捨てられた前世【大賢者】の少年、魔物を食べて世界最強へ (月城 友麻)
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1-1. 最弱大賢者、オーガとの死闘

 グガァァァ――――!

 暗黒の森の奥、オーガは金色に光る恐ろしい眼で少年をにらみつけると、筋骨隆々とした赤い巨躯(きょく)を打ち震わせながら雄叫びをあげた。

 

 オーガは(いにしえ)の時代より森の暴君として恐怖の象徴であり、その狂猛さは『オーガを見たら輪廻の幸運を祈れ』と語られるほど絶望的な存在だった。オーガを怒らせて、生き延びられた人間などいないのだ。

 まだ幼い、瞳のクリッとした金髪の少年は、血の凍りつくような恐怖に身震いをしながら、それでも歯を食いしばるとオーガへと突っ込んで行く。

 少年の足ではオーガからは逃げられない。であれば、イチかバチか特殊アイテムの効果に命運をかけたのだ。

 

 少年はオーガに飛びかかり、直後、目にも止まらぬ速さで繰り出されるオーガの右ストレートをまともに受けた。

 

 ゴリゴリッ!

 

 嫌な音を立てながら、少年のか弱い身体はぐちゃぐちゃにつぶされ、宙を舞う。

 少年は身体中をほとばしる激痛に思わず目の前が真っ白になり、意識が飛んだ。

 そして体液を飛び散らせながらやぶの中に転がっていく……。

 しかし……、

 

 グォォォ!

 オーガも苦悶の表情を浮かべ、ヒザをついた。

 

 少年が持っていたのは、

 

倍返しのアミュレット レア度:★★★★

特殊効果: 受けたダメージを倍にして相手に返す

 

 と、

 

光陰の(たま) レア度:★★★★

特殊効果: HPが10以上の時、致死的攻撃を受けてもHPが1で耐える

 

 の、二つ。つまり、攻撃を受けても一撃だけなら死なないし、それをダメージとしてオーガに倍で返せるのだ。

 

 果たして、少年の身体は淡い光に包まれ、やがて傷も治されてまた生き返る。

 しかし、いくら治ったといっても、内臓をぐちゃぐちゃに潰されたショックは大きい。少年は朦朧(もうろう)として視点の定まらぬ目で森を見上げていた。

 

 ギヒヒヒ……。

 

 不気味な声が聞こえる。少年は急いで起き上がり、やぶの向こうに光る目を見つけた。ゴブリンだ!

 狡猾(こうかつ)なこの魔物は、オーガのおこぼれを狙っている。

 少年はあわててポケットから回復のポーションを出し、一気飲みする。

 これでもうポーションは無い。さっきの自爆攻撃はもうあと一回しか使えないのに魔物は二匹。詰んだ。少年は真っ青になる。

 

 少年はまだ五歳、ゴブリンにも勝てないレベル1の最弱な存在だった。しかし、中身は稀代(きだい)の大賢者の生まれ変わり。知恵だけは世界一である。ゴブリンを木の棒でけん制しながら必死に頭を動かす。

 

 グガァァァ!

 

 オーガの咆哮(ほうこう)が森にこだまし、ドスン! ドスン! と近づいてくるのが聞こえる。もはや猶予はない。

 少年は木の棒をゴブリンに投げつけ、挑発すると走り出した。

 そして、追いかけてくるゴブリンをうまく誘導しながら、再度オーガへと突っ込んでいく。

 オーガは激しい怒りで真っ赤に燃え上がる眼を光らせ、右腕を引いて少年に照準を絞った。

 

 追いかけてくるゴブリン、飛びかかる少年、そして、今まさに拳に力を込めるオーガ。

 

 さっきよりも激しい右ストレートが再度少年を打ち抜き、少年の身体はまるで弾丸のように吹っ飛ばされた。そして、それに巻き込まれるゴブリン。

 

 少年の身体はぐちゃぐちゃになりながら何度もバウンドして、またやぶへと突っ込んだ。

 直後、少年は淡い光に包まれて復活を果たしながら、

 

 ピロローン!

 

 と、頭の中で鳴り響く効果音を聞いた。ゴブリンを倒したことになってレベルが上がったのだ。この世界では魔物を倒して経験値を得るとレベルが上がり、少し強くなる。

 

「や、やったぞ……」

 

 少年は朦朧としながら弱弱しいガッツポーズを見せた。

 

 レベルが上がればHPは満タンに戻る。これでもう一度だけオーガの攻撃を受けられる。

 

 少年はフラフラと起き上がり、やぶからそっとのぞくと、オーガは口から血をたらしながら苦しんでいた。さすがにあの強烈なパンチたちの二倍のダメージを受けたらそうなるだろう。

 『今なら逃げられるかもしれない』という思いがふと頭をよぎったが、この暗黒の森で生き残るには安全策など取っていてはダメだ。攻めて攻めて勝ち残る、その道しか残されていない。

 少年は、何度か大きく深呼吸をし、覚悟を決めると、

 

 ウォォォォォ!

 

 と、叫びながらオーガに突っ込んでいき、オーガの繰り出す最後の渾身の一撃を受け、吹き飛んだ。

 

 ピロローン!

 ピロローン!

 ピロローン!

 

 膨大な経験値を得てどんどん上がるレベル。鳴りやまない効果音を聞きながら、少年は九死に一生を得たことに満足し……、そして、こんなバカな事態に陥ってしまったことを憂えてため息をついた。

 少年の名はヴィクトル、稀代(きだい)の大賢者アマンドゥスの生まれ変わりである。それがなぜこんな無謀な戦闘をする羽目になってしまったのか?

 話は五年前にさかのぼる――――。

 

 

 

 

 

 



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1-2. 目指せスローライフ!

 五年ほど前のこと、王都中心部にひときわ高くそびえたつ賢者の塔の寝室で、大賢者アマンドゥスは最期の時を迎えていた。

 若き国王は枕もとでアマンドゥスの手を取り、涙を流す。

 すでに齢百三歳を数えるアマンドゥスの身体は、ありとあらゆる延命の魔法を駆使してきたものの限界を迎えつつあった。

「陛下、いよいよ最期の時が……来たようです……」

 息を絶え絶えにしながらか細い声で言った。

「アマンドゥス……、余は稀代の大賢者に学べたことを誇りに思っておる」

「こ、光栄です。先に……休ませていただ……き……」

 アマンドゥスはガクッとこと切れた。

 直後、かけてあった魔法がすべてキャンセルされ、赤、青、緑の鮮やかな光の輪たちが次々と現れてははじけていく。

「アマンドゥス――――!」

 美しい光が踊る中、国王は涙をポロポロこぼし、部屋には弟子たちのすすり泣く音が響いた。

 塔の鐘がゴーン、ゴーンと鳴り響き、街中に大賢者が身罷(みまか)ったことが伝えられた。多くの人は周りの人と目を見合わせ、そして塔に向かって黙とうをささげる。

 みんなに愛された心優しき不世出の大賢者は、こうして一生を終えた。

 

        ◇

 

 アマンドゥスが気がつくと、純白の大理石で作られた美しい神殿にいた。随所に精緻な彫刻が施された豪奢な神殿は、どこまでも透明な美しい水の上にあり、真っ青な水平線がすがすがしい清涼感をもたらしている。

「ここは……?」

 不思議な風景にとまどいながら、辺りを見回すアマンドゥス。

「お疲れ様……」

 振り向くと、そこには純白のドレスをまとった美しい女性がいた。魅惑的な琥珀色の瞳に透き通るような白い肌、アマンドゥスはその美貌に思わず息を飲む。

「あなたの功績にはとても感謝してるわ。何か願い事があれば聞いてあげるわよ」

 女性はニッコリとほほ笑みながら言った。

「あ、あなたは……?」

「私は命と再生の女神、ヴィーナよ」

 ヴィーナはそう言いながら、美しいチェストナットブラウンの髪の毛をフワッとゆらす。

 アマンドゥスはその神々しい麗しさに圧倒され、思わず息をのんだ。

「な、何でも聞いてくれるんですか?」

「まぁ……、社会を壊すようなものじゃなければね」

 ニコッと笑うヴィーナ。

 アマンドゥスは考えこむ。何を頼もう?

 自分の人生は大成功だった。才能をいかんなく発揮し、王国を豊かに発展させ、みんなに愛された。もはや非の打ちどころのない人生だった……はずだが、なぜか心が満たされないシコリのような違和感を感じる。

 

「ヴィーナ様……。私の人生は大成功だったと思うのですが、何かこう……満たされないのです」

「ふふっ、だってあなた仕事中毒(ワーカホリック)なだけだったからねぇ」

 ヴィーナはちょっと憐みの目で軽く首を振った。

仕事中毒(ワーカホリック)……?」

「朝から晩まで仕事仕事、心を温める余裕もない暮らしじゃ心は死んでしまうわ」

 アマンドゥスは絶句した。自分は数多(あまた)の仕事を成し遂げ、多くの人を幸せにしてきたが、自分の心を温めるという発想が無かったのだ。

「えっ、えっ、それでは平凡に結婚して、子供を儲けてる人たちの方が正解……なんですか?」

「人生にこれっていう正解の道はないわ。でも、仕事中毒(ワーカホリック)は失敗よね」

 ヴィーナは肩をすくめた。

「そ、そんな……」

 アマンドゥスはうなだれる。自分はみんなが喜んでくれるから一生懸命働いた。仕事を優先して心の扉を閉ざし、恋や結婚は考えないようにしていた。それを正解だと信じて疑ったことなどなかったのだが、死後にそれをダメ出しされてしまう。

 

 ふぅぅ……。

「何が大賢者だ、大莫迦(バカ)者だったのだな、自分は……」

 アマンドゥスはうつむいてため息をつき、自然と湧いてくる涙を手の甲で拭った。

 

「やり直して……みる?」

 ヴィーナは弱弱しいアマンドゥスの背中をポンポンと叩き、優しく聞く。

 

 アマンドゥスは目をつぶり、考え込む。自分の心を大切にする生き方、そんなこと自分にできるのだろうか? 相思相愛の相手を見つけ、愛のある家庭を築く。そんなこと不器用な自分には不可能の様にすら思える。

「怖い……」

 アマンドゥスはついボソッと本音が漏れ、うなだれる。そこには威厳ある大賢者の面影はなかった。

 

「ふふっ、本来人生とは怖い物よ。どうする? それでも転生してみる?」

 ヴィーナはニコッと笑う。

 そうなのだ、人生は怖いから生きる価値が出るのだ。困難やチャレンジのない人生など生きる価値などない。

 アマンドゥスは大きく息をついた。そして、意を決する。次の人生では愛する人を得てスローライフを実現してやると誓った。

「やります! お願いします! スローライフができそうな人生に転生をお願いします」

 アマンドゥスは決意のこもった目でヴィーナを見た。

 

 ヴィーナはニコッと笑うと、

「分かったわ。じゃあ、いってらっしゃーい!」

 そう言って、うれしそうに手を振った。

 



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1-3. 大賢者ヴィクトル

 チチチチ……。

 小鳥の声がする。

 澄み切った爽やかな日差しが、モスグリーンのカーテンをふんわりと暖かく照らし、朝を告げている。

 

 アマンドゥスは違和感を感じて目を覚まし、バッと起き上がると、その瞬間、雷に打たれたように膨大な記憶と経験の洪水に脳髄を貫かれた。

 ぐわぁぁぁ!

 思わずベッドでのたうち回るアマンドゥス。それはいまだかつて経験したことのない知の奔流(ほんりゅう)だった。

 しばらくして落ち着くと、手足が小さくつやつやしていることに気づく。

「へっ!? 子供!? ここはどこだ……? わしは……どうなった……?」

 キャビネットの上の手鏡を奪うように取って見ると、そこには可愛い金髪の男の子が映っていた。

「おぉ……、そうだ……そうだった……。わし……、じゃない、僕はヴィクトル、辺境伯の三男坊だった」

 アマンドゥスは全てを思い出す。賢いと評判の可愛い五歳の少年ヴィクトルは、百三歳の大賢者の知恵と経験を取り戻したのだった。

「やった! 女神様ありがとう!」

 ヴィクトルは両手を高く掲げ、ぴょんぴょんと跳ねる。

「今度こそスローライフだ! 満喫するぞぉ!」

 可愛い男の子はこぶしをぎゅっと握り、うれしそうに笑った。

 

 コンコン!

 ドアがノックされ、メイドが入ってくる。伝統的なメイド服に身を包んだ清潔感のある若い女性は、

「お坊ちゃま、朝食のお時間でございます!」

 と、事務的な口調で言いながら、カーテンを次々と開けていく。

 

「お、おはよう」

 ヴィクトルはぎこちなく挨拶をする。

 メイドはいつもと違う反応にカーテンを開ける手を止め、ジッとヴィクトルを見つめた。

「お坊ちゃま、何かありました?」

「な、何でもないよ! わ、わしは……じゃない、僕はいつも通りだよ!」

 焦って返すヴィクトル。

 メイドはいぶかしそうにヴィクトルを見つめ、

「まぁいいわ、今日は大切な神託の日ですよ。キチッとしたシャツを着てくださいね」

 そう言うと、上質なシャツと短パンを持ってきてヴィクトルを着替えさせた。

 ヴィクトルは一瞬何のことだか分からなかったが、教会で自分の職業を教えてもらう日だということを思い出す。

 ヴィクトルは急いでステータス画面を出した。これは自分の状態を空中の画面に表示させるスキルで、アマンドゥスの時の物がそのまま引き継がれていた。どうやら職業に紐づいているスキルは子供になっても使えるらしい。

 

 ヴィクトル 女神に愛されし者

 大賢者 レベル 1

 

 ヴィクトルは思わず宙を仰いだ。マズい、大賢者であることがバレてしまう。二度目の人生は平凡なスローライフが目標である。大賢者だなんてバレてしまったらまた前世と同じように王都に連れていかれ、一生重責を負わされてしまう。絶対にそれだけは避けないとならない。

 前世のアマンドゥスだったら職業をごまかす事など容易だったが、ヴィクトルのレベルは1、使えるのは基本的なスキルだけで、高度な魔法など一切使えず、とても教会の神託をごまかせない。できるとすると『隠ぺい』のスキルで職業を見えなくすることくらいだ。しかし、そうなると無職扱いになってしまう。無職は無能の証として人間として最低の扱いをされる最悪なステータスだ。ヴィクトルは頭を抱えた。

 

            ◇

 

 何とか突破口を見出したいヴィクトルは、朝食後、宝物庫に忍び込む。入り口は厳重なカギがかけられてあったが、大賢者にとってみたらオモチャ同然である。針金一つであっさりと突破する。

「記憶が戻って最初にやる事が鍵開けとは前途多難だ、トホホ……」

 ヴィクトルは暗い表情でドアをそっと開け、中に忍び込んだ。

 

 飾り棚の中には宝剣や魔剣、杖や(たま)が所狭しと飾ってあったが、思っていたよりもショボい。

 何とか神託をごまかせるアイテムはないかと、必死に『鑑定』スキルを繰り返すヴィクトル。しかし、残念なことに使えそうなアイテムは見つけられなかった。

 ふと脇を見ると、『未鑑定』と書かれた木箱の中にジャンクなアイテムがゴロゴロと入っている。

 ヴィクトルが当たり前のように使っている鑑定も、使える人は稀で、かなり高い鑑定料がかかるのだ。だからパッと見ショボそうなものは木箱に入れられているようだった。

 ヴィクトルはそれらを鑑定し、使えそうなレア度の高い二つのアイテム、「光陰の(たま)」と「倍返しのアミュレット」を見つけ出す。ヴィクトルは少し考え、そっとポケットに忍ばせた。

 



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1-4. 襲いかかる悪意

 午後にヴュスト家総出で教会を訪れる。

「おまえの職業はなんだろうな? 賢いから『賢者』かも知れないぞ!」

 父エナンドは浮かれていた。

「『大賢者』だったらどうしましょう?」

 母エルザは上機嫌で返す。

 ヴィクトルはただ苦笑いをして受け流すしかなかった。

 

 長男のハンツは親の死角でバシッとヴィクトルを蹴り、

「ケッ!」

 と、ヴィクトルをにらむ。

 三男坊が可愛がられるのが気に喰わないのだ。

 

 この街、ユーベにある最大の教会の聖堂はゴシック調の豪奢な造りで、尖塔がいくつも立ち、その威風堂々たる風格は街のシンボルになっている。

 中に入ると煌びやかなステンドグラスがずらりと並び、陽の光を受けて赤、青、緑の色鮮やかな模様を床に浮かび上がらせ、神聖な雰囲気を醸し出していた。

 聖堂の壇上には神託の水晶玉が置かれ、司教は金と純白の豪奢な祭服を着て、一行を待ちわびて立っている。優秀だと噂の辺境伯の三男の神託と聞いて、周りには司祭を始め教会関係者がズラりと並び、ヴィクトルの神託を楽しみに待ちわびていた。

 

 ヴィクトルは目をつぶり、大きく息をつくと壇に上がり、司教の言われるがままに水晶玉に手を置いた。そして、司教が何かをつぶやく。ピカピカと点滅しだす水晶玉。しかし、点滅はいつまでも止まらなかった。

 いぶかしげに水晶玉をにらむ司教。しかし、点滅は止まらない。

 前例のない事態に静まり返る聖堂。

 

 司教はバツの悪い表情をしてエナンドのところへ行き、何かを耳打ちした。

「む、無職!?」

 エナンドは絶句する。

 由緒ある辺境伯において、無職の子供を輩出してしまったことは大いに恥ずべきことであり、事によっては辺境伯自身の地位すら脅かしかねない深刻な事態だった。

 エルザは失神して倒れ込み、長男のハンツは大声で嘲笑(あざわら)う。

 

 気まずい表情で壇上から降りてきたヴィクトルを迎えたのは、次男のルイーズだけだった。

「気にすることはないよ、後で職業が分かる事もあるしさ」

 そう言って、ルイーズはヴィクトルの背中をポンポンと叩く。

 

 するとハンツはいきなりヴィクトルを蹴り飛ばした。

「ぐわっ!」

 ゴロゴロと転がるヴィクトル。

「お前はヴュスト家の面汚しだ! 追放だ! 出ていけ!」

 と、口汚く(ののし)った。

「兄さん、暴力はダメだよ!」

 ルイーズはヴィクトルをいたわり、引き起こしながら言う。

「何がダメだ? 無職というのはもはや人間とは呼べんのだ。暗黒の森に捨てるしかない」

「なんてこと言うんだ!」

 ルイーズは自分のことのように怒る。

 しかし、ヴィクトルは、ルイーズを制止して、

「兄ちゃん、僕は大丈夫。早く帰ろう」

 そう言って、ルイーズの手を引いて聖堂を出て行った。

 

        ◇

 

 その午後、ヴィクトルはエナンドに呼び出される。

 エナンドの隣には腕を包帯で巻いたハンツとメイドが立っていた。

「ヴィクトル、お前、ハンツを階段から突き飛ばしたんだって?」

 いきなり身に覚えのないことを言われ、ヴィクトルは困惑した。

「え? 僕はずっと自分の部屋にいましたよ?」

「ウソをつくな! メイドが証人としているんだぞ! 無職だった腹いせに兄をケガさせ、さらにウソまでつくとは許し難い! お前は追放だ!」

 エナンドは激昂して叫んだ。

「えっ!? そ、そんな」

 ヴィクトルは焦る。追放された五歳児がマトモに生きていく方法などない。

「じゃあ、自分の罪を認めるか?」

 エナンドはヴィクトルを鋭い視線でにらみつけて言った。

「僕はやっていません。二人が嘘をついているんです!」

 

 パン!

 

 エナンドはヴィクトルを平手打ちし、

「追放だ! 連れていけ!」

 そう執事にアゴで指示した。

「後悔するぞ! いいんだな?」

 そう叫ぶヴィクトルを執事は強引に引きずる。

 

 はっはっは!

 ハンツはいやらしい顔で笑い、メイドは(うと)ましい表情でその様を眺めていた。

 

 



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1-5. 捨てられた少年

 執事はヴィクトルを麻袋に入れ、馬車を走らせる。

 連れてこられたのは暗黒の森。そこは多くの魔物が棲む恐ろしい死のエリアだった。

 

 執事はヴィクトルを麻袋から出すと、ザックを一つ渡して言った。

「坊ちゃんには申し訳ないが……、ここでさよならだ」

冤罪(えんざい)ですよ。何とかとりなしてもらえませんか?」

 ヴィクトルは必死にすがりつく。

 執事は大きく息をついて言った。

「無職を受け入れられるほど、貴族社会は器が大きくないのです」

「そ、そんなぁ……」

 思わずポロリと涙がこぼれた。

「私も仕事なので」

 執事はそう言うと馬車に乗って戻って行ってしまった。

 ヴィクトルは呆然(ぼうぜん)としながら、去っていく馬車をいつまでも目で追っていた。

 

 日が傾いてきた暗黒の森はまさに死の香りが漂う恐怖の世界だった。

 前世のアマンドゥスのレベルだったら恐れるに足らない森も、レベル1のヴィクトルには全てが恐怖だった。

 

 ホウホーウ!

 どこかで恐ろしげな叫び声がする。

 ヴィクトルはゾクッと背筋が凍る思いをしながら急いで『隠ぺい』のスキルを使う。このスキルを使えば雑魚の魔物であれば欺くことができる。しかし、強い魔物には効かない。あくまでも応急措置に過ぎなかった。

 

 グルグルグル、グワァ!

 別の魔物が叫んだ。間もなく森は闇に覆われてしまう。こんな所で野宿などできない。ヴィクトルは急いで身を隠せそうなところを探すことにした。

 前世の記憶ではこの先にガケがあって、洞窟もいくつか開いていた。残された時間もあまりない。ヴィクトルはそこへと向かうことにした。

 魔物に見つからないように慎重に慎重に進む……。

 

 ガサガサッ!

 

 何かがいる……。

 ヴィクトルはしゃがんで身を隠し、鑑定スキルで音のあった方をしらみつぶしに調べた。

 

ゴブリン レア度:★1

魔物 レベル10

 

 ゴブリンだ……。レベル1のヴィクトルにしてみたら、どんな魔物でも見つかったら死を意味する。

 緑の肌をして尖ったデカい耳の小柄な魔物、ゴブリンはやぶの中で息を殺すヴィクトルのすぐ前をノソノソと歩き、

 

ギュアグルグル……。

 と、何かをつぶやき、立ち止まった。

 『隠ぺい』のスキルが効いているはずなのに、なぜ立ち止まるのか……。

 ヴィクトルは冷や汗をたらしながら『早く通り過ぎてくれ』と必死に祈るが、ゴブリンはなかなか動かない。命のかかったヴィクトルには長い長い時間のように感じられる……。

 

 やがて、ゴブリンは周囲を見回し、

 

ギュギャッ!

 

 と、何かを叫ぶと、去っていった。

 

 ふぅ……。

 ヴィクトルは大きく息をつき、思わず地面にペタンと尻をついた。が、そこは落ち葉の吹き溜まりだった。ヴィクトルは後ろにゴロンとでんぐり返しになって転がり、さらにその先の斜面へと落ちて行く。

 

「うわぁっ!」

 落ち始めた体はなかなか止められない。斜面をゴロンゴロンと転がり、最後には穴にストンと落ちた。

「ひぃ!」

 そこは洞窟だった。小さなヴィクトルの身体はバン! バン! と洞窟のあちこちにバウンドしながら、最後にゴムマットみたいなところで止まった。

 

「いててて……」

 あちこちをさすりながらゆっくりと体を起こす。

 落ちた先は柔らかく温かかった……。

「何だろうこれ……?」

 と、思って顔を上げると、薄暗がりの中で奥にギョロリと光る二つの眼光が光った。

 

 グァォォ!

 叫びながら起き上がったのは筋肉隆々の巨大な赤い身体……、オーガだった。

 

「うぁひぃ!」

 ヴィクトルは声にならない声をあげて飛びのき、明るい洞窟の出入り口へと走った。

 

オーガ レア度:★★★★

魔物 レベル70

 

 視界の端で鑑定結果が表示されていたが、オーガがヤバい奴だというのは確認しなくても知っている。ソロならAクラス冒険者でないと倒せない強敵だ。レベル1のヴィクトルには逆立ちしたって(かな)いっこない、最悪の相手に見つかってしまった。

 

 ヴィクトルは必死に走った。やぶを抜け、小川を飛び越え必死に走った。しかし、オーガの追いかけてくるズシンズシンという地響きは、すぐそばに迫ってきている。

 

 逃げられない……。ヴィクトルは悟った。

 そして、開けた林まで来たところで立ち止まり、クルッとオーガの方を向く。

 オーガは足を緩め、今晩のごちそうを見つけたかのように、うれしそうにニヤッと笑った。

 

 はぁはぁはぁ……。

 肩で息をするヴィクトル。

 ゆっくりと近づいてくるオーガ。

 

 ヴィクトルは右手を開いてオーガの方を向け、

「ファイヤーボール!」

 と、叫んだ。

 すると、電球みたいなショボい火の玉が飛び、オーガに当たった。しかし、オーガには全く効かず、嘲り嗤うばかりだった。

「ファイヤーボール! ファイヤーボール!」

 ヴィクトルはそれでもMPが切れるまで連射する。

 オーガはさすがにウザいと感じたのか、火の玉を手でパンパンと払いのけると襲いかかってきた。

 ヴィクトルの目的はオーガに強烈な一撃を放たせる事だった。適当なショボい攻撃では倍返しもショボくなってしまうから困るのだ。本気の一発を食らうこと、それが生き残りの条件だった。

 ヴィクトルは引きつった笑顔を見せながらオーガに飛びかかる。

 そして、右ストレートを思いっきり浴びて潰され、吹っ飛んだのだった……。

 



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1-6. 世紀の大発見

 死闘の末、何とかオーガを倒すことに成功したヴィクトルは、ステータスを確認する。

 

 ヴィクトル 女神に愛されし者

 大賢者 レベル 15

 

「おぅ! やったぁ!」

 思わずピョンと跳ねるヴィクトル。

 なんと、レベルは一気に15まで上がっていた。これで少なくともゴブリン一匹にはおびえなくて済みそうだ。

 ただ、命がけの攻防で何とか見出した活路ではあったが、それでも五歳の少年には前途多難な状況に変わりはなかった。

 街に戻っても入れてくれないだろうし、他の街に行ってもただの浮浪児として乞食扱いだ。何とかこの暗黒の森の中で生活していくしかなかったが、それは少しレベルが上がっただけでは簡単なことではない。

 ヴィクトルは現実の厳しさに気が重くなり、大きく息をつくと、

「強く……。ならなきゃ……」

 そう言って、ギュッとこぶしを握った。

 

 見ると二つ魔石が転がっていた。真っ赤に光るオーガの魔石と緑色に淡く光るゴブリンの魔石……。魔物は倒すと身体は消え、こうやって魔石を落とす。

 ヴィクトルは魔石を拾い、ジーッと眺めた。

 魔石には魔力が含まれていて、普通はギルドが買い取って燃料にしたり道具に加工したりしている。しかし、街へ行けないヴィクトルにしてみたら宝の持ち腐れである。

 

「お腹すいたなぁ……」

 思い返せば昼から何も食べていなかった。

 何か食べ物を探さねばならなかったが、日も暮れてきて今から探すのは難しそうだった。

「これ、食べられないかな……」

 ヴィクトルは魔石を見つめながらつぶやく。

 魔石には毒が含まれていて、なめたりしてはいけないというのは常識だった。でも、アマンドゥスの時にその毒は解毒できることを実験して見つけていた。ただ、解毒できたからと言って口に運ぶ気も起こらず、そのままになっていたのだ。

「食べて……、みる?」

 ヴィクトルはやぶの中を少し歩いて『毒けし草』を見つけると、その葉っぱでオーガの魔石をくるんでゴシゴシとこすった。

 すると不透明に鈍く光るだけだった魔石は、透明となって向こうが見えるようになり、ラズベリーのような爽やかな芳香を放ちはじめた。

 ほのかに赤く輝く美味しそうな石……。

 ヴィクトルはその香りに惹かれるようにペロッと舐めてみる……。

「あっ、甘い!」

 なんと、魔石は美味しかった。

 急いでチューッと吸い付いてみると、エキスがジュワッと湧き出して果物のようなジュースが口いっぱいに広がる。芳醇で豊かな味わいが空腹のヴィクトルに恍惚の時間を与えた……。

 思わずゴクンと飲み込むヴィクトル。

「お、美味しい……」

 ブワッとヴィクトルの身体が淡い赤い光に包まれる。ヴィクトルは満面の笑みでこの死闘の果実を満喫した。

 

 ポロロン!

 頭の中で効果音が鳴り響き、空中に黄色い画面がパッと開いた。

 

 HP最大値 +5、強さ +1、攻撃力 +1、バイタリティ +1

 

「へっ!?」

 ヴィクトルは唖然(あぜん)とした。なんとステータスが上がったのだ。

 ステータスを上げる方法など今までないとされていたのだが、そんなことは無かった。魔石を食べればよかったのだ。

 これはすごい発見だった。今までステータスを上げるには経験値を上げてレベルを上げるしかなかったが、これには上限がある。アマンドゥスですら一生上げ続けたのにレベルは200に行かなかった。しかし、魔石はいくらでも食べられる。魔物を狩り続けるだけでステータスが上がり続ける、まさに人間離れしたステータスへの道が開けたのだった。

 

「行ける! 行けるぞ!」

 ヴィクトルはこぶしを握り、世紀の大発見に狂喜した。

 魔物を倒し、レベルアップしながら魔石を食べ続ければ世界一の強さを得ることができる。前世の知識も合わせたらまさに無敵になれる。

「やったぞ! ざまぁみろ! チクショー!!」

 自分をこんな所に捨てたあの馬鹿どもに、お灸をすえてやるのだ!

 ヴィクトルは湧き上がってくる高揚感にガッツポーズを繰り返した。



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1-7. 深夜の攻防

 ヴィクトルは倒したオーガの寝床に戻り、そこを拠点とすることに決めた。

 そこは洞窟となっていて雨露はしのげるし、周りからはなかなか見つからない非常に都合の良い場所だった。

 

 日が暮れ、やがて森は闇に包まれる。

 ヴィクトルはゴブリンの魔石を出し、また薬草に包んで透明になったのを確認して吸った。抹茶オレのような濃厚な味わいのフレーバーが口の中いっぱいに広がる。

 ヴィクトルは恍惚とした表情を浮かべ、心癒されながらじっくりと味わった。

 

 ポロロン!

 効果音が鳴って画面が開く。

 

 HP最大値 +1、攻撃力 +1

 

 オーガに比べたら相当にショボいが、それでもステータスは上がった。やはりこれは相当に使えそうだ。

 空腹もしのげたし、実は魔物だけ食べて暮らすこともできるのかもしれない。ヴィクトルはオーガの寝床にゴロンと転がり、満足げににっこりと笑った。

 

 オーガの寝床は思いのほか快適だった。ヴィクトルは激動の一日を振り返りつつ、明日からの逆転劇を楽しみに、すぐに眠りへと落ちて行った……。

 

        ◇

 

 ガサガサッ……。

 

 深夜に物音で目を覚ました。

 何かいる!?

 ヴィクトルはいきなりやってきた死の危険に、眠気もいっぺんに吹き飛んだ。

 静かに身を起こし、暗闇の中、震える手で木の棒を探し、握る。

 レベルアップで使えるようになった索敵の魔法を使ってみると……。

 何やら二匹ほどの魔物が入り口近くを徘徊している。

 強さはよく分からないが雑魚ではなさそうだ。さらに、二匹はマズい。二匹では自爆攻撃は使えない。生き返った瞬間を狙われたらアウトだからだ。

 いきなりのピンチにヴィクトルは背筋が凍り、冷や汗が噴き出した。

 入り口を見つけられるのは時間の問題である。

 ヴィクトルは奥へと静かに移動した。この洞窟には出入り口の他に天井の穴がある。最初にヴィクトルが落ちた小さな穴である。

 ヴィクトルは魔法でろうそくのような淡い光を浮かべると、壁面にとりついて登り始めた。

 穴に手が届いた時、入り口の木の枝がバーン! と吹き飛ばされ、

 

 ブフッ! グフッ!

 と、鼻を鳴らす音が洞窟内に響いた。オークだ!

 筋骨隆々とした巨躯にイノシシの頭。口からは凶悪な牙が鋭く伸び、鈍く光っていた。

 

 グァァ――――!

 叫びながら突っ込んでくるオーク。

 ヴィクトルは必死に穴を登り、ギリギリのところで逃げ切る。

 しかし、オークは諦めない。

 

 ゴァァ――――!

 巨体を穴に突っ込み、穴の割れ目を広げて迫ってくる。

 

オーク レア度:★★★

魔物 レベル35

 

 あまりの迫力に気おされるヴィクトルだが、逃げて逃げ切れるような敵じゃない。ここで二匹とも倒す以外生き残るすべはなかった。しかし、レベルはオークの方がはるかに上。闇夜の森でいきなり突き付けられた死の予感に、ヴィクトルの心臓はかつてなく早打ちする。

 灯りに浮かび上がる恐ろしいオークの顔の醜悪さが、ヴィクトルの心に恐怖を巻き起こしてくる……。

 しかし、諦める訳にもいかない。スローライフで愛する人と第二の人生を満喫すると心に決めたのだ。馬鹿どもに復讐もせねばならない。こんなところで終わってなるものか。

 

 ヴィクトルは歯を食いしばり、今できる最高の攻撃が何かを必死に考える。

 叩こうが魔法撃とうがとても効くとは思えなかったが、もしかしたら……。

 

「よしっ!」

 ヴィクトルは腹を決め、棒をぎゅっと握りなおし、構えた。

 

 グガァ!

 オークは叫ぶ。

 ヴィクトルはその瞬間を見逃さず、木の棒を素早く口に突っ込んだ。

 

 グッ! ガッ!

 慌てるオーク。

 そしてヴィクトルは、木の棒をこじって、開いたすき間めがけて手を当てて叫ぶ。

「ウィンドカッター!!」

 シュゥン!

 と、空気を切り裂く音が響いて、オークの(のど)の奥へ風魔法が放たれた。

 

 グホゥ!!

 オークは声にならない悲鳴をあげながら落ちて行く。

 そして、

 

 ピロローン!

 ピロローン!

 と、効果音が鳴り響いた。

 風魔法が内臓をズタズタに切り裂いたのだ。さしものオークも体内に直接撃たれた魔法には耐えられなかったようだ。ここは大賢者時代の知恵の勝利である。

 しかし、まだ一匹いる。依然としてピンチには変わりない。

 

 ガサガサッ!

 

 もう一匹は外をまわってヴィクトルの方に走ってくる。

「ヤバい、ヤバい!」

 ヴィクトルは急いで穴に降りた。

 オークはズーン! ズーン! と、近くの木に体当たりを繰り返し、バキバキバキ! ズズーン! と木が倒れる。

 ヴィクトルはその意味不明な行動におびえていたが、直後、穴から木の幹が落とされた。何と、穴がふさがれてしまった。ヤバいと思って外に逃げようとした時、オークと目が合った。オークは周到にヴィクトルを追い詰めたのだ。

 

 



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1-8. 執念のダブルノックダウン

 万事休すである。自爆攻撃は一回は使えるが一回で倒しきるのは不可能だろう。穴はもう使えない。真っ青になるヴィクトルに、オークはニヤニヤしながら近づいてくる。

 

 グホォォォ――――!

 オークは雄たけびを上げると、ヴィクトルに向かって全力で突っ込んできた。

「ひぃ!」

 オークの猪突猛進なダッシュはすさまじく、一瞬でヴィクトルに到達する。

 避けるなんて到底できず、ヴィクトルは鋭い牙に貫かれ、そのまま奥の壁に激突し、ぐちゃぐちゃに潰された。

 

 カハッ!

 多量の血を吐きながらボロ雑巾のように倒れ込むヴィクトル。

 そして、オークも倍返しのアイテムの効果を食らい、血を吐きながら吹き飛ばされ、ゴロンゴロンと転がり、倒れ込んだ。

 地獄のダブルノックダウン。

 洞窟には両者の苦しむ喘ぎ声が静かに響く……。

 ヴィクトルは何とか意識を取り戻したが、HPは1、大ピンチである。

 再度生き返りアイテムを使うためにはHPを10以上に上げねばならないが、ポーションも何もない。

 

ブフゥ!

 オークが肩で息をしながらゆっくりと立ち上がる。その目に宿る怒りの輝きがヴィクトルに命かつてない恐怖を与えた。

 絶体絶命である。

 ヴィクトルは何か使えるものはないかとステータスウィンドウを開き、必死にページをめくる……。

 

グァァァァ――――!

 オークの雄たけびが森に響き渡った。

 オークはヴィクトルを血走った目でにらみ、助走の距離を取り、もう一度体当たりの体制に入った。

 

「くぅぅ……、何か……何かないのかよ!」

 と、その時、予想外の物を見つけた。

 

 治癒魔法 ヒール(New!) MP:10

 

 何と、さっきのレベルアップでヒールを獲得していたのだ。

 

グホォ!!

 オークが叫びながら全速で突っ込んでくると同時に、ヴィクトルが叫んだ。

「ヒール!!」

 淡い光をまとったヴィクトルを再度オークの牙が貫き、奥に激突する。

 

 グハァ! グォォ!

 

 両者また地面に転がった。

 再度のダブルノックダウン。

 

 果たして、ヴィクトルの頭の中に効果音が鳴り響いた。

 

 ピロローン!

 ピロローン!

 

 意識がもうろうとする中、ヴィクトルはギリギリの勝利を知り、心から安堵するとそのまま気を失った。

 死闘の決着がついた暗黒の森には、また静けさが戻ってくる。(ほの)かに青い月の優しい光が血まみれのヴィクトルの頬を照らしていた。

 

        ◇

 

 チチチッ、チュンチュン!

 

 まだ霧に沈む暗黒の森に小鳥のさえずりが響き、朝の訪れを告げる。

 

「ハウッ!?」

 ヴィクトルは目を覚まし、ゆっくりと起き上がって周りを見回した。バキバキに壊された入り口と丸太を突っ込まれた奥の穴が、あの戦闘が夢ではなかったことを物語っている。

 

 ヴィクトルはしばらくその荒れた状況を呆然(ぼうぜん)と見つめ……、ふぅっと大きく息をついた。

 勝てたのはたまたまだった。何か一つでもしくじれば自分はオークのエサになっていただろう。ヴィクトルはブルっと身震いをした。

 

 ヴィクトルは朝食代わりに、床に転がっている二つのオークの魔石を拾うと食べてみた。

 茶色に光る魔石はコーヒーのような芳醇な香りを立て、ヴィクトルは目をつぶってひとときのアロマを楽しむ。そして一気にゴクッとのんだ。まるでモーニングコーヒーのようなホッとする充足感が心にしみてくる……。

 

 ポロロン!

 画面がパッと開いた。

 

 HP最大値 +3、強さ +1、バイタリティ +1

 

 まぁまぁの成果である。

 

 これ以上死闘なんてやりたくないヴィクトルは、何にもまして強くなることを目指すと決めた。レベルも19に達し、もう雑魚であれば余裕で倒せるようになっている。

 なるべくたくさんの雑魚を安全に倒し、魔石を食べまくること、これが今の最善策に違いなかった。

 

 ヴィクトルは血だらけの服や体を生活魔法で綺麗にすると、靴ひもを結びなおす。

 そして、両手でほほをパンパンと叩いて気合を入れると、

「よしっ!」

 と、叫んだ。

 自分の逆転劇はこれから始まるのだという高揚感でブルっと武者震いをすると、木の棒をギュッと握り、ビュンビュンと振り回した。



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1-9. 爽やかスライム

 索敵の魔法をかけながら慎重に森の中を進むと、何か反応がある。ソロの雑魚のようだ。丁度いい。

 鑑定をかけてみると、

 

コボルト レア度:★

魔物 レベル12

 

 と、浮かび上がった。格好の獲物である。

 ヴィクトルは忍び足で見通しの良い所まで行くと、まだ気がつかないコボルトの方に手のひらを向け、

「マジックミサイル!」

 と、叫んだ。

 直後、手の平に閃光が走り、まばゆい光の弾が一直線に走った。

 声に驚いたコボルトだったが、光の弾を食らい、その爆発で吹き飛ばされる。

 すかさずヴィクトルは、倒れたところに土魔法を使う。

「アースニードル!」

 コボルトの下の地面から三本、土の槍が突き出てきてコボルトの胸や腹を貫いた。

 

ギャゥッ!

 コボルトは断末魔の悲鳴を上げ、ビクビクと痙攣すると、魔石となって転がる。

 

「よしよし」

 ヴィクトルは狩りの初成功に機嫌を良くしながら魔石を拾いに行った。

 本来、遠距離から魔法なんてそう簡単に当たるものではない。しかし、ヴィクトルは稀代の大賢者なのだ。その有効射程距離は世界トップクラスだった。

 雑魚一匹であればもはや何の不安もない。ただの楽しい狩りである。

 

 魔力ポイント(MP)が自然回復する間、木の根に腰かけ、朝食代わりに魔石を食べる。

 アイボリーに鈍く光る魔石は、ちょっとミルクセーキっぽい濃厚な味がしてヴィクトルに活力を与えた。

 

 朝もやも消え、木々のすき間から朝日がチラチラと輝いている。森の空気は爽やかな木々の香りに満ちていて、神聖な清浄感が心を洗う。

 暗黒の森がいつ生まれたのかヴィクトルは知らないが、本来はただの森林だったように思えた。それだけ魔物の存在は森の生態系と相いれない違和感を醸し出していたのだ。

 そもそも魔物とはいったい何なのだろうか? 倒すとなぜ魔石になってしまうのだろうか? 大賢者として長年生きてきたヴィクトルもこの点だけはいまだに分からなかった。

 しかし、あの美しい女神と出会ったことで、ヴィクトルはこの世界の仕組みに迫れそうな手掛かりを得た思いがあった。まだ言語化はできないが、女神の存在と魔物の存在、それは聖と魔で反対ではあるものの、根源には似たものを感じていたのだ。

 

       ◇

 

 午前中、ヴィクトルはこうやってトレントやスライムなど含めて10匹程度魔物を倒した。しかし、レベルは一つしか上がらない。やはり雑魚を幾ら狩ってもレベルアップは厳しいのだ。しかし、魔石を食べたおかげでステータスはどんどんと上がっている。思った通り魔石を食べるのは効果絶大だった。

 

 ヴィクトルは樹齢数百年はありそうな巨木のボコボコとした苔むした樹皮にとりつくと、器用に登り、大きな枝の上に座った。そこは見晴らしがよく、森の様子を一望できた。

 

「さーてランチは何にしようかな?」

 そう言いながら、取った魔石をポケットから出して見比べた。

 水色に輝くのはスライムの魔石。ヴィクトルは魔石をかざして見る。どこまでも続く森がまるで水に沈んだように真っ青に染まって見えた。

「よし! スライム、お前だ!」

 そう言うとヴィクトルはチュルッと吸った。

 

 ポロロン!

 MP最大値 +1、魔力 +1

 

 口の中に広がるのは爽やかなサイダーの味……。疲れをいやす爽快感がヴィクトルを満たし、恍惚とした表情で、ふぅと息をついた。

 魔石はどれも凄く洗練された味をしていて極上の癒しとなる。それに、力が湧いてくるエナジードリンクのような効果もありそうだった。

 ヴィクトルは試しに次々と魔石を食べてみたが、お腹がいっぱいになるわけでもなく、全部楽しむことができた。もしかしたら上限は無いのかもしれない。

 



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1-10. 禁断の魔法陣

 ボーっと森の風景を見ていたら、何やら遠くの木々の間で影が動いた。

 ヴィクトルは索敵の魔法を絞って当ててみる。すると、驚くべきことに数百匹の魔物の反応があるではないか!

「な、なんだあいつら……」

 数百匹は異常だ。近づくべきではない。近づいちゃいけない……、とは思うものの、大賢者としては好奇心が押さえられない。魔物が大勢集まって何かをやっている。そんな話はいまだかつて聞いたこともなかったのだ。

「そっと様子を見るだけ……ね」

 ヴィクトルは慎重に魔物たちに近づいて行く。

 木々の間に様子が分かるようなところまで近づくと、そっと木陰から様子をうかがった。すると、石造りの建物が見える。

 さらに近づいて観察すると、大木の根に破壊された石造りの建造物が見えてきた。周りには精緻な石像があちこちに転がって見える。なるほど、ここは遺跡なのだ。

 そして、ゴブリンが二匹、その遺跡の入り口で槍を持って並んでいる。どうやら警備兵のようだ。

 索敵の魔法によると、あの遺跡の地下に数百匹がいるようだ。つまり、遺跡の地下の空間で祭りか何かが開かれているに違いない。しかし、魔物が祭りなんてするのだろうか?

 ヴィクトルはいぶかしく思ったが、ここまで来て手ぶらでは戻れない。

 遠くからしっかりと照準を見定め、ウィンドカッターからのアースニードルで警備兵を一気に倒す。

 そして、警戒しながら遺跡の入口へと駆け寄った。

 入り口をそっとのぞくと下への階段になっており、その先に地下の広間がありそうだったが……。暗くて良く分からない。

 ざわざわとする魔物たちの声や熱気が上がってくる。何かをやっていることは間違いなかったが、さすがにこれ以上は近づけない。

 ヴィクトルは意を決すると、

「ポイズンフォグ! ポイズンフォグ! ポイズンフォグ!」

 と、毒霧を階下に向けて連射し、遺跡を毒漬けにした。

 そして最後に、

「ホーリーシールド!」

 と、叫んで出入り口をふさいだ。

「逃げろ――――!」

 ヴィクトルは全力で駆けた。

 見つかったら最後、命に関わるのだ。きっと雑魚だらけだろうが数は力だ。こういう時は逃げるに限る。

 

 はぁはぁはぁ……。

 ヴィクトルは息を切らしながら巨木のところまで戻ってくると、また枝に登って様子を見た。

 

 ピロローン!

 ピロローン!

 

 レベルアップの音が鳴り響く。

「やったぁ!」

 思わずヴィクトルはガッツポーズ!

 ところが……

 

 ピロローン!

 ピロローン!

 レベルアップの音が鳴りやまない……。

 ヴィクトルは不安になった。

 ゴブリンが数百匹いたってレベルアップなんて三つが限度だろう。一体自分は何を殺してしまったのか……。

 

 索敵の魔法をかけてみると魔物の反応は一つも残ってなかった。全滅させてしまったらしい。

 ポイズンフォグの殺傷力はそんなに強くないはず。もしかしたら、出口に殺到した魔物たちがパニックになって、折り重なって大惨事になってしまったのかもしれない。

 倒したのは魔物とは言えヴィクトルはちょっと心が痛んだ。

 

「さて……。申し訳ないが魔石を回収させてもらうか……」

 

 ヴィクトルは遺跡まで戻ってくると、慎重に階段を下りて行った。

 しかし、魔石は一つもなかった。

「えっ? 魔石……どこ行っちゃったんだろう……」

 明かりの魔法を使って遺跡内を照らしだしながら進むと、広大な広間が見えてきたが……、異臭が鼻を突いた。

「な、何の臭いだ……?」

 見ると、壇上に台が置いてあり、そこに人間の生首が並べられていたのだ。

「ひぃ!」

 ヴィクトルは思わず悲鳴を上げた。

 周りには装備や手足が無造作に転がされている。どうやら冒険者を捕まえてきて首をはねたらしい。

 ヴィクトルは顔面蒼白となり、胃液がこみ上げてくるのを必死に抑えた。

 と、その時、広間の中央部がボウっと光った。

 何だろうと、よく見るとそれは巨大な魔法陣だった。

「えっ……!? 何の魔法陣……、ひっ!!」

 ヴィクトルは思わず悲鳴を上げた。その魔法陣に見覚えがあったのだ。それは深遠なる闇から太祖の妖魔を召喚する禁断の魔法陣だった。

「と、止めないと!」

 ヴィクトルは必死に足で魔法陣をゴシゴシとこすって消し、召喚を停止しようとしたが……、間に合わなかった。

 広間は鮮烈な金色の輝きに覆われ、もはや目を開けていられなかった。

 



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1-11. 最凶最悪の妖魔、妲己

 ぐわぁぁ!

 尻もちをつくヴィクトル。

 

「フハハハハ!」

 広間には不気味な若い女の笑いが響いた。

 

 クッ!

 見ると、黄金の光をまとい、ゆっくりと宙を舞う黒髪の美しい女性が楽しそうに笑っていた。女性は赤模様のついた白いワンピースを着て、腕には羽衣をまとわせて、うれしそうに腕を舞わせる。ワンピースには脇にスリットが入っており、美しい肌がのぞいていた。

 

 ヴィクトルはすかさず鑑定を走らせる。

 

妲己(だっき) レア度:★★★★★★★

太祖妖魔 レベル 354

 

 ヴィクトルは絶望に打ちひしがれた。レア度7は前世でも見た事が無い振り切れた値なのだ……。

 伝説では国をいくつも滅ぼしたとされる、最凶最悪の妖魔、妲己(だっき)が今、目の前で舞っている。ヴィクトルは心の奥底から湧いてくる恐怖を押さえられず、ガクガクと震えた。

 

「余を呼びしはお主じゃな? どこを滅ぼすんじゃ?」

 妲己はニヤッと笑って言った。

 

「え? わ、私ですか?」

「何言っとる、生贄(いけにえ)はお主がくれしものじゃぞ? 最初ショボい生贄でやる気出なんだが、お主がたくさん用意し事で来る気になったのじゃ」

 ヴィクトルは驚いた。殺した魔物は全部生贄として使われてしまったらしい。

「そ、それは手違いです」

 ヴィクトルは冷や汗を垂らしながら答えた。

「へぇ? 手違いで余を呼びしかっ!」

 妲己から漆黒のオーラが噴き出し、不機嫌そうな視線がヴィクトルを貫く。

「お、お鎮まりください!」

 ヴィクトルは必死に怒りを鎮めようとしたが、妲己は、

「不愉快なり! 死ね!」

 そう叫ぶと、腕を光り輝かせながらブンと振る。

 すると、光の刃が目にも止まらぬ速さで飛び、ヴィクトルを一刀両断に切り裂いた。

 

 ガハッ!

 地面に崩れ落ちるヴィクトル。

 妲己に、バシッ! という音が走ったが、妲己は平気な顔をしている。

「怪しきアイテムを持っとったな? 小賢しい奴じゃ。じゃが、効かぬぞよ」

 妲己はニヤリと笑った。ここまでレベルが高いと倍返しのアイテムは効かないようだった。

 

 ヴィクトルは朦朧とする意識を必死に立て直し、

「ヒ、ヒール!」

 と、回復をかけながら妲己を見た。

 

「ほぅ? 小童(こわっぱ)、あれで死なぬか……ほぅ」

 と、興味深げにヴィクトルを眺めた。

 

「お、お帰り頂くことはできませんか?」

 ヴィクトルはよろよろと立ち上がりながら聞いた。

 

「はぁ!? たわけが!」

 妲己はブワッと漆黒のオーラを巻き上がらせ、そのままヴィクトルにぶち当てた。

 

 グハァ!

 吹き飛ばされるヴィクトル。

 

「ただで帰れと言うか! 国の一つや二つ滅ぼさんと気が済まぬ!」

 妲己はそう叫んでにらんだ。

 

「わ、分かりました。そうしたら、三年……三年待ってください。私が強くなって妲己様の満足のいくお相手をします」

「小童、お主がか? 言うのう……。ふむ……、一年じゃ。一年だけ待ってやろう! 余も手下の準備が要りしことじゃしな」

 妲己はそう言うと優美に腕を舞わせ、まぶしい光をまとった。

 

 うわっ!

 思わず腕で顔を覆うヴィクトル。

 

 フハハハハ――――!

 妲己は楽しそうに笑うと、一気に飛び上がり、広間の天井をぶち抜いて飛び去って行った。

 

 ヴィクトルの耳には、忌々しい笑い声がいつまでも響いた……。

 

「い、一年……」

 ヴィクトルはひざから崩れ落ちる。

 とんでもない事態を引き起こしてしまった……。

 自分は昨日までレベル1だったのだ。たった一年鍛えた位で、レベル350を超える伝説上の化け物に勝てる訳がない。

 どう考えても無理だった。

 しかし、多くの人命のかかった話である。できること全てをやってみる以外なかった。

 



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1-12. 三分に一匹

 ヴィクトルはゆっくりと立ち上がると、生贄とされてしまった冒険者たちに近寄り、虚空をうすぼんやりと映す瞳をそっと閉じさせて、

 

「レストインピース!」

 と、鎮魂の魔法をかけた。

 冒険者たちの遺体は光に覆われ、やがて蛍のように無数の光の粒となり、飛び立って宙へと消えていく。

 ヴィクトルは志半ばで魔物に倒されてしまった冒険者たちを思い、黙とうをささげた。

 

 後には衣服と装備だけが残っている。

 認識票を見れば赤茶の銅色だ。これはCランクを表す。かなり優秀なパーティだったはずなのだが……、それを倒せる魔物がここにはいたのだろう。かなりレベルの高いゴブリンシャーマンかもしれない。もしくは卑劣な罠を使ったのか……。今となっては何もわからない。

 

 床に転がる武器を鑑定してみる。

 

青龍の剣 レア度:★★★

長剣 強さ:+2、攻撃力:+30、バイタリティ:+2、防御力:+2

特殊効果:経験値増量

 

疾風迅雷の杖 レア度:★★★

魔法杖 MP:+7、攻撃力:+10、知力:+3、魔力:+10

特殊効果: MP回復速度向上

 

 そこそこ良い武器だ。特に特殊効果が嬉しい。

 また、アイテムバッグにはポーション類も揃っていた。アイテムバッグは四次元ポケットのように多くの物を小さなカバンに収納できる魔法のバッグであり、とても便利なものだ。申し訳ないがありがたく使わせてもらうことにする。

 

 それにしても、ここまで準備していてもやられてしまうのだ。ヴィクトルは改めて魔物との戦闘の無慈悲さにため息をついた。

 

              ◇

 

 ヴィクトルは『疾風迅雷の杖』を装備してみる。短めのステッキだが、柄のところに青色に光る宝石が埋め込まれており、握るとフワッと体中に力が満たされるような感覚があった。

 防具も装備したかったが、さすがに五歳児が装着できるものはなかった。

 

「さて……、どうするか……」

 ヴィクトルは考え込んだ。今までみたいなチマチマとした魔物狩りでは効率が悪すぎて到底妲己には勝てない。もっとアグレッシブに命がけの戦いに身を投じるしかない。

 魔物が一番いるのはダンジョンだ。この暗黒の森の奥にも悪評高いダンジョンがあった。ワナや仕掛けがえげつなく、出てくる魔物も凶悪で冒険者たちからはあまり人気のないダンジョンだった。

 しかし、ヴィクトルにもう選択肢はない。そこへ行く以外なかった。よく考えたら人気が無いのは効率を考えればむしろ都合が良いかもしれない。

 

 ヴィクトルは過去の記憶を頼りにダンジョンへと急いだ。レベルはもう30なので少し余裕がある。

 

 一体どのくらい鍛えたら妲己に勝てるだろうか?

 ヴィクトルは暗算をし、十万匹くらいと見当を付ける。十万匹を一年で狩るには三分に一匹のペースが必要だ。起きている間中ずっと三分に一匹ずつ狩り続ける……、ヴィクトルは思わず宙を仰いだ。それは地獄にしか思えなかった。

 また、単純に数をこなせばいいという物でもない。雑魚だけではレベルが上がらない。レベルが足りなければ使える魔法も制限されてしまい、到底妲己には勝てない。つまり、それなりに強い敵を三分に一匹ずつ狩り続けなければならないのだ。これは正攻法では不可能だ。アイテムを使った自爆攻撃を繰り返すしか道はない。

 一体何回殺されるのだろうか……、十万回?

 ヴィクトルは思わず足を止め、しゃがみこんでしまった。

 十万回殺され続ける修行、そんな話聞いた事が無い。しかし、レベル一の子供が世界最強の妖魔にたった一年で勝つためにはそうなってしまうのも仕方なかった。

「調子に乗って余計な事しなきゃよかった……」

 後悔先に立たずである。

 そもそも、『愛する人とスローライフを楽しむ』というこの人生の目標はどこへ行ってしまったのか? 前世の稀代の大賢者時代ですら勝ち目のない妲己に、一年で勝たねばならないとは、前世よりもよほどハードモードではないのか……?

 ヴィクトルは頭を抱えた。

 

 しかしこうしている間にも時間は過ぎていく。

 ヴィクトルは大きく息をつくと、グッとこぶしを握り、この過酷な運命を受け入れる覚悟を決めた。

 

 ダンジョンの入り口にたどり着いた時には、すでに陽は傾いていた。

 崖の下の方にポッカリと開いたダンジョンの入り口は人気(ひとけ)もなく、雑草が生い茂っており、知らなければここがダンジョンと気づかないレベルだった。

 来る途中、何匹か魔物を狩り、魔石を食べながら来たのでそれほど疲れてはいない。

 ヴィクトルは早速エントリーする。何しろ三分に一匹なのだ、休んでいる時間などなかった。

 

 



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1-13. 死闘

 ワナに注意しながら暗くジメジメした洞窟の中を進むと、さっそく魔物の影が動いた。

 

 ヴィクトルはアイテムバッグから『青龍の剣』を取り出すと、装備した。大賢者としては魔法連発で行くのが王道であったが、そんなことしたらMPの回復待ち時間が必要になってしまう。そんなロスタイムは許されない。

 ヴィクトルは継続回復魔法『オートヒール』を自分にかけた。これは毎秒HPを10ずつ回復してくれる便利な魔法である。

 そして、『青龍の剣』を構えると、魔物へ向けて駆け出して行った。

 見えてきたのはスケルトン、骸骨のアンデッド系魔物だ。

 スケルトンはヴィクトルを見つけるとカチカチと歯を鳴らし、棍棒を振り上げて走ってくる。

 ヴィクトルは慣れない剣を力任せに振り下ろす。

 青龍の剣は、口を開けた間抜け顔のスケルトンの肩口にヒットした。

 

 グガッ!

 スケルトンは断末魔の叫びを上げ、ガラガラと崩れ、骨が散らばり、最後に魔石なって転がった。

 よし! と思ったのもつかの間、さらに三匹が襲いかかってくる。

 骸骨の化け物が三匹も走ってくるさまは心臓に悪い。

 ヴィクトルは顔をしかめると体勢を取り直し、スケルトンが間合いに入るのを待って再度剣を振り下ろす。

 あっさりと砕け散る先頭のスケルトン。

 しかし、次のスケルトンの棍棒を避けるのに失敗し、まともに殴られてしまうヴィクトル。

 グハッ!

 口の中を切ってしまい、血がポタポタと垂れる。

 しかし、ひるんでいられない。

 ヴィクトルは歯を食いしばると、力いっぱい剣を振り上げてスケルトンの胴体にヒットさせて砕いた。が、同時に三匹目の棍棒をまともに浴びた。

 

 クゥッ!

 

 たまらずゴロゴロと転がってしまうヴィクトル。

 HPにはまだ余裕があるが、痛いものは痛い。

「チクショー!」

 ヴィクトルはよろよろと立ち上がると、振り下ろされてくる棍棒をギリギリのところで避け、剣を野球のバットのように横に振りまわした。

 

 ガキッ!

 

 いい音がしてスケルトンの背骨が砕け、魔石へと変わっていった。

 

 

「ふぅ……」

 無様な緒戦ではあったが、なんとか三匹同時でも剣で対処できたのは大きかった。

 

 それにしても防具は欲しいし、剣の扱い方も真面目に学んでおけば良かったと、思わずため息が漏れる。準備不足の状態で突入してしまった地獄の修行。ヴィクトルは魔石を拾いながら、前途多難な道のりに気が遠くなった。

 

          ◇

 

 それから一週間、ヴィクトルは起きている間中剣を振り続けた。五歳児の腕ではすぐに痺れ、限界に達してしまうが、治癒魔法で直しながらだましだまし戦闘を続ける。

 すでに倒した魔物は二千匹。レベルは57に達していた。ただ、パラメーターは魔石を食べる事で異常に上がっており、実質レベル100相当の強さにまで成長していた。

 自分のレベルより強い敵を倒せるということは経験値的には大変美味しいことであり、レベルの上がり方も異常に速かった。

 

 その日、ヴィクトルはダンジョンの地下47階に来ていた。そこは地下のはずなのに、階段を下りたらなんと青空が広がっていたのだ。

 広い草原には爽やかな風が吹き、草のウェーブがサーっと走っている。さんさんと照り付ける太陽はポッカリと浮かんだ白い雲の影を草原に落とし、ゆったりと流れていく。

 なんて気持ちのいい風景……、しかしここは地獄のダンジョン。どこにどんな罠があるかもわからないのだ。

 すると、早速索敵の魔法に反応があった。

 そこそこの強さの魔物が草原をこちらに駆けてくる。その数七匹。剣では分が悪い。ヴィクトルは杖に持ち替えると魔法の詠唱を始めた。

 空中に真紅の円が描かれ、続いて中に六芒星、そして書き上げられていくルーン文字……。

 草むらから飛びかかってきたのはウォーウルフの群れだった。灰色の巨体に鋭い牙、金色に光る瞳が並んで襲いかかってくるさまは、圧倒的迫力でヴィクトルは一瞬ゾクッとさせられた。

 しかし、ひるんでもいられない。ヴィクトルは気を強く持って魔法陣を完成させると、

灼熱炎波(フレイムウェーブ)!」

 と、叫ぶ。

 魔法陣から爆炎が噴き出し、あっという間にウォーウルフたちを飲み込んだ。



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1-14.潰された子供

 キャンキャン!

 叫び声が上がる。

 やったか!? と思ったのもつかの間、四匹が構わず突っ込んできた。

 やはり、まだ火力不足だ。

 ヴィクトルは往年のアマンドゥス時代の火力を懐かしく思いながら、剣に持ち替え、ギリッと歯を鳴らした。

 果たして次々と飛びかかってくるウォーウルフ。

 ヴィクトルは一匹目を一刀両断にするも、次のウォーウルフの爪の餌食となって切り裂かれ転がった。

 

 グハァ!

 同時に攻撃したウォーウルフもアイテムの効果を受けて転がる。

 後続のウォーウルフはお構いなしに血まみれのヴィクトルの腕に噛みついた。ヴィクトルは自由になる手で口元に向けて、

「ウィンドカッター!!」

 と、叫び、ウォーウルフの内臓をズタズタに切り裂いた。

 しかし、まだ一匹残っている。

 ヴィクトルはヒールをかけ、体勢を立て直すと、ウォーウルフに対峙した。

 はぁはぁと肩で息をするヴィクトル。

 仲間をやられた怒りで金色の瞳を赤く光らせるウォーウルフ……。

 にらみ合いながらお互い間合いを計る……。

 直後、覚悟を決めたウォーウルフが飛びかかってきた。

 ヴィクトルは鋭く剣を走らせるが、ウォーウルフは巧みに前足で剣の軌道をそらしヴィクトルの喉笛に鋭い牙を食いこませた。

 

 グフッ!

 ヴィクトルは真っ赤な血を吐きながらウォーウルフと共に倒れ、ゴロゴロと転がる……。

 直後、ウォーウルフはギャン! という断末魔の叫びを上げながらアイテムの効果で絶命し、ヴィクトルは朦朧としながら草原に転がった。

 

「七匹は……無理だよ……」

 そうつぶやき、しばらくヴィクトルは大の字になってぼーっと空を眺めていた。

 青空には真っ白な雲がぽっかりと浮かび、爽やかな風がサーっと草原を走った。

 

        ◇

 

 さらに一カ月たち、一万匹の魔物を倒したヴィクトルのレベルは91にまでなっていた。魔石を食べる効果で強さはレベル200相当にまで達している。

 

 暗黒の森のダンジョンに来ていた冒険者のパーティはその日、信じられないものを目撃した。

 パーティで巨大な岩の魔物、ゴーレムと対戦するも、予想以上に硬い防御に苦戦していた時のことだ。

「ダメ――――! もうMP切れだわ!」

 黒いローブをまとった女性が叫ぶ。

 直後、ゴーレムは、

 

 グォォォォ!

 と、叫びながら全身を光らせ、鋭いパンチを盾役に浴びせる。

 

 ぐはぁ!

 盾役はたまらず転がった。

「ダメだ! 撤退! 撤退! シールド張って!」

 剣士が叫んだが、

「あれっ!? ごめんなさーい! もうMP切れ――――!」

 僧侶が泣きそうになりながら答える。

「バッカ野郎! どうすんだよぉ!」

 剣士は真っ青になって喚く。

 パーティは崩壊寸前だった。

 走って逃げてもゴーレムの方が足は速い。逃げるのにシールドは必須なのだ。

 

 すると、小さな子供がやってきて可愛い顔でニコニコと剣士に聞いた。

「僕が倒しちゃっていいですか?」

 子供はあちこち破れたズタボロの服を着ているだけで、装備らしい装備もしていない。

「え!? 倒す……の? お前が?」

「うん!」

「そ、そりゃ……倒してくれたらありがたいけど……」

「じゃぁ、やっちゃうね!」

 子供はそう言うとテッテッテとゴーレムに近づいて、

「ファイヤーボール! ファイヤーボール! ファイヤーボール!」

 と、巨大な火の玉を次々とぶち当てた。

「お前ら! 逃げるぞ!」

 剣士はメンバーに声をかけると駆け出し、安全な距離を取る。

 そして、物陰からそっと戦いの様子をのぞいた。

 しかし、ゴーレムはファイヤーボール程度ではビクともしない。

 岩でできた巨大な腕をグンと持ち上げると、子供に向けて振り下ろした。ところが、子供は逃げるそぶりも見せず、そのまま潰される。

 

 グチャッ!

 嫌な音が広い洞窟に響いた……。

「あぁぁ! ……。あの子……、やられちゃったぞ……」

 剣士は青い顔で言う。

 しかし、同時にゴーレムもなぜかダメージを受け、ズシーン! とあおむけに倒れた。

「へ!?」

 黒ローブの女性が驚く。

 すると、潰されたはずの子供が光をまといながら立ち上がり、再度ファイヤーボールを唱え続けた。

 

 ドーン! ドーン!

 洞窟にはファイヤーボールの炸裂する爆音が響く。

 ファイヤーボールを受けながらも、ゆっくりと立ち上がるゴーレム。

 直後、子供は

「ウォーターカッター!」

 と、叫び、鋭い水しぶきを放った。

 真っ赤に熱されたゴーレムは水を受けてビシッ! と亀裂が走る。

「おっ! あいつすげぇぞ!」

 剣士は声をあげた。

 しかし、与えたダメージは亀裂止まりでゴーレムは止まらない。

 ゴーレムは足を持ち上げると、子供を一気に踏みつぶした。

 

 ブチュ!

 聞くに堪えない音が再度洞窟に響く……。

「きゃぁ!」

 黒ローブの女性は思わず耳を押さえ、悲鳴を上げた。

 

 が、次の瞬間、ゴーレムは、

 

 グァゴォォォ!

 と、断末魔の叫びを上げ、消えていった。

 なんと、子供がゴーレムを倒したのだった。

「はぁ!?」「へ?」

 剣士も女性も信じられなかった。自分達でも倒せなかったあの頑強なゴーレムが、何の装備もない、強くもない子供に倒されたのだ。

 やがて、子供は起き上がり、魔石を拾うと、何事もなかったようにテッテッテと駆け出して、階段を下りて行った。

「おい! あの子、下へ行ったぞ!」

 剣士は仰天した。この下にはもっと強い魔物が居るというのに、何の躊躇もなく、休む事もなく下へ行ったのだ。

 パーティの面々はお互いの顔を見合わせながら、無言で首をかしげ、首を振るばかりだった。

 



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1-15. 歓喜の超音速

 さらに十カ月、ヴィクトルは地下98階で手あたり次第に魔物を狩っていた。

 HPやMPは二十万を超え、ステータスもレベル千相当以上の強さに達するヴィクトルはもはやダンジョンでは敵なしだった。それでも使える魔法のバリエーションを広げる意味で、レベルは上げておきたい。

 ヴィクトルはダンジョン内の広大な森の上を飛びながら魔物を物色し、見つけ次第魔法の雨を降らせて瞬殺していく。

 その様はまさに地獄からの使徒、魔物たちは逃げる間もなく断末魔の悲鳴を上げながら燃え盛る魔炎の中、魔石を残し、消えていった。 

 

 そしてついにその時がやってきた……。

 

 ピロローン!

 レベル二百を告げる効果音がヴィクトルの頭に響く。

 その瞬間、地獄の修行は終わりを告げたのだった。

 

「や、やった……」

 ヴィクトルはそうつぶやくとしばらく目をつぶり、疲れ果てた体のままただぼんやりと宙に浮かんでいた。その体にはもうマトモな服も残っていなかった。上半身は素っ裸で(すす)だらけ、ボロボロの短パンだけが唯一人間らしい生活の名残を残していた。

 

 ヴィクトルは最後に倒したキメラの魔石を拾いに地面に降りた。そして、黄色に輝く魔石に解毒の魔法をかけ、透明にすると一気に吸った。ほろ苦い芳醇な味わいが一気に口の中に広がり、爽やかなハーブの香りが鼻に抜けていく……。まるでエールのようだった。

「カンパーイ!」

 ヴィクトルは空になった魔石を空へと掲げた。それは一年にわたる死闘の終結を祝う、至高の一杯だった。

 

 ステータス画面を開くと、レベル二百で解放された偉大な魔法の数々が並んでいる。ヴィクトルは前世アマンドゥス時代をはるかにしのぐ力を手に入れたのだった。

 これなら妲己にも勝てるだろう。あの美人の姉ちゃんをコテンパンにしてやるのだ。

 ヴィクトルは興奮しながらこぶしをぎゅっと握った。

 

            ◇

 

 ヴィクトルは十一か月ぶりに地上に戻ってきた。

 洞窟を出ると、赤紫に輝く朝の雲が目の前に広がっている。思わず見とれ……そして、幸せそうに目をつぶると大きく深呼吸をした。

 朝の風が森の爽やかな香りを運び、ヴィクトルの伸びきった髪をゆらす。ヴィクトルは無事地獄の修行を終え、地上に戻ることができた。何度も何度も、それこそ何万回も殺され、それでも妖魔から人々を守るために歯を食いしばり、ピンチを脱出してきた。

 ヴィクトルはつい涙をポロリとこぼした。

 もう止めようと思ったことも、絶望の中で心が折れそうになったことも数えきれないほどある。それでも大賢者としての矜持(きょうじ)がそれを許さなかった。

「やったぞ! チクショー!」

 ヴィクトルはそう叫びながら右手を突き上げると、覚えたばかりの最強の火魔法絶対爆炎(ファイヤーエクスプロージョン)を朝焼けの空へ向けて放った。絶対爆炎(ファイヤーエクスプロージョン)は空高く大爆発を起こし、激しい閃光を放つと森一帯に衝撃波を放った。

 ズン!

 衝撃波で大きく揺れる木々をニヤッと笑いながら見ると、ヴィクトルは飛行魔法で飛び上がった。

 

「ヒャッハ――――!」

 レベル千を超えるステータスは異常だった。ヴィクトルが加速するとどこまでも上限なしに速度は上がっていく。

 グングンと高度を上げていくと、いきなりまぶしい光に照らされた。真っ赤な朝日が東の空、茜色の雲の向こうに昇ってきたのだ。

 一年ぶりの本物の太陽。ヴィクトルはうれしくなって太陽に向かって飛んだ。

「帰ってきたぞ――――!」

 ヴィクトルはクルクルとキリモミ飛行をしながらグングンと速度をあげた。

 

 だが、上半身裸のヴィクトルは徐々に寒くなってくる。

「そうだ! 服を買いに行こう! 髪の毛も切らなきゃね」

 ヴィクトルは長い髪の毛を手でつかみ、野生児のような身なりをちょっと気にし、そして、自分の周りにシールドを張り、風防とした。

 

「これ、どこまで速度上げられるんだろう?」

 ヴィクトルは好奇心で魔力を思いっきりかけてみる。

 グングンと上がっていく速度。シールドはビリビリと振動してくる。

 眼下の景色は森も山も川もまるで飛んでいくように後ろへと消えていった。

 ヴィクトルはグッとこぶしを握り、さらに魔力をつぎ込んだ。

 

 するとまるで浮き輪をしたように、ドーナツ状の雲が自分を囲むように湧いてきた。

「これ……なんだろう?」

 いぶかしく思いながらさらに加速した時だった。

 

 ドーン!

 

 激しい衝撃音がシールドをゆらした。

「え?」

 見るとシールドが赤く光っている。

 そう、音速を超えたのだ。ヴィクトルはこの星で初めて音速を超えた人になった。

「す、すごいぞ!」

 理屈では知っていたものの、まさか音速を超える現象を観察できるとは思わなかったヴィクトルは、思わずガッツポーズをした。

 

 森が山がどんどんと音速で後ろへと飛んでいく。ヴィクトルはその不思議な光景に思わずにんまりとしてしまう。大賢者として未知の現象は珠玉の甘露だった。

 

 やがて向こうの方に大きな山が見えてきた。綺麗な円錐(えんすい)形をして、山頂には雪も見えている。

 さらに近づいて行くとその山は火山で、上の方が吹き飛んだような形をしていることが分かった。横から見ると台形で、崖の稜線が連なって見えた。

 ヴィクトルはその美しい自然の造形に魅せられて、速度を落とし、その山の上空をぐるりと回る。

「おぉ、綺麗だなぁ……」

 思わずウットリとするヴィクトル。

 

 



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1-16. 美しき暗黒龍

 と、その時だった。激しいエネルギー反応を感じ、ヴィクトルはあわてて回避行動を取った。

「危ない!」

 鮮烈な火炎エネルギーがヴィクトルをかすめて上空へと消えていく。

 

 見ると、巨大な魔物が大きな翼をバッサバッサと羽ばたかせながら近づいてくるのが見える。鑑定をかけると、

 

ルコア レア度:★★★★★★

暗黒龍 レベル 304

 

 なんと伝説に聞こえた龍らしい。確か(いにしえ)の時代にこの龍の逆鱗に触れて街が一つ滅ぼされた、という話を聞いたことがある。

 

小童(こわっぱ)! 断りもなく我が地を飛び回るとはどういう料簡(りょうけん)じゃ!」

 厳ついウロコ、鋭いトゲに覆われた恐竜のような巨体が重低音で吠え、大きく開いた真っ青に光る瞳でギョロリとにらむ。

「これは失礼。そうとは知らなかったもので。でも、いきなり撃ってくるというのもどうですかね?」

 ヴィクトルはにらみ返した。

「生意気な小僧が! 死ね!」

 そう言うと暗黒龍ルコアはファイヤーブレスを吐いた。鮮烈に走る火炎放射はまっすぐにヴィクトルを襲う。

 ヴィクトルは直前でかわすと、間合いを詰める魔法『縮地』でルコアのすぐ横に迫った。

「へっ!?」

 驚くルコアの横っ面を、思いっきりグーでパンチをした。

 

 ギャゥッ!

 悲鳴を残してルコアはクルクルと回りながら落ちて行く。

「暴れ龍め! 僕が食ってやる!」

 ヴィクトルは全力の飛行魔法で追いかけると、音速の勢いのまま、どてっぱらに思いっきり蹴りを入れた。

 

 ドーン!

 蹴りの衝撃音はすさまじく、山にこだまする。

 

 グハァ!

 蹴り飛ばされた龍の巨体は崖にぶち当たり、めり込んで止まった。

 ルコアはヴィクトルをにらみ、

「き、貴様ぁ……」

 と、言うと、真紅の魔法陣をヴィクトルに向けて展開する。

 それを見たヴィクトルは、それに比べて二回りも大きな金色の魔法陣をルコアに向けて同時に展開した。

「へっ!?」

 ルコアが気がついた時には、すでに真紅の魔法陣から鮮烈なエネルギー波が発射されており、それはヴィクトルの魔法陣に反射され、そのままルコアを襲った。

 

 ウギャ――――!!

 重低音の悲鳴と共にルコアは大爆発を起こし、爆炎が崖や周りの森を焦がす。

 ブスブスと辺りが立ち上がる煙にけぶる中、ルコアは崖から落ちてきて、岩場に転がった。

 ヴィクトルはルコアの脇に降り立つと、ニコニコしながら言った。

「魔石になるか、僕の手下になるか選んで」

 ルコアはボロボロになった身体をヨロヨロと持ち上げ、チラッとヴィクトルを見て、目をつぶって言った。

「わ、我を倒しても魔石には……、ならん。我は魔物では……ないのでな……」

「ふぅん、じゃ、試してみるね!」

 そう言うとヴィクトルは腕に青色の光をまとわせ、振り上げた。

「ま、待ってください!」

 ルコアはそう言うと、ボンッ! と爆発を起こした。

 そして、爆煙の中から美しい少女が現れたのだった。

「えっ?」

 ヴィクトルは唖然(あぜん)とした。

 少女は白地に青い模様のワンピースを着て、流れるような銀髪に白い透き通るような肌をしている。碧眼の澄み通った青がこの世の者ではないような美しさを放っていた。

「手下……になったら何をやらせる……おつもりですか?」

 少女は不安そうに聞く。

「え……? 何って……、何だろう……?」

 ヴィクトルはあまりにも美しい少女の問いかけにドギマギとし、言葉に詰まる。

「エッチなこととか……、悪いこととか……」

 少女はおびえながら上目づかいで言う。

「そ、そんなこと、やらせないよ!」

 ヴィクトルは真っ赤になって言った。

「ほ、本当……ですか?」

「手下って言い方が悪かったな……。仲間……だな。一緒に楽しいことする仲間が欲しかったんだ」

 ヴィクトルはちょっと照れる。

 

 すると、少女はヴィクトルに近づき、ひざまずいて言った。

(ぬし)さま、ご無礼をいたしました。かように強い御仁には生まれてこの方千年、会ったことがありません。ぜひ、喜んで仕えさせていただきます」

「あ、ありがとう。君は……暗黒龍……なんだよね?」

 ヴィクトルは、龍が美しい少女になったことに驚きを隠せずにいた。

「うふふ、この姿……お嫌いですか?」

 そう言ってルコアは素敵な笑顔でほほ笑んだ。

「い、いや、こっちの方が……いいよ……」

「これからは主様のために精一杯勤めさせていただきます」

 ルコアは胸に手を当て、うやうやしく言った。

「あ、ありがとう」

 ヴィクトルは裸とボサボサの髪を気にして照れながら言った。

 



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2-1. 懐かしき王都

「あっ、主さまにお召し物をお持ちしますね!」

 そう言うとルコアはピョンと飛び上がり、崖の中腹にある洞窟までツーっと飛んで行った。

 しばらくして両手いっぱいに衣服を持って戻ってくる。

「これなんかいかがですか?」

 ルコアは麻でできたシャツなどをあてがってくれるが、六歳児には全部大きすぎてブカブカだ。

「もういいよコレで行く」

 ヴィクトルは大きな風呂敷みたいな布を手に取ると、インドのお坊さんのようにシュルシュルと身体に巻き付けた。

「主さま、さすがです。お似合いですわ」

 ルコアはうれしそうに言った。

「じゃあ、朝食でも食べに行くか!」

 ヴィクトルはニコッと笑う。

「え? 何食べる……ですか?」

「王都のカフェに行こうかと思って」

「王都! ずいぶん……、遠くないですか? 飛んでも三十分はかかりますよ?」

 ルコアは眉をひそめる。

「僕なら三分だよ」

 ヴィクトルは服をアイテムバッグにしまうと、ルコアをお姫様抱っこして一気に飛び上がった。

「えええ――――!」

 仰天するルコア。

「舌噛むといけないから口閉じてて!」

 ヴィクトルは気合を入れ、一気に加速した。

 グングンと小さくなっていく山や森。

「ひぃ――――!」

 あまりの加速度にルコアはヴィクトルにしがみつく。

「さて、全力で行くぞ――――!」

 そう言うとヴィクトルは魔力をガン! と注ぎ込んだ。

 

 ドーン!

 あっという間に音速を超え、さらに加速していく。

 グングンと高度を上げ、雲をぶち抜くと、そこは朝日のまぶしい青空と雲の世界が広がっていた。

 まるで天国のような、爽快な世界にヴィクトルはうれしくなって、

「ヒャッハー!」

 と、言いながらキリモミ飛行をした。

「キャ――――!」

 ルコアが叫ぶ。

 

「ドラゴンなのに怖がりだなぁ」

 ヴィクトルが笑いながら言うと、ルコアは

「こんな速さで飛んだことないんです!」

 と、目を潤ませて言った。

「ははは、僕も初めてだよ」

 と、ヴィクトルが言うと、ルコアは絶句した。

 

 やがて雲間に王都が見えてきた。

 ヴィクトルは『隠ぺい』のスキルをかけると徐々に高度を落としていく。

 盆地の中に作られた巨大な都市、王都。頑強な城壁がぐるっと街の周りを囲い、中心部には豪壮な王宮がそびえている。

 そして、その隣には高くそびえる賢者の塔……、六年前まで住んでいた王都を代表する知の殿堂だった。

 

 ヴィクトルは賢者の塔に向けて降りていく。

 八十年、ここで頑張っていたのだ。必死に研究をつづけ、国の危機を救い、仲間を(いた)み、そして自分も最期の時を迎えた……。

 建物の随所に思い出が詰め込まれていて、思わず胸が熱くなり、知らぬ間に目から涙がポロリとこぼれた。

 

「主さま、どうされました?」

 ルコアが心配そうに聞く。

「大丈夫、ちょっと目にほこりが入っただけ……」

 ヴィクトルはごまかすと、王宮の周りをぐるりと一周飛んで懐かしい景観を楽しむ。

「こんな近くで見たの初めてですよ! 素敵~!」

 ルコアは王宮の豪奢な装飾や立派な尖塔の景観に感激する。

「王都はさすがだよね」

 ヴィクトルはそう言うと、大きく舵を切って商業地の裏通りの方へ降下して行った。

 

       ◇

 

 辺りに人がいないのを確認して、ヴィクトルは裏路地に着地する。

「本当にあっという間でした。主さま素晴らしいです!」

 ルコアは地面に下ろしてもらいながら感激する。

 ヴィクトルはニコッと笑うと、

「確かこの辺にいいカフェがあったんだよ」

 そう言って歩き出した。

 裏路地を抜けてしばらく行くと古びたカフェがあった。最後に訪れたのは十年くらい前だろうか? 弟子を連れて散歩がてらに寄ったことを思い出し、ちょっとウルッとする。

「おぅ、ここだここ、懐かしいなぁ……」

「懐かしい……んですか?」

 ルコアは小さな子供の懐かしさが良く分からず、不思議そうに聞く。

「気にしないで、ここのサンドウィッチはお勧めだよ」

 そう言ってヴィクトルは中に入り、棚に並んだサンドウィッチに目移りをする。

「私は肉がいいなぁ……」

「肉? こういうのとか?」

 ヴィクトルはBLTを指さした。しかし、ルコアは首を振り、

「パンとか野菜は要らないんです」

 と、渋い顔をする。

 ドラゴンは肉食らしい。

 ヴィクトルはサンドイッチを一つとると、カウンターへ行って店のおばちゃんに声をかける。

「すみませーん!」

「はいはい、あら、可愛いお客さんね」

 おばちゃんは相好を崩す。

「ベーコンだけ塊でもらえたりしますか?」

「塊で!? そ、そりゃぁいいけど……、一つでいいかい?」

 おばちゃんはいぶかしげに聞く。

 ヴィクトルはルコアを見ると、ルコアは、

「出来たらたくさん欲しいんです……」

 と、恥ずかしそうに言った。

「あらまぁ……。五本でいいかい」

 おばちゃんは厨房の様子を振り返りながら答える。

「じゃあそれで! それと、コーヒー二つ!」

 ヴィクトルは元気に言った。



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2-2. 偉大なる神代真龍

 二人はトレーに山盛りのベーコンなどを載せて窓際の席に座った。

 ヴィクトルはサンドイッチを一口かじり、じんわりと広がる肉と野菜とドレッシングのハーモニーに恍惚となる。

「美味い……。食べ物ってこんなに美味かったのか……」

 そう言いながら目をつぶり、一年ぶりのまともな食事に感動していた。

 ルコアはベーコンを手づかみで持ち上げると、そのままモリモリかじり始める。

 美しい銀髪の女性が、ベーコンを美味しそうにむさぼる(さま)はあまりに異様で、他のお客たちが唖然(あぜん)としてその様子をチラチラと見ていた

 

 サンドイッチを堪能し、コーヒーをすすりながらヴィクトルはルコアに言った。

「ルコアのこと教えてよ」

「はい! なんでも聞いてください」

 ルコアはゴクンとベーコンを丸呑みにすると答えた。

「どうやって生まれて、あそこで何してたとか……」

「生まれたのは今から千年位前ですかね? 神代(じんだい)真龍のレヴィア様に作られました」

「ちょ、ちょっと待って。神代真龍……って何?」

 ヴィクトルは聞いたことのない龍の名前を聞き返す。

「あ、この世界を管理されている龍ですよ」

「管理? どういうこと?」

「魔物とか魔法とかを生み出した方です」

 ヴィクトルは唖然(あぜん)とした。

 魔物の存在には以前から違和感があり、それは龍が作ったものだと聞いてなんとなく分からないこともなかったが、魔法まで作られたものだと聞いて意味が分からなかった。魔法とはこの世界の基本にあるものだとばかり思い、八十年も一生懸命その研究を続けてきた前世、その基盤が揺らぐような爆弾発言にヴィクトルは目の前がくらくらした。

「ちょ、ちょっと待って。もしかして千年前には魔法ってなかったの?」

「そうですよ?」

 ルコアは当たり前かのようにそう言うと、またベーコンをかじって丸呑みした。

 ヴィクトルは思わず頭を抱え、一体どういうことかと必死に考えた。

 体内にある魔力を練り上げ、呪文の術式に載せて力として具現化する……。その行為のどこからが作られたものだろうか? もしかして……、全部……。

 嫌な汗がじわっとわくのをヴィクトルは感じた。

 

「もしかして魔力って……、その、レヴィア様が作った……もの?」

 ヴィクトルは恐る恐る聞いた。

「そうですよ? HPもMPも魔力も攻撃力もステータスは全部レヴィア様が設定されました」

 ヴィクトルは思わず天を仰いだ。

 何ということだろうか。今まで当たり前だと思っていたステータス、魔法、魔物、これらはすべて龍によって千年前に作られたものだったとは……。

 これらがない世界が本当の世界……、本当の世界ってどんな風になるのだろうか? すでに魔法は社会で広く使われてしまっている。ヴィクトルは、魔法が無くなってしまったら、どうなるのかを思い描いたが……、魔力エネルギーも治療院も無くなったら社会は回らない。思わず背筋が凍って、ブルっと身震いをした。

 そもそも魔法なんてどうやって作るのか? ヴィクトルは全く想像を絶する話に絶句してしまった。

「主さま? 大丈夫ですか?」

 ルコアはキョトンとした顔で、うなだれるヴィクトルを見た。

「その……、レヴィア様には会うことは……できるのかな?」

「はい、ご案内しますよ?」

 ルコアはニコニコしながら言った。

「分かった。落ち着いたらお願いするね」

 ヴィクトルはそう言うとコーヒーをグッと飲んで目をつぶり、自分の中で大きく崩れてしまった世界観に、どう付き合っていけばいいか思索に沈んだ。

 魔法も魔物も作り物……、それはヴィクトルにとって今後の生き方にもかかわる重大な事件だった。



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2-3. 目立っちゃダメ

 食後に冒険者ギルドへと向かう。

 石造りの立派な建物が立ち並ぶ石畳の道を、二人で歩く。

 朝露に濡れていた道ももう乾き、荷物を満載した荷馬車が緩やかな斜面を一生懸命に登ってくる。二人は荷馬車に道を空け、その先の裏路地へと入った。

 しばらく行くと見えてきた剣と盾の意匠の看板、冒険者ギルドだ。がっしりとした年季の入った石造りの建物は歴史を感じさせる。

「ここで冒険者登録をしよう。いいかい、目立っちゃダメだよ?」

 ヴィクトルはルコアを見て言った。

「え? なぜですか?」

「目立つとね、面倒ごとがついてくるんだ。僕は静かに暮らそうと思ってるから実力がバレないように頼むよ」

「は、はい、分かりました……」

 ルコアは少し釈然としない表情で答えた。

 

 ギギギー!

 ヴィクトルはドアを開け、中へと進んだ。入ってすぐのところのロビースペースには冒険者たちがたくさん居て、パーティーごとに今日の冒険の内容を相談している。

 

 二人はその脇を抜け、カウンターの受付嬢のところへ行った。

 銀髪の美しい美人と小さな子供の取り合わせ、その異様さに冒険者たちは怪訝(けげん)そうな顔をして品定めをし、こそこそと何か話をしている。

 

「いらっしゃませ! 初めて……ですよね?」

 笑顔の可愛い受付嬢はそう言って二人を交互に見た。

「はい、冒険者登録と魔石の買取りをお願いしたいのです」

 ヴィクトルがそう言うと、受付嬢は少し悩む。

 そして、カウンターに乗り出し、小さなヴィクトルを見下ろし、困ったような顔をして、

「ぼく、いくつかな? 冒険者にはそれなりに実力が無いと……」

 と、答えた。

 すると、後ろで髪の毛の薄い中年の冒険者が、

「坊やはママのおっぱいでも吸ってなってこった!」

 と、ヤジを飛ばし、周りの冒険者たちはゲラゲラと下品に笑った。

 

 すると、ルコアがクルッと振り向き、恐ろしい顔で中年男をにらむと、

「黙れ! 雑魚が!」

 と、一喝し、(あお)い目をギラッと光らせ、漆黒のオーラを全身からブワッと噴き出した。

「ひ、ひぃ!」

 中年男は気圧され、ビビって思わず後ずさりする。

 ルコアの使った『威圧』のスキルはすさまじく、ギルド内の冒険者たちは全員凍り付いたように動けなくなり、広い室内はシーンと静まり返った。

 受付嬢もルコアのただ者ではないありさまに青くなる。こんなすさまじい威圧スキルを使える人など見たこともなかったのだ。

 

 ヴィクトルは思わず額に手を当てた。なぜこんな鮮烈なデビューをしてしまうのか……。

 しかし、やってしまったことは仕方ない。

 ヴィクトルはルコアの背中をポンポンと叩き、威圧をやめさせ、コホン! と咳ばらいをすると、

「一応僕も魔物は倒せるんだよ」

 そう言ってアイテムバッグから魔石を次々と取り出し、カウンターに並べた。

 オークやトレントなどの弱いものばかり選んで出していたのだが、間違えてワイバーンの真っ青な魔石が手からこぼれ、コロコロとカウンターの上を転がった。

 それを見た受付嬢はひどく驚いた表情を見せる。

「えっ? ぼくがこれ、倒した……の?」

 ヴィクトルは焦った。ワイバーンは少なくともレベル百のAランクの魔物だ。それを倒せるということはSランクを意味してしまう。Sランク冒険者など王都にも数えるほどしかいない。

「あっ、えーと、これはですね……」

 冷や汗を浮かべながら必死に言い訳を考えていると、ドタドタドタ! と誰かが階段を下りてくる。

「今のは何だ!?」

 ひげをたくわえた中年の厳つい男は血相を変えて受付嬢に聞く。

「あ、あれはこの方が……」

 と、手のひらでルコアを指した。

 男はルコアを上から下までジロジロとなめるように見る。

 ルコアはニコッと笑うと、

「何かありました? 私はルコアです。よろしくお願いいたします」

 と言って、軽く会釈をした。

 男も会釈をすると、

「何があったんだ?」

 と、受付嬢に聞く。

 受付嬢が事の経緯を説明すると、男はふぅっと大きく息をつき、

「ちょっと、部屋まで来てもらえるかな?」

 と、ヴィクトルたちに言った。

 



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2-4. 判定試験

 男はギルドマスターだった。

 応接室に通された二人は、ソファーを勧められる。

 

「今日は……、どういった目的で来たのかね?」

 ソファーに座ると早速マスターが切り出した。

「冒険者登録と魔石の買取りです。あ、それから暗黒の森の遺跡でこれを拾ったので届けようかと……」

 そう言いながら生贄にされていた冒険者の認識票を手渡した。

 マスターはいぶかしげに認識票の文字を読み、ハッとする。

「ヘ、ヘンリーじゃないか……」

 そして、ガックリとうなだれ、しばらく肩を揺らしていた。

 ヴィクトルは発見した時の状況を丁寧に説明する。もちろん妲己については黙っておいた。

「ありがとう……。(かたき)を討ってくれたんだな……」

 そう言いながらマスターは手で涙をぬぐった。

「話を総合すると……、君たちはSランク冒険者ということになるが……」

 マスターは二人を交互に見る。

「あ、僕はFランクがいいんです。目立ちたくないので……」

 ヴィクトルは両手を振りながら言った。

「何を言ってるんだ。ランクは強さに合わせて適切に設定されるものだ。試験をやるから受けなさい」

 マスターは厳しい口調で言う。ヴィクトルはルコアと顔を見合わせた。

「まぁ……試験くらいなら……」

 ヴィクトルは渋々答える。

 

        ◇

 

 ギルドの裏の空き地に行くとカカシが何本か立っていた。

「あー、君、名前は?」

 マスターが聞いてくる。本名は避けたかったので、

「僕はヴィッキー、彼女はルコアだよ」

 と、適当に返した。

 

「よし、まずはヴィッキー、あれに攻撃してみてもらえるかな?」

 マスターはカカシを指さして言った。

「攻撃を当てたらいいんですね?」

「なんでもいい、好きな攻撃をしてくれ。手抜きをしたらバレるぞ!」

「……。分かりました」

 そう言うとヴィクトルはカカシをジッと見ると、指先を少し動かした。

 ピシッ

 と、カカシが鳴る。

 ニコッと笑うヴィクトル。

 

「どうした、早くやってくれ」

 マスターが急かす。

「もう終わりましたよ」

 ニヤッと笑ってマスターを見るヴィクトル。

「へ? 何を言ってるんだ、カカシに当てるん……、へ!?」

 なんと、カカシが斜めに切れてズルズルとずれだし、そして、ポトリと転がったのだった。

 唖然(あぜん)とするマスター……。

「主さま! すごーい!」

 ルコアはヴィクトルに駆け寄ってハグをした。

「ちょ、ちょっと、離れて!」

 ヴィクトルは照れてルコアを押しやる。

「ハグぐらいいじゃない……」

 ルコアはちょっと不満そうだった。

「ヴィッキー、お前、一体どうやったんだ?」

「風魔法を使ったんです」

「……。俺は昔、大賢者アマンドゥスの魔法を見たことがあるが……、彼でも魔法の発動にはアクションをしてたぞ? 君はアマンドゥス以上ってこと?」

 マスターは困惑してしまう。

 ヴィクトルは目をつぶり、ため息をつくと、

「あの頃は……、修行が足りませんでしたな」

 と、アマンドゥス時代を思い出して言った。

「あの頃?」

 怪訝(けげん)そうなマスター。

「あ、何でもないです! 僕、この魔法ばかりたくさん練習しただけです! はははは……」

 ヴィクトルは冷や汗をかきながらごまかす。

 そこに若い男がやってきた。

「マスター! なになに? 試験やってるの? 俺が試験官やってやるよ」

 男は陽気に剣をビュンビュンと振り回して言った。

「止めとけ! お前が敵うような相手じゃない!」

 マスターは険しい声で言う。

「はぁ? このガキに俺様が負けるとでも思ってんの?」

 男は不機嫌に返す。

「いいから、やめとけ!」

 マスターは制止したが、男は言う事を聞かずに、

「俺様の攻撃をよけられたら合格だぜ!」

 と、叫びながらヴィクトルに斬りかかった。

 ヴィクトルは指先をちょっと動かす。

 直後、キン! と甲高い音がして刀身が粉々に割れた。

 柄だけとなった剣をブンと振り……、男は凍り付く。

「へっ!?」

 そして、剣の柄をまじまじと見つめ、

「お、俺の剣が……、俺、これしか持ってないのに……」

 そう言ってガクッとひざから崩れ落ちた。

 



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2-5. 最強Cランクパーティ

「だから止めろって言ったんだ!」

 マスターが(いさ)めると、

「この野郎!」

 男は逆上してヴィクトルに殴りかかる。

 だが、直後、ドン! という音がして、男はヴィクトルに触れることもできずに吹き飛ばされ、ギルドの壁にマトモにぶつかって落ち、ゴロゴロと転がった。

 マスターは口をポカンと開け、転がる男を眺めていた。

「あ……、やっちゃった……」

 ヴィクトルは反省する。今まで魔物相手に全力で戦うことしかしてこなかったヴィクトルには、手加減は難しかった。

「試験結果は……どうなりますか?」

 ヴィクトルは恐る恐るマスターに聞いた。

 マスターはヴィクトルをチラッと見ると、腕組みして考え込んでしまった。そして、大きくため息をつくと、

「Sランクだ……。だが……。あなたは目立ちたくないんですよね?」

「そうですね、できたらFランクが……」

「Fだなんてとんでもない! うーん……。あいつがDだったからな。Cで……どうかな?」

 マスターは気を失ってる男を指して言った。

「分かりました! ではCでお願いします」

 ヴィクトルはニコニコして言った。

「ただし! ギルドに来た難しい案件は手伝ってもらうよ!」

 そう言ってヴィクトルの目をジッと見つめた。

「わ、分かりました……」

 制約が付いてしまったが、それでもSランクで騒がれるよりはよかった。

「私は何ランクですか? カカシ吹っ飛ばします?」

 ルコアがニコニコしながら聞く。

 マスターは肩をすくめながら首を振り、

「いやいや、カカシも安くないんでね……。あなたもどうせSランクでしょ? あの威圧は異常だった」

「ふふっ、バレてましたね」

 うれしそうなルコア。

「同じくCランクにしておきます」

「主さま! Cですって!」

「うん、Cランクパーティでやっていこう」

 ヴィクトルはニコッと笑った。

 

「それで……、さっそくで悪いんだが、依頼をやってくれないか?」

 マスターが手を合わせて片目をつぶって言う。

「え? 何するんですか?」

「クラムの山奥にコカトリスが三匹巣食っていて、コイツを退治してもらいたい。報酬は金貨二十枚だ」

 金貨二十枚なら三カ月ほど宿屋に泊まれる。結構おいしい仕事と言えそうだ。コカトリスは石化の魔法を使う厄介な鳥の魔物だが、遠距離から叩けば大丈夫だろう。

「分かりました! よし、ルコア! クラムまで競争だ――――!」

 ヴィクトルは嬉しそうにそう言うと、飛行魔法でビュンと飛び上がった。

「へぇっ!?」

 驚くマスター。

「あっ、主さま、ずるーい!」

 そう言うと、ルコアも追いかけて飛びあがる。

 二人はあっという間に小さくなって見えなくなってしまった。

「はぁ!? 何だあいつら……」

 マスターは飛行魔法の常識を破って飛ぶ二人を見て仰天する。飛行魔法というのはふわふわとゆっくり飛ぶ魔法であって、普通、あんなすっ飛んでいくようなものじゃないのだ……。

 

「信じられない連中だ……」

 マスターは首を振り、ため息をつくと、転がっている男の所へ行った。

 そして、ほほをパンパンと叩き、起こす。

 必要であれば治癒魔法を誰かに頼まないとならない。

「おい、大丈夫か?」

 マスターが声をかけると、男はゆっくりと目を開けた……。

「あ、あれ? 俺は……何して……るんだ?」

「新人冒険者に倒されたんだ、思い出せ」

「新人……? あ、あの子供?」

「Cランク冒険者だ。お前より強いんだ。二度と絡むなよ!」

「C!? 子供がC!?」

「だってお前、歯が立たなかったろ?」

 すると男はガクッとうなだれ、ゆっくりとうなずいた。

 マスターは、パンパンと男の背中を叩き、

「早く冒険の準備でもしろ!」

 と、発破をかけた。

 そして、斬られて転がっているカカシのところへ行くと、その切り口のなめらかさをなで、ため息をつき、新しいカカシと入れ替えた。

 



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2-6. 痛いウロコ

 ドーン!

 いきなり衝撃音が走り、地面が揺れる。

 マスターが驚いて音の方を見ると、ヴィクトルが砂ぼこりの中、両手を上げて立っていた。

「主さま、速過ぎですー」

 ルコアが遅れて飛んでやってくる。

「お、お前たちどうしたんだ?」

 マスターは、なぜか帰ってきてしまった二人に困惑する。

「どうしたって、コカトリス狩ってきたんだよ。ハイ!」

 そう言って緑色に光る魔石を三個、マスターに渡した。

「金貨二十枚だよ!」

 ヴィクトルはうれしそうに言った。

「ちょ、ちょっと待て。もう終わったのか?」

「だって狩るだけでしょ?」

 ニコニコするヴィクトル。

「主さまが三匹とも狩ってしまいました……」

 ルコアは残念そうに言う。

「あ、そ、そうなんだ……」

 マスターは規格外の二人に面食らい、魔石を眺めて立ち尽くした。

 

        ◇

 

 二人はギルドカードを作成してもらっている間、防具屋へと行った。

 

 壁に並べられているいぶし銀の立派な(よろい)を見て、ヴィクトルは声を上げる。

「うわぁ、すごーい!」

 表面に彫られた唐草や幻獣の精緻な模様は、見ているだけでワクワクさせてくれる。

 

「主さまは防具なんて要らないのでは?」

 ルコアは不思議そうに聞く。

「いやいや、冒険者だからね! それっぽい見た目してないとさ!」

 ヴィクトルはウキウキだった。

「でも、小さい子供向けの鎧なんてないですよ?」

「なんだ? 坊主、鎧欲しいのか?」

 厳つい中年男が後ろから声をかけてくる。筋肉がムキムキで頭にはタオルを巻いている。店主のようだった。

「あ、僕は後衛なのでローブがいいんですが、子供用はありますか?」

「特注ならできるが……。坊主が……魔物狩るのか?」

 店主はいぶかしげに言う。

「僕はこれでもCランク冒険者なんです」

 ヴィクトルはニコッと笑って言った。

「C!? ほ、本当か? そりゃぁ……凄いな……」

 店主は目を丸くして言う。

「できたら賢者が着るような渋い奴がいいんですが……」

「えっ!? 主さまって賢者なんですか?」

 驚くルコア。

「あ、いや、あくまでもイメージで……ね」

「賢者かぁ……、そしたらこんなのはどうだ?」

 そう言うと、店主は奥から純白のローブを取り出してきた。それは襟のところが青で金の縁取りがされた立派なものだった。

「えっ!? これって?」

 ヴィクトルは驚いた。それはアマンドゥス時代に着ていたローブだった。

「そう、稀代の大賢者アマンドゥス様のローブだよ!」

 ヴィクトルはローブを手に取ると、懐かしさで思わずウルウルとしてしまう。

「だが、さすがにこれを着ようって奴はいないがな。ガハハハ!」

 店主はうれしそうに笑った。

 ヴィクトルはもう一度そでを通したく思ったが、ぐっとこらえ、

「これの青と白をひっくり返した物でお願いしたいんですが……」

 と、店主に伝えた。

「ふむ、アマンドゥス・リスペクトだな。いいんじゃないか?」

 店主はニコッと笑った。

「特殊効果を加えることはできますか?」

「もちろんできるが……、龍のウロコとかいるぞ?」

 店主は顔を曇らせる。

「それって暗黒龍のウロコでもいいですか?」

 ヴィクトルはルコアをチラッと見て言った。

「あー、暗黒龍なら結構いい物になると思うぞ。魔法防御力+10%とか行くかもしれない。逆鱗ならさらにその倍だな」

「ダメです! ダメです! 逆鱗とか絶対ダメ! すっごく痛いんです!」

 ルコアが焦って言う。

「痛い……?」

 店主がいぶかしげにルコアを見る。

「お、お財布が痛いんですよ」

 ヴィクトルがあわててフォローする。

「お財布って……、暗黒龍の逆鱗なんてどこでも売ってないぞ?」

「大丈夫です。逆鱗は諦めましたから」

 それを聞いて、ホッと胸をなでおろすルコア。

「ウロコは……大丈夫そう?」

 ヴィクトルは申し訳なさそうにルコアに聞く。

「主さまが何でも一回言うこと聞いてくれるなら……調達できるかも……しれないですね」

 ルコアはジト目でヴィクトルを見た。

 ヴィクトルは両手を合わせて頭を下げる。

「ウロコ持ってくるだけでいいですか?」

 ヴィクトルは店主に聞いた。

 店主はノートを取り出してパラパラめくり、言った。

「後は……、サイクロプスの魔石と……加工賃が金貨十枚だな」

「分かりました! 持ってきますね」

 ヴィクトルはニコニコして言った。



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2-7. 龍のスキンシップ

「ルコア、ゴメンな」

 店を出るとヴィクトルは謝った。

「ウロコ取るの痛いんですからね!」

 ルコアは不機嫌にプイっと向こうを向く。

「お詫びに何をしたら……いいの?」

「そうね……、ちょっと考えとく!」

 ルコアはニヤッと笑った。

 

 そして、次は服屋を回ってヴィクトルの服を見繕う。

「あ、これ、主さまに似合ってるわ!」

 ルコアは上機嫌に服を選んでは、ヴィクトルに当てて言う。

「あー、じゃ、これでいいよ」

 ヴィクトルはややゲンナリしながら返す。

「あ、ちょっと待って! こっちの方が可愛いかも……」

「いや、可愛くなくていいからさ……」

「うーん……。じゃ、次の店行ってみよう!」

 ルコアはノリノリだった。

 

 結局、シャツと短パンを選ぶだけですごい時間を取られてしまった。

 買った服に着替えたヴィクトルを見て、ルコアはうれしそうにニッコリと笑う。

 ヴィクトルは、何がそんなに嬉しいのか良く分からなかったが、そんなルコアを見てるとヴィクトルも心が温まっていくのを感じた。今朝従えたばかりの暗黒龍と、こんな心の交流をしていることに戸惑いはあったが、一年ぶりの温かな気分にヴィクトルは頬が自然と緩んでいく。

 

 その後、簡単に遅い昼食を食べ、マスターに紹介された宿屋へ行って部屋をとった。

 

            ◇

 

「201号室だって」

 ヴィクトルはそう言って階段を上り、ドアを開けた。

 比較的ゆったりとした間取りにダブルベッドがドンと置いてあった。

「あ、あれ……ダブルだ……替えてもらわないと」

 困惑するヴィクトルを尻目に、ルコアはピョンと飛んでベッドにダイブした。

「わーい!」

「え? ツインに替えてもらおうよ」

「いいじゃない大きいベッド。仲良く寝ましょ!」

 ルコアは上機嫌にベッドの上でビヨンビヨンと弾む。

 ヴィクトルはしばらく考え込んだが、

「寝相悪かったら床で寝てもらうよ!」

 そう言って、ヴィクトルもゴロンと寝転がった。

 一年ぶりのベッドは快適で、ヴィクトルは思わずにんまりとしてしまう。

「ふふっ、主さま捕まえた~」

 ルコアが上にのしかかってくる。柔らかな胸が押し付けられ、甘い香りにブワッと包まれるヴィクトル。

「うわっ! やめろバカ!」

 押し返そうにも、そのためには少女の柔肌を押さないとならない。

 ヴィクトルは真っ赤になって困惑する。

「ふふっ、冗談ですよ!」

 ルコアは嬉しそうに横に転がった。

「お、お前なぁ……」

 ヴィクトルは大きくため息をつく。

「スキンシップですよ、スキンシップ! 仲良しの秘訣(ひけつ)ですよ!」

 ドラゴンとのスキンシップがこんなに心臓に悪いとは、ヴィクトルは予想外だった。

 前世の時も女の子の扱いに困らされてばかりだったのを思い出し、こういう時何と言ったらいいのか悩むヴィクトル。

 悩んでいると睡魔がやってきた。思えば今日はいろいろあり過ぎた。ヴィクトルは大きく息をつき、静かに眠りに落ちていった。

 

          ◇

 

 バシッ!

 顔をはたかれたヴィクトルが目を覚ました。

「ん? なんだ?」

 部屋はもう薄暗くなっていて、隣でルコアが大口を開けて寝ている。どうやら寝返りを打った時に叩かれたようだった。

 ヴィクトルは寝ぼけまなこで不機嫌につぶやく。

「だからダブルは嫌なんだ……床で寝てもらうぞ」

 だが、幸せそうに寝ているルコアの寝顔を見ると、あまり強いことを言う気も失せてくる。流れる銀髪に透き通るような白い肌。そして、長く美しくカールするまつげ……。

 ヴィクトルはしばらくルコアの寝顔をぼんやりと眺めていた。

 これがあの恐ろしい暗黒龍とは誰も思わないだろう。世界は不思議に満ちている。ヴィクトルは首を軽く振り、またゴロンとベッドに横になった。

 そして、天井を見ながら朝にルコアが言っていたことを思い出していた。魔法やルコアを作り出した神代真龍……。一体どういう存在なのだろうか? それは自分を転生させてくれた女神、ヴィーナ様とはどういう関係なのだろうか?

 ヴィクトルは寝返りを打って真剣に考えてみる。しかし、いくら考えても全く手がかりすら見えてこなかった。

 そもそも転生そのものが自然の摂理に全く反している訳で、自分の存在自体がイレギュラーなのだから、他にイレギュラーな事があっても驚いていてはいけないのかもしれない。

 まずは神代真龍のレヴィア様に会うこと、これをルコアにお願いしてみようと思った。

 



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2-8. 野生を呼ぶステーキ

 ヴィクトルは水を一杯飲むとルコアを起こし、夕飯に誘った。

「ふぁ――――あ! 良く寝ちゃい……ましたね」

 あくびをしながらルコアが言う。

「君に思い切り叩かれたんだけど?」

 ヴィクトルはジト目で言う。

「えっ!? 主さまごめんなさい! どこ? どこ叩いちゃいました? 痛くないですか?」

 ルコアはヴィクトルを捕まえ、あちこちをさすってくる。

「あー、もういいから! はい、ディナーに行くよ!」

 そう言ってルコアを振り払った。

 どうも調子が狂うヴィクトルだった。

 

           ◇

 

 二人は石造りの建物の並ぶ夕暮れの街を歩き、ルコアお勧めのレストランにやってきた。

 ルコアはテラス席に陣取ると、

「おかみさーん」

 と、店の方に手を振った。

「ここは何が美味しいの?」

 ヴィクトルが聞くと、

「へ? 私はステーキしか食べたことないですねぇ」

 と、首をかしげる。

「あら、お嬢ちゃん久しぶり。今日は子連れでどうしたんだい?」

「ふふっ、ちょっと訳ありなの。それで、いつもの奴と、ステーキ十人前ね。主さまもステーキでいい?」

 ルコアはヴィクトルを見る。

「あ、はい……」

「飲み物はミルク?」

 おかみさんは優しくヴィクトルに聞く。

 ステーキにミルクは合わないだろう。だが、酒を頼むわけにもいかない。

「水でいいです……」

 ヴィクトルは残念に思いながらそう答えた。

「はい、わかったよ」

 おかみさんはそう言うと、店の裏に回り、酒樽を重そうに持ってきて、ドン! とルコアの前に置いた。

「キタ――――!」

 ルコアは歓喜の声を上げる。

「へ? 何これ?」

 ヴィクトルが驚いていると、ルコアはグーパンチでパン! と上蓋を割った。そしてそのまま樽を持ち上げ、飲み始める。

 

 ング、ング、ング、プハ――――!

 ルコアは恍惚の表情を浮かべ、しばらく動かなくなった。

 ヴィクトルが唖然(あぜん)としていると、おかみさんが水を持ってきてヴィクトルの前に置き、耳元でささやく。

「驚いちゃうわよね、一体この細い身体のどこに入って行くんだろうね?」

 そして、ケラケラと笑いながら店内へと戻って行った。

 

      ◇

 

 しばらくしておかみさんがステーキを二皿持ってきたが……、ルコアのは厚さ三十センチ近くある。表面はカリカリだが、中はきっと生だろう。

「はい、嬢ちゃん、もってきたよぉ~」

 おかみさんは嬉しそうにタワーのようなステーキをテーブルに置いた。ステーキは熱々のステーキ皿に熱されてジュー! と煙を上げ、肉の焦げる香ばしい匂いを辺りに漂わせている。

「美味しそ~!」

 ルコアはそう言うとガッと両手でつかみ、いきなり噛みついた。

「ルコア! ちょっとマナーという物を……」

 ヴィクトルが苦言を呈すると、おかみさんは

「嬢ちゃんはいつもこうなのよ」

 そう言ってハッハッハと笑いながら戻って行った。

 ヴィクトルは渋い顔をしてルコアを見つめる。美味しそうに肉にかじりつくルコアは真剣そのもので、女の子というよりは野生動物であり、ヴィクトルはその鋭く光る瞳の迫力に気おされていた。

 その時、ルコアの口に鋭い牙が光る。

「ちょ、ちょっと、ルコア!」

 ヴィクトルは驚いて言った。

「主さまどうしました?」

 口の周りを真っ赤にしたルコアが、モグモグしながらヴィクトルを見る。

「牙! 牙!」

 ヴィクトルは自分の口を指さして教える。

「あっ、うふふ、失礼しましたわ」

 ルコアはそう言うと牙をしまい、また肉にかじりついた。

 ヴィクトルは、ふぅとため息をつき、自分のステーキにナイフを入れる。

 しかし、ルコアの豪快な食事を見ているうちに、食欲も失せてしまっていた。

 ヴィクトルはフォークに刺した肉を眺めながら言った。

「ねぇルコア、朝の話だけどさぁ……」

「えっ? 何でしたっけ?」

 ルコアは肉を引きちぎりながら答える。

「レヴィア様に会いたいんだけど」

「あ、レヴィア様ね。呼んでみます?」

「えっ!? 今?」

 いきなりの話に驚くヴィクトル。ルコアを作り、魔法を作り上げた偉大なる神代真龍をそんな簡単に呼んで大丈夫なのだろうか?

 

 



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2-9. 不可思議な黒い板

「ちょっと待ってくださいね」

 ルコアは手を拭き、アイテムポーチから黒い小さな板を取り出す。手のひらサイズの板は片面がガラスとなっており、周りが金属で重厚感があった。

 ルコアがガラス面をタンと叩くと、いきなり明るい色鮮やかで、にぎやかな模様が浮かび上がる。

「うわっ! 何それ?」

 ヴィクトルは今まで見たことのない精緻な光のイリュージョンに衝撃を受けた。そんな魔法は見たことも聞いたこともなかったのだ。

「え? iPhoneよ?」

 ルコアは当たり前かのように言うが、百年以上生きてきた大賢者でも全く何だか分からない不思議な代物だった。

「あ、あいふぉん? どういう魔法……なの?」

 ヴィクトルは恐る恐る聞く。

「あはは、これは魔法じゃないですよ。魔法のない星で作られたものですから」

 ヴィクトルは絶句した。なんと、この星の物ではないらしい。宇宙人の作ったもの……。宇宙人がいたなんて初めて知ったし、宇宙人は魔法のない世界でこんな不思議なものを作っている……、それは想像を絶する事態だった。

 唖然(あぜん)とするヴィクトルを尻目にルコアはガラス面をタンタンと叩き、iPhoneを耳に当てた。何をしているのかと思ったらいきなり話し始めた。

「こんばんはぁ、ご無沙汰してますぅ……。はい……。はい……。いえいえ、いつも助かってますぅ……。あ、そうではなくてですね、今からステーキ食べに来ませんか? あ、いや、実は会っていただきたい人が……。え? はい……。それは大丈夫です」

 話からするとレヴィア様を呼んでいるらしい。なぜiPhoneでレヴィア様と話ができるのか全く分からなかったが、ヴィクトルはジッと聞き耳を立てた。

「いつものお店ですよ……。そうです、王都の……。はい。分かりました。お待ちしてますぅ」

 そう話すと、ルコアはiPhoneを耳から離し、

「すぐ来て下さるって!」

 と、嬉しそうに言った。

「え? すぐ来るの? でも、レヴィア様って龍……なんだよね? まさか龍のまま来たりしないよね?」

 するとルコアはあごに人差し指を当て、

「うーん、そこまで非常識では……うーん……」

 と、悩んでしまった。相当に非常識らしい。

 ヴィクトルは嫌な予感がした。

 ルコアはiPhoneをポーチにしまおうとする。

「あっ! ちょっと待って! それ……見せて欲しいんだけど」

 ヴィクトルは手を合わせてお願いする。

「え? いいですよ」

 そう言ってルコアはまたiPhoneを起動し、スクリーンをフリップした。

「こうやって指先で画面をなでたり叩いたりして使うんです。この一つ一つのアイコンがアプリで、電話したりチャットしたりゲームしたりできますよ」

「ゲーム?」

 ヴィクトルが聞くと、ルコアは、アイコンを一つタップする。それはRPGゲームだった。

「例えばこういうゲームがあります。主さまやってみます?」

 そう言ってまず、ルコアが模範プレーをした。

 画面には可愛いアニメ調の女の子が岩山の中腹を駆け回っている。するとむこうの方に棍棒を持った猿がうろうろしているのが見えてきた。

 ヴィクトルはその精緻な画面、グリグリ動く可愛いアニメ調キャラクターに圧倒される。まるでこの板の中に新たな世界が誕生した様な、異様な状況に言葉を失っていた。

 

 ルコアはタンタンと猿をタップする。すると、女の子は弓矢で猿を攻撃し、程なく猿はアイテムを落として消えていった。

 

「ね? 簡単でしょ? やってみて!」

 ニコッと笑うとルコアはヴィクトルにiPhoneを渡した。

 

「が、画面を叩くだけでいいの?」

 ヴィクトルは初めてのiPhoneにおっかなびっくり触れてみる。

「そうじゃなくて指を付けたままこうグーンと……」

 ルコアはヴィクトルの手を取って操作を手伝った。

「うわぁ……、すごい……」

 自分の操作したままに、縦横無尽に駆け回るアニメ調の女の子……。

 そして出てくる猿。

「あ! なんか出た!」

「叩いて叩いて!」

「え? これ、そのまま叩くだけ?」

 そう言いながら猿をパンパンと叩くと、女の子が弓を射って猿を倒した。

「何これ!? すごく……面白いよ!」

 興奮するヴィクトル。

「あはは、あまりやり過ぎないでくださいね」

 ルコアはそう言って、楽しそうなヴィクトルを幸せそうに見つめた。



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2-10. 真の最強たる龍

 さらに画面を操作するヴィクトル。すると、大きな黒い影がいきなりやってきて女の子を襲い始めた。

「あ! 何これ?」

「ワイバーンだわ! 逃げて!」

「ヤバいヤバい!」

 しかし、女の子はワイバーンの火にあぶられてあっさり死亡……。

「あ――――!」「ありゃりゃ……」

 画面が暗転し、死亡の案内が表示される……。

「ごめん……、殺しちゃった……」

 落ち込むヴィクトル。

「死ぬのは普通の事だからいいんですよ!」

 ルコアは明るく言ってなぐさめる。

 

 宇宙人が作ったというiPhone。そして、その中で生き生きと躍動するゲームの女の子。それは素晴らしい物だった。しかし……、ヴィクトルはこれの持つ意味のあまりの重大さに、これを一体どうとらえたらいいのか分からず、途方に暮れた。

 

 と、その時、遠くで誰かの悲鳴がする。

 

「キャ――――!」

 何だろうと声の方を見ると、何か巨大な物が金色の光をボウっとまといながら飛んでいる……。

「え? まさか……」

 ヴィクトルは冷や汗がジワリと湧いてくるのを感じた。

 金色のそれは巨大な翼をバッサバッサと羽ばたかせながら近づいてくる……。急いで鑑定をかけると、

 

レヴィア レア度:---

神代真龍 レベル:???

 

 何だかメチャクチャな結果が返ってきた……。

「ルコア……、いらっしゃったみたいだけど……、店には入らないぞ!」

「あれ、まぁ……、いつ見てもカッコいいわぁ……」

 ルコアはニコニコしている。

「うわぁ!」「ド、ドラゴンだぁ!」

 通りの人たちが上を見上げ、口々に叫んだ。

 やがてドラゴンは速度を落とすことなく、通りにまで降りてきてヴィクトルたちの目の前まで迫る。そして、通り過ぎざまに、真紅に光るギョロリとした巨大な瞳でヴィクトルをにらむと、

 

 ギュワァァァ!!

 と、テーブルが揺れだすような重低音で叫び、バサッバサッと羽ばたきながら上空へと飛びあがっていった。

「うわぁぁ!」

 ヴィクトルも店の人も大慌てである。

 この世界を統べる巨大生物がいきなり現れて、すさまじい咆哮(ほうこう)を放ったのだ。さすがのヴィクトルも顔面蒼白になり、ただ、その飛び先を見つめていた。

 

 ドラゴンはやがて夕闇の中へと消えていく……。

 どんなに強くなろうがアレには絶対に勝てない。本能がそう告げていた。まさに次元の違う強さを見つけられてひざがガクガクと揺れる。

 

 すると、いきなり空間がツーっと裂けた。

「へっ!?」

 ヴィクトルの見てる前で空中がペリペリッと割れたのだ。そしてその向こうから指がニョキニョキと生えてきて、グイッと裂け目を広げる。

 その奇怪な事態にヴィクトルは凍り付いた。

 

「よいしょっと!」

 空間裂け目の向こうから現れたのは、十三歳くらいの金髪おかっぱの女の子だった。

「え?」

 唖然(あぜん)とするヴィクトルを尻目に、女の子はルコアを見ると、

「お待たせちゃん!」

 そう言ってルコアにハグをした。

 ルコアもニコニコしながら女の子を受け入れる。

「も、もしかして……」

 ヴィクトルは女の子に鑑定をかけてみた。

 

レヴィア レア度:---

神代真龍 レベル:???

メモ:何度も見るなエッチ!

 

 ヴィクトルはメモを見て呆然(ぼうぜん)とした。一体どうやったらこんな事ができるのか、大賢者なのに全く想像もつかなかったのだ。神代真龍の圧倒的な能力に言葉を失うばかりだった。

 

「紹介します! 私の主さまです~」

 ルコアは手のひらでヴィクトルを指すと、レヴィアに紹介した。

 金髪おかっぱの女の子は、クリッとした赤い目でヴィクトルをジッと見つめる。きめ細かい透き通るような肌に、整った目鼻立ちには、幼いながらドキッと感じさせるものがあった。

「は、はじめまして……」

 ヴィクトルがあいさつをすると、

「あー、お主、アマンドゥスじゃな。ずいぶんと……若くなったのう」

 レヴィアはそう言ってヴィクトルをなめるように見た。

「えっ!? 主さまが大賢者!?」

 驚くルコア。

 あっさり見破られたヴィクトルは、苦笑いをしてうなずいた。

「なんじゃ、ルコアは正体も知らずに仕えとったんかい」

 レヴィアは呆れたように言った。

「確かに普通じゃないなって……思ってましたよ?」

 すねて口をとがらせ、ヴィクトルを見るルコア。

 

 



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2-11. 世界を作る数式

「あら! レヴィちゃん、いらっしゃい!」

 おかみさんが声をかけてくる。

「あー、おかみさん、久しぶり! いつものヨロシク!」

 レヴィアはおかみさんに手を振ると、常連っぽく注文した。

「さっき、ここをね、巨大なドラゴンが通ったのよ!」

 おかみさんは興奮しながら言った。

「えっ! ドラゴン! 我も見たかったですー!」

 キラキラした瞳を見せ、合わせるレヴィア。

 ヴィクトルはルコアと目を見合わせてクスッと笑い合った。

 

 また樽が運ばれてきてレヴィアの前にドン! と置かれる。

 樽が二つも並んだテーブルにヴィクトルは圧倒され、言葉を失う。もはや食卓ではない。

 レヴィアはパーンと上蓋を割って上機嫌に言った。

「よし! 大賢者にカンパーイ!」

「カンパーイ!」「かんぱーい」

 ルコアとレヴィアは樽をゴン! とぶつけ、ヴィクトルは水のコップをコン、コンとぶつけた。

 二人は樽をグーっと傾けてエールをゴクゴクと堪能している。自分だけなぜ水なのか、ヴィクトルは渋い顔をしてコップの揺れる水面を眺めた。

 

「で、大賢者様は何が聞きたいんじゃ?」

 レヴィアは挑戦的な目でヴィクトルを見た。

 ヴィクトルは居住まいを正すと、

「だ、大賢者はやめてください。自らの無知さに打ちひしがれてるくらいなので……」

 そう言って頭を下げた。

「ふーん、でもお主のそのステータスは何じゃ? こんな数字見たことないぞ」

 レヴィアはニヤッと笑う。

「実は妲己と戦わねばならなくなってですね……」

「だ、妲己じゃと!?」

 驚くレヴィア。

 ヴィクトルは事の経緯をレヴィアに語った。

 

「それはまた……面倒なことに巻き込まれたのう……。それ、妲己だけで終わらんぞ」

 レヴィアは渋い顔で言う。

「え? それはどういう……」

「よく考えてみろ、ゴブリンシャーマンレベルが、妲己を召喚できる魔法陣なんぞ描けるはずが無いじゃろ?」

「確かに……そうですね……」

「つまり、誰かが絵を描いておるんじゃ」

 そう言ってレヴィアはため息をついた。

「お心当たりがある……のですか?」

「……。まぁお主には関係のない話じゃ。ステータスとか関係のないレベルの話じゃからな」

 レヴィアは気になることを言う。

「ステータスや魔法はレヴィア様が作られたと聞きましたが……」

 ヴィクトルは恐る恐る聞いた。

「いかにも。魔法は便利じゃろ?」

 レヴィアはうれしそうに言って、また樽をグッと傾けた。

「なんで……そんなことができるのでしょうか?」

 レヴィアは手の甲で口を拭うと、ヴィクトルをじっと見て言う。

「ふむ、お主はこの世界が何でできてるか知っとるか?」

 ヴィクトルはいきなりの根源的な質問に気おされる。

「せ、世界……ですか? 物は分子の集まりでできていて、分子は原子の集まりでできているのは知ってますが……それ以上は……」

「原子にはな、中心に原子核というのがある。原子核は陽子や中性子でできておる。そしてそれらはさらに細かい素粒子でできていて、最終的にはこの世界は17種類の素粒子で成り立っておるんじゃ。『超ひも理論』じゃな」

「どんな物でも17種類の物の組み合わせで構成されているんですね」

「物だけじゃなく光もな。それで、これらの17種類の素粒子の挙動は一つの数式であらわされる」

「え? 数式が一つだけ?」

「そう、17種類の素粒子と一つの数式、これがこの宇宙の全てじゃ。アインシュタイン、キュリー夫人、シュレーディンガー、世界中の天才たちが寄ってたかってついにたどり着いた真実がこれじゃ。テストに出るぞ……って、この星の人は知らんか……」

 レヴィアはそう言うとまた樽を傾けた。

「そ、それは凄い……話ですが、それと魔法にどういう関係が?」

「大賢者様はずいぶんせっかちじゃな」

 レヴィアは運ばれてきたステーキ肉の塊を手づかみにし、美味しそうにかぶりついた。

 自分の頭と同じ大きさの肉を(むさぼ)る様はあまりに異様で、ヴィクトルはしばらくレヴィアの食事風景に圧倒されていた。

 それにしてもとんでもない話だと思った。この世界の全て……人や動物や大自然の複雑な営みが一つの数式で表されるなんて、そんなことがあるのだろうか? たった一つの数式で表される世界なんて、どう考えてもショボい物にしかならなそうだが……。ヴィクトルはレヴィアの話をどう理解したらいいのか途方に暮れた。

 



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2-12. 疑惑の天然知能

 そんな困惑しているヴィクトルを見て、レヴィアが言った。

「素粒子があり、それは一つの数式で挙動が決まる。これ、何だかわかるか?」

 いきなりの禅問答みたいな質問にヴィクトルは悩んだ。

「何と言われても……、何でしょう? 一つの仕掛けみたいですが……」

「おぉ、ま、そういうことじゃ。『素子』じゃな。情報処理回路の基本要素じゃ」

「情報処理回路?」

「コンピューターじゃ、それじゃよ」

 そう言ってレヴィアは、ヴィクトルの手元に置いてあったiPhoneを指した。

「へっ!? 宇宙がiPhoneってことですか!?」

 全く想像もしてなかったものが結びつき、ヴィクトルはビックリする。

「そうじゃ、宇宙は超巨大な量子コンピューターともいえるのじゃ。もちろん、この宇宙のコンピューターは宇宙を運営するだけの機能しか持ってない。だから放っておくと単に宇宙の営みが実行されるだけじゃ。アプリが一つだけのシンプルなコンピューターじゃな」

「はぁ……」

 ヴィクトルは話があまりに壮大過ぎて困惑する。

「iPhoneにはいろんなアプリがあるじゃろ?」

「はい、さっきゲームをやりました。女の子を操作して猿を倒したり……」

「あ、あのゲーム面白いよのう」

 そう言ってレヴィアはまた樽を傾けた。

「で、宇宙とゲームに何の関係が?」

「お主、鈍いのう」

 レヴィアはゲフッとしながら、樽を置き、ニヤッと笑ってヴィクトルを見た。

 ヴィクトルは下を向き、必死に考える。

 宇宙は巨大なコンピューター、それはiPhoneみたいなもので、iPhoneにはゲームアプリがある。女の子が壮大な世界を冒険して魔物を狩る世界……。

 その瞬間、ゾワッとすべての毛が逆立つような感覚がヴィクトルを襲った。

「ま、まさか……」

「ふふん、ようやく気づいたか、大賢者」

 レヴィアはうれしそうにそう言うとまた樽を傾け、一気に最後まで空けると、

「おかみさーん! おかわり!」

 と、店に向かって叫んだ。

「いやいやいや! ここはゲームの世界なんかじゃないですよ!」

 ヴィクトルはバッと顔を上げ、レヴィアに向かって叫んだ。

 レヴィアが示唆したアナロジー、それはこのヴィクトルの住んでいる世界は、宇宙という壮大なコンピューターの中の一アプリに過ぎないというものだった。しかし、そんなことがあるわけがない。ヴィクトルは百年以上この世界に住んできていて、その間、作り物だったような不自然な現象など一つもなかったのだ。大自然は人の想いとは関係なく壮大な規模で営まれ、人が気がつかなかったような世界はまだまだ森の奥に、極地に、深海に広がっていた。誰かが作ったような世界ならどこかで矛盾が出てるはずだ。

 と、ここまで考えてきてふとヴィーナ様を思い出した。そうだ……、自分は一回死んでいるのだ……。実は自分の存在そのものが……矛盾だった。

 固まり、そしてうなだれるヴィクトルにレヴィアが言った。

「今から五十六億七千万年前のことじゃ、宇宙が誕生してからすでに八十一億年経っていたが、ある星でコンピューターが発明された。コンピューターは便利じゃった。あっという間に性能がぐんぐんと上がり、人工知能が開発された」

「人工知能……?」

「機械でできた知能じゃな。iPhoneが賢くなって話し始めるようなものじゃ」

 

「はい、おまたせー」

 おかみさんが新しい樽を持ってきて、レヴィアはまた上蓋をパカンと割った。

 ヴィクトルは、美味しそうにエールを飲むレヴィアを羨ましそうに見ながら、聞いた。

「機械が話すなんてこと……、本当にあるんですか?」

「お主は『自分は機械じゃない』ってなぜ確信を持ってるんじゃ?」

 レヴィアは手を止めるとヴィクトルをチラッと見て、嫌なことを言う。そして、また樽を傾けた。

「えっ……?」

 ヴィクトルは言葉を失った。自分は生まれながらの天然の知能と当たり前のように思っていたが、それに根拠なんてあるのだろうか? 『自分は機械で作られたものじゃない』となぜ言えるのだろうか? 脳があるから天然だろうと一瞬思ったが、『脳は単なる伝達器官だよ』と言われたら反論できない。そもそも脳が自分自身の思考を生み出していることそのものにも自信がなかった。

 なんとか『自分は機械なんかじゃない証拠』を探してみるが、思い浮かばない。むしろ、転生して前世の記憶が引き継がれていることを考えたら……むしろ天然である方が不自然だった。

 ヴィクトルは百年以上生きてきて初めて自分自身の存在に疑問を持ち、自我が揺らぐのを感じた。手を見るとガタガタと震えている……。

「僕は……何なんだ……?」

 そう言って、震える手を無表情にただ眺めていた。

 ヴィクトルは大きく息をつくと、ルコアの樽を持ち上げ、グッと一気に(あお)った。

「あー、主さま! それ、私のですー」

 ルコアは不満げだったが、ヴィクトルは無反応で、焦点のあわない目で動かなくなった。

 



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2-13. いきなりの裸婦画

 ヴィクトルは温かく気持ち良い揺れの中、目が覚めた。

「あれ……?」

「主さま、お目覚めですか?」

 ルコアの声がした。

 なんとヴィクトルは、ルコアに背負われて夜の石畳の道を運ばれていた。

「ゴ、ゴメン……」

「こうやってお世話できるのはうれしいんですから、気にしないでください」

 ルコアは後ろを振り向き、ニコッと笑う。

「ありがとう……。子供の身体ではお酒はきつかった……」

 ヴィクトルは反省する。

「いいんですよ、レヴィア様も『酒くらい飲みたくなるじゃろ』って笑ってました」

「しまったなぁ……」

 ヴィクトルは酒に逃げてしまった未熟さを恥じ、今度謝らねばと、大きく息をついた。

 そして気持ちの良いルコアのリズムに揺られ、温かい体温を感じながらまた、意識が薄れていった。

 

        ◇

 

 バシッ!

 ヴィクトルは、はたかれて目が覚めた。

「う、うーん……」

 目を開けるとまだ薄暗いベッドの上で、誰かの腕が額の上に載っている……、ルコアだ。

「ちょっと、もう……」

 腕を払いのけ、起き上がりながらルコアを見て、ヴィクトルは固まった……。ルコアは素っ裸で、美しく盛り上がった胸をさらしながら、呑気に幸せそうな寝顔を見せていたのだ。

 ヴィクトルはゴクリとツバを飲んだ。

 その均整の取れたプロポーション、美しい透き通るような肌はまるで西洋絵画のように厳かな雰囲気さえ漂わせていた。

 しばらくその姿に見ほれていたヴィクトルは、知らず知らずのうちに手が伸びてしまっているのに気がついた。六歳児とは言え中身は大人の男である。そこには(あらが)いがたいものがあった。

 しかし、寝込みに手を出すようなこと、あってはならない……。ブンブンと首を振り、毛布をそっとかけて立ち上がる。そして、水差しの水をコップに入れると、ゴクゴクと一気に飲み干した。

「ふぅ……」

 カーテンを開けると、東の空は鮮やかな茜色に染まり、朝露に濡れた石畳はその茜色を反射して静謐(せいひつ)な朝の街を彩っていた。

 

 ヴィクトルはそっと窓を開ける。

 チチチチッ

 小鳥の鳴き声が聞こえ、涼しい朝の風が入ってくる。

 ヴィクトルはその爽やかな風を浴びながら頭を冷やし、昨晩の事を思い出していた。

 

 この美しい世界が誰かに作られたものらしいこと、そして自分自身の思考も機械上で動いているのかもしれないこと、それらは実に荒唐無稽だった。この美しい朝焼けの街が、(ささや)き合う鳥たちの営みが、それらを感じている自分が、誰かに作られているというのは、あまりにも飛躍しすぎているように感じる。

 と、ここで、死後の世界で会った女神、ヴィーナの言葉を思い出した。

『あなたの功績にはとても感謝してるわ……』

 確かこんな事を言われた覚えがある。しかし……、自分がやっていたのは単にレヴィアの作った魔法システムを分析していただけに過ぎない。魔法について知りたければレヴィアに聞けばいいだけの話で、自分のやったことが功績になるとはとても思えなかった。

 しかし、ヴィーナは喜んでいるようだった。一体これは何なんだろうか?

 魔法を知りたいわけではないとしたら、自分の活動の何を評価してくれたのだろうか……。

 眉をひそめて必死に考えていると、プニっと誰かに頬を押された。

「なーに、怖い顔してますか?」

 見るとルコアが毛布を巻いて立っていた。

「いや、ちょっとね……。あ、昨晩はゴメンね」

「ふふっ、弱った主さまも可愛かったですよ」

 ルコアはニコッと笑う。

「はは、参ったな……。で……、何で裸なの?」

 ヴィクトルは頬を赤らめて聞いた。

「うふふ、触っても……良かったんですよ?」

 ルコアは斜に構えて妖艶な笑みを浮かべる。

「いや、あまりに美しくてつい……ね。でも、毎晩裸になられても困るんだけど?」

「私寝るときはいつも裸です。裸じゃないと寝られません。それとも龍に戻ります?」

 不満そうなルコア。

「龍って……この部屋入らないよね?」

「今、龍に戻ったら、この建物壊れますね」

 ルコアはニヤリと笑い、ヴィクトルは肩をすくめた。

「分かった分かった。その代わり毛布かぶっててよ」

 ヴィクトルが折れると、ルコアはそっと近づいて耳元で、

「ふふっ、いつでも触っていいですからね」

 そう言って、うれしそうに洗面所へと入って行った。

「へっ!?」

 ヴィクトルは間抜けな顔をさらし……、目をギュッとつぶって宙を仰ぐとしばらく動けなくなった。

 



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3-1. 救難依頼

 一階の食堂で朝食をとり、コーヒーを飲んでいると、ドタドタドタと、誰かが慌てて入ってきた。見ると、ギルドの受付嬢だった。

「あ、いたいた! ヴィッキーさん!」

 受付嬢はヴィクトルを見つけると、急いでやって来て、早口で続けた。

「おはようございます! 緊急の依頼がありまして、ギルドまで来てもらえませんか?」

 ヴィクトルはルコアの方を見る。

 ルコアはキョトンとしながらうなずいた。

「分かりました。支度してすぐに行きます」

 ヴィクトルは急いで立ち上がった。

 

      ◇

 

 ギルドマスターの部屋に通されると、黒いローブを着た女の子がソファーに座っていて、泣きそうな顔でヴィクトルたちを見る。

「朝早くから悪いね」

 マスターは緊張感のある声で言った。

「な、何があったんですか?」

「彼女のパーティーが落とし穴のワナに落ちてしまって、消息不明なんだ」

「すみません! お力を貸してもらえませんか?」

 魔導士の女の子が立ち上がって早口で言った。

「別に僕らでなくても……、誰でもやってくれそうですけど?」

「そ、それが落ちたのが地下三十七階からなので……」

 そう言って女の子はうなだれた。

 マスターが補足する。

「三十七階から落ちたとすると、Aクラスパーティー以上でないと難しい。そして、残念ながら今動ける心当たりは君たちだけなんだ」

「一応僕たちはCですが……」

 ヴィクトルは渋い顔をする。

「分かってるが、今は緊急なので、『一切口外しない』と約束させることでお願いしたいんだ」

 ヴィクトルはふぅ、と息をつくと、

「分かりました。同じ落とし穴から降りて、探せばいいですね?」

「やってくれますか!? ありがとうございます!」

 女の子は涙をポロポロとこぼしながら、ヴィクトルの手を両手で握った。

「あ、それから……」

 マスターが言いにくそうに切り出した。

「何か?」

「その……、遭難者なんだけど……。昨日君たちにヤジを飛ばしたジャックという奴なんだよね……」

「それなら私は行きません! 主さまを馬鹿にした(ばち)が当たったんです!」

 ルコアが声を荒げる。

「ごめんなさい。本当にごめんなさい! それでも大切な仲間なんですぅ……うっうっう……」

 部屋には彼女の嗚咽(おえつ)が響いた。

「報酬は金貨二十枚。彼女の全財産だ。気持ちを汲んでもらえないだろうか……?」

 マスターはルコアに申し訳なさそうに言う。

 ルコアはツンとして顔をそむけたままだ。

「ルコア、行こう。僕らの強さを見せつけてやろうじゃないか」

 ヴィクトルがニヤッと笑って諭すと、ルコアはチラッとヴィクトルを見て言った。

「見せつけてやる……、それはいい考えかも……ですね」

「ついでにサイクロプスの魔石も取れるかもよ?」

「あー、それのついでならいいですね」

 ルコアはニコッと笑った。

「よし決まり!」

 ヴィクトルもうれしそうに笑った。

 

 ヴィクトルが女の子に声をかける。

「それでは行こうか。僕がダンジョンまで飛んで運ぶけど大丈夫……」

「ダメです! 私が運びます!」

 ルコアがさえぎるように声を荒げて言った。

 そして窓を開けると、女の子をお姫様抱っこして窓の外へピョンと飛んだ。

「えっ!? うわぁぁ!」

 予想外の展開に慌てる女の子。

「ひゃあぁぁぁ――――!」

 女の子の叫び声が遠くへ小さくなっていく。

「悪いけど頼んだよ。ジャックは結構あれでいい所もある奴なんだ」

 マスターは申し訳なさそうに言った。

「はい、分かりました。でも……、一般的にはもう手遅れの時間ですよね?」

 ヴィクトルは渋い顔をする。

 マスターは目をつぶってうなずき、息をつくと言った。

「それでも彼女には必要な事なんだよ……」

「なるほど……、分かりました。全力を尽くしてみます」

 ヴィクトルはそう言うと、窓から飛び出し、一気に音速を超えてルコアを追いかけた。

 



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3-2. 三つの奇妙な繭

 一行は王都の近くのダンジョンにエントリーした。

 ダンジョンの洞窟は暗く、ジメジメしており、カビ臭い。

「さて、三十七階だったよね?」

「そうです。急がないと……」

 女の子が泣きそうな声で言う。

 一階ずつ丁寧に降りていたら何時間かかるか分からない。さてどうしたものかと考えていると、

「今、聞いてみるからちょっと待ってて」

 そう言って、ルコアはiPhoneを出して何かをタップする。

「あ、私~、元気? うん……、うん……。それでね、王都のダンジョンに来てるのよ。……。そうなのよー」

 何やら世間話をしている。ヴィクトルも女の子も困惑した。

 ルコアはそのまま会話を続ける。

「で、三十七階の落とし穴あるでしょ。そうそう。その落ち先まで送って欲しいんだけど。……。いい? 悪いわね。はいはい」

 いきなりすごい話になって、二人とも唖然(あぜん)とする。なぜそんなことができるのか、全く理解できなかったのだ。

 ルコアは電話を切ると、

「こっちですよ」

 そう言って入り口わきの細い通路を行った。すると、純白の魔法陣が地面で光っているのが見えてきた。

「え? まさかこれって……」

「そうですよ、この先に遭難者が居ます」

 ルコアはドヤ顔で言う。

 ヴィクトルは女の子と顔を見合わせ、一瞬ためらったが、意を決して魔法陣を踏んだ。

 

           ◇

 

 気がつくとヴィクトルはさんさんと太陽の照りつける草原にいた。

 青空の下で綺麗な水の小川が流れ、ちょっと先には森が広がっている。

 自然景観型のフロアらしい。

 女の子とルコアも次々と現れる。

 索敵の魔法を展開していくと……、森の奥に三人の弱々しい人間の反応がある。どうやらまだ生きているようだ。

 しかし、近くには魔物の反応もあり、予断は許さない状況である。

「僕、行ってくるよ。二人はここで待ってて。彼らを連れて帰るから」

 ヴィクトルがそう言うと、ルコアは、

「主さま、気を付けて」

 と、ニッコリとほほ笑んだ。

 女の子は涙目で手を合わせ、ヴィクトルに頭を下げる。

 

 ヴィクトルは飛行魔法で一気に反応の場所まで来ると、慎重に森の中へと降りて行った。森は巨木が生い茂り、鬱蒼として見通しはあまり効かない。

 反応の方へ歩いて行くと、三つの白い繭のような物が巨木の枝から宙づりにされているのが見えた。よく見ると、繭の下には顔が半分のぞいている。冒険者がヒモでグルグル巻きにされ、逆さづりにされているようだ。

「ん――――!」「んー、ん――――!」

 冒険者はヴィクトルに何かを言っている。

「助けに来ましたよ――――!」

 ヴィクトルは能天気にそう言いながらスタスタと歩く。だが、右手には魔力をこめ、鈍く赤く光らせていた。

 

 シュッ!

 直後、そばの樹の上から蜘蛛の糸がヴィクトルに向けて放たれた。

 ヴィクトルは待っていたかのようにそれを左手でガシッとつかむと同時に、

炎槍(フレイムランス)!」

 と、叫んで樹上の魔物に鮮烈な炎の槍を食らわせた。

 

 グギャァァァ!

 断末魔の叫びを森に響かせながら巨大な蜘蛛の魔物が火だるまになって地面に落ち、のたうち回り、最後には魔石になって消えた。

 

 よし! と思った時だった。地中からクワガタムシのアゴのような巨大なハサミが二本、いきなり突き出して、ヴィクトルに襲いかかる。

 冒険者たちを(おとり)にして助けに来る者を狙おうとしていたのだ。

 

 しかし、ヴィクトルは慌てることなく、手刀でパキン! パキン!とハサミを折ると、逆にそのハサミの根元をガシッとつかみ、そのまま一気に引き抜いた。

「そんなの僕には効かないよ」

 ズボッと抜け出てきたのは全長三メートルはあろうかと言う巨大な幼虫だった。ブヨブヨとした白い肌がウネウネしながらうごめく。

 ヴィクトルはそのまま空中高く放り投げると、

風刃(ウィンドカッター)!」

 と、叫んで、風の刃で幼虫をズタズタに切り裂いた。

 

 ギョエェェェ!

 叫び声を残し、幼虫は魔石となって落ちてくる。

 ヴィクトルはニヤッと笑って魔石をキャッチすると、繭になってる三人に走り寄った。

 



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3-3. ノリノリ絶対爆炎

「大丈夫ですか?」

 ヴィクトルは口元の糸を外してあげる。

「あ、ありがとうございます……、もうダメだと思ってました……うぅぅ」

 昨日、ヴィクトルをあざ笑った、薄毛の中年男ジャックはみっともなく泣き始めた。

「間に合ってよかったです」

 ヴィクトルはニコッと笑って言った。

「昨日はごめんなさい。まだお若いのにこんなに強いなんて知りませんでした……」

 ジャックはそう言って謝った。

「まぁ、僕は子供だからね、仕方ないよ。さぁ、仲間のところへ行こう!」

 ヴィクトルは彼らを宙づりにしている糸を切ると、展開したシールドの上に繭のまま載せ、そのまま飛行魔法で一気に上空へと飛び上がった。

「うひ――――!」「ひゃあぁぁぁ!」「うわぁぁぁぁぁぁぁ!」

 三人は繭のまま驚き、叫ぶ。

 早く繭から出してやりたいとは思うが、出しちゃうと運ぶのが面倒そうだったので、申し訳なかったがそのまま飛んだのだった。

 

         ◇

 

 別れたところまで飛んでくると、女の子が一人で心細げに立っていた。

「あれ? ルコアは?」

「『サイクロプス!』って叫んで飛んでっちゃいました……、それでその白いのは何……? えっ!?」

 繭から顔がのぞいているのを見つけた女の子は、仰天する。

「あー、全員救出しておいたよ。早く出してあげよう」

 ヴィクトルはそう言うと、繭をベキベキベキと腕力で破り、一気に裂いた。その異常な怪力に、包まれていた人は驚愕する。自分ではビクともしなかった繭を小さな子供がまるで紙を破くようにあっさりと壊したのだ。

 僧侶の女の子を解放すると、魔導士の女の子は抱き着いて、二人でしばらく号泣していた。正直、生きてまた会えるなんて思っていなかった二人は、お互いの体温を感じ、奇跡的な生還を心から喜んだ。

 

           ◇

 

 ドドドドドド!

 

 地響きが遠くの方から響いてくる。

 みんな何だろうと、不安げな顔で地響きの方を眺めていると、草原の小高い丘の向こうからルコアが飛んでくる。

 そして……、後ろには土煙……。

 

 ヴィクトルは思わずフゥっとため息をつくと、

「君たち、危ないからこのシールドの中にいて」

 そう言うと、淡く金色に光るドーム状のシールドを展開し、四人をすっぽりと覆った。

 

 丘を越えて現れたのは緑色の巨人、サイクロプスが何匹か、それにグリフォンにリザードマンなどの魔物が多数。みんな挑発され、ルコアを必死に追いかけてくる。

 

「主さま~! いっぱい連れてきましたよ~!」

 ルコアが叫びながら飛んでくる。

 四人の冒険者たちは、Aランク以上の危険な災害級の魔物が群れを成して襲ってくるさまに腰を抜かし、シールドの中で真っ青になってうろたえた。

 ヴィクトルは苦笑いすると、軽く飛び上がり、

「ほわぁぁぁ!」

 と叫びながら下腹部に魔力を貯める。そして、術式を頭の中で思い描き、手のひらを魔物たちの方へ向ける。

 

「ルコア、衝撃に備えろ!」

 そう叫ぶと、手のひらの前に巨大な真紅の魔法陣を次々と高速に描いていく。鮮やかに光り輝く魔法陣たちは、一部重なりながらどんどんと集積し、キィィィ――――ン! とおびただしい量の魔力を蓄積しながら高周波音を放つ。

 

 冒険者たちはその、神々しいまでの魔法陣の輝きに圧倒され、みんな言葉を無くした。見たこともない超高難度の魔法陣、それが多数重なっている。それも通常以上に魔力を充填され、音が鳴り出すくらいになるなど聞いたこともなかったのだ。

 

 ヴィクトルは魔物たちが全員、丘を越えたのを確認すると、

 

「それ行け! 絶対爆炎(ファイヤーエクスプロージョン)!」

 とノリノリで叫ぶ。

 魔法陣群が一斉にカッと輝き、鮮烈な輝きを放つエネルギー弾を射出した。

 直後、魔物たちに着弾すると、天も地も世界は鮮烈な光に覆われた。激しい熱線が草原や森を一気に茶色に変え、炎が噴き出す。

 すさまじい爆発エネルギーは衝撃波となって、白い繭の様に音速で球状に広がり、森の木々は根こそぎなぎ倒され、冒険者たちのシールドに到達すると、ズン! と激しい衝撃音を起こし、みんな倒れ込んだ。

「キャ――――!」「ひぃぃぃ!」「うわぁぁぁ!」

 石や砂ぼこりがシールドにビシビシと当たり、まるで砂嵐のような状態である。

 

 それが過ぎ去ると、目の前には巨大な真紅のキノコ雲が、強烈な熱線を放ちながらゆっくりと立ち昇っていくのが見えた。

 シールドで身を守っていたヴィクトルはその様を見ながら、やり過ぎたと思った。確かに見せつけてやろうとは思っていたものの、まさかここまで大規模な爆発になるとは予想外だったのだ。

 ここまでやっても全然MPには余裕があったし、これより強力な攻撃を何度でも連射可能だった。そんな自分の異常な攻撃力に恐ろしさを覚え、ついブルっと身震いをしてしまう。

 妲己を倒すために一年頑張ったが……、自分は開けてはならないパンドラの箱を開けてしまったのではないだろうか?

 ヴィクトルは高く高く立ち昇っていく灼熱のキノコ雲を見上げながら、言いようのない不安を感じていた。

 



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3-4. 固まる上級魔人

 キノコ雲が霧消していくと、ヴィクトルは爆心地に飛んだ。焼けただれ、焦土と化した丘には巨大なクレーターがあり、ポッカリと大穴をあけていた。見ると、大穴の底には広大な広間が見える。なんと、ダンジョンの次の階層にまで穴をあけてしまったようだ。

 ヴィクトルはやり過ぎたことを反省し、大きく息をつく。

 その後、探索の魔法を使って魔石を探したが、サイクロプスの魔石は一つしか見つけられなかった。

 飛び散ったか壊れたか……、ヴィクトルはこの狩り方は止めようと思った。

 

         ◇

 

 ヴィクトルは戻ってくると、冒険者たちのシールドを解く。

 すると、彼らは口々に、

「ま、魔王様……」「魔王様お許しを……」

 と、焦点のあわない目で言いながら、ヴィクトルに許しを請い始めた。

 

「いや、ちょっと、僕、魔王なんかじゃないから!」

 ヴィクトルは必死に言ったが、冒険者たちはおびえて話にならない。

 すると、ルコアは、

「主さまは魔王なんかじゃないわ。魔王なんかよりずっと強いんですよ! 頭が高いわ!」

 と、余計な事を言う。

「ご無礼をお許しください!」

 冒険者たちは土下座を始めてしまった。

 ヴィクトルはため息をつき、得意げなルコアをジト目で見ると、

「もう、帰るよ」

 と、言った。

 

 ヴィクトルは床にシールドを展開すると、冒険者たちを乗せ、クレーターの上まで飛んだ。

「ねぇ、ルコア。あそこから帰れる?」

 ヴィクトルはクレーターの底を指さして聞いた。

「あらまぁ! ダンジョンの床を貫通なんてできるんですね!?」

 ルコアは目を丸くする。

「こんな構造になっていたなんて初めて知ったよ」

「私も初めてです。行ってみましょう」

 一行はクレーターの奥底に開いた下のフロアへと降りて行った。

 

         ◇

 

 降り立つとそこは広大な広間だった。いわゆるボス部屋という奴だ。

 奥の壇上には豪奢な椅子があり、そこに魔物が座っていたが……、魔物は一行におびえ、固まっていた。

 いきなりとてつもないエネルギーで天井をぶち抜かれたのだ、ヴィクトルは少し申し訳なく思った。

 

「あら、アバドンじゃない……」

 ルコアはそう言うとスタスタと魔物に近づいた。

「あ、ルコアの(あね)さん、ご無沙汰してます」

 アバドンと呼ばれた魔物は頭を下げた。どうやら知り合いらしい。

「ゴメンね、穴開けちゃった」

「あー、大丈夫です。自然と修復されますんで……」

「出口はどっち?」

「そちらです。今開けますね……」

 アバドンは手のひらで奥の扉を指し、ギギギーっと開けた。

「ありがと、また、ゆっくりとお話しましょ」

 ルコアはニッコリとほほ笑んだ。

 

 冒険者たちは驚愕した。言葉を話す魔物、それは上級魔人であり、Sクラスのパーティーでも簡単ではない魔物だ。そんな天災級の災厄がルコアに頭を下げている。

 美しく流れる銀髪に澄みとおる碧眼、見るからにただ者ではない雰囲気ではあったが、まさかここまでとは想像をはるかに超えていたのだ。

 そして、その彼女が仕える金髪の可愛い子供は彼女よりさらに強いはずだ。さっきの大爆発などほんの序の口に過ぎないだろう……。

 ジャックはとんでもない人に軽口をたたいていた自分を深く反省し、ゾッとする恐怖でガタガタと震えていた。

 

「主さま、行きましょ!」

 そう言うと、ルコアはヴィクトルの手を引いてドアから出ていく。

 冒険者たちは、アバドンに何か言われないかビクビクしながら後を追った。

 

       ◇

 

 ドアの外のポータルから地上に戻ってきた一行。

「ここからはもう自分達で帰れるね?」

 ヴィクトルはジャックに聞いた。

「は、はい! ありがとうございました!」

 ジャックは緊張し、背筋をピンと伸ばして冷や汗を流しながら答えた。

「くれぐれも今日見たことは……、わかったね?」

 ヴィクトルは鋭い目でジャックを射抜いた。

「も、もちろん! 神に誓って口外は致しません!」

 ジャックは目をギュッとつぶりながら誓った。

「約束破ったら……、王都ごと焼いちゃう……かもね? うふふ……」

 ルコアが横から物騒なことを言う。

「決して! 決して! お約束は破りません!」

 ジャックは冷や汗でびっしょりである。

 

 ヴィクトルはちょっとやりすぎたかなと思いつつ、一気に空に飛んだ。

 ルコアもついてくる。

 

「ルコア、さすがに王都は焼かないよ」

 軽やかに飛びながらヴィクトルは言った。

「うふふ、ああいう輩には強く言っておいた方がいいのよ」

 と、あっけらかんと答えた。

 



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3-5. 龍のウロコの願い

 二人はカフェにやってきて、早めのランチにする。

 ルコアは昨日と同じくベーコンを五本である。

 

 コーヒーをすすりながらヴィクトルはサイクロプスの魔石を眺めた。

「ウロコが要るのかしら?」

 ベーコンをかじりながら、ルコアがジト目でヴィクトルを見る。

「悪いねぇ」

 ヴィクトルは手を合わせた。

 ルコアは口をとがらせながら、アイテムポーチから黒い丸い板を出す。

「はい、高いわよ~」

 ヴィクトルはありがたく受け取って、そのキラキラと輝くウロコを眺める。ウロコには年輪のような微細な模様が入り、まるで黒曜石のような重厚な質感を持って、陽の光を浴びて不思議な光を放っていた。

「うわぁ、綺麗だねぇ……」

 思わずヴィクトルはため息を漏らすと、

「柔肌の方が……、もっと綺麗よ……」

 そう言ってルコアは、いたずらっ子の笑みを浮かべながら、胸元を指先で少しはだけさせた。

「うわ、ダメだよこんな所で!」

 ヴィクトルは頬を赤らめながら周りを見回した。

「うふふ、じゃ、後でゆっくり……ね」

 ルコアはニヤニヤして胸元を整えた。

「いや、見せなくて大丈夫だから……」

「あ、一つ言うこと聞いてもらう約束ですよ?」

 ルコアはドヤ顔でニヤッと笑う。

 ヴィクトルは真っ赤になってコーヒーをグッと飲んだ。

 

        ◇

 

「持ってきましたよ」

 食後に、ヴィクトルは防具屋へ行って、店主にウロコと魔石を渡した。

「えっ!? 本当か!? 坊主すごいな!」

 店主はウロコを明かりに透かし、ルーペで拡大し、ジッと見つめる。

「おぉぉぉ……、本物だ。質もいい。暗黒龍のウロコなんてどうやって手に入れたんだ?」

 店主は感嘆して聞く。

「ちょっと伝手(つて)がありまして……。暗黒龍の方が普通の龍よりいいんですか?」

「そりゃぁ当り前よ! 暗黒の森の王者、暗黒龍の魔力はこの世で最高クラス。ウロコにも長年かけて上質な魔力がしみ込んでるからね」

「へぇ、暗黒龍ってすごいんですね」

 そう言ってルコアをチラッと見る。

 ルコアは胸を張って得意げである。

「暗黒龍に勝てる人間なんてこの世にいないからね。その人はどうやって手に入れたんだろう?」

「龍の願い事を聞く代わりに一枚貰ったらしいですよ」

 ルコアが横から余計な事を言う。

「龍の願い事……? 一体それは何なんだ?」

「さぁ……。幸せな時間を一緒に過ごすとかじゃないですかねぇ……?」

 ルコアはそう言ってニコニコしながらヴィクトルを見た。

 ヴィクトルは渋い顔をする。

 

「幸せな時間? なんだか哲学的だなぁ」

「そう、愛は哲学ですね」

 ルコアは幸せそうに目をつぶって言った。

「まぁいいや、坊主! 採寸してやるからそこへ立って」

 店主はヴィクトルの身体を測り、メモっていく。

「すぐに大きくなるから、ちょっと大きめで発注しような」

 店主はニコッと笑ってヴィクトルの顔をのぞき込む。

 そして、ウロコを丁寧に布袋にしまうと、

「さっそく職人さんに出しておくよ。出来たらギルドに言付けしとくから」

 そう言ってヴィクトルの頭をくしゃくしゃとなでた。

 

      ◇

 

「もぅ、余計な事言うんだから……」

 店を出ると、ヴィクトルはむくれてルコアに言った。

「ふふっ、いいローブが手に入りそうで良かったじゃないですか」

 ルコアは悪びれもせずに言う。

「そうだけど……」

「でも、約束、忘れないでくださいよ」

 ルコアはうれしそうに言った。

「わ、分かったよ。早く決めてよ?」

「はいはい、何にしようかなぁ?」

 ルコアは銀髪をゆらしながら宙を眺め、幸せそうな表情を見せる。

 透明感のある白い肌はみずみずしく、日差しを浴びて艶やかに輝いていた。

 ヴィクトルはそんなルコアを見て、自然と笑みが浮かんでしまう。

 

       ◇

 

 二人は昼下がりの気持ちのいい日差しの中、石畳の道を歩いてギルドまでやってきた。

 ドアを開けると、ロビーのところで救出した冒険者たちとマスターが話をしている。

「お、噂をしたら何とやらだ。ありがとう」

 マスターはそう言ってにこやかに右手を差し出した。

 ヴィクトルは握手をすると、

「変な噂じゃないでしょうね?」

 そう言って四人をジロリと見た。

「い、いや、無事に戻ったという報告だけです! 本当です!」

 ジャックは必死に説明する。

「彼の言う通り、私は何も聞いてないよ。本音を言えば聞きたいが……、約束は約束だからな。ただ、君が頼もしいことだけは良く分かった」

 マスターはそう言ってニヤッと笑った。

「私は目立たずひっそりと暮らしたいので、目立たせないで下さいよ」

 ヴィクトルは渋い顔をする。

 

 



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3-6. 決闘は裏庭で

 ギギギー

 

 ドアが開き、ドヤドヤと男が四人入ってきた。赤ラインの白シャツに金の装飾がついたジャケット、王国の騎士だ。

「ギルドマスターはいるか?」

 班長っぽい男が横柄に声をあげた。

 マスターは怪訝(けげん)そうな顔をして答える。

「私がマスターだが……、何か御用ですか?」

「ほう、君がマスターか。それにしてもギルドというのは薄汚い所だな!」

 班長は周りを見回し、馬鹿にしたように鼻で笑った。

 シーンとしたギルドの中に声が響きわたり、不穏な空気が支配する。

「わざわざ、あざ笑いに来たんですか? 騎士様はずいぶんと暇なんですね」

 マスターは淡々と返す。

「なんだ、子供までいるじゃないか。ここは保育所もやってるのかね?」

 騎士たちはゲラゲラと下卑た笑いを響かせる。

 マスターは大きく息をつくと、

「彼はこう見えてCクラス冒険者、頼りになる奴ですよ」

 そう言ってヴィクトルの肩をポンポンと叩いた。

「子供にも頼らねばならんとは……、ギルドは大丈夫なのかね?」

 班長は薄笑いを浮かべながらマスターをにらむ。

「か、彼を馬鹿にするのは止めてください! 王都の安全のためにも!」

 ジャックが血相を変えて叫んだ。

「王都の安全? 子供が王都の脅威になるとでもいうのかね? ただのガキじゃないか!」

 班長はバカにしたような眼でジャックをにらむ。

「主さまを侮辱するのは許されませんよ?」

 ルコアが黒いオーラをゆらゆらと立ち上らせながら、班長をにらんだ。

「な、何だお前は! そんなにその子が強いなら見せてもらおうじゃないか!」

「主さまのお手を煩わせるわけにはまいりません。まず、私があなた達を倒して見せましょう」

「はっ! 女、言ったな! 王国騎士を馬鹿にした罪は重いぞ、決闘だ! 叩きのめしてやる!」

 にらみ合う二人……。

「ここはロビーです、決闘は裏でお願いします」

 マスターはニヤッと笑って裏庭へと案内した。

 

         ◇

 

 ルコアはスタスタと裏庭の真ん中まで歩き、くるっと振り向いた。銀髪がサラッと流れ、陽の光を反射してキラキラと煌めく……。

 そして、カッと碧い瞳を見開くと言った。

「面倒だ、全員かかってきな!」

 騎士たちはお互いの顔を見合わせる。素手の女の子相手に一斉に斬りかかるというのはどうなのだろうか、と躊躇していたのだ。

「お前ら舐められてるぞ! 手加減不要! 叩きのめせ!」

 班長が(げき)を飛ばす。

 三人の騎士たちは剣をすらりと抜き、息を整え、中段に構えると、

「ソイヤー!」「ハ――――ッ!」「ヤ――――!」

 と、掛け声をかけながらルコアに迫った。

 ルコアはニヤッと笑うと、真っ青な瞳の中に青い炎をゆらりと揺らし、そしてキラリと光らせた。

「へっ?」「うわぁ!」「ひぃ!」

 騎士たちは急に足を止め、驚き、混乱する。

 そして、何もない斜め上に向けて必死に剣を振り回しはじめた。

「お、おい! お前ら何やってる!?」

 班長は青い顔をして叫ぶ。

「ば、化け物だ!」「何だこれは!」「うわぁ止めろぉ!」

 騎士たちは必死な形相で後ずさりながら、剣を無様に振り回す。

 そんな姿をルコアはうれしそうに眺めていた。

 そして、頃合いを見計らうと、右手を高く掲げ、パチン! と指を鳴らす。

「うわぁぁぁ!」「ぐぅぅ!」「くふぅ!」

 騎士たちは絶叫して次々と倒れ、気を失ってしまった。

 三人が口から泡を吹きながら、失禁し、白目をむいている姿はただ事ではない。やじ馬たちは唖然(あぜん)として無様な姿をさらす騎士たちを眺めていた。

 

 班長はワナワナと身体を震わせ、剣をスラっと抜くと、

「貴様! 何をした! 怪しい術を使いやがって正々堂々と勝負しろ!」

 と、吠えた。

「単に幻覚を見せただけ。こんな初歩的な術にかかるなんて、騎士って日頃どんな訓練してるんですかねぇ?」

 そう言ってケラケラと笑った。

「バカにしやがって! 死ねぃ!」

 班長は顔を真っ赤にして剣を構えたまま突進し、ルコアに向けて鋭い斬撃を放った。

 目にも止まらぬ速さで振り下ろされた美しい刀剣……。

 

 キン!

 

 なぜか剣は吹き飛ばされ、クルクルと回転しながら建物の岩壁に突き刺さり、ビィ――――ン! と振動音を放った。

 ルコアは微動だにせず、ただクールな微笑みを浮かべていただけだった。にもかかわらず、剣は勝手に弾き飛ばされたのだった。

 

「は!?」

 班長は何が起こったか分からず、真っ青な顔で冷や汗を流した。

 ルコアはニヤッと笑うと班長にゆっくりと近づき、耳元で、

「次、主さまを侮辱したら……、殺すわよ」

 そう言って、しゃなりしゃなりとワンピースのすそをゆらしながら、ヴィクトルの方へ歩いて行く。

 

「主さま~、勝ちましたよ~!」

 ルコアは無邪気に大きく手を振ってうれしそうに笑った。



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3-7. 弟子の造反

 班長は(しび)れる手をさすりながら、うなだれ、言葉を失った。

 見知らぬ幻術で部下は全滅、自信のあった剣術も全く通用しなかった。そして、彼女よりあの子の方が強いという。なるほど、『王都の脅威』としたあの男の言葉は本当だった。彼女とあの子が攻めてきたら騎士団全員を投入しても止められない。まさに王都の脅威だった。

 班長は何度か深呼吸を繰り返すと、ヴィクトルのところへと足を進め、手を胸に当て、頭を下げて謝った。

「我々の負けです。大変に失礼をいたしました」

 ヴィクトルはうんうんとうなずくと、

「大丈夫、彼女に勝てる人なんていないから」

 そう言ってニコッと笑った。

「えっ? でも、あなたは勝てるんですよね?」

 班長は不思議そうに聞く。

「あぁ、まぁ……」

 すると、ルコアがドヤ顔で言い放つ。

「主さまは別格です。何と言っても主さまは大賢じ……」

 ヴィクトルは焦ってルコアの口をふさぐ。

「え? だいけんじ……?」

 首をかしげる班長。

「違う違う、だ、『大剣使い』ってことですよ?」

 苦し紛れの言い訳をするヴィクトル。

「えっ!? その体で大剣使うの!?」

「そうそう、剣の方が大きいんですよ。秘密ですよ、はははは……」

 冷や汗を流すヴィクトル。

 何とも言えない空気が周囲に流れる。

 ヴィクトルはジト目でルコアをにらみ、ルコアは目を泳がせた。

 

      ◇

 

「ところで、君たちは何しに来たのかね?」

 腕組みをしたマスターがニヤけながら、班長に聞く。

「とあるミッションに『ギルドの助力も得よ』との指示があり、相談に上がりました」

「とあるミッション?」

「ちょっとここでは……」

 そう言って班長は周りを見回す。

「おい、お前ら、見世物は終わりだ! みんなギルドに入って!」

 マスターはやじ馬たちを追いやった。

「あ、あなたたちは残って欲しいんだが……」

 班長は、立ち去ろうとするヴィクトルとルコアに声をかける。

「えー、国の依頼なんて嫌ですよぅ」

 ルコアは露骨に嫌な顔をする。

「話だけでも聞いてくれないか?」

 班長は頭を下げる。

「話……聞くだけですよ」

 ヴィクトルも嫌そうに言った。

 

 班長はやじ馬が居なくなったのを確認すると、小声で話し始める。

「実は国王陛下の護衛をお願いしたい」

「陛下の護衛? そんなのあなた達の仕事ですよね?」

 ヴィクトルはいぶかしげに返した。

「それが……、テロリスト側にどうも奇怪な魔法を使う魔導士がいて、我々では守り切れない懸念があり……」

「奇怪な魔法?」

「重力魔法と火魔法を混ぜたような物という報告がありまして……」

 ヴィクトルは背筋が凍った。重力魔法と火魔法を混ぜるというのは前世時代、賢者の塔で研究していたテーマの一つだった。上手く混ぜることで殺傷力を高められることは分かったが、危険なため封印していた成果だった。もし、それが使われているとなると、それは賢者の塔の関係者が加担しているということであり、自分の責任でもあった。

 ヴィクトルは青ざめた。弟子のうちの誰かがやっている……。一体誰がやっているのか……。

「護衛なんてやりませんよ! ね、主さま?」

 ルコアがムっとした様子で言った。

 ヴィクトルは腕組みをしてしばらく考える……。

 弟子はみんな正義感もある、しっかりとした者ばかりだった。一体誰が……。

 しかし、いくら考えても分からない。

 そして、大きく息をつくと言った。

「日程は?」

「四日後にサガイの街への移動があり、これに同行いただきたい」

 班長は真剣な目をして言う。

「え? まさか、主さまやるんですか?」

 ルコアは目を丸くする。

 ヴィクトルは大きく息をつくと言った。

「ルコア、悪いが付き合ってくれるか?」

「え――――! でも……、主さまがやるなら……付き合いますよ、そりゃぁ……」

 口をとがらせるルコア。

「悪いね、ありがと!」

 ヴィクトルはルコアの背中をポンポンと叩く。

「受けますので、条件などはマスターと詰めてください」

 ヴィクトルはそう言うと足早にギルドを後にした。



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3-8. 月旅行の気分

 部屋に戻ると、ヴィクトルは怖い顔をしてゴロンとベッドに横たわった。

「主さま、どうかしたんですか?」

 ルコアが心配そうに聞いてくる。

 ヴィクトルは言おうかどうか迷ったが、巻き込む以上正直に話そうと思った。

「襲ってくるのは弟子かも知れん……。この手で捕まえ、理由を聞かねばならん……」

 ヴィクトルは重い調子で言った。

「え? 大賢者の弟子……ですか?」

「そうだ。そんな事をやる奴が居たとは思えないんだけど……」

 ヴィクトルは目をつぶり、ため息をついた。

「主さまは傲慢(ごうまん)すぎですよ」

「えっ? 傲慢?」

「どんなに大賢者でも、他人の心の中まで支配できると考えるのは傲慢すぎです」

 ルコアは優しい顔でヴィクトルの頬をそっとなでた。

「いや、しかし、国王を殺そうとするなんて異常だよ」

「主様……。正義は人の数だけあるわ……。百人いたら百通りの正義があるの。貧困層や政敵など、国王殺すことが正義な人なんていくらでもいるわ」

 ヴィクトルは考え込んでしまった。自分は弟子たちの気持ちもしっかり理解していると思っていたが……それは幻想だったのかもしれない……。

「そんな怖い顔、主さまに似合わないわ」

 ルコアはそう言って、ヴィクトルにのしかかるようにハグをする。

「うわぁぁ 何するんだ!」

 ヴィクトルはルコアの豊満な胸に抱かれて焦る。

「こうすると落ち着くでしょ? 頭で考えずに心で感じると正解は見えるわ」

 そう言ってルコアは優しく頭をなでた。

 ルコアなりの思いやりなのだろう。ヴィクトルは観念して深呼吸を繰り返し、ただ、柔らかく温かな体温を感じる。

 例えテロリストが誰であれ、見つけ出して叩くことは変わらない。ヴィクトルは考える事を止めた。

 そして、ルコアの柔らかく温かい匂いに癒されながら、薄らいでいく意識に身をゆだねる……。

 

         ◇

 

 バシッ!

 いつものことで、またかと思いながらヴィクトルは目覚める。

 二人とも寝てしまっていたのだ。

 あくびをしながら窓際まで歩き、街の様子を眺める……。

 日が傾き、窓の外では黄色がかった光に長い影が街に伸びている。

 通りの向こうには白く上弦の月が昇ってきていた。

 

 ヴィクトルはボーっと月を眺める。

「綺麗だなぁ……」

 しかし、この世界が作りものだとしたら、この月も作り物だ……。

「月ねぇ……」

 ヴィクトルは月をじっと見ながら考えこむ。月に行ったら何があるのだろうか……?

 行ってみたらこの世界が作り物な証拠があったりするだろうか? 宇宙へ行くなど今まで無理だと思っていたが、レベル千相当の魔法が使えるのだ。宇宙くらい行けるだろう。

 しかし……今まで宇宙へ行った人などいない。どうやったら安全に行けるだろうか……。

 ヴィクトルはしばらく宇宙旅行について思案をめぐらした。

 

        ◇

 

「よしっ!」

 ヴィクトルは意を決すると、ベッドに戻り、

「ルコアー、寝すぎると良くないぞー」

 と、幸せそうに寝息を立てるルコアをゆらした。

「うーん、もう少し……」

 ルコアは向こう側へ寝返りを打つ。

「なんだよ、服着てても寝られるじゃないか」

 ヴィクトルが文句を言うと、

「あー、寝苦しい! 服はダメだわー」

 と、言いながらむっくりと起き上がり、大きく伸びをするルコア。

 ヴィクトルは呆れながらベッドに座って言った。

「ねぇ、ルコア、月に行った事ある?」

「へ!?」

 寝ぼけ眼で聞き返すルコア。

「月だよ、月。空に浮かんでる奴さ」

「行ったことなんてないですよ! あんなところ行けるんですか!?」

「見えるんだから……、行けるんじゃないの?」

 ルコアは腕組みして首をゆらす。

「行って何するんですか?」

「レヴィア様が『この世界は作られた世界だ』って言うんだったら、一旦この星を抜け出すと何か証拠を見つけられるんじゃないかと思って」

 ルコアは大きくあくびをして、

「主さまが行くならお供しますけど……、見るからにつまらなそうなところですよね、月って」

 そう言って、眠そうな目でヴィクトルを見た。

「いやいや、何か面白い物あるかも知れないよ。ひとっ飛び行ってみよう!」

 ヴィクトルはうれしそうに言った。

 



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3-9. 宇宙でランデブー

 二人は宿の上空で準備をする。

 ルコアはヴィクトルの背中におぶさり、ヴィクトルは二人の周りに卵型のシールドを何枚もかけ、さらに、水中でも息が苦しくない魔法を自分たちにかけた。

 

「これで準備OK! じゃあ、宇宙へ行くよ!」

 ヴィクトルはワクワクしながら言う。

「本当に大丈夫ですか? 寒かったり暑かったりしないんですか?」

 ルコアは不安げだった。

「それは行ってみないと何とも……」

「大賢者様たのみますよぉ……」

「いやいや、宇宙行った人なんて誰もいなんだから仕方ないよ」

「ふふっ、二人で世界初のランデブーですね」

「ラ、ランデブーって……。行くよ!」

 ヴィクトルは頬を赤らめながら飛行魔法に魔力を注入し、軽やかに宇宙へ向かって旅立った。

 

 夕暮れの日差しにオレンジ色に輝く石造りの街が、どんどんと小さくなっていく。やがて城壁に囲まれた王都全体が視野に入り、それも小さくなる。

「すごい、すごーい!」

 ルコアは楽しそうにヴィクトルをギュッと抱きしめた。

「おとなしくしててよ!」

「いいじゃないこれくらい……。ふぅ――――」

 ルコアはヴィクトルの耳に温かい息を吐いた。

「もう! 降ろすよ!」

「ハーイ、おとなしくしまーす」

 ルコアは棒読みのような返事をする。

「もぅ……」

 

 そう言ってる間にもどんどんと高度は上がり、雲を突き抜ける。

 眼下には王都を囲む山々が見え……、それも小さくなっていく。

 

「さて、そろそろ全力で行くぞ! つかまっててよ!」

「はーい」

 ルコアはうれしそうにギュッとヴィクトルを抱きしめた。

 

 ぬおぉぉぉ……!

 ヴィクトルは魔力を全力で投入する。

 二人は凄い加速度を受け、一気に音速を超える。

 

 ドン!

「きゃあっ!」

 ルコアが顔を伏せる。

「大丈夫だよ、どんどん行くよ!」

 二人は夕陽に照らされる中、どんどんと高度をあげた。

 シールドはビリビリと音をたて、先端は空気を圧縮し、赤く輝きだす。

 

 眼下には山々と、入り組んだ海岸線。地図でしか見たことのなかった国土の全貌が子細に見渡せる。

「こんな形してたんですねぇ……」

 ルコアが感慨深げに言う。

「暗黒の森はまだまだもっと西だね。もっと高度を上げるよ」

 

 さらにしばらく上がっていくと、シールドが静かになった。もう外は空気が無いらしい。そして、青かった空はいつの間にか真っ黒となり、宇宙へと入ってきた事が分かる。

「うちの星、丸いですねぇ……」

 ルコアがつぶやく。

 西の方には大陸が広がっており、地平線は丸く湾曲し、太陽が沈みかけている。東の方はずっと海が広がっていて、すでに真っ暗、夜になっていた。国土は長細い島のようになっていて、西側の大陸と東側の海の間に浮いている。王都の辺りはちょうど昼と夜の境目だった。

「昼と夜はこうやって作られてるんだね……」

 ヴィクトルは昼と夜の境界線を感慨深げに眺めながら言った。

「私、こんなの初めて見ました……。すごい……幻想的……」

 ルコアは青く美しい星に描かれる光と闇の境界線に見とれていた。

 

「さて……、月だけど……、これ、どうかなぁ……?」

 ヴィクトルは上空はるか彼方にある上弦の月を見ながら言った。

「全然近づいてませんねぇ……。むしろ小さくなってませんか?」

 ルコアは嫌なことを言う。

「小さく見えるのは錯覚だと思うけど……、全然近づいてる感じはしないよね」

「これ、何日もかかるんじゃないですか?」

「うーん、そうかもしれない……」

 ヴィクトルは困惑する。

「おトイレは……どうするんですか?」

 ルコアが心細げに聞いてくる。

「え? もうしたいの?」

「まだ……我慢……できるかも……」

 モジモジしながら言った。

 ヴィクトルは大きく息をつくと、

「月は相当に遠い事が分かった。この星も丸いし、国の形も良く分かった」

 そう言って魔力をゆるめる。

「良かった……」

 ルコアはホッとしたように、ふぅとため息をついた。

 



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3-10. 開く地獄の釜

 二人はしばらく、夜に浸食されていく自分たちの長細い島をじっと眺めていた。

 やがて太陽は大陸のかなた、円弧となった地平線の向こうに真紅の輝きを放ちながら沈んでいく。

「綺麗ね……」

 ルコアが耳元でつぶやきながらヴィクトルの手を取った。

「あぁ、こんなに赤い太陽は初めて見たよ」

 ヴィクトルはそう言いながらルコアの手を両手で包んだ。

 すっかり冷えてきたシールド内では、お互いの体温がうれしかった。

 

 太陽が沈むと一気に満天の星々が輝きだす。ひときわまばゆく輝く宵の明星に、全天を貫いて流れる天の川。それは今まで見てきた星空より圧倒的に美しく、幻想的に二人を囲んだ。

 

 下の方ではところどころに街の明かりがポツポツと浮かび、街のにぎやかさが伝わってくるようだった。真っ暗になった大地に浮かぶ街の灯りはまるで灯台のように、道しるべとなってくれる。

 しばらく二人はその幻想的な風景を静かに眺める。自分たちが何気なく日々暮らしていた細長い島。そこに訪れた夜に浮かび上がる、人々の営みの(ともしび)。それは尊い命の灯であり、人類という種が大地に奏でる光のハーモニーだった。

 ヴィクトルは生まれて初めて一望できた、大地に生きる数多(あまた)の人たちの活動に、しばらく言葉を失っていた。

 例えこれが作り物の世界だったとしても、この美しさには変わらぬ価値がある。ヴィクトルは、思わず熱いものがこみ上げた。

 

「あっ、あれ何かしら?」

 ルコアが指さす先を見ると、暗い森の中に何やら赤く輝く小さな点が見える。

「場所的には暗黒の森の辺りだね……。あの辺は人はいないはずだけどなぁ。何が光ってるのだろう……」

 ヴィクトルはそっと涙をぬぐうと、降りて行きながら明かりの方へと近づいていった。

 徐々に大きくなって様子が見え始める。

「あっ、あれ、地獄の釜だわ!」

 ルコアが驚いて言う。

「地獄の釜?」

「魔物を大量に生み出す次元の切れ目よ! きっとたくさんの魔物があそこで湧き出しているわ!」

「えっ!? それはヤバいじゃないか!」

 焦るヴィクトル。

「誰がそんなこと……」

 眉をひそめるルコア。

「妲己だ……」

 ヴィクトルは『手下を準備する』と言っていた妲己の言葉を思い出し、思わず額に手を当て、ため息をついた。

「地獄の釜を開いたとしたら……十万匹規模のスタンピードになりますよ?」

 ルコアは不安げに言う。

「この位置だと襲うとしたらユーベ……。マズいな……」

 ヴィクトルは去年まで自分が住んでいた街が滅ぼされるのを想像し、ゾッとした。

「よしっ! 殲滅してやる!」

 ヴィクトルは大きく息を吸うと、下腹部に魔力をグッと込めた。そして両手を前に出し、巨大な真紅の魔法陣を描き始める。

 満天の星々をバックに鮮やかな赤い魔法陣が展開されていったが……途中でヴィクトルは手を下ろしてしまった。

 そして、うつむき、何かを考えこむ。

「主さま……? どうしたんです?」

 不安そうにルコアが聞く。

「これ、妲己との開戦になっちゃうよね……」

「きっと応戦されますね。でも、主さまなら余裕では?」

「いや、レヴィア様は『妲己だけじゃない』って言ってたから、うかつに攻撃はヤバいかも……」

「うーん……」

 宇宙空間に浮かぶ二人は目をつぶり、考えこむ……。

 

「攻撃はいったん中止! その代わり、こうだ!」

 ヴィクトルは書きかけの魔法陣を消し、今度は巨大な青い魔法陣を描いた。そして、パンパンになるまで魔力を込める。魔法陣はビリビリと震えながら青いスパークをバリバリと放った。

「主さま……、これ、ヤバいですよ……」

 ルコアは不気味に鋭く輝く巨大な魔法陣を見て、青い顔をする。

「ふふっ、ヤバいくらいじゃないといざという時に役に立たないよ」

 ヴィクトルはニヤッと笑った。

 

 



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3-11. 兄弟の再会

 ヴィクトルたちはそのままユーベの街へと降りていった。

 宵闇にほのかに明かりの灯る街は王都に比べたらこぢんまりとしているが、それでも温かい灯りが一年ぶりのヴィクトルの帰郷を歓迎しているようにも見えた。

 シールドを解き、二人はヴィクトルの実家であるヴュスト家の屋敷にそっと近づいた。 木造三階建ての屋敷は派手さはないがガッシリとして年季を感じさせる。

 ヴィクトルは次男のルイーズの部屋を探し、窓を叩いた……。

 ルイーズはいぶかしげにカーテンを開き、ヴィクトルが手を振っているのを見て驚いて窓を開けた。

「ヴィ、ヴィクトルじゃないか!」

 ルイーズは今にも泣きだしそうな顔で言う。

「兄さん久しぶり。今ちょっといいかな?」

「もちろん! 入って、入って」

 ルイーズはそう言って、迎え入れると、

「ヴィクトル――――!」

 そう言ってギュッと抱きしめた。

 ヴィクトルも久しぶりのルイーズの匂いにホッとして、背中をポンポンと叩く。

「もう会えないかと思ったよぉ……」

 ルイーズはそう言って鼻をすすった。

 

      ◇

 

 落ち着くと、ルイーズは小さなテーブルの椅子をすすめる。

 

「追放を止められなくてごめん……。僕が知ったのは全て終わった後だったんだ……」

 ルイーズは深々と頭を下げる。

「いいよいいよ、兄さんが止められるような話じゃない。父さんとハンツにはそれなりの(つぐな)いはしてもらうつもりだけど」

 ヴィクトルは淡々と言った。

「ありがとう……。それで……こちらの美しい方は?」

 ルイーズは、ヴィクトルの後ろに立っているルコアをチラッと見る。

「お兄様、私は契りを交わした伴侶でございます」

 ルコアはうれしそうに言い、ヴィクトルはふき出した。

「へっ!? 結婚したの!?」

「ちょ、ちょっと! そう言う語弊のある言い方止めて! ただの仲間だよ仲間!」

「あら、つれないですぅ……」

 ルコアはそう言って、後ろからヴィクトルを両手で包んだ。

「ちょっと離れて!」

 ヴィクトルはルコアに飛行魔法を使って浮かせると、ベッドの方へ飛ばした。

「きゃぁ! もう、冷たいんだから……」

 ベッドで数回バウンドしながらルコアは文句を言う。

 ルイーズはヴィクトルの巧妙な魔法さばきに驚く。飛行魔法で物を操るのは相当高度なことであり、限られた者しかできないのだ。

「えっ! その魔法……どうしたの?」

 ヴィクトルは少し考え、意を決すると言った。

「兄さんにだけ言うけど……、実は僕『大賢者』なんだ」

「えっ!? 大賢者!?」

 ルイーズは目を丸くした。賢者でもかなり稀な職である。大賢者といえば百年に一度現れるかどうかという極めて稀な職なのだ。

「変な小細工したのは失敗だったよ……」

「な、なぜ隠したりしたんだい?」

「僕は目立たずにひっそりとスローライフをしたかったんだよね……」

「スローライフ……? 大賢者として王都で華々しく活躍した方が良さそうなのに……」

「そういうのはもういいんだ……」

 ヴィクトルは肩をすくめ首を振った。

「……、大賢者の考えることは……、僕には良く分からないや」

 ルイーズは少し困ったような笑顔を見せた。

「まぁ、隠したら捨てられるとは思わなかったけどね」

 ヴィクトルはため息をついた。

「追放撤回を父さんに頼んでみるよ」

「いや、そんなのどうでもいいんだ。それより、スタンピードがやってくるよ」

「ス、スタンピード!?」

 雷に打たれたように目を大きく開くルイーズ。

「十万匹の魔物が暗黒の森に集結してる。そのうち津波のように押し寄せてくるよ」

「ま、街は壊滅……じゃないか……」

「いや、それは大丈夫。僕が全部吹っ飛ばす」

 ヴィクトルはニヤッと笑った。

「吹っ飛ばすって……、幾ら大賢者でも……十万匹でしょ?」

 すると、ルコアはiPhoneを出して、動画を再生するとルイーズに見せた。

「主さまはね、こういうことできるのよ」

 iPhoneにはサイクロプスを吹き飛ばした時の絶対爆炎(ファイヤーエクスプロージョン)集中砲火の様子が流れている。

「えっ!? 撮ってたの?」

 ヴィクトルが驚いていると、ルイーズは、絶句して固まってしまった。

 ヴィクトルによって巨大な魔法陣が次々と展開され、見たことも無いような爆発が大地を焦がすその映像は、もはや人間のレベルをはるかに超えている。神話に出てきた魔王とかそういう伝説の存在クラスであり、ルイーズはただ、呆然(ぼうぜん)として動画が繰り返されるiPhoneに見入っていた。

 



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3-12. 僕らのクーデター

「これ……、世界征服でもなんでもできちゃう……レベルだよね……」

 ルイーズは気圧されながらつぶやいた。

「あー、やる気になったらできるだろうね。でも、やらないよ、スローライフを目指してるんだから」

 ヴィクトルはニコッと笑う。

「スローライフ……」

 ルイーズはそう言うと両手で顔を覆った。

「どこか景色が綺麗な田舎で、畑を耕してのんびり暮らしたいんだ」

「主さま、いいですね! 二人でそれやりましょう!」

 ルコアもノリノリだった。

 ルイーズはしばらく考えると、

「ヴュスト家にその力を少し貸して……くれないか?」

「え? 魔物なら倒すよ?」

「それはありがたいんだけど、それだけでなく、土木工事とか開墾とかに協力して欲しいんだ」

「何かあったの?」

 ルイーズはふぅと大きく息をつくと、ゆっくりと語り始めた。

「税収が落ちていて、ヴュスト家はもう借金まみれなんだ。でも父さんはぜいたくな暮らしをやめないし、ハンツ兄さんも領地の事は全く考えてないんだよね……」

「しょうがない連中だな……」

 ヴィクトルは渋い顔をする。

「力を貸してくれないか?」

「そんなの一回破綻した方がいいんじゃない?」

 ヴィクトルは冷たく言い放った。自分を追放した父たちなど到底支援する気にはならない。

「破綻したら、母さんや使用人も、親戚たちも全員路頭に迷っちゃう。それは避けたいんだ……」

 ルイーズは手を合わせて言う。

 ヴィクトルは口を一文字に結び、ジト目でルイーズを見つめた。

 部屋には嫌な静けさが広がる……。

 ヴィクトルは目をつぶって腕を組み、しばらく思案していたが、ひざをポンと叩いて言った。

「じゃあ、こうしよう! 兄さん、あなたが次期当主になってよ。そしたら協力する」

「じ、次期当主!?」

「そう! 父さんとハンツを追い落とす。クーデターだよ」

 ヴィクトルは悪い顔をしてニヤッと笑った。

「そ、それは……」

 ルイーズは青い顔をする。

「一週間以内にスタンピードが来る。その際に僕がユーベを守り、父さんとハンツを追い落とし、次期当主を兄さんにすえる。それまでに協力者を水面下で集めてて、いいね?」

「そ、そんなにうまくいくかなぁ……」

 ビビってしまうルイーズ。

「やるかやらないか、今決めて」

 ヴィクトルは鋭い目でルイーズをまっすぐに見た。

 ルイーズは目をつぶり、腕組みをしてうつむいた。

 まだ十二歳のルイーズにとって、当主をやるのはさすがに荷が重い。だが、現行の体制に不満を持っている人は多いはずだ。彼らの支持をしっかりと得られればできない事はないはずだった。特に世界征服すら可能な、ヴィクトルの圧倒的な大賢者の力を借りれるのだから、何があってもひっくり返せるだろう。

「分かった! 準備するよ!」

 ルイーズは立ち上がると、しっかりとした目で右手を差し出した。

 ヴィクトルはニコッと笑うとガッシリと握手をした。

 自分を追放した馬鹿どもにお灸をすえて、街も発展させる。実にいいプランだとヴィクトルはうれしくなった。

 そして、ヴィクトルはちょっと考えると、ルコアに言った。

「ゴメン、もう一枚ウロコ、貰えないかな?」

「え――――! あれ、痛いんですよ?」

 ルコアはジト目で不満を(あら)わにする。

「頼むよ、後で返すからさ」

 ヴィクトルは手を合わせて言う。

「後で返されても困るんですけど?」

 ルコアはしばらくヴィクトルをにらんだ。

 ヴィクトルは拝み続ける……。

「……。分かりました。じゃあ、二人ともあっち向いててください」

 ふくらんでいたルコアは根負けする。

 そして、二人の視線を避けると、

 ツゥ……

 と、痛そうな声を出す。

 同時に、強烈な魔力の波動が屋敷全体を貫いた。

「えっ!?」

 ルイーズは悪寒を感じ、青ざめる。

 ルコアは立派な暗黒龍のウロコを一枚ヴィクトルの前に差し出すと、

「大切に使ってくださいよ!」

 と、ジト目でヴィクトルを見た。

「サンキュー! 恩に着るよ!」

 そう言ってヴィクトルはルコアにハグをする。

 ルコアはプニプニのヴィクトルの頬に頬ずりをすると、

「ふふふ、主さまからハグされるっていうのもいいものですね」

 と、嬉しそうに笑う。

 何があったのか分からず、おびえぎみのルイーズに、ヴィクトルはウロコを渡して言った。

「これは暗黒龍のウロコだ。仲間を募る時に、『自分には暗黒龍の加護があるから安心して言う事を聞け』と言って、証拠としてこれを見せるんだ」

「えっ!? 暗黒龍って、伝説の暗黒の森の王者……だよね? 彼女と暗黒龍はどういう関係? ウロコは本物?」

 慌てるルイーズ。

「よく見てごらん、この精緻な模様、立ち昇る魔力、誰が見ても本物だろ?」

「確かに……、凄い迫力だ……」

 ルイーズはウロコに見入って感心する。

「暗黒龍の加護は実際、間違いないんだ。彼女は暗黒龍の使徒と考えてもらえばいい。スタンピードの時も暗黒龍は飛んでくる。自信をもって使って」

「わ、分かった……。ありがとう!」

 ルイーズは吹っ切れたようににこやかに笑うと、ヴィクトルとルコアに礼を言った。

 すると、廊下を誰かがドタドタと駆けてくる。さっきの魔力の波動が騒ぎを起こしてしまったらしい。

「それじゃまた!」

 ヴィクトルはそう言うと、ルコアと一緒に窓から静かに飛び出していった。

 



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3-13. 圧倒的な指先

 二人はユーベの街を飛ぶ。窓から漏れる明かりがほのかに街の情景を彩っていた。王都に比べるとこぢんまりとし、活気もそれほどではないが、それでもこの地方最大の街である。歓楽街にはそれなりに人が集まり、にぎわいを見せている。

「夕飯はどうしよう? 何食べたい?」

 ヴィクトルはゆっくりと夜の風を受けながら飛び、ルコアに聞いた。

「何って、私は肉しか食べないわよ?」

 ルコアは笑いながら答える。

「そりゃ、そうだな。その辺で軽く食べて今日はゆっくり寝よう。ちょっと疲れちゃった」

 ヴィクトルは疲弊した笑みを浮かべ、静かに路地裏へと降下して行った。

 

        ◇

 

 それから数日、ギルドの依頼をこなしながら過ごし、いよいよ国王警護の日がやってきた。

 

「ふぁーあ、朝早くからつまんない仕事、面倒くさいです……」

 朝露に濡れる石畳の緩い上り坂を、二人で歩きながらルコアがぼやく。

「前世の後始末につき合わせちゃって悪いね」

 ヴィクトルは申し訳なさそうに言った。

「あ、全然! 主さまのお役に立てるだけで嬉しいですよ!」

 あわててフォローするルコア。

「ありがと」

 ヴィクトルはルコアのやさしさに心から感謝した。

 

 仕立てあがったばかりの、青地に白襟の綺麗なローブをまとったヴィクトルは、前世を思い出しながら懐かしい道を歩く。

 

 王宮前ではすでに騎士団の人たちが警護の準備に追われていた。

「あー、ヴィッキーさん! 悪いですね。今日はよろしくお願いします」

 班長が正装をしてヴィクトルに走り寄ってくる。

「いえいえ、僕らはどこで何をすればいいですか?」

「では、まず団長に挨拶をお願いします」

 二人は班長につれられて、団長のところへと案内された。

 団長は騎士たちの中で陣頭指揮に当たっている。

 

「団長! ギルドからの助っ人です!」

 班長は敬礼をしながら団長に言葉をかけた。

 白地に金の刺繍の入ったきらびやかなシャツに、勲章のずらりと並んだ濃紺のジャケット。団長はヴィクトル達を見ると怪訝そうな顔をする……。

 そして、馬鹿にしたように言った。

「なんだ、女子供なんて役に立つのか?」

 ルコアはムッとして、

「頼まれたから来たんです! 要らないなら帰りますよ!」

 と、噛みついた。

 班長は焦って、

「団長! 彼らは極めて戦闘力が高く、頼もしい助っ人であります!」

 と、冷や汗をかきながらフォローする。

「頼もしい? こんなのが?」

 鼻で嗤う団長。

「役立たず程吠えるのよね」

 負けじとニヤッと笑って挑発するルコア。

 しばしにらみ合う二人……。

「役立たずだと……、侮辱罪だ! ひっとらえろ!」

 団長は近くの騎士たちに指示をする。

「うわぁ! ダメですって!」

 班長は青くなって止めようとするが、五人の騎士がルコアとヴィクトルを取り囲む。そして、剣をスラリと抜き、突きつけた。

 ヴィクトルは思わず天を仰ぎ、ルコアはうれしそうに微笑んだ。

 

「冒険者ごときが騎士団を侮辱するなど、あってはならん事だ!」

 団長がそう吠えた直後、バン! と衝撃音が走り、五人は吹き飛ばされた。

「ぐはぁ!」「ぐぉっ!」「ギャァ!」

 周りの人は何が起こったのか全く分からなかった。素手の女の子と子供が動くこともなく五人を吹き飛ばしたのだ。

 

 そのただ事でない事態に、団長は素早く剣を抜いて身構える。

 目を光らせニヤリと笑うルコア。

 団長は大きく何度か息をつくと、素早い身のこなしでルコアに向けて突進し、目にも止まらぬ速さで斬撃を放った。

 

 ガッ!

 

 衝撃音を放ち、剣は途中で止まる。なんと、剣はヴィクトルが指先でつまんで止めていたのだ。そして、もう一方の手で止めていたのはルコアのしっぽだった。

 ルコアはワンピースの下から長い尻尾をニョキっと出し、剣を弾こうとしていたのだ。

 

「はい、ストップ!」

 ヴィクトルはにこやかに微笑みながら団長に言った。

 団長は仰天した。小さな子供に自慢の斬撃を止められる、それは想像もしなかった恐るべき事態だった。

 団長にとってこんなのは認められない。急いで剣を取り返そうとするが、剣はビクともしない。どんなに力を込めても、小さな子供がつまんだ剣が石に刺さったかのように微動だにしない。団長は信じられない事態に焦る。

「今日の目的は陛下の護衛です。こんな所で小競り合いしている場合ではないですよね?」

 ヴィクトルは淡々と諭すように言う。

 団長は再度全身の力を込めて剣を取り戻そうとするが……、諦め、ついには手を離した。

 

「くっ! 分かった」

 団長の額には冷や汗が流れている。

 自慢の斬撃は指先で止められ、剣を取り返すこともできない。団長はあまりにも惨めな事態に、この恐るべき子供に対する評価を全く間違えていたことを、認めざるを得なくなった。少なくともこの子供に勝てる者は騎士団にはいない……。

 

 団長は大きく息をつくと、ヴィクトルをまっすぐに見つめ、

「バカにしてすまなかった」

 と、頭を下げた。

「では、今日はよろしくお願いします」

 ヴィクトルはニコッと笑う。

 強さでも器の大きさでも完敗した団長は、自らの未熟さを恥じ、

「ご協力に感謝します」

 と、うやうやしく胸に手を当てて答えた。

 



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3-14. テロリストの凶行

 班長に連れられ、二人は馬車へと移動していく。

 

「主さまにはしっぽ攻撃、見切られてましたねぇ」

 ルコアが口をとがらせて言う。

「いやいや、見せてもらってたからね。初見だとあれは厳しいよ」

「さすがです~」

 ちょっと悔しいルコア。

「しっぽだけ出せるんだね」

「うふふ、どこから出てるか見ます?」

 ルコアはワンピースのすそを少し持ち上げて、いたずらっ子の顔をする。

「な、何言ってるんだ! 見ないよ!」

 ヴィクトルは真っ赤になった。

「うふふ、見たくなったら言ってくださいね」

 ルコアはうれしそうに笑う。

 ヴィクトルは何も言えず、ただ首を振るばかりだった。

 

      ◇

 

 二人は隊列の最後尾、幌馬車の硬い木製の座席に乗せられて、一行は出発した。

 馬車はがたがたと揺れ、乗り心地は極めて悪い。

「主さま、これ、酷くないですか?」

 ルコアは不満顔だ。警備計画を作った奴がギルドを軽視している表れでもあり、文句を言いたくなるのは仕方ないだろう。ただ、ヴィクトルとしては最後尾は不意打ちを食らいにくい位置であって都合が良かった。

「飛行魔法をね、軽くかけてごらん」

 ヴィクトルはニコッと笑って言う。

 軽く浮いて、後は手すりを持っていれば振動は気にならないのだ。

「さすが主さま!」

 ルコアはうれしそうにふわりと浮いた。

「襲ってくるとしたらテノ山だ。しばらくはゆっくりしてていいよ」

 ヴィクトルは大きくあくびする。

 

       ◇

 

 騎馬四頭を先頭に警備の馬車、国王の馬車、警備の馬車、ヴィクトルの乗った幌馬車という車列が、パッカパッカという音を立てながら川沿いを淡々と進んでいく。

 青空が広がり、流れる白い雲をチラッと見てルコアがぼやいた。

「こんないい天気の日は、のんびりと山の上で日向ぼっこが一番なのに……」

「ゴメンな。もうすぐテノ山だ。そろそろ準備して」

 ヴィクトルは警備につき合わせたことを申し訳なさそうに言った。

「大丈夫です。悪い奴捕まえましょう!」

 ルコアはニッコリと笑い、ヴィクトルはうなずいた。

 

 その直後、ヴィクトルの索敵魔法に反応があった。

「いよいよ来なすった! ルコア、行くぞ!」

 ヴィクトルはそう言って立ち上がる。

「え? どこ行くんです?」

 同乗していた班長が慌てる。

「敵襲です。戦闘態勢に入ってください」

 そう言い残すと、ヴィクトルは馬車から飛び出し、ルコアが続いた。

 

 ズン!

 激しい地鳴りが響き、見上げると車列の前方上空に紫色の巨大魔法陣が展開されている。重力魔法だった。

 

 ヒヒーン! ヒヒーン!

 転倒した馬の悲痛な声が辺りに響く。

 騎馬の騎士と警備の馬車が重力魔法に囚われて動けなくなる。騎士は転がって這いつくばったまま重力に押しつぶされていた。

 と、そこに真紅の魔法陣がさらに重ね書きされ、炎の嵐が一帯を覆った。

 

「ぐわぁぁ!」「助けてくれぇ!」

 騎士たちは炎に巻かれてしまう。

 

 後続の警備の馬車から騎士と魔導士が出てきて対抗しようとしたが、山のあちこちから弓矢が一斉に放たれ、彼らを次々と襲った。

 

「ルコアは弓兵をお願い。僕は魔導士を叩く!」

 ヴィクトルはそう言って、索敵の魔法を巧みに使って魔導士を探す。

 しかし、敵は相当な手練れだった。高度な隠ぺいでバレないように隠れている。こんな事ができる魔導士は賢者の塔でも数えるほどしかいない。ヴィクトルは気が重くなったが今は一刻を争う。

 

「隠れても無駄だぞ!」

 ヴィクトルはそう言うと、緑色の魔法陣をババババッと無数展開し、

風刃(ウィンドカッター)!」

 と、叫び、風魔法を山の中腹一帯に手当たり次第に乱射した。風魔法を受けた木々は次々と枝を落とし、丸裸になり、果たして、一人の黒装束の男がシールドで身を守っているのが(あら)わになった。

 男はキッとヴィクトルを見上げると、

氷弾(アイスニードル)!」

 と、叫び、無数の氷の刃をヴィクトルに向けて放つ。

 ヴィクトルはすかさず、

炎壁(ファイヤーウォール)!」

 と、叫んで巨大な豪炎の壁を作り出し、男へ向かって放った。

 炎の壁は氷の刃を溶かしながら男に襲いかかり、男は()()うの体で逃げ出す。

「逃がさないよ!」

 ヴィクトルはホーリーバインドの魔法で光の鎖を放ち、男に巻き付け、捕縛した。

 車列を襲っていた魔法陣が消えたところを見ると、はやりこの男が襲っていた魔導士だったようだ。

 ヴィクトルは男の脇に降り立ち、大きく息をつくと、顔を覆っていた黒い布をはぎ取った。

 

 



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3-15. 見破られる大賢者

 男と目が合う……。それは見覚えのある顔だった。

「ミヒェル……、ミヒェルじゃないか……」

 ヴィクトルは呆然自失として男を見つめた。その男は賢者の塔第三室室長であり、前世時代寝食を共にした仲間だった。

 ミヒェルは血走った眼をしてヴィクトルをにらみ、喚いた。

「小僧……何者だ……。なぜ俺を知っている!」

「お前はこの国をもっとよくしたいと言ってたじゃないか! なぜテロなんかに手を染めたんだ?」

 ヴィクトルは叫んだ。

「何言ってるんだ。この国を(けが)しているのはあの国王だ。国王を倒し、ドゥーム教を中心とした世界を作る。」

「ドゥーム教? 新興宗教か?」

「そうだ! ドゥーム教が王侯貴族が支配するこの不平等な国をぶち壊し、新しい世界を作るのだ。何しろ我々には妲己様もついておられる。小僧! いい気になってるのも今のうちだ!」

「妲己だって!?」

 ヴィクトルは青くなった。ヴィクトルの召喚してしまった妖魔が弟子と組んで王都を危機に陥れている。それは予想だにしない展開だった。

 

「そう、伝説の存在さ。例えアマンドゥスが存命でも妲己様には勝てない。我々の勝利は揺るがんのだ!」

「いや、アマンドゥスなら勝てるぞ……」

 ヴィクトルはムッとして言った。

「ふん! 小僧には分かるまい。アマンドゥスなんて大した奴じゃなかった。ただの偉そうなだけの老いぼれジジイだったぞ」

 愕然(がくぜん)とするヴィクトル。

「お、お前……、そう思ってたのか……」

 かつての弟子が自分をそんな風に思っていたとは全くの想定外だった。理想的な師弟関係を築けていたと思っていたのは、自分だけだったのかもしれない……。ヴィクトルはクラクラとめまいがして額を手で押さえ、大きく息をつく。

「まぁいい、捕まえて全て吐かせてやる!」

 ヴィクトルは光の鎖をガシッとつかむ。ところがミヒェルは急に体中のあちこちが膨らみ始めた。その異形にヴィクトルは唖然(あぜん)とする。

「アッアッアッ! な、なぜ! ぐぁぁぁ!」

 ミヒェルは断末魔の叫びを上げ、大爆発を起こした。

 

 ズーン!

 激しい衝撃波が辺りの木々をすべてなぎ倒し、一帯は爆煙に覆われる。

 ヴィクトルも思いっきり巻き込まれ、吹き飛ばされたが、とっさにシールドを張り、大事には至らなかった。しかし、部下の裏切りと爆殺、妲己を使う怪しい存在、全てがヴィクトルの心を(さいな)み、しばらく呆然自失としていた。

 

「主さま――――! 大丈夫ですか!? こっちは終わりましたよ?」

 ルコアが、ぼんやりと空中に浮くヴィクトルのところへとやってくる。

「あ、ありがとう」

 見ると騎士たちは治療と後片付けに入っていた。

 

 主力の魔導士を叩いた以上、もう脅威は無いだろう。

 ヴィクトルは陣頭指揮している団長のところへと降りていき、声をかけた。

「敵は掃討しました」

「あ、ありがとう。あなたがたは本当にすごい……。助かりました」

 団長は感嘆しながらそう言うと、頭を下げた

 ヴィクトルはドゥーム教信者による襲撃だったこと、連行する途中に爆殺されてしまったことを淡々と説明した。

「ドゥーム……。やはり……。ちょっとついてきてもらえますか?」

 そう言うと、団長は国王の馬車に行って、ドアを叩き、中の人と何かを話す……。

「陛下がお話されたいそうです。入ってもらえますか?」

 団長は手のひらでヴィクトルに車内を指した。

 

 恐る恐る中に入るヴィクトル。豪奢な内装の車内では、記憶より少し老けた国王が座っていた。六年ぶりの再開だった。

「少年、お主が余を守ってくれたのだな。礼を言うぞ」

 国王はニコッと笑って言った。

「もったいなきお言葉、ありがとうございます」

 ヴィクトルはひざまずいて答えた。

「そのローブ、見覚えがあるぞ」

 国王はニヤッと笑う。

「えっ!?」

「そのお方はな、魔法を撃つ直前にクイッと左肩を上げるのだ。久しぶりに見たぞ」

 ヴィクトルは苦笑いしてうつむいた。まさか感づかれるとは思わなかったのだ。

「あれから何年になるか……」

 国王は目をつぶり、しばし物思いにふける……。

 そして、国王はヴィクトルの手を取って言った。

「また……。余のそばで働いてはもらえないだろうか?」

 まっすぐな瞳で見つめられ、ヴィクトルは焦る。しかし、今回の人生のテーマはスローライフである。ここは曲げられない。

 ヴィクトルは大きく息をつくと、

「僕はただの少年です。陛下のおそばで働くなど恐れ多いです。ただ、陛下をお守りしたい気持ちは変わりません。必要があればギルドへご用命ください」

 そう言って頭を下げた。

「そうか……。そなたにはそなたの人生がある……な」

 国王は寂しそうにヴィクトルに言った。そして、

「褒美を取らそう。何が良いか?」

 と、続けた。

 ヴィクトルは少し考えると、

「辺境の街ユーベに若き当主が誕生します。彼を支持していただきたく……」

 そう言って頭を下げた。

「はっはっは! お主『ただの少年』と言う割に凄いことを言うのう。さすがじゃ。分かった、ユーベだな。覚えておこう」

 こうして警護の仕事は無事終わったが、ヴィクトルの胸中は穏やかではなかった。

 



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3-16. 魔物の津波

 翌日、ギルドに行くと、ロビーでジャックたちと談笑してたギルドマスターがうれしそうに声をかけてきた。

「ヘイ! ヴィッキー! 噂をすれば何とやらだ。大活躍だったそうじゃないか!」

「ギルドの迷惑にならないように頑張りました」

 ヴィクトルは苦笑しながら返す。

「いやいや、さすが、頼もしいなぁ!」

 マスターはヴィクトルの背中をパンパンと叩いた。

「主さまは素晴らしいのです!」

 ルコアも得意げである。

「あー……。それで……だな……」

 急にマスターが深刻そうな顔をしてヴィクトルを見た。

「何かありました?」

 ただ事ではない雰囲気に、ヴィクトルは聞いた。

「実は暗黒の森が今、大変なことになっててだな……」

「スタンピードですか?」

 ヴィクトルは淡々と言う。

「へっ!? なんで知ってるの!?」

 目を丸くするマスター。

「奴らが襲ってきたら殲滅してやろうと思ってるんです」

 ヴィクトルはこぶしをギュッとにぎって見せた。

「いやいや、いくらヴィッキーでも殲滅は……。十万匹もいるんだよ?」

 眉をひそめるマスター。

「十万匹くらい行けるよね?」

 ヴィクトルは横で話を聞いていたジャックに振る。

「ヴィ、ヴィッキーさんなら十万匹でも百万匹でも瞬殺かと思います……」

 ジャックは緊張した声で返す。

「へっ!? そこまでなの?」

 絶句するマスター。

「主さまに任せておけば万事解決なのです!」

 ルコアは鼻高々に言った。

 

「百万匹でも瞬殺できる……、それって、王都も殲滅できるって……こと?」

 圧倒されながらマスターはジャックに聞いた。

「ヴィッキーさんなら余裕ですよ」

 ジャックは肩をすくめ首を振る。あの恐ろしい大爆発をあっさりと出し、まだまだ余裕を見せていたヴィクトルの底知れない強さに、ジャックは半ば投げやりになって言った。

 

 マスターは、可愛い金髪の男の子、ヴィクトルをまじまじと見ながら困惑して聞いた。

「君は……、もしかして、魔王?」

 ヴィクトルはあわてて両手を振りながら答える。

「な、何言ってるんですか? 僕は人間! ちょっと魔法が得意なだけのただの子供ですよ! ねっ、ルコア?」

「主さまは世界一強いのです! でも、残念ながら人間なのです」

 ルコアはそう言って肩をすくめた。

「残念ながらって何だよ!」

 ヴィクトルは抗議する。

 マスターは真剣な目でヴィクトルに聞いた。

「世界征服しようとか……?」

「しません! しません! 僕はスローライフを送りたいだけのただの子供ですって!」

 ヴィクトルは急いで首を振り、苦笑いを浮かべながら言った。

 マスターは腕組みをして眉をひそめ……、しばらく考えたのちに、

「人類の脅威となる軍事力がスローライフをご希望とは……世界は安泰だな」

 と言って、肩をすくめた。

 ヴィクトルは話題を変えようと、冷や汗をかきながら聞く。

「スタンピードはいつぐらいになりそうって言ってました?」

 マスターは宙を見つめながら答える。

「えーと……、早ければ明後日。王都からは遠征隊が計画されていて、もうすぐギルドにも正式な依頼が来るみたいだけど……」

「来なくても大丈夫ですよ。片づけておきますから」

 ヴィクトルはニコッと笑った。

 マスターはヴィクトルをじっと見て……、相好を崩すと、

「活躍を……、期待してるよ」

 そう言って右手を出し、ヴィクトルはガシッと握手をした。

 

      ◇

 

 二日後、ユーベに十万匹の魔物が津波のように押し寄せてきた。土ぼこりを巻き上げながら麦畑をふみ荒らし、魔物たちは一直線にユーベの街を目指してくる。

 

「うわぁぁぁ、もうダメだぁ!」

 この街を治める辺境伯、ヴィクトルの父でもあるエナンド・ヴュストは、押し寄せてくる魔物の群れを城壁の上から見て絶望した。無数の魔物たちの行進が巻き起こす、ものすごい地響きが腹の底に響いてくる。

 やがて先頭を切ってやってきたオークの一団が城門に体当たりを始めた。城門はギシギシときしみ、いつ破られてもおかしくない状態である。兵士たちが城門の上から石を落とし、魔導士がファイヤーボールを撃ったりしているが、圧倒的な数の暴力の前に陥落は時間の問題だった。

 



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3-17. 幼き領主

「お父様! 逃げましょう!」

 長男のハンツは半泣きになりながらエナンドに訴えるが、安全な逃走ルートなどもう無かった。数万の住民と共に魔物たちのエサになる予感に、エナンドはうつろな目で打ちのめされていた。

 

 絶望が一同を覆う中、誰かが叫んだ。

「ドラゴンだ!」

 

 エナンドが空を眺めると、漆黒の龍が大きな翼をゆったりとはばたかせながら近づいてくる。

「暗黒龍!? も、もう……終わりだ……」

 そう言ってエナンドはひざから崩れ落ちた。

 かつて王国を滅亡の淵まで追い込んだという、伝説に出てくる暗黒の森の王者、暗黒龍。その圧倒的な破壊力は、街を一瞬で灰燼(かいじん)に帰したと記録されている。

 

 暗黒龍は一旦上空を通過し、照りつける太陽を背景に巨大な影をエナンドたちに落とした。そして、旋回して再度エナンドたちに接近すると、

 

 ギョエェェェ!

 

 と、血も凍るような恐ろしい咆哮(ほうこう)を放った。

 大地に響き渡る暗黒龍の咆哮は、エナンドたちを震え上がらせ、皆動けなくなった。

 

 暗黒龍は厳ついウロコに覆われ、その鋭い大きな爪、ギョロリとした真っ青に輝く瞳、鋭く光る牙は圧倒的な存在感を放ち、エナンドたちを威圧した。

 

 次の瞬間、暗黒龍はパカッと巨大な恐ろしい口を開き、鮮烈に輝く灼熱のエネルギーを噴き出した。かつて街を焼き払ったと伝えられるファイヤーブレスだ。

 エナンドたちは万事休すと覚悟をしたが、焼かれたのはなんと城壁の前のオークたちだった。

「えっ!?」

 驚くエナンド。

 そして、暗黒龍をよく見ると背中に誰かが乗っている。それは青い服を着た少年のように見えた。

 暗黒龍は上空をクルリと一周すると、バサバサと巨大な翼をはばたかせながら城壁の上に着陸する。

 そしてみんなが呆然(ぼうぜん)とする中、降りてくる少年。

 

 とてつもない破壊力を持つ伝説の暗黒龍を幼い少年が使役している、それは信じがたい光景だった。

 すると、ルイーズが少年に駆け寄って抱き着いた。

「ヴィクトル――――!」

 

 少年とルイーズはにこやかに何かを話し、二人は軽く笑う。

 

 エナンドは一体どういうことか分からず、ただ、呆然(ぼうぜん)と二人を見ていた。

 少年はカツカツカツとエナンドに近づくと、無表情のまま、

「父さん、久しぶり」

 と、声をかけた。

 

「父さん……? ま、まさかお前は本当に……ヴィクトル?」

 うろたえるエナンド。

「よくも俺を捨ててくれたな」

 少年ヴィクトルは鋭い視線でエナンドを射抜いた。

「わ、悪かった! 許してくれぇ!」

 エナンドは必死に頭を下げる。

「許すわけないだろ」

 ヴィクトルはパチンと指をならした。

 すると、エナンドは淡い光に包まれ、ゆっくりと浮かび上がる。

「な、何をするんだ!」

 ぶざまに手足をワタワタと動かし、慌てるエナンド。

 ヴィクトルはニヤッと笑うと暗黒龍の方に指を動かす。するとエナンドは暗黒龍の真ん前まで行って宙に浮いたまま止まった。

「や、止めてくれ――――!」

 鋭い牙がのぞく恐ろしい巨大な口に、ギョロリとした巨大な瞳を間近にみて、エナンドは恐怖のあまりパニックに陥る。

 暗黒龍は、グルルルルルと腹に響く重低音でのどを鳴らした。

「ひぃ――――!」

 エナンドは顔を真っ赤にして喚いた。

 

「父さんに何するんだ!」

 兄のハンツが飛び出し、ヴィクトルに殴りかかってくる。

 ヴィクトルは無表情で指をパチンと鳴らした。

 直後、ハンツは吹き飛ばされ、石の壁に叩きつけられるとゴロゴロとぶざまに転がって動かなくなった。

 

 ヴィクトルは、自分を陥れた愚かな兄の間抜けな姿を見下ろしながら、ため息をついた。もう少しスカッとするかと思ったが、何の感慨もわいてこなかった。ただの哀れな愚か者など幾ら叩いても心は満たされないのだ。

 

 ヴィクトルはエナンドのそばまで行って声をかけた。

「父さん、選択肢を与えよう。このままドラゴンのエサになるか……、ヴュスト家を改革するかだ」

「か、改革って何するつもりだ?」

「ハンツは廃嫡して追放、父さんは全権限没収の上隠居、次期当主はルイーズにする」

「ル、ルイーズ!? あいつはまだ十二歳だぞ!」

「国王陛下にはもう話は通してある」

「へっ!? 陛下に?」

 唖然(あぜん)とするエナンド。

 

 すると、ルイーズが騎士団長と宰相を連れてやってきた。

 騎士団長は、

「エナンド様、私はルイーズ様を支持したいと思います」

 しっかりとした目でそう言った。

「私もルイーズさまを支持します」

 宰相も淡々と言った。

「お、お前ら! 今までどれだけよくしてやったと思ってんだ!」

 真っ赤になって怒るエナンドだったが、暗黒龍がギュァオ! と重低音を響かせると青い顔になって静かになった。

 

「これより、ヴュスト家当主はルイーズとなった!」

 ヴィクトルは、周りで不安そうに見ている兵士や騎士たちに向けてそう叫ぶ。

 すると、一瞬兵士たちは戸惑ったような表情を見せたが、誰かがオ――――! と叫んで腕を突き上げると、皆それに続いた。

 

 ウォ――――! ワァ――――!

 

 上がる歓声。そして騎士団長と宰相はそれぞれ胸に手を当ててルイーズにお辞儀をした。

「ルイーズ様万歳!」「ルイーズ様ぁ――――!」

 あちこちで歓声が上がり、ルイーズは手を上げて応えた。

 ユーベ存亡の危機の土壇場で見出した希望。騎士も兵士も熱狂的に新領主を歓迎する。

 

 ルイーズは彼らの期待の重さをずっしりと感じながら、それでも自分が街を良くしていくのだという理想に燃え、大きく深呼吸をすると再度高く腕を突き上げた。

 

 



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3-18. 天地を焦がす子供

 ルイーズは暗黒龍のウロコを出し、ヴィクトルに返す。

「これは凄い役に立ったよ。さすがヴィクトル」

「迫力が圧倒的だからね」

 ヴィクトルはニヤッと笑った。

 

 ギュアァ!

 暗黒龍がドヤ顔っぽいしぐさで重低音を発する。

「本当にありがとうございました」

 ルイーズは暗黒龍に深々と頭を下げた。

 暗黒龍はうれしそうにゆっくりとうなずく。

 

 ヴィクトルは満足げに微笑み、大きく息をついた。

 そして、胸に手を当て、ルイーズに向かってひざまずいた。

「さぁ領主様、ご命令を!」

 

 兵士も騎士も静かになり、みんなが二人をじっと見つめる……。

 ルイーズはそんな様子を見回すと、ちょっと緊張した声で命じる。

「ヴィクトルよ、魔物を一掃するのだ!」

 

「かしこまりました。領主様!」

 ヴィクトルはそう言って一歩下がり、顔をあげた。

 二人はじっと見つめ合い、そしてニコッと笑い合う。

 

 ヴィクトルはローブの袖をバッとはためかせながら振り返り、暗黒龍を見て言った。

「ルコア! 行くぞ! シールドは任せた!」

 ゆっくりとうなずく暗黒龍。

 

 ヴィクトルはニヤッと笑うとタンっと跳び上がり、そのままツーっと上空に飛んでいった。

 パタパタと風に揺れる青いローブをそっと押さえ、これから始まる激闘の予感にブルっと武者震いをするヴィクトル。

 

 ルコアも飛び上がり、天に向かって ギュウォォォォ! と叫ぶ。その恐ろしいまでの重低音の咆哮(ほうこう)は辺り一帯に恐怖を巻き起こし、襲いかかってくる魔物たちですら足を止める程だった。

 

 直後、オーロラのような金色の光のカーテンが天から降りてきて街の外周を覆った。

「うわぁ~!」「すごいぞ!」

 歓声が上がる。

 その光のシールドはキラキラと光の粒子をまき散らし、神々しき神の御業のように見えた。

 

 ヴィクトルは押し寄せる津波のような魔物たちを睥睨(へいげい)すると、フンッ! と全身に気合を込め魔力を絞り出した。ヴィクトルのMPは二十万を超え、魔術師千人分の規模を誇る。その圧倒的魔力が青いローブ姿の子供の全身を覆い、激しい輝きを放つ。

 ヴィクトルは両手を大きく広げると魔法の術式のイメージを固め、緑色の精緻で巨大な魔法陣をババババッっと数百個一気に展開した。

 見たこともない複雑で巨大な魔法陣が一気に多量に出現し、見ていた兵士たちはどよめく。

 

 ヴィクトルはさらに魔法陣に通常以上の魔力を注ぎ込み、オーバーチャージしていった。魔法陣たちはギュイィィ――――ンと響きはじめ、パリパリと細かいスパークをはじけさせる。あまりの魔力の集積に周囲の風景は歪み始め、一触即発の緊張感が漂った。

 

 さらにヴィクトルはその魔法陣群の手前に今度は真紅の魔法陣を同様に数百個展開させる。

 

 緑に輝く魔法陣群と真紅に輝く魔法陣群はお互い共鳴しながらグォングォンと低周波を周りに放った。

 

 巨大なエネルギーの塊と化した緑と赤の巨大な魔法陣群、それは見ている者にとっては頼もしいはずだったが、本能的に言いようのない恐怖を呼び起こす。

 

 ヴィクトルは最後に緑の魔法陣群の角度を微妙に調節すると、城壁の上の兵士たちを振り返り、

「総員、衝撃に備えよ!」

 と、叫んだ。兵士たちはこれから起こるであろう恐ろしい攻撃に怯え、みんな頭を抱えうずくまった。

 

 ヴィクトルは麦畑上に広がる十万匹の魔物たちを指さし、

 

爆裂竜巻(グレートトルネード)!」

 と、叫んだ。

 緑色の魔法陣は一斉にはじけ飛び、強烈な嵐を巻き起こし、一気に魔物たちを襲う。

 それは直径数キロはあろうかと言う巨大な竜巻となり、魔物たちを一気に掃除機のように吸い上げていった。

 大地を覆っていた十万匹もの魔物は、超巨大竜巻の暴威に逆らうことができず、あっという間に吸い集められ、宙を舞う魔物の塊と化した。

 

 それを確認したヴィクトルは、

絶対爆炎(ファイヤーエクスプロージョン)!」

 と、叫ぶ。

 真紅の魔法陣は一気にはじけ飛び、次々と激しいエネルギー弾が吹っ飛んで行った。

 直後、天と地は激烈な閃光に覆われ、麦畑は一斉に炎上、池も川も一瞬で蒸発していく。

 白い繭のような衝撃波が音速で広がり、小屋や樹木は木っ端みじんに吹き飛ばされ、金色のカーテンにぶつかるとズーン! という激しい衝撃音をたててカーテンがビリビリと揺れた。

 その後に巻き起こる灼熱のキノコ雲。それはダンジョンで見た時よりもはるかに大きく、成層圏を超えて灼熱のエネルギーを振りまいていった……。

 

 ルイーズたちも兵士たちも、そのけた外れの破壊力に圧倒され、見てはならないものを見てしまったかのように押し黙り、真っ青になった。そして、はるか高く巻き上がっていくキノコ雲をただ、呆然と見つめていた。

 あの可愛い金髪の子供が放ったエネルギーは、街どころかこの国全体を火の海にできる規模なのだ。今は味方だからいいが、これは深刻な人類の脅威になりかねないと誰もが感じ、冷や汗を流していた。

 



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3-19. 妲己襲来

 十万匹の魔物は消し飛んだはずである。しかし、ヴィクトルの表情は険しかった。

 ヴィクトルはMP回復ポーションをクッとあおり。キノコ雲の中の一点を凝視していた。

 

 ヴィクトルは何かを感じると、急いで金色のシールドの魔法陣をバババッと多重展開する。直後、キノコ雲の中から飛んできたまぶしく光輝く槍『煌槍(ロンギヌス)』がシールドをパンパンと貫き、軌道がずれてヴィクトルの脇をすり抜け、そのまま光のカーテンを貫くと城壁に直撃した。

 

 ズーン!

 城壁が大爆発を起こし、大穴が開く。

 渾身の多重シールドがあっさりと突破されたことに、ヴィクトルは冷や汗がジワリと湧いた。やはりレベル350オーバーはなめてはならない。伝説にうたわれた全てを貫く奇跡の槍、『煌槍(ロンギヌス)』は本当にあったのだ。

 

「ルコア! 妲己が来たぞ!」

 ヴィクトルが魔法陣を次々と展開しながら叫ぶ。

 

 ギュアァァァ!

 暗黒龍は咆哮をあげると、巨大な金色のシールドの魔法陣を次々と展開して妲己の猛攻に備えた。

 

 ルイーズは新たな敵の出現に驚愕する。

「だ、妲己だって!? 伝説の妖魔じゃないか! なぜそんな奴が……」

「に、逃げましょう」

 宰相はルイーズの手を取り、そう言ったが、ルイーズは首を振り、

「弟が我が街を守ってくれてるのです。見守ります!」

 そう言って、青いローブを風に揺らす小さな子供を見上げた。

 

 兵士たちも逃げることもなく、暗黒龍を従える人類最強の子供と、伝説の妖魔の戦いを固唾(かたず)を飲んで見守った。

 

風刃(ウィンドカッター)!!」

 ヴィクトルは、そう叫ぶとキノコ雲に向けて無数の風の刃を放った。ブーメランのような淡く緑色に光る風の刃は、まるで鳥の大群のように群れを成して紅蓮のキノコ雲へと突っ込んでいった。

 すると何かがキノコ雲の中から飛び出し、風の刃を次々と弾き飛ばしながら高速で迫ってくる。

 

 ヴィクトルは真紅の魔法陣をバババッと無数展開すると、

炎槍(フレイムランス)!!」

 と、叫んで一斉に鮮烈に輝く炎の槍を放った。

 激しい輝きを放ちながら、炎の槍の群れが一斉に敵に向かってすっ飛んでいく。

 しかし相手は金色の防御魔法陣を無数展開しながら構わずに突っ込んでくる。

 炎槍(フレイムランス)は魔法陣に当たり、次々と大爆発を起こすが、相手は速度を緩めることなく爆炎をぶち抜きながら一直線にヴィクトルを目指して飛んだ。

 そして、手元には閃光を放つエネルギーを抱え、目にも止まらぬ速さで射出する。

 ヴィクトルは慌てずに銀色の魔法陣を展開し、飛んできたエネルギー弾を反射し、逆に相手へ向かって放った。

 相手は急停止すると、手の甲であっさりとエネルギー弾を受け流す。

 エネルギー弾は地面に着弾し、大爆発を起こした。

 

 立ち昇るキノコ雲をバックに、相手はヴィクトルをじっと品定めするように眺め、

 

「小童! たった一年でよくもまぁ立派になりしや」

 と、嬉しそうに叫んだ。

 

 黄金の光をまとい、ゆっくりと宙を舞う黒髪の美しい女性、それはやはり、一年ぶりの妲己だった。赤模様のついた白いワンピースに羽衣は、会った時と変わらず上品で優雅な雰囲気を漂わせている。

 

「あなたに勝つために一年地獄を見てきましたからね。しっかりとお帰り頂きますよ」

 ヴィクトルはそう言って平静を装いながら、秘かに指先で何かを操作した。

「ふん! たった一年でなにができる!」

 そう言うと妲己は何やら虹色に輝く複雑な魔法陣を並べ始めた。それは今まで見たことのない面妖な魔法陣。ヴィクトルは顔を引きつらせながら必死に指先を動かす……。

 直後、妲己の髪飾りに空から青い光が当たる。それを確認したヴィクトルは叫んだ。

 

殲滅激光(エクスターミレーザー)!」

 

 激しい真っ青な激光が天空から降り注ぎ、妲己を直撃する――――。

 

 ズン!

 

 妲己が真っ青な閃光にかき消され、同時に激しい爆発が巻き起こり、吹き飛ばされた。

 地上二百キロに設置された魔法陣から放たれた青色高強度レーザーは、全てを焼き尽くす爆発的エネルギーを持って妲己の頭を直撃したのだ。伝説の妖魔といえども無事ではすむまい。

「よしっ!」

 ヴィクトルは確かな手ごたえを感じていた。

 

 爆煙が晴れていくと、地面にめり込んだ妲己がブスブスと煙をあげながら黒焦げになっている様子が見える。

 

「やったか……?」

 ヴィクトルは恐る恐る近づいて行く……。

 

 ボン!

 いきなり妲己が爆発し、爆煙が巻き上がる。

 直後、煙の中から巨大な白蛇が現れた。なんと、第二形態を持っていたのだ。

 

「よくもよくも!」

 白蛇は鎌首をもたげ、ギョロリとした真っ赤な瞳でヴィクトルを凝視すると、巨大な口をパカッと開け、ブシャー! と、紫色の液体を吹きかけた。

 ヴィクトルはあわててシールドで防御する。しかし、液体は霧状になり、ヴィクトルの視界を奪った。

 その間に白蛇は真紅の魔法陣を次々と展開していく。

 ヴィクトルは視界を奪われた中でその動きを察知した。チマチマとしたやりあいではらちが明かないと感じたヴィクトルは、イチかバチか間合いを詰める魔法『縮地』で瞬時に白蛇の目前まで跳んだ。

 目の前には真紅に輝くたくさんの魔法陣、そして真っ白な大蛇……。

 ヴィクトルはすかさず、巨大な銀色の反射魔法陣を展開した。

 同時に放たれる白蛇の究極爆炎(エクストリームファイヤー)……。

 果たして白蛇渾身の火魔法は、発射と同時に跳ね返され白蛇自身に着弾した。

 

 ぐわぁぁぁ!

 

 強烈な閃光、そして爆発のエネルギーが解放される中で、妲己は断末魔の叫びを上げながら自らの炎で焼かれていったのだった。

 

 ヴィクトルは焼かれて消えていく妲己の魔力を感じながら、この一年の辛かった地獄の修業を思い出し、しばらく感傷に浸った。ステータスは圧倒的にヴィクトルの方が上だったが、レベルは妲己の方が上であり、思ったより危なかった。さすが伝説の妖魔、甘く見てはならない。

 



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4-1. 堕ちた使徒、メイド

「主さま! さすがですぅ~!」

 ルコアが少女姿で飛んできてヴィクトルに抱き着いた。

「おわぁ! ちょ、ちょっと……」

 いきなり抱きつかれて焦るヴィクトル。

 でも、ルコアが街を守っていてくれたから全力で戦えたのだ。

 ヴィクトルはルコアを優しくハグし、

「ありがとう……」

 と、言って、甘く香る優しいルコアの匂いをゆっくりと吸い込んだ。

 

        ◇

 

 その時だった、いきなり風景が全てブロックノイズに覆われた。城壁も山も焦げた麦畑もすべて大小の四角の群れと化し、色を失い……、やがてその姿は全て壊れていき……、最後には全て何もない真っ白の世界になってしまったのだった。

 

「な、なんだ!?」

 ヴィクトルは唖然とする。ルコアは全身の力が抜け、まるで糸の切れた操り人形のようにぐったりと崩れていく。

 ヴィクトルは必死に支えようとするが、全く力が入らない。とっさに飛行魔法を使おうと思ったが魔力を全く引き出せなかった。

「えっ!?」

 支えきれずに、ルコアはゴロンと真っ白な床に転がった……。

 

「な、なんだこれは!?」

 ヴィクトルは周りを見渡すが……、そこは完全に真っ白な世界。何もなかった。真っ白な床に真っ白な空。距離感も狂う異常な空間だった。

 一生懸命魔力を絞り出そうとするが一向に引き出せる気配がない。

 急いでステータス画面を見ようとしたが、画面も開かない。全ての魔法、スキルが無効だった。

 ここでヴィクトルは気づく。レヴィアは『魔法は後付け』と、言っていた。であればここは魔法のない『オリジナルの世界』なのではないだろうか?

 

「坊ちゃま! 妲己壊されたら困るのよね」

 いきなり声をかけられ、ヴィクトルは驚いて振り返った。

 そこには去年、自分を陥れたメイドが立っていた。メイドはくすんだ灰色(アッシュ)の髪を長く伸ばし、胸元が大きく開いた漆黒のワンピースに身を包み、いやらしい笑みを浮かべている。

「お、お前は……?」

「改めましてこんにちは、私はヒルド、この星の元副管理人よ。まさかここまで強くなるとは……さすが大賢者だわ」

 ヒルドはニヤッと笑った。

 ヴィクトルは予想もしなかった展開に驚き、言葉を失った。レヴィアの言っていた心当たりとは、なんとあの偽証したメイドだったのだ。それも管理者(アドミニストレーター)権限を持ってる危険な存在……。ヴィクトルは全身の毛がゾワッと逆立ち、絶望が体中を支配していくのを感じていた。

「あら? もう忘れちゃった?」

 ヒルドはドヤ顔で見下ろしながら言う。

 一体いつから、何のために? ヴィクトルは必死に頭を働かせる。しかし、さっぱり分からない……。

 ヴィクトルは大きく深呼吸をすると叫んだ。

「僕を暗黒の森に追放させたのもお前の仕業か!」

「ふふっ、だって坊ちゃまは無職とか選んじゃうんだもの。せっかくの計画が台無しだったわ。エナンドとハンツが坊ちゃまを疎ましく思ってたので、利用させてもらって追放させたの。でもまさか……生き残ってこんなになっちゃうなんてねぇ……」

 ヒルドは感慨深げにヴィクトルを見た。

「ここはどこなんだ? 僕たちをどうするつもりだ?」

「ここは予備領域……、いろんなテストに使う空間よ。レヴィアに見つかると面倒だから来てもらったわ。坊ちゃまにはうちの広告塔になってもらうの。何といっても妲己を倒したアマンドゥスの生まれ変わり……、うってつけだわ」

 ヒルドはうれしそうに言う。

「広告塔? ドゥーム教か?」

 ヴィクトルはヒルドを鋭い目でにらんだ。

「そうよ。宗教がこの星を救うのよ」

 ヒルドはニヤッと笑う。

「救う……?」

「今、この星はね、文化も文明も停滞してるの。このままだと消されるわ」

「消される!? いったい誰に?」

「この宇宙を……統べる組織よ。彼らは活きの悪い星を間引くのよ……」

 ヒルドは肩をすくめる。

「それで宗教で活性化を狙うのか? でも、ドゥーム教にそんなことできるのか?」

「ドゥーム教はね、信じるだけで儲かるのよ」

「は!?」

「信者は毎月お布施を払うんだけど、その一部を紹介者はもらっていいの。たくさん開拓した人は大金持ちになるのよ」

 ヒルドは手を広げ、うれしそうに言った。

「それはマルチ商法じゃないか!」

「そう、信者を通じて大きく金が動くわ。新たな経済圏が広がるのよ」

「バカバカしい! マルチは国民の多くが信者になった時点で破綻する!」

「そうよ。そしたら次の宗教を立てるの」

 ヒルドはニヤッと笑った。

 



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4-2. 神々の戦闘

「狂ってる……」

 ヴィクトルはうんざりした表情を見せた。

「分かってないわね。人々を活性化させることが目的なんだから、なんだっていいのよ。自分にも大金持ちになれる道がある。そう思わせられれば成功なのよ」

「平民でも金持ちになれる夢を持たせるって……ことか?」

「そう。今、この世界に足りないのは夢よ。王侯貴族がふんぞり返って利権でガチガチに固め、庶民は一生貧困のまま。ドゥーム教はそんな社会を根底から変える力があるわ」

「それで国王を襲ったのか?」

「ミヒェルね。あいつバカなのよ。私は『待て』って言ったのに先走っちゃったのよね……」

 ヒルドは手のひらを上に向けひらひらと動かし、首を振った。

「貧富の差は確かに問題だ。でも、あなたの計画も社会を混乱に陥れ、多くの人が死ぬ。そんなことに協力はできない」

 ヴィクトルはまっすぐな目で言い切った。

「ははっ、あんたバカね。これはお願いじゃないの、命令よ。魔法も使えない六歳児に一体何ができるのかしら?」

 ヒルドはバカにした目でヴィクトルを見下ろす。

「僕が弱かろうが何だろうが協力などしない!」

 ヴィクトルは断固たる態度でヒルドをにらむ。

 ヒルドはそんなヴィクトルをしばらく面倒くさそうに眺め……、

「あらそう、じゃ、この娘をこのままスラム街に放り投げるわよ」

 そう言うと、弱って横たわっているルコアを指さした。

「へっ!?」

「この美しい肌が、女に飢えた男たちに次々と穢されるんだわ……。うふふ、ゾクゾクしちゃうわ……」

 ヒルドはそう言ってルコアのワンピースをグッとたくし上げ、白く美しい肌を(あら)わにする。

「や、止めろ! 彼女は関係ないだろ!」

 ヴィクトルは真っ青になってルコアのワンピースを押さえようとしたが、突き飛ばされてゴロゴロと転がった。

「お前は本来何の力もない子供……。自覚してもらわなきゃ困るわ」

 そう言うとヒルドは、鋭い爪の先でルコアの白く柔らかい太ももの内側をツーっと裂いた。真紅の鮮血がタラリと垂れてきて白い太ももを穢す。

「止めろ! 止めてくれ――――!」

 ヴィクトルは叫んだ。

「ふふっ、協力する気になった?」

 ヒルドはニヤッと笑う。

 ヴィクトルは目をつぶり、大きく息をつくと、

「レヴィア様がこんなのは許さないぞ」

 そう言ってヒルドをにらんだ。

「ふふん、あのロリババアなんかもう怖くないの」

 ヒルドがそう言った直後、

 

 ドン!

 衝撃波がヒルドを襲い、ヒルドは吹き飛ばされ、二、三回転してもんどり打った。

「ロリババアが何だって?」

 気がつくと、隣で金髪のおかっぱ娘が怒っていた。

「レ、レヴィア様!」

 ヴィクトルはその頼もしい登場に歓喜した。

「お主、でかしたぞ。ついに尻尾をつかめた」

 そう言うとレヴィアは、両手のひらをヒルドの方に向け、精神を集中させる。

 

 狼狽を隠せないヒルドは急いで立ち上がると、プロテクト! と叫ぶ。真っ青な氷山のような分厚い壁が床から吹き上がった。

 レヴィアは無表情のまま、

空間断裂(ディスロケーション)!」

 と叫び、手のひらを上下にずらす。

 

 直後、ズン! という音と共に空間が上下に断層のようにずれ、氷山ごとヒルドを上下にずらした。

 氷山は霧消し、頭から真っ二つにずらされたヒルドは、血を飛び散らせながら、身体の半身ずつバタバタッと崩れ落ちた。

 それはまさにホラーのようなおぞましい光景で、ヴィクトルは思わず目を背ける。

 

 それでもレヴィアは手を止めない。

「そいやー!」

 レヴィアは右足をパンと前に一歩踏み出す。すると、足元から黒い何かのラインが何本もシューッと床を()ってヒルドの血まみれの身体に迫った。

 血まみれの右半身は素早く飛び上がり、ラインを回避したが、左半身は反応が遅れ、ラインに捕まる。

 直後、左半身は四角い無数のブロックノイズに埋もれ、ぐぎゃぁぁぁ! という断末魔の叫びを上げ消えていった。

 



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4-3. 異次元の応酬

 右半身は血しぶきをまき散らしながら、起用にケンケンと一本足で飛びはねる。そして、驚異的な跳躍でレヴィアへと迫った。

 レヴィアは一度は外した黒いラインを両手で操作して呼び戻し、背後からヒルドの右半身にとりつかせた。

 同時にヒルドは右手をレヴィアに向けて、グガァ!と、叫ぶと、右手から青いビームをレヴィアに向けて発射する。

 

 バン!

 爆発音とともに二人の身体がそれぞれ青白い蛍光を放ち始めた。

 

 レヴィアは右手で目の前をさっと動かし、真っ黒い画面を四つ、ずらりと目の前に浮かべる。そして、目にも止まらぬ速さで両手で画面をタップし始めた。

 

 ヌォォォォォ――――!

 レヴィアが気合を入れ、タップ速度が上がり、金髪が猫のように逆立っていく。

 

 ぐるぎゅぁぁ!

 ヒルドの右半身は奇怪な音を発し、青いビームをさらにまばゆく輝かせた。

 

 やがて二人の周りにはバチバチと音を放ちながら、四角いブロックノイズが浮かび上がり始める。

 ヴィクトルは世界の管理者同士の常識の通じない戦闘に、なすすべなく呆然(ぼうぜん)と見つめるばかりだった。

 

「よぉ――――し!」

 レヴィアは叫ぶと勝利を確信した笑みを浮かべ、画面を右手でなぎはらった。

 

 ぐぎゃぁぁぁ――――!

 ヒルドは断末魔の叫びを上げながらブロックノイズの海へと沈んでいく。

 

 レヴィアは腕を組んで、大きく息をつくと、

「静かに眠れ」

 少し寂しそうに声をかけた。

 

 ブロックノイズが収まっていくと、最後に黒い丸い石がコロンと落ち、転がっていく……。

 怪訝(けげん)そうにそれを見つめるレヴィア……。

 

 直後、黒い石はどろんと溶けると、白い床をあっという間に漆黒に変え、広がっていく。

 

「ヤバいヤバい!」

 レヴィアはそう叫ぶと、ヴィクトルとルコアを抱えてピョンと飛んだ。

 

         ◇

 

 ヴィクトルが気がつくと、三人は焼け焦げた麦畑に立っていた。

「主さまぁ――――! うわぁぁん!」

 ルコアがヴィクトルに飛びついてきて涙をこぼした。

 ヴィクトルはポンポンとルコアの背中を叩く。

 ひどい目に遭わされそうになったルコアはオイオイと泣いた。

 ヴィクトルは甘く優しいルコアの香りに癒されながら、ゆっくりとルコアの背中をさすり、心から安堵をした。

 

 ふと見ると、レヴィアは小さな水槽みたいな直方体のガラスケースを手に持っている。

「これ、何ですか?」

 ルコアをハグしながらヴィクトルがのぞき込むと、中では黒いスライムのようなドロドロとしたものがウネウネと動いていた。

「これはさっきいた空間じゃな。奴を閉じ込め、コンパクトにしたんじゃ」

 レヴィアはニヤリと笑う。

「え? ではこのドロドロはヒルド?」

「そうじゃ、暴力で訴えてくる者には残念ながら消えてもらうしかない。さらばじゃ!」

 そう言うと、レヴィアは水槽に力を込めた。

 水槽の中に青白いスパークがバリバリっと走り、水槽はブロックノイズの中に消えていく。怪しげな宗教で社会の混乱を狙ったヒルドは、こうやって最期の時を迎えたのだった。

 ヒルドはヒルドなりに社会の活性化を目指したのかもしれないが、暴力を辞さない進め方が本当に人類のためになるのかヴィクトルには疑問だった。

 

「ヴィクトル――――!」

 ルイーズが駆けてやってきて、ヴィクトルに抱き着いた。

 ルコアとルイーズに抱き着かれ、足が浮いて思わず苦笑いのヴィクトル。六歳児は小さく軽いのだ。

「見てたよ! 凄かった! ありがとう!!」

 ルイーズは声を詰まらせながら言った。

「麦畑全滅させちゃった。ごめんね」

 ヴィクトルはルイーズの背中もポンポンと叩いて言った。

 レヴィアが横から言う。

「魔石が散らばっとるから、あれ使って復興に当てるとええじゃろ」

「あ、ありがとうございます……。あなたは?」

 ルイーズは金髪おかっぱの美少女を見ると、ポッとほほを赤くして言った。

「我か? 我は美少女戦士じゃ!」

 そう言って、得意げに謎のピースサインのポーズを決めた。

 ポカンとするルイーズとヴィクトル……。

 

「レヴィア様、そのネタ、この星の人には通じませんよ?」

 ルコアが突っ込む。

「あー、しまった。滑ってしもうた……」

 恥ずかしそうにしおれるレヴィア。

 ヴィクトルはコホン! と咳ばらいをすると、

「兄さん、彼女はこの星で一番偉いお方で、今回も彼女に危機を救ってもらったんだ」

 と、説明した。

「一番偉い? 王族の方?」

 キョトンとするルイーズ。

「王族よりも偉い……、この星を作られた方だよ」

 ヴィクトルがそう言うと、レヴィアは腕を組んで得意げにふんぞり返った。

「へっ!? か、神様……ですか?」

「神様……とまでは言えんのう。神の使い、天使だと思うとええじゃろ」

 レヴィアはニヤッと笑った。

「て、天使様。私はこの街の新領主、ルイーズです。なにとぞ我が街にご加護を……」

 ルイーズはレヴィアにひざまずいた。

「我はどこかの街に肩入れする事はできん。じゃが、相談には乗ってやるぞ」

 ニコッと笑うレヴィア。

「あ、ありがとうございます」

 ルイーズは深く頭を下げた。

 



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4-4. 火口の神殿

「領主様――――!」

 遠くで宰相がルイーズを呼んでいる。魔物の脅威は去ったが、麦畑は全滅、混乱からの出発となったルイーズにはやる事が山積みだった。

 

「落ち着いた頃にまた来るよ」

 ヴィクトルはそう言ってルイーズに右手を出した。

「ありがとう。その時には祝勝会でもやろう!」

 ルイーズはガッシリと握手をする。

「急用があったら王都のギルドの『子供』に言付けをたのんで」

「子供で通じるの?」

「ふふっ、ちょっと活躍しちゃったからね」

 ヴィクトルは自嘲気味に言った。

「目に浮かぶようだよ」

 ルイーズはうれしそうに笑う。

 そして、

「ではまた!」

 と、名残惜しげに駆けていった。

 

「祝勝会か、ええのう」

 レヴィアがポツリとつぶやく。

「三人でやりますか?」

 ヴィクトルはニコッと笑って言った。

「やっちゃう?」

 ニヤッと笑うレヴィア。

「やりましょう!」

 ルコアがノリノリで両手をあげた。

「じゃあ、我の神殿でエールでも飲むとするかのう!」

 レヴィアはうれしそうに空間を裂き、神殿へとつなげた。

 

        ◇

 

 神殿は総大理石造りの荘厳なものだった。広間の周りには幻獣をかたどった今にも動き出しそうな石像群が宙に並び、揺れる魔法の炎の間接照明で幻想的に演出されている。

 ヴィクトルは不死鳥(フェニックス)の石像に近づき、その不思議な石像を観察しながら触ってみた。すると目が動いてにらまれる。

「えっ!?」

 驚いていると、

「そいつは強いからあまり刺激せん方がいいぞ」

 そう言ってレヴィアはニヤッと笑った。

「生きているんですか!?」

「仮死状態でスタンバっておるんじゃ。何かあったら動き出すぞ。ちなみに、ルコアも千年前はここに並んでおったんじゃ」

「うふふ、懐かしいです」

 ルコアは目を細め、微笑んだ。

「えっ? ではこの不死鳥(フェニックス)も人になるんですか?」

「赤毛の女の娘じゃ、可愛いぞ。まぁ、まだ意識はないがな」

 ヴィクトルは常識の通じない世界の話に、どう理解していいか分からず眉をひそめた。

「主様こっちよ! いいもの見せてあげる!」

 ルコアがヴィクトルの手を取って神殿の出口に引っ張った。

「えっ? ちょ、ちょっと!」

 

 ヴィクトルが連れられるがままに神殿を出るとそこは洞窟となっており、さらに向こうにまぶしい出入口が見える。

 どうやら神殿はどこかの洞窟内に造られたものらしい。

 出入口まで行くと、なんとそこは断崖絶壁だった。見下ろすとオレンジ色の液体が光りながらぐつぐつと煮えたぎっており、蒸気が上がっている。熱線を浴びて顔が熱くなってきた。マグマだ……。

 ヴィクトルはどこかの活火山の火口にいることに気がつき、思わず背筋が凍った。

 足元の石が崩れ、パラパラと火口へと落ちて行く。

「綺麗でしょ?」

 ルコアはうれしそうに言うが、噴火したらとんでもない事になるのではないだろうか?

「いや、これ……、危ないよね?」

 ヴィクトルが眉をひそめながらそう言うと、

「レヴィア様は『誰も来ないから安全じゃ』って言ってましたよ?」

 と、不思議そうに返事をする。

 確かに火口の断崖絶壁の洞窟を目指そうとする物好きはいないだろう。しかし、そういう問題だろうか……?

 ヴィクトルは火口の形に大きく丸く切り抜かれた青空を見上げ、ため息をついた。

 

「おーい、始めるぞー!」

 奥からレヴィアの声が響く。

 

        ◇

 

 神殿の小部屋でレヴィアがジリジリとして二人を待っていた。

 テーブルの上には酒樽と料理が山のように用意されている。

「はよう座れ!」

 二人はレヴィアの向かいに座り、早速乾杯をする。

「二人とも、ご苦労じゃった。勝利を祝して、カンパーイ!」

 嬉しそうに酒樽を持ち上げるレヴィア。

 

「カンパーイ!」「カンパーイ!」

 ルコアは酒樽を、ヴィクトルはビン入りのサイダーをゴツゴツとぶつけ、勝利を喜んだ。

 



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4-5. 月面の宴会

「カ――――! 勝利の味は美味いのう!」

 酒樽をガン! と置くと、レヴィアは泡を付けたままうれしそうに笑う。

「妲己は思ったより強くて危なかったです」

 ヴィクトルは戦いを振り返りながら言った。

「お主の青い光、あれには驚かされたぞ」

 レヴィアは肉を(むさぼ)りながら言う。

「宇宙に行った時にですね、仕掛けをしておいたんです」

「二人で宇宙へ行ってきたんです! ランデブーですよっ!」

 ルコアがうれしそうに報告する。

「宇宙? どこまでいったんじゃ?」

「うーん、この国の島が見渡せるくらいでしょうか?」

「地上四百キロくらいじゃな。なんか面白い物は見えたか?」

「本当は月へ行こうと思ったんですが、全然届きませんでした……」

「はっはっは、月は三十八万キロじゃ。その千倍くらい遠いぞ」

 レヴィアは愉快そうに笑った。

「千倍! 主さま、行かなくてよかったですね!」

 ルコアが圧倒されながら言った。

「ちょっと無謀でしたね。行ったら何か分かると思ったんですが……」

 するとレヴィアは、腕を高く掲げてパチンと指を鳴らした。

 すると、窓の外に見えていた神殿の柱や洞窟の壁が無くなり、陽の光が射す岩だらけの景色となって、身体がすごく軽くなった。

「ほれ、何か分かるか?」

 ニヤッと笑うレヴィア。

 ヴィクトルは驚いて窓に近づくと辺りを見回す。見上げると、真っ黒な空高く、きれいな丸い星が浮かんでいるのを見つけた。真っ青で表面には白い雲の筋がなびいているのが見える……。

「ええっ!? もしかしてあれって……」

「そうじゃ、お主の住む星じゃ。我々は『地球』と、呼んどるが」

「では、ここは月……」

 ヴィクトルは岩のゴツゴツした荒れ地を見渡した。

「どうじゃ、何か分かったか?」

 レヴィアは軽くなった酒樽を軽々と持ち上げ、グッと飲んだ。

 

 ヴィクトルは目を閉じてゆっくりと大きく息をつき、淡々と言った。

「三十八万キロの距離を一瞬で移動できる……。この世界が作られた世界であることは良く分かりました」

 そして、ゴツゴツとした荒れ地の上にポッカリと浮かぶ青い星『地球』を眺める。

 真っ暗な何もない宇宙空間にいきなり存在するオアシスのような青い惑星。その澄みとおる青の上にかかる真っ白な雲は筋を描きつつ渦を巻き、ダイナミックに天気を作り出している。

「主さま、綺麗ですねぇ」

 いつの間にかルコアが隣に来て、一緒に空を見上げていた。

「大切な宝箱……だね……」

 ヴィクトルはため息交じりに言った。

 

       ◇

 

 ヴィクトルは席に戻ってグッとサイダーを飲むと聞いた。

「僕たちの星……『地球』はいつ誰によって作られたんですか?」

「えーと、どこまで話したかのう?」

 レヴィアは美味しそうに肉を引きちぎりながら答える。

「五十六億七千年前に初めてコンピューターができたと……」

「おー、そうそう。コンピューターを作ったワシらのご先祖様はだな、どんどん進化させ、ついに人工知能の開発に成功したんじゃ」

「人間みたいなことができる機械……ってことですよね?」

「そうじゃ。で、人工知能は最初に何やったと思う?」

「えっ? な、何でしょう……?」

「もっと賢い人工知能を開発したんじゃよ」

「へっ!? そんな事が出来たらどこまでも賢くなっちゃうじゃないですか!」

「ご明察。人工知能は長い時間をかけてどんどん賢く巨大になっていったんじゃ。それこそ最後には太陽全体を電源にして星全部がコンピューターになるくらいな」

「とてつもないスケールですね。すごく時間かかったんじゃないですか?」

「それがたった十万年位しかかかっとらんのじゃ」

 レヴィアはうれしそうに笑った。

「たった十万年って……」

 ヴィクトルはそう言いかけて、五十六億年前の話だったことを思い出す。十万年なんて誤差みたいな時間でしかないのだ。ヴィクトルはその圧倒的なタイムスケールに愕然(がくぜん)とした。

「十万年延々と自らの計算力を上げ続けてきた人工知能じゃったが、もう性能が上がらなくなってきたんじゃ。電源も太陽全体から取っていてもうこれ以上増やせんしな」

「やる事が無くなっちゃいましたね」

 

「そうじゃ。で、その惑星サイズの巨大コンピューター上で動く人工知能は次に何をやったか分かるか?」

「な、何でしょうね? それだけ膨大な計算力があったら何でも計算できますが……、一体何をやるんでしょうか……?」

「最初はいろんな数学の問題を解いたりしておったが……、まぁ、飽きるわな」

「うーん、まぁ、そうでしょうね……」

「それで星を作ったんじゃ」

 レヴィアはにんまりとうれしそうにそう言った。



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4-6. 神々の箱庭

「へ? 星……ですか?」

「自分たちの昔の星をコンピューター上に再現したんじゃな。そして、そこに木を生やし、鳥や魚や動物や虫を解き放ち、最後に自分を作った創造者である人間たちを置いたんじゃ」

「一体……何のために?」

「置いた人間は原始人。ほんのちょっとだけ猿に近い野蛮な野生の人間じゃった。そこから一体どんな文明・文化が育つかをじっと観察したんじゃ」

「えっ? それは何だか興味深いですね……」

「そうじゃろ? 興味深いじゃろ? ワシらの気持ちが分かるか?」

 レヴィアはニヤッと笑った。

 この瞬間、ヴィクトルの中に稲妻のような衝撃が走った。全てが一本の線に繋がったのだ。ヴィーナの感謝、ヒルドの焦り、不自然な魔物や魔法、全てがたった一つの目的の前に整然と並んでいることをヴィクトルは理解した。五十六億七千万年前から続くすさまじく甚大な計算の歴史……、そう、世界は紡ぎだされる文明・文化を愛でる神々の箱庭だったのだ。人間は光の中で神に生み出され、神に愛され、そして時には怒りや失望により滅ぼされる……、まさに神話の通りだったのだ。

 

 ヴィクトルは言葉を失い、椅子の背もたれに力なくもたれかかり……、ただ虚空をぼんやりと見つめた。

 そんな馬鹿なと一瞬思ったが、話のどこにも矛盾がない。宇宙が誕生してから138億年経っているのだ。手のひらサイズのiPhoneであれほどグリグリと魅力的な世界が創れるのなら、開発に十万年かけた本格的なコンピューターだったら自分たちの世界を作ることも造作もない事だろう。

 

「主さま大丈夫? エール飲みます?」

 ルコアが心配をして樽を差し出してくる。

 ヴィクトルはじっと樽の中で揺れる泡を見て……、

「大丈夫、ありがとう……」

 と、言って、大きく息をついた。

 

「僕らはペットですか?」

 ヴィクトルはレヴィアをやや非難をこめた目で見た。

「とんでもない。この星の主役は君たち人間じゃからな。君らが学校の学生だとしたらワシらは用務員さんじゃよ」

「でも、出来が悪い星は消すんですよね?」

 レヴィアは大きく息をつくと、

「……。上の判断で廃校になることはある。用務員にはどうしようもできん」

 そう言って静かに首を振ると樽を傾け、グッとエールを飲んだ。

「ヒルドが『この星が消されないために宗教をやる』って言ってました」

「確かに活性度が上がり、いい刺激にはなるじゃろうな。じゃが、管理者が主導したとバレた時点でアウトじゃ。用務員が学園祭のステージで活躍するのは重罪じゃ」

「ダメなんですか?」

「オリジナルな文明・文化を作ってもらうのが我らの仕事じゃ。関与してしまったらそれはわしらの知ってる世界の劣化コピーにしかならん。やる意味自体がなくなってしまうんじゃ」

 レヴィアは肩をすくめる。

 ヴィクトルは腕を組み考える。この世界の不思議なルールに納得しつつも釈然としない思いが残り、しかしそれはなかなか言語化できなかった。

 

 ルコアがふらりと立ち上がり向こうへ行く。

 ヴィクトルは気にも留めていなかったが、その後信じられないことが起こった。

 ルコアが手を青く光らせニヤッと笑ったのだった。

「ん?」

 ヴィクトルはルコアの意図をつかみかねる。

 直後、なんと、ルコアはいきなり手刀でレヴィアの心臓を背後から打ち抜いた。

 グハァ!

 大量の血を吐くレヴィア。

 返り血を浴び、血だらけとなったルコアの目は真紅に光り輝き、恐ろしげな笑みを浮かべ、さらに腕に力を込めると、鬼のような形相で叫んだ。

 ウォォォ!

 レヴィアは激しいブロックノイズに包まれ、

「ヒルドか! ぬかった! ぐぁぁぁ!」

 と、叫び、必死の形相でルコアを振り払おうとするが、上手くいかない。

 

 ヴィクトルはルコアを制止すべく魔法を発動しようとしたが……魔力が全然出てこない。

「くそっ!」

 飛び上がってテーブルを飛び越え、ルコアに飛びかかったヴィクトルだったが、あっさりと吹き飛ばされ、壁に叩きつけられ、転がる。

 

 ギャァァァ!

 レヴィアは断末魔の叫びを上げながら薄れていく……。

「あぁ! レヴィア様!」

 目の前で展開される惨劇にヴィクトルは真っ青になって必死に体を起こすが、ただの六歳児にされてしまったヴィクトルにはなすすべがない。

 

 そして、レヴィアはブロックノイズの中、すぅっと消えて行ってしまった……。

 



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4-7. 絶望の月面

「あぁ……」

 いきなり訪れた凄惨な殺戮劇にヴィクトルは言葉を無くし、おずおずと伸ばした手が宙で止まったまま行き場を失う。それはヴィクトルが積み上げてきたものすべてをひっくり返された、最悪な出来事だった。

 

 ハーッハッハッハ!

 月面の小部屋にはルコアの声でヒルドの高笑いが響いた。

 ヴィクトルは力なく、ヒルドに乗っ取られたルコアをただ呆然と見つめる。

 

「ロリババアめ、ようやく始末できたわ!」

 ルコアの身体でうれしそうに悪態をつくヒルド。とんでもない事になってしまった。ヴィクトルは思わず頭を抱える。

 一体なぜこんな事に……。

「結果的には大賢者、お前のおかげでうまくいったわ」

 ヒルドは悪魔のようないやらしい笑みを浮かべる。

 

「いつから……、いつからルコアの中にいたんですか?」

 完全なる敗北を喫したヴィクトルは、忌まわしそうな顔つきで聞いた。

「太ももからね、ナノマシンを仕込んどいたのよ。この娘の中でそれを増殖させていたってわけ。乗っ取って私のバックアップに繋げたのはついさっき。ロリババアも酔っぱらっててナイスタイミングだったわ」

 ヒルドは満面の笑みで言った。

「彼女は無関係です。身体を返してもらえませんか?」

 ヴィクトルは必死に頭を下げた。

 するとヒルドはワンピースのすそからしっぽを出し、

「ドラゴンの身体ってバカにしてたけど結構気に入っちゃったのよ。悪いけど返す気はないわ」

 そう言ってヴィクトルの頬を器用にツンツンとつつく。

「えっ? そんなぁ……」

 ヴィクトルがしっぽを押しのけ、顔を引きつらせていると、

「そんなことより自分の心配した方がいいと思うわ。ここは暗黒の森よりも絶望的よ」

 ニヤッと笑うヒルド。

「えっ!? 置き去りにするつもりですか?」

「だって、あなたロリババアと組んじゃったからね。近くには置けないわ」

 そう言うと指先でツーっと空中を裂き、どこかの街へとつなげた。

「じゃあね」

 ヒルドはヴィクトルを一(べつ)すると、空間の裂け目をくぐる。

「ま、待ってください! お願いします! 僕もつれてってください!」

 ヴィクトルはあわててヒルドのしっぽをつかんだ。

「うるさいわね!」

 ヒルドはヴィクトルの手を振り払うと、しっぽでバシッと殴り飛ばした。

 ぐわぁ!

 月面の軽い重力でゆっくりとバウンドしながら転がるヴィクトル。

「今度は戻れるかしら? ハーッハッハッハ!」

 高笑いを残して空間の裂け目は閉じられ、後には静寂だけが残った。

 

「そ、そんなぁ……」

 全てを失ったヴィクトルはただ呆然と宙を見つめる。

 ルコアを失い、魔力を失い、誰もいない月の上でただ一人、もはや死を待つより他ない状況に押しつぶされていた。

 

 窓の向こうにはぽっかりと浮かぶ青い地球。帰りたいが……、帰る方法がない。魔法も使えない六歳児が宇宙空間を渡って三十八万キロ、どう考えても不可能だった。

 

「ルコアぁ……」

 思わず彼女の名が口をつく。

 うっうっう……。

 とめどなく涙が湧いてきて床を濡らす。

 自分になど関わらなければ今でも暗黒の森で楽しく暮らしていただろうに、取り返しのつかないことをしてしまった。

「ルコア、ゴメンよぉ……」

 両手で顔を覆った。

 『主さまっ』そう言って微笑みかけてくれた彼女はもういない。ヴィクトルは初めてルコアが自分の中で大きな存在になっていたことに気づかされた。二人でスローライフを送りたいと言ってくれた健気な彼女、かけがえのない彼女は奪われてしまったのだ。

 うわぁぁぁん!

 ヴィクトルは大声で泣いた。泣いて無様な醜態をさらすことが自分への罰であるかのようにみじめに泣き喚いたのだった。

 

 部屋にはいつまでも悲痛な泣き声が響いた……。

 

        ◇

 

 泣き疲れ、ヴィクトルは真っ黒い宇宙空間に浮かぶ青い地球をボーっと見ていた。自転に合わせ、さっきとはまた違った表情を見せている。

 

「ルコアはどの辺りにいるのかな……」

 そう言ってまたポロリと涙をこぼした。

「ルコアぁ……」



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4-8. ウロコ、最後の希望

「なんじゃ、我の事は泣いてくれんのか?」

 どこかで蚊の鳴くような声がした。

「へっ!?」

 ヴィクトルは驚いて飛びあがった。

 しかし、狭い部屋の中にはテーブルがあるだけ……、レヴィアの姿などなかった。

「空耳……?」

 首をかしげているとまた声がする。

「ここじゃ、ここ」

 声の方を探すと、テーブルの上にミニトマトみたいなのが動いているのを見つけた。

 近づいて見たらそれは真っ赤な可愛いドラゴンの幼生だった。

 驚いてヴィクトルは、そのミニトマト大のドラゴンをそっと摘み上げた。

「やさしく! やさしくな!」

 手足をワタワタさせながらドラゴンがしゃべる。

「レヴィア様……ですよね? これはどうなってるんですか?」

「吐いた血を集めてなんとか身体を再生させたんじゃが……いかんせん量が少なすぎてこのサイズにしかなれんかったんじゃ」

「ご無事で何よりです!」

 ヴィクトルは希望が見えてきた気がしてにこやかに言った。

「それが……。無事じゃないんじゃ。このサイズじゃ管理者(アドミニストレーター)の力が使えんのじゃ……」

 レヴィアはしおしおとなる。

「えっ? それでは地球には……戻れない……?」

「お主、ひとっ飛び飛んでくれんか?」

「無理ですよ! 魔力を全部奪われてしまいました……」

「か――――! ヒルドめ! なんということを……」

 二人はうつむき、嫌な沈黙が続いた……。

 

「お主、何持っとる?」

「え? 大したものはないですよ?」

 ヴィクトルはアイテムバッグから道具やら武器やらを出して並べた。

「宇宙を渡れそうなものはないのう……」

「月は遠すぎますよ……」

 そう言いながら最後に暗黒龍のウロコを出した。

「ん!?」

 レヴィアが反応する。

「ウロコがどうかしたんですか?」

「これじゃ! ウロコには長年しみ込んだ魔力がある。お主、この魔力で宇宙を渡るんじゃ!」

「え? どうやるんですか?」

「しっかりしろ大賢者! 一番簡単なのはこれを砕いて飲むんじゃ。そうしたら魔力はチャージされる」

「ほ、本当ですか? やってみます!」

 ヴィクトルは急いで剣をにぎるとウロコを削ってみる。そして、その削りかすをペロリとなめた……。

 ギュウゥゥンとかすかな効果音が頭に響き、魔力が身体に湧き上がるのを感じる。

「おぉ! 行けそうです!」

 ヴィクトルはついに見つけた突破口に思わずガッツポーズを見せた。

 

       ◇

 

 風魔法を使って丁寧にウロコを粉々にしてソーダで流し込み、MPを満タンにさせると、ヴィクトルはレヴィアを肩に乗せていよいよ地球を目指す。

 

「急いで戻りましょう。ルコアが心配です」

 ヴィクトルは卵状のシールドを何枚か重ね、窓から飛び立った。

 まずはゴツゴツとした岩だらけの荒れ野である月面の上を飛び、飛行魔法が問題なく出せることを確認する。

「では地球に戻りますよ!」

 ヴィクトルは地球に向けて飛ぼうとした。

「ちょい待て! お主まさか地球めがけて飛ぼうとしとらんじゃろうな?」

「え? 地球に戻るんですよね?」

「か――――っ! しっかりしろ大賢者。月は地球の周りをまわっとるんじゃぞ」

「あ……、地球めがけて飛んだらずれて行っちゃいますね……」

 ヴィクトルは回転運動していると見かけ上の力がかかるのを思い出した。まっすぐ飛んでも回転の影響で横にそれて行ってしまうのだ。

「月の公転方向がこっちじゃから……、土星じゃ、あの土星方向に飛びだすんじゃ」

「えーっと、あれですね、分かりました! それじゃシュッパーツ!」

 ヴィクトルは魔力をグッと込め、一気に土星方向へ加速していった。

 月の重力は軽い、あっという間にグングンと加速していく。

 下を見ると真ん丸なクレーターが大小織り交ぜて月面を覆っているのが良く分かる。地上から見上げていた時はこんなクレーターなど全然見えなかっただけにその異様さに思わず息をのむ。月はクレーターだらけの星だったのだ。

 

 ヴィクトルはどんどんと加速した。一刻も早くヒルドからルコアを取り返さねばならない。二度目の人生で誓ったスローライフ、隣にはルコアにいて欲しい。彼女を失う訳にはいかないのだ。

 

 月面がどんどんと小さくなり、いつも見えているウサギが杵つきしている模様が分かるようになってきた。まぶしい太陽に美しい青い惑星、地球。そして目がなれると浮かび上がってくる満天の星々。

 これが作られた世界だとしても、模倣したオリジナルの世界もやはりこのような世界なのだろう。宇宙と世界の神秘にしばし心を奪われる。

 



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4-9. 生身の大気圏突入

 月がだいぶ小さくなってきた。そろそろ月の引力圏からは脱出しそうだ。しかし、地球はあまり大きくはなっていない。三十八万キロはやはり遠すぎる。

 

「地球に戻ったらまずはどうするんですか?」

 レヴィアに聞いた。

「まずは江ノ島に向かってくれ」

「江ノ島……ですか? どこにあるんですか?」

「あー、王都からずいぶんと東の島じゃ。我がナビするから心配するな」

「お願いします。江ノ島には何があるんですか?」

「あそこの第三岩屋に海王星への秘密ルートがあるんじゃ」

「海王星?」

 ヴィクトルは初めて聞く名前にとまどう。

「太陽系最果ての青い惑星じゃよ。そこに地球を作り出してるコンピューターがあるんじゃ。そこまで行けば我も元に戻れる」

「えっ! コンピューターも見られるんですか?」

「なんじゃお主、あんな物見たいのか? 単に機械がずらーっと並んでるだけのつまんない代物じゃぞ」

「いやだって、この世界の全てがその機械の中にあるんですよね?」

「うーん、それは半分当たっとるが、半分は違うんじゃな」

「え? どういうこと……ですか?」

 ヴィクトルは禅問答みたいな話に困惑する。

「人類はな、文明が発達しだしてからだいたい一万年でコンピューターを発明するんじゃ。そして、その後百年で人工知能を開発する。そしてその人工知能が発達してさらに五十万年後、また人類が活動する新たな星が出来上がるんじゃ」

「必ずそうなるんですか?」

「出来の悪い所は間引いてしまうから確実にそうなるか定かではないが、多くの場合そうなるな」

「えっ? それでは星の中に星が生まれるということが繰り返されるって……こと……ですか?」

 ヴィクトルは予想もしなかった展開に驚かされる。単純に最初の人工知能が作った星がたくさんあるわけでは無かったのだ。

「まぁ、そうなるのう」

「最初のコンピューターができたのが五十六億年前だとしたら……、もう一万世代くらいあるって事じゃないですか」

「さすが大賢者、まさにその通りなんじゃ」

 レヴィアはそう言って笑った。

 ヴィクトルはその圧倒的なスケールの構造に言葉を失った。自分たちを構成する世界が見えない所でそんなことになっていたとは、全く想像もしてなかったのだ。

 

        ◇

 

 やがて地球がどんどんと近づき、目の前に大きく広がってきた。大陸の形も砂漠や森の様子も、台風や前線の雲も手に取るようにわかる。実に美しい、雄大な景色にヴィクトルは見ほれる。

「さて、いよいよ大気圏突入じゃ。失敗すると燃え上がるか月へと逆戻りじゃ、慎重に行けよ」

「わ、分かりましたが……どうすれば?」

「地上から高度百キロにかすらせるように、地球の横を通過していくイメージで行け」

「百キロ? それはどの位ですか?」

「地球の直径が12,742キロじゃから127分の1くらい上空じゃ」

「へぇっ!? もうほとんど地上じゃないですか」

「それだけ大気の層が薄いって事じゃな。ギリギリを攻めるイメージじゃ」

「うわぁ……」

 何の観測機材もなく目視で大気圏突入、それはあまりにも無謀な挑戦だったがそれ以外地球に戻る方法はない。MPはもう十分減速できる程には残ってないのだ。ヴィクトルは冷や汗をタラリと流しながらも覚悟を決めた。

 

      ◇

 

 ヴィクトルはレヴィアと相談しながら慎重に方向を調整し、徐々に高度を落としていく。やがて太陽が真っ赤な光を放ちながら地球の影に隠れ、夜のエリアへと入った。眼下には真っ黒な海が広がり、上には満天の星々。ヴィクトルはものすごい速度で大気圏へと突入していく……。

 

 コォ――――……。

 かすかにシールドから音がし始めた。

「大気圏に入ったぞ、落ち過ぎないように注意じゃ!」

 耳元でレヴィアの緊張した声が響く。

 

 徐々に風切り音が強くなり、シールドの前方が赤く発光し始めた。

「ちょっと落ち過ぎじゃ、あと地球半周分飛んでから落ちないと江ノ島までたどり着けん」

「わ、わかりました」

 ヴィクトルは少し上向きに修正する。

「地球にまでくれば、我も少しずつ回復できるぞ!」

 レヴィアがうれしそうに言った。

 見ると確かにヒヨコ大に大きくなっている。

「力はまだ復活しないですか?」

「悪いがまだじゃ。今使ったら消滅してしまうわ」

 レヴィアは首を振った。

 



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4-10. ファイナルアプローチ

 微調整を続けながら飛ぶ事十分、真っ赤に輝くまぶしい太陽が顔を出した。昼のエリアに戻ってきたのだ。広がるのはどこまでも海、地球は本当に海の惑星なのだ。

 やがて陸地が見えてきた。雲間にジャングルのような鬱蒼とした森が続いている。

 

「さて、そろそろ本格的に降りるぞ」

「わかりました」

 ヴィクトルは進行方向を少し落としていった。

 強くなる風切り音とまばゆく発光するシールド。その熱線はシールドを何枚も重ねているのにジリジリとヴィクトルたちを(あぶ)った。

 

「アカン! このままじゃ蒸発してしまうぞ!」

 レヴィアが弱りながら言う。

 ヴィクトルは氷魔法を展開し熱線を遮ったが、激しい閃光はどんどんと悪化し、氷魔法では追いつかないほどの熱線が強烈にヴィクトルたちを襲う。

 直後、ボン! という破裂音がしてシールドが一枚吹き飛んだ。

 

「ヤバいヤバい! シールドを守らんと!」

 焦るレヴィア。

水壁(ウォーターウォール)!」

 ヴィクトルは、水魔法を展開し、前方に水の壁を出現させた。水の壁は超音速でぶち当たってくる激しい空気の圧縮にさらされ、瞬時に蒸発し、吹き飛ばされていくがその際に熱も奪ってくれるようで、熱線は少し和らいだ。

 しかし、水魔法を延々と使い続けないとならないのは、ヴィクトルには負担だった。

「MPがそろそろヤバそうです! あとどれくらいですか?」

「あと三分我慢しろ!」

 レヴィアは遠くに見えてきた暗黒の森をにらみながら言う。

「三分!? くぅ……」

 ヴィクトルは片目をつぶりながら両手を前に出し、熱線に耐えながら水の壁を張り続けた。

 直後、激しい閃光が地上から放たれる。

「敵襲! 急速回避!」

 レヴィアが叫んだ。

「へぇっ!?」

 ヴィクトルは仰天した。大気圏突入でいっぱいいっぱいなのに、敵襲なんて手に余る。

「これでどうだ!?」

 ヴィクトルは金色の魔法陣を前方に斜めに出し、方向を強引に変えた。

 ぐわぁぁ! ヒィィィ!

 いきなりの横Gで体勢が崩れかけ、そのすぐそばをエネルギー弾がかすめていった。

「あっぶない……」

 ヴィクトルが胸をなでおろしてると、

「何やっとる! 集中砲火されとるぞ!」

 と、レヴィアが叫んだ。

 見ると無数のエネルギー弾が群れになって押し寄せてくる。ヒルドの徹底した攻撃は恐るべきものだった。

「こんなの無理ですよぉ!」

 ヴィクトルは泣きそうになりながら叫んだ。

「くっ! 仕方ない!」

 レヴィアは何かをつぶやき、いきなり風景が変わった。

「えっ!?」

 驚くヴィクトル。どうやら場所を少し移動したようだった。だが、速度はそのまま、シールドは灼熱で輝き続けていた。

「我ができるのはここまでじゃ。早くあの島へ……」

 見るとレヴィアはまたミニトマトサイズに戻ってしまい、弱っていた。

「ありがとうございます! あの島ですね!」

 前方には、弓状に長く続く砂浜の向こうに小さな島がぽつんと浮かんでいた。

 ヴィクトルは覚悟を決め、一気に高度を落とす。

 激しくかかるGと、爆発的に閃光を放つシールド。まさに命がけのファイナルアプローチだった。

「ぐわぁぁ!」

 レヴィアが叫ぶが、構わず多量の水を浴びせながらまっすぐに江ノ島へと降下して行く。

 もたもたしていたら撃墜されるのだ。限界を攻める以外活路はなかった。

 ヴィクトルは険しい表情で水魔法を全力でかけ続ける。

 ズン! パン!

 次々破損し、飛び散るシールド……。

「シールド追加じゃぁ!」

 レヴィアが叫ぶ。

「無理です! 水魔法を中断できません!」

 ヴィクトルは冷や汗をかきながら、残り一枚となったシールドがきしむのをじっと見つめていた。

 

 真っ白な雲をぶち抜き、ブワッと視界に真っ青な海面が広がる。

 

 ドン!

 衝撃音がして発熱が収まっていく……。

「帰還成功……じゃ。地球へ……ようこそ……」

 レヴィアが疲れ果てた声で言った。音速以下へ速度は落ちたらしい。

 

 なんとか、最後の一枚でギリギリ耐えきったのだ。

「よしっ!」

 勢い余って海面を何回かバウンドしながら、ヴィクトルはガッツポーズを見せた。

 

       ◇

 

「ヒルドが来る、急げ!」

 レヴィアに急かされ、ヴィクトルは江ノ島の崖に開いた洞窟へと海面スレスレを高速で飛んだ。

 洞窟は海面ギリギリに口を開けており、ヴィクトルは波が引いたタイミングを見計らいながら一気に突っ込む。

 洞窟は入ると上の方へと続いており、しばらく上がると広間になっていた。

 ヴィクトルは広間に着地し、魔法で明かりをつけて見回していると……、

 

 ズン!

 いきなり巨大地震のような激しい衝撃に襲われた。上から石がパラパラと落ちてくる。爆撃を受けているようだ。

 

「急げ! そこの隅の床の石を持ち上げるんじゃ!」

 ヴィクトルは急いで、床石を吹き飛ばして転がした。

 すると現れる漆黒の穴。井戸のようでもあったが、底の見えない不気味な穴が姿を現した。

 直後、入り口付近が爆破され、爆風がヴィクトルたちを襲う。

 ぐはぁぁ!

 そして、吹き飛ばされるように穴へと落ち、ヴィクトルは意識を失った……。

 



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4-11. 魂の故郷

 ベシッ!

 

 頬を叩かれてヴィクトルは目を覚ました……、が、何も見えない。

 そこは真っ暗だったのだ。

「う?」

 ゆっくりと起き上がり、明かりの魔法をつける。

 そこは洞窟の中だった。冷たく湿ったゴツゴツとした岩の上に寝ていたらしく、身体の節々が痛い。

「起きたか大賢者! いくぞ!」

 見下ろすと、ヒヨコサイズの龍がピョコピョコ動いていた。

 ヴィクトルは両手でそっとレヴィアを抱き上げると、聞いた。

「ここが海王星ですか?」

「まだじゃ、気が早いのう。ここは地球のコアじゃよ」

「コア?」

「見てもらった方が早い。あっちじゃ」

 レヴィアは洞窟の先を指さした。

 

 岩が凸凹として歩きにくい洞窟内をしばらく進んでいくと、甘く華やかな香りが漂ってきた。それは疲れ切った心を癒してくれる優しい香りだった。

 さらに進むと、洞窟の先から明かりが差し込んでいるのが見えてくる。

 ようやくヴィクトルは、ここの事を知っていることに気がついた。それこそ生まれる前から良く知っている。しかし……、なぜ知ってるのか、ここが何なのかが分からない。あまりにも奇妙な話で冷や汗がじわっと湧いてくる。

 

「どうした? 大賢者」

 レヴィアはニヤッと笑って聞いた。

「僕……、ここ、知ってる気がするんですよ……」

 ヴィクトルは恐る恐る言った。

「当たり前じゃ、お主は生まれる前から、そして今この瞬間もずっとここにいるんじゃから」

 ドヤ顔のレヴィア。

「ずっとここに……?」

 何を言われているのか分からず、首をひねりながらヴィクトルは足を速めた。そして、明るい出口にまでたどり着く。ヴィクトルはバッとのぞき込んだが、そこはまぶしい光の洪水だった。

「うわっ!」

 

 思わず腕で目を覆ったが、徐々に目が慣れてくるとその全容が明らかになってくる。

 それを見てヴィクトルは驚いた。なんと眼下に(きら)めく巨大な花が咲いていたのだ。

 洞窟の先に開けていた巨大な体育館程の広間、そこには広間を埋め尽くすような大きな一輪の花があった。正確には、光る珠のついた塔が中央にめしべのように立っていて、周りに花びらのような光り輝く巨大なテント状のシートが展開された構造物である。無数の煌めきに覆われた花びらの輝きは荘厳で神秘的な美しさを放っていた。

 

「うわぁ……」

 ヴィクトルはその神聖な輝きに思わず見とれる。そして、その瞬間、それが何かを思い出した。それは全人類の魂の故郷だったのだ。全ての人の魂はここで生まれ、ここで煌めき、そして、死んでしばらくすると消えて命のプールへと還っていく。つまりヴィクトルの魂もずっとここにあったのだ。

 ヴィクトルは思わず見入ってしまい、静かに涙を流しながら立ち尽くす。この煌めきの一つ一つは誰かの命の営み、喜怒哀楽の発露なのだ。この煌めきこそが人間であり、この花こそがこの星の全てだったのだ。

 

「綺麗……ですね……」

 ヴィクトルがつぶやくと、レヴィアは、

「これがこの星のコア、マインドカーネルじゃ。この花をもっと強く、煌びやかに輝かせることが我の仕事なんじゃ」

 そう言って愛おしそうに煌めきを眺めた。

 

       ◇

 

「僕の魂はこれですかね?」

 床に降りて花びらの下に潜り込み、ヴィクトルは黄色く光る点を指さした。それはヴィクトルの呼吸に合わせて強くなったり弱くなったりしている。

「そうじゃな。お主の光もずいぶんと元気になったのう。アマンドゥスの時は青くて今にも消えそうじゃったぞ」

「え!? 見てたんですか?」

「お主の事は若いころからチェックしとったが、仕事のし過ぎで心が死んどったわ」

 ヴィクトルはうつむいて、改めて仕事中毒だった自分の前世を反省した。今世では必ずやスローライフを勝ち取らねばならない。そして、そこにはルコアが居て欲しい。

「ル、ルコアはどれですか?」

 ヴィクトルが聞くと、レヴィアはため息をついて言った。

「そこの黒く消えとるところじゃ……」

「えっ!?」

 ヴィクトルの光点の近くにある黒く消えた点……。ヴィクトルは思わず息をのんだ。

「ヒルドに乗っ取られて仮死状態にあるだけじゃと思うが……」

 ヴィクトルは居ても立っても居られなくなり、

「は、早く海王星へ行きましょう!」

 と、叫んだ。

 

 



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4-12. 海王星の衝撃

 マインドカーネルの先にある通路には飛行機のドアのようなハッチが並んでいる。そのうちの一つを開けると広い部屋に繋がっていた。そこには家具が一つもなく、単にカーペットが敷かれているだけの、引っ越し前のオフィススペースのような部屋だった。奥には大きな窓が並んでいるが、夜のように真っ暗である。

 

「うわぁ、ここが海王星ですか?」

 ヴィクトルはだだっ広い広間に降りてキョロキョロする。

「いかにも海王星じゃ」

 元気な声が返ってきて驚くと、レヴィアは金髪おかっぱの女の子に戻っていた。

 そして、彼女は指先を空中でクルっと動かし、浮かぶ椅子を出してピョンと飛び乗った。そして、目の前に大きな画面を三つ、ポンポンポンと出して画面をパシパシとタップし始める。しばらく画面をにらみながらパシパシタップすると、

「これでヨシ! 地球の時間を止めてスクリーニングをかけたからしばらくゆっくりできるぞ」

 そう言ってヴィクトルの方を向いて満面の笑みを浮かべた。

 そして、テーブルをポンと出すと、コーヒーをマグカップに入れてヴィクトルにも一つ差し出した。

「ルコアは……、どうなるんですか?」

 ヴィクトルは心配そうに聞く。

「今、地球のデータ全てを全部ひっくり返してチェックしているから、ルコアを見つけたらヒルドを分離して元に戻せるじゃろ」

 そう言ってレヴィアはコーヒーをすすった。

「ふぅ……、良かった……」

 ヴィクトルはニッコリと笑うとへなへなと座り込んだ。

「なんじゃ、そんなにルコアの事が好きなんか?」

「そ、そんなんじゃないですって」

 ヴィクトルは真っ赤になって両手を力いっぱい振って否定する。

「ワハハ、分かりやすい奴じゃ。おっぱいが大きい所が気に入ったんじゃろ、スケベ!」

 レヴィアは意地悪な顔でいじった。

「お、お、おっぱいは……、関係ないです!」

 耳まで真っ赤なヴィクトル。

「ふーん、それじゃ、再生する時に胸は小さくしておくとするかのう」

「ダ、ダ、ダ、ダメですよ! そんなの!」

 必死に抗議するヴィクトル。

「お主は分かりやすいのう」

 そう言ってレヴィアはケタケタと笑った。

 ヴィクトルは両手で顔を隠してうつむいた。百年以上生きてきたのに、こんな事でからかわれるとは情けなく思ったのだ。

 

      ◇

 

 ヴィクトルは何も言わず、テーブルにつくと静かにコーヒーをすする。激闘の疲れをいやす苦みが心地よくヴィクトルに沁みていった。

 ふと窓の方を見ると、何か青い物が下の方に見える。

 何だろうと思って窓に駆け寄ると……。

「うわぁ!」

 思わず叫んでしまうヴィクトル。

 なんと、そこには(あお)い巨大な星が眼下に広がっていたのだ。

「はっはっは。海王星に来て海王星見て驚くとは変な奴じゃな」

「こ、これが海王星!?」

 その地球の七倍にも達する巨大な惑星は深く澄んだ青色をたたえながら満天の星々をバックに浮かんでいる。薄い環が美しい円弧の細い筋の模様を描きながらその巨大な星を囲み、その向こうには雄大な天の川が流れクロスして壮大な宇宙のアートを構成していた。

「うわぁ……、綺麗ですね……」

「この青色は我も気に入っておる」

 レヴィアは画面をパシパシとタップしながら答える。

「それで……、コンピューターはどこにあるんですか?」

「ここからは見えんなぁ。その星の中、何キロも深くに設置されておるんじゃ」

「えぇ……。せっかく来たのに……」

 レヴィアはチラッと不満そうなヴィクトルを見ると、画面をパシパシとタップして、

「仕方ないのう、ほれ」

 そう言ってホログラムのように、空中に直径一メートルくらいの真っ青な海王星を浮かべた。

「おぉ!」

 ヴィクトルはその映像に走り寄る。

 映像はどんどんと海王星の表面をクローズアップしていく。やがて青い表面を潜り、どんどんと濃紺の奥に沈む漆黒の中を進んでいく。

 やがて、吹雪のように白い粒が吹き荒れる向こうに巨大な黒い構造物が現れてきた。それは一つの街くらいのサイズの漆黒の直方体で、あちこちの継ぎ目から白い光が漏れていた。

「な、なんですかこれは!?」

 その異様な構造体に圧倒されるヴィクトル。

「何ってお主が見たかったものじゃよ。ジグラートと呼ばれる巨大なコンピューターサーバーじゃ。これ一つで地球一個分じゃよ」

「これが……コンピューター!?」

 さらに映像は進む。その黒い構造体の向こうに、さらにもう一つ同じ構造体が見えてきた。

「えっ? もう一個出てきましたよ?」

「全部で一万個はあるからな」

 当たり前のように言うレヴィア。

 地球が一万個ある……。それは全く想像を絶した話だった。ヴィクトルは呆然とその連なる漆黒の構造体を眺める。

 やがて映像はそのうちの一つの内部を映し出す。そこには交番くらいのサイズの円柱がずらーっと奥にも上下にも横にも延々と並んでいた。

「これ一つ一つが超スーパーコンピューターじゃよ。もう、数えられないくらい並んどるが全体で十五万ヨタ・フロップスの計算力を誇っておる」

「こ、これが僕たちの星の正体……」

「満足したか?」

 レヴィアはニヤッと笑う。

 ヴィクトルは目をつぶり腕を組んで考え込む。海王星に来て見せられた以上疑う余地はない。この無骨な構造物があの美しい地球を作り出し、自分はそこに百年以上暮らしていた。しかし、これは一体どう受け取ったらいいのだろうか? 五十六億七千万年前から延々と続くこのコンピューターシステムの系譜。その中に息づく自分達。あまりにも考えることが多すぎてヴィクトルは大きく息をつき、首を振ると席に戻ってコーヒーをすすった。

「何も悩む事は無かろう。実体が何であれ、お主もみんなもマインドカーネルで輝く光なのじゃから」

「もちろん、そうです。僕たちの価値は何も変わりません。でも、そうであるならばもっとこう……やりようがあるのじゃないかって……」

 はっはっは!

 レヴィアは笑い、

「お主はつくづくスローライフに向いとらんようじゃな」

 そう言ってうれしそうにコーヒーをすすった。

 

 



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4-13. 古のバトルウォーシップ

「おかしいな……。奴はどこにもおらんぞ……」

 レヴィアは画面をにらみながら眉をひそめる。

「えっ!? ルコアがいないんですか?」

「地球を抜け出すなんてこと無いはずなんじゃが……。海王星も探してみるか……」

 レヴィアは怪訝(けげん)そうな顔をしながら隣に新たな画面をポコッと開くと、パシパシとタップしていった。

「ん? なんじゃこれ……?」

 つぶやきながらさらに情報を表示させ、流れる文字を読んでいくレヴィア。

「おった! え? こいつどこに向かっとるんじゃ!?」

 レヴィアは急いで画面をさらに一つ増やし、パシパシとタップして行く。

「どこ……ですか?」

「あそこじゃ!」

 レヴィアが指さしたのは何と窓の外、海王星だった。

「あ奴め、衛星軌道上のスカイポートからシャトルを奪取して海王星へと降りて行っとる。どうするつもりじゃ?」

「ど、どうなるんですか?」

「海王星にはコンピューターしかない。コンピューターに行く理由は……改造するか壊すか……」

「改造なんてできるんですか?」

「あ奴にそんな能力などない。となると……」

「破壊……ですか? 壊されたらどうなるんですか?」

「そりゃぁ……、地球は壊れるしかない……な」

 レヴィアは苦虫を噛み潰したような顔で答える。

「ダ、ダメですよ! そんなの! 止めなきゃ!」

 レヴィアは画面をパシパシと叩き、シャトルの通信回線へとつなげた。

 しばらくして映像が浮かび上がる。

 そこには赤い目をしたルコアがにやけて座っていた。

「あーら、ロリババア、何か用かしら?」

「お主、何するつもりじゃ?」

「何って決まってるじゃない。私がきれいさっぱりあなたの星を滅ぼしてあげるわ」

 ヒルドはうれしそうに言った。

「ま、待て。話し合おう。星が消えたらお主も消えるんじゃぞ」

「ふふっ、別に私は消えないわ。消えるのはあなた達だけ……。チャオ!」

 そう言ってヒルドは回線を切った。

 レヴィアは唖然として放心状態のまま動かなくなった。

「自分は消えないって……、そんなことできるんですか?」

「分からん……。あ奴め何を企んどる……」

 レヴィアは頭を抱えてしまった。

「何にしても止めないと! みんなが死んじゃう」

「止めるって……どうやって?」

 レヴィアは頭を抱えたままボソっとつぶやく。

「えーと……、他の船に制止してもらうとか……?」

 ヴィクトルは思い付きを言ってみる。

 レヴィアは渋い顔をしながら画面をバシバシ叩き、船のリストと、船の所在地図をずらりと出した。

「やっぱりダメじゃ……。近くには一(そう)もおらん……」

「何か攻撃手段はないんですか? 遠距離をバーンってできる魔法みたいな奴?」

「バカ言うな。海王星では戦争なんかもう何十万年もないんじゃ。武器なんか無いわ!」

 レヴィアは両手で顔を覆った。

 しかし、諦める訳にもいかない。

 ヴィクトルは横から必死に画面を見入って、何か手立てがないか一生懸命考える。

 リストには貨物船や作業船らしき船の情報が並んでいる。

 ヴィクトルは画面をフリップしてずーっとリストを眺めていった。すると、変な船を見つけた。

「Battle war ship Yamato ってありますけど、これ、何ですか?」

「へ? バトルウォーシップ? 戦艦って意味じゃが、戦艦大和……お主何を馬鹿な事言っ……へっ!?」

 レヴィアは画面を食い入るように見つめ、動かなくなった。

「戦艦……大和……だと……?」

 レヴィアは急いで画面をパシパシ叩き始める。

 そして画面に浮かび上がったのは真っ青な海王星をバックに疾走するいぶし銀の巨大な戦艦。それは三連装砲塔が並び、荘厳な艦橋が屹立(きつりつ)する見まごうなき戦艦大和だった。

「なんじゃこりゃぁ!」

 レヴィアは叫んでさらに画面をパシパシと叩く。

 

「何々……。全長263m、排水量64,000トン、主砲9門の口径は46センチ、射程距離50キロ……は換装されてエクサワットレーザー!? どこかの星でも滅ぼすつもりか!?」

「なんで船が宇宙を飛んでるんですか?」

 ヴィクトルがもっともな質問をする。

「そんなの我が知りたいわ! 戦艦大和は昔、iPhoneの星で大戦があった時に開発された超弩級戦艦じゃ。いまだに我が星系でも最大にして最強……。なぜそんな物を宇宙に持ってきたんじゃ?」

「この武器ならヒルドを止められますか?」

「主砲を当てさえすれば瞬殺じゃ……。撃って当てられればじゃが……」

「でも、他に手はないですよね?」

「……。そうじゃな。オーナーは……シアン様……か……何を考えられとるのか……」

 そう言うと、レヴィアはiPhoneを取り出しておもむろに電話をかけた。

 

 



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4-14. 究極の選択

「レヴィアです――――、ご無沙汰しておりますー。はい、はい。その節は大変にお世話になりまして……。いや、とんでもないです。それでですね。戦艦大和をお借りしたいんですが……。いや、そうじゃなくて主砲をですね……。え? まだ、テストしてない? うーん、それじゃ、テストかねて私の方で試し撃ちを……。はい、はい。分かりましたー!」

 電話を切ると、レヴィアは画面をパシパシと叩く。

「よしよし! エクサワット・レーザーでヒルドも木っ端みじんじゃ!」

 レヴィアは悪い顔をして、画面を戦艦大和のコントロールセンターへとつなげた。

 画面に浮かび上がる大和のステータス。そこには現在位置と周囲の状況、兵装の状況や機関の稼働具合、居住空間の各種管理状況などがびっしりと表示されている。

「えーっと、ヒルドはどこじゃ? むぅ……、このままじゃ狙えんのう。艦全体を90度右旋回じゃ!」

 そう言いながら、画面をパシパシと叩く。

「そして、主砲は……これか。えーっとなになに……。まず、エネルギーを充填しろ? 充填しすぎると壊れるから注意……ね。ホイホイっと」

 レヴィアは器用に次々と設定をこなしていった。

 

「よしっ! エネルギー充填開始! 大賢者! お主は照準を担当しろ!」

 そう言ってレヴィアはヴィクトルの前に画面を開いた。

「発射指示から着弾まで約十秒かかる。画面を操作して十秒先の位置に照準を合わせるんじゃ!」

 任された画面には隅の方に小さな光の点が動いている。これがヒルドの乗ったシャトルだろう。

 ヴィクトルは画面を動かし、拡大し、十秒後に中心の×印を通過する位置に合わせてみた。

「何とかできそうです。でも、ちょっと待ってください。これ、ルコアはどうなるんですか?」

「ルコアは再生させてやる」

 レヴィアは画面をパシパシと叩きながら答える。

「それは……、ルコアの魂がよみがえるってことですか?」

 レヴィアは答えなかった。

 無言でパシパシと画面を叩く。

『エネルギー充填80%。主砲安全装置解除。これから先発射プロセスは中止できません』

 システムメッセージがスピーカーから流れる。

「もしかして……、ルコアの魂は死んでしまうんですか?」

「ルコアには申し訳ないが、今は星を守る方が重要じゃ」

 レヴィアは冷たく言い放つ。

「ちょっと待ってください! ルコアを殺すってことですか!?」

「じゃぁどうするんじゃ? このまま破滅を選ぶのか? 言っとくが、我とルコアは千年来の友人じゃぞ! 最近会ったばかりのお主よりつらいわ!」

 レヴィアは涙を浮かべた目でヴィクトルをにらんだ。

 ヴィクトルは言葉を失い、ただ茫然として椅子の背にどさりともたれかかった。

『キュイィィ――――ン!』

 高周波音が響き始める。

『エネルギー充填100% 発射ボタンを押してください』

「早く押せ! 逃げられるぞ!」

 レヴィアは厳しい口調で言った。

「えっ……、ル、ルコア……」

 ヴィクトルは指先が震え、目の前がにじんで動けなくなった。

『エネルギー充填120% システムの許容量を超えます。速やかに発射してください』

「何やっとる! どけ! 我が押す!」

「だ、大丈夫です! 押します!」

 そう言うとヴィクトルは照準を設定しなおし、

「ル、ルコアぁ……」

 と、涙をポロポロとこぼしながらボタンを押した。

『ヴィヨッ――――!』

 奇妙な電子音が鳴り響き閃光が走ったが、

『ボン!』

 直後、爆発音が響いた。

「ああっ! 主砲がぁ!!」

 レヴィアが叫ぶ。見ると前甲板の二基は無事発射できたものの、後ろ甲板の主砲が爆発して炎上してしまっている。

「もう撃てんぞ! お主が躊躇なんかしとるからじゃ!」

 怒るレヴィア。しかし、ヴィクトルはもう何も考えられなくなっていた。

 あの可愛くて美しいルコア、『主さま』と、にこやかに話しかけてくれた彼女を手にかけてしまったのだ。ヴィクトルは震える自分の手を見つめ、ただ涙をこぼした。

 レヴィアは大きく息をつくと、暗い顔をして言う。

「そろそろじゃ……」

 ヴィクトルは窓に駆け寄って海王星を眺めた。すると流れ星のような閃光が一瞬キラリと光り、直後、ポッと赤い点が浮かんだ。そのあと、海王星の表面に赤いラインが輝き……。やがて何もなかったようにまた紺碧の海王星へと戻って行く。

 

「撃墜……じゃ」

 レヴィアは目をつぶり、静かに言った。

「う、う、う……ルコアぁ……」

 ヴィクトルはひざからガックリと崩れ落ちた。

 『主さま』と、微笑みかけてくれた彼女はもういないのだ。ヴィクトルはかけがえのない者を失った悲しみにポロポロと涙をこぼし、動けなくなった。

 

 しばらく部屋にはヴィクトルの嗚咽(おえつ)が響いていた……。

 



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4-15. 大都会東京

「お主、そんなにルコアが大切か?」

 レヴィアは腕を組んで淡々と聞いた。

 ヴィクトルは放心状態で静かに首を振る。

 そして、静かに口を開いた。

「失って初めて……知りました。僕は彼女無しでは……もう生きていく自信がないです……」

 そう言ってヴィクトルはまたポトリと涙をこぼした。

「彼女のために人生をなげうつ覚悟はあるか?」

「えっ? それはどういう……?」

 ヴィクトルはレヴィアの言葉の意図をはかりかね、キョトンとした顔で聞く。

「一人だけ……、ルコアを復活できるお方がおる……」

「えっ!? ……。あっ! ヴィーナ……様?」

「そうじゃ。女神様なら……可能じゃろう。じゃが……本来そんな願いなど許されん。何を言われるか……」

「えっ! えっ! なんでもします! 彼女を! ルコアを復活させてください!」

 ヴィクトルは飛び上がってレヴィアにすがりついた。

「なんでも?」

「たとえこの命を失っても、彼女を復活させたいです!」

 レヴィアは、大きく息をつくと、

「お主がそこまで入れあげるとはのう……」

 そう言ってヴィクトルをじっと見つめた。

 ヴィクトルは眉間にしわを寄せ、真っ赤な目でレヴィアを見つめる。

 レヴィアにとって女神は高位の存在。業務外の願い事を直談判するなどあってはならないことだった。

 レヴィアはしばらく目をつぶり……、意を決すると言った。

「では……、聞いてみよう」

「ありがとうございます!」

 ヴィクトルはレヴィアに抱き着いた。まだ若く甘酸っぱい香りに包まれる。

「おいこら! やめろ! 離れろ! ルコアに言うぞ!」

 ヴィクトルは慌てて離れ、赤くなって照れた。

 レヴィアはジト目でヴィクトルをにらむと、iPhoneを取り出し、じーっと見つめる。そして大きく息をつくと、電話をかけた。

「レヴィアです――――、ご無沙汰しておりますー。はい、はい。その節は大変にお世話になりまして……。いや、とんでもないです。それでですね、一つお願いがございまして……」

 そう話しながら向こうの方へと行ってしまう。

 ヴィクトルはジリジリとしながらレヴィアの様子を見ていた。

 話し終わると神妙な顔をしてレヴィアが戻ってくる。

「な、なんですって!?」

 待ちきれないヴィクトル。

「まずは話を聞きたいそうなので、田町へ行くぞ」

「田町?」

「この宇宙を(つかさど)る最高機関があるところじゃ。このiPhone買ったのもそこじゃ」

「iPhoneの星ですね?」

「その星はスティーブ・ジョブズという天才を出した星なんじゃ。行くぞ!」

 レヴィアはそう言うとヴィクトルの手を取って空間を跳んだ。

 

       ◇

 

 気づくと、石畳の街並みが見える……。

「あれ? 王都ですか?」

「まずは手土産を買わんと……。戦艦大和もぶっ壊しちゃったしのう……、ふぅ……」

 レヴィアは暗い顔をして言う。

「え? 大和のオーナーなんですか?」

「オーナーはシアン様。ヴィーナ様と同じオフィスにおられるようじゃ。さっき笑い声が聞こえとった」

 そう言いながらレヴィアはケーキ屋のドアを開けた。

 店内には、綺麗に彩られたショートケーキや焼き菓子が棚に丁寧に並べられている。

 レヴィアはそれらを真剣に見ながらうなる。

「手土産がそんなに重要なんですか?」

 ヴィクトルが聞くと、

「お主、手土産をなめとるな? この手土産が当たるかどうかですべてが決まるんじゃ」

「えっ!?」

「間違えたらルコアは生き返らんぞ!」

「そ、そこまで!?」

「あっちの星になくて、それでも奇抜な味じゃなくて、高級で、口に合うもの……。どれか分かるか?」

 ヴィクトルは固まってしまった。

「大賢者も勉強せねばならんことがたくさん残っとるな」

 レヴィアはそう言って笑った。

 

 結局、いちじくのレアチーズケーキと、桃のタルトを選び、田町へと跳んだ。

 

        ◇

 

 ヴィクトルが目を開けると、そこはコンクリートジャングルだった。立ち並ぶ高層ビル、大通りをビュンビュンと走り過ぎていくトラックにタクシーにバス。そしてビルの間には真っ赤な東京タワーがそびえていた。

「えぇぇ!?」

 初めて見る大都会東京にヴィクトルは思わず大声を上げた。

 

 はっはっは!

 レヴィアはその様子をおかしそうに笑うと、

「いいか、大賢者。この星には魔法が無いのじゃ。本来魔法が無くてもここまでの事はできるんじゃ」

 そう言ってドヤ顔でヴィクトルを見た。

「これは……、とんでもない事ですね……」

 ヴィクトルはゆっくりと首を振りながら感嘆した。

「うちの星もこのくらい栄えて欲しいものじゃが……」

 レヴィアはため息をついた。

「この国にも王様はいるんですか?」

「おるよ、この先に皇居という宮殿があってな、そこにお住まいじゃ」

「ではその方がこの国を統治されている?」

「いや、この星ではどこでもそうじゃが、王様は君臨すれども統治せず。政治は国民が選んだ人がやるんじゃ」

「えっ!? そんなことができるんですか?」

「大賢者ですらそういう発想にいたらないことが、うちの星の問題なんじゃな」

 そう言ってレヴィアは肩をすくめ、ヴィクトルはうつむいた。

「とはいえ、この星の発展ももう終わりじゃ」

 レヴィアは目を閉じて大きく息をつく。

 

 



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4-16. ドラゴンスレイヤー

「え?」

 あまりに意外な話にヴィクトルは驚く。

「今、急速に人工知能が進歩してるんじゃよ。あと二十年もすればシンギュラリティが来る」

「人工知能が人間を……上回るんですか?」

「そうじゃ、そうなったらあとは人工知能が人工知能を進化させるフェーズに入る」

「そうなったら……、人類はどうなっちゃうんですか?」

「どうもならんよ。静かに消えていくだけじゃ」

「消えていく……?」

「今のこの国の出生率は1.3。二人の大人が産む子供の数が1.3人しかおらんのじゃ。つまり、世代が進むごとに人口は35%ずつ減っていくんじゃ」

「自然とどんどん減る……なぜですか?」

「なんでじゃろうな? これはほかの星もみな同じなんじゃ。人工知能が生まれると急速に人口が減るんじゃ。きっと人類の遺伝子の中に、後継者を作ると子供を産まなくなるような設定がされておるんじゃろうな」

「それは……、人類にとっていい事なんでしょうか?」

「さて、我は人類じゃないから分からんのう」

 そう言ってレヴィアはニヤッと笑った。

 ヴィクトルは大きく息をつくと考えこんだ。

 

「まぁええ、今は人類よりもルコアじゃ。お主覚悟はいいか?」

 レヴィアは高級マンションの前で足を止め、緊張した面持ちで見上げながら言った。

「私はいつでも……。ここ……ですか?」

 瀟洒(しょうしゃ)なエントランスがのぞくマンションは、高級な石材をふんだんに使い、静かに(たたず)んでいた。

「ここの最上階に全宇宙、百万個の星々を統べる最高機関『Deep Child』がある」

「見た目は……、普通なんですね……」

「見た目で判断しちゃイカン。中におられる方はそれこそ宇宙全体のあり方を決め、ヒト、モノ、星を自由に操作し、全ての生き物の生殺与奪の権利を持っておられる。不用意な一言で星が消された事などいくらでもあるんじゃ」

 そう言ってレヴィアはブルっと震えた。

「それだけの力があるから、ルコアも生き返らせられるんですよね?」

「まぁ、そうとも言えるがな」

 二人はエントランスを開けてもらって最上階へと行った。

 

 ピンポーン!

 

 呼び鈴を押すと、ドタドタと誰かがやってきてドアを開けた。青い髪の可憐な女の子だった。

「いらっしゃーい!」

 彼女はにこやかにヴィクトルたちを迎え入れる。

「こ、これはシアン様。大和をありがとうございました」

 レヴィアは焦って頭を下げる。

 ヴィクトルは驚いた。この可愛い女の子が海王星で超弩級戦艦を運用しているオーナー……。その若く美しい見た目からは全く想像も及ばない話だった。

「あ、役に立った? 良かったね」

 シアンはニコニコしながら言う。

「はい、それはもう助かりました。これはお礼の品でございます」

 レヴィアは桃のタルトの箱を渡した。

「あら、サンキュー!」

 シアンはニコッと喜ぶ。

「ただ……」

 口ごもるレヴィア。

「ん?」

「主砲が一個吹っ飛んでしまいまして……」

「へっ!?」

 目を丸くするシアン。そして宙を見つめ、何かを思案すると、

「エネルギー充填し過ぎはダメって説明あったよね?」

 と、鋭い視線でにらむ。

「そ、そうなんですが、この子が発射を渋りまして……」

「子供のせいにしない!」

 そう言うとシアンは、目にも止まらぬ速さでレヴィアの額にデコピンをバチコン! とかました。

 あひぃ!

 吹っ飛ぶレヴィア。

 ヴィクトルは、人間をはるかに凌駕してるはずのドラゴンを、いとも簡単に吹っ飛ばしたシアンの強さに唖然とする。

「もー、直すの面倒くさいんだよ?」

 シアンは腕を組んでプリプリとする。

「すみません。ボタンを押すのをためらったのは本当で、僕が悪いんです」

 ヴィクトルはビビりながら頭を下げた。

 するとシアンはひょいっとヴィクトルを持ち上げ、じっと見つめる。

 その目鼻立ちのきりっとした美しい顔、長いまつげに鮮やかな碧眼(へきがん)にヴィクトルはドキッとする。そして、その澄んだ青い瞳に吸い込まれるような感覚にとらわれた。

 シアンはニコッと笑うとヴィクトルを抱きしめ、

「君、可愛いから許しちゃお~」

 と、言いながら柔らかいプニプニとした頬に頬ずりをする。

 ヴィクトルは爽やかな柑橘系の香りに包まれ、赤くなった。

 

「我も可愛いのに……」

 レヴィアは額をさすりながら、ボソっとつぶやく。

 

         ◇

 

 奥に通されると、そこはメゾネットタイプの広間となっていた。オフィスとして使われ、二階分の高さの天井と明るい大きな窓ガラスの開放感が心地よい。また、脇に階段があって、上の階の部屋へと繋がっている。

「気持ちのいいオフィスですね」

 ヴィクトルが広間を見回しながら言うと、シアンは、

「ふふ、いい所でしょ? ここで働く?」

 と、言ってニコッと笑った。

「えっ、い、いいんですか!? お、落ち着いたら相談させてください」

 ヴィクトルは予想外のオファーに驚いた。全宇宙の最高機関で働く、それは想像を絶するチャンスである。ただ、今はルコアのことで頭がいっぱいなのだった。

 



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4-17. ドラゴン降臨

 広間の会議テーブルで桃のタルトを切り分け、食べながら雑談をしていると、ガチャッと音がして、上の階の部屋から人が出てきた。その中の一人に見覚えがある。チェストナットブラウンの美しい髪の毛をフワッとゆらしながら歩いてくる……ヴィーナだ。

 ヴィクトルとレヴィアはガタッと立ち上がり、背筋を正してヴィーナが階段を優雅に降りてくるさまをじっと見つめていた。

 

「おまたせー」

 ヴィーナは透き通るような白い肌に琥珀色の瞳を輝かせながら、にこやかに手を振る。

「お忙しいところすみません!」

 レヴィアは頭を下げた。

「いいのよぉ。あー、君が大賢者? ずいぶんと可愛くなっちゃったわねぇ」

 ヴィーナはうれしそうに笑う。

「その節はありがとうございました。今日はお願いがあってまいりました」

 ヴィクトルは深く頭を下げて言った。

「あー、ついに愛する人を見つけたんだって? 良かったじゃない」

「はい、それで……、彼女を生き返らせていただけないかと……」

「レヴィア、彼女の情報を頂戴」

 ヴィーナは事務的な口調でレヴィアを見た。

「メッセンジャーで今送りました」

「どれどれ……?」

 ヴィーナは空中に黒い画面を浮かべると、パシパシと叩いた。

「あら、可愛い娘ねぇ……。この娘のどこが気に入ったの?」

「優しい所とか……健気な所とか……それでいて芯があって賢いんです」

 ヴィクトルは照れながら言った。

「決め手はおっぱいじゃな」

 レヴィアは下品な顔でニヤッと笑う。

「そ、そんなことないです!」

 ヴィクトルは顔を真っ赤にして否定した。

「分かりやすい子ね……。もう触ったの?」

 ヴィーナも意地悪な笑みを浮かべ、悪ノリして聞く。

「が、我慢しました……」

 ヴィクトルは耳まで真っ赤になった。

「ふふっ、真面目ねぇ……。ただ……、生き返らせるのは自然の摂理を曲げること……。気軽にはできないわ」

 ヴィーナはヴィクトルをじっと見つめる。

「僕ができることなら、何でもやらせていただきます!」

 ヴィクトルは必死に訴える。

「何でも?」

「何でもです!」

 ヴィーナはヴィクトルの瞳の奥をのぞき込む……。

 ヴィクトルの目には揺るがぬ決意が浮かび、ヴィーナは少し懐かしそうにそれを眺めた。

 そしてニコッと笑うヴィーナ。

「前よりいい目してるわね。いいわ。生き返らせてあげる。何してもらうかは……ちょっと考えさせてもらうわ」

 そう言うとヴィーナは画面をパシパシと叩いた。

「あ、ありがとうございます!」

 ヴィクトルは涙目になって頭を下げた。

「あれ? この娘、二人いるわよ。全く同じデータで二人……。どういうこと?」

 怪訝(けげん)そうなヴィーナ。

 レヴィアが焦って説明する。

「ヒルドという元副管理人が彼女を乗っ取ったので、その時にバックアップか何かを残したのではないかと……。私の方でどっちが本物か調べてみます!」

「いや、いいわ。面白いじゃない。大賢者、あなたなら本物はどちらか見破れるんでしょ?」

 ヴィーナはニヤッと笑ってヴィクトルを見た。

「もちろんです!」

 ヴィクトルはしっかりとした目でヴィーナを見かえす。

「よーし、それじゃ、ルコアちゃんカモーン!」

 ヴィーナはそう言って右手を高く掲げ、何かをつぶやいた。

 

 直後、ボン! という爆発音がしてマンションの壁や屋根が吹き飛び、二頭のドラゴンが現れた。

「え――――っ!? 何よコレ!!」

 叫ぶヴィーナ。

「うわ――――!」「ひぃ!」

 壊れた天井の部品がバラバラと落ちてきて、騒然となる。

 

美奈(みな)ちゃん! 何すんだよ!」

 ドラゴンに倒された棚の下敷きになってる男性がヴィーナに怒った。

「知らないわよ! なんでドラゴンなのよ!? (まこと)もそのくらい自分で出てきなさい!」

 ヴィーナが不機嫌そうに答える。

「あ――――! パパ――――!」

 シアンがピョンと跳んで棚を起こし、誠と呼ばれた男性を救出する。

「ルコア! 人になって!」

 ヴィクトルは呆然としている二頭のドラゴンに向かって叫んだ。

 

 



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4-18. あの時のお願い

 ボン! という音がして、上がった煙の中から銀髪の美少女、ルコアが二人現れる。

 二人は見た目は全く同じで区別がつかない。

 「主さま~!」「主さま~!」

 同じ声を出して二人はヴィクトルに抱き着いた。

 二人に抱き着かれて足が宙に浮くヴィクトル。

「うわぁ! 待って待って! 一旦離れて!」

 焦るヴィクトル。抱き着かれるのはうれしいが、一人は宿敵ヒルドである。さすがに心臓に悪い。

 ヴィクトルはちょっと距離を取る。

 二人の娘は少しにらみ合い……、ちょっと心配そうにヴィクトルを見つめた。

 

「あの約束、覚えてるかな? 僕が一つ言う事を聞くって奴。それを何にしたか教えて」

 ヴィクトルは二人を交互に見ながら聞いた。

 すると一人がすぐに答えた。

「あの約束ですね。私ずっと考えてました。何がいいかな~って。それで、決めたんです」

 その娘はそう言うと、愛おしそうな目でヴィクトルを見る。そして、ちょっと恥ずかしそうに言った。

「ずっと……お側に居させてください」

 その娘の頬は真っ赤になり、ヴィクトルは静かに微笑んだ。

 廃墟と化したオフィスの中、二人はじっと見つめあう……。

 ヴィクトルは一旦目をつぶり、大きく息をつくとその娘の手を取って言った。

「僕はあなたが居なくなって、初めてあなたの大切さに気がついたんだ。いつも隣にいて微笑んでくれたあなた……。もう僕はあなたなしでは生きていけない……。結婚……してくれないか?」

 いきなりのプロポーズに目を真ん丸に見開き、手で口を押さえるルコア……。

 

 ヒュゥ――――!

 ヴィーナは驚いて思わず声を上げてしまう。

 ルコアは涙をポロリとこぼし、両手で顔を覆うと、

 うっうっう、と嗚咽(おえつ)を漏らした。

 そしてヴィクトルに飛びつくと、

「うわぁぁぁん! 一生……、一緒ですよ!」

 そう言って涙をポロポロとこぼした。

「うん……。二人で一緒に生きて行こう」

 ヴィクトルもそう言って、流れる涙をふきもせずルコアの頭を優しくなでた。

 

 パチパチパチパチ

 

 自然と拍手があがり、壊れた部屋中に大きくこだました。

 

 ルコアの格好をしたヒルドは焦る。策を(ろう)する間もなく偽物認定されてしまったのだ。

「と、なると、お主がヒルドじゃな!」

 レヴィアは鋭い目でヒルドを射抜く。

 

 くっ!

 ヒルドは、テーブルの上に残っていた、ケーキ用のナイフを手にすると、そばに立っていたシアンを捕まえ、首筋に突きつけて言った。

「動くな! 変な真似をするとこの娘が死ぬぞ!」

 それを見たヴィーナたちは憐れみを浮かべた表情をし、首を振った。

「な、なんだ? ……、ほ、本気だぞ!」

「お主……、そのお方は宇宙最強じゃぞ。お主がどうこうできる方じゃないんじゃ」

 レヴィアはそう言って肩をすくめた。

「は? 宇宙最強? 宇宙最強って……確かシアンとかいう……」

 ヒルドはそう言いながら、恐る恐る捕まえた娘の顔を見た。

「僕がシアンだよ! きゃははは!」

 シアンはうれしそうに笑った。

 

「知るかそんなの!」

 真っ青になったヒルドはナイフをシアンに突き刺そうと力を込めた。だが、ナイフの刃は水銀のようにドロリと溶け、床にポタポタとしたたる。

 

「ええい!」

 ヒルドはそう叫ぶとドラゴンの力でシアンの首を絞め、シアンを乗っ取ろうとハッキングを仕掛けた。

 直後、ボン! という爆発音とともに煙が上がる……。

 すると、煙の中から黒焦げになったヒルドの死体が現れ、床にバタンと倒れた……。死体はすぐにボロボロと崩れだし、やがてすぅっと消えていった。

 

「悪い子はおしおき! きゃははは!」

 シアンは(すす)だらけの顔で屈託のない笑顔を見せる。

 

       ◇

 

「美奈ちゃん、何でもいいけどオフィス直してよ……」

 騒動を遠巻きに見ていた誠がヴィーナに声をかける。

 ヴィーナは面倒くさそうにレヴィアを一瞥して言った。

「あー、もう! レヴィア! あなたやりなさい!」

「えっ!? 私ですか!? でもこれ……相当大変……ですよ?」

 レヴィアはめちゃくちゃに破壊された、瓦礫の山状態のフロアを見ながら答える。

「嫌なの? お前の星の査定をこれからやってもいいのよ?」

 不機嫌を隠さずヴィーナは言う。

 

「やります! やります! やらせてください!」

 レヴィアは敬礼して叫んだ。



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4-19. 新アドミニストレーター

 レヴィアは黒い画面を展開し、

「部分修復は境界の設定が大変なんですよねぇ……」

 と、ブツブツ言いながら画面をにらみ、パシパシと叩いた。

 そして、微調整が終わると、

「それいけ!」

 と、叫びながら画面を叩いた。

 壊れたフロアは一瞬で消え去り、そして、ワイヤーフレーム状の線画がニョキニョキと展開され、最後には壊れる前の状態が復元された。

「よしよし」

 レヴィアは満足そうにニヤッと笑う。

 

「あら、上手じゃない」

 ヴィーナは直ったフロアをキョロキョロと見回りながら言った。

「では、査定はまた今度ということで……」

 レヴィアは引きつった笑顔で揉み手しながら答える。

「まずはお茶にしましょ。ケーキもあるんでしょ?」

「は、はい……」

 渋い顔のレヴィア。

 

       ◇

 

 レヴィアは手土産の『いちじくのレアチーズケーキ』を切り分けて、みんなでテーブルを囲んだ。

 誠はコーヒーを丁寧にいれて、みんなに配る。

 

「いい相手見つけてよかったじゃない」

 ヴィーナはヴィクトルに笑いかける。

「良かったです。全てヴィーナ様のおかげです」

 ヴィクトルは隣のルコアの手をぎゅっと握って言った。

「結婚式もしないとね。レヴィア! 開いてあげて」

「えっ!? 私がですか?」

「他に誰がやるのよ? それとも……」

「あー、やります! 私がやります!」

 レヴィアは焦って手を上げた。

「すみません、僕らのために……」

 ヴィクトルはレヴィアに頭を下げる。

「まぁ、ルコアは我の妹みたいなもんじゃからな。いい式にしてやろう」

 レヴィアは優しく微笑みながらラブラブの二人を見た。

 

「で、ヴィクトル君、うちで働く?」

 シアンが口の周りにクリームをつけたまま聞いてくる。

「え? 何? 働くのはもう嫌じゃなかったの?」

 ヴィーナはちょっと意外そうに聞く。

「とてもやりがいがありそうな仕事なので、妻が許してくれるならやってみたいなって……」

 ヴィクトルはルコアを見る。

「主さまがやりたいことをやってください」

 ルコアはニコッと笑う。

「『主さま』はやめてよ。もう、きみの夫なんだからさ」

「え――――、じゃぁ……。あ・な・た?」

 赤くなってモジモジしながらルコアが言った。

「なあに?」

 デレデレしながら答えるヴィクトル。そして幸せそうに笑いあう二人……。

 ラブラブの二人に当てられて、周りの人はちょっとウンザリぎみに苦笑する。

 

「はいはい! じゃあ大賢者はレヴィアの下で副管理人(サブアドミニストレーター)ね!」

 ヴィーナはそう言ってヴィクトルとレヴィアを見た。

「あ、ありがとうございます! よろしくお願いいたします!」

 ヴィクトルは頭を下げた。

「レヴィアの星は今、要注意リスト入りしてるから君が頑張って盛り上げてね」

 ヴィーナはニヤッと笑う。

「えっ? このままだと消されちゃうんですか?」

「停滞してる星をそのままにしておくほど余裕が無いのよね……」

 ヴィーナはウンザリしたように言った。

「それは……、誰が何のために……そういう決まりになってるんですか?」

 ヴィーナはヴィクトルをじーっと見つめ、淡々と聞く。

「畑に種をまくじゃない?」

「はい」

「一斉に芽を出してたくさん伸びてくるじゃない?」

「……、はい」

「そのまま放っておくとどうなる?」

 ヴィクトルは腕組みをしてしばらく考えて言った。

「中途半端に繁茂して……全部枯れちゃいますね」

「それと一緒よ。間引くことは全体の健全化のためには避けられないの。あえて言うなら宇宙の意思ね」

 そう言って肩をすくめた。

「消される星の人は皆殺し……なんですか?」

「殺しはしないわよ。また新たな星で生まれ変わるわ。あなたと一緒ね、転生」

 そう言って、ヴィーナは上品にレアチーズケーキを食べる。

「あら、美味しいじゃない」

 ヴィーナはパァッと明るい顔をして言った。

「うちの星の文化も捨てたものではないのです!」

 レヴィアはここぞとばかりにアピールする。

「食文化は(まる)にしておくわ」

 ヴィーナはニヤッと笑ってコーヒーをすすった。

 



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4-20. 神の使徒

「でも、住民に干渉したらダメなんですよね?」

 ヴィクトルは恐る恐る聞く。

「そりゃあ私たちが口出しちゃったら、既存の文明・文化の劣化コピーになるだけよ。そんなの全く要らないわ」

 ヴィーナはつまらなそうに首を振る。

「では、何をすれば……」

「天才の発掘と保護ね」

 ヴィーナはケーキをフォークで切りながら言った。

「あー、新たな変革は天才が起こすけど、天才は潰されやすいから……ってことですね?」

「そうね、あなたもずいぶんレヴィアに守られてたのよ?」

 ニヤッと笑うヴィーナ。

「えっ!?」

 驚いてレヴィアを見るヴィクトル。

「賢者の塔に入れるよう便宜を働いたのはワシじゃからな」

 そう言ってレヴィアはケーキをパクリと食べた。

「そ、そうだったんですね……。そうとは知らず、失礼しました」

「ええんじゃ、それが仕事じゃからな。でも、これからはお主の仕事じゃぞ」

 レヴィアはうれしそうにヴィクトルを見た。

「は、はい! 分かりました! 頑張ります!」

 ヴィクトルは深々と頭を下げる。

「あっ! じゃあこうしましょう。この子を生き返らせた見返りに、大賢者はこの星を宇宙一にしなさい」

「えっ! う、宇宙一……ですか?」

 焦るヴィクトル。

「何でもするって言ったでしょ?」

 ジト目でにらむヴィーナ。

「わ、わかりました! やらせていただきます!」

「よろしい!」

 ヴィーナは満足げにほほ笑んだ。

 

「よし、じゃあまずはシアン様のところで研修からじゃな」

 レヴィアはうれしそうに言う。

 

「結婚式終わったらおいで」

 シアンはケーキを頬張りながらフォークを上に向けて揺らし、ニコッと笑った。

 

        ◇

 

 それから数カ月後、王都で魔物撃退の祝賀会が大々的に開催された。気持ちのいい青空のもと、広場には群衆が所狭しと集まっている。十万匹の魔物を瞬時に消し去り、伝説の妖魔妲己を瞬殺したという英雄を見ようと、多くの人が詰めかけていたのだ。

 

「それでは王国の守護神『ヴィクトル』さん、お願いします!」

 司会の女性の案内で、ヴィクトルは青いローブをはためかせながらステージに上がった。

 広場を埋め尽くす聴衆が一斉に可愛い金髪の子供、ヴィクトルを見つめる……。

 ヴィクトルはそんな人々をうれしそうに見回すと、拡声の魔法を展開し、広場に響きわたる声をあげた。

「みなさん、来てくれてありがとう!」

 ヴィクトルが手を上げると、

 

 ウォォォォ!

 観衆は一斉に歓声をあげた。

 ヴィクトルはその様子を見て満足そうにニコッと笑う。

「ありがとう。今日は皆さんに報告があります。先日、神様の所へ行ってきて、『神の使徒』になることになりました」

 いきなり何を言い出したのか、聴衆は訳が分からずざわつく。

 ヴィクトルはそんな様子をニコニコと見回しながら言った。

「神様はお怒りです。このままだとこの星を消すとおっしゃっています」

 いきなりの爆弾発言に会場はどよめく。英雄を見に来たらいきなり滅亡を予言されたのだ。みんなどう受け取ったらよいのか困惑してしまう。

 

「では、どうしたらいいか……。みなさん、もっと夢を見ましょう!」

 ヴィクトルはニッコリとした笑顔を崩さずに言った。

「こうなったらいいな、ああなったらいいな、どんどん夢を見て、一歩だけ夢に向けて行動しましょう」

 聴衆は首をひねりつつも、じっとヴィクトルに聞き入る。

 

「列席の貴族の方々、市民の方々、全員、一人残らず夢を見て動き出しましょう。そうでないとこの星は生き残れないのです」

 貴族たちは怪訝(けげん)そうな顔でお互いを見合った。

「どう動いたらいいか、神様は決して示されません。一人一人が『こうなったらいいな』を行動に移すこと、それを神様はお望みです。これが神の使途として、僕の最初にして最後のメッセージです。皆さん、夢を見ましょう!」

 すると、憲兵たちがドヤドヤと壇上に上がり、槍をヴィクトルに突きつけて叫んだ。

「国家転覆罪の現行犯だ! おとなしくお縄につけ!」

 ヴィクトルは彼らを見回すと、

「それがあなた達の夢ですか?」

 そう言ってニコッと笑った。

「ゆ、夢!? こ、これは仕事だから……」

 憲兵たちは何も言えなくなってお互い顔を見合わせる。

 

 直後、広場を大きな影が覆う。ドラゴンだった。

 どよめく聴衆。

 

 暗黒龍がバサッバサッと大きな翼をはばたかせながら旋回し、ステージの前まで下りてくると、ヴィクトルはピョンとその背中に飛び乗った。

「それでは皆さん、いい夢を!」

 ヴィクトルはそう言うと、暗黒龍を操って空高く舞いあがっていく。

 

 すると、天からまぶしい光の筋が下りて来た。まるでそれは天へ登るための梯子のように厳かな美しさを放つ。そして、暗黒龍はその光の中に溶けるように消えていった。

 

 残された聴衆たちはその神秘的な光景に魅了され、まるで夢を見ているかのようにしばらく呆然とただ空を見上げていた。ドラゴンに乗って消えた可愛い金髪の子供、神の使徒の言葉は彼らの中に大切な何かを残したのだった。

 

 ヴィクトルの発言は新聞などでは一切報道されなかったが、市民の間ではあっという間に広がり、あちこちでいろいろな動きが出始めることとなった。

 



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4-21. トラとウサギ

 それから数カ月――――。

 

「ルーちゃん、そろそろお昼にしようか?」

 暗黒の森深く、大きな山のふもとに開拓した牧場で、ヴィクトルが牧草を刈る手を休め、額の汗をぬぐいながらルコアに声をかけた。

「そうね、お昼にしましょ、あ・な・た!」

 うれしそうに笑うルコア。

 二人は木陰に作った丸太のベンチに座り、サンドウィッチを頬張る。

「僕の思ってたスローライフって畑だったんだよね~」

 ヴィクトルはそう言って、牛が点々と草をはむ、広大な牧場を見渡しながらコーヒーをすすった。

「ごめんなさいね。私、肉しか食べないので……」

 ルコアは申し訳なさそうに言う。

「いやいや、僕はルーちゃんと一緒に居られるだけで幸せだからいいんだよ」

 ヴィクトルはそっとルコアの頬にキスをした。

「ふふっ、私もよ」

 ルコアはお返しにヴィクトルの口を吸った。

 

 その時だった、ヴィクトルの索敵魔法に何かが反応する。

「ちょ、ちょっと待って!」

 ヴィクトルはルコアから離れ、ピョンと飛び上がると、侵入者の方へすっ飛んで行った。

 魔物除けの結界を突破してきているのだから人間だろう。こんな暗黒の森の奥深くまでやってくるとは尋常じゃない。一体だれが何の目的で……。ヴィクトルは(いぶか)しく思いながら速度を上げる。

 

 近くから索敵をかけてみると、五人の男たちが暗黒の森の中を進み、牧場を目指しているようだ。

 ヴィクトルは彼らが森を抜けるあたりに着地し、腕を組んで彼らが出てくるのを待った。

 

「やっと森を抜けました……」

「おぉ、到着じゃな」

 男たちが話をしながら出てくる。

 ヴィクトルはその顔を見て驚いた。なんと、国王に騎士団長、それに班長たちだった。

「国王陛下!? ど、どうなされたんですか?」

 国王はヴィクトルを見つけると帽子を取り、相好を崩して言った。

「おぉ、アマンドゥスよ、いきなり訪ねてすまん。ちょっと話できるか?」

「も、もちろんです。おっしゃっていただければ私の方から出向きましたのに……」

「いいんじゃ、お主がどういう暮らしを選んだのか見ておきたかったんじゃ」

 ヴィクトルは丸太のコテージへと案内した。

 

       ◇

 

「のどかでいい所じゃな」

 国王は()きたての香り高いコーヒーをすすりながら言った。

「神の使途としての仕事をしながら、牧場もやっているんです」

「おぉ、そうかそうか、ご活躍じゃな……。それで……。お主が言っておった『変わらないと神に滅ぼされる』って話じゃが、余はどうしたらいい?」

 国王はまっすぐな目でヴィクトルを見た。

 ヴィクトルは悩んだ。助言はご法度だ。それに国王といえどもできることには限界がある。周りの王侯貴族の同意が得られないことはできないからだ。

「規則により、私は助言できません。申し訳ありません」

 頭を下げるヴィクトル。

「ふむ……。そうか……」

 残念そうな国王。

 ヴィクトルはしばらく思案して、口を開いた。

「陛下……。トラとウサギはどちらが強いと思いますか?」

「えっ? それはトラじゃろう」

 国王は白いものが目立つ眉をひそめながら答える。

「そうです。対戦させたら必ずトラが勝ちます。でも、トラはわが国では絶滅し、ウサギはたくさん繁殖し、どこにでもいます」

「むむ……。実はウサギの方が強い……という事か?」

「ウサギは住む場所を変え、エサを変え、どんどん環境に合わせて生き方を変えていったんです。トラはトラのままでした」

「変わらねば……滅びるってことじゃな……」

 国王は腕を組んで黙り込んでしまった。

 ヴィクトルはコーヒーを一口飲み、少し考えると言った。

「一つアドバイスすることがあるとしたら、若者がやりたいことに専念できる環境があるか? これが目安になるかと」

「若者?」

 国王は顔を上げ怪訝(けげん)そうな表情で言った。

「そうです。国の未来を作っていくのは若者です。彼らが思う存分斬新な事をできるのならそこに変革が起こり、きっと神様も満足されるでしょう」

「なるほど……、若者か……」

 国王はそう言ってしばし、思索にふけった。

 

         ◇

 

 その後、外で控えていた騎士団長たちを交えて簡単なパーティを開く。

 ヴィクトルは東京で買ってきた、芸術的な造形のチョコが乗ったケーキをふるまった。

「なんじゃこりゃぁ!」

 その斬新な造形と繊細な味に驚く国王。

「神様のおわす国の若者が作ったケーキです。若者が夢を持ち、研鑽(けんさん)するというのはこういうことなんです」

「なるほど、神様が求められていることが少し分かった気がするぞ」

 国王はパクパクと食べながらうなずいて言った。

 

 騎士団長は質素なコテージを見回しながら言う。

「『神の使徒』であれば宮殿や神殿に住んでいると思ってました」

「僕は素朴に、静かにのんびりと暮らしたいんですよ」

 ヴィクトルはニヤッと笑う。

「あー、余もこういう暮らしには憧れるぞ」

「そ、そうなんですか!?」

 騎士団長は驚く。

「田舎で休暇を取りたい時はおっしゃってください。別荘をご用意してお迎えに上がります」

 ヴィクトルはニコッと笑って国王に言った。

「おぉ、それは嬉しいぞ。楽しみじゃ」

 国王はうれしそうに笑う。

 



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4-22. 限りなくにぎやかな未来

 月日は流れ、ルイーズや国王の尽力により、街のニュースにも斬新な話題が混ざるようになってきた。ヴィクトルが秘かに支援する若者の数も増えている。果たしてそれが神々のお気に召すものになっているのか、ヴィクトルにはまだわからないが、きっといつかは喜ばれる成果につながってくれるだろう。

 

 朝食後、牧場の作業をするべく作業着に着替えていたヴィクトルは、

「パパ~、どこ行くのぉ?」

 という声で振り返る。

 そう、娘が生まれていたのだ。ヴィクトルの身長はもう180センチを超え、ガッシリとたくましいパパになっていた。

「おぉ、ツァルちゃん、おいで」

 ヴィクトルはかがんで手を伸ばし、銀髪碧眼のルコアそっくりの可愛い子供を抱き上げた。幼児独特のミルクの甘い匂いがふんわりと香ってくる。

 きゃは!

 ツァルはクリクリとした目を見開いて、うれしそうに笑う。

「パパはね、お仕事へ行ってくるよ。牛さんにエサをあげないとね」

 そう言って、柔らかく細い銀髪の頭をゆっくりとなでた。

 

 その時だった、

 ヴィーン! ヴィーン!

 コテージの中に警報音が鳴り響く。

 ヴィクトルはハッとして急いで空中に映像回線を繋げる。

 浮かび上がったのは金髪のおかっぱ娘、レヴィアだった。

「おぉ、ツァルちゃん! 可愛いのう……。お姉さんのこと、覚えとるかぁ?」

 開口一番、娘に絡むレヴィア。

 きゃは!

 ツァルはうれしそうに手を振った。

「で、何があったんですか?」

 ヴィクトルはツァルをゆっくりとゆらしながら、渋い顔で聞く。

「おぉ、そうじゃ! 今、シアン様から連絡が入ってな。どうやら指名手配のテロリストがうちの星に潜入したそうじゃ。お主、捕まえてきてくれ」

「え――――? またですか?」

「我に文句言うな。情報は送っといたから今すぐ発進してくれ」

「レヴィア様も手伝ってくださいよ」

「何言っとるんじゃ、これはお主の研修。場数を踏んで早く立派な管理者になってもわらんと。ただ、どうしても我の助けが欲しくなったら『レヴィア様愛してる!』って叫ぶんじゃぞ。飛んで行ってやる」

 ニヤッと笑うレヴィア。

「絶対言いません!」

 ヴィクトルはブチっと通信を切った。

 そして、ふぅとため息をつくと、メッセージを確認する。

「えーと……南極!? なんでこんな寒そうなところに……」

 そう言って憂鬱な顔をした。

「パパ、だいじょーぶ?」

 ツァルはそう言って首をかしげ、つぶらな青い瞳でじっとヴィクトルを見る。

「大丈夫だよ――――!」

 ヴィクトルはパァッと明るい顔をしてすりすりと頬ずりをする。

 すると、ツァルは

「ふわっ!」と言って動かなくなった。

「え?」

 直後、

 ハックチョン!

 と、可愛いくしゃみと共にボン! と、爆発音が上がり、ツァルはドラゴンの幼生に変化した。幼生といってももう体重は一トンを超えている。

「おっとっと!」

 ヴィクトルはバランスを崩し、

 ズン!

 床が抜けそうな衝撃音を放ちながら倒れ、あえなくドラゴンに押しつぶされた。

 ぐぇっ!

「キャ――――! あなたぁ! ツァルちゃんどいて!」

 ルコアが飛んできてヴィクトルを助け出す。

「ツァルはだいぶ重くなったな」

 そう言いながらヴィクトルは這い出して、キョトンとしてる幼生のドラゴンをなでた。そして、

「では、ひとっ飛び南極まで行ってくるね」

 と、言ってルコアにハグをした。

「あなた……、気をつけて……」

 ルコアは不安そうな目でヴィクトルを見る。

 ヴィクトルはルコアに軽くキスをすると、

「大丈夫、ツァルをお願いね」

 そう言って優しく頬をなでた。

 ゆっくりとうなずくルコア。

 

 ヴィクトルは茶色い牛皮の靴を履き、ウッドデッキに出る。

 両手をグンと伸ばし、気持ちいい朝の澄んだ空気を大きく吸い込むと、トンッと跳びあがり、そのまま澄んだ青空へと舞いあがった。

 まだ朝もやの残る森の木々が徐々に眼下へと小さくなっていく……。

 振り返ると、人間に戻ったツァルを抱いて、手を振っているルコアが見えた。二人の銀髪が朝の風に揺れている……。

 

 この瞬間、稲妻に打たれたように、ヴィクトルを愛しさと切なさの衝撃が貫いた。

「あぁ……」

 ヴィクトルはしばし胸がいっぱいになって動けなくなる……。

 そして、自分の生まれた意味を初めて理解した。

 

「そうか、僕はこのために生まれてきたんだ……」

 

 心の奥から溢れてくる温かいものについ涙ぐみ……、そして大きく手を振り返した。

 愛する人と共に暮らし、そしてみんなのための仕事をする……。そう、これがずっと欲しかった本当の人生だったのだ。

 

 二度目にして手に入れた最高の人生……。

 

「ありがとう、ルコア、ツァル……そして、みんな……」

 

 こぼれてくる涙をふきもせず、ヴィクトルは目をつぶり、五十六億七千万年前から延々と続く、命と想いの織りなす奇跡の系譜全てに感謝をする。

 

 爽やかな朝の風が、森の香りを載せてヴィクトルの頬をなでていく……。

 

「よし! 約束通りこの星を宇宙一にするぞ!」

 輝く朝日の中、ヴィクトルはそう誓うと、とめどないパワーが体中に満ち溢れてきた。

 

 ヴィクトルはクルクルとキリモミ飛行をし、

「よっしゃ――――!」

 とガッツポーズで叫ぶ。

 

 そして、ドーン! と音速を突破すると、一直線に飛行機雲を描きながら、そのまま南極へつなげたゲートをくぐっていく。それはテロリストがかわいそうになるくらいの勢いだった。

 

「パパ、いっちゃった……」

 ツァルが不安そうにつぶやく。

「大丈夫、すぐに戻ってくるわ」

 ルコアはそう言って、ツァルの柔らかな頬を優しくなでた。

 そして、澄み切った青空にたなびく飛行機雲が、朝日にまぶしく輝きを放っているのを愛おしそうに見つめた。

 



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登場者インタビュー

作者「皆様、最後までお読みいただきありがとうございました(*´ω`*)」

ヴィクトル「ありがとうございます!」

ルコア「感謝しますー!」

作者「さて、物語の中を生きてこられていかがでしたか?」

ヴィクトル「十万回殺されるって設定、誰が考えたんですか?」

ルコア「えっ!? あなた、そんな死んでたの!?」

作者「あー、それはごめんなさい。平凡な設定だとお客さん逃げちゃうので……」

ヴィクトル「……。殺される方の身にもなってくださいよ」

ルコア「うちの人イジメないで!」

作者「……。ごめんなさい」

ヴィクトル「でも、ルーちゃんとめぐり合わせてくれたことには感謝してますよ」

ルコア「うふふ、そうでしたね。ありがとうございますぅ」

 見つめ合う二人。

作者「ラブラブで何よりです……。お子さんもできたし、良かったですね」

ヴィクトル「ツァル! おいで!」

ツァル「あーい」

 ツァルを抱き上げるヴィクトル。

ルコア「うふふ、いい子にしてるんですよ」

 ツァルを優しくなでるルコア。

作者「あら、可愛いですねぇ……。お子さんができるとは思ってませんでしたよ」

ヴィクトル「あれ? プロットには無かったんですか?」

作者「私、プロット書かないんですよね~。キャラが勝手に動くのを書き留めてるだけなんです」

ヴィクトル「何という行き当たりばったり……」

作者「いやいや、人生ってそういうもんじゃないんですか? あなただってルコアさんと結婚するなんて思ってなかったでしょ?」

ヴィクトル「まぁ……、最初は肉を貪ってる変な奴としか……」

ルコア「えっ!? そんな風に思ってたの!?」

ヴィクトル「あ、いや、そういう人見たこと無かったから……」

 冷や汗のヴィクトル。

ルコア「ツァル! パパをメッてして!」

ツァル「きゃは! メッ!」

 ツァルは両手でバチンとヴィクトルを叩く。

ヴィクトル「ひぃ~!」

ルコア「今でも変だって思ってるの?」

 口をとがらせるルコア。

ヴィクトル「今はルーちゃんが僕の理想の人だよ」

ルコア「本当に?」

ヴィクトル「本当だって」

 そう言ってヴィクトルはルコアの頬にキスをした。

ルコア「うふふ、良かった……」

 幸せそうに微笑むルコア。

作者「あー、そういうのはインタビュー終わってからにしてくださいね」

ヴィクトル「すみません……」

作者「これから星を守っていく仕事になりますが、いかがですか?」

ヴィクトル「うーん、正直良く分からないですよね。何が星を栄えさせるのかなんて全く予想できないですしね」

作者「まぁ、ゴールの姿が最初から分かってたら、そもそも星なんて作りませんからね」

ヴィクトル「理屈は分かりますよ。でも……」

 納得いかない様子のヴィクトル。

作者「『困難やチャレンジのない人生など生きる価値などない』って自分で言ってたじゃないですか」

ヴィクトル「いや、まぁ……、そうなんですよね……」

ルコア「あなたいい事言うわねぇ」

ヴィクトル「そ、そうかな……えへへ……」

 

      ◇

 

作者「ヴィクトルさん、凄く若いですよね。とても百十歳オーバーとは思えませんよ」

ヴィクトル「身体変わったら気持ちも若くなりました」

ルコア「ふふっ、たくましいんです……」

 ルコアがぽっとほほを赤くする。

作者「あー、ツァルちゃんに弟妹ができそうな勢いですね」

ヴィクトル「大家族に憧れているんです」

ルコア「ちょっと、そんな事ここで言わないで!」

 真っ赤なルコア。

作者「まぁ、仲良しで何よりです」

ヴィクトル「……」

ルコア「……」

 

作者「さて、ヴィクトルさんには何人も先輩がいるって知ってます?」

ヴィクトル「あー、僕みたいに管理者に採用された先輩ってことですよね?」

ルコア「え? そうなんですか? 会ったこと無いわ……」

作者「会ってみたいですか? レヴィアさんと一緒に冒険してシアンさんに鍛えられた方も二人ほどいますよ」

ヴィクトル「なんと! 同じ境遇じゃないですか!」

作者「世間は狭いですねぇ」

ヴィクトル「もしかして……、いつも同じ話書いてませんか?」

作者「そ、そんなこと無いですよ? みんな違う境遇ですし……」

 冷や汗をかく作者。

ヴィクトル「違う話に同じ人が出てくるって面白いですね」

作者「シアンさんは処女作で一番最初に出てきてくれた人なんです。当時赤ちゃんでした」

ヴィクトル「赤ちゃん!?」

作者「赤ちゃんシアンが月を地球へ落そうとする話ですね」

ヴィクトル「なんと……、赤ちゃん時代からそんな破天荒なんですね」

作者「当時から何考えてるんだか良く分かりませんでした」

ヴィクトル「作者さんが分からないって……」

作者「だって、シアンさんってAIだから……」

ヴィクトル「へっ!? 人間じゃない?」

作者「あれ? 知らなかったんですか?」

ヴィクトル「そんな描写ありませんでしたよ」

作者「そ、そうだったかな……。じゃあこれ読んでみるといいですよ」

 さりげなく『ヴィーナシアンの花嫁』上下巻を渡す作者

ヴィクトル「2冊ビッシリ……すごい量だ……。あれ? この表紙って……」

作者「表紙はヴィーナさんですね」

ヴィクトル「ウェディングドレス着てる……」

作者「まぁ、そういう話ですね」

ヴィクトル「ちょっと読んでみます!」

作者「で、先輩たちに会ってみます?」

ヴィクトル「そうですね……、それは仲間であり……ライバルってことですかね?」

作者「そうですね、星を盛り上げるライバルですね」

ヴィクトル「ちょっと話してみたいですね」

ルコア「私も会ってみたーい!」

作者「それじゃ、タイミング見てみんな呼んでみますか!」

ヴィクトル「楽しみです!」

ルコア「わーい!」

作者「とは言え、今は後輩を作ってるところなので……、いつになるかな……」

ヴィクトル「え? また同じ話ですか?」

作者「今度は大聖女が主人公なので、少し違う話……かな?」

ヴィクトル「でもシアンさんとか出てくるんですよね」

作者「……、まぁ……。彼女一番強いので……」

ヴィクトル「うちの娘も出してくださいよ」

ルコア「そうそう、こんなに可愛いんですよ!」

ツァル「きゃはっ!」

作者「うーん、出せる所あったかな……」

ヴィクトル「ぜひ!」

ルコア「ぜひ!」

作者「まぁ、出番があったら……」

ヴィクトル「ありがとうございます!」

ルコア「やったー!」

作者「あったらですよ?」

 冷や汗の作者。

ヴィクトル「あるといいなぁ」

作者「では、そろそろ時間がやってまいりました。次回作もよろしくお願いいたします!」

ヴィクトル「お願いいたします!」

ルコア「読んでくださいね!」

ツァル「きゃはっ!」



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番外編 花舞い散るドラゴンのミートパイ

1.灼熱のドラゴンブレス

 

「ねぇ……、まだぁ……」

 広く気持ちのいいオフィスのソファーで、銀髪のかわいい幼女【ツァル】はプクプクのほっぺたを膨らませ、絵本を読んでくれているママに不平をこぼす。ママは奥の会議スペースでパパたちが激論を交わし、紛糾しているのを眺め、ふぅとため息をつきながら言った。

「まだ……、かかりそうねぇ……」

「つまんない……」

 ローテーブルに身を投げ出し、眉をひそめ、クリクリの瞳で訴えるツァル。

「だからお家で待って居ようって言ったのよ」

 ママはいさめるが、

「やだぁ! お腹すいた――――!」

 そういいながらテーブルからずり落ちていくツァル。

「ツァル! いい子にしてないとメッ! よ!」

「お腹すいた――――!」

 ついには床に転がってわめきだすツァル。

 ママは鬼のような形相でツァルをにらむが、ツァルはもう言うことなんて聞かない。

「やだぁ! お腹すいた――――!」

「さっき、おやつあげたわよ! いい加減にしなさい!」

 ママはツァルを捕まえ、抱き上げたが、ツァルはエビぞりになってわめく。

「いやぁ! ママきらい――――!」

「悪い子! メッ!」

 ママが怒った時だった。

 

 ボン!

 幼女は爆発し、ドラゴンの幼生となって巨大化した。そう、ツァルはドラゴンだったのだ。

 いきなり数トンの重さになって、さすがのママもバランスを崩してしまう。

 

 ズーン!

 きゃぁ!

 ママはツァルごと倒れ、ツァルはオフィスを壊しながらゴロゴロと転がった。キャビネットがひしゃげ、観葉植物は粉砕され、デスクはぺちゃんこになった。

 

 うわぁぁん!

 ドラゴンの鳴き声がオフィス中にこだまし、スタッフのみんなが苦笑しながら集まってくる。

 

「おやおや、どうしたんだい?」

 アラサーの優しそうな男性【誠】があおむけに転がっているツァルをゆっくりと抱き起し、頭を撫でた。

「ママがいじめるの!」

 ツァルは涙をポロポロとこぼしながら訴える。

「す、すみません! 連れて帰ります」

 ママが腰をさすりながらやってきて謝った。

「やだぁ! お腹すいたの!」

 ツァルは手足をバタバタさせキャビネットをけり倒した。

「あ――――っ! ツァル! 駄目だぞ! ママと帰ってなさい!」

 パパが急いでやってきていさめるが、

「お腹すいた!」

 と、わめいてさらに暴れる。

「よーし、じゃ、おじさんが美味しいもの作ってやろう!」

 誠はニコニコしながらツァルの涙をハンカチで優しくぬぐってあげた。

「えっ! そんな、誠さんにそんなことお願いできないですよ!」

 焦るパパだったが、誠は、

「大丈夫、会議も煮詰まってるみたいだし、この辺で一旦ブレイクしよう」

 と、ニコッと笑った。

 そして指先をツーっと縦に動かし、空間に切れ目を入れると、両手でぐっと押し広げた。

 見るとそこには一面のお花畑が広がっていた。

「うわぁ!」

 ツァルはその風景を見ると、つぶらな瞳をキラキラと光らせ、

 

 ボン!

 と、爆発して人間に戻って空間の切れ目に飛び込んだ。

 澄みとおる青い空にはぽっかりと綿あめのような雲が浮かび、さわやかな風が赤や黄色に咲き誇る花々を穏やかに揺らし、ウェーブを描いている。

 ツァルは両手を高々と掲げ、

「うわぁい!」

 と満面の笑みで叫んだ。

「いろんなお花を摘んでごらん。それを使って料理してあげるよ」

「うん!」

 ツァルはお花畑に分け入ると、大きな赤い花を見つけ、そっと匂いをかいでみる。そして、その甘くかぐわしい香りにうっとりとすると、満足そうにプチっと摘んだ。

 さらに青、黄色、多彩な色の大小さまざまな花を摘んでいった。

 

          ◇

 

「あいー!」

 両手いっぱいの花を摘んできたツァルは、得意満面で誠に渡す。

「おぉ、たくさん摘んだね――――!」

 誠は嬉しそうに受け取ると、花畑に用意しておいた大きなテーブルの上に広げた。

 

「おぉ、これはグレート・ロ-ズマリー、肉料理には欠かせないな。それから……、これはブライト・ローレル、ローリエの代わりになるね」

 誠はツァルに見せながら花を選定していく。ポップスター、リナリア、ナデシコ、キンギョソウ、バラ辺りはそのまま食べてもおいしそうだ。

 

「それじゃ、料理していくぞ!」

 誠は袖をまくった。

「やったぁ!」

 ツァルは大喜びで両手を上げる。

 パパママはお互い顔を見合わせ、ヒヤヒヤしながら後ろで様子を見ていた。

 

「さーて、何肉にしようかな? ツァルちゃんは何が好き?」

「分かんない! おいしいお肉!」

 ツァルはニコニコして答える。

「一番おいしいのはそりゃドラゴンの……」

 と、言いかけて誠はハッとする。

「ドラゴン?」

 首をかしげるツァル。

「あー、オホン! 和牛にしよう!」

 誠はごまかすと、空間の割れ目から和牛のブロックを取り出し、空中に放り投げた。そして、腕をブンと振って、緑色に光る空気の刃を無数放った。

 

 ボスボスボス……。

 ブロック肉はたちまち粉々になって降ってくる。

 

 パチパチパチ!

「わぁ! すごぉい!」

 ツァルは目をキラキラと輝かせながら拍手をする。

 誠はニコッと笑いかけながら落ちてくる粗切りビーフを大きなボールで受け止める。そして、そこにさっき採ったハーブの花と調味料を混ぜてもみ込んだ。

 続いて、巨大なフライパンを出し、オリーブオイルと潰したにんにくを入れると、誠はツァルの前に出した。

「よーし、それじゃツァルちゃん、火を吹いて」

 ツァルはつぶらな瞳でキョトンとして、

「火、出すの?」

 と、首をかしげながら聞いた。

「そうそう、ぼぅっとね」

 誠はニコッと笑っていった。

「分かった!」

 ツァルは嬉しそうに言うと思い切り息を吸い込み……、渾身の力を込めてドラゴンブレスを放った。

 ゴォォォォォ!

 吐き出された灼熱の炎は、フライパンをあっという間に溶かし、吹き飛ばした。

 アチャチャチャ!

 思わず慌てる誠。

「なんだこのドラゴンブレスは!?」

 思わず青ざめる誠。大人のドラゴンだってここまでの威力はない。誠はツァルの秘めたる力に思わずぞっとした。

 

「ツァルちゃん! やりすぎよ!」

 ママが駆け寄ってきて制止する。

 口から煙を立ち昇らせながらツァルはキョトンとする。

「やりすぎ?」

「こうやるのよ」

 ママはそう言うと、口をすぼめてそっと炎を吹いた。

「ふーん、ツァルもやってみる!」

 ツァルはそう言って何度か練習をした。



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番外編 2.花々の祝福

 新しいフライパンで無事、肉と玉ねぎを炒めたらいよいよ最終工程。

 誠はタライのような巨大なパイ皿を出すとそこにパイ生地を敷き詰めた。そして、炒めたものを載せ、チーズを振りまくと、長細く切ったパイ生地を格子状にあしらっていく。

「うわぁ!」

 ツァルは、誠が手際よく仕上げていく様をキラキラとした目で見ていた。

 誠はレンガを組んで作った即席のかまどにパイを入れると、レンガを積んで蓋をして言った。

「さぁ、ツァルちゃん、中火でよろしく!」

「あーい!」

 ツァルは火加減をうまく調整してかまどに炎を吹き込んだ。

「おぉ、いいねいいね! 200度でよろしく」

 ツァルは炎を吐き終わると、また大きく息を吸ってゴォォと炎を吹いた。

 パパママはそばでハラハラしながら見ている。

 

      ◇

 

 二十分ほどママと交代しながら温度を保つと、いよいよ出来上がり。

 誠は慎重に入口のレンガを落とす。すると、ぐつぐつという音とともに香ばしい香りがふわぁと広がる。満足そうに眼を閉じてその香りを楽しむと、取り出したパイをテーブルに乗せ、言った。

「はい、ツァルちゃん、盛り付けだよ」

 誠はきれいに洗った、ボウルいっぱいの赤青黄色とカラフルな花々をツァルに渡した。

「キャハッ!」

 ツァルは嬉しそうに両手でバッと花をつかむと景気よくパイの上に放り投げた。花びらはひらひらと舞いながらパイの上に降り積もっていく。

「キャハー!」

 さらに嬉しそうにどんどんと花を降らせるツァル。

 大人たちはみんなそんなツァルを愛おしそうに見ていた。

 

 と、その時だった。にわかに空が掻き曇る。

「えぇ?」

 怪訝そうに空を見上げるツァルだったが、パパはママとツァルの腕をつかむと一気に数キロ離れた空へワープした。

 

 直後、激しい閃光がお花畑を包み、大爆発が起こった。

 熱線で花畑は一気に燃え上がり、白い繭のような衝撃波が音速で広がって辺り一帯の木々を全てなぎ倒していく。そして立ち上る灼熱のキノコ雲。

 和やかなお料理タイムが一気に凄惨な戦場へと早変わりしてしまったのだ。

 ツァルは唖然としながらその地獄絵図にプルプルと震えていた。

 

 誠たちも合流してきてパパと何やら相談を始める。

「テロリストですね」「ついに来やがったか……」「こうなると話し合いとかの問題じゃないな」「しかしここで本格的な戦闘は……」「避けたいねぇ……」

 みんな渋い顔をしてお互いの顔を見合った。

 すると、向こうの方から光をまとった誰かが飛んでくる。

「おいでなすったぞ」

 パパが険しい顔をしながらにらんだ。

 

 飛んできたのはタキシード姿のひょろりとした男だった。

「おやおや、皆さんお揃いで」

 男はニヤけながら言った。

「やはりお前か、まだ生きてたのか?」

 パパは渋い顔をしながら言う。

「勝手に殺さないでほしいね。星の自治権を明け渡すまで何度でも蘇ってやるのさ、はっはっはっ!」

 男は嬉しそうに笑う。

「何が自治権だ。単に自分の欲望を満たすことしか考えない奴に権利など渡せんよ」

 にらみ合う両者。

「あなたがお花焼いたの?」

 ツァルが横から怒って言った。

「おや、かわいいお嬢ちゃん。花だけじゃなく、次は君たちも焼いてやるよ。クフフフ」

 ニヤけた顔を見せる。

「メッ!」

 そう言うとツァルは強烈なドラゴンブレスを男に向けて放った。

 しかし、男はシールドを展開して炎から身を守る。

「ははっ! そんな炎など効かんよ、お嬢ちゃん」

 と、余裕を見せた男だったが、ツァルの怒りは予想を超えてすさまじかった。

 どんどん火力が増していくと男は徐々に顔が青ざめていった。

「お、おい! まだやるのかよ!」

 焦る男にツァルは炎を止めて言った。

「悪いことしたら謝るのよ!」

「何言ってんだ! 俺は悪くない!」

「悪い子はメッ!」

 ツァルはそう叫ぶと、今度は青いハイパードラゴンブレスを放った。

「へっ? なんじゃこりゃぁ!」

 男はそう叫ぶと、シールドを追加したが、それでも防御できず吹き飛ばされる。

 

 グァァァ!

 

 男は花畑の中へと墜落していった。

 

      ◇

 

 服は焼け焦げ、髪はチリチリになった男は、たおやかで優雅な匂いに包まれながら目が覚めた。

「えっ?」

 目の前にはツァルが腕を組んで仁王立ちしている。

「お、お前! 悪いのは誠たちだぞ! 俺はなんも悪くない!」

 男はわめいた。

 すると、ツァルは、

「お花畑を焼くのは悪い人なの。悪い人しかそんなことしないの」

 と、言い切った。

「え? こんなのただの植物じゃないか!」

 男は反論しながら周りを見回す。

 見渡す限りの花畑では美しい花々がさわやかな風にウェーブをつくり、赤、青、黄色の鮮やかな色どりを揺らしていた。

 そして漂うかぐわしい香り……。

 男はやがて気が付く、長い社会生活のストレスフルなやり取りの中で自分が失ってしまった感性を。

「悪いことしたら謝るのよ!」

 ツァルはプンプンと怒りながら言った。

 男は大きく息をつくと、こんな幼女に戦闘で負け、大切なことを教えられたことにガックリとうなだれた。

 

      ◇

 

 誠たちの手によって花畑は再生され、テーブルには退避させていた【花舞い踊るミートパイ】が準備された。

 ツァルの願いで捕縛された男も席に加えられ、試食係のツァルは大きな声で叫ぶ。

「いただきまーす!」

 

 切り分けられた【花舞い踊るミートパイ】からはジューシーな肉汁がしたたり、芳醇な香りが漂ってくる。

「はい、ツァル、あーん!」

「アーン!」

 ママは一口フォークで取ると、ふぅふぅと冷ましてツァルの口に運んだ。

 もぐもぐとプクプクのほっぺたをゆらすツァル。

 あふれだす和牛のうまみ、玉ねぎの甘味、そして確かな酸味のアクセントを加える花々が混然一体となってツァルの脳髄を貫いた。

 

 ン!

 つぶらな瞳を大きく見開くと、

「おーいしーぃ!」

 と満面の笑みで叫んだ。

 

 皆、そんなかわいいドラゴンを幸せそうな表情で見つめ、優しい時間がゆったりと流れた。

 

「次はあなたよ! はい、アーン!」

 ツァルは光る特殊な鎖で縛られている男に一口、フォークでミートパイを差し出した。

 周りの大人たちはムッとした表情でその様子を見守る。

 男はいたたまれなくなったが、渋々ミートパイを口に含んだ。

 サクッとしたパイ生地の感触に、鼻腔をくすぐるハーブとフレッシュな花の香り。

 そして押し寄せる濃厚な肉汁……。口の中では上質なうまみのオーケストラが奏でられた。

 おほぉ……。

 男はもぐもぐとその奥深い食の芸術を堪能すると、しばらく目をつぶったまま動かなくなった。

 そして、ゆっくりと大きく息をつくとツァルの方を向き、

「ツァルちゃん、ありがとう」

 と、ポロリと涙をこぼした。

 ツァルはうんうんとうなずくと、

「もう二度と悪さしちゃだめよ!」

 そう言って、男を縛る鎖を引きちぎった。

「おい、ツァル!」

 焦ったパパだったが、誠はそれを制止した。

 男はサラサラと光の微粒子をまき散らしながら砕け散っていく鎖を眺め、

「ちょっと考えさせてください」

 そう言い残して消えていった。

「え? 行かせていいんですか?」

 パパが誠に聞くと、誠はニヤッと笑って返す。

「彼の仲間は彼のことをどう思うかな?」

「えっ……? あ、スパイになった可能性があるって思う……でしょうね」

「そう、彼は戻って来ざるを得ないのさ。実際……、まぁ止めておこう」

 誠はそう言うと、赤ワインのボトルを出して周りを見回し、

「ミートパイにはこの赤ワイン【神の雫】が合うんだ」

 そう言ってワイングラスとともに配っていった。

 

「では、懸案を解決してくれたツァルちゃんと、【花舞い踊るミートパイ】の完成を祝ってカンパーイ!」

「カンパーイ!」「カンパーイ!」「カンパーイ!」

 パパに抱っこされたツァルは、ぶどうジュースのグラスを掲げ、ゴクゴクと飲む。

 そして、パイを一口ほおばると、恍惚の表情を浮かべながら堪能する。そして、プルプルと首を振ると、最高の笑顔で笑った。

「キャハッ!」

 花畑にはさわやかな風が吹き、多くの花々が揺れる。それは、楽しそうにパイを堪能するみんなを祝福しているようだった。

 

 



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