父に騙されて人外魔境の奥地で風呂屋を経営することになった俺、何故か人外娘たちに懐かれているのだが (恋狸)
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第1話

「こんな家出てってやるぅぅぅ!!」

 

「衛兵来いや!!」

 

 どたばたと煌びやかな装飾が施された屋敷に響く怒号。白髪の目立ってきたやけに長い髪をバサバサと揺らし、衛兵を呼んだ親父。

 脱兎の如くスピードで走り去ったが、すぐに駆け付けてきた銀の防具と剣を装備した衛兵に捕まえられる俺。

 俺は捕まえられて芋虫のように這いつくばりながら、肩で息をして俺を睨み付ける親父に恨み言を溢す。

 

「ちくしょぅぅ! 俺になんの恨みがあるんだよぉぉ!!」

 

「貴様、腐っても伯爵家の長男だろうがッッ!」

 

「それが嫌だから出ていくっつてんだろうがぁぁ!!」

 

「冒険者なら期限付きで許してやるが、風呂屋なんてふざけた職業に就かすつもりはなーいッッ!」

 

「てめぇ、風呂屋の良いところ知ってんのかごらぁ!」

 

「どうせ、裸覗き放題とかだろうがッッ!」

 

 ぐっ、よく知ってやがる。

 図星を突かれた俺は一瞬黙るも、開き直る。

 

「それの何が悪いんだよぉぉ! それに、俺は風呂に入って安らぎを得た人の顔を見たいんだよ!!」

 

「開き直んな!! しかも、それ、後付けの理由だろがぁぁ!!」

 

「ちげぇし!! 原点はそこだよぉ! ただ、てめぇらの腐った政治の話を聞いてたら俺の性格もいつの間にか腐ってたんだよぉぉ!」

 

「お前の性格は生まれてから同じだわこの馬鹿息子ォ!」

 

 くそ、酷いことを言いやがる。仮にも父親とは思えないぜ……!

 ふぅふぅと息を溢す親父を見ながら俺はどうやって説得をしようか考える。すでに一万回は行ってる試行だが一度も意見が通ったことはない。

 

「おい、親父。いくら言っても無駄だぜ。俺は勘当されるまで諦めるつもりはねぇ!」

 

「平然と言ってのけるなお前! しかも、勘当したら思う壺じゃねぇかよ!」

 

 くそっ、武力の成り上がり貴族が一丁前に頭使いやがって。まあ、成り上がりじゃなくて格を気にする家だったらこんな言葉遣いでの応酬できないんだがな!

 さて、どうしようと再び悩むと、親父が気持ち悪いくらいにやけた顔で急に意見を曲げる。

 

「おい、馬鹿息子。条件付きでなら風呂屋やって家出てくことを許すぜ」

 

「よし、じゃあ準備してくる」

 

 俺が解除された拘束を確認すると、スクッと立ち上がり自分の部屋に戻ろうとすると、慌てて親父が止めてきた。

 

「ちょい、待てお前ぇ! 条件を聞いていけや! これが、1年で戻ってきて家を継ぐとかだったらどうする!」

 

 はっ、馬鹿だな親父は。

 

「一度家出たらどっかに行方くらまして戻るわけねぇだろ」

 

「そう言うと思ったわ! だから、条件はそれじゃない」

 

「だとしたらなんだ?」

 

 てっきり、親父の性格的にそうかと思ったのだが。

 すると、親父は実に簡単な提案をした。

 

「決してここに戻ってこないことだ」

 

「はぁ? 言われなくてもそうするわ」

 

「だろうな。じゃあ、約束覚えておけよ」

 

 そう言うと、親父はパチンと指を鳴らした。

 うーむ。なんだか嫌な予感するぞ。

 

 予感は当たった。何故なら後ろから詠唱が聞こえたからだ。

 

「────彼の者を眠りに(いざな)え『スリープ』」

 

「くっ、それ、禁呪(きんじゅ)指定だろ……!」

 

 徐々に薄くなっていく視界に恨み言を放つ。最後の力を振り絞り、術を掛けた術者を見ると────

 

「さ、サム……! 裏切った……な……」

 

 俺の執事であるサムだった。声を変えていたのか、一瞬気づかなかった。

 何が起こるかわからんが、次会った時は許さん。

 

 そして、視界が完全に真っ暗になり、意識が途切れた。

 

 

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

「本当に行かして良かったのですか?」

 

「なーに。あいつはどうせすぐに戻ってくることになるさ」

 

 馬鹿息子……ロレンスは頭は悪くないし、剣術も魔法も人並み以上にできる。だが、あの場所はそんな人間じゃ生きていけない。

 奴は結界石に囲まれた空間でガタガタ震えながら戻ってくるに違いない。

 

「……ですが、ぼっちゃまはああ見えて意外にやると決めたらやり通すまでやるお方なんですよ?」

 

 『元』執事のサムが不安そうに忠言してくる。ふん、そんな覚悟も全てぶっ飛ぶ場所に放り込んださ。

 

「安心しろ。奴は3日もしないうちに戻ってくることになる。アーハッハッ!!」

 

「途轍もなく嫌な予感がする……」

 

 まだ、サムがブツブツと呟いていたが、そんなにあいつが心配か。戻ってきた時に一番恨まれる役回りなのにな。

 

 まあ、あいつが普通じゃないのは父親として知っている。発想力、知識。どれもずば抜けてはいるが、たかがそんな程度じゃな……。

 

 俺……インシア王国、伯爵家当主。ラインズ・メリアシークレットは今頃震えている奴を想像しながらニヤッと笑った。

 

 

「Sランク指定。ヘルデルトの森の奥地にある唯一の安全地帯。息子にお灸を添えるには(いささ)か高い出費だったが、効果はすぐにわかる。ハッハッハ!!」

 

 屋敷にはしばらく俺の高笑いが響いていた。

 

 

 

☆☆☆

 

 

「あんの……糞親父がぁぁぁぁ!!!」

 

 四方を()に囲まれた唯一何もない場所……半径100mの不思議な光の球状が包み込む場所の真ん中で俺は叫んだ。

 

「騙された……。いや、厳密に言えばそこまで騙されているわけじゃないけど、俺からしたら騙してんのと同義だ」

 

 まず、ここが何処かは知らないが、陸な場所ではない気がする。

 一先ず周りにあるものを確認しよう。

 

 森と、建物か。

 んで、変な光がこの空間を球状に包んでいると。半径100mくらいか? 意外に広い。

 俺はその光に近付くと、どうやら石を媒介にして光っているらしいことがわかった。

 ん? 見たことあるな。この石。

 

「んんっ? げっ! この石Sランクの結界石じゃねぇか……! そんなの置かないと危ねぇ場所に放り込みやがったな……!」

 

 恐らく移動は転移石を使ったのだろう。そもそも、結界石とは、無条件で人型の生物を襲う『魔物』から身を守るために作られたものだ。

 この石を地面に置くと、1mの結界ができあがる。G~Sランクまでの種類があり、ランクが上がっていくほど耐久度は高くなる。今ここにある最高ランクであるSランクの結界石ならば、どんな魔物が襲いかかってきても守ることができるだろう。

 

 つまりだ。結界石は貴族しか使えないほど高価なわけで、しかも最高ランク。またまた、さらに100個もある。

 つまり、危険な場所なの!!

 

「ちっ、まあ、とりあえず建物に入るか」

 

 考え事をしていると、目眩がしてきたので、唯一存在する建物の中に入る。

 木造建築でかなり大きい。見た限り三階建てで、建物自体直径30mくらいある。

 

 そして、恐る恐る建物内に入ると、目の前に広がった光景に俺は衝撃を受けた。

 

「これ……番台じゃねぇか……」

 

 玄関があって、ロビーのような広い空間の奥に、『男湯』『女湯』と()()()で書かれてある暖簾《のれん》に、銭湯とかで良く見る番台がそこにあった。

 

「日本語……。間違いなく俺と()()()()()が作ったな……まさかこれは……」

 

 今年で二十年目になる転生生活。平和な日本から伯爵家の長男に転生した。いや、転生してしまった俺は今、ようやく夢が叶いそうだ……。

 嬉しい……。もしここの場所の正体がわからないままだったら。

 

 

「こ、ここは。ヘルデルトの森の奥地にある『賢者の休憩所』か……!」

 

 昔、本で読んだことがあるのだ。

 

 世界を救い、国を豊かにした賢者が唯一身体と心を休ませるために作ったとされる『休憩所』。それは、賢者自身が湯に入り身体を休める場所だと明言していた。

 その頃の俺はあはは、これ、温泉じゃーん。でも、お伽噺(ときばなし)だし、あるわけないじゃーん。と思っていたが。

 

「まさか、実在していたとは……。けれど、親父のやつヘルデルトの森に飛ばすって殺す気かよ……っ!」

 

 これじゃ、帰ることもできない。……ん、帰る?

 まさか、親父のやつこれが目的か?

 

「まさか……」

 

 俺は今着ている服のポケットに手を入れると、冷たい石の触感が指を伝った。

 

 それを取り出すと、俺の予想通り青色に光る丸い石だった。

 

「転移石……。しかも一つ」

 

 転移石は、予め場所を記録し、その場所に一瞬で移動することができるアイテムで、結界石より高い。

 この調子じゃ、場所も記録されてるだろうし、多分その場所は屋敷だろう。

 

「あぁ、なるほどね。だから、あんな約束したのか糞親父。俺が諦めてとっとと逃げ出すと思ってるんだな?」

 

 ふつふつと怒りが沸いてくる。それは、この場所をお膳立てし、諦めさせようとする行動ではない。……いや、それもあるけど。

 

「俺が一番許せないのは。()()()こんなアクシデントで諦めると思ってることだよ……っっ!」

 

 俺はズダダダと全力で走って外に出ると、手に持った転移石を()()()()()()()()

 

「ふははは!! 俺が諦めると思ったら大間違いだぞ糞親父!! こんな魔境の奥地? やってやるよ。見返してやんよ! このバカ野郎がぁぁぁぁ!!!」

 

 放物線を描き、何処までも飛んでいく転移石を見ながら仁王立ちし、全力で叫ぶ。

 

「俺の想いを馬鹿にしやがったのは許せねぇ。必ず俺は成功し、美人の裸を覗くんじゃい!!」

 



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第2話

「さて、詰んだな。どうしよう」

 

 感情的になってしまったのは良いけれど、これで帰る手段を無くしてしまった。

 

「ま、帰った所で絶対に煽ってくるであろう親父に馬鹿にされながら貴族として飼い殺しになるのは確定だからな。まだこの森で死ぬほうがマシだ」

 

 だが、問題はそれだけじゃない。食糧がないのだ。

 当然持ってこれるわけないし、当たり前のように手持ちに食糧らしきものはない。

 

「んー。外は俺が敵わない魔物ばかりだしな。あ、でも、逸話通りなら」

 

『賢者英雄伝説、第四章。賢者の休憩所には、どんな食材も産み出すことができる魔法の冷蔵庫なる物が存在している。』

 

 この身体はスペックが高いようで、基本読んだ物は覚えることができる。前世でも暗記は得意な部類であったし助かる。

 

 さて、魔法の冷蔵庫とやらを探してみるか。

 

 というわけで探索開始!

 

 

 まずは、一階。ロビーにはソファが四脚設置されていて……

 

「これ、牛乳じゃん……」

 

 キンキンに冷えていそうな牛乳が売られている……()()()()()が置いてある。

 

「さすが俺と同じ転生者……。でも、金持ってねぇ……」

 

 はぁ……と落ち込みつつ適当にボタンを押してみると、突如自販機から声が響いた。

 

 

『前回ノ使用ヨリ百年ガ経過シマシタ。魂ノ所持数ガ複数ノ人間ヲ確認。賢者ノ休憩所ノマスターデアルコトヲ認メマス』

 

 めっちゃカタコトだなぁ……。と思っていると、押したボタンの商品が落ちてきた。

 

「これは、マスターだからかな。ふぅむ。魂の所持数が複数。これは、転生者だからか。つまり、百年経って権限が切れて、その場合は新たな転生者がマスターになると」

 

 おう、ラッキーボーイじゃん、俺。ともかく、牛乳があるなら冷蔵庫もあるに違いない。

 

「とりあえず牛乳飲んでおく……って、え?」

 

 俺が牛乳を飲もうとしたが、何味か確認するのを忘れていたため、ラベルの説明を見ると、かなりヤバイことが書かれていた。

 

『賢者印の魔法の牛乳!(ノーマル味)。一瓶で一年、寿命が伸びるよ!』

 

「ヤバイじゃん。マスター権限で飲み放題ってことじゃん。つまり、ヤバイじゃん」

 

 驚きすぎて、自分が何言ってるかわからなくなってきた。

 うん、落ち着こう。別の牛乳はどうなってるんだ。

 

 と、見るも全てエグかった。

 

 纏めるとこんな感じ。

 

ノーマル牛乳→寿命一年増加

コーヒー牛乳→肉体年齢を一年戻す

イチゴ牛乳→性転換(二時間。しかし、マスターしか買えない)

フルーツ牛乳→全ての力を十分の一にする

 

 

「……イチゴとフルーツの使い方はわからないけど、他もヤバイな」

 

 まあ、ここに辿り着けるやつがどれくらいいる? って話だがな。 

 

 ははっ、と全く冗談にならない事を渇いた笑みで笑い飛ばすと、牛乳はさておき、冷蔵庫は探すことにした。

 

「一階には無さそうだな」

 

 階段を上がって二階に行くと、とてつもなく広い部屋があった。

 床は一部分を抜かして全て畳で、唯一フローリングのステージのような物もあった。

 

 この形状から、前世での記憶を便りに結論付ける。

 

「宴会場か。……これ、賢者さん。一人しかいなかったんだよな? どんな気持ちで作ったんだろ」

 

 ただし、俺もボッチになりそうなのが笑えないところである。泣きそう。

 

 二階は宴会場……つまり、料理を出すところあるはず。

 宴会場に唯一ある扉を開くと────

 

「よしっ、キッチンだ! しかも、冷蔵庫らしきものも発見!」

 

 ────調理器具一式が全て揃った厨房だ。かなりスペースがあり、業務用の冷蔵庫っぽいものがある。

 

 俺が冷蔵庫の取っ手に手を置くと、ふいに頭の中に声が聞こえた。

 

『マスター権限を確認。欲しい食材を思い浮かべてください』

 

「うわっ、ビックリした。それにしても、さっきの自販機とは似ても似つかない流暢な喋り方だな。とりあえず、食材……ねぇ」

 

 何でも可能なのか試したかったし、日本にあったものを思い浮かべてみよう。

 食材だから……

 

 米!! 確かこの世界に米はないはず! 異世界あるあるの日本に似た国もないし!

 

『米。思考を読み取ります……確認しました。どうぞ』

 

 独りでに開いて、中には沢山の米が入った袋が幾つもあった。

 

「よっしゃぁぁぁ!! これで、日本食食べれるぞぉぉぉ!!」

 

 俺は半狂乱になりつつ喜ぶ。これは革新的だよ、うん。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 とりあえずお米を炊いておいた。

 その間に3階を見ようと思う。

 

 階段を上がると、沢山の扉がある階だった。

 

 近くの扉を開けると、布団や、椅子、鏡、洗面所。といった部屋だった。

 

「これは、客室か」

 

 全ての扉を開けるも、構造はどれも一緒だった。なるほどなぁ。

 

 

「うん、なるほどね。素晴らしい設備が整ってるな。これは、何人ものお客さんを満足させてあげられる…………けど、そのお客が来るわけねえんだよちくしょう!! こんな人外魔境の奥地に誰が来るねん! あぁん?」

 

 くそぉ! とことん不利だよ。

 

 この世界、俺に優しくねぇぇぇ!!!

 

 



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第3話

「とりあえず俺のスキルの確認からだな」

 

 炊き上がった米を涙流しながらモシャモシャ食って方針を固める。旨い。懐かしい味がする。

 

 そもそも、前世からの夢だったというのが大元の発端なのだが、それを完璧に後押しした物がある。

 それが『スキル』だ。

 

 千人に一人が持つと言われている、個人にしか発動できない特殊技能のことで、剣術や魔法といった鍛えればある程度は上手くなるような部類ではない。

 

 そして、俺はそのスキルを持っている。ちなみに、スキルがバレると厄介なので親父には言っていない。スキルを発見するための儀式で知ることができるのは本人だけだからだ。

 

 そして、俺のスキルは『風呂屋』だ。

 

 な? 風呂屋しか選択肢ないし、神の思し召しだろ?

 

 頭に響いた説明によれば、『風呂屋』の保持者が入れた風呂は『治癒』『健康』『美肌』効果が現れるらしい。

 しかも、前世のような胡散臭いものではなく、一瞬で効果が現れるのだ。

 

 

「まあ、人来ないけどなぁ」

 

 と言いつつ何処か期待をして、外に出てみる。

 ま、こんな所に人が来た方が驚く……あぃぇ!?

 

「ひ、人……! ……なのか?」

 

 遠くからだとよく見えない。

 徐々に近付いていくと、正体が明らかになっていった。

 

「血塗れ!? 助けないと!」

 

 結界内に血塗れの女の子が倒れていた。意識は無いようだが、呼吸はしている。

 まだ、生きてる! 急いで助けないと間に合わない!

 

「……猫耳? 獣人の女の子か? って、そんなことはどうでも良い! 早く!」

 

 急いで『賢者の休憩所』の中にお姫様抱っこで連れていき、とりあえずロビーに寝かせ、考える。

 

「牛乳には治癒効果ないし、治療器具なんてないし、治癒魔法は俺、使えない!」

 

 くそ、役立たずだ……っ!

 考えてる間にも時が無情に過ぎていく。

 

「あ……」

 

 そこで俺は一つの考えを思い付く。賭けと言っても良いようなものだが、最早これしか方法はない。

 

「くそ! 今助けるからな!」

 

 意識のない猫耳獣人に話しかけながら、お姫様抱っこのまま、『女湯』の暖簾を潜った。

 

 風呂場には当然お湯は張られていない。4つのみ浴槽があり、一番近くにあった檜風呂に向かう。

 

「頼むっ! スキル『風呂屋』!」

 

 身体の内側に眠る何かを呼び起こすイメージでスキル名を叫ぶと、何もなかったはずの浴槽に急にお湯が現れた。

 

「よしっ! 治癒効果で即効性ならもしかして……!」

 

 一縷の望みを込めて、服のまま猫耳獣人を湯の中に優しく入れる。

 

「頼む……っ!」

 

 天に祈りを捧げると、願いを聞き入れてくれたかどうかはわからないが、シュウシュウと音を立てながら傷がなくなっていった。

 

「うわっ。これは酷い」

 

 お湯で血が流れて、傷の全貌が明らかになっていった。

 まず、身体中切り傷だらけで、一番酷いのは、お腹に食いちぎられたような痕がある。もう、治りかけているが、これが大元の原因だろう。

 

「見たところ魔物か。はぁ……意識あったら染みたりして激痛だったんだろうけど、意識なくて良かったのかなぁ」

 

 一先ず治りそうで安心だ。

 心なしか険しい表情で痛みを堪える様子ではなくなっている。

 とりあえず、湯に沈まないように支えながら、傷の治り具合を確認していく。

 

 すると、十分ほどであれだけ酷かった傷が全て綺麗さっぱり消えた。

 

「すごいな。『風呂屋』」

 

 咄嗟の判断だったが、間違ってはいなかったみたいだ。

 

 さて、と、キズの治った猫耳獣人を抱き上げて、脱衣所のソファに置いて……置いて……

 

「風邪引くし着替えさせなきゃダメだよな……。童貞にできるかこんなの!」

 

 と言っても気持ちの問題ではなく物理的にしなくてはならない。

 とりあえず、ロッカーらしき物に入っていたタオルを持ち、一緒に入っていた浴衣を着せることにした。

 

 そういえば、今さらだけど、百年も経ってるのに牛乳は腐ってないし、無限らしいし、浴衣はくたびれてないし、建物も綺麗だよな。ま、賢者だし、そんな魔法があったんだろう。

 

 さて、現実逃避終了。

 

「ええと、この狩人的な服をぬ、脱がせねば……」

 

 服の構造がわからないため、どうして良いかはわからないが、何とか脱がせようとする。

 

「よし、脱げた……ぐっ……異世界だもんな……ブラジャーとかないよな……」

 

 その瞬間、かなり良いものをお持ちであるハリの良いおっぱいがプルンと揺れた。

 刹那、俺は舌を噛んで煩悩を封じ込める。ナイス判断俺!

 体を拭こうとすると、その胸にも触れてしまう。ふにった柔らかな感触に耐えながら拭く。悟り開きそう。

 上を脱がせたならば、あとは着せながら見ないように下を脱がせればいける!

 

 十分後。息も絶え絶えな俺が脱衣所の床に横たわっていた。

 

「あー、精神的にキツかった」

 

 そんな感想を言いつつ、浴衣に着替えさせた猫耳獣人を、三階に運び、ベッドに寝かせた。この世界の文字での書き置きも忘れてないでっと。

 

 よし、じゃあ、一応初めてのお客みたいなもんだ。

 

 開店準備すっぞ!

 



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第4話 

Side ???

 

 ちっ、人生、ツいてないことばかりにゃんね。五歳で両親に捨てられて、ヘルデルトの森に追放されて。

 強すぎて化け物だからってのが追放の理由だと思うにゃ。それでも、自分の子供をSランク指定の魔境に追放するのは頭おかしいと思うにゃ。

 

 人里に通じる道は全部封鎖されて、帰る場所も逃げる場所もにゃい。

 それから10年間生き残ってきたにゃんけど、みゃーは今焦ってるにゃ。

 

 レッドグリズリー。赤い熊の魔物が立ち塞がってきた……のは頭吹き飛ばしたにゃ……次にもっと大きい茶色の熊、キンググリズリー……も頭吹き飛ばしたにゃ。次に現れた山ほどの巨体を持つ隻眼の熊。エンペラーグリズリー。こいつが問題にゃ。

 

 

「十年生きてきて初めて出会う魔物にゃんね。存在は知ってたにゃんけど。それに、逃げたいけど、追い付かれるにゃ……」

 

 小回りはみゃーの方が効くけど破壊力が桁違いにゃ。逃げても破壊しながら追いかけてくるにゃね……。

 

「一か八か戦うしかにゃいか……」

 

 覚悟を決めたみゃーは、悠然とみゃーを見下ろすエンペラーグリズリーと距離を取り、『スキル』を使う。

 

「スキル『絶対切断』」

 

 手をかざすと、見えない何かが手から飛び出す。それが、完璧にエンペラーグリズリーの首を捉えた。

 

「よし! 当たったにゃ!」

 

 当たればこっちのもんにゃ! みゃーの『絶対切断』はどんなものであろうと切り飛ばす…………にゃ?

 

「グォォォォォォ!!!!」

 

「ま、全く効いてないにゃ!? 『絶対切断』なのに矛盾してるにゃんよ!!」

 

 スキルに文句を言っても何も解決しないにゃ。今までスキル頼みで生きてきたにゃんから他に手立てにゃい!

 

 しかも、少し効いてるせいで、エンペラーグリズリーを怒らせてるにゃ!?

 

 エンペラーグリズリーが巨体を揺らし、みゃーに段々と近付いていく。恐怖で体が動かないみゃーは振り下ろされる爪を────

 

 

 

☆☆☆

 

 

「ふふふ。我ながら良い出来だ。さすが、元料理屋の店主だよ」

 

 目の前にズラリと並ぶ料理を見て、得意気に俺は笑う。

 和食に洋食、中華まである。

 

 ざっと二十人前くらいはあるが、冷蔵庫の近くに保存袋というものがあり、これの中に入れた物は時間が停止するそう。もう何でもありだよな、賢者さん。

 とにかく、その袋のお陰でいくらでも作り置きできるというわけだ。何て料理に向いている道具なんだろうか。

 

 

「夢中で作ってたら六時間経ってるじゃん。もう、夜だし」

 

 転移石で飛ばされて目覚めたのが朝だ。猫耳獣人を助けたのが昼なので、かなり時間が経っている。

 

「それにしても、1日に色々なことがありすぎだな。精神的に疲れた」

 

 この身体のハイスペック具合には驚くばかりだ。肉体的にはそれ程疲れていないのだから。

 だからと言ってもそれを支える精神力があってこその肉体だ。ぶっちゃけ早く寝たい。

 

 すると、

 

「みゃぁぁぁぁぁ!!!」

 

 という、悲鳴が三階から響いた。

 

「なんだ!? あの女の子に何があったのか!?」

 

 急いで階段を駆け上がり、扉を開けると、額にびっしりと汗をかいた猫耳獣人がいた。恐怖に染まった顔をしている。

 そして、俺の姿を確認すると、一瞬ビクッと震えて、その瞳に警戒心を滲ませながら言った。

 

「あんた、誰にゃ。それにここはどこにゃ」

 

 語尾がにゃだ! 猫やん!

 てか、獣人を見るのは初めてだな。人里離れた場所に居住を構えると聞いていたし。

 

 ……とりあえず落ち着いてもらわないと。

 

「君は俺の店の近くで倒れてたから傷を治して寝かせた。おっけー?」

 

「傷を治す……って相当深い傷だったみたいにゃけど、どうやって治したんにゃ?」

 

 絶妙に答えづらい質問が来ましたね。これ、本当のこと言ったら殺されんじゃね?

 くっ、誤魔化すしかない!

 

「まあ、そこは俺の『スキル』でね」

 

「あんたも『スキル』持ちにゃんね」

 

「ってことは君も?」

 

「そうにゃ。スキル『絶対切断』を持ってるにゃ」

 

 本当のこと言わなくて良かったぁぁぁ!!  絶対殺されてたじゃん。物騒なスキルだなぁおい。

 今頃切り刻まれていたかも、と戦慄していると、猫耳獣人が頭を下げてきた。

 

「助かったにゃ。あんたは命の恩人にゃ!」

 

「いやいや、気にしなくていいよ」

 

 こっちも堪能させていただいたしね……って、煩悩よ去れ! って、よく見るとめっちゃ可愛い子だな。茶髪のショートヘアーから覗くピョコピョコ動く耳。検証済みの大きい胸。クリクリと大きく人懐っこそうな眼。

 ……って、再び煩悩がぁ!

 

「どうしたにゃ? 唇から血が出てるにゃんけど」

 

「あぁ、気にしないでくれ」

 

「まあ、わかったにゃ。とりあえずみゃーのことは、気軽にみゃーと呼んでくれにゃ」

 

 みゃーと名乗った猫耳獣人は、んーっと体を伸ばすと、自分の着ている服に気が付く。

 

「あれ、そういえばこの服ってどうやって着替えさせたにゃ?」 

 

 ピシリと俺の体が固まる。あかん、バラサレル。

 こういう時に便利な言葉は……

 

「あ、あぁ。俺の『スキル』でね」

 

「へぇ、随分便利なスキルにゃんね~」

 

 少しも疑わずに感心するみゃーに心が痛む。こんな純粋な子を騙すなんて……これっぽちもないはずの良心が痛むぜ。

 

「ま、まあ。とりあえずご飯食べる?」

 

「ごはん! もちろんにゃ!!」

 

 話題が逸れたことにホッとしつつ、俺はみゃーを二階の宴会場に案内した。

 

 




ハーメルンに投稿するのは初めてなのでよくわかりませぬ……
とりあえず評価?がランキングに関係するのでしょうか……?
では、面白いと感じていただければ評価をお願いいたします。

しばらく毎日2話投稿です。


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第5話

「ふみゃぁぁぁ」

 

 みゃーがところ狭しと並べられた料理を見て歓声を上げる。

 作った甲斐があるもんだ。

 

「あんた……って、名前なんて言うにゃ?」

 

「俺はロレ……いや、湯治(ユジ)って呼んでくれ」

 

 今世での名前を言おうとしたが、俺はこの新天地で生まれかわって過ごすと決めたのだ。だから、あえて、前世での名前を使った。

 みゃーは「ユジ、ユジ……」と呟くと、手を差し出してきた。

 

「よろしくにゃ! ユジ!」

 

「おう、つっても客だけどな」

 

「客……? そういえばここってどこにゃ?」

 

「ん? 風呂屋」

 

「風呂屋……?」

 

 みゃーは目をぱちくりさせて、急いだように窓へ駆け寄る。

 目にした森を見てわなわなと震える。

 

「なんで、ヘルデルトの森に風呂屋があるにゃ……」

 

「賢者が造った建物だからな」

 

「わけわからんにゃ……」

 

 頭を抱えたようにしゃがみこむと、グゥ~とみゃーの腹が鳴った。

 

「とりあえず、積もる話は食べてからだな」

 

「そうにゃね……」

 

 みゃーはふらふらと料理の前まで辿り着くと、座ってバクバクと勢いよく食べ始めた。

 あっという間に数々の料理が消え始める。掃除機を見ているようだ。

 その顔は幸せそうだし、俺としては良いかな。

 

 二十分後、20日分の食事だろうと思っていた料理が全て空になった。

 

「はぁ~。美味しかったにゃ……」

 

「それだけ喜んでくれたならこちらとしても満足だよ」

 

「ふぅ、お腹も一杯ににゃったし、どうしてこんなところに風呂屋があるか聞きたいにゃ」

 

「いや、俺もどうしてここにあるかはわからない。ただ、設備があったから使わせてもらってるって感じかな」

 

 マスターになっちゃったからもう、借りてるわけじゃないんだけどな……多分賢者さん死んじゃってるし。

 みゃーはふーん、と頷くと、唐突に俺の体をジロジロと見始めた。

 

「鍛えてはいるみたいにゃけど、到底ここで生きられるとは思えないにゃ。そもそも、ここまでどうやって来たにゃ?」

 

 まあ、鍛えても生きていけない場所ナンバーワンのここヘルデルトの森だからな。別に『スキル』のお陰と嘘をつくのは簡単だが、さすがにこんな純粋な子をまた騙すのは忍びない。

 

「簡単に言うとだな────」

 

 俺はここに至る経緯をかいつまんで説明した。

 みゃーはふんふんと頷きながら聞く。そして、説明も終盤になると肩を震わせ始めて、説明が終わると大爆笑した。

 

 

「にゃはははっっ!!! ユジも親父さんもバカにゃっ!! ふ、普通、言うこと聞かせるためにヘルデルトの森に転移させるにゃ? しかも、ユジも夢だからといってこんな秘境で良く風呂屋をやろうと思ったにゃ! はははっっ!!」

 

 床をバンバン叩いて転げ回るみゃーに俺の額に青筋が浮かんだ。待て待て怒るな。これでも客だ。

 

「まあ、一応安全地帯だし苦労はないさ。まだ、来て1日目だが」

 

「ぶふっ! 1日目……! 決断力の塊にゃ!」

 

 噴き出すことはないだろ……。どうせ家に帰っても幸せな生活は来ないってだけさ。

 

「あのなぁ。そんなこと言うなら金取るぞ」

 

「大丈夫にゃ!」

 

 みゃーは自分のたわわな胸をバンッと叩いてむふー、と勝ち誇った笑みだ。かなりお金を持ってるのだろうか。

 

「無一文にゃ!」

 

「それを誇るな!」

 

 何だよただの金なしかよ……。まあ、俺も取る気無いしな……。なかばこっちが連れていったようなもんだし。

 さすがに普通に客が来るようになったらこっちも商売だからお金は取るけど。

 

「はぁ……。まあ、金は取らないからゆっくりしていけ」

 

「おぉ……! じゃあ、ここに住むにゃ!」

 

「は!?」

 

 みゃーがわけのわからないことを言い始めた。

 俺が目を剥いて驚くと、みゃーはだってにゃ、と言い訳をし始めた。

 

「ここ快適すぎるにゃ。ここの暮らしを知ったら元の森生活なんかに戻る気なくすにゃよ……」

 

 森生活?

 

「みゃーってこの森に住んでたのか?」

 

 みゃーはさも当然と頷く。

 

「親に捨てられてから十年間住んでるにゃ。『スキル』がなかったら今ごろ死んでるにゃ」

 

 なんか一気に可哀想になってきた。俺はてっきり冒険者かと思ってたが……。

 

「十年間もヘルデルトの森で……。じゃあ、みゃーは世界の常識とか言葉遣いとかどこで知ったんだ?」

 

 小さい頃から森暮らしにしては、言葉は流暢だし、俺が貴族の暮らしや物事について言った時も理解していたようだ。

 

「時々来る冒険者のお姉さんに色々教えてもらったにゃ」

 

「あぁ、なるほど」

 

 基本的に学がないと言われる冒険者だが、ヘルデルトの森に来る冒険者と言ったら最高ランクであるSランクの冒険者しかいない。Sランクは、強さだけでなく、状況判断能力、決断力、敵の強さを正しく測る能力など、頭脳的な部分が必要になる。

 ならば、教養があるはずだし、みゃーにもそれなりのことを教えたのだろう。

 

 それにしても、冒険者たち、ではなく冒険者のお姉さん、か……。

 ということは、単身にヘルデルトの森に行けるほどの強者か。化け物だな、その人。

 一応聞いてみるか。

 

「そのお姉さんってどんな人なんだ?」

 

 みゃーは少し考え込む。

 

「そうにゃね……。黒髪黒目で髪が長くて……あ、変な名前だったにゃ」

 

「変な名前?」

 

「確か……ナリタ・シロノ? って言ってたにゃ」

 

 俺は思わず頭を抱えた。

 その名前は少なくとも今、世界で一番有名な名前だからだ。

 

「今代の勇者じゃねぇか……」 




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第6話

 ナリタ・シロノ。

 その名前を知らない人はいない。

 

 勇者シロノと呼ばれ、人々を襲う魔物を駆逐する最高機関『冒険者』の顔役だ。

 ちなみに勇者は一応誰でもなることができるのだが、その勇者へのなりかたはこうだ。

 

 まず、G~Sまであるランクの中で、最高ランクであるSランクになり、そのSランクの中で最も強くなり、今代の勇者に勝負を挑む。勝てば晴れて勇者となり、様々な権限を獲得できる。

 その中に、ヘルデルトの森への単身任務が含まれていたはずだ。 

 

 そして俺と同じ転生者。

 俺以外にも転生者がいると始めてわかったきっかけとなる人だ。

 一度だけその姿を見たことがあるが、転生者にも関わらず日本人の顔立ちをしていた。それが俺にとって驚きだった。

 彼女は貴族でいう公爵くらいの地位はあったので、俺なんかじゃ関われないほど上の立場にいたのだ。

 

「どうしたにゃ?」

 

「いや、何でもない」

 

 悩んでいると、みゃーに顔を覗き込まれ心配される。

 まあ、みゃーと勇者が知り合いだろうが、俺には関係……

 

「シロノ……さんはお前に会いに来るか?」

 

「一年に一回は来るって行ってたにゃ」

 

「まじか……」

 

 みゃーをここに住ませた場合勇者と会わなくてはいけなくなる。

 その場合、間違いなく俺が転生者であることはバレるだろう。

 

 勇者の性格がわからない以上、ハッキリとは言えないが、この便利な暮らしを見たら奪おうと目論む可能性があるということだ。

 その場合、俺は呆気なく殺されてバッドエンドだろう。

 

 とにかく、現状としてはどうすることもできない。森暮らしが嫌だと悲しい過去を持つみゃーを放り出すことも俺にはできない。

 

 

「まあ、とりあえず、ここに住んでいいぞ」

 

「え! 本当にゃ!? やったにゃぁぁ!」

 

 小躍りして喜ぶみゃーに俺は条件を突きつける。

 

「その代わり、ここで働いてもらうぞ。ただ飯食らいは許さん」

 

 すると、みゃーがぷぷっと笑う。

 

「どうせ客来ないのにかにゃ?」

 

「あれ? 放り出してほしいのか?」

 

 俺がニヤッと言うと、案の定慌てる。

 

「ま、待つにゃ。ほんの冗談にゃ……!」

 

「ま、客に関してはいずれ何とかするさ。それに、一応考えもないわけではないし」

 

「ふーん、まあ、みゃーはこの幸せな生活ができるなら良いにゃ」

 

「そうか……」

 

 何でもないことのように『幸せ』と口にしたみゃー。

 その言葉は俺にとって何よりも嬉しい言葉だ。昔からの夢。自分が『風呂屋』をやろうと思ったらお客さんの幸せな顔を見ることを第一に働こうと思ったからだ。

 

「でも、ユジ」

 

「ん? どうした?」

 

「ここって『風呂屋』よりは『旅館』じゃないかにゃ?」

 

 ピシリと空気が固まる音がした。

 りょ、旅館だと……?

 

 待て待て考えろ、まず、ここでできることは、風呂に入れる。食事ができる。宴会もできる。泊まることもできる。

 ……うん。

 

「まじじゃん……『風呂屋』より旅館じゃん……」

 

 しかも良く思えば、みゃーって風呂に入ってる時の記憶ないじゃん……怪我してたし。

 つまり、みゃーが満足したのは布団と食事……? 風呂関係ねーじゃん!

 

「で、でも、これからにゃんよ! ね! これから頑張れば……」

 

「あーい、頑張りまーす……」

 

「ダメにゃ、壊れてるにゃ」

 

 耳から情報が入らない。もう何も聞きたくねぇ……。

 聞いてくれよ。やっと夢が叶ったと思ったらそれの亜種だったんだぜ? 泣きたくなるわ。

 つまり、俺はこれから『風呂屋』ではなく『旅館』を経営することになると……

 なんか嫌だ……

 

 そう考えたところで、ふと記憶に取っ掛かりを覚えた。

 

 いや、待てよ? 思い出してみろ。俺のスキルは『風呂屋』だ。

 ならば、発動する場所は『風呂屋』なはず。つまり、あの時スキルが発動したということは……

 

「うん、ここは『風呂屋』だ。何があろうと『風呂屋』だ。なぁ、みゃー?」

 

「そ、そうにゃね、ふ、風呂屋にゃ!」

 

 アルカイックスマイルでみゃーを見つめると、非常にぎこちない動きで頷いた。

 やだなぁ、みゃーったら、あっははぁー。

 

「そんな、返事で。まるで、俺が言わせてるみたいじゃないかー」

 

 アルカイックスマイル継続!

 みゃーはオロオロと狼狽える。

 

「そ、そんなわけないにゃ! 本心にゃよ!」

 

「んー? 本当にー?」

 

「本当! 本当だから、その何考えてるかわからない微笑みは止めるにゃ!」

 

 スンッとアルカイックスマイルを止めると、あからさまにみゃーはホッとした。そんなに変な顔かね、これ。

 

「ま、何はともあれこの『風呂屋』を二人で切り盛りしていこう!!」

 

「にゃー! 頑張るにゃ!」

 

 気合いは充分なようだ!

 さあ、来いよ客!! 俺たちが存分にもてなしてやろう!!

 

「じゃあ、早速風呂とやらに入ってきて良いにゃ?」

 

 俺はズコーと転けた。

 

「あのなぁ、店員としての自覚を……って、まあ良いか」

 

 客来ないし。誰か来たらわかる魔道具もキッチンにあったし。なんで、キッチンにあったかは知らんけど。

 俺も風呂に入りたいし良いだろう。

 

「よーし、じゃあ、風呂だぁぁ!!」

 

「みゃぁぁぁぁ!!!」

 

 明らかにさっきより良い返事をしたことに呆れつつ、俺は風呂へと向かった。

 

 

 

開店初日(実質的に)

 

客  1人 New!!!!

店員 2人 New!!!!

 

 



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第7話

「んじゃ、お湯入れて来るからちょっと、待っててくれ」

 

 とみゃーに言い残して、男湯、女湯両方に出向き、風呂に湯を入れた。

 

「んー、良く見るとなかなか設備が豊富だよな」

 

 体を洗うための浴場。これは、一人一人スペース分けされていてシャワー付き、ざっと見て百人分はある。

 湯船は五つあり、どれもかなり広い。檜風呂や、大理石で出来た浴槽など、種類は豊富だ。

 

「広いなぁ……。いつか、この広さが人で満杯になるといいな」

 

 そんな『幻想』を溢して、俺はみゃーの元へ向かった。

 

 

 

「そういえば、シャワーの使い方ってわかるか?」

 

 実は言うところ、貴族御用達の風呂屋には、シャワーに似たような物が存在する。違うのは仕組みだけで、貴族のシャワーでは、専用の魔石……魔物の心臓部分となる石がセットされていて、それに触ると、自動で魔力が吸収され、魔石に繋がっているホースから湯が出る。コストが高すぎるため、貴族でも頻繁に風呂屋に行こうと思わない。

 

 対して日本産のシャワーはただ蛇口を捻るだけなのだから簡単だ。

 

 

「ん、一応使い方は知ってるにゃよ。シロノから聞いたにゃ」

 

「何でも教えてるんだな……。まあ、こっちのシャワーは少し違って、()()()()形のを捻ればお湯が出るから」 

 

 どう説明して良いかわからないから、紙に蛇口の形を書いて見せる。

 

「ほへー、不思議にゃ。とにかくわかったにゃ! 早速行ってくるにゃ!」

 

 ルンルンとスキップをして風呂に向かっていった。

 それはそうと、日本産と言っておきながら、実はここのシャワーは魔術的な事も絡んでいるのだ。

 

 実はあのシャワー、蛇口を捻ると、捻った人の適温に合わせて湯が出るのだ。だから、良くやってしまう、『冷水が出た!』とか『湯が熱すぎる!』事件が起こることがない。あれは、急いでる時にやると猛烈に苛立つからな。

 

 

「凄まじいスペックの風呂だ……もはや『風呂』と軽々しく言ってはいけないほどだな……『風呂様』だな」

 

 俺は『風呂様』の方向へ拝みつつ、いつ客が来て良いように、板に『賢者の風呂屋』と書き、『開店中』と書いた紙を張った。

 名前については今しがた考えた。『ユジの風呂屋』でも良いのだが、何となく使わせて貰ってる賢者さんに申し訳ないような気がしてこの名前へと落ち着いた。

 

「さて、俺も風呂に入るか」

 

 ヘルデルトの森はかなり暑い。だが、夜は真冬並みの気温となる。砂漠のような気候だが、この気温差も魔術的な事柄が絡んでいるらしい。

 ちなみに、昼は40℃ほど。夜は-10℃まで下がる。ぶっちゃけ外に出たくない。

 この『賢者の休憩所』は自分が感じる最適な温度にセットしてくれるため、ダメ人間製造機だと思う。俺は賢者のヒモになるぞ! ちょっと待て自分でも何言ってんのかわかんないぞ。

 

 ふぅー、と息を吐いて男湯の暖簾をくぐる。脱衣所で中世風の服を脱ぐ。RPGの服装のようだが、魔術が付与されていて快適だ。自動で汚れが落ちるからな。

 

 そして、全裸になると、鏡の前に立って自分の良く引き締まった体を見る。

 

「うむ。我ながら良い筋肉だ。落とさないように筋トレもしなきゃな……」

 

 見せ筋ではない。剣の腕を磨き、自分の体の一部のように扱えるため筋トレを怠らず修行をした成果なのだ。

 そう、これこそが『実用的』な筋肉というやつだ。

 

 ちょっとナルシストな感傷に浸りつつ、ガラッと俺は風呂場へと通じる扉を開けた。

 

 その瞬間、モワッと心地のよい温風が体を包む。お湯の香りが鼻腔を擽り何とも言えない気持ちになる。

 あぁ、風呂だとわかる香り。

 

 男としてどうなのかと思うが、俺は『女の子の香りより風呂の香りの方が好きだ』

 興奮度合いは別として。それ程までに風呂マニアであり、前世では全国を回ったものだ。もちろん、外国も。

 

「さて、それより身体を洗わねば」

 

 シャワーで体を流す。またしても、チートな仕組みがシャワーにはある。

 実は、シャワーから出るお湯には汚れの除去と除菌効果がある。つまり、ボディーソープや、シャンプーが不要なのだ。チートすぎる。

 全て『説明書』で知ったものだが、この体のピカピカ具合を見ていたら本当のことだとわかる。

 

 

「さあ、いよいよお楽しみの……」

 

 俺は一番近くの湯船へ、ドボンと入る。

 その瞬間、ピリッとした心地良い痛みが全身に走る。すぐに、それは完全な快感へと変わり、『幸せ』という感情こそが相応しい状態へと昇華した。

 

 ……おや? 煙で良く見えなかったが先客がいるようだ。

 

「あ、どうも」

 

「にゃ?」

 

 結構近づいてしまったらしいので、会釈を────待て、何かおかしくないか? 先客? 今のところ客いねぇよ。

 

 ということは……?

 

 

「みゃー!?」

 

「にゃぁぁ!? なんでユジが一緒に入ってるにゃ!?」

 

 正体がわかり、狼狽していると、みゃーが立ち上がり驚く。

 

 立つ──と、当然ながら全身が見えるわけで。しかも、運良く──じゃない、運悪く立ち上がった衝撃で煙が晴れて……一度だけ見た形の良い胸とか、主に下方向にある『乙女の花園』が見えてしまうわけで。

 

「えーと、ごめん?」

 

「謝って済むことじゃないにゃぁぁぁ!!!」

 

 みゃーは全身を隠しながら手を俺に向ける。え、まさかだよね? まさかここでやらないよね? 

 

 

「スキル……」

 

「ちょ、落ち着け!」

 

「……『絶対切断』!!!」

 

「ひぇっ!」

 

 完璧に勘だった。首に痒い痛みが走った瞬間、俺は思い切りしゃがみこんだ──後ろからドガッ! と破砕音が聞こえる。どうやら、壁が大きく抉れているようだ。

 それも、すぐに自動で直っていくが、俺の心に入ったヒビは治らない。

 

「みゃー! お前、殺す気かよ!?」

 

「はっ! すまんにゃ! 獣人族のしきたりで未婚の女子が成人済みの男に裸を見られたら殺せというのがあるんにゃ!」

 

「物騒だし、しきたり細か!」

  

 てか、やっぱり初対面の時に言わなくて良かったぁぁぁぁ!!!

 

「とりあえずユジはさっさと出ていくにゃ!」

 

「わ、わかった。すぐ行くから後ろから『絶対切断』ぶっぱなさないでくれよ……!」

 

「混乱してたんにゃ! てか、早く行くにゃ!」

 

 俺は睨み付けるみゃーにビクビクしつつ、急いで出ていった。

 

 てか、なんで男湯にいたんだよ。俺、悪くなくね?

 

 ……待てよ? 俺、男湯、女湯教えてねぇや。しかも、あれ日本語だからみゃー、読めないじゃん。

 

 つまり、すみませんでしたァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!!!

 

 



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第8話

「誠に申し訳ありませんでしたァァァァァ!!!!!!!!!」

 

 日本人の最終兵器(リーサルウェポン)、DO☆GE☆ZAを使い謝り倒す。

 風呂から上がり、心なしかツヤツヤと肌が輝いているみゃーは不満げにしながらも土下座をする俺を困ったように見つめた。

 

「……もう別にいいにゃ。これで助けて貰った借りはなしにゃ」

 

「了解です!」

 

 ビシッと敬礼をする。

 命と裸じゃ今一釣り合いが取れていない気もするが、それくらいで許して貰えるなら万々歳だ。

 

 みゃーは、はぁ……とため息を吐いてから、気を取り直すように服の袖を捲った。

 

「さ、仕事にゃ。みゃーは何すればいいにゃ?」

 

 早速切り替えてやる気を出している様子。非常にありがたい。俺はしばらくみゃーに頭が上がらない気がするが、頑張って店長としての威厳を取り戻そう。

 

「仕事は、客が来ないとどうにもできないから、一先ず研修だな。接客の仕方とか」

 

「接客……。森に放り出されてからはシロノとユジとしか話してにゃいから不安にゃ」

 

 放り出されるとか言われたら泣きそうになるじゃないか。別に俺は冷遇されていたわけじゃないし、食事も満足にありつけた。

 だが、みゃーは僅か五歳でこんな森に一人ぼっちにされて、生きてきた。だから、俺はみゃーに色々な楽しみを知ってほしいと思う。

 

 転移石を使わずに人里に降りることができたら、きっと楽しく良い経験をさせてあげられるだろう……って、何故か父親目線だが。

 

「まあ、人付き合いは俺も手助けする。あ、それとみゃーって何歳だ?」

 

「ん、15歳にゃ」

 

「若いな……」

 

 前世だったら何も考えずに学校に行って遊ぶだけのリソースの無駄遣いシーズンじゃん。

 よし、あまり負担は掛けないようにしよう。

 

「若い、って人間でも成人になったら普通に働くにゃよ?」

 

「まあ、そうなんだけど」

 

 この世界の成人は12歳だ。貴族以外の平民は、親元から離れて職に就くか、実家の店を継いだりする。もう、大人扱いなのだ。

 

 そう考えるとぬくぬくと過ごせてた日本よりこっちの方が厳しくもあり、成長しやすいんだろうな。主に精神面で。

 

 

「じゃあ、接客ってことは敬語とか使った方がいいにゃ?」

 

「んーっ、うちは個人経営だし、そんな堅苦しくなくても良いんだけど、最低限言葉遣いには気を付けるくらいで良いと思うぞ」

 

「了解にゃ。バカにするのはユジだけってことにゃね」

 

「いや、俺もバカにすんなよ」

 

 にゃはは、とみゃーは笑って近くの椅子に座る。俺も隣に座ってふぅ、と一息付くと、みゃーが笑顔で言った。

 

「こういう日が過ごせるとは思ってなかったにゃ」

 

「え?」

 

「……シロノは私と暮らそう、って言ってくれたにゃけど、みゃーが人里に降りるとシロノに迷惑がかかるにゃ」

 

「どうしてだ? ここから出れなくなったわけではなかったのか?」

 

 みゃーは寂しげに顔を俯かせて過去を語った。

 

「みゃーは獣人族の村から捨てられたにゃ。『絶対切断』のスキルがあったから」

 

「捨てられた……? 獣人は種族同士の結束が強いって聞いたことがあるけど……」

 

 みゃーは静かに首を振って否定した。

 

「それは弱いもの同士の話にゃ。この強すぎる力は大人にとって恐怖であり、族長たちにとっては邪魔だったにゃ」

 

「自分たちが襲われて下克上されると思ったのか……?」

 

「多分そうにゃ。だから、五歳の時にこの森に捨てられたにゃ。……幸いこのスキルのお陰で生き延びられたにゃ。でも、スキルのせいで追放されたのにスキルのお陰で生き延びるって()()にゃ」

 

 自嘲気に笑って、みゃーは自分の手のひらをぼんやりと見つめる。

 その目には怒りなどは浮かんでいない。ただ寂しさと悲しさが浮かんでいた。

 幼少期に害意に触れてきたのに関わらず、純粋に育ったのは、勇者シロノのお陰だろうか。それとも、みゃーの性格なのか。

 

「復讐したいとは思わないのか?」

 

 純粋にそれが気になった。自分を殺す気で捨てた相手だ。それ相応の報いを受けなければおかしな話だし、憎しみを持つのが『普通』だ。

 だが、みゃーは違った。

 

「思ったこともあったにゃけど、シロノが教えてくれたにゃ。生まれ故郷にあった言葉で『復讐は悲しみの連鎖を生むだけだ』って言ってくれたにゃ」

 

 当然、俺も知っているその言葉。だが、理屈や正論で抑えられるほど感情は良くできていない。しかし、みゃーは何処か諦めているようだ。

 

「見返したいとは……思わないのか?」

 

「……復讐よりも、みゃーを捨てたことを後悔させてあげたいにゃ」

 

 憎しみでも怒りでもなく、清々しい決意であった。

 そこで、俺は決心した。みゃーの願いを叶えることを。

 

「なら、することは一つだけだ。ここを繁盛させ、世界一の『風呂屋』にする。誰もが入りに来るような最高の設備にして、その時、みゃーを捨てた部族だけ、出禁にする。どうだ? 楽しそうだろ?」

 

 ニヤッと笑って、そう言うとみゃーは、はっ! と俺の顔を見つめると微かに涙を滲ませて────その涙を強引に拭き取り、不適に笑う。

 

「そうにゃね。ユジだけじゃ心配で見てられないにゃ。みゃーの力が必要ってことにゃね!」

 

「言ってろ」

 

 ふふっ、と二人で笑うと、俺は拳を突き出す。キョトンとするみゃーを無理やり指示して拳を重ねると、俺は宣言した。

 

「これは、俺とお前の夢だ。叶えるべき最優先の願いだ。俺はみゃーを絶対に見捨てない。だから、信じて付いてきてくれ」

 

 じっ……とみゃーの眼を真剣に見つめると、みゃーはまたも不適に笑ってスパーン! と俺の肩を叩いた。

 

「いたっ! おい、何する!」

 

「そんなこと言われなくても当たり前にゃ。風呂屋王にみゃーたちはなるにゃ!!」

 

 そんな馬鹿げたことをみゃーは叫ぶ。

 ちょっとその発言はコンプラ的に危ういけど、目指す場所はあながち間違っていない。

 

 

 さあ、ここから俺たちの風呂屋伝説の幕開けだ!!

 

 

 

 

開店初日

 

客  1人

店員 2人

 

【心強い仲間ができた!!】

 

 




お気に入りとか評価が増えてきて嬉しいです!
UAってなんですか……?


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第9話

次の日。早速俺はみゃーに様々なことを教えていた。

 しかし、残念ながら教えることがあまりない。

 

 読み書き、計算、常識。それらは全て勇者シロノが教えていた。毎回、滞在は一月ほどするらしいが、その間に持てる知識全てをみゃーに注ぎ込んでいるらしい。  

 言葉遣いもできるし、早くも免許皆伝が迫っていた。風呂の湯は俺しか入れれないし。

 

 

「仕方ない。みゃーに教えることは何もない。だから、受付でダラダラしててくれ」

 

「にゃーい。ユジは何するにゃ?」

 

 俺はニヤッと笑い、みゃーが着てる浴衣を見る。

 

「ずっと浴衣じゃあれだからな。従業員用の制服を作ってやる」

 

「おぉ! 制服にゃ! ……それにしても、ユジは貴族らしくないにゃね……」

 

 『制服』という単語に一頻(ひとしき)り喜んだ後、何かをぶつぶつと呟く。デザインのリクエストでもしたいのか? だが、残念。すでにデザインは決めている。

 

 何故いきなり制服を作ろうと思ったか。それは昨日の夜に見つけた部屋が関係している。

 

 俺は、三階の扉が並ぶ客室を通りすぎ、一番奥の扉を開ける。

 そこには、大きな段ボール箱があった。

 

 その段ボール箱の蓋には白い紙が張り付けてある。

 

 そう。昨日この段ボールを発見し、触った時、マスター権限を獲得した。説明によると紙に書いた物は何でも出てくるらしい。

 食品や生物は不可ということらしいが、これならば、ミシンと布で服が作れる。

 

 前世では料理屋の時も制服を作ってバイトの子に好評だった。

 そして、今は異世界。どんな服を作っても何だかんだで理由を付ければ着てくれるであろう! 正直コスプレでも、みゃーに、俺の国の独自の服装と言えば着てくれるに違いない。

 

 だが俺は最初から作る服を決めていた。

 

「さあ、早速作っていこう」

 

 段ボールからミシンと桜の花びらが描かれたピンクの布、そして、様々な色の布を取り出していく。触ると、しっかりとした厚みのある生地で、高級品だと一目でわかる。

 

 徹夜で作った設計図を元に布を切り、ミシンでガガガと縫っていく。

 

 これも全ては俺の性へk……じゃない男の夢を叶えるためだ。

 だが、この服装は前世でもそこまでポピュラーな物ではない。だから、この世界で流行らすのだ。

 ふははっ、俺のテンションは高まるばかりだぜぇぇぇ!!

 

 さすがに自動で思い描いた物を縫ってくれるミシンなどはなかったので、神経を張り巡らして一つ一つ丁寧に作っている。

 

 

 

☆☆☆

 

 作り始めて三時間が経過し、ようやく完成した。

 

「良い……最高の出来だ……」

 

 服を広げ、恍惚の笑みを浮かべる俺。端から見ると変態だと思うが気にしない。

 

 服────それは、ドレスと和服が一体化したもので、簡単にわかりやすく言うと、下はスカート、上は着物で桜の花びらの刺繍が和を引き立てていて、それでもスカートに違和感はない。

 

 これは前世で言うところの『和ロリ』という服である。

 元はゴシック・アンド・ロリータ……ゴスロリから派生して出来たものだ。

 プラス、ハイソックスと服の下に着るインナーを掲げる。

 

 我ながら良いものが作れたと思う。

 

 俺は早速急ぎ足でみゃーのいる一階へ向かう。

 

「みゃー! 制服ができたぞ!」

 

「お、早いにゃんね」

 

 ソファにゴロゴロと寝転んでいたみゃーが微かに驚く。おい、店員、受付にいろよ。

 そして、んっ、と首跳ね起きで立ち上がると俺の手に持った服を見て眼を輝かせる。

 

「はい、お前の制服とその下に着たりするやつ。説明書作ったからそれ見て着てくれ」

 

「わかったにゃ。それにしてもすごいにゃ!! ドレス……とはちょっと違うにゃ……? 独特だけど可愛いにゃ! 早速着てくるにゃ!」

 

 ドタドタと女湯の暖簾をくぐって脱衣所に向かっていったことを確認し、俺はグッと小さくガッツポーズをした。

 

「気に入ってくれて良かったぜ……!」

 

 そして、夢にまで見た『和ロリ』が見れるのだ。ワクワクしながら着替えを待つ。

 

 正直インナーを作るかどうか迷った。みゃーはノーブラだ。ゆえに浴衣の下はバルンバルン状態だったのだ。それが実に想像を掻き立てるが、さすがに客の前でそんなふしだらな格好はさせれない。

 だから、俺は泣く泣くインナーを作った。

 

 

 十分後、遂にみゃーがその姿を現した。

 

「ど、どうにゃ?」

 

 少し恥ずかしそうにスカートの裾を押さえるみゃー。その仕草でもうすでに俺のハートがブレイクしそうだ。持ってくれ……! 俺の心臓……!

 

 そして、腰を落ち着かせて制服全体を見る──と一滴鼻血が零れた。

 

「実に素晴らしい……!」

 

 和と洋。その二つのデザインを取り入れたが、あくまで和がメイン。浴衣が似合っていたみゃーだし、似合うと思ったが……これは予想外だ。

 

 猫耳と和服の相性が良すぎる。今更だが尻尾はないらしい。

 

 それはそうとして、綺麗系統ではなく可愛い系統の最前線にいるみゃーにはスカートがとても映えていて可愛らしさが全面に押し出されている。

 布が高級だからか、コスプレ感はなく、服としてしっかり機能しているのだ。インナーを着用したお陰でエロさはなく、何処か清楚な雰囲気すら感じる。

 これは素晴らしい、涎が垂れそうだ。

 

「まじで可愛い……」

 

「ふみゃ!? みゃーが可愛いなんてそんにゃ……」

 

 鼻血を押さえつつ本心を口にすると、みゃーが驚き否定する。

 ダメだ! ここで自分に自信を持たせなければ! 必殺褒め殺し!

 

「いや、まじで可愛い。そもそも服よりもみゃーが可愛いんだ。服はあくまでみゃーの可愛らしさを引き立てているだけで、みゃー本来の可愛さが────」

 

「ちょ、ユジ! やめる……にゃ」

 

 顔を覆ってだんだんと真っ赤になっていくみゃー。俺はそれに気づかずひたすらに褒めると、耐えきれなくなったように、みゃーがダッ! と階段を駆け上がり逃げていった。

 

 

「もう、無理にゃぁぁぁぁぁ!!!」

 

「ちょっ、みゃー!? ……なんか嫌なこと言っちゃったか……?」

 

 頭をポリポリと掻きながら俺はみゃーの逃げていった方向を見た。

 



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第10話

それから二週間が経った。

 

 みゃーが男湯と女湯を間違えて、二回ほど死にそうになった事件はあったが、それ以外は平穏な日々を暮らしていた。

 

 が! 別に俺は平穏な暮らしは求めてないの! どっちかというと忙しい日々を送りたいの!!! 客来いよ!!!!

 

 と、文句を言ったところで、ここはSランクの魔境の奥地。おいそれと人が来れる場所じゃない。

 俺は少し退屈だが、みゃーは相変わらず楽しそうに、幸せそうに過ごしてくれている。

 何もないここで、みゃーは俺の唯一の癒しとなっている。

 

 

「はぁ……。みゃーは可愛いなぁ」

 

「ふみゃ!? きゅ、急に何言い出すにゃ!」

 

 隣に座ってぼーっとしてるみゃーが俺の発言に照れる。この反応がどうも気に入って、1日に一回は言っている。

 何度言っても慣れない様子で照れるみゃー。しかも、褒められるのは満更でもないらしい。

 みゃーとも打ち解け、距離も近くなったと思う。だから、風呂でバッタリ会った時にノータイムで『絶対切断』を繰り出すのはやめてほしいんだよな。俺の命が持たない。

 幸い、全て首を狙ってくるので避けるのは簡単だが、この首を狙うという行為がどうも、店長をクビにするという意味にしか思えなくて不安だ。

 

「魔物でも良いから客として来てほしいぜ……」

 

「ちょっと、ユジ。そんな不吉なことを言ったらダメにゃ───」

 

 ズガガガガガッッ!!

 

 まさしくそんなタイミングで、地面が激しく揺れた。

 

「なんだ!? 地震か!?」

 

「違うにゃ! 多分外で何かが起きたんにゃ!」

 

 みゃーは獣人。五感が鋭い。ゆえにみゃーの言ってることが正しいだろう。

 

 俺たちは急いで外に出る。一応、何か起こっていたら大変なので、扉を少し開け、外を覗くように見る。

 

「「な!?」」

 

 同時に信じられない物を見た、と言わんばかりに驚く。

 

 それは山ほどの巨体を持つ隻眼の熊だった。

 なんだあいつは……と見ていると、となりにいたみゃーがわなわなと震えながら呟く。

 

「エンペラーグリズリーにゃ……。みゃーを。みゃーを追いかけてきたんにゃ……」

 

 放心したように呟くみゃーの言葉に俺は察した。

おそらく、怪我した原因があのエンペラーグリズリーと呼ばれる魔物なんだろう。確かに爪で切り裂かれた後があった。

 

 途轍もなく大きい。結界の高さが30mくらいあるのに大して、熊はその半分以上の大きさを誇っている。およそ20mくらい。

 スケールの小さい怪獣映画に登場しそうだ。

 

 今のところ結界石を破壊しようとしているが、ヒビ一つ入っていない。ただ、破壊の余波が結界の外を襲って、森の木々がなぎ倒されているだけだ。

 しかし、その結界もどれくらいの強度があるかがわからない。いずれにせよ油断は

できないし、どうにかしてあいつを追い出すか、倒すかするしかないだろう。

 

 

「みゃーのせいにゃ。多分血の匂いを追いかけてきたんにゃ」

 

 みゃーは俯いて肩を震わせた。そして、覚悟が決まった瞳で俺を見つめた。

 

「ユジ。今までありがとにゃ。ここはとても温かくて楽しかったにゃ」

 

「何をする気だ?」

 

「みゃーが引き付けてあいつを追い出すにゃ。これでもみゃーはスピードに自信があるにゃ。だから、心配しなくても大丈夫にゃんよ!」

 

 貼り付けた笑顔でグッと拳を掲げる。だが、その拳は震え、微かに涙を滲ませていた。

 

 何無理してんだよ。明らかに恐怖で震えてるだろ。そんなみゃーを見捨てる? あり得ない。

 

 ダッと走ろうとするみゃーの手首を思い切り掴み、風呂屋の床に押し倒す。

 

「ユジ……? 離すにゃ! ユジが何と言おうと……!」

 

 喋ろうとしたみゃーの口を人差し指で押し留め言う。その声は震えている。恐怖ではない。『怒り』だ。

 

「俺は雇用主。お前は店員。部下の失態は上司が取り消す。という言葉があるがな────何でも自分一人で決めるんじゃねぇッッ! お前が犠牲になれば俺が満足するとでも思ったか? それで、お前がいつも口にする『幸せ』を俺が得られると思うか!?」

 

 みゃーは俺の言葉に涙をボタボタと垂らして嗚咽を漏らす。

 俺は続けざまにみゃーを見つめて言う。

 

「誰かの犠牲の上で成り立つ幸せなんか『偽物』なんだよッッ!! たった二週間しか過ごしてないが、それでも育んできた絆をあんな熊ごときに奪われるつもりはねぇっっ! ……なあ、みゃー。お前はどうしたい?」

 

 熊が暴れるが、その音はもう俺たちの耳には入らない。

 

 みゃーは嗚咽を堪え、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔で叫ぶ。

 

「ひっ、ぐっ。まだ、ユジとずごじだい! お店、一緒にしたいに゛ゃ!!!」

 

 想いは受け取った。次は俺の番だ。

 俺は不敵に笑ってふざける。

 

「客来ねぇけどな」

 

 ぷっと涙を流しながらみゃーは笑った。

 その表情を見て、俺は静かに熊の方向へ歩いていき──みゃーに振り向いて自信満々に言った。

 

 

「全て俺に任せておけ。店長の勇姿、しっかり眼に刻んでおけやッッ!!」

 

 店の前に立て掛けてあった細身のロングソードを抜き、俺は一直線にエンペラーグリズリーの元へ走った。

 

 誰かを守るために戦う。『幸せ』を手に入れるために。

 



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第11話

策はゼロだ。あの熊を倒すにはいかにして、結界というアドバンテージを活用するかが勝負の鍵を握る。

 

 この剣は名工が打った最高級の剣だ。ヘルデルトの森のボス格に耐え得るかはわからないが信じるしかない。

 

 俺は今一度相手の情報を脳で整理する。

 

 魔物図鑑で読んだことがある。

 

 エンペラーグリズリー。

 別名を狂爪(きょうそう)の皇帝。

 ヘルデルトの森にたった一匹だけ存在している最強の魔物の一角で、出会えば死と言われている。

 唯一生き残った冒険者の情報によると、爪が主な攻撃手段で、どんなものでも切り裂くと言われている。

 さらにその爪には常時風魔法が張り巡らされていて、遠距離での攻撃や威力上昇などの効果もある。

 

 

「つまり、近付くと一番危険か。ならば、魔法」

 

 折角抜いた剣を捨て、俺は集中する。

 風魔法での遠距離攻撃は魔法で相殺できる。ならば、物理攻撃を危険視することが一番重要だ。

 

「『ファイアーアロー』」

 

 小手調べに火属性魔法で最も威力が低い魔法を使う。目眩ましにもならないが、相手の反応で色々なことが知れる。情報を手に入れることがまず、第一優先である。

 

 俺の近くに幾何学模様の魔方陣が浮かび、その中から全てが火でできた矢が熊へと向かう。

 

 熊は見向きもせずに、ファイアーアローを受けた。しかし、その体毛に阻まれ傷一つない。

 魔法は想像だ。過程と結果を細かく想像できれば、オリジナルの魔法を開発するなと容易い。

 

「ならば『ファイアーボールin化学反応』」

 

 空気中の酸素とゴウゴウと燃える炎の球体……ファイアーボールを結合させ、青色のファイアーボールへと変化させる。

 

 化学の力だぜ!

 

「はっ!!」

 

 手から少し離れて保持した状態で、野球選手のように振りかぶって──全力投球をした。

 

 ビュンッと空気を切り裂く音ともの、熊へ一直線に向かう。

 

 ズドッ!!

 しっかりと芯を捉え、当たった音がした。

 しかし、表面の体毛が少し焼け焦げただけで全然効いていない。

 

 しかも、変に刺激したせいで、俺の存在を知覚されてしまった。

 結界は害のあるものを外から弾くわけだから中からはバコスカ打ち放題なのだが、避けられてしまっては意味がない。まだ、俺を侮っている状態で倒すのが理想だったのだが仕方ない。

 

 

「ユジ! 無茶にゃ! そいつにはどんな攻撃も効かないにゃん! 人間のユジにそいつを倒すのは()()()にゃ!」

 

 不可能……? その言葉は大嫌いだ。誰がそんなことを決めた? どうしてそう言い切れる? 他の尺度で物事を決め付けるなッッ!

 

 様子見は終わりだ。()()を出す。

 

「見とけみゃー。その『不可能』を覆す瞬間をよぉ!!」

 

 俺は手のひらに魔力()()を集める。何も想像しない無の状態だ。

 

 これから行うのは俺のオリジナル魔法中『最強』であり『最弱』でもある魔法だ。

 ヘルデルトの森のやつに通じるかは来た時から不安だったが、問題ないと判断した。

 

「魔力充電、完了ォ……っ!」

 

 俺はその手のひらを熊に向ける。俺に敵意の視線を向けながらガリガリと爪で結界を引っ掻く熊。

 俺は使っていない左手で熊に向けて中指を立てる。

 

「あばよ、熊。みゃーを泣かせたことをあの世で償いやがれ!! 『魔力撹乱弾(まりょくかくらんだん)』!!」

 

 無色透明な魔力が音もなく熊に迫る。文字通り魔力()()だから熊は避けることをしない。

 そのままスゥッと熊の体に魔力が入り込んでいった。

 

「知ってるか。空気中の魔力と自分の魔力を混ぜてある条件を満たすとな。()()するんだぜ」

 

 バンッ!!

 風船が弾けるような音とともにエンペラーグリズリーの上半身が弾け飛んだ。

 当然、下半身だけで動けるはずはなく、熊はその命を散らした。

 

「にゃ……?」

 

 後ろから気の抜けた声がした。

 みゃーが眼を擦って何度も熊の下半身を見る。

 

「おい、どうした。みゃー。そんなに生物の下半身に興味があるのか?」

 

「その言い方はやめるにゃ!!」

 

 ふざけると、すかさずツッコミが飛んでくる。

 みゃーは反射的にツッコミをしてしまったのか、一瞬体を固まらせると、俺に聞く。

 

 

「ユジ。どうやって倒したにゃ……? みゃーからじゃさっぱり見えなかったにゃ……」

 

 混乱しているな。まあ、魔力は見える人が少ないから当然だ。

 とりあえず俺はみゃーにネタバラシをすることにした。

 

「あの魔法は空気中の魔力と自分の魔力を1:1に合成して相手に放つ魔法だ。実は空気中の魔力と自分の魔力は火薬と着火材みたいな関係で特殊条件を満たすと爆発するんだよ」

 

「だから、エンペラーグリズリーが消し飛んだにゃ!?」

 

 あー、実は違うんだよな。

 俺は首を左右に振って説明した。

 

「火薬と着火材。って言ったろ? 爆発させるには火が必要なんだ。その火が相手の魔力。すなわちエンペラーグリズリーの魔力。だから、正しく言えば、空気中の魔力と自分の魔力、そして相手の魔力を等分に混ぜると暴発して爆裂する」

 

 俺がなるべくわかりやすいように説明すると、みゃーが疑問を示した。

 

「でも、それって相手の魔力の量を正しく知らないといけなくにゃいかにゃ?」

 

 俺を指を鳴らして正解! と褒めた。

 

「だから、最初にファイアーアローとフォイアーボールを当てたのさ。その時に空気中の魔力をちょっと含ませたんだ。そしたら、詳しく相手の魔力がわかるって特性がある」

 

「でも、混ぜるのってすごい難しいんじゃ……」

 

「多分俺しかできないな」

 

 精密な魔力操作や、そもそも魔力量。転生者であるアドバンテージを使って魔力量を殖やす特訓をしたものだ。

 

「すごいにゃ! じゃあ、ユジは最強の魔術師にゃんね!」

 

 おっと、みゃーは誤解をしているな。

 

「小さな火じゃ燃え上がらないし爆発しないだろ?」

 

「え? まあ、そうにゃね」

 

 急に話が変わったのかと戸惑いつつ質問に答えてくれる。

 

「だから、相手の魔力が多くないと全く効かないんだよ……」

 

「にゃ、にゃるほど……。この森でその技が使えるのは……?」

 

 俺は小さく呟いた。

 

「このエンペラーグリズリーだけだろうな」

 

「もう使えにゃいってことにゃ……」

 

 だが、ドンピシャでこのピンチの時に使えたんだ。この魔法はこのためだけに必要だったのかもしれない。そう考えると、少し気分が晴れる。

 

 さて、それはそうと。

 

「みゃー。お前はもう同じ所で働く仲間だ。もう、二度と自分を犠牲にしようとした考えをするな」 

 

 みゃーはその言葉に少し嬉しそうにして頷いた。

 

「もちろんにゃ。もう二度と、ユジの側から離れたくないにゃ♪」

 

 そう言って俺の腕にいきなり抱きついてきた。

 

「お、おい?」

 

 ムニュゥと大きな胸が腕に当たる。その瞬間、全神経を腕に集中させてしまうのは男の性というやつだろうか。とにかく俺は悪くない。

 

 そんな言い訳を心の中でしていると、上目遣いでみゃーが耳元で呟いた。

 

「ありがとにゃ。ユジ、大好きにゃ」

 

 まるで耳に砂糖菓子が詰め込まれるような甘い吐息が耳を包む。

 大好き──大好きとエコーが掛かったように頭の中でその言葉がリフレインする。

 

 俺はあまりの衝撃に体を硬直させながら何とか言葉を捻り出す。

 

「えーと、それは仲間という意味で……?」

 

「さあ、どっちかにゃぁー」

 

 みゃーはイヒヒと生意気に笑って、またも俺の動揺を誘った。

 

 まだ俺は、みゃーの『大好き』という言葉が消えずに頭に残っていた。

 

 




一章一部終了

節目なのでこれを機に感想、お気に入り、評価、待ってます!


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第12話

「何故だ。何故みゃーがいない。私のスキルに反応しない。何故だ。何故だぁぁぁぁァァァァァァァァァァァ!!!!」

 

 薄暗い森の中で女は迫りくる巨大な魔物を切り裂きながら雄叫びをあげる。端から見ても女の目は正気ではないし、襲いかかるSランクの魔物を剣の一振で倒す行動も正気の沙汰ではない。

 

「まさか魔物に殺された……? アァ、そんなことはあり得ない。みゃーには『絶対切断』があるし、勇者の加護も授けた。万が一のことがあっても助かるはずだ」

 

 女はブツブツと呟きながら暗い森を闊歩する。魔物たちにとって、その歩みは絶望であった。

 鬼のようにギラギラ煌めく視線を受けて、次々と魔物が逃げ出していく。しかし、女は追い掛ける。

 もはや、魔物退治など、どうでもいいことなのだが、何かを切り裂いてないと不安で胸が張り裂けそうなのだ。つまり、魔物は今や精神安定剤と成り果てているのである。

 

「なーぜーだァァァァァァァァァァァ!! みゃー。我が愛しのみゃーよ……頼むから出てきて遅れよ……」

 

 女は涙を一滴地面に零す。その瞬間、女はいつの間にか周囲を結界で覆われた建物の近くにいた。

 

「ここは……。……ッッ!! みゃーの匂いがする……。ここにいるんだな。みゃーッッ!!」

 

 女は一目散に建物へ向けて走っていった。

 

 この女の名前はナリタ・シロノ。性格に一癖も二癖もある今代の勇者である。

 

 

 

☆☆☆

 

 

「ふわぁ……暇だな」

 

「暇にゃんね」

 

 ダラダラとソファに寝転びつつ、俺とみゃーは呟いた。

 すでにヘルデルトの森に飛ばされてから2ヶ月が経過していた。

 相変わらず客は来ない。もし、みゃーがいなかったら、俺は精神的にダウンしていた可能性がある。

 

 そして、問題はまだある。

 

「なあ、みゃー」

 

「ん? どうしたにゃ?」

 

「距離が近いんだが」

 

 エンペラーグリズリーの襲来から、やけにみゃーの距離が近いのだ。今も、俺の右腕に抱きつきながら俺の肩に頭を乗せている。永続的に右腕に感じるムニュゥという胸の感触と、フワリと漂う女の子特有の良い匂い。

 女の子の香りより風呂の香りの方が好きだと言った覚えがあるが、前言撤回する。確実に女の子の香りの方が好きだ。

 

 あの頃の俺は童貞ゆえの強がりであったのだ。童貞なのは変わりないが、一つの経験をしたことで、俺の意識は変わり始めている。

 

 何度くっつかれても慣れないドキドキを抱えていると、みゃーは嗜虐的な笑みを浮かべて俺をからかう。

 

「あれぇ? ユジ、みゃーのことを意識してるにゃ? くっつかれてドキドキしてるにゃ?」

 

「くっ、そうだよ……! だから離してくれ!」

 

「嫌にゃ♪」

 

 積極的になってしまったみゃーに俺は振り回されるばかりだ。野生児だったみゃーはダイナマイトボディに相応しい妖艶さを手に入れてしまったのだ。陥落してしまうのも時間の問題だ。

 

 だが、俺たちは店長と店員の関係である。だから、決して恋人には……あれ? 店員と客ならまだしも、同僚なら良いんじゃね?

 いやいやいやいや、何を考えている俺。

 

 いつの間にか、みゃーと恋人になるのも良いかも……とか思い始めている自分がいる。間違いなくみゃーは俺に好意を持ってくれている。だが、それに甘えてしまっては、俺とみゃーの『世界一の風呂屋』にするという夢が疎かになってしまう可能性があるのだ。

 色恋沙汰は後! 今は夢に向かって一直線にならなければ。

 

 だから、俺はどうにかしてみゃーをかわしてきたのだ。

 

「みゃー。客が来たらどうする」

 

「どうせ来ないにゃ」

 

「そういうことを言うんじゃありません」

 

 ポコッとみゃーの頭を優しく叩くと、てへぺろ☆と下をチロリと出した。

 懲りてないな……。

 

「ま、ユジが大変そうにゃし、許してあげるにゃ」

 

「くっ、助かる……」

 

 地味に苛つくが、押さえなければやっていけん。

 

「今日は何をするにゃ?」

 

 わくわくした様子でみゃーが聞いてくる。ここ、最近は世界一の風呂屋にするための方法を模索し、色々改装していたのだ。

 その過程でみゃーにも手伝いをお願いしている。それを楽しんでいるようだ。

 

「目下の対策はどうしたら人が来るか、だが、これに関しては考えはあるが、それにら金がいる」

 

「金があったらできるにゃ?」

 

 俺は大きく頷く。

 

「転移石の上位互換に、固定転送魔方陣。というのがある。これをヘルデルトの森の麓と、この風呂屋に置けば、誰でも安全に行き来が可能なのだ!」

 

「でも、お高いんでしょう?」

 

 どこで知ったネタかわからないが、みゃーがそう聞いてくる。うん、十中八九勇者シロノの知識か。

 

「なんとそれがですね……じゃなくて、普通に高い。金貨十万枚必要。ちなみに転移石一つが金貨一枚」

 

「せ、十万倍にゃ……」

 

 途方もない金額だ。個人で保有している者はおそらくいないだろう。

 ぶっちゃけ、魔法の冷蔵庫を売れば金貨十万枚にはなるだろう。だが、それはできない。

 

 牛乳を売っても良いのだが、やってしまうと世界のパワーバランスがぶっ壊れるし、俺はもれなく権力者たちに命を狙われることになる。

 そんなリスクを抱えて生きたくない。

 

 

「だから、当面は頑張ってここにたどり着いた人をもてなして、宣伝してもらうことにする」

 

「客。来るかにゃ……?」

 

「知らん……」

 

 そこまで話し合ったところで、結局堂々巡りだと、俺とみゃーは同時にため息を吐いた。

 



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第13話

「今日は探検してみます」

 

「探検にゃ? どこを?」

 

 いつものように客が来ないことに段々と焦燥感が湧いてきたので、気分転換にそう提案する。

 興味を示したみゃーに若干大袈裟に説明する。

 

「この建物は賢者さんが作ったわけだけど、様々な部屋に伝説級の魔道具があった。ということは、もしかしたら隠し部屋なんかもあるのではと思ったのさッッ!!」

 

「お、おぉ。テンション高いにゃんね……」

 

 付いていけない顔をしている。だが、ここからが重要だ。

 

「もしかしたら隠し部屋にはもっと高価な魔道具なんかが置いてあったり……? それに、固定転送魔方陣があるかも……?」

 

 そう言うと、みゃーは立ち上がってビシッと指を指した。

 

「さあ、行くにゃ!! お宝を探しに!!」

 

「固定転送魔方陣が目当てじゃないんかい」

 

 全く俗なやつだ。だが、俺もお宝は欲しい。よーし! と気合いを入れ、みゃーを連れだって探検を始めた。

 

 

「みゃーは3階から探すにゃ! お宝見つけたら絶対呼ぶにゃよ!!!」

 

「わかったわかったって。良いから少し落ち着きなさい」

 

 放っておいたら何処までも探しに行きそうな勢いだ。そんなにお宝が欲しいのか。

 

 みゃーは何度も『絶対呼ぶにゃよ!』と念押しすると、勢いよく階段を駆け上がっていった。

 

「さて、俺もボチボチ探すかね」

 

 まずは周りを見渡す。一階の構造は、玄関と靴箱を通り中に入ると、ソファや自販機が並ぶロビーがある。恐らく湯上がりにここで寛ぐためにあるのだろう。

 そのロビーの隣に男湯、女湯と書かれた暖簾の間に番台があり、あとは風呂だ。

 

 俺はロビーが怪しいと踏んでいる。一番広い場所だし、仕掛けがありそうだ。

 この探検だが、必ず仕掛けがあるとわかっているわけではない。ただ、本に載っていた賢者さんの性格的にあるのでと思ったのだ。

 

『賢者英雄伝説、第六章。偉大なる賢者は常に広い視野を持つために童心を忘れぬよう自らの屋敷に仕掛けを施していた』

 

 とある。おそらく、童心を忘れぬようと書かれているのは、単にいたずら好きの賢者さんを良く書くためだろう。

 『賢者の休憩所』については明記されていないが、俺はその性格的にあると確信のようなものを感じていた。

 

 ふむ、わかりやすく何処かにボタンとかないものか。自販機の側面や、ソファの裏側を調べるも何もない。

 

「壁とかどうかね」

 

 サワサワと壁を触るも、ざらざらした触感が肌を伝うだけだ。宛が外れたか……。

 

 確か前世で仕掛けを探す時は空間を俯瞰して見て、不自然な点を探すと言われていたな。

 

 やってみるか。

 一部分を見るのではなく、全体を意識してロビーを見る。

 

「んー……。真ん中が何もない……?」

 

 ロビーの真ん中にはソファなどは置かれていなく、冷たいフローリングだけがある。普通、内装としてソファ等を置くのが普通ではないか。何かを想定して作られた可能性はあるが、今一番怪しいのはその真ん中。

 俺はロビーの真ん中に立つと、足でドンッと音を鳴らし、耳を澄ませる。

 

 ドンッ! ……ドンッ。

 

 微かに音が反響した。

 

「下に何かあるのか……?」

 

 四つん這いになり、指先でコンコンと叩くと、やはり反響する。

 

「床、ぶっ壊すか……? いや、多分無理だし、すぐ直る」

 

 一度みゃーに『絶対切断』で殺されかけた時に壁に出来た傷はものの数秒で直ったのだ。もし、中に空間があって、運良く壊せたとしても、生き埋めになる可能性がある。そうなったら、もう一度壊すまでに酸素が足りなくて死ぬ。

 

「でも、空間があるってことは仕掛けが必ずあるはず。よし、テンション上がってきたぁぁぁ!!」

 

 あるかも? と思って探すより、ある、とわかって探すのは気合いの入れようが段違いだ。腕捲りをして気合いを行動で示すと考える。

 

「がむしゃらに探したって時間がかかるだけだよな。場所はわかった。後は仕掛けだ。ここで探してないのは、玄関と風呂近くくらいか……」

 

 玄関に仕掛けは……無さそうだよなぁ……風呂近くから探してみるか。

 

 風呂の中は、万が一客が仕掛けを発動してしまったら大変なことになるし、ないと思う。……いや、ボッチ賢者さんだから、そういうこと考えずに仕掛け作る可能性もなきにしもあらず。

 

 悩んでも仕方ないと、廊下の床や、壁などを片っ端から触る。しかし、不自然な点は何処にもない。

 

 

「あーくそ、わからねぇ」

  

 休憩するか。

 俺は寿命が伸びる牛乳を、番台に肘をつきながら飲む。あー、うめぇ。疲れた体が癒されるぅぅぅ。

 

「それにしても全然わからねー」

 

 みゃーに啖呵を切った以上、見つけないとガッカリされるに違いない。でも、見つけられないものは仕方ないじゃないか……。

 どうすれば良いかわからなくなって、番台のすぐ後ろでしゃがみこむ。

 

「……ん? なんだこれは」

 

 番台の下の隅っこに記号のようなものが描かれていたのだ。

 

「魔法陣……?」

 

 見たことない模様だ。しかもこれだけ小さく書かれているということは……

 

「もしかしたらヒントか!? あの魔法陣を書いたら隠し部屋にいけると!?」

 

 試す価値はある。

 俺は(はや)る気持ちを抑えてメモに魔法陣を写す。そこまで複雑ではないので、さして苦労はしない。

 

 写し終えると、再びロビーの真ん中に立つ。さて、これをどうすれば良いか……。

 

「床に書いてみるか?」 

 

 使い方がそれしか思い付かない。

 俺は、床にマジックペン(段ボール箱から取り寄せた)で魔法陣を書く。

 

 それなりに大きく書くと、何だか男心をくすぐる形になった。

 

「おぉ……封じられたブラックヒストリーが蘇りそうだぜ」

 

 そういえば実家にあったあのノート。中身見られてないだろうか。前世で死ぬ前に処分しておけばよかったぜ。後の祭りだが。

 

 そんな事を思いながら魔法陣を書き終える。が、何も起こらない。

 

「おかしいな……やっぱりダメか……? いや、ダメ元で魔力注いでみるか」

 

 この魔法陣が何らかの魔法を発動させるキーになるのならば、魔力が必要のはず。

 

「ふんっ! 頼む! 何か起これ!!」

 

 魔法陣に手をかざして魔力を注ぐ────魔法陣がピカッ! と光輝く。

 

「おぉ! 何か起きたけど、目がァ! 目がァ!」

 

 ム☆カの気持ちがわかった気がする。目に急に光が当たるってなかなか酷い。頭チカチカする。

 

 光が晴れて、視界が正常に戻った時、視界に現れたのは──地下への階段であった。

 

「よっしゃぁぁぁぁ!! 隠し通路発見だぁぁぁぁぁぁ!!!」

 



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第14話

「みゃー!!! 地下の階段発見したぞぉぉぉ!!」

 

 大声で呼ぶと、ドタドタと足音が聞こえて、みゃーが現れる。目がキラキラ光輝いている。

 みゃーはロビーにある階段を見るや、待ちきれないと言わんばかりの様子で俺の袖をグイグイと引っ張った。

 

「早く行くにゃ!! これは絶対お宝があるにゃんよ!!」

 

 落ち着け、と言おうとしたが俺も階段を発見してテンションが高くなっているため、完全にブーメランだ。いや、地下の階段だぞ? テンション上がるのも仕方ないだろ。

 

「よし、行くか!!」

 

 なので俺たちは大して警戒をせずに中に入ってしまった。

 

 

 

☆☆☆

 

 

「『ライト』」

 

 地下には明かりは一切ない。俺は光魔法の『ライト』を使い、辺りを照らす。

 

「便利そうにゃ。みゃーも魔法、使いたいにゃ」

 

「時間あったら教えてやるよ」

 

「客来ないから大丈夫にゃ!」

 

「だからお前な……」

 

 恒例のやり取りになってきている気がする。みゃーの頭をポンッと叩きながら呆れる。

 しばらく階段を下る。なかなか長い。一直線上ではなく螺旋階段なので、かなり歩いた錯覚を覚えた。

 

「一回戻って準備した方がいいかもしれないな……」

 

 俺が呟くと、みゃーが不満を示した。

 

「えー、かなり歩いたし面倒だにゃ。どうせなら行けるところまで行くにゃ」

 

「しかしなぁ……」

 

 思わず警戒せずに歩いてきたが、もしかしたら罠が仕掛けられている可能性もあるし、安全策を取ってから来るべきだ。

 俺はどうも嫌な予感がして、もう一度みゃーに戻ろう、と言おうとしたが、その前に階段を下り終えてしまった。

 ここまで来てしまったなら、みゃーは戻ることに納得しないだろうから、もう先に進むしかない。

 

「さ、もうすぐお宝にゃ」

 

 フンフフーン♪と鼻唄を歌いながら警戒心の欠片もなくみゃーが地下を先行する。俺は後を追いかけながらも、万が一に備えて周りを観察することにした。

 

「……人工物。この壁はコンクリートか。明かりはないが、道は整備されている」

 

 やはり賢者さんが作ったのだろう。こんな巨大な通路を作る技術なんて、賢者さん以外できない。やはり賢者の名は伊達ではないか……。一体どれだけ魔力があればこんな地下空間を作れるんだ……? ハッキリ言って想像がつかない。

 こうなると、ゲームのセオリーだと、宝を守る番人とかがいたりするんだけどな。

 

 ゲームというと懐かしくなるな。もちろん、この世界に日本のような発達した機械類はない。

 

 もう二度とゲームはできないのか、と寂寥感を抱えていると、ふいにみゃーが立ち止まった。

 

「あ、扉があるにゃ」

 

 みゃーが一際目立つ大きな扉を見上げて言う。

 

「扉っつーより、門だな」

 

 規模がまるで違う。そして、門はくすんでいるが、黄金で豪華な装飾がされている。まさしく、ゲームでいうところの『ラスボス』が待つ部屋へ通じる門みたいだ。

 

 これは、戦いになることを想定しないと危険だ。

 

「みゃー。多分戦闘になる。魔法で援護するから前衛は頼む」

 

 真剣な表情を浮かべてみゃーにポジションを伝えると、ようやく引き締まった顔で頷いた。

 

 普通、前衛って男がやるもんらしいけど。というか、情けないって揶揄されるが、みゃーの持つスキルが前衛なのだから仕方ない。どちらかというと、前衛~中衛寄りだ。そしと、俺はガチガチの後衛。これは、日本人特有の謙虚さが『後衛』という役割になってしまったのかもしれない。

 

 

「よし、行くぞ!」

 

「にゃ!」

 

 門を押すと、ギギギと錆び付いた音を鳴らして重々しく開いた。

 俺たちは警戒しながら中に踏み込む。中はやはり暗くて見えない。

 俺は『ライト』の魔法の光量を全開にし、全体に行き渡らせる。

 

 照られさて全貌が明らかになった。

 そこは円形の大きな部屋だった。そして、部屋の真ん中には────

 

「ゴーレムやん……!」

 

「ゴーレムってなんにゃ?」

 

 見たことないのか。確かにヘルデルトの森にはいないか。勇者シロノにも教えてもらっていない様子らしいし、俺は軽く説明をする。

 

「様々な種類があるんだけど、平たく言うと木とか鉱石とかの集合体。体の真ん中に核って言われる急所があるからそこを狙うのがセオリー」

 

 ほへー、とみゃーは頷く。……緊張感のないやつめ。

 見る限り、ミスリルゴーレムか。Sランクだぞ……どうする……。

 

「核を露出させて砕くしか倒しかたはないんだけど、あのゴーレムはゴーレムの中でも強い部類に入る。みゃーの『絶対切断』が鍵だぞ……っ!」

 

 肩に手を置いて頼む。少しプレッシャーを与えてしまったか? と思ったが、みゃーは拳と拳を打ち付けてやる気満々の様子だった。

 

「任せるにゃ! それにみゃーの()()見せてやるにゃ!!」

 

 新技? と疑問に思ったが、ゴゴゴと大気が震える音と共にミスリルゴーレムが動き出したために思考の変更を余儀なくされる。

 

 俺は魔力を高めていつでも撃てるように準備をし、みゃーに指示を出す。

 

「よしっ、頼むみゃー! 作戦はいのちだいじに、だ!!」

 

「にゃぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 疾風の如きスピードでみゃーがミスリルゴーレムに向かっていったことを皮切りに戦闘が始まった。



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第15話

みゃーはミスリルゴーレムに向けて、鉤爪《かぎづめ》状にした両手を振るって叫ぶ。

 

「新技にゃ! 『破天双爪撃(はてんそうそうげき)』!!!」

 

 不覚にも技名にトキメキを覚えてしまった。結構格好良い……っ!

 しかし、その技は格好良いだけではなかった。みゃーが爪が振るった瞬間、ミスリルゴーレムの体に10本の線が刻まれ────バラバラに砕け散った。

 

「は?」

 

 俺はそれを見て呆けた声をあげる。

 いやいやいや、あり得ないでしょ。鉱石の中では二番目に硬いと言われるミスリル鉱石で出来た体だぜ? 鍜冶師ですら砕くのに時間がかかると言われている。なのに、たった一発でバラバラ……?

 もしかしてみゃーってヤバいくらい強いのでは。

 

 その爪が俺に振るわれた時、果たして生き残れるのか。ぶっちゃけ、またみゃーが男湯と女湯を間違えた時に、反射で新技繰り出さないか心配だよ俺は。確実に死ぬ自信があるぞ。

 頼む。頼むからちゃんと暖簾見て風呂に入ってくれ。俺の心臓と命が持たん。

 

 ヒェッと内心で戦慄していると、得意気な顔をしたみゃーが近づいてくる。

 

「どうにゃ! みゃーの新技は!」

 

「技名が格好良かった」

 

 恐怖を悟られないよう、ふざけた回答をする。ちなみに格好良いのは事実な。

 みゃーは俺の感想に不服を漏らす。

 

「そういうことじゃないにゃ……。……あ、みゃーが一人で倒したし、なんかご褒美くれにゃ!」

 

 突如みゃーがそんなことを言い始めた。ご褒美……? 確かにみゃーがいなきゃ倒せない相手だったし、あげるのもやぶさかではないが。

 

「すぐに思い付かないぞ」

 

 すると、みゃーはうーん、と少しの間悩み、屈託のない笑みでねだった。

 

「じゃあ……頭撫でてくれないにゃ?」

 

「うぇ!? 頭撫でる!?」

 

 予想の斜め上をいく発想にはとが豆鉄砲を食らったような顔をしていると、次第に恥ずかしくなったのか、顔を赤くしてモジモジとし始めた。

 

「早く、してにゃ……」

 

 なんだこの可愛い生物は……っ!? よーし、このおじさんが何でも買ってあげ…… はっ! あかん、我を忘れて暴走しそうになった。

 

 仕方ない。やるしかない。

 戦地に赴く歴戦の戦士の心境が少しわかった気がする。

 

 俺はみゃーの頭に手を置く。ふわっ、さらっとした気持ちの良い肌触りが手を伝う。

 そのまま手を動かせば、みゃーは気持ち良さそうに目を細めて微笑んだ。

 

 ヤバい、だいぶみゃーに絆されてる俺がいる。落とされる可能性が高い……っ!! しかし、俺は夢のため! そして、しばらく忘れていたが、俺は()()()に女の子と関係を持ってはいけないのだ。

 糞親父に勘当されたのならば、ある程度好き勝手をして良いのだが、身分上は未だ伯爵家長男である。くそぉ、こんな肩書き早く捨ててぇ。

 

 勘当は親から子への一方通行。家出は許されないし。子の独立も親の許可が必要。世知辛い世の中だぜ……

 

 と、現在進行形で触れ続けていることで煩悩が発生しないように横道に逸れた思考をしているも、あまり効果がない。

 今まではみゃーからのスキンシップが多かった。だが、俺からというのはない。

 だから、新鮮というか気恥ずかしさというか、その感情がスパイスとなって絶妙に脳の快楽物質がブーストしてしまっている。

 

 

「なんか嬉しいにゃ……」

 

 みゃーが撫でていない方の腕を握りながら呟く。はにかむその笑顔に俺を再び心のライフを消費する。もう、やめて! ユジのライフはもうゼロよっ!

 

 ダメだ! 一人芝居してても全然落ち着かないッッ!

 撫で続けていると、みゃーの瞳にドンドン熱が帯びていく。何処か酔っているようにとろん、とした目ですらある。

 

 よし、そろそろ手を離さなければ……あれ、離れない!? 何故だ! 妨害などされていないはず! ……くっ、そういうことか。俺の手がみゃーの頭から離れることに拒絶反応を起こしているのか……っ!

 

 ならば、みゃーの方から手をどかしてもらえば良いのだ! 

 何とか悪魔の誘惑を堪えて、みゃーに言う。

 

「な、なあ。そろそろ良いか?」

 

「ダメにゃ。もっと。もっと撫でて欲しいにゃぁ」

 

 あぁぁ!! そんな目で見ないでくれぇ! ダメだ。即答で断られた上にダメージも受けてしまった。

 こうなれば、もう片方の手で……と思ったが、もう片方の手は現在みゃーに占拠されているのだった。

 

 内心でドキドキしていることを悟られないよう、ポーカーフェイスで澄ました顔をしているが、それもいつ剥がれるかわからない。

 

 大ピンチ! どうする俺……っ!?

 

 と、葛藤していると、救いは思わぬ所からもたらされた。

 

 

『いつまでイチャイチャしてるんですのおおおおぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!』

 

 突如、部屋いっぱいに幼い女の子の叫びが響いた。

 驚いてか、その瞬間俺の手がみゃーの頭から離れる。温もりが消えて少し落ち込んでしまう。

 

 だがそれどころじゃない。

 

「なんにゃ!?」

 

 みゃーは何処から聞こえてきた声かわからずに辺りをキョロキョロと見回している。

 

 俺も見渡すが誰もいない。

 

 すると、ふっふっふ……と笑い声が聞こえ、しっかり自己紹介までしてくれた。

 

「ふっふっふ……私の名前はレベッカ! 偉大なる賢者リオネス様に産み出されたホムンクルスである!! 崇めたてまちゅれ! あ、噛んだ!」 

 

 なんだろう。バカっぽい。非常に残念臭がする。同時に関わるとろくでもない目に遭う予感がひしひしとする。

 だが、自己紹介の内容はなかなかに衝撃的なものだ。

 まず、賢者の名前は初めて知った。どの本にも『賢者』としか書かれていなかったからだ。

 さらにホムンクルス。確か伝説級の魔物の素材や鉱石をかき集めて、疑似生命を吹き込んだ人造人間だったはず。古い文献に載っていた。

 疑似生命といっても、完璧な人格があり、その体も人間とほぼ変わらないそう。

 

「とりあえず姿を見せたらどうだ」

 

 俺が声を張り上げて言うと、かなりボリュームの小さい声でボソッと断られた。

 

「人見知りだから無理よ」

 

 ふぅ。関わる気なくしたぜ。

 俺は隣にいるみゃーに声をかける。

 

「よし、みゃー、帰るか」

 

「ん、そうにゃね」

 

 テクテクと出口に向かうと、レベッカの焦った声が引き留めた。

 

「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待ちなさいよ! 普通色々と気になるでしょ!? なんで、スルーするのよ!?」

 

 えぇ……。賢者の名前とホムンクルスが実在するって貴重な情報得たからもう興味ないな。

 

「姿も見せずに偉そうにするやつには興味ない」

 

 にべもなくそう告げると、数秒の沈黙の後、目の前の空間が揺らぎ、その中から真っ赤な髪と目をして赤いドレスを着た幼女が現れた。

 

「わ、私がレベッカです……」  

 

「声小さ」

 

 みゃーのその呟きに、レベッカは力尽きたように床に倒れ伏した。



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第16話

「おいおい、みゃー。いくら本当のことでも可哀想だろ……」

 

「ユジの方が厳しいにゃよ……」

 

 そんな会話をしているうちに、レベッカは床に体育座りして地面にのの字を書いている。

 

「パンツ見えてるぞ」

 

 レベッカは慌てて立ち上がってプシュゥと煙が出るほど顔を真っ赤にした。何か喋ろうとしているが上手く話せないようだ。本当の人見知りか。

 と、思っていると、みゃーが肘で俺を小突いた。

 

「女の子に向かってデリカシーないにゃ」

 

「全く女の子って意識してないからつい……」

 

 嘘偽りのない本音で話すと、レベッカが再び地面に沈み込む勢いで膝をついた。あ、いや、だって見た目幼女だし。ロリコンじゃないから、俺。

 

「姿消して良いからちゃんと喋ってくれ……」

 

 罪滅ぼしも兼ねて、俺は諦めたようにレベッカに言った。どうせ、今のままじゃ会話にならない。

 隣のみゃーは呆れたようにため息を吐いている。おい、俺の扱いが雑になってきてね?

 

 スゥーと目の前からレベッカが消え、再び残念臭のする話し方に戻った。

 

「あんた偉大なる私にその態度。失礼じゃない!? どんな思いであんたらの目の前に登場したと思ってるわけ!?」

 

 物凄くご立腹の様子。まあ、あの態度は俺も悪かった。

 

「それは悪いと思ってるけど、ミスリルゴーレムを倒した後に、いきなり響いた声に警戒しないわけないだろ?」

 

「うっ……まあ、確かに」

 

 言葉に詰まるレベッカ。正直、こいつが自己紹介した時に警戒心は綺麗さっぱり消えたけど。話がややこしくなるし黙っておこう。

 

「それで、何の用なんだ?」

 

 話が進まない気配がしたので、本題を切り出す。すると、レベッカの声が真剣なものに変わったことを感じた。

 

「……私は選定者。この『賢者の休憩所』のマスターに相応しいか試練する者。まず、この地下に気付けた時点で試練はクリア。その後、このミスリルゴーレムを倒せば、マスターには報酬が与えられる」

 

「お宝にゃ!?」

 

 今まで黙っていたみゃーが目を輝かせて口を開く。どうしてそこまで宝に拘るんだお前は。

 レベッカはそんなみゃーに苦笑をして肯定した。

 

「そうね。宝よ。賢者の遺した。それはね────」

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

「意外に楽しかったにゃ。宝探し」

 

「一番テンション上がってたじゃねぇか……」

 

 地上に戻ってきて早々みゃーがそんなことを宣うので俺は即座に突っ込む。

 そのみゃーの首には首飾りがしてあって、俺の手のひらにはビー玉が3つ握られていた。例のお宝だ。俺の宝は使うときが来なければ良いがな……

 

「それよりも最後の言葉が気になるな……」

 

 懸念を示すと、みゃーも少し深刻な顔になる。

 

 

『────あ、そうそう。私の他に選定者がいるから気をつけてね。そいつらは私みたいに優しくないから。リオネス様は私のことをチュートリアルって言ってたわね……よくわからないけど。じゃあ、また会いましょう』

 

 と言って声は消えた。

 またこんな試練が与えられるとなったら少々気が滅入る。

 すると、みゃーがパンパンと自分の拳を叩いてニカッと笑った。

 

「その時は、みゃーがユジを守るにゃ!」

 

「それは男として情けないがな……」

 

 ふっ、と笑みが漏れる。いつまでもみゃーに頼りきりじゃダメだな。俺も魔法を鍛えないと。

 

 そう決意を新たにした瞬間、その決意の出鼻を挫かれたような光景が目に入った。

 

「あら、また会ったわね」

 

「「なんでお前(あんた)がここにいるぅぅぅ!!!(にゃ)」」

 

 俺とみゃーが同時に叫ぶ。

 それは何故か後ろ向きでソファに座るレベッカだった。不思議な格好で座るレベッカだが、姿を見せて普通に喋ってることに疑問を覚えていると、レベッカが説明してくれた。

 

「私気付いたのよ。視界に人が映らなかったら喋れるってことをね!」

 

「だからどうした! なんでここにいるのか説明をしろ説明を!」

 

 バンッ! と壁を叩いて糾弾すると、得意気にレベッカは笑った。

 

「リオネス様がいなくなってから暇だったのよ! だから、ここに住むことにしたわ! 少なくとも退屈はしなさそうだもの」

   

 俺はレベッカの宣言に頭を抱える。みゃーなら良かった。店員としてちゃんとやれてるし、俺とコミュニケーションがしっかり取れる。だが、こいつはどうだ。プライドが高そうだから絶対に店員なんかやらないだろうし、コミュニケーションは取れない始末。悩みの種でしかない。

 

「お帰りください」

 

 目頭を押さえながら言うと、案の定レベッカは反抗する。

 

「なんでよ! ご褒美あげたじゃない!」

 

「あれは、試練を突破した正当な報酬だろ? うちではな、働かざる者食うべからずの精神でやってんだ。客として来るなら別だが、住みたいなら働け!!」

 

 一息にそう言い切ると、レベッカがゴソゴソとドレスの懐から袋を取り出し、後ろ向きのまま俺に袋を投げ渡した。

 

「っとと。なんだこれは?」

 

 と、袋を開けると──中から大量の金貨が出てきた。

 そして、レベッカは高笑いをしながら俺に言う。

 

「あーはっはっ!! 残念だったわね。金よ! 客としてなら良いんでしょう?」

 

 高笑いを続けるレベッカ。

 そんなレベッカに俺は静かに真実を告げた。

 

「この金貨。もう、使えないぞ……」

 

「何ですって?」

 

 高笑いが止まった。心なしか焦っているようにも見える。

 

「この金貨、百年前のだ。今の金貨はもう変わってんだよ」

 

 はぁ……とため息を吐くと、ビクッとレベッカが震えだした。そして、やはり後ろ向きのまま言った。

 

「ここで働かせてください!!」

 

「帰れ!!」

 

「どうしてよぉぉぉぉ!!!」

 

 



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第17話

ごねた。盛大にごねた。オモチャを買ってもらえなかった小学生のようにごねた。ある意味見た目通りと言えるが、百年以上生きている実質ババアみたいなやつがそんなことしたって惨いだけだ。

 

「あのなぁ、無理なもんは無理なの。いずれは客来るだろうからお前のスペースは取れないし、何より接客とか無理だろ?」

 

 理論的に理由を説明するも、レベッカは諦めない。

 

「私の『空間拡張』のスキルでどっかに異次元の部屋作るし、接客は頑張るもん!」

 

 もん、て。にしてもやっぱりスキル持ちか。ホムンクルスなのにスキルはどうやって得たんだか。

 

「頑張るっつたって。この少人数でも顔向けて話せないんだろ? 後ろ向きで接客なんかされて不快に思わない客がいるわけないだろ」

 

 非情な言い方になるが、世界一の風呂屋にする計画をレベッカは引っ張ることになってしまう。つまり、邪魔なのだ。しかも、理由も退屈しのぎだと言う。こちとら本気でやってんだよ、と言いたくなる。

 

 すると、レベッカは驚くことに振り向き、目に涙を溜めながら静かに語った。

 

「わ、私。リオネス様いなくなってからずっと一人だった。寂しくて、寂しくて。ようやくあなたちが来たの。退屈しのぎなんて言ったけど、本当はあなたちともっと話したかったの……うっ、うっ」

 

 レベッカはそう語ると泣き出した。俺はレベッカがここにいたいと思う本当の理由がわかって、少し言葉を失った。

 孤独の辛さ。仲間を失って得た孤独な酷く辛いものだ。前世では料理屋の店主だったが、その店は両親から受け継いだものだ。両親が死んでから俺は一人で。一人でやるんだとバイトも雇わずに切り盛りをした。失ってから初めて知った孤独の痛みに耐えながら。

 その時は親友に救ってもらったが、レベッカには未だ救いは与えられていない。

 思えばあの喋り方は孤独を和らげるためだったのかもしれない。

 

 どう声をかけるか迷っていると、隣からふざけたような。責めるような声がした。

 

「あーあ。ユジ、泣かせちゃったにゃ」

 

「うっ……」

 

 言葉に詰まると、みゃーは俺が懸念していたことを言い当てた。

 

「ユジはみゃーたちの夢のために厳しくしてるにゃね?」

 

「……ッッ! どうして……」

 

 言い当てられたことに驚きと、それを知ってなんで……と戸惑いに包まれる。それを知ってるなら俺に加わってレベッカを糾弾するはずだ。だって、レベッカは──

 

「痛っ……」

 

 考えているとデコピンされた。みゃーは何処か呆れている。

 

「ユジは視野が狭くなりすぎにゃ。……世界一の風呂屋にする。そのためだったら何でも切り捨てるにゃ? ()()()()()()()()()()()()()子に?」

 

「あ……」

 

 同じ痛み。みゃーもそうだ。親に捨てられて厳しい環境で一人育ってきた。誰もいない森で。

 勇者シロノがいたからといって、いずれは帰らなくてはいけなかっただろうし、一時期温かかった分、一人になった時の反動はでかい。

 なのに、俺は同じ痛みを味わったレベッカを()()()()()としていたのか……?

 そんなのクズと一緒──

 

「痛っ」

 

「今度はネガティブな方に視野が狭くなってるにゃよ」

 

「何でもわかるんだなぁ……」

 

 再びデコピンをしたみゃーは責め立てるように俺の肩をグリグリと押した。

 

「ユジことなら何でもわかるにゃ。だから、ユジがみゃーのためにレベッカに言ってくれたこともわかるにゃ。ユジは違う。誰かを守るために非情になる必要があった。ただそれだけにゃ」

 

「────」

 

 みゃーの言葉は俺の後ろめたい感情を消し飛ばした。同時に自分の浅ましさに自己嫌悪してしまう。だが、みゃーの何処までも許してくれる目にその感情すら消える。

 誰かを守るために。俺はみゃーを守りたい。ただそれだけだった。でも……みゃーは守るべき存在じゃない。一緒に()()べき存在だったのだ。

 

 俺は自分の感情に整理がついたことを感じ、レベッカの方へ振り向く。涙は止まっていたが、心配そうな表情で俺を見ていた。

 

「俺の……さっき言ってたことは……ただのわがままだった。エゴだった。すまない。改めて言わせてくれ。俺の……俺たちの夢。世界一の風呂屋にする。その夢に協力してくれないか」 

 

「それは、つまり……」

 

「そうだ。ここで働いてくれ」

 

 痛みを知った今、放っておけないし、何より人見知りのはずが、ちゃんと俺の目を見て頼んできた。それ()()で充分だ。

 

「あれ……また涙が出ちゃった」

 

 レベッカはポロポロとひとりでに出る涙を不思議そうに拭き取る。そして、独り言を呟くように言った。

 

「……これが温かいってことなんだ。居場所ってこういうことなんだ。やっとわかったよ。リオネス様」

 

 落ち行く涙は光輝いていた。

 ふと、涙の行く先を見ていた時、涙で作られた床の水に波紋が打った時、何故か懐かしい()()()()の面影を見つけた。

 

 それを感じた瞬間、俺は全てを理解した。

 

「そうか。リオン。お前も来ていたのか」

   

 前世の親友。天竺(てんじく)リオン。

 

 おそらく、あいつは賢者リオネスだ。

 

 



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第18話

天竺リオン。

 前世では代々続く風呂屋の一人娘だった。彼女とは同じ大学で出会った。人と関わることが面倒だった俺は、いつも後ろの端の席に座っていた。その時、リオンがやってきて、俺に無理やり話しかけてきた。

 日の光でキラキラ輝く銀髪に怪しげな光を放つ赤い眼。日本人離れしたその美貌は大学内でも話題になっていた。実際に日本人とロシア人のハーフだから日本人離れというのは合っているのだが。

 

 俺も初めて見た時は天使かなんかが降臨したのかと思って思わず手を合わせたらリオンに爆笑された。それが始まりだった。

 

 それからリオンはよく俺の隣に座り、話をした。最初は俺のこと好きなんじゃ……とか馬鹿げたことも考えたが、彼女と俺じゃ釣り合わないし、そんな考えをもって話すのは失礼だと思い、即座に捨てた。

 

 仲良くなったことで、大学外でも会うようになった。

 

 彼女はとても気が利く。何より他人に思いやりをもって行動できる。

 

 だが、俺の両親が死んで一人で働き始めた時、リオンは初めて俺に怒った。

 

『どうして君はいつもそうなんだっ! 誰かに迷惑をかけるかもしれないと相談もせずに一人で行動する。その方が迷惑をかけるとも知らないで! 僕は相談されないことに酷く落ち込んだよ。君にとって僕はどうでも良い存在なのかとね。僕は君の親友だ。時には痛みを分かち合うこともできないのかい……?』   

 

 涙を浮かべてそう言ったリオン。その時初めて、俺は一人じゃない。一人にならなくて良いんだとそう思えた。

 

 

 なのに……彼女はその半年後。事故に遭って死んだ。飲酒運転をした車のドライバーに跳ねられたのだ。

 

 また一人にするのか。結局俺は一人なんだ。悲しみに暮れていた俺だが、リオンの言葉を思い出して無理やり立ち上がった。

 

 リオンは俺の心に生きる希望を与えてくれたんだ。また同じことを繰り返したらあの世にいるリオンに怒られるに違いない。そう思い、再び店を動かした。

 

 

 その二年後に俺もポックリ逝ってしまったわけだけど、人生やりきったという満足感があったから良いんだけど。その代わり生まれ変わったら風呂屋をやりたい。そう思っただけだ。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 自室に戻って寝ると、リオンの夢を見た。懐かしい。

 そうか。リオンもここに来ていたのか。どうりでここの設備が丁寧なわけだ。

 

 風呂屋の一人娘ということで、あらかた仕込まれていたらしいし。

 

 だか、結局リオンには会えなかった。何故転生時期が違うのか。もしかしたら時の流れが違うのかもしれない。だが俺はここでやっていくって決めたんだ。

 リオンの遺してくれたこの風呂屋で俺は世界一になるんだ。

 

 そう、決意した。

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 翌日。いよいよ、レベッカのできる仕事を探すことにした。

 人見知りが治れば接客をさせても良いんだけど、今の状態じゃできない。

 ならばすることは……

 

「料理はできるか?」  

 

 俺の料理の補佐だ。ちょうど一人じゃ大変だと思っていたところだ。

 

 レベッカは相変わらず俺をビクビク見ながら答えた。

 

「ち、知識ならあります……」

 

「じゃあ、俺が教えていく。よし、レベッカは俺の料理補佐担当だ!」

 

「良かったにゃね。レベッカ」

 

 みゃーが嬉しそうにレベッカに声をかける。それにもビクッとしながら、少し笑顔になってコクリと頷いた。

 

「さあ、早速仕事に移ろう」

 

 みゃーは番台でダラダラと。俺はレベッカを引き連れて二階のキッチンに向かった。

 

 

 

☆☆☆

 

 

「あ、普通に上手い」

 

「ほ、本当ですか……?」

 

 充分に注意しながら、彼女に包丁を持たせてみると、なんの問題もなくこなした。異世界産の料理の知識が深いようなので、俺とは違った料理が作れる。

 

「俺と分担だな。料理できるし、俺は故郷の料理を。レベッカを知っている料理を作ってくれ」

 

「は、はい!」

 

 俺に認められたことが嬉しかったのか、見られないようにガッツポーズをしていた。見ちゃったけど。

 『賢者の休憩所』の設備も一通り知ってるから魔法の冷蔵庫の説明もいらなかった。つまり、普通にハイスペックだったのだ。

 

 向き不向きってもんがあるよな。向いていないものを押し付けるのはそりゃ間違ってるわけだ。

 

 

 レベッカは少し嬉しそうにサクサクと包丁で食材を切っている。

 

「痛っ……」

 

 すると、レベッカが急に小さな悲鳴を上げた。見ると、指先が切れていた。血が滲んでいる。早く処置しないと!

 

「絆創膏持ってくるからちょっと待っててくれ!!」

 

 こりゃキッチンに簡易医療キットみたいのを置いとく必要があるかもな、と思いつつ三階の魔法の段ボールから絆創膏と薬を取り出す。

 

 急いで二階に戻り、レベッカの指に薬を塗ってから絆創膏を張り付ける。

 ふぅ……と一息つくと、レベッカが不安そうに俺を見ていた。

 

「あの、私ちゃんとできるから……お願い……」

 

 一瞬何を言おうとしているのかわからなかったが、すぐにピンときた。

 見捨てられるんじゃないかと不安なのだ。自分の居場所をやっと見つけたんだ。微かなことでも不安になるのだろう。

 

 俺は思わずレベッカの頭を撫でながら言った。

 

「大丈夫だ。レベッカは良くやってる。怪我だけに気をつけてもう一回やってみような」

 

 笑いかけると、レベッカの頬が赤みを帯びた。ん? と疑問を感じると、レベッカは自分の頭を指差して、あの……と呟く。

 

「あ、ごめん!」

 

 慌てて手を離す。見た目からつい忘れがちだが、俺より年上なのだ。言葉遣い的にも年上っぽさは感じないけど。

 だが、一端のレディの頭を撫でるのは失礼だし嫌だろうと思ったのだが……

 

「い、嫌じゃないです……。こ、これから何かできたら褒めてくれませんか……?」 

 

「ほ、褒める?」

 

「は、はい」

 

 何で? と思ったがその理由も理解できた。おそらく、褒められれば自分はここにいて良いと思うんだろう。そのせいで承認欲求が強くなっているに違いない。

 それに、俺の教育方針は褒めて伸ばすだ。

 

「わかった。これからは沢山褒めてやるよ! だから頑張ろうな!!」

 

 グッと親指を立てて笑顔でレベッカに言うと、俺の笑みにつられたようにはにかんだ。

 



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19話

Side ラインズ・メリアシークレット

 

「おい、サム! どうしてロレンスは帰ってこない!」

 

「そんなことを私に言われましても……」

 

「チィっ!」

 

 ラインズがガンッ! と壁を殴るとメイドたちが一斉にビクッ! と怖がる。その様子を見てさらに苛立つように舌打ちを繰り返した。

 ロレンスことユジが帰らずに数ヶ月が経った。その事実にラインズは酷く怒りを覚えた。若干の心配もあるが、それを見せないのは貴族としてのプライドか。

 苛立ちが抑えきれないラインズは執事のサムに当たる。

 

「もう数ヶ月経ってる。食糧も持たせていない! なのにどうしてだ!!」

 

「そもそもあのヘルデルトの森に安全地帯などあるのでしょうか?」

 

「あ? どういうことだ」 

 

 サムは恐る恐る自分の意見を口にした。

 

「もしかしたら坊っちゃまを転移させた行き先は別のところだったのでは、と」

 

 ラインズはそれに怒ることはなく、淡々と事実を述べる。

 

「それはない。王家の商人から買ったものだ。それに解析鑑定の証明書も付いていた」

 

 サムはそうですか……と一歩下がる。

 ラインズはコツコツと貧乏揺すりをしながら、最悪の事態を考えた。

 

(まさか……死んだんじゃあるまいな。それは絶対に許さん。あいつは馬鹿ではないし安全地帯から出ようとは思わないはずだ。ならば餓死か? 俺の元に戻るくらいなら……とか。いや、それもない。ということは……)

 

 成り上がるために必死で勉学を重ね、動かし続けた頭を発揮する。

 導きだした結論は────

 

「協力者がいる可能性が高い」

 

「きょ、協力者!? あの森に!?」

 

 驚きのあまり敬語を忘れたサムにラインズはふんっと鼻を鳴らす。そして、説明し始めた。

 

「食糧を持たせていないでいることを考えれば、ヘルデルトの森で生き残れるような協力者がいることは確実だ」

 

「しかし、最悪の事態も────」

 

「貴様!! それ以上言ってみろッッ! 処刑するぞッッ!!!」

 

「ひぃぃ。すみませんっっ」

 

 青筋を立てて怒り散らしたラインズにサムは頭を擦り付けて土下座をした。

 

 ラインズがユジを嫌っている。それは全くの間違いだ。

 今まで、できる教育を全て惜しみ無く金を出し、最高の教育を施してきたし、家族の時間も取った。したいことは全てさせてあげたのだ。

 ユジが時折変装しと街に出掛けていたことを知っていても黙って許した。そして、貧民街に出向き、孤児院に寄付したユジのことをとても誇りに思っていたのだ。

 

 だからこそ、風呂屋になると言われた時は、実は悩んだものだ。ユジは長男だ。余程のことがないと、家督を継がねばならない。しかも、ラインズは子宝には恵まれておらず、三男までしかいない。それに、次男はまだ3歳だ。

 ラインズの身に何かあった時、次男が継ぐことがあれば、何もわからぬまま誰かに操られかねない。それを含め、ユジの夢は応援できなかったのだ。

 

 だが、ヘルデルトの森に送ると決めた時、三日間経って帰ってきた場合は風呂屋をやることを条件付きで許してやろうと考えていたのだが、それはまだラインズ以外知らない。

 

 

「くそ、ロレンスめ。一体何をしている……っ!」

 

 そう溢すと、サムは恐る恐る静かに提案をした。

 

「一つだけ。確認する方法がございます」

 

「なんだ。言ってみろ」

 

「はい。勇者です。現在ヘルデルトの森にいる勇者に連絡を取り、捜索を依頼するのです」

 

 なるほど。とラインズは思うも、少しばかり難色を示した。

 

「しかし勇者はネイヴァー公爵家の派閥だ。奴に借りを作ることになる」

 

 王国内ではネイヴァー公爵家とサイレス公爵家の2つの派閥があった。両家で目立った争いはないが、政治にしろ何から何までソリが会わないのだ。

 そんなやつに借りを作ることになれば、面倒なことになるのは目に見えている。

 

 だが、それでもラインズは悩む。息子のためだからだ。

 

 秤に掛けるものはどちらも重い。だがそれでも選んだ。

 

「よし、勇者に連絡しろ」

 

「わかりました!」

 

 失言を取り返すように、サムは全速力で走っていった。

 それを見ながらラインズはふぅ……とため息を吐く。

 

 勇者の実力。それは肩書きからわかる通り最強なのだ。同時期に一人しか持つことのできない称号『勇者』。依頼には莫大な金を必要とするが、蓄えはある。ラインズは倹約家だからだ。無駄な装飾は一切しない。自分や家族に必要なことを最優先し、それには惜しみ無く出費する。

 よって、かなり夫婦仲は良い。妾もいない。

 

「頼むロレンス。生きていてくれ」

 

 メイドも退出し、一人になったラインズは、そこで初めて弱音を吐いた。

 

 



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第20話

 レベッカとも仲が深まり、いよいよ必要なのは客だけという状況へとなった。

 客が来ない。みゃーみたいに迷ってくるやつとかもいない。本当にいない。

 

「ユジ、今日もどうせ客来ないし、何して遊ぶにゃ?」

 

 ゴロゴロと一日中寝っ転がるみゃーはそう言った。恒例のやり取りに頭をポンッと叩き、レベッカの方を向く。

 

「なあ、レベッカは何したい?」

 

「そ、それよりどうしたらお客さん来るかとか考えなくて良いの……?」

 

 まだ目は合わせられないが、体の向きは合わせられるようになったレベッカが恐る恐る口にする。

 正論だ。紛れもなく正論だ。

 

 だがどうしようもないのが事実。

 

「レベッカが来る前にみゃーと散々話し合ってるからなぁ……。結論としてはどうしようもない! ってこと。でも、諦めてるわけじゃないし、考えはある。でも、それには運と時間が必要なだけさ」

 

「そ、そうなんだ。でも、ちょっとホッとしたかも」

 

「どうしてだ?」

 

 客来なくてホッとするってどゆこと? 来てほしくないってことか?

 問うとレベッカは少し恥ずかしそうに言った。

 

「いきなりお客さん一杯来たら、気絶しちゃう……」

 

「気絶……」

 

 そこまで人見知りを極めているのか……。内心で戦慄していると、みゃーは気絶という単語に笑いを堪えていた。おい、失礼だろ。

 

 

 すると、突然真顔になったみゃーがバッ! と入り口を見て言う。

 

「何か聞こえるにゃ……」

 

 警告を促す口調に俺は警戒レベルを上げ、耳を澄ます。

 

『……ァァ……ァァァ』

 

 呻き声に聞こえる。アストラル系の魔物か!? 実体を持たない魔物。幽霊《ゴースト》や死霊《レイス》がそれに当てはまる。

 

 その声はドンドンと近づいてくる。

 

「レベッカ、お前はどこかに隠れてろ!」

 

 と言ったが、すでにレベッカは番台の陰に隠れて様子を伺っていた。お前……危機察知能力だけは化け物だな……。

 

「みゃーを呼んでる……」

 

 深刻な表情でみゃーがそう口にすると、導かれるように入り口へと向かおうとした。

 俺は手を掴んで引き留める。

 

「待てみゃー! それ、あれだから! 本当は呼んでないけど呼んでるように聞こえるやつだから!」

 

 前世での有名なホラー映画や、小説、漫画でもご恒例の『呼んでる』。そのまま声の場所に行くと死ぬやつだ。

 そんな精神ダメージを与えられるアストラル系のモンスター見たことないけど、ここはSランクの魔境。きっと新種だろう。

 

 しかし、みゃーは俺の手を振りほどいて言った。

 

「違うにゃ! 物理的に呼んでるんにゃ! ユジも来てみるにゃ!」

 

 みゃーはどう考えても冷静に見えるので渋々俺も入り口へ向かうと声がハッキリ聞こえてきた。

 

 

「みゃぁぁぁぁぁ!! どこダァァァァぁ!! いるんだろぉぉぉおおお!!」

 

「いや、ヤバイやつやん」

 

 どう聞いても正気じゃない。狂気を帯びてるよこりゃ。

 

「みゃー。これヤバイやつだって。早く逃げようぜ」

 

 すると、みゃーは、はぁ……とため息を吐いて、声の正体を言った。

 

「これ、シロノにゃ……」

 

「……はぁぁぁ!?」

 

 は? この声が勇者シロノ? 気高く強く、気品溢れる清楚な勇者と聞いていたが? どこが気品溢れる清楚なんですかねぇ。

 

 驚きのあまり言葉が出てこなくなっていると、隣にいたはずのみゃーが忽然と姿を消していた。

 後ろからドサッという音が聞こえたため、振り向くと、みゃーが黒髪黒目の美少女……勇者シロノに押し倒されていた。

 

「あァァァァァァ!! みゃーだぁぁ。ふへへ。久方ぶりのみゃーの香り……。良い匂いがすりゅぅぅぅぅぅぅ!!」

 

 繰り返しスーハースーハー香りを吸っている。正直、ドン引きだった。

 

 何この変態。

 みゃーは困った顔をしながらも諦めている。慣れた様子だし、まさかこれが日常茶飯事? わたくしついていけない。

 

 すると、息を整えた勇者シロノは周りを見渡し俺を見ると首をかしげる。

 

「ここはどこだ? それになんだ? あの、百合に挟まる男の役のような男は」

 

「どんな顔だよ」

 

 思わず素面で突っ込んでしまった。いや、本当にどういう顔だよ。

 それに、みゃーのことしか頭にないじゃん。ここはどこだ、が先だろ。

 

 仕方ない。ちゃんと自己紹介しないと。俺はゴホン! と咳払いをして挨拶をした。

 

「お初にお目にかかります、勇者シロノ様。私はユジというものです。ここは『賢者の風呂屋』です」

 

 身分は明かさない。みゃーにはユジという名前で通しているし、身分を明かしたところで、勇者は公爵に相当する身分だ。

 

 勇者シロノはふーん、と興味無さそうに頷いてみゃーの手を引く。

 

「そうか。よし、みゃー行こうか」

 

「行くってどこににゃ?」

 

「決まってるだろう。森にだよ。早く二人きりになって色々話そうか」

 

「はぁ!? いやいやいや、ちょっと待ってくださいよ」

 

 それには思わず俺が止めると、迷惑そうに俺を見て……無視した。

 そのままグイッと引っ張ろうとするのをみゃーが抵抗する。

 

「みゃーの家はここにゃ。それに、今はユジの所で働いてるから無理にゃよ」

 

 ナイスみゃー! 一瞬勇者と行ってしまうんじゃないかと不安になったが、杞憂だったようだ。

 だが、勇者シロノはわなわなと震えると怒りに染まった表情で俺を指差し糾弾した。

 

「家がここ……? 働いている……? き、貴様! みゃーと同棲しているのかッッ!! それでみゃーにあんなことやこんなことをしているのだろう……ッッ!!」

 

「してねぇよ!」

 

 あー、もうため口で良いわ面倒臭い。

 俺が必死に否定するもシロノは聞く耳を持たない。

 

「いーや。してるはずだ。こんな美少女に男が何もしないなんてあり得ないッッ!!!」

 

「それはあんたの偏見だよ!」

 

「少なくとも私が男だったらすでにペロペロハスハスしてるしっ!」

 

「それはあんただけだよ!!」

 

 ヤバイ変態じゃねぇかこいつッッ!!! 端から見てもこいつの目は正気じゃないし、みゃーに執着する様子は狂気に満ちている。

 

「くそ、私がいない間、こんな何の個性もない男に手篭めにされてるなんて……」

 

「おい、めたくそにボロボロに言ってるよな、なあ」

 

「これは私が成敗せねばならん……」

 

「ダメだ。こいつ聞いてねぇ」

 

 会話が成立しないとはまさにこのこと。俺の目を見てるくせに目の焦点が一ミリも合ってない。こいつの目に写るのはみゃーとの二人きりの生活で、それを阻む俺は許さん、って思考だろうな。

 完全なる誤解なんだが。

 

 勇者は一頻りブツブツ呟くと、いきなり剣を抜いて姿を消した。

 

「成敗ッッ!!!」

 

 その瞬間、俺の視界がずれ落ちていった。

 

 

 あ、首切られた。と、直感的に理解できた。

 

 



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第21話

 首を切られて数秒後、俺は動画の逆再生のように首が元に戻っていった。その瞬間、ポケットの中に入っていたビー玉の一つがパキッと音を立てて割れた。

 

 首を切られたことにみゃーとレベッカは何の反応も示さなかった。全員俺がなに貰ったか知ってるもんな。でも少しは心配しようよ。

 

 みゃーは俺が言うより早く勇者シロノの体を拘束していた。だが、みゃーに押さえつけられて恍惚な笑みを浮かべて喜んでるのはどうにかしてほしい。

 

「ふへへ……はっ! な、何故貴様生きている! 吸血鬼か!?」

 

「いきなり切りかかってきたことを何とか言おうよ。みゃー、首飾り使っちゃって」

 

「了解にゃー」

 

 反省の『は』の字もないシロノに、俺はみゃーに頼む。

 みゃーは首飾りに手を当てて祈るように目を閉じると、勇者が縄で縛られていく。すると、縄で縛られた部分の装備が消える。

 

「うん……なんで亀甲縛りなん?」

 

 下着姿になったシロノは何故か亀甲縛りの状態になっていた。力が入らないようで、倒れながら俺をキッ! と睨んでいる。

 

 これが俺とみゃーの貰った報酬の魔道具。俺は『蘇生の水晶』を3つ。みゃーは『捕縛の首飾り』を貰った。勇者を縛っている縄には、力を一般人並みに落とす特殊効果がついている。

 亀甲縛りなのは謎だけど。下着姿&亀甲縛りin女勇者なわけだけど、さすがに殺されかけた……というか一回殺されてるから何のヤル気も起きないんだわ。どっちかというと森に放り込みたい。

 

「なんでいきなり殺そうとした? お前勇者なんだからもっと慎みを持とうよ」

 

 シロノは拗ねたように口を尖らせて言った。

 

「私にとってみゃーは命よりも大切なんだもん」

 

「もん、て。それはわかったけど事情とか聞いてからでも良くないか? それで誤解だったらどうすんだ?」

 

「死人に口なし……」

 

「隠蔽する気だなお前」 

 

 ド腐れ外道勇者だったわ。勇者の風上にも置けねぇ。

 

「シロノ。ユジはみゃーにとって大切な人にゃ。蘇生できるの知ってたから良いものの、次何かしでかしたら縁を切るにゃよ」

 

 すると、シロノは徐々に顔が青くなっていき、最終的には真っ白になった状態で、床にガンガン頭をぶつけながら謝った。

 

「ごめんなさいみゃーに捨てられたら生きてけませんもう二度としないので許してくださいお願いしますお願いしますお願いします」

 

「謝るのはユジにじゃないかにゃ?」

 

 シロノは芋虫のようにモゾモゾ動き、俺を真っ直ぐ見つめる。だがしかし、ギシギシと歯を食い縛り、俺を憎々し気に見ながら渋々謝る。

 

「すみませんでしたァァ」

 

「どう見ても謝ってるように見えねぇんだよ」

 

 怒りより呆れが先に来て、眉間を押さえてため息を吐いた。

 だがそれも最初の話で、シロノは絶妙に俺の神経を逆撫でしてきた。

 

「おい、さっさと許せ。そしてこの縄を外せ。みゃーに触《さわ》れない」

 

 こいつッッ!!! ちっとも反省してねぇぞ……っ! ビキビキと青筋が立つのを感じる。同郷のよしみで許してやろうかなと思ったが……いや、いっそのこと同郷だとばらしてみるか。

 

「みゃー、レベッカ。ちょっとこいつと二人で話したいから3階に行っててくれ」

 

 レベッカはシロノを殺人犯を見る目でびくびくしながら姿を現した。今までいなかった人の存在にシロノは一瞬ビクッと驚いたが、可愛い女の子には見境がないのか、デレッとニヤニヤしながら表情を崩した。

 本物の変態じゃねぇか……

 

「ユジ、二人きりだからって変なことするにゃよ」

 

「んなことしねぇよ。俺だってかなりぶちギレてるからな……?」

 

 おぉ、怖いとふざけた様子でみゃーとレベッカは三階に行った。

 足音が遠ざかるのを感じて、さて、とシロノを見る。みゃーがいなくなったからか、俺と視線を合わそうともしないでそっぽを向いている。

 

「みゃーには秘密にしてるけどな、俺は貴族だ。いくらお前が公爵並みの地位があっても、伯爵家の長男は殺すのはまずいんじゃないか?」

 

「ちっ、貴様貴族か。どうりでプライド高そうな顔つきをしてやがる」

 

 だからどんな顔だよ。 

 苛立ちを見せて舌打ちをしたシロノは汚物を見る目で俺を見た。

 

 さて、そろそろ良いか。

 

「つかお前よ、どんな道徳観してんの? 小学校で道徳習った?」

 

「なっ!? お前……」

 

 シロノは何かに気づいた様子で目を剥いて驚く。そりゃそうだろうな。この世界には小学校もなければ、道徳だってないんだから。

 

「そうだ。俺も転生者だよ。日本だとさ、お前殺人未遂で一発アウトだぞ?」

 

 厳密には『未遂』ではないと思うがな。

 

「くっ……」

 

 シロノは日本のことを引き合いに出されてバツの悪そうな顔をする。ちっ、ともう一度舌打ちをすると言い訳をし始める。

 

「仕方ないだろう。こっちじゃそんな甘い考えしてたらこっちが殺されるんだ。私だって何度裏切られたものか……」

 

 そう語るシロノは、悔しさと、自分の不甲斐なさに怒りを覚えているようだった。

 

「だからって見ず知らずのやつに切りかかるやつがいるかよ」

 

「みゃーは私にとって唯一の癒しなんだ。日々、依頼に忙殺され荒んだ心を洗い流してくれる女神……」

 

 それは本当のことだと思うが、愛が重いねん。ヤンデレと化してんぞ。

 

「まあ、今回は許すが、今度襲ってきたらさすがに許さないぞ?」

 

「ふんっ、貴様が転生者ということがわかった今、もうそんなことはしないさ……ただしッッ!!! ……貴様がみゃーに変なことをしないか私もここで調査させてもらおうッッ!!!」

 

 何となくそんな感じはしていたんだ。絶対みゃーと一応一つ屋根の下なわけだし。範囲広いけどさ。

 でもさ、わかってても受け入れられないとのってあると思うんだよ。シロノが俺にとってそれ。

 

「条件がある」

 

 どうせ断っても無駄なのだし利用してやる。

 

「私にできることがあれば良いだろう」

 

 よし、言質は取ったぞ。

 俺はずっと考えてきたことをシロノに言った。

 

「まず、調査の結果がどうであれ俺を襲わない。迷惑をかけることをしない。そして、この風呂屋を大々的に宣伝してほしい」 

 

 シロノは最初の二つは渋々頷いたが、最後の一つに関しては予想外のことを言われた、といった風に目をぱちくりした。

 

「別に構わんがこんな魔境に来れるやつは大していないぞ?」

 

「それで良い。まずは存在を認知してもらって、それから来れるやつからは金をむしりとって固定転送魔法陣を買う」

 

 シロノはなるほど、と頷いた。

 

「固定転送魔法陣か。そんなことしなくてもテレポートのスキル持ちを雇えば良いじゃないか」

 

 今度は俺が驚く番だった。スキルは未知なものが多いが、テレポートか。そんなやついるのか。

 

「でもな、雇う金がない」

 

「それなら私が口利きしてやろう。繁盛するまで金をツケておいてやってもいい」

 

 何だ? 急にどうした? さっきまで俺のことを毛嫌いしてたくせにやけに親切じゃないか。

 だが、やはり『その代わり……』と付け加えた。

 俺がどんな交換条件を出されるのかと構えていると、物凄くくだらないことだった。

 

「レベッカたんと仲良くしたいからお前を殺しかけたことを何とかフォローしてくれ」

 

「くっだらねぇ!」

 

 最初から最後まで変態だった。頭沸いてやがる。

 



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第22話

シロノが来てから数日が経った。相変わらずみゃーにベタベタと抱きついたりしているが、レベッカはシロノに心を開いていない。

 どうやら、完璧に初対面の印象が『人を平然と殺す変態のお姉さん』に固定されてしまったようだ。

 

 テレポートのスキル持ちに口利きしてくれる約束として、何度か俺もちゃんと話してみないか? と言ってみたが、涙目でふるふると首を振られては何も言えることはない。

 

「おい、ユジ。早くレベッカたんと会わせろよ」

 

「だから、あの様子じゃ無理って言ったろ?」

 

「ちっ、役立たずめ」

 

 こうやって何度も催促してくる。一々毒を吐かれてこっちは苛立ってるんだがな。くそが。

 

「だいたいお前が最初に俺を殺したのが悪いんだろ」

 

「ふんっ、過ぎたことを嘆いても仕方ないさ」

 

「俺を殺したことを『過ぎたこと』って平然と言えるメンタルが羨ましいぜ……」

 

「だろ?」

 

「褒めてねぇよ!」

 

 得意気に話すシロノに全力で突っ込む。くそ、とことん性格が相容れない。水と油の関係とはこのことか。同じ故郷なんだがな……。

 

 シロノはレベッカと話せないとわかると、つまらなそうにみゃーの方へ向かった。

     

 いつも俺をバカにするあいつが唯一褒めるのは、料理だ。

 日本食を完璧に再現できるのは俺くらいしかいないからな。レシピを知っていても材料がないのだ。その点、俺には魔法の冷蔵庫があるから、日本産の物を取り出すことができる。

 最初は材料だけかと思ったが、調味料まで取り出せたことにはかなり驚いた。範囲が広くて助かる。

 

「はぁ……どうしたもんかね……」

 

 ため息を吐いてこの先何かが振りかかりそうな悪い予感を感じて頭を抱える。

 

 シロノが来ることは覚悟をしていたことだが、予想以上にぶっ飛んでいて頭がおかしかった。

 

 

 

☆☆☆

 

 

Side シロノ

 

 

「みゃー。もっと甘えてきてもいいんだよ~」

 

 そう言って抱きつくが、みゃーは特に反応を示さない。前はあんなに喜んでいたのに……くそ、これもユジのせいか!

 

 同じ転生者だったこともあって簡単に言いくるめられてしまった。確かにいきなり切りかかった私に非はあるかもしれないが、後悔はしていない。

 私が時間をかけてみゃーと打ち解けたのに、ぽっと出のあいつを一瞬で私以上に懐きやがったのだ! それは万死に値する! あぁ、考えただけでもムカムカする。

 だが、料理だけは100点としか言いようがない。日本食の再現度の高さもそうだし、味としてはぶっちゃけ前世に食べたものより美味しい。食材なのか腕なのかわからないが、とにかく感動した。

 だが認めるのはそれだけだ。あいつの人間性、行動何から何まで許しはせん。化けの皮を剥いでやる!

 

 みゃーに抱きつきながらそう決意をすると、ピピピと腰についていた魔法電話が音を鳴らした。

 

 私は仕方なくみゃーから離れて、電話を耳にあてる。

 

「なんだ。私は今忙しい」

 

「依頼だ。これは絶対に受けろ」

 

 ちっ、あのクソ公爵か。受けなかったら後で面倒なことになる。だが逃げ道はある。

 

「現在ヘルデルトの森の奥地だ。すぐに帰れない」

 

「安心しろ。依頼の場所はそこだ」

 

「なんだと?」

 

 ヘルデルトの森での依頼。

 元々の依頼はヘルデルトの森に住む魔物の間引きだ。それ以外の依頼なんて早々ないが……

 すると、実にタイムリーな依頼だった。

 

「ヘルデルトの森にいるとされている、ラインズ・メリアシークレットの長男、ロレンス・メリアシークレットの安否を確認しろ」

 

 私はすぐにピンときた。あいつだ。この場所にいる貴族なんてあいつ以外いない。

 ならばすぐに依頼は解決だ。

 

「そいつなら私の近くにいるぞ」

 

「は?」

 

 珍しくクソ公爵の呆けた声を聞けた。

 

「そいつはヘルデルトの森で風呂屋をやってるんだが、私も今そこにいる」

 

「ヘルデルトの森に風呂屋なんてあるわけがないだろう」

 

「しっかり結界石で安全地帯化されているようだぞ」

 

 そこまで情報を話すと、クソ公爵は少しの間黙り込む。そして、「安全地帯に飛ばしたとは聞いたが、そこに建物があったのか……いや、だとしてもそこで風呂屋を営むなんて頭がおかしい……」とあいつのことをボロクソに呟いていた。

 

 まあ、酔狂なことだとは思うがな。実際、風呂に入ると、疲労回復効果もあって、魔法的な何かが絡んでいることは理解できた。

 もしくはスキルかもしれない。ならば、あそこまで風呂屋に拘る理由はある。

 

「……ならばテレポート持ちをそっち寄越す。そいつの案内と、ロレンス・メリアシークレットに帰らすように説得してくれ」

 

 帰らす……? 

 すると、どうなる?

 

 ……私とみゃーとレベッカたんの三人だけになるではないか!!!

 それは私にとって途轍もなく都合が良いことだ!!

 

「わかった、任せろ」

「あぁ、頼む」

 

 そして電話を切ってニヤリと笑う、さあ、みゃーの所に行こう! と振り向くと、めっちゃ不機嫌なみゃーがいた。

 

「みゃ、みゃー……」

「ユジを帰らせたら一生シロノとは口聞かないにゃ」

 

 オーマイゴットファーザーァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!!!

 




オリジナル総合日間で5位に!
しかし、赤いバーが付いていないのは私の作品だけという……評価9が入ると必ず1が入ると呪いにかかったようです笑

感想返すの遅れてすみません!
絶対に返すのでご安心を!


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第23話

「な、なあ、ユジ」

 

「ん? どうした?」

 

「い、いや、何でもない」

 

 翌日、シロノは何かに板挟みされているような顔で俺に話しかけてきた。めちゃくちゃ目が泳いでる。何かを隠してそうなやつだ。

 

「何か厄介なこと持ち込んだわけじゃないよな?」

 

 すると、あからさまにギクッと体を強張らせた。お、おい、まさか本当に……

 

「な、ナンデモナイさー」

 

「おい、嘘つくな吐け!」

 

「い、言えん! 依頼に関わることだ!」

 

「なるほど、依頼のことなのか」

 

 し、しまったー! と口を押さえたシロノ。隠し事下手なタイプそう。

 依頼……依頼か。この様子だと昨日の夜に何らかの連絡手段で依頼を受けたわけだ。

 で、見ると、俺だけじゃなく、みゃーにすら気まずい表情をしている。

 

 つまり、俺たちに関係することか。

 大体見えてきたぞ。俺に関係してされる依頼といったら一つしかないな。

 

「俺を連れ戻せ、と」

 

「な、な、な、なんでわかった!?」

 

 うん、その反応で正しいことがわかったわ。サンキュー。

 

「俺は戻る気ないぞ」

 

 ようやく掴んだ夢の切符を手放すわけにはいかない。

 どんな止められ方や、実力行使で脅されても行かない! という意思表明をしたのだが、何故かシロノは微妙な表情をしている。

 

「あのだな。もし、私がお前を連れて帰った場合、みゃーを失うことになる。だから、一応説得はした! という体にしてくれ!!」

 

「あ、あぁ。願ったり叶ったりだが……」

 

 驚いた。みゃーを失う=多分一生話さないとかそんな感じだろ。みゃー、ナイス!

 心の中でみゃーに賞賛を送っていると、ジーッとこちらを見るみゃーと目があった。

 そして、ちょいちょいとこっちに来いと言われたので、行くと俺を非難している目で言われた。

 

「どうしてみゃーに偽名を使ったにゃ。そんなに信用してないのにゃ?」  

 

 そっちの誤解を解いてなかったぁぁ……。

 

「ち、違うんだ。貴族としての俺じゃなくて、ただの一人の人間として再スタートを切りたかったから名前を変えたんだよ! みゃーのことは誰よりも信用してるから!」

 

 あ、なんか恥ずかしいこと言ったような……。  

 みゃーは少し顔を赤くして、険しい顔をへにゃらと緩めた。

 

「ま、まあ、そこまで言うならいいにゃよ」

 

 ちょ、チョロい……。もうちょっと押し問答があるのかと思っていたが……

 だが、まあ名前変えたというより戻したと表現した方が正しいけどな。俺にとってこの世界で得た物は借り物のような気がして何処か実感がない。

 別世界の出来事のように……とあるが、実際に別世界の出来事なので笑い事にならない。

 

 みゃーは満足そうに微笑むと自分の持ち場に戻っていった。

 

 にしても、依頼と言っていたが、それは大丈夫なのだろうか。まあ、たまには被害を食らってもらおう。

 と、思っていたが──

 

「じ、実はな、この風呂屋にテレポートのスキル持ちが来る」

 

「え、もう口利きしてくれたのか? 早いな」

 

 さすが勇者。約束はしっかり守ってくれるのか。これはレベッカとの和解もしっかりしないとな、と気合いを入れたのだが、シロノは汗をダラダラ流しながら言った。

 

「お、お前を連れ戻すためにテレポート持ちが来るんだ……っ!」

 

「まじで?」

 

 まさしく厄介事を持ち込まれたは。やっぱり。テレポート持ちとか何もできないじゃん。一瞬で飛ばされる可能性高すぎね?

 

「しかも、その方はエルフでその気になれば蘇生させることなく殺せる……」

 

「何そのチート」

 

 てか、エルフか。最初にこの世界に来た時にエルフを見るのが夢だったんだけど、排他的な種族で、人間嫌いで森に引きこもってるらしい。

 だが、その人間に協力するエルフがいるとはな。

 シロノはだが! と賭けのような提案をした。

 

「あの方はかなり気分屋なんだ……っ! 依頼を放棄することも何度かあった。だから! あの方がもしこの風呂屋を気に入れば──」

 

「依頼を放棄してくれる可能性がある、と」

 

 シロノはそうだ、と頷いた。

 でも、それって運じゃん。気に入ってくれるかはその人次第だ。

 

「だから! お前は盛大に日本人らしく! OMOTENASI☆をするんだよ!!」 

 

 昔流行った言葉を軽快なリズムに乗せて言う。

 とりあえずそれしかない。お・も・て・な・しをして気に入ってもらうのだ!

 

「だが、準備がいる。その人はいったい何時来るんだ」

 

「今日……だ……すでにヘルデルトの森の入り口には着いている。私が案内をどうにかして時間を稼ぐから早く準備をしろぉ!」

 

「そんないきなりで準備できるわけねぇだろぉぉぉぉぉぉ!!!!」

 

 だがしかし、行動に移さねばあかん! 俺は急いでみゃーの元へ向かった。



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第24話

二時間後。一応準備の終えた俺たちは神妙な面持ちで入り口にスタンバイしていた。

 レベッカは料理当番なので、ここにはいない。

 

 いよいよだ。みゃーがいち早く人の気配を感じて俺の服の袖をクイッと引っ張る。

 

 扉は開いたままにしているため、近づいてくると徐々に姿が明らかになっていく。

 

 シロノを伴ってやってきたのは、黒いローブを羽織り、自分の身の丈以上の杖を持った緑色の髪と目を持つ幼女だった。

 やはり耳は尖っている。

 

 彼女は俺を一瞥するやいなや杖を構えた。

 

「お前がロレンスか。これで依頼達成じゃのう」

 

 やっぱり初手でテレポートかます気だな!?

 

「みゃー!」

 

「わかってるにゃ!!」

 

 みゃーが首飾りに念じると、たちまち彼女は縄に包まれて全ての装備が消え失せた。ちなみにその消えた装備は縄を解いた時に戻ってくる。シロノで実験したからわかる。

 

「な、なんじゃこれは……っ! スキルは愚か、魔法も使えないではないか! シロノ! お前が代わりに捕まえろ!」

 

 そう来ると思ったよ。だがな、シロノはこっち側なんだ。

 動こうとしないシロノを見て、エルフの幼女は仕組まれたことだと気づいてチィッと盛大に舌打ちをした。 

 

「貴様ら。このワシを敵に回したらどうなるかわかっててやっておるのか?」

 

 やばい、このままじゃ誤解を生む。俺は慌てて這いつくばって睨む彼女に弁明をする。

 

「落ち着いてください。いきなり俺をテレポートしないならすぐに縄をほどきます」

 

「わかった。しないからすぐにほどけ」

 

 睨みながら言われても説得力があるわけがない。絶対にほどいた瞬間、何かをされるであろうことはわかっている。

 そのための手段はもう決めている。

 

「みゃー。()()やって」

 

「わかったにゃ」

 

 みゃーは彼女を捕らえている縄を切って、彼女の手に結んだ。

 そして、みゃーは首飾りに念じて縄をほどく。

 

「ははは! バカめ。すぐにテレポートで送ってやろう!」

 

 にやついた彼女が杖を構えるも、何も起きない。

 

「な、なぜだ!?」

 

 それは彼女の手に結んだ縄が原因だ。この縄は首飾りの所有者以外、ほどくことも切ることもできない。そして、その縄にはスキルを使えなくし、魔力も一般人程度に落とす効果がある。それは例えば手首に縄を結ぶだけでも効果は現れる。

 

「さて、約束を破りましたね」

 

「ふ、ふんっ、ワシに何かしたら上が黙っていないぞ!」

 

 なんだその小物の発言は。これでも数百年生きたエルフのセリフかよ。

 だが、まあ()()()()ことには変わらないがな。

 

「まあ、俺たちの指示に従ってもらいますよ」

 

 すると、ビクッと震えキッ! と俺を睨みながら渋々と指示に従い始めた。

 

 

 さあ! 『賢者の風呂屋』のお・も・て・な・し作戦スタートだ!!

 

 

「さて、まずはこれをいかがですか?」

 

「なんだこれは」

 

 牛乳瓶を手渡すと、訝しげに見て「毒でも入ってるんじゃ」と疑い始めた。

 んな物騒なことするわけないだろ。

 とりあえず商品説明だ。

 

「これは、飲むと一歳寿命が伸びる牛乳です」

 

「そんなものあるわけないだろう」

 

 はっ、と鼻で笑った彼女(シルクというらしい)に自動販売機を見せる。

 シルクさんは自動販売機に目を剥いて驚いた。

 

「な、なんじゃこの魔道具は! 見たことがないぞ!!」

 

「自動販売機です。お金を払えば自動で選んだ飲み物を手に入れることができます。ほら、こんな物があるなら一歳寿命が伸びる牛乳くらい普通じゃないですか?」

 

「何もかも普通ではないわ!!」

 

 しかしそう言いながらチラチラと牛乳を見て、パッと引ったくって飲む。なんだよ、結局欲しいんじゃん。

 

 さて、次だ。

 

「みゃー。長旅でお疲れだろうから、風呂を案内して説明してやってくれ」

 

「はーい、シルクさん。こっちにゃよ」

 

「わかった。わかっから引っ張るでない!」

 

 みゃーに連れられて、女湯の暖簾をくぐったシルクさんを見て、一先ず安心する。

 シロノも一緒に行くのかと思ったら俺の隣に寂しげに立っている。

 

「おい、お前も行かないのか?」

 

「私は三日前からみゃーから一緒に風呂に入ることを禁止されている」

 

 あ、多分セクハラしたんだな、とすぐにわかった。だが、シルクさんと二人きりだと何が起こるかわからない。

 

「俺が許可するから念のため一緒に入っててくれ、で、入り終わったら二階に連れてくるように」

 

「ほ、本当に良いのか! お前、見直したぞ!! それじゃあ言ってくる!!」

 

 満面の笑みで走り去っていった。なんて、欲望に忠実なやつだ。先行きが不安でしかない。

 

 さて、レベッカの元に向かうか。




ものすごい評価増えてビビりました……。ハーメルンの基準がわからないのですごいことかはわからないのですが笑


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第25

「レベッカ、下準備終わったか?」

 

「うん。い、一応全部やったよ……」

 

 二階のキッチンに行くと、下準備の終えたレベッカが達成感を顔に貼り付けて待っていた。相変わらずビクビクしているがこれでも良くなった方だ。

 

 ほうほう、良くできてるな。やっぱり料理系は得意なんだろうな。完璧に下準備されている食材たちを見て俺はそう結論付ける。

 だがなぁ、如何せんビジュアルが幼女だから、包丁持ってる姿を見ると不安になる。これが親の気持ちか……? まあ、実際は100歳越えてるんだがな。異世界って不思議。

 

「さて、ここからは俺の出番だな。レベッカは好きに料理作ってて良いぞ」

 

 異世界産の料理は知らんから作れない。もちろん、何度も食べたことはあるが、レシピは知らない。これが普段の食事なら勝手に想像して作るが、今回ばかりは全て最高品質で提供しなければいけない。妥協はできない。

 

 俺はいつもより集中し、調理に移る。少しでも美味しさを増させるように切り方なり、焼き加減などの工程を注意深く観察しながらする。

 

 神経使うな……。こんなに緊張したのは、前世で料理屋の店主だった時に、総理大臣が食べに来た時以来だな……。あの時はビビったとかそういう次元越えて頭真っ白になったわ。

 ありがたいことに気に入ってもらって月1で食べに来てくれたからさすがに慣れたが。

 

 そういえば、あの料理屋大丈夫かな~。唯一の弟子に全て受け継がせたから味は問題ないと思うけど、弟子があの料理屋を継いでくれたのかどうかだよな。まあ、わからないことを考えても仕方ない。

 

 

 四十分後。

 シルクさんを伴ってシロノが歩いてきた。なんかツヤツヤしてるんだけど、比例してみゃーがげっそりしてるんだけど。……まあ、何があったかは聞くまい。

 シルクさんは、ほへー、とボーッとしているが、満足そうでもある。まあ、成功かな。

 

 それを見て、キッチンに戻り、料理を運んでいく。

 

 和食は、寿司、天ぷら、肉じゃが、漬物。洋食は、ハンバーグ、オムライス、グラタン。中華は、餃子、エビチリ、ラーメン。

 

 食べきれるように小分けにして運んだ。シルクさんは様々な料理が運ばれるのを見て、ふわぁ……と子供のように目を輝かせた。そして、慌てたように仏頂面に戻す。もう、良いって。

 

「ふ、ふんっ! 物で釣ろうとしても無駄だぞ! どうせ、こんな見たことのない料理、美味しいわけがない!」

 

 そう言いながら視線は料理に釘付けだし口元からよだれ垂らしてますよ。いや、本当に子供かよ。

 ちゃっかり座ってワクワクとした様子のシルクさんに呆れと、楽しみにしてくれていることに喜びつつ、さあどうぞ、と言う。

 

「ま、まあ? 仕方ないから一口だけ食べてやろうじゃないか────」

 

 キラキラ輝くデミグラスソースがかけられたハンバーグを、器用にナイフで切り分け、一口食べた──瞬間、ピカンと目が光輝いて叫びだした。

 

「な、なんじゃこれはぁぁぁぁ!!! こ、こんな美味しいもの食べたことない……っ!」

 

「そうでしょう、そうでしょう」

 

「い、いや! 今のは驚いただけじゃ」

 

 ニマニマして言うと、シルクさんはち、違うぞ! と慌てて反論するも、すでに二口目に突入してる。だから、説得力ゼロやて。

 

「こちらの寿司はこの液体に浸けてご賞味ください」

 

 醤油の入った皿を見せて説明する。

 

「なんじゃこの液体は」

 

「醤油です」

 

「ショウユ?」

 

 疑問を浮かべるが、好奇心には勝てなかったようで、恐る恐る寿司はフォークでぶっ刺して醤油に浸ける。

 そのまましばらく固まっていたが、いざ! と食べる。

 

「な、生魚なのに生臭さがない……それにショウユとやらと、魚と、この白い物が絶妙にマッチしているではないか……」

 

 食レポあざす!

 寿司を初めて食べた外国人のような反応でちょっと面白かった。それと、シルクさんに「これは米と呼ばれるものです」と説明する。

 

「コメ、コメか。気に入った」

 

 素直に賞賛した。すんなりと認めたことに少し驚く。

 

 そこからは独壇場だった。

 

 どんな料理も驚き、美味しいぃ! と叫んでいた。特に日本食が気に入ったらしく、おかわりまでも要求していた。

 

 全て食べ終わったシルクさんは、腹をポコンと膨らませて、ふぅ……と満足そうに息を吐いた。

 そして呟く。

 

「ふむ……これならば……」

 

 何やら結論を出しそうな気配がした。良い返事そうだが、オモテナシはまだ終わっていない。この『賢者の休憩所』にある布団は最高級なものだ。シルクさんの名前と同じシルクが使われていて、フワッフワッで横になって二秒で寝れる。それも体験してもらわねばならぬ。

 

「さあ、もう遅い時間でしょうし、部屋に案内しますので、ごゆっくりしてください」

 

 若干圧を込めて言うと、お、おう……と頷いた。よし、ミッションコンプリート!

 

 三階に行き、部屋に案内すると、やはり布団に驚いていた。触って、なんの素材を使っておる! と聞いてきたので、あなたの名前と同じで『シルク』という素材を使っていますと言うと、めちゃくちゃ喜んでいた。

 

 さあ、明日が楽しみだ。

 



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第26話

翌日。番台に座ってボーッとしてると、やけに肌をツヤツヤさせたシルクさんが(しもべ)のようにみゃーとシロノを連れて下に降りてきた。

 

 シルクさんは俺をじっとしばらく見つめると、よし! と意気込み言った。

 

「ワシもここに住むぞ!!!」

 

 はい、釣れた~。と内心ほくそ笑みながら、少し感動したように顔を押さえて礼を言う。

 

「あ、ありがとうございます、シルクさん!」

 

 頭を下げてニヤリと笑う。予想通りとはいえ何ともチョロい。下衆な思考が頭に過ってはぶんぶんと振り払う。

 すると、シルクさんは俺に近づいてきて耳打ちをした。

 

「お主……テレポート役を探していたのだろう? それはちゃんとやってやる。ただ、わかってるじゃろうな……?」

 

「最高級のお食事とサービスをいつでもご提供致します」

 

 うんうんと満足そうに頷くと、俺の肩に手をポンッと置いた。

 契約成立……っ! また、コンタクトコルーションとも言う!! 

 

「じゃあ、ワシは報告のために一度帰る。シロノ、お前も一度帰れ」

 

「ですが、私はみゃーと……じゃなくてこの男がみゃーに何かしないか調査中でして……!」

 

 見事に嫌な顔をしたみゃーに気づかずに言うと、シルクさんは無言で杖を構えた。それを見てシロノはガックリと頭を下げた。

 あぁ、勇者といえど逆らえないのか。てか、逆らってもテレポートされるから無駄なのか。そう考えると強すぎないか? テレポート。

 もし、俺の姿が見えた瞬間にテレポートされていたら完全にアウトだった。みゃーの縄が間に合わなくてもダメだった。あんな残念そうで扱いやすそうな性格なのに強いとか……。世の中不公平だな。

 

 と、自分の無能さを比較しながらため息を吐くと、シルクさんが杖を振って、一瞬でシロノと消えていった。

 詠唱とかも必要ないのか。まあ、スキルだからか。エグいな。

 

 二人が消えたのを見送ると、みゃーがスススと寄ってきて、腕にピタリとくっついた。

 

「やっと二人きりにゃね」

 

「そうだな。仕事するかぁー」 

 

 理性を総動員させて腕を振りほどくと、みゃーはムッとしたが、それ以上攻めてくることはなかった。

 助かった、という気持ちが半分で勿体無いことをした、という気持ちが半分。だいぶみゃーに毒されている気がする。

 

 すると、ふとみゃーが焦ったような泣いているような顔をした。

 

「ユジはいなくならないにゃよね?」

 

「いなくなっても秒で帰ってくるよ」

 

 頭を撫でると、みゃーはコクりと頷いて、しばらくされるがままになる。

 

 だが、ペシッと手を叩き落とされ、少し顔を赤くしながら言った。

 

「みゃ、みゃーは頭を撫でられただけで懐くような軽い子じゃないにゃ!!」

 

 と言って、階段を登っていった。

 

「えぇ……? つか、あのパンチ、実家で飼ってた猫のネコパンチを思い出したわ」

 

 女心というものはわからない。ただ、階段を登るみゃーの後ろ姿は少し嬉しそうだった気がする。……いや、これも女心がわかっていない俺の勝手な想像かもな。

 

 かぶりを振って、バカな想像を吹き飛ばすと、ふと考える。

 

 そういえば獣人族の寿命ってわりと長いよな。人族の三倍って聞いたことがあるけど。

 そう考えると、俺がみゃーといてやれるのも少ないよな。

 

 なんだか暗いことを考えてしまった。誤魔化すように周りを見渡すと、ウィンウィンと駆動音を上げる自動販売機が視界の端に映った。

 

「あ、寿命伸ばせばぶっちゃけいつまでも生きられるのか。生ける伝説とかになれたりし…………」

 

 伝説。その単語で俺は思い付いた。今の今までどうしてその考えに至らなかったと自分を呆れるほどだ。

 

 寿命を伸ばす、肉体年齢を一歳下げる、性転換、力減少。

 

 これらは間違いなく百年前から動き続けた自販機の商品として売られてきたものだ。

 マスターはそれを自由に飲むことができる。

 

 百年前のマスターは恐らく俺の親友、天竺リオン。

 

 

 どうして思い付かなかった。勝手に思い込んでいたんだ。

 

 

 

 恐らく俺の親友、天竺リオンは()()()()()

 

 思わず口元に笑みが浮かんで、俺はレベッカを探しに走り出した。

 

 

 

 




第一章二編終了


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第27話 幕間

ユジとリオンの過去


「君は相変わらずボッチだね」

 

「うっせ……」

 

 かけられた声は誰かわかっている。わかっていて俺はそっぽを向いて返事をした。

 その人物はわざと俺に聞こえるようにため息を吐くと、俺をバカにし始めた。

 

「全く……僕がいないと君は誰とも話さないんだから。もう少しコミュニケーション能力というものを養った方がいいんじゃないか? いや、僕的にcommunication かな」

 

「お前ロシア人とのハーフなんだから『的には』じゃねぇじゃん」

 

 耳元で好き勝手に話す人物に呆れて俺は返事をした。見ると、やはり……リオンだった。

 

「あはは。やっとこっち見てくれたね。僕みたいな完璧美少女を視界に入れてしかと目の保養をしたまえよ。うん」

 

「大学生で自分のことを美少女って言うのは痛ぇーだろ」

 

 頬杖を突いたまま、仏頂面でツッコミをすると、リオンは大げさに胸を押さえた。

 

「くっ、我が封じられし黒歴史が……」

 

「現在進行形で黒歴史作ってる女が言っても何とも思わねぇ」

 

 一体こいつは何がしたいんだと毎度のことのように思いながらリオンを見る。……相変わらず容姿と口調のアンバランスさが際立っているやつだ。

 キラキラと輝く長い銀髪に、ミステリアスさと何処か妖艶さを感じる赤い瞳。整った顔に均整の取れた体つき。恐ろしい程に『美』の権化であるが、『僕』という一人称に然り。俺をバカにする目付きや言葉で-100点も良いところだ。

 

 何故か俺だけしかバカにしないため、大学内では人気を誇ってるリオンだが、とっとと正体をバラしてやりたい。

 

「で、何の用だ」

 

「ふふ、君に会いに来た、と言ったら?」

 

「帰る」

 

 即答してカバンを掴むと、ちょちょちょ、と俺の腕を掴んで引き留める。

 

「ちょっとした冗談じゃないか」

 

「俺には冗談は通じないんだ」

 

「まあまあ、一回落ち着いて」

 

 落ち着くのはお前だ、と言ってやりたかったが、本当に用があるようなので渋々席に着くと、リオンがいつになく真面目な顔で切り出した。

 

「前回、僕が君の料理を食べてからどのくらい月日が経っていると思う?」

 

「はぁ?」

 

 脈絡のない話に疑問を繰り出すと、真面目な顔を崩すことなく、指を三本立てて拗ねたように口をすぼめて言った。

 

「3ヶ月だ。呼んでと言ったのに」

 

「……意味わかんねーけど、つまり俺の料理が食べたいってことか?」

 

 リオンは大げさに首をブンブン振って頷く。

 

「うちの店来ればいいじゃねぇか」

 

 修行中の俺は、店を継ぐためにもちろん両親から料理を習っている。俺はまだ半人前だと自負しているし、両親と味付けは同じなんだから、プロの両親の料理を食べた方が良いだろう。と思ったのだが、リオンはふるふると今度は横に首を振った。

 

「僕は君の作った料理を食べたいと言っているのだ」

 

「はぁ。じゃあ、弁当作って持ってきてやるよ」

 

「違う! 違うんだ! 君が料理を作ってる姿を見る&出来立てが食べたいんだ!」

 

 机をバンッ! と叩いた。その音に周りの視線が集まるが、リオンは気にせずに熱弁した。

 

「弁当も、もちろん欲しいさ。というか毎日欲しいさ。でも、今猛烈に出来立ての料理が食べたいんだよ。わかってくれるかい?」

 

「あー、そんなに俺の料理が食べたいって言ってくれるのは嬉しいけど、何処で作るわけ?」

 

 キョトンとしてリオンは当然のように言った。

 

「え、君の家に決まってるだろう? 僕の家は調理器具ゼロだしね」

 

 俺は頭を抱えた。無防備なのだ。こいつは。前回もそうだった。俺の弁当を盗みとってから出来立てが食べたいと騒ぎだしたリオンを、思わず家にあげてしまった。勢いに押しきられたとも言えるが。

 リオンは大層喜び、ご飯を食べた後、俺の家でそのまま寝た。男の家だぞ? 話し始めて一年だぞ? 寝るか? 普通。もちろん、俺は寝てる相手に襲いかかりなどしないし、どのみち相手がリオンなわけだからやる気はゼロだ。リオンのことはもちろん魅力ある女性だと思っているが、友達にしか思えないし、何より俺とリオンじゃ全く釣り合いが取れない。

 

 俺は誰とも反りが合わず講義室の端っこでスマホを弄ってるような陰キャで、片やファンクラブまである、自他共に認める美女。この大学のマドンナ的存在だ。

 そんな状態で、リオンは俺を信じて友達付き合いをしてくれているのだ。下衆な男的思考をする方が失礼というもんだ。

 

 だが、俺にも本能というものがある。理性さんがいつまで押さえてくれるのかが非常に心配だ。

 

「あのな、いくら友達といえど異性の家にホイホイ行くのは普通ダメだろ……?」

 

「一回行ってるのに?」

 

「あれはお前の勢いに押しきられただけだ」

 

「じゃあ、今度も勢いで押しきるしかないわけだ」

 

 ニヤッと笑ったリオン。こうなったらもう誰にも止められない。だが、俺も負けていられない。

 しっかりリオンを説得してみせようじゃないか。

 

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

「うんうん。君の家は実に3ヶ月ぶりだねぇ」

 

 ダメだった。三十分で俺は押しきられた。巧みな話術と頭の良さをフル回転させた言葉の誘導。天と地ほどの偏差値に呆気なく屈してしまった。強い。さすがすぎる。

 

 満足そうにリオンは我が家のようにズケズケと俺の家に入っていく。

 

 続けて俺も入ると、リビングに座ったリオンが早くも催促をした。

 

「早く、食べたい! 僕はぶり大根の煮付けが食べたい!」

 

「子供か。リクエストはさっき聞いたって」

 

 リオンと一緒にスーパーに買い物をしに行った。いきなり今日行きたいと言われたが材料がなかったのだ。

 レジのおばさんに「新婚さん?」って言われた時はまじで気まずかった。俺だけがな。

 

 リオンはノリに乗って、俺の腕を掴んで「新婚でーす」なんて言い始める始末。頼むから勘弁してくれ。

 

 

 俺はキッチンに向かい、念入りに手を洗った後、買ってきた食材を取り出し、調理を始めた。

 

 

 

☆☆☆

 

 

「うぉぉぉぉ!!! うまぁぁぁいぃぃぃ!!!!」

 

「お前はもう少し静かに食べれないのかよ」

 

「むぅぅぅぅりぃぃぃぃぃ」

 

 食べるなり叫びだしたリオンに呆れるて注意するが、聞く耳を持たない。まあ、喜ばれて満更でもないし、良いんだけど。

 

「この姿をお前のファンクラブに見せたら面白そうだよな」

 

 リオンは白飯をムシャムシャと咀嚼して、飲み込むと、ニヤニヤ笑いながら俺の黒歴史を刺激した。

 

「いや~。僕にとっての最高に面白い出来事は、君と初めて会った時に、手を合わせてきたことだよね~」

 

「お前……まじでそれ言うのやめてくれよ……」

 

「真顔で天使と見間違えたなんて言うから爆笑しちゃったよ」

 

 時々、引き合いに出される俺の黒歴史。初対面であんな神オーラだされたら祈っちゃうって。

 あの時は俺もどうかしてた。顔を覆って項垂れていると、食べ終わったリオンが横になってゴロゴロしていた。

 

「食べてすぐ横になると牛になるぞ。てか、食べ終わったなら帰れ」

 

「冷たいこと言うなよ。せめて歩けるようになるまで回復させてくれ」

 

 帰る気はないらしい。こうなったらリオンはテコでも言うこと聞かないからな。頃合いを見計らって帰ってもらおう。と思ってリオンを見ると、この数秒の間に眠りに落ちていた。

 

「寝るの早。てか、デジャブだなおい」

 

 リオンに近づき、おい起きろと肩を揺さぶっても無反応だ。まじで寝てんのかよ……。

 

 そこで俺は魔が差してしまった。肩に触れた時に、さらさらの銀髪が手にかかった。まるで、悪魔の誘惑のように窓から入り込む風が、銀髪と一緒に俺の手の上で踊る。 

 

 どうしてかはわからないが、その瞬間、俺はリオンの髪を触っていた。

 

「……って、俺は何を!?」

 

 自分の行動に驚き、手を離すと、バッチリと俺を見る視線を感じる。リオンは起きていた。

 何と言って良いのかわからないまま、放心していると、のそりと起き上がったリオンが名残惜しそうに言った。

 

「もっと触っても良かったんだがな」

 

「お、お前……」

 

 その発言をどう捉えていいものかわからない。

 リオンは、はっ……と正気に戻ったような顔をすると、口をパクパクさせる俺の姿を見て余裕を取り戻した。

 

「ふふふ、君がまさか襲ってくるとは思わなかったよ」

 

「ち、違う! 髪の毛しか触ってないから! ノーカンだから!」

 

 人聞きの悪い言い方に、冷静さを取り戻すこともできずに、自分でも何を言ってるかわからない言葉を吐き散らすと、リオンは少し残念そうに呟いた。

 

「別に、襲いかかってきても許すのにな」

 

 何かを言ったのうだが、あたふたしてる俺は聞くことができなかった。

 

「今何か言ったか?」

 

 リオンは少し顔を赤らめると、いたらず気に笑った。

 

「いや、警察呼んでやろうかなってな。もしもし、ポリスメン?」

 

「ごめんなさい俺が悪かったから警察はやめてくれぇぇ!!!」



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第28話

新章開始!


Side ???

 

「暑っ……」

 

 ギラギラと輝く太陽が砂でできた地面を熱する。

 黒いフードを被った人物は、あまりの暑さに呟いた。周りに()()いない。ただただ、砂丘が広がっているばかりだ。そして、時折、魔物が襲いかかってくるのみだ。

 

 ここは世界に4つある魔境の一つ。ヒルノワ大砂丘。昼は100℃越え、夜は-50℃を越える気温で、来る者を拒む。さらには、デザートシャークと呼ばれる、砂に潜り込む鮫型の魔物が絶えず襲いかかってくるのだ。

 

「うざったいなぁ……」

 

 砂からシャァァァ!! と叫び声をあげて襲いかかるデザートシャークに黒フードは、ため息を吐くと、手をかざしてデザートシャークを凍り付けにした。

 魔法の発動まで一秒もかかっていない。これは、スキルではなく個人の技量によるものである。

 

「いっそのこと、この砂丘を全部凍り付けにしても良いんだけど、さすがに魔境を潰したら世界のパワーバランスが変わっちゃうからね」

 

 とんでもないことを呟くが、この人物にとって、それくらいのことは造作でもないのだろう。

 

「もうすぐ百年か……。そろそろ来てる頃かもなぁ……。一回帰るか」

 

 黒フードは顔を上げて、太陽を眩しそうに見ると、バサッ! と黒い()で空を飛び始めた。

 

 風が黒フードを覆い、フードが取れる。

 

 ────銀髪に赤い目をした女はニヤリと笑う。その口元には長い牙が覗かせていた。

 

 

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

「やはりか……」

 

 レベッカに聞くと、キョトンとした顔をされた。その通り。俺が勝手に勘違いをしていただけなのだ。

 レベッカの言っていたことを思い出せばすぐにわかる。

 

 レベッカは孤独の痛みを俺たちに伝えてくれた時『リオネス様が()()()()()()()()』と言った。死んだ、などとは一言も口にしていない。

 

 いなくなった理由はわからないらしいが、『リオネス様が死んでる姿を想像できない』とレベッカは言っていたため、恐らく生きているに違いない。

 ならば、探すことも可能だ。今すぐは無理だが、経営が落ち着いたら探しに行こう。そう決めた。

 

 

「よし! テンション上がってきたぞ! それに、シルクさんに聞けば何かわかるかもしれないしな」

 

 シロノ曰く長く生きているらしいし、リオンに会ったことはあるだろう。にしてもあいつが賢者かぁ……会った時に笑ってやろ。

 

 一応、謎多き人物で、その姿はベールに包まれているとか言われてる。男か、女か。年齢すらも謎だ。功績としては、世界を滅ぼそうとした魔王を倒したことで『賢者』って呼ばれるようになったらしい。

 いや、魔王を倒すなら『勇者』だろ、と思ったけど、その当時の勇者は魔王に敵わなかったらしい。勇者も名折れだな。

 

 でも、百年経ってるってことは性格とかも変わってるに違いない。そもそもあいつが俺のことを覚えてるかも心配だが……。まあ、そこは何とかしよう。

 

 

 一先ず、するべきことはシルクさんが戻ってくるまでの準備だ。テレポート持ちを確保したことで、確実に客は来るだろう。ならば、それに向けてすることは結構ある。

 

 

「レベッカ。お前って、外の常識ってわかる?」

 

 近くにいたレベッカを呼び止め聞くと、なかば自嘲するように言った。

 

「ひゃ、百年前の金貨出してるのにわかると思う……?」

 

「だよな」

 

 だいぶ言うようになったじゃないか。人見知り直ると傲岸不遜な()()レベッカに戻るのかもな。俺としてはそうなると客に失礼な態度を取りそうだという懸念もあるが指導するしかあるまい。

 

「で、でも、百年前の基準でアドバイスくらいはできるかも」

 

「まあ、一人で悩んでも仕方ないからそうさせてもらうよ。……実はな、料金設定に悩んでるんだよ」

 

「料金設定?」

 

「そう。商売だから金を取ることは決まってるけど、俺は平民も利用できるようにしたいんだ」 

 

 今は、貴族か大商人くらいしか風呂屋は入れない。何せ高すぎるのだ。

 そもそも、お湯を出すために魔石を使ってるわけだが、その魔石自体も高い。

 元を取るにはかなりの料金設定にしなくてはならないのだ。

 

 だが、俺の風呂屋は元はゼロだ。お湯は俺のスキルでどうにかなるし、掃除、洗濯などもする必要はなく、料理は材料費は全て無料。必要なのは人件費くらいだろう。

 

「じゃ、じゃあ、貴族と平民で価格を別にしたら?」

 

 俺は少しその考えに笑いつつやんわりと否定する。

 

「それをしたら、差別だ、とかなるし、逆に貴族は来なくなる」

 

「あ、確かに……」

 

「でも、部屋数も限られてるからなぁ……。安くしたらプレミア感つかないんだよ」

 

 すると、ポンッと手を打ったレベッカが途轍もなくエグい提案をしてきた。

 

「わ、私が『空間拡張』のスキルで部屋数を無限にしてあげようか?」



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第29話

「ま、まじかよ……」

 

 明らかに広さが増した三階で俺は呆然と呟いた。

 マジだ。マジだった。外から見た大きさと全く合わない。30室しかなかった小規模の客室は……なんと言うことでしょう。あっという間に10倍の300室になりましたとさ。

 しかも、部屋の中は全て同じ。これじゃあ、『空間拡張』というよりは『空間複製』だ。

 

「拡張ってレベルじゃなくね……?」

 

 思わず呟くと、レベッカは何処か誇らしげにした。

 

「く、空間拡張を鍛えたら複製もできるようになったの」

 

「すげぇな……。じゃあ、二階もできるか!? 食堂作りたい!」

 

「う、うん! もちろん!」

 

 頼りにされたことが嬉しかったのか、レベッカは嬉々として階段を下りていく。

 舐めてたわ……。そりゃスキルってほとんどチートだもんな。……いや、俺は? 湯を出すだけの能力なんだが?? ま、まあ、そのお陰で風呂屋できたし……宿屋に近づいてきてる気がするけど。

 

 

 それから、二階を拡張し、食堂の土台となる部屋を作り出してくれた。家具や内装は、あの段ボール箱から色々取り出して作ることにしよう。

 だいぶ幅が広がるな。

 

 みゃーにも手伝ってもらって、内装をしよう!

 

 

☆☆☆

 

 

「出てくる物のサイズ感おかしくないかにゃ……?」

 

「そーゆーもんだ」

 

 段ボール箱から机と椅子を取り出すと、若干引いた様子のみゃーが言った。うん、まあ、50cm四方のダンボールから長机取り出してるからなぁ……。やっと、ドラ○もんが四次元ポケットから道具を取り出す気持ちがわかったぜ。

 

「にゃんか、無骨にゃんね~」

 

「確かになぁ」

 

 机と椅子のみを置いた広い空間を見て呟いたみゃーに同意する。

 フローリングの床に三百人程度座れる机や椅子をところ狭しと置いた状況で、華がないし、本当に食べるだけの空間みたいで納得いかない。

 

「みゃーならどうする?」

 

「魔物の剥製とか置くにゃ」

 

「んなもん置いたら慣れてない客が悲鳴あげるわ」

 

「じゃあ、高そうな物とか金ぴかの物を置くにゃ!」

 

「成金の部屋か。てか、平民も来るんだから、そんなことしたらダメだし、盗まれる」

 

 ダメだ。森暮らしに聞くのが間違ってたぜ。

 俺がダメ出しをすると、しまいにはみゃーは拗ねた。

 

「そんなに言うんだったらユジが言うにゃ」

 

 俺は少し考える。思い出すのは持っていた料理屋の内装だ。

 

「そうだな。何を主題にするかで変わるけどな……。アンティークだとかレトロだとか色々な……」

 

 みゃーははてなマークを浮かべているが、それを無視して考える。

 格式張った感じにはしたくないし……古い物を置くとか、照明を工夫して雰囲気を変えることもできる。あとは音楽だな……。流す曲によっても変わる。

 クラシックとかイメージしてもらえばわかるが、高級な店っぽいだろ? ポップな曲を流せば、大衆に受ける、より庶民的なものになる。

 

 そうだな、ならばより、食堂らしいものにしよう。ワイワイガヤガヤ。だが、清潔感を何処か感じさせるやつ!

 

「決めた」

 

「お、みゃーは従うにゃよ」

 

「じゃあ、手伝ってもらおうかな」

 

 さあ、始まりだ!!

 

 

 まずは、段ボール箱から、絵の具セットを取り出す。個々に取り出すよりこっちの方が効率良いからな。

 きっちり日本製のようで、柄がドラゴンだった。わかる人にはわかるんだよ。何故か小学生の絵の具セットと習字セットとナップザックはドラゴン柄なんだよ……おまけに彫刻刀のケースもな……。

 

 さて、そんなことより、俺はベタっ、と白い壁に遠慮なく絵の具を塗りたくる。みゃーが驚いているが問題ない。

 

「そんなことして良いにゃ!?」

 

「まあ、見とけって。小、中、高と美術の成績5の俺をよ」

 

「何言ってるにゃ……?」

 

 疑問を浮かべるみゃーにそんなことを口走ってひたすら書いていく。

 

 

 二時間後。全ての壁に絵が描かれていた。

 

 それは……ト○ロに出てくる山と、ラ○ュタのラピュタ(隠せてない)と竜の巣。ナウ○カの王蟲と千と○尋のカオナシとハクinドラゴン形態だ!!

 

 一面に描かれた絵は、華やかさはともかく、無骨な雰囲気は消せた。さらに、机はファミレスのような机の形態にし、四人で座れる形に。天井にはシャンデリアを一つ!

 

 それらを見たみゃーは、目を丸くしながらたった一言感想を告げた。

 

「にゃんか……ごちゃごちゃの無茶苦茶にゃんね……」

 

「誰も緊張しないだろ?」

 

「そういう問題じゃないと思うにゃけど……」

 

 うん、まあ、お洒落さはゼロだよな。やりすぎた感はあるが、とりあえずは良いだろう。それに、この絵をもし、転生者が見たら一目瞭然だし。

 

 疲れたようにみゃーはため息を吐くと、突如俺にしなだれかかる。

 

「疲れたにゃ……一緒に休むにゃ」

 

 待て、いきなりラブコメパートに入られても困るぞ!

 必ず一日一回攻めてくるみゃーだが、この場面で来るとは思わなかった。

 

「お、俺はまだ仕事あるから後でな?」

 

「嫌にゃ! 今すぐ行くにゃよ!」

 

 体を押し付けてくるみゃーの柔らかい感触にドギマギしながら突き放そうとするも、森暮らしは伊達ではなく力が強い。

 

 ヤバい! 力じゃ負ける!

 

 と思った時、謎の浮遊感が俺たちを包んだ。

 

「……ん? 俺たち落ちてね?」

 

「本当にゃ……」

 

 何故か食堂の床がいきなりポッカリと穴が空き、俺たちは抱きつきながら落ちていった。

 

 

「「(にゃ)あぁぁぁぁぁあぁ!!!??」」

 

 



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第30話

「どうすればええねん」

 

 松明の光で照らされた足元を呆然と見ながら、俺は呟く。みゃーは俯く。

 

 床に激突して爆裂四散すんのかと思ったら、不思議ぱぅわぁー、で減速して最後は、ラ○ュタのあの名シーンのようにフワフワと落ちた。

 飛行石はなかったけども。ま、とりあえず無事で何よりと言うことだな。

 

「先に進むしかないみたいにゃね」

 

 五感が鋭いみゃーは、薄暗い通路の先を見て言った。

 上を見上げれば、遥か先に小さな光がある。恐らく食堂の穴だろう。もちろん、這い上がっていくことは不可能だ。

 そして、目の前に広がる石造りの謎の通路。壁には松明が無数に掛けられている。

 さあ、来いと言われてるみたいだ。

 

「行くしかないのか……」

 

 実際に進むしか道はない。

 上の何処かにいるレベッカは頼りにならない。どうせ聞こえないし。

 となると、最早頼りになるのはうちの相棒みゃー様の『絶対切断』しかない。

 

 だが、頼りきりはダサい。でも、仕方ないじゃん。俺、弱いし。

 

「何かあったらみゃーが守るから大丈夫にゃよ」

 

「相変わらずセリフが逆なんだよなぁ……」

 

 男らしい発言で何とも頼りがいがあるものだが、俺のプライドがヒシヒシと悲鳴を上げている。

 

「まあ、行くか」

 

 と言っても先行するのはみゃーだ。……いや、こればっかりは役割分担だから! 破壊力持ちのみゃーだけど、本来は五感の鋭さを活用する斥候なんだからさ。俺は剣は使えるけど、もちろん持ってないから、魔法になる。すると、後衛なんだからみゃーが前に行くことになるのだ。

 

「罠とか魔物の気配はないにゃんね」

 

 耳を澄ませたみゃーがそう結論付ける。

 

「なら良かった。ってことは人工なのか?」

 

 その前に罠も気配でわかるのかよ、というツッコミを置いといて考える。

 人工の建造物に住み着く魔物もいるが、この空間内だと残留している魔力が足りなくて死ぬだろう。

 基本的に魔物は魔力がないと生きていけない。強い魔物ほど、空気中に含む魔力が多くないと生きられない。

 

 と、考えると、残りの心配は罠だけだったが、みゃーはそれをキッパリと否定したので少し安心だ。だが、油断はできない。

 もしかしたらいきなり壁穴から槍が飛び出すかもしれないからな。用心するに越したことはない。

 

「それにしても、改装前のあの食堂みたいに無骨な空間にゃね」

 

「確かにな。ただの通路ならもう少し彩りを加えれば良いものの」

 

「案外、あの食堂を改装したから怒ってるんじゃないかにゃ?」

 

「まさか」

 

 一笑する。誰が怒ってるというんだ。まあ、人為的な可能性はゼロじゃないが。

 まだまだ、この『賢者の休憩所』には不思議な物が多い。賢者、改めリオンは一体どうやって作ったんだろうな。

 

「……長いにゃ」

 

「もう二十分くらい歩いてるよな。周りにあるもの同じすぎて進んだ気がしない」

 

「……にゃ」

 

 頷いて同意を示すみゃー。

 長い。長すぎる。通路。しかも内装が同じなせいで見飽きするし、距離感覚がだんだん狂っていく。

 本当に進んでいるのかわからなくなってくる。

 

「一応、壁に印、着けておくか」

 

「何のためにゃ?」

 

「……俺の予想が当たったら詰むからな」

 

 頭の片隅にある考えはまだ不透明だ。みゃーに伝えるのは時期尚早であるため濁して伝えると、みゃーはふーん、と頷くと俺の持っていたペンで壁に似顔絵を描いた。

 

 その似顔絵に……俺は思わず笑ってしまった。

 

「それシロノか?」

 

「そうにゃ」

 

「ず、随分個性的だな」

 

「もちろんわざとにゃ。少しシロノには鬱憤が溜まってるからにゃ」

 

「そ、そうか」

 

 俺は突っ込むのは止めた。

 

 みゃーが壁に描いたものは────悪鬼の如く顔が歪み、体は縄で縛り付けられているシロノだった。

 

 ……どんだけ鬱憤溜まってんだよ。しかも、似顔絵ってよりは肖像画だな。たちの悪い系の。

 

 描き終わったみゃーは、何処か晴れ晴れとした顔をしていた。

 ……あいつ何したんだ……いや、むしろみゃーに色々していたことが多すぎて、どれが逆鱗に触れたのか全くわからん。

 

 うん、まあ、倫理観ぶっ壊れたバーサークヤンデレ勇者(笑)。だけどさ。

 

 俺も生きていたし許してやろう的な気持ちなのが驚きだ。普通は殺され掛けたというのに、普通に話すこともおかしいとわかる。

 だが、これも異世界に来た影響なのか、『恐怖』や『価値観』が日本にいた頃と比べてズレてきている気がする。

 

 少しそれは怖いけれど、俺は俺だ。それさえ理解していれば、自分を見失うことはないだろう。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 10分後。

 俺は自分の予想が当たったことに激しくため息を吐いた。

 

「これは面倒だぞ……」

 

「な、なんであの絵がここにあるにゃ!?」

 

 みゃーは状況を理解していないのか落ち着かない様子で右往左往している。

 まあ、落ち着けと肩を叩いて説明する。

 

「多分この通路はループしている」

 

「ループ?」

 

「多分、スキルか何かで、進んだらその分戻るんだよ。レベッカと同じ空間系の能力だと推測できるけど」

 

「じゃあ、いくら歩いても無駄にゃん!?」

 

「だな……。何か突破口見つけないと」

 

 まず、このスキルの方式を見極めないと不可能だ。

 これは俺一人で考えても仕方ない。

 

「まず、二つ可能性があってだな────」



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31話

「一つは、術者が俺たちを監視しながら空間を戻してる場合。もう一つは、ある程度進むと自動で戻される仕組み。その二つが考えうる」

 

「よくわからんにゃ」

 

 はてなマークを浮かべるみゃー。ぶっちゃけ頭は弱いんだよな。だが、よく考えてみてほしい。

 なまじ中途半端に知識があるやつは、その知識が先入観として発想を邪魔する。

 逆に頭パッパラパーで空の人の方が、案外ヒントになったりするもんだ。

 

 だが、説明をある程度理解されなければヒントにすらならない。

 

「そうだなぁ、なんと言うか……」

 

 腕組をして考えていると、面倒臭そうにみゃーは壁に向かって爪を構えた。

 

「お、おい何するつもりだ?」

 

「真っ直ぐ行けないなら……ぶっ壊して横に行けばいいにゃ!! 『絶対切断』!!」

 

 止めようとしたがもう遅かった。

 放たれた無色の波動は壁を豆腐のように切断した。

 

「どうせ、復元され……ない!?」

 

 なんと、壁の先には道があった。覗くと、その道の先には、あのゴーレムがいた部屋に通じていた扉のような、ドでかい装飾がされた門があった。

 

 これは大当たりだな。

 振り向いて礼を言おうとすると、みゃーはどや顔でふんぞり返っていた。

 ……なんか素直に礼を言うのは癪だな……それに、何も考えてない行動の結果だし……アホだし……

 

「なんでバカな子を見る目付きで見るにゃ?」

 

「気のせい気のせい」

 

 鋭い……。五感も鋭いけど心の機微にも鋭いのか……。隠し事通じなさそうだよなぁ。

 

 なんてことを考えながら、恐る恐る壊れた壁を抜ける。罠の心配もなさそうだ。

 

 俺たちは微かな緊張感を胸に門の前に立つ。

 

「また、試練みたいのやらされるにゃんかね」

 

「この扉だし、選定者が出てくるのは確実だけどな。まあ、戦闘ならみゃーのスキルで一発だろ」

 

「任せるにゃ」

 

 みゃーは爪を構えて不敵に笑った。

 おぉ……これが虎の威を借る狐の気持ちか……優越感というか……こいつに全てを任せればいいや、的な感情が芽生えてしまう……。

 矯正しないとあかんな。

 

 

「じゃ、開けるぞ」

 

「オッケーにゃ」

 

 少し力を込めると、ギギギと錆び付いた音が響き、自動で開いていった。

 

「真っ暗だな……」

 

 と呟くと、ボッ! と松明が次々に点灯し、部屋の全貌を明らかにしていった。

 

 どうやら、レベッカの時と部屋の構造は一緒らしい。

 ただ、部屋の何処にも何もいない。

 

「無人? なんか嫌な予感するけどな」

 

 みゃーは頷いて腕を擦る。

 

「肌がピリつくにゃ……嫌な予感がするにゃ」

 

 と、みゃーが呟いた瞬間、突如みゃーの身体が後ろ手に吹っ飛んだ。

 

「ガッ……っ!」

 

「みゃー!?」

 

 壁に勢いよく激突したみゃーに急いで駆け寄る。

 

「おい、大丈夫か!! みゃー!!」

 

 身体を揺すっても反応はない。息は……あるな。気絶してるのか……!

 

「くそっ! 一体何処から……!」

 

 間違いなく攻撃を受けた。だが、正体が全くわからない。

 次は俺が狙われるのは明白だし、さっさと対策を考えなければいけない。

 

「見れないなら……無理やり見るしかないだろ……! 『魔力視』!!」

 

 エンペラーグリズリーとの戦いでは常時使っていた『魔力』を『視る』ことができる魔法だ。古今東西この魔法が使える()()は俺しかいないだろうと自負している。

 

 魔力視を発動したことで、宙に浮かぶ魔力が明らかになった。

 青く輝く球体……これが魔力だが……いたっ!

 

 部屋の中央に佇む、一際大きな魔力の塊。おそらく、あれがみゃーを攻撃したやつの正体だ。

 このまま攻撃しても良いが、『魔力視』は燃費が悪く、かなり魔力を消費する。まだまだ余裕はあるが、できるだけ視覚に頼りたい。

 だとすると……

 

「『サンドストーム』!!」

 

 風魔法と土魔法の混合魔法、砂嵐(サンドストーム)だ。

 部屋の隅に浮かんだ4つの幾何学的模様の魔法陣から、大規模な砂嵐が発生する。

 

「グギャァァァァァァァッッ!!!」

 

 その砂嵐から獣の叫び声が迸った。あまり、攻撃力には期待していなかったが、予想以上に効いている様子。

 恐らく、姿を消す能力に全振りしていて、他は大したことないのだろう。

 

「さて、どうかな」

 

 砂嵐が徐々に収まると、砂と血が混ざって固まることで出来た赤い砂がこびりつき、獣の姿を明かにしていた。

 

 体長は直径5m程度。エンペラーグリズリーと比べると雲泥の差だが、それでも大きいことには変わらない。

 みゃーを一撃で気絶させたことから攻撃力は折り紙付きだ。   

 だとすると、防御力は低いはず。

 

「できるだけ大規模魔術を発動させる……っ! 『ドラゴンズネスト』!!」

 

 イメージさせるのは例の映画内に登場する(ドラゴンズ)(ネスト)だ。

 再び──今度は上空に魔法陣が浮かび、雲を形作る。

 小規模の積乱雲に、獣は唸り声をあげて警戒する。攻撃してこようとはしない。俺が何かをすると警戒しているのか? だとしたら好都合だ。

 

「いけ……っ!!」

 

 魔力を込めながら手を振り下ろす。

 

 ──雲から大量の紫色の稲妻が獣を襲った。

 

 バリバリバリッッッッ!!!!

 

「グギャァァァァァァァ…………」

 

 絶え間無く降り注ぐ稲妻に叫び声をあげていたが、それもトーンダウンしていく。

 

 数十秒後には完全に沈黙した獣の骸が横たわっていた。

 

「勝ったか。防御力紙だな」

 

 あまり強敵を倒した感はしない。さっきの魔法なんてエンペラーグリズリー相手だったら、多少体毛が焦げる程度だ。主の名は伊達じゃないし、あの時は本当に運が良かったのだ。

 

 

「さて、さっさとみゃーを治療するために戻らねば」

 

 俺は未だに気絶しているみゃーの元へ急ぎ足で向かった。

 



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第32話

「おい、みゃー、大丈夫か!!」

 

 呼び掛けるが反応はない。頭を打ったことによる脳震盪か? だとしたら大事に至る可能性もある。

 

「戻らなきゃ……って言っても落ちてきたんだから戻れねぇじゃん!」

 

 この部屋には先に通じる扉もないし、階段などは期待できない。

 しかも、脳震盪だった場合、無理やり運ぶのは危険だ。つまり、みゃーの回復を待つのが早いが、もし、あの獣がリポップしてしまう系のやつだったら、いずれ魔力が切れてTHE ENDだ。

 

「リポップしない方を願うけど希望的観測で動きたくねぇ……」

 

 八方塞がりだと頭を抱えると、後ろから気配がした。

 

「……ッッ! 誰だ!」

 

「怪しい者じゃない」

 

「いや、仮面被って黒のローブに身を包んでいることに対して怪しさしかないんだが」

 

 ただし身長はかなり低い。レベッカと同じくらいだ。

 となると、

 

「選定者か?」

 

「正解」

 

 身長と怪しさで判断したんだけど合ってたかぁ……。

 平坦な声、だが何故かアニメ声の彼女(?)は頷くと、俺たちに向けて手をかざした。

 

「な!? ……ん?」

 

 攻撃を仕掛ける気かと警戒したが、放たれたのは緑色の優しい光……回復魔法だった。

 

「これで、あなたの連れが治る」

 

「お、おう。ありがとう?」

 

「どういたしまして」

 

 すると、みゃーの体が身動ぎし、ん、んん……と瞼を擦りながら目を覚ました。

 

「……にゃ? …………あ、ユジ、無事にゃ!?」

 

「怪我一つないぞ。みゃーこそ大丈夫か?」

 

「にゃんか治ってるみたいにゃね。そこの、怪しいやつは誰にゃ?」

 

「怪しくないのに……」

 

 みゃーの言葉に心なしかズーンと落ち込む選定者。いや、怪しさしかないんだって。

 

「この人は選定者。お前の傷を治した人でもある」

 

「ふーん、サンキューにゃ」

 

「どういたしまして」

 

 選定者の試練で怪我したんだから、実質的に怪我をさせたのは彼女だが、みゃーは礼を言った。

 

「報酬ないにゃ?」

 

 あ、さてはそれ目当てで礼を言ったな? 機嫌を損ねると貰えないかもと。

 ストレートに言った方が機嫌悪くなると思うけどな……。

 

 しかし、選定者は気にすることなく、俺たちに一つずつ物を渡した。

 

「これは?」

 

 俺が貰ったのは、野球ボール大の水晶玉だった。特徴的なのは、水晶玉の内部の中心がキラキラ光っている。

 

「これは、『鑑定の宝珠』。これを手に持ちながら鑑定したい対象を注視すると説明が出てくる」

 

「鑑定か……便利だな」

 

 人も鑑定できるなら、犯罪歴とかもわかるかもしれない。そういう人を入場禁止することもこの宝珠があれば可能だ。

 

 続いて、選定者は、みゃーの持つ宝石が散りばめられたブレスレットについて説明する。

 

「これは、『防護結界の腕輪』。1日に1回、一時間だけSランク相当の結界石と同等の結界を出せる。移動しながらでも可能」

 

「え、強っ」

 

 あまりの強力さに思わず顔が引き攣る。一時間あったら、大抵の敵から逃げることができる。結界使用中は、外部からの攻撃を弾くのだから無茶することもできる。

 

 まさにチートアイテムなのだが、みゃーは今一重要性を理解していないのか、首をかしげてふーんと興味無さそうにブレスレットを嵌めた。

 

「じゃあ、報酬を渡したから空間魔法で帰らす。『エスケープ』」

 

 短くそう言った選定者は再び手をかざす。今度は、ぐにゃぐにゃと視界が歪み意識が遠のいていった。

 



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33話

視界の歪みが元に戻る。

 どうやら、俺たちはロビーに戻されたようだ。

 

「初めまして」

 

「……予感はしてた」

 

 ふいに上からついさっき聞いた、平淡な声がした。

 見上げると、シアンの髪と目をした無表情の幼女がいた。

 顔つきはレベッカと同じだが、いかんせん無表情のせいで別人にしか見えない。

 あと……ロリきょぬーだッッ!!

 

 お、おぉ……日本では幻とされているロリ巨乳……異世界に来てよかった……。

 

 と、思わずご尊『胸』を拝みそうになった時、グイッと勢いよく左耳が引っ張られた。

 

「痛っ!」

 

「ユジの変態……」

 

「ぐはっ……!」

 

 耳を引っ張ったのはみゃーだった。

 蔑むような目と冷たい声色で放たれた言葉に俺は膝をついて血反吐(フリ)を吐く。

 

「私、無視されてる……?」

 

 上からそんな声が聞こえた気がするが、今はそれどころじゃない。

 

「待ってくれみゃー。誤解なんだ」

 

「ふーん、ユジは小さい娘に興奮する変態だったにゃんね」

 

「違っ! 俺が反応したのはあの大きな──」

 

 思い切り墓穴を掘った。

 たらたらと流れる汗を感じながらみゃーを見ると、能面のような無表情であった。

 

「大きな……?」

 

「魔力……?」

 

 聞き返すようになってしまった。無理のある俺の言い訳に、みゃーは虚を衝かれたように黙る。

 

「……確かにユジは魔力を見れるにゃ。みゃーの考えすぎだったみたいにゃね」

 

「あ、あはは」

 

 助かったぁぁぁぁ!!! 

 と同時に罪悪感がぁぁぁぁ!!!

 

 ロリ巨乳をガン見していたことは紛れもない事実である。しかし、俺は決して欲情したわけではないのだッッ!!

 物珍しさというか、出会えると思ってなかったものに出会える奇跡。

 謂わば、神の領域にあるものを見るような感じなのだ。だから、ご尊『胸』。

 

 

「無視しないで……」

 

 相変わらず無表情、平淡だが、何処か躊躇いがちな声色に、ようやく俺は選定者の存在を思い出す。

 

「どうして選定者がここに?」

 

 ようやく気付いてもらったことに安心を覚えたのか、ホッと息を吐くと、ふっふっふ、と芝居がかった声で言った。

 

「ふっふっふ、私は選定者ではない。偉大なる賢者リオネス様を守る四天王の一人。その名はカノン。崇《あが》め奉《たてまつ》れ」

 

「おぉ……」

 

 肩書きが変わっていた。四天王ってことはあと二人ってことなのか。

 

 というか、それよりも『崇め奉れ』を噛まずに言えたことに何故か感動して、拍手を送った。隣を見ればみゃーも拍手をしていた。

 

「むふー」

 

 その拍手に、選定者改め、カノンは満足気にしていた。いや、それで良いんか。

 どうやらこの生暖かい拍手を崇めていると勘違いしているようだ。残念なやつ。自己紹介も平淡だったし、キャラが濃いやつだな。

 

「というか、何故ここに?」

 

「暇だから」

 

「おい」

 

 レベッカみたいに、寂しいという理由があるのかと思ったがそうでもないらしい。そもそも、感情が読めないからそれすらもわからないが。

 

 一応、何度目かわからない文言を口にする。

 

「お金があるなら客として歓迎する。ないなら、働いてくれ」

 

「……私にしかできない仕事がある」

 

 その詞には少し自信が混じっていた。くだらないことではないように、と願いながらカノンの話を先に促す。

 

「ここにレベッカが来てるはず。そして、あの娘のスキルを使って拡張している。どう?」

 

「その通りだけど……」

 

 外の様子を知れるスキルでも持ってるのかなと思ったが、その予想は大きく外れた。

 

「ここは、あと三日もすれば空間が断裂して半径1kmが消し飛ぶ」 

 

「「ふぁ!?」」

 

 これには黙って説明を聞いていたみゃーも驚く。

 事の重大さはこれまで以上のものだった。

 

 



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34話

「どゆこと!? 消し飛ぶって……木っ端微塵に?」

 

「木っ端微塵に」

 

 一大事だというのに、顔色一つ変えずに頷く。

 

「それで理由はなんなんだ!?」

 

 勢いよく近づき問い詰めると、カノンはフワリと空中を闊歩し、近づいた分だけ後ろに飛んで、理由を話し始めた。

 

「レベッカの『空間拡張』には終わりがない」

 

 終わりがない? どういうことだ?

 

「それは、ずっと拡張され続けるってことか?」

 

「……半分当たり。ちょっと難しい話になるけど大丈夫?」

 

「任せろ」

 

 理解するのは得意だ。何とか自分なりに解釈して簡単にしてやるぜ! じゃないとまた、隣でみゃーが首をかしげることになるからな!

 

「空間は二つのエネルギーが混じりあって出来ている。視覚で感じ取れる『表』のエネルギーが仮に『S』とする。空間魔法を極めた者にしか見えない『裏』のエネルギーを仮に『T』とする」

 

「にゃ?」

 

 もうこんがらがってる!?

 すでに脱落してしまったみゃーのことはとりあえず放っておこう。

 おけおけ、これは定義ね。

 

「レベッカのスキル『空間拡張』は『S』と『T』を同時に拡張させる能力で、『S』は任意で止められるけど、『T』は止まることなく際限なく増加する。そして、S:Tの比率が1:1から1:10になると空間が断裂する。すると、世界が元に戻ろうとするエネルギーと漏れ出た『T』が混ざりあって大爆発を起こす。以上」

 

「そこまで難しい話ではなかったが……ヤバいな。にしても、レベッカは何でそれを教えてくれないんだ?」

 

「多分あの子はスキルに頼ってろくに空間魔法を鍛えていない。だから、『T』が見えない」

 

「なるほどなぁ……」

 

 頷くと、クイッと左手の袖が引かれた。

 

「教えてくれにゃ……」

 

 自分だけ理解していないことが恥ずかしいのか、少し顔が赤い。

 うん、まあ、のけ者にする気はないから良いけどよ……。

 

「あー、簡単に言うと、レベッカの『空間拡張』は便利だけど、目に見えないエネルギーが増えて、いずれは爆発しちゃうよ、ってこと」

 

「にゃるほど! ……って、ヤバくないかにゃ?」

 

 かなり雑な説明だったけど、伝わったらしい。

 ようやく事態の深刻さを理解したみゃーは、打って変わって真剣な顔で悩む。

 

 まあ、つまりはあと三日でどうにかしないといけないというわけだが、先ほどカノンは、自分なら何とかなると言った。

 

「ここに住む条件として、爆発を防いでくれると」

 

「そういうこと」

 

 満足そうに大きく頷いた。

 なるほどなぁ……。でも、そんな重大な事をカノン一人で解決できるのだろうか。

 カノンの能力は空間魔法しか見ていない。おそらく、スキルも使えると思うのだろうが……

 

 俺の不安を感じ取ってか、カノンは自身の能力について説明を始めた。

 

「私のスキルは『空間固定』。これでわかる?」

 

「……ッッ。なるほどな」

 

 それなら何とかなるな。というか、今の状況で一番機能するお誂えなスキルじゃないか。

 

「『空間固定』。膨れ上がった『T』をこれ以上増やさないように固定化させるスキルか」

 

「そう。しかも、それだけじゃなくて、『S』の値も固定できる。だから、こういう風に……」

 

 その瞬間、俺の体が宙に浮いた。ビックリするが、よく観察すると足場のようなものがある。

 

「一部の空間を固定化させた。これがあれば、何処でも足場を作り出せる。それに、自分の周りの空間を固定すると、無敵になる」

 

「チートだなぁ……」

 

 防御面では無敵だろう。不意打ちだと勝てると思うけどな。絶対に敵に回したくないな。味方にする方が絶対に特だ。

 

「よし、わかった。ここで雇う。空間を固定化してくれ」

 

「契約完了。じゃあ、早速……『空間固定』」

 

 カノンの手が青く光る。

 スキルを唱えた瞬間、光は空間に溶け消えていった。

 

 変化は感じられないが、おそらく成功したのだろう。

 

「これで……もう安心なのか?」

 

 カノンは少し黙ると、躊躇いがちに首を横に振った。

 

「レベッカがまた『空間拡張』を使ったら、『固定』が上書きされる。死にたくなかったらレベッカにスキルを使わせないこと。少なくともここ周辺の半径1kmでは」

 

「なるほど、完璧ではないと。わかった。レベッカに言い付けて置く。あ、そうだ。今すぐ会うか? 二階にいるし。久しぶりの再会とかなんじゃないのか?」

 

「……百年ぶりだけど、あの子は、私相手でも人見知りするから、会っても無駄だと思う」

 

 姉妹的な存在だと予想していただけに、レベッカの人見知り具合には驚いた。そして、百年ぶり……。

 だが、もう昔のレベッカではない。俺たちの会話を通して、レベッカは人見知りを少し克服し、ネオ、レベッカとなったのだ!

 

 なんて事を頭で考え、どうせなら直接会わせて変わり具合に驚いてもらおうと計画した。

 

「まあ、会ってみようぜ。百年も経ってたら何かは変わるさ」

 

「……どうせ無駄だと思うけど」

 

 と諦めたような口調でため息を吐くと、カノンは先導し始めた俺の後ろをプカプカと宙に浮かびながら付いてきた。

 



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第35話

同じ話を投稿するという馬鹿をやらかしました……すみません…
多分テスト明けで気が緩んでいたのかもしれません…


「おーい、レベッカぁー」

 

「あの子が人の呼び掛けに返事するわけ……」

 

「は、はーい」

 

「な……ん、だ……と?」

 

 初めて見た表情の変化が驚愕だった。思わず『空間固定』を解除して尻もちを付くくらい驚いている。

 いやいや、そこまで酷かったの? 俺たちのファーストコンタクトは普通(?)だったけど……。

 

 尻もちをついたままワナワナと震えるカノンに呆れる。

 

「ほら、驚いてないでさっさと行くぞ」

 

「待って、心の準備が……」

 

 放っといて先に進むと、どこかぎこちない動きで付いてきた。さっきみたいに尻もちをつきたくないようで、自分の足で歩いている。

 

 二階は拡張済みで、部屋が増えて分かりづらい。これは、ネームプレートの導入が必要だな……。

 二階は宴会場が二つ。食堂が一つ。従業員休憩室が一つ。そして、キッチンが一つだ。

 三階には、部屋が二百室ある。おそらく、1日を使って○○号室というプレートを作る作業をするしかあるまい。

 

 

 宴会場を抜けて、キッチンの扉に手を掛け、カノンを見ると無表情のまま無言で汗をダラダラと流していた。……また器用な……。

 

「いいな? 開けるぞ」

 

「ちょっ、待っ────」

 

 制止を無視し、俺はキッチンの扉を開ける。

 

 そこには、割烹着を着た赤髪赤目の幼女……レベッカがいた。

 真剣な顔で玉ねぎを切って、時折涙をこらえてる姿が愛らしい。

 

「れ、レベッカが料理を……」

 

 再びカノンが腰を抜かした。

 

 俺たちの声に反応したレベッカは、一瞬ビクッと身を縮ませて、腰を抜かしたカノンを見て驚く。

 

「か、カノン姉さん……やっぱりここに来たんだ……」

 

「レベッカが喋ってる…………っ」

 

 カノンは三度《みたび》驚くと、体をガクガク震わせながら白目を剥いて気絶した。

 

「気絶した……。おい、レベッカ。お前そんなに人見知りヤバかったのか?」

 

「た、ただカノン姉さんの変わらない表情が怖くて……」

 

 そういうことかい。確かに無表情でずっと見られ続けてたらホラー要素を感じさせるものがある。

 レベッカは少し躊躇って続ける。

 

「あと……喜怒哀楽が無い代わりに何でもかんでも驚いて気絶するから怖くて……」

 

「気絶、癖だったんかい」

 

 喜怒哀楽の代わりに驚くとは。

 まあ、つまり人見知りではなく単にカノンが怖いから話せなかったと。……お疲れ様です。

 ちょっとだけカノンに同情したが、確かにあの無表情は怖い。ましてや、人見知りであり小心者のレベッカからしたら話せなくなるのも無理はない。

 

「とりあえず()()どうするにゃ?」

 

 いつの間にか付いてきていたみゃーが、呆れ顔で、白目を剥いて気絶しているカノンを指差す。

 

「……運ぶか」

 

「ユジは運んじゃだめにゃんよ」

 

「え? どうしてだ?」

 

「時々チラ見してるのわかってるからにゃ」

 

 ジトッと俺を見つめるみゃー。……まさか無意識的に俺の視線がロリ巨乳に吸い寄せられていたとでも言うのか……!?

 確かにすごい。体のラインを覆い隠すローブを着ているくせに、それを押し上げるほどに大きな大きな……(ry。

 

 これにはロマンが詰まってるんだよ!

 

「ユジ……?」

 

「何でもないです、はい。みゃー様どうか運んでください」

 

 視線が徐々に厳しくなるのを感じて俺は呆気なく折れた。

 くそぉ、何で考えてることバレるんだよぉ。女の勘というやつか……? それとも山暮らしの恩寵なのか!?

 

 と、馬鹿げたことを考えていると、みゃーはさっさとカノンを背負って下に降りていった。

 

 レベッカもみゃーを追い掛けて行くのを見て、急いで俺も下に向かった。



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第36話

 とりあえず、カノンが起きるまでの間、レベッカに事の顛末を伝えた。

 自分のスキルのせいで爆発寸前だったことを知ったレベッカは顔を真っ青にしていたが、レベッカに非はない。

 考えてみれば、あんな強大な力を代償なしで使えることに疑問を覚えるべきだった。

 俺も平和ボケしていたのかもな……。

  

 そして、レベッカには『空間拡張』を使うことを禁止とした。

 

「ご、ごめんなさい……私のせいで……」

 

「何も起こらなかった大丈夫だ。気にするなよ」

 

「あれ? テンションに乗って使わせたのってユジじゃなかったにゃ?」

 

 みゃーの一言で俺の記憶が掘り起こされる。

『すげぇ! じゃあ二階もできるか? 食堂作りたい!!』

 

 ……じわじわと汗が流れていく。あれぇ? この部屋って暑くないよなぁ? それに、顔がドンドン真っ青に────

 

「ごめん、レベッカ。俺のせいだ」

 

 二度目の最終兵器DO☆GE☆ZA☆を召喚!

 

 地面に頭を擦り付けた俺を見てレベッカはオロオロと動揺した。

 

 しかも、そのタイミングでカノンが目を覚ました。

 

「んん……? …………れ、レベッカが男に土下座をさせている……!? ぐはっ」

 

 ……また気絶したし。

 

「か、顔を上げて。ユジさんは悪くないから……」

 

 なんて良い子なんだ……。初対面の印象は悪かったけど、今じゃあ真面目に働くし、人を思いやれる。

 あのクソ勇者に爪の垢煎じて飲ませたい。あいつにレベッカの仲を取り持つように言われたけどやめよう。あんな性根の腐ったやつにうちのレベッカを近づけさせたくない。

 

 顔を上げてキラキラとレベッカを見る俺を呆れ返るようにみゃーはため息を吐いた。

 

「にゃんか、懐柔されてるにゃんね」

 

 何か言ってる気がするけど無視無視。

 

 

「さて、また気絶しちゃったなこいつ」

 

 ソファの上で白目を剥くカノンを見下ろす。

 俺と話した時は動揺などまったく見せなかったのに、レベッカと絡んだ瞬間これだ。

 それだけレベッカに話し掛けられることが衝撃だったのか。いったい、百年前にカノンがレベッカにどういう態度で接していたかは気になるところである。

 

「どう考えてもユジのせいにゃよ……」

 

「いや、まあ……でもそんなに驚くか?」

 

 みゃーは依然としてジト目である。

 

「いきなり起きてみたら妹(?)が男を土下座させていたにゃんよ?」

 

 まあ、させてはいないけど、そう勘違いされるのも仕方ない。

 ……確かに驚くかぁ。

 

 うん、まあ、ごめんなさい。

 

「早く起きてほしいな」

 

 すると、みゃーがスタスタとカノンの前に立つと、その鼻を掴んだ。

 

「お、おい!?」

 

「こうやって起こせば良いにゃ」

 

 いや、強引すぎかよ。と呆れと、俺もこうやって起こされることあんのかな……という恐怖が混じる。

 

「ふがっ、フガガガガ……モガッ……zzz」

 

 苦しそうに声を出すカノンだったが、みゃーが手を離した瞬間、再び気絶状態に戻った。なんだその器用な体は。

 

「……無理そうだな。風呂入ってご飯にするか」

 

 あの地下にいたため、時間感覚が狂っていたが、すでに夜だ。

 戦闘もして疲れたし風呂に入って休憩したい。

 

 俺の提案にみゃーとレベッカは頷く。みゃーなんかはもうすでに駆け出している。

 

 さて、俺も入りたい……が、カノンを一人にしておくのは忍びない。起きた時に誰もいなければ不安になるだろう。

 

 だが、俺の考えを読み取ったレベッカが言った。

 

「わ、私。カノン姉さんが起きたら話したいこともあるし、行ってていいよ……」

 

 ありがたい申し出だ。やはり、よく気が利く。

 

「わかった。先に入らせてもらうよ。俺が上がってもまだ起きてなかったら変わるからな? 話はあとで場を整えるし」

 

「うん。それで大丈夫」

 

 さて、じゃあ、風呂に入りがてらこれからのことを考えますか。




お詫びにもう1話投稿。
何ということでしょう、もうちょっとでお気に入り1000になるという事実。嬉しすぎて新作を投稿してしまいそうです(←は?)


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第37話

 レベッカは慈しむように姉であるカノンを見ていた。

 そのカノンは白目を剥いて気絶中ではあるが。

 

「カノン姉さん……」

 

 レベッカは落ちこぼれであった。

 賢者リオネスが造った4体目……最後のホムンクルス。それがレベッカである。

 カノンを含む3人の姉たちは生まれてすぐに才能を発揮した。『空間破壊』、『空間把握』、『空間固定』。ホムンクルスの特殊な体質で、後天的にスキルを獲得できる。

 そして、見事に短期間でスキルを会得した姉たちに対して、レベッカはスキルを発現させることができなかった。

 

 その一件で、レベッカは完全に自信を喪失した。  

 だが、そんなレベッカを責めるものは誰もいなかった。全員が優しかった。それがレベッカにとって一番辛いことだったのだ。

 

 優しさは時に毒となる。レベッカが欲しかったのは憐れみではない。期待である。

 期待に応える前に期待をされたかった。その力が自分に備わっていたらと何度も思った。

 

 スキルがダメなら、と魔法を鍛えた。しかし、三人の姉たちには遠く及ばなかった。剣を……しかし、レベッカに剣を振り回せる筋力とリーチがなかった。

 勉強……要領が悪く上手くいかなかったし、リオネスの叡知には到底敵わない。

 

 その時から、何をしても無駄だという感情が常に付きまとった。日々過ごす中で劣等感が限界を越え、ついに関わりを絶った。つまるところ、引きこもったのである。

 

 姉たちは心配し、毎日足しげく通ったが、数ヶ月もするとそれはなくなった。

 決して見捨てたわけではない。一人にする方が今は良いだろうと結論を出したのである。

 

 そんな中、カノンとリオネスだけは違った。

 カノンは、毎日毎日、平淡な声で今日あったことを話してくれた。

 リオネスは毎日一言二言喋った。何でもない内容だったが、それをかかしたことはなかった。

 

 だが、閉ざしたレベッカの心には届かない。感情に蓋をして情報をシャットダウンしたのだ。自分の居場所なんかないと決めつけて。

 

 常に自問自答だった。

 どうして姉さんのように上手くいかないのか……才能がないから。

 どうして自分には才能がないのか……失敗作だから。

 どうして失敗作なのか……わからない。

 

 答えはそこで止まる。

 

 そんな中、カノンが来た時、こんなことを言った。

 

『まだ、私に人見知りするの……?』

 

 と。

 そう。カノンはレベッカがずっと劣等感に苛まれていることに気が付かなかった。ただレベッカは極度の人見知りで部屋にこもっているのかとずって思っていたのだ。

 

 それを聞いた時、全てが馬鹿らしくなった。自分の悩んでいることが酷く小さいことのように感じ取れたのだ。

 

 次。次カノンが来たら話そう。

 

 そうレベッカは決めた─────しかし、その機会は訪れなかった。

 

 

「レベッカ。君に仕事を頼みたい。悪いけど拒否権はないよ」

 

 覚悟を決めた翌日の朝。リオネスからそんなことを言われた。

 突然のことに混乱するレベッカにリオネスは、一方的に説明をした。

 

 自分は百年ほど『約束』を果たすためにこの場に戻ってこれないこと。その間、レベッカを含む四人には『選定者』として『賢者の休憩所』の新たなマスターを試して欲しいこと。

 

 何も聞かずにこれをしてくれと頼んだ。

 

「ごめんね」

 

 最後にリオネスはそう言った。

 

 そしてレベッカは決めた。自分の仕事をやり遂げ、カノンと話そう。胸を張って。

 

 

 リオネスの頼みを聞き入れると、ある部屋に転移させられた。

 簡素なベッドとテーブル。風呂に通じる扉。冷蔵庫とキッチン。そして、モニターがある大きな部屋だった。

 

 テーブルには試練の内容が書かれていた。そして、最後に涙の滲んだ後を発見したレベッカは覚悟を決める。

 

 ──強くなる。

 

 誰も来ないまま五十年。一心不乱に修行をしていたレベッカは遂に『スキル』を発現させることに成功した。

 

 その名は『空間拡張』。

 自分に居場所なんかないと決めつけていたレベッカは、自分のようにならないようにと『誰かに居場所を作る』スキルを手に入れたのだ。

 

 

 しかし、修行のしすぎで本当に人見知りになってしまったのはレベッカにとって唯一の誤算であった。

 

 




今日は珍しく2話投稿します。


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第38話

 スキルが発現したレベッカが次に行ったのは料理本を読むことである。何故、と思うかもしれないがこれにも理由はある。

 カノンへの感謝の記しに、と自分にできることを探した結果、料理に行き着いた。

 残念ながら包丁等の刃物はなかった。怪我したら危ないとか思われていたのかもしれない。冷蔵庫からは料理の完成品が出てくる仕様だったのだ。冷蔵とは。

 

 そのため、せめて知識だけでも身に付けようと、賢者リオネスが造った魔法の本棚(思い浮かべたジャンルの本が勝手に現れる)からありとあらゆる料理本を漁った。

 そして、読んだ本全てを()()した。

 

 この時レベッカは気付いていなかった。自分の異質さを。

 

 レベッカの才能は『暗記』。ただし、発動条件はピーキーで、自分の興味のあるジャンルのみ働く力である。

 無意識的にこの力を使い、料理に対することを深く学んだ。

 

 しかし、得たものは所詮知識である。初料理で手を切ったことからそれはわかる。だからこそ、ユジが料理をできたことを紛れもない幸運なのである。

 

 このままレベッカが料理をし続け、経験が備わった時。知識と経験が揃う途轍もないシェフになるであろう。……この世界で使えるかはさておき、この風呂屋においては有益である。

 

 しかし、十年もすれば完璧に学習し終える。

 次第にレベッカは段々と孤独に苛まれていった。部屋に閉じ籠ったとき、本当の意味で孤独ではなかったと気づいた。

 もしも、リオネスやカノンの声かけがなければ、レベッカは早々に落ちるところまで落ちたに違いないのだ。

 

 そして、四十年が経った。何も、何も感じなくなってしまった。

 新たなマスターは現れない。誰も来ない。もう、心が折れた時、ついに現れたのだ、待ち焦がれたマスターが。

 

 なけなしの感情を灯し、試練を突破したユジたちに話し掛けようとした時、全く声が出ないことに気がついた。まるで、喉に何かが張り付いているかのようにコヒュッと空気の漏れ出る音しかしなかった。

 

 このままではまた孤独になる。そんなことを考えたレベッカは、咄嗟に読んだ小説の登場人物の真似をした。

 自分が本音を話さなければ、喋れるかもと思ったのだ。

 

 結果は成功した。初めてユジの姿を見た時、レベッカは何処かリオネスに似ていると、ふと思った。

 顔も性格も全然違う。ただ纏う雰囲気が似ていた。

 

 それを感じると、レベッカの緊張は解けていった。……少しだけ。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 カノンを見ていると、自分の過去を思い出したレベッカは少しだけ笑う。

 あんなに辛かった思い出も今では何とも思わない。思い出は思い出として残っているだけだ。

 

 

「んんっ……」

 

 カノンが呻き声を上げて薄く目を開ける。

 

「……レベッカ?」

 

「うん。そうだよ。カノン姉さん」

 

 柔らかい表情で返事をするレベッカに、カノンは再び驚く。

 

(そう……レベッカも成長してたんだ)

 

 ようやく現実として受け入れたカノンは、すんなりとレベッカの成長を認めることができた。

 それと同時に、レベッカと話せたことに嬉しさも湧いてくる。

 

「人見知りは治ったんだ」

 

 その一言に、レベッカはぷっと噴き出した。自分が変わるきっかけになった言葉。改めてそれを言われると、今度は笑い出してしまう。

 

「ふふっ、あははっ!」

 

 大きな声で笑い出したレベッカにカノンは首をかしげる。

 

「カノン姉さん。私、別に人見知りで部屋に籠ってたわけじゃないよ」

 

「え……?」

 

 事実を告げると、カノンは気絶寸前の衝撃を受けた。何せ百年間に渡る勘違いだ。覆されたとなったら驚くのも無理はない。

 

 じゃあ、何で……と言い掛けたカノンの問いにレベッカは優しい笑みで語る。

 

 自分の思っていた劣等感。苦しみ。あれだけ悩んでたことをすんなりと言葉に出せた自分にレベッカは少し驚きながら。

 

 

 全てを語った後、カノンは目を伏せる。そして、その瞳からポロポロと涙が零れ落ちる。

 

「ごめん、なさい……。ずっと勘違いしてて、レベッカの苦しみをわかってあげられなかった……」

 

 カノンはその時、初めて泣いた。嗚咽混じりの声は百年に渡る誤解に対する悔いだった。

 

 レベッカは泣きじゃくるカノンを抱き締める。

 

「レベッカ……?」

 

「謝る必要なんてないよ。私ね。ずっとカノン姉さんに言いたいことがあったんだ。百年前からずっと」

 

「それは……?」

 

 涙を溜めた目でレベッカを恐る恐る見ると、その表情に驚く。

 ────レベッカは泣きながら笑っていた。

 

「────『ありがとう』って」

 

「え……っ?」

 

 呆けるカノンに堰を切ったように溢れる涙をぬぐい去ろうともせずに、レベッカはあの時伝えたかった想いを。百年越しの今、伝える。

 

「毎日話し掛けてくれてありがとう。悩んで、迷って、泣いていた私を変えてくれてありがとう。ずっと……ずっと……っ! それを言いたかったのっ! ずっと……百年前から……」

 

 言葉の途中から、カノンの涙はずっと収まることはなかった。これまで出すことのなかった感情が、涙を通して溢れる。

 ──喜び、怒り、哀しみ、楽しさ。

 

 想いへの喜び。自分への怒り。レベッカの哀しみを重ね、これからの未来への楽しみを感じる。

 

「うぅ……うぅっ、レベッカぁ……」

 

 止まることのない涙を二人で抱えながら、ユジとみゃーが戻るまで……否。戻ってきてもなお、抱き合って泣いて、笑っていた。



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第39話

良いもの見たな。

 姉妹の美しい絆……実に良いじゃないか! と、少し気持ち悪いテンションで抱き合っているレベッカとカノンを見る。

 実はちょっと前からいたんだけど、話してたから空気読んで隠れてたんだけど……思えばレベッカの過去を詳しく知らなかったな……。 

 

 途中からこれは俺が聞いて良いものなのかと思ったほどだ。ちゃんと全部聞いたけど。そして、別に人見知りというわけではなかったのか……? 俺と会った時はめっちゃおどおどしてたけど。

 

 まあ、そこはいいか。 

 

 そして、気付けばみゃーも隣で隠れていた。アイコンタクトをして、これは俺たち邪魔者なやつやん……と納得した。

 

 だが、抱き合いながら泣いて十分が経過してる。このままの勢いだったら何時間でも状態を維持しそうだな。

 

 

「ごほん……っ」

 

「「あ……」」

 

 わざとらしく咳払いをすると、二人はパッと離れて、互いに顔を赤く染める。

 

「とりあえず、わだかまりは解けたってことで」

 

「うん、私の誤解だったから」

 

 カノンはスッキリとした顔で言う。無表情なのは変わりないのだが、無表情の奥に見えない表情があるというか……少し変わった気がする。

 それは、誤解が解けたことで得た表情なのかもしれないし、レベッカとの絆を再確認して『戻った』表情かもしれない。

 すくなくとも、良い兆候であることは確かだ。

 

「私の勘違いでもあったからどっちもどっちだね」

 

 ふふっ、と花が咲くような表情で笑ったレベッカは、俺が見ていたレベッカとはまるで別人のようだった。

 そこには、おどおどしてた少女の面影はどこにもない。笑顔が素敵な魅力ある少女へと変身を果たしていた。

 それもきっと良い兆候の一つなのだろう。

 

「ま、解決ってことにゃね」

 

「お前は何もしてないだろ」

 

 何故かどや顔で良い感じにまとめようとしたみゃーにジト目でツッコミを入れる。まあ、戦闘担当みたいなところはあるからな……。

 

 そんなやり取りに笑うレベッカ。今、『賢者の休憩所』改めた『賢者の風呂屋』には笑顔があふれていた。

 

 

 

 だがしかし、そんな幸せな日々が続くことはいつだってないのだ。

 幸せと不幸が循環していることは百も承知であったのに。

 

 

 

 

☆☆☆

 

Side ???

 

 

 夜の闇を一人の女が、景色に溶け込む真っ黒な翼を生やし飛んでいた。

 ようやく望んだ未来を手に入れられる、と口元には笑みが浮かんでいた。

 

「主神。約束は果たしたからね。これで、守らなかったら……許さない」

 

 虚空に向かい語り掛ける女の口調には、執着心が纏わりついていた。

 女にとっては百年に渡る約束を果たしたのだ。超長寿種族である《ヴァンパイア・ロード》だとしても、女の時間感覚からすると充分に長い。

 ずっと待ち望んだモノが手に入る。女の頭にはそれしかなかった。

 

 

「ふふっ、待って────がっ……! くっ、は、ここでかい……っ!」

 

 女は空中で突如苦しみ出す。胸を押さえてもがく。

 だが、外傷は見られない。しかも、敵に襲われたというわけでもない。

 

「ふっ、このタイミングで()()だなんて、まるで示しあわせたようなタイミングじゃないか……っ! なあ、主神っ!」

 

 恨みがましい目で虚空を睨み付けると、どうしようもないなと諦める。

 

「……ま、あの娘たちがいれば何とかなる……と信じたい、ね……」

 

 最後の力で魔法を行使する。

 

「【生物錬成魔法】……っ」

 

 唱えた瞬間、何もない空間から、鳩が現れた。女は鳩に手紙を咥えさすと、飛び立たせる。

 

「あとは頼んだよ……湯治……」

 

 希望を胸にその名前を呟く。

 

 瞬間、女は()()()()()()

 

 銀髪の髪は妖しく輝き、綺麗な透き通る赤色をしていた目は、血の色のようにどす黒く濁る。

 

 

 月に背を向け、だらん……と垂れ下がった手がピクッと動く。

 次の瞬間、女の顔にゾッとするような笑みが浮かんだ。

 もはや、それは別人のようだった。

 

 

「きゃははははっっ!!!!!」

 

 ドンッ!!!! 

 女が笑い声をあげた途端、魔力の灯った声が眼下に広がる森を蹂躙した。

 木々は薙ぎ倒されるどころか、あまりの圧に一瞬で消し飛んだ。

 

 森の魔獣らは、その声を聞くとすぐに絶命した。

 

 今ここに、『化け物』が世界に解き放たれた。

 

 



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第40話

「そういえばさ。空間魔法って転移もできんの?」

 

 カノンの試練から一週間後。

 空間の断裂を防いだらぐうたらすると言っていたのに、レベッカにジト目で睨まれて料理を手伝うことになったカノンに聞く。

 俺とみゃーを帰したあの魔法……『エスケープ』だっけ? あれが転移なのではないか、思ったのだが、カノンはふるふると首を横に振った。

 

「あれは転移じゃなくて脱出。閉鎖された空間からしか発動できない」

 

「じゃあ、転移を魔法で再現することは?」

 

 それも、カノンは横に首を振った。

 

「転移魔法は実在するけど、魔力を死ぬほど食う。私が百人いれば一回くらいできる」

 

「カノンが百人……。そんなに燃費悪かったのか……」

 

「燃費もそうだし、そもそも難易度高いから、『転移』のスキル持ち以外は使えない」

 

 じゃあ、あのシルクさんってすごかったんだな……。何となく残念なところしか見てなかったから、イメージが付かなかった。

 

「俺も全然すごい魔法使いじゃないしな……」

 

「いや、あれは……何でもない」

 

 自嘲げに笑うと、カノンは何かを言いかけて口をつぐんだ。

 俺もみゃーにおんぶに抱っこは勘弁だからな鍛えなきゃいかん。それに、もう一つ。レベッカとカノンは、スキルを応用していた。

 使い道は無限だとスキルについて語った人もいたし、検証する必要はあるかもしれない。

 何となくお湯代が浮かぶとか便利としか思ってなかったからな……。

 

 まあ、それはおいおいやってくか。

 

「じゃあ、私はレベッカのところに────ッッ!」

 

 カノンは突如何かに気付いたように目を大きく見開いて、厳しい表情をした。

 

「……すぐに全員を集めて。できるだけ急いで」

 

「え、何かあった──」

 

「良いから!」

 

 珍しく語気を荒げるカノンにこれはただ事ではないと、まずは番台でゴロゴロ寝てるみゃーを起こす。

 カノンは焦った様子で外に飛び出していった。

 いったい何があったんだ……?

 

「おい、みゃー! 起きろ!」

 

「……ふみゃ?」

 

「緊急事態らしい!」

 

 その一言で、みゃーの目がカッと開いて飛び起きる。

 

「どうしたにゃ……って、何かが近づいてくるにゃね」

 

 耳をピクッと動かしたみゃーが気配を感知する。

 念のため俺も『魔力探知』を発動するが、何も感知しない。魔力を持ったものではないのか……?

 

「それが何かわかるか?」

 

「わからにゃいけど、敵意はないにゃよ?」

 

「そうか……俺はレベッカを呼んでくるから、みゃーは外に出たカノンを追いかけてくれ!」

 

「わかったにゃ!」

 

 敵意はないけどカノンが警戒する相手って何なんだ……? もしかしたらゴーレム系統の魔物か? あれは、魔力で動くタイプと、反物質エネルギーで動く二つがあるからな。でも、圧倒的に魔力で動く方が強いから警戒するような物じゃないが……。

 だが、ここで安心して驕ると何かあった時に困る。とりあえずレベッカを呼ぶことが先決か。

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 五分後。

 俺、みゃー、レベッカ、カノンの4人でロビーに集結していた。

 カノンは手紙を咥えた鳩を持ってきていた。鳩? と疑問に思ったが、それを見たレベッカが酷く驚いていたので、改めてただ事ではないと認識した。

 

「まず、これを説明すると、この鳩は魔法で造られた鳩。それがわかるのは私とレベッカしかいない。つまり、リオネス様が造ったということ」

 

「な!?」

 

 リオンが!? ついにコンタクトを取ってきたのか?

 だとすると、喜ぶことじゃないのか? 百年ぶりの連絡だろ?

 と、思ったのだが、理由は簡単だった。

 

「リオネス様は無作為に生物を造らない。つまり、その禁忌を犯したということは、緊急事態である可能性が高い」

 

「「……ッッ!!」」

 

 俺とみゃーは同時にそれを理解する。仮にも賢者と呼ばれた者の緊急事態。

 それは相当なものだろう。

 

 だから、二人はあんなに……。

 ようやくわかった。

 

「早く手紙を見てみようか」

 

 俺が促すと、カノンは静かに頷いて、鳩の口から手紙を取る。

 そして、封を開いて俺たち全員に見せるように広げる。

 

 

『緊急事態だ。このような形での連絡となってすまない。本当は盛大に驚かせたかった。第八階級獄炎魔法《インフェルノ》で花火を打ち上げて「やっほー!」とかやりたかった。でも、そんな場合ではなくなった。そこにいるだろう、僕の娘たちなら理解してくれると思うから一言だけ。()()が起きた。僕を止めてくれることを信じている。

 

 P.S 僕の王子様よ。こんな再会になって悪いと思ってるよ。また、君の料理が食べたいな』

 



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第41話

「リオン……」

 

 リオンらしい手紙だな。馬鹿らしいし、一番伝えたいことを最後に言うことも。

 

 俺の呟きでカノンが目を丸くした。

 

「なんでリオネス様の本名知ってるの……?」

 

 あ、そういえば俺が転生者だってこと言ってなかったけか。でもな……言うのが憚れるんだよな。変な反応されても嫌だし、今の『俺』は『俺』だから。

 

「ちょっと知り合いなんだよ、実は」

 

「いなくなった百年の間にリオネス様に会ったってこと?」

 

「……まあ、そんな感じ」

 

 歯切れの悪い俺にカノンは訝しげな目をしていたが、今が緊急事態だったこともあり追及してくることはなかった。

 

 そんな俺はじーっと見つめるみゃーがいたのだが、その時は気付かなかった。

 

 

 

☆☆☆

 

 

「すごい魔力反応……。もう来るよ」

 

 緊張した様子で汗を流して警戒するカノン。

 俺も魔力視を発動するが、化け物としか言いようがないほどの膨大な魔力だった。荒々しく渦巻く暴力を匂わせる魔力は段々と俺たちに近づいてくる。

 これは話し合いができるわけないな……。

 

「発作……か」

 

 どうやら、リオンは転生したら人間ではなく《ヴァンパイア》になっていたらしい。それには驚いたが、俺が驚いたのはもっと別のことだ。

 日本では、特に若い女性の血を好み、ニンニク、十字架、太陽の光が弱点の異形の怪物。力が強く不思議な現象も起こす。とされているが、この世界でのヴァンパイアはまず、違う。

 弱点はほぼ無し。殺す方法は体にある三個の心臓を同時に刺し貫くのみ。

 血はあくまで趣味で吸うだけ。何よりも暴力を好み、膨大な魔力を持って生まれる正真正銘の《モンスター》。

 外見は人間と変わらず、街に溶け込むヴァンパイアも多いそう。

 

 その中で高位のヴァンパイアにのみ襲う症状がある。

 理性を失くし、一定期間、暴虐の限りを尽す。それが()()だ。

 

 リオンは自分の魔力を操って、発作を抑えていたらしいが、どういうわけかそれが出てしまったらしい。

 なんてタイミングが悪いと言いたいが、こればっかりは運が悪かったとしか言えないだろう。

 

 賢者と呼ばれるリオン。一応対策は考えたが果たして止められるのだろうか……。

 

 

「化け物にゃ……」

 

 みゃーがポツリと呟く。獣人族の特性で迫り来るリオンの強さを計り恐れる。

 

 俺達は四人で迎え撃つ態勢を取っていた。だとしても、無策で現れるわけはない。

 

 準備は完了だ。

 さあ、いつでも来いと、近づいてくる魔力反応を睨むと、それが急激にスピードを増した。

 

「……ッッ! 来る!」

 

 カノンが警戒の声をあげる。

 もう、()()は俺達の視界に映っていた。

 

 黒いローブに身を包む銀髪赤目の女性。異質なのは、ローブから突き出した真っ黒なコウモリのような羽に、ニヤリと歪む口元から覗く牙。

 目にはハイライトはなく、正気ではない。

 

 だが、やはりその顔は……前世のリオンそのままだった。

 

 

 リオンは俺達に視線を向けた──瞬間、嫌な予感がした。

 

「カノン……っ! スキル!」

 

「……っ、うん! 『空間固定』!」

 

 カノンがスキルを発動し、青い箱が俺達を包んだと同時に、リオンは耳元に響くぞわりと粘ついた声で笑った。

 

「きゃはははっっ!!!」

 

 ドンッ!!!

 

 刹那、吹き荒れる風。いや、竜巻。

 リオンの声に伴って現れた黒い四つの竜巻が、俺達に襲いかかる。

 森の木々を巻き込んで、どんどん肥大化する竜巻が俺達を飲み込む。

 

「すごいな、これが『空間固定』か」

 

「うん、一度も破られたことはないけど……」

 

「日に三度か……」

 

 カノンのスキルには制約があった。この、絶対防御とも言える技は、日に三度しか使えないらしい。

 効果継続時間は10分。つまり、俺達は30分のアドバンテージを使ってリオンの正気を取り戻すしかない。

 絶対防御が切れたら一発アウト。一つ一つが致死級の威力を持っているのだ。

 

「これじゃあ、みゃーの『絶対切断』も放てないにゃ」

 

「近づくのは死ねと言ってるのと同じだからな……」 

 

 みゃーの『絶対切断』はかなり威力が増した。だが、リオンに効果があるかはわからない。

 そもそも、『絶対切断』は遠距離に向かないし、精々飛距離は二メートルほど。そこまで近づくのは容易ではないし、万が一できたとしても、技を放った後に殺されるだろう。

 

 

「ということはやっぱり、あれをやるしかないのか……一発本番で行けるか……?」

 

 チラッと今回のキーパーソンを見る。

 

「うん。何とか頑張るよ」

 

 緊張しているが、やる気を漲らせているのはレベッカ。

 作戦の要は、カノンとレベッカに掛かっている。そして、俺はというと……

 

「囮役頑張って」

 

 無表情でカノンが檄を飛ばす。

 くそ、囮役っていうか死に役じゃねぇか。

 

 『蘇生の水晶』。残り二つだがまだある。

 

 俺は死ぬことを前提にリオンに挑むことになるのだ。  

 いや、あのさ、この世界、命の価値低くない? 俺が死ぬこと前提で囮になる、って言った時さ、止めてくれる人いるんじゃないかと思ったんだよ。だけどさ、全員名案だ! って言うんだよ? 泣いちゃうぜ。

 唯一みゃーだけは少し心配そうな表情をしてくれたけど。

 

 さてと、作戦No.1。やりますか。

 

 俺は憂鬱な気分のまま、絶対防御から飛びだし、狂った声で笑うリオンに駆け出していった。



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第42話

 俺が絶対防御の外に出ると、陣形についた。

 カノンは絶対防御を解除し、レベッカと手を合わせて目を瞑る。スキルを貯めているのだ。

 そして、みゃーは二人の護衛。流れ弾を『絶対切断』で切り裂いてもらう。

 

 俺はというと……囮である。死ぬ前提の囮である。 

 だとしても、少しは時間を稼がないといけない。

 

 

 リオンの意識は絶対防御を張ったカノンに向けられている。ヘイトというやつか……少なくともそれを俺に向けなくてはいけない。

 

「一発でかいのかましますか……っ!」

 

 迫る竜巻を風魔法を応用した移動術で潜り抜けながら、俺は魔力を貯める。

 ぶっちゃけて言うならば、リオン並みの魔力を持った魔物が現れたならば倒すのは簡単だ。魔力撹乱弾(まりょくかくらんだん)を使えば良いのだから。

 リオンの魔力量は、エンペラーグリズリーが蟻に感じるほどだ。だから、あの技を使えるのだが……操作が利かないため、発動したら必ず殺してしまう。

 

 俺は、俺達はリオンを殺したいわけじゃない、救いたいのだ。

 そのために、俺は俺を犠牲にする。

 

 

「こっちを向けぇぇぇ!! 『ファイアーレイ』!!!」

 

 魔力を凝縮させ、それを一直線上に解き放つ。

 俺の手のひらから魔法陣が出現し、光の速さで、炎の光線がリオンを襲う。

 その光線は凄まじい速さでリオンの黒い羽を貫いた。

 相手は宙に浮いている。まずは、機動力を奪わねばならないのだ。

 

「ぎゃっ!」

 

 思いの外効いたようだ。

 リオンは歯を剥き出しにして俺を睨む。どうやら、敵意を移すことに成功したようだ。

 

「-=“◇¢«§¢|¨¤¯«´}¡|£、¶±µª´」

 

 リオンは聞き慣れない言葉を放つ。呪文のように聞こえるが……

 

「まさか、古代魔法か……!?」

 

 存在は明らかになっていない神話時代の魔法だ。今の魔法より汎用性は低いが威力は絶大だという。

 くそ、理性はないくせに古代魔法の詠唱できるのかよ……っ!

 

「結界魔法『リフレクト』!!」

 

 反射魔法だが、俺が結界魔法を練習していないこともあってあまり効果はないだろうが気休め程度だ。

 

「^\_=>*+,{¡~_`\『イウディカーレ』」

 

 最後の魔法名だけは聞こえた。 

 そこで俺という存在が消えた。

 

 

 

「はっ……! くそ、死んだか」

 

 ポケットに入っていた水晶が一つ砕け散る音がした。

 イウディカーレ。確かラテン語で断罪だったっけか。あまりに強すぎる。何が起こったかさっぱりわからなかった。

 

 だが……時間稼ぎは充分だ。

 

 

「「準備完了!!」」

 

「よし、かましたれ!」

 

 カノンとレベッカの合図と同時に俺は全力で距離を取る。巻き込まれたらたまったもんじゃない。

 

 

 カノンの後ろまで避難すると、それを見届けた二人が、スキルを発動させる。

 

「「合体スキル『空間支配』」」

 

 カノンとレベッカを中心に空間が歪み出す。

 ぐにゃぐにゃと曲がった風景は少し気持ち悪い。ぶっつけ本番だがどうにかうまくいったようだ。

 スキルを組み合わせる。同じ空間属性で尚且つ親和性の伴った二人ならできると思ったが、当たりだったようだ。

 

 『空間支配』は呼んで名のごとく空間を支配する技だろう。おそらく操作には、途轍もない集中力が必要だ。

 

 そして、それを使ってどうするかというと、簡単だ。

 空間の歪みを利用して閉じ込める。シンプルだが、少しでもミスると、空間が断裂してここら一帯が更地になる可能性はあるが、そこは二人を信じるしかない。

 

 空間の歪みは徐々に広がる。リオンは危険性を理解してか、歪みに魔法を撃ち込むが効かない。

 この合体スキルは『S』と『T』を同時に動かす『空間拡張』とその二つを操作する『空間固定』のスキルが合わさっているのだ。リオンが目に見える『S』に魔法を撃ち込んでも、カノンのスキルで『固定化』されているため効くわけがない。

 

「行け……っ!」

 

 集中し過ぎて、鼻血が出ている二人に俺は必死に激を飛ばす。囮はやった。あとは見守るしかない。

 

「ぐぎゃぁぁ!!!」

 

 リオンは迫り来る歪みに必死に魔法を撃ち込む。傷一つ付かない歪みに本格的に焦っているようだ。

 銀髪を揺らして、ハイライトの無い赤い目で前方を睨むリオン。

 頼む。頼むから元に戻ってくれ!

 

「「はぁぁぁぁ!!!」」

 

 カノンとレベッカの体が光輝く。スキルを全開にし、全ての力を注ぎ込まんと叫ぶ。

 

 呼応した歪みが遂にリオンの元にたどり着き、その体を包み込んだ────

 

 

「やったにゃ!?」

 

「おいバカ!」




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