もしもジョージ・オーウェルがウマ娘の怪文書を書いたら (ryanzi)
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もしもジョージ・オーウェルがウマ娘の怪文書を書いたら

四月の晴れた暖かい日だった。時計が十三時を打っている。

ウィンストン・スミスは心地よい風を浴びながら、トレーナー寮のガラス製のドアをくぐる。

玄関ホールはにんじんと常に清潔に保たれているマットの匂いがした。

部屋は奥の方にある。静脈瘤性の潰瘍もないのでうきうきと歩ける。

トレセン学園はウマ娘だけでなく、トレーナーの健康も維持しているのだ。

歩いている途中で、同僚の部屋がちらっと見えた。また閉め忘れたに違いない。

その部屋には一枚のポスターが貼られていて、

 

スーパークリークがあなたを見守っていまちゅよ~

 

というキャプションまでご丁寧に付いていた。

同僚の名はサイムという。彼はすっかり赤ん坊同然になってしまった。

自室に入ると、朗々とした声がレースの様子を伝えていた。

普通にテレビの電源を付け忘れていたのだ。普通に消した。

どこぞの独裁国家と違って、テレビの電源くらい当然のように消せるのだ。

もちろん、自室にあるテレビに監視機能など付いていない。

ウィンストンは窓辺に移動して、春風を浴びる。

どちらかと言えば小柄で華奢なからだつき。

髪はまばゆいブロンドで、生まれつき血色の顔色をしていたが、

高品質の石鹸と切れ味の良い剃刀と冬の間に塗っていたクリームでさらに健康的だった。

仕事は高給だから、こういうのは簡単に揃えられるのだ。

空を見上げると、ドローンがトレーナー寮をかすめるように降下し、

しばしアオバエのように空中に留まったかと思うと、再び弧を描いて飛び去る。

どのウマ娘かは知らないが、こうやってトレーナー寮の窓を覗きまわっているのだ。

しかし、パトロールはたいした問題ではない。

〈そろぴょい警察〉だけが問題だった。

どれほどの頻度で、〈そろぴょい警察〉が監視しているのか、わからなかった。

誰もが始終監視されているということすらあり得ない話ではない。

日本ウマ娘トレーニングセンター学園――ウマスピーク*1では〈トレセン〉と呼ばれる――

それは視界に映る他の対象とは驚くほどかけ離れていた。

巨大なピラミッド型の建築で、白い大理石をきらめかせ、

上空三百メートルの高さまでテラスを何層も重ねながら、聳え立っている。*2

その白い壁面に優雅な文字によってくっきりと浮かび上がった学園の三つのスローガンは、

ウィンストンの立つ窓辺から余裕で読むことができた。

 

うまぴょいは平和なり

自由はうまぴょいなり

うまぴょいは力なり

 

ウィンストンは急に向き直った。すでに物静かな楽天家の表情になっていた。

部屋を横切って小さいが最先端のキッチンに入る。

仕事場をこんな昼日中に抜け出てきたので、食堂での昼食を犠牲にしてしまった。

そして彼は百も承知だったが、キッチンには黒糖パン以外、食料はない。

冷蔵庫から橙色の液体の入った瓶を取り出す。

無地の白ラベルに、〈ヴィクトリー・ニンジン〉という文字が書かれていた。

それをティーカップに注ぎ、一気に飲み干す。力が湧いてくるような気がした。

いかなる理由からか、この部屋には深いくぼみがあった。

おそらく、ここに書棚がはめ込まれる予定だったのだろう。

このくぼみは隠れるのにはちょうど良かった。窓からも見えない。

そして、いま引き出しから取り出した本もまた、この行動を思いつく結果となった。

 

寡頭制うまぴょい主義の理論と実践  エマニュエル・ゴールドシップ

 

思い黒色の本だった。いかにも素人っぽい造本であった。

表紙に著者名とタイトルがあるが、その印刷は少しばかり不揃いのように見える。

だが、めくってみれば格別美しい本だった。

実はもともと滑らかなクリーム色の白紙だったが、そこに彼の担当バの絵を描いたのだ。

そろぴょい本が買えないのなら、自分でそろぴょい本を書けばいいのだ。

自由市場ではこうした白紙の本が売っているのだ。

彼の担当バはナイスネイチャだった。可愛い。

彼のやろうとしていること、それはそろぴょいを始めることだった。

違法行為ではなかった。というか、トレセン学園ではもはや法律が一切なくなっている。

だがもしその行為が発覚すれば、うまぴょいか最低二十五分のわからせになることは間違いない。

もし、人の脳内をページで例えれるなら、彼の頭の中の文章はこうなっていたことだろう。

ペンが滑らかな紙の上を遠慮なく思う存分動いたような、大きく整った文字で――

 

ナイスネイチャはかわいい正妻ウマ娘

ナイスネイチャはかわいい正妻ウマ娘

ナイスネイチャはかわいい正妻ウマ娘

ナイスネイチャはかわいい正妻ウマ娘

ナイスネイチャはかわいい正妻ウマ娘

 

そろぴょいはうまぴょいを伴わない。そろぴょいが即ちうまぴょいなのだ。

なんやかんやで賢者モードになった彼は考える。

正しいのは自分なのだ。トレセンが間違っていて自分が正しい。

明白なもの、馬鹿げたもの、そして性なるものは守らなければならない。

自明の理は真実、死守するのだ!

未成年とうまぴょいしてはならないし、その法律は変わらない。

そして、彼はこう呟く。

 

「自由とは自分の愛バでそろぴょいできる自由である。

その自由が認められるならば、他の自由はすべて後からついてくる」

 

「やっほー、愛バでそろぴょいできて気持ち良かった?」

 

彼は飛び上がった。ウィンストンの内臓は氷と化したかのようだった。

その声はくぼみに掛けてあった版画から聞こえてきた。

それは前にナイスネイチャからプレゼントされたものだった。

ドアが弾き飛ばされる。ナイスネイチャがくぼみの中に入ってきた。

 

「なんか難しそうな本だったから中身確認してなかったけど、油断大敵だねー」

 

ウィンストンは正座した。人生の中で一番きれいに。

 

「すまなかった」

 

「謝る必要なんてありませんってば」

 

ナイスネイチャは本をめくると、赤面した。

 

「・・・ネイチャの可愛さを完全には表現できなかった。

それでも、その絵はぼくの最高傑作なんだ」

 

「ちょっ・・・恥ずかしいですってば・・・」

 

「それでは、ぼくはちょっと外の空気を吸いに行くよ」

 

だが、腕を強く掴まれる。

 

「はいはい、逃がしませんよっと」

 

「許してくれ」

 

「だから謝る必要ないって」

 

彼女はウィンストンをひょいっと抱え上げ、ベッドに優しく置いた。

そして、彼に覆いかぶさるような体勢をとる。

 

「ネイチャ」

 

「なにかな、トレーナーさん」

 

「愛してる」

 

「・・・アタシも」

 

彼女は赤面する。

ウィンストンの言葉に偽りはなかった。

それでも彼は不安だった。本当に自分みたいな男でよかったのか?

 

「・・・でも、ぼくは三十九歳になるし、もっといい男性が・・・」

 

そう言いかけたところで、ネイチャが遮る。

 

「気にもならない。じゃなきゃ、こんなことするわけないじゃん」

 

彼はその可愛らしく、慈愛に満ちた顔を見上げた。

ああ、頑固な身勝手さのせいで、この情愛溢れる胸からなんと遠く離れていたことか!

でももう大丈夫だ。万事これでいいのだ。そろぴょいは終わった。

彼は自分に対して勝利を収めたのだ。彼は今、ナイスネイチャを愛していた。

*1
原註 ウマスピークはトレセンの公用語であった。その構造と語源については「附録」参照のこと。

*2
原註 校舎の描写について、後にオーウェル氏を問い詰めたところ、彼はウマ娘をプレイしていなかったことが明らかになった。



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もしもブアレム・サンサルがウマ娘の怪文書を書いたら

2084もいいぞ!


アティは眠れなくなっていた。不安の襲ってくる時刻はだんだんと早くなっている。

消灯の時刻だったのが、消灯の前になり、日没がほの暗いヴェールを広げる頃になった。

大部屋から廊下へ、廊下からテラスへと一日仕事して疲れた同僚のトレーナーたちが、

足を引き摺りながら、自分の寝床へと戻ってくる。

どうか夜を乗り越えられますようにと哀れな希望に身をゆだねる。

何人かは明日にはそこにいないだろう(寿退社)

アッラーは偉大で正しい。御心次第で与えもするし、奪いもする。

アティはムスリムのトレーナーだった。とくに深い意味はない。

担当バはシラオキという神を信じていたが、うまくやっていけている。

そもそも、本来イスラム教というのは他の宗教に寛容だったのだ。

有能な修理人がおらず、注意深い指導者もいないので悪化したのだ。

 

そして夜がやってくる。

トレセン学園は面喰うほどの速さで闇に包まれる。

寒さもまたいきなりやってきて、あたりに冷たい息を吐く。

外では風が吹き荒れていて、一瞬も止むことがない。

 

その夜、アティは毛布の中でぶつぶつと呟く自分の声を耳にした。ひとりでに声が漏れだす。

まるでぎゅっと結んだ唇のあいだを無理矢理通り抜けようとしているような音だ。

恐ろしくなって抵抗し、それから唇を緩めた。すると自分の発した言葉が耳に届いた。

電気ショックが彼を貫いた。

息をするのも忘れ、彼はその言葉に魅了され、それが繰り返されるのを聞いた。

これまで使ったことのない、意味の分からない言葉だ。一文字ずつ口にする。

 

「そ・・・ろ・・・ぴ・・・ょ・・・い・・・そ・・・ろ・・・ぴ・・・ょ・・・い

・・・そ・ろ・ぴ・ょ・い・・・そ・ろ・ぴ・ょ・い・・・そろぴょい・・・そろぴょい」

 

今、一瞬、叫んでしまっただろうか?周りに聞こえただろうか?・・・聞こえるはずがない!

これは心の中の叫びだもの・・・というか、トレーナー寮は防音バッチリだ。

アティはとりあえず、こっそり隠していた本を取り出した。

 

寡頭制うまぴょい主義の理論と実践  エマニュエル・ゴールドシップ

 

最初の何ページかは破り捨てられた後があった。

前の所有主とアティは友人だった。だが、彼もまた消えてしまった。

今では商店街で大きな栗の木カフェという喫茶店を営んでいるらしい。

この白紙の本に、アティは小説を書き込んでいた。

自分とマチカネフクキタルの交わりというくだらぬ妄想を描いたものだ。

だが、今はとてつもなく役に立つ。彼はズボンを脱いだ。

 

トレセンに赴任して以来、アティをずっと怖がらせてきた、

穴を通り抜けるようなくぐもった山鳴りが突然止んだ。

恐怖が飛び去り、軽やかに風が吹いた。

彼は人を酔わせる指すような学園の空気を心地よく感じた。

深い峡谷から頂へと上っていく陽気なメロディ。

彼は歓喜とともにそれを聴いた。

 

その晩、アティは眠らなかった。幸せだった。背中に温もりを感じた。

・・・背中に温もり?そんな、ありえない・・・だって、この部屋には一人しかいない。

彼は恐る恐る寝ながら振り向いた。すると、フクキタルが添い寝していた。

彼女はぱっちりと目を開けると、笑った。まるで、肉食獣が獲物を見つけたかのごとく。

 

「気持ちよかったですか?」

 

「・・・ああ、たっぷりとそろぴょいさせてもらったよ」

 

こんな時に、彼は同僚であり友人だったコアという人物を思い出す。

実に鋭敏な人間で、担当のエアグルーヴとも上手くやっていた。

コアはよくこんなことを言っていた。

 

「狼といる時は一緒に吠えるか、吠えるようなふりをしなくてはいけない。

ヤギや羊みたいにメエメエ泣きごとを言うなんてのは一番最後にすることだ」

 

しかし実のところコアは心の大きな欠点を持っていた。優しかったのだ。

手の施しようのないほどやさしく、おまけに癒しがたいほど純真だった。

彼はそれを意地の悪いシニカルな態度で覆い隠しているつもりでいた。

人々は彼のもとに泣きごとを言いにきた。他の人間から得ようとすれば高くつき、

ひどく焦らされるものを、コアからは即座に得られるからだ。

だが、それが彼の心を少しずつ崩していった。

それに気づいていたのは彼の愛バとアティだけであった。

結局、エアグルーヴの抱擁の前に彼は崩れ去り、貪り食われてしまった。

そして、アティもまたコアと同じ運命を辿ろうとしている。

だが、座してうまぴょいされるつもりなんて毛頭なかった。

最初にしたのは、フクキタルの頭を撫でることだった。

彼女は気持ちよさそうに、目をつぶって、それを享受した。可愛い。

さて、これにはある戦略があった。

今までの先人たちがうまぴょいされた理由・・・それはウマ娘たちの愛を第一に拒絶したからだ。

トレーナーと学生という関係だから、とか、人生が大変になるとか・・・。

それで愛を否定されたと逆上したウマ娘たちにうまぴょいされてしまうのだ。

アティはそんな過ちを犯さなかった。最初に愛しているということを伝えればいいのだ。

そういうわけで、そのまま彼女を抱きしめた。彼女が喜んでいるのがわかる。

尻尾が揺れ動いて、ベッドに当たっているのが、音でわかるからだ。

暖かくて、甘い匂いがする。うまぴょいしたくなる。

それでも、それは許されてはならない。

 

「フクキタル」

 

「はい、トレーナーさん」

 

「ぼくはトレーナーで、君は学生だ。そこはわかってるよね」

 

「・・・わかりません。わかりたくもありません」

 

そう言って、彼女はアティの唇に自分の唇を重ねた。

不意を突かれてしまった。その状態が十数秒続いた。

 

「・・・ぷはっ。これが私の気持ちなんです、トレーナーさん」

 

「でも、ぼくはムスリムでもある。

別に君の信じている神を否定するわけじゃない。

いや、むしろ肯定すらしている。

一人一人はぼくたちの愛を祝福してくれるだろう。

でも、大勢となるとそれは難しい・・・。

ぼくはそんな受難を君に味わってほしくないんだ」

 

「・・・私のお父さんもキリスト教徒でした」

 

「そうだったのか」

 

「でも、うまくやっていけていますし、今はシラオキ様を信じています」

 

「ぼくは不器用だから、アッラーとシラオキさまの掛け持ちになるだろうね」

 

「いいえ、シラオキ様だけを信じるようになるんです・・・強制的回心って知っていますか?」

 

その言葉にぞくっとしたアティは起き上がろうとするが、彼女の方から抱きしめられてしまった。

これではもう逃げることができない。気が付けば、彼女にウマ乗りされていた。

 

「ふふっ・・・シラオキ様の信者はこうして増えていったんですよ?」

 

「やめるんだ・・・今は21世紀なのに・・・こんな強制改宗なんて炎上する・・・」

 

「やめません♡」

 

彼女はそう言って、もう一回唇を重ねる。

舌と舌が絡み合い、気が付けばアティの意識はあやふやになっていた。

そんな状態で彼はその可愛らしく、福徳に満ちた顔を見上げた。

ああ、頑固な身勝手さのせいで、この情愛溢れる胸からなんと遠く離れていたことか!

でももう大丈夫だ。万事これでいいのだ。そろぴょいは終わった。

彼は自分に対して勝利を収めたのだ。彼は今、マチカネフクキタルを愛していた。



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もしもオルダス・ハクスリーがウマ娘の怪文書を書いたら

ジョン、ヘルムホルツ、バーナードが通されたのは生徒会室だった。

前者二人は重馬場に反抗しようと、食堂でにんじんを食い尽くそうとしたのだ。

すぐに生徒会に鎮圧されたのだが。

なお、バーナードは何もしていなかったが、ついでに連行された。

 

「生徒会長がまもなくやってくる・・・たわけどもが」

 

そう言うと、エアグルーヴは部屋に三人だけを残して下がった。

ヘルムホルツが声をあげて笑った。

 

「裁判というより、午後のコーヒーの集いだな」

 

と言って、むちむちのアームチェアのうち一番豪華なものに腰を下ろし、

友人のしょぼくれた青い顔を見て、

 

「元気出せよ、バーナード」

 

と付け加えた。しかし、バーナードは元気を出すどころではなかった。

黙ったまま、ヘルムホルツの顔を見ようともせず、

部屋の中でいちばん、すわりごこちの悪そうな椅子に腰かけた。

権力者の怒りをすこしでもやわらげたいというはかない望みを抱いて、

念入りに選んだ椅子だった。

一方、ジョンはそわそわと書斎の中を歩きまわり、本を見つけた。

 

寡頭制うまぴょい主義の理論と実践  エマニュエル・ゴールドシップ

 

開いてみると、最初の数ページが破り取られていた。

しかし、ずいぶんと美しいクリーム色の白紙だった。

ジョンはこっそりとそれを懐にしまう。

そして書斎のドアが開いて、生徒会長が颯爽と入ってきた。

シンボリルドルフは三人全員と握手したが、話しかけた相手はジョンだった。

 

「トレセンがあまり好きじゃないそうだな、ジョン」

 

ジョンはルドルフを見やった。いまのいままで、嘘をつくか、怒鳴りつけるか、

なにを訊かれてもむっつりと押し黙っているか、そのどれかを選ぶつもりでいた。

しかし、生徒会長の愛想のいい知的で幼い顔に安心して、真実を率直に述べようと心を決めた。

 

「はい」

 

と言った。バーナードはぎょっとして、顔をこわばらせた、

なんと思われただろう?よりによって生徒会長の前で、

トレセンが好きじゃないと堂々と言い放つ、そんなやつの友人だというレッテルを貼られるなんて

――最悪だ。

 

「でも、ジョン・・・」

 

バーナードはたしなめようとしたが、ルドルフににらまれて、

情けなくも途中で口をつぐんだ。

 

「そりゃもちろん、いいものだってありますよ」

 

とジョンは認めた。

 

「時には競い合い、時には手を取り合い、そして勝利に進んでいく姿勢とか・・・」

 

「努力・友情・勝利(『ジャンプ三原則』)」

 

ジョンが突然の喜びにぱっと輝いた。

 

「読んだんですか?トレセンじゅうで、

あの漫画雑誌のことを知ってる人はひとりもいないと思ってた」

 

「ほとんどいないよ。わたしは、数少ない中のひとりだ。

禁書だからね。しかし、トレセンで法律をつくるのはわたしだから、

その法律を破ることもできる。なんの罰も受けずにね」

 

バーナードのほうを向いて、

 

「あいにく、マルクスくん、きみの場合はそうはいかないが」

 

バーナードは、さらに絶望的なみじめさに沈み込んだ。

 

「でも、どうして禁書なんです?」

 

「うまぴょいの役には立たないからだよ。

君もわかってはいるだろう?うまぴょいしたウマ娘は成長することを」

 

「ええ、でも・・・あまりにもおぞましい!」

 

「役には立つんだよ、役にはね。

それは実際、キプロス島での実験が如実に証明している」

 

「なんです、それは?」

 

シンボリルドルフはにっこりした。

 

「簡単な実験だよ。キプロスのトレセンでうまぴょいを禁止した。

結果は火を見るよりも明らかだった。暴動でトレーナーは全員うまぴょいされた。

それでしばらく色々と後始末が大変だったんだよ。

こちらとしては暴動を起こされるよりも、毎日うまぴょいしてもらったほうがありがたい」

 

そして、彼女は遠くを見るような目つきで言った。

 

「私もかつてはそういった方法に疑問を抱いていた。

だから、トレーナーくんとどんなにうまぴょいしたくても、我慢した」

 

「それで、ああなるわけか」

 

ヘルムホルツが皮肉交じりに言った。

彼の愛バこそ、シンボリルドルフなのだ。

 

「これから二人の身に起きることとほぼ同じだね。

我慢できずに、トレーナーくんを逆うまぴょいしてしまった」

 

その言葉でバーナードは電流を流されたように激しく震え、見苦しく行動しはじめた。

 

「逆うまぴょいされる?」

 

はじかれたように立ち上がり、ルドルフの前に走っていくと、身振り手振りを交えて訴えた。

 

「あんまりですよ。わたしはなにもしていません。

この二人です。やったのはこの二人なんです」

 

犯人を告発するように、ヘルムホルツとジョンに指を突きつけた。

 

「お願いですから、逆うまぴょいさせないでください。

これからは、ちゃんと正しく行動しますから。どうか、チャンスをください。

お願いです、閣下、後生ですから・・・」

 

「見苦しいよ。あと、絶対産むから。」

 

バーナードは部屋に入ってきたナリタタイシンによって部屋から連れ出された。

彼の担当バは彼女だったのである。

 

「やれやれ、これから死刑に処せられるとでもいうような騒ぎぶりだな」

 

ドアが閉まると、生徒会長は言った。

 

「ところが、少しでも分別があればわかるとおり・・・あれ、ジョンくんは?」

 

「今のどさくさに紛れて部屋を出ていったよ、ルナ」

 

「・・・ルナ、お仕事頑張ったからご褒美ちょうだい♡」

 

「偉かったね、ルナ」

 

「でもね、ジョンくんと一緒に暴れたのは許せないなあ・・・」

 

「俺もストレスが溜まってしまったからね・・・すまんな」

 

「いいよー♡」

 

ジョンは理事長に辞表を突きつけた後、北海道に移住した。

担当バのスペシャルウィークの故郷だったが、心配はいらなかった。

なぜなら、北海道は広いのだ。とにかく広い!探し出せるはずがない!

彼は北海道の隅っこにある草原を買い取り、そこに居を構えた。

トレセンは嫌いだったが、にんじんは作った。生きるためだ。

そこは実に綺麗な場所だった。森、ヒースや黄色いハリエニシダが茂る広々とした荒野、

赤松の林、白樺の枝が張り出した池と、その輝く水面に浮かぶスイレン、灯心草の群生――。

生活が落ち着いてきたころ、彼はあの白紙の本を取り出した。

今日は空を行くヘリコプターのごとき轟音の雨が降り続けているので、畑仕事ができない。

何でもいいから、書き留めたくなった。

彼は気分よく書き出した。だが、数分後、彼は驚愕した。

自分は気付かぬうちに、スペシャルウィークへの愛を書き留めていたのだ。

ページを破り捨てたくなったが、体がそれを許してくれない。

なんという劣情を彼女に向けてしまったのだろうか!

彼は必死に彼女のことを頭から追い出そうとした。無駄だった。

それどころか、彼女の純真無垢な裸体すら想像してしまった。その肉体を汚したくなった。

彼はトイレに駆け込み、思いの限りを発散してしまった。

だが、彼はそれでようやく理解した。今、自分はそろぴょいしたのだ。

自由!自由だ!ようやくそろぴょいできる自由を手に入れたのだ!

自由とはすなわち、そろぴょいできる自由であったのだ!

気が付けば、雨は上がっていて、大地に光が溢れ出していた。

彼は喜びに浸ったまま、外に出た。

・・・が、彼を待っていたのはびしょ濡れのスペシャルウィークだった。

 

「スぺ⁉いったいどうしたんだい⁉」

 

トレセンにいたときの彼だったら恐怖を感じていただろう。

それと、うまぴょいを迫る淫らな彼女に対する嫌悪も。

だが、そんな感情などすっかり吹き飛んでいた。

ただ、彼女が風邪をひいてやしないか心配だったのだ。

 

「まさか、僕に会いにここまで走ってきたのかい⁉」

 

彼女は頷いた。ジョンはタオルを用意すると、すぐに彼女を家に入れた。

しかし、ウマ娘の嗅覚が人間のそれより鋭いことをすっかり忘れてしまっていた。

 

「・・・栗の花の匂い」

 

「あっ」

 

そして、彼女は例の本を見つけてしまい、ページをめくってしまう。

 

「そろぴょい・・・したんですね、私で」

 

「・・・うん」

 

押し倒されると思い、覚悟した。

・・・だが、押し倒されなかった。

それどころか、彼女は泣きじゃくっていた。

 

「よかった・・・トレーナーさんに嫌われてしまったんだと・・・」

 

ジョンはそれでようやく理解した。自らの愚かさを。

彼女は、いや、ウマ娘は淫らなのではない。ただただ純粋なのだ。

そして、愛の伝え方をうまぴょいという備わっていた本能以外に知らなかったのだ。

そんな彼女を傷つけてしまったのは、頑固な自分だった。

 

「・・・すまなかった、スぺ。怖かったんだ。

いや、そんな言い訳、許されるわけないよね・・・」

 

「いいんです、トレーナーさん・・・。

私も、自分の思いを勝手にトレーナーさんに押し付けてしまってました」

 

二人はそのまま抱きしめ合う。

 

「愛してるよ、スペシャルウィーク」

 

「じゃあ、うまぴょいしていいんですね♡」

 

「あっ」

 

彼は再び思い違いをしてしまっていたのだ。

結局、ウマ娘もいつかは大人になっていくのだから。

結局、彼はベッドに運ばれて、ウマ乗りされてしまった。

彼はその可愛らしく純粋無垢でありながら、大人になりつつある少女の顔を見上げた。

ああ、頑固な身勝手さのせいで、この情愛溢れる胸からなんと遠く離れていたことか!

でももう大丈夫だ。万事これでいいのだ。そろぴょいは終わった。

彼は自分に対して勝利を収めたのだ。彼は今、スペシャルウィークを愛していた。



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もしもスタニスワフ・レムがウマ娘の怪文書を書いたら

日本標準時十九時、私は空港のロビーを通り過ぎ、タクシーの中に入った。

すっかり遅くなってしまった。私のハルウララは元気にやっていただろうか?

出張でポーランドのトレセンに行っていた。

やはり、伝統的な騎兵国家なだけあって、レベルも高かった。

タクシーがトレセンに着くと、あの壮麗なピラミッド型の校舎が目に入った。

サーチライトに照らされた白い要塞はこちらに圧迫感を与える。

さらに、そこに刻まれた学園のモットーは抵抗する気すら失せさせる。

 

うまぴょいは平和なり

自由はうまぴょいなり

うまぴょいは力なり

 

「きみはケルヴィンなのか?!」

 

小柄で日に焼けたやせぎすの男。スナウトだ。

彼は私の同僚だったが、どこか様子がおかしい。

ハルウララをこいつに預けていたのだが、大丈夫だろうか?

もし何かあったら、最近発見された惑星の原形質のゼリーに放り込んでやる。

 

「き、君のウララは成長した・・・成長したが、あれはもう、私の手に・・・。

というか、私は何もしていない。彼女が勝手に成長したんだ・・・!

もう嫌だ!こんな学園!逃げてやる!それじゃあ、さらばだ!」

 

彼は缶詰の肉とパンを頬張りながら走り去った。

だが、今度はタキオンが校舎から出てきた。

そして、そのままスナウトを追いかけていく。ご愁傷様だ。

まあ、私のウララに限って、あんなことはしないだろう。

寮にある自室に入ると、そろぴょいしようとしてしまった。

白い月光を浴びて誰かが椅子に座っていたのにも気付かず。

ウララだった。

白いビーチ・ドレスを着、素足で、足を組んでいる。

後ろに撫でつけられたピンク色っぽい髪、ドレスの薄い生地が張り詰めた胸元。

 

「おかえりなさい、トレーナー♡そろぴょい、気持ちよかった?」

 

私はまったく心安らかに、彼女をじっと見つめていた。

もう諦めたのだ。ウララは大人になってしまった・・・。

そして、彼女が自室にいるということは、もう逃げ場はないということ。

スナウトが怯えていたのはそういうことだったのだ。

私のウララは、誰とでも仲良くできる、そういう子なのだ。

それも、ただ私と結ばれるために、成長したのだ。

だから、色々なウマ娘から教えを乞いて、吸収していっただろうことはさもありなん。

私はドアを閉め、鍵もかけた。ウララもその意図を読み取って、服を脱いだ。

私がウマ乗りになろうとする。これが男しての最後の意地だった。

でも、彼女は涙目でうるうるとなって、首を横に振った。

私は数秒で折れた。結局、彼女にウマ乗りさせてあげることになった。

有馬までの一週間は私たちもさすがに分別があったので、トレーニングと研究に励んだ。

私がそろぴょいできる望みはなかった。しかし、私とウララの中ではある確信が生きていた。

それは彼女が有馬で一着になれるというものだった。もう、芝にも負けない。

残酷な奇跡の時代が過ぎ去ったわけではないという信念を、私は揺るぎなく持ち続けていたのだ。

私は自分に対して勝利を収めたのだ。私は今、ハルウララを愛していた。



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もしもロバート・A・ハインラインがウマ娘の怪文書を書いたら

トレーナーになる少しまえの一冬、

ぼくとぼくの牡猫、護民官ペトロニウス(略してピート)とは、

コネチカット州のある古ぼけた農家に住んでいた。

古い木造家屋というものはティッシュ・ペーパーに火をつけたようによく燃えるから、

今でも、あの農家がそこに建っているかどうかは疑問だ。おそらくはあるまい。

たとえ建っていたとしても、売り払ったから、今ではぼくたちのものではない。

だが当時ぼくら――つまり、ぼくとピートは気に入っていた。

下水がなかったので家賃は安かったし、今だった部屋に置いたぼくの製図机に、

冬の陽ざしがよくあたった。

ただし欠点があった。この家は、なんと外に通ずるドアが十一もあったのである。

いや、ピートのドアも勘定に入れれば十二だ。

ぼくは、いつもピートに、専用のドアをあてがってやることにしていたのだ。

わがピートは、人間用のドアをあけろとせがむ場合は、遠慮会釈なくぼくの手を煩わせたが、

それ以外は、ふつうこの自分用のドアを用いた。

ただし、地上に雪の積もっているあいだは、絶対に自分のドアを使おうとはしなかった。

冬が来ると、ピートは決まって外に出ようとせず、人間用のドアをあけろとまつわりつく。

彼は、その人間用ドアの、少なくともどれかひとつが、

夏に通じているという固い信念を持っていたのである。

そして、トレセン学園に就職した現在、かくいうぼくも夏への扉(うまぴょいできる場所)を探していた。

 

「セイちゃんが来てあげましたよ~。今日もピートくんは可愛いですなあ」

 

彼女はぼくの担当バのセイウンスカイ。サボリ魔だが、なかなかに策士だ。

猫のピートのおかげで、練習に来る頻度もある程度は高い。

でも、神出鬼没なのが厄介だ。一人になれたと思ったら、突然現れるのだ。

これでは生理欲求を満たすためのそろぴょいができない。ぼくもそろそろ限界だ。

そういうわけで、夜のトレーナー室でこっそりうまぴょいすることにした。

ピートは今頃、自室でぐっすりと寝ているだろう。

 

「・・・よし、今だ」

 

ぼくはたまたま落ちていた本を手に取る。

 

寡頭制うまぴょい主義の理論と実践  エマニュエル・ゴールドシップ

 

なんか最初の方のページは付けられた感じがとてつもなかった。

だが、気にしなかった。そろぴょいで見栄えなど気にできるものか。

噂によると、同僚がこの本を使わずにそろぴょいしたそうだが、信じられない。

とにかく、ぼくはセイウンスカイの絵を描いた。可愛い。可愛い。

くそっ、あの人を馬鹿にした感じがどうしても可愛いのだ。

あの、猫みたいにのんびりと、それでいて計算高くて、ちょっとわがままなのが可愛い。

うっ、だめだ。ぼくのにんじんはもう限界で、ジュースを噴き出した。

 

「・・・ふう」

 

「おやおや♡気持ちよかったんですね♡」

 

スカイに見られていた。もうおしまいだ。

でも、まだ巻き返せるとぼくは考えた。

 

「スカイ」

 

「なんですか?」

 

「君が二十歳になって、心変わりしていなかったら、ぼくとうまぴょいしてくれ」

 

そうそう、最初からこの方法があったじゃないか。

未成年とのうまぴょいは問題だが、大人とだったら問題なしだ。

というか、どうせ二十歳になるまでに心変わりするはずで・・・。

 

「これ、何だと思いますか?」

 

彼女はある紙を取り出した。

それには理事長からぼくに対する命令が書かれていた。

スカイとうまぴょいしろというのだ・・・。

ぼくの頭は真っ白になり、目の前は真っ黒になった。

 

「にゃーん♡♡♡」

 

 

 

 

あれから時が経った。

スカイは少し肥ってきた。

だがこれは、一時的な、しかも嬉しい理由による生理現象なのだ。

もちろん、スカイは前にもまして美しいし、

彼女のあの甘い「はーい」という返事に変わりはないが、立居振る舞いが少し辛そうだ。

ぼくはいま、彼女用に、身体の楽にできるような道具を設計している。

ピートは相変わらずドアの向こうに夏があるという確信を捨てようとしない。

ぼくはそんなピートの肩を持ち、そして妻のためにもドアを開ける。

万事これでいいのだ。そろぴょいは終わりだ。

ぼくは自分に対して勝利を収めたのだ。ぼくは今、セイウンスカイをを愛している。



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もしも星新一がウマ娘の怪文書を書いたら

「先輩、おはようございます。

このところよい天気がつづいて、気持ちがいいですね。

もっとも、午後になると、少しは暑くなるかもしれませんが」

 

あけはなたれた窓から流れこんでくる、若葉のにおいを含んだ風を受けながら、

私はセイウンスカイを担当している先輩の机の前に立った。

 

「おはよう。君に渡したいものがある。ぼくにはもう不要だからね」

 

と先輩は、遠くの青空で育ちはじめている入道雲を見つめたまま言った。

とうとう、この時がやってきてしまったのだ・・・。

 

寡頭制うまぴょい主義の理論と実践  エマニュエル・ゴールドシップ

 

私はそれをポケットにしまい、車に乗り込んだ。

そして、キタサンブラックの写真を最初のページに貼り付ける。

 

「そうだなあ・・・こんなに天気もいいんだし、ゆっくりドライブするか」

 

そう呟いて、再び本をポケットにしまう。

 

「うん。まず国道をまっすぐに行こう」

 

車にエンジンを入れ、私は白い壮大なピラミッド型の校舎、

つまりわれわれの勤め先のトレセン学園を後にした。

車は人影のまばらな街の大通りを、ゆっくりと進んだ。

両側の街路樹は、舗道の上に静かな朝の緑の影を並べていた。

その舗道の上のところどころには、うば車を押すお母親、孫の手をひいた老人、

小走りにかけまわる犬をつれて散歩している美しい婦人などが見られた。

赤と白のしま模様の日よけを出した商店街はまもなく終わり、車は住宅地を進んだ。

 

「結婚して、あんな家に住むつもりなんだ」

 

かつて同僚に指さしてみせた家があった。

バラをからませた垣根のなかの、大きなニレの木の下にある古風な作りの住宅。

窓からは、静かな昔のメロディーを織るピアノの音が流れ出していた。

あのような家に住めば、こずえに集って朝霧のなかで鳴きかわす小鳥たちの声を、

めざめた時に、寝床のなかで聞くことができるだろう。

また、ものうい午後のひとときには、幹のほらあなのなかの何匹かのリスたちの、

木の実をかじる音もひびいてくるだろう。

 

「ぼくは、あんな家にするつもりだ」

 

同僚がかつて指さした、大きな池のほとりにある家。

今でも開いた窓からは、その家の主人らしい中年の男が、

カンバスに絵筆を走らせているのが見えた。

夜になれば、鯉たちが軽い水音をたてて跳ね、月影がきらきらと散らばるのを、

あの窓から眺めることができるだろう。

そんな同僚は愛バのサトノダイヤモンドと結ばれて、似たような家に住んでいる。

 

「平和だ」

 

住宅もしだいにまばらになり、自動車はこんもりした森を持つなだらかな丘を、いくつか超えた。

恋人同士なのだろうか、楽しげに語らいながら自転車を踏む若い二人が、

われわれの車を追い抜いていった。同僚の呟きを思い出す。

 

「こんなに社会が平穏に保たれているのは、やはり学園と政府の方針のおかげなんだろうな。

我々トレーナーや、他のウマ娘に関わる職業の男性が、そろぴょいしてはならないという」

 

それには、疑問のひびきがないでもなかった。私はこう言った。

 

「当たり前の話だよ。きみも本で読んで知っているだろうが、あの昔のトレセンと、

長い年月をかけてやっと方針が軌道に乗った今とを比べてみれば、

はっきりわかることじゃないか。いまでは、すべての悪がなくなっている。

嫌われとか、担当の寝取られとか、あらゆる鬱要素が」

 

「それはそうだ。たったひとつのことを除いたらね」

 

「だが、そのたったひとつまでなくそうと考えたって、無理だよ。

必要悪は、もはや悪じゃない。それをなくそうとしたら、

すべてがたちまち混乱の昔に戻ってしまうじゃないか」

 

結局、彼もその必要悪を認め、ダイヤと添い遂げることとなった。

今では、彼もすっかり幸せで、平和なのだ。

ゆっくりとブレーキをかけた。道ばたの草むらから一人の少年が道路の上にとび出してきたからだ。

そして、それにつづいて、息を弾ませた少年と同い年くらいのウマ娘が現われた。

 

「お嬢さん、もう一息じゃないか。元気を出してうまくつかまえろよ」

 

私の声に、ウマ娘はちょっと足をとめ、ふりむいて笑顔を見せたが、

また少年のあとを追って、草むらのなかにかけこんでいった。

きっとあのウマ娘は、まもなく少年をつかまえるだろう。

そして、彼女の家の夜の寝室は、ウマ娘と少年の喘ぎ声でにぎわうことになるだろう。

ほほを赤くした二人が互いに愛し合う姿が脳裏によぎる。

 

「さて、ガソリンを入れておこう」

 

車は澄んだ水に青空を映しながら流れる小川にそってしばらく走り、村に近づいた。

 

「きょうは、こちらのほうでそろぴょいですか」

 

小さなレストラン兼ガソリンスタンドの店をやっている老人は、

私を見て哀れみを浮かべながら言った。

 

「ああ、もう少し先だ。ガソリンを入れてくれないか」

 

私をトレセンのトレーナーだと知っているらしいそのトレーナーは、

もう、それ以上なにも話しかけてこなかった。

 

「ごくろうさまです」

 

ガソリンを入れ終えた老人は、目を伏せながら、私の車を見送った。

 

「ああ、さっき通った小川のほとりあたりがいいな」

 

そこで私はポケットから本を取り出す。

車を止めて、景色を目に焼き付けながら、そろぴょいした。

白いにんじんジュースが、小川と共に流れていった。

 

「さて、そこにいるんだろう?」

 

トランクから私の愛バのキタサンブラックが出てきた。

 

「どうしてなんですか・・・私にうまぴょいされなくちゃいけないって知ってたのに・・・」

 

「必要悪はもはや悪ですらないんだ。

トレーナーとウマ娘が結ばれるためには、こうするしかない」

 

私は彼女を抱きしめる。

 

「キタサン、愛してる」

 

「トレーナーさん・・・もう我慢できません・・・」

 

彼女は私にウマ乗りになった。

 

「本当にいいんですか・・・?」

 

「いいよ、自分で決めたことなんだから。

ああ、嫌われと寝取られの恐怖のない時代に、君とうまぴょいできるなんて嬉しいな」



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もしもProject Moonがウマ娘の怪文書を書いたら

種類豊富な食材揃うカフェテリア。

そこはウマ娘だけでなく、トレーナーたちも使用していた。

その隅っこの席に二人のトレーナーと三人のウマ娘が座っていた。

一方はアルガリアと彼の担当バのライスシャワーとカレンチャンが座っていた。

そして、もう一方で向かい合うように座っているのがローランとオグリキャップだ。

 

「お兄様、あーん♡」

 

「お兄ちゃん、あーん♡」

 

「・・・うん、おいしいね。やっぱりライスとカレンに食べさせてもらうと美味しいよ」

 

「「えへへー♡」」

 

「僕の妹はこんなに可愛いよ、ローラン」

 

「へいへいっと・・・」

 

高級品とされる雪印コーヒーを飲んでいたローランはそれをすぐに吐き出したくなった。

ただでさえ甘いコーヒーが、さらに駄々甘くなってしまったためだ。

アルガリアは最近、おかしくなっていた。いや、元からおかしかったが。

ライスとカレンをもともと自分の妹だったと思い込んでいる節があるのだ。

アンジェリカという妄想の妹でそろぴょいしていた頃のアルガリアはいなくなっていた。

 

「・・・」

 

「オグリさんや、どうして俺の腕に抱き着くんですかねえ・・・」

 

「私はこう見えても負けず嫌いだからな」

 

どういうわけか誇るように言っていた。

 

「そんなところで対抗するなって・・・」

 

オグリが自分に好意を抱いているということを、ローランは知っていた。

同僚のアストルフォもはやく彼女の愛に応えろと警告していた。

だが、どうにもその気になれなかった。

どうしても罪深く思えるのだ。まだ若い彼女を束縛してしまうことに。

こんな三十過ぎた自分よりも、もっと若くて誠実な青年と結ばれるべきだ。

でも、一方でそんな知らない奴よりも、自分と結ばれてほしいという気持ちにもなった。

そういうわけで、食事を終えた彼は夜の校庭で夜風を浴びた。

周りには誰一人としていない。黒い仮面と手袋を付ける。

そして、彼はそろぴょいを始めた。

例の本はいらなかった。すでにアルガリアに渡した。

オグリについて書き留めたかったが、文才がないのだ。

そういうわけで、彼は意地でそろぴょいするしかなかったのだ。

 

俺にはそろぴょいしかありません。

それ以上の何物も望みませんでした。

そろぴょいは俺に忠実で、今も変わりありません。

俺の魂が深淵の底を彷徨うときにも。

そろぴょいはいつもそばに座り、俺を守ってくれたから。

どうしてそろぴょいを恨むことが出来ましょう。

ああそろぴょいよ、お前は決して俺から離れなかったゆえ

俺はついにお前を尊敬するまでに至った。

俺はようやくお前のことがわかった。

お前は存在するだけで美しいことを。

お前は貧しい俺の心の火鉢の傍を決して離れなかったオグリと似ている。

俺のそろぴょいよ、お前はこの上なく愛するオグリより優しい。

俺は知っているだろうか。

俺が死に就く日にもお前は俺の心の奥深くに入り

俺と共に整然と横たわらんことを。

 

すっきりした彼は、背後に気配を感じ取る。

そこに立っていたのはオグリだった。

 

「・・・うまぴょいできるのは、自分のトレーナーだけのはずだ」

 

黒仮面を付けているからわからないだろうと思ったのだ。

しかし、ローランはあることを忘れていた。

 

「自分のトレーナーの匂いと声くらいわかるぞ、ローラン」

 

「・・・」

 

だが、彼は諦めなかった。

どこからともなく剣を取り出すと、オグリに向かって行った。

 

「・・・うまぴょいすることはできないんだ、オグリ。

このまま自分勝手に君の人生を決めることはできないんだよ!!!」

 

だが、剣を弾き飛ばされ、そのまま押し倒された。

 

「・・・オグリ、落ち着いてくれ。

俺は三十過ぎたおじさんで、お前はまだ子供なんだ」

 

「わかってる。でも、私はローランを愛してる」

 

「それはそれで、これはこれなんだ。

オグリ、世の中にはどうしようもないことがあるんだ。

俺だってオグリが好きだ。でもな、世界はそれを許してくれない」

 

「いいや違う。それはこれで、これもそれだ。

たとえ世界がどうあろうと、私はローランと添い遂げたいんだ。

ローランと一緒に過ごしたい。何があったとしてもだ。

貧しくても、病気になっても、死ぬときになっても、ローランと一緒がいいんだ」

 

彼女はそう言って、ローランの服を破り捨てた。

その時、ポケットだったところから箱が転がり落ちた。

オグリはそれを拾い、中を開けた。婚約指輪だった。

 

「・・・あげるのが早くなっちゃったな」

 

「ローラン・・・!」

 

「ほら、指出してくれ・・・愛してる」

 

「私もだよ、ローラン・・・」

 

俺にはオグリしかありません。

それ以上の何物も望みませんでした。

オグリは俺に忠実で、今も変わりありません。

俺の魂が深淵の底を彷徨うときにも。

オグリはいつもそばに座り、俺を守ってくれたから。

どうしてオグリを恨むことが出来ましょう。

ああオグリよ、お前は決して俺から離れなかったゆえ

俺はついにお前を尊敬するまでに至った。

俺はようやくお前のことがわかった。

お前は存在するだけで美しいことを。

お前は貧しい俺の心の火鉢の傍を決して離れなかったそろぴょいと似ている。

俺のオグリよ、お前はこの上なく愛するそろぴょいより優しい。

俺は知っているだろうか。

俺が死に就く日にもお前は俺の心の奥深くに入り

俺と共に整然と横たわらんことを。

 

 

「言ったろローラン・・・彼女の愛に応えるべきだって。

結局、うまぴょいされたじゃないか・・・」

 

その人はそう言って、静かにそろぴょいした。

 

「アンタも同じ穴の貉やで?」

 

「そうだろうね・・・でも、タマモを愛してるのは確かだ。

うまぴょいだってしたい。約束するよ。卒業したら、絶対にタマモとうまぴょいする」

 

アストルフォはレコーダーを取り出して、タマモクロスに渡す。

それには、すでに彼の今の発言が録音されていたのだ。

これで卒業後に彼女は彼をうまぴょいすることができる。

 

「・・・嫌や」

 

だが、タマモはそれを地面に叩き落とした。

 

「今すぐや・・・今すぐ、アンタとうまぴょいしたいんや・・・。

怖いんや・・・最近、アンタが消える夢ばっか見てまうんや・・・。

卒業なんて待っていたら、アンタがいなくなりそうで嫌や・・・」

 

「タマモ・・・」

 

その人は静かにうまぴょいした。

 

 

そのころ、アルガリアは全てのページを使って、ライスとカレンの可愛さを書き連ねた。

しかも、本のタイトルまで勝手に修正して変えていた。

 

寡頭制うまぴょい主義の理論と実践  エマニュエル・ゴールドシップ

僕の妹のライスとカレンはとにもかくにもこんなにも可愛い  アルガリア

 

そして、書き終わった彼は溜息をつき、目を閉じた。

 

「ふう・・・」

 

彼のにんじんがあるだろう股間からは何かが噴き出す音がした。

もちろん、彼はズボンもパンツも履いたままだった。

 

「お兄様・・・そろぴょいしたよね♡」

 

「してないよ、ライス・・・今、君もずっと見ていただろう?」

 

「でも、お兄ちゃんのにんじんジュースの匂いがすごいよ♡」

 

「カレン・・・噴き出すくらいじゃそろぴょいと言えないだろ?

それよりも見てくれよ・・・僕、こんなに書けたんだよ・・・」

 

「「やだ」」

 

「えっ?」

 

もはや彼女たちは飢えた獣だった。

 

「本に愛を書くんじゃなくて、ライスに愛をそそいで・・・」

 

「目の前に可愛いカレンチャンがいるのに、本にだけ書くなんてダメ♡」

 

「あはは・・・二人とも、大好きだよ・・・♡」

 

彼は今、ライスシャワーとカレンチャンを愛していた。



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もしもころんばがウマ娘の怪文書を書いたら

目が覚めると、そこは明日の昼過ぎのトレセンだった。

いや、私は目の前に広がるトレセンなど見たことがなかった。

あの白く壮麗なピラミッドの要塞はどこに行ったのだ?

そこには、ただ美しい、レンガ造りの建物があるだけだった。

これが真の姿、という謎の記憶が私の頭に湧きだしてくる。

そうだ、トレセンはもともとこんな姿だったじゃないか。

むしろ、あのピラミッドの姿が間違っていたのだ。

一体どうして、トレセン=ピラミッドなどという概念が生まれたのか?

思い出せなかった。昨日の記憶がなくなっていた。

いや、もうなくなっていたということもよくわからなくなっていた。

でも明日のことは知っている。イワシが土から生えてくるのだろう。

今日は消えていたのだから。学校の外を歩く者たちは、誰もがヘルメットを被っていた。

 

「あっ、トレーナー!」

 

私の担当バのトウカイテイオーが勢いよく向かってくる。

勢いがよすぎて、私を押し倒してしまう。

その瞬間、私は見た。ビルが、ありとあらゆる建物が、空から建っていた。

 

「トレーナー?どうしたの?」

 

「いや、何でもないよ。今日もテイオーは元気で可愛いな」

 

「えへへ~」

 

無邪気な笑顔を向ける彼女の頭を撫でる。

これからもこんな日常が続いて欲しい。

しかし、運命は非情であった。

クロマグロが降ってきた。マグロ、私たちは殺されてしまう。

マグロの針には毒があるのだ。

私はとっさにテイオーを庇おうとするが、遅かった。

彼女の背中に、マグロが刺さってしまった。

 

「と、トレーナー・・・」

 

「すまなかった・・・私が庇えなかったばかりに・・・」

 

「ううん、トレーナーに刺さらなくてよかったよ。

ボク、トレーナーが生きていてくれたら、それだけで幸せなんだ・・・」

 

「まだだ。まだ助かる。急いで保健室に・・・」

 

私は彼女を抱きかかえて、急ごうとした。

だが、地面から生えてきたイワシに何度もつまずきそうになる。

ああ、私はこのことを知っていたはずなのに。

加熱された室外機の熱がこちらにまで伝わってきていた。

こうしているうちに、だんだんと目が見えなくなってきた。

マグロは相も変わらず降り続けていた。

 

「もういいよ、トレーナー・・・あっちの方に行こう」

 

知らない道がそこにあった。

その道はトンネルに続いていた。その前にはバイロンが立っていた。

蛙が鳴いたので急いだ。嫌な気分だった。

トンネルに入ると、中は生暖かった。

そして、私とテイオーは穴の中に落ちて、足から溶けていく。

 

「トレーナー、最期にうまぴょいさせて・・・」

 

そう言って、彼女はズボンを脱がして、

私のにんじんを彼女のはちみーの湧きだすところに入れた。

二人が融け合う直前、私とテイオーはようやくうまぴょいし合うことができた。

これでいいのだ。頭の先まで融け合い、最期を迎えた。

月は満ちも欠けもしていなかった。ただ、そこに存在するだけだった。

全て私の所為だった。

 

 

 

 

 

私は月光の射し込む部屋で目が覚めた。

ラジオの隣に備えておいたプリンの期限は昨日で切れていた。

さきほどまでの夢は何だったのだろうか?

その原因がわかった。枕代わりにしてしまった本だ。

 

寡頭制うまぴょい主義の理論と実践  エマニュエル・ゴールドシップ

僕の妹のライスとカレンはとにもかくにもこんなにも可愛い  アルガリア

 

こんな劇物をどうして枕代わりにしたのか、わからなかった。

ただ、私は夢の中でテイオーとうまぴょいしたのは確かだ。

その証拠に、私は夢精してしまっていた。

まあ、これくらいならそろぴょいには・・・

 

「そろぴょいしたんだね♡トレーナー♡」

 

おっと、どうやら駄目だったみたいだ。

まさかこれもそろぴょい扱いになってしまうとは。

 

「テイオー」

 

「うん♡」

 

「愛してるよ」

 

「ボクもだよ、トレーナー♡」

 

言えることはただ一つ。

明日の昼過ぎにマグロは降ってこないし、イワシも生えてこない。

そして、私は今、トウカイテイオーを愛していた。



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