PSO2ロールプレイセッションリプレイ「変わらぬ日々の出来事」 (月見城郭)
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ある日の少女(innocent little girl)

   登場人物一覧
イツミ:123chan‘s BARのオーナー兼アークス。HQ所属

ノーリ:123chan‘s BARのバーテン兼アークス。HQ所属

蒼音:アークスの少女。

エリューシア:アークスの少女。

オニキス:アークスの種族キャスト。

ルクスリア:アークスの女性。異世界の能力を行使できる。

風間霊華:アークス。狐と人間のハーフの容姿。

先生:イツミの先生



Intro

 

 

「――私ね。お母さんがわからないんだ」

 

 

「うん、会ったことがない。というか、知らないの」

 

 

「でも、私がここにいるっていうことは、きっとお母さんから生まれてきてるんだと思う――」

 

 

「だからね、もし願いが叶うなら」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――お母さんに会ってみたいな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Scene1 「いつものBARで」

 

地球暦 2020年3月8日。

 

惑星間航行船団「オラクル」。

母艦「マザーシップ」を中心とした数百の宇宙船からなる巨大船団。

そして、そのうちの一種「アークスシップ」に、惑星調査団「ARKS(アークス)」が存在する。

アークスは惑星探索・調査とともに、宇宙の敵性存在である「ダーカー」との闘いの日々を過ごしている。

そんなアークスシップ内。寂れて隔絶されたような区画にそのBARはあった。

 

BARに立つ一人の男性。名はノーリ。

普段は少ない客でささやかな賑わいを見せるこの店には、普段は掛けられない「閉店中」の看板。

そこへ一人の客がやってくる。

「いらっしゃい」

ノーリは簡素に挨拶をする。

「こんばんはなのですよ〜。座ってもいいですか?」

入ってきた深い蒼髪の少女。名は蒼音(アオネ)。このBARの主人である「イツミ」の友人である。

「えぇ、こちらに」

ノーリはカウンター越しに椅子へ蒼音を招く。

「はいなのです!」

そう言って小さな少女には少し高い椅子に飛び乗るように座る。

「まだ少し時間があるので、何かお出ししましょうか」

「おねがいしますなのです!」

「では、少々お待ちを」

そして厨房へ向かい、暫くしてノーリがグラスを持って戻ってくる。

「どうぞ。地球の日本で仕入れたみかんのジュースになります」

綺麗なグラスに入った甘いみかんの香りがするジュースを出す。

「これがみかん……!いただきますなのです〜」

蒼音は目を輝かせながら受け取ると、早速飲み始める。

ジュースは酸味は少なく、甘いみかんの味が口に広がる。

「んっ……美味しいのです〜!」

蒼音は大きな笑みを浮かべる。

「それはなによりです」

ノーリは笑みを浮かべて、蒼音はそのまま小さな喉を鳴らしてグラスを置く。

「ぷはぁ〜。おいしかったのです〜」

「良い飲みっぷりですね」

「えへへ〜。ありがとうだよ〜」

ノーリはその笑顔にある人物を重ね、そっと目を閉じる。

そっと、店の扉が開く。

「こんばんは……」

明るい碧色の髪の少女がやってきた。

「いらっしゃいませ」

「あ、エリューシアちゃんこんばんは〜♪」

蒼音は振り返り、エリューシアと呼んだ少女を見て笑みを浮かべる。

「直に集まると思うので。しばし待機を」

その後を追うようにまた一人。

「きちゃった///」

「あれれ?オニキスだー!」

紫を基調とし、黒いマントを羽織った機械型のアークス「キャスト」と呼ばれる種族のオニキスがやってきた。

「こんばんは……」

「物騒なもの抱えて言う台詞じゃあなかったな」

任務から戻ったばかりなのか、オニキスは何事もなかったように武器をしまいながらノーリの文句には答えず挨拶をする。

「青いのじゃんやっほ^ ^」

「うんうん♪やっほー!」

オニキスと蒼音が互いに手を振り合う。

「そろそろ集まる頃だから、座っててくれ」

「邪魔するよ」

「お、開店しとる。邪魔するぞ、ノーリ殿」

「霊華さんにルクスさんだ〜こんばんは〜♪」

大柄な女性のルクスリアと、狐と人間のハーフの容姿をした霊華がやってくる。

「うむ、こんばんはじゃ。蒼音殿、エリューシア」

挨拶をしてる頃にはエリューシアは既に霊華の尻尾をモフモフとしている。

「本当に、エリューシアは妾の尻尾が好きじゃなぁ……♪」

「エリューシアにシャルのフォックスフォームを見せたら凄いことになりそうだな……」

エリューシアの様子にそれぞれが反応を見せる。

「さて、これで揃ったな」

かくして、全員の入店を確認したノーリは、備え付けのボードの前へ移動する。

彼ら5人は、ノーリから受け取ったメールを頼りに、ここ「123chan‘s BAR」に集まった。

全員がそれぞれに席についたのを確認して、ノーリが口を開く。

「突然の召集にも関わらず集まってくれてありがとう、みんな」

「ううん……気にしないで……まさか、『夢』を使ってミストお姉ちゃんからお願いされるとは思わなかったけどね……」

「いえいえなのですよー」

「どういたしましてー。ま、ぶっちゃけ暇だったからな」

「願望機ってのも気になるし……なにより、たまにはこうして体を動かさないとなまっちまうからな。気にするな」

エリューシア、蒼音、オニキス、ルクスリアがそれぞれ応えたのち、霊華が口を開く。

「ノーリ殿、イツミの行方が特定できたとメールにはあったが、本当かえ……?」

「霊華さんの質問に答える前に、まずは状況の説明をしよう」

事情を知らない人もいるだろうと、ノーリは付け加えるように言うと、霊華は頷く。

 

「最近、アークスシップ内で偶発的なダーカー出現が確認されてる。それも市民区で、だ」

「ふむ……フォトナーによる攻撃とは別のものなのか?」

ルクスリアがノーリに問う。

「フォトナーについては現状シャオが予測できる。それを考えれば、おそらく把握し切れていないことだと思われる」

全員に緊張が走る。

マザーシップを失いながらも、今のシャオはフォトナーの襲撃を予測できる演算能力を有する。

それゆえに、今起きている事件がどれほどのことか。

「なるほどフォトナーによる攻撃とは別でアークスが把握しきれない事象となると……まぁ、異能やらなんやらが絡む案件だろうな」

「現在公安部主導の元、各組織で警戒に当たっているが、被害状況は収まる様子を見せてはいない。そして」

「そこに絡んでくるのが、願望機と呼ばれる物だ」

「願望機……」

霊華が呟く。

「まさか、バルムンク殿が探しているアレかえ……?」

ノーリは頷いて見せる。

「その名の通り、持ち主の願いを叶えてくれる代物、だったか?私は詳しくは知らないんだが……」

ルクスリアがそういうと、ノーリが応える。

「公安部の調査で、この願望機と言うものが如何なるものかは判明してる」

「曰く、世界を呼び出す召喚の媒体だと」

「世界、か……」

エリューシアが一人呟き、霊華は唇を噛みしめる。

「ほー……?つまり「金が欲しい」と願えば、金がある世界の一部をこの世界に無理やり展開すると」

「おそらくな。だが、現在報告で上がってきてるのはいずれもダーカーの被害ばかりだ」

「じゃが、もちろん代償もあった。そうじゃろう……?」

「代償と言えるかどうかはわからないが、犠牲者の中に願望機を持った人物が確認されてる」

「ふぅむ……」

「願望機を使えば死ぬ可能性のあるのか、願望機で展開した世界が影響して死んだのか、難しいところだな」

「ひとまず、願望機についての説明はこれくらいだ」

「あー、少し気になったんだが良いか?」

ルクスリアが挙手をして、ノーリは質問を促す。

「願望機は無限に存在する世界の中から、所有者が願った世界をここに展開する。そこまではわかった。なら、展開された範囲に元々存在しているはずの『この世界』の部分はどうなるんだ?上書きされて消えるのか?」

「あぁ、そうなる」

「それは当然、有機物も無機物も例外無く?」

「現段階では、触れられるものは全く別物に書き換えられたようになっている。と言った具合だ」

「そして、バルムンク殿の話では『上書きされた世界は元には戻らない』とも言っておったな……」

ノーリがルクスリアに答えると、霊華がそう付け加えるように言う。

「家のあった場所が次の瞬間にはダーカーがのさばる平野になっていた。といえば伝わるかな」

「そんな……なんだか怖い話なのですよ……」

「怖いか?夢が現実として叶うって話だぜ?もっとロマンがある話じゃねえか」

蒼音が怯えるのを見てオニキスが横槍を入れる。

「……そこにいた人たちは、存在ごと消えちゃうってことになるのかな……」

「巻き込まれればそうなるかもしれないな」

「わかりやすい例えをありがとう。あと気になる点で言えば、所有者を含む範囲に展開したら所有者はどうなるかくらいかな」

「少なくとも現状、被害者が出てると言う点で見れば書き換えられる対象になっていない、といえるが、書き換えようとしていないだけかもしれないがな」

「ふぅむ……所有者への影響は依然わからないままじゃな……」

「それでも願っちゃうと……うぅ……なるほどなのです……」

「成程……なら今の所は願望機の所有者は世界改造の影響を受けない例外ってことか」

各々が反応を示す中、エリューシアがふと呟く。

「……でも、なんでダーカーが絡んでくるんだろう……」

「被害者の身辺調査を公安部が行なったところによれば、その多くは人間関係のもつれが発端になってるそうだ」

「……いや、『願望』だからそこ、なのかな……」

エリューシアはその言葉に一人思案する。

「願望機の所有者にあたる被害者も、相手方にたいして怒鳴り散らしていたという報告はある。もしかすると、制御しきれなくなったか、そもそも制御不能だったか」

「まぁ……『願いを叶える』なんてものは、何の代償も対価も無しにポンとできるものじゃない」

「人間関係のもつれ、それによる『願望機』の出回り……」

「そもそも、どうしてそんなものがオラクルにあるのかもわかってないんだよね……?」

ルクスリアと霊華の発言の後、エリューシアが発言する。

「出処については依然不明なままだ」

「いずれにしろ、まともな代物じゃないのは確かだ」

「そして、ここから今回の任務の本題だ」

ノーリが姿勢を正してから、口を開いた。

「イツミちゃんが、この事件の前後で失踪した」

「イツミちゃんが!?」

蒼音がいち早く声を上げる。

「付き合いの浅い子だ。どんな子なんだ」

「この店のオーナーですよ」

ルクスリアの問いにノーリが答えて、ボードに触れる。

そう言ってモニターにイツミちゃんの写真が映る。

「……ミストお姉ちゃんの『神秘の空間』から帰った後、かららしいね……見つからなくなったの……」

「……イツミ……」

霊華が小さく呟く。

「ここ一ヶ月、あの子の精神状態は不安定なままだった。特に、『母親』と言うものへの執着は著しかった」

「ミストお姉ちゃんにも聞いてたらしいね……でも、何にも力になれなかったって悔やんでた……」

「イツミは……母親に会いたがっておったんじゃ……」

「執着による不安定な精神状態か……経験上ろくなことには」

「あっ!」

蒼音が何かに気づいて声を上げる。

「そういえば、イツミちゃんからメールをもらってたのです!」

「なんじゃと!?」

「それはいつ頃の話だ?」

霊華とノーリが蒼音へ視線を向ける。

「えっと……四日前だったかな?」

「四日前……失踪中に?」

蒼音の言葉に霊華が疑問を口にする。

「うん、確か内容は……そう、私にとってのおかーさんはどんな存在かって内容だったのですよ!」

それを聞いて、ノーリと霊華は一瞬だけ固まる。

「……少なくとも、失踪中に送る内容じゃないよね……まあ、そこもイツミちゃんらしいかな……」

エリューシアはそう言ってイツミの表情を思い浮かべて小さく笑う。

そして、ノーリは軽く息を整えて口を開く。

「ちょうどその頃だ。こちらでイツミちゃんの足取りがつかめたのも」

「そうなのです!?」

「そのメールかはわからないが、発信場所の特定ができた」

「本当かえ!?」

「いったいどこなの!?」

霊華と蒼音が身を乗り出す。

「ウォパルだ。それも地表、浮上施設の付近だ」

惑星ウォパル。惑星の表面に浮かぶ僅かな大地と複数層に分かれた「海」で構成される惑星である。

「ウォパルなのです……?でもなんでウォパルにイツミちゃんが……?」

「なぜウォパルに……あそこは、ルーサーの研究施設跡があるくらいじゃが……」

「お母さんから呼び出しでもくらったんじゃねーの?」

「馬鹿な……呼び出すなら市街地でも良いじゃろう!?」

「真相については分からない」

オニキスに対して声を荒げる霊華を制するようにノーリが言う。

「まぁ、だよねー」

オニキスは相変わらずな様子で話を聞く姿勢に戻る。

「オニキスの意見がかなり的を射ている気もするが……」

ルクスリアも複雑そうな表情を浮かべる。

「だが、現状分かっていることがあるとすれば、ウォパルから出た特定箇所の逆探知が今はできなくなってることだ」

「……四日前……だもんね」

「だね……」

「ジャミングか?大まかな範囲の特定もできないのか?」

ルクスリアの問いにノーリは首を横に振る。

「そして、四日前の輸送機の利用者に彼女の名前はない」

「謎だらけなのです……」

「ウォパルへの移動手段も謎だね……イツミちゃん、自分でパイロットできたっけ……」

「少なくとも、ぱいろっとめんきょを取った話はないな」

「もし出来たとしても、キャンプシップの発進記録に残るじゃろ……」

「まさかぼくたちじゃあるまいし……」

エリューシアはそっと蒼音とルクスリアを見た。

「ふーむ……」

そのルクスリアは相変わらず何かを考えている様子で。

「さっきのオニキスの意見に近い話だが、こうもキナ臭いと悪意ある第三者がイツミの『母』と偽って彼女を呼び出した、なんてのも考えられるな。転移持ちでもあるまいし」

「考えすぎだな」

「まぁ、推測の息を出ん話だしな。すまん、ありえるかもくらいに留めておいてくれ」

「世界改編自体は、私には咎めることはできんな……」

オニキスの言葉でルクスリアは小さく首を振る。

「じゃが……人間関係のもつれから、この事件が発生したとするなら……その犯人は、人を嘲笑うような事を……人の絆を侮辱するような事をしている。妾は、そう思う…」

「侮辱、か」

「そんなの……ゆるせないのです!」

「そもそも『犯人』と呼べる存在がいるかどうかも今の段階では確定できないし……」

「……じゃが、もし犯人がいるとすれば……妾は…そやつを許すことはできん」

霊華が肩を震わせる。

「……でも、ひとつだけ言えるのは……」

エリューシアは霊華を見て呟く。

「イツミちゃんはぼくの……ぼくたちのお友達だから……」

「もう一度会いたい……それだけかな…」

「っ、そうじゃ……イツミは、妾達の友であり、家族なんじゃ……」

各々が煮詰まりつつある中、オニキスが体を起こす。

「分からない事だらけの中で、わかってることはイツミちゃんの居場所くらいでしょ?」

「そうだな」

ノーリはオニキスへ応える。

「兎にも角にも、私達はわかる範囲でできる事をやっていくしかねぇわな」

「じゃあ、しらみ潰しに探すしかないな」

「あぁ。そしてそれを、今回の任務としてみんなに頼まれて欲しい」

ノーリが姿勢を正す。

「この依頼はHQ経由の正式な依頼になる。よって強制にはならない」

「『HQ所属の構成員の捜索、ならびに保護』受けてくれるだろうか」

「HQの身柄を保護する重要な任務だ。成功報酬はたっぷり有りそうでたまらねぇな!俺は受けるぜ」(ま、面白そうだしな)

オニキスは手を鳴らして嬉しそうに言う。

「乗り掛かった船だな。きっとこういう在り方を選ぶ方が……シャルも喜んでくれるだろうしな」

ルクスリアも覚悟を決めた様子でそう言う。

「頼まれんでも妾は行くつもりじゃったよノーリ殿。答えはもちろん『YES』じゃ」

「断らない理由がないのです!だから行くのです!絶対にイツミちゃんを連れて帰るのです!」

霊華と蒼音も続く。

「HQってなんだっけ……もちろん、それがどうであっても断るわけじゃないけど……」

「それについてはまた時間のあるときに、だな」

エリューシアに思わず気が抜けそうになるノーリ。

「うん、わかった……ぼくはできることをやるだけだよ……」

「もちろんじゃとも……」

「ありがとう、みんな。オーナーを……イツミちゃんを、よろしく頼む」

ノーリは深く、頭を下げた。

「もちろんだよ……」

エリューシアはノーリへ静かに返事をする。

「はいはーい!それじゃ行ってきまーす!」

オニキスは一人先んじて準備のために店を後にする。

「探し物はそれなりに得意だし。あいよ、了解だ」

(寂しい生き方はしないさ。そうだろう?)

ルクスリアは緋色のネックレスを握りしめて転移、その場を後にする。

「ノーリ殿、妾たちに任せるのじゃ」

「うん!まかせてよっ!!」

霊華の言葉を追うように、蒼音が自分の胸を叩いてみせる。

「準備が出来次第、ロビーから出撃を頼む」

「わかったの!!」

蒼音は聞くや否や駆け出して店を出る。

「妾も準備に入ろうぞ」

霊華とエリューシアも、追って店を出る。

「必ず……連れ戻してやるからのう……」

霊華は覚悟を決めるように呟き、ロビーへ走る。

「……アークス統括指揮発令本部『Headquarters』か……ま、なるようにしかならない……そうだよね」

店を出て、エリューシアは一人、誰かに語りかけるように呟いてからロビーを目指す。

こうして、イツミの捜索が開始されるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Scene2「変わらぬ任務」

 

アークスシップに備え付けられてる各惑星への移動手段となるキャンプシップ。

それに乗り込んだ5人はウォパルに向かい、イツミの場所が特定された浮上施設付近へ降り立つ。

そう、ウォパルにたどり着いたはずだった。

「あれ、ここは……?」

最初に蒼音が口を開く。

「なんじゃ、ここは!?」

「……ちょっと待て。どう見たってここウォパルじゃねえだろ」

彼らが降り立った地点は、彼らの知るウォパルの風景ではない。

「オメガの森に、似てる……?」

「どうなっとるんじゃ……?」

「これがイツミと連絡が取れない原因か」

ひと目見てオニキスは状況を察したように言う。

「共闘阻害はまだ大丈夫か……なら少し見てみるか」

そう言って、ルクスリアは自らの能力である魔眼を行使して現在地を確認しようとした。

だが、ルクスリアの眼には異様な光景が広がった。

確かにウォパルなのだ。だが目が受け取った情報はまるで別のものだった。

テクスチャを乗せ忘れたような、白黒でポリゴン状の地形が辺りに広がる。

それもつぎはぎのようになっていて、まるでゲームを作っている最中のような。

「あらら、可愛い声が聞こえるじゃないの」

「こえ?」

そんなルクスリアの様子などお構いなく、オニキスは楽しそうに言うと蒼音が首を傾げる。

「妖精さんかしら!」

「オニキス、どうした?」

「あっちからだ、行くぞ」

そう言って一人オニキスは歩き出す。

「ま、待てオニキス!まったく……」

「あっ、オニキス待ってー!」

霊華と蒼音はオニキスを追いかけ、エリューシアは警戒しつつ後ろを歩いた。

「座標は合ってる、魔眼に問題はない、って。おい!声なんて聞こえねぇぞ!」

慌ててルクスリアも後を追いかける。

「俺はキャストだぜー?お前らよりなにか聞こえやすいっての」

「ぼくも耳良いんだけど……何も聞こえなかった……なにか、阻害されてる……?」

エリューシアは一人思案するその後ろで、ルクスリアが霊華に近寄る。

「……霊華、お前にこの空間はどう見える?」

「不自然極まりないのぉ、オメガの幻惑の森にも見えるが……」

「私の目には、もっと歪な……白黒の格子、んでもって、継ぎ接ぎの世界が映ってるんだが……」

「……ルクス、とりあえず様子見じゃ。警戒を怠らんように」

「あぁ……わかっている。だがこりゃ……世界が創られてる……?」

ルクスリアは一人、魔眼でこの世界を睨みつける。

「だが……この質の悪いポリゴン、目に悪いな……」

5人が進むにつれて、声が聞こえ始める。

「……それでね、私ね」

「ん?何か聞こえ……」

「やっほー!!妖精さん俺と一緒にお茶しなーい!?」

蒼音が何かに気づいた瞬間、オニキスは声を上げる。

まるで知り合いに冗談めかすような、確信めいたものを持って。

座り込んだ少女はオニキスの声に驚いた様子だが、すぐに口を開く。

「あれ、オニオニだ!」

少女は振り向かないものの、顔を上げて応える。

その能天気な返答にオニキスは拍子抜けしてしまう。

「イツミ……ちゃん?」

「……!」

蒼音の呟きに霊華が反応する。

「こんなところにいたのかてめー。みんな心配してたぞ」

「みんな?」

振り返ったイツミ。

「……っ!?」

だが、その表情は一変する。

霊華を視界に捉えたイツミは声を出せず驚く。

いや、ゾッとしたような表情を浮かべた。

「ちがう、ちがうもん」

ぶつぶつと呟き出すイツミ。

「イツミ……!?どうしたんじゃ……?!」

「お母さんだよ、お母さんだよ」

口調は早く、そう繰り返す。

「……イツミちゃん……?」

エリューシアが声をかける。

「お母さんだもんおかあさん」

「お母……さん……?」

「霊華さんは私のお母さんじゃないもん」

「イツミ……?何を言っておるんじゃ……?ほら、一緒に帰るんじゃ……」

「やだ、やだ、やだ。お母さんといるもん、お母さんいるもん!」

「……イツミちゃん……」

霊華とエリューシアはイツミへ声をかけ続ける。

「DFさん……これって……」

蒼音は一人、周囲に気づかれないように呟く。

「お母さんはね、普通だけど優しくて強くて子供が何をしても許してくれて」

「背中を押してくれて、心強くて、憧れる存在なの」

イツミは独り言のように話し続ける。

「……憧れ、かぁ……」

反芻する蒼音。

「……っと、探し人は見つかったのか?」

少し遅れて、ルクスリアが到着し、イツミを見る。

その時、彼女は直感した。

イツミの前にいるそれが、この世界にあるべきものではないものであると。

「ッ!お前ら、今すぐ下がれ!”それ“は間違いなく、ここにあってはならない物だ!」

言うや否や、紫色の煌めきを纏うと装備を形成するルクスリア。

「ルクス……何を!?」

「あ、ばかっ、そういうことでかい声で」

「なにするの……?」

霊華が驚き、オニキスは嫌な予感を察して止めに入るも、既に遅かった。

イツミが立ち上がる。

「……お母さん、か……」

そう言いつつ、止む無しと、エリューシアはカナタギアを解放する。

「お母さん、なにもしてないよ……?」

「それは……」

蒼音がその言葉に戸惑いを見せる。

「そうだぞ!お前ら!お母さんなにもしてないだろ!」

オニキスはイツミの前に立って4人へ告げる。

「オニキスまでなにを言っとるんじゃ!」

「見えちまったんだ……仕方ねえだろ」

ルクスリアは構えたままオニキスへ応える。

「おいおい、もう実力行使?ちょっと手が早いんじゃないのー?」

「違う。なにもしてないからって……あっていいものと、そうじゃないものは存在するんだ……」

「もうちょっと様子見てからでもさぁ――」

「やめてよ……お母さんいじめないでよ……」

イツミがたまらず泣き出した。

「イツミ……!」

「……イツミちゃん」

「そんな!いじめるつもりなんて」

蒼音が声をかけたその時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズチュルル

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ソレが、動き出した。

奇怪な音。

肉と汚泥を振動でぶつけ合うような醜悪な音が響く。

イツミの前に立つオニキスの背後で、音の元凶はいつの間にか佇んでいた。

見上げるほどの巨体。形容し難いその容姿は、あまりにも非現実的で。

芸術と呼ぶのもおこがましいものであった。

「さて、何かいうことはあるかな皆」

「オニキス、少し乱暴にするぞ!」

何事もなかったかのように話すオニキス。

ルクスリアはすかさず光の帯を形成して、オニキスへ巻きつけて力任せに引き寄せる。

「アーッ!!」

地面を転がるオニキス。

「な……に、これ……?」

「――――ッ!!」

言葉を失う蒼音と霊華。

「言うこと、か……」

エリューシアは眼前のそれを見ながら、無意識に呟く。

「イツミちゃん、もしぼくの声が届かないなら……無理やりにでも聞かせるからね」

そう言って、エリューシアは弓を番える。

「不愉快極まりねぇな……常人なら発狂物だぞ」

「なんで、なんでみんなそんなこと言うの……?」

イツミは泣きながら言葉にする。

「……お前らにはどう写ってんだ?私の目には、異形の怪物しか居ねえんだが」

「……よくわからないもの、かな……」

ルクスリアを「模倣」してエリューシアがそれを見る。

「よくわからないもの、まぁそれが一番正しいだろうな……形容できねぇよこんなん……」

「妾にも……みえておる……。あれは……」

「そらもうお母さんよ」

オニキスが口を開く。

「多分、イツミのな!」

「そんなわけ……そんなわけないじゃろう!あれが、母親などとッッ!!」

霊華が怒りと困惑の色を露わにしながら声を荒げる。

「発狂してんじゃねぇか……おい、誰か一発オニキスぶん殴って正気に戻してやれ」

「冗談だよ、冗談!よしそれじゃあ仕事しよっか!」

「オニキスはこれが平常運転な気がするけどね……」

ルクスリアに煽られるオニキスを、エリューシアのつぶやきが襲う。

「お母さん……」

イツミは不安そうに、それを見上げる。

「イツミちゃん!みんなのところに帰ろっか!」

あっけらかんとした態度で言うオニキス。

「イツミ……これが母親じゃと……?目を覚ませ、イツミッ!」

「無駄だよ……たぶん、声で届くものなんて限界がある……」

霊華の説得に、エリューシアは悲しげに応える。

「みんな、ひどいよ……ひどいよ……」

絶望し、イツミはついにしゃがみ込んでしまう。

「そんな……」

蒼音は、イツミを見つめながら言葉を探す。

「こんな異形、魔界でも見たことがない……」

「イツミちゃん……?ぼくの声は、まだ届かないのかな……?」

霊華が呟き、エリューシアの声に怒気が混じる。

その時だった。

ソレは動く。

「あ、そーれ!!」

すかさずオニキスがカタナをなげつけるも、5人の頭上から突如熱源が発生した。

「皆、上じゃ!気を付けろ!!」

「霊華、防壁!縛れ……≪セイクリッドヴェルト≫ッ!」

無数の光の帯がルクスリアから伸びて、ソレを縛り付ける。

「え、上?」

オニキスは見上げた。

頭上には隕石のような物体が落ちてきていた。

オニキスのカタナがソレに当たり、座標がずれたのか頭上から落ちてきた熱の塊が5人からそれるも、爆発して5人を襲う。

「模倣障壁「ATフィールド」展開……!」

「私も……いって、ノクス!」

「『リンゲージ・ベール』ッ!」

3人はそれぞれに飛散する欠片を防ぐ。

「……イツミちゃん、あなたの『お母さん』は、あなたの『友達』にこんなひどいことするひとなのかな……?」

エリューシアの声に怒りが混じる。

「さて、抑え込めるか……?」

ルクスリアに制御された光の帯で、ソレは拘束されて身動きが取れない。

「強化式無しのヴェルトで十分……単純なパワーは大した事無いか……」

「とは言え……ディスペルはまだ組めてないからな……能力で暴れられたら面倒なのは変わらず、か……」

ルクスリアは拘束を続けながら分析を行う。

「イツミ、どうして……どうしてじゃ!」

霊華の悲痛な言葉にも怒りが混じり始める。

「はぁどっこいしょ」

そんな中、オニキスは地面に刺さったカタナを回収する。

「お母さんを、苛めないでよ……」

それでもなお、イツミは泣きじゃくりながら訴えかけ続ける。

そんなイツミへエリューシアが近づき、

手を差し出した。

「……エリー、さん……?」

「イツミちゃん……」

それを見て、堪らず蒼音も駆け寄る。

「イツミちゃん、この手を取ってくれないなら……」

「ぼくは無理やりにでも引っ張っていくよ……あなたは、どうする……?」

イツミは俯いた。

「……、で……」

ボソリ。

「イツミちゃん……今なんて……?」

蒼音がそっと問う。

「なんで、お母さんと一緒にいちゃいけないの……?」

イツミがそういうと、ソレがエリューシアをミタ。

「――ッ!エリューシア、離れよ!迂闊じゃ!」

「……」

霊華が叫ぶも、エリューシアは悲しい表情を浮かべるだけだった。

エリューシアと蒼音を巻き込むように、黒い光の帯が降り注ぐ。

「クッ……!『シール』……!」

霊華が術式を展開したその時。

「我が心と共にあれ……模倣創世器『蒼翼シャンゼリゼ』!」

無数のアセラクタがエリューシアと蒼音の周囲に展開される。

そして降り注いだ黒い光の帯を切り刻むように霧散させていく。

「……!あ、あぶなかったの……エリューシアちゃん、ありがとうなの……」

思わず地面にへたり込んでしまう蒼音。

「……イツミちゃん、やっぱりこの手は取ってくれないんだね……」

そういうエリューシアに呼応するように、アセラクタも悲しげに光る。

「アシャラさんだって……なんにも言ってくれなかった」

イツミは寂しそうに呟く。

「二人とも、一旦下がれ!!」

ルクスリアが叫ぶ。

「……蒼音ちゃん、いったん下がるよ」

「イツミちゃん……うん」

エリューシアが差し出した手を蒼音が握り、二人がルクスリアたちのもとに向かう。

「縛るだけじゃやっぱ大した制限にはなってくれねぇか……吹っ飛べ、≪ハイレイド・セイクリッドバースト≫ッ!」

ルクスリアが術式を紡ぎ終わる間際、ソレが放った電撃で帯が消失する。

「チッ……やっぱり出力制限じゃ強度もたかが知れてるか……なら」

ルクスリアが次の手を撃とうとして、イツミが口を開く。

「おーりゅーちゃんみたいに、おかあさんにあいたいって……」

「私の、おかあさんに、会いたいって思うのも、ダメなの……?」

「……イツミ……」

涙ながらに訴えるイツミに今にも泣き出しそうな霊華。

「……イツミちゃんには、どう見えてるのかな……『それ』……」

エリューシアは問う。

「……その思いを否定させたりはしないよ……同じ『母親』として……」

「まぁ……未来の話だけど……」

「でも……でもね……」

「そんなものを、イツミちゃんの母親とは認めない……!」

エリューシアが力強く、言葉にする。

「イツミ……言っても聞かぬなら……多少強引にでも、おぬしを連れ帰るぞ……!」

霊華も覚悟を決め、ソレを睨みつける。

「やっぱり……こうならなきゃだめなの……?」

蒼音が今にも泣き出しそうになりながらも、自ら所有するノクスシリーズを周囲に解放する。

「ううん……絶対連れて帰るって約束したから……!だから、本気で行くよ!」

覚悟を決めた直後、蒼音の身体から闇が迸る。

「じゃあ教えてやるよ!」

オニキスが叫ぶ。

「テメェが母親と会っちゃいけない理由なんて単純だろ!!」

「お前のお母さんはとっくに死んでんだよ!!」

「ッッ!」

ハッと、イツミが顔を上げた。

そしてルクスリアが指輪を煌めかせる。

「今だ。こいつはどうだ?」

虚空から小さな缶を取り出しソレへ投げつける。

投げられた缶へ黒い光の帯が突き刺さる。

「だからいつまでも、お母さんお母さんって――!」

オニキスが愛刀を振りかざしてソレで飛びかかる。

「私のコア、ちょっとばかり耐えろよ……≪リベレイドカース・グレイシャルバースト≫ッ!!」

貫かれた缶が弾け、中から溢れ出した紫色の粒子が煌めくと同時に体力を奪い取る極寒の衝撃波が放たれる。

「――泣いてるんじゃあ、ありません!」

怯むソレへ、オニキスが全力で振り下ろす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

パキンッ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

欠片の割れる音が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Interlude「先生とのお話」

 

……事件の2週間程前。

「あっ、先生だ」

イツミは私服で腰掛けた椅子を回しながら暇を持て余していると、入室した男性へ声をかける。

軽く挨拶をする先生にイツミは笑顔を浮かべた。

「えへへ、最近は先生のおかげで調子いいよ」

そう語るイツミも、すぐに表情を曇らせる。

「……でも、やっぱり不安だよ」

前に言ってたやつだね。と先生が言うとイツミは力なく頷く。

「ノー君やミルが話してくれたから、わかるけど……」

「やっぱり私ね。お母さんがわからないんだ」

会ったことがない、だったかな。と先生が聞く。

「うん、会ったことがない。というか、知らないの」

覚えていないとも言ってたね。

「でも、私がここにいるっていうことは、きっとお母さんから生まれてきてるんだと思う」

「それとは別にね。もうお母さんと会えないって思うの」

どうしてかな?

「だって、もしお母さんって言われても、私信じられないもの」

「私の中にはみんなにあるお母さんもお父さんもなくって」

「家族はノー君と見るだけだもん」

「でもねでもね。私なりにお母さんっていうの考えてみたんだ。お友達からもいっぱい聞いたんだよ」

そう言ってメモを出すイツミ。

「まずマウジュさんはね。お母さんを普通の人って言ってた。でも言いづらそうだったからもしかしたら何かあったのかも」

「次にちゃまね。ちゃまも普通のお母さんって言ってたけど、母親は難しいんだって。これはよくわかんないけど、母親は子供がなにしても許してくれて心の拠り所になってくれる人で、尊敬してるんだって!すごいよ、ちゃまが尊敬できる人だもの!そして母親は大事にするものって言ってた!あ、でも親の話は恥ずかしいんだって。これ、内緒ね?」

「それとエデンちゃんにも聞いたんだ。お母さんがナハトさんって言うんだけど、不安にもするけど、友達みたいに遊んだり、すごく頼りになる時もあるんだって。すごいわかる。あとね、世界の全てが敵になっても守ってくれる人だって言ってた。これもすごいわかる」

「他にも蒼音ちゃんっていう子にも聞いてるとこなんだ!どんなお話になるか楽しみ!」

「でね。これらを踏まえた上での私のお母さん像はー」

「普通だけど優しく強く、子供が何をしても許してくれて、背中を押してくれる心強い存在なの」

「だからね、もし願いが叶うなら」

「嘘でいいから、そんな風にしてくれる、お母さんに会ってみたいな」

「……怒られちゃうよね、こんなの」

そんなことないですよ。

「……本当に?」

願うことは誰しも持つものです。

「……えへへ。先生はやっぱり優しいね」

そんなあなたに、これを。

「何これ?水晶?」

お守りですよ。願いが叶うようにとね。

「すごーい!そんなのあるの!?」

あなたが願いを忘れなければ、きっと。

「うん!それじゃあ、大切にするね!ありがとう先生!」

……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Scene3「変わらない思い」

割れた音と共にソレは崩れ落ちる。

崩れ落ちる最中、その手がイツミの頭を撫でたように見えた。

「――終わった?」

霊華が言葉にした直後。

「ッ……!」

「うぅ〜〜〜〜!!ぶえっくしょーい!!」

ルクスリアが纏っていた装備が霧散し、放った衝撃波をもろに受けたオニキスがでかいくしゃみをして縮こまる。

「はは……すまなかったなオニキス。大丈夫か?」

虚空から毛布を取り出し、オニキスへ投げ掛けるルクスリア。

「よいしょっと」

衝撃波を防いだ蒼音が様子を見ると闇が消えていく。

イツミは崩れ落ちたソレを見つめていた。

「……うっ」

イツミが残った亡骸である布切れを手に取る。

「……イツミ」

霊華は武装を解除して、イツミの様子を見る。

「うぅ……」

イツミが布切れを顔に当てて泣き始めると、おもむろにエリューシアが近づき。

イツミの胸ぐらを掴んで顔をあげさせる。

「まだやる……?」

エリューシアはイツミの顔をじっと見つめる。

「……なんで、こんなことするの……?」

知っているエリューシアではないと言ったように、イツミは怯えた目でみる。

ルクスリアは警戒を続けたまま、そっと距離を離し、オニキスも光の当たるところで毛布にくるまるように暖まりつつもふもふしている。

「……ぼくは、イツミちゃんに戻ってきてほしいだけ……」

そう言って、エリューシアは手を離す。

蒼音も心配そうに駆け寄る。

「……ぼくが、みんなにそうしてもらったように……」

その表情は悲しみを帯びている。

「……先生だけは、お母さんにあってもいいって、言ってくれたのに……」

「――先生に、会ってもいい、じゃと……?」

「先生……って?」

「……だれ、それ……?」

イツミの言葉に霊華が反応すると、蒼音とエリューシアが問う。

「誰も、誰もお母さんにあっちゃダメなんて、いわなかったのに……」

「イツミ、それは一体どういう――」

霊華に、イツミの手から崩れた水晶が落ちるのが見えた。

割れた水晶を拾い上げる。

「霊華おねーさん、それって……!」

「妾が知っておるモノよりも、大きい」

蒼音がそれを見て驚き、霊華がイツミへ向き直る。

「イツミ、教えてくれ……。これを、どこで手に入れたのじゃ……?」

「……先生が、くれたの、お守りだって……」

「その『先生』と言うのは……?病院の医師か……?」

「うん……」

「霊華、それは……?」

様子に気づいたルクスリアが霊華へ近づく。

「……『願望機』、と見ていいじゃろうな。そして……これを受け取った場所は、イツミが通う病院じゃった、と」

「ふむ、これがその……ちょっと貸してみてくれるか?」

霊華はそっとルクスリアへ水晶を渡す。

「とはいえ、鑑定できるかどうかはわからんがな……何かわかるといいんだが」

そう言ってルクスリアが魔眼でそれを見始める。

「イツミちゃん」

蒼音が口を開く。

「前に私にメールをくれたよね……お母さんについて」

「……うん」

「あれはやっぱり、お母さんに会いたい一心で書いたのかな……?理由を……聞いてもいい……?」

少しだけ間を開けて、イツミが呟く。

「……お母さんが……お母さんがどんなのか、わかんなかったから……」

「……『お母さん』、か……」

「じゃから、あの時……」

エリューシアはイツミから視線を外し、霊華は何かに気づいたように呟く。

「母、か……」

「マウジュさんに、ちゃまに、エデンちゃんにも聞いて……」

イツミは言葉を続け、次第に泣き声が混じり始める。

「それでわたしに……」

蒼音が静かに涙を流す。

「お母さんに、会えれば、それでよかったのに……」

「イツミ……」

「ぼくも……ぼくのお母さんのことは、なんにもわからない、まま……だな……」

「うっ、うぅ……」

「イツミちゃん」

蒼音がイツミに声をかけ、霊華とエリューシアが蒼音の脇、そしてイツミの前へ座る。

「お母さんに会いたいのも、確かに分かるよ……でも、イツミちゃんには、待ってる人がたくさん居るんじゃないの……かな……」

幼いなりに、精一杯の言葉をイツミに伝える蒼音。

「――心配したんじゃぞ」

霊華も優しくイツミへ伝える。

エリューシアはそっと、イツミの頭を自らの胸へ抱く。

「…………ぐすっ…………」

エリューシアに抱かれて、一つ鼻を啜る。

「母親か……会いたいと願うのは、人として当然だろうな」

ルクスリアが水晶を睨みつけながら呟く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……そんなに物欲しそうに見つめても、願いは叶わないと思いますよ」

「何しろ、それ……壊れてますし」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

突如、何者かの声が聞こえる。

「ッ……誰じゃ!」

霊華が声を上げ、全員がそちらを向く。

男が一人、そこに立っていた。

「先生……?」

「なに……!?」

イツミの発言に霊華が驚き、蒼音とルクスリアが構える。

「もうちょっと安心させてあげたかったけど、そうも言ってられなさそうだね……」

エリューシアはイツミを離してイツミを守るように前に出る。

「先生……?あなたが……?」

男を視界に入れ、蒼音から再び闇が溢れ始める。

「チッ……ここで連戦はかなりキツイな……」

ルクスリアは一人ボソリと呟く。

「ルクス、おぬしもさがっておれ」

「バカ言うな。守護者が護られてどうする……死ぬ事はねぇんだ。問題ないさ」

ルクスリアの言葉には応えずに霊華が一人、前に出る。

「先生、なんで、ここに……?」

「……ハーイ。ああ、こういうでしょ。噂をすれば影がさすと」

動揺しているイツミに向けて、周囲の様子など目に入らない様子で力なく言葉にする先生と呼ばれた男。

「――それで、願いは叶いましたか?」

男の言葉に、イツミは俯き黙ってしまう。

「貴様が『先生』とやらか。『願望機』をどこで手に入れた。事と次第によっては」

武器を向けて言う霊華に対しても特に興味を示す様子もない男。

「事と次第によっては許していただける――と。私、そんなに悪いことしましたかね?」

「逆じゃ」

「事と次第によっては……ここで処断する!妾の家族を弄びおって!」

男の態度と所業に怒りを露わにする霊華。それに呼応するように蒼音もノクスシリーズを展開して臨戦態勢に入る。

「あまり怒りに飲まれるなよ。ただでさえ増幅掛かってんだから」

周囲の様子にルクスリアが口を開く。

「そうは行かぬ、答えよ!願望機はどこで手に入れた!」

「……何処でと言われましても、その辺のショップで売ってるモノ。私が手慰みに改造したものですよ、それ」

霊華の剣幕にため息を吐きながら、男は面倒くさそうに答える。

「改造、改造じゃと!?つまるところ……」

「ふむ……?」

「貴様が……『願望機』を作った『黒幕』……!」

「ええ。そうなりますね……それがなにか?」

「やっぱり、あなたが……!」

「何故じゃ!何故人の絆を愚弄するようなことを……!」

「絆……ですか……まぁ、そうですね」

首をひねり考えるようなそぶりをして見せる男。

「……絡んで首が締まるような絆を結んでる方が悪いのかと思いますが……」

毛布に包まったまま聞き耳を立てていたオニキスがその言葉に思わず頷く。

「何じゃと……?」

「私の目的は一つですよ。アナタの願いを叶えましょう。と」

「神にでもなったつもりか!?」

「それが私の願いに通じてるワケです。どうしようもない善人ですよね。私って……」

「善人?あなたが?」

そう言って男は自嘲するように笑う男に蒼音が口を開いた時。

男の横を、炎が掠める。

「もう一度言ってみろ、人間……」

霊華が冷たく言い放つ。

炎が掠め、男の体が揺らめき、その様子に一同が驚く。

「ええ。どうしようもない善意なる存在でしょうね」

「霊華、悪く思うなよ……!≪リベレイト・スティールカース≫ッ!」

咄嗟にルクスリアが霊華の杖に掴みかかると、そのまま杖を媒介に霊華の感情を奪い取る。

「あの、あの……盛り上がってるところ申し訳ありませんが、私はココには居ませんよ」

男は戸惑った様子で言う。

「……私の友人が言ってました。アークスは悪役を見ると、奇声を上げて斬りかかってくる蛮族だ。と」

蒼音が堪らず武器を飛ばすも、影が揺らめくだけであった。

「っ、ノクス、戻って!」

男は構わずに言葉を続ける。

「そんな子供のような蛮族相手に、自ら出てくるような真似を。危険を冒すことをするとお思いですか?まぁ、思われてたんでしょうけど」

「……別に私はお前とどうこうしてやりたいわけじゃねぇ。んなことよりも、仲間の安全が最優先だ――!」

ルクスリアはそう言って振り返る。

「テメェ……!」

嘲笑する男の前にオニキスが勢いよく立ち上がり躍り出る。

「お前、ブラックペーパーか!」

オニキスの言葉に霊華がオニキスを見る。

「ええ。そうですね。『元』ですが」

オニキスは思い出していた。

テロ組織「ブラックペーパー」

それはノーリの恋人である小花衣燈を陥れ、

アークスシップを乗っ取った挙句に「絶対令(アビス)」を用いてアークスの同士討ちを計った組織であり、

オニキスのあだ名が「叙々苑」と呼ばれるようになってしまった元凶である為、オニキスと因縁浅はかならぬ存在であった。

「……貴様が何処にいようと、関係ない。探し出して、必ず報いを受けさせる」

「テメェ、何考えてやがる」

オニキスの問いに頭を抱える男。

「先程から言ってるじゃあないですか。どうして蛮族は人の言う事を素直に信じようとしないんですかね……」

「うるせー!テメーのせいでこっちは被害被ってんだよ!!」

男の態度に逆ギレするキャスト。

「アナタの願いを叶えましょう……と。それが神、全知へ至る道であるのだから。そうしてるに過ぎませんよ」

「ルーサーのような事を……!」

「誰がお前の言葉そのまま信じるかバーカ!!」

オニキスは怒りのあまりそこら辺に落ちてた石を投げつける。

「神様なんていない。おかーさんはそう言ってたよ……」

蒼音の怒りのこもった言葉も、男は聞き流す。

「相当悪感情が溜まってるな……撤退すべきか」

「あぁ!とっとと帰るぞ!」

ルクスリアの言葉にオニキスが応えて振り返る。

「良いんですか?」

その時、男が口を開く。

「あぁ、何だよ……」

全員が男へ視線を向ける。

「だから、私は先ほどから繰り返し申しております。アナタの願いを叶えましょう。と」

「そのような戯言、誰が聞くと思うんじゃ」

「私は生まれた世界が消える瞬間を観察に来たに過ぎませんが……」

「今すぐここに引っ張り出して欲しいのかな……?」

蒼音が男に向けて応えるように言う。

「叶えたい願いがあるのでしたら、新しいそれを用意できる……と」

「生憎と、叶えたい願いなら既に掴んでいるし、テメェの不完全なポンコツ願望機なんかよりも頼れる立派なスキルがあるんでね」

「そうじゃな。望みならある……貴様にふさわしい報いを与える事じゃ。妾自らの手で、な」

霊華とルクスリアがそう男に言い放った時。

 

キンッと、金属の割れる音が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Side「微睡みの夢のようで」

 

「……イツミちゃん、つかまってて」

霊華たちが先生と呼ばれた男と対峙した時。

エリューシアはイツミを背負おうと促していた。

イツミをもたれかからせると力なく寄りかかり、その体重は異常なほど軽く、柔肌はすっかり荒れており体温も冷たくなっていた。

「イツミちゃん、安心してね……この『身』に代えても、あなたを守るから……」

エリューシアはイツミの表情を見る。

その表情は苦しそうに、息も細かった。

「それが……勝手だけど、『彼』への、ぼくなりの贖罪……」

力なく垂れた手を包むように握り、自らのフォトンをイツミへ注ぐ。

「これでどうにかなるか……願望機の代償が、本当なのかもわからないけれど……」

「でも、ぼくは……ぼくにできることをするだけ……イツミちゃんが、また笑ってくれるように……」

それは、今はいない彼の口癖だった。

脳裏に姿が浮かぶ。

ふと視線をあげると、霊華がフォイエを放つのが見え、そしてルクスリアがこちらを気にしている様子にも気づいた。

「……イツミちゃん、ぼくの声は届いてるよね」

久々に見た彼女に、今日伝えてきた言葉を改めて呟く。

すると、包んでいた彼女の指が一瞬だけ掌を押し返す感触がした。

「良かった……」

疲労の様子を隠せないままでも、それに笑顔を浮かべるエリューシア。

「――エリューシア!」

ルクスリアの声が聞こえる。

「ダメ……!」

「それは聞けない相談だな……!私の前では絶対逝かせない!」

ルクスリアが手をエリューシアに伸ばす。

「リベ……ッ、く、≪アフェクションヒール≫……!」

絞り出すように術式を紡ぐ。

「ルクス、ダメだよ……ルクスだって、無理してる……」

咄嗟にルクスリアの術式を模倣してルクスリアに返す。

そして、自らのヘアピンへ手を添える。

それは彼女なりの友と認めた証であり、所有している対象と心を交わすことが出来るアイテム。

 

(ねぇ、イツミちゃん……ぼくたち、直接お話しすることはあんまりなかったし……)

(お互いのこともあんまり知らないままだったけど……)

(ぼく……お友達だって、思って良いんだよね……?)

 

エリューシアはそっと自らの心の内をイツミに打ち明ける。

それは彼女の抱えていた不安であり、願いであった。

このヘアピンをバレンタインの日に彼女へ送った。

受け取ってくれていれば、きっと応えてくれる、と。

 

……ふと。

エリューシアに流れ込む感情。

それは暖かく、笑顔になるような前向きな思い。

例えどのような状況であろうと前を向き続けていた少女の思い。

「――ファー君!あの可愛い人誰――」

「――エリューシアさんって言ってね――」

「――いいないいなー!髪の色そっくりだったね――」

「――髪型もそっくりだからね――」

「――絶対仲良くなるもん――」

「――イツミちゃんならすぐだよ――」

兄妹のような、他愛もない話。

だが、その会話は目の前に映るようで、

彼女と、彼のそんな楽しげな姿が心の中で溢れ出す。

(……あぁ、そうだったね……イツミちゃん)

(あなたはそう言う子だった……誰にでも明るくて、優しくて……)

(……前までの、意気地のなかったぼくみたいなのでも、お友達になって……)

「――エリーさん!」

二人で写真も撮った。

「――エリーさん……」

彼がいなかった時に彼女を優しく寄り添った。

「――エリーさぁん!」

BARが大変な時も手伝った。

走馬灯のように、思い起こされる彼女との記憶。

そして。

 

 

音が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Scene4「そんなある日の出来事」

 

「……ごめんね、イツミちゃん……これ以上、内緒話……できない、みたい……」

エリューシアのヘアピンが消えて、前髪が顔を隠す。

「そうですか……?そちらのイツミさんはそうはいかないとは思いますが……それならそれで結構」

ルクスリアと霊華の反応を横目に男がイツミへと視線を向ける。

「……イツミちゃんに、話しかけないで……」

絞り出すように、エリューシアが怒りを込めて言う。

「では、どうぞ。皆様方の行く末が幸福でありますようにお祈りして、私は暫くこの消えゆく世界を眺めてることにしておきます」

男は完全に興味を失った様子で言う。

「エリューシアもイツミももう限界だ……お前たち、撤退するぞ。問題ないな?」

「うむ……」

「わかった。二人を運べば良い?」

「ケッ、次会ったら覚えてろ!」

それぞれが二人へ近づき、オニキスが捨て台詞を吐く。

男は軽く手を振り見送る。

「もうシップも待ってられねぇな……とにかく適当な座標……ここで良いか」

ルクスリアがオニキスと霊華を紫色の粒子で包み込アークスシップを座標に転移を開始する。

「必ず、貴様に報いを与えてやる……首を洗って待っておれ」

霊華とルクスリアは男を睨みつけたまま、転移でその場を後にする。

「あなたのこと、ゆるさないからね……」

蒼音はエリューシアとイツミに寄り添いながら、最後に男へ言葉を残してワープを行う。

 

こうして、5人の任務は終わりを迎える。

その後ろに、大きな影を残したまま。

そんな、ある日の出来事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Information 「調査報告書-file01-」

先日、公安部がとある事件において「願望機」なるアイテムを発見した。

それは所有者の願望を呼び寄せるものとして扱われ、調査が進められていた。

調査の結果が下記の通りである。

1.所有者の「願ったもの」が出現する際、周囲の状況を書き換える。書き換わったものは元に戻らない。

2.所有者の願望は如何なる形であれ出現する。

3.願望機を使用した場合、使用者は命を落とす。

また、願望機についての見解を下記に記載する。

 

・願望機について

願望機は現状ビー玉のような球体の水晶の見た目をしている。

 

・願望機による被害

最初の事件ではダーカーが予兆なく出現しており、その際に周囲がダーカーの巣のような様相になっていた。

 

・使用者について

使用者はもれなくダーカー出現に巻き込まれる形で死亡しているが、死因の特定に至っていない。

 

・予想される願望機での被害

願望機の使用で出現した際の度合いにより世界の書き換え範囲が異なると思われる。

そのため使用者の願望やそれにより出現するものの大きさが大きい場合、現実への被害は増大するものとの見解がされている。

 

・現状の対策

早期に発見した場合には被害は小規模で留められているため、迅速な対応が必要であると思われる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Information 「閉店」

イツミの事件から一週間が経った頃、「123chan‘s BAR」を訪れた客は一枚の広告を見つける。

 

「一身上に都合により123chan‘s BARを閉店することになりました。長らくご愛顧いただきありがとうございます」

 

BARの閉店の噂は友人たちの間に瞬く間に広まり、連日こぞって店を訪れていた。

オーナーであるイツミの姿はなく、ノーリがいつものように店に立っていた。

ノーリの口から、イツミが市民区に降りる準備を今進めていること、それに合わせて店を引き払うことにしたと告げられた。

当時、ニュースでイツミがウォパルの事件に関わっているとアークス内で報道されていた。

だが、その記事には願望機の記載は見受けられなかった。

イツミが所属していたHQは事件の関連もあり、

上司にあたるディセット・ファテルマがイツミのアークス辞任を受理していた。

そして、4/11付で、イツミを市民区へ移送することと決めた。

なお、その際イツミの身柄の安全を考慮して、市民区に移送後の彼女に今後について、ディセットはコメントを控えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Side「とある人たちの独白」

 

 

……。

おかあさんたちが話してたことがあるBARが閉店しちゃうという話を聞いた。

BARなんて別の世界みたいな印象だったけれど、両親はお世話になってたらしい。

私の時代にはなかったから、やっぱり何かあったのかもしれない。

 

 

……。

主が足を運んでいた店がなくなるという噂を耳にした。

諸行無常。如何な理由であれ必然である。

 

 

……。

やった、やったぞ!総務部だ!ついに所属できたぞ!

研修もあるみたいだしな、これでようやく僕の実力が発揮できる!

見てろよ、バカにしてきたやつらを見返してやる!

 

 

……。

ミルの上司にあたるイツミという少女がHQを辞めることになった。

懲戒処分にならなかったことを喜ぶべきでしょうか。

それより、あのきな臭い男が何か企んでいないだろうか。

最近任務への派遣が多くなってきている。

まぁ、大したことではないか。

空いた時間にでも友人に差し入れを持って行こう。

 

 

……。

大家の店がしまっちまうらしい。

なんでも大家が大変なことになったせいで閉めざるを得なくなったそうだ。

霊華の方もしまってるみたいだったが、地元に戻ってる間に一体何があったんだ……。

気にはなるが、将来の生活がかかってるからな……今はやれることやるだけだぜ。

 

 

……。

イツミちゃんが始めたお店。

「みんなで一緒に何かできたらいいなって」

「それでみんな喜んでくれたらそれが一番じゃん?」

そう言っていた彼女の顔を思い出す。

「……あなたは、これで良いのね」

そう言って、ヘッドセットを手に取る。

あの頃の3人を思い出すように……。

 

 

……。

イツミちゃんの店。

本当であれば俺が守らなきゃいけないんだろうけれど……。

いや、本当に守りたいと思った男は既にいない。

今は組織の保全を優先しよう。

それに、イツミちゃんもゆっくり休んでほしい。

市民区のちょっとした離れにでも住んでみようか。

多分静かなところの方がいいだろう。

 

 

……。

私はいっぱい迷惑をかけました。

本当にいっぱいで。

自分でもなんでこんなことをしたのかわからない。

でも、約束は約束。

二人には迷惑をかけちゃうけれど。

私は多分、向いてなかったんだと思う。

 

 




ここまでお読みいただき誠にありがとうございます。

今回、1年以上経過してしまったPSO2内で行ったロールプレイでのセッションを小説風にまとめさせていただきました。

投稿場所を探して踏ん切りがつかないまま時間が過ぎてしまいましたが、
ようやく一区切りとして一つ投稿までこぎつけることができました。

これでやっと1/3なので、はい……やりすぎました。
(誰だよ1カ月かけてネタ積みまくった馬鹿野郎は)

まだ書き起こし最中なので完結までなんとか駆け抜けたいと思います。

改めてになりますが、ここまで読んでいただき、誠にありがとうございました。

また、今回はロールプレイという企画で行っているため、参加者も非常に多く、チャット上の発言を書き起こし、校正をしたうえで、発言場所を独断でいじくりまわしてます。
参加者の方で見ている方がいらっしゃりましたら、当方までご連絡ください。


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よくあるお仕事(Change the little world)

イツミを救出して半月が経った。
123chan`s BARは静まり返り、常連になっていたアークスたちは、かつての日常へと戻っていった。

そんなある日、二人のアークスへ任務が届く。
それぞれが、持ちうることでしかできないこと。
そして、自分たちの持つモノがある。
それはきっと、何物にも代えがたい大切なものである。

それはきっと、壊れていくものを押しとどめようとする何かの抵抗にも見える。

彼らが得たことで、迎える明日とは。

Phantasy Star Online2を題材に、ロールプレイをセッション形式で行い、リプレイを小説風にまとめた本作の第二話。

どうぞお楽しみください。

――それは、いつもの日々にたどり着くために。


Information 「調査報告書-file02-」

地球暦 2020年3月28日

・市民区のニュース

昨今の市民区でのダーカー出現による行方不明者が報告されており捜査が継続されている。

有事の際はARKS各部署への緊急連絡をお願いします。

 

・市民区の噂

市民の間に「ダーカー出現は秘密組織の陰謀である」との噂が流れている。

一部の市民からは「秘密組織に通ずるアークス」に対して不信感が芽生えていた。

 

・研究部からのお知らせ

先日研究部より新種の鉱石が発見されたと発表があった。

その鉱石はラピスラズリに酷似しており、発見された森林と合わせて「森林ラピスラズリ」と名付けられていた。

現在も研究が進められているが、新種のダーカーの侵食の可能性もあるため、発見された際は最新の注意を払うように。

なお、この鉱石の成分に酷似したものとして、かつてアークスシップに出現した第六使徒の欠片が挙げられている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Scene5「いつものお仕事」

地球暦 2020年3月28日。

 

イツミが市民区へ降りる2週間前のこと。

依頼遂行のため、オニキスは一人キャンプシップに乗り込み目的地へ向かっていた。

その途中で通信が入る。

「本日は雨模様になっていますね」

ディセットの間抜けな声だった。

「雨はイヤねー。ボディが濡れちゃうじゃない!」

「ははは。防水じゃないですか」

「ま、そうなんだけどねー」

他愛もない会話をしながら、オニキスは愛刀のカタナを手に素振りをしていた。

「さてさて」

ディセットが話題を変えるように言う。

「この度は任務の受諾ありがとうございます」

「どういたしまして。楽しそうな任務だし、断るのもアレかなって!」

オニキスは相変わらずな調子で応える。

「本当であれば人数も増やせれば良かったんですがね。なにぶん環境がよろしくなく」

「で、俺が選ばれたわけだ。選ばれたのはオニキスでした」

「ですね」

「数あるアークスの中から俺が選ばれる……いやー!嬉しい!照れちゃうねー!」

「暇人なあなたにはうってつけといったところでしょうかね?」

「これは俺がアイドルを目指しても悪い結果にはならないのでは!?」

「それは無理でしょう」

「アッ、ハイ」

オニキスも流石に黙る。

「さて。今回の調査に赴いてもらう場所ですが、もし一般のアークスを見つけた場合は救助もお願いしたく。というのも、人体に被害を及ぼす細菌をばら撒いているというあまりに愚か……んん、非人道的な対策がされてまして」

「バイオウェポンか……」

「救助後は専門のチームを派遣する予定ですので、何卒よろしくお願いします」

「オッケーオッケー!俺にドーンと任せてください!」

「頼りにしてますよ。では、そろそろ目的地ですかね」

「はーい!それじゃあお仕事がんばろっと!」

「それでは、くれぐれも用心なさってくださいね」

そう言ってディセットの通信が終了する。

「……雨か」

オニキスはキャンプシップの窓から見える景色に一言呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Scene6「ありきたりな調査」

オニキスが到着した地点は、お世辞にも研究施設と呼べる場所ではなかった。

洞窟のような見た目をしたその光景。所々に何か、戦闘後のような痕跡が見受けられた。

「先に来ていた連中のか?ここで何と戦ったんだ……ガードマンか?」

「それにこんな洞窟が研究所……?なんか掘ってんのか?」

辺りを散策すると、大きなガラクタが見つかる。

オニキスがガラクタに近づくと、破損状態が酷いため最早原型もわからない。だがそれに似たものが辺りに散らばっていた。

その中で、比較的形を残したものを見つける。

オニキスがソレを手に取ってみると、見慣れたものだった。

ファウマ・ヘッド。

ARKS内では比較的流通の多いパーツにあたるであろう代物だった。

表情部分のパーツはひしゃげてしまっている。何かぶつかったのだろうか。

オニキスは、もう生きちゃいないだろうとそれを投げ捨てる。

辺りに散乱しているものも、おそらくそれに近いものだろう。

「あーあ。これって俺より先に来た連中?そうだとしたら勿体無い使い方してんなぁ……」

気になったオニキスはディセットへ通信を繋ぐ。

「何かありましたか?」

「何かあるってもんじゃないぜ。なんだここ、研究施設か?」

「えぇ。研究内容までは特定できていないですが、間違いないです」

「どう見てもここ洞窟だぜ?何か掘ってたのか?」

「ふむ……採掘の可能性は現状では否定できないですね……」

ディセットは少し間を開けてから言葉を続ける。

「最近、危険物指定された鉱石の発見報告もあります。もしかすればそれを狙っている可能性も考慮しなければ……とはいえ、まずは一通りの調査ですね。緊急の際はキャンプシップからのテレポートの使用も検討しましょう」

「へいへい……」

オニキスはめんどくさそうだなと察した。

「あ、そうそう。ここにキャストの残骸があるけど、俺より先に調査に行ってたアークスか?」

「え?」

オニキスの報告にディセットの様子が変わる。

「えっ?」

オニキスもつられて声が漏れる。

「待ってください。キャストの残骸ですって?」

ディセットは明らかに動揺を見せたため、オニキスが先ほどのファウマヘッドと辺りの光景を改めて見せると、ディセットは考え始める。

「……少なくとも、あなた以外に今回の依頼をお送りしていないことは間違いないです」

「じゃあこれってなんだ……ここの職員?」

「情報が漏れていた……?いや、アークスがここに来ているとなると……」

ディセットの呟きが聞こえる。

「すみません。まだ情報が不足していて確固たる答えを出せませんが、もしかすれば、思っていた以上に事態は深刻かもしれませんね……」

「ふーん、そうなのー?」

推し量れない事情でもあるのだろうとオニキスは匙を投げた。

「このアークスの所在についてはこちらで調査を進めますので、引き続きそれらはお任せします」

その言葉は聞き流しながらオニキスが壁を調べる。

(宝石とか埋まってないかなぁー)

だが、壁には銃弾やテクニックの痕跡が残されているばかりで、めぼしいものはなかった。

「ケッ、しけてやがる」

悪態をつきながら辺りを散策していると、奥に大きなパーツを見つける。

散乱していたものより形もよく、原型は留めているもののオニキスが見上げるほどに大きかった。

それに近づくと、その手前に倒れている人を見つける。

「おい大丈夫かー?死んでるかー?」

オニキスが声をかけながら近づく。

倒れた人物は呻きながらオニキスへ顔を向ける。マスクを装着しているのが確認できた。

「生きてるじゃーん!ディセットくーん!」

オニキスが通信をつなげて知らせる。

「人が!?状態は!」

「ガスマスクがうーうー言ってるぜ。ほらこれ」

ディセットへ倒れている人物を映す。

「すぐに特定します」

そうしていると、倒れた人物がもぞりと動く。

「た……」

「次にお前は助けてと言う」

「たす、け……」

ブーン、と、何かが起動する音が聞こえた。

「あ?なんだこの音……」

「あぐっ、うぁっ!」

突如、倒れていた人物が呻き始め、奥にあるパーツに引き寄せられ始める。

「い、嫌だ!僕はもういやだぁ!」

体が持ち上がる。

オニキスはその声に聞き覚えがあった。

「おい、待て!」

その手を取ろうとして腕を伸ばす。

だが、オニキスの伸ばした腕は、巨大なパーツによって阻まれてしまった。

「チッ、邪魔すんじゃねぇよ!」

そして人間を飲み込むように、それは立ち上がる。

「特定できました!今あなたの前にいる人物はアークス所属の――」

「――スイップ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Side「いつかの任務で」

 

――。

「おい紫の、ちょっと来い」

いつかの任務の待機中、オニキスは不意に声をかけられる。

「ん?なんだいリーダー?」

「ふん、わかってはいるようだな」

オニキスの前にいるのは、自分の肩よりも低い小太りな少年だった。

「今日は僕の指示についてきてもらうからな。勝手なことするんじゃないぞ」

「アイアイサー!リーダー!」

偉そうに言う少年に対してまるで気にならない様子で、オニキスが挨拶を返す。

「そういえば、お前のその武器」

「ん?」

スイップがオニキスの持つ武器をまじまじと見る。

「はん、今時そんな旧式の武器なんて使ってるなんてな。古参気取りでもしてんのか?」

「まっさかぁ、他に変えがねぇだけですよぉ」

いたっておちゃらけた様子でオニキスが返すと、スイップはハァとため息を漏らした。

「お前も僕と同じで、配給の武装が微妙な奴かぁ……」

「そんなため息つくなよリーダー。不幸に肩たたかれるぞ」

「うるせぇ!」

この時、オニキスはスイップのアークスとしての監査官として、秘密裏に任務を受けていた。

態度は偉そうだが実力の底上げのための努力を積んでいる彼が、オニキスに関心を持たせることとなっていた。

「ほらほら~、そろそろ時間ですよーリーダー」

「わ、わかってる!言われるまでもない!」

そうして、彼らは任務へと赴いていった。

……。

「態度はでけぇ、実力はついてこない。だがあいつには光るものがある。それに騒がしくって面白いしな」

オニキスはそんな評価をしていた。

――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Scene7「代えのない意地」

巨大な腕を持つ、3mを超える巨大装甲のロボット、とでも言うべきか。

キャストの規格から逸脱した兵器が、オニキスの前に立ちふさがる。

オニキスは愛刀を抜き、臨戦態勢に入る。

「ディセット!見えてるか!?あいつが取り込まれちまった!」

「なんてことを……人体を原動力に動かすなんて……」

ロボットが動き出し、右手を振り回す。

すかさずオニキスは距離を取り腕から逃れる。

「如何にも非合法、って臭いがしますねぇ!どうしますー!」

「このまま放置するわけにもいきません。やれますか?」

「そうだな、行っちゃいますかぁ!」

腕を振り上げたロボットの動きを見て、素早く間合いを詰めて懐に入り込む。

(狙いは、足の関節!)

如何に重装甲といえど、関節への被害を被れば動きも鈍る。

外側に回り込みながら、刃を膝に突き立てる。

――ボシュッ!

瞬間、噴射音が響く。

「!」

狙いすましたロボットの足が視界から消える。

勢いのまま転がりぬけて、体勢を立て直したオニキスの前に。

ジェットブーツで浮き上がったかのようなロボットが映り込んだ。

だが、オニキスは冷静に相手の脚部を観察する。

「見っけ」

噴射口を特定し、構えを取ろうとした時、巨体が猛然と突撃をしてくる。

「うおぉお!?」

予想以上に速い動きにオニキスはカウンターをあきらめて横へ転がり、バックスステップで距離を離す。

ロボットは空中で姿勢を制御し、そのまま着地をする。

「ったく、ゴリラパワー型はこれだから……」

悪態をついて、オニキスは砂を払う。

「おい!スイップ起きてるか!」

呼びかけてみるものの、当の相手は反応を返すことはない。

ロボットの様子も変わらない。

「はいクソー」

スイップの精神状態に左右されるものかと思ったが、アテが外れて愚痴をこぼす。

(さて、どうっすっかな……)

オニキスの狙いはあくまで機動力を奪う。

だがあの巨体で機敏な行動の可能性もある。うかつに近づこうものなら動きに巻き込まれる可能性もある。

そうして、オニキスは待った。

ロボットが動きを見せる。

「ヘイヘイ、カモンカモーン」

武器を握りながら、相手へ手招きをして見せる。

直後、ロボットがその巨体ごとオニキスへぶつけるように突撃をする。

「そのスピード、見切ったー!」

バッと大きくオニキスが横へ跳ぶ。

「オラァッ!いつものくれてやるぜ!!」

そして握りしめたカタナを噴射口めがけて投擲。

十八番の技が炸裂し、ロボットのブースターが爆発する。

だが。

「あ」

ブースターを破壊された巨体がバランスを崩す。

足元にはオニキスの放ったカタナ。

「アー!!テメーッ!」

咄嗟にオニキスが腕を伸ばす。

カタナはオニキスのフォトンと連動しており、この合図で再び手元へ戻る。

はずだった。

ズンッ、と巨体が地に落ちる。

オニキスの手元に戻ってきたのは、見るも無残にひしゃげてしまった自分の愛刀だった。

「この野郎……」

ロボットが態勢を立て直し、オニキスへと向き直る。

「せっかく、人が丁寧に事を済まそうとしてやったのによ……!」

怒り心頭のオニキスの背中に、一本の武器が発現する。

「あぁ見せてやるよ、てめぇが言ってた旧式の武器でよぉ!」

ロボットの右腕がオニキスへ迫る。

刹那。雷のごとき轟音が洞窟内に響き渡り。

オニキスの背丈ほどになるロボットの右腕が、根元から吹き飛ばされる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――。

「ザックスなんて、お前そんなので何しようってんだよ」

そりゃあ、好きだから使うんだよ。

「今時そんな森林伐採用のただ重たい斧なんて、どのアークスも使ってねぇ」

おぉ、俺だけが使うってのはいい気分じゃねぇか。

「それより見ろよ、この新しい装備!かっこいいよなぁ」

ああかっこいいな。だが俺はこいつがいいんだ。

 

……数カ月前、研修任務ののちのある日。

「すげぇ……オニキス、お前守護輝士と知り合いだったのかよ……」

とあるアークスの会食に参加していたオニキスは、スイップを呼び出していた。

「まぁな^^」

「お前実はすごい奴だったのか?」

「そんなぁ、俺はただのアークスだってぇの」

あっはっはっはと高笑いするオニキスを見るスイップは、なんだこいつやっぱりふざけてるのか、と言いたげな表情を浮かべていた。

「……守護輝士って、本当にすごいんだぞ」

スイップが口を開いたとき、オニキスは静かに耳を傾けた。

「ダーカーだけじゃない、親玉のダークファルスと真っ向から戦えるんだ。それだけの実力に、それだけ見合った装備も用意してる。適性がある。その力で守りたいものが守れる。だから僕は、そんなアークスに憧れたんだ」

「だから、オニキスの武器の話を聞いたとき、悔しかった」

オニキスは黙ったまま、スイップの言葉を待つ。

「森林伐採用のただの斧。当時は物資がないからって作業用の道具を武器に転用してた話は知ってる。これでも勉強したんだ」

「守護輝士を見ろよ。そんな装備じゃない、もっともっと、フォトン効率だとか、アーツの威力だとか、そういうところに心血を注いでる人たちだっているんだぜ?」

「なのに、お前はそんなの気にしないでいるのが、すごいって思えたし、悔しかったんだ」

「僕だって、いつかはあんな装備を持てる、そう思えると、胸が熱くなる」

「でも、それと同じように、空しくもなるんだ」

「僕は、いつまでたっても」

そこで、ガスッと頭に拳を当てる。

「な、なにすんだよ!?」

「そんなこと言ってっと、いつまでたっても前に進めねぇぜ?ほら、憧れの守護輝士が目の前にいんだからよ」

「なっ!?お前!失礼だろ!?」

「そんなこたぁねぇよ。ほぉら、帰っちまうぞぉ。一生に一度しかねぇかもしれないチャンスだぜ?」

「っ!」

打てば反応するスイップが、オニキスは面白くて仕方なかった。

「わ、わかった。いってくる」

「おう」

スイップが離れた後姿を見る。

(あぁ。俺はただのアークスだ。お前のほうがきっと利口になるぜ)

オニキスは帽子のつばを軽くいじった。

――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

重量に任せたザックスの横薙ぎをかます。

轟音と激しい金属の引きちぎれる音が響き渡り、分厚い刃がロボットの右足を断裂させる。

その衝撃で、ロボットを洞窟の壁へとたたきつける。

断裂された部位から電気音をたたせながら、ロボットはそのまま抵抗もできず、動かなくなった。

ザックスを片手で振り、担ぎなおす。

一歩ずつ、ロボットの残骸へと近づく。

「おっと」

オニキスの顎をなにかが掠める。

ロボットの左手の装甲からフォトン製の細長い刃が伸びていた。

だが、オニキスは何事もなかったかのように、壁にもたれかかるロボットに対して、ザックスを振り上げ、そのまま左手を叩き潰す。

振り上げる。

最早微動だにしなくなったロボットに残った左足も、ザックスを振り下ろして切断する。

そうして、胴体に眠っているであろうスイップを取り出すため、切断した箇所からこじ開ける。

小さく屈められたような姿で、スイップが転がるように出てくるのを、オニキスは受け止めた。

「ガラクタが、手間かけさせやがって」

ザックスを格納し、スイップにまとわりつくパーツの残骸を丁寧に取り外す。

マスクを外すと、やつれきったスイップの表情が出てきた。

体格もすっかりやせ細っている。見る限り、過剰なフォトンの消失に、ここら一体の細菌にむしばまれて危うい状態であった。

軽いその体を抱え上げて、ディセットへ通信を送る。

「もしもーし!要救助者を発見したから、なんとかしてくださーい!あと面白いもん見つけたから回収しまーす!」

通信を入れた後、辺りは静まり返っている。

おそらく自分たち以外、ここには誰もいないであろうと踏んで、オニキスはパーツの残骸を手に取れる範囲で回収してから、洞窟を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Scene8「よくある任務」

オニキスの任務と時を同じくして、一隻のキャンプシップが発進していた。

搭乗員は、青い服の少女一人。

名をネロ。アークスの最高峰の戦力を有する者に与えられる役職「守護輝士」である。

ネロは一人、匿名からの任務遂行のため、ナベリウスに向かっていた。

(私を指名か……なんの理由で、だれが……)

過る疑念を払うように、通信が入る。

「こんばんは、ご機嫌いかがですか守護輝士?」

比較的落ち着きのある、大人びた女性の声。

「ん?あぁ、どうもどうも。コンディションはまずまずってところかな」

平静のまま、ネロが返すと、通信相手はそれならば問題ないという。

「今回はクライアントの希望で、私、イシュルーナがオペレーターを担当させてもらいます」

イシュルーナ。

その名前に聞き覚えがあった。

イツミたちが所属しているHQの一人であったことを、ネロは思い出す。

「ふむ、そうか……それで?そのクライアントってのはいったい誰なんだ?」

「匿名希望とのことですので、その質問への返答は控えさせていただきます」

「ふむぅ……」

納得は行かないまでも、すでに受諾した任務。

ネロは切り替えることとした。

「ま、とりあえずいいや。続けて?」

「はい。今回の任務は、ナベリウスに滞在しているという人物の無力化となります。こちらの再三の要請に返答をせず、我が物顔でナベリウスを荒らしまわる野蛮な存在のため、今回の作戦となりました」

「そりゃまた大層なことで……」

「また、とある鉱石にも関わりのある人物とのことで、慎重に事を進めていただければとの要望があります。」

「簡単に言うと、動きを止めて捕縛すればOKと?」

「そのようになります。方法につきましては、一任するとも」

「了解。可能な限り、生きて捕らえるよ」

「よろしくお願いします」

イシュルーナとの通信を終えようとした時。

「ひとつ、伺っても?」

「ん、なに?」

「昨今、市民区を騒がせている願望機なるものが出回っている話について」

「あぁ、いつぞやの記録で見かけたアレか……」

「今回接触していただく人物が見つけた鉱石が、願望機とのつながりがあるというお話があるそうです」

「なるほどねぇ……?」

「あくまで噂話、ということですけれども」

「んじゃあ、それも頭に入れつつ任務遂行してみますか」

通信が終わるころには、目的地にたどり着いていたようだ。

「それでは、よろしくおねがいします」

「了解、任された」

通信の終了を確認し、ネロは輸送機内のテレプールの前に立つ。

「んじゃ、行くか……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Scene9「再会と再開」

ネロがナベリウスに降り立つ。

周囲を見回すと、一人の人物が川のほとりに座り込んでいた。

「あれは……」

灰色の肌、全身の赤い入れ墨、そして自分よりも一回りも大きな体躯。

ネロは警戒しながら、その背中に近づく。

「あぁ、間違いないか」

いやに低い声のその人物は、座ったままつぶやく。

ぴたりと、ネロが歩みを止める。

「あの日と変わらない気配、となれば」

ゆっくりと立ち上がり、振り返る。

「やつも適当をほざいた、か」

吊り上がり、血のような赤黒い瞳。

口からは巨大な牙があらわになっている。

「久しいな」

「やあ」

きっと人はこれを鬼というのだろう、ふとそんなことをネロは考えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――

数カ月前。

アークス内部での内紛の計画が公安部経由で知らされたネロは、

計画を阻止するため、バルムンク指導の下、偽の襲撃計画に参加していた。

先んじてこちらが襲撃を行い、わざと失敗させることにより黒幕の手管を崩す目的であった。

任務として割り切ったネロの前に立ちふさがったのは、

ギャラエ、という男だった。

巡回していたギャラエを襲撃したネロは、

無尽蔵ともいえるギャラエの耐久に時間を稼がれる。

危うい場面があったものの、間一髪のところで作戦に参加していた仲間の機転により、無事生還を果たした。

この作戦により、アークス内部を暗躍する「ブラックペーパー」の存在が浮き彫りとなった。

――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ギャラエとの再会は、あの任務以来であった。

「わざわざ暇つぶしにでも来たか?」

「任務だよ。ここで暴れてるやつを止めろって言うね」

「ふん、大したことだ」

鼻で笑うように、ギャラエが言うも、ネロは表情を変えない。

「そういや、この間ガキが何人か来ていたな。俺の物に手を出した挙句、わけのわからんことを抜かしていたんでな。適当に追い払ってやった。まったく、組織というのは、度し難いな」

なるほど、とネロは納得した。

詳細についてはいまだわからないことばかりだが、少なくとも相手が目の前にいることだけは、確信できた。

「出来ることなら手荒なことは避けたいんでね、念のため言っておこう」

ネロがそう踏まえたうえで、言葉を続ける。

「おとなしくここから出ることだ。抵抗するならば、力ずくでも連れて行くがね」

「断る」

一つ返事をして、ギャラエがネロをにらみつける。

「組織にこれ以上身を置くつもりはない。ここが俺の今あるべき大地だ」

「ったく、やっぱりこうなっちゃうか……なら、言うことを聞いてもらう」

そういってネロがコートダブリスを抜刀する。

「あの日は邪魔が入ったが」

ギャラエも担いだポールメイスを握る。

「今度はその面、潰させてもらおう」

「はっ、できるものなら、やってみな!」

そう言って、ネロが地面を滑るように一直線に突撃をする。

ギャラエが左腕を伸ばしたのを見て、武器を地面に突き立てて宙へ舞い上がる。

「せあっ!」

アークスの保有する技術。フォトンを増幅させて放つアーツの一つ「サプライズダンク」。

飛び上がり拳をよけつつ、武器を構えて落下する。

だが、ギャラエもメイスを地面へ突き立て、大地を蹴って武器を軸に回転しネロの攻撃をよける。

「どらぁっ!」

回転の勢いのまま、地面をえぐり取るようにポールメイスで無造作に横へ薙ぎ払う。

「うおっと!」

ネロは後ろへ背を傾け、寸でのところでそれを避けつつ、バク転で距離を開ける。

歯をむき出しにして息を吐きながら、ギャラエの視線はネロを捉える。

「ほんっと、荒っぽい戦い方だこと……」

最初の交戦の際、自分をまきこんでのテクニックを発動し続けたギャラエの戦い方がネロの脳裏に過る。

「戦いに綺麗も汚いもない。最後に立っているかどうかだ」

「それについては、半分同意だね、っと!」

ネロが再び駆け出す。

ギャラエに接敵する間際、大きく屈み脇への切り上げを狙いに行く。

「ふん!」

視界から消えたネロの行動を読んでいたかのように、ポールメイスを再び地面へ打ち込み、ギャラエがネロの攻撃を遮る。

ネロは舌打ちをして、そのまま力押しでメイスを横へと弾き飛ばす。

「っ!?」

瞬間。ネロが武器を捨てて横へ跳ぶ。

ネロのいた場所をギャラエの拳が空を切っていた。

ネロの顔ほどもある拳がせまる瞬間が、ネロの脳裏に焼き付く。

(コートエッジとかで受けるならまだしも、これで受けたらひとたまりもないっての!)

ギャラエの怪力が尋常でないことは、いやほど見せつけられた。

拳一つでシップ内の床を破壊していた光景がよぎる。

ギャラエはすかさず、ネロの武器を蹴り飛ばす。

「これで頼れるものがなくなったな」

そういって、ギャラエが両の拳を固める。

(でも、ただの力ってことなら負けちゃいない)

「なーに。武器に頼ることばかりが戦いじゃない。そうだろう?」

そう言って、ネロも拳を構える。

「女が。よくほざいた」

ギャラエがニヤリと笑う。

「こい。その度胸、見定めてやる」

「なら、遠慮なくっ!」

フォトンを爆発させて、ネロが一瞬で接敵する。

「っ!」

ネロの体当たりで体勢を崩すも、続く右の拳によるストレートを両手で防ぐ。

だが勢いを殺しきれず、ギャラエが後方へ押し出され、踏ん張る足が地面をえぐる。

「ほぉ?」

「素手でもそれなりには、自信があるんでね」

(あの様子、見えてない)

「やはりお前は良き戦士だ」

ギャラエが姿勢を整えようとした時、ネロが動く。

「では、こちらもいこう」

ネロの動くのを見計らって、ギャラエがテクニックを発動する。

ゾンディール。発動地点へ敵を引き寄せるアークスが使用できるテクニック。

「うおっ!?」

足元をすくわれるような引き寄せに、ネロが態勢を崩す。

「つぶれろ!」

態勢を崩すネロへ追い打ちをかけるように右腕を力いっぱい突き出す。

「このっ!」

崩れる態勢を利用してスウェーで避ける。

が、ネロがカウンターでギャラエへアッパーを繰り出すも、体勢が悪くギャラエの顔を横切ってしまう。

「終わりだ!」

ネロのがら空きの胴体へギャラエの左拳が振り下ろされる。

「こいつでお返しだ!」

ネロの空へ突き上げた拳が光る。

刹那。

ギャラエめがけてフォトンの塊が降り注いだ。

 

――メテオフィスト。拳を掲げることでフォトンを上空から降り注がせるフォトンアーツ。

ネロはその技を、敵の攻撃を避けることで発動させることができたのだ――。

 

「ぐおわっ!」

直撃を受けたギャラエはその衝撃で吹き飛ぶ。

「動くな!」

フォトンの塊に巻き込まれながらも、低い姿勢で逃がしきったネロは、吹き飛んだギャラエに馬乗りになり首元へ隠し持っていたナイフを突きつける。

その時、ギャラエの全身におびただしい銃痕の後を見つけた。

「この傷は……」

銃痕だけではない。刺し傷、そして爆発によるやけどの跡。

(あの時の……)

「……傷など戦火のただ中でいくらでもできる。だがな……」

「この間のハエは、手ごわかったぞ……」

そう言って、ギャラエは諦めたように地面へ腕を下す。

「……このままアンタを連れていく。構わないな?」

「……ああ。だが頼みがある」

「内容は?」

「二人、預かってほしいガキがいる」

「その二人の身の安全を確保できる場所を用意しろ。そういうこと?」

「あぁ……それで構わん」

「わかった。できうる限りで検討するよ」

「頼んだぞ……」

ガキ。一人はネロにも検討がついていた。

ギャラエと常にともにいた少女。

どういう理由があってギャラエが連れているかはわからなかったが、守るべき人間は守るというだけであった。

「笑い話にもならんな……年端も行かぬ少女に元将軍が負けるなど」

「失敬な。これでも19ですよーだ」

「子供も作れんガキが抜かす」

「うぐっ」

ギャラエが鼻で笑い、ネロは思わず言葉を詰まらせた。

「だが、負けは負けだ。連れて行け。あとはル=ロウドの気の向くままに、だ」

「わかった。下手な抵抗をしないなら、こちらとしても助かるよ」

ネロが立ち上がり、拘束を解く。

「……お前の、知り合いに」

ギャラエが立ち上がりながら口を開く。

「ルナという少女はいるか」

「ルナ?あぁ、それがどうしたの?」

ルナ。ネロの記憶でいえば、どこぞの屋敷のメイドだったか。主人がいるとは聞いてたが、まさか目の前の人物とは思いもしなかった。

「自由の身だ。自分のために生きろ。そう伝えてやってくれ」

「ふむ……わかった。次の会ったときに伝えておく」

「あぁ……」

ギャラエが不意に、空を仰いだ。

「よき武人に会えたことを、誇りに思う……」

「……」

ネロは黙ったまま、その姿を視界に入れつつ、通信を送った。

「さて、戻るか……」

 

帰投中のキャンプシップ内。

ネロへ通信が入る。

「首尾はいかがでしたか?」

イシュルーナからだった。

「あぁ。対象の捕縛は完了。どうにか任務完了だ」

服についた泥を落としながら、ネロが伝える。

ギャラエは奥の倉庫に隔離していたが、抵抗もなく静かなものだった。

「結構。流石は守護輝士、といったところでしょうか」

「なんとかなったはいいけど……なーんか忘れてるような……?」

「思い出せないようなら大した内容でもないのでは」

「う~~~~~~ん……」

アイテムパックを確認する。

「……うん?」

「なにか?」

「あっ」

思い出した。

「しまった!武器忘れてる!?そうじゃんあのとき咄嗟に手放しちゃったんだったぁ……!?」

「何の話ですか……?」

呆れ気味のイシュルーナ。

「戻って!忘れ物した!」

「出来ません。対象の護送中ですよ」

「くっそぉ!じゃ、じゃあだれか落し物探してくれそうなのかいる!?」

「はぁ……こちらで手配させていただきます」

「ごめん、助かる……!」

こうして、ネロの任務は終わりを迎える。

後日、コートダブリスもネロのもとへと戻ることとなった。

ネロはまた、いつもの日常へと戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Interlude「守りたいモノ」

――。

ギャラエがオラクルと邂逅したのは、とある事件の後のことだった。

ダーカーの影響により、オラクル周辺宙域に異世界と呼べる特殊な領域が生成された。

そこで、ギャラエは目覚めた。

だが、鬼が目にした世界は、自分の記憶にあるものと何一つ合致することはなかった。

唯一、自分が守り抜いた少女の姿だけが、鬼の残された形あるものだった。

かつて身に着けた重厚な鎧も、使えていた皇帝から与えられた武器さえもなく。

すべてを失ったギャラエは、ただ少女を守るために生きることを決めた。

「うわ!すごい!アニメにでてくるオークだ!」

そんな、素っ頓狂な少女の声が聞こえたのは、目覚めてからいくばくかが過ぎた時だった。

気づけば、見知らぬ船に連れてこられ、飯を振舞われ、酒まで出されていた。

「気が済むまでいればいいよ!」

イツミという少女が無邪気に笑顔を向ける。

何が面白いのか、ギャラエにはわからなかった。

だが、ともにある少女――イツミがクルクと名付けていた――が満足そうにしているのを見て、鬼は目を細めた。

「へぇ、笑えるもんなんだな」

ノーリというガキが視界に入り、思わずにらみつける。

「悪かった。まぁ酒でも飲んでくれ。今日はおごりだ」

「え!?いいの!?」

イツミが振り返り、目を輝かせる。

「オーナーのおごりだ」

「やだー!お小遣いなくなっちゃうじゃーん!」

「だったらお菓子の追加注文はやめることだな。まったく、改造してもらったとはいえ、これ以上容量を使わせないでくれるか?」

「いーやーだー。私のお店なんだから私が好きに選ぶもん。だから毎日仕入れとかも……」

店の奥に消えてく二人を見送って、隣に座るクルクに視線を移す。

食べてお腹がいっぱいになったのか、すっかりねこけてしまっていた。

鬼はその頭を優しく撫でてから、席を立った。

「借りを返す、か」

それ以来、鬼はアークスシップでの手続きをイツミたちに任せて、ナベリウスを拠点に滞在することにした。

BARへの食品の仕入れと納入。そして相応の対価を以って、彼もイツミたちの一員になった。

――。

……。

鎖の音で目が覚める。

あれからどれくらいたっただろうか。

クルクとルナは元気でやっているだろうか。

イツミは心配しなくともいいだろう。強い少女だ。

店がなくなってからはナベリウスをずっと放浪していた。

食うものに事欠かなかったが、クルクの服を買い足してはやれなかったか。

判然としない意識の中、靴の音が近づき視線だけ送る。

「もう、充分だろう」

男の言葉。その真意はわからなかった。

だが、不思議と思い至るものはあった。

「……すきにしろ」

「すまない」

鬼が聞いたのは、そんな寂しげな言葉だった。

きっと、泣いていたのかもしれないと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Information 「調査報告書-file03-」

・守護輝士の活躍

昨今のアークス内部で発生していたダーカー出現の重要参考人が、守護輝士の手によって逮捕された。

ナベリウスを根城としていた容疑者は、少女を拉致・暴行などを行い、またアークスに対しても攻撃的な反応を示しており、現在、容疑者はアークス管理下で余罪の追及が行われているとのこと。

 

・「森林ラピスラズリ」について

ナベリウス森林地帯で発見された鉱石の研究により、アークスシップに出現した第六使徒を構成していた幻創の濃縮体であり、対象の深層心理を具現化させるものであり、地球で発見されたエーテル体の亜種とされ、具現武装の媒体としての運用が可能であるとされた。

現在、ナベリウスでのみ確認されているが、他惑星での採集については現在調査が進められている。

 

 

 

 




こんばんは。ギリギリ翌日です。
すみません。気づいたら話をだいぶ盛りました。

ロールプレイセッション第二話。いかがでしたでしょうか。
大人数でのセッションとはまた違う、一人一人にフォーカスを当てたものは、キャラクターを深く、魅力的に見ることができることと思います。

見せれてたらいいなぁ。

なお、今回につきましては脱線個所をだいぶ盛りました。
参加者の方が見てたら、あの、盛りすぎてたらすみません。筆が乗りまして(銃声

出来る限りはじめてPSO2に触れる人向けにもなるように文章を調節してますが、読み物として、そしてあくまで多くの協力があることをタイトルで示せて入れればと思います。

正直自分だけじゃ想像しきれないキャラクターばかりで、ロールプレイの面白さを痛感します。

さて、3話での本編完結予定でしたが、1年くらい積み立てた詰め込みたいものをなんとか入れて削ってと試行錯誤の連続です。
ですので、あの、多くなったらごめんなさい。いえ、増えます。とりあえず一話は(
現在書き起こし中の物が如何せんボリューミーになりそうなので、明日何とか巻ければいいなぁ……なんて……思ったりなかったり……

一度投稿し始めたので、完結を伸ばすとまた何年後になるかわからないので、このまま勢いで駆け抜けていきます。

ここまでお付き合いいただき、誠にありがとうございました。


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何でもない一日(The past never returns)

アークスの活躍により、願望機にまつわる事件解決の糸口を見つけられた。
だが、それはあまりにむごい現実を彼らに突き付けた。

急遽HQに呼び出されたアークスたちに伝えられた任務。
それは同輩であるアークスの討伐であった。
「ディセット・ファテルマ」。HQに所属するアークスの一人であり、研究部の特別顧問であった彼に、犯罪組織「ブラックペーパー」との内通の疑惑が浮上したのだ。

アークスたちがたどり着く、事件の先にあるものとは――。

Phantasy Star Online2を題材に、ロールプレイをセッション形式で行い、リプレイを小説風にまとめた本作の第三話。

どうぞお楽しみください。

――それは、いつも通りの明日に向かうために。


Scene10「いつもの日常」

 

地球暦 2020年3月28日 夜

 

ARKS統括指揮発令本部。通称HQの要請により、6人のアークスが集った。

緊急の要件であるとされた任務。

「諸君。よく集まってくれた」

マスク越しの声は機械地味ている。

サモナーの沼口冴。レンジャーのルルナナ、ハイブリッド。竜人のナナ。ヒーローのロラン。

そして、全身が宇宙空間を模様したタイツに漫画のような肉を頭に乗せたオニキスが寝っ転がったまま、マスクをつけた人物の前に並ぶ。

「私はHQの主任を務めるセッツァーである。今回、各位に集まってもらったのはほかでもない。昨今、アークスシップを騒がせている願望機に関わる事件の終息。これを君たちに頼みたい」

セッツァーがそういうと、マスク越しに一同を一瞥する。

「事態のシューソク?って何すんの?」

「ガンボー機っをぶっこわすのかなぁ」

あっけらかんとした口調でオニキスが言うと、冴がそれとなく答えてみる。

「願望機……あぁ、あれね。ま、いいわよ」

ロランは何か思い至った様子で小さくつぶやきながら頷く。

「OK。主任、続けて?」

ルルナナが物怖じすることなく、セッツァーに詳細を促す。

「今回、守護輝士の活躍によりナベリウスで発見された鉱石。それが願望機にあつわる事象を再現することが可能だと、研究部から情報が下りてきた」

「先日、アークスシップに突如発現した第六使徒。あの襲撃事件の際に確認された事象を引き起こす媒体となりえる虞もあると」

「あぁ……あれね」

「バカでかい、幻創種の類でしたか」

ハイブリッドとロランが思い出した様子を浮かべてる隣で、ナナが興味のなさそうな表情で口を開く。

「あのよー分からんヤツか」

「そうだ。あのような災害。これ以上市民を巻き込むわけにはいかない」

「そりゃそうだわなぁ」

セッツァーの発言に冴がうんうんと頷く。

アークスシップにはアークスの他に、アークスの生活を支える市民が別区画で生活をしていて、その区画を市民区と称していた。

当時の事件は市民区から離れた場所であったため、直接的な被害はでなかったものの、事件の経緯を知るアークスからすれば、「船に住む市民の統一意識でたまたま生まれてしまったもの」であるため、頭痛の種でもあった。

「そして、今回の任務はこの鉱石を悪用としている対象の討伐となる」

「ディセット・ファテルマ。アークスであり、HQ補佐官だ」

「ちょいちょいちょーい!」

セッツァーの言葉にオニキスが声を上げる。

「意義があるぜお偉いさん!」

「発言を許可しよう」

「ディセットを殺す~?何かの間違いじゃあないのか?」

先日ともに任務を遂行したばかりの人物の名前を聞き、オニキスがセッツァーに食ってかかる。

「討伐……自分の組織の、補佐官を」

「彼には既に組織的犯罪に関与している疑いがある」

ハイブリッドの疑念を払うように、セッツァーが言葉を続ける。

「それの証言として、異世界からの来訪者や異能力者をアークスとしての身分登録をせず匿っているとの情報がある。犯罪行為に加担させている虞もある」

「うーむ……これはなぁ……」

冴は端末を操作して、情報をまとめていた。

(あのディセットが悪いことしてたようには思えないが……ま、いっか!)

オニキスは秒で考えることをやめていた。

「また、数刻前にとあるアークスが集中治療に入った。そのアークスは容疑者の人体実験の犠牲者と目されている」

「そして極めつけに、ブラックペーパーとつながりがあることも」

その言葉で、アークスたちに緊張が走る。

「先日のHQ所属のイツミの事件についても、奴が手引きをしたために起きたとの疑いもある」

「主任さん」

冴が手を挙げる。

「なんだ」

「その治療に入ったアークスってのは?」

「スイップという少年だ」

「なんだってー!?」

冴が驚きのあまり声を上げる。

その隣で、オニキスは「私が保護しました」と看板を立てていた。

「あ、あちきのダーリンが愛しに愛しまくってるスイップくんかよ……」

冴の夫である浅利良二は人柄も恰幅もいい男性で、偶然にも適性が認められてアークスとなっていた。その際の研修に、スイップも参加していた。

余談ではあるが、当時の研修の管理官として、オニキスが同行していた。

「スイップは総務部に先日着任したばかりであったが、彼は研修の身であったため正式な配属は決まっていなかった。容疑者はそれらの情報を改ざん、手引きをしていた痕跡も発見されている」

「……だー。ここで我を忘れてもしょうがない。私は行く」

冴が頭を掻きむしってから顔を上げる。

「それで、討伐でいいのね。捕まえる必要はないの?」

ルルナナがセッツァー質問をとばす。

「抵抗の可能性がある。その際は生死を問わぬ。プラックペーパーとのかかわりがあるとなれば、ダーカーに加担する輩だ。生かすこともない。我々はアークス。宇宙の平和を守るのも役目の一つだ」

「りょーかい」

ルルナナはそれだけ言って口を閉ざした。

「奴は今、地球の東京へ視察として赴いている。各自、気を引き締めてかかれ」

「よし、じゃあいくか」

冴が一番に声をかける。

「ん、了解よ」

「んあ、終わった?」

ロランが冴に頷いた横で、ナナは眠気が残る頭を軽く振る。

「さんせーい!それじゃあせっつぁん、いってくるよ」

オニキスは肉越しにセッツァーへ投げキッスをして飛び出していく。

「軽い奴らなの。知り合いじゃないの?」

「マ、イイケド」

ルルナナは周囲の様子に呆れながら後ろからついていった。

「それでは、行って参ります」

「より良いアークスの未来のために」

ハイブリッドがセッツァーに敬礼の姿勢を見せると、セッツァーも敬礼を返す。

「より良いアークスの未来のためにー!!!」

遠くからオニキスの声が響いていた。

それを聞いた冴の表情は、険しいものであった。

「より良い、ねぇ」

ロランは冴の様子に気づいて、そっとつぶやく。

「誰にとっての?」

「バカ野郎!アークスの敵だぜ!それにイツミちゃんをあんな目に遭わせた野郎だ!バチボコにいわせたる!」

冴の言葉を遮るようにオニキスがまくしたてる。

「フン……なの」

一同はぎこちなさを伴いながら、東京へと向かっていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Interlude「導きたい明日」

――。

明かりが消えた部屋の中、一人の男が窓から星空を眺める。

その瞳は赤く、星空を照らす星々が映り込んでいるようだった。

「もう、充分でしょう」

男はひとり呟く。

「そろそろ、お別れをしないと、かな」

部屋は静まり返っており、男の声だけがむなしく響く。

「私もそろそろ限界です」

「でも、きっとこれでいいんですよ」

「……頼みましたよ、より良い未来のために」

――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Scene11「泣きたいほど笑いたい日」

アークスたちが動き出していたそのころ。

一組の男女が、静かになった東京の公園にいた。

「いやぁ。こんな時間まで東京へ連れ出すことになって申し訳ない」

季節外れの和装をまとった男が、ベンチに座る女性へ苦笑いを浮かべながら謝罪の言葉をかけつつ、飲み物を差し出す。

男の名はディセット。

そして、まるで事態に気づいていない様子のディセットの前に、一人の女性がベンチに座っている。

アークス登録名称「ハク」。竜族の生まれであるが、アークスの登録上では戦闘に特化した有角種族の「デューマン」としている。彼女は現在、ディセットの専属ボディーガードとして任務に随行していた。

本来であれば、アークスが地球に降り立った際、任務遂行時の被害を防止するため、民間人の意識を外に向けることで侵入を防ぐ隔壁が発生するのだが、今回の二人はディセットが用意していた戸籍を用いての日本の視察であり、主にアークスでの研究に役立てるものを、日本の技術力から見出すための、ディセットが研究部経由で依頼した任務だった。

「んまぁ、最近オーサカ?とかいう場所にも連れていかれたし、そこはどうでとでもな?」

ベンチの背もたれに腕を乗せた状態で、差し出されたジュースを受け取ったハクは、蓋を開けると中身を流し込むように一息に飲み干す。

その様子を見てから、ディセットはハクの隣に腰かけた。

「先日のデートは急な仕事が入ってしまい、途中になってましたからね。今日はこのあと、奮発しますよ」

「あー……なんかメンドクセーのだっけな?ウエってのは大変だな。変なのが多いと」

「あっはっは。まぁそれも仕事なので大丈夫ですよ。ああそうだ」

ディセットは思い出したように言葉をつづけた。

「さきほど出店を見つけましてね。たい焼きというやつを見つけてきたんですよ。しっぽの先から餡がはみ出るくらいはいってて」

そう言いながらハクへたい焼きを一つ差し出した。

そんなとき。

「ん?」

たい焼きを受け取りながら、ハクがこちらに近づいてくる音に反応する。

「ウオオオオオオオ!」

突然、空から二人めがけて降ってきたのは。

「天誅でござる―!」

見るも立派な漫画に出てきそうな肉だった。

すさまじい勢いで二人に迫るも、突然のことに呆気にとられるディセット。

「うぉあ!?なんだあのよくワカンネーの!?あれか!?最近出たラッピーネズミの親戚か!?」

あまりの事態に慌ててハクが横に避ける。

すさまじい勢いで肉は呆気にとられたままのディセットへ衝突した。

ボヨン、と柔らかい音を立てて。

「へ?おわわわわ」

拍子抜けした声を上げて、ディセットがベンチから転げ落ちる。

「あいたたた……な、なんですか急に……って、なんて格好ですか、貴方」

体を起こしたディセットは、端末の信号で目の前の肉がオニキスであることに気づく。

オニキスが扮した肉は力なく地面にへたり込んでいる。

「へぇ、デートかよ」

オニキスは淡々という

「オイ!大丈夫か!?咄嗟とは言え避けるくらいしろよ!腐ってもアークスなンだろ!?」

ディセットに駆け寄るも、かける言葉がボディーガードのものとは思えない。

「い、いやいや、結構な速度で来てたのを見てから避けろなんて無茶苦茶な……」

ディセットはベンチに手をかけながら立ち上がる。

「いちゃつきやがってぇ!!」

嫉妬の炎で熱が入り始める肉。

「あぁ、それと。今はデートではないです。お仕事の報酬の支払いついでです」

「で、なんだあれ?まさかオマエの知り合いか?トモダチはよく選んだ方がいいぞ?」

服についた土を払うディセット。ハクがオニキスを一瞥してから、ディセットを不安そうに見る。

「さすがの私もアレをトモダチとは言いたくないですねぇ……」

「ええい!おまえたち、やっておしまいなさい!」

まるで怒ったように声を上げるオニキス。

「えぇ……」

「いやこっちに振るなよ」

遅れて合流した5人が一部始終を目撃していて、オニキスへ困惑の色を浮かべる。

「ルルナナはお肉の部下になったつもりはないんだけど?」

「あぁん、そこ骨付き肉だから」

なんなのこいつ、と一層険しい表情を浮かべたルルナナ。

ハイブリッドは一同の様子に思わず口を開けたまま絶句していた。

「あー……ハクさん」

「おう?」

「(恥ずかしいので)逃げますか」

そういうや否や、どこからともなくライドロイド――アークス製の搭乗型、空域高機動フレーム――を呼び出した。

「……そうだな」

ハクはディセットの手を取り、二人は大空へと飛び出していった。

「お前らああああああああ!」

オニキスのむなしい叫びが木霊した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや、おかしいだろ!?」

二人が飛び去った後、冴がオニキスへ突っ込みを入れる。

「何なの?この茶番?」

不信感を募らせるルルナナが険しい表情でオニキスを見る。

「確かにせっつぁんの言うことが正しければ、ディセットさんは容疑者かもしれない。けどさ」

「おい!!おーい!!」

「うるさいぞオニキス」

冴が未だに叫んでいるオニキスを制する。

「あれが逃亡しようとした犯人の様子かって言われたら、あちきはうんとは言えないぞ」

情報を扱う職に身をやつしている冴も、今の状況には困惑していた。

「お肉、アンタ何か事情知ってんの?」

ルルナナは腕を組んでオニキスへ視線を送る。

「ルルナナはね、騙されるのがこの世で一番むかつくの」

「それはルルナナだけじゃないからな」

冴はそんなルルナナの意見に同意する。

「あー、だったらよ」

そんな中、体をほぐしていたナナが口を開く。

「直接聞きゃ早いだろ」

「はぁ、しかたねぇな……」

指を鳴らす彼女に、オニキスが立ち上がる。

「知ってるなら?教えてよね?」

そう言ってルルナナがオニキスの話を待つ。

「ディセットとは長い付き合いがあるわけじゃないけど、容疑をかけられるようなタチとは到底」

「あっち側か、先に行くぞー」

オニキスの話を聞かず、ナナはディセットたちの逃げた方向へすさまじい速度で駆け出した。

「あ!?もう!んたく単細胞なの!」

たまらずルルナナが地団太を踏んで、ナナの後を追い駆け出す。

「……とりあえず、私たちも追ってみることに越したことはないんじゃないかしら」

「……だな、俺も追おう」

ロランはそう言って、我に返ったハイブリッドとともに二人の後に続いた。

「……ま、いってみるか」

「とにかくこの任務はきな臭い!」

「それについては肉と同意見だ」

冴とオニキスもディセットたちを追いかけていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Scene12「いつか来る明日」

「それにしても、いったい何が何やら……」

ライドロイドに乗りながら、ディセットがつぶやく。

「アタシがしりてーよ全く……」

「あっはっはっはっは」

困り顔のハクの表情に、状況を忘れたように笑うディセット。

「でも……そうですね」

ライドロイドのエンジンが弱まり、街中の川の横に着陸する。

「あなたを、いらない面倒事に巻き込んでしまったかもしれません」

ライドロイドを降りて、ハクを降ろすと、ライドロイドが粒子になって消える。

「お得意の召喚だったか?便利なもんだな」

ハクはもらっていたたい焼きを左手に持ちなおしてかじりながら、自分に与えられた契約の証を思い出す。

ディセットは研究部の特別顧問であり、アークスが作業を行う際の根幹となるアイテムパックの技術と、サモナーのペット召喚の技術を応用した独自の召喚を行える、と聞いていた。

ハクがボディーガードとして契約した際に、同じようにその召喚用の証を与えられていた。

これにより、有事の際にディセットがハクを召喚することが可能であった。

だが、実際にそれが使用される事態など起こることはなく、それどころか専ら社会勉強と称されて、ディセットの仕事に随伴させられていた。

腹はいっぱいになるし、出不精である身としては、決して悪いことではないと、ハクも別段文句は口にしてなかった。

「まぁ、ボディーガードだしな。それはいい」

そう言って、ハクはディセットに向き直る。

「んで?あの謎肉とゆかいな仲間たちはなんだ?知ってる顔もいたよーな気はするが」

「彼らの人選については、私には何とも」

ディセットが言葉をつづけようとした時。

ハクが勢いよく振り返り両手を構える。

「よ」

ビルの屋上から、二人の前にナナが降り立った。

「追いつかれましたか、この距離を」

6人のアークスが来たことにより、東京内に民間人の立ち入りを制限する隔壁が張られているとはいえ、ライドロイドの最短距離に追いついてきたナナに、ディセットは評した。

「逃げないほうがいいぞ、なぜなら――」

「まってよ~」

ナナが指をさして口を開いたとき、冴の声が耳に届く。

冴は両手を広げてすさまじい足の回転速度でで飛んでくるように走ってきていた。

「って、うわわっ」

だが

「うわああああああ!」

止まることができずにナナの後ろをすり抜け、柵にふくよかなおなかをクッションにしつつ乗り上げ、そのまま川へ落ちていった。

「――ああなるからな」

「あらぁ……」

しまらない空気が三人を包む。

「冴!?なにしてるの!」

「んたく世話が焼けるんだから」

いつのまにか冴に抜かされていたルルナナとロランが合流し、ルルナナがワイヤーで冴を引き上げようとする。

「ガボガボ」

溺れていた冴が川から引き揚げられた。

「さ、冴さーん。大丈夫ですかー?」

冴の見知った顔であるディセットが、たまらず声をかける。

「た、たすかった……」

「……あれ追っかけてきた側だろ」

「そのはずなんだけどね……」

「なんなのなの……」

口から水を噴水のように噴出した冴を見て、呆れ顔を隠せないハクと、頭を抱えるロランとルルナナ。

「……んで」

「端っこに追い詰めたところで、本題に入ろうか」

ナナが口を開いたところでオニキスが前へと出る。

「……あんたがディセット、で、間違いないんだな?」

オニキスを一瞥してから、ナナがディセットへ問いかける。

「えぇ。間違いありません」

「よー分からんが、アンタを殺せって指令が出てる。どういうことだ?」

「あっはっはっは」

ナナの質問に突然笑いだすディセット。

「事情を教えて……って言うワケはないか」

「いやはや、どこから教えたものか……」

「そもそもよぉ」

冴の呟きにディセットが逡巡していると、ハクが口を開く。

「話し合いの前に仕掛けてきたのはソッチだろう?そんでこんなところまで追い込んで尋問とはなぁ」

「ディセットはもうお尋ね者なんだよ?わかってる?デッドオアアライブ、なわけ」

ハクに対してルルナナがまくしたてるところへ。

不意にオニキスがディセットめがけてカタナを投げた。

足元を狙っていたそれを、ハクが素手でつかんで受け止める。

「それに。そこのニクヤローは殺る気マンマンみたいだぜ?」

「事態は急を要してる!事情の説明は完結、尚且つ的確に頼むぜ」

ハクは無造作にオニキスへとカタナを投げ返す。

「……とまぁ、少々話を伺いたく」

「話をするのはいいんですが、如何せん物騒なものですね」

ハイブリッドに対してディセットが苦笑いでそう言いながら、冴と視線が合う。

「……みんな、いったん落ち着こう」

「フン」

冴に対してルルナナは不満そうにしながらも腕を組む。

「えーまじ?こっから楽しくなりそうなのに?」

「いいから!」

「ひえぃ、おゆるしを」

冴の言葉にオニキスもそんな様子でカタナを納める。

「我々は、HQからしか話を聞いてないんだからな」

不意に冴の口調が厳かになる。

「……んで、どうすんだよ」

ハクが小声でディセットに声をかける。

「何にしろ、会話する余地があるのなら、状況の整理ですかね」

(とはいえ、疑いのある身、というのだから、どこまで信じてもらえるか……)

冴とオニキスはまだ話せそうな余地がある。だが他の4人は情報として知ってはいるものの、実際に会うのは初めてだった。

「ひとつ。答えろ、ディセット」

「何でしょう」

ナナが切り出す。

「あんたは白か、黒か」

「ん~……そうですねぇ」

ナナの質問に困った様子を浮かべるディセットが、右手の腕時計を見やる。

「まぁ、黒でしょうね」

「なるほど」

「まぁまぁまぁ」

今にも飛び出さんばかりのナナと、あまりにあっけらかんと宣うディセットに対して冴が割って入る。

「話を聞く前にそんなの答えられても分からんだろう?ディセットさんの話を聞いて、それから我々で判断しよう」

混濁としている空気をなんとかしようとする冴。

「ちなみにアタシはハクだから、名前の通り白なんだが、コイツのせいでグレー判定食らってるよーだな」

「時間稼ぎ?気に入らないの」

「あっはっはっは」

ハクの愚痴に、ルルナナの険しい表情。変わらず笑うディセット。

「おいおい!アークスの未来のためだぜ!」

「ちがうぞ肉。より良い未来だ」

「あ、そうだった><」

ディセットの様子を茶化すようなオニキスに、真面目に付き合う冴。

「わかった」

ナナは小さく息をつく。

「あんた、なんも関わってねぇな」

緊張感のないディセットの様子に、気迫をそがれたナナがめんどくさそうに言う。

「あぁ、いえ。失礼を」

「関わっている関わってない、という話であれば」

「そうですね。全てに関わっているかと」

ディセットは変わらない様子でそういうものだから、一同が困惑の色を隠せずにいた。

「全部って……そう言われてもなぁ」

「残念だったんな冴。俺たちはここに推理ゲームをしに来たわけじゃないんだ」

「考えんのもメンドクサイし、全部潰せば早いんだけどな……そうもいかないみたいだからな」

未だディセットを疑いきれない冴をたしなめるオニキス。その横で、ナナはめんどくさそうに欠伸をし始めた。

「正直、ルルナナはアンタの討伐に来てるわけで、仕事して懐があったかくなるのがより良い未来なんだけど?」

「じゃあせめてそういう理由を教えてもらえます?」

苛立ちを隠さないルルナナの言葉に、冴はディセットを信じたい思いで聞く。

「理由?それはもちろん、より良いアークスの未来のために。ですよ」

「ほらな?」

ディセットの答えに冴はそうだと思ったんだといった様子を浮かべる。

「どんな立場でも言えるんだ。より良い未来ってな」

「わけがわからん……あとは任せた。終わったら起こしてくれ」

ナナはめんどくさくなり、その場で寝ころび始めてしまった。

「じゃあそれは誰の未来のためなの?」

「それはもちろんアークス、ひいては市民のためですよ。あとは、そうですね……」

ディセットは視線をハクに映す。

「なんだかんだいって付き合ってくれる人のためじゃないですか?」

「じゃ死んでもらおうかな!!!」

オニキスがいつ用意して潜ってたかわからないロッカーの扉を開けて出現する。

「はぁ……紳士の時間は終わりかしら?」

オニキスに呆れながら、ロランも構え始める。

「まてまてまてまて!」

「なんだよ!」

冴が無理やり二人を制止させる。

「なんだかアンタらも一枚岩ってーわけじゃねーみたいだな」

「まぁ、組織ですから」

「あぁ、事情が事情だからな!」

ハクとディセットのやり取りにオニキスが割って入ろうとする。

「……さて、すっかり予定が狂ってしまいましたね」

ディセットが口を開く。

「煮詰まってきてるので、一度状況の整理と行きましょう」

「すんません、お願いします」

ようやく口を開く気になったディセットに冴が低姿勢になる。

「早くしないとあわてんぼうが襲い掛かっちゃうぞー」

「やめなさいって」

オニキスが手をワキワキとさせてると冴がつっこむ。

「いいですか?まずあなたたちは私を討伐しに来てるはずです。であれば、任務は遂行されるべきかと」

「でもそうは問屋が卸さないんだろう?」

「それはどうでしょうねぇ。とはいえ、命の危機にさらされるなら、抵抗はしないと。人間なので」

相変わらず進まない話にオニキスが震え始める。

「ま!ここで死んでもらった方が面白そうだよな!」

「肉、ディセットさんを甘く見るなよ」

「冴、俺に考えがある」

「わかった。それなら手出ししないよ」

「いうたな^^」

オニキスと冴のやり取りの横で、ディセットは続ける。

「少なくとも、ここにきてるということは最近の状況により、証拠が出てきている。スイップ君の件にしろ、ギャラエの件にしろ、ですね。そして、それらがおそらく、願望機がらみ、ひいてはブラックペーパーとも紐づけられた、といったところでしょう」

「……なんでそんな状況を理解してるうえで出頭しないんだ?」

「出頭したらその場でアウトですよ」

この状況ですよ?と言わんばかりのディセット。

「まだなにか……そう、任務は完全に遂行できてないんだな」

「えぇ。途中と言えるでしょう」

「途中……」

冴とディセットのやり取りに、ロランはつぶやく。

「そう、こうして話している間も、既に事態は動いています」

「最終目標はアークスの少数精鋭化か?」

ディセットの言葉に、寝ころんでいたナナがそこらへんに落ちていた空き缶をかじりながら言う。

「それもより良いアークスの未来だわな」

「まさか」

冴とナナへ、ディセットは首を振る。

「逆ですよ。いずれ民間人でさえ戦場に出なければならない時が来る。そのために、必要なことです」

「日本アークス化計画……」

「あっはっはっはっは。いやはや、ずいぶんとまぁ。いやたしかに、規模は大きいでしょうか」

冴の言葉にディセットが笑う。

「あぁ、イツミちゃんがああなったのも、スイップがああなったのも――てめぇのせいだ!」

オニキスが飛び出しカタナをディセットへ向ける。

「させないぞ」

ハクが間に割って入り、オニキスのカタナを右腕で受け止め、はじき返す。

「アタシは別にお前を同行するって気はないんだがな……」

破れたジャージを脱ぎ捨てるハクに、オニキスが構えなおす。

「俺もだぜぇ……でも今ディセットに死んでもらった方が都合がよさそうなんでな!」

「物騒なことを言いますね。別に死にたがりを自称したことはないんですが」

「……ここにいるのはサエとかいうのを除いてほとんどがオマエをぶっころしたほうがいいって思ってるようだぞ?」

「なかなか切羽詰まってますね」

オニキスの気迫に変わらないディセットに若干呆れ気味になるハク。

「黙ってそうできればいいんだけれど、わからないことだらけだし」

「こちらもわからないことだらけですよ」

ルルナナの言葉にディセットも苦笑いを浮かべる。

(……だめだ、とてもじゃないが今の状態で戦うのは……でも)

冴がタクトに手をかけられない。

「んで?このピンチを打開する策はあんのかアクダイカンサマよ」

「まさか。それこそ死んだふりでもしなければ」

「もういいわ」

ハクとディセットのやり取りを遮るように、ロランが口を開く。

「仕方ないから、一度静かにしてもらう。これも任務だから」

そう言って、武器に手をかける。

「おおっと」

それを見てディセットが両手を上げて一歩後ずさる。

「てめぇ!!」

ハクが叫ぶ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Scene13「待ち遠しい明日」

(本当なら、追いつかれた時の予定だったのですがね。まぁ、時間としては問題ないでしょう)

ハクがディセットへ駆け出し、

 

「おらぁぁぁぁ!」

 

そのままつかみ掛かり、

 

「鳥になってきやがれええええ!」

 

無造作に川向うへとディセットを投げ飛ばした。

 

「おわあああぁ」

「!」

情けない声を出すディセット。それを見て、ハイブリッドが動く。

(隔壁はアークスが民間人への被害を出さないための隔絶装置であり、我々の存在に対しての保全にもあたる。対象である我々は隔壁を超えることはできないが、彼らは今日本人として視察に来ていたはず。仮に隔壁を超えられれば、対策はとれない。できれば避けたかったが……!)

隠し持っていた拳銃でディセットを撃つ。

射線に入った銃弾がディセットを捉える。

だがディセットの目の前に出現したレドラン――サモナーが使役・召喚できるペットと呼ばれるサポートの一つ――が、銃弾を受け止める。

「くそっ」

ハイブリッドが撃ち切った銃を捨てる。

「チッ」

「んたく!」

ハイブリッドが替えの銃を抜こうとして、ロランとルルナナが後を追おうと駆け出す。

「いかせねぇ!」

大地をありったけの力で踏みつけ、気迫でロランとルルナナを制止するハク。

「逃がさねぇ!」

「させるかよ!」

柵を乗り越えようと飛び上がったオニキスへ、ハクが左手に持ち続けたたい焼きを投げつける。

「あづぅい!?」

中の餡の熱さにエラーを起こしながら、オニキスが川へ落ちていく。

そうして、ディセットは隔壁を超えて、通りがかったトラックの荷台に落ちていった。

「へっ。こりゃおりんぴっく?とかねらえそーだな」

遠くなるトラックを見て、満足気なハク。

「見事、逃げられたってわけだ」

空き缶を飲み込み、ナナがぼやく。

「おぼれる!おぼれる!しんじゃうー!」

「オニキス!」

ロランがオニキスを引き揚げる。

「ぶほおおうえええええ」

オニキスは落ちた場所が悪かったのか、ヘドロにまみれていた。

「はぁ……もう最悪。シャワーを浴びたいわ……」

手袋を外しながらロランが言う。

「はっ、多勢に無勢なんて真似すっから、バチがあたんだよ」

柵からハクがオニキスへ罵る。

「戦いにひきょうもらっきょうもねぇ!」

オニキスの声が遠く響く。

「くそぉ、これじゃあご自慢のオニキスセンサーもイカれてやがる……」

オニキスがディセットの行き先を突き止めようとするも、どうやら調子が悪い様子だった。

「んで?どうすんだよ?よければこのままアタシは家に帰りたいんだがよ?かえっていいか?」

「まぁ、あなたは元々対象ではないから……」

すっかり戦意の失せたハクに、川から戻ったロランが言う。

「あるいはあれか?腹いせにアタシを寄ってたかっていたぶってくか?」

「いいね!!!」

同じく上がってきたオニキスが今にも襲い掛かろうとしていた。

「んなことはしないよ」

「よくないってね!!」

冴の言葉に反射の如く続くオニキス。

「というか、なんでディセットさんといっしょにいたの?」

「んなのアイツに呼び出されたからに決まってンだろ?うまいもの食いに行くって言うから」

「……ごめんよぉ」

「そこのアンチャンは殺る気って感じだな」

冴の質問に答えたハクは、ハイブリッドへ視線を向ける。

「必要であれば、やるぞ」

「だーやめとけって。やるだけ無駄だもう」

そこへハイブリッドを制止するようにオニキスが声をかける。

「んで?結局どうなんだ?アタシこのあとバイトだからこれ以上時間ないんだが」

「……てっしゅ―!」

オニキスが声を上げる。

「なんなのなの……」

「そりゃアタシが聞きてーよ。ったく」

ルルナナの言葉を受けてハクがたまらずため息をつく。

「後でどれくらい怒られるかなー」

「は~……どうやって言い訳するつもりなの?」

「そんなの、邪魔が入ってダメでした。しかねぇだろ」

「ま、それしかないっか」

ルルナナとオニキスが動き始めると、4人も準備に入る。

「それに、あんな投げ飛ばされ方して生きてるとも思えないしな!」

「はぁ……ま、それもそうね」

「いざとなりゃ、何とかなるだろ」

オニキスの楽観視に、やれやれといった様子で付き合うロランと起き上がったナナ。

「あーあー!腹減った腹減った!飯食い行こうぜ!地球の飯はうまいぞー」

「怒られる前に腹ごしらえ?賛成なの」

「あ、それなら近くにウマいラーメン屋があるから」

「あ、いいっすね」

「あ、そうだ。ちょっと待って」

冴がオニキスとのやり取りでふと何かを思い出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

6人が撤収を始めたとき、ハクに通信が入る。

「無事……ですか……」

ディセットからの通信であった。

「ん?おう。生きてるか?骨とか逝ってないか?」

「ごふっ、えぇ……な、なんとか……」

ディセットの声に水っ気が混じっているように聞こえる。

「おいおい、しっかりしろよ。だから言ったろ?死ぬよりはマシかもしてないってな?」

「やられ、ましたね……まだ、他にもいたとは……」

「……おい、なんだそりゃ」

「気を、付けて……アナタは、どうか……」

「おい!しっかりしろ!聞こえてるだろ!」

それきり、ディセットからの応答がなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

冴がハクに近づく。

「迷惑かけたし、一緒にラーメンでも」

「クソッ!」

声をかけようとして、ハクの様子に硬直する冴。

「七人目がいた……?なんだよそれ、イミわかんねーよ。だからどうしたんだって……」

「おーい、大丈夫か?」

ハクが冴に気づく。

「……いや、アタシは急用が入った。色々やらなくちゃいけなくなったみたいでよ」

ハクの表情は、先ほどと打って変わって険しい表情となっていた。

「お、おぉそっか。まぁ飴ちゃんでもなめてな?」

「おい冴ー!そんなアホほっておいてはやくいくぞー!」

「めんごめんご」

飴を握らせた冴がハクから離れて5人のもとへ行く。

「……何が正しくて、何がおかしいのか。アタシは結局、何も知らずに振り回されてばっかだな……」

握らされた右手の飴に、ハクは視線を落とす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後日、任務を遂行できなかった6人に対して、覚えのない報酬が振り込まれたいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Interlude「伝えたかった明日」

トラックが走る。

街灯が流れていく。

振動が背中を押す。

「いやはや、もう少し鍛えてもよかったですね……」

ビニールシートの上にあおむけに横たわる。

投げ飛ばされた後、運よくトラックの荷台へと落ち、追手から逃れることに成功した。

もちろん、下調べはしていた。東京だけであれば情報はほぼ網羅できているつもりだ。

だが、イレギュラーなくこうして自分が無事であることは、本当に幸運であった。

(彼女には、申し訳ないことをしてしまいましたね……)

一番に浮かんだのは、白髪の女性。

最初は、竜族との交渉を円滑にするために、巫女として働く彼女へ接近していた。

竜族でも寄り付かない辺境の区域に住む彼女は、他の竜族と違い対話によるコミュニケーションが可能であり、完全な竜体となっていない分、こちらとしても都合がよかった。

ただそれだけのはずだったのだが。

……。

――2020年1月。

「あけましておめでとうございます」

「おう」

その日は契約の支払いということで、料理を振舞うことにしていた。

日本で小さなカフェを経営するディセットは、料理の腕前を披露しようと、ハクを自室へ招いていた。

テーブルの上には、手作りのおせちが並ぶ。

「今は地球で言うと、新年を迎えた大事な時期ですので、こうして豪華な料理を振舞うのですよ」

「へぇ。こいつは随分とがんばったな。安月給なンじゃなかったか?」

「まぁ、そこは出せるものは出す時にということで」

「オウそうかい。じゃ、好きに食わせてもらうぜ」

「あぁ。そうだ。たべるときは、こうして箸を使いましてね」

地球の文化などハクが知る由もないことを知っているディセットが、簡単な作法を教える。

「めんどくせぇ食べ方だな。素手でどうせ食う輩もいるんだろ?」

「ここではそういう人はいませんから」

「へぇへぇ。ま、別にいいけどよ」

そう言って、箸を持つハクは、ゆっくりとした使い方で食べ始める。

「ん。味はいいな」

「ありがとうございます。そういってもらえると奮った甲斐がありますね」

「あん?これ全部アンタが作ったのか?」

「えぇ。取り寄せよりはと思いまして」

「はぁ。腕がいいんだな」

「地球の日本で、お店を出させてもらってますから。小さな喫茶店ですが」

「なるほどねぇ」

喋りながら、ハクはどんどんと食べ進める。

「それにしても、いいですね。誰かと新年を祝うというのは」

「なんだよ。独り身で知り合いもいないってか?」

「あっはっはっは。いやいや、手厳しい」

苦笑いを浮かべるディセットに、ハクがため息をつく。

「まぁ、アタシでよければ飯くらい付き合うよ。それに飯をもらうのは契約で決まってるしな」

「えぇ。ありがとうございます」

「それにしても、ボディーガードってのはこんなに暇でいいのかい?」

「まぁ、基本外に出ませんからね。そうそうありませんよ」

「フーン。まぁアタシは飯が食えるならそれでいいけどな」

「そうですね……もしそんな時が来たら、あっという間にやられてしまいそうです」

「アンタ、アークスなのにアタシよりひょろっちぃからな。ま、そんときゃ何とかして助けてやるよ。死ぬよりはマシかもしれないしな」

「期待させてもらいますよ」

「おう。それよりおかわりはあるか?」

「えぇ。全部食べてもらって大丈夫ですよ」

「……あー、まぁ、折角だし、アンタも食えよ」

「おや、よろしいので?」

「飯食わずにポックリいかれても困るしな」

「あっはっはっはっは。では、ご相伴にあずかりましょう」

そうして、ディセットが箸をとる。

「ん。我ながらなかなか」

ハクはそんな様子を見て、ホッとした様子で食事をつづけた。

――。

「……また、食事が取れればいいですね」

ディセットが瞼を降ろす。

トスッ。

「ガ、ッ」

喉元に、鋭いものが突き刺さった。

視線を動かす。

ビルの屋上で、赤黒い左腕が目に入る。

(あぁ……ついに、来ましたね)

(これで、あとは、彼らが……)

(そうすれば、ようやく私の価値も……)

(……ただ)

(彼女だけは……)

(明日を、生きて……)

そうして、最期の演技を始めた。

作り続けたモノを最後まで果たせるように。

ディセットの生涯の中で、唯一自分を託した存在へ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Information 「調査報告書-file04-」

・犯罪組織の内通者について

昨今で噂される「ブラックペーパー」との内通をし、犯罪組織の関係者を呼び込んでいたとされる「ディセット・ファテルマ」容疑者が、本日アークスの活躍により討伐された。

既に容疑者が行なった改ざん情報などの証拠が挙げられており、詳しい調査が現在も引き続き進められている。

 

また、容疑者は日本において独自の拠点を設けており、そこで規格外の兵器の製造を秘密裏に行っていたとされる。現在は封鎖されている。

 

人工守備計画(ガーディアンズ・プロジェクト)

「ディセット・ファテルマ」氏が行なっていた研究のうち、フォトンの技術に適性を持たない一般市民を兵士として運用しようとする計画があることを、HQが報告した。

「人工守備計画」とされたこの計画は、「守護輝士」の人造、ダーカー因子をフォトンとしての流用、ダーカー因子の非感染因子への改造・体内保存、フォトンを扱わない新エネルギーの研究、生体兵器の製造、具現武装により欠損部位の補填・生成などが記されていた。

既に実践段階まですすでいるとされたその計画は、氏が犯罪組織との関連があるとされ、現在は処分されている。

 

・計画の犠牲者

「人工守備計画」の実験体として登録されていた中に、イツミ、ノーリ、ミルフィーア、ギャラエ、クラエス、■■■■■■、スイップ、七七四の9名の名前が記されていた。

現在、イツミはHQにより保護されているが、ノーリ、ミルフィーア、クラエス、七七四の4名においては、現在消息が不明とされている。

 

 

 

 




なぜ文章は膨らむのか。それは詰め込みたいからだ。

こんばんは。ここまでお読みいただきありがとうございます。

8割ギャグ回。たまにはそういうのがあってもいいと思うんです。だってロールプレイだもの。
すみません!石は投げないで!

冗談はさておき、第一話、第二話と比較して毛色の違うお話となっているかと思います。
普段ギャグ路線での文章をかけない自分としては、ロールプレイの場でこういった新しい発見と刺激に助けられてきた場面が多くあります。

セッション中のGM(ゲームマスター)として参加者をリードしつつ、演者として物語に参加する。
最初は難しいと思われがちで、実際やってみるとうまくいかないことばかりではありますが、得られるもの、勉強できるもののほうが圧倒的に多いと感じます。
私事ながら、当時は持病を発症して精神面で限界状態のなか、よくここまでやったなと労ってあげたいです。
(撮影してる最中に映り込んだチャット欄に流れてきてた内容が、当時騒動やら何やらですごかったのを思い出す)

ロールプレイは、体調のいい時、心に余裕があるとき、盛り上げられるときにやる。
次に参加する機会があれば、心がけていきたいところです。

物語もようやく折り返し。
ここから真相に迫ることができるかどうか。
それは事件に相対するアークスたちにかかっている。
当時の緊張感を、少しでも皆さんに感じていただければ、幸いです。

長くなりましたが、改めて、ここまで読んでくださり、ありがとうございました。

できれば、明日……終わらせれたらいいなぁ(残り5時間分の録画データを見ながら)

それでは、次回お会いしましょう。


あ、作中で握っていたオニキス氏のカタナですが、ご存じの通り以前使用していたものは壊れてますので、予備のカタナで代用していた次第です。


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明日につなぐ過去(The future connected by the past)

願望機事件の幕引き。

それは、かつてあった事件。
経年による記憶の風化は著しく、それは無常なる日常の中で駆けぬける光のよう。

かつてあったBARは忘れ去られていき、
友と呼んだ人たちもまた、日常へと帰依する。

これは、彼女たちが残していったわずかな光の残滓。

誰にも届くことのなかった。過去のお話。

細く伸びる光の糸は、少女の首を優しく締めつけていく。

Phantasy Star Online2を題材に、ロールプレイをセッション形式で行い、リプレイを小説風にまとめた本作の第四話。

どうぞお楽しみください。

――それが、明日へつながる道になるのなら。


Scene14「かなうことのない今」

地球暦 2020年3月31日。

 

オラクル周辺宙域に出現している異世界空間に存在する惑星オメガ。

その中に幻惑の森と呼ばれる地域で、一人のアークスがとある任務に就いていた。

名はカナデ。彼もまた、「守護輝士」の称号を持つアークスであった。

「……随分と手を焼かされた」

軽く体をほぐしながら、カナデがひとり呟く。

オメガで確認された異常反応。

カナデは一人、これの対処を行なっていた。

今、オラクルは新たに出現したフォトナーと呼ばれる、アークスとダーカーの創造主と称している存在との戦争の最中にあり、確認されている惑星での治安維持も目下継続されるため、アークス単独での任務が増加の一途をたどっている。

カナデのように実力を伴うアークスであれば、駆り出されることはそう珍しくなかった。それによるアークス全体の士気の安定化もあったのやもしれないが、カナデ本人にしてみれば、任務であれば気にすることはなかった。

「次の任務は……」

とはいえ、一人で数百の敵性存在を相手にするのも、片手間にできるようなことではなく、思わずため息が出る。

端末を操作していたカナデ。

そこへ肉のちぎれるような音が耳に届く。

カナデが一歩後ろへ跳ぶと、目の前を赤黒い物体が横切った。

遠くの茂みの奥で、何かが動く。

カナデがそれに気づくと一息に駆け出し、それを追う。

(地の利の差がある……?だが、これなら)

体を低くし、加速をつける。

再び何かがこちらへ飛んでくる。

武器を出さず、そのまま最小限の動きでカナデが避けつつ、距離を詰める。

そうして、カナデが相手の姿を確認する。

(人か?)

原生生物、という様子ではなかった。

だが、これ以上逃げられるわけにはいかない。

逃げる相手へ、カナデがライフルを出して牽制射撃を行う。

相手もそれに気づき、こちらへ再度射撃が行なわれた。

「!」

違和感を覚えたカナデが横へ跳ぶ。

着弾した相手の弾が地面に当たると爆発した。

転がるもすぐに姿勢を整えたカナデが、ライフルを構えて相手を捕捉する。

「……はぁ」

逃げ切れないと悟ったのか、相手は足を止めてこちらへ姿を見せる。

「最初ので亡くなっていて欲しかったのですけれど。うまくいきませんね」

口を開いた女性。薄いブロンドヘアーに青黒い肌。

そして、左手に生えている赤黒く肥大化した腕。

(……アークス、か)

フォトンの反応を、僅かだがカナデは検知できた。

(最後に放ったものは、ブレイバーのフォトンアーツと判断できるが……)

「残念だが、そう簡単に死ぬわけにはいかないからな。とはいえ、諦めろと言っても無駄だろうが」

カナデがライフルを構えたまま、女性に告げる。

「こちらとしても、守護輝士の暗殺などと大それていると思いますよ。尤も、成せぬことではないと判断しています」

「ほう……そんな依頼をもちかけるとは、裏の組織か。なんにしろ、退屈な連中だな」

「クライアントの事情はうかがい知れませんね」

興味もありませんが、と女性は続ける。

「とはいえ、貴方の意識を数刻でもいただいた時点で、私の任務は完了するので、ご協力くれれば」

そういうと、女性の左腕が肉のちぎれるような音を立てて、左右へ広がる。

(まるで弓だな)

「動かないでくださいね?」

カナデがトリガーを引く。

それを見た女性は左手を振り、横へ跳び射線から逃れる。

首を傾けて弾を避けたカナデの後ろに生えていた木にそれが突き刺さる。

(結晶……?)

視界に入った弾は、血を固めたような鋭い結晶が矢のようだった。

続き、2,3と放たれた矢を避けながら、カナデがカタナへと持ち替えて接敵を図る。

一瞬の間に距離を詰めてカナデが切り上げると、女性が左手で刃を受け止める。

「さっきも言ったが、断る。そう簡単に死ぬわけにはいかんのでな」

振りぬこうとするも、つばぜり合いで押し抜くことができない。

「ちっ」

嫌な気配を感じて左へと跳ぶカナデ。自分置いた箇所へ、宙に浮かんだ術式から矢が放たれ、自分のいた場所へ着弾していた。

「流石は守護輝士。といったところでしょうか」

カナデが離れるとさらに間合いを離す女性。

(厄介な腕だ、隙を見つけるしかないか)

「よそ見はいけませんよ」

カナデにひときわ早い矢が向かう。

(この感覚!)

カナデは浮遊体(ビット)を出現させ、放たれた矢へぶつける。

瞬間、ぶつかった衝撃で爆発により煙幕が発生する。

そして、爆発を逃れた浮遊体の一つが女性へと向かう。

「っ!?」

矢で浮遊体を撃ち、無力化させたところへ、煙幕の中からカナデがカタナを構えて距離を詰めてきていた。

「見切った」

ローゼシュヴァルト――渾身の力を込めたカナタの一突きを放つフォトンアーツ。

「くっ」

女性は左手で受け止めるも衝撃を殺しきることはできず、そのまま吹き飛ばされて背後の巨石へ打ちつけられる。

「かはっ」

「フッ」

カナデが追い付き、倒れる女性の左手を踏みつけ、首元へ刃を突きつける。

「く、ぅ」

「さて、何か言い残したことはあるか?」

「……殺せ!」

「別段殺す気などない。それに、一言もそうはいってないだろう?喧嘩を吹っかけてきたのがそっち、というだけだ」

「……つくづく、この世界の人間は甘いですね」

「なんだ。お前も別世界のやつか」

地球の発見、そして今いるオメガの発生において、アークスにも様々な人種が流れ込んできている。

同志として歩む者もいれば、敵として相対する者もいた。

カナデはそういった輩との因縁も浅くはなかった。

「貴方に、語ることなどありません」

「そうか。なら、あとは俺の仕事だ」

カナデはそう言って、カタナの柄で女性の頭部を打ち、意識をとばす。

「……悪いな。クライアントには失敗したとの報告にさせてもらおう」

武器を納めて、気絶した女性を担ぐ。

(ひとまず、どこに連れていくべきか)

片手で端末を開き、アークスカードの照合を行う。

「イシュルーナ……HQか」

「まずはそこへ連れていくか」

そう言って、カナデはキャンプシップへと戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この時、カナデは後日、自分の名前がニュースに載ることなど、微塵も考えていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Information 「調査報告書-file05-」

・守護輝士暗殺未遂事件

2020年3月31日。

惑星オメガにおいて任務中だった守護輝士「カナデ」が、アークス「イシュルーナ」の手による暗殺未遂事件が起こる。守護輝士の活躍により犯人は確保されている。

 

・獄中での死

ナベリウスで発見された鉱石をめぐって、「ディセット・ファテルマ」容疑者が密輸入していたとされ、それに加担していたアークス「ギャラエ」氏が、留置所で亡くなっていたと、管轄のアークスより報告された。

「ギャラエ」氏が亡くなったことにより、ナベリウスでの鉱石の件が途絶されることとなった。

死因は出血多量。心臓部を撃ち抜かれていたとのこと。

 

・イシュルーナについて

HQに所属していたアークス「イシュルーナ」は、「ディセット・ファテルマ」によりアークスに登録、以後はディセットの暗部として活動を行なっていた。今回の暗殺未遂事件で、一連の事件を守護輝士に擦り付けようと画策するもこれに失敗。現在は取り調べを受けている。

なお、彼女も「人工守備計画」の被験者であったとされており、左腕の生体兵器についての研究に協力していたとのこと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Interlude「変えたい明日」

「っ、く……」

熱い。

焼けつくような痛みが左腕を襲う。

(まただ)

イシュルーナは一人、左腕を抑えるようにベッドの上で体を折る。

左腕のとげがシーツを引き裂く。

「はぁ……はぁ……いつっ」

グジュリ、グジュリと、左腕の肉の中がうごめく。

「くそ……くそ……」

右手を左腕に食い込ませるように握る。

――いつからだっただろうか。

物心ついたころには、すでに左腕にそれはあった。

彼女の住んでいた地域において、「シャドウ」と呼ばれた種族の中で生まれた彼女は、常に好奇の目にさらされていた。

左腕にとりついた化け物。悪魔を宿した忌み子。一族の恥さらし。

そんな迫害を受けた彼女にとって、唯一の助けが、この左腕だけだった。

(殺してやる……いつか、必ず……)

自分を迫害した一族だけではない、元凶となったこの左腕も、いつか必ず報いを受けさせる。

その一心で、彼女は必死に生き続けた。

「良いものを持ってますね。素質もいい」

そんなある日、一人の男が彼女を訪ねた。

「いいでしょう、貴女に仕事を与えます。今以上には、生活もしやすくはなるものかと」

飄々としている男に不信感はあるが、仕事があるなら食い扶持もつなぐことができる。

「それに、その腕。お困りのようですね。こちらにくれば、何かわかるやもしれません」

なにより、初めてこの腕への展望が開けた。

(どうせ、断る理由などないのだから)

そういった諦観も含んで、彼女は男の誘いに乗った。

それ以降は、想像以上に平和ボケした世界だった。

誰も私の姿に言及はしない。それどころかまるでいつものような反応までする。

別世界に来たのだと、痛感させられた。

だが、やはりうまくいくことは少なく。

「申し訳ない。今のままでは、貴女への後遺症なしでの切除は不可能です」

左腕は、深く神経にまで根付いているという。

(そうか、どうせだめだと思った)

「ですが、現在の進行のまま、食い止めることはできます。その間に、こちらで研究を続けて、必ず自由にさせられるよう、努力します」

理想を語る男の目は青く輝いていた。

その理想に、付き合うのも悪くはないと、その時思ったのだ。

――。

痛み止めを左腕に打ち込む。

しびれが走ると、徐々に痛みが落ち着いてくる。

「……お前は、本当にそれでいいのか」

あの少女を生かすことに、それほどの意味があるのか。

「あの子こそ、私たちの理想です。彼女を死なせるわけにはいきません」

あいつはそう言った。そのうえで、今の仕事を続けるようにと私に言った。

「……そのための犠牲が、お前のいうより良い未来なのか……?」

犠牲のない成功はない。

だが、犠牲を良しとする男ではなかったはずだ。

「なにが変わった。ディセット……」

時計を見る。標的がそろそろ出発する頃合いになっていた。

「……いいだろう。どうせ行く当てなど、ないのだから……」

体を起こし、支度を始める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Interlude「望まなかった今」

……。

――意識が覚める。

暗い部屋の中、体が動かない。

そうして、全身が拘束されていることに気づく。

「なんだ、これ……どうして」

わけがわからなかった。

どうしてこんなことになっているのか。

「なにがあった……確か、ルーナが……店に」

「気が付いたか、ノーリ」

俺を呼ぶ男の声が聞こえる。

「っ!セッツァー……!」

「ほぅ、元気はあるようだな」

「くそ、どういうことだ!」

「騒ぐな、傷に障るぞ」

そう言って、セッツァーがスイッチを押す。

「っ!ミル!」

奥の壁に、磔にされたミルフィーアの姿が見える。

拷問の跡か、痛々しい傷跡が全身に刻まれている

「おいミルに何をした!ミルは関係ないだろう!」

「用が済んだから処分しようというだけだ」

「処分……処分だと?」

拳を握り締める。

「ふざけるな!ミルと、イツミちゃんには手を出さないとの約束のはずだ!」

「あぁ。もちろん。お前が約束を守る限りはそうしていた。だが反故にしたのは、貴様だ。ノーリ」

「なんだと……?」

「お前のおかげで情報が出すぎた。良い陽動であったから見逃していたが、少しばかりやりすぎたな」

「ふざけるなよ……お前が仕向けておいて、都合が悪くなったら手のひら返しか!」

体の拘束がほどけない。フォトンを練ることも……。

(フォトンを……?)

「っ……おい、イツミちゃんはどうした」

「私のほうで保護をしているさ。最も、彼女からすでに了承は得ている」

「外道が!イツミちゃんを騙すのはやめろ!」

「これ以上の問答は不要だ。私にも時間が残されていない」

セッツァーはおもむろにノーリに左胸に手を置く。

「最期だ。恋人への手向けにこれだけは流用してやる」

「やめろ、それに、触るな……!」

「役立ってくれることを願うぞ、永久機関」

ノーリの左胸を開ける。

フォトンの青緑色の発光がまばゆいリアクターコアがむき出しになる。

「やつの研究成果。なんとおぞましい。人体の叡智をこんな形にするとは……さぁ、楽にしてやる」

「セッツァー……!」

「安心しろ。お前の姉も、しっかりと研究に役立ってもらうさ」

「……ミル……イツミちゃん……すまない」

「……燈」

……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Interlude「忘れたくない思い出」

彼からメールが届いた。

ここ最近ずっと忙しかったみたいで、ほとんど連絡を取ってなかった。

仕事とか、家族のこととかになると、周囲に目が向かなくなるのは、いつものことではあるのだけれど、心配になる身にもなってほしいといつも思う。

「……ま、心配かけてるのは、私も同じか」

隣人である(パブロ)の頭をなでながら、ひとり部屋で呟く。

……。

3月に、とある集団に拉致された。

情報がどうとか話していたのが聞こえたが、ほとんどわからなかった。

ただ、そいつらは私を見せしめにしようとしていたようで、手ひどくやられた。

おかげで、目と大事な尻尾を奪われてしまった。

機械製の獣人として実験開発された身であるから、別段痛みなどはそこまでではなかったが、お気に入りだった尻尾が二度とつけられないと聞いたときには、すごく悲しくなったのを覚えてる。

そんな顔で彼に会ったからだろうか。

彼は私を抱きしめると、すまない、すまない。と、何度も繰り返していた。

「俺は、どこまでも無力だな」

「そんなことない」

そう、彼が無力なんてことはないのだ。

私は、彼に救われた身だ――。

私には、妹がいた。

可愛い妹で、私と同じように生まれた妹は、私以上に過酷な実験を重ねられていた。

逃げ出した私を、彼女は恨んでいると思っていた。

だが、そんな妹と、私を、彼は一人で助けようとしてくれた。

おかげで、妹が私を心配してくれていたことも知ることができた。

実験でボロボロになっていた妹に、悲しい思いをさせる前に、彼は看取ってくれたのだ。

――。

「だから、そんなこと言わないで」

今にも泣きだしそうな様子の彼の――キャストが涙を流すことなどないのだが――震える肩をそっと抱きしめる。

「貴方が生きていてくれるだけで、私はそれで、良いの」

この言葉がすべてだったのだが、彼にはどうもうまく伝わらなかった。

でも、私を思ってくれての言葉だったからこそ、悪い気など起こることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……そのメールを、見るまでは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

燈へ

突然こんなメールを送ることになって申し訳ない。

燈にだけは、伝えておきたいことがある

俺は、イツミちゃんをなんとかして戦いのない場所へ送りたい。

彼女が無事に過ごせるためにも

だから、俺の勝手を許してほしい。

こんなことしか俺にはできなかった。

すまない、燈。

どうか、忘れないで

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なに、これ」

震える手で通信を送る。

何度も、何度も。

でも、彼は一度も応答することはなかった。

「ふざけないでよ……」

気づけば、拳を握り締めていた。

「どうしていつもそう、勝手なことばっかり」

そう言って、同じことを、彼が私に言ったことを思い出す。

思わず、笑いがこみあげる。

「良いよ、それなら、私にだって考えはある」

私はそうして、既に手遅れになっていることなど知らず、事件の足跡を追った。

いや、どこを調べても、彼の最期につながる情報は出てこなかった。

だから、まだ私は、彼を信じることにした。

 

 

 

そして、それから一カ月がたち、あの人から連絡をもらった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Interlude「私にできること」

暗い部屋の中。

私は一人で流れゆく星空を見上げる。

何も考えたくない。

それでも、やっぱり思い出してしまうことはあって……。

……。

 

――1年前。

 

その時は、友人の恭ちゃんの家で、生まれたばかりの子どもの面倒を見ることになっていた。

 

私は一人、遅れてそこにやってきた。

 

「うわー。かーわいぃ~」

 

生まれたばかりの女の子「おーりゅー」ちゃんは、本当にかわいくて、寝顔は安らかな表情を浮かべてた。

 

(いいなぁ)

 

その時は、本当にそう、羨ましかっただけなのだ。

 

「恭ちゃんがお父さんかぁ。なんか想像できないなぁ」

 

そんなことをふと口にして、近くにきていたちゃまに質問をした。

 

「ねぇちゃま。ちゃまのお母さんってどんな人なの?」

 

「ん?私の?」

 

そうだなぁと、ちゃまは少し考えて。

 

「強い人だよ。優しくって、温かくて」

 

「へぇ~」

 

それから、ちゃまはお母さんとの思い出を話してくれた。

 

(私は……)

 

私には、ないものだった。

 

――半年前。

――2年前。

付き合っていた■が私の部屋を訪ねてきた。

付き合っていた■は私を一人にした。

久しぶりに出会えて、私はとても胸が高鳴った。

いつになったら、会いに来てくれたの?

■に会うと、初めて出会った頃のお菓子の思い出がよみがえる。

今、■の顔を思い出すと、覚えのない記憶がよみがえる。

一人だった私に、■は声をかけてくれて、お菓子を分けてくれた、

私は、ただほめてほしかった。

それ以来、■を追いかけて、3カ月で彼とのお付き合いを始めた。

みんなに、■に、ほめてほしかっただけなのだ。

■は私が故郷に戻った後、わざわざ友人たちと追いかけてくれた。

それなのに、みんな怖い顔をして、私をいじめるのだ。

活動の一環と言ってたが、それでも私は本当にうれしかった。

そして■は、そんな私を躊躇うことなく斬り捨てたのだ。

だから、■が突然「結婚」の話をしたときは、困惑した。

だから、■は私の思った恋人ではないのだと、気づいた。

私は、あなたにとって「ただの女」という概念でしかないのかな。

私は、あなたにとって「ただの女」という概念でしかないだから。

――。

――。

先生と出会ったのは、そんな時だった。

 

……。

「もう、充分だろう」

部屋に男性が入ってきていた。

ノイズが走ったように、耳に届く。

あぁ、不快。

生まれた時から患っている耳の障害。

ヘッドセットを外してる今は、もう何も聞きたくない。

「もう、全部、いやなの」

怖かった。

ずっと、怖かった。

アークスになんてなりたくなかった。

戦場になんて出たくなかった。

家族を守るために私はアークスになったのに。

家族を守りたかったから、怖い戦場もいっぱい、いっぱい出たのに。

その家族は、ファー君とヴィヴは、もういない。

二人を、二人をそのまま生かしておくことなどできなかった。

ナハトさんを救うときだって、怖くて、怖くて。

さび付いてく体が痛くて、苦しくて。

喋れなくなった時も、本当に、苦しくて、怖かった。

でも、私が。

私がやらないと、ダメだったから。

それなのに。それなのに。

私を守ろうとして豹変していった■■■■を捨ててしまった。

私を好きだと言ってくれた■を捨ててしまった。

私は、私を守ってくれるものを裏切ってしまった。

その顔が、気持ちが、怖かったから。

こんな私は、もう、きっと、ここにいるべきじゃないんだと、思ってしまった。

だって、私のお母さんなど、いないのだから。

「イツミちゃん、あなたのお母さんは……」

「……だから、お母さんのことは忘れよう」

「な……に、これ……?」

「――無理やりにでも聞かせるからね」

「不愉快極まりねぇな――」

「あれが、母親などとッッ――」

「―-おまえ――母親――けない――だろ!!」

あのときも、みんな、怖がってた。

みんな、怖い顔をして、声が、すごく、ノイズにまみれてて。

全然、うまく、聞き取れなくて。

ただ、ただ、その顔がこわくて。

でも頑張って聞き取ろうとして。

それなのに。

どうして、だれも、認めてくれなかったの……?

(あぁ、そうか)

きっと、私も化け物なのだろう。

それなら、私なんて、もう……。

「私は、独りが、良いな」

「どこか静かな場所で、争いもなくて……」

「誰も、いなくならない世界が、いいな……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Information「調査報告書 -file06-」

・除染装置の開発

地球暦2020年4月26日。

研究部より、戦場下でのダーカー因子の緊急除染装置の開発に成功したとの報告が入る。

ダーカーに襲撃を受けてダーカー因子を宿したアークスに対して装置を使用することにより、一定量の除染効果が期待できるとのこと。

なお、量産化において素材の確保が困難なため、現在も量産に向けての研究が進められている。

 

・アークスの外部装甲の研究について

フォトンを供給できない特定条件での作戦の遂行のため、フォトンを内部で保存・運用することによる外部装甲の研究が進められており、現在実験段階に進んでいるとされる。

また、テストケースの蓄積のため、一般アークスによるテスト参加者の募集も進められている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Scene15「彼女のいない世界」




ここまでお読みいただきありがとうございます。

守護輝士って存在は、すごいですね。
自分もあんなすごい素質とかあればいいのに。
などと考えていたのもいつまでか。

お話の中で出てきた人物紹介。またどこかでまとめてできればなと思います。

引き続きお読みいただければ、幸いです。

今回はこれくらいで。

それでは、次回またお会いできればと思います。


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変わらぬ日々の出来事(The future is in our hands)

アークスたちが日常に戻っていった中。
とある任務がアークスに届く。


それは、あの日起きた場所で。


アークスたちが見る、結末とは。




どうか、だれもが迎える日常へ帰れますように。


Information「調査報告書 -file07-」

・イツミについて

ディセットの事件より数日後、イツミは市民区に送られた痕跡が発見されなかった。イツミの姿を確認したとされる最後の情報はノーリとなっているが、ノーリについても現在行方が不明となっている。

 

・ウォパルでの微小な反応

先日発生したウォパルの事件周辺において、微小な反応が確認された。

調査員が派遣されるも、その反応に接近することができず、調査が難航している。

 

・HQ主任の失踪

上記のウォパルの反応が確認された前後で、HQ主任の一人「セッツァー」が失踪したと報告されている。現在捜索が進められているが、「何者かの復讐ではないか」とのうわさがささやかれている。

 

 

 

 

地球暦 2020年5月3日

かつてアークスシップにはびこった「願望機事件」が噂として流れなくなり、、数週間が過ぎていた。

アークスたちはいつもの日常に戻っていた。

どこかのBARの常連だった客たちは、新しくできた店に行くようになり、店に行く気のないアークスはロビーにたむろし、任務の招集がかかれば出撃するようになっていた。

そんなある日、とあるアークスたちが任務へと出撃した。

カナデ。オニキス。霊華。燈。ハク。

彼らは、とある人物より召集を受けていた。

「ウォパルの特定地域で発生した異常現象の調査」とされたそれは、かつてイツミが起こした事象の発生源と一致していた。

 

 

 

 

 

 

「だーっ!空気がうめぇ!」

「白い砂浜!透き通った海!青い空!」

「ハークソ!」

着陸して開口一番、オニキスが宣う。

「またかよ!またこれかよ!」

「まさか、またこの場所に来ることになろうとはのぅ……」

オニキスの言葉に続くように、霊華がこの地に降りて口を開く。

二人が見ている光景。

それは、かつてイツミと相対することになった景色そのものであった。

追って降りてきていた燈とハクは、二人とも、一同と距離を置いた位置に立っていた。

燈の表情はムスッとしたもので、ハクはどこか、虚空を一点に見つめていた。

「今度は誰だ!?誰の仕業だチクショー!環境汚染だぜ全くよぉ!」

「与えられた任務を遂行する。ただそれだけだろう」

オニキスに対して淡々と伝えるカナデ。

「……なんだよこの協調性のない面子は……」

周囲を見たオニキスはそのくそほど退屈な空気に膝から崩れ落ちそうになる。

「圧倒的に笑顔が足りない!」

「必要性を感じん」

「ほらー、どうせここに調査しに来たんでしょ?みんな」

カナデの言葉を無視して、オニキスが距離を開いている一同へ聞く。

「まぁの」

「まぁ、そんなところかな」

「だったら協力してウォパルを取り戻そう!」

神妙な霊華に、仏頂面の燈の返事などまるで聞かない様子でオニキスがまくしたてる。

「オニキス、もう少し落ち着いたらどうじゃ?」

「いまさらだろう、霊華」

「――そりゃそうかの」

霊華がそんなオニキスの様子に肩をすくめ、その様子にカナデの言葉に若干の呆れが混じる。

「……すまないが、今のアタシはそうおい気分にはなれなくてね」

険しい表情で、視線を外さないままハクが口を開く。

「私はあのバカをぶん殴れるならそれで充分。ここにいるって話だし」

燈は一人、頭に乗る隣人をなでる。

「えーなに?燈ちゃんノーリくん探してるの?やーん、ラブラブ~~~」

そんな燈をオニキスがいつものように茶化す。

「イツミちゃんを連れだしたか何か知らないけど、連絡一つよこさない。調べようにもお店も閉まって、どこ行ったかも不明ときてるし……」

「ありゃー、イツミちゃんと駆け落ちかー」

「オニキス。あまり軽口が過ぎると縫い合わせるぞ?」

表情が曇る燈へオニキスの止まらない口に霊華が注意を挟む。

「縫い付ける口がないんだなぁこれが!」

だがそんなこと気にしない様子のオニキス。

「声帯ユニットでも引きちぎればいいか?」

「じゃ、ボチボチ行こうぜ~。お話は移動しながらでもできるしね~」

物騒なことをいうカナデにも気に留めないオニキスは先に進もうとした。

 

 

 

 

 

 

その時。

「お待たせして申し訳ない」

ハクの視線の先の虚空から、声が響く。

「オニキス、止まるんじゃ」

「ッ」

霊華とカナデがいち早く臨戦態勢に入る。

「あらら、いったい誰かしら」

オニキスがゆっくりと声の方を向く。

開けた空間に一人の男が立っていた。

「ようこそ、諸君」

現れたのは、厳かな様相の仮面をつけた人物だった。

「このような場所に、人じゃと」

霊華とカナデが武器を構えたその時。

「うっ、ぐ……!」

「くっ」

突然霊華とカナデが地面に膝から崩れ落ちる。

「おっと。ここでの物騒な行動は慎んだ方がよろしい。そういう場所なので」

(なんじゃ、体が……重い……!?)

「フォトンに対して、強制干渉……?」

燈は武器を出さずに、霊華とカナデの様子を分析する。

「おい大丈夫か!?」

「あぁ、だ、大丈夫じゃ……」

「だが、動けん……」

オニキスが二人に近づく。

「誰だ、てめーは」

ハクが霊華たちの様子を見てから、仮面の人物に向き直る。

「名乗るようなものは持ち合わせてはいないのですが、そうですね。彼ならいい名前をご存じかと」

そう言って、オニキスを見る。

「セッツァー、だっけか」

「オニキス、知っておるのか」

「おや。異能力者アークスの長たる風間霊華殿が、その名をご存じでない?」

セッツァーは霊華をあおるように言う。

「あぁ、この人にディセットを殺せって言われたからな」

オニキスがセッツァーに向き直る。

「あのときはどうもありがとうございます。失敗したのに報酬をいただいたって……」

「なに、気にするな」

頭を下げてオニキスが言う。

「……出会っていきなり手を出すとは、随分と不躾だな」

「勘違いをするな。手を出そうとしたのはお前たちだ」

カナデを一蹴するセッツァー。

「そうか。それで、オマエはここで何をしている」

「何をしているかというのなら、ここで過ごしているとだけ」

「こいつ」

ハクが動こうとした時。

「そして、私にはそちらから手を出さないほうがいい。ここのルールのようなものだ」

「ルール、だと?」

セッツァーの言葉にカナデが反応する。

「まったく、アークスというのはこれだからよくない。野蛮な集まりとは理解はしていたが……」

「いやはや、彼女が許したのだろうが、何とも、哀れよ」

セッツァーは霊華とカナデを見下す。

「なんだぁ、願望機で創った場所なら、ここは創った人間の思うまま……ってか」

「あぁ。あれか。あれはいい参考になった。出所がブラックペーパーというのがいささか気にはなったが、別段利用する分には問題もない」

オニキスが切り出すと、セッツァーはそう答える。

「お、おのれ……あまく、みるな……」

霊華が武器を支えに無理やり立とうとする。

「ほぉ。流石はといったところか」

セッツァーが霊華の様子を見てそうつぶやく。

オニキスはそっと霊華の肩を支える。

「――すまん、オニキス……」

霊華は素直にオニキスの肩を借りる。

「さて、では折角の来客だ。椅子も机も用意はないが、ゆっくり話し合うとしよう」

「あぁ、いいぜ!俺たちは調査に来てるからな!色々聞かせてもらおうじゃないの。なぁ、みんなもそう思うだろう?」

セッツァーの提案を聞いて、オニキスが全員へ聞く。

「歩く分には止めはしないさ。まだ綻びは残ってはいるが、直に彼女も落ち着くだろう」

セッツァーとオニキスのやり取りの中、ハクはじっとセッツァーを視界にとらえ続けて、反応を示さなかった。

「……あまり警戒しないほうがいい。まぁ、後ろのようになりたいなら止めはしないが」

ハクを一瞥してセッツァーがそう告げた。

「……今回の任務は、時間がかかりそうだな」

「彼奴の手のひらの上で踊らされておるようでいささか気に食わんが……仕方あるまい……」

カナデと霊華が小声でそういう。

「おい、さっきあんたが言った彼女って、だれのことだ」

オニキスがセッツァーへ切り出す。

「ん?あぁ、何と言ったか」

「イツミか?」

「あぁ。そんな名前だったな」

イツミの名前を聞いて、霊華が顔を上げる。

「流石は人工守備計画のプロトモデルになった存在だ。まさかここまで仕上げてくるとはな」

「ついでにもう一つ答えて」

燈が口を開く。

「どうぞお嬢さん」

「ここには何人いるの?」

「不思議なことを聞く。見たままの数だ。ほかに何かおかしなものでもあるか?」

燈はセッツァーの答えを聞いて、何も答えず見守る。

「イツミが、あの計画のプロトモデル、だと?」

オニキスがセッツァーに問う。

「少し古い話だ」

セッツァーは一息置いてから、言葉をつづけた。

「アークスが創世されてからいくばくかの月日が流れ、創設者であるルーサーが牛耳っていた時代の話。アークス適性のない人材に対してのフォトンを扱わせる実験が行われていた」

「人工守備計画、という名前は後付けの名前だがね」

「完璧主義者のルーサーが、自ら仕立てたアークス以外の対抗手段を許すことはなかったため、その実験はルーサーによって中止された。そしてとある事件で惑星ごと滅ぶことになった」

「だが、ルーサーの支配を嫌うものが、オラクルに実験成果を秘密裏に持ち込んでいたそうだ」

「なにせ、適性を気にすることなく戦場の駒を増やせる、というのだからね」

「駒……か」

セッツァーの話を聞き、カナデがひとり呟く。

(……結局、ニンゲンってのはどこでもすることは同じ、か)

ハクはどこか悲しそうに、セッツァーの話を聞いた。

「さて、持ち込まれた実験成果。その実験の被験者となっていた子どもが3人が救助という名目で回収され、アークスシップで保護下に置かれていた」

「そのうちの一人が、イツミという少女だった」

「なん、じゃと……」

霊華がセッツァーの言葉に戦慄く。

「哀れよな。冷凍保存による浄化を受け続けることとなった2名を人質にされた少女は、アークスとして戦場に立たされることを強要された」

「彼女はその2名を外に出すところまでこぎつけたのだがね。不幸な事件に巻き込まれた2名はいずれも死亡。少女も最終的に、犯罪組織に加担させられ、自らアークスに甚大な被害をまき散らす存在となってしまった」

「こうして、人工守備計画は終焉を迎えた」

「……人間とは、斯くも愚かなことに、手を染めてしまうのか……」

消え入りそうな声で、霊華は口にする。

「……かもね」

オニキスはそっと霊華につぶやく。

「ニンゲン、暇を持て余した時にゃくだらねーことばかり思いつくが、追い込まれたときにすることはそれ以上にタチが悪いな」

ハクが誰にとなく口にする。

「おい、なんでイツミを選んだんだ」

オニキスがセッツァーへ質問を投げ掛ける。

「彼女のポテンシャルは素晴らしかった。君たちも見ているだろう、この光景を。彼女は自分の願いである、だれも傷つかない、だれも泣かない、だれも戦わない。そんなささやかで、大それた願いを形にして、この世界を作り上げた」

セッツァーが両手を開く。

「彼女は、より良き未来のために願いを実現させて見せた。私は、それをほかの人々にも、争いのない世界を、与えたい」

「……与えたい?」

霊華がセッツァーを見上げる。

「まさか本気でだれも傷つかない世界でも作ろうってつもり……」

オニキスがそう言って周囲を見る。

「……ですって、さ」

「争いのない、世界……」

カナデは、小さくつぶやく。

「おぬし、いいや……貴様は、神にでもなるつもりか?」

「バカげたことを。人間の身で神になれるものか」

霊華の言葉を一蹴する。

「――」

「なにか言ったかな、お嬢さん」

霊華の相手を無視し、セッツァーは燈を見る。

視線が合い、燈が腰の銃に手をかける。

だが、握った銃は嫌というほど重たく、抜き取ることができなかった。

「……私たちは、あんたの道具じゃない。もう、道具として生きていない、一人の、人間なんだ」

両手で、震えながら銃を抜き、セッツァーへと銃口を向ける燈。

「燈、殿……」

「くっ」

たまらず、銃を落とす燈。

そんな燈を見る霊華の瞳には、冷静さが戻ったようだった。

「……誰も傷つかない世界、平和な世界……そうじゃ、妾も、あればよいと……ずっと思っておった……じゃが、そうじゃ、それは、誰かから与えられるものではないと……それだけは、分かっておる……!」

「……そんな嘘っぱちで平和なセカイを作るために、いったい何人もの血が流れたのやら」

ハクが続いて口を開く。

「嘘?今見えてる、今感じていることは現実だ。そしてそれこそ彼女の願いの形だ」

「作り物の世界か、滑稽だな」

カナデの発言にセッツァーがカナデのほうを向く。

「作り物の貴様が宣うのはなお滑稽だな。カナデ」

「あぁ。だが、俺はお前のような逃避はしていないが?」

「逃避、か。これが」

「確かに、だれも傷つかない世界は、きっと美しいものだ。皆が平和に暮らしていける世界、そんなものがあれば、俺たちは武器など必要としないだろう」

「もちろんだ。戦争など、必要はない」

「だがな。平和の裏にこそ、必ず争いがある」

「その考えが浅はかだというのだ。なぜ争いを肯定する?自らの存在意義が戦場にしかないお前の存在を否定されたとでも考えてるのか」

「だー!めっどくせぇ!そんなガキ臭ぇ理由じゃねぇんだよボケナス!」

カナデとセッツァーのやりとりに、オニキスが叫ぶ。

「どうせお前が創ろうとしてる平和で争いのない世界なんて、どうせイツミの主観で創るもんなんだろう?」

「イツミに願望機だか何だか使わせて、それを世界中に広げて平和にするって計画か?知らねーけどよ!」

「そんなんで平和な世界ができるわけがねーだろバーカ!」

「できるさ」

オニキスの言葉を一言で返す。

「既にここがそう出来ている」

「争ってねぇだけじゃねーか!」

「何が違うというのだ」

「それによ、この世界に争いが無い以外に何があるんだよ!」

「ほかに何を求める?」

「面白味だね!」

オニキスが一層声を張り上げる。

「土と、草と、空気で何ができる?!農業か?!あーそりゃ楽しそうだな!」

「……キャストでもここまで感情表現が豊かであるなら、開発者も喜ぶだろうな」

「こいつが特殊なだけだろう」

「ハハハハハハ!ナイスジョーク!」

セッツァーの茶化しに、カナデがぼやいてオニキスが笑う。

「人の感情を否定はしないさ。作るなら好きなものを作ればいい。価値など個人の観点でしか見ていないものだ。あとから見直されていく。始め、続けることにこそ意義がある」

「うん!そうだね!ないなら作ればいいね!確かにその通りだ!」

「その願望が、今ある世界を踏みつぶして願いをかなえる、ってことが問題だけどな!!」

「そこに何の問題がある?」

「……アタシはあまりこういうのは得意じゃないがよ、なんだかんだ言ってはいるが、結局無理やり押さえつけてるだけじゃねーのか?」

セッツァーの言葉にハクが口を開く。

「戦わなくていい、それはどうして?と聞かれて平和だからといわれりゃ納得いく」

「だが、戦わなくていい、それはどうして?に対して規則でそうなってるから、って返してるのがこのセカイだろうに」

ハクの言葉にカナデが続く。

「そんな世界で生きていたって、俺は何の価値も見いだせないな。それに、価値は見直され続けて、元々の価値すら上書きか?それに巻き込まれる個人の価値は、どこへ行くんだろうな」

「現代文明の発展とそう変わりないさ。時代によって見方も価値も変わっていく」

「見方が変われば、周りと違う価値に違和感から攻撃が始まるだろうな。それこそ、争いで、死も同然だ」

「カナデ、その攻撃って物自体ない世界がここだ」

オニキスはカナデをたしなめながら、辺りをセンサーで探る。

(なにか、ここを突破できるものはねぇか……)

 

 

 

 

 

 

「……言っても無駄、か」

セッツァーは諦めたように口を開く。

「わかった。話を進めよう」

そう言って、セッツァーは一丁の銃を5人のもとへ投げる。

「ここを、彼女の願いを否定したいというのであれば、それを使うといい」

ワルキューレR25。イツミが使っていた銃であった。

「それで私を撃つといい。死の概念が存在する。この世界の根幹を否定すれば、彼女が見ているこの願いも消えてなくなる」

銃を見つめる5人。誰から動くこともできずにいた。

 

 

「……あぁ、そうだ、思い出した」

セッツァーはハクに視線を向ける。

「ディセットの付き添いだったな。あの時は陽動をよく果たしてくれた」

「……オマエに感謝される謂れはない。アタシはディセットのボディーガードだった。それだけだ」

「やっぱりあの時邪魔したのボディーガードかよ……仲良しデートのフリして警護なんて熱いわね。おかげでこっちの作戦がパーだ」

ギロリとセッツァーをにらみつけるハクへ、オニキスがぼやく。

「あくまでもアノときは偶然だったからな……」

オニキスのボヤキに呆れながらハクが返す。

 

 

セッツァーは、燈へと視線を移す。

「隣の猫を乗せたお嬢さんは、彼、確かノーリと言ったか?よく支えになっていてくれたそうだね」

燈の耳がピクリと動く。

「君には感謝しているよ。彼がいてくれらからこそ、今がある」

『おっと、軽々しく猫と呼称するのは、君たちをニンゲンと呼ぶものだよ』

平然と、猫がしゃべり始める。

「ほぉ。珍しいこともあるものだ」

「さて、そろそろいいかい」

そして、オニキスが一歩前に歩み寄り、地面の銃を握る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(私を撃つか。ならば撃てばいい。しかし、戻ってくるものは、取り返したいと願ったものは、何一つお前たちの世界に残っていないのだから)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(撃たないで。お願い。もういいよ、帰って。一人にして。わかってくれると思ってたのに……もう。放っておいて)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい!イツミ見てっか!お前の考える戦いのない世界なんてな、どーせ今すぐに作れないんだよ!」

オニキスが銃を持ち上げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあな!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(え?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

銃声が、一発。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(なんで?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

体が、崩れ落ちる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(こんなの……誰も、望んでないよ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――え?」

「オニキス!?」

銃口は、オニキスの頭部を的確に打ち抜いていた。

電気音もたたず、アラートも鳴らず、寸分たがわずコアセンサーを破壊したのだ。

崩れ落ちて、動かなくなったその体を、カナデはただ黙ったまま、じっと見降ろしていた。

「じょ、冗談はよすのじゃ。い、いつもの、悪ふざけ、じゃろう……?」

霊華が膝をついて、動かなくなったものに触れる。

「あ……あぁ……友よ、なぜじゃ……」

霊華が顔を埋める。

「なぜおぬしらは、いつも、いつもいつも勝手なことを……」

「……君のような人が、彼女のそばにいれば、また違っただろうに」(ごめんなさい。私……)

誰にも聞こえないように、仮面をつけた男はつぶやく。

「もうじき、ここもなくなるか」(ねぇ、どうしたらいいの……私、どうしたら……)

見上げると、雪が降るように周囲の世界が霧散していく。

燈が、落ちた銃を拾い、セッツァーへと構える。

「最期に聞かせて」

「あぁ、良いだろう」

「理想郷のためなら、実験体は死んでもいい、そう考える?」

「……彼女のことを指しているなら、死んではいなかったさ。たった今、君たちに殺されたのだ」

「もしも上手くいったって、イツミちゃんが人柱になることは変わらない。違う?」

「人は、人の姿でなければ生きているとは言えないのか?そこで今死んだ人間は、機械だったろう」

「それを決めるのは、他人じゃない」

カナデが口を開く。

「あぁ。何を人足らしめるか。それは、そうであると決めた本人だけが決められることだ」

「……勝手に、身体を弄繰り回されて、望んでもない力を無理やり押し付けられて、最期はいらなくなって廃棄。私たちのような実験体は、あんたたちの都合に合わせた道具じゃない」

「あぁ、まったくもってその通りだ」

「だからこそ、私は……赦せない」

燈はそう言って、銃から弾倉を抜き捨てる。

「殺したいほど、憎いけど。それでもあなたを殺したらいけない」

そう言って、セッツァーへ銃を突き出す。

「最期まで、見届けて。そしてここで死んでいって」

「……そうか」

セッツァーは、銃を受け取る。

「……彼には、悪いことをした」

「二度と、彼女に関わらないで。それが私の願い」

「……あぁ。二度と、関われないさ」(お願い、あの人を、助けて……)

仮面をつけた男は銃を見ながら、つぶやく。

「……さぁ。ここもそろそろ時間だ」(あの人は、なにも、何も悪いことしてないんだよ……?)

セッツァーは顔を上げて4人に伝える。

「願いは一人の男によって穿たれた。ここも、直に元へ戻るだろう」(あのひとだけは……)

「……ここは戻ったとしても、もどらねェもんもある」

ハクは、足元を見る。

「それが君たちの現実だ」(私のことを、お母さんを否定しなかった……)

「とても高潔で、尊ぶべき精神だ」(私に、お母さんはいたんだって、教えてくれてた……)

「きっと、これを英雄と呼ぶのだろうな」(あの人だけは……救いたい)

燈が足パーツを持つ。

「いつまでも野ざらしにしておけないから……せめて一緒に帰ろう」

「……そうじゃの。わかった」

霊華は目元をぬぐい、燈とともに持ち上げようとする。

「おっも……」

「しっかし、なんだろうな。争いや悲しみを望まないヤツが産み出したセカイが、間接的にとはいえ、一つの命を奪い、悲しみを生み出すとか」

ハクはそう言って、二人が引きずっている手伝いに回る。

「最期に」

仮面の男が、5人へ声をかける。

「一つだけ、聞かせてくれ」

「まだ何かあるのか」

カナデが向き直る。

「より良い未来は、自らの手で勝ち取るべきものか。あるいは、与えられるものか」

『これはまた、随分と素っ頓狂な質問が飛んできたものだ。まるで未来が初めから存在するような、そんな阿呆な質問だ』

「決まってて当り前さ。アークスは、その未来をつかむためにあるのだから」

猫に対して、仮面の男は答える。

霊華が振り返らないまま、口を開く。

「……少なくとも、妾は……与えられるものではない。と、思っておる」

「そうか」(霊華さん……)

燈が続いて答える。

「未来なんてない。だからこそ『今が良いモノだ』って言えるように頑張るしかないでしょ」

「頭の彼より、素晴らしい感性だ。お嬢さん」(燈ちゃん……)

ハクが口を開く。

「別に勝つ必要はない。与えられる必要もない。未来なんざ、生きてさえいれば、なるようになる。そういうもんじゃねーか?」

「自ら手を出すようなことはしない……いや、違うか」

「行き当たりばったり。というのかな?」

「ヒトってのは、結局そういうモンだろ?ただ、歴史とかそういう過去の話をするときに、ヒトはあたかも綺麗な一本道であるかのように語りたがる……それだけさ」

「なるほど。ディセットが気に入る人間臭さだ」(ハクちゃん……)

仮面の男は、最期にカナデへ向き直る。

「カナデ、お前はどうだ?」

「……勝ち取った結果が今の俺だ。誰かが作った幸せや未来など、反吐が出る」

「なるほど」(カナデさん……)

仮面の男は姿勢を正す。

「では。君たちと、亡き英雄の門出を祝おう」

男の手に持った銃が青く輝く鉱石へと変わる。

「これは世界の断片。世界が世界としてあるためのフラグメント」

「奴の特異体質さえなければ、生まれなかった代物だ」

鉱石はふわりと、粒子になって散っていく中で、ほんの一部が、オニキスへと流れ込む。

「……これで、君たちは君たちの歩んできた日常に帰れる」

「未だに、彼がとった選択は常軌を逸していると考えてしまうが……きっと、そういうものも、人間の本質なのだろうな」

「……奴と一緒にするな。そこらの人間ができないことをする奴だ」

「まぁ、そもそも……オニキス、だからね」

「君たちが戻れば、噛み合わせの悪いことがあるかもしれない」

「だが、それも時期がたつことで馴染むだろう」

「……それで、オマエはこれからどうするんだ?いうなればオマエにとってクソッタレな世界に戻るわけだが」

「この身は既に世界にささげている。それに、彼女一人、残していくのは寂しいだろうから……最も、それも杞憂だがね」(え……?)

「一人にさせるのは寂しいからとかキザっぽく抜かすぐらいならよぉ……彼女とここを出て生きていくぐらい言って見せりゃいいだろ」

仮面の男の言葉に、ハクが愚痴るように吐き出す。

「さぁ、早くいくといい。それとも、このままともに消えていくかな?」(まって、アナタは……)

 

「そりゃ、勘弁だな」

オニキスが立ち上がる。

「お、オオオォ、オニキス……!」

霊華の表情がパァッと晴れ渡る

「おはよう。素晴らしき人」(どうして!なんで、なんでみんなそうやって!)

「……確かに俺は死んだはずだぞ。なのにどういうことだこれは」

仮面の男はオニキスへ言葉をかける。

「君は、自らの死を以って未来を切り拓いたのだろうね」(お願い、アナタも、一緒に!)

「そう、言うなれば。奇跡だろうさ」(どうして、こんな形でしか……)

「し、心配かけおって、この馬鹿者がぁ……!」

霊華が啖呵を切ったようにボロボロと泣き出す。

「願望が作り出した世界なら、これもあり、か」

カナデはそういうも、表情は和らいでいた。

「……こんな結果が、待っているとはね」(……ごめんなさい)

「さぁ、おしゃべりの時間は終わりだ」(ありがとう……)

既に踏みしめられる大地は少なく、仮面の男も消え始めている。

「感傷に浸る時間は、なさそうね」

5人が背を向けて、元居た場所へ戻ろうとする。

そんな中、オニキスが振り返る。

「あんたに奇跡は起きないのか?」

「私には、どうだろうな」

「なら起きるといいな」

「情け深い神様がいれば、かな」

そうかい。と、一言言ってオニキスが背を向ける。

「きっといるさ。じゃあな。セッツァー」

オニキスは背中越しに、セッツァーへ手を振った。

「……任務完了。帰る」

「さ、帰ろ。私たちの帰る場所へ」

「――ああ。そうじゃの」

全員が戻る中、ハクは一人、既にいなくなった人へ視線を向ける。

「……アタシは運命とか使命とか……奇跡って言葉はどうもキライだがよ……たまにはあっても、いい。のかもな」

ハクは、そう言って皆の場所へと戻っていった。

 

 

 

 

 

良い人を持ったな。ディセット。

 

――本当に、素晴らしい人たちです。

 

おまえは行ってくれ。俺はもう、長くいすぎた。

 

――おや、神様の好意を待ちはしないのかな?

 

ばかが。俺には過ぎたる奇跡だ。

 

それに。そう。犠牲はつきものだ。

 

――そういう役回りは私だったんですけどね。

 

……青き半身よ。

 

――赤き半身よ。

 

叶うならば、また共に世界を身に行こう。

 

――えぇ。必ず。

 

男の両目に赤い瞳と、青い瞳が戻る。

 

 

 

 

 

5人のアークスがキャンプシップに戻る。

それぞれが見降ろした景色は、ウォパルの海と、砂浜が広がっている光景だった。

いつもの、光景だった。

 

 

「お母さん」

「――どうしたの?かわいい子」

「私、ずっと、悪い子だった」

「自分のことばかりで、他の人のことを、考えてあげられてなかった」

「私は、ずっと、迷惑を……」

「――大丈夫よ、かわいい子」

「……え?」

「――あなたを大切に思ってくれてる人たちが、あれだけいたのだもの」

「――大丈夫、明日はきっとうまくいくわ」

「でも……もしかしたらまた」

「――それじゃあ、もっと幸せになっていらっしゃい」

「もっと……?」

「――えぇ。あなたがこれ以上、ってなっても」

「――それを次の日も、また次の日も」

「――何度でも繰り返し、繰り返し」

「あ、飽きられちゃわないかな?」

「――同じことならそうかもね」

「――でも、アナタはそうじゃないでしょう?」

「え……?」

「――私と同じ、好奇心の塊」

「――私の可愛い娘」

「――大丈夫。あなたなら、何があっても、前へ進めるわ」

「……また」

「――」

「また……帰ってきても、良い?」

「――もちろん。あなたは私の娘だもの」

「じゃあ、約束」

「――えぇ。約束」

「……それじゃあ、行ってくるね」

「――えぇ、行ってらっしゃい」

「……さようなら、お母さん」

「――さようなら。私の可愛い娘」

 

 

「Dear Daughter」

過去は、上書きできない。

古い傷のようなもので、ずっと、ずっと残り続ける。

たとえ、どれほどの幸福の中でさえ。

その傷は、色あせることはないのでしょう。

それでも。

それでもなお、あなたは生きていくのです。

だから、幸せを、求め続けるべきです。

かさぶたがはがれても、あざが残っても。

それでも、それをまた覆いつくすくらい。

そんな、両手いっぱいの幸せの中で。

 

さぁ。行っておいで。

あなたは、まだ幸せを求めるでしょう?

いいよ。行っておいで。

どんなものにも、心のままにいるあなたの姿は。

きっと、誰かの支えになっているはずだから。

もし、もしも新しい傷ができたら。

そしたら、また休めばいい。

ゆっくり休んで、また歩けるようになったら。

また、行っておいで。

お母さんは、いつでもあなたと共にいるから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

information「調査報告書 -file02-」

・ウォパル調査結果

調査の結果。ウォパルで発生していた反応はその後検知されなくなった。

なお、本調査の依頼主についてのデータが消失しており、現在確認が進められている。

 

・特殊装備の研究成果について

現在、フォトナーとの戦争に対応したフォトンを用いない軍事兵器の開発がすすめられ、アークスに適応できる実験段階のテストへと進行しているとのこと。テスト参加を希望するアークスは、別途参加登録申請をお願いします。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アークスシップの静かな区画。

奥まったところの部屋を使って、とあるBARが開店していた。

バーテンの仏頂面に、綺麗なウェイター。

そして、オーナーの少女。

3人の家族で営まれているBARには、今日も常連客が通う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Good end「変わらぬ日々の出来事」



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