花は散れども舞う風は (PP)
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キャラ設定(工事中)

ネタバレを含まない程度の設定を落としていくページです。
随時編集・追加していきます。


●わすゆ編(年齢は神世紀298年時点)

 

 

京極きょうごく 風馬ふうま(11)

 

神樹館小学校6年生。わすゆ組の3人とは違うクラス。

京極家の跡継ぎは代々薙刀の鍛錬を積んでおり、彼もまた父・宗徳の手ほどきを受けている。

元は物静かな性格で、積極的に話すタイプではなかった。そのため初めての戦闘では須美以上に気後れしていたが、連携を取る事への使命感と友人と話す事の楽しさから徐々に口数が増えた。

 

人と話す事が少なかった事で読書が好きになり、週に1冊のペースで本なりネット小説なりを読んでいる。実は園子が書いた小説も読んでいるが、作者名がペンネームのため本人はその事に気がついていない。

また文字を読む事に関しては総じて苦にならないので、銀の勉強嫌いはよく理解できない。

 

 

 

京極きょうごく 宗徳むねのり(43)

 

風馬の父で、初代勇者の子孫とされる新丸亀京極家の12代当主。

温厚だが厳格で、物事の筋を重んじる性格である。

とある理由から大赦に対して敵対感情を抱いているが、組織全体をことごとく嫌っている訳ではなく、過去に恩義のある乃木家・上里家・鷲尾家などとは親交がある。

 

なお、京極家はかつて初代勇者を輩出しているにも関わらず、大赦の中での格式は中程度に止まっている。

 

 

 

かがみ 光安みつやす(10)

 

風馬の幼馴染であり、遠い親戚。

彼とは対照的に明るく活発で、初対面の人ともすぐに打ち解けてしまう。ただし人を信用し過ぎる面があり、そのうち誘拐でもされるのではないかと家族に心配されている。

身体を動かす事が好きで、地域の野球クラブチームに所属している。肩が強いが守備中に座り続けるキャッチャーは好かないため、サードや外野を担当する。

 

 

 

・■ ■■(37)

 

自前の研究所を持つ研究者。大赦に属さないが独自かつ極秘に勇者システムの開発を行っており、西暦時代に使用された “切り札” を代償無しに使用する方法を模索している。

表向きは歴史家として活動しており、研究のために初代勇者に関する記録を調べている事を利用して時たま論文や著作を発表する。

 

が、「精霊の副作用と初代勇者様の戦闘記録に関する諸考察」や「信仰心による戦力増強——巫女様の役割と平和維持機能を鑑みて——」といった際どいテーマを扱ったものを発表する事が多いため、大赦の検閲に遭い削除・発禁。そんなオチが付くケースが大半である。

 

宗徳とは知り合いで彼同様に大赦を良く思っていないが、上記の事情から研究所のスタッフの間では「ただの私怨なのではないか」と噂されている。

 

 

 

 

 

●ゆゆゆ編(年齢は神世紀300年時点)

 

 

緑野みどの れい(13)

 

詫間中学校2年生。幼少期に両親が失踪したため、小学校卒業までの間は児童養護施設で生活していた。現在は1人暮らし中。

周囲の人(特に同年代)の目を気にする臆病な性格だが、当人はそれを隠すべく様々なキャラを演じており、クラスメイトや教員のほとんどは彼女の本当の性格を知らない。

運動が苦手で体育を嫌っているが、地頭は良いため常に最低限の体力消費で済む方法を考えている。では勉強はできるのか……と言うとそうでもなく、中学校へ進学して以降の成績は芳しくない。これは、小学校のテストが勉強しなくても満点を取れるレベルだったために勉強をしないクセが付いてしまったせいである。

 

好きな食べ物はそうめん。

細麺好きで、コシと細麺との両立を考えた結果辿り着いた答えがコレであった。

うどんは施設で毎日食べさせらているうちに飽きてしまっただけであり、決して嫌いという訳ではない。

 

歳上の人と話す事が大半だったボランティアの経験ゆえ、ボランティアの事を考えるだけで同年代相手でも敬語で話してしまう事がある。



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鷲尾須美の章
プロローグ「今、ここから」


奇跡的にこのページに辿り着かれた方、ご覧頂きありがとうございます。

色々な方のゆゆゆ2次創作を拝読するうち、オリ主が2人いても良いのでは?という思いに至り書き始めたものです。


父さんに「見せたいものがある」と言われ家の隅にある蔵へと連れられたのは、小学6年生として初めての始業式を迎える前の日だった。

 

「しっかし古いなこの蔵も…建て替えが必要かもしれん」

「こんな所に何があるっていうのさ」

京極きょうごく家、初代様の遺物。我が家に代々受け継がれてきた物」

 

自分で言うのも何だが、俺の家は大きい。1人では持て余してしまう程の庭があるし、周りは2メートルくらいの塀で囲まれている。そしてこの蔵。何百年も前からあるらしく、所々ひびが入っていたり補修の痕が残っていたりする。

 

「…初代様」

「初代様の話はお前にもした事があったな」

隆平たかひら様の事?西暦の時代に化け物と渡り合ったっていう」

「そうだ。ついに……」

 

何か言いたげに言葉を止める父さん。

 

「ついに…何?」

風馬ふうま薙刀なぎなたの修練はよくやっとるようだな」

「急に何だよ」

「これだ…お前に見せたかったもの」

 

細長い棒状の物に濃い紫色の布が巻き付けられている。これはもしや。

 

「布を取っていいか?」

「おう。取りな」

「これは…薙刀?」

 

中身は想像通り1振りの薙刀。保存状態はかなり良く、刃を研ぎさえすれば今すぐにでも使えそうだ。「初代様の」というだけあってもっと古ぼけていると思っていたが、どうやらそうでもないらしい。元勇者の所有物だっただけに、神樹様のご加護があるのかもしれない。

 

「薙刀だ。ついに…初代様の宿題を解決しなければならない時が来てしまった」

「宿題って…ひょっとしてそういう事か」

 

俺は物心ついた頃から薙刀の修練を続けてきた。修練の理由は、かつて初代様が戦った敵が再び襲撃してくるのに備えるためだと言われた。そして、さっき言われた「宿題」。これらから導き出される答えは———。

 

「つまり件の化け物と戦う時が来た、と」

「そういう事だ。お前に全てを背負わせるのは酷だと思っとるが、任せられるのがお前しかおらんのもまた事実。なんせうちの家が例外なだけで、神樹様は若い少女しか相手にせんからな」

「俺は大丈夫なのか?少女どころか男だと思うんだけど」

「そこは大丈夫だ。初代様もバッチリ男だったし、それにもう1人……」

「もう1人?初代は2人いたのか?」

「そういう訳じゃない。まあ今のは忘れてくれ。いずれ来たるべき時が来たらゆっくり話すさ」

 

西暦時代に初代様以外の男の勇者がいた、という事なのだろう。知らなかったので気にはなったが、今はそれを気にしても仕方がないので諦める。

 

「…分かった。ともかくやる。その代わり今の話の続き、また聞かしてくれよ」

「もちろんだ。頼んだぞ」

「後これ…どうするんだ?そのまま俺の部屋まで持っていけと?」

「そんなのしなくていい」

「でも武器が無きゃ戦えないぜ」

「安心しろ。ちゃんと戦える仕組みがある。後で分かるさ」

 

後で分かる?父さんからは言えない何かがあるのだろうか。

 

宗徳むねのり様、大赦の方がお見えです」

「ありがとう。風馬、行くぞ」

「俺も行くのか…めんどくせぇ」

「何か言ったか?」

「イイエナニモ」

 

大赦の人の話は小難しい上に長い。正直言ってこのイベントは回避したいのだが、さっきの武器に関する不明点が分かるかもしれないとの期待から渋々父さんについて行く。

 

「京極宗徳様、風馬様、お待ちしておりました」

「お待ち頂いたか。これは申し訳ない」

「そんな、とんでもございません。お顔をお上げ下さい」

「恐縮です。しかしご自身はお面をお取りにならないのに『顔を上げよ』と仰るとは、これは1本取られましたな」

「ご容赦下さいませ。神樹様にお仕えする者として守るべき規則なのです」

 

父さんは大赦をあまり好いていない。直接聞いた訳ではないが何となく分かる。今だって笑顔に見えはするが、目が笑っていないのだ。

 

(けどあそこまで嫌うって絶対何か理由があるよな……)

 

さすがに面と向かって聞く勇気は無い。普段は温厚な父だが、怒らせると尋常じゃない程当たり散らすから。

 

(そう考えると母さんよくもまあこんな人を選んだよ)

 

そんな事を考えているうちに父さんと大赦の人との御託並べ対決も終わり、俺の戦いの話になった。

 

「ではこちらのアプリのご説明を致します」

「お願いします」

 

そして、勇者アプリの説明を受けた。戦闘時に着る勇者装束の性能、変身の仕方、武器の呼び出し方———。気になった点の質問まで済ませ、武器に関する疑問も解消した。

 

「ではその様にお願い致します」

「心得ました。それでは」

 

 

 

 

 

* * * * * *

 

 

 

 

 

「初代様の薙刀だってさ」

「そんな物があったんか…まああの蔵だしあっても不思議じゃないけど」

「その…お前はどう思うよ。お役目について」

「うーん俺には何とも言えんな。実際に戦う訳じゃないし、それに対して物申すのは違うというか」

「じゃあお前も戦う事になったらどう思うよ」

「まあでも結局、風馬が思うようにやるのがいいと思う。無責任な立場からはこれが限界かな…悪いけど」

 

幼馴染であり親友の彼はお役目の事を知っている。話が早いので相談しやすく、今日も相談に乗ってもらいに家まで行ったのだ。はぐらかされてしまったが。

 

「俺は風馬の行ってる神樹館に行ってる訳じゃないし、そっちの事は正直よく分からない。でも友達とか仲間がいない訳じゃないだろ?だったらその人たちに背中を預ける他は無いっしょ」

「そうよなぁ…また考えてみるわ。話したらちょっとスッキリした。ありがと」

「そっか、良かった。じゃあまた。気負いすぎんなよ」

 

(気負いすぎるな…か。世界がかかってんのに気負わないのは無理だから、せめて軽減する策を見つけろって事だよな)

 

簡単にできる事ではないと思いながら、親友に別れを告げて帰路に就く。

 

(どうなる事やら。明日以降、とりあえず他の3人のメンバーと会わなきゃな。とにかく会ってみない事にはどんな人か分からないし)

 

 

 

 

 

* * * * * *

 

 

 

 

 

2週間後。隣のクラスの担任である安芸先生に呼ばれた俺は、勇者に選ばれた他の3人と初対面を果たした。

 

「という訳で、お役目に就いてもらうのは4人になったから。よろしく頼むわね」

「ご紹介頂いた、京極風馬。よろしく」

「よろしく〜!私、乃木園子〜」

「三ノ輪銀だ。こっちは鷲尾須美。よろしくな」

「よろしく頼むわね。京極君」

「うん、よろしく」

 

安芸先生の説明の後に簡単な挨拶だけ交わし、その日は別れた。初めて「樹海」なる世界を目にしたのは、それから3日後の事だった。




京極なのに "隆" 平?日本史エアプか?と思われる方がいらっしゃるかもしれません。
投稿者は日本史に関して付け焼き刃程度の知識しか持ち合わせておりませんが、この件に関して一応の理由づけはあります。
まずはお知らせまで。


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第1話「初陣」

「あ、あれがバーテックス……」

「大きすぎるんよ〜。きっと夢か何かなんょ……zzz」

「乃木さん寝ない!そんな事言ってる場合じゃないでしょう」

「大丈夫。3人、あーいや4人になったんだっけ。4人もいれば何とかなるって」

 

今、私たち3人は樹海と呼ばれる空間にいる。樹海とは、人類を滅ぼさんとする強大な敵である「バーテックス」から人類を守るため、神樹様が彼らの攻撃に合わせて一時的に発生させる特殊な空間だ。

 

そのはるか向こう、大橋の方へ目を凝らすと、2つの水球を携えた1体のバーテックスが静かにこちらへ侵攻しているのが見えた。あれを撃退する事が私たち勇者の「お役目」であり、勇者は私たちを含めて4人いる———と担任の安芸先生から聞いていたのだけれど。

 

「でも風馬のやつどこにいるんだ?あいつがいなきゃ結局3人じゃんか」

「多分誰かさんに似て時間ギリギリに来るタイプなんよ〜」

「うっせぇ!!言っとくけどアタシ毎日遅刻してる訳じゃないからな!!」

「ちょっと落ち着いて。お役目なんだからもうちょっと真剣に」

「分かってる分かってる!」

「ほらわっしー、そんな難しい顔しないで。リラックス〜」

 

乃木さんが両手で頬を伸ばしてくれると、確かにちょっと身体に力が入っていたような気がしてくる。自覚は無かったが、初のお役目という事で多少緊張していたのだろう。

 

「ありがとう乃木さん。私はもう大丈夫よ」

「えへへー。よかったー」

「おーい」

「お?この声は」

「すまん。遅れた」

 

声の主は3日前に初めて話した京極風馬君。学校は同じ神樹館で、学年も同じ小学6年生。話した事が無かったのはクラスが違ったから。

 

「俺だけ離れた場所に飛ばされたみたいで、来るのに時間がかかった。悪い」

「ううん、謝る事じゃないわ。樹海化の影響だもの、仕方がないわよ」

「よし、これでちゃんと4人揃ったな!いっちょやりますか!」

 

スマホを取り出し、4人だけに配信されたアプリを起動する。辺り一面に花びらが舞った後、私は青を基調とした勇者服に包まれた。三ノ輪さんは赤、乃木さんは紫、そして京極君は黄色の服を纏っている。

 

「じゃあ、まずは大橋の所まで行かなきゃな」

「そうだね〜。よいしょ〜!」

 

勇者の身体能力は尋常ではなく、ひとっ飛びで2桁メートル飛ぶのは簡単にできる。これなら大橋まで1分とかからないだろう。

 

 

 

 

* * * * * *

 

 

 

 

 

大橋の端に到着した4人はそれぞれの武器を呼び出した。近接戦闘特化の双斧は三ノ輪銀、遠距離型の弓矢は「わっしー」こと鷲尾須美。乃木園子の槍がその間をカバーし、薙刀を持つ京極風馬は臨機応変に立ち回る。得意距離のバランスが取れた構成である。

 

「先手必勝ぉおおおお!!!」

 

銀が威勢の良い声を上げながら突っ込んでいく。その姿に一瞬見とれた園子と風馬も後に続く。

 

「早いな……赤い彗星じゃん」

 

風馬の言葉をよそに、銀は目にも留まらぬ速度でバーテックスの下へ辿り着き、勢いそのままに敵を切り刻む。

 

「ミノさんすっご〜い!」

「み、ミノさんって何だよ!?」

「乃木の声には反応すんのかよ……」

「!? 三ノ輪さん、前!」

「ん…元に戻ってる!?」

 

一瞬園子の方を向いた銀が前に視線を戻すと、そこには再生して元通りの形となった敵がいた。一瞬の動揺を見逃さず、至近距離から水流が放たれる。

 

「うおっ!?」

「ここは私が……!」

 

間一髪でかわした銀。間合いを取る時間を稼ぐために須美が矢を放つが、銀を追撃すべく移動しながら水流を放つバーテックスには当たらない。

 

「速っ...間に合わない!」

 

カバーを諦めかけたその時。

 

「止まりな」

 

風馬の薙刀がバーテックスを一閃する。一筋の傷が入ったようにしか見えなかったが、敵は少し後退した。どうやら見た目以上に効いているらしい。

 

「大丈夫か?」

「助かった!サンキュー風馬」

「ああ…来るぞ」

 

ちまちま攻撃していては埒が明かないと悟ったのか、今度は水球を前に構えた様な格好で急加速して間合いを詰めてきた。

 

「わわわ〜!えっと...これは...こう!!」

 

園子は機転を利かし、盾状に変化させた槍で水球を受け流す。だが。

 

「!!おぁごご......」

「三ノ輪!お前......」

 

銀が、避けきれなかった風馬を庇ったのだ。水球に囚われた銀の口から泡が漏れている。

 

「ミノさん大丈夫!?」

「クッソ…野郎……」

 

水球を押し当てたバーテックスは、目的達成とばかりに再び後退した。風馬がそこに先程の銀に劣らない速さで迫る。

 

「……」

 

薙刀を1振り、2振り。下を切ったかと思えば、上に切り上げながら跳躍してもう1振り。そのまま敵の身体を登りながら、無言で武器を振るい続ける。敵も負けじと再生を繰り返すが、手数の多さに徐々に再生が追い付かなくなる。

 

「何あれ...さっきと雰囲気が違うような」

 

須美と園子は、一心に攻撃を続ける風馬の姿にそら恐ろしさすら感じていた。だが押している今がチャンス。加勢しない手は無い。

 

「…乃木さん、前で攻撃に回って!援護するから!」

「っ、分かった!」

 

園子たち中衛組がいた所まで前に出た須美は、園子に前衛で加勢するよう依頼した。園子もチャンスを逃すまいと前に詰める。

 

「こことここと…ここ!」

 

薙刀ラッシュで再生が追い付かない所に槍の追撃が入る。脆くなった箇所は矢の衝撃で崩れ落ちる。完全に勇者側のペースではあったが、彼らの体力とて無限ではない。疲れが溜まり、限界を感じ始めたその時———。

 

「これで終わりだぁああああああああああ!!!!!!!」

「え!?銀!?」

 

唐突に戦線に復帰した銀の1振りで勝負あり。バーテックスは傷を再生しつつも向きを変え、壁の向こう側へと去っていった。

 

 

 

 

 

* * * * * *

 

 

 

 

 

「終わった……?」

「やった〜!わっしー、ミノさん、勝ったよ〜!!」

「イェーイ!まあ追い返しただけだけど」

 

そう、追い返しただけ。倒したわけではない。だがそれでも、私たちにとって大きな、大きな1歩である事には違いなかった。

 

「でもミノさん、あの水どうしたの?」

「あーあれね…飲んじゃった」

「全部飲んだの!?やっぱりミノさんすごーい!!」

 

2人が感想戦を続ける中、ある異変に気付く。

 

(京極君…倒れたまま動いてない!)

 

「ねぇ2人とも、京極君が!」

「?風馬がどうしたって…っ!」

 

彼は神樹様の根に突っ伏していて表情は分からない。まさか怪我でもしている......?

 

「京極君…大丈夫?」

「……」

 

息はある。だが反応が無い。

 

「ねぇ…ねぇってば!」

「お、落ち着けって須美」

「落ち着いてなんかいられない!」

「ん…何なんだよ……」

「あ、目が覚めたんよ〜」

「京極君!大丈夫なの!?」

「あー…そんなに叫ばないで。大丈夫だから」

「あっ…ごめんなさい」

「いいって。それより戦いは…終わったのか?」

「終わったんよ〜。私たちの勝ちなんよ〜!イェーイ!」

「まあ勝ちって言っても…ってもうそれはいいか。そういう事」

「そっか。ありがと」

 

こうして、初めてのお役目は成功のうちに幕を閉じた。京極君の事は、途中の変わり様もあって心配で取り乱してしまった。本人は大丈夫と言っていたから少し安心したのだけれど。

 

(本当に大丈夫なら倒れたりしないだろうし…何か理由が?)

 

その日、水を取り込んだ三ノ輪さんと倒れていた京極君は検査の対象になった。京極君が倒れた理由は検査でも分からなかったけど、異常は無かったと安芸先生から伝えられた。




オリ主の勇者装束の色を「黄色」としましたが、原作の風さんカラーより少し濃い黄色だと考えて頂ければいいかなと。ヒマワリの様な、ややオレンジに近い色を想定しています。


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第2話「かけがえのない存在」

初めてのお役目から一夜。俺は授業を受ける傍ら、昨日の戦闘を思い返していた。

 

(三ノ輪が水に飲まれたのまでは覚えてる。問題はその後…どうやって勝ったんだ?)

 

後で乃木に聞いた所では、人が変わった様に猛然とラッシュを食らわせていたらしい。そのおかげで隙ができて勝てた、とも言っていた。

 

(文字通り「人」が変わった……?)

 

人格が変わっていれば、記憶が無くなる事もあるかもしれない。一応筋の通った考えではある。

 

(でも、そんなのフィクションの世界でしか見聞きした事ないしな)

 

「えーと、じゃあ京極君」

「…はい?」

「この問題はどうなる?」

「え…2ですか?」

「おーその通り、さすが。答えは2です。大事な問題だから、分からなかった人はよく見直しておいてねー」

 

危なかった。話を全く聞いていなかった所に突然当てられるのは心臓に悪い。限られた時間での暗算と勘でとりあえずやり過ごしたが、間違えたらどうしようかと思った。隣の安芸先生も厳しいらしいが、うちの伊予島先生も負けず劣らずなのだ。もしさっき話を聞いていなかったのがバレていたら、今頃俺の頭にチョークのミサイルが炸裂していただろう。

 

(一旦考えるのはやめよう。チョークが死因になるくらいなら、バーテックスに食われた方がまだマシだわ)

 

その後は1日、余計な事を考えずに授業に集中した。

 

 

 

 

 

* * * * * *

 

 

 

 

 

「で、イネスって何だ?」

「えっ、お前イネス知らないのかよ!?」

「いや名前は聞いた事あるんだけど…何せうちの家、外出規制が厳しいからさ。そういうお楽しみ系の施設に行った事無いんだよ」

「おっと…これは人生の半分…いや8割…いやいや100%を損しているっ!!ここはイネスマイスター、三ノ輪銀様の活躍のしどころだな!」

「人生100%損したら俺死ぬじゃねぇか」

「ははは、それはそうだな」

「いや否定をしろ否定を!」

「こーら銀、からかわないの。京極君が困るでしょう」

「ごめん、悪い悪い。でもそれ程のモノがイネスにはあるって事だよ」

 

今日は放課後に祝勝会をやろうという事で、「イネス」なる施設に4人で向かっている。鷲尾も初めて行くらしく、どこか緊張の漂う横顔が見える。乃木は1回行った事があるらしい。

 

「そういや鷲尾はいつから三ノ輪の呼び方変えたんだ?前は三ノ輪さんって言ってたような」

「あ〜それはね〜、お役目の次の日に『もっと仲良くプロジェクト』をやってからなんよ〜」

「もっと…仲良く…プロジェクト……?」

「連携を高めるために、もっと仲良くなろうぜって事!その時に3人で呼び方を考えたんだ」

「あーそうだったのか。いいじゃん」

「いいでしょ〜。ふまにゃん」

「…ん?何それ?」

 

乃木にじっと見つめられるが、心当たりは全く無い。透き通る様な純粋な瞳を見て気まずくなった俺は、三ノ輪に助けを求めた。

 

「三ノ輪、ふまにゃんって何だ?ゆるキャラ?」

「アタシも最初はゆるキャラかと思ったよ。でも……」

「でも?」

「あなた以外誰がいるというのでしょう〜?」

 

三ノ輪が上手く誤魔化そうとしていた所に、いきなり爆弾を投下する乃木。

 

「いや俺かよ!何だそのセンス!つーか『にゃん』はどこから来た!?」

「ふふ〜ん」

「やめろ!今すぐやめろ!それはダメだ絶対に何があっても」

「ふまにゃん照れるとそんな反応するんだ〜。メモメモ」

「書くんじゃない!!ええい認めん、認めんぞ俺は!!」

 

何だ。何なんだこれは。きっと悪い夢か何かに違いない。

 

「わ、鷲尾…助けてくれ」

「……ふ…ふまにゃん」

「あああああ!!」

「安心しな、アタシはこれまで通り風馬って呼ぶからさ。だからアタシの事は銀って呼んでほしいな」

「全然呼ぶ!ありがてぇ…神は俺を見捨てなかった……!」

「ミノさんズルーい!私も園子って呼ばれたーいー!ふまにゃんはやめないけど」

「いやそこは普通やめるとこだろ」

「わ、私はやっぱりやめとこうかな。その…普通に風馬君って呼べばいいかなって」

「え〜わっしーまで?語感はいいと思うんだけどな〜」

 

鷲尾は顔を真っ赤にしていたが、焦っていたこちらとしてはそんな所にまで気を回す余裕は無かった。結局、全員下の名前で呼ぶ事にしたが、ふまにゃん呼びは制止しきれなかった。

 

「お!見えてきた!あれがアタシの城、イネスだっ!!」

「城って…まあでもそこまで間違ってもないか。さぞかし広いんだろうな」

「大きい…四国にこんな場所があったなんて」

「ヘイお2人さん。外見だけでびっくりしてるようじゃ、中に入ったら心臓止まっちゃうぜ」

「…ふふ」

 

銀は大げさに胸に手を当て、苦しそうな表情を浮かべてみせる。それを見てかすかに笑う須美。もう緊張はすっかりほぐれたらしい。

 

(もっと仲良しプロジェクト、か。安直なネーミングの割に悪くないな……)

 

その後は銀の案内で、イネスのあちこちのフロアを歩き回った。家電量販店から青果市場、ゲームセンターに映画館まで。あまりの機能の多さに、俺と須美は驚嘆の声を連発していた。

 

「で、最後はここだ。イネスと言ったらやっぱりフードコートなんだよなぁ」

「ジェラート美味しいんだよ〜?食べて帰ろ〜??」

「へぇーそうなんだ…っていうか園子は圧がすごいから一旦落ち着いてほしいかな」

「そうだぞ園子。お前がジェラート食べたいだけなのは分かったから。今日は皆疲れただろうし、帰ろうぜ」

「ふ〜ん。私は、ミノさんがジェラートを食べて帰るためにあえて最後にここに来たって知ってるんだけどな〜」

「あちゃー、バレてましたか。という訳で食べて帰ろう!」

「手のひら返し早っ…でもせっかくだし食べてみたいな。須美はどうす…須美?」

「ジェラート…横文字のお菓子…これは御国みくにを守るために必要な試練なのかしら……?」

 

須美は、さっきまでのリラックスモードはどこへやら、どこか思いつめた表情でブツブツ1人事を呟いている。

 

「いやでもここは…団結を深めるためだもの、やるしかないわ!鷲尾須美、御国を守るため、西洋の菓子に一大勝負を挑んで参ります!」

「おーい須美。生きてるかー」

「私は生きているわ!この国を守るために今を、今を生きているのよ!!」

「あー、これ時間の解決を待たないとどうしようもないやつだ。とりあえず注文しに行こう」

「須美ってあんなヤツだったのか…もっとガチガチの真面目キャラかと思ってたわ」

「よこもじ?...に触れるとああなるんだよ。普段からあんな感じな訳じゃないのは風馬も分かってると思うけど」

「分かってる。さすがに初対面があれだったら話は違ったかもしれんけどな」

 

そうこうしているうちに注文と受け取りが済み、適当に席を探して4人で座った。

 

「う〜んやっぱりこれに限る、しょうゆ豆!しょうゆ豆は最強!!」

「本当に美味いのかそれ?」

「アタシはどの味よりも好きなんだよなぁ。園子には不評だったけど」

 

一瞬目から光が消えた園子を見て何となく察した。好き嫌いが大きく分かれる味なんだろう。一方須美はと言えば、相変わらず1人で唸っている。

 

「こ…この味…和菓子には無い甘みと冷たさの調和……!反則級よこんなの……!」

「あちらさんはまだ時間かかりそうだな」

「そうだな。あ、風馬、しょうゆ豆試してみる?」

「え、いいのか?」

「もちろん!最高の味、しょうゆ豆を布教するのに手間は惜しまないぜ」

「それじゃあお言葉に甘えて。よいしょ」

 

スプーンで銀のしょうゆ豆ジェラートをすくい、口に運ぶ。

 

「ん…これ、いけるぞ!?美味い!」

「だろ?風馬はアタシの事分かってくれるか?」

「分かる。確かにこれはクセになるな。次来た時これにしよ」

「ふまにゃん、またミノさんの方に付いちゃった〜。こうなったら……」

 

園子が須美に近寄って、何やら耳打ちしている。

 

「……」

「えっ!?そそそそのっち、何言って」

「……」

「そ、そんな事したら私」

「……」

「それは確かにそうなんだけど…でもそれとこれとは」

「……」

「うーん…でもやっぱりダメよそれは」

「ダメ〜?え〜」

 

残念そうな園子と、焦りを隠しきれていない須美。園子は何をけしかけようとしたのだろうか。

 

「園子、お前須美に何て言ったんだ?」

「秘密〜」

「えぇ…悪口でも吹き込まれてなきゃいいけど」

 

ジェラートを食べきった後は特に変わった事も無く、4人でイネスを後にした。帰りの道中、須美に吹き込んだ内容を園子に聞こうとしたが、「それはね〜恋する乙女のロマンなんよ〜」と言って教えてくれなかった。

 

 

 

 

 

* * * * * *

 

 

 

 

 

(疲れた……)

 

帰ってすぐ、自室に鞄を置いて床に座り込んだ。時計を見ると、午後7時を少し回った時刻を指していた。

 

(意外と長居してたのね…あっという間だったわ)

 

楽しかった事は楽しかった。銀が勧めてくれたジェラートは美味しかったし、無愛想な印象のあった風馬君の意外な一面も見れたし。ただ、最後にまさかあんな事を言われるとは夢にも思わず———それを疲れの原因と疑うには十分だった。

 

(風馬君にあーんすれば洋菓子に葛藤しなくていいし、風馬君も喜んでくれて一石二鳥だなんて......。そのっちがロマンとか言ってとんでもない事を口にするものだから)

 

場面を想像し、1人で赤面する。

 

(でもこんな事を考えられるのも、何事も無く平和な毎日を過ごせているおかげね。これからもこの平和が続くために、一層訓練に励まなくては……!)

 

 

 

 

だが翌日、早くも平和を壊す事件が起こる。

 

 

 

 

「銀が来ないわね……」

「わっしー、ふまにゃんも連絡つかないんよ〜」

 

今日は4人で合同訓練をする事になっていたが、まだ2人しか来ていない。既に集合時刻の午前10時を5分過ぎている。

 

「大事な合同訓練の日に、一体何をやっているのかしら。確認しておきたい事は少なくないのだけれど……」

「う〜ん、2人で先にやっちゃう〜?」

「そうね、時間の無駄は良くないし…とりあえず簡単な型の練習までは済ませてしまいましょう」

 

アップのメニューをこなしつつ、待つ事30分。ついに2人が現れた。

 

「ごっめんお待たせー!ホントにごめん」

「遅いわよ、銀。それに風馬君も」

「いや申し訳ない。これはその…かくかくしかじかで」

 

どうやら話によると、見知らぬおばあさんの荷物持ちを手伝ったり、小学校低学年の子の喧嘩を仲裁したりと色々大変だったらしい。

 

「俺に言わせりゃ、銀はトラブル体質だな」

「何て言うか…困ってる人を見ると放っておけないんだよ」

「ミノさん優しいんだね〜」

「まあそれなら仕方が無いけど...2人とも、今度から何かあった時は連絡して。心配するから」

「あいあいさー!」

「了解。悪かった」

 

結局、当初予定されていた訓練内容は40分程遅れて実施された。各自の武器演習から模擬戦、作戦会議まで。常人では2〜3日かかるのではないか、と思われる内容を淡々とこなしていく。全てを終えたのは夕方6時頃だった。

 

「あー。疲れたー」

「随分とお疲れだな」

「そりゃあ、7時間もぶっ続けで訓練なんかしたら疲れるに決まってるっしょ。お昼休憩1時間を抜いても6時間だぜ。何で風馬はそんなに余裕なんだ?」

「小学校に上がる前からずっと薙刀やってきたしな。1日中、朝から晩まで修練漬けだったのなんかザラだったし」

「ほえー恐れ入ります」

 

銀の見事なジャンピング土下座が決まる。

 

「やめてくれ…結局何だかんだ言って男女差があるしな」

「まあね。血には勝てないって事で」

「血と言えば、そのっちも平気そうだけど」

「そんな事無いよわっしー。明日絶対筋肉痛だよ〜」

「お前その笑顔でそれ言うか?」

「ホントだって〜。ふまにゃん信じてくれないの?悲しいなぁ〜ううぅ……」

「いや信じない訳じゃないけど…何かこう信じがたいというか」

「風馬君、それは信じられないって言うのと同じよ」

「そうですよねごめんなさいすみませんでした」

「ふふ…はははは!!」

「おい銀、何がおかしかったよ」

「いやー、こんな冗談が言えてるのって幸せだなって。こういうのを守るために、アタシたちはお役目やってるんだってふと思ってさ。そしたら今のが急に面白く思えてきたんだ」

「おいおい、明日死ぬみたいな言い方やめろよ……」

 

彼女らが守るのは、ありふれた日常。一見すると当たり前にあるように思われるが、実はかけがえのない存在。この時はまだ、自身の選択によってそれがガラリと変貌する事など誰も予期し得なかった。




伊予島先生......そういう事です。ハイ。
次回、VS天秤座。


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第3話「機転」

多勢に無勢、という言葉をご存知だろうか?人数・勢力に差があるために、それらが少ない方は不利な状況に立たされ勝ち目が薄くなる、という意味である。そして大抵の場合、不利な方がそのまま負けてしまう。

 

今、京極風馬はまさしくその状況下にあった。

 

「お前の実力はそんなもんかー?風馬」

「そうだよ...俺の実力は...この程度だよっ...!」

「でも女子組の方が押してるんよ〜?ふまにゃんが女子に勝てないなんて思わないけどな〜」

「2対1で...勝てるわけ...無いだろ...」

 

行われているのは模擬戦。と言ってもただの模擬戦ではなく、《銀・園子vs風馬》の2対1の対戦カードである。薙刀を模した棒切れ1本で二刀流の銀を相手にしつつ、園子の槍をかわすなり蹴飛ばすなりしていた風馬は、序盤から防戦一方だった。そこに調子に乗った2人からの煽りが入るのだから、たまったものではない。

 

「いや…了承はしたけどさ…?もう少し…手加減ってものがあっても…いいんじゃないのか…?」

「ねぇミノさ〜ん、手加減ってどういう意味だっけ〜?」

「んーアタシはちょっとよく分からないかなー」

「お前ら…わざと…やってんなっ…!」

 

そもそも事の発端は、銀が「男女差があるなら、2対1とかで練習したらちょうどいいんじゃない」と口走った所にある。合同訓練で風馬が見せた余裕さを根拠に須美と園子も同調し、多数決でなし崩し的に実施が決まったのだ。風馬とて無抵抗ではなかったものの、3人の連帯の前に封殺される他は無かった。

 

「隙ありぃ!」

「おぁっ!?」

「っしゃあ!」

「はぁ…参りました。無理だ……」

 

一瞬の隙を突き、銀が風馬の武器を弾き飛ばす。丸腰となった上に体力の限界を迎えていた風馬は、座り込んで両手を挙げた。

 

「風馬君お疲れ様。はい」

「あ…ありがとう」

「大変だったわね」

「ホントだよ…今日はもう動きたくないわ。でもその顔を見る限り、お前も楽しんでたんじゃないのか?須美」

「えぇ。楽しく見させてもらってたわ」

「わっしー、私たちもちょうだ〜い」

「はいこれ。銀もそのっちもお疲れ様」

「ありがと。んーやっぱ強いな風馬」

「私もそう思うな〜。人数少ないのに10分も耐えてたし」

「いや、これは純粋に2人が強かった。それに片方が引いたらもう片方が突っ込んで来て、休む暇無かったし。これだけでもかなりいい連携ができてるんじゃ…ん?」

 

須美が3人にタオルと水を手渡し、感想交流会が始まった、その時。

 

「砂ぼこりが止まってますねー」

「風馬めっちゃ棒読みじゃん」

「さすがにこの状態でお役目はしんどいって……」

「もししんどかったら最初は休んでくれてていいんよ〜。私たちが頑張るから」

「それは悪い。俺もやるかぁ......」

 

風馬が重い腰を上げたのとほぼ同時に、辺りは樹海化の光に飲み込まれた。

 

 

 

 

 

 

* * * * * *

 

 

 

 

 

変身すると、さっきまでの疲労が嘘の様に体が軽い、と風馬君が言う。そのっちと銀も同じらしかった。

 

「疲れ吹っ飛んだわ。全然いけるぞ」

「この服、疲労回復の効果なんてものもあったんだね〜」

「高い値段で売れそう…イヒヒ」

「銀!神樹様に失礼でしょう」

「へへへ、冗談冗談」

「これなら今回も万全で行けそうだね〜」

 

そんな事を言いながら大橋に到着。

 

「また変な形をしたヤツが来たな」

「何だろうなあれ。両側に何かぶら下がってるし…子どものおもちゃ?」

「「「それはない(んよ〜)」」」

「ガーン!」

「とにかく銀、今回は突出しすぎないようにね」

「はいはいっ!分かってる!」

「よし、じゃあ今回も行きますか」

 

一番後ろに私、最前列に銀が陣取り、その間に風馬君とそのっちが入る。前と大体同じ形だ。違うのは、銀が特攻を仕掛けていないおかげで互いの距離が10メートル程しか離れていない点。

 

「まずは……」

 

青い光を放つ矢が3人の頭上を通り過ぎ、敵の中央をめがけて飛んで行く。だがその矢は途中で、目的地を敵の中央からおもりの部分に変えた。

 

「狙いが良くなかった......?もう1度!」

 

今度は敵の最上部を狙って射る。だがまたしても、途中で矢の軌道が変わってしまった。磁石でも付いているのだろうか。

 

「そんな…効かない……?」

「相性の問題だ。大丈夫、何とかなる」

「だったら、私たちのお仕事だね〜」

「よっし!ここは攻める!」

 

遠距離の相性が良くないと悟るや、前に出て仕掛けようと試みるそのっちと銀。焦った私のフォローに来てくれていた風馬君も前に出ようとした———その時。

 

「うおっ、危ねぇ!」

「わ、わわわ〜!」

「そのっち!!」

 

自分への攻撃を阻止するがごとく、天秤が回転し始めた。回って来た錘は2人とも間一髪かわせたものの、風圧でそのっちが吹き飛ばされてしまう。あの高さから落ちたらどうなるか…受け止めに行かなくては!

 

「わ〜〜〜!!」

「そのっち!」

 

怖くなかった、と言えば嘘になる。そのっちの落下の衝撃に耐えきれず、自分がどうにかなってしまうのではないかとも考えた。だが、そこは仲間。見捨てるという選択肢は無かった。そして受け止めた結果———。

 

意外と上手くできた。やはり勇者の力は侮れない。自分でも不思議なくらいだ。

 

「っ!そのっち、大丈夫?」

「大丈夫だよ〜、わっしー。ありがとう〜」

「どういたしまして。良かったわ」

「園子は大丈夫そうだな。しっかしあれ、どうやって倒すよ?」

「銀たちが近づけない今、私の矢がどうにかできればいいんだけど」

「ずっと回ってんな…竜巻みてぇだ」

「竜巻…ん!ぴっかーんと閃いた!竜巻って、真ん中だけ風が弱いでしょ?真ん中に入っちゃえばいいんよ〜」

「つまり上から行こうって事か。なるほど、天才」

「下から突き上げるのはナシ?」

「下、から?」

「大橋にちょこっとだけ穴を開けて、下に潜り込んじゃおうっていう……。え?いやあの冗談だって。ちょっと有利になる方法を、小さい脳ミソをフル回転させて考えただけだからさぁ。そんな目で見ないで。頼むよぉ」

 

大橋を壊すという銀の爆弾発言にはヒヤッとしたが、そんな事は無かったかの様に近接部隊3人が竜巻の真上に向かって跳躍する。そう言えば行く直前、風馬君が「試したい事がある」と言って私の矢を2本持って行った。何をする気なのだろうか。

 

(3人とも無事ならいいけど……)

 

爆発音とともに、上の方が青く光った。同時に天秤の回転が減速し始め、回り終わるコマの様に少しずつバランスが不安定になる。銀たちの攻撃で、左右バランスが均等でなくなっているのだろう。

 

(今回もこれで撃退できそうね)

 

やがて天秤は、破損部分を修復しながら橋の向こうへと撤退していった。3人の止まらぬ攻撃を受け続けたために失われたバランスが、座礁した船の様な後ろ姿を演出していた。

 

「おーい須美!戻ったぜ」

「お帰り銀、みんな」

「園子はお手柄だったな。おかげで上手くいった」

「私はただ思いついた事を言ってみただけなんよ〜」

「でもその思いつきが無かったら、もっと苦労していたと思うわ。ありがとう」

「須美もちゃんと貢献してくれたぞ。最初の爆発、須美の矢をぶっ刺した時のやつだし」

「え?」

「効いたんだよ。吸い寄せられるのなら、至近距離でちゃんと刺せばいけると思ってさ。だからあの時矢を借りたんだ。返せないけど」

「そうだったのね、ありがとう。何もできてないと思ってたけど、ちょっと気持ちが楽になったわ」

 

自分で直接ダメージを与えた訳ではなかったが、間接的に撃退に貢献できたという事実は救いだった。相性が悪いとは言え、最初の攻撃が通じずに心が折れかけたのをずっと引きずっていたから。

 

(風馬君がフォローしてくれなかったら、あのまま立ち尽くしてたかもしれないわね……)

 

「須美?どうかした?」

「あ、ちょっと考え事してただけよ、銀」

「そっか。どっか遠くを見つめてる様な感じがしたからどうしたのかなって」

 

銀も風馬君も、細かい所まで気を遣ってくれる。それは本当にありがたいし、同時に自分もそのくらい気を遣えるようにならなければという使命感を生む。私にとって2人は、ある意味憧れだった。



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第4話「さざ波」

ぼちぼち原作との差異が出てきます。


高台に、40代前半と思われる男が2人。1人は落ち着いた色調の和服に身を包み下駄を履いた、江戸時代からタイムスリップしてきたのかと錯覚する様な格好をしており、もう1人はジーンズにパーカーという比較的現代風の格好に眼鏡をかけている。待ち合わせ場所と思われるそこには和服の男が先に待っており、眼鏡の男はたった今到着した。

 

「ご無沙汰しております、宗徳むねのりサン」

「おぉ、こちらこそ。5年ぶりくらいかな」

「実は昨日お見かけしたんですが……」

「ぬ、気づけていなかったのはこちらの不覚。すまぬ」

「冗談ですぜ」

 

宗徳と呼ばれた和服の男が笑いながらずっこける。5年越しに冗談を言えるあたり、仲が良いのだろう。

 

「ハハハ、すみませんすみません。ところで話というのは?」

「イネス、というのを知ってるか?巨大ショッピングモール」

「知ってますよ。しょっちゅう行きます」

「それが今度、大型拡張工事を計画してるそうだ」

「え。あんなにデカいのにまだ大きくするってどんな神経してるんですか」

「ああいや、建物自体を大きくする訳じゃない。別館を立てて、スポーツ施設を作りたいんだと」

「ほんほん」

「という訳で京極の持っている土地の一部を譲ってくれないかと言われておるんだが、どう思う」

「譲りましょう。イネスに楯突く者は国賊ですよ」

「えぇ……。まあ元々譲るつもりではいたが、国賊とは」

「国賊です。あれを超えるアミューズメント施設が四国にありますか」

 

そう言われると否定はできない。他にアミューズメント施設が無い訳ではないが、売上・規模・客数などの数値上はイネスが不動のトップである。

 

「いやでもさっき『どんな神経してるんですか』って」

「これも四国の更なる発展のためです。不幸になる人がいない以上、進めない手は無いかと」

「うーん…まあまた前向きに検討すると言っておく」

「どうも。でも本題はこれじゃないですよね?」

「あぁ、風馬の事なんだが…妙な話を聞いてな」

「妙、ですか」

「乃木家のご令嬢曰く、戦闘中に人が変わったかの様に敵に向かって突っ込んで行く場面があったらしい。風馬自身も記憶が無い様に思われるとの事だ」

「なるほど。思われるってのは、直接聞いた訳ではないんですかね」

「直接は聞いていない。こちらから根掘り葉掘り聞くのは精神面的にあまり良くないだろう」

「それはそうですね……。して、その原因をウチの技術班で探ってほしいと?」

「お願い…できるか?」

「やってみます。そのためにいるような技術班ですから。ただし、情報が少ないので上手くいくかは分かりませんが」

「かたじけない。大赦は異常なしと結論づけたそうだが、どうにも胸騒ぎがする」

「大赦の調査は信用できませんからね。仮に真面目に調査したとしても発表しない連中ですし」

「ありがとう」

「Yeah. お任せあれ」

 

両者が別れて歩き出そうとした、その刹那。

 

「あぁ、忘れてた。もう1つだけ」

「はいはい?」

「近頃、大赦が勇者システムのアップデートに積極的に動いている。何でも、精霊を使った西暦時代の『切り札』をヒントに開発した強力な装備を作っているらしい」

「切り札…ですか。今度はマイナス要素が減じられていると信じたいですけど」

「あぁ…あれは記録を読むだけでも壮絶だからな」

 

西暦時代に、対バーテックスの必殺技として用いられたとされる「切り札」。勇者の体内に精霊を取り込む事により、一時的に神をもしのぐ力を得るというものだ。しかしその代償もまた小さくなく、使用者の心身に多大な負担を強いるという側面もあった。

 

「ウチで代わりの物が作れればいいんですけどね。残念ながらそこまでの設備は無いもんで」

「その気持ちだけで十分だ。ありがとう」

「いえいえ。今度会う時はゆっくり話しましょう」

「そうだな。わざわざ待ち合わせて話す内容がこれだけとは」

「機密情報ですし仕方ないです。街中で喋って万が一大赦に情報が漏れでもしたら、ウチはこれ以上動けなくなってしまいますから」

 

 

 

 

 

 

* * * * * *

 

 

 

 

 

次の襲撃はすぐだった。その間、わずか3日。

 

「アイツら、休みってものを知らねーのか?」

「来てるのが毎回違うから、それぞれからしてみれば休みをとって来てる、って事になるんじゃないかな〜」

「確かにまた違うのが来たわね……」

 

やって来たのは、焦げ茶色のコア部分に大根が4本くっついた様な形のバーテックス。中央下部には大砲の様な穴が空いている。

 

「高めに浮いてるし、今回こそは須美が適任じゃね?」

「かもしれないわね。でも今までの事もあるし、とどめはお願いしたいわ」

「了解」

「じゃあ先に前でスタンバイしとけばいいかな」

 

後ろから強烈な矢が放たれる。コア部分の中央付近に命中し、敵は下降して来た。前回とは違って効いているらしい。

 

「お!効いてる!」

「今回はわっしーだけでもいけるかも〜」

「だといいけどな」

「じゃあそろそろ前へ…あっ」

 

言うが早いか、大砲部分が光りだす。白とも黄色ともつかぬ光はどこか不気味だ。

 

「…散るよ!!」

 

一瞬光に見とれたが、園子の声で我に帰りその場を離れる。1秒も経たぬうちに、さっきまでいた所が光の照射を受けて爆発した。

 

(また園子のおかげで助かったな……)

 

「今だ!行くぞぉおおお!!」

「おう!」

「私も!」

 

光線をかわした勢いそのままに、銀・園子と共に3人で大きく跳躍。敵も負けじと上昇し、穴から小出しに光弾を撃ってくる。

 

「これ…めんどくせぇなっ!」

 

三者三様、思い思いに光弾を弾きつつ、上昇する敵に近付いていく。と言っても無傷ではいれず、3発は両肩と右足をかすってしまった。目視の限り、距離は残り5メートル程度といったところか。ここさえ耐えればまたラッシュに持ち込める。

 

「2人は穴を狙って!私は穴を狙うから」

「おーけい!頼むぞ園子!」

「行こう銀。捕まれっ!!」

 

敵まで後1メートル程の所で、4本ある大根の1つに右手で掴んだ薙刀を刺し、左手で銀を身体全体を使った遠心力を借りて上に投げ上げる。飛んできた勢いを全て投げるのに使ってしまったため、上がれるのはここまで。

 

(後は体勢を立て直して、上手く着地できさえすれば)

 

バーテックスの中央付近で爆発が起こる。園子が上手くやってくれたのだろうが、青い色も見える所を見ると須美も援護してくれているのだろう。銀がいると思われる上部も次々にスライスされていく。

 

(3人ともお強い事で。これ俺いらないんじゃね?)

 

そんな事を考えながら、ふと下に目をやるとすぐそこに神樹の根が迫っている。だが上のバーテックスとの距離はそこまで離れていない。

 

(やばっ…死ぬ!?)

 

生存を諦めかけたその時。急に身体にかかる重力が強くなり、ゆっくりと着地する。だが着地は背中からであり、どうして助かったのか理解ができない。考えを巡らせていると、最近やっと聞き慣れた声が聞こえてきた。

 

「風馬君…大丈夫?」

「す……み……?」

「はぁ、良かった。あまりにも無防備に落ちてきたものだから、何かおかしいと思って」

 

目の前にある顔は口から血が垂れているものの、不安でいっぱいという表情から安堵の表情へと変化した。

 

「助けて…くれたのか?」

「大切な仲間だもの。それにこの間銀を受け止められたから、もしかして風馬君もいけるかなって思って」

「ごめん。ありがとう。そっちこそ大丈夫か?」

「私は何も問題ないわ。大丈夫よ」

「おーい!終わったぞ」

 

銀の声に、立ち上がりながら樹海の壁の方を見やると、4つ足大根が大橋の向こう側に消えようとしている所が目に入った。大橋を挟んだこの距離でも頭部の傷が認識できるあたり、銀がかなり深く傷を入れたに違いない。

 

「わっしーお姫様抱っこしてたよね〜。遠くからじゃよく見えなかったし、もう1回やってよ〜」

「っ!?一瞬そういう姿勢になっただけだから……!」

「え?抱っこされてたの俺!?」

「ほらー本人もよく分かってなかったみたいだしさ。ここは1つ、状況の振り返りを」

「違う、違うのよあれは!」

「はいはい、言い訳は署で聞くんよ〜」

「あっ…お先に失礼しまーす…」

「ん〜?事情聴取には証人も参加するんよ〜?」

「それ警察と裁判所が混じってる!ってかそうじゃなくて」

 

その日学んだ事は、ネタに目覚めた園子から逃げ切るのは至難の技だという事だった。光弾がかすった事で精密検査の対象となったのは不幸中の幸いと言っていい。検査にまでついて来ようとする程の強い執念を園子が持っているとは思っていなかったが。

 

 

 

 

 

 

* * * * * *

 

 

 

 

 

「勇者システムの強化の目処はついたのですか?」

「ええ、大方。後1月もあれば完了するかと」

 

女性の冷ややかな声に、爽やかな男性の声が答えた。2人とも面を被っており、表情を窺い知る事はできない。

 

「そうですか…もう少し早くはなりませんか?」

「こちらとしてもこれが精一杯です。何卒ご容赦を」

「分かりました。ありがとうございます」

 

女性神官は自室に戻り、面を外す。神樹館小学校に勤務する女性教師「安芸」の顔が、そこにはあった。

 

「早いうちに強化ができれば……。あの子たちに命の危険を晒させてばかりでは、とても教師などとは」

 

独り言を呟きながらパソコンで大赦の報告書を開き、目を通す。それは、次に予定されている勇者システムのアップデートの詳細を記したものであった。「近々アップデートがある」とだけ聞いていた彼女は、今初めて詳細を知るのである。

 

「何なのこれ。あの子たちは使い捨ての駒としか思われていないというの?」

 

勇者たちの保護者にアップデート内容を伝えるのは彼女の役目だ。だが当の彼女は納得できないといった様子でパソコンを閉じ、考え込んでいる。

 

「どうしたものかしら」

 

答えが出ないまま、時間だけが過ぎていった。



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第5話「仲間」

この二次創作を書き始めてからゆゆゆいをやりたくなって、久々に再開したら飛ぶ様に時間が消えました。2周年直後に一旦止めて今が4周年直後くらいなので、2年のブランクですね......。

投稿の期間が空いた理由はリアルが忙しかったからですが、そのうち半分くらいがゆゆゆいで占められてます。反省。

以下、本文です。


(雨、か……)

 

TVアプリを開いた手元の端末には、日曜日の夕方5時に流れるお天気週間予報が映し出されている。どうやら今週はずっと雨らしく、降水確率はどの日も50%から80%の間の数値をとっている。

 

(この分だと、十中八九延期だろうな)

 

今週金曜日には、神樹館の6年生の遠足が予定されている。ただ自由散策の時間以外は屋外を動く行程のため、雨が降れば確実に予備日にずれ込むだろう。

 

(楽しみにしてたんだけどな。しょうがない)

 

気を紛らわすため、傍らに放置してあった"遠足のしおり"なるものを手に取る。先週渡された須美の力作で、ページ数は60を越えようかというボリュームである。見た目の威圧感から読むのが億劫になり放置していたが、いざ読んでみるとこれがなかなか面白い。

 

(アイツ、将来は旅行会社にでも勤める気か……?)

 

目次に始まり、全体のスケジュールや行く予定の施設の写真付き紹介、人気グルメにオススメ度まで。観光客が欲しいと感じる情報全てがそこにはあった。歴史的背景まで抜かりなく記載してあるのはいかにも彼女らしい。

 

「風馬様、お母様がお呼びです」

「分かりました。ありがとうございます」

 

恐らく夕食だろう。ふと時計を見ると、7時を既に過ぎている。

 

(2時間か...随分長く読んでたんだな)

 

読み進めていた46ページに学校のプリントの切れ端を挟み、しおりを閉じる。夕食後にまた続きを読もうと思いつつ、呼ばれた部屋へと向かった。

 

 

 

 

 

* * * * * *

 

 

 

 

 

「須美先生、学校の勉強も少しはした方がいいかなって思うんだけど」

「何言ってるの、銀。これも大切な学校のお勉強じゃない」

「いやこれはその...やらなくても成績には影響しないっていうか、テストに出ないっていうか」

「でも遠足は校外学習とも言うわ。遠足に行きたいなら、ちゃんとやっておかないと損よ」

 

 

損、という言葉を聞いてミノさんが一瞬固まった。今やってるのは、わっしー先生の遠足予習授業。本当は今日が遠足の日の予定だったんだけど、雨で来週に延期になっちゃって。それで3人で遠足楽しみだねーって話してたら、ミノさんがしおりを全く読んでなかった事がバレて......。先生張り切っちゃった。

 

 

「もう1時間半もやってるじゃんかー!そろそろ集中が切れてきたよー先生」

「もう...しょうがないわね。ここまでの頑張りに免じて、今日は終わりましょう」

「やった!イネス行くぞイネス!」

 

(ミノさんは事あるごとにイネスに行きたがるんよね。よっぽどイネスの事が好きなんだろうなぁ......これって愛?)

 

「愛!これは愛だよ園子」

「あれれ〜聞こえてた?」

「聞こえたぜ。確かに今『これって愛?』って」

 

(心の中に留めるつもりが口に出ちゃったみたい。でも別に誰かが困る訳じゃないし……)

 

「銀の好き度は他の人の比じゃないものね。愛と言われても違和感は感じないわ」

「そうだね、そういう形の愛もあるよね〜」

「おい園子、また変な妄想してる訳じゃないだろうな」

「妄想じゃないよ〜。創作活動と言ってほしいんよ〜」

「う、嫌な予感がする」

「大丈夫よ。流石のそのっちも銀とイネスの恋模様なんて考えないはず…そのっち?」

「う〜んどうだろうね〜」

 

ミノさんとわっしーの驚愕に満ちた瞳が見つめてくる。

 

(そうは言っても、流石にこの設定は無理があるんよ〜。久しぶりの突拍子もない設定だったから、ちょっと残念かも〜)

 

「こやつ…なかなかの手練れだな」

「今後は安易に『愛』なんて口にしない方がいいかもしれないわね」

 

2人の「愛」というワードに対する警戒心が高まってしまったらしい。しばらく2人から恋愛小説のネタを得るのは難しいかもしれない。

 

 

 

 

場所は変わってイネス。

 

 

 

 

「さぁ〜やって参りました!イネス!イネスのお時間でございます!」

「ミノさんハイテンション〜」

「ハイテンションにもなるって!あんなに勉強させられた後だし」

「ぎ〜ん〜?」

「っ!?い、いやぁ〜タメになるお時間でした。えへへ…」

「まあまあ〜。ジェラート屋さんでゆっくりするんよ〜」

 

3人連れ立ってモール内を歩いて行く。金曜日の夕方とあって、買い物客は比較的多い。ただ休日レベルの混雑という訳ではないため、3人で近くにいる分には互いを見失う事は無いだろう。

 

「混んでるね〜ミノさん」

「ちょっと目を離したらはぐれちゃいそうだな」

「そうね、気をつけましょう……ん?」

「言ったそばからわっしーがよそ見してるんよ〜。何かあった?」

「……」

「須美?どこ見てるんだよ…って風馬いるじゃん!」

「え?ふまにゃんいるの?どこどこ〜?」

 

わっしーの視線の先には書店から出てきた彼がいた。傍の男の子と何やら話しつつ、買った本が入っているであろう袋を渡している。本選びに付き合っていた、というところだろうか。

 

「おーい風馬!何してたんだ?」

「ん?銀じゃん。それに須美に園子まで。ちょっと本をね」

「へー。選んであげてたのか?」

「俺が選んだ訳じゃない。多少アドバイスしただけ」

「ふまにい、この人たちは?」

「あ、例の仲間だよ。前にちょっと話したろ」

「おー、そうなのか。あ、自己紹介。かがみ光安みつやすって言うんだ。ふま兄とは小さい頃からの付き合い。よろしくっす」

「幼馴染なのか!アタシは三ノ輪銀。よろしく」

「乃木園子だよ〜。光安なら…みっつん、って呼ぼうかな〜。こっちはわっしー」

「ちょっとそのっち、初対面なのにわっしーじゃ分からないでしょう」

「そっか〜ごめんね〜」

「もう…鷲尾須美よ。よろしくね」

「よろしくっすー」

 

(わっしーはちょっと困った顔をしているけど、たまにしか見られないこの顔もいいんだよね〜。それにしても…)

 

ふまにゃんの幼馴染という彼は、私たちに全く物怖じする様子は無い。明るく元気で、陽気なムードメーカーという印象だ。

 

「なぁなぁところでさ、ふま兄何か悪い事してない?痛ぇっ!!」

「お前いきなり何て事聞くんだ。ふざけんじゃねぇぞ」

「大丈夫よ光安君。風馬君には私たちの方が助けてもらっているくらいだから」

「そうだね〜。ふまにゃんがいなかったら上手くいってなかった時もあったしね〜」

「ふま…ふま兄そんな呼ばれ方してんのか痛ァァァァ!!!!」

「光安、お前イネス出禁にするぞ」

「お、落ち着けって。そうジェラート!ジェラート食べに行こう」

 

ヒートアップ気味の約1名を落ち着かせるには悪くないアイデアだ。人数を5人に増やした一行はフードコートへと向かった。

 

 

 

 

 

* * * * * *

 

 

 

 

 

イネスを後にし、3人組と別れた俺は光安と共に家路に就いていた。彼とは家が近いがために、幼い頃から関わりがあったという側面がある。

 

「何もあそこまで言うことないだろ」

「別にいいじゃんね?言ったからって減るもんじゃないし」

「そういう事を言ってるんじゃねぇよ」

 

それにしても、光安が須美たちにある事無い事を吹き込んだのにはもう少し警戒を強めておくべきだった。始めのうちは「トマトが嫌い」「水たまりで滑ってびしょ濡れになった事がある」といった可愛いものだったのでスルーしていたが、「好きな子を目で追っている」などというありもしない事を言い出した時は流石に締め上げた。普通の友達ならまだ良いが、今回の相手は個性派揃い。中でも園子は要注意人物だ。

 

(ネタにされると後々困るんだよな......)

 

「とにかく。気の知れた友達ならいざ知らず、初対面の人に他人の過去をやたらと明かすもんじゃないぞ」

「はいはい。善処しますよっと」

「その返事、この世で1番信用できんわ」

「善処は善処です。それ以上でもそれ以下でもない」

「あー分かった分かった。もういい」

「うす」

 

辺りはすっかり暗くなり、街灯の明かりが存在感を示している。

 

「で?ぶっちゃけどうなんだよ、お役目の方は」

「まあまあ。今の所は特に困る事も無くって感じ」

「ほーん。意外とどうにかなってるみたいな。初めてのお役目の前はこの世の終わりみたいなテンションだったのに」

「慣れよ、慣れ。最初って知識はあっても、実際の肌感覚は分からんし。それが分かって少しずつ慣れてきたのが大きいと思う」

「そうなんか。やっぱ慣れは偉大ですなぁ」

 

詠嘆するかのごとき言葉を口にした光安が、その、と言って一呼吸置いた。

 

「その…怖くはないのか?」

「怖くないと言えば嘘になる。でもやらんと皆心中だからな。やるしかないって使命感がそれを超えてる」

「使命感か……」

「要するに、皆で生き残るために1人1人が各々の役目を果たすしか無くて、俺の場合はたまたまそれが『お役目』だったって事。逃げられるもんでもないしな」

「なるほどな……。ふま兄、随分と大人になっちったな。もちろんいい意味で」

 

そんな事を話しているうちに、鏡家の前に到着した。一軒家ではあるものの、鷲尾邸や乃木邸とは異なりごく普通の一般家屋という広さ。2階建の建物に小さい庭が付いた程度のものである。

 

「じゃあまた」

「うん。また」

 

光安と別れ、話した内容を思い出しながら1人帰りを急ぐ。

 

(そういや父さん、光安にはお役目の中身を話してもいいと言ってたけど、どういう事なんだ?学校の友達には言っちゃダメらしいけど……)

 

彼が何か特別な立ち位置にいるのか。それとも、幼馴染という事で厚遇してくれているのだろうか。

 

(お役目の根幹に関わる事だから、大赦が絡んでるのは間違いないんだろうけど……)

 

だがどこまで考えようがあくまで想像の域を出ない。疲れた脳を無理に回転させる事を止め、歩く事に集中した。



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第6話「レベルアップ」

大満開の章のPV見ました。もう頼むから平和にしてくれ...(懇願)
平和の皮を被った鬱展開が1番危険ですし。

後、前回名前を明かした風馬の幼馴染ですが、ルビ振りを忘れてました。かがみ光安みつやすくんです。


「乃木さん、あなたにリーダーを任せても良いかしら」

「え…私ですか?」

「えぇ...便宜上だけれど」

 

降りしきる雨の中を疾走する1台の黒い車。その中で伝えられたのは、園子を4人の勇者のリーダーとするという内容だった。

 

「おぉーいいんじゃね?園子のひらめきに助けてもらった事あったし」

「な。発想力は4人の中じゃピカイチだし」

 

驚きつつも、人選に納得する者。

 

「……」

 

自分こそがリーダーだとの自負をへし折られ、ショックを受ける者。

反応はそれぞれである。

 

「鷲尾さんもそれで良いかしら」

「え…あぁはい…大丈夫です」

 

自身のショックを悟られまいと精一杯普段通りの返事をしたつもりの須美。だが、その一言で車内のメンバーは彼女の心持ちを察していた。

 

「でも、お役目の間ずっと戦術を考え続けるのはしんどいから、そこはわっしーに助けてほしいな〜」

「そのっち……」

「いざという時には良いアイデアが出せるように頑張る。戦い方はわっしーの方が沢山知ってると思うから、知恵を貸してほしいんだ〜」

 

園子の言葉に、須美の思い詰めた表情が少し和らいだ。

 

「まあ、実際の作戦は相手が分からない事には考えようが無いしな。閃き担当の園子とじっくり担当の須美にブレーンは任せて、俺たちは敵さんの能力を少しでも引き出しますわ」

「風馬さんや、そんな事言って自分だけ特攻しようなんて考えるなよ?人の事を言えた義理じゃないけどさ」

「分かってる。何事もバランス、だよな」

 

そうして彼らは、今日も訓練場へと向かった。

 

 

 

 

 

* * * * * *

 

 

 

 

 

「いやーこの日をどれ程待ち望んだ事か!」

「銀ははしゃぎすぎよ」

「そう言う須美さんも楽しみな顔してるぞ〜?ほれほれ」

 

そう言いながら後ろに回り込んだ彼女は、頰を包み込むように両手を伸ばす。こうしてほおを触られる事にも随分慣れた。最初期こそ抵抗があったが、今では恥ずかしく思いながらも半ば心地良く感じている自分がいる。

 

「にしても、須美って随分丸くなったよなー。最初は絵に描いたようなカタブツだったのに」

「カタブツだなんて、失礼しちゃうわ。でも…丸くなった実感はあるかも」

「おはよ〜」

「おぁっ!?...って何だ園子かびっくりした……おはよ」

「おはよう、そのっち」

 

須美の後ろに陣取っていた銀に対して、園子が後ろから抱きついていた。

 

「何かこんな体勢でやる競技無かった?ナントカ競争ってやつ」

「う〜ん何だろう〜。ムカデ競争〜?」

「う、その名前は聞きたくないわ……」

「ん、競争はお気に召さない?」

「いや、ムカデとか虫全般が苦手なのよ」

「そうだったのか。まあイメージ通りと言えばイメージ通りだけど」

 

 

 

 

遠足の目的地は学校から少し離れた街にある。予め各々が自由に計画した行程に沿って進行するため、バスを降りればある意味自由行動である。

 

「じゃあまずは、ミノさんご所望のアスレチックだね〜」

「目指すはただ一つ、全制覇。そのためにアタシは今日、ここにいるっ!」

「おぉ〜流石発案者、気合十分だね〜」

「負けないわよ、銀」

「須美も気合い入ってんな。よし、勝負だ!」

 

言うが早いか、銀が駆け出す。やる気満々の須美も追う。園子は少し出遅れてしまった。

 

「え?ちょっと待って〜!」

 

軽々とコースを走破していく3人の姿は、周囲の視線を集めっぱなしだった。何せ普段から訓練に実戦に身体をフル活用しているのだ。いかに小学生と言えどレベルが違う。

 

「おおお揺れる揺れる〜!お願い2人とも待ってここだけは〜!」

 

園子は揺れる丸太の橋に苦戦していたが。

 

「大丈夫だって。自分を信じろ!」

「ここだけは待つわ。頑張ってそのっち」

「う…え…えーい!」

 

2人が待ってくれた甲斐もあり難関を突破した彼女は、その後も3人でコースを駆け抜け、結果的に全てのコースをクリアしてしまったのだった。

 

「有言実行ね、銀」

「まあ、三ノ輪銀様の手にかかればこんなもんよ」

「揺れる丸太の所は死ぬかと思ったよ〜」

「あそこはよく頑張ったな。偉い偉い」

 

よしよし、と園子の頭を撫でる銀。

 

「ん」

「須美?あぁそういう事ね。よしよし」

 

須美が私も、と言わんばかりに頭を押し付ける。両手で2人の頭を撫でる様子は子守さながらである。

 

「ミノさん上手だよね〜なでなでするの」

 

その光景を遠目に見つめる男子集団4名。

 

「おい風馬、お前はあそこに混ざらなくて良いのか?」

「いつもいつも一緒にいる訳じゃないし、別に良いよ。クラスも違うしさ。それにこういう時くらい、お役目から離れても良いだろ?」

「あ、そうだよな…ごめん」

「あぁいや、そんなに気にしてないし大丈夫」

「なら良かったけど」

「うん。そっちは気にならないんだけど、あのアスレチックは気になるんだよな」

「ん、そうなのか。なあ班長、時間あるか?」

「余裕である。どうする、行くか?」

「風馬さんや、気になるなら行きませんかえ?何が気になってるのかは知りませんけども」

「うるせぇ、俺が気になってるのはあくまでアスレチック。後その喋り方、誰の真似だよ」

「お先お先ー、置いてくぜー?」

「ああっちょお前、待ちやがれ!」

 

そうしてアスレチックに突撃していった小6男児たちであったが、完走できたのはグループ4人のうち風馬1人だけだった。

 

「お前おかしいって。スタミナ足らんわ」

「いやほんとそれ。見た目以上にしんどいわこれ」

「伊達に訓練やってないしな」

「あの子ら、これをあのスピードでクリアしてたんか…異次元だよもう」

「おい班長、そんな所で這いつくばってて時間大丈夫か?」

「これは無理だって。少し休ませて……」

「はぁ…しょうがない、少し休憩するか」

 

 

 

 

その頃須美・銀・園子の3人は、商工奨励館に来ていた。ここではガラス細工と陶器作りを体験できるのだが、園子の希望で一行は後者に挑戦する事にした。

 

「須美の、何だよそれ。クオリティ高っ」

「そうだよね〜。わっしー上手〜」

「そういうそのっちも、何だかこう…芸術的なモノができている気がするのだけれど」

「こういうの何て言うんだっけ……きゅうりずむ?」

「それを言うならキュビスムじゃないかしら」

「しっかし一体何を考えればあんなのができるんだか」

「本当ね。1度そのっちの頭の中を覗いてみたいものだわ」

「ん〜?私は何も考えてないよ〜?」

 

そう言い張る園子だが、出来栄えは段違いだ。彼女の作品は奨励館のスタッフが寄贈を検討してほしい、と言う程によく出来ていた。ただただ感じるままにやればいいんよ、と口にする園子の思考を理解するのは、2人にとって至難の業であった。

 

 

 

 

 

* * * * * *

 

 

 

 

 

帰りのバスに乗って神樹館へ帰ってくるまで、バーテックスの襲来は無かった。

 

「あー楽しかった!」

「わっしーは遠足でも平常運転だったね〜。庭園見に行きたがるところとか〜」

「でもテンションはいつもより高めだったぞ?あんなにはしゃぐ須美は初めて見たかも」

 

振り返れば自分でもそう思う。アスレチックでは何もかも忘れて無我夢中で遊んだし、陶芸体験の時はものづくりの過程で自分の世界に浸っていた。庭園でも、魅力を伝えようと普段以上に雄弁になっていたように感じる。

 

「普段は真面目だけど、はしゃぐ時ははしゃぐ。アタシは須美のそういう所、好きだな」

「えっ?そう……ありがと」

「照れ屋さんだなぁ須美は。よしよし」

「……??」

 

昼と同じ様に銀に撫でられていたはずなのに、なぜか違和感を感じる。こういう時は大抵……。

 

「ん、風が止まった……?」

「これは、来ちゃったね〜」

「お楽しみの後はお役目ってか。向こうも抜かりないねぇ」

「しょうがないわ。隊長さん、号令をお願い」

「あーそっか、園子がリーダーだもんな。頼んだぜ」

「よ、よーし、行くよ!わっしー、ミノさん!」

 

彼女の初めての号令と共に、辺りは光に包まれた。光が収まると、樹海と大橋という見慣れたセットが視界に現れる。

 

「この光景にもずいぶん慣れたな。もう何回目だよって感じ」

「銀、そういう慣れ始めの時期が1番危ないのよ」

「分かってるよ、命は大事にしますって。でも、その命が1つ足りない気がするのはアタシだけ?」

「風馬君、見当たらないわね。初回みたいに遅刻して来るのかしら」

「え〜。リーダーとしてお説教しないと〜」

 

彼の位置を知るべく、連絡を取ろうとするが。

 

「圏外……」

「ひょっとして、まだ帰りのバスの中だった。だからこの近くにはいない、とか?」

「私たちはだいぶ前に着いてたのに〜?」

「渋滞とか赤信号の関係で、バス同士の間隔が空いてしまったのかも」

「なるほど〜」

「園子、どうする?先に行くか、待つか」

「先に行こう。あれを見てほしいんだ〜」

 

目つきを変えたそのっちの指差す先を見ると、2体の敵が侵攻してくるのが見えた。3対の板を身に纏う赤みを帯びた個体と、不気味な液体の入った壺を抱えた個体。

 

「向こうは待ってくれないし、それに......」

「げっ、増えてる!?敵さんもレベルアップしたって事か」

「レベルアップ……」

 

その言葉の意味するところは、これまで同様にはいかないという事。緊張で体に力が入る。

 

「大丈夫、きっと何とかなる。アタシらは1人じゃない」

「そうだよ、わっしー。リラックス〜」

 

2人が肩を揺すってくれる。きっと2人も怖いに違いないのに、気を遣ってこうしてくれるのだろう。自分だけが立ち止まっている訳にはいかない。行こう。

 

「ありがとう、ちょっと楽になったわ。さて…行きましょうか」

「うん!いっくよ〜!」

 

舞い散る花びらと共に現れる勇者服に包まれ、戦いの地へと赴く。

 

「今回は2体か。歓迎されてんなー」

「こちらとしてはむしろ帰ってほしいのだけれど」

「でも結界の外からわざわざ来てくれたお客様だからね〜。丁重におもてなししなくちゃ。私とミノさんで片方ずつ相手するから、わっしーは援護お願い〜!」

 

そう言い残しつつ敵に向かっていくそのっち。銀もすぐさまもう一方の所へ向かう。

 

(まずは交互に攻撃しつつ、どちらかが押されたらそちらに注力する!)

 

敵との距離を詰めながら、状況を確認する。毒のありそうな尻尾を相手するそのっちも、巨大バサミを相手する銀も、今の所は互角以上だ。2人とも攻撃を上手く流しつつ、確実にダメージを与えている。初動は悪くない。

 

(いける!これなら……)

 

これなら勝てる、と一瞬確信してしまった。

 

「上だあぁぁ!!避けろおおぉぉぉぉ!!!」

「!?」

「はわわ〜無理〜!」

 

とっさにそのっちが開いた槍の傘の中に入る。天から雨の様に降り注ぐそれは矢の様に見えた。神樹の根に刺さるものも数多あり、燃え広がる様に傷をつけている。

 

(銀は無事なの?)

 

そう思った瞬間、今度は黄色とも緑ともつかない球体の連なりが眼前に現れ、気づけば体が宙に浮いていた。そして次第に感じる重力。最後には地面に叩きつけられる。

 

(そのっち!!)

 

体は動かない。声を出そうとするも、声の代わりに出たものは赤い液体だった。鉄の香りが鼻と口を覆う。

 

「んっ、動けるのはアタシだけか。ならここは……!」

 

銀が私を片腕で抱え、バーテックスとは逆の方向に跳躍する。両腕でないという事は、もう片方にいるのはそのっちなのだろう。

 

「ここならまだ安全かな。保証はできないけど」

「ぎ……ん……」

「大丈夫、一旦ここで休んでて」

 

神樹の根の下の方に寝かされて、かろうじて少し声が出た。すぐ戻ってくるから、と言う銀は私たちの手を一瞬強く握り、一言告げる。

 

「またね」

 

そうして再び戦場へと戻っていった彼女。視界に映る赤い点が小さくなるにつれて、私の意識も遠のいていった。



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第7話「亡霊」

木曜日の夜くらいに上げるつもりが、本文があれよあれよと長くなり土曜夜にまで延びました。
毎日投稿されてる方とかいらっしゃいますが、どんなスピードで文章錬成されてるんですかね......ただただ尊敬。


(こんなに地図を頼もしく思ったのは初めてかもな)

 

遠足帰りのバス車内。外の景色が流れていくさまをぼんやり見ていると、突然車窓の風景が停止し樹海化。ため息をつきながら勇者アプリを起動させるも距離の離れた大橋は見えず、今こうして地図で大橋の方向を確認しながら向かっているところだ。

 

(お、アレだな。もう地図はいいか)

 

ぼんやりと淡い光を放つ大橋を視界に捉えたところで端末を懐にしまい、速度を上げる。心の中には2つの考えが渦巻いていた。

 

(3人は無事なのか……?)

 

(いや、そろそろお役目にも慣れてきた頃だ。既に終わらせてるかもしれない)

 

不安と期待。表裏一体の2つの感情は、橋の姿がクリアになるにつれますます大きくなる。

 

(……ん?)

 

異変を感じたのは、戦闘音が聞こえる距離まで近づいた頃だった。

 

(何だあれ…2体いないか?)

 

向かって手前に1体、壁側に1体。大橋上部から突出して見える頭部の位置からの判断だ。戦場となっているであろう場所の状況は、残念ながら完全には見えない。

 

(安心要素ゼロかよ…不安しかねぇ!)

 

まずは手前の敵にフォーカスを当てつつ、全貌を把握。その後不利な方に加勢し、有利な状況を作っていつもの様にラッシュに持ち込む。頭の中で作戦を組み立てながら、一層距離を縮めていく。だが橋が近づくにつれ、かろうじてゼロを指していた安心要素の針はマイナスに振れていった。

 

「は、3かよ」

 

ため息混じりに漏れ出た声。前衛の2体が視界に一直線上に並んでいたのを誤認したのだろう。

 

(すぐ行く……!)

 

大橋の正面は経由せず、神樹の根を伝って最短ルートで向かう。橋の左側から戦場へ侵入すると、前衛の左側にいる反射板を装備した個体に対して勢いそのままに仕掛けた。

 

「おおりゃあああ!!」

 

衝撃で少し敵が傾く。勢いがある分効いている。反射板に着地して向きを変え、逆方向からもう一閃。

 

(体制が崩れた!今のうちに……!?)

 

今のうちに3人と合流しよう、という考えはすぐに消し飛んだ。見る限り勇者は1人———赤い、赤い、勇者。

 

(銀、お前……1人で3体を?須美と園子は?)

 

浮かぶ疑問。だが余計な事を考えている暇はない。

 

(銀との意思疎通ができればいいけど、この状態じゃ下手に話しかけても銀の隙を作るだけ。だったら先に、敵さんの隙を作ろう)

 

もう片方の前衛個体に対して、銀が上部の顔らしき部分に攻撃を加えているのを確認し、液体の溜まっている部分に狙いを定める。銀を狙う矢の雨の流れ弾を食らうのは必至だが、構わない。

 

「そこが急所なんだろっ!!」

 

先程同様に、スピードをつけて勢いに乗せた斬撃を加える。

 

(どうだ……!)

 

効き目を確認しようと振り返ったと同時に、右足のすねを赤い矢が貫いた。右足が、黄色い勇者服には不似合いな紅黒さに染められていく。ジクジクと焼かれる様な痛みが襲ってくる。

 

(ぐっ...でもこのくらい、アイツに比べれば!)

 

その時、銀に対する尻尾の突き攻撃が一瞬鈍くなったのが見えた。その刹那、痛みに耐えながら叫ぶ。

 

「銀!!一旦引くぞ!!立て直す!!」

 

 

 

 

 

* * * * * *

 

 

 

 

 

戦況の立て直しのため、大橋の入り口よりさらに手前、神樹の根の上まで後退した。無我夢中で攻撃し続けていた所に風馬の声が聞こえ、提案通り一時撤退したという訳だ。

 

「銀」

「ちょっと…無理しちゃったかも」

「ちょっとどころじゃないだろ。須美と園子は?」

「今はちょっと休んでもらってるだけ」

 

まともに攻撃を食らって戦闘不能、とは言えなかった。そう言ってしまうと2人がもう帰って来ないような気がして。

 

「休んで……そうか……」

 

風馬の視線が下がる。心配させまいと無理して笑顔を作ったが、やはり限界はある。言葉にこそしないが、もう分かってしまったに違いない。しばらくの沈黙の後、彼が発した言葉は。

 

「分かった、ありがとう。後は引き受けるから休んでてくれ」

「うーん、悪いけど…それはできないかな」

「でもその傷でどうしようってんだよ」

 

ただでさえ赤がモチーフの勇者服は、もはや白い部分が残っていない程には真っ赤だった。全身傷だらけ、という表現そのままの状態。だがこちらも勇者としてのプライドがある。

 

「それは風馬も似たようなもんだろ。右足庇ってるの、知らないとは言わせない」

 

見れば誰でもそれと分かる、黄服に垂れる赤色。すねをやられたとあっては歩くのも苦痛になるだろう。

 

「俺のは大した事ないって。でもお前は…」

「そんなの関係ない。アタシらはやらなくちゃならないんだ。だって…勇者だから」

「……けど」

「そんなにアタシが信用ならない?」

 

心配してくれるのは確かに嬉しい。だが戦いとなれば話は別だ。戦いにおいて、自分が戦力として見られない事ほど屈辱的な事は無い。

 

「っ、そんな事は」

「なら…いいよな?」

 

言葉を遮り、多少強引に思いつつも了承を取り付ける。

 

「……分かった。その…悪かった」

「別に良いって。気を遣わせるくらいに無茶した自覚はあるし」

「ありがとな。耐えてくれて」

「全然、4人で帰るためならこのくらい。さっきついた傷もだいぶ治ってきたし、まだまだ動ける」

 

(半分嘘だけど。まだ動ける、これは本当。でも傷の方は、多少治ったけどまだキツイんだよなぁ……)

 

それでもそう言い放ったのには理由がある。1つは自分を奮い立たせるため。そしてもう1つは。

 

「おいおい…まあ、適度に頼んだよ」

 

彼に戦力として信用されたい、という気持ち。

 

「適度に、ね。考えとく」

「考えとく、か…やっぱ信用できないかも

「今何て?」

「なーなな何でもない。ただ、俺もお前ら3人と一緒に帰りたいってだけ。それだけだから」

 

風馬はアタシに生きててほしいと願っている。アタシが彼に対してそう願うのと同じで。

 

「生きて帰るぞ。必ず」

 

その言葉を合図に、再び前線へと跳躍する。

 

「銀、奥のアレを先に仕留めたい。今の状態だと俺の方がスピードは出るから自分が行こうと思うけど…手前で足止めできる?」

「3分。3分だけなら...正直ちょっとキツイし」

「3分了解。頼んだ!」

 

スピードを上げる風馬をのんびりと見送ってから足止めに入りたいところだが、そうは問屋が卸さない。手前の2体もまた彼の足止めに入る。そのための前衛だ。

 

「お前らの相手は…こっちだ!」

 

2丁の斧を振るい、とにかく手当たり次第に仕掛ける。今は気を引く事だけ考えれば良い。

 

「それはさっきも見た!」

 

2体は持ち前のハサミと巨大尾で叩きつけ・突きといった攻撃を繰り出すが、そこは先の戦いで予習済み。攻撃軌道を読みながらかわしあるいは流し、カウンターを入れていく。

 

(風馬は…そろそろ突破できたな)

 

勇者サイドの前衛は敵の懐に潜り込めた。ならば次は、前線の後退を抑える段階。この作戦の心臓とも言える最重要部分だ。ここを耐えきれば勝機はある。

 

「まだ行けるよな…アタシの体っ!」

 

近接型の勇者システムのため、回復能力は他のメンバーに比べて高く設定されている。だがいかに傷を治そうとも、持久戦となれば体力の限界という問題が浮上する。

 

(敵さんの攻撃もパターン化してきたな…後は気力勝負!)

 

交互に飛んでくるハサミと巨大尾の攻撃に対し、下がっては攻め、下がっては攻めの繰り返し。相手に合わせて自身の動きもパターン化してしまってはいたが、致命傷クラスの攻撃さえ食らわなければ良いのだ。1人の人影が攻勢をかけているのが遠くに見える。

 

(あと少し…あと少しで……!?)

 

ふと上に目をやると、白い ”何か” が接近してくるのが見えた。だがその距離およそ10メートル。その ”何か” を避けるには、あまりにも遅すぎた。

 

「っあ……あぁ……」

 

右脇腹に突き刺す様な痛みが走り、体が “何か” の動く方向に引っ張られる。

 

(痛っ、何だよこれっ!)

 

そしてズン、とどこかに刺さった様な感覚を感じた。

 

(これにやられたって事か…)

 

「自分に矢が刺さっている」と言うよりは「矢に自分が刺さっている」と言った方が適切かもしれない。仰向けに四肢を投げ出し、脇腹を貫通して地面に刺さった矢に無理矢理宙に浮かされている状況。

 

(こんな所で終わる訳には……いかないんだ……)

 

矢を折ろうとして武器を探すが、いつの間にか手放してしまったらしい。どこに行ったのか分からない。

 

(頼むよ……動いてくれよ...…アタシの……から…だ……)

 

だが想いとは裏腹に、徐々に全身の感覚が失われていく。

 

(やくそく…まも……れな……ごめ……)

 

閉じた目からこぼれた水滴が、顔に2筋の跡を作った。

 

 

 

 

 

* * * * * *

 

 

 

 

 

去り際に放たれた矢の行き着く先を見た俺は愕然とした。最後の一撃とばかり放たれた1発限りの遠距離狙撃は、標的を寸分違わず貫いていた。神樹の根に刺さった特大の矢の真ん中辺りに、赤い色が見える。

 

「は?何だよそれ」

 

異常とも言うべき攻撃の兆候は、無い訳ではなかった。ラッシュをかけ始めてから、押し負けた敵が後退を始めるまでの約1分もの間、そのバーテックスは全く矢を放たなかったのだ。彼の専門にも関わらず、である。

 

(まさか狙っていた……?)

 

残りが2人と言う状況下では、弱っている方を倒して数的有利を作るのがセオリーだ。となれば普通は、2人のうちで万全に近い自分が2体を相手する方が良い。だが今回は敵を1体確実に減らすため、確実に攻勢に出られる自分が前に出て先に1体を仕留める、という判断をしたのだった。

 

(裏目に出た…のか?)

 

攻勢が必須の前衛ではなく、耐えさえすれば良い後衛を銀に任せる。間違いではなかったはず。

 

(間違えた?俺が?)

 

(なぜ?どうしてこうなった?)

 

(誰だ?誰のせいだ?)

 

(いやお前だよな?仲間の状態を正しく把握できないくせに自身は調子良く突進し挙句三ノ輪銀を危険に晒したそこのおま)

 

「うわああぁぁぁぁ!!!!」

 

怒りが湧き上がる。銀を瀕死状態にしたバーテックスへの怒り。そうなる前に決着をつけられなかった、不甲斐ない自分への怒り。

 

「おおおおぉぉ!!」

 

怒りに身を任せた渾身の一撃。矢を射出する顔部分に、薙刀を左上から右下へと振り下ろす。弓兵バーテックスは、受けた衝撃そのままに押し出されるかのごとく退いていった。

 

(後2体…)

 

橋の入り口にまで到達している前衛2体。そこへ向かおうとして地を蹴ったその時、どこからかドスの効いた声が聞こえた。

 

『アレが憎いか?』

「……」

『おい』

「誰だよ。どこから喋ってる」

『俺はまぁ精霊みたいなもんだ。あ、周り見てもいないぞ。お前の脳内に直接話しかけてるからな』

「精霊?バカにしてんのか」

『そこはどうだって良い、今はここを切り抜けるのが先決。して、答えは?」

「そんなもん憎いに決まってる」

 

ゆっ●り実況動画の低い声を彷彿とさせる声の主は、どこから見ているのかあるいは感じ取っているのか、俺の状態を把握しているらしい。手玉に取られている様な感覚が一層イライラさせる。

 

『ならその憎しみに身を任せろ。んで———』

「いやまさに今その状態なんだが?黙ってろよ」

『人の話は最後まで聞け。それで紫の球をイメージしろ』

 

頭の中に紫の炎の様なイメージが流れ込んでくる。人魂、というやつだろうか。

 

「そんな茶番で勝てりゃ苦労しねぇよ。邪魔すんな」

『状況を見ろ。勇者は残り1人で手負い。敗色濃厚だろう。一発逆転の方法があれば、俺なら賭けるが』

「一発逆転......?」

 

確かに状況は最悪だ。1体を退けた体で追加で2体相手するのは至難の技。それも、押し返して撃退せねばならない。

 

(どうせ勝てる望みが薄いのなら…)

 

少しでも、望みのある方を。

 

「……分かった。勝てるんだなそれで」

『勝てる。アレを潰すぞ』

 

大橋の入り口を過ぎ、進み続ける前衛2体に追いついた。所々で神樹の侵蝕が始まっている。

 

「お前ら、絶対に許さねえぇぇぇ!!」

 

先の紫のイメージを頭の中で再現する。黄色の勇者服に紫の線が走り、薙刀の先端にも紫炎が灯った。

 

 

『上手くいったな。ここからは俺が…』

 

 

 

力がみなぎるのが分かる。だが体の感覚がおかしい。さっきまでとは違う。まるで別の人が体を操っている様な———

 

 

 

 

「引き受けるッ!」

 

 

 

 

 




「紫の炎」は、モンハンライズに登場するマガイマガドの鬼火をイメージして書きました。
表現不足の気はしていますが、なかなか良い言の葉が思い浮かばず。無念です。


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第8話「信用」

「銀…あなただけに…重荷を背負わせる…訳にはいかないわ」

「今…今行くから…ミノさん」

 

戦場を離脱していた2人は、銀の所へ戻らんとして歩を進める。やっと歩ける程度には回復したが、戦うには程遠い。それでも少女らは、仲間への思い1つだけで1歩1歩前へと進んで行く。

 

「あっ…そのっち、あれ」

「ミノさん…嘘」

 

須美の目線の先にあったのは、仰向けになって力無く倒れている銀の姿。付近にバーテックスの姿は無い。それを見た園子が駆け出すが、バランスを失って転倒してしまう。

 

「そのっち?」

「大丈夫。それよりも」

「…うん」

 

走るのはまだ無理と分かった。

 

「早く…」

 

気ばかり焦る。だが気持ちに体が付いてこない。できるのはせいぜい足の回転を早める程度だ。

 

と、園子が歩みを止める。

 

「わっしー、ここ、飛び降りよう」

 

銀がいるのはちょうど前方下方向。バランスをとりながら走り続けるのは無理でも、短期的に力を入れるだけなら何とかなる。頷きあった2人はいた場所を同時に飛び降り、彼女の元へとたどり着いた。

 

「起きて…帰るよミノさん」

「全部1人でやったの?すごいわ」

「ねぇ目を開けてよ…ねぇ…」

 

だが目は開かない。

 

「どうして…こんな」

「嘘だよ…ねぇ嘘だと言って!」

「うん、嘘だな」

「嘘…え?」

 

橋の方から歩いてくるその人物は風馬らしかったが———黄色い勇者服に不規則に走るアメジスト色の線に、燃える薙刀。2人の記憶にあるそれとは、あまりにも雰囲気が違いすぎた。

 

「その子は死んじゃいない。まだ息がある」

 

慌てて脈を確認する須美。

 

「本当…気づかなかった」

「あなたは誰?」

 

濃色こきいろの勇者が槍を構え、問うた。

 

「俺か?京極ふ」

「そうじゃない。人格が誰なのかを聞いてるの。今も銀の事、その子って呼び方したから」

 

答えによっては力での解決も辞さないとばかり睨みつけつつ、質問を投げていく。彼を別人認定したらしい。

 

「失言だったな。まぁちょっと体を借りてるだけだ…精霊みたいなもんだよ」

「精霊?ふざけないで。名前は?」

「名は…鬼夜叉とでも呼んでくれ。これでも適切な表現をしているつもりなんだが」

「…そう。でも精霊じゃないんでしょ?」

「それは認める」

「じゃあ一体何なの?」

「いずれ分かる、それより———」

 

ヒートアップし早口になっている園子を落ち着かせる様に間を置き、続けた。

 

「そこに寝てる仲間の事を気にするのが先だろ」

「……」

 

勇者から "勇者" へと向けられていた槍先は、今や下を向いていた。

 

「勇者システムの回復力もあるんだろうが、それ以上に生命力がある。お前らが見てたか知らんが、その子は腹を大きな矢で貫かれ致命傷と言っても過言でないレベルのダメージを受けた」

「それでも生きてる…それが銀の生命力のなせる技と…」

「そういう事。刺さった矢を折ったり、一応できる事はしてみたが他人を治癒する能力は俺には無い。よっぽど強く生きたいと」

「待って、それって…」

 

園子が遮る。その声に先程までの怒気は感じられない。

 

「そのっち?」

「バーテックスの目的は勇者を倒す事ではなく、その先にある神樹へと到達する事であって、勇者を倒して終わりじゃない。ミノさんが動けない今、本来なら今頃世界が滅んでいなきゃおかしいんよ」

「え…まさか」

「もしかして…バーテックスを追い出してくれたのって」

「まぁ…ね」

「……ごめんなさい。問い詰める様な事を言ってしまって」

「疑われるのは当たり前だししょうがない。何せ状況が状況だ。それにこっちも隠そうとしたからな」

 

先に鬼夜叉と名乗った人物は、肩の力が抜けたのか大きくため息をついた。

 

「もうじき樹海化が解ける。その子は...今なら病院に行けばまだ何とかなるだろう」

「あの、風馬君は?ずっとその人格なんですか?」

「安心しろ、俺が憑依できるのは今のところ樹海の中だけだ。樹海化が終わればいつもに戻る」

「そうですか、良かった……ありがとうございました」

「ありがとうございました。ごめんなさい」

「気にするな。またすぐ会う事になる」

 

 

 

 

 

* * * * * *

 

 

 

 

 

「わっしー、元気〜?」

「ずいぶん良くなったわ。今日は安静にしておくように言われたんだけど」

「でも良かった〜。ちょっとホッとしたんよ〜」

 

翌日夕方、一通りの治療と検査を終えた私はわっしーの病室に来ていた。

 

「そのっちはもう大丈夫なの?」

「私も安静にって言われたんだけど、わっしーとお話したくて来ちゃった〜」

「それは嬉しいけど無理しちゃだめよ」

「さすがにこの体だと無理はできないんよ〜。大丈夫〜」

「…大丈夫よね、あの2人」

「大丈夫だよ、きっと。2人がいつ帰って来ても良いように、私たちは普段通りでいよう。それが信じるって事だと思うから〜」

 

聞くところ、2人はまだ目を覚ましていないらしい。

 

「そう言えばふまにゃんの謎人格、結局何だったんだろう」

「精霊、って言ってたわよね」

「うん。でもいくつか引っかかる所があったんよ〜」

「例えばどんな?」

「まず、『精霊みたいな』って言ってた所。明確に精霊とは言い切らなかった。精霊自体が何なのかは知らないけど、それに似て非なるものなんだろうね〜」

「これは…精霊が何なのかが分からないと難しいわね」

 

精霊、なんて言葉はこれまで小説か国語の授業でしか見聞きした事がない。そんなものが実際に存在するのか、また存在したとしてどのようなものなのか?

 

「他にはある?」

「勇者システムを知ってた事。大赦関係者しか知らないはずなんだけど……」

「確かに変ね。これも…精霊が分からないと厳しいかしら。人智を超えた何かなら機密情報を手に入れられるのかもしれないし。非科学的、非現実的だけど」

 

お役目に関する情報は大赦関係者以外には知らされず、また彼らに伝える事も禁じられている。勇者システムはその中でも最上級の機密に当たるのだが、あの ”人格” は知っていた。本人の記憶を覗く事ができるのか、あるいは記憶を共有できるのだろうか?

 

「後は、最後に『憑依』って言ってた事かな〜。もし精霊だと言ってたのが嘘で本当はただの二重人格だった場合、憑依とは言わないと思うんよ〜」

「だから単に別の人格がある訳ではなくて、その…精霊?に近い存在が風馬君に憑いている。そう言いたいのね」

「あくまで推測だけどね〜。でも筋は通ると思うんだ〜」

「確かに……。風馬君の話も聞けばもう少し分かるかもしれないんだけど」

 

わっしーの表情に影が差したのを見て、そっと抱きしめた。

 

「大丈夫だよ、わっしー。信じる、だよ〜」

 

状況が気になるのは私も同じ。彼の事だけじゃない、ミノさんの事だって。でも私は折れちゃいけない。弱さを見せてはいけない。

 

2人がいない今、彼女を支えてあげられるのは私だけだから。

 

 

 

 

 

* * * * * *

 

 

 

 

 

「以上の内容をまとめますと、近日のアップデートで実装予定のものは大きく分けて2つです。1つは精霊、そしてもう1つは満開。これらをもって、勇者様の御身の安全を確かなものとするとともに、苛烈さを増す侵攻に対する戦力の増強を図ろうというものでございます。私からは以上です」

「なるほど。何か質問のある者はいるか」

「……」

「では、この中間報告通りに勇者システムのアップデートを行うという方向でよろしいかな」

 

老齢の男性を思わせる、少ししわがれた低い声が大広間の中に響く。手元の資料を見返す者こそあれ、異を唱える者は無い。

 

「うむ。では本件は最終調整に入ってくれ」

「かしこまりました」

「勇者様各家へのご説明はかの者にやらせよう。京極殿はこの場にいらっしゃるから構わんだろうが…これへ」

 

呼び寄せられた側近は何やら指示を受けると、うやうやしく礼をしてその場を後にした。

 

「結局、我々にはこれしか無いのだ。限られた資源・戦力をいかにして最大限利用するか」

「遠い昔から人類が背負い続けた業というものですね」

 

中年の男性神官が応じる。

 

「守るべき時に守るには、必要な犠牲を支払わねばならない。歴史がそれを証明している」

「仰る通りです。ただ———」

 

僅かな逡巡が一瞬の間を作った。

 

「時には、攻めに転じる事も必要かと」

「攻め、か……詳しく申してみよ」

 

老齢の議長は手のひらを向けて発言を促した。一呼吸置かれた後、話が始まる。

 

「人類の生存領域を拡張するのです。西暦時代の終わりに結ばれた講和以後、我々は限られた地域の維持に徹してきました。ですがバーテックスによる侵攻が再開された今、あちら側に講和の意思は無いと見て良いでしょう。それならば、こちらも攻めの姿勢で結果外への挑戦を行い、西暦時代の領域の回復を試みてはいかがでしょう」

「面白い。具体的な計画はあるか?」

「勇者システムの量産を考えております。まだ十分に検証できている訳ではありませんが、実現可能性は高いと耳にしております」

「…分かった。性能や実際の拡張地域等も含め、引き続き検討してくれ」

「ありがとうございます」

 

 

 

 

 

「京極宗徳むねのり様とお見受けします。失礼ながら、ただ今よろしいでしょうか」

 

大広間を出た中年の男を呼び止めたのは、彼より若い1人の男性神官であった。

 

「おぉ、春信はるのぶ殿か。どうなさった」

「先程の評議について、最後の会話が漏れ聞こえたのですが…どうして、システムの量産可能性についてご存知なのですか?あなたは大赦の開発部とは関わりが無かったと思いますが」

「廊下での噂話を小耳に挟んだだけですよ。もし我々評議会の者に知られてまずい事があるのなら、部屋の中で話すよう部の面々に諭されるのが賢明かと」

「いえ、決してまずい事ではございません。ただ…まだ開発部の内々の検討事項としてのみ取り扱っていたものですから」

「なるほど。ただ、その利用先の予想は大方間違っていないのではありませんか?それ以外に量産をするメリットなど……」

「えぇ、もちろんそれ以外にメリットは考えられませんが…どうかされましたか?」

 

青年は相手が言い淀んだ所に違和感を覚えたが、特段の心当たりがある訳でもなかった。

 

「いえ、何でもありません。ただちょっと、昔の事を思い出しましてね」

「そうですか。まあ計画についてはバレてしまいましたから、今後も進展があればご連絡致しますね」

「良い報告を期待しています。頑張って下さい。ではまた」



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第9話「1/4」

ご無沙汰しております。
忙しかったり構成を考え直してたりで、しばらく雲隠れしてました。


「まだ目覚めないらしい。もう3日だ」

『でも、命に別状はないと言われたのでは?』

「あぁ、後は目を覚ますのを待つばかりだと。ただ…どうしてもあの時の事がフラッシュバックしてな」

『お父様…ですか』

 

宗徳が先代当主だった父を癌でを亡くしたのは神世紀294年、4年前である。終末期にも関わらず病状は安定していたが、ある日急変し、それから2時間足らずで呆気なく逝ってしまったのだ。

 

『水を差すようで申し訳ありませんが』

 

電話の相手が大きく息をつき、続ける。

 

『ご子息…風馬くんの事は、私などよりあなたの方が余程分かっていらっしゃる。ならば、信じるしか道は無いのではありませんか』

「むぅ……」

『何もできないもどかしさは痛い程分かります。私も経験した事がありますから』

「そうだな、頭では…頭では分かっているのだが」

『正論ばかりぶつけて申し訳ありません』

「いや、いいんだ。分かりきった現実から逃げようとしていたのは私だからな。すまない」

 

宗徳とて、あてもなく泣き付こうとした訳ではない。

 

『あ、そう。お伝えしなけらばならない事が』

「ん?」

 

ちょっとお待ち下さいね、の声の後にガサゴソと何かを取り出す音がした。

 

『もしもし』

「はい」

『風馬くんの記憶が無い原因ですが、お送り頂いたデータから調べてみました。ひょっとすると以前お話ししていた “切り札” と似たものかもしれません』

「と言うと?」

 

彼の仮説はこうである。まず風馬の症状は、記憶の欠落と一時的な人格の変異。また西暦時代の切り札の代償は、精神面への悪影響。記憶の抹消は精神的な負荷によって起こる事がある、という点を考えれば、この2つは繋がる。つまり、勇者としての戦闘によって記憶の欠落が起きたなら、それは “切り札” かそれに準ずるものの使用による精神的な負荷が原因なのではないか。

 

「なるほど、筋は通っている。しかし一体どうやって、 “切り札” か何かその…手段を習得した?」

『そこは分かりません。何らかの方法で精霊を使った、というのは状況からして大いに考えられますが、現時点では……』

「経過観察」

 

重い重い4文字は、またしても何もできないという現実を突きつける。

 

『としか申し上げられません。申し訳ありませんが』

「ありがとう。毎度すまないな」

『いえいえ、こちらとしても宗家にはお世話になっていますから』

「あぁ、こちらからも1つ。今の話のとは恐らく異なる、以前話した方の擬似 “切り札” システムだが、最終調整段階に入るらしい」

『もうですか…随分と早い。勇者システムの調整はそんなに簡単なものではなかったと記憶していますが』

「幸か不幸か」

 

空を仰ぐ。一面を覆った厚雲は、午前11時という時刻には似合わない暗さを生み出している。

 

「大赦の開発部は優秀だ」

 

 

 

 

 

* * * * * *

 

 

 

 

 

追い討ち。

 

「何?」

 

現実は甘くない。

 

「何よ」

 

わずか2日。など無かった。

 

「そんなに…そんなに私たちを……したいの

 

声が震える。最後の方は聞き取れなかった。

 

「絶対に、許さない」

 

一転、今度ははっきりした声だ。

 

「行こう」

 

わっしーに声をかけ、槍を構えて地を蹴る。味方は自分を入れて2人。あくまで、冷静に。そう自分に言い聞かせる。

 

「私が前に出る。援護をお願い」

「分かったわ」

 

今はただ、目の前の事を終わらせる。

 

(敵は1体)

 

毎度の事ながら、奇妙なシルエットだ。出来損ないの粘土細工に古ぼけた布を巻きつけた様な格好。流石にウイルスの中から生まれてくるだけはある。特にあの尻尾なんか気持ち悪くてとても———

 

(来る!)

 

その尻尾と思しき箇所から1個、また1個と光弾が放たれる。だがかわし躱し、さらに距離を詰めていく。

 

(動きがよく見える…)

 

2桁を優に超える数の弾がほぼ同時に発射されるが、それぞれがどう飛んでくるのか分かる。不思議だ。集中できている。こんな状況なのに。後方からは爆発音が聞こえる。後ろに行った分はわっしーが撃ち落としてくれているのだろう。

 

(ん…?)

 

わずかな違和感は、当たりだった。

 

「ぐっ……!」

 

刹那、布状の部分が素早く動く。予備動作は無い。気が付けば身体が宙に浮いていた。だが。

 

「こんなの、ミノさんなら!」

 

槍の石突きを使って体制を整え、今度はスピードを上げて一直線に突進。弓矢の援護が布の動きを封じてくれている。

 

「いっけぇぇぇぇ!!」

 

速度の乗った渾身の一撃が炸裂。傷を受けた箇所が爆発した敵は、鳴き声とも何ともつかぬ音を出しながら墜落した。

 

「「ここで決める!!」」

 

槍を構え、動かない相手に突進を繰り返す。上空からは絶え間無く矢が放たれる。しかし敵はなかなか退かない。

 

(勢いが足りない?やっぱり勇者が半分だから?)

 

半分だから足りないのか。元の水準に戻せばいける?だったら。

 

「わっしー!頭を狙って!」

「どういう事?」

「いいから!お願い!」

 

バーテックスの頭部に、溜めて強化された矢が向かう。そのすぐ後ろにぴたりと付き、1つの巨大な矢となって飛んで行く。1人ずつ別に攻撃してダメなら、同じ所へ同時攻撃。倍の威力を乗せればいけるのではないか。

 

「これならどう!!」

 

超音波と勘違いする様な音を発しながら後退を始めるバーテックス。流石にこれは効いた。いつもならここで打ち止めして様子を見ていたのだが、今回は違う。

 

「銀の…分っ!!」

 

一筋の青い光がそれを追撃した。一際ひときわ大きな爆発が起こる。

 

(終わった……?)

 

煙が少しずつ、少しずつ晴れる。そして晴れきり、大橋の全てが視界に入ったその時。

 

 

 

 

バーテックスの姿は跡形も無く消えていた。

 

 

 

 

 

* * * * * *

 

 

 

 

 

見慣れない白い天井、冷たい光を放つ蛍光灯。目が覚めて最初に見えたのはその2つだった。規則正しくピッピッ…と鳴り続ける機械音も聞こえる。

 

(病院…?)

 

重い上体を起こして部屋を見渡す。どうやら1人部屋らしい。窓の外は真っ暗であり、闇に浮かぶ木のシルエットが不気味な存在感を醸し出している。

 

「だれ、か」

 

いませんか、とまでは言えなかった。喉が乾きすぎているあまり上手く声が出ないのである。飲料水でもあれば良いが、部屋の中には見当たらない。ただ部屋を出ようにも、液体の入った袋から伸びたチューブが腕に繋がっており、自由に出歩いてしまって良い状態なのか分からない。多少時間が経っても死にはしないだろうとの判断から、ひとまず誰かが来るのを待つ事にする。

 

(んで、あの戦いはどうなったんだろ。俺がこうして生きてる以上、負けたなんて事は流石に…)

 

そこまで考えて、思い出した。

 

「そう銀だ、銀!」

 

思わず叫んだ。戦闘中の記憶はほとんど無いに等しいが、あれだけはハッキリと脳裏に焼き付いている。遠目に見た、神々しい矢に貫かれたあの姿。

 

「どうなった!!アイツは生きてるのか!?どうなんだ!!」

「あーあの、病室ではお静かに」

「あ…すみま..せん」

「起きられたんですね。体調はどうですか?」

「あ…水を…ください」

「お水ですね。分かりました」

「お願い…します」

 

巡回の看護師さんの注意を受けてしまったものの、何とか水は手に入りそうだ。無理して心のままに叫んだ甲斐もあり、図らずも少し声が出るようになってきた。

 

(一旦、状況を整理しよう)

 

先の戦いの後、俺はまた気を失っていた。で、起きたら病院と。

 

(整理も何もねぇ。何も分からないじゃねぇかよ)

 

誰に聞けば分かる?須美か園子か。看護師さんか。あるいは、例の謎の声に聞けば?

 

「お水をお持ちしました」

「ありがとう...ございます」

 

一口飲む。ひんやりとした冷たい感覚が口から喉へ、そして胸の奥へと伝っていく。

 

「意識ははっきりされている様ですね」

「まぁ、はい。あー、あの」

「はい、何でしょう?」

「俺がなぜ病院にいるのかご存知ですか?」

「いえ…気を失われていたからだとは思いますけれど」

「ですよね…」

「寧ろ何か特別な事情があるのですか?」

「あ、そういう訳では無かったんです。ただ分からないので聞いてみようと思っただけで」

「そうだったんですね。うーん…また分かりそうならお伝えしますね」

「あ、ありがとうございます」

 

看護師さんは知らない様子だ。まぁ当たり前と言えば当たり前だが。

 

(あの訳の分からない声?とは、簡単には喋れないよな…。となると)

 

2人に会わない事には始まらない。そう考えた俺は、一先ず寝て朝を迎える事にした。




リアルが忙しいのでまた雲隠れしてしまう事になるのではないかと思います。
年末までに何話か更新したい......。


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第10話「気合」

年末更新とか言ってましたが全然間に合いませんでした。かなしい。。。


真っ暗とも真っ白ともつかない、灰色の中途半端な世界。気づけばアタシは1人でそこにいた。

いや、正確には浮いていた。勇者装束を着て。

 

(うーんどうしちゃったんだろアタシ……)

 

家はおろか建物、鉄道、山も川も無い。見渡す限り、果ての果てまで同じ景色が続いている。

いつからここにいるのか?そもそもここはどこなのか?何もかも分からない。ここに来る前に何があったのかさえ、よく思い出せない。

 

「おい、そこのお前」

「え?あ…えぇ!?」

 

声のした方を見ると、紫がかった人影があった。さっきまで誰もいなかったんだけどな。

 

「こんな所に来る物好きなやつなんて、お前しかおらんだろ」

「は、はぁ…」

「あーイカン、ちょっと素を出しすぎたかもな。スマンスマン」

 

そう言って人影は頭をかいた。人影は全身紫で、身体の輪郭は認識できるが顔や服までは分からない。コイツに髪ってあるんだろうか?

 

「あなたどんなキャラなんですか…ってか誰ですか!?」

「あーアレだよアレ。その…たまに風馬の体を借りて何やかんやしてるアレ。会った事あるっしょ」

「いや…無い、ですね」

「そんな訳あるか!俺はちゃんと喋ったぞお前と!」

 

心当たりは無い訳じゃない。ただ、それは須美と園子から聞いた話で知ってるだけで、アタシ自身は喋ってないと思うんだ。

 

「実は、ここに来る直前の記憶があんまり無くって。そのせいで覚えてないだけかもしれないです」

「あーそうか…ならしょうがないか…いやまぁ…こっちから勝手に喋りかけただけだしなしょうがないよね……

 

妙にテンションが高かった先程までとは一転、今度は凹んでしまった。まったく忙しい人だ。

悪い人じゃないのは分かるんだけど。

 

「それであの、聞きたいんですけど」

「ん?」

「ここって一体どこなんですか?」

「俺の家」

「は?」

「ってのは冗談だ。まぁ嘘はついてないが」

 

真剣な質問に冗談で返されると心臓に悪い。

 

「勘弁して下さいよ…」

「悪いな。ただ、これは良くない知らせになる。言えばショックを受けるかもしれない。それでも聞きたいなら、聞く覚悟がお前にあるんなら、今度こそ俺はありのままを話す」

 

人影の声が引き締まる。どうも状況はシリアスらしい。

でも、聞かない訳にはいかないっしょ。帰らなきゃだし。

須美、園子に風馬。弟たち、家族。クラスの友達に安芸先生。皆みんな、待ってるだろうし。

 

「大丈夫です、聞かせて下さい。つまりどういう事なんです?」

「手っ取り早く言えば、死に切れないやつの墓場だ」

 

墓場。亡くなった人が入る場所。そこに自分がいるというのは——

 

「それって…アタシは」

「言葉通りなら、な。大事なのはこの後だ」

 

人影は、間髪をいれず続ける。

 

「記憶が吹っ飛んでるみたいだから一応言っておくが、お前はバーテックスと戦って死にかけた。だからここに来ちまった。だがお前は死んではならんし、死に切れずこんな所を彷徨う亡霊になってもならん。だから俺もここへ来た」

 

戦闘で死にかけた。そうだ。そうだった。

 

「でもそれは…まだ…帰れるんですよね」

「そういう事さね」

 

帰れる。その事実1つで力が湧いてくる。

死にかけた、というのはまだ死んでいないという事でもある。

それに、約束したんだ。またね、って。

 

「どうしたらいいんですか」

「帰りたい、と強く願うだけでいい」

「願う…」

「ん。まぁでも今の食いつき方を見てると大丈夫だと思うけどな」

 

目を閉じれば、みんなの顔が浮かんでくる。会いたい。帰りたい。こんな所に長居はできない。

 

「強いな、お前は」

「アタシが…ですか?」

「俺はここに来た時、誰かのために戻ろうなんて思えなかった。ただ、俺を殺したやつへの復讐だけを考えてたんだな。だから帰れなくなった。でもお前はそうじゃない」

「そりゃあ、待ってくれてる人がいますから。人を待たせてるのに自分だけリタイアだなんてできませんよ」

 

ズッ友、という言葉を聞いた事がある。何でも、永遠の親友の事を言うのだとか。アタシたちの絆もまた永遠だと思ってるし、思うからこそ——帰らなければならない。

 

「良い心持ちだな。俺もそう思えてりゃどんなに……」

 

そう答えたソイツは、どこか遠くに思いを馳せている様な…そんな風に見えた。

 

話の中に少し気になった所があったので、聞いてみる事にした。

 

「あの…殺されたんですか。あなたは」

「まぁな。少しばかり調子に乗りすぎた」

「バーテックス。知ってましたよね」

「まったくどうしてこう…君のような勘のいい勇者は嫌いだよ」

 

やっぱり。

 

「俺もお前と同じで特攻型だったからな。突っ込みすぎてこの有様さ」

「あーちょっと耳が痛いですね」

「要するに気をつけろってこったな」

 

人影は穏やかな口調で続けた。

 

「もう、来るなよ」

「もちろんですよ。死ぬために生きてる訳じゃないですし。生きるためなんで!」

 

俄かに、天高くから一筋の光が差す。

 

「お迎えだな。もちろん良い方の」

「そうですね、何だか帰れそうな気がします……あの」

「言い残した事でもあったか?」

「その、一緒に…帰りませんか?」

 

人影は乾いた笑いの後に、こう答えた。

 

「気持ちはありがたいけど、残念ながら叶わない。受け皿が無いからな」

「受け皿、ですか」

「トドのつまり、俺は死んでいてお前は死んでない。それだけの違いさ」

「あ、そっか…」

 

余計な事を聞いてしまった気がする。

 

「そう気を落とすな。勇者は…生きなきゃならん。俺みたくなっちゃイカンのだよ」

「はい。生きますよ、アタシは」

「その意気だの。まぁ頑張りなされ」

「...何かまたキャラ変してません?」

「うるせぇ帰れ!今すぐ!可及的速やかに!」

「ひぇーごめんなさーい!!」

「っはは、そのまま真っ直ぐ帰るんだぜ」

「はい!ありがとうございました!」

 

体が光にどんどん近づいていく。

 

お役目を必ずやり遂げる。そしてアタシは、何があっても生き延びる!

 

 

 

 

 

* * * * * *

 

 

 

 

 

2人だけの戦いから1週間。ふまにゃんが目を覚ましたと聞いて、私たちは病室へすっ飛んで行った。

 

「お邪魔しま〜す」

「おーこんちは」

 

ベッドで横になった彼は、機械に繋がれていた。まだ全開とはいかないのだろう。

心なしか、少し声が枯れている気がする。

 

「その…元気?」

「まぁね。さすがにまだ本調子じゃないけど」

「はぁ、良かった〜」

「とにかく起きてくれて良かったわ」

「心配かけてごめんな」

 

そして、改まった口調でこう続けた。

 

「聞きたい事がいくつかあるんだ。分かる範囲でいいから教えてくれないか?」

「うん。私たちも聞きたい話があるし、情報交換といこ〜」

 

最初の質問はミノさんの事だった。私たちは知る限りの事を話した。

人の変わったふまにゃんが銀を助けてくれた事。彼がそのままバーテックスを追い払ってくれた事。ミノさんはまだ目を覚ましていないけど、容態は安定している事。

 

「大丈夫だよな…アイツの事だし」

「うん。信じて待ってよ〜」

 

もう1つ彼が尋ねてきたのは、鬼夜叉と名乗った謎の人格についてだった。どうも聞くところ、あれは “人格” ではなく別の何からしい。となると、”精霊” の説が有力だろうか。

 

「精霊、なぁ。2人は何か知ってる?」

「あの…人?が言ってた他には聞いていないわ」

「うん。これはまだよく分からないね〜」

「でもあの人、勇者システムを知っていた…ひょっとして関係が?」

「あるかもな。あるいは記憶を覗き見できるのか」

「考えたんだけど、それは無いかな〜。私たちの名前を知らない風だったし」

「うーん……」

 

結局この日も、謎の人格の正体に関する結論は出なかった。

 

「調べてみるしか無さそうね」

「うん〜。乃木家の総力を挙げて調べ尽くすんよ〜!」

「いや大丈夫かこれ。大赦に消されるとか無いよな?」

「勇者を消せる訳ないんよ。大丈夫大丈夫〜」

「これは…将来大物になるな」

「まさか何も考えてない、なんて事は無いわよねそのっち」

「あ、あれれ〜?バレてた〜」

「はぁ、まったくもう……あっ」

 

わっしーがスマホを取り出す。マナーモードだから音は鳴らないけど、多分メールか何かが届いたんだろう。

 

「ねぇ銀が……銀が目を覚ましたって」

「え、わっしー本当?」

「本当よそのっち」

「俺も行…っちゃダメだよなさすがに」

 

そう言って彼は、体に繋がったチューブを引っ張りながら少しおどけてみせた。

 

「頼むわ」

「うん。行ってくるね」

 

病室を出て、ミノさんのいる部屋へと向かう。部屋が近づくにつれて、周りの様子もだんだん慌ただしくなっていく。

 

お医者さん?看護師さん?誰も彼も聞いた事の無い単語を口にしながら、そこらを忙しく歩き回っている。それにつられて、私たちの足もどんどん速くなる。ミノさんの所へ着いた頃には「廊下を走るな」と怒られそうな速度になっていたけど、多分そんな事は誰も気にしていない。

 

「!…鷲尾さん、乃木さん」

「先生、銀は」

「この向こう側よ」

 

そう言って、先生はガラス窓で隔たれた部屋の中へと目をやった。

広い部屋だ。私たちがいた2人部屋を1人で使っている様な状態。

中央で寝ている銀に、お医者さんが何か話しかけているのが見える。

 

「ついさっき目が覚めたのよ。お医者様は奇跡だ、って」

「奇跡……」

「中、入れるんですか?」

「まだダメ。意識が戻ったばかりで安定してないから、検査をした後ならって事みたい」

「…また、前みたいに戻れるんでしょうか?」

「今はまだ、何とも言えないわね」

「そう…ですよね」

「でも、三ノ輪さんは奇跡を起こしてみせた。彼女の生命力はずば抜けていると思う」

 

ミノさんがたくましい人なのは、私もよく知っている。

明るくて真っ直ぐで。弟思いで優しくて。仲間のためなら多少の無茶も厭わない、強い人。

その剛健さ無くしては、ここまでやってくる事はできなかった。

 

「三ノ輪さんなら……」

 

それきり、先生が言葉を発する事は無かった。

 

精霊の事を聞くのは、また今度にしよう。



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第11話「三連星」

日の照りつけが一段と増した、7月中旬。

この日、銀が退院すると聞いた私は、そのっちと一緒に病院1階のロビーでその時を待っていた。

 

あれから何度か面会はした。

会うたびに回復しているのが、元気で明るいいつもの銀に戻りつつあるのが分かった。

でも彼女がこんな目に遭ってしまったのは、元はと言えば私のせいなのだ。

アタッカーとして前に出た2人と、後衛担当の私。

状況を把握しやすいのは、誰が見たって後者だろう。

 

私がもっと視野を広く持たないといけなかったのだ。

あの時、3体目を早く発見できていたら。

あの時、敵の動きから尻尾の薙ぎ払いを予見できていたら。

あの時、攻撃を集中して1体を素早く倒せていたら。

あの時……。

 

「わっしー、緊張してる?」

 

椅子に座って俯いている私の視界に、そのっちが入り込んだ。

 

「自分を責めないで。大丈夫」

 

膝に置いた右手に彼女の右手が重なる。その温もりは、冷え切った心をそっと包んでくれた。

 

「ミノさんは生きてる。誰も、何も悪くないんだよ」

 

温かい。本当に温かい。

その優しさに触れると、心の中にせき止めていたものが溢れてしまう。

 

そのっちは私なんかじゃ到底真似のできない、確かな強さを持っている。

その強さにこれまでも、そして今も甘えてしまった。

戦闘で困った時は、つい彼女に任せてしまう。

鷲尾須美が考えるよりずっと良い案を、ずっと早く考えつくから。

私とて、初めから全て任せてしまおうなどとは考えていない。

でもそのっちは解決してくれるのだ。受け止めてくれるのだ。

それに比べて。

 

何て弱いのだろう、私は。

 

涙腺の緩みは止まる所を知らない。

 

泣いた事はこれまでに何度もあった。

物事が思い通りにいかなかった時。

友達とケンカしてしまった時。

でも、今回ほど重い涙は初めてだと思う。

空虚なのにとてつもない重量。これが無力感というものなのだろう。

 

私には、力がない。

もっと強くならなければ。

 

 

しばらくして、涙を出し尽くした私は顔をゆっくりと上げた。

 

「そのっち、ありがとう……もう大丈夫」

「うん」

「っ……!」

 

彼女もまた、涙していた。

やっぱりそうだ。私は気づけないのだ。

 

「ごめんね……私」

「大丈夫……わっしーは何も」

 

つられて、また泣きそうになる。

けれどここは。

 

「私……もっともっと強くなる」

 

何日か前に安芸先生が、勇者システムのアップデートが正式に決定したと言っていた。

詳しい内容については、銀の退院後に改めて説明があるらしい。

ただ、大幅な強化がなされるという事は教えてもらった。

まずは、その強化された力を使いこなさなければ。

 

「みんな、私が守るから。そのっちも銀も……風馬くんもみんな」

 

彼女は一瞬目を丸くした後、何かを決意したような気合に満ちた表情に変わった。

 

「うん。私も頑張るんよ。みんなを守るわっしーは、私が守ってあげるから」

 

やっぱりこういう事を言ってくれるのだ。

 

その時、廊下の奥から聞き慣れた声が聞こえてきた。

 

「やっほー須美、園子」

「銀!!」

 

私たちはたまらず駆け出した。

家族に囲まれて、三ノ輪銀が確かにそこにいた。

 

「ミノさん、良かった……良かったよ本当に」

「おいおい、そんなに泣く事ないだろ。元気いっぱい、三ノ輪銀様のおかえりだぞ」

 

そのっちは堰を切ったように泣き出した。

それに呼応するように、私の目頭も熱くなる。

銀は両手で、私たちをそっと抱きしめる。

 

あぁ、私は銀にも甘えてしまうのだ。

でも決めたから。強くなると。

 

(だから、今だけは……今だけはこうさせて……)

 

「もう、しょうがないなぁ2人とも。よしよし」

「銀……お帰り」

「うん、ただいま。待たせちゃってごめん」

 

 

 

 

 

* * * * * *

 

 

 

 

 

暑い。

 

辺りにはセミの大合唱が響いているが、真夏の真昼に聞くものではない。

聞いているとますます暑くなるような気がする。耳栓を持ってくるべきだった。

 

それに、重い。

 

俺は今、”タマカワ” とかいう得体の知れないものの入った、アホみたいに重いリュックを背負って歩いている。

なるべく街路樹の影を歩けるルートを選んでいるものの、体力の消費は激しい。

汗が滝のごとく流れ落ちていく。

訓練の方がまだ楽なんじゃないだろうか。そんな考えが脳裏に浮かぶ。

 

(何でこんなものを持ってこいなんて言うかなぁ……)

 

事の発端は、父さんにかかってきた1件の電話だった。ちょっと失礼、と言って昼ご飯の手を止めてまで出た電話だったから、重要な相手だったのかもしれない。

 

俺はこの時昼ご飯を食べ終えていたし、後に用事も控えていた。

だから、さっさと皿を片付けて出て行けば良かったのだ。

だが嬉々として電話で話す父さんが珍しく、話の内容が気になって微かに聞こえる電話の声に聞き入ってしまった。

 

結論、これが間違いだった。

 

電話が終わるなり、父さんがちらとこちらを見た。マズイ、と思ったが後の祭りだ。

 

『おい。それをちょっと、光安君の家まで持って行ってくれ』

『え』

 

指差す先にはいつ用意したのか、一目で重さの分かる巨大なリュックがセットされていた。

 

『用事があるとか言ってたな。そのついでに』

『いやこれはちょっと』

『お役目に関わる事だ。お前にしか任せられん』

『えぇ……』

 

お役目と来ればやらない訳にはいかない。真剣な顔で言われればなおさらだ。

濫用厳禁の奥の手である。

 

(これがお役目ねぇ……ウソっぽいけど)

 

空は雲1つなく晴れ渡っている。

世間では快晴と言われるが、夏に限れば “快い” という表現は間違いなんじゃないだろうか?

 

そんな事を考えながら歩を進めていると、1つ目の目的地が見えてきた。

今日退院を迎える、銀のいる病院だ。

中継地点は近い。少しだけ希望が見えた。

 

 

 

タオルで汗をぬぐいながらロビーに入ると、須美・園子の2人と銀の家族らしき人が、彼女を囲んで何か話しているのが見えた。

銀は2人の肩に手を置き、しきりになだめている。

その姿を見るだけで、嬉しさが込み上げてくる。

戻ってきたのだ。生きて帰ってきたのだ。

 

だが同時に、強い疎外感を感じた。

早く退院してほしいし、退院できたらもっともっと話したい。そう思っていたはずなのに。

何だか自分は、あの輪の中に入ってはいけないような気がするのだ。

 

(はは……何やってんだ俺は)

 

3人と1人との間に、見えない壁がそそり立つ。初めての感覚だった。

どうしてこんな事を思うのかは分からない。

ただ無情にも、自分がそこに行く事で雰囲気が壊れてしまう未来は容易に想像できてしまう。

それならば。

 

(あそこは、俺が行くべき所じゃない……のか?)

 

そこまで考えが至った時、俺は自分の思考に愕然とした。

 

お前は、銀が帰ってきて嬉しくないのか?

さっきまで感じていた嬉しさは、暑さから解放される事でしかなかったのか?

銀の事なんて、実のところどうでも良かったのか?

 

違う。そんな事はないはずだ。

銀が帰ってきた事は心の底から嬉しいと思っている。

それに俺は、戦友の事をどうでも良いと思えるほど薄情な人間ではない。

 

(タイミングが良くなかっただけなんだな。きっと)

 

そうだ、タイミングが合わなかった。

間違いない。そうに決まっている。

何かのせいにしてしまえば、後は時間が解決してくれるだろう。

 

そうして俺は、元来た入り口の方に向かって歩き出した。

幸か不幸か、彼女たちはロビーの奥の方で話している。

入り口に入っただけの俺は気づかれていないと思う。

あらぬ誤解をかけられるという事案は避けられただろう。

 

またタイミングを見つけて話をすれば良いのだ。

 

でもそのためには、誰1人として戦闘不能にさせてはならない。

もう犠牲は出さない。そのためには何だってやってやる。

例えこの身が滅ぶ事になろうとも、あの光景を、あの3人を守れるのなら大した事ではない。

 

 

病院を出る。暑い。あぁ、またこれか。

鼻を伝って、1筋の流れが口に入る。

うん。しょっぱい。

 

汗は塩分を多く含んでいると聞く。

今日は、一段と塩分補給が大事になりそうだ。

 

 

 

 

それからまた休む間も無くしばらく歩き、街の外れにある鏡の家に着く。

随分と長く歩いたように思えたが、手元の時計では10分しか経っていなかった。

長く感じたのは、大方暑さとセミのせいだろう。

 

インターホンを押すと、玄関から光安が出て来た。

 

「お、ふま兄じゃん。元気してた?」

「これが元気に見えるか……おめでたいな」

「あーごめんて。上がって上がって」

 

苦行のせいか、精神が荒んでいる気がする。

少し突き放すような事を言ってしまった。

 

「あー……」

 

玄関に荷物を降ろすと、どっと疲れが出て来た。

足はもはや棒どころか石になっている。

玄関に居続けるのも難儀だが、動けと言われても動ける気がしない。

 

とそこへ、光安が彼の父親を連れて来た。

 

「お、来たネ。いらっしゃい」

「あ、こんにちは。すみません、ちょっと疲れちゃって」

「やーすまんネ。暑い中ご苦労さん。後ちょっと、って所で材料を切らしちゃってたから助かったヨ」

 

鏡のおじさんは少し変わった喋り方をする。

文の終わりを捻ったような口調なのだ。

1人称も “私” だし。

 

「これ、何かの材料なんですか?タマカワって聞いたんですけど」

「そうだヨ。玉座の “玉” に皮膚の “皮” で “玉皮” って言うのサ。ボール紙って紙でできてる」

 

(ん、紙?おかしくないか?)

 

紙がこんなに重いはずがない。

学校で500枚のプリントを運んだ事があるが、あの時だってこれほどではなかった。

 

「紙ってこんな重たいものでしたっけ?」

「あっ……これは宗徳サン、言わなかったパターンだ……」

 

おじさんは頭を掻いた。

 

「紙もたくさんあれば重くはなる。それは間違いじゃない。ただ、今回の犯人は……」

 

おじさんはリュックのファスナーを開け、中の物を取り出し始めた。始めに出て来たのは紙でできた半球状の物体。これが “玉皮” なんだろう。

 

「コイツらだヨ、多分」

「ビン!?道理で……」

 

玉皮の後に取り出されたのは大量の小ビン。その数、10個以上。

 

「まぁ気づかなかったのも無理はないヨ。中の音が外に漏れにくい、特注の仕様になっているからネ」

 

確かに、これだけの小ビンが入っていたにも関わらず、道中そんな音はしなかった。

しんどさで音を聴くどころではなかった、というのもあるが。

 

「それでこれ、何に使うんですか?」

「花火だよ、ふま兄」

「花火……花火ィ!?」

 

花火の製造工程なんぞ見た事も聞いた事もない。

こんな紙で作ってるのか。

 

「花火師……なんですか?」

「まぁネ。私のおじいさんが始めた花火作りを継いでいるだけなんだけど」

「オトン、あれ見せてもいいよな?」

「オーケー、大丈夫。ならそのついでに、この辺の物を持って行ってくれ」

「あいあいさー!ふま兄、行ける?」

「もうちょっとだけ休憩させて」

「うん。じゃあ、この辺の物先に持って行くし、その後行こう」

「ありがと」

 

2人は一連の資材を抱えて行ってしまった。一体どんなものを見せてくれるのだろうか。

俺は靴を脱いだだけで、まだ玄関に座り続けている。

ここまでは惰性で歩いてこれたが、座り込んだ瞬間に疲れがどっと出てきたのだ。

 

「ふぅ……」

「どうしたふま兄、ため息なんかついて。やっぱり疲れた?」

「まぁな」

「花火作る?」

「え?」

 

戻ってきた光安の口から想像もしないぶっ飛び提案が飛び出す。

思わず、狐につままれたような気の抜けた返事をしてしまった。

 

「俺、オトンの花火作り手伝ってるんだ。せっかくだし、ふま兄もどう、ってオトンが」

 

またとない機会である。これを逃す手はない。

興奮で疲れが吹っ飛んだ。

 

「やる!!それはやらないと損!!」

「よっしゃ!じゃあ奥においで〜」

 

案内されるがままについて行くと、1階の最奥部にアトリエのような部屋があった。

そこで光安の父親が、玉皮に黙々と黒い小粒を詰めていた。

 

「おーキタキタ。コイツにこの黒い火薬を詰めて、花火を作ってるのサ。やってみる?」

「大丈夫ですよね、爆発とかしないですよね?」

「あーするかもだけど……」

「えええええ!?」

「大丈夫、扱いさえ間違わなければ大惨事にはならないから」

「本当ですか?」

「本当本当。火花でも散らない限りは引火しな……いてぇっ!」

 

静電気を食らったらしい。父親は右手をしきりに振っている。

 

「うーん、静電気でも引火する事はあるからネ……何も起きなくて良かったヨ」

「……本当に大丈夫なんですよね?」

 

 

 

 

コツを教えてもらいながら、順々に火薬の球を詰めていく。

やる前はワクワクしていたが、予想以上の単純作業に段々と疲れが勝ってきた。

 

「うーん、ちょっと疲れたかも……」

「そっか。まぁ暑い中持って来てくれたからネ。あっ、じゃあ……」

 

部屋の隅からスケッチブックを取り出し、こう続けた。

 

「ちょっとインスピレーション不足で、花火のアイデアが浮かばないんだヨ。こんな花火が良いな、みたいなのがあればちょっと描いてみてもらえないかい」

「あー……」

 

アイデアは少し考えれば出てきた。夜空に綺麗に映えるもの。

 

「これとこれと……これをこうして……こんな感じです。どうですかね」

「お、おおお……これは……ファンタスティックなアイデアだネ!採用ッ!」

 

思い思いの光を放つ、青・紫・赤の三連星。

彼女たちなら、夜空だって明るく照らせるだろう。

 

「ありがとう!さてさて、腕が鳴るネ」

 

彼は早速、アイデアを形にする作業に取り掛かった。




わすゆは今のところ、2月中に完結予定です。


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第12話「燃ゆる花」

安芸先生が勇者一同を呼び出したのは、銀のリハビリが終盤に差し掛かかる頃だった。

 

「今からあなたたちに、勇者システムの強化内容を伝えます」

「おぉっ、待ってました!どんな感じになるんですか?」

「精霊というものが付いて、力を貸してくれる。彼らはあなたたちを守ってもくれるわ」

「おぉ〜精霊!何かカッコイイ響き……ん?」

「……!精霊って!」

 

精霊。その名を名乗る謎の “意志” を、私たちは知っている。

銀も意識が戻るまでの間、どこか知らない場所で “それ” と話したらしい。

 

「乃木さん……?」

「あの、実は私たち、お喋りする精霊を見た事があって」

「喋る……精霊……」

「いやあの、見たっていうのは違うかもしれないんですけど、とにかくお話ししたのは本当なんです」

 

精霊が言葉を発するというのは、先生も初耳だったらしい。

ポカンとして口が半開きになっている先生相手に、そのっちが手振り身振りを交え必死に説明を試みる。

 

「樹海での出来事だから証明はできません。録音できたとかでもないんです。でも……でも!」

「先生、私も話しました。風馬君に憑依してるんだ、と言っていました」

「ア、アタシも!何か似たような事を聞きました!」

「そう……3人とも聞いたのね」

 

理解も証拠も追いつかない馬鹿げた話を、先生は無下にせず丁寧に聞いてくれる。

 

「京極君、あなたは何か分かるかしら」

「俺は……よく分かりません。ただ戦ってる時に、体を乗っ取られたような感覚になった事はあります。確か、検査の時にお医者さんに言ったはずですけど」

「確かに、その話は以前確認したわ。ありがとう。にしても、うーん……」

 

先生は腕組みをしつつ、右手を顎に当てて考え込んでいる。

 

「3人は、それが精霊だってどうして分かったの?」

「自分で言ってたんです」

「アタシは2人から聞いた事と合わせて、多分それかなって」

「なるほどね。とりあえず、喋る “精霊と名乗る何か” がいて、それが京極君の体を乗っ取っていた事があった、と」

 

先生に聞けば何か分かるかと期待していたが、まさか先生も知らないなんて。

謎が謎を呼ぶ状況に、私たちも困ってしまった。

 

「とりあえず、この事は担当の人たちに聞いてみるわ。それで、次のお役目は……」

 

 

 

 

「お待たせ、そのっち」

「私も今来たところなんだぜ〜。だから別に待ってないよ〜」

「ま、待ってなかったって言われるとそれはそれで何て言うか……」

「大丈夫。ちゃ〜んと待ってたよ〜」

「う……ふふ、ありがとう」

 

こんなからかい問答にもずいぶん慣れたなぁ、と思う。

彼女と出会ったばかりの頃は、こうした流れをどう受け止めれば良いのかが分からず返答に苦労したものだ。

 

「それにしても、浴衣のわっしーきれいだね〜。お人形さんみたい〜」

「あぁ違うのよ、これは親に無理やり着せられて」

「え〜かわいいのに〜。そうだ、くるっと回ってみてよ〜」

「えっと……こう?」

 

言われたままに一回りしてみる。

 

カシャッ。

 

「っ!ちょっとそのっち!」

「えへへ〜撮っちゃった〜」

「撮影は禁止。もしそれでも撮るなら、1枚につき罰金1000円よ」

「む〜、じゃあ……これで!」

「こーら、札束で買収しようとしないの」

「しょぼーん……」

 

そのっちの財力を甘く見たのがまずかった。

万札をはためかせてスマホカメラを向けられては、罰金どころの話ではない。

家はともかく、まさか彼女個人がここまでのお金を持っていたとは。

乃木園子……やはり侮れない。

 

 

と、その時。

 

「ごめん、待った?」

「ううん、そんなに待ってな……」

「お〜、おお〜〜」

 

橙色の下地に、白く細い曲線を様々にあしらった浴衣。

上品な仕上がりとは裏腹に、顔はやや赤く染まっている。現れたのは銀だ。

 

「おおお〜いいよいいよミノさんすごくいいよ〜〜〜!!」

 

そのっちのカメラ攻撃の照準は、早くも新しい標的を捉えている。

 

「銀……」

 

一方私は、銀の姿に釘付けになっていた。

おちゃらけている普段の彼女とのギャップに目を奪われたというのもある。

だがそれ以上に、一時は消えかけた命の灯火が目の前で再び煌々と燃えている事実が、彼女の上品さの演出に一役買っているような気がしてならなかった。

 

「どうした須美?顔に何かついてる?」

「銀」

「ん?」

「その……きれいよ」

「あ……ありがと」

 

彼女の前世は宝石だったのだろうか。

どこに目をやっても、吸い込まれるように見入ってしまう。

 

「その……そんなに見つめられると……ちょっと恥ずかしいかも」

「あっ……ごめん」

「ふんふん……」

「それで、園子は何してるんだ」

「えっ!?いや〜別に何も〜」

 

そのっちは慌てて目をそらし、手に持っていた何かを後ろに隠した。

 

「ふっふっふっ、その後ろに隠したモノは何だね?さっさと白状して楽になりな、乃木さんちの園子さん」

「う〜ん……ああっ、焼きそば!焼きそばの屋台があるよ〜!」

「えっ!?どこどこ!?」

 

関心のある物で視線を誘導し、その隙に逃げる。

落ち着いていれば子ども騙しと分かるだろうが、焼きそばを愛してやまない上にお祭りで気分が浮いている銀には相性抜群だった。

 

「隙あり〜!」

「あーこら、待て〜!」

「ちょっと2人とも、走ると危ないわよ!」

 

逃げるそのっちには人を躱す道程が見えているようで、するりするりと人混みをすり抜けていく。

対する銀も先行する彼女と同じ道を行き、離されぬよう追いかける。

 

(2人とも、下駄を履いているのによくあんなに早く走れるわね……あっ!)

 

「あったたた、ごめんなさい……」

「痛いなぁ、こんな所で走らないで下さいよ……ってあれ!?」

「よっしゃぁ!捕まえた……ヤバ。ゴメン

「お前ら……何走り回ってんだ?」

 

そのっちのぶつかった相手は、青い法被を身につけた風馬君だった。

 

「何があったかは知らないけど、ちゃんと周り見ろよ」

「はい、気をつけます……」

「まぁそれはとりあえず良いとして……これ。誰かのか?」

「あ、それ私の!」

 

そう言ってそのっちは手帳らしきものを受け取ろうとしたのだが、その腕を掴んで制した者がいた。

 

「まぁ待ちなって。元はと言えば園子がこれを隠したのが原因だったんだから、今見ちゃえばもう走るなんて事は起きない。そうじゃないか?」

「ミノさん〜!これは、これだけは絶対譲れないんよ〜!」

 

(銀はこういう時だけ妙に頭の回転が速いのよね……)

 

「まぁそんなに大事なものなら……はい」

「やった〜ありがと〜!」

「うぅ……手帳の謎は明かされず、か……」

「ところで風馬君、その格好は?今日は用事があるとか言ってたけど、ひょっとして?」

 

黒シャツに法被を羽織り、腹部に茶色の帯を巻いている彼は、祭の参加者というより運営者に見えた。

 

「まぁね。花火を少々」

「えええ!?打ち上げたりドカーンってやったりするアレ!?」

「ミノさん、それじゃ同じ事を2回言ってるだけだよ〜」

「そう、そんな感じのアレ。じゃあごめん、急ぐから」

 

そう言い残して彼は、小走りで雑踏の中に消えていった。

これだけ混雑すると運営側も大変なのだろう。

 

「凄いな。風馬のヤツ、あんな特技あったなんて」

「花火がますます楽しみになりますな〜」

 

 

その後は3人で、屋台を見てまわった。

イカ焼きに綿菓子、りんご飴。

 

銀はスーパーボールすくいに気合を入れていた。

弟にプレゼントしてあげるためなんだそうだ。

最低10個は取らないとな〜と言いつつ15個取っていたのには、さすがに理解の範疇を超える部分があったけれど。

そのっちが対抗心を燃やしたものの、1個も取れずにすくい網が破れてしまうというオチも付いた。

 

ならば私の気合は、射的の屋台に向けられる。

旧世紀の国軍の戦いぶりを標榜する者として、挑戦しない訳にはいかない。

2人の希望の品があれば、何だって落としてみせる。

……なんて事を考えていると、銀から驚きの提案があった。

 

「なぁなぁ、3人で勝負しないか?」

「さっきは全然だったからね〜。今度はリベンジを果たすんよ〜!」

「望むところだわ、2人とも。勝つのは私よ」

 

 

……

 

 

「あー……須美、強すぎない?」

「わっしー、ちょっとくらい手加減してくれてもいいと思うんだ〜……」

「国防に励む者として、このくらい当然だわ。旧日本軍の奮闘に報いるためには、もっと精進しないと」

 

撃てるのは1人5発。

取った景品は銀が1つ、そのっちが3つ。

その中で後1発を残してすでに4つの景品を獲得した私は、頂点に立つ事を約束されている。

 

「ねぇ、最後に何か取ってほしいものはある?」

「う〜んじゃあ、あのストラップなんかどう〜?」

「お、いいじゃん。ちょうど3つ下がってるし、3人でお揃いかな?」

「わっしーお願い〜!」

「分かったわ。任せて」

 

銃を構え、手前の台に肘をのせる。

こうする事で銃身が安定するのだ。

そして呼吸を整え、集中……。

 

(ここっ!)

 

バシッ!チリンチリン。

 

銃口を飛び立った弾は糸で結ばれたかのように目標物に向かっていき、ストラップを床に落とした。

 

「勘弁してくれよ……人間やめてるぜコイツ」

「ん、何か?」

「あーいや何でもねぇ。ほら、持ってけ嬢ちゃん」

 

 

 

 

ピュ〜ルルルル、ドーン、パラパラ。

 

「さっきの射的屋の人、不機嫌そうだったな〜。おっかなかった……」

「それは、わっしーが撃つもの撃つもの全部落としちゃうから〜」

「心外だわ。私は決められた規則に沿って遊んでいただけよ。悪い事なんかしていないと思うのだけれど……」

 

シュッ……ズドン、パララ。

 

「綺麗だね〜」

「風馬、あの真下くらいにいるのかも。呼んだら聞こえるかな」

「う〜ん、ちょっと遠いかな〜」

「ですよね……。にしても須美、こんな特等席どうやって見つけたんだ?」

「花火を見る場所を、穴場を中心に調べていたら出てきたの。随分と古い記事だったからまだ入れるかどうか心配だったのだけれど、杞憂だったみたいね」

「キユウ……9?数字の?」

「違うよミノさん。取り越し苦労、って事だよ〜」

「トリ……コシ……中華スープ……?」

「要は、余計な心配だったって事。食べ物じゃないわよ」

「あはは、ゴメンって」

 

こんな風にまた3人で楽しく過ごせる事が、たまらなく嬉しい。

1人はいないけれど、彼は彼で充実した表情を浮かべていた。

幸せを自覚するのって、こういう感覚なのかもしれない。

今や私の心の中は、共に戦う3人の事で埋め尽くされている。

一時は誰かが欠けてもおかしくなかった。

もしそんな事になっていたら、心にぽっかりと穴が空いていたに違いない。

とても保たなかっただろう。

 

でもそこを切り抜けて全員生存し、全員が日常を楽しめている。

この友人たちとなら、何だって乗り越えていけそうな気がする。

 

たとえこの先に、どんな困難が待ち受けていようとも。

 

 

 

 

 

 

* * * * * *

 

 

 

 

 

「それで、何の御用ですかな」

 

畳を敷き詰めた京極家の応接室に大赦の使者がやってきたのは、祭りからちょうど1週間後の事であった。

勇者関係の報告にはいつも同じ女性神官が来ていたのだが、この日京極の門を叩いたのは別の人物であり、宗徳は胸中に何か良からぬものを感じていた。

 

「勇者システムのアップデートに関してです」

「何か不具合でもありましたか」

「この度、先の元老院評議会にて決定された勇者システムのアップデートを実行しようとしましたところ、ご子息のものだけ上手くアップデートができなかったのです。それゆえ、次のお役目に間に合わない可能性が出てきました」

「アップデートパッチの不具合なのでは」

「いえ、その可能性は薄いと見ております。乃木様、鷲尾様、三ノ輪様のものは何の問題もなく進行できましたので……」

 

大赦の使者はこれまで、お上の意思を一方的に伝達するだけという冷徹な態度を取ってきた。

しかし今回は随分と困惑した様子であり、こちらの意向を伺うかのような素振りすら見える。

 

「ヒューマンエラーでもない?」

「秘密裏とはいえ、勇者システムの構築を成功させてきた人員です。確認しましたが、今の所特にミスはないとの事です」

「まぁ、かの優秀な春信殿率いる開発部ですからな……考えにくい」

「して……どのように致しましょうか」

 

宗徳はしめた、と思った。

それを決めるのは本来大赦であり、勇者側に決定権はないはずだ。

だがこの使者の狼狽ぶりを見るに、事態は深刻なのだろう。

であれば、こちらも切れるカードは切っておきたいところ。

 

「ならば、満開の実装を中止されてはいかがでしょうか。あの要素はどうも難が大きいように感じます」

「なっ……ですがそれは……!」

「体を供物にして戦うなど笑止千万。馬鹿げていると言わざるを得ません」

「しかし、あなた様も中間報告ではご支持なさっていたではありませんか」

「その時は満開の代償の項についての説明がありませんでしたからね。画期的だと思ったものですよ、あの時は」

 

そもそも最終調整が完了した満開システムの内容は、宗徳にとって青天の霹靂であった。

 

7月の中間報告の段階では、満開システムは “苛烈さを増す侵攻に対応するための戦力増強” としか説明されていなかったのである。ところが1月が経ち、いざアップデートを行う段になって蓋を開けると、代償として身体機能を失う “散華” が設定されていた。

神世紀が始まってから300年弱、京極に受け継がれてきた家訓の1つに “いかなる時も正義を貫く事” というものがある。騙し討ちのような形での散華の実装を、彼は正義とは程遠い事象として捉えていた。

 

「……これはお役目なのでございます」

 

使者の声のトーンが変わる。

静かでいて、どこかおどろおどろしい声。

大赦で聞き慣れてしまった冷たい声だ。

ただ、少し震えが混じっている。

 

「脅しでしょうか、それは?」

「お戯れを。ただ事実を申し上げたまでで」

「もう」

 

宗徳は使者の言葉を遮り、こう言い放った。

 

「もう、お役目などと言って誤魔化すのはやめにしませんか。あの子たちは “勇者” ではあっても “生贄” ではないのです。これまでの戦いでも彼らは十分な戦果をあげています。身を守るのが目的なら、バリアだけの簡易版等で処理できはしませんかね」

 

使者は黙りこくったまま、少し俯いている。

 

「それに、無理にアップデートを遂行したとしても、間に合わなければ努力が水泡に帰します。もしそれで命を失うような事があれば、どう責任を取るのです」

「……決定事項ですから、今さら変える事など……」

 

その言葉は、狭い喉で絞りに絞られたかのごとく貧相な響きであった。

宗徳の目には、面の向こうに流れる涙すらも映っていた。

 

「あなたも大変ですな。大方、あの腐れジジイにでも説得してこいと言われて、こちらへいらしたのでしょう」

 

“腐れジジイ” とは、評議会で満開システム実装の音頭をとった老人神官の事である。

声のトーンについても、評議会の老○にでも吹き込まれたのだろうと推察された。

 

「さぞかしお辛い立場でしょう。分かります、分かっておりますが、私にも子を持つ親としての責任があるのです。人類の守護者たる小さき勇者を守ってやれる防波堤は、我々しかおらんのです」

「満開の機能でも、彼らを守る事は……できるはずです」

「ではお尋ねします。大赦の使者ではなく、思考を伴う1人の人間として」

 

「勇者は人間でしょうか。それとも、ただの駒なのでしょうか」

 

神官は深々と平伏し、もはや言葉を発さなかった。

 

 

 

 

使者が戻っていった後、事態解決のヒントを得んとした宗徳は旧知の人物に電話をかけた。

 

『もしもし』

「もし」

『やー宗徳サン、どうもどうも。何でございましょう?』

 

彼は電話の相手に、大赦の使者との一部始終を話した。

 

『なるほど……』

「何か心当たりはあるか」

『異端の個人見解でよろしければ』

「構わん。手がかりがあれば何でも」

『分かりました......勇者の原則。これはご存知ですね』

 

勇者の力は本来、無垢な少女でなければ使えない。

大赦関係者の間で “勇者原則” や “勇者の原則” として通っているものである。

 

『結論から申しますと、これに反しているからではないか、という事です』

「むぅ……だが大赦の公式見解では、風馬は “勇者” という事になっておるし、実際戦えてもいるではないか」

『例外が多すぎるんですよ。例えば、西暦の終末戦争を考えましょう』

 

西暦の時代、大赦の資料によれば勇者は7人おり、うち2人は男性だった。

大赦はこの2人について、“例外” であったとの見解を示している。

 

『母集団7人に対して2人もいた男性を “例外” と考えるのは、いささか強引ではないでしょうか。此度にしろ、4人のうち1人は男です。”例外” を称するには、どうも数が多い』

「……数だけが根拠なのか?」

『そうですね、後は大赦をハナから信用していないというのもあります。ただ、どうやら今回のアップデートの不具合は大きなヒントになりそうですよ』

「……と言うと?」

『勇者システムは、神樹様の御力を身に宿して戦うシステムです。これを起動するだけなら、力の差こそあれ、一応の適性さえあればある程度の人間ができます。そして現に男性でもこれができている訳ですが、勇者の原則が示す通り、本来はいわゆる “勇者” と同等の力なぞ出せる訳がないんです。言葉を選ばずに言えば、風馬君はとうの昔に命を落としていてもおかしくない』

「ほう」

『しかし喜ばしい事に、彼はこれまで生き抜いてきました。そしてその理由は以前お伝えした通り、“精霊らしきもの” を身に宿す事ができたからだと、こう考えています』

「ならば……もしそうならば、風馬がそれの力を借りられる事を大赦は初めから知っていて、その上でお役目を任せたという事か」

『おそらくそうでしょう。そうでなければ、ただの殺人になりますから』

 

勇者の選定や戦闘についての概要が決定されたのは、宗徳が元老院評議会の委員となる少し前の出来事だった。

そのため、当時の彼はただ神官から報告を受ける事しかできなかったのである。

 

『西暦の時代に存在した男性戦力も、精霊の力を使役する事で戦力たりえたそうです。つまるところ、現時点では男性陣は精霊なしには到底戦力にならないと言わざるを得ません。そこに持ってきて、今回の不具合。満開というものがどういった仕組みなのかは存じませんが、恐らく神樹様の御力を一層引き出すものになるでしょう』

「あぁ、実際そんなような事を聞いている」

『なるほど。ですが、男性戦力は勇者としての力が弱いために神樹様の御力を引き出す事が難しい……いや、そもそもできないのだとすると、彼らは——』



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第13話「守護者」

2月中にわすゆ完結とか言ってましたが、色々書き足したり先のストーリーを書いたりしてたら間に合わない気がしてきました。ヤバい。
元々は12話あたりに纏める予定だったんですけどね……。

後、今回はちょっと分量多めです。


「それではこれより、精霊降臨の儀を執り行います」

 

1歩、また1歩、と水の中へ進んでいく。

行く先には、何本かに分かれた小さな滝がある。

この場所は男子禁制らしく、ふまにゃんだけは別の場所で儀式を行うのだとか。

 

(わっしーもミノさんも声一つ上げないね……寒くないのかな)

 

水は冷たい。

場所は日陰。

服装は滝行用の薄手の装束。

時期は気温の下がり始める9月の終わり際。

この条件で寒くない訳がないのだ。

 

(う〜早く終わってよ〜。まだ足しか浸かってないのにこの寒さ、ダメなやつだよ〜)

 

進み進み、やがて滝の流れが肩を穿つ。

 

(ひっ、冷た〜い……)

 

胸の前で合掌し、目を閉じる。

水流の勢いが背中を通じて全身に伝わってくる。

毎朝行水をしているわっしーならともかく、私にとってはただただ辛い時間が過ぎていく。

しかし、途中から何か温かい感覚を感じるようになった。

体表を巡る感覚神経は間違いなく “寒い” “冷たい” と言っているにも関わらず。

 

(これは……神樹様?)

 

今滝行をしている場所は四国の中でも指折りの奥地で、神樹様に最も近い場所だと言う人もいる。

そんな場所で神聖な儀式に臨めば、神様と接触する事もできるのかもしれない。

 

(こんな事もできるんだ……神様って凄い……)

 

と、その時。

横で水面を叩く音がした。

 

「え……おい須美!大丈夫か!」

「っ!わっしー!」

 

膝を折り、両腕を力なく垂らすわっしーの姿が見えた。

ミノさんが駆け寄ろうとする。

けれど。

 

「勇者様方は、そのまま儀式を続けて下さい」

「でも……!」

「鷲尾様の事は我々にお任せを」

 

大赦の人たちはそう言うと慣れた手つきでわっしーを担ぎ、どこかへ連れて行ってしまった。

残された私とミノさんは、言われた通りに滝行を続行する。

わっしーの事は気になるけれど、これは新たな力を得るための儀式。

ミノさんを前みたいな目に遭わせないためにも、失敗は許されない。

 

(神樹様……どうかわっしーをお護り下さい)

 

それから何分経っただろうか。

「勇者様、こちらへお戻り下さい」と声がした。

呼ばれた場所には神官たちが待機しており、初めて見るいかにも神聖な雰囲気の装束へと私たちを着替えさせる。

そしてついに、その時がやってきた。

 

「勇者様……こちらを」

「……園子」

「うん。これが勇者の、新しい力……」

 

差し出された三方に乗ったスマホは、見たところ以前のものと何も変わらない。

しかし手に取ると、違いがすぐに現れた。

 

「おぉ、ビックリした……。これが先生の言ってた精霊?」

「そうだね〜。私のは……カラスの天狗かな?」

「はい。乃木園子様には鴉天狗、三ノ輪銀様には鈴鹿御前が割り当てられております」

「へぇ〜お前、鈴鹿御前って言うのか。アタシは三ノ輪銀。よろしくな」

 

そう言って右手を軽く挙げたミノさんに対し、彼女の精霊はハイタッチで応えた。

烏帽子を被り青紫の和服を纏った、女性形のデフォルメキャラクターのようなフォルム。

大きさはヒトの子どもより小さいが、宙に浮いているので高さは問題にならないのだ。

 

(宙に浮いているんだったら……)

 

山伏を想起させる結袈裟に、広げた羽根。

そして、鳥なのになぜか履けている下駄。

鴉天狗と呼ばれた私の精霊は、羽根をパタパタと動かしながら目線と同じ高さに浮いている。

でも、ミノさんの羽根を持たない精霊も浮いている。

 

(羽根……いる?)

 

鴉天狗が頭の上にやってきて、”そんな事は良いじゃないか” と言わんばかりに頭上に着地した。

感触はあるが、重さは見た目ほどではない。

家にあるサンチョのぬいぐるみとさして変わらない重量。

 

(まぁ人智を超えた力だし、何でもアリなのかな〜?)

 

精霊は神樹様の遣い。

先生がそう言っていた。

神様なら、人間ができない事だって軽々とやってのけるだろう。

だから精霊も似たような感じでどうにかなっているものなんだ……と思う事にした。

 

「うん、そういう事でいいよね〜」

「うん、何が??」

「あ、いや、何でもないんよ〜……あはは……」

「そんな事言ってると、また須美に怒られるぞ〜」

 

ミノさんの言う通り、テキトーな結論を出してわっしーの余計なスイッチを入れてしまった事はある。

あれは3回目の襲撃の後、遠足の少し前。

入学してようやく学校に慣れてきた1年生への、オリエンテーションの内容を考えていた時だった。

 

「……って夢を見たんよ〜。衣装はここに描いてみたけど、こんな感じだったな〜」

「国防仮面……良い響きね」

「カッコイイな〜その格好。須美がこの衣装を来てるところ、アタシも見てみたいな」

「わっしーin軍服!素材も出来上がりも最高だと思うんよ〜。白馬の王子様級のカッコ良さだよ〜!」

「でしょでしょ!」

「でも、白馬に乗るという行為には西洋の(よこしま)な思想が紛れ込んでいるわ」

「うーん、言葉の綾だよ〜。気にしない気にしない〜」

「いいえそのっち、あなたは國護りの何たるかを分かっていないわ。護國思想は西洋のそれとは相容れないもので、外敵の侵略を退ける事による国体の護持を目的とした……」

 

その後、わっしー指導官による特別講演は実に30分も続いたのだった。

そして私は、彼女の前で2度と護國思想に首を突っ込むまいと固く誓った。

 

「わっしー……大丈夫かな」

 

 

 

 

スマホを受け取ったその足で、私たちは病院へ向かった。

聞くところ、容態は安定していて面会もできるらしい。

病室へ行くと、ベッドの上で上体を起こしてこちらを向く彼女の姿があった。

 

「わっしー!」

「2人とも、来てくれてありがとう。私は平気よ」

「大丈夫そうで良かったー。けど、何かあったの?」

「うん。上手く言えないのだけれど……」

 

私が滝行で感じた温かさを、彼女も感じ取っていた。

その時、とあるイメージが流れ込んできたらしい。

神樹様のはるか上方に大きな太陽があり、そこから3つの大火球を始めとした無数の炎弾が放たれる。そんな内容。

 

「そんな事が……一体何なんだろう」

「夢判断でも分かるかどうか怪しいレベルだよ〜」

「それは神託よ、鷲尾さん」

「安芸先生……!」

 

先生曰く、火の玉のイメージが流れ込んでくる感覚は神託の1つなんだとか。

近いうちに襲撃がある事の暗示。

わっしーの見た光景からは、”2週間前後のうちに敵の総攻撃が来る” と読み取れるとの事だった。

 

「鷲尾さん、巫女の素養もあるのかもしれないわね」

「須美って巫女さんにもなれるって事なのか!?よく分からないけどスゴイな!」

 

巫女というのは、神樹様のご意志——神託を受け取る事ができる存在。

私たちは会った事はないけれど、大赦にいて襲撃に関する情報を伝えてくれるのだという。

 

「でも、暗示の内容は総攻撃。浮かれている場合ではないわ。もっと訓練に精を出さないと」

「鷲尾さんは頑張り屋さんね。それはとっても良い事だわ……でも」

 

先生は念を押すようにわっしーの顔を覗き込む。

 

「頑張りすぎるのもダメだからね」

「分かってます。もう前回みたいな事は、絶対に……」

「だーかーらー」

 

ミノさんが、わっしーの肩に腕を回した。

 

「それはもういいんだって。アタシはピンピンしてるし、誰も悪くなかった。それに、もし失敗だったとしても、飽きるくらい反省したんだし次何とかすれば大丈夫。それに」

 

彼女はそう言って左手の親指を立ててみせると、今度は精霊を呼び出した。

 

「今度はこの子もいるし。な、スズカ」

「そう、この子スズカって言うのね。よろしく」

 

鈴鹿御前はベッドの上に重ねられた両手の側まで飛んでいき、ちょん、と触った。

わっしーは顔を少し赤らめながら、じっと見つめてくる精霊を慈愛の目で眺めていた。

 

「この子……家で飼えないかしら」

「さすがに精霊は飼えないと思うよ〜。お祭りの金魚さんじゃないし〜」

「そ・れ・に!スズカはアタシのだからな!須美さんには渡しませんぜ〜」

「でも、スマホを持ってるだけでずっと精霊はいるよ〜。勝手に出てくる事だってあるんだし〜」

「あら本当ね。あなたの、頭の上にいいいいいいいい!!!」

「うわああああぁぁぁぁ!!!……って、お前か。ビックリさせないでよ〜」

 

鴉天狗はいつの間に出て来たのか、ミノさんの頭の上で頬杖をついて寝そべっている。

そして、してやったりと言わんばかりの笑みを浮かべるわっしー。

 

「それにしても、こんな子たちが新戦力だなんて大丈夫かしら」

「神樹様のお遣いだからね〜。きっと凄い力を持ってるんよ〜」

「凄い力……この子たちがねぇ……」

 

わっしーが不安がるのも一理ある。

実態はともかく、見た目はイネスのゲームセンター内にあるクレーンゲームの景品と言われても違和感がないレベルの()()()なのだ。

 

「安心して」

 

安芸先生も、わっしーの肩に手を添えた。

 

「その力の強さは、大赦のお墨付きよ」

 

その時の先生の顔色は、ものすごく微妙だった。

微笑と哀しみの入り混じった、モナリザのような表情。

前に先生は、私には精霊は見えないかもしれないわね、と言っていた。

視認のできない何かと戯れる私たちは、確かに周りから見れば奇妙かもしれない。

でも私たちの事を一生懸命に理解しようとしてくれる先生が、そんな単純な事であんなにも複雑な表情を浮かべるだろうか……?

 

 

 

 

 

* * * * * *

 

 

 

 

 

「ふん……よっ、はあぁっ!!」

「はっ、はっ、ええいっ!!」

「……そこまで!」

 

砂時計の砂が落ちきるのを確認し、先生が()めの合図をする。

精霊付きの勇者システムを与えられてから、勇者チーム4名はいっそうの訓練に励んでいた。

ただアップデート後のシステムは火力が高すぎるため、以前と異なり変身しての訓練は制限されている。

 

「疲れた〜。勉強もして訓練もして、ってなかなかハードだよな〜」

「でもミノさんはイネスに行けば復活するもんね〜」

「あったりまえだぁ!イネスが、ジェラートが、アタシを呼んでいるっ!」

「でもその前に片付けしろよな」

「はいはーい。分かってますって」

 

銀は口で言う事は適当だがやる事はちゃんとやるヤツなのだと、最近分かってきた。

勉強以外は。

 

「これで全部かしら」

「よっし終わったぁ!皆の者、イネスへ直行!」

「お疲れ様。気をつけてね」

「はい、さようなら……って待ちなさい銀!」

「あはは、速すぎるよ〜」

 

挨拶もそこそこに駆け出した銀を、須美と園子は慌てて追う。

 

「あれはもう中毒ですね……」

「まぁそう言ってやらないであげて。熱中できるものがある事は良い事だわ」

 

(あのー安芸先生、イネスは趣味判定なんですか……?)

 

「おーい、置いてくぞー?」

「あー行く行くー」

 

彼女らとどこかへ行くのは病院での1件以来避けていたが、わざわざこう言ってくれるのを無下にするのも悪い。

今回は付いて行く事にした。

 

「ありがとうございました。さようなら」

「はい、さようなら」

 

 

 

 

目的地はハロウィン一色だった。

後2週間と少しでやってくる年に1度のイベントを前に、右でも左でも大型商戦が繰り広げられている。

 

「どこもかしこも、ハッピ〜ハロウィン〜な感じだね〜」

「やめてくれ園子。そんな変な伸ばし方したら、ヘニャヘニャ祭りみたいになっちゃうじゃん」

「え〜。ミノさん、ハロウィンはお嫌い〜?」

「いやーそういう事じゃないんだけど……頼んだ須美」

「要するに言い方の問題。銀は別にかぼちゃ祭りが嫌いな訳ではないのよ」

「いやかぼちゃ祭りって……そんな言い方もしないと思うんだけど。な、風馬」

 

(ヤバい……半分くらい聞いてなかった……!)

 

初めて使う出入口から入ったので、普段通らないエリアに何が置いてあるのかを眺めていた、その矢先の出来事だった。

 

「え……ま、まぁ人によって好みは違うもんだしいいんじゃない」

 

とりあえず適当に流す。

 

「今、絶対話聞いてなかっただろ!」

 

ダメだ。三ノ輪銀様は分かっておいでだ。

 

(でも、ここが踏ん張りどころってね……耐えろ、耐えるんだ……)

 

「そんな事ないって」

「じゃあ、アタシが須美に対して “違う” と思った事は?」

 

前で歩いていた銀が足を止め、後ろを振り返って尋ねてきた。

何だよコレ。クイズ番組か。

 

「んー、かぼちゃ祭り」

 

かろうじて耳に入っていたワードで応戦を試みる。

 

「う……それはそうなんだけど、かぼちゃ祭りの何が問題だった?」

「え、えーと……」

 

あちこちに目を泳がせながら考える。

“かぼちゃ祭り” というのは、横文字アレルギーの須美がハロウィンを言い換えた言葉だ。

だったら……。

 

「えー、国防の精神とは合致しないものだった、とか?」

「国防なんて一言も言ってないぞ〜。やっぱり聞いてなかったんじゃん」

「トホホ、参りました……」

 

事態の沈静化のために、両手を挙げて恭順の意を示しておく。

一方的に巻き込んでおいて糾弾してくる人物に謝るのも、何だか違う気はするのだが。

 

「罰として、ジェラート風馬の奢りな!」

「ええぇぇ!?聞いてないっすよそれ!!」

「やった〜!いただきますです〜!」

「そのっち、そこは “ごちそうさま” よ。後ありがとう、風馬君」

「全員分とかさぁ……ちょっとそれは無いんじゃないの……」

「しょうゆ豆〜♪ジェラ〜ト〜♪」

 

(でも、こんだけ上機嫌なのをぶち壊すのもねぇ……)

 

流石にこの雰囲気を無視するような、空気の読めない真似はしたくない。

結局折れたのはこちらだった。

 

 

 

 

罰ゲームを終えてイネスを出たのは、午後5時を回ろうかという頃だった。

日は西の縁を赤く染め、1日の終わりが近い事を告げている。

 

「訓練の後でそんなに時間が取れなかったけど、楽しかったな!」

「はいはい、俺は罰ゲーム食らっただけでしたよ、っと……」

「え〜。ふまにゃん、ジェラートはお嫌い〜?」

「いやそんな事は……ってそれさっきも聞いたような?」

 

覗き込んできた園子の質問と視線を躱す。

 

「コホン。これからは、きちんと話を聞くように」

「あーはいはい分かってます分かってますって」

「な、何という棒読み……お?」

「これは……来るわね」

 

銀と同じタイミングで他の2人も気づいた様子だった。

棒読みの応答がきっかけと言わんばかりの来襲である。

不安感を煽る奇抜なアラーム音を発しているスマホには、赤い ”樹海化警報” の文字が映し出されていた。

 

そして、世界が光に包まれる。

 

 

「はい出ました!また3体!」

「しかも奥にいるのは何だか大きいね〜。千手観音像みたいだよ〜」

 

敵は前回と同じ3体で、うち前衛が2体。

空中を飛んでくるものと、海中を泳いでくるものとがいる。

そして奥には、これまで相手にした中で最大の大きさを誇る個体が鎮座している。

ただこの巨大個体は様子見を決め込んでいるのか、こちらに向かって進行してくる気配は感じられない。

 

「須美……大丈夫か?」

「あっ……ごめんなさい、ちょっと緊張しちゃって」

 

スマホを両手で強く握りしめた彼女は、じっとその画面を見つめていた。

 

「その気持ち分かるよ、わっしー。前みたいになっちゃダメだ、って思っちゃうんだよね〜」

「えぇ……前は、2人に迷惑をかけてしまったから」

「あれはしょうがなかった。協力プレイしてくる3体相手とか初めてだったし」

「それに今回は、前回とは “違う” しな!パワーアップしたアタシたちの力、見せてやろうぜ!」

「あ、そうだ」

 

園子は何を思ったか自分の髪を結っているリボンをほどき、須美の手にぎゅっと握らせた。

 

「前から思ってたんだけど、そのリボン似合うと思うんだ〜。だから、わっしーに持っててもらおうかな〜って」

「でも……」

「それに、たとえ離れていたとしても私は……ううん、私たちは側にいるよって事」

「……ありがとう……それなら、後で付けてみるわね。それまでは」

 

そう言うと彼女は受け取ったばかりのリボンを右手に巻きつけ、最初に園子がさせたようにぎゅっと握りしめた。

 

「こうして持っているわね」

「あ、アタシはそんな気の利いた物は持ってないけど……そうだ!これが終わったら、焼きそば作ろう。前に一緒にやりたいって言ってたもんな」

「うん。約束よ、銀」

 

晴れやかになった須美の顔は、もう敵が来る方向へと向けられている。

この分なら精神面の問題はなさそうだ。

 

強化された勇者システムは地図もアップグレードされている。

互いの位置のみならず、敵がどこにいるのかも確認できる優れもの。

おまけにバーテックスの名前も分かる。

 

「手前にいるのが魚座と牡羊座、そして向こうの大型が獅子座……」

「園子、何か作戦は考えられそうか?」

「手の内が分からないと難しいかな〜。とりあえず、手前の2体から相手する感じだね〜」

 

園子は、先んじて近づいてくる2体を交互に見ながら答えた。

 

「とりあえず、武器を手にしない事には始まらないっしょ!」

 

銀がスマホを正面に構える。

 

(お前、仮○ライダーにでも変身するつもりか……?)

 

「お〜ミノさんいいねそれ〜。私も私も〜!」

「もう、2人とも何やってるの……いいからさっさとやるわよ」

 

呆れる須美を筆頭に、各々変身機能を呼び出して起動させる。

アサガオに赤ユリ、スイレン。

皆々新たな花と共に、新たな姿に身を包んでいる——はずだった。

 

「あれ?俺のだけ変わってないような……」

「武器も前のと同じだよね〜。でも精霊はいるし〜……」

 

そう、確かに精霊はいるのだ。

3人とは別に1人だけで、神社で精霊降ろしの儀式をやった時から。

名は “巴御前”。

遥か昔に源義仲のもとで仕えた、剛力強弓の女大将である。

男である敵将との一騎討ちにも負けない、一騎当千の薙刀使いであったとか。

精霊の見た目は、萌黄(もえぎ)色の甲冑を身につけた薙刀持ちの長い髪の女性、といったところ。

人型の精霊という意味では銀のスズカに近い。

目立った違いと言えば、被り物をしていない点くらいだろう。

 

「精霊がいるって事は、強化自体はされてるんでない?」

「ただそうは言っても、装束に変化が無い以上、何の手違いがあるか分からないわ。風馬君には一応、慎重に動いてもらった方が……」

「了解。様子を見ながらやりますわ」

「アタシもそれがいいと思う。下手に前に出て何かあったら元も子もないし」

「銀さん、アンタがそれを言うかい……」

「大丈夫だって。アタシを信じてほしい。この力があれば、スズカがいれば、3人がいれば……何だか絶対に負けないような気がするからさ」

 

そのコメントは、彼女が前回の一件に物怖じしていない事の裏返しでもある。

怖さが全く無いという訳ではないだろう。

だが、新しい装備が彼女を奮い立てているのだ。

それが今の彼女の原動力となっている事は、(はた)から見ていても十分すぎる程に伝わってくる。

銀色に輝くその武器は、2本の太い両刃の剣。

柄の近くには、前に使っていた斧に似た穴が開けてある。

装束も少し豪華になった。

これまでの意匠は受け継ぎつつ、時代劇に登場しそうな白い羽織物を新たに増やした衣装。

その姿は悪を断罪するお奉行様のようにも思われた。

 

「そこまで言うなら……無理はするなよ」

「おうさ!」

「して、今回はどうする?」

「向こうの大きいのは一旦放っておくしかなさそうだし、まずは前衛対決だよ〜」

「前衛対決っ!アタシ向きのお言葉、頂きましたっ!」

「うん、ただ……ウネウネ飛んでる牡羊座は槍を伸ばせばいけそうだから、一旦私がやるよ〜。泳いでくるのは接近攻撃が難しいと思うから、わっしーにお願いしたいな〜」

「分かったわ。任せて!」

「じゃあアタシは、ピスケスにトドメを刺しに行く。動きさえ止めてくれたら、ちゃちゃっと倒すから!」

「銀ったら、バーテックスの名前はきちんと覚えてたの。珍しいわね」

「いや、何かその……できる対策はしといた方がいいかな、って」

「名前を覚えるのが対策、ねぇ……お前らしいと言うか何と言うか」

 

バーテックスが12の星座をモチーフにしたものである事は、先日安芸先生が教えてくれた。

その時に、カタカナ名称も合わせて教わったのだ。

 

「で、俺はどうするのがいい?慎重とは言われたものの、どうもピンと来なくて」

「とりあえず臨機に対応する役として、私の後ろで待機しててほしいかな〜。待ちながら、戦況判断のサポートなんかもしてくれるとありがたいんだけど〜」

「分かった。善処するよ」

 

少し荷が重いような気もしたが、積極的に前線に出られないなら致し方ない。

それでも、もし何かあればすぐに1番前に出るつもりはしている。

 

「よ〜し、じゃあアレ、やってこ〜!」

 

園子は銀・須美の2人と肩組みをしながらそう言った。

 

「行こう。そして絶対に勝つ!」

「えぇ、勝つわよ銀」

「ん。仰る通り」

 

そう言って各々肩を繋ぎ、円陣を組む。

 

「ちょっとヤバそうだけど、勝って4人で帰るよ〜!」

 

 

「「「「えい!!えい!!お〜〜〜〜!!!」」」」

 

 

(とき)の声をきっかけに皆々四散する。

ここに、一大決戦の幕が切って落とされた。




銀ちゃん’s強化システムは、赤いユリをモチーフにしております。
花言葉は純粋、無垢、威厳、などなど。

後、彼女の精霊 “スズカ” もとい鈴鹿御前は、ゆゆゆいで実装されてるアレです。
微笑をたたえたスズカちゃん、絶対癒しになると思うんですよ。
ぬいぐるみとかあったら欲しいなぁ。


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第14話「2つのリベンジ」

先制攻撃は敵さんだった。

牡羊座が、テレビで見たUFOのような動きをしながら雷を撃ち込む。

予備動作は無きに等しい上、秒速200kmとも言われる速度で飛んでくる雷撃の使用。

初見で避けるのははっきり言って無理だ。

 

「きゃっ!」

「園子、大丈夫か!」

 

しかし真正面から攻撃を受けたはずの園子は無傷であり、元いた位置で槍を構えていた。

 

「全然〜!このバリア、思った以上に使えるよ〜!」

 

槍を伸ばし、棒高跳びの要領で天高く舞い上がる。

 

「くらえ〜!」

 

伸縮自在のそれを、今度は紫色のバーテックスへと伸ばす。

だが相手はひらりと躱すと、カウンターとばかり彼女の横で電気玉を構えた。

 

(マズい!)

 

咄嗟に跳躍して攻撃を試みるが、間に合わない。

爆発が起こり、煙の中から園子が吹っ飛ばされるのが見えた。

 

「こんのおおぉぉ!」

 

牡羊座はこちらに気が向いていなかったのか、薙刀の斬撃をもろに受けた。

刹那怯んだ様子を見せたソイツは、傷を修復しながら体勢を立て直そうとしている。

 

(今度も大丈夫か……?)

 

バリアの強度は先程目の当たりにしたばかりだが、弱点が無いとも限らない。

万が一の事があれば……。

 

「ヘイヘ〜イやったな〜!」

 

でもその心配は必要なかったようだ。

強化前の戦闘スタイルを彷彿とさせるロケット突撃が敵を貫く。

スピードにはスピードを。

躱されるなら、躱す前に当ててしまえば良い。

ある意味脳筋とも言えるこの戦法を、まさか園子が考えるとは思わなかった。

胴体の筋を破壊され、真っ二つになるバーテックス。

 

「ナイス園子!」

「イエス!でも、世の中そんなに甘くないみたい〜」

 

2つに分離したはずの胴体はそれぞれが足りない部分を再生し、2体のバーテックスとして復活を遂げていた。

前に理科の教科書で見た “プラナリア” が、確かこんな性質を持っていたはず。

 

「あらー増えちゃったか……じゃあ右のをやる、左のは頼んだ!」

「待って!アレ、切れば切るほど増えるタイプな気がするんよ〜。薙刀だと対処は難しいと思うんだ〜」

「あ、そうか……どうすれば?」

「範囲攻撃で叩くか、一撃必殺で消し飛ばすか……っておわわ〜!」

「おい……うおおぉ!?」

 

次の攻撃は、どこからか流れてきた黒い霧だった。

巴御前が現れ出て、バリアを発動させてくれる。

 

(バリアは正常。ひとまず死ぬ事はなさそうだ)

 

しかし煙幕のせいで周りが見えない。

そこに撃ち込まれるのは先の2倍の雷撃。

痛みはなくとも、衝撃が体に伝わってくる。

もし、須美の言った通り手違いでバリアが発動しなかったならば、大きなダメージを負っていたに違いない。

とは言え、守るばかりでは何ともならないのも事実。

 

「これじゃあジリ貧だ!何か手は……」

「私に任せて〜!いくよ……」

 

それは、此度の強化の大目玉。

 

「「満・開!!!!」」

 

バリアの発動や敵の撃破といった、勇者としての力を振るう事で溜まるゲージを解放し、人の領域を超越した力を手にする大技だ。

今しがたバリアを使った時はゲージが溜まった感触はなかったが、まぁ溜まれば分かるとかそういうものなんだろう。

大橋に咲いたスイレンの花は黒い霧を吹き飛ばした。

中から現れたのは、神々しささえなければバーテックスかと勘違いするような、巨大な空飛ぶ舟。

 

「この舟は明日を、希望を開く舟。私たちの邪魔はさせないよ〜!」

 

カラスの意匠が施された舟の周りには、左右何対もの槍がふわふわと浮かんでいる。

威厳の中にある、つかみ所のなさ。

いかにも彼女らしい装備と言えるだろう。

 

「それじゃあ、こうして……」

 

園子の合図で、槍が増殖した2体の牡羊座を囲むように配置される。

 

「こうだ!」

 

彼女が合掌すると、2体は全身を余す所なく貫かれた。

敵は残る部分もなく、そのまま砂のように崩れ落ちていく。

その衝撃からか、辺り一帯は軽い地震に襲われた。

 

「おっとと、うっ……これが満開の力……!」

 

俺は牡羊座が放出した、無数の虹色に光る玉を見つめながらポツリと呟いた。

天に昇っていくその光玉は、2体のうち片方からしか出ていない。

玉を出した方が本体で、もう一方は操作部品のようなものだったのかもしれない。

 

「ほんと、凄いね〜。自分でも驚いちゃうよ〜」

 

舟の主はえへへ、と笑ってみせた。

 

須美の一撃を皮切りに前衛が攻勢に出る、というのがこれまでのセオリーだった。

しかしこの方法だと複数の敵がいる場合に対応しづらく、前回のように後手に回り劣勢となってしまうリスクがある。

だから今回は新機能をフル活用して積極的に前線を上げ、手早く前衛2体を倒してしまおうと考えたのだろう。

そのうち片方を処理できた今、まず初動は上手くいったと言って良い。

 

「あっ……」

 

花は散り、勇者装束が元に戻る。

 

「何ともないか?」

「大丈夫だよ〜。でも長くは保たないみたいだね〜」

「文字通り一撃必殺って事か」

「うん。でもこっちは倒したし、向こうは終わりそう、だし……あれ?」

 

園子は右目に手をやった。

何かに気づいたのか、目を瞬かせている。

 

「右目が……見えない……?」

「ひょっとしてさっきの霧が?」

「分からない……あっ!」

 

園子が見上げた先を、特大の火球が通過していった。

 

「分からなくても今は……お役目に集中しないと!」

 

そう言って銀の所へと向かう彼女。

追う俺の中には、微かな不安が渦巻いていた。

 

 

 

 

 

* * * * * *

 

 

 

 

 

自動防御を得たそのっちが高速突撃を見舞うさまは無敵同然。

その姿は、架空の題材にしばしば登場する “勇者” そのものだった。

安心感とともに闘志が湧き上がるのを感じる。

 

「凄い、敵の攻撃をものともしない……この防御機能があれば!」

「だな。だから、アタシが前に出ても問題ないよな?」

「そうね。でもそれには……私が動きを止めないとね」

 

魚座は烏賊(いか)のような見た目のくせに、海豚(いるか)のごとく水面から上に出てきたりまた潜ったりを繰り返している。

 

「銀は先に前に行ってて。着く頃にはあいつを止めるから」

「オッケー須美、頼んだぜ!」

 

紅白の羽織をはためかせて去っていく仲間を見送りながら、狙撃銃を構える。

前に使っていた弓よりも射程距離・威力ともに向上しているこの真白い銃なら、相手に打撃を与えるのも易いだろう。

うつ伏せになって右脇に銃床を差し込み、照門を通して標的の位置を確認。

 

(上に出てきたところを撃ち抜く……!)

 

たった今、敵は潜った。

暫く潜行の後、浮かび上がった所で仕留めたい。

 

(吸気……呼気……)

 

周りの音が聞こえなくなる。

全神経が一本釣りに注がれる。

砂煙が上がる。

そして、目標の白い頭が持ち上がった。

 

「そこっ!」

 

動かすは右手の人差し指。

青白いバーテックスの頭と思わしき部分を真正面から撃ち抜いた。

侵攻の勢いが失われる。

 

「よし、じゃあ今のうちに!」

 

ちょうど敵の元へと辿り着いた銀が、双刃を前後に構えて突っ込む。

相手の攻撃を止めて主導権を握るやり方。

これまで幾度も、この方法で私たちは勝ってきた。

彼女の武器は2本の両刃剣。

以前のものよりも攻撃力・機動力が上昇する代わりに、本来なら斬撃を加える際に自身にも危険が降りかかる。

しかし、精霊の実装で勇者が攻撃をその身に直接受ける事は無くなったため、欠点を排して利点だけを一方的に享受できるようになっている。

 

「くらえええぇぇぇ!!!」

 

跳躍し、回転しながら相手を切り刻む伝家の宝刀を繰り出す。

だが向こうとて、そう易々とやられてはくれない。

近づいた銀を払いのけるが如く、烏賊の出す墨のような気体を噴き出した。

一帯に黒い風が吹き、視界を妨害しにかかる。

 

(見えない……どこ?)

 

高所への陣取りが幸いし直接の影響は受けていないものの、前に出ている3人と魚座は煙幕の中に隠れてしまっている。

地図にも魚座の位置は示されず、”探知不能” との情報だけしかない。

かと言って無闇に撃つのも、敵にこちらの場所を教える結果に繋がってしまう。

そうなると狙撃手としては不利な状況だ。

 

(私のゲージはまだ溜まりきってない……どうすれば!)

 

『大丈夫、こういう時のためだよな……』

 

それは、勇者たちの新たな力。

 

「「満・開!!!!」」

 

紫、赤の2輪の花が大橋に咲き、再び目の前に樹海の景色が現れ出た。

前方左に見ゆるは、空を治める大船。

そして正面には、地を駆ける獣機(じゅうき)

 

「もう前みたいにはいかない。アタシが須美を守る!」

 

橙と白を基調とした四つ脚の獣は、斧のような爪を樹海に突き刺して地震を起こす。

煙幕を盾に潜行していた魚座は堪らずその身を陸上に晒した。

 

「銀様の一撃、受けてみなあああぁぁぁっ!!!」

 

獣の爪が、今度はバーテックスの身体にめり込んでいく。

爪は敵の体表を引き裂く。

爪は敵の身体を突き刺し、振動を起こす。

勇者の庭へと引きずり出された魚はもはや抵抗する事もできず、そのまま前衛の戦いは決するかに思われた。

 

「っ、まずい!」

 

それを最も的確に表す言葉があるとすれば、”太陽” だろう。

大火球を構えた獅子座が私の目に映った。

前の3人は手前の敵に集中していて、獅子座の動向を把握できていない。

 

(満開まで後1段。溜められれば何とかなるかもしれない!)

 

武士道精神に反する “手柄の横取り” という表現が脳裏をよぎったが、そうも言っていられない。

銀の攻撃を受けずに辛うじて残っている部分を目がけて、撃つ、撃つ、撃つ。

 

『危なっ!どうした須美?』

「ごめん銀、今だけ!獅子座が!」

 

端末から聞こえてくる銀の声に答えながら、溜まった力を解放する。

 

「満・開!!」

 

天女のようにも見える装束と大砲のごとき銃口が現れた。

火球は敵の袂を離れ、まっすぐにこちらへ向かってくる。

 

(お願い、溜まって!)

 

だが太陽と互角の光弾を溜めるには時間が無さすぎた。

そしてそれは勇者の頭上を越えて。

 

「ダメ、それだけは!」

 

火球は神樹様の方へと飛んでいった。

しかし何も起こらない。

球が距離減衰で霧消したのだ。

向こうは最初から狙っていたのだろう。

神樹様の所へ到達していれば、世界は終わっていたかもしれない。

 

「次は無い……次が来る前に終わらせる!」

 

そのっちと銀は、それぞれ前衛を倒し終えたらしい。

2人の満開は既に解け、風馬君と3人で合流していた。

3人には言うだけ言っておこう。

 

「銀、さっきはごめんね」

「いやぁちょっと怖かったけど……焦ってるみたいだったし、何とか上手くやったよ」

「そうなの、獅子座が来てる。残るはあいつだけ。私の一撃で終わらせてくる」

「待ってわっしー、私も行くよ」

 

そのっちが食い気味に反応した。

 

「俺も行く。バリアは機能してたから死にはしないだろうし」

「皆で行こう、須美。水臭い事言わないでさ」

「……まぁ、そう言うわよね。行くわよ、乗って!」

 

 

 

 

 

* * * * * *

 

 

 

 

 

一行を乗せた須美の満開は、エネルギーを船体正面に集めながらレオ・バーテックスへと近づいていく。

向こうも気づいているようで、次なる球をこれまた正面で溜めている。

 

「先撃ち!」

 

早く撃ったのは須美の方だった。

レオもすかさず反応する。

力と力のぶつかり合い。

行き場を失くしたエネルギーによる大爆発が起こり、瀬戸大橋の大半を消しとばす。

その衝撃は精霊バリアが発動する程のレベルだった。

 

「くっ、充填速度が敵と変わらない……!」

「だったら……行くよ、ミノさん!」

 

苦い表情をした須美の満開が解除されると同時に園子と銀が跳び上がり、再び満開の力を使った。

俺は、様子を見るため少し後ろに着地した。

どうもおかしい。

 

「「満・開!!!!」」

 

獅子座は日輪のような背後の物体を使って異次元の扉をこじ開けた。

地獄のように赤いその世界から、炎を纏った小型の敵が多数飛んでくる。

 

「数が多すぎるよ〜!」

「くっそぉ、どけどけえええぇぇぇ!!!!」

 

銀の満開は四つ脚のため陸戦特化型とばかりと思っていたが、そうでもないらしい。

後部のジェット噴射機構を起動し、広げた爪で小型を粉砕しながら一直線に飛んでいく。

園子も負けじとオールを展開し、獅子座の懐へと向かう。

 

(……)

 

やっぱりおかしい。

 

「「おおおおおぉぉぉぉ!!!!」」

 

2人が雄叫びを上げて獅子に突っ込む。

勢いそのままに押される敵は樹海を取り囲んでいる壁に激突し、巨体を大きく傾ける。

そこで満開は解けた。

レオの放った小型の残党を処理しながら壁の方に目を凝らすが、2人がどうなったのかはよく見えない。

 

「向こうはどうなってる……!」

「2人とも、その場を離れて!」

『分かった!』

 

小型相手にゲージを溜め再び満開した須美は、端末に向かって叫ぶと大きなエネルギー弾を射出した。

蒼い光がレオを包み込む。

ますますおかしい。

やっぱりそうだ。

 

(3人とも、もう2回目の満開を使っている。なのに俺ときたら、まだゲージが溜まる様子すら無い)

 

そこから導き出される事は。

 

(満開できないのは、自分だけ。”無理やり” というのはそういう事だったのか……)

 

だが、()()は光爆に耐えたのだ。

身体は致命傷を負って消えつつあるものの、中から宝石のような欠片が飛び出てきた。

 

「っ、逃さない!」

 

全速力で欠片を追うが、欠片は壁の上で忽然と姿を消した。

そして壁の手前まで来た所で、彼女の満開は解けてしまった。

自分の位置からはそこまでしか見えなかった。

 

(とりあえず行こう……!)

 

辛うじて残っている神樹の根を伝って壁の下まで辿り着くと、屈んだ銀が制服姿でへたりと座り込んだ須美の肩を揺すっていた。

 

「須美!!!!須美!!お前……!」

「その “すみ” というのは何なのでしょう……?」

 

一瞬、その言葉の意味が分からなかった。

 

「何が、どうなってる……」

「……分かった。分かったよ……」

 

天を仰いで呟いた銀は須美を再び見つめると、哀しい笑顔でこう言った。

 

「アタシは三ノ輪銀。鷲尾須美、乃木園子、京極風馬とお役目を頑張る勇者だよ」

「……」

「大変だよ大変だよ!壁の外が……わっしー?」

「園子」

 

銀は壁の上から降りてきた園子の手を握り、目を閉じてゆっくりと首を振る。

 

「……うぅっ……」

「……」

「……聞いて」

「うん」

「壁の外はね、火の海だった。バーテックスの勢力圏。それに、倒したはずの敵がいくつも再生して形作られていた……は、は、は……」

「そっか……そうだったんだ……」

 

かける言葉も無い。

だが言葉を持たぬ者たちは、行動でその意思を示す。

 

「あ……あれ、は……」

「っ……大丈夫。アタシたちが何とかするから。2人とも、一旦退こう」

 

優しい声で話す銀は、数分前まで須美だった人を抱え大橋の残骸付近まで後退した。

俺と園子もそれに続く。

来た方向を振り返ると、赤とも黄ともつかぬ色に輝く大量のバーテックスが壁の上を超えて侵攻してくるのが見えた。

その数、19体。

 

「キミはここにいて。後で迎えに来るから」

「このリボンも大切に持っていてね〜。これがあればきっと大丈夫だから〜」

 

彼女が右手に固く握った水色のリボンを撫でながら、園子が言った。

 

「じゃあ……」

 

銀は左手を軽く上げる。

 

「またね」

 

そして彼女はすっくと立ち上がった。

 

「園子、風馬、行ける?」

「……うん」

「……」

「風馬……?」

 

今回、俺はクソの役にも立っていない。

精霊が付いたのに、その力を出しきれない。

こんなのは出来損ないでしかない。

満開を使ってようやく互角以上の戦いをできる状況に加勢する事は、むしろ邪魔になりはしないか。

 

(それに……)

 

「銀……体のどこかがおかしくなっているんじゃないか?」

「え、何で……」

「園子と須美の異常からして、銀にも何か起きたんじゃないかと思って」

「そっか……うん、そうだよ。匂いがしないのと、内臓がどうにかなってる。さっき突撃した後、一瞬スゴい腹痛を感じたんだ」

「私も似たような事が起きたよ。これは言わないでおこうと思ったんだけど、心臓が止まってる」

「なっ……」

「でも、私はこうして生きてる。いや、生かされている、と言った方がいいかも。今までだったら、心臓が止まる前に物理的にやられてただろうしね」

 

満開。

咲いた花はいつまでもそのままではいられない。

しかしシステム上、ゲージさえ溜めれば満開は何度でも使用できる。

ならば失われた機能は、このサイクルを回すエネルギーとなるべき “代償” なのか。

 

「アタシはやる。須美の繋いだこの世界を、須美が想った2人を守りきるために。自分がどうなっても、やらなきゃいけない事ってのがある」

「私もやるよ。もう2度と、ミノさん1人だけに背負わせるなんて事はしない」

「俺は……できるのか?」

 

誰に放った問いでもない。

2人はともかく、自分に向けたものであるかどうかすら怪しい。

だがそんな問いを拾う者がいた。

 

『おそらくできる』

「あ、アンタは……」

「風馬?」

「多分、()()()だよ」

『遅くなってすまない。新しいシステムに介入するのに時間がかかった』

「どうすりゃいいんだ」

『俺のやり方を試す。強化された今のシステムなら、かなりの火力は出せるだろう』

「俺のやり方……?強化された今の……?」

『とにかく、やってみなきゃ分からん。後で代わってくれ』

「……それでできるのか?」

『……できる』

「分かった。2人にこれ以上負担をかけないために、アンタに託す」

「……それで」

 

銀がタイミングを見計らっていたかのように口を挟んだ。

例の人格と俺との会話は、俺が直接発した言葉以外周りに聞こえていないのだ。

 

「大丈夫。やる。もう出来損ないとは言わせない」

「誰もそんな事思ってないって。まぁまぁ……じゃあ」

 

真剣な、鬼気迫る表情に変わる。

 

「行こうっ!!」

 

一斉に飛び出して迎撃態勢に入る。

飛んでくる数多の飛び道具を弾き、ゲージが溜まっていく。

 

「「満・開!!!!」」

 

2人は満開を発動させ、中央と右手にそれぞれ向かった。

 

「それじゃあ頼む」

『分かった』

 

身体の主導権を自分ではない何かに譲る。

 

「行くぞ……」

 

(……?見えてる?)

 

いつもならここで意識がフェードアウトするのだが、今回はそうはならなかった。

()は敵の右翼を目指しながら、精霊を呼び出して語りかける。

 

「またお会いできましたね……もう1度、私に力をお貸し頂けませんか?」

 

そう言いながら手を精霊にかざすと、向こうも応じて手に触れた。

そして、それが自分の体内に入ってくる。

 

「顕現せよ、巴御前!!」

 

簡易型の草色の甲冑に身が包まれ、薙刀には緑の線が入った。

身体の底から力が湧き上がってくる。

 

「うぉっ……やっぱり負担は大きいか。終わる前に片付ける!」

 

(終わる前……?いつにも増して意味不明な言葉が多いな……)

 

そんな俺の思いをよそに()は加速し、一気に間合いを詰める。

まずは挨拶代わりとばかり、左端のライブラ・バーテックスに十文字の斬撃を浴びせて撃墜。

そのまま片っ端から、縦に切り、横に薙ぎ、立て続けに3体を葬った。

 

「ぐうぅぅ、まだまだァァァッ!!」

 

全身の関節が軋んでいるのが分かる。

だが痛い、という感覚とは少し違う。

客観的に、自分の体の限界が近い事を悟っているような、そんな感覚。

今はアドレナリンが出ていて痛覚を感じにくいだけなのかもしれないが。

 

「まだ……もっと、もっとだァァァ!!」

 

いつか見たサジタリアスとキャンサーのコンビも、一刀の下に切り捨てた。

徐々に体を痛みが蝕んでくる。

次なる標的は、銀が相手取っているレオ。

視界の右端にほのかに映る敵陣左翼は、園子の攻撃で瓦解したらしい。

舟が見えない事を考えると、満開は解けているのだろう。

銀も獅子座に大ダメージを与えながら、もう1歩というところで満開が解けてしまった様子だった。

 

「どおぉぉいいぃぃてえぇぇろおおおおぉぉぉぉぉぉ!!!!」

 

もはや声は枯れている。

痛みはアドレナリンを透過し、脳に危険信号を送りつける。

だが止まらない。ここまで来て止まれない。

 

「ええええぇぇぇぇああああぁぁぁぁ!!!!」

 

薙刀の刃を左側に構え、接近と同時に居合の要領で一閃する。

元より打撃を食って脆くなっていた敵は、2つに折れて崩壊を始めた。

 

「おおおおぉぉぉぉ!!!!」

 

だが()の追撃は止む所を知らない。

切って薙いで突き刺して、憎悪の対象かのごとく攻撃を続ける。

既に核らしき部分は破壊され、全身が崩れ始めているのにも関わらず。

 

『おいもう止めろ!終わっただろ!』

「……」

『聞け!終わった!終わったんだ!』

「……」

『聞いてんのかテメェ!その耳かっぽじって聞けやァ!!』

「は?はぁ……そうか終わったのか……?」

 

何度か呼びかけてようやく反応があった。

 

『終わった。ありがとう。アンタのおかげだ』

「そうか……お前ら、見てたか……?今回こそ、立派に、リベ、ンジを……」




わすゆ編、残すはエピローグ。
前回更新で2月完結は無理かも……とか言ってましたが一転、いけるかもです。
しばしお待ち下さいませm(_ _)m


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エピローグ「花片の舞」

あれから半年が過ぎた。

神世紀299年、3月。

神樹館の卒業式に出られたのは、アタシたちの中では1人もいなかった。

窓の向こう側では、満開の桜が風に吹かれて花吹雪を演じているのだろう。

しかしカーテンで締め切られたこの部屋からは、そんな幻想的な光景を望む事は叶わない。

 

「戻ったよ。園子」

 

カタカタ、タン。

 

『お帰り、ミノさん』

「今日も会ってきたけど……もうちょっと時間がかかりそうかな。それから先生に聞いたけど卒業式、やっぱりダメだって」

 

カタカタ、タン。

 

『そう……まぁしょうがないよね』

「なぁ、園子」

 

ベッドに座り、膝にノートパソコンを置いている彼女へと目線を移す。

 

「これで……良かったのかな」

 

カタカタカタ……タン。

 

『こうするしか無かったんよ。最初から、私たちに選択権なんて無かった』

 

園子は心ここに在らずという調子でそう言った。

いや、正確には言わせた。

その声はもう彼女のものではない。

満開システムには、何らかの身体機能を失うという “散華” と名付けられた隠し要素があり、その影響で園子は声が出なくなってしまったのだ。

それだけじゃない。

園子は、心臓の機能と右目の視力も失っている。

アタシはアタシで、鼻、腸、それに左腕が使えなくなってしまった。

そんな訳で、園子とはパソコンの音声読み上げソフトを通じて会話している。

 

「でも大赦には、アタシたちの事を考えてくれていた人もいたんだよな」

 

聞いた話では、満開システムの実装時に大反対した人がいたとか。

とてもありがたい事だと思う。

大赦の中に一方的ではない、アタシたちの味方となってくれる存在がいたのだから。

でもその人は、あの戦いの影響で起きた事故で命を落としてしまったらしい。

 

『うん。安芸先生がこっそり教えてくれたもんね。嬉しかったな』

「でも他の人は基本的に、アタシたちを道具としか思ってないのか……?」

 

園子は一瞬何かに気づいたように目線を上げたが、またすぐに曇った表情へと戻る。

 

「あっ……ゴメン。こんなマイナスな事言うのは良くないよな」

『しょうがないよ。短い間に、あまりにも色んな事が起こりすぎたから』

 

そう伝えた園子は、いつかアタシが須美にやったようのと同じように腕を肩に回してきた。

 

(もしここに須美がいたら、銀らしくないわよ、とか言うんだろうな)

 

今はその名前ではなくなってしまったその人の事を考えると、どうしてもブルーな心地になってしまう。

でも、彼女は死んだ訳じゃない。

生きてさえいればいくらでも希望はある。

 

『勇者は、生きなきゃならん』

 

いつだったか、どこかで聞いたセリフ。

それは確かに “世界を守るため” という意味だっただろう。

でも同時に ”生き延びて幸せになるため” という意味もあるのだと、そうアタシは思ってる。

 

「ありがと、もう大丈夫。ちょっと楽になったよ」

 

園子は無言で頷き、またベッドに腰掛けて会話機材を手に取る。

 

『良かった。火の玉ガールから火が消えたら、ただのボールになっちゃうからね』

「そ、それはちょっとよく分からないかな……アハハ……」

『うんうん。いつものミノさんが戻ってきたよ』

 

そんな言葉を綴る彼女は、ちょっぴり嬉しそうだった。

 

「あのさ……アタシたちが須美のためにできる事ってあると思う?」

『あると思うよ。でも難しいと思う。勇者システムは回収されて大赦の管理下だし、ミノさんはともかく私は基本的にこの部屋から出られない。限定的にしか動けないんだよね』

 

端末を大赦が持っているという事は、こちら側の都合で勇者になる事はできないという事実を意味する。

ただ、満開を繰り返して神に近しい存在となったとかで今まで以上に扱いが丁重となり、アタシと園子は大赦の最奥部に祀られている。

だからアタシたちは、大赦の中では力があるはずなのだ。

 

(アタシたち、大赦じゃそこそこ偉くなってるんだよな。勇者システム……イイ感じの理由をつけて脅せば、出してくれたりしないかな)

 

しかし万が一勇者システムが手元に戻ってくる事になっても、それは恐らく園子のものに限定される。

というのも、アタシの端末は別の勇者候補生とやらに引き継がれるらしく、既に改造が施されているためだ。

一方園子のシステムはというと、次なる勇者が暴走した時のための切り札として管理されているらしい。

そして力を持たないアタシが園子と一緒の所にいるよう言われているのは、万が一暴走が起こった場合に彼女が勇者側に肩入れしてしまうのを防ぐためと、こういう事だそうだ。

でも園子が納得するくらいの事情があれば、アタシも高確率で一緒になって反抗すると思う。

ちょっとマヌケなやり方じゃないだろうか。

 

「アタシが須美を探し出して、今まであった事を全部思い出してもらうのは?」

『探すのは多分できるけど、接触が難所だね。これだけ崇められてる訳だし、外に出れば監視が付くと思うんだ』

「そこは、アタシたちの…… “けんりょく” で何とかならないかな」

『どうだろうね。上手く理由を突きつけて勇者システムを手に戻す事ができれば、お偉いさんを武力で従える事はできるけど』

 

頭の良い園子の事だ。

やっぱりアタシが考えるくらいの事は考えてるか。

 

「実際に会うのは現実的じゃない、と」

『そうなっちゃうね。でもそれなら、会わなくてもできる事をしてあげるのはアリなんじゃないかな』

「例えば?」

『散華の内容を暗号化して送って、解読してもらうとか』

「その方が現実感無いなぁ……」

『冗談だけどね。ただ、やろうと思えばできるよ』

 

園子は片腕を上げ、力こぶを作るような格好をしてみせた。

長袖の服を着てるから、こぶができてるかどうかは分からないんだけど。

 

「ひえ……園子さんは敵に回さないようにします」

『後は、困ってないかどうか大赦の人に念入りにチェックしてもらって、できそうな情報収集とかがあれば手伝うとか』

「大赦の人が間に入るのはキツいなぁ……」

『……やっぱり案を出してみると、実際に会って話す方がいいような気がしてきたよ』

「となると、問題はどうやって会うのかだよな。こっちが向こうの所に行ければいいんだけど、それだとアタシだけになっちゃうし」

『じゃあ、こっちに来てもらう?』

「え、大赦に?それだと向こうが来にくいんじゃ……』

 

とは言ってみたものの、アタシも代案を思いついている訳じゃない。

しばらく2人で考え込んでいると、閃き女王が糸口を開いた。

 

『ぴっかーんと閃いた!』

「おおおビックリした〜。いきなり音量上げないでよ」

『ごめんごめん。行くだけもダメ、来てもらうだけもダメなら、両立しちゃえばいいんよ』

「え、りょう……りつ?」

『両方ともやろうって事。あのねあのね……』

 

園子が話した作戦は想像を遥かに上回るものだった。

神樹様を介した繋がりを使える場所にこちらから出向き、向こうもそこに呼び出す。

理屈はイマイチ分からなかったけど、経験上園子が難しい事を説明してくれる時は大抵上手くいくのだ。

賭けてみる価値はある。

 

「その作戦乗った。でも難しい事は分からないから、こねくしょん……?の方は頼んだ」

『任せて。それまでは、もう1人を待ちながら情報収集だね。新しく勇者になった人たちに何か聞かれても、答えられるように』

 

(園子のヤツ、相当張り切ってるな。アタシも、須美や風馬が戻ってきた時に笑われないように頑張らないと)

 

彼女はそっとノートパソコンの蓋を閉じ、力強い目線を伴う笑顔をアタシに向けた。

 

 

 

 

 

* * * * * *

 

 

 

 

 

神世紀300年、2月。

本当なら中学1年が終わりに差し掛かっているであろう寒い日に、風馬は目を覚ました。

ただし面会が許可されるまではさらに1ヶ月近くを要したため、実際に話せたのは3月に入ってからだった。

 

「久しぶり」

「ん……銀か。久しぶり」

「はい、これ。こんな物しか思いつかなかったけど、持ってきた」

「どうも。その辺に置いといて」

「何だよ、つれないなぁ」

 

どうもそっけない。

“時は人を変える” と言うが、ずっと意識の無かった人間がこうも変わるものだろうか。

病院までの道中で購入したフルーツバスケットを机に置いたアタシは、病室内に転がしてあったパイプ椅子を適当に広げて座った。

 

「良かったよ、とりあえず。園子も心配してた」

「園子、か……須美は?」

「須美……須美は記憶を失くしてしまってる。あの時以来、ずっと。今は東郷美森に名前が変わって、讃州中に通ってるらしい」

「そっか……そう言えばそうだったよな……ごめん」

「1年半も寝てたんだもんな。多少思い出しづらい事だってあるさ」

「1年半……そんなもんか」

「ん……?」

「何でもない。時の流れに思いを馳せてただけ」

 

1年半も意識が無いというのは、自分の人生が世界から1年半の間置き去りにされたという事と同じだ。

その間の事は、気にするなという方が無理だろう。

 

「銀」

「はいよ」

「この木偶の坊が眠りこけてた1年半の間、何があったのか教えてくれないか。話せる範囲でいいから。こっちの心の準備は問題ない」

「いいよ。じゃあまずは……」

 

その後は色々な事を話した。

園子の事、須美の事、満開の後遺症の事。

アタシの勇者システムが取り上げられた事に、園子とやっている情報収集の事。

また一段と大きくなった2人の弟の事や、大赦からの扱いの事まで。

でも、満開システム実装の反対者——彼の父親が、あの戦いの影響で起こった事故で亡くなってしまった事は言わなかった。

 

「アタシから伝えられるのはこのくらいかな。分かりにくくてゴメン」

「大丈夫、ありがとう。銀の声を聞いてると、ちゃんとこの世界に戻ってきたんだなぁって実感が出てくるから」

「どこか別の世界にでも行ってたような言い方だな」

「ん、まぁね。長い悪夢でも見てたような気分だよ」

「悪夢……か。目を覚ましたここは、悪夢よりはちょっとマシ?」

「マシ……だと思いたいけど。お前の左腕を見てると、どっちがどうだか分からなくなる」

 

風馬と話していて、少し気になっている事があった。

ここに来て1時間近く経つが、最初にチラと目をやって以降驚くほどに目線が合わないのだ。

今だって “お前の左腕を見てると” とか言ったけど、病室の窓の外やフルーツバスケットを見ながらそう言ったのだ。

明らかに違和感がある。

 

(何か隠してるのか?まさか風馬にも後遺症が?)

 

しかし、それとなく相手の秘密を探る技術は残念ながら持ち合わせていない。

かと言って、病み上がりのところへ単刀直入に尋ねるのも憚られる。

 

(不用意に突っ込んで心を閉じられちゃ、何もできなくなっちゃうし……)

 

この考え方は、園子の小説執筆を見学している時に教えてもらった。

小6始め頃までのアタシなら、既に「何か隠してない?」とか聞いていたと思う。

 

「まぁ、地獄の中にも楽しみを見出せる限りは希望があるんじゃないか」

「何でそう思うの?」

「……何となく、かな」

「そっか……」

 

うん、アタシにはやっぱり無理だ。

理由を聞けば話が広がるかと思ったけど、はぐらかされてはアウェー戦になる。

 

「面会時間、そろそろ終わりじゃないか」

「あ、そうだな。じゃあぼちぼちお暇するよ。また来る。次は園子も一緒に」

 

次に来る時は神官を説得して、園子も連れてこよう。

風馬はきっと、何かを隠してる。

 

「うん。ありがと。また」

 

病室を出て扉が閉まりきるその時まで、ついに彼がこちらを向く事は無かった。




これでわすゆは完結となります。
ここまで拙い文章にお付き合い下さり、ありがとうございました。
近日中に次章のストーリーも投稿する予定です。


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結城友奈の章
プロローグ「孤独な三日月」


キャラ設定、ゆゆゆ編を追記しました。

投稿当時、変な題名になってしまっていたのは投稿者のミスです。
ご迷惑をおかけしました。


(ここは……どこ?)

 

設定した覚えのないアラームが鳴り始めたかと思えば、次の瞬間時が止まり、辺りが光に包まれた。

それだけで怪奇現象と形容するには十分なのだが、挙げ句の果てに巨大な樹木で作られた異空間にたった1人で飛ばされたのではたまったものではない。

その上、周りに人影もないときた。自分でどうにかするしかないのだ。

 

確か私は教室にいて、至っていつも通りの数学の授業を受けていた。

何も変わらない、平凡な日常。

7年を経てやっと手に入れた、他人と同じ安寧。

何だって、作り上げるのには時間を要するのに崩れるのは一瞬だ。

 

(こういう時、どうしたらいいんだろう)

 

目の前に広がる世界は完全にフィクションのそれである。

小説を読むのもSF映画を観るのも嫌いではなかった。

だが記憶を辿っても、それらで得た知識の中でこの状況を打開するのに役立ちそうなものはない。

 

(調べれば何かヒットする?)

 

そう思ってスマホを取り出すが、アプリは全て消えていた。1つを除いて。

しかもそれは、この空間に来るまで押せども押せども起動しなかったものだ。

思えばこのスマホを手にした時、デフォルトの状態からそのアプリは入っていた。

不安しかない。しかし、検索は無理。

 

(これ、使ってみようか……)

 

何せ今までロックされていたアプリだ。起動すれば予想もつかない事が起きるかもしれない。

それでも、今この時は使えるのだ。何か意味があっての事だろう。

 

『状況を変えるには、まず自分を変える事だ』

 

昔、親戚のおじさんがよく口にしていた言葉。

自分が変わらければ、状況はいつまで経っても好転しない。

自分が、変わる。

使ってみよう。

 

意を決してアプリのアイコンをタッチすると、”勇者システムを感知。同期完了” の文言に続いて地図のようなものが表示された。

位置情報には、私以外の名前も示されている。

結城友奈、東郷美森に犬吠埼風。

忘れもしない。あの日以来、私が追い続けてきた人たちだ。

犬吠埼樹……という名前だけは聞き覚えがないが、名字が同じだから兄弟姉妹なのかもしれない。

 

(あの人たちなら、あるいは……?)

 

マップの縮尺は分からない。

だが表示されている “壁” の位置から察するに、歩いて行けない距離ではなさそうだ。

アプリの詳細も不明だが、さすがに地図は嘘をつかないだろう。

私は、1度だけ会った事のある彼女たちの元へ行ってみる事にした。

 

 

歩き始めて5分ちょっと経った頃、最初の異変が起きた。

前方で爆発音。地図との照合から、4人がいる場所の近くで起きたものと思われる。

もし爆発が起きた場所に彼女らがいるのだとすれば、私は地図の縮尺を誤認していた事になる。

歩けば何分、あるいは何時間かかるだろうか。

体力が尽きるのが先かもしれない。

でも、あんなものは滅多な事で起きはしない。

動画サイトで事故による乗用車の爆発のシーンを見た事があるが、とても無事に済みはしないような酷さだった。

急ごう。

歩くのは止めて、走る事にした。

 

次の異変は、それからまたしばらくしてだった。

爆発そのものは最初の時から断続的に続いていたが、爆発の位置が少し変わったのだ。

そしてその方向に目をやった私は、樹木の間にそびえるピンクの巨大な頭を目撃した。

あれが爆発を引き起こしているのだろうか?

何かを爆発させる機能を持っているのか、それともミサイルでも扱えるのか?

そもそもあれは一体何なのか?

分からない事が多すぎる。

ただ1つ確信を持って言えるのは、彼女らが危険にさらされているであろう事。

私に何ができるとも知らない。

でも、傍観者となるよりは行った方が良いに決まっている。

やらないより、やって後悔しろ。

そうして自分を奮い立て、走ってみたのだが。

 

「あーあ、何なのこれ」

 

走れども走れども目に映る景色は変わらない。

ひょっとすると神隠しのような現象が起きていて、同じ所をぐるぐる回り続けているのではないか。

疲れが溜まる一方まるで進歩を感じられないのは、精神的に来るものがある。

 

そして、体力の限界が近づき走るのに辟易し始めた頃、最後の異変が起こった。

ピンクの頭が木の根の間に沈んでいき、代わって野外イベントで使われるような紫色の淡い光が視界に入った。

そして何度か金属音が響いた後、その光も消えていった。

もはや爆発音は聞こえない。

ひとまず安全にはなったと言って良いだろう。

そうして緊急モードのスイッチが切れた私は、走るのを止めてしまった。

ただただ、疲れた。

 

 

気がつくと、私はどこかの屋上に強制送還されていた。

雲一つない青空で絶大な存在感を放つ太陽が、ここが元の世界であると告げている。

……とそこへ、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

「あれ、ここ……学校の屋上?」

「神樹様が戻して下さったのよ」

 

間違いない。

何の因果か知らないが、私は辿り着いたのだ。

 

「皆、ケガは無い?」

「はい……何とか」

「怖かったよぉぉお姉ちゃん……!」

「うんうん、頑張ったわね樹」

「皆無事で良かったわ。これも神樹様のご加護かしら」

「そうだね、東郷、さん……ん?」

「友奈ちゃん?……あっ」

「お姉ちゃん……この人は……?」

「あなた、確か……」

「はい、1度お会いした事があるかと思います。再開できて光栄です」

「何だか崇められてる……?」

 

崇めてはないけど、光栄には思ってる。

お会いできて嬉しいですよ。

 

「えっと……ごめんなさい、私忘れちゃった……どちら様ですか?」

緑野麗みどのれいと言います。1月のマラソン大会でご一緒させて頂いたかと」

「あーあの時の麗ちゃん!完全に思い出したよー!同い年なんだったよね!」

 

きっかけ1つでスイッチが入ったかのように喋り出す。

これが部員随一の明るさを誇る、結城友奈の特性。

と言うか、名前聞いただけで思い出すなら最初から覚えててほしかったなぁ。

 

「そうですね」

「敬語!?」

「アハハ、ボランティアの思考が絡むとどうしても敬語が出てしまうんですよ〜」

 

ボランティアは面識の無い人と協力して行う事がほとんどな上に、大抵の人は自分より歳上。

そのせいで、ボランティアの考えが入り込むだけで敬語で話すクセが付いてしまった。

 

「1月って事は、私は……入部する前ですね」

「そうですね。アナタは初めまして、かな」

「ほら樹、自己紹介」

「犬吠埼……樹です。よろしく、お願いします」

「こちらこそお願いします。あ、犬吠埼って……お2人は姉妹でいらっしゃいますか?」

「そうそう。アタシの可愛い妹に指1本でも触れたら承知しないわよ」

「お姉ちゃん、それはちょっとやりすぎだよ……」

 

ゴゴゴゴという音にならない音が聞こえてきそうな迫力。

犬吠埼風…… “勇者” 部の長ともなると、このくらいの威圧など造作も無いのだろう。

それにしても、気丈な姉に控えめな妹さんというのは何ともバランスが良い。

何様なんだと言われるに決まっているので口が裂けても言えないけど。

 

「冗談冗談。まぁ、こういう事ができるのも……いや……」

「風先輩……?」

 

風さんは私の方をチラと見てどもってしまった。

私に聞かれるとマズい事があるのかもしれない。

 

「私、いない方が話しやすいですか?」

「いいや、大丈夫。ただちょっと聞きたい事があるから、連絡先だけ交換してもいい?」

「はい、いいですけど」

「でもこれ……麗ちゃん、NARUKOのグループに既に入っていませんか?」

 

車椅子に座った少女がスマホの画面を見せながら言う。

常に冷静で大局観があり、分析に長けたこの人は東郷美森。

大丈夫、少なくとも前に会った3人は顔と名前が一致してる。

 

「えっ、本当……どういう事なの?」

「いや私に聞かれても……と言うか、そもそもNARUKOって何ですか?」

「コミュニケーションを取れるアプリよ。ほら、こんな感じの」

 

そう言ってトーク画面を見せられるが、悲しい程に見覚えが無い。

 

「えーっと……」

「麗ちゃん、ちょっと画面を見せてもらってもいい?」

「はい。んしょ」

「えっとね……これかな」

 

結城さんが開いてくれたアプリは、ずっとロックされていた、さっきの世界で頼りにしていた、そして怪しさ満点だった、あのアプリだった。

 

「はえ、このアプリにこんな機能が……」

「入れてたのに、知らなかったの?」

「はい。そもそもこのアプリが開けるようになったの自体、さっきまでいた謎の場所に飛ばされた時からなので」

「待って。あなた、樹海にいたの?」

 

風さんの目つきが変わった。

止めて、怖い怖い。

私、今から煮て焼いて食われてしまうんだろうか。

 

「じゅ、”樹海” というのがあの巨大な根っこでできた世界だと、そう仰るのなら、そういう事になるんじゃないでしょうか。いたと……思いますよ」

「樹海の事、知ってた?」

「いえ、今しがた初めて知りました。むしろ……むしろ、ご教授頂きたいくらいです」

「樹海で何か見た?」

「ピンクの頭……のようなものは見ましたけど。後は……強いて言えば、爆発音が聞こえてきました」

「はぁ……謎は深まるばかりね。ごめんなさい、ありがとう」

 

暗殺者の目つきが平和な風さんのものに戻る。

良かった、一命は取り留めた。

 

「また改めて話しましょっか。学校もある事だし」

「あっ、そう言えば授業ってどうなってるんですか?」

「樹海にいる間、こっちの時間は止まってる。だから、アタシたちはもろ授業中に突然消えた事になってるわ」

「えええぇぇぇ!!大変だよ、アラームの事で先生に怒られたばっかりなのに……」

 

樹海に連れていかれる前に鳴ったアラーム音は、どうも勇者部の面々も経験していたらしい。

授業中に鳴ったら困っちゃうよね。

 

「大丈夫。その辺は大赦にフォローしてくれるよう伝えとくから」

「授業と言えば麗ちゃん、その制服……讃州中とは違う所に通ってるの?」

「はい。東郷さんの仰る通り、私はここの生徒ではありません。荘内市の詫間中に通っています」

「荘内市って、讃州市のお隣だよね?何度か依頼で行った事あるかも」

「そうね、友奈ちゃん。でも詫間だと海沿いかしら……そっちには行ってないと思うわ」

「そうでした……ガックシ」

 

擬態語まで口にする結城さん。

変n……楽しい人。

変な人だなんて言っちゃあいけない。

 

「分かった、そっちの事も大赦に言っとく。麗は、とりあえず大赦に車を用意してもらうから、今日のところはそれで帰りなさい」

「そんな、恐縮です。歩いて帰れますから」

「アンタ、歩いてって言ったって何時間かかると思ってんの。こういうのはおとなしく甘えとくもんよ」

「すみません……じゃあお言葉に甘えて」

 

でも、大赦って確か四国で1番力を持ってる機関だったはず。

どうしてボランティア活動の取りまとめ役が、そんな組織と繋がっているんだろう?

ひょっとすると、風さんにも私のような事情があるのかもしれない。

 

 

 

 

 

* * * * * *

 

 

 

 

 

「ただいま」

 

アパートの扉を開け、玄関に荷物を降ろす。

中で私を待つのは、1鉢の観葉植物だけ。別に人がいる訳ではない。

それなのに「ただいま」と言うのは、中に人がいると誤認させて不審者に襲われにくくするため。

世間知らずの私には初耳だったが、女子中学生が1人暮らしをするというのは一般的な感性では異例の事で、犯罪の被害にも遭いやすいのだとボランティア先で聞いた事がある。

そのリスクヘッジとして、こうして1人暮らしをカモフラージュしているのだ。

 

「はぁ……色々ありすぎてお腹空いちゃったな」

 

時刻は夜6時。

色々無くても空腹になる時間帯だが、疲労のせいかいつもの数倍食への欲求が強い。

その影響もあり帰りにフラリと立ち寄ったスーパーで、タイムセールの唐揚げという何とも罪深いモノを購入してしまった。

今日の晩ご飯は作り置きの温野菜に昨日炊いた白米、そして先の唐揚げたち。

ご飯をよそった茶碗と温野菜の入ったタッパを電子レンジに入れ、加熱スタートのスイッチを押す。

温まるまでは時間がかかるので、お風呂を沸かしつつ何か連絡が来ていないかと端末をチェックすると、早速風さんからメッセージが届いていた。

 

『今日は大変だったわね。ご苦労さん。取り急ぎ、大赦には今日の事を伝えておいたから、明日以降は何かあってもすんなり助けてもらえるはずよ』

 

流石は部長さん、仕事が早い。

ありがとうございます、っと。送信。

 

『分からない事があったら何でも聞いて。答えられる限りの事は答えるから』

 

分からない事があったら——いやありがたいけど、分からない事だらけなんですよね……。

例えば、止まっていた時間の話。

私たちだけが動けて、その間他の人の時間は止まっているなんて、そんなファンタジックな事が現実に起こるものだろうか。

重力が時間を歪める、というのは聞いた事がある。

でも私は別に宇宙を旅した訳でも、ブラックホールに吸われた訳でもない。

 

(ん……ブラックホール?)

 

そういえば昔、天体に関する古書を読んでいた時に、ブラックホールについて面白い言説を見つけた。

 

ブラックホールは重力が強くなりすぎた天体であるため、周囲の全てを無限に引きつける。

重力によって歪んだ空間は、そこに “穴” を形作る。

しかし空間の歪みによってこのような “吸い込み穴” が発生するという事象を鑑みるに、吸い込まれたものが出てくる “吐き出し穴” という反対の存在があってもおかしくない。

そしてこれら2つの穴は、空間と空間との狭間である ”ワームホール” によって結ばれているであろう——こんな話だった。

 

学校に限らず、近隣にある祠は大抵 “神樹様” を祀っている。

神樹様は私たち四国の人間を外のウイルスから守って下さっている、と授業で習った。

もしこの祠が、”吐き出し穴” なのだとすれば?

さっきの謎空間が “ワームホール” で、飛ばされる前に時間が止まった現象が何らかの “吸い込み穴” 的現象なのか?

そう考えると、不自然な時間の止まり方にも納得が——できない。

こんなものは根拠薄弱なこじつけ論でしかないのだ。

 

もう正直に、単刀直入に聞こう。

私ごときの浅薄な知識で超常現象を理解しようとするなど、100年早かったのだ。

ただ、今日は私のせいで混乱を生んでしまったので向こうもお疲れの事と思われる。

 

(また、明日にでも聞いてみよう)

 

ピーッ、ピーッ。

機械的な高い音が、私を思考世界から現実世界へと引き戻す。

電子レンジとお風呂による加熱ダービーは、前者の圧勝で幕を閉じた。

 

 

 

 

 

* * * * * *

 

 

 

 

 

「ごめんください」

「あー麗ちゃんだー!入って入ってー!」

「あ、ありがとうございます」

「うーん、やっぱり敬語じゃなくて普通に話して欲しいかな……ダメ?」

「え、いやまぁこれはクセだから何というかその……頑張りま……頑張る」

「やったー!よろしくね♪」

 

結城さんはやっぱり相手にしづらい。

距離の詰め方が常人のそれとは比べものにならないし、かと言って対応に困って突き放したら突き放したで東郷さんの視線に体を貫かれるのだ。

いや、だからあなたの事を言ってるんですよ。

そうやって視線のれいとうビームを放つのはどうか止めて頂けないでしょうか。

 

(昨日の風さんと言い結城さん絡みの東郷さんと言い、勇者部には過保護の溺愛マシーンが多すぎるよ……)

 

「これで全員揃いましたね」

「そうね、東郷。じゃあ時間もない事だし、説明を始めていくわ」

 

樹海旅行から一夜。

今日は、樹海についての説明のために讃州中勇者部の部室にお邪魔している。

学校の6時間授業が終わってからタクシーで来たため、既に少し疲れてしまった。

 

「コイツは昨日現れた敵」

「その絵、バーテックスだったんだ……」

「待ってください。敵って一体?」

「麗が昨日見た、ピンクの頭の主よ。爆発が起きたのもコイツのせいだった」

 

黒板に描かれたアメーバのような絵は、どうも昨日現れた何者かを描いた結果らしい。

風さんは一緒にボランティアに参加した時の事を思い出したようで、私を名前呼びしてくれている。

 

「バーテックスは神樹様を壊そうとして壁の外から侵略してくる敵で、彼らが神樹様の元へと辿り着いたが最後、世界は滅んでしまう。それを阻止するのが、アタシたち勇者って事なのよ」

「えーと、”勇者” って……何ですか?お伽話じゃないですよねコレ?」

「うん、麗にはそこも説明しとかないとね。平たく言うと、勇者っていうのは世界の破壊を目論むバーテックスに対抗する力を持つ、神樹様に選ばれた少女の事。まぁ実際に見てもらうのが早いとは思うんだけど……」

 

敵?バーテックス?勇者?神樹様に選ばれる?

情報過多で脳回線がショートしてしまいそうだ。

 

「もしかして、私もその一団に加わって戦えと……そういう事なんでしょうか?」

「今はまだ何とも言えない。ただ、そうなる可能性があるとは思っておいてほしい」

「なるほど……」

 

どうしてこの世はこんなにも残酷なのだろうか。

中学生にして初めて人並みの生活が送れるようになったというのに、僅か1年しか保たなかった。

ここ3ヶ月間ずっと追い続けてきた勇者部と関わりが持てるのは喜ばしい事だが、その代償がコレとは。

 

「風先輩は、こんな大事な事をずっと黙っていたんですか」

 

(え、皆も知らなかったの?それは流石にマズいと思いますが……)

 

ここまで見聞きした事から考えるに、風さん以外の3人はこの情報なしにぶっつけ本番で戦闘に巻き込まれるハメになったのだろう。

心の準備をしていた私でさえ混乱状態なのに、いきなり敵が攻めてきてその上戦えだなんて言われたら怨嗟の声が上がっても不思議ではない。

 

「あっ、東郷先輩……」

「風先輩、私行ってきます」

「ごめん友奈、お願い」

 

気を悪くしてしまい部室を後にした東郷さんを、結城さんが追いかける。

唐突なシビア展開に、部外者の私はどんな顔をしていれば良いのか分からない。

 

「ごめんね麗。見苦しい所を見せちゃって」

「いえ……やっぱり、ああなる人もいますよね。私だって頭がもうパンク寸前ですし」

「はぁ……どうやって謝ろうかしら」

 

部長さんは腕組みをして考え込んでしまった。

 

「お姉ちゃん、私占ってみるよ。どうすれば仲直りできるか」

「占いできるんでs……だね。どんな風にやるん……の?」

「こ、この、タロットっていうカードを使うんです」

「へぇ……ちょっと見ててもいい?」

「は、はい。ただ……しんどければ、無理に敬語を外して頂かなくてもいいですよ。友奈さんはああ言いますけど、人には得意・不得意がありますから」

「あ……ありがとう。確かにそれはそうなんだけど、私はアナタたちと仲良くなりたいから……だから、もう少しだけ頑張ってみるよ」

「スミマセン、余計な事を言ってしまったみたいで」

「大丈夫、アナタは何も気にしなくていいの。これはあくまで私の問題だから」

「わ、分かりました。それでは、いざ……」

 

樹ちゃんのタロット捌きは神秘的だった。

ただ生きているだけでは干渉しようのない “未来”。

そこに対するヒントを得るという禁忌に触れるかのような背徳感が、彼女の占いを一層神秘的に見せたのかもしれない。

 

「ずっと黙っててごめんね〜!☆……ってのは明るすぎるし」

 

神秘の中にいる妹さんとは対照的に、現実で答えを模索するお姉さん。

 

「ごめん!ほんっっっとにごめんなさい……コレは堅すぎね……」

 

初対面、そして昨日のイメージだと、姉御肌の怖いもの無し無敵部長という印象だったんだけど。

 

(どんな人にも悩みは付いて回るものなんだなぁ……)

 

「あ〜……樹、占えた?」

「うん。今、結果出るよ」

 

しかし最後にめくられたカードは彼女の手を離れたにも関わらず、微妙に浮いた状態で静止した。

 

「っ……これって!」

 

次いで、鳴り始める不吉なアラーム。

端末には事態の切迫を示すかのような “樹海化警報” という赤文字が表示されている。

 

「これ、昨日と同じ……」

「まさかの連日!?」

 

部屋一帯が光に包まれていく。

何も解決しないばかりか疑問が増えた状態で、私は2度目の樹海への旅にご招待される事となってしまった。



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第1話「入部希望者」

ご無沙汰しております。
多忙のあまり、しばらくお休みしてました。
また飽き足らずちまちまと上げていきますのでよろしくです。


私、緑野麗はボランティア活動が好きだ。

いや、生きがいと言っても良いかもしれない。

 

『ありがとう』

『悪いね』

『助かったよ』

 

感謝。ボランティアをしているともらえる言葉。

多くの人は、感謝の言葉をもらうためにはボランティアをしないだろう。

ボランティアは本来、見返りを求めて行うものではないのだから。

だけど私は違う。感謝の言葉をもらうためにボランティアをしている。

感謝される事で、ここにいて良いのだという安心感を得ているのだ。

言うなれば、人のためでなく、自分のためにやっているのである。

 

かつてクラスメイトに、そんなのただの承認欲求オバケだ、ボランティアなんかじゃない、と非難された事がある。

彼らの言う事は分からなくもない。

でも、他人の承認を求める事だって人間の欲求の1つなはずだ。

親が遺した心理学か何かの本に、確かそんな事が書いてあった。

 

大赦の職員だったという両親は、私の5歳の誕生日を境に忽然と姿を消した。

警察では ”失踪” という扱いになっているらしい。

詳しい事はよく知らないし、何があったのか覚えてもいない。

それから12歳までの期間を児童養護施設で過ごし、中学校進学を機にアパートでの1人暮らしを始めた。

1人暮らしと言っても、大赦の援助と親戚のおじさんからの仕送りをもらえているおかげで、とりあえず人並みの生活はできている。

だから、生活自体に支障はない……と思う。

 

ただ、料理だけはどうも好きになれない。

包丁も使えるし、やたらと焦がすような事もしないし、味付けだって基本的なものなら間違わずにできる。

問題なのは、メニューを考える事。これが本当に大きな障壁なのだ。

 

他の事をしながら考えると気が散って進まない。

かと言って、わざわざ時間を潰してメニューを考えるのは時間の浪費に思えてしまう。

だから自力で作るのは、野菜炒め、スクランブルエッグ、お鍋(1度に大量に作り、腐らない程度の期間で分けて食べる)くらいのものに留めている。

後はスーパーやコンビニの惣菜で回しているのだ。

学校に持って行くお昼も、パンやおにぎりを買って持参する事が大半。

世間の人間様はいつ、どうやってメニューを考えているのだろうか……?

 

とまぁこんな生活をしてきたから、”私の周りの人” と言われてパッと思い当たるのは施設の人か、先の親戚くらいしかいない。

もうすぐ中学2年に上がろうかという13歳の少女が思い出せる幼少期の記憶なんて限界がある訳で、両親との思い出など無きに等しい。

共有できる話題が少ないから、級友ともあまり話をしない。

どこにいても孤独。

 

だから私は愛情を、承認を、そして感謝を求めてボランティア活動に出向くのだ。

そんな私に、ある人は蔑みの目を、また別の人は哀れみの目を向ける。

周りの状況に敏感な私は、そうした視線から逃げるようにして生きてきた。

でも逃げ続けるのはしんどい。

何か隠れ蓑が欲しかった。

 

そんな矢先、運命の歯車は突如として回り始めた。

中学1年の、年が明けてすぐ。

あのマラソン大会で、私は人生を変える出会いを果たしたのだ。

 

 

 

 

 

* * * * * *

 

 

 

 

 

肌を刺すような寒さと人混みの熱気が入り混じる、午前7時。

まだ正月ムードも冷めやらぬ休日の朝だというのに、駅前は人の波でごった返している。

 

「すみませーん!出場者ってどこにいてればいいんでしょうか?」

「うちの子はもうスタンバイしとるのかえ……?」

「そのダンボール、車に積んどいて下さい!給水地点に持って行くやつです!」

「テレビ中継車、もう少し東に寄れませんか?スタートラインの映りが良くないので」

 

選手に観客、運営スタッフに報道陣。

見渡す限り、人、ひと、ヒトである。

精力的なボランティア活動で名高い彼女たちの姿も、その中にあった。

 

「おはようございまーす!」

「おはよ。友奈、東郷」

「風先輩、もういらしてたんですね。私たちも早く出たつもりだったのですが」

「大丈夫よ。まだ集合時刻まで30分もあるし」

「にしても先輩、早すぎですよ〜」

「マラソン大会の手伝いなんて初めてだしね。楽しみで早く来ちゃったの」

「友奈ちゃん、会場に勇者部の中で一番乗りするって言って、気合い入れてたんですよ」

「あら、それは悪い事しちゃったわね。でも早出しようとするのは良い心がけだわ。早起きは三文の徳って言うし……」

 

そう言いつつ、風は周囲をキョロキョロと見渡して何かを探している。

 

「風先輩、何かお探しですか?」

「依頼主の、市役所の担当の人をね。これだけの人が既にいるんだし、ひょっとしたらいるかもって」

「でも、担当の人から聞いた時間って7時半だったんですよね?」

「そう。やっぱり、早く来すぎちゃったかしらね」

 

だがそうは言っても、3人とも辺りを見れば見るほどあたかも遅刻してしまったかのような感覚に襲われていた。

なんせこの人混みである。

準備などとうに済んでいる、と言われても納得してしまいそうだ。

しかしそれだけ人がいるとやはりトラブルというものは起こってしまうもので。

 

「おい、何だテメーはよォ!」

 

3人は一斉に声のした方を振り返った。

人々の視線の先ではガタイの良い30〜40代と思しき男性が、勇者部一同と同年代の少女に何やら因縁をつけている様子。

 

「ちょっと行ってくるわ。東郷と友奈はここにいて」

「はい!」

「もし担当の人が来たら、ちょっと入り用だって言っといて。頼んだわよ!」

「分かりました!じゃあちょっと端っこの方に行って待ってようか、東郷さ、ん……?」

「東郷友奈……東郷友奈……友奈ちゃんと同じ苗字それってつまりけこ、けっこ……はああぁぁぁぁ……」

「と、東郷さーん……?」

 

後で風が聞いたところによると、その後しばらく東郷の頭から白い蒸気が立ち上っていたらしい。

 

 

 

 

所変わって、こちらは騒ぎの中心に辿り着いた風。

彼女の目の前には、意外な光景が広がっていた。

 

「当たってきたのはテメーだっつってんだろうが!」

「だから、感情的にならずに状況の話をしましょうよ。そちらがその気なら、こちらにも考えがあります」

「うるせぇ、オラァァ!」

 

激昂した男の拳を避けると、少女は言った。

自分の右耳辺りを指差しながら。

 

「これ。何だと思います?」

「何でもいい」

「良くないですよ。あなたにとっては」

「ハァ?」

「これは小型カメラです。私の視界に映るのとほぼ同じ映像が記録されています……どういう事か、お分かりですね?」

「チッ……ふざけんなよ」

 

男は捨て台詞を残し、スタスタと歩き去っていった。

どこからともなく沸き起こる拍手。

だが彼女は舞い上がるでも気を楽にするでもなく、淡々と言うのみだった。

 

「お騒がせしてしまい申し訳ありません」

 

中学生が、大の大人を冷静に言いくるめてしまった。

見るからに面倒な性格の人を。

風はあっけにとられていた。

 

「すごいわ、あの子。さすがのアタシも女子力負けるわ……」

「あの」

「は、はひぃッ!」

 

焦った風は変に叫んでしまった。

少女の対応に舌を巻いていた上、よもや当の本人に声をかけられるとは思ってもいなかったのだ。

 

「もしかして、犬吠埼風さんですか?讃州中勇者部の」

「えぇ……」

「やっぱりそうでしたか!一目で分かりましたよ!今日はマラソン大会のボランティアで?」

「まぁそんな所だす、けど……」

 

風に向けられたその目には輝きが宿っていた。

やや茶色がかった髪をポニーテールにしている彼女の。

しかしその輝きが、声のトーンに続いて滑舌までもを狂わせる。

風は一旦深呼吸を挟むと、今度は尋ねる側に回る。

 

「あなた、お名前は?」

「あっすみません、つい感激が先走ってしまって。緑野麗、って言います。後、私の方が年下なので敬語でなくても大丈夫ですよ」

「え、そうだったの!?じゃあ一応お言葉に甘えておくけど……」

 

身長こそ高くないが精神は大人よりも大人に近い少女が、中2の自分よりも年下だなんて事があるのだろうか?

焦燥が治まってきたところに、今度は混乱が顔を出す。

 

「さっきの、凄かったわね。アタシには真似できないかも」

「いえ、大した事ないですよ。親戚のおじさんに教えてもらった事をそのまま実行に移しただけですし」

「でも、あのいかにもヤバそうな人と正面切って議論できるのは……うん」

 

その時、辛うじて威厳を保っていた風の所へ友奈が人混みの中を駆けてきた。

 

「風先輩、市役所の人が!」

「あぁ友奈、ありがと。で、ちょっと助けて……」

「風先輩!?」

 

いきなりもたれかかった風を受け止めた友奈に、麗は驚きの声をあげた。

 

「あぁっ!!あなたは!!」

「えっ、私の事知ってるの?」

「もちろん!結城友奈さん、ですよね?」

「ええええぇぇぇぇっっ!!??私そんなに有名人じゃないよぉ!!」

「私からすれば、勇者部の皆さんは有名人であり憧れの人なんですよ」

「憧れ?」

「はい。ずっと、皆さんと一緒にボランティアがしたいと思っていたんです」

「一緒にって……アンタもマラソン大会のために?」

「そうなんですよ!」

 

どうにか復活した風の問いかけに再び目を輝かせた麗。

彼女の興奮は、その後も収まる所を知らなかった。

風の計らいで勇者部の仮メンバーとしてボランティアに参加した彼女は、給水所の準備にゴール時の処理、沿道での観客誘導など、多彩な場面で怒涛の働きを見せた。

その働きっぷりは、市役所の担当者をして “全ボランティアのMVP” と言わしめるほどであった。

 

 

 

 

「ん〜、おいし〜!」

「友奈ちゃん、お口に汁が飛んでいるわ。拭いてあげる」

「あ、ありがとう東郷さん!気づかなかったよ〜」

 

仮部員1名を加え一時的に4名となった勇者部の面々は、活動の打ち上げとして行きつけのうどん店である “かめや” にやってきた。

 

「やっぱり疲れた時はここが1番よね。女子力補充にはもってこいだわ!」

「でもそんなに食べたら補充って言うか、貯蔵になりませんか?それ3杯目ですよね?」

「勇者部部長ともなると、いくら食べても全部消費されるのよ」

「ほえ、部長さんって大変なんですね……」

「そうよ。だからこうして女子力をつけとかなきゃ、ね」

「女子力ってうどんで上がるもんなんですk」

「上がるの」

はい

 

疑念の吐露を遮って即答した風のオーラが、麗を萎縮させた。

朝とは真逆の構図である。

そんな麗を気遣い声をかけようとした友奈は、ある事に気づいた。

 

「あれ?麗ちゃん、お腹空いてないの?」

「本当、うどんがほとんど減ってないわ。どこか調子悪くないかしら?」

 

心配の眼差しを向ける2人。

 

「ま、まぁお腹が空いてないってのもあるんですけど、お腹はそれなりに空いてるというか……」

 

しどろもどろに回答する麗は、誰の目にも怪しかった。

何かを隠しているのがもはや自明である。

 

「勇者部五箇条、1つ!悩んだら相談、だよ」

「ゆうしゃぶ……ごかじょう……?」

「勇者部の決め事。部員が守るべき信条みたいなものよ」

「そう!だから、何でも言ってみて。どんな事でも受け止めるから」

 

慈愛に満ちた目に、麗の視線が固定化された。

それは全てを赦し、相手を安心させる。

 

「あ……実は、ちょっと……」

「ちょっと……?」

「ちょっと、おうどんに飽きちゃったところがあっt」

「それは大変だわ!香川県民の魂とも言えるうどんに飽きてしまったなんて!」

 

完全に言い切る前に、今度は東郷が食いついた。

3杯目をちょうど食べ終えた部長も続く。

 

「これは一大事ね。勇者部の総力を挙げて解決するわよ!」

「あ、あの、お2人とも……?」

 

突然の事態に困惑した麗は、オロオロしながら向かいに座る友奈に助けを求める。

 

「ゆ、結城さん、これ……」

 

しかし、一度(たきぎ)についた炎は収まるところを知らない。

 

「あ、あああ……勇者部五箇条、1つ!なるべく諦めない!」

「それ諦めてますって!さっきの安心感、返して下さいよ!!」

「勇者部一同、麗のうどん飽き症候群を克服するわよ!!」

「はい!香川県民の、ひいては日本国民としての大和魂を取り戻すために!!」

「あーもうめちゃくちゃだよ……」

 

その後麗が連れて行かれた “勇者部謹製うどん屋巡りツアー” は、勇者部に関する唯一の負の記憶として彼女の心に深く深く刻まれた。

そして彼女は誓った。

次 “かめや” に来る事があったら、下手に心配されないようにおでんでも頂いておこう、と。

 

 

 

 

 

* * * * * *

 

 

 

 

 

ボランティアが部活として機能している。なんという素晴らしさ!

部員もみんな優しくて、初対面なのにすぐ打ち解ける事ができた。

東郷さんは「これだけボランティアに精が出るのなら、護国思想もすぐに習得できるに違いないわ」なんて訳の分からない事を言っていたけど。

 

これがボランティアの究極形なんだろう。

興奮冷めやらぬあの時の気分を何と形容すれば良かったのか、未だにとんと思いつかない。

 

でもそうして出会い、追いかけてきた人たちと共に、今度は異世界で異形と対峙している。

“事実は小説よりも奇なり” なんて言うが、ここまで奇なる現実を一体誰が想像できただろうか。

 

私の憧れであり、存在を許された居場所。

それが私にとっての勇者部なのだ。

だから今はできる事をやるだけ。

もう2度と、自分の居場所を失わなくて済むように。



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第2話「想定外」

「またここ……」

「大丈夫よ、樹。昨日みたいにやれば問題ないから」

 

姉は妹を優しく撫でた。

場所が樹海でなければ、微笑ましい日常の1コマとして片付けられたかもしれない。

 

「部長さんは怖くないんですか?」

「怖くないって言ったら嘘になるかな。でも」

 

力を込めて、彼女は言う。

 

「アタシが気合入れなくて、誰が入れるのよ」

「気合、ですか」

「そう。女子力とも言うわ」

「お姉ちゃん、それただの体育会系なんじゃ……」

 

縮み上がりながらも姉へのツッコミは忘れない。

これが姉妹の絆というやつだろうか。

 

「いーの。アタシが女子力って言えばそれは女子力!」

「なるほど……女子力とは奥の深いものですね」

 

この人なら何だって女子力1つで解決してしまうだろう。

勉強も運動も……未知の事態すら。

 

「敵は2体。牡牛座と蠍座」

 

一転、部長さんの視線は樹海の端の方へと向いた。

見る先には確かに、牡牛の角と蠍の針を思わせる奇妙なブツがいた。

その姿は視界の中で少しずつ大きさを増している。

 

「麗、先に言っておくわ」

「はい?」

「私は勇者部部長として、アンタに戦う義務を負わせるつもりはない。昨日は戦ってもらう事になるかもなんて言ったけど、怖かったら別に逃げてもいいから。オッケー?」

 

そうか。そうだった。

私は緊急事態に陥った場合、戦力としてバトルに参加しなければならない可能性があるのだ。

ある程度説明を受けている分昨日よりも不安要素は少ないが、それでも解消するには至らない。

 

「ありがとうございます。考えておきます」

「うん。樹海にいる時は、例のアプリを使えば大抵の事はできるから。時間ないし、とりあえずこれだけ」

「はい」

「じゃあ、一旦……他の2人と合流しなくちゃね」

 

一瞬、間が空いた。

東郷さんの事だろう。

 

「うん」

 

樹ちゃんも腹を括ったらしい。

少し体が震えているものの、目に力が宿ったのが分かる。

私も覚悟を決めておいた方が良いかもしれない。

 

 

 

 

けれども先に動いたのはバーテックスの方だった。

さすが、敵ながら先手必勝をしっかりと心得てらっしゃる。

ウイルスから生まれたやつらに思考能力があるのか知らないけど。

 

「お姉ちゃん、これ!」

「っ、速度が上がった!?やってくれるわね!」

 

先頭を切って走っていた風さんは後ろを振り返って続けた。

 

「アタシだけ先に行くわ!」

「私も行くよ、お姉ちゃん!」

「分かった、頼りにしてるわよ!麗は2人の所に行って!」

「はい!気をつけて!」

 

いきなり戦う事もできないので、とりあえず従っておく。

それに何と言っても怖い。

樹ちゃんだって、風さんがいるからああやって戦いに赴く事ができるのだろう。

1人で行けと言われて行ける人は、今のところ風さんか結城さんだけだと思う。

 

「あれ……東郷さん?」

「あ、麗ちゃん……」

「やっぱり。そうなるよね……」

 

2人が “いた” 所に私が辿り着いたのは、既に結城さんが行ってしまった後だった。

1人取り残された少女の表情は哀しさと不安に満ちている。

 

「大丈夫、私はここにいるから。結城さんの代わりにはなれないかもしれないけど、東郷さんは1人じゃないよ」

「ありがとう……あっ!」

「うっ……何これ、気持ち悪い……!」

 

この世のものとは思えない、筆舌に尽くしがたい程の不協和音が樹海に響き渡る。

前線を見るに、どうも音の主はバーテックスらしい。

前で戦っている3人は大音量で聞かされているのだろう。

いかに奇跡の力を手にしているとは言え、無事では済まない。

そうなれば隙だらけになってしまうのは自明な訳で。

 

「……!!」

 

蠍座が尻尾を叩いて何かを打ち上げ、落ちてきたそれを再び尻尾で()いだ。

 

「友奈ちゃん!!」

 

ターゲットにされたのは結城さんだった。

彼女の周りに桜色の丸いシルエットが見える。

あれはバリアだろうか?

だとしてもかなりのダメージを負っているはずだ。

常人なら少なくとも瀕死にはなる。

 

「……」

 

言葉が出ない。

これが戦うという事なのか。

 

「……!!」

 

彼女を地面に叩きつけた蠍は、なおもその尻尾の先を突き刺そうと攻撃を繰り返している。

地面に力なく倒れる彼女をバリアらしきものが守ってはいるが、いつまで保つか分からない。

それが破られた時、結城さんはどうなる?

奇跡的に生き残る?

勇者の力があるから?

バリアが実は全く壊れない優れもの?

だがそんな希望的観測を一切捨てれば、そこに待つものは?

 

血。

 

腹から溢れる血。

 

血が出れば、

 

人は弱る、

 

そして死ぬ。

 

死ぬのだ。

 

死。

 

待つものは、死。

 

だって、1度見たでしょう?

 

「違う」

 

忘れようったって無駄だよ。

 

「違うって」

 

あれは、紛れもなくあなたがやった事。

 

「だから」

 

ほら、その証拠に。

 

「違うんだって」

 

あなたの手にベッタリとついた紅黒いそれは何——?

 

「私じゃなああああああああああいいいいいいい!!!!!」

 

 

 

 

夢だ。

これは悪い夢。

昔よく見たんだよね。

でも夢は醒めない。

そう、これはまごう事なき現実。

手がベッタリとしているのも現実。

いや。もちろんただの手汗だ。

怪我した訳でもないのに、手が真紅に染まる事なんかありえない。

動悸が激しい。

一旦落ち着け、私。

あなたは結城さんの代わりに東郷さんの側にいなくちゃいけないんだ。

何があろうとも冷静沈着で、彼女の不安を軽減しなくちゃいけないんだ。

 

「ね、ねぇ……あれ?」

 

そのはずだったのに。

 

「東郷、さん、は……?」

 

東郷さんがいない。

まさか。

結城さんから、バリアを持たないこっちに狙いを変えた?

私が使い物にならなかったうちに?

そんな事。

取り返しのつかない事。

悪い想像は常に悪い方向へと加速する。

 

「何て……事……?」

 

ようやく、背中を見続けてきた勇者部と関係ができたのに。

仲間を見殺しにしてしまうなんて。

しかも一瞬とは言え、それを悪い夢の一部として片付けようとした。

酷い。最低。極悪人だ。

私はもう勇者部にはいられないだろう。

否、いて良い訳がない。

 

「また……居場所が……?」

 

こめかみに熱いものを感じた。

 

「は……ははは……あはははは……!」

 

大粒の涙と自嘲の笑い。

側から見れば夢破れて崩れ落ちた者にしか見えないだろう。

だが何も間違ってなどいない。

 

「私は……役目を果たせなかったのだか」

 

ズガン!

 

「ら……?」

 

金属同士がぶつかるような音を聞いた。

それは私を “現実” から現実へと引き戻す。

前方に、勇者部員たちのいる箇所から7色の光が空に昇っていくのが見える。

そして。

 

「東郷さんは……戦っていた……?」

 

隣にいなかった東郷さんは仕留められた訳じゃない。

戦うため、前に出ていたのだ。

 

「そっかぁ……そうだったんだ……」

 

全ては悪い夢。

今見ている光景に反する事は、真実ではなかったのだ。

 

「悪い想像の癖……治さなきゃね……」

 

 

 

 

 

* * * * * *

 

 

 

 

 

「皆、大丈夫?」

「風先輩、私、酷い事を……」

「アンタは悪くないわ……黙っててごめんね」

「でも」

「東郷の狙撃、とっても心強かった。これから一緒に戦ってくれる?」

「……はい!」

 

東郷さんの1件はこれで解決と言ったところか。

良かった、一安心。

 

「私も、東郷さんがいてくれると力が出るよ〜」

「あの時は無我夢中だったから……でも、これからは初めから行ける。改めてよろしくね、友奈ちゃん」

「こちらこそー!」

「実はお姉ちゃん、東郷さんの事でずっと悩んでたんですよ。どうして謝ろうかって」

「ちょっと樹!それは言わないお約束じゃない!」

 

こうした一枚岩の勇者部を見ていると、どうも私だけが浮いているんじゃないかという気がしてくる。

居場所を手放したくはない。

けど、お門違いなのは相手に悪い。

やっぱり私、いない方が良いのかな。

 

「どーしーたのっ?」

「うわあっ!!」

「ああっ、ごめんごめん!ちょっと何か考え込んでるのかなーって思って」

「ううん……大丈夫。ありがとう」

「勇者部五箇条1つ。悩んだら相談、よ」

「東郷、さん……」

 

確か前にもこんな事があったっけ。

あの時はうどんツアーで散々な目にあったけど。

違うとすれば、東郷さんの目つきが怖い事。

あ、友奈ちゃんの好意を無下にしたら私が許さないわよ、ですよね分かります分かります。

分かりますから止めてくださいお願いしますホント。

 

「あのね……私、本当にここにいて良いのかな、って。戦えないし、気の利いた事も言えないし。ただいるだけの置物と変わらない気がして、それならいっそいない方が」

「そんな事ない。麗ちゃんはいてくれるだけで良いんだよ。だって、友達なんだから」

「ありがとう、でも友達だなんて理由に」

「なるのよ。それが」

「東郷さん……?」

「さっき樹海で2人っきりになった時、敬語なしで自然に話しかけてくれたでしょう?私、嬉しかった。麗ちゃんが心を開いてくれた気がして。やっと友達になれたんだ、って」

「……」

「私たちは、ただ勇者部を通じて知り合っただけの協力者じゃない。友達なんだよ!」

「結城さん……」

 

協力者じゃない。友達。

そんな事を、心を込めて言ってもらったのは初めてだ。

心の中の黒い霧がさーっと晴れていく気がした。

 

「友達……本当に?」

「本当に!本当に本当だよ?」

 

なぜだろう、結城さんの言葉には。

 

「じゃあもうちょっとだけ、一緒にいさせてもらっても良い、かな……」

「もっちろん!これから、もっともっと色んな事しようね!」

 

とてつもなく深い安心感が宿っている。

 

「あと、普通に下の名前で読んでくれたら嬉しいんだけどな〜♪」

 

距離の詰め方には、やっぱり安心できない部分があるけれど。



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第3話「葉の陰」

「はー、暑くなって来たわね」

「5月も折り返し。まさに初夏という感じですね」

「私、これ以上暑くなったら溶けちゃうよ〜」

「友奈さん、アイスじゃないんですから……」

 

朝の天気予報曰く、今日の最高気温は26度らしい。

まだ真夏の暑さには程遠いものの、最近の昼間は額に汗がにじむ事もある。

今回は麗がいない事もあり、さすがに冷や汗をかく事は無いだろうけど。

夏の足音が大きくなるにつれて、樹も少しずつ勇者部に馴染んできた。

 

「そういえば、もう半年以上アイスなんて食べてないよ〜。久しぶりに食べたくなってきちゃった」

「友奈ちゃんがそう言うと、何だか私も氷菓が食べたくなってきたわ」

「今日は久々にアイス買って帰ろっか」

 

時刻はまだ午前11時。

既に十分暖かいが、真昼に向けて気温はもっと上がるだろう。

そんな、夏に片足だけ突っ込んだような日にこなす依頼は。

 

「あ!!キタキタ!!」

 

約束の場所に着くなり、依頼人はけたたましい声を上げた。

 

「いや〜ホント助かるよ!」

「まぁ、同じクラスのよしみってやつよ。アンタの所も大変ね」

「まさか、部員4人中3人が熱でダウンしちゃうなんてね。ブチョー様の助けが無かったらウチは終わりだったわ」

「普段そんな呼び方してないでしょーが。持ち上げても何も出ないわよ。それにアンタも一応部長でしょう?」

「あっははー、バレたか」

「あの、あなたが新聞部の部長さんですか?」

「そうよ。今日だけ、ちょこっと力を分けてくれると助かる!」

 

依頼主は私と同じクラスで2つ前の座席に座っている、新聞部の部長。

地域の雑誌に掲載する学校紹介の記事作りを手伝って欲しい、という内容だった。

期限が近いのに部員が立て続けに体調を崩し、急遽依頼を出したのだとか。

頼まれたのは、学校内の写真撮影と記事のレイアウト考案。

 

「写真の方は割と誰でもできそうね」

「となると、レイアウトを誰がやるのかだけど……」

「東郷さん、そういうの得意じゃない?前も勇者部のホームページ作ってくれてたし!」

「東郷、いけそう?」

「はい。ご用命とあらば」

「よし。じゃあ、残ったアタシたちで写真を撮ってきましょ」

 

役回りが決まった所で、依頼人を呼び出す。

 

「お、決まった?」

「うん。レイアウトは東郷に任せて、アタシたち3人は写真班に回るわ」

「上手く言えないんですけど……東郷さん、そういう所のセンスは抜群なんですよ!」

「ホント?心強いなぁ、ありがとう!これで新聞部も百人力よ!」

「写真はどこを撮ってきたら良い?適当に選んだら良いかしら?」

「あーちょっと待って!リストが確か……この辺に」

 

彼女はカバンの中をガサゴソと(まさぐ)り、A4サイズ2枚分の表を取り出した。

 

「これ、お願いしたい場所のリスト。ちょっと多いかもだけど大丈夫?」

 

 

 

 

カシャッ。

 

「4つ目クリア!写真の腕良いわね、樹」

「そんな事ないよ。ただ普通に撮ってるだけだし……」

「でも、普通に思える写真も案外撮るの難しかったりするのよ?」

「うーん、どうなんだろう……」

「ごめん、余計な事言っちゃったかもね。でも良い写真撮れてる。これは本当よ」

「それなら……良かった」

 

一瞬曇った樹の顔が、またすぐにパアッと明るくなった。

もう12年くらい一緒にいるけど、今でも時々突き刺すような事を言ってしまう。

それも大体、口にしてしまった後で気づくのだ。

もっと完璧な姉にならなくちゃいけない。

 

「次は、多目的室。すぐ横の部屋だっけ?」

「アタリ!教室の位置も覚えてきたわね〜。さすが、アタシの妹なだけあるわ」

「もう、すぐそういう事言うんだから」

 

そう言いながら照れる樹も可愛い。

妹ってどうしてこんなに可愛いのかしら。

樹のためなら何だってできる自信がある。

 

カシャッ。

 

「よーし、5つ目も終わり!順調順調〜♪」

「お姉ちゃん、次どこだっけ?」

「次は……グラウンドね。場所は分かる?」

「今いる2階じゃないのは分かるんだけど……ちょっと怪しいかも」

「分かった。一緒に行こっか」

「うん」

 

吹奏楽部の拠点・音楽室を後に、屋外グラウンドへと向かう。

その道中、スマホにメッセージの着信があった。

 

「あっ、誰から?」

「友奈から。どうしたのかしら……あら大変」

「何、緊急事態!?」

「そんな大層なもんじゃないわよ」

「そうなの……?」

「スマホの電源が切れかかってるらしいの」

「あ、でもそれは確かに大変かも」

「しょうがない。一旦合流しなきゃね」

 

 

 

 

 

* * * * * *

 

 

 

 

 

ヤバい!ホントにヤバいよ!

バッテリーが残り……2%!

夕べ、スマホを充電し忘れたんだ。

きっとそうに違いない。

昨日は金曜日だったし、今日も集合は10時半だったし、ちょっと遅くまで起きてても大丈夫かな〜なんて思ってたんだ。

それで日付が変わる頃までプロレスの試合なんか観てたから……。

今バーテックスが攻めてきたら私どうするの?

このまま素手で?

相手が人なら投げ飛ばせば何とかなるけど、バーテックスなんか投げられない。

どうしよう、どうしよう……。

 

「あ、友奈」

「風先輩、ごめんなさい!!どうしたら……!!」

「大丈夫、落ち着きなさい。私の貸したげるから。これ、使って」

 

焦る私に、風先輩は何を責めるでもなくスマホを貸してくれた。

 

「スミマセン、ありがとうございます……気をつけます……」

「大丈夫よ。ところで、写真の進み具合はどう?」

「8枚は撮りました。リストにあるのは全部で15箇所だったので、半分は終わってます!」

「何ィ!?負けてられない、行くわよ樹!!」

 

途端に、風先輩が猛スピードで走り出す。

 

「あああ待ってよお姉ちゃん!?」

 

それを遅れながら追いかける樹ちゃん、大変だ。

廊下の突き当たりにある階段を降りていく2人を見送りながら、自分の事を考える。

私の方はと言えば、ひとまず窮地は脱した。

後は続きの写真を撮りつつ、バーテックスの侵攻が無い事を祈るのみ。

 

(神樹様……どうか私たちをお護り下さい)

 

撮るべき場所は残り7つ。

そこさえ終えれば、何とかなる。

結城友奈は、多分助かりました!

 

 

 

 

「14番目も終わり!後1つ!」

 

バレー部の練習真っ最中の体育館内部を撮り、残すは1箇所。

ラストはいつも通る、学校の正門。

さっき風先輩が大急ぎで走り去ったのは、多分進みが良くなかったんだと思う。

向こうはあの後、順調に進んでるのかな。

でもまぁ大丈夫だよね。

風先輩と樹ちゃん、無敵のコンビネーションだし。

 

「よし、ここから……こんな感じかな?」

 

正門を出て、前の道路を渡って反対側へ行く。

新聞部長さん曰く、少し斜めの方向から撮るのがコツらしい。

 

「このアングルなら……」

 

カシャッ。

 

「あー……」

 

構図こそ良かったものの、明るすぎたせいで目がチカチカしそうな写真になってしまった。

5月の昼下がりは馬鹿にできない。

こういう時は逆光補正の機能を調整すればいいんだっけ。

 

「どれかな……逆光……逆光……あった!」

 

そのマークはスマホの画面右上に表示されていた。

けれどもそれを押そうとした時、ちょうど同じタイミングで上から何かの通知が出てきた。

私は間違えて、通知の方を押してしまった。

 

「あっ、あっ……これ見ない方が良いやつだよね……」

 

画面には “送信者” と “件名” のリストがたくさん表示されている。

タップした通知はメールだったらしい。

 

「早くカメラに戻さないと」

 

そう言ってアプリを落とそうとした矢先、私の目はとんでもないものを捉えてしまった。

 

「これって……どういう……?」

 

このメールは何なのか。

事態が飲み込めない。

書いてある事は分かる。

風先輩のスマホだから、きっと風先輩宛のメールだ。

でも■■だなんて……どうして?

風先輩も麗ちゃんも……一体何が?

分からない。何もかも分からない。

送信者は大赦。

そして件名は——

 

「そ、そうだ。勇者部五箇条、悩んだら、相だ、ん……誰に?」

 

そこが問題だ。

こんな事、誰に相談すれば良いのか。

誰になら、相談できるのか。

風先輩にはとてもじゃないけど言えない。

樹ちゃんは、お姉さんの事で余計な心配してほしくないし。

東郷さんも、風先輩とこの間ちょっと揉めちゃったばかりだし。

じゃあ麗ちゃんに聞いてみる?

でもこんな事を張本人に言っちゃったら、それこそ取り返しのつかない事になる可能性もある。

かと言って隠し事は良くないし……。

 

「どうしよう……」

 

その時、突然電話がかかってきた。

発信者は…… “樹”。

 

「もしもし」

『もしもし、友奈?写真どう?』

「あ、後少しです。正門だけ撮れば終わります!」

『オッケー。こっちは先に部室戻ってるから、何かあったら連絡して』

「は、はい。分かりました」

『ん……友奈大丈夫?何かあった?』

「いえ、何でもないです。ちょっと、カラスに頭を小突かれちゃって」

『えぇ!そんなの一大事じゃない!最近のカラスには不届きなやつがいるのね。この私が、直々に成敗してくれる!』

『お、お姉ちゃん落ち着いて。魔王が出てるよ……』

 

電話の向こうで微かに聞こえる、樹ちゃんの諌め声。

2人の絡みを聞いてると少し落ち着くかも。

 

『でもホントにそれだけ?』

 

ビクッ。

爪先から胸、頭へと、全身を寒気が走り抜けた。

風先輩さすが、鋭い。

でもこれだけは言う訳にはいかない。

隠したい訳じゃないんです。

今はまだその時じゃないだけで。

 

「ホントにそれだけです!後は大丈夫です!」

『なら良いんだけど。カラスに気をつけて写真撮るのよ。じゃ、待ってるから』

「はい!失礼します」

 

電話が切れると、途端に肩がズンと重くなった。

誰にも言えない、私だけの秘密。

聞こえは良いけど、実態はどうしようもないモヤモヤだ。

でもしばらくの間は、このモヤモヤと付き合っていかなければならない。

だって私は、勇者なんだから。

 

 

 

 

 

* * * * * *

 

 

 

 

 

讃州中から歩く事30分。

アイスを求めてアタシたちが辿り着いたのは、カトレーゼという洋菓子屋さんだった。

各々が選んだアイスを購入し、そこから犬吠埼家のアパートへと向かう。

イートインが無かったためにどこでアイスを食べるのかという話になり、うちに友奈と東郷も来る事になったのだ。

ついでにその後のまかない付き。

樹は「そんなの聞いてないよ〜片付いてないのに〜」なんて言ってたけど、いつも十分片付いてるし大丈夫だと思う。

 

「よいしょ。さ、入って入って〜」

「「お邪魔します!!」」

「車椅子だと家の中入りにくいかも。リビングまで東郷を運んで行こうかしら」

「それなら任せてください!行くよ、東郷さん!」

「え、行くってどう……あっ」

 

友奈が単独で東郷をお姫様抱っこし、リビングまで姫様をお連れしてしまった。

友奈って案外力強いのね。

そりゃ、パンチ1つであれだけの威力出せるのも納得だわ。

 

「東郷さん、どの辺がいい?」

「今の位置にずっといたいわ、友奈ちゃん!!」

「東郷先輩、それだと友奈さんが疲れちゃいますよ……」

「ええっ!?私のせいで友奈ちゃんが疲れてしまうなんて言語道断!!友奈ちゃんどこでも良いから私を下ろして今すぐ早く!!」

「はぁ……これさえ無ければ東郷は完璧な大和撫子なんだけど……」

 

だけどその抜けっぷりも含めて東郷の魅力なのだ。

それに彼女をこうしたのは友奈みたいなもんだし。

入学当初は硬くて硬くて、もう扱いづらかったの何の。

 

「よし、じゃあ先にアイス食べてて。夜ご飯の用意して来るから」

「あっ、私も手伝います!」

「いーの、こういうのは家の(あるじ)に任せとくもんよ。後輩どもは楽しくアイス食べてなさい」

「ありがとうございます!楽しみにしてますね!」

「ふふ、友奈は人をやる気にさせる天才ね。さぁ、腕が鳴るわよ!」

 

しかし人数が予定の倍に増えたので、何を作ろうか考え直しだ。

アイデアを探しにネットの海に向かおうとして、スマホを手に取ったその時。

1通のメールが届いた通知の履歴が画面に表示された。

送り主は大赦。

 

「はぁ……」

 

思わずため息が漏れる。

大赦からの連絡は大抵、ろくな事が書かれていない。

はてさて、今回のメールは……。

 

 

 

 

送信者:大赦

件名:緑野麗の監視について

 

先日勇者部と接触した、緑野麗の処遇が決まりましたのでお知らせします。

彼女は讃州中に転校し、勇者部の正式な部員となる事に決定しました。

彼女が転校を希望した事、また急遽実施された勇者適正の検査にて大変良好な値が得られた事から、かような対応を取る運びとなりました。

結論を言えば、彼女には勇者として戦ってもらうという事です。

 

つきましては、勇者を導く立場のあなたに、彼女の動向を監視するお役目を担ってもらいます。

ただし、近く大赦からもう1人勇者を派遣しますので、その者と共同で監視にあたっていただく事とします。

この勇者の詳細は、彼女の勇者システムの最終調整が終わり次第、追って連絡します。

 

先んじて連絡したように、緑野麗は大赦指定の要注意人物です。

今回は勇者の戦力増強を優先し、彼女を参戦させます。

しかし本来、彼女の勇者としての活動を放任する事には、非常に大きなリスクがあります。

その事を肝に命じ、引き続きお役目に励みなさい。

 

 

 

 

楽しい時間に水を差す事。

大赦の大得意な事だ。

アタシには、麗はそんな悪人には見えない。

個性的で人と距離を縮めるのは少し苦手だけど、ボランティアに精力的で人のために率先して動く事ができる。

ちょっと友奈に似た所があるかもしれない。

そんな彼女が要注意人物?

しかも、前に送られてきたメールには “要注意人物(警戒レベル5)” とあった。

警戒レベルがどんな基準で付けられているのかは想像もつかないが、決して低いレベルでないという事は容易に分かる。

なぜ、麗に対してそんなに毛を逆立てるのかは分からない。

聞いても教えてくれなかった。

最初から大赦がそこまで話すとも思えないけど。

 

「まぁあの子が悪い事考えなきゃ、何も問題ないんだけどね」

「お姉ちゃん、大丈夫?何か手伝おっか?」

「うっ、い、樹はホントにゆっくりしてていいから……」

「大丈夫だって!私もう中学生だよ?」

「うーん……じゃあ、そこに醤油と小麦粉と水を用意してるから、混ぜといてもらっていい?」

「分かった!」

 

樹は料理が苦手だけど、混ぜるだけなら大丈夫でしょ。

間違える要素ないし。

それよりも麗の事だ。

大赦は彼女の何を恐れているのだろう。

実は超人的な凄いチカラがあります、とか?

バーテックスを素手で倒せます、とか?

実は大赦の機密情報を盗み出したスパイです、とか?

……ダメだ。こんなんじゃ、東郷にドラマの見過ぎですよ〜って煽られるだけ。

何?一体何なの?

 

「お姉ちゃん、できたよ!」

「お、ありがと樹。じゃあこれをお鍋に入れて……」

 

後はソーセージやら野菜やらを入れて蓋をしておけば良い。

超・超・超簡易版ポトフ。

ちょっと簡単すぎるかもしれないけど、量は作りやすい。

 

「にしても、何か妙に香ばしいのは気のせいかしら……?」

 

気のせいじゃなかった。

食べる段になって発覚した事だが、樹に混ぜものを頼んだ際、色的に醤油が足りない気がして独断で足したんだとか。

幸い今回は多少味が濃いだけで済んだけど、もっと酷い時だってある。

樹にも、そろそろちゃんと料理教えなきゃ。



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第4話「凜として麗しく」

週1投稿くらいのペースを維持したいお年頃なのですが、最近風邪気味でペースが落ちてます。
申し訳ありませんが、悪しからず。


「揃いも揃ってボケッとした顔してんのね」

「はい……?」

「あなた、誰ですか?」

「何よ、チンチクリン」

「ちん……?」

「私は三好夏凜。大赦から派遣された、正真正銘の完成型勇者よ。アンタらみたいなトーシローとは違う。つまり、アンタたちはもう用済みって事。はい、お疲れ様でした〜」

 

単なる増援イベントかと思ったが、その増援が問題だった。

実力はそれなりにあるらしいが、自身に満ちた目つきにこの言い方。

ちょっと、ちょっとだけ、イラッとくるものがある。

 

「ふふ……すっごい早口。あなたそのセリフ、家で考えてきたのかしら」

「何よ。私とやるっての?」

「負ける気はしないわね。少なくとも」

「随分と余裕なのね。言っとくけど私、強いわよ」

「あああ風先輩、麗ちゃんと三好さんが何だか険悪な雰囲気に……」

「大丈夫だよ、ゆっちゃん。私本当に、勝つ気しかしないから」

「まぁまぁ、一旦落ち着こうよ!!ね!?」

「友奈ちゃんの言う通りよ。仮に麗ちゃんが勝ったとしても、何も得なんかしないわ」

「全く、どうしてこうなったかなぁ……」

 

頭を抱える風さん。

そう、どうしてこうなったのかと言うと——

 

 

 

 

* * * * * *

 

 

 

 

 

「晴れて讃州中に転校してきました!改めてよろしくお願いします!」

「よろしくお願いします!でもまた先輩が1人増えちゃった……」

「樹ちゃん、別にタメで話してくれても良いよ?私は気にしないし」

「あっ、まぁそこは何と言うかその……」

「それにしても、このよろしくお願いする流れ何回目かしら?もう随分と慣れてしまったわ」

 

遂に叶った、夢にまで見た念願。

讃州中に転校し、勇者部に入る!

感謝感激の気持ちが湯水のごとく溢れてくる。

 

「私、結城友奈でーす!よろしくねー!」

「もう分かってるから大丈夫だよ、ゆっちゃん」

「ゆっ、ゆゆ……ゆっちゃん?私の事?」

「うん、考えてみたの。どう?」

「すっごく良いよー!ありがとう!」

 

良かった、喜んでもらえたみたいだ。

でも何だか、その笑顔に違和感があるような無いような。

明るい彼女の事だから何とかなるようには思うけど……。

 

「麗にはもう、改めての自己紹介はいらないわね。とにかく、よろしく!」

「お姉ちゃん、何もこんな時にタジャレ言わなくても……」

「樹ちゃん、これは駄洒落とはちょっと違うんじゃないかしら。これは “韻を踏む” というものに近い気がするのだけれど」

「え、違うんですか?」

「えぇ。”韻を踏む” というのは、文学作品でしばしば用いられてきた表現技法で、作者のセンスを表すものだったのよ。上手く韻を踏めている作品は良い評価になる事が多く、それは神世紀でも受け継がれていてね……」

「あ……風さん、今日の依頼はどうなってますか?」

「それが、今日は何にも来てないのよ。いつでもOKの依頼も、昨日全部消化しちゃったし。だから、安心して東郷の話を聞いてて良いわよ」

「えぇ。安心して、私の話を聞いてね」

 

あ、これダメなやつだ。

風先輩、諦めちゃった。

 

「例えば、神世紀になっても続いている風習の1つに “連歌” というものがあるの。休憩時のおやつにぼたもちが振舞われる事もあるわ」

「ん……ぼたもち?」

「あ、ぼたもちが食べたかったかしら?」

 

キタキタキター!釣れた、釣れたぞ!

いくらオタク語りモードの東郷さんでも、ぼたもちというワードが出たら流石に止まるはず……!

 

「ぼたもち?やったー!食べたい食べたい!」

 

ゆっちゃんも乗ってきた!

これは期待できる。

 

「ちょっと待ってね……友奈ちゃん、そこの鞄から重箱を取ってくれないかしら」

「えーと……これかな?」

「合ってるわ。流石友奈ちゃん、よく分かってるわね♪」

 

重箱には12個のぼたもち。

しかし部員は5名、割り切れない。

 

「あ、私2つで大丈夫なんで。皆さんどうぞ」

「だーめ」

 

間髪を容れず、東郷さんが否定する。

 

「麗ちゃんはまだぼたもちの美味しさを十分に分かってないと思うから、3つ食べて。いや、食べなさい」

 

えぇ……布教ガチ勢じゃん。

 

「作った私は美味しさを1番に分かってるから、1つだけで大丈夫よ」

「それなら東郷さん、私と半分こしよー!いいでしょ?」

「じゃあ、お言葉に甘えて。ありがとう、友奈ちゃん」

「どういたしまして、東郷さん」

 

ただ、雰囲気は非常に良い。

まさしく計画通りだ。

 

「いつもながら美味しいわね〜東郷のぼたもちは」

「今度、私も作ってみたいです。いつも作ってもらってばかりだし、お姉ちゃんにも食べてもらいたいし」

 

刹那、部長氏の表情が暗転する。

 

「い、樹はまだ……いや、東郷が教えれば大丈夫、か……?」

「私は良いわよ。今は依頼も少ないし、今週末あたり1度練習してみる?」

「はい、お願いします!」

「どうしてそんなに不安そうな顔されてるんですか?」

「樹の料理は色んな意味で怖いのよ。また説明してあげるから」

 

風さんの顔はもはや半分青ざめている。

怖い料理って何だろう。

まさか、トカゲの入った魔女のスープでも作るんじゃ……?

 

「じゃあ、ぼたもちが行き渡ったところで話の続きに入るわね。その “連歌” から派生した形式の1つとしt」

 

空気が静まり返り、代わりにうざったらしい音が全員のスマホから流れ出す。

東郷さんの講話はまたしても妨害されてしまった。

めんどくさい話が終わって嬉しいような、また樹海に飛ばされるのが悲しいような……。

 

「しょうがないわね。また帰ってきてから続きをやりましょう」

「って、まだやる気だったの!?」

 

唯一の中3のツッコミとともに、勇者部部室は光に包まれた。

そして、目前に現るはまたもこの光景である。

 

「あ〜また樹海だよ〜。いつも突然すぎるんだよね〜」

 

ゆっちゃんは珍しくグチを吐いている。

 

「敵の名は、牡羊座と山羊座……」

「前と同じ、2体。油断は禁物ね」

 

遠方より飛来する2体のバーテックス。

牡羊座と思わしき紫色の個体が、もう1体の前方を斥候のように飛んでくる。

ゆらりゆらりと、トリッキーな飛び方だ。

 

「それじゃあ勇者部一同、変身!」

「あ、あの!」

「ん、どうしたの?」

「今回は私も行かせてください。もう覚悟は決めました」

「無理しなくても良いわよ、麗。気なんて遣わなくて良いから」

「そんなんじゃありません!」

 

少し大きな声を出してしまった。

びっくりしたのか、風さん以外のメンバーもこちらを振り向いた。

 

「あっすみません。でも私は、仲間として迎えてもらったここで、できる事をしたいんです。私にもこれがあります」

 

そう言いながら勇者アプリを起動させ、風さんに見せた。

画面中央に表示されている種から芽が出る。

そしてそれは、稲穂の出来損ないのような緑の粒へと変化していった。

 

「これは……花?なの?」

「うーん、お米みたいに見えるけど」

「友奈ちゃん、半分正解よ。これは多分、稲の花ね」

「花、か……」

 

風さんの顔が少し曇る。

そこまで信用されていないのか。

勇者に変身しても、私じゃ力不足だという懸念?

やはり認めてもらうには実績が必要なのかもしれない。

 

「これで、私でもできるって事を証明します!」

「ちょっ、待ちなさい!」

「麗、ちゃん……!」

 

風さんの諌め声とゆっちゃんの戸惑うような声が聞こえたけど、構わずに稲の花をタップ。

白く細いものが画面から飛び散り、私の周りを覆い尽くしていく。

ごめんなさい、今だけ、今だけは無視させてほしい。

今度こそ完全に、部に貢献できる人材としての部員になる。

前の時はちょっと悪い想像がよぎっただけ。

気合いさえあれば、私でも何とかなるはずだ。

それに、できるとかできないとかの話じゃない。

私にとって、これはやるかやらないかの話なのだ。

 

「これで……やれます!」

「麗、一旦落ち着きなさい」

「問題ありません。私はいたって落ち着いてますよ」

 

真っ白な下地に翠色(すいしょく)の線が縦に規則正しく配置された勇者装束。

それが私の割り当てだったらしい。

武器は銃剣、近接も遠距離もいける中間職だ。

 

「見ててください!はぁっ!」

 

言うが早いか、壁側へ向かって大きく跳躍。

先に接敵するのは、手前にいる牡羊座バーテックスだろう。

相変わらず読みづらい飛び方を続けている。

 

「手始めに」

 

まずは1発、威嚇射撃の意味も込めて適当に撃ってみる。

跳び上がりながら空中で両手に銃剣を固定し、ドン。

 

「あ、うわわっ!?」

 

しかしダメージを食らったのは私の方だった。

空中で撃った反動でバランスを崩し、背中から地面に真っ逆さま。

まあ地面と言っても、どこまでも木の根っこなので表現がアヤシイけど。

 

「あっととと……」

 

意外にも、背中から落ちた割にはあまり痛みはない。

ふと横を見ると、黒い鳥が1匹。

デフォルメキャラのような、くりんとしたつぶらな瞳を持ったカラスだ。

しかし、1つだけ問題があった。

 

「脚が3本……?」

 

目は2つ。

翼は1対。

クチバシが1つ。

全身真っ黒。

ほとんど、普通のカラスをデフォルメしたそのまんまなのだ。

そのまんまなのだが、そのまんまではなかった。

 

「……ま、いっか!今はあっちだよね!」

 

体勢を立て直し、再びアリエスに向かって跳躍。

随分近づいてきた。

もう1跳びすれば、近接戦闘にも持ち込めそうだ。

 

「ただあんまり近いのは怖いから……」

 

着地し、足の踏ん張りが効く状態で1発、2発、3発。

敵の身体に爆発が起こり、煙が上がる。

 

「よしっ!効いてるっ!」

 

と思ったのだが、そこはウイルスの中から生まれた敵、そう甘くはない。

今度は煙の中から、迎撃とばかり雷撃が飛んできた。

 

「ぐぅっ!」

 

こちらも攻撃をまともに食らってしまった。

だがやはり、特筆するほどのダメージはない。

 

「これが、ゆっちゃんを守ったバリア……」

 

先ほどの3本脚のカラスが、目の前で私を守るかのようにホバリングしている。

普通、鳥類はホバリングなんてできるはずがないのだが、神樹様のお力で何とでもなるのだろう。

そのもう1つ前に展開されているのは、白い淡い光を放つ円形のバリア。

これが、私が奴らと違うところだ。

 

「じゃ、こっちも反撃といきますか!」

 

一気に距離を詰め、今度は剣として武器を使っていく。

居合にも似たような要領で、すれ違いざまに斬る。

一応、傷が付いたような感覚はあった。

 

(あれ?この感覚、どこかで……)

 

何かの感覚を思い出しかけたが、よく分からない。

まぁ、おおかた包丁で何かを切った時の感覚とか、そんなところだろう。

 

「どう?」

 

しかし着地して振り返った時には、せっかく付けた傷が赤い光とともに治っていくのが見えた。

 

「ダメかぁ……」

 

これでは苦戦。大苦戦だ。

大見得切って来た癖して、二進(にっち)三進(さっち)もいかない。

 

「うーん、1つ1つでダメなら……」

 

今度は、もう1つ押し込む作戦だ。

もう1度大地ならぬ根を蹴り、アリエスの懐へ向かう。

 

「まずは斬って」

 

跳び上がりながら銃剣を振りかぶり、一振り。

それが敵の身体を突き抜けないうちに……。

 

「発射!」

 

ズゥゥゥン……。

 

先の射撃とは異なる、重い音が響いた。

これは流石に効いたらしい。

紫の腹部に大穴が空き、敵は横に傾きながら墜落した。

 

「このままトドメ!終わらせる!」

 

そうして牡羊を葬り去ろうとした瞬間、今度は第2の刺客がやって来た。

山羊座が、角笛のようなものを頭上から突き刺したのだ。

命中こそしなかったものの、当たればどうなっていたかしれない。

 

「なるほど、だから2体で……カバーできるようにしてるのね」

「麗、大丈夫?」

 

と、そこに風さん。

東郷さん以外3人のメンバーが来てくれたのだ。

 

「いきなり前に出てったから大急ぎで来たんだよ!」

「風さん、ゆっちゃん……それに樹ちゃんも。さっきはごめんなさい」

「それは後で聞くわ。でも今はコイツらを叩くのが先!」

「でも麗先輩、お1人でここまでされるの凄いですね……」

「たまたまだよ、樹ちゃん。さて、もう1頑張りしますか!」

「邪魔邪魔ッ!!」

「!!??」

 

第2の刺客カプリコーンに加え、第3の刺客まで来たらしい。

いやでも敵は2体のはず……ってか、バーテックスって言葉喋れるの!?

 

「ちょろいッ!!」

 

辺りに剣が降り注ぐ。

今日の天気は晴れと聞いたけど、嘘だ。

雨ならぬ “剣” が今日の天気だろう。

そのくらいの量が降っているのだ。

そしてそれを扱うのは、紅の勇者?のような誰かだった。

 

「はっ!封印開始!」

 

大量の剣の高速投擲により一瞬で弱らせた山羊座を、一瞬で封印してしまった。

恐るべし、その実力。

続いて瀕死の牡羊座バーテックスも1人で封印してしまったけど、何だか手柄を横取りされたような気がする。

 

「はぁ……余裕だわ」

「あの……」

「揃いも揃ってボケッとした顔してんのね」

「はい……?」

「あなた、誰ですか?」

「何よ、チンチクリン」

「ちん……?」

「私は三好夏凜。大赦から派遣された、正真正銘の完成型勇者よ」

 

やっぱり彼女は勇者だった。ただ……

 

「アンタらみたいなトーシローとは違う。だから、アンタたちはもう用済み。はい、お疲れ様でした〜」

 

戦隊モノみたいに味方が増えたかと思ったが、彼女はとんでもない逸材だった。

実力はそれなりにあるらしいが、自身に満ちた目つきにこの言い方。

ちょっと、ちょっとだけ、イラッとくるものがある。

 

「ふふ……すっごい早口。あなたそのセリフ、家で考えてきたのかしら」

「何よ。私とやるっての?」

「負ける気はしないわね。少なくとも」

「随分と余裕なのね。言っとくけど私、強いわよ」

「あああ風先輩、麗ちゃんと三好さんが何だか険悪な雰囲気に……」

「大丈夫だよ、ゆっちゃん。私本当に、勝つ気しかしないから」

「まぁまぁ、一旦落ち着こうよ!!ね!?」

「友奈ちゃんの言う通りよ。ここで仮に勝ったとしても、何も得なんかしないわ」

「全く、どうしてこうなったかなぁ……」

 

ゆっちゃんだけでなく、東郷さんまでもが止めに入る。

そんな状況で好戦的な態度を取り続けても、後味が悪くなるだけだ。

 

「スゥ……ハァ……また今度にしましょう、三好さん」

「英断だわ。黒星が付かなくて良かったと、精々安心して眠る事ね」

「……」

 

何だ?煽りの天才かな?

 

「麗ちゃん、抑えて抑えて。あの子もきっと本当は悪い子じゃないんだよ。ね?」

「ん」

 

結局その日はそれ以上三好さんと喋る事はなかった。

喋りたくもなかった。

けど、運命の糸は全くもって複雑怪奇。

彼女とはまたすぐに会う事になるのだった。

 

 

 

 

 

* * * * * *

 

 

 

 

 

始まってしまった。

私は止める事ができなかった。

でも彼女は、他の勇者部員に対して危害を加えようという素振りは微塵もなかった。

 

「本日、緑野麗が勇者システムを使用しバーテックスと交戦。出現した2体のうち1体を、単独で瀕死にまで追い込む活躍を見せました、っと」

 

報告を大赦に上げるにしても、別に悪い事は何も起きていない。

大赦は何をそんなに目の敵にしているのだろうか。

彼女を危険な目に遭わせたくない?

いや、大赦はそんな考えはしない。

世界を守るためだから、と言って私たちに半ば一方的にお役目を押し付けるのだ。

それに大赦のメールを見る限り、“彼女に勇者システムを使わせたくない” の方がしっくりくる。

麗の過去の事、後は念のため家系の事も。

1度ちゃんと聞いておいた方が良いかもしれない。



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第5話「週末騒動」

えー、大変ご無沙汰しております。
相変わらずの遅さですが、年末までにはもう少しマシなペースに戻せるかと思います。
何卒ゆっくりお付き合い頂ければ幸いですm(_ _)m


助っ人参戦から1夜。

ゆっちゃんと東郷さんのクラスに、転校生がやってきたらしい。

名は三好夏凜。

つまり転校生とは、大赦から派遣された新参勇者その人である。

 

「という事で、新しく勇者部に仲間入りしてくれる夏凜ちゃんでーす!」

「ちょっと、私は大赦から直々に派遣された完成型勇者よ。アンタらと馴れ馴れしくやるつもりは無いわ」

 

いいから座って、と部員に着席を促す彼女。

今日はどうも、彼女が大赦から持ってきたお土産……ではなく情報を私たちに教えてくれるらしい。

1日の授業も終わり、部室には5名の部員に1人が加わった計6名が揃っている。

 

「でも、一応は自己紹介しとくわ。私は三好夏凜。大赦で厳しいトレーニングを受け、勇者システムも最新型にチューンされた勇者の完成形よ。この勇者部とかいう緩んだ組織を立て直すために来たから、そこんところよろしく」

「って、箒を振り回しながら言われてもねぇ……」

 

ジト目の風さんがぼそりとこぼす。

 

「こ、これは完成型になるための修行なのよ!」

「でも危ないから止めた方が良いと思うわ。棚にでも当たって小道具が落ちて来たら大変だもの」

「……ま、まぁそんな事より!説明よ説明!」

 

東郷さんの指摘に一瞬固まったものの、すぐに立て直す。

論理は弱くても、勢いだけである程度何とかするタイプみたい。

使いようによってプラスにもマイナスにもなりうる、難しい人間だ。

 

「今から話すのは2つ。”精霊” と “満開” についてよ」

 

三好さんの説明を簡潔にまとめると、およそ次のような事だった。

まず “精霊” とは、勇者の戦いを助けてくれる存在。

その正体は、神樹様の中に蓄積された記憶や伝承が実体化したもの。

次に “満開” とは、勇者が強くなっていくためのシステム。

戦いの中で特定のアクションを起こすと勇者服のどこかにあるゲージが溜まっていき、満タンになると “満開” を発動し強大な力を振るう事が可能となる。

そしてこれを繰り返す事で、勇者はどんどんその力をレベルアップさせていく。

 

「とりあえず、私からあなたたちに話す事はこのくらいね。何か質問ある?」

「その満開って……1回使ったらずっと強い状態のままなんですか?」

「いいえ。時間経過で満開状態は解けるわ。でも、もう1度力を溜めれば使える。ゲージを溜めては解放し、また溜めては解放するって事」

 

なるほど。

このサイクルを回す事で、勇者としての力がどんどん強くなっていくってわけね。

 

「そう言えば私、ゲージ溜まった事あるかも。戦ってる最中、ちょっとだけだけど力が溜まるような感覚になった時があったんだ」

「おっ、じゃあ最初に満開して強くなるのは友奈かもしれないわね」

「えっ、やったぁ!私、もっともーっと頑張ります!」

「流石ね、友奈ちゃん。私も負けてられないわ」

「ま、完成型の私には劣るだろうけど」

 

強気なのは初対面の時から相変わらずだ。

三好さんを見てるとイライラしちゃうし、彼女と上手くやっていけるのかアヤシイところがある。

 

「他に質問は無い?」

 

今度は風さんが部員たちに問いかける。

 

「無さそうね。じゃあ、勇者部の本業、依頼の話もさせてもらうわ」

 

そう言うと彼女は、1人1人に “6月度幼稚園演劇会” と銘打ったプリントを配った。

内容は、地元の幼稚園からの人形劇の依頼。

以前にもやった事があるらしく、好評だった園児からのリピート願いを受けた形だそうだ。

 

「はい。夏凜にはこれも」

「はぁ!?これって……入部届じゃない!!」

「それがどうかしたの?」

「どうかするわよ!私は馴れ合いにきたわけじゃないって言ったでしょ!?」

「郷にいれば郷に従えってやつよ。ちゃんとした組織にしたいのなら、まずは部に所属して勇者部のお役目の方にも精を出す事ね」

「はぁ……全くしょうがないわね。やれば良いんでしょ、やれば」

 

ボランティア活動への参加を求められ、不服そうな三好さん。

でも私からすれば、なぜそれが気分を害する要因になるのか理解できない。

むしろ、他人の役に立ち、他人から感謝される事は至上の喜びではないのか。

部の運営上、一応彼女と仲良くした方が良い事は分かっている。

だがこうも考え方が違うとなると、馬が合わないのは必至だ。

現れたのは、勇者部でやっていく上での大きな障壁。

これを何とかせずして先は無いだろう。

 

(うーん、どうしたもんかなぁ……)

 

 

 

 

 

* * * * * *

 

 

 

 

 

「おっはよー」

「「「おはようございます!」」」

「アンタたち早いわねー。まさか、アタシと樹より先に来てる人がいるとは思わなかったわ」

「あ、でも実は、私たちもついさっき着いたところなんですよ」

「そんなに待ってた訳じゃないですよ、風先輩」

「麗もいるし……後は夏凜だけね。先に準備して待ってよっか」

 

……とは言ったものの。

ちゃんと正しい情報を彼女に伝えられていただろうか。

昨日の最終予定確認にも一応いたし、大丈夫だとは思いたいけど。

もし、夏凜が分かっているのに来なかったら?

いや、来れない事情があるとすれば?

……事故?事件?

 

「はぁ……」

「風さん、大丈夫ですか?」

 

つい出てしまった溜め息を、麗は聞き逃さなかった。

 

「あ、大丈夫大丈夫。ちょっと溜め息ついただけだから」

「その溜め息が心配なんですけど……」

「ふふ、ありがとう。でも、ホントに何でもないから。強いて言えば、疲れが溜まってるのかも」

 

心配をほぐすかのように、自分の右肩に左手を乗せてぐるぐると回してみせる。

経験上、麗は洞察力が高いタイプだと思う。

だから、全部嘘で塗り固めるとかえってバレやすくなる。

あえて事実を入れ込むのも、バレにくい嘘の特徴の1つって言うし。

 

「それで、本当は何なんですか?」

「っ!?」

「あ、図星だったんですね……すみません……」

 

素でこういう事を言ってくるのは心臓に悪い。

何も考えず、一途に心配してくれるだけの良い子なのか?

 

「ちょっと心配でね。夏凜がちゃんと時間通りに来るかどうか」

「他のメンバーが揃ってるだけに、なおさらですね」

「しっかりしてそうだし、時間までには来るような気がするのだけれど……」

 

東郷は気を紛らそうとしてくれたのか。

しかしその言葉をよそに、時間の5分前になっても彼女は現れない。

何度かメッセージを送ったが既読も付かない。

 

「お姉ちゃん……これって……」

「んー……待ってくれてる子たちには悪いけど、今日はやめにした方がいいかしら」

 

とそこへ、幼稚園の園舎から先生が1人出て来た。

 

「皆さん、今日はありがとうございます!よろしくお願いします!」

「あ、その事なんですけd」

「もう皆、楽しみで待ちきれないみたいで。今か今かとキリンの首で待ってるんですよ」

「そうですか、ありがとうございます!もうちょっとだけ準備したら始めますね」

「はい。お願いします!」

 

まずい。

これはひょっとして、ひょっとしなくても最悪のパターンだ。

 

「ねぇ、友奈」

「はい?何ですか?」

「もう1回だけ、夏凜に電話してみてくれる?」

「分かりました!」

 

心配の色が混じった真剣な表情で電話を呼び出す友奈を祈るような気持ちで見つめる。

この電話が繋がりさえすれば、まだ救いはある。

5分10分くらいなら、何とか理由を付けて待ってもらえない事も無い。

 

「風先輩」

 

困ったような顔で、ただ私の名前だけをポツリを呟いた友奈。

祈りは届かなかった。

 

「こうなったらしょうがない、夏凜抜きでやるわ。樹と東郷はサポートお願い」

「うん」

「任務了解です」

「友奈、ありがと。いける?」

「はい、大丈夫です!」

 

友奈も東郷も樹も、皆顔のどこかに不安が表れている。

やっぱり心配は心配なのだ。

 

「でも頑張らなきゃ。だって、勇者ですから!」

「そうね。じゃあ、始めるわよ!」

 

 

 

 

 

* * * * * *

 

 

 

 

 

「という訳で、上がらせてもらうわよ〜」

「おっじゃまっしまーす!」

「ちょっ、勝手に靴を脱ぐなぁっ!」

 

だが多勢に無勢、1人が5人を止める事などできない。

 

「夏凜ちゃんこんなの使ってるの?」

「ああああ触るなああああ!!」

「荷物その辺に置いといて。軽ーくおかず作るし」

「人んちのキッチン使う気でいるんじゃなあああい!!」

「あーいいからいいから。家主様はゆっくりしてなさい」

「いや、厳密には私は家主じゃないんだけど……ってそういう問題じゃないわよ!」

「夏凜さんのお家ってダンボール箱ばっかりですね。何が入ってるんですか?」

「何でもいいじゃない」

「じゃあ、開けてみてもいいですか?」

「何でそういう発想になるのよ!」

 

あー……大変だ。

勇者部って暴走するととんでもない事になるのね。

三好さんは正直好かないけど、こればっかりは同情するかも。

今のところ、まともなのは東郷さんくらいか。

 

「車イスじゃ中まで入りにくかったから、変身して入ってきたわ」

「「は?」」

「さっすが東郷さん!あったまいい!」

「「違う、そうじゃなああああい!!」」

 

やっぱダメだわこの人たち。

さっきだって、許可を得られずとも押し入ってサプライズを強行する作戦はまずいんじゃないかって言ったのに、誰1人として言う事を聞かなかった。

人を笑顔にする事に関しては手段を選ばない。

それがいい事なのか悪い事なのか……。

 

「帰って。全く、何なのよもう」

 

やってる事は不法侵入に近い。

警察でも呼ばれたらとんでもない。

殊に三好さんならやりかねない。

でもそれをしないあたり、悪い気はしていないのか。

 

「何って……はい!」

「えっ……何これ」

「夏凜ちゃん、」

「「「お誕生日おめでとう!」」」

 

……というのがやりたかったんだよね、勇者部員の皆様は。

いかに勇者部に憧れていたと言えど、これはちょっとどうなんだろう。

 

「な……何でアンタたちが私の誕生日知ってるわけ?」

「入部届。こないだバッチリ書いてくれたでしょ」

「あぁ、アレね。なら納得だわ」

「ほーら夏凜、言う事あるでしょ」

「は?」

「ん?」

「いやその……何て言うか。こういうの初めてだから……何て言ったらいいのか分かんないのよ」

 

へー、そういうところあるんだ。

顔真っ赤じゃん。

三好さんの事、ちょっとだけ見る目変わったかも。

 

「ありがとう」

「東郷……」

「日本古来より伝わる、感謝の言葉よ」

「あ……ありがと……」

 

ツンデレだと思えば、あの行動もこの言葉も意味が変わってくる。

 

「どういたしまして!」

「よーし、それじゃあ一同、朝まで飲み明かすわよー!!」

「お姉ちゃん、それ大人の人が言うセリフだよ……」

「ハァ……勝手にすれば」

 

あっ、照れましたね。

そうか、馬が合わないと思ったてたらそういう事だったんだ。

これは磨けば面白いタイプだ。

嫌いじゃない。

 

「ひょっとして勇者部って、変な人が集まる性質が……?」

「え〜、何だって〜?」

「わわっ、聞かれちゃいましたか。でも後ろから突然のご登場はびっくりするので、できればもう少しやんわりと……」

「ごめんごめん。先に聞いときたいんだけどさ、麗って明日時間ある?」

「明日ですか?勇者部の活動が無い限りは空いてますけど」

「そっか。実はちょっと2人で話がしたくて。昼からとかどう?」



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第6話「踏み出す者、踏み出せない者」

夏に片足踏み入れた、6月の昼下がり。

小洒落た喫茶店の扉を入り、窓際の席に目をやる。

彼女は既にそこにいた。

 

「随分と早いわね。言ってた時間までまだ30分もあるのに」

「そりゃあ、緊張しますから。先に着いてゆっくりコーヒーでも頂こうかと思っていたのですが」

「あら、邪魔しちゃったかしら。ごめんね」

「別に大丈夫ですよ。そんな事気にしませんし」

 

そんな会話をしつつ、彼女の向かいの席に腰掛ける。

 

「コーヒー飲むのね。中学生にしちゃ珍しくない?」

「そうなんですかね?私は世間様の相場があまり分かっていないので何とも……」

 

彼女は張り切るでもなく、しかし気を抜くでもなく。

そんな様子である。

白のワンピースと垂れるロングの黒髪とのコントラストが美しい。

 

「にしても、流石に風さんに “2人で話がある” って言われたら……ちょっと緊張しますよ」

「麗、アンタそんな事言って。お正月のマラソン大会の時の威勢を忘れたとは言わせないわよ」

「あ、アレは知らない人が相手だったからで。勇者部の鬼部長様ともなれば話がまた変わって」

「誰が鬼部長よ!女子力部長と呼びなさい女子力部長と!」

「すみません!参りました!」

 

参った麗の元に、1杯のコーヒーが運ばれてくる。

ウエイターはガラスの音一つ立てない丁重な仕草でカップを置いた。

 

「すみません、まだ来られないと思って先に頼んでまして……。風さんも何か?」

 

彼女はそう言ってドリンクメニューを差し出すが、それ以上に気になる事がある。

コーヒー豆をそのまま液体にしたかのような深みのある香りが、湯気とともに嗅覚を柔らかく刺激してくる。

 

「麗……この時期なのにホットコーヒー飲むのね……」

「緊張した時は、冷たいのより温かいのの方が落ち着くんですよ」

「でももう半分夏みたいなもんでしょ?そこは関係無いの?」

「関係、無い。ですね」

 

決めゼリフのように言う麗。

吹き出しそうになるのを慌ててこらえた。

 

「最近どう?転校しての学校生活とか、部活とか」

「ぼちぼちですね。楽しくやらせてもらってますよ」

「夏凜の事は大丈夫そう?前の戦闘でちょっと揉めてたから」

「まだ何とも言えません。ただ、昨日の1件でちょっと見直しましたかね」

「ふーん。詳しく聞いてもいいかしら」

 

それから麗は、夏凜がツンデレと思われる事、最初は馬が合わないと思った事、昨日を境に弱みが見えた気がして評価が変わった事などを話してくれた。

 

「私も似たような事は考えてたわ。からかい甲斐のありそうな子だってね」

「ふふ、からかいですか。でも三好さん、大赦直属って言ってましたよね?ぞんざいな扱いをしたら大赦に何されるか……」

「大丈夫よ。スキンシップの範囲内でやるから」

「それが時々怖いんですよ……特に勇者部の皆さん方は」

「怖い……ね。逆よ。逆」

「逆?」

「あそこまでのひねくれ方してるのよ。こっちもそれなりの強さで対応しなきゃ牙城は崩せないわ」

「なるほどですね」

 

それから紅茶とサンドイッチを注文し、色々な事を話した。

樹の事、友奈と東郷の事。勉強の事、勇者部の活動の事。

樹海に大赦、バーテックスの事。

どの話からも、彼女が精力的に毎日を過ごしている事が感じられた。

やはり、大赦にマークされている要注意人物とは思えない。

そのうち話題は、麗の家の事へと移った。

 

「麗の家ってどの辺なんだっけ?」

「学校の辺りからちょっと川を上った所ですね」

「お、ひょっとして友奈とか東郷の家の辺?」

「もう少し上流です。学校から歩いて20分くらい、と言えば分かりやすいですかね?」

「うーん、まぁ何となく想像はつくわ。今は1人暮らしだって言ってたっけ?」

 

その問いに、麗の眼が泳いだ。

 

「はい。と言っても、生きていく上での必要最低限しかできませんけど。家事にせよ料理にせよ」

「十分よ。偉いと思うわ」

 

恐らく、この辺りに何か秘密がある。

 

「うーん……って事は、詫間の方から引っ越してきたのよね。ご両親は詫間に残られて、って感じなのかしら」

「いえ、両親はその……どこに行ったのか分からなくて。私が小さい頃に失踪したって聞いてます」

「あっ……そう……」

 

途端に空気が重くなる。

隠していると感じたのはこの事だったのか。

自分の洞察力の低さを悔やんだ。

 

「ゴメンね……気を悪くさせるような事聞いちゃって」

「全然、全くもって大丈夫ですよ。いつかはちゃんとお話ししなきゃと思ってたので」

 

彼女の浮かべた微笑が、私をほんの少しだけ救ってくれた。

 

「それに失礼ながら、風さんのお(うち)も近い所があるんじゃないですか?」

「ハァ……麗には敵わないわ。まぁそんな所。にしてもよく勘づいたわね」

「樹ちゃんの様子を見てたら大体分かりますよ。後は、私自身が “そういう出来事” の経験者ってのもあるとは思いますけど」

 

そう言うと、麗はカップに残っていたコーヒーを飲み干した。

湯気はもう立っていない。

 

「すみません。何だか湿っぽくなっちゃって」

「大丈夫よ。こっちこそゴメン。でも、麗の事を知れて良かったわ」

「私もです。もし良かったら……なんですけど、またお話できませんか?」

「えぇ、もちろんいいわよ。でもその前に」

 

店内のBGMが消え、一帯が静寂に包まれている。

麗の手には既にスマホが握られていた。

 

「はい。さっさと終わらせましょう!」

 

 

 

 

 

* * * * * *

 

 

 

 

 

「お姉ちゃん、こっちこっち!」

「樹、東郷も!遅れてゴメン!」

「夏凜ちゃんが先に前線に出てます!友奈ちゃんも後から行ってくれたんですけど」

「あちゃー、またか……」

「私も行きます。敵は4体、こちらが2人では不利です!」

「OK、こっちも加勢するわよ!東郷、後ろは任せる!」

「お任せ下さい。必ずや任務を完遂してみせます!」

 

敵は4体。

2体だった前回から一気に倍に増えた。

3回の侵攻で勝てない事を悟り、増援したのかもしれない。

 

「風さん!敵は射手座・魚座・天秤座・双子座の4体です!」

「ありがと!じゃあ作戦を伝えるわ!」

 

麗から言われた名前と視覚情報とから、急造ではあるが作戦を組み立てた。

スマホを取り出し、全員に向けて発信する。

 

「友奈と夏凜は、今相手してる天秤座をやって!樹は双子座、脚が速いからワイヤーで転かせつつ絡め取るのがいいかも!魚座は麗に任せる!奥にいるのはアタシが行くわ!」

『『『了解!!!』』』

 

夏凜は強い、友奈も格闘技にハマってるだけあって生半可な強さじゃない。

樹は少し心配だけど、東郷がサポートしてくれれば恐らく大丈夫。

麗に魚座を任せたのは半分賭けだ。

前回の戦闘を見る限り、多分大丈夫だと思うのだけど。

 

「任せた分、アタシもやるわよ!」

 

大剣を構えて突進。

徐々に増すスピードに重さを乗せ、強烈な一撃を見舞うつもりだった。

だが先に相手が動く。

 

「ん?口を開けた……」

 

開いた射手座の口から大量の赤い矢が射出される。

 

『風先輩を狙ってます!気をつけて下さい!』

「そうみたいね!」

 

ここはバリアに任せて突っ切るしかない。

 

「頼むわよ、犬神!」

 

勇者部の面々がバリアのお世話になっていたのは見てきたが、自分で使うのは初めてだ。

祈るような気持ちに、剣を握る手にも力が入る。

そして、矢の雨が降り注ぐ。

 

「くっ、こんのおおおおぉぉぉぉ!!」

 

威力は見た目以上らしい。

バリアに守られているとは言え、重厚な衝撃が上から覆い被さってくる。

しかしそれに呼応するように、1つ2つとゲージが溜まる。

あえてこのまま攻撃を受け続けて満開を発動するのも1手だ。

だがそれでは加勢に行くのが遅れてしまう。

 

「一撃、食らええええぇぇぇぇ!!」

 

大剣を居合の如く構え直し、最後の間合いに入る。

とその時、不意に雨が降り止んだ。

バーテックスの第2の口が開き、黄色に光る長い矢が装填される。

 

「狙ってる向きが違う……東郷!?」

 

遠距離には遠距離で。

東郷へのアンチ作戦と言わんばかりのやり口である。

 

「させるかあぁ!!」

 

スピードと重量の乗った大剣をアッパースイング気味に振るい上げる。

こちらの攻撃、相手の攻撃、どちらが早かったかは分からない。

ただ確かなのは、勢い全部乗せアタックによって射手座の身体がほぼ真っ2つになっている事だ。

 

「もう、ひとーーーーーつっ!!」

 

跳躍し、切れかかっている部分に追い斬撃を加える。

射手座はたまらず、2つに割れながら墜落した。

 

「封印開始!」

 

傍目には瀕死にも見える射手座をさらにもう1殴りし、気合いで御霊を吐き出させる。

出るなり、御霊は高速で身体の周辺を旋回し始めるが——

 

「これだけなら簡単だわ。必殺、回転斬り!」

 

自身の身体を軸に、回転しながら大剣を振り回す。

シンプルだが、相手の行動もシンプルなので問題ない。

御霊は回るスピードが仇となり、逆回転する大剣に高速で衝突・飛散した。

後方を見やると、友奈と夏凜の相手していた天秤座も終わったらしい。

残るは魚座・双子座の2体。

この分だと今回も勝てそうだ。

 

「まずは半分。今日もいけそうね……」

『お姉ちゃん……東郷先輩が!!』

 

 

 

 

 

* * * * * *

 

 

 

 

 

「友奈と夏凜は、今相手してる天秤座をやって!樹は双子座、脚が速いからワイヤーで転かせつつ絡め取るのがいいかも!魚座は麗に任せる!奥にいるのはアタシが行くわ!」

 

風さんは1番奥の射手座の所へ突っ込んでいった。

ゆっちゃんと三好さんは早くも封印を始めている。

世界最速の2足歩行生物(?)に対しては、樹ちゃんがワイヤーを放っている。

 

「で、私の担当は……コレですか」

 

魚座と言うが、本家の魚には程遠いビジュアルである。

地中を潜行している点だけ、辛うじて魚ポイントかもしれない。

 

「とりあえず出てきてもらわないとね」

 

上方の根に飛び移り、潜行位置に向かって2、3発試し撃ち。

相手はこちらの位置を認識したのか、頭部をむくりと持ち上げた。

 

「よしきた!その首、頂きますよ!」

 

高台から飛び降りながら、銃剣の切っ先を敵に向ける。

銃剣による銃撃の威力は、東郷さんの両手銃には程遠い。

だからダメージを与えるには剣部分を使った方が良いのだ。

だがバーテックスも一筋縄ではいかない。

黒い有毒ガスの様なものを吹き出した。

 

「バリアの存在をご存じで?」

 

デフォルメ版八咫烏が現れ、薄い膜を作り出す。

バリアは衝撃こそ貫通するものの、直接的には相手の攻撃に触れない仕様である。

黒煙の中を突っ切り、斬撃一閃。

決まるはずだった。

 

「いない……逃げた?」

 

立ち昇るガス煙の中を探すが、見つかるはずもない。

視界の悪さに一旦退避しようと脚に力を込めたその時、魚が足元からド派手に登場。

宙に身体が投げ出される。

何が起こったのか理解できなかった。

そして、理解するまでの時間も与えられなかった。

 

「うわっ……ああぁ!!」

 

気づけば私は、神樹の根の最下層に横たわっていた。

状況を整理しながらゆっくりと立ち上がるが、身体が思うように動かない。

武器もどこかへ行ってしまった。

身体が宙に浮いたのは、足元から打ち上げられたから。

その後、おまけで殴られでもしたのだろう。

やはりバーテックスの戦闘力は人間のそれをとうに超えている。

 

「バリアが無きゃ……死んでましたよね……」

『麗ちゃん、大丈夫?』

 

そこへ東郷さんから通信が入る。

 

「何とか。バリアで守ってもらったおかげかな」

『良かった。天秤座はもう終わりかけだから、麗ちゃんは魚座を追いかけてもらって大丈夫よ。双子座がなかなか厄介だから、ちょっと手伝ってほしいのだけど』

「分かった。すぐ行くよ」

『ありがとう。頼んドン……ザ……ザザ……』

「東郷さん?もしもし?」

 

爆音と共に東郷さんとの通信が途切れた。

そして悪い予感に追い討ちをかける様に、樹ちゃんの悲痛な声が電話口から聞こえてくる。

 

『お姉ちゃん……東郷先輩が!!』

 

まずい事になった。

樹ちゃんが錯乱している。

レーダーはまだ双子座と魚座を感知しているから、倒した訳ではない。

もし仮に東郷さんが一時的に戦闘不能に陥ったとすると——

 

「世界が終わる!」

 

辛うじて動くようになった身体を使役し、双子座の元へと急ぐ。

レーダーを見るに、未だ高速移動を続けている様だ。

しかし魚座の放つガスに視界が妨害されるせいで、双子座をなかなか視認できない。

 

「風さんは最前線、ゆっちゃんと三好さんも私より前にいる。今動けるメンバーで何とかできるのは私だけ」

 

勇者アプリを操作し、武器を再度呼び出す。

何とかここから追いつけないものだろうか。

もう1つ、後1歩、力になれないだろうか。

 

「私しか……いないんだっ!!」

 

人はこんな事を言う。

奇跡を信じよ、と。

されど人はこうも言う。

奇跡など起こるはずが無い、と。

しかし、当の本人にとってはそんなのどうでも良い事なのだ。

ただ何かのために一生懸命になっている、それだけを考える。

その結果生み出される極限の結果を、周りの人間が奇跡だとかそうでないとか後出しジャンケンで議論しているに過ぎない。

 

「できるかできないかじゃない、やるんだっ!!」

 

八咫烏が現れ、白く光る。

それは私の中へ流れ込んできた後、背中にブースターの様なモノを発生させた。

半機械、半生物の黒い翼が装着され、緑白の勇者装束に所々黒い線が走る。

あたかも別次元から迷い込んだ異邦人かの様な、奇妙な様相である。

しかしそんな事はお構いなしに、私はブースターを起動した。

身体にGがかかると共に、急激にスピードが上がる。

 

「……」

 

感じた事のない高揚感と緊張感。

食いしばる歯に一層の力がこもる。

ブースターと共に現れ出た漆黒の銃剣を手に、双子座との距離を詰めてゆく。

武器は先に使っていたものより少し短く、太くなっている。

恐らく射程距離を犠牲にし、威力を上げたものだろう。

1発、煙の中に弾を撃ち込む。

煙が四散し、着弾地点の辺りの視界が改善される。

が、奴はいない。

煙の散り方を見ると、弾の方はかなり威力がありそうだ。

もう1発。

今度は見つけた。

まだ奴は走り続けている。

神樹本体まで残り1km少しと言ったところか。

一撃で仕留めるために至近距離まで近づきたいが、時間差で本体に到達されたら終わり。

私と双子座、どちらが目標物に早く近づけるか。

ある意味チキンレースかもしれない。

近づく。

 

「……」

 

また近づく。

 

「……」

 

さらに近づく。

 

「……」

 

私の勝ちだ。

 

「吹っ飛べええええぇぇぇぇ!!!!」

 

頭上から渾身の1弾をぶっ放す。

双子座は走り続けている。

走り続けながら、頭部から虹色の光を出す。

そして、砂と消えていった。

 

「はぁ……はぁ……」

 

地上に降り立つと、翼は失せ装束は戻り、銃剣も元の形へと姿を変えた。

全く奇跡の様な時間だった。

見上げると、そこには巨大な神樹。

世界崩壊のカウントダウンはどうにか止められた。

が、まだ樹海化は戻らない。

 

「勇者ああああパーーーーーーンチ!!!!」

「お前の相手は、この三好夏凜だああぁぁ!!!!」

 

神樹と逆の方向には、魚座にパンチをお見舞いするゆっちゃんと三好さん。

それと別に、樹ちゃんを励ましながら東郷さんを起こしている風さん。

状況は確かに終盤、だがまだ終わっていない。

 

「最後の1踏ん張り、もうちょっとだけ頑張らなきゃ!」

 

再度相見える魚座。

先程と異なるのは、人数が3倍となっている事。

これなら負ける気がしない。

 

「吐き出せ、御霊ぁ!!」

 

ズブリ。

勢い任せて、刺した銃剣。

この感覚。

やっぱりそうだ。

覚えている。

私は “切った” んじゃなかった。

あの時、私は “刺した” のだ。

え、あの時?

あの時っていつの事?

それが思い出せない。

けど、この手には確かに赤い鮮血がベッタリと付いていて——

 

「あ……あぁ、あ……」

「麗ちゃん、大丈夫!?」

「いや……違う、違うの……」

「夏凜ちゃん、封印お願い!」

「ちょ、友奈!人遣いが荒いわよ、全く……封印開始っ!!」

 

ゆっちゃんが私の所へ来てくれた。

三好さんがバーテックスに剣を突き刺し、御霊を出させる。

戦いは終わりだ。

安心感が心を包む。

けれど、包まれる心は恐怖でいっぱいだ。

何だろう。

矛盾で心が潰れてしまいそう。

 

「麗ちゃん、大丈夫……?」

 

あぁ、ゆっちゃんはこんなにも私の事を気にかけてくれるのに。

私はただ、震えて立ち尽くす事しかできないなんて。

 

「待たせてゴメン!皆、大丈夫?……麗?」

「麗ちゃん……大丈夫だよ。私が側にいるから……」

 

風さんまで来てくれた。

何とまぁ、情けない。

情けない私。

所詮、奇跡は奇跡でしかなかったのだ。



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第7話「噛み合う歯車」

長らくお待たせ致しましたorz
リアルが落ち着いてきたので、またぼちぼち更新していきます。


もしかしてモテ期というやつなんだろうか。

風さんに続いて、初対面の人にも “2人で話がしたい” なんて言われてしまった。

今日のお相手は、茶色がかった髪を後ろで短く纏めた元気娘だ。

これで男子だったら言う事無かったんだけど。

話を聞けば、どうやら同い年らしい。

 

「それで、勇者部に突然増えた変人の事を探りに来た……と」

「ちょっと!そんな事言ってないって!」

「冗談ですよ。にしても、ほんと元気ですよね。学校でもクラスの中心になってたりするんじゃないですか?」

「うーんどうだろ。半分当たってるかな」

 

明後日の方向を向きながらはぐらかす彼女。

威勢の良かった眼差しが一瞬弱まる。

 

「ちょっと前まではそんな感じだったんだけどね。色々あって」

「そうなんですか……」

「あーいや、そんな大層な事じゃないんだ。ちょっと引っ越しただけ」

「引っ越しですか。今はどこに?」

「大橋市ってとこ。瀬戸大橋の近くだよ。緑野さんは、さっきこの辺りだって言ってたっけ?」

「そうですね。1人暮らしですけど」

「ヘぇ〜1人暮らしなんだ。アタシも似たようなもんだし感覚分かるかも」

「料理がめんどくさくて。何作るか考えるのが特に」

「そういう時は焼きそば!美味しい焼きそば作れば全て解決!」

 

言うが早いか、相手は焼きそばの魅力について語り始めた。

麺はどこのメーカーのが良いとか、ニンジンは地元の直売所のが最高に美味しい、とか。

目を輝かせて熱弁を振るう彼女には、リスのような愛らしさがある。

リスがどんぐりなら、彼女には焼きそばといったところか。

焼きそばを食べるリスなんているのだろうか、なんて想像をしていたら思わず笑みがこぼれた。

 

「何だよ〜。何かおかしい事言った?」

「ふふ……いや、大丈夫ふっ……」

「全く、失礼しちゃうなぁ。でも、初めてちゃんと笑ってくれた」

「え……?」

「今までは何だか浮ついたような感じがしててさ。気のせいだったらゴメンね」

 

確かに彼女の言う通りではある。

これまでは気を遣ってあまり素で関われていなかった。

目の前の彼女は、左腕を力なさげにぷらんとぶら下げている。

普通こういう時はギプスやら包帯やらで固定するのだろうが、そんな事はしていない。

どうも不自然なのだ。

それが気になって、どこか上の空になっていた自分がいた。

しかしそれを、初対面にも関わらずきちんと指摘してくるのだ。

尊敬と畏怖の念が心の中に渦を巻き始めた。

 

「緑野さんと話してると、何だか昔の親友を思い出すな」

「親友……どんな人だったんですか?」

「よくぞ聞いてくれた。とにかくお堅いんだよ。君に似てるかも」

「私に?」

「生真面目な委員長キャラで、一切の妥協ナシって感じ。でも変なところにこだわりがあったり、女の子な所があったり。何だかんだ可愛いやつだったよ、須美は」

「スミ、というのがその人のお名前なんですか?」

「そう。また会えるといいな」

 

言う気が無くとも、その名前が口を突いて出てくる。

そんな素晴らしい関係に私が恵まれる事は生涯無いだろう。

 

 

 

 

 

* * * * * *

 

 

 

 

 

「またこれだけの戦力で……攻撃の手が止みませんね」

「まぁ数が減っただけ先週よりかマシよ」

「でも、前の時か今日に纏めて一気に来た方が、向こうとしては良かったと思うんだけど。何か狙いがあるのか、あるいは制限があるのか……」

「確かに、何だか気になりますね」

「ごちゃごちゃ言ってても仕方ないわ。これで12体のバーテックスはコンプリートするんでしょ?だったら殲滅あるのみ!」

 

言うが早いか、夏凜が勇者服を身に纏う。

それに釣られて、他のメンバーも次々に変身していく。

今回の敵は “水瓶座” “蟹座” “獅子座” の3体。

部員たちは若干の不安がある一方で、前回の4体襲撃よりは簡単だろう、という空気感で臨んでいるように見える。

1人を除いて。

 

「麗」

「はい」

「今回は東郷と一緒にいて。銃で遠距離サポートを頼みたいの」

「はい」

 

麗は前の発作を気にしているのか、神妙に話を聞いている。

 

「大丈夫。”アレ” が迷惑だなんて誰も思ってないわよ。アタシはただ、麗がやりやすいようにやってくれればいいって思ってる」

「はい」

「今回は剣を使うのはナシで。最悪、先っちょだけ刺して牽制するくらいにしといて」

「分かりました……善処します」

 

麗が戦えなくなるのは何かを “切った” 後なんじゃないか、と友奈が言っていた。

だとすれば、近接戦闘を行わなければ問題は無いという事になる。

彼女の気が沈んでいるように見えるのが気がかりだけど。

 

「麗ちゃん、あなたがそばにいてくれると心強いわ。頼むわね」

「うん、まぁ……頑張るよ」

「何かあったら言って。その時は私があなたを守るから……友奈ちゃんの方が優先だけど」

「えっ?」

「いやだわ。ほんの冗談よ」

 

東郷が声をかけてくれたおかげで、少し麗の表情が明るくなった。

しかし、東郷の冗談が冗談に聞こえないのはなぜだろうか。

 

「皆、いい?戦いは今日で終わり。最後だし、アレやっとこ!」

「お、いいですね!」

「アレって何よ」

 

各々、横のメンバーの肩に腕を預け、円陣を形作る。

麗も察しよく輪に加わった。

困ったように立ちつくしたのは夏凛。

1人、できかけの円を見つめている。

 

「ほら、夏凛ちゃん」

「え?どうするのよコレ……こんなの知らないわ」

「いいから、こっち!」

「えっ、ちょっ!?」

 

友奈が強引めに夏凛をねじ込み、綺麗な(?)一円が完成した。

 

「もう、何なのよ……」

「夏凛ちゃん、覚えておいて。これが勇者部の気合の入れ方よ」

 

一言補足を入れてくれた東郷が、自分の方を見つめてくる。

宝石をはめ込んだ様なその目には、燃えるような闘志が宿っている。

東郷は、最初からすると考えられないくらい成長した。

友奈も負けじと、勇者部の先頭に立って皆を引っ張ってくれた。

樹は、ずっと側にいてアタシの支えになってくれた。

夏凛は曲者だったけど、少しずつ順応し立派な戦力として活躍してくれている。

その期待にアタシが応えないで、一体他に誰が?

アタシは勇者部の部長なんだ。

 

「皆、聞いて。今日出てきた3体で、12体の敵はコンプリートになるわ。さっさと終わらせて、パーッとやるわよ!」

「あ、それ私知ってます!パーッと、ってお父さん時々言ってます!」

「それは中学生が言って大丈夫なの……?」

 

ジト目を向ける樹を、友奈は全く気にしていない。

全く、天真爛漫というか何というか。

 

「とにかく倒せばいいんでしょ?私に任せて、アンタは後ろで休んでなさい」

「夏凛ちゃんはそう言って前に行きすぎなのよ。後ろから見てる私の身にもなって」

「かく言う東郷は心配性すぎるわ。もっと仲間を信頼しなさいよ」

「ん〜?三好の夏凛さん、今、何て仰いました〜?ちょっと、よく、聞こえなくて〜」

「うるさい!さっさとやる事やって出撃する!早くしろ犬部長!」

 

待ちきれずに円陣を抜けようとする夏凛。

おかげで早口で締めの言葉を言うハメになってしまった。

まぁグダグダしちゃった分、悪いのはアタシなんだけど。

 

「誰が犬か!まぁ要するに、早く帰るわよ!でもくれぐれも気をつけて」

「「「はい!!」」」

「それじゃ、勇者部……」

「「「ファイトおぉ!!」」」

 

掛け声と共に離散。

各々、連携の取りやすい位置どりに陣を構える。

最前線は夏凛が担当し、サポートに友奈。

樹のサポートでアタシが真ん中で中継し、最後方に東郷という配置だ。

 

「敵に動きあり。2体のみ進撃してきます。獅子座はじっと動きません」

 

対するバーテックスは、前衛2体に後衛1体の構成らしい。

まだ攻撃を撃ってこないので確証は持てない。

とは言えこれまでの経験からすると、およそ見当違いではなさそうだ。

手前2体は、蟹座と水瓶座。

まずはこれをどう攻略するかを考えなければならない。

しかし一方で、手前に気を取られると前回の二の轍を踏む可能性もある。

 

「皆、まずは手前2体からいくわ。集中放火で短期決戦に持ち込む。夏凛と友奈は水瓶座をお願い。蟹座はアタシと樹でやる。いい?」

『『『はい!』』』

「それから東郷、あと麗」

『はい』

「2人は視野を広く持って、戦況を考えながらサポートして。得意分野じゃない?」

『もちろんです。ただ、前回は後衛の私を狙った攻撃がありました。今回も相手は似た布陣ですし、可能性としては十分あるかと思うのですが』

「そこは、移動しながらのサポートでカバーして。狙撃は難しいかもしれないけど」

『そういう事なら。実は私、両手銃以外にも使える武器があるんです。小回りも利くので、今回はそちらを使っておきますね』

「了解。じゃあ、頼んだわよ!」

 

 

 

 

 

* * * * * *

 

 

 

 

 

バーテックスが1-2の態勢なのに対し、勇者側は2-4。

風は、陣形が崩れて前衛バーテックスを取り逃がす事を警戒していた。

また前回のジェミニの様な敵が現れないとも限らない。

もし何かあった時には、麗に対処を任せる気でいた。

しかし彼女とて前科がある。

その本領が発揮される事があれば、最後の切り札としてのみだ。

序盤、戦闘はまず順調に推移していた。

友奈・夏凜ペアは水球の猛攻を受けつつも、躱しながら1発1発、確実にダメージを与えてゆく。

夏凜が刃を投げて気を引き、その間に友奈が一気に間合いを詰めるという芸当はまさしく息ぴったりである。

もう一方、部長シスターズも負けてはいない。

樹がワイヤーを敵に絡ませ、動きを封じたところに一撃を叩き込む風。

その高い攻撃力は、樹の小技で最大の効果を発揮する。

戦況は勇者有利と言って差し支えない。

そんな中、最後尾から俯瞰する東郷は胸騒ぎを感じていた。

 

「あいつ、いつまであそこに居座るつもりなのかしら」

 

視線の先には、獅子座バーテックスが悠然と浮かんでいる。

動きもしなければ攻撃するでもない。

ただ、壁と神樹の端との間を静かに漂っている。

その風貌は、何かを待っているかの様にも見えた。

しかしいかに神の先鋒と言えど、待つだけで勝利を掴む事はできない。

キャンサー、アクエリアスの前衛2体は、早くも封印の祝詞に捕縛されていた。

 

「よし、アレを潰すわよ!」

「はい!もうすぐこっちも終わります!」

 

そこへ、麗の悲痛な叫びが聞こえてきた。

 

「皆、逃げて!」

 

キョロキョロする4人の目に、太陽の如き大火球が映る。

刹那、火球が発射される。

それと同じタイミングで、4人とも後退を試みた。

だが無傷とはいかない。

 

「皆、大丈夫?」

「うん、麗ちゃんのおかげで何とか!」

「ほんとよね。通話繋ぎっぱなしじゃなかったらどうなってたか」

「アレは直撃したらヤバそうね……」

「あ、でも見てください!」

 

前衛バーテックス2体は爆風で押し戻されたらしい。

レオの付近に2体が固まり、陣形を立て直している。

 

「バーテックスが壁の方に!これってチャンスじゃ?」

「次が来る前に畳み掛けるわよ!」

 

樹の気づきに風が呼応し、一気に間合いを詰める。

だが、敵も考えなしに後退した訳ではなかった。

中央に座すレオが他2体を変形させ、自身に合体させた。

ただでさえ大きいその身体は一層巨大となり、全貌を目に収めるのもやっとである。

 

「な、何なんですかアレ」

「大きすぎるでしょ……」

 

ひるむ勇者に対し、すかさず攻撃が入る。

水と炎の弾が乱射され、そこかしこに大小の穴ができる。

前に詰めていた4人は根の陰に隠れた。

一帯に無数の爆発音がこだまする。

そうして1分が経っただろうか、爆発が止んだ。

しかし、なかなか煙が晴れない。

 

「この湿気……分かった、蒸気よ!外側に出れば、バーテックスが見えるはず!」

「オッケー、それじゃあ……」

 

夏凜の言葉を受け、風はその場で思い切りジャンプをした。

高度が上がり、霧を抜け、彼女の目に映ったものは。

 

「下がって!!今すぐに!!」

 

風は叫んだ。

目の前に浮かぶ太陽は、風とは逆に降下を始めていた。

その動きは、とてつもなくゆっくりに見えた。

わずか数秒の滞空時間さえ、悠久の時の様に感じられた。

されど数秒。太陽が接地する。

恐ろしいまでの強い光と爆風が、風の身体に襲いかかった。

思わず目を閉じた彼女が再び目を開けたその時、バーテックスは自らの頭上を越え、神樹側へと侵攻していた。

麗、東郷の2人が銃撃を加えているが、効いている様子は微塵も無い。

振り返って前方を見やれば、そこには力無く倒れた3人の姿。

後ろも前も気にしなければならない。

しかれど身体は1つ。

風の頭はショート寸前だった。

 

「もう一発逆転を狙うしか無いわね……部長の責任を取るには!」

 

腿のゲージに手を当てる。

力が溜まっているのが感じられた。

それを一気に解放するよう念じる。

 

「アタシの本気……満、開!」

 

辺りから糸を引くように光が集まる。

その光球の中から、大剣を持った天女の様な出で立ちの風が現れる。

まずは最優先、ゴールに近づくバーテックスに突撃を仕掛ける。

剣の柄を構えての突進は、相手の体勢を大きく崩した。

麗と東郷は一瞬、何が起きたかと混乱した。

だが光の中を浮かぶ風の姿を見つけ、すぐに事を理解する。

 

「風先輩!」

「心配かけたわね!これならいけるわ!」

 

風は再度攻撃を加えようと、突進の構えを見せる。

だが敵も同じ手は食うまいと、体勢を戻しつつ巨大な水球を放つ。

刹那、歯ぎしりをした風の目の前で水球はぱっくりと2つに割れた。

旧約聖書のモーセの如く、風の左右を水球の片割れが通過する。

演出担当はいつから起きていたか、満開状態の樹であった。

 

「樹!アンタ……!」

「お姉ちゃんと一緒なら、どんな事だって怖くないよ。……行って、お姉ちゃん!」

「うん、分かったわ!」

 

後顧の憂いを絶った風は、大弾を放って隙のできた敵に渾身の攻撃を見舞う。

振りかぶった大剣は鈍い音を散らし、巨体を吹っ飛ばした。

その先には、これまたいつの間にか夏凜が待ち構えていた。

4本の剣を以って1人で陣を描き、御霊を引き摺り出そうと試みる。

 

「夏凜さん、私も手伝います!」

「ありがと、樹!」

 

満開状態で繰り出されるワイヤーは、通常の時と桁違いの威力を誇る。

バーテックスの身体をこじ開け、御霊を引っ張り出す……はずだった。

 

「え、御霊が無い?」

「樹、アレ!」

「どこですかって、ええぇ!?」

 

夏凜の指差す先は、天上であった。

すなわち宇宙。

風と樹の満開は先に使用している関係上、そう長くは保たない。

天を仰いで迷う風に、東郷の声が聞こえてくる。

 

「私が行きます!」

「頼むわよー!東郷ー!」

 

東郷も満開の力を使っており、その背には多数の銃口が搭載されている。

ただ夏凜は心もとなく思ったらしく、

 

「アンタも行くのよ!いつまで寝てる!」

「ふえぇぇ!?起きてる、起きてます起きてるよ〜!」

「本当?まったく、しょうがないわね」

 

まだ倒れていた友奈に剣を飛ばし、叩き起こす。

あわや同士討ちかというところだったが、友奈も野生の勘があったか寸前で飛び起きた。

そこへ東郷が手招きする。

 

「乗って!友奈ちゃん!」

 

友奈は力強く頷き、東郷の満開船に飛び移る。

そのまま船は、宇宙に向かって加速してゆく。

強烈なGがかかるが、徐々に弱くなる。

だが宇宙空間に出ても無重力にはならず、息もできた。

宇宙について見識のあった東郷は違和感を感じたが、友奈は全く気にしていない様子である。

御霊に近づくにつれ、東郷の満開も限度が近づいていた。

 

「友奈ちゃん。私が残る全力で1発撃つから、そこにありったけの力を込めてパンチ。これでいける?」

「もちろん。東郷さんがここまで運んでくれたんだもん。私の全力、ぶつけてくるよ!」

「行ってらっしゃい。またね」

「うん、行ってくる!」

 

友奈は台座を蹴り、御霊へと跳躍する。

東郷もそれを見届けると、残る力を振り絞り大きな弾を生成。

 

「目標、獅子座が御霊。砲撃用意……撃てっ!」

 

目標物に向けて放つ。

青白い光弾は友奈を追い越し、御霊に直撃した。

表層の攻殻が壊れ、中の砂がこぼれ落ちていく。

しかし敵もこれが最後と分かってか、瞬時に修復を試みる。

 

「させるかぁー!満、開!!」

 

友奈の解放せし力は、左右1対の巨大な拳。

普段の戦闘から拳を使う彼女には、相性抜群の力である。

右腕を引き、思い切り前へと繰り出す。

先の攻撃で生じた穴の中心部は、修復が間に合っていない。

中へ、もっと中へ。

友奈は左の拳も繰り出した。

脆く崩れ始めている部分が増え始める。

いける、と友奈が感じた次の瞬間、彼女の身体は全く動かなくなってしまった。

視界も真っ暗、星の灯りすら見えない。

結城友奈は閉じ込められてしまった。

 

「……!友奈ちゃん!!」

「大丈夫、東郷さん!私がいる!」

 

祈るように東郷が見つめる先には、ジェットブースターを装備し飛んできた麗の姿。

銃剣の銃口を正面に構え、前に突き出している。

先端が御霊にぶつかり、ガッ、と硬い音がした。

その音と同時に、麗は引き金を引く。

御霊の一角が岩石のように崩れ落ち、友奈の脚が見えた。

東郷同様に下から飛んできた麗の力は既に限界だったが、

 

「これに賭ける!」

 

もう1突きおかわりし、また撃った。

砂が大きく崩れ、今度は友奈の全身が自由となる。

 

「ありがとう!」

「行けぇ!行っちゃえ!」

「うん!これで……!」

 

友奈は両足を攻殻部分に引っ掛けて踏ん張り、全体重を乗せた一撃を打ち出した。

 

「おおおおおおぉぉぉぉ!!!!」

 

なおも2発、3発と殴る、殴る。

その振動が核に届いたのか、御霊は自壊を始めた。

 

「はぁ、はぁ……やった、よ……東郷、さん……」

 

壊れゆく天の魂の様に、友奈の身体もまた力が抜けていた。

自由落下が始まる。

重力が段々と強くなる。

満開状態の解除とともに、彼女の意識は途切れた。

 

 

 

 

 

* * * * * *

 

 

 

 

 

「というのが、今日あった事の顛末です」

『うん、分かったよ。ありがとう』

 

クーラーのよく効いた涼しい部屋にあって、鋼鉄のごとき冷たい声。

その冷たさは、形こそ違えど両者ともに携えているものだった。

 

「では、私はこれで。もうすぐ彼女も帰ってくる頃でしょう」

 

そう言うと仮面を被り女性の声で話している人物は、薄暗い部屋の入り口の方を向いた。

 

『そうなの?』

 

もう1人の女声を発する人物も、つられて入り口に視線をやる。

そこには満身創痍といった様子で帰ってきた、中学生くらいの少女が神官に囲まれて立っていた。

 

「あはは、捕まっちゃった……あはは……」

『おぉ〜、なかなかの逃避行だったようですなぁ。話は聞いておるぞ、ふぉっふぉっ』

「んな事言ってないで、助けてくれよ〜」

『うむ。ヘイ、その者を解放せよ』

 

電子音の混じった声がそう言うと、呼ばれた面を被った男たちは帰還者を部屋へと押し込んだ。

これでは解放と言うより捕獲である。

そして役目を終えた追跡者たちは、すごすごと部屋を後にする。

重い金属音が、部屋を固くかたく閉ざした。

 

「はー、疲れちゃった。やっぱ隠れてコソコソやるのは向いてないや」

『お疲れ様。いつも無理強いしちゃってごめん』

「いいよそんなの。お前は見張り厳しいからな。まだ動けるアタシが頑張らなきゃ、って感じだろ」

『……それで、どうだった?』

 

堅くなった2人の表情をろうそくが照らす。

少し間が空き、

 

「会えたよ。今回は」

 

ノートパソコンを持った少女は、暗く赤い天井を仰いだ。

 

『そっか……長かったよ、ここまで』

「うん。長かった。でもこれで、アタシたちは1つ前に進む事ができたんだ」

 

もう1人の少女はグッと握りこぶしを作った。

手にも声にも力が入る。

 

『でも、仮面の人たちと帰ってきたって事はそういう事だよね〜』

「そうなんだよ園子さん!この三ノ輪銀、一生の不覚!」

 

入れた力は、だるま落としの如く一瞬にして抜け落ちた。

銀は、後1歩で勝利を逃したスポーツ選手かの様に悔しそうだ。

 

『しょうがないんよ。いつかはこうなるって分かってたしね』

「初めからそう言ってたもんな、園子は。想定通りって感じ?」

『モチのロンなんよ。でも正直、接触までできるとは思ってなかったかな。ミノさんの捕まる方が先だと思ってたんよ』

「おいおい、人を泥棒みたいに言うなよ。あんまり言うと捕まえちゃうぞ?」

 

銀はわざといかがわしい手つきをしてみせたが、

 

『ミノさんになら捕まってもいいんよ。ずっと一緒にいよ?』

「あっ……いやそっちじゃないんだけど」

 

嬉々として両腕を広げた園子を前に、あえなく撃沈した。

 

『えー、私たちズッ友じゃなかったの?悲しい、悲しいよぉ〜、よよよ……』

「だーもう、拡大解釈ダメ絶対!ズッ友だよズッ友!間違いない!」

『うん!ズッ友だね〜』

 

テンションの振り幅の激しい園子を前に銀は、自分では彼女に勝てないな、と思っていた。

しかし同時に、言い知れぬ居心地の良さも感じていた。

真っ白な2年間を経て、再び色づいた園子が帰ってきたかの様な気がするのだった。

 

「……ズッ友と言えば、須美ももうすぐなのか?」

 

園子が帰ってきても、須美がいなければ意味が無い。

その思いが銀の頑張りの源泉であり、行動原理なのである。

 

『今のところはね。ミノさんのお陰でピースも揃ってきたし、およそ予定通りにいけそうかな。そろそろ会えてもいい頃だと思うんよ〜』

「そっか。じゃあ、ぼちぼちアタシもお役御免かな?」

『ううん、まだだよ。もう1人、会わなくちゃいけない人がいる』

 

園子はまっすぐに前を見つめた。

その目は既に、銀の向こう側にあるゴールを捉えているのだろうか。

 

『ちょっとした物知りさんにね』



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乃木若葉の章
プロローグ「天帝の宴(チルチェンセス)


長いトンネルを抜けると、地獄であった。

別に死んだ訳ではない。

川端○成に恨みがある訳でもない。

ただ、少なくとも生きた心地はしなかった。

 

「クソッタレ」

 

一家3人の乗った車を運転する父は、高架上から見える景色を見て呟いた。

街は突然空から降ってきた異形の怪物に蹂躙され、所々から火の手が上がっている。

その後もいくつかトンネルを(くぐ)ったが、目に入る光景は全く変わらない。

 

『な……いめいたい……しゅうげき……まもなくにじかんがたち……』

 

ノイズ混じりに微かに聞こえるラジオによれば、化け物の来襲から既に2時間程経っているらしい。

カーナビには山陰自動車道の西端である “出雲IC” の文字が表示されていた。

 

「車を乗り捨てる事になるかも分からん。一応、持てそうな物の準備をしておいてくれ」

「分かった」

 

車には自分と父の他に、大きく膨らんだ腹にしきりに手をやる母が乗っている。

心配そうな雰囲気を感じるものの表情は柔らかく、大丈夫だよ、とお腹の中にいる新しい生命に話しかけている。

車が無ければ化け物から母が逃げ切る事は難しいだろう。

生き残れるか、喰われて終わるか。

ここから先は運の勝負になる、と思った。

 

「四国へ行こうと思ったけど、これじゃあ……ねッ!」

 

不意に車が大きく左右に揺すられ、ゴン、と窓に頭をぶつけてしまった。

痛みに顔をしかめながら後方を振り返ると、真っ白な身体に巨大な口を付けたような生命体が視界に入った。

いや、ロボットの可能性もあるから生命体ではないのかもしれないが。

とにかく()()が危険だという事だけは分かる。

 

「ヤバイな……どこもかしこも大騒ぎじゃんね」

 

運転する父の目線の先にも()()はいる。

だが出雲市から逃げ出そうとする人が多いため、出雲ICを出てから県道337号線を出雲市内に向かって走る父のような考えをする車は皆無であり、化け物を回避する余裕は多少あった。

 

そもそもこの車は斐川ICを東向きに入り、山陰自動車道・松江自動車道・尾道自動車道を経て、SNSで安全だと騒がれている四国を目指すはずだった。

しかし斐川ICを入った所で、本線合流前の加速車線までも渋滞に巻き込まれている惨状を目の当たりにした父は、ここで止まっていて喰われたら本末転倒だ、と言ってひとまず西に車を走らせた。

四国へ行きたい人々にとって山陰自動車道の西進というのは逆方向であり、前後を走る車は1台も見なかった。

 

そうは言っても行く先に化け物がいない訳ではないし、さらに一般道には道中に乗り捨てられた車や崩れた家屋といった障害物もある。

現に、この先出雲大社方面へと伸びている国道431号線はオフィスビルの倒壊により通行できない状況であった。

運転者はそこかしこにせわしなく目をやりながら右折のウインカーを点滅させ、”大島” 交差点を曲がり国道9号を東進する。

だが、そこには()()

 

「ああっと、これは良くない……ッ!」

 

今しがた右折してきた事もあり、次の交差点の信号は赤になっている。

しかし生きるか死ぬかの究極の2択を突きつけられた状況で、破壊された街で意味を失った信号なぞに構っている暇はない。

車は時速30kmという曲がるには速すぎるスピードで右折・左折を繰り返し、住宅と畑の間を走っていく。

父はかなり焦っているらしい。

 

『運転中に焦るのは良くないんだ。どんな時も平常心さ』

 

平時はそんな事を言う父だが、今回ばかりはそうもいかない。

付近を走る車がいない事を幸いに、高速道路かと錯覚するようなスピードで一般道を駆け抜けていく。

所々にクレーターのような大穴ができている畑と、半壊ないしは全壊した家屋。

見るもの見るものが、テレビドラマや映画に出てくるゴーストタウンそのものに思われた。

 

「162号……ここを右に行けば多分山の方に逃げられるはず……」

 

最初に突き当たった信号を右に曲がりながら父が言う。

だが、事はそう上手くいくものではない。

 

「クソッ……また渋滞か」

「……!後ろッ!」

 

母の金切り声で後ろに向いた全ての目が、後方の家を絶賛破壊中の化け物を捉えた。

前門の虎、後門の狼である。

 

「降りるぞ!車は捨てる!向こうへ走れ!」

 

左寄せした車のエンジンを切りつつ前方を指差す父に従い、車を出る。

 

「母さんは俺が連れていく。お前は先に行け。西出雲駅で落ち合おう。まっすぐ行って左だ」

「でも……!」

「いいから行けっ!!!!」

 

父は、彼自身が天変地異の原因ではないかと錯覚する程のものすごい剣幕で怒鳴りつけた。

が、すぐに柔らかい表情に変わると、こちらの肩に手を添えてこう続けた。

 

「いいか、どんなに辛い時も、京極の誇りを忘れるな。俺らのご先祖様は、政経様が出雲への出向を命じられて以来、世間の目を偲んで生きてきた。だがそんな中でも脈々と血筋が保たれてきたのは、皆々京極の誇りを捨てずに持ち続けたからだ。そうして出雲の京極は生き継いできた。今じゃ影は吹き飛び形くらいしか残っちゃいないが、お前はれっきとした武家の子孫なんだ。その事をしかと胸に刻んでおけ」

 

父の突然の変わり様が、自分の心を揺さぶってくる。

父は話し好きの人で、自分の知らない世界や京極の昔話なんかをよくしてくれた。

だがこんな話は滅多にされた事がない。

まるで心のあり様を、生き様を語るような、抽象的で掴み所のない話。

そしてこれまでではなく、これからの話。

ひょっとすると、父はここで——。

 

「分かったか」

「……うっ……うううぅぅ……」

「何、またすぐに会える」

「あなたが負けず嫌いなのは知ってる。昔からそうだった。でもね、人間、時には逃げなきゃいけない時も、頑張らなきゃいけない時もあるの」

 

母だってそうだ。

すぐに会えるとか言っているのに、これじゃあまるで最期の別離じゃないか。

無理だ。

そんなの、受け容れられる訳がない。

それならいっそ……。

 

「自分も死んでしまおう、なんて思うな。いいか。お前は生きなきゃいかんのだ。お前が生きる限り、俺たちも生き続ける。そうしてまた会おうじゃないか」

 

自分が生き続ける限り、父も母も、そしてまだ見ぬ下の子も生き続ける。

よく分からなかったが、なぜかストンと腑に落ちた。

 

「分かった……行くよ…….」

「よし、行け!すぐに追いつく」

「またね、■■」

「……」

 

一瞬だけ父母の手を握り、言われた方向に向かって一目散に駆け出した。

そしてそれ以降、2度と後ろを振り返る事はなかった。

いや、できなかった。

空飛ぶ白い戦車に恐れをなしたというのも間違いではない。

だがそれ以上に、両親が喰われるのを見たくなかった。

想像したくなかった。

 

とにかく迫り来る化け物の視界から消えなければと思い、直近の角を左に曲がったのは覚えている。

後は無我夢中に走り、気づけば山陰本線の西出雲駅にまでやってきていた。

小さなローカル駅の停電した駅舎内には誰もいない。

特急の発着駅である隣の出雲市駅にまで行けば頼れる人がいるかもしれないが、この状況下で1駅間もの距離を歩くのは危険すぎる。

跨線橋の上にある改札の前で座り込み、ひとまず化け物の一団をやり過ごす事にした。

 

窓から顔の半分を出して周囲の様子を確認すると、彼らは人の多い所を優先的に襲っているようだった。

さっき降りた車の方は死角になって見えないが、北東の出雲市駅方面には多く集まっているのが確認できた。

向こうにはむしろ行かない方が正解かもしれない。

 

「ここから生き延びるには、どういった点がポイントになってくるでしょうか……」

 

昨日友達と真似していたスポーツ中継の実況を思い出しながら、自分に問いかけてみる。

だが有効な手立てが思いつく訳でもなく、気休め程度にしかならない。

思考が行き詰まり、閉塞感が襲ってくる。

日はすっかり落ち、かろうじて得られる明かりは外で煌々と燃える住宅街からもたらされている。

それはまさしく地獄の業火であった。

 

 

 

 

 

* * * * * *

 

 

 

 

 

目を覚ますと、まだ夜だった。

気づかぬ間に寝てしまったのだろう。

ポケットから取り出した端末には、ちょうど午前7時という時刻が表示されていた。

 

(ん……?)

 

平時なら夜が明けていてもおかしくない。

ましてや今は7月の終わりだ。

夏真っ盛りの朝7時に朝日が無いなどという事は、普通ありえない。

 

(時計がおかしいか、世界がおかしいか……)

 

頭の回転数が徐々に上がってくるが、それにつれてますます訳が分からなくなる。

自分は実はどこかのタイミングで死んでいて、フィクションのごとく異世界にでも来てしまったのではないだろうか。

そんな想像さえできてしまう。

だが外の炎は、今生きている世界が昨日と同じだと告げている。

火は多少落ち着いたものの、依然としてその勢いを保っているものも少なくない。

 

(喉、乾いたな……)

 

最後に水分を口に含んだのはいつか思い出せない。

日が出ていない事が幸いし気温はそこまで上昇していないが、水が無ければ死んでしまうのはほとんどの生命に共通する事案だ。

駅前のロータリーに行けば、コンビニの1つでもあるだろうか。

そう思ってよろよろと立ち上がり、北口の階段を降りていたその時だった。

 

「あぁっ」

 

突如駅舎にドーンと大きな震動が響き渡り、その衝撃で体を宙に投げ出されてしまった。

舗装された歩道が目の前に迫る。

 

(死んだな……)

 

接地したのは右半身だった。

右の腕と胸が強く痛む。

痛いという事は死んでいないという事だ。

だが、それは今だけの話かもしれなかった。

 

(イタタ……あっ)

 

駅舎を震わせた元凶が視界に入る。

それは記憶に新しい、巨大な口を持った白い塊。

人はどうにもならない窮地に陥った時、呆然として一切の抵抗ができなくなってしまう事があると言われるが、今がまさしくその時だった。

逃げようにも体が動かない。

覚悟を決め、固く固く目を瞑った。

 

グチャ、グチャリ。

 

一瞬、それは自分の体が噛み砕かれた音なのだと思った。

だが自分は地面に倒れたまま、手も足も頭もある。

五体満足を保っている。

引き裂かれ消滅していったのは、今しがた自分の命を奪いにきた死神の方だった。

 

「大丈夫か」

 

白粘土を叩き切ったのは背丈から同じくらいの歳と思われる、居合刀を携えた1人の少女だった。

しかし落ち着き払った声色と威厳をたたえたオーラは、とても同年代のものに感じられない。

 

「はい……あ……あ……」

 

“ありがとうございます” と言いたいのだが、乾ききった声帯では無理があった。

 

「若葉ちゃん!」

「ひなた、この人を皆さんが待機している安全な所へ。私は少しの間、付近を警戒しておく」

「分かりました、お願いしますね。もしもし、立てますか?」

 

ひなたと呼ばれた女性が寄ってきて、上になっている自分の左手を持ち上げてくれる。

彼女の助けを借りて、痛む右腕で起き上がる体を何とか支え、立ち上がる事ができた。

 

「それでは、こちらへおいで下さい」

 

彼女の後について行くと、路地を曲がった所に数十人もの人々が固まっていた。

 

「上里さん、その人は?」

「先程駅で襲われていたところを、若葉ちゃんが救助したんですよ」

「そうだったんか」

「おいアンタ、喋れるか?」

「あ……う……」

 

やはり、声が枯れたようになってしまっている。

 

「あー水がいるな。ほれ、飲みよし」

 

無精髭を生やした中年のおじさんが、半ば強引に500mlのペットボトルを渡してくれた。

さすがに気が引けるので、結構です、と身振り手振りで断ったのだが、いいんだ、こういう時はお互い様さ、と言って譲らない。

一体どんな生活をしたらこんな聖人が出来上がるんだろうか。

好意に預かり、水を喉へと注ぎ込む。

4分の1くらい飲んだところでペットボトルを返した。

 

「あ〜〜、あ〜……ありがとう、ございます」

「おー声出たか。良かったの」

 

本当に気の良いおじさんだ。

こんな大人になりたいものである。

 

「あの、ひなた……さんで合ってますか?」

 

倒れていた時に聞こえた名前を呼んでみる。

 

「はい、何でしょう?」

「さっきは手伝ってくれてありがとうございました」

「いえいえ、ご無事そうで何よりです」

 

そう言って笑う彼女もまた、先の居合少女に似た大人びた雰囲気を纏っていた。

対照的に悲壮感が漂っているであろう自分の顔を想像し、一抹の恥ずかしさを覚える。

 

「さっき助けてくれた人は……?」

「あぁ、若葉ちゃんですね。彼女は昨日から私たちの事を襲う化け物を、先刻のように倒してしまう事ができるんですよ」

 

という事は、彼女が今のところ生き残っている人々の中で最強という事なのだろうか。

 

「そして私、上里ひなたは、安全な道が何となく分かるので、皆さんをご案内しているところです」

 

(何となく……?学校で習ったヤバい団体の勧誘手口にしか聞こえないんですけど)

 

先週 ”総合的な学習の時間” の授業で学んだ怪しげな勧誘の仕方に似たところがあったため、少し警戒してしまった。

だが、こんな状況で下手に動いては最強の居合で三枚下ろしにされる危険がある。

生きるために死んでしまっては何をやっているのか分からない。

聞いたフリをしてやり過ごすのも手だが助けてもらった手前、一応信用して聞いてみる事にした。

 

「何となく……それって大丈夫なんですか?」

「えぇ、大丈夫です。出雲大社からここまで、歩いて来られた実績がありますから」

「それに、万が一奴らが出てきても私が斬り捨てるからな」

「っ……!」

「安心してくれ、人を斬りはしない。私が憎んでいるのはあの異形だけだ」

 

さらなる警戒対象が目の前に現れた。

助けてくれた点を踏まえれば、現時点で敵ではない。

とはいえ彼女を敵に回したその時、100%生きては帰れないだろう。

逆らう理由は特に無いのだが、何かの拍子に逆鱗に触れてしまう可能性がある以上、警戒して損は無い。

今はとにかく、敵意を見せない事が重要だ。

 

「どうした。具合でも悪いのか?」

「あ、いえ……助けて頂いたのはありがたいんですが、この先どうしたものかなと」

「とりあえず、私たちに付いてきて頂くのが最も安全だと思います」

「あぁ。私がいる以上、あなたを死なせはしない」

 

とりあえず適当に流しただけの返答に、これほどにも頼りになる言葉を返してくれる。

どうも、自分は彼女らの事を勘違いしていたのではないだろうか。

 

(……いやいや。一旦落ち着こう)

 

勧誘の手口というものは、相手を安心させて信用を取り付ける事に始まる。

いかに向こうにメリットが無いように見えても、裏ではとんでもない事がなされている事もあるらしい。

まだ信じきるには早い。様子を見るべきだろう。

 

「ありがとうございます……では、お言葉に甘えて」

 

昔から家に知らない大人がいる事はよくあったので、大人と話す事には慣れているつもりだ。

おかげで、小学生として最低限の礼節と敬語は身についていると思う。

とりあえず敬いの姿勢を見せておけば、死ぬ事は無いだろう。

 

「若葉ちゃん、周囲の様子はどうでしたか?」

「近くにはいなかった。ただ、駅の跨線橋がさっきの戦闘で破壊されてしまってな」

 

(近くにはいない……じゃあ、昨日のは……)

 

昨日襲ってきた一群はどこかへ散っていったのかもしれない。

 

「では、あちらの踏切を使って渡りましょう。行きますよ、皆さん」

 

自分は2人に守られる避難民に合流し、徒歩で四国を目指す事になった。

 

 

 

そしてそれが、勇者・乃木若葉、巫女・上里ひなたとの最初の出会いだった。

 

 

 

皆々、互いに励まし合いながら歩きに歩いた。

 

 

 

途中で歩けなくなってしまった者もいたが、肩を担ぎ声をかけ、全員が一丸となって進み続けた。

 

 

 

何日歩いたろうか。あるいは、何ヶ月かかけて歩いたろうか。

 

 

 

瀬戸大橋北端の吊り橋である下津井瀬戸大橋が行く手に姿を表し、誰からともなく歓声が上がった。

 

 

 

「遠路はるばる、よくぞここまでいらっしゃいました」

 

四国へと辿り着いてから2日が経った。

四国入りを許された避難民たちは、与島PAをはじめとしたいくつかの場所での検問を経て、“大社” という見た事も聞いた事もない組織によって決められた、各々の新たな住処を目指して方々に散っていった。

その中で自分が指定された場所は、香川県丸亀市郊外に位置する大邸宅。

中に招き入れられる際に見えた表札には “京極” とあった。

四国には京極の遠戚がいて、自分も生まれてすぐの頃に会った事があるのだと昔父から聞いた。

その人たちがここにいるのだろうか。

 

「私は京極高義(たかよし)。京極宗家第29代当主です」

 

広間の中央に座った60代くらいの老人が、語りかけるように名乗った。

醸し出される物腰柔らかな雰囲気に、肩の力が抜けてくるのが分かる。

 

「大方の事情は知っています。京極の代表として、あなたを心より歓迎します」

 

深呼吸の後、ゆっくりと口を開く。

 

「京極氏13代当主・政経が末裔にして、京極高教(たかのり)の子……京極高平にございます。お迎え下さり、身に余る思いです。どうぞよろしくお願い致します」




京極宗家の子孫にかかる部分はフィクションです。念のため。


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第1話「再生」

のわゆ待ちの皆様、大変長らくお待たせ致しました。
のわゆ編、始動です。


「ん……」

 

開いた障子の隙間から差し込む日光が目をくすぐり、夢うつつだった自分を現実へと引き戻す。

眼前にあるは、見るからに高価な木張りの天井。

この光景にも随分と慣れたものだ。

人類に残された安住の地、四国へとやってきて3年。

京極の宗家には男子の後継がいないらしく、自分は養子としてここで過ごしてきた。

 

「ご起床なさいましたか」

「はい。おはようございます、聡美さん」

 

布団に下半身を突っ込んだまま、ひとまず上体を起こして答える。

開いた障子の向こうから朝のそよ風と共に部屋へと入ってきたのは、宗家の1人娘、聡美さん。

同じ14歳であるはずなのに “さん付け” で敬語なのは、彼女が妙に大人びているのが理由だ。

冷静沈着で気が利き、おまけに頭もよく回る。

そして何より真面目なのだ。

 

「相変わらずお早いですのね」

「そう言うあなたの方が早起きではありませんか?」

「少しでも長くこちらの生活を楽しみたいと思うと、早く目が覚めてしまったんです。今日は大社に戻らなければなりませんので」

「そういう事でしたか。大変ですね、巫女さんも」

「いえ、もう慣れてしまいました。月に数日はこうして休暇も頂ける事ですし」

「慣れ……ですか」

「慣れって怖いんですよ?滝行だったり祝詞の暗誦だったり、初めはしんどいと思っていた事も当たり前にこなせるようになってしまうんです。まるで、ロボットにでもなってしまったかのように」

 

そう言って笑う彼女の顔には、底知れない何かがある。

10人いれば9人は聡美さんを美人と評価するだろう。

しかし、その笑顔は微笑としか言いようのない淡いもの。

その頭で何を考えているのか、その目に何が見えているのか。

ある意味、彼女こそロボットなのではないかと思う。

 

「確かに、ロボットには感情がないと言われますしね。ただ、勉強だけは逆にロボット状態でやりたいなぁと……」

「高平さんは、勉強はお嫌いですか?」

「嫌いじゃないんですけどね、面倒なんですよ。あんな沢山の宿題なんかね、やれば良いってもんじゃないと思うんですけど」

「あまりに多すぎると、誰でも億劫になりますよね。分かりますよ」

 

聡美さんが人の話を否定する所は見た事がない。

意見するにしても、必ず1度受け止めるのだ。

臆せず何でも話せるような気がするのは、それが理由なのかもしれない。

 

「後は教科によって先生が違うせいで、授業のやり方も違ってくる所も好きじゃないですね。人によって速かったり遅かったり、宿題の出し方も違ったり。同じ先生がやってくれたらなぁ……」

「実は」

 

聡美さんが顔を覗き込んできた。

目を合わせ、釘を刺すように言う。

 

「巫女にも授業がありましてね?私たちの授業は、全てある1人が担当して下さっているんです」

「はぁ」

「その先生が、自分と相性の良い人であれば問題ないでしょう。でもそうでなかったら……?」

「う、毎日が、最悪……」

「ご明察。利点と欠点、物事には必ず両方の側面があるものですよ」

「むぐ……参りました。精進します」

「ただ、お気持ちは分かりますよ。私も、つい3ヶ月前までは普通の中学生でしたから」

 

聞くところによると、大社付きの巫女さんは総勢30名程度らしい。

その中でも1番遅く大社に入ったのが聡美さんなのだとか。

彼女には勇者を見出した実績はない。

一応神託は受け取る事ができるものの、大社の巫女の中では平均以下の能力だと聞いている。

それなら、なぜ彼女にお呼びがかかったのだろうか?

とある家の発言力を抑えるためらしいと風の噂で聞いた事があるが、真相は定かでない。

 

「今はもう普通じゃなくなっちゃいましたかね」

「えぇ、それはもう。リーダー格の人と先生とに目を付けられないか、毎日ビクビクしながら過ごしていますよ」

「それって結構ヤバいんじゃ」

「冗談です、そこまで恐れてませんよ。これでも上手くやってる自負はありますから」

 

そしてまた、軽く微笑む。

この謎に満ちた笑顔があればこそ、”上手くやる” 事ができるのだろう。

 

「ではそろそろ広間の方へ行きますね。後でゆっくりいらっしゃって」

「はい。また」

 

書道道具を持って出て行く聡美さんを見送り、部屋を見渡す。

床の間には “画竜点睛” と書かれた立派な掛け軸がかかっている。

力強さを感じさせつつも上品さを兼ね備えるその字は去年、中学校への進学時に聡美さんが書いたものだ。

 

「画竜点睛……役者が揃っても仕上げなしには完成しない、か」

 

掛け軸の下には1振りの薙刀が、台座の上に横たえられている。

それに目を移した時、薙刀と目が合ったような感覚に襲われた。

感覚のままに布団を出て立ち上がり、床の間の方へと歩いていく。

そして屈み込み、何の違和感も抱かず薙刀に触れた。

 

パリッ。

 

静電気が走ったらしい。

触れた瞬間、ほんの少し痛みを感じた。

驚いて、薙刀から手を離してしまった。

だが目線は離れない。

 

「イッタ……」

 

もう1度手を伸ばす。

今度は電気が走る事もなく、がっしりとそれを掴む事ができた。

 

「これは……」

 

薙刀なんぞ、これまで1度たりとも振るった事はない。

なのに、今ならなぜだか扱い方が分かるような気がする。

道場があるのかは知らないが、あるなら道場破りでもできそうだ。

 

「でもこれ……誰かに見られたらどんな誤解を生むか」

 

さっきは近くで話し声もしていた。

誰かが一部始終を目撃していてもおかしくない。

 

「戻すか」

 

薙刀を戻すため、元置いてあった場所へ歩いていく。

畳のミシ、ミシ、という音が部屋に響く。

そういえば今は、人の声はおろか雀のさえずりすらも聞こえない。

何とも不気味だ。

ただ幸いにも障子の隙間から見える人は、こちらの方を見ている様子はない。

微動だにしていないし、もうしばらくこちらを向く事もないだろう。

……ん?

 

「動いてない……風もない……これじゃあ、まるで時間が止まって……」

 

刹那、視界一帯が強烈な光に包まれた。

 

 

 

 

 

* * * * * *

 

 

 

 

 

光が収まると、そこには先程までいた家の中とは似付かない景色が広がっていた。

橙、黄色、青に緑。

色とりどりの樹木の根っこのようなものが、そこかしこに張り巡らされている。

その中に、唯一薙刀以外何も持たず、ただ立つ自分。

半袖短パンの寝巻きという薙刀と対立するような服装のせいで、側から見れば大層アンバランスな格好になってしまっている。

 

「これ……ヤバいかもね」

 

出来たドラマや小説なんかだったら落ち着いて、だとか状況整理を、だとか言ったり考えたりするのだろうが、自分にはとてもそんな芸当はできない。

まずそもそも落ち着けない。

 

「どうなってんだよ」

 

その時、自分の目は “それ” に敏感になっていた。

“それ” が彼方に点々と見え始めた時、自分が何をするべきなのか判った。

 

「おいおい……逃げろ逃げろ逃げろ……!」

 

踵を返し、走り出す。

根を伝って下へ下へ。

視認されなければ生き延びられるチャンスは拡大するだろう。

とすると、巨大な根っこの下で潜伏するのは有効と考えられる。

どれだけ降りたか、ビル4階分くらいの高さを降りた所でへたと座り込んだ。

恐怖と束の間の安心とで、頭がおかしくなりそうだ。

 

「アイツら、もう2度と見たくなかったのに」

「ん、アンタも飛ばされたんか?」

「!!!」

 

反射的に声のした方を向くと、そこには同年代と見られる男子が1人佇んでいた。

 

「誰、です?」

「ワシは秋末(あきすえ)。秋末幸助(こうすけ)っちゅうもんや。アンタは?」

 

同年代っぽいのに1人称が “ワシ” なのが引っかかったが、今は素性を探るのが先決だ。

 

「京極、高平、と申す者ですが」

「京極……京極ってあの京極かいな。すんごいお人と()うたもんや」

「ここ、どこなんです?何かご存じでないですか?」

「知らん。なーんも知らんし分からん。辺りがバーっと明るくなって、気づいたらこれや」

「そうでしたか……僕も同じですよ」

 

絡みは強烈だったが、何か情報がある訳ではなかった。

この人も自分と似たような境遇なのかもしれない。

 

「とりあえず、3年前に来おったあのバケモンからは逃げといた方が良さそうやな」

「あぁ、秋末さんも見た事あるんですか」

「秋末さんやなんて……幸助とかで構へん。アンタ、見たところ中学生やろ?」

「そうですけど」

「ワシも言うて変わらん。この春中3になったばっかのもんや」

「いや……それ、中学生がする格好じゃないような……」

 

それは大層奇妙な姿だった。

たまに見る大社の神官に似た格好で、袴を着こなし、右肩に古ぼけた銃剣を担いでいる。

中学生どころか大人の神職でもしないような、何ともアンバランスな格好である。

ただ流石に烏帽子までは付けておらず、短く切った髪が端正に整えられている。

 

「しゃーない、実家が神官やっとるんや。せやけど、武器交換してその薙刀を貸してもうた方が、この装束には合うかもしらんな」

「そうしたら僕は寝巻きで銃剣を構える事になりますね」

「おもろいなそれ。状況は全然おもろないけど」

 

全くその通りだ。

異空間(?)に飛ばされたかと思えば、相対するは3年前のトラウマ。

ただただ嘆くより他にない。

 

「それ、撃てるんですか?」

「撃てる。3年前までは先の大戦の遺物に過ぎんかったけどな」

「あの時、何かあったんですか?」

「別に、特別何かがあった訳じゃない。ただあの時な、連中が空から落ちてきた時を境に、急に機能するようになったんや」

「不思議ですね」

「不思議や。リロードにしても、銃身のレバーをちょいと弄るだけで勝手に装填してくれる。どっから弾が出てきとんのか、さっぱり分からん」

「それって、ひょっとして撃った事あるんですか?」

「あぁ、あの白いデカブツをちょいとな。それも3年前の話や。あの時はもう終わったー、と思ったが、ダメ元で引き金を引いてみたら、何でかあちらさんの方が弾け飛んだっちゅうわけや。アンタは?戦闘経験はあんのか?」

「無いです。薙刀なんか触ったのも、今日が初めてで」

「そうか。まぁ戦いなんてしないに越した事はあらへん。文字通り命がけやしな」

 

1つ間違えれば命は無い。

逃避行にしろ戦闘にしろ、無力な人類は常に劣勢だ。

 

「しかし、何をどうしたら元の世界に戻れるんですかね」

「トリガーが何か分かりゃ、糸口が見つかるかもしれんけどな」

「ひょっとして、化け物を全部倒すか何かしないと帰れない、とか」

「ん……どやろな。こんな樹木100%の所に来てしまうくらいやし、否定はできん」

 

なんてこった。

アレと戦えって言うのか。

 

「でも、あれこれ悩んでられるのも今のうちやで」

 

上に目をやる彼に倣って天を見上げると、化け物たちがかなり近い所にまで降りてきていた。

こちらに顔が向いている個体は見当たらないため完全にバレてはいないのだろうが、危険が迫っている事に変わりはない。

 

「もうちょい奥の方へ行こか」

「分かりました」

「ここまで奴らが来とる以上、迎撃のつもりはしといた方がええ。カバーはするけど、アンタを守り切れる保証はできんからな」

 

そう言いながら走り出した彼に続き、自分も着いて行く。

とんでもない展開になってしまった。

とはいえ、無意味に喰い殺されるよりはずっとマシだ。

そう、ちょうどこんな口の中で砕かれるよりは——

 

ダァン!

 

「気をつけろ、奴ら気づきおった!」

 

目の前に開けられた大口に危うく突進してしまう所だった。

口の主は彼に撃たれたらしく、衝撃で傾いた後は爆発四散した。

 

「来るぞ!」

 

ダン、ダン、ダン!

 

彼は本格的に戦闘を始めたようだ。

発砲音が連続して響く。

生きるためには、もうやるしかない。

戦うか、さもなくば死だ。

 

「おおぉぉっ!!」

 

上から喰らいに来る白粘土に対し、一閃、二閃。

斬られた敵は3年前に見たのと同じように真っ二つとなり、そして消え去った。

 

「いける……!」

 

そのまま走り、勢いのままに続けて斬る、斬る、斬る。

大半は初撃で霧消。

中には耐えたものもいたが、2回目を食らうと失せていた。

 

「大丈夫かそっちは?」

「大丈夫です!意外といけますよこれ!」

 

先刻までのまごつきは何処へやら、今は自信以外何もなかった。

自信。良く言えばそうなろうが、悪く言えばそれは “傲慢” “驕り” だった。

初めが上手くいったとしても、多くの場合ビギナーズラックに過ぎないのだ。

幸運が切れる瞬間は突然訪れる。

 

「!?おい後ろ!!」

「……!!」

 

いつの間にか前と上の2方向だけに視界が限定されており、後方にまで気がいっていなかった。

前を斬ったその流れで後ろに斬撃を放とうとするが、間に合わない。

大き過ぎる歯に身体が噛みちぎられる方が早かった。

……という事になっていただろう。

比較対象が2つだけであれば。

しかしもう1つ、さらに早いものがあった。

 

「一般人に手を出すとは……恥を知れ」

 

その刀筋。

 

「私の側にいろ」

 

対象の切れ方。

 

「はああぁぁっ!!」

 

その声。

 

「貴様ら……受けるべき報いがまた1つ増えたな」

 

大量の敵を前に善戦する彼女は、間違いなく3年前のあの少女だった。



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