ウチはスケベしようやとか言わへん (効果音)
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ウチはスケベしようやとか言わへん

大分前から抱いてる幻覚をネタにしました。


「さあ、ウチと一緒にスケベしようやぁ……」

 

 

「そんなこと一回も言っとらんわ」

「えっ、だって、この前オグリと併走する時に言ってなかったか?」

「それはウチと一緒にやろうや! やな?」

 

 でも、待って欲しい。とトレーナーは頭にかぶっているキャップのつばを弾いて当時の状況を思い出す。

 あの時はトレーナーはソシャゲの周回をしながら遠目にタマモクロスのトレーニングを見守っていた時、ライバルのオグリキャップもトレーニングしていたらしくタマモクロスが併走トレーニングして良いかと尋ねられた。

 

『ん? まぁ、併走位好きにして良い。元々今日のトレーニングは自由にやって良いって言ったし』

『ほな、行ってくるわ』

 

 この間、ソシャゲに向けていた意識を少しだけタマモクロスに向けただけでスマホをタップする手は一切止まっていなかったのは、今更なので彼女は突っ込まなかった。

 一応はオグリキャップの元へ向かう彼女の背中を見守り少ししたら目をスマホに向けた途端に聞こえた会話がこうだ。

 

『さあ、ウチと一緒に──やぁ……』

(アレ……今なんて言った? スケベか……?)

 

 そう、聞こえた。

 

「いや、無理矢理過ぎるやろ! いくらなんでも動詞が聞こえなかっただけでスケベなんて単語がどっから生えてくんねん!

 てか、そんなことしでかそうとしてたら止めろやぁっ!」

「おー……ツッコミなっが」

 

 素直に凄いと思って軽く拍手しながら感嘆しているトレーナーに電流走る。

 

「ふんすっ!」

「おふっ!?」

 

 トレーナーの腹にタマモクロスが手刀を入れた。ウマ娘は人間より力が強く、不慮の事故で人を怪我させてしまうことがあるが、加減をしている手刀と特殊な訓練を積んでいるトレーナーでは問題はなく、腹にめり込んでいるが少し痛い位で済む。

 

「この前はマチカネフクキタルとマチカネタンホイザを間違えとったろ?」

「アレは名前ごっちゃになって間違えた」

「オォイ! ウマ娘の名前を間違えるのはウマ娘のトレーナーとしてどうなん?」

「だって似てる名前多いんだものウマ娘……」

 

 如何せんこれで優秀なトレーナーなのでタマモクロスを有馬記念や春の天皇賞、URAファイナルで好成績を収めたウマ娘に育てた実績がある。

 その実績を見たデビュー前のウマ娘達がトレーナーの元に来て教えを請うも全て断っている。故に他のトレーナーやトレセン学園理事長も評価しているのに他のウマ娘の担当をしたがらないという噂が流れている。

 

「大体なぁ、ウチだけで満足してたらアカンわ。

 いい加減に他のウマ娘の面倒見てみたらどうや?」

「名前七文字以上のやつとか覚えられる気がしない……」

 

 トレーナーは髪をくしゃくしゃと搔いて眉を八の字にする。

 トレセン学園に来てから三年と少し、タマモクロス以外のトレーナーをしていない。

 タマモクロスは自分がいつまでも走れる訳ではないため、そうなった場合のトレーナーを心配しての提案でもある。

 

「オグリキャップの事は覚えとるし他の名前もいけるやろ!」

「オグリは散々対決したからなぁ……それ以外もあんまり」

「とにかくや、明日張り込みでもしてれば候補くらい見つかるやろ」

 

 後日、トレセン学園で朝一番人通りが多い場所。校門付近にトレーナーがやる気の無さそうな顔でレジャー用の椅子に座っているのをタマモクロスは見掛けた。

 

「一応はやっとるんやな。良さそうなウマ娘はおったか?」

「ぜぇんぜん……朝から見てるけど、どいつもこいつもピンと来ない」

 

 トレーナーがスマホでソシャゲの周回しながらもちゃんと目は登校しているウマ娘達に向いている事から真面目にやっているのはわかるが、自分をスカウトした時は酷かったとタマモクロスは思い出す。

 

『君、葦毛のウマ娘だな……珍しい』

『おん? アンタ、トレーナーさんか? ……って、こっち見んかい!』

 

 男はスマホを操作しながらタマモクロスを見ずに話し掛けてきた。

 どうやらソシャゲをやっているがシナリオを全スキップ、加えて初回ガチャの内容を見たらアプリをアンインストールしている様子だ。

 

『あぁ、気にしないでほしい。これはリセマラをしているだけだ。ちゃんと会話は出来るし、君の脚質も大体は授業での走りで分かった。君の面倒を見させてほしい』

『そういう話は人の顔見て話さんかアホッ!』

 

 確か大体こんな感じだった。今思えばあそこが初めての手刀だった気がする。そう思うと二人目はちゃんと顔を見て選ぼうとしているトレーナーによくわからない感動を覚えるタマモクロスであった。

 

「そいや、どんな基準でウマ娘を選ぼうとしとるんや?」

「発育の良い娘」

「なるほど、地獄は落ちた方がええな?」

「待て」

 

 とりあえずトレーナーの弁明を聞くと、タマモクロスは小柄であったことから自身がこれから先に担当するウマ娘に対して変な癖が付かないようにするためのバランス取り。とのことらしい。

 

「昨日スケベがどうの言ってたやつが次の日にそないな事いっとったらそうはならんやろ。それはそれとして地獄に落ちるべきや」

「地獄には後々落ちるとして、有望株にはもうトレーナーも付いてるだろうしなぁ……」

「そらそうやろ、今ならもう大きいとこのチームなら選考会も終わってるやろうし。そしたらチーム入りしてないウマ娘は大体手付けられとるやろ」

 

 だよなぁ、せやろなぁ。今日のところは撤収しよう。二人並んでため息をついて片付けをしていると一人のウマ娘が二人に声を掛ける。

 

「あの、タマモクロスさんとそのトレーナーさんですよね?」

「あ、はい、如何にも」

 

 言葉というよりも声音が丁寧だったせいか中途半端に丁寧な返事をしてしまったトレーナーは彼女の頭から爪先まで、要するにパッと見での分析を始めた。

 全体的には清楚な雰囲気だが表情にどこか幼さを残していて、そこから下は丁寧に育てられたのかリラックスしているようで、姿勢も良い。

 一言で言えば気に入った。

 タマモクロスとはジャンルが違う。

 

「なるほど、君。名前は?」

「はじめまして、サトノダイヤモンドです」

「……ふむ。なるほど」

 

 若干返答に間があったトレーナーを見てタマモクロスは察した。

 名前、覚えられなかったんやろな……。と、ウマ娘の名前を覚えてない事はこの三年以上の付き合いからは分かる。変な略だったり、特徴を妙な覚え方をしていてトレーニング中に何度も翻訳する羽目になる為、必須の技能となっていた。

 そんな事よりも、トレーナーがスマホを見ていない。自分の時は顔も見ていなかったのに、何故だ。

 

「……タマモ、作戦タイム」

「は? お、おう?」

 

 二人がサトノダイヤモンドに背を向け、トレーナーがタマモクロスの身長に合わせて膝を下げた状態でのこそこそ話が始まった。

 

「なんや、急に」

「……イモコ? の前髪の流星からビーム出ると思うか?」

「手遅れか?」

 

 トレーナーがサトノダイヤモンドをパッと見で気に入った理由は彼女のダイヤモンド部分だった。

 ロジックとしては、額にダイヤモンドがある→ダイヤモンドからビームが出る→レース中に撃てば前方のウマ娘を倒せる。

 以上を期待しているらしい。

 

「ウマ娘と人間の差が身体能力にあり得んくらいあるとは言え、それは無いから安心してええわ!

 というか、そんなウマ娘は出走しないでほしいわ!」

「なら、仕方ない」

 

 作戦タイム終了。

 二人が急にこそこそ話を始めたせいできょとんとしていたサトノダイヤモンドに向き直って顔面だけは真面目なトレーナーが一言。

 

「君、ちょっと走ってみてくれるか?」

「え、今ですか? あと十分位でチャイム鳴りますよ?」

「……あ、授業前か」

「せやな……」

 

 今が登校時間という事を失念していたトレーナーはとりあえず集合場所と時間を伝えて一旦解散する事にした。

 時間が空くのなら必要な資料等準備することもあるため、学園でウマ娘達が座学を受けている時間を費やす。

 

「もう時間か」

 

 彼が作業にのめり込むこと数時間。あっという間にサトノダイヤモンドに告げた時間が来たのを確認したトレーナーは練習場へと赴く。

 

「あ、トレーナーさんお待ちしてました!」

「時間前だけど、早く終わった?」

「いえ、走ってきました!」

 

 アップでコースで軽く走っているタマモクロスと、それを見ているサトノダイヤモンドを見つけて、伝えた時間は余裕を持たせてゆっくり来れる様にしたが早く来ることはウマ娘として良い傾向だとトレーナーは感心した。

 

「じゃあ、直線だけで良いから走ってきてほしい」

「わかりました。スタートの合図はそちらにお任せしますね」

 

 サトノダイヤモンドがタマモクロスと入れ替わりでスタート地点に立ったのを見て、トレーナーは合図を出すために普段使っている片手サイズの旗を振り上げる。

 

「そういえばトレーナー。サトノダイヤモンドにトレーナーが付いてるかどうかって確認したんか」

「……忘れてたな」

「おいっ!」

 

 タマモクロスのツッコミと同時にトレーナーが旗を下ろす。その音を聞いたサトノダイヤモンドは瞬時に走り出してゴールまで目掛けて走る。

 トレーナーは彼女のフォームにも育ちの良さを感じていたが、別段フォームは気にしていなかった。

 

「なぁ、ウチをスカウトした時ってあんな顔しとったんかなぁ?」

 

 トレーナーはタマモクロスの走りを初めて見た時に言った事を思い出した。

 確かに今もサトノダイヤモンドもその時述べた顔をしていた気がする。だけど、今のタマモクロスはレース中にそんな顔はしていなかった記憶がある。

 今じゃない事はどうでも良かった。

 

「覚えてない。その後の方がヤバい顔してたもん」

「ふんっ!」

 

 トレーナーの脇腹に電流走る。

 タマモクロスの手刀が正面から来ると読み力を入れていたトレーナーの腹筋を無視して脇腹を捉えた。

 無論、手加減されているとはいえウマ娘の手刀。トレーナーは柵に手を掛けて身悶える。

 

「お前……容赦無さすぎ」

「乙女に言うことじゃないやろがい!」

 

 ごもっともだった。

 同時に乙女がするツッコミの音はポコッであってドゴッではない。年代的に100tハンマーで追いかけ回されるよりはマシとトレーナーは心の中で納得した。

 

「どうでしたか? 私の走りは──トレーナーさん? どうしたんですか?」

「あー、気にせんでええ。ツッコミが効いてるだけやから」

 

 走っていて見てなかったとは思うが新入生の前でやり過ぎてしまった。と少しだけタマモクロスも反省しようとしたがサトノダイヤモンドが眼を輝かせている。

 

「うわぁ……! これが噂のドツキ漫才!」

「おっと?」

「私、二人の漫才の噂を聞いてお声を掛けたんです!」

 

 これにはグロッキー状態から復帰したトレーナーも困惑。

 詳しく話を聞くと、入学前からタマモクロスのトレーナーは変な人間だという噂とそのトレーナーはよく担当ウマ娘は漫才をしているという噂を耳にしたらしい。

 

「なるほど、それで興味持って近づいたら本人から声を掛けられた。と……?」

「はい! 一人しか担当をしない。実力のあるウマ娘以外には興味を示さない。そんな噂も聞いてたのでトレーナーさんから来てくれたのは予想外でした」

「タマモ、作戦タイム」

 

 またかいな。と言いながらも応じてくれるタマモクロスにトレーナーは感謝しながら、今朝と同じくサトノダイヤモンドは二人に背を向けられ置いてけぼりにされた。

 

「どうしよう。割りと純粋な勘違いしてる箱入りっぽい娘さんを発育とかいう基準でスカウトしようとしてたんだけど」

「そら、やっぱりアレやろ」

「何か妙案が!?」

「切腹」

 

 是非も無し。

 自身のトレーニングのため作戦タイムを切り上げたタマモクロスを見送ってトレーナーは聞いていなかった本題を切り出す。

 

「今まで全然確認取ってなかったんだけど、君、まだ担当は?」

「居ません。本当はメジロマックイーンさんのトレーナーさんの所も考えたんですけど少し事情が変わりまして……」

 

 メジロマックイーンに憧れを持っていて担当トレーナーのチームが第一志望であったこと、資産家のご令嬢で家やメディア関係からの期待も多く寄せられているのも、事前調査でトレーナーは知っている。

 その上で、彼は改めて彼女が気に入った。

 

「なるほど。なら、俺から言えることは一つだけ──」

 

 タマモクロスとは全く別方向の家庭環境で、モチベーションも違うが調べた時にトレーナーが一番最初に思った事を言ってそれでダメならまた他のウマ娘を探すことにした。

 

「マックイーンに勝たせてやる」

「マックイーンさんに……私が、ですか?」

 

 それだけ言ってその日はサトノダイヤモンドが明日も同じ場所に来る事を期待して、トレーナーはスマホでソシャゲの周回を始めた。

 

 そして、翌日。

 

「今日からお世話になります! サトノダイヤモンドです! 改めてよろしくお願いいたします!」

「なら、今日から改めてよろしく」

 

 トレーナーの二人目の担当ウマ娘が決まった日になった。

 

「ほな、ウチと一緒に──」

スケ…………いや、何でもない」

 

 それ以上言ったら無言で口縫い合わすぞ。という圧を感じたトレーナーは口を閉ざした。




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