戦術マニアのGGO日和 ((´鋼`))
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二人の優勝者
一瞬のような出来事だった。木々の生い茂る森林ステージ、そこで行われた一幕は確かに全てのプレイヤーは認識した。互いに武器を奪い奪われを繰り返し、ついには素手の闘いを強いられることになったとしても瞳の炎を絶やすことはなく、寧ろ根源的な戦闘に近付いたことでより苛烈さを増していた。CQC、EXCQCといったマーシャルアーツの応酬、HPバーの残量は共にほぼ同一、若干優勢なのはサトライザーと呼ばれるプレイヤーであったが相手も互角に立ち会っている。
そして互いのHPが1割を切る頃には、既にお互いが肩で息をするほど満身創痍となっていた。GGOを含めフルダイブ型のゲームにおいて身体的な疲れはそもそもない、あるのは脳の疲労だけ。サトライザーと相対するプレイヤーは顔面全てを覆うマスクの下半分だけを脱ぎ捨て、隠された瞳の奥底で相手を捉え続ける。サトライザーの方はというとHPが三割を切ってからずっと不敵な笑みを浮かべており、今も尚それを保ったまま相手プレイヤーに語りかける。
「Hahaha……
無言で拳を構える。敵として見ている相手に焦点を向けながらサトライザーの一挙手一投足全てに反応できるように研ぎ澄ませている。言葉は必要ない、同じように戦闘態勢に入り相手の隙を伺いながら一進一退を繰り返す。一般人からすれば奇妙な踊りのようにしか見えないが、戦闘者や軍人ともなればこの攻防が極度の緊張状態といった不安定な形で維持されていることに目を見張る。
最初に仕掛けたのは意外にもサトライザーからであった。両者ともに我慢強く隙を見逃さない忍耐力と判断力を兼ね備えているのならば、相手が知らぬ先手を叩き込み即座に無力化させる他ない。だがこの闘いで初めて出したフェイント混じりの打撃は完璧にいなされ反撃を貰いそうになるが、即座に避けて距離を取ったことで事なきを得た。だが隙を見せた相手に慈悲をかける訳もなく踏みつけを行うが若干届かず、かろうじて避けたサトライザーは体勢を立て直しまた睨み合いが続く。
今度は相手プレイヤーが素早い挙動で近付き下からムチのようにしならせた腕で攻撃する。普通ならば避けようのない速さとタイミングだがサトライザーはこれを回避し空いた左半身目掛けて肘打ちを仕掛けるも、急激に軌道を変えさせた右腕を使い叩き落とそうとし、逆にその右腕を利用し喉仏狙いのタックルへと変更。相手プレイヤーは寸前で上体を逸らし避けるとそのままバク転をして距離をとった。
いつまでもこのやり取りが続くとは思っていない。だがどちらかが制するまでお互い止めるつもりは毛ほども思ってない。意地の張り合い勝負の中で、確実に仕留めると思考し続ける。
しかしそんな思考とは裏腹にタイムカウントは残り15秒を切った事を示す。ゆえに最後の一撃をここで叩き込むしか無くなった。互いにせめぎ合い残り時間──2秒、最後の一撃が繰り出される。サトライザーは全身の駆動部をフルに使用し素早くも重い最大の肘打ちを心臓部へと、相手プレイヤーは同じように全身をフル活用させ肘から先を固定した拳の一撃を出す。
二者間の時間が遅く流れるように感じられる。互いに心臓部と腹部へ攻撃が入り込み、同じように吹き飛んだ。木にぶつかって漸く止まりHPバーがゆっくりと全損へと向かっていく所で、タイマーが0を示す。その直後、2人の仮想体が粒子となって消えていった。第1回BoB、Bullet of Bulletsの優勝者は異例の2人という終わり方を示した。
1週間が経ったある午後のこと。大学の食堂のカウンター席で黙々と食事をする男に、その隣に座る外国人の男が同じ空間に居た。魚料理を中心に箸を使って器用に食べている男と肉料理をナイフとフォークを使って口へと運ぶ男、単なる偶然なら特に何事もなく食事を終えていただろう。
「
飯と箸を口にくわえて動きを止める男は、隣に座った外国人を観察し始めた。そしてまたすぐに食事を再開し、口のものを胃の中へと送り込んだ。
「……
「
「
「
「
くつくつと感情を噴き出さぬよう堪えた笑い声がサトライザーから聞こえだす。当事者間のみにしか聞こえない静かなもので、しかし高揚と沈着の相反する情動があった。
「
「……
「
サトライザーが指で何かを弾く。放物線を描いて落ちるそれを危なげなく掴み取り手触りだけで何かを理解したヴェンデッタ。持ってきてきた肩掛けバッグのポケットに仕舞い、また食事を続ける。
「
「……
先に食べ終えたヴェンデッタと呼ばれた男がその場を去る。停めてあるバイクまで向かうと右ハンドルに付箋が貼られており、それがIDコードと気付くと呆れた様子でバッグにしまい公道を走らせ自宅へと帰っていく。オートロック施錠タイプのアパートの一部屋、中はいわゆる戦闘技術に関する本や練習用に使われるゴムナイフや硬質ゴムの模型銃、ギリースーツや鍛錬棒ガスマスクなど普通の内装ではない。
今日、それらが置かれた棚の一角に新たな物品が置かれる。あのサトライザーがくれた1枚のコイン、ヴェンデッタという男はよく知る代物であったため小さな巾着袋にそれを入れた。ちょうどよく男のスマホが鳴り、“特戦の師”と名前が入った相手と通話を始める。
『もしもし、
「はい、大丈夫です。今日の5時ですよね」
『そうそう。じゃあ5時にまた』
「分かりました。あ、あと個人的に話したいことが」
『ん、電話じゃマズイ?』
「実物を見てもらった方が早いので。実は今日──」
男の名は『
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戦闘者系一般人の日常
とある昼時の時刻、自宅で噛みごたえのあるジャーキーをよく咀嚼しておりそれ以外を何も考えずにしている睦希が居る。肉本来の旨味が口いっぱいに唾液を伝って広がり、かなり満足度は高い。それを二十分近くかけて食べ終えると精神統一をはかり、これを三十分。熟れたルーティーンを終えるとベッドに寝そべりアミュスフィアを被って目を瞑った。
「リンク・スタート」
無機質な声が部屋に伝わり、睦希は意識を仮想世界へと向かわせる。次に目が覚めるとGGOの世界にヴェンデッタとして足を付けていた。だが装備していたマスクはなく素面のアバターでグロッケンの街並みを歩いている、ヴェンデッタとして悟られないように態々装備まで変えているため余程バレたくない様子。ただ愛用のカランビットナイフだけはホルダーに収められているのは変わらない。賑わいを見せるショップに足を踏み入れ、NPCの店員ロボに出迎えられ商品を見ていく。
「……ない、か。まぁそんな頻繁に増える訳ないか」
「ゴ利用アリガトウゴザイマシタ!」
喧騒から離れ次に向かったのはプレイヤーハウス、そこはヴェンデッタが購入した場所であり安息所兼PC店舗の1つとなっている。武器が展示されたショーケースを挟んでヴェンデッタは座り趣向品である葉巻をふかす、この店では基本武器もそうだがヴェンデッタ自身の手によって作られたセルフメイド品が揃っており収入はそこそこ。純粋に買い物客として訪れるプレイヤーも居るものの、中には特別な依頼を頼む客も存在する。
とは言ったものの後者のプレイヤーは少ない。GGOは確かに他タイトルと比べてプレイヤー間のトラブルは多いものの、基本のやり取りが銃撃戦という点で勝負が波乱を呼ぶ場合が多々ある。もしもあるとすれば力量差で埋まることのないプレイヤーが復讐を代行してほしい時、とはいえベテラン勢がそうした復讐代行を頼むことなど早々ない。序にここの依頼料は所持金の少ないプレイヤーには払うことは難しいというのもある。
特に何事もなく時間だけが過ぎていくと、店のドアベルが鳴った。銀の長髪に加え肌の露出度が高い衣装を着た女性プレイヤーが入ってくる。
「
無言かつ視線を合わせず
「なんで撃つのさ!?」
「煩い、shut up, 回れ右してこい
「おーぼーだー!」
イクスと呼ばれたプレイヤーとヴェンデッタ、どのようにして出逢ったのかはさておきかなり気安い間柄であることが窺える。怒りながらもイクスの方はカウンターの向かい側、従業員側の方へと移りプンスコと擬音の出ていそうな雰囲気で隣に座るも、ヴェンデッタの方は更に奥、プレイヤーハウス側の方へと移動していく。それに伴ってイクスもまた付いてくる。
「撃つ必要なかったじゃん」
「お前が居なければ撃つことなかった。今日仕事じゃなかったのか」
「有給とってこの3日間は休みになったのよ!」
ふすん、と鼻息荒く威勢をはるもそれを無視してヴェンデッタは面倒な様子でソファに寝そべり、イクスはソファの背にもたれかかる。
「“V”の方はどうなのよ、そろそろ就職考える時期でしょ?」
「今のところ知り合いのもとで働かせてもらってる。この世界でも稼がせてもらってる分、今は就職について考えてない」
「おー、ゲーム廃人。そんなんで大丈夫ー? 私が言えたことじゃないけど」
「ほっとけ」
そんなやり取りのあと、また店番に戻ったヴェンデッタはしばらくの間暇な時間を過ごす。時折客が数名ほど来るも銃砲店ではないため基本見物客化したり、たまに本格的な動きを見せる本物が近接武器や投擲武器を買いに来るなどして1時間が経過した。イクスはというと暇になってフィールドへ狩りに向かった。
また店のドアベルが鳴り、ブーツの音が店に響くが何かに気づいたヴェンデッタはその客を見た。かなり奇天烈なピンクのトサカ頭をしたサングラス装備のプレイヤーは、ペン型暗器の傍にある記念コインを1枚手に取りそれをヴェンデッタに差し出した。この店の隠れたルールであるそれを見て、男をプレイヤーハウス側へと誘った。
既に荒廃しきった世界観を主軸にしたGGOのフィールドは基本的に荒れ果てて放棄されたという設定を持つ場所が多い。荒野フィールドもその例に漏れず、放棄されたかつての文明の名残という設定のもと風化した住宅地や発電所といった施設が多数存在し、そこに蔓延るエネミーは基本二足歩行型のアンドロイドといったMOBが多い。中には虫型エネミーも乱入することもあるがそこは省略させてもらう。
基本フィールドにはエネミー狩りを主としたプレイヤーと、PKを主としたプレイヤーの2種類存在する。前者は光学兵器により出費を抑えながら狩りをするのに対し、後者は実弾兵器による光学バリアの無効化を行いPKを画策する。GGOでは当たり前になったこの様式の中でも、各々の楽しみ方は千差万別に富んだ。銃への憧れ、世界観の興味、一攫千金、浪漫、多岐に渡るGGOのプレイ理由に誰かが口出しされて良いものではない。だが極稀に先程取り上げた理由ではなく、世間一般でいう異常者の動機が混じることもある。
彼女はその中でも“死”を望んでいた。戦火の中で繰り広げられるスリルと死を欲していた。けれどその本質をこのGGOで完全に満たすことは出来ずにいた、けれど彼女にとってこんな仮想世界でしか満たされない欲求でもあった。それがどれだけ意味の無いものと分かっていても、彼女が本当に望んだものが手に入る事など決してないのだとしても。僅かな望みを賭けてまで
最近よく耳にするあるプレイヤーの存在、人殺しの狂ったサイコとまで言われHPが全損しかけようが狂った笑みで標的の区別なくPKする女性アバターの『ピトフーイ』と、それに随伴する大柄の男性アバターの『エム』が居ると噂されている。猟奇的で狂気的な2人組の噂は広がり、半ば賞金首扱いされている。だが実際には勝ち負けを繰り返すような力量であり、上手くいけば仕返しできるといったプレイスキルともされている。それでも不穏な噂が絶えないのは偏にその凶暴とも揶揄される人間性の持ち主であるからだろうか。
そうして彼女はその衝動のままに狩り、随伴する彼はサポートの形で殲滅する。性格に難アリとはいえ力量差を理解している2人は他のPKを主体としたスコードロンに協力する形でのプレイを行っていた。戦果も上々、多少燻ってはいるものの沈静化していた。何もかもがいつも通りに終わる、そう予感していたこの場のプレイヤーは思いもしなかった。
「よーし、全員撤収だ」
「……何か1人足りなくないっすか?」
「んぁ? おい誰だよ勝手に行った奴は。お前捜してこい」
「えぇ、ったく何でオレが」
ぶつくさと文句を垂れながら居なくなったプレイヤーを捜し始めた1人、帰ってくるまでのあいだ屋内で待つ事になったがどういう訳かそのプレイヤーも帰ってくる気配がない。かれこれもう10分以上は経過しているというのにだ。流石に何かおかしいと勘づく者はいた。現在の総人数20名、互いに2人1組の態勢で辺りを捜索することになった。
5分経ち、定時連絡を行う。編成していたDとFペアの連絡が途絶えたことが確認され只事ではないと確信し始めていた時であった。4人ごとの編成となった瞬間、スコードロンのリーダーであった男性プレイヤーが頭蓋を撃ち抜かれて消えた。
「スナイパー! 狙われている!」
それが最後の言葉となった発言者もスナイプされ、全員別々の屋内へと逃げ込む。こうした一連の流れにふとピトフーイの中で何かが当てはまった。
「……ねぇエム、私多分この手口知ってるかも」
「奇遇だな、俺もだ」
「だ、誰なんだよ。こんな馬鹿げた真似をしてる奴ってのは!?」
直後、別の建物内で爆音と銃声が響く。少しして音が止んだその室内を観察していたプレイヤーの声が震えた。
「
「なっ……!?」
「総員、こちら側の観測にて『ヴェンデッタ』らしきプレイヤーを確認したようだ。最大限の警戒態勢で集合せよ」
彼らにとってその報告は死のカウントダウンに等しかった。あの異次元の闘いを魅せたヴェンデッタと呼ばれるプレイヤーに、自分たちが狙われている。これを不幸と言わずして何と言うのだろうか。受け止めきれぬ現実と受け止めなければならない事実を背負い、死なぬように移動を始めた。
「────あハッ」
ただ1人、口元を歪ませた例外を除いて。
『Vendetta』
・第1回BoB優勝者の1人。この闘いはGGOが始まって以来の非常に濃密な戦闘としてプレイヤーの間で知られている。もう1人の優勝者はアメリカ人プレイヤーの『Subtilizer』
・リアルでは戦闘技術を鍛えているだけの一般人。しかし本人の談であり、持ち物からして常在戦場を意識しているなど一般人らしからぬ生活をしている。
・リアル名『睦希 亮司』
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報復を与えんがため
時は少し遡り、ヴェンデッタのハウスルームに居る家主本人と依頼者の2人が対面していた。あるスコードロンのメンバーのPK、その名はヴェンデッタがよく向かう賞金首狩りスコードロンの手配書にメンバーリーダーの名前があった事を思い出したのも束の間、あろうことか依頼者はそのスコードロンの全滅を希望した。
「全滅、とは穏やかじゃないな。何のために?」
「あのスコードロンの噂は聞いてるだろ、火事場泥棒のハイエナ集団って。俺たちのチーム全員も、そいつらにやられて挙句1人はレアドロをロストしてGGOに来ないって言い出した。他にも被害に遭った奴らも居る、このゲームを楽しみにしてやって来たプレイヤーが楽しめないのを聞くのは悔しいんだよ!だからアンタに仇討ちしてもらいたいんだ!」
「……楽しさ、とは言うがな。この世界でそんな行為は殆ど日常のそれだ。特に奴らを咎める理由にはならんし、楽しみ方は人それぞれ在る。態々他人のプレイスタイルにケチを付けてまで報復というのもな」
「アンタがそれを言える立場かよ!?
「生憎アイテムの方も売れてるのでね。だが俺がこの依頼を一番渋る理由は
ここで依頼者が押し黙る。ほんの少し考えれば分かる事だが、標的の多い依頼はそれだけでロストする危険性が高い。あくまで仮想上の死とはいえロストすればデスペナルティとしてアイテムがランダムにドロップしてしまう。これだけで資産の減少に繋がるため誰であろうとこのような依頼は避けるのが普通だ。そしてこれはごくごく当たり前の事であるが、このような依頼を受諾させるには多額の報奨金が必要になる。
ただでさえ1人が行う内容ではないのだ。それを押し通そうとする事がどれほどの無謀さを孕んでいるのかを想像できない筈はない。もし彼ならば出来るのではないのか、という考えがあるのならそれは過信でしかないと言える。納得させたいのならば、それ相応の金を動かさなければならない。
「もしそれでも尚望むというのなら、それ相応の報酬を用意しなければ動きはせん。自分で判断しろ」
「────いや、分かった。払う、だからやってくれ」
一つ息を吐き、ヴェンデッタが目を瞑る。少しして目を開きソファから立つと紙とペンを持ってきて金額を書く。その値段は通常のプレイヤー1人や2人では簡単に払える金額ではない。しかしそれを見越してヴェンデッタが口を開く。
「そこから情報の質と量によって減額されていく。何も無ければその紙に書いた報酬金を支払ってもらうが、出すなら今のうちだぞ」
「わ、分かった。でもどんな情報なら?」
「敵の装備編成、狩場、活動時間とかだ。装備に関しては相手の防具の詳細が分かれば多少まけられる」
そこから男は覚えている限り、調べた限りの情報を開示していき、最終的な判断により支払い金額は85Kクレジット*1にまで減額された。この値段は当初の半分程にまで抑えられたため依頼者が驚く羽目になる。
「い、良いのかよこんな……安く」
「今回の相手の中に賞金首として指定されたプレイヤーが居たんでな、そいつのタグを持って見せれば70Kは確実に貰える。それを踏まえてだ」
「……逆に情報なしじゃ、踏まえた上で150Kなんて大金なのか」
「賞金首とは関係ない面倒な奴まで倒さなきゃならん、これぐらいは妥当だとも。3日後にまた来い」
取引が終了し1人残されたヴェンデッタは仮想の肉体をゴキゴキと鳴らしフレンド欄から銃士Xを呼び出す。ここまでが夕方の出来事であった。
そして現在、戦火の真っ只中に居るヴェンデッタはBoBで披露した装備に加えCQB対応の装備で今回の作戦に挑んでいる。顔面全体を覆う分割可能なガスマスクに全身ほの暗い灰色のコンバットスーツ一式を着込み、いつものカランビットナイフに加えカスタムされたCQB対応のFN SCAR-LとH&K MP7。その他スモークグレネードや通常のグレネードを装備した形となっている。
「
『
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そして渦中から離れた高所で1人背景に紛れて狙う銃士X。ただ今回の一件では普段の装備はなりを潜め、周囲の赤茶色の岩肌に溶け込むような服装で全身を覆っていて特徴的な銀髪もフードで隠し胸も抑えている。装備には使用しているFR F2にサプレッサーとFWS-Sを取り付けており、サブとしてグリップを改造したベレッタ90-Two TypeFを所持している。
到着した別の狙撃ポイントからスコープ越しに観察する。対象であるグループは二人の出方を窺っているようで、外に出るのを躊躇っている様子なのが見れる。相手からすればほぼ抑止力に近いヴェンデッタや不明のスナイパーから狙われているため迂闊に出る方が危ういと思いがちである。この二人に籠城は通じないという点を除けばの話だが。
口をすぼめて小さく息を吐き続ける。徐々に小さく絞られていく円の中に入れるのは建物1階に居るプレイヤーの1人、僅かに当たらない位置に照準を定め、弾道予測線が一瞬で消えるほど素早く引鉄を弾いた。1秒にも満たない時間で目標に到達したことを確認するといそいそとライフルを片付け始めた。
『
それを聞き終えたヴェンデッタはすぐに行動を開始した。窓から誰の視界にも入らぬように開けておいた窓を使って建物から離脱、先程銃士Xが狙ったプレイヤーのグループがスナイパーに警戒しつつ移動しもう1組のグループが待つ建物に入っていくと遠回りしながら件の建物へと接近する。出入口と反対方向の窓側に位置すると、その場でか細い呼吸を繰り返す。ガスマスクに隠れた瞳が幽鬼のように虚ろへと変わっていくと、ヴェンデッタはゆったりとした動きで窓に対し斜めに立つとそのまま発砲した。
ガラスの割れる音と銃声が響き2階に集合していた計10名のプレイヤーがただ1人のことに思考を移す。聴覚を研ぎ澄ませ建物内から聞こえる足音を判別、推測を立てるヴェンデッタ。まだ中には入らない。
(──大柄な奴が矢面、その後ろに付随するように移動中。窓へと近付くのは大柄含めた4、回り込み3ずつ)
スモークグレネードを手に取ったヴェンデッタはピンを引き抜き窓辺りまで転がす。その間、右側から来る4名に対処するためグレネードを引き抜いて転がした。
「グレネード!」
男が叫ぶ、だが判断が遅かった。矢面に立っていた1人がグレネードの爆破により一発圏内にまで減らされ、他もそれ相応のダメージを受ける。タイミングよくスモークが展開されると先述の一行を淡々と処理し始めていく。矢面に居た2名の頭蓋に一発ずつ、フルオートに切り替えて残りを倒すと一瞬で3名がポリゴンに変えられた。
次に使用していたFN SCAR-Lを非装備状態にさせ用意したカランビットナイフを装備。ゆっくりとした足取りでスモークの中へと入っていき、弾道予測線を避けるため下から潜り込むように移動すると近場にいた1人の態勢を膝への攻撃によって崩し、カランビットナイフと身体操作によって銃を叩き落とし背後を向けさせ肉盾にさせながら攻め込む。
「くそっ、野郎ォ!」
スモークにより視界が遮られている中、2名がその音のした場所へ向けて乱射し始める。肉盾に使用しているプレイヤーのHP残量を考慮しそのプレイヤーを銃を乱射してる1名に向けて
当然、本来の所有者はポリゴンに変えられ同じく乱射していたプレイヤーも倒された。かろうじてHP残量があった肉盾として使用していたプレイヤーにも撃ってポリゴンに変えさせ建物の中へと入り室内階段の影に隠れる。スモークが晴れ部屋内にはプレイヤーは確認されないが、先程収めたFN SCAR-Lを装備すると、出入口に向けて発砲しつつ階段を上って2階へと移動した。発砲した先に見えたプレイヤー4名を封じ込ませながら。
「くそっ! 俺たち以外全員やられた! くそっ、くそっ!」
「ピーチクパーチク喚いてんじゃないよクソ野郎。それより手足動かしなチ○カス、折角あのヴェンデッタが殺しに来てるんだしさぁ」
「テメェだけで楽しんでろピトフーイ! 俺たちはあんなイカれた野郎に敵うわけねぇんだよ!」
「だったら尻尾巻いて泣きわめきながら逃げなよ。「うぇーん、ヴェンデッタさま許してー!」」
「言われなくてもこっちから逃げてやるよクソが!」
そうして2名、ピトフーイとエムを残して残されたプレイヤーはその場から逃げようとしていた。が、それらを許さぬように逃走していた2名の前にグレネードが落とされ、爆破により倒された。残されたピトフーイが不敵に笑みを浮かべエムを連れながら屋上へと向かって行った。
【FN SCAR-L】
FNハースタル社製のアサルトライフル。
グリーンベレー、ネイビーシールズ、デルタフォースの総括であるSOCOMの開発依頼によって製作された特殊作戦軍向けのアサルトライフル。
今回使用したのはCQB対応の5.56×45mmNATO弾仕様のもの。重量は3.04kgと軽く全長も短い。
【H&K MP7】
H&K社製のPDWサブマシンガン。
4.6×30mm専用弾を使用。ケブラー製ヘルメットやボディアーマーを貫通するなどアーマーピアシングの特性を持つ。FN P90の対抗として製作された。
【FR F2】
フランスのGIAT社製ボルトアクションライフル。
MAS 36小銃の機関部を主軸にFR F1のフリーフロートの肉厚銃身と二脚を改良し追加。ピストルグリップタイプの銃床、望遠照準器に脱着式10発箱型弾倉を装備させた狙撃銃。使用弾薬は7.62×51mmNATO弾。
【ベレッタ90-Two TypeF】
イタリアのベレッタ社製のオートマチックハンドガン。
ベレッタ92の相違点として人間工学に基づき使用者の手の大きさによって交換可能なポリマーグリップ。92と同様デコッカー兼用マニュアルセーフティーが搭載されている。
銃士Xの使用弾薬は9×19mmパラベラム弾。
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ホモバトラコトキシンへの言葉
十二分な警戒を怠らず、いつどこで襲撃ないし爆発に遭うか定かでない事を念頭に置きながら、それぞれCBJ-MSとFNブローニング・ハイパワーMk.IIIを構え屋上へと歩を進めるピトフーイとエム。その目に宿したのは期待か怖れか又は歓喜か、いずれにせよそのような目をしているのはただ1人に絞られるのだが。
もはやこのピトフーイを止められる訳がない、色々と長い付き合いのエムは確信する。この状況を誰よりも楽しんでいるしある意味望んでいたとも言える、ヴェンデッタという最高の相手であり最上の獲物を。この機会を逃すまいと意気揚々な雰囲気を隠そうともせず、しまいには鼻歌をするなど興奮気味な様子であった。一方のエムは特に何を言うまでもなく仏頂面を崩さず緊張した面持ちで向かっているが、お構い無しにピトフーイは絡んでくる。
「えぇむぅ、肩の力入り過ぎよ? もっとこのチャンスを楽しまなきゃ損じゃない?」
「お前だけ楽しんでくれピト、俺はごめんだ」
「あらそう。折角あのヴェンデッタとヤリ合えるってのに面白くないわねぇ、ホント」
「あれを見せられて戦うつもりでいるのはピトだけだ。一緒にするな」
「の割に逃げないのね」
「
「そうよねぇ……そうよねぇ!あれはそうなんだからねぇ!絶対に逃さないし逃れられない、正に天使かッ!」
何かのスイッチが入ったらしく嫌にハイテンションとなるピトフーイを尻目に一つ息を吐いて敵対しなければならない相手が居るだろう屋上の扉にゆっくりと近付いていく。
ヴェンデッタはピトフーイの琴線に触れたプレイヤーだ。第1回BoB本戦、最後の2人になった時に行われた激しい心理戦と肉弾戦が繰り広げられた時、誰もが緊張の渦中に居た。そして戦いの末に迎えた引き分けという結末に、誰もが張り詰めた糸を弛ませ2人のプレイヤーを讃え畏れた。後に判明したアメリカ人プレイヤーと日本人プレイヤーの一騎討ちの動画は、GGOをプレイした事の無い者にも知れ渡った。ある者はゲームの中でのみ出来る芸当とした、ある者はチートツールを疑った。だが数多くの有識者により卓越した本物と知られるようになった。
本来もしもの世界とされてきた仮想世界で、もしも本物同士が戦ったのならばというifがこのGGOで叶えられた。良くも悪くも理想を実現させた世界であり、誰かが面白半分に考えたことが叶ってしまう世界である。ここで発生したごく稀な運命的な出会いに惹かれないピトフーイではなかった。あのプレイヤーなら殺し殺されるといった概念から外れた戦いを出来るのではないか、淡い希望と思われていた願いが今まさに叶われようとしているのだ。彼女が興奮しない理由はない。
なのでエムは止めない、止められない。だが1つだけピトフーイの言葉を訂正するのなら。
「そこは天使ではなく、死神ではないのか?」
しかし更にピトフーイの口角が上がった。
「いやいや、天使でしょう?」
屋上扉手前まで到着した2人は警戒しつつゆっくりと扉を開け突入する。視界にヴェンデッタの姿はなく捜そうとした途端、2人の真上からグレネードが1つ降ってきた。咄嗟にその場から離れ爆発によって飛散した破片分のダメージを受けながらも態勢を立て直し回復キットを使おうとしたが、そこに待ったをかけるようにヴェンデッタがMP7を乱射。結局、弾切れを起こすまで耐えるしかなくダメージは加算されていった2人のHPは赤ゲージにまで移行していた。
MP7を仕舞ったヴェンデッタが幽鬼のようにゆったりとした様子でエムの正面に立つ。その手に何も握られていないのは慢心か、或いは素手で勝てる見込みがあるためか。意見としては後者を信じざるを得ない雰囲気を醸し出している。そこにピトフーイの笑みと不気味な嗤い声が加わった途端、また別の空気が流れ始めた。ガスマスク越しに目線だけをピトフーイに向けるが、一瞥してエムの方へ戻す。
「大層な御出迎えだったわ、ありがとうヴェンデッタ。ありがとう、今1番心待ちしていた景色が見られたわ」
彼女は高らかにそう語る。待ち望んだ相手が今この目の前に居る、ピトフーイにとってはヴェンデッタというプレイヤーは最推しのアイドルのようなもので1ファンならば興奮を隠そうとする様子は無いものだ。しかしヴェンデッタからは何か語ることはないらしい。そんな素振りすら見せない。
「無口なのね、面白みに欠けるけどまぁ別にそれは良いのよ。アタシがアンタに出逢ったら是非この目で、自分で味わってみたい事があるのよ。ホントならGGOじゃなくてリアルの方で見てみたかったけど……そうじゃなくてもアンタが見せたあれは」
言葉を続けようとしたピトフーイだが、ゆっくりと腕を上げていくヴェンデッタの行動により注目せざるを得なくなった。手の甲を見せつつゆっくりと指先を空へと向け、2人に向けて2回手招き。
「……御託はいい、と。なら良いわ」
向けている銃口が二つ、逃げ場や遮蔽物のない屋上、先程みたく隠れてグレネードを投擲する戦法を取らない様子から察するに残りは無し。銃も装備していないことから絶対的な窮地に居るのはヴェンデッタであるのは間違いない。今すぐ引鉄を弾けば2人の目の前にある仮想の肉体は10秒と経たずにポリゴンとなって霧散する。だがそうした撃つ気配は未だになかった。
何秒経っただろうか、それとも何十秒だろうか、或いはそれ以上か。しかし“いつか”は必ず来なければならない。一瞬たりとも気が抜けない緊張状態のなか、ついにその時は訪れる。
始めにエムが引鉄を弾いた。バレットサークルは現れておらずそれらはプロの領域である技術の1つである、弾道予測線さえもなく普通ならば判断されることも無く撃たれて終わる。次に若干タイミングをずらしピトフーイがCBJ-MSの引き金を弾く。若干のラグを生み出すことでエムの放った銃撃を防ごうとして意識がそちらへ向き、別方向から撃たれて終わる。加えて何も防具を用意していない上にピトフーイの使う銃弾は戦車の装甲を貫くCBJ弾という代物、およそ人に向けて撃つものでない。普通ならここでヴェンデッタは倒される。普通なら。
簡潔に説明するのならヴェンデッタは
「
『
3日後。ヴェンデッタのプレイヤーハウスの方で対面する依頼者と家主、その手にはそれぞれ新しい装備と指定された金額の送金完了通知が。ヴェンデッタがそれを確認し終えると依頼者へと視線を向ける。
「これで依頼は終了した。望み通りお前の復讐は果たされたというわけだ、次からは予め報酬を用意しておけ。色々と面倒だ」
「本当にやってくれた事を感謝する、ありがとう」
「礼なら俺ではなく了承したヴェンデッタに言え、ただの仲介屋に言って何になる」
「それでもアンタが口利きしてくれなかったら、俺たちじゃどうしようも無かった。本当にありがとう」
「……なら礼よりも早くここから出ていく事をオススメする。面倒なことになる前にな」
依頼者がプレイヤーハウスから出ていき、一息ついてソファの背もたれににもたれかかったヴェンデッタの頭1つ隣にXの頭が乗る。
「本当に面倒ね。
「腕試しの筈のBoBで目立ちすぎた。適当にどこまでいけるかの筈がサトライザーに当たって、75日もすれば忘れられる筈が記憶に刻まれた始末。ここまでになるのは想定外だ」
「私が変装する意味無いと思うけどなぁ」
「それは俺と組んだ事を恨むんだな。すぐに狙われてロストしまくる未来が見えるんでな」
「おっかないわねぇ」
あくまで、今のヴェンデッタは“ヴェンデッタというプレイヤーの仲介屋”という立場を貫く。銃士Xもまた、今はこの仲介屋と交流のあるプレイヤーという立場に居なくてはならない。それがこの2人の不文律、ヴェンデッタもとい『
そしてソファから立ち上がった
【CBJ-MS】
スウェーデンのCBJテックAB社が開発したPDWサブマシンガン。
20又は30発箱型弾倉、及び100連ドラムマガジンが装備可。
6.25×25CBJ弾を使用することで230mmまでのボディアーマーを貫通し、50mの距離からなら7mmの圧延防弾板を貫通する。
ピトフーイが使用したのはそのCBJ弾、およそ人間に使われる代物にしては高すぎるし威力が桁違いすぎる。
【FNブローニング・ハイパワーMk.III】
FNハースタル社製の自動拳銃。天才銃器設計士ジョン・M・ブローニングの開発した最後の作品ブローニング・ハイパワーの派生型Mk.Ⅱの仕様を変更したもの。
ロングタイプのハンマーにリア、フロントサイト共にホワイトラインの入った大型のものに変更し、マガジンハウジング内にスプリングを備えマガジンキャッチを押すと強制的にマガジンが脱落する仕組みとなっている。
【As Val】
前回登場
TsNIITochMash社製の消音アサルトライフル。消音効果の高いサプレッサーをレシーバー先端から銃口前方までを覆うように装備させることで射撃時の銃声やマズルフラッシュを可能な限り小さくしている。
9×39mm弾を使用することで、亜音速の低速で弾丸が発射され消音効果を高めている。
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冷たさか常か
ある日の午後、
現在2人が探索中のダンジョンもその1つであった。近未来SF映画に出てきそうな光学銃と近接戦闘用のナイフ三種と
「……ねぇ、ケチつける訳じゃないけどさ」
「あ?」
「せめて外で吸って」
「構わんが匂いに釣られて来ると思うぞ、エネミー」
「この部屋、換気扇ないってどういう事よ
「外気漏れを防ぎたかった……いや、それにしては」
ヴァー・ヴィーが辺りを見渡し、その場を立って葉巻を持ちながら部屋をうろつき始めた。じっくり舐め回すような形で部屋を観察し続けていると不意に何も無い壁のところで立ち止まり、吸い殻を足で潰しアイテム欄からある物を取り出す。それは両腕全てを覆い被せるほどの無骨な強化外骨格であり、ヴァー・ヴィーは取り出したそれを装着すると壁の僅かな隙間に手をかけ、力を入れ開け始めた。ゆっくりと引き戸型の隠し扉が動いていき徐々に光が差し込んでいくと地下へと続く階段を発見した。全て開ききったところで強化外骨格をアイテム欄にしまい銃士Xを手招く。
「おぉー」
「本当なら扉の開閉を行う何か、それらを記したメモがある筈なんだが。まぁ開いたので良しとしよう」
「あ、開けてる途中でメモ見つけたけど」
「……先に言え。無駄な労力をかけた」
「開きそうだったからいいかなーって」
「ともかく用心しながら入るぞ」
「
光学銃を構えゆっくりと階段を降りていくと自動で電気がつけられその先に見える廊下を照らしていった。エネミーが居ないことを確認するとクリアリングを一旦解除し、部屋の探索を開始し始めた。生物兵器関連の研究所だけあってこの世界に蔓延るエネミーの一部がどのような遺伝子を持ち、どのようなゲノム編集によって造られ、そしてどのような特徴を有しているか。というような所謂世界観設定にまつわる物ばかり。めぼしいと言えば医療品系統のものが幾つか見かける程度で稼ぎになりはしない。
救いだったのはこの場所がまだ未探索である事だろう。とはいえ全て回ったわけではないので虱潰しに探し続けていると研究施設内のPCデータファイルに気になる項目を見つけた。しかし確認しようにもパスワードが掛けられており、まだ探索し終えていない部屋を確認しなければならなくなった。
「何か見つかったー?」
「気になるデータファイルならあったぞ。パスワードが要る」
「なら早く見つけましょ、
「探索漏れの無いようにな」
それから探し回って1時間が経過し、ファイルの解凍コードを発見し中身を確認するとあったのは対生物兵器用特殊溶解弾【CUTTER】の製作方法のみ。素材は品質によって必要数が異なる仕組みになっており効果が現れるのは生物兵器に対してのみ、また弾薬の素材に使用したモンスター1種類にしか効かない代物であるため、例えば爬虫類系エネミーに対虫系溶解弾は通用しないようになっている。
かなり面倒な代物だが実用化できた場合狩りの時間短縮に繋がるので、エネミー狩り専門のプレイヤーには売れる可能性は高い。とはいえ実証もしていないので何とも言えないのが現状なのだが。ともかく2人は今後の稼ぎに良さそうな代物を手に入れ偽装させておいたマローダーのもとへと向かおうとした時であった。
何かを察知したヴァー・ヴィーが素早く銃士Xの腕を引いて身を寄せポジションが入れ替えられた。その直後、先程まで銃士Xが立っていた頭の位置に弾丸が通り過ぎていく。有無を言わせず銃士Xを運びコンテナに隠れた。
「大丈夫か」
「……何とか。あと下ろして」
「すまん」
「っとと。で、相手スナイパーはどこ?」
「位置は割り出せたが頭出したら撃ち抜かれそうだ。あと何より音からして対物だろうしここもマズイ」
「
「普通に撃つと聞いた事がある」
「
「ともかく直ぐに取り掛かる。イクスは俺が囮になってる間に高所へ移動、カウンタースナイプ頼むぞ」
「また無茶なことを……」
「お前だから信頼して頼めるんだがな」
「あぁはいはい分かったわよ……朴念仁」
「何か言ったか?」
「何でもなし。ほらさっさと着ける」
「言われずとも」
そんな会話のあと、ヴァー・ヴィーは2つのアイテムを実体化させる。ヴェンデッタとは違う
少女にとってその男は衝撃的だった。自らの常識を完膚なきまでに破壊されたような初めての感覚、この世界を望んだ者に見せつけた強さに魅入られたのは彼女もまた同じであった。強さを求めたがためにこの世界に降り立ち、彼女は強さを得ていったが尚強さを求め続けている。金でもなく名声でもなく
だからこそ少女にとってヴェンデッタという存在は劇薬に近い何かであった。本戦最後に見せたサトライザーとの一騎討ちは彼女の想像を絶する接戦であり、まざまざと見せつけられた力と技術のぶつかり合いに惹かれていった。その戦いを見終えてもまだ熱が燻り続け消える気配を見せることはなく、寧ろヴェンデッタを思う限り燃え盛るような心の昂りは増していくばかり。
そして彼女はヴェンデッタの情報を集める選択肢を選んだ。BoBで名が知られるまで彼女はヴェンデッタの事を1つも知らなかったが、意外にもすぐ情報は集まった。有名になったことが影響しているのは明白で“ヴェンデッタと唯一繋がりのある仲介屋が居る”ということもGGOプレイヤーならば知っている事になり、そのプレイヤーが営む店も知ることが出来た。だが────
「断る」
「なんでだよおい! アンタならヴェンデッタに会わせてくれるって他の奴らから聞いたんだぞ!」
彼女より先にそのヴェンデッタに会おうとしたプレイヤー4人組と、店主であるヴァー・ヴィーが口論に差し掛かっている最中であった。ヴァー・ヴィーは口に葉巻を咥えて苛立ちを隠そうともせずに淡々と言い放った。
「奴が名も知らぬ他人と関わるのは依頼の時だけだ。それ以外は全部無理だと言っている、ここが動物園のふれあい広場に見えるなら公私関係なくお断りだ帰れ」
「一目会わせてくれればそれで済むからさぁ!」
「依頼でもない案件に携わろうとする奴ではない。それに営業妨害も良いところださっさと失せろ、どうしても会いたいのなら100
「ひゃっ?! ふ、ふざけんな何様のつもりだ!?」
「この店の主で仲介屋だ。ここでは俺の決めたルールに従え、それが無理ならリアルに帰って延々と━━━━━━━━━なルーキーズ」
「くそっ!もういい帰るぞ!」
その4人組は逆ギレしながら店へと出ていった。しかしこの様子ではヴェンデッタに会うことがまず無理と分かり、その店で.50MB弾を購入して策を弄することにした。そこで思いついたのがヴァー・ヴィーを餌に釣るという暴挙にも近しいそれを彼女は実行することに決めた。
そして時は流れ現在、ヴァー・ヴィーと銃士Xを尾行し彼らを倒すことを決行した。依頼料を払わずヴェンデッタに会うには本人と関わりの深い人物がやられた際に自らに
2人の監視の最中にそれは起きた。隠れているコンテナの方から何かが飛び出してきたので、すぐにスコープの倍率を変えてその飛び出した何かに焦点を当てる。彼女の目に映った光景は──ヴァー・ヴィーが物凄い速さでこちらに向かっている様子だった。
彼女の方だけを真っ直ぐに見つめて。
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力の意味
突然だが、睦希亮司という男の性格について軽く話す。GGOでヴェンデッタとして名の知られたプレイヤーのリアルは別にどこかのPSCに所属している訳でもなく、また従軍経験がある訳でもない。何の変哲もないというのは些か語弊であるが兎に角、彼は紛れもなく一般人として過ごしている。しかし戦闘技術を元特殊作戦群の1人から教えを乞い、ストイックに技術を磨き続けるさまはどうしても一般人とは思えない。閑話休題。
さてこの睦希亮司という男、非常に用心深い性格をしている。そのためGGOでも関係なくその用心深さの表れか、ヴェンデッタとしての戦闘スタイルとヴァー・ヴィーとしての戦闘スタイルを分けている。ヴェンデッタとして戦う場合は隠密や直接戦闘など何でもあり、よく使う弾除けの技術もヴェンデッタとしてなら幾らでも使用出来る。それとは別にヴァー・ヴィーの場合、本人が開発したガジェットなどを使い分け制圧を目的とした戦い方をし、ヴェンデッタとバレないように弾除けの技術は極力使わない方針を立てている。
しかしヴェンデッタとヴァー・ヴィーが共通して厳守していることが一つだけ存在している。“やられたらやり返す”、それが
さきのダンジョンで使用した強化外骨格を、今回は両脚にも装着している。これによりAGI偏重型と真正面から互角に戦える性能を与えているのだ、そして元々所持していた光剣をその手に持っている。狙撃ポイントと思わしき場所へとどんどん接近していく様子はおそらく居るであろう狙撃手からすれば焦りが生まれるのは間違いない。現に、彼を狙っている狙撃手が居ると思わしきポイントから弾道予測線と弾丸が飛んできた。
けれどヴァー・ヴィーは光剣の刃を出すと、その一刀のもとに斬り捨てる。光剣の刃によって溶断させられた弾丸はヴァー・ヴィーの肉体を逸れて地面に着弾し土煙を発生させた。
(……動いていない。スナイパーの基本を知らないのは向こうにとって痛手だな、こちらは好都合だが)
それを悟ったヴァー・ヴィーが身につけている強化外骨格の出力を上げた。各関節部に取り付けたジェネレーターから発せられる音が目立ってくるが、脅威と認識していない相手に反撃への警戒するが自らの姿をくらませる事はしない。相手に脅威と認識させる形で目立たせることが1つの抑止となるからだ。ここで付けていたインカムから連絡が入った。
『V、敵スナイパー確認できた。へカートⅡに水色髪、特徴的に氷の狙撃手サマみたい』
「噂のか」
『ん。でも良い的になってる、撃つよ』
「構わん。やれ」
『
また射出された弾丸を危なげなく溶断したが、今度はあまり間を置かずに次弾が発射されていく。即座に出力を上げて速度を出すことで事なきを得たが、まだ諦めていないのか連射している。ヴァー・ヴィーも避け続けているが連続かつ高出力で使用しているせいか身につけている強化外骨格から熱を感じとれた。このまま稼働し続けるのは些か面倒だったものの、その直後に後方から銃士Xの援護射撃が入った。
「よくやった」
『逃げようとしてたから脚撃ったよ、とはいえ正直微妙だったけど。向こうはこっちの銃の有効射程外から撃ってきてたと思うし』
「なるほど噂になるわけだ。ともかく直ぐに来てくれ」
『そっちも気をつけて、あとできる限り手心は加えてほしいな』
ヴァー・ヴィーが言おうとする前に通信が切れた。言葉の真意を汲み取る前に狙撃手のいたポイントに到着し、視界によく目立つ水色髪のプレイヤーが倒れていることが分かった。相手はまだ反撃の意思のままに最後に一発撃とうとしたが、光剣での突きにより射出された弾丸は殆どが溶解されていった。すぐに光剣を捨て用意していたツイストダガーを抜き取り、身動きを封じさせたのちナイフを首に添えた。
「っ!」
「お前見覚えがあるぞ、俺の店で弾丸を買ったな。それに……あの時の会話を聞いていた、お前の目的はヴェンデッタだな?」
「……えぇ、そうよ」
「なぜだ」
「アンタが唯一の繋がりだから……アンタを殺せばヴェンデッタの強さがどんなものなのか、確かめることができると思っていたのよ」
「なるほど、俺なりに理解出来た。──アホらしい」
「アンタに何が」
言い終える前にツイストダガーを首に刺し抉るようにして首全体を掻き切ると物言わぬポリゴンへと変えられた。取得したドロップ品の中には彼女が使っていたPGMへカートⅡと幾つかの素材、ダンジョンの件を含め総合的に見ればプラスに寄ったところだろう。とはいえこのAMRを持つのに現状ヴァー・ヴィーにはギリギリ重量ペナルティが発生しているので動こうにも動けない。
暫くするとマローダーに乗った銃士Xがやって来た。辺りを見て呆れ顔になりながらも実体化させて持っているへカートⅡを受け取り、マローダーに乗せると助手席側に座りヴァー・ヴィーは強化外骨格をしまい運転席に座る。
「手心加えて、って言ったわよね私」
「動機が動機だ。手心も何もあったもんじゃない」
「何だったのよ」
「ヴェンデッタに会うために襲ったそうだ。アホらしいことこの上ない」
「うーん……」
車のエンジンを吹かし、グロッケンへと帰っていく。
暫くしてグロッケンに戻ってきてすぐの2人を待ち受けていたのは、さきの水色髪の氷の狙撃手たる彼女であった。今にも泣きそうな形相をしているので何を望んでいるかは想像が付くが、ヴァー・ヴィーの性格上そういった可能性は低いと考えるべきであろう。切羽詰まった彼女には分かりはしないが。必死な訴えを示している彼女を無視しそのままホームまで帰ろうとしたが、すぐに行く手を阻まれる。
「おね、がい……! それは、私の……」
その光景を見ていたたまれなくなった銃士Xがヴァー・ヴィーに近付いた。
「ねぇ、あれ売らないとだめ? ウチの稼ぎ的に問題ないと思うけど」
「多少のメンテナンスのあとバイヤーに売るつもりだが」
「っ!」
「V、確かに貴方の性格からしてそうするのは分かってるけど流石に今回はちょっと……やりすぎっぽく思えるのよ。
「……何を言ってる。そもそも俺たちは被害者でコイツは加害者、襲った理由がヴェンデッタに会うためときた。俺たちを倒せば報復としてやって来るとして、とち狂ってるとしか思えんのに、そこに遠慮や慈悲なんてのは以ての外だと思うが? 何時また襲われるか分からんのに呑気な」
「分かってるわよ。確かに彼女の自業自得によるもの、でも今の彼女にそんな意思ないのは貴方だって分かってるでしょ。彼女はあれが奪われることを何よりも避けたい事だと覚えた、たとえ渡したとしてもまた襲ってくる事はない。これは断言出来る」
「もしその予想が外れていたとしたら、お前はどう責任を取る」
「その時は私も容赦しないことを約束するわ。たとえ大事なものであっても“自業自得だ”とね」
暫く間を置き、道を阻む彼女に視線を向け銃士Xに戻す。その後目を瞑りまた開く。
「……理解した。だが罰は受けてもらう事になる」
「どんな?」
「狩りの同行、店番、それと武器の管理。お前が居ない間の穴埋めが主だ。ついでにCQCも覚えさせる、死なれちゃ困るんでな」
「
「必要ない」
「え、ちょっ」
また彼女の方へと体の向きを変え、メニューを開きアイテム欄から一丁のSIG SAUER SP2022を取り出し、その銃口を向ける。
「聴いただろう。今のお前に拒否権はない、俺とコイツに喧嘩を売った罰を受けてもらう。期限は四週間、理解したなら頷け」
目の前の彼女は多少戸惑いながらも頷き、それを確認したところでヴァー・ヴィーは銃をしまう。
「名は」
「はぇ?」
「名前を聞いている」
「『シノン』……」
「そうか。そこのイクスから銃は返してもらえ、あとは店まで付いてこい」
そう言い終えて先に店の方に向かっていくヴァー・ヴィーを見るシノン。実体化させたへカートⅡを銃士Xから受け取り、彼女とともに店へと向かっていく。
「ウチのがごめんね、彼いつも容赦ないのよ」
「えっと……」
「銃士X、読み方はマスケティア・イクスよ。宜しくねシノンちゃん」
「どうも。あと、ちゃん付けは止してください」
「おっとこれは失礼。まぁこれから色々叩き込まれると思うけど、私にはどうする事も出来ないから我慢してね」
それを言い終えたあと銃士Xもまた歩き出し、それに付随するようにシノンが後を追う。この日から奇妙な運命の歯車が動き出した。
【PGMへカートⅡ】
フランスPGMプレジション社製対物狙撃銃。ウルティマ・ラティオシリーズでは最大の12.7mm弾薬を使用。放熱と重量軽減のため螺旋状の溝を掘るフルーティングが施され、射撃時の反動を7.62×51mm NATO弾用小銃に抑えるため高効率のマズルブレーキを装着している。
【SIG SAUER SP2022】
SIG SAUER社製の自動拳銃。フランス内務省の法執行機関に制式採用されている。これより前に開発されたSIG PROシリーズと異なりアンダーレールでは既存のアクセサリーが使用出来ないことからピカティ二ーレールに変更されている。
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変わった日常
ある日の午後、グロッケンの一角に存在するプレイヤーホーム兼ショップにてそれは行われていた。防音設備の整った部屋ではプライバシーが守られており外から中の音を聴くということは出来ない、またホーム内に居ても部屋ごとに防音機能があるため扉で区切られていると併設する部屋同士の物音などは聞こえないように設定されている。なので同じホーム内にある射撃場の発砲音はシノンと家主のヴァー・ヴィーにしか伝わらない。
現在シノンの手に握られているPP-2000の銃口から硝煙が僅かにゆらゆらと上へ昇っている。セーフティをかけマガジンを引き抜き、両方を後ろに立つヴァー・ヴィーに渡すと2人して射撃場に隣接された施設に入り1人ヴァー・ヴィーは雑多に器具が置かれている広めの机に座り、シノンは彼の前に座った。
銃のメンテナンスを開始したヴァー・ヴィーをよそにシノンは改めてこの部屋にある様々な開発品の数々を見回す。あの時に装着していた強化外骨格の他に伸縮自在な4本のサブアーム、ヒートアックスと呼ばれる代物や開発途中のパイルバンカーなどが所狭しと置かれている。それら以外にも細々とした物も壁にかけられていて男の中に眠る厨二病を擽るような内装になっているのこの部屋、しかし今回はあくまでこのPP-2000のメンテナンスだけに使われている。そのメンテナンス中にシノンは訊ねた。
「ねぇ」
「何だ」
「これ一応売り物なのよね」
「そうだな。とはいえ使用者に合わせた調整をしなければならん」
「幾らかかるの?」
「俺が使用してた物と同じヤツだと制作費、材料費、調整費もろもろ合わせて……そうだな、20代の成人男性の平均体躯を参考にするなら300Kはくだらん」
「売れてるの?」
「それなりに、とはいえ基本物好きなコレクターが多いがな。こっちは狩りに使って欲しいんだがね」
「30万を普通に買う奴って居るものなのね……私には分からないわ」
「男の浪漫の世界、というものだそうだ。俺にも分からん」
「男なのに?」
「生憎と浪漫とは無縁でね。実利が絡んでなければ俺とて作りはしなかっただろうよ」
言い終えたと同時にPP-2000のメンテナンスが終了し、組み立てられたその銃をヴァー・ヴィーから手渡される。そのヴァー・ヴィーが部屋の壁掛け時計を見ると午後1時に差し迫るころだと気付き、体を伸ばしたあとシノンに視線を向け話す。
「今日は
「そう、お疲れ」
2人はメニュー画面を開きログアウトボタンを押すと仮想の肉体から意識が離れていき、現実世界へと戻る。それぞれの待つ現実に戻らなければならない。
マンションの自室で目が覚めた睦希亮司が最初に感じたのは誰かがこの部屋で調理をしている音であった。しかし警戒する様子もなく、アミュスフィアを取り外しミリタリー色の強い壁ではなく音のする扉の方へと歩んでいきリビングに向かう扉を開けると1人の女性が睦希の台所で調理をしていた。住人である睦希よりも身長の高いという際立つ特徴を有したこの女性は、先程現実世界に戻ってきた睦希を見るなり笑顔で迎えた。
「おはよう、ございます?」
「昼だがな。いつも悪いな香蓮」
「いえいえこれぐらいなんて事ないですよ」
「ふむ、ならいつも通り期待してもいいんだな」
「勿論」
親しげに会話をする彼女に何の違和感も抱くことなく、睦希はリビング中央のテーブルにまで向かうと胡座をかいてその場に座った。彼女、『
暫く動画を見続けていると不意に睦希は台所の方に視線を向けた。ちょうど料理の方は皿への盛り付けだけにまで済んでおり動画を一旦中止して彼女のいる台所の方まで向かい、よく自分が使用している黒の深皿に入ったパスタとフォークを二つ取り、フォークの1つを既に盛り付けられた小比類巻の分の皿に置いたあと食器棚からコップを二つ用意しテーブルにまで向かう。その彼女の方はお茶を冷蔵庫から取り出し自分の分のパスタを持ってテーブルに置き座った。
「いただきます」
「召し上がれ」
現在午後2時、少し遅めの昼食が始まった。昨今では珍しくこの部屋でテレビをつけることはせず基本食事に集中する。時折他愛もない会話を交わすぐらいはしているが、彼女が黙々と食べている睦希を見ながら食べるというのが、この部屋のいつもの風景の1つであった。そして視線に気づいた睦希が彼女に訊ねるまでがワンセット。
「なんだ?」
「何でも。見てただけ」
「面白いもんじゃないだろう」
「私が面白いと思ってるので」
「そういうものか」
「そういうものです」
そこでパスタを一口、麺モノで柔らかいものでもきっちり30回以上噛んで胃に運び既にコップに注がれたお茶を半分だけ飲んだところで睦希が話題を切り出した。
「大学はどうだ」
「どう、って?」
「交友関係や学業の様子、進展や問題は無いか。そんな所」
「単位に関しては問題ないですよ、今までの成績も良かった方なので。……交友関係はまぁ、いつも通り」
「なるほど。男は居ないようで何より」
「おんやぁ、亮司さん気になりました?」
「香蓮の交友関係を考慮して男との関わりは薄い事は予想しているが、外れていた場合どうするか考えていただろうな」
「……どうするんですか?」
「何となく予想はできるだろう。俺は独占欲が強いらしいからな」
「ふへ」
「笑うところあったか?今の」
「嬉しかったんですぅ」
手早くフォークを動かしパスタを絡めとり始める彼女を見やり、同じようにパスタを絡めていく睦希。そこから若干機嫌の良い彼女と普段通りの彼の食事風景が続き、食器類を睦希が洗って食洗機に置いて必要なことを済ませた後に睦希は外出の準備を済ませ、玄関で待っていた香蓮の手を取る。
「では、行こうか」
「はい」
2人は睦希の部屋から出ていき、腕をからめながら手を握って──いわゆる恋人繋ぎで出歩く様子はとりわけ仲の良い2人という雰囲気が伝わってくる。ただし傍から見ればそうなのだが、事情を知る人間からすればこの2人と今は仕事中の1人との関係性はかなり奇妙と言っても過言ではない。
GGOでヴァー・ヴィーと別れ現実に戻ってきたシノン、もとい朝田詩乃はアミュスフィアを取り外しベッドから起き上がる。喉の渇きを感じ少し足取り遅めに台所へと向かい水を1杯飲み干した。疲れた様子を見せるがそれもそのはず、GGOにログインすればヴァー・ヴィーによる射撃訓練やCQCなどの戦闘訓練が待っているのだから今までよりも疲弊感は分かりやすく感じ取れていた。
店が開くまでの間、それらを中心にしごかれ開店すれば大体座りながら眠っているヴァー・ヴィーをよそに店番をしなければならず、狩りに向かうとなれば決まって葉巻の臭いが多少車内に漂うため慣れてないシノンからすればストレスの1つとなっている。ルーキーの類に絡まれて返り討ちにした経験もした、わざわざレジェンドランクの骨系素材アイテムをそのままナイフにした事に驚きもした。色んなことがここ最近ありすぎた。
あの日、ヴァー・ヴィーに戦いを挑んだ日から彼女の中で何かが変わり始めたことに彼女自身も何となく気付いていた。強さを追い求め目的の人物に会うために、らしくない真似をしてまで挑んで負けたあの日から新たに強さの指標となった仲介屋への疑問も募っていた。
ヴァー・ヴィーは強い、それも可笑しいほどにデタラメな強さを有している。だからこそ不思議に思うのだ、そこまでの強さを持つのに何故ヴェンデッタと組んでいるのか。なぜヴェンデッタに挑もうとしないのか。考えたことは無かったのかと、あの日そう聞いた。“長くなる”と前置きしてから、ヴァー・ヴィーは気だるそうに言葉を紡いだ。
『確かに、俺とて強い自負はある。ヴェンデッタとも対等には戦えるだろうがあくまでも対等に戦えるだけ、互いに戦えば俺もアイツもタダではスマン。損害がデカすぎる──だから協力した、俺はアイツの仲介屋として動きアイツは俺を窓口にして金を得る。お互いにとって最も賢い選択を選んだだけだ』
葉巻を吸って、一息。間を入れる。
『それが俺とアイツとの協定、組んでる理由だ。とはいえ1度はアイツに挑むとどうなるのか考えたこともある……だがアイツに1回だけ相対したとき感じたのは、ただでは済みそうに無いと思えるほどのプレッシャーのような何かだ。そこで俺たちは戦うことを止めた』
『止めた……?』
『止めた。ゲームの中で死ぬ訳では無いが死ぬよりタチの悪い結果になることは明白だったのでな』
『それだけなの?』
『それだけで十分な理由になる。強さを理解している者同士なら尚更』
また葉巻を咥え煙を吸って、吐く。しばしの間誰も話さない時間が流れ、何かに気付いた銃士Xがシノンに訊ねた。
『聞きたいことはそれだけ?』
『…………最後に一つ』
『何だ』
──どうしてそこまでの強いのか。シノンの投げかけた疑問に対し、少し悩んだ表情を見せ彼女に訊ねた。
『何に対する強さだ?』
変なところで区切ります。
【PP-2000】
ロシアのKBP Instrument Design Bureau社製マシンピストル。9×19mm弾用の薬室を持ち、ロシア製の7N31 +P+徹甲弾を利用できるように設計されている。この徹甲弾の使用により他のPDWと比肩することを意図して造られている。重量1.5kgと軽く且つ貫通性能のある徹甲弾を使用できるとして使用していたMP7を買い取ってもらい、
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奇妙な運命の輪
『何の……強さ』
ヴァー・ヴィーの疑問は至極もっともなもので、“何に対する強さ”なのかを前提としなければシノンにとって求める答えは得られず、また彼の方も求められた答えを提示することは出来ない。それ故に質問を質問で返した、彼女が何を求めているのかを知るために。
当のシノンも悩んでいた。このGGOに来たのは自分が強くなりたいと願ったためだが、何に対する強さを求めたのかこの時改めて考えさせる機会となった。強さという、とても曖昧で不確かなものの1つを求めていたシノンがどのような強さを手に入れたいと願ったのか。時間をかけて悩んだあと、シノンが口を開いた。
『どうすれば、アンタの持ってる強さを得られるの』
『鍛錬しかなかろう』
『……そう』
『待って待って待って。V、もうちょっと何か足してすっごい淡白すぎる』
『とはいえ俺の技術は鍛錬によるものだ。身体操作も気配読みも鍛錬で培われ取り戻したもの、下手に含みのある言い分より余程分かりやすいと思うが』
『確かにわかりやすいしそうなんだけど。他にもあるでしょ、ほら心理面での強さとか精神面とか』
『それだと精神論について書かれた書物を読むなり、様々な人間の過去話や志を聴かねばならん。その後に鍛錬を積んで自らに落とし込むしか無いな』
『──分かった。なら今すぐ教えて、アンタの強さを手に入れられる方法を』
『今ので良いの!?』
『それで強さが手に入るのなら、なんだって』
『……でもシノン、ホントにやるの? 言っとくけどまぁまぁキツいよ。楽しんでやるよVは』
『え?』
『無論、多少は鍛えて有効活用するつもりだからな。遠慮なくしごかせてもらう』
これがその日に起きた出来事のほんの一部、その日はすぐにログアウトして現実に戻ったが翌日の予定時刻にログインしヴァー・ヴィーの訓練が始まった途端、何も分からないうちに殺されかけたことを述べる。そして拘束から解放された時に見えた笑顔がやけに印象深いのを朝田詩乃は覚えていた。
早業としか言いようのない一瞬の間に行われた急所への攻撃や制圧術など、CQB戦闘訓練までもその身で味わい彼女の中に自分自身への疑問が最近になって浮かぶようになった。強くなったのはGGOのシノンであって現実の朝田詩乃が強くなったわけではない、そんな考えがふと過ぎることも増えていった。元々荒事や面倒事を避けてきた彼女にとって、ある意味切実な悩みとも言える。
そして現在、未だに彼女はその思考に囚われていた。自分は強くなっているのだろうか、未だに現実の自分は成長した感覚がないことをどこか焦っていた。思考の渦に呑み込まれていた最中、唐突に自分の携帯から通知が入り意識をそちらへやるとそろそろ買い物の時間に近付いていたことを報せていた。彼女の意識は現実でのやるべき事に向けられ、一時の間その悩みを頭の隅に追いやった。
午後5時頃に差し掛かった時間に睦希と小比類巻はある人物の元へと訪れていた。用事があるのは睦希の方なのだが折角なので見学として同伴する形で訪れた先は何の変哲もないビルの地下、段数の少ない階段を降っていきガラス張りの扉を開けた先の一室に彼が師と慕う男がいた。
やって来た2人を出迎えた男はサングラスをかけており、服装もミリタリー色のあるものを着用している。雰囲気からしてどこか気さくな雰囲気を漂わせるこの男だが、睦希が師と呼ぶ人物であるため普通の人間ではないというのは予想できる。その予想の答えはすぐに出た。
小比類巻は安全圏の場所にまで移動し、2人が部屋の中心で向かい合った途端に部屋の空気が一変する。両者とも自らの全身を不規則に動かし始めた、その場に留まらず相手を仕掛けながら移動したことで漸く戦闘が既に始まっていることを理解出来た小比類巻。この2人は読み合い合戦の中でフェイントや攻撃などを相手に仕掛ける、実践的なものに近い訓練を睦希は上京してからずっと続けているのだ。
ステップ、移動に組み込んだフェイント、攻撃動作に対する虚実の利用を使い分け組み立て続ける。そこに相手にダメージを与える技術を乗せて、睦希は確実に殺すつもりで読み合い合戦を師と続けていた。お互いに決定打らしい隙や動きを見せているようで、仕掛けた攻撃の殆どを冷静に処理していく様は一朝一夕で身に付くものではない。どちらかの体力が尽きるまでこの訓練は終わらず、実力が拮抗した両者の戦いを止めるのは決まって師の言葉であるのも日常の一つとなっていった。
「今日はここまでにしようか」
「分かりました。ありがとうございます」
「今日は見学者もいるから
「やってみましょうか」
「オッケ、10分休憩ね」
両者とも緊張から解放され、汗だくの状態で彼は自身のバッグを持っている彼女のもとへと近寄った。
「香蓮、わるいがタオルとポカラを」
「ふぇっ、あ、タオルとポカラね! はい」
「……そういえば師との訓練風景を見せるのは初めてだったな。どう思った?」
「いつもの雰囲気と全然違ってた。あんな風に変わった亮司さん、初めてだったから」
「流石に普段からあんな空気出していたらこっちが疲れる」
マットの敷かれた床に座り込み手渡された飲料をゆっくりと飲んだあとタオルで汗を拭き取って一息つく。雰囲気からしていつもの通りに戻った、というよりも普段通り気配が薄まった睦希はどこかしら眠そうな様子をみせている。
「あぁ睦希君、ちょっとこっち来て」
「はい」
師のもとに向かい、1つのスペースで小比類巻に後ろを向けるようにして何やら小さく会話し始めた。ボソボソと何かしら聞こえているものの内容の方はよく聞き取れなかった。
「睦月君あの子は?」
「住んでるマンションのお隣さんです」
「この前フランス人の彼女連れてきたよね」
「連れてきましたね」
「あの娘とはどういう関係なの」
「彼女ですね」
「睦月君、浮気したくなるほど切羽詰まってるの?」
「いえ全く。あと浮気じゃなくてイザベラも認めてます」
「まさかの!?」
「最初は良い顔してなかったですけど紆余曲折ありまして」
「……うん、人のあれこれに兎や角言いはしないけど背中と夜道には気をつけて」
「それ襲ってきた方が返り討ちになりません?」
「女性関係はホントに繊細だからね、うん」
「ご経験が?」
「無いよ。でも流石に公認二股は初めて見るからさ」
「それもそうですね」
内緒話が終わり休憩を済ませたあと、わざわざによる武装解除と女性でもできる護身術のデモンストレーションを披露した2人。実際に小比類巻がやる際は睦希が受け手となり技を掛けられるのだが、意外にも運動神経が良かったのか一般人という括りで見ればやや手際の良い方であったことが小比類巻自身にも初めて理解したらしい。尚受け手である睦希は色々と堪能して内心満足気な様子であったとのこと。
それはそれとして、睦希と師の2人は次の予定を決めてあとはマンションに帰るだけ。駐輪場に止めてあった二人乗り用に改造したバイクの方へと向かい、乗ろうとしていた時だった。ふと何かに気付いた様子で立ち止まったかと思えば、何事も無かったかのようにバイクに乗りその後ろに小比類巻を乗せて帰宅するのかに思われた。
「──ん? 亮司さんこの道」
「少し遠回りする。嫌な予感がする」
「それって……」
「口は閉じておけ、舌を噛むやもしれん」
最初の大通りの交差点を右に曲がり、次の右折用レーンに入ってまた右に曲がり、そしてまた同じように右折用レーンから右へと曲がっていく。ヘルメット越しから分かる睦希の目は未だに虚ろになっており、今度はマンションから遠ざかるようにしてジグザグに移動し始めた。なるべく細く曲がり角の多い道を選んで暫く走らせていると不意に進路を変え、睦希と小比類巻は住んでいるマンションに到着する。面倒な手間をかけたため睦希の表情から疲れが増えた様子、ため息をひとつ吐き駐輪場に停めて2人で部屋に向かうためエレベーターで上の階へと昇っていく。
「大丈夫?」
「疲れた。もう寝たい」
「あはは……にしても、どうして遠回りなんか」
「付けられていた。多分目的は俺だ」
「亮司さんに? でも何で」
「分からん。どこかの物好きやもしれん」
「物好きって……って、その前に警察に連絡入れないと」
「多分無駄だ。証拠はあるが、ああいった輩は警戒して尻尾を出さんのが常だ。とはいえ追跡を撒いた時点で向こうも慎重になるだろうし下手に目立つ真似はしないだろう、暫くは安全と思って構わん」
目的の階に到着したエレベーターの扉が開く。途中同じ階の住人とすれ違いながらも睦希の部屋へと歩んでいき、2人して入っていく。疲れた様子で体の節々を鳴らし、ひとまず手洗い等を済ませてから睦希はリビングでカーペットの上に寝そべった。少ししてお茶の入ったコップを2つ用意した小比類巻が睦希の頭の傍に座り、睦希に優しげな視線を向け軽く自分の膝を叩いた。のそりと体を起こし、小比類巻に膝枕をされて睦希は規則正しい呼吸を繰り返す。
「亮司さん」
「なんだ」
「どこかの物好きって言ってましたけど、睦希さんは何をしたんですか」
「……あまり人には話せん」
「私でも?」
「香蓮でもだ、悪いな」
「分かりました。ならもう聞きませんよ」
「そうしてくれると助かる」
優しく頭を撫でられながら睦希は疲れからか意識を暗闇の底に落としていった。
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欲するもの
ある日のGGOグロッケン、
「何やってるのよ」
「ようやく一仕事終えたのだ」
反らしていた背を戻し肩を鳴らすと、12.7×99mmの弾丸の入ったケースをシノンに何も言わず手渡した。ヴァー・ヴィーも12ゲージスラッグの入ったケースを持って隣接する射撃場に向かい、1番近い射撃台にそれを置いたあとリビングに通じる自動ドア近くの壁に左手を添えた。そのすぐ右隣に0〜9までの数字とEnterキーのある電子盤が現れ、設定していた6桁の数字を入力しEnterキーを押した。
「V、これなに?」
「つい先程造り終えた特殊弾だ。今日はもう店仕舞いにしてコイツの性能を試す」
リビングに通じるドア近くの壁両方が上下に開かれたかと思うと、その中から銃種で纏められた幾つもの銃が陳列されたケースが現れる。ヴァー・ヴィーはショットガンで統一された場所に移動し、制御盤が専用レールに沿ってスライドしながら出てくるとベネリ・スーパーノヴァ withSTEADYGRIPmodelの名前を入力する。上の方から専用の銃ケースが飛び出し、同じ一丁のそれがヴァー・ヴィーに向けて差し出されるようにケースに固定されたまま向けられる。
グリップ部分を持つとケースの固定器具が外され、引き抜くようにして手に取ると銃ケースが元の位置に戻っていく。今度はアサルトライフルで統一された所まで向かい、ブッシュマスターACRの名前を入力すると先程と同じように当該する銃が差し出され、それを引き抜くと同じように銃ケースが仕舞われる。最後に電子盤の方にまで向かい、Enterキーを押すと壁が上下から現れ次第に先程の光景を隠すように閉じられた。
何事も無かったかのように弾薬ケースを置いた射撃台に向かい、ブッシュマスターを置いてベネリ・スーパーノヴァの方に先程の12ゲージを装弾し始める。先程の光景を初めて見たのか絶句して何も言えないシノンはここで漸く意識を取り戻した。
「ちょっと、V! さっきの何よ!?」
「ただの収納スペースだが」
「少なくとも私の知ってる収納じゃなかったわよ! というか、道理でここの壁だけ厚かったのね。全部銃が入ってるから」
「この家のアイテムストレージだとごった煮になって見づらいし分かりにくいからな、わざわざ800K掛けたかいはあった」
「はっ……?! どれだけ稼いでるのよアンタ」
「あー……普段なら月400K〜500Kぐらいか。最高で15M以上稼いだこともあったな」
「おっ……?! あー、ちょっと待って頭パンクしそう」
「それよりもシノン、へカートの別弾倉にさっき渡したブツを詰めろ」
「……色々と聞きたいことがあるけど、何するつもりなの?」
「そいつを試すと言ったろう。詳しい事は移動中に話す」
先程の光景だけでお腹いっぱいなのか目に見えて疲労の表情が現れるシノンは、何も言わずにへカートの空弾倉を取り出し手馴れた様子でその特殊弾を詰め込む。ベネリの方は直接装填し残り5発はタクティカルベストを着込んで専用の穴に突っ込み、ヴァー・ヴィーは射撃台の下から取り出した装弾済みのマガジンをブッシュマスターに取り付けた。
他にも光学銃や幾つかの装備を整え、駐車場にあるマローダーに乗り込みフィールドへと赴いていく。
「どこに行くの」
「砂漠エリア。今日はその特殊弾薬をワームタイプのネームドエネミーに使用して検証する」
「この特殊弾っていうのは?」
「【CUTTER】という溶解弾、対象エネミーの肉体を溶かす弾だ」
「へぇ、こんなのもあるのね。検証するってのは」
「売り物にするのでな。とはいえ材料の都合上、素材と金を持ってきて受注生産という形になるがな」
「材料って、何使ったのよ」
「今回の弾は同じワームタイプのレジェンダリー素材を5、エピック素材を20使った。9×19mmだと1発あたり5600クレジットを予定している」
「たっか……! ねぇ、そっちのショットガンと私のへカートだと値段はどうなるのよ」
「材料が材料だからな──ふむ、スラッグの方は1発7800、12.7×99だと1発17400が妥当か」
「これ本当に使っていいヤツ?」
「使わねば効力が分からんだろう。商品に不備があってはならん」
「確かにそうだけど……」
「安心しろ、レアリティの低い素材でも製造できる。品質や効力は劣るが」
「そういう問題じゃなくて」
フィールドに赴くというのにも関わらず、別の方向で気が重くなったシノンを連れて目的地へと走らせた。
砂漠エリアに入り光学銃で襲ってくるエネミーを蹴散らしつつも、地面が砂だらけになったところでマローダーを停め鍵をかけドアミラーに目印を掛けると徒歩での移動を開始する2人。なるべく見つからないように砂漠に合わせた色のローブを羽織り必要に応じて戦う。そうやって目当てのネームドエネミーの居る場所にまで移動中、ふとヴァー・ヴィーが思い出したように呟いた。
「そういえば、そろそろか」
「何か言った?」
「いや、そろそろお前の契約期間が終わる頃だと思っただけだ」
「…………そういえば、そうね」
ヴァー・ヴィーとシノンが交わしたあの日から四週間だけの契約、ふとそれが終わりに近付いていることを思い出す。近々第2回BoBも開催されると運営から連絡されており、ちょうど良い時期に終わりを迎えることだろう。だが彼女はまだ自分の強さに満足していないのが現状だ、本当に強くなったのか自分で理解出来ていない。
砂の大地を踏みしめながら2人は暫く会話もなく目的地へと歩き続ける。その空虚な間で様々な考えを巡らせていたものの、意味の無いことと思ったのかシノンが口を開いた。
「ねぇ」
「なんだ」
「アンタがGGOにきた理由って、なに」
「……ふむ」
また二人の間には砂を踏む音だけが広がる。一つ息を吐き、ヴァー・ヴィーが口を開いた。
「以前、俺の強さがどうこうとか言っていたな。あの日の時」
「あの日……えぇ、そうね。それが?」
「その問いからお前は強さを求めていることは理解出来た。まぁ何が言いたいかといえば──同じだ」
「何が?」
「俺がGGOに来た理由が、強さを求めていたからだ」
シノンが立ち止まる。足音が止まったことでヴァー・ヴィーも止まったがシノンの表情は鳩が豆鉄砲をくらったかのようなものになっていて、それを見たヴァー・ヴィーは少し呆れたような表情を見せる。
「そんなに意外か」
「だって、アンタは……強いのに」
「それでもだ。それでも尚強さを求めているし、欲している」
「なんで……?」
「それが俺の生き方だからだ。常に追い求め続けることが俺であるからこそな」
そう言ってまた歩き始める。少し遅れてシノンも早足で駆け寄りある程度の距離まで詰めると歩行速度を合わせて歩いた。ヴァー・ヴィーは言の葉をつむぎ続ける。
「俺がこの世界に来たのは、リアルで体得した戦闘技術がどこまで通用するか。そして実践に近い戦闘の場数を増やすため。そうやって強さを得ていったが、未だに足りんと思う時がある」
「……アンタでもそう思うことあるんだ」
「あるとも。俺は未だに自身の強さに満足していない、今までもこれからもな」
「じゃあ──アンタが強さを求めてる理由は、一体?」
その時、今度はヴァー・ヴィーが足を止めた。しばし考えた答えは意外にもあやふやだった。
「……分からん」
「分からないって……分からないまま強くなろうとしてたの?」
「いや理由はあった筈だ、とはいえ思い出せん。それが分からない事を不便だと思ったこともないからな」
彼は強さを求めることが1つの生きがいにもなっていた。いや、成り代わっていたというのが正しいだろうか。どんな事であろうと何かを求めるには理由がある、その理由が思い出せない今ヴァー・ヴィーが強さを求めるのはただ自分が強さを求めているからとなっている。何のために、という前提が時間とともに喪われていたのだ。
「お前はどうなんだ、シノン」
「私……」
「強さを求めていることは今までの付き合いで理解している。だがお前は何のために強さを得ようとする? 何がお前をそこまで駆り立てるのだ」
ヴァー・ヴィーの問いで思い起こされるのは、彼女のターニングポイントでもあるあの日の出来事。薄れゆくことも消えることの無い忌まわしき過去、未だに当時の感覚が色濃く残り小さな体を依代にした罪と後悔が今も尚彼女の澱みとなってゆっくりと心を蝕み続ける。負の思考に囚われかけた時、急にシノンは肩を叩かれる。
GGOに意識を引き戻し無言の指刺しで示した場所に、何体かのワーム系エネミーを取り巻きに中央で姿を現している目的のネームド。用意していた溶解弾の入った弾倉に入れ替えるとヴァー・ヴィーがそのネームドに向けて走る。
「「状況開始」」
【ベネリ スーパーノヴァ】
イタリアのベネリ社が開発したポンプアクション式ショットガン。今回使用するwithSTEADYmodelは銃身長が24インチのみの物しかないが射撃時の安定性を向上させるためステディグリップが装着されている。
【ブッシュマスターACR】
アメリカメイン州のブッシュマスター社が開発したアサルトライフル。既存の銃の様々な良い部分を使用した「枯れた技術」を効果的に組み合わせているため汎用性や耐久性に優れている。
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Wild instinct
両脚に取り付けられた砂漠地帯特化型強化外骨格から独特なジェネレーターの駆動音が鳴り、その音とともに砂漠を走り抜けるヴァー・ヴィー。体重が掛けられるとそれに応じて沈み満足に力を伝えることの出来ない砂地を走るために、着地面への力が必ず地面と水平になるようにさせるバランサーと、内部機関に砂塵が入り動作不良を起こさないように骨組みや配線をカーボンファイバー製のカバーで密封しているものを使用。
目標であるネームドとその取り巻きのエネミーがジェネレーターの音と砂漠を駆け抜けるヴァー・ヴィーの足音を聞き取り、ターゲットを1人に限定する。ブッシュマスターACRを構え周りの取り巻きから始末を開始、円を描くように走りワーム系エネミー特有の弱点である口内を狙って撃つ。とはいえ現在の位置からワームの口を狙うには高低差があり、また攻撃に当たらないように動き回っているため狙いが定まりにくく弾の当たり具合にズレが生じていて倒すのに時間がかかってしまう。
とはいえ相手の方も攻撃後の隙というのは必ず出来るため、粘液射出のさいはその対象に近付いて光剣の斬りつけ、肉体を使った範囲攻撃のさいは距離を取りつつ射撃するなどしてダメージリソースを稼ぎ、ネームド以外の掃討が終わると目標への攻撃を開始する。
「3カウント」
『了解』
目標が地面へ潜るモーションを見せたところでヴァー・ヴィーはシノンの方へと誘導する。盛り上がった砂地が彼に向かって移動しちょうど真下にまで移動すると砂地が元に戻った。
強化外骨格の出力を上昇させその場から飛び出すように離れていくと、先程居た場所から目標のネームドが姿を現す。捕食者のそれを彷彿とさせるが、その攻撃は距離を取っていたため当たることはない。ヴァー・ヴィーは携えていたスタングレネードのピンを引き抜きながらカウントを数えた。
スタングレネードを目標に目掛けて投げ、目標へ向けて接近。ヴァー・ヴィーが近付いたことで肉体による範囲攻撃のモーションを始めたが、カウントは既に刻まれている。
目を閉じ、耳を塞いで口を開けた途端にスタングレネードが起動しその場に閃光と轟音が発生する。それを間近で受けた目標はモーションを中断し一時的に怯み状態へと移行する。すぐさま装備をベネリ スーパーノヴァの方に切り替えたヴァー・ヴィーは接近。その直後、後方からシノンの射撃が確認された。
今回使用している特殊溶解弾【CUTTER】が一瞬の隙を生んだ目標の口内へと吸い込まれるように射出され、弾丸が内側へのダメージを表示が行われると同時に目標のHPバーの1本目が1/3ほどにまで減少した。HPが一気に減少したことで目標は一時的な気絶状態に入り、その気を逃さないヴァー・ヴィーが口もとまで移動し、ベネリ スーパーノヴァに装填されたCUTTERを三発口内に叩き込む。その時点で目標のHPバーが1本全損し2本目を少し削ったところでそのネームドが起き上がった。
『速い、もう1本削れてる……!』
「弱点部位の検証は済んだ。次は弱点以外の部位に当てて計測する、1発のダメージ確認のあとは好きに撃て。その時になれば合図する」
『了解ッ』
少々気が流行る様子を見せたシノン、それに構わず装備しているベネリ内の残弾を1つ減らし追撃を加えるとヘイトがヴァー・ヴィーに向けられまたその場から距離を取り続ける。品質がほぼ最高値の溶解弾1発の威力はやはり通常の実弾兵装よりもダメージを与えられ、わざわざ光学銃に切り替えずとも十二分に減らせられる事が確認できた。
あとはシノンが撃つ12.7×99の分、その他にも口径の違う弾丸の威力を検証しなければならないが今は目の前に集中する。またも地中からの飛び出しを行った目標から距離を取っていく。
「撃て」
2発目の発砲音、今度は胴体に当たり目標のHPバーは1/4ほどの減少を確認した。
「確認した。あとは好きに撃て」
『えぇ、好きにさせてもらうわ』
続けざまに3発目が発射され胴体に着弾、先程と同じく1/4の減少が確認され目標が怯む。その怯んだすきにヴァー・ヴィーはクアッドロードによる装填を行い新しく4発補充、振り向いてベネリ スーパーノヴァの銃口を向けると目標はまたも地中に潜っていた。
すぐさま距離を取り、地中から出現した目標だがすぐにヴァー・ヴィーを狙って急降下し始めた。影の肥大化によってすぐに気付き急激な方向転換を行い離れたものの、対処が若干遅かったためか風圧を受けて宙に浮いた。体を小さく丸め受身を取って立ち上がるが、目標が上下にうねりながらヴァー・ヴィーを取り囲むように旋回している。この事態には2人とも妙だとすぐに気付いた。
『V、何だか様子が』
「あぁ。この手のエネミーのモーションは初めて見た。運営からの連絡もないが……バグだったら面倒だ、最悪延々と戦わねばならんぞ」
『経験でもあるの?』
「昔な。やってもやってもムービーシーンに移らんバグに直面したことが」
『ご愁傷さま、そこから撤退しましょう』
「援護は頼む」
『了解』
口を大きく開いた目標がヴァー・ヴィー目掛けて突進する。その場からすぐに離れ、移動方向から考えた隙間部分を探すがこのタイプのエネミーは全長が長くそのため地中に潜って一部を出している設定がある。つまるところその全長を計り知ることが通常ならば出来なかったが、この状況になって
「作戦変更、このまま倒す」
『倒せる確証はあるの?』
「無いが、やるしかない」
そのデカい図体が砂地に潜り込まれ、またも囲まれることとなった。しかし今度は確実に仕留めるつもりか徐々にその範囲が狭まってきていることが伺える。すぐにシノンは4発目を撃ち胴体に着弾、目に見えて減っていくHPは戦闘の終わりが近付く狼煙のようなものだったがそれでも止まらない。残りは1と1/4本。
ヴァー・ヴィーもまたベネリ スーパーノヴァでの射撃によって目に見えてHPを減らしていくが、胴体では決定的に与ダメの数が足りない。またこのダメージを出せる溶解弾も残り3発のみ、シノンの方も溶解弾は残り4発といった状態。しかし無常にもドンドン狭まっていきヴァー・ヴィーの周囲に目標の肉体が分厚い壁となって追い詰めていく。
壁になっている分、狙える範囲は大きくなるためシノンも連続で5発目、6発目と撃ち続ける。ようやく残り1本を切った状態になったとしても未だにその行動を止めようとはしなかった。まるで死に物狂いに、せめてヴァー・ヴィーだけでも殺そうとしているようにも思えた。そして7発目、ようやく最後の半分に到達し目標のHPがレッドゾーンに移行する。包囲網の中心に居るヴァー・ヴィーは何かを覚悟した表情へと変わる。
そして最後の弾丸、シノンの射撃は胴体に直撃し目標のHP残量を消し飛ばした───だが、まだ足りない。
『ッ、V!』
インカム越しに聞こえたその声を無視し、ヴァー・ヴィーは上から強襲する目標のネームドをその目で捉え続けた。
シノンの目には中心にて包囲されているヴァー・ヴィーへの攻撃モーションを取っている目標が見えていた。先の溶解弾は既に使い切り、通常の12.7×99mmの入った弾倉を取り出そうとした。しかしこのタイムロスによりヴァー・ヴィーの体力は全損してポリゴンとなって消えるだろう、その事実を覚えていればなんて事ないはずだがシノンの瞳には何故か焦燥感があった。ヴァー・ヴィーは強く、規格外であることをシノン自身が身をもって知っている筈なのに、焦っていることに彼女自身が気付いていなかった。
目標のネームドはシノンが弾倉を実体化させた直後、ヴァー・ヴィーに向けて強襲した。たまらず彼女は叫ぶ。
「っ、V!」
その場所から砂地に突撃したとは思えない揺れと音が発生した。発砲音は聞こえなかった、そしてヴァー・ヴィーの居る位置である場所に頭を突っ込んでいる目標。すぐに彼のHPを確認しようとしたが、生憎とフレンド交換を行っていなかったためその残量や生存確認さえも出来やしなかった。嘘だと思い視線をその場所へと移した。
するとどうしたことか。ゆっくりと目標が作り出した肉壁が崩れ落ち突っ込んでいた頭さえも重力に従って倒れ伏していく。音と揺れがまた発生した途端に目標はポリゴンとなって消え去った、その光景に呆気に取られていたところでヴァー・ヴィーの声がインカム越しに届いた。
『こちらV、対象の殲滅を確認』
「……っ、V! 生きてるの!?」
『耳元で叫ぶな。あと声が聞こえてるのだ、ロストしておらん。すぐに合流するから待っていろ』
安堵の息を吐いたシノン、その表情は安堵しきった様子だったがどこかオーバーにも見える。いや、ヴァー・ヴィーが生きていたことに安堵した表情をすることに違和感を持つべきなのだろう。幾らなんでも赤の他人、過ごした時間が短い上に本来ならば恨んでもおかしくないような日々を過ごしていたのだ。だがアミュスフィアは彼女の表情をそう出力した。ヴァー・ヴィーもまたシノンの発言に何か引っかかっていた。
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意思なき規範の寄生
止めてあったマローダーに乗り込みグロッケンへの帰還中、車内の雰囲気は特に代わり映えのない会話を1つも交わさない様子であったが1人ヴァー・ヴィーだけが思考の海に囚われていた。いつもの葉巻を吸わない上に少し運転への意識が逸れている様子であることから完全に悩んでいる状態、流石にそれを見てたまらずシノンは訊ねた。
「ねぇ、何悩んでるのよ」
「んぁ……あぁ。先の狩りのことだ、何故見たことも無いモーションをしたのか分からんし俺自身に起きたことも分からん。答えに行き詰まっている」
「そういえば何があったのよ、あの時」
「言ったところで信じられんよ」
「私は貴方の非常識さをよーく知ってるのよ、今更常識外れなこと言われても驚かないわ」
「……言っておくが俺の技術は鍛えれば誰でも身に付けられるものだ。人外の技術ではない、それに今回のはそんな技術的な問題でもない。もっと別のものだ」
「何それ。まるで自分が速くなったみたいな言い草ね」
「
「……はい?」
「実際に速くなった。それで難を逃れたのだ」
ヴァー・ヴィーの言い分はこう。強襲された時目標の口が開かれていたところを狙って撃とうとしたのだが、そのさい周囲の時間が遅くなったような感覚を覚えたと思えば自分の動きが遅くなった空間の中で普通に動けていた。ベネリ スーパーノヴァから発射された弾丸も何故か通常の速度で当たっていたため、そのまま残り全てを撃ち尽くし気が付けばポリゴンに変わっていたとのこと。俄には信じ難いそれを彼はしていて、彼本人でさえ出来た理由が分からないとなれば悩むのも無理はない。
とはいえ、そんな事が有り得るのかと言われれば普通有り得ない事象であるのは間違いなく。現にシノンもどこか疑わしい様子なのは仕方の無いことだろう。
「……チート?」
「やってないぞ。今まで垢BANされたことは……いや、以前にもチートツールを疑われて停止されたがすぐに戻ったな」
「あったのね」
「昔あった。やってないのに傍迷惑にも程がある」
「まぁアンタの腕だと疑われても可笑しくないのよね。今回のは……あー、なんて言えば良いのかしら」
「俺が知りたいんだがな」
ところ変わって現実世界。GGOを世に広めたアメリカ企業ザスカーの日本支社、そこのGGO運営チームは日夜システム不備の有無の確認だったり新たなコンテンツの配信やGGOに向けられた不満や提案などの確認といった様々な業務に励んでいる。配信当初は残弾無制限バグや裏世界、エネミーの一斉消失バグなどの事態に見舞われたこともあったが時間とともに多少落ち着いていた。
しかし第1回BoBの出来事でプレイヤーからの苦情が絶えなかった事実を抱えている。そこで参加したサトライザーと呼ばれるプレイヤーはどういう訳か本社のあるアメリカから参加していることが明らかになり、サトライザーの被害者やアメリカ人が日本のサーバーで荒らしたことに対する批判などが寄せられ一時期てんやわんやになっていた。
とはいえBoB本戦の最終戦にて行われた1vs1の戦いの方にほとんどの人間はそちらへの興味に惹かれ、寄せられた批判等はサービス開始時のそれよりも多少少なかったため被害は少なく済んでいる。対応に追われていた過去が今では落ち着きを取り戻しそこそこの平穏の中にいた。
そんな中でも無情にもやって来る運営への報告、コーヒーブレイク中であった1人が対応に入り、プレイヤーIDと届いた内容を確認すると奇妙な相手からこれまた奇妙な内容が書き起こされていた。そのID番号は『
【ネームドエネミー『Desert Man Eater』対峙中に突如、当エネミーに確認されていない攻撃行動を行っていた。具体的にはプレイヤーの周囲を取り囲み逃げられなくするなど。可及的速やかな対処をお願いします】
この文面の内容は対応者はよく分からなかったが、一先ずそのネームドエネミーに設定されているデータを調べることになった担当プログラマーは、これまた不可解な事象に出くわすことになり主任を呼ぶことを決める。
「主任! こちらに来て貰えますか?」
「はいよー、ちょっち待ってな」
無精髭を生やした天然パーマの男、主任と呼ばれた人物はそのプログラマーのもとに向かい画面内に表示される奇妙なものを見て、同じように不可解なものを見たかのように唸り首を捻った。
「…………おい、誰か勝手に追加したのか?」
「自分はしてませんよ。というか少なくとも誰も手を加えてないと思いますけど」
「だとしてもだ、こんなんどう報告すりゃ良いんだ?
「どうします、これ」
「ツール使用の形跡は?」
「えっと……うっそぉ全くないです」
「益々訳が分からんぞ」
目の前の現実が未だに理解できず混乱しており、これがクトゥルフ神話TRPGであれば0/1のSANチェックが入っていただろう。ついでに判定にマイナス20は入っていたとも考えられる。
「……一先ず、このデータはバックアップして調べてみる。そいつは前のデータに戻しておいてくれ、あと他のも同じようになってないか確認頼むわ」
「うぼぁ゙ぁぁ、残業ですね聞きたくなかった」
「オレだって嫌だわ。他の奴らにも頼んどくから先やっとけ」
「うーっす」
厄介な面倒事が増えたと愚痴り始めると周囲から溜め息やら悲観的な感情が見え隠れし始め、けれど報告を受けたからには仕事として終わらせなければならず、GGOの運営に関係した時点で逃れられないことを自覚しながら取り掛かった。
「と、いうことがあったわけなのよ」
「うひゃあ
「ありがとぉぉぉ」
日時は経ち、あくる日の夜のこと。といっても今は日付が変わった直後ぐらいだが、洋食系居酒屋で日頃の鬱憤を晴らすように飲んでいる緑髪の美人と、その隣で付き添いのような形で飲んでいるフランス人の2人が居た。2人とも若干酔いが回ってきているがお構い無しに飲み明かそうとしている、こうでもしなければやってられないのだろう。
豪快にグラスに入った赤ワインを一気に飲み干し、また店員に同じものを頼んだ。横で見ていたフランス人の方は苦言を呈した。
「ちょっと、流石に悪い飲み方よそれ」
「こうでもしなきゃやってらんないよよ!」
「ダーメだこりゃ。すいませーん、水1つー!」
「うぅぁああ、独り身が恋しいよぉ! 誰か慰めてよぉ!」
「よーしよしよし、うんうん分かる分かる。ほら水飲んで」
「イザベラは良いよねぇ、彼氏居るし! しかも年下!」
「はいはい
ついでに会計も済ませて帰る準備を整えていく。先程イザベラと呼ばれたフランス人女性と、“みどり”と呼ばれた日本人女性である『
「にゃにがバグよ、にゃんな
「よーしよしよし。あ、ごちそうさまでしたー」
「うぇぇぇぇ……わかんないわよぉ……しらない……ゴリ……なんれ……」
何を言いたかったのかは定かでないまま眠ってしまったことで更にイザベラの負担が増えた。電話でその彼氏に連絡し先にタクシーで翠子の住んでいるマンションにまで向かい、そこに到着すると自室まで運んでいきベッドに寝かせて一息ついたところに彼氏──睦希亮司から連絡が入る。
「
『入り口に来たが、部屋の中か』
「そ。あとは連絡入れてスペアキーを借りて部屋出るだけ」
『……オートロックではないのだな』
「どした?」
『いや、鍵が無くても錠は掛けられるだろうなと』
「できるんだ……いや、できるの?というかやったことあるの?」
『昔な。おっと何か犯罪をしたわけではないぞ』
「ふーん」
睦希の昔話はさておき、メモ用紙に伝言を書いておきスペアキーを借りて部屋から出てマンションを後にするとバイクに乗って待っていた睦希からヘルメットを手渡され、そのまま帰っていく。
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終わって始まって
時は流れ、第2回BoB本戦開催日。この日GGOで行われた大会で集まった強者がバトルロワイヤル形式で互いの技術を競い合いただ1人の勝者として勝ち上がるべく戦いに挑む。仮想世界という舞台にて行われるその戦いの中に第1回優勝者たるあの2人はここに居ない、何の意図があって参加したか分からないサトライザーはともかくヴェンデッタもいないとなれば、勝者は誰に定まるのかは検討がつかない。
そんな本戦まで勝ち進んだ参加者の中にシノンは入っていた。残り4名となった舞台であの4週間で染み込んだCQCの動きが『闇風』と相対した時になって活躍するとは思わなかった彼女はメインウェポンであるへカートⅡを捨てPP-2000とレオニダ スパルタン2バイオネットサバイバルナイフを装備し、ゲリラ戦法のそれで挑んでいる。決して留まることなく動き続けることを前提としたものだったが辛くも敗退し、4位。M900Aを破壊できたことだけがせめてもの置き土産だったろうか。
何もかもが終わって、第2回BoB優勝者はゼクシードに決まった。しかし大会終了後にゼクシードに対する批判の声が強くなっていった。当人がAGI型最強説を唱えた手前、強力なアイテムによる優勝であったことが原因である。自らの発言とは異なる行為により反感を買ったが、やはりというかここでも彼の名前は出ることになる。
ヴェンデッタに殺されろ、彼の名前はやはりGGOにおける影響力が強すぎた。次第にヴェンデッタに依頼し徹底的に殺し続けようという声が挙がりそれに周りは賛同していく。その
そんな閉店中の店に向かう2人の人物、店側の出入り口ではなくプレイヤーホーム側の扉のほうへと近付きインターホンを鳴らす。
『はーい、てシノンじゃないの。
「あー……久しぶり。こっちは私の知り合い」
『そう。それより今日は何か用?』
「Vに会わせてくれないかしら」
『…………んー。いいけど、ゼクシード関連のことじゃなければ。今のVピリピリしててさ』
「察するわ。大丈夫、依頼の方じゃないから」
『なら良いかな、ちょっと待って。Vー! シノンと彼女の知り合いが来てるけど良いー?──大丈夫そう、少し待ってて』
すぐに自動扉が開かれ2人は中へと入っていく。住居のような設備が整われた部屋では長ソファに座っているヴァー・ヴィーが、しかしヘッドホンとアイマスクを付けており背もたれに体を預けているといった様子。完全に外からの情報を遮断しているような装いだが、視覚と聴覚を塞いでいるにも関わらずヴァー・ヴィーは2人を一瞥することなく口を開く。
「何の用だ。もう店番にも来なくていいと言ったんだがな」
「……違う、今日来たのはアンタに頼みたい事があるの」
「あ?」
訝しげな声を出し、アイマスクとヘッドホンを外してシノンの方に向き合う。その時シノンの傍らに居た男性プレイヤーにも目に入った。
「そこの奴は?」
「リアルの知人。聞きたいことがあるらしいけど、その前に」
「──頼み、だったな。なんだ」
「もう一度、私を強くして」
ヴァー・ヴィーが背もたれから起き上がる。生気のない瞳をした彼が見つめる先は覚悟を持った強さを追い求める者、今という現実に納得しない“氷の狙撃手”とは思えないほどの熱。決意に満ち溢れたそれであり、おそらくはどう足掻こうとヴァー・ヴィーは面倒なことにしかならないだろうと考え、せめてまだマシな方を不本意ながら選ぶことにした。
「……どうせ俺が何を言おうと、お前は自分が納得するまで梃子でも動かんのだろうな。その目を見れば否応でも理解させられる」
「じゃあ」
「前にも言ったが遠慮なんてものはない。徹底的にやらせてもらう」
「分かった……!」
嫌に目を光らせているような印象を与えるシノン、ひとまずヴァー・ヴィーは葉巻を取り出し咥えて火をつける。口内に広がる煙を味わいながらゆっくりと吸い、暫くして吐き出す。煙は換気によって外へと排出され部屋に篭もることはない。クリアな視界が維持されたままの状態でまたもう一服と煙を味わっている。
「あの……」
シノンの傍に居る男性プレイヤーから声が発せられるが、それに一瞥することなくヴァー・ヴィーはソファを指し示す。座れと伝えており銃士Xが誘導して座らせた、煙を上に向かって吐き出し一部灰となった葉巻を持って先の者に視線を向けて話をし始めた。
「名は?」
「『シュピーゲル』です。シノンとはリアルで付き合いがあって、貴方と交流があると聞いたので会って話がしたいと思ったんです」
「…………話ねぇ。予想だが何故ゼクシード殺しの依頼を受けないのか、といった所か?」
「! 何で分かったんですか?」
「誰でも察せる話題だ。結論から言えば面倒な手間がかかるからやりたくない」
また葉巻を咥え一服。葉巻と紙タバコでは持続時間の違いもあるため彼はゆっくりと葉巻の煙を味わいながらも、シュピーゲルと名乗ったプレイヤーへの意識を忘れずに。煙を吐き出してまた言葉を続けた。
「……先日、そのゼクシードを完膚無きまで殺せと依頼されたことがある。しかも奴の持ってるXM29 OICWがドロップするまでとな、こんな馬鹿げた依頼を奴に受けさせるような真似は出来んよ」
「うっわぁ……」
「それにだ、そんな馬鹿げた依頼に600Kだと? せめてその10倍の費用がかかると思えと言ったら今度は情に訴えかけた始末だ。受けてられるかあんなもの」
言葉の端々に怒気が込められている。思い出すだけでピリピリするほどらしく、ヴァー・ヴィーの中でタブーになりつつある話題になっていた。それに付き合う銃士Xも中々辟易としているらしい、どちらかといえばヴァー・ヴィーの苛立ちが伝染しているといった様子だが。
兎も角、彼はもうゼクシード関連の依頼を受けるつもりは無いらしい。無論まったく無いわけではなく相応の依頼料を貰えれば仕事はするとのこと、いずれにせよ彼が今話題のゼクシードを殺すにはそれ相応の見合った報酬が必要不可欠である。その事自体はいつもの事なのだが。
「……の…………が」
「あん?」
シュピーゲルが何か言ったようだが、ヴァー・ヴィーには聞き取れてはいなかったものの何かは聞こえてたらしい。表情は変わっていなかったが何かを察したのか、シュピーゲルの方を見つめて葉巻を吸う。少しして煙を吐き出し気だるげに言い始めた。
「……何か不満らしいが、少なくとも仕事内容に沿った報酬でなきゃ誰も仕事なんてやる訳ないだろう」
「──不満だなんて、そんなこと」
「はん……そうか。なら悪いがさっさと帰ってくれ、もう用は済んだはずだ」
「あー!そうそう、今日リアルで仕事の準備しなきゃいけないんだった! ごめんなさいね2人とも、Vの方も準備しなきゃいけないのよ」
ね? と柔和な笑みを浮かべてヴァー・ヴィーへと向ける。彼の方もため息をつきながら頷き肯定し、シノンとシュピーゲルの2人をプレイヤーホームから退出させていく。2人が出ていったあと、銃士Xは疲れた様子を見せながらもヴァー・ヴィーの隣に座り訊ねた。
「ねぇ、シュピーゲルだっけ? 彼に対して当たりが強かったようだけど」
「……確かに当たりは強かったな。だが不満の声を漏らしておいてあの取り繕ったような表情、どうにも胡散臭いのだ」
「彼が何を言ったのよ?」
「そこは聴き取れなかった。だが声の抑揚でまず間違いなく不満か俺に対する悪口かだ、迷惑甚だしい」
「……何を言ったか分からないのに強く当たるのもどうかと思うけど?」
「その声自体聞き取れてなかったのに、俺にとやかく言うな。──悪いが先に戻らせてもらう」
「はぁ……分かった。私からはこれで
「そうしてくれると有り難い」
ヴァー・ヴィー達のプレイヤーホームから退出したあと、シノンはリアルに戻って用事を済ませることにし、シュピーゲルも同じくリアルに戻ることになった。そうして朝田詩乃が現実に戻ってきた時、彼女はしばらく自分のベッドの上から起き上がらずに考えていた。あのとき隣にいた彼女からは僅かながらシュピーゲルの言っていたことがよく聞き取れていた。けれど想像できなかった。
『金の亡者が』
そう、確かに聞こえていた。でも何かの間違いと思いたいと考えている。
だがあれを聞いていたらしいヴァー・ヴィーの機嫌は間違いなく悪いものになっていた。耳ざといというのだろうか、あの2人も現実に戻ると言っていたが、どう考えても方便なのは明白であった。けれどあの時のヴァー・ヴィーの言葉がもしも……頭の中で考えを過ぎらせるが明確な答えが出る訳でもなく、朝田詩乃は一旦思考を止めた。
※ロストジャッジメントやってて楽しかったです
【XM29 OICW】
OICWとはObjective Individual Combat Weaponの略称。製造にはドイツのH&K社とアメリカのアライアント・テックシステムが携わっている。
アサルトライフルであるが20mm炸裂弾(グレネード)を発射できる機構を備えた次世代個人携行火器のプロトタイプとして開発。標的捕捉・射撃管制システムを搭載しており、更に戦術コンピュータやヘッドアップディスプレイを駆使した相互通信を可能にしている。
欠点として砲弾1発の値段が非常に高いなどコスト面の問題がある。
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兎は報復など知らぬ
時は移ろい、現実世界にて。睦希は小比類巻の部屋で自身の体を丸めて所謂“ごめん寝”の状態で膝枕されている。少し苦笑しながらもその状態を甘んじて受け入れてる彼女は優しく頭を撫でており、普段の2人を知っている人間からすればこの様子を見た場合呆気に取られるのは間違いない。身体的な強さを持ち一見して堅物のような睦希にも脆い部分は確かにあり、小比類巻もその事を理解している。
「……いつもすまない」
「今度は何があったんですか?」
「イザベラに強く当たってしまった……」
「どういう風に?」
「何も聞き取れてなかったのに色々言うなと」
「うーん、前後が分からないので何とも言えないですけど。謝るのは決まってるんですよね、いつもみたいに」
無言の首肯。何度か似たようなことはあって、大体の発端が睦希自身であるため彼の中に納得と罪悪感があった場合は謝罪するというのが常となっていることを小比類巻は聞き覚えている。但し彼自身が納得しなかったことに対しては、睦希の言葉を借りるなら納得のいかない物事に対しては謝罪の意味を見いだせないようで。
とはいえ彼の中には納得と罪悪感の両者があるため順当にいけば問題が起きることは無いだろう。が、彼にはもう一つ重要な面倒事に関わっている事を忘れてはならない。彼がプレイしているGGOにて未だに挙がる“殺しの依頼”、その声はストレスとなってその身に降り注ぐ。とはいえPKを専門としたプレイヤーとして動いており、且つ有名どころになってしまったからには必然的に起こりうる事ではあった。
「このまま寝ていたい……GGOもやりたくない」
「今日は重症ですね。GGOって亮司さんがやってるゲームですよね、何かありました?」
「やりたくない事をやれと強要される……こっちだって人間なんだぞ……」
中々の具合である。彼女もゲームは親友から誘われて様々なものを体験版でプレイしたことはあるが諸事情により殆ど手をつけていない状態であり、ゲーム内事情に詳しい訳では無いがいつもの睦希がここまで意気消沈するほど厄介な事なのだろうと考えた。とはいえ何かする事が出来るのかといえば思いつかず、どうしたものかと悩んでいると睦希が顔を上げて小比類巻の方を見た。
「……なぁ、頼みがあるんだが」
「はい?」
「GGOに来てくれないか?」
ところ変わってGGOグロッケン、初期スポーン位置となる玄関口の場所にて1人のプレイヤーが新たに参加した。150cm代と小柄な身の丈に愛らしい童顔、初期装備の服を着用しそのプレイヤーは自身の今の状態を確認すると歓喜に満ち溢れ、喜びのあまり飛び跳ね始めた。
「レーン!」
「! こっちです!」
ぴょこぴょこと跳ねながら聞こえた声に答えると、彼女の視界に
「香蓮なのか?」
「はい! えっと、亮司さんのことは何て呼べば?」
「今はヴァー・ヴィーかVとでも呼んでくれれば。にしても……」
ちんまりとした姿のアバターを見ていると、彼女本来の背丈や容姿に慣れている彼からすれば違和感の塊なのだが当の彼女、小比類巻の方はこの容姿を気に入っている様子だ。それもそのはず、彼女は元々自分の身長の高さが好きではなかったため。睦希と出会ってからは多少好意的になれたものの未だにコンプレックスであったが、このGGOではその問題に悩まされずに済むのだから嬉しいことこの上ない。事前に身長による今までの問題を聞いていた彼が、この喜びように何も口を挟めなくなるのは仕方ないと言える。
「良かったな、夢?が叶ったようで」
「はぁ〜……どうしよう、ほんの付き添いと思ってたらまさかの出逢い。体験版なのが悔やまれるぅ」
「通信料ぐらいなら出せるぞ」
「うぐっ!で、でもりょん"ん"……Vさんに迷惑かかるのは」
「月4〜50万稼いでる分、負担にもならんよ。親御さんからバイト禁止されてるのなら遠慮しなくても良いんだがね」
「そういう問題じゃなくて〜!」
「カカッ、まぁその事はおいおい。一先ず付いてきてくれ、拠点に案内する」
手を差し出されたレンは何も不思議に思わず手を出したが、ここで違和感を覚えたがすぐにその理由は判明した。いつもならレンの方が少し見下ろさなければならなかったが、今はヴァー・ヴィーを見上げている視線であったから。互いにその新鮮味に気付いたのか、同時に微笑みこの世界だけで味わえるものを体験していく。
途中この2人、強いて言うなら新参を連れたヴァー・ヴィーに対し注目が集まる。なまじ顔も名前も知られているためこうなるのは当たり前なのだが、そこに彼が予想していた効果はあったらしく内心したり顔で誰にも声をかけられずプレイヤーホームへと入っていった。初めて入室する場所に驚きを隠さずに居るレンは長ソファに誘導されながら座り、その隣にヴァー・ヴィーが座った。
「ようこそ、今から此処がレンの拠点になる」
「ここ、1人で住んでるんですか?」
「イザベラも利用してる。彼女はこっちで
「はぁ……にしても凄いですね。
「金かけたからな。と、先にフレンド交換しておこうか」
メニュー画面を操作しフレンド登録を済ませていくが、ここでレンは彼の言っていた名前が違っていることに気付く。それは向こうも似たような様子で名前の綴りが予想していたものと違っていたことを知る。
「L L E N Nで『レン』か。でも確かに被りはしないな」
「Vendetta……?」
「あぁ、そっちが本当の名だ。ただこの姿の時はVかヴァー・ヴィーと呼んでくれ、GGOはこれで通してる」
「何でですか?」
「あー……ヴェンデッタはPKの、プレイヤーキルの依頼を行う際に使う名前でな。あまり表には出せんのだ。今の俺はショップオーナーと仲介屋としての名前で動いてる」
「???」
「……2つの名前を使い分けて二重生活をおくってる、と覚えてくれれば良い。まぁそれはさておき早速だが付いてきてくれ」
ソファから立ち上がり彼女を併設している射撃場へと案内し、分厚い壁に偽装された武器庫を露わにさせる。映画のワンシーンのような光景を見てポカンとしているレンを他所にハンドガンの収納スペースに向かい光学銃とグロッグ19を見繕い、それらを持って来る。
「おーい」
「……はっ! もしかして何かの撮影が」
「映画ではあるまいに。まぁ見えなくもないがな」
そこからは射撃の基本をヴァー・ヴィーから学び、幾つか試した結果サブマシンガンなどの連射性能の高い銃種が合う事が分かり、ちょうど良い武器を選んでいる最中レンはFN P-90と出逢い暫しの間この武器庫に格納されたそれとコンバットナイフを持たせ、試し打ち等を済ませたあとリビングルームで一段落する。
休憩時間になった途端にヴァー・ヴィーは手持ちの葉巻を取り出して、残り本数が少なくなっていることを確認しつつ葉巻に火を付けた。換気性能が整ったキッチンスペースで吸っている姿を見るのは、レンからすれば初めてであった。
「葉巻、吸うんですか?」
「GGOではな。本当はリアルの方でも吸いたいんだが、イザベラから“健康に悪い”と言われてな。ここでは健康被害とは無縁なのがありがたい」
一服し味わい深いとされる煙を嗜みつつ、時間を経たせてから吐く。煙は換気扇に吸い込まれ匂いだけが部屋を漂い始め、その匂いをレンもまた嗅ぐことになる。
「葉巻ってどこから仕入れてくるんですか?」
「お得意様のバイヤーからだな。そして
「造る?」
「特殊なガジェットやら武器やらを造ってるのだ。中には産廃、所謂ロマン全振りといった物まで造らされたこともあるが、それを現実換算で5600万円とかで買い取るような奴だ」
「ごせっ……!? ゲームでそんな大金払うってどんだけ金持ちなんですかその人!」
「富豪の遊びだろうなぁ多分。あの毒鳥でない分マシなんだが、どうにも掴みどころのない奴で──」
まるで狙ったかのようなタイミングでヴァー・ヴィーの視界に一通のメッセージが届いた。中身を確認し終えると一つため息をついて眉間に寄せた皺にフィットするように指で押さえ、葉巻を持ったままその場から立ち上がる。
「タイミングが良いんだか悪いんだか。話していたバイヤーが今から来るようだ」
「さっき言ってたあの?」
「あぁ、ついでに言うと俺がヴェンデッタであることを知ってるプレイヤーでもある。すまないがレン、手伝ってくれないか。キッチンに紅茶の茶葉が……シンク真後ろの保管スペースにある、そこから黒の缶に入ってるものを使ってほしい」
「わ、分かりました」
リビングルームから併設された射撃場を通り抜けていくヴァー・ヴィーと、言われた通りの保管スペースから小さな体で茶葉の入った黒い缶を取り出したレン。彼女はその銘柄を確認するとまた驚愕した。【マリアージュフレール】と称される銘柄の紅茶を揃えている時点で相手がどんなものか想像がつかなくなった。
【FN P-90】
知っている人の多いサブマシンガン。ベルギーのFNハースタル社製のPDWとして開発され人間工学に基づいた設計が行われている。5.7×28mm弾を使用することで高い運動エネルギーを狭い範囲に集中させ、150m先のボディーアーマー(NIJ規格レベルⅢA以下)を貫通する。
【グロッグ19】
オーストリアのグロック社が開発した自動拳銃。前身となるグロッグ17直系のコンパクトモデルとして生み出され日本警察のSATが採用している。19とは9mm弾を撃つ規格番号のようなもの。
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戯れ侯爵と報復者
少しばかり忙しなく用意を済ませ、長ソファに座る2人とテーブルの上に置かれた3つのカップとソーサー、ティーポット。何故か片付けられた別のソファはアイテムボックスに収納され、まあまあ開けた不自然な空間が2人の視界に映る。少ししてヴァー・ヴィーのメール欄に噂の人物からの連絡が入り、どのような人物がやってくるのか興味を持って玄関口の方を見る。それに気づいたヴァー・ヴィーは笑みを零し、アイテム欄から何かのリモコンを取り出した。
「レン、そちらからは来ないぞ」
「え、どういうことですか?」
「こういう事だ」
そのリモコンの大きな丸ボタンを押すと、不自然に開けた空間の天井が一部移動し大きめの真四角な穴を作った。直後にその穴から何やらレールのようなものが降下し床に着いたところで動きを止めると、機械音とともにその穴から誰かが降りてやって来た。
ゆっくりと豪華なワインレッド色の大きなソファと共にまず見えたのは足首から上が肥大化した脚、次いでその脚に伴って着用しているシャツがはちきれそうなほど肥大化した上半身と、その体型に見合ったかのような大きさの頭部に白髪。そして両手指に着けられた見るからに豪華な指輪と、これまで見たことも無いような異質な存在をレンは目の当たりにした。それと同等にこのホームの天井から降りてくる光景を見たため開いた口が塞がらなかった。
その男はヴァー・ヴィーの隣にいるレンを一瞥したのち、ヴァー・ヴィーのほうへと見やる。かなり親しげな様子で男は柔らかな話しかけてきた。
「おや、お客人ですか?」
「いや、リアルの知り合いだ。俺がヴェンデッタだって事も知ってる」
「成程、納得しました。そういえばこの商談に参加したのはイクスさん以来、彼女もリアルの知人と仰っていたのを思い出しました」
「あぁ。レン、コイツが俺をヴェンデッタと知ってる数少ないプレイヤーの1人だ。名前は──」
「『マーキ』と申します、お初にお目にかかります。レンさん、で宜しかったですかな?」
「……うぇ、は、はい!そうです!」
「ホッホッホッ、よいお返事で。見た事がありませんのでニュービーの方でよろしいですかな?」
「彼の付き合いで」
「ほほ、随分と仲のよろしいことで」
マーキと呼ばれるこのプレイヤー、その口調から一見して無害そうに思えるのだが何処か掴みどころのなさが垣間見える。異質な風貌と穏やかな物言いに加えて柔らかな声色、総称してミステリアスな雰囲気を纏っているのだから尚のこと。そんなマーキだが思い出したかのようにアイテム欄から何かをオブジェクト化させる。
「ヴェンデッタ様、ご要望の品に御座います」
「いつも悪いな」
「いえいえ。悪いと思っているなら残りの金額を素直に受け取ればよろしいのですがね」
「あれでも俺にとっては大金の額なんだよ、少しは遠慮を覚えてくれ」
「遠慮したとしてもあの額を提示していたのは間違いありませんよ」
マーキがオブジェクト化したのは金属製のシガレットケース、中にはヴェンデッタが愛用している葉巻が二十本以上も入っておりこのGGOの世界設定を考えるとこの本数を手に入れるのにどれ程の金が動くのだろうか。中身を確認したヴェンデッタはそれをアイテム欄に仕舞い、今度は彼の方からアイテムをオブジェクト化する。紅茶を1杯飲みカップをソーサーに置いたマーキはそれを見やる。
「じゃ、商談の話としようか」
「分かりました。して、どのような代物で?」
現れでたのは若干縦長になったハートの形をした何かであった。それを取り出したは良いがレンとマーキは何であるのかということを知らない、興味津々でその代物を見つめているのはマーキだけであるが。ヴェンデッタはそれの裏側を弄り始めると、全貌が明らかとなる。
突如そのハートの形から大きな両翼が現れ部屋を占拠する。マーキは感嘆の声を洩らし、レンは驚きの声を挙げた。
「な、ななな何ですかこれぇ!?」
「【フライングユニットE-8 AG】 簡単に説明するとコイツを使えば半永久的にこのGGOで空を飛べる」
「ほぉほぉ、それで?」
「スラスターには四基の反重力装置、それらにエネルギーを供給する為に小型核融合炉を採用。両翼には機械兵にも使用されてるナノ単位で編まれた伸縮性能の高いチューブとその内部に形状記憶合金、空気抵抗の増減操作に鳥型のネームド【スカイハイランダー】を倒した際に手に入れた軽量かつ耐久、耐摩耗性に優れた強硬金属を生成しこれを羽に採用。背部ユニットの方はっと……これを背中に付けると自動的に脊髄と直結しつつ胴体を取り囲むように固定具が射出、思考制御による飛行が可能となる。但しゲーム上とはいえ脊髄と直結するため装着時と着脱時の際にダメージが発生するし飛行経験のない奴はそもそも真面に飛ぶ事すら不可能だ。それらを考慮して滑空も可能にした機能を組み込んでいる──こんな所か」
喋り疲れたヴェンデッタが砂糖とミルク入りカップの紅茶、自分の前にあるカップを取り満足するまで飲んだあとマーキの質問が始まる。
「着脱の仕方は」
「頭の中で“外れろ”と命令すれば良い。脳からの信号が脊髄を経由して命令を受諾、あとは勝手に簡単に外れる」
「発生する重力は」
「最大速度での飛行なら12G、機械計測でそう出た。だが通常飛行する分なら負荷によるダメージはない」
「使用可能な環境は」
「砂漠以外ならどこでも。羽がフラップの役割を果たす都合上、砂塵が隙間に入りこむとで機能不全になる」
両翼側に再度向け、背部ユニットを弄ると両翼が畳まれあの縦長のハート型に戻る。一連の行動を初めて見たレンは何も言えずポカンとしており何か言いたかったはずだが、何を言いたいのか思い出せないという有りがちな状態に陥った。商談相手であるマーキは品を見つつ考え込み、指パッチン。
「7.6Mで」
「遠慮って言葉知ってるか?」
ノータイムで応えたヴェンデッタが頭を抱える。いつもの事ではあるのだが金が関わっている以上、提示された金額の大きさで突っ込まざるを得ない。そこまでの金を持ち合わせているマーキの素性も不思議ではあるが。
「7.6メガ?」
「……現実換算で7600万」
「ほぉぅっ!?」
「いやいや、労力に見合った金額と存じますよ。スカイハイランダーの方もおひとりで倒されたのでは?」
「昔な。あとは部品持って金属生成しただけで労力はほぼ無い」
「いや金属作ってる時点でおかしいですからね?」
「レンさんの仰る通りでもありますよ。この金額は貴方の労力や使用した材質等を加味した上での価値なのですから」
「サラリーマンの年収を優に超える金が見合った価値ってのも毎度思うがどうかしてる」
「それはそう思いま……え、毎度?」
「おや、味方が1人減ってしまった」
「……分かった。それで満足ならな」
「商談成立ということで」
そして発言通り、ヴェンデッタはそのアイテムを売り渡しマーキはそれを7.6Mで購入した。いい買い物をしたと満足気な笑みを浮かべたマーキは暫く紅茶を嗜んだあと別れを告げるとそのまま上昇し、レールも片付けられるとヴェンデッタにメッセージを送った。
リモコンのボタンを押し、天井の穴を塞ぐと疲れた様子でソファの背もたれに倒れ自分が居る位置の天井を見上げるヴェンデッタ。彼とマーキの商談はいつもこう、しかし金額の大きさには未だに戸惑うこともある。
「あの、亮司さん」
「……Vと呼んでくれ。何だ?」
「毎度って、いつからあの人と交流があるんですか?」
「5ヶ月前。どこで知ったんだか分からんが、俺がああいう物を造ってることを知ってて依頼してきたのが初めて。その出来上がったものを15Mなんて大金積んで渋々買ってからだ」
「渋々って、あんなお金持ちの人がですか?」
「あぁ。
「……まさか」
「元は38Mで買おうとしてたんだよアイツ。交渉に交渉を重ねて、残りの23M分は情報料として利用してる」
「三億はもう、現実味ないじゃないですかそれ。一体なんなんですかあの人」
「俺もよく知らんよ。分かるのはそこまでの大金を持ってて動かせる、GGOやら何やらに精通してる金持ちってぐらいだ」
「ああいう人、映画の中だけかと思ってました」
「会うまでは俺もそうだった」
色々とあったが、今日はこれでお開きとなり2人とも現実世界に戻った。目を覚ました睦希は台所からジャーキーを取り出し、それを食んだ。本来ならば香蓮と狩りをして時間を潰す算段でもあったが、巡り合わせが良いのか悪いのか定かでないにせよ狩り以上に疲れる結果となった。そして現実世界でイザベラへの謝罪を考えることにした。
平和な時間を過ごしている最中であっても、必ず裏には誰かの悪意が蠢き何かを成そうとしている。それは変わることのない普遍的な事実で、如何にそれを潰そうとも新しくまた芽生えるのが常である。その日、彼らは事件の始まりを知ることになった。否応にもそう思わざるを得ない“事件”というべき出来事に直面することとなるのだから。
彼は死をもたらすもの。髑髏の仮面に隠された素顔はきっと使命感に浸ったものなのだろう。仮面越しのくぐもった声が画面向こうで起こった惨状を物語るかのように言った。
「これが本当の力、本当の強さだ!
愚か者どもよ。この名を恐怖とともに刻め。
俺と、この銃と名は【
幕開けの時が来た。
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Remnants Recollection
事件の考察
現在のGGOは異様な噂が蔓延っている。MMOトゥデイの取材中に起きたゼクシードの不審な挙動と強制ログアウト、それが起きた時間と重なり合うように1人の人間が死亡したことが明らかとなった。頭が回る者、勘のいい者、悲観的な者、差異はあれども“殺されたのではないか”という根本的な統一がなされた主張が出てくる者が増えていった。しかしそのゼクシードのリアルとされる
そしてゼクシードに続いて薄塩たらこまでもが死んだという事実が加えられ、話に尾ヒレが次々に付けられ根も葉もない噂だけが独り歩きしているというのが現状である。VR世界での殺人が現実世界に及んだというSAO事件に似通ったこともあって、その話題はVR界隈では有名になっていた。死銃事件と名の付けられた出来事を噂に噂を重ねて、彼らは話の種にする。自分には関わりのないことだとどこかでタカをくくって、しかしその事件に蔓延る噂に左右されず1人自らの頭で解明しようと
そうして思考の海に耽ながら、筆記形式で思考を続ける彼に対しホームに居るレンとイクスはその様子をただ見てるだけであった。
「真剣ですね、亮司さん」
「気になる事は納得するまで調べようとするからねぇ彼。ホームズみたいにさ」
「あぁ……確かに探偵っぽいですね。言われてみれば」
「まぁでも、そろそろ休憩が必要ね」
「ですね。もう3時間ああやってますし」
思考の海を泳いでいるヴァー・ヴィーの前に砂糖5個とミルクがたっぷり入った紅茶、の原型がないミルクティーが置かれる。カップとソーサーが僅かに当たる音で出されたミルクティーとそれを差し出し自分の分も用意しているイクスとレンを見やり、一旦休憩するとして目の前の世界に思考を戻した。
「ありがとう」
「なら店番の御礼が欲しいわね、勿論香蓮ちゃんの方にも」
「考えておく。必ず用意する」
「ならよろしい」
「……あの、亮司さん。どこまで分かりました? その事件」
「んぁ、あぁ……まだ仮説の段階で何とも言えんが多少は」
「どんな感じ?」
出されたミルクティーを飲んで一息つき、一旦目を閉じる。そして短く息を吐いて目を開き両手を組んで杖のように扱うとゆっくりと話し始める。
「まず前提として、分かっていることがある。VRの世界で殺人起こそうが現実に影響はないということ」
「はぁ」
「SAO事件の再来、なんて呼ばれてるけどそれに関してはどう思ってる?」
「どうもこうも、今回の件はSAO事件ではなく前に起きたALOでの人体実験の方に酷似してるだろう」
「あーつまり……現実世界の第三者がやってるって?」
「ああ。そもそもSAO事件はナーヴギアだからこそ可能であって、立て続けにVR関連で事件が起きて波風荒れてるような時に、アミュスフィアにそういった機能があれば元も子もない」
「それもそうですね」
「しかも今被害を受けているのはザスカーの方だ。自分の首を絞める行為を態々やる意味が無い、誰かが勝手に何かしでかさん限りはな」
それもそうか、と納得した言葉と頷きが2人から見られた。ヴァー・ヴィーはまたミルクティーを飲み一旦区切りを入れると、目の色に真剣味を帯びさせて話を再開し始める。
「そう、あくまでもこの事件は現実世界での死が引き起こしたものであって、あの死銃とやらの行為はカモフラージュのそれだ。タイミングよく何かしたと考えている」
「ん? 待ってください、じゃあ死銃って2人でやった事なんですか」
「複数犯、と考えるのが妥当だ。人数に関しては何とも言えんからな……とはいえ分かっているのはここまで。問題は」
「ちょっと良い?」
「何だ?」
「他殺の線で考えてるみたいだけど、被害者は心停止の状態で見つかったのよね? たまたま生活習慣病と重なったってことは?」
「無いな。偶然の一致にしては都合がよすぎる、そもそも他人が死ぬ日時が分かってたのなら豪運にも程がある。俺とてせいぜい他人の死期の一か月前ぐらいに特殊な頭痛がして漸く当人の死期が近い事が分かる程度なのに」
「いやそれは分かるんですか!?」
「分かるな。とにかく自然死、事故死の線は確率的にないと断定できる」
「なるほどね……で、問題って?」
「具体的に分からない所が多い、というのが1つ。例えばだが」
先程筆記形式で色々と記述していた電子画面、その中の疑問点の箇所を2人に見せる。他殺という前提で現れてきたのは場所の特定、侵入方法、殺害方法を挙げている。
「まず、他殺の前提として“どうやって場所を特定したか”だが。そこから行き詰まってる」
「GGOで住所が分かるとなると……それだとザスカーが分かってるでしょうし、個人情報を盗んだとか?」
「……だとしても個人情報が引き抜かれた事など、今回の件で調べていたら分かりそうなものだがな。多分、ザスカーもそれは調べた筈だ」
「うーん……」
「考えても埒が明かないわね。次に進みましょ、侵入方法について」
「鍵の種類にもよるが、簡単に開けられる代物ではないだろう。こじ開けた形跡が無かったらしいしな」
「それだとピッキングの痕跡も多分無いわね。となると対応した鍵を持っていたことになるけど」
「もし仮にそうだとしてもだ、それらを持ってるのは不動産管理会社の人間ぐらいなものだ。そうなってくると関連性、犯人のな、それが分からないし何か納得しない」
「もしかしたら本当にそういう人たちだったりして」
「……ふーむ、芋づる式に見つかりそうなんだがな。ザスカーの社員が関わってるのなら」
「これも滞りそうだから、最後に殺害方法の話題をしよっか」
「死因が心停止によるものだろう……もしそうならどうやって止めたんだ?」
「薬、ですかね? 有り得そうだとは思いますけど」
「直接的な傷も無いらしいし、薬の線はありなんじゃない?」
「かもなぁ……心臓を止める要領は知ってるが全員知ってる訳では無いし」
「逆に何でそれを知ってるんですか」
「心臓近くの経絡をな、的確に狙って軽く突けば。実際に偶然の事故でそうなった前例もある」
「え、怖っ」
ひとまずの区切りとして一旦3人とも紅茶とミルクティーを飲んで一息つき、今まで出てきた情報を整理すると場所の特定や侵入方法については未だに分からず、殺害方法は薬などによるものという大雑把な形が出来上がった。とはいえまだまだ真相に至っていないどころか迷走中、専門でもないことに首を突っ込んで何になるのかはヴァー・ヴィーのみが知る。
そんな中、玄関口の扉が開いて入室してくるシノンがその様子を見た。
「3人揃って何やってるのよ」
「お帰りー、シノーン」
「はぁ……ただいま? で、何やってたのよ」
「最近話題の死銃事件について。色々と分からん事が多いのだ、どうやって場所を特定したかさえ判明してないのだ」
「ふーん。それよりV、ちょっと見繕ってほしいものがあるんだけど」
「被害者の共通点がGGOプレイヤー且つBoBの参加者ということしか分からんし」
「話聞きなさいよ」
「……ん?────あ」
そういえば、と前置きし何かを思い出した様子で電子画面に書き込み始めたヴァー・ヴィー。まさかと思って書き連ねた一文は、少なくとも彼自身を納得させる材料にはなった。
「何か分かったんですか?」
「被害者はBoBの参加者であることなら、住所を入力する機会はあった。それなら話は変わる」
「というと?」
「BoBの賞品などだ。あれらを受け取るには個人情報に住所を記す必要がある、住所を見れば特定はできるからな。とはいえそれを確認するにしても、そんなプレイヤーはすぐに運営に通報されて垢BANがオチだしバレる。だがそれ以外に有り得ない」
「つまりBoBの際に個人情報を覗き見したってことよね、誰にも気づかれることなく」
「そうなる。だがそんな事どうやって……」
勝手に思考の海にまた浸かろうとしていたヴァー・ヴィーに痺れを切らしたシノンが、苛立ちを隠さず大声で言い放った。それは彼の推理を前進へと導くものとは知らず。
「もしかしたらアンタが造ってるようなトンチキアイテムでも使ったんじゃないのかしらねっ!」
一時の沈黙。だがその発言に何か歯車の噛み合わせが良くなったような、煮詰まった思考がスムーズに動き出した雰囲気を醸し出す。第一声はイクスであった。
「──そうよ、アイテム! 誰にも見られなくするアイテムがあっても可笑しくない! Vがあんなに造ってるんだし、例え造ってなくてもドロップアイテムであるかも!」
「そうなると話は変わってくるぞ、そんなアイテムを使って奴は住所を特定したとするなら……! 急ぎアイツに連絡して確認を取る」
フレンド欄から彼は『マーキ』の項目を選択し彼に先程のアイテムの情報を求め、一旦画面を閉じるとシノンのもとに歩み寄った。
「助かったシノン、礼を言わせてくれ」
「どう……いたしまして?」
「その礼としてはなんだが、俺が出来ることなら何か言ってくれ。多少の融通は効かせよう」
「なら別のサブアームを見繕ってほしいんだけど」
「お易い御用だ」
ヴァー・ヴィーは上機嫌で射撃場へと向かい、シノンは多少戸惑い呆れながらも後を付いて行った。
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思うほどに
4つの弾倉を全て空にしたシノンは手に持っていたベレッタM93Rを台に置き、後ろで整備されたPP-2000を壁に隠された銃ケースに戻すヴァー・ヴィーを見る。ケースが自動で戻ったところで彼もシノンの方を見て彼女に近寄った。
「シノンの筋力値なら活かせると思って見繕ったが、感想のほどは?」
「ストックが必要な理由がよく分かった」
「なるほど、お前さんでも難しいか」
「かなりね。両手で使っても反動を卸しきれない」
「……ふん。なら教えるべきか」
「何を?」
「まぁひとまず貸せ、実演としよう」
置いていたベレッタM93Rとマガジンを渡し、別の射撃台で弾込めを済ませ準備を済ませる。撃つ前にシノンを彼の右隣の台に移動させ、それを確認すると銃を構える。但し普通の構えではなく銃本体を胸と密着させグリップを前と後ろで押さえ付けるもの、そして標的の位置は僅か1.5mという超至近距離。
それらの調整を済ませたあと、3連バースト射撃を2回行った。結果は心臓と頭の集弾率が高くなっており他の場所に穴が空いていないという“技術の差”を見せつけた。
「これぐらいか、どうだ」
「すっご……いや的確すぎて。どんな理屈よ?」
「実際の技術だ。名前をCARシステムという」
「カーシステム?」
「Center Axis Rockの頭文字を取った略称だ。近接戦闘においてこの手法は非常に役立つ」
「近接戦闘の重要性は教えられたから分かるけど、ここまで近いと先にやられそうなんだけど」
「大丈夫だ意外と死なん。それにこれはあくまでも例の1つで、本来は3m以内の範囲で有効なものだ。近いとは思うが3mもあれば十分。他にも構えはあるのでな、使い分ければ尚よし」
早速色々とシノンに教えていくヴァー・ヴィー。強さを求める彼女のお眼鏡に叶うかどうかはさておき、教える側の隠された熱量が見え隠れしながらも分かりやすい指導法によってシノンの実力は前までと比べて違うと実感できるほどの技術が身に染み込まれている。強くなったと確証が持てるほどの実力をシノンは有しているのだ。
それでもまだ足りないものがあると判断して、今も尚こうして強くなろうとし続けている。過去を払拭しようという根源を強く持って、どれだけ時が経つことになったとしても。一通りの構えとCARシステム特有のグリップの握り方、そしてひとつまみの理論を知りいざ実証というところでヴァー・ヴィーにメールが届く。内容を確認した彼は目つきを変え画面を閉じる。
「すまんが急用だ。暫くは繰り返し確認して、満足したら狩りに出るなり好きにしてくれ」
「用?」
「死銃に近付く情報だ」
開かれた自動ドア通り抜け、扉が閉まればこの空間にはシノンただ1人のみとなった。ともかく彼女はCARシステムの技術を自分のものにするために練習に励むことを選んだ。
イクスが先に現実世界に戻りレンと2人だけその長ソファに座り、リモコンのボタンを押し天井に穴が開くとレールが先に現れ、それに沿ってワインレッドの大きなソファに座りながら降下してくるマーキ。長ソファに座るヴァー・ヴィーとレンを一瞥し何か話そうとする前に彼の手が前に出され、言葉を止める。
「悪い、今射撃場に客が来ててな。偽名の方で頼む」
「成程分かりました。では……V様、お話といきましょう」
「ああ」
ヴァー・ヴィーはこの死銃事件の推理内容の分かっている部分、そうでない部分を説明し今回マーキに来てもらった主旨を伝えた。一通りの事情を聴き終えた彼は差し出された紅茶を1口飲んで語る。
「先に結論から申しましょう。そのアイテムは確かに実在します」
「名前は?」
「メタマテリアル光歪曲迷彩。光学迷彩のことで間違いないかと」
「そうか……! これで辻褄は合うぞ」
「とはいえ、まだ凶器も侵入方法も分からないのでしょう?」
「まぁそうだが、それでも1歩前進したのは間違いない」
「ホッホッホッ。まるで探偵のように喜びますねぇ」
「あのー、光学迷彩って?」
「使用すれば周りの景色に溶け込めるアイテムだ。死銃はそれを使って住所を割り出した……いや、盗み見たというのが正しいだろうな」
かなり大雑把な回答ではあったが間違いではない。住所を割り出した方法に納得を感じているヴァー・ヴィーにマーキは語りかけた。
「しかしながらV様、何故貴方は真相を求めるので?」
「あん?」
「貴方は事件の関係者でも無く、ただ1人悩み真相を暴こうとしている。誰からも感謝されることなく、貴方はただ思考を巡らせ続ける。それは何故?」
「自己満足」
「ノータイムでしたな」
「俺は自分で不思議に思った事を納得いくまで調べ尽くさないとストレスが溜まる性分らしい、例えそれが自分に関係あろうが無かろうがな。結局のところ、それだけの為に動いてるだけだ。打算なり何なりは全く考えていない」
「成程、理解しました」
「とはいえ今回は事が事だ。推理通りなら個人情報の流出という被害は確実に起きている、見過ごせはせんよ」
マーキはそれを聞き、自身の所持しているシガーケースを取りだし葉巻を一本手に取った。何も言わずヴァー・ヴィーに向けて確認すると、部屋の換気機能を作動させて了承をする。葉巻の先端を切りマッチで火をつけると軽く五分ほど葉巻を味わう。触発されたのかヴァー・ヴィーも葉巻を取り出し、レンに確認をとって了承を貰ったのち葉巻を味わい始めた。
マーキの葉巻が半分近くまで減った頃合いに、シノンが射撃場から戻ってくる。何故かこの部屋に居る初めての相手に驚いた様子だったが、軽く自己紹介を済ませるとヴァー・ヴィーの交友関係にどこか納得いった表情を見せた。喋るために手に持った葉巻はそのままに、彼は語り始めた。
「ひとつ、今私が過ぎった考えをば。宜しいですかなV様?」
「何だ」
「犯人の侵入方法について考えていたのですが、ふと思いましてな」
「ほう?」
「その様子ですと興味おありのようで。では僭越ながら……住居には必ず錠とそれに見合った鍵が必須であるのはご存知でしょう」
「まぁそれはな。対応した鍵が無ければ開かん」
「えぇ、それは極々当たり前の事です。しかし何事にも例外はあるように、不動産管理会社では当該物件の鍵や限定的なマスターキーを必ず所有しております。まぁそれらを不正使用するにしても、どこでどの時間に使用されたのか記録されるためそんな危険を冒す必要はありません。仮に盗んだにしても鍵が紛失したことでバレる恐れがある」
「ふむ」
「話を戻しますが、そうした例外と呼べる鍵を所有しているのは何も不動産に限った話ではないのですよ」
「何?」
「そうした例外が必要な職場、先に答えを言ってしまうなら────」
現実世界へと戻った睦希はベッドから起き上がり、手近にあった自身のスマホから何かを検索し始める。その表情は日が落ちて若干暗がりの部屋に、スマホ画面の僅かな光に照らされて初めて知ることが出来た。もう彼は20を越えているが今の表情にはまるで何かを理解した子どものように目を輝かせている。そうしてたどり着いた項目を確認し、もしかしたらという可能性がより現実味のあるものへと変わっていく確証を彼は持つことが出来た。
足早にリビングに向かい扉を開けようとすると、同居人であるイザベラと鉢合わせる。ぶつかりそうであったのでお互いブレーキを掛けたものの、睦希の方は壁に手をついて姿勢を正すことで漸く止まりお互いの状態を確認すると先にイザベラから話し始めた。
「リョージ、ザスカーに勤めてる知り合いと連絡ついた。昼の休み時間に社員食堂で話できるってさ」
「成程、なら集合場所をそこにすればいいか。今から総務省仮想課の部署に連絡を入れてみる。今回の件を話せるかの確認をやってみる」
「仮想課?」
「本来はSAO
「ますます何者か分からないわねぇ……推理で何か進展あった?」
「あぁ。まず住所の特定方法が確信した、GGO内に光学迷彩があってそれを使って人目を気にせず盗み見た。間違いないだろう」
「他には?」
「侵入方法と……それから凶器、殺害方法が分かったやもしれん」
その時インターホンが鳴った。イザベラが外の様子をカメラで確認すると香蓮が映っており、直後にドアが開かれ睦希の姿が若干映りながらも部屋へと入っていく。
「いらっしゃい、事件のこと?」
「はい。えへへ、何か今ちょっとワクワクしてます」
「不謹慎ではあるがな」
「うぅ……」
「だが気持ちは分からんでもない。被害者には悪いが、此度の事件の解決が目の前という点では俺も興奮している」
「ホント、ホームズみたいな人ね」
珍しく不敵な笑みを浮かべる睦希、ミステリー小説に出てくる主人公みたく自らの推理が様々なパーツによって補完され完全に近付く感覚に対して、そのようになったのだろうか。3人はリビングへと入っていき暖房の効いた暖かな部屋で、イザベラが作っていたと思われる赤紫色の鍋が置かれたテーブルを囲み器を持つ。
「では、夕食を食べながら今後の話し合いとしようか」
「ところでイザベラさん、この煮込み料理の名前なんですか?」
「ワイン鍋だってさ。ク○シルにあった」
「どれお味の程は」
「今よそうから待ってなさいな」
【ベレッタ M93R】
イタリアのベレッタ社製マシンピストル。ベレッタ92をロングバレル化・ロングマガジン化しフォールディングストックを取り付けられ、セミオートと3点バーストに切り替えが可能なモデル。M1951Rの後継として開発されたため対テロ用を前提にしている。
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Phase1: 輪郭
翌日。12月に差し迫っているため空気は寒く外へ出るには対策をしておかなければその気力すら湧かない。睦希亮司という男もその例に漏れず、対策のために防寒着を着込んでいる……訳ではなく保温性の高い衣服は着用しているものの4着重ねの内、1番外側の衣服はアラミド繊維のもので防刃性能が高く、中には防弾板が仕組まれた防護服を着用するなど現代日本にあるまじき装備となっている。
更にネックガードも防刃性能が施している物であったり、手袋はハンドガードが取り付けられた物の下に防刃性能の物を重ねて使用するなど、現代戦でもするつもりなのかという装備。しかし彼にとってはこれが1番安心し、これでなくてはならないといった強い拘りを持つ。同居人のイザベラは個人の自由として達観している。
そして下半身、ズボンの方は知り合いからの貰い物らしく他にも幾つか迷彩柄を所有しているが今回は灰色のものを着用。ちなみに、これも同じく防刃性能が高いほか難燃性や不溶性といった一般人が持つことの無い代物である。そんなガチガチな装備とは違いイザベラの外出用の衣服は至って一般的なものの範疇に収まっている。
護身用具であるタクティカルペンを上着ポケットに入れて、財布とスマホだけが入ったショルダーバッグを持って睦希の準備は終了。あとはイザベラの準備が終わるまで暇を潰すだけ。自前の樹脂製安全靴を履いて玄関口で待つ、寒いのでは無いのかと思われるが暖かい所で待っていた方が逆に寒くなるとの自論。
「リョージ、忘れ物」
「ん?……あぁ、そうだった」
準備を終えたらしいイザベラが持ってきたのはイヤーマフ。それを着けると先に睦希は外へと出て、後から出てきたイザベラを確認し閉じられたドアに鍵をかけ外付けのもう1つの鍵をかけると2人は腕を組み、ザスカーの日本支社へと向かう。
その連絡はどちらかと言えば一方的な物腰に近く、またどことなく悪戯じみたものだったのを彼は覚えていた。だがもし仮に、仮にその電話相手が言っていたことが本当であるとするならば……GGOで起きた死銃事件と称される仮想世界での異常の正体について迫ることが出来る。本来の仕事ではないが、VRに対する波風の強い時期にこうした1件が出ていると全く関係のない事までVRというコンテンツへと繋がりかねない。
だからこそ男は電話相手の真偽を確かめるべく、待ち合わせとして指定されたザスカーの日本支社に訪れた。12月に差し迫る寒空の中で出入口の傍で壁を背もたれにしながらスマホを弄る人物──睦希を発見する。かなり防寒対策をしているが僅かに震えも見られるが、視線に気付いたのか向こうも男を見る。スマホをバッグにしまい、声をかけた。
「仮想課のか?」
「ああ。貴方が電話を?」
「そうだ、一先ず入るぞ」
頭を動かして中へと誘導し、先に社内へと入っていく睦希に続き入っていく男。中で待ち合わせている2人が睦希と男を確認すると彼女らは2人に気付き誘導する。物理的な距離が近くなったところで互いに挨拶を済ませ始める。
「あなたが仮想課の人?」
「ええ。あの、貴女方は?」
「私はGGOのプログラムを担当している、星山翠子と申します」
「私はイザベラ・カロル・パトリシア、こっちのミドリと知り合いでね。この場を設けてもらったの……で、彼が」
「睦希 亮司。死銃の一件には独自で関わっていたが、今回こうして貴方々に頼んだ。名前は?」
「僕は総務省仮想課の菊岡 誠二郎、君が死銃のことを知っていると言っていたからここに来た」
「ん、まぁ話は食堂に着いてから。案内お願いします」
「ではこちらへ」
にこやかな笑みを浮かべながら三人を率いて食堂へと案内し、あまり人目につかないような端の席に座り腰を落ち着けて一旦睦希とイザベラの2人は諸々の防寒具を脱いだ。
「ふぅ、漸く暖かい所に来れた。末端型には堪える」
「はいカイロ」
「ん。ありがとう」
「言ってた彼氏さん? ……意外と可愛い顔してるわね」
可愛い、の言葉に反応し睦希は片腕で顔を見せないようにさせた。それが受けたのかはともかく、翠子からの印象は事前情報の“無感情に見えて多感な人”というものには当てはまっていた。
「ミドリ、彼意外と気にしてるんだから」
「おっとこれは失礼しました。でも良いなぁ、こんな彼氏さん欲しいなぁ」
「睦希みたいな人を彼氏にしたいなら根気強くならないと、付き合うのはおろか仲良くするのも無理よ」
「そんな殺生な……」
「んん゛」
菊岡のわざとらしい咳払いであったが話が脱線しかけていたので睦希にとっては渡りに船のようで、腕を下げてカイロを手の中で遊ばせながら話を始めた。
「……今回集まってもらったのは知っての通り、死銃。GGOで起きた発砲の事と現実世界の事が連動していた一件のことだ。ただ予め言っておくが、これは俺たちが導き出した仮説でまだ物証が揃っている訳では無い。それを踏まえた上で聞いてほしい」
「君は態々、その推理を聞かせるためにここに呼んだと?」
「価値のある推理だったから集めた。下手な推理を披露するぐらいなら寝ていた方がマシだ」
「リョージ」
呼び止められた睦希は一つ息を吐き、少し頭を整理してから再開した。
「……そう、推理だ。だがこの推理で聞いた価値があると思わせられるぐらいの出来栄えだと自負している」
「へぇ……」
「そこまで豪語するってことは、犯人が誰なのか分かってるのかい?」
「俺が分かるのは
「……なら、聞かせてくれ。その推理がどんなものかを」
「OK、なら始めようか」
睦希は机に肘を置き、両手を顔の前に合わせてその2人に自らの推理を聞かせ始めた。
「まず今回の件、死銃事件と呼ばれている出来事だが……ハッキリ言ってこれは現実世界で行われた殺人だ」
「ん!?」
「……いきなりぶっ飛んだ話になったね。理由は?」
「1つ、アミュスフィアはナーヴギアではないこと」
「どういう意味だい?」
「言葉の通りだ。アミュスフィアはナーヴギアではない、つまるところSAOみたく仮想世界で死ねばマイクロウェーブの発生からの脳破壊はナーヴギアで無ければ不可能だと言いたい」
「SAO事件は正しくナーヴギアあってのもの。アミュスフィアでは出力不足なのは何となく考えられるわよ」
「……確かにナーヴギアでなければ不可能なのは認める。だが他殺と思われる理由は?」
「2つ目は簡単、自然死や突発性のものでは都合が良すぎる」
「それだけ?」
「少なくとも何時何分何秒にコンマのズレもなく、GGOの銃撃が重なるのは奇跡に近い。それが2人の死者を出しているとなれば尚更不可能だ、神がかった奇跡としか言い様がない。そうではないから他殺だと考えている」
「──もし他殺とするなら、それを示すものは? 遺体には外傷も薬物反応も無かった。君は彼らがどうやって殺されたのか分かったと?」
「ああ。分かったとも」
「え?」
バッグからスマホを取り出し、突然何かをし始めた睦希は少ししてある情報を見せる。
「凶器は────麻酔薬だ」
「麻酔薬……!? いや、待てそうか。それなら残留物として残る可能性は低い……!」
「えっと質問良いかしら? 睦希君だっけ」
「何でしょう」
「麻酔薬って、その、殺せるの?」
「何事も度が過ぎれば死に至るように、麻酔薬でも殺せますよ。投与による合併症や死亡事故なんてのもありますからね。おそらく犯人は残留物として残る可能性を減らすために麻酔薬を使ったのだと思われます」
「死体は発見時、死亡推定時刻から24時間以上経っていた。となれば麻酔薬を使ったというのはまだ理解できた。だがそれだと他の凶器は、それにもし」
素早く手を上げ菊岡の方へと視線を向ける睦希は、そこで言葉を途絶えさせた彼に対し一拍の間を入れてまた話を再開した。
「一気に質問するな。まずは1つずつ推理を披露していくから待ってろ」
「あ、あぁ。分かった」
「……菊岡さん、アンタの言う通り死体に外傷は無かった。仮に麻酔薬だとすれば手頃なのは注射器だが、必ずどこかに針の痕跡が見つかる。だが針の無い注射器だったら?」
またスマホを操作して別の画面を表示させ、それを2人に見せた。
「針の無い注射器、2021年頃にクラウドファンディングによる資金調達を達成。ようやく2023年度に医療機関に向けて販売されたもの、これなら辻褄は合う」
「……あぁ、そういえばニュースで見たことあるかも。てかインフルの予防接種の時にこれでやってもらったかも」
「しかしアンタ、総務省の人間なんだろう? 予防接種……の前にこのニュースは知ってると思ったんだがな」
「知っているよ。けどまさか凶器に使われていたとは思わないだろう」
「まぁ普通では手に入りにくい代物だしな。さて、これらが指し示す犯人像が今浮かんでいるかもしれん……言わずとも分かるな?」
「あぁ……でも、君の口から聞きたい。僕の予想が正しいのなら、とんでもない事態だ」
「なら言わせてもらおう」
1呼吸の間を置いて、彼はその犯人像を語る。
「普通では手に入りにくい針なし注射器に、人間を殺せるだけの量の麻酔薬。これを調達できるとしたら病院ぐらいなものだ」
「じゃあ、まさか」
「病院関係者、それが今回の事件の犯人像だ」
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Phase2: 内容
4人のいる空間だけが静寂に包まれたかのような空気を漂わせる。突拍子もないが偶然にしては出来すぎているその内容に菊岡は声も何も出さず何かを思考し続け、翠子の方は唖然としたままだったがイザベラと表情によるコミュニケーションを行って冷静さを取り戻そうとしている。それを意にも介さず睦希へと視線を向き直した菊岡が訊ねた。
「成程。確かに病院関係者ならそうした薬品の調達も、凶器に使われたとされる針なし注射器の調達も可能だ……だがもし犯人が病院関係者とするなら、何のために?」
「動機か」
「それに医療機関に属する人間に休みというものはほぼほぼ無いに等しい。そんな役職の人間が、別の場所で殺人を起こせると思っているのか?」
菊岡の言い分は正しい。医療に携わる人間にとっては兎に角その世界の仕事は
「誰も現職の人間とは言ってないぞ」
「……は?」
「確かにアンタの言う通り現職の人間に暇は無いに等しい。それは重々承知している……だが病院関係者という括りは、現職以外にもその家族や身内なりが入る。おそらくだが病院施設に詳しい人間なら……例えば院長クラスの身内、もしくはそれに続く人間の身内などと考えれば」
「かなり身内に拘っているけど、そのクラスの身内でも知らない事だってある。誰もかれも施設に詳しいわけじゃない」
「だろうな、だがそうでなければ説明がつかん。もし仮に末端の人間が仕組んだ事だとしても在庫確認はされるだろうし、残量も調べられる。それに言った通り現職の奴らに暇は無いに等しい……アンタも言ったことだ。となればそうした時間を作られる立場にある人間、というのが俺の推理だ」
互いに押し黙り剣呑な雰囲気を醸し出しているが、そこに一石を投じるようにイザベラが発言する。
「菊岡さん、だっけ? 確かに貴方の言い分も分かるわ。ただ知っての通り現職の人が犯行に及ぶのは難しいし、何よりバレるおそれがある。彼の考える身内ってのは有り得なくないわ、院長クラスの人間になると自分の跡継ぎとして育てるために教育を施すことだってある」
「まさか、子どもが……?」
「子どもといっても年齢もあるだろうが、少なくとも身内という線は良い所を突いてると思うがね」
そこから先を喋ろうとして、睦希が咳き込み始めた。風邪かと思われるが少しして漸く喋れる状態になり、一言。
「飲み物買ってくる」
「そういえばここまで喋りっぱなしだったわね。あーじゃあ私が行くわ、そっちの2人も何か要る?」
「あ、じゃあ缶コーヒーブラックお願い」
「僕は結構」
「あらそう、リョージはお茶で良いわね?」
「緑茶以外で頼む」
「オッケー」
1000円札を手渡され、イザベラは自販機の方へと向かっていった。若干涙目になりながらも調子を取り戻していった睦希は椅子にもたれかかり、出ていた涙を袖で拭った。また少ししてイザベラが戻り、手に持った飲料を手渡すと睦希は暖かい焙じ茶を1口飲んで調子を取り戻した。
「ふー、助かった……で話は戻すが」
「急だね君、もう少し落ち着いたらどうかな?」
「そちらの星山さんの都合もある。さっさと進めた方が良いと判断したまでだ」
また1口飲んで蓋を閉めると、持っていたカイロを机の上に置き今度はペットボトルを両手で持って話を始めた。
「……あー、そういえば動機の事を言っていたな」
「ああ」
「実のところ動機は単純、と思う。予想だが一種の逆恨みという結論が出た。何せ殺された2人はGGO内でも、毛色は違うがトッププレイヤーとして名を馳せていた。ゼクシード、たぶん重村保だな。アイツはAGI最強理論を提唱したが当の本人が発言とは違う戦法による勝利をもぎ取ったのが許せなかったと考える」
「それだけのために……?」
「それだけの為に人間はやりかねんよ。まぁ動機は兎も角、菊岡さんは侵入方法やら何やらの方を聞きたいものだと思っていたが」
「これから聞くつもりだった。……じゃあ改めて、もし他殺だとした場合の侵入方法と住所の特定方法、君の見解を聞かせてくれ」
「無論、そうさせてもらおう」
また焙じ茶を1口飲んで、死銃の手口についての説明を彼は始めた。
「まず侵入方法だが、結論から言えば救急隊のマスターキーの可能性が高い」
「そうか……いや、そうかそれなら可能だ」
「はいはい質問、何で救急隊?」
「突然何かに発症した患者が家の中に居る場合、その鍵を開けるために救急隊は緊急時に使用出来るマスターキーが必ず配備されているのだ。最初は不動産管理会社かと思ったが、それでは犯行がバレる可能性が浮上する」
「……最初は救急隊のマスターキーを使用しても記録自体は残ると思っていたが、事故死として判断されれば不必要に捜査をする事も無いか。中々どうして頭が回る」
「国家に属する機関がこうもおちょくられてる事実に誰も気付いてないのも、こういってはなんだが呆れを通り越して笑えるものだ」
「中々思い切ってるわねぇ」
「で最後、住所の特定方法だがその前に1つ星山さんに質問がある」
「何かしら?」
「GGOに光学迷彩、名をメタマテリアル光歪曲迷彩だったか。その名前のアイテムはあるか、だ」
「……驚いた、かなり耳聡いのね君」
「情報筋があるんでね。その反応だとある、で良いんだな」
「ええ。確かにレアアイテム枠としてあるわ、でもそのアイテムがどうかした?」
「俺の予想だと、それを使って住所を特定──いや、盗み見た可能性があると考える」
「盗み見た?……何処で」
「BoBの時だ。参加時には商品を受け取るか否かで住所を記入する必要がある、その時にその光学迷彩を使って盗み見たのだろう」
「……そういうこと。確かあのアイテムは無制限に透明化できる、そこが問題視されてたから調整案が出されたわね」
「さて、話の大筋を語り尽くしたところで整理しようか」
1:犯人はメタマテリアル光歪曲迷彩を使用し、BoB時に住所を盗み見た。
2:ゲームプレイ中に救急隊の使用するマスターキーにより侵入。
3:GGOでの射撃とタイミングを合わせて麻酔薬を投与、意識は仮想世界にあるため声を出すことは無い。
4:犯人像は病院関係者でゲーム時間を確保できる人物
「と、いった風に纏められるな。あとは」
「1ついいかい」
「何だ?」
「今の内容だとGGOでのカモフラージュと現実での実行者と、2人必要になる。複数犯なのか?」
「そうなる。とはいえ1人は俺が言った通りゲーム時間を確保できる病院関係者と考えてよい。少なくともな」
「具体的な人数の予想は?」
「2人以上、としか分からんよ。だが……」
「だが?」
「犯行に使用されたと思われる物が物だ、調達するにしても目に見えて減っていれば気付かれる恐れもある。とすると犯行人数は少ない方だと考えて良いかもしれん」
「なら見積もって2、3人程と見ていいね」
「そしてここからが本題。この日に集まってもらった訳だが……この死銃を捕まえるのが目的だが」
時計を確認すると、そろそろ1時にさし迫るといった辺りになっていた。
「そろそろ星山さんは業務に戻った方が良い時間ですね。差し支えなければ、今夜GGO内で会うことは出来ますか」
「GGOで?」
「プレイヤーホームを持ってましてね。そこなら防音の観点から安全に今後の進め方を計画することが出来る」
「推理の方は良いのかい?」
「まだ物証さえ手に入ってない仮説で聞かれても問題は無い。今の推理を聞いて何かが出来るとは思ってませんよ、多分そんな度胸もない」
「かなりズケズケと言うね」
「で、今夜GGOで会うことは?」
「僕は行ける」
「私は……予定を確認して、行けるかどうかイザベラの方に連絡するわ。場所を教えてもらえる?」
「GGOのプレイヤーにヴァー・ヴィーの店の場所を聞いてください。時間は……日付が変わる前、午後11頃にでも」
いそいそと防寒具の着用を進めていき、準備が終わったところで全員離席した。
「では、本日は貴重なお時間ありがとうございました。可能であれば午後11時にまた」
あの話の後、業務に戻った星山翠子は睦希が言っていたヴァー・ヴィーというプレイヤーネームに対し引っ掛かりを覚えていた。私的なものとはいえGGOプレイヤーでもある彼女の耳にもその名前は知っているし、第1回BoBの影響で図らずとも有名になった仲介屋であることも知っている。
だが1つ気になったのは、その睦希がヴァー・ヴィーという名前を使ったこと。確かにGGOではその名前が広く伝わっているものの、管理者側としてチェックしていた際にヴァー・ヴィーという名前は何処にも無かったということだ。ゲームの中で偽名を使用しているという不可解な行動だが、もし本当の名が公にできない事情を抱えているとすれば。
それを確認するにしても、やはりGGOへと向かわなればならない。その時間を確保するために本日の業務を終わらせて、早くマンションに帰る必要性が生まれた彼女だった。
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Phase3: 根幹
午後10時30分、GGOにて
「あなたがヴァー・ヴィーかしら?」
「ああ。……今日の昼に会ったか?」
「ええ、あなたが彼氏さんね」
「貴女か。ここでは何と呼べば」
「『ツェリスカ』よ。よろしくね」
「ツェリスカ……プファイファーのから名前を?」
「詳しいのね。どこからそんな知識手に入れてきたのかしら」
「色々とな。先にホームに入って」
「その前に、聞きたいことがあるのだけど」
静止したヴァー・ヴィーがツェリスカの方を見て疑問符を頭に浮かべながらも、警戒心を内側に潜めながら発動させておく。死銃事件の対策ならばホームで話し合えば良いのだから、尚更この場に留めさせる必要は無い。だが彼女の一言は彼の警戒心を高めるに値する言葉であった。
「あなた、本当はヴァー・ヴィーなんて名前じゃないでしょ」
ピクリ、と眉が動く。先程とは打って変わって警戒心の塊を全面的に押し出している彼は問うた。
「何の話だ」
「言ったわよね、私はこのGGOのプログラマーだって。ヴァー・ヴィーの名前を調べたけど、そんな名前は無かった。だから聞きたかったのよ、あなたの本当の名前」
「…………ホームに入れ、話はそれからだ」
「ここでは答えてくれないのね」
「出せば面倒なことになる名前なんでな。来い」
若干諦め混じりに警戒心を緩めた彼は、先行してホームへと入っていく。それに続くようにツェリスカも彼のホームへと足を踏み入れ、このGGOにおいては高級感漂うその内装に感嘆するも彼がソファへ座るように頭を動かして誘導すると、彼女はソファに座り台所スペースで作業する彼を待った。
少ししてトレーを持った彼がやって来る。彼女の前に装飾の施されたティーカップとソーサー、そしてメインの紅茶が置かれる。次に砂糖とミルクの入った容器とティーポット、最後に彼自身の紅茶を置いて彼女と対面するように彼は座り、砂糖とミルクを入れて紅茶を1口飲んだ。
「悪いな。ここには紅茶しかない、要らなければ構わん」
「いえ、いただくわ。ありがとう」
ツェリスカは何も入れずにソーサーを持ち、もう片方の手でカップを持ち紅茶を飲む。ことこのGGOという世界観を考慮するならこの紅茶に使われた茶葉でさえもかなりの価値を有するのだが、それを何の問題もないように使った彼の素性が余計に分からなくなってくる。ツェリスカが1口飲んでカップとソーサーを机に置くと彼がため息を吐き、面倒そうな様子で語り始めた。
「確かに俺はヴァー・ヴィーという名では無い。この偽名の方が都合が良いのでな」
「じゃあ、あなたの本当の名前は?」
「お前もよく知ってる名だとも、ヴェンデッタというな」
「! あの、ヴェンデッタ……?!」
「だから表には出せんのだ。俺がそうだとバレれば、こぞって面倒ごとを起こしかねん」
「……成程、納得したわ。ごめんなさいね色々と」
「まぁ、考えてみればバレる可能性はあった訳だ。仕方ないと納得するしかない」
「諦めが早いのね」
「色々と極端なだけだ……あぁ、俺の名に関してだが偽名の方を使って欲しい。本当の名を知っているのはイザベラと他に2人居るが、下手にヴェンデッタの名前を出すのは不味い」
「分かったわ。あの男の人には?」
「偽名で頼む。下手に情報が流れるのは避けたい」
「ならヴァー・ヴィー……ヴァーちゃん?」
「ヴァーちゃんて、Vで良い。よくそう呼ばれてる」
「ならVちゃんね」
「ちゃん付けは確定なのか」
ヴァー・ヴィーが諦観の表情を浮かべたのも束の間、このホーム内に銃士Xがログインしてきた。そして彼女の視界にヴァー・ヴィーとツェリスカが映ると、彼に若干詰め寄りつつ問いただす。
「V、この人は誰?」
「星山さんだ、イザベラ」
「やっほーイザベラ」
「──え、ミドリ!?」
知り合いと分かったや否や彼そっちのけでアバターの容姿に対してやGGOで行ってきた様々な事に関する話題が2人の間で発展していく。1つ息を吐いて自分の紅茶を飲んだところで、ホームのインターホンが鳴った。それらを置いて画面を確認すると初心者装備を着た見慣れぬ男が玄関前に立っている。
「今日の昼、俺たちが交わした話は?」
『え、そういうシステム?』
「ただの確認だ。で、どうなんだ」
『死銃事件の推理』
「菊岡さんか、なら入れ」
自動扉を開かせ中へと招き入れる。リアルでは眼鏡をかけているが、このGGOでは眼鏡をかけていない。だがリアルと変わらず何故か“菊岡誠二郎”という人間の雰囲気を出しているため、何となくの直感で正体に確信めいたものを覚えた。
「いやぁ凄いね。現実世界の豪邸より良い設備じゃないか」
「……菊岡は菊岡なんだなと思い知った」
「どういう意味それ?」
「まぁ良い、さっさと話を進めるぞ」
「えちょっと、ねぇどういう意味ってば?」
暫くのあいだ話し合いが続き、30分を過ぎたところでまとめに入っていく。ツェリスカもとい星山翠子の役割は、死銃と合致するプレイヤーとリアル情報の確認。菊岡誠二郎は警察の手配や可能な範囲で犯人に該当する人物の照合、ヴァー・ヴィーもとい睦希は明日死体発見現場の方を見に行きたいと考え、犯人の行動範囲を彼なりに調べるそう。
「とはいえ、星山さんと菊岡さんの出番はBoBの時になるためその間は自分の業務に勤しむ事になるがな」
「君の仕事量が多くなってるけど良いのかい?」
「ま、問題ないといえば問題ない。時間と金なら幾らでもあるしな」
「そう? でも良いのかい、仕事とか学校とか」
「人のリアルを詮索するのはどうかと思うぞ」
「おっと勘の鋭い」
「でも本当に良いの? 学生ならまだしも社会人だったら時間は取りにくいし」
「この男の前でリアルの事を話すのは
「いや酷くない君?」
「俺の琴線に触れたアンタが悪い」
葉巻を取り出して一服し始める睦希。少々不機嫌になっているが、今はそんな事はどうでも良いことぐらい彼自身も分かっている。とはいえそれはそれ、これはこれ。会って間もない他人が否応なしに詮索するのはやられて良い気分ではない。暫く煙を味わい、葉巻を口から離して煙を出す。
「……今日はもうこの辺でお開きだ。わざわざ手間取らせて悪いな」
「あ、じゃあ先に戻っとくよリョージ」
「おう」
「僕も帰るとするよ。今日はお疲れ」
「また何かあれば連絡するが、良いな?」
「その時の状況次第ってところだね」
「了解した」
イクスと菊岡の2人がログアウトし残るはツェリスカとヴェンデッタだけとなったが、彼女の方は一向に帰る様子を見せていないため疑問視した彼が訊ねた。
「帰らんのか」
「あら、せっかくあのヴェンデッタがこうして目の前に居るんだもの。色々と個人的に聞きたいことがあるのよ」
「勘弁してくれ。明日のために休みたいんだが」
「んー……それもそうね、じゃあフレンド交換しない? お話はしてもらうけど、また今度ってことで」
「…………分かった。まったく」
互いにフレンド交換を済ませ、ようやくといった形でツェリスカはログアウトを行いこのホームから消えた。手に持つ若干短くなったの灰付き葉巻をまた咥え、それらを吸い終えるとログアウトを行った。
起きてまず耳に入った浴室のドアの開閉音、今はイザベラが入っているのだろう。ときおり2人一緒に風呂に入ることもあるがそうなった場合、決まって夜の誘いというものに負けて情欲に耽るのがパターンとなっていた。とはいえ明日、もう少しで今日になる訳だがその日は出かけなければならないので気力を今から回復させておく必要がある。
「リョージー! シャンプーの詰め替えやってくれるー?」
「少し待ってろ」
彼は風呂場方面へと足取りを向けて特に遠慮もなしに入り、洗面台下の戸棚から詰め替え用のものを取り出した。
「イザベラ、シャンプーの容器をこっちに」
「…………」
「イザベラ?」
返事はない。人のいる気配はするものの応答をしてくれないのは不自然に感じるのは当然のこと、風呂場のドアをノックして再度声をかける。
「シャンプーの容器を渡して──」
浴室と洗面所を隔てる壁が開かれる。睦希の目には見慣れても見飽きることの無い彼女の体と、いつも浮かべている明るさが翳ったような暗い顔。それを見て無表情ないつもの顔から、ほんの僅かに優しさを見せる表情へと変えさせた。
濡れた彼女を気にせず、何も言わず優しく抱きしめ頷いた彼はその場で服を脱ぎ彼女とともに浴室へと入る。睦希はひとしきり体や頭を洗い、イザベラを上に乗せて風呂に浸かった。彼女は腰にまわされた手をずっと握りしめ、彼にもたれかかる。
「……心配か?」
「……うん」
ただそれだけの会話のあと睦希は片手を解き濡れた手で彼女の頭を撫でる。
「ホント、今更ここまでやって来たのに……あの時を思い出しちゃって……怖くなって」
「あの時とは違う」
力強く、彼は答える。
「もう、悲しませるような事は起こさない。絶対に」
【プファイファー・ツェリスカ】
ツェリスカの名前の元となった銃。オーストリアのPfeifer Waffen社が開発した大型の回転式拳銃、本来は象狩りなどに使用される600ニトロ.エクスプレス弾や.458ウィンチェスターマグナムを使用しており世界最強の拳銃として名高い。しかしその重さや大きさから携行性は無く、撃つにしても匍匐姿勢で土嚢に乗せるなど依託射撃が求められている。
尚、キャラクターとしてのツェリスカはショットガンとアサルトライフルを使用しておりハンドガンの使用は確認されていない。
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蠢くもの
あれから日は経ち12月に入って幾ばくか過ぎさって、現在12月4日。白い吐息がふわりと空へと昇ってすぐ消える寒い冬の季節に1人、報道から一月ほど経ってほとぼりが冷めたように警察も手を引いている現場がどこか虚しいと感じる。
あれから2つの現場にこうして赴いているものの何の進展もない。紙面の地図上で2つの現場を中心に円を
不器用な性格を改めて実感しながらも、これからどうするかと悩みながら細長い棒状のカルパスを口に咥える。口内に入った部分を舌で味わいながらボケっとしていると、その様子を傍から見れば煙草を吸っているようにも見えるわけで、彼のもとに近寄って来る男が声をかけた。
「おい、そこの兄ちゃん」
「ん?」
「このご時世、外で煙草吸ってんのはいただけ……何だそりゃ」
「……ああ。カルパスです」
「紛らわしいなオイ。ま、煙草に見えちまうから気ぃつけな」
「気をつけときます」
カルパスを口の中に入れて咀嚼し胃の中へと通らせたあと、やって来た白髪混じりの中年男性は睦希に訊ねた。
「お前さん、ここで何やってるんだ?」
「その前にどちら様ですか。誰か分からないと何で話しかけたか分からないので」
「まぁ、それもそうだわな」
男が懐から取り出したのは本来一般人が持っている物ではなく、あまり本物を見かけることなくともよく知っている物であった。男の名前と顔写真、そして桜の代紋が施された警察手帳を見せて男は名乗る。
「大宮警察署生活安全課の『
「刑事の方でしたか。これは失礼、睦希亮司です」
「で、話は戻すんだがここで何してるんだ?」
「その前に1つ、ここ重村保って人が発見された場所ですよね。もしかして担当してたりしました?」
「何だお前、野次馬か?」
「まさか。色々と不自然なんで個人的に調査してただけですよ」
「じゃあ探偵か」
「いいえ。一応職業としてプロゲーマーをば」
「プロゲーマーぁ? 何でそんなのがここに来てるんだよ」
「あの事故死がどうも引っかかるんですよ、なんで独自に調べてました」
「そうかい。だかお前さん、探偵気取りも良いが下手に調べて警察の厄介になっちゃ話にならねぇからな?」
普通はそう。捜査のイロハも知らない一般人が下手に探偵ごっこをして現場を荒らして住居不法侵入だのになれば、面倒なのは事を起こした当人になる。懲役はともかく罰金の支払いという観点からも良いところは無いし、警察も手間が増えたことで良いことは何も無い。双方にとって良いとこなしなのは誰だって御免である。
が、それはあくまで何も知らない一般人という括りの人間がそうした場合。睦希はこの出会いをチャンスと思い立ち、内心ほくそ笑みながらも笹森に話しかける。
「……あの、笹森刑事」
「あん?」
「もしもこの場所で起きた事故死が、誰かに仕組まれたものだとしたらどうします?」
「…………何言ってんだお前?」
「なら言い方を変えましょう。この事故死が計画的な殺人と思われる根拠を、俺が持っているとしたら?」
「なんだと?」
食い付きは良好。あとは両者にとって協力的な状態を作り上げるだけ、矢継ぎ早に笹森は目の前の睦希に訊ねた。
「何か知ってるのか」
「ええ。でもそれを教えるには個人的な条件を結んでもらいたいんです」
「条件?」
「簡単に言えば、俺と貴方との協力関係ってヤツです。俺は知っている事を話す代わりに、笹森刑事には次に事を起こす犯人を捕まえて欲しい。それが条件になります」
「……今の話を聞いてる限り、お前をその犯人として捕まえて署で聞き出した方が早いと思うがな」
「警視庁に知り合いが居るんです。下手に犯罪なんて起こしてあの人に面倒がかかるのは、こっちとしても御免です」
「警視庁? 誰が居るんだよ」
スマホを取り出して画面を操作し、睦希は電話帳にある顔写真のあるアドレスを表示させ笹森に見せつける。
「主要部長の
「マジかよ……」
「大きな声では言えませんが、個人的に公安と繋がりもあります。脅しという訳じゃありませんが、下手に俺を捕まえるとなると面倒にしかなりませんよ」
「お前、一体何モンだ……?」
「一般人のプロゲーマーですよ。人脈が変わってるってだけで」
「だとしても変わりすぎなんだよお前さんのは……まず話を聞いてからだ、その後判断する」
「ええ、構いませんよ」
今、睦希が持ち得る情報はおよそ情報と呼べる代物ではない。突拍子もないと一蹴されそうな推理は、だが理にはかなっており納得するに値する根拠であった。睦希がやっているGGOに住所特定に使用されたアイテムが存在していることは裏が取れており、現在は総務省仮想課とそのプログラマーの協力も得ているとなれば話は別。協力関係を結ぶにはこれ以上ない人物である。
「成程。それがあの事故死の真相だと、そう言いたい訳だな」
「ええ、その解釈で合ってます」
「……仮にお前のその推理が本当だとしても、今お前さんの手にはそれを証明する物証が無い。それなら重要参考人として話をしてもらう方が早いんだがね」
「否定はしませんよ」
やはりというか信じるに値するための何かにまだ行き着いていないというのが大きい、まずは疑うというスタンスにはとやかく言うつもりは無いものの話が通じないのは面倒である。とはいえスムーズに話まで持っていけた事を幸運と思うべきだろう、普通なら一蹴されて終わりなのだから。だからこそ、この話し合いの状態にまで持ち込めたことに付けこむのが最善の手ということを理解しなければならない。
「ただ、笹森刑事はこの話を信じても良いと思っているのでは?」
「あん?」
「少なくともこんな一般人の話を真面目に聞いてくれる警官は、今のところ貴方しか知りませんよ。それに笹森さんもあれらが事故死と判断されたことに疑問を抱いているのではないのですか?」
「…………」
「だから個人的にあなたも調べている。勤務中であるのなら普通、複数人で行動したりデスクワークが主でしょう? 多分今の笹森刑事は勤務時間外の状態、端的に言って休暇中の筈です」
「ケッ……どこでそんな知識を仕入れてくるんだか」
「認めるんですね、私の発言を」
どこか諦めと若干の感心を含んだ表情を浮かべながら、2度頷く。その意味は肯定を示していた。
「ああ、そうだ。俺もこの件ともう1つの件に疑問を持っている。正直立て続けにゲーム中に心臓発作が起きて死ぬなんて偶然にしては出来すぎてる、何か裏があるんじゃないかってな」
「なら協力関係を結ぶのは悪い話じゃないと思いますがね」
「……確かに悪い話じゃあない。何なら上手いこと犯人を捕まえる手立てにもなる」
「まだ何か?」
「総務省の人間とその会社の人間と協力してるんだろ、その確認がしたい。お前さんの名前を出してこの
「それで信用できるのなら」
「なら名前を教えろ、誰と誰だ」
「総務省仮想課の菊岡誠二郎と、ザスカーのプログラマーの星山さん。星山さんの方はこちらで連絡とって──」
スマホを取りだしてイザベラから教えてもらった番号で星山翠子に繋げようとした時、小石の割れた物音が近くで鳴った。それに気付いた睦希は物音のした方へと振り向くと、その視界に金髪を見かけ慌てた様子で走り去る物音がすれば笹森も流石に気付く。
その前に飛び出し、睦希が近くの曲がり角を確認すると走り去る男の姿を目撃した。嫌な予感というのは当たってほしくないが、もしかしたらという可能性を含んだ心境を持ちながら彼はその男を追いかけた。
「待てッ!」
追想劇は熾烈なものとなっていった。ペース配分というものを考えず只管に逃げ続ける男と、それを一定の距離を保ちながら上手くスタミナ管理を体感で行う睦希。
逃げ足というのは被食者が捕食者から逃れるために本能に染み付いた、リミッターの限定解除のようなもの。そのため逃げている対象は通常と比べて速く、そして疲れ知らずの状態で走ることが可能である。反対に追いかけている対象は無駄なリスクを避けるため、一種の本能としてスタミナを無意識に管理している。獲物に執着することなく捕らえやすいものを捕らえて生存確率を上げている。そうして生物は生きながらえたのだ。
しかしこと人間においては、諦めの判断を下す場合が無い状況に出くわしたとき諦観を捨て去ることがある。この追想劇のように。
逃走者は逃げるために自転車を倒したり人混みの多い場所を通り振り切ろうとしたが、障害物を飛び越え人混みを避け睦希という追走者は対象を捉え続けた。結果、逃走者のスタミナは切れ睦希は大宮第三公園で男を追い詰めた。男は肩で息をしつつも咳き込んでいるが、睦希は少し息が上がっているだけであった。
「ハァ゙……ハァ゙……ぅえ゙っ」
「…………お前、何であそこから逃げた?」
睦希は訊ねる。男は今逃げられない状態にあり、ここから逃げようとしても簡単に捕えられるだろう。だが男は睦希にそのしたり顔を見せないまま、僅かな余力を振り絞って逃げ始めた。
「待てと言って──!」
男を追いかけようとして、後ろからの気配に気付き避けて距離をとった。睦希の背後には鉄パイプを持った仮面付き、敵意と嘲りを持って鉄パイプを叩いている男の他にも、睦希は気配を感じとれていた。彼は軽く息を吐き思考を整えると両腕を頭の側面にやって体勢を低く構えた。周囲の者の嘲笑が聞こえる。
「お前ら、あとで誰なのかじっくり聞かせてもらうぞ」
冷徹かつ威圧を含んだ声が、開始の合図となった。
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裏の暗がり
睦希が確認しているだけで5人の人間が取り囲んでいることを察知していた。敵意などがダダ漏れである分、どこから誰が来るのかが察知しやすいというのもある。5対1というどう見ても不利な状況にも睦希は至って冷静であった。戦闘は混迷を極めるかと思いきや意外にも呆気なく、何の被害も出せないまま5人の人間は睦希1人に制圧された。
それもそのはず、睦希からしてみれば相手は完全なド素人。たとえ武器を持っていようが扱いの何たるかを分かっていなければその武器に振り回されるのがオチ、簡単に全員分の武器をディザームすることは可能であった。あとは人間の弱点箇所を相手に気付かれず素早く狙い敵を封殺したり、相手の力を流して自滅させる。それであっという間に戦闘は終わり、仮面を剥ぎ取って正体を露にさせる。彼からしてみれば戦闘でもなんでもない
一瞬気だるげな様子を見せながらも、切り替えて呻き声をあげて倒れている1人に近寄り持ち物を物色し始める。あったのは財布とスマホのみ、ディザームによって男の持ち物であったバタフライナイフは放置されているため実質これら2つのみ。男は奪われまいと必死に手を伸ばそうとしたが、彼がいきおいよく上腕三頭筋を蹴ったことで痛みで顔を歪ませ情けない声を挙げる。睦希はスマホを起動し画面を見たがパスワードが掛けられていることを知ると、男の顔の傍に近付きそのスマホの画面を見せながら言う。
「おい、アンタのパスワード教えな」
「あ゙……だ、誰がテメェなんかに」
「もっかいやらなきゃダメ? んな面倒な事したくないんだが」
「ひぃっ……!」
「それに他の奴らはノビてるし、いま話を聞けれるのアンタだけなんだよ。何で俺を襲ったのかって情報もアンタらのスマホなら入ってそうだからな。ほら、さっさと教えろ」
「お、おおお前! こんな事してタダで済むと思ってんのか?!」
「凶器準備集合罪、暴行未遂、軽犯罪法違反、タダで済まないのはアンタらの方。ほらさっさと教えろ」
正直なところ、ここで脅しをかけてパスワードを言わせようとしている睦希にも法に触れることになりそうだが、そんな事は当の本人がよく分かっているため警察が来たら止めようとは考えている。だが一刻も早く死銃事件の真相に近づくためには脅しまがいの行為もやらざるを得ない、変なところで割り切っているのか割り切っていないのかが彼の“らしさ”なのだろうが。
教えられたパスワードを入力し男のスマホの中身、メールや電話帳の履歴、SNSをざっと見で確認していく。そんな中ツブッターのメール欄を確認すると奇妙なやり取りがあった事が伺えた。内容を確認し、今度はツブッターのサジェスト機能から長ったらしいものを見つけそれを検索。するとある1つのアカウントに遭遇する。タグは殆ど文章みたく長いため容易に検索されないようになっており、それを読み進めていると英単語2文字の言葉が彼の視線を止めた。
「B.C……?」
その文字が気になって、検索に出たアカウントを確認しようとすると後ろから息切れをしながら追ってきていた笹森がようやく到着した。彼の方へと視線が向かれたことで倒れている男は手頃な石を掴み、そのまま殴ろうとしたが呆気なく止められ手首の腱に勢いよく爪を立てられ痛みに悶えた。
「あだだだだだっ!」
「へぇ゙……へぇ゙……、お、お前さん、
「笹森刑事、お疲れのところ悪いですが職務に少し戻ってくれませんか?」
「あ゙……?」
「け、刑事ぃだだだだだ!?」
「暴行未遂の現行犯と、凶器準備集合罪等の軽犯罪法違反の容疑者です。応援は──周りの人が呼んでくれたみたいですね」
スマホのアプリ画面を消してから電源を切ると、男から手を離しつつスマホを返す。その様子を見ていた笹森が若干体力が回復している状態で訊ねた。
「お前、何見てた?」
「俺を襲った証拠らしき情報を。多分俺が襲われたのは意図的なものだと」
「なんだと……?」
「まぁ詳しい話は警察署で……あ、ついでに菊岡さんも呼んじゃいましょう。都合が良い」
「……今日はとんだ1日になりそうだ」
大宮警察署に連れて行かれたが睦希は事情聴取のみに終わり、笹森に言われていた休憩所で1人自販機から購入したリラクゼーションドリンクを飲んでいた。警察署内の自販機にこのドリンクがあることに多少驚きつつも、ストレスの掛かりやすい業務だからあっても不自然では無いだろうと考え炭酸がじわりと広がる感覚を味わう。
疲れた様子で休憩室に入ってくる笹森を見かけ、睦希はゆっくりと立ち上がった。
「お疲れさん、今日は災難だったな」
「そうですね。あ、笹森刑事あの事は」
「その前にちょっくら煙草を吸いてぇ。お前さんはここで待って」
「なら俺も行きますよ。その方が手っ取り早い」
「……なら、ここじゃなくて外の方を使うかね」
「御足労かけます」
「良いんだよんな
「えーっと……時間も経ってるのでそろそろ来そうではあるんですけど」
「ならお前さんは待ってな。外の喫煙所は出て左曲がった所にあるからな」
「分かりました」
暫くのあいだ受け付け前の席で菊岡が来るのを待ち、その姿を視界に捉えると外へ出て合流する。笹森の言っていた外の喫煙所まで向かい、3人が顔を合わせ紹介などを済ませると本題の方に移った。
「で、お前さんの言っていたB.Cって言葉だが……知ってるぜ。なんでも仮想世界と現実世界の区別がつかない輩が集まる裏サイトの名前らしい」
「裏サイトですか。でも区別がつかないってことは」
「ああ。仮想世界で出来る事が現実世界でも出来ると盲信しているんだ、かなりの迷惑行為や場合によっちゃ犯罪行為まで仕出かすから手を焼いてる」
「おぉぅ」
「笹森刑事はB.Cを担当されていると?」
「そうだ……仮想課の人間なら分かってると思うが」
「ええ。そのサイト利用者にSAO
「俺はまだ会ったことはねぇがな。今回ので該当者が居るか確認をしてもらう事になるだろうよ」
「SAOサバイバーが居るんですか?」
「あぁ。中でも目立つのは、そのSAOで犯罪行為をしでかした事のある輩だ。恐喝や殺人までやってた奴も居るとな」
「SAOで犯罪……というか、殺人まで起きてたんですね」
「お前も知ってるだろうがSAO内で死んだ場合、現実世界でも死ぬ事になってた。それを分かっていてやってた輩と本当かどうか確かめる為にやってた輩も居たらしい、B.Cに居るSAOサバイバーの大半がそれだとよ」
「正直、理解には苦しみます。分からない訳じゃないですけど」
「分からなくて良いんだよそういうのは。……それより、あの5人は確かにお前さんを狙ってたらしい」
「やっぱりですか」
「ああ」
持っていた煙草を咥え、気休めのような一服を終えて話を続けた。
「奴らの証言とスマホからお前さんと俺を襲うように仕向けてあった。目を付けられてたんだろうよ」
「笹森刑事は無事ですけどね」
「計画の変更も言われてたらしい。大宮第三公園に誘いこんだお前さんを痛めつけろと指示があったとよ」
「で、睦希君が返り討ちにしたと」
「そうですね」
「お前本当に一般人か?」
「失礼な一般人ですよ。ちょっと心得やら技術やらあるだけで」
「それ一般人じゃなくて
「菊岡さん?」
煙草の吸殻を灰皿に押し付けてそのまま捨てた笹森が腰を押えながら僅かに姿勢を反らし、元に戻るとまた会話を続け始める。
「さて、今回で分かった事だがB.Cは確実にこの事件に関わってるだろうな」
「ええ。真相に近づく者を容赦しない、まず間違いなく関わってるでしょうね」
「それにあの死銃事件の推理が合ってる可能性が非常に高まったとも言える。事故死ではなく殺人として」
「そして、ここに集まった俺たちは同じ目的を持ってる……協力して事を解決できるだろうな」
「協力してくれるんですね、笹森刑事」
「ああ。警察をおちょくった奴等に目に物見せてやる、こっちにも警官としてのプライドがあるんでな」
「心強いです」
「ただ、どうやって犯人を追い詰める? 策はあるのか」
「それならありますよ」
睦希がスマホを取りだし、ある画面を映して2人に見せる。
「近々そのゲームで大会があるんです。そこで俺が出場して、囮となる住所を記入して誘い込ませます」
「なら俺はその住所に行って犯人を待ち構えてりゃ良いわけか」
「いえ、そちらの方は俺の方で協力者を確保しました。笹森刑事は緊急時に何時でも動けるように備えてほしいんです、何かあれば俺の知り合いが連絡します」
「そちらの菊岡さんは?」
「もし大会中に死銃に撃たれたプレイヤーが居た場合、その人の住所まで赴いて安否確認をしてもらいます。ついでに総務省の後ろ盾を得ている名分をば」
「良いように使うねぇ。事件解決の為なら構わないけど」
「お前さんが狙われるって確証はあるのか? 今更だが」
「一応プロですから。鴨葱
「成程。なら、作戦決行日はいつだ」
「本戦で事を起こすでしょうから、14日です」
「ならそれまで英気を養っておくとするかね、お互いによ」
今ここに、死銃捕獲作戦のメンバーが揃った。
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変わったこと
『私と賭けをして』
そう提案したのは後にも先にもこれが初めての出来事、ただの雇われスナイパーである彼女の発言は雇われ先のスコードロンリーダーであるダインからすれば、身勝手で生意気口を慎まない彼女に対し不満気な様子であった。
冥界の射手、氷の狙撃手などと呼ばれ実力もある。最近ではあの仲介屋ヴァー・ヴィーの師事も受け行動を共にすることも増えており、時折その2人のコンビやチームを見かける事も若干ある。つまるところ彼女は実力者集団の中でも着いていけられる程の戦力を有している。だがそれはそれ、たとえ実力が高かろうがダインは1スコードロンを束ねるリーダーだ。勝手な言動によってリーダーとしての格を落とされるのは集団の長としては致命的、だからこそ基本は自身に従うようにと契約していた。
そこに彼女からの賭けの提案を持ち出された。現在、彼らはあるスコードロンの襲撃を画策している真っ只中。ルートも同じ場所を通っている事を確認した、どの時間帯に現れるのかも確認した、敵がどのような武装をしているのかと確認に確認を重ねて今ようやくここに居る。姿を隠した大柄なプレイヤーは居るがアイテムやエネルギーの運搬要員なのだろうと考えた。だが彼女、シノンはあのマントに隠れた大男の方を先に撃ちたいと言い出した。ここで好き勝手にされては計画が破綻するため、ミニミ軽機関銃持ちを狙えと指示を出した。そこで賭けが提案されたのだ。
『もしあの大男を撃って背負っている物の正体が武器だったら、戦利品の中で一番高いヤツを私にちょうだい。もし武器じゃなかったなら、暫くアンタ達のスコードロンに
ふざけているのかとダインは彼女に問い掛けた。そして今はそんな事をしている場合ではないと言いかけた時、彼女は努めて冷静に言葉を紡ぐ。
『なら協力関係が終わり次第、このへカートをやるわ』
『なっ──?!』
馬鹿げたことだった。この世界において命より大事な銃を手渡すことの意味を知らないわけが無い、ましてやこの銃こそ彼女のトレードマークであり噛み合った相棒として知れ渡ったのだから。それをタダで渡すという事の何たる愚かさかと、頭のネジがイカれて正気を無くしたのではと思った。だが彼女はそれに意を介さず言葉を紡ぎ続ける。
『襲撃のタイミングで追加プレイヤー、正直ここで都合が良すぎると怪しまなきゃならないものよ。Vがそう言ってた』
『今そこでヴァー・ヴィーの野郎は関係ないだろ! それにもし間違ってたらへカートを渡す? 正気の沙汰じゃねぇ!』
『正気よ。それにアンタ達は何度もこの順路を通る所を見ている、とすれば逆に奴等も気付いて対策を仕掛けている可能性だって考えられる。現にあの大柄の奴が用心棒では無い可能性は一体どこにあるのよ』
『ぅぐっ……』
『ダイン、アンタが納得しないなら納得するまでこの賭けを提案し続けるわよ。私はあの大柄の奴を倒す、何度でも言い続ける』
力強く、意志を貫き通す。スコープ越しの視線は未だにその大柄なプレイヤーを狙い続けており、片時も視線から外すような真似もしていない。脈拍に干渉するバレットスコープが若干の荒ぶりを見せつけていて、冷たさの奥に隠れた熱が露になっていることが分かる。
『──────っ、好きにしろ』
『嘘だろダイン?!』
『ただし』
『ええ、約束は守るわ。でも悪いけどこの賭け、私の勝ちよ』
ダインの呆気に取られたような声の直後、シノンの持つへカートから銃弾が発射された。
「で、手に入れたのがこれと」
「ええ。これは流石に無いでしょ?」
「俺の棚にか? ま、無いな。使わんし使おうとも考えんよ」
ヴァー・ヴィーが確認しているシノンの戦利品M134機関銃、通称ミニガンは本来航空機などに装備される代物であり人間には到底扱えない。だがことGGOにおいてはミニガンでさえもプレイヤーが扱うことの出来る設定が施されている、筋力値極振りでも無ければ扱えはしないし隙だらけなので浪漫プレイにでも使うのが関の山ではないかと彼は思う。ただ制圧力や連射速度、威力は既存の銃より桁違いなので上手く使えばといった見解を有してもいる。
さて、シノンが何故この店にミニガンを持ってきているのかだが理由は単純、売るためである。ミニガンを手に入れたシノンはスコードロンに居たダインを含めた男衆の手で運ばれたが、ミニガンの存在を知るや否やバイヤーがわらわらとハエが
「とはいえ安易に売らずに済んで良かったな。安値で買い取られて法外な値段で売りさばかれる未来もあるしな。転売ヤー死すべし」
「何か言った?」
「いんや何も。で、コイツの値段だが」
手渡されたタブレット型端末に映る内訳は若干無視しつつ、最終的な値段が記載されている所までスクロールしていくと520Kという高額な値段がそこにはあった。その値段を決めたヴァー・ヴィーは葉巻の先端に
「……Vからしたら払っても良い金額ってことよね、これ」
「そうだ」
「アンタからしたら、
「マーキと組んでから実質資産が億以上あるんだ、正直な話しどこかで使わねばならんのでな」
「実質って……まさかゲーム内に所持金ほとんどあるの?」
「所持限度額ギリギリまでな。残りはマーキの所で銀行みたく預かってもらっている」
“所得税がな”と心の中で思い、ほほ笑みを浮かべているマーキの想像がされるが死んだ魚のような目をしながらその想像を霧散させる。彼としてはあの遠慮の無さに引っぱたきたくなる時があるが既に何度もやり取りしている以上、そこに諦めが付いてまわるようでその気力は起きないらしい。
ショップスペース内に煙が広がっていくが、このミニガンの占拠率に目が行ってしまう。決して邪魔という訳では無いが置き場所をどうするかとヴァー・ヴィーが悩み、現実換算で52万円という大金を受け取ってどうするべきかと悩んでいる2人の沈黙を破るように来客が入店してきた。
「ヴァー・ヴィー、早速で悪いがメンテナンス……あ」
「あ」
「んぉ、闇風か……ああそういえば、お前らそうだったな」
入ってきたのは第2回BoBでシノンが相対した闇風、ようやく営業再開したこの店の中で微妙に気まずい雰囲気が出るかと思いきや、闇風がミニガンを見たことで空気は一変する。
「ミニガン……まさかベヒモスがやられたのか?」
「そこの狙撃手にな」
「お前が?」
「そうだけど」
「マジか……」
闇風の胸中にあるものは何かに定まったものではなく様々な感情が綯い交ぜになったものであったが、目の前にあるミニガンがベヒモスが倒されたことへの現実味を増していく。床に置かれたそのミニガンに手を添えて軽く2回ほど叩くと、色々と孕んだ溜め息のあと立ち上がってシノンに問うた。
「これ、どうするんだ?」
「Vに売ろうか悩み中。ほらこれ」
「なになに……うっわアンタこれ」
タブレット端末の画面とヴァー・ヴィーを交互に見やる。バイヤーでもこの金額を払う奴は居るとは思うものの、なんの抵抗も無く520Kという大金を支払えるのは彼が異様に稼いでいるからなのだが、表示された金額が金額であるため驚きはする。とはいえ闇風の本題はまた別なのだが。
「なぁ、悩んでるんだったら俺が買ってもいいか?」
「それは良いけど、何で?」
「まぁなんつーか……アイツとは何だかんだで付き合い長いし、コイツ手に入れた時は物凄い喜んでたからな。それがドロップの対象になって誰とも知らない奴の手に渡るぐらいなら……まぁ俺の勝手な感情で買いたいってだけだ、うん」
シノンがヴァー・ヴィーの方へと視線を向ける。そのヴァー・ヴィーは肩をすくめるだけで何も言わず、2人に背を向けた。シノンはその様子を見てタブレット端末をカウンターに置いて闇風と向き合う。
「良いわ」
「! そりゃ良かった、じゃあ幾らだ?」
「要らない」
「へ?」
「お金は要らない。それはあげるからベヒモスに返してやりなさい」
「いい、のか? いや凄い有難いんだが本当に要らないのか?」
「私がそう言ってるんだから良いのよ。Vも文句無いみたいだし」
背を向けているヴァー・ヴィーが2回手で払うような動きをすると、闇風は表情を綻ばせながら感謝の意を述べた。
「恩に着る、シノン。ヴァー・ヴィー」
「俺は何もしておらんがな……おい闇風、お前のキャリコ貸せ。特別に無償でメンテしてやる」
「えマジで!?」
「俺が良いと言ってるんだ。ほらさっさと渡せ」
驚きながらも闇風は自身の装備であるキャリコM900Aをヴァー・ヴィーに渡し、それを持って彼は開発部屋の方へと足を運んで行った。その様子からふと、シノンは闇風に聞きたいことが出来た。
「ねぇ闇風、Vのことを知ってる様子だったけど」
「お、まぁな。銃士Xには負けるがそれなりにアイツを知ってるからな」
「もし良ければだけど、彼がどんな人なのか教えて貰える? 私が知ったのはつい最近だったし」
「あー……俺でよければ、もっとも自分の恥を晒す事になるからそこは我慢してくれよ?」
こうして闇風が語る、ヴァー・ヴィーの人物像に触れることなったシノンであった。
【キャリコM900A】
アメリカのキャリコ社が開発した自動小銃、または短機関銃。独特なデザインと多数装弾弾倉を採用し50または100発もの弾を装填可能にしている。中でもM900Aは軍、警察機構向けに短機関銃モデルとして開発されAの文字がある場合、フルオートでの射撃が可能となっている。
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昔のこと
時は遡り、GGOというゲームが世に出てから間もない頃の話。当時は当然のごとく闇風もヴァー・ヴィーも単なる1プレイヤーとしてGGOをプレイしており、名前が知られるといった事もなく狩り場に行ってレベリングの日々。ときおりNPCや他のプレイヤーと接触することもあったがそれでも楽しいと思える日々であったのは確かだ。
しかしそんな平穏は一瞬にして崩れ去った。早い話が厄介なプレイヤーと出会した、しかも相手の3人が全員チートを使っていると思われるほど闇風の姿を捉え続けているし、ダメージを与えてもすぐに回復する。こんな所でチーターに襲われるなんてと絶望的な現実が彼の目の前に突き付けられていた。下衆な嗤い声がこだまし諦めるしかないのかと思っていたその時、鉄のような何かがぶつかる鈍い音が耳に入ったのだ。
何事かと思い様子を伺うため岩の影から顔を覗かせると、そこにスコップを持ったヴァー・ヴィーが居た。既に始末したのかチーターの1人は跡形もなく消えていて、急に現れた彼に対して残った2人は臆すことなく銃を向ける。だがそんな隙を晒したことで下から潜り込むようにして1人のチーターの前に現れ、銃を叩き落とし肉壁として活用し接近。肉盾にしていたチーターを
あっという間の出来事で理解力が停止していた闇風の前に、ヴァー・ヴィーは手を差し伸べていた。ただ闇風の目には1プレイヤーとしてのヴァー・ヴィーではなく、化け物のようなナニカを見ているような錯覚を感じ取っていたという。そこでどうやら腰が抜けたらしく立つことがままならない状態になったとのこと。
「そん時初めて知ったよ、この世にはチーターなんか目じゃない化け物が潜んでるって。そういう意味ならアイツもヴェンデッタも同じなんだがな」
「普通なら無理、なのよね? そのチーターを倒すって」
「腕が滅茶苦茶良いなら勝ち目はあるだろうが、普通ならまず諦める選択肢しかない。というよりあれは……腕が良いなんてレベルを越えてたかもしれない」
「どういう意味?」
「俺の考えじゃその手の職に就いてる人間、たとえば軍人……じゃないな。どちらかといえば特殊部隊っぽいと思う」
「特殊部隊?」
「警察の部隊でSATとかSITとか聞いた事ないか? まぁ要はその手のプロフェッショナルだ、要人警護とかテロ対策とかのな。あーでもスコップ使ってたからどうなんだあれ、スペツナズっぽくも見えたな……」
「私が聞いた話だと、なんか特殊作戦軍? に所属してた人に教えてもらってるって聞いたけど」
「特殊作戦軍?! マジかどんな交友関係なんだアイツ」
「おーら、終わったぞー」
M900Aのメンテナンスから戻ったヴァー・ヴィーがショップルームへと戻ってきた。確認のために闇風は受け取ってからすぐ手入れされた銃の調子を確かめ、満足気な様子で頷きカラムマガジンのネジも確認して更に満足感を得た。
「やっぱ、アンタに頼むのが正解だわ」
「そう言って貰えると有難い」
「トリガーの動きもスムーズ、コッキングにも違和感なし、グリップは手に吸い付くわ汚れ傷一切ない上に艶消しも完璧。バレル内の汚れなんざある訳ない、ストックも丁度いい長さで体にフィットする吸着感、マガジンも違和感なし……アンタの腕ならもっと高く払っても良いと何度思ったことか」
「よせよせ、お前らからすれば十分高くしているだろうに」
「だからこそだ。この腕の技術士なら市場独占しても可笑しくないってのに」
「もうこの話は良いだろう。あと悪かったな、暫く店を閉めてしまって」
「ゼクシードの事は仕方ないだろ。かなり迷惑を被ったって聞いてる」
「否定はせん、だが常連も来店出来なかったのだ。それに関しては俺の勝手に巻き込んですまないと思ってる」
「それこそ過ぎた事だって。別にやりたくてやった訳じゃ無いんだろ」
同性の間柄は気安い、大半はおそらくそうなのだろうがヴァー・ヴィーはそういった関係性を築けるまで長い時を必要とする。同じGGOプレイヤーとしてか、はたまた彼のもとで強くなろうとしている弟子のような関係としてかは定かでないが、どこかほんのり疎外感を感じたシノン。不意にそんな思いに浸っていることに気付いた彼女は自分の中で僅かな違和感を感じとった。
良いか悪いか、タイミングよく店の扉が開けられベヒモスが来店してきた。闇風の計らいによってミニガンはタダで返却され、彼を倒したシノンにはその本人から感謝の意を告げられた。用事も済んだことで闇風とベヒモスは店を出ていき、残った2人は思い思いに過ごしていたもののシノンからヴァー・ヴィーに対して問いが投げかけられた。
「ねぇ、V」
「ん?」
「Vの強さはよく知ってるし、何で強いのかも聞いた。さっき闇風からあなたがチーターを倒したことも聞いたわ」
「……それで?」
「改めて聞かせてちょうだい、どうやったらVみたいな強さを手に入れられるのか。私は知りたいの」
本当に改めて答えづらい質問であった。少なくとも彼が以前彼女に向けて言った言葉は真実ではある、ただ敢えて伏せている部分もあるようなこと。彼の口から語ることの出来る内容はほとんど変わらない、現実世界で鍛錬を積ませてもらったということだけ。
「現実世界で鍛え上げた、というのは駄目か?」
「駄目ではないけど、まだ他にもありそうだからそっちを」
ほとほと困った様子で葉巻を咥えて一服、何を言おうかと思考を巡らせふとある事を思い出す。まだシノンから答えを聞いていない、あれであった。
「そういえば、まだあの事を聞いてなかったな」
「あのこと?」
「お前が何のために強さを得ようとするのか、という俺の問い。それに答えてくれるのなら俺もお前の質問に答えよう」
「……言ってなかったかしら?」
「言ってないぞ、何を言ったか記憶にないからな。それにあの時は、すぐエネミーの方に向かったというのもある」
そういえばそうだと記憶を思い起こさせ、しかし今度はシノンが悩み始める事となった。彼女が強さを求める理由は弱い自分から脱却するため、だがその根底には過去に起きた出来事から由来するものである。ただ弱い自分を変えたいと言ったとして、このヴァー・ヴィーはその過去を知らない為おそらく決まりきった問いを投げかけるだろう。
けれど何故か、ヴァー・ヴィーには言っても良いのではないかと思う彼女もあった。本当に理由は分からないけれど、もしかしたら今まで懇切丁寧に師事してもらった事からそう思っただけかもしれないと考えが過ぎる。そうだとしても、彼女の中ではそれで良いかもしれないという変な安心感があった。
「弱い自分を変えたい……それが私が強くなる為の理由よ」
精神的なものだとすぐにヴァー・ヴィーは悟った。自分の中の弱さを克服するべく強くなろうとあり続けている、それはある意味立派であるのだろうと思い、ただどことなく歪さを感じ取っていたのは彼女は自分自身で解決したいのだろうという
葉巻をまた咥えて一服。当たり前に5分ほど煙の味わいを口の中に広めさせ終えると煙を吐く。彼は溜め息をついたあと、シノンに向けて先程の答えを聞いた感想を言った。
「そう、か……そうか」
「……他には?」
「お前は自分の意思を、決めた事を他人にとやかく言われたいか?」
「いいえ。でも好きに言わせておく、そんな度胸もないくせにって心の中で思いながら」
「……成程。なるほど」
ここでヴァー・ヴィーはまた悟る。自分と彼女はやはり違うし、彼女の方が強いんだなとそう考えた。色々と思い浮かんでいる言葉はあるし、それを言いたいという気持ちもあった。だがそれら全てを彼は押し殺し、彼女の強さを求める理由への考えを伝えた。
「お前の考えにとやかく言うつもりは、無かったが……これだけは言わせて欲しいことがある」
「なに?」
「自分の弱さを克服したいがために強く在ろうとする。これは立派な志だと俺は思っている……だが1つ言わせてくれ、お前が今の強さを得たのは自分1人でやれた事か?」
「……っ」
「違うのは、理解している筈だ。お前は俺に師事をこうて、俺はその願いに応えた。結果お前は、過去の自分よりも強くなれた……分かるな?」
「……何が、言いたいのよ」
「お前を見ていると、1人で強くなろうとしている様に見える。過去の俺のように」
無言の静寂。店の中に2人居るのに、その2人から何の一言も発せられないまま時間だけが過ぎていく。その静寂に耐えきれなかったヴァー・ヴィーが口を開いた。
「もしも1人で強くなると思っているのなら、出来るならやめてほしい。決して1人では強くなんてなれや」
「アンタに何が分かるのよ!?」
途中で言いたいはずの言葉は止まった。彼女の慟哭が彼を止めさせたのだから。
「何も知らないくせに、偉そうな口をきかないで! アンタには何も分からないくせに! アンタが言えた義理じゃないくせに! 私のことを分かったような口できかないで!」
その慟哭が皮切りとなったのだろう、シノンが強制的にログアウトされた。残された彼はその言葉に込められた重さを、あの言葉に込められたものが何なのか分かっていても、それを言えぬまま別れてしまった。
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悩みの中で
シノンとの間に起きた出来事から翌日、彼は未だにシノンの言葉を覚え背負っていた。向けられ放たれた言葉は不用意に彼女を傷つけてしまうと理解したが、
訝しげに菊岡の方を見やれば特に何も気にしてない様子でガトーショコラを口に運んでいる。呼んだからにはまだ学生と思しきこの人物に何か関係があるのではと予想し、まさかと考えたことは嫌な現実となった。
「菊岡、冗談も大概にしてくれ」
「冗談で君にこんなこと言うわけないよ」
「ならふざけるのも大概にしろ、どこの世界に学生を事件に巻き込ませる大人がいる?」
尤もな理由で彼は怒りに満ちていた。先に自己紹介を済ませたため桐ヶ谷和人という人物の立場などを簡単に聞きつつ、それらが終わって菊岡から出された言葉はこの男子学生と協力してほしいという傍からすればイカレているのかと思わざるを得ない内容であった。睦希の言い放った言葉に対し桐ヶ谷和人は首を縦に振って肯定したが、菊岡の方も譲りはしなかった。
「僕の方も考え無しって訳ではないさ」
「ほう? ならそのふざけた意見の大義名分とやらは一体なんだという」
「……大きな声で言えないけど、彼もSAOサバイバーの1人なんだ」
「あ?」
「菊岡?!」
「そして、先日逮捕されたB.CのメンバーにSAOサバイバーが居たと確認が取れている。今回の件にB.Cが関わっているとするならSAOに居た事のあるプレイヤーの協力も要る、というのが僕の考えでね」
「だとしても納得できん。単にSAOに居たプレイヤーならば何故此奴を選んだ?」
「それを説明するには色々と順序だてていく必要があるけど……まぁまずはここのスイーツ食べてみたら?」
「……悪いが和菓子派なんでな」
嘘ではないが別に洋菓子もいけるのはさておき、睦希の様子は若干どころの話ではないほどに苛立ちを隠していない。そもそも今回の事件は“住所が特定され実行犯が侵入する”ことと“事件の裏でB.Cが関わっている”という2つの不安要素が組み込まれている。下手に協力者を作り被害者を増やしてしまうのでは無いのか、といった安全性への観点からして彼を採用しようとするのも可笑しい。
何より彼がまだ学生の身分であるということ。SAOに居たことから帰還者学校の所属なのだろうが学生に変わりはない、ましてや未成年という立場からして菊岡の提案は倫理観の問題で即座に一蹴されるべきものだ。人間の自然権はどこにやったと責任を問われかねないし、ましてやこの提案が総務省の人間の口から言っているため下手をすればこの事で大問題になりかねない。
ただ睦希という男もまた、変に合理的な思考をする人間の1人である。桐ヶ谷和人という人間を採用するにあたってのメリットがデメリットより大きいと感じれば、今思考の中で漂っている言葉を噤む選択肢を取ってしまう人間なのだった。だが勿論、倫理観はあると思っているため事の決定権は桐ヶ谷和人にあること前提になる。それは忘れていない。
「じゃあ話が出来る状態になったところで……睦希君、先日出会したB.Cのメンバーに1人だけサバイバーが居てね」
「あー、菊岡? 思ったんだがB.Cってなんだよ、というか」
「これから一緒に説明するよ。で、そのサバイバーってのが曲者でね……多分、キリト君とは縁も関わりも深い間柄の奴だ」
「俺と?」
「ああ。そのB.Cの中にいたサバイバー……SAOである犯罪者グループに所属していた事が分かったんだ。名前を──
「っ──?!」
一瞬、桐ヶ谷和人の声が止まったように聞こえた。睦希が彼を見やれば表情を一瞬の内に強ばらせて、その笑う棺桶というグループと何やら因縁があると想像がつくのは容易いだろう。
「この笑う棺桶というのが面倒でね。SAOじゃ一番名前が知れていて且つ一番被害を与えたのがそのグループなんだ……そんなのに所属していた人間が居た、ってことは今回の事件に笑う棺桶が関与している可能性も浮上してきたのさ。ここまでは良い?」
「……続けろ、目に見えて動揺している此奴に配慮しつつな」
「中々難しい注文だね。そうなると彼を帰させなきゃならないんだが、僕としては今その手を打つは愚策と思ってる」
「チッ」
「話を続けようか。その笑う棺桶に所属していた人間はSAO時代にはその殆どが捕まっていた……その彼らを捕まえたプレイヤーによってね」
「もう良い、その点は分かった……お前の言いたいことも何となく分かった、今回の事件にその笑う棺桶に所属していたサバイバーか居るのか確かめるためだろう」
「正解。ホントよく回る頭だね、話してて楽だ」
「今言われて嬉しくない言葉第1位だがな」
「ただそれは理由の1つに過ぎない。確かにキリト君はある意味当時者の1人だけど、それだけで採用しようなんて考えをしない事を前提に置いてほしい」
「さっさと言え……俺が勝手に退席すれば面倒だろうに」
「それは勘弁。……今回の提案はあくまでもキリト君に確認を取らせるだけ、正体が分かればそのプレイヤーのリアルを追跡しやすくなるし上手くいけば芋づる式にB.Cメンバーを捕まえて解散させられるって考えだ。正体がわからずともキリト君の名はSAOで知らない奴は居なかった、彼には囮の住所を使ってもらい名前を誇示させれば死銃のリアルを相手の方から曝露させられる可能性もある。これが提案する理由になる」
大きく鼻から息を吸って、小さく長くか細い息を吐き出していく睦希。彼がいつも心を安定させようとする時に行われるルーティーンをここで出したということは、この提案を受け入れるか受け入れないか、どちらの選択肢がメリットが大きく事件を解決に導きやすくなるのかを考えている。だがその考える時間に間髪入れずに菊岡は続けた。
「それと、B.Cが何の略称かまだ言ってなかったよね」
「……略称?」
「そう。B.Cは略称──正式にはBloody Coffins、血塗れた棺桶」
「……」
「キリト君を介入させることで、このB.Cの壊滅には至らずともその足掛かりになる可能性はあると思ってる。そして、睦希君が気にかけてる彼の安全性は僕らが必ず保証しよう。そのための手立ては打ってある、あとは睦希君とキリト君の了解がほしいんだ」
本来ならば危険行為に部外者を参入させるといった考えは一蹴されるべき、それが睦希の根底。本来ならそう考えてそう言えば良いが、ある意味菊岡の提案は1つの魅力も兼ねている。睦希自身もB.Cに目を付けられている可能性が高く、これ以上危険な目にあの2人を関与させる訳にはいかない。だがそれと同時に彼をこの件に巻き込むことへの嫌悪感も抱いている。自らその危険に飛び込むのならいざ知らず、完全に巻き込まれた形となったこの状況にさせたのなら止めるべきではないのかと思考を続けている。
「……まぁ、今すぐ答えを出すのは難しいのは分かってる。こればかりはね。本来ならキリト君が出張る必要もないことなのも理解しているよ。だからこれはあくまでもB.Cを終わらせるための提案と思ってくれていい」
「……少し、考える時間をくれ。俺も情報整理がしたい」
「構わないよ、ただこの件に関わるのかは12日までに決めてほしい。待てるのはそれまで、決まったら連絡してほしい……睦希君もそれで良いよね」
「ああ」
「よし、この話は終わり。あとは好きにして良いよ」
店から出てきた桐ヶ谷と睦希は互いにため息をつく。バイクを駐輪場に停めてある睦希について行き、そこで彼らは様々な事情を説明していった。今回の件に関わった経緯や睦月が出会したB.Cの一件、様々な協力者に死銃事件の手口などを睦希が。かつてSAOにて猛威を奮っていた笑う棺桶と呼ばれた犯罪集団のこと、SAOの最前線で活躍していた時その笑う棺桶の討伐に出たことを桐ヶ谷が。互いの事情を知った上で最初に愚痴をこぼしたのは睦希からだった。
「お互い、難儀なことに巻き込まれたな」
「……そう、っすね」
「……とはいえ俺が勝手に決めるようなものでもないからなぁ、ふざけんなとは思ったが」
「そっすね」
「……桐ヶ谷、少し渡したいものがある」
桐ヶ谷の頭に疑問符を浮かぶが睦希は何食わぬ顔で付箋メモとボールペンを取り出し、内1枚に何かを書き記すとそれを彼に向けて渡した。睦希の電話番号であった。
「お前さんには迷惑をかけてしまったんだ、せめてもの償いという訳では無いが何か言いたいことがあればそこに連絡してほしい」
「良い、んすか。貰っちゃって」
「構わんよ。巻き込んでしまった俺の責任でもある、俺に出来ることはこのような形でお前さんに協力するしか無いからな」
ヘルメットを被りバイクを出して乗り込む。ふと、睦希はヘルメットのバイザーを上げて桐ヶ谷の方へと向かって言う。
「あと、敬語苦手なら素で話しても構わんぞ」
そのままバイクを発進させて睦希は去っていった。
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己の責務
自宅に帰ろうとした睦希であったが、不意にどこかへ寄りたくなったため公共の駐輪場に置いて足を適当に運ばせる。昨日今日で色々とありすぎて精神的な摩耗があったのも起因しており、リフレッシュのつもりで周囲を巡るのが目的だった。スーパーに向かって気になる調味料や食材を見繕うのもよし、家電量販店に向かい興味の惹かれるものを探るもよし、ただの物見程度に収まり一頻り満足したら帰るつもりだった。
彼が本屋に足を運び、あるコーナーに自然と向かって到着したところで彼の視線は一冊の本に集中した。とある戦場カメラマンが見聞きした戦場のリアルについて綴ったもので、出版されてから誰の記憶からも薄ぼんやりと覚えられているぐらいの月日が流れているそれを、彼は手に取り表紙をなぞって中身を見始めた。軽い流し見のそれだったが、不意に彼は呟く。
「今どうしてるんだろうな……」
「あれ、亮司さん?」
彼に向けて掛けられた声に驚いて持っていた本を落としそうになったが、本の背を間一髪で掴み取り安堵したところで声の主に視線を向けた。隣に住んでいて、イザベラの許可がおりて男女の仲となった小比類巻香蓮その人であった。本を元の棚に戻し、歩み寄ってきた香蓮と話し始めた。
「今日出かける予定あったんですか?」
「まぁな……香蓮は学校の帰りか?」
「はい。気になってた神崎エルザの特集本を探しに」
「ああ、好きな歌手のか。その様子だと買えたみたいだな」
「はい!」
香蓮の持ち物にお目当ての物が入っているだろう書店のロゴマークが記載された袋があることを確認した予想であったが、結果は予想通り。彼女は嬉しそうに微笑んでいたが睦希がこのコーナーで何を買おうとしていたのか気になって、彼が先程まで持っていたであろう本を手に取った。
「【過激派組織の現実 〜私が見たセカイ〜】 中々ハードな物を見てましたね」
「かもな」
「あ、でもこの人前にテレビで見たことあります。確か捕虜で捕まってたけど無事に保護されたってニュースで言ってましたね」
「そういえば……そうだったな」
「買うんですか?」
「あ? あー……いや、見ていただけだ。戻しても構わん」
「そうですか?」
「ああ、良いんだ」
物憂げな目を隠しながらそう言って、香蓮は何も気にする様子はなくその本を戻した。書店から出ていき停めてあるバイクのもとまで向かい、2人はそこからバイクで住んでいるマンションに到着し自分の部屋に戻ろうとしたが、唐突に香蓮から今夜の夕食時間に睦希の部屋に向かって良いか聞いた。彼はひとまずイザベラと連絡を取り、彼女の許可もおりたため今宵の夕食は3人で食すことが決定された。
小比類巻香蓮が本日の夕食に参加した理由は、いつもの睦希と比べてどこか悲しげな様子を出していた為らしく。そんな様子を見せてしまったことに対して失態と思った睦希に注目するようにイザベラと香蓮は見ていた。その理由を聞こうと訊ね、渋々ながら昨日今日あったことについてゆっくりと話し始めた。テーブル中央においてある湯気立つ鰹出汁ベースの鍋の熱がじんわりと冷やされていく中、始めにイザベラが口を開いた。
「リョージ、シノンのことに関してはまぁしょうがないって思うしかないよ。だってシノンの全部を知ってるわけじゃないし……何がきっかけで怒るのか分からなかったから仕方ないって思える」
「……かもな」
「でも、リョージは“知らなかったからしょうがない”で済ませたくないのよね。リョージ自身が
「ああ」
「ならもう、決まってるよね」
「…………ああ」
それは確認作業のようなものであった。だが彼にとっては第三者を介した確認というのは1つの救いでもあり、自らの考えを強固にさせるためのおまじない。さきほどまで揺れ動いていた思考を明確にしたこの睦希は決してブレることは無い。やる事を定めた睦希の目と意思は真っ直ぐなものへとなった。と、ここで今度は菊岡の提案に対しての話題が始まった。
「にしてもあの官僚サマ、どーいう神経してるんだか」
「こういうのってバレたら只事じゃないですよね? 亮司さんはその人の言ったことに対してどんな反応を?」
「無論、反対した。とはいえ最後に決めるのは彼奴の判断だ、俺は意見を出すことしか出来んからな」
「まぁ結局それに尽きるからねぇ……鱈おいしっ」
「ごく自然に食べてますねイザベラさん」
「私らが出せる意見は決まってこんなものだし、それ以上言うのも野暮ってものよ。それより今は腹ごしらえして英気を養うべし」
「それについては同感だ。俺たちも食べよう」
そうして3人とも食事にシフトし、思い思いに鍋の具を食べて腹と舌を満たしていく中、ふと睦希だけがある事を考える。死銃事件の犯行や犯人像などを自身の頭の中で一度整理し始めた。
まずこの死銃事件は現実世界で行われた殺人をカモフラージュするためのフェイクをGGOでやってのけた。遺体の様子は死後数日経っていて、運良く犯行手口が判明されないまま事故死と断定された。今でも犯人はどこかでほくそ笑んでいることだろう。
死銃事件の推理内容はこうだ。まず始めにBoBに参加していたプレイヤーの住所を、今回はゼクシードと薄塩たらこの住所をGGO内にあるメタマテリアル光歪曲迷彩を使い盗み見る。次に犯行のタイミングを予め決定し、現実側、つまり実行犯はその部屋の中に救急隊が使用するマスターキーを使用し侵入。決まった時刻になったところで死銃の発砲と殺害の実行を行う、この時殺害に使われたのは麻酔薬と針なし注射器。体内に麻酔薬を過剰投与し殺したあと誰にもバレないようにその場から立ち去る。
これらの実行犯とカモフラージュ犯を合わせれば2人以上と確定するが、うち1人は少なくとも針なし注射器、救急隊のマスターキー、麻酔薬を入手できる立場であることから医療関係者。とりわけGGOに使える時間のある院長やそれに次ぐ立場の身内が考えられる──と、ここで睦希がふと疑問に思う。鍋の中身は少なくなり、そろそろ〆という雰囲気のなか睦希はその疑問を解消するべくスマホで何かを検索し始めた。
「あー食べたわねぇ。リョージ、〆どうする?」
「……亮司さん?」
「ん、ちょっと待ってくれ」
若干適当な返事であったが、ある事を確認した睦希はふとある思考に囚われ手で口元を隠す動作を行い何かを考え始めた。そうした考えがふと、口に出た。
「もしや……」
「亮司さん?」
「ん?」
「どうしたのよリョージ。何か上の空になってさ」
「いや、もしかしたら俺は少し間違いをしていたのかもしれんとな」
「「間違い?」」
「死銃事件の凶器についてだ。あぁいや、針なし注射器が間違っているとは思ってないぞ」
「じゃあ麻酔薬が間違ってたんですか?」
「恥ずかしながらな。物事の内容はきちんと見なければと何度も思っているのだが」
「それで、何が使われたって考えてるの?」
睦希は今しがた見ていたスマホの画面を2人に向けて見せながら話す。
「おそらくだが筋弛緩剤なのでは無いかと」
「それはどうして?」
「まず麻酔薬の方だが、確かに過剰投与による死亡事故等はあっても生き残る可能性が高いものを使うのはリスクが高すぎるという点。注射器一本に容れられる量にも限りがある分、この麻酔薬という説は消してもいい」
「じゃあ何で筋弛緩剤って断定できるの?」
「他にも心臓を止める薬は確かにある。ただこの画面にある塩化ナトリウムの使用だと体内の塩分濃度が高くなってバレやすくなる。ただこの筋弛緩剤の場合だと話は変わってくるのだ、心臓の辺りに注射すればまず間違いなく心臓の役目は停止する。即効性ということを考えればこの可能性も浮上してきたわけだ」
「うーん……でもこの画面を見るに、アーカンソー州とかオクラホマ州とかでも鎮静剤のあとに麻酔薬を打って薬殺刑にしてるんでしょ? 麻酔薬でも殺せるなら体内に残ることを考えたらそっちが良いと思うけど」
「そうなんだが、遺体は死後数日経ってる状態だったことを鑑みると筋弛緩剤でも体内から除去されていそうでな……」
「あ、じゃあその死銃の目の前で推理を披露して反応を見るのはどうです? 合ってるかどうかはそれで分かるでしょうし」
「それしかないか」
「しかしここまで来ると……リョージ、ちょっと探偵として働いてみるのもありじゃない?」
「大半の依頼が浮気調査になるよりもGGOで依頼受けた方が実りは良いがな」
「大体あのマーキからの依頼で稼いでるけどね」
「否定はせん」
その会話が終わって、鍋の〆がうどんか雑炊かファルファッレかで議論が行われたが最終的にはジャンケンで香蓮の提案であるうどんが決定し、あと2つの〆であるファルファッレと雑炊はまた後日ということになった。そして〆が出来上がるまでの間に睦希は菊岡と笹森に凶器に関する新たな可能性を伝え終えると、ゆっくりと〆をいただく事にした。ふと睦希はそろそろクリスマスが近づいている事に気付くも、予定はこの死銃事件が終わってからにしようと考え頭の隅においやった。
活動報告にて質問募集中 期限は11/14 23:59まで
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向き合う覚悟
ここのところ最近、彼女──朝田詩乃は変に憂鬱であった。そろそろBoBの開催日が近付いているにも関わらず、GGOにログインしていない事態が続いている。何故かと問われればあの時のヴァー・ヴィーの発言からなのは間違いない、だがいつもならさっさと誰かの言葉など忘れている筈なのにヴァー・ヴィーの言葉だけが頭の中で反響していることに戸惑う。
1人で強くなれやしない。それもそうだ、シノンというプレイヤーはヴァー・ヴィーとの関わりによって彼女が知らなかった強さを手に入れることが出来たのだから。CQCや接近戦の腕も、スナイパーとしての立ち回りも、冷静かつ的確に事を運ばせる術も、体捌きや基礎訓練の重要性も全て彼から教えられたもの。それらは全て事実であり現実、だが彼女はヴァー・ヴィーの言葉を思い出して否定する。
確かに強くなれたのは彼の教導によるものだ。けれど彼女は1人で生きていける力を、自分だけで生きている術を身に付けなければならない。あの日からそう誓ったのだ、自分の運命が決定づけられたあの日の出来事からそう学んだのだ。誰にも頼らず1人で、強く。
「っ────」
そう考えれば考えるほど、彼の言葉がフラッシュバックみたく思い出される。今更何だというのだと彼女は思う、ヴァー・ヴィーはGGOで知り合ったとはいえ結局のところ赤の他人だ。自分の考えに対してとやかく言われる筋合いはない、それに彼自身も同じことをやっていたのだから口を出せる立場ではない筈だと考える。だがどうやっても彼の言葉は消えない、彼の存在が消えない。
得体の知れない初めての感情に翻弄されるのは嫌だと思いながら、彼女は外出用の防寒着を着て少ない荷物を持って外へと出かけた。今はこの浮かされた熱のような考えから少しでも解き放たれたいと、一刻も早く彼の言葉を忘れたいと願って。
街へと出歩けば普段と変わらぬ景色が彼女の視界に映し出された。地元よりも汚れているように感じる空気、塩素消毒された臭いのある水道水、皆同じような歩幅で歩き流れが速く多い人の波、本性を隠した上っ面を見せ合う関係性。もはやこの光景さえも見慣れてしまった自分も世の中というものに流されていった結果なのだろう。そう思いはしたが特に何か感傷に浸るわけでもなく、どちらかといえば嫌気がさしているのだろう。自嘲気味に口角を上げた。
ふと近くで子どもの声が聞こえてくる。“おかあさん”とまだ舌足らずな喋り方は愛嬌なのだが、そんな親子を見ていると彼女は目を背けたくなる。心の中に居る弱い自分が羨んだ言葉を紡いでしまいそうで。その場を颯爽と離れようとした矢先、不意に誰かにぶつかり僅かに後ずさった。
「あうっ」
「おっと、大丈夫かい?」
彼女が声のした方へと見上げれるとサングラスにニット帽を被った、無精髭を生やしたどこか害の無さそうな男性。身長は175あるかないかといった辺りで最近のチャラついたような男よりかは低めの印象がある。心配そうな様子を浮かべながら目の前の男性は訊ねたが、今の彼女は誰かに心配されたくないらしい。
「大丈夫ですから、私はこれで」
スタスタと歩いていきどこか行く宛ても無いままその場から離れていく。今はどうしてもヴァー・ヴィーのことを思い浮かべたくない、思い出したくもないから。
残されたその男性は疑問に思いながらも、後ろから掛けられる聞きしった声の方に振り向いた。自分のことを師匠と呼んでいる睦希亮司の方へと、ついでに男の目には睦希の持っている豪華そうな紙袋に入っている物へと視線が映る。
「やっ、睦希君」
「師匠、こんな所で合流するのも珍しいですね」
「そうだねぇ……それは?」
「あぁ、これ師匠への手土産にと」
紙袋から中身を取り出すと、瓶に入った日本酒であった。銘柄には
「酒アリじゃないと話せないこと?」
「いえ、これはお土産なので特に関係はありませんね。今日は師匠の胸を借りて兜の緒を締めたくて」
「ああそういえば、そろそろなんだっけ」
「ええ、当日はご迷惑をかけてしまいますが引き受けて下さってありがとうございます」
「ま、確かに俺ん所が一番安全だしね」
2人は漫談しながら共に歩き始めた。来る日に備えるのも大事だが、時にこうした交流もまた自分の世界を形成するのに必要なことである。
場所は変わって埼玉県川越市、現代ではあまり見かけることの無い剣道場が併設された家屋の2階。その一室に桐ヶ谷和人は居た、時刻は7時を過ぎている頃で誰しもが夕食を食べ終えるぐらいの時間だろうか。実際彼は既に夕食を食べ終えているが、今はそれよりも自室のベッドに寝そべりながらスマホに打ち込んだある電話番号を見ていた。
あの時睦希から手渡された彼のものと思われる電話番号が打ち込まれた状態のスマホの通話ボタンを押そうか、いややっぱり菊岡の方に連絡しようかと悩み、かれこれ30分は経過しようとしていた。何か女々しいなと思いつつもコミュ障にとってほぼ初めての相手と話すことは結構勇気が要るのだと自己完結し、ベッドから起き上がろうとした。
「おにいちゃーん、ちょっと良いー?」
そのタイミングでノックと同時に彼の妹の声が聞こえた。それにびっくりしてスマホを掴んでいた手を離してしまい、お察しの通りスマホは彼の顔面と衝突する羽目になった。
「
「えちょ、おにいちゃん大丈夫!?」
「だ、だいじょぶ……ちょっとスマホが」
鼻頭を押さえちょっとばかり悶える。その一因となった妹である桐ヶ谷直葉は少々罪悪感を感じながら、和人のもとへと歩み寄る。ただここで少し誤算が発生した、先程ぶつかった時のスマホ画面は電話番号の入力を行うものであり、当然そこには通話ボタンもある。ここまでくれば分かると思うが、彼の鼻頭とぶつかった先は運良くその通話ボタンであったため──
『はい、睦希です』
「!?」
「あ、やべっ」
睦希の声が彼のスマホから発せられることになる。慌ててスマホを拾い耳へと持っていって図らずとも通話する結果となり、多少慌てながらも和人は睦希と話す。先程兄のスマホから知らない声の人がしたことで、何故か直葉の方が一番驚いてフリーズしていた。
「あ、もしもし。桐ヶ谷です先日お会いした」
『ああ、お前さんか。何か相談事でもあるか?』
「えーっとその……」
未だにフリーズして動かない直葉を見やり、今から自分が言うことをあまり聞かれたくない内容であるため、彼女に背を向けさせゆっくりと押し出して部屋から出ていかせた。ドアを閉めてひとまず溜め息を吐くと、睦希が声をかける。
『大丈夫か?』
「え、あー大丈夫です。ちょっと妹が部屋に居たので」
『そうか……で、何か話したい事でも?』
「そのー……あー、何て言えばいいか」
『ゆっくりで構わん。そこまで気短ではないんでな』
「ありがとう、ございます?」
『礼を言われる事でもないんだがな』
ゆっくりと、睦希の言葉に甘んじてその通りに頭の中で言いたかったことを彼は組み立てる。自分の覚悟を彼に伝えるために。
「その……俺、アイツの提案を受けようと思います」
『……菊岡のか?』
「はい」
『何故か聞いても?』
「俺なりに考えたんです、この提案を俺自身はどうしたいのかを。確かにまだ……あの頃の恐怖や後悔は引き摺ってて、心のどこかで2度と関わりたくないって思ってた。でも──でも、このまま見て見ぬふりをして不特定多数の誰かが傷付けられるのも嫌だって気付いたんです」
『……そうか』
「それに、あの笑う棺桶が事件に関わっている以上、アイツらと対峙した事のある俺が責任もって、奴らを止めないとって。だから」
『待った』
言いかけていた言葉が止められる。電話越しに睦希の溜め息が聞こえたあと優しげな声色で彼に寄り添うように語りかける。
『……お前さんがサバイバーだと聞いた時、そして菊岡の話をしていたお前さんを見ていた時、もしやその笑う棺桶とやらと一悶着あったのだろうとは想像できた。確かにお前さんの言う通り、“自分が関わったのだから今後も関わらなければならない”という思想に間違いだと苦言はしない。変なイチャモンも付けはせん。だがな、それを自分一人の責任と思うな』
「!」
『奴らとお前さんの確執がどういったものか、俺には予想することしか出来んがな……そんな重たい責任をお前さん1人に背負わせようとするほど俺は薄情にはなれん。勝手に責任を背負おうとする大馬鹿者を見捨てることもな』
「…………」
『お前さんは事を1人で済ませようと考えるな、1人で背負おうと考えるな。今こうして電話越しだが、頼れる大人というヤツが居るんだ。少しはお前さんの重荷を背負わせてほしい……悪いな、話を遮ってしまって』
「いえ……ありがとうございます」
先日初めてあったばかりの関係性ではある。だがそれでも睦希という人間は誰かが苦しみの道へと向かうことを良しとしない人間であることが、桐ヶ谷和人の心に染み渡るように理解できた。
「……お願いします、睦希さん。俺と協力してください」
『その台詞は本来こちらから言うべきなのだがな……あい分かった、その願い承ろう』
そうして彼らは当日、BoBの予選日の予定を立てて通話を終える。どこかスッキリした様子で部屋から出ようと扉を開けると、直葉と母の桐ヶ谷翠に聞き耳を立てられていたことが分かる。ゆっくりと扉を閉めた和人は羞恥心のままに部屋中で悶えた。
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長い夜の始まり
時は流れBoB予選開催当日、総督府に集ったプレイヤーたちは普段とは違った盛り上がりを見せている。自らの武器を引っさげて相手に誇示するのは牽制としての意味合いが強いのだろうか、または単に装備を自慢したいと見せつけたいだけか。しかしそんな喧騒はある人物が入ってきた瞬間、このGGOに居るプレイヤー全員がその1人に集中し誰もが沈黙した。
ガスマスクによって素顔は隠されており、ヘルメットやチェストリグなど軍隊のような装備をしているが最大の特徴であるヴァー・ヴィー特注のカランビットナイフを引っ提げて彼はやって来た。このGGOの生ける伝説とまで噂されるヴェンデッタが総督府にやって来た、ここに来る理由は1つしかないため全員の予想が1つに収束されていく。
やがてその予想は現実へと変換される。BoBの受け付け端末にまで足を運ぶとそこに自身のプレイヤーネーム欄と商品受け取りに必要な住所欄を記入し確認を押して画面は元の状態に戻った。全員の予想は一致した、ヴェンデッタがBoBに参加するのだと。事を済ませたヴェンデッタはそのまま入口へと向かって歩みだしていたが、途中で他のプレイヤーに止められる。
「あ、あの! ヴェンデッタですよね。オレ、ファンなんです!」
「おまっ、ちょっ! バカ!」
どうやら彼のファンらしい。彼は少しだけそのプレイヤーを見やるとSIG SAUER P226を取り出しマガジンに弾を一発だけ込めると彼の額に向けた。周りの人間はやらかしたと思い冷や汗を流し始めている、その銃を向けられた本人は呆気に取られていて動きが止まっている。
轟音が総督府内に響いた。銃口から煙が出ており発砲したことが分かるが銃を向けられたプレイヤーの額には何のエフェクトも発生していない、目をつぶっていた彼がゆっくりと景色を確認すると弾を排出するヴェンデッタが居て、その手には先程マガジンに入っていた薬莢。しかし弾丸部分はどこにも見当たらない。つまり先程のは空砲だったのだ。
ヴェンデッタはその薬莢を指で弾き、やって来たファンに掴ませる。何事も無かったかのように総督府から出ていくヴェンデッタと先程受け取った薬莢を交互に見て、知り合いと思わしきプレイヤーが近付き先程のパフォーマンスは特別にやってもらったことであると知る。余談だが今後彼はこの薬莢を大事に持って宝物にしたらしい。
そんなパフォーマンスを見ていた群衆に1人、ヴェンデッタに対し並々ならぬ殺意を掲げているプレイヤーが居た。そのヴェンデッタから直接、日本語で、変声機混じりの声で宣戦布告ともとれる事を言ってのけられたのだから。
──“殺せるものなら殺してみろ”、と。
時間は経ちGGOの初期スポーン位置に1人のプレイヤーが参入した。この日にやって来た新参は運が良いのか悪いのか、とはいえ彼にとってはそんな事関係ない。この日にアイテムを預けてコンバートした彼にとってGGOは初といえどステータスはかなり高い。その彼はある目印を持ったプレイヤーを探し、柵にもたれかかる葉巻をふかした長身の男性プレイヤーに目を付け近付いた。
「あのー……」
「ん?」
「えっと、ヴァー・ヴィーさんで間違いないでしょうか?」
「……キリトか、お前さん」
「え、ええ。はい」
「驚いた。女のナリみたいな格好だったんで誰かと思ったぞ」
「へ?」
彼の目当ての人物はこのGGOで知らない奴は居ないプレイヤーの1人、ヴァー・ヴィーである。キリトを知っているということは現実世界で話し合ったことを示しているのだが、それよりも彼の発言が気になったキリトはヴァー・ヴィーが指した方を見た。
金属光沢によって鏡のようになった建物の壁に映っていたのは、一見して完全に女なのではと見間違えるアバター。髪は長いうえ童顔に磨きがかかり身長も低い、キリトは自分の顔をペタペタと触れてこれが事実であると知った。
「何じゃこりゃあああ!?」
こういう時、どんな反応をすればいいのか切実に問いたくなったヴァー・ヴィーは葉巻を一服して煙を味わい口に咥えながら、このアバターになったキリトの肩に手を置き現実へと引っ張っていく。1人はどこか諦観し、1人はこのアバターである現実に項垂れているこの空気に沈黙という選択肢を取り続けることが苦痛だったのかヴァー・ヴィーが口を開く。
「あー……お前さん、ステータスはどんなだ」
「…………」
「おいキリト?」
「はっ。な、何でしたっけ?」
「……ステータス傾向だ、お前さんのな」
「あ、ステータス傾向ね。えっと筋力値優先、次に素早さを」
「ふーむ、無難なアサルトとなると……む」
ふと何かに気付いたヴァー・ヴィーがキリトに訊ねた。この世界で、しかもBoBに参加するとなったのならこれは最重要かつ最も基本的なことであるのだが。
「お前さん、銃の経験は?」
「……無いです」
ヴァー・ヴィーは目頭を押さえる。銃の世界の大会に銃をまともに扱ったことのないプレイヤーが参加する、これだけで阿呆の類になるのだが今回は事が事のため致し方ないと考えるしかない。ひとまず銃の腕前はこの際置いておき、キリトが得意としている戦い方を探ろうと規模の大きいNPCショップへと足を進めた。
キリトが主にプレイしているアルヴヘイム・オンライン、ALOは基本的に遠距離攻撃は魔法や弓といったものに限定され近距離戦というのが主流となっている。そのためロングレンジでの戦いが主流であるGGOとは毛色が合わないのだろうと想像を付けていた所に、キリトがあるものを指し示し訊ねた。
「あれなんです?」
「ん?……ああ、弾除けゲームだな。1回500クレジット、距離に応じて貰える賞金が増え、あの人形に触れれば今まで溜まった金額を全て獲得出来る」
「やった事はあります?」
「昔な。……やるか?」
「手っ取り早く稼ぎたいので」
「俺のところでツケにしといてやる事も出来るが、まあいい。あの人形はかなり近付くとエネルギー弾を6発撃つから気をつけろ」
「忠告どうも」
女性にしか見えない容姿であることと、未だに見たことの無いプレイヤーがこの鬼畜ゲーに参加したことで観客はどよめきたつが、そんな事お構い無しに彼は3秒のカウントとともに真っ直ぐ駆け出した。そうして彼が弾道予測線を掻い潜りながら接近していき、言っていたエネルギー弾を避け今まで蓄積されていた300Kという金額を手に入れることに成功した。
出口である左側の柵から出ていきヴァー・ヴィーと合流すると、出迎えた彼から拍手を貰うことになった。
「見事。良い反応速度だった」
「あ、どうも」
「しかしあれは……ふむ」
「どうかしました?」
「……いや、何でもない。装備の方を決めるとするか」
そうして時間の許すかぎり商品を見ていくが、ヴァー・ヴィーのアドバイスを受けてもどこか腑に落ちない感覚が続いていると、あるものが目に付いた。
「これなんです?」
「ん、光剣か」
「コウケン?」
「ビームサーベルのようなあれだ。SF要素が組み込まれていてな……あ、もし買うなら俺の店で買う方が安いぞ」
「店……ショップ構えてるんですか」
「まぁな。で、光剣は買うのか?」
「買います!」
「元気だな……ならサブアームだけここで決めておいた方が良いな。俺が決めても?」
「あ、よろしくお願いします」
NPCショップの陳列棚を眺めながらヴァー・ヴィーはキリトのステータスや先程見た動きから適した銃器を考える。機動性の高さを阻害しない軽量かつ牽制目的に適したもの、一頻り考えてヴァー・ヴィーはキリトにFN Five-seveNを提示した。
「これでどうだ?」
「ファイブセブン……ってどんな銃なんです?」
「貫通力に優れた銃弾を専用弾としている銃だ、簡単に言えばな。ある規格までのボディアーマーを貫ける……まぁそれに伴って与ダメージは基本低いが光剣でどうにかなるだろう」
キリトに了承を取り、彼自身の手でFive-seveNを購入し終えヴァー・ヴィーの店へと向かおうとしていた所で、その2人は水色髪のシノンと出会した。
「あっ」
「……シノン」
とはいえ今は絵面が絵面だ。女にしか見えない容姿をしたキリト、シノンからすれば知らないプレイヤーを連れてなぜNPCショップに来ているのか。彼女はいの一番にそれを聞くつもりだったのに、その2人を見たシノンは逃げざるように離れていってしまった。
「シノン!」
呼びかけても止まる気配はなく、ステータスの差により追いつくことが出来ない距離まで離れていくシノンの背を見ていることしか出来なかったヴァー・ヴィーは頭を抱える。少し長めに息を吐き落ち着かせていると、キリトが訊ねる。
「今のは?」
「……俺の知り合いだ。GGOでスナイパーをやってる」
「スナイパー……」
「とは言ったが、最近喧嘩してな。……色々と勘違いを正さねばならんかったがな」
「なんか……ごめんなさい」
「お前さんが謝るな。事の発端は俺のせいだからな」
また溜め息をついたヴァー・ヴィーだったが、今はBoBに向けたキリトの準備を進めなければならない。考えを切り替えつつも彼女の勘違いを正す必要も発生したことに少しだけ頭痛がした。
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【SIG SAUER P226】
ドイツのザウエル&ゾーン社が開発した自動拳銃。P220の後継機として開発されており最大の改良点であるダブルカラムマガジン化により装弾数が増えている。長時間の水や泥につけても確実に作動する耐久性があり、P220よりも高価。
【FN Five-seveN】
ベルギーのFNハースタル社が開発した自動拳銃。P90用のサイドアームとして開発されており、貫通力に優れている。100mほどの距離でもNIJ規格レベルⅢA以下のボディアーマーを貫通するとされる。
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錯雑の糸
彼女は逃げていた、脇目も振らず走っていた。走って気が付けばシノンの目の前にあったのは慣れ親しんだヴァー・ヴィーの店、彼女自身なぜここに来たのかも分からないがとにかく逃げた先がこの場所であった。あの時ヴァー・ヴィーの隣には全く知らない誰かが居て、どこで誰と関わろうと彼自身の自由であり勝手なのは分かりきったはずなのに、彼女の心には虚しさだけがあった。
言語化できないこの感情が一体何なのか知る由もなく、ただただ煩わしさだけが募っていく。シノンの頭の中はヴァー・ヴィーに何をどうしてほしいのだろうかという膿のように溜まり続ける考えが熱を帯びて彼女を蝕んでいく。それを振り切りたい一心で総督府の方に足を進めようとしたところで、聞きなれた声が彼女を呼び止めた。
「あら、シノン。久しぶりね」
「……イクス」
ホーム側から出てきていた銃士Xは彼女のどこか焦燥した表情に何かただ事では無い雰囲気だと悟り、一緒に総督府へと向かうことを提案した。断る理由のないシノンは彼女の同行を許し、総督府までの道のりの間にあの2人に何があったのかを銃士Xは訊ねた。そこでヴァー・ヴィーが知らない女性プレイヤーと一緒に居たことを聞かされた彼女は、あとで彼に一言物申そうと決めつつシノンの発言である事に気付いた。気付いたというよりもどちらかといえば下世話な妄想に近いものと思われる。
「恋?」
シノンが噴き出す。突然何を言い出すのだと睨んだがあっけらかんとした様子で銃士Xは言葉を続けた。
「いやぁ、そんなにVが気になって気になってしょうがないのは何処からどう見ても恋煩いのそれっぽいわよ」
違うと言葉にしたかったが何も言えなかった。否定したいはずなのに否定しようとしなかった。彼女の心に、記憶にヴァー・ヴィーを消したいと思っても消えない。へばりついた錆のように鬱陶しいと思っている筈だ、その筈だと彼女は決めつける。
とはいえそんな様子を見せていては銃士Xからしたら図星だと思われるのは明白で、人の恋路を暖かく見守るのかと思いきや今度は彼女も何故か悩み始めた。それもそうだろう、銃士Xと
そうして各々悩みながらも総督府の入口前にまで着いた2人、そろそろBoBの受付終了時間まで10分前なのだが突然車のエンジン音が周囲のプレイヤーの耳に入った。勿論それには彼女らの耳にも入っておりそのエンジン音のする方を見ると上り坂の道路から勢いよく見慣れたマローダーが飛び出してきたではないか。
宙を漂っていたマローダーが着地しドリフトしながら総督府入口前近くに着地すると運転席からヴァー・ヴィーが疲れた様子で降りてきた。後部座席の扉を開けて工具箱をその手に取って入口の方を見やると彼女らと視線があった。彼が何かを言おうとしたところで、助手席の方から女にしか見えないアバターのキリトも少し疲れた状態の姿を現れる。
シノンも銃士Xもこのキリトの事情をよく知らない、だが完全に女にしか見えない容姿且つ全く知らないプレイヤーが助手席から降りれば、ヴァー・ヴィーが手を出したと思われても何ら不思議ではない。ゆっくりと銃士Xの手がヴァー・ヴィーの肩に置かれ不穏な笑顔を彼に見せていると、悟ったような表情のあとこれらの事情を総督府の方で説明することを約束して受付会場に向かったのだった。
「え、男!?」
「そうだ。男だ」
べしべしとキリトのプレートアーマーを叩きながらそう言ったヴァー・ヴィー。説明してもあまり信じて貰えなかったので実際に確認させると大層驚いていた。苦笑するキリトに漸くといった様子の疲れた表情のヴァー・ヴィー、キリトのアバターをまじまじと見つめる銃士Xに内心安堵したものの何を考えているのかと変な思考を消すシノンという場が出来ており、ここを中心とした賑わいがそこにあった。
「いやぁ、シノンから聞いたけどナンパじゃなくて良かった良かった」
「俺にそんな度胸ないんだが」
「ごめんて。あとで埋め合わせするからさ」
「……で、イクスはどうしてここに?」
「んー? 聞くまでもないでしょ」
「……一応聞くが、正気なんだな?」
「ええ、もちろん」
一瞬キリトが驚いた様子を見せたものの、ふとヴァー・ヴィーの発言に疑問を抱いた。その彼は息を一つ吐き銃士Xを見つめながら言う。
「……なら十二分に気を付けてくれ、それだけだ」
「分かってる。シノン、行きましょ」
「……ええ」
銃士Xはシノンを連れて受け付け端末の方へと向かっていた最中、ヴァー・ヴィーはキリトの方を見やって受け付け端末の方を指さし早く登録した方が良いと受け付けへと促す。
「良かったんですか、ヴァー・ヴィーさん」
「構わん。イクスの奴も事情は知ってる分住所を書くことは無いだろう」
「でも彼女の、シノンの方は」
「上手く話す。もしくはイクスの方から話してくれるか、まぁどちらにせよ人の決めた事に色々と茶々入れるのも違うしな」
以前のでかなり心にキタのだろう、どこか遠くを見るように総督府の天井を見上げた。そのあとキリトを受け付けへと再度促すと、彼も受付端末の方に向かっていった。
天井を見上げている間、ヴァー・ヴィーはツェリスカから聞いていたことを思い出す。もしもヴェンデッタがBoBに参加した場合についてのことだが、彼の予想は当たっていた。そして今後予想されるBoB
程なくしてキリトと銃士X、シノンがヴァー・ヴィーのもとにやって来た。声をかけられ目を開くと3人の姿が映り、そのうちシノンだけが渋々といった雰囲気で彼の元に来ているのが分かる。ヴァー・ヴィーもシノンの方を見やって若干前傾姿勢になりながら話し始めた。
「シノン」
「…………」
「先日は、不躾なことを言ってしまったことを謝罪したい。謝っても許されん事は承知だが、すまなかった」
「……別に、もう良いから」
頭を下げたヴァー・ヴィーから距離をとるようにその場から離れていくシノンに銃士Xは付いていく。まだ許してもらえていないのだろうと結論じみた予想を立てながら、一つ息を吐いたあとアイテム欄からシガレットケースを取り出し、そこから1本の葉巻を取り出して先端を切り火をつけた。
ぽっ、ぽっと短いスパンで空気を送りながら葉巻から煙を出させつつ彼は口内で煙の味を、飴玉を転がすようにして味わっていく。そんな彼の様子を伺いながらもキリトは周囲を警戒しておりどこか忙しない様子を垣間見せる、とはいえそんな様子をあからさまにとまではいかずとも、ヴァー・ヴィーが気付いて鬱陶しいと思うぐらいの警戒状態である。豪快にキリトの頭に手を置いてそのまま大雑把に撫で始めた。
「わ、ちょ」
「そんなに気張るな阿呆」
「いやでも」
「少なくともここに居るプレイヤーはGGOに並々ならぬ熱意を持って大会に挑んでいる。お前さんと俺は違うやもしれんが、変に目的意識を掲げて相手を軽んじるような真似をしてはならん」
「っ……!」
「少なくとも奴さんは明日の本戦で仕掛けてくる。それまでの警戒は大人の仕事というやつだ、お前さんはこの大会に参加者と同じ熱意を持って戦いへと挑んでこい」
「……色々、ありがとうございます」
「構わんさ。どうせな」
キリトの頭から手を離し、もう片方の手で葉巻を口から離し煙を吹き出す。宙に浮かんで霧散していく煙を眺めながらヴァー・ヴィーは自嘲気味に内心で呟いた。今も、そしてこの前の事も含めたものに対して──どの口が言っているのだろうか、と。
そんな事を考えてるとは知らないキリトはふとヴァー・ヴィーにある事を訊ねた。この総督府で密やかではあるものの、聞き慣れない、恐らくプレイヤー名について何か知っているのでは無いかと。それがもしや死銃と何かしら関係があるのかと。
「あの、ヴァー・ヴィーさん。さっきから聞こえてくるヴェンデッタって、誰の事なんです?」
「……ん、あぁ。ヴェンデッタか、俺の仕事仲間だ」
「仕事仲間?」
「そして第1回BoB優勝者の片方でもある。初の大会で2人のプレイヤーが優勝した異例が起き、その名が広まっていった」
「じゃあ、この大会にヴェンデッタが出てくるんですか?」
「ほう、出るのか彼奴」
「それはどういう意味で?」
「奴は人前に出ることを極端に拒む。俺以外のプレイヤーはまずお目にかかる事さえ至難とまで言われるほどにな」
「ヴァー・ヴィーさんは会えるんですか」
「まぁな。大きな声で言えん仕事依頼の仲介屋が俺、実行が奴という関係性でな…………言っておくが現実で殺人をするといったものでは無いぞ」
「成程……そのヴェンデッタって人、かなりの実力者なんですね」
「そうだぞ。下手に躊躇していると殺られかけた程にな」
「戦ったことあるんですか?」
「昔な……と、抽選が行われるようだ」
既に受け付け時間が終了して少し経った頃、電光掲示板に対戦表が映し出される。キリトとシノンはFブロック、銃士XはCブロックの出場となっており誰もが注目するヴェンデッタは────シード枠での出場になっていた。
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狩人と剣士
BoB予選、シード枠としてヴェンデッタが参加することとなり不特定多数のプレイヤーは強者が待ち構えているというプレッシャーにより、普段から血の気の多い者もなりを潜めて無理だと呟く。無論それはあくまで多数の者であって極小数のプレイヤーは確実にヴェンデッタとやり合える機会ができた、という事実に対して様々な思惑を想起させていった。だがその前に本戦まで勝ち進めなければならない事に変わりはない。
Cブロックに出場する銃士XはM14EBRの2丁持ちというロマン極まる装備に対応するため軽装ではあるものの、弾道予測線が現れない射撃が短いスパンで2回行われるという最大にして唯一の利点を巧みに利用し、的確に相手の頭蓋を狙撃して見事に本戦への出場権を獲得した。ほぼほぼ実用的ではない戦闘スタイルなのだが上手く利用している点から、伊達に上位陣として名を連ねている理由が理解出来る。
Fブロックに出場しているシノンとキリトはそれぞれ違った活躍を見せた。シノンは装備しているへカートによる遠距離射撃によるワンショットワンキルを見せ、次の戦闘で戦車に乗った相手を倒したりと順調に勝利を重ねて決勝に進んだ。彼女に二つ名が付けられる程の強さを持った理由が分かるほどに。だがそれ以上に印象づけられたのは、このGGOで異色の活躍を見せたキリトである。
彼は光剣と小口径ハンドガンというGGOらしくない装備で、且つ一番記憶に残る勝ち方をした。1回戦で最初は苦戦していたが、突如アサルトライフルの銃撃を光剣で掻き消すといった離れ業を成し遂げ予選1回目を突破。単なる偶然でジェダイじみた剣技が出来るわけがないのだが彼はそれを成し遂げたのだ。それから4回戦まで、同じように光剣による防御という偉業を成しつつBoBにて初めて光剣使いが予選決勝まで進んだ異例の事態を巻き起こさせた。
それらの様子を見ていたヴァー・ヴィーと既に本戦への出場権を獲得している銃士Xは感嘆の声を漏らす。似たようなことを
「ふーむ、化け物じみた強さだな」
「それVが言えることかしら?」
「はて何の事やら」
「初速、弾速ともにアサルトより速い対物の12.7斬ったの誰だったっけ?」
「そんな事もあったな」
持ってきていた工具箱から銃器のメンテナンスセットを取り出し、大会参加者から預かった銃器の調整をしながらそう答えるヴァー・ヴィー。彼は今、他のプレイヤーから太っ腹だといわんばかりの事をしつつもキリトやシノンの他に大会参加者の1人を見ていた。それはキリトが予選1回目が終わって間もなくの事、とあるプレイヤーが彼と接触してきたためであった。
コンバートしてきたとはいえ無名であるキリトに接触してきたという点で怪しむ要素はあり、彼には悪いが暫く傍観という立場に徹させてもらう事に決めて様子を伺っていた。やがて話が終わったらしくキリトから離れていく際に彼は
キリトに接触したとなればおそらく彼と同じSAOサバイバーという推測も立てられ、この予選が終わり次第そのプレイヤーの特定を彼女にやってもらうと計画して、先ずはどこか焦燥気味のキリトの手助けに入った。彼にとっては笑う棺桶と呼ばれた犯罪集団との出来事は忌まわしい過去で、ヴァー・ヴィーにとっての
変な感傷に浸っていた状態を切り替えてヴァー・ヴィーはメンテナンスを行っていく。出張という形とはいえ無償でメンテナンスをしてくれるとだけあってかなり盛況になっていて、優先順位としてBoB参加者が先ではあったが予選が終わるまでの間こうした機会が設けられているので人の流れが絶えない。ついでに腕前の良さを知らしめて新たな顧客を迎え入れるといった商業的な意味合いも兼ねている。内心で彼はほくそ笑んだ。
「V、そろそろシノンとあの彼が戦うわよ」
銃士Xからそう告げられ、彼は一旦その手を止めてFブロック決勝の様子を見始める。決勝に進めば本戦に出られはするが、シノンが成長した様子を彼はキリトという対戦相手をもってして見定めたいとヴァー・ヴィーはそう思っていた。
Fブロック予選決勝、大陸間高速道ステージに降り立ったシノンは自身の現在地を確認。周囲とマップを照らし合わせ今の自分がその東端に居ることを確認すると、傍にあった観光バスの残骸に一時その身を隠した。タイヤと車体に身を隠しこの直線ステージでスナイプするのは危険性が伴うと考え、へカートを置いて30発ロングマガジンが装着されたベレッタM93Rとナイフを装備。グリップとナイフの持ち手を両手で包み込むように握り締めコンバット・ハイポジションの位置に持って車体から身を隠しつつ覗き込む。
しかし驚いたことに、警戒心に溢れた彼女の目に映ったのは太陽を背に悠々とこちらに近付いてくるキリトだった。光剣の刃も出現させずFive-seveNも構えていない非装備状態、何かがおかしいと思ったがそれ以上に何を巫山戯ているのかと頭にきたシノンは、優位性が確立されたその場から飛び出しエクステンディッド・ポジションで銃を構える。
「どういうつもり、アンタ」
「……決勝まで進めば、本戦への出場権が手に入るんだろ。だからもう、こちらとしては今戦う理由なんて無いんだ」
突如、シノンの何かが切れた。瞳孔は狭まり声に怒りを含ませ彼女はグリップとナイフを握る力を強めた。
「ふざけんな」
「…………」
「ふざけんじゃないわよ女男。もう戦う理由がない? だからお互いに“本戦出場おめでとう”って祝いたいわけ?」
「……決して、そんなんじゃない」
「じゃあ今のこの状況はなに!? アンタからすれば私は弱いから負けを認めてくれとでも言いたげじゃないのよ!」
「! そんな事は決して」
「じゃあ戦え!」
その場の空気がピリつく。その覇気に気圧されたキリトが彼女の瞳から発せられる強い意思が、2年以上もの間仮想世界に囚われていたキリトが鍛え上げた直感が訴える。この怒りには相応しい治め方があるだろうと。
「私はこの大会で強さを示す、示し続ける! そのためにここに来た! 私の想いを、この大会に参加した全プレイヤーの想いを敵に回すアンタみたいな半端な奴が、勝手に戦いの勝敗を決めていい場所なんかじゃない!」
「っ……!」
「私はここに立って戦っている! ここでアンタを倒して実力を証明する! 降参も自害もしないしさせない、アンタは敵として私と戦わなきゃならない義務がある! さぁ抜きなさい! 武器を構えて、照準を定めて、剣を構えて、私とアンタのどちらが勝つか、白黒ハッキリ付けさせろ!」
ここでようやくキリトの記憶は先程ヴァー・ヴィーに言われていた言葉を思い出し、その言葉を改めて頭ではなく心で理解した。この大会に出場しているプレイヤーは死銃のことなんて気にも止めていない、そんな事を気にしている余裕もないし暇もないのだ。己の実力が証明され頂点をその手に掴むためにシノンも今ここに居ることに、改めて気付かされた。
静かにカラビナに取り付けられた光剣を外して装備し刃を出現させて構える。キリトの目に迷いはなかった、もう目の前にいる彼女のことも、この大会に参加した全プレイヤーに対する侮辱もしないと。眼前にそびえる相手に敬意を持って、彼は相対することを決めたのだ。
「……ありがとう。おかげで目が覚めた」
「そう、それはどうも」
「改めて気付かされたよ。この仮想世界で、みんな全身全霊をかけて勝負に挑んでいることに。俺が勝手に不安に思ったところで“知った事じゃない”と言い切るぐらいに強い意志があることを」
「……?」
シノンは一瞬、キリトの発言の意味が分からなかったがそのあとすぐに思考を臨戦態勢に整えさせる。
「だから俺も、全力でシノンの相手をしよう。シノンの方も全力で向かってきてほしい」
「ハッ。どの口が言ってるんだか、私は今この瞬間も全力で居るわよ」
「……ライフルは良いのか、君の武器なんだろ」
「お生憎様、舐めないことね。へカートが無くたって、そんじょそこらの相手を軽く捻るぐらいの腕はあるわよ」
「それは末恐ろしいな……それじゃあ」
瞬間、キリトのアバターがブレた。真っ直ぐ光剣を突き出した素早いという形容がし難いほどの速度で突進したのだ。普通ならかわせずに体にエネルギーの刃が突き刺さる筈だった。
「しぃッ!」
「おあっ?!」
構えを解いたシノンは何とキリトの攻撃を避け、その突進の勢いを利用して彼の腕に手を添えて投げ飛ばした。ヴァー・ヴィー直伝の戦闘術が繰り出され、キリトの体は地面に勢いよく叩き付けられたかと思えば器用に受身をとってシノンから距離を取った。
驚いているキリトを他所に彼女は再度構え、銃口を向ける。自らに檄を飛ばすかのようにシノンの口は宣戦布告を唱えていた。
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【M14EBR】
アメリカのスプリングフィールド造兵廠が開発と製作を手がけたM14バトルライフルの派生系。Navy SEALsやDelta ForceなどのUSSOCOM向けに製作されたもの、選抜マークスマン向けの銃身と近距離戦闘向けの18インチ程の銃身が存在する。
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激戦
開始の合図ともいわんばかりの発言の直後、シノンはバックステップをしながらセミオートで二発、キリトへと発砲する。弾道予測線が表示されない射撃技術を駆使し確実に当てる筈のそれを彼はギリギリのところで躱した。だが今までとは打って変わって弾道予測線が見えない事に加え突発的な事だったのも相まって腕にかすり傷ほどのダメージエフェクトが発生し、自身の体力バーが僅かに減少したことをキリトは確認した。
幸いだったのはシノンがフロントサイトを参照しながら撃っていたことである程度の予測ができていたことだろう。それが無ければ諸に被害を受けることになっていたのだから、とはいえ危機的状況である事に違いないのも事実。今度はキリトが観光バスの残骸の中へ逃れるという状況へと移行する。
シノンは窓からの射撃を警戒しつつ、ゆっくりと歩幅を大きくした足取りでバスの入口に向かう。入口付近に置いていたへカートが目に入りながらも警戒心を強めて突入しようとする、が丁度その時大きな物音が先程彼女が居た側からした。すぐに車体の前に移動し覗き込むとFive-seveNの銃口がシノンに向けられ1つの弾道予測線が彼女の視界を塗りつぶした。すぐに顔を引っ込めて事なきを得たと思えば、弾丸は貫通して彼女のすぐ横を通り過ぎた結果を生み出す。
NIJレベルⅢA以下の防弾性能を貫く弾丸である。隠れていたとはいえ古びた残骸という盾はいとも容易く意味を失うのは当然、舌打ちをしながらも彼女から離れていくキリトを視界に捉えると反対側の道路に移動し彼を追いかける。とはいえ速さも加速力もキリトに軍配が上がるため追い付ける訳では無いが、彼女の目は獲物を捉えるハンターのように執念深く在り続ける。途中キリトは後ろに振り向いて撃つが彼女のダメージに成りうる攻撃は5発の内1発のみで、その1発も弾道予測線の出現と同時に下へ避けられる結果となった。
廃棄され横たわったタンクローリーを背に隠れながら、キリトは得意の近接戦に持ち込むことに躊躇いを感じていた。先程の突進突き、彼からすればヴォーパルストライクと呼ばれるソードスキルの真似事とはいえ巧くその勢いを利用され地面に投げ出されたのだ。近接戦主体の彼にとってカウンターを取られて倒される可能性を含んだ危険要素、躊躇するなという方が難しいまである。だが彼の場合銃では牽制という形でしか活用しきれないため、どうあれ使い慣れた剣での戦闘が求められる。
呼吸を整え、覚悟を決める。彼はタンクローリーの助手席近くに移動し扉を溶断し運転席に侵入すると、運転席側のドアも溶断し外へと出る。タンクローリーの影に隠れていたキリトがまさか運転席の方から出るとは思っていなかったシノンだったが、すぐに走りを止めて今来た道をバックしながら1発。それをギリギリ回避したものの頬にかすり傷ほどのダメージエフェクトが発生する。
だかそんな事おかまいなしに彼は突っ込む。ヤケになった訳では無い、これがキリトにとっての最善の行動なのだ。歩行と走行のどちらが速いかと言われれば間違いなく後者であるが、接近するまでの間に4発の銃弾が彼に襲いかかった。最初の1発は避けたが2発目は二の腕辺りに掠り、3発目は運良く光剣で防ぐも4発目を避ける際に左の二の腕に直撃した。だがこれで間合いに入った。
シノンはキリトとの距離を目測しハイ・ポジションに移り3連バーストに切り替えて発砲、だがここまで来れば彼は本領を発揮できる。その射撃を避け光剣を突き出す、シノンはその突きを右ステップで避けつつキリトに接近し間合いを潰しに行った。彼はそれに対処するように体を捻り左下へと斬りつけるも腕を止められ、膝と脹ら脛の繋ぎ目に蹴りを入れられたあと背後を取られ光剣を持つ腕ごと首を絞められる。
このままナイフを首に突き刺して、と決めたシノンだったが視界にFive-seveNが映り込み直ぐにキリトの背に蹴りを入れながら離脱。苦し紛れの1発を避けたがそのあと3発の銃弾が彼女に襲いかかり、コンクリートブロックに辛くも避難したが腕に1発貰った結果となった。
現在キリトの残りHPは半分近くにまで減っている。シノンが離脱する際に持っていたナイフの刃が掠ったため今までの蓄積ダメージにそれが加算された結果こうなった。反対に彼女の残りHPは腕への一撃で1割減らされており、こういった所で低いVIT値を少し後悔したが思考を戦闘に切り替える。
直後、地面を蹴った音が聞こえたと同時にシノンは転がって避けた。彼女がいた場所にキリトが光剣を振り下ろしておりあの場に居れば真っ二つであっただろう予想が浮かびながらも、彼女は1発撃つが光剣で防がれる。そこから睨み合いが発生した。
「この距離で予測線なしの射撃を防ぐなんてね……アンタ中々イカれてる」
「それはこっちのセリフだ。剣筋を読まれて腕を極められ首まで絞められたんだ、正直ここまでやられるとは思ってなかった」
「なら倒されてくれる?」
「それは無理な相談だな──おかげさまで火がついた」
コンクリートブロックを足場にしてキリトが降下気味に突進しつつ右上へと斬り上げるが、距離を取って下がったシノンは1発撃つ。しかし同時にキリトの方も左手のFive-seveNを1発撃ちお互い痛み分けの状態になった。今の1発で胴体に撃ち込まれシノンの体力は3割まで減少しており、キリトも横腹を撃たれて体力が残り半分を切った。斬り上げの勢いで道路に足を付けたキリトと体勢を整えたシノンが互いに銃口を向けながらゆっくりと立ち上がる。
ほんの僅かな睨み合いのあと、今度はシノンが先手を打つ。銃口を外しながらナイフを突き出すが、キリトはバックステップで避けると同時に左下へと光剣を振り下ろす。下へと掻い潜るようにシノンは避けると3連バーストに切り替えてストックを持って発砲。反動で上へ向いてしまう銃口を敢えて利用したものだったが2発は避けられ、1発は空へと向かっていった。
避けた勢いで右へと一閃、それをシノンは上体を反らすことで空を通り過ぎさせ自身はバク転で距離を取って銃口を向ける。キリトも同じく銃口を向けていたため、また睨み合いが発生する。このような白熱した接戦を繰り広げているが、どこかで必ず仕留めなければ戦いは終わらない。2人ともそれは理解している、終わらせなければならないのだと。
動いたのはキリトであった。Five-seveNで牽制気味に3発撃つとシノンは避けて三連射、光剣で防御しつつそのまま接近し彼女に向けて斬り下ろそうとしたが、光剣を持っている方の肘と二の腕に手を添えられ動けないところに、銃を持っている左手をシノンは蹴って銃を落とさせた。また背後に回り込み首を絞めようとしたが、器用に光剣を回して肘打ち気味にキリトが突き出したため地面へと転がり受け身をとって距離をとる。
その間キリトはFive-seveNを拾い上げ2発撃つが、ジャンプによって避けられベレッタM93Rの銃口が向けられた。そしてシノンは空中で三連射したが、射撃に合わせて光剣が突き出され彼女の銃が弾丸諸共破壊されることとなった。しかし先程撃った3発の内1発はキリトの左手に当たり、否応なくFive-seveNをまた落としてしまった。シノンはその突きに合わせるように避けバランスを崩され倒れていくが、道連れみたくキリトに向けてナイフを投げたことで彼もまたバランスを崩して倒れていく。
シノンが立ち上がろうとしたところに、キリトは苦し紛れの一閃を足に向けて振るった。しかし間に合わず彼女は前方宙返りで彼を飛び越すと、キリトの手から離れたFive-seveNを取ってその銃口を向けた。キリトも飛び越えた彼女に遅れて光剣を振って彼女の眼前にその切っ先を向けた。それが同時に起こなわれ、結果お互いがワンアクションすれば共に即死判定をくらう状況になった。最後の睨み合いの中、2人は話し合う。
「……本当に恐れ入ったよ、シノン。ここまで追い詰められるのは初めてだ」
「サービスで敗北も付けてやるわ」
「それはお互い様だろう」
暫しの睨み合いが続き、この対決は終わりを迎えた。シノンの銃撃でキリトは頭を撃ち抜かれ、シノンは光剣を突き刺されたことでこの勝負は終了したのだった。
総督府に戻った2人を待ち構えていたのはヴァー・ヴィーと銃士X、そしてあの戦いを見ていた多くのプレイヤーたちだった。同じ女性である銃士Xはシノンを抱きしめて離さずに言った。
「シノーン! 貴女
「わあっ!?」
「キリトも
イクスの問いに彼らは応と答える。久しぶりに誰もが息を呑む戦いが繰り広げられた2人にヴァー・ヴィーも賞賛を送る。
「そうだな。今回は良いものを見せてもらった、礼の1つでもせねばならん程のな」
「いやいや礼だなんてそんな」
「何だ、もっと誇っても良いんだぞ? キリトはアウェイな状況から巻き返したあの精神力を、シノンは磨き上げた技術による有効手段の取捨選択を俺は評価する」
「いや、あの……あざっす」
「照れるな照れるな」
またも豪快に頭を撫でられるキリトはどこか嬉しそうにしていたが、ヴァー・ヴィーはシノンに向き合って彼女にも賞賛を再度送る。
「シノン、よく頑張ったな」
「っ……!」
「良いセンスだった。……あぁ、あとで代わりのサブアームを見繕って」
「い、良いから! じゃあ!」
「えっ」
銃士Xのハグから逃れてそのままシノンは地上1階のエレベーターに乗っていき彼女はグロッケンへと向かっていった。少しだけ放心したヴァー・ヴィーはまたも何も言えなかったとさ。
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午前二時半
BoB予選大会が全て終了し本戦に出場できる30名の選手が全員決定されると、彼らは翌日に待ち受けるあらゆる状況を予想し始める。台風の目となるヴェンデッタがどのような状況を作り出すのか、今回の予選大会で見せた闇風や銃士Xもそうだが初参加のプレイヤーが見せた実力がどう活かされるかといった内容がそこかしこで広まっていく中、ヴァー・ヴィーのホームでは家主本人とキリト、銃士X、レンの3人がある人物を待っていた。
ヴァー・ヴィーは葉巻を吸って、その長さが半分に届きかけている所でインターホンが鳴る。何も言わず自動扉を開けて来訪者を中へと誘う、やって来た待ち人は菊岡だった。葉巻を口から離して、やっとという様子でVも待ち構える。
「いやぁごめんごめん、お待たせ」
「来たな。早速話を始めるぞ」
「急だね」
「お前は待たせすぎなのだ……リアルが忙しいのは分かるがな」
「OK、なら会議としようか」
やって来た菊岡に対しキリトは微妙な表情をしているが、それに関しては一旦置いておき今回集まった理由である死銃についての情報とリアル特定についての段取りである。違法行為ともされるだろうが人命がかかっている上にGGOの株を下げるようなパフォーマンスをしでかす死銃に比べれば、まだ情状酌量の余地はあってもおかしくないだろう。そうだと思いたいとヴァー・ヴィーは考えながらも段取りの説明をしていく。
先に確認した読み方の分からないSterbenというプレイヤーのリアル情報、とりわけ名前と住所をツェリスカこと星山翠子の協力を元に菊岡はSAOサバイバーの誰かを特定し住所へ向かう。難しければ本戦にて死銃とされるそのプレイヤーをキリトの記憶の中から特定してもらう事になるが、その際はヴェンデッタから送られてくる映像を見てもらいながらといった形になる。偽の住所はヴァー・ヴィーが最も信頼する人間の居る場所であり、そこに誘うといった事も了承済みである。
とはいえキリトとの因縁があると仮定すると、先にそちらの方へ向かう可能性もある訳で。その場合は彼が相対して倒すことを優先させるとの方針で行くこととなる、あまり倒すことは望んでないが生け捕りの必要性も今は低いため多少の容認はできる。ここでキリトから質問が入った。
「何で生け捕りに?」
「ふむ。個人的な事だが推理内容があっているか聞くためだな」
「しらばっくれると思うよ、相手」
「なに、煽りスキルはある。それに真実を突き付けられた相手ほど取り乱す輩は居らん」
「あとはそいつがリアルに帰ったら好き勝手されかねない恐れもあるしね、このGGOに幽閉しとくのよ」
「そしてBoB本戦で正体が判明したら翌日手渡す通信機をレンが聞いて、正体が分かり次第リアルに戻って菊岡に伝える。……これはプランBと言ったところか」
「出来るならプランAで済ませたいですよね……にしても、この名前どう言うんでしょう?」
レンが訊ねたのはこのSterbenの読み方である。あの予選大会時でヴァー・ヴィーが確認したこの英文字列、これをどう読むのかというもの。とはいえ読み方はレンの言ったプランA実行にあまり関係しない要素ではあるが、気になったものを解決しなければ納得しないヴァー・ヴィーの性が彼の胸の内に引っかからせた。
「何だろうな……せめて何語か分かれば良いんだが」
「あの、スティーブンって読めませんかね?」
「いや英語じゃないな。キリトには悪いがスティーブンという名では無いだろう、bはvになる筈だしrも要らん」
「うーん……地元でもないし、それっぽいのはドイツかなぁ?」
「ドイツ?」
「なんかそれっぽいのよね、ドイツ語だとステルベンって読めるし」
「ステルベンか……ふむ、第一候補はそれか」
「というかV、昔ドイツに行ってなかったっけ?」
「流石にこの文字列を使う機会は無かった。それに多少喋れて読み解けるだけだ、会話をするに不便でない程度にな」
「へー、君ドイツ語話せるんだ」
「多少な。さて、改めて話を戻していくが──」
まずはプランA。星山翠子にそのステルベンと称されるプレイヤーの個人情報、名前と住所を特定してもらったあと菊岡がその住所へ向かう。SAOサバイバーの可能性もあるためサバイバーのリストから一致する情報も見つけながら調査をしてもらう。
次にプランB。彼女の協力が間に合わない場合、キリトとヴェンデッタの協力態勢で死銃もといステルベンの特定。正体が分かればレンを介して菊岡に伝えて該当者の確認、そして通報をやってもらう。こんなものかと一段落しつつも菊岡から質問がくる。
「1つ良い? もしそのステルベンがSAOプレイヤーじゃなかったら?」
「いや、それは無い」
キリトが菊岡のその質問に対してキッパリと言い切る。
「それは何故?」
「あの時会った奴は、俺が黒の剣士だって知ってる様子だった。SAOに居ないとあの名前が咄嗟に出てくるはずがない。それに、奴は俺に本物かと聞いてきた。なら間違いない」
「成程ね。それなら分かった」
「それと菊岡、あとでザスカー日本支社に便宜を図ってもらいたい。彼女が辞職したなんて話題は耳にしたくないのでな」
「分かった、やっておくよ。仕事が増える増える」
「立場的に考えてお前さんが一番良いんだ、一般人の俺たちに何か出来るわけでもあるまいに」
「君が言う?」
「喧嘩売ってるのか? 買うぞ」
「はーいストップー」
兎も角、今日明日やることは決まって解散しても良い状態となった。大半は菊岡に任せることになるし重要なことは星山翠子に任せることになるが、今出来ることはこれしかない。それを分かった上でヴァー・ヴィーは手を合わせた。
「さて、今日はもうここらで解散するとしよう。全員帰っても構わん」
「なら僕は先に帰るよ、じゃあね」
「あ、俺も帰ります。色々と待たせてるんで」
「了承した。俺達もすぐ帰るとしようか」
「あ、V。明日サーマルスコープ貸してくれない?」
「……構わんが、なぜだ?」
「暫定ステルベンは光学迷彩で透明になってるとはいえ、体温は隠せないだろうしね。場所の特定に────それに」
銃士Xは鼻先がくっつきそうなほど近付いて、彼にしか聞こえない声で呟いた。“ヴェンデッタなら同じでしょう?”と。それを聞いてため息を吐いた
「やった、ならお願いね? 埋め合わせはするから」
「2つ貸しだぞ」
「分かってるって。じゃあ先に戻っとくね」
我先にと銃士Xはリアルへと帰還し、次いで菊岡とキリトも帰っていく。残ったヴァー・ヴィーとレンはお互い見やって最後に帰還して、今日を終えていく。作戦実行日の明日へと向けて英気を養うべく。
翌日のこと。現実世界に居る彼女、朝田詩乃は1人ブランコに揺られながら延々と考え続けた。昨日銃士Xからの発言でヴァー・ヴィーの目を何故か直視することが出来ずに、そのまま帰ってしまったことに悶々とした思いが募っているのだ。彼女にとっては単なる師匠と弟子といった関係性なのだ、彼女の中では間違いなく。とはいえここまでVに思考を奪われてどうすれば良いのか分からず、なんなら彼が言った“1人では強くなれない”という発言も
「……いや、やっぱり駄目」
そこは許す気は無かった。彼自身もまた1人で強くなろうとした人間であってそこに口を挟む筋合いも無いのだから、
「あれ、朝田さん」
ふとVとは別の聞き慣れた声がした。そちらを見ればシュピーゲル、リアルでは新川恭二と名乗っている彼が居る。ブランコから降りて土埃を払っていると彼は近付いて話しかけてきた。
「珍しいね、朝田さんがそうしてるの」
「……かもね。何か調子が出ないのよ」
「昨日あんなに凄い戦いしたのに?」
「あれとはまた別のことで」
「もしかして、あの仲介屋のこと?」
言葉を紡ごうとしたが、口は止まった。図星なのだ、でも彼女はそれを頑なに認めたくはない。何かに負けたように思えるから。不本意とはいえ口を噤んだ彼女を待っていたのは、新川恭二の聞き取れない呟きであった。
「……うか、や……ぱ……」
「……新川君?」
「ん、どうかした?」
いつもと変わらない笑顔を向けた新川であったが、彼女はそれがどこか得体の知れぬ何かを感じ取っていた。何かは定かでないが、とにかく分からないが何かを感じていた。
「……ううん、なんでもない」
「そう? なら良いけど」
バッグを持つ手を握って、その話題から意識を逸らした。まるで触れてはいけないものから目を逸らすかのように。
「それじゃあ、私は準備するから。ここでお別れね」
「分かった。頑張って、朝田さん」
「ええ。当然そのつもり」
他愛のない会話を交わして、2人はそれぞれ分かれる。彼女の背を見送る新川恭二の目の奥に光がないことを、朝田詩乃は知る由もなかった。
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鬼門
BoB本戦開催日、午前9時頃に睦希の電話が鳴った。画面には電話番号のみが映し出された状態だったが、よく見ればそれはこれまで何度か対応したことのあるものであったため躊躇もなしに電話に出る。電話の主は昨日も話した菊岡であった。
「はい、もしもし」
『おはよう睦希君、今朝はどんなもんだい?』
「何時もと変わらん。で、仕事はやったのか」
『星山さんの一件は既に伝えて了承も貰えたよ。それと彼女から送られてきたデータも確認してみた』
「プランAが成功したと……で、誰なんだ」
『流石に名前は言えないよ? でもキリト君の言ってたことが当たった事になったけどね』
「SAOサバイバーか」
『ああ、しかも君の予想通り病院関係者で間違いない。それに複数犯の可能性も濃くなってる、まぁこっちは単なる憶測に過ぎないけど』
「監視することは可能か?」
『人員の派遣は多少なら。でもB.Cが裏にいることを踏まえると普通の監視にはならないだろうね』
「そうか……笹森刑事に連絡してみる」
『あ、待った』
「何だ今度は?」
『いや、そのサバイバーの住所が都内にあってね。管轄外のことになると処罰が待ってるかもしれないし……今日1日の予定は僕がやるよ』
「……おい、仕事は良いのか仕事は」
『まぁあるけど今更だし』
「はぁ……なら俺の伝手を当たってみる。多少の融通はしてくれるとは思うが、期待はするな」
『お、今度はどんな知り合いなんだい?』
「またかけ直す」
電話を切ってすぐに電話帳から和田 智成の名前を見つけ、一つ息を吐いて通話ボタンを押す。コール音が三回ほど鳴ったところで応答が入った。
『はい、もしもし』
「和田さん、お久しぶりです。睦希です」
『本当に久しぶり。前のキャンプ以来だよね』
「ええ、その節はありがとうございました。また行ってみたいです」
『その時が来たら是非。それで今日は何か用でも?』
「はい。和田さんに折り入って相談が」
睦希はつい先日大宮区等で発見された遺体が事故死ではなく他殺であるとする推理を披露していく。犯行手口、凶器、犯人像を伝えて最後にその犯人と思われる人物が総務省仮想課の報告で都内に住んでいる事も確認できていることを伝えて一旦話を止めた。電話越しにどこか複雑な様子の唸り声が聞こえたが、少しして和田は彼に問うた。
『つまり、その菊岡誠二郎という人物から送られてくる情報をもとにその犯人、可能なら共犯者を監視してほしい。それで間違いないね?』
「はい。その通りです」
『……私から言えるのは、君の推論で動かされるほど警察という組織は甘くないということだ。もしそれが君の思い違いだったとしたら、君がどう責任を取ってくれるのか知りたい』
「その時は偽計業務妨害で訴えてもらっても構いません、それぐらいの覚悟は出来てます」
『……どこからそんな自信が湧いてくる?』
「確信してるからですよ。あの二件が他殺だということを、それだけです」
『なぜそう思う?』
「全ての辻褄が合うから。協力者にその仮想課の菊岡誠二郎、ザスカー日本支社の人間に当時SAO内に居たサバイバー……これらの人物による情報提供の賜物によって、俺の推理が現実味を帯びてきたんです。もしこれが無かったら……単なる妄想として俺の頭の
睦希の信念を含んだような声が電話越しに伝わる。和田智成という男は睦希亮司のあれこれを知っている訳では無いが、多少の人となりを彼とのやり取りや彼が師匠と呼ぶ男との会話の中で理解している。そして彼が吐露した心の叫びも聞いた、彼がやって来た事を知っているし、嘘を言うような人間でないこともよく理解している。和田智成という人間が知っている彼なら、こうした真面目な話題で嘘や冗談を言えるような人間でないことを知っている。
『……今から仮想課に電話を掛けてみる』
「ありがとうございます、和田さん」
『菊岡誠二郎で良いんだね、睦希君』
「はい」
『分かった。今度は仮想課の人を通じて君に電話で伝えるとするよ』
「よろしくお願いします」
通話が切られ、ひとまず事は進めることが出来たと安堵した睦希だがまだやる事は残っているため、彼はこれから来る菊岡との連絡を終えた直後にGGOに潜らなければと思考した。深く息を吐いて自らの中から沸き上がりかける感情の波を鎮めながら、勝つ為のプランを練っていく。
時間は経ってBoBの本戦が刻一刻と迫るなか、シノンはサブアームの事について悩んでいた。へカートは完全にあの戦いで使わずに放置していたものの無事に返却されているためメインウェポンは良い、ナイフも最後に投げたが問題は無い。問題は近接戦闘になった際にあった方がいいハンドガンだ、あの戦いで完全に破壊されて使い物にならなくなってしまいジャンクとかしたそれを未だヴァー・ヴィーに返していない。なんならそれが一番の問題でもあった。
ヴァー・ヴィーならば銃が破壊されたことに関して小言を言うことは無いだろうが、あの時浮かべた柔らかな笑みを銃士Xに抱擁されながら見ていたらキリトが羨ましいと思ってしまっていた。そして顔を向けられた途端に意識が戻ってすぐにでも帰りたくなって、結果破壊されたままのベレッタM93Rがシノンの手元にあったのだ。そんな事を悩みながら一番損害の少ない30発用のマガジンを握りしめながらヴァー・ヴィーの店に向かっていた。
向かったのは良かったものの、インターホンを鳴らして待っていたのは無返答の自動扉だけであった。誰も居ないのも珍しいと思いつつどうしようか悩むこと数分、居ないのなら仕方ないと割り切りつつも総督府へと足を運ぶことにした。別にヴァー・ヴィーと会えないことに気分が落ち込んでいる訳では無い、断じてそうではないと思考に耽ながら歩いていると総督府前の広場がどこか騒がしい。その喧騒の原因が何なのか確認すると、総督府の入口近くにガスマスクで顔が覆われた軍人のような服装をした誰もが知るヴェンデッタがそこに居たではないか。
「んなっ……?!」
驚いて声が出る。まさかこんな所でヴェンデッタをお目にかかれるとは思っていなかった為であるが、注目の的であるヴェンデッタは背にしていた入口の壁から離れてシノンの方に向かって来ていた。一体なんのつもりか分からなかった彼女は戸惑うことしか出来ず、威圧感のあるその風貌が眼前に立っている事実に警戒心が溢れた。だがその直後、ヴェンデッタがある端末を見せてきた。
──シノンへ 俺は急用があるのでGGOにログイン出来ない、のでヴェンデッタが代わりのハンドガンを渡す。壊れたスクラップの方もヴェンデッタに渡してくれれば後で直すのであしからず。 Vより──
それは言伝であった。運搬役にヴェンデッタを使うヴァー・ヴィーの感覚を1度問いたかったが、それを見せ終えた目の前の最強は端末を仕舞うとアイテムメニューからある物を取り出した。SIG SAUER P228という名前のそれと予備マガジンの2つを差し出し、シノンは恐る恐るにその銃とマガジンを受け取りアイテム欄に仕舞うとヴェンデッタは次に手を差し出した。
そのままのアイテム欄から壊れたベレッタM93Rを取り出そうとしたが、ふとその手が止まる。ヴェンデッタを見れば全く動く気配のないその様子に不気味さを覚えるが、何故かこの壊れたスクラップであるはずのそれをこの男に渡したくないと思っている。手を引っ込めてメニューを閉じるとシノンはヴェンデッタのガスマスク越しの目を見透すように口を開いた。
「これは、Vに返したい。直接、Vに」
重量制限の超過ペナルティを受けかねないのはシノンも理解しているが、それでもこのヴェンデッタに渡したくない思いが勝っていた。自分でも何をしているのか分からないが、兎に角そう思っている自分が今ここに居る。その言葉を聞き届けたのか、ヴェンデッタは差し出した手を引っ込めて総督府へと向けて歩を進めていった。
緊張のあまり息をするのも忘れかけていたシノンはそこで漸く呼吸を開始した。プレッシャーというものが違いすぎるとシノンは倒すべき頂点と相対して、そう感じ取っていた。あのヴェンデッタに勝てるのかといった弱気な自分がふっと出てきそうになったが、頭を振ってその考えを捨てていく。
以前の、ヴァー・ヴィーと出会う前の自分とは比べ物にならないほど強くなった実感はあるのだ。少なくともシノン自身はそう感じている、ならばヴェンデッタ相手にも強気の姿勢を崩さずに己のスタンスを貫いて倒してしまうだけ。彼女の思考はそれに収束されていく。
「絶対に……アイツを倒す……!」
シノンの目に炎が宿ったかのように、彼女の意思は固まった。己が鍛え上げた技術の全てをヴェンデッタにぶつけると、彼女はそう意気込みながら総督府へと足を進めていく。周囲の視線が彼女に集まってくるが知ったことではない、全ては彼女が強さを手に入れるために標的を倒す。ただそれだけの為に彼女は突き進んでいくのであった。
活動報告にて質問募集中 期限は11/14 23:59まで
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https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=270604&uid=168702
【SIG SAUER P228】
ザウエル&ゾーン社開発、ドイツとスイスの2ヶ国で製造されている自動拳銃。P226を小型軽量化したモデルであり装弾数の減少によりフレームがスリム化、P226に比べて握りやすくなっている。
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裏鬼門
BoB本戦30分前、キリトは更衣室で銃士Xから手渡された通信機をプレートアーマーに隠し、コードを袖の内側に通したあとマイクを袖口裏に隠すように取り付ける。キリトと同じものが銃士X本人と協力者のヴェンデッタ、現実への連絡係であるレンが所持している。連絡する際はバレないようにと念を押されてはいるものの、キリト本人はバレてチーミング行為として訴えられるのではと内心ビクビクしているものの、ここまで来てしまっては引き返せないので慎重に動かなければと変に緊張していた。
とはいえ銃士Xからは“考えるふりして口元を隠して喋れば大丈夫”とあっけらかんと伝えられている。それにこの通信機、今回の用途からすれば音声送信機は双方の伝達を可能にするのではなく、受信機を持っているレンのみに向けて一方的な連絡が出来るといったもの。参加している銃士Xとヴェンデッタ、キリトは互いに連絡を取れないためチーミングとバレる可能性は低いと、端末に書かれてあったヴァー・ヴィーの言葉がそう示している。あとは自分の問題というわけだ。
今回この通信機を使うのは死銃、ステルベンに襲われたプレイヤーの安否を確認するためでに必要なもの。なるべくバレないようにとしつつ更衣室を出てきた彼に待っていたのは多くの視線、予選大会で見せたあの戦いぶりに何があるのか気になったプレイヤー達のものが突き刺さり変な圧を感じている程の濃さだ。
しかしそんな視線もある人物が来たことで全てそちらへと向かった。本戦への参加権をシード枠で入手した第1回BoB優勝者の1人、ヴェンデッタがほぼ全ての視線を集めていった。既に装備が整っている状態の注目の的は、特に何を気にするでもなく本戦会場に向かう昇降機近くの壁を背に胡座をかいて座った。
協力者とはいえここまでの視線を集めるヴェンデッタに近付こうとは思えなかった。そもそもガスマスクで顔を覆っているため、どんな素顔か分からないというのもあって変に威圧感がある。あとはそんな風貌からは到底察しがつかない程にその場に
気を抜けば道端の石ころみたく気付くことないようなプレイヤーであり、それをキリトは微妙な違和感という形で察しているが言語化しにくくて腑に落ちない様子をみせる。とはいえ今はここでのやるべき事を達成しなければならない、ステルベンは現実世界の殺しをカモフラージュするために銃を撃つのなら、対象を撃たないまたは撃てないような事態になれば現実側の殺害は行われない可能性がある。
「やるしかない……!」
もう二度と、命を奪わせたりなんてしない。そう誓って本戦への出場時間をキリトは待っていた。
そして30分後、全ての本戦出場者が一斉に会場へと降り立った。
本戦の会場の名は【ISLラグナロク】と称される直径10kmからなる様々なステージが地続きになったものである、それぞれのプレイヤーは最低1000m以上は離れた状態で会場に降り立つ。そして参加者全員にサテライトスキャン端末が配られるが、これはプレイヤー同士が発見できないという事態を避けるためにあり、15分に1回参加者の位置がこの端末に表示されることで一箇所の潜伏を不可能にしプレイヤー同士の遭遇率を上昇させているのだ。
だがそれがあったとしても誰もヴェンデッタに勝てるとは思っていない、あの化け物に勝てるビジョンが全く思いつくことは無いに等しいと出場者の殆どはそう考えている。ならどうすれば勝てるか、1vs1ではまず勝つことすら不可能で無策で挑むのは愚の骨頂。複数人でも勝ち目は薄い上に、4、5人で挑んだとしても全滅される未来が見える。
とすれば、遠距離からの狙撃という手が挙げられるがスナイパーの弾丸を避けたという話も出ているため狙撃という手段も有効とは言い難い。勝てる見込みは塵芥のそれであった……ではそれで1番を諦めきれるか、となればそう思わないプレイヤーは必ず居るものだ。
1人では無理、少人数でも無理──ならばそれ以上の数を集めれば良い。そうしてヴェンデッタを倒すために集ったプレイヤーは20に届こうとしていた。事前に集まるように声をかけた訳では無い、ただある1人のプレイヤーが出した銃声がその切っ掛けを作り上げた。
予選大会でその実力を見せた猛者たちが、皆一様に都市廃墟のあるビル内へと集まってこの場所へと集めた張本人を待っている。銃の調子を確認する者、精神を落ち着けている者、ソワソワとして忙しない者と多様なプレイヤーがここには居る。それぞれの得物は違うしファイトスタイルも違うが、ここに集った経緯と意思は同じ。今は誰もが一時休戦状態にあった。
そんな中、このビルの屋上から1人のプレイヤーが降りてくる。この降りてきた彼女を含めて、ヴェンデッタを倒すための20人がようやく揃った。ここへと呼び出した本人である銃士Xは礼を言いつつ早速本題へと切り出す。
「さて、これの為に集まってくれてありがとうね皆。にしても……ヴェンデッタを倒したい人がここまで居るとはね」
「へっ、当たり前よ。1位が確定してる大会ほどクソつまんねぇモンは無いんでな」
「同感」
ヴィッカース重機関銃を携えた獅子王リッチーと、スナイパーライフルを携えゴーグルを着用する男が応えた。この獅子王リッチーは前回のBoBで高所に陣取って近付くプレイヤーを一掃する戦法を取っている。しかし弾切れにより倒されるといったあっけない最後を迎えたが、今回はそうしない選択肢を選んだ。彼らに続くように闇風が発言する。
「にしても、アンタがヴェンデッタを倒そうとはね。俺も言えたような口じゃないが肝が据わってる」
「それはどういう意味でかしら?」
「ヴァー・ヴィーはヴェンデッタの仲介屋、そんでアンタはヴァー・ヴィーとは協力関係の仲だ。下手にヴェンデッタに喧嘩売ってマズイんじゃないのかって話だ」
「ああ、それなら大丈夫よ。Vからは許可を貰ってるし……何よりヴェンデッタが負けるなんて微塵も思ってないらしいし」
「へぇ……お互いに全幅の信頼があるわけだ。中々舐められたもんだ、そうだろお前ら?」
闇風のその問いに全員が肯定の意を告げる。GGO最強の一角として君臨するヴェンデッタに対し並々ならぬ想いが、彼らの中には強く存在していることが伺える。確かにあの第1回BoBで見せつけた戦いぶりにより最強と称しても何ら不本意ではない。
だがそれでも夢を見る。このGGOをプレイする切っ掛けは何であれ彼らは夢を見てこの世界に降り立ったのだ、貴賤問わず誰もが思った夢想の世界での活躍を。これもまたその1つであり、そして今この場に集ったプレイヤー達は今一番見ている夢を実現するためにここに来ている。最強という存在を倒す、ジャイアントキリングを夢見て。
闇風、獅子王リッチー、夏侯惇、ギャレット、銃士X等々。ここに集まったプレイヤーは誰もがヴェンデッタを倒すという1つの目的のために集まった同士である。無謀と思われるだろう、チーミングと思われるだろう、だがそれをせずにヴェンデッタを倒せるビジョンは皆無なのだ。ならば今この時だけ手を取り合えば良い、あとはお互いに殺し合うだけなのだから。
1つの意思に固まった彼らを見やって、銃士Xが作戦内容を伝えていく。
「はい、じゃあヴェンデッタを倒す作戦だけど……まず目標の居場所はあの中央に聳え立つタワー、そこに居たのは確認できた。サテライトスキャンでもその位置から動いてないのも確認してる、まぁ十中八九罠でしょうね」
「第1回の時もそうだったよなアイツ、あん時は森林地帯だったがよ」
そうギャレットが言った。その戦闘行為からGGOのプレイヤーの一部からは蜘蛛の巣と称されたが、それはあながち間違いでも無いのかもしれない。続いて闇風と銃士Xを主体に話が展開されていく。
「で、次に前提条件。完全な室内戦闘になるからフルオートよりもセミオートでの運用が求められること」
「制圧射撃として運用しないのか?」
「FFで終わりたいのならフルオートでも良いけど。まぁ制圧射撃はヴェンデッタの居る階層に着いてからリッチーにやってもらう事になるわね」
「やっぱ立てこもって迎え撃つのは正義だな!」
「それでお前弾切れで負けたろーが」
「今回はもっと多めに持ってきたぜぇ?」
「何でそこに努力すんだよ……」
「はいはいお喋りはあとでね。あと前々回じゃ、相手の恐怖を煽ってバカスカ撃たせてたのもあるわ」
「やらしい手だよなホント、でも効果覿面だった」
「あれをやられるのは避けたいからね。作戦はこう、私を含めたスナイパーは中央ビルを挟むようにある2つのビル屋上にそれぞれ配置し可能なら狙撃。突入組はヴェンデッタの居る階層にエレベーターで到着後、リッチーの制圧射撃のあと3人1組になって索敵、発見次第包囲して逃げ場を無くしたあと倒す。何か意見は?」
「ヴェンデッタの居る階層は?」
「64階。さっきも確認したけど居たわ」
「罠の匂いがプンプンするなそれ」
「誘ってるのは間違いないわ。とはいえ1階ずつ確認するのも骨が折れる、なら居るであろう階層に向かって見つからなかったら他を探すしかない」
「現状それぐらいだな……他には?」
「配置の確認」
「スナイパーは互いに屋上に着いたかスコープで確認。現場は現場で任せるしかないわ」
「こういう時に通信機が欲しくなるなぁ……無い物ねだりは仕方ないが、やるしかない」
「私からは以上。もう何も無ければ作戦実行に移るわよ」
誰も口を開かなかった。それを確認した銃士Xが宣言した。
「これより、ヴェンデッタ討伐作戦を開始する!」
【ヴィッカース重機関銃】
イギリスのメトロポリタン=ヴィッカース社が開発した水冷式重機関銃。世界大戦時に運用されているが、10挺の本銃を12時間連射し計100本の銃身が摩耗して交換されたが、排莢不良や装弾不良に陥ったことは1度もない頑丈かつ信頼性の高いものとなっている。
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嵐の前
本戦開始からおよそ30分程の時間が経った辺りで、現在の生存者数は26人。ここで5名のプレイヤーがISLラグナロクから姿を消したことになる。15分おきにサテライトスキャンによって位置は割り出されるが一時的なもので、あとは経験や勘を頼りに探し出さねばならない戦いなのだが……今回に至ってはそのセオリーは無いに等しいものであった。開始から15分後に起きた発砲音に集うように、実に20人近くものプレイヤーが都市廃墟へと集合していったのだ。
そして集った者と、2回のサテライトスキャンを経ても尚ひとつの場所から動いていない者が都市廃墟に集中し、現在に至るまでその場所に居るプレイヤーは誰もやられていない。つまりそこまでの相手を潰さなければならない事が起きているとも見て取れる、その相手がヴェンデッタであるなら尚のこと。
シンガネと呼ばれるプレイヤーをつい先程倒したシノンはそう結論づける。あの銃声がして直ぐ音のした方向へとスコープで確認すると銃士Xの持つM14EBRからのものであった、誰かにやられる可能性があるのに躊躇なく自身の居場所を知らせるのは賭けでもあったはずだ。そうまでしなければヴェンデッタを倒せないからこそ、自身の安全と最強の討伐を天秤にかけた。結果は端末から表示された現状が示している。
しかしシノンは今ヴェンデッタの討伐に参加しようとは考えなかった。確かにあれを倒して自分の実力を示したいと思っているが、複数での対処による勝利を勝利とは認めていないのもある。己だけの手で最強を打ち倒してこそ本当の勝利と言えるのだから、それが彼女の考える勝利の条件なのだ。
へカートを背負って姿勢を低くして、都市廃墟に向かわなかったプレイヤー2人の向かっているであろう鉄橋の辺りまで移動していく。鬱蒼とした木々の隙間を縫うようにしていくと、目的地付近に到着しシノンはへカートを地面に置きスコープを覗いた。殺気を抑え、自然に溶け込むように待ち続けるつもりで彼女は鉄橋と細道の境目にある太い木から飛び出したダインを捉えた。
ダインはシノンが隠れている側の岸辺まで一直線に渡り追えると伏射体勢をとって待ち構え始める。ここまで確認したところでシノンが何かの異変に気付き、SIG SAUER P228を自身の背後に向けた。彼女の視線の先にいたのはキリトであったが彼の方は両手を上げた状態で、まるで戦う意思が感じられなかった。構えながらも小声でシノンは訊ねた。
「どういうつもり?」
「見ての通り」
「アンタまた……!」
「違う違う! 実はシノンにさっきのサテライトスキャンの事を聞きたいんだ」
「なにを?」
「何で1箇所に集まってるのか知りたいんだ、知ってる人が君しかいないから」
「…………そこにいるとバレるから来なさい」
その誘いにキリトはバレないようにシノンの隣にしゃがむと、シノンはまたスコープでダインの居る鉄橋を覗き始めると同時に、キリトの質問にも片手間で答える。
「多分、さっきのあれはヴェンデッタを倒すために集まったんだと思う」
「参加者の内20人が?」
「そこまでしないと勝てない奴なのは確かよ。でも2回のスキャンで1箇所に留まってるのがヴェンデッタとすると、あそこは奴の“巣”でもあるわね」
「巣……ヴェンデッタの戦闘スタイルはアサシンなのか?」
「ええ。とはいえ接近戦は苦手じゃないし、寧ろ得意分野みたいな腕をしてる。まず接近戦に持ち込まれたら死ぬと思っていい、どんな距離からでも弾を避けられて倒されたなんて話もザラよ」
「何だその化け物……」
「それは同感……っと、来た」
話の最中だったがシノンはいつでも撃てる態勢をとる。深い森からゆっくりとアーマライト AR-17を持ったペイルライダーが現れた為だ、空間がピリと張り詰めて少ししてダインの持つSG550が火を噴いた。しかしペイルライダーは鉄橋のワイヤーに跳んで登るという立体的な回避を行い距離を詰めていく。伏射体勢のダインは上への狙いが定まりにくく、その隙を突かれてワイヤーの反動を利用しダインとの距離を更に詰めていく。
今度は膝立ちでペイルライダーを狙い撃つが、狙いからやや上向きに撃ったことで生まれたスペースに潜り頭から飛び込み、左手で地面を突き放し前転すれば、残りの距離は二十メートルにまで縮まっていた。そこからAR-17から放たれる散弾の雨が二度ダインを襲う。大きく仰け反ったダインだったが怯むことなくマガジンを交換しペイルライダーを狙ったが、射線をアクロバティックに避けながら距離を詰めリロードを済ませたペイルライダーの三射目。ダインのアバターがそこで活動を停止し、Deadの赤い表記を出す。
その戦闘を見ていたシノンは息を整え、スコープに映るペイルライダーの背中を狙ってトリガーを引こうとしたその時。標的の体にダメージエフェクトが現れ、ペイルライダーは左に倒れていった。それを見ていた2人はその音の主を探っていたが、それを発したであろうプレイヤーはどこにも見当たらない。もしやと思ったキリトの考えも束の間、シノンが奇妙なものを見た時の反応をする。
「電磁スタン弾……? この大会になんで」
「それは何なんだ」
「命中したら暫く対象をスタン状態にする特殊弾よ、1発の値段も高い上に大口径のライフルじゃなきゃ使えやしないから普通は対人で使うことは無いのに……」
「……まさか」
「えっ?」
キリトがそう呟く。だがそれを聞く前に2人は鉄橋の柱の影から現れる誰かを目撃した、スタン状態のペイルライダーへと向けられたその歩みはキリトが彼女を急かすに値する状況であった。
「シノン、あのボロマントを撃て」
「いきなりなに」
「良いから早く!」
只事とは思えない様子でそう言ったキリトに対し並々ならぬ何かがあると予想したシノンだったが、対象を切り替えてあのボロマントに狙いを定めてトリガーを引いた。弾道予測線のない射撃により、銃口から12.7×99mmの弾丸がそのボロマントに向けて放たれるが、あろうことかそのボロマントは幽霊みたく上体を後ろに反らして避けた。だが同時にキリトが前へと出て、そのボロマントに向けて光剣を振るう。
元の体勢に戻ったそのボロマントは向かってくるキリトに対し、近接武器のレイピアのようなもので対処する。光剣でも溶断できないレイピアとの鍔迫り合いで、キリトは叫ぶ。
「シノン! 彼を避難させてくれ!」
「ほう……」
「どういう意味よそれ?!」
「良いから早く! 此奴の狙いはそいつだ! 早く避難させろ!」
「邪魔を、するな」
するりとキリトを抜けていこうとしたボロマント、ステルベンだったが咄嗟に出たFive-seveNによる銃撃によって距離を取らざるを得なくなり、忌々しげに舌打ちをした。
「やはり、お前は、本物か」
「お前の目的は分かってるぞ、ステルベン! お前が何をしでかしたのかも!」
「それで、何が、出来る? 黒の、剣士」
ステルベンの目標であるペイルライダーはシノンによって引きずられながらも避難され、またも舌打ちをする。だが目の前にいるキリトに向けて宣言するように男は言った。
「これで、終わったと、思うな。必ず、殺す。絶望を、味わえ────イッツ、ショウ・タイム」
「っ、やっぱりお前……!」
キリトが駆け出した途端、柱の影に隠れるように鉄橋から身を乗り出したステルベンが消えた。取り逃してしまったが、ひとまず狙っていたペイルライダーを守り抜けたことに少しの安堵をしつつ、シノンのもとに向かうとスタン状態が解け切ってないペイルライダーがキリトに訊ねた。
「アンタ……何で助けた?」
「……事情を話すと長くなる。だがアンタは殺されかけていた、これは言える」
「殺される……? あんなハンドガンで死ぬわけ」
「今から俺の言うことをよく聞いて欲しい、アンタを助けるために」
呆気に取られていたシノンとペイルライダーだが、構わずキリトは今伝えられる情報を2人に向けて言い始める。あのパフォーマンスに合わせてペイルライダーは現実で殺されそうになっていた事、商品を受け取る為に記入した住所を盗み見て実行犯がその時を待っているだろうということを。
それを聞いて息が上がりかけたペイルライダーだったが、キリトが協力者のことを伝えると少しだけ落ち着きを取り戻し安堵の息をついた。シノンも住所を確かに記入したが、鍵とチェーンは掛けている筈だと記憶を思い出し、そもそも狙われる様な人間じゃないと頭の中で結論付ける。
「本当に助けてくれるんだな?」
「ああ。でもそれにはアンタの住所を知る必要がある、大丈夫か?」
「助かるんなら、何でもする」
「よし、なら住所を言ってくれ。協力者がリアルに戻って警察の手配をしてくれる」
「……私は周囲を警戒しておくわ」
「頼んだ」
シノンがペイルライダーとキリトから離れ、SIG SAUER 228とナイフを構えて周囲の警戒をしている間にペイルライダーはキリトに住所を伝え、バレないように口元を隠してレンに2回伝え、それを終えるとキリトも安堵の表情を浮かべながら、ペイルライダーに言う。
「暫くリアルに戻らない方が良い。多分そこで殺されかねない、警察が来るまで辛抱してくれ」
「ああ、そうさせてもらう。ありがとう」
ペイルライダーが手を差し出し、キリトは握手でそれに応える。スタン状態が消えた彼はゆっくりと立ち上がり、警戒から戻ったシノンと会う。
「俺は暫く身を隠しておく、命あっての物種だしな」
「気を付けてくれ。奴は光学迷彩で姿を隠してるから、何処に居るか分かったもんじゃない」
「OK、なら早々バレないところに隠れてるよ」
別れの挨拶を告げるとペイルライダーは近くの木に登り、木々を伝って森林地帯を駆け抜けていく。そんな救出劇の最中で、都市廃墟では何かが始まろうとしていたのだった。
【SIG SG550】
スイスのスイス・アームズ社(旧シグ社)で開発された自動小銃。大量生産されたアサルトライフルの中で命中精度が高い銃の1つ。
【アーマライト AR-17】
アメリカのアーマライト社が開発したセミオート式散弾銃。クレー射撃やトラップ競技のプレイヤーに売り込む目的で開発されているため、セミオートだが2発という装填数の少なさになっている。
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一時の夢
キリトがシノンと共にペイルライダーをステルベンの魔の手から1度助け出したその頃、この都市廃墟の中央に位置するタワーへとそのエリアに居るプレイヤーたちの意識は集中されていた。あのタワー内の64階に居るのは銃士Xによって確認されているが、完全にとまでは言いきれないものであった。確かにその階層に居るのは確かだが、タワーの内部を全て知ることが出来ないのもまた事実。大きなガラス窓の先にある元オフィスらしき跡と、視界に捉えきれない不明瞭な空間がスナイパーの見える景色なのだから。
とはいえ、中央タワーを挟んだ向かい側のビルからも似たような景色が見えるだろうと推測できる。だからこそ今はこうして地上より風が強くなる屋上から監視している、ここでヴェンデッタが視界に映っても直ぐに撃つ真似はしない。混乱の隙に乗じるしか彼への勝機は無いのだ、それが一番高いとまで言える。
だがあちらも罠を張っていない訳では無いだろう。少なくともサーマルスコープから見るタワーの一階層が暖色寄りの景色であったことが、罠の存在を明らかにしているとも取れる。こうなればサーマルスコープも役に立ちにくいため、通常のスコープで観察するしかない。ステルベンが何処にいるのか確認するために使用するのが主だが、標高が離れていることから少しばかり視認のしにくさが感じられる。
突入部隊の様子を確認し特に何も無さそうならステルベンを探す。重労働ではあるが致し方ない、そう割り切りつつもヴェンデッタの動向は気になった。前々回ではゲリラ戦を展開して倒していったが、今回はどのような作戦で挑むつもりなのか気になっていた。前みたいなゲリラ戦か、静かに暗殺していくのか、ドンパチやって……否ドンパチやるのは彼の考えではないなと思考を巡らせていく。
突入部隊は現在、中央タワーの敷地内を突き進み漸く内部への侵入が行われるといった様子である。1番足が遅いと思われる獅子王リッチーの速度に合わせているためであるが、その分ステルベンの捜索に時間を取れたことを感謝しつつヴェンデッタの討伐へと切り替えた。
闇風をはじめとした突入部隊の足取りは獅子王リッチーの速度に合わせて若干ゆっくりとしたものになっていた。一塊になって一気に全滅するのではと懸念する声もあるが少なくとも今まで通ってきた道に罠は無かったため、あるとすればその64階に何かしら設置されている予想がたてられる。
彼らがタワーの入口前に到着すると周囲を警戒しながらエレベーターがある場所まで向かうのだが、ここまでの道のりで疑問に思うことが1つある。エレベーター、ひいてはこのタワーの電力について。都市廃墟というぐらいなのだから相応の電力が廃墟となる前は通っていたのだろうが、廃墟となった今電力が通っているのはこのタワーだけ。元から非常電源が着きっぱなしという訳では無いだろう、つまるところ電気がこうして通っているのはヴェンデッタが復旧させたとしか思い浮かばない。
ある1人のプレイヤーがそんな予想を闇風に伝えていた。1階をクリアリングしている最中とはいえ有り得られる可能性を闇風は考える。このタワーの電力を復旧させるには相応の技術力、DEXとINT値が必要になると仮定するとヴェンデッタは技術屋系のビルド構成であり、この中にいるプレイヤー達に比べればSTR-AGI-VITは低い値と予想付けつつもヴェンデッタのあの強さの理由が思い当たらない。
サトライザーとの一騎討ち後のまとめサイト等では軍人か、そうした立場に居る人間なのではと予想もされていたが結局らしい意見ばかりが殆どであるため、真相は未だに知りようがない。
「クリアリング終わったぞ! 怪しい所は無かった!」
「こっちも終わった!」
「OK、ならエレベーターに乗り込むぞ!」
周囲の索敵を終えたプレイヤーが一斉にエレベーターへと集合し、4つ全てのボタンを押して全員で到着を待っている間、彼らは武者震いか或いは空元気のそれによる緊張が現れていた。それを紛らわすようにNO─NOが言葉を発した。
「いやぁ……今更だけどスンゲェドキドキしてるわオレ」
「俺もー、仮想世界なのに手汗出てんじゃねぇかってぐらい緊張してやがる」
「なんたって最強と殺り合うんだもんなぁ、猛獣と一緒の檻に入る気分だわ」
「おい、全員心の中で思ってたことを口走んじゃねぇhuuka」
「あれを猛獣で済ませばラッキーなほうじゃないか?」
「それ。第1回もそうだったが、前にヴェンデッタに殺された時も猛獣なんて生易しいもんじゃ無かったな」
「え、お前ヴェンデッタにやられたのかよ!?」
ある1人のアサルトライフル使いが、かつてヴェンデッタに殺されたことを何故か自慢げに話し始める。
「やー、このまえ対人してさ。倒した時に相手が持ってたレア銃をゲットしたわけよ」
「うーわキッツ、それは地味に恨まれるわ」
「で暫くしてヴェンデッタとかち合ったんだけどよ……これがまた恐ろしいのなんの。いつの間に背後取ったんだって感じで首にナイフ突き立てられてさぁ、ゲットした銃あるかって聞いてきたんだよ。まぁさっさとバイヤーに売っぱらったんだがな、それを聞いたら即殺された」
「容赦ねぇなオイ」
「でも戦って分かったんだが、あれは猛獣どころか化け物のそれだ。絶対何かしらの軍に所属してたわ」
「……軍人って弾避けられるもんかな?」
そこで全員押し黙る。そもそもハンドガンでさえ秒速約300mの速度で発射されるのだ、普通に考えてもその速さに対応できるのは人間を辞めている証拠として成り立つだけで、決してヴェンデッタのリアルが軍人という解が成立する訳では無いのだから。
「……あ、あれじゃね? ステータス上げてめっちゃ頑張って避けてるとか」
「えぇ……俺そんなヴェンデッタ嫌なんだけど」
「や、多分ヴェンデッタの野郎はDEX・INT型と思う」
「どういう事だよ闇風」
それを聞こうとした所で、チンとエレベーターから音が鳴る。開かれた扉の先にある空間は地獄への片道切符か、はたまた頂に挑む者たちの特急便か。何れにせよここが最後の運命の分かれ道、上へと上昇するこの箱に乗れば挑戦する者としての証左となる。だがここで逃げたとしても誰も責める者は居ないだろう、怖気付いてしまっても無理はないのだ。
だが彼らはその箱の中へと歩みを進めた。ここに集った意味が消えて無くなるのなら何のために来たのか、怖気付いたとしてもやるしかないのだ。それぞれ割り当てられた場所へと入っていき、彼らは64階のボタンを押す。扉が閉められると、プレイヤーたちを乗せた箱は上へと向かっていった。
箱の中の男たちは皆一様に緊張している。手を何度も握り締めている者、何度も息を吐き続けている者、銃のグリップの感触を何度も確かめている者、瞑想のように目を閉じている者と十人十色であった。ふと闇風と同じエレベーターになったギャレットが彼に先程のことを訊ねた。
「なぁ、さっきのヴェンデッタがDEX・INT型ってどういう意味だ?」
「……ここ、廃墟だよな」
「それがどうかしたか?」
「このタワーは元々廃墟としてあるのなら、このエレベーターを動かしてる電力は一体どうしたんだろうな」
「んなの予備電源とか非常電源……あっ、いやまさか」
「多分な。ここの電力を復旧させたのがヴェンデッタなら話は早い」
「……え、じゃあどうやって弾避けてんの?」
「……分かるかそんなもん」
もはや考えることを諦めた。ヴェンデッタの摩訶不思議な超能力じみた能力が何なのか考えるだけで頭が痛くなってくるし、士気が下がってしまうためこの話は止めた。このエレベーターだけ全員口を噤み、64階まで無言のまま昇っていく。次第に近付くにつれてエレベーターに乗車した全てのプレイヤーが銃を構え始める。
そして64階に着き、ドアが開かれると同時に異様な違和感を肌で感じた。
「暑っ、なんだこれ?」
「何かエアコンの温度爆上げしたみたいなあれだな」
この階層が暖気で充満していたのだ。なぜこのような事をヴェンデッタはしたのか定かでないものの、エレベーターから降りて現状確認を行いながら集合し闇風が呼んだ。
「リッチー、俺たちはお前の後ろでしゃがんで待機する。絶対俺たちに当てるなよ?」
「へっ、誰にモノ言ってやがる。ヘマはしねぇよ」
互いに頷き闇風がリッチー以外の全員の姿勢を低くさせる指示を出して他の皆がしゃがむと、ヴィッカース重機関銃を装備して給弾ベルトを装着するとハンドルを掴む。
「ッしゃあ、行くぜ行くぜ行くぜぇ!」
ハンドルを回し、6つの銃身が回転し始めると弾丸の雨が64階の全てを塗り潰すように掃射される。丁寧に丁寧に銃弾が建物の壁やガラス、過去の残骸さえも消し飛ばしていく。圧巻という他なく非常にゆったりとした動きで全てを貫いていくその威力と制圧力は他の誰にも引けを取らないだろう。
「リッチー! もういい止めろ!」
闇風の一声でハンドルを止めたところで、別れてヴェンデッタを捜し始める。どこに潜んでいるか分からないが、今の制圧射撃ではさしもの最強も苦渋を飲んでいる事だろう。そう思っていた。
「……おかしい、奴はどこにいる?」
捜した、くまなく捜した。隠れられそうな場所はひっくり返しても捜した。隙間さえ逃さず捜したが、どこにも居ない。そんな疑問に陥っていた所で彼らはその音を聞いた。先程まで居た場所、エレベーターの方でその音を聞いた。
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蹂躙
突如発生した爆音と何かが崩壊して落ちていく音を、この階に居る全員が耳にした。間違いなくヴェンデッタの仕掛けた罠が作動したと、そう確信した闇風が声を荒らげる。
「誰か非常階段から回れ、挟み撃ちだ!」
「俺が行く!」
「「俺たちも行く!」」
「頼んだ!」
3人が非常階段のある場所へと走っていき、闇風を含めた6名は先程の爆発が起きたであろう場所まで向かった。途中で夏侯惇たちと合流する形でエレベーターのある場所に辿り着くと分断される形でエレベーター前の通路が無くなっており、一個下の階層には通路の残骸と思わしき床材だったものが落ちている。幸い誰も落ちていることは無かったものの爆発に巻き込まれていればタダでは済まなかっただろう。
そこに居るプレイヤーたちは互いを見やり、下の階層の安全が確認されると1人ずつ下へと降り始めた。間違いなくヴェンデッタはこの階層に何か仕掛けている、そしてこの場所でここに居る全員を終わらせようと画策している。また二手に別れる指示を出そうとした途端、何かが引き抜かれた音のすぐあとに彼らに向かって何かがゆっくりと転がってきた。それを偶然見た獅子王リッチーが叫ぶ。
「グレネード!」
「ッ、まず──」
ここでグレネードが起爆されれば間違いなく少なくない人数のロストは免れない。かといってグレネードの位置が一番厄介な場所、分かれ道から程近い場所にあったため駆け抜けていくのもほぼ不可能なうえ退路は無い。万事休すに追い込まれた彼らを救ったのは、最初にグレネードを見つけたリッチーだった。
彼は走って飛び込み、自身の体でグレネード覆った。その直後リッチーの肉体がグレネードによって吹き飛ばされ、すぐにDeadの表示が頭上に浮かび中身のないアバターだけがそこに残った。ラッキーだったのは彼以外に被害を受けたプレイヤーが居なかったことだろう、誰かが飛び込まなければもっと被害が発生していたのは明白であったから。
「リッチー……!」
「行くぞお前ら! アイツの死を無駄にするな!」
応、と団結力がより一層固まった彼らは6人ずつ二手に分かれると右側通路の曲がり角で逃げていく人影を発見する。間違いない、ヴェンデッタだと確信するには十分すぎる情報だった。
「こちら側でヴェンデッタを捕捉した! 反対側の奴らは回り込め!」
「了解!────っ!?」
ヴェンデッタを追いかける6人は通路を走る。だが彼らはここで失念していた、あれだけで終わるわけが無いことを。先頭の闇風から中段に居たプレイヤーの1人が何かに足を引っ掛けたことでカチリと音が鳴る。刹那、爆発と同時に右側にあった会議室から何かがガラス片と共に飛翔しプレイヤー達を襲った。
先程足を引っ掛けた者を含め、それが直撃したプレイヤー4人は吹き飛ばされ時間もそれ程経たずにDeadの表示が頭上に現れた。最後方に居たhuukaだけがガラス片の被害を多少受けたものの未だHPが残存していたため生き残っており、闇風は先頭を走っていたため被害に遭うことは無かった。だが4人を倒した物の正体を知るとhuukaは目を大きくして言った。
「クレイモアだ! ブービートラップとして仕掛けてやがった!」
「そんなものまで……!? くそっ、今のアイツはボマーか! HPはまだあるか?!」
「何とか! 警戒しながら急ぐぞ!」
「ああ!」
時は若干遡り、非常階段を伝って降りてくるギャレットを含めた5名のプレイヤーが63階に通じる扉を視界に捉えた。急いで降りたため僅か10秒程で到着し彼らは扉を勢いよく開けた、そして階層内に侵入したところで煙がその一帯を充満していく。
「っ、スモーク──ごほっ!」
「くそがっ、催涙だ!」
その煙が発生して間もなく、エレベーター側で爆発音が聞こえたがここに居る彼らにはどうしようも無かった。目も鼻もガスによってイカれた為デバフとして行動制限が掛かった状態なのだ、視界も同時に奪われたようなもので煙の中から脱出しようと身を低くした。
だが煙の中に居た5人の内2人が、突然Deadの表示を出した。それを知れたのは何が起きているのか、回らない頭で辺りを見渡しDeadの表示が3人目になったところでギャレットは気付いた。彼の眼前に死神がやって来たのだから。
「ヴェンデッ──」
言い終わる前に彼の首にダメージエフェクトが発生し、一気にそのHPは削られて倒された。そして最後に残ったプレイヤーを倒し5名を一気にロストさせるとヴェンデッタは非常階段を駆け上がっていく、程なくして流れ込んだ煙によって視界が塞がれ身動き出来ずに居た回り込みの6名のプレイヤーは、廊下に散乱する5つのアバターを目にした。
「マジか……」
「嘘だろ、あの短時間で……!?」
また程なくして爆発が起こり、彼らが爆発の元へと向かっていくと闇風とhuukaの2人と合流し夏侯惇が訊ねた。
「何があった?!」
「クレイモアだ……」
「なんだと!?」
「グレネードで1人、奴のクレイモアで4人やられた! 奴はボマーとして俺たちを殺そうとしてる!」
「……非常階段側から降りた奴らは全員ナイフキルされていた。多分だが奴は今銃を持ってない可能性が高い」
ある意味朗報、ある意味悲報であるそれは誰をも驚愕させるに値した。ヴェンデッタは今恐らく銃を所持しておらず、爆発物やスモークを利用して彼らを追い詰めていることに成功している。だが銃を一切発砲せずにナイフキルや爆破キルで倒しているとするなら、今のヴェンデッタは接近戦に持ち込む必要がある。ならば捜し出して奴の届かない距離で迎え撃つのが適切だろうと彼らは考える。
「2人1組になって非常階段から4組で攻めて、穴の方に1組配置する策はどうだ。奴を閉じ込められるし場合によっちゃあの2人に狙撃させる算段で行けば奴を殺れるかもしれない」
闇風は不安になりながらも頷き、ここから2人1組のペアを5つ作り1組を穴に待機させ残り4組がヴェンデッタを追い詰める作戦をとる。ペアが決まってすぐに彼らは行動を開始した。穴の方へと向かう2人は罠が作動した後の通路を進んでいく、道中で倒された4名が視界に入り一層彼らを緊張させた。
そうして穴の方まであと僅かといった辺りでリッチーのアバターを目にした途端、後ろに位置した1人が体勢を崩され先頭に居たプレイヤーに銃弾が襲いかかる。ヴェンデッタの持つアサルトライフルは彼の下敷きになっている男の物が使われており、2発目が顔面目掛けて発射されたことでまたDeadの表示が増えた。即座に下に居るプレイヤーの頭に向けて発砲しロストさせると、ヴェンデッタはアサルトライフルを捨てて移動する。
非常階段を昇り64階で追い詰めようとしたが、突如響いた発砲音が下からのものだと知るとその4組は作戦を変える。2組ずつ分かれ、穴から攻める者と非常階段から攻める者とで挟撃することを決めた。ここまでやった以上もはや意地になっていることに彼らは今気付いていない。
素早く慎重に63階へと戻っていき、非常階段側の2組はまた二手に分かれて追い詰める。段々と減らされていく人数が、次はいつ自分の身に死神が舞い降りるのかと緊張と不安の渦の中進み、非常階段から出て左側に進んだ2人にヴェンデッタは襲いかかった。
曲がり角の所で先頭のプレイヤーが持っていたアサルトライフルの銃身を持ってストック越しに掌底を顎に叩き込んだ。するとその持ち主は倒れヴェンデッタの手には銃がいつの間にか握られており、慌てて後ろに居たプレイヤーが撃つも至近距離の銃弾が避けられフルオートに切り替えられたアサルトライフルの銃撃により倒れ、その銃の所持者も頭を撃たれて倒される。Deadの表示が2つ増え、残り6人。
マガジンを外し所持者のアバターから新しいマガジンを取って填め込むと、前から来ていた2人に向けて乱射し後退させ、角に隠れたあと左から来るプレイヤーたちに向けて乱射しながら左側にあるオフィスルームに入っていった。好機といわんばかりの状況に彼らは詰めていくが、ヴェンデッタとは反対側のドアから入ろうと開けた途端またもクレイモアが襲った。
これによりhuukaとNo─Noを含む3名が倒され、残った夏侯惇はHPが赤にまで減少された。片方の足が撃ち抜かれ歩行が一時的に制限されるといったデバフ状態になり暫く動かずに怯えながら回復を待った。
クレイモアにより倒された3名と、近くにある2名のプレイヤーのアバターを見て闇風はキャリコをフルオートに切り替えて突入した。オフィス跡の残骸によって隠れているがここはスナイパーの視界内にある、ここで漸く奴を追い詰めたと考えるのも束の間、ドアを開けようとすると視界にワイヤーらしき物が見えた。ゆっくりと閉じて距離を取りフルオートのキャリコで破壊していく、ドアの残骸が倒れていくとまたも爆発が起きる。
「すぐに仕掛けたか、野郎……!」
突入していく2人はそこで漸く、ヴェンデッタと正面から相見えることが出来た。なんてことの無い棒立ちで待ち構えていたヴェンデッタに2人は銃口を向けて、闇風は言う。
「よぉ……やっと降参か? ヴェンデッタ」
何も言わない。何も口にしない。ただヴェンデッタは何もせずにじっと彼らを見続けていた。まるで幽霊のように立ち尽くしているだけだった。瞳が何を見ているかなど分かったものじゃない。
「何にもないなら、ここで死ね」
フルオートキャリコの銃弾が放たれ、蜂の巣という結果が待っている筈だった。実際は撃つ前に下へと逃げられ銃弾は空を通り過ぎ、一気に距離を詰めて闇風のキャリコを奪って蹴飛ばした。至近距離にいたプレイヤーが撃つがそれも避けられキャリコの銃弾を浴びることとなりロスト、闇風を撃とうとしたがタックルによって姿勢は崩さなかったものの、窓ガラスにかなり接近することとなった。
「撃てぇ!」
闇風の叫びが届いたか、はたまた絶好の機会が訪れたことで決心がついたのかスナイパーの照準はヴェンデッタの頭に定まり、引鉄は引かれた━━━━━━銃弾は空を過ぎ去った。何てことは無い、ただ避けたのだ。ついでに闇風の拘束からも外れ、ヴェンデッタはキャリコを撃つ。闇風の体にダメージエフェクトが幾つも発生し彼はロストした。
ヴェンデッタはゆっくりと窓ガラスの向こう側、他よりも高いビルの屋上を見た。そして何事も無かったかのようにオフィスルームから立ち去り動けない状態の夏侯惇を倒して、このタワーに彼一人だけが残った。
「……いや、エッグい」
一向に撃つ機会が訪れなかった銃士Xがサテライトスキャン端末を見てそう呟く。先程まで密集していた点がたった1人、ヴェンデッタを残して消えていたのならこの反応も致し方ない。今頃この中継を見ている観客も唖然としているだろうが、問題はそこではない。銃士Xを含めた2人のスナイパーに対してどんなことをするのかといった疑問だった、とはいえ18人もの人数を倒した脅威から逃げる方が先決である。
いそいそと2挺のM14EBRを持って屋上から退散しようとした途端、中央タワーから銃声が響いた。慌てて物陰に隠れつつ通常スコープの付いた方を使ってタワーを観察していく、音のした方は彼女の上から。ゆっくりと階層を確認していきそして理解した、ヴェンデッタがタワーの屋上にM110A1 CSASSを携えていることで。
彼は銃も用意していたが、その場所で撃つと決めて置いていったのだ。今銃士Xの居る場所からおよそ1400m離れたあの位置から、彼は撃とうとしていた。物陰にまた隠れた銃士Xはどこか諦めたような溜め息を出して、M14EBRを置いて降参した。
かくして20vs1の大勝負は、ヴェンデッタただ1人が勝利を収めることとなった。
【M110A1 CSASS】
2016年、H&K社のG28軽量型がM110 SASS(半自動狙撃システム)に代わる米陸軍のコンパクト半自動狙撃システムとして契約を獲得し、採用されてこの名が付いた。軽量化の条件を満たすため、鋼ではなくアルミニウムの上部レシーバーが使用されている。
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バケモノの矜恃
中央タワー屋上で1人、M110A1 CSASSを持って力が抜けたように座り込んだ
事前に準備していたC4爆弾300g、グレネード、催涙スモーク、クレイモア2個は全部使い切り、彼の手元には残弾数9発のM110A1 CSASSとカランビットナイフ、右脚に取り付けたマチェットと背負っている収納状態のパラグライダーのみ。とはいえここからでも勝てる算段や確証があるため危機的状況とは思ってないらしい。
だが今回彼の目的はステルベンの被害者をできるだけ減らし、起こりうる殺人を阻止させること。ヴェンデッタという極上の餌を釣らせば誘蛾灯に吸い寄せられる蛾みたく来るとは思っていたが、ステルベンがこの場に来なかったことを鑑みるとメインディッシュとして扱われているのではと考えを巡らせる。それはそれで腹が立つと思ったヴェンデッタは、高度約1000mの屋上からどの場所に移動するか、ガスマスクのレンズに内蔵された望遠機能を使用した。
ざっと周りを見渡していると、何やらある方向で煙が発生しているのが見えた。倍率を下げて状況を確認していけば少しして僅かなエンジン音を捉えると道路を走るサイドカー付きのバイクが走っている様子を視界に映し、行先は砂漠地帯に向かっていることを確認すると望遠機能を停止しヴェンデッタは助走をつけて屋上から飛び出した。
空気抵抗を発生させるために体を広げ、目的地に設定した都市部と砂漠地帯の境へと傾けさせながら移動していく。上から見下ろすような形でバイクとそれを追うロボットホースの影を目視すると、先で待ち構えるために移動し300mの高度になったところで開傘させる。HALO降下の訓練をしてきて良かったと思いつつ先行していくと、ヴェンデッタは突然左へと避けた。後ろを確認すればロボットホースからの銃撃だったがハンドガンによるものであったため、避ける必要は無かったと感じつつも目標地点に到達。
リズム良く地面に足をつけパラグライダーを外すと、今度は右にローリングして過ぎ去った銃弾を確認しM110A1 CSASSを装備して狙いをステルベンの乗るロボットホースの間接部位に定めた。射出される弾丸は真っ直ぐ可動域に当たりその姿勢を崩すが、それに先んじてロボットホースから飛び降りたステルベンはAWM L115A3を装備してヴェンデッタを狙い撃つが、飛来する電磁スタン弾に何も思うことなく易々と避けると上空に居るステルベンに向けて撃った。
左横腹の辺りにダメージエフェクトを発生させたステルベンは姿勢を崩し地面と衝突し廃車の影に隠れた。少しだけ確認したが姿は見えず、またバイクのエンジン音で足音も聴けないため警戒しつつ後退していく。
「ヴェンデッタ!」
不意にバイクに乗っていたキリトがシノンの手を取りながら、こちらに来るように誘った。その声の通りに最終警戒を済ませると急いで2人のもとに駆けつける、だがヴェンデッタがシノンの様子を見ればどこか生気の抜けたような表情をしていた事に違和感を覚えた。ガスマスクに隠れた表情が険しいものになる。
とはいえ安全のために3人は砂漠地帯を走ってサテライトスキャンに映らず比較的安全な場所を目指していく。ステータス上ではこの中で一番AGIの低いヴェンデッタに合わせていくのが普通だが、こと今回に関してはシノンの動きが鈍いことを察すると何も言わずシノンをファイアーマンズキャリーで運び砂漠地帯を駆け抜け、洞窟を発見するとそこに滑り込むようにして入っていく。
シノンを降ろし座らせると、ヴェンデッタと彼女の目が合った。見上げているシノンの目はどこか呆けていたモノで、普段の彼女が見せる冷静さも時折見せる熱を持った瞳もない。まるで幼い少女のような様子を見せる彼女の目を、ヴェンデッタは同じ視線になって見つめ始めた。
まるでカウンセラーのようだとキリトは今のヴェンデッタを見てそう感じた。サテライトスキャンによって確認された20人のプレイヤーを倒した所業は、同じ人とは思えない戦闘能力を有しているにも関わらずこの光景を作り出しているのが同一人物ということに頭がバグりかける。だが驚いたのはその後だった。
「何があった」
「ふぁっ……?!」
喋ったのだ。変声機のようなもので加工されているが、無口かと思われたヴェンデッタが喋ったのである。威圧感を与えたり周囲と同調するような自然体で居るような男から、疑問を投げかける言葉が出ていた。これには対面しているシノンでさえも驚いていた。
ゆっくりとヴェンデッタはキリトの方へと顔を向けて、お構い無しにまた訊ねた。
「此奴に何があったと聞いている」
「うぇっ……あの、実は俺にもよく」
「退行の現象も見える。ストレス性のものと考えているが……冥界の射手よ」
「っ……な、なに?」
「……かなり苦しいだろうが、何があったか話せるか。お前さんが何を見たのかを知りたい」
変声機越しの声がどこか優しげで、苦しげなものがヴェンデッタの口から発せられる。あの戦いのあととは思えないほど、落ち着いた様子でシノンへと語りかけた。しかしそんなヴェンデッタの問いとは裏腹に、彼女の息が上がり始めた。何があったのか思い出して、どこか焦燥した様子で呼吸や視線が安定していなかった。
このままでは強制ログアウトされ、実行犯の魔の手に襲われかねない。唐突に片方のグローブを脱ぎ捨てたヴェンデッタは、彼女の頬に手を当てて意識を自身へと向けさせる。まだ息は上がっている、視線も安定していないがキッカケとしては十分であった。
「俺の言うことをやってみろ、よく聞いてくれ──まずは息を吐き出し続けろ、小さく、細く、息を吐き出すことだけを考えろ。他のことは考えずに」
1つ1つ丁寧に、繰り返し語りかけるようにヴェンデッタは言い続ける。意識が目の前のヴェンデッタに向けられた事で、若干不安定に息を吐き出し、酸素を求めるかのように咳き込みながら息を吸ったが、言葉のとおりに息を吐き出していく。やがてその吐き出す息が小さく、細くなっていくとシノンも大分落ち着きを取り戻していた。
視線や呼吸の安定が確認されると一安心したのか、ヴェンデッタが安堵したように見えた。やがて何かを決心したかのようにグローブを再度着けると、ヴェンデッタは立ち上がってこの洞窟から出て行こうとした。
「待って!」
ヴェンデッタの歩みを止めるようにシノンが腕を掴んだ。ガスマスクに覆われた彼の顔が彼女の方へと僅かに振り向いて、彼女の言葉を静かに聴き始めた。
「どうするつもりなの……」
「彼奴を終わらせてくるだけだ」
「死ぬかもしれないのに?」
「……この世界では死ねんよ」
「もし現実で貴方が死んだら!?」
ヴェンデッタとキリト、2人の中で共通している結論は仮想世界で現実世界の人間は殺すことは不可能であるということ。しかし彼女の慟哭はまるで、それが可能であることを示していると言っているようだった。
「あの銃が本当に現実世界で人を殺せるとしたら、今出ていったらアイツの餌食にされる! もし撃たれて死んじゃったら……そうよ、逃げれば良い。アイツから逃げ続ければきっと諦めてくれる! だから……」
静かに視線を戻し、ヴェンデッタは目を閉じる。最後に出る筈の言葉は小さく呟かれるだけであったが、“行かないで”と彼女は確かに言った。掴まれた腕が行かせまいと力を強めていき、今にも泣きそうな表情であった。ここまでやられると、ヴェンデッタは自身が経験したあの頃の事を思い出していた。
踵を返した彼はまたシノンと同じ目線になって、彼女に自らの意思を伝え始める。心に刻み、自らを戒めたあの日のことを思い出しながら。
「悪いが、それは出来ん」
「何で?!」
「あのプレイヤーにそんな力は無い、アイツの銃にも備わっておらん。故に案ずることはない」
「でも……でも…………!」
「不安か」
もう涙を隠すことは無理だった、彼女はその言葉に頷く。
「ならば証明してみせよう」
「っ──?!」
「彼奴が本当にそんな力を持っているか、俺が確かめてこよう。……7分後のサテライトスキャンまで待て、そこでお前の望む結果を見せてやる」
「ダメっ! 死んだらどうするのよ?! どうしてそこまで言えるのよ?! 」
「……お前の為だ、シノン」
「……えっ」
突然、このヴェンデッタの口から彼女のプレイヤー名が発せられたことに戸惑いを見せた。しかし構わず彼は言葉を続けた。
「お前さんが怖いと足を止めたのなら、俺はその前を行き証明してみせよう。それが俺のやるべき事なら、たとえどんな事が待ち受けていたとしても示してみせよう。お前の恐れを取り除けるのなら、何だってやろう」
「何で……そこまで」
ヴェンデッタはガスマスクの下半分に手をかけて外し、隠された目を穏やかなものにして言った。
「俺がそう望んでいるからだ、シノン」
彼女にとって、聞き慣れた声がそこにあった。
【L115A3】
イギリスのアキュラシー・インターナショナル社が開発したマグナム弾対応のライフル。7mmRem.Mag、.300WinMag、.338Lapuaの弾薬に対応しており、その内.338Lapuaを使用するAWM(Arctic Warfare Magnum)モデルをイギリス軍がL115A3として採用した。
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誰かの前に立って
シノンはその声を聞いた事がある、今までGGOをプレイしてから一番よく耳にしていて誰の声であるかを憶えている。彼女に教示し、今まで培ってきた技術の数々を彼から教わったのだ。狩りの時も、普段の時もいつも紫煙をくゆらせ、へにゃりと柔和な笑みを浮かべていた彼と、目の前に居る最強の声が同じであることにシノンは戸惑いを隠せなかった。
「V……?」
「ああ、お前がよく知るVだ」
キリトも驚いている。何せあのヴァー・ヴィーとヴェンデッタが同一人物、全く違う雰囲気を醸し出していた2人を使い分けられるのかといった分析結果に対して。今この場で感情が溢れだしかけているシノンは、ゆっくりと腕を掴んでいる手の力を弱めていく。それでも目の前の彼は彼女に向き合い続けた。
「必ず帰ってこよう。いつもの葉巻をふかして、いつもの様にやって来るお前さんを、いつもの様に迎えよう。──だからそれまで、俺の帰りを待っていてほしい」
優しく握られた手の温もりと、聞き慣れたいつもの声がシノンを安堵と一抹の不安に駆らせる。それらの感情が混じった涙を流しながら、自らを彼の体へと引き寄せた。胸元まで来たシノンを何の戸惑いもなく受け入れて、彼はゆっくりと両腕を腰と頭へ回して抱きしめた。仮想の肉体で感じる熱は、今この時だけは本物のように感じられた。
シノンの視界にアラームの表示が映し出される。だが今この時、それは無粋なものとして直ぐに“いいえ”を押して彼に自分の望みを伝えた。彼もまたそれに応える。
「……帰ってきて」
「ああ」
「必ず、帰ってきて……」
「ああ……」
「絶対に、死なないで……!」
「無論だとも」
シノンが顔を上げる。レンズ越しの彼の目は見えないが、そんな事はお構い無しに彼女は目を閉じて自ら唇を合わせた。キリトはすぐ視線を逸らした。
ゆっくりと名残惜しいように顔を離したシノンは、彼の頬に手を添えて最後に告げる。
「待ってるから……あなたが帰ってくるのを」
「承知した。必ず帰ってこよう──お前という女神に誓って」
回していた両手を解き、外していたガスマスクの下半分を取り付けてヴェンデッタは洞窟から出ていく。外に出てから彼はシノンの方を振り向いて頷いたあと、洞窟から走り去っていく。残されたキリトは完全に気まずい様子であったが、シノンはそんな事お構い無しに自分の手を下唇に添えてなぞる。仮想世界で味わったその温もりが彼女の心に多幸感を覚えさせた。
「……あげちゃった」
恋に落ちた乙女の呟きがひとつ、誰にも聞こえない声で囁かれた。
砂漠地帯を駆け抜けるヴェンデッタは、洞窟からかなり離れた所まで来ると足を止める。次のサテライトスキャンまであと3分、恰好の獲物である自身を釣餌にして待っていると彼は左へと避ける。後ろから来ていた電磁スタン弾が空を過ぎ去り、すかさずM110A1 CSASSを装備して何も無いはずの場所へ目掛けて撃つ。
砂を蹴る足音と同時に、銃弾は硬い何かに当たってぶつかった物の正体を明らかにさせる。ステルベンが所持していたAWM L115A3が壊れた状態で出現し、何も無い空間にザッピングのようなものが映し出されると透明になっていたステルベンが姿を現した。
1度ならず2度までも攻撃を避けられカウンターをもらったステルベンが髑髏面からヴェンデッタを睨みつけた。しかしヴェンデッタはM110A1 CSASSをしまい、歩いてステルベンの元へと近付いていく。怒りと殺意、ヴェンデッタは目の前のプレイヤーから発せられる感情の波を感じ取りつつも、きわめて冷静に正面に立つ。
「何の、つもりだ」
「お前の前に立っているだけだ、小僧」
「そんな、意味では、ない……!」
怒りが更に増長されていったことが分かるほどに、ステルベンの声に怒気が含まれていく。挑発としてはまあまあといったところだと、ヴェンデッタは頭の隅で思う。
「1度、ならず、2度も! お前は、攻撃を、避け、今度は、何の装備も、なく! おちょくって、いるのか!?」
「お前如きに銃なんぞ使わずとも勝てるからな、殺人犯。殺意も視線もダダ漏れの状態で避けられない方が難しいまであるぞ」
「貴様ァ……ッ!」
「それとだ──現実をおちょくってるお前には言われたくないな。ステルベン」
ヴェンデッタの声にも若干の怒気が発生した。拳を握り締める力が強まり、彼の声色は冷酷と称するに値するものへと変化していった。
「お前に何があったのかは知らん。お前の身にどのような理不尽が舞い込んだのかは想像もつかん、だが自らに降り注いだ不幸を撒き散らすように、他人を殺すことは絶対に許されざる行為だ……それを分かっているのか、お前は」
「知った、ことか……! 偽物の、力を、振りかざした奴等を、粛清して、何が悪い?! 本物の、力を、知らしめる事の、何が悪い?!」
「……どうやら話の通じる余地は無いようだな、小僧」
「黙れ……! 俺は、死銃! 偽物の、力を、振りかざす者に、裁きの鉄槌を、下す! デスガ──」
「その口を閉ざせ、童ァッ!」
瞬間、空気が震えるほどの音量をもった声が響く。まるで質量を持ったかのように重く感じられたその一声は、想像もつかない程のプレッシャーをこの中継を観ている全ての人間に与えた。無口かと思われたヴェンデッタは今まさに、静かに激昂していた。
ゆっくりと両手を顔の左右をガードできる位置にまで上げて、再度指を順番に折り畳んで拳をゆっくりと強く握りしめた。ガスマスクに隠された瞳は、眼前に居るステルベンに向けて怒りの熱を帯びていく。仮想の拳が軋むような感覚をヴェンデッタは感じていた。
「どうやら今の貴様に何を言っても通じないのなら、1度完膚なきまでにその腐りかけた性根を潰さねばならんようだな」
「黙れ、偽物がッ!」
ステルベンは激情し、レイピアを装備しヴェンデッタに向かって吶喊していく。仮想世界ではステータスの影響を受けて、素早く避けようのないその一撃はいとも容易く避けられ、ステルベンのレイピアを持つ手を素早く威力のある掌底で内側へと曲げることで、その手からレイピアが離させた。落ちていく切先がステルベンの太腿にダメージエフェクトを発生させる。
すかさずヴェンデッタは右手を握りしめ股関節から肩甲骨、肩へと流れるように連動させ回転させた拳で髑髏面ごと顔面を殴り付ける。タクティカルグローブで加味された一撃は、ステルベンの髑髏面を割って顔まで貫通するように伸びていきそのアバターを砂の地面に叩き付ける事が出来た。
倒れたステルベンへ向けて間髪入れずにストンピングをするも、転がって距離を取られていく。とはいえ砂地を勢いよく踏みしめたことでその顔に細かい粒子の砂が襲いかかる。それにより視界へのデバフが追加されたステルベンは急いで砂を払い落とす。今この瞬間にもヴェンデッタは近付いているものだと思い、急いで距離を取って逃げた。しかしデバフが解除されると目の前には何の構えもしていないヴェンデッタが居る。
「今度は、なんだ……?!」
「貴様にチャンスをやろうと思ってな」
ステルベンは言葉の意味が分からなかったが、すぐにヴェンデッタが提案を出してくる。
「お前の言う本物の力とやらを、俺に向けてぶつけて来いと言っているのだ」
「何だと……貴様、ふざけてる、のか?!」
「本気も本気だ、お前が本物と称する力とやらを俺に向けてみると良い……もっとも、そんな力なぞ存在しないことがすぐに証明されるがな」
ヴェンデッタは右手人差し指で自身の心臓あたりを軽く叩いて示す。ここを狙えと、暗にそう言っているのだ。激情に呑まれているステルベンは怒りのままにホルスターからある銃を取り出して、銃口をヴェンデッタへと向けた。
トカレフ T-33、中国では
「殺す殺すころすころすコロスコロス殺してころしてコロシテ殺してやる……!」
「しっかり狙え、小僧。今からお前の信じていたその力は無情な現実によって無意味であると、お前の目に映るのだからな」
「ッ───ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!」
叫び声とともにステルベンの握るトカレフ T-33から1発の銃弾がヴェンデッタの心臓あたりの位置へと着弾する。衝撃に身を任せるようにヴェンデッタは砂地に倒れていき、彼のアバターと砂がぶつかる音のあと静寂が訪れた。
【トカレフ T-33】
旧ソビエト連邦、フョードル・トカレフが設計しトゥーラ造兵廠によって製造された自動拳銃。単にトカレフとして知られているこの銃は、本来必須である安全装置すら省略した徹底的な単純化設計によって生産能力の向上と撃発能力の確保を目的とした銃であり、過酷な環境下においても耐久性の高さを発揮した。
1980年代以降には中国で生産された本銃が多数密輸され、暴力団などの発砲事件にしばしば使用された事で一般人にもその存在が広く知れ渡った。
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証明開始
砂地に倒れ伏したヴェンデッタは動く気配を見せない。まるで糸の切れた操り人形みたく身動きをしない、この世界で事切れたかのようなままであった。発砲後の銃身から出される硝煙が揺らめいて上空へと漂う、トカレフ T-33を握ったステルベンの手が重力に従って力なく下がり髑髏面を被っていない彼の嗤い声が砂漠地帯に木霊していく。
「無様、だな! 最強と、呼ばれた、ヴェンデッタも! この力の、前では、無力だった、ことが、証明された! お前も、やはり偽りの、強者だったと、いうことだ! 」
嗤って、笑って、呆気なく終わったことに対する可笑しさで勝利宣言を彼はした。悦に浸り意気揚々と砂漠のど真ん中で彼は笑い続けた、もはやヴェンデッタの方を見向きもしない。完全に終わったと考えていた。──その声が聞こえるまでは。
「何か嬉しいことでもあったか、小僧」
「────はっ?」
ステルベンが振り向く。そこに居たのは先程倒れて何のアクションもしなかったヴェンデッタが、幽鬼の如く彼を見つめて立っていた。殺した筈の男の幽霊をその目で見ているような気分を錯覚したステルベンは、1歩ずつゆっくりと近付いて来るヴェンデッタに対して恐れ始めた。自身でも気付いてない程の僅かに芽生えた恐怖でも、咄嗟の行動へと狩り立たせるには十分であった。
後退することも忘れてステルベンは発砲した。その銃撃は既に見切られているように何度も避けられ、遂にヴェンデッタがトカレフ T-33をその手で掴むと、銃口をステルベンへと向けるように回してディザームを行い、隙だらけの腹に靴底をぶつけるように蹴った。砂の地面に叩き付けられたステルベンは肺から強制的に息が吐き出され、今の状況に対し呆然とした様子のままヴェンデッタを見る。そのヴェンデッタはトカレフ T-33のマガジンを引き抜くとスライドを引き、そして銃を分解して砂の地面へ投げ捨てた。
全ての装備が無くなった今、ステルベンが目の前の男に対処できる術は何一つとして無い。倒れている彼の目線に合わせるように、ヴェンデッタはその場にしゃがんでステルベンの目を見た。
「なぜ……なぜ、死なない……?! なぜ、死んでない?!」
「お前の力が偽物だったからだ」
「違う……! この、力は、間違いなく」
「お前の発砲はカモフラージュなんだろう、ステルベン。現実との区別もつかなくなったか阿呆」
ゆっくりと立ち上がり、ヴェンデッタがステルベンを見下ろす。目の前の男は全てを見透かしたような声で、閻魔大王みたく淡々とステルベンのしでかした全てを暴くかのように、推理を伝え始めた。
「お前が如何にして仮想世界越しに、現実世界の人間を殺したのか言わせてもらうとしよう」
ヴェンデッタはゆっくりとした足取りで、ステルベンの足元を中心に移動していく。
「まずお前が引き起こした事件、正確にはお前たちが引き起こした事件を伝えるとしようか」
「ッ────」
「先月11月、ある人物が死亡した状態で自宅アパート内で発見された。死後数日経って腐敗状態も進んでおり警察はVRゲーム中の生活習慣病、心臓発作あたりを死亡原因として断定。まぁ司法解剖の結果から健康状態が悪かった上、何の痕跡も見つからなかったんだ、そう思っても不思議ではない……だがそれはお前たちの殺害計画の犯行によるものだった」
「……デタラメ、だ」
「本当にそうかは俺の推理を聞いて判断しろ。もっとも、お前たちには分かりきったことだろうがな」
ヴェンデッタが軽く喉の調子を整える。それが終わり、また言葉が続けられた。
「そして先の1件に続くようにして、また1人VRゲーム中に死亡していたことが発覚した……これもお前たちの企てによるものだ。違うか?」
「……違うに、決まってる。どこにそんな、証拠がある? 当てずっぽうも、いい加減にしろ!」
「証拠なら今お前が持っているだろう、複数の証拠のうちの1つだがな」
ステルベンが押し黙る。人が黙るのは言いたくない事がある時か、図星を突かれた時だ。
「今お前が装備しているメタマテリアル光歪曲迷彩、お前たちはそれを犯行に使用した」
「ッ────」
「殺害方法はこうだ。まずBoB参加者が商品を受け取る際に記入する住所を、1人がメタマテリアル光歪曲迷彩で姿を隠しながら盗み見る。確認した住所を実行犯に向かわせてターゲットの部屋に侵入し、GGOでの発砲に合わせて現実で殺害。これでGGOの発砲が現実世界の人間を殺した、という不可思議な状況が完成するわけだ」
「たった1つの、もので、犯人扱いだと……? イカれて、やがる。ただの、妄想だ」
「お前に言われたくないな。それに他にも証拠はある……まず殺害に使われた凶器から説明するとしようか」
ヴェンデッタが1つ息を吐き、ステルベンの様子を伺いながら話を続ける。動揺している様子は見られない。
「先程言った不可思議な状況を成立させる凶器は限定されてくる。もしナイフなどの刃物やロープなどを使えば必ず痕跡が生まれる、素手でも同様にな。となれば使用された凶器は薬物に限定されていく……その薬物を体内に送り込む為の注射器も使ってな」
「──ハッ、お前は、馬鹿か。注射の、痕跡も、残るだろうが」
「いいや残らんさ、何せ実行犯は針のない注射器を使用したからな。注射痕は目立たん、もしくはそれに類するものを使用して薬物を被害者の体内に打ち込んだ」
「ふざける、なよ、貴様……!」
「至って真面目だ。──ところでお前、どんな薬物を使用すれば心臓が止まると思う?」
「あ゙っ……?」
「ある記事に書かれていたが、心臓を停止させるには幾つかあってな。1つは薬殺刑に使用される麻酔薬、次に筋弛緩剤、そして塩化ナトリウムだ。これらの情報をもとに犯行に使用されたものを推理していくと──消去法で筋弛緩剤が該当する」
「ッ────!」
ステルベンが僅かに動揺の色を見せた。好機と言わんばかりに彼は攻めの態勢を取る。
「消去法で考えた場合、まず塩化ナトリウムは除外される。何せ塩分過多による死亡なら司法解剖で発覚される危険性があるからな、あとは麻酔薬か筋弛緩剤だが……アーカンソー州やオクラホマ州では薬殺刑に鎮静剤を打ったあと致死量の麻酔薬を打ち込まれるものの、過去に死にきれなかった事件が起きている。ましてや合併症や死亡事故もある麻酔薬とはいえ、生き残られる可能性を考えれば麻酔薬は不適切。ならば残された筋弛緩剤こそが凶器だと結論づけた。先の2つとは違い、打ち込めば確実に心臓の動きは弱まり停止するからな」
「……だが、解剖すれば、分かるはず」
「ああ。だが遺体は発見時、死後数日経っていて腐敗していた……これはお前たちにとってラッキーだったろう。体内に残留するはずの薬物が消える時間があったのだからな。報道内容に対して笑いを堪えるのに、さぞ必死だったろうな」
「……もし仮に、そうだとして、どうやって、侵入した? それが、分からなければ、成立はしない! ただの、妄想に、過ぎない!」
「先の言い訳でお前が犯人だと公言したように思えたが……これ以上墓穴を掘っても意味は無いぞ、その方法は既に分かっている」
「な……に……?」
「針のない注射器、致死量の筋弛緩剤。筋弛緩剤はともかく針のない注射器を手に入れるには医療機関から盗むしかない、それを鑑みるにお前たちの侵入方法はある物を使用した行為──救急隊のマスターキーを使用した侵入だ」
ステルベンの動揺が大きくなった。ヴェンデッタから目を逸らしたが、最早それは図星と捉えられる。
「実行犯は救急隊のマスターキーを使用し、鍵を解錠したのだろう。鍵や錠前の記録に残る可能性もあったとはいえ、事故死と判断されれば不必要に調べる事は無いものな。そしてこれらから推測するに、複数犯の内1人以上は確実にどのような人物かが分かる──病院関係者であり、このGGOでのプレイ時間を確保出来る立場にあることがな」
「ッ……! ッ────!」
「おそらくだが、医院長の子息やそれに続く役職の子息といったあたりか。医療従事者はそんな暇を作る事もゲーム時間を確保する事も難しい立場にあると定義すれば、自ずとそう考えられる」
それを言い終えると、ステルベンが飛びかかってきたが慌てることなく避け、突っ込んだ勢いを利用して投げ飛ばす。ヴェンデッタの視線は彼を未だに見下ろしていた。だがステルベンはヴェンデッタを見やると、笑いながら言った。
「それがどうした。お前が、どうした所で、俺を、ここに閉じ込めた、ところで、確実に、人間は、殺される! お前の、推理は、無意味だ!」
「ほぉ、自棄になって認めるか……なら良いことを教えてやろう」
ヴェンデッタ自身の顔を、反対になったステルベンの顔へと近付けて現実を告げた。
「実はお前の共犯者を警察が追跡していると言ったら、どうする?」
「…………はっ?」
「先に言っておくが、俺が記入した住所。あれは俺が人から許可を貰って使用した偽の住所だ、キリトも同じく偽の住所を記入しているだろう。それと俺の知り合いに警察の関係者が居てな、協力者と連携して確保に当たっているのだが……それでもまだ無意味と言えるか?」
ヴェンデッタが首を傾げた途端、ステルベンの体が震え始め彼は大声で叫び始めた。咄嗟に顔を上げて離れると、まるで子どもが駄々を捏ねているように暴れ始めたステルベン。もはや取り繕うことも出来ず、感情のまま暴れるしかないのだろう。聞いているかは定かでないが、ヴェンデッタは言い放つ。
「もう終わりだ、ステルベン。お前の居場所も協力者が調べあげた、お前たちが企んだ犯罪計画も水泡に帰す──大人しく罪を認めるのだな」
そして段々と、ステルベンの動きは緩慢としたものへとなっていった。
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夜明け前
「ヴェンデッタ!」
「V!」
砂地を走ってキリトとシノンの2人が彼のもとへと向かって来ている。ヴェンデッタがそちらへと視線を向けると、キリトは砂地に落ちているレイピアと仮面の残骸を手に取って何かを思い出そうとしていて、シノンは近くまで駆け寄りヴェンデッタにある胸のダメージエフェクトを見て慌てて訊ねた。
「V、生きてるわよね?! 撃たれて何ともないのよね?!」
「落ち着け、心配ない。それよりシノンに聞きたいことがある」
「なに?」
「リアルのことだ。自宅に鍵とチェーンは掛けているか?」
「掛けてるけど、それよりVあなたの」
「お前に誓ったんだ、この程度で死ねるものか……とはいえダメージは手痛いがな。ボディアーマーを着ているとはいえ1割失ったのはキツかった」
「よかった……!」
若干強めにシノンが身を寄せて抱きしめ、ヴェンデッタはその事についてとやかく言わず遠慮がちに彼女の頭に手を添えようとしたが、その手はシノンを包むように回し肩に置かれた。少しの間そうしていると、キリトが落ちていたレイピアと仮面の残骸を持って2人に近寄り、倒れ伏しているステルベンを見やる。彼はようやくこのプレイヤーが何者であったのか思い出したのだ。
「ヴェンデッタ、コイツの正体を思い出したよ」
「……何だった」
「元笑う棺桶……ラフィン・コフィンのNo.2、ザザ。赤目のザザ、それがSAO時代の名前だ」
「成程、赤目……ねぇ」
ステルベンが被っていた仮面の残骸、目にあたる部分が赤いのは彼がそう呼ばれていた事からと結論づけると、シノンの肩を軽く叩いて少し離れるようにと伝える。とはいえ彼女からすればヴェンデッタの今までの行為は無茶無謀のそれに捉えられるのは致し方なく、彼の腰に回した手の力を逆に強めていく。それが地味にHPに影響していることに関しては口を噤み、ただステルベンに聞きたいことがあると説得するとその手を離した。
ヴェンデッタは倒れているステルベンの近くまで歩み寄り、彼の右側に着くとその場にしゃがんで訊ねた。
「なぜ、お前たちは人を殺すまでに至った?」
「…………あっ?」
「私怨によるモノとはいえゲーム内の復讐で済ませられるこの世界で、一体なぜ殺人という選択肢を取った? どうしてそんな選択肢しか取れなかったのか、俺は知りたい。知る必要がある」
「……それを、知って、どうする」
「俺は自分からこの事件に首を突っ込んだ。己の探究心に身を任せここまで来た、そしてそうしたのなら最後まで責任を持ってこの事件と関わる必要がある。そう決めたからだ」
「……お前、筋金入りの、馬鹿、なんだな」
「馬鹿で構わん。馬鹿でなければここまで来ることは出来なかったからな」
ステルベンの鼻が鳴る。付ける薬すらないヴェンデッタの有り様には最早言葉が出ない、我を通す性格のヴェンデッタは彼からすれば苦手な部類なのだから。
「楽だった、からだ」
「楽、か」
「ああ、それが、一番、手っ取り早い。気に入らない、奴は、この世から、消す。それが、楽だった、からだ」
「……それしか知らなかった、の間違いではないのか」
「いいや、違う。殺すことが、楽だった、からだ」
「ならお前の発言はおかしい点だらけだな」
「何だと……?」
「わざわざ殺害計画をたて、その為に物を用意して、実際に行動に移す……これのどこに楽がある。殺害計画がバレる可能性、盗難されたことが発覚する可能性、実行する際に誰かに見られる可能性。挙げたらキリがないがお前たちがやって来たことのどこに楽があった?」
その言葉にステルベンは何かを言おうとしたが、何も言うことは出来なかった。実際に行動するとなればそこにリスクは必ず生じる、それでも彼や彼の共犯者たちはそんな危険性を乗り越えてことを成したのだ。リスクを恐れる人間ならまずこんなことをしない。
「お前はSAO時代で自身が行った方法しか知らなかったんだろう、復讐するにしても方法は幾らでもあった。なのに何故」
「…………なら、お前たちは何故、ゼクシードを殺す、依頼を、受けなかった?!」
ステルベンの体が跳ね起き、ヴェンデッタの胸ぐらを掴む。それにより2人の距離が近付き顔とガスマスクが着きそうなまで近付いた。
「あの時、お前たちが、依頼を受けて、いれば! 俺たちが、事に、及ぶことは、無かった! お前が、殺していれば、俺たちが、やらずとも、済んだ! 全て、全てお前らの、せいだ! お前の、せいだ!」
「ザザ、お前──!」
キリトが何かを言いかけた。シノンはステルベンに何かを言おうとした。だがヴェンデッタはそれを止める、胸ぐらを掴んだ彼の手をゆっくりと外していき、ヴェンデッタは言う。
「……確かに、この責任の一端に俺が関わっている事は認めよう。お前たちの殺人行為に、俺がゼクシードを殺さなかったことが関わっているのなら、お前たちに謝罪をせねばなるまい」
“すまなかった”と、ヴェンデッタが頭を下げた。その行動に3人とも驚いて、特に一番驚いていたのは彼を罵倒していたステルベン本人だった。しかしヴェンデッタもただ謝った訳では無い、言葉を紡ぎ続けていく。
「だがそれでも、現実世界での殺人に手を染めるべきでは無かった。俺に頼らずとも、現実で殺さずとも、もっと他に方法はあった……お前たちはもっと探し続けるべきだったと俺は思う。今のお前たちにあるのは正義などではなく、忌むべき真実なのだから」
ヴェンデッタが掴んでいる手から力が抜け始めていく。ステルベンにとって、彼にとってその言葉は初めてであったからだろうか。復讐を肯定しながら、もっと別の道があったと語ったことに頭が混乱していく。
「何だよ、それ…………アイツじゃ、ないのかよ」
小さく呟かれた言葉を皮切りに、ステルベンの頭上にDISCONNECTIONの表記が現れ彼の意識が現実世界へと戻って行った。最後に呟かれた小さな本音が、ヴェンデッタの頭の中で反芻していく。しかしそれよりも、漸く死銃事件と称された出来事が佳境に向かっていることにキリトが安堵の息をついた。
「終わった、のか……」
「いや、まだ終わっておらん」
キリトの呟きにヴェンデッタは答える。そう、まだ完全に終わっている訳では無い。問題はまだ積まれたままだ。
「シノンのリアルが気になる、警察を手配しているとはいえ殺害対象の1人と考えるのなら安否を確認せねばならん」
「……それって、リアルで会わなくちゃならないってこと?」
「その通りだ。言いたくはないだろうが、シノンの住所を」
「分かった。住所は──」
「ちょっと待て」
突然のことでヴェンデッタが頭を抱えることになる。ガスマスク越しということを忘れて眉間を押さえようとしたが、阻まれてできなかった。逆にシノンはあっけらかんとした様子でヴェンデッタに疑問を呈じる。
「何よ、助けてくれるんじゃないの?」
「いや助けるがな。もうちょっと抵抗感というものをな」
「あなたは私に嘘をつくような人なんだ」
「そんなことをして何の意味があるんだ、そうじゃなくてだな」
「なら、私を助けて。助けてほしいから、あなただけに伝えるの」
「……女が無敵になる時はかなわんな、本当に」
キリトの耳に入らないように、シノンはヴェンデッタに耳打ちして住所を伝える。反対に彼の方も住所を伝えてバイクで迎えに来ることを伝えて、ヴェンデッタは重い腰を上げる。
「さて、早々に決着を付けねばならんが……何か案はあるか?」
「……全員一斉に銃を向けて頭に1発とか?」
「それより良い方法があるわよ」
シノンはキリトを手招きし近寄らせ、所持していたボール状のグレネードを起動させるとヴェンデッタに握らせて、身体を密着させた。すぐにヴェンデッタはキリトを拘束し動きを封じさせた。
「えちょあっ?!」
「悪いなキリト、そういう訳で自爆に巻き込まれてもらうぞ」
「そういう訳ってどういうわk」
キリトがそう言い切る前に閃光が3人を包み込み、ヴェンデッタの手から爆発が巻き起こった。このGGOの歴史に3人同時優勝という、これまた異例の事態が観客の目に記されたのであった。
現実世界に戻った
「朝田さーん、僕だよ。お祝いに来たんだけどー」
その声に聞き覚えはあった。彼女の知り合いである新川恭二のものだったため足を動かそうとしたが、重りのついた枷でも取り付けられたかのように虫の知らせにも似た何かが行くなと警告しているようだった。
「ねぇ、朝田さーん?」
そして何より、朝田詩乃の頭の中にはヴェンデッタの言葉が染み付いていた。助けると豪語したのだ、彼が来るまで待ってみる選択肢を取ろうとした途端、鍵がひとりでに開きドアが勢いよく開かれようとした。
「ひっ──!」
「ねぇ朝田さん、これじゃあ入れないよ……ねぇってば──ねぇ!」
ガチャガチャとドアを開けようとするがチェーンによって阻まれる。だが少しして新川恭二に近付いてくる足音が聞こえてきた。
「何だお前……がっ?!」
「ここで何をしようとしていた、君?!」
「離せ……くそっ、離せよっ!」
「話は署で聞かせてもらう!」
ドアが閉じられ、2人の声だけが聞こえている。警察と思わしき男の声と、聞き慣れていた筈の新川恭二の声だけが夜中に響き、何やらガチャりという音がしたとともに1つの音が止んでドアがノックされる。
「大丈夫でしたか?」
「は、はい! あの──」
「今はまだ外に出ないで下さい! すぐに応援を呼びます!──あ、おい待て!」
どうやら新川恭二が隙をついて逃げ出したのだろう、ドタドタと慌ただしい音が離れていくと彼女はチェーンを外してドアを開ける。寒い空気が部屋へ侵入していくが、今はそれよりあの2人がどうなっているかと気になって外へ出ると、直後にバイクのエンジン音が聞こえた。それは詩乃のアパート前に近付いた所で止まると、降車したバイクの運転手が新川恭二を拘束した。
警察らしき男がその2人に近付くと、運転手は彼を手渡して被っていたヘルメットを脱ぐ。何やら会話をしたあと運転手である男は詩乃のもとへと向かい、1階から声をかけた。
「遅くなってすまんな!」
その声がした男のもとへと彼女は一目散に向かっていく。靴も履いていないし防寒着を着ている訳では無い、ただ無性にその男に向かいたくなった詩乃を、男は受け止める。彼女の心はただこの男を思うだけで満たされていく。
「遅い……」
「悪かった。これは俺の失態だ」
「ねぇ」
「ん?」
「名前、教えて。V」
「……睦希 亮司。お前さんの名は? シノン」
彼女はその問いに、笑顔でもって答えた。
「朝田 詩乃──改めて宜しくね、V」
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朝日
軽快なアラーム音が部屋を駆け巡るように鳴り始めた。視界が真っ暗で目の辺りにごわごわした感触があるのは、彼がアイマスクをして眠っていたから。アイマスクを取ると彼の視界に映るのは住んでいるマンションの寝室ではなく、パソコンなどが設置された1人用の個室らしき場所。デスクに置かれている充電器に繋がれたスマホのアラームを止めて、今の時刻を確認すると8時であった。彼、睦希 亮司はネットカフェで目覚める。
荷物をまとめて鍵付き個室から退出し、顔を洗ってから料金を支払いネットカフェから退出する。冬の寒さが顕著な今、早朝の寒さ具合は我慢しようとしても出来るものではなかった。とはいえ何枚か着込んでいる睦希からすれば、若干の寒さはあれども我慢できない程ではなかった。停めてあるバイクまで歩き、乗車すると彼はある場所へと向かって行く。やがて辿り着いた場所は警察署、ここに集っていた報道陣の影は無く来客用の駐輪場に停めると彼は署内に入っていく。
彼がここに来た理由はたった1つ、本心を聴きに来たのだ。心の奥底で積み重なった負の感情をこの耳で聴く為に、自らが相対してこの騒動の全てを知るために睦希はここへ来た。少しして菊岡が警察署に到着し準備は整った、8時半になった所で警察職員が2人を案内し彼らはある人物と出会う。
この事件に関わった、
そうしておよそ2時間は経った辺り、警察署から出てきた睦希は盛大に腹を鳴らす。この時間まで何も口にしていないため致し方ないが、こうも大きな腹の虫を鳴らして羞恥のひとつも感じない睦希を見て菊岡は少し噴き出した。菊岡は少し早い昼食を、睦希は遅めの朝食を摂るため近場の喫茶店に寄る。目の前で蕎麦飯を頬張る睦希の食べっぷりに感嘆しつつ、菊岡はコーヒーカップを置いて訊ねた。
「ねぇ、本当にやるのかい? 態々君がしなくても良いと思うんだけど」
咀嚼のあと胃へと流していき、水を少し飲んで1つ息を吐くと睦希は答える。
「阿呆。ここまで関わってきて今更人任せにするのは気が引けるのだ、彼奴との約束も無下に出来ん」
「変な所で強情だね君、普通事件に関わって解決に導いただけでも勲章物なのに」
「悪いがやり切らねば納得のいかん質でな。それに──」
「ん?」
「……俺は、人から理解されずに生きてきた。彼奴の、新川昌一の味わった苦しみとはベクトルが違うが、人から受けた苦しみの重さは十二分に知っている」
睦希はその言葉を述べた後、また蕎麦飯を口へと放り込んでいく。が、1口放り込んだだけで先割れスプーンを持つ手を止めると続けて言った。
「新川昌一も、新川恭二も、都合のいい人形ではなく意思持つ人間なのだ。そいつを分からせなければ俺の怒りが収まらん」
「……自分の怒りを鎮めたいがために、君はそうするのかい?」
「否定はせん。結局のところ、俺のやっている事はエゴそのものだ。……自分ではそう思ってなくとも、心の奥底でそう感じているから動いているだけなのだからな」
「……僕は君のことを知らないけど、今のでこれだけは言えるかもしれない」
「あっ?」
「君はすごく誠実な人なんだね」
「…………ハッ」
照れ隠しかは分からないが、蕎麦飯を運ぶスピードと量が若干増えた。小声で“何を馬鹿な”と呟く睦希が、今は何故か守らねらばならない人として菊岡は見えていた。やがて蕎麦飯が紅しょうがごと皿から綺麗に無くなる頃には睦希の居心地は良いものとは言い難い空気があった。先程から妙に菊岡の視線が生暖かいと感じられる。
「……いい加減こっちを見るな、気色悪い」
「おっと、それは傷付くな」
「俺が男からの生暖かい視線を受け取って喜ぶ奴だと思うか?」
「さぁ? 案外喜びそうだけど」
「はっ倒すぞキサマ」
会計を済ませて足早に喫茶店を出ようと試みた睦希だったが、先に財布を取り出した菊岡が睦希の分も払ったことで少しの食費が浮いた。喫茶店を出た2人は日が出て若干暖かさの感じられる外へと出て、バイクの所へと向かおうとした睦希を菊岡は止めて話をする。
「そうそう、君が師匠と呼んでいた人に来た襲撃犯なんだけど5人全員武装していたらしいよ」
「5人? それに武装?」
「ああ、笹森さんの話だとB.Cの裏サイトに書き込みがあったらしい。代わりの者を手配したいとの内容があった、多分本来君のところに向かう筈だった金森敦がやったんだと思う」
「危機を察知したか……頭の回る奴だ」
「恐らくね。あと、新川医院長の件は必ず通しておくよ」
「頼むぞ」
「任せてよ」
日も暮れた頃、朝田詩乃は昨日今日とで病院で事情聴取を受けていた。昨日も事情聴取が午前2時まであったことで、今日の授業はうつらうつらと眠気に負けかけていた時が多く、放課後になれば警察の人間がまた事情聴取をしに来た上に保護者である祖父母が慌てて来ていたこともあって、疲れが溜まっていた。ここまで疲弊しているとすぐに眠ってしまおうと考えるのは当然なのだが、そんな意思を中止するようにドアがノックされた。
眠たげな目をしたまま、ドアの向こうに居る人物に向けて“どうぞ”と言って入るように促すと、スライド式のドアが開かれドアの向こうに居た睦希が室内に入ってくる。急にやって来た想い人に驚いて一気に目覚めた詩乃は、今のこの姿を見られたくないのか布団にくるまって隠れてしまった。そんな様子を見て僅かに口角を上げた睦希は、パイプ椅子に座って買ってきた土産を棚に置いた。
「どうやら就寝前だったらしいな」
「うううう……!」
「かかっ、タイミングが悪かったのは謝罪しよう。その誠意としてではないが、ちと良い物を買ってきた。こっちを見てくれ」
どこか古風というか昔っぽさのある言葉遣いをする睦希の発言を気にしてか、ゆっくりと詩乃の向きは睦希が居る方向へと回っていき布団から顔を覗かせる。彼女の目に映ったのは散々GGOで見てきたような、にへらとした笑顔とその隣にある1房のシャインマスカットが入ったバケット。東京という場所において、こうした高級品を何ともないような雰囲気で買ってきたと豪語する睦希が一体何なのかは、一先ず頭の隅に置いた。
布団から出て体を起こし、シャインマスカットを一瞥したあと睦希を見る。彼女がそうしたため睦希も同じようにシャインマスカットを見て詩乃を見やる、何か思い当たることがあったのか腑抜けた感じの声を出したあと言った。
「一応皮もそのまま食せるからゴミが出る心配は要らんぞ」
「違うから」
「む?」
分からない様子を表しているかのように首を傾げる睦希が、今の詩乃にとってはまだ知らない意外な一面を見れたと内心ガッツポーズをしたものの、本来の目的を達成するために睦希にお願いをした。
「食べさせて」
「ん?」
「だから、その……食べさせて。あなたが」
「…………ふぅむぅ」
「誤魔化してもダメよ」
「いやそうではなくだな」
正直なところ睦希は今混乱していた。とはいえ昨日にやられたキスやハグ、そして躊躇なく住所を伝えるといった出来事でも混乱していたのだが。
「お前さん、抵抗は無いのか? 普通こういったものは単なる知り合い同士がやる訳では」
「何で抵抗がある前提なのよ、あなたなら別に何されたって良いのだけど」
「うむ。ここに居るのが俺とお前さんだけで良かったな、先の発言は完全に誤解されかねんぞ」
「真実にすればいいのよ何言ってるの?」
「こやつ無敵か?」
ここまで会話のドッチボールが成立しない事に頭を抱えている睦希は、詩乃が自分の意思で開けた状態にある口元と餌を待つ雛鳥を幻視する様子の彼女の様子を見てどこか諦めた形で、シャインマスカットを1粒もぎ取って詩乃の口へと運んでいく。
とはいえこうした餌付けにも見える行為は、睦希とて風邪を引いた時のイザベラと香蓮にしかやってない上に、その時はリンゴであったため特に躊躇なく行えたが今回はリンゴと比較して小さいため、なるべく丁重に口へと運んでいたのだが。その遅さが煩わしかったのか、はたまた若干眠気の残った状態で口へと向かう睦希の指を見てやってみたくなったのか。シャインマスカットを摘んでいる指ごと詩乃自ら口へと入れた。
「ッ?!」
「ん〜……おいひっ」
「ちょっ、待っ……おい」
「んぅ?」
もはやシャインマスカットではなく睦希の指を食しているのではといわんばかりに舌を使って舐めている。彼女の肩を軽く叩いて歯を傷つけないように指をゆっくりと引き抜くと、てらてらとした銀色の橋が出来上がっていた。
「あっ……」
「あのなぁ。こういう事はもっと好いている奴にだな」
「私は、Vのこと好きだけど」
「はっ?」
「あんな告白まがいなことをして、私をこんなにした責任を取ってくれないのね……薄情者」
「こくは……あぁ、確かにそうとられかねんあれだったな」
今度は睦希自身がしでかしたGGOでの出来事に頭を抱えた。あの言葉もそうだが、普通好きでもない相手にキスをするわけが無いと悟りつつどうしたものかと悩ませた。そして最後の薄情者が彼にとってはクリーンヒットだったらしく、考え抜いた末に1つ息を吐いて詩乃に伝える。
「なぁ、シノン」
「詩乃って呼んで」
「いきなりハードルが高くないか」
「良いから早く、ほら」
「えぇい…………詩乃」
「なに?」
「お前さんの気持ちは分かった。分かったんだがな……そのな、色々と伝えねばならん事もあってだな。いやお前さんの「詩乃」──詩乃の思いも大切にしたいのだがな、うむ」
「勿体ぶらずに言いなさい。銃士Xかレンのどっちかと付き合ってるでも良いから、説得して共有するように交渉するから」
「自分の発言分かってるかお前さん? というか何故付き合ってると分かったのだ?」
「今思うと距離が近かったし、もしかしたらって」
「あー…………」
睦希は悩む。それはそれは悩む、とはいえ意を決して言わねばならない事でもあったため言うことにした。
「実はな」
「うん」
「……両方と、お付き合いをしている」
「……うん?」
どうやら女であっても、その事実は判断できなかったらしい。ポカンとした彼女の表情が睦希の記憶に鮮明に残った。
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目覚まし時計
夜の闇が空を染めて人工的な光が明るい時の色合いを再現している頃の時間帯、病院の一室で睦希は詩乃の冷ややかな視線を一身に受けていた。それもそのはず、現在睦希はイザベラと香蓮の2人と交際関係にあり2人とも睦希の女で良いと了承を貰って絶賛公認二股中なのだ。その事実を聞かされた証左として汚物を見るような目であるのは致し方ない。世間一般的の常識から考えて本来有り得ないことなのだから、こういった蔑みの目を向けられる事を予知していない訳ではなかった。
睦希の二股は咎められるべき事とはいえ、並々ならぬ事情あってこのような形になっている。その並々ならぬ事情を言えないを聞こうとしている今、睦希は頑なにそれを口に出そうとしていないため問い詰めてられている最中であった。そして彼女の視線が痛い。
「だからだな、その……俺の口から言うのは憚られる事なのだ。詩乃もあまり良い気分にはなれん」
「今の私も良い気分じゃないけど」
「それは悪いと思っているが」
「悪いと思ってるなら白状しなさい」
「うぐぅ……」
すぐに何も言えなくなった。どうしようかと悩みつつ頭を左右に振って、色々と考え始める。しばし考えて少しだけ息を吐き、自らの視界に封じていた過去の幻覚が映りこんだ。また感情が湧き上がりつつあった。
「……聞いても気分が悪くなるぞ」
「これ以上気分が悪くなるもの?」
「ああ──いや、違うな」
「どういう意味?」
「俺の気分が悪くなるからだな、言いたくないのは」
「……なら先にそう言えば良かったじゃない。人のせいにしないでよ」
「それはそう、だな。とはいえ聞いても気分の悪いものになる話題には違いない」
「それは、なに?」
「……昔の話だ」
1つ息を吐く。疲れた様子を見せている睦希の記憶には、過去の忌まわしき全て。
「……PTSDだったのだ、昔な」
「……あなたが?」
「ああ。今もまだ、その残滓は残っている」
開いた両手を見つめた。少しだけ息が荒くなったことに気付いた睦希はお土産として持って来たシャインマスカットを1粒口に放り込んだ。果実の甘みが思考を一時的に戻し、また言葉を続けた。
「かなり酷い状態だったものだ、眠れば悪夢が必ず襲い精神と肉体を磨耗していった。酷い時はぐちゃぐちゃになった感情までもが俺を苦しませた……とても、疲れたものだ」
目に見えて疲労している睦希を止めようと、詩乃は言おうとしたが構うことなく続けた。
「その時に香蓮と、レンのリアルと出会った。俺の世話で疲弊していたイザベラ、銃士Xのリアルを手伝う形で彼女の世話になった……そうしていく内に香蓮とも男女の仲になったというわけだ」
「……その、ごめんなさい」
「謝られたらこちらがどうして良いか迷うのだがな」
いつもより少しだけ苦しそうな笑みを零した睦希は、この重苦しい空気を払拭しようと自身の頬を叩いて椅子から立ち上がる。少しだけ体を、ほぼ90度フルに曲がる両肩の関節を動かしてこの感情を誤魔化していく。彼女の方に振り向いて、別の話題を投げかけた。
「それはそうとして……明日、放課後から時間は空いてるか?」
「え、ええ。何かあるの?」
「いや、事件のその後を聞ける機会があってな。新川恭二のことも気になっていると思ったしだいだ……別に聞かなくても構わんのなら、それはそれで良い」
「……行くわ、私」
「そうか。なら、連絡先……よりも時間と場所を聞いておいた方がいいな。構わんか?」
「あなたになら、それぐらいのこと教えても良いんだけど」
「だからお前さんは抵抗感というものをだな」
彼女は自身の通う学校の名前と放課後となる時間帯を伝えて、それをメモしている睦希の腕に手を置いた。彼は入力している手を止めて、詩乃と向き合った。彼女の顔は影のあった表情をして睦希の目を見ていた。
「その、さっきはごめんなさい」
「……知らなかったんだ。そればかりは仕方ない、人の事は分からんのが当たり前だ」
「それはそうだけど……」
「何か気がかりでも?」
「……私も、PTSDだから」
「……そうか」
「何でか聞かないの?」
「お前さんが……詩乃が言える時まで待つさ。なに、待つのは慣れているんでな」
「……ズルい人」
「こういうのが得意なだけだ、男というのはな」
メモを取り終えて、彼女の手に睦希自身の手を添えてゆっくりと腕から外していく。そこから彼女の手を包み込むように握って、別れの挨拶だけをして病室から立ち去る。1人残された詩乃の手にある温もりと僅かな重みが、彼女の眠りを深いものにさせていった。
翌日、放課後の時間帯になって詩乃は校門前に居るであろう睦希のもとへと向かおうとしていた所に、水を差してくるように現れたケバケバしい女子生徒たちが彼女を誘導する。内容は至ってシンプルに、金を要求していたのだが面倒そうに拒否をして遠藤と名乗る女子生徒がプラスチック性のモデルガンを手に詩乃の脚を狙っていた。けれど詩乃自身、今目の前で起きている事にどこか達観したものを持っていた。
目の前にあるのはプラスチック性の玩具。人を傷つけられる癖に殺すことはできない玩具として見えていた、何も考えず遠藤の手にあるM1911 ガバメントをディザームして後退しながらスライドを引いて構えた。そして手に取って初めて理解した、未だに少し緊張しているけれど以前ほどではない。もうこれが恐怖の対象として見えていなかった。スライドを引いてグリップから分解させると地面に落とした。
何も言わずただ一瞥して詩乃は待っているであろう彼の元へと向かう。校門前には人だかりが出来ており、その中心に居る睦希はスマホで誰かと会話しているようだった。他の女子生徒が居る中、堂々と彼のもとへと行き通話を終えた睦希の視界に映らせた。
「お待たせ」
「そこまで待っておらんさ。ほれ」
睦希からヘルメットを受け取り被って、止め具をつけると彼の乗るバイクの後部座席に座って腰に手を回す。周りからの黄色い声や視線がうるさく感じられるが、この温もりに身を寄せてそれらを遮断させていく。バイクのエンジン音が鳴って目的地へと向かう最中、睦希の腰に回した手の力を強めた。冷たい風を感じるよりもこの温もりをもっと味わいたいと願って。
しかしそんな幸福な時間も長くは続かず、銀座のとある洋菓子専門店に訪れた2人はそこで菊岡と桐ヶ谷和人と合流する。席に座って事の顛末を菊岡が話していく。基本的な大筋、つまり犯行予定は睦希が推理した通りのものであったが肝心のターゲットに、ペイルライダー、ギャレット、シノン──そしてヴェンデッタ含めたプレイヤーを狙っていたことを学生の2人は知る。睦希は既にそのことを聞いていた為、特に反応することなく皿にあるアップルパイを食べる。
「彼らの証言によると、非AGI型の実力あるプレイヤーに焦点を当てて計画を練っていたらしい。ゼクシードが生前に提唱してたAGI特化型のステータス最強論を唱えていて、その結果自分が弱くなってしまった……という逆恨みによる犯行だったらしい。とはいえ色々と彼らにもあったらしいんだけどね」
「色々、ですか」
「その事なら睦希君が1番詳しいよ。何せ彼の前じゃ2人とも暴露していたしね」
「会ったんですか、睦希さん」
「会ったな。奴らにも問題がたくさんあった……改めてだがよく知ることが出来た」
「何を?」
「人が犯罪をする時は、押し込めていた負の感情が一気に流れ出す時だとな。決して突発的なものではなく、日々の積み重ねによって成されてしまうことをな」
アップルパイをまた1口放り込み、咀嚼して飲み込むと睦希は続ける。
「その一端を担ったのは俺だ。画策していた事を知らなかったとはいえ、そうさせた責任は俺にもある」
「そして今日の夜、僕と睦希君は彼らの保護者に会いに行ってくることになった」
「会いにって……何するつもりなんですか睦希さん」
「ん、直談判」
「「はっ?」」
詩乃と桐ヶ谷の2人が再度訊ねることになるのも無理はない。なんの直談判かは分からないが、彼は今まさに渦中の人物と接触しようとしているのだから。
「いや、直談判というよりも一方的に話すだけになるのだがな」
「どういう意味よ」
「あの2人の話によれば、その医院長の親が根幹に関わっているのは間違いない。彼奴らの心の叫びを、奴に突きつけに行くだけだ。上手くアポは取れたんだろうな菊岡」
「手筈は既に整ってるよ。あとは向かうだけさ」
「ふむ、上出来だ」
それからあの2人のこれからについてだが、殺人を起こしているため家裁から検察に送検されるのは間違いないのは確かで、そのあと医療少年院に送られるのだそう。半分に残っているアップルパイを頬張って、睦希はこれからの事を考え始めた。彼はこれから愚かとも取られかねない行為をする、それを再三自身の頭の中で反芻していき、アップルパイを食べ終える頃に軽く息を吐いて意識を作り上げた。
【M1911】
ジョン・ブローニングの設計に基づき、アメリカのコルトファイヤーアームズ社が開発した自動拳銃。コルト・ガバメントの通称でも知られており、民間向けモデルの1つである「ガバメント・モデル」に由来している。
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叫び
夜。また夜のことだ。けれどもこうして車中で人工灯で煌めいた街中を見ながら、睦希は明日のことを夢見る。世間はクリスマスシーズン一色に染まり冷たい夜空の中で人を愛し、仕事をして、どこかで騒ぐ。光によって照らされた者にある影を無情にも照らしてあらわにしているようで、こんな思考を止められない睦希はセンチメンタルになる己を自嘲した。明日のことを今考えるようなワーキングメモリは備わってないと思い出し、今はやるべき事だけを考える。
菊岡の運転する車の助手席に、珍しくスーツ姿の睦希は盛大に溜め息をつく。変わる景色と車内の匂いに酔いそうになって、何も代わり映えのない車内の天井を見上げた。脇目でチラと見た菊岡が話しかけた。
「緊張してる?」
「車酔いだ……昔から慣れんのだ」
「そうなんだ」
「あと流れる景色を見るのも苦手だ、酔う」
「バイク平気なの?」
「空気が常に変わる環境なら平気だ」
「なら窓開けるかい?」
「いや、着いたらめいっぱい吸わせてもらう事にする」
「別にいいんだよ? 気持ち悪かったら今吸うのがいい」
「寒いのも苦手なんだ、勘弁してくれ」
「苦手なもの多いね君」
「対策してるなら別に良いんだが、今はその対策をしていないのでな」
「下にヒートテックなんか着てこなかったの?」
「あれは逆に熱くなりすぎる、肌が痒くなるんだよ」
「不便だねぇ、何かそういう体質なの?」
「思い当たるのは発達障がい特有の感覚過敏だろうな」
「えっ?」
思わず睦希の方を見たがすぐに前を見て車を走らせる。突然のカミングアウトを受けた菊岡の心境を察知しながらも、微妙に酔いが回ってきたために睦希は目を閉じた。
「意外か」
「そりゃね」
「まぁ言ってなかったしな」
「発達障がいの……なに?」
「何とは?」
「種類」
「高機能自閉症、ASDだ。とはいえ外見は普通に見えるからグレーゾーンというやつだ」
「なるほどね。にしても発達障がい者か……」
「分からんのは普通だ、見た目は健常者のそれと何ら変わらんしな」
「いや、あの時言ってた言葉の意味が分かった気がしたよ。理解されない痛み……君がそうだったからそう言えたんだなって」
「まぁ、な」
車のエンジン音をBGMにして目的地へと走らせていく。睦希は目を閉じたままこの車中に伝わる僅かな揺れだけを感じていた。呼吸はどこか眠りにつくような落ち着いたリズムで繰り返されている、いやすぐにでも落ち着こうとしているのだろうか。大きなあくびを1つ睦希は盛大にかました。
某高級住宅街にある1つの家、この家のリビングに3人の人間が居る。仮想課の訪問という形で菊岡と睦希は、目の前に居る新川兄弟の親である院長の前に居た。仕事の一環も兼ねているというていで菊岡に取り次いでもらい、この目の前に居る人間に対して彼らの慟哭を聞かせなければならないと睦希は考えていた。どんな結果になろうと、これは聞かさねばと信じて。
「────はい、ありがとうございます」
「満足したか。なら早く出ていってくれ、今は多忙なんだ」
「いえ、実は今回貴方にお伝えすべき事がありまして」
「何なんだ」
菊岡が睦希を見やる。頷きをもって返し、彼はスーツのポケットからスマホを取り出してボイスレコーダーのアプリを開くと、発言を始めた。
「私は貴方のご子息と話をさせていただきました。そこで聞いた話の中に貴方のお名前が出ていたんです」
「それがどうした?」
「なぜ彼らは犯罪をするまでに至ったのか……あなたにも知る権利はあると考え、こうして録音したものをご用意させていただきました。貴方にはこれを聞いてもらいたい」
「何かと思えば……今はそんなもの聞いている暇は無い。それに今回の確認はもう済んだ筈だ、早く出ていってくれ」
「──いや、アンタがこれを聞くまで出て行くつもりはない」
「何だと……?」
若干の声色と口調が変化した睦希を睨む。しかし一歩も引く様子を出さない睦希は発言を続ける。
「アンタにはこれを聞かなきゃならん義務がある。……いや、アイツらの心を知らなきゃいけない。今すぐにでも」
「そんな義務は私には無い。知る必要も」
「いいや大いにあるね。アンタのような人間に近い奴を見た事はあるが、俺はアンタのような人間こそ自分の子どもの心を知る必要があると思ってる──今から流すのは、新川昌一が流した嘘偽りない本音だ」
再生ボタンを押して、スマホの音量を大きくさせた。睦希の訊ねる声と新川昌一の叫びが流れ出す。
『君は、なぜ殺人という道を選んだ?』
『そっちが楽だったから……は、もう通用しないな。アンタには』
『ああ』
『────SAOで知ったんだよ。俺でもやれる事はあるんだと、くそったれな現実を意のままに操れるってことを、初めて知ったんだ……出来損ないの烙印を押された俺でも!』
『……出来損ない』
『ああそうさ。あのクソ野郎のもとで生まれて、生来の病弱気質であった俺をアイツは出来損ないだと言ったのさ……ふざけんな……ふざけんなよクソがッ!』
机らしきものを叩いた音が響く。嗚咽混じりの怒りが彼を呑み込んでいく。
『病弱だから跡継ぎには向かない?! お前は出来損ないだから何をやったって無駄?! お前には何の期待もしていない?! それが親の言う言葉か、それが子どもに向ける言葉かよええ?! あのクソ野郎は俺も、恭二も自分の子どもとは思っちゃいねぇ! 自分の権利を守るための道具にしか思っちゃいねぇんだ! でもSAOに居て初めて知れたんだ、こんな俺でも何かを成すことは出来て、影響を与えられる大きな存在になれることに!』
少しの静寂。ギシッ、とパイプ椅子が鳴った。どこか疲れたような声で話を続けた。
『……ところがだ、SAOから帰ってきた俺をあのクソ野郎は面倒そうな目で見てたんだよ。生きていて良かった、なんて言葉を言ってねぇ。まるでどこかで忘れてきたみたいによ、弟の恭二は起きてくれた俺を喜んでたのにな』
『……父親と、弟さんだけか?』
『ああ。母親は離婚してる、あんなクソ野郎から離れていったの正解だったな……人を物として見てる奴から離れたのは』
『……話の腰を折ってすまない、続けてくれ』
『──目覚めて、リハビリ施設通いも終わって、家に帰って暫く経った頃だ。不意に目が覚めて水を飲みに行こうとしてたら、リビングに居たクソ野郎の声が聞こえきたんだ。何で生きて帰ってきたんだって……そっから俺は、未だに消えない殺人衝動を必ずアイツにぶつける事を決意した。そうして殺害計画を考えていた時に恭二が相談してきたんだ……』
『……そして計画を立て、ゼクシードと薄塩たらこを殺した。どんな思いでやったんだ?』
『楽しんでたさ、殺して苦しみ悶えるさまが笑えてしょうがなかった……いつかあのクソ野郎をぶっ殺した時、どんな顔をするんだろうかって思っていたよ。そうじゃなくとも、捕まればアイツをドン底に叩き落として絶望的な表情が思い浮かぶだろうなとも考えた──その後はアンタも知っての通りだ』
乾いた笑いと、またギシッと鳴るパイプ椅子の音。
『俺は、あのクソ野郎に復讐したかったのさ。俺たちを都合のいい道具として見ていたアイツに思い知らせたかった……奴へ報復をすべきだと感じて、目にものを見せてやりたかった。結果はご覧の通りだがな』
『……そうか』
『なぁ、アンタ』
『ん?』
『本当にこの声を、届けてくれるんだな? アイツに』
『ああ、誓うとも。必ずこの声を届けよう、必ずお前の叫びを届けよう……どのような結果になるかは分からんがな』
『良いんだ、結果は分かりきってる……けどもしそうするのなら、アイツに言ってやりたいことがある』
息を大きく吸って、吐いて。意を決した新川昌一は全てを吐き出すように言った。
『ざまぁみろクソ野郎! 俺たちを物扱いした報いだ! お前が受けるべき正当な報復措置だ! 精々堕ちる所まで堕ちたら、またもう一度ざまぁみろと笑い飛ばしてやるよ! ハハハハハ!』
停止ボタンを押して、音声を終了させる。この音声を聞き終えた目の前に居る男は明らかに苛立ちを見せている、だがそれを意に介さず睦希は口を開いた。
「俺は、アンタの息子たちが画策した殺害計画のターゲットの1人だった。そして今こうしてアンタに新川昌一の胸の内を伝えにここまで来ている……正直言って、今のアンタがコイツに怒りを向ける資格は無い」
「……どういうつもりだ、貴様」
「新川昌一ならびに新川恭二、この2人が犯罪行為に手を染めた原因はアンタにもある」
「ふざけるな! 私のせいで犯罪を仕出かしたとでもいうのか!? 責任転嫁にも程がある!」
「これは責任転嫁ではない!」
「その口を閉じろ!」
「そうだと思っているのならお門違いだ!少なくともアンタの言動1つ1つが2人の犯罪行為を助長させたのは確かで、その根幹に根付いた負の感情を募らせたのはアンタの仕業だ! その結果がこれだ! アンタは今まさに全てを失いかけ、その理由をあの2人のせいだとしている! そっちの方が責任転嫁をしているではないのか!?」
「そんな言葉はただの戯言だ! 自分の人生が上手くいっていない理由を他人のせいにするしか能の無い奴の言葉を真に受ける程、私は愚か者ではない!」
「なら新川昌一と新川恭二は誰の手によって育てられた!?」
パタリと応酬は止んだ。興奮状態のまま睦希は告げていく。
「子どもが1人で成長していった結果そうなった? 違うだろう……子どもは親や大人の手で育てられ、形を成していく。誰かの言葉が、誰かの行動が子どもの糧になっていくのだ。
だがお前は自分の息子に対して出来損ないだと罵り、あまつさえその重荷を新川恭二1人に押し付けた! 辛いと思っても最初はお前に褒めてもらいたかった、お前の言う通り良い成績を積み上げて“よくやった”ではなく“出来て当たり前だ”と告げられた時、新川恭二も気付いた筈だ。自分を道具としてしか見ていないんだと!……それが子どもにとって、どれだけ苦しい事なのかお前は分からずに放置した!」
感情的になった心を落ち着けて、もはや諦めたような表情を向けた。
「その結果が、これだ。他人のせいにするしか能の無い? それはお前の事だろう。悪いことを他人のせいにしてきた結果がこれだ……お前に親としての心がほんの僅かにでも残っていたのなら、俺は2つの音声データを聞かせた上で渡そうとした。少しでも息子と向き合って欲しいと思ってだ……ハッキリ言って無駄足だったようだがな」
踵を返し、睦希は菊岡とともに出ていく。玄関へ続く廊下に繋がる扉のノブに手をかけようとして、睦希は振り返って言った。
「アンタに親としての情があったのなら、もっと良い方に向かってたのかもな……もう意味の無いことだが」
そうして彼らはその家を後にした。残された1人は未だに煮えたぎった思考を誰にぶつけることも出来ないまま悶々としていた。
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明日の詩を
あれから数日経った昼のこと、睦希は新川昌一と対面していた。飯はどうだ、体の調子は平気か、少しは慣れただろうか、そんな取り止めのない話を投げかける睦希に対して昌一は淡々と答えるぐらいしか出来なかった。まさかあの時の発言が嘘ではなく、本当にあの父親とも呼べない人間に面と向かい合って言い合いをしていたと、あっけらかんに言ってのけたと発言する時点でおかしいのは明白だ。
彼にとって他人とは不特定多数の殺害対象かどうでも良い存在のどちらかに二分される、少なくとも目の前に居る睦希という男の所業を知るまでは。大馬鹿者か自分以上にイカレているのか、そのどちらかでしか今は判断できない。見たことも聞いたことも無い人柄の人間を今まさに初めて見たのだから。
「アンタは……」
「ん?」
「アンタは何でここまでする? 俺や恭二は、世間的に犯罪者として扱われる奴だ。どうしてここまで」
その言葉に対し、睦希は目を閉じて鼻を鳴らすと上まぶた側の目頭を押さえつつ何かを考え始めた。少しして彼は思いの丈を語り始める。
「見捨てられる事が出来ない、から?」
「……いや、何で疑問形なんだよ」
「いやな、正直な話をすると俺が気に入らなかったからという身も蓋もない言葉しか出せんのだよ」
「はっ?」
「犯罪者を犯罪者として見るのも気に入らんし、お前さんたちをそうさせた原因も気に食わん。この世界の理不尽が気に食わぬから、理不尽に陥った者を助けたかった……うぅむ上手いことが言えんな。こういう時に語彙力が欲しくなる」
「……何だそれ」
この男、筋金入りどころか鉄筋コンクリートでも入ってるんじゃないかと昌一は思う。まるで人を疑わないし、犯罪者とされる自分のような人間でさえも手を伸ばして救い出そうとする。悪が嫌う善に居る者、悪でさえも関係なく救いあげる者、こんな馬鹿はどこを探しても睦希以外に見つかりはしないだろうと思った。
昌一は鼻で笑った。こんな馬鹿は絶対どこかで騙されて死ぬ、ろくでもない奴にろくでもない死に方をさせられて敢え無く死ぬ。それが今の所感であった。
「……アンタ、その内騙されて人生終わるんじゃねぇか?」
「ふむ、それを言われると何とも言えんな」
ほら見ろ、と内心でそう呟いた。けれど目の前にいる睦希は真っ直ぐ、とはいかなかったものの昌一に語った。
「とはいえだ、俺とて何でもかんでも救えるとは思っておらん。救おうとも思わんさ、短いとはいえ今までの人生で色んな人間を見てきたからな……だからまぁ、何だ。救いようがないと判断したら俺は容赦なく割り切ることは出来るぞ、意外とな。その前にその人間を理解することから始めて、救える奴なら俺は全力でそうするだけだ」
屈託のない笑顔が昌一を襲う。ただそれよりも意外な答えを出されて少し戸惑っている、この目の前に居る睦希という男が割り切ると言い切ったことに対してだ。こんな誰彼構わず救いあげようとする馬鹿な男だと思っていた認知が、一瞬にして書き換えられていく。
新川昌一があの世界で相見えた男でも、この世界に居る憎むべき怨敵でもない。綺麗事ばかりを言い連ねて何もかもを見ようとしない人間とはまた違うし、世界を憎み続けて何もかもを見ようとしない人間でもない。睦希 亮司という男は目の前に立つ全てを理解しようと歩んで見定める、こんな人間が居たのだと初めて思い知った。
笑いたかった。自分の仕出かした愚かさに、目の前に立つ男の価値観に、どうしようもなく笑いたかったが内に押し留める。コイツを笑い飛ばすのは違う、ならせめて悪の道に堕ちた者の忠告をくれてやる事だけが今できる良心からの行動なのだろう。
「……なら、気をつけろ。お前みたいな輩を、俺たちみたいな犯罪者は狙うからな」
「……ご忠告どうも。ま、信頼できる人間が居るんだ。助けてくれるさ……現に俺は何度も助けられてる」
「そうか。なら俺の忠告は意味が無いな」
「いいや違うな」
昌一は睦希の目を見る。睦希もまた昌一の目を見た。
「改めてそれを知れたんだ。意味が無いと言うんじゃない」
「……ハッ」
睦希は椅子から立ち上がり、もう良いだろうと考えて扉のドアノブに手をかけようとしたが不意にその動きを止めて、新川昌一の方へと振り向いた。
「ああ、そうだ。言いたいことが出来た」
「あ?」
「BoB本戦で見せたロボットホースの操縦、そして緊急離脱からの空中スナイピング。俺も馬に乗ったことはあるが、かなり扱いが難しかった記憶がある。それにあの咄嗟の攻撃は俺でなかったら当たっていただろう……そこまでの技術を磨き上げたお前さんは、かなり良いセンスを持ってるぞ──誇りに思え、それはお前だけが持つ紛れもない
そう言い残して、睦希は部屋から退出していった。何故だか妙に、睦希が言い残した言葉を新川昌一の頭は反芻していた。
自宅のマンション部屋に帰ってきて、ドアを開けた先で待っていた詩乃が睦希を出迎えた。数日前、具体的には銀座の洋菓子店に訪れたあの日からだが詩乃はこの部屋に居るようになった。具体的にはこの部屋に夕食の準備中であろう匂いと、イザベラや香蓮とはまた違った女性特有の匂いがするぐらいには。長ったらしく説明したが、要はあの時から毎日ここに通って来ているのだ。ついでにここに泊まる用意もしてきている。
一度部屋にあるダブルサイズのベッドで4人一斉に寝たが、上に詩乃が乗ってきたことと我慢は良くないと囁かれたことで初体験を済ませてしまうといったことが起きたため、要望と妥協を繰り返し上に乗っても良い時はそういう事をお互いが同意した時のみという制約が敷かれた。その翌日は4人全員眠気が残っていた。
「お帰りなさい」
「ただいま……で、良いのだよな?」
「まだ慣れないの?」
「慣れてない訳では無いがな、ふとこんな奥さんが居ただろうかと思ってしまうことが」
「おっ……!?」
詩乃の顔が耳まで赤らんでいく。このような事を言われたのは初めてである為すぐに嬉し恥ずかしといった様子を見せるが、不意に彼女の脳裏に浮かんだのはあの二人のことだった。
「……まさかとは思うけど、2人にも言ったことかしら?」
「えっと……いや言ってないな。あの時は何だかんだで色々と有りすぎたからな。後で言うべきか」
「それは亮司を出迎えた時に言ってあげなさい。あと言葉を少し変えるのも忘れずにね」
「肝に銘じよう」
「さ、早く入って」
「ああ」
靴を脱ぎスリッパに履き替えて、洗面台で手洗いうがいを終えてから暖かなリビングへと入っていくと、着ていた上着類を脱ぎ始めていく。何故か足取り軽く詩乃は彼の後ろに立って脱いだ上着を持ち、クローゼットを開けて中にあるハンガーにそれらを掛けて閉める。この一連の動きがここ数日の間毎日やっていることもそうなのだが、違和感を感じないほど丁寧な動きをしていることに睦希は詩乃とこの状況に対して疑問を持った。
そしてそんな疑問を更に想起させていくように、詩乃は台所へと向かって夕食の準備を進めた。彼はこの光景に対して疑問を覚えていたが、別に良いかと思って台所の方に向かう。
「何か手伝うことは」
「大丈夫、そろそろ終わるから。ゆっくりしてなさい」
「そうか」
どこか申し訳なさそうに睦希はリビング中央のテーブルの傍に座って、出していたホットカーペットの暖かさを感じつつスマホで動画を見始めた。15分ほど経った頃、詩乃が睦希の元へと寄ってきて前を空けさせるようにすると彼はそれを受け入れ、その空いたスペースに彼女は入り込んだ。動画を止めてイヤホンを外し、彼女の体を包み込むように抱きしめる。満足気な様子でもたれかかり暫くその状態のまま無言で居続けた。
その温もりが心地好く、けれどその温もりが彼女から離れていったらという妄想を詩乃は思う。言ってくれた言葉の数々は彼女の生きる糧になった、愛してくれたことで日々を充実させる良いスパイスとなったが、それでも不安に思う時はある。もう一度、その言葉が聞きたいと思って詩乃は訊ねた。
「ねぇ、亮司」
「どうした」
「……私の手は、どう見える?」
以前、桐ヶ谷たちの手で詩乃は強盗犯の魔の手から救われた母娘と出会った。あの時、あの場で銃を手に取り撃ったことで2人の命を救ったことに、彼女たちから感謝の言葉を告げられた時は自分が救われていた。この薄汚れた手で何かを守れたのなら、何もかも悪いことばかりでは無いのだと知った。
それでも、こうして愛を与えてくれている睦希に再確認してもらいたいのだ。我儘なのは承知で、ただその言葉を言ってもらいたいが為に彼女は自分を弱く見せる。詩乃の手に触れて優しく包み込んだまま、 睦希はあの時の言葉を思い出す。
「誰かを守った手を薄汚いとは思わん。俺は、誰かの命を守った手を何よりも美しいと考える」
「──ありがとう」
「なに、構わんさ」
詩乃が彼を見上げる。姿勢を変え、睦希の首に腕を回して横になると彼女はまた訊ねた。
「いつか……いつか、貴方のことも知りたい」
「……知って、どうする?」
「亮司の心を救えるようになりたい」
「──ありがとう、詩乃」
密着するぐらいに彼女を抱きしめて、また温もりを感じる。彼の耳元で詩乃は囁いた。
「いつか、貴方が言える日を待ってるから。それまで待っててあげる」
「……そうだな。いつか、伝えられる日が来ると良いな」
物憂げな声が、2人だけの世界に残った。
その声は何を思って出した言葉なのか、まだそれは彼と彼の秘密を知る者にしか分かりはしない。
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せんまにびより!
出演者表記
司会進行役:アスナ→○
ゲスト:作者(´鋼`)→●
○あー、テステスマイクテス……んんっ。はい、それでは宜しくお願いしますね。
●宜しくお願いします。
○では自己紹介の方を私から。結城明日奈ことアスナです。
●ここの作者こと
○さて今回は振り返り回と題しまして、今までの【戦術マニアのGGO日和】に対するあれこれを聞いていきたいと思います。
●分かりました、警戒しておきます。
○何で警戒するんですか(笑)
●うっかりネタバレだの何だのを言っちゃいそうで……。
○うっかり漏らしちゃっても良いんですよ?
●ダメですねぇ。悲惨なことになります。
○えっ?
●ん?
○……えー、分かりました。取り敢えずネタバレは無しでいきましょう。その方が読者の皆様にとって楽しみが増えますからね。早速ですが、私の方から幾つか質問を用意しています。こちらをご覧ください。
・このSSを書こうと思った切っ掛け
・オリジナルキャラのあれこれ
・独自設定のこと
○主にこの3つの話題から様々なことを聞かせてもらいたいのですが、宜しいですか?
●ネタバレにならない程度なら話しても大丈夫ですね。まぁ当然っちゃ当然なんですがねこういうのは。
○そうですね。では1番上の質問からお願いします。
・このSSを書こうと思った切っ掛け
●まぁ切っ掛けは結構単純で、こういう主人公キャラを書きたいっていう思いがあったからとしか言えないんですよね。所謂、“ぼくのかんがえたさいきょうのしゅじんこう”ってヤツです。まぁ単に最強とかチートにするのもあれなので、タグの方にはオリ主最強格とありますがね。実際オリ主にも弱点はありますし、オリ主より強い人も居ますし。
○銃弾を避ける、20人のプレイヤーを倒す、銃弾を斬る、便利アイテムを作る、原作では第1回の優勝者のサトライザーと引き分ける、元特殊部隊の人に鍛えられる……え、弱点とかあるんですか?
●あるに決まってるでしょう。無かったら単なる俺TUEEEEで終わってますからねオリ主君。とはいえ既に作中にも出ている通り、少なくとも自分が愛している人、つまりヒロインたちに対してはまぁまぁ弱いです。あとはPTSDになってたとか、自閉症といった社会的なハンデも彼の弱点です。
○弱点……弱点とは?
●自閉症などの発達障がいは日常生活に支障が出るので間違いなく弱点だと思いますがね。ここのオリ主君はヒロインたちや他の人たちと関わって相殺しています。PTSDも同様に弱点の1つだと自分は思います。
○なるほど。でもPTSDにかかる程のストレスって、オリ主さんに一体何があったんですか?
●そこはネタバレになるので。とはいえ伏線は出してるので考えてみては如何でしょうか、答えはストーリーの中で出しますがね。
○くっ、中々手強い。
●まさかのお漏らし所望されてた。……まぁそれは置いといて、あとは──あぁ思い出した。こんなシーンを書きたいっていうのがあったからですね。
○シーンですか。
●ええ。いつも執筆する時音楽を聴くことが多いんですが、音楽を聴いているとなぜかストーリーの展開だったりバトルシーンだったりが思い浮かんだりする人なので。とはいえストーリーを書く時は音楽を聴きながら思い浮かんだ展開に“これは何か違う”と思う時は多々ありますね。具体的な例を1つあげるなら、20vs1のタワー内戦闘のところ。あれ元々爆発物使う予定ではなかったんですよ。
○え、そうだったんですか?!
●そうなんですよ。戦う場所も初期案は中央タワーじゃなくて森林地帯でしたし、相手の恐怖を煽って互いを自滅させていく方針だったんですけど、原作電子書籍の5巻と6巻を買って、その内6巻を見てたらBoBの本戦フィールドマップがありましたので。そこで中央タワーを戦場にしてもいいのではと思い至った次第です。
○なるほど、そんな裏話があったとは……もしかして今後もそういう事が出てくることも。
●あるでしょうね、間違いなく。まぁ幕間を挟んだ次の章では想定通りに物事を進めていきたいです。
○次の章ですか……私も出られるかな?
●出そうとは考えてますよ、安心してください。
○あぁ、それなら安心──ん?
●どうしました?
○……私の出番があるということは、もしかして
●はーい一旦ストップお願いしまーす!
○えー、途中でストップが掛かってしまったので次にいきましょう。
・オリジナルキャラのあれこれ
●はいはい。では先に誰からいきましょうか。
○やっぱりオリ主さんのことじゃないですか? 皆さん知りたがってるようですし。
●はい了解しました。取り敢えずパーソナルデータから。
プレイヤー名 | Vendetta |
---|---|
本名 | 睦希 亮司 |
年齢 | 22歳 |
生年月日 | 2003年2月26日 |
身長 | 178cm |
体重 | 82kg |
○なんというか、無難ですね。
●そこに現在わかってる情報だけを追加していくと──
・元特殊部隊所属の人間に鍛えられる
・サトライザーと互角に渡り合える
・慎重かつ大胆
・独自の価値観を持つ
・高い戦闘能力
・実質的総資産は億を保有(殆どマーキに預けている)
・GGOでの表の顔は技術屋兼仲介屋『
・裏の顔はGGO最強の一角『Vendetta』
・高機能自閉症
・過去にPTSDを発症
・現在、3人の女性と付き合っている
・変な所で顔が広い
●こんなもんですかね。
○最後……(笑)、いや確かに変な所で顔が広いんですけど。警察の公安や主要部長の人と知り合いなんですよね、何でですか?
●紆余曲折あったとしか言えませんよ自分。まぁその辺は幕間で仄めかしたりはしますがね。
○おぉー、なら読者の皆様は期待して待つ必要がありますね。
●じゃあ次……銃士Xいきましょうか。半分オリキャラみたいになってるので紹介しておきます。
プレイヤー名 | |
---|---|
本名 | イザベラ・カロル・パトリシア |
生年月日 | 2001年 4月13日 |
年齢 | 24歳 |
身長 | 174cm |
体重 | (検閲) |
・GGO上位プレイヤー
・時たまVendettaの依頼に姿を隠して同行する
・実家はフランスのモンマルトル
・睦希 亮司とは恋人関係
・三股を公認
●こんなもんですかな。
○流石にオリ主さんのような情報量は無いですけど、三股を認めてる時点でインパクトがあるんですよね……恋人関係を維持したまま。
●それによって強かな人物になってます。パーソナルデータ込みのキャラクターは今のところ2人だけですかね、他はモチーフにした人物像ぐらいしか語れません。
○モチーフですか。
●ええ。例えばですがオリ主の場合だと映画【ザ・コンサルタント】の主人公とか某偉大なBOSSをモチーフに様々な戦闘技術を足したキャラクターですし、オリキャラの1人であるマーキはBIOHAZARD Villageのデュークをイメージしてたり。
○へぇー、そこから。あ、でもオリ主さん【ジョン・ウィック】とかのモチーフじゃないんですね。何か意外です。
●それだと精神ボロボロ状態の独り身になってしまったパターンで初っ端から出ることになっちゃうので違いますね。
○何でその状態で出そうとするんですか?
●そうしないと何か違うじゃないですか。
○何が違うんです?
●自分の思い描いていたキャラクター像に対してですよ。こういう主人公にしたいのに全く毛色の違うモデルを当てたら頭がパニくるんです。
○分かったような、分からないような?
●キリト君が身も心もプレイボーイな人だとどう思いますか?
○解釈違いです。
●そういうことです。
○成程、よく分かりました。話は戻しますが、他のキャラクターのモチーフはどんなものなんです?
●そこから先は後々質問募集の際に来たら語ろうかと思います。
○あくまでも引っ張る姿勢を取ると。でも分かりました、それでは次に行きましょうか。
・独自設定のこと
○本作の独自設定として、B.Cという集団を登場させましたよね。あれはどんな意図があってそうしたんですか?
●ちょっと話は長くなるんですが、実はこのSSの執筆中にロストジャッジメントが発売されたんですよ。ネタバレになってしまったら申し訳ありませんが、そのゲーム内に半グレ集団が出てくるんです。
○半グレですか。
●で、思ったんですよ。原作でも仮想世界と現実世界の区別がついてない人間がいるのなら、そんな人間たちのコミュニティもあるんじゃないかって。とりわけあのSAOの世界に戻りたい帰還者がそういったコミュニティに居ても不思議じゃないなと。
○まぁ、それはそうなんですけど。
●とはいえ、この独自設定は言ってしまえばスパイスのようなものです。こういった集団を作ると、個人的に考えている展開に都合がいいんですよ。特に今後、オリ主の過去に触れるような展開には持ってこいなんです。
○……半グレ集団の設定がですか?
●まぁそこはおいおい。さて、自分が話せるのはここまでですね。次はどうします?
○次は質問箱に来ていた質問と、感想欄に来ていた読者の疑問をQ&A方式で答えて頂きたいと思います。
●了解しました。
○では早速、答えていただきましょう。
Q.スクワッド・ジャム編は投稿されますか?
A.今のところスクワッド・ジャムに関しては次の章で書く物語に絡ませる形で投稿するかと思います。
Q.オリ主と香蓮さんはどこまで進んでいますか?
A.Cまで進んでますね。分からない人は恋愛関係のABCで調べてみて下さい。
Q.イザベラ、香蓮との出会いはどんな感じですか? もしくは今後描写されますか?
A.多少の描写を物語上で書くことになります。2人との出会いを書く場合、もう1つ別のSSが出来上がることになります。
Q.OS編やアリシゼーション編をやる予定はありますか?
A.考えてはいます。ただ絡ませ方の問題で、アリシゼーションは現実世界とWoUのみの描写になるとだけ言えます。
Q.31話から─名前の意味は調べたらすぐ出てくると思いますが、その辺はどう答えますか。
A.あの時知りたかったのは名前の意味ではなく、読み方です。とはいえ仮想世界内で検索できるのではという見方については同意します。勝手ながらSAO原作でそういった描写が無かった為、このような形になりました。
Q.44話から─ダブルサイズのベッドは狭すぎない? クイーンやキングサイズとかでも良いと思います。
A.普段はイザベラとオリ主だけで寝ていて、香蓮は自分の部屋で寝ていることがあるためです。3人で寝る時、多少問題は無いかなと思い立ったのも1つあります。あとは部屋の大きさにも関係していたのですが、正確な情報が確認できなかったためこうなりました。AGGOの方に部屋の大きさの描写があったら買って物語上でリカバリー取ります。無くてもどうにかリカバリー出来るように考えます。
○さて、皆様ここまでお付き合い下さりありがとうございました。たくさんのお気に入り登録、評価、UA、ご意見などありがとうございます。
●感想の返信はしてないですが、感想が来たら必ず拝見していますので臆することなく送ってきて欲しいです。あと今後も質問箱を活動報告に設置すると思いますので、その時は期限内までに送ってきて欲しいです。
○では最後にお聞きしたいんですが、この後はどういう形でお話を出しますか?
●一旦ボイスドラマ風の幕間をば。Remnants Recollection内では語られなかったオリ主の秘密や、秘密に触れるような話、次の章に繋がる伏線などをボイスドラマ風に書いてから次に移りたいと考えています。
○ボイスドラマ風ですか。
●少なくとも地の文を考えるよりかは労力かからないと思います。
○アハハハ……それでは皆様、本日は閲覧いただきありがとうございました。またこの“せんまにびより!”を楽しみにしていて下さい。
●お楽しみに〜。
○ところで、1つお聞きしても宜しいですか?
●何でしょう?
○GGOの次って、ALOとAGGOに分岐してますよね。
●そうですね。
○ALOの話になると、あの子が出てきますよね。
●出てきますね。
○もう1つ良いですか?────タグ、何か足らなくないですか?
●勘のいいガキは(ry
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幕間
幕間あれこれ
幕間はボイスドラマ風にしています。会話文や場所のみの描写になりますので予めご了承ください。
・睦希 亮司の強さの証
──♪〜……んん〜っ、あ゙ぁっ。やはり風呂は良いもんだ、少し染みるが今までの疲れが少しずつ流れていく。……本当はサウナにも入りたいが、この体ではなぁ。
──亮司ー。
──なんだー、詩乃ー?
──入るわよー。
──はっ? おい待t……いや早い、1秒掛かるか掛からんかぐらいで入って来おった。
──タオルは巻いてるわよ?
──そういう問題じゃなくてだな?
──もしかして……裸の方が
──俺は何時でも盛りついてる訳では無い。
──あの時はあんなに激しかったのに……。
──翌日響いたろうに。今日はやらんぞ。
──ケチ。
──ケチで結構。というか何で入ってきた?
── 一緒に入りたいだけ。他に理由は必要かしら?
──……いや、構わん。
──ん、ありがと。
──……くあっ、ふぁぁ……。あー詩乃、俺は何時から風呂に入っていたか?
──1時間前からよ。覚えてないの?
──こうも暖かいと思考が回らん……逆上せかけてるのやもしれんな。
──……ならバスタブから出たら?
──ふむぅ、それも良さそうか。追焚きすればまた入る時良いやもしれん。……いや待て、俺タオルも何も無いんだが?
──もう見たから今更でしょ。ほら、早く出た出た。
──……後ろに向かせてもらう。
──どうぞご自由に。
──はふぅ〜……ん、丁度いい椅子。
──おい。
──冗談よ、でも座り心地が良いのは確かね。ちょっと暴走するけど。
──……本当に今日はやらんからな?
──あらそう、私は何時でも良いのに。
──サキュバスか。
──亮司だけの、ね。……あ、ところで亮司に聞きたかったんだけど。
──何だ藪から棒に。
──前にGGOで、何で亮司がそこまで強いのか聞いたわよね。あれの答えがまだ出てなかったなと思って。
──あー……あー、あぁ。そういえばあったな、喧嘩みたくなって会わなくなった時か。
──そういうのは良いから。
──痛てっ…………う〜む、言うべきか。言わんべきか。
──言わなかったらまた腰が痛くなるわよ。
──どんな脅しだ。……はぁ、そうさな。実物を見せれば話は早いんだが、詩乃や。
──なに?
──風呂から出たあと疑問に答えるが……その代わりあまり周囲に吹聴しないでくれるか? これは本来表沙汰に出ても良い話ではないのだ。
──どんな話なのよ?……分かった。秘密にする、知りたいと誰かが聞いても上手くはぐらかすわ。
──ん、助かる。さてそろそろ風呂から出たいんだが……詩乃?
──まだもうちょっと……。
──やらんからな?
──……チッ
──ほれ、早く出るぞ。
──で、亮司。何を見せるのよ?
──まぁ待て、ちと面倒な場所に隠してあってだな……よっと。よし取れた。
──……引き出しの隠し底板に、ケースに入ったメダル?
──いや、コインだ。そうだな……これが分かりやすいか、コイツに刻んである文字を読んでみろ。
──えっと……Green Berets? に、3rd Special Forces Group(Airborne)?
──聞いたことないか? グリーンベレーという組織の名を。
──名前だけ聞いたことはあるけど、これ何なのよ?
──そいつはチャレンジコイン、要は共に訓練してその実力を認められた証だ。
──……訓練? 一緒に?
──おう……あまり凄さが分かってないようだから、グリーンベレーがどれ程の組織か先に教えなければならんか。すこし長くなるぞ。
──え、ええ。
──グリーンベレーとはアメリカ合衆国所属の特殊部隊で、主に対ゲリラ戦を行う部隊だ。敵国の反乱分子に戦闘教育を行うことで自国の戦力として育成し作戦を実施するため、「陸軍歩兵200人相当の実力をグリーンベレー隊員1人が保有している」という言葉があるぐらい戦力が大きい。また海外の活動も視野に入れているため、高度な語学教育も受ける。……ここまでは何となく分かったか?
──……つまり、現役の特殊部隊と訓練した。ってこと?
──概ねそんな所だ。そしてここにあるコイン全て、共に訓練したことで手に入れた代物だ。
──待って。今ので一気に情報量が多くなったんだけど……じゃあ亮司が強い理由って、現役の特殊部隊と訓練したからなの?
──まぁ、強くなった一因ではあるな。他にもイギリスのSAS、SBSにフランスの第2外人落下傘連隊空挺コマンドグループ 2REP GCP、カナダのJTF-2、イスラエル陸軍のエゴズ大隊、シリアの特殊任務師団、オーストリアの連邦軍コマンドー部隊ヤークトコマンド、GRUの第16独立特殊任務旅団、日本陸上自衛隊の特殊作戦群、水陸機動団にあとは
──ストップ、もういい。亮司がそこまで規格外だってことが十分わかったから。
──まだ他にもあったんだが、確かに情報量が多すぎたな。
──まだあるの?!
──で、ここにある全てのコインはその実力を認められた証ということだ。……強さの秘密という訳では無いが、これらを受け取るに相応しい実力があることは分かったか?
──もう十分理解したわ……強いわけね、世界の特殊部隊から認められるほどの実力が備わってるから。……でも、一般人が特殊部隊の訓練に参加できるものなの?
──普通は無理だ。俺の場合は師匠に無理を言って現役の方々の訓練に参加させてもらったからな、本当に頭が上がらん。とはいえ陸海空全てに対応できる実力を手に入れたら交渉してみると言ってくれたが、まさか本当にやってくれるとは思って無かったな。
──……待って、その前に色々何をやってたの?
──元特殊部隊の方々に特殊部隊と同等の訓練内容をだな。
──もう訳が分からない。
・密談
──いらっしゃいませ! おひとり様で宜しいですか?
──ええ。
──ではお好きな席へどうぞ。
──っえ゙っしょっと。
──前の方、失礼します。ご注文がお決まりでしたらお呼びください。
──…………随分と動き回ったようだな、睦希。
──……お久しぶりですね、
──用事のついでだ、お前のな。
──用事?
──お前、総務省のある部署と連絡とってたな。仮想課、だったな。他にも色々と。
──……ま、知ってますか。日本最強の情報機関なら。それで?
──死銃事件、だったか。あとB.C。まさにドラマの探偵みたいな活躍で事件は見事解決に至ったが、B.Cの件がまだ終わってない。
──ええ、それで?
──お前、B.Cをどうするつもりだ?
──…………そちらこそ、B.Cの何を掴んでるんです?
──何の事だかな。
──惚けなくて結構ですよ、その反応でB.Cがただの裏サイトじゃないって確証しました。あなた方は俺の反応を追ってB.Cのあれこれを突き止めていけばいい……それとも、もう管理人の正体でも分かったんですか?
──…………。
──沈黙は肯定と受け取りますよ、郡山さん。
──……俺から言えることは1つだけだ、睦希。この件から手を引け。
──……それが出来るなら、そうさせて頂きますよ。
──お待たせ致しました! ガリチーナン2枚とカレーソースビーフ、シェイクチキンにコーンスープです!ごゆっくりどうぞ!
──……いただきます。
──……俺も何か食うか。
・ある運命の日
──……アンタ、一体何者だ?
──私はただの遣いだ。お前に話がしたいのは、私の雇い主の方。そして答え次第でお前の雇い主にもなる御方だ。
──そのジュラルミンケースの中に? 雇い主とやらでも隠れてんのか?
──これから話をされる。
──…………。
━━……あー、あー。聞こえますかな? 新川昌一さん。
──!? 誰だ、アンタ?
━━ただの商人に御座いますれば。それはそうと、このような音声のみでの面会に何かご不満でも?
──いや、不満というより……何で俺の名を知ってる? それに、その商人サマとやらが、俺に一体何の用だ。何の目的で俺の前に現れた?
━━まぁまぁそう慌てず、ゆっくりと1つずつお答えしますのでご安心ください。
━━先ずあなたへの御用ですが、あなたの身元引受け人としてこちらへ来させていただきました。
──なっ……、どういうつもりだ?!
━━言葉の通りですよ新川昌一さん。あなたの父君は身元引受け人を拒んでいるようではないですか、いやはや何とも筆舌に尽くし難い……。しかし我々があなたをその檻から出したいと申し出ているのです、こういうのを日本では渡りに船というのでしょう?
──今疑心暗鬼に陥ってるんだが? どういうつもりで俺の身元引受け人なんかになった?
━━ほっほっほっ、ただの善意ですよ。
──単なる善意でここまでする奴なら心当たりはあるが、少なくともお前みたいな輩はそんなこと思っちゃいないだろう。
━━うーむ手厳しいですなぁ。……よろしい、では本当の事を言いましょう。あなたを引き取る理由は、我々が行うある臨床試験のケースになってもらいたいのです。
──臨床試験? 何のだ。
━━あなたのその病弱気質を治せるものです。
──……何かと思えば、そんな土台無理な話を信じろと?
━━いえいえ、治せますよ。もっと言うなら……根本的なものを変える治療法になります。
──根本的……?
━━ええ。根本的なもの……遺伝子の操作といえばお分かりですかな?
──!……まさか、その臨床試験ってのは、人間の。
━━その通りに御座います。
──だが、遺伝子操作の技術は進んでいるとはいえ、何で俺なんかを選んだ? もっと探せば他に居るはずだ。
━━理由は2つ。1つは我々が扱う遺伝子情報が
──…………。
━━そして2つ目、これはあなたが今知りたいことを我々が教えられる立場にあることです。
──……何?
━━あなたは知りたいのでしょう? ヴェンデッタ様、もといリョージ・ムツキ様のことを。
──ッ?! 何故奴のリアルを知ってる!?
━━それも知りたいのであれば、我々との取引を受けてくれませんか? あぁご心配なく、保護監視者は着くことになりますが衣食住や金銭の問題はこちらで解決しましょう。それと国籍や名前も同様に。
──……アンタ、一体何なんだ?
━━私ですか? なに、大したことはありません。
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幕間あれこれ その2
・ヴェンデッタ⇄ヴァー・ヴィー(?)
──…………ん、いい香り。いつもごめんなさいね、態々紅茶とお茶菓子まで用意してもらっちゃって。
──客人の
──そう? じゃあお言葉に甘えちゃおうかしら。
──そうしてくれ、それだと俺の気が楽で良い。……ところでツェリスカ、今日はなぜここに?
──あら、理由が無いと来ちゃダメ?
──駄目とは言わん。ただ気になっただけだ、仕事が休みの日に態々GGOに来てここに来た目的がな。まぁ単に来たかっただけでも構わんがな。
──聞きたいんじゃないの?
──言おうと思ったら言えば良い、待つのは慣れている。
──……ふふっ、なるほど。なら先にお礼から言わなきゃいけないわね。
──礼?
──GGOという世界を守ってくれた事よ、それにザスカーに口利きしてもらったこともね。
──ザスカーへの口利きはあの件で必須だった。だからすべきことをしたまでだ……GGOを守ったのは俺の疑問を、あの事件を解決したことによる副産物のようなものだ。礼を受け取れるような事をした訳では無い。
──謙虚は美徳、なんて言われるけど謙虚すぎるのも考えものよ? 素直にお礼は受け取っておきなさい。
──謙虚ではないんだが……了解した。
──よろしい。……ついでに聞いてもいいかしら?
──あん?
──第3回の大会を見ていた時に思ったのよ、いつもどこで着替えてるのかとか。どこから現れてるのかとか。
──……悪いが、それに関しては黙秘させてもらう。俺の活動のタネがバレるのは個人的に嫌うのでな。
──それは残念。何時になったら話してくれるのかしらね?
──さてな、精々秘密を知るに値するメンバーが集ってスコードロンでも設立した時ぐらいではないか? 今のところそんな予定は無いが。
──秘密だらけね。でも、もしその時が来たら……良いわよね?
──そんなことが起こればの話だがな。
・過去
──ここか、ちょっとした馴染みの店というのは。
──はい。俺と同じ
──……会わせたい人、ね。
──あまり気張るな、詩乃。俺も居ることを忘れるなよ。
──……なら、手繋いで。忘れないように。
──堰が外れたみたいに積極的になったなぁ……ほれ。
──ん。
──えーっと、それじゃあ中に。
──おっそい!遅いわよキリ……?
──キリト君、その人は?
──アスナ、この人はムグッ?!
──桐ヶ谷、こんな状態で悪いが俺がヴェンデッタとバラさないでくれるか。
──ムッ?
──何時どこで他のGGOプレイヤーにバレかねない危険性がないとは限らんのだ。とりわけ金が関わってる以上下手に名前を出しては面倒事になる、もしバラしたらその時は……徹底的に、だ。分かるな?
──プハッ、分かりました!
──頼んだぞ。
──はい!
──……うっそ、あのキリトが人の言うこと聞いてる。
──中々珍しいモンが見れたな。それでキリト、誰なんだ?
──あ、えーっと……
──お初にお目にかかる。第3回BoB同時優勝プレイヤー『ヴェンデッタ』の関係者で、彼奴の仲介屋だ。あの事件にも携わっていた1人でもある、以後お見知り置きを。
──あの化け物じみた20vs1をやってのけた奴の関係者?! いやでも待って、なら本人がここに来るべきだと思うんだけど?
──彼奴は秘密主義の塊だ、GGOでもリアルでも俺としか顔を合わせん。警戒心が擬人化したような奴なのだ。
──あー…………成程?
──ところで、お名前の方は何と?
──睦希 亮司という。……って、お前さんがたの目的はこっちだろう。
──あっ、キリト君。彼女が?
──そう、彼女がシノンだ。
──どうも……。
──シノン、睦希さん。あっちがALOでぼったくり鍛冶師をやってるリズベットこと篠崎里香。
──あんたねぇ……!
──こっちがALOのバーサク
──ちょ、ちょっとキリト君!
──そしてあれが、ALOでも店を経営しているエギル。
──エギルじゃなくて、アンドリュー・ギルバート・ミルズだ。あと俺の説明だけショボイんだが?
──……桐ヶ谷、俺が言うのもなんだが語彙力を増やしておいた方が後々良いぞ。
──それは同感。
──……ダメでした?
──あれを見てOKと思うなら別に構わん。
──……肝に銘じておきます。
──クカッ、期待しておるぞ。んん゙、改めてだがGGOにて技術屋兼仲介屋をやっているヴァー・ヴィーもとい睦希 亮司だ。
──……朝田 詩乃、です。
──あ、じゃあこっちの席に。ささ座って座って。エギル、俺はジンジャーエールを。2人は何に?
──レモンスカッシュでも頼もうか。詩乃はどうする?
──亮司と同じもので……。
──なら店主殿、レモンスカッシュを2つ頼む。
──はいよ、少し待ってな。
──それじゃあ、リズとアスナに事件のことを掻い摘んで説明するよ。
──……という訳になりました。
──あんたって、なんか事件に巻き込まれやすい体質かなんかなの?
──いや、そうとも言えないさ。俺の因縁も関わってたからな。
──……そう。にしても最初に気付いたのが、そこにいるシノンさんの彼氏さんとはねぇ。
──そうよ、亮司は凄いの。
──何で詩乃が言うんだ。まぁお前さんがたのようにSAO帰還者で無いこともあって、一歩引いた見方が出来たというのはあっただろうな。
── 一歩引いた見方、か。確かにそういった視点で物事を見るのはどんな時でも重要ですよね。
──まぁな。所でだが桐ヶ谷、詩乃に会わせたいという者はこの者らの事か?
──それもそうなんですけど、他にも会わせたい人が……その前にシノンに謝ることがあって。
──謝る……?
──実は、あの時洞窟で話してくれた事件のことをアスナとリズにも話したんだ。どうしても協力が必要だった。
──っ……!?
──詩乃。
──!……ん。
──それで良い……必要なこと、というのは詩乃の過去に関わる人物に会わせるためか?
──はい。彼女に会わせるべき人と、聞くべき言葉を知ってほしくて。
──聞くべき……言葉?
──今、ここに居るのか。
──はい、今ここに。
──そうか……詩乃。
──何……?
──……どんな事があろうと、俺は詩乃の味方であることに変わりない。落ち着いて話を聞いてみようか。
──……ありがとう。
──……そうか、詩乃にそんな過去があったとはな。
──ええ。彼女から話は聞いてなかったんですか?
──いや、言える日が来るまで待つつもりだった。……知らなかったとはいえ、前に詩乃の古傷を抉ってしまったからな。聞く権利もなかろうて。
──そうなんですか?
──ああ、恥ずかしながらな。
──……あの、睦希さん。
──ん?
──俺たちの、SAO帰還者のことはどう見えてますか。
──……被害者、という見方が強いな。人の勝手に巻き込まれ、人生を失いかけた者たち。
──……でも、あの世界で得られたこともありました。
──そうか。なら俺の発言は忘れてくれ、無粋だったな。
──睦希さんは、過去に何かありましたか?
──というと?
──何かを得られたこと、です。
──……さぁ、な。俺にあっただろうかは、今思い出せん。寧ろ……いや、何でもない。こういうのは知らなくて良いに限る。
──そっすか。
──そういうものだ。
・思い出
──お久しぶりですね、睦希さん。
──はい。多分、1年ほど来てなかったかと。
──うん、確かにそのぐらい。今日は……あの記憶のこと?
──ええ……少し、思い出す頻度が増えてきて。感情のフラッシュバックも一緒に。
──何か最近ありました?
──色々と……すいません、あまり詳しくは。
──大丈夫ですよ。あぁでも、これだけは聞かせてくれませんか? その記憶を思い出すようになった切っ掛けを。大雑把で構いません。
──……新しい人との関わり、でしょうか。
──人との関わりね。ふむ……
──……悪い人たち、ではないんです。寧ろ良い人ばかりで。
──そっか……。でも、君の事情を知っている身として発言するなら、その人たちと少し距離を置いた方が良いと僕は思う。
──まぁ、そうっすよね。
──多少距離を置いても問題ない関係なら、信頼出来る人を傍に置いて療養した方がいい。というのはあくまで僕の意見だ、どうするのかは君が決めなきゃいけないからね。
──……はい。
──何ならだけど、メディキュボイドの申請をしておこうか?薬はあんまり……だったよね。
──……お気持ちはありがたいですが、少し暇を見つけて旅行する方をやってみます。薬はいつも通り無しでお願いします。
──分かりました。……でも、あまり無理はしないでほしい。壊れる前に少しでも良い方を選んで欲しいとは思う。
──……お時間を割いてくださり、ありがとうごさいました。
──何やってんだか、な。本当はその方が良いのに。…………にしても、メディキュボイドか。2年ぐらい前に試して以来か。
──……そういえば、アイツらは元気だろうか。もうかなり会ってないしな。
──今、どうしてるんだろうか。
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幕間あれこれ その3
・ベッド選び
──んーむぅ…………。
──リョージィ、なーに考えてるの?
──いや、ベッドをどうしようかとな。
──あー……最近、詩乃ちゃんが頻繁に泊まってくること多いもんね。で、1人だけ除け者にするなーって感じで香蓮ちゃんも泊まってくるし。
──比較的部屋の広さはあるが、あまり大きすぎてもなぁ。かと言って敷布団は敷布団で面倒なことになりかねんし……。
──まぁベッドを買うとしてだけど、候補としてはクイーンにする感じ?
──無難に考えればな。キングという選択肢もあったが部屋の圧迫感を鑑みればクイーンが妥当とは思うが……ふー、また家具を移動させねば。
──その時はよろしく頼んだ。で、何かめぼしいものあった?
──まだ決めかねておる。俺は正直な話デザインの善し悪しはあまり興味無い質だからなぁ、なので意見が欲しい。
──おーどれどれ……あ、収納付きにすれば今あるデスクの分無くして部屋の広さは確保出来るんじゃない? あと思ったけど、このさき詩乃ちゃんもここに着替えとか置きそうな感じがしないでもないし、チェストベッドの方が良さそう。
──機能性という点で考えれば確かにな……となるとデスクに置かれた本類も収納出来る本棚があれば尚のこと良いか? 漫画や資料などもそうだが、アミュスフィアの収納が……いや待て、パソコンを置くためのデスクが欲しいな。あと俺の方が色々と入れてるのもあって、その分は確保したい。
──じゃあデスクも見てみようか。あ、ついでに下取りも出来るならやって欲しいわね。
──聞いてみるか。無理とは思わんが、出来ないのならリサイクルショップにでも売ってみるとするか。
──あ、いっそのことホテルみたいな感じの配置にしても良いんじゃない? それはそれで面白そうと思うんだけど。
──ふむ……意外に盲点であった。そういった配置もありか、やってみるのもありやもしれんな。
──いーじゃないのこれ? ん、明日は……問題なし! 明日パパーっと行って見てみよっか!
──本当、インテリアのことになるとやる気が違うな。
──こういう女性は嫌い?
──いや、寧ろ大好きだが。
──んふふっ、ねぇ。
──ん?
──
──……
──
──はぁ……
──んふひひひっ。
──……えぇい、可愛い顔をしおって!
──きゃー!
・弾丸避けの原理
──そういえばV、前にコイン見せてくれた時あったわよね。
──あったな。
──あの時聞きそびれたんだけど、Vって現実でも弾丸って避けられるの?
──出来なくはないな。いや寧ろ何度かやった事がある。
──……それって、特殊部隊に入ってる人間なら誰でも出来るものなの?
──そんな訳ないだろう。特殊部隊がそんなんばかりでは誰も為す術なく任務を遂行されて終わりだ。
──そうよね、じゃあ何でVは避けられるのよ。一番不思議でたまらないんだけど。
──原理としては……そうだな、漫画とかでよく見かける殺気を感じて避けるとか、そういうものが分かりやすいか。
──かなり非科学的なことやってるって自分で思わない?
──いや、殺気を感じること自体は本来生物が持ち得る本能のようなものだ。かなり特別な事でもないぞ。ただ人間は勿論、ここまで高精度の察知能力は生物でも中々ないと師匠や武術師範の方々は言っていたな。
──それってさ、どうやって身につけたのよ?
──身に付けたというより、取り戻したものというのが正しいんだが……まぁその点は良しとしよう。言うは易く行うは難し、といったものになるが主にやっていたのはどこに目掛けてナイフが来るのか察知し、それを防ぐといったものをやっておったな。だんだん慣れてくるとフェイント混じりの攻撃も師匠はやってきたが、どこが本命なのかを理解すれば後は防ぐだけだったな。
──……弾丸避けはどうやったのよ?
──相手方の視線を感じ取って、相手が撃つという意思を感じれば避ける。といった訓練の積み重ねで出来るようになったな、顔の安全を確保しつつBB弾を避ける訓練内容であったからな。
──じゃあ、弾丸を斬れたのもそういう訓練のおかげ?
──まぁな。相手の視線で狙っている場所を把握し、弾丸の通り道に光剣を置いて防御すれば。
──……現役の特殊部隊員から認められるだけあるわ、そんなトンチキ能力持ってたら誰だって認めざるを得ないわよ。
──確かに弾丸避けは色々重宝したがな、特殊部隊の訓練は作戦行動の種類によって求められる能力が違う。弾丸が避けられるだけで現役の方々から認められた訳では無いからな?
──そもそも弾丸を避けるだけ、ってところが普通と矛盾してる事に気付きましょうか。あのキリトといいVといい、何でこうも人間離れしたものを持ってるのかしら。
──……んー。キリトのは仮想世界に限って出来るだけだと思うぞ。
──いや現実でも出来るって言ったのVだけ……って、何で分かるのよ。
──確かにキリトの剣技は見事なものであったが、あれに技術が含まれているかというとそうは見えなかったのでな。どちらかというと、独学によるものなのではと思った。SAOという死地によって刻まれた、己にあったやり方というものだろうな。
──……なるほど。でも人間離れしてるのはどっちも一緒よ。
・お詫びの品
──【20vs1! ただ1人が引き起こした蹂躙劇とは?】……ね。亮司はどう思う?
──それを俺に聞くかえ、詩乃や。……まぁあの時は事が事であったとはいえ、わざと俺という餌をチラつかせた事によって引き起こされた必然にも似た……いや待て、そういえば仕込みを済ませる前に銃声が聞こえたな。なぁイザベラ?
──いやぁ、でも都合は良かったでしょ。感謝される謂れはあっても非難するのは違うでしょ?
──分かっておる。ただまた今後面倒なことになりそうな予感がするとだけな、暴れまくったことでまた色々と知らぬ輩が店に来そうでダルい。
──ご愁傷さま。揉む?
──詩乃ちゃん抜けがけは良くない。
──あと何気にリョージの膝の上に居るのもちょっと許せない。
──早い者勝ちですよ、2人とも。
──えぇい、後で望みを言えばやるわい。俺に出来ること限定ならだが。
──じゃあクリスマスデート。
──詩乃が言うかえ。23なら空いておる、24と25はそれぞれ香蓮とイザベラとクリスマスデートなのでな。
──……一番乗りを喜ぶべきか、クリスマス当日にデートが出来ないことを悔やむべきか。
──流石に1番大事な日はイザベラとでなければならんだろう。勿論香蓮と詩乃が次に大事という訳にはならんがな。
──その辺は割り切ってますので大丈夫ですよ。ね?
──……えぇ、そうね。
──ま、少なくとも私はクリスマス当日まで楽しみにしてるとして。それとリョージ、ちょっと良い?
──何だ?
──渡したい物があるの。
──?
──えーっと…………はいこれ。
──箱?
──開けてみて。
──どれどれ……! これはっ!
──それって、キセルでしたっけ? でも何か長いような。
──ああ、煙管で間違いない。しかしこれ、喧嘩煙管か。
──喧嘩キセル?
──江戸時代などでは町人などが刀や脇差などの携帯が出来なかった頃、旗本奴なる“ならず者”に対抗するために造られた護身具としての色が強い煙管のことだ。……もしや!
──ご想像の通り、こちらに灰吹きとこれがあります。
──おぉ!…………ん? イザベラ、これハーブか。
──私、タバコの臭いは苦手だし健康に悪いのは嫌だけど、ハーブならまだ許せるのよ。それにいつもGGOでだけ葉巻吸ってるから、無意識に葉巻を取るくせが染み付いてるのを見てると少し申し訳ないとも思ってたのよ。
──それでこれか。だがそれでも、ありがとうイザベラ。紛らわすためにカルパスやジャーキーを食わずとも良くなった訳だ。しかも護身具にちょうどいい喧嘩煙管だ、やはりよく俺を理解しているだけある。
──ふふん、リョージとの付き合いの長さは伊達じゃないってことよ。まぁ、今回のは迷惑かけたお詫びって意味があるんだけどね。
──BoBのことか?
──うん。勝手に出場したのは謝らないといけないし、危険なのは分かってたけどさ。
──……イザベラ、お前さん自分の発言を忘れておらんよな?
──さっき言ったから覚えてるけどさぁ、それはそれ。これはこれってヤツよ。それに予選の時に、あとでお詫びするからって言った。
──……ああ、そうだったな。ならありがたく受けとっておこう。では早速だがコイツを一服して
──ちょっと?
──ほ?
──もうすぐベッドに行く時間よね? ならまだお預けよ。
──……嘘だよなイザベラ、明日仕事じゃなかったか?
──それはそれ、これはこれよ。
──!?
──明日は早くから講義ですけど、仕方ないですよね。イザベラさんがそうなら私も乗らなきゃ。
──!?!?
──明日学校だけどやるわよ。
──……嘘だろ?
──嘘に見えるのならそれは幻ってヤツよ。観念しなさい。
──……3日前にやったばかりだろう。
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Relics of memory
休息を求めて
肌がひりつく様な緊張感がそこにあった。5vs1、取り囲んでいる5人と佇む1人のプレイヤーの間にある3つの炎。それぞれ青、緑、紫といった色合いの炎がゆっくりと小さくなっていく様はただ儚く散りゆくのを待つしかない植物の冬を想起させる。何にでも終わりを迎えれば必ず始まりがあるにせよ、倒された者たちの始まりはその炎が消えれば淘汰されゆく生態系のように弱く脆くなっているだろう。
ただ1人、この1人の出方を窺っている。どう動くのかを必死に観察している。未知、無知、故に恐ろしく。決められたパターンを持ったエネミーではなく思考し続ける人間であるからこそ、迂闊に手を出すことを頭が拒否していた。1人の男が手に持つ刀は決して業物の類ではないが、性能そのものは比較的高いだけの武器である。そこに付属する価値もまた高いのは明白なのだが、それを使い潰さんとする程の攻めを今しがた見せつけられた。
納刀されていない抜き身の刀に血が付着されたような錯覚があった。と、男は何を思ったか溜め息のあと納刀し始める。血振りをせず残心し、刀を迎え入れるように納めると1人に向かい挑発した。もう刀は使わないから、さっさとかかって来いと謂わんばかりに。
「ッ〜〜! 舐めやがってクソがァ!」
「オイッ、早まるな! くそっ!」
先程挑発した両手斧持ちの大男が赤い髪色をした、武者のような鎧を着込んだ男目掛けて突っ込む。否応なしに攻めざるを得なくなった他のプレイヤーもまたそれぞれ吶喊していく、両手斧の射程圏内に入ったところで大男は振り下ろそうとした。
が、大男の視界に映っていたのは超至近距離まで迫って両手斧の射程圏内から逃れた男の姿であり、次の瞬間視界には男の指が映ったところで全てが黒く染まった。何が起きたのか整理もつかないまま倒れていく体を、前十字靭帯の痛みで姿勢を戻されながらも地に膝を着けて最後。優しく頭と顎に手が添えられると首から鳴ってはいけない音ともに大男のHPは全損した。
「テディ!」
「野郎、マジで化け物じゃねぇか?!」
「いや、必ず隙はある! それに──」
ふと男が人数を確認して、1人だけ居ないことを悟るとすぐに曲刀と槍持ちの2人が接近し、残った1人が何かの詠唱を始めた。面倒な詠唱中のプレイヤーに目標を絞りながら、曲刀持ちの1人に接近し武器を装備した方の肘関節と手首を押さえて動きを止めて後ろに回りこみ、槍持ちへと目掛けて蹴り飛ばす。なだれ込むように倒れた2人を無視し詠唱中のプレイヤーに向けて接近、しかし間に合わなかったのか5つの光球が不規則な動きで男に迫る。
舌打ちのあと、鎧で身を守るように光球を受けきるが残りHPが4割まで減少し危険な状態に変わる。それでも男は構うことなく突っ込んで定めた目標を殺しに行く──その前に、急停止して左足を軸に半回転し見えない何かを掴み、手を添えて投げ飛ばした。
「ぐへっ!」
「ワンバ!?」
不可視になっていたプレイヤーが地面に叩き付けられ姿を現す。装備されていた短剣は男の手元にあり、回転の勢いのまま詠唱していたプレイヤーめがけて投げつける。胸に突き刺さったことで苦悶の声を出したが、接近した男によって引き抜かれると今度は首に刺され短剣の柄頭を掌底で叩き込むと刀身が貫通。男の背後から迫ってきていた槍持ちの攻撃を短剣が突き刺さったプレイヤーを肉盾にすることで防ぎ、首を裂きながら短剣を引き抜くと槍持ちの口へと目掛けて突き刺した。
そのまま体の内側へと押し込まれるように刀身を沈みこませていくと、2人まとめて炎へと変わる。短剣が落ちて金属音が響くが、お構い無しに曲刀持ちが薙ぐように横一閃。慌てることなく避けた男は地面に落ちた短剣を相手の顔めがけて蹴り上げた。彼からすれば急に現れた短剣を防がなければと思い、空いた手で顔を防御するという当たり前の行動を取る。その隙に男は曲刀の刃を装備者に向けて勢いよく胸に突き刺すも、薄い刃であるため肉体に入ることはなかった。
しかし武器を持つ手を装備者に向けて押し込むことで、持っていた曲刀を奪い取ると右肩から左脇腹への袈裟斬りを行いダメージを与えたあと蹴り飛ばし、落下中の短剣を掴むと鎧の隙間に目掛けて突き刺し今度は柄頭を蹴って体内にダメージを与えて相手をまた炎に変えた。この蹂躙劇に短剣の持ち主である黒髪のプレイヤーは尻込みし、ゆっくりと迫り来る男から後ずさっていく。
「ま、参りました……! もう十分、あなたの実力は分かりました……! だからどうかロストだけは──」
「知らぬことだ」
呆気なく近付けた男は曲刀で首をかっさばき、最後に残されたプレイヤーを炎に変えると武器を地面に落とした。目の下頬越しから発せられた疲れの溜め息を1つして、通行の邪魔にならない道の端に座り込み目を閉じた。その行動を見ていた他のプレイヤーたちは全員男の様子にヒソヒソと語り合う中、暫くして男は立ち上がり何処かへ向かって行った。
男の名は『Verdict』、別の仮想世界で『Vendetta』として名高い彼は今、ALOではサラマンダーとしてこの世界に立っていた。何故こうなったのかは時を遡らなければならない。
GGOのあるプレイヤーホーム、リビングスペースで銃士X、レン、シノンがここの家主が現れるのを待つ。少ししてショップスペースと繋がった扉から現れたが、何故か目に見えて疲弊しているのが見て取れた。空いている1人用ソファに座って背もたれに寄りかかる
「はあ゙あ゙あ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙……」
「お疲れさまねぇV、いやホントに」
「まただ……まただぞクソッタレ……! 買い物だの銃器メンテナンスだのはまだ分かるが、こうまでヴェンデッタに会わせろだの聞かされるこっちの身にもなってみろ……!」
そう、店を開けてひっきりなしに来る多くの冷やかしと僅かな客の対応に追われていたのだ。やれここに来ればヴェンデッタと会えるだの、会えなかったら会わせろだの、GGOのニュービーが増えたとはいえその多くがヴェンデッタに由来するものであったのだ。巫山戯るなと言いたいのは彼自身であるのに。すぐに店仕舞いをしてこうして休みに来たとはいえ、迷惑なプレイヤーが増えたことに対して苛立ちだけが募っていくのは仕方の無いことである。
「まぁ、あんな大立ち回りを生放送で中継されたら、普通気にはなるわね。とはいえ限度ってものがある事を知らない輩は純粋に迷惑」
「流石にヴェンデッタに会うためにフィールドで狙撃されたのは1度きりだったがな」
「……掘り起こさないでよ」
「あはは……でも、このまま時間が過ぎていくのを待つのも面倒ですよね。また暫く狩りにでも行きますか?」
「それも良いが、今は目当ての物がありそうなダンジョンも粗方調べ尽くしたしなぁ……依頼も暫く無いだろうし、道場の日では無いし、どうしたものか」
ぐったりと液状化でもするように背もたれにもたれかかるヴァー・ヴィーがどうしようかと悩んでいるところに、シノンが何やらメニュー画面を開いて閲覧し始めた。とはいえ只今無気力状態に陥りかけている彼には興味無いのだが、ふと画面を見ていたシノンが訊ねた。
「ねぇV、気分転換にALOにでも行ってみない?」
「……ALOぉ? 前にキリトが言っていたゲームのあれか?何でだ?」
「ほら、ダイシーカフェに居たアスナ居たじゃない。お互い彼氏持ちってことで何か相談に乗れたらってSNSの連絡先交換してたのよ。で、今ちょうどALOのお誘いが来てたから」
「成程……ALOかぁ、金にならんのがなぁ」
「総資産億以上あるんだから少しはお金稼ぎから離れなさい」
「えー!」
「ふふっ、でもV。ちょうど良いんじゃない? たまには純粋に遊ぶって考え方もありと思うわよ、ねぇ?」
「えっ? え、ええそうですねそれはそうです!」
「……どうした、レン。 何かALOであっ──たな、そういえば」
「あははは……はい」
「「?」」
「以前、レンがALOにダイブしたら高身長のアバターだった」
「あぁ、あれね……」
「? レンが自分の身長を気にしてるのは知ってるけど、どうなったのよ」
「ビックリして強制ログアウトしちゃったのよ」
「……えぇ?」
シノンがレンを見る。まさかそこまで身長を気にしているとは思いもしないのだから当たり前なのだが、彼の強さの秘密を知った時のような反応をした。それは兎も角として、今のヴァー・ヴィーには特に何かをやる予定はあまりないためALOに訪れても良いのではと、ぼんやりと頭の中で考えつつソファから立ち上がった。
「んんん゙…………あ゙ぁ゙。確かにちょうど良いやもしれんな」
「行くでいいのね?」
「あぁ、そうしてみようかね」
「りょーかい」
シノンがアスナに向けて返信し、あまり間を置かずにアスナからの返事も来るとログアウトボタンのある場所までスクロールする。ふとヴァー・ヴィーが銃士Xとレンの2人に訊いた。
「2人はどうする? ALOの方は」
「あー私はパスで。GGOでやりたい事もあるしね」
「私は……ちょっと保留で」
「了解した。さて、俺もログアウトするかね」
このようにして、彼はALOデビューの1歩を踏みしめたのであった。
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炎の始まり
『ALOに来るんですか?!』
「おう、詩乃も一緒にな」
現実世界に戻って睦希は早速ザ・シードによって無料配布されているALO、正式名称【アルヴヘイム・オンライン】をダウンロードしている最中ふと同ゲームをプレイしている先人と連絡を取りたいという形で睦希は桐ヶ谷和人に電話をかけた。意外といった様子で問われたことに疑問が湧いた。
「で、なぜ意外そうな反応をした?」
『いや、何となくGGO一辺倒でやってるイメージというか。プロってそんな感じのイメージがあるというか』
「あぁ、そういうことか。まぁそれが普通だな」
『大丈夫なんですか? 睦希さんは』
「なに、総資産なら億は稼いでるのでな。そこまで心配はせずとも良い」
『……億?』
「具体的な金額でも聞いてみるか?」
『遠慮しておきます』
「そうか」
具体的な金額を聞けば聞いたで頭を抱えそうな未来が待っていると何故か確信めいた何かを悟った彼に対し、睦希は自分の話を再開し始めた。
「して桐ヶ谷、お前さんALOにサラマンダーの知り合いはおるか?」
『居ますけど、サラマンダーにするんですね』
「意外か?」
『暗殺が得意ならインプとか、俺と同じスプリガンにするかもと思ってたので』
「それはそうだな。俺もインプかサラマンダーで悩んでいたが、たまには直接戦闘をしても良いかと思ってな」
『というと?』
「これでも古武術、剣術や杖術なども訓練している身だ。ALOではGGOとはまた違った戦闘スタイルでプレイするのも有りだと考えてのサラマンダーという結論に至った」
『へぇ、古武術……となると刀メインでプレイを?』
「刀を主力には使うが程よい手鎌や短剣、投擲武器、武器が潰えば素手と手段は選ばんな」
『鎌使うんですか』
「俺のやっている古武術に陣鎌、いわゆる手鎌を扱う術もあるのでな。それも活用したいのだ……で、すまんがお前さんの知り合いを紹介してもらって構わんだろうか」
『構いませんけど……その知り合い、サラリーマンなので時間の都合が合うかどうか。俺でよければレクチャーしますよ』
「良いのか? 種族が違えば面倒だぞ?」
『まぁ面倒は慣れっこなので。それにサラマンダー領内にスプリガンは目立ちやすいから目印になるでしょう?』
「それもそうだが……時間の都合は大丈夫か?」
『ええ、まあ。今やることがあんまり無いので』
「そうか……なら、頼むとしようか」
『分かりました。因みに何時ダイブします?』
「ダウンロードやアプデが終わり次第にでも。あと30分以上は掛かるがな」
『成程、じゃあ40分後にサラマンダー領内で。あ、俺のネームは変わらずキリトなので、呼びかけたらちゃんと反応しますよ』
「お前さんはNPCか何かか。だが了解した、40分後合流としよう」
『はい。じゃあ、また』
通話を終了させ、未だにダウンロード中の表示が出ているパソコンを見つつALOでの情報収集に改めて勤しんだ。武器、防具、領地、種族間関係、ルール、そして飛び方などの凡百情報を調べていく。今度は見落としのないようにしっかりと読み込んで。
ダウンロードが終了し、幾つかのアップデートも終えて睦希はベッドに向かう。つい最近クイーンサイズのチェストベッドに変えたことで一先ず就寝のさい手狭にならないスペースを確保できたそのベッドに、彼は1人で横になりアミュスフィアを被る。
「リンク・スタート」
意識が仮想世界へと送り込まれていき、真っ黒な空間に出現した幾つかのソフト項目の中にあるALOを指定すると、種族選択画面が出現した。《Welcome to Alfheim Online!》の表示のあと、性別とネーム決めに入る。性別は男にしたが名前の方に思考を回し、木魚でも叩いているようなポクポクという音を頭の中で響かせ、暫くして入力を開始する。『Verdict』、これから彼はALOでヴァーディクトと名乗ることを決めた。
そして種族選択画面になると迷わずサラマンダーを選び、確認音声に了承すると世界は一変した。初期スポーン位置である広場には広大な噴水と、領主館へと続いている水路。ヤシの木や中東方面で見かける建築様式が見受けられる。砂漠地帯にあるため露店商はどこか薄手の服を身に纏っており、オアシスを中心として設立された首都【ガタン】の街並みの雰囲気が漂っていた。ただ睦希が気になったのはそんな真新しい景色ではなく、耳に入ってくる喧騒の声の方であった。そちらを見やればサラマンダー領内に異種族であるスプリガンが1人居て、目当ての人物である確信を抱きながら彼の元へと近付く。
「お前さん、キリトだな?」
「……えーと、どちら様で?」
「ヴァー・ヴィーだ」
「ひょっ?!」
変な声と共に立ち上がったキリトと思わしきスプリガンは、まじまじとヴァーディクトの顔を見ていた。確かに仮想世界ごとに別の顔になるというのは当たり前のことなのだが、それにしても見すぎなのは否めない。
「あまりジロジロ見るな。面白くないだろう」
「あぁ、すいません。でも逆にこうまで違いすぎると珍しく……いや、アイツらが変わらなさ過ぎなのか?」
「?」
ヴァーディクトは噴水に映る自身の顔を確認した。水面に映っていたのはサラマンダー特有の赤、というよりも黒みがかった蘇芳色と呼ばれるカラーリングに白メッシュの入った髪であった。目の周りには両瞼から白い亀裂のようなものが蜘蛛の巣のごとくあって、極めつけに目の色は黄色というリアルとは掛け離れすぎた見た目であった。これではまじまじと見るのも納得がいくというものだ。
「……そりゃあ違いすぎるわな。GGOとも違うし」
「あっちじゃ完全に傭兵みたいな顔つきでしたもんね」
「にしても、この亀裂は要らないんじゃないか? これじゃあ乾燥して肌がボロボロみたいに思うんだが」
「そう思ってるのも多分ヴァー・ヴィーさんだけかと……あ、ところでALOでの名前はなんて呼べば?」
「ヴァーディクトだ。あぁ、先にフレンド交換でもしておくか」
「じゃあ俺からやりますよ」
「お、そうか」
キリトがメニュー画面を開き、少ししてヴァーディクトのメッセージからフレンド交換の報せが入り了承すると、晴れてフレンド同士となったキリトは画面を閉じてヴァーディクトはそのままフレンド欄から彼のステータスを確認し始めた。
「種族値も1000越え、片手剣習熟度MAX等々……かなりやり込んでいるのだな」
「あのー、流石にちょっと」
「ん、あぁ失礼した。面倒な癖が出てしまった」
「いえいえ。あ、でも今気付いたんですけどコンバートじゃないんですね」
「GGOとの関連性をなるべく少なくしたいのでな。特にあの名のままでは疑われかねん」
「秘匿主義者みたいな考え方ですね」
「否定はせん」
一先ずヴァーディクトの装備を最低ランクの刀武器に変更し、ALOの特色の1つである飛行に関する訓練を行い始める。この“飛行”というシステムはGGOでも体験はしたが毛色が違うこともあって慣れるまで時間は掛かった。思考による自動制御ではなく仮想体の骨格や筋肉を動かす手法、ようは昆虫が行うような飛行方法への慣れに時間は掛かった。
ともあれ時間をかけたことで飛行については多少動ける程度にはなれた。ヴァーディクトは一度昆虫の翅の駆動法を調べる必要があると感じながら、満足に飛ぶことが出来なかった鬱憤を晴らすかのように序盤のエネミーである低ランクの蠍型や蛇型を倒していく。暑さへの耐性がデフォルトで存在するサラマンダーのヴァーディクトは、この気候をものともせず必ず攻撃を避けたあとで致死の一撃を入れるといったパターンで倒していった。
だがヴァーディクトは何故かソードスキルを使用せずにエネミーを倒すことに集中しているようで。しかも倒すのに若干の時間は掛かっているものの苦戦している訳では無い、寧ろこれが彼にとっての最善にして最良の戦闘行為とも見て取れる。ちょうど戦闘が終了したところでキリトは訊ねた。
「あの、ヴァーディクトさん」
「何だ」
「何でソードスキルを使わないんですか? 使ったらもっと速く済むのに」
「あぁそれか……簡単な話、動きを制限されたくないのだ」
「はぁ」
「確かにソードスキルを使えば楽に終わらせられるやもしれんが、使用後の硬直時間とか勝手に体を動かされる感覚はどうしても好きになれん。戦闘では決められたパターンを読まれて対処されればあとは死しか待っておらん……毛嫌いといえばそれまでだがな」
「……中々現実的な思考ですね」
「まぁその分ダメージ量を多くする為の工夫はしておるし、問題は無い。追尾攻撃魔法は完全に防御しつつ吶喊するしか無さそうだが──こうなると軽量且つ高耐久、高魔法耐性の鎧が欲しくなるな」
「じゃあ、今からでもアルンにでも行ってみます? そこに知り合いの鍛冶師、前紹介したリズ……じゃなかったリズベットも居ますし」
「あの嬢ちゃんか。……ふむ、ならばエスコートをお願いしても?」
「勿論! 早速行きます?」
「そうしよう。道中の護衛、よろしく頼む」
キリトがパーティー申請を出し、それを了承して先にヴァーディクトの装備を整えてから2人は央都アルンへと飛び立っていった。
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燃え上がる
道中の敵エネミーは央都への方角に進んでいくにつれて強さを増していく為、キリトがある程度HPを減らしヴァーディクトが始末を付けるといった手法で種族値の他、刀と短剣ついでに回復魔法の熟練度を上昇させていった。早くも種族値も250を通過し300に到達しようとしているが、複数用意した武器の耐久値に問題が起き始めたため【竜の谷】付近にある比較的ちいさなオアシスを中心に点在している行商人の集まりの方へ向かい、新しく武器と防具を新調していたところであった。
「そこのお兄さん、ちょっと良いかぃ?」
アイテムを物色中の彼に話しかけてきた1人の男性ケットシー、ターバンにガラベイヤなどを着込んでいる。少し待って反応を確かめてみたが何も無く、目の前の人物がNPC事を悟りキリトに相談した。どうやら偶然クエストフラグが立ったらしく受けるか受けないかはヴァーディクトに任せるとのこと、時間は掛かるが受けておいた方が得だろうと考え、尋ね人に何用か訊ねた。
先にケットシーの男性は竜の谷を越えて央都に向かうのかを聞き、その通りだと答えるとちょうど良かったと言った。ここ最近竜の谷に盗賊紛いの連中がうろちょろしており、谷を飛び交う飛龍という元から存在する脅威と相まって通るに通れないのだとか。次にそのケットシーは運搬用の荷台とそれに繋がれたモンスターを指さして陸路による移動であることを示すと、用心棒役を頼まれてくれないかと言い終えてそこで言葉を止めた。
特に問題ないことを2人は確認しあい了承すると、お礼の言葉と共にクエスト名の表示が現れた。準備が出来たら訪ねてきてほしいとだけ伝えると、そのケットシーは運搬役のモンスターの所へと歩いていき、十全な準備を2人は済ませたあと受注者に行く旨を伝えたあと徒歩で央都へと向かい始めた。そう、徒歩でだ。
先の休息地から竜の谷までの距離は決して短くない。その上砂漠地帯の暑さはサラマンダーからすれば問題ないのだが、キリトとケットシーのNPCはこの暑さへの耐性は無いと言っていい。暑さに判断力を削がれるのは不味いため、歩きながらではあるがヴァーディクトは検索を行い目当ての呪文を見つけると詠唱を始めた。
「
途端にキリトの周りに風が発生し、体幹温度が涼しく感じられる。次にヴァーディクトはケットシーのNPCに対して呪文の詠唱を行い涼しくさせると、そのNPCからお礼の言葉をいただきながら話は続けられた。
「いやぁ君、ありがとう。普段は用心棒を頼んでもここまでしてくれないから助かったよ。お礼と言ってはなんだけど、何か必要なものがあれば特別価格で販売してあげるよ」
「それは有難い、感謝する」
「良いの引きましたね、こういうの調べてたり?」
「いや、暑がっている者を涼しくしてやれる方法があるのなら使うだろう。普通は」
「まさかの素でやってた」
MPを回復させるために小瓶の中の回復薬を飲みつつ、NPCからの思わぬ特別報酬に思考を移し少し考えていたが、ふと開きっぱなしの画面を見て何か思いついたらしく閃いた様子を見せるとヴァーディクトは訊ねた。
「店主、この荷物に白紙の本と書くものはあるか?」
「あるにはあるが……良いのかい、そんなので?」
「今の俺にとって必要に感じたものだ。幾らだ?」
ケットシーのNPCからその2つを安く購入し、ヴァーディクトは早速といわんばかりに出しっぱなしの画面に映った情報、呪文の名称と詠唱時の発音を書き記していく。見返しと扉を除外して2ページ目から基礎的な文法や単語を記し、探索に赴く際に必要となる補助系のものや回復補助系、今使えるであろう攻撃系の呪文などを書き終えた頃には竜の谷へは既に侵入していた。
何も装飾のされていない皮のカバーがされた本を閉じ、購入したペンだけをアイテム欄に仕舞い本はそのまま持ち運ぼうとしたが、このまま持っていると片手が塞がるという面倒なデメリットを確認すると十字のブックバンドを購入し腰に括り付けた。歩行の邪魔にならないように本を腰に密着させて固定し、見てくれを多少確認しつつまた歩みを再開する。
このALOでは呪文の詠唱に何かしらの媒介が必要という訳では無いが、効果の上昇や詠唱時間を若干短縮させる付属効果のある杖は装備品として出回っている。ただこのように魔導書じみた物をあまり見たことは無く、そうしたアイデアを思い付いたヴァーディクトに対しキリトは感嘆していた。
竜の谷の中間辺りまで歩いていくと鬱陶しい暑さは消えていき、一旦休憩所として設置されている焚き火跡にて休みを挟んだ。竜の谷へと入ってからというもの飛龍や盗賊が敵対エネミーとして出現するため央都への時間は掛かるものの、その時間に比例した労力に見合った成果は現れており遂にヴァーディクトの種族値が300を越え刀と短剣の熟練度も400近くに到達、魔法の熟練度も多少上がってかなり成長したと言えなくもない。そう思っていた所にケットシーのNPCが発言した。
「一旦ここで休んだ後また歩くけど、君らも準備が必要だろうから終わったら話しかけてくれ」
「どうやらここで一旦区切りらしいですね」
「みたいだな」
一応この場所には竜の谷の入り口に繋がる転移の石碑もあり、その入り口から程近い先程の行商人の集まっている小さなオアシスの休息所にも同じような石碑がある。そこからカダンやアルンへと転移できるため一度領地内に戻ってログアウトするのも有り、一旦央都の方へと先に進んでいくのも有り。長旅になるのは徒歩の時点で承知していたため、一旦2人は竜の谷入り口まで転移し先程訪れた休息所の石碑前に居た。
「じゃあ、俺は央都の方に戻って一旦ログアウトします。夕飯の時間がそろそろ迫ってきてるので」
「そうか。俺もそろそろ飯時ではあるが……どうせだ、もう少し飛んで首都に向かってみるとする」
「分かりました。あ、夕飯の後もログインしてるので何時でもログインして大丈夫ですからね」
「あいわかった。では俺はここで失礼させてもらう、また」
「はい、また」
ヴァーディクトは翅を広げて空へと飛び立ち首都方面に向かって一直線に突き進んでいき、それを見送ったキリトも央都へと転移してそこから姿を消した。
空を駆け抜けている間にも様々なエネミーやそれに対抗しているヴァーディクトと同種族のプレイヤー、砂漠地帯に進出している別の種族などが見受けられる光景はALOの普通というものなのだろうと初心者の彼は思う。とはいえまだこの世界についての彼是を知らないため一度この世界を1周してみるのもありかと考えていたところに、何かが風を切ってヴァーディクトの元へとやって来た。
「ごめんなさい!」
「んぉ────ぉおおお?!」
全速力かと思わしき速度で突っ込んできた誰かにぶつかりそうになりながらも、間一髪のところで避けたため大事故にはならずに済んだ。しかしどういった理由で突っ込んできたのかは問いただしたい所なのだが、それを遮るように先程のプレイヤーがやって来た方向からまた別の何かがやって来る。
「待てぇええ!」
「また────ッおお?!」
まだ飛行に慣れてない
少しキレていたヴァーディクトは腰にある魔導書モドキを手に取り、今使えるであろう呪文を探し当て詠唱し始める。
「
詠唱が終わると翅に集まる光の量が多くなり若干白に近いピンク色に見えている状態で、ヴァーディクトは全速力で先の4人を追いかける。先程の呪文は発動中はMPを消費し続けるが通常飛行速度を上昇させる効果を持ち、一度止まれば解除される。その呪文を使用したことで簡単に4人を追い越して1番先頭に居た黒髪、スプリガンと思わしきプレイヤーの前に立った。
「ッ!?」
「っえ゙ぇい追いついたあ゙!」
「よくやった! そのまま塞いでろ!」
今ヴァーディクトの頭の中には謝罪の1つもしていないサラマンダーの3人に対してキレているだけであって、別にこのスプリガンの邪魔をしたい訳では無い。苛立ちを隠さないまま、目の前に居るスプリガンを無視し追ってきている3人の同種族に立ち塞がるように移動した。その行動に疑問しか思い浮かばないため、サラマンダーの1人が訊ねた。
「おい、何してんだよアンタ。そこのスプリガン捕まえるんじゃなかったのかよ?」
「誰が此奴を捕まえる為に移動したと? 俺はお前さんがたに先程迷惑を被ったので謝って欲しいから来たまでだ」
「はぁ?」
「そこなスプリガンはぶつかりそうであったとはいえ、謝罪をしていたぞ阿呆。迷惑をかけてしまったのなら謝罪をする、当たり前の事だろうが──というか、執拗にこのスプリガンを追いかける理由はなんだ? 事と次第によっては……いや、何となく掴めたがお前さんがたの口から聞きたい」
何が何だか理解に及んでいないサラマンダーの3人は互いに目配せをして頭を傾げているが、ヴァーディクトの後ろに居たスプリガンは答えた。
「その3人に襲われてたのアタシ! 報酬の分け前が事前の話し合いと全然違ってたから抗議したら!」
「──で、お前さんがたの意見は?」
「どこにそんな証拠があるんだよ。良いからそこ退け、謝罪なら後で幾らでもしてやるから」
「退かないでよ?! 絶対そいつら謝罪なんてしないから! したとしても気持ちなんて篭ってないから!」
「うっせぇぞテメェ! 良いからお前はさっさと──」
言い終える前に集める光の量が多くなってピンク色に見える翅で飛翔して吶喊したヴァーディクトが、真ん中にいた発言者に攻撃を仕掛ける。真っ直ぐ突っ込んで右下から左上に振り上げるように斬りかかった攻撃を避けたのも束の間、刀を振るった勢いのまま回転し相対するように向かうと3人のサラマンダーも臨戦態勢に入る。
「何の真似しやがる?!」
「色々と事情は汲めたが、解決方法がお前さんがた3人を潰せば良いように思えたからやっただけだ。文句があるなら過去の自分を恨め──そこのスプリガン!」
「は、はい!?」
「お前さんも手伝え! 元はと言えばお前さんが運んできた厄介事だ、解決の一助にはなるがその為にはお前さん自身も戦ってもらいたい!」
「うっ……わ、分かった!」
「後悔しても知らねぇぞお前ら!」
「幾らでもほざいてろ!」
刀を片手で持ち刀身を体に隠すように後ろに持って行き、前傾姿勢を取ってヴァーディクトは構えた。
【独自呪文 及び詠唱文】
『
・補助魔法。暑さを和らげる涼しい風を対象の周囲に発生させる。“汝の周りに風が生まれる”
『
・補助魔法。翅が受け取る光の量を一時的に増加させ飛行中の速度を上昇させる。1度動きを止めると終了するため再詠唱が必要。“我が翅に多くの光を与えよ”
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灰の轍
ALOの特色の1つとして他には無い“飛行”が取り入れられている。アバターに対しフライトエンジンを採用することで可能にさせた機能であり、空への憧れを持つ者からすればどこでも飛ぶことが出来る唯一性を求めてこのゲームをプレイしようとする。だが1つ言えるのはそう簡単に人間が空を飛ぶことに慣れる訳では無いこと、そしてこのシステムこそがALO初心者がこのゲームをプレイするにあたっての難関の1つでもある。
まず随意飛行。人には本来翅は存在せず、そのための骨格や筋肉も無い。妖精という種族であるからこそ翅の必要性はあるにせよ、空を自力で飛ぶための翅は人間に存在しない。そのため今までの戦闘スタイルを適用させようとすると、仮想体の動きが鈍くなるか満足に動くことも出来ない。もしくは制御そのものが上手く掛からないことが起こる。地上では出来ていたことが空中では出来ない、感覚と仮想体の齟齬が起きてしまう。
ヴァーディクトもまたその1人であった。彼は元特殊作戦群の人間たちと訓練し、また本物との合同訓練を行った事があるとはいえ空挺ではHALO降下などが主であるし、空での戦闘行動は専ら他人が操作してるヘリなどからの空中支援ぐらいだった。近いものでSASの時にウィングスーツを着て敵地への降下を想定した訓練をやったが、あれもまた飛ぶというよりも滑空に近い。自身の肉体を用いた空中での対人戦を彼は経験していないのだ。
だからこそ迫り来るランスを避けるのにも必死であった。完全刺突用に製作されたこの武器は本来馬に騎乗した状態ですれ違いざまに突き刺す攻撃を基本としており、またALOの空中戦の主力武器として完全に機能していた。武器の強さと速度がダメージ量を左右するALOでは、こうした突進突きは盾や鎧と併用することで弱点を消し利点を突出させることが可能だ。そこに飛行経験の差も相まってサラマンダーの3人組は優勢状態に立っていた。
一方、ヴァーディクトとスプリガンのプレイヤーは明らかに対ランスに相応しいとは言えない装備。突進という容易かつ的確な攻防一体となったそれを今は避けるのに手一杯といった様子、空中での2対1は人間の視線や殺気などを感じ取れるヴァーディクトとはいえこれが初。苦戦するのは当たり前であった。
「ッ……!」
「さっきまでの威勢はどうしたァ!?」
防戦一方。ランスによる突進を避ける、避ける。勝手の違いからして今はそうせざるを得ないのがもどかしく感じているし、スプリガンのプレイヤーも防戦に徹している。せめて合流して作戦を立てればまだ勝機が無い訳では無いのだが、攻撃を避けて体勢を整えたところでまた別方向から来るため今はどうしようも無い。MPの方も回復していないため心許ない、魔導書モドキを閲覧しながら避けることは出来なくはないが現時点のHPでダメージを受けるのは拙い。
かくなる上はと、ぶっつけ本番なのは変わりないが即死しかねない作戦を彼はとる。1人目の突進を避け、2人目の突進が行われる前に彼は翅を解除し自由落下に身を任せた。
「バカが、ヤケになって自滅でも考えたか!?」
地面との距離は第3回BoBの時に体験した高度約1000mよりもある訳では無い。ただ真っ逆さまに落下していく中でイメージはあった、戦闘機に乗らせてもらった時に感じたあの感覚。両翼のフラップ操作による曲芸じみた軌道を再現するには……そう考えたところでヴァーディクトは翅を展開しフラップみたく動かして揚力を利用する。急激に掛かった負荷が僅かな吐き気を催すが、それにより地面スレスレのところで立て直しスプリガンのプレイヤーの元まで飛ぶ。
2人のサラマンダーは急ぎ詠唱を始め、合流しようとしているヴァーディクトに向けて2つの光槍と光球を放つ。しかし彼の手には魔導書モドキが握られており、体を上下逆さまにして迫り来る魔法を見ながら唱え始める。
「
ヴァーディクトに迫っていた2つの光槍と光球は見えない力に弾き出されたかのようにあらぬ方向に吹き飛ばされ、体勢を整えたヴァーディクトはスプリガンを対応していたサラマンダーに向かっていく。
「離れろ!」
「わわっ!?」
大剣持ちのサラマンダー目掛けて刀を投げ一時的に意識を逸らし、短剣を抜く。大剣の腹で防御されたが、ヴァーディクトは翅を解除し大剣を足場にして背後に回ると、サラマンダーの鎖骨の凹みに短剣を突き刺し掌底で更に奥へと入り込ませた。その勢いのままグリップを握り内側を切り裂くように動かし、喉仏のある部分から刃を出させる。
翅を展開しリメインライトとなって消滅したサラマンダーから少し引いて、スプリガンのプレイヤーと漸く合流を果たした。少し疲れが垣間見えるヴァーディクトだったが、これで同数同士の戦闘に持ち込めた。
「はぁ゙あ゙ッ! 疲れた……」
「うっはぁ、ワイルドというかバーバリアンというか」
「ALO
「え、嘘!?」
「ここで嘘ついてどうするのだ……さて、相談なんだが」
チラと残り2人の槍持ちサラマンダーを見やると、攻める事に対し戸惑いの表情と動きを見せていた。少しの時間は稼げるだろうと予測し隣に居るスプリガンに話を続ける。
「俺は先ので魔力がほとんど無い、今回復ポーションを飲めば多少戦えばするが意味もなく隙を見せるのは悪手。ついでに刀も落としてる」
「えっ、大丈夫なの?!」
「コイツだけでも十分戦えるが、今のままでは苦戦か相打ちのどちらかだろうな。そこでだ──」
ヴァーディクトは幾つかの質問を投げかけ、目当てのものに関する情報を幾つか聞いて調べたものとの齟齬が無いか確認したあと、少しだけ右の口角を上げてそのスプリガンに問うた。
「お前さん、この状況を打開するために命をかけられるか?」
先程の倒し方を目の当たりにした2人のサラマンダーは、1つだけ浮かぶリメインライトに目を配りながら下手人であるヴァーディクト……彼らからすれば名前の知らない同種族に対し驚愕と恐怖という感情があった。防戦一方から一転、自滅しかねない方法で逃れられ、
お互いに攻める様子をみせなかったが、ゆったりとした飛行で向かってくるヴァーディクトとスプリガン。ふわふわ、といった擬音が合っていそうなゆったりとした移動だったが互いの距離がそこまで離れていない程に近付いた所で止まり2人のサラマンダーに語りかける。
「なぁお前さんがた、ここらで手打ちとせんか?」
「はっ?」
投げかけられた交渉内容は、お互いに引くといったもの。とはいえ彼らも黙って受け入れられる訳では無い。それが当たり前。
「このまま戦っていてもお互いに損しか出んぞ。種族値やスキル値の減少、アイテムのロストも問題となる。難しいとは思うが面倒事になる前にお互い引くのが身の為と個人的に考えているが……どうだ?」
「……確かに、ここでやられたら面倒ではある。乗ってもいいが、そっちのスプリガンが持ってるアイテム全部渡したらの話だがな」
「と、向こうは言っているが?」
「冗談! 報酬はキッチリ分配、事前に言ってたのに!」
「あーなんだ、“気が変わった”だとか“そんなこと何時言った”とかベタなこと言うなよ?」
「い、言わねーよそんなこと!」
「言うつもりだったんだな……」
僅かばかりに毒気が抜かれた気分になったが、少なくともヴァーディクトが何となく予想できる事が1つ思い浮かぶ。何の気なしに頭に浮かんだ言葉がそのまま口から出た。
「にしてもその反応では奪う気満々であったと。元から画策していたことだったか……なら交渉する意味あったか? いやないなうむ」
「自己完結が早い」
「まぁこれで憂いなく殺せるのだ、速く終わらせて晩飯を食わねば……時間そろそろ押してるだろうしな」
「テンメェ……言いたい放題言いやがってェ!」
2人のサラマンダーが突進をしてくる。避ける準備をするかと思いきやヴァーディクトはそのままに、スプリガンだけが後ろに下がって詠唱を開始する。突進によるランスの刺突攻撃が来る前に、短い詠唱を済ませたスプリガンの呪文の方が早かった。そのスプリガンの周囲から黒いもやが出現すると一気に視界が遮られていく。
とはいえ短い詠唱文からして効果時間はそこまで無い。風魔法で吹き飛ばせばまた見えるようになる、それは良い。そう考えた途端、サラマンダーの1人が鎖骨と背中の辺りに違和感を覚えると首から短剣の刃が出現したところでリメインライトへと変わっていった。そして最後に残された1人もまた同じように変えられていく。
モヤの中からすぃーっと平行移動しながらヴァーディクトがスプリガンのプレイヤーの前に現れる。疲れた様子を見せながらリメインライトに変えた同種族の炎を何も思わず示すと、漸くといった様子でそのスプリガンも安堵の表情を浮かべる。
「いやぁ、ありがとう。何だか助けてもらっちゃって」
「まぁ元はと言えば謝罪の一言も無かったから腹を立てただけなんだがな、アイツらの。助けたのはついでだ」
「あっはは! それもそっか! でもニュービーなのに凄いね、何かやってたり?」
「リアルの方でな。あとは元々GGO一辺倒のプレイヤーだった程度だ」
「へぇGGO……あの銃の世界から」
「気分転換にな」
「成程。あ、ねぇ良かったら名前教えてよ。ついでにフレンドも交換してさ、いいダンジョン潜って経験積むのはどう?」
「ダンジョンか……悪くないな。良かろう、ヴァーディクトだ」
「アタシはフィリア、宜しくねヴァーディクト」
事の終わりにフレンド交換を行い新しい繋がりを得て、刀を拾ったヴァーディクトはリアルに帰る為すぐさま首都方面に急ぎ向かうのであった。
【独自呪文 及び 詠唱】
『
・防御魔法。詠唱者の周囲から衝撃波を発生させる。人や弓矢、魔法攻撃などを弾くことが出来る。“我の周りから見えない力が発する”
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邂逅
一度リアルに戻った睦希は随分久し振りな雰囲気でイザベラと2人だけの夕食を楽しみ、ALOについての感想を聞かれたので彼は答えた。飛行に使う仮想部位を動かすのに疲れたとか、首都まで帰ろうとした所でイザコザに巻き込まれたことなどを言いながら食事をし、夕食を終えて1時間ほど経ってから再度ALOにダイブした。
首都カダンから竜の谷近くのオアシスまで転移し、多少飛龍型エネミーと出くわしながらも飛行してあのケットシーのNPCの居る休憩所に辿り着く。すでにキリトもその場に居たためクエストを再開させまた央都に向かっていく。クエスト開始時よりも目的地の距離は近付いているとは言えまだ暫く先なのは致し方ない、時折やってくる山賊だの飛龍型エネミーだのを倒していると2人の目に山に沿うように存在する龍の白骨死体が見られる。不意にヴァーディクトがそう呟くと、ケットシーのNPCがあの白骨死体の説明をし始めた。
あの竜の死骸は大昔ここのヌシであったが、ある時やって来た巨大な災いがヌシの肉体を蝕み殺してしまった。山のヌシが変わってから暫くの年月が経とうとしていた頃、あるサラマンダーとインプがこの谷を通り休憩していたところ美しい女が2人のもとに現れた。その美女が言うにはその巨大な災いを倒して欲しい、倒さなければこの世は混沌に満ちるだろうと言って休んでいたサラマンダーとインプはその頼みを承諾した。
三日三晩の死闘の末に、サラマンダーとインプは巨大な災いをインプ領近くの高山地帯の奥底に封印したという。ただその代償は大きく巨大な災いがもたらした毒が2人を蝕みそのまま帰らぬ人となった。そして2人が死んだと思われる場所に2本の剣が今も突き刺さったままなのだとか。それを聞いていたキリトとヴァーディクトは共通して何かのクエストフラグなのではと思いながら、央都へと向かって歩き続けていく。
やがて彼らは眼下に広がる央都の街並みを一望する。世界樹の周りを囲むように存在する街はカダンとはまた違った趣のある場所で、世界樹を見上げるように視線を向ければ多種多様な種族のプレイヤーが僅かに何となく分かる程度に視認できた。目的地の入口にまで向かうと、そこでケットシーのNPCは歩みを止めて2人に向き合った。
「ここまで護衛してくれてありがとう。そのお礼といってはなんだけど、これを君たちに受け取って欲しい」
渡してくれたのは報酬の3万ユルドと、装備アクセサリーの指輪であった。続けて2人を見ながら言った。
「それと、もしウチの店に寄る機会があるなら少しだけ割引するように言っておくよ。特別サービスってことでね」
「それは有り難い。贔屓にせねばならんな」
「是非そうしてくれ。じゃあ、またどこかで!」
クエスト完了の表示が現れると、ケットシーのNPCは央都の街中へと向かっていく。ひとまずクエストを終了させたところで2人して伸びを行い、偶然の一致に対してキリトが若干の気恥しさを出したもののこの央都【アルン】に来た理由を思い出して2人はリズベットの店へと向かって行った。
央都アルン。種族関係なく妖精が集うこの場所はレネゲイドと称されるプレイヤーたちの安息の地、というのは間違いとは言えないだろう。この場所に集まるプレイヤーは自らの種族に関する大なり小なりの様々なしがらみを嫌って目指す者が多い、そうした中立地帯ゆえの自由を求めて訪れる人々は後を絶たず央都特有のコミュニティが形成されている。
そんな央都アルンの街並みに建つ1件の店に訪れた2人は店内へと入っていく。カランコロンと刻んだリズムでドアベルが鳴って彼らが入ってきた入口を見やるように店主であるリズベットが作業場から覗き込んだ。珍しいものを見たように若干驚きを隠さないまま彼女は近寄った。
「あら。あらあらあら、あのキリトが知らない人を連れてきた」
「どういう意味だよリズ。あと知らない人じゃなくて」
「ダイシーカフェで自己紹介したヴァー・ヴィーだ。覚えてるか?」
「…………ああ、あの時の! 随分と見た目が違うから分かんなかったわ!」
「俺としてはリアルとそこまで差異のないお前さんがたが物珍しいがな」
「普通そうなるはずなんですけどねぇ……いやホント何でだ?」
「まーまーそれは今良いでしょーに。で、何か用事? この人の……あー」
「ALOではヴァーディクトと。面倒ならVでも構わん」
「どもども、ならVって呼ばせてもらうわね。それで何かお探しの物でも?」
「防具の方を少々、鎧を見繕ってもらいたい」
正直な話、店名にリズベット武具店とあるため防具は別の場所で買う方が良いのではとも思うが、少なくとも防具方面でも鎧ならばまだ通じているような微妙な反応を示し始めた。
「鎧かぁ……出来なくはないけど、良いものが造れるかって言われるとちょっとねぇ」
「難しいか」
「武器とか盾ならまだ分かるんだけど、鎧とかになるとまた勝手が違うしローブとかになると専門外だし。エギルの方ならまだ良いのは揃ってると思う」
「そうか、無茶ぶりを失礼した」
「あー良いって良いって。まぁついでと言ってはなんだけど武器は入り用かしら? 今のヤツに不満は?」
「ふむ。まぁ、欲しいとは思うがその辺は強化……あいや短剣の方は新調したいな。片刃のものに」
「おっ? 刀と短剣ねぇ……ふーん」
リズベットは不意にヴァーディクトの装備である刀と短剣の方を見て、次に彼の周囲をぐるりと1周し全体を観察していく。品定め、という訳では無いが鍛冶師には鍛冶師なりのセンスというものがあるのだろうと思いながら甘んじて彼女の行動を受け入れていると、何やら怪訝な表情のままヴァーディクトに訊ねた。
「ねぇ、ちょーっと聞きたいんだけどさ」
「何だ?」
「今のVを見てると、何か噛み合ってないって印象が強いというか。何と言うか若干制限が掛けられてるような窮屈な雰囲気が出てるというか……たとえばその刀とか」
「おいリズ、幾らなんでもそれは」
「──分かるのか?」
「……はい?」
「なーんとなくだけどね。当たってた?」
「あぁ、お前さんの言ったことは多少的を得ている」
納刀している刀を鞘ごと抜き取って、普段は防具や衣服によって隠されている鞘の裏側を見せる。何てことの無い装飾の1つもされていない黒色の鞘だが、注目してほしいのはそこではなく鞘にある綺麗に括られた下緒の方でありリズベットにこの部分を見せながらヴァーディクトは伝えていく。
「本来俺がよく使用する古武術では、この下緒を解いて帯に括り付けることで納刀状態でもある程度の自由を効かせるものなのだが、どうもシステム的な問題でこの下緒が解けんのだ。これが何とも鬱陶しいことこの上なくてな」
「あーナルホド、そっちの問題と」
「
「ナールホドね、鞘ねぇ鞘……細工師の知り合いとか誰か居たかしら?」
「あいやその辺はまた別の機会に思い出すことがあれば教えてもらえれば有り難い。ひとまず今は片刃の短剣が欲しいが、在庫は如何なるものか?」
「ん、片刃の短剣ね。ちょっと待ってなさい」
作業場の方に戻り、暫くして店のカウンターにズラリと並べられた片刃の短剣達が揃われる。ヴァーディクトは自身の種族値と武器の必要種族値や熟練度を参照しながら、使い心地を確かめる為に振るってみせる。彼の根底にある軍隊格闘術が染み付いた動きを伴ったナイフ戦闘の一例というものを披露しながら。やがてしっくり来た短剣を絞り込むと、それを購入した。
新たに手に入れた短剣は刀身に装飾はなく溝もなく、真っ直ぐなものであった。全長から鑑みるに短刀やナイフというより脇差というような代物だが、脇差そのものでは無いためどう落とし込むか考えながらも付属の鞘に刀身を収めてアイテム欄に仕舞い、彼女に向けて礼を言った。
「助かった、恩に着る」
「それは良かった。刀の強化はどうする?」
「持ち合わせが少しな。また後にさせてもらうとする」
「おっけー。あ、そうそう細工師見つけたら連絡するからカード交換しておきましょ。そっちの方が早いし」
「相分かった」
リズベットとヴァーディクト、互いにフレンド交換を行い一通りの用事を済ませると今度はキリトの方に向く。
「キリト、武器のメンテナンスは今する?」
「いや、また後にする。今はヴァーディクトさんを案内する方が先だし……っと、アスナからメッセージ。となるとシノンの方も到着した感じか」
「あぁ──あの」
シノンの名を聞いてゆっくりと彼女はヴァーディクトの方に目線だけを動かし、妙な視線に気付いた彼がチラとリズベットの方を見やった。
「じゃあ俺たちも合流しましょうか」
「ん……そうするとしよう」
「あ、アタシも着いてくわよー。店番はNPCに任せれば良いし」
そういった様子でリズベット武具店を後にし、既に到着したアスナとシノンの待つ場所に向かって歩き出していくのであった。
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