ゆずソフトの小説 (かんぼー)
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PARQUET
神様の賭け事(PARQUET 城門ツバサ×喫茶ステラと死神の蝶 明月栞那)


注:元作品のネタバレ含みます!!

かんぼーです。
ゆずソフトSOURさんのデビュー作品PARQUETと喫茶ステラと死神の蝶のクロスオーバーを作ってみました。時系列的にはPARQUETのエピローグからアフターまでの間です。

初長編にして、ゆずソ2作品のクロスオーバーとなかなか大胆に出てしまったことを後悔しています…思いついたネタがこれだったんです()

※キャラ崩壊や元作品の設定崩壊が起こっていることがあります。この点を理解できる方のみ、お読みになることを推奨します。
※誤字脱字等の指摘も受け付けています。



 俺たちが3人で暮らし始めてからしばらくたった。クリスマスの夜に茨木さんと約束した花見もちゃんと行うことができ、それもまた俺たちの心の中に楽しい思い出として刻まれている。

 日常生活はというと、三人で暮らすようになったとはいえ元から意識は三つあったわけで、特に変わったことはなかった。これまで通り、城門さんは昼間にアインザッツでバイト、夕方からは自由時間。一方で茨木さんと俺は昼間は自由に、夜は熊童さんのフラワーショップでバイトをしている。今日もまた俺たちのバイトの時間が近づいてきたのでそろそろ家を出ようかとしていた。

 

「茨木さん、そろそろ行こうか」

「うん、そうだね…ツバサさんはこの後どうするの?」

「ボクはこのあと人と会う用事があるのでね。その人とご飯を食べに行く予定だよ」

 

 城門さんが人と食事…なんだかめずらしいな。そもそも城門さんに知り合いなんているのだr―

 

「む。今、何か失礼なことを考えなかったかい?」

「き、気のせいだよ。さあ茨木さん、行こう」

「あーっ!逃げた!」

「…逃げたね」

 

 城門さんがジーっとにらんでくるのを横目に、俺と茨木さんはバイトに向かった。

 


 

「さて」

 

 二人がバイトに行くのを見送った後、ボクも準備をする。

 

「久しぶりに会うんだ。身だしなみもきちんとしないと…」

 

 数十分の支度ののち、家を出て駅に向かう。

 その人とは駅で待ち合わせをすることになっているのだ。

 

「…この時間帯でも肌寒くはなくなってきたね」

 

 なんせ、もう数週間でゴールデンウィークだ。そりゃ暖かくもなるよね。

 駅についてそんなことを考えていた時。

 

「あの…城門さん、ですよね?」

 

 背後からボクを呼ぶ声が聞こえた。

 ボクは振り返り、答える。

 

「うん、そうだよ。久しぶり、明月さん」

 


 

 移植施術が行われた後、ボクとリノ君は数日間の経過観察の後に施設の外に放り出された。

 そのころから今も住んでいるコンテナを改装した家で生活をしていた。

 明月さんと初めて出会ったのは、たしか昼間しか活動できない生活にも慣れて、またリノ君とも、申し送りという形ではあったがコミュニケーションが取れるようになってきて。そして自分の過去の記憶探しも初めて少しずつ成果も出てきたころだったと思う。

 

「すみません。誰かいますかー?」

 

 ボクが朝起きてリノ君からの申し送りを見終わった直後、来客があった。

 

「こんな朝早くに誰だろう?リノ君に宅配でも来たのだろうか?」

 

 でもリノ君からそんな申し送りはない。本当に誰だろう?

 

「どなたですか?」

 

 玄関扉を開けると、そこには一人の女性が立っていた。髪が長く白金色?をしていて、それが風で大きく揺れているのが特徴だった。

 

「初めまして。突然の訪問申し訳ありません。私は明月栞那と申します」

 

 明月さんはペコリとお辞儀をする。相手方から名乗ってきて礼儀正しい。宅配ではなかったけど、今のところ怪しい人物でもなさそう。

 

「そして、あなたが城門ツバサさんですよね?」

「え…?」

 

 前言撤回。怪しいかも。

 ボクは死んだことになっているはずだ。それなのにボクを訪ねてくる人がいるなんて。ボクの移植を行った研究者なら事実を知ってるはずだが、ぱっと見研究者のような風貌ではない。じゃあ、この人は一体…?

 

「はい…そうですけど…?」

「少しお話ししたいことがあるので、時間をいただいても構わないですか?」

「わかり…ました」

 

 とりあえず家の中に招き入れる。ボクがまだ生きていることを知っている人間だ。玄関先で話して、ボクに関する話を通りがかった他人に聞かれようものなら大変である。

 彼女をソファに座らせてお茶を出す。ボクが彼女の前のソファに座ったと同時に、彼女は話し始めた。

 

「先ほども申しましたが、突然の訪問申し訳ありません」

「いいや、ボクも今日は特に用事はないので大丈夫だよ。それにしてもボクのことを知っているなんて、なにか訳ありの人に決まっている。なら、話を聞いてみる価値はあると考えたんだ」

「確かにそうですよね。怪しく見られても仕方ないですよね」

 

 明月さんは少し考えるようなそぶりを見せる。

 

「…雑談でもして少しずつ親睦を深めるのもありかとは思いましたが、そうですね。今のうちにいろいろとぶっちゃけちゃいましょう」

「まだ明月さんには怪しいところがあるというのかい?」

「ええ、実は私は―」

 

 なんだろう、詐欺師とか泥棒とかだろうか。それだとリノ君にも迷惑かかっちゃうから嫌なんだけど。

 そう考えたら家に入れちゃったのまずかったかな…。子供の頃からずっと病院暮らしだったから「一人でお留守番」なんて経験ほぼなかったし…ごめんリノ君!!

 心の中でリノ君に懺悔している時、ボクの予想をはるかに超える言葉が明月さんから告げられる。

 

「―私は死神です」

「ん?し、しにがみ?」

 

 しにがみ?しにがみって「死神」のこと?そんなもの、実際に存在するの?

 あ、もしかしてこれって…!

 

「…リノ君。ボク、今死神が見えているんだ。どうやらボクは死んじゃうみたいだよ。まあ、もう既に一回死んでるんだけどね!!」

「あー、すみませんすみません!混乱するのはわかります。まずは落ち着いてください!」

 

~~~~~

 

「城門ツバサさんは以前に人格の移植を行ったんですよね?」

「うん。そうだね」

 

 明月さんの努力によってボクは何とか落ち着きを取り戻した。いやまあ、明月さんが死神であることを100%受け入れた訳ではないんだけど。

 

「わかりました。そのことについてお話というか、少し伝えておかないといけないことがあります。そうですね、まずは死神や魂についてお話ししましょう」

 

 そういうと明月さんはお茶を一口飲んだ。

 …お茶よりもコーヒーとか紅茶とかを飲んでる方が似合うなぁ。出す飲み物間違えたかも。

 

「私たち死神は、簡単に言うと人の魂が神様のところに帰るのを手助けするといった仕事をしています。なので、人の魂について詳しいのです」

「は、はぁ…」

「人の魂は死ぬと『体』という器を残して神様のもとに還り、そしてまた別の器に入り、別の命として地上に戻ってきます。いわゆる転生というものでしょうか?その繰り返しです」

 

 へぇ…。

 あたりまえだけど初耳。とてもじゃないけどすぐに理解できる話ではない。明月さんもそれをわかっているようで、ちゃんとボクに話を受け入れさせる時間を与えてくれる。

 

「あなたたちが行ったBMIによる人格の移植。あれは、どうやら『転生』とすこしばかり似ているようなんです。といいますか、まさか人格をデータ化して送るなんて技術が開発されて、それが実行されるなんて思っていませんでしたよ」

 

 明月さんは肩をすくめながらそう言った。

 …死神のような魂を扱う人たちにとっては想定外の事態なのだろう。人格移植の研究は凍結したはずだし今後はこういったことは起こらないはずだが…一応謝ったほうがいいのだろうか。いや、今は話に集中しよう。

 

「どうやら、記憶を移植するときにはこういうことは起こらないようなのですが、人格を移植するときには魂も何らかの要因で一緒に移植されてしまうようなのです。逆に言えば魂の移植が同時に起こるからこそ、城門さんは今も生きているということになります」

「…つまり、明月さんの話を簡単に説明すると、『城門ツバサ』という器から記憶と人格、そして魂を『茨木リノ』の器に移植した。それが今のボク達ってわけだね」

「はい。そうです。ですが、ここで問題が起きました」

 

 明月さんの声色が少し変わった気がした。ボクも息を飲んだ。

 

「通常は一つの器には一つの魂しか入らないんです」

「うん。そうだろうね。…あれ、ということは…」

「ええ。普通ならありえないことが起こっています」

 

 そうだ、『茨城リノ』の器には『城門ツバサ』『茨城リノ』の二つの魂が入っている。

 一つの器に二つの魂が存在している。なるほど、死神さんもボクのところに押しかけてくるわけだ。

 

「このようなありえないことが起こっていると…どうなるのだろう?」

「普通なら神様によってお二方の魂はすでに消し去られているはずです。こんな異常事態、神様が放っておくわけがありません。神様の仕事は世界の秩序を保つことですから。ですがお二方はまだ生きています」

「…それは、どうしてだい?」

「こればかりは神様の考えなので、はっきりとはわかりません。ですが、私の仮説としては城門さんが行っていることに理由があると考えています」

「ボクがしていること?」

「はい。確か、移植前の記憶を探しているんですよね?」

 

 記憶のすべてを移植させることは体に相当な負担を掛けることになる。だからリノ君の体に移植をしたボクの記憶はほんの一部である。

 過去の自分が何を考えていたのかを知る。そのためにボクは記憶探しを行う。ボクのためだけではない。リノ君のためにも。リノ君にできる限り迷惑を掛けないようにする。そのために。

 

「おそらくその記憶探しが、神様がお二方を消さない理由なのだと思います」

「どうしてそう思うんだい?」

「それに関してもはっきりとはわかりませんが…何か昔の記憶に手がかりがあるかもしれません」

「ボクの記憶に手がかりが…」

 

 それから先は正直あまり覚えていない。過去のボクの記憶に、ボク自身が考えている以上に何か重要なことがあるのかもしれないと考えてしまってあまり話が頭に入ってこなかった気がする。とにかく明月さんからは、今はまだ神様から何もされていないがそのうち審判を下される可能性があること。それを避けるために自分の記憶探しを続けて行うのががよいとアドバイスを受けた。あと、自分のような死神の存在は周りには話さないで欲しい、とも。

 そして明月さんの連絡先ももらった。もし何かあったら連絡してほしいとのことだった。まあ、この連絡先も今日久し振りに会うまで使うことがなかったわけだが―

 


 

 時を戻して現在。駅で再開したボクと明月さんは二人でレストランに向かう。この二人で話すとなると他の人に聞かれては困る話になるので、個室で少しお高めのレストランを予約しておいてある。

 

「それにしても急に連絡してくるなんでどうしたんですか?メッセージの文面的に、暗い内容ではなさそうでしたが」

「実はいろいろ解決したことがあったから、直接伝えたいなと思ってさ」

「そうなんですか!それはよかったです!それで、何があったんですか?」

 

 ボクは明月さんに記憶を取り戻したこと、今はもうリノ君の体ではなく新しい体で生活していることを伝えた。

 

「これってつまり、リノ君の体にある魂はもうリノ君のもの一つだけで、ボク自身の魂はこの新しい体に移ったってことなんだよね?」

「そういうことになりますね。一つの器に二つの魂という異常事態は解消されたようですね」

「これで神様に審判を下されることもなくなったって、ボクもリノ君も心配いらないってことだね。よかったよ…」

「おそらく。もう問題ないと思います。それにしても、無事に解決できてよかったです」

「ほんとにね。まあ、もとはと言えば自分がまいた種だったわけだけど」

 

 二人で少し笑う。ちょうど給仕さんが料理とお酒を持ってきてくださったので乾杯をする。

 

「城門さんの問題解決に、乾杯!」

「そうだね、ありがとう、乾杯!」

 

 お高いお店とあって、お酒も料理もものすごくおいしい。やっぱりおいしい料理を食べられるっていうのは最高だ。こんど、機会があったら伊吹君とリノ君と一緒に食べに来たいな。

 …そういえば、前明月さんが話してくれたことに関して気になっていることがあるんだった。聞いてみよう。

 

「それにしても…ボクの記憶に手がかりがある、みたいな話をしたけど、結局どの部分に手がかりがあったのかわかんないんだよね」

「…もう移植前の記憶は全て取り戻したんですよね?」

「100%ってわけじゃないけど、ほとんど全部取り戻したよ」

「じゃあ…話しても構わないでしょう」

「え?何か知ってるんですか?」

「そりゃ、知っています。その人がどのような人生を送っていたかは調べればわかることです。いろいろと手続きは踏まないといけませんが。城門さんに関わる前にちゃんと城門さんの人生やその他もろもろについて,下調べはしましたから」

 

 え、死神さんには人生のすべてが筒抜けなわけ!?

 

「ちょっと、それはプライバシーの侵害じゃないか!?」

「だって、その人の人生を知らないとその人の魂なんて救えないんです。それに、人生を調べるといってもあくまで緊急を要する時だけです。普段からいろんな人の人生を勝手にのぞき見してるわけじゃありませんからね?」

 

 うーん、明月さんに助けられたボクが文句を言える立場ではないか。

 

「でも、ボクの人生を知ってるなら、初めから教えてくれたらいいと思うんだけど」

「それだと意味がないからです。まあ、とにかく初めから話しましょう」

 

 そう前置きしてから明月さんが話し始める。

 

「前に、死ぬと魂は神様のもとに還り、そしてまた別の命としてこの世に戻ってくると言いました。しかし、魂の中には死んでも神様のもとに還ろうとしないものもあります。それはこの世に未練が残っている魂やこの世に絶望している魂です」

「未練…絶望…」

「死神としてはそういった神様のもとに還りたがらない魂を帰らせるのが仕事なのですが、あまりにも還りたがらないとその魂はこちらの手で消滅させるしかありません。この世に留まり続ける魂はろくなことをしませんから…」

 

 ちょっと困った顔をする明月さん。

 死神さんも大変なんだろうなぁ…何があったかは深く追求してはいけないんだろうけど。

 

「記憶を取り戻したのであれば、移植前の城門さんと茨木さんのそれぞれの状況はご存知ですよね?」

「うん、ボクは死ぬとわかっていたけれどそれが怖くて。逆にリノ君はもう自分なんてどうなってもいいやと自暴自棄になってたはずだね」

「そうです。まさに未練と絶望です」

「すなわち、ボク達の魂は両方とも死神さんにとっては面倒な魂だったわけだ」

「その通りです。しかもなかなか強力な魂だったと思います。おそらく死神が手を差し伸べても神様のもとに還ることはなかったでしょう。もちろんのことですが、私たちや神様は魂を消滅させることは不本意なことです。ですから―」

「記憶探しをさせることで、ボク達に生きる希望を見出させようとした、ってところかな?」

「そうです。正確には記憶探しをするとなるとお二方で過ごす時間が長くなるでしょうから。その過程で二人で生きていくのが楽しいと、これからもそうでありたいと願うようになれば良いなと神様は考えて、審判を下さなかったのだと思います」

「でも、それだと『ボクの記憶に手がかりがある』ってのとはちょっと違うんじゃなかな?」

「はい。これは私の、ちょっとした策なのですが、『記憶に手がかりがある』といえばかなり詳細な記憶まで細かく探してくれるのではないかと思いまして。そうすればそれだけ時間がかかるので、お二人で過ごす時間が少しでも長くなるのではないかと…」

 

 明月さんは自分の秘策を聞かれたのが少し恥ずかしかったようで、隠すようにお酒を少し口に含む。

 …確かに探さなくてもいいような記憶も探してたような気がする。いや、橋姫さんがボクにいろんな記憶を与えてきたからそう感じてるのかもしれないけど。

 とにかく。なるほど、記憶を明月さんから直接教えられるのではなく自分で探す。その過程で生きることに執着心を持たせようとしたわけだ。ボクにもリノ君にも。

 明月さんもボクが理解したのを見てうなずき、そして続ける。

 

「茨木さんは城門さんと一緒に過ごしていくにつれ、そこに楽しさを見出してくれました。生きることに執着心を抱いてくれたはずです。それは城門さんも知っていると思います。一方で、城門さんも茨木さんとの生活を楽しんでたはずですが―」

「…そうだね、記憶を取り戻したら消えようと思ってた。リノ君とずっと一緒に過ごしたいけど、これ以上迷惑をかけるわけにはいかないからって考えてた。そこは神様の想定とは違ってたかもね」

「そうです。それに茨木さんと一緒にいたいと思いながらも消えてしまうとなると、それは未練が残った状態で死ぬことになってしまいます。まあ、以前に比べたら未練の強さは強力ではなくなっていると思うので、死神の力で神様のもとに還すことはできたでしょう。ですが、できれば私のような手助けがなくても死んだら神様のもとに還ってもらうのが本望です。そこで()()()()()()()()

「え?」

 

 神様が動いた?あれ、いつの間にか審判が下ったのだろうか?いや、そういうわけではなさそうか。

 

「具体的に、神様は何を?」

「伊吹カナトさん。彼の出自はご存知ですよね?」

「ああ、複数の人間の記憶を持ち合わて作られた、だったかな」

「彼は作られた後、長らく目覚めませんでした。彼だけでなく、同じ方法で造られた他の人も目覚めていません。でもそれは当たり前です。肉体を造ってそこに記憶を植え付けてもそれだけではただの器です。魂を造ることはできませんから」

 

 でも、伊吹君は目覚めた。ということは…

 

「神様が、伊吹君の体に魂を与えた…」

「そうです。普通は魂の無い体に神様が自ら魂を与えるなんてことは絶対にありません。基本的には魂自身が入る器を決めるのですから」

「でも、伊吹君が目覚めたとしてボクに出会って、そして救ってくれる可能性なんて微々たるものでは―」

「確かに出会ったのは奇跡かもしれませんが、出会ったとき彼に何かを感じましたよね?」

 

 そういえば…伊吹君の手に初めて触れたとき私の中に何かが走った。伊吹君も何かを感じ取ったようで驚いたような顔をしてたっけ。

 

「伊吹さんと城門さんが出会えさえすれば確実に何かが起こる。それに賭けたのだと思います」

「神様が賭け事を…そこまでしてボク達の命を救おうとしてくれた理由って…」

「城門さんが望んだこととはいえ、人格の移植は非合法です。ましてや、それを利用して自分の快楽を得ようとした人間もいましたよね?」

 

 あ、橋姫さんのことだ。

 

「茨木さんだって城門さんと出会う前は、一般的な人とは全く違う人生を送ってきました。神様はただ、そんな辛い人生を送ってきた二人に笑ってほしい。それだけの想いだったと思いますよ。神様のことななので、正確にはわかりませんけど」

「こんなボクのために、そんなことを…」

「別にこのような事象は城門さんや茨木さんに限ったことではありません。生きるのがつらい人に死神が手を差し伸べることはよくあります。確かに、今回のように神様直々に手を差し伸べてくださるのは相当稀ではありますが」

「相当稀なんだね…」

「でも、別に気負ったりする必要はありません。不幸な人でもそのうち幸せは訪れます。その手伝いを我々がした、というだけの話です。これまで他の人に比べて相当つらい思いをされてきた二人です。神様が賭けてまで救おうとしたのもちゃんとした理由があると思いますよ」

 

 そうはいっても、神様や明月さんのお話のおかげで今も生きられていることには変わりない。伊吹君と出会えて、彼と楽しい生活を送ることができているのも、神様のおかげである。

 

「いろんな方に助けられて―ボクって幸せ者なんだなぁ…」

「そう思ってもらえてるなら神様も喜んでいると思いますよ。もちろん、私もです。でもそれだけではありません。城門さんの存在が周りを幸せにしていることも忘れないでください」

「…うん、そうだね。もう消えたいなんて絶対に言わないよ。ボクだってリノ君や伊吹君を幸せにしているんだから」

 

 二人に一緒にいてほしいと言われたときのことを思い出す。あれほどうれしいことはなかったし、ボクが二人に必要とされているんだって、ボクの存在が二人を幸せにできてるんだって実感できた。

 それに、これからもっともっと伊吹君のことを幸せにしたい―

 

「まあ、なにはともあれ無事に解決できてよかったです。ちゃんと生きる希望を持ってくれて、そして生きるという道を選んでくれただけではなく、魂と器の問題も解決できて…あれ、城門さん?どうされました?城門さーん?」

「…え!?あ、ごめんごめん。ちょっとぼーっとしちゃってたよ」

「…顔赤くなってますよ?」

「いいや、気にしないで!!」

「…恋ですね」

「えっ」

「恋ですね」

「あ、いや、その」

「伊吹さんですか?」

「まだ何も言ってないです!?」

 

 その後明月さんにいろいろ問い詰められてしまった。まだ付き合ってるわけでもないのに…

 でも、悪い気はしない。むしろ、生きているからこそできるコイバナに胸が躍っていた。

 


 

「ただいまー」

「疲れたー。ツバサさん、帰ったよー」

「あ、おかえりー!伊吹君、リノ君!」

 

 俺たちがバイトから戻ってくると既にツバサさんは人と会う用事を終えたようで、先に家に帰ってきていた。

 

「~♪」

「…茨木さん、なんだか城門さんおかしくない?」

「…うん。おかしい」

「あーっ!今、ボクに失礼なこと言ったね!」

「いやいや。だってなんだかすごく機嫌がよさそうだったからさ」

「そんなに、知り合いの人とお話しするのが楽しかったの?」

「楽しかったよ!それに…ね」

 

 城門さんは一呼吸おいてから、俺たちの方に顔を向けてとびっきりの笑顔でこう言った。

 

「ボク達って幸せ者だね!!」

「…なにそれ、急にどうしたの?」

「なんでもないよ!あ、どうする?リノ君先にお風呂入るかい?」

「あー、うん。そうさせてもらおうかな。今日は疲れちゃったし」

「…俺がミスしてしまったばっかりに、迷惑をかけてしまって申し訳ない」

「だから…それはいいの!誰にもミスはあるんだから…じゃあ先にお風呂入るね」

 

 茨木さんがお風呂に向かっていくが…ところでさっきの城門さんの『幸せ者』ってどういう意味なんだろう?

 それを聞こうとした矢先、茨木さんが二階に行くのを見届けた城門さんから先に声をかけてくる。

 

「ねえ、伊吹君」

「ん?どうした?」

 

 城門さんは俺の方に近づいてきて、そしてちょっと俯きがちに、そっと一言。

 

「ボクと出会ってくれて、ありがとう。そして、これからもずっと、よろしくね」

 

 そういうとすぐに二階の自室へ上がっていってしまった。

 心なしか、その顔はほのかに赤かった気がした。



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RIDDLE JOKER
修学旅行


注:元作品のネタバレ含む可能性があります!!
注:少しR18要素を含んでいる場合があります!!

かんぼーです。
長編2作目です。相変わらずの駄作ですがお読みいただけますと幸いです。

今回はRIDDLE JOKERの2年生組の修学旅行をテーマに書きました。あやせ√想定です。

SSネタが少し思いつかなくなってきたので、前々から持っていた長編ネタに手を出しましたがやっぱり長編はSSより書くのが難しいと思います…

※キャラ崩壊や元作品の設定崩壊が起こっていることがあります。この点を理解できる方のみ、お読みになることを推奨します。
※誤字脱字等の指摘も受け付けています。



「あと必要なものは……と」

 俺はいろいろなものをボストンバッグに詰めていく。鞄に物を詰め込むなんて、普段は特班の仕事で犯人からブツを押収するときぐらいしか行わないが、今回は違う。

「……そういえば歯ブラシとか必要だっけ」

 そう、明日から俺の学年は2泊3日の修学旅行である。他の高校に比べたら少し短いかもしれないが、あやせによると橘花学園ではアストラルに関する授業が行われるため、他の主要科目の授業時間数確保のために各種行事の日程が一般的な長さよりは少し短くなるのだとか。

さて、一応しおりに書かれてある荷物は全て詰め込んだはずだが…やはり不安だ。なにせ、これまでこういった旅行前の準備は基本的には七海が行っていて、俺は手伝いしかしてこなかったから。本当に七海さまさまである。

 おそらく俺が見る感じだと準備万端なのであとは寝るだけだ。いつもなら室長と連絡を取るのだが、先日「もうすぐ修学旅行だ」と室長に伝えると、旅行期間あたりは連絡しなくてよいと言われた。おそらくだが、特班のことはしばらく忘れて学校の行事を精一杯楽しんでこいという父親なりの配慮なのだろう。

 だが、念のためスマホを確認する。画面をつけると、室長からではなく七海から連絡が入っていた。

『暁君起きてる?まだ起きてたらわたしの部屋に来て欲しい』

 もう女子の部屋がある階に行ける時間ではないので、仕方なく寮の外壁を伝って七海の部屋に向かう。窓を軽くたたくとすぐに七海が出てきて俺を部屋の中に入れてくれた。

「暁君、まだ起きてたんだ」

「ああ、ちょうど今寝るところだったけどな。で何の用だ?」

「え?あ、それは…そのぉ…」

 七海がなぜか口ごもる。そんなに言いにくい用なのだろうか。

「……?何か用があったんじゃないのか?」

「ああああああ、あの!暁君ちゃんと荷物の準備できたかな、と思って!」

「俺だって一人でそれぐらいできるぞ。まあ、多少自分でも不安な部分はあるけどな」

「わたしが確認しに行こうか?」

「いや、いい。さすがにそこまでされるとなんだか恥ずかしい」

「……ほんとに、お兄ちゃん大丈夫かなぁ」

 すごく心配そうな目で見てくる七海。心配してくれて感謝するべきなのか、兄への信頼の無さにしょげるべきなのか迷う。

「で、用はそれだけか?そろそろ寝たいから部屋に戻るぞ」

「あああああ、ちょっと待った!お兄ちゃん、手貸して?」

 七海が慌てたように俺に詰め寄ってくる。何事かと俺は右手を差し出すと、七海は両手でそれを優しく包み込んだ。

「……七海?」

「……………」

 七海は俺の手をつかんだまま目をつぶって離そうとしない。何かを念じているようだが、別にアストラル能力で治癒されるような感覚もなく、そもそも俺は今怪我をしていないのでそうされる必要もない。一体何だろう?

「おーい、なーなーみー?」

「……これで大丈夫」

「何が大丈夫なんだ?」

「なんでもない。ほらほら、もう寝るんでしょ?早く寝ないと明日から楽しめないよ?」

「まあそうだな、じゃあおやすみ七海」

「おやすみ、お兄ちゃん」

 俺は窓枠に手をかけ、ゆっくりと自分の部屋まで降りてゆく。

「(……お兄ちゃん、早く帰ってきてね……)」

 頭上で七海が何か言った気がしたが、俺にはよく聞こえなかった。

 

~~~~~~~~~~

 

 翌朝、目覚ましが鳴る前に起きてしまう。自分では冷静を保っているつもりだが、やはり修学旅行ということでどこかワクワクしてしまっているのは間違いない。

 こんな時間に起きていてもどうしようもないので、とりあえず散歩に出る。さすがに今日は朝のランニングをするつもりはなかったが部屋に閉じこもっているのもなんだか落ち着かない。

 のんびりと歩いていると、前からフラフラと女性が向かってくる。こんな朝早くに誰だろうと思っていると、その女性から声を掛けられる。

「……あれ?暁君?」

「茉優先輩じゃないですか、こんな朝早くにどうしたんですか?」

「いや、徹夜で資料作成してたらいつの間にか朝になっちゃってて…今から寝るところなんだよ。暁君はどうしたの?」

「俺は早く起きすぎちゃったから散歩してるところです」

「なるほどね……あ、もしかして今日から修学旅行だっけ?」

「そうですね。今日出発です」

「いいな~、アタシ何年前に行ったんだっけ……ふわぁ……」

茉優先輩は大あくびをしている。そういえば足取りもおぼつかなかったし、こんなところで立ち話してないで早く寝たほうがよさそうだ。

「茉優先輩、寮戻りましょう。早く寝たほうがいいですよ」

「うん……そうだね、眠い……あたまクラクラするぅ……」

「ほら、俺の肩につかまってください」

 茉優先輩を肩で支えながら寮へと戻る。なんとか寮の一階まで着いた時、ちょうど上の階から恭平が降りてきたので二人で茉優先輩を支えて部屋まで連れて帰った。

「暁、今日は早起きだったんだね」

「ああ、楽しみであまり眠れなくてな」

「わかる!なんてったって、学生生活で一番楽しみな行事だからね!あー、おいしいものいっぱい食べたいなぁ!」

「恭平らしいな…」

 恭平とそんな話をしながら食堂へ向かう。中に入ると、いつもの場所で既に壬生さんが朝食を取っていた。

「壬生さんおはよう」

「あ、おはようございます!在原先輩、周防先輩!」

「あれ?千咲ちゃん一人?七海ちゃんは?」

 いつもなら壬生さんと七海の二人で朝ご飯を食べているはずだ。だが、七海の姿はどこにも見えない。

「あー、七海ちゃんですか。七海ちゃん食欲がないみたいで、今頃部屋で休んでると思います」

「なっ…!!七海になにかあったのか!?」

「いえいえ、そんなに深刻なことではありません。それに、数日したら戻ると思いますよ」

 ……壬生さんの話し方的に七海に食欲がない理由を知ってるっぽいが、俺にはさっぱりわからない。そういえば昨晩も様子が少しおかしかった気がするが……一体なにがあったのだろう。

「まあ、先輩が修学旅行に行ってる間は私が七海ちゃんの面倒見ておきますから!何かあったらちゃんと連絡しますし!先輩は七海ちゃんのことは気にせずに修学旅行楽しんできてください!」

「ああ、よろしく頼む。とはいっても気になるけどな…」

「さすがシスコンですね~。あ、先輩、お土産買ってきてくださいね!待ってます!!」

「了解。ちゃんと買ってくるよ。あとシスコンじゃないから」

「「ふーん………」」

「恭平、壬生さん。そんな目で俺のこと見ないで」

 俺がシスコンかシスコンじゃないか論争を壬生さんや恭平と繰り広げているうちにあやせと二条院さんも食堂へやってきた。みんなでのんびりと朝食を取った後、俺たちは部屋に戻り、荷物を持って集合場所へ向かう。集合場所ではちょっとした決起集会が行われ、あやせが俺たちの前でいろいろと話をしている。

「修学旅行の思い出は私たちの宝物になると思います!みんなで楽しんでいきましょう!」

……なんて笑顔でしゃべってはいるものの、その笑顔は完全に作り物である。まあ、それに気付いているのは俺だけなのだけど。

集会が終わると俺たちはバスに乗り込む。俺はあやせの隣の座席であるため、本当なら二人でいろんな話をして幸せな時間を過ごしたいところである。けれど。

「あやせ」

「……なによ」

「そんなに怖い顔しなくても」

「だってぇ……」

 さっきからこんな調子である。自分で「楽しんでいきましょう!」とか言っておきながら本人が全く楽しんでいない。俺たちの座っている座席はバスの前の方であり、他の生徒からは見えにくくなっているので、見事な素のあやせが登場してしまっている。

「まあ、もとから人前で話したりするのは好きじゃないのは知ってるけどさ。せっかくの修学旅行なんだから」

「わかってるわよ!わかってるけどぉ…私にはこれから最大の試練が待ち受けているのよ」

「最大の試練…?このあと集会みたいなのってあったっけ?」

「もうすぐわかるわよ……」

 

~~~~~~~~~~

 

「さとるぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」

「痛いって!爪食い込んでるって!!」

「こわいのぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 あやせが俺の腕にしがみついて離れようとしない。前にホラーゲームをやったときもこんな感じだったはずだが、今は別にゲーム中というわけではない。

「なんでこんなでっかい物体が空飛ぶのよ!普通落ちるでしょ!」

「落ちないから!!落ち着いてくれ!!」

「落ち着けるわけないでしょぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 ……そう、あやせがこうなっている原因は飛行機である。座席に座るまではまだよかったものの、いざ飛び立つとこの有様である。まあ、俺としてはあやせの新しい一面を見ることができて嬉しいのだが。

 それにしても、俺以外に声が聞こえないよう小さな声で絞り出すように叫ぶあたり、しっかりしてるよなぁ……。

「さとるぅ、今までありがとう……」

「そういうこと言わないで!!大丈夫だから!!」

 半泣きになっているあやせの頭を撫でてやる。効果があるかどうかはさておき。

「ほら、窓の外すごい青空だぞ」

「そんなの見れないわよ!!」

「海もきれいに見えるぞ。雲少なくていい景色だな」

「だから見れないんだってばぁ!!」

「あ、遠くに別の飛行機が見えるぞ。ほら、あやせ」

「……ねえ暁、さっきから私のことからかって遊んでない?」

 涙目でじっと睨んでくるあやせ。さすがにちょっとやりすぎたか。

「ごめん。怖がってるあやせ、可愛いからつい」

「もう……なんでもかんでも可愛いって言えば許されると思ってるんでしょ……」

 あやせはさっきより俺の腕に強く抱き着いてきて、肩に頭をのせてくる。許す代わりに甘えさせろ、といったところだろうか。

「……到着するまで離さないから」

「ああ、わかった」

 

~~~~~~~~~~

 

 その後、無事に飛行機は目的地に着陸し、俺たちは再びバスに乗って移動する。移動した先は―

「うわぁ……っ!!」

「……なんだろう、すごく目が輝いてる」

「そう、ですね。二条院さんらしいですね」

「まだ入場すらしてないんだけどなぁ……」

そう、時代劇系のテーマパークである。いくつか提示された行先の中からグループごとに一つを選び、そこに行くのがこの日の行程なのだが、俺と恭平、あやせ、二条院さんの4人で構成されたグループは二条院さんの意見(というか俺たちが意見を出す前に押し切られていた気もするが)でここのテーマパークに行くことになっていた。

二条院さん情報によると割と人気なテーマパークだそうで、休日にはかなり混むのだとか。今日は平日だからそこまで人はいないものの、何かの取材なのか、大きなカメラを抱えたメディアの人なんかもいる。

「早く中に入るぞ、みんな!」

「そうだね、いろいろ見て回りたいし、早く行こう!」

 足早になっている二条院さんに続いてみんなで入場する。アトラクションはもちろんショーなどもあるらしいのだが、最初に向かったのはそういうところではなく……

「……着替え?」

「そうだとも。在原君と周防は忍者か侍の格好をすることができるぞ。やっぱりこういうところでは適切な格好をするべきだろう?」

「恭平、どうする?」

「うーん、せっかく来たんだし着替えてみようよ」

「そうだな。こんな機会めったにないしな」

「それで、ワタシと三司さんは町娘かくノ一の格好ができるらしいが……三司さんはどっちにする?」

「私はその……」

 口ごもるあやせ。こちらをチラチラとみているあたり、助けを求めているのだろうか。

「どうした?」

 あやせに近寄り小声で尋ねる。

「どうした、じゃないわよ!このまま着替えるとなると二条院さんにパ、パパパパパパパパッドがばれちゃうじゃない!」

「あー…確かに」

 それは一大事だ。話によると今回の修学旅行はあやせのパッドがばれないように理事長もいろいろと気配りをしていたようで。例えば泊まるホテルには全室に浴槽が付いていてあやせは大浴場を使わないようにするとか、さらに基本的には複数人で同じ部屋に泊まるところをあやせだけは一人部屋だとか、いろいろと裏で仕込みがあったのだが……。さすがにこのテーマパークで着替えることまでは考慮されてはいない。

「……断ったらどうだ?私は着替えませんって」

「でも、二条院さんがあれだけ乗り気なのに私だけ断るっていうのは気が引けるのよ…どうしたらいいの……」

「そうだな……」

 俺はこちらを不思議そうに見つめている恭平と二条院さんに顔を向ける。

「あー…あやせ、ちょっと体調悪いらしいんだ。俺が今からお手洗い連れて行くから、二人は先に着替えておいてくれ」

「わかったが…三司さん、大丈夫か?」

「え、あ、はい。多分大丈夫なので、先に着替えておいてください」

「そうか、わかった。ちなみに町娘とくノ一、どっちがいいとかあるか?」

「じゃあ、えーと、町娘でお願いします」

「わかった。係の人にそう伝えておこう」

 そういうと、恭平と二条院さんは建物の中に入っていった。

 

~~~~~~~~~~

 

 なんとか着替え問題(?)もクリアし、みんなでテーマパークを楽しむ。実際の手裏剣で的当てをしたり、忍者屋敷のようなところに入ったり。あとは時代劇のショーなんかも見たりした。二条院さんはもちろんのこと、あまり時代劇を見ない俺達でも十分に楽しむことができた。

 そして、なにより俺にとってはあやせの町娘姿がすごく印象的だった。あやせは普段撮影等で様々な衣装を着るので、俺もいろいろな姿のあやせを見てきたのだが着物は初見だった。

「あやせ……そのなんだ、着物、似合ってるぞ」

「え?あ、うん。ありがと。暁もお侍さん、似合ってると思う…」

なんて二人で言い合ってたら二条院さんと恭平に冷やかされたりもした。

 そんなこともありつつ、テーマパークを後にする。ちなみに帰りの着替えの時は、あやせと俺でもうちょっとお土産を見ていきたいから、とごまかしてなんとか着替えの時間をずらすことができた。

 俺たちを乗せたバスはホテルに着く。今日の行程はこれでおしまいだ。

 ホテルに着いたら温泉に入ったり夕食を食べたりしてのんびり過ごす。

「21時半まではホテルの廊下に出ることは可能だが、それ以降は一切禁止だ。わかったな?」

 寮長でもある二条院さんが夕食中にみんなの前で注意喚起をしていたが聞いている方が少数派だ。二条院さんも先生方もそれをわかっているようで、建前で注意喚起しているだけに見える。

 夕食も終わり部屋に戻ろうとしたとき、あやせが俺のところにやってきた。

「ねえ、暁」

「どうした?何かあったか?」

「ちょっとこっちきて」

 あやせに人影が少ない方に連れていかれる。そんなに聞かれたくないことなのだろうか。

「で、なんだ?」

「あのさ、今夜ってなにか用事あったりする?」

「夜か?別にないぞ。寝るだけだが……」

「じゃあ、今夜私のへy……」

「三司さん!三司さん!どこにいますか!!理事長がお呼びです!!」

 あやせが言い切る前に先生の声が聞こえる。どうやらあやせのことを探しているようだ。

「あーもう!なんなのよ!!こんな時に……」

「まあ、話はあとで聞くから先生のところに行って来たら」

「うん……わかった。また後でメッセージ送るわね」

 あやせを見送り自分の部屋に戻る。恭平と相部屋なので退屈だったいうことはないのだが……

「………」

「どうしたの暁、さっきから顔が怖いよ」

「ん、ああ、ごめん。ちょっと考え事してて」

 あやせから全く連絡がない。さっきあやせが言おうとしてたことは「今夜私の部屋に来ない?」だと思うのだが確信がないし、それにあやせから連絡がないということはまだ部屋に戻っていない可能性もある。となるとこちらから連絡するのも少々気が引ける。

 あと恭平と話をしてたり遊んでたりしたら、22時をとっくに過ぎてしまっている。もう部屋を移動できる時間でもないし、これ以上考えていてもしょうがない。

「そろそろ寝るか…」

「そうだね、明日に向けてちゃんと寝たほうがいいね」

 

~~~~~~~~~~

 

 翌朝、目を覚ましてスマホをみる。けれどあやせから連絡は来ていない。どうしたものかと思いつつ洗面所で顔を洗う。

 その間に恭平も起きていたので二人で朝食に向かう。昨晩の夕食は各々ご飯以外食べる量が決まっていたが、朝食はバイキングなので恭平は人一倍盛り上がっている。

「おい、あそこの生徒ほんとにあれだけ食べるのか?」

「私このホテルに勤めて十年以上経ちますけどあんなに食べる生徒は初めてですよ…」

と従業員の方の会話が聞こえてくる。安心してください従業員の方々、俺も恭平と出会った頃は皆さんと同じ反応してました。

 そして、俺たちが朝食を食べ終え部屋に戻ろうとホテルのロビーを通過した時―

「ん、暁。あそこにいるのって三司さんじゃない?」

「え?」

 ロビーの隅っこの方のソファに座っているあやせを見つけた。だが……

「制服じゃないね、どうしてだろう?」

「ほんとだな……朝食を食べに来るなら制服のはずだが……今日の日程であの服が必要になることなんかあったか?」

「たぶんないんじゃないかな」

「そうだよな……」

 あやせが着ていたのは制服ではなく橘花学園の広報用の衣装。一体なぜこのタイミングで…?

 直接理由を聞きたいと思いあやせの方に近づこうとしたその時、ちょうど理事長がやってきてあやせを連れてどこかへ行ってしまった。

「………」

「暁、考えていても仕方ないよ。とりあえず部屋に戻ろうよ。早く片付けしないと間に合わないよ」

 恭平にそう言われて渋々部屋へと戻る。片付けというのは荷物の整理のことだ。今夜泊まるホテルは今いるホテルとは別のところなので荷物をすべてまとめなくてはならない。俺は頭の中がほぼあやせで埋まっている状況で荷物の整理を行うしかなかった。

 ホテル出発時間に間に合うように荷物をまとめ、ロビーに集合した後観光バスに乗り込む。俺の隣の席はあやせのはずだったが、予想していた通りあやせはバスの中にはいなかった。

 

~~~~~~~~~~

 

 結局、その日の行程中にあやせが俺たちと合流することはなかった。地域の史料館に行ったり観光名所となっている異文化あふれる街並みを歩いたりしたが、係の人の説明や美しい景色も俺には何も入ってこなかった。常にあやせのことが気がかりで仕方なかった。理事長の姿もどこにも見えないし、担任の先生に聞いても「何かあったらしいが詳しい話は聞かされなかった」と何も情報を得られなかった。

 俺たちが再会したのは旅行行程を終えホテルに到着してからのこと。大広間のようなところで夜ご飯を食べていると、そこにフラフラとあやせが現れた。

「あやせ…!!」

 俺は食事中ではあったが席を離れ、あやせの元へ駆けつける。

「え…?あ、暁ぅ……」

 あやせも俺のことに気付いたみたいで、俺の名前をつぶやいている。

それにしても、今の誰が見ても分かるほどに疲労困憊状態である。いつもみんなの前ではかかさない笑顔すら作る余裕がないほどに。

「大丈夫…じゃなさそうd」

「さとるぅぅぅぅ……」

「おわっ!?」

 おれがあやせの近くに来ると、思いっきり抱き着いてきた。疲れてるように見えて抱きしめる力だけはいつもと変わらないのだから、それだけ俺に会いたかったということだろうか。

 なんて考えてる場合じゃない。ここはホテルの大広間で夜ご飯中だ。いくらみんな談笑しながら食べているとはいえ、大勢の前で抱き合うとなると都合が悪い。

「あの、あやせさん」

「なによ、急によそよそしい呼び方しないでよ」

「いやですね、あの、周りからの視線が痛いのですが」

「え?あっ……」

 あやせがようやく気付いたらしく、俺に抱き着くのをやめる。だが、手だけは俺の体に触れたままでやはり離れたくないのだろう。

「あやせ、今日はいったい何があったんだ?心配したんだぞ」

「あー、うんちょっといろいろね…それよりごはん食べていい?お腹空いてるのよね……」

 そういうとあやせは俺から離れて食事の席に向かおうとする。が、その前に俺の耳元でこう囁く。

「今日こそは……後で私の部屋来て」

 

~~~~~~~~~~

 

 夜ご飯の後あやせの部屋に向かう。今日も21時半まではホテル内の移動は自由である。

 ドアをコンコンとノックするとすぐにあやせが出てきて俺を部屋の中に招き入れてくれた。

「暁、ちゃんと鍵閉めた?」

 俺はいったんドアの方を振り返りドアノブを数回ひねる。ドアが開かないことを確認し再度あやせの方を向いたその時。

「んー……っ」

「!?」

いきなり唇に柔らかいものが当たった。それが何かわかるまでさほど時間はかからなかったが、とにかく突然すぎてびっくりしてしまう。

「ちょ…あやせ、苦し……」

「や…だ、も…っと」

 あやせがいつもより積極的に求めてくる。俺としては嬉しいのだが、いつまでも部屋の入口付近でキスしているわけにもいかないので無理矢理あやせを離す。

「あっ……」

「やけに、積極的、だな…」

「うぅ、ごめん。ほんとだったら修学旅行中はずっと一緒に居られるはずだったのに、今日一日会えなかったから……」

「いや、別にいいんだ。とりあえずどこかに腰掛けよう。あと、そうだ。なんで今日俺たちと一緒に居なかったんだ?」

 二人で並んでベッドに腰を下ろすとあやせは話し始めた。

「初日にテーマパーク行ったじゃない。あそこでマスコミの人がたくさんいたの覚えてる?」

「ああ、いたな。そういえば」

「そこで、私がこのあたりに来てるってことが地元のマスコミに広まって、それでアストラル関係の取材申し込みが殺到したらしいのよね……普段取材しようと思ってもなかなかできないらしくてね、それでいい機会だって」

「そうだったのか…修学旅行中なんだから断ればよかったんじゃないのか」

「それもそうなんだけど、でもやっぱり断れなくてね……」

 そこはあやせらしく、責任感の方が勝ってしまったといったところだろうか。もしくはマスコミに押し切られたのか……。

「それで、昨晩は取材の打ち合わせをしたり原稿を書いたりで忙しくて」

「で、今日の日中はずっと取材だったわけか」

「そう。ごめんね、連絡もせずに心配かけちゃって……」

「いや、いいんだ。本当にお疲れさまだな」

 頭をそっとなでると、あやせは俺に体を預けてきた。その細くて華奢な体をそっと抱きしめると、あやせのぬくもりがしっかりと伝わってくる。

「ねえ、暁」

「なんだ?」

「今夜は一緒に寝よ?」

「いやちょっと待て、俺は恭平と相部屋だから部屋に帰らないと一晩中一緒に居るのばれるぞ」

「うぐぅ…そうだったわね…」

 夜中に一緒に居られない分、21時半の時間ギリギリまで精一杯甘えさせてあげようと思いあやせをさらに抱き寄せたその時。

「……暁のスマホ、鳴ってるわよ」

「ん?ほんとだ」

 俺のスマホがメッセージアプリの通知を告げている。見ると恭平からだった。

『暁って部屋の鍵持ってる?』

「なんだ…?『持ってる』…っと」

 送信してから束の間、恭平から再度メッセージが来る。

『高階に部屋に遊びに来いって言われてさ。多分夜も寝させてくれないだろうから。もし暁が部屋戻ってきたときに鍵持ってなかったら面倒なことになるからね』

 なるほど、すなわち恭平は今夜部屋にはいない。すなわち俺が部屋に戻らず、一晩中あやせの部屋にいても―

「どうしたの、暁?」

「いや、恭平が別の部屋で遊ぶらしくて、それで多分先生の目を盗んで一晩中遊ぶだろうから部屋の鍵持ってるかって……」

「ふーん、じゃあ帰らなくても問題ないってことかしら?」

 そう言うと、あやせは俺に勢いよく体重を預けてくる。既にあやせがもたれかかっていたこともあり、俺は簡単にベッドに倒されて、あやせの下敷きになってしまう。

「えっと…あやせ?」

「なによ、私だってこういうことしたい気分になるのよ」

 そしてあやせがまた唇を重ねてくる。いや、今度はただ触れ合うだけじゃない。あやせが無理矢理舌を俺の口の中にねじ込ませてきた。こうなると、こちらももう止められそうにない。

 そしてその後、俺たちの夜は長く続いていくのであった……。

 

~~~~~~~~~~

 

 翌朝、目を覚ますとそこはベッドの上。一糸まとわぬあやせが目の前にいる。

 時計を見るとまだ5時。今のうちに部屋に戻ればホテルの廊下には誰もいないだろうし恭平に気付かれることもないだろう。

 昨晩適当に脱ぎ捨てた服を着て、俺が起きたことに気付かず寝ているあやせの頭をそっと撫でる。部屋のドアに近づいて一時的にアストラル能力を使い、周囲に足音がないことを確認してから廊下に出る。そのまま一直線に俺の部屋に戻ると、まだ恭平は部屋に戻ってきてなかったらしく、とりあえず一息つく。

 そして、恭平が戻ってくる前に部屋着と下着を着替えてしまう。昨日のこともあり両方とも少し汚れている。寮に帰ってから洗濯しよう。

 さっと着替えて荷物をまとめる。ついでにお土産の買い忘れがないかも確認する。今日は修学旅行最終日だから買い忘れがないようにしないといけない。

 そうして時間をつぶしていると朝食の時間の直前に恭平も部屋に戻ってきた。まだ眠そうにしているあたり、かなり夜遅くまで遊んでいたのだろうか。

「暁ぅ、朝ごはん食べに行こう?」

「そうだな、そろそろ行くか」

 

~~~~~~~~~~

 

 朝食を食べた後はバスに乗り、最後の観光地に向かう。そこできれいな景色を見たり写真を撮ったりして思い出を作る。今日はあやせも一緒であり、彼女もとてもいい笑顔をしている。

 そして、午後になると旅行の地に別れを告げ学園へと戻る。帰りの飛行機の中でもあやせは涙目で俺の腕をつかんで離そうとしなかったが、さすがに疲れがかなりたまっていたのか途中からぐっすりと眠ってしまっていた。

 学園に着き、寮の中に入ると壬生さんとばったり出会った。

「あ、先輩方!おかえりなさい!」

「ただいま壬生さん」

「千咲さん、私たちがいない間に学園内で何かあったりしませんでしたか?」

「あやせ先輩ったら、さすが学生会長ですね。学園のことをいつも気にかけてくださってありがとうございます!でも大丈夫です!平穏無事でしたよ」

「そうですか、それはよかったです」

「あ、先輩先輩っ、お土産買ってきてくれました?」

「ああ、もちろんだ。千咲君と七海君、あと式部先輩の分もあるぞ」

「あ、そうだ!あとで暁の部屋でさ、皆でお土産食べようよ!僕お腹空いちゃった」

「まあいいけど…もうすぐ夜ご飯だろ?」

「いいじゃん、ちょっとぐらい!じゃああとで暁の部屋集合ね!」

「あ、じゃあ私七海ちゃんと式部先輩呼んできますね!」

「俺たち荷物の整理をしないといけないからゆっくりでいいよ。じゃあまた後で」

 いったん俺たちはそれぞれ自分の部屋に戻り荷解きをする。数日間ぶりの自室に少し懐かしさを感じながら鞄を開け、服やらお土産やらを取り出していると、ドアがコンコンとノックされる。

「暁君。入ってもいい?」

「七海か、今開ける」

 ドアを開ける。その途端、すごい勢いで七海が入ってきて俺をぎゅっと抱きしめてきた。

「……どうした急に」

「おかえりなさい…お兄ちゃん」

「お、おう、ただいま。七海」

「千咲ちゃんから帰ってきたよって聞いて急いで来たんだから…もう、帰ってきたのなら早く連絡してよ……」

「いや、連絡するほどのことでもないだろ。それかあれか?特班で何か俺に話さなきゃならないことでも?」

「何もないよ。ほんとにお兄ちゃんったら、妹の気持ちなんて知らずに……」

 七海がなにかぼそぼそ言っているが俺にはさっぱりわからない。というかそれよりも。

「そういえば俺の部屋に皆集まってお土産食べるらしいから、早く荷物を片付けないと」

「あ、わたしも手伝う。服は全部洗濯だよね?」

「ああ、そうだな……って」

 七海が俺の鞄を漁って服を出し始める。ちょっと待て、その中には……

「……あれ?暁君、この服汚れてない?」

「き、キノセイダロ」

「ん、こっちの下着も……え?もしかして暁君、修学旅行中にまさか、ねぇ?」

 まずい。これはまずい。七海の顔色が見る見るうちに変わっていくのがわかる。

「違うんだ七海。これにはちゃんとした訳があるんだ。頼むからそんな目で見ないでくれ!」

「ふーん、じゃあその訳とやらを聞かせてもらおうかな、さとるくん?」

 俺としたことが何というミスを!正直に打ち明けようかと覚悟を決めたその時。

「暁ー入ってもいい?」

「暁君、お姉さんへのお土産って何かな?」

「楽しみですねー!お土産!」

「そんなに大したものじゃありませんよ。あまり期待しないでください」

「中には七海君もいるのかな?在原君、そろそろお土産を食べないか?」

 タイミング悪く皆が来てしまった。七海の方を見ると相変わらずこちらをジトッとした目で見つめている。

「公開処刑しようかな」

「やめてください七海さんお願いしますそれだけはぁ!!」

 結局、皆の前でバラされることはなかったが、その日は夜遅くまで七海からの尋問が続いたのであった。

 



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[短編集]喫茶ステラと死神の蝶
いつもとは違う(火打谷愛衣)/休憩時間だって(汐山涼音)


かんぼーです。こちら、以前にTwitter(@sub__kan__bo__)に投稿したものになります。

前半:いつもとは違う(火打谷愛衣)
時期としては付き合った年の夏を想定してます。昂晴くん大学4年生、愛衣ちゃん高校3年生のはずです。
初めて書いたSS作品です。競泳水着だけでなく、ビキニとかの可愛い系の水着姿も見てみたいな…なんて思いで作りました。

後半:休憩場所(汐山涼音)
キッチンに仕事しない人がいると邪魔です。でもそれが恋人なら…
と、一時も昂晴君と離れたくない涼音さんのお話です。
前々から思うのですが、なんで涼音さんメインヒロインじゃないんでしょうか。たぶんバグですよね()

※キャラ崩壊や元作品の設定崩壊が起こっている可能性もあります。この点を理解できる方のみ。お読みになることを推奨します。
※誤字脱字等の指摘も受け付けています。


いつもとは違う(火打谷愛衣)

 

「こーくん、来たよー!」

 玄関から愛衣の声が聞こえる。

 今は夏休み真っただ中。俺は就職活動、愛衣は大学受験の勉強と忙しい日々を送っているが、今日は気分転換で遊ぼうという話になっていた。

「いらっしゃい。暑かったでしょ。お茶飲む?」

「うん!飲む!」

 冷蔵庫からペットボトルのお茶を出し、コップに注いで愛衣に渡す。すると愛衣は一気に飲み干してしまった。

「ぷはー!生き返るー!」

「よっぽど喉渇いてたんだな…それで、今日はどうしよっか?」

「んーとね、アタシ、行きたいとこあるんだ。」

「わかった、そこに一緒に行こう。けど行きたいとこってどこだ?」

 すると突然、愛衣がなにやら気恥ずかしそうにし始めた。

「その…プール」

「あー、そっか。最近勉強ばっかでジムにも行けてないもんな」

「…そっちじゃない」

「え?」

「ジムにある泳ぐ用のプールじゃなくて、もっと、ウォータースライダーとか、遊ぶとこいっぱいある方の、プール…」

「…」

「そういうとこ…一緒に行ったことないし?それに、その、さすがに競泳水着は場違いになっちゃうから、ちゃんとかわいらしい水着も買ってあるし、それも見てほしいし…」

 かわいらしい水着…だとっ!?

「だから…プール行こ?」

「…愛衣」

「…なに?こーくん…え、目怖いんだけど、絶対また何か変なこと考えてるよこの人」

「否定はしない!!さあ、プールに行くぞ!!ここから一番近いのはどこだ!!」

「うわー、笑顔めっちゃ輝いてるよ…この時期の太陽以上に輝いてるよ…」

 そんなことを言いながらも、愛衣は楽しそうに笑っていた。

 


 

休憩場所(汐山涼音)

 

「んあ゛あ゛ーっ、疲れるー」

「そろそろランチ戦争も落ち着きましたかね」

 喫茶ステラ、本日も大好評である。嬉しくはあるのだが、やはり忙しいと疲れるもので、今も涼音さんと二人で一息ついているところである。

「涼音さん、どっちが先に休憩入ります?」

「あー、昂晴先に休憩入っていいよー」

「わかりました。ではお言葉に甘えて」

 ゆっくり腕を回して肩の疲れを落としながらバックヤードに向かおうとしたその時。不意に服の裾を掴まれた。

 掴まれた方を見ると、涼音さんが俺の方をジッと見て何かを訴えかけてきている。

「…どうしたんですか涼音さん」

「…」

「やっぱり涼音さんから先に休憩しますか?」

「…いや、昂晴が休憩して」

「…裾離してもらえないとバックヤード行けないんですけど」

「…」

 俺と涼音さんの間に気まずい空気が流れる。ヤバい、どうにかしないと。涼音さんは何を訴えたいんだ!?

「えっと、えっと、涼音さん」

「…あーもう!!ちょっと待ってな!!」

 そう言い残すと涼音さんは俺をキッチンに残してバックヤードへ入っていく。

 すぐ戻ってきた涼音さんの手には丸椅子が一つ抱えられていた。

「…今日から私と昂晴の休憩場所はここだから。私の目の届かないところで休憩なんてさせないよ」

 そう言うと涼音さんは丸椅子を俺の前に置き、逃げるように冷蔵庫の中身を覗きに行った。

 俺はそんな愛らしい涼音さんの姿を休憩時間中ずっと見つめていた。



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大丈夫(明月栞那)/カラオケ(墨染希)

かんぼーです。こちら、以前にTwitter(@vice__kan__bo__)に投稿したものになります。

前半:大丈夫(明月栞那)(微ネタバレ注意)
すこししんみりする系のお話です。個人的にはかなりお気に入りの作品です。
栞那さんの言葉で支えられたいなぁ…なんて思ったりもしました。

後半:カラオケ(墨染希)
打って変わってこちらは賑やかなお話。幼馴染の強みをしっかり生かしてもらいました。
おこノゾミール、可愛いですよね

※キャラ崩壊や元作品の設定崩壊が起こっている可能性もあります。この点を理解できる方のみ。お読みになることを推奨します。
※誤字脱字等の指摘も受け付けています。


大丈夫(明月栞那)

 

 昂晴さんと一緒に暮らし始めてかなり経ちました。

 そしてついに先日、私のお腹の中に新しい生命がいることがわかりました。

 それから毎日、昂晴さんは私のお腹に話しかけています。おそらくですが、親バカ路線まっしぐらですよ。

 そんな昂晴さん、最近とても暗い表情をしています。仕事場でなにかあったのでしょうか…?それとも将来のことでなにか…?

 蝶はまだ寄ってきていないようですが、それでも私は心配です。

 ですが、悩みを聞いたところで、昂晴さんのことですから「これから子供も生まれるのに、栞那に迷惑なんてかけてられない」とか考えて正直に打ち明けてくれないのはわかってます。

 ですから、私にできることはただ一つ―

「栞那、行ってくるよ」

「はーい。あ、昂晴さん、お弁当忘れてますよ?」

「あー、ごめんごめん。それじゃあ」

「昂晴さん、ストップです」

 私は仕事に向かおうとする昂晴さんを呼び止め、そしてそっと抱きしめます。

「栞那?」

「昂晴さん。大丈夫ですよ」

「……」

「大丈夫です。怖くなんてありません。昂晴さんはこれからもっともっと、幸せになるんです」

 私はそっと昂晴さんにキスをします。顔を離すと、昂晴さんは少し照れたような表情をしています。

「…ありがとう。栞那のおかげで今日も仕事頑張れそうだよ」

「それは何よりです。おっと、そろそろ家を出ないと電車間に合いませんよ」

「本当だ、じゃあ行ってきます」

 少し急ぎ足で家を出ていく昂晴さん。その足取りは力強く見えました。

 

 ―『大丈夫』。昂晴さんを勇気づける魔法の言葉です。

 だって、私が昔から、昂晴さんの魂に語りかけてきた言葉なのですから。

 


 

カラオケ(墨染希)

 

「おぉ~、やっぱりナツメ先輩歌上手ですね」

「そう…かな?そういう火打谷さんだっていい点数だったじゃない?」

 今日はステラ定休日。普段は集まって遊んだりすることはないのだが、たまにはということで皆でカラオケに来ていた。

「昂晴~お酒追加で頼んでくれない~?」

「なんで俺が涼音さんの世話係になってるんですか。それと、昼間からあまり飲みすぎはよくないですよ」

「はいはい、涼音さんのことは私に任せてください」

「ありがとう、明月さん」

「いえいえ、それより高嶺さんは希さんといちゃいちゃしないんですか~?」

「か、栞那さん!?わたしたちだって時と場所はちゃんとわきまえますよ!」

「え~?でも今日ここに来るまでずっと二人で手をつないで、体を寄せ合って、アツアツで…」

「わー!それ以上言わないでください!昂晴君も何か反論してよー!」

「いや…事実だしなぁ…」

「昂晴君までわたしの敵なの!?むー、こうなったら!」

 希はカラオケの次曲予約が入ってないことを確認し、マイクを持つ。そして俺の方をみてニコッと笑う。

 …何か嫌な予感がする。まずい、希を止めないと。

「あの、希、俺が歌いたい曲入れてやr」

「墨染希、歌います!作詞作曲高嶺昂晴で『二人のキスは永遠に』!」

「のぞみぃ!?」

 こいつ!俺の黒歴史を!

「あれー、その作曲家さんの名前、アタシどこかで聞いたことありますねー」

「奇遇ですね。あまり最近の曲はわからないのですが、私もその名前は聞いたことあります」

「まさか、ワタシの知ってる高嶺君と同一人物なんてことはないわよね?」

「昂晴、私の酔い醒めたから」

「なんでこのタイミングなんですか!おい、希!鼻歌でイントロ流すのやめろ!」

 この後希に俺の黒歴史を一から十までバラされたのであった。



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涼音さんの注文(汐山涼音)/守るべきもの(墨染希)

注:元作品のネタバレを含んでいる場合があります!!

かんぼーです。こちら、以前にTwitter(@sub__kan__bo__)に投稿したものになります。

前半:涼音さんの注文(汐山涼音)
昂晴のことを大切に思ってる涼音さんのお話だけで締める予定でしたが…うまいオチが見つからずこういう感じになってしまいました。
でも、相手のことを真摯に考えてくれる恋人ってなんだか憧れます。

後半:守るべきもの(墨染希)
前々から子供を題材にしたものを書いてみたいと思っていたので、それを形にしました。
私自身こういう状況に出会ったことがないので、どういった感情になるのか想像で書きましたがいかがでしたでしょうか…?

※キャラ崩壊や元作品の設定崩壊が起こっている可能性もあります。この点を理解できる方のみ。お読みになることを推奨します。
※誤字脱字等の指摘も受け付けています。


涼音さんの注文(汐山涼音)

 

 空には雲一つなく、窓からは小鳥のさえずりが聞こえてくる清々しい朝。

 本当なら俺はのんびりと朝食でも取りたいところなのだが…

「昂晴は今日はステラを休みなさい!!」

「なんでですか涼音さん!!」

 我が家、朝から戦争状態。

「今日は希も火打谷さんも学校があるんですから、俺が休んだらステラは大変なことになりますよ!!」

「いい?昂晴、キミはもっと自分の体を大切にしなさい!!」

「大切にしてますよ!!ちゃんと一日三食たべてるじゃないですか!!」

「そういうことじゃなくて!!キミはここ最近ずっと夜遅くまで経理の勉強してるでしょ?それに、最近キッチンでも結構ミスしてるよね?」

「うぐっ」

 それに関しては言い返せない。実際、昨日も「カルボナーラ」と言われたのにペペロンチーノを作ろうとしたり、「ケーキの在庫がなくなったから冷蔵庫から持ってきて」と四季さんに言われたのにキッチンに戻ったらすっかり忘れてたりした。

「でも…経理の勉強するって言いだしたのは俺の方ですから」

「それは分かってる。私の夢のせいでキミにたくさん苦労を掛けてるのも分かってる」

「別に涼音さんのせいって訳では」

「でもこれだけは言わせて。昂晴が経理の勉強うまくいかなくて私の夢が叶わないより、昂晴が勉強やバイトのし過ぎで体調崩す方が私にとってつらい」

「……涼音さん」

「だから、今日一日は昂晴は休むの!いい?」

「……わかりました。じゃあ今日はそうさせてもらいます」

「私がいない間、経理の勉強もしちゃだめだから。テレビでも見てのんびりしなさい」

「わかってます。今日はゆっくりしますよ」

「あと、最後にもう一つだけ注文」

「なんですか?」

 俺が聞き返すと、涼音さんは少し顔を赤らめてこう答えた。

「昂晴がいないステラは寂しいから、私が家に帰って来たらどうなるか、覚悟しておきなさい」

「……わかりました」

 それだけ言うと涼音さんはステラに向かって家を出ていった。

 

 その夜、家に帰ってきた涼音さんが「ただいま」も言わず俺に抱き着いてきたのは言うまでもない。

 


 

守るべきもの(墨染希)

 

 ここは病室。でも、決してどこか怪我したとかではない。

 わたしの隣には、昨日誕生したばかりの命が眠っている。

「昂晴君にも、早く見せてあげたいな」

 彼は今、諸事情あって遠くへ出張に行っている。もうすぐ産まれそうだ、とわたしの両親が昂晴君に連絡を入れたら「できる限りすぐに帰るようにする」と返事があったらしいが、忙しいのかまだ帰ってきていない。

 隣を見ても、わたしの赤ちゃんは全く起きる様子がない。そっとその小さな手に触れると、ぬくもりが体中に伝わってきて、改めて小さな命がここに誕生したことを教えてくれる。

「…産まれてきてくれて、ありがとう」

 自然とそんな言葉が出てきてしまう。自然と頬を伝うものがある。

 

 ふと、頭をよぎるのはあの人のこと。

「…わたしに、この子を守ることができるのかな?」

 あの人が、わたしたちのことを守ってくれたように。

「わたしの人生の全てを賭けてでも、守れるのかな?」

 あの人が、神様と対峙したように。

「わたしたち、ちゃんと幸せに生きていけるかな?」

 あの人が、最後の最後まで願い続けたように。

「……ううん、違う」

 守れるのかな?幸せになるのかな?じゃない。

「守る。幸せになる。絶対に」

 わたしたち、あの人と約束したんだから。

 

 その時、遠くの方から足音が聞こえてきた。

 それが誰なのか、考えなくてもわたしには分かる。

「希っ!!遅くなってごめん!!もしかして、この子が…」

「もう、()()。そんな大声出したら起きちゃ…あー、泣かせちゃったよー」

「え?あぁ!!泣かないで!!」

「初対面なんだから、もっと落ち着いてよね」

「そんなの無理だろ!!ほーら、パパですよー」

「……なんだか余計に泣かせてない?」

「どうしてぇ!?」

 大きな声で泣く赤ちゃんと、必死にあやす昂晴君、そしてそれを笑顔で見つめるわたし。

 ―うん。大丈夫。ちゃんと幸せになるよ。

 



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苦手克服?(四季ナツメ)/同じ香りを(汐山涼音)

かんぼーです。こちら、以前にTwitter(@vice__kan__bo__)に投稿したものになります。

前半:苦手克服?(四季ナツメ)
ナツメさんがコーヒーと対峙するお話です。私もコーヒー飲めませんが…。
ナツメ昂晴はいろいろと不幸な過去を背負ってる二人だと思いますので、やっぱり幸せになってほしいですね

後半:同じ香りを(汐山涼音)
涼音さんが昂晴の香りを買いに行く(?)お話です。
好きな人の香りって、なんかほかの香りより強く感じることありません?気のせいですかね…?

※キャラ崩壊や元作品の設定崩壊が起こっている可能性もあります。この点を理解できる方のみ。お読みになることを推奨します。
※誤字脱字等の指摘も受け付けています。


苦手克服?(四季ナツメ)

 

「うぅ……苦い……」

「だからやめとけって言ったのに……」

 ここは俺の家。ナツメも一緒に居るのだが、当の本人はとても辛そうにしている。

 その理由は、缶コーヒー。ナツメが苦手を克服したいということで、缶コーヒーを飲むチャレンジをしているのだが、一口目でギブアップ寸前まで来ている。

「誰よ、こんな苦い飲み物考えたの……」

「カフェ店員としてあるまじき発言だな」

「だって仕方ないじゃない!苦いものは苦いのよ!」

 ナツメが缶コーヒーをジッとにらみつける。まあ、にらみつけたところでコーヒーが甘くなるわけもなく。ナツメは大きなため息をついた。

「……諦めるわ。残りは昂晴にあげる」

「いいのか?」

「いいわよ。はい、どうぞ」

 ナツメから缶コーヒーを受け取る。一口飲んでみるが、まあ苦い。苦いけどそれがコーヒーの魅力というものではないのだろうか…などと考えていると、俺の様子をじっと見つめていたナツメと目が合った。

「……どうした?」

「なんでもない。それより、コーヒーまだ残ってる?」

「残ってるぞ」

「じゃあ、返して?」

「もうギブアップしたんじゃないのか?」

「いいから返しなさい」

 不思議に思いつつナツメに缶コーヒーを渡す。缶を受け取ったナツメはコーヒーを一口飲んだ。

「……やっぱり苦い」

「そりゃ、さっきと同じだからな」

「でも、ちょっと甘いかも」

「え?そんなことあるか?」

「もちろん砂糖とかミルクの甘味じゃないけどね。なんというか、気分的に?でも、これなら飲めそうかな」

「飲めるならいいけど、無理するなよ?」

「大丈夫よ。あと、昂晴って本当に鈍感ね」

「??」

 首をかしげる俺を見て、ナツメはクスッと笑う。その後、ナツメは苦い苦いと言いながらもコーヒーを飲みほしたが、その顔は少し幸せそうだった。

 


 

同じ香りを(汐山涼音)

 

 家の冷蔵庫の中身がからっぽになったので駅前のデパートに食料を買いに来たのだが、ついでに寄ったドラッグストアで涼音さんの姿を見つけた。

「うーん、ない……」

 物陰から見ると、涼音さんは難しそうな顔をしている。お目当てのものが見つからないのだろうか?

「涼音さん、どうしたんですか?」

「え?うわぁ!?昂晴!?」

「そんなに驚かなくても。何か探してるんですか?」

「まあ、ちょっとね」

「よかったら手伝いますよ…といってもここ柔軟剤のコーナーですよね。いつも使ってるやつならすぐに見つかるんじゃないですか?」

「いや、そうなんだけどね……実は新しい柔軟剤に変えようと思っているんだよ」

「なるほど。その新しい柔軟剤ってどんなやつですか?」

「そっ、それは……」

 少し涼音さんが口ごもる。

「その……昂晴がいつも使ってるやつにしようかな、って」

「俺の使ってるやつですか?あれ、ここに売ってないんですよね。あっちのスーパーの方にならありますよ」

「あ、そうなんだ。じゃあ案内してくれない?」

「わかりました」

 そう答えると涼音さんは俺の腕に絡みついてくる。そして、顔を俺の袖に少し当てる。

「(これでいつでも昂晴の香りを……)」

「何か言いました?」

「なんでもない」

 涼音さんはさっきまでとは打って変わって、幸せそうな笑顔を見せていた。



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見返したい(汐山涼音)/大切な日(墨染希)

かんぼーです。こちら、以前にTwitter(@vice__kan__bo__)に投稿したものになります。

前半:見返したい(汐山涼音)
とある方からネタをいただいて書いたものです。ネタをいただいた方にも好評だったようで嬉しい限りです。
ナツメさんにお化粧を学んだ涼音さん、昂晴にやり返すことはできるのでしょうか…?

後半:大切な日(墨染希)
こちらは喫茶ステラ発売2周年に合わせて投稿したものになります。記念日なので、昂晴君には誕生日を迎えてもらいました(?)。
ゆずソは基本的に誕生日の概念がないので、割と何かの記念日にこういったストーリーが書きやすいかもしれませんね。

※キャラ崩壊や元作品の設定崩壊が起こっている可能性もあります。この点を理解できる方のみ。お読みになることを推奨します。
※誤字脱字等の指摘も受け付けています。


見返したい(汐山涼音)

 

「ナツメさん!!」

「え?はい?どうしたんですか、涼音さん?」

 ここはステラの休憩室。ワタシが準備をしていると涼音さんが飛び込んできた。

「ナツメさん、ちょっと手を貸してくれない?」

「なんですか?もしかしてケーキの準備で何か問題が?」

 ケーキの準備段階で問題があったとなると、今日一日の営業に支障が出る。もしそうだするとワタシも含めて総動員で作業を手伝わないといけない。少し気を引き締めたが、涼音さんの口から出てきたのは予想とは違った言葉だった。

「私に化粧を教えてくれない!?」

「……え?け、化粧?」

 まあ、「ケーキの準備失敗した」じゃなくてよかったけど、「化粧教えて」だとは…。それにしてもいったい何が。

「今朝、昂晴と一緒にテレビ見てたら、最近のトレンドを紹介するコーナーで化粧品のこと放送してたの。そしたらアイツ『涼音さんってこういうのに興味あるんですか?』って……!!あのクソガキがぁっ!!」

「涼音さん、落ち着いてください。それにしても高嶺君ったら……」

 高嶺君らしいといえばらしいのかもしれないけど、彼はもう少し乙女心を理解したほうがいいと思う。

「ただ、私も化粧のことあまり知らないのも事実なの。だからナツメさん!!あのクソガキを見返すためにも!!私に協力してくれない!?」

「わ、分かりました。私もそこまで詳しくないですけど、何から教えればいいですか?」

 そのあとワタシによる化粧講座が行われた。涼音さんはケーキを作る時より真剣な顔で私の話を聞いているように見えた。

 


 

大切な日(墨染希)

 

 午前零時まであと五分。

 わたしはスマホを手に布団に入る。

 昔から使っている四桁の数字を入力しホーム画面へ。そして通話アプリを起動し彼とのチャットを画面に表示させる。ここまでの動作はもう手慣れたものだ。目をつぶっても簡単にこなせる自信もある。

 普段ならここから他愛無い会話を彼と開始するのだが今回は違う。それゆえ、送る文章に悩んでしまう。

 画面の左上に表示される時刻は「23:57」。早く文章を考えないと明日に間に合わない。

 こんなにも急いでいるのは、わたしが彼に一番早くメッセージを送りたいから。なんとか零時零分ちょうどにメッセージを送りたい。だけど、この調子だと間に合いそうにない。もっと早くから考えておけばよかったと後悔する。

 だって今日もステラで遅くまでバイトだったし、彼と一緒に夜ご飯食べたかったし、見たいテレビ番組もあったし、学校の課題もあったし…と様々な理由で適当にごまかしつつ彼に送る文章を考える。

 その間も時は進み、気づけば時刻は「23:59」。

 ―そうだ、毎年文章なんだし今年は電話で直接伝えてみるのもいいんじゃない?

 ふと思いついた名案をそのまま実行。通話アプリの受話器マークをタップし彼へと電話を掛ける。もしかしたらもう既に寝ているのではないかという不安が一瞬頭をよぎるが、彼なら出てくれるはずとなぜか期待してしまう。

 

 午前零時。

 時計の針が真上を指すと同時にガチャと音が鳴る。

「希?どうしたこんな時間に」

「昂晴君!ごめんね、急に電話しちゃって」

 彼の声が聞こえてきて安心する。もう何回も聞いている声のはずなのに、それだけで心の中が暖かくなって、同時に顔も自然と笑顔になってしまう。

「いや別に構わない。それで、何の用だ?」

「えー。昂晴君ったら、今日が何の日か覚えてないの?」

 今日は彼にとっては大したことない日かもしれないけれど、わたしにとってはスマホのパスワードの数字として設定するぐらい大切な日。その意味を言葉に込めて、彼に告げる。

「お誕生日おめでとう、わたしの大好きな昂晴君!」



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[短編集]RIDDLE JOKER
あなただけのチアガール(三司あやせ)/触れ合う手と手(式部茉優)


かんぼーです。こちら、以前にTwitterに投稿したものになります。
※前半はサブ垢(@sub__kan__bo__)、後半は本垢(@vice__kan__bo__)で投稿したものです。

前半:あなただけのチアガール(三司あやせ)
高校野球ネタです。とはいっても野球をするわけではありません。無理矢理、高校野球とつなげました。
あやせさんってネタ枠になりがちですけど、僕はいちゃいちゃしてるのを見る方が好きです。と、言いつついつかネタ話も書くと思います。

後半:触れ合う手と手(式部茉優)
よく図書館とかであるシチュです。
年上の余裕がなくなった時の茉優パイはいいぞ。

※キャラ崩壊や元作品の設定崩壊が起こっている可能性もあります。この点を理解できる方のみ。お読みになることを推奨します。
※誤字脱字等の指摘も受け付けています。


あなただけのチアガール(三司あやせ)

 

「よし、これはツーベースだな」

「よく打てるわね…ほんと、感心するわ」

 今俺がプレイしているのは、あやせが購入した野球ゲームだ。新しいジャンルのゲームを買ったから一緒にやりましょと言われたものの、あやせにスポーツゲームは合わなかったらしく、結局は俺一人でプレイしてそれをあやせが眺めるという形に落ち着いてしまっていた。

 ちなみに、プレイしているモードは「高校野球モード」。一人の高校球児になりきって夢の甲子園、はたまたその先プロ野球選手を目指すモードである。

 そして画面の中の高校球児、在原暁選手は見事甲子園出場を果たし、その初戦を迎えているところだった。

「慣れたら簡単に打てるぞ。もともと俺が動体視力を鍛えてるからってのもあるかもしれないけど」

「いや無理でしょ!フォーク?とかスライダー?とかわけわかんないわよ!!」

 と、ゲームにキレながらもあやせは俺のプレイをじっと見つめている。

「そういえば、高校野球って観客席に応援団みたいな人たちいるわよね?」

「あーそうだな。吹奏楽とかチアガールみたいなのもいた気がするな」

「チアガール、ねぇ…」

 あやせが立ち上がって何かを考え始める。おっと俺の打席が回ってきた。ここは打席に集中しよう。

「そうね…私も見てるだけじゃつまらないもんね」

「初球ボールか、次はストライクかな…あやせ、今何か言ったか?」

「フレー、フレー、さっ、とっ、るっ!」

「…ん?」

「かっとばせー、さっ、とっ、るっ!」

「あ、あやせ?」

「ホームラン打つぞー、さっ、とっ、るっ!」

 あやせがまるでチアガールのように、振り付けもしながら画面の中の俺を応援し始めた。彼女に応援されて凡退しているようではだめな男だぞ在原暁!ここは一点、狙いを澄まして―

 

 

 

「甲子園でホームラン、打っちゃったわね」

「あやせの応援のおかげだよ」

「…いや、別に、応援なんてなくたって暁なら打てたでしょ」

「そんなことない。あやせがいないと打てなかった。ところで、顔赤いけど大丈夫か?」

「…あまりこっち見ないで」

「え?」

「こっち見ないでってばぁ!!」

 流石に恥ずかしさが出てきたのか、顔を真っ赤にしたあやせはベッドに飛び込んで枕に顔をうずめてしまった。

「あー、さっきのチアガール、可愛かったぞ」

「あーもう!分かったから!私が暁のこと応援してあげたいなーなんて勝手に思っただけだから!はい、この話はここで終わり!」

「そうだな、ありがとう。ただ―」

 俺が本当に高校球児になって甲子園に出たとして、あやせが観客席でチアガールとして俺のことを応援してくれるなら、それはもうとてつもなく嬉しいことだ。でもそうなると、あやせは俺の打席以外でもチームメイトのことを応援しないといけないわけで、それはなんだか気にくわない。だから。

「あやせは学校のチアガールじゃなくて、俺だけのチアガールでいてほしいな」

「…そんなの、わかってるわよ」

 


 

触れ合う手と手(式部茉優)

 

「茉優先輩、あったか?」

「うーん、こっち側にはなさそうだね」

 ここは橘花学園内にある図書館。俺が茉優先輩の助手(カレシ)になって、茉優先輩の研究の手助けをするようになったはいいものの、アストラル能力に関する知識は段違いに俺の方が少ない。それを茉優先輩に相談したところ、「図書館に、詳しくかつ分かりやすいアストラルの専門書があったはず」ということで、二人で探しに来たところである。

「さっき図書委員の人はこのあたりの棚にあるって教えてくれたよな」

「このあたりって言われてもねぇ…そもそも棚の数が多すぎるんだよねぇ」

 さすがはアストラルの研究施設を備えた学校。アストラルの本の数だけで数百冊、もしや千冊ぐらいあるのではないだろうか。

「あと探してないのは…この棚だけだね」

「わかった。二人で探そう」

 茉優先輩は下から、俺は上から目的の本を探す。

 少しして俺たちの見つめる先が一致したところに―

「「あっ……」」

 二人で同時に見つけ、そしてその本に手を伸ばしてしまったがために、お互いの手が触れ合ってしまった。

「あ、ああああああああぁぁぁぁぁ!違うの!別に暁君の手を触ろうとしてたとかそういうのじゃなくて…!」

「い、いや、俺と茉優先輩が同時に見つけただけ、ってのはわかってるぞ」

「で、でも、決して手を触りたくないわけではなくて、その…」

 茉優先輩が口ごもる。その間も俺たちの手は本の前で触れ合ったままで…茉優先輩の手のぬくもりがずっと伝わってきている。

「…アタシの手、邪魔だよね。ほら暁君、本取って?」

 茉優先輩が手を引こうとする。俺はそんな手を逃すまいとしっかり握り、空いている方の手で本を取る。

「これで…いいよな」

「う、うん…」

 茉優先輩も俺の手を握り返してくれる。そしてうつむきがちに体を少し寄せてくる。

 俺たちはそのまま貸し出しカウンターに向かった。



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小悪魔のささやき(壬生千咲)/夜のひと時(在原七海)

かんぼーです。こちら、以前にTwitter(@vice__kan__bo__)に投稿したものになります。

前半:小悪魔のささやき(壬生千咲)
千咲ちゃんの声でささやかれたいという私の願望をそのまま文字にしました。
なんでヤンデレ風になってしまったかは、謎です。

後半:夜のひと時(在原七海)
七海ちゃんといえば…というと失礼かもしれませんが、こういうお兄ちゃんを盗られちゃって…という話は避けて通れないと思います。
実際のところ七海ちゃんは七海√以外でどれだけつらかったのか、考えただけで胸が締め付けられますね…

※キャラ崩壊や元作品の設定崩壊が起こっている可能性もあります。この点を理解できる方のみ。お読みになることを推奨します。
※誤字脱字等の指摘も受け付けています。


小悪魔のささやき(壬生千咲)

 

 今日は土曜日。学院の宿題は昨日の夜に終わらせたので、今日は先輩の部屋でおうちデートをしている。

 二人で他愛無い話をしていた時、先輩のスマホからピロン♪と音が鳴った。

「ん、なんだ?七海からか…」

 先輩の気はスマホの方に向いてしまう。よほど長文のメッセージなのだろうか、全然こっちを向いてくれない。

 私という可愛い彼女がいながらなんということ!そうだ、仕返しにいじめちゃおう。

「せんぱーい?何してるんですかー?」

「今七海にメッセージの返事を…って、うぉっ!?」

 私は座っている先輩の背後に回り込み、首の後ろから手を回してちょっと力を込めて抱きしめる。

 そして先輩の耳元に顔を近づけて、そっとささやくように先輩に話しかける。

「せーんぱい、彼女がこんなに近くにいるのに、なんでほかの女の子とメッセージのやり取りしてるんですかー?」

「いや、え、ちょっと、千咲?」

 先輩が体を少し震わせる。耳弱いのかな?でも、効果てきめんならもう少し続けてもいいよね。

 抱き着いたまま片手を先輩のスマホに伸ばし、メッセージアプリの友達一覧画面を表示させる。

「『在原七海』、『三司あやせ』、『式部茉優』、『二条院羽月』…なんで私以外の女の子が友達欄にいるんですか、せ・ん・ぱ・い?」

「いやいやいやいや、七海は妹で、それ以外はみんな友達だから!というか千咲、耳元でささやかれるとくすぐった―」

「そんなこと言って…ほんとは私の見てないところで浮気しようとか考えてるんじゃないんですかー?」

「んなっ!するわけないだろ!!千咲という可愛い彼女がいるのに!!」

「ほんとですかー?じゃあ、()()()それを示してください」

「…具体的には?」

「ほんとに、先輩は鈍感さんですねー」

 私は思いっきりいじわるな笑顔で、先輩だけに聞こえるような小さい、それでいて圧を掛けるような声で告げる。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。できますよねー、せーんぱい?」

「そ、それは…」

「…なーんて、冗談ですよ冗談!なに真に受けようとしてるんですか」

 先輩の少し怯えるような顔をを見て思わず笑ってしまう。ちょっとやりすぎちゃったかな?

「友達は大切にしないといけないんですよ、先輩わかってますか?」

「わかってるよ。でも千咲が…」

「それは先輩が悪いんです。私がいるのにずーっとスマホ見てたじゃないですか。だからちょっといじめたくなったんですよ」

「…それは俺が悪かった。謝るよ。ごめん。でも、俺はちゃんと千咲のことだけが好きだから。そこは勘違いしないでくれ」

「それはわかってます。わかってますけど…やっぱり行動で示して欲しいな、なんて…」

 私は先輩の背中から離れて今度は先輩の目の前に座る。そして顔を先輩の方に向けて目をつむる。

 鈍感でもさすがにこの意味は分かってくれたみたいで、先輩は私をそっと抱きしめ、ほどなくして唇が触れ合った。

 


 

夜のひと時(在原七海)

 

「じゃあそろそろ俺は戻るからな」

「うん、おやすみ、お兄ちゃん」

「ああ、おやすみ」

 そう言って、暁君は窓から壁伝いに自分の部屋に戻っていく。

 任務の後は必ず暁君にわたしの部屋に来てもらうようにしている。怪我をしてたら治してあげたいという表向きの理由もあるのだが、深夜に暁君と二人きりの時間を作りたいというのももう一つの理由だ。

「この時間はわたしだけのものなんだから…」

 今の暁君には式部先輩という彼女がいる。二人は一緒に研究をしているということもあり、昼間はほとんど一緒に居る。

 でも、わたしは暁君の妹だし、仕事の相棒だし。二人きりの時間だって欲しくなる。

 さて、今日も暁君の元気そうな顔を見れて満足したし、明日も朝から授業だし早く寝ないと。あ、暁君が出ていった窓、ちゃんと閉めとかないとね。

「…あれ?暁君?」

 わたしが窓に近寄った時、階下にある暁君の部屋の窓から人影が出てくる。その人影は壁を伝ってそのまま―

「あそこは…式部先輩の部屋…」

 …そうだよ。暁君は式部先輩と付き合ってるんだよ。夜だって、一緒に居たいに決まってるじゃん。

 それに、わたしだって暁君と式部先輩が仲良くしてるのは嬉しいって思ってるよ。でも…でも…!

「この時間に暁君と会えるのは、わたしの特権だって、思ってたのに…」

 ダメだ。今見たことは忘れて、早く寝てしまおう。

 窓を閉めると同時に自分の心の蓋もしっかりと閉める。『妹』であり続けるために―



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写真アルバム(三司あやせ)/アタシを布団に連れてって(式部茉優)

かんぼーです。こちら、以前にTwitter(@vice__kan__bo__)に投稿したものになります。

前半:写真アルバム(三司あやせ)
ネタです。ごめんなさい。
あやせさんは思いっきりネタに走れるのがいいですよね。それも彼女が人気である理由の一つだと思います。

後半:アタシを布団に連れてって(式部茉優)
まゆぱいです。Twitterに投稿したときに茉優推しの方々がめちゃくちゃ発狂してたのが印象的です笑
年上の女性からお姫様抱っこねだられてみたいですね…

※キャラ崩壊や元作品の設定崩壊が起こっている可能性もあります。この点を理解できる方のみ。お読みになることを推奨します。
※誤字脱字等の指摘も受け付けています。


写真アルバム(三司あやせ) 

 

 あやせの部屋で二人で遊んでいると、ふと本棚にある分厚い本が目に入った。

「あやせ、これなんだ?」

「ん?あーそれ、アルバムよ」

「ちょっと見てもいいか?」

「え、恥ずかしいんだけど…まあいいわよ」

 俺はアルバムを取り出して机の上に置き、一ページずつ写真を見ていく。

「うわー!!このあやせ可愛い!!」

「ちょ、ちょっと!あんまりじっくり見ないでよ!てか、なにそれ?今の私は可愛くないってこと?」

「そういうわけじゃないけれど」

「ふーん、まあいいわ」

 アルバムにはまだ赤ちゃんの頃のから幼稚園、小学校とあやせの成長過程に沿ってたくさんの写真が載っている。

 その次は、中学校時代。このころからあやせも思春期に入ったのか、写真の数はだんだん少なくなっている気がする。

 ……思春期?そういえば……。

「(このころはまだ盛ってないんだよなぁ)」

「……暁。今何か変なこと考えたでしょ」

「エ?ナンデスッテ?」

「あー!!ぜっっっったい考えてた!!バカにして…バカにして…!!」

「まだ何も言ってないだろ!?」

「どうせ『中学の頃はまだ胸盛ってないんだなぁ』とか『今もこの頃も胸の大きさ変わってねえな』とか考えてたんでしょ!!」

「……ちなみに中学のころの友達と連絡とか取ってるのか?」

「取ってるわけないでしょ!!もし連絡取って『三司さん、中学の頃から胸だいぶ大きくなったね』とか言われたらどうするのよっ!!あと話を逸らそうとしない!!」

「ちょ、あやせ!!悪かった!!謝るから!!あと腕を明後日の方向に捻じ曲げようとしないで!!痛いから!!」

 


 

アタシを布団に連れてって(式部茉優)

 

 研究室に響くキーボードの音。深夜の静寂の中、それは淡々となり続ける。

 ひときわ大きなターン!という音とともに、茉優先輩は机に倒れこむ。

「やっっっっと終わったぁ…もうだめ…むりぃ……」

「お疲れ様です、茉優先輩」

 俺は茉優先輩の頭をそっとなでる。研究に関して自分ができることは限られているが、茉優先輩を癒すことに関しては俺の専門職だ。いつもなら先輩が「ありがとう」と言うまでなで続けるのだが、今日は全然反応がない。

「……茉優先輩?」

「すぅ……すぅ……」

「……こんなところで寝たら風邪ひきますよ」

 茉優先輩の肩をゆすっても反応がない。どうしたもんか。

「茉優先輩、起きてください。寮に戻りましょう」

「……ん。あれ、寝ちゃってた……」

 やっとのことで茉優先輩が目を覚ます。でも視線がおぼつかなく、ちょっと油断したらすぐに寝てしまいそうだ。

「先輩、寝ちゃう前に寮に戻りましょう」

「えー…動きたくないよぉ……」

「そんなこと言われましても」

「じゃあ、暁君が抱っこして連れてって?」

「……はい?」

「暁君ならアストラル能力使えばアタシなんて楽に運べるでしょ…?ほら、お姉さんを抱っこして?」

 茉優先輩が寝ぼけ眼でこちらをジッと見つめてくる。俺はそれに勝てるわけもなく、先輩をお姫様抱っこし寮へと帰った。その間、先輩は俺の腕の中ですやすやと寝息を立てていた。



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我慢(二条院羽月)/お兄ちゃんのために(在原七海)

かんぼーです。こちら、以前にTwitter(@vice__kan__bo__)に投稿したものになります。

前半:我慢(二条院羽月)
羽月です。めちゃくちゃ悩んだやつです。
なぜか羽月は全く話が浮かんできません…どうして?この話ももともとは喫茶ステラのナツメさんあたりで書こうかなと思っていたものを流用したという裏話があります()

後半:お兄ちゃんのために(在原七海)
勤労感謝の日&いい兄さんの日のSSです。兄妹といえば七海ちゃんですよね。
優柔不断な私はプレゼントを選ぶことができません。いいえ、プレゼント以外も基本、何かを選ぶこと自体が苦手です。

※キャラ崩壊や元作品の設定崩壊が起こっている可能性もあります。この点を理解できる方のみ。お読みになることを推奨します。
※誤字脱字等の指摘も受け付けています。


我慢(二条院羽月)

 

 ここはトラムの車内。今日は二人で少し遠くへデートしに行ったのだが、今はその帰りである。土曜の夕方ということもあり、トラムの中は俺たちのように遊び帰りの人が多く、かなり混んでいる。

 俺たちはなんとか空いている座席を見つけ、二人並んで座れたのだが…

「「……」」

 すっかり黙り込んでしまっている。

 喧嘩した、とかいうわけではなく、ただ車内全体が気まずい雰囲気なだけなのである。車内には俺たちと同じようなカップルもおり、その中でもいわゆる「陽キャ」のカップルは人目もはばからずイチャイチャとしている。車内の人はその雰囲気に気圧されており、特に羽月は顔を真っ赤にして下を向いている。

「…羽月、大丈夫か?」

「ああ、大丈夫だ。大丈夫だ…!!」

 …大丈夫じゃないな、これ。

 そんなことがありつつも、無事橘花学園の最寄駅まで帰ってきた。

「あー、疲れたぞ…」

「なんというか…大変だったな」

「ほんとだな…というか!体をくっつけるぐらいならまだしも、あれだけ混んだ車内でキスしまくるとはどういうことなんだ!?」

「まあ、そういう人もいるってことだよ。ただ、確かにもうちょっと周りの目を気にしてほしかったよな」

「そうだ!周囲にちゃんと配慮すべきだ!それに…」

 羽月が急に俺から目を逸らす。

「(…ワタシだって、暁ともっといっぱいキスしたいんだぞ…)」

「ん?何か言ったか?」

「なななな、なんでもない!それより暁!早く寮に帰るぞ!」

 羽月が俺の腕をつかんで引っ張ってくる。頬が少し赤いようだがそれは夕焼けのせいではないようで。

 今夜は思いっきり羽月とイチャイチャしようかと考える俺だった。

 


 

お兄ちゃんのために(在原七海)

 

 今日は祝日。わたしと暁君は二人で学園からさほど遠くないショッピングモールまで出かけに来ていた。

 今日の目的はデートではなくお父さんにプレゼントを買うこと。今日が勤労感謝の日であることを思い出し急遽二人で贈り物をすることになったのである。今から買って郵送するとなると数日遅れてしまうけど仕方ない。

「七海、よさそうなものあったか?」

「うーん、これなんかどうだろ?お父さんに似合いそうじゃない?」

 わたしは手に取ったハンカチを暁君に見せる。一方で暁君は小銭入れを選んだみたい。どちらもお父さんの雰囲気に合いそうな品物だ。

「七海のハンカチもよさそうだな。よし、これ買って親父に送るか」

「あ、暁君。先にレジ済ませておいてくれない?わたし、もう少し店の中見て回りたいの」

「まだ何か買うのか?会計一緒にするなら俺も付いていくぞ?」

「いいの!暁君は先にレジ行ってて!」

 わたしは暁君を無理矢理会計に向かわせる。よし、これで一人になれた。

 今日は勤労感謝の日だけじゃなくて「いい兄さん」の日だからね!暁君がもっと「いいお兄ちゃん」になれるように、とっておきのプレゼント探さなきゃ!



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大切な人のために(三司あやせ)/プレゼント交換(式部茉優)

かんぼーです。こちら、以前にTwitter(@vice__kan__bo__)に投稿したものになります。

前半:大切な人のために(三司あやせ)
あやせさんです。とある方にあやせで書けと言われて書きました。
好きな人からカイロを貰うシチュがなぜか好きなのでそれをどうしても入れたかったという裏話があります。

後半:プレゼント交換(式部茉優)
こちらはクリスマスのSS。茉優パイにサンタになってもらいました。
初めは夜這いさせる()予定だったんですけどうまく書けず、結果このような感じになりました。

※キャラ崩壊や元作品の設定崩壊が起こっている可能性もあります。この点を理解できる方のみ。お読みになることを推奨します。
※誤字脱字等の指摘も受け付けています。


大切な人のために(三司あやせ)

 

 ここは俺のクラスで俺の席。目の前にあるのは複数のプリント。

 時計に目をやると既に午後6時半。教室を見渡しても俺以外に人がいるわけもなく、ただただ寂しい光景が広がっている。

 どうしてこうなってしまったのか。それは単純に2学期の期末試験で赤点を取ってしまったから。しかも複数科目で。

 そのおかげで大量の課題プリントをやらされているのだか…非常にめんどくさい。そして難しい。しかも提出期限は今日中。

 その上、追い打ちをかけるように教室の暖房が午後6時で切られてしまった。そのせいですごく寒い。茉優先輩の研究室に行けばまだ暖房もついているはずだが…こんな事情であの部屋に行くのもさすがに気が引ける。職員室に行くのも一手だが、あそこは行きたくないという気持ちの方が強い。

 門限もあるしとにかく早く終わらせないと、という思いで必死にシャーペンを動かすがなかなか進まない。寒さのせいで手が震えて文字が汚くなってしまい、そのたびに書き直しているので余計に時間が無くなっていく。

「……まだ残ってたのね」

 声が聞こえ顔を上げると教室の入り口にあやせがいた。見たところ今日の学生会長の仕事が終わって帰るところらしい。

「ほんとに暁ったら……」

「すみませんでした……」

 勉強がそこまで得意ではない俺はあやせにいろいろと教わっていたのだが…結局この様である。あやせからの視線が痛い。

 そんな中でもとにかく頑張って手を動かす。早くしないとプリントは完成しないし、寮に帰る時間も遅くなってしまう。ただ、やっぱり寒い。手が震える。

 すると、あやせがこちらに近づいてきて俺の隣の席に座る。

「あの、あやせ。寒いから寮戻ったほうがいいんじゃないか?」

「嫌よ」

「嫌って……風邪ひくぞ」

「風邪ひきそうなのはそっちも一緒じゃない……ほら」

 あやせがポケットから何かを取り出し俺の手に当ててくる。俺の手に広がる暖かさがその正体を教えてくれた。

「カイロか」

「そう。暁、寒くて震えてたでしょ。これで温まりなさい。あとプリント見せて」

「いやでもこれは俺が」

「いいからっ」

 あやせはプリントを覗き込むと、俺のわからないところを一から教えてくれる。さっきまでは一人で寂しくて勉強する気も起きなかったのに、こうやって好きな人が隣にいてくれるだけでやる気が出てくるんだから不思議なものだ。

「どう?これで解けるでしょ」

「ありがとう、あやせの説明はわかりやすいな」

「できればテスト前の説明の時にきちんと理解してほしかったんですけど」

「それは……申し訳ない」

 平謝りする俺を見てあやせはクスッと笑う。そして再びプリントに目を落とし授業を再開しようとする。

「次の問題は……暁、やっぱりカイロ一つじゃ寒いわね。そうだ、学生会室で勉強しない?あの部屋なら暖房つくわよ」

「ほんとか。じゃあお邪魔させてもらおうかな」

 俺は立ち上がり、急いでプリントや文房具をまとめて鞄に入れる。その様子を見ながらあやせは一言

「ほんと、暁は私がいないと駄目ね……」

と半ば楽しそうにつぶやいていた。

 


 

プレゼント交換(式部茉優)

 

『それじゃ、通信終了』

 室長との報告を終えスマホのSIMカードを入れ替える。もう夜もだいぶ遅くなっているため、寝ようかとベッドに向かった時、窓からコンコンと音がした。

 この時間に俺の部屋に窓から入ってこようとするのは七海か茉優先輩だ。七海には連絡をしてから降りてこいと伝えてあるが、そんな連絡はない。ということは―

「暁君、お姉さんだよー」

 カーテンを開けると予想どおり、茉優先輩が空中に浮いた状態で窓から俺の部屋を覗き込んでいる。いや、正確には彼女のアストラル能力で作った透明な床の上に立っているのだが。

「どうしたんですか、茉優先輩。こんな時間に」

「暁君、今日が何の日か分かっているかな?」

 茉優先輩を部屋に入れカーテンを閉めると、彼女はポケットの中から赤色の帽子―サンタ帽を取り出し自分の頭に被せる。

「ほら、式部サンタさんだよ。この寮は煙突が無いからね、暁君の部屋に窓から侵入しちゃった」

 そんなことを言いながらもやはり照れくさいのか、サンタ帽の先っぽについているボンボンを手でいじっている。そんな姿を見ていると愛おしくなってしまう。

「それで、暁君。サンタさんは暁君にプレゼントがしたいんだけど……その、腕広げてくれない?」

「これでいいか?」

 俺が言われた通りに腕を広げると、突然茉優先輩は俺の胸元に顔をうずめてきた。訳が分からず戸惑う俺に彼女はこう告げた。

「ほら、暁君へのクリスマスプレゼントはアタシだよ?ちゃんと大切に扱ってね?」

 …やっと意味が理解できた俺はそっと彼女を抱きしめる。しかし、彼女は顔を俺の胸に当てているだけで、抱き着いてこようとはしない。不思議に思いつつも抱きしめ、頭を撫でていると茉優先輩が不意につぶやいた。

「その、アタシから暁君にはプレゼントあげたから、できればそろそろアタシも何か欲しいなー、なんて……ダメ?」

「……俺のこと、先輩にプレゼントしますよ」

「……ふふっ、暁君大好きっ」

 待ってましたと言わんばかりに両腕を俺の体に巻き付け、さらに顔を俺の方に向け目を閉じる茉優先輩。今夜は長くなりそうだと感じたのは、俺の唇が彼女の唇と触れ合ったと同時だった。



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先輩と出会えて(壬生千咲)/記念日は彼と一緒に(二条院羽月)

お久しぶりです、かんぼーです。こちら、以前にTwitter(@vice__kan__bo__)に投稿したものになります。

前半:先輩と出会えて(壬生千咲)
「3月2日は壬生千咲の日」とどこからともなく聞こえてきたので書いたものになります。今まで身近にいた人が急に遠くに行ってしまうのって、すごく心細くなると思います。

後半:記念日は彼と一緒に(二条院羽月)
こちらはRIDDLE JOKER4周年記念に書いたものになります。私事ですが、他人の誕生日を覚えるのがとても苦手です()

※キャラ崩壊や元作品の設定崩壊が起こっている可能性もあります。この点を理解できる方のみ。お読みになることを推奨します。
※誤字脱字等の指摘も受け付けています。


先輩と出会えて(壬生千咲)

 

 3月上旬、まだ冬の寒さが残るこの日、私は学園の校舎前に広がる人ごみの中で必死にあの人を探していました。

 周りには写真を撮る人、談笑している人、泣いている人、いろんな人がいますけれど、誰も私の目当ての人じゃありません。

 うーん、どこにいるのでしょう。早く会いたいのに、これだけ多くの人がいたら見つけられません。今更ながら、自分の背の低さを恨んでしまいます。

 そんな時、背中から私を呼ぶ声が聞こえました。後ろを見なくても分かります。先輩です。私のことを「千咲」と呼んでくれる唯一の人ですから、間違えるはずありません。

 私はくるりと振り返り、名前を呼んでくれた先輩の胸に飛び込みます。先輩はしっかりと私を受け止め、そして抱きしめてくれました。

 少しの間そのまま静かに抱き合っていました。いつもなら幸せに感じるはずですが、このハグはそうではありませんでした。今、腕を離してしまうと先輩とはもう会えなくなっちゃう気がして。そんなはずない、って分かってるのに、私の心は不安でいっぱいでした。

 不意に先輩が私の頭を撫でてくれ、そこで私は我に返りました。どうやら私は気づかぬうちに泣いてしまっていたようです。先輩に撫でられていると、だんだんと私の心も落ち着いていくようでした。

 ……今日もまた、先輩に助けられてしまいました。先輩と出会ってからもう何度救われたか、数え切れません。どうやら、私は先輩なしでは生きていけなくなっちゃったみたいです。こうなった責任は一生取ってもらうんですからね、先輩……!

 泣き止んだところで、私は先輩にまだあの言葉を言ってないことを思い出しました。一体何のために先輩を探していたというのでしょう。

 私は先輩の胸から顔を上げて、そして先輩に告げました。

「先輩っ、ご卒業おめでとうございますっ!」

 満面の笑みと共に。先輩とこの学園で出会えたことに感謝を。そして先輩の未来が輝かしいものになることを、その未来に私がいることを願って。

 


 

記念日は彼と一緒に(二条院羽月)

 

「ふぅ、こんなものだろうか」

 休日の自室。朝から勉強をしていたワタシはシャーペンを置き、一息つく。気付けば時刻は昼少し前になっていた。

 目の前にあるのは警察学校の入学試験対策問題集。試験本番まであと数か月となり、学院の勉強と並行して入試に向けた勉強も始めたのだが。

「暁は……今何をしているのだろう」

 暁と全然遊べていない。暁は最近会った時に少し話すぐらいしかしてくれず、それが勉強で忙しいワタシへの彼なりの気遣いだとはわかってはいるものの、やはり寂しい。

「デートにでも行きたいものだが……って!何をつぶやいているんだワタシは!」

 ぼーっとしていたら、つい自分の妄想が口から出てきてしまった。自室に一人きりだからよかったものの、誰かに聞かれていたらと考えると顔が赤くなる。

「ダメだ、少し散歩でもして頭を冷やすか……」

 そう思って椅子から立ち上がり、ドアの方へ。

「おっと!?」

「ん、さ、暁!?だ、だだ、大丈夫か?」

 ドアを開けると目の前に暁が。さっきまで彼のことを考えていたのもあって、すこしドギマギしてしまう。

「いや、急にドアが開いて少しびっくりしただけだ。それより羽月、勉強で忙しいところ申し訳ないが、今日はこの後時間あるか?」

「ああ、問題ない。それで、何の用だ?」

「今から一緒にデートに行かないか?」

「いいぞ、デートだな……デートぉ!?」

「ちょ、羽月!?驚きすぎじゃないか?」

 暁にさっきのワタシの妄想を読まれた!?いや、そんなことはないはずだが、驚いてつい大きな声を上げてしまった。

「だって、それは暁が急にデートとか言い出すからじゃないか!!ワタシにだって心の準備が……!!」

「いや、ほんとだったら前々から計画を練って、羽月にも伝えておくべきだったんだろうけれど、羽月は勉強で忙しそうだったし、それに……」

 急に暁が口ごもる。指で頬を掻きながら、少し照れくさそうに笑っている。

「さっきカレンダー見て気付いたんだ。今日って、俺たちが付き合ってちょうど一年の記念日だな」

「え……」

 ワタシは慌ててスマホの電源を入れる。日付は、確かにワタシたちにとって思い入れのあるもので―

「だから、今日ぐらいはずっと羽月と一緒に居たいと思って、それに勉強の気晴らしにでもなればと思ってデートに誘ったんだが……」

「……そうか、暁はこの日のことをちゃんと覚えていたんだな。ワタシはすっかり忘れていた……申し訳ない」

「さっき言った通り、俺もつい数十分前まで忘れてたからさ。お互い様だよ。それより、デート行くか?」

「もちろんだ!ほら、連れて行ってくれ!!」

 ワタシは暁の腕に思いきり飛び付く。今から彼と一緒に、今日という日を目いっぱい楽しむんだ。



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絵日記には兄の笑顔を添えて(在原七海)/ハロウィンの夜は終わらない(壬生千咲)

お久しぶりです、かんぼーです。こちら、以前にTwitter(@vice__kan__bo__)に投稿したものになります。

前半:絵日記には兄の笑顔を添えて(在原七海)
夏休みシーズンに書いたものです。七海ちゃん絵上手そう

後半:ハロウィンの夜は終わらない(壬生千咲)
ハロウィンに書いたものです。コスプレはいつ何時も需要しかない

※キャラ崩壊や元作品の設定崩壊が起こっている可能性もあります。この点を理解できる方のみ。お読みになることを推奨します。
※誤字脱字等の指摘も受け付けています。


絵日記には兄の笑顔を添えて(在原七海)

 

「あの、お味は……どうですか?」

「うん、おいしい」

「……よかった」

 夏休みのある日、在原家の夕食の時間。いつもなら、わたしが作ったご飯を暁君とお父さんと三人で一緒に食べるだけ。でも、夏休みが始まってからは違う。わたしにはやらなければならないことがある。

「……ジー」

「なんだよ、七海。最近食事中に俺のことじっと見すぎだろ」

「え、あ、ごめんなさい……」

「まあ、別に見るなとは言わねえけどよ……」

 そう、わたしがしているのは「夕食を食べる暁君の観察」。わたしは夏休み中これをずっと続けなければならない。

 ご飯を食べ終えたあと、食器の片づけをし、一目散に自分の部屋に向かう。そしてノートを開き、さっき記憶した暁君の顔を色鉛筆で描く。

「今日も笑顔で食べてくれた……」

 顔を描いた後はその隣に今日の夕食の絵を描く。最後の仕上げに文章を。

 

『八月二十日、土曜日、晴れ、今日の夕食は焼き魚を作りました。焼き加減に注意しながら作りました。お兄ちゃんは今日もおいしそうに食べてくれました。お兄ちゃんに「おいしい」って言ってもらえてうれしかったです。』

 

 夏休みもあと十日ほど。最後まで宿題をやりきるためにも、明日も暁君の顔をちゃんと観察しなきゃ!

 


 

ハロウィンの夜は終わらない(壬生千咲)

 

「まだ……かなぁ」

 時計の針は既に午前1時。明かりを消した部屋の中で私は一人、ベッドの上で虚空を見つめています。

 それもそのはず。今日は先輩とハロウィンパーティをする予定だったんです。なのに先輩ったら、急にお仕事が入っちゃったみたいで……結局この時間になってもまだ先輩は帰ってきません。

 せっかく用意したたくさんのお菓子も、先輩に内緒で七海ちゃんから借りた魔女のコスプレ衣装も、出番無く終わってしまうのでしょうか。先輩と1週間以上前からパーティの計画をしていたのに、それが全部水の泡になってしまいそう。

 その時でした。窓側から聞き覚えのある声が。

「千咲?まだ起きてるか?」

「先輩!?」

 私は急いで窓を開け、声の主を部屋に招き入れます。そして思いっきり抱きしめます。

「おかえりなさい……っ、先輩!」

「千咲、遅くなってごめん!」

 ……ずるいです。さっきまですごく悲しい気持ちだったのに、先輩と触れ合ってると勝手に心が温まってしまうんですから。

「どうする、千咲。今からハロウィンパーティ、するか?」

 どうやらコスプレ姿の私と机の上に並べられたたくさんのお菓子を見て、先輩が気を利かせてくれたようです。

「しましょう先輩!ほら、早くあの言葉、言ってください」

「ああ、トリックオアトリート。お菓子くれなきゃイタズラするぞ」

 本当だったらお菓子をあげるんでしょうけど……先輩の温もりを感じてしまったらもっと欲しくなってしまって。もっともっと、先輩と深く交わりたくなってしまって。先輩に全てを委ねたくなってしまって。

「そうですねー、こんな時間にお菓子食べたら健康に悪いですしねー。だから……」

 こんな口実が通じるのかと疑問に思いつつ、私は先輩の耳元でそっと囁きます。

「いっぱい、私にイタズラしてください。せーんぱいっ!」



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[短編集]PARQUET
手料理/呼び方の練習(茨木リノ)


注:元作品のネタバレを含んでいる場合があります!!

かんぼーです。こちら、以前にTwitterに投稿したものになります。
※前半はサブ垢(@sub__kan__bo__)、後半は本垢(@vice__kan__bo__)で投稿したものです。

二つともリノちゃんの作品です。

前半:手料理
リノちゃんがツバサさんに負けたくない!ってのを書きたかった作品です。

後半:呼び方の練習
妹の日にぱっと考えてぱっと書いた15分クオリティの作品です。なので地の文なしでめちゃくちゃ短くなってます。

結論から言うと、リノちゃんは可愛いってことです(?)

※キャラ崩壊や元作品の設定崩壊が起こっている可能性もあります。この点を理解できる方のみ。お読みになることを推奨します。
※誤字脱字等の指摘も受け付けています。


手料理

 

「お待たせしました、オムライスとペペロンチーノです」

「ありがとう、ツバサ」

「ツバサさん、ありがとう」

 ツバサが俺とリノの注文品を運んできてくれた。俺たちは昼食がてらツバサのバイト先にお邪魔しているのだ。

「来てくれてありがとう、二人とも。今日も特に用事はなくぶらぶらしてる感じかな?」

「そのとおりだな…リノは?」

「私も同じだね」

「なるほど、ところで料理のお味はどうかな?」

 ツバサが俺の顔を覗き込んでくる。いつもなら笑顔でカウンターの方に戻っていくのに、どうしたのだろうか?

「オムライス、いつも通りおいしいぞ」

「このペペロンチーノもおいしいよ」

「そっかー、良かったー」

 ツバサがいつも通りの笑顔を見せる。なんだろう、めずらしくマスターが失敗でもしたのだろうか?

「実は…その料理を作ったの、ボクなんだ。マスターに教えてもらってね」

「え、マジ!?めちゃくちゃおいしいよこれ!!マスターのと変わらないぐらい!!」

「あはは、そんな冗談はやめたまえよ」

 ツバサは照れくさそうに頭を掻いている。そんな彼女の肩越しにマスターの「俺と同じくらいおいしいわけねえだろ、俺の方がおいしいわ」という視線が飛んでくるが、あえて無視する。

「リノもそう思うよ…な?リノ?」

「…ツバサさんの、手作り…」

「リノ?」

「リノ君?おーい、リノくーん」

「…はっ、ごめんツバサさん、カナト。ちょっと考え事してた」

「だいぶ考え込んでたけど大丈夫か?」

「大丈夫。それよりカナト、私、用事ができた」

「おお、そうか。じゃあこの後は別行動だな」

「違う。カナトも私についてくる」

「…わかった。ちなみにどこ行くんだ」

「スーパーマーケット、あとカナトは今夜何食べたいか考えておいて」

 それだけ言うとリノは黙々とペペロンチーノを食べ始めた。その眼には闘争心が垣間見えていた。

 


 

呼び方の練習

 

「お、お、お…おにっ、おにっ、おにぃぃぃぃぃぃぃ…っっっ!!」

「……リノ君、さっきから何してるんだい?」

「うわぁ!?ツバサさんいたの!?」

「うん、いたとも。リノ君がずーっと『おにおに』言ってるから気になってね」

「いるなら声かけてよ…」

「ごめんごめん。で、なんで『おにおに』言ってたんだい?」

「えっ、そ、それは…」

「おや?顔が赤くなったね。もしやカナトに関係することなのかい?」

「!!!」

「図星のようだね。カナトと『おにおに』……あ、もしかして、カナトのこと『お兄ちゃん』って呼んでみたいのかな?」

「…あわわわわわわわわわわわっっっ!!」

「そんなに照れなくてもいいじゃないか~、リノ君は可愛いなぁ~」

「…やめて!髪の毛くしゃくしゃしないで…!」

「ああ、ごめん!こういうスキンシップはボクより『カナトお兄ちゃん』にしてもらいたいんだよね、リノ君?」

「そ、そういうのじゃないからぁ!!」



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添い寝(城門ツバサ)/遠回り(茨木リノ)

注:元作品のネタバレを含んでいる場合があります!!

かんぼーです。こちら、以前にTwitter(@sub__kan__bo__)に投稿したものになります。

前半:添い寝(城門ツバサ)
初めはリノちゃんネタを書くはずだったのに気づいたらツバサさんネタになっていました。(?)
リノちゃんに比べるとツバサさんは積極的なイメージがあります。一応リノちゃん推しですけれど、ツバサさんも結構好きだったりします。

後半:遠回り(茨木リノ)
そしてこっちはちゃんとリノちゃんで書けた方です()
たくさんの方が相合傘ネタは書いていらっしゃるので、何か一つ工夫したいなと思った結果こんな感じになりました。リノちゃんは策士です…!

※キャラ崩壊や元作品の設定崩壊が起こっている可能性もあります。この点を理解できる方のみ。お読みになることを推奨します。
※誤字脱字等の指摘も受け付けています。


添い寝(城門ツバサ)

 

「おーい、リノー?こんな所で寝たら風邪ひくぞー」

「…すぅ…すぅ」

「あー、リノ君完璧に落ちちゃってるね」

 バイトから帰ってきたあと、三人で晩酌(俺はジュース)をしていたのだが、リノが飲みすぎたのか、はたまたバイトで疲れ切っていたのか、ソファに座ったまま寝てしまっていた。

「どうしようか、俺が二階まで運ぼうか?」

「うーん、そうだね…それもありだけど…」

 ツバサが一瞬迷ったような顔をするが、すぐにいつもの笑顔に戻る。

 …いや、これはいつもの笑顔ではない。なにか悪だくみをしている時の笑顔だ。

「ねえ、カナト」

「…なんでしょう?」

「リノ君を、いつもカナトが寝ている寝袋に入れちゃえば、どうなるかな?」

「それは…俺が困るな。寝る場所がなくなってしまう」

「そうかなぁ?だって、二階にはいつもボクとリノ君の二人で寝ているベッドがあるんだよ?」

「…つまり何が言いたいんだ?」

「本当にカナトは鈍感だなぁ」

 ツバサは呆れつつも、まるで誘惑するかのように俺を上目遣いで見て。

「一緒に添い寝、とかどうだろうか?」

 …添い寝!?いや、なんとなく察してはいたけれども!!

「さすがにそれは…」

「今ならボクと二人きりの夜を楽しめるよ?」

「いやいやいや!そもそも俺たちはまだ付き合っているわけじゃないし!」

「おや?『まだ』ってことは、ボクと付き合う気があるってことかな?」

「そういうわけじゃなく!!」

 お酒がかなり回っているツバサが徐々に俺に詰め寄ってくる。すぐ近くまで迫ってきて抱き着かれそうになったその時。

「…二人で何してるの?」

「うわぁ!リノ君!?」

「リノ!起きたか!」

「そりゃあ、そんな大声だしてたらさすがに起きるよ…ツバサさん、寝よ」

「あ、ああ…うん…」

「…何?私と一緒に寝るの、嫌になった?」

「そ、そんなことないさ!!ほら、早く寝よう!!カナトもおやすみ!!」

「お、おやすみ…」

 まだ半分寝ぼけているリノと、すこしがっかりしているツバサが二階に行くのを見送る。

 一人になった俺は緊張と少しの期待で早鐘を打つ胸を落ち着けるため、残っているジュースを飲みほした。

 


 

遠回り(茨木リノ)

 

「こんな大雨になるなんて聞いてないぞ…」

「今朝の天気予報でも雨なんて言ってなかったよね」

 リノと一緒にバイトから帰る途中、予報外れの大雨に会ってしまい慌てて近くのコンビニに駆け込んだ。

「雨雲レーダー見たけど、2時間ぐらい止まないらしいよ」

「マジか、さすがに深夜までここに居座るわけにもいかないし…傘売ってないかな?」

「たしかあっちの方に…あれ?1本しか残ってない?」

 リノに続いて傘を売っているコーナーに向かうが、突然の大雨で購入者が大量にいたのか、残りは1本だけだった。

「仕方ない、1本だけでもないよりましだろ」

「そうだね。あ、カナト。お金は私が払う」

「いや、ここは俺が」

「いいの。カナトはそこで待ってて」

 なぜか少し上機嫌なリノが傘を持ってレジに向かっていく。

「はい。じゃあ、帰ろ」

「そうだな」

 買ったばかりのビニール傘に二人肩を並べて入る。リノの体がいつもより近くにあるからか、少し緊張してしまう。リノも同じ気分なのだろうか、少し顔が赤い気がする。

「ってリノ、そっちは家と逆方向じゃないか?」

 俺が思っていた方向と違う側に歩き出したリノを止める。しかしリノは歩くのをやめない。

「どこへ行くつもりなんだ?」

「私、今日はこっちから帰りたい気分だから」

「いやいや、それ遠回りだろ。こんな天気なんだから早く帰らないと風邪ひくぞ」

「じゃあカナトはいつも通りに帰る?でも大雨だし?この傘は私がお金払ったから私のものだし?どうする?」

「……わかったよ、ついていくよ」

「……ふふっ」

「どうした?」

「なんでもない」

 外のどんよりとした空気とは裏腹に、リノの表情は明るかった。



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初めての感覚/心に温もりを(茨木リノ)

注:元作品のネタバレを含んでいる場合があります!!

かんぼーです。こちら、以前にTwitter(@sub__kan__bo__)に投稿したものになります。2作品ともPARQUETの茨木リノちゃんです。

前半:初めての感覚
リノちゃんに頭を撫でられたいという一心で書いた作品です(?)。撫でられたいですよね。ですよね?

後半:心に温もりを
とある方から「リノがツバサに変装してカナトといちゃつく」というネタをいただいたので、それを使わさせていただきました。
書いてる途中で思っていたものとは違う方向に進んだ気もしますが…まあお許しください。

※キャラ崩壊や元作品の設定崩壊が起こっている可能性もあります。この点を理解できる方のみ。お読みになることを推奨します。
※誤字脱字等の指摘も受け付けています。


初めての感覚

 

「ねこ、ねこ~♪もふもふ~♪」

 今日はリノと二人で散歩がてら動物と触れ合えるカフェに来ている。ここはリノのおすすめの店だそうで、店員さんと顔見知りなほど来店しているとか。

「どしたのワンちゃん、よしよし~♪」

「本当に動物好きなんだな」

「可愛いから仕方ない。ほら~いい子、いい子~♪」

「まあ確かに可愛いな。ほれほれ」

 俺が子犬の頭をなでると気持ちよさそうに体を擦り付けてくる。これはクセになりそう。

 しばらく子犬や子猫たちと戯れていると、その様子を見ていたリノが俺の前にちょこんと座る。

「……どうしたリノ?もうモフモフはやめたのか?」

「ううん、私はまだモフる。可愛いがここにはたくさんあるから」

 そういうとリノは俺の頭に手を伸ばして―

「よしよし、カナト、可愛い♪」

「ちょ…え?リノ?」

 リノが俺の頭を撫でている。恥ずかしいけれど、一方で優しくて気持ちよくて…。撫でられるのはこれが初めてだからか、虜になってしまいそうである。

「ほらほら~鳴いて?」

「……にゃ、にゃあ?」

「ちょろっ」

「おい」

 我に返った俺はとっさにリノの手を払う。やっぱり公共の場でこんなことされると恥ずかしい。

「ごめん、なんだか犬や猫と戯れるカナト、すごく笑顔で可愛かったから」

「だからって撫でるなよ…あとちょろいって言うな」

「ごめんって、でもカナトも満更ではない顔してた」

「そ、それは……」

「また今度、いっぱい撫でてあげる」

「……」

 楽しそうに笑うリノに対し俺は返事ができず、つい目をそらしてしまう。だが、リノには俺の心境は全てお見通しのようだった。

 


 

心に温もりを

 

 最近ツバサさんとカナトの様子がおかしい。今までより二人の距離が近いように見える。そのせいか、カナトが最近私のことを全然見てくれない気がして……正直寂しい。すごくもやもやする。

 そこで、私は奇策を取ることにした。ツバサさんの服と、以前まだツバサさんが私の中にいるときに使っていたウィッグを借りてカナトの前に現れてみる。そうすればカナトは私をツバサさんと間違えて、構ってくれるはず。

 ツバサさんの話し言葉の雰囲気は覚えた。声帯も同じものを使っていたから声真似も問題ない。

 私は自信満々だった。なのに―

「おーい、カナト!!」

「おーツバサ…?なんだかおかしくないか?」

「な、何を言っているんだいカナト?私はツバサだよ?」

「わかった、リノだろ。」

「そんなことあるわけ……ちょ、髪の毛いじらないで!!」

 カナトにすぐにばれてしまう。髪を触られてウィッグを無理矢理取られ、本当の私が姿を見せた。

「なんでわかったの!?声だって話し方だってツバサさんそっくりだったはずなのに…」

「ツバサは一人称『ボク』だからな。さっき『私』って言ってたぞ」

「え……私、『ボク』って言ってなかった?」

「言ってなかった。それにツバサは俺に向かってくるときはにこやかな笑顔でやってくる。さっきリノが向かってきたとき、笑顔だったけどなんというか…悲しそうな顔をしてた。もしかしてなにか悩んでることでもあるんじゃないのか?」

 カナトが私の目を覗き込んでくる。恥ずかしいけれど、それと同時に心の中に広がる暖かい幸せな感覚。

「……最近のカナト、ツバサさんにばっかり構ってる気がする」

「あー……確かにここのところツバサに積極的に遊びに誘われるな」

「だから、ツバサさんの格好してカナトと一緒に居ようと思った」

「そうか……気にかけてやれなくてごめんな」

「別にカナトは悪くない。私が積極的じゃないだけだから」

「いや、ツバサにばかり構ってた俺が悪い。だから、そのお詫びと言っては何だが今日は一日、リノにつき合わせてくれ」

「あ……うん、よろしく、お願いします」

 カナトと並んで歩きだす。もう心にもやもやなんてない。私の顔はツバサさんに負けないぐらい笑顔なはずだ。



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トリックオアトリート!/ポッキーゲームって?(茨木リノ)

注:元作品のネタバレを含んでいる場合があります!!

お久しぶりです、かんぼーです。こちら、以前にTwitter(@sub__kan__bo__)に投稿したものになります。2作品ともPARQUETです。

前半:トリックオアトリート!
言わずもがなハロウィンネタです。ツバサちゃんとリノちゃんにどんなコスプレをしてもらおうかと考えながら作った記憶があります。そしてこの二人によるカナトの奪い合い…!夢がありますね…(?)

後半:ポッキーゲームって?(茨木リノ)
こちらは11月11日、ポッキーの日ネタです。ポッキーゲームの描写を書くのが無理だと思ったので、ゲームのシーンはありません。亜弥さんが多分初登場だと思うのですが、うまく表現できたか自信がありません…。

※キャラ崩壊や元作品の設定崩壊が起こっている可能性もあります。この点を理解できる方のみ。お読みになることを推奨します。
※誤字脱字等の指摘も受け付けています。


トリックオアトリート!

 

「ハッピーハロウィン、カナト!!」

 夕食を3人で食べ終えた後、ツバサとリノは早々と二階へ引き上げてしまった。仕方なく一人でソファでくつろいでいると、二階からハロウィンのコスプレをしたツバサが出てきた。

「どうかな?ハロウィンに合わせてコスプレ用意したんだ!ガオー!!」

 ツバサのコスプレはオオカミだろうか。全体的にもこもこしていてかわいらしい。

「いいんじゃないか?可愛いし似合ってると思うぞ」

「カナトにそう言ってもらえると嬉しいね!じゃあ、トリックオアトリート!お菓子くれなきゃいたずらするぞ!」

「お菓子は…今持ってないなぁ」

「それじゃあいたずらだね!それっ!」

「おわっ!?」

 ツバサは勢いよく俺に抱き着いてきて、脇腹をくすぐってくる。

「それそれ~、いつまで耐えられるかな?」

「ちょ、もう限界だって!!」

 俺とツバサでじゃれあっていると、頭上からもう一人の声が聞こえた。

「は、は、はっぴー、はろうぃん…っ!!」

 二階の入り口を見るとリノが顔をほのかに赤くして立っていた。

「おやーリノ君、『カナトに見られたくない!』って恥ずかしがってたのに出てきたのかい?」

「だって…!ツバサさんとカナトがじゃれてるの聞こえてきたから…!!」

 リノのコスプレは…魔女だろうか。衣装は全体的にヒラヒラとしていて、いつものリノの雰囲気とはだいぶ異なっている。

「ほらカナト、リノ君が何か言ってほしそうにしてるよ?」

「いやっ、そんなこと…私にこんな衣装似合ってないし…!!」

「あーその、なんだ。いつもと違う感じで、可愛いと思うぞ」

「か、かわっ…!!」

「うわぁー!リノ君さっきよりもっと真っ赤になってる!!」

「ツバサさん!いじらないで!こうなったら……っ」

 リノが少し考えてツバサさんの方を向く。一体何をするというのか。

「ツバサさん、トリックオアトリート」

「え?ボクにかい?残念ながら、ボクはお菓子もってないよ」

「じゃあいたずらだね。カナト、こっち来て」

「なんだ?」

 俺が近づくと、リノは俺の腕にしっかりと絡みついてくる。

「ツバサさん。カナトはいただいたよ」

「ん?リノ?」

「あー!ずるいぞリノ君!カナトはリノ君だけのものじゃない!」

「そもそも俺は誰のものでも……」

「嫌だ。私のものだもん」

「返せ―!!」

「痛い!ツバサ、俺の腕強く引っ張らないで!リノも腕強く締め付けすぎだから!!」

 このあと、我が家では俺の争奪戦が行われることになった。

 


 

ポッキーゲームって?(茨木リノ)

 

「亜弥さん。少しいいですか?」

 今日もいつも通り亜弥さんのフラワーショップでバイト。なのだけれど、少し気になることがある。

 その原因は家を出る前にツバサさんが言ってた言葉―

『カナト、帰ってきたら一緒にポッキーゲームをしようじゃないか!』

 カナトはポッキーゲームが何なのか分からなかったらしいが、それは私も同じ。だからこっそりと亜弥さんに聞いてみることにする。

「どうしたのリノちゃん?」

「あの、私の知り合いが言ってたんですけど、『ポッキーゲーム』って聞いたことあります?」

 私がそういうと亜弥さんの顔が一気に明るくなる。あれ、もしかして変なこと聞いちゃった?

「リノちゃん……!リノちゃんもついにそういうことに興味持っちゃった?いいね~若いね~」

「えっと?亜弥さん、どういうことですか?」

「いい、リノちゃん。ポッキーゲームっていうのはね……」

 なぜか亜弥さんはカナトの方をちらちらとみている。カナトは全く気付かずに作業をしているけど……。

「二人でポッキーを両端から咥えて少しづつ食べていくの。で、先に口を離しちゃった方が負け、っていうゲームだよ」

「なるほど…あれ、でも二人とも口を離さなかったらどうなるんです?」

「それは…唇と唇が触れ合って……」

 ……ポッキーゲームってそういうこと!!

「あれ?リノちゃん顔赤いよ?」

「ちょ、亜弥さん…!!」

 亜弥さんがニヤニヤしながら見つめてくるのでつい目を逸らしてしまう。逸らした先にはカナトがいて、話の流れからかついカナトの唇に目線が行ってしまい―

「……っ!!」

「なに?どうしたの~?あ、リノちゃんポッキーゲームやりたい?」

「べ、別にカナトとやりたいだなんて、そんなことは!」

「伊吹君?あれ、リノちゃん伊吹君とそういうことしたいんだ?」

「……あわわわわ!とにかく、教えてくれてありがとうございましたぁ!」

 それだけ告げると私は急いで花屋の作業に戻る。この耳まで真っ赤になった顔を早く隠したい…!

 それにしてもツバサさんだけカナトとポッキーゲームするなんて許せない。私も混ぜてもらわないと。



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私を照らす光(茨木リノ)/ボクを照らす光(城門ツバサ)

かんぼーです。こちら、以前にTwitter(@sub__kan__bo__)に投稿したものになります。

前半:私を照らす光(茨木リノ)
こちらは2021年の月食のときに書いたものになります。書きたいなーと思ったのですが全くストーリーが思いつかず、結局日付が変わる30分ぐらい前に登校した思い出があります。

後半:ボクを照らす光(城門ツバサ)
こちらは1月1日に投稿したものです。前半のものとわざと似たタイトルにしています。話そのものにつながりはありませんが、月と太陽が主題ということで。

※キャラ崩壊や元作品の設定崩壊が起こっている可能性もあります。この点を理解できる方のみ。お読みになることを推奨します。
※誤字脱字等の指摘も受け付けています。


私を照らす光(茨木リノ)

 

「うおー、肉眼でも欠けてるの見えるんだな」

「ほんとだ、なんだか三日月みたいになってる」

 フラワーショップのバイトに向かう途中、カナトと一緒に月を眺める。周りを歩く人々が皆空を見上げていたので、なんだろうと思ったら月食とのことだった。

「月食って、なんで欠けちゃうんだっけ?」

「たしか、太陽と月の間に地球が挟まるから、地球の影が月に映るとかじゃなかったか?」

「あーそういえばそうだったかも」

 そんな話を小学生の頃に聞いた気がする。月は太陽によって照らされていて…とか理科の授業で習ったっけ。

「私ってさ―月みたいだよね」

「ん?どういうことだ?」

 カナトを見て、不意にそんなことを思う。この人に出会わなかったら私は今頃どうなっていたのだろうか。自分の心の中のわだかまりを抱えたまま、ずっと暗い日々を送っていたかもしれない。

 そんな私を照らしてくれたのは、まぎれもなく今隣を歩く人。私にとっての大切な「太陽」。

 そんな彼の横顔を眺めてそっとつぶやく。

「…カナト、ずっと私のこと照らしてよね」

「ん?今何か言ったか?」

「なんでもない」

 きょとんとしてるカナトをみて自然と笑顔になる。彼がいる限り、私の笑顔が欠けることはなさそうだ。

 


 

ボクを照らす光(城門ツバサ)

 

 一月一日の早朝、ボク達は近くの神社に来ていた。リノ君とカナトは去年も来たらしいけれどボクがここに来るのは初めてだ。

 三人でお参りをした後、屋台で暖かい食べ物をいくつか買って食べる。今年は三人で見たいものがあるため、それまでの時間つぶしだ。

「リノ君、美味しい!美味しいよ!!」

「ツバサさん、食べ過ぎないでよ?」

「相変わらずだな、ツバサは……」

 なんていつも通りの会話をしながらその時を待つ。

 

 しばらくして、ボク達はすこし開けた場所に移動する。ここからなら見やすいよ、とリノ君が教えてくれた隠れスポットだ。

 ボクを真ん中に、三人で横に並んで空を見つめる。そのうち青かった空が徐々に橙色に変わっていき、そして―

「うわぁ……!!」

「きれいだな……」

 太陽が昇ってきた。いわゆる初日の出だ。

 これまでに見たことのないような神々しい光に、つい飲み込まれそうになる。両隣のカナトとリノ君を見ると、二人とも光に見とれている。

 気付いたらボクは二人の手を握っていた。二人とも少し驚いていたようだけれどすぐに握り返してくる。二人の手は冷たいけれど、ちゃんと温もりが伝わってくる。

「今年も…ずっと三人でいよう」

 ボクがそうつぶやくと二人とも微笑んでうなずいた。ボクの未来を照らしてくれた二人は、今年もボクを照らす光になるはずだ。



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こっそりバレンタイン/私を迎えに来て(茨木リノ)

かんぼーです。こちら、以前にTwitter(@sub__kan__bo__)に投稿したものになります。二つともPARQUETより茨木リノです。

前半:こっそりバレンタイン
今年のバレンタインの時に書いたものです。リノちゃんは誰も見てなかったらこういうことしそうだと思います。

後半:私を迎えに来て
5月の終わりごろに書いたものです。6月にした方が良かったんじゃないかと後悔しております。

※キャラ崩壊や元作品の設定崩壊が起こっている可能性もあります。この点を理解できる方のみ。お読みになることを推奨します。
※誤字脱字等の指摘も受け付けています。


こっそりバレンタイン

 ふーっと深呼吸を一つ。だからってドキドキが治まるわけじゃないんだけど。

 フラワーショップから帰ってきてお風呂に入った後、私はリビングに戻れずにいた。私の手には、カナトに内緒で作ったチョコクッキー入の包みが握られており、それが小刻みに震えてしまっている。

「ああ、もう!!」

 ここでいつまでも立ち止まっていてもしょうがない。ツバサさんは既に寝ているし、渡すには絶好の機会だ。彼に渡して、「おやすみ」言って、部屋に戻って寝る。ただそれだけ、それだけだから。

「……よし」

 意を決してリビングへと続くドアを開ける。

「カ、カナト!あのっ、これっ」

「すぅ……すぅ……」

「え、えぇ、そんなことある……?」

 普段は私がおやすみと言うまで起きているカナトだが、今日に限っては疲れているのかソファに横たわって寝ていた。少しゆすってみるも、全然起きそうにない。

 さっきまでのドキドキはどこへやら、すっかり気が抜けてしまった。まあ、カナトに直接受け取ってもらうことはできないけれどせっかく作ったんだし。彼が目を覚ました時、真っ先に見つけてもらえるようにと、ソファ近くの机の上に包みを置いておく。

 そして、気持ちよさそうに眠るカナトの顔を覗く。いつもはあまり感情を表に出さず怖い顔をしているが、寝顔はとてもかわいいと思う。

 そんな彼の無防備な姿を見ているとふと魔が差してしまった。私は彼の耳元にそっと口を近づけ―

「カナトのが本命だから……その、好き……だよ」

 囁いて、そして我に返る。鏡を見なくても自分の顔が真っ赤になっているのが分かる。

「……おやすみっ!!」

 私は今自分がしたことを忘れようと、急いで寝室に向かうのだった。

 


 

私を迎えに来て

「綺麗……」

 ぼーっとショーウィンドゥの中を眺める。そこには純白のドレスが何種類か並んでいる。

 街で買い物をしていたら急な雨に降られてしまった。生憎傘を持っておらず、慌てて近くのお店の屋根の下に駆け込んだのだが、雨はしばらく止みそうにない。そこで、カナトに電話して傘を持ってきてもらうことにした。自分が駆け込んだお店がウェディングドレスを扱っているところだと気付いたのはその後で、せっかくなので少し見ていくことにしたのだ。

 前まではこういう物には一切興味がなかったのに、今は少しばかり意識してしまう。やはりそれは意中の人がいるからなのだろうけど。

 それにしてもドレスがまぶしい。その白さに思わず吸い込まれてしまいそうになる。私がこれを着て、そして彼はタキシードを……、って何考えてるんだろ。そんな日が来るとは限らないのに。

「おーい、リノ!」

 ドレスをじっと見ていると聞き覚えのある声がして、我に返る。後ろを見ると、傘を持ったカナトが。当たり前だが、彼は私服だ。いつかタキシードを着て私の前に現れてくれるかな、なんて望みすぎだろうか。

「わざわざ来てくれてありがと。ホント助かる」

「お礼なんかいい。リノが望むなら俺はいつでも迎えに行くから。頼ってくれていいんだ」

 私が望むならいつでも、か。それなら……さっきの妄想も望んでいいのかな。

「ふーん、迎えに来てくれるんだ。じゃあ、私いつまでも待ってるから。あ、でもそんなに待てないかも」

「リノ?どういう意味だ……?」

 カナトは不思議そうな顔をしている。私はクスッと笑って、彼から受け取った傘を広げて帰路に就く。いつか彼が私を迎えに来てくれると信じて。

 

 



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これはボクのものがたり(城門ツバサ)/これは私のものがたり(茨木リノ)

!!ネタバレ注意です!!

 

かんぼーです。こちら、以前にTwitter(@sub__kan__bo__)に投稿したものになります。

 

今回は双方ともPARQUET発売1周年記念に書いた物となっています。題名はPARQUETのキャッチコピーである「これは私(ボク)たちのものがたり」より取ってきております。場面は「ものがたり」が動き出す日、二人がそれぞれ目覚めたときです。

 

※キャラ崩壊や元作品の設定崩壊が起こっている可能性もあります。この点を理解できる方のみ。お読みになることを推奨します。

※誤字脱字等の指摘も受け付けています。

 


 

これはボクのものがたり(城門ツバサ)

 いつも通りウィッグを取付け、整える。うん、問題なしだね。

 もう「城門ツバサへの変身」作業もだいぶ慣れたものだと思う。でもそれは、それだけ長い間この身体を借り続けてしまっていることを意味するわけで。

 ボクには今、ある目的のために行動している。だけど。

 やっぱり立ち止まってしまう。急に胸が締め付けられたようになる。怖い。苦しい。

 もし、こうなってしまった理由が、ボクが考えうる最悪な理由だとしたら……?

 ボクはどうしたらいい?ボクは……ボクは?

 ……いけない。バイトに行かないと。

 深呼吸を一つ。そしてささっと身支度を整え、家を出る。徐々に色づいてきた木々の葉を眺めながら、いつもの喫茶店に向かう。さて、今日はどんなおいしいものを食べようかな。

 この時のボクは知らなかったんだ。今日はボクの運命を変えてくれる人とひょんな出会いをする日だってことをね。

 

 ―これはボクのものがたり。

 


これは私のものがたり(茨木リノ)

 首にかけたBMIをそっと取る。連絡によると今日も昼間は平穏な日々だったらしい。

 窓に目をやると既に空は暗くなっていて、月が輝いている。ふと、最後に太陽を見たのはいつだったかと思ってしまう。

 こうなってしまったのにはちゃんと理由がある。本当だったらこの月すら見られなくなるはずだったんだけど。

 ずっと独りぼっちだった。もうどうなってもいいと思ってた。

 今はそうじゃない。ツバサさんが居る。でも、心のモヤモヤが無いわけでもない。

 もし、ツバサさんが目的を達成したら?

 私は、ツバサさんはどうなってしまうの?

 少しばかり考え込んでしまった私をスマホのアラームが現実に引き戻す。そうだ、バイト行かないと。

 私は急いで準備をし、家を出る。冬が迫ってきているのもあり少し肌寒い。

 この時の私は知らなかった。この後、私の運命を変えてくれる人とひょんな出会いをすることに。

 

 ―これは私のものがたり。



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