ

まかり間違ってシンクにモースの始末を指示していたらと思うと

 

435:名無しのレプリカ

大詠師就任数分で殉職する羽目になってたかもな

 

439:名無しのレプリカ

あのシーンでディストがこっそり耳打ちして装置を忍ばせていくの抜け目ない大人感あってほんすこ

 

443:名無しのレプリカ

さりげないシンクフォローも忘れるな

 

444:名無しのレプリカ

あそこでシンクの拳が震えてるのマジでブチギレそうやったんやなって

 

445:名無しのレプリカ

オーレルはその気配を感じ取ってラルゴに指示した可能性が?

 

449:名無しのレプリカ

オーレル君ぐう有能

 

452:名無しのレプリカ

「子どものために身体一つ張れずに大人を名乗れるものですか」←ここまで全方位にぶっ刺さる言葉言える奴おりゅ?

 

455:名無しのレプリカ

>>452 ゲーム未プレイ勢があの話で一気に息子堕ちしたからな

 

458:名無しのレプリカ

ルーク達が乗り込んでくる前にカッコいいシーンを済ませるんじゃない

ゲーム本編でもあの姿を見せて欲しかった

 

459:名無しのレプリカ

ルーク達が乗り込んできてからはクリムゾンパッパの見せ場だったからな

 

460:名無しのレプリカ

あそこは1周目で半ば空気だったパッパが輝いてた

 

461:名無しのレプリカ

徹頭徹尾主人公や子ども達を守る姿勢だけは崩さないモースだからこそ周りもそれに引っ張られたんだろうか

 

464:名無しのレプリカ

>>461 至上命題がルーク達子どもを守る大人であることだからな

アビス世界の理不尽許さないマンの異名は伊達じゃない

 

466:名無しのレプリカ

理不尽な世界に対してトンチキな解法を押し付けていくストロングスタイル

 

468:名無しのレプリカ

オリジナルイオンは病弱ですぐに死ぬからレプリカを濫造して代打用意するゾ

→レプリカ皆保護するぞ

アリエッタがライガクイーンをルーク達に殺されて敵対するゾ

→ダアト近郊の森に移住させるぞ。縄張りの線引きはアリエッタにきちんと言って聞かせるぞ

アクゼリュスが崩落して夥しい死者がでるゾ

→カンタビレ送り込んで先に避難させますね^^

ティアの身体が障気で汚染されるぞ。セフィロト操作が必須だから不可避だゾ

→汚染された第七音素ごと除去するからノーカンだぞ

 

強い(確信)

 

 

472:名無しのレプリカ

>>468 自分で動くのもそうだけど割と人を使ってるモース様

 

476:名無しのレプリカ

大詠師だからおいそれと動けなかったからね仕方ないね。なおオーレル

 

479:名無しのレプリカ

ヴァンの計画を成功させたかったら何かと自由に動けない大詠師の地位に縛り付けとくのが最適解だったな

 

483:名無しのレプリカ

大詠師の地位についた状態でもジェイドとタイマンで話して多少改心させたりしてるからあの手この手で助けてただろうけどな

 

484:名無しのレプリカ

ジェイドとモースのバチカルでの対談シーンはジェイド視点だとモースがただのラスボスでしかなくてな

 

487:名無しのレプリカ

レプリカ研究者としての自分を知ってる=禁忌として封印したレプリカ研究を知っていて尚且つ金と権力を持った人物

マジでただの危険人物で草

 

490:名無しのレプリカ

なお心の中ではジェイドとの会話で心を擦り切れさせていた模様

 

491:名無しのレプリカ

相変わらずお労しいことで……

このペースだと14話か15話あたりで第一部終わるんだろうか

 

492:名無しのレプリカ

さて、そろそろ来週までオギャるか

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

惑星譜術と私

今回からは本編完結の時から書きたいと思っていたネビリムイベントです。
基本的に一話一ネタですが、今回のネタは3~4話構成とする予定です


「惑星譜術、ですか」

 

  久方振りにダアトで顔を合わせたジェイドから聞かされた単語を繰り返す。

 

「ええ、古文書に記載されていた古い術です。扱いは難しいですが、強力な術なので個人的な興味もあって調べているところなのですよ」

 

  正面に立つジェイドが相も変わらず内心の読めない笑みを浮かべて言葉を紡ぐ。彼の説明を後押しするように後ろに控えていたルークが見せてくれたものは、鍔元から二股に別れた赤黒い剣。クワガタの顎のように微かに開いては閉じてを繰り返しているそれは、剣というよりはおどろおどろしい魔物の死骸の一部と言われても納得できる様相を呈していた。

 

「シェリダンでアルビオールを借りるためにギンジを助けた際、対峙した魔物に突き刺さっていたものです。第一音素を集める触媒のようで、これもどうやら惑星譜術に関わるものらしいのですよ」

 

  顔を引き攣らせていた私にジェイドがフォローするように説明を重ねる。なるほど、彼の求めるものに辿り着くための鍵ということらしい。

 

「これが第一音素の集約を担うということは第二から第六音素までを担う触媒も存在しているということですね?」

 

  確かめるように口にしながら、ふと私の脳裏に過るものがあった。それは導師イオンの前任。導師エベノスの頃だ。エベノスは学者肌の人物であり、特に創世歴時代の古文書解読に心血を注いでいたように思う。過去に詠師と共に研究を進めていたはずだが。

 

「そうです。私の師、ネビリムが過去にここで研究していたと詠師トリトハイムから聞きました」

 

「ネビリム。確かにそのような名でしたね」

 

  そうだ、ネビリムという人物だった。前導師エベノスの死去と共に詠師を辞して故郷に帰ったと聞いていたが、なるほどジェイドの師だったとは。

 

「ここにネビリムの研究資料が残されていれば見せていただけませんか?」

 

  そう言うジェイドの顔を改めて見つめれば、彼の内心が少しだけ垣間見えたような気がした。もちろん惑星譜術に対する興味もあるのだろう。だがその一方で、師の研究に、遺したものに触れたいという思いもあって、彼にしては珍しく積極的に動いているということなのかもしれない。私は顎に手をやって記憶を遡る。過去の詠師達が進めていた研究等の資料は基本的にはダアトに保管されているはずだ。もちろん許可無く持ち出すことは出来ないが、そこは私が許可を出せば問題ない。そもそも前導師エベノスほどの知識とそれについていけていたネビリムの研究成果を読み解けるような人物は今のダアトにはほぼいないだろう。

  そこまで考えて私はジェイドに資料の持ち出しを許可した。最終的に返却することおよびジェイドがネビリムの資料から得た成果も資料としてダアトに還元してくれるという条件は付けさせてもらったが。

  なるほど、確かに今までの教団員の中には各々自身の専門領域の研究を行なうものもいた。ベルケンドやシェリダンに留学していたものもいる。彼らの知識、経験をこのまま死蔵し続けるのも考えものだ。例えば専門家達から講義を受けられる教育機関というものがあっても良いかもしれない。ダアトにはその雛型が既に存在していると言って良いし、キムラスカもマルクトも一部貴族階級や高級将校にしかその類いの教育を施せていない現状、今後のダアトが二国に渡り合う上で知識、教育という観点は良いかもしれない。

  他の触媒武器を捜索するというルーク達を見送った私は、頭の中に浮かんだダアトの学園都市化というアイデアを頭の中でこねくりまわしながら資料室の中をぼんやりと歩き回っていた。そしてジェイドに渡したネビリムの研究資料が納められていた辺りでふと思い立つ。

 

「そういえば、ディストはネビリムが教団員であったことも、研究をしていたことも知っているはず......」

 

  幼馴染みと恩師に並々ならぬ執着を持っていた男なのだから。当然ネビリムの研究も目にしていたはずだ。彼ならばジェイドの探索に有用な知見を有しているかもしれない。そう考えた私は手早くことの次第をまとめると、ベルケンドで研究に没頭しているであろうディストへと伝書鳩を飛ばした。

 

 


 

 

「ネビリム先生の研究について、とは.....」

 

  手紙を受け取ったディストの反応は素早かった。それから数日と経たないうちにベルケンドからダアトに舞い戻り、私の執務室を訪ねに来たのだから。

 

「ええ、あなたは過去に彼女の研究成果に目を通していると思ったのですが。違いましたか?」

 

「いいえ、合っていますよ。何ならここに来てすぐに読み漁りました」

 

  私の問いに答えたディストは、しかしどこか浮かない表情のままため息をこぼした。

 

「どうしたのです? あなたの師のことですし、嬉々として語るものかと思っていましたが」

 

「本当ならばそうすべきなのですがね。そうするわけにはいかない事情があるのですよ。過去の私の愚かな行為のためにね」

 

「愚かな行為......?」

 

  首をかしげる私にディストは少しの間沈黙を貫く。余人に聞かせられない事情であると察した私は、一言も発さずに後ろに控えてくれていたハイマン君に合図して部屋を出てもらう。彼はそのまま扉の前で誰も部屋に入らぬよう番をしてくれるだろう。私は執務机を離れ、扉から離れた位置にある応接用のソファへとディストを誘う。

 

「お気遣い感謝しますよ」

 

「誰しも人に聞かれたくないことを三つ四つと抱えているものです。仕事柄そうしたお話を聞くことも多いですからね。いやに察しが良くなってしまいました」

 

  ハイマン君が部屋を出る前に用意してくれたお茶と茶菓子をテーブルに並べる。菓子に手をつけることは無かったが、カップに口をつけたディストは心なしか表情を緩めた。

 

「私がネビリム先生のレプリカを復活させようとしていたことはご存知でしょう」

 

「していた、というのは初耳ですが。今も復活を望んでいるのでは?」

 

「ハッ、そこで直ぐ様否定しないあたり、あなたもマッドの気質がありますねぇ」

 

  聞き返した私にディストがからかうような眼差しを向けてくる。

 

「レプリカやフォミクリーを否定する気も、その資格も私にはありませんよ。この私こそがフォミクリーを利用した人間なのですから。可能であれば止まって欲しいとは思います。我欲を貫いた先にあるものが悲惨な結果しかもたらさないことを私は知っていますからね。あなたに同じ思いをして欲しくはありません」

 

「相変わらず優しいのかそうでないのか......。私は今はもうネビリム先生に固執する気はありませんよ。良くも悪くも、レプリカの研究は進みすぎてしまった。避けることが出来ない結果から目を逸らせないほどに」

 

  そう言ってディストは訥々と語り始めた。フォミクリーについてジェイドとの協同研究を進め、そこで得られたデータを利用して自身の目的であるネビリム復活のための研究も独自に進めていた彼だが、どうしても解決できない問題が残り続けていた。

 

  それはレプリカの持つ強烈な破壊衝動。ネビリムのレプリカはルークとは異なり、第七音素以外の音素を用いて作られたものだ。幼き天才であったジェイドが開発した初期のフォミクリーは第七音素を用いないものであったためである。そして、無機物の複製であれば問題とならなかったであろうものが先に述べたレプリカの破壊衝動。

  構成音素のバランスが悪いのか、基となったレプリカ情報に何らかの欠落があったのか、あるいはまた何か別の問題か、レプリカとして蘇ったジェイド達の師ネビリムは、他者に対する凶暴性が極めて高く、その強大な力で周囲を全て破壊し尽くすようになってしまったのだ。

  この問題を解決し、温厚で優しいかつての師を取り戻そうと、ディストはフォミクリー研究にのめり込んでいたのである。

 

「ですがね、研究を続ければ続けるほど、ジェイドの理論は完璧だということが分かってしまったんですよ」

 

  それはつまり、ディストがどれだけ手を尽くそうとレプリカネビリムの凶暴性を抑える術が見つからなかったことを示している。

 

「生体に直接作用する第七音素だからうまくいったのかもしれません。少なくとも他の音素を基盤にして成り立つ生体レプリカは皆凶暴性を増すことになりました。どうしても解決出来なかった。だから、諦めるしかないんです」

 

  過去のディストはジェイドによって生み出され、ケテルブルクに災害と呼ぶべき破壊をもたらした後、ロニール雪山の奥深くに身を潜めていたレプリカネビリムを発見すると、破壊衝動によって残酷さを増した彼女を言葉巧みに誘導したのだと言う。

 

「かつてネビリム先生が研究していた惑星譜術の譜陣と触媒武器、それが完成したときに陣の中心にいればその巨大な力を意のままに振るうことが出来る。そう言って彼女をロニール雪山に封印したのですよ。いずれ惑星譜術を完成させた誰かによって莫大な音素を供給され、完全な形であれが復活出来るように」

 

「では、ジェイド達が惑星譜術を追えば」

 

「対峙することになるでしょうね。より力を増した彼女と」

 

  ディストはそう言って再びカップに口を付ける。

 

「彼らに知らせても構いませんが、封印は強固です。ネビリム先生が施した惑星譜術の陣と重ねるように構築したもので、惑星譜術そのものが鍵となって開くようになっています。生半可な術では吹き飛ばすことは叶いません」

 

「そういうことでしたら先んじて破壊するということも不可能ですか」

 

「ええ、過去の私がそれはもう周到に用意したものですからね。それこそ私自身でも解けない。ホント、我ながらこの頭脳が疎ましいですねぇ」

 

  力無く笑みを浮かべたディスト。その微笑みは自身を嘲るもので、

 

「......あなたらしくないですね、そのような自嘲は」

 

「これもあなたの癖が移ったんですよ、モース」

 

  ここで彼を責めることは容易い。彼の所業はどこまでも利己的で、多くの犠牲が出る可能性を容認しているものだ。だが、私には彼を責める気はなかった。既にこの上なく自身の行いを悔いている人間に、これ以上の追い討ちは必要ない。必要なのは、

 

「そう自分を責め続けるものでは無いでしょう」

 

「お優しいですね、大詠師サマは」

 

「私程度の言葉が慰めにはならないことなど百も承知です」

 

  そう言って私はソファを立つと、ディストの隣に腰かける。

 

「ですので、今から私がすることはただの大きなお世話、余計なお節介でしかありません」

 

  そのままディストの肩に手を乗せ、自身の方へと引き寄せる。彼の細い身体はあっさりと倒れ、白い髪に覆われた頭が私の胸にポスリと収まった。

 

「今まで良く頑張りました。あなたは十分悔いたでしょう。あなたの望みはジェイドや、その他多くの人間にとって受け入れられるものではなかったでしょう。それでもそのひたむきな想いは否定しませんよ。あなたはその重ねた研鑽を以て私や導師イオン、ルーク達を助けてくれました。大丈夫、あなたが変わりたいと思うのなら、私達は皆味方ですから」

 

「......これは私がケジメをつけなくてはいけない問題です」

 

「ルーク達と話しましょう。あなただけで抱える必要はありませんよ」

 

「私の愚行で、ジェイドが苦しむとしても? 再び師を手にかけさせるしかないとしてもですか?」

 

「だとしても、あなただけが手を汚す必要は無いでしょう。いくら天才といえど、あんまり抱え込むと疲れてしまうんですから。少しは周りに頼りなさい」

 

「......本当に、お節介な大詠師サマですねぇ」

 

  それからしばらく、私は何も言わずディストの背を撫で続けた。稀代の天才譜業士ではなく、ただの少年だと思わせるように小刻みに身体を震わせ、かつての師の名を何度も呼ぶ声を、私は聞こえないフリをした。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

惑星譜術と私 2

番外編なので時系列は曖昧です


「なるほど、惑星譜術そのものがレプリカ・ネビリム復活の鍵になっていると」

 

「ええ、ここまで触媒武器を集めて頂いた頃に言うのも気が引けましたが、不意打ちになってしまうよりは良いかと」

 

一通りの触媒武器を揃え、後はネビリムの研究資料の解読を残すのみとなったところで、私達は惑星譜術の譜陣があると目されているロニール雪山を前にケテルブルクに滞在していた。知事であり、ジェイドの妹でもあるネフリーの好意で最高級のホテルに滞在させてもらいながら、ジェイドは日夜資料の解読に勤しんでいた。そんな彼を皆が寝静まった夜更けに呼び出し、ディストから聞いた話を伝えてみれば、彼のグラスを包む手に力が入る。

 

「あのおバカは余計なことしかしませんね。いくら幼い頃とはいえ、私が見限った理論を覆せるわけが無いでしょうに」

 

「例えそうだとしても、ディストは諦めなかったでしょう。それが彼にとっては何を犠牲にしてでも成し遂げたいことだったのですから」

 

「だとすると、あれが諦めたのは私にとっては驚きでしかありません。一体どんな魔法を使ってあれを諦めさせたんです?」

 

探るような視線のジェイドに私は頭を振って否定の意を示す。

 

「私は何もしていませんよ。ディストが大人になった、ただそれだけのことです」

 

「......そういうことにしておきましょうか」

 

事実を伝えただけなのに、ジェイドはどこか含みのある口振りで呟くとグラスを傾けた。私もそれに合わせて口を湿らせる。ルーク達の旅に同行するようになって、いつの間にか町に宿を取れたときはこうしてジェイドと酌み交わすのが日課となった。最初は互いのことを話すことが多かったがそのネタも尽き、最近は旅であったことや、それも話し終えれば黙って酒を飲みながらただ時間が過ぎるに任せることも増えた。といってもそれが互いに苦痛だとか、退屈ということはなく、パーティの中でどうしても年長者として振る舞い、それ故に日頃から良くも悪くもルーク達のように自然体になれることが少ない私達にとっては居心地の良い一時だった。

ただ、今はそうしたゆったりとした沈黙にはならなかった。ジェイドの曇った表情を見れば、何か言いたいことはあれどそれを表す言葉が見つからない、といったところだろうか。

 

「焦りですか?」

 

ジェイドが何を言わんとしているかは分からないが、その表情から私が読み取れたものをそのまま口にする。私の言葉を受け取ったジェイドは驚いたように一瞬目を見開くと、やがて納得したように頷いた。

 

「この胸の内にある気持ちの悪いモヤモヤをどう言ったものかと思いましたが。焦り、ですか。確かにそうかもしれませんね」

 

「ディストがあなたよりも一歩先を行った、とでも思いましたか?」

 

この天才は、人並みの情緒というものが生来欠けている。親友たるマルクト皇帝や妹の尽力もあって一見すると穏やかな人柄を装ってはいるが、全てを計算し尽くした冷徹な譜業を心の中に隠している。それがルーク達との旅の途上で温かな人としての情動を育ててきており、それ故に自身の中の冷たさを自覚する度にこうして迷ったような表情をするようになった。

 

「一歩、どころではありませんよ。私は未だにあの時のままではないかと思っています。何の疑いもなく、ネビリム先生をレプリカとして甦らせようとした恥知らずな子どものままだと。現に私はサフィールがレプリカ・ネビリムを惑星譜術の譜陣に封印していると聞いても尚、一研究者として惑星譜術への興味を抑えられずにいる。今の私なら、レプリカ・ネビリムもなんとか出来るなどと傲慢にも考えている自分が、心のどこかにいるのですよ」

 

そう自分を評するジェイドの顔は、他ならぬ自身の言葉に耐え難い痛みを感じているようだった。彼が幼馴染みをかつての名で呼ぶ時は。こうして自分を貶めるときか酔いが回っているときだ。今回はそのどちらも、だろうか。

 

「ディストにも言われましたが、自嘲する癖は私のものが移ったのだとすれば私は普段の自身の言動をもう少し見直すべきなのかもしれませんね」

 

ディストもそうだったが、この天才達はどうにも人間的に成長したのは良いが打たれ弱くなりすぎではないだろうか。私はこの二人に然程大きな影響を与えてなどいないと思っているのだが、これが私の責任だとするなら私が言った通り、もう少し自分の普段の言動を客観的に見直す必要がありそうだ。私は空になったジェイドのグラスを彼の手から引き抜くと、水を注いだコップを代わりに手渡した。

 

「まずは水を飲んで落ち着きなさい。酒が少々回っているようですから」

 

「......ええ、そのようです」

 

ジェイドが素直にコップを空けたのを見て、私は手元の水差しから水を注ぐ。もう二、三杯は水を飲んで落ち着かせたいところだ。

 

「あなたは一人の研究者としてとても偉大です。幼少期にフォミクリー理論を考え出し、その若さで体系化している。その上それだけの功績に驕るどころか、自身を戒めるだけの自制心も持っているではないですか。いい加減自分を痛め付けるのはお止めなさい。見ているこちらが痛ましいだけです」

 

「あなたがそれを言いますか」

 

「ええ、ええ。他ならぬ私が言えたことでは無いのは百も承知です。ですが、こんなところで傷の舐め合いをしてもどうしようもないではないですか。それに惑星譜術をこのまま放置しておくことも出来ないのは事実でしょう?」

 

「それも、そうですが」

 

ジェイドが例えいくら躊躇ったとしても、惑星譜術を放置しておくことは危険極まりないのだ。将来、ジェイドやディストに比肩する天才が現れたとして、その人物が研究欲以上の何かを以て惑星譜術を行使したとき、あるいは惑星譜術を正しく制御できなかった場合、その被害を食い止められる者がいるとは限らないのだから。そうなる前に惑星譜術そのものを行使出来ないように譜陣ないしは触媒武器を用をなさないようにしてしまう必要がある。その為にも、ジェイドやディストによる惑星譜術の解析は必要になる。その過程で強大な力を持つ存在を復活させてしまうのだとしても。

 

「私は将来現れるあなた達と肩を並べるであろう天才が惑星譜術とそれにまつわる因縁を正しく処理してくれる、だなんて楽観的な予測はしていませんよ。何なら、あなた達二人以上に研究者として信用できる者は今後現れないと言っても良いでしょう」

 

「随分と高く買っていただいたものですね」

 

「当然です。私は立場柄人を見る目には多少自負があるのですよ。私が友と呼ぶべき人物は早々に間違いを犯したりはしません」

 

自分で言っていて恥ずかしくなるが、敢えて胸を張って言い切る。ジェイドやディストのようにずば抜けた才を持つ人間にとって周囲は等しく自身より劣った者だ。そんな人間にとって自分が拠り所としていたものが頼りなく思えたときというのは、他に頼るべきものが手元に無く、予想以上に心細く不安定になってしまう。私のような凡人であれば、自身の内だけでなく、周囲の人間にもたれ掛かることが出来るようなことでも、彼らにとってはそれが途方もなく難しいことになる。経験が無いゆえに、自身の柔らかい部分を晒すことを極端におそれるのだ。

だからこそ、無条件に味方だと言葉と態度で示す。少なくとも、ジェイドにとって私は取るに足らない有象無象というわけでは無くなっているのだ。であれば頼れるものの少ない天才の添え木になることも出来るだろう。

 

「恥ずかしいことをよく臆面もなく言えますね」

 

「恥ずかしくともこうして口に出さねば伝わらないでしょう?」

 

呆れたように笑うジェイドに釣られて私も笑ってしまう。今さらになって恥ずかしさで顔が熱くなってくる。何を良い歳をして少年のような小っ恥ずかしいことを言っているのか。こんな台詞が似合うのはルークのような好青年だと言うのに。

 

「なるほど、こんなことを日頃から言われていたのなら、あのディストが墜ちたのも納得がいくというものです」

 

「人を悪魔か何かのように言うのは止めてくれませんか」

 

「悪魔より質が悪いですよ。殊勝にもちょっと反省していたのに、こうして私のような冷血人間を立ち直らせてしまうのですから」

 

「本当の冷血人間は自分をそうだとは気づけないものですがね」

 

私は肩を竦めて水をぐいっと呷る。これで少しは顔の熱も引いただろう。コップをテーブルに置けば、琥珀色の液体が並々と注がれたグラスが私の目の前に置かれた。

 

「酔いが醒めてしまいました。もう少し付き合っていただいても?」

 

「醒ましたのですよ。そうしないとまたネガティブモードになってしまうじゃないですか」

 

「そうなっても心強い大詠師サマが励ましてくれるでしょう?」

 

「何を甘えたことを。少しはあなたも心を強くなさい」

 

楽しげに言うジェイドにため息を溢しながら、それでもグラスを受け取らないという選択肢は無かった。二人してチビりと酒を口に含み、僅かな沈黙の後、どちらからともなく肩を震わせて笑う。

 

「まったく、良い歳して何をしているのでしょうね、私達は」

 

「本当に。酒が入ると後ろ向きになるのはあなたの悪い癖ですよ、ジェイド」

 

「ではそうならないように普段からあなたも卑屈にならないようにしてください。子どもは大人の背を見て育つのですから」

 

「何が子どもですか。自分で良い歳だなんて言っておいて」

 

舌の根どころか口先も乾かぬ間にころころと言っていることを変えるジェイドを窘める。こうしてからかうことが減るのならもう少し凹んだままにしておいても良かったかもしれない。

 

「モース、私は惑星譜術を、ネビリム先生が探求していた成果をこの目で見てみたい」

 

「......はい」

 

「同時に、かつて犯した過ちを、私が始め、ディストが紡いでしまった間違いをここで精算したい」

 

「......そうですか」

 

「助けて、いただいても良いでしょうか?」

 

そう言ってこちらを見つめるジェイドの視線には僅かな不安の色が混じっていた。今さら何を不安に思っているのか、事ここに至って私が何かを躊躇うとでも思っているのだとしたら、この男には先ほど私が言ったことを復唱させてやらなければならないだろう。

 

「それを言うのは私だけにでは無いでしょうに。それに、友人を助けないほど冷たい人間と思われているのだとすれば心外です」

 

「これは失敬。では、ルーク達の説得を一緒にお願いしますね?」

 

「はいはい。とはいえ、あの子達もあっさり協力してくれると思いますがね」

 

私の言った通り、翌日になってジェイドがルーク達に事情を説明すれば、彼らは二つ返事でジェイドに協力することを快諾してくれたのだった。

 

 


 

 

ルーク達の協力を取り付けた後は話は早い。私達は一旦ダアトへと戻ると、ソワソワと落ち着かなさそうに資料を漁っていたディストを捕まえ、さらにグランコクマへと飛んだ。この話はジェイドとディストだけではない、二人の幼馴染みであるピオニー皇帝も関係者なのだから。彼にも事情を説明するのは当然のことだった。

 

「ほう、先生のレプリカがロニール雪山に」

 

「ええ、ですから私とディストで因縁に決着をつけに行こうかと」

 

ジェイドの報告を聞いたピオニー陛下は面白そうに目を細め、顎を撫でた。

 

「少し見ない間に随分と仲良くなりやがって、それにそんな殊勝なことを言い出すとは。お前らいつからレプリカに入れ替わったんだ?」

 

「私とディストのレプリカだなんてゾッとしませんよ。止めてください」

 

「レプリカだとしても私達のエクセレントな頭脳は真似出来ませんがね! ハァーハッハッハ!」

 

「ったく、幼馴染みを放って成長しやがって。それで、一応聞いておくが俺にこれを報告した理由は?」

 

「ケジメですよ。かつて同じ師に学び、共に育った幼馴染みとして私達が皆が関わっておくものだと、お節介なことを言う大人がいましたから」

 

ピオニー陛下の問いに答えたジェイドが私に視線を投げ掛ける。それに釣られてこちらを見たピオニー陛下の目がまた面白い玩具を見つけたように輝くのを見て、私はため息を吐きたくなるのを懸命に我慢した。

 

「ほほう! 成る程成る程、我がマルクトの頭脳を改心させた特別外部顧問サマの力ってわけか」

 

「ちょっと待ってください。何ですかその不穏な肩書きは」

 

聞き捨てならないこと仰らなかったか、この破天荒皇帝は。

 

「不穏? 失敬な。こうしてマルクトに献身的なお前の功を認めて我がマルクト軍の特別顧問としてのポストを用意しているだけだ」

 

「凄まじい外交問題になることをあっさりと仰らないで頂けますか?!」

 

他国の、それも権力者を自国軍の重要ポストに引き抜こうとするなんて何を考えているのか。流石にこれには黙っていられなかったのか、キムラスカ王女であるナタリアがピオニー陛下の前に進み出て反論する。

 

「ピオニー陛下、我が国の人間を勝手に引き抜こうとするのは如何なものかと思いますわ!」

 

「ナタリア殿下、しれっと私をキムラスカ国民にするのは何故でしょう?」

 

どうやら酒も飲んでいないのに酔っぱらっているのがこの場に二人もいるようだ。私は助けを求めるようにルーク達を見回すが、皆あらぬ方向を向いて視線を合わせようとしない。関わると面倒だと素知らぬフリを決め込んでしまっていた。結局、導師イオンの多分に私情を含んだ一喝でこの場は一応の終息を見せたのだった。

 

そうしてピオニー陛下に事情を説明した後、事の顛末をこの目で見届けると言って半ば強引に同行してきた彼を伴って私達はケテルブルクに再び戻り、ジェイドの妹であるネフリーと対面していた。

 

「そう、ネビリム先生を......」

 

「随分と今更な罪滅ぼしですがね」

 

「散々待たせてしまいましたし、今頃カンカンに怒っていそうですねぇ」

 

ディストが茶化すと、ピオニー陛下が容赦ない拳を彼の脇腹に突き立てた。皇帝とは思えないくらいに鋭い拳だ。そして分かっていたことだが、幼馴染み達の力関係が今の一瞬でよく分かった。

 

「兄さん、兄さんはもう大丈夫、なのよね?」

 

「ええ、私は私のすべきことを。私の罪と正面から向かい合うときが来ました」

 

ここで逃げてはカッコつきませんからね。と言って何でもないことのように笑うジェイドを、彼とそっくりな顔立ちをしたネフリーが眼鏡の奥の瞳をわずかに潤ませて見つめる。

 

「そう、それじゃあ先生を解放してあげて、兄さん。そして、兄さんも解放されて欲しい」

 

「ネフリー......」

 

「凡人の私じゃ、兄さんの考えてることなんて分からないわ。でも、今日までずっと悔やみ続けてきたんでしょう? それなら、もう許されても良いんじゃないかって、私も思うわ」

 

ハッと息を呑むジェイドに、ネフリーは優しく微笑む。自らを凡人と称するが、生半可な人間がこの鬼才とも呼ぶべき人間を肉親に持ってここまで真っ当に育つことが出来るだろうか。ケテルブルクの知事という重役を担う彼女も、ジェイドとはまた違った意味で才覚溢れる女性には違いない。

 

「それと、サフィールにはもう少し優しくしてあげてね?」

 

「まったくです。ジェイドもピオニーもこの私の有り難みをもう少し感じてもバチは当たらないですよ!」

 

「ふむ、キムラスカとの外交以上に難しいことを要求されちまったな、ジェイド?」

 

「私は既にかなり優しく接しているのでこれ以上となると想像がつきませんねぇ」

 

「二人とも本気で言ってます?」

 

ネフリーの要求に腕を組んで難しい顔をするピオニー陛下とジェイド、そんな二人をジト目で睨むディスト。四人の幼馴染みがかつてどのように交流を重ねていたのかがよく分かるやり取りだ。私には彼らが子どもの頃の姿に映って見えた。ピオニー陛下とジェイドがディストを雑に扱い、ネフリーがそれを庇い、ディストが騒ぐ。かつて道を違えた故に失ってしまったその日常を、今まさにこの四人は取り戻したのかもしれない。その証拠に何だかんだと良いながらも四人とも楽しそうに穏やかな笑みを浮かべているのだから。




今回の話をふと見返してみてこの大詠師が女性だったら道を踏み外す人間が何人かいそうだな、と感じました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

惑星譜術と私 3

仕事で忙殺されていました




 ケテルブルクとロニール雪山があるシルバーナ大陸。年間通して雪に埋もれているその大陸を更に北に進めば、そこは年中吹雪が吹き荒れる極限環境だ。周囲を山々に囲まれ、人どころか獣すら容易に入り込めないような場所に、ネビリムが遺した惑星譜術の譜陣があるとディストは言った。

 

「凄い吹雪だな……前が全く見えないぞ」

 

「アルビオールを強化してもらっていなければこの吹雪を突破することも出来ませんでした」

 

 アルビオールの窓から真っ白に染まる外を見てガイが声を漏らす。操縦を担当したノエルも視界がほぼゼロの状態かつ吹雪に機体が煽られ続けた中で着陸したためか、すっかり疲れ切った様子で呟いた。

 私も窓に手を当て、吹雪の向こう側を見通そうと目を凝らしてみるが、外に広がるのは白一色。このまま機外に出てしまえば簡単に遭難してしまうだろう。

 

「本当にここにあるのか……?」

 

「ありますよ、ルーク。ネビリム先生はこの先に自身の研究成果を遺した。ここならば惑星譜術を悪用したくとも容易に辿り着くことは出来ませんからね」

 

 訝し気なルークにディストが説明する。この場所は天然の要塞であり、アブソーブゲートやラジエイトゲートといった極点にかなり近い環境となっている。当然そこに住み着く魔物も手強く、道らしき道も存在していない。その最奥に惑星譜術の譜陣を隠したということからも、ネビリムが自身の研究成果をどれほど危険視していたか窺える。それでも譜陣を遺したのは彼女もまた一人の研究者であったということなのだろうかと。

 

「それにこの吹雪も後少しで止みますよ。ほんの僅かな時間ですけどね」

 

 ディストはそう言って懐中時計を見る。彼が指示したこの場所への突入時間は、夜と朝の境目ともいえる時間。曰く、この時間が最も吹雪が穏やかになり、アルビオールでも突入が容易になるとのことだったが、操縦席で憔悴しているノエルを見ると本当にそうだったのかは疑わしい。

 

「少しは私を信用しなさいな。あなた方が見つけてきた高純度の飛行譜石でアルビオールを強化してあげたからこの程度で済んでいるんです。そうじゃなければバラバラになってますよ」

 

「そこは疑っていませんよ。吹雪が止む気配は無いですが」

 

「まあ見てなさい。3……2……1……今」

 

 ディストがそう言って窓の外を指差す。すると彼の言葉通り、吹き荒れていた吹雪の勢いが徐々に弱くなり、相変わらず視界は悪いが先ほどよりは見えなくもない程度にまで雪は収まった。

 

「さ、行きますよ。最高のコンディションですがこれでも簡単に遭難しますからね、先導はこのタルロウXに任せます」

 

「何で連れてきているのかと思えばそのためか……」

 

「この子が地形把握と厄介な雪を溶かす役目を担当します。後ろを外れないようにするんですよ。クレバスに落ちたら助かりませんからね」

 

「任せるズラ!」

 

「そんなことも出来るのか、コイツは。面白いなぁ」

 

 ディストの腕の中で気合十分とばかりに右手を挙げるタルロウX。それを見たガイが興味深そうにタルロウXの目を覗き込んでいたが、それに構わずディストはさっさと機外へと向かってしまった。

 

「……」

 

「ジェイド、どうしたのですか?」

 

 ディストに続いて皆が出て行った後、その背中をじっとジェイドが見つめていたのに気付いて声をかける。先ほどの機内の一幕でも彼は一言も発さずにディストを見ていた。

 

「いえ、大したことはありません。ですが、あの泣き虫も強がるものだと思いまして」

 

「自分は強がっていないとでも?」

 

「……少なくともあれよりは分かりやすくないと思っていますがね。何にせよ、ああやって肩に力が入っているときほどロクなことにならないものです。しっかりと見ておかないといけませんね」

 

 ジェイドはそう言うと肩を竦めて先に出ていったルーク達の後に続く。

 

「……強がっていることは否定しないだけ、素直になりましたね」

 

 私はそう言って疲れからかこっくりこっくりと船を漕ぎ始めているノエルに毛布を被せ、機内の暖房が効いていることを確認すると雪深いロニール雪山へと足を踏み入れた。

 

「溶っかすズラ! 道作るズラ!」

 

 腰まで埋まってしまいそうなほどに積もった雪を、調子外れな歌を高らかに歌いながらタルロウXが溶かしていく。騒がしいが、視界だけでは追いかけることが難しいことに配慮してこうして絶えず音を出して先導してくれているのだろう。タルロウXがいなければこの雪に埋もれながら進んでいたのだと考えているとゾッとする。目の前を行くジェイドの青い軍服を見失わないようにしながら、覚束ない足下をメイスを頼りに歩を進めていけば、目の前に圧し掛かるような威圧感を放つ大岩が現れた。

 

「この岩です! 裂け目に入りますよ!」

 

 前からディストの叫ぶような声が聞こえた。その後に目印のように頭上に上がったタルロウXの炎を目印に進む。

 

「これで吹雪がまだマシだってんだから恐ろしいな……」

 

 何とか裂け目に身体を潜り込ませると、先に入っていたルークが焚火の前で震えていた。

 

「少しここで身体を休めましょうか」

 

「ですわね。消耗した状態で奥に進むのは自殺行為ですわ」

 

 ティアとナタリアもそう言って焚火の前に身を寄せる。アルビオールを出てそれほど長い時間は経っていないはずだが、制限された視界の中、この寒さと足下の悪さで身体は予想以上に消耗していたらしい、私も地面に腰を降ろすと、途端に身体がどっと重く感じられた。

 

「お疲れ様です。あまり悠長にはしていられませんが、少しでも身体を休めておきましょう」

 

「あなたはこんなところにかつては一人で訪れたんですか」

 

「一人で来たときも死にかけましたがね。ネビリム先生を連れてきたときは別の意味で死ぬかと思いましたが」

 

 隣に腰かけたディストはそう言って目の前の焚火をボーっと見つめる。その膝にはタルロウXが抱えられており、疲れたと言って譜業らしからぬ様子でぐったりとしていた。相変わらず譜業なのに妙に人間臭い仕草をするものだ。

 

「……無理はいけませんよ」

 

「……無理、というよりは緊張ですね。私の因業に、こうして皆と向き合うことになるとは思いもしていませんでした。私が先生を諦めることになる、ということも」

 

「勝手に一人の業だと抱えられては困りますね。私とあなたの因業ですよ、これは」

 

 ディストの呟きを、気付けば隣に立っていたジェイドが遮る。

 

「不完全な理論のフォミクリーを振りかざしてネビリム先生のレプリカを作り出してしまった。そしてあの日彼女が逃げていったのを探しもせず、死んだと決めつけて目を逸らしてきた」

 

「ロニール雪山の奥深くで眠るネビリム先生を起こし、彼女を完全に蘇らせるために先生が遺した研究成果を利用しました」

 

 焚火を見つめながら、二人は自身の行いを呟いて回顧する。その内心がどうなっているのかは想像すべくも無い。平坦な口調からは何の色も読み取ることは出来ない。

 

「ですがこれで終わらせる。そうでしょう、サフィール?」

 

「ええ、そのために来たのですから。終わらせましょう、ジェイド」

 

 そう言うとディストは立ち上がった。休憩はもう終わりらしい。私も立ち上がって他の面々を見渡してみれば、皆も準備は出来たと頼もしい表情でこちらを見つめていた。

 

「私は肉体労働には向いていませんからね、しっかり手伝って頂きますよ、皆さん」

 

 ディストはそう言っていつものように笑ったのだった。

 

 


 

 

 ネビリムが惑星譜術の譜陣を遺した大岩の裂け目は、頭上から差し込む光が中央に描かれた譜陣を神秘的に照らしていた。譜陣の奥には亀裂の入った岩壁があり、その奥にネビリムが封印されているとディストは説明した。

 

「譜陣を起動すると譜陣から岩壁奥のネビリムに向かって音素(フォニム)が流れ込むように細工しています」

 

「少なくとも惑星譜術が暴走することは無い、ということですね。まだマシなことが聞けました」

 

 譜陣の周囲に触媒となる魔剣ネビリム、聖剣ロストセレスティ、魔槍ブラッドペイン、聖弓ケルクアトール、魔杖ケイオスハート、聖杖ユニコーンホーンを配置する。それぞれが対応する音素(フォニム)を秘めており、各触媒武器と術者の音素(フォニム)で譜陣が起動するようになっている。この場で譜陣を起動させられるのはジェイドただ一人だ。

 

「では、起動します。覚悟は良いですか?」

 

「いつでも大丈夫だ」

 

 ジェイドの問いにルークが力強く頷く。それを見たジェイドが譜陣に音素(フォニム)を流し込むと、譜陣の周囲に配置された触媒武器が光を放ち始める。それにやや遅れて譜陣そのものも眩い光を放つ。思わず目を庇ったところで、足下が大きく揺れるのを感じた。

 

「これは!?」

 

「惑星譜術の譜陣が起動して触媒武器に秘められた大量の音素(フォニム)が解放されている反動です。落ち着きなさい」

 

 ルークが驚いたように周囲を見渡すが、ディストがそう言って窘める。彼の目は譜陣が起動してからずっと岩壁の亀裂へと注がれていた。

 

「ようやく約束を果たしてくれたのね、サフィール」

 

 大岩の裂け目に響き渡ったのは背筋をゆっくりとなぞるような女の声。その出所は岩壁の亀裂の奥。

 

「これで私は完全な存在になれるわ」

 

 岩壁の亀裂が轟音と共に広がっていき、中から光が漏れ出す。それと反比例するように譜陣から光が失われていく。譜陣に流れ込むはずの音素(フォニム)を岩壁の奥に潜む者が吸い取っているのだ。

 

「お久しぶりです、ネビリム」

 

 ディストは噛み締めるようにその名を呼ぶ。目は油断なく岩壁の奥を睨みつけていても、唇が僅かに震えていた。

 

「そこにいるのは、ジェイドね?」

 

「ええ、あなたを造り出してしまった愚か者のジェイドですよ」

 

 声の主の興味は次にジェイドへと移った。

 

「私が復活できるのはあなたのお陰でもあるわ。ディストだけじゃこの譜陣を起動することは叶わなかったもの。生んでくれただけじゃなく、こうして復活させてくれるだなんて、先生として鼻が高いわ」

 

「……あなたはネビリム先生では無い」

 

 調子だけは親し気なその声にジェイドは固い口調で返す。

 

「酷いわね。私はあなたにそうあれと造られたものなのに」

 

「本来そうすべきでは無かった」

 

「そうかしら? けれどディストはこうして私が復活できるようにしてくれたわ。そうそう、そのお礼をしてあげないといけないわね」

 

「何を……?」

 

 ディストが訝し気に聞き返そうとする前に、亀裂の奥から一筋の光がディストに向かって放たれる。そのあまりの速度に、私達はおろか対象となったディストも動くことが出来なかった。あの光線の威力がどれほどのものかは分からないが、少なくとも無事で済むような冗談の類で無いことは確かだ。ディストが棒立ちで目を見開く。

 

「させませんよ」

 

 だが、それを許さない人間がいた。ディストの前に割って入ったジェイドが防御用の譜術を素早く展開して光線を受け止める。防御譜術はガラスが割れるような音を立てて砕かれたが、ジェイドとその後ろに立つディストは無傷だ。

 

「あら、止められるだなんて思っていなかったわ」

 

「あなたの破壊衝動については誰よりも理解しています。ありとあらゆる感情が周囲への破壊衝動に結び付いているのがあなただ」

 

 悲しい、だから殺す。楽しい、だから壊す。感謝している、だから傷つける。喜怒哀楽の感情はある。だがその全ての発露が結果として周囲への破壊に繋がってしまう破綻者。それがジェイドがかつて造り出してしまった恩師のレプリカ。

 

「嬉しいわ、そこまで私を理解してくれているだなんて」

 

 心底から嬉しそうに、彼女は嗤った。そして岩壁の奥から徐々にその姿を見せ始める。左半身は漆黒に、右半身は純白に染まったドレスに身を包み、美しい銀髪が彼女の臙脂色の右瞳を覆い隠している。その左手には聖杖ユニコーンホーンを、右手には魔剣ネビリムを手にした女性、ゲルダ・ネビリムがその全身を私達の前に晒した。

 

「嬉しいわ、とても嬉しくて、殺したくなってしまうわ」

 

「……すみません、私とディストではあなたのその破壊衝動を鎮める術を見つけられなかった。私達に出来る責任の取り方は、あなたの姿と名をこれ以上貶めないようにすることだけです」

 

「フフ、悲しいわね。あなたに生み出されたのに、要らないだなんて。悲しくて、悲しくて、壊したくなってしまうわ」

 

 ジェイドの言葉にネビリムは嗤う。何を言っても、何を伝えても、いくら彼女の感情を揺さぶったとしても彼女から出力される答えはたった一つ(破壊衝動)のみ。ジェイドは自身の腕に融合させていた槍を具現化させて構える。私達も各々の武器を構えてネビリムを睨む。

 

「いいわ、やりましょうジェイド。あなたがくれた力を、あなた達で試させてちょうだい」

 

 ネビリムが左手の杖を掲げる。彼女がその杖を通して音素(フォニム)を発するだけで大岩の裂け目全体に悲鳴のような轟音が響き渡る。

 

「さようなら、ネビリム先生」

 

 ジェイドが呟いた言葉は、辛うじて私とディストの耳に入るのみだった。

 

 


 

 

「それで、きちんとケリは付けてきたんだろうな」

 

 ケテルブルクのホテルで、褐色の皇帝はグラスを傾けながらジェイドに問う。

 

「ええ、終わらせてきました。今までに経験したことの無い苦しい戦いでしたがね」

 

 ピオニー陛下の問いに頷きを返したジェイドは自身の持つグラスを一息に呷った。

 大岩の裂け目での戦いは、ネビリム一人に対して私達八人でかかる総力戦となった。譜陣からの膨大な音素(フォニム)供給を受けた彼女は強力無比な譜術を次から次へと繰り出し、更に音素(フォニム)が秘められた触媒武器は一振りで容易く地面や岩壁を抉り取るだけの威力を持っていた。そんなネビリムを何とか下し、惑星譜術の譜陣を消し去って私達はケテルブルクへと帰還した。

 

「最後はジェイドと私がトドメを刺しました。それが私達に出来る唯一の手向けでした」

 

 ジェイドの隣に座るディストはちびりちびりと舐めるようにグラスの酒で口を湿らせる。カウンターで三人並んで座るピオニー陛下達三人を、私は一席空けたところに腰を落ち着けて様子を見ていた。

 

「そうか……。改めて感謝するぞ、大詠師モース」

 

「何故私が感謝されるのか分かりませんが」

 

「この二人がこうしてネビリム先生と正面から向き合えたのにお前の影響は無視できないからな。マルクト皇帝からの感謝なんざ滅多に無いんだから素直に受け取っとけ」

 

 そう言われては固辞することも無粋だ。私は肩を竦めてグラスに口を付ける。そもそもこの場にも同席するつもりは無かった。ピオニー陛下に誘われたからこの場に居るが、私が彼らの話を聞いて良いとも思えなかった。

 

「何で自分がこの場に、って顔してるなモース」

 

「そこまで分かり易い人間のつもりでは無かったのですが」

 

「フフン、俺の目を誤魔化せると思うなよ? それはともかくとしてだ」

 

 ピオニー陛下はそう言うと席を立ち、何を思ったか私の隣に移動してくる。

 

「これはマルクト皇帝としてじゃなく、私人であるピオニーとして言わせてくれ。ありがとう」

 

「……先ほども言いましたが、そこまで言われる理由が分かりません」

 

 私はあくまでもジェイドとディストに相談を持ち掛けられたから応えたまでだ。彼らが自分の意志で過去の業と向き合っただけのこと。そこに私が貢献したことと言えば本当に話を聞いたということしかない。それでここまで頭を下げられては居た堪れない気持ちにしかならない。

 

「俺が頭を下げるのはこの一件に対してだけじゃない。お前がいたからこそ俺達は今ここに至れたと俺は思っている。だからこうして礼を言っている」

 

「買い被りです……と言っても頭を上げてはくれないのでしょう? 礼は受け取りますから頭を上げてください」

 

 天下のマルクト皇帝に頭を下げさせたとあっては今後気軽にグランコクマを歩くことが出来なくなってしまう。私の言葉にピオニー陛下はようやく頭を上げ、隣の椅子に腰かけた。

 

「最初から素直にそうしとけばいいんだよ。……言っておくが、俺が頭を下げるなんて本当に滅多に無いんだからな?」

 

「分かってますよ、光栄ですとも」

 

 もしかしなくともこの皇帝も少し酔っているのかもしれない。

 

「……正直に言えば、ジェイドはともかくサフィールの奴とはこうして話せるようになるとは思っちゃいなかったんだ」

 

 話すとすれば牢の格子を挟んでになると思ってた。そう呟いたピオニー陛下は少しだけグラスに残った酒を飲み干す。

 

「俺は国を預かる身だからな。かつての重罪人を国内で野放しになんか出来やしない。だからダアトに亡命したときは正直ホッとしたんだ」

 

 マルクト皇帝としてはディストを許すことは出来ない。だが、私人としては幼馴染をそうやって追い詰めることは計り知れないストレスになっていたことだろう。

 

「ダアトでの研究成果の供出、その功績でマルクトでの恩赦を与えるなんてお前の入れ知恵であいつらとこうやって酒が飲めるんだ。それにこうしてあいつらの、いや俺達の心残りだったネビリム先生のことにもケリをつけることが出来た」

 

 隣では酔っぱらってしまったのだろうディストがジェイドに絡みつこうとしてすげなくあしらわれていた。その様子を楽しそうに眺めるピオニー陛下。幼馴染達がかつてと同じように揃って過ごすことが出来ている。そのことが彼にとっては私に頭を下げるくらいの出来事だった。

 

「俺は預言(スコア)のせいで好きだった女を諦めざるをえなかった。だから預言(スコア)は嫌いだし、預言(スコア)なんかを信奉してるローレライ教団も好かない。だけどな、お前のことは割と気に入ってるんだ、モース」

 

 そう言って彼は私をじいっと見つめる。その視線の圧に、目を見つめ返すことも出来ず手持ち無沙汰にグラスに視線を落とす。

 

「だから、マルクトはいつでもお前のために席を空けてるぞ」

 

「良い話だったのにどうして最後に台無しにするんですかあなたは……」

 

 私はがっくりと肩を落とす。最後の言葉が無ければ素直に彼の言葉を受け入れられていたものを。

 

 後に、ケテルブルクにあるネビリムの墓の隣に、無名の墓が建てられたという話をジェイドから聞いた。ネフリーが普段は管理しているが、折を見てはディストとピオニー陛下、そしてジェイド自身もそこを訪ねているらしい。






これにてネビリムイベント終了
戦闘シーンは悩みましたが全カット。脳内妄想パーティはあれど文章に出力できなかったため。
次の小ネタは恐らくにょたモース様。あるいは掲示板ネタ再来


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

モース様がもし女性だったら その2

前回の予告通りにょたモース様IFとなります

過去にこんなことがあったら面白いなあという妄想爆発


「フフ、随分と久しぶりねモース。相変わらずいつでも綺麗ね、あなたは」

 

「以前の訪問の際はあなたの体調が芳しくなかったものですから。あなたもいつまでも変わらず美しいですよシュザンヌ」

 

 バチカルはファブレ公爵家の屋敷にて、私はファブレ公爵夫人との久々の会話を楽しんでいた。

 きっかけは彼女の体調が悪化し、薬の原料となる特殊な素材を採取するためにルーク、アッシュと共にキノコロードを訪れたこと。無事に薬の原料を採取し終えた私達は、クリムゾンから感謝の印として歓待を受けていた。

 

「体調が多少良くなったとはいえあまり無理をするものではないぞ」

 

「自分の身体のことは自分が一番分かっていますよ。心配してくださるのは嬉しいですけれどもね」

 

「その、モース様はともかくどうして私がここに......?」

 

「そんなに緊張なさらないで、ティアさん。少し女同士でお話がしたかったのよ」

 

 シュザンヌの私室にいるのは部屋の主たる彼女と私、そして彼女の夫であるクリムゾンと何故かティアだった。恐縮してばかりいるティアにシュザンヌは朗らかに微笑みかける。とはいえ、ティアは過去にルークをマルクトまで吹っ飛ばしてしまった禊としてここで使用人として働いていたこともある。そのときの意識も相まってこの場でリラックスして、というのは中々無理な注文だ。

 私とシュザンヌ、クリムゾン、ティアという異色の面々で囲まれたテーブルで、昼食後のティータイムは過ぎていく。

 

「ここ最近は預言(スコア)を詠みに来ることも無くなったから寂しかったのよ、モース? てっきり私とはもう会ってくれないのかと思っていたわ」

 

「そうは言っても以前は毎月顔を合わせていたでしょうに。そもそも何年の付き合いだと思っているのですか」

 

「えぇっと、モース様とシュザンヌ様は長いお付き合いなのですか?」

 

 わざとらしくよよ、と泣き真似をするシュザンヌをため息混じりにあしらっていると、その気安い空気を不思議に思ったティアが私に問うてくる。

 

「そうですね、もう数えるのも億劫な年の付き合いになります」

 

「私とモースが初めて会ったのはいくつのときだったかしら。私が社交界デビューする年だったから、十六歳のときからの付き合いになるのね」

 

「そんなに昔から!?」

 

 顎に人差し指を添えて年を数えるシュザンヌにティアが目を丸くする。確かにキムラスカの王妹とダアトの一介の教団員がどうしてここまで長い付き合いになっているのかと思うのも不思議ではない。というより、私自身もここまで長い付き合いになるなど思ってもみなかったのだから。

 

「うふふ、モースは当時のキムラスカ社交界の華だったものね?」

 

「モース様が社交界の華......」

 

「仮にもダアト所属の人間を華扱いするのはいかがなものかと思いますよ、私は」

 

 何故か嬉しそうに語るシュザンヌに私は眉間に寄りそうなシワを指で揉んで解す。当時、大詠師どころか詠師ですら無かったにもかかわらず、異例の早さで律師に昇格した女性として当時の導師や大詠師に連れられ,バチカルやグランコクマを訪れることがあった。そういった導師や大詠師訪問の際は、キムラスカ、マルクトどちらでも王室主催で社交界が開催されるのが通例となっており、それを断ることも出来ずに壁の花に徹していた私にいつの間にか分不相応な渾名が付けられていた、という訳だ。

 

「美しく寡黙、けれどもいざ話してみれば物腰柔らかで機知に富み、貴族顔負けの教養を持った黒髪の女律師を誰がオトすか、当時のキムラスカ貴族の間ではそんな話で持ちきりだったわ」

 

「私はそもそも導師様の面子を潰さぬように場に居ただけで、誰かと踊ったり歓談する気は全く無かったのですよ」

 

 だが、話しかけられれば邪険に対応するわけにもいかない。失礼にならぬように対応していれば、気づけばただの壁の花が危うく宴の中心に担ぎ上げられそうになっていた。

 

「そんな態度の癖に意味深に微笑んだりするから殿方は勘違いするのよ?」

 

「意味深でも何でもなくただの愛想笑いですよ」

 

 シュザンヌの困ったものを見る目に抗弁する。社交界に参加している以上、私の一挙手一投足でローレライ教団の印象が悪くなってしまうかもしれないとなれば、話しかけられればそれなりの対応をしなければならないのは当然の話。

 

「そうして多くの幼気なキムラスカ貴族男子を手玉に取っていたのがモースだったのよ」

 

「シュザンヌ、ティアにあまり偏った印象を植え付けないでいただけますか?」

 

「いえ、その、モース様には悪いのですが少し納得がいきます」

 

「ティア!?」

 

 何故かシュザンヌの話を聞いたティアがうんうんと頷いている。そんな悪女のような振る舞いをした覚えはないというのに。

 

「モース様は今も綺麗なんですし、お若い頃に社交界になんて出ていれば当然そうなるかと」

 

「褒めてもらっているのに釈然としませんね......」

 

「身内からもそう言われるということはダアトでの普段のお前の姿もよく分かるな、モース」

 

 今まで黙ってお茶を飲んでいたクリムゾンがここぞとばかりに突いてくる。この男、シュザンヌが楽しそうに話をしているときは話題に入れなさそうに黙っていたくせに。

 私はため息を一つ溢すとカップの茶を口に含む。このまま私ばかりがからかわれるくらいならば、目の前で面白そうにしているこの夫婦も道連れにしてやらないと気が済まない。

 

「なるほど、では私も当時の面白い話をしてあげましょう。そこで笑っているお二人と私がどうしてここまで気安い関係になっているのか、というお話をね」

 

 


 

 

「いかがです? 私と一曲、踊っては頂けませんか」

 

 もう何度目になるか分からない誘い。ここまで来るとどうやって断るかを考えるまでもなく口が動くようになってしまっていた。

 

「お誘いは大変嬉しいのですが、私のような不調法者ではあなたと踊るには釣り合いません。どうぞ、私などに構わず」

 

 キムラスカやマルクトからの招待状に導師、大詠師と並んで私の名前が載るようになったのはいつからか。幾度目か分からないバチカルでの社交界でも、私は居心地の悪さを覚えないではいられなかった。周囲には赤や黄、明るくきらびやかなドレスに身を包んだ美しい令嬢達がたくさんいる。私はそうしたドレスを持っていないからと最初の方は参加を断っていたが、いつからか私の預かり知らぬところで夜会用のドレスが仕立てられるようになっており、今日の私はオブリークネックラインの濃紺のドレスに身を包み、壁の花に徹していた。

 華やかな色合いの中に一人だけ暗い色のドレスに身を包んだ女がいれば目立ちもする。それに、私は物心付いた頃からこの頭に巣くう呪わしい記憶のためか、どうにもこうした場を素直に楽しむ気になることは出来なかった。自分と似ても似つかない男が周囲の全てを巻き込んで破滅していく記憶。自分ではないはずなのに、この上なく自分であると確信できてしまうそれに悩まされ、いつしかその未来になることを避けるように、記憶の中の男のようにならぬようにと自らを権力から遠ざけるようになった。

 そのくせ、こうして社交界には出ているのだからつくづく救いようのない女だ、私も。本当にあらゆる権力から自分を遠ざけたいのであれば断固としてこうした催しからも距離を置いただろうに。

 

「まぁまぁ、そう仰らず。踊るのがお嫌でしたら少しバルコニーで夜風に当たりましょう」

 

 普段ならば一度断れば引き下がっていく。だが今夜私に声をかけてきた男性はそこで諦めるような方ではなかった。それどころか、私の背に手を添えて私を連れ出そうとしてきた。そういえば彼は今まで社交界で見たことがない。最近社交界デビューし、そこで不本意ながら以前から噂になっていた私に声を掛けてきた、というところだろうか。こっそりと周囲を窺ってみれば、こちらを幾人かの青年達がにやにやと笑いながら観察しているのが目に入る。どうやら私はいつの間にやら青年達の腕試しの的となってしまったらしい。

 

「お戯れが過ぎますよ」

 

「もっとあなたとお話がしたいだけですよ」

 

 やんわりと身を躱そうとするも、添えられた手に力が籠められる。ダアトの律師である私であれば多少強引であっても許されるだろうという打算だろうか。

 これ以上しつこいようであれば無理矢理になってしまっても逃げ出そうかと考えていると、それより前に私の肩を引き寄せられるのを感じた。

 

「そこまでしておいては如何ですかな」

 

「げっ、クリムゾン、様」

 

 私を引き寄せた腕の主を見れば、その先には鮮やかな紅。

 

「今宵は珍しいお客様もお見えな上、まだ社交界に慣れておられない貴殿が浮わついてしまうのも理解は出来ますが。この方はキムラスカ王家が招待した客人。あまり無体を働くと良いことにはなりませんぞ」

 

「う......、そうですね。少し酒が回ってしまっていたようです。失礼いたします」

 

 クリムゾンの威圧に怯んだのか、青年はサッと私から離れると、そそくさと退散していった。遠巻きにそれを眺めていた仲間の青年達もあからさまに視線を逸らし、私達から離れてホールの反対側へと逃げていった。

 

「助かりました。どのように断ったものかと思っておりましたので」

 

「申し訳ない。あなたは良くも悪くも有名になってしまっているもので」

 

 青年が去るとすぐさま私を解放したクリムゾンはそう言って私に軽く頭を下げる。それをやんわりと制しながら私も口を開く。

 

「頭を上げてください。公爵家のご子息であるクリムゾン様がそう易々と頭を下げるものではありませんよ。社交界に顔を出しておきながら壁の花に徹する私の態度にも問題はあるでしょう」

 

「こういった場にあまり乗り気でないのに幾度も招待しているこちらにも非はある」

 

 言いながらクリムゾンはバルコニーを手で示す。そこに先ほどの青年のような下心はなく単純にこちらを気遣ってくれていること、そしてこれ以上このホールに身を置いているのも少々居心地が悪いため、彼の誘いに乗ってバルコニーに出ることにする。

 

「最近の若い貴族連中の間では誰が黒薔薇を手中に収めるのかということが専らの噂だ」

 

「黒薔薇、ですか」

 

「暗い色調のドレスを着こなす黒髪の麗人。昼間の庭では鮮やかな他の薔薇に負けていても、月下では神秘に煌めき近づけば芳香に薫る。中々洒落た渾名だと思うが」

 

 随分と過分な評価をされたものだ。まさか目立ちたくないからと暗い色のドレスばかりを来ていることが逆効果になっているとは。

 

「噂と実物のあまりの落差に実際に目にした方は落胆しそうですね」

 

「そうだろうか? 私は噂通りの人物だと思って名付けた人間に感心しているが」

 

「女性を喜ばせるのが上手ですね。そうした言葉は私以外の女性に掛けてあげるべきだとは思いますが」

 

 ホール内の喧騒から切り離されたバルコニーでクリムゾンと会話を重ねる。彼の視線は私の身体を舐め回すようなものでも、値踏みするようなものでもない。友人としているような気安い会話は今夜のパーティで疲れた私には嬉しいものだった。話題はキムラスカの貴族で話題になっていることに留まらず、キムラスカとマルクトの外交やキムラスカとダアトの関係など、およそ夜会には似つかわしくないが、私達にとっては楽しい会話が繰り広げられる。

 

「なるほど、こうして話してみてやはりモースが他の貴族を狂わせるというのがよく分かった」

 

「この短時間で物言いに遠慮が無くなりましたね、クリムゾン様」

 

「公爵家嫡男と真っ向から政治について語れる女に遠慮など無用だろう。こんな才能を抱えているダアトが羨ましいな」

 

「何を心にも無いことを」

 

 そう言って二人して笑う。話した時間はそう長くないはずだが、私の認識はとっくに目の前の男を悪友と認識していた。

 

「本心だとも。こうして話が弾むような女性は稀だからな。ただ安易に我が国の貴族の女性観を破壊するのは遠慮してくれ」

 

「私は別にそのようなことをしているつもりも、するつもりも無いのですが......」

 

 あんまりなことを言うクリムゾンをジト目で睨み付ける。一度遠慮しないで良いと分かるとこの男はどこまでもずけずけと好き勝手に言ってくれる。

 

「冗談だ。そろそろ今夜はお開きになるだろうが、どうする。戻るか?」

 

「いえ、このまま終わるまでここで時間を潰していますよ。クリムゾン様は戻られた方がよろしいかと。私とこれ以上ここに居ると良からぬ噂を立てられかねません」

 

「そうは言うが私も女性らの熱烈なアプローチから逃げてきたクチでな」

 

 クリムゾンは気まずそうに深紅の髪を撫で付ける。どうやらあの場から逃げ出そうとしていたのは私だけではなかったらしい。

 

「困ったものだ。まだ内々の話だが、私は陛下の長女であるシュザンヌと婚約している。とはいえあまり断り続けるのも心苦しいと思っていたところだ」

 

「それで他国の女性を盾にしようだなんて、あなたも中々どうして良い性格してますね」

 

「お互いに利益があるとは思わないか?」

 

「あなたにとって醜聞になる可能性が高いのですが......」

 

 そう言うがクリムゾンは気にする素振りを特に見せない。私が今この場での出来事を意味深に吹聴するだけで彼どころかファブレ公爵家にとっても大きな瑕疵になってしまうというのに。そうでなくとも、周囲の者が面白おかしく騒ぎ立てても不思議ではない。

 

「そういうことをするような者でないことはこの時間で分かっている。それにファブレ公爵家を相手に確証も無い話でそうまでして騒ぎ立てる愚か者も我が国にはおらんよ」

 

「また随分と自信家なことで」

 

 つまりは私がこうした場でクリムゾンを盾にしたとしても気にする必要は無いということ。そうやって私を庇うことをクリムゾンだけでなく公爵家としても黙認しているということらしい。もしかすると、最近のキムラスカ貴族の間での噂を耳にした王家の意向もあるのかもしれないが。

 

「何にせよ、そちらは気にせず我が国と繋がりを作っていけば良い。面倒事はこちらに任せておけ」

 

「そうして恩を売ってあなたに得があるとは思えませんが」

 

「得ならあるとも。今日話して分かったが、あなたは将来更に上り詰めるだろう。そのときにこの恩を返してくれれば良い」

 

「......空振りに終わっても知りませんからね」

 

 どこか確信を持ったように話すクリムゾンに私はこれ以上言ってもどうにもならないだろうと諦め、彼が差し出した右手を握り返す。向こうが恩を売ってくれるというなら、売ってもらえるだけ売って頂くことにしよう。

 

 


 

 

「そうして以降はキムラスカでの催しに出るときはクリムゾン様にエスコートしていただくことが増えたのですが、それが原因でシュザンヌ様に睨まれてしまったのですよ。当時は互いにそんなつもりも無いのにシュザンヌ様に邪険にされるものですから、焦ったクリムゾン様の顔は面白いものでした」

 

「もう......、あのときは悪かったと思っているわ」

 

「こうして大詠師になっているのだから、当時の私の見る目は確かだったということだな」

 

 シュザンヌは恥ずかしげに顔を赤らめているが、クリムゾンといえばうんうんと頷いている。この男は無敵なのだろうか。

 

「一時はダアトまで噂が広まったせいで私も大変な思いをしたんですがね」

 

「それはこちらの預かり知るところではないな。別にその噂が事実になってもこちらは困らん」

 

「さらっととんでもない事を言いましたね?」

 

 クリムゾンの口から飛び出した言葉を咎める。

 

「キムラスカは優秀な人物を取り込める。ダアトはキムラスカと繋がりを深く出来る。どちらにとっても得があることだろう」

 

「清濁併せ呑み過ぎですよ、その考え方は」

 

 ため息が出るのを我慢することは出来なかった。

 

 






青年貴族の女性観絶対破壊するウーマンと化したモース様という毒電波を布教していく


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

【モース教】TOA実況版Part26【爆誕】

704:名無しのレプリカ

先々週のインパクトは強烈でしたね...

 

707:名無しのレプリカ

モース様渾身の演説。これはローレライ教団モース派設立待った無し

 

709:名無しのレプリカ

未だにそれが出来てないのは何故なんです

 

712:名無しのレプリカ

そして先週のライガクイーンとの共闘である。ついにこのオッサン魔物にもモテ始めてるぞ

 

715:名無しのレプリカ

ライガクイーンが理性的過ぎる問題

 

719:名無しのレプリカ

>>715 1周目でも割りと理性的というか住み処焼かれてチーグル絶滅させてないだけ有情では?

 

723:名無しのレプリカ

なお人間の村から食料を盗む聖なる畜生

 

726:名無しのレプリカ

>>723 ソーサラーリング持ってて意志疎通出来るだけで畜生は畜生だから多少はね?

 

728:名無しのレプリカ

>>723 チーグルは可愛さ全振りだから...

 

729:名無しのレプリカ

群れの女王が背中に乗せる。これは群れの長ですよ

 

733:名無しのレプリカ

アリエッタのパパだからね、ママも気を遣うよね

 

735:名無しのレプリカ

モース×ライガクイーン?

 

738:名無しのレプリカ

モース様はケモナーだった...?

 

739:名無しのレプリカ

四足いけるのはレベルが高すぎる

 

741:名無しのレプリカ

今週はどこまで話が進むのかね

 

742:名無しのレプリカ

残り話数考えるといくらかはしょるとしてもフェレス島、ダアト襲撃、ラルゴ関連、ラジエイトゲート、リグレット、ヴァンと最低でも6話使うぞ

 

745:名無しのレプリカ

>>742 後半のイベントが濃すぎる...

 

748:名無しのレプリカ

そして今週も始まったわよ

 

749:名無しのレプリカ

来たわね

 

751:名無しのレプリカ

今週はアリエッタとの空中散歩からスタート

 

754:名無しのレプリカ

モース様にもたれ掛かって鼻唄歌ってるの可愛すぎか?

 

758:名無しのレプリカ

向かってるのはケセドニアとな?

 

762:名無しのレプリカ

今日の護衛係はフェム君

 

766:名無しのレプリカ

シンクに次いでゲーム内でも存在感あるフェム君

 

767:名無しのレプリカ

行く先々に現れては情報をくれる便利屋さん

 

770:名無しのレプリカ

ケセドニア周辺でスコアラーがいるという噂の捜査か。それって大詠師の仕事ですか?

 

774:名無しのレプリカ

相変わらずフットワークの軽いお方...

 

777:名無しのレプリカ

それでこの人はリグレットと出くわして怪我したのを忘れたんですかね...

 

779:名無しのレプリカ

ゲーム内じゃ語られなかったアニオリ回か

 

781:名無しのレプリカ

あ^~街中でお買い物してる三人組が愛おしいんじゃ^~

 

785:名無しのレプリカ

軽率にアリエッタに宝石なんか贈りやがって...お前がパパになるんだよぉ!

 

787:名無しのレプリカ

へぇ、デートじゃん

 

790:名無しのレプリカ

こういう穏やかなパートが挟み込まれる回は絶対にどっかで心を抉りに来るんだ。俺には分かる

 

793:名無しのレプリカ

ここでフェム君が怪我するんですね分かります

 

794:名無しのレプリカ

アリエッタがモース様庇って怪我するんでしょ?

 

796:名無しのレプリカ

>>790,>>793,>>794 ここまでの話で訓練された視聴者達

 

797:名無しのレプリカ

そして見つけてしまった怪しい集団

 

801:名無しのレプリカ

やっぱり不穏な空気になるじゃないか!

 

805:名無しのレプリカ

1周目でシンクがやってたレプリカ情報抜き取りのための扇動か

 

807:名無しのレプリカ

ここではモブスコアラーがその役目を担ってるのね

 

810:名無しのレプリカ

モース様ここでアリエッタをパージ

 

812:名無しのレプリカ

一番機動力に優れる味方をパージする迷采配

 

816:名無しのレプリカ

自然に聴衆に紛れて話を聞くんじゃない

 

817:名無しのレプリカ

モブスコアラーもまさか大詠師が話を聞いているとは思うまい

 

819:名無しのレプリカ

釈迦に説法とはこのこと

 

822:名無しのレプリカ

なんならスコア脱却派のくせに一番スコアの強制力を信じてるからなモース様

 

823:名無しのレプリカ

でかい船に群衆を連れていくのか。ここでレプリカ情報抜いてたのかね

 

825:名無しのレプリカ

こんなのが堂々と停泊してるとかケセドニアの警備体制ガバガバ過ぎない?

 

826:名無しのレプリカ

そんなあからさまに怪しい船にノコノコ乗り込むんじゃないよこの大詠師は

 

830:名無しのレプリカ

どこぞの冬木の優雅さまレベルでうっかりなのでは?

 

833:名無しのレプリカ

フィジカルつよつよのくせに心の贅肉だらけで不意討たれまくるモース様笑っちゃうんすよね

 

837:名無しのレプリカ

うっかり属性付けないと一人で全部解決しちゃうからね、仕方ないね

 

841:名無しのレプリカ

モース様倒れて渾身の病弱アピール

 

844:名無しのレプリカ

なんで打ち合わせもなしにこんなに連携とれてるんです?

 

847:名無しのレプリカ

普段からの家族ムーブの賜物だな

 

848:名無しのレプリカ

そしてあっさりと個室に通されるモース様

 

851:名無しのレプリカ

勝ったな...ってうわぁぁああ!

 

854:名無しのレプリカ

ぎゃあああああ!

 

856:名無しのレプリカ

モース様の目がぁああああ!

 

858:名無しのレプリカ

痛い痛い痛い痛い!

 

861:名無しのレプリカ

またイオン様の目からハイライト消えちゃうのぉぉぉ!

 

864:名無しのレプリカ

だからアリエッタも近くに置いておけと

 

868:名無しのレプリカ

というか今までで一番モース様にダメージを与えたのがまさかのモブとかマ?

 

872:名無しのレプリカ

まさかこのモブスコアラーがアビスにおけるターバンのガキ枠だったとはこのリハクの目を(ry

 

874:名無しのレプリカ

>>872 モース様はサウザーだった?

 

878:名無しのレプリカ

>>874 CV銀河○丈のモース様?

 

882:名無しのレプリカ

テイルズオブジアビス(イチゴ味)の発売はいつですか...?

 

885:名無しのレプリカ

ダアトの執務室に入ろうとするたびに膝を刺されるモース様が見られるのか

 

888:名無しのレプリカ

スコアラーのガキか...

 

892:名無しのレプリカ

CM明けはディストによる治療とお説教からスタートね

 

895:名無しのレプリカ

モース様何回ディストに怒られてるんですかね

 

899:名無しのレプリカ

それでも律儀に治療してくれるあたりディストの好感度の高さが分かる

 

903:名無しのレプリカ

怪物であれば良かったとか言い出したぞこの大詠師

 

906:名無しのレプリカ

お前どこぞの神父かよぉ!

 

907:名無しのレプリカ

誰かアーカードの旦那呼んできて!

 

911:名無しのレプリカ

サウザーだったりアンデルセンだったり忙しいなこのオッサン

 

912:名無しのレプリカ

モース様何をディストに頼もうとしてるんですか...

 

914:名無しのレプリカ

ディストが本気で拒否してるのに無理矢理押さえ込むモース様

 

915:名無しのレプリカ

まーた軽率にモス×ディス派にエサを与えていくー

 

919:名無しのレプリカ

モース様、ディストに記憶をカミングアウト

 

921:名無しのレプリカ

三つのお願いとな?

 

924:名無しのレプリカ

絶対にろくでもない願いだゾ

 

925:名無しのレプリカ

ここでお願いは伏せるのかよ!いやディストの怒りようで大体の内容は分かったけどさ

 

928:名無しのレプリカ

なるほどな、これでフェレス島に繋がるわけだ...

 

931:名無しのレプリカ

ここまでディストの声に力がないのは初めてじゃないか

 

932:名無しのレプリカ

ディストがマッドサイエンティストからただの良妻になってるんですが

 

934:名無しのレプリカ

ディスト、早くハイマン君に聞かせるんだ。そうすればモース様監禁ルートに入るゾ

 

938:名無しのレプリカ

>>934 申し訳ないが狂信者はNG

 

939:名無しのレプリカ

>>934 モース様が死ねと命じたらいの一番に死にそうなガンギマリ勢はヤメロォ!

 

941:名無しのレプリカ

多分ハイマン君以外にも監禁に関与する人間がいるんですが

 

943:名無しのレプリカ

眼帯装備でダアトでルーク達を迎えるモース様が痛々しい

 

945:名無しのレプリカ

やっぱりイオン様の目からハイライト消えたじゃないですかーやだー

 

949:名無しのレプリカ

ちゃんと首輪しとかなきゃダメでしょ

 

953:名無しのレプリカ

モース様がやんちゃな子犬扱いで草生えますわ

 

957:名無しのレプリカ

なおこの後の展開

 

961:名無しのレプリカ

>>957 草枯れますわ...

 

962:名無しのレプリカ

モース様話変えるの強引すぎない?障気被害は確かに大事だけども

 

963:名無しのレプリカ

気づけルーク達...

 

967:名無しのレプリカ

あっさり口車に乗せられてベルケンドに向かおうとしてんじゃねぇぇ!

 

971:名無しのレプリカ

おいジェイドお前のメガネは飾りか!そういや飾りだったわ!最終決戦で普通に外してたね君!

 

975:名無しのレプリカ

卑屈になったせいで頭の切れも弱くなったんかこのネクロマンサーは

 

976:名無しのレプリカ

ガイはもっと考えてることを共有せんかい!

 

978:名無しのレプリカ

まさかな...じゃないんや!

 

981:名無しのレプリカ

どいつもこいつも一言足りない...お前ら全員碇ゲンドウか!

 

984:名無しのレプリカ

そしてガイのまさかな発言で今週もED

 

986:名無しのレプリカ

これ来週が問題の話やんけ!

 

987:名無しのレプリカ

今から心が軋むんですが?

 

988:名無しのレプリカ

おっと、Cパート

 

989:名無しのレプリカ

誰も犠牲を出さないですむ方法、そんなものがあるとすれば...じゃないよ!

 

991:名無しのレプリカ

なんで不穏なモース様の台詞で締めたんですか

 

993:名無しのレプリカ

誰も犠牲を出さないですむ(ただしモース様除く)とかやめーや

 

997:名無しのレプリカ

嫌じゃ、来週見るのが今から怖いんじゃ

 

999:名無しのレプリカ

この引きで来週までお預けとか製作陣はドSしかいないのでは?

 

1000:名無しのレプリカ

助けてローレライ!

 

1001:名無しのレプリカ

このスレは1000を越えました。もう書き込めません

 _/レz_

  >ヘ <

  //^レヘ_≧ スレハウマッタケド

 |リ゚‐゚|| オレハワルクネェ!!

 ノ<_リÅリ>つ

  /∪==ヘヽ

  VL∧亅ソ

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

他から見た大詠師

ふと思いついた小ネタ

本編モース様がダアト関係者からどう見えているのか妄想
時系列は多分本編前


証人その1 ハイマン

 

 

 日が昇ると同時に目を覚ます。ダアトのローレライ教団本部内でこの時間に起きて活動しているものは稀だ。それこそ夜番の兵か港の漁師達、それと熱心な商人くらいのもの。たかが教団員である自分がこの時間に目を覚ましているのは当然ただの趣味というわけでは無い。この時間には既に起きて訓練に精を出しているであろう自身の上司を迎えるためだ。

 手早く身支度を整え、パンを一つ腹に収めて自室を出る。向かう先は今のローレライ教団本部の中で最も重要な人物の執務室。部屋の主はまだ来ていないが、自分は合鍵を頂いているため困ることは無い。今の仕事を始めたばかりの頃は、あの方が訓練を終えて部屋に来られるのを扉の前で出迎えるのが習慣になっていた。最初はそこまでしなくても良いと窘められていたが、私が自発的にそうしているのだということを理解して頂いてからばこの部屋の鍵を渡され、先に部屋に入っていることを許された。この鍵は私の居室の鍵以上に大切なものであり、私財の大半を叩いて購入した細いながらも耐久性に優れたミスリルのチェーンに通して首から下げて生活している。これを我が身から離すことは鍵を頂いてから一時たりとも無い。

 

 部屋に入ると灯りを点け、昨夜のうちにあの方が片付けてしまった書類に目を通す。大詠師であるあの方に集まる仕事の量は膨大だ。まともにやっていればとても一人が処理できるものではない。だからこそ一つ一つの案件に対する精度は落ちていく。それを補佐するのが詠師の仕事だが、そも詠師の仕事ですら激務なのだ。だからこそ自分が補佐として役に立てていることに喜びを感じている。

 修正や不認可となった書類をまとめた後は未処理のものを仕分ける作業に移る。緊急性の高いものから順に並べ、自身に与えられた権限で判断しても良いものは別の山に積み上げる。もう慣れ親しんだ朝のルーチンワークを熟していると、静かに扉が開く音が耳に入る。

 

「おはようございます、ハイマン君。今日も早くから来てくれてありがとう」

 

「おはようございます、モース様。今日も朝から訓練をされてきたのですね」

 

 部屋に入ってきたのは自分の上司であるモース様。汗を流してきたのだろうか、少し髪が濡れている。それを見た私は朝の換気の為と開けていた窓を閉じる。

 

「何か温かいものを用意します」

 

「いえいえ、構いませんよ。そのまま座っていて下さい。私が用意しますから」

 

 席を立とうとした私を制してモース様は茶器の下まで歩くと、テキパキと二人分の茶を用意してくださる。しまった。次からは言う前に動かなくはいけない。固辞するのも失礼と、カップを受け取った私は暫しの休憩を取る。私はモース様が手にタオルを握っているのに目を留めた。いつもお使いになられているものとは違う。ということは、

 

「モース様、今日はカンタビレ様も訓練に?」

 

「おや、良く分かりましたね。ええ、偶然練兵場に来ていましたから、ちょうど良いと彼女の厚意に甘えて稽古をつけてもらっていました」

 

 何となくです、と誤魔化しながらモース様に続いて私はカップに口をつける。偶然、偶然と言うが……、こんな早朝からわざわざ練兵場に足を運ぶ人間がモース様以外に早々いるとは思えない。とはいえカンタビレ様も多忙なため、例えば夜番の仕事明けに訪れた、ということもあるのかもしれない。

 

「それで、今日の予定についてですが……」

 

 私はそこで思考を打ち切って話を変える。朝のひと時はお茶と茶菓子を楽しみながら、その日の予定についてすり合わせる時間でもある。今日は珍しくどこかに出掛けなければならない公務は無い。本部内で詠師達との会合がある他、導師様と定期的に行っていらっしゃる打ち合わせ等、ダアト内で事足りる用事だけだ。とはいえ、それは日中の話になるが。

 

「そして今日の夜に出る最終の船でバチカルに向かいませんと」

 

「用向きはいつもの預言(スコア)でしょうね。では移動時間中に出来る仕事もまとめておかないといけませんね」

 

「それでしたらここに」

 

 私はそう言って自身の机の上にまとめられた書類の束を示す。緊急性はそこまで高くないが、モース様の裁可が必要な案件だ。中にはキムラスカとの交易に関する内容もある。モース様の予定の管理も私の仕事の一つである以上、こうして先回りして仕事をしやすいように整えておくのが自分に求められることだ。

 

「ありがとう。ではこれは船で片付けることにします。午前の会合の前に片付けられるものは片付けてしまいましょうか」

 

 その言葉と共に朝のささやかな茶会は終わりを告げる。モース様からカップを受け取って片付けた後は教団本部が活動し始めるまでは二人だけの静かな仕事の時間になる。カリカリと書き物をする音と、ペらりと紙をめくる音、時折、二言三言程度の言葉を交わす他に発する音は無い。そんな時間が、私はこの上なく好きだった。余人の邪魔が入らず、黙々とモース様と仕事を進められるこの時間が。誰よりも優しく、そして誰よりも自身を厳しく律するこの方は間違いなく歴代最高の大詠師だと、胸を張って言える。あの痴れ者の似非詠師が嘯くユリアの預言(スコア)に詠まれた未曽有の繁栄などより、自分にとってはこの方の言葉の方が遥かに重たい。

 もちろん最初からそうだったわけでは無い。補佐に任じられる前、一教団員でしか無かった頃はあまりにも先進的なモース様の考えについて行けなかった。そも、預言(スコア)に関する考え方としてはあの痴れ者と同じだったと言っても良い。それがいつから変わったのだったか。

 

「そう言えば、今日の会合には詠師オーレルも出席するので?」

 

「ええ、前回は欠席でしたが、今回は出られるようですよ」

 

「欠席でも良かったものを」

 

「そう言うものではありませんよ。彼とて己の職務に忠実なだけなのですから」

 

「堂々と導師様に実権など無いと公言する輩ですよ」

 

「まあ今のダアトは大詠師が出しゃばり過ぎていると言われては否定出来ませんからね」

 

 苦々しく呟いた私をモース様は苦笑しながら窘める。モース様の献身を知らぬ外野がよく吼えたものだと言いたくなる。この方が自らの贅沢に耽っている姿を見たこと等一度も無い。ダアトにいる間、最もこの方と長い時間過ごしていると言える私が証人だ。華美な服を着ることも無く、常に大詠師に与えられるローブに身を包んでいる。キムラスカやマルクトに向かう時ですら正装なのだからとそれで行くのだから。他の詠師連中のようにジャラジャラと宝石を身に付けていることも無い。よく商人が訪れては宝石を購入してはいるようだが、自身で身に付けるのではなく部下への報奨として用意しているだけだ。この方自身が身に付けたり、私財として溜め込んでいたりしておらず、傍から見ていて清貧を貫き過ぎていると言える生活ぶりなのだ。

 

「自分達は甘い汁を啜っているのを見逃してもらっておいて、よくも言ったものです」

 

「人は清いところもあれば濁ったところもある。全体の天秤が清に傾いていればひとまずは良いのですよ」

 

 天秤が傾き過ぎて片方の皿が地に着いているどころか地にめり込んでいる人がいるお陰で今のダアトは全体として清に傾いているのではないだろうか。そう言いたくなるのを堪えて私は整理が終わった書類をモース様へと手渡す。

 

「……何ですかその目は」

 

「いえ、何も」

 

 どうやら口に出すのは堪えられても目は口程に物を言う、ということらしい。

 

 


 

 

証人その2 トリトハイム

 

 

「相変わらずお忙しいですね、大詠師モース」

 

「これでもまだマシになってきているのですがね、中々要領が悪く」

 

 午前の会合が終わり、他の詠師達が退出した後の部屋に残ったのは私と大詠師モースの二人だけ。示し合わせたわけでは無いが、気が付けば定期的に行われるこの会合の後は私と大詠師モースとで二人だけの会合が始まるようになっていた。

 

「大詠師モースでそれでしたら私などは仕事のまったく出来ない愚か者ですな」

 

「何をおかしなことを。ダアト内の取り纏めを任せられる人物が愚か者のわけがありますまい」

 

 大詠師モースはそう言ってジト目をこちらに向けてくる。そう言われても、私程度の仕事ぶりなど目の前の男と比べるべくも無いだろうに。ローレライ教団の中で最大派閥である大詠師派のトップであり、なおかつ今のローレライ教団の大詠師、一手に実権を握っていると言って差し支えない彼が中立派という名の日和見主義者にダアトの内政を任せると最初に聞いた時は驚きのあまり冗談かと疑ってしまった。

 

「導師イオンと大詠師のどちらにも付かぬ半端者ですよ、私は」

 

「それを選べる人間は中々いないのですよ。だからダアトをあなたに任せたいのですから」

 

 今の導師イオンは身体が弱く、実権は大詠師モースがほぼ握ってしまっている。それ故に大詠師にすり寄って権勢を増そうとするもの。一方で導師イオンの唱える預言(スコア)の在り方を見直す考えに賛同する、あるいは単に大詠師への警戒を露わに導師派と表明するもの。ダアトが二分されて内紛にでもなればキムラスカやマルクトがそれを見逃すとは到底思えない。だからこそ私はどちらに付くことも選べなかった者をまとめて両勢力の仲立ちをせねばと考えた。皮肉にも、その意図を最も汲んでくれたのが一番警戒していた大詠師その人であったが。

 

「大詠師派からの反発もあったでしょうに」

 

「そういう者にはキチンと大任を担って頂いていますとも。ダアト内の取り纏めよりも余程大切な、キムラスカやマルクトの支部の取り纏めを」

 

 つまりはダアト内には一切噛ませないというわけだ。

 

「だから先ほどの会合でも散々私が詰められたのですよ、大詠師モース」

 

「それを凌げる人物だと私は信用していますよ、詠師トリトハイム」

 

「まったく、口の上手いお人だ」

 

 期待されること、自らの仕事を認められること、そして何より信頼すること。人を動かすには教導、受容、承認が必要だと、詠師として多数の部下を持つ立場になった人間であれば誰でも理解している。だが、この男ほどそれを忠実に実践している人間はいないかもしれない。前導師の頃から大詠師派の中で頭角を現し始めてきた彼に対する警戒は、彼が大詠師になる頃にはすっかり解けてしまっていたのだから彼の人心掌握術には恐れ入る。

 

「とはいえ、あまり無理をするのも考えものです。夜遅くまで頑張るのは結構ですが、あまり無理を出来る歳でも無いでしょう。今日は早く帰ってはいかがですか」

 

「よりにもよってあなたがそれを言うのですか」

 

 誰よりも早くから活動し、誰よりも遅くまで仕事に打ち込む人間から無理をするなと言われてはいそうですかと頷けるだろうか。

 

「私も褒められた働き方をしていませんが、だからこそ他の人はもっとゆとりを持てるようになればと思うのですよ」

 

「それはそうですが……」

 

「たまには早く帰って奥方を安心させてあげてはいかがです?」

 

「そう言うなら大詠師モースも身を固められては?」

 

「……むぅ」

 

 私の言葉に大詠師モースは難しい顔をして黙り込んでしまった。詠師になる前から彼は女性にモテないわけでは無かった。むしろ人気はあった方ではないだろうか。教団内でも実力を発揮し、神託の盾騎士団の訓練にも熱心だったのだから、同年代の男性の中では優良物件としてずっと名前が挙がっていたような気がする。何故この歳になるまで彼が独り身なのか、誰もが首を傾げるだろう。

 

「もはやこの歳になるとそういったことも考えられず……」

 

「だから無限に仕事をする譜業人形だなどと言われるのですよ?」

 

「一体誰ですかそんなことを言っていたのは……」

 

「あるいは大詠師モースは禁じられた譜術で自身の複製を造って交代制で働いている、等々」

 

「ハハハ……、それはまた突飛なことを言う者もいたのですね」

 

 乾いた声で笑う大詠師モース。少し顔が引き攣っているのはやはり陰で仕事人間と言われているのは多少堪えたのだろうか。

 

「そう言われる程度にはあなたも無理をしているのですから、休んでもバチは当たりますまい」

 

「そう、なんでしょうか」

 

 そう言って大詠師モースは何とも言えない表情で視線を落とす。時折、彼はこうして考え込むことがある。それはこうして他愛のない話に興じているときだったり、黙々と仕事をしているときだったりと様々だが、いつもその目が辛そうに歪むのだ。ここではないどこか遠くを見据えて。

 

「……大絵師モースは今日は導師イオンにお会いしましたか?」

 

「いえ、まだですが。それが何か?」

 

「では時間を見つけて導師イオンとお話しされると良いでしょう。お互いに良い息抜きになるでしょうし」

 

 導師イオンと話されているときの彼の目は、少なくとも今よりは辛そうなものではないのだから。という言葉は飲み込んだ。大詠師モースが人知れず抱えている痛みを癒やせるのは今は導師イオンだけなのだろうから。

 彼は大詠師になってから、いやなる前からずっとダアトに尽くしてきた。ならば少しくらい報われても良いではないか。そう思ってしまっている私は、中立派などではなく立派な大詠師派なのかもしれない。



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。