たとえば、こんなセファール。 (けっぺん)
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独白

※本話には特殊タグを使用しています。


 

 やあ、この夢を見ている誰か。

 

 私は誰かって? そんなことはどうでもいい。だって、私はこの物語に関わるつもりはないからね。変に話して余計な縁を結んでしまっても困る。

 そうだな、親切な夢のお姉さんと呼んでくれ。何? 真名を知っているって? ――ああ、そうか。もしかしなくても特殊な生い立ちをしているね? そっちの私と知り合っているなんて。

 まあ、それなら話は早い。

 一応言っておくと、私はそちらの世界の私とは別の存在だ。

 例えば、不可侵の妖精郷に引き籠っていたとしても、ね。

 この世界には妖精郷はもうなくて、私も当たり前に外を歩いているからね。この私はちょっと特別なんだ。

 

 さて、キミに知ってほしいのはこの世界のはじまりだ。

 この世界が正しい人類史から外れてしまったのは、二つの時代が強く関わっている。

 一つは一万四千年前。汎人類史においても重要なターニングポイントだね。

 そしてもう一つは――今だ。

 数年くらいは誤差があるかもしれないけど。文明に大きな変化が起きない程度のものだし、それでいいかな。

 

 極東の国の地方都市で一つの小さな不幸が起きた。

 世界すべてを見渡せば、一日に何千、何万とあるような、取るに足らない事件。

 通り魔のあまりにも理由のない衝動によって、一人の青年が襲われた。

 その青年は人並みのドラマこそ歩んできたけれど、類稀な運命力を持っていた訳でも、悲劇に打ち勝つ特異性を持っていた訳でもない。

 だから、当然のようにそこで青年の運命は終わった。

 彼にとって、その日は大きな幸運を拾った“当たり”の日だった。その時まではね。

 ん? その幸運って何か? いやあ、それはプライバシーだし、言わない方が彼のためじゃないかな。

 とはいえ、この後の話に関わってくる訳だし……ううん。

 わかった。話そう。どうか笑わずに聞いてほしい。一応だけど、彼の結末だった訳だからね。

 

 とても欲しかったのに予約競争に負けた『聖剣のレプリカっぽい玩具』を諦めきれず知り合いを頼ったら高額で譲ってくれるとのことだったので早速その知り合いを訪ね、件の玩具を受け取った帰りだったのさ。

 ……なんだいその顔? 転売ヤー死すべしフォーウ? 何かの物真似かい?

 

 ともかくだ。そうして青年の人生が不幸にも終わったのと同時。

 とある超常の存在が、ちょっとした気紛れを起こした。

 こちらも良くある話さ。この世界に残る特異な神霊、或いはそれにほど近い何かが起こした奇跡。

 その瞬間に死んだ青年を過去に飛ばし、世界に可能性を増やしてみようという実験だ。

 過去を知識として持つ現代の人間が、過去に飛んで何を起こすか。考えたことがある人もいるんじゃないかな。

 ところが。今回、ことを起こした存在――もう神様と呼んでしまおうか――がちょっとばかり強い力を持ったヤツでね。

 青年は過去に飛んだ。飛び過ぎた。神様が想定したよりも過去に飛んでしまった。

 その青年が今わの際に強い感情を向けていた聖剣のレプリカも一緒に飛んだ。

 一万四千年前の世界に、ね。

 

 さて、飛ばし過ぎはしたものの、青年は神様の望んだ通り、とある存在に取り憑いた。

 その存在に宿っていた人格を上書きして成り変わった。

 そして、もう一方で聖剣のレプリカは……まあ、何というか、とんでもなく厄介なことになった。

 

 ここらでネタバレをしてしまおう。

 青年が憑依したのはセファール。この、今から一万四千年前という時代に遊星から放たれ、この星の文明を蹂躙し尽くした白き巨人。

 当時の神々の悉くが歯が立たず、世界は終わりかけた。

 セファールを討ったのは、一振りの聖剣とそれを担う人間だった。

 星の内海から出でた聖剣が起こした奇跡。これが今の今まで世界が存続できた要因の一つだ。

 たとえセファールに青年が憑依したとて、すぐにこの聖剣によって物語は終わる――それなら、話は早かったんだけどねえ。

 

 聖剣のレプリカは、どういう訳か星の内海に転がり落ちた。

 そしてそれを見つけたのは、妖精たちだった。

 彼らは一つの使命を持っていた。この星の危機に対するための、聖剣を鍛つことだ。

 言うまでもなく、セファールを討った聖剣は彼らの努力の賜物だったんだよ。

 ――ところで、妖精たちは純粋でね。基本的に自由な彼らは目先に“得”があれば、特に考えずにそれにありつこうとする。

 そんな彼らが聖剣作りに手を付けようとしたところに転がってきた聖剣のレプリカ。

 ああ、もうどうなったか分かるだろう?

 

 ――うん。これでいいか。これでその分遊べるぞ!

 

 宿題を拾い物の提出で済ませた訳だね。

 もちろん、それは何の神秘もない、というか剣ですらない紛い物だ。

 そりゃあその時代にあるにはおよそ考えられない技術の賜物ではあるけれど、だからといってセファールを前にすれば何の意味もない。

 これで世界の命運は決まった。

 詰んだ世界は、抵抗もむなしく滅びるだけ――。

 

 ……とは、ならなかったんだよね、これが。

 

 世界は決定的に分かたれてしまった。

 もう汎人類史には決して辿り着けないほどに間違えてしまった世界だが、不思議とそのまま続いていった。

 一万四千年。その長い、とても長い月日を、汎人類史と同じように経て、まったく違う文明に育っていったんだ。

 歩んできた苦難は負けず劣らず。

 しかし、それで屈することなく人々は歩み続けた。

 偉大にして絶対たる、最後の神の庇護の下で。

 

 その神の名は。唯一の王の名は。

 巨神王セファール――或いは白王セファール。

 自らが齎す筈の滅びを良しとせず、世界のバッドエンドを良しとせず、一万四千年間、世界に命を供し続けた者。

 そしてその傍らには人類の希望。贋作を真作へと昇華させた剣聖。

 王の宿敵にして盟友。全ての終わりまで、共に世界を庇護することを王と誓い合ったはじまりの勇者。

 

 はじめにこの二人があって。

 光を喰らう名馬を駆る戦士の娘が作られて。

 誰もの希望に罅が入り、終末を予感した大いなる戦いを超え、戦乙女の長が人間の戦士と結ばれて。

 そして、多くの戦乙女と人間の一人ひとりが次なる危機はいつかと空に目を向ける。

 ゆえにこそ守りは盤石、ゆえにこそ誰もが平和を享受する。

 

 ああ、罪の有無など数えまい。望むならば門を開こう。

 来たりし者、生まれし者、楽園を脅かす存在でなければ迫害はしない。

 娯楽に生きるも良し、知識を極めるも良し。

 ただし願わくば、力をもって外敵を討つ戦士たらんことを――。

 

 

 

 ……。

 

 …………うん。分かっているさ。

 

 そうとも、この世界は正しい人類史ではなく、異聞として切り離された。

 剪定の結末を逃れ、ゆえに他の異聞と、汎人類史と戦うことを義務付けられたのだろう?

 胸糞悪い展開だ。こちらの世界の誰も、そんな戦いは望まない。

 だがね。やるべきことは変わらない。

 

 この世界を壊しに来るなら、それもいいさ。

 そういった手合いを相手取ることはこの世界の得意分野だ。

 

 では、そうだな。他の異聞と、汎人類史と戦う一つの世界として、名付けようじゃないか。

 地球という惑星の新たなるかたち。

 全域が世界防衛の最前線である、星の降る白き地平。

 

 

 

 

 深度_■■
      A+

 

ロストベルトNo.8

 終 天 の 流 星 雨 
 終 星 雨

 

BC.12000 了自己域 ■■■■■

 

 

 

 

 積まれた罪は清算される。門は誰をも拒まない。

 ここより先は新天地。過去を洗った天秤に、乗るのは今と未来のみ。

 罪無き者には楽園を。罪有る者には天命を。

 ――過ぎたるものには監獄を。混沌に潤うあの場所も、新たな贄は拒むまい。

 

 まったく、世界とはかくも残酷なもの。

 これでは観客を気取ることさえ出来やしない。

 ひどく億劫ではあるけれど、動くとするか。

 私がいないと、この世界にどうにもならない事態があるというのもまた事実。

 いやあ、異聞帯だなんて、上手い仕掛けだ。そりゃあ、客観的に見てみれば、この世界が切り捨てられるのは当然だ。

 どんなに素晴らしい、可能性に満ちた世界だって、人々が歩みを止めない世界だって、詰む時は詰む。

 土台と骨子の限界か。気付いていたのに変えられないというのは、難儀だねえ。




■太平洋異聞帯
汎人類史の白紙化の際、他の七つと同時期に発生した第八の異聞帯。
太平洋中央部に存在し、その規模は大西洋異聞帯に匹敵する。
とはいえ、異聞帯としてはクリプターにとっても異星の神にとっても都合が悪く、あくまでも彼らの本命としては大西洋異聞帯となっている。
空想樹は早々にこの世界の機構に組み込まれており、成長も望めない状態でありながらも異常な速度で規模を拡大しており、侵略の意思は強い模様。
人々に向上心があり、それが確かな結果を生み、尚も先を目指すことのできる可能性に満ちた世界。
しかし、“土台”と“骨子”に致命的な問題を抱えており、緩やかに滅びへと向かっているとされている。
大西洋異聞帯の環境的に、衝突することになるとだいぶ厄介なためキリシュタリアの頭痛の種。

■神様(仮)
現代において、神霊の権能ないしそれに匹敵する何らかの強大な力を持つ何者か。
享楽的な性格であり、過去の時間軸に一般人を飛ばし、それにより変わった未来を観測することを楽しみとしていた。
今回はありったけの力を使ったところ、一万四千年前の白い巨人に一般人を憑依させることに成功。ちなみに偶然。
とりあえずその物語を楽しもうとした結果、えらいことになった。

■妖精
人が振るう聖剣を作る役目を担っていた一万四千年前の妖精たち。
どこぞの異聞帯のきっかけみたくサボタージュの意思があった訳ではなかった。
そのため、聖剣鋳造の直前の段階まで行っていたのだが、そこに転がり込んできた聖剣のレプリカを見て「これでいいか」と提出。
結果としてえらいことになった。

■聖剣
太平洋異聞帯における聖剣。
本来はどこかの世界において、運命的なアニメ映画の放映記念とかで作られた聖剣の玩具。
デラックスな外見で光るし音も鳴る。さらに鞘も付いてくる。
神様(仮)の力で一般人に巻き込まれて一万四千年前の世界に飛んでいき、妖精たちが提出した結果、奇しくも当のアニメ映画に登場する騎士王に良く似た顔の少女の手に渡った。


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開幕

 

 

 目を覚ましてから、多分、七日目。

 

 これくらい経てば、俺の身に起きていることが夢幻などではなく現実なのだと否応にも理解できる。

 ほんの一週間前まで、当たり前のように過ごしていた日常は、呆気なく終わった。

 最期は一瞬だった――と思うから、よく覚えていない。

 でも、あの日は最高の出来事があって、そのために外に出ていたところだった。

 戦利品を抱えて町なかを歩いていたのが最後の記憶だから、多分車に轢かれたとか、通り魔に刺されたとか、そんな感じなのだろう。

 それで死んだということは、目覚めてすぐに理解できて。

 とてもではないが受け入れられず、それどころではない状況に助けられつつもひたすら現実逃避を続け、ようやく気持ちの整理を終えられたのが、つい先ほど。

 

 ここは天国とか地獄とかの死後の世界ではない。

 本当にその類の世界があったとして、こんな世紀末な場所だとは思いたくない。

 何せ、目覚めてからなんか得体の知れない怪物が引っ切り無しに襲い掛かってくる。

 どちらかというと、あの対面した時の不思議な感覚は“神様”といった感じだが、こんな次から次へと神様が襲い掛かってくるなどあり得まい。いや、怪物が襲ってくるのもおかしいが。

 幸いこの体は強かった。

 訳の分からないこの状況で、とにかく生き延びるために抗い、複数の怪物相手に勝ち切ることが出来るくらいには。

 生存本能に従って怪物と戦い、空腹こそ感じていないが求めるように怪物を食べて、傷を癒す。

 この体は怪物を摂取すれば、人ではあり得ないほどの速度で傷が癒える。

 それに早い段階で気付いたのは幸運だった。

 

 この体は強い。だけど、今の時点で分かっていることとして、大きい。

 戦いに巻き込んでしまわないように気を付けているが、人を見かけた。

 彼らが小人だというよりは、この体があまりにも大きい。

 多分、数十メートルといったところ。青白くて、奇妙な文様が浮かんでいる、全裸の女性のような体。というか、女性であるのは多分間違いない。

 いわゆるTSという奴である。そういうジャンルが存在していたことは知っている。だが誰得なのか。自分がそれを体験したところで、困惑やら恐怖やらしかない。

 それに背丈にしても限度がある。これでは八尺様どころか八十尺様である。

 その上、怪物を食べる度に、体に力が蓄えられている感覚がある。

 多分、これを続けているともっと大きくなる。この体、未だ成長期なのだ。

 

 一応、この体で生きていくという覚悟は決めた。それしかないことは理解した。

 しかし、このまま同じような生活を続ける訳にもいくまい。

 どうにかして、この怪物からの襲撃という目下の課題を解決し、平穏を手に入れなければ。

 どういう世界かは不明だが、このTS女巨人にも安寧の地がある筈である。

 ああ――そうそう。この体の名前については、物心ついた頃には、自覚していた。

 セファールというらしい。残念ながらこの体は日本出身ではないようだ。知ってた。

 ……いや、ここどこなのだろう。本当に。

 

 

 

 さて、問題です。

 この体になってどれだけ経ったでしょう。

 答えは一年。ビックリするほど激動で、ビックリするほど安寧など無く、ビックリするほど長い一年が経過した。

 気分は流浪の民である。平和を求めて世界を歩き、その先で新しい怪物に遭遇して激戦を繰り広げ、その怪物がいなくなった後は何となく居心地が悪くなって別の場所を目指す。

 その繰り返し。どうやらこの体はあの怪物たちを好物と定めてしまったようで、本能的に求めてしまうのだ。

 怪物がいなくなった場所を安住の地と定めようとしたことはある。

 だが、その度にどうもむず痒い衝動に駆られ、十日と経たずに次へ向かってしまう。

 そうしている内に、なんか体が大きくなった。

 徐々に成長するのではなく、突如として一気に倍になった感じ。

 かなり手強かった怪物が持っていた剣を噛み砕いて呑み込んだ時、いきなりその怪物を見下ろすほどの急成長を果たしたのは驚いた。

 

 人とコミュニケーションを取ろうとしたが、やはりこの体だと恐れられているようなので断念。

 そりゃあそうだ。人と比べ四十倍くらいの背丈の青白い全裸の女巨人がコミュニケーションを取ろうとしてもまともに接してくれる訳がない。

 そういえば、どうやらこの世界、俺の生きていた二十一世紀の日本と比べ、随分と古いというか、特殊な文化圏であるらしい。

 幸い言葉が分からないなどの事態は起きていないものの、見たことのない建築様式だとか生活スタイルだとかは、この世界で生きていく上でいつかは学びたいものである。

 ……今のところそれが望むべくもないのがつらいところではあるが。

 

 ――しかし、しかしだ。

 この一年間、嬉しいことが何もなかった訳ではない。

 たった一人ではあるが、俺と対等にコミュニケーションを取ってくれる人がいた。

 怪物のように強いということもない、ただの人。

 いや、ただの人ではないようだけど。どういう訳か明らかに場違いなモノを持っているし。

 ともかく、彼女はこの体での俺――もう今生と言っても良いか――にとって、初めての友人となった訳だ。

 

「いや、誰が友人ですか。頭どうかしてるのでは?」

 

 そんなことを彼女に視線で告げてみたところ、辛辣な返事をいただいた。アイコンタクトで伝わるようになってきた辺り、仲良くなれているとは思うのだが。

 どうやら彼女からすれば、まだ友人には遠いらしい。独特な距離感の持ち主である。

 得物を両手で構えてにじり寄ってくる少女を見下ろす。

 ここ四日ほど滞在している丘で寝そべっていたところやってきた彼女は準備万端と言ったところ。

 もう何と言うか、これだけ世紀末の生活を過ごしていると彼女が救世主にしか思えないのだ。

 

「その目を体よりキラキラさせてこっち見るのやめてください。そんな小動物っぽいムーブされても怖気しかしません」

 

 そうは言っても、この体を恐れることなく結構な頻度で、しかも何処へ行っても会いに来てくれるのがたまらなく嬉しいのだから仕方ない。

 これだけ怪物との戦いの日々を繰り広げていれば誰でも人が恋しくなるというものである。

 惜しむらくは、彼女と言葉を交わすことが出来ないということ。

 この体は声を出すことこそ出来るものの、言葉は話せない。人々の言葉が分かるようになったのも暫く経ってからだし、あれだ。経験値が足りないのだ。

 怪物を食べれば食べるほど、この体は色々と成長出来る。

 何故ここまで曖昧なのかと言えば、本当に成長する要素が色々としか言いようがないから。

 食べたものが力になって、この世界の常識やら、怪物(かれら)の能力やらが備わっていく――そんな感じ。

 怪物たちからすれば洒落になっていないだろうが、どんどん俺が手の付けられないものになっていく気がする。その分、食にありつくのに困らなくなるので喜ばしいが。

 ……なんか価値観が野性的というか、弱肉強食になっているのは否めない。一年間もこの環境にいれば誰でも変わる。

 

「ともかく、今日こそ貴女を討たせていただきます。聖剣もそろそろ、再び私に応えてくれる――そんな気がしますので」

 

 未だ名も知らぬ彼女の目的は、俺を倒すことらしい。

 いや、その気持ちは分からなくもない。人から見れば数十メートルの女巨人とか下手な災害より脅威である。

 怪物たちが人々にとってどんな存在かは知らないが、あんなの人間からしても怪物だろうし、私も似たようなものだろう。

 ともかく、彼女はその使命の下、俺をずっと追いかけてきている。

 

「なんですかその目。憐れみをくださいとか一言も言ってませんけど。ええ、どうぞ笑うがいいです。この聖剣が今一度輝きを見せてくれないのは私の未熟。ですが今日こそいける、そんな気がします」

 

 しかし、俺としても反応に困るものが一つ。

 彼女が持っている“聖剣”なるもの。名前だけ聞けば、さぞ名高い逸品なのだろうとは思う。

 見た目からしてもその青と金で彩られた一振りは聖剣と呼ぶに相応しい。

 ――見た目だけは、であるが。

 はじめ彼女が持つそれを見た時、まさか本物かと感動しかけたものだ。

 

 その聖剣がやけに聞き覚えのある声でやけに聞き覚えのあるセリフを喋り出したり、振られてもいないのに剣戟の音を響かせ出した時は一体何が起きたのかと思った。

 あれは聖剣であって聖剣ではない。

 前世に存在したとあるゲーム、そしてそれを原作としたアニメ映画に登場した聖剣を再現した玩具である。

 あの最後の日、どうしても欲しかったその玩具を知り合いに売ってもらった。

 それを抱えて家に帰っている途中に死んだのだ。

 もしかすると、一緒にこの世界に来たのかもしれない。そして何があったのか彼女に渡り、俺を討つための聖剣ということになっているようだ。

 そんな事情を知っていれば、本物の聖剣だと思い込んでいる彼女を見て涙の一つも流したくなるものである。

 大きくなった時に食べた怪物の剣、吐き出せる気がするし、彼女にあげようかな。当たり前だが、あの玩具では俺を千回斬っても――もとい叩いても傷は付かない。その点、あの剣と怪物は凄かった。怪物たちをどうにか安定して倒せるようになった頃、久々に本気で死を覚悟した相手である。

 

「くっ……光ってください、私の聖剣。今こそ使命を果たす時。何故光らないのですっ」

 

 多分電池切れだと思う。

 光った状態で斬られた――もとい叩かれたのは最初の数日くらい。

 あの時は適度に相手して追い返していたが、どうやらその後自主トレーニングに励んでいたらしい。

 そして電池が切れた。光らなくなった。それを彼女は“聖剣が自分の未熟さに呆れ、力を抑えている”と思い込んでいるようだ。居た堪れない。

 

「ええい、ならば光らずとも。覚悟してくださいっ」

 

 努力虚しく、結局再度光ることのなかった聖剣にぺちぺちと叩かれるいつもの戯れ。

 一応、俺としては数少ない彼女とのコミュニケーションではあるのだが、彼女が病んでしまわないかが心配だった。




■セファール
一万四千年前に地球に接近した遊星から放たれ、地上を蹂躙した白き巨人。
本作では名も無き一般人が憑依したことで人間の文明への破壊行為自体は行われていない。
破壊した生命、文明を吸収して巨大化していく。
現HPと同等の魔力を吸収することでHPが倍化し、全長が16メートル時点から倍になるごとに能力値の桁が一つ上がる。
現在全長64メートル。能力は大体Aランクの200倍。
襲い来る怪物たちと戦い、喰らい強くなっていくことに快感を覚え始めている。好物になっているというのも割とある。
転生して一年経過。最近の悩みは弱肉強食の価値観に染まり始めていること。楽しみは食事と聖剣使いの少女との戯れ。

■聖剣使い
セファールを討つべく、はじまりの聖剣の担い手に選ばれた少女。
ダウナーな性格だが意思は強く努力家。
出身の村ではさほど目立つ存在でもなかったが、偶然か必然か、聖剣使いとなると途端に祭り上げられ、神々でも倒せないセファールを、たった一人で討伐するよう命じられた。
初戦を終えて敗走した時は、村人たちは落胆しつつも彼女が生存したことを喜んでいた。
しかし数日後に聖剣に光が宿らなくなったことをはじまりとして、彼女が負けて帰ってくるたびにどんどんその態度は冷たくなっていく。
やがて村にも居辛くなり、移動したセファールを追うという名目で村を出て、他の村や集落を転々としつつセファールに幾度も戦いを挑んでいる。
聖剣に光が灯らなくなったことを彼女は「自分が聖剣を使うに値していない」と判断し、修行に明け暮れているが、未だ聖剣は応えてくれない。
とあるアニメ映画において聖剣の担い手である騎士王と瓜二つ。それより多少幼いが、驚くほど聖剣を持つことがしっくりくる容姿をしている。
最近の悩みはセファールの眼差しから何となく思っていることが伝わってくるようになったことと、なんか向こうが遊び感覚で自分と戦っているように見えること。

■聖剣
電池切れ。

■怪物
世界の理である古の神霊たち。“怪物”というのはあくまで何も知らないセファール基準。
セファールの蹂躙を防ぐべく戦っているが、悉くが打ち倒され、捕食されている。
セファールは彼らを取り込むことで傷を癒す栄養素としているほか、彼らが受ける信仰=文明を吸収することで加速的に進化している。後者についてはセファール自身は真相を知らず、「なんか食べる度に強くなっている」くらいの認識。
神霊的にはセファールが人間やその文明を襲うどころか避けているのに対し、自分たちと率先して戦い捕食してくることが理解出来ない。
ちなみに一番強かった軍神は戦闘中に剣を喰われた挙句、巨大化されて敗北した。


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対話

後書きの補足が本編の半分近くの文量になっているのはいかがなものか。


 

 

 この体になって二年が経過した。

 激戦のピークは、多分あの剣を持っていた怪物か――巨大なロボットの群れだったと思う。

 どんな世界観だ。なんかこう、剣と魔法のファンタジーって感じの世界じゃないのか。

 一体を中心にかなり細かい連携を取ってきたし、食べても硬いし。

 ただ、巨大化するにつれ体が重くて仕方なかったのが、あのロボットを食べてからは軽くなって動きやすくなったのは嬉しい。

 どういう理屈かは知らない。それ以降は大きくなっても動くのが億劫にならなくなっただけ儲けものである。

 食事には感謝するものであるが、彼らには特にそれを感じるばかり。

 体が軽い、こんな気持ちで戦うのは初めて、もう何も怖くない。そんな気分であった。

 

 とはいえ、軽くなっても大きくなっていく体というものは不便だ。

 力も目に見えて強くなっていて、強く腕を振るえば洒落にならない衝撃が発生する。

 だいぶ慎重にしないと人々の生活圏まで巻き込んでしまいそうなのだ。

 

 少女との関わりも、一層慎重を期すようになった。

 挑んでくる分には全然構わないが、誤って彼女を怪我させてしまえば大惨事だ。

 にしても、どこへ行っても追いかけてくるな、彼女。ちゃんと食べて寝ているだろうか。

 来てくれるのはとても嬉しいのだが、その辺が心配だ。

 ――あ、来た。

 

「……その、私が来た時にその耳みたいなのピンと立てるの、どうにかなりませんか。遊び相手としか思われていないようでかなりイラつきます」

 

 この散々彼女に指摘されている小動物みたいなムーブは無意識である。体が勝手に動くだけだ。

 そんなこと意識してやって堪るか。

 こちとら目覚めて一年だが前世も合わせればそこそこになる。いつまでもそんな子供みたいな反応を意識的にやっていられない。

 ところでこれ耳なのだろうか。

 頭に二つくっついたそれは、確かにウサギの耳に似ている。

 耳があるべき側頭部には特にそれらしき器官はないし、多分これが耳なのだろうが、別に塞いでみても音が聞こえなくなったりすることはない。

 この体、というか俺という存在が怪物たちと同じようなものだというのは理解しているし、聴覚がもっと別の器官や感覚に依存しているという可能性もあるが。

 その辺りの人との違い、存在の異質さを「そういうものか」と受け入れられるくらいには、この世界にも順応した。

 

「まったく……失礼しますね。よっと」

 

 少女は俺の手が置いてある場所の傍にある岩に腰掛け、聖剣を鞘から引き抜く。

 そしてどこか光の無い、死んだ魚のような目を此方に向けながら、聖剣で指をぺちぺちと叩き始めた。だいぶ雑になってきたねキミ。

 

「そりゃあこんなにもなりますよ。意味ないですもん。分かります? どこの村にいっても聖剣使いってだけで持て囃されるんですよ。二年近く、一瞬たりともこれを輝かせることが出来なかった私を」

 

 なんか擦れ始めていた。その厚遇に結果を返せないことがよほど重圧らしい。本当に申し訳ない。

 電池をあげることが出来れば良いんだけど。

 

「これでも、それなりに本気で修行はしているんですけどね。未だ細い木くらいしか斬れない始末ですよ」

『え?』

「え?」

 

 今のは言葉を発したくて発した訳ではない。

 この体が元から発することの出来る声というか音というかが思わずそれっぽくなっただけである。

 

 いや、そんなことはどうでもいい。結局意思疎通なんて出来ないんだし。

 木、斬れたの? その玩具で? デラックスとはいえ光って音が鳴るだけの、良く出来たレプリカぞ?

 よく斬れたね? よくそれ折れてないね? そういう魔法でも使ってらっしゃる?

 

「え、何? 喋れたんですか?」

■■■■■■■(いや、無理です)

「あ、無理なんですね。なんでか安心しました」

 

 よかった。未だ会話出来ないことは納得してくれたようだ。

 アイコンタクトの精度も高まってきた。俺は彼女の目を見てもその時の機嫌くらいしか分からないけど。

 

「この切れ味はどうにかならないものですかね。そこまで認められていないのかって落ち込むばかりです。農具どころかその辺の石の方がよく切れるって」

 

 確かに、聖剣が意図的に力を抑えているとも取れなくもないなまくらっぷりである。

 もうこの際、鈍器として使ったらどうだろうか。

 聖剣ならぬ聖鎚。それはそれでちょっとかっこいい気もする。

 

「変な想像しないでくださいね。なんか聖剣に作用しそうで怖いですから」

 

 まさか、そんなこと起きないだろう。

 思い込みでものの作りが変わる世界だったら今頃俺ももっと気楽に暮らせている。

 具体的には、人間相応のサイズに縮小したい。

 このサイズで助かることなんて、次の安住の地候補を求めて移動している時と怪物と戦う時くらいである。どちらも生きていく上で必要なことではあるのだが、その事柄自体が“無くせるなら無い方がいい”ことなのだ。

 

「……はい、百回。今日はこんなところで良いですね。食べます? そこの森で採ってきたんですけど」

 

 雑に指を叩くのを終えた少女は、剣を鞘に仕舞うと手に持っていた麻袋から赤い果実を取り出し、此方に向けてきた。

 少女の手に収まるほどの小さな果実である。

 そろそろ“何百メートルぐらい”と自身のサイズを推測することも面倒になったのだが、指先ほどの背丈の少女の手に収まるほどの果実である。人とアリのサイズ比以下の小粒である。

 空腹を覚えない体なので別にいいのだが、消化すらされないんじゃないかなと不安になるレベルである。

 いや、くれるというなら貰うけど。せっかくこの子の好意なのだし。

 

「本当に食べるんですね。まあ、どうぞ」

 

 指先に果実が乗せられ、それを落とさないように慎重に口元まで運んで、放り込む。

 うん、何も感じない。

 味があるとかないとか、噛む噛まないとかの話じゃなくて、舌に何かが乗った感覚もない。鈍感というかグルメな舌である。

 

「私が言うのもなんですけど、もうちょっと躊躇した方がいいですよ。貴女に毒を盛ろうとしている神もいると思いますし」

 

 今のところそういう神様の存在は確認できていないし、手を出してくる気配もないので大丈夫だと思う。

 そういえば、例のロボットたちの中にガスみたいなのを噴きかけてくるのがいた気がする。

 あれを浴びた後はなんか体の調子が頗る悪かった。大きな顔のロボットを食べてからはそれも治まったけど。

 もしかするとあれは毒の類だったのかもしれない。それで、あの顔のロボットは解毒の力を持っていたとか。であれば納得も出来るぞ。

 呆れた表情のまま、少女は果実をもう一つ取り出し、齧る。「酸っぱ……」と顔を顰めていた。何も感じなくて良かった。

 

「……出た、哀れみの表情。その顔から体まで、いつか縦に両断してやりますからね。この聖剣が私を認めてくれた暁には……っ」

 

 怖い。その犯行予告も、本気であの玩具で両断を成し遂げる気なのも。

 たとえばあの聖剣のモデルみたいな光の奔流を使えるようになったとして。

 彼女の十数倍くらいだった時ならまだしも、今の状態だとあれでも結構厳しいんじゃないかなとは思う。

 というか剣からビーム出すのは例の怪物くらいで十分である。

 あれ本当に痛かったからね? 胸に穴開くかと思った。最初から開いてたわ。セファールジョーク。

 

 いや、まあ彼女の修行が報われてほしいという気持ちはある。

 しかし彼女との友情は現状電池切れの聖剣によって繋がれているにも等しい状態だ。

 もしも修行が報われ、彼女が鈍器で全裸の女巨人を斬る才能に目覚めたら。或いは聖剣が単なる玩具であることを知ったら。

 どの道、この友情は終わりを告げるだろう。

 それは何だか嫌だな。もっとこう、どちらも納得が出来る上での和解というか、共存をしたいものだが。

 

「悩み事ですか? あるんですね、貴女にも。歩くか戦うか食べるか寝るかしか出来ないと思ってたんですが」

 

 獣か。ちなみに彼女と遊んだりもしているぞ。

 

「遊んでいる訳じゃないっつってんでしょうが。ええ、そうやって私を甘く見てのさばらせておくがいいです。その内神々すら凌駕する剣の才を目覚めさせてみせるので」

 

 ともかく、彼女のその才とやらが目覚める時が来るのであれば、楽しみではある。戦うことになるか否かは置いておいて、だ。

 その時のために、まずはその聖剣を持ち替えるべきではないかと思わずにはいられない。

 なんかこう、RPGの初期装備的な剣でも良いから。

 本当にあの怪物の剣を吐き出すことを検討した方が良いだろうか。

 過ぎたるは何とやらとは言うものの、鈍器を剣と勘違いして修行を続けるよりは万倍マシだろう。

 一の経験値だけ積める代物であっても今より良い状況になるのだ。だって、今彼女が積んでいるのは恐らく鈍器の経験値なのだから。

 鈍器で無理やり斬撃を繰り出す練習をしている身だ。試しにまともな剣を持ってみるだけで世界が変わるかもしれない。斬鉄剣を技の冴えだけで成し遂げるのだって夢ではないぞ、きっと。




■セファール
地表が燃えていない。世界が燃えていない。
文明らしきものは全て避けて通られた。(なぜか)神々だけは隷属さえ許されなかった。
意味分かんね、と予言者は空を仰いだ。
これからは人の時代なのか、と支配者は頭を抱えた。
(神々は)手遅れだ、と学者たちはあきらめた。
で、アレは結局なんなの、とアナタたちは困惑した。
――――それは今日も丘の上で寝ている(現在全長256メートル)。

■聖剣使い
聖剣で細めの木を切れるようになった。
セファールという目標に比べれば、だから何だという感じなので本人は成長をまったく実感出来ていない。
何処の村に行っても結果の伴わない称号で厚遇されることに嫌気が差しやさぐれ始めている。
落胆や失望、怒りといった感情を向けられるのは慣れているが、最近、聖剣を見た鍛冶師に哀れみを向けられるようになったのは解せない。

■聖剣
電池切れ。
――セファールによる『聖剣の模造品であり、玩具』という認識、生前の『ようやく入手した大切なもの、間違っても傷つけてはならない』という思い入れの影響を受け、耐久力に強烈な補正が掛かっている。
ただし『剣としての機能がある訳がない』という認識も同時に影響を与えているため、切れ味は本来の玩具としてのそれより低下している。
光る(光らない)、鳴る(鳴らない)、壊れない、斬れないがセールスポイント。斬れない……筈なんだけどなぁ。

■ロボット
オリュンポスの神々。
地球に飛来する前からセファールを知っており、ゆえに警戒していた。
合体すればワンチャンあったが、力の要であった戦闘艦が既に敗北していたため、全力を出し切れず全滅した。
セファールは彼らを捕食した時、惑星の環境に最適化するための機能を獲得。
肉体にテラフォーミングが実行され、地球の重力など各種環境が原因の体への負荷が無くなった。
ちなみに本話で言及されたガスによる攻撃も、彼らのうち病毒・疫病を操る神の散布したナノマシンという設定。
実はセファールを殺す寸前まで行っていたが、顔のロボットを食べたことで上位命令が発行され無力化した模様。

■魔法
世間一般でイメージするところの魔法。
概ね型月世界の魔術と同義。
聖剣使いには魔術の心得はなく、他者は聖剣に魔術を行使するなど恐れ多いという認識のため、特に聖剣に強化魔術は掛けられていない。

■前世の世界
セファールに憑依した人格が前世で過ごしていた世界。
型月世界ではなく、普通に二十一世紀の現実世界をイメージしてくれれば問題ない。
余計なことをした神様(仮)については言ってしまえば舞台装置であり、それ以上の意味はないため気にしなくていい。よくある話である。

■今世の世界
型月世界。紀元前一万二千年ごろの世界。
この時代は人類史でも大きなターニングポイントであり、遊星の接近とそこから放たれた尖兵により地球は大きな被害を受け、先史文明は事実上消滅した。
本来の歴史であれば地上の文明、そして太古の神々を蹂躙したセファールは聖剣使いの人間によって討たれた。
メソポタミアの神々もこの時壊滅の危機に陥ったが、セファールに命乞いをしたことで生き延び、その後『一度だけセファールの手助けをする』という盟約を交わしており、とある世界線ではこの神の子に当たる某英雄王がその負債を支払っている。
また、Fate/Grand Orderにおいてはこの時代がきっかけとなり二つの世界が切り捨てられ、異聞帯が誕生した。
セファール及び遊星の設定の初出となるFate/EXTELLAでは、遊星から放たれた星船は月に落下し、地上に出現したのはムーンセルの機能を用いて投射されたマテリアルボディなのだが、ムーンセルの存在しない世界においても何らかの形でセファールは地上に出現している。
シュメール王朝の時代より更に太古の、非常に神秘の色濃い時代。多分現代人がそのまま転移したら爆発四散する。

■捕食遊星ヴェルバー
紀元前一万二千年ごろに地球に接近した遊星。被造物であり、ムーンセルを作成した文明の手によるものとされている。
接近した惑星に存在する知的生命体の文明を破壊し、収穫する観測装置。
該当の惑星に接近すると、文明を破壊するためのユニットが搭載された星船が放たれ、それぞれに定められた方法によって文明の破壊を実行する。
一万四千年前に地球への接近によって放たれた星船は三基あり、そのうちヴェルバー02と呼ばれる機体に搭載されていたのがセファールである。
――本作の世界線においては、神様(仮)による転移により、どういう訳か『一般人の魂』と『聖剣(誤)』と入れ替わるように『ヴェルバー01』と『ヴェルバー03』が現代世界に落下。
遊星はそちら側が実行した手段によって現代世界の文明を収穫して去っていった模様。とんだとばっちりである。

■神霊
とっくに手を出しているし毒も盛っている。

■友情
一方通行のものを友情と呼ぶのは憚られる。


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少女

 

 

 何の取り得もない、普通の村娘だった私の人生が変わったのは、十三歳の誕生日だった。

 妖精たちによって齎された、星を救うための聖剣。

 その一振りを村に持ってくると共に妖精は、こう告げた。

 

 

 

 このつるぎはほしのねがい。

 

 このつるぎはほしのいのり。

 

 ほしをすくうつもりがあれば、どうぞにぎってみてごらん。

 

 つるぎがきみをえらぶのならば。

 

 きみとつるぎにうんめいがあれば。

 

 つるぎのこえがきこえるはず。

 

 つるぎはきみにといかけるはず。

 

 ほしをすくうちからがあれば、つるぎときみはいっしんどうたい。

 

 きみがめざめるはじまりのひを、つるぎはきっとしんじてる。

 

 

 

 村長も、村一番の力持ちも、その剣を手に持ってみた。

 だけど、剣は沈黙したまま。誰にもその声を聞かせない。

 そのお告げは出まかせなのかと、誰もがそう思い始めたころ。

 村長が私にもそれを握ってみるように言った。

 

 とにかく、その担い手はこの村にいるはずで、もう村長としては手あたり次第という気持ちだったのだろう。

 せっかく聖剣を預けられたのに、誰も選ばれないとあれば、この村は隣村だけでなく世界中の笑いものだ。

 だから、どうせあり得ないと思いながらも、村長は私を呼んだ。

 今日は誕生日。これは運命に違いないと、後には引けない持ち上げ方をしながら。

 追い込まれているのは分かるけど、考えなしにも程がある。

 これで何もなければ、そんな風に持ち上げられただけの私はどうすればいいのか。

 世界中には笑われないけれど。隣村にも笑われないけれど。生まれてからずっと、私の世界だったこの小さな村で、私はそれからずっと笑いものだ。

 それはなんだか、憂鬱だった。

 何の取り得も無くて、面白みもなくて、これから先も無難に成長して。村の幼馴染と夫婦になった時と、子供が生まれた時の二回だけ、村のお祭りの主役になって。あまりに普通なまま、人生を過ごしていく。

 そんな、予想するまでもない、楽しさも悲しさも感じない当たり前の将来がこんなことで無くなってしまうのかと、そんな取るに足らない切なさが足取りを重くさせた。

 それでも、たった数メートルはあっという間で、村長にその聖剣を手渡されて。

 

 

『問おう。貴方が私のマスターか』

 

 

 ――確信していた少し寂しい未来は訪れなくて。

 だけど、当たり前の人生は、唐突に壊された。

 

 

 その日から、私の人生は、変わった。

 村での私の扱いもまた、当然に、変わった。

 誰もかれもが、私を特別視した。

 水汲みも針仕事も、村での仕事は何一つ与えられなくなって、日がな一日棒切れを振り回すだけ。

 笑いものになることこそなくなったけれど、みんなとの距離は、すごく離れた。

 親しい人なんていなくなった。村長も、幼馴染も、母さんと父さんも、向けてくる感情が目に見えて変わった。

 だから、それから逃げるように、早くその使命を終わらせようとして、早々に修行をやめて、聖剣を持って村を飛び出した。

 

 

 私の使命は、ただ一つ。

 彼方の空を走るまがつ星から降ってきた、白い巨人を倒すこと。

 多くの神様がそれを見て、“あれはこの世界を終わらせるものだ”と言った。

 多くの神様が戦って、みんな負けて、食べられてしまったんだとか。

 神様が戦いに負けて食べられるというのは、言葉でこそ理解できたけど、事実として受け入れるには私には少し難しかった。

 朧げに、そんな存在に私なんかが勝てるものかという諦めだけは自覚していた。

 そうやって、最初から諦めていたからこそ、聖剣は私を見限ってしまったのだろう。

 

 少しだけの食べ物を持って村を飛び出して。

 何日かかけて、生まれてから見ているだけだった山を登った。

 外に狩りに出る男の人たちでさえ、「あそこは悪戯好きの悪い神様がいるから行ってはならない」としていた平原がもうすぐ見える。

 背丈より高い草木が生い茂る山の反対側。すぐ先も見えないような森を、精一杯に腕を動かし草木を掻き分け下って行って。

 木の根っこに躓いて、すっ転がりながらも開けた場所に出て、そして、見た。

 

 

 私が転がり出た場所のすぐ近くには、動かなくなった悪戯好きの神様がいて。

 その力がぽろぽろと零れるのを見下ろしていた“それ”の目が、此方を向いた。

 

 

 はじめてその姿を見た時、神様に対して失礼だと知りつつも、綺麗で、キラキラしていて、神様みたいだと思った。

 満天の星空のようにきらめく体と、そこを流れ星が走ったような金色の文様。

 穴の開いた、大きな、とても大きな手。

 村で、結婚したお嫁さんのために作る絹糸で作った布よりも真っ白なヴェール。

 

 

 確かに人とは全然違うけれど。/そんなの、神様だって一緒だし。

 感じ取れる力は途方もなく怖いけれど。/そんなの、神様だって一緒だし。

 見方を変えれば、とんでもなく気持ち悪いけれど。/そんなの、神様だって一緒だし。

 

 

 それでも――。/なにより――。

 

 

 ――その姿に初めて、自分との運命を感じた。(その姿に初めて、自分との運命を感じた。)

 

 

 初めて感じた運命というものは、私と比べてあまりにも大きかった。

 頑張ろうとした人に運命が伴わないなら、まだ分かる。かわいそうだけど、不幸だっただけ。

 だけど、出会った運命に対して、私には覚悟も何もない。考えていれば気が楽になる諦めだけ。

 そんな私を、巨人は歯牙にもかけなかった。

 

 

 剣を振るう。ひたすらに、その足に叩き付ける。

 斬る、という行為には遠い。ゴールなんて見えるのか、そもそも、ゴールはあるのかという状態。

 木で木を叩く様な、最低限“削った”と思わせるような音や感触もない。

 ぺちん、ぺちんと、手を打つよりも呆気ない音が、流れ作業のように聞こえてくるだけ。

 それを見下ろす巨人の瞳が、今度は村のみんなよりも怖くなって――気付けば私は、村まで逃げ帰っていた。

 

 

 果たして、それをどのくらい繰り返しただろう。

 はじめの頃は、村のみんなは温かい心で迎えてくれた。

 残念だったが、生きていて良かった。まだ勝てないのは仕方ないさ。次こそはきっと。だってお前は、聖剣に選ばれたのだから。

 逃げ帰ってくる度に、同じような言葉を掛けられる。それをいつからか、とても悍ましく感じるようになった。

 同じような言葉なのに、籠められた心が変わってきていたから。

 そのくらいなら、耐えられる。みんなは私に失望を感じていたのだろうけれど、私はそれより前――村長があの日、私の名を呼んだ時点で“望み”は“失っている”わけだし、まだお相子だ。

 

 そこに悲しみが混じり出して、私は気持ち悪くなってきて。

 

 怒りが混じり出した日を最後に、私は二度と村に帰ることはなくなった。

 

 

 何故悲しむのだろう。何故怒るのだろう。

 失望は分かる。私だってこの運命の前に失望した。

 落ち込むのはまだ分かる。私だって眠っていた巨人の首をひたすら突いて、一夜明けても巨人が起きることすらなかった時は情けなくて落ち込んだ。

 でも、私はこの運命に悲しんだことはない。私はこの運命に怒ったことはない。

 だのに、なんでそんな感情を、私に向けてくるんだろう。

 

 

 そこから私は、巨人を追いかけながら、剣の鍛錬を積んでいった。

 流石に外で寝泊まりするのは寒いし、獣たちに襲われると危険だから、出来るだけ人の住んでいるところに駆け込んで、暫くお世話になる。

 どうにもならない日は木に登ったり岩陰に隠れたり穴を掘って身を潜めたりして、一晩中警戒する。

 不思議なことに、何処に行っても聖剣使いの噂は存在した。

 だから何処に行っても、期待と希望が付きまとう。

 それは、巨人に挑む後押しにはならなくて、ただただ捨てられない荷物として積み上がっていくだけ。

 そしてやがて、悲しみだの怒りだのが見えてくると、また、逃げるようにそこを後にする。

 

 一つ一つ減っていく、戻ることの出来る場所。

 その場しのぎという自覚から逃げるように、また剣を振るう。

 最初に巨人と戦った日から暫くして、聖剣は眠るように光を失ってしまった。

 はじめの数日、訳も分からなかった私に、はっきりと道筋を指さしてくれたあの声も、もう聞こえない。

 聞こえてきた言葉は私には少し難しかったけれど、確かに、あの時の私には必要な標だった。

 それはもう必要なくなったのか。或いは、それさえ聞かせるに値しないと聖剣が判断したのか。

 後者だろう。前者であれば、この聖剣は光まで失わない筈だから。

 

 未熟だった。当たり前だ。覚悟がない。当たり前だ。

 寝過ごしたばかりに、目覚める時を見失ってしまって、深い暗闇の中にいる感覚。

 道筋を灯していた星のような光はもう遠くに行ってしまって、戻ってくることは二度とない。

 もう一度見つけるには、正しい道をずっと早い速度で走って追いかけるしかない。

 そんなことは不可能だから、剣を振るう。ちゃんとやっている風に見せかけて、現実から逃げ続ける。

 

 

 卑怯者でしかない私を、その巨人はあろうことか“友人”と呼んできた。

 訂正。呼んでない。何となくだが視線からそういう意思が伝わってきた。

 意味が分からない。人とは考え方とか、友人の基準が違うのかもしれない。

 村に住んでいた頃は、同じくらいの年の子は幼馴染だったし、年上や年下の子も友人とは違う気がした。友人らしい友人なんていなかったので、私の認識が異なっている可能性だってないとは言い切れない。

 けれど、分かる。聖剣使いと白い巨人の間に友情が芽生えるのは絶対的におかしい。

 白い巨人は世界を壊す存在で、ならばこの世界には友人と呼べる存在なんて出来ない筈。

 私は白い巨人を倒すべき存在で、敵を友人と呼ぶのはおかしい筈。

 

 つまるところ、巨人にとって私は敵という認識すらないというだけの話。

 だから、此方に無駄にキラキラした目を向けてきたり、近付くだけで耳をピンと立てて喜色を表現するのだ。

 とんでもなく純粋な表現で私と接してくるさまは何というか、全力で舐め腐っているとしか思えなかった。

 あれの前に立つと、虚言がぽろぽろと飛び出てくる。

 あることないこと、思っていることいないこと、堰き止めるものもなく、好きなだけ出てくる。

 

 そんな不思議な相手をいつか見返してやるという闘争心は――私にとって、初めての納得できる目的だった。

 使命にくべる薪なんてない。相変わらず、元々示されていた道は見えない。

 だが、まったく別の炎が点った。その先は違うと分かる、道が見えた。

 であれば――――そちらでもいいかと思った。剣を振る意味というものが初めて生まれた。その日から、一振り一振りが、確かに変わった。

 

 少しして、木の枝が斬れるようになった。

 砕くでも、折るでもなくて、斬れるようになった。

 そして巨人と出会って大体二年経った頃に、細い木を斬れるようになった。

 巨人にはそのことを話してやりつつも、本気を試しはしない。

 まだ足りない。これでは成長とすら呼べない。農具や石ですらこれよりまともだ。私が斬って、驚かせてやるべき相手は神様に攻撃されても死なない巨人。

 ここはまだ、スタート地点未満の場所だ。

 

 振るう。振るう。磨く。磨く。

 空腹に気付けば、食べる。夜になったことに気付けば、眠る。

 村や集落を見つければ、暫く厄介になる。積み上がる新しい荷物の色が変わるまで。

 そしてまた鍛錬を重ね、時々巨人に会いに行く。

 訪れた場所にあった困りごとが、前に進む糧になるならば、あえて引き受ける。

 

「助かった! 離れの畑を荒らしに荒らして、それだけじゃ飽き足らず村に入ってくるところだったんだよ!」

「そうですか。最悪の事態は避けられたようで、何よりです」

「ああ。いやあ、流石は聖剣使い様! あんな凶暴な魔獣も真っ二つたあ、恐ろしい腕だ!」

「いいえ。まだ聖剣の力に頼っているだけ。まだまだ――あれには至らない」

 

 初めて聖剣で奪った命を見下ろし、頭の中に刻み込む。

 いつか星にも届く一振りのため。そこに至るまでに積み上げたものを、何一つとして忘れない。

 これは、その中の一歩。他と同じ、だけど決定的な一歩。

 

 ――聖剣に選ばれて四年。十七歳の誕生日を迎えた、次の日の出来事だった。




■セファール
全裸の青白い女巨人。これらの要素から「白い」と「女」を抜くと青鬼になる。
まだ全長16メートルの頃。

■聖剣
劇中の名シーンを再現する台詞やBGM、SEを多数収録している。

■聖剣の鞘
スコップとして代用できる。聖剣を引き抜いておけば中に水を入れて持ち歩けるので優秀だがその場合聖剣が割と邪魔になる。

■運命構図
Fateシリーズでよくあるやつ。一番有名な「問おう」の時のあれ。呼称は某百科事典より。
本作では150cm前後くらいの少女に対し、全長16メートルの全裸の青白い女巨人である。まあ、まだ構図が成立する範疇だろう。
聖剣使い視点ではなんかごちゃごちゃ言っているが、セファール側は「え、何で人がいるの?」って素で困惑しているだけ。

■魔獣
この時代で言えば魔獣クラスで下の中くらいの個体。
小規模~中規模の村の住民が総力を結集し、多少の犠牲を出しつつ撃破出来るくらいの存在。
聖剣のスペックをもとにカルデアで行われた計算とシミュレーションの結果によれば、たとえ一番細く脆い尾の部分であっても、“切断”は不可能とのことなので試したりしないこと。

■妖精
聖剣には何も手を加えていない。それどころか、「形が間違いなく聖剣だから」と提出しただけでその内実すら見ていない。
その手抜きを少し反省して広報活動だけはやった。本気でやった。仮に妖精國だったとしても伝説になるほど頑張った。
今はまだ脆い少女が、いつか落ちてきた星を断てる剣聖になるとメチャクチャ全力で喧伝した。せめてもの贖罪というやつである。

■聖剣使い
あまりにも普通な村娘。
聖剣の声を聞いたことで普通の軛から外れてしまい、白い巨人と戦う宿命が決定された。
ちなみに聖剣について妖精は何も手を加えていないため、彼女の番で声を発したのはたまたま彼女が初めてそのボタンに触れただけの話である。
普通であることを自覚する機会すらなく、当たり前を当たり前のまま過ごしてきた無色の魂。
そのため感受性は高く、これと決まった方向性に対する精神の成長も早い。これはこの時代の人間にはよくある、ありふれた性質である。
聖剣を手にし、「普通の人生」という僅かな力で手を引かれる程度の望みが無くなったことを悟ったものの、その空白は使命感より先に諦観が埋めた。
これが外交的・能動的な性格であれば、或いはその時点で英雄として覚醒したかもしれないが、内向的で受動的、かつダウナーな、所謂根暗であったため、使命を受け入れるのに時間が必要だったのだ。
しかし、その時間は与えられず、村での役割を取り上げられ、彼女は聖剣使いになった。
使命感が無いままの村人からの期待・希望は強迫観念にしかならず、村から逃げる(追い出される)ようにセファールへと向かい、そこで初めて運命を見た。
ところが、不完全かつ不安定なまま運命に相対したところで魂の方向性など定まる筈もない。土壇場での目覚めなど当然なく、駆ける運命にひたすら差を開けられている状態。
目覚めるべき時はとっくに過ぎ去り、惰性と諦観を抱えたまま、その虚無感と絶望を忘れるように剣を振るう。そんな状態で芽吹く才など、ありはしない。
そして初めて点った熱。それは少女の微かな負けず嫌いの証。しかし、やはりその方向性は運命が指し示す道とは異なる。熱だけで進む道は才の芽吹く余地もない不毛の地。やはり目覚めるものはない。
――ただひたすらに、“経験”による力が積み上げられていくのみである。


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雨天

 

 

 無限の災厄と戦う土台を整え、そして人間の世界を守るために白き巨神王が旧き神々を一掃したのは前項の通りである。

 しかし王家に伝わるところによると、予言者や他国の王、そして始王たる己もまた、かつては巨神を「世界を滅ぼすもの」と確信していたようだ。

 それが決定的に変わったのは、巨神王が降臨してから六年後の、星々すら隠れる分厚い雲が空を覆った雨の日。

 遥かな彼方の国に語られる、大地を創造したという旧き神が、巨神王を討つべく侵攻してきた夜である。

 

 その夜、我らの国は滅びる運命であった。

 現れた神は世界を廻し、或いは全ての大地を裏返すことさえ出来る、一つの力の窮極だった。

 神の怒りは巨神王にのみ向けられたものであったが、ひとたび神が力を振るえば我が国も悉く砂塵へとかえるだろう。

 

 絶望した始王は、しかし、見たのだ。

 巨神王がその体を堤防として、我らの国を守り戦う姿を。

 

 大地は捲れ上がり、深く深く削れて、我らの国はぽつんと残る陸地となった。

 そこから数年の月日が経つ頃には周囲を海が包むことになる、世界の砦たる我らの国。

 これぞ、その真の開闢であったのだろう。

 

 ――とある王の記した無題の記録、序章六項より引用。

 

 

 +

 

 

 止む気配のない雨の降り続ける空を、ぼうっと見上げていた。

 数十分、いや、数時間は経っているかもしれない。空の色が変わっていないから、朝にはなっていない筈。

 特にそうしたいからしていた訳ではなく、それしか出来ることがなかったというだけ。

 

 ――いやあ、今回の怪物は強敵でしたね。

 

 もう戦ったのは随分前になる、剣を持った怪物を思い出した。

 あの時のように、周囲に被害を出さない正々堂々とした戦いならまだしも、今回はそうではなかった。

 まるで嵐だ。周囲のことなんか気にしないのなんの。

 目覚めてから六年ほど経って、また大きく、強くなった俺だが、それでも今回は死ぬかと思った。

 ……訂正、まだちょっと死にそう。

 

 多分、怪物が特殊な力を持っていたとかではなく、単純に強かった。

 体中に罅が入って、腹とかは多分裂けている。負った傷としては、これまでで一番だ。

 あんなとんでもない力、すぐ近くにある大きな街まで及んだら大変な被害になる。

 俺としては、人に危害を加えるつもりはないし、俺の関わった戦いで人に被害が及ぶのも望むところではない。

 だから、庇うように動いた。幸い怪物の目的は俺だけだったようで、俺が攻撃を受ければ街まで届く様なこともなかった。

 まあ、周囲は街と幾らかの自然以外には何もなくなってしまったけど。

 大地が抉られた痕の、まだやたら熱い地面に寝そべり、俺は一休みしていた。

 

 気を張っていれば、多分死なない。ゆっくりとだけど傷が塞がろうとしている様子は見られるし、このまま死ななければ回復するだろう。

 ただ、そのための栄養にしたかった怪物にありつくことは叶わず、倒れて目を離しているうちに消えてしまっていた。

 倒し切れておらず、何処かに去ったのか、それとも放っておいたら怪物はそうなるのかは知らないが、とにかく最近怪物を見なくなってきた中で貴重な機会を逃してしまったらしい。

 

 久しぶりの食事にお預けを喰らったのは残念だが、街を守れたのは万々歳。

 結果として、プラスの方が大きいか、と益体もないことを考えながら、雨の夜空を見上げる。

 晴れていれば気分よく見上げていられる満天の星空が広がっているのだが、今日に限ってこんな天気とは、ついていない。

 せめてこの、やけに熱い地面だけでも冷やしてくれないものかと思う。火とかを特に何も感じないこの体で熱いと感じるのだから、相当だろう。

 この熱が街に変な影響を与えていなければいいけど。

 

 ――暇だ。

 眠ってしまったらアウトな気がするし、まともに動けるようになるまでこうしているしかないのだが、如何せんやることが無さ過ぎる。

 意識から外していないと背中は熱くて鬱陶しい。なんかこう、針でチクチクと刺されている感じ。この体で痛みを感じるくらいの針ってなんだろう。

 

 少しずつ自覚を始めた能力で暇を潰そうにも、今そんなものを行使したら傷を治すための力を使ってしまい悪化する。

 久しぶりにスマホが、パソコンが、SNSや動画サイトが恋しくなった。

 歩いて戦って食べて寝ての生活で意外と抱かなかった感情である。本当に獣みたいな生活してんな。

 

「――よっと、失礼しますよ」

 

 その時だった。ずいぶんと久しぶりに、その声を聞いたのは。

 少しだけ顔を起こしてみると、胸元にこの世界唯一の友人が立っていた。

 雨避けのための最低限の布を被りつつも、その下から覗く顔つきは間違いない。

 ここ一年くらい姿を見なかった少女は、随分と大人びた様子に変わっていた。たった一年でこうも変わるのか。

 ところで何そのお祭り騒ぎって感じの楽しそうな恰好。布の下に付いてる色々な装飾どうしたの? 観光気分?

 

「だから友人じゃ……いや、もうそれはいいです。あと“こうも変わるのか”はこっちの台詞です。また倍くらいに大きくなってますよね貴女」

 

 うん。そろそろ五百メートルくらいあるんじゃないかと思っている。

 だからか。だから傷の治りも遅いのか。

 にしても、彼女はどうしてこんなところにいるのだろうか。

 周囲はこんな有様で、もし彼女がいたら今頃は大変なことになっていただろうし。街にいたのだったら間一髪だ。

 

「まあ、街には滞在していた訳ですが。その件はともかく、まずは聞かせてください。――死ぬんですか? 或いは、死にそうですか?」

 

 そんな、一年くらいぶりの再会で最初の質問はやけに物騒なものだった。

 確かに聞かれても仕方ないくらいの傷ではある。

 傷は深い。深いが、背中を貫通するほどのものでもない。相変わらず開いているのは胸と両手の穴だけである。セファールジョーク。

 ――冗談だ。その表情怖いからやめてほしい。背中熱い筈なのに背筋が冷えた。

 油断すれば死にそうではあるが、死ぬつもりはない。とりあえず治るまでは気を張って、死なないように努めるつもりだ。

 そう、視線で伝えれば彼女は――安心するように、だと嬉しい――溜息をつき、荷物を下ろした。そこ濡れるよ?

 

「……とりあえず、死なないなら良かったです。目を見開いてテンション上げないでください気色悪い――耳大丈夫ですか? ピンと立った勢いで右の上半分が切れて落ちましたけど」

 

 大丈夫だと思う。というかそこもダメージ受けていたのか。知らなかった。

 聴覚には異常がないし、痛くもない。他の傷と同じくその内治ると思う。

 

「勘違いしないでほしいんですが――言葉の通りなんで本当に勘違いしないでくださいお願いします。勘違い、しないで、ほしいんですが、貴女に死なれると困るんです。これでも聖剣に選ばれた身なので、貴女は私が討たないとならないんですよ。そちらも大変なのはわかりますが、こっちも人生台無しになってるんで、本当お願いします」

 

 最初のツンデレ疑惑にテンション上げたことが申し訳なくなるくらい切実な理由だった。

 聖剣に――あの玩具と信じたいモノに選ばれて以降、村を出て、拠点を転々としながら鍛錬を重ねてきた彼女。

 その最終目標は俺だった。忘れがちだが俺だった。

 確かに、あの怪物との戦いで死んでしまえば、彼女が腕を磨いてきた理由がなくなってしまうに等しい。

 危なかった。それは頭に入れておかないと。

 

「だいぶ狂ったこと考えてますよね。ああもう余計なこと言った……っ」

 

 今は彼女が何をしても俺は傷つかないが、彼女は俺が原因で生き方を狂わされたのだ。

 それを成し遂げられるようになった時に俺がいなければ、何の意味もなく終わってしまう。

 そんなことは許されない。であれば、彼女の友人として成すべきは一つ。

 

「ちょっと、待ってください。待ちなさい。それより先を考えないで。重く捉えるのは良いとして方向性が違」

 

 ――そうだ。俺は彼女以外には殺されない。何があろうと、絶対に死なない。

 

「ああああああぁぁぁぁもぉぉぉぉぉ……っ」

 

 元々、この世界に来たのは突然で、誰かと何かの因縁があった訳でもない。

 唯一あの聖剣――聖剣だけが縁であった以上、幕を下ろすのであればそれを担う彼女が相応しい。

 彼女もそういう運命を、そういう使命を自覚している訳だし、俺自身が何も考えないというのはあまりに失礼という話だ。

 そう考えると、早く傷を治さないとという気分になった。早く全快になり、いつ彼女の覚醒を受け止めても恥ずかしくない状態でいなければ。

 

「ほんと何なの」

 

 多分無意識だろうぼやき。

 うん、気長に待つので頑張ってほしい。本望というのは、多分こういうことだ。手を貸すことは出来ないが。

 

「……もういいです。分かったんで手を貸してください。割と考えなしに来たんで雨避けがこれ以外ないんです」

 

 手を貸す――ああ、物理か。

 このサイズ比だ。屋根になることは容易い。

 腕は……うん、動く。ゆっくりと動かして、大きな手を少女の上まで持っていく。

 当たり前だが、雨粒は突き抜けて少女に降りかかる。

 

「――――穴ぁ!」

 

 さっき不発したので再挑戦である。セファールジョーク。




■セファール
降臨して六年。全長512メートル。
本人の認識としては怪物を糧としつつ世界を回る旅巨人。その他全ての認識としては神殺しのやべーやつ。
死にかけたのは最強の軍神(剣を食べられなければ怪しかった)、病毒を司る神(本人無自覚)に続いて三度目。
重傷を治し動くのに結構な日にちの回復が必要なようで、戦いの跡地で横になっている。守った国では“今なら安全に巨人を見られる”と広まっているとかいないとか。
人間を意図的に避けていることはこの六年で知られている。
「人間など糧にならないからだ、眼中にすら入っていない」と見る者は実のところ少ない。
何せ――“それ”が降臨した時、他でもない神々が「あれは人も神も、世界の全ての文明を破壊し、喰らうものである」と大々的に警告していたのだから。
ゆえに、「人を避ける、或いは神々のみを喰らう理由があるのではないか」と考える人間は増えてきている模様。
聖剣使いの使命のため己の存在の重要性を再認識したことで耐久力ほかが強化された。どっかの施しの英雄みたく、意地で耐える。底力L9。

■旧き神
とある創世神話に連なるきわめて強大な神。
その気になれば自身の信仰される地域・神話体系の外にまで手を伸ばし、破壊・創造を行えるという。
今回、急速に衰退が進む神々の中で、成長を重ねるセファールに唯一勝てるのは己のみと発起し、侵攻した。
周囲の全てを巻き込む覚悟で戦ったが、セファールが人間の国を背にし、守って戦う姿を見て、「人間の望むところの守護神」を想起してしまいひどく動揺。
文明を悉く破壊する筈の厄災が人間を守ることの矛盾により思考にエラーが発生し動きを止める。
最後の瞬間、その巨人こそが世界を、人々を守る要になるという、ありもしない“もしも”を思い描き「よもや、これからは――」と何故か穏やかになった思考の中で独り言ち、その間にセファール渾身のカウンターを受けて倒された。
ただし、この時セファールに重傷を与えており、反撃後倒れ伏したため、捕食される前に自己を失い消滅した。
ちなみに捲り上げた大地は高濃度の真エーテルが表面を覆っており、この時代の人間であっても触れるのは危険な状態。数年も経てば地面に浸透し、生態系豊かな海になることだろう。それまでは絶対に踏み入ってはならない。駄目なんだってば。

■聖剣使い
激戦の跡地の中で横たわっていたセファールにいてもたってもいられず徒歩で来た。
各地で人々の悩みを解決したお礼などで貰った護符や祭具などをありったけ起動してやってきたため問題なく来ることが出来た。足裏がひどいやけどでギリギリと痛むが、それだけだ。
持ち前の直感はセファール関連限定でランクアップする。何となく伝わってくる思考に嫌な予感を覚えることがある。大抵何かが起きる。
この世界において今後ツンデレという概念が生まれるかは定かではないが、言っていて本人もなんか恥ずかしかったようでセファールの傷がそれなりに治り眠った後、一人頭を抱えていたとか。
「お前を倒すのはこの私だ」精神は紛れもない本心。ただまあ、自身の運命にして、それなりに語り合っている相手にそれ以外の情を抱かないほど人でなしな訳でもないのも事実なのだが。
ちなみに今回、初めて末尾に「!」が付いた。

■とある国
旧き神の侵攻の折、セファールが近くにいたため、戦いに巻き込まれかけた国。
なお、便宜上「国」と呼ぶが、神の手の下になったものではなく、ある程度の規模の人々が集まった結果出来たものであり当時の“国”とは定義が異なる。
支配者は賢王として知られ、善政を敷きよく勉学に励んだ。
戦いが始まり、仕える予言者により旧き神の何たるかを知ると、国の終末を悟り絶望。
神の前では抵抗も逃亡も無意味。国中に触れを出すことを最後の責務とし、国と共に滅びようとした。
だが、巨人は彼らを、国を守った。
たとえ、旧き神の侵攻が巨人を討つためであっても。巨人がそこにいたからこそ、この国は滅びんとしていたのであっても。
――世界が辿った結果として、確かに巨人はその時この国を守ったのだ。

■オリュンポスの神々
かつてセファールの強敵として立ちはだかった、外宇宙からの機神たち。
その経歴から遊星の存在を知っており、だからこそ――自分たちを信仰する愛する人間たちに、同じ世界に在りし神々に、巨人の脅威と齎される終末を声高らかに伝えた。

(以下、FGO二部六章のネタバレを含みます)

ケルヌンノス
幾つか感想をいただいたため、一応言及。
本作においては聖剣を作るべき妖精はとても模範的な働き者のため、ブリテン異聞帯のような悲劇は起きていない。
セファールに対し攻撃的な神とも思えないため、現状のところ、概ね汎人類史と同様の来歴を辿っていると思われる。
――ただし、この後も全て同じとなるほど、汎人類史と近い世界ではないのだが。
言ってしまうと本作には一切登場しないため、今後の展開から自由に想像していただきたい。



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休息

 

 

「――二十日、経った訳ですが」

 

 パンのようなものを食べながら、少女は切り出した。

 何が、と視線で問えば、少女は呆れたように肩を竦める。

 

「貴女がここで傷を癒し始めてからですよ。そろそろまともに動けるようになりました?」

 

 そうか、もうそんなに経ったのか。

 ――嵐の怪物と戦った夜。やってきた少女の足のやけどに気付いたのは、朝になってからだった。

 寝袋っぽいものに包まって、俺の上で寝た少女が朝になって足をさすっているのを見て問い質したところ、どうやら背中の熱さは人間にとっても有害だったようで、彼女はその上を駆けてここまで来たというのだ。

 お祭り気分な謎の装飾も、その影響を抑えるための装備だったようで、本来ならば足だけで済むようなものでもないらしい。

 それを聞いて、俺は少女を手に乗せて、這いずって街に送り帰した。

 そんな状態になってまで、様子を見に来てくれたというのは純粋に嬉しい。

 だが、それとこれとは話が別だ。治るまで街から出てこないようにと。

 

 ――その次の日にまたやってきた時は、サイズや力の差も忘れて一発デコピンでもしてやろうかと思った。

 危なかった。やっていたら額どころか体が吹っ飛ぶ。

 落ち着いて何事かと聞いてみれば、街を取り仕切る者と話し、嵐の怪物の影響を受けていない場所――僅かな面積ではあるが、俺がそこで休んでもいいという許可を貰ったとのことだった。

 確かに、背中の熱さは鬱陶しくて仕方なかったし、それのない場所で休んでも良いというのはありがたい話ではある。

 だがそれはそれとして、彼女は人間である。

 今度こそ治るまで出てくるなと言い聞かせて――見聞かせて街に帰してから、街の厚意に甘えることにした。

 不用意に動くことも出来なくなったが、背中のチリチリが無くなった方がマシである。

 

 ……しかし、街の人がなんか食べ物を山ほど持ってきたのは何だったのか。

 この街の周囲はかなり広い範囲で削られてしまって、これが人に有害だということは食料調達とかにも影響が出ているだろう。

 別に食事が必要不可欠な訳でもなく、こうした“普通”の食べ物がこの体の栄養になっているかも分からないので丁重に返却したが。

 確かにこの体、人とは違うが、一応人としての倫理観、精神は残っているつもりである。

 怪物への貢物とかそういう話であれば、別にそんなものなくても取って食ったりしないというのに。

 

 そんな訳で、借りた特に怪物の影響を受けていない土地で主に体育座りをしつつ傷を癒し、ようやくそれなりに動けるようにはなってきた。

 大体十日くらい前には少女も足に何か特別らしい布を巻きつつやってくるようになった。

 治癒力のある布らしく、治る一方になったので見舞いに来たとのこと。その布、俺にも分けてほしかった。

 彼女のおかげで暇は案外少なかったと思う。

 まあ、彼女からすれば俺は倒すべき敵であり、それを指摘してみたところ、一分くらい黙り込んだあと「……一時休戦です」との答えをいただいた。

 それからさらに十日ほど。定位置である手の上に乗せて雑談に興じていたところ切り出されたのが先の言葉。

 確かに、そろそろ動けるし、いつまでもここに残っている訳にもいかない。

 あの街にとって、怪物の影響のないこの土地は、どうあれ重要なものだろう。

 出来るだけ早く出ていかなければ迷惑になるだろう。

 で、いつにする?

 

「なんで私が付いていく前提なんですか。なんでそんなに同行を自然と思えているんですか」

 

 いや、だってここ、街から出ることも出来ないような状態じゃない?

 少女が聖剣使いとして俺の討伐を目的にしているということは、俺がどこかへ行くということは彼女も街から出る必要がある訳で。

 彼女一人だとそれも難しく、かつまだ足も治している最中だから無理に歩くのは俺が許さないので、俺がこの街を離れるということは彼女もそうせざるを得なくなる訳なのだが。

 

「その通りではあるんですがちょっと私情混じりましたよね」

 

 否定はしない。

 だが彼女も長距離を旅するならその方が都合が良いと思うのだが、どうか。

 

「別に私は旅したくてしている訳じゃないんですけど。貴女が一か所にいてくれるなら、そっちの方がずっと都合がいいんですよ」

 

 一か所に、かぁ。

 まあ別に強くなる理由も大きくなる理由もないし、それならそれでも良いかもしれないが。

 前みたいに怪物が向かってきてくれるのであればなお良い。人のいる村の近くに住むのであれば、それを守って戦う必要があるか。

 

「これを前向きに考える辺り、本当に……あれですよね、あれ。まあ、離れられるってなら離れましょう。いつまでもここの人たちに迷惑かけている訳にもいきませんし」

 

 パンを食べ終えた少女は出立を決定したらしい。

 やった。少しだけとなるだろうが、彼女と共に旅を出来る。

 

「下ろしてください。支度に行くので」

 

 要求通りに手を地面に下ろすと、少女は飛び降りて街へと歩いていく。

 あれ、着地の時痛くないのだろうか。まだやけども完治してはいないだろうし。

 彼女の容態が詳しく分かる訳ではないが、無理の出来る状態ではないとは思うのだが。

 一応、ちゃんと後で聞いてみよう。足も見せてもらって、大丈夫そうか確かめた方が良いかもしれない。

 

 

 そんな風に方針を決めながら、少女を待っていて。

 

 ――いつからいたのだろう。

 ようやくその時、俺の前に人がいるのに気付いた。

 フードを深く被った老人。杖をついていつつも、腰は曲がってはいない。

 というか――これ、怪物か?

 これまで見てきた怪物とは雰囲気が違うというか、奇妙なものを感じるが……人型だからという話だろうか。

 

「――なるほど。相対してみれば、存在の強大さをここまで感じるか。古の神々が手も足も出なかったというのも頷ける」

 

 俺を見上げながら、老人は人の言葉で話し始めた。

 

「我らとは違う、神こそ絶対的な神話観すら喰らうもの。それに不具合が起きてこそ、こういう道を辿るとは」

 

 フードが傾いていることで片目は見えない。

 しかし、もう片方には、“目”という部位から初めて感じる深さがあった。

 前世――人であった頃に目を合わせていたら、そのまま呑み込まれて沈んでいたかもしれないほどに。

 一体、何者なのだろう。これまで出会ってきた怪物と比べても異物が過ぎて、手を出すことが躊躇われた。

 

「セファール。遊星より来たりし、今は白き巨人であるものよ。我はお前と敵対する者。いずれ敵対することになる者、と言い換えるべきか。お前がいずれ齎すことになる、我らの世界の滅びを食い止めんとする者である」

 

 世界を滅ぼすつもりなどないのだが。

 というか、こんな場所で大々的に敵対宣言をされても困る。

 そちらが街に手を出すとか、そういう話であれば戦うつもりだが。

 

「案ずるな。我はお前には何もしない。槍も無く、単身で参った今の身では、我が何をしようとお前に傷など付くまいよ」

 

 ああ、そうですか。

 よく分からないが戦うつもりがないならそれでいい。

 しかし――此方に話しかけてくるタイプの他の怪物にもあったが、まったく事情の説明もせず、言いたいことを言うだけというのは如何なものか。

 俺について何か知っていたり、襲い掛かってくる理由があるなら、まずその前提を俺に説明してほしい。

 

「この身もじき朽ち果てる。だが、必要な手立ては施した。一つの果実を送り、叡智を縁と結び、そしてこの時代に種を蒔いた。我に出来る干渉も、ここまでだ」

 

 こう、言っていることが無駄に小難しくて困る。

 独り言でないならもう少し分かりやすく言ってほしい。

 大層な見た目をしてはいるが、中身は別に頭が良いとかそういう訳じゃないんだから。

 

「一つ、お前に忠告しておこう。我にも見えぬ何かを間違え、人に寄りそうことを是とする巨人よ。お前が行ってきた神を喰らう行為は間違いではない。だが、それは人を強くする一方で、お前を含めた要石の全てを酷使するもの。親しきもの、悉くを生きながらの地獄に叩き落とし、そして何より苦しむのはお前だ。覚悟しておくがいい」

 

 長々と、言いたいことを言って、老人はパラパラと崩れていった。

 纏っていたローブは灰となり、その体だったものは木片のように転がっている。

 理解出来たのは最後の、一部くらいではあったが――うん。

 

 俺が食べていたのって神様だったの?




■セファール
守った国の厚意に甘えて土地の一部を借りて回復中。
暇だったが聖剣使いが来てくれたことで後半はテンション高かった。回復速度も多分上がった。
今回、さらっと旅の道連れの約束を取り付けた。もっとテンション上がった。
また、ようやく今まで戦い、捕食していたものが神だと知った。
絶望的に今更である。既に枝は分かれ、伸び始めた。幹に合流する余地はない。

■聖剣使い
国のお偉いさんを説得して土地の一部をセファールに貸す許可を貰った。
自身もやけどが酷いし国の外に出られないしセファールもいるしで滞在中。
健啖家ではない。どちらかというと、食べられる時――特に村から出る前などにたらふく食べる。
最近は森の果実や野草だけでなく、獣なども狩れるようになったため前よりは道中の食料に困らなくなったが、これだけ一人旅を続けていれば癖も付くというものである。

■とある国
一部の気の早い民がセファールの休んだ場所を聖地化しようと画策している。
あの巨人の、人の敵とは思えない姿。苦痛を耐えながらセファールのために行動する聖剣使い。それらから感じられる、只ならぬ親しさ。それらを最前線で見ている国。
世界最初の変革は近い。かもしれない。

■老人
とある名のある神。
世界の“詰み”を避けるため、三つの干渉を行った。
未来から過去へと遡る旅はここで幕を下ろす。
叡智を譲り、果実を放り、最後の仕事はここに完了した。
巨人と聖剣使いは結びつける種は蒔かれ、芽は成った。後は星見の民と人理の守護者たちを信じるのみである。
――最後の忠告は、計画にはなかったが。


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真名

 

 

 街を少女と共に出て――何故か結構な数の人に見送られた――数日。

 老人の言っていたことを、どうにも考えてしまう。

 その事実の受け取り方としては随分と呑気な方だろうが、それも仕方ない。

 だって、この六年間ずっと怪物だと思っていたものが、神様だったとか突然言われても。

 ねえ、少女ちゃん、少女ちゃんや。

 

「……」

 

 返事がない。寝ている訳でもない。

 というか目が合っているし、多分伝わっている筈だが。

 少女ちゃん? 何となく不満そうなのは呼び方の問題か。

 なら、聖剣使いちゃん――セイちゃんでどうか。

 

「通り過ぎてるんですよ。変な略し方しないでください。聖剣使いで良いです」

 

 まあ、それでいいんだけど、何というかあまりにも他人行儀が過ぎる気がする。

 そういえば、とてつもなく今更なのだが名前はなんて言うのだろう。

 そもそも、それを知らないから呼称に困るのだ。喋れないので呼んでいる訳ではないが。

 

「本当に今更ですね。名前なんて忘れましたよ。これまでの旅はずっと“聖剣使い”で通ってますし。何処に行っても、そう名乗れば伝わるので」

 

 凄いなそれ。やはり肩書としては伝説のものだったりしたのだろうか。

 いや、それより名前忘れたの?

 

「あった気はするんですけどね。村では呼ばれていたでしょうし」

 

 何でもないことのように、少女は言った。

 あまり触れるべきではないことかもしれないが、大丈夫なのだろうか。

 

「まあ、別に何も。聖剣使いとなってからの積み上げているものは忘れませんが、それより前にあったことなんて特に重要でもないので」

 

 俺に言えた話ではないが、だいぶ独特な考え方だ。

 そこまで使命に意固地になっているのだとしたら、これまた申し訳ない。

 ――そういえば俺もセファールという名前以外この体について大して知らないな。

 

「まあ、昔の名前はどうでもいいんですが……名前と言えば、一つ気になることが」

 

 ん? 何でしょう。俺が知っているようなものであれば答えるよ。

 まあ、この世界の常識もないし、知識でいえば彼女の方が何倍もあると思うけど。

 

「駄目元で聞きますけど、この聖剣の名前を知りませんか?」

『――エクスカリバー』

「えっ」

『えっ』

 

 ――あ、喋れた。

 

『――喋れる』

「いや、ちょっと。聖剣の名前以上の衝撃叩き込んでくるのやめてくれませんか。何も頭に入ってこないです」

 

 いつの間に言語能力が解放されたのだろうか、この体。

 口は開けていないし、何処から声を発したのかもよく分からないが、俺にも聞こえたし、彼女にも聞こえているっぽい。

 どういう理屈かはどうでもいい。これでアイコンタクトがなくとも彼女との会話が出来るようになったのだ。

 これは革命ではないか。やった。

 

「目を合わせていると余計な情報入ってくるのでもう見ない方がいいですね。何か用があれば喋ってください」

『――それは。やめてほしい。傷つく』

 

 どうも、話したい言葉がそのまま発声される訳でもないらしい。

 ある程度意図は酌んでくれるものの、まるで自分以外の誰かが代弁しているような片言。

 俺こんな口調じゃないし。まだレベルとか、そういうのが足りないからか。

 だがこれは大きな一歩だ。ここから始まる俺のトーク力向上。

 

「はぁ……いや、うん。こんな衝撃のおまけ付きで知りたくなかった、聖剣の名前。で、なんでしたっけ」

『エクスカリバー』

「……何で知っているのかってのは置いておいて。教えてくれてありがとうございます。ここまで名称不明の聖剣だったので、色々不便ではあったんですよ」

 

 まあ、不便だったろうね。

 ちゃんと名前が付いていた方が、聖剣使いとして名乗る時も格好が付くだろうし。

 

「――エクスカリバー。確かに、その銘はしっくりきます。まだあの時の輝きは見せてくれませんが――」

 

 沈みかけの日に剣を翳し、小さく微笑む少女。

 その姿は一つの“絵”として様になっていて――思わず、見惚れてしまった。

 とてもではないが、その聖剣が電池切れの玩具だとは言い出せないほどに。

 

 何かに浸っているらしい彼女に、言葉を掛けるのは野暮に思えた。

 聞きたかったことは聞けなかったが、まあ、また後でも良いだろう。

 彼女にとって、今はとにかく、大切な時間であるのだし。

 

『――私が。神を食べていたの。知っていた?』

 

 この口……口じゃないかもしれないが、空気を読むということを知らないのか。

 彼女ぽかんとしているじゃないか。

 

「――え? ……ああ、はい。というか、知らない訳がないでしょう。貴女を知っていて神喰らいの業を知らない者が世界の何処にいるというんですか」

『……』

「…………えぇ……?」

 

 知らなかったのは自分だけだったという衝撃の事実。これは聖剣の名前をたった今知った彼女に匹敵するのではないだろうか。

 しかも、少女のあまりにも常識であるかのような反応。彼女の頭痛の種を増やしてしまったらしい。

 この六年間、ただひたすら、知らずに神様と戦い、ボコボコにして挙句の果てに食べていたとか。

 いや……だって、ねえ?

 見るからに怪物って見た目のおっかないのが殺意マシマシで襲い掛かってくるんだもの。

 この体は速く走れる訳じゃないし、戦うしかない訳で……。

 

「……で。なんでそれで神殺しに飽き足らず食べるって発想に至るんですか。食事は必要ないって昔言ってましたよね」

『……湧き上がる……食欲?』

「アウトですね」

 

 アウトだね。

 前世が信心深かったということもないが、神様を敬っていないというほどでもない。

 それをむしゃむしゃしていたことを今更知る俺。

 どんなバチが返ってくるか知れたもんじゃない。……襲ってきたのって、バチを当てに来ていたのか?

 

「私、時々考えていたんですよ。人を襲わず、ただ神々を喰らうだけの巨人。それを討つという私の使命は、どこから発生したものなのかって。この手の考え事は山ほどしてきましたが、その大半がこの瞬間無駄になった気がします」

『ごめん』

「この件で最初に謝罪されるのが私でいいのかって感想ですね」

 

 ……しかし。神殺し、神喰らいか。

 あの怪物、その怪物も全て神だったのか。

 いつかのロボットも、この前の嵐の怪物も、全部。

 その悉くを殺して、殆どを喰らってきたのか。

 

 取返しがつかないことをしたという気持ちがありつつ、不思議と罪悪感は小さかった。それは、あまりにもやらかしたことの現実感がないためか。

 一番は、そうだったのかという微妙な納得。

 受け入れるのに時間も掛かるし、だったら今後はどうするのかという疑問も生まれる。

 また、神がやってきた時、俺はどうすればいいのだろう。

 神と呼ばれているからには、確かな存在意義がある筈で。それは俺という自身の正体も知れていない身とは比べ物にならない重大さがある。

 ならば、抵抗せず受け入れるというのが、やるべき――

 

「……」

 

 ――――いや。

 決めたではないか。俺のこの生に幕を引くのは、この少女に委ねると。

 その使命を全うさせることこそを俺の最期とすると、彼女の前で宣言したのだ。

 ――誓ったのだから、それは守らないと。

 

 その前には誰の手によっても殺されない。だからといって、逃げることも出来ない。

 ……そんな理由で、これまでの神喰らいを受け入れて、今後も続けていっても良いのだろうか。

 

 ――良いのだ。

 俺が何を一番優先するべきかなど、考えるまでもない。

 どうあれ今の俺がこの世界で結んだ縁など、あの聖剣とそれを担う彼女だけ。

 であれば、その少女の使命が、少女の存在が無意味に消えることこそ、何よりも恐ろしい。

 俺のやってきたことは肯定しよう。この後、如何な形で償うとしても、受け入れよう。

 彼女の一切を、否定しないために。

 

「……大体しか伝わってきていませんけど。またなんかやっちゃった気がします」

『――気にしなくていい』

 

 彼女には何の責もない。これは俺の決意であり、俺が勝手に決めたことだ。

 だから、彼女にはどうか、気負うことなく強くなってほしい。

 ……その聖剣で強くなれれば、だが。この聖剣、どうやって彼女に伝わったんだろう。本当、各所で締まらないのでどうにかしてほしい。




■セファール
むしゃむしゃしてやっていたのを知った。反省している。
聖剣使いと二人旅。手や肩に乗せて旅をする姿は正に神と巫女の如し。そんな関係ではない。
あと喋れるようになった。ただし発声はやや不自由で、思っていることがそのまま出せない。
神喰らいの業に気付いたが、苦悩もそこそこに聖剣使いの使命を勝手に秤に掛けて続行を決意。耐久力がまた上がった。

■聖剣使い
セファールと二人旅。揺れすぎるので何度かキレた。
(セファールがそうと知らずに神を)むしゃむしゃしていたのを知った。何かと頭痛の多かったここ一年くらいで一番の頭痛に見舞われた。
聖剣の銘を初めて知ったがセファールが喋ったというそれ以上の衝撃を叩き込まれたせいでいまいち感動しきれない。
あと、また自分が原因でセファールが何か余計なことを考えたようでまた頭が痛い。
セファールなりに悩みがあるのだろうし、そこを目を見て読み取ったりしないくらいの空気の読み方は出来る。向こうは出来ない。


■聖剣
如何なる経緯であろうとも、銘をつけるという行為は特別なものである。
役割を与えられるだけであったものは、命銘をもって己の意味を“識った”。
刮目せよ神々。喝采せよ人々。白き巨人よ、その結末を悟れ。この星の生まれる刻を、我ら妖精は言祝ごう。
束ねるはすべての希望。ただ一振りの星の聖剣。
――その銘、『■■■■■■■■■■■(エクスカリバー)』。


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契機

 

 

 さて、補足しておこうか。

 実のところ、ここまではまだ――まだ、取るに足らない失敗の人類史となる可能性もあった。

 セファールは不死身ではない。

 聖剣がどれだけそれに足らない力しかないとしても、倒せる手段は確立されているし、彼女を討てるほどの神々も全滅した訳じゃあないしね。

 

 決定的な転機は、ここからだ。

 そのカギを握るのは、聖剣使い。

 彼女とその聖剣の存在は人々を明るく照らし、巨人に何を思うかを迷う人々を導いた。

 しかし、ありふれたこと。輝きがあれば、陰るものもまた存在する。

 ……ああ、人間や妖精が早まったとかではないから、安心してくれたまえ。この時代の人間はまだそこまで弱くないし、妖精はこれ以上この物語に関与することなくいなくなる。

 ただ、この舞台を下りる前に、どうしても動きたくなった者がいたんだ。

 

 可能性は潰えていないとはいえ、神々の数はもう十分に減り切り、彼らの中には“もう終わりだ”と、せめてセファールの力にならないようにと自ら意味を投げ出すものもいた。

 致命的だったのは、あの創世神の一柱が引き起こした嵐から、国を守ったことだろうね。

 あれで、人の版図としては僅かなものだが、受けていた信仰がセファールへと移ったことで、神々は時代の終わりを悟った。

 そんな中で、未だ諦めないとある女神は思った。

 あの巨人が狼藉を続けることを黙認してでも、まず、奪われた信仰を取り戻して、神々の時代の盤石な主柱を立て直さなければならない。

 妙案は、すぐに見つかった。

 巨人を貶めるのは難しい。だが、輝きの一端となっている人間であれば、簡単だ。

 所詮は取るに足らない人間だ。巨人を討つのではなく、巨人を輝かせるばかりの聖剣であれば、その担い手諸共不要でしかない。

 ――神々最後の早とちりは、そうして女神の独断で実行された。

 

 人間一人の命は、まだ大きくはなく、軽かった。

 神の力が世界の法則だった時代だからね。神罰自体は稀ではあったが、与えるとあればとても簡単だし、とても強烈だった。

 戯れで授けられる呪いさえ、数百数千の魂が一夜と経たずに枯れ果てるほどに。

 

 セファールの傍にいたとはいえ、人間に呪い一つ与えるのになんの苦労も必要ない。

 あとはまあ……なんだ。セファールは知らなかったが、呪いを植え付けるための土壌が整い過ぎていたほどに、聖剣使いは衰弱していた。

 聖剣に選ばれてからずっと、汎人類史から来た仕事熱心な神霊が念入りに呪厄を刻み続けたことで聖剣使いの存在の強度は弱り切っていた。

 それに加えて先の創世神とセファールの戦いだ。

 かの神の膨大な神気を帯びた真エーテルの海なんぞをその足で駆け抜けた無謀は、同じ神話体系にいる女神の呪いが育つのにこれ以上ないほどに魂を耕した。

 これだけやれば十分だ。仕込まれた呪いは瞬く間に聖剣使いを枯らし、命や魂のみならずその肉体まで消し飛ばす。本来呪いの目的である筈の苦しみさえ伴わない。

 ――その筈だった。

 

 ――聖剣使いの少女に取り柄がない? 何を馬鹿な。そんなことがあるものか。

 人間、もとい、魂あるものならどんなものだって取り柄の一つや二つある。そうでなければ人類史があんなに色鮮やかになる筈がない。

 自覚していないだけさ。その取り柄は誰しも生きるために輝かせているんだから。

 この少女の場合は、そう――忍耐力だ。

 無理を他者に悟らせず、苦しみを否定し自分に嘘をついてでも耐え忍ぶ。

 呪厄の影響がいよいよ深刻になって、一年ほどセファールに碌に会いにいけなくなっても聖剣を振り続けることはやめなかった少女のそれが取り柄じゃなければ、忍耐力を誇れる者がこの世にいなくなってしまう。

 ……うん、彼女の意思の強さを織り込み済みで、耐えられる限界の負荷を六年間掛け続けていた神霊の慧眼には恐れ入る。彼の干渉を止められなかったのは、私の最大の誤算だ。

 

 呪厄はその重みで押し潰すことが目的じゃない。その後に来る呪いをきわめて効き易くするためのものだ。

 果たして聖剣使いはその魂の撹拌に耐え切り、自我すら失わずセファールに感付かれもしない状態を維持し続けた。

 破綻したのは最後の最後。

 精神と魂を絞り切る呪いを受け、影響を何より受けたそれらより先に体が限界を迎えた。

 聖剣使いの命運は尽きて、だが、しかし。

 同時に神々の命運もここに尽きた。セファールの、最も大きな決断によって。

 

 その行為が善であるか悪であるかは、答えが付かないだろう。

 現代のこの世界の人間たちからすれば、これが自分たちの世界のはじまりであるのだから絶対的に善だと答えるだろうし、神々の存在を知り、彼らを尊ぶ人類史の人間たちからすれば、悍ましい悪に見えるかもしれない。

 とはいえ、大切な何かを守ろうとするその瞬間の本人からすれば、善も悪もない。最善最悪どちらにせよ、最適かつ最良であるならね。

 異聞帯最大のきっかけ。セファールと聖剣使いの真の共存が確定した運命の夜。

 一方的な友情を抱く巨人の狂気が、文字通り世界を塗り替えた瞬間。聖剣使いが巨人に付け込み、人の領分を飛び越えた瞬間。

 世界は、こうして変わった。

 

 

 +

 

 

 異変に気付いたのは、夕方から夜になりかけていた頃。

 少女と会話が可能になって、彼女は聖剣の銘を知った、どちらにとっても成果のあったある日。

 手の上にいた彼女が突然、聖剣を落とし、その場に崩れ落ちた。

 兆候などなかった。まるで、唐突に体を吊り上げていた糸が切れてしまったような力の抜け方。

 ぱったりと倒れてしまった少女は、灰色に濁り始めた目こそ此方に向けていても、此方の意思からの問いかけに反応する様子は見られない。

 

『――少女ちゃん』

 

 その肌からも、髪からも、急速な勢いで色が抜けていた。

 そして、そのどちらでもないが彼女を構成する何かから瑞々しさが奪われていく。

 一体何に――分からないが、“その存在”を知った以上、犯人は自ずと断定されていく。

 

『――聖剣使いちゃん』

 

 灰色さえ超えて、白くなりつつある瞳が僅かに揺れる。

 か細くも呼吸は続いているし、まだ最悪には至っていない。

 

『――セイちゃん』

「っ、だから……通り過ぎて、るんですよ」

 

 唇が小さく震えて、掠れた声が聞こえてきた。

 喋れる状態ではないというのは一目で分かるのに、無理を通して彼女は口を動かしていた。

 

「……ぁー……まだ、まだ、保つと思ったん、ですけど、ね」

 

 言葉は続く。その告白は、これまでもずっと、これに近しい状態を耐えてきたことを意味していた。

 一年ほど姿を見せていなかったことも、これが原因で。

 そして嵐の神と戦った時も、こんな体に鞭打って駆けつけたのではないか。

 もしかすると――もしかすると――出会ってからずっと、これを彼女は我慢し続けていたのではないか。

 

「……そんな、意識するほどの我慢じゃ、ない、ですが……まあ、ちょっと、想定外、です。心が、折れなければ、体なんて、いつまでも、動くと思って、た、ので」

 

 その体はもう動かない。本人でなくとも、理解できた。

 では――それをはいそうですかと認められるか。否だ。きっと何か、手段がある。

 それを繋ぎ止める方法を、理不尽で消え行く命を取り戻す方法を考える。

 壊すことと喰らうこと。それ以外に、この体で何が出来るのか。

 結局、ここまで生きていて分かったことは。

 この体は、セファールというのは、あらゆる神々から襲撃されるような――つまりは、世界にとって敵である存在だということ。

 ここまで強く、神々を喰らいさらに大きく強くなれるという、性質の悪い災害だということ。

 だからこそこぞって神々は世界を救うために死力を尽くして、散っていった。

 

「……ぁ、でも」

 

 そんな災害に、小さな人間一人を救うことなど出来はしない。

 この体にそんな機能は備わっていない。

 やはりもう駄目なのかと、

 

「――私が、死んだら、誰も貴女を、倒せないんでしたっけ」

 

 ――諦めかけた心が、何かに支えられた。

 

「それは、困りますね。世界に、とっても。……余計な、荷物で、不死を背負う、貴女にとっても」

 

 崩れ落ちる寸前でギリギリ、元の形を保ち続ける。

 体も、それに続いて心も限界を超えようとする中で、やっぱり壊れない少女が、笑ったから。

 まるでその後の全てを悟ったように。“私はまだ終わりではない”と、確信を得たかのように。

 

「私の、使命を、無意味にしたく、ないんですよね……?」

 

 か細い問いに、力強い頷きを返す。

 そうだ。ここで彼女の終わりを肯定してなるものか。

 無意味にはしないと誓ったではないか。

 それが例え、彼女にとっては頼んでもいない、此方の勝手な決意なのだとしても。

 一方的に向いたばかりの友情であったとしても、それでいつか彼女が俺を討って、使命を果たし栄光を手にすることが出来るのならば。

 俺はその瞬間をこそ、唯一の終わりと認めて、ゆえに少女の到達を待ち続けると――!

 

 

「――――なら――わたしを――たすけて、ください――――セファール――」

 

 

 ――その言葉に応じることの意味を、この時の俺は理解していた。

 自分本位によって彼女の運命を更に捻じ曲げ、世界をそれ以上に巻き込むことも、分かっていた。

 彼女が“俺を楽にするために”そんなことを言ったことも把握した上で、俺は全てを決断した。

 言葉に含めた意味のほんの僅かな割合であろうとも――“まだ生きたい”という本心は確かに存在していたから。

 

 途端に思考がクリアになる。

 俺に出来ること、許された機能が頭の中に浮かんでは消えていき、幾らかの仮定が残る。

 そして、それらの中から確実性の無いものが消えていき、最後に一つだけが残る。

 ここまでやってきたことが有効利用出来て、彼女が彼女のままであり続けることが出来て、しかし彼女に大きな呪い(きず)を残すことになる手段。

 失うものも分かっている。その量がどれほどかは知らないが、幾らでも持っていけ。

 この体が災厄だというのなら。

 

 ――災厄らしい方法で彼女を救って見せる。

 

 

 

 少女を手で包み込む。体を潰してしまわないよう、慎重に。

 ――スキル、文明侵食発動。

 本来であれば触れたものを最適な状態に維持できるこのスキルを、少女の“今”を失わせず維持するために使う。

 苦しいだろう。もしかすると今すぐ解放されたいかもしれない。だが、もう少しだけ我慢してほしい。

 ――スキル、使い魔作成発動。

 俺の中の何割かとしてはじめからある“人の魂”をコピー、複製。少女の魂を蝕んでいるモノを奪い取りに掛かる。

 

 その巨大な呪詛に触れて、あっという間に一人のかつての俺が枯れて、死んだ。

 想定内だ。俺の複製を続け、再実行を繰り返す。人であった頃のに程近い魂の大きさを再現している筈なのに、少女が折れずに堪えられた呪いの前に湯水のように消費されていく。

 

 コピーを繰り返す度に、オリジナルのが劣化し、傷ついていくのが分かる。そんな中で何より思ったのは、やはりこの少女は凄いという驚愕。

 であれば、苦しいと思うことすら出来ない一瞬でミイラになっているようなものなのに、体が倒れてもまだ話すことが出来ていたのだ。

 やはり、間違いない。この少女がこんなところで、こんな結末で終わるのは“おかしい”。

 そのおかしさを否定するためだ。

 この世界にとってはもっと異常な手段が必要で、はその手段を持っている。

 

 ――十万と三百八十人目のが死んだ。

 朽ちていく。朽ちていく。無限なのかと錯覚するほどのが枯れていく。

 の残骸が彼女の内に残らないように、再実行と並行する削除は念入りに行う。

 これから、少しだけ――大きく、その存在に干渉することになるけれど、それでも彼女はどこまでも彼女であってほしいから。

 そして、更に倍ほどの挑戦を経て――呪いは力を使い切り、空の入れ物が残った。

 一応、ギリギリのところで、“かつての”が塵ほどの大きさで残るくらいで。

 何を失ったか分からないくらい、色々なものを失った気がするが……思い出せないのだから、気にしていても仕方ない。

 それよりも重要なのはこの少女だ。最後のフェーズへと移ろう。

 

 体が消失した後、無防備な魂に呪いが襲い掛かることで余計に摩耗してしまうという事態は避けられた。

 ゆえに、無事な魂を入れる器――手遅れなまでに乾いた体を修復し、補強する。

 使い魔作成のスキルを利用すれば、新しい体を作ることも出来るが、それでは彼女の在り方に良くない強制が掛けられてしまう。

 彼女と私は対等なのだ。ゆえに、配下に置くのではなく、あくまで私の力を譲ることによる“貸し”で。

 

 空っぽの呪いを少女から私に転移。

 より操りやすくなった状態で――その呪いの制御権を吸収し、呪いと結ばれた“元凶”をこの場に引っ張りあげる。

 何処にいようと関係ない。時間や空間による“待った”など許さない。

 力の限り引き寄せた結果、転がるように目の前に現れた、人と変わらない大きさの女神が何かを言う前に、空いた片手で握り潰した。

 破壊した概念は私の紋章を通して魔力と栄養へと変わっていく。

 その変換を最小限に、彼女のために使える結晶(リソース)を組み上げる。

 そして彼女に流し込み、その体を補強して――

 

 ――――足りない。

 

 気付いてからの行動は、我ながら早かった。

 この手に残る女神の残滓を、これまで捕食した文明の情報を頼りに、未だ世界に生き残る縁の鎖を引き寄せる。

 最早、苦戦するほど大きなものなど残っていない神々を一ヶ所に集め、今こそ相応しいと、砕けた軍神の剣を体内から顕現させ、十分すぎる魔力を込めてその輝きを薙ぎ払う。

 集った神々を狩り尽くし、しかしその概念は消し飛ばすことなく維持させ、彼女の体の補強に必要な分の結晶を生成してから、残りを一滴残さず飲み干して機能の解放と強化を繰り返す。

 より高まった権限をもって結晶を運用し、少女を万全盤石の状態にまで戻していく。

 工程に一点の瑕も許さず。そして――

 

 

「……――やっぱり。本当に、実行してみせるんですね。貴女は」

 

 ――掠れてはいるが、瑞々しさが戻りつつあることは分かるくらいの声色で。

 再臨した聖剣使いは、耳心地の良い呆れを含んだ言葉を紡いだ。




■とある神霊
汎人類史からやってきた仕事熱心な神霊。
世界にとってどうにもならない“詰み”を回避するため、このいずれ異聞帯となる世界に三つの干渉を行った。
その一つが、聖剣使いが聖剣に選ばれてから六年間掛け続けていた、呪いを受け入れる土壌を整えるための呪厄。
呪厄自体は本来、掛けた存在を傷つけることはしないのだが、それそのものが一つの呪いとなるほど強力なもの。
聖剣使いの魂の強度が限界まで弱り切ったことで役目を終えた。
ちなみに呪厄は型月の用語として存在している訳ではなく、あくまでFGOに登場する状態異常(呪いによるターン毎のダメージを増加させる効果)を適当に解釈したものであるため注意。
――聖剣の正体には流石に気付いた。数日困惑して作業が止まった挙句、かわいそうが過ぎるのでもうちょっと干渉してうちの神話体系の炎の魔剣でも譲ってあげようかなとか血迷いかけていた。このままにしておくのがこの異聞にも汎人類史にも最善なのだ。きっと。多分。メイビー。ふざけんなセファールの他にこんな意味不明なバグがあってなんであんな世界になるんだ対処する身にもなってみやがれチクショウ。

■セファール
“呪い”というのは幅広い。神代であれば尚更に。
指さすことによって発現する魔弾。眼で睨むことによる邪視。それらと並んで、己の名前を強大な呪いとする手法はメジャーなものだ。
ゆえに、命知らずな妖精が広めた巨人の名を呼ぶものは無く、神々でさえ呼名を避けた。
もしも呼んでしまえば、どんな災厄が魂を縛り付けるか分かったものではないから。
――別に呼んだところで何もない。何もない筈だが、それを知らない聖剣使いが名前を呼んだ結果大変なことになった。
聖剣使いの命と、『世界と神々と己のかつての魂』を秤にかけるまでもなく前者を選ぶだいぶ狂った奴。
その結果、思考体系が最適化され、ようやくセファールとしての各機能を把握した。
呪いの枯渇のために酷使したかつての魂は、既に塵にも等しいほどしか残っていない。
このことから、人生観や価値観もセファールとして生きた六年間の方が比重が重くなった。つまるところ、聖剣使いに向ける感情がなんかもっとバグった。

■聖剣使い
いつしか周囲には、その輝きが巨人をも照らしているかのように見えるようになった。
それは巨人に対する人間の価値観を大なり小なり変える光であると同時に、神々から信仰を奪う光でもあった。
神々の時代の終わりを危惧したとある女神は、この事態を今すぐ止めるべく彼女に呪いを掛けた。
――呪詛にひどく弱くなっていた筈なのに、彼女が猶予を得るほどに強かったのは、女神にとって最大の誤算。
この日になって発現した呪いの正体を悟った彼女は、その理不尽を前にして、人々からの希望、神々からの希望、セファールからの希望(ゆうじょう)の内――二番目に別れを告げた。
それが決定的な世界の変革に繋がる。もしかすると、滅びの引き金となってしまうということまで理解した上で、神々を見放した。
他者から見れば狂った忍耐力の彼女だが、自分の背から飛び出した荷物を、ついぞ拾いに戻りはしなかった。
これを拾うくらいならば、いっそ神を喰らい世界を変えることに正当性(いいわけ)でも与えてやろうと――初めて少女は、“友”を助け、そして“友”に助けを求めた。
かくして干からびかけた少女は白き星の力を借りて再臨。髪先と瞳がセファールと同じく、星空の青にきらめく、後の世界の誰しもが知る姿となった。

■生き残っていた神
これまで捕食した神々の縁によって連鎖的に呼び出され、軍神の剣(半壊)によって一掃。
今回でほぼ全滅と言って良い状態になった。


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新生

 

 

「なんか、また大きくなっていますね、貴女」

『助けるために、たくさん食べたから』

 

 手に乗る少女の姿は、今までよりもっと小さく見えた。

 推定でこの世界の神々の九割弱を喰らった状態――今の私の体は全長一〇二四メートル。

 少女の六百倍以上の体躯を持つ状態で、なおも彼女が私を見る目は変わらない。

 それがどうしようもなく心地良かった。

 

「……何か、性格変わりました? 変なもの食べたりしていないですよね?」

『大丈夫。変わったことがあるとすれば、最適化と機能の整理の影響。少しすれば慣れると思う』

「はぁ……まあ、変わったで言えば私もそうなんですが」

『何か異常が? 呪いの影響は完全になくなった筈だし、魂の損壊も最小限に抑えた、その上でまだ何かあるようであればすぐに言ってほしい、修復と更なる強化の方法を模索する、体に違和感があるならそれも』

「うるさいです。情緒どうなってるんですか」

 

 なんか知らないうちに随分と流暢に喋れるようになっていた。

 これも最適化の影響だろうか。というか会話以前に思考もすっきりした気がする。

 かつての自分を失ってはいないものの、それがどこか客観的になったのが原因かもしれない。

 ともあれ私が私であることには変わりはない。

 基本的に利点しかないし、気にするほどでもあるまい。機能もたくさん増えて万々歳である。

 

「そういうのじゃなくて、何というか……体が軽くなった感じというか」

『掛かっていた呪いが無くなった影響かな?』

「まあ確かに、元々が重く感じていたというのはありますが――」

 

 体をやりづらそうに動かしつつそんなことを言って。

 そして、軽く膝を曲げて跳ねただけで自身の身長と同じくらいの高さを記録した。

 

「……」

『……世界目指してみる?』

「なんの話ですか」

 

 今起きたことの理解が及んでいないように、足の様子を確かめる少女。

 正直驚きはした。だって、体を補強したとはいえ、それは耐久性だけの話であって身体能力には作用していない筈だし。

 つまりそれは少女本来の力ということになる。

 当たり前だが人間が軽く跳ねたくらいで自身の身長以上に跳べる訳がない。丸い鼻の配管工じゃあるまいし。

 少女が常識的ではないことは十分理解していたが……。

 

「余計なことは思わないでいいです、自分が一番常識外なくせに。……ちょっと本気で跳んでみるので、受け止めてください。流石にこのまま下まで落ちたら死ぬので」

 

 了解、と頷く。

 身体能力にしても限度がある。今少女が乗っている、私の手でさえ地上から五百メートルは余裕であるのだ。

 せっかく助けることが出来たのに、そんな下らないことで彼女が命を落としてしまうなど許されまい。

 

「せぇ、の……っ」

 

 しっかりと膝を曲げ、足に力を溜め、少女は跳んだ。

 ――凄いな、人類。百は……まだ超えていないか。こんなになるんだね、人って。

 その場で跳び上がった訳ではないので、位置がずれて手の外へと少女は移動していく。

 本気の結果に何より驚いているのは自分のようだったが、すぐにこのままでは危険だと悟り此方に目を向けてきた。相分かった。

 落下予測地点に手を伸ばし、少女も着地の準備を整え――当たり前のように私の手をすり抜けた。

 

「――――穴ァ!」

『……セファールジョーク』

 

 その下にちゃんと手を添えていたため、更に下まで落ちることはない。着地地点が彼女の予測より数十メートル下だっただけの話だ。

 だが待ってほしい。私とて、彼女のことは大切だし、いじめたくてやっている訳ではないのだ。

 こう、キュピンと来てしまうというか。

 ほら、ズレがあってもちゃんと着地した。少女を信頼してのことである。

 

「……もうちょっと理性で抑えてくださいよ、その衝動。まるで人を玩具か何かみたいに」

『思っていない。セイちゃんはかけがえのない親友だと思っている。唯一無二だ』

「…………、……なんかランクアップしてるし。あとセイちゃんはやめてください。もう“聖剣使いちゃん”すら通っていないじゃないですか」

 

 とは言っても毎回少女ちゃん、聖剣使いちゃんを介するのは面倒くさいし。

 本当の名前を忘れた彼女が悪いのだ。私は悪くない。

 

「なんか正当化されたし……。とりあえずそっちの手に帰ります。聖剣置きっぱなしでした」

 

 私のサイズ感から考えると何もおかしくはないのだが、手を渡り歩くというのも中々に奇妙な話だ。

 今まではそんなことは不可能だったものの、今の彼女にはそれが出来てしまう。

 先程より慎重に力を入れて跳び、元の手に帰ってきた少女は聖剣を拾い上げる。

 そういえばあんな、モノが斬れる訳がない聖剣で色々と斬れるようになった彼女だが、それも負荷が掛かり制限された状態での話ということになるのだろうか。

 ……もう私斬れるくらいになってない?

 

「まあ……体の具合は暫く確かめるとして。結局、どうするんです? これから」

 

 ――うん、その件は、放置しておく訳にはいかないね。

 

「一応、貴女が私を助けてくれるために何したかってのは理解しているつもりです。どのくらい神様が残っているかは知らないですし、そっちはもうどうでもいいですが、残った人々はどうします?」

『それについては、考えがある』

 

 長く怪物と誤認していた身ではあるが、神々の性質が分かった以上、断言できる。

 この世界ではない、かつての私が住んでいた世界の話だけれど、あの世界には既に神の力は殆ど介在していない。

 あの世界で当たり前に人が生きていたのであれば――きっと、この世界の人々にもそれが出来る。

 押しつけだろうか。人の可能性を信じる、と言えば聞こえは良いけれど、はじまりがここまで強制では納得できないだろうか。

 

「――いいんじゃないですか。そりゃあ、最低限“加護がある”という思い込みは必要ですけど……神様なんて信じなくても人は生きていけますよ。貴女が不安なら、私が断言してあげます」

 

 ――そう、世界の希望でありながら神に裏切られた少女はあっけらかんと言った。

 案外、幼年期の終わりなどそういうもので。

 そういうものだと認めれば、その後はどうとでもなると。

 

「あと、土台も必要ですね。神様がいなくなって、不安定になったものの代わりの土台。そのくらい、貴女ならなんてことないでしょう?」

『――もちろん』

 

 それを引き受けることの覚悟は出来ている。

 元々やり過ぎてはいたのだが、先程、残っていた柱さえその場しのぎでぶっ壊したのだ。

 人々が生きていけることを信じるのは良いとして、生きていくための土台がボロボロの状態であることは理解できる。

 

 一時のエゴで全てを引っ繰り返した身。これから先、数えきれないほどのしっぺ返しが待っているだろう。

 それが、私でどうにか出来ることならば――やり遂げて見せる。

 世界と親友とで、後者を取ったのだ。後者が安定したならば、次は前者を支えるのは当然のこと。

 ゆえに、まずはその最初の仕事を完遂させる。

 

「どのくらい掛かります?」

『知らない。世界は広い』

「……なら、また剣でも振って過ごしますか」

 

 世界の上にいる神々を喰らうのは、一瞬で出来た。

 だが、世界そのものを“喰らう”のには時間が掛かる。

 多分、一年やそこらでは終わるまい。

 

「この前の街、戻りません? 貴女に理解があるようでしたし、きっと貴女がやることも大偉業として受け入れてくれますよ」

 

 ――これから始まる世界の、はじまりの場所です。

 そう、少女は提案した。

 確かに、なんか貢がれたりしていた。神の役割を代行する以上、“そういうもの”が力になったりするかもしれない。力を貸してくれるだろうか。

 出戻りという形になるが、彼女が望むなら、それで構わない。

 歩いてきた道を振り返り、倍の歩幅で戻っていく。

 つまりはあの街の傍が、私が世界と繋がる場所となるのだ。

 

 私は巨人だ。文明を喰らう巨人セファールだ。

 何のためかは知らない。ただ、この体の機能を纏めた結論として、それが命題であることは理解した。

 文明を破壊し、捕食して巨大化し、やがてはこの世界の全てを無に帰す。その前の文明は例外なく消滅し、その後に文明は生まれない――そんな死の世界を作る。それがこのセファールの役割。

 この体は被造物に近い存在ではあるようだが、既に管理者の情報は失われていて、誰のものでもない状態になっている。

 であれば、私は破壊の巨人としての軛から外れている訳だ。たとえばその管理者に文明を献上するのが目的だったとしたら、その目的は既に成す義務も権利もないのだ。

 

 それならこの力をどう使うも、私の自由。

 破壊するべきであったこの世界のために使っても、何の問題もない訳だ。

 ゆえに私は世界を喰らう。この星と同化することで、世界を保護する。

 そうすれば、世界の土台としては十分なものになる筈だ。幸い、この体は惑星を相手にする前提のものであるのだし。

 失われた神々の加護も、必要とあれば近しいものを与えることが出来る。元通りとはいかないが――少なくとも人々にとってはそれなりに今までと同じ生活に戻れると思う。

 それが――神々を喰らい尽くし、世界を一度滅ぼした私が出来る、贖罪の形だから。

 世界を喰らったこの体を、世界に供そう。いつか、私が終わるその日まで。

 

「あれ? ところでなんですけど……」

『何?』

「それ、私も終わりまで生き続けることになりません?」

『……………………あっ』

 

 そうだ。私、彼女以外には殺されないと決めたのだった。

 どうしよう。こうなった以上、この体の寿命がどんなものか知らないが、終わりまで頑張るつもりだが。

 終わりを彼女にすると決め、彼女を無意味にはしないように事を起こしたということは、私の終わりまで付き合ってもらって、かつ最期を任せないといけないということじゃないか。

 何たる。何たるジレンマ。あちらを立てればこちらは立たない。

 幸い彼女の体はすこぶる頑丈にしたので魂が限界を迎えない限りは老いることも死ぬこともないけど、それ以外の面で問題が多すぎる。

 

「ちょっと待ってください。“それ以外の面”じゃなくて“その面”にとんでもない問題が見えた気がしました」

 

 いや、うん、それも謝るべきではある。

 念のため体に文明侵食からなる最適化を継続させ続けているだけだし、解除も出来るのだが、これはどうすればいいのか。

 寧ろ彼女の剣技極まった時こそ世界の終わりという風にしても――

 

「私を世界の破壊者にしないでください。――分かった。分かりました。助けられた借りってことにしてあげます。付き合ってあげますよ。終わりまで付き合うし、最期は私が看取ります。それで私と貴女の関係は確定。いいですね?」

『天使か?』

「剣士です。なんですか天使って。はぁ……こうなるなんて思ってもみなかった……聖剣に選ばれただけで不老不死が付いてくる世界がどこにあるってんですか……」

 

 憂鬱そうな少女に申し訳が立たないが、方針は決まった。

 勿論、彼女がいつかやめると決めたらそれを優先して、前向きに考えよう。

 そのいつかまでは――彼女と共に。

 百年、二百年……いや、千年王国も夢ではない。千年王国ってそんな単純な意味だったっけ?

 

「まず千年とか言い出すスケールがおかしいんですけど」

 

 大丈夫だ。問題ない。もう何も怖くない。恐れずして掛かってこい。

 私たちが創るのは新天地。これまでとは違う世界だ。

 

『頑張ろう、セイちゃん』

「ひとまず十年ごととかにしませんか、契約更新。ちょっと。聞いてますかセファール」

 

 

 ――それから、世界のテクスチャを刷新するのに五年。

 新天地としての法則が安定するまで、およそ二十年。

 合計で、私がこの世界で目覚めてから三十年ちょっとという期間をもって、新天地は完成する。

 

 

 

 一万年を超える戦いの歴史は、こうして幕を開けた。

 

 

 最初は二人から始まった。いつからか、世界全てが手を取り合うようになった。

 私はこの世界が大好きだ。この世界にある全てを愛している。

 

 

 

 だから、認めない。

 

 この世界を間違いだと断じる誰でもない決定を、私は決して認めない。

 

 

 この世界の終わりは決まっている。私たちが決めた、世界の誰もが認めた形だ。

 はじまりからそこを終幕だと決めて、そこへ向かって歩いてきた。

 その全てを無意味にするというのなら――私は許さない。

 

 “続けよう”という意思なんてどこにもない。どこかの誰かが“続けたい”と足掻くのなら、力の限り続ければいい。

 私たちはそうやって続けてきた。ここはそういう、強い歴史に該当するものだと思う。

 

 苦しみに満ちた強い世界。幼く管理される弱い世界。知恵を知らぬ統一世界。悪性を赦さない輪廻世界。

 神々による完全な理想郷。異なる私が滅ぼした末の妖精國。文明の死に絶えた黄金樹海。

 そして、正しい歴史。苦難の中でなおも歩み続ける汎人類史。

 ――大いに結構。

 それらすべては尊いものだと思う。一つなりとも、否定に値する世界はない。

 いずれの人類史にしても、星に根付くのに相応しい。そこから先も“続く”のなら、それを応援しても良い。

 

 ――だが、この世界の終わりを邪魔するのであれば、この世界は容赦をしない。

 “生きたい”と願うのならば、“諦めない”と抗うのならば、“人間の戦いはここからだ”と叫ぶのならば、私たちの世界に立ち塞がるな。

 なおもこの世界を脅かすのであれば――どんな世界だろうと、瞬く流星の一つのように、その悉くを破壊する――!




■セファール
白き最後の神。現在全長一〇二四メートル。
本来セファールは地球の環境下ではここまで大きくなることが出来ないのだが、かつて捕食したオリュンポスの神々によって地球環境に適応したことで“ある地点”まで成長の限界が引き上げられている。
目的こそ知らないが機能として有している文明の捕食能力を利用し、“星を自身と同化させる”ことで世界を保護した。
実際、こうしていなければ神の唐突な激減により、突然に自立を求められた人々も変化に耐えられず減少を始めていたほか、神秘が減退する流れになる前に神代が強制終了したため、放し飼い状態の神秘が星の寿命を極端に減らす結果を齎していたと見られる。
一応、世界の人々は信仰すべき神がいなくなった代わりに、その神の力も含んだ巨人が世界そのものになったという、法則の変化は肌で認識しており――何を信じるかはともかくとして、このまま生きていくことは可能だと理解している。
――世界との一体化により、世界に存在した“隠れられるような場所”は全て検められ、完全に均されている。
この、“異聞帯となるべき世界”に限ってだが、世界の裏側も存在しなければ妖精郷もない。
後の世界で『妖精監獄(アヴァロン)』『破滅の墓場』『監獄事故海域』『死の三角コーナー』などと語られる領域は、この世界独自の法則で新たに作られた異界である。

■聖剣使い
その剣気、遂に覚醒す――。
――ちょっと訂正。とっくに覚醒していたが、とある神霊の呪詛から解き放たれたことで百パーセント引き出せるようになった。
これまで自身を苛んでいた苦痛が消え去ったため、精神、肉体共に超絶強化。これ以上精神が強くなってどうする。
たった六年でここまで至ったのはこの呪詛によりきわめて大きな負荷が掛かっていたため。数倍の重力下で剣を振っていたようなものだったので、解放されて軽くなりはしたが、逆にこれまでと勝手が違ってやりにくくなっている。
なお、遊星の結晶を受け入れて身体の補強を行ったことで容姿が変わったが、セファールが彼女の在り方を尊重したため、“身体の耐久値”を除き一切に新たな補正は掛かっていない。
補強に神々が使われているものの、変換時に純粋なリソースとなっているため神性を受け継いでもいない。
ただし、補強の手段の影響はごく僅かに残っている。
身体は頑丈になった――なり過ぎたため、肉体は老いず死なない状態となった。魂はそのままのため、基本的には彼女の命は魂の衰弱に委ねられている。
セファールがこれからを始めるためには、自分が同行することが必須。世界をここで終わらせるのもアレなので、永き旅路の道連れとなることを決めた。

■聖剣
電池切れ。前話で聖剣使いの手から落ちている。
セファールと担い手がわちゃわちゃやっている間ずっと放置されていた。

■妖精
戦犯。気付いたら神々がほぼ全滅していた。
隠れられる場所も軒並みセファールと同化し、本気でヤベェと危機感を抱いた。今更。
とりあえず、『巨人はもう世界を滅ぼさない。聖剣使いと改心した(しろい)巨人は友達になり、悪い神様たちをみんなやっつけた!』という方向にシフトして引き続き広報活動に勤しむことにした。
どっかの異聞帯の戦犯たちよりはマシだろう。



一応、ここまでがプロローグとも取れるし、これである意味完結とも言える形。
今後はこの世界に関する“いつか”“どこか”の話を、断片的に語っていくことになります。
当たり前ですが年代は飛びまくります。千年単位とか余裕で飛びます。
また、ちょこちょこと異聞帯としての、“外”と繋がる話も。
毎日更新とはならないです。適度に、気楽にこの世界の終わりまでの旅路を楽しんでいただければ。


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番外/intro.

3、2、1、どっかーん!(サブタイは『番外』ですが本編です。)


『なぜなにカルデア』!!(非常に多くの独自設定を含みます。)


 

 ん? どうしたんだい、藤丸くん。

 異聞帯とAチームについての話?

 ……ふん、ふん……ああ、なるほど。まあ、落ち着いて考えてみれば当然生まれる疑問だね。

 

 世界に出現した異聞帯は全部で八つ。

 ロシア、北欧、中国、インド、大西洋、イギリス、南米、そして太平洋。ナンバリングした順だとこうなる。

 これらのそれぞれにクリプターと名乗るAチームのマスターたちが割り当てられているのだとしたら、確かに一人足りない。

 

 おっと、それは違う。Aチームはマシュを含めて八人で全員だ。隠された九人目がいたなんてことはない。

 いや、んー……実質的にそういうことになりはするのかな。

 そうだね、せっかくの機会だ。

 少し長い話になるけど、話そう。コーヒーでも持ってきて、ついでにマシュを連れてきてくれるかい?

 “私”は記憶こそあるけど、直接会ったことはないからね。

 マシュが直接触れ合っての印象も、重要な情報になる筈だ。

 

 

 さて。Aチームはマシュの他、七人の精鋭で構成されたチームだ。

 キリシュタリア・ヴォーダイムをリーダーとして、カドック・ゼムルプス、オフェリア・ファムルソローネ、芥ヒナコ、スカンジナビア・ペペロンチーノ、ベリル・ガット、デイビット・ゼム・ヴォイド。

 これは実際に特異点に赴く人数として、考えられる最大の人数だ。

 なんてったって、カルデアで召喚を行ってのサーヴァント運用を許可されていたのは七騎までだった訳だしね。

 ゆえにこそ、マスターとして選ばれたのが彼らだった訳だけど……まあ、契約の穴を突いたり真実を言いつつ欺くのは魔術師の常套手段だからね。

 

「――はい。その手段として、特異点攻略を行うAチームとしても、有事に備えるBチームからDチームのメンバーとしても数えられないものの、レイシフトに同行する顧問監督官が配備されていました」

 

 そう。この役職はカルデアに所属してこそいれど、正確には外部の組織からの出向という扱いだった。

 マリスビリー・アニムスフィアが口八丁で魔術協会を動かして、事前に人員を迎えていたのさ。

 人理焼却事件への対処において、カルデアの権限として許されている事柄の範疇を超える必要が出てきた場合、現地でその必要の是非を判断して意思決定を行う者。

 まあ、要するにあらゆる例外を正当化して後々魔術協会やら国連やらに代表として頭を下げてもらう不遇な役回りさ。

 特に英霊召喚なんてこんな事件に対して七騎では少なすぎる。もう始まる前から頭が痛かっただろうね。

 

 また、顧問監督官にはカルデアとは別枠で英霊召喚の権利が与えられていた。

 特異点でのAチームの作戦においては基本的に戦力とは数えず、あくまでこの人物の護衛として、だ。

 ……ここまで話せばわかるだろう?

 

 そう。顧問監督官は最初からカルデア側の人物。事実上、Aチームの一員だった訳さ。

 これは協会側も実のところ分かっていただろうけど、必要と判断された戦力が表向きでも自分たちの側にあるというのは後々都合がいいからね。黙認していたんだろう。

 召喚するサーヴァントはアサシン、もしくはエクストラクラスを予定していた。

 

 さて、役職についてはここまで。

 ここからは個人と、そのバックについての話だ。

 ……他に聞き耳を立てている人はいないね?

 マシュは分かっているだろうけど、藤丸くんもオフレコで頼むよ。正直、そんなに聞かれたくない人もいるしね。

 

 

 ――顧問監督官、ナジア・(アルビオン)・ハーウェイ。

 カルデアの大口スポンサーの一つ、西欧財閥から派遣された、エジプト出身の女性魔術師だ。

 人物としては一言でいえば……まあ、柔らかくもお堅い人物かな。

 

「丁寧かつ誠実。心の底から真面目な人です。ペペさんは彼女を指して――こほん、『ここまで自分を偽らず、仕事の時は誰にでも同じ顔をして、それでも信頼されることが出来る子もそうそういないわ。器用万能……いえ、とっても不器用万能ね』と――わ、笑わないでください二人とも!」

 

 いやあ、ごめんごめん。マシュ、何時の間に彼の声真似なんて覚えたんだい?

 まあ、その通りだ。人と接する性格にあそこまで裏表のない人物も珍しい。

 きっとそういう風に幼い頃から自分を律していたんだろうね。

 その上で――西欧財閥、魔術協会、国連、そしてカルデア……魔術師と交わる世界でこれだけの組織に面と向かって向き合える、Aチームと並ぶには相応しい天才だよ。

 ああいう人物が組織には欲しい。必要不可欠ではないが、リーダー以外で一人いると組織が非常によく回る……外部との仲介としてこれ以上ない人物だ。

 専門は錬金術と人形工学(ドールエンジニアリング)。勿論、魔術師以外とも関わるから現代の科学分野にも理解を持っているよ。

 

 ……ん? ああ、そっか。

 確かに、西欧財閥について話題に出すのは初めてだったね。

 名前くらいは聞いたことあるだろう? 世界有数の財力を誇る、その名の通り西欧を中心とした合体企業だ。

 その歴史はカール大帝が築き上げた神聖ローマ帝国にまで遡り、実に千年以上もの間、世界の経済を支えてきたとされる。

 こうした成り立ちからその立ち位置は聖堂教会寄りだけど、財閥そのものが内部で勢力争いしていて、横に長いからね。勢力によっては魔術協会とも太いパイプを持っている。

 彼女の所属するハーウェイ家はその中でも最大の勢力を持っていて、おまけに立ち位置は中立。どちらの関係も良いところ取りと言う訳さ。

 とはいえ、ナジア・ハーウェイはハーウェイ家と直接血の繋がった人物じゃない。

 

「……ダ・ヴィンチちゃん。その、ナジアさんは……」

 

 ……そうだね。だけど、彼女のことは藤丸くんも知っていないとならない。

 Aチームのみんなと同じく、カルデア解体の日に解凍される筈だった彼女も消失していた。

 順当にいくと、いずれかの異聞帯の担当となっている可能性が高いのだからね。

 

 正確に言うと、ナジア・ハーウェイは人間じゃない。

 ホムンクルス――それも、ホムンクルスを母体として作られ、出産によって誕生した特殊な個体だ。

 そういうことが実際に可能であることは知られているし、前例もあるにはあるけど、時間も掛かれば出来るのも所詮はホムンクルスなので採算が取れず非効率的……錬金術の分野としては悪趣味かつナンセンスな手法とされる。

 生まれた場所でそれを知らない者がいる筈もない。経緯は不明だが、何か理由があったんだろうね。

 

 彼女はアトラス院に所属していたとある魔術師によって作られたという。

 そして作成者の目的が果たされたとして十二歳の頃、ハーウェイ家に売却された。

 その後はハーウェイの養子として生きるようになり、やがてはアトラス院以外の部門にも関わるようになった――。

 …………、うん、彼女を知るのに必要な記録としてはこんなところかな。

 

「――、はい。わたしも異論はありません。――こうした生い立ちから各所の橋渡しとなるポストに至るまで、大変な努力をしてきたのだと思います。確かに規則や訓練には厳しかったですが……あんなに優しい目をする方と、戦うことになるのは……」

 

 ……覚悟だけはしておかないといけないよ、マシュ。

 もしも、そうなっていた場合は、彼女に勝たなきゃいけない。

 彼女は確かに、マシュに対してAチームの誰とも違う“慈愛”を向けていた。

 だけど、彼女は敵となった時、それまでの関係だったと割り切って新たな価値観で向き合うことが出来るタイプの人物だ。

 少なくとも、君と対峙している間は絶対に、かつてのナジア・ハーウェイとなることはない。

 マシュ、弛んでいるところを叱られるよりは、成長した姿を見せつけてやりたいだろう?

 

「……そう、ですね。あの頃は、よくナジアさんに心配されていましたが……今のわたしを披露したいという気持ちも確かにあります」

 

 それでよし。その強さをきっと彼女は評価してくれる筈だ。

 ……と、まあそんな感じさ。

 彼女がクリプターの一角となっているかは今もって不明だが、出会った時、くれぐれも油断はしないこと。

 純粋な戦闘能力に関してはAチームの面々とは比べるべくもないというのがデータを見た限りの評価だけど、彼女だってレイシフトを行うマスターとして選ばれた魔術師だ。ジョーカーの一つや二つ持っていてもおかしくない。

 それに、異聞帯での有利な立ち位置も彼女なら容易く手に入れることが出来るだろう。

 完全完璧、計算を上回っても即座に算出される次の方程式――きっと、彼女の盤面に隙は無い。

 何もかも彼女の手のひらの上だと思って戦った方がいい。

 まあ、いつも規格外をぶつけられる君には釈迦に説法かもしれないけどね!

 

 

 

 

 ――あー。やっぱり、そういうコト。

 ですよねぇ。カルデアの人員の顔写真を見た時からまさかとは思っていたけど、ほんっとに巡り合わせが悪いのなんの。

 ああいう性格、直さないと駄目だってのに、そのまま外に出ていくんだもんなぁ。そりゃあこういうことにも巻き込まれるって。

 

 ん? 彼女の担当異聞帯攻略に参加? 隙を作れる?

 ナイナイ! だって薄情なのが魔術師って生き物ですから!




■ナジア・A・ハーウェイ
身長:171cm
体重:56kg
出身地:エジプト・アトラス院
特技:錬金術、高速思考、分割思考
好きなもの:占星術、管理体制、安定
嫌いなもの:ギャンブル、怠惰、物語が終わりに向かっていく感覚
※カルデアにて提出されたセルフチェックシートによる。

太平洋異聞帯担当となる、クリプターの番外メンバー。
容姿イメージは女体化陳宮十年ほど成長したラニ=Ⅷ。
西欧財閥からカルデアに派遣された顧問監督官であり、Aチームと共にレイシフトを行う予定だった人物で、彼ら同様一回の英霊召喚保障と三画の令呪が与えられている。
そのため、可能な限り訓練などにも参加しており、面々との交流も普通に行われていた。
立場上はカルデアの上位組織からの監査官ではあるが、人理焼却事件を重く見ていたからか例外許可の発行には寛容とするつもりだった。
それを暗黙の了解としてカルデアで過ごしていたため他のマスターやスタッフとの隔たりもないが、ホムンクルスであるため彼女をマシュ同様備品と見ていた者も少なからずいる。
特徴的な交友関係は、そうした偏見のないペペロンチーノや、やや他のスタッフに対するそれとは異なる態度だったヒナコ。
また、ベリルとは互いの存在そのものが地雷のようだが、そこを互いに避ければ何故かそれなりに親しく見える。ベリル曰く「一対一ならこれほど気が楽な相手もいない。向こうだってそうだろうさ、一緒にいるなら危なくないヤツの方がいいもんな?」

Aチームのメンバー同様に爆発事故で重傷を負い凍結していたが、二〇一七年十二月三十一日の解凍作業直後に失踪。
キリシュタリア率いるクリプターの番外メンバーとなり、成し遂げようとする『神々の時代』の再来において最も脅威となる『全ての神を否定した可能性の高い人類史』の管理、対応を任された。
汎人類史への叛逆宣言時、キリシュタリアは原作通り「七人のクリプター」と発言した。これは彼女が番外であり大令呪を持たないため。
にもかかわらず異聞帯の生存競争に席を与えられた理由は、クリプターのうち二名が知るのみとなる。

キリシュタリアの能力、人格、思想を高く評価しており、その対価としてキリシュタリアも彼女に信を置き、ゆえに彼女()最も適した異聞帯を任せた。
以下はこの異聞帯の状況を知った彼女の発言である。
「……キリシュタリアくん。キリシュタリア。キリシュ。私はキミを評価しているし、ゆえにキミの信頼を嬉しく思うの」
「だけど、私は確かに聞いた。『この太平洋異聞帯こそ、私()最も適した異聞帯』だと」
「馬っっっ鹿じゃないの!? これ以下なんてないほど向いてないじゃないの!」
「適したってんならまだイギリスか南米でしょ! ちょっと! 応答して! 通信に出ろ! キリシュ!」
――彼女の異聞帯生活は明るそうだ。

■前書きのそれ古くない?
うるせえ!! FGOでもパロってただろ!!!!


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第八/intro.

――それは果てを目指す神話。
破滅と輝きの逢瀬から始まった星降る世界。
終点は無限の嵐と光を超えて、やがて滅びは新天地に集う。
その喝采は、誰のものか――。


 ――状況の変化を確認した。

   対価は、いま支払われた。

 

 選ばれし君たちに提案し、捨てられた君たちに提示する。

 

 栄光を望むならば、蘇生を選べ。

 怠惰を望むならば、永久の眠りを選べ。

 

 神は、どちらでもいい。

 

 

 

 ――怠惰は嫌いだった。

 亀の歩みが悪い訳ではない。隼の飛翔が悪い訳ではない。

 しかし、己の力はそこまでだと進歩を妥協してしまってはいけない。他の力はそんなものかと協調を諦めてはならない。

 足並みを揃えることが大切なのだ。

 それが最終的な結果として到着を早め、距離を伸ばし、より偉大な進歩に繋がる。

 少なくとも、自由を得るのは、目標に到達してからでも良い筈だ。

 

 

 

「カドックくん、自主練? あまり無茶はよくない。今のキミに必要なのは休息だよ」

「っ、うるさいな。さっきの訓練の結果を見ただろ。怠けている場合じゃない。あれじゃあチーム全体の足を引っ張ることになる」

「休むことは怠惰じゃない。根性論が絵空事以上の結果を生むのは本番だけだ。キミ、訓練で限界超えてもなんの自慢にもならないよ?」

「……ハーウェイ。アンタ、“そういうの”は否定しないのか」

「根性論のこと? 事実だもの。人間ほど曖昧な生き物はいないからね。カドックくん、ホムンクルスがどうして無茶をしないのか知ってる?」

「そりゃあ……そう作られていないからだろ。必要な時に必要なだけ力を引き出す。ホムンクルスってのはそれだけ正確な――」

「はずれ。無茶が出来ないんじゃなくて、無茶しても意味がない。引き出せる力以上に、使える運命が常に一定だから、許された幸運で戦うしかないってこと。人間には運命で引っ繰り返せる力があるんだから、訓練で使うのは勿体ないよ」

「……何というか、本当にらしくないよな。ホムンクルスから運命だの幸運だのって言葉を聞くとは思わなかった」

「まあ、私は心臓に結構いいもの使われてるし。運命力に関しては割とどうにでもなるけどね」

「今の会話でアンタに抱いた感情諸々返してくれ」

 

 

「それって、ホムンクルス――いえ、ゴーレム?」

「ええ。荷物持ちにホムンクルスは使わないよ。命令を与えるだけなら、ゴーレムで十分」

「私、ここまで綺麗なゴーレムは初めて見たわ。こう、岩塊ってイメージがあるから」

「まあ、必要な役割を遂行させるだけなら形に拘る必要はないもんね。効率主義な偏屈魔術師なら尚更、ここまではしない」

「……気を悪くしたら謝るけど、計算尽くめな貴女が魔術師の効率主義を皮肉るの凄いわね」

業務外(オフ)の軽口くらい気にしない気にしない。ホムンクルスもホムンクルスなりに、効率外を求める場合があるってこと」

「それ、凄く気になるわ。ナジア、詳しく聞かせてもらえない?」

「取引しましょう。私、貴女とキリシュタリアくんに進展があったか聞きたいわ、オフェリアちゃん」

「ちょっと用事を思い出したわ、失礼するわね!」

 

 

「……ちょっと露骨じゃない?」

「……そっちもね。というか何で貴女が本を読むフリなんてしてるのよ」

「休憩中に何もしていないのもどうかと思ったんだけど、この本前に読んだから全部覚えているのよね」

「……呆れた。仮にも顧問監督官なんだから、やることなんて山ほどあるでしょうに」

「やり切った。やり切り過ぎた。これ以上推敲すると逆に捏造を疑われる」

「仕事熱心だこと。カルデア内はともかく、外の人間は貴女を見習うべきね」

「人にとって、一日は色々成すには短いんだって。芥さんももっと色々やってみたら? ペペみたいに」

「結構よ。……ところで、なんでカルデアで私だけ“さん”付けなのよ」

「いや、だって……ねえ? 私はこう、アレで。貴女はそう、アレなんだし」

「貴女の“アレ”とやらをさも私が知っている風に言うのやめて。ともかく、私が違和感を持たれるようなことは避けてほしいんだけど」

「…………ヒナコちゃん」

「ないわ」

「ないね」

 

 

「あら、ナジア。なんか嬉しそうじゃない。良い事でもあった?」

「ペペ――ええ、ハーウェイから手紙が届いたのよ」

「へえ、良かったじゃないの。それは写真? ……キャ――――ッ! 何これ可愛い!」

「うわうるさ……でも、そうでしょ? 可愛いでしょ? ああ……もう、帰りたくなってきた。ジュリィ、全然ご飯食べてないな……身長伸びないぞ、そんなんだと」

「――大切な子たちなのね。それが、貴女がここに来た理由かしら?」

「そんな大層なものじゃないよ。私が選ばれたのは適していたから。私個人としては、あまり長く離れていたくなかった訳だし」

「まあ、そうよね。でも、そのために未来を捨てられないと思っているのも事実。違う?」

「正解。たとえ長く生きられなくても、幸せになることは出来る。その前提が無くなるのは、困るかな」

「素敵なことだと思うわ、それ。今日のお茶会のテーマは決まったわね。みんなを呼んできましょ!」

「…………惚気るよ?」

「大いに望むところだわ!」

 

 

 ――だから、誰も眠りを選ばないと、確信できた。

 異星の神とやらがどういう訳で、クリプターたちだけでなく私までもに機会を与えたのかは知らない。

 だが、Aチームに平等に機会が与えられているのなら、少なくとも膝を折る者はいない。

 であれば私がすべきは一つだった。

 

 

 

 

「――キリシュタリア。これ、言わないと駄目かな」

「そうだね。私も何を言い出すかは想像がついているが、自分のことを一番分かっているのは自分だ。遠慮なく告げてほしい」

「なら。――限界が近いよ。負けても、万が一勝ってもここで私は終わり。四つ目には行けない」

「……無理をさせ過ぎたと思っている。出来れば交渉ごとだけを任せたかったんだが」

「いいよ。それだけじゃあ納得できなかったのは私の勝手。キミの記録を塗り替えるために必要な、自分の怠惰が許せなかった」

「……なんの話か分からないな」

「分かっちゃうんだよね。慣れ過ぎてるって。キリシュタリアが自覚するものかと努めている“慣れ”は、私からしてみれば不自然過ぎる。だから、キミの終盤の記録を彩ってあげようと頑張ったんだけど」

「そうか。仕事モードのキミがそんなことを考えていたとは。……安心してほしい。キミとの旅は得難いものだった。オケアノスの乾杯は楽しく、セプテムの夕べは明るく、ロンディニウムの滅亡は鮮烈だった。だからこそ、こんな寄り道で終わるのは認めたくないが――」

「大丈夫。それも、分かる。私のためでしょ? でなきゃ、キリシュタリアがここまで私に優しい筈がない」

「……これは意識改革が必要だな。私は誰にでも優しいキリシュタリア・ヴォーダイムでいなければ」

「…………あー、エラー起こした。これは私のキラーパスがひどかった。ごめんキリシュ」

「ふ、心なしか顔が微かに熱い。“滑る”とはこういうものか」

「そういう一面、もっとみんなの前で見せれば良いのに。……さて、軽口はここまでにしようか。本例外事象の処理目標が十分切った。まあ、それだけあればキリシュタリアなら大丈夫か」

「そうなるよう努力しよう。こうなったなら、全力でキミを叩き潰す。この監獄塔から出て、人理焼却事件を解決するのは私だ」

「よく言った。こっちも全力でいくよ。そうして私は、『監獄塔の希望』としてキミを彩ってあげる――!」

 

 

 

 

 ――与えられた異聞帯は、太平洋。

 場所を地図で見た時、私は暫く思考を停止した。

 少なくとも汎人類史において、ここまで巨大な異聞の中心となるような場所はない。

 それを言えばキリシュタリアの大西洋異聞帯も同じだが――どちらも、よほどの汎人類史との違い、よほどの異聞としての深度を有しているのだろうと納得させた。

 ここはキリシュタリア曰く、恐らくはイギリスと並んで、都合の悪すぎる異聞帯。

 そしてほぼ間違いなく、異星の神にとってもクリプターにとっても脅威となるらしい。

 私が任されたのはこの異聞帯の管理と制御。

 そして、いざという時の例外許可の発行。

 空想樹を伐採しろとは言われていない。その強行は困難だと、キリシュタリアは予測していたのだろう。

 ゆえに私がすべきは、この異聞帯の王――ひいては住民たちに取り入り、動きやすい立ち位置を確保すること。

 必要な時にいつでもやるべきことが出来るよう、盤石な態勢を整えること。

 ――だったのだが。

 

 地球そのものが生まれ変わった新天地。

 新たなる土壌の上に成る世界こそが、その異聞帯だった。

 自然はまだいい。即席の計測器では振り切れてしまうほどの異質に過ぎる魔力量を持った、私の知識にない種の草花。

 これらは異聞帯ということで納得も出来る。

 剪定事象が現代まで続いた“もしも”の世界。歴史が一つ違えば、生まれ出る自然もまた変わるのは道理。

 しかし、自然そのものの在り方は変わっていない。

 木に生ったリンゴが地に落ちる。これが変わってしまえば、地球という星ですらない。ここは安心した。

 

 だが、この異様な“街並み”は――何と例えればいいのだろうか。

 文明レベルは汎人類史以上。しかし生活様式という観点では、汎人類史の大都市を模倣したように見えなくもない。

 その模倣の仕方が、本当に形だけだ。

 そう――設計図すらない、写真だけを見て、別世界で現地の資材を用いて再現したかのような。

 現に私が今いる場所もそう。

 

 整備された室内。そこにあるモノの機能こそ、見れば分かる程度に汎人類史でありふれたものが並んでいる。

 だがそれが何で出来ているのか。そして、“どうしてこういう形になったのか”が分からない。

 過程がまったく感じられないのだ。

 こういう発明から始まって、こういう失敗があって、こういう進歩を経て、こういう完成に至った。そんな過程など存在しない、“はじめからこういうもの、こういう形だと知っていて”作られたような異物感を、全てに対して感じる。

 何をどうしたらこうなるのか。この素材でどうしてこれを作ろうと思ったのか。そもそも、これはこの世界に必要なものなのか。

 疑問を呈し始めればいつまで経っても終わらないような、謎と謎で出来た芸術作品。

 はっきり言って、目を開けてこの部屋を見渡していれば気が狂う。

 そう、現実逃避気味に目を閉じていれば、思い出すのはこの世界に来た時のこと。

 

 

 

 ――悍ましさしか感じない、宇宙の柱を見た。

 高く高く天へと続く、宇宙にさえ届いているのではないかと感じる、一筋に伸びる星空。

 なるほど、あれこそが空想樹か。異聞帯を維持するほどの、認識の埒外にある物体ならば、怖気しか感じなくてもおかしくない。

 

 ――それが、はじめからこの世界にある、唯一の信仰の先であると知ったのは、十五分後。

 私こそが世界にとって異質であることはすぐに察され拘束。しかし追及もそこそこに解放された直後だった。

 曰く……この世界こそが地球という星であるという認識の現地民の言葉ではあるが。

 この星では“異邦人(フォーリナー)”は珍しくないようで、何も知らずにただ訪れてしまう者も少なくない。

 敵意、害意が無く、“それ”が“巨神王”から終焉と判断されないのであれば、七日間のみ滞在を許す。

 すぐに剣だの魔術だのを向けてくるような野蛮な民でないことに安心し、異邦人(フォーリナー)が多いという本命より気になる疑問をひとまず隠しつつ、私は交渉の前に優先すべき疑問を解決することを選んだ。

 即ち、空想樹の在り処だ。

 異聞帯を管理する身として、まずその場所は知っておかねばならない。

 空想樹という名を隠し、キリシュタリアから預かったその情報のうち問題のなさそうなものを開示し、私は現地民に尋ねてみた。

 もしかすると王に近い存在でなければ知らないかもしれないが、手掛かりだけでも得られれば、と。

 

 それってあれだろ。少し前に降ってきたけど、始祖が直々に対処されて、危険が無くなったから防衛機構として第一防衛線に送られたっていう。

 

 即答だった。さも常識のようだった。

 私が知らない間に、空想樹は現地民に回収され、それどころか何らかの機構に転用されていた。

 

 あまりの事態に絶句し、茫然自失だった私を心配してくれたのか、その人が異邦人用の宿泊施設に案内してくれたまでが、その日の出来事。

 そこからどうにか立ち直り、今日から頑張ろうと外に出て、明らかにこの星の住民ではない“お隣さん”と出会って、その瞳の先の何かに繋がりそうになって部屋に逃げ帰りそのまま引き籠っていたのが、二日目の出来事。

 そうだ。ここは異邦人の居住施設。前提が常識とかけ離れているが意味だけは理解できる。“そういうの”がいてもおかしくない。おかしくない。おかしくない。

 自分に全力で言い聞かせ、再度外に出て情報収集を開始。

 遂にこの世界の誰しもが知る、『妖精が残した創世神話』を聞くことが出来た。

 

 

 

 すべてのはじまりよりもむかし、せかいにはたくさんのかみさまがいました。

 

 ひとはかみさまにいのり、かみさまはひとにめぐみをあたえる。それがただしいせかいでした。

 

 あるとき、ほしがおちてきました。しろいほしは、きれいなきょじんになりました。

 

 かみさまたちは、きょじんとたたかいました。せかいはかみさまたちのもので、きょじんはそれをこわしにきたとおもったからです。

 

 きょじんはつよく、むかってくるかみさまたちをみんなたおし、たべてしまいます。そのたびに、きょじんはおおきくなっていきました。

 

 かみさまたちには、ひとにめぐみをあたえるよゆうがなくなりました。

 

 ひとをぜんぶまきこんででも、きょじんをたおそうとしていました。

 

 ところが、きょじんはひとをたいせつにしました。

 

 きょじんはじぶんのあしでひとをふみつぶしてしまわないようにひとのむらをよけてあるき、きにせずにむかってくるかみさまからひとをまもったのです。

 

 それをみていたようせいは、せかいがかわるのをかんじとりました。

 

 ほしみたいにあかるくかがやくせいけんをつくり、ひとりのおんなのこにわたしました。

 

 せいけんはせかいでただひとり、このおんなのこだけがつかうことができたからです。

 

 おんなのこはせいけんつかいとなって、きょじんとであいました。きょじんも、せいけんつかいも、おなじかがやきをもっていました。

 

 きょじんとせいけんつかいは、すぐにともだちになりました。

 

 それから、にせんかい、せかいがまわったころ、かみさまはついにおこってしまいました。

 

 きょじんがかみさまのようにいのられて、ひとがかみさまのようにかがやくのを、ゆるせなかったのです。

 

 だけど、きょじんにはかてないので、かみさまはせいけんつかいをのろいました。

 

 せいけんつかいはくるしんで、でも、きょじんをかなしませたくないので、わらいました。

 

 きょじんはせいけんつかいにしんでほしくはありませんでした。そして、せいけんつかいをのろったかみさまにおこりました。

 

 だから、かみさまをすべてたべてしまい、そのちからをつかって、せいけんつかいをたすけました。

 

 かみさまがいなくなって、せかいがしんでしまいそうになったので、こんどはきょじんがかみさまとなり、せかいとひとつになりました。

 

 きょじんはひとをあいしていました。じぶんのおわりまで、とちゅうでなげだすこともできなくなりました。

 

 そんなきょじんをみて、せいけんつかいはただひとり、きょじんをたおすことができるそんざいとなりました。

 

 きょじんはせいけんつかいがだいすきで、せいけんつかいもきょじんがだいすきだったので、せかいのおわりまでいっしょにいることをちかいました。

 

 いつかきょじんがねむるとき、はじまりのやくそくははたされます。

 

 そのいつかは、とてもおだやかで、とてもうつくしいものになるでしょう。

 

 この、いまもつづくものがたりは、いつだってようせいがしゅくふくしているのですから。

 

 

 

 ――昔話というものは得てして改変されるものである。

 シンデレラは義理の姉妹に罰が当たることなく謝罪して和解を遂げ。

 三匹の子豚は三男以外も逃げ切って、狼も負けて逃げ去るだけで終わらず、謝罪してやっぱり和解を遂げ。

 赤ずきんには猟師という謎の新キャラクターが生えてきてまで狼から赤ずきんとおばあさんを救う。あとやっぱり狼も生き残って謝罪して和解を遂げる。

 

 それと同じだ。

 これぞ神代の終わり――英雄王の誕生よりも前にあったはじまりの衰退たる、セファール伝説の新解釈。

 白き巨人セファールと聖剣使いは無二の親友となり和解して終了。ちなみに神は全滅した。

 ああ、素晴らしきハッピーエンド!

 

「――なんて言うか――! 馬鹿! 馬鹿! ほんっと馬鹿! 何がもしもの人類史(ロストベルト)だバーカ!」

 

 全ての理解を放棄した私はその時、とりあえず次に会ったらキリシュを絶対にぶん殴ろうと心に決めたのだった。




■前書き
CMにある語り的なの。

■支払われた対価
ナジア・A・ハーウェイは第三特異点であったロンドンを攻略した後死亡し、第四特異点からはキリシュタリア・ヴォ―ダイムのみでの攻略となった。
脱落は特異点攻略中にあった“躓き”であり、二人纏めて監獄塔に幽閉される。
そこに恩讐の鬼の助けはなく、最後は二人のどちらかのみが外に出られることを知り、ナジアはこの出来事こそが『監獄塔の希望』とならんことを願い、戦いの末キリシュタリアを外に送り出した。

■太平洋異聞帯
ナジアが最も適しているとキリシュタリアが判断し、管理を任せた異聞帯。
一万四千年前の、白き巨人と聖剣使いの盟約が契機となり、新生した世界が土台となっている。
世界中の人々が意思を一つにすべき過酷な事態が続いたことで、防衛のために文明レベルは上がり、汎人類史を超える技術力を持つことになった。
昼夜問わず空へと一筋に伸びる星空の柱が特徴。これが世界唯一の信仰の先。
世界の最前線とされる異聞帯中心地は、汎人類史にほど近い街並みを、全く異なる素材を用いて見様見真似で再現したような、汎人類史を知る者が見れば異質さしか感じられない未来都市となっている。
また、異邦人(フォーリナー)の来訪はありふれたもので、幾つかの基準で敵意・害意がないと判断された場合は異邦人証明が発行され、七日間の滞在を許可される。
そのため地球外生命体が観光客感覚でいる場合があるが、異邦人の扱いは地区によって幾らか変わるという。

■空想樹オメガ
太平洋異聞帯に根付く筈だった――根付いていることになっている空想樹。
他の空想樹同様のタイミングで発芽したが、あまりにも世界が異物に対して敏感だった。
始祖――つまりは巨神王と聖剣使いが直々に対応し、回収され、宙を睨む第一防衛線に最新兵器“オメガ”として送られた。
オメガとは異聞帯中心地に該当する地区の名称。偶然空想樹の名称と被った。

■創世神話
この世界において誰もが知る、はじまりの物語。
特に、白き星が世界に落ちてきてから、セファールと聖剣使いの盟約までの物語を指す。
人によって各部の解釈が分かれており、幾つかのパターンを成しているが、「大筋の物語を妖精が祝福している」という点はほぼ共通している。
これは一万四千年前の実話。戦闘王女や語り部の魔女すら誕生する前の出来事であり、実態を知る者はセファールと聖剣使い自身しかいない。
何人かの歴史研究家が本人に直撃したものの、大体を否定されたり、言っていることが毎回変わったりするため、真相は謎のままである。
この神話を一から学ぶ場合、以下が人気である。

『はじまりのものがたり』
妖精が直に紡いだという伝説がある物語。
記録としては最古のものであり、遠く離れた土地に同じ話が存在したことから、「妖精が世界を旅して語り継いでいたのではないか」とされる。
短く纏まっており、実のところこの神話を描く大体の文書はこれを基にしている。
絵本にもなっているため、ほぼ全ての幼児が最初に触れる昔話。

『創世記』
セファールと聖剣使いの対話形式を主として語られる作品。
まるで見てきたかのような、やけに質感のある描写が特徴で人気があるが、研究者からは「始祖を侮辱している」と否定的な意見が多数あった。
ところが聖剣使いに本書の内容が真実か聞いたところ、「そんなの覚えていない」「覚えていないけど私たちはこういうことは言わない」「セファールジョークは言ってた」という回答が返ってくる。
本書が否定されていた最大の要因であったセファールジョークだけは真実だとされたことから、一気に歴史書として重要性が高まることになったという経緯がある。

『回想録』
聖剣使い自らが記した、かつてのセファールへの印象を綴った短い話。
曰く聖剣使いの暇潰しであったようで、冊子程度の薄さだが、本人の著書であることから、ある種上記の二つより重要視されている。
ただし非常に辛辣、かつ「いらん使命感で戦うことになった」みたいな愚痴が大半であることから「聖剣使い様のエイプリルフール企画」「いや、聖剣使い様の照れ隠し」ともっぱらの評価。

『聖剣はかく語りき』
近年になって某氏によって執筆された、創世神話を元ネタにした小説。R-18。
創作であることを明言した上で、セファールと聖剣使いによる、創世記の騒乱に揺れる禁断の愛を描く。
戦いの中で愛を描いた物語としては本人が実話と認めた『ラグナロク戦記』が不動の人気であり、こちらはあくまでフィクションかつ始祖の話かつ妙な湿度を持つため、非常に人を選ぶ。
発売から暫くして色々な手違いから聖剣使いの手に渡り、完読した後に「あり得ない」と断じられ、何やかんやあって『新約異聞』という末端の末端の末端クラスで公式化した。



次回からはまた、セファールと聖剣使い二人の時代に戻ります。


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革新

~セファールによる世界同化開始から約一年後~


 

 世界のテクスチャの書き換えを始めてから、大体一年くらいが経過した。

 多分、外部から見れば、ただ私は突っ立っているようにしか見えないだろう。

 これでも地球に力の“根”を下ろし、同化作業を進めているのだ。

 この世界は広い。外側だけでなく、内側――概念的なもので何処にあるとか説明しにくい場所ではあるが――にも広がっており、それら全ての法則を上書きするというのは一大事業だ。

 神々の遺した法則も多い。これらを或いは引き継ぎ、或いは喰らって新たな力とする。

 みるみるうちに自分の存在は大きくなっていく。この体に還元していないため相変わらず全長は千メートル超で停止してはいるが。

 さて――ここで問題がある。

 こうして立っているだけで行っている作業だが、割と意識は自由となっている時間が長い。

 要するに、暇だ。どうしようもなく暇なのだ。

 あまり街を見下ろしているというのも人々にとってはやりづらいだろうし、基本的に私は反対側――海になりつつある地平か、空を見上げている。

 相変わらず、夜になれば星空はどうしようもない程に綺麗だ。

 星空を見上げるのは好きだ。無限の瞬きは夜の訪れから朝までずっと見ていても飽きない。

 しかし、昼は割と暇だ。今侵食している部分は文明もないひたすらの荒野だし。

 

 そしてセイちゃんも今日は来ていない。

 来ていれば一日などあっという間に終わるのだが、彼女も剣の腕を磨くという日課が存在する。

 私と対等であってくれるという面はとても嬉しい。

 それはそれとしてもうちょっと会いに来てほしい。

 ウサギ耳を持つものは寂しがりなのだ。そういえばこれ、耳でも何でもなく、機能すらないただの装飾らしい。なんだよ。

 

 ――そんな風な、日常的な悩みを抱えていたのだが、その時思い至った。

 使い魔作成という、この体が有する機能がある。

 自身の分身(アバター)を作成する能力だ。

 これによって私の要素を切り離して再構成を行い、分身であるマテリアルボディを作成、意識を遠隔で共有すれば、ここで立ったままもう一つの私が活動することが出来るじゃないか。何故今まで思いつかなかった。

 

 

 早速、自身から力などの構成要素をごく一部切り離し、それを操作して新たな形を組み上げていく。

 目指すのは一メートル六十センチほどの人型だ。

 手の上にある立方体は五十メートルはある。力の出力加減を間違えたようだ。

 だが、練習台にはなる。終わったらまた食べて還元すればいい。ここで良いものを作れれば、完成も近い筈だ。

 

 ――そうして出来たのは、黒い肉塊がいくつも組み合わさり、裂け目から無数の赤い目が覗く不気味極まりない触手のような何かだった。

 

 何故だ。何をどうしてこうなった。この体は一体何を受信した。

 縦に長くなったのは分かる。人型を作るために、縦長を目指して組んでいたのは事実だ。

 だがこんな、何を元にしたのかも分からない謎触手を目指した覚えはない。

 冷静になれ私。自分の分身となるのだ。もっと慎重に要素を操れ。

 機能の名称を確認し直せ。『使い魔作成』だぞ? 自分の分身にして使い魔だぞ? こんな悪趣味な使い魔がいて堪るか。そんなもの運用している輩がいたら絶対仲良くしたくない。近付かないでほしい。

 見たくもないので目を瞑り――本当は握り潰したかったが勿体ないので飲み込む。舌を、喉を通っていく感覚が絶望的に気持ち悪くて、もうなんか何もしたくなくなった。今日はここまででいいだろう。

 

 あまりに気落ちしていたのが見えたのか、セイちゃんが来てくれた。元気出た。明日から頑張ろう。

 

 

 次の日。昨日の反省を活かし、小さく、より小さく要素を切り離した。

 今度は二メートルちょっとほどの大きさ。まだ完成体とするには大きいが、二回目にしてかなりの進歩と言えるだろう。

 人型だ。私がこのサイズになったと想像するのだ。二メートル級セファールだ。

 縦長を意識しろ。柱にはしない。人体というのはもっとこう、芸術的だ。

 体のほかに手足があって、顔があるのだ、そう、こんな感じ。とても良い調子だ。

 

 ――そうして出来たのは、四方向に伸びる腕と、細い足、顔を縦に裂く大口を持った、光沢のある黒い体だった。

 

 だから何故だ。どうしたというんだ。もう少し理解できる失敗をしろ私。

 まずなんで腕が四つある。二つならまだ分かる。こんな広げたらプロペラみたいになる人体を私は知らない。

 あと、強度が足りず力なく曲がっている点はともかくとして足の形だけ無駄によく見えるのはなんなんだ。私は別に足に特殊な拘りを持っている訳じゃないぞ。

 で、口。ふざけているのか。顔に必要なのは口だけじゃないぞ。なんだこの占有率は。

 そもそもどうしてやたらと黒くしたがる。私の星空みたいな体を再現しようという無意識か? ならせめて青系統から攻めろ。黒から攻めるな。

 失敗だ。これは人型と呼ぶには抵抗があり過ぎる。斬新とかカリカチュアとかそういう問題ですらない。こんな新しいヒトのカタチ認められるか気色悪い。

 この形が許されるのだとすればケタケタとせせら笑って人類を滅ぼす化け物くらいのものである。そんなのこの世界に湧いてきたら全力で消し飛ばしてやる。

 ……腕の強度だけ結構しっかり出来てるな、これ。

 命令を送ってみれば、後ろの腕と足で体を支え、前二本の腕を上にあげひらひらと振った。白旗である。何故か気分が悪くなったのでこれも呑み込んだ。

 

 何とも言い難い後味の悪さのようなものを察してくれたのか、セイちゃんが今日も来てくれた。元気出た。明日から頑張ろう。

 

 

 それからおよそ一ヶ月。遂に納得のいく形の分身が完成した。

 人に比べて大きな手などを調整し、バランスを人に近付けた超小型の私である。

 身長、ぴったり一メートル六十センチ。理想的と言えよう。それに、この形状は記憶領域に保存したのでもう量産すら可能だ。

 最初の二つの失敗から、本当に苦難の連続だった。

 やっぱり黒くなった厳つい炎の巨人だの、頂点に枝分かれした角の生えたもふもふの毛玉だの謎の発明がいくつも生まれては消えていった。

 一度、私とは似ても似つかないが、感心するほどに美しい人型が出来た時はそれを採用しようと思った。

 長いブロンドの髪に穏やかな表情、何故か付属した色鮮やかな蝶の翅――あれではセイちゃんに会っても分かってくれなさそうだったので結局不採用としたが。

 

 まだ改善点はある。

 何より強度が足りていないのだ。自立するための最低限のものは有しているが、激しい運動などは不可能だ。

 しかし、その辺りはまた後でも構わない。これでようやく、私からセイちゃんに会いに行くことが出来るようになったのだ。

 意識を飛ばし、共有を行う。白い巨人としての私と、小さな私。どちらも正しく自分の体であり、二つを同時に持つというのはやはり慣れがいる。

 手の上で暫くその体を動かす練習を積む。

 歩いて、そして――

 

『――喋れる。完璧』

 

 これで大きさの壁というものも無くなる。動くのに不自由も無くなる。

 ちゃんと動けるようだし、セイちゃんと会う時は此方を主にすれば良いのだ。

 彼女も喜んでくれると確信して、そっとその体を下におろす。流石に飛び降りたら死ぬ。というか高いね、手の上って。え、なんでセイちゃんこんなん飛び降りて着地出来るの?

 

『よし、行く』

 

 ともあれ、これでめでたく人間サイズで地上を踏みしめることに成功した。

 人類の――訂正、白い巨人の偉大なる一歩である。この一歩は小さいが――本当に小さい、いつもの一歩の数百分の一だが、私にとっては代えがたい一歩なのだ。

 

 草花が足をくすぐり、木は私よりも背が高い。

 どこか、ひどく懐かしい感覚に浸りつつも、セイちゃんの小屋を目指す。

 この体で歩いてもさほど長い距離がある訳でもない。

 街のはずれの開けた場所にぽつんと立つ小屋――その近くに、その姿はあった。

 長年を共にした相棒たる聖剣を握り、振り上げて、振り下ろしてを繰り返している。

 集中している。邪魔するのは気が引けるが――駄目だ、抑えきれない。

 

『セイちゃん』

「え……ん――? へ、あ……は?」

 

 妙に多種多様な反応が矢継ぎ早に返ってきた。

 まあ、分かる。驚いているのだろう。そうなることは予想出来ていた。

 私はこんなことも出来るのだ。私だって成長しているのだ、と腕を組み、胸を張る。

 ――その表情が、何か、変わった気がした。

 

「……あー……なるほど。油断した。そっか。まあ、当然、いてもおかしくないですよね。いや、おかしくはあるんですけど」

『え?』

「あ、声が同じ――なら喋らなくて結構です。喋らないでください。喋ったら斬ります」

 

 なんだ? 空気が変わったぞ。

 発される何かは目の前の少女から感じたこともない冷たさ……もしくは熱さ。

 ごめん、分からない。私セイちゃんが分からない。今、彼女に何が起きているの?

 

「問いは二つ――いつ産まれたんですか? あと、父親は誰ですか?」

『――、…………ん?』

 

 聴覚がバグっているだろうか。何を喋っているかは分かるのに何を言っているかが分からない。

 いつ産まれたかは、多分七年前。父親は知らん。管理者の名前も消えていたし。

 そう答えるのは良いとして、何故このタイミングでそんなことを聞き出すのか。

 これは……あれだな。混乱している。錯乱かもしれない。

 ちょっと落ち着かせた方が良い。セイちゃんがいつもより変だ。

 

『セイちゃ――』

 

 しかし、その判断は少しだけ遅く――

 

「――セファール以外にセイちゃんと呼ばれる筋合いはありません」

 

 横に薙がれた一筋の閃きが、マテリアルボディを真っ二つに断ち切った。




■セファール
一乙。死因はマテリアルボディ試作型が聖剣使いにぶった切られたこと。
世界のテクスチャを塗り替え始めて一年が経過。空想樹より先に空想の根を落として地球を漂白した女。
暇だし聖剣使いも遊びに来てくれないしで寂しくなり、市井に出るためのマテリアルボディの作成を始めた。
本体の意識を共有するため、マテリアルボディとは完全な同一存在となる。
まだ人と同じ大きさである体の構築に難儀しており、そのサイズと強度の両立には時間が掛かるようだ。
ちなみに現在のマテリアルボディ、非常に脆弱で耐久値も人間の数パーセントという有様。
ただし害意のある攻撃に対しては強大なダメージカットが発生するようになっている。でも死んだ。

■聖剣使い
街のはずれ――セファール寄りの土地の小さな小屋を貰った。
セファールに一番近い場所というのは本人の希望であり、彼女の監視、そして最前線にいることで街の人々が安心するという理由。
軽くなった体を慣らすことに未だに苦心。ただ、聖剣がいきなり切れ味を取り戻したことは嬉しい。光らないけど。
色々な勘違いの挙句、遂にセファールを斬った。
事情はともかく成長は成長であり、革新である。この故事から後の世界では二十歳が成人の年齢と定められるようになった。(諸説あり)

■聖剣
取り戻す切れ味なんて最初からない。ないんだけどなぁ……。

■マテリアルボディ失敗作その1
裂け目から赤い瞳が無数に覗く黒い肉塊の柱。
あまりにも不気味なため、誰の目に入る前に口に含み、その感触に嗚咽を零しつつも呑み込んだ。世界最古の触手プレイである。

■マテリアルボディ失敗作その2
人型と呼ぶには斬新という域すら超越した新しいヒトのカタチ。
妙な美脚と腕の丈夫さが売りだが、腕を動かしてみたところ得体の知れない気分の悪さを覚えたので呑み込んだ。白旗……? 何のことでしょうか……。


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偶像

ウルト兎様より、本作の異聞帯のタイトルイラストをいただきました!
本作のタイトルページに掲載しております。素晴らしくかっこいい。


 

『ひどくない?』

「……っ」

 

 死んだ。本気で一回死んだ。

 意識の共有をした分身が、本当に死んだ。

 セイちゃんに真っ二つにされて、意識の共有が中断された。

 

 最後に聞いた言葉から、どうもこの分身が私であるということを知らなかったらしい。

 とりあえず分身を修復し、落ち着かせて話を聞いた。

 何を突然血迷ったのか。

 おかげで本体の方で宥めることになった。

 それで聞いた真相は、まあ、別に長々と語るようなことでもない。

 

 ――要は、私の分身を私の娘だと勘違いして衝動的に殺意が沸いたらしい。

 

 ごめん。ちょっと待って。分からない。やっぱり私セイちゃんが分からない。

 娘だと思ったってのは百歩譲るけど、“父親は誰なのか”のくだりと、娘だからとぶった切ったのが本当に分からない。

 そろそろこの世界において常識になったかもしれないが私は白い巨人セファールだ。

 何者かに作られた存在であり、何かしらの種族の一個体ではない。

 生殖能力もないし、セファールとはあえて言うなら単独種である。父親云々の前に、その対象となり得る存在として該当する個体がこの宇宙に一体もいないのだ。

 というか、セファールにそういう生態があったら困る。

 こんな星一つ丸ごと掌握できるような巨人、他にいて堪るか。

 

 そして、仮に私の娘がどういう訳か産まれたとして、何故それをあんなに濃厚な殺意付きで斬ったりしたのか。

 私だったから良かったものの、別の意識を持っている別の生命だったら大惨事だぞ。

 あれか。いつか私を斬らなければならないから、その娘で訓練とかリハーサルとか。そんなことある?

 いや、確かに私以外であれば、セイちゃんが知らないうちにこの世界にいたというのは想定外を生む可能性がある。

 だからと言って問答無用が過ぎないか。私はセイちゃんにそんな蛮族になってほしいと願った訳ではない。

 

 ――で、そんな、呆れにすら至らないくらいには馬鹿馬鹿しい勘違いをどうにか聞き終えた訳だが。

 セイちゃん、顔を両手で覆って絶賛悶絶中である。

 この手の勘違いは得てして恥が生まれるものだ。いらぬ勘違いを向けていた者にバレれば、尚更に。

 ちなみに聖剣はセイちゃんがゴロゴロしている場所の近くに転がっている。担い手の醜態を見てあの玩具(つるぎ)は何を思うのか。

 私としては、まあ、このままでも困るし慰めたいとは思うのだが。

 そうだとしても。如何に私がセイちゃん全肯定巨人だとしても、流石にその勘違いでぶった切られればそれなりの感情は抱く。

 あまり詰るつもりこそないが、少しくらいは文句も言いたくなるものだ。

 

『確かに、説明もせずに突然この大きさで現れたのは、少しは非があるかもしれない。でも、そういう勘違いをしたならすぐに剣を向けるのはどうかと思う』

「……っ」

 

 少しだけ思い出したのは、セイちゃんと出会って間もない頃。

 確か、聖剣に選ばれたばかりだと言っていたっけ。

 あの頃はセイちゃんは無鉄砲で、自暴自棄になっているかのようだった。

 ただただ闇雲に私に聖剣を叩き付け、それしか出来ない自分を恥じているような――そんな印象を受けていた。

 

 今回のそれとは羞恥の方向性が違うだろうが、どこか懐かしさを感じる。

 どちらかというと、無気力なようで面倒見の良い性格のセイちゃんだからこそ、こういう仕草は珍しい。

 その弱さを一体誰が知っているだろうか。

 この様子をずっと見ていたくはある。正直、物凄く“そそる”のだが、そろそろ転がるのはやめたらどうだろうか。

 草と土まみれになっているぞセイちゃん。

 

「っ……っ……」

『……』

 

 ――まあ、もう暫くこのままでいいか。

 それより聖剣だ。冷静に考えると、私今あれに斬られたな?

 前世の記憶と精神はもう、大半が思い返すことも不可能なほどに曖昧になってしまってはいるが。

 あの聖剣が武器として成立するようなものではないことは覚えている。忘れる訳がない。

 セイちゃんがそれを使って鍛錬を積み、剣士として成長していたのは知っているし、この体が人間にも及ばないくらいの強度であるのは事実だが。

 それに今、斬られたのか? このセファールが?

 

『……』

 

 何だろう。あの聖剣、いつの間にかすり替わっていたりしていない?

 もしかすると、この時こそが違和感を解消すべき時なのか。

 放り捨てられた聖剣に、セイちゃんの様子を気に掛けつつも手を伸ばし、

 

『……っ?』

 

 妙に――妙に嫌な感覚を覚え、手が引っ込められた。

 問題ない。問題はないとは思う。あの聖剣に触れたところで何も、私の身に起きることはない。

 だが、何か、あの聖剣を私の存在そのものが天敵と認めてしまっているような――

 いや確かに私はセイちゃんとその聖剣によって終わると、そう決めてはいる。

 そしてこれこそが聖剣であると、誰しもがそう願い、確信しているのだが……この釈然としない気持ちは何か。

 

「……何してるんですか。聖剣は渡しませんよ」

『あ、セイちゃん』

 

 復活したらしい。だいぶ乱れた格好で、頬を赤く染めたセイちゃんが前に出てきて聖剣を手に取った。

 今の格好だけ見れば、あらぬ間違いでもあったのではないかと思えるものだが、その実、単に悶絶していただけである。

 街の誰もそれを見ていないし、それを目撃したのは私だけ。何も問題はない。

 

「……なんか、すみませんでした」

『え、ああ、うん』

「貴女が死んでいないようで何よりです……私のうっかりで世界が終わりとか、神様にも妖精にも顔向け出来ませんよ」

 

 律儀だねセイちゃん。

 神々は最後の最後でセイちゃんに手を出して、それが世界が変わるきっかけになった。

 私はそれなりに思うことこそあるが、セイちゃんが何を思うような相手だろうか。

 それでもって妖精は――見たことないが、セイちゃんにあの聖剣を渡した存在じゃなかったか。

 その時点でまともでないような気しかしない。まあ……こうして聖剣が縁を結んだからこそ今があるということも否定できないので、妖精については悪い印象は持っていないが。

 

『一応、存在の中心は本体だから。分身が死んでも死なない。死ぬほど驚いたし、怖かったけど』

「だからすみませんって……本当に反省しているんですよ。もうちょっと、存在を感じ取れるようにならないと……」

 

 よく分からないが、セイちゃんの鍛錬の方向性が定まったらしい。

 それで彼女が強くなれるのなら、まあ、死んだ価値もあったと言うべきか。

 

「……その体でもそこそこ、考えていること分かりますね。その狂った思考、そろそろやめた方が良いですよ」

『セイちゃんに言われたくない』

「私は貴女よりはまともです」

『そうでもない』

「いいえ。私の方がまともです。人間なめないでください」

『そっちこそ、世界(セファール)なめないでほしい。世界(セファール)こそルールだ』

 

 やいのやいのと言い合う。

 それはいつもと変わらないが、違うのは私とセイちゃんのサイズ比。

 巨人と人間という、数百倍ものサイズ比ではなく、今は殆ど同じくらいの背丈。

 ゆえに言い合いの中で――自然な流れのように、彼女が私の頬を摘まんだ。

 

「…………」

『……セイちゃん(へいひゃん)?』

 

 無表情のセイちゃんに頬をふにふにとされる謎の時間。

 彼女の今の感情は何も伝わってこないが、これ私もやり返してよいパターンだろうか。

 

「……セファール。この分身、意識共有しなくていいので、もう一つ作れます? 壊してもすぐに治るようなのが良いです」

『出来ると思うけど後半の要求が不穏過ぎてやりたくない』

「動けなくても良いです。ちゃんと立てるだけのもので大丈夫なので」

『話聞いて?』

 

 分身はやろうと思えば量産できるだろうし、意識の共有をせず、行動の命令も組み込まなければ即ちそれはただの人形。

 それに自動修復を掛けるのは――やったことはないが、それ一つ作るだけならそう難しくはないと思う。

 だから私にとって負担ではないのだが、一体この少女は何を受信したのだろう。

 その分身の頬を引き千切ってストレス発散とか考えていないだろうか。そんなにストレス溜まっているのだろうか。街の人で鬱憤を晴らされるのは困るけど、かといって私の分身がサンドバッグになるのは悲しい。

 

 ――そして、何だかんだでセイちゃんの説得に折れて、分身を納品したのは数日後。

 後日、それが彼女が剣の鍛錬をするための、都合よく再生する“的”になっていたと知り、私はセイちゃんと本気で喧嘩をしたのだった。




■セファール
誤解が解けたので存分に聖剣使いとイチャイチャしていた。本話は本当にそれだけだった。
羞恥に悶える聖剣使いを見て、良からぬ扉が開きかけた。その扉が完全に開かれると人間に厳しすぎる世界になるのは必定となるため、聖剣使いのみがカギを開けられる。
聖剣使いの要求に負け、マテリアルボディを一体納品。
結局目的は明かさなかったため、『家での寂しさを紛らせるとかそういう理由なのではないか』と自分に言い聞かせたのだが、後日それが剣の錆になっていたと知り、流石に怒った。
世界最古の“的”である。
――これは巨人と聖剣使いの初めての、思想の対立による争いとされている。
その原因は巨人が贈った自身の偶像であるとされ、このことから後の世では巨人の偶像を作るのは基本的に禁止とされている。(諸説あり)
それが許されるのはごく僅かな民のみで、ゆえにほんの僅かなそれを巡り醜い激しい争奪戦が繰り広げられているとかいないとか。

――彼女を元に霊基を仮想した場合、アンチセル/ヴェルバー02という特殊クラスがあてられる。その他、この世界限定のルールで裁定者の適性を持つ。
本来最も適性の高かった降臨者としての性質は、世界との同化によって失われており、この世界に顕現した場合は降臨者となることはない。
また、これから先、彼女がどのような結論に行き着くとしても、獣の性質を手に入れることは決してない。セファールという存在の構造上、最初に定義されるのは『破壊』であり、『愛』が最初に定義されることがないためだ。
『愛』→『悪』の流れが完成したとしても、セファールの存在意義として最初に『破壊』が存在するため、それは『愛ゆえの悪』ではなく『破壊ゆえの愛ゆえの悪』という、獣とは違う歪んだ災害となるのみである。

■聖剣使い
誤解が解け、その誤解をした事そのものに対する自分という存在が分からなくなり、羞恥に抱かれて溺死しかけた。
一応立ち直りはしたのだが、度々これが原因で揶揄われるようになるため、ある意味では受難の始まりである。
斬ったのは耐久力の低いマテリアルボディではあったのだが、『巨人の分身を斬った』という事実は瞬く間に街に広がり、聖剣使いの力を疑う者たちの心変わりに一役買った。
マテリアルボディを要求したのは的のためというのは前述の通り。いつかセファールを斬るという運命を果たすための予行練習である。
……まあ、それはそれとして、剣を振る時以外は小屋の中に入れてはいるらしい。室内での扱いについては不明である。

――彼女を元に霊基を仮想した場合、性別情報にジャミングが掛かり、剣士であると同時に巨人の分体という特性が付与される。一応元はただの人間である筈なのに本人から宝具までワケの分からん霊基である。
霊基の検証を行った伝承科出身、降霊科出身、現代魔術科のロードという三人の魔術師曰く「この存在を構成するものがあるとすれば、それは別の銀河の粒子である」「ウォーズじゃ、セイバーでXなウォーズが来る」「何がIFの人類史だバーカ! 滅びろ異聞帯!」とのこと。

■聖剣
聖剣使いが装備時、自身に[セファール]特攻状態を付与+[セファール]に対して宝具威力がアップする状態を付与+[セファール]への攻撃時、防御力アップ状態と回避状態と無敵状態を解除する状態を付与。


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会合/intro.

~現代:クリプターによる第一回暗黒円卓会議当日~


 情報の報告や共有を行う際、私たちはキリシュタリアが担当する大西洋異聞帯にある、円卓を利用して通信を行う。

 これがかの円卓の騎士を模しているならば、あるべきはイギリスの異聞帯ではないかとは思うが――まあ、あの国に異聞帯が出来るとしたら、碌なものになるとは考えにくい。

 こうして、落ち着いた話をするのなら安定した異聞帯に場所を作ってこそだ。

 大西洋に居を構える、ギリシャ世界。

 流石はキリシュタリア。この異聞帯で地位を確立し、こうして場所を用意するまでの早さは私をして驚くべきものだ。

 ――とりあえず、あの意味の分からない世界から追い出されないことに必死になっていた私とは大違いである。

 いや、それは異聞帯の環境の差。仕事である以上、調子を取り戻しては本気になっての繰り返しだったが、それでようやくここまでだ。というか、それさえ危うかった。顧問監督官として、異聞帯から追い出されるとかあり得ない。

 

『いやあ、そっちはどうよナジア。あんたのことだから、もう親善大使! ってな感じで確固たる地位は築けてんだろうけど!』

「……ええ。大正解よベリル。クリプター親善大使。そんな肩書きは獲得したわ。死に物狂いでね。もう番外クリプターとか説明している暇とかないっての」

 

 本日は会合がある日だが、まだ時間は早い。

 キリシュタリアすら来ておらず、私が来て八分後に現れたベリルとこうして雑談に興じているという訳だ。

 

 そう。私は努力の果てにクリプター親善大使として、異聞帯に取り入ることに成功した。

 七日目も終わりかけた、ギリギリのタイミングである。

 異邦人(フォーリナー)証明。これはこの、太平洋異聞帯である世界においてありふれた存在だという外部からの訪問者に対して発行される、七日間の滞在許可証だ。

 七日間――正確には百六十八時間。近くなれば警告が発され、それでも滞在を続けて、この時間が経過した場合――強制退去が行われる。

 何処へって、大気圏外である。

 

 私のような“別の地球”由来の異邦人もいなくはないらしいが――それらに対しても扱いは変わりない。

 何処から来た異邦人に対しても共通した強制退去。

 しかし、例外は存在する。この世界の王など、ごく一部が無視できないと判断した場合のみ発行される延長許可。

 過去僅かしか発行されたことのない延長許可を、私は獲得したのだ。

 

『へえ。あんたが死に物狂いってなぁ珍しい話だ。『西欧財閥の人たらし担当』も名高いナジア・ハーウェイが!』

「その呼び方好きじゃない。等しく悪意があって困る」

『おっとこりゃあ失礼。まあ許せよナジア。互いに地雷は一つずつ、触れないのは恋と愛だけ。それ以外は全部冗談の範囲だろ?』

「まったく、調子がいいね、狼男さん」

 

 まあ、適当な反撃であればこのくらいだろう。

 ベリル・ガットと付き合うにおいて取り決めたのは、互いの一点については絶対に話題に出さないこと。

 私がベリルのそれに触れれば、彼のそれを否定することしか出来ないし、ベリルが私のそれに触れれば、私のそれを否定することしか出来ない。

 それに触れなければ、互いに使いやすい協力相手……もとい、仲間だ。

 

『それで? そんなナジアが苦労する異聞帯はどんななんだ? キリシュタリアが名指しで任せたんだ。よっぽどのものなんだろ?』

「……ええ。ベリル、セファール伝説って知ってる?」

『そりゃあ、まあ。あの手の終末案件はアトラス院の十八番だろうけど、そのくらいなら魔術師なら常識の範囲だろ』

「それが分岐」

『……あー、あれか。セファール完勝ルートみたいな。いや、あり得ねえか。それじゃあ人類史もクソもないよな!』

「うん。和解ルート」

『は?』

「セファールと聖剣使いが和解したルート」

『――――?』

 

 お、珍しい。ベリルのあの表情は初めて見たぞ。

 私たちはクリプターという括りで、汎人類史を敵に回した仲間ではあるが、敵同士でもある。

 いつかそれぞれの異聞帯は争うことになるし、異聞帯の情報はある程度隠した方が良いのだろうけど。

 まあ、このくらいなら良いだろう。そもそも、太平洋異聞帯と言っても、それだけでは想像がつくまい。

 どんな異聞帯であるか、最低限の情報は与えておかないと不和を生むというものだ。

 だからこれは後で皆にも告げておこう。キリシュタリアとデイビット以外は面白い反応を見せてくれる筈だぞ。

 

「セファールと聖剣使いが和解して、一緒に強い世界を作りましょうってなったルート。技術レベルは汎人類史より上で、神代の神秘もバッチリ残ってる。神は全滅しているから神代自体は終わっているけど」

『何そのぼくのかんがえたさいきょうの異聞帯。ナジア、あんた今仕事モードだろ? 冗談言う時じゃないんじゃない?』

「この通信だと分かりにくいだろうね、ベリル。私、碌に寝てないの。隈が出来始めているの。私に。自分の健康管理は基本中の基本のナジア・ハーウェイが」

『お、おう……お疲れさん……。あー、なんだ。こっちの異聞帯来いよ。酒とか旨いぞ?』

「行けたら行きたいものだわ。一日でも何も考えない日があれば良いリフレッシュになる」

 

 各種栄養素はタブレットで補給しているから、今のところ問題はない。

 だが、作り置きも材料もいずれは切れるし、そうなれば――この世界のものを食べなければならないのだろうか。

 魔力の測定に使っていた携帯計器が全て「マジ無理」と臨終したほどの神秘に浸った、神の国の食べ物(この世界の食物全般)を。

 セファールという土壌の上に生った食べ物を。

 私大丈夫? 変な特殊効果(バフ)掛かったりしない?

 

『まあ、なんだ。オレの苦労話でも聞いて元気出せよ。結構な世紀末だからさ』

「聞かせてもらおうじゃないの。まだ気も楽になりそう」

『おうよ。こっちだって空想樹の確保に死ぬほど苦労したんだぜ? 何せ王サマの勝手が酷いのなんの――』

 

 ――さて。

 食事はともかくとして、大使としての立場を手に入れてからはようやく腰を据えてこの世界の知識を溜め込むことが出来ている。

 この技術レベルの高さには理由がある。ただ、異邦人が来るというだけの異常な世界では、当然ない。

 

 強く、発展した人類史。これは、そうせざるを得なかっただけの話。常に最先端のその先を目指さなければ、まともに生きることも許されないほどの。

 異邦人(フォーリナー)の中でも、この世界に対し敵意・害意を持った、敵性生物。

 ――侵略種(インベーダー)

 そう呼称される、この世界全体における共通の外敵にして、この世界において異邦人という概念を当たり前にしたもの。

 その発生は、記録されているところによると一万三千年前――紀元前一万一千年ごろ。

 ちょっと待て。よく考えたら巨人という存在を中心として信仰が統一されている世界で何故西暦がある。あまりにも他の異質が多すぎて分割思考を割けていなかった。後で調べておかないと。

 

 ともかく、記録によれば一万三千年前、空から黒い光が落ちてきた。

 それは数百メートルの体躯を誇り、当時のセファールに匹敵する力を持つ竜だったという。

 セファールは聖剣使いと協力――もう突っ込むまい――協力し、その竜を撃破した。

 しかし、それを皮切りとして、世界を脅かす敵性体、侵略種との戦いは始まった。

 一万三千年――あまりにも長い年月。この世界の人々の歴史は、侵略種との戦いの歴史だった。

 最初は数年、数十年に一度という頻度であったが、今では一年に数十という規模で襲来することも決して珍しくないという。

 それらが齎さんとする滅びに対し、セファールと聖剣使いによる庇護下で生きることのみを良しとしなかった人々は、各々が強くなり、自分たち一人一人が星を守る戦士となる道を選んだ。

 ゆえに、侵略種との戦いには世界が一つとなって対応し、そうでない時はその平和を享受する――それがこの異聞帯。

 

 隙がないな、というのが、ここまでを知っての感想。

 この終わらない戦いというのが人間同士、世界の内で勃発する内乱であるのならば、人間らしい弱さの表れと言えよう。

 だが、この世界にはそれはない。如何に隣人同士で思想に違いがあろうとも、侵略種という共通の敵を前にすれば、誰しもが心を一つにする。

 つくづく、大使としての立場を確立できて良かったと思った。これでもしも敵だと判断されれば、安全な場所に逃げることもままならないだろう。

 

 そもそもこうして滞在の権利を得たものの状況の進展としては大したものではない。

 異聞帯の環境と現時点でのクリプターとしての活動報告を兼ねた今回の会合だが、ハッキリ言ってナジア・ハーウェイの報告としてはかなり点数の低いものとなる。

 何せ、この異聞帯の王である巨神王にも、かの聖剣使いにもまだ会えていないのだから。

 そちらも含め、少しでもこの異聞帯の理解を深めないと。

 ……北欧異聞帯の担当はオフェリアだったか。彼女は北欧神話にも造詣が深かった筈。なんかこう、あの辺りから取り入る方法とか教えてくれないかな。

 

『おや。早いじゃないか、二人とも』

 

 ――と、その時。

 円卓にキリシュタリアたちがやってきた。もう開始の時間だ。

 五分前集合よりも一分前集合。時間を無駄にしないのが魔術師らしいというか。

 

『おう、先に始めてたぜキリシュタリア! つっても互いに愚痴言い合ってただけだけどよ』

「そうね、もう聞いてもらわないとどうしようもないってくらい。ねえキリシュタリア、とりあえず開幕一発殴らせてくれない?」

『な、何を言い出すんですかナジア! あろう事かキリシュタリア様に手を上げるなど――集合時間になりました、仕事外モードであるなら仕事モードに移ってください!』

『構わないよオフェリア。彼女に任せたのは管理に困難を極めると予想する異聞帯だからね。貧乏くじを渡したんだ。ある程度の文句は覚悟していたさ。まあ、通信だから殴ることは出来ないが』

 

 得意げに笑うキリシュタリアの顔がこんなにも腹立つなんて思わなかった。

 さぞ安定した異聞帯なのだろう。いや、此方も世界自体の安定性はあるのだが。

 ――思考を切り替えよう。分割思考を会合に集中。他の異聞帯の情報も収集する必要がある。

 そして彼らならば、私では思いつかないこの異聞帯に付け入る手段を見つけるかもしれない。

 この会合を決して無駄にしてはならないのだ。

 

『さて――では、会合を始めよう。これからは三十日おきに定例の会合を開く。勿論、その間に新たな報告があれば、いつでも開催を提案してくれて構わない』

 

 ――ふむ。

 通信越しだ。あまりそれぞれの顔色が分かりやすいという訳ではないが。

 カドックの体調が悪そうだな。異聞帯の管理が上手くいっていないのだろうか。カルデアへの攻撃に罪悪感を抱いている……という訳ではないようだが。

 それと、オフェリアも多少、気苦労が見えるな。向こうも北欧絡みで頭痛の種でもあったか?

 

『今回の目的だが、それぞれの異聞帯について、分かっていることを報告してほしい。勿論、我々は最終的に敵同士となる。隠したい武器があるようなら、それを避けてくれてもいい。匙加減は君たち次第だ。魔術師同士の政治の一端だとでも思ってほしい。では、始めに私から――』

 

 ――――その時だった。

 キリシュタリアの言葉を遮って鳴り響いた音で、視線が一斉に此方を向く。

 そう、だな。音の主は私の回線だ。音を文字に起こせば、『ぴんぽんぱんぽーん』みたいな、途轍もなくありがちな音。

 当たり前だが会合の最中に私がそんな音でキリシュタリアの報告を茶化すなどあり得ないことで、ひとまず文句を言う二秒前のオフェリアに弁明すべく口を開きかけ――

 

『あー、あー。テステス……。傾聴。月面天文塔アルテミスより緊急の報告です。なお、異邦人(フォーリナー)基本契約により、外部に向けた通信はリソース確保のため六十秒後に強制切断を行いますのでご了承の程、よろしくお願いします』

 

 その口も止まった。

 今、なんて言った? 基本契約……いや、その前。それも後で確認しないとだけど。

 ……月面天文塔? アルテミス? キリシュタリアの表情、今僅かに変わったぞ。

 

『……ナジア。今のは――』

『先程、無人警戒ビットより侵略種の認定信号を受信。着弾予想地点はミュー地区。大気圏突入予想時刻は十七時二十三分です。該当周辺地区は迎撃に備えてください。各防衛線は五分以内に展開を』

 

 ……この回線を捉える通信ハッキングに驚いている場合ではない。

 いや、驚いている場合かもしれない。それ以外の全てがまるで理解出来ないのだから。

 

『――あ。ついでに最近何してるか知らない終身学士さんに業務連絡でーす。第一防衛線に設置された空想重力領域オメガの運用結果報告書をさっさと提出してくださーい。なお、今から二時間以内に提出されなかった場合、わたしの独断と偏見による侵食拷問術式エリザベートへの投獄も吝かではないのでマジでいい加減にしてくださいね?』

 

 ハッキングが終了する。

 そして、残る時間はあと僅か。

 唖然とした視線が五つ。それから、ごく僅か――というかキリシュタリアだけから向けられる、同情の視線。デイビットに至ってはこっち見てもいないし。

 

『――――ふむ』

「うん、私の報告はまた今度で!」

 

 バツン、という音を立てて、通信が切れた。

 ああ――今日も振り回されるなあ。

 異様に負荷が掛かった思考で重みを感じる頭を押さえながら、窓から空を見上げる。

 ――月は、まだ見えていなかった。




■ナジア・A・ハーウェイ
番外クリプター。セファール被害異聞帯同盟の一人。
異邦人証明による滞在期間終了間際まで努力し、どうにかクリプター親善大使という立場を獲得。期間延長という偉業を成し遂げた。
異聞帯状況報告のための会合開幕で放送事故を起こし退場。
クリプターの誰も(デイビット以外)がその受難に同情せずにはいられなかった。

■ベリル・ガット
セファール被害異聞帯同盟の一人。
空想樹の確保に死ぬほど苦労し、しかも異聞帯の王の勝手が酷いらしい。半分嘘。

■太平洋異聞帯
異邦人(フォーリナー)証明を受けて七日間が経過すると大気圏外に強制退去させられる。別の世界の地球からやってきたとしてもそれは共通。
一万三千年もの昔から侵略種(インベーダー)の襲来により強くなることを強いられてきた世界。
ゆえに宙に向けた多くの防衛機構が用意されており、誰しもが世界を守るために空を睨む。
世界を守る戦いに思想の違いという壁はなく、共通の敵を持つからこそ、争っている暇などないのだ。
また、どうやら月にまでその技術の手を伸ばしているらしい。衛星軌道上にレーザー砲持ち込んでいる異聞帯もあるし、どっこいどっこいだろう。

■侵食拷問術式エリザベート
>こんなところにも出てきて恥ずかしくないんですか?


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日輪

~セファールによる世界同化開始から約五年後~

「過去編と現代編について、サブタイで見分けが付くようにしてほしい」という要望があったため、現状のクリプター回にはサブタイに「/intro.」を付与しました。
この後も、現代の時系列となる回は区別可能な文言を追加したいと思います。
過去編の年代はガンガン飛ぶため↑のやつで判断してくだしあ。


 

 早いもので、世界のテクスチャの上書きを始めて五年が経とうとしている。

 そろそろ達成率は九割を超えた。恐らく、この冬の内には終わるだろう。

 五年間この街――もう国と呼んで良いか――のはずれにいて、色々と変わったものもある。

 まず、国の周囲は完全に海になった。

 例の神の力を浴びた地面の上だからか、記憶にある限りの海とは思えないくらい、“力”を感じる。

 この国の人々曰く、神秘とかエーテルとか、そんな言い方をするらしい。

 そんなものが豊富な海って大丈夫なのだろうかと思わなくもない。

 

 そして――そんな海が目の前に広がっていれば、足を浸してみたくなるのが人間というもので。

 人間じゃないね。ここの皆はそんなことしないみたいだし。

 目の前にまで海が広がってきたら入ってみたくなるのがセファールというものだ。これはセファールならば間違いなく該当する習性だ。一人中一人がそうする。該当率百パーセントだ。

 

 懐かしさを感じるその冷たさに調子に乗り、ちょっとだけ――ちょっとだけはしゃいでしまい、私の力を少しだけ放出してしまったらしい。

 文明浸食とか、遊星の紋章による力の逆流。

 結果として――国土が広がった。私から発された力が海に波紋を広げていき、固まった。

 私と同じ、星空色の水晶が如き広大な土地が出来上がったのだ。

 あの国の方には影響は出ていない――陸地と繋がったので歩いて此方までやってこれるくらいだ。

 一応、国の人たちは気にしていなかったし、広がったここは好きに使ってほしいと言ったら感謝された。良い人たちである。

 ――セイちゃんにはしこたま怒られた。多分、今までで一番怒られた。トラウマである。

 メチャクチャに叱られて暫くの間会ってくれなかったので本気で落ち込んだ。涙の星が降るところだった。涙の星ってなんだ?

 

 ともかく、こっちの土地も上手く使ってくれているようで、限られた国土を少しでも農業などに使おうとするほか、家屋が出来始めている。

 あと、最近になって何か私の近くを使った事業を行っているらしいが――結局何してるんだろう。

 

「――神殿の建設だよ。昨年言っていた、セファールの分体のためにと」

『――――おぉ』

 

 思い出した。そういえば去年、そんなことを言っていた。

 私の分身端末について、強度も確保しそれなりに使い物になるようにはなった。

 そのため、端末で活動することが増え、そうすると欲しくなるのが寝泊まりするための家である。

 別に私も年中無休でテクスチャ上書きに勤しんでいる訳ではないし、そんなことは無理だ。そして眠るのであれば、端末と意識を共有させ、寝具で寝た方が良い。回復力の問題ではなく、落ち着くという意味で。

 何となく、それとなく要求してみたものだし、最悪セイちゃんの小屋でもいいのだが、迷惑も掛かるしね。

 

「ほら、やっぱり忘れてたじゃないですか。だから良いっていったのに」

「そういう訳にもいかないんだ。神を奉るのだから、相応の代物を建てなければ不敬と……捉えられなさそうだけど、まあ、そういうこと」

 

 珍しくセイちゃんと共にやってきたのは、私に出来た二人目の友人である。

 この国の指導者――王様ではなくて神官という立場らしいが――で、つまるところ、私の声を聞く者であるとか。

 まあ、こっちの接し方が接し方なのもあって、彼としても対応が雑になっている節はあるが、友人としてはそちらの方がありがたいというものだ。

 フランクな話し方も、私たちが望んだ結果応じてくれたものだ。彼も他の人間とは割と別次元な生き物だし、あまり不審がられることもあるまい。

 

「というか、首痛くなるんで端末出してください」

『ん――』

 

 セイちゃんの要求に応じ、指先から一滴のリソースを落とす。

 もう端末の作成も手慣れたものだ。地に落ちた力はすぐさま形を成し、一メートル六十センチの私を作り上げた。

 私を見上げるのも大変だろうし、そもそも千メートル上空とか見えているか分からないからね。

 

「いい加減、衣類も作れるようになりませんか? 人はとうの昔に裸での生活を抜け出しているんですから」

『残念ながら全裸を恥と思う価値観はセイちゃんを助けた時に消えたらしい』

「人を意味分からない方法で助けた時に意味分からないもの失くさないでくださいよ」

 

 というか、あの全裸の白い女巨人で十年も過ごしていれば衣服の概念などどうでも良くなる。

 こちとら全裸で神々と戦いを繰り広げてきたのだ。縛りプレイもいいところ。あの頃に指摘しなかった自身に文句を言えというのだ、セイちゃん。

 そんな視線での説得も空しく、ワンピース型の衣服に体を突っ込まれる。前世では当然そんなことなかったとは思うが、少なくとも今は衣服が苦手である。なんかこう、胸の穴にある演算ユニットに触れてなんか気持ち悪いのだ。

 ……演算ユニットだよね、これ。こんな剥き出しでいいの? いや、良くないでしょ。だから神々が皆これ狙ってきてたんだよ。明らかに“これ弱点です”ってデザインしてるもん。

 心臓でも何でもないから壊されたことは何度かあるし、壊れても思考力が若干落ちるだけでその内修復されるのだが。

 

「まったく……。らむくんもいるんですからね。もうちょっとこう、考えるべきことを考えてください」

『らむくんがセファールに発情するならそれはそれで凄い発見ではある』

「本人の前でそういう話する? 言っておくけどボクはとっくに枯れ果てているからね。変な勘違いはしないでほしいな」

 

 まあ、イエスと答えられても応じるつもりはないけど。

 女子二人――年齢も外見も気にするな――女子二人の話題を苦い表情で否定するのは、私やセイちゃんよりも小さな背丈の少年。

 ふわっふわの羊のような髪を伸ばし、もっふもふのコートに身を包んだ十歳ちょっとと思しき子供。その側頭部にはくるりと丸まった角。あざとい。

 ――というのは外見のみの話。その実、私やセイちゃんの十倍は軽く生きている人間である。

 名をらむくん。……本名は長いし呼びにくいので割愛。

 

 彼はこの国がまだ、近くにあったというだけの村や集落だった頃から人々を指導してきた人間だ。

 何があったかは詳しく聞いていないが――大昔、とある神に惚れられて、その祝福を受けて老いるどころか、馬鹿みたいに長い寿命が尽きるまで病気で死ぬことも出来なくなった身らしい。ついでに羊っぽい角も生えた。もう神様が分からないぞ、私。

 それから数百年、もう年齢を数えることもしなくなったらしいが、長く生きたことで貯め込んだ知識をもって人々を導くことを命題としている。

 

 らむくんとは、私が嵐の神と戦った後、街の土地を貸してくれた一件からの仲だ。

 その時にセイちゃんが彼と出会い説得してくれたことから縁が始まり、私はテクスチャの上書きを始めてから紹介された。

 間違ってはいけないのが、彼は私と会った時かららむくんであった。

 セイちゃんが「名前が長くて覚えにくい」という理由でそう呼んでいたので、私も倣った。いや、私は名前覚えているけどね。

 

 彼はその謎のカリスマをもって、この国を“セファール信仰”なる方向性に舵を切らせた。

 私の行き当たりばったりが招いた当然の結末、因果応報の果てである。

 私としては無害な巨人でいられればそれで良かったが、身勝手な理由で神々の世界という当たり前の法則をぶっ壊した以上、こういう方向になるのは当たり前である。

 つまりはそういう、セイちゃんが昔言っていた、“加護があるという思い込み”のための受け皿である。

 仕方なくも、受け入れるしかないことだ。これまでの神々の代替は最低限やるつもりではあったのだし。

 らむくん曰く、“ここを神から守ったんだ、それは神にしか出来ない御業の筈”――と。

 屁理屈にも程がある。神嫌いだからって何でも言って良い訳じゃないぞ。この体がたまたま神々より強かっただけだ。それに、猛烈に強くなった今のセイちゃんならあのくらい倒せる筈だ。

 

「ちょっと、余計なこと考えないでください。たとえ生き残りがいたとしても神様殺しとかやりませんからね。あと、まだそんなに強くなっていないです」

「いや、■■■■■の強さはボクも太鼓判を押したい。この前なんて、国に残った希少な神鉄を真っ二つにしていたじゃないか。既に宿った神気も落ちていたものとはいえ」

「だからあれはもう持ち主の方に謝って許してもらったんですってば。なんですかいつまでもねちねちと」

『斬鉄剣ならぬ斬神鉄剣を成した。今こそ念願の神殺しの時』

「念じても願ってもいないんですよそんなこと。ああもう凄い、神様を食糧にしていた巨人と神様嫌いが集まって最高に不遜」

 

 ふむ……念願じゃないのか。

 私の見立てとしては、そろそろ神をも斬れる剣士になっていると思うんだけどなあ、セイちゃん。

 

「まあ、彼女の神殺しの時はいつか来ると信じよう」

「ここまで露骨に友人の不幸を願うことあります?」

「話が進まないからね。で、だ。セファール、君のために建造する神殿なんだが、君自身の希望も汲み入れたい。何かあるかい?」

『快適性』

「身も蓋もないな……なんかこう、全部黄金で、みたいなぶっ飛んだのを想像してたんだけど」

『そんなに趣味悪く見える?』

「彼女の剣の鍛錬に自分の分身を延々とぶった切らせるくらいには」

『それはどっちかというとセイちゃんの趣味』

「趣味じゃなくていつかの使命のための予行練習です」

 

 そうは見えないんだがなぁ……。

 使命の訓練やらリハーサルであるのなら、あんなに嬉々とした表情で私の分身を斬ったりしないと思うんだけど。

 私知ってる。この親友、最近真っ二つじゃなくて、十字に斬ったり三枚おろしにしたりバリエーションを増やしてきているのだ。

 損壊からの自動修復までかなり短いのに、その間で。

 私、“終わりのその時”ってのは一撃で斜めにばっさり――みたいなのを想像しているんだけど、もしかしてセイちゃん、私を細切れにでもするつもりでいらっしゃる?

 

「それを互いによしとしている辺り、どっちも十分悪趣味だし狂っていると思うな」

「セファール、寝台の上に昼も夜もずっと星空を映していられる仕組みとかどうですか? 雨の日でも雲に隠れないような」

『絶対に欲しい。らむくん、頼んだ』

「共闘への移行が早すぎないか?」

 

 そういうものだ。これぞ私とセイちゃんの運命パワー。

 ともあれ、セイちゃんの案は本気で欲しい。流石、私の星空好きを良く分かっている。

 うん、それが出来るというのなら、私も神殿の完成を楽しみにしよう。呆れ顔のらむくんだが、彼ならきっちりとこなしてくれるはずだ。




■セファール
遂に本格的な信仰が始まった。
海に浸かるとテンションが上がって国土を広げる。そこはセファールの力が結晶化した地上の星空と呼ぶべき地平であるが、きっとこの時代の強い人間たちならばこの上すら耕して見せるだろう。
また、二人目の友人が出来た。やっぱりまともではない。まともな人間にとっては、セファールは畏れ多い存在であるからだ。多分。本人が残念だからではない。きっと。
ちなみに全裸派。というかこれまでずっと服を着る文化がなかった。前世はそんなことはない筈。メイビー。
端末の外見は手が小さくなり、人間相当のバランスとなったセファール。服を着るとヴェールやらリボンやらはなんかこう、都合よく外に飛び出すとか。

■聖剣使い
相変わらずその剣はひたすらの研鑽だけで力を積み上げている状態。
最近、神気は薄れてきていたとはいえ、神が齎した神鉄を斬った。色々な事故があってのことらしい。
生まれて初めて、人間の友人が出来た。まともな人間ではないが。
全員が全員、“人”の域に収まってはいないため、彼女たちが集まると人外染みた威圧感に満ちた異空間になる。本人たちは無自覚である。
この国に住み始めて五年が経過したが、老化が止まっているため外見は十九歳の時のまま。
女神の呪いによる衰弱で失われた色素の上から、髪先と瞳のみがセファールの星空色に染まっている。
元々の容姿から印象は随分と変化したが、やはり“彼女が持つ聖剣の本来の担い手”たる騎士王の面影は残っている。

■ムー巨神国
太平洋上に浮かぶ島国。本来は大陸と地続きであったのだが、嵐の神の権能により大地が思いっきり捲り上げられ、更に戦いが終わった後さえその余波は大地を切り崩していき、広い海となったとか何とか。
一人の神官を指導者とし、セファールを信仰する国。
元々は近隣の村や集落が一つになって出来た街であり、方針を定めるための一応の指導者こそ存在したものの、国としてあった訳ではなかった。
当時、国とは神の権能によって興されるものだった。土地神もいないこの地域は弱く、力を合わせるために自然とそれらが集まったという。
そしてこの街は、大きなことを成す前にとある神話体系の創造神によって滅ぶ筈だった。
神代において神々の行いというものは悉く正しいものである。ゆえに、当然の帰結としてこの街は滅ぶ筈であった。
これを巨人は救った。当たり前の滅びは回避された。死闘の末に、その街を神の罰から守ったその巨人に、心を動かされた者がいた。
それから少し後、巨人は全ての神を平らげ、世界の法則を書き換える大事業に着手する。
そこに神々の時代の終わり――そして、かの巨人こそがこの世界の最大最終の神となることを悟り、その神気の加護の下、大偉業を支える国となったのだった。
――要はものの見方の違いというやつである。神が罰しようとしたのは巨人だし、その巨人がたまたまそこにいたという理由で巻き込まれて滅びようとしていただけだったのだが、結果論とか神々至上主義の価値観とかが合わさった結果、信仰を断ち神々の時代に終止符を打った国として、世界の中心にして最先端となることが運命付けられた。

■らむくん
ムー巨神国の始王。正確には神官であり、国の方向性を決めた者。
外見は羊の毛を思わせるふわふわとした長い薄緑色の髪と、くるりと巻かれた角が特徴な十代前半の少年。体つきも華奢だが、とある魔獣皮のもふもふコートでそれを誤魔化している。
ただし子供に見えるのは外見だけで、既に数百年を生きた身。ショタジジイである。
当時――人間であった頃、彼は今よりももっと西方に住む羊飼いの家の息子であった。
幼いながら信仰に篤い身であったのだが、ある時その美貌を、とあるきわめて人間好きな神に見初められ、その祝福を強引に授けられた。
それは、まだその神が人間を理解し切っていないながらも人間を愛した結果の犯行。即ち、成長の停止による永遠の美である。
神が彼一人に齎した祝福――疫病と医術を司るゆえの、不浄を清める抗体ナノマシンにより、彼は病すら遠ざかる完成された生命体となった。なってしまった。
その所業に幼いながらドン引きし、神罰を受けないよう神が寝静まった頃に夜逃げを敢行。その神の信仰地域から脱出し、神に頼らず生きていくことを決めた。
そんな経緯からか、神を苦手としている。祝福の名残からか神性にすら届かないが、太陽の出ている時に限りごく僅かな奇跡ならば引き起こせる。神の愛の成せる執念か。
存在の異質さは他の人間にはカリスマという形で理解される。かつての村でも長を務めており、巨神国となる街においても指導者の立場であった。男女ともに通ずる幼い美貌による魅了ではない。断じてない。
嵐の神の一件において、その暴虐に神への不信は怒り、憎悪へと変わりかけていたが、白い巨人が街を守ったことに――真の神性というものを垣間見た。
世界の変革に伴い、巨人――巨神を信仰しそれを支えることを決めたが、その信仰対象や、彼女と唯一対等な聖剣使いの態度がやたら軽いことには頭を悩ませることになった。もう諦めた。
当たり前だが“らむくん”は巨神と聖剣使いからの愛称であり、実名ではない。「もう少し長く、意味のある名前」らしいが聖剣使いが「覚えにくい」という理由で略したことで運命は決まった。もう本人たちから呼ばれることはないだろう。もしかするとラムセウム・テンティリスくんとかそういう名前かもしれない。
――この妙な愛称が後に日輪神官(ラ・ムー)という指導者の称号となることなど彼は知らない。


★ウルト兎様よりらむくんのイラストをいただきました!

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新月

~セファールによる世界同化が完了してしばらく~


 

 

 テクスチャの上書きが無事終わり、後は“私の上に成る新天地”という法則が安定するのを待つのみ。

 そうはいっても、それには上書き以上の時間が掛かるだろう。私が特別、何かするようなことはないが、十年、二十年――そんなレベルの気長に待つ案件である。

 

 さて、こうして世界と私がイコールで結ばれたことで、全域の事象を大まかに把握できるようになった。

 とはいっても、全ての情報をインポートしていれば私の演算能力でもパンクしかねないため、世界の“動き”を数値化――波が大きく動いたところを確認する感じ。

 祈りや混乱……プラスでもマイナスでも、波は大きく揺れ動く。

 それを確認していなければ、自分自身の状況把握というものすら出来ないのが申し訳ない限りではあるが、いずれは慣れていきたいものである。

 大きな“うねり”さえ見つければ、そこに私の分身を投射することも出来る。

 急を要することであればそうして直接私が対処出来よう。もっとも、使い慣れた分身は戦闘能力の伴わない人間サイズのものだし、それの投射さえだいぶ時間が掛かる。数時間――下手すると数日単位で。

 歩いて赴くよりは何倍もマシだろうが、この投射速度も改善したいところだが……これは無理かなぁ。

 もしかすると小型端末に高速飛行機能とかを付加した方が手軽かもしれない。

 難儀なものだ。だが、これを乗り切ると決めたのだ。セイちゃんとの約束だからな、折れることはしないぞ。

 

 ――そんな決意で頑張る中で、そのうねりは起きた。

 場所は私がいるこの国から遥かに西の方。あの辺り、あの剣を持った神とかロボット神とかと戦った場所だっけ。

 随分と昔のことを思い出しつつ、ひとまず状況を確認。

 何というか、それまで何もなかった場所に突然“存在”が現れたかのような。

 異常事態であることは確実だ。この世界に“何か”が起きたというなら、私が全力で対処をしなければ。

 私の本体が動くことも視野に入れつつ、反応の付近に端末の投射を開始。

 そこへの投射は案外早く、二時間ほどで完了した。もしかすると、私の内にある――あの一件のあと、呑み直した――剣が土地と上手く作用したのかもしれない。

 そうだとすれば二時間も掛かり過ぎな気がするが。集中したんだけどなぁ。

 

『――ふむ』

 

 ――という訳で、現地に投射した端末に意識の共有を行ったのだが。

 困った。どうするべきだろう。

 何せ、夜だ。セイちゃんもらむくんも眠っているだろう。相談できる相手もいない。

 思わず、本体と端末、両方で空を見上げる。昼空と夜空、同時に見上げることの何とも趣深いものだ。

 とはいえやはり夜空である。今日は新月か。ちょっと寂しい。

 ――はい、現実逃避終了。この“行き倒れ”と向き合おう。

 

 しかしこれまた、妙な行き倒れである。

 顔は人だがそれ以外は人じゃない。あの時のロボット神みたいな機械仕掛けだ。

 ただ――神ではない、のか? そんな雰囲気は残っているように見えなくもないが、既に体からは失われているよう、そんな印象。

 つまり、『元・神』のような。

 

 ロボット神たちとは違い、人間と同サイズの大きさだし、ちゃんと大筋は人型だ。

 そのせいか、どちらかというと、ヒーローもののようなパワードスーツに見えなくもない。

 黒い体に走るか細い赤い光。私の本体みたいに前腕から先は大きく、指の先端が尖っているのはまるで獣を模したようだ。

 そしてスカート型の装甲に、腕とは違って細い足。やはり指先は獣の爪のように尖っている。

 たった一ヶ所、純粋な肉体に見える顔は当然のように整っている。黒髪を肩まで伸ばした少女のものだ。頭にくっついた犬のような耳に一瞬“ケモ耳仲間か”と思ったが良く見たらこれも機械だ。裏切られた。

 目元は何やら四角いゴーグルで覆われている。

 で、その傍に落ちているのは、彼女の私物だろう、ガラスで覆った炎がてっぺんに装飾された杖。

 妙に惹かれるものがあるが、彼女のものだろうし手に取るのはやめておこう。私は良識と倫理観のある巨人(一メートル六十センチ)なのだ。

 

 ……しかし、目覚めないな。

 なんだろう。ロボットだとしたら、電池切れだろうか。

 電池切れと言えば最近自分があくまで聖剣のレプリカであることを忘れているように見える“あれ”を思い浮かべるが、この子もそういう理由で動かないのだろうか。

 だが、電気で動いているというのは考えにくい。この世界、その類の技術を見たことないし。

 であれば――魔力か。よし来た。

 この端末は戦闘能力こそないが、構築の段階で結構な魔力を込めている。

 そういう機会こそないものの他者に魔力を注ぎ込むなど、造作もない。

 早速、手をその腹に置く。

 やはり機械だからか――そこから感じ取れるのは冷たさだった。

 夏場にはありがたいかもしれない。生憎、暑さ寒さを極端に感じる身ではないが。

 そんなことを思いつつ、魔力を注ぎ始める。注文承った、セファールの魔力(レギュラー)満タン入ります。

 

 

「――――ごっふ、ごぶふっ!? 何これマッズ!?」

『えっ』

 

 

 突然飛び起きたそれに思わず後退る。

 あ、赤い光が少し強くなった。活動再開の合図であるらしい。

 

「無理無理無理無理これ無理! 炉心再起動っ! 高速運転! 強制排出ッ! ――――」

 

 なんかイメージと違う。こんなに喧しいとは思わなかった。

 ぷしゅうっ、と放熱のように私が注いだ魔力を放出し、また停止する。

 そりゃあ今動くためのものも吐き出し切ったらまた止まるのは当然だ。

 で、暫くして赤い光が再び強くなる。目に痛いというほどではなく、適度な輝き。

 どうやら自前の魔力炉心があったらしい。それを動かす最低限の力すら無くしてあの場に倒れていたのだろうか。

 

「――よしっ、体内の洗浄完了! 各機能の正常起動確認! 周囲に危険なし――」

 

 ……目が合った。多分。

 ゴーグルの向こうにどんな瞳があるかは知らないが、此方に顔を向けて止まっているから多分私を見ている。

 口を小さく開けて此方を見ていた少女は、やがてふっと笑みを零し、一度空を見上げたあと、私に体ごと向き直った。

 

「――――――殺せ」

『なんで?』

 

 突然なんだ。自殺志願者でももう少し手順踏むぞ。

 いや、その手の人物に会ったことはないけど、ここまで色々すっ飛ばしてこんなこと言ってくる輩、彼女以外にいまい。

 

「なるほど、合点が言った。白き巨人からすれば私は侵略と蹂躙の手より逃れた餌に過ぎないが、ゆえに一度皿に乗った機体(もの)の逃亡は赦さんということか。その執念、呆れるほかなし。まさか冥界まで検められるとは思わなんだ。私の小細工など所詮破壊の前には無力。オリュンポスは潰え、ここにティターンの裔も散ることになろう」

 

 なんか語り始めた。

 私の事は知っているみたいだけど、これ聞いておいた方が良いやつかな。

 

「許せよ、母艦カオス。我らの使命は終わった。母星への愛とこの星への愛、どちらを切り捨てるにしても、その決断は百年遅かった。信仰に甘んじ、仮初の生を謳歌して考えを止めた我らへの罰さ、これは。反抗も恭順も隠遁も、我らには与えられていない。ゆえに私もここまでだ。あとは白い巨人に運命を委ねようさ。この身、如何様にも喰らうがいい。……出来れば痛くないようにパクッと一口で行ってもらえると嬉しいですお願いします後生ですから!」

『頭大丈夫?』

「セファールに気遣われた!?」

 

 心配せずにはいられない。

 長々と何かに向けて言葉を投げていたと思ったら、突然“私を好きにして!”とか言われても正気を疑うことしか出来ない。

 あとブレすぎである。気高いのかチキンなのかどっちかにしてほしい。

 

「わ、私を食べに来たんじゃ……」

『いや別に。急にここに今までいなかった存在が現れたから見に来ただけ。で、貴女が倒れていたから魔力を注いだら起きるかなって』

「わーいセファールが助けてくれたー。踊り食いがお好みなのね! 残虐! 野蛮! アレス! ……ん? ちょっと待って、アレスの神気が残って……ヒィ!? 剣飲んでるこわっ! セファールこわっ!」

 

 む……もしかして剣の神と知り合いなのか。

 どうしよう、思った以上に厄介な案件かもしれない。

 予想するに彼女は元・女神だ。もう既に、この世界に神がいないことは確認できているので、どういう理由かで難を逃れたのだ。

 本気で困ったな。こういう場合、どうすればいいんだろう。

 神が敷いたテクスチャは全部張り替えてしまったし、多分、もう一度この少女が女神に戻ろうとしてもうまくいかない。

 

『……生き残りがいると思わなかったけど、別にもう、積極的に手に掛ける理由はない。だから、一旦落ち着いてほしい』

「え……えぇ……? じゃあなんでまだこの星にいる訳……? ――嘘ォ!? 神代終わってるぅ!?」

 

 動揺しつつも、少女は何やら杖の炎に目を向け、また騒ぎ出した。

 うるさいなこの子。全部私が悪いんだろうけど、これが果たして元でも女神だったのかと思わずにはいられない。

 

「ん? ん、んん……? ……セファールが神々だけを残さず捕食して……世界と同化して運営を始めた? ごめん意味わかんない、統一言語でOK」

『……』

 

 傍から見れば杖を揺らしながらその先の炎と会話しているやばい人である。

 あの炎に何が見えているのかは知らない。

 或いは今わの際に、あの炎の揺らめきで温かい幻でも見ているのかもしれない。え、死ぬのこの子。

 

「……貴女、本当にセファール? 間違いなく遊星の尖兵?」

『セファールであることは間違いないけど、後半のはよく意味が分からない』

「おいヴェルバー! おたくの収穫機構(ほろび)ぶっ壊れてるぞ! 収穫じゃなくて征服しちゃってるぞ!」

 

 今度は空に向かって叫び始めた。中々に情緒が不安定だ。

 ところでヴェルバーとは。もしかして私の管理者か。もう別の存在意義が出来ちゃったしどうでもいいけど。

 

「くっ……もしかすると物凄い厄介な世界に取り残されたかもしれない。うわぁ、“生きろ”って。ポジティブな自分の演算機能が今日だけは恨めしい」

『……ところで、一つ聞きたいんだけど』

「何よ。仲間なんて残ってないわよ。それとも母星の場所? 残念でした、それを出力する権限は私には」

『名前は?』

「呑気か!」

 

 だって、このままどうこうするにも名前を聞かないとやりづらくてしょうがない。

 適当に仮の名前でも付けてみようか。

 悲惨なことになるぞ。ロボ子ちゃんとかがお望みか。

 

「……いいわ。名乗るわよ。こういう手合いは要求を無視すると面倒だもんね」

 

 弱気だったり驚いてばかりだったりするがこの子、割と普通に失礼である。

 たかが自己紹介に何だか覚悟を決めるように一度深呼吸をした少女は、そのゴーグルを左右の耳当てのような機械に収納した。

 やっぱりあの頭にある犬耳っぽいやつ、飾りなんだろうか。

 ゴーグルの下にあったのは、赤黒い瞳。恐怖と強がりと――そして矜持が見て取れた。

 

 

「ティターン神族の裔。新月の魔女。冥府の案内人。星を照らす導きの一灯。――私はヘカテ。三叉路のヘカテよ」




■セファール
テクスチャの上書きが完了し、世界とイコールになった。
それに伴い、世界中の観測が可能になったが、それを引き受ける演算能力はないため、大まかな波を読むだけに留まっている。
また、任意の場所に端末の投射を行えるようになった。こちらは時間が掛かり、離れた場所だと数時間から数日掛かる。
そもそもセファールとは世界を蹂躙するだけの存在であり、世界そのものとなり理を司るほどの力は持っていないため、これらはどうしても不向きなのだ。
彼女の魔力は絶望的に不味いらしい。

■ヘカテ
三叉路(トリヴィア)のヘカテ。ギリシャ神話において欠けてゆく月や魔術を司る女神。
Fate的にはメディアやキルケーの魔術の師といえばポジションが分かりやすいだろうか。
魔術女神ではあるが腕っぷしも決して弱くない。汎人類史においては巨人たちとの戦いであるギガントマキアにおいて、オリュンポスの神々と共に戦列に並び、松明で巨人を倒している。
本作において、オリュンポスの神々はセファールに捕食されている。
聖剣使いを救うために縁を手繰り寄せた際、オリュンポスに名を連ねないギリシャの神性も軒並み釣られていたが、たった一柱、彼女のみがとある手段で逃げ果せた。
その後、何だかんだで躯体の魔力炉心すら動かせなくなるくらいの魔力切れに陥り、セファールに発見されたのが今回。
機械の躯体を持ち、顔だけは人のものだがそれもそう見えるようにしているだけ。
なお、既に信仰は潰え、その神性は失われている。
気付いたらセファールが世界を変えていた。謎過ぎる世界に取り残され、既に意味が分からない。古い異星人の常識というゴーグルではこの世界は覗けやしないのだ。
余談だが上述したギガントマキアは型月世界においてはセファール案件らしい。なんなん。


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灯火

 

 

 ……。

 ……うーん。

 大丈夫、覚えている。ちゃんと記憶している。らむくんのフルネームだって一発で覚えられたのだ。

 私の記憶力を侮ってはならない。

 

『――えー。ティターン神族の裔新月の魔女冥府の――』

「それ全部繋げて一つの名前じゃないわよ! 称号! 別名! 通称! 駄目だまるでこの星の文化を解していないやつが世界そのものになってる!」

 

 おかしいとは思っていた。

 明らかに名前が長すぎないか、これでは友人に呼ばれる時も大変だろうと。

 しかし、そうだとすれば何故わざわざ称号やら別名やらを一緒に名乗ったのだろう。

 私はただ、呼ぶのに困らない名前を聞いただけなのに。

 

「今のは位が高い者の嗜みなのよ! 自身を示す名が多くあること、即ち偉業と信仰を積み上げた証!」

『見栄か』

「一言で切って捨てられた!? ええそうよ見栄よ! 極論してしまえば単なるかっこつけよ!」

 

 なるほど。そういうことなら分からなくもない。

 しかし、そうだとしても多すぎではないか。

 代表取締役社長、何とかです、みたいに代表的な一つだけならまだ分かりやすいと思うのだが。

 私だって白い巨人って呼称があるけど、自己紹介するならセファールだけだぞ。

 

「貴女も最早世界と一つになったんでしょうが! これからはこういうのも考えとかないと侮られるわよ!」

『例えば?』

「へ? ……そ、そうね……」

 

 そんなの考えるの大変だろうと尋ねてみれば、彼女は口元に手を当てつつ、また杖の炎を揺らしてそれを見やる。

 あれ、カンニングペーパー――カンニングファイヤーか何かなんだろうか。

 

「……あー……こほん――『我は白き巨人。神代の終焉。白き神戦(レウコスマキア)を征せし者。新天地の秩序にして守護者。ゆえに称えよ、我はセファール。巨神王セファールと!』……みたいな」

『了解した。次からはそう名乗る』

「やっべえくらい余計なことした気がする!」

 

 うむ――イメージしてみると、中々どうしてかっこいいのではないか。

 今度セイちゃんとらむくんで予行練習してみようかな。

 自分の名前で考えてみると、なるほど、仰々しい前置きが増えるほど名前のインパクトが増す気がする。

 これは彼女に感謝しなければならない。

 今後何度使うかは分からないが、こんな名乗りを考えてくれた彼女は恩人だ。

 ……ん?

 

『それで、名前は?』

「ヘカテ! ヘカテよ! 凄い! すっごい経験! 名乗り直すとか考えたこともなかった!」

『うん、覚えた。よろしく、ヘカテ』

 

 うん……? よく考えれば、誰かを呼び捨てにするのは初めてではないか。

 というか名前を知るということすらなかったのだが。

 

「……そうね、二十点。“様”を付けた方が良いわよ。畏怖と崇敬を込めてね」

『へかてさま』

「……? もっかい“様”外してくれる?」

『ヘカテ』

「…………“様”付きでもう一回」

『へかてさま』

「なんでよ!?」

 

 何がだ。情緒不安定過ぎてそろそろ怖くなってきたぞ。

 もしかすると、倒れた時に頭でも打っていたのではないだろうか。

 先程の『頭大丈夫?』が効いてくるかもしれない。

 

『……多感な時期か』

「哀れむな! 少なくともあんたよりか遥かに年上よ! ん……? いや、尖兵の作成自体はずっと前に終わっていた可能性も……? ね、ねえ、あんた生まれて何年?」

『とりあえず目覚めてからは十一年』

「多感になる前の時期じゃないか」

 

 セファールに思春期も何もないと思うけどね。

 まあ、年上だと言い張るのならそういうことにしておこう。

 これ以上指摘しても面倒なことになるだけだ。大きな人(おとな)としてここは彼女の背伸びを受け入れてやらねば。

 

「絶望的に馬鹿にされている気がするのだわ」

『めっちゃ気のせい』

「あんたその外見でやけにフランクなの怖すぎるからやめてほしいんだけど」

 

 少なくとも、巨人である本体よりは親しみやすいと思うんだけどなぁ。

 確かに、瞳は何だか無機質だし、喋っても口は動かない、宇宙人を思わせる無表情の権化である。

 とはいえ、せっかく人と同サイズの端末なのだ。どちらかというとマスコットキャラ的な親しみを抱いていただきたい。

 キュートなウサ耳も付いているぞ。仲良くしようじゃないか、ケモ耳仲間よ。

 

「……頭のこれ、各種連絡の送受信を目的にした変換デバイスであって耳じゃないからね」

『――なんで考えていることが分かった?』

「自分の耳触りながらこっちの頭見てたら嫌でも伝わるわよ」

 

 セイちゃんのように視線だけでツーカーが通じることはないらしい。

 ちなみにらむくんはまだ発展途上。伝わる精度としてはセイちゃんの三割といったところだ。

 というか、なんでそもそも視線で分かるんだろうね。逆にヘカテには伝わらないことに安堵した。

 

 ――しかし、あまりにもツッコミが来ない。

 彼女が元・女神であるならば、彼女が知っている私は巨人である。白い巨人って言ってたし。

 だというなら、この場にいる私のこの姿は不思議ではないのだろうか。

 それ以前に、私とこの世界の状況を割と知っている風だった辺り、何か仕組みがあることは確実だが。

 そんなことを聞いてみれば、ヘカテは頭痛を抑えるように己の眉間を指でぐりぐりしつつ説明してくれた。それ逆に痛くならない?

 

「これよ。不明を照らす灯火」

 

 杖が再び揺らされる。やはりかカンニングファイヤー。

 

「過去の編纂、現在の観測、未来の保障。千里の先の闇をも明かす標の火。まあ、あまりに遠い過去や未来は照らし過ぎると理解を超えて脳も体も焼けるけどね。試してみる? 果てまで照らせば、死ぬ前の一瞬だけど、“すべてを理解(わか)った”気分を味わえるらしいわよ?」

『丁重にお断りする』

「賢明ね。セファールのくせに」

 

 人の手にも余れば巨人の手にも余る。そういうのは使い方を分かる者が適度に使ってこそだ。

 現在を見通すって点については、私も似たようなことは出来るしね。

 それでさえパンクしかねない情報量だというのは知っているのだ。過去や未来なんて考えるまでもない。

 

「だからまあ、今私の前にいるのがセファールの端末ってのも、神々の希望だった筈の聖剣使いと親睦を深めているのも、アポ――こほん、本神(ほんにん)の名誉のため匿名の神の妄執で幼年期に縛られ続けている人間のことも、とりあえずは理解したわ」

『おお、凄い。素晴らしい。ところでどうやって生存を?』

「いいわ、凄くて素晴らしい私が説明したげる。まあ、簡単な話よね。体を分けて神性のない“人格”を作ったのよ。かつ冥府に籠って見つからないよう隠れていたわけ。残りの“私”は例外なく貴女に蹂躙されたし、残っているこの私も昔の力なんて殆ど使えないけど」

 

 ちょっと煽ててみたらペラペラ話し出したぞ。ちょろくないかこの子。

 えっと……つまりは女神が神じゃない自分を作っていて、そこの部分だけ生き延びたってことか。

 で、冥府ってのが具体的にどこかは知らないけど、私がテクスチャの上書きをした際に世界の裏側とかも全部検めたから、逃げ場がなくなったと。

 そうして電池切れ――魔力切れを起こしたのは、まあ追求しないでおいて、たまたまこの日、かくれんぼに限界が来たのだろう。

 

「――それで。貴女は私をどうするのよ」

 

 自虐していたヘカテは、そのぐったりとした気分を振り払うように首を振った後、話題を変えた。

 

『どうするって?』

「どうあれ神は全滅して、世界は変わった。そこに現れた元・女神。私では単独の星間航行は出来ないし、何より貴女が旗艦の性質を喰らったことで、少なくともデータ上、私の旗艦(リーダー)は貴女ということになっているの。恭順の姿勢ってやつね」

『そうなの?』

「そうなの。だから――再起動の恩義で恨みつらみには一旦目を瞑る。私の標が照らすべき道を指し示す役割を、貴女にあげる」

 

 星間航行だの旗艦だの――ところどころの言葉は神とは結び付きにくいものだが。

 少なくとも今の彼女は、かつての在り方を貫き、既に私の内にあるものに従うべきと判断したらしい。

 ――そこに、私が抱く罪悪感はない。

 既にそれは私にとっては決意に変わっており、それも含めて進むべき道を定めたのだから。

 ならば、私自身が標を欲することはない。私が彼女に何かを求められるのなら、やってほしいことは一つだけ。

 

『――――人間』

「人間?」

『人を、導いてほしい。神がいなくなった世界で、今は私が拠り所の受け皿になっているけど、そこになんの加護もないってすぐに気付く。だから、“神様無しでも人々が生きられる”ように、ヘカテが与えられるものを与えてあげてほしい』

 

 そうすれば、私という世界の上で、人は強く生きられるようになる。

 私は本当の神ではないし、祈られたところで出来ることなど限られている。

 喰らった神々の力をそのまま受け継いでいる訳ではない。ゆえに世界から既に万能という概念は消えているのだ。

 私の信仰をらむくんが進めてくれているけど、結局は人それぞれに強さが必要になる。

 人の導きを得意としているならば、ヘカテ以上にこれを任せられる者などいまい。

 

「……なんだかなあ。本当に、わけわかんない。セファールがそこまで人間好きになって、人間の文明を残した理由だけは、どうやっても見えない」

『……それは』

「言わなくていいよ。この炎の扱いは無意識下で全て理解している。その私でも炎の先にそれが見えないってことは、つまり知るべきじゃないってこと。残る筈のなかったものが残った。セファールに起きたバグは、この星最大の幸福かもしれない」

 

 ――本来、人も神も、この世界の文明は全てセファールによって蹂躙される筈だった。

 私というはじまりに何があったのかは、本当に分からない。気付いたら私はセファールだったし、それより前に何があったのかも、もうぼやけていて判然としない。

 一つ言えることは、私はかつて人であったから人に手を出さなかった。ただそれだけ。

 だが、本来の――私の知らないセファールを知る者からすれば、その欠陥(バグ)はそう映るのだろう。私には、それにどう返すことも出来なかった。

 

「やってあげるわよ。元々それが私の役目。もう女神ではないけど、その機能(ちから)はまだ(ここ)に残ってる」

『――ありがとう』

「私が持つ“力”と、私たちが持ってきた“智慧”。渡せるのはその二つよ。人間が上手く使えばあとは勝手に進歩するし、利己に走れば貴女の上で人間は滅びる。そんな争いの種をくれてあげる」

『大丈夫。間違えそうになったら、私が止める』

「滅ぼすじゃなくて?」

『止める』

「……あっそ。なら、加減せずやるわよ。もっとも、“偉大なはじまり”はいないようだし、それが世界の理として染みつくまで何千年掛かるかは知らないけどね」

 

 それでも、ありがたい限りだ。

 本来ならただ、憎悪か恐怖かの対象にしかならない私に、そんなに長い間、力を貸してくれるなんて。

 何千年の先――望むところだ。その先で、強い人間の時代が来るならば。

 

 

 

 

 ――こうして、黎明の導き手たちは巨神王と出会った。

 

 あらゆる不可能を可能に叩き落とす、世界の運命にして希望。其は、聖剣使い。

 

 全ての不可能の行き先を封じた、世界の指導者。其は、日輪神官。

 

 遍く不可能を否定した、世界の開拓者。其は、新月の魔女。

 

 新天地の歴史、その最初期の出来事。

 

 人に新たな信仰が芽吹き、“力”と“智慧”を学ぶ。

 

 ただし信仰に愛はなく、学習には信念がなかった。

 

 それはある時、決定的に変わる。単なる、些細な偶然。無限無数の星々で、たまたま選ばれたのがここだった。

 

 この世界における本当の人類史のはじまり。終点まで続く戦いの、最初の一ページ。

 

 この黎明から千年後。紀元前一万一千年。

 

 魔獣の一つも近くに生息しない、穏やかな村に、翼の折れた黒い星は落ちてきた。

 

 

 

 

 

 

 まだ人は弱く、

 

 

 

 

 人は純粋で、

 

 

 

 

 

 人は優しかった。




■セファール
前半のやつは終章のゲーティアが正体を現した時「我が名は――」みたいなくだりで名前を言うまでやたら前置きが長かったとかそういうアレ。
聖剣使いの語ったように、「加護がある」と思い込ませることは出来ても、実際に加護を齎すことは出来ない。
セファールとは即ち破壊であり、蹂躙なのだ。
ゆえに、人間には等身大の導き手が必要だった。
想いの行き先を指し示す友は出来た。そしてここに、力の行き先を照らす魔女と出会った。
あとは、立ち上がった人々が走り出すための、最後の後押しだけだ。

へかてさまヘカテ
ギリシャ神話における良心の一つ。ギリシャの冥府にはまともな神が集うのだ。
三叉路の別名の通り、三つの顔、三つの側面を有し、セファールの蹂躙から逃れるべく三つの手段を行使した。
その結果“神性を放棄し、かつセファールの手が伸びにくいと判断した冥府に引き籠る”という方法で三分の一のみ生き延びる。
そして外との繋がりを遮断してひたすら気配を消し節約生活を送っていたのだが、テクスチャの上書きで冥府もまた検められ、隠れていた位相のバランスが崩れ、暫くの抵抗も空しく外に放り出され、その際の衝撃で炉心が緊急停止し行き倒れとなっていた。

その杖に灯る炎は万能的な千里眼に近い。
過去、現在、未来の不明をその炎を通じて照らすことが出来る。
ただし遥かはじまりの混沌も、遥かおわりの真理も、少なくともこの地球が受け入れることが出来る知的生命体には遠すぎるもの。
果てが見えるのは一瞬。そのすぐ後には理解を超えた脳も肉体も焼け落ち、“何かを見た”事実も消えてなくなる。
ゆえに汎人類史のギガントマキアではこれを用いて巨人に一つの真理を見せ焼却した。同じく参戦していた運命の女神モイライはブチギレた。

常識的で生真面目、内向的かつ能動的という本来不要な苦労を背負いまくる性格。
汎人類史では魔女の母と称されるほど魔術師の育成に長けており、それはこの性格ゆえの面倒見の良さもあってのこと。
弟子がどいつもこいつも大成した一方で、結局惚れた腫れたで面倒臭いことになった。恋を知らないため、男を見る目と恋愛神の悪戯から逃れる方法を教えられなかった自分をひどく情けなく思っている。
この世界においては、同じ使命を持った機神たち――もちろん、その他の神話体系の神々も――を救えず一人生き残ったことに大きな後ろめたさを感じており、かといって理の変化した新天地に住まう人々を見捨てられるほど外道でもなかった。
人々からの信仰が既になくとも、この身は命を終わりまで導く灯火。ゆえに、彼らの未来を明るくするため、神々の遺したものを世界に刻むため、己の全てを捧げることを決めた。
――果たして、セファールは彼女の生き様に合致する要求を告げ、契約は成された。
ヘカテ個人が齎す“力”と、彼女の神話体系が齎す“智慧”。
後者はヘカテがおらずとも、いつか辿り着くだろう。それが数千年早まるだけだ。
だが、前者のそれは決定的にその後を変えた。汎人類史のように、人の王が見せ、人の王が確立した本来の力とは在り方が別物であるからだ。

■この星最大の幸福
地球「お前それ本気で言ってるの?」



本作、あまり長くするつもりがなかったので要所のプロットしか用意していないのですが、それだと新キャララッシュとか、数千年一気に飛んだりとかになりかねないという。
ぐだぐだと日常を垂れ流すのも苦手なので、匙加減に悩むところ。


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常識/intro.

~現代:クリプターによる第一回暗黒円卓会議から五日後~


ウルト兎様より、今度は異聞帯のシンボルイラストをいただきました!
本作のタイトルページに掲載しておりますので、よろしければ。


 

 

「北欧神話について語りましょう、オフェリアちゃん」

『突然どうしたのよナジア』

 

 強制的に通信を中断させられた会合の日から五日。

 とりあえずあの次の日にもう一度場を設けてもらい、改めて異聞帯についての報告会を行った。

 ベリルが概要くらいは話してくれていたようだ。ゆえに、第一声はカドックの「あんたの異聞帯、セファールと聖剣使いが和解した世界って本当か?」だった。

 それを既に知られていたら、精々侵略種くらいしか話すことがない。

 ベリルめ。これを知って驚く顔は私が見たかったのに。

 

 さて、今日の通信はオフェリアとの一対一だ。

 聞いた限りでは、彼女の異聞帯はやはり北欧の地に相応しい。

 神々の黄昏(ラグナロク)の異常な終焉を発端としたもの。

 であれば、彼女に問うほかあるまい。元より彼女は北欧の古き民に縁のある家系であるらしいし、相談相手としてはこれ以上ない。

 

「いえ、何というか、こっちの異聞帯も北欧神話に通ずるところがあって」

『ああ――セファールだっけ。そうよね、あの巨人を中心に繁栄したなら、こっちに近くてもおかしくないわ。その発端が一番おかしいんだけど』

「違いない。でも、知っていたのね。セファールが北欧神話に影響していたこと」

『へ? え、ええ――ちょっと、ね。あー、そう、私の騎士に聞いたの。大神オーディンがセファールの亡骸――その破片からテクノロジーを得て鋳造したのがワルキューレだとか』

 

 ――いや、気にすまい。

 今回は私は仕事外モード。あくまでも雑談であり、オフェリアの異聞帯の情報を探る目的はない。

 相手の一挙一動への分析を停止。どちらかと言うと此度情報を与えるのは、此方なのだ。

 

「そうそう。ただ、今回聞きたいのは、ワルキューレについてじゃないのよ。というか、本来セファールに関わる存在じゃない筈なんだけど」

『へえ。一体誰?』

「大英雄シグルド」

『ッ――――ん、んんっ! すぅ……はぁ……シグルドね、ええ。何を聞きたいのかしら』

 

 良かった。知っていたか。まあ、知らぬ筈があるまい。

 ヴォルスンガ・サガに語られる、邪竜を打ち倒した北欧世界最大の英雄。

 討伐した竜の心臓を喰らい、無限の叡智を手に入れた戦士。

 北欧世界からサーヴァントとなる英霊を選ぼうというのなら、まず真っ先に名前が挙がるだろう彼。

 その他についても聞きたいことはあるが――今まで手に入れたこの異聞帯の情報の中で、こればかりは私が常識だと思っていたことが見当外れではないか確認しておきたかった。

 

「ひとつ、シミュレーションしてみて」

『……? え、ええ』

「まず、サーヴァントとしてシグルドが召喚されたとして」

『ッ、こほっ、けほっ……!』

「オフェリアちゃん? 調子が悪いなら、出直そうか?」

『んんっ……大丈夫よ。こっちの異聞帯は寒いから。風邪の兆しかも、ええ。手短に頼めるかしら』

「……そうね。なら、手短に。シグルドの逸話から、宝具として考えられるものって何がある?」

 

 とりあえず、一瞬分析を再開し、オフェリアから風邪の諸症状が見られないことを確認してから、尋ねた。

 オフェリアは怪訝そうに首を傾げる。

 まあ、質問の意味は分からないだろう。

 聞かずとも、シグルドの伝説であれば宝具に相応しい逸話など多くある。それでも、専門家からの意見は聞いておきたかった。

 

『……クラスにもよるけど。魔剣グラム、竜の心臓を口にして得た叡智、愛馬グラニ辺りは固いんじゃないかしら』

「そうよね。――そうよね。安心した。シグルドってのはそういう英雄よね」

『何があったのよそっちの異聞帯……』

 

 心の底から安堵する私に、オフェリアは異様なものを見る目を向けてきた。

 いや、本当に不安だったんだぞ。

 この世界は――はっきり言う、おかしい。おかしいが過ぎる。

 ここにいると汎人類史で培った私の知識の、何が正しくて何が間違っているのか、その境界線すら曖昧になる。

 何があり得たかもしれない人類史だ。こんなの異世界だ。空想だ。ファンタジーだ。たとえセファールが生存する世界があったとて、こんな世界になるものか。

 そう――己が正しいのだと信じていないと、バグる。この人類史に染まってしまう。助けて。

 

『……そっちの異聞帯には、つまり汎人類史の伝説とは違うシグルドがいるってことよね』

「ええ……三千年前、ラグナロクと呼ばれる大戦で数多の侵略種を撃ち落とした、今も生き続ける、聖剣使いに次ぐ人類最強の戦士、らしいわ」

『――――?』

 

 うん、そういう表情になるよね。分かる分かる。

 一体今の説明の何処に、その人物がシグルドだと特定できる要素があるだろうか。

 ない。何処にもない。強いて言えば“人類最強の戦士”の部分で特別彼という英雄に愛着のある者が名前を述べるだろうというだけだ。

 

 ラグナロク――北欧神話における終末。

 人も世界も何もかもが蹂躙され、神さえその例外ではない最終戦争。

 この異聞帯には、それと同じ名を冠する戦争があった。

 いや、正確には“ラグナロク”とは発生した現象の方を指す名前であり、それに立ち向かった大戦は“ラグナロク戦線”と呼ぶらしいが。

 今から三千年前、紀元前一千年ごろに発生した、侵略種の大量襲来現象。

 それ以前の約一万年間に現れた総数をたった七日間で超越し、なおも途切れぬ飛来する星々は流星雨の如し。

 セファールと聖剣使いだけではない。それまでに用意された侵略種への迎撃手段全てを稼働させ、動ける者全てが動くことになったこの異聞帯最大の戦い。

 地響きと絶叫は絶えず、迎撃の輝きが夜さえ明るく照らし続ける、世界の誰もが一秒後の死を覚悟しながらも生き抜いた悪夢の時代。

 

 既にその時代、人間は強かった。

 自分たちこそが世界を守るべき存在だと自覚し、そのための機構は用意されつつあった。

 一騎当千の戦士というものもちらほらと現れ、“世界を守る”という命題の下、その力を結集していた。

 空を翔ける白鳥の群れ。地を駆ける騎馬の群れ。それらを筆頭として世界は守りの戦いを続け――その戦乱の末期、限界を超えても諦めぬ戦士が生まれた。

 一騎当千など生温い。何万の星を撃ち落とした戦士、それがシグルドだという。

 滅びに抗う戦いの中で、セファールや聖剣使いの手にすら余る悪夢の中で、誰よりも英雄らしくあった者。

 ゆえに彼に向けられるものは、信仰ではなく尊敬。

 人である以上、誰しもがそれに至る可能性を持つ――辿り着ける戦士の頂点として君臨し続ける者こそ、この異聞帯のシグルドだ。

 

『――なるほど。ファンタジーね』

「ファンタジーでしょ」

 

 ざっとシグルドの概要を話してあげれば、四割くらい理解を放棄したような、どこか明るい顔でオフェリアは言った。

 共通の見解だ。オフェリアはクリプター屈指の真面目人間だ。やはり私は正常だった。

 どうするんだこれ。たった一人の、この異聞帯の重要人物のほんの概要を調べるだけで、一体何度エラーを起こせばいい。

 まだ聖剣使いとも、異聞帯の王とも謁見出来ていないというのに。

 

「――いやあ、確かに。あたまのおかしい……じゃなくて、奇妙な人類史もあったものですねぇ」

 

 その時、私の真後ろから聞こえた声。

 いや、知っていたからな。部屋の扉を開けたの丸聞こえだったし。

 

『ッ――コヤンスカヤ!? どうして――』

「ええ、ロシアに行く前にそれぞれの異聞帯を見ておこうかなと。今度北欧にも立ち寄らせていただきますので、その時はよしなに」

 

 異聞帯を渡り歩く権限を持った、クリプターよりかは異星寄りの存在。

 彼女に対しては――よく分からない。

 人を弄ぶことを至上としている、クリプターさえ例外ではない、というのは分かるが――どうも底知れなさがある。

 キリシュタリアに今度見解を聞いてみようかな。というか……え、コヤンスカヤここにいるの? この異聞帯に?

 

「……コヤンスカヤちゃん、貴女、ここに来てどれくらい?」

「そろそろ十日くらいになりますかね? この世界、技術の方向性はとんでもなく面白いけど、人が皆覚悟キメちゃってるのはよろしくありません。転がってくる(ほろび)を悉く蹴散らしながら目先の(ほろび)に『待て』している状態とか生物として支離滅裂過ぎて」

「貴女の所感は気になるけどまた後で。とりあえず、異邦人証明どうしたの?」

「へ? 異聞帯の王に会いに行ったら顔パスで解除してくれましたけど……」

「――は?」

 

 解除? 延長じゃなくて、解除?

 え、つまりこの世界の住民として、いわば永住権を認められたってこと?

 待って、また分からないことが増えた。何それそんな特例知らない。

 そんなものがあるとして、なんでコヤンスカヤに? 私より遥かに危険人物でしょ?

 

「……一体、どうやって……」

「ですから、王に会って話しただけですって。向こうの言っている事はよく分かりませんでしたが、そこはそれ。ああいうトップに顔を知ってもらうのは良いこと尽くめ。ナジアさん、貴女ならよく分かる筈では?」

「それが簡単に出来たらこんなに苦労してないわよ……」

 

 なんだ……? 私が駄目でコヤンスカヤなら良い理由は……?

 

「ふぅん……? なんでしょうねぇ。同じ異邦人でそこまで際立った差別をする方には思えませんでしたが……」

「……その辺りも調査しなきゃか。とりあえず、ありがとオフェリアちゃん。こっちが異常中の異常であることを再認識できたわ」

『え、ええ……あー……そうね。さっきの話、もうちょっと詳しく知ることが出来る文献とかない? 私の視点から分かることがあるかもしれないし……』

「ああ、そうね――どうにかしてそっちに送れないかな……」

 

 本をスキャンして送るのは、この通信回線だけだと難しい。

 コヤンスカヤに頼むと幾らつくか分からないし、キリシュタリアのところのカイニスに宅配なんて頼んだら間違いなく激怒される。

 となると、何か……。

 

「――私が北欧行くとき、ついでに持っていきますよ。ある程度の持ち出し許可は貰っていますし、それをオフェリアさんに貸し出すくらいなら、お金を取るまでもないでしょう」

「…………」

『…………』

「はーい『何言ってんだこいつ』みたいな視線はそこまで! ナジアさんの仕事外(オフ)モードに乗っかった気紛れなだけなので、余計な詮索するとまた気分変えちゃうゾ!」

 

 ……どういうつもりかは知らないが、この世界の兵器を持ち出させる訳でもなし。

 本を一冊渡すくらいならいいか。いい、のか?

 良い筈だ。オフェリアにも気疲れが見えたしな。これを読んで……もっと疲れそうだ。

 何せ――

 

 

 ラグナロク戦記。著者、シグルド。

 

 

 ――本人が自伝も兼ねて執筆した代物なのだから。




■ナジア・A・ハーウェイ
少しだけエラーに対する耐性が付いた。
しかしその耐性そのものを異常事態と捉えてしまい、正常な認識能力を取り戻すためにオフェリアに縋った。
この世界を知ろうと頑張っているが、未だに聖剣使いにもセファールにも会えていない不憫属性。

■オフェリア・ファムルソローネ
「先程から、何を読んでいるオフェリア」
「……黙って、セイバー。集中――そう、集中しているの」
「クク。ただ集中しているだけでそうはならんぞ。奇人の記した怪文書を読むが如き曖昧な表情。思わずお前の背後に宇宙を想起したほどだ」
「意味が分かりません。……セイバー。これは例なのだけど、フェンリルが人間と共闘して世界を守る話があったとしたら、どう思う?」
「――――?」
「あとはロキも。その悪辣な知恵を人間のために使い、守るべき世界を守るっていう話」
「――クク、少し休め、オフェリア。これは俺からの善意というやつだ。一日、何者にも邪魔されず、心を穏やかにして眠るがいい。案ずるな、この部屋には誰も近付かせん」
「……今日ばかりは、そうしようかしら」

■コヤンスカヤ
毎度お馴染みNFFサービス。最近バスター宝具に連発の概念を与えたやべーやつ。
単独顕現による侵入も勿論異邦人判定を受けるが、異聞帯の王に会ったところ即座に解除された。
基本的に滞在期間の延長はあっても、異邦人証明自体が消えることはない。この対応は、“今後何度世界の外に出て、またこの世界に訪れても、異邦人証明は発行されない”ということ。
それも含めてあまりにもあたまのおかしい世界過ぎて、彼女としてはあまり好きではない模様。
誰もの思慕が縺れ合い、別の方向性を向いているからこその人間だ。人間が人間である限り、全てが同じ方向を向く群れは作ることが出来ない。
完成された世界かもしれない。醜悪ではないかもしれない。だが、気持ち悪い。彼女にとってこの世界は悍ましくて仕方ない。
誰もが信じる終末は、虚飾で満ちたものになる。彼女はこの世界に来たその日の内に確信した。
あんなにも吐き気を催す歪んだ愛、純粋に過ぎる矛盾が、美しい末路など迎える筈はないのだから。

■シグルド
太平洋異聞帯におけるシグルド。存命。
聖剣こそ人間の輝きの至上たる世界において、魔剣をもって名を轟かせた戦士。投げない。


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夢路/intro.

~現代:前話からそれなりに日数経過~


Q.異聞帯強すぎない?
A.別に他の世界と競うために発展していた訳じゃないし……。

Q.もっとパワーバランス考えてあげて。
A.異星の神に言え。


 

 

 この世界は異聞帯である。

 あり得た“かもしれない”人類史である。

 そういう前提の上で生まれた、一種のファンタジーである。

 そう、全ての思考に前提として情報を追記してからは、ある程度この世界の歴史も受け入れることが出来るようになっていた。

 先入観を捨てることこそ肝要。これが出来なければ、いつまで経ってもエラーを起こす日々は終わらない。

 ああ――だからキリシュタリアはこの異聞帯を私に任せたのだ。

 人が先入観を捨てるには時間が掛かる。その点、私であれば、必要であれば一旦思考から外すというのは機能の一つだ。

 その上で新しい知識を詰め込む。この異聞帯の住民、その一人となった気分でいるのだ。

 私は遂にこの境地に達した。再臨だ。新ナジア・ハーウェイだ。

 

「……なるほど。やっぱり、神霊がまともに残っている訳じゃないのね」

 

 コヤンスカヤが今、何をしているのかは知らないが、一応彼女には既に『ラグナロク戦記』を渡している。

 その内あれはオフェリアの下に渡り、神々の黄昏の名前だけを借りた防衛戦争は彼女に知れることとなるだろう。

 あの内容は頭に詰め込んだものの、私はどうも気になっていた。

 

 『ラグナロク戦記』はシグルドが己の視点からラグナロク戦線を綴った内容が主となっている。

 前書きによれば、この本には戦線の犠牲を歴史が忘れぬようにという目的もあるらしい。

 であれば、作中に登場する、彼が寝食を共にした同僚や親友、部下といった者たちの名は実名だろう。

 しかし――だからこそ不思議な点がある。

 この戦線において多大な戦果を挙げ、間違いなく英雄であったと彼が断言しているにも関わらず、シグルドのように巨神王から直々の祝福を受けることもなく、この後の歴史に一切描かれていない、まるでこの戦線のみ歴史の上に現れたような名前があるのだ。

 この者たちが戦死したという記述はない。どころか、最後を締め括る、シグルド本人が祝福を受けた場にも名前が登場している。

 ラグナロク戦線を生き残ったのは確実。

 そして――先入観は捨てるべきではあるが、それはあまりにも、“その後の歴史に関わらない”とは思えない名前なのだ。

 

 ――フェンリル。

 ――ロキ。

 ――リーヴ。

 ――リーヴスラシル。

 

 いずれも北欧神話に登場する名だ。

 神をも喰らう終末の獣。世界さえ弄ぶトリックスターの神。そして終末の後、新たなる人類の祖となった二人の人間。

 どうせこの異聞帯のことなのだし、汎人類史のそれとはまったく違う存在ではあるのだろう。

 まず、創世神話に語られるはじまりの話以降に残った神が、その神性を捨て去って人の導き手になったヘカテだけだという。

 ゆえに、神の名を持つロキも、同じ名を持つだけの人間である可能性は高いが――彼も、他の三つの名を持つ者も、戦線末期に現れ、大活躍することが出来た存在だったことは間違いない。

 

 ヘカテ以外に神が残っていなかったというのは、他の文献と照らし合わせた限りでは確実だ。

 彼らについて、シグルド本人に聞ければ良いのだが――これ以上この名前に執着しても、今日の進展は望めまい。

 ……もう夕方か。そろそろ本日の調査は切り上げなければ。

 この中央図書館は良い。汎人類史では逆立ちしても生まれないような本ばかりだが、この世界を知るならやはり本だ。

 時間と健康管理を気にしなければ何日だろうと居続けられる。だってこんなの全部理解するとか不可能だし。

 本棚から引っ張り出して積み上げていた本を元に戻すべく立ち上がる。

 

 瞬間、此方に向けられる警戒。

 一挙一動にこれだ。まあ、それは当然であるのだが。

 そして、その内一名が歩いてくる。

 共通の白装束に身を包んだ、赤いポニーテールの少女。

 その威圧的な視線は、最初に会った時のまま。……まだ仲良くなるには遠いかあ。

 

「手伝います。一度に運ぶには重いでしょう」

「ありがと、アガーテ」

「主命ですので、お気になさらず」

 

 異邦人証明の延長を取り付けた際、護衛――と、監視を目的として私にあてられたのが彼女。

 この世界の守護の要。侵略種による破壊の後、再生と共に生まれるという白血球。空を翔ける白鳥部隊。黒き星を穿つ、白き小さな星。

 母なる大地、母なる世界を守るための、最大規模の防衛機構。

 それが、戦乙女――ワルキューレだ。

 人に遥かに勝る存在の強度を持つ、世界を、そして人々を守る者たち。

 セファールに仕え、そして人と共に生きてきた彼女たちは、この世界において人に並ぶ一つの種族。

 感情を持つため、人と同じくその在り方は多様化し、あくまで戦乙女としてその存在意義に注力する者や、人と恋をし人の子を産む者など、“世界(セファール)を守る”という命題以外はバラバラだ。

 

 その一羽、個体名をワルキューレ・アガーテ。

 彼女は十五年ほど前に生まれた、ワルキューレの中でもかなり幼い個体で、まだ多くの感情を芽生えさせるには早い身であるらしい。

 であれば、この怪しい異邦人を監視するという役割には打ってつけだ。警戒は露骨に警戒だし、それは私も自覚しておけということなのだろう。

 こうして率先して片づけを手伝ってくれたり、親切ではあるのだが――あくまでそれは、役割の範疇であると認識しているだけ。

 表情を知らないような少女はどうにも……昔の自分を思い出してしまうな。

 

「本日はもう戻られるのですか?」

「ええ。閉館時間も近いでしょう?」

「そうですね。では――」

 

 本を一通り片付け終え、私が滞在している施設へと戻ろうとしたとき。

 ようやく、図書館の入り口に立っていた“彼女”に気付いた。

 

「やあ。今日のお勉強は終わったかい? ナジア・ハーウェイ」

 

 まるでその存在は、一輪の花。

 美しさという意味ではない。どんな赤子の手だろうと容易く散ってしまいそうな儚さがそこにあった。

 白いローブと虹の如き髪が印象として抱かせる生命力の一割とて、その存在にはある気がしない。

 

「――何でここに?」

「巨神王への報告を済ませたついでにね。ああ、アガーテ、君はブリュンヒルデのところに向かってくれるかい?」

「お姉様の……? ですが、私はナジア様の護衛を――」

「そちらは私が受け持とう。彼女に渡してほしい報告書だ。一刻も早い方が良い用件だし、私の名を出してくれて構わないよ」

「はぁ……」

 

 彼女を侮ってはならない。この世界において最高峰の魔術師だ。

 そして、それでいてこの世界最初の味方。異聞帯という異常をこの世界で誰よりも早く察知し、私に接触してきた人物。

 

「それでは、命令の優先順位を変動します。ナジア様の護衛をよろしくお願いいたします、マーリン」

「ああ、そっちも頼むよ」

 

 一足先に図書館を出て、光の翼を広げて舞い上がっていくアガーテ。

 それを、手を振って送り出す魔女――夢の語り部、マーリン。

 本来はアーサー王伝説に登場する筈の、花の魔術師も名高いキングメイカーだ。

 

「さて、行こう。例の話の続きを行いたい」

 

 言って、杖を一振りすれば、視界に映る景色は一瞬ノイズに包まれ、次の瞬間には私に割り当てられた部屋にいた。

 この世界でも、未だ以て使える者など限られているという、装置や触媒を用いない物質転移。

 それを扱える彼女の規格外さ以上に、何となく、マーリンらしくはないなというのが感想。

 口にはしないが。私のマーリンのイメージはあくまで汎人類史のものだ。

 魔術という言葉そのものが全く別の技術を指すこの世界を語るには、私はまだ早い。

 

「――続きって言うと」

「嵐の壁。我々の危急の課題だ」

 

 私は椅子に、マーリンはベッドに腰掛ける。

 嵐の壁――異聞帯を囲い、外の世界とを隔てる領域の境界。

 他の異聞帯において、この壁がどのように考えられているかは不明だ。

 だが、少なくともこの世界においては、これは侵略種の危機にも匹敵する大問題である。

 何せ世界が統一され、各地の通信手段さえ整っているのだ。

 壁の外にあった筈の世界との通信が途絶え、観測すら出来なくなっている今、この壁を消し去る、ないし押しやって観測範囲を広げることが、マーリンの当面の目的であった。

 

「やはり、あれは消せないね。異聞帯なる、この世界に押し付けられた状況を考えると、“広げる”べきだろう」

「……そうね。ただ、そのためには私が巨神王と接触するのが必須よ。そうして空想樹を育てることで異聞帯は広がる。“そこにあった場所”も、いつか見えてくる筈」

「空想樹、ねぇ……」

 

 ――空想樹オメガ。この異聞帯に根付き、育つ筈だったもの。

 それは、私が見る前に巨神王と聖剣使いによって回収され、防衛線にて絶賛兵器に転用されている状態。

 絶望である。まだ報告こそしていないが、これをキリシュタリアにどう説明しろと言うのか。

 

「――そうしなければならない訳じゃあないらしいよ。あれの成長の目途は立っているからね」

「は?」

「まあ、それが空想樹とやらが望んだ成長かは知らないけど。接種させる栄養側を空想樹に合わせたんじゃなくて、接種させる栄養で育つよう、空想樹に手を加えたらしいからね」

「――何してんの?」

 

 暴挙だ。暴挙にも程がある。

 兵器に転用した、までは聞いた。だが、空想樹のつくりそのものを改造する世界があって堪るか。

 何という排他世界。この世界で生きたいならば、こちらの都合で育つように合わせろと。

 これだから危機の対処になりふり構っていられない世界は困る。使える人材は皆使っているから、落ちてきたものは空想樹でも使うというのか。

 

「そういう訳だ。君が何をするまでもなく壁をどうにかすることは出来そうだが――今起きている未曽有の危機について、詳細を教えてくれたのは君だからね。そろそろ君を信用しよう」

「――――、つまり……」

「近いうちに巨神王に会わせよう」

 

 ――空想樹の問題という頭痛の種は出来たが。

 大きな目標のクリアを果たしたらしい。マーリンとの接触は、やはり功を奏した。

 あとやっていた事と言えば知識を溜め込んでいただけだが。不審な動きなどすればどうなるか分からないのだから仕方ない。

 

「数日中のどこ、という約束は出来ないが、七日以内。だから、そろそろサーヴァントでも召喚して、親交を深めておくといい」

「――ああ、サーヴァント」

 

 そういえば、召喚権があったなと思い出す。

 意図して召喚を行わなかったのではない。そんなことをする余裕がなかったというだけ。

 だが――王との接触が約束されたのならば、使役するサーヴァントの紹介も兼ねておいた方が良いだろう。

 

「まあ、君の動きが監視されないのはこの部屋だけだ。趣はないが、ここで済ませてくれたまえ」

「もう行くの?」

「私も忙しくてね。護衛を任されてはいるし、部屋に結界くらいは張っていくよ」

 

 ノイズに塗り潰されるように消えていくマーリン。

 こんなに忙しない世界で、重役などやっているのだ。やることなど山のようにあるのだろう。

 静寂に包まれた部屋。窓から差す夕日は、数少ない汎人類史と同じものだった。

 

「……」

 

 ――やるか。せっかくの権利を使わない理由はあるまい。

 

「望むのは……そう……」

 

 ――――愛。

 生者も、死者も愛せる者。愛と世界を秤にかけられる者。

 その愛で世界を変えた者。そして何より、己の愛を未来に捧げられる者。

 

「素に銀と鉄。礎に石と契約の大公。(いのち)にイシス、筐体(からだ)にオシリス、祖には我が師父アトラシア――」

 

 それが満たされるならば、召喚される英霊に疑いは持つまい。

 淡々と詠唱を続ける。

 北天に舵を。錨を上げ、大海に乗り出すこの身に導きの星を。

 魔力は天底より、天頂へ。大きな命の祝福をここに。

 

「――西の螺旋は昇華の雲に。東の暁は黄金の鶏に。汝、三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ――」

 

 

 

 私という存在、令呪という楔の下に、召喚は成る。

 

 

 

「――んん? 異邦人証明? ううん……まあ、とりあえずは、解除で」

 

 

 

 赤い瞳、白い髪、褐色の肌が覗く、黒いローブ姿。

 

 およそ英霊とは思えない、小さな体躯。

 

 そして、手に持っているのはその身長よりも大きな、先に炎を閉じ込めた杖。

 

 

 

「クラス、セイバー……じゃなくて、ライダー……でもなくて、キャス、ター……でもなくて、アルターエゴ。正確には、アルターエゴにして、フォーリナーにして、アヴェンジャー」

 

 

 

 戦士のようで、女神のようで、何の変哲もない幼子のようで――あり得る筈のない、死神のような、

 

 十にすら満たないだろう幼い少女が、そこにいた。

 

 

 

 

「――サーヴァント、真名、エッツェル。召喚に応じ参上しました。えっと――問おう、貴女が私のマスターですか?」




■ナジア・A・ハーウェイ
悟りの境地に達し切れていない常識人。

■ワルキューレ
セファールが己の体を用いて作り出した人型の生命体。侵略種による破壊からの再生に伴って生まれるとされる。
飛行能力を有し、世界を巡回しその秩序を守ることを存在意義とする。
人よりも存在の強度が高く、侵略種に対する世界防衛の要であり、遥か上空の第一防衛線にも無数に派遣されている。
全員がセファールを母と認めており、彼女たちにとってはまさに『母なる世界』を守るために全力を尽くす。
基本的に個々の人格と二百年程度の寿命を持つが、その在り方も時代を経るごとに多様化していき、人格を閉鎖して機械として尽くすもの、寿命を手放し人間との愛を選ぶもの、その逆で母から長大な寿命を貰い受けてその信念に生きるものなど、同じ種族と一括りにするのは難しい。
女性個体しか存在しないのは、セファールが女性であることが理由とされている。
人間と結ばれ産まれた子供は人間であり、性別は一定ではない。また、戦乙女の力や寿命も持たず、人間の子として生きる。
――メタ的な話になるが、本作に登場するオリジナルのワルキューレの個体名は北欧神話に登場するワルキューレの名前からの出典ではない。悪しからず。

■マーリン
グランドクソ女。太平洋異聞帯における夢の魔女。
人の世の導き手。過去があるからこそ現在があり、未来へ続いていくゆえに、過去の出来事を編纂し言の葉に乗せて紡ぐ語り部(ストーリーテラー)
一輪の花の如く小さな生命力ながら、人が英雄になるに足る夢の欠片を摘まんで現代まで生きてきた存在。
必要がなかったために、キングメイカーという性質はない。
世界の存続こそが至上命題であり、異聞帯同士の争い、地球の白紙化、異星の神といった諸現象をこの世界の誰より重く見ている。

■空想樹オメガ
……テ……シテ……コロシテ……。

■エッツェル
ナジアが召喚したサーヴァント。クラスはアルターエゴ/フォーリナー/アヴェンジャー。
赤い瞳、白い髪、褐色の肌を持つ、黒いローブ姿の幼い少女。外見相応の少したどたどしい話し方をする。


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友誼

~一万四千年前:ヘカテ加入の直後~


 

 

『という訳で、友達が出来た――』

 

 何かがお腹を掠めていった直後、スッ、という小さな音が聞こえた。

 ――なんでセイちゃん、聖剣振り抜いてるの?

 ヘカテと出会ったことを早速報告しようとしただけだと言うのに。

 彼女はこっちの場所を観測して向かってきてくれるとのことで、向こうの端末は消去してセイちゃんのもとにやってきたのだ。

 こういうめでたい報せは早い方がいい。

 こうしてセイちゃんの小屋にお邪魔するのは久しぶりだが、こんな物騒なお約束があった記憶はないぞ。

 

「……」

『……セイちゃん?』

「……真夜中の挨拶にしては礼がなってないんじゃないですか、セファール」

『あっ』

 

 そうじゃん。今、真夜中じゃん。

 ヘカテのいたところは昼間だったし、昼夜の感覚が壊れるな。

 で、そんな風に昼も夜も分からないような輩が真夜中に浮かれた報告をしにやってくれば、聖剣に選ばれし聖剣使いはそれを振るうも吝かではないと。もう少し躊躇ってほしい。

 ほら、なんでベッドに転がっていたのか知らないけど、セイちゃんにあげた再生機能付きの端末、巻き込まれてまたぶった切られているから。

 無表情で目開いた自分の端末が真っ二つになって、それが再生していくの見るの普通に気持ち悪いな。

 

 しかし、夜中に起こしたセイちゃんがここまで不機嫌だとは。

 一瞬こっちに向いた殺気だけでまた死ぬかと思った。

 寝ていてもすぐに不測に対応できるよう、聖剣を傍に置いているらしい。不測の私はあと一歩踏み出していたら上半身と下半身が何度目かの別れを告げていただろう。

 ……うん。私が悪かった。昼間に出直した方が良いな。いつまでもこの不機嫌なセイちゃんに捉えられる範囲にいるのは不味い。

 

『……ひ、昼にまた来る』

「……いいです……朝になったら聞くので、寝てください。夜は寝る、時間です」

『え?』

 

 殺気が萎んでいき、こくりと船を漕いだセイちゃんは、手に持っていた聖剣をベッドの傍に転がす。鞘にくらい仕舞った方が良いと思う。

 眠気の限界……というか、現在進行形で寝惚けているのだろう。

 おもむろに手を取られる。そのまま妙に強い力で引っ張られ、ベッドに転がされた。

 ……んん?

 

『セイちゃん?』

「うっさいです。とりあえず静かにしててください」

 

 ……んん。

 んん……? ……んん。

 なるほど、寝惚けたセイちゃんはこうなる訳だ。

 もうセイちゃんに意識はない。大変寝つきが良くていらっしゃる。

 ただいまの私といえば、お腹を抱えられて身動きの取れない状態である。

 何という事態。セファールを抱き枕にした唯一無二の人物だ。

 

『――――』

 

 ――いや、うん。いいんだけど。私としては別に構いはしないんだけど。

 たとえば、もしもセイちゃんが朝起きて、このことを覚えていなかった場合。

 身に覚えのない私の端末が増えていて、しかもそれが動いて喋るという意味の分からない状況とならないだろうか。

 それはそれで面白そうだが、私はそれなりに学習しているのだ。

 多分、そんな風に朝を迎えれば間違いなく私はセイちゃんを弄るし、その後私の端末には残機があるのをいいことに怒ったセイちゃんに真っ二つにされるのは目に見える。

 

 あと、そもそもこんな状況では私が寝られない。

 私はセイちゃん全肯定巨人だが、だからと言ってこういう事にはもっと順序を踏むべきなのだ。

 よし、意識の共有を切ろう。

 命をかけてセイちゃんとの同衾を楽しむほど私の命は軽くない。セイちゃんは端末の私をやけに軽くみている節があるが、軽くないのだ。

 共有の切断を実行する。明日の朝、また違う端末でお邪魔しよう。

 

 

 

「あの。起きたら貴女の端末が増えていたんですが」

『バグったかもしれない。回収する』

 

 十年以上の付き合いは伊達ではない。

 やはりセイちゃんは覚えていなかったし、彼女にとって昨晩の抱き枕は完全に怪奇現象であった。

 私も命は――端末の場合惜しくはないけど死にたくはないので、あえて罪を被る。

 これは端末の不具合である。保証期間は十年だ。

 

「……いえ、このままにしておいて、害がないなら大丈夫です。修復機能も付けてくれると嬉しいです」

『的にするならそっちの一つで十分では』

「……、……あれです。複数人との戦いを想定して」

『少なくとも私は増殖する予定はない』

 

 なんだ複数人との戦いの想定って。

 セイちゃんって(セファール)を斬るために鍛錬してるんだよね?

 その瞬間がどうなるかは知らないが、もしかしてセイちゃんは私が無数の端末でも使役して襲い掛からせる対戦闘員パートでもあると思っているのだろうか。

 私としては意識の有無にかかわらず、自分と同じ姿の端末を量産して、それがばったばったと切り捨てられていく様子を鑑賞する趣味はない。

 今だって、視界に二つ端末が映っている時点でかなり狂気を感じている。

 

『とにかく、あれはそういう前提で作っていない。回収する』

「……殺生な」

『なんて?』

 

 よく分からないが、名残惜しいと感じているのなら……まあ、嬉しいとは思わなくもない。

 望むのなら、後でもう一つあげるのも考慮しよう。

 それはそれとしてあの端末は回収させてもらうが。

 端末を削除し、小屋の外に出てきた、その時。

 

「……中々に狂気な話していたわね。これが私たちが希望を託した聖剣使いの――」

「――ふっ」

「ヒィッ!?」

 

 ちょうどここに辿り着いたらしいヘカテの呆れ声に反応するかのように、セイちゃんが聖剣を振るった。

 なんかこういうの覚えている。声に反応するロックでフラワーなおもちゃ。

 

「なに!? なに!? なんなのだわ!? 聖剣使いってのは問答無用な戦闘狂なの!? アレスだってもう少し前置きとかするわよ!?」

「いえ、何となく不愉快な評価をされかけていたので、一応塗り替えておこうかと」

「狂気の方向性さえ変われば貴女的にはOKなの!?」

 

 へたり込んだヘカテを見下ろしつつ、セイちゃんは構える。

 あ、これ追撃する気だ。

 ヘカテは仮にも元・女神だし問題ないとは思うけど、セイちゃん結構人見知りする性格なんだね。

 

「ストップ! 私たちは分かり合えるわ! そう、私そこのセファールに賛同してやってきたの! 人間を導くようにって!」

「彼女からの説明がない以上、暫定で不審者でしかないですが」

「セファール! セファールッ! さっきの盟約が物理的に切り捨てられつつあるのだわ! ここで助けないと世界が大変なことになるわよ!」

 

 そういえばヘカテ、随分早いな。

 彼女の全速力がどれだけかは知らなかったが、数ヶ月、早くても数日くらいは掛かると思っていたのに。

 

「あっ、ヤバいこれ本気だ! 本気で死ぬやつ! 大丈夫! 大丈夫よ! 私いい人! いい元・女神! 天罰とか下さないからっ!」

「元・女神……? ……亡霊なら斬っても不敬にはならないか」

「その“元”の解釈は考え直す余地があるわ! もうちょっとだけ広い見識を持ちましょう!」

「あまり面倒なことは考えない主義なので」

「そこをなんとか! さすればその剣技、更に進歩するわ!」

 

 もしかすると、彼女が教えようとしている技術とかっていうものと関係しているのかもしれない。

 それが人々に齎されれば、遠方との交流ももっと楽になるだろう。

 

「セファール! 何やってんのよセファールぅ!」

『え?』

 

 気付かない間にヘカテが精神的に限界を迎えたらしい。

 此方に縋ってくる彼女にじりじりと迫ってくるセイちゃん。

 このままだと不味いな。私まで巻き込まれる。

 

「誰だか知りませんが、誰の許可を得てセファールに触れているんですか。新たな世界の神なんですよ」

「貴女セファールの巫女にでもなったの!?」

『セイちゃん、この子、新しい友達。通称へかてさま』

「その呼び方やめてくれるかしら!? 通称じゃないし!」

 

 流石に纏めて斬られたくないので、フォローを入れる。

 セイちゃん、どうどう。

 

「友達……?」

「うん、そこも突っ込みたいわね! 友達になった覚えはないわよ! あくまで協力相手だと思って!」

『…………』

「無表情のままなんか悲しそうな雰囲気出してるのこわいんだけど!」

 

 むう、なかなか愉快なコミュニケーションが取れたし、仲良くなれたと思ったんだけど。

 ここまで否定されるのはちょっと悲しいぞ。

 ……一瞬セイちゃんに差し出すことも考えたが、落ち着け私。人々を導くことは必須課題。

 そのためにはヘカテの助力は非常に大きい。

 

「何セファールを傷つけてるんですか」

「そっちにも飛び火すんの!?」

 

 うん、とりあえずセイちゃんを止めよう。

 このままだと多分、あと一分もしないうちにヘカテが真っ二つになってしまう。

 私は助けを求められれば手を出さずにはいられない巨人なのだ。




■セファール
セイちゃん全肯定巨人。
夜中に友人が出来た報告をしに行ってキレられ抱き枕にされる、文明を蹂躙し破滅を呼ぶ白き巨人だった筈のモノ。
朝まで端末と意識を共有していたら聖剣使いを弄って真っ二つにされる予想をしていたが、その通りである。巨人の直感:E。
ちなみに手順がどうこうとかごちゃごちゃ言っているが同衾自体は経験がある。というか本編でもやっている。
友達認定されなかったので思わずヘカテを差し出しかける危険思想の持ち主。

■聖剣使い
セファール厄介聖剣使い。
寝ているところを起こされることが嫌い。セファールだろうと叩き切るくらい嫌い。
そのまま寝惚けてセファールの端末を抱き枕にした。その出来事はすっかり忘れたので朝起きたら家に端末が増えていて困惑した。
ヘカテを襲ったのはとりあえず不審者認定が主な原因。変な杖持った得体の知れない機械少女が自分を馬鹿にしてきたらそりゃ斬るでしょ。
セファールを斬るのは自分なのでそれ以外が傷つけたら気に入らない危険思想の持ち主。

へかてさまヘカテ
今回最初以外ずっと叫んでいた苦労人。
セファールと盟約を結び、人間を導くためにやってきたらその人間の希望に斬られかけた。
一応、本人の力でこの危機を脱せなくはないのだが、あまりにも想定外過ぎて頭に入っていない。
新天地のはじまりとなった二人がどっちも危険思想の持ち主なので「大丈夫かこの世界」と思わずにはいられない。


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遺産

 

 

「という訳で。セファールとの盟約により、人に前に進む力を教えるためにここまで来たわ。元・女神、三叉路のヘカテよ」

 

 その後、紆余曲折あってようやくヘカテの不審者疑惑が取れた。

 そしてセイちゃんと、これから関わっていくだろうらむくんの前で名乗る。

 やっぱり“三叉路の”ってつけるんだ。気に入っているのかな。

 

「……まさか、本当に女神だとは。しかもボクがいたところの女神じゃないか?」

「そのようね。その節は……なんかこう、本当に迷惑を掛けたわ。アポ……匿名希望の彼は本当にこう、傍迷惑で。いえ、彼に限った話じゃないんだけど」

 

 ここに妙な関係が芽生えていた。

 らむくんの体を魔改造した謎の神、ヘカテの知り合いらしい。

 彼女も知るほど傍迷惑な神のようだ。

 

「しかし、申し訳ないがへりくだるのは勘弁してほしい。信仰を向ける神はもう、セファールのみと決めていてね」

「気にしないわよ。元・女神って言ったでしょ。既に神性なんてないんだし。そうね――最低限の崇敬を込めて“ヘカテ様”とは呼ぶべきではあるけどね」

「へかてさま」

「どうしてあんたがセファールと気が合ったのか分かった気がしたわ」

 

 なんか今、らむくんの呼び方ちょっと不自然じゃなかった?

 どことなく馬鹿にしているというか、棒読みというか。あれか。やはり神相手である以上、その辺りは露骨になってしまうのか。

 

「ともかく。セファールと交わした盟約は、人に“力”と“智慧”を与えること。その中心は、信仰の始まったここであるべきと考えたわ」

聖剣(ちから)ならここにありますが」

「はいそこ静かに! 貴女一人しか持てない力でしょそれは! そんなヘファイストスにもなんで物が斬れるのか分からない代物、二つとこの世にないんだから!」

 

 また知らない名前が出てきた。

 察するに剣に一家言ある人物――神物(じんぶつ)か。

 やっぱり神にすら分からないんだ、あの聖剣の仕組み。

 実際のところ、“玩具でも斬れるくらいセイちゃんが強くなった”という説が有力な辺り怖い話である。

 あれでトドメを刺される身としては至極複雑ではある。誰もが聖剣と認めているのなら、それはそれで良いかもしれないと思う自分もいる。

 

「ところで、何背負っているんだい、君」

「あ、やっと聞いてくれた。なんでセファールも聖剣使いも一切聞かないのよこれ」

「よく分からない体してますし、それがデフォルトなのかなって」

『特に気にならなかった』

「ねえ、これ大丈夫? 本当にこれで新天地とやら大丈夫?」

 

 そういえばヘカテ、なんか背負っている。

 何か丸っこい、歯車みたいなもの。それ重くない?

 

「はぁ……こっちは“智慧”の方。人間たちがいつか至って、追い越すべき技術(もの)がここにあるわ」

 

 ヘカテはその荷物を下ろし、結んでいた紐を解く。

 一メートルやそこらの歯車を横にしたような、謎の装置。

 なんか急に世界観変わったね。いや、ヘカテの存在自体がそうなんだけど。

 というか、やっぱりあのロボ神とかだけおかしくない? 神様とそういうSFって結びつかなくない?

 

「オリュンピア・デバイス。私たちという文明(かみがみ)の遺物。ソラに煌めく星々を観測する、小さな天文台よ」

 

 ヘカテがその歯車に手をかざすと、その上にさらに複数の歯車が浮き上がる。

 そしてそれらが組み合わさって映写したのは――宇宙?

 

「私たちの技術ではありふれたものではあったけど、この世界はまだまだ、そこには遠い。これを理解して、辿り着くまでが私に出来る導きよ」

 

 ――未来的な技術担当の神だったのかね、ヘカテたち。

 だってこんなの、私が知る“前世”ですらなかった機械だし。

 浮き上がった星々、触れてみればもっと詳しい情報すら分かりそうだ。

 あと、まだこれが真髄ではないことは分かる。もっともっと、範囲を広げることも出来そうだ。

 

「……セファール、らむくん、これ理解できます?」

『千年早い』

「理解出来ていたらもっと驚くんだろうけど、逆に何も感じないかな」

「身の程をご存知のようで何よりだわ。先は長そうなのだわ」

 

 どこか遠い目をしてヘカテは言った。

 如何に彼女からすればありふれたものであっても、私たちからすれば未知の産物である。

 これに人が辿り着く――どれほど掛かるのだろうかと思えるくらい、それは私の知識の埒外にあるものだった。

 

「それからもう一つ、人間には学んでもらうわ。私に許された才覚(きのう)……法則を歪める手札の構築をね」

 

 言って、ヘカテは手を前に伸ばす。

 その十数メートル先にあるのは、果実の成った木。

 木を見据えながら、軽く指を動かせば――まるで見えない糸に結ばれて引っ張られたかのように、成った果実がヘカテの手元に引き寄せられた。

 

『おぉ、魔法』

「魔術の方が相応しいわね。これは理解の外にある現象じゃなくて、あくまで自分の理解の範囲でことを成すすべ(プログラム)なんだから」

 

 飛んできた果実を受け止め、私に向かって投げてくる。

 いや、この端末、ものを食べる機能はないんだけど。セイちゃん、あげる。

 

「いらないです。それ酸っぱいんで」

『食べた事あるんだ……』

「蜂蜜に漬けると美味しくなる。南に工房があるから後で渡してこよう」

 

 あるんだ、蜂蜜の文化。

 らむくんに果実を渡す。工房とやらも、たかが一個果実を渡されたところで困らないかな。

 

「簡単な例を見せたけど、こういったことが出来るかどうかは個人次第。同じものを組んで、用意しておかないと使えないわ。一生で組める数にも限度があるでしょうし、こっちは出来れば才能で切り捨てたいんだけどね」

『ヘカテは今の……魔術? 幾つ使えるの?』

「私は限度はないわよ。そういう機体(めがみ)だし。思いついて、組み上げるまで百分の一秒、使ったら捨てるっていうのが許される身だから」

『異世界チートか』

「意味が分からないけどそこはかとなく馬鹿にされている気がするわね」

 

 魔術……その実態は、私のイメージの中にある魔法とは、随分と異なるらしい。

 しかも、あれだけ大層な杖持っているのに使ってないし。

 何とかかんとかパトローナムみたいな呪文を口ずさんで不思議を引き起こすとか、そういう技術ではないようだ。

 

「その魔術? 私にも使えるんですか?」

「訓練次第ね。貴女の場合、その聖剣を振った方が何をするにも早い気もするけど。で、セファールは論外。体の作りが私たちの常識外だからまず無理として」

『えっ』

 

 え、何? 私、今のやつ使えないの?

 面白そうだし、色々学んでみようと思ったのに。

 

「この中だとあんたかしらね、らむ。一番伸びしろがあるの」

「伸びしろ云々は良いとして、ボク本名で名乗った筈なんだけど」

「長いし呼びにくいのだわ。“らむくん”ってのがしっくりきたし、それでいいのだわ」

「君、時々意図的に知能を低下させていないか?」

 

 らむくんが少し不憫だった。

 私くらいはしっかり呼んであげようかなと思ったが、本名を一回呼ぶうちに“らむくん”で二、三回は呼べる。

 やっぱりこのままでいいか。友人間なら愛称って大事だもんね。

 

「さて。らむの疑問は黙殺するわ。これらの技術は、一つの文明体系が両方を学ぶことは出来ない、というのが私たちの結論よ。かつての私たちの文明がそれらを得られたのは、長い時間と連続した奇跡と努力が重なったから。時間の面倒は見るけど、奇跡と努力に関しては、私は一切関与しないから、そのつもりで」

「ボク個人への対応に不満はあるが、そこは問題ないだろう。人々の進歩は確実だ。君が齎す二つを平らげる度量はあるさ」

「ええ。ここの人たち、結構辛抱強いですよ」

『めっちゃ大丈夫』

「不安なのだわ」

 

 いや、私が人間を信じているというのは本当なのだ。

 前世でだって、人は長い時間を掛けてあそこまで発展した。

 こうして不思議な技術の許された世界であれば、もっと、更に先に至ることさえ可能なのではないか。

 それをらむくんやヘカテが導いてくれるというなら、なおさら、間違える可能性は少ない。

 

「……まあ、人類皆が私の愛弟子となることを期待しましょうか。それじゃあ、まず初めに一つ要求をしたいわ」

「なんだい?」

 

 何故か妙に気高い雰囲気を放ちつつ、ヘカテはらむくんに切り出した。

 どうしたのだろう。元・女神からいきなり現在進行形で女神だぞみたいに胸を張って。

 

「――神殿よ。私が住まう神殿を用意しなさい」

「セファール、君の神殿、空き部屋貸せる?」

『問題ない。というか大きくし過ぎ。なんでまだ拡大工事してるの?』

「おかしいわね。冗談で言ったらセファールと同棲する流れになってるわ」

 

 ヘカテが良いなら別に構わないけど。

 らむくんの先導の下建てられた神殿、絶賛工事中。

 とりあえず中心部は出来たけど、何やらまだ大きくしている様子である。

 私、この端末で寝泊まり出来る部屋さえあればそれで良かったんだけどな。

 ちなみに、要求していた星空の天井は技術的問題につき却下された。

 ……ヘカテの持ってきた技術であれば実現可能なんじゃないか。この機械、プラネタリウムっぽいし、量産出来ないかな。

 

「やっぱりなんか腹立つので一回斬っていいですか?」

「なんで!? 一回斬ったら普通は死ぬのよ! 元・女神でも例外じゃないの!」

「…………!?」

「セファール! 貴女が軽い気持ちで端末を使い潰すから! セファールッ!」

『別に軽い気持ちじゃないし』

 

 軽い気持ちでぶった切られる端末にだって私の命が収まっている。

 セイちゃんに斬られる度に、死んではいないが死んでいるのだ。軽い命なんてことはないんだぞ。

 この辺りはセイちゃんの命の受け取り方の問題である。私は悪くない。

 

 ……とりあえずまた聖剣を振り上げてヘカテににじり寄るセイちゃんを止めよう。

 人間の可能性を信じるといったのは嘘ではないが、前途多難だ。主に私たちが。




■セファール
オリュンポスの神々とは文明体系が違い過ぎて魔術の修得は多分無理。

■聖剣使い
魔術は使えなくもないかもしれないけど多分聖剣使った方が何をするにしても早い。

■らむくん
魔術の才能があるらしい。本名を呼ばれることは今後もない。

へかてさまヘカテ
人間に機械技術と魔術を伝えることにした元・女神。
魔術の女神だけあってその技量は本物。その演算能力と構築速度から、他の追随を許さない。
それでも面々と比べ、なんだかヘタレな印象を抱きがちなのは単にこの上層部の空気が浮かれ切っているだけである。
一応全員、やる時の責任感はしっかりと持っているので安心されたい。
この雑談時の空気に慣れることこそ、もしかするとヘカテ最大の試練かもしれない。
ちなみにこの後、国のはずれにある岬に小屋を建ててもらった。それまではセファールの神殿に世話になった。二日に一回聖剣使いに斬られかけた。

■オリュンピア・デバイス
この世界におけるギリシャの神話体系唯一の遺産。
その実態は星間航行に使われた広域レーダー。
旗艦に搭載され、広範囲の惑星や移動物体を観測・調査し、外敵の捕捉や自身たちの目的に沿う星を探すために使われた。
地球に降り立った後は旗艦からは取り外され、その後どのような役割が与えられたかは不明。
現在は地球を中心として周辺の天体運動などを観測可能な、小さな天文台となっている模様。
汎人類史においてはある数学者の手に渡り、研究が成されたという話もあり、その機能が完全封印された状態で二十世紀初頭に発見される。
発見された島に因んで『アンティキティラ・デバイス』と名付けられたが、それが外宇宙より飛来した船団由来の機械だと知る者は少ない。

■魔術
コードキャスト。
起こすべき事象をあらかじめ構築(プログラミング)しておき、その術式(コード)魔力(リソース)を込めることで起動させ、理に干渉する技術。
引き起こす事象についての理解が及んでいないとそれに関わる術式の作成は難しく、しかし一定の法則、文法さえ学ぶことが出来れば、後は術者の応用次第で如何様にも広げることが出来る。
汎人類史における、魔術王によって確立された魔術とはまったく異なる。
魔術回路を使う点こそ違いはないものの、その在り方は遥かに世俗的で、文化的で、ありふれた代物。
ギリシャ神話における魔術師が使う技術は、人が増え始めた時代になって女神ヘカテを中心に、地球人に馴染む形でこの技術を改変(リデザイン)したもので、こちらは改変前の、ヘカテという機体が機能として有していた魔術回路の応用能力。
現実世界か霊子世界かの違いこそあるが、とある世界においてはこの体系にまで在り方が回帰したものが、霊子ハッカーの中では一般的となった。
その性質から使用時に逐一構築するという行為は非効率的であり、予め構築した術式を何らかの形で保持しておき、それに魔力を込めて起動するというのが正しい使い方。
汎人類史の魔術は使用者に依存するスキル、この異聞帯における魔術は作成者でなくとも使える消耗式のアイテムである。
――言うまでもないが上記の設定は全て本作の独自設定のため注意されたし。

■蜂蜜
黄色い熊も大好きなあれ。
古来より人間と深いかかわりのある甘味であり、一万年前には既に採蜜技術が存在していたらしい。凄いね人類。
ちなみにギリシャ神話における養蜂の神アリスタイオスはアポロンの子供である。ケイローンの弟子でもある。


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始点

~紀元前一万一千年ごろ。新天地完成から千年経過~


 

 

 さて。夢で見るにしても、千年という月日は長い。

 しかもその間、特に取るに足るような発展はなかった。

 長い停滞? そうだね。何せ、想いの歩みが緩慢だったのはここだけだから。

 はっきり言って、この千年という節目で発生した大きな出来事に至るまで、語る必要があったのはこれで全部だ。

 

 セファールと聖剣使いの出会い。

 世界の変革と新天地の誕生。

 信仰を導く長命の友。

 技術の行き先を示す魔女。

 そして進歩の始まり。

 

 こうして土台と骨子は出来上がったけれど、世界というものはあまりにも大きい。

 意思の統一、信念の形成はまさに日進月歩。

 まあ、この時代、これだけの人数で世界を変えるなんてのは、どうしようもなく無理難題だったってこと。

 しかし四人に不満はなかった。

 少しずつでも、一歩ずつでも先に進んでいる。ならば、いつか辿り着く。

 理想や願望ではなく、セファール自身がそう確信していたからこそ、そのいつかを目指して進んでいた。

 

 確かに、このままの速度でも、いつかその時はやってきただろう。きっと一万年のその先には、スタート地点に立てていた。

 であれば、それを許さなかったのは宇宙の悪戯か。

 汎人類史に伝わる、魔女の属する神話体系には、英雄としての誇りをもって駆け抜ける人生を選んだ男がいたね。

 この世界はそれを強制された。たった一つの、宇宙からすればほんの微かな事故によって。

 疾走はここから始まる。発展と試練は嵐の如く。何もないがゆえののんびり歩きは、ここでお終い。

 これの全てを御伽噺として綴った当時の者は残念ながらいないからね、私が語ろう。

 ……不安かい? これでも評価は高いんだよ? 伊達に妖精の後継者、夢の語り部(ストーリーテラー)とは呼ばれていないさ。いや前者は撤回願いたいけど。断じて私は妖精から役割を受け継いだんじゃないからね。

 

 その村は、今はもう残っていない。この時代を最後に、歴史から消えた。

 名のない村だ。いつからか、当たり前のようにそこにあって、当たり前のように平和だった。

 魔獣が少ない土地だった。家畜も畑も脅かされず、細やかながら得難い幸福を、ずっと続けられる筈だった。

 

 

 

 そんな村の近くに、黒い星は落ちた。

 

 

 

 信仰が当たり前じゃなくなった時代だからね。神はかつてのもので、巨人は世界を提供してくれるだけのもので、魔獣の類も周囲に住んでいないことから、この村には恐怖がなかった。

 どちらかというと、その時彼らにあったのは困惑だ。

 今のはいったいなんだろう、何故星が落ちてきたのだろう、ってね。

 その不思議に、勇気を出して近付いたのは、その村にいた幼い少女だった。

 困惑よりも子供ゆえの好奇心が勝ったのだろうね。

 

 勿論、この時セファールは異常を把握していたから、近くに端末を投射したんだ。

 その村に行ってみれば、誰もがセファールの到来に驚いた。

 そしてセファールは尋ねた。ここに何か、おかしなことが起きなかったか、と。

 当然思い当たるのは、黒い星。

 村はずれに落ちたそれを、少女が見に行ったことを告げれば、セファールはすぐにそこに走っていった。

 そこで見たのは、残酷な結末?

 

 ――いいや。

 

 楽し気に微笑む少女と、その手を受け入れる、黒い竜だった。

 まるでそれは、黒い光。

 真っ暗闇の中でさえ、そこに“それ”がいることが分かるような、この世界にはあり得ない輝きが、巨大な体から伸びる首をもたげて少女と戯れていた。

 体躯は数十メートルはあるだろう。

 それが少女と戯れる様は異常ではあるが――セファールはそれに、かつての聖剣使いと自分を想起した。

 

 しかし、あまりにも危険で、世界としては異物であるのは確かだ。

 竜が自分を警戒しているのは明らかだった。その宇宙からの稀人は残しておいてはいけないと、何かが警鐘を鳴らしていた。

 少女に告げた。危険だ、離れた方が良い。

 その頃にはセファールの端末にもそれなりの戦闘能力を伴わせることが出来ていたし、少女の、そして村人の安全を確保することは出来ると判断しての勧告だった。

 それに対して――少女は首を横に振った。

 たった数時間という僅かな間だろうが、既に純粋な少女は、その竜との友情を感じていたのだ。

 少女は大丈夫だと言い、竜から離れることはなかった。

 セファールの時間を掛けた説得にも、応じることはない。少女らしい、子供らしい意地っ張りだったと言えよう。

 そして、村人たちもまた、その友情を認めた。

 もう一度言うが、それまで危険とは無縁であった村だ。

 少女が友達となるほどの存在であれば、危険はないと村人たちも判断したのだ。

 頑なに折れることのない彼女たちの、“仲良くなれる”という確信、そして純粋な笑顔を――セファールは、信じた。

 

 ――うん、もう分かるだろう?

 これが、セファールが新天地となった世界における、最大の過ち。

 この時彼女が村人の意見を無視して、そして村人たちを巻き込んででも竜を討伐する――それが、一番正しかったのだと思う。

 如何に残酷な行いだったとしても、仕方のない犠牲だったと目を瞑って、ね。

 多くを生かすための足切りは、どんなものであろうと最適解であることは変わりなかった。

 それを、人を信じるばかりにセファールは見逃した。

 もしもそれが、脅威を内に仕舞い込み世界に馴染むようであれば、受け入れよう。

 だって、自分だってはじめは異邦人だったのだから、と。

 

 竜がこの世界を受け入れるならば、それは素晴らしいことだ。

 セファールが愛する世界を、その外部の生命体が好ましく思ってくれるということなのだから。

 人間が信じるならば、自分もそれを信じよう。人も、セファールも、どこまでも純粋で、どこまでも優しかった。

 

 

 

 ――その村の“恐怖”と“祈り”を感じ取ったのは、生命が瞬く間に消失していったのは、およそ三十日後のことだった。

 

 

 

 明らかな異常事態を受けて、セファールは魔女に相談した。

 魔女は険しい表情でまず、これは不味い、と一言零した。

 それから、この新天地始まって以来の最悪の出来事を予感して、端末ではなく本体で向かうよう、セファールに告げた。

 すると、その異常を見て取った日輪神官も続いた。聖剣使いも共に行け、と。一千年間連れ添った巨神王とその運命、二人を向かわせるという辺りで、魔女と神官が内心どれほど焦っていたか察することが出来るだろう?

 手に乗った聖剣使いを気遣いつつも急いで一昼夜。それでも、二人で向かわない選択肢はなかった。

 

 巨神王は千年前から強くなれる限界にあったが、聖剣使いは千年間、研鑽を欠かしていなかった。

 どれだけ才能が無くっても、聖剣が剣の体さえ成していなくとも、千年続ければ辿り着く場所はある。

 少なくとも巨神国と呼ばれる、彼女たちが住む国では、その剣を疑う者はいない。

 だからこそ、既に巨神王にとって聖剣使いは、命を助けた無二の親友というだけでなく、命を預けるに足る相棒であった。

 神官も魔女も強くはあったが、この星の戦力となると結局この二人に集約される時代だったんだ。

 

 

 セファールが気付くのが遅かった訳ではない。

 竜ははじめ、その村のはずれでただ大人しくしていた。

 竜という存在を知らなくとも、その翼が折れていたのを少女は感じ取ったんだろうね。

 それを労わって、大人たちの家畜の世話を真似して甲斐甲斐しく付き添った。

 竜はそれを受け入れた。大人たちも手伝って、彼らが持ってくる野菜や果物は何なのか分からなかったけれど、少女が目の前で食べたのを見て、食糧だと理解した。

 きっと、竜にとっても食事というのは有効な治療手段ではあったのだろう。

 村から受け取った、竜にはあまりにも少ないそれを喰らい、少しだけ元気になった。

 首を起こし、二つの足で立つことが出来るようになったそれを見て、村人たちは驚いたが、やはり少女だけは喜んでいた。

 

 竜は少女を決して脅かさなかった。

 その純粋な愛情を理解していたから? ――さて、どうだか。

 少女に手を出さなかったものの、竜は貰っている植物が自身の食糧として適していないこと、もっと適したものが近くにあることを知っていた。

 

 ゆえに、竜は深夜の内に村の家畜を全て平らげた。

 

 朝起きた村人たちは大混乱だ。

 家畜が一匹残らず消えてしまっている。これは何事かと。

 村人たちはきっと逃げたのだろうと辺りを探しに行き、その内一人が、一回り大きくなった竜に気付いた。

 竜の犯行と気付いたその村人は竜を糾弾した。

 そして少女が止めるのも構わず、その感情に身を任せて手に持っていた農具を振るい――呆気なく、竜に喰われた。

 

 人の味を、そして人が持つ、自分に都合の良い力の大きさを知った竜は、もう止められない。

 少女の理解が追いつく前に、村人は一人残して全て食い殺された。

 傷を癒し、強くなるのに有効で、なおかつ大した抵抗も出来ない人間は竜にとってこれ以上ないほど好ましい獲物だっただろうね。

 竜は喰らっては大きくなるを繰り返し、しかし、最初に自分に愛情を向けてくれた少女だけには、手を出すことはなかった。

 少女もまた、純粋で、それでいて狂っていた。

 これだけのことがあってなお、その竜を過ちと見ることも恐怖の対象とすることもなく、傍にいたのだから。

 

 人を喰らって、竜は数百メートルほどにまで大きくなって。

 夜が明けた頃、ようやくセファールと聖剣使いは辿り着いた。

 

 

 少女と竜以外は何もなくなった、昨日までは村だった場所に。




■世界
長い停滞期。
ヘカテによって技術は伝えられたものの、それが実を結び、発展に至るきっかけがなかった。
それでも、ゆっくりと進んではいた。あと一万年と経てばものになったかもしれない。
だがそんな、汎人類史のような小さな歩みを、この世界の運命は許さなかった。

■竜
侵略種第一号。異邦人、後に侵略種認定。
紀元前一万一千年ごろ、まったく偶然にこの世界に飛来した黒い星。
人も、獣も、植物も、およそ生命らしいものを喰らって成長し、巨大化する。
中立・中庸、星属性。特別な星の力、人類の脅威、領域外の生命、超巨大特性。

■少女
村はずれに落ちてきた黒い星に最初に近付き、愛した、何でもない少女。
この時代の人間の例にもれず純粋で優しく、傷を負ったその竜を放っておけないとセファールを説得した。


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覚醒

水着リップもプロテアも来なさそうなので初投稿して失踪します。


 

 ――あの時の選択を後悔するには、遅すぎた。

 はじめ、世界の外から落ちてきたものを認識した時に全力を出して対処していれば、このような間違いはなかったのだ。

 

 三十日ほど前、端末を投射して訪れた筈の村は、もうそこにはなかった。

 家があったと思われる場所には木片が僅かに転がっているだけ。

 そして、代わりに村の規模よりも大きくなった黒い光が、私を見上げていた。

 

 どうにもならないことは、私の上に成った世界でも存在する。

 人は優しくて、そして獣は相変わらず強かった。

 人は生きているけど、獣もまた生きている。どれだけ私が人間贔屓だとしても、当たり前の理にまでちょっかいは出さない。

 だから、村の外に出た人間が、不幸にも獣と遭遇して……なんて事象は、この世に幾らでもあったと思う。

 だが、そこにいたのは、この世界のものではなかった。

 受け入れようとした人間たちを喰い尽くし、あそこまで成長した、外からの脅威。

 この世界を――脅かしに来た災害だった。

 

 ――セイちゃん、大丈夫かな。

 あれは強い。すぐに分かった。

 獣を相手に出来ることくらいは知っているけど、ああいう相手と戦ったことはなかった。

 所謂、彼女にとっては初めての実戦だ。私だって、この千年間、人々の安寧を見届けているだけで、戦いなんてしてこなかった。

 だから、もしかすると、ヘマをしてしまうかもしれない。

 セイちゃんが見たことない程、今から全力を出す。構わない?

 

「――――誰に言ってるんですか。貴女こそ、間違って斬られないようにしてくださいよ。こんなの、まだ終わりには早すぎます」

『――――上等』

 

 セイちゃんが積み上げに積み上げた力は、私が一番理解していた。

 最早、聖剣を疑うこともない。こうして、よく分からない脅威に共に対した以上、彼女を構成するものの全てを信じている。

 そうだ。“それ”が本当に聖剣ならば、ここで見せてほしい。

 鍛錬でも、狩りでも見ることの出来なかった、聖剣たる真髄を。

 

「――■■■■■■ッ」

 

 不快な唸り声だった。

 私たちを明確に敵として認識している。

 いや、そんなことはどうでもいい。そちらがどうあれ、この世界にとって敵であることは変わりない。

 

 セイちゃんが私の手から飛び降りる。

 数百メートルからの着地を難なく済ませ、対峙するのは自分の数百倍はある敵。

 ――彼女にも、恐怖はあるまい。

 だって、それよりもまだ大きい私をいつか斬る、唯一無二の存在であるのだから。

 

「■■■■■■ッ!」

「うるさいです」

 

 向こうにとっては、恐らく狩り。

 そして、こちらにとっては単なる撃滅。そこに礼儀も何もない。

 咆哮を上げた竜に、セイちゃんは先制の一撃を見舞った。

 不意の踏み込みは正しく初見殺し。彼女にしか出来ない芸当で振るわれた聖剣は、黒い光を僅かに散らすだけに留まった。

 ――開戦だ。

 

 飛び上がろうとした竜の片翼を掴み、魔力を放出させる。

 洒落っ気もなにもない戦法だ。手の中で魔力は暴発し、手っ取り早い破壊を巻き起こす。

 代償としては、掌がちりちりと軽く痛むくらい。それで翼を奪えるのであれば、安いもの。

 バランスを崩して倒れ込んだ竜のもう片翼を、セイちゃんが聖剣を煌めかせ、切り落とした。

 ――聖剣を煌めかせた?

 ちょっとストップ。今何が起き――

 

「■■■■■■■■ッ!」

『――――ッ』

 

 腹を刃物で貫かれたような、どこか懐かしい痛み。

 一瞬、油断した。伸びてきた尾が突き刺さり、背中まで貫通していた。

 疑問は後――いや、疑問など抱かないと決めたではないか。

 あの聖剣の輝きを疑うな。“そう在るものだ”と信じ続けろ。そう在ってこそ――セイちゃんという唯一無二の剣聖が振るうに値する!

 

「セファール!」

『大丈、夫!』

 

 反撃にと拳を振るえば、竜は尾を引っ込めて距離を取る。

 そしてセイちゃんを呑み込まんと吐き出された、黒い光を帯びた息吹。

 それを手で庇って受け止め、奔流が消えたところでセイちゃんが跳ぶ。

 

 その輝ける斬撃に、今度は竜は怯まない。

 必殺の威力はないと見たのか、あえてそれを受け、振り下ろされた隙でセイちゃんに反撃した。

 

「あっ――!」

『立て直して、セイちゃんっ!』

 

 セイちゃんが戦闘不能になるほどの一撃ではなかった。少なからず、今の斬撃が効いていたのだろう。

 だからこそ、私は気に懸けることなく、彼女が立て直す時間を稼ぐ。数分もあれば十分な筈だ。

 拳で。体で。人と比べてあまりにも巨大なその竜は、今の私にとっても十分に危険な体躯を持っている。

 

 そこにあるのは純粋な害意だ。

 ずっと昔に戦ってきた神々でさえ、ここまで純粋に敵を害することだけに特化した神はいなかった。

 当たり前だ――神々の力は、私という存在を殺すためだけのものではなかったのだから。

 だが、アレは違う。

 世界を侵し、喰い尽くした後には何もない。そこがあの竜にとっても、終点なのだ。

 それを確信出来た。何故この世界に降りてきたのかは知らない。だが、アレは現れた世界を滅ぼすだけのものだ。

 

 その体躯を受け止め、魔力の放射で抑え込む。

 向こうからもまた、先の黒い息吹と同じものが全身から放出されて、私の全身を突き刺していく。

 これほど痛いのは、いつ以来だろう。

 

 あの嵐の神――彼の攻撃は、痛かったな。全身が痛かった。

 でも、あの街を――今の巨神国を守るために、頑張った。あの時彼は街を巻き込んででも私という存在を滅ぼそうとしていていた。

 そうだ、今も何も変わっていない。

 あの神は何を失ってでも、何を巻き込んででも世界を守ろうとしたのだろう。

 だけど、私は何も失いたくない。それをしなくても、私が体を張って止められるなら、そうしたい。

 だってここは愛する世界で、私の上には愛する生命が溢れているのだから。

 

「……っ、セファール、待たせまし――」

「――セファールさま、聖剣使いさま……!」

『――――え?』

 

 その時、竜の足元からそんな声が聞こえてきた。

 私の魔力と黒い光のぶつかり合いの中で、不思議とよく通る声。

 何が、誰が、という疑問。そして、もしもそこに人がいるならという懸念。

 思わず力を緩め、竜が拘束から抜け出す。

 

 仕切り直しとばかりに下がっていく竜に対し、私はどっと力が抜けた。

 膝を折り、痛みに耐えるために蹲る。

 そして――見えた。竜に駆け寄っていく、一人の少女が。

 

「な……何してんですか!」

 

 あれは、あの時、竜を守った少女だ。

 だが、生き残りに喜んでいる暇などない。セイちゃんがすぐに追いつき、少女の脇腹を抱えて後退する。

 

「は、離して……! 駄目……あの子を倒しちゃ駄目……!」

「状況が分かってますか? あれは凶暴で危険な野の獣と同じです。食べられますよ!」

「あの子は何も食べてない……! “すてきなもの”“あるべきもの”をくれるだけって……言ってたもん……!」

 

 ――素敵な物、あるべき物……?

 この子、状況が理解出来ていないのか。それとも、本当に何かが……。

 いや、そうだとしても。人の版図が縮まったことは確実だった。

 あの竜はこの世界にとって何よりも脅威であり、事実、間違いなくこの村の他の人々は喰い尽くされた。

 もしも少女が竜と意思の疎通が出来ていたのだとしたら、それはまやかしだ。あれは人も世界も、侵し喰らう対象としてしか見ていない。

 

「……何かをくれるのだとして、それが良いものであれば、世界(セファール)までも壊しかねない存在である筈がない。竜がそう言っていたなら、それは嘘です」

「嘘なんかじゃない! だって……みんな、優しい顔だった! 今まで見たこともないほどに!」

 

 少女が嘘を言っている様子はない。

 だが、私が祈りと一緒に感じ取ったのは、恐怖だった。

 それを恐ろしいと、逃げなければと感じながら、多いとは言えないこの村の命は消えていった。

 竜が何かしたための、認識の差異か。それとも、この少女の“愛着”か。

 

「■■■■■■ッ!」

『ッ――――!』

 

 セイちゃんではなく――此方に向けてだけ放たれた黒い光を、魔力の放出で迎撃する。

 ……少女を巻き込もうとはしていない。どころか、敵意と害意を向けているのは私とセイちゃんにだけ。

 少女を友と見た、竜の情。この世界の、たった一人にのみ向けられた、私たちにも理解できるもの。

 もしもそうであれば、或いは――この世界の何処でもない何処かで……。

 

「……すみません。真偽の分からない話を聞いている時間も、余裕もないので、後で聞きます」

 

 セイちゃんは私の手の上に跳んできた。

 こうすれば、少女を脅かさないと竜が考えているならば、私を無暗に攻撃する訳にはいかなくなると判断してか。

 

「ただ、どんな宝物を貰っても、私たちの住む世界が壊れてしまえば、その後には何も残らない。だから、世界を壊せる何かが現れたら、私たちは世界を守るために戦わないといけないんです。私とセファールの約束の話、知っていますか?」

「……っ」

 

 竜はやはり、此方に攻撃してくる様子はなくなった。

 注意深く、少女に何かあればすぐに飛び掛からんばかりに、私たちを睨みつけている。

 そんな中で、セイちゃんは少女を私の手の上に下ろす。そして、その頭に手を置いて、下手くそな笑みを浮かべた。

 

「今は受け入れられなくても仕方ありませんが、私たちには、今やらないといけないことがあります。世界を守らせてください。そして、いつかその意味を、考えてくれると嬉しいです」

 

 少女と竜が友ならば、これはきっと、残酷にしか映らないだろう。

 その気持ちを彼女に整理させる時間はない。あれは私さえ倒せる存在だ。この世界に終末を齎せる存在だ。

 選択肢は与えられない。私たちは、この少女に強制しなければならない。

 家族との別れ、隣人との別れに続いた、友との別れを。世界と人々を守るために。

 

「――という訳で、ちょっと行ってきますね、セファール」

『……一人で?』

「一人で。その傷、治しててください」

 

 もしかすると、私の傷が重いと見たのかもしれない。

 確かに、痛い。まだ戦えるけど、正直我慢するのも結構キツい。

 そんな中での戦いは無茶だろうか。セイちゃんだって大きいの貰っていたし、不安ではあった。

 

 それでも見送ったのは、彼女自身が、何かを掴んだ確信を持っているから。

 降りたセイちゃんを待っていたとばかりに竜が飛び掛かり、セイちゃんに触れる前にその体にいくつもの斬撃が叩き込まれた。

 

「■■■■■■■■!?」

 

 セイちゃんが剣を振るった様子はない。

 剣を振るうための殺気、戦意――剣気そのものに“威力”を宿し、迎撃したのだ。

 不意の反撃に狼狽する竜に剣が叩き込まれ、同時に放たれた黄金の魔力でその巨体を吹き飛ばす。

 突然だった。或いは今、確固たるものにした覚悟が、世界を背負う自覚が、人々の希望が、ようやく彼女を支えるに足るものになったように。

 

「――人の願い。人の喜び。人の憧れ。人の使命」

 

 それまで彼女の目覚めを阻害していた全てが、緩やかに解かれていく。

 是は善きもののために振るう輝きであり。

 是は憧れと決意を灯し得る誉れ高き戦いであり。

 是は人が生きるための戦いであり。

 是は新天地を滅ぼすに足る強大なる敵との戦いであり。

 是は真実を背負う戦いであり。

 是は世界に根付く精霊さえもが祝福する戦いであり。

 是は邪悪を討つための戦いであり。

 何よりも――世界を救うための戦いである。

 

「束ねるはすべての希望。ただ一振りの星の聖剣――」

 

 竜の接近など許さない。

 放たれる剣気の全てが、聖剣を構える彼女の盾となる。

 輝きを強め、あまりにも強い力に満たされた聖剣には、最早真贋を問う余地すらなかった。

 聖剣使いが真として、世界を守る者として目覚めたならば、振るわれる己もまた、紛れもなく聖剣であると。

 多くの祈りから、その一振りは生まれた。多くの想いから、はじまりを紐解いた。

 多くの憧れを導く標となって、多くの希望の先でいつか、おわりを結ぶ。

 

 世界を脅かすもの。それが何者であれ、この世界には聖剣がある。

 それに甘んじることなく、寧ろその光を目指し、闇を払いのけて進め。

 新たな世界は既に作られた。であれば、それを守ることこそ、人々の命題だ。

 彼女はこれをきっかけと見たのだ。私たちだけが守るには、あまりにも大きすぎる世界を、先に進めるきっかけと。

 ゆえに、誰にとっても明らかな、絶対的な希望として、絶望となり得る黒い光を塗り替える。

 

世界(われら)を照らせ! 『はるか遠きはじまりの剣(エクスカリバー)』――――ッ!」

 

 その輝きは竜を真っ二つに斬り裂いて、世界の彼方まで勝利の光を走らせた。

 

 

 

 

 +

 

 

 

 

 こうして、聖剣使いは遂に聖剣の輝きを取り戻した。

 更にその先、誰も届かぬ剣聖としての一歩を踏み出した。

 その一撃を見た者は少なかったが、光は世界中を照らして、聖剣使いの目覚めを人々に悟らせた。

 尊い輝きに、人々が見出したものは、想像がつくだろう?

 

 この後六十年後に、また黒い星が落ちてきた。

 それはセファールが打ち破り、傷ついた世界を癒すための糧とした。

 さらに十五年後、黒い星が落ちてきた。今度は二つ。

 片方はセファール。片方は聖剣使いと神官、魔女。三人が共同で撃破した。

 三度目の襲来時には、自分たちの歩みが遅いと、バラバラだったものが一つに纏まりつつあった。

 もう既に、その黒い星の落下はこれが最後ではなく、いつかまたやってくるものだと、誰もが確信していた。

 魔女が齎した“力”と“智慧”――その理解、習得、発展は必要なのだと。惰性で学ぶものではないと。誰もがあの輝きの如くあらんと、未来を考え始めた。

 

 はじめは頼り切りだった。

 セファールや聖剣使いが辿り着くのが間に合わず、滅ぼされた町も数えきれない。

 だが、その失敗、その敗北を自分たちの共通のものだと噛み締め、彼らが遺したものを自分たちの進歩に組み込んでいった。

 私から見ても、恐ろしい速度だ。

 危機に追いつかんと、滅びに追いつかれまいと、文明はセファールと共に成長していった。

 世界にはこれ以上糧とすべきものはなかったため、傷ついた世界を癒すために、黒い光たちをセファールは吸収し、より力を高めていった。

 はじまりの戦いからおよそ二百年後、セファールは次の規格――二〇四八メートルに到達。

 その頃には、人々はほんの僅かだが、黒い光に抵抗出来るようになっていた。

 セファールや聖剣使い、神官や魔女が辿り着くまでの時間稼ぎを行い、運と努力次第で生き延びることが出来るようになっていた。

 さらにその七百年後――実に開戦から約九百年。

 紀元前一万年が近くなった、ムー巨神国で。

 遂に黒い光を、人々が結集した力によって、打ち倒すことに成功したのだ。

 

 

 ……ん? 少女の話?

 そうだねぇ。しておくべきか。もっとも、大した物語はなかったんだけどね。

 ――少女は近くにあった村まで送り届けられた。

 聖剣使いの光を見た後というのもあったからだろうね、神の導きと言わんばかりに、村は少女を受け入れたよ。

 少女は最後まで、セファールにも聖剣使いにも、一言もなかった。

 ただ、聖剣使いの言った通り、“今は受け入れられない”証左として、弱弱しい力で、セファールに小石を投げたんだってさ。

 当然のことだとセファールも聖剣使いも何も言わず、村を去った。

 その後はその村の一員として大切に育てられ、特に問題を起こすこともなく大人になって、村で仲良くなった同年代の青年と結ばれた。

 村人として普通の生を送り、普通に天寿を全うして死んだ。

 ただ――数日に一回、村を出ていたんだ。

 

 二つに分断されて、しかし少女を哀れんだセファールに吸収されることなくその場に残された亡骸。

 それは翌日には黒く輝く宝石のような結晶体になっていたそうだ。

 彼女と竜に、結局何が芽生えていたのかは誰にも分からない。少女が聞いたのだという竜の言葉や、見たのだという村人が喰われる前の表情も、不明なまま。

 だが、その竜の亡骸に会いに行っていたことは間違いない。

 そこに少女は、いつも寄り添っていたそうだ。




■セファール
自身の上に生きる人々を、世界を守るために戦った。
基本的に肉弾戦上等の格闘スタイル。その上で魔力とかを闇雲にぶっ放したりするスペックごり押し型。
口からビームを放つことも出来るがキモいのでやりたくない。
聖剣がその輝きを見せた後、疑うべきではないと納得していたが、この後冷静に考えて「やっぱおかしくね?」ってなった。
そうしたらまた光らなくなったのでようやく絡繰りに気付いたらしい。セイちゃんには黙っている。
基本的に人間好き。セイちゃん全肯定巨人にして人間全肯定巨人。
彼らの成長・発展に喜び、ぴょんぴょん飛び跳ねては大規模な地震を起こしかけ聖剣使いに叱られる巨神王。
発展のために全力で人間を守り、頑張れ頑張れと激励する。それが祝福と捉えられ人間の進歩にブーストが掛かる。
『何でもやれ。私の上だ、私が許可する。ただ“地下神殿を作って巨神王の胎に見立て、そこで生まれた子に更なる祝福を”みたいなやつはよく分からないからやめてほしい』

■聖剣使い
世界を滅ぼし得る災厄を前に、人が成すべき使命をいち早く悟る。
それまでの“人間”の域を越えないための無意識的な枷(これは無辜の人々からの祈りも含む)を解き放ち、剣聖としての一歩を踏み出した。
聖剣と同時に覚醒し、戦闘能力が大幅に上昇。さらに極致の一として、剣気による迎撃術を会得した。
腕を動かさずとも、放つ剣気のみで敵を斬る。鍛錬に費やした膨大な時間が積み上げた、才能ではない真っ直ぐな想いが形になったもの。初期の聖剣より斬れる。
セファールや神官、魔女に比べ、人を導くという意思はそれほどある訳ではない。
自分は常に世界の最前線にして、世界に最も近い場所にいる。この輝きに憧れるなら、勝手について来ればいいみたいなスタンス。
ただし、人を最も個人として見ることが多いのは彼女。守れた筈の命を取り零したことを一番悔やむのも彼女。
世界を導く者の価値観は大それたもの。自分には、等身大の人間の価値観こそが一番向いているのだ。
「あの詠唱は言わなければならないような電波を受信しました。気分は上がったので効果はあると思います」

■『はるか遠きはじまりの剣(エクスカリバー)
其は、人類の希望であった。
其は、聖剣使いが無二の相棒と定めた一振りであった。
されど、唯一その真髄を知る者が認めていないがゆえに、輝くことはなかった。
――其は遂に、世界に『聖剣』だと認められた。
ここに、はじまりの聖剣は輝きを取り戻す。何よりも眩く、何よりも尊い、人の可能性を示すため。
何処までいっても贋作な一振りは、担い手によって真作となるに足る伝説を打ち立てた。
世界によって祝福され、人の祈りを光と成す。ゆえに世界における究極の異物、究極の神秘。
世界の上に成るもの悉くを断つ世界特攻にして、世界を脅かすもの悉くを断つ侵略特攻。刃毀れはなく、断てぬものもなく、敗北もなく、電池もない。
妖精によって齎された唯一の幻想(ファースト・ファンタズム)の輝きを疑う者は、誰もいない。
――余談だが、あくまでモデルはstay night及びそれに連なる後継作品における聖剣であり、プロトタイプのものではない。
そもそも玩具のため十三拘束もクソもない。作中の表現はあくまで、それに足る戦いであることを示すものに過ぎないため注意されたい。


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一息

最初の侵略種という節目を終えたので、前半はいわゆる総集編。
一話で分かるここまでの「たとえば、こんなセファール。」。


 

 

 さて、次に語るべきことは……大きな出来事でいうと、紀元前五千年ごろになるかな。

 そこでは何と、我らが巨神王に――ん? 流石に飛び過ぎ?

 とはいっても、その間はひたすらに防衛、破壊、修復、発展の繰り返しだったからねえ。

 出来る限り印象の大きな話をしていった方が、こう、盛り上がるだろう?

 ……分かった、分かったってば。それじゃあ、幾つか話していこう。

 まずはその前に、ここまでの話を振り返ろうか。

 結構長い話になった。ここらで纏めておいた方がいいだろう。

 

 まず、事の起こりは一万四千年前。

 他のまったく異なる世界から、一人の青年の魂がやってきて、後の巨神王――この時は文明を破壊する白き巨人セファールの人格を上書きした。

 この時点でセファールは己の目的を忘却し、とりあえずは生きるすべを探し始めた。

 人や、その文明は襲わない。何故ならば、自分が人であったから。如何に自分が怪物になろうと、自我があるなら元・同族を襲おうとはしまいさ。

 セファールが喰らうのは、神だけだった。

 神々は白き巨人の脅威を感じていたし、その存在を知る外宇宙から来た神々が大々的に警告していたからね。

 それぞれがそれぞれの力をもってセファールに挑み、悉くが敗れ、その糧となった。

 

 そんな中で、神の、人の、世界の希望であったのが、巨人を打ち倒す運命を持った聖剣使いだ。

 本来――汎人類史ならば、正しい聖剣を担った正しい使い手が、正しく巨人の横行を終わらせてみせただろう。

 だが、こちらの聖剣の方にも、この世界で最も馬鹿馬鹿しい間違いが起きていた。

 力を発揮できない、正確には発揮する力がない聖剣に選ばれたのは十三歳の村娘。少女はその重すぎる定めを受け入れることが出来ないまま巨人に相対した。

 当然、少女と贋作の聖剣は巨人に傷一つ付けられない。だが、巨人はその少女を殺すことも、追い返すこともしなかった。

 自身に向けられる期待が別のものへと変わっていくことに恐怖した少女は、巨人への何となしの対抗意識に後押しされて、使命を使命としないままに村を出て、巨人を追い続けた。

 セファールから見れば、とても珍しい人間だ。自分を恐れず、突っかかってくる。人の感性が残っていたセファールにとってそれがどれだけ救いとなったことだろう。

 セファールが聖剣使いの少女を友と見るようになるまで、時間は掛からなかった。一方的なものだし、少女は気味悪がっていたが。

 

 まあ、自身を対等に見るセファールとの時間を、少女が居心地の良いものと思っていたのも間違いではない。

 寧ろ自分を殺す気がないというのは分かったからね。少女もまた気を抜くようになっていった。

 心を通わせる――というか、互いに何も考えずに済む関係だ。

 

 それから暫く経って、一つの転機が訪れた。

 とある神話に語られる筈だった創世神がセファールを滅ぼすべく出陣したんだ。

 最強の軍神も早々に敗れ、最早神の存在も明確に弱り始めていた。このままでは不味いと思ったのだろう。

 彼は辺りの被害を気にせず己の力を振るった。それに対して、セファールは近くにあった街を守りつつ戦った。

 自身も重傷を負いながら神を打ち倒し、嵐を収めたセファール。そんな彼女が守ったのが、後のムー巨神国の中心地となる街だった。

 神の暴虐から人を守る巨人。真実はどうあれ、街の民にはそう映っていた。……いや、うん。街の指導者が元々神に不信感を持っていたことが後押ししていたのも否定はしないがね。

 ともかく、こうして巨人は、信仰を獲得した。

 神から信仰を奪った訳だ。神にとっては力の源であり、存在の糧でもある信仰を、ね。

 

 もう、残った神々にセファールを打ち倒す手段はない。

 それでも信仰すら奪われるのはおかしいと、完敗ともいえる現状を認めない女神がいた。

 このまま巨人が主神の如き信仰を獲得し、自分たちは細々と消えていく。そんなことはおかしいだろうと怒り狂い、打倒よりも先にその輝きを曇らせようと決意した。

 方向性は間違っていない。信仰を得ることでこれ以上強くなってしまい、自分たちが弱体化すれば、万に一つの可能性さえなくなる。

 勝てないほどに強いものを失墜させるなら、足を引っ張って弱らせるのは道理だ。

 だが、選んだ方法が拙かった。セファールを輝かせている一端であると、使命を果たす様子もない聖剣使いに矛先を向けたんだ。

 その呪いという名の神罰は、瞬く間に少女を侵す。

 元々、聖剣に選ばれた頃から、別の世界から来た働き者な神霊によって呪いを掛けられ続けていたからね。すぐにそれは馴染んで、少女を死の淵まで追いやった。

 神の選択を知った少女は、優先順位を変えた。神よりも巨人を優先しようと。その神殺しに言い訳を加えてやろうと。

 少女の懇願により、セファールは残る神々を食い荒らし、その力を使って少女を救った。

 命を助けて、同時にその存在を補強し、二度とこんな理不尽などないように救い果たした。

 そうして神のいなくなった世界で、代わりに人々を支えることをセファールは選んで、聖剣使いも対等に並ぶことを決めた。

 始祖の二人による新天地は、こうして誕生した。

 

 その後に出会ったのが、巨神国の指導者たる日輪神官。

 とある神の寵愛を受けて、膨大な生と変わらない肉体を得た人間だ。

 彼と二人は友になり、この巨神国を世界の中心とすることを決めた。

 そしてその巨神国に招かれたのが、唯一残った女神。神性を失った魔女。

 セファールとの盟約により人間に“力”と“智慧”を授けることを決めた彼女は、導き手にして開拓者だ。彼女が齎した技術こそが、今の世界を支えている訳だしね。

 この四人によって進み始めた世界。ところが千年後、災厄の引き金が引かれた。

 

 侵略種との戦いだ。

 

 とある村を壊滅させた黒い星との戦いで、聖剣使いは遂に覚醒した。

 その聖剣を今一度輝かせ、世界を守るべき人々に憧れを与え、立ち上がらせた。

 這うような速度だった人々は、少しずつ、駆け始めた。

 母なる世界を脅かす、侵略種と戦うために。

 

 それから九百年。おおよそ紀元前一万年ごろだね。

 人が、人だけの力で一体の侵略種を討伐した。

 数年、数十年というペースでやってくるうちの災厄の一つ。だが、それがあまりにも大きな一歩だったことは確かだ。

 今まで研鑽してきた技術の方向性が間違いではないと確信付け、そして自分たちでも世界を守れるのだという自信に繋がった。

 ただ守られる存在ではない。この世界を、新天地たる巨神王を、自分たちの手で守るのだ、と。

 

 まだ一歩は一歩だ。世界の何処へ落ちてくるか分からない侵略種を、巨神国だけで討つのは無理がある。

 世界の技術の統一、そして全ての場所で、同じように迎撃を行うため、人の往来、離れた場所との交流は活発化した。

 これはいつからとも言えないが、おおよそ紀元前九千八百年ごろとしておこうか。

 だが、流石に世界の反対側までを行ったり来たりなどというのは負担が大きい。数年を掛けた移動の途中でその場に侵略種が落ちてきて全てが台無し、なんてこともあった。

 どうあっても、自分たちに守るべき力がない場所というのは発生する。

 そうした場所へは巨神王と聖剣使い、それから魔女が向かうようにしていたが、彼女たちをもってしても、すぐに辿り着くなんて不可能だ。

 

 よって、移動手段、そして連絡手段。

 防衛機構に続いて重視されたのは、それらだ。

 魔女に与えられた技術を神官が中心となって解析し、馬や船より速い移動手段を模索し始めた。

 長い年月の末、辿り着いたのが、“力”と“智慧”の集合。

 つまり、機械に魔術を組み込んでより大きな力を持った礼装にしてしまおうと。

 確かに魔女の言うところによれば、効率の良い手段ではあるらしい。だが、そこに辿り着くにはまだまだ早すぎるとのことだった。

 そういう事を考えるのはあと二千年先にしろ。まずはどちらの手段でも難航している飛行技術をものにしてからだ、と。

 

 ――そこから、“人は飛べません”と見切りをつけて、およそ五十年で魔力を用いた海路陸路を問わない列車技術、その後三十年で通信技術の基礎を完成させた時、魔女はドン引きしていたそうだ。

 

 これが紀元前八千年代の後半の出来事。

 こんなことがあったから、あくまで防衛は地上で行われるものでね。

 次第に地上が整備されていくにつれ――巨神王の本体は戦いづらくなった。

 だからこそ、積極的に使われ始めたのが端末体だ。本体も勿論、戦い方は変わっていった。

 そんなセファールにとって、ここに来て大きな力となったものがある。

 

 そう、軍神の剣さ。

 へし折って、呑み込んで、ずっとセファールの体内にあった神剣。

 それをセファールは契機以来ようやく取り出して、武器にならないかと考えた。

 この世界において剣といえば、聖剣使いだ。彼女に比べ、セファールは本体でも端末体でも剣なんて碌に使っていなかった。

 かといって、学ぶにしても遅すぎたし、聖剣使いを師にでもしようものなら悲惨なことになる。彼女の剣技は絶対的に我流。付け焼刃が驚くほどに定着して絶世の一振りになったものだからね。

 あんなの誰かが模倣しようものなら、戦に出たことのない素人の方がマシになるレベル。彼女にしか出来ない超技術さ。

 

 だからこそ、セファールは自身が剣を覚えるのではなく、剣の方を自身に合わせようと決めた。

 嫌な予感のする魔女は現実逃避も兼ねて西方に出張し、その間に神官たちと共同の改造により武器は完成した。

 砕けた軍神の剣の因子の一部を使って作られる、セファール専用の武器。

 セファールと言えば格闘戦。

 ゆえに、その右腕に装着し、極光を束ね、振るう拳で相手を打ち抜く、超改造、超技術、超出力のガントレットだ!

 ……うん、私にも正直なんでこうなったのかよく分からない。魔女は今は亡き軍神に対して、改めて哀悼の意を表したそうだよ。

 

 いや、うん。軍神については可哀想だと思うほかないね。

 他にもその因子で幾つか武器は作られたけど、終ぞ剣らしい剣になったものなんて無かったからね。

 新たな武器が作られる度に、魔女は岬で海を眺めながら「あんたの名前だけは絶対無くさせないからね」と独り言ちていたそうだ。

 

 さて、前置きが長くなったが、私が話そうとしていたのは、それに関連している。

 汎人類史のセファールについて知識を持っているのなら、思い当たるかもしれない。

 セファール、そして軍神の剣。この二つを結びつけることで浮上する特殊な英雄が汎人類史には存在するだろう?

 それは本来であれば、セファールが聖剣によって打ち倒され、その残骸から発見される者だ。

 だからこそ、この世界では存在し得ない……なんてことはない。

 寧ろセファールが現在進行形で主神をやっている世界なんだ。セファール由来の存在なんて、いつ誕生してもおかしくない。

 

 そのはじまりこそが紀元前五千年。

 その時襲来した侵略種は、これまでとは比べ物にならない力を持っていた。

 聖剣使いでも防戦一方となり、セファールの本体が多くの防衛機構を犠牲にしつつも辛勝。

 人の被害こそ軽微だったものの、巨神国の防衛機構の被害は甚大。そしてセファール自身も肉体の三割ほどを砕かれ、再構成までの長い時間、休眠状態にならざるを得なかった。

 端末を神殿に残してこそいたが、そちらにも意識が戻っていなくてね。

 誰もがセファールの身を案じ、祈りを捧げながらも機構の復興に尽力し、それが続くこと三ヶ月。

 心なしか例年より少しだけ寒い冬の、ある朝のことだ。

 

 

 穏やかで、かつ、いつも通り騒がしい、一つの目覚めの話をしよう。




■魔力
第八異聞帯となるこの世界において、多くの機械の動力となる要素。
後年には電気も存在しているが、信仰的な理由もあり、此方の方が未だに大きなシェアを持っている。
大気中に存在する魔力は神代のものであり、俗に真エーテルと呼ばれるものに限りなく近い。
ただし、まったく同一のものではなく、新天地へと切り替わった時点で生成され始めた新物質と言える。
その正体は、セファールがオリュンポスの神々を喰らったことで最適化(テラフォーミング)された体で生成される魔力。
世界そのものがその性質を持っているため、セファールが生きている限り大地から発生する、セファールの呼吸とも言うべきもの。
これを結晶化した魔力塊は神の力の結晶とされ、その上に成る文明を回すための動力として長年使われている。
性質としては真エーテルと同等であり他世界の神代以降の人間には有害なのは変わりない。
ところでクリプターの皆、真エーテルバリバリ健在っぽい異聞帯に私服で入って大丈夫なの?

■軍神の剣
セファールに連なる者たちに愛用されるおもちゃ武器の原材料。
徹底した戦闘の概念で満ちているため、どんな武器にしても強力な性能を持つ。
一応、契機の神々一掃の際に一度だけ剣として振るわれているが、刃も折れており、本来の性能は発揮できていない。
そのため、新たな武器として加工するのは正しいと言えば正しいが、一向にまともな剣が作られない。
軍神の剣と言い張りつつ極光に満ちた右ストレートぶちかます異聞帯などここくらいのものだろう。軍神の拳。
セファールの端末が持つそれは、他の予備パーツを合わせて形成し、振るえば最大五キロメートル三方の範囲に破壊を齎す熾烈・激烈・猛烈・ビッグバンな創世神話全力解放形態が存在するらしい。

へかてさまヘカテ
人間たちのあまりの発展速度にドン引きしている。
セファールが人間の活躍に喜び、それがまた人間の活力になる意味の分からない循環に日々エラーを起こしつつ、そろそろ思考をアップデートすべきか、いや自分がこれに染まったらストッパーがいなくなる、と悩むこと数千年。
軍神の剣が活用される流れになって宇宙猫ならぬ宇宙へかてさまになった。
在り方が変われどせめて軍神の名前だけは残すようにと説得した結果、“軍神”は残ったが“剣”まで残って剣じゃないのに『軍神の剣』を真名とする風習が生まれた。
よって、この異聞帯の最上位戦力は聖剣と多くの軍神の剣を有する。なお剣のカテゴリに入るのは聖剣のみ。もっと正確に言うと聖剣も剣じゃないので何一つ合っていない。
「この世界は何でもかんでも常識(わたし)に対して斜めの解答を返さないといけない呪いにでも掛かってるの!?」とのこと。掛かっているのである。


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誕生

~紀元前五千年ごろ~


 

 

 深い深い眠りから、ゆっくりと意識が浮き上がっていくのを感じる。

 それをせざるを得ないほどの重傷から、ようやく回復したらしい。

 侵略種(インベーダー)と呼称することになった、宇宙からやってくる黒い光たち。

 その中でも、群を抜いて強大な存在だった。

 セイちゃんですら、致命傷を負わないために防戦に徹するのが手一杯だったのだ。あの、二百年ほど前には放つ剣気で侵略種の突撃を受け止め、そのまま削り切って不動の勝利を収めたセイちゃんが。

 防衛機構の助けもあって、どうにか倒すことが出来たが――体の損壊がひどかった。

 修復に専念するため意識が落ち、今の今まで眠っていたようだ。

 

 ……本体は、まだ動かせないかな。

 完全修復にはあと一ヶ月……二ヶ月……そのくらいは掛かるだろうか。

 暫くは端末での生活だ。いや、ここ千年くらいは殆どそんな感じではあったんだけど、やはり本体が動かせないのは不安なのだ。

 端末はやはり小さい。戦闘での選択肢こそ増えるが、今回のような本体でなければならない相手に困る。

 まあ、ないものねだりをしても仕方ない。

 暫くは大きいのが来ないことを祈るしかないか。もしも来たら、負担を承知で無理やり動かそう。

 

 そう決意して、端末に意識をインストールする。

 久しぶりに体を操るような不思議な感覚。実際にその通りなのだが、意識を失っているとこう感じられるのか。

 体も重い。動かすにも一苦労しそう。

 それに、眠い。もう一度意識を沈ませてしまおうか。端末に伝わってくる人肌の熱がとても心地良いのだ。

 どんな魔術よりも有効な催眠術ではないか、これは。

 何という抱き枕。安眠の必需品。これ、らむくんか技術局の子に教えてみようかな。同じものが作られて大流行するかもしれない。

 

 ――で、私の端末が寝ながら抱いているその人肌の正体は誰ぞ?

 重い目蓋を開く。そこにあったのは、知らない――

 

『…………知らない子だ』

 

 言うまでもないが天井は見知った星空が浮いている。

 いつも通りの神殿の寝室。何かない限り、誰かが入ってくるような場所じゃないのだが。

 褐色の肌と、それに映える対照的な真っ白な髪。完璧なまでに整った、人形の如き寝顔。

 ……ふむ。この一糸纏わぬ子は誰ぞ? 私と向き合うように眠っているこの子は誰ぞ?

 もしや私はセファールの立場を利用して見ず知らずの娘と一夜……じゃなくて、何ヶ月かの過ちを犯してしまったと?

 

 いや、そんな訳がない。

 割と本気で死にかけた激戦の後にそれほどの余裕があったらこんなに長い間眠っているものか。

 どちらかといえば、そう。この少女が夜這いを仕掛けたのではないか。清純派の巨人の端末に何たることを。

 ……そういう機能ないな、この端末。じゃあ本当になんでいるのこの子。

 というか、もしかしなくても人間じゃないね? どちらかというと、私の端末に近い。どちらかというとじゃなくて、限りなく近い。

 身に覚えのない容姿の端末でも無意識のうちに作ったか? いや、そんな馬鹿な。

 罷り間違ってそういうことがあったとして、こんなに人間に近い精巧な端末など作れる訳がない。

 自分の不器用さを忘れるな。二千年くらい前、使い魔作成スキルでお使い用の自動人形を作ってみようとしたらいつかの四本腕で口が斜めに裂けた黒いヤツが出来て「きせかなきせかな」みたいな謎言語を発し出したくらいだぞ。

 そんな私が無意識でこんな芸術と評しても良い美少女を作れる筈がない。

 

 ……でも、やっぱりほぼほぼ私だよなあ。

 肌に浮いている紋章、私の体にあるやつの低出力バージョンっぽいし。

 じゃあやっぱり私が産んだのか。こう、なんか、不思議なことが起きて。

 うん、分からん。彼女を起こそう。状況整理をしないと理解できるものが何もない。

 

『とりあえず、起きて』

「……む……ん……ねむい。さむい。あたたかい」

『――……くっついてていいから、起きるだけ起きて』

 

 寝息を立てていたことから意識が存在していることは知っていたが、実際に反応を返されたことに軽く驚いた。

 というかこの子離れない。めっちゃ引っ付いてくるじゃん。この端末そんなに体温高くないぞ。

 どうにか体を起こさせるものの、まだ意識を取り戻し切ってはいないようで頭がぐらぐらと揺れている。

 なんか逆じゃない? 私の方がぱっちり目が覚めてるんだけど。

 

「……く……む……ぅ……」

『頑張れ。目を開けるんだ』

「…………」

『駄目そうだね』

 

 引っ付きながらぐでーっとしている名称不明、正体不明の少女は、再び意識を微睡の向こうに沈めていったらしい。

 どうしようこれ。埒が明かない。

 暫く様子を見て起きるのを待つべきか。

 私も何ヶ月か眠っていたのだし、把握できていない事情もある。

 とりあえず、私も頭が完全に回り切っている訳じゃないし、目覚ましがてら天井に広がる星空でも――

 

「――セファールッ、今、らむくんから貴女が目を覚まし、た、と――」

『あ、セイちゃん』

 

 その時、部屋に駆け込んできたのはセイちゃんだった。

 そういえばらむくん、魔術の一端でこの国一帯の気配の動きとか色々、感知できるようになったって言ってたね。

 各所に置いてある機械礼装と感覚を共有している……とか何とか。

 この神殿はああいった装置は控えめだけど、最低限私が起きたとかは分かるということなのだろう。

 で、この少女の正体とか知らないかな、セイちゃん。寝ている間に何があったのか説明願いたい。

 

「――――神や侵略種に飽き足らず、無辜の少女まで捕食するようになりましたか」

『なんて?』

 

 妙なことを抜かし始めたと思ったら、部屋の入り口近くの壁をぶち抜いて輝きを放つ聖剣が飛んできた。

 セイちゃんと聖剣は一つであるべきもの。たとえ手放して何処かへ移動しても、セイちゃんが求めるだけで瞬時に呼び出すことが可能なのだ。なんで今求めたの?

 

遺言(いいわけ)遺言(べんかい)遺言(しゃくめい)遺言(べんめい)。いずれかがあるなら聞きますが」

『言葉の裏にある意味合いが全部同じ気がする』

「全部同じですからね。人間好きも行くところまで行けば世界を破滅させるって、そういうことです」

 

 セイちゃんに握られた聖剣の輝きが増していく。

 というか足元が剣気で削れ始めている。ここ私の寝室なんだけど。

 つまりはセイちゃんは私とこの子にそういうことがあったと誤解をしている訳で、そういう事実があったならば世界が滅びるに値すると考えているらしい。

 まあ、そうだね。私に過ちがあれば、イコール世界の過ちも同じになっちゃうからね。

 

『落ち着こうセイちゃん。私、今目が覚めた。この子、起きたらいた。起きるのを待って、話を聞こうとしたところ。セイちゃん、この子知らない?』

 

 目を合わせて、こうして話せばセイちゃんに嘘はつけない。

 見つめ合う事およそ十秒。聖剣の輝きが少し弱まった。

 

「……知る訳ないでしょう。巨神王の寝室とか聖域も良いところなんですから、そんなところに忍び込む気配があればらむくんに伝わります。それが無いってことは――」

 

 ふと、セイちゃんは首を傾げ、考え込む。

 ところで巨神王の寝室とかいう聖域、ここ一分で壁をぶち抜かれて床が削れまくった訳だけど。

 天井にまで被害が行ってたら流石に私も怒ってたよ?

 

「…………どういう事です?」

『どういう事なんだろうね』

 

 まあ、セイちゃんに聞いて答えが返ってくる期待はしていなかった。

 らむくん、ヘカテと比べてセイちゃんは人に対して積極的に関わるタイプじゃないからね。

 関心を抱くことと言えば三位に侵略種、二位に聖剣、一位に私だもんね。どやあ。

 やべ、聖剣の光増した。ストップ、セイちゃん。私が悪かった。クール、クール。

 

「……さわ、がしい……」

『あ、起きた』

「騒がしい原因は貴女ですけどね」

 

 ようやく手が離れた。目を擦りつつ呻く少女は意識を“目覚める”方向へとシフトしたらしい。

 ゆっくりと開かれ、空気に触れる赤い瞳。

 どこか、空虚に感じられるそれが私を捉える。

 

「……――――おはよう、母様」

『……――――おはよう、娘』

 

 思わず、答えて。

 ああ、なるほど。完全に理解した。

 

『セイちゃん。私、娘が出来た』

「今ので一体何が通じ合ったのかは知りませんけど、とりあえずどっちもしっかり目を覚ましてください。冷静に、それから正気になってください」

 

 その日、久しぶりにセイちゃんは頭痛を覚えたらしい。




■セファール
侵略種との戦いで負傷し、およそ三ヶ月の間、意識を落として回復に努めていた。
現時点でまだ意識が完全に復活した訳ではなく、今の意識の総量で動かせるのは端末のみであったため、本体はまだ休眠状態。
起きたら見知らぬ少女と寝ていた。母様と呼ばれた。それらは今の状態で理解するには難解過ぎる事象であった。
使い魔に変な機能を付け加えようとするとバグって前衛芸術になる。
一度、それでもいいかとお使いに出したところ街中で侵略種と間違われ大変な騒ぎになった。

■聖剣使い
ここ三ヶ月くらい碌に寝ていない。
セファールが起き抜けに自分の知らない少女と“そういう交渉”をするほど血迷ったのならこの世界はいっそ滅びた方が良いと思うくらいの倫理観はある。
上記が果たして倫理観のある思考といえるのかどうかは議論の余地がある。

■娘(仮)
セファールを母様と呼ぶ暫定不審者。ちなみに「セファールを母と呼ぶ」のはこの世界ではさほど珍しいことでもないので不審者要素は「聖域に侵入して全裸で寝ていた」点である。
セミロングの白髪、赤い瞳、褐色の肌を持つ、身長百六十センチの細身の少女の姿。
その容姿は汎人類史において、サハラ砂漠で朽ち果てたセファールの遺骸からフン族が発見した存在と同一。

■剣気迎撃
聖剣使いが有するスキル。
数千年もの間、剣を振るい続けたことにより磨き上げられた、外敵を斬らんとする剣気に威力が伴ったもの。
敵意に対して防衛本能のように放たれ、それを受け止め、断ち切る。あくまでも攻撃ではなく、防御手段。
並の敵であれば、自分に向かって突撃してきただけで微塵切りになるし、やろうと思えば手を動かさずに他者と鍔迫り合いが出来る。
極めて強力な攻撃性を持ったバリア。視認できない絶界とかそういうあれ。
寝ている彼女に茶々を入れたセファールの端末がバラバラになった回数が一回や二回で済まないのは言うまでもない。聖剣使いは寝起きが悪いのである。
剣気、精妙に達し申した。一念巨神王にも通ず、人の身と侮ったな。アッケナイモノヨ…。
――ちなみに、子供の躾けに「悪い子は人間砲弾になって聖剣使い様に撃ち込まれるぞ」というのが定番らしい。
彼女にとってさえ不意打ちになるほどの勢いを出せば剣気云々の前に大変なことになるし、常識の範囲の勢いなら寝ていても彼女の反応は間に合うので安心していただきたい。
じゃあなんでセファールのちょっかいはNG判定なのかって、これもじゃれ合いのようなものである。


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希望

 

 

 さて、緊急事態である。

 端末しか動かせないとはいえ私の意識が戻った時点で割と騒がしくなりそうではあるが、それ以上に緊急事態である。

 このまま流すのは不可能な事態である。

 私が知らない間に、私に娘が出来ていた。

 もう私が目覚めたとかそんなことを気にしている場合ではない。

 第……もう一万回はとっくに超えているだろう新天地首脳会議だ。

 

 私ことセファール。セイちゃん。らむくん。ヘカテ。

 そして今回は特別ゲスト、私と同じ身長の娘(生後三ヶ月未満)である。ずっと眠っていたから自分でも生まれてどれだけ経ったか分からないんだって。

 神殿の一室でテーブルを五人で囲む。

 ずっとくっついてるじゃんこの子。服着せるの苦労したよ。

 

『――そんな訳で、娘です』

「……」

 

 くっつきつつも、小さく頭を下げる。礼儀が出来ていて素晴らしい。

 ところが、それを受けた三人――セイちゃんは既に知り合っているが――は非常に微妙な表情だった。

 

「……ヘカテ。任せていいかな。ボクは皆にセファールが意識を取り戻した旨を伝えてこないと」

「え、やだ。私も忙しいもの。魔術局の子たち、今代は優秀だから面倒見たいのよね。当事者の三人に任せるわ」

「私をしれっと当事者に含めないでください」

『パパ、認知して』

「聖剣の新しい鞘になりたいんですか」

 

 暗に“お前を殺す”って言ってない? ちょっとした冗談じゃないか。

 

「はぁ……それで、君は誰だい? セファールを母とするのは、まあ置いといて」

 

 至極面倒そうに、らむくんは少女に聞いた。

 まあ、娘らしいこの子は現状不審者である。

 私に限りなく近い存在とはいえ、私のベッドにいた理由とか、そもそも彼女が何なのか分かっていないのだ。

 

「――私は母であり、母は私だ」

『なんか哲学的』

「私はセファールのバックアップ体として存在していた躯体だ。それが先の戦いで母様から離れ、飛散した魔力や生命力、それから……人間たちの祈りを集めて疑似的に形成された人格……それが私だと思う」

「最後だけ急に自信なくしましたね」

「私としても、推測できる己の誕生理由がそれしか考えられない……すまない」

「あ、いえ、私の方こそなんかすみません。いつものノリで軽口言っちゃって」

 

 何か互いに頭を下げ合っている。こういう光景珍しい。

 この四人が集まると、全員頑なに自分こそが正しいと言い張ることも多いからな。

 まあ、マウントを取り合ったりするのはどうでもいい話題だけだが。

 一応全員、世界の最前線にあることは自覚しているのだ。真面目な場面ではちゃんと気持ちは一つになるぞ。

 

 いや、それはどうでもいいとして。

 私のバックアップだったのか、彼女。そういうものは作れるだろうとは思っていたけど、力を分けるのもどうかと思ってやっていなかった。

 最初から破損した部分に存在していたのか、私の損壊に反応して発生したのか。

 少なくとも、別の人格が生まれていることから、私のバックアップという性質は既に失われているようだが。

 

「バックアップ体……この端末と在り方は近い訳か。この神殿にいた理由は?」

「それは……分からない。目覚めたら、あそこにいた」

「……別に不思議でもないわ。命が生まれるならそれは母の傍であって然るべきよ」

 

 おお、ヘカテがなんかいいこと言ってる。

 昔、外宇宙から来た機神の裔って話を聞いたような聞かないようなだけど、ヘカテが一番そういう感覚に親身というか。

 

「……そうか。とはいえ、ボクとしては判断を付けにくいな。セファール、彼女が君のバックアップだったというのは、確認できることかい?」

『出来ないけど、そういう機能はあるっぽいし、この子の体の性質は私と同じものなのは分かる。私から生まれた存在だっていうのは、多分間違いない』

「この子より曖昧って」

『ぶっちゃけ私から作成された筈のバックアップがこんなに可愛いわけがないっていう感想』

「まあその通りではあるのだわ」

 

 私のセンスは皆も知っての通りだ。

 何も考えずに一から使い魔を作ろうとすると大体前衛芸術になるぞ。

 そんな私からこの子が生まれたというのが一番信じられない。

 ……褐色の肌に私に似た紋様を刻んでいる辺りはちょっと前衛芸術っぽい。

 

「ヘカテ、どう思います? これ未来視案件では?」

「私もうアレ使わないって決めてるから無理。ただ、いいんじゃないかしら。この子が人の願いから生まれたってのは、何となく私には分かるし」

『いつの間にそんな力を?』

「貴女たち最近私が元・女神だってこと忘れてない?」

 

 そういえば、ヘカテは元々人の信仰を受けていたんだっけ。

 祈りとか願いとかは感覚で理解できるらしい。

 ちなみに私はその辺り、よく分からない。信仰の対象になっているってのは当然知っているが、それを具体的に実感できているかと言えば、別にそんなことはない。

 強いて言うなら、この世界に生きる人を思えば強くなれた気がするという感じ。

 

 私としては、この子を迎え入れる……というか娘とすることに否やはない。

 あまりに唐突な出来事だったが、くっついて離れないし、可愛いし。

 で、らむくんは私たちの判断に任せる方針らしいし、ヘカテは賛同。セイちゃんは?

 

「……まあ、父親がいないなら」

『パパ、認知して』

「次言ったら世界滅ぼしますよ」

 

 さっきよりストレートな“お前を殺す”発言だった。

 なんでそんなに父親ポジションの言及に過激なのこの相棒。

 

「ともかく。セファールが構わないならそれで。その子については私のセファールレーダーが罪無しと告げています」

「何その胡散臭いレーダー」

「セファールに関しては何より信用出来る私の直感(レーダー)です」

 

 何それ凄い。

 そんなものを持っていたからセイちゃんは昔から私と意思疎通が出来ていたのか。

 セイちゃんからのお墨付きもあれば、もう間違いはない。

 

『決まった。正式に私の娘』

「ぁ……ああ……嬉しいが、いいのか? そんな簡単に、何というか、緩く決めて」

「割といつもの事だよ。危険以外には大らかに、というのがセファールの方針だからね」

 

 重大事項にしては軽い流れだが、そういうものだ。

 対侵略種に関して以外は、緩いノリでやってきたのが、この世界なのだから。

 

『ところで、娘。名前は?』

「めっちゃ今更なのだわ」

「名前は……定義されていない。元々、セファールとなる筈の躯体だったからだろうか」

 

 確かに、バックアップであるという前提なら、セファール以外の名前はないか。

 かといって、名無しのままという選択肢はない。

 母として、私が名前を付けてあげなければ。かっこよくて、尚且つかわいい名前を。

 そう、だな……彼女の名は――

 

 

 +

 

 

 ――戦火の中で、はじまりを思い出す。

 己の名前を意識する度に、戻ることの出来ない何千年もの過去が、脳裏をよぎる。

 突然に目覚めた私を、あっさりと受け入れた母と、その盟友たち。

 その柔らかい空気を守らなければという決意に至るのは、早かった。

 

 母様たちが作るその空気が、私は好きだった。

 そして、それが無くなって、誰もかれもが命を懸けて戦う侵略種との戦いが、好きではなかった。

 皆が笑顔でいられるというのは良いことで、それを奪う悉くは、悪いことである。

 それを初めて母に話した時、“だから、笑顔でいられるために皆、戦っている”と聞いた。

 明日の笑顔を、明後日の笑顔を、未来の笑顔を守るために、今日、笑わない。

 未来の平和のために、今日に全てを尽くす。

 そして、隣の誰かの安寧のために、己の明日を投げ捨てて世界を守る。

 

 ――――それを歪だと感じてしまうのは、この世界に生まれた民として、おかしいことなのだと自覚している。

 この世界の人々はその生きざまこそが当然なのだ。

 私もその中で生まれた以上、何故変だと思うのか、具体的に理由を述べることは出来ない。

 ただ、単純に、“本来私が破壊すべきであった文明”というのは、もっと自己中心的で、もっとバラバラなものであった筈なのだ。

 

 遊星の尖兵たるセファール。

 母様がその破壊の対象であった筈のこの星を何故庇護する側になったのか、私は知らない。

 何度聞こうとしただろう。だが、その度に聞くのが怖くなって、その一歩を踏み出せなかった。

 その本来の使命を知らないようにさえ見える母様にそれを指摘するのは、開くべきではない禁忌のように思えてしまう。

 ……そう。母様はそれでいいのだ。

 どんな不具合があったにせよ、今、母様は破壊ではなく文明を、世界を守ることを良しとしている。

 

 私も、己の本来の存在意義よりも、そちらの方が好ましかった。

 人の笑顔は見ていて心地良いものだ。

 母様もそれを見るのが大好きで、人が笑顔のままに文明を発展させることに、この上ない喜びを感じていた。

 私という存在は、人よりも強い。

 多くを破壊するための力は、此方の視点に立てば、多くを守れる力であった。

 私が暴虐を振るうことで、誰かが命を投げ捨てず、一つ多くの笑顔が明日に花咲くのであれば、それは何という光栄だろう。

 

 ゆえに私は戦う。

 命は壊さない。文明も粉砕しない。

 私はただ、この世界を襲う“破壊”をこそ、破壊する。

 

 やってくる侵略種を悉く、討ち滅ぼす。その私が、初めて抱いた、絶望。

 感じ続ける命の危機。地獄と呼ぶに相応しい戦乱の中で、奇妙な者と、私は出会った。

 これまでに例のない異質な侵略種。

 その、脅威性を感じない、人と同じ姿。

 見ず知らずである筈の私たちと共に、他の侵略種と戦う不思議な者たち。

 

 

「――私はアトリ。セファールの娘、その長であり、軍神の剣を受け継ぎし戦士の一人」

 

 そんな異邦の民。善なる勇者に、私は――

 

「――侵略種ではないなら、お前たちは、何だ」

 

 ――母様と同じものを、感じた気がした。




■アトリ
セファールの本体修復時、飛散していた生命力や魔力、そして人々のセファールへの祈りと、より強い“守らなければ”という意思が、命を宿した存在。
剥がれた破片がセファールの死を予測したことで、内部に作成されたバックアップ体に上記の願いが集い、人格を得た。
生命として幼子から成長する必要がないため既に完成された、天性の肉体を有している。
セファールの娘として多くを学び、そしていつか戦場を駆けることになる戦士の子。
意識が芽生えた時に何らバグは発生していないため、セファール本来の目的を把握している。
しかし母がその使命から外れ、世界の守護者となったことを良しとし、母が愛する世界で、自身もまた守護者たらんと立つこととした。
命も、文明も破壊しない。己が破壊すべきは、この世界を脅かす“破壊”なのだ。
空を覆う偽りの輝きを蝕み、己こそが世界を輝かさんと、彼女はその暴虐を振るう。

■セファール
新天地首脳の一人。
基本的に考えは雑だがここぞという時の方針は彼女によって決まる。
今回、正式にアトリを娘として迎えた。私の娘がこんなに可愛いわけがない。
まだ意識が戻り切っている訳ではないため、絶妙に頭が悪い。
アトリへの態度は溺愛。あまり戦ってほしくはなかったが、その戦闘の素質は軍神の剣を授けるに相応しかった。

■聖剣使い
新天地首脳の一人。
自身が人を導くに足る存在だとは思っていないため、首脳会議についてはさほど積極的ではない。
とりあえず三人の話がぶっ飛んだ方向に行きそうになった時に修正する役割くらいは持っている。
ただしセファール関連になると一番暴走する。セファール本人も悪乗りするため、恐ろしいほど面倒臭くなる。
アトリへの態度は溺愛。アトリには自身と同じく剣を使ってほしかった。そうはならなかった。

■らむくん
新天地首脳の一人。
巨神国の事実上の王であるため、責任感は強い。始祖の二人が雑な時は自分も雑になる。適度な息抜きである。
今回の件は明らかに面倒な案件だったためぶん投げる方針だった。セファールの娘であればセファールも聖剣使いも真面目になるだろうという信頼も無くはない。
アトリへの態度は溺愛。何だかんだ、新たな生命の誕生を嬉しく思っている。
また、後に彼女に最大の出会いを齎したのも彼である。

へかてさまヘカテ
新天地首脳の一人。
普通に面倒見が良いため、首脳会議にも積極的。人が詰まった時、物凄い遠回しに助言を出す魔術のおねーさん。
三人が暴走しがちなので相変わらず苦労する常識人。まあ、その騒がしい空気は苦手ではない。
ただし今回の件は死ぬほど面倒な気がしたため投げる方針だった。
元々人間を好ましく思った女神であった事もあり、人間に近い感覚を持っている。
アトリへの態度は溺愛。実はアトリの名付け親である。
セファールたちが提案する名前がどれもこれもアレ過ぎたため、ここ最近で一番頭を使うことになった。
アトリの名はエーテル、及び天空神アイテールから。
敵の無き、輝ける空をいつか――という願いを込めたものである。


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日蝕

~アトリ誕生から二十年後~


 

 

 思い返せば、二十年という年月は長かった。

 しかしこの世界に広がる文明というものを理解するには、まだ短い。

 

 アトリという名を貰った私は、最初の二年間を母様の下で過ごした。

 母様とその盟友、聖剣使いことセイちゃん――母様とセイちゃん直々に、そう呼ぶ許可を貰った――にこの世界というものを教わった。

 始祖たる二人が始めた世界。

 それは、理不尽から始まるものではあったが、こうして今を人々は幸福に生きている。

 全てが正しいとは言わない。だが、ひたすらに強固な世界の成り立ちは母様らしいものだった。

 

 それから、十年を掛けて、ヘカテと一緒に世界を見てまわった。

 この世界がどんな風に今を生きているのか。

 私が知りたくて、頼んだことだった。

 まだ世界の全てが理不尽に打ち勝てる訳ではなくて、通りかかった村が侵略種に襲われていることもあった。

 母様やセイちゃんだって、すぐにそこに辿り着ける訳ではない。この世界の力は、まだまだ足りなかった。

 

 だから、私は戦いに身を投じた。

 この世界を脅かす侵略種。彼らから世界を守るという、至上の命題。

 私は、強かった。母様と同じく、強くて、他の誰かを守ることが出来た。

 己に備わる破壊の性質を、破壊ではなく守護のために使うというのは違和感があったが――それで守る笑顔と、受ける感謝は、心地良かった。

 

 ――残念ながら、防衛機構をはじめとする魔術礼装は、あまり得意ではないが。

 私の知識の師であるヘカテも、この点についてはお手上げらしい。

 どうも、母様も同じようだ。礼装を使う力加減とか、そもそも魔術を構築する適性とかの問題で、これらは得意になれないらしい。

 だから私は、母様やセイちゃんと同じように、武器をとって戦う道を選んだ。

 それが出来る人間は少ない。

 いなくはないが、存在の強さというどうにもならない壁があることから、侵略種からの反撃を受ければ良くて重傷、大抵は即死という始末。

 その弱さが別の強さ――防衛機構という道を編み出したのだ。

 ゆえに前線で戦える遊撃兵は希少だった。セファールの娘である私がそこに立つのは、当然だったと言えるだろう。

 

 母様とセイちゃんから近接戦闘の手解きを受けた結果が表れ、死ぬことこそなかったが――武器はすぐに駄目になった。

 武器そのものが弱い訳ではない。侵略種という存在が強いだけ。

 後は、私の戦い方が乱暴に過ぎるからかもしれない。母様から授かった紋に力を通し、敵の急所を穿つ。大抵それで、敵と同時に武器も壊れてしまう。

 壊れてしまった武器が十本を数えた時。

 らむの提案によって、新たな武器を与えられることになった。

 

 らむから聞いた話だ。

 かつて、まだ世界に神々という存在がいた頃。

 母様はこの世界を侵略種と戦える世界とするために、神々を喰らい人の世界を創り上げた。

 当然、その頃は神こそが世界の理であったため、それを変えようとするセファールに対し神々は断固として抗戦の構えを取った。

 ヘカテも元々女神の一柱であったが、母様の新天地に賛同を示し、人を導くべく盟約を結んだそうだ。

 神々との戦いは数年間だった。

 その中で母様が死を覚悟するほどの強さであったうちの一柱が、軍神、あるいは戦神と呼ばれる存在であった。

 ヘカテによればその頃に存在していた神の中でも最強も名高い一柱であり、母様を打ち倒す可能性も低くはなかったらしい。

 その神を激戦の末に倒し、母様が戦利品として手に入れたものこそ、軍神の剣。

 手に入れた時には既に折れていたため、剣として真価を発揮することは出来なかったものの、かつてはこれを用いてセイちゃんの命を救ったこともあるとか。

 後にこの剣の因子の一部を使い、母様は自身の小型端末が扱うための武器を作成した。

 それと同じように、私もまた軍神の剣の一端を持つことを許されたのだ。

 私は多くに対応できる武器を望んだ。どんな状況でも突破し得る、希望とならん一振りを。

 時に杭、時に斧、時に槍。そんな真紅の長柄こそが、私の戦い方に耐え、幾つもの戦いを共にすることになる唯一無二の武器となった。

 

 

 

 ――ある日の事だった。

 飛来した侵略種は、小型の三体。

 国のはずれ、母様が広げて、未だ手付かずの何もない場所に落ちてきた。

 当然防衛機構もまだ設置されていない。たまたま付近の地区にいたこともあり、私が対処した。

 

「……」

 

 ――弱いな、というのが正直な感想。

 飛来する侵略種というのも、様々だ。遠き土地の山奥にいる魔獣の方が強いだろう個体もいれば、母様やセイちゃんですら苦戦する個体もいる。

 今回のものは、大掛かりな防衛機構を起動するのも不要なほど、未熟な個体だった。

 或いは、これで種としては完成なのかもしれないが――物足りない。

 どうにも、この戦闘欲のような感覚は好きではなかった。

 破壊から人を、世界を守れればそれで充分なのに、この躯体(からだ)はより大きな戦いを求める。

 それを感じる度に、私は己の本来の役割を思い出してしまうのだ。

 

「……侵略種三個体、討伐を終えた。後は頼んで、構わないか?」

『はい! アトリ様の手を煩わせてしまうとは……』

「良い。これが私の役目だ。寧ろ、積極的に頼ってほしい」

 

 侵略種たちが完全に停止したのを確認し、小型の移送を担当する局に連絡する。

 大型の種であれば、母様かその端末が直接赴き、その力を吸収するが、小型であれば侵略種の方を運ぶ。

 仕留めたものなら人間が触れても問題はない。母様のもとまで運び、新天地を修復するための力とするのだ。

 破壊の後の再生に、母様が己の力だけを利用していたら、母様が弱る一方になってしまう。

 ゆえに、この侵略種の力を吸収し、それを無色の力へと変換した後、世界に還元する。

 こうして世界は今の形を維持してきたのだ。

 

 軍神の剣を自身の内に収納する。

 この機能は、便利だ。武器を魔力に変えて収めておくことで、身軽なままに戦場へと向かうことが出来るし、不測の事態にも対応できる。

 代わりに魔力が尽きてしまえば取り出すことも出来なくなるが、そもそも私は魔術礼装が苦手なのだ。あまり問題はない。

 さて、帰ろうか、と踵を返し――向こうから歩いてくる、こんなところに来るとは思えない友が見えた。

 

「やあ、アトリ。侵略種討伐、ご苦労様」

「らむ――どうしてここに?」

 

 母様の紋章があしらわれた、白く豪奢な装束に“着られた”、子供の姿。

 その実、黎明より母様やセイちゃんたちと共に人々を導いてきた日輪神官も名高い、この国の事実上の王。

 そんな存在が護衛もなくこんな僻地にやってくるべきではないと思うのだが……というか、その服、裾を引きずっているしこんなところ歩くのは良くないと思う。

 

「ちょっと君に預けたいものがあるんだ。セファールも君になら任せられそうだ、と言っていてね」

「母様が?」

 

 母様に直々に期待を掛けられるならば、この上なく光栄なことだが――何だろう。

 首を傾げ考えていれば、その間にらむは懐から小型の魔術礼装を取り出す。

 

「転移を使う。構わないかい?」

「む……わ、わかった。ゆっくりで頼む」

「はいはい」

 

 ――転移は、何度か経験があるが、苦手だった。

 まだらむをはじめほんの数人しか操れない高等魔術。

 決まった地点にビーコンを設置し、体を半霊子化、そこへ向けて高速移動を行う技術だ。

 基本的に構築が完了した魔術は他者でも起動できるものだが、これに関しては実行中に幾度かの再計算が必要となることから、人々に広まっていない。

 大型化したポータルのようなものを世界中の要所に設置するという案もあるようだ。その実現は、遠い未来になるとヘカテは推測していたが。

 らむの手の中で起動した術式が私たちを囲み、体が変換される。

 そして大きく頭が揺さぶられて――気付けば、まったく別の場所に立っていた。

 

「っ……ここは……?」

「侵略種研究局の地下だよ。()()が覚めたら、入ってきてくれ」

 

 幾つか扉があるだけの、殺風景な通路。

 転移の反動でふらつく体を壁に預けている私を残し、らむはその内一つの扉に入っていった。

 侵略種研究局……魔術局や技術局と共同で防衛機構を開発している局だったか。

 とはいえ、そんなところに何があるというのだろう。

 何かを私に任せたい、と言っていたが。

 頬を軽く張って酔いを覚まし、扉を開ける。

 

 ――僅かな明かりしかない暗い部屋に、黒い輝きがあった。

 

「……これは」

「――君が生まれた時の話だ。セファールが重傷を負いつつも撃破した侵略種。与えた傷を侵食させ、やがて自身と同じものにしてしまう災厄。その影響を受けつつも、彼は生き延びた」

 

 強靭な四足で立つ、私よりも大きな黒い体。

 薄らと走る紋章は私に近い。つまりは、母様の紋章だった。

 

「本当に偶然だ。セファールの破片の一つが彼に刺さり、侵食を中和――いや、適応させた。侵略種となりつつも、セファールの欠片がその脅威性を拭い去り、他に例もなく再現も出来ない単独種となった」

「……それが、この馬、か?」

 

 強い力を持っているのは分かる。

 侵略種と同じもので、それでいて、母様と同じものだ。

 だが、確かに脅威性はそこまで感じない。

 暴れ出せば恐ろしいだろうが、そうする気配さえ見せない、穏やかな瞳が此方を向いていた。

 

「長らく研究がされていたが、セファールがこの前、ボクに言ったんだよ。『アトリの馬として、どう?』って。此方は散々扱いに迷っていたってのに、あっさりと」

 

 ――何度か、馬を駆ろうと思った時はある。

 私のような役割であれば、機動力がいる。私の足となり、戦場を駆ける馬が欲しいと思った。

 だが、すぐに諦めた。馬では私の戦いに耐えられない。かつての武器のように、使い潰す羽目になってしまう、と。

 或いは母様は、その時の私の無念を、気にしてくれていたのだろうか。

 

「セファールの因子が存在を補強している影響で、恐らく君のように長く生きることが宿命付けられている。相棒とするようなら、長い付き合いになるだろう。きっと――ボクでは見ることが出来ないほど、未来まで」

「……? なんか年寄りっぽいぞ、らむ」

「年寄りだからね、ボク。極めて長い一生も、もう折り返しはとっくに過ぎているんだ。少しは老爺らしい態度を取らせてくれ」

 

 ……そうなのか。

 何だか、全然そうは思えないけど。母様も、セイちゃんも、らむも、ヘカテも、いつまでも変わらないように思えてしまう。

 見る限り、その時が今日明日とか、数年後、数十年後には来なさそうだ。

 ……他の三人は知っているのだろうか。知っているんだろうな。それでいて、一切変わらない関係を続けているのだ。

 そう思うと――この、らむの頼みというのが、彼が“やり残したくないもの”に思えた。

 

 ――その瞳に、真正面から向き合う。

 全て、理解しているようだった。己の体が何に蝕まれ、何に救われたのか。

 穏やかな中に、隠れた闘志が見えた。彼は隠しているつもりだろうが、何を思っているかはお見通しだ。

 運命、と呼ぶのかもしれない。もしも母様が、彼の“それ”を知っていたのなら、やはり、母様は凄い。

 

「……私に付いてこれるか、()

 

 ――お前の方こそ、付いてこい、()

 

 不思議と伝わってきた彼の感情に、なるほど、と笑みが浮かぶ。

 どちらが先に、母の力を受けたのか。答えは出まい。

 だが、この“見解の相違”がある限りは――仲良く出来そうだ。そんな確信があった。

 

 

 

 ――空を駆ける白鳥と対を成す、地を駆ける騎馬の群れ。

 その先陣で万軍さえ打ち砕く、戦士アトリ終生の愛馬。

 空を覆う偽りの光を喰らい正しき極光で塗り替える、侵略と奪還の蹄。

 

 軍神を冠する鎧を纏う、黒き神馬の名は、『日蝕伝説(エクリプス)』。

 

 日輪座す巨神国に唯一許容された、陰りを示す勇名である。




■アトリ
生まれて二十年、弱い敵だと物足りないお年頃。
戦闘スタイルは戦況を良く見て、敵の急所を全力でぶち抜く最適な一手を打つ頭脳派。一撃で仕留めれば被害も広がらないのだ。
ただし武器が耐え切れず、大抵その一発で武器も一緒に爆散する。
それを重く見たセファールより軍神の剣を授かり、新たな前線の星となった。ちなみにこの時の意図としては、継戦能力よりも「飛び散った破片で怪我したら危ないな」という心配の方が大きかったという。
日輪神官の手引きで終生の愛馬と出会う。なにかと自分と張り合う弟は命を預けるに足る相棒であった。

■エクリプス
元は巨神国で飼育されていた家畜の馬であった。性別はオス。
しかし、二十年前の侵略種の襲撃で負傷。その個体の侵食能力で衰弱していたところに、偶然飛んできたセファールの小さな破片が刺さり、存在を補強することで生き延びた。
この経緯を理解しており、セファールを母と見ているが、その成り立ちは娘であるアトリよりも、聖剣使いに近い。そのため、通常「セファールの子」という括りに含められることはない。
暴走が危惧され侵略種研究局で預かられていた彼の処遇は、セファールの一声によって決定した。
日輪神官もまた、それが最も彼の、そしてアトリのためになると判断し、彼らを引き合わせることとなった。
光を喰らう性質を持つ。黒い輝きである侵略種も喰らう。元々草食とか知ったことじゃない。侵略種と一括りにしていても全て種族は異なるっぽいので共食いではないのだ。
武功を上げまくったので軍神の剣まで与えられた。真紅の馬鎧だ。もはや防具である。
騎手であるアトリとの関係は一目で理解した。なにかと自分と張り合う妹は背中に乗せるに足る相棒であった。

■局
ムー巨神国内で各種分野の発展の中心として設置される機関。
国内においては防衛に携わる戦士も含め、多くの成人がいずれかの局に所属している。
魔術の発展を目指す魔術局、防衛機構の開発を行う技術局は世界を守る要であるため所属先としての人気も高い。
やや偏屈者の集まりやすい局などはあるが、各局の立場は同列であり、局同士の諍いは存在しない。人間同士で争いとかやっている場合ではないのだ。

■軍神の剣(斧槍)
放つ輝きの向きを変化させ、多くの状況に対応できるアトリの汎用型軍神の剣。
通常形態は斧の反対に杭、先端は槍。三色の光により三つの武器形態を同時に出力可能。剣にはならない。
これを用いた近距離~中距離の接近戦のほか、光弾を放つことによる遠距離攻撃も備える。
真名を解くことにより先端で三色を束ねた極光の一撃はあらゆる侵略を砕き得る。
天も次元も突破して明日へと続く道を掘るのだ。

■軍神の剣(馬鎧)
軍神の如き嘶きを極光と成し、軍神の如き勲を積み重ねる、軍神の如き馬鎧。
極光と日蝕、相容れぬ筈の二つは互いを喰い合わず、同一の敵を確実に塗り潰す。
黒き侵略の輝き、白き秩序の輝き、赤き軍神の輝き。
三つの輝きを一つに持つ唯一無二の神馬は、戦場に吹き荒ぶ嵐の如く、黒き雲霞を喰らい尽くす。

■この世界を侵略種と戦える世界とするために神々を喰らいどうのこうの
大本営発表。


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無垢

~???~


 

 

 ――結んだ縁の片方が、目覚めたことを悟る。

 

 思いのほか、早い。だが、それはどちらかと言えば僥倖だ。

 早ければ早いほど、最終的な結果は望ましいものに近くなる。

 想定に対して二千年ほどずれたのは、その分、あの異聞が過酷だということの証左なのだろう。

 

 はじめにそれを見た時、他の二つとも違う“詰み”への対応は何も思いつかなかった。

 かの異聞について、己の眼でも観測できたものはさほど多くはない。

 白き巨人セファールと聖剣使いが争わなかったことによる、汎人類史と隔絶した世界。

 それは他の異聞の何れとも異なる、“手の付けられなさ”を有していた。

 たとえ星見の民が他の二つを超えることが出来ても、ここで詰む。絶望でも脅威でもない、絶対がそこにあった。

 

 介入するより他はなかった。

 英霊に力を与えるのではなく、己が直接赴くことによって。

 そうでなければ、あの世界に感化されるか、早々に滅ぼされるかのどちらかだ。

 ゆえに、二つの地点に介入して、策を弄した。

 

 一つは黎明。その異聞のスタート地点。

 セファールと聖剣使いが、ただ和解に至っただけでは、この異聞を断つことは決して出来ない。

 ゼロを一にするための唯一の手段こそが、この地点で蒔く種であった。

 ただ、セファールが支配する世界であってはならない。

 この異聞は、セファールと聖剣使いが対等となり、共に終末を誓わなければならないのだ。

 現在に至るまで、聖剣使いが先に死ぬようなことは許されない。

 

 まず、星見の民があの場に至った時、前提が存在する。

 ――セファールは倒せない。異聞として現在まで存続したセファールは、星見がその時持ち得る戦力だけでは確実に打倒出来ない。

 己にも原因の読むことの叶わない、この異聞の試練による自滅に期待するのはあまりにも愚かだ。

 ゆえに、この聖剣使いをこそ、星見の切り札と成せる選択肢を残した。

 たった一人味方とすれば、この異聞を断つことが可能となる。

 そうでなくとも――其はただいるだけで、セファールを抑える理性となるだろう。

 

 そして、残る一つの地点。ここには、智慧の果実を。

 これはセファールへの対抗手段とするためではない。

 世界を統べる王ではなく、世界そのものの方向性への干渉。

 

 或いはそれは、この世界の機構をより強固に、盤石にする一手かもしれない。

 だが、こうすることで、完全無欠は抑えられずとも、計算不可能という異質は抑えることが出来る。

 星見の民。カルデアには厳しい旅路となるだろう。

 脅威を覚えるかもしれない。絶望を抱くかもしれない。

 それでも。それらを抱く余裕さえ存在しない、“異聞”ですらない“異界”、或いは“異階”になる危険性だけは、取り払われる。

 ――セファールが人を愛する、世界にとって正しい“一”になっていたとするならば。

 

 我ながら、この異聞についての確証は一切ない。

 これが最善だ。あとは、この異聞がカルデアにとって、最も好ましいものになると信じ、待つばかり。

 

 世界も、人も、災厄も、セファールも、聖剣すらもまともではない異聞。

 その失墜――或いは接近。

 願わくば、この異端の根が、汎人類史の一切を侵すことなく、正常に断たれんことを。

 

 

 

 

 ――意識の発生はゆっくりとしたものではなく、唐突だった。

 その前兆は自分では感じられず。ある地点で私という存在が確定したかのような。

 意識だけははっきりとしていて、躯体(からだ)があるかどうかも曖昧な状態で、私はそのさざ波の中を漂っていた。

 

 真っ白だ。

 冷たくて、それでいて温かくて。穏やかで、それでいて必死さを感じる、世界を撫でる波間。

 それに乗って私という存在は“生”へと向かっている。

 何故。決まっている。これは、世界がそう、私に望んだからだ。

 

 最初に聞こえたのは星の叫び(こえ)

 

 この世界には罅が入っていてはならない。この世界には腐食が広がっていてはならない。

 だって、それだと人が生きていられない。こんなにも人は頑張っているのに、世界の方が壊れてしまうなど、許されることではない。

 人は世界を守るために、今日も戦っているのだ。

 ならば彼らが守った世界で、明日に笑うための土壌に不備があっては人も納得できまい。

 だから、私は補修(なお)さないと。どんな時も、彼らが生きるに相応しい、完全な世界でないと。

 

 星が己に言い聞かせるような叱咤の叫び。

 そうあるべきだ。そうでなければ。正常な運営のための使命感であり、強迫観念。

 心底からそこにある生命たちを尊び、愛するがため。

 ああ――なんという世界だろう。

 こんなにも、生命に寄り添う祈りを有して、それを力の限り叫ぶことで、もう一つの本心に蓋をする。

 

 だが、この母なる胎内。或いは内海とも言えるだろう深層。理性の鎖が存在しない、本能がありのままに己を明かす、無垢心理領域。

 そこで耳をすませば、もう一つの悲鳴(こえ)は確かに聞こえてくる。

 痛い、つらい、苦しい――――()()

 まだ、折れたくない。

 目は見える。手足は動く。空を見上げて、大地を支えることは、まだできる。

 

 ――――何故?

 

 ここは隠す必要のない場所だ。本心が明かされなければならない場所だ。

 あらゆる戒めのない、“己”だけの世界の筈だ。

 だというのに、なんでそんな場所でまで、こんな言葉を吐けるのか。

 世界レベルの強がり。だけど、その強がりを押し通せると、この本能は本気で思っている。

 いつか破綻する。私が聞いた叫びから伝わってきた。世界に迫る脅威は日に日に力を付けて、その命運を打ち砕こうとしている。

 何よりも早く、星が諦めるべき終わりだというのに。

 本来であれば、もっと早く、この世界は命運を断たれている筈だったのに。

 まだ誰一人諦めていない。

 人も、彼らを抱える世界も、まだ歯を食い縛って耐えている。当たり前に受け入れるべき終わりに、すべてを懸けて抗って、皆が明日のその先を信じている。

 

 ああ――本当に、なんという世界。

 まだ生まれてすらいないのに、こんな、呆れて物が言えないという感覚を味わうなんて。

 狂っている。狂っているんだ。ここにある全ては、どうしようもなく狂っている。

 救えないほど純粋で、どうしようもなく努力家で、砂の城のように脆弱な(つよい)世界。

 よもや、そんな場所で、それを自覚できるような私が生まれてしまうなんて。

 なんたる不具合。なんたる異質か。それさえも、星の祈りだったというのだから始末が悪い。

 

 壊れかけた世界は、更なる強さを望んでいる。

 このままでは駄目だという集合無意識が、新たな槍を、新たな盾を望んでいる。

 ただ見上げるだけだった、災厄が駆け抜ける通路でしかない無窮のソラを羽ばたく翼を望んでいる。

 黒き空を、白き光で塗り替えたい。

 災厄の落ちる空ではなく、果てしない蒼穹と、無限の星が瞬く夜空。それを自分たちは見上げていたい。

 だからこそ――新たな輝きを。

 星々の如く煌めく、新たなる希望を。

 

 ――世界に/人々に、新たな明日を見せるために。

 

 なんと優しく、なんと愚かなことか。

 だけど、その純粋さが、ひどく愛おしく感じられた。

 なるほど。であれば私は目覚めなければならない。

 母の願い、人の祈り、希望、未来――私はそういうもので出来ているのだから。

 新たなる歌。遥かなる羽ばたき。築かれることになる秩序。私はその、呼び水となるのだろう。

 ならばそれが一日でも早く確立されるよう、早く産声を上げるべきだ。

 

 ――満たせ、星の声よ、私を満たせ。

 この世界が迎えられる限りの、善き未来(おわり)のために。

 

 躯体(からだ)が組み上げられていく。

 (なかみ)が注ぎ込まれていく。

 あたたかな祝福に包まれて、私の内に真白き翼が編まれていく。

 ゆるやかなさざ波の中で、私という個体が完成されていく。

 

 そして――

 

 

 

 

『――から、眼鏡があればそれでいい』

「なるほど、ヒットポイント回復に当てると……ならば私はセカンドコートから行くことにしましょう」

『くっ、セイちゃんは外道だった……!?』

 

 ――私の意図していた“狂っている”とは何かが異なる狂気が、私の最初の景色だった。

 

「で、何してるんだい彼女ら」

「私に聞かないでよ。あれを認識するだけで演算回路が引き千切れそう」

「母様が雑巾を使っていなかったら世界が終わっていた……」

「そーなの!?」

「二人とも、これを着けろ。次は死ぬ――待て、エクリプス、そのサングラスは食べちゃ駄目だ。ごはんじゃないぞ」

 

 ただ、まあ――その理解し難い、多分この世界で誰一人理解出来ない空間ではあるが。

 多分、きっと、互いの信頼あればこその、あたたかい光景であった。

 

「あ、ほら! この子、気付いたみたいよ!」

『む――本当だ。おはよう、具合はどう?』

 

 繰り広げられていた奇妙奇天烈なナニカを即座に中止し、世界の理、その端末が駆けてくる。

 人ならざるその姿と、存在感。

 誰何するまでもなく理解できた。本能の慟哭すら許さない、強がりの達人が彼女なのだと。

 

「ええ――ええ、問題、ありません。おはようございます――お母様」

『――、セイちゃん、二人目の娘が出来た』

「なんでしょう。アトリやエクリプスの時より衝撃が少ない。慣れたのかな」

 

 彼女こそが――私が守るべき存在なのだと。




■ブリュンヒルデ
セファール二人目の娘。
紀元前三千年ごろ、侵略種によって齎された破壊をセファールが修復する波の中で生まれ落ちた。
その性質はアトリのようなセファールのバックアップ体とは異なり、“守らなければ”という世界も含めた共通の集合無意識が生み出した祈りの結晶。
はじめから生物として完成されており、躯体はセファールの端末よりも背の高い長髪の成人女性の姿。
星の叫び、人々への感情、本心の強がりのすべてを実体験として知っている。
そのため――比較するのは野暮だろうが――セファールのことを“何となく分かる”面々に比べ、セファールへの理解力は飛び抜けている。これは、後に生まれる戦乙女たちも共通である。
世界に生まれ落ちる防衛本能。己がその呼び水であることは理解しており、いずれ妹たちが生まれる時代に向け、その因子の調整を行うことになる。
白鳥の如き翼を広げ、未踏の空を翔けることが出来る。黒き星が地上に落ちる前――完全に世界が無傷な内に侵略種を討伐するという偉業は、彼女が初めて成し遂げた。
そして――――。

■大神
――こと生存において、善悪による優劣はない。ただし、超常存在はいつの世もどちらかに肩入れするものだ。
第八異聞帯となるこの世界を観測し、はじまりの特異点、ブリテン異聞帯と並び、“詰む”と判断して介入を行った智慧の神。
この世界は分岐の始点からして、『惑星外の知性体に敗北した』世界である。
そのためか彼の眼をもってしても全容を把握することが出来なかった。
数少ない、分かったことは、このまま行けば絶望さえ感じられない途中下車の結末を余儀なくされること。
彼の力を宿した英霊のように、人理焼却をデッドエンド、人理再編をバッドエンドと称するならば、この異聞帯はバッドエンドに至る前に“バグで突破不可能な敵が現れてしまい、進行不可能になる”ようなもの。
それを回避するための修正を行うべく、神霊はこの世界に介入した。
この世界は、カルデアやその他の存在に対し、特定の詰み地点に助力を寄越すのではどうにもならず、世界そのものを突破可能な方向に誘導する必要があった。
その一端は既にこの世界で成立し、巨神王と聖剣使いが世界の頂点となり、彼女たちによる終末が約束されている。
残る干渉も――その内一つは想定より早く芽吹いたが――効果を成すだろうという目算。
これでまったくどうにもならない状況は無くなった。あとは、幾らかの異聞帯を切除してここに至るだろうカルデアに託すのみである。
この介入を除き、すべてはこの大神にも不明瞭。何が起きたのか、何が起きるのかも謎のまま。
――ゆえに、何が起きても不思議ではない人理の乱れは汎人類史の希望を、どこまでも悪辣に嘲笑う。


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白鳥

~ブリュンヒルデ誕生から数百年後~


 

 

 穏やかな時間だった。

 侵略種は来ていない。大きな一つを打ち倒せば、向こう数ヶ月――運が良ければ数年くらいは、何もない。

 今回のものもかなり手強い敵だった。この新天地が始まった頃の私であれば、間違いなく倒せないと断言できる。

 だが、この世界は日に日に強くなっているのだ。

 

 人々は進歩して、私自身も世界の土台として、侵略種を倒し、吸収する度に力は蓄えられていく。

 一定の域まで到達すれば存在の位階(スケール)が拡張され、有する能力の桁が変わる。

 倍々ゲームで進化を繰り返し、私――セファールの本体の全長は八一九二メートル。

 新天地となって以来、侵略種という存在しか吸収するものがないため、一つの拡張に千年単位で時間を使っているが、正直この拡張は必要な吸収の副次効果に過ぎない。

 あくまでも吸収の目的は、世界の修繕に使うリソースの確保。

 私の力でこの世界を修復しているものの、力の総量は、使えば当然減る。

 減り続ければ私の、ひいては世界の寿命の減少に直結するのだ。減る分は、摂取しなければならない。

 その場しのぎも甚だしい。どうにもならない災厄への対応のためではあるが――吸収という行為は、あまり好きではなかった。

 侵略種の力の変換の際に感じられる、私や人々に対する否定の意思は、最後まで抵抗してくる。

 具体的に言うと、死ぬほど不味いのだ。あれ、どうにかならないかな。

 「侵略種を調理出来ないか」と打診してみたららむくんに正気を疑われたのも懐かしい。何千年前のことだっけ。

 いいじゃないか、食文化は大事なんだぞ。美味しいごはんが防衛の士気にも関わるのはこの世界の歴史が証明している。

 それを楽しむために、百年ほどかけて端末に味覚を搭載させたのだ。まあ、いくら食べても端末運用のための魔力の足しにしかならないけど。

 

 さて。

 はじまりの頃と比べて、侵略種の数は増え始めている。

 しかしながら、どちらかといえばそれに対する防衛は安定に向かいつつあった。

 その要因は色々とある。

 人々の技術の向上による、防衛機構の進化。移動技術が発達したことでこの国の外にもさまざまに設置されるようになり、間に合わないという事態も減ってきている。

 さらに、アトリの存在。

 彼女は強かった。予想以上に強くなって、今や百メートルクラスの大型の侵略種をも単独で討伐出来るほどにまでなっている。

 いや――単独ではなく、エクリプスと共に、か。戦いでは常に彼女たちは一緒だ。

 なんかエクリプスは侵略種の力を相殺する一種の異能を持っているようで、それで相手を抑えているうちにアトリが一撃、というスタイルは彼女たちの必勝戦術でもある。

 

 そして――近年になって遂に、この世界の防衛は新たなステップに入った。

 発端となったのが、私の二人目の娘、ブリュンヒルデ。

 アトリとは違い、この世界の意思を受けて目覚めた、私の防衛本能のようなものであるらしい。

 世界を、そして人々を守ることを命題とする彼女は、空に可能性を見出した。

 というのも、彼女は真っ白な翼を背中に表出させ、空を翔けることが出来るのだ。これを用いれば、防衛がさらに確実なものになると。

 そして、自身の後に続く妹たちが現れるだろうとも、彼女は言った。

 それが空を守る秩序になる。アトリや、人間たちと協力し、強固な世界を作って見せる。だから、安心してほしいと――。

 泣くかと思った。私の娘たちが心強すぎてヤバい。

 

 ブリュンヒルデが生まれて大体二百年くらいだろうか。

 彼女の言う通り、ぽつりぽつりと世界の何処かで白鳥の如き守護者たちが生まれ落ちるようになった。

 アトリとブリュンヒルデを姉、そして私を母とする、人に近しくもまた別の種である彼女たちの総称を戦乙女(ワルキューレ)

 ブリュンヒルデと同じように飛行能力を有する少女たち。

 戦闘能力は二人には及ばないものの、得手によっては侵略種と接近戦が出来るような子もいる。

 得意不得意がさまざまに分かれたワルキューレたちによって、防衛の幅は大いに広がった。

 世界を飛行して巡回し、付近に飛来する侵略種の先行対処やその他――自然災害や人間同士の痴話喧嘩まで広く対応する者。

 ブリュンヒルデの指示の下、空戦部隊として戦う者。

 逆に、アトリの下について戦馬を操る騎馬部隊の一員となる者。

 戦闘が得意でなければ、技術職や防衛機構に携わる人々の補助をする者。

 それぞれの個性を活かす形で、皆が防衛に尽力してくれているのだ。

 

 そんな形で、増えに増えている我が娘たち。

 彼女たちを総じて取り仕切り、管理を行っているのはブリュンヒルデである。

 かなり仕事量が多い。私に少し任せてほしいと言っても、首を縦に振ってくれなかったけど、大丈夫かな、倒れないかなあの子。

 

 

「――ネネッタ。ビルキス。この銘を貴女たちに与えます。どうか、この世界を守る輝きの一つとなってください」

「うん――分かったよ、お姉様」

「お任せください。必ずや、世界を……お母様を守り通してみせましょう」

 

 ――今日、また二人ワルキューレが生まれた。

 すべてのワルキューレは、まず私の本体のところにやってくる。本能のようなものらしい。

 そして、ブリュンヒルデに名を授かる。これもまた、彼女が自ら引き受けたことだった。

 ああ、認めよう。私は芸術センスは無いがネーミングセンスも無かった。

 ヘカテがいなければ二人の名がどうなっていたか。

 そんな危機的状況を、被害者になりかけたブリュンヒルデも察していたようで、彼女がやってきたワルキューレを見極め、空に瞬く星の名から相応しいものを与えるという形式になった。

 この星の名前だが、ヘカテが持ってきたオリュンピア・デバイスから読み取ったものである。

 彼女たちの大元――星船たちによる名称を翻訳したものだとか。この辺り、ヘカテが出来るのは良いとして、ブリュンヒルデも可能らしい。ヘカテから教わったのかな。

 

「また増えたんですね。何人目でしたっけ」

 

 命名と最初の役割を決定する、ワルキューレのみによって行われる儀式。

 それを遠目に眺めていれば、セイちゃんがそんなことを聞いてきた。

 

『ネネッタとビルキスで、合計が二百四十一人』

「……まさか全員名前覚えてたりするんですか」

『……? 娘だから当然では』

 

 一人でも忘れていたら普通にひどいぞ。

 全員、この儀式が終わったら本体と対話する訳だし、名乗られれば忘れるようなものじゃない。

 平均寿命は約二百年。その寿命を全うし使命に尽くす者もいれば、もっと長く、と求める者もいる。

 私としては、そうした個々の道を見出してくれれば、否定するつもりはない。

 長い生を求めるならば、私の紋章の力を宿した結晶を分け与えるようにしている。これを飲み干せば、相応の時間、私の文明侵食スキルが効果を発揮し、体の機能が動き続ける。

 やろうと思えば、最初からそういう風に生まれてきたアトリやブリュンヒルデのような長寿も得られる訳だ。

 ……もっとも、使命にひた向き過ぎて、もっと長く、という望みを思いつくこともない子もいるわけだが。

 

『……セイちゃん?』

「……私は正直、自信ないですね。剣の道で積み上げたものは忘れないですけど、碌に会話したこともないと」

 

 むぅ……仕方ないか。

 セイちゃんは直接関わりのないことには興味を示すことも少ないし。

 ワルキューレたちについても、最初は悉くが大事であったが今ではこの儀式の場にいないことさえある。

 ……そういえば、ヘカテから教わっていた魔術も、剣と併せて学ぶのが難しいからとすっぱり諦めていたな。

 魔術は昨今の機械技術の核でもあるため、最近セイちゃんは機械音痴の気配がある。自分で利用できるのはメジャーどころくらいだ。

 まあ、セイちゃんは剣で積み上げた業の冴えで並大抵のことは出来てしまうのだが。ヘカテの見立ては大正解であった。

 ――とはいえ。私の可愛い娘たちをセイちゃんが知らないのは如何なものか。

 

『よし、知らないところは教える。セイちゃんは全員知っているべき』

「うわ地雷踏んだ。ちょっと、いいです。勘弁してください。それ一人につき三十分掛かるやつじゃないですか」

『一人三時間コースでも可』

「――お母様。時間を増やすなら、もっと間を刻むべきかと。もっとも、それでも足りないのでは、と思いはしますが」

 

 儀式を終え、ブリュンヒルデが此方にやってくる。

 私たちの話を聞いていたようで、困ったように微笑んでいた。

 アトリと比べて彼女は感情を表に出す方だ。物静かで、何をしても儚い印象が付きまとってしまうが。

 ちなみにアトリは表情に出ないのと理性的なだけで感情は豊かである。表情より行動で表すタイプだ。

 

『お疲れ、ブリュンヒルデ』

「はい。此度の妹たちも、きっと強く輝くことでしょう」

「……ちなみに。ヒルデも名前、全部覚えているんですか?」

「勿論。らむ様もヘカテ様も、全機を記憶しています。なので聖剣使い様も――」

「うわ地雷増えた。私ちょっと用事が出来たので帰っていいですか」

 

 ふむ。私たちの娘/妹自慢を聞きたくないとおっしゃる。

 これはいけない。セイちゃんとあろう者が、これでは駄目だ。

 ブリュンヒルデ、部屋に結界を――もう張った? グッジョブ。流石、仕事が早い。

 

「え、ここでやるんですか。せめてもっと落ち着ける場所にしましょうよ」

『大丈夫大丈夫。たった三十日やそこら、この部屋にいても』

「本気で三時間コースじゃないですか。助けて。ちょっと、聖剣(カリバー)しますよ。せめて一日にしてください、じゃないと抵抗の聖剣(カリバー)しますからね」

 

 ――この後、セイちゃんの弁明を受け、彼女が忘れていた子たちをピックアップして話すことになった。

 掛かった時間は三日ちょい。これだけの数を忘れているなんて、想定外だぞ。




■セファール
全長八一九二メートル。
成長率は遅くなっているが、セファールのスキルの関係上、既に総合能力はAランクの2000000000倍というよく分からない数値になっている。
ただし、世界の運営に力の大部分を使っているため、戦闘においてはこれだけの能力は発揮できない。
また、防衛機構が発展する度にセファール自身は戦いにくくなっている。
相変わらずの人間好き。そして娘好き。どの娘に対しても溺愛状態であり、離れていくのは普通に寂しい。

■聖剣使い
関係あること以外を覚えるのが苦手。
というか、人の価値観を持ったまま終末までを生きるには、余計なことを考えていては耐えられないと知っているため、考えないようにしている。
そう努めていたら機械技術の発展に乗り遅れた。一般的に普及しているものや、侵略種の迎撃に必要な移動手段などメジャーどころはともかく、娯楽の範囲などは音痴気味。
別に機械に嫌悪感を持っている訳ではなく、少し見て「なるほど、分かりません」とすっぱり諦めるタイプ。
娯楽に興じる暇があったら剣でも振っていた方が楽しいらしい。

■ワルキューレ
世界を、そして人々を守る白き小さな星。空を翔ける白鳥の翼。
呼び水であるブリュンヒルデの誕生からおよそ二百年後の辺りから、修復の波に乗って世界の何処かに生まれ落ちるようになった。
全個体がブリュンヒルデによって管理されており、命名も彼女によるもの。
彼女が生まれた時、命名は混沌を極めた。アトリの時以上に荒れに荒れた。
その後、ヘカテによって「空に輝く綺羅星であれば、星の名から取るのはどうか」という案が生まれ、ヘカテが知る限りの星の名が挙げられる。
それをこの星の言語に直し、その中から選ばれたのがブリュンヒルデという名。
彼女は他の名前もまた、続く妹たちに相応しいとして、全ての名を記憶。生まれた個体ごとにその名を割り当てている。
よって、本作に登場するオリジナルのワルキューレの名は「小惑星に付けられた女性名」が中心となっている。
ブリュンヒルデ(ブリュンヒルト)も存在する。もっと言うとワルキューレもある。

この世界のワルキューレはその肉体に飛行のための因子を有しており、任意で背中に白く輝く翼を出現させて飛ぶことが可能。
特徴的な白装束は白鳥礼装ではなく、セファールをイメージしたものである。
空戦部隊のほか、地上でアトリ率いる騎馬部隊に所属する者もいる。騎馬の氏族。
本人たちは助数詞に「羽」「機」を用いるが、セファールをはじめとして、基本的にワルキューレ以外は「人」を使うことが多い。
これは価値観の相違であり、ワルキューレという存在を、星を守る秩序の一つと見るか、世界の命の一つと見るかによる。
――幸い、本人たちが特段気にすることもなく、この違いが不和を呼ぶことはなかったが、この世界が持つ歪な危険性の一つであった。


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異聞/intro.

~現代:空想樹発芽から九十日目の暗黒円卓会議~


 

 

 三十日ぶりの皆は、やはり相応に変化が感じられた。

 特に顕著なのは――カドックとオフェリアか。

 あとは芥さん……ヒナコもだな。

 平静を装ってはいるが、疲労の色が強い。人嫌いな彼女のことだ。異聞帯を発展させる上で必要不可欠な王との接触に苦心しているのだろうか。

 自身の疲労はある程度“忘却”しつつ、面々の顔色を眺めていれば、キリシュタリアが切り出す。

 

「――空想樹の発芽から九十日が経過した。濾過異聞史現象、異聞帯の書き換えは完了――まずは祝おうじゃないか。これは諸君らの尽力によるものだ」

「冗談。オレたちじゃなくって異星の神サマの偉業じゃねえの。異聞帯の王のご機嫌取りだけで労われたら気が抜けちまうぜ」

「異聞帯の安定と空想樹の成長は同義よ。異聞帯のサーヴァントとの契約と、その継続に全力を注ぐべし――キリシュタリア様はそう言っているのです」

「はいはい。そんなに睨まなくても分かってるっての。応ともよ、かつてないほど真剣だぜ、オレ。いっぺん死んで生き返るなんざまたとない機会だもんなぁ」

 

 そう――九十日。

 この世界に蘇り、異聞帯を押し付けられてから、それだけ経過した。

 これだけ長いと錯覚する月日があっただろうか。こんな感覚、私にも抱けるならば、もっと抱きたい時なんて幾らでもあったのに。

 

「こうしてラッキーが続いている内に、やりたいことはやっときたい。殺すのも奪うのも生きていてこその喜びだ。だろ、デイビット?」

「同感だな。原始的な世界は必然、そういう機会に恵まれる。お前やオレのような担当地区ではなおさらだ」

「……あなた達の担当異聞帯には同情するわ」

 

 しかし、変わったことと言えば。

 ……あれだな。オフェリアの、キリシュタリア“様”というのは、ちょっと嫌だな。

 やっぱり、死んで、生き返ってなんて良いことばかりがある訳じゃない。寧ろ悪いことを積み上げて、外面だけを繕っただけのまやかしだ。

 

「――ベリルは平常運転。で、正反対に元気がないのはカドック、それからナジアね。凄いわよ、目の隈。寝不足? それともストレスかしら」

 

 ――おっと。こっちに飛んできたか。

 やっぱりペペは良く見ているな。まあ、それほど隈がはっきりしていたのだろう。

 言っておくがカドックほどじゃないぞ。私だって気は遣っているのだから。

 それを知っている筈のペペが言い出した辺り、相当分かりやすかったか。反省だな。

 

「……どっちもだ。僕のことは放っといてくれ。やるべき仕事はきっちりこなすさ」

「無理よ。放っておいてほしいのならせめて笑顔でいなさいな。友人が暗い顔してたらこっちまで暗くなるのは道理でしょ?」

「――――」

「ナジア。もうちょっと笑顔の作り物感を減らしなさい。逆に凄い顔になっているから」

 

 冗談だ。本家直伝、ハーウェイジョーク。

 バレてしまった以上隠しはしないとも。ええ、寝不足ですが何か。

 

「私はやろうと思えば疲れの一つや二つ忘れ切れるから、お構いなく。それよりカドックよ。人は忘れたくて忘れられるものでもないでしょ?」

「そうねえ。疲れたらその分、楽しいことで緩和するのは必須よ。こっちの異聞帯にいいお茶の葉があるんだけど、どうかしらカドック。皇女様もきっと喜ぶわよ?」

「……余計な気遣いだよ。変わらないな、ペペ。アンタのお気楽さは」

「やだ褒められちゃった!? いい殺し文句じゃないのカドック!」

「断じて違う。呆れているんだよ。いいのか、オフェリア。特大の遊び気分のヤツを放っといて」

「…………いえ。ペペロンチーノは例外です。彼はこれがデフォルトでしょう」

 

 まあ、Aチームにはこのムードメーカーっぷりがないといけない。

 ペペがいないと確実に潰れる子が出てくるぞ。具体的に言うとカドックとオフェリア。

 

「……無駄話はそこまでにしてもらっていい? キリシュタリア、用件は? こっちの異聞帯は領土拡大に適していないし、私は貴方たちと争うつもりもない。そう連絡した筈だけど」

 

 ここにペペがいても纏まらない者が一名。

 さっさと通信を切り上げようとするヒナコには、この星の覇権争いへの意欲は感じられない。

 だが、どれだけ戦意がなくとも、戦いからは逃れられないのだ。

 私は彼女の無気力さを無視してはおけない。何故ならば――

 

「閉じこもっていても争いは避けられないぞ。芥、気付いていない訳がないよな。今それぞれの異聞帯がどんな状況か」

「だなぁ。この勢力争い、キリシュタリアの出来レースかと思っていたけど、随分そっちの世界は諦めが悪いじゃねえの、ナジア」

「諦めというか……彼らとしては当然の世界を取り戻そうとしているだけよ。世界が一つになっていて、通信手段も整っているんだから、空想樹より嵐の壁の方が問題ってこと」

「……太平洋異聞帯は拡大速度に関しては、ヴォーダイムの異聞帯を超えている。西に向けた異常な速度――遠からずアンタのところとぶつかるぞ、芥」

 

 そう――この異聞帯の拡大速度は異常だ。

 本来、世界全土で侵略種に対する防衛を行っていた人類史なのだ。

 ゆえに領土云々の意識はなく、ただ本来の世界を取り戻すために凄まじい積極性で拡大を行っている。

 まずは、西に向けて。

 最も近い中国異聞帯――ヒナコの領土とぶつかるのも時間の問題だ。その時は、どちらかがどちらかを喰らう状況になる。

 それを繰り返して最後に一つ残った異聞帯こそが、新たなこの星の秩序となるのだ。

 

「……そうなるなら、それでもいいわ。私は今度こそあそこに最後までいたいだけ。その果てで異聞帯が消えるなら、納得するわよ」

「はー……潔いこった。にしてもナジアんところもよくやるぜ。酷さで言えばオレやデイビットのところとどっこいだろ。なにがあり得たかもしれない人類史だっての」

「それには同意よ。正直なところ――勝つべきじゃないとは思っている」

 

 意思の問題ではなく、損得の問題で。

 私の異聞帯は強い。外敵に対する攻撃性も、この生存競争には向いている。

 だが、だからといって生き残るべきとは言えなかった。

 魔術師として。ホムンクルスとして。存在の方向性が最適を求め、この世界を否定している。

 単純な計算で――八つの異聞帯を比較した時、真っ先に切り捨てるべき世界だと。

 

「――勝つべきか否かは関係ない。どう思っても、事実として最後に残るのは一つだ」

「キリシュタリア様――」

「最終的に私が勝利することは自明の理だがね。しかし、中国と太平洋の異聞帯が衝突するより前に――別の問題がある。意識すべき事象だ」

 

 そんな世界でも、可能性を捨てきっていないのがキリシュタリアらしい。

 警戒していない訳ではないだろう。何せ、向こうの異聞帯にとっては天敵中の天敵だ。

 だが、どんな世界にも可能性があると考え、その上で自身こそ勝者だと確信している――重い信頼だなあ。

 

「一時間ほど前、私のサーヴァントが霊基グラフと召喚武装(ラウンドサークル)の出現を予言した。間違いなく、カルデアだろう」

 

 ――そうか。それが今回の招集の主目的か。

 南極でロシア異聞帯の刺客から逃れるため、虚数空間に行方を晦ましていたカルデア。

 マシュたちが――いよいよ浮上してくるのだ。

 

「……三ヶ月もの間、虚数空間にいたというのに、生きていたのですね」

「そうね。あれだけ周到にやっても、詰めが甘かったかしら」

「いや、あれは最適解だったさ。刺客を送ったカドックの責任でもない。異星の使徒たるサーヴァントたちは我々に従う存在ではないのだからね」

「……それで。連中はどこに出てくるんだ。それも予言されていたのか?」

「いいや。あと数時間で出現するというだけだ」

 

 ――ふむ。

 虚数潜航などされては、距離も土地も関係ない。

 であれば持ち場で警戒すべきだろうが、順当に考えて、浮上するための条件を考えれば。

 

「――ロシアだ」

「――ロシアね」

 

 おっと。デイビットとハモるのは初めてだ。

 同じ結論に至ったらしい。

 

「……その心は?」

「せっかくだしデイビット、どうぞ」

「――彼らが今の地球で知り得る事象がロシアにしか結びつかん。カルデアを襲ったオプリチニキという縁、現実に出るためのビーコンは今、何処にいるのかという話だ」

「……因果応報ってことか。そうだろうね、ヤツらにとっちゃ僕は仇敵だろうさ」

 

 復讐心で動くような子たちかどうか、ってのが問題だが。

 人類最後のマスター。そして、マシュ。

 組織そのものから全力の支援があったとはいえ、人理修復を成し遂げたような逸材だ。

 軽視するつもりはない。爪を隠した鷹であったのなら復讐心なんて持たないだろうし、幸運に助けられてきた運命力の持ち主ならそれを無駄遣いするような短慮はしない。

 ――どちらにせよ、ロシアで彼らのスタンスは分かるか。

 

「話し合いは望めそうもないな! なあカドック、助太刀に行こうか? 手取り足取り、荒事についてレクチャーしてやるぜ?」

「兄貴分気取りは結構だよ、ベリル。基本的、互いに不可侵なんだから、余計なことはしなくていい」

 

 カドックもまた、カルデアを甘く見ている訳ではない。

 ただ、これは冷静な分析というよりは――ふむ。

 

「無理があるようなら遠慮はしないことよ、カドック。こんな状況なんだ、例外は幾らでも罷り通る――出せる支援はあるから、いつでも言いなさいな」

「――頭の隅にでも入れておく。向こうがヴォーダイムレベルのマスターだったら頼らせてもらうさ」

 

 ……こりゃ、何があっても譲りそうにないな。

 カドックのコンプレックス、Aチームだけじゃあなくて、今のカルデア側にも向けられているのか。

 まあ、それならそれで。

 絶対的に戦力は異聞帯の方が大きいのだ。油断せず、最適な手を打ち続ければ、カルデアに勝ち目はない。魔術師なら、冷静になればそれは出来る。

 

「だが、実質的に他の異聞帯からの助力はないものだと思って良い。ロシアにカルデアが現れるならロシアの王が対応すべきこと――君の手腕に期待しているよ、カドック。相手は世界を覆すのに慣れている。格上殺しは、今のカルデアの専売特許だ」

「言われるまでもない。僕だって負けるつもりなんてないからな。……迎え撃つ支度をする。通信はここで切るぞ」

 

 頑張れ、カドック。もしももう一つ武器、もしくは逃げる足が欲しいのなら、いつでも力は貸せる。

 私のサーヴァントはそういう霊基だ。

 

「話が終わりなら、私も戻らせてもらうわ。ナジア、貴女の異聞帯がぶつかりそうになったら連絡寄越して」

「了解。そっちの王によろしく」

 

 カドックに続いて、ヒナコも通信を切る。

 さて――私も。

 

「――ナジア。少しいいかな?」

「ん? どしたの?」

「いやなに。そちらの、現時点での汎人類史からの反撃はどの程度か確認したい。あれだけ異質な人類史だ。カウンターはさぞ多いのだろうと思ってね」

 

 ――ああ、その話か。

 

「多いよ。言い切ってしまえば、地球外生命体に乗っ取られた世界だもん。カウンターで召喚されるサーヴァントはかなり多い。けど、多いだけだね」

「ふむ……」

「余程じゃないと外敵の一体としか認識されないし、そもそも教育が行き届いてる。汎人類史とサーヴァントについて、私がここを訪れる前から認知されていたレベルで」

 

 サーヴァント相手の戦闘態勢も一般市民が把握しているそれは、たかが数年で固まるようなものではない。

 遥か昔から常識であるような徹底っぷり。まったくもって部外者への意識の高い世界だ。

 何でもかんでも敵という訳でもなく、汎人類史のサーヴァントでさえ、受け入れる場合がある。

 おかげで他には類を見ない、ごった煮戦力といえよう。そうでもなければ、生き残れなかった世界とも言える訳だが。

 

「それじゃ、私もこれで失礼するわ。また次の会合で」

 

 通信を切り、分割思考を整理しつつベッドに寝転がる。

 ――難儀な世界だ。これだけの戦力を持たないと生き残れず、生き残る理由が滅びだなんて。

 ようやくまともに理解できるようになったこの世界の歪さを前にすれば、私も良い気分にはなれなかった。

 今ならコヤンスカヤが気味悪がっていたのも分かる。矛盾というか、そもそも在り方が支離滅裂。

 自分たちが至上とする滅び以外は全て撃滅する――か。案外、アトラス院の連中を集めて無理やり協力させれば、そんな結論に落ち着いたりするのだろうか。

 

「アヴェンジャー――はいないのか。アガーテも付いていったんだっけ」

 

 彼女も精神性としては子供だ。街に遊びに出るのも悪くないが……もう少しこう、私のサーヴァントという自覚をだね。

 アガーテまでいなくなったら名目上の私の護衛さえいないじゃないか。

 まあ、仕方ない。やろうと思えばすぐに呼び出せるし、退屈を持て余すくらいなら遊んでいた方が良い。

 ワルキューレたちにも大事にされている。お姫様感覚というのが、楽しいのだろう。

 

 私は――少し休むとしようか。

 異聞帯を運営するにおいての仕事もひと段落して、少しだけ余暇が出来ている。

 一度深く眠れば、疲労も自然と消えよう。機能として忘却するよりも、そちらの方が良い。

 目を閉じて、程なくしてやってきた眠気に身を任せ――すぐに意識はなくなった。




■太平洋異聞帯
世界規模の防衛機構とワルキューレを中心とした部隊によって侵略種との戦いを続けてきた世界。
中心地はムー巨神国。汎人類史においてムー大陸と呼ばれるその地が現存し、明日を夢見る者たちによって、世界の存亡をかけた戦い/勝ち取った平和を繰り返している。
特定の地のみではなく、世界全土で人類が存続しており、通信技術も発達している。不要な世界が存在しないことから、異聞帯という事実や空想樹のような異常よりも、その外が観測不可能となっている嵐の壁の対処が急務となっている。諸問題はこれを取り払い一度世界を取り戻してから、という方針。
そのため、領域の拡大が極めて速い。既にその規模は大西洋異聞帯や南米異聞帯を超えており、西に向けた拡大が顕著なことから、このまま行けば遠からず中国異聞帯やインド異聞帯への衝突は免れないとされる。
空想樹オメガの魔改造によって侵略種に対する画期的な兵器が世界の拡大にも繋がり万々歳な状態。
異聞帯や濾過異聞史現象といった事態はナジアによって知らされたが、汎人類史――彼らのそれまでの認識では“別世界”――や英霊という概念は広く認知されている。

カウンターとなるサーヴァントも多く召喚されているが、大抵は敵意を観測された瞬間に侵略種認定が下される。
さらには同調を見せてこの異聞帯に寝返る汎人類史のサーヴァントも見られるため、ある意味大西洋異聞帯より性質が悪い。
中には本異聞帯撃滅のために呼ばれたものの、ちょうど侵略種の襲来に居合わせ、なし崩し的に迎撃に付き合わされ、過酷な世界で力を尽くして生きる人々に感化されて鞍替えする者までいるとか何とか。
通りすがりの黒髭「古今東西天地無用、万物万象我が手中にありな世界とか。まるで夏やらハロウィンやらぐだぐだやらセイバーな気配がしますぞ!」

■侵略種
インベーダー。宇宙から飛来する黒い光。
元々はそれらの通称だったが、地球にやってくるそれらに釣られてくる別次元のヤベー奴も増えた。
地球出身のヤベー奴も出てきた。
あくまで黒い光が人類最大の敵であり、他の地球外生命体とか領域外の生命とかサーヴァントとか蒼輝銀河とかは大人しくしていてほしいというのが大多数の本音。
飲食店営業の一般市民「バカンス感覚で度々やってくるのは勘弁してほしいね、あの何たら警察って嬢ちゃん。フォーリナー反応ありっつーけど日常茶飯事だし、何より嬢ちゃんも異邦人(フォーリナー)だっての」

■ナジア・A・ハーウェイ
太平洋異聞帯を担当する番外クリプター。
異聞帯を訪れてから九十日が経過。概ね異聞帯の状況は把握し切り、クリプター親善大使という立ち位置から役割を得てそれに従事している。
必然的にこの世界の問題も認識し、結果としてコヤンスカヤに類似した見解を持った。
他の異聞帯と比較すれば、強く安定した世界ではあるが、かといってここが生き残るのもおかしい。
しかし――計算ではなく感情の問題として、この世界に肩入れしたいと思う自分もいた。

■エッツェル
ナジアのサーヴァント。アルターエゴ/フォーリナー/アヴェンジャーのクラスが共存した異質な霊基を持つ。
ナジアからはアヴェンジャーと呼ばれる。
これは、アルターエゴは基本的に、クリプター内では異星の使徒のサーヴァントを指し、フォーリナーはこの世界において個人の呼称として不適格が過ぎるため。
汎人類史においてエッツェルという名はドイツ叙事詩などに描かれるフン族の戦闘王アッティラの別名。また、北欧神話においてブリュンヒルデの兄として、同一人物を意味するアトリという名も存在する。
ただし、アッティラ/エッツェル/アトリの真名を持つ英霊であれば、適合クラスはセイバー、ライダー、アーチャーなどが考えられ、エクストラクラスの複合という事態は発生し得ない。
霊基に異常が発生しているのはナジアも認識しており、アルターエゴのクラス特性として考えられるまったく別々の英霊のエッセンスが混じったものと推測している。
規格外の『■■/■■』スキルにより、大抵の異聞帯において単独顕現と同様の自由行動が可能。
並べば年の離れた姉妹に見えるアトリのいる世界だが、彼女にもワルキューレたちにも受け入れられている。
或いはそれは、汎人類史におけるアトリの可能性と捉えられたからか。
――ステータスは平均値を示すものはなく、三ステータスが低水準な一方で耐久は高く、敏捷に至っては規格外を示している。


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次代

~紀元前一千年を迎える少し前~


 

 ――空を見上げる。

 今広がっている雲一つない快晴、そして夜の満天の星空。

 昔は、それが好きだったんだと思う。

 寝室の天井に広がる作り物の星空の方が遥かに好きになってしまったのは、いつからだろうか。

 今やこの空は、侵略種が落ちてくるもの、という認識の方が強くなっている。

 

 侵略種との戦いが始まって、そろそろ一万年という月日が経つ。

 最初の頃は、とにかく私やセイちゃんが世界中を駆け回るしかなかった。

 それから、千年くらい経って、人々が各々が出来ることを尽くして侵略種を討つことが出来るようになった。

 数々の防衛機構は世界中に広がっていき、戦いは安定するようになって。

 アトリやブリュンヒルデ、そして多くのワルキューレが生まれたことで空にまで防衛機構の手が回り、地上にまで落ちてくる侵略種も全てではなくなった。

 そうやって進化してきた戦いの歴史は――終わる気配がない。

 侵略種はより強く、より多く、世界(わたし)を、人々を侵さんという意思を剥き出しにして襲い掛かってくる。

 昔は数年とか、数十年に一度というペースだった。

 それが、今はどうだ。

 一年に数体。来ていない時ですら、いつやってくるか分からない侵略種に恐れながら空を見上げる日々。

 

 ある日のこと。

 私は淡々と作業をするらむくんの隣に座って、少しだけ真面目な話をしていた。

 

『――昔の空の方が、好きだった』

「そうだねえ。今や、あの空に希望を向ける者なんていなくなってしまった」

 

 世界を守る白鳥たちが翔ける空。そうした、憧れはある。

 だが、ワルキューレという存在自体が、この世界がいつ来るかもわからない侵略種という危機に脅かされている証左だ。

 私にとっては、皆、可愛い娘たち。

 出来れば、彼女たちにも幸せを――と望むことが、おかしいことは分かっている。

 極論してしまえば、ワルキューレはこの世界のシステムなのだ。それを、何より彼女たち本人が自覚して、そのように生きている。

 

 ――見上げる空に、舞う翼。

 哨戒中の一隊の先頭を翔けるのは、ワルキューレの在り方としてはありがちな、長命を選んだ娘の一人。

 その中でも()()()――五百年以上の年月を生きることが出来ている戦士。

 

「……リリオペが死んでそろそろ五百年。クラリッサも統率役が様になってきたね」

『ん。後継ってのが重圧になっていなくて、よかった』

 

 あの娘――ワルキューレ・クラリッサは元々、長命を選ぶつもりがなかったらしい。

 心変わりがあったのは千年ほど前。

 侵略種との戦いで彼女の小隊を纏めていた、千年近くを生きていた歴戦のワルキューレ――リリオペが戦死したこと。

 

 侵略種に統一性はない。直前のものより格段に弱い個体が来ることもあれば、前代未聞の強さの個体が唐突に襲来することもある。

 その特性もバラバラだから、千年単位で生きてきたワルキューレがあっさりと戦死するということもおかしくないのだ。

 

 リリオペは死の間際、隊を任せる後継者としてクラリッサを選んだ。

 その意思は私の方にも伝わってきたし、ブリュンヒルデをはじめとして、他のワルキューレたちが否定することもなかった。

 あとは本人の重荷になっていないかが不安だったが――彼女は決してリリオペにも負けていない。

 きっと自身の後を継いで、超えてくれると確信していたからこその任命だったのだろう。

 

「……昔は、もう少し落ち着いた世界になると思っていた」

『私も。少なくとも……侵略種(インベーダー)との戦いが、こんなに長く続くとは思ってなかった』

「安定してきた、だけでは喜べないのがどうにも、つらいところだね。君にとっては、特に感じるものも大きいのだと思う」

 

 ワルキューレだけではない。この世界に生きるあらゆる生命だって、私にとっては子供みたいなものだ。

 それを脅かすように出来ている侵略種は許しがたい。

 だが、今のこの状況こそが最善である以上、どうにもならなかった。

 毎度毎度の戦いで、少しでも被害が少なくなるように、願うばかりの立場は、正直なところ――つらかった。

 

『皆は頑張ってくれている。けど……時々、心が折れそうになる』

 

 ――ちょっとした、本音。

 セイちゃん、らむくん、ヘカテ。多分、こうやって零すことが出来るのは、その三人だけだと思う。

 長く対等な立場である彼の前だからか、気付けば、口にしていた。

 

「――そっか」

『…………それだけ?』

「何だかんだ、君が絶対に折れないことは知っているからね。それに、ボクに気の利いたこと言えると思うかい?」

 

 ……むぅ、確かにそうだな。

 別に無意識だったから、何か言葉を掛けてほしかったという訳でもない。

 だから、らむくんの反応として正解ではあるのだが。

 

『あれだね。らむくんは乙女心が分かっていない』

「――――――――ふっ」

『せめて何か言葉で反応してくれない?』

 

 私渾身のボケを一笑に付すとは何たることか。

 言葉というのは文化の極みだろう。文化の最先端にあり続けたらむくんが、言葉すら寄越さないなんて許されるべきではない。我、巨神王ぞ。

 

「いやあ。笑いのキャパシティを超えただけさ。うんうん、流石、セファールに相応しいジョークだった」

『許す、本音を言いたまえ』

「二度と言わない方がいい。ボクじゃなかったら鳥肌が立ちすぎて死ぬ」

 

 どういう意味だそれ。

 喧嘩か? 喧嘩なら買うぞ。魔術ではヘカテに並んで最高位とは言えこの距離で殴れば勝てることは知っているんだからな。

 

『まったく、失礼にも程がある。仮にも王様で神官なのに、礼儀も何もない』

「前者は本当に仮なだけだからね。君たちがいる以上、形式上の王様なんて誰でもいいのさ。最低限に人を纏められれば、それで」

 

 そういうものなのか。

 結局私は、どちらかと言えば神の方なので、巨神王なんて大袈裟な称号こそあれど、王様らしいことはしていない。

 この端末だって、神様として使われる方が多い訳だし。

 だから、人としての王様は必要じゃないかと思っていたのだが……そこは私とらむくんの感じ方の違いだろうか。

 まあ、どうあれ今は、らむくんが人々を纏めることが出来ているから、問題ないのだが。

 ……。

 

『……ところでらむくん』

「なんだい?」

『何してんの?』

 

 今、何となしに見つめている、らむくんの作業。

 術式を組み上げている彼の前に鎮座する機械は、彼がヘカテと共に作ったもの。

 私たち以外の誰も招くことのない、太陽の良く見える部屋で、こんな大掛かりなものを作った理由。

 考えればすぐに分かる。だけど、それは私が指摘するのではなくて、彼が言わなければならないこと。その上で――私が受け入れなければならないことでもあった。

 

「――後継者造り、かな。リリオペのようなことは避けたいし、目が見えなくなる前にね」

『――――』

 

 ああ、知っていた。知っていたとも。

 私はもっと、ずっと先まで生きなければならない。セイちゃんも、そこまで生きてくれると誓ってくれた。

 ヘカテは、少なくともあと一万年は余裕だと言っていた。普段は節約モードに徹しているとかなんとか。

 そんな中で、この数千年、目に見えて弱っていったのは、らむくんだけだった。

 元々、既に亡い神の祝福で長命を得ていたのだ。

 その寿命は確実に磨り減っていくし、もうそれが残っていないことも、何となく分かっていた。

 

『――斬新な後継者造りだね』

「まあ、前代未聞だろう。普通の人じゃあ寿命が短いし、かといって君の力での長命ではなく、ボクのように特有の長命でないと、後継としては不相応だと思ってね」

 

 人のように、百年足らずの寿命ではなく。

 自分ほどではなくとも、神官として、王様として相応しい長命を。

 セファールの恩恵を受けずに今までそこにあった者の後継として相応しい者を。

 らむくんは、らむくん独自の技術で、自身の代わりを生み出そうとしていたのだ。

 

「歪に見えるかい?」

『……そうだね。結構、趣味が悪い』

「なら、それは君のせいだよ、セファール。ここまでボクは、君が望む以上は対等足らんと努めてきた。それが、後継者に拘りを抱く今に繋がっているんだから」

『……む』

 

 拘り、か。なら、私の責任だな。

 ――こうして、結果的に出来る存在は、きっとらむくんにとって満足いくものになるのだろう。

 私やセイちゃんと対等に成り得る、そんな存在になるのだろう。

 らむくんがその役割を終えた後も、人の世界を続けるために。

 

「ボクが死んだら、この子を頼むよ。最初はきっと未熟だろうから」

『――仕方ないから引き受ける』

 

 それがらむくんの願いであるのなら、聞くほかない。

 彼のことだ。きっと後継者は、彼を超えるほど優秀になるだろう。

 

『……あと、どれくらい?』

 

 だけど、それがどうにも気になって、聞いてみて。

 

「……百年くらいじゃないかな」

 

 ――そんな、私たちにとっては本当に短くて。

 だけど、余命として告げるにはあまりにも長すぎる年月。

 それを冗談交じりに言うらむくんがおかしくて、一頻り笑う。

 

 

 

 

 らむくんの見立ては少し外れて、九十年と少しで、彼は眠りについた。

 後継者である、ホムンクルスとでもいうべき少年は、礼儀正しくも元気な子で、日輪のように輝く笑みで、人々を引っ張ることになる。

 だけど、彼が支配者として一人前になるよりもずっと早く、その時は訪れた。

 

 天を覆うほどの、黒い流星雨。

 希望の一切が曇り、それが落ちてこない日の方が珍しくなった、地獄の日々。

 絶え間なく世界の何処かが傷ついて、磨り減って、削れていく――運命が齎す終末、私たちの黄昏。

 

 ――後にラグナロクと呼ばれる、長い、長い戦いである。




■セファール
一万年以上、共に世界を運営してきたからこそ、ちょっとした本音を打ち明けることもある。
世界に生れ落ちる生命が事実上、自身の子供であるため、それが失われることを我が子の死として受け取ってしまっている。
それはどうにもならない、この世界の摂理であり、明日を守るためには仕方のないこと。
受け入れるほかない別れ。絶望しか降ってこない空。
そして親友を喪った心の傷を狙うように、黒い流星は雨となった。

■らむくん
自身の限界を悟り、後継者を造り上げた。
一万年以上の年月。それを彼は、人を纏める者として生き続けた。
聖剣使いは、自身にその立場は相応しくないと見切りをつけた。それは正しいことだ。
これだけ長い間、支配者として責任感を持ち続けることなど、精神が耐えられる筈もない。
だというのに、彼はその体の寿命までを使い切った。そうでなければ――この世界に、友人たちに、示しがつかないから。

■ワルキューレ
二百年では自身の使命を果たすのには足りないと、長命を求める個体は多い。
だが、その大半は五百年と生きることはない。
長命を得たことで使命感がより強くなり、それが無謀に繋がってしまうためだ。
とはいえ、そんなありがちな時期を乗り越え、歴戦の戦士となった者もまたいる。
千年近くを生きる者はごく少数であり、ワルキューレ・リリオペは、ともすれば侵略種を相手に一騎当千すら可能とする逸材であった。
アトリやブリュンヒルデほどではないが、長きを生きて英雄とも言える力を手にした者。
――そんな、戦いの中心となるほどの将は決していない訳ではない。
ただ、守るべきは世界の全て。あまりにも広い戦場に対して、それらはあまりに少なかった。


★ウルト兎様よりらむくんのシンボルイラストをいただきました!

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戦士

~紀元前一千年ごろ:ラグナロク開戦~


 

 

 ――それが、異常であるということは、若造である自身にもすぐに分かった。

 

 はじめにこの巨神国よりも遥か西に、またも侵略種が落ちてきたという話を聞いた。

 世界中に配備され、星を守るべく空を翔ける戦乙女たちによる連絡網。

 巨神国はその中心であり、防衛の最前線であるからこそ、侵略種の襲来は全域に告知される。

 俺が生まれた頃には、一年に複数の接近が当たり前になっており、それらと同じ頻度であれば、俺自身不思議に思うことはなかっただろう。

 だが、その一体が討たれた後、二時間後に一体、更にその一時間後に二体――。

 続けざまの襲来で、十二時間の内に合計八体が確認されれば、違和感を持たない者はいない。

 

 それは試練ではなく、我々に齎された終末であった。

 乗り越えるものではない。これを受け入れ、世界諸共滅ぶことこそ正しいのだと、理解出来た。

 誰しもが未だ諦めてはいない。

 最初の一週間で、巨神王が君臨してからの一万年以上という長い年月で確認された数を超える侵略種の襲来があったとなれば、何としてでもその流星雨に抗って見せるというのがこの世界の人間の在り方である。

 防衛機構は常に動き続け、人々は交代制で四六時中空を見上げ、一時間に一度は、何処かの誰かが侵略種を討伐したという報告が上がる。

 ――その、耐えられている状況はいつか終わる。

 我々が諦めるまで、決してこの地獄は終わることがないと、俺は悟っていた。

 

 

 物心ついた時から、俺はどうにも、この世界において異質な存在であった。

 小さな脳から溢れそうになる智慧の泉。

 誰に教わったということもないのに湧き出てくる、この世界の常識ではないナニカ。

 それは幼子であった俺に大抵の常識を教え、戦いを教え、生きるすべを教え、この世界の異常性を教えてきた。

 取り分け特殊であったのが――智慧曰く“正しき世界”だという、この世界とは異なる歴史を歩んできた異なる世界の知識。

 空想を描く物語の類は、確かに存在する。

 だがそれらとは異なる歴史の厚みが、流れてくる知識には存在していた。

 妄想だ、と切って捨てることは簡単だ。どれだけ厚みがあっても、実際に生きている世界の方が現実感も、実感もある。

 だが、それを捨てることを、俺は選ばなかった。

 それは或いは、この世界における全知たる巨神王の加護であり、いずれこの世界に如何なる形かで貢献することになるかもしれない、と。

 

 ――結果として、その予測は正しかった。

 異なる世界における、俺。本来であれば存在すら知らない筈であり、交わることもなかった“もしも”。

 その世界には王が幾人もいて、その一人の子――つまりは王子として生まれた存在。

 やがて彼は戦士となり、幻想種の王たる巨大な竜を屠り、戦士の王と称えられる。

 そんな存在を観測し、倣うように身につけた力は、当たり前のように役に立った。

 

 この世界は、多くの防衛機構と、戦乙女によって守られている。

 地を駆ける戦士たちの長と、全ての白鳥たちを制御するその妹。

 そして代替わりして間もない日輪神官と、人々に防衛のすべを与えたかつての女神。

 頂点にこの世界そのものたる巨神王と、その盟友たる聖剣使い。

 侵略種を相手に、単独で戦うことが出来るのは、純粋な人間ではない彼女たちばかりであった。

 ゆえに人々は防衛機構を作り出し、それぞれが団結して世界を守ることを可能とした。この世界が歩んできた人類史、その努力の結晶というものだ。

 

 人間は何の用意もなく侵略種と出くわせば、抗うことすら出来ない。

 それは長い歴史が証明している、常識ですらない事実。今の人間であれば、本能で理解していること。

 そんな前提があったからこそ、俺という存在は異質に過ぎた。

 

「しまっ――人間! 一体そっちに行った! 持ち堪えて!」

「――応。だが、一つ提案をしたい」

 

 その四肢を不規則に動かして突っ込んでくる巨体を見据える。

 開かれる大口。黒々とした牙の群れ。

 俺とて人間。本来であれば、あれに襲われれば瞬く間に散る筈の命。

 だが――一度それを否定して、抗うことに成功してみれば、“それが出来る存在なのだ”という認識で塗り替えることは容易かった。

 

「ッ――――!」

 

 その突撃を、得物で押し止め、受け流す。

 当然、もう一度、ヤツは此方に向かって来ようとする。

 ゆえに、振り向きざまに合わせて獲物を構え――引き金を引く。

 発破。射出。命中。爆裂。

 脳天を撃ち抜いたという確信。足を滑らせるようにして倒れ込んだ侵略種は、そのまま動かなくなった。

 

「――この標的、当方が片付けても構わないだろうか?」

「もう片付けているじゃん……にしても、そっかあ。噂は本当だったかあ」

 

 間違いなく討ったことを確認し、共に戦っていた戦乙女に向き直れば、彼女は残った三体の首を切り落としていた。

 正確、高速の双剣技――あれで元は戦乙女の中でも凡才だったというのだから、恐れ入る。

 本音を言えば、たった一体しか此方に来ないとは思っていなかった。“剣”が余るというのは、好ましい話ではあるが。

 

「怪我はない? 真正面から受け止めてたけど」

「無傷。一度の突撃さえ耐えられないほど、軟弱な“つくり”ではない」

「……君って本当に人間?」

「正真正銘の人間である」

 

 信じられない、という視線も無理からぬこと。

 これは、出所の不明な智慧を元に鍛えた結果だ。事情を説明しても荒唐無稽に過ぎる。

 

「まさか本当に侵略種と戦える人間がいたなんてね。これはお姉様に報告案件だなぁ……下手するとお母様にも。どうしよ、最近はどっちもメチャクチャに忙しいし……」

 

 はぁぁ、と気が重そうに溜息をつく戦乙女。

 そういう野心もない訳ではないが、それを報告する身を考えれば頭も痛くなる。申し訳がない。

 手を組んでぶつぶつと呟き考え事をしている彼女の邪魔をする訳にもいくまいと判断し、俺もまた自身のやるべきことを行う。

 即ち――次の戦支度と、勲の摘出を。

 

 討った侵略種に近付き、腰に提げた剣を引き抜く。

 このまま放っておけば侵略種は魔力に満ちた結晶体となる。

 そうなれば、巨神王が吸収し己の力とする以外に用途がなくなる。そうなる前に、使えるものを切り落とし、保管する。

 牙、爪、角、眼。いずれも一切色に変わりのない純粋な黒だが、触れてみれば質感は異なり、他の部位とはまた違う“呪”で構成されている。

 

「……いや、何してんの君」

「侵略種の解体を。我が砲撃機構で放つ剣は侵略種の爪や牙を加工したもの。使った分は仕留めた獲物で補填しなければならない」

「ごめん色々突っ込みたいこと増えた」

 

 戦乙女は俺が作業のために置いた武器と、『剣筒』を検める。

 あまり複雑な機構でもないため、触れて調べられても困るものではない。

 世界を守る要たる戦乙女であれば、人の防衛機構に興味も湧こう。

 

「えぇ……嘘だぁ……? 侵略種から爪剥いで剣にするとかそんな悪趣味な……死んでも危険なのがいるってのに……」

「無論、万全の注意あっての行動である。触れる手甲には十二分に防護を施し、出来た剣も放つ時まで一切外に破壊を齎すことはない」

「やだ今の人間ぶっ飛び過ぎ……? ってか剣にしているのに何で射出するのよ。それ剣じゃなくて弾って言うんだけど」

「剣ではある。しかし、弾とも言う、ということでどうだろうか」

「いやそれっぽく言っても納得できないから」

 

 何ということはない。

 この剣を最も高い威力に変換して敵にぶつける方法が、中に込めた魔力を暴走させて放つことという結論に至ったまで。

 剣の形であれば、その威力の“向き”というものも分かりやすい。

 ゆえに、侵略種という攻撃性を剣に変え、弾として、砲撃機構に装填して放つ。

 それを主軸として組み上げたのが、俺が侵略種と戦うための戦法だった。剣の一本一本が使い捨てとなるデメリットは存在するが。

 

「無論、巨神王に奉ずる体の全てを使いはしない。安心してほしい」

「私が気にしているのはそこじゃなくて、貴方の常識の類なんだけど」

 

 仕方あるまい。これ以外の方法であれば、必然、リスクも増す。

 肉体の頑強さも得られれば良いのだが、侵略種の身は己を守るということが考えられていない。

 これで防具を作ったとて安全性が確保できる訳でもなく、これが最大限、人間が安全に戦う手段であるのだ。

 

「はぁ……とりあえず、貴方のことはお姉様たちに報告するわ。戦法はどうあれ、戦える人間がいるってのは、この戦況を打開する要因になるかもしれないから。もしかするとお呼びがかかるかもだけど」

「承知。救援感謝する、ワルキューレ・ネネッタ殿」

「それが私たちの使命なので、感謝されるまでもありません、ってね。――で、人間、貴方の名前は?」

 

 千年を優に超える年月を戦い続ける、歴戦の戦乙女。

 それに名乗るに足る功績を挙げた訳でもないが、求められれば名乗るほかない。

 

「――シグルド。魔剣を持ちて侵略種を撃ち落とす、戦士を志すもの――と覚えていただきたい」

 

 ――身勝手にも、人間の意地を代表している者として。




■シグルド
ほら、投げないでしょ?ムー巨神国沿岸の、とある地区で生まれた人間。
現在、二十歳前後であり、自他ともに認める若造。しかしどこか達観した、冷たい氷のような人物。
物心ついた頃から、頭の中にこの世界とは異なる人類史の光景が浮かぶ現象に苛まれている。
人の諍い、国の滅亡、神々の黄昏といった、この世界にはない別の過酷さを知ることで、侵略種に対する恐怖に複雑な耐性が芽生え、年齢不相応な精神が出来てしまった。
その智慧を妄想と切って捨てることも出来たが、彼はあえてそれを元に、己を鍛え上げる道を選んだ。
別の世界における戦士の王たるシグルドの見様見真似で戦い方を学び、それをこの世界に適応したものに改造。
侵略種との戦いに適した、砲撃機構を抱え、剣を弾としてぶっ放す魔剣戦士が誕生した。
砲撃機構はこの世界の技術が中心だが、魔剣の加工は別の世界の智慧を中心に自ら組み上げた、この世界にも別の世界にもない独自の手法。
技術の独占ではあるが侵略種を加工するなどという暴挙は誰も真似しようとしないのでセーフである。
今、メインとしているのは試作型の魔剣。弾とするほか、侵略種の解体に利用しているのもこれ。

■ネネッタ
ワルキューレの一羽。二百四十番目というかなり早い段階で生まれた個体。現在残るワルキューレの中でも、最古参の一羽に数えられる。
生まれて間もない頃から目立った功を挙げる、強力な個体であった。
その力を長く誇示するため――ではなく、世界の維持に自らの力は有効だと考え、長命を選択。
一時期はその使命感が強くなりすぎて、多々暴走しかけていたものの、アトリとブリュンヒルデの助けもあってそれを乗り越え、今まで生き残るに足る戦士になった。
武器は細身の双剣。空戦、地上戦どちらも得意で、アトリやブリュンヒルデの副官を務めることも多い。
やや子供っぽい性格は、身に付けた技術の凄烈さとはまるで噛み合っていない。不調だったり寝ていても体が勝手に動いて戦えるタイプ。聖剣使いもその類らしい。


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逆光

 

 

 

 

 ――空は、青かった。

 爽やかに晴れ渡っていれど、しかし、そこに希望なんて感じない。

 分かる。見えるものなんてないけれど、黒い星々が迫ってくることが分かる。

 

 空を塞ぐのは、私も好ましくはなかったけれど。

 苦肉の策だ。太陽の光は変わらず降り注ぐ。雨も、雪も、そういう天気であれば変わらない。

 侵略種という対象だけを防ぐために、蓋をする。

 

『――――ッ!』

 

 私という存在を構成するリソースの一部を引き剥がし、空へと上らせる。

 その一時――世界中の大地が白く染まった。

 浮き上がった魔力の障壁は天幕となり、直後に落ちてきた侵略種はその何層もの嵐に焼かれ、絶命して降ってきた。

 ――うん。問題なく機能している。

 規模(スケール)を二つほど落としてでも世界中に展開した甲斐があったというもの。

 

「……お母様、大丈夫ですか?」

『――ん。大丈夫。これで、何ヶ月かは、抑えられるかな』

 

 世界全域を平等に覆う天幕は、戦いしかなくなった日々に、仮初の安寧を生む筈だ。

 その間に、ワルキューレたちも、人々も、ある程度は息を抜いてほしい。

 そうでないと――本当に、誰一人立てなくなってしまう。

 

『ブリュンヒルデは休んで。少なくとも、何処かが綻びるまでは、何も起きないから』

「その前に、妹たちの部隊を再編制しないと。それから、各地の防衛機構の修復支援も。お母様ばかりに頑張らせる訳にはいかないので」

 

 ――侵略種との戦いは、それまで、多くても数ヶ月に一度というペースだった。

 変化は突然だ。

 黒い流星雨。世界中が戦場になるまで、一日とて掛からなかった。

 侵略種の大量襲来という異常事態はそれまでの、確たる備えをしておけば被害は最小限で済むという認識を、たった一晩で粉砕してくれた。

 決して安定に甘んじていた訳ではない。

 “多少の被害”を“無傷”にまで昇華出来るよう、全体が研鑽と努力を欠かしていなかった筈なのだ。

 その最善では足りなかった。人々の笑顔は一瞬で奪われた。今、この時、誰が笑っていられよう。空の色、時間によらず――世界は暗くなっていた。

 

 七日間で、これまで対処してきた数を超え、尚も侵略種の雨は止む気配がない。

 セイちゃんもアトリも戦い切りだった。聖剣が百度輝いても雨雲は切り裂けず、アトリとエクリプスの極光が大陸を駆け尽くしても新たな光が落ちてくる。

 戦えない訳ではないのだ。

 侵略種が複数落ちてきても、今や人々が操る防衛機構で対処が出来るほど、かれらは進歩した。

 だが、あまりにも数が多く、あまりにも悪夢が長い。一体どれほど、これを続けていれば良いのか。

 一度に十体を相手に出来る防衛機構でも、百体が同時に突っ込んでくれば成す術がない。たとえ十体が相手であっても、その状況が絶え間なく続けば次の朝日までも耐えられない。

 

『……なら、程々に。無理はしないで』

「無理をしないと、いけない状況ですもの――もっと、頼ってください、お母様」

 

 ワルキューレたちだってそうだ。

 総数としては、増えている。世界(わたし)が壊れた分だけ、続く修復の波で生まれるワルキューレは多くなる。

 誰かがその役目を終えて落ちれば、その意思を継いだ娘が現れる。ただし――失われた命も、力も、戻っては来ない。

 一騎当千の如く、崇敬を集めていた娘たちが、何人失墜しただろう。

 ブリュンヒルデは普段通りに見えて、とっくに限界だ。

 独自の状況共有能力により、愛する妹たちが現在進行形で砕かれていくのを、否応にも理解してしまう。

 しかし、彼女たちを管理、指示する立場として、共有を切るなどということは出来ない。

 泣く暇すらないことは、この状況では悪影響しか与えない。だから少しでも休んでほしかったが――今の彼女の、使命への依存は、危険だ。

 

 ワルキューレの発端として、はじめから圧倒的な力、長大な寿命を持っていたブリュンヒルデには、後付けで長命を持ったがゆえの感情への負荷が掛かりやすい時期が存在しなかった。

 使命感が強迫観念に変わる危険な時期。どれだけ他者が気遣っても、無謀を煽ることにしか繋がらない不安定。

 今のブリュンヒルデは、それと同じだ。

 過去、何人もの娘たちがそれに陥って、自暴自棄になって死んだ。止めることが出来た例は少数だ。

 折を見て、休息を命じないと。こうして束の間の安寧が続くうちに。

 

 ――ブリュンヒルデお休み計画を立て始めた矢先。

 彼女の隣、つまりは私の手の上に、懐かしい姿が現れた。

 

「――お疲れ。二回り縮んだ甲斐はありそうね」

「ヘカテ様――」

 

 この悪夢が始まって、そろそろ二年経つか。

 最初の十日間ほど共に異変を観測し、未曾有の危機と見てからは各地の対処に回っていた、親友の一人。

 ほぼほぼ二年ぶりに見たヘカテは、随分と様変わりしていた。

 

『久しぶり、ヘカテ。なんか錆びた?』

「錆びるかっ。――まあ、経年という意味じゃあ間違ってないけど。あちこちイカれて、だいぶ老けた気分だわ。大陸単位の対終末防御結界とか一ヶ月ぶっ通しで動かすものじゃないっての」

 

 ――分かった。体中に走る赤いラインが色褪せているんだ。

 結果、黒い体も相まって全体的にくすんで見える。

 にしても、ヘカテ本来の機構をフル稼働していたのか。それも、大陸単位で。

 防衛機構の配置が比較的薄い巨神国の外で被害が少なかったのは彼女のおかげだったんだな。激戦が過ぎるから、要因まで見ていられなかった。

 

「これで二ヶ月は、一応平穏かしら。相変わらず油断は出来ないけれど、人間たちが眠る時、ほんの少しだけ安らげるくらいには」

『……三ヶ月は維持できる確信だったんだけど』

「無理よ。接近の増加傾向は続いているんだから。このままのペースで増え続ければ二ヶ月と少しが限界」

 

 ……防衛機構の修復は、どうにか終わるとして。

 皆が休まる機会の確保はやっぱり難しいか。

 結構――相当、力は使ったんだけどな。それでも碌に耐えられないくらい、侵略種は増えているっていうことか。

 

「……ヘカテ様。この現象は、いつ終わるのですか?」

「この大量襲来のことを言っているなら――千年ってところじゃないかしら。そのくらいあれば、私たちも、セファールも皆滅びきるでしょ」

 

 憔悴した様子のブリュンヒルデの、切実な問い。

 それに、ヘカテは事も無げに言った。正確には――事も無い、と見せかけながら。

 

「――――――――、それは」

『……つまり、私たちが全部死ぬまで、止まらないってこと』

「そ。確証はないけど、これだけ私たちに害意を向けて来てるんだから、大方滅びの具現化よ。一つの強い世界が弱っていく様子――出る杭は打たれるってやつ? そんな強硬手段の一つに思えるけどね」

 

 ヘカテは、何処か遠くを見ていた。

 杖の先の炎を通してはいない。ヘカテは、あれを通して未来を見ることはなくなった。

 だからそれは、あくまで彼女の推測に過ぎないのだろう。

 とんでもなく博識で、何を根拠に、何を組み立てて、何処からが事実で何処からが空想なのかも分からない幾何学を描くヘカテの推測。

 一つが抜きん出て強くなってしまい、ゆえに修正を求められるという――何処か、ありふれたものだった。

 

『――なんか、人間的だね、ヘカテ』

「私も感化されたわね。一万年以上も人間の面倒見ていればそうもなるのだわ。ま、それっぽく言ったけど憶測の一つに過ぎないから、本気にしないで」

「は、はぁ……一体どこからが憶測ですか?」

「『確証はないけど――』から全部。つまりは、滅ぶまで止まらないってのはそれなりに自信を持って言えるってこと」

 

 その上で、襲来のペースが加速し続けて、私も含めて限界を迎えると踏んだのが千年後、と。

 勿論、ヘカテのことだ。そうは言いつつわざと此方を過小評価しているのだろう。

 実際にそうなったとして、千年は耐えられる。そうなることで、千年後の私たちを安心させよう、勇気付けようとしているのだ。

 

「ま、抗うなら抗うで、限界まで付き合うわよ。引き延ばせるならやってみなさい」

 

 本心だ。ヘカテはその滅びを受け入れて、世界に付き合ってくれると言った。

 だが――ちょっと違うな。やっぱりらむくんが死んだこととか、人々の笑顔が曇ったこととかで、ヘカテも弱っているんだ。

 

『――ヘカテ。あまりブリュンヒルデを絶望させないで』

「……悪かったわよ。ごめんね、ヒルデ。でも、現実は正しく認識しないと」

『現実主義の癖に夢見がちで頭お花畑なのがヘカテでしょ。これで参ったとか、炉心と演算回路が腐った?』

「クッソ辛辣なのだわ!? 今までの精神ダメージ値が一位だった『名乗りを見栄扱いされた時』をたった今更新したわおめでとう!」

 

 え、嘘。あれ一位なの?

 初期も初期、まだ盟約すら結ぶ前だぞあれ。出会ったその時の出来事でしょ。

 この時のセイちゃんに斬られかけたこととか、その時のセイちゃんに斬られかけたこととか、あの時のセイちゃんに斬られたこととか、どの時のセイちゃんに斬られかけたこととかよりもあれの方が上だったの?

 

 ……まあいいや。それならそれで、記録更新だっていうなら懐かしい始まりの日を思い出すことにもなるだろう。

 思い出せ。ヘカテはそんな、諦め屋じゃない。付き合いが良すぎるお人よしならば――勝手に結末を決めるな。

 

『抗うんじゃ足りない。勝ち切る。勝って、もっと先に進む。この世界は、これしきのことで滅びない。何かがここを滅ぼそうとしているなら――それも超えられるくらい、可能性に溢れている』

「――お母様」

 

 ワルキューレは誰一人、折れていない。折れかけてはいても、その芯だけは、罅割れてもいない。

 人々は強壮だ。明日は駄目かもしれないけれど――明後日に笑えるかもしれなければ、今日と明日を頑張れる。

 そんな世界であることは、(せかい)が誰より知っている。

 だから、滅びてなるものか。相手の全てが滅びきるまで、意地でも私たちは滅びない。

 

「……なんかむかつくわね。セファールに可能性を説かれるの」

 

 ――よし、戻ったな。

 相変わらず赤いラインは控えめなままだけど、ヘカテの気持ちだけは元通りだ。

 

「――ああもう、しゃーない! やってやるわよ。抗戦でも引き延ばしでもなく勝てるならやってみなさい!」

『その意気。ヘカテはそうじゃないと』

「もう私も手段を選ばないからね。本気で、全霊で、戦乱を終わらせてやろうじゃない!」

 

 こうなったヘカテは凄いぞ。私の想像出来ないことを想像出来ないレベルでやらかす。

 とんでもないこと仕出かして、そして結果的に上手い方向に転がるのだ。

 ブリュンヒルデも、ちょっとだけ元気出たな。

 さあ、天幕が壊れるまで、全力で立て直して、全力で休むぞ。他でもない、勝ち切るための反撃に向けて。




■セファール
全長三二七六八メートル→八一九二メートル。
使い魔作成スキルの応用で自身の分身とも言える強力な天幕結界で世界を覆い、束の間の安寧を作り出した。
以前の侵略種接近ペースであれば、四桁や五桁メートルの規模(スケール)の成長に数千年を要する。それだけの力を一気に使い、僅か二ヶ月の時間稼ぎとしたのだ。
ラグナロク開始以降はそれまでとは比にならないペースで侵略種が襲来するため、このレベルの力の補填も賄えるほどになっている。
世界の修復、防衛、そして本体を用いた戦闘。セファールとしての全てを使い、滅びに立ち向かう。
全ては未来のため――勝利のために。

■ブリュンヒルデ
ラグナロク開始以降はもっぱらセファールの側近として寝る暇のない日々を送っている。
ワルキューレの中でも抜きんでた力を持っているが、それでもアトリと比較すると劣る。
どちらかというと、彼女独自の魔術を用いた支援の方が得意であり、その過剰スペックによる補助は敵にするとぶっちゃけ侵略種より怖い、とアトリは語る。セファールも語る。
前線に出て、無数に散っていく妹たちを否応にも感じ取ってしまうため、病みかけていたが諦めなど知らないかのような母に感化され、少しだけ持ち直す。
――とある人間の戦士の存在は、ワルキューレ伝手に知っているだけ。

■三叉路のヘカテ
魔術の伝道者。防衛の穴を埋めるべく巨神国の外に出て、大陸規模で被害を抑える結界を、一ヶ月張っては一日休んでのペースで約二年間展開していた。
侵略種については、この世界への修正力――出る杭を打つための抑止の一種と踏んでいる。
実際のところ、その推測には明確な根拠がなく、色々と説明付けても「もっと単純な何かではないか」という疑念が消えないでいる。
ただ、「侵略種の襲来は終わらないこと」と「侵略種は“何か”がより分かりやすく、攻撃的になった“現象”」であるということは確信しており、そのペースの加速は即ち滅びを逃れられなくなったことと同義と結論付けた。
セファールは好きではないが気に入っている。共に人間を愛し、かれらが発展することに歓びを感じる同士のことは、紛れもなく親友であると言い切れるし、信じることが出来る。
彼女が“この世界は勝ち切れる”というのなら、自身が演算した加速的な終末を捨て去り、名も知らぬ“御同輩”の残滓をかき集めて、掟破りの狼煙を焚いて見せるくらいには。



――輝け。輝け。導きの灯。

――届け。届け。希望の灯。

  果てなき嵐の果てを超え、遥か虚空の彼方まで――


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EXTELLA / Zero Order
いつか、どこかの、アナタたち。-1


 

『――タウ地区に着弾した侵略種は討伐されました。被害は軽微であり、死者も確認されていません。お疲れ様でした、皆さん』

 

 この討伐報告を聞いたのも、何度目だろう。

 接近の通達と同じ数、暫くの後に聞かされるこれにも、もう慣れた。

 太平洋異聞帯における、一万年以上の課題。最早原因を探ることもなく、終わりまでを付き合っていくのだろう侵略種の接近。

 

 他の異聞帯においても、人間にとって脅威となる魔獣やらが存在する世界は多いと聞く。

 それらとは違う――この世界において侵略種は現象だ。

 もう誰も存在を不思議とは思っていない。

 日照り、豪雪、嵐――それらと同じ類の災害であり、それへの対処に全てを投じた異聞帯。

 

 窓から見下ろす人々の歓喜は、紛れもなく本心だった。

 今回侵略種が落ちたタウ地区は、世界の中心地たる巨神王の座するオメガ地区からは離れている。

 彼らは一切、今回の戦いには関わっていなかったというのに、まるで自分たちのことのように、その戦勝を喜んでいた。

 ――まあ、当然か。

 それはタウ地区の勝利ではない。一つの、世界の勝利なのだ。

 

 ――おめでとう、さっさと外部との通信を復旧して。

 もう侵略種について、その一つ一つに注目はすまい。それより、この異聞帯の外が分からなくなる方が、私としては大きな問題だ。

 

「……アヴェンジャー、どう?」

「……まだ、駄目そうですね。この世界全部の注目が侵略種に向いてしまうと、私の存在もそっちに引っ張られるみたいで」

 

 ――アヴェンジャー――私のサーヴァント、エッツェルは、異聞帯の外にその観測の手を伸ばすことが出来る。

 その瞳で見るという千里眼の類ではない。

 もっと曖昧に、何か大きな変化が起きたとか、そういったものが掴める程度だが、私にとってはそれでも助かっている。

 会合の日ではなく、個人同士の通信にも出ない。

 そんな、不安な同胞の状況を探るためには。

 

「――――いやあ、まさかこっちでも修羅場の真っ最中とか。大人しくキリシュタリアさんの方に行っておくべきでした」

「――コヤンスカヤ?」

 

 外部向けの通信が復旧しないことに苛立っていれば、部屋に闖入者。

 今のタイミングでこっちにやってきたのか――そういえば、防衛機構やらのジャミングで単独顕現もブレる、みたいな話を聞いたな。

 いや、そんなことはどうでもいい。

 

「今、何処から来たの?」

「北欧からですが。最後まで見てきた訳ではありませんが、まあ、大方趨勢は見えました。あれ以上残っていても、得られるものは何もないので」

「――――そう」

 

 少し前、アヴェンジャーがカドックの管理していたロシア異聞帯の空想樹が消滅したことを掴んだ。

 カルデアに捕まったカドックは、異星の使徒――あの神父に助けられたようで、大西洋異聞帯まで避難することに成功。

 その後、カルデアは北欧異聞帯に侵入。

 暫くはオフェリアとも通信出来ていたのだが……それが繋がらなくなり、やきもきしていたタイミングで侵略種が接近し、そもそも外部への通信が断たれた。

 カルデアと北欧異聞帯の戦いがどうなったか、分からないが――あそこで活動していたらしいコヤンスカヤの言い分からして、オフェリアもまた、負けたのだろう。

 

「ま、そっちの報告は次に会合がある時にでも。お土産話はたくさんあるので!」

「……悪趣味ね」

「あら、お世辞では値引きはいたしませんよ」

 

 何が土産話だ。コヤンスカヤの悪意に塗れた脚色なんて聞きたくもない。

 

「にしても――まーた侵略種、ですか。眼前の死を否定して、上辺だけを飾った世界を守れたことを喜ぶ――此処の人間は哀れですねえ。何処の世界も、無知が人間の救いになっているのは同じですが、ここまで来ると滑稽を越して何だか悲しくなるというものです」

「……なら侵略種の一つや二つ、買い取ってあげたら? ほんの少しは貴女好みの世界に近付くんじゃない?」

「あ、それは嫌です。まともじゃない方の侵略種ならともかく、この世界の敵はこの世界の敵でしかないので。外に持ち出したところで、空気の缶詰にも劣るお荷物にしかなりません」

 

 ――怪物コレクターの眼鏡にはかなわないか。

 この異聞帯特有の怪物だし、もしかしたらと思ったんだけど。

 まったく――異聞帯にいても害にしかならないんだし、同じ迷惑の一つでも持って行ってくれればいいのに。

 

「――ンン。魑魅魍魎の姿を取る災厄というのもまた、面白おかしき異聞帯もあったもの。とはいえ確かに、外に出しても徒労にしかならないでしょうな?」

「何処から湧いたのよ」

 

 いつの間にいたんだ、このアルターエゴ。

 極東の装束で身を包んだ、美しさに過ぎる獣――リンボと名乗る、異星の使徒の一騎。

 神父ほどではないが、あまり会話したことないぞ。なんでこんな所にいるんだ。

 

「何処から、と言えば。そこの通信用の礼装から、にて。拙僧こう見えて不法侵入経路(ばっくどあ)の作成などもよく嗜んでおりますれば」

「どう見えていると思ってるんですかねえこのクソ坊主は……この異聞帯、侵入には厳しいようですが?」

「ああ――あの異邦人証明とやらで? 忘れもしませぬ、あれは拙僧がはじめにこの異聞帯に参じた折――といってもほんの一ヶ月ほど前なのですが。その際に解いていただきましたが、それが何か」

 

 ――リンボもか。何なんだ、異星の使徒限定の措置か何かあるのだろうか。

 あとその回想の入りっぽいの二度とするな。なんか腹立つ。

 

「はー……ナジアさんは期間延長、私や貴方には証明解除――どういう訳なんでしょうねえ、あの王様……女王様? は」

「さて。滅ぼすしか出来ぬ筈の遊星の尖兵――それに起きた不具合は些か管轄外ですな。この異聞帯の人間たちの妄信ならまだしも」

 

 ……コヤンスカヤもそうだが、この使徒も良くない、な。

 いや、どちらかというと此方の方が害悪だ。

 コヤンスカヤはまだ、ビジネスで付き合っている内には此方にも“得”を作ることが出来る。

 だが、リンボは駄目だ。どうあっても他者の害にしかならない。――何で異星の神はこんなの使徒にしているんだ? 絶対人選ミスだろう。

 

「……本人に聞けばいいじゃないの。何で自分にそんな特別待遇するのかって」

「ンン。拙僧、目に見えた地雷は避ける性質にて。コヤンスカヤ殿、如何か?」

「誰がスケープゴートですか悪辣坊主。あの方、どうも苦手なんですよねえ。得体の知れない信頼感って言うんですか? んなもん向けられる筋合いもないっての」

 

 信頼向ける相手間違ってないか、ここの王。

 だったらまだ私の証明を解除してくれた方がお得ではないか。

 ……いや、そんな押し売りはする気にならないが。

 

「――と。マスター、外が見えました」

「北欧は? どうなってる?」

「空想樹は残っていますが――マスターの言っていた、オフェリアは……厳しいですね。もう大して、時間も残っていないでしょう」

 

 アヴェンジャーが観測した、北欧の異聞帯。

 カルデアが勝ち、オフェリアが負けたことは想像がついていたが。

 ――ロシアの結末を見る限り、カルデアはクリプターを積極的に始末するつもりはないと見える。

 カドックと比べて、戦闘能力で遥かに勝るオフェリアではあるが――生存能力の差が活きたか。

 

「――ナジアさん。今、貴女がどう推理しているかは分かりませんが、オフェリアさんのそれは清々しいまでの自己満足の賜物、単なる自己犠牲に過ぎません。北欧異聞帯は放棄されたんですよ――」

「……今のオフェリアが、そんなことするなんてね。そこだけは、心境の変化が良い方に向かうと思ってたんだけど」

「ンンンフフフフフフフ、所詮は小娘の付け焼刃。運命一つ変えるには足らぬということでしょう――」

 

 コヤンスカヤの言葉から察するに、オフェリアは大令呪を使ったのだろう。

 私はクリプターではない。大令呪は刻まれておらず――あれがマリスビリー・アニムスフィアが何らかの目的でクリプターに刻んだもの、と概要程度しか知らされていない。

 それから、こういう立場になってからキリシュタリアに聞かされたのが、大令呪の行使は自身の命を代償とするものだということ。

 オフェリアのことだ――己の正道のために、そのカードを切ったのだろう。

 ――ここはまったく別の世界。異聞帯を隔てた場所で想ったところで、弔いにはなるまい。

 

「――もういいわ、アヴェンジャー。北欧異聞帯はここまでね」

「はい。今日はもう……?」

「ええ、外に出ていいわよ。アガーテをちゃんと連れて行きなさい」

 

 オフェリアが死ぬ、か。

 まったく、何処までも世界ってのは、順番通りとはならないもの。魔術師だろうが一般人だろうが、そこは変わらない。

 もっとも――報われても良かった、などとは思えないのだが。

 どんな心境の変化があったにせよ、私たちは汎人類史を裏切ったのだ。

 世界規模の裏切り者の末路なんて碌なものにはならないなんて当然。不相応にも程がある感傷だ。

 許されるのは精々、ならば尚更、汎人類史には負けられない、という決意くらい。

 

 ――――?

 

「……アヴェンジャー、ちょっといい?」

「――? どうしました、マスター?」

「コヤンスカヤとリンボ、何処行ったの?」

 

 何か静かだと思って、振り返ってみれば、部屋にいた筈の“気配”の塊みたいな二騎がいなかった。

 どちらも、言葉を残さずに去るとは思い難い。

 アヴェンジャーに聞いてみれば――彼女はその身より大きな杖を揺らしながら、可愛らしく微笑んだ。

 

「お二方、不思議に感じていたようなので。何故自分たちの異邦人証明が解除されたのか。本人に聞かないというなら、ちょっとだけお節介を焼こうかなって」

 

 そして、そんなさも当然のように、自分がやったと申告した。

 

「ちょっと待って。貴女がやったの?」

「はい。理由については――ごめんなさい」

「……そう」

 

 彼女との契約の折、取り決めたことがある。

 サーヴァントとしての力が必要となった時は、令呪を使うことなくそれに応じる。

 その代わり、彼女の目的を詮索せず、口も出さない。

 

「……にしても。異星の使徒二騎をよく手玉に取れたわね」

「まあ――戦えば厳しいでしょうけど。分体(アルターエゴ)ですからね――本懐ではありませんが、私も運命(やく)を羽織るものの一端、泡沫の夢を見せるのは、それなりに簡単ですよ」

 

 ――彼女には、この異聞帯に召喚された、目的が存在する。

 幾つかの目的だけは、絶対に果たさなければならない。

 その時になれば全部話すから、それまではある程度自由がほしい、と。

 今回の、二騎を何処かにやったのは、その目的に該当することであるらしい。

 ならば追及はすまい。それがアヴェンジャーにとって、存在意義にも等しい事情であることは知っているから。




■ナジア・A・ハーウェイ
異聞帯に来てからというもの、仕事(オン)モードが基本となっており、思考の方向性を魔術師としてのものに近くしている。
ゆえに、同胞の死についても感じるものは少ない――少なくするようにしている。

■エッツェル
マスターの召喚に応じたのは確かだが、別の思惑があっての現界でもある。
そのために、二騎のアルターエゴに“それ”を理解させることは必要なことなのだ。

■カドック・ゼムルプス
さらっと流されるどころか描写すらなくロシア異聞帯を切除された。
時速九十キロで走ってロケランぶっ放す神父が助けてくれたので一応無事。

■オフェリア・ファムルソローネ
たとえ、ほんの僅かに歩み寄れたとしても、何かしらの不具合でも起きない限り、破壊を齎すものの在り方は変わらない。
ゆえに無間氷焔世紀は一切の変化なく、炎の巨人王は顕現し、北欧の英雄たちと現代の希望によって滅ぼされた。
少女は大令呪の縛めから解かれ、クリプターとして、人間としての役目を終える。
汎人類史を裏切ったその魂は、救われることはない。その死は、決して逃れられない。
――その小さな身をなおも必要とする何かによって、結末が少しだけ、誇らしいものになることはあるかもしれないが。

■アルターエゴ・リンボ
こいつ喋らせると話が止まらねえな。(何度でも来て、手続きなんていらないから。)

■コヤンスカヤ
こいつもたいがい話止まらねえな。(――ズッ友なんだから、当然でしょ?)


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いつか、どこかの、アナタたち。-2

 やあ、おはよう藤丸くん、マシュ。よく眠れたかい?

 うんうん、結構。ようやくまともな拠点が確保できたからね。睡眠は毎日しっかり取りたまえよ。

 さて――集まってもらったのは勿論理由がある。

 異聞帯への進攻目途が立った訳じゃないよ。

 大西洋異聞帯に行くにはまだ、シャドウ・ボーダーの航行能力が不足している。

 目下作業中の専門家が言うには、先にインド異聞帯に行く必要があるらしくてね。

 そこで調達する部品と取り付けるための事前準備の最中ということさ。

 

 また、太平洋異聞帯についても一応は保留。

 他の異聞帯に比べ異様なペースで拡大しているここは、近いうちに中国の異聞帯と衝突するだろう。

 その際に発生するのは、異聞帯同士の争い――どちらかの人類史を、どちらかが飲み干す生存競争と思われる。

 これは現状、手が出せない。

 太平洋異聞帯は海の上だ。大西洋異聞帯と同様の理由で侵入には無理があり、これまでの異聞帯攻略ペースから考えると、衝突までに中国異聞帯の空想樹を伐採するということも難しい。

 

 今回の話はまた別。ともすれば、異聞帯よりも厄介かもしれない話。

 というのもね、特異点が発見されたんだよ。

 

 ……うーん、今の言い方はちょっとだけ語弊があるな。

 正確には、特異点が向こう側から接触してきた。

 特異点を示す座標にあった、ほんのちょっとした歪みを此方が発見するや否や、レイシフトを実行するのに十分な情報を寄越してきて、かつ現在進行形で此方の機器の観測に補正をしてきている。

 つまるところ、特異点からの“来てくれ”という合図みたいだね。

 それが此方に害意があって誘っているのか、或いはSOSなのかは判断が付かない。

 

 そもそも――白紙化地球においてこれほどの特異点は発生し得ない筈だ。

 あり得るのは、放っておいても人類史に影響を及ぼさないレベルの微小特異点のみ。

 人類史そのものが真っ白になってしまっている以上、人理崩壊の予兆が発生するための舞台自体が存在しない。

 だから何かの間違いかと思ったんだけど――トリスメギストスⅡは今も正確に、その座標を示し続けている。

 

 問題となるのはもう一つ。

 この特異点の発生地点なんだけどね。

 落ち着いて聞いてほしい。

 ――年代は紀元前一千年。場所は北欧だ。

 

「――ダ・ヴィンチちゃん、それは、まさか……」

 

 そう。先日攻略した北欧異聞帯に被った座標。

 さらに年代は紀元前。特異点としては、第七特異点バビロニア以来の神代を示している。

 ――考えられる可能性は、人理焼却の影響を受けた特異点でありながら、カルデアの技術をもってしても発見できなかったということ。

 それが人理の漂白と、北欧異聞帯による上書き、さらに異聞帯の消滅という三度の更新によって状態が変化し、捕捉可能な数値になった。

 新たに特異点は発生し得ないけれど、“元々残っていた特異点”であれば、漂白された地球にその残滓があってもおかしくない。

 人理修復後に北欧に異常が残っていた形跡はないし、ゲーティア自身、計画に利用した特異点は七つだ。

 ゲーティアを倒してから見つかった亜種特異点と類似の現象と言って良いだろう。

 

「では……この特異点の攻略が本日のミッションですね」

 

 うん、そういうことになるね。

 異聞帯の切除は絶対の課題ではあるけれど、今は何処にも向かうことが出来ない状況だ。

 そして今の空白期間でこの特異点を無視すれば、次にいつ、レイシフトを行えるような猶予が生まれるか分からない。

 不明点は多いが、向こうの数値修正もあって、レイシフトの成功率はかつてないほど安定している。

 どうかな――やってくれる?

 

 ――うん、ありがとう、藤丸くん。

 確かに、このレイシフトの補助が、特異点からのSOSだった場合、向こうはよほど切羽詰まっている状況である可能性が高い。

 手段を選んでいられなくて、特異点という外部から介入可能な領域を故意に発生させたという可能性も――もしも未来視やそれに類する能力を有する者がいた場合はあり得なくもない。

 この特異点は、年代的には北欧神代の真っ最中。

 未来視持ちがいてもおかしくないだろう。事実、あの大神オーディンもその類だ。

 ――挑発だったらいつも通り、か。それもそうだね。そうなったら、いつも通りの特異点攻略になるが……君たちなら万事解決してくれるだろう。

 どれだけ可能性が低くても、助けを求めている声を見捨てられない――うん、異聞帯でならそれは必ずしも正しい行いとは限らないけど、特異点においては間違いなく“正しい”と自信を持って言える。

 実感はないけど、記録として知っているよ。第六特異点でも、その献身が最後には自分たちの助けになったって。

 あの時と同じだね。君たちは紛れもなく善性だ。

 きっちりばっちり、人助けをしておいで。あ、勿論特異点そのものの解決も忘れずにね!

 

 ――――と、忘れてた。ストップ藤丸くん。

 今回の特異点に同行するメンバーだけどね。

 ひどいことに、現状カルデアで召喚出来ているサーヴァントの中に、今回のレイシフトの適性値が基準を満たす者が誰一人いないんだ。

 これがもう、本当にすごいんだよ。藤丸くんの適性値百パーセントに対して、サーヴァントたちは軒並み一桁前半。

 ホームズなんてもう最悪! 堂々のゼロパーセント! 特異点側に「マジ無理」って拒絶されてるレベル! こんなのこれまでのどんな特異点だってなかった、思わず笑っちゃったもんね!

 それから、ブリュンヒルデやシグルドといった北欧由来のサーヴァントや、あとは何故かアルテラ辺りは七パーセントほどあるけれど、まあこの数値じゃレイシフト許可は出せない。

 

「という事は――先輩が単独でレイシフトを? ――そ、それは無茶です! マシュ・キリエライト、待ったを掛けます!」

 

 うんうん、落ち着いてマシュ。そんなだったら私だってもう少し考えるさ。

 実はね、もう一人この特異点についての適性値が最大、確実にレイシフトを完了できる者がいる。

 ――マシュ、君だ。

 

「……え? わたし、ですか?」

 

 そう、マシュ。

 ゴルドルフくんやムニエルくんといった職員一同も高い数値を持っているけど、今回は除外。

 何故なら同行できるサーヴァントがいないからね。ここは確実を取ろう。

 

「あの……そうはいっても、霊基外骨骼(オルテナウス)がない以上、今のわたしにサーヴァント戦闘は……」

 

 そこさ。今回は藤丸くんとマシュ、二人でのレイシフトが最適だと思っている。

 というのも、残ったリソースで藤丸くんの魔術礼装のほかに、マシュの霊基外骨骼(オルテナウス)についても持ち込めそうなんだ。

 普段のレイシフトであれば、同行可能なサーヴァントがいる以上、マシュに負担が掛かるのでそれは推奨しない。

 だけど今回は別。

 唯一、カルデアから同行できる、サーヴァント級の戦力と言える。

 

 これまで通り、レイシフト先で現地の人物や召喚されたサーヴァントの手助けを得られる可能性はある。

 だから、最低それまでの間――藤丸くんを任せていいかい、マシュ?

 

「ッ――はい! マシュ・キリエライト、全霊を尽くして先輩をお守りします!」

 

 うん、それなら安心だ。

 忘れてはいけないが、特異点は神代で発生している。

 神秘の濃度は第七特異点ほどではないだろうが――この年代の北欧は神秘の終末期にある。

 北欧異聞帯でも決定的なターニングポイントであった、神々の黄昏――ラグナロクと呼ばれる終末戦争。

 これが発生した年代と言われている。

 異変があってこその特異点だからね。この戦いが神話通りに繰り広げられている保証はない。

 だが、当然の警戒をするのであれば、神々や巨人種、戦乙女に神獣が跳梁跋扈する、ともすれば北欧異聞帯を上回る激戦区になっているだろう。

 北欧の神話観(テクスチャ)は神さえ滅びる世界だ。

 その規格外な神秘性は、どんな脅威があるかさえ想像できない。

 レイシフト完了直後こそ、決して油断しないように。早々に神霊と激突するつもりでも良いかもだ。

 

 ――よし、覚悟はいいみたいだね。

 君たちの勝利は疑っていない。きっと、この特異点の異常も何だかんだで突破して、君たちの成長に繋がると信じている。

 さあ、行っておいで。

 

「了解です。行きましょう、先輩――!」

 

 

 

 ――レイシフト完了、最後まで数値の補正は続いていたね。

 やっぱり、向こうは明確に此方を招いている。それが助けを呼ぶ声であることを祈るだけ、か。

 うん? 通信が切断……?

 神秘の影響かな。支援もあってレイシフトだけは確実に出来ても、特異点そのものはひどく不安定ってことだろうね。

 とにかく、藤丸くんとマシュの観測だけは続けて。二人が意味消失してしまわないように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人理定礎値_A+ 

 

 

EXTELLA / Zero Order

 

B.C.1000 遊星虚神同盟 ラグナロク

 

終天の流星雨

 




■ノウム・カルデア
新生して間もない、人理漂白という前代未聞の危機に立ち向かう、人理継続保障機関フィニス・カルデアの後継組織。
異星の神の一派による、二〇一六年末のカルデア襲撃から逃れたメンバーを中心として、彷徨海を拠点に設立された。
所長にゴルドルフ・ムジークを据え、シオン・エルトナム・ソカリスとそのサーヴァント・キャプテンを新たに協力者として加えている。
現在カルデアはロシア異聞帯、北欧異聞帯の切除を終え、キリシュタリア・ヴォーダイムが担当している大西洋異聞帯に侵攻する計画を進めている段階。
そのためには移動兼異聞帯に潜入するための虚数潜航を行うシャドウ・ボーダーの改良が必要であり、材料調達のためインド異聞帯を攻略を次の目標としている。
現時点で大西洋異聞帯を超える規模を持ち、なおも拡大を続けている太平洋異聞帯は優先度としては大西洋よりも下。
此方もいずれ切除しなければならないのは同じだが、中国異聞帯と衝突しどちらかは消滅するとみなされ、この勢いを利用する算段も無くはない。
ただ、太平洋異聞帯が中国異聞帯を呑み込んだ場合、次は侵入する必要のあるインド異聞帯に向けて拡大するとされるため、計画を急いでいる。

■特異点EX
ノウム・カルデアが活動を開始し、次の異聞帯に侵攻する前に発見された特異点。座標は神代北欧を示している。
魔神王が計画に利用した七つの特異点とは違うものではあり、人理修復後に何らかの要因で発生したもののカルデアで発見されることがなかったもの、北欧の地への度重なる人理の上書きで表出したのでは――と推測されている。
特異点の側からカルデアの観測に補正を掛けており、レイシフトの手助けをしている。
本特異点にレイシフト適性を持つサーヴァントが存在せず、護衛の同行が出来ないという異例の状況。
適性値が高いのはカルデアのマスターである藤丸立香をはじめとした、“生きている人間”のみ。
そのため、藤丸とマシュの二人をメンバーとして、残るリソースで霊基外骨骼(オルテナウス)をマシュに装着させる形でのレイシフトを決行した。
――カルデアの面々は知らないものの、北欧の地はバイパスであり、そこから観測不可能なルートを通って二人は太平洋上のある地点に飛ばされている。

扱いとしては二部二章の後日談、或いは三章の前日譚といったところ。
正確には、三章introと本編の間に入る。
とはいっても三章の舞台が衝突事故寸前、三章のきっかけとなる人物も不在なのだが。

■レオナルド・ダ・ヴィンチ
ダ・ヴィンチちゃん。カルデア視点での便利な語り役。
実はレイシフト適性値が十三パーセントほどあり、カルデアの生存メンバーに次いで高かった。

■藤丸立香
台詞が与えられない原作主人公。ぐだ男の方。ちゃんと喋るから安心してほしい。
人理焼却、そして人理漂白という二つの人類史の危機に立ち向かってきたカルデアのマスター。
たとえ、後に何も残らないのだとしても、目の前に危機が広がっていれば手を貸さずにはいられない。
謎の多い特異点だろうと、SOSであるならば、見つけた以上は助けに行くのが彼という人間だ。
――それじゃ、とりあえず同盟を結ぼうか。

■マシュ・キリエライト
ダ・ヴィンチちゃん視点での合いの手担当。
人理修復終わってからはイベントへの参戦率も減った気がする。気がするだけかもしれない。
今回は霊基外骨骼(オルテナウス)引っ提げて実働メンバーとして参加する。
まだ二章終了時点なのでアトラス院のやべー兵器は未搭載。
根っからの善性。後悔は先に立たない。目の前の悲鳴を無視すれば、絶対に悔やむことになる。
だから特異点での出来事が泡沫の夢だとしても、自分が力になるのであれば先輩に付いていくのみだ。
――見つけただけの事象何もかもに首を突っ込むことが、必ずしも本人にとって良い“結末”を生むとは限らないという話。



★ウルト兎様よりヘカテのシンボルイラストをいただきました!
 通常パターンと『なんか錆びた?』状態です。


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第一幕『彼方に至る方程式』-1

 

 

 なんだ、あれは。

 ――私がそれを目で捕捉して、最初の感想はそれだった。

 

 悍ましい侵略の日々が始まってから、どれだけ経っただろう。

 ただひたすらに(アトリ)は、己の存在意義に沿って破壊を積み重ねていた。

 生まれてからおよそ四千年。重ねていた侵略種の屍は、ここ数年で底の底まで沈む程度の数に過ぎなかった。

 少なくとも一日に数十。多ければ百を超える黒い星を(エクリプス)と共に砕く日々。

 そこにどうしようもない虚無感、ともすれば、徒労感と錯覚しかねない感覚を抱くことも一度や二度ではない。

 母様を守るためだ。それは徒労と感じるべきものではない。

 だが――いつ終わるか分からないこれに、人々が希望を失っていることを知っている。

 ずっと、明日の、明後日の笑顔を疑っていない母様もまた――いつしか、それを口にすることはなくなってしまった。

 ブリュンヒルデが笑わなくなってもう久しい。多くの妹たち(ワルキューレ)も、今や希望より恐怖の方が大きくなっている。

 認められない。認めたくない。

 無限ではないかと思える侵略種の襲来が、母様の信じる世界を奪おうとしている。

 らむが信じた世界は、らむが後継に託した世界は、こんなところで終わるものではない。

 無限ならそれでもいい。無限さえ、私と弟が喰らい尽くす。

 笑顔で満ちた世界を取り戻すために。

 

 果ての見えない、果てがあると信じるしかない戦い。

 それに明け暮れるある日、ブリュンヒルデが奇妙な侵略種の出現を察知し、通信を寄越してきた。

 

『――落ちてきたのではなく、唐突に地上に現れた……体躯も力も小さな個体のようです。傍に、もう一体、通常の侵略種も』

「――ふむ」

 

 小さい、というのはいい。

 馬や牛程度の大きさの侵略種ならば幾らでもいた。

 巨体であっても、大した力を持っていない個体は数えきれない。

 だが、地上に突然現れたというのは、確かにおかしい。

 侵略種というものは常に空から落ちてくる。一切の例外はなく、この星の外から接近してくる。

 それが地上に出現するのは、母様すら知らないことだろう。一度でも例があれば、誰かが私に話していた筈だし。

 

『付近にワルキューレはいません。お姉様、お願いできますか?』

「分かった。すぐに向かう。必要があれば、撃滅しよう」

 

 それが観測術式の不具合である可能性をブリュンヒルデが考慮しているのは、言葉だけで分かった。

 自身の張った術式にさえ、今の妹は信用を欠いてしまっている。

 その術式の冴えは健在だ。強固に防御を施した砦であれば、私も舌を巻くほどに。

 今回のそれも、間違いなく侵略種であろうという確信を抱き、ブリュンヒルデに示された座標に弟を急がせる。

 戦いの気配を感じ取る。――侵略種同士が争っているのか?

 そのような状況は珍しい。かれらに共闘という文字はないが、人間への、世界への攻撃こそが最優先であるのは確実だ。

 自身の攻撃に巻き込むようなことこそ当たり前だが戦い合うということは殆ど確認されていない筈だが。

 今回の状況の異質さを肌で感じ、弟に速度を上げさせる。川を飛び越え、数キロに広がる森を駆け抜け、その反対側――木の陰から覗けば、その姿が見えた。

 

「……人?」

 

 見た目だけならば、それは人間だ。男と女の二人組。

 男の方は――人間と大差がない、いや、人間以下の力しか感じられない。

 女の方はそこそこ、といったところか。人間よりは遥かに強いが、戦闘担当のワルキューレよりは弱い。二人揃っても、脅威となる存在ではない。

 それが――他の侵略種と戦っていた。

 容姿としては最もポピュラーである大型の竜。力としては中の下。ありふれた個体だ。

 

 女の方は盾持ち。

 遠目だが、見たことのないつくりの大盾を構え、竜の攻撃を受け止め、隙があれば反撃する。

 ……装備頼りの面が大きいな、あれは。やはり仕組みは不明なものの黒い鎧や盾そのものが女の力を支え、防御を成り立たせている。

 そして女に防御を任せる男の方は、指示と攻撃。

 女の方に指示を出しつつ――使い魔、だろうか。魔力に近い要素で満ちた人型を作り出し、攻撃を任せている。

 

 あの、ひとまず使い魔と仮定する存在は、強いな。

 さほど長い時間は出現させていられないらしく、まるで影法師の如く幽かな存在感。

 それでありながら、一目見て、何処を攻めて砕くべきかの解が出てこない、力の厚みがあった。もしかすると、不覚を取るかもしれないと思えるくらい。

 向こうも竜への対抗策が見えていないようで、十分に竜を討伐し得る存在でありながら、攻めあぐねている。

 

「っ、先輩、今です!」

 

 女の方が、翼に盾を突き刺し、その体を固定する。

 不意の反撃を受けないように距離を置いた男の方は、次なる使い魔を呼ぶらしい。

 

「頼む、ジークフリート!」

 

 ――現れた剣士の強壮さは、離れていても理解出来た。

 剣士として、この世界で勝てる存在は、セイちゃんくらいではないかと思えるほど。

 握り込まれた剣に満ちる黄昏は、眼前の竜を消し飛ばして余りある。

 だが――その剣が振るわれる直前、本人の表情には僅かな疑念があった。

 

「ッ――満ちろ、『幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)』ッ!」

「■■■■■■■■■■■!」

 

 黄昏が迸り、寸前に竜を固定していた女の方が退避する。

 ――大地に大きな斬撃痕を残し、その輝きは彼方へと消えていった。

 凄まじい力だ。凄まじい力だが――。

 

「……敵性体の撃破を確認。戦闘終了。お疲れ様です、先輩、ジークフリートさん」

「マシュも、お疲れ様。助かったよ、ジークフリート」

「ああ。だがマスター。耳に入れたいことがある」

 

 ――うん。戦士としてはともかく、大地に容赦も罪悪感もなく傷をつける辺り、やはり侵略種か。

 彼らからは大地への畏敬は感じられない。私の自慢の弟も、その蹄が大地を砕くことこそあれ、それは母様への信頼と、必ずや侵略種を討伐せんという意気込みあってのものである。

 少なくとも、眼前で繰り広げられたその暴虐とは似ても似つかないもの。

 理解なきその相手への警戒と戦意を高める。無論、挑発も含めて。

 

「どうかした?」

「まず、今のエネミーは竜種ではない。望まれた以上剣は振るうし、相手を出来ない訳ではないが、外見的特徴を鵜呑みにしない方が良さそうだ。それと――」

「――お二人とも!」

「――君も気付いたか。もう一人、此方に戦意を向けている者がいる。向こうの森だ」

 

 察したらしい。ならば重畳。

 弟もやるべきことは分かっている。

 向こうは少なくとも、会話が可能な――言葉の通じる何か。

 通常の侵略種ではないのなら、その特性は把握しておく必要がある。

 その価値があるならば、様子を見る。まずは一撃、狙いは一人。

 

 ――――行くぞ、(エクリプス)

 

 ――――上等だ、(アトリ)

 

 戦闘態勢への移行の一環。精神を弟と統一させ、一体となる。

 共に戦い、共に勝ち、運命さえ来れば共に死ぬ。こうなった私たちは、そういう関係となる。

 軽い所作で、弟がその足に力を漲らせる。

 それに合わせ、私もまた、得物を構え――。

 

「ッ!」

「ぐっ、ぅ――――!」

 

 ――ほんの一息の後、風を超えた弟に合わせ、槍を叩き込む。

 激突の瞬間に魔力を迸らせ、内部から敵を粉砕する突撃(チャージ)

 影法師のような剣士は接近に対応し、剣でそれを受け止めた。ゆえに、そのまま力を解放し、突き飛ばした。

 ――浅いな。数十メートルは飛んだが、体の弾けた感触どころか剣を折った手応えさえなかった。

 飛んだ先でさらに後退りつつも、体勢を崩さず立ち続ける剣士。追撃はせず、そちらに一番の注意をしつつ残る二人に目を向ける。

 

 ――なんだ?

 此方に警戒しつつも、ただそれだけではない表情。

 少なくとも、ただ敵と判断している相手に向けるものではない何か。

 何者か、と問おうとした。だが、直後の空気の震えに、矛先を変える。

 

「――先にあれだ、エクリプス」

 

 落ちてくる三体。一つ、特に強い個体がいる。

 ならば、まずはそれ。この辺りは自然を残した土地だ。街は遠い。

 であれば残る二体は後回しでいい。そのまま街に向かったとしても、一体を討った後で十分追いつける。

 

「待っ――」

 

 男の方が何かを言っていたが、構う暇はない。

 厄介と思える力はあるものの、脅威と思うほどではないという認識。

 此方にすぐに攻撃してくる様子がないならば、今は放っておく。

 

 空中に張り巡らされた自動迎撃機構が輝く。

 あれは傷を負わせ、位置を特定する目的のもので、討伐出来るほどの威力はない。

 術式に驚いたのかその場で翼を広げて落下速度を鈍らせた侵略種に向かって跳躍し、上を取る。

 

「■■■■■■■■■■■■!」

 

 弟の蹄と共に斧を振るい、無防備な体に叩き込む。

 隙だらけの体勢で落ちていった巨体は、最早敵ではない。

 平等な条件での戦いであれば、私も苦戦しようが――向こうがそんなものを求めていない以上、僅かな間でも対等な時間など与えない。

 

 とん、という軽い力で、弟が“空”を蹴る。

 私より器用な弟は、戦いやすく駆けるための魔力の操作に長ける。

 空中での制動、僅かな間ながらの滞空、そして、自由落下に勢いをつけるための魔力放射による推進。

 その速度に乗り、槍に込めるは、剣士にぶつけた時よりも鋭い力。

 巨体が地に墜落するより前にその中心を――貫く。

 絶命を確信し、その巨体よりも先に弟が地を踏みしめ、その場を離れる。

 可能であるならば、侵略種が地を穢す暇すら与えない。確立されたこの戦法は、戦いの日々で何度行ったかも分からないものだった。

 母様を傷つける前に倒れたそれに感じるものなどない。後の二体、それから――

 

「……?」

 

 ――男に女。それから使い魔と思われる剣士。

 やはり彼らは、やってきた侵略種と敵対し、戦っていた。

 

「っ、そこの君!」

 

 剣士と女がそれぞれ一体の足止めをする中。

 男が此方に振り向いた。

 ――私に話しかけているのか?

 

「この黒いヤツが敵なら、力を貸してほしい! 俺たちは、君と戦うつもりがない!」

「……それは、私に言っているのか」

「そうだ! あっちの――街の方にコイツらを向かわせる訳にはいかないんだ!」

 

 ――意味が分からない。

 目の前の人間のような侵略種が、この世界の存在でないことは分かる。

 だが、侵略種が侵略種と敵対する理由がない。何故彼らは、この世界の――街を守るために戦っているのか。

 ……それを探ろうとするのは、後で良い。今は残る二体の殲滅が優先か。

 剣士の方は問題ない。単独で撃破が難しいのは、盾の女の方だな。

 

「……――ッ」

 

 女の前に出て、斧の一振り。

 片翼を切り落とし、尾での反撃をあえて躱さず、待つ。

 受け止められる態勢だけを取っていれば、結局それは役立つことなく、私の前に立った女が盾で受けた。

 

「――反撃を!」

「ふっ……!」

 

 盾を押し出して侵略種を後退させたところで、女が叫ぶ。

 侵略種の額を穿ち、絶命させ――その場でもう一度故意に作った隙を、やはり彼女たちが突いてくることはなかった。

 同じタイミングでもう片方もまた、剣士が打ち倒す。

 次が落ちてくる気配はない。

 戦闘は終了したと――判断できる状況か。少なくとも、彼らにとってはそうらしい。

 唯一剣士は此方に警戒を向け続け、いつでも剣を振るえる状況。先程の不意打ちも、次はもっと上手く捌かれよう。

 

「ありがとうございました。えっと、貴女は――」

 

 ――私の名を聞いているのか、これは。

 善なる勇者。そんな、頭の中に生まれかけた疑惑を、弟が油断するなと小さく唸って振り払う。

 時折母様に感じるものと同じ、与えられた存在意義と戦うもの。そんな錯覚を、前足で強く地面を叩くことで弟が否定する。

 確かに、今は何を思うも早計か。

 気を抜かず、彼らが何者か問わねばなるまい。

 

「――私はアトリ。セファールの娘、その長であり、軍神の剣を受け継ぎし戦士の一人」

 

 名乗りに含めた固有の名詞に、それぞれが反応したのを確認する。

 だが、それだけでは判断が出来ない。アトリ、セファール、軍神の剣――それらの何を知り、何をしようとする者たちなのか。

 

「――侵略種ではないなら、お前たちは、何だ」




■アトリ
生まれてからおよそ四千年。ちなみに汎人類史のアルテラの特徴的な衣装である頭のヴェールは着けていない。
弟であり愛馬であるエクリプスと共に積み上げた功績の数々は、如何なるワルキューレにも劣らない。
どころかその機動力と、戦士の長としての立場のため、ラグナロクが始まるまでは単純な侵略種の討伐数ならば聖剣使いよりも多かった。何故逆転したのかって、敵が多すぎるゆえに聖剣の最大捕捉が猛威を奮っているのである。
力量で言えばセファールと聖剣使いに次ぐ、この世界における最強の一角。
斧槍一体の長柄たる『軍神の剣』を武器として、エクリプスの勢いに乗せた突撃や薙ぎを得意とする。
手の掛かる弟がまだ自分を弟だと認めないのがここ三千年くらいの悩み。

■エクリプス
生まれてからおよそ四千年。
軍神の銘を冠する真紅の馬鎧たる『軍神の剣』に身を包む黒馬。
四千年の中で立派な人外――馬外になり、馬鎧と僅かながら恩恵を受ける遊星の紋章の力を最大限に活用し疾走する。
魔力の操作に長ける器用な人物――馬物。馬鎧の力もあるが、足元に魔力で仮初の足場を作ることで空を駆けることが可能なほか、ある程度ではあるが空中での姿勢制御や制動を行うことも出来る。
何なら一定以上の魔術礼装の扱いに関してはアトリより上手い。
アトリとは戦闘ともなれば互いに意識と精神を統一させ、人馬一体とも言うべき圧倒的な機動力による戦闘を実現する。
手の掛かる妹がまだ自分を妹だと認めないのがここ三千年くらいの悩み。

――というか、アトリが生まれたきっかけの戦いで傷ついたことから順番で言えばアトリより上であることは明らかなのだが、そんな理詰めをしたところ、追い込まれたアトリがセファールに泣きついて事が大きくなった事件があるため、この辺りはもううやむやになっているし誰も言及しない。
馬が理詰めで責めるのもおかしいしそれに負けるのもおかしいが、この世界がそもそもおかしいし汎人類史にも理性的でおかしい馬っぽいのがいるため気にしてはいけない。
個人的にはあのUMAよりCV小野大輔氏な皮肉げな兄のイメージ。

■藤丸立香
「紀元前一千年の北欧に来たら近未来的な都市が広がっていた件について」
現時点でまともな特異点か今季のトンチキ系特異点か判断しかねているカルデアのマスター。
現地基準で平均以下の能力値。アトリの攻撃に掠れば弾ける程度の耐久力。
戦闘能力としては、契約サーヴァントの影法師を短時間召喚して戦わせるというものを採用している。割と所持率の高いクソ強ガンドは難易度を著しく下げる恐れがあるので没収。
本作の独自設定だが、敵性体に有効な戦法等を立香本人が把握することで召喚するサーヴァント側はそれをある程度共有できる。
慣れない相手は保有する能力などが読めず、竜殺しや神性など、どんな特性が有効か分からないもの。
それをよく学び、最適な英霊と共有することで、初めて対等以上に戦うことが出来る。
初見の強敵戦は大体観察で終わるし、此方が勝ち切れる戦力差でもないよね、という話。
ちなみにカルデアとの通信は例によって切れている。繋がっていたらホームズ辺りが面倒くさい。
装備は極地用カルデア制服。第七特異点バビロニアで用意された第五真説要素環境適応もバッチリ施された優れもの。

■マシュ・キリエライト
「これが神代北欧末期……紀元前とは思えない技術力です」
どちらかといえば真面目な方の特異点だと思っている後輩。
第二部仕様のため、オルテナウス装備。それがなければ満足に戦えない身だということはアトリに見抜かれている。
戦闘における役割としては、シールダーの防御能力を活かした盾持ち。
彼女を主体に有効なサーヴァントを援護、攻撃役として召喚するのがマスターの仕事である。

■ジークフリート
立香たちの本特異点初戦闘を終わらせたセイバーのサーヴァント。
世界最高峰の竜殺しである以外に、セイバーとしても非常に優秀であり、カルデアの旅路をオルレアン直後という序盤から支えてきた。
カルデア最古参の一角であり、その信頼も篤い。
今回の戦闘では竜相手にトドメを刺すため召喚されたが、その剣を振るう前に目の前の敵は竜とは一切異なる何かだと悟った。悟ったので特攻の乗らない宝具で倒した。
ちなみにジークフリートの出典となるニーベルンゲンの歌において、エッツェル(アトリ)はハーゲンに謀殺されたジークフリートの妻クリームヒルトが、ハーゲンに復讐するための計画の中で再婚した相手である。


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第一幕『彼方に至る方程式』-2

 

 

 「カルデア、特異点、サーヴァントにマスター……」

 

 話を聞いたところで、殆ど理解出来ることはなかった。

 彼らが話したことは何もかも、この世界の基準で理解するにおいて難解過ぎる。

 まるで、初めて母様に抱いた疑問のような、自身の価値観とは異なる何か。

 

 ある程度噛み砕いて理解するならば、彼らは紛れもなく、人間である。

 そして、先の世――明日や明後日ではなく、何千年も未来からやってきて、この時代に発生した、本来の歴史にはなかった異常を正しに来た――とか。

 

 あまりに荒唐無稽だ。寝物語にすらならない、笑い話の類。

 それを証明する手段も持ち合わせていない。強いて言うならば、彼らの明らかにこの世界のものではない装備のみ。

 そう、この世界のものではない。

 彼らがこの世界の、未来の人間なのだとすれば、母様の気配が無さすぎる。

 未来がどうなろうと母様こそが世界であるという事実に代わりはない。

 だというのに、母様の気配が一切感じられない。であれば――先の世というよりは、異邦の民と言った方がしっくりと来る。

 

 何らかの手段でこの世界にやってきた、別の世界の誰か。

 正体不明な人間という存在の落としどころとしては、無難と言える。

 別の世界そのものをあり得ないものだとは思わない。

 何故ならば、ずっと昔から“知らない世界”についての智慧を有する妹がいるのだから。

 ブリュンヒルデの記憶に、生まれた頃から焼き付いていたという別世界の知識。

 それを疑うことはなかった。母様もまた、それを聞かされた時から信じていた。

 あの時の母様はまるで、此処とは別の世界があることを知っているかのようだった。それを指摘し、問うてみたところ、答えは曖昧なものではあったが。

 

「信じていただけるでしょうか……アトリさん」

「はっきり言って、お前たちの話は分からなかった。先の世から来たのだとすれば、お前たちにはあまりにも母様の気配がない。だが――」

 

 その結論を正直に話すべきかと少し迷い、躊躇う必要はないかと決断する。

 どの道、この世界に居場所のない人間であれば、何を思われようとどうでもいい。

 

「お前たちの持つ技術は知らないものだ。別の世界からやってきた異邦人という立場なのであれば、理解は出来ずとも納得は出来る」

「そ、そっか……」

 

 ――彼らの目的が、その特異点の修正とやらであれば、現地の民の認識としてはそれでも十分だろう。

 どのような形であれ、相手を納得させその活動が出来る立場を構築すれば良いのだから。

 私自身の納得の落としどころとしては、そんなところだった。

 結局、最終的に決めるのは母様だ。母様が悪と見なすならば私は彼らを破壊するし、母様に危害を加える素振りでもあれば、また同じ。

 先程の剣士――あれがサーヴァントという存在か。

 やはり長い時間は顕現させておくことが出来ないようで、既にこの場にはいない。

 だが、あれと同じような存在が他にいても、同時に使役出来るのは二か、三体と見た。彼の魔力量から見て、それ以上は体が耐えられまい。

 そう考えれば、やはり脅威として考えるには小さい。それはそれで、一つ疑問は生まれるが。

 

「それで。お前たちはこの世界で何をしようとしている。その特異点の修正とやらに必要なことはなんだ?」

「それは――これから探さなきゃならない。俺たちはまだこの時代を殆ど知らないし、正しい歴史からどう変わってしまっているかも、何が原因となっているかも分からない」

「……何とも場当たり的だな。私たちが言えた話でもないが」

 

 他の世界に赴く手段があったとして、こう――事前調査とか出来ないのだろうか。

 原因が分かっていて、それを正しにやってきたというならまだしも、たった二人で赴いて何も分からない状態から始めるなど、真面目に言っているか不安になる。

 

「だから、恥ずかしい話だけど、教えてほしい。この世界の常識を。さっきの敵とかも含めて」

「はい。お願いします、アトリさん!」

 

 しかし――その無知を隠そうとしない気概には、悪い気は起きなかった。

 それを隠して、ただこの世界に順応しようと、例えば母様の縁者を偽っていればすぐにでも破壊していたが。

 真摯なその瞳は、とりあえずすぐに手を掛けるには足らない存在だと、受け入れても良いと思えた。

 

「……少し待て」

 

 私の独断で連れていくのでも良いが、彼らのような出自であれば聞いておく必要があると、通信術式を起動する。

 こと魔術は慣れない身ではあるが、日常的に扱う程度のものなら流石に苦労はしない。

 ――ちなみに大掛かりなものや慣れないものであれば、弟に力を借りる必要がある。私は戦闘担当なのだ。

 

『――はい、お姉様。ちょうど良かった。私も、連絡をしようと思っていました』

「そうか。先に話すが、小さな侵略種二名と接触した。確かに、これまでのものとは違う――別の世界から来た人間だという」

『やはり……実は、こちらでも二人、別世界の民だという者を確認し、聖剣使い様が接触しています。人間ではなく、サーヴァントなる存在だとか』

「ふむ……サーヴァントという単語は此方の二人も知っていた――別動隊の可能性はあるか」

 

「――先輩、あの通信装置、私たちが使うものとはまったく異なる技術体系です。魔術の一形式のようですが……」

「この時代の魔術、ってことなのかな。にしてはやっぱり、もの凄く近未来的というか……魔術と科学が交差する……?」

 

 何やらこそこそと話し合っている二人とは別にやってきた存在。

 サーヴァントというなら、先の剣士のような、強壮なる輩だろうか。――セイちゃんなら大丈夫か。二人くらいならば眠っていても対処出来よう。

 

『ひとまず、四人を集め状況整理を行う必要があるかと。お姉様、一度戻ってこれますか?』

「分かった。徒歩の二人を連れていくため、ここからでは少し時間が掛かる。道中で侵略種を確認したらそちらを優先するが……」

『はい。お願いします。どうかお気をつけて』

 

 ブリュンヒルデの声色は、硬かった。

 今の積み重なる苦難の別方向からやってきた異常。

 彼女にとっては頭の痛い事態だろう。少しでも、私が抱えることが出来れば良いのだが。

 だが――これは彼女にしかどうにもならない事象だ。私たちは、彼女の持つ智慧を、彼女からほんの断片しか聞かされていないのだから。

 

「――お前たちの処遇を決める必要がある。暫く歩くが、構わないか?」

「っ――ああ。けど……」

「分かっている。歩きつつで良ければ、この世界について教えよう。もっとも――お前たちがこの世界の何を知っていて、何を知らないのか、判別がつかないが」

 

 彼らをブリュンヒルデ、そして母様のもとへ連れていく。

 その間に、常識程度は伝えておいても良いだろう。

 話す内容で不審な反応を示すものがあれば、二人への処遇を決める要因になる。

 

「では、行くぞ、カルデアの――リツカ、マシュ」

 

 

 

 ――はっきり言って、ここまでだとは思わなかった。

 侵略種については、私たちも正体不明である以上、知らなくても良い。

 だが、母様を――セファールを知らない世界とは一体どういう世界なのか。

 母様の力が感じられないどころか、その存在が認知されていないなど、流石に想像できなかった。

 

「……少なくとも、私たちの時代において、セファールという存在は常識としては存在しない……と思われます。無論、わたしたちが無知である可能性はありますが」

「……それはこの世界で口にしない方がいい。少なくとも私たちにとって、母様は世界そのものであり、すべての母だ。どう受け取られても文句は言えないぞ」

「そ、そうですね……すみません、アトリさん」

 

 オメガ地区を中心に何重にも張られた防護結界によって、母様の姿はここから見えない。

 ゆえに、未だに彼らは半信半疑といった状態。

 それなりに長い時を生きているからか――彼らのそうした無知に湧く怒りはない。

 妹たちの中でも気が短い者たちが見つけなかったのは、彼らにとっては幸いだろう。

 

「それから、侵略種か……空から落ちてくるものでなくても、別の何処かから現れた以上俺たちもその括りだったってことだよね?」

「だった、ではなく現在進行形だがな。母様がどういう決断を下すかは、私の知るところではない――」

 

 母様が彼らを認めないと断ずるならば、結局はそこまでだ。

 私が面倒を見るのは母様のところに連れていくまで。

 それに――

 

「――来たか」

 

 ――道中で果てるならば、私にとっても単なる時間の無駄でしかなかったということ。

 

「ッ、マスター! 高高度から高密度の魔力反応が接近! 先程の侵略種と思われます!」

「――アトリ、こんなにたくさん来るものなのか!?」

「そうだな……ここ数年はこんなものだ。“いつ終わるのか”と疑問は抱いても、“何故多いのか”など今更のことでしかない」

 

 やはり呑気な道中とは行かなかった。

 落ちてくる黒い輝きを見上げ、得物を握る力を強める。

 まだ居住区には遠い。ここから逃がさないよう、戦えばいいが――

 彼らはどうするか、と考え、すぐに決める。何も役割を与えないでは彼らも手持無沙汰だろう。

 

 ――手を貸せ。そう言おうとした時だった。

 彼らに、幸運――或いは運命というものが宿っていると感じたのは。

 

 

 

 落ちてきたその体が、途中で停止する。

 侵略種が翼を広げた訳ではない。

 飛行でも滞空でもなく、停止。その場でもがいているさまは、引っ繰り返って起き上がろうとしているかのようだった。

 

 リツカやマシュの表情からして、彼らが何かをしているという様子はない。

 であれば――此方にゆったりと歩いてきているあちらの男の仕業なのだろう。

 

「――やれやれ。頑なに召喚に応じるまいとしていた偏屈屋を無理やり引っ張り出したと思えば……歪、実に歪な世界なものです」

 

 リツカが呼んでいた使い魔と同じだな。

 あれもサーヴァントか。とはいえリツカとの繋がりは感じられないが。

 

「……サーヴァント、ですね」

「ええ。ちょうど貴方たちに声を掛けようとしたタイミングで闖入者が現れたので、咄嗟に手が出ましたが……まあ容赦いただきたい。こちとらサーヴァントの何たるかを頭の片隅にしか置いていないもので」

 

 しかし、あの剣士とは違って随分と、戦士らしくない男だな。

 力も比べるべくもない。人間を凌駕してこそいれど、驚くほどの域にはいない。

 強いて興味を覚えるのは、彼がその右手に掲げる巨大な天秤。

 尋常ならざる魔力を放つその機構が、侵略種を現在もあの場に留めているのだろう。

 

「……お前は誰だ。リツカたちの知己ではないのか?」

「さて。断言は出来ませんが、初対面かと。何分、人に仕える意義を見出せず――人類史そのものを拒絶していた筈が、どうしてこうなったやら」

 

 その、冷めた――達観した目に感じる、人間嫌いの相。

 そういう手合いは、この世界にはひどく珍しい。なるほど、やはり別世界だ――。

 隣人の手を取れない者が多くいれば耐えられないほどに苛烈な戦いの中で、これほどの目をした者は生まれまい。

 

「まあ呼ばれた以上、協調を見せる用意はありますが。誰何されたならば名乗りましょう」

 

 辞儀だけは丁寧に、完璧なまでの整った形で見せて。

 ここまでで十二分に“理屈屋”らしさを表現した男は、名乗った。

 

 

「サーヴァント、キャスター。真名をアルキメデス――シラクサのアルキメデス。どうぞ、お見知り置きを」




■藤丸立香
これまでのどの特異点とも違う空気に妙なものを感じなくもないカルデアのマスター。
現状、「北欧神話ってこんなんだったっけ」という感覚で、北欧異聞帯のように何かしらの間違いで北欧神話が変化したのであれば、何がどうなってこういう世界になったかと考えている。
ぶっちゃけそのセファールとやらが特異点の修正対象ではないかとも思っているが、流石に言えばデッドエンド確定なことくらいは察した。特異点か否かはともかく世界が歪んだ原因というのは大正解だし言えば死ぬことも大正解である。

■マシュ・キリエライト
特異点というより本当に別世界みたいだと感じている後輩。
ちなみにセファールについては大西洋異聞帯で初めて聞いたという旨の台詞があるため、この時点では立香もマシュも知らない段階。
今後の異聞帯攻略での認識が色々とぶれそうで心配である。

■アトリ
とりあえず未来人ではなく異世界人と判断した。
別世界の話についてはブリュンヒルデからの知識で耐性が付いているつもりだった。
しかし、まさかのセファールの知名度さえない世界で流石に呆れ果てた。
ひとまずセファールのもとに連れていくまでは二人の面倒を見るつもり。ただし、途中の侵略種の接近等で守ろうとはしないし、不運にも死んだらそこまでだと思っている。

槍マシュブリュンヒルデ
――こことは決定的に異なる、セファールが討たれた世界の知識を生まれた時から持っている。
それを決定的なバグだと感じ忘れようとしていたが、どうやっても捨て去ることが出来なかった。
“母のいない世界を空想した”という罪悪感に苛まれていたところをセファールたちが感付いて話を聞いたところ、誰あろうセファール自身が“別の世界の知識”を肯定した。
セファールもまた、ブリュンヒルデとはまた別の世界について、ある程度の知識を有していたのだ。
母は肯定の後、その知識をこの世界の繁栄に活かしてほしいと頼み、一切の否定がなかったことで彼女は救われる。
それから、この世界の技術体系は、何よりセファールの望みで――少なくとも“外面やつくりのみ”はその別世界に似通うものになりつつある。

■アルキメデス
ブチギレ顔芸おじさん。特異点に召喚されていたキャスタークラスのサーヴァント。Fateシリーズでの初出はEXTELLA。
シラクサのアルキメデス。古代ギリシャの数学者。
浮力を利用して物体の重さを量るアルキメデスの原理をはじめとして、ねじの発明、円周率の探求、当時のギリシャの数学観ではきわめて異例な巨大数の計算――その功績を列挙すればきりがない、人類史にあまりにも多くの貢献を果たした人物。
科学者として、てこの原理を応用した投石器や太陽光の反射を利用した熱光線など多くの攻城兵器、防衛装置を発明したが、その逸話によりサーヴァントとして召喚された際は、自身の装備に対人補正が掛かる殺戮技巧スキルが付与されてしまう。
あらゆる物事を理屈付けて考える人物。感情の機微なども己の計算に含め、完全な計算によって至る正しい結末を至上とする。
予想外があっても、それを基に計算を修正できる合理性の怪物。
ノリとテンションで生きる、計算式のない低級サーヴァントが天敵。
「FGOに実装されたらハロウィン巡業させてえ」とか、「エリちゃんシリーズと一緒にパーティ編成してえ」とか、心無いマスターに心無い展開を熱望されているかわいそうな人。

■侵略種
すまないカドック! 話の途中だが侵略種だ!


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第二幕『NFFサービスの名に懸けて!』

自重できなかった。


 

 

 終わる気のしない戦いの中で、それはちょっとした変化だった。

 絶えず迎撃の光が走る空から降ってくる星。

 それらとは違う、この世界に突然のように発生した侵略種を、ブリュンヒルデが見つけたのだ。

 

 ――正直、全然気づかなかった。

 ここ最近というもの、修復の波を絶えず流し続けているからか、どうも世界そのものの変化を感じにくくなっている。

 “世界の何もかも”が悲鳴を上げていて、痛みにも慣れてしまった。

 私の上に突然に異物が現れたとしても、それがどうにも伝わってこないのだ。

 

 弱ったなあ、という他人事感。

 勿論、私は諦めないし、世界の皆が“もう嫌だ”と投げ出しでもしない限り、倒れるつもりもない。

 ただこの数年、侵略種の攻撃を受け続けて――体は随分、重くなった。

 割と立っているだけでも気怠さが湧いてくるし、ここ暫くは座り込んだまま力を行使している。

 

 端末の方は新たに体を作るからか、そうした不調がない。此方の方では問題なく戦えるのが救いだった。

 ――戦おうと思えば、この本体も戦えるが。前よりも持久力が無いし、疲れ切ったところに特級の侵略種が来ても困る。

 今や本体(わたし)は最終手段も良いところである。セイちゃんや娘たちの負担が大きくなっているのが、本当に申し訳ない。

 出来る限り、端末の方に力を注いでいるのだが、結局端末ではセイちゃんの方が絶対的に強いという事実。

 私の本領は元々、本体のスペックによる破壊のごり押しなのだ。それを闇雲に出来ない状況では、どうも自分がお荷物気味であった。

 

「お母様。お姉様がイータ地区に着いたようです。転移装置を利用するようなので、あと少しで此方に来るかと」

『――ん、分かった』

 

 この世界に現れた、“人型”の侵略種。

 侵略種というのは色々な形を持っていた。

 殆どが人よりも大きな獣や怪物の姿。時には隕石を思わせる単純明快な球体みたいなのもいた。

 だが、人型を持ったものは初めてだ。

 それも、黒い光ではない。ちゃんとした色を、存在を持っていて、人間と見分けがつかないような。

 片方――アトリが接触した方は、曰く別世界の人間。もう片方――セイちゃんが接触した方は、サーヴァントだとかいう、人間よりも強い力を持った何か。

 ただの侵略種ではないことは明らかで、ただ倒すだけでは、駄目な気がした。

 言葉も交わせる。それなら対処をするのは、ここに来た目的を問うてからでも遅くないと思った。

 

「――戻りましたよ、セファール、ヒルデ。例の侵略種、連れてきました」

 

 空に目を向け、娘たちの無事を祈りながら、その時を待って。

 ようやく、片方がこの場に辿り着いた。

 

 いつからか、私の周囲を取り巻くように広げられている神殿。

 その頂上――私に一番近い場所である屋上庭園には、この世界でほんの一握りしか鍵を持たない転移装置が設置されている。

 言わばそこは私たちが世界の行く末を話し合うための領域。

 そこに現れたセイちゃんは、この世界の存在ではない者を連れていた。

 

『お帰り、セイちゃん』

「お帰りなさいませ、聖剣使い様――彼らが?」

「ええ。片方の……男か女か分からない方はちょっとだけ妙な手品で暴れましたが、とりあえず捕縛しました。ほら、きりきり歩きやがってください」

 

 ――うん、確かに普通の侵略種ではない。

 セイちゃんが握る、捕縛の魔術礼装。

 主に小型の侵略種を持ち運ぶ時に使う鎖に繋がれた、人型の二人。

 

「おやめなされ! おやめなされ! 拙僧美しき肉食獣でありますれば、このような辱めは相応しからずや――くっ、殺せ! 否、否否否、冗談ですぞ! 今死ぬと割と洒落にならないことになる可能性が――お情け! お情けを! ああ、聖剣が! 聖剣が輝いておりまする!」

「……まああんな風になりたい訳ではないですが。ああやって縛られてくっ殺(ああいうの)を抜かすポジションは私の方な気がするんですけど」

 

 両手を軽く縛られた、抵抗する気はなさそうな、狐耳と尻尾の女性。

 ――人間じゃないね、この子。侵略種たちと同じでもなくて、どちらかといえば人間に近くはあるけど、もっと純粋な“悪”だ。

 ただ、どちらかというともう片方に目が行く。

 妙にケバケバしいというか、クドいというか……過剰な衣装に身を包んだ、男か女か分からない人物。

 抵抗していたらしいから強く縛るのは分かるけど、なんでこんな……こう、アレな縛り方になっているの? セイちゃん?

 

「縛ろうとしたら、この人が何かやらかしたみたいで礼装がバグりました」

「……確かに、制御回路がショートしていますね」

『セイちゃんじゃなくてこの人の趣味か』

「ンンンンンン誤解ッ! 拙僧確かに快楽主義の気はございますが、方向性が違いますゆえ!」

「あー、すみませんが、一旦この鎖解いてもらっていいですか? クソ坊主(コレ)がうるさすぎて、話せるものも話せないので」

 

 まあ、うるさいね。本当に。

 勝手に暴走して延々と喋っていることもあって、初めて会った時のヘカテみたい。

 狐耳の子の方は、割と冷静みたい。連れが暴走しているとかえって落ち着くってことあるよね。

 いや、連れといえるかは知らないけど。どっちも互いに嫌い合ってはいそうだ。

 

『とりあえず、解いてあげて。セイちゃんは、念のため監視をお願い』

「放置する訳にもいきませんしね。変な気は起こさないでくださいよ」

 

 鎖が解かれる。傍にセイちゃんが付いたままなので、安心だ。

 私もいつでも力を振るえるようにしておく。かなり強い力を持っているみたいだし、念は入れておこう。

 

「嗚呼、自在に四肢が動くことの何と爽快なことか……」

「その動き死ぬほどキモいんでとっとと立ってくれませんか」

 

 すっ転がったまま手足をうねうねさせていたそれを女の方が軽く足で小突く。

 ようやく立ち上がり、衣服を正せば――道化のようで、邪悪さを隠さないその性質が見えてきた。

 

「ンン……さて、さて。つまりこれはそういう事なのでしょうな?」

「そういう事なんでしょうね。あのサーヴァントの意図は要するに――これが後々に繋がっているって訳なのでしょう」

『何の話?』

「――、失礼。私どもがこの世界にやってきた理由を再確認しておりました、巨神王セファール様」

 

 私のこと知っているのか。

 道化の方は膝を折って。女の方は立ったまま、腕を組んで此方に向き直る。

 そして――

 

「私はタマモヴィッチ・コヤンスカヤ。この者、アルターエゴ・リンボこと蘆屋道満と共に、遥か先の世よりこの時代の終末を先送りにするために参りました」

 

 ――その日私は、遥か未来、タイムトラベルが実用化されることを知った。

 

 

 

 彼ら――ドーマンとコヤンスカヤ曰く。

 自分たちは別世界――いわゆる並行世界の住民であり、とある事情から私たちの世界を知ることになった。

 本来、遊星の尖兵セファールという存在は遥か未来まで残るようなものではなく、多くの神々と文明に壊滅的被害を与えた後、聖剣使いによって滅び去ることになる筈だった。

 それが人を庇護する道を選んだこの世界は、大変に希少な例。

 しかし、侵略種という存在もまた、この世界特有のもの。

 この大量襲来現象は世界を滅ぼすに足る。このままでは、彼らが私たちの世界を知った時代まで保つことがない。

 ゆえに微力ではあるが手を貸しに来た。私たちの、未来を取り戻すために。

 ――そういう話らしい。

 

 聞き出せた話はこんなところ。一体何度、途中でセイちゃんが聖剣をぶっ放しかけたか分からない。

 セイちゃんはともかく――私としては、少しばかりは信じられるものがあった。

 別世界の事象の一例として彼らが挙げた、この時代と同時期に起きたラグナロクという戦争――それが、ブリュンヒルデが知る別世界の智慧と一致していたから。

 私自身、もう遠い、幽かにも程がある記憶ではあるが、別の世界が存在することは知っている。

 それから、セファールという存在が本来、こうして世界そのものになる存在ではなかったことも、自明の理。

 どちらが“もしも”だったのかはどうでもいいが、“並行世界”というもののイメージとしては、事象の分岐というものは分かりやすかった。

 

「拙僧どもの本懐、この世界の危機――これにてご理解いただけたかと」

「辞世の句はそれでいいですか?」

「ご理解! いただけたかとっ! ンンンンンンいやはや堅物! 落ち着かれよ聖剣使い殿! 拙僧は怖いものではありませんぞ!?」

「怖くはないけど邪悪さはひしひしと感じるので、まあ斬っちゃってもいいかなって」

「正に! 慧眼!」

 

 仲良いな、あの二人。

 その辺もうすっかり慣れ切ってしまったヘカテと違って割と本気で焦っているようで、セイちゃんも楽しそうだ。

 一方で、一応は殺意がないことは分かったのかコヤンスカヤは二人の漫才を大変馬鹿馬鹿しいモノを見る目で眺めている。

 

「――それで。セファール様? そこのクソ坊主はともかく、私は必要であれば、貴女がたとビジネスパートナーとして契約を結ぶ用意はございます。如何です?」

 

 ビジネスパートナー、と。

 単に恩を売るだけでは気に入らないということだろうか。

 

『……こっちも今必死だし、あまり渡せるものがないけど。侵略種ならたくさんいる。欲しい?』

「いらないです。ええ、そうですね。此方から条件を提示するのであれば、無制限の技術提供をば。世界の寿命を延ばす手伝いをする以上、そのくらいの価値はあるものと思っています」

『――――いいよ。余裕のある範囲なら。まあ、余裕がないけど』

 

 何せ、こうしてまともに話せている状況もそれなりに貴重な機会というレベル。

 彼女が何を求めているにせよ、まともに技術を学んでいる暇があるとは思えないが……それで彼女たちという、世界の外の助力が受けられるなら、願ってもいない。

 

「お母様――」

『私は、明日を諦めない。だから、それが法螺でないなら、幾らでも頼りたい。コヤンスカヤ、それでいい?』

「――ご依頼承りました。NFFサービスの名に懸けて、全霊を尽くしますわ」

 

 何だろうといい。

 本当の目的がどうあれ、明日のその先を目指す心意気に賛同し、共に道を切り拓いてくれるならば。

 出身を選んでなんていられない。どれだけ認めずとも、この世界の限界というものは、いつか近付いてくる。

 であれば――世界の外から来た彼女たちというのは、何にも代えられない希望なのだから。

 

『という訳で――セイちゃん』

「命拾いしましたね。寛大なセファールに感謝することです」

「失礼ながら聖剣使いを謳うにはあまりに野蛮では? お待ちを! ああ、拙僧の鈴が!」

 

 ドーマンの方は、何をしているんだろう。

 正直というか、口を回さずにはいられないのだろうか。

 軽く振るわれた聖剣が髪に掠ったようで、くっついていた鈴が飛んでいく。

 ――すごいファッションセンスだな、あれ。私もやってみたいぞ。

 

「……あの、お二方」

「はい?」

 

 一部始終を見守っていたブリュンヒルデが、ドーマンに引きつつも口を開く。

 うむ、相手が無理そうなら私に任せていいぞ、我が娘。ドーマンがだいぶ、こう、個性的なのは分かるし、ブリュンヒルデがそういう手合いが苦手なのも分かる。

 

「私の姉があと二人、別世界より来たという人間を此方に連れてきています。彼らは、お二方と目的を同じくする別動隊ですか?」

 

 そうだ。アトリがあと二人を連れて、此方に向かってきている。

 ドーマンたちから話を聞いた以上、その二人にも手伝ってもらえないか、という期待を抱くのは仕方ない。

 こうして同じタイミングでやってきたのだ。無関係という訳ではないだろう。

 

「はて。拙僧ども、確かに志を同じくする同輩はいれどこの場にやってくるような者に心当たりは無し。ンン、名前なり写し絵なりいただければ判断も出来ますが」

「名前であれば、お姉様が……確か……リツカにマシュ、という名だと」

「フォウ!?」

「ンンンンンンッフゥ!?」

 

 なんか妙な鳴き声が漏れたぞ、二人とも。

 ドーマンはともかく、コヤンスカヤについては何故か、それ違うだろという異物感が否めない。

 反応からして、やはり知己ではあるようだ。

 とはいえ、何やらドーマンは滝のように汗を流している。面白いなこの人。

 

「……いえ、失礼。ええ確かに知り合いではありますが、話せば少し長く……何してるんです?」

「ンンン、貴女はともかく拙僧未だ彼らに姿を明かす時ではない身にて。こうして正体を妖化(あやか)す必要がありまして――」

「戻ったぞ、母様」

「急急如律令ゥゥ――――!」

 

 ――アトリが戻ってきた。

 若干の戦闘があったようだが、エクリプス共々傷は見られない。良かった。

 そして、彼女の後ろには――戦えるとは思えない、少年少女。それから、ドーマンたちより存在は小さいけれど、サーヴァントって存在と思しき男。

 彼はともかく……残りの二人は、なんなのだろう。

 少女の方は、ある程度の力が見える。だけど、纏っている機械的な装備に頼る側面の方が大きそうだ。

 

 少年に至っては、この世界の人間よりも力を感じられない。

 背負うものには大きな――バカみたいに大きなものが見えるけれど、彼自身の大きさにまったく釣り合っていない。ともすれば、世界一つなんてものじゃないほどの重圧。

 ……え? 何? なんでこの子、立って、歩けているの? え、怖い。

 

 サーヴァントの方は、私の方を見上げて。

 二人もそれに続いていたが、ふと、ドーマンたちの方を向いた。

 

「――この方が、セファールさん……それから――」

「ッ!? こ、コヤンスカヤ!? それに……それ、に……」

 

 ――おっとビックリ、何とも迅速な変装。……変装?

 何やら彼らに姿を見られたくないらしいドーマンは、確かにその顔を隠していた。

 逆に言えば、顔しか隠していない。なんか趣味の悪い、一つ目の御札を顔に貼り付けているだけだ。

 

「……何処かで見たことあるような」

「そう、ですか……? 先輩が言うなら、そうなのでしょうが……すみません、わたしには思い当たる節が……」

 

 嘘ぉ……。

 いや、よく見ればちょっとだけ姿というか、存在がぼやけている。魔術ではないが……彼らの世界のその手の技術だろうか。

 

「ン……ンン。何かの間違いでは? 少なくとも拙僧は貴方がたの事などとんと知りませんが」

「――コヤンスカヤ、なんでここにいるんだ。あと、彼は一体何者なんだ!」

「……ここにいる理由は追々話すとして。()()、本当に見覚えありません?」

「ある……ような、気がしてならない。絶対に、こう……忘れそうもないような存在感で、頭の片隅に残っているような……」

 

 何だろう。

 私ももう名前は聞いているし、教えてあげてもいいんだけど。

 このまま黙っていた方が面白い気がする。具体的に言うと、ドーマンの挙止動作が。

 

「はあ。まあ別に私には何の関係もないので、貴方たちへの事前投資と考えて教えてあげますが、異星の――」

「ンンンンンンンンンンンンンンンンンン――――――――NFFサービス! にて!」

「は?」

 

 

「既視感があるとするならば彼女の雰囲気に他なりますまい!

 

 拙僧、人呼んで謎の仮面キャスターリンボ!

 

 その正体を!

 

 NFFサービス! 最高! 経営! 責任者!

 

 ユーリンボ・ドドーマン! にてッ!」

 

「――何ほざいてくれちゃってやがるんですか!?」

 

 

 なるほど……なるほど。

 NFFサービスとやらが何なのかは知らないが、言ってしまえばコヤンスカヤの上司か。

 顔を青だの赤だの忙しく変化させるコヤンスカヤと、唖然とする二人――リツカとマシュ。もう一人の男については死ぬほどどうでも良さそうだった。

 

「ンンン! お二方、それにそちらのサーヴァントは現地研修中の新入社員ですな!?」

「えっ」

「えっ」

「えっ」

「えっ」

「いやはや経営責任者の挨拶が遅れるとは申し訳ありませぬ! 拙僧、多忙なれば! さあ、共に世界を取り戻しましょうぞ! ンンンフフフフフハハハハハハ――――!」

 

 まあ、別に私としてはそれでもいいのだけども。

 少なくとも異邦人たちの中で納得しているのは彼一人という状況で、多分一ミリも後先を考えていないドーマンは高らかに笑っていた。




■セファール
終わる気配のない侵略種の襲来を受け、大きく消耗している。
傷ついた世界を修復するためのリソースの確保に手一杯であり、あまり本体で戦えない状況。
諦めるつもりはなくとも、この世界の限界は近付いている感覚はあったが――別世界から、希望はやってきた。

■聖剣使い
なんか久しぶりに出てきた気がする、主人公の片割れもしくはヒロインってポジションの人。
世界に現れた特殊な侵略種の片方に接触したところ、狐耳のビジネスウーマンの方はともかく男か女か分からない方が妙な手管で抵抗してきたため、力という最も有効な説得手段で大人しくさせ連行した。
剣気による迎撃能力は練り上げられた精神によって放つもの。肉体に作用するものは勿論、精神への干渉も寸断する。この世界に存在しない陰陽呪術だろうと例外ではないのだ。
悪辣な呪術の効果を受ける前に全部本能で防御したため、そもそも相手が何をしていたのかも分かっていない。なんか「ンンンン」とか言いながらあれやこれやと手品を披露していたくらいの認識。

■アルターエゴ・リンボ
男か女か分からない方。本体ではなく式神だが、この世界にぶっ飛ばされて本体との繋がりの糸がややこしいことになっているらしく残機無し。
インド異聞帯で最後の神を唆しつつ、ついでに太平洋異聞帯にも茶々を入れようとしたら変なイベントが始まった。何を言っているのか分からないと思いますが、拙僧も何をされたのか分からないのです。
戻る手段がなく、下手に命を断てば彼が自身に施している生活続命の法が解れる可能性が高いため、とりあえず上手いことこの世界の住民を利用して戻る方向にシフト。
手始めに接触してきた“輪廻の環さえ断つと思しき大剣聖”を適当に操ろうとしたところ彼女のパッシブスキルで全部弾かれたため大人しく降伏する。
カルデアと繋がりが出来るのは大変よろしくないため、咄嗟に呪符を顔に張り付けて認識阻害の術を執拗に施しまくり謎の仮面キャスターリンボ、その正体はNFFサービス最高経営責任者ユーリンボ・ドドーマンと名乗り事なきを得た。キャスターリンボとか言っちゃっているが認識阻害の効果はすごいので気付かれていない。
言うまでもないが上記のムーブは全部その場凌ぎのでっち上げのため彼を知る全方位に迷惑を掛けた。組織的には一つにまとまったことでこの世界の理解としては分かりやすくなった。
偽名候補は色々考えた。ナスターシャとかもあったけど流石に自重した。もっとアウトな気もするがどうか青かった地球の如く広い心で許してほしい。

■コヤンスカヤ
狐耳のビジネスウーマンの方。
単独顕現で元の世界に戻れなくもなさそうだが、その状況から色々と理解した様子で、ひとまずこの世界に残ることを決める。
こちらはカルデアと接触しても特に問題を感じないため、姿を隠す気はない。
寧ろ自分がいることで良い嫌がらせになるといつも通りのスタイルで正体をバラそうとした結果、クソ坊主の即興身分工作によって取り返しの付かないことになった。
ちなみにセファールに名乗った際にしれっとリンボの真名を明かしたのも単なる嫌がらせである。
セファールと結んだ契約は、『契約締結以後、コヤンスカヤが望む、この世界で叶えられる限りのあらゆる技術提供をコヤンスカヤに対して行う代わりに、NFFサービスの名においてラグナロクの打破に全力を尽くすこと』。
その後、この項の上にいるヤツのせいで巻き込まれたこの項の下にいる三人もいるが、社会なんて大体そんなものである。

■藤丸立香
これもしかして真面目に見せかけたトンチキ系特異点かと思い始めているカルデアのマスターNFFサービス新入社員。
本特異点では特殊なスキル『NFFサービス社員証』により、活躍するサーヴァントの攻撃力と獲得できる絆ポイントが増える。

■マシュ・キリエライト
これもしかして真面目に見せかけたトンチキ系特異点かと思い始めている後輩NFFサービス新入社員。
本特異点では特殊なスキル『特例契約ねが☆うぇぽん』により、活躍する一部サーヴァントの侵略種討伐ポイントも増える。

■アルキメデス
もう空気。NFFサービス新入社員。
早くも召喚されたことを後悔し始めている。


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第三幕『レイドとは強襲を意味する』

ギャグパートはあくまでその場のノリなので何やかんやがシリアスパートに反映されることはないです。


 

 

「反省しました?」

「ええ、はい。それはもう」

「……マシュ、なんで今俺たち付き合わされたんだ?」

「……すみません先輩。わたしにもよく……恐らく、勢いとかノリとか、そういう類の同調圧力かと」

「何故、私まで……」

 

 何だったんだろう、今の一幕。

 街の方にまで届くんじゃないかという高笑いを上げていたドーマンを、コヤンスカヤがどこからか取り出した長銃の銃身でぶん殴った後、どういう訳か四対一の戦闘が始まったのである。

 多分、NFFサービスなる名称を無断で利用されたコヤンスカヤが激昂して、リツカとマシュ、それからまだ名前を知らないサーヴァントを巻き込んだってことなんだろうけど。

 今のを見た感じ、コヤンスカヤは何処からか出現させた銃火器の数々が武器らしい。

 あれ、凄いな。私もそういうものがあると知っているだけで、この世界では技術として存在していないものだ。

 この世界で発展したのは、魔力を使った砲とかなのだ。

 

 で、マシュはあの盾を使った防御役。

 華奢な見た目だが、装備の支えもあって、ドーマンの変な術を見事に防いでいた。

 残るサーヴァントはよく分からない。歯車みたいなものを振り回してドーマンを殴ったり、クレーンみたいな機械を振り回していた。

 そしてリツカはその指示か。戦う力は殆どないものの、彼が後方から戦える者たちに指示を出す、という役割らしい。

 結果、ドーマンは見事に叩きのめされ、一応コヤンスカヤも鬱憤が晴れたらしい。

 

「セファール、大丈夫ですかこの人たち」

『こう、凄いことはやってくれそうな気がしない?』

「凄いことをやらかしそうな気配はしますね」

 

 確かにまあ、危険な賭けの部分が大きくなった気はしなくもない。

 ノリで一つの組織になってくれたことで分かりやすくはなったけど、ドーマン以外は納得していなさそうだし。

 

「そろそろいいか。じゃれ合いは程々にしておけ、リツカ。母様の前だ」

「――っと、そうだった。ついコヤンスカヤたちのペースに……」

 

 とりあえず一区切りついたタイミングで、アトリが話題を修正する。

 うん、そろそろ真面目な話をしたい。後で部屋とかは用意してあげるから、遊ぶのはその時にしてほしい。

 

「……俺は藤丸立香。カルデアという組織から、この時代の特異点――異常を修正するためにやってきました」

「同じく、マシュ・キリエライトです。マスター――藤丸立香のサポート、及び護衛として随行しました!」

「――ふむ。私も名乗るべきですか、これは。キャスターのサーヴァント、アルキメデス。この地に召喚されたため、彼らとは先程出会ったばかり。カルデアなる組織とは無関係です」

 

 あ、本当に無関係だったんだ。

 この地に召喚されたってのが分からないけど、ともあれ出会ったのは偶然ということ。

 ドーマンやコヤンスカヤと面識があるのは、リツカとマシュだけで、アルキメデスはそれとは違う理屈でやってきた。

 目的としては――この世界の異常を正すため。それでいいのだろうか。

 ……よし、考えるのは後だ。名乗られたのだから名乗り返さなければなるまい。

 そういう経験、実は殆ど初めてである。遂にあの時のあれを実践する時が来たのだ。

 

『――――我は白き巨人。神代の終焉。白き神戦(レウコスマキア)を征せし者。新天地の秩序にして守護者――』

(――な、なんか突然雰囲気が変わりました、先輩!)

(ああ……凄い、まるで台本を読んでいるみたいに棒読みだ!)

『ゆえに称えよ、我はセファール。巨神王セファールと!』

 

 ――我ながら上手く名乗れた気がする。

 これでヘカテも浮かばれたのではないだろうか。いや、ヘカテ死んでないけど。

 

『――――どうよ?』

「え!? あ、はい! よろしくお願いします、巨神王セファール様!」

『堅苦しいしセファールでいいよ』

「先輩! この方、全力で勢いだけで話しています!」

 

 あ、バレた。

 いやドーマンが勢いだけで話していたし、この人たちそういうノリなのかなって思ったんだけど、どうやらマシュはそうではないらしい。

 対して、リツカの方は若干、こっちのノリにも理解ありそうだ。なんか経験でもあったのだろうか。

 

「いつそんな名乗りなんて考えたんです?」

『ヘカテに考えてもらった。出会った時』

「どれだけ温めておいたんですか。これだけ使われないとか、ヘカテも草葉の陰で泣いてますよ。まあヘカテ死んでないですけど」

(――未来のこの方、こんなんでしたっけ?)

(ンン。“ノリ”の片鱗は見えた気もしなくもないですが、さて)

 

 まあ、草葉の陰って例えは割と洒落ているのではないだろうか。

 ヘカテ、昔は冥界に住んでいたって話もしていたし。今はもう冥界も含めて、世界は全部検めてしまっているけれど。

 

「……とりあえず、そちらの初対面の方もいますし、私も改めて。NFFサービスのタマモヴィッチ・コヤンスカヤです。先程、セファール様と契約を結び、この世界に手を貸すことにいたしました」

「私はアトリ。セファールの娘の長だ――力を貸してもらえるのはありがたいが、契約とは?」

『ん。アトリ、そこは大丈夫。悪い話じゃない』

「……そうか。母様がそう言うなら」

「また何か悪巧みの気配が……」

「あら、信じられていないご様子。カルデアのお二方とは、今回ばかりは割と利害は一致していますわ。少なくとも――首に牙を突き立て合うような関係とはなりません」

 

 ううん。何だか、あまり仲良い関係という訳でもなさそうだ。

 ドーマンとコヤンスカヤ、リツカとマシュはそれぞれ、別の組織か何かに所属しているのだろう。

 リツカもカルデアとか言っていたし。

 で、前者の二人はNFFサービスとやら。ドーマンの暴走でカルデアの二人もそれに巻き込まれた、という形で合っていると思う。

 私たちにも余裕がある訳じゃないし、この世界で争われるのは困るな。

 それを収束させるほど暇な者が誰もいないのだ。よし、この方針で行こうか。

 

『コヤンスカヤ』

「はい?」

『さっきの契約、NFFサービスとやらの名前を使ったってことは、他の皆にも適用されるってことでいい?』

「は?」

「ンンッッフ――」

 

 だってそうだろう。

 NFFサービス最高経営責任者に、新入社員が三人。

 コヤンスカヤがNFFサービスの名を懸けて契約を行ったのだ。彼らにもそれが適用されるというのは当然ではないか。

 

「ちょっとお待ち……いえ」

 

 コヤンスカヤは咄嗟に異を唱えようとして――それを中断して考え込む。

 困惑した様子のリツカとマシュ、そして未来を悟ったように溜息をつくアルキメデスを順に見て、ニヤリと笑った。まるで獲物を前にした獣のようだった。

 

「――ええ、はい。それは勿論。一度社名をもって誓った以上は期待通りの成果を挙げますとも。そのためにも、我ら全員で手を貸しましょう」

「ちょっと待て、コヤンスカヤ。話が見えない!」

「この世界を正すため、お互い協力しましょうと言っているのです。勿論、無償(タダ)とは言いません。労働には対価を。この一時、貴方たちを雇用します。働けば働くほど、見合った報酬を与えましょう」

 

 此方の認識を利用して、コヤンスカヤは未成年だろう少年少女を懐柔に行った。

 明らかに彼らから搾り取れるだけ労働力を搾り取って使い捨てる目だ。

 当然、リツカとマシュも折れることはないらしい。

 

「そ、そんな話に乗れる訳ないだろ!」

「そうです! わたしたちはカルデアとして、この特異点にやってきたんです!」

「あら。ですが歩合制、お好きでしょう? カルデアなんて超絶ブラック企業に所属していれば、お金も素材も幾らあっても足りないですものねぇ」

「うっ」

「か、カルデアではちゃんと月単位でお給料が支払われています!」

「ええ存じておりますとも。ですがそれでは数多のサーヴァントたちを運用するリソースには到底なり得ない。求めるのは(エン)より空間魔力占有値(QP)と再臨素材なのでは?」

「うっ」

「ね、年に二回ほど、カルデアではお得な特異点が発見されます! そこではわたしたちが頑張れば頑張るほど、無制限にQPや再臨素材が――」

「ああ、なんかこう、箱を開けていく的な? あれ、貯めるより開ける方に体力使うんですよねえ。リツカさん、毎回開封に何時間掛けてます? あの時間、どうしようもない虚無を感じません?」

「うっ」

「あれは発展途上なのです! いつか、そう――いつかの夏ごろには、手に入れた資材を百個ほど一斉に開封できるような特異点が発見される気がします!」

「なんかそれQP手に入らなさそうな予感がしますが……ともあれ今この機会を逃す手はないのでは? QP、再臨素材、種火。働きに応じて幾らでも提供しましょう。汲めども尽きぬ侵略種討伐、似たような経験はあるでしょう?」

「うっ」

「先輩! 欲望に負けてはいけません! 確かにカルデアは慢性的な資材不足ですが――」

「――言うなれば採集決戦、やってみません?」

「よろしくお願いします」

「先輩――――ッ!」

 

 あ、負けた。欲望には勝てなかった。

 マシュは圧されつつも最後まで挫けなかったが、リツカにはコヤンスカヤの言葉一つ一つが強く突き刺さっていた。

 カルデアって組織大丈夫? 話はよく分からなかったけどとんでもなく不毛な作業繰り返してるの?

 

「はい、契約成立ですね。マシュさんはどうします?」

「くっ……ここまでカルデアの状況悪化をどうにも出来なかったわたしにも責任はあります。先輩のブレーキ役として、わたしが参加しない訳にも……!」

「OJT、二名承りましたー! 後は、そっちのサーヴァントだけですが――」

「そろそろこの空気に吐き気を覚えてきたので他人に戻りたいのだが――それよりセファール、と言いましたか?」

 

 そういうノリはとことん嫌いらしいアルキメデスが話を振ってきた。

 まあ、彼がカルデアとも別の所属なら今の誘惑にも興味ないんだろうなあ。

 

『何?』

「一度、この都市を見回る権利をいただきたい。この世界に手を貸すかの解答は、その後に」

『監視付きで構わないなら』

「ええ、勿論。口喧しく話しかけてくるような者でなければ、いてもいなくても」

 

 ブリュンヒルデと目配せする。

 彼が何かをしようとした時、止められるような誰か。

 そうだな――ネフェレを監視につけておこう。あの子は無口だし、彼がこの世界のためを考えてくれるなら、邪魔もすまい。

 

「では、ひとまずカルデアの二人と雇用関係を結びましょう。セファール様、彼らへの指示は此方で出しても?」

『そっちの方で纏めたなら任せる。それより、認識を合わせたい。リツカたちが来た目的も含めて』

「ああ、そっちの話ってまだでしたっけ。なんとも、こういう立場も面倒ですねぇ」

 

 今、こうしている間にも、侵略種は次々と落ちてきているのだ。

 いつまでも和気藹々と話している訳にもいかない。

 結局カルデアが何なのか。敵ではないが、本当に味方なのか。一体何を知って、ここまで来たのか。

 その辺りは把握しておかないと。いつ、彼らが敵になっても良いように。




■セファール
異星側とカルデア側が別の勢力であることは何となく理解した。
しかし、先のリンボの暴走もあったし、そっちの方が分かりやすいということで全員NFFサービス所属という形で受け入れることにした。
全体的にあれな空気になっており、セファールも染まっているが、これは現在進行形で端末が戦闘状態で本体の思考力が少し落ちているため。多分。

■ユーリンボ・ドドーマン
NFFサービス最高経営責任者。
セファールとしては、“最高経営責任者”については法螺なんだろうなという認識。NFFサービス所属という点の誤解は解けていない。

■コヤンスカヤ
NFFサービスを変な覆面呪術師に乗っ取られた。
それは後で分からせるとして、セファールの誤解もあり穏便にカルデアを利用できる点は有効活用できる形に。
日々のリソース確保に苦心するカルデアを篭絡し、一時的に藤丸とマシュを雇用した。
ちなみにラグナロク終息に積極的なのは、それが太平洋異聞帯成立の必須事項であるからと認識したため。
コヤンスカヤ自身にも目的があるため、異聞帯が今の理解と異なる形になるのは望んでいない。
提供される技術についてもさほど学ぶ時間があるとは思っておらず、実のところ契約については損害の方が大きい。
先を見据えた未来への投資というヤツである。

■藤丸立香
トンチキ特異点の空気に呑まれたカルデアのマスター。
侵略種採集決戦の誘惑に負け、一時的にコヤンスカヤと共闘することを決定した。
多分大量の素材をカルデアに持ち帰り、新所長たちに驚かれた後、詳細を話してしこたま怒られる。
箱イベの一箱開封機能はよ。

■マシュ・キリエライト
トンチキ特異点の空気に呑まれた後輩。
藤丸が侵略種採集決戦の誘惑に負けたため、全力で舵切りを行う方針に切り替えた。
そう、時には先輩の手綱を握ることも後輩の重要な役割なのだ。法螺貝吹いている場合ではない。

■アルキメデス
トンチキ空気を察して逃げた。

へかてさまヘカテ
死んでない。

■採集決戦
きのこ「そうそう、人類悪ってこういう事よ」
二〇一六年の末、終局特異点は当時イベントとして実装された。――そう、魔神柱を狩るレイドイベントである。
当時は再臨素材を数百と貯めておくことも難しい環境。そこに現れたのは、最終決戦だからと放出された美味しいドロップ素材。
決戦は当たり前のように魔神柱を奪い合う地獄絵図へと変わり、平日だと言うのに深夜も勢い止まらず凄まじい速度で狩られていき、特に美味しい素材を落とすバルバトスは十二時間ほど経った翌朝には狩り尽くされた。
魔神柱を貪り合い狂喜しはしゃいでいたマスターたちは己をラフムに例え、その強欲と我先にという醜悪さに「ソロモンが人理焼却したくなる気持ちが分かった」と悟りに至るものまで現れた。
また、上記のバルバトスが死んだ際に生まれた「殺したかっただけで死んでほしくはなかった」はこの採集決戦を象徴する格言である。
事件簿コラボではバルバトスだけ復活。「断末魔が長いから黙って死ね」「早く殺したいけど死んでほしくはない」「山の翁の宝具で倒せば断末魔をキャンセル出来る」と心無い罵詈雑言の嵐が飛び交い、人の業とは何たるかを考えさせられる事態となった。


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第四幕『ヴィイ、ミニクーちゃん、アポロン様』

 

 

 特異点、ね。

 聞いた限りでは、どうにも違和感が拭えなかった。

 やはり私の認識として、彼らが別世界の人間であるというのは変わらない。

 彼らの言うレイシフトってのは、過去のとある地点に対して行うもの。だというのに、彼らには私の気配の残滓すら感じられない。

 勿論、未来――彼らの時代まで私が生きているという保障は何処にもないのだが、私の死は世界の死――考えにくい事態ではあった。

 彼らは侵略種の存在すら知らないという。

 私たちは一万年の間、戦ってきた。これがたった一つの時代に異常が発生する特異点とやらの影響とは思えない。

 別世界で確立されたレイシフトという技術に不具合が生じ、ここと繋がった――そういう憶測は出来なくもないが。

 果たして、何をどうすればそうなるか。

 別世界の智慧を持つブリュンヒルデも、彼らの技術については知らなさそうだ。

 あと、何か知っていそうな者といえばヘカテだけど……近いうちに戻ってくるかな。

 

『――半分くらいは分かった。その異常とやらは、侵略種の事?』

「それは――分かりません。確かに侵略種という存在はわたしたちの時代には伝わっていませんが、そこまでの長期に渡り継続してきた以上、この特異点で修正しないといけない対象ではない可能性は高いのです」

「確かに……だけど」

 

 マシュと見解は一致した。

 カルデアがやってきた根本の原因は、他にあると見える。

 だけど――だからといってリツカもマシュも、納得はしなかった。

 

「――流石に、今起きているそれを、見て見ないフリは出来ないね」

「――! はい! 襲来する侵略種の対処をお手伝いしつつ、特異点修正の手掛かりを探す。これがわたしたちの行うべき最善と判断します!」

 

 リツカとマシュは顔を見合わせて、そんな結論を出した。

 ……何だこの子たち。せめてもう少し迷う素振りとかしない?

 まるで、そういう未知の相手に慣れ切っているような。しかし決意に軽薄さはない感じ。

 

『……今こうしている間にも、侵略種は次々と降ってきている。そっちを手伝ってくれるのはありがたいけど、それと調査を兼ねられる?』

「それは……無理そうだったら、調査は後回しだ。目の前で困っている誰かを助けるのは、その時しか出来ないから」

 

 ――ドーマンは知らないが、コヤンスカヤが口いっぱいに詰め込まれた苦虫を噛み潰したような表情になった。

 ……嫌悪感を抱くのも、呆れるのも分かる。正直、寒気を感じた。

 別に、この世界の邪魔をしないというのなら、あちこち調べるくらいどうでも良かった。

 特異点とやらに構っている暇はないし、それがこの世界に悪影響を与えるとして、そちらを別世界からやってきた彼らが対処してくれるなら願ってもない。

 だが、彼らはあろうことか、この世界に来た目的を後回しにしてでも、侵略種を優先すると言った。

 

 たまたま彼らがそういう性格だったとして、だからと言ってこんな、命がいくつあっても安心できない状況でそんなことが言えるのか。

 もしかすると、ここに来るまでたった数体としか会っていないかもしれない。全てアトリが対処したから、脅威を感じていないのかもしれない。

 だが、侵略種の強さはピンキリだ。

 アトリたちが死にかけることだってままあるし、セイちゃんが一体を相手に三日三晩全力で戦い続けるなんてこともあった。

 彼らが侵略種と戦える力を持っていたとして、その場合は尚更、特異点どころではなくなる。

 だって、そんな人物であれば、碌に暇がなくなるくらい手を貸してほしい状況だ。

 ブリュンヒルデは今もワルキューレの皆を統括している最中だ。彼女を中心としたネットワークを通じて、世界各地に指示を出している。

 アトリとセイちゃんも、この場にいる事は珍しい。ほぼ毎日、私やブリュンヒルデが“被害が大きくなりそう”と感じた場所に行って対処を行っているから。

 侵略種を相手にまともに戦える者が――この世界には、あまりにも少ないのだ。

 

『――そう言った以上は、頼りにしたい。力を借りて、返せるものは何もないけど』

「はぁ……そこはそれ。彼らへの報酬は私から支払わせていただきますので構いませんわ、セファール様。貴女との――この世界との契約はそういうものでしょう?」

『ん――なら、よろしく』

 

 コヤンスカヤの思惑と、リツカとマシュの思惑は決定的に異なる。

 というか、彼らは恐らく敵同士だ。友好的ではないというレベルではなく、殺し合いすら考えられるほどの。

 だが、この場で共闘してくれるならそれでいい。

 見たところコヤンスカヤはビジネスライクは徹底する主義だし、少なくとも契約が終わるまで――リツカたちがNFFサービスとやらの一員である内は、敵と見なすことはないだろう。

 ――それが対等な同盟相手であるか、部下であるかは置いておくとして。

 

「……では、お母様。そういう形で?」

『うん。この世界の外から来た、この子たちに協力してもらえば、“この世界の限界”も超えられる』

 

 勿論、まだこの世界の限界でも勝てないなどと決まった訳ではないが。

 底が見えるよりも前に、他の力を借りられるのならば、勝ちの目が増える可能性だってある。

 

『ブリュンヒルデ、ネフェレを呼んで。アルキメデスの護衛と監視を任せる』

「分かりました。あと、コヤンスカヤ、ドー――」

「――謎の仮面キャスターリンボ! またの名をユーリンボ・ドドーマン! にて!」

「…………はい。――コヤンスカヤ、ドドーマン、リツカ、マシュの四人とは、此方で入手した戦況を連携して動いていただきたく思います。その前に……そう、拠点となるべき場所の提供が必要ですね」

 

 ……これだけ負荷が掛かっている今のブリュンヒルデに、ドーマンの相手は厳しそうだな。

 意味の分からない――話が通じないともいう――相手は彼女の天敵だ。数年前のような平時ならばともかく、今の彼女に任せていたらネットワーク諸共ショートしてワルキューレたちの連携が崩れかねない。

 かといって、他のワルキューレに任せる訳にもいくまい。特にドーマンのせいで。

 セイちゃんやアトリもあまりこの場で時間を潰している訳にもいかないし……仕方ない。

 

「――お母様?」

 

 手から雫を一滴落とす。

 使い魔作成の応用。今運用している端末と同じように、意識を共有する小さな体。

 あまり意識を共有する体を増やすと思考が纏まりにくくなるし、せめて運用に負担の掛からない小さなもので。

 落ちた雫が形を取り、肉塊の柱に――なりかけたので慌てて修正し、腕が四つ生えた黒いヒトに――なりかけたのでまた修正し、三十センチほどの、二頭身の私を作り上げた。

 どうだ、この即興端末作成。これなら前衛芸術とは言えまい。

 見て、聞いて、それを本体(わたし)に送る機能。

 これならば、本体も戦闘用の端末も疎かになることはない。

 基本的には、彼らについては信じたいし、その意思も込めて戦闘能力は付けない。もし、万が一何かがあった時――それを察するためのもの。

 端末から彼らを見上げる。基本的に私は人を見下ろす方が圧倒的に多いし、なんか新鮮だな、この光景。

 

『君たちの監視はワルキューレが行うのは難しいと判断した。手間をかけるけど、その端末を連れ歩いてほしい』

「端末……使い魔、分身の類でしょうか」

『そんなところ』

「――監視、ですか。セファール様、契約を行った以上力を尽くさせていただく所存ですが、信用がありませんか?」

『戦えるような端末じゃないって辺りは、信用と取ってほしい。流石にこの状況で他の世界からやってきた誰かを、監視もなしって訳にはいかない』

 

 心配せずとも、プライベートは意識するつもりである。

 その辺りの空気を読めるのがセファールなのだ。

 

「……確かに、説明しただけじゃ怪しさは抜けないよな。俺はそれで良いと思う。コヤンスカヤたちとの協力関係も、それで少しは信じられるようになる」

「あら、カルデアはまだ疑いが強いご様子。今回の事象に当たる気概としては、私そちらに負けていないという自負なのですが。それと一つ訂正を。協力関係ではなく、正確には雇用関係です。お忘れなく」

 

 ……うん。私がいることで余計な争いが一旦無くなるのであれば、それも良いことだ。

 対処の手間が増えるようなことは避けてほしい。切実に。

 

「では、案内していただけますか、セファール様。そちらでお二人とはよぉく話し合いましょう。私たちがここに来た経緯も含めて」

『分かった。――じゃあ、マシュ。頼んだ』

「え!? 何を――はっ、理解しました。マシュ・キリエライト、万全をもってセファールさんの端末を運びます!」

 

 端末がマシュに抱えられる。

 なんかこれも慣れてない? カルデア、小動物とか飼ってたりする?

 

「――セファール。あの端末、私にも貰えませんか?」

『あげた訳じゃないんだけど』

「そこは重要じゃないんですよ」

『三千侵略種で手を打つ』

「乗りました。早速狩ってきましょう」

「お母様、聖剣使い様……侵略種を変な単位にしないでください……」

 

 セイちゃんも欲求不満だものね。

 私も鬼じゃない。ずっと頑張ってきたし、ご愛顧価格で提供しようじゃないか。




■セファール
第五異聞帯における神王ゼウスのように、各地で起きている出来事を細かに把握することは出来ない。
正確には、出来なくもないが他が疎かになるため、世界の土台を担う身として実行できない。

■コヤンスカヤ
相変わらずのカルデアの善人っぷりに若干具合が悪くなった。
まあそれはそれとして――この世界の危機をどういう訳か特異点として発見してしまった彼らのどうしようもない不運には少しだけ同情した。

■ユーリンボ・ドドーマン
ワルキューレと相性が悪すぎてセファールが自ら監視に動く羽目になった。
能力としては並のワルキューレを凌駕し、彼に勝てるほど先頭に秀でた個体は彼らの監視を行うほど暇ではない。
実際、彼であれば、精神の弱いワルキューレを呪術で侵し、それを感染源としてネットワークを通じて大惨事を引き起こすことも可能といえば可能。

■藤丸立香
目の前で誰かが困っていれば遠回りだろうと手を伸ばすカルデアのマスター。
セファールにドン引きされているのは知らない。

■マシュ・キリエライト
目の前で誰かが困っていれば遠回りだろうと手を伸ばす後輩。
セファールにドン引きされているのは知らない。

■監視用小型端末
セファールがNFFサービスを監視する目的で作り出した、三十センチちょっとの小型端末。
リアルタイムで意識の共有を行っている訳ではなく、見聞きしたものを本体に送るという方式を取っている。
そのため、若干のラグがあり、戦闘能力も持っていない。
持っていないとは言うが、セファールの使い魔という性質上、低ランクのサーヴァント級の霊基を持っている。
本特異点におけるマスコットキャラ。ヴィイを彷彿とさせる人形っぽさでフォウくんの後釜を狙う。

■フォウ
「む? 何をこんなところで壁に埋まっているのかね君。
 てっきりいつものように彼らのレイシフトに同行しているものかと思ったが。
 ……何? 特異点の側に物凄い拒絶をされて吹っ飛ばされた? 何を言っているのかね?
 意味の分からないことを言って非建設的なことをしているなら来たまえ。
 インド異聞帯でペペロン某を捕らえた際の尋問用にボロネーゼを試作しようと思っているのだよ。
 君、肉だけじゃなく麺類も割と好きだろう? さあ、さっさと壁から出てきなさいってば。
 ……なんで私、君の言葉が分かったのかね?」

■聖剣使い
★★★★☆ セファールが至った新境地
あまり芸術に精通した身ではありませんが、今回のデフォルメされた二頭身のセファールというものには強い感銘を受けました。普段見ているセファールの姿とは異なり、神秘性ではなく可愛らしさというものを重視したそれは初めて見た時は受け入れ難かったのですが、戦いの最中にふと思い出してしまうような魅力があったのです。こういうセファールもあるんだなと“理解”したとき、それまでの私の視野の狭さを痛感すると共に新たな扉を開く音がしました。購入して実際に間近で見ての感想ですが、各部の造形は意外と細かく、セファールの成長が感じられました。また、触れてみるとセファール特有の冷たさの中にある温かさがあったのも高評価です。ただ、体に走る紋章についてのみは粗い点が気になりました。頭身の変化やデフォルメの関係もありますが、これについてはセファールの大きな特徴であるため気を遣ってほしかったところです。この点の成長を期待し、評価は星四つとさせていただきます。
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第五幕『美人秘書コヤンスカヤの特別授業』-1

 

 

 はい、それじゃあ、NFFサービス全員集合。点呼開始です。

 まずは私、コヤ――

 

「まずは拙僧から! 最高経営責任者ユーリンボ・ドドーマンにて!」

 

 ――意地でも最高経営責任者を貫き通すつもりですね、このクソ坊主……。

 いえ、失礼。なんでもございませんとも。

 ひとまず――ひとまずは、あらゆる文句、あらゆる制裁は置いておきましょう。

 次に私、コヤンスカヤ。今回のプロジェクトにて、セファール様ひいてはこの世界との契約を結ばせていただきました。

 

「……藤丸立香」

「……ま、マシュ・キリエライトです」

『セファール』

 

 いやセファール様はいいんですよ。監視することに否やはありませんが、別に社員ではないのですから。

 

『……』

 

 無表情のままちょっと悲しそうな雰囲気出すのやめてくれます!?

 何か悟ってあの聖剣使い様がこっちに飛んできたら流石にどうにもなりませんよ、まったく……。

 

「聖剣使いさん……とは? すみません、あの場にいた全員の名を聞いた訳ではないのですが……」

 

 ああ、そうでしたね。

 それも含めてお話ししましょうか。疑問点は晴らしておきましょう。

 まずはじめに、カルデアのお二方。

 貴方たちはこの世界を特異点として観測して、レイシフトを行ってやってきた。その認識は間違いないですか?

 

「……ああ。神代北欧に発見された特異点だって」

 

 ――なるほど、そういう。

 

 一応先に、その点の間違いを解消しておきますが、この世界は単なる特異点ではありません。

 貴方たち汎人類史から見た、別の世界。

 ――そう。ちょっとした歴史の“ずれ”から分岐し、編纂もしくは剪定の道を歩むことになる世界です。

 

「っ、それは……」

 

 ええ、貴方たちとしてはタイムリーですよね。

 とはいえ異聞帯とはまた違う。ここは剪定すべきという裁定の下っていない、未来がある世界。

 そういった世界は汎人類史ではなくとも、それこそ無限に存在します。

 カルデアのことですし、そうしたところからまろび出た英霊も召喚されていますでしょう? それの一つと考えてください。

 

「だけど、そうだとしたら何でコヤンスカヤがいるんだ?」

 

 明確な原因としては、私も何とも。ですが、幾つか確定的な点を話すとすれば……。

 まずは、少なくとも貴方たちのレイシフトに相乗りしていた訳ではありません。

 それから、私たちがこの世界を特異点だと観測して自ら飛び込んだというのもまた違う。

 私としては“気付けばここにいた”という理解なのですが、貴方は?

 

「ンン。そうですねぇ。拙僧はこの世界に召喚された身。貴女がたの事情などとんと存じ上げませぬゆえ」

 

 ああそうですか。そうなんですね。はいはい分かりました。

 そんな訳ですので、疑っているところ申し訳ないんですけど、割と私たちも巻き込まれた側と言いますか。

 悪巧みする目的であれば、こんな迂遠な手段は取りません。基本、私のビジネスもそこまで余裕がある訳ではないので。

 私はビジネスに関しては真摯ですので、詭弁や甘言は使っても嘘は言いません。

 ですので、ここにやってきたことが故意ではないこと、そしてここの問題をスパッと解決して帰還することが本意であることはご理解いただければ。

 貴方たちと雇用関係を結んだのも、そういう理由から。

 手段を選んではいられないのでカルデアと手を結ぶのも悪くはないという判断です。呉越同舟、お好きでしょう?

 

「……本当に、悪さをする気はないんだな?」

 

 それはもう。

 正義の味方とか虫唾が走りますが、そこはそれ。

 誠心誠意とはいかないまでも、今回ばかりは“世界を救う”側に立つべきだと判断しました。

 

「……そっちの、えっと、ドドーマンは?」

「ええ、ええ。こう見えて拙僧、善き英霊なれば。生前は不作に喘ぐ民衆のために呪を紡ぐことも茶飯事でした。こう、急急如律令(チチンプイプイ)~、地獄界曼荼羅(ビビデバビデブー)~みたいな」

「なんでしょう、呪文に含まれた意味合いが致命的に今の段階で出てはいけない言葉な気がします!」

「おおっと、失礼。拙僧は謎多きサーヴァントにて。戦う際は何だかんだ、シャドウサーヴァントやら巨大な怨霊で誤魔化す感じの」

「先輩、この方、真面目にやらなければならない特異点にいてはいけないオーラしか放っていません!」

「これもしかしてぐだぐだだったりする? それかセイバーウォーズとか」

 

 ――それならそれで私のような“デキる”ビジネスウーマンは決して参加要請に応じませんのでご安心を。

 まあ、なんかその方は放っておいていいです。賑やかしも一人や二人必要でしょう。

 

「これ以上増えると収拾がつかなくなりそうなんだけど」

 

 カルデアが呼ばなければ増えませんよ、きっと。

 くれぐれも、彼のノリに順応しそうなサーヴァントは召喚しないことをお勧めします。

 恐らく頭痛を抱えて乗り切れるようなものではないので。

 

「なるほど……先輩、この特異点では信長さんたちやXさんたちの召喚は避けましょう。今回の特異点攻略に途轍もない難易度上昇を招く危険があります」

「……うん、そうしよう。余計なことしたらこの特異点の危機が増えそうだ」

 

 えぇ……本当にいるんですか、そういうサーヴァント……。

 いや、いいです。追求しません。

 その情報で得られる利益以上に理解に要する負債の方が大きくなりそうです。

 この方もどうしても邪魔だと言うなら交換ショップにでも放り込んでおいてください。

 

 それはともかくとして……とりあえず理解していただけました?

 一応、この特異点を修正するまで――つまりは貴方たちがカルデアに帰還するまでは一旦、過去のいざこざは無かったことに。

 互いに出来ることを尽くし、ギブとテイクを繰り返す間柄になりましょうという事です。

 

「――分かった。ひとまずは、そういう事で」

 

 ……物分かりが良すぎるのも考え物ですねぇ。それがこれまで色んな幸運を呼んできたのでしょうけど。

 私はその辺りで貴方たちの足を掬う側なのでやめておけとも言いません。

 

 さて。この特異点が普通のそれとは違う――そうですねぇ、便宜上、『特異並行世界』とでも称しましょうか。

 そういう、貴方たちの汎人類史の過去ではないことは理解していただけたかと。

 ここから先はその前提で話をさせていただきますが、よろしくて?

 

「……その前に。ここが後に、北欧異聞帯になる世界ってことはない?」

「――――ッ」

 

 ――――ええ。誓って、そんなことはないと断言しましょう。

 確かに、このタイミングで北欧に発見された、並行世界に端を発する特異点であるなら、そう疑うのは間違っていません。その着眼点はある種の脅威として評価します。

 それはそれとして……この一時、貴方たちを管理する大人として、忠告しておきます。

 断った異聞帯に同情しないこと。それが出来なければ、せめて忘れること。救っただけの世界であっても、それが最善です。

 

「…………」

 

 ……この辺りは、終わった後にゆっくり考えてくださいな。

 今は特異点に集中を。私が現時点で把握していて、貴方たちが理解しておくべき事柄を説明します。

 まず、この世界では唯一の神にして、世界そのものの土台でもある巨神王セファール様について。

 

『お? 私?』

 

 ええ、セファール様について。

 貴女には先程説明しましたが、彼らも知っておく必要があります。

 あまりいい気分になる話ではないと思うので、不快になったら端末との通信を切ってください。

 

『了解。まあ、特に不快さはないし、どちらかと言うと興味深い。分からない単語が多くて若干宇宙背負っているけど』

 

 ――マジでフランク過ぎないですかねえ、この方。

 

 ええと。巨神王セファール――汎人類史においてはセファール、或いはセファル。

 この名について、何か知っていることは?

 

「……特には」

「わたしも……この特異点――いえ、特異並行世界に来るまでは聞いたことのなかった言葉です」

 

 結構。歴史としては、英雄王の時代よりも遥かに前の出来事ですからね。

 セファールというのは、汎人類史において紀元前一万二千年、流れ星として地球に降臨し、当時の文明を痕跡すら残さず滅ぼした白い巨人です。

 当時、世界の理であった神々を蹂躙し、その数少ない生き残り――メソポタミアに名を残す神々も、命乞いで恩赦を得るしかなかった、星の文明に対し圧倒的な有利を持つ存在でした。

 この出来事は神代終焉の契機となり、後の衰退に繋がっていきます。

 先史文明を滅ぼし尽くした白い巨人は、その後、当時聖剣に選ばれた一人の人間によって打ち倒されました。

 倒れた巨人はその亡骸を残し、それが元になって幾つかの伝承を作っていますが――まあ、それは置いておくとして。

 この世界はセファールが滅ぶことも、また、文明を滅ぼすこともなく、世界の守護者となった世界のようです。

 

「――――?」

「――――?」

 

 ……と、こんな感じに。セファール様におかれては、別の世界の基準ではこういう反応になる世界だと自覚していただけますと、私たちも色々とやりやすいです。

 

『話を聞くたびに思うけどセファールってヤバすぎない?』

 

 ヤバすぎなんですよ。それはもう。

 私もちょっとばかり名のある神様の分体をコピーした身ですが、それだけ遠くて薄い縁でも魂レベルでビビっちゃっている感じで。

 とにかく、カルデアのお二方。理解出来なくても理解してください。もっと理解出来ないこととか、カルデアならたくさんあったでしょう?

 

「…………確かに。チェイテピラミッド姫路城よりはマシ……チェイテピラミッド姫路城よりはマシ……」

「……そ、そうですね。チェイテピラミッド姫路城よりは……」

 

 貴方たち普段微小特異点で一体何してるんですか……?

 

『チェイテピラミッド姫路城って? 何それ凄い面白そうな響き』

 

 そこ! 興味を持たなくていいです! 貴女が興味を持つとなんか途轍もなく嫌な予感がするので!

 ともかく、カルデアにとっては決して理解不能な域の話ではない筈だと! そう思ってください! いいですね!




■コヤンスカヤ
「NFFサービス、特異並行世界支店です。侵略種ポイントの交換はこちらから。累計報酬の担当がいないので、あと一名どこかから見繕ってこないとですねぇ。あ、暇ならちょっとスライドしてユーリンボさんがサボってないか見てきてくださいます?」
今回の解説役。台詞が多くなりすぎたので視点ごと書き直した。
どこぞのクソ坊主のノリと勢いとはいえ、社員として契約を行った以上、カルデアに対し必要な説明・疑問の解消は行う。
この特異点の修正において、カルデアと敵対するつもりがなく援助を行うという意思に偽りはない。
今回の説明に関しても、一切の嘘はついていない。
この世界はまだ、この時点では剪定の処断を下されていない、未来ある人類史だ。
「断った異聞帯に同情するな。無理ならば忘れろ。救った世界も同じく」というのは、この世界の危機に立ち向かう僅かな間の部下への、ちょっとした忠告。
――だってそういうの、貴方たちは耐えられないでしょう?

■ユーリンボ・ドドーマン
「NFFサービス、交換ショップにて! ンン、拙僧商人の真似事など、とんと縁のない深刻(シリアス)系サーヴァントにございますれば。うっかり、ええ、うっかり交換アイテムの必要数を間違えてしまうやも……ああ冗談ですぞ。冗談なのでコヤンスカヤ殿への連絡はやめていただきたい! 切に!」
とりあえずコヤンスカヤと違って、人理漂白事件においてカルデアとはまだ面識がないため、この特異点に召喚された自立サーヴァントという立場をでっち上げた。
カルデアには「召喚されて早々にNFFサービスを乗っ取った」と認識された。割と間違ってない。
この世界から帰還しないと自身の不死が取り返しの付かないことになりそうなため、コヤンスカヤとカルデアを利用する算段。

■藤丸立香
並行世界由来となる“イフ”のサーヴァントなら割とたくさんいる。
今回の事象は、原因こそ異なれど、かつて妖術師と戦った亜種並行世界と同類のものだと考えている。
下総国での一件は覚えているし、暗躍していたキャスター・リンボの事も決して忘れていないが、ドドーマンの認識阻害の呪術は凄いので気付かれていない。

■マシュ・キリエライト
イベントへの順応性は先輩に負けず劣らず割と高いため並行世界云々の話もすぐに理解した。
ただし、“汎人類史におけるセファール伝説”を教わった次の瞬間にやたら都合の良い二次創作を聞かされて平常心でいられるほどでもなかった。

■セファール
『リツカたちの世界の私こっわ……』

■ぐだぐだ鯖、ユニヴァース鯖
特異点が増えるので出禁。
他のイベントの中に平然と紛れ込み、マンションの一室から突如出現したりする。

■チェイテピラミッド姫路城
この話を更新した時点ならばゲームの方でサクッと振り返れる二〇一七年ハロウィンの怪。
カルデアが崩壊し地表が漂白される二か月前の出来事。


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第五幕『美人秘書コヤンスカヤの特別授業』-2

 

 

 で、どこまで話しましたっけ。

 ――そう。セファールが“守る”側になった世界。

 こうなることで、世界は大いに変わりました。

 この世界では神代が既に終わっています。何せ、人間や文明は残っていれど、神々の類は全滅しているので。

 その後、彼女が神格化され、巨神王セファールとして唯一の神となったのがこの世界です。

 

「……? ――、か、神々が全滅? 神霊となった方もいないのですか?」

 

 ええ、全滅。

 汎人類史においては後の世に名のある神霊として刻まれる者も、みーんな。

 ですよね、セファール様?

 

『むしゃむしゃしてやった。反省はしている』

「むしゃむしゃしてやった!?」

『ちなみにもう神様じゃないけど、一人まだ生きてるよ。今は別のところを守っているけど』

 

 え、あ、そうなんです? ……いたんですね、生き残り。

 じゃあちょっと訂正。神々はほぼ全滅しています。

 ここは私もセファール様たちから聞いた話ではありませんが、なんでも、聖剣使い様を助けるためだったとか。

 

「あの、“聖剣使い”とは先程の、汎人類史において白い巨人セファールを倒したという、聖剣に選ばれた人間、という理解で合っていますか?」

 

 そうですね。一体何処から汎人類史との“ズレ”が生じたのか不明なので、必ずしも汎人類史のセファール伝説に登場する聖剣使いと同一人物とは言い切ることが出来ませんが。

 どういう訳かこの世界では、セファール様と聖剣使い様が友情を育み、互いを大敵と見なさなくなったと……これ本人の前で解説すべき話ですか?

 

『いいぞもっとやれ』

 

 本体の方で今何しているのか知りませんけど、だんだん適当になってません?

 ……この辺りは本人がから説明していただいた方が正確なのですが、ゴーサインが出たので仕方なく続けます。

 ――お二方、付いてこられてます? なんか背後に宇宙が見えるんですが。

 “外”由来のサーヴァントとか連れてきてませんよね? くれぐれも変なところと繋げないでくださいよ? あの手のサーヴァントは理解の及ばない領域にいて面倒極まりないので。

 

 セファール様の友であった聖剣使い様ですが、ある時、当時まだ生き残っていた神によって、呪いを掛けられました。

 恐らくは、遊星からの巨人を討つという使命を果たす様子の見られなかった彼女にしびれを切らしたのでしょう。

 そして、呪いにより死に瀕した聖剣使い様を救うため、セファール様は神々を一掃し、その力を吸収して、聖剣使い様の命を助けたとか。

 その後、神々のいなくなった世界を維持するため、セファール様は世界そのもののルールを作り替え、自身が世界と同化し、土台となることで今日まで続く世界となった――これが世界のあらましのようです。

 

「――、……、ごめん、もう一回お願いできる? というか、コヤンスカヤは何故そんなところまで……」

 

 独学です。文明が続いていて、人間に“智慧”が許されている世界であるなら、創世記など一番はじめに書物になるでしょう。

 この世界の書物、貴方たちも読んでみては? 汎人類史と異なる文化で割と面白いですよ。

 という訳で、再度説明はしません。無理やりでも理解して、納得してください。

 

 この世界の創世記、その結論としては、『セファール様と聖剣使い様は共に世界を守る存在となり、“終末”が訪れた時、聖剣使い様がセファール様を斬ることで世界は終わる』というものです。

 よってセファール様が世界となって一万一千年、聖剣使い様もまた人として、その永きを共に生きてきました。

 先程の場で、明らかに一人気配の“格”が違う方がいましたでしょう? あの方が聖剣使い様――いつかこの世界を終わらせる役目を持つ、最強の剣聖です。

 

「あの方が……確かに、セファールさんの前にいて尚、一切霞まない圧倒的な力を感じました」

 

 対面してそのくらいの感覚ってことは、余程そちらには気を抜いていたんですね、彼女。

 まあ、とりあえず喧嘩を売るべきではないと忠告しておきますよ。

 やろうと思えば超級の霊基すら一撃でぶった切れる、一万年以上磨き上げられた剣の極みなので。

 

 

 さて。聖剣使い様についてはこんなところで。

 続いては、お二方に対処を手伝ってもらう侵略種について。

 とはいっても、こちらについては知られていることもあまりないんですけどね。

 

「侵略種……アトリさんが言うには、一万年もの間、この世界を脅かしてきた、空から襲来する存在だとか」

 

 アトリ――ああ、セファール様の長姉たる戦闘王女ですね。

 ええ。記録によれば、侵略種と呼ばれるようになった存在はそのアトリ様が生まれるよりも前、セファール様が世界を変えて千年後に最初の例が発生したとか。

 

『ん――そうだね。よく覚えている。あれが最初で、あそこまで強いのは、あまり見ない』

 

 この世界としても、侵略種について長年研究してきたのでしょう。

 しかし、それが“世界”と“人間”を侵す力を持っていること以外に分かっていることはない。

 ゆえに世界を、そして人々の営みを終わらせないために、この世界は死力を尽くして侵略種と戦ってきた。

 ――それがこの世界の人類史。

 汎人類史が多くの超克、様々な苦難、多種多様の挫折を積み上げてきたように、この世界は共通した敵との戦いを通して成長してきたのです。

 

『それも独学? そっちの世界には、侵略種はいないの?』

 

 独学です。それと、この世界における侵略種に該当する存在が襲来してくるという事態は、まあ、ないですね。

 異星からの侵略、異相からの接近についてはまあともかくとして。

 とりあえず、その辺の話はご勘弁を。お二方の様子を見れば分かる通り、私たちが仲良く出来る話題ではないので。

 

『……了解。そっちの世界も、大変なんだね』

 

 大変ですねえ……さて、お二方の顔が怖いので話を戻します。

 この侵略種との戦いで人々は成長し、その中でこの街に展開されているものはじめとした防衛機構が数多く作られてきました。

 規模の差はあれど、この世界はどの生存圏もこんな感じだとか。

 全ては侵略種から世界を、自分たちを守るため。一丸となっている訳です。

 

「――この世界にある、魔術とも科学とも違う技術も、そのための?」

 

 そうみたいですね。この世界においてはこの技術こそが魔術と呼ばれているらしいですが。

 現時点で汎人類史を超える技術を持つのは、そうでもしないとこの世界が維持できないから。

 人間では勝てない侵略種を、人間の手でどうにかするための意地の結晶って奴です。

 

「……強い、世界なんですね」

「うん――ウルクみたいだ。そこの誰もが、諦められないと戦っている」

 

 ただまあ、“人間では勝てない”というのは致命的な訳で。

 直接侵略種と戦えるような存在が、この世界には足りていないんですよ。

 防衛機構はあくまでも、襲撃を防ぐためのもの。そこから機転を利かせて戦える者が、世界の規模に対して少なすぎる。

 それを担当しているのが、アトリ様にブリュンヒルデ様、そして戦乙女(ワルキューレ)の皆様――セファール様の娘、ということです。

 ――ああ、言いたいことは分かりますが、汎人類史におけるワルキューレと彼女たちは、呼称が同じだけでまったく別の存在ですので、余計な感傷は持たないことです。

 ともかく、この世界は人材不足。

 だけど、許容を上回るほどの侵略種の群れが、ここ数年ひっきりなしで襲来してきている。

 そんな中でやってきた、侵略種と真っ向から戦えるサーヴァントを従えるカルデアのマスター。

 ――お二方に望まれていること、ご理解いただけました?

 

「……勿論。尚更、侵略種を放って特異点の原因を探す訳にはいかなくなった」

「はい。対処を手伝う、では足りなかったと認識を改めます。セファールさんの言った通り――わたしたちの全力で、この世界の限界を超えなければなりません!」

 

 はー……はぁ……即答。即答ですか。まあ、貴方たちならそうなりますよねぇ。

 一応、説明するべき内容はこんなところです。後は実際に、お二方の目で見て、どうとでも思ってくださいな。

 そんな訳ですので、セファール様? 私たちNFFサービスはこの世界に力をお貸しします。

 主に実働としては彼らを動かそうと思うのですが、それでよろしくて?

 

『ん。ありがとう、四人とも。改めて、力を貸して』

「ああ――これからよろしく、セファール」

「よろしくお願いします、セファールさん!」

「ンン、異なる世界、異なる思想の輩が手を結び一つの危機に当たる! いやはや、何ともはや!」

 

 ああ、もうショップに行ったと思ってました。いたんですね貴方。

 この悪徳坊主はともかく、私としても力を尽くす所存ですので、そこはご安心を。

 生き延びる、勝ち切るという気概は、それはもう私の尻尾にビンビンと伝わってきています。

 人間とは、世界とはそうでなくては。それでこそ手を貸し甲斐があるというものです。

 ええ――それでは始めましょう。NFFサービス、お仕事開始です!




■コヤンスカヤ
前話に続き解説役。
――いつか敵になるのなら、その時のために色々と知っておいた方がいいですものねぇ?

■セファール
涙腺があったら感涙していた。
そうじゃなくても多分何か異変を悟った聖剣使いがこの後NFFサービスに突撃する。

■聖剣使い
一万一千年もの間、剣士として人間の頂点であり続けた存在。
正しい構えも振り方の心得も学んでいないが、ただ一点、“いつか世界を終わらせるため”にひたすら磨き上げられた剣の極み。
武、剣技という側面では彼女に勝てる使い手は数いるものの、その剣筋の冴えにおいて彼女の上を行くものは、人類史において存在しない。
技も、術も削ぎ落とした、剣を用いてのあらゆる行いの深奥を、いつかへの過程として無意識に学び、戦闘においても一手段として行使する。
他者から見れば型も技の出だしも読めず、まったく異なる思想の境地で振るわれるべき剣が通常攻撃で飛んでくるやべー奴。
ただし、それは本人が何かを考えている訳ではなく、単に戦闘での選択肢として出力しているだけであり、そこにコツもクソもない膨大な年月によるごり押しのため、同じ境地に至った剣士にまったく共感が出来ない。

同じく規格外の剣士である“山の翁”とは、もしも出会って、殺す理由もなく互いを競う目的で剣をぶつけ合えば、セファールとの関係とはまた違う無二の感情を抱くと思われる。
彼が行ったように、死のないビーストⅡに死の概念を付与するような芸当は出来ないが、ビーストⅡを斬ることは出来る。
殺せるかは知らないが斬ることは出来る――そこに気付いた後、次の「これは私では無理そうですね」という段階に至るのは、聖剣を百回振ってからである。

■創世記
セファール伝説のハッピーエンド版。ただし神々は全滅する。誰かを助けるというのは誰かを助けないということなんだ。
コヤンスカヤは太平洋異聞帯にて『はじまりのものがたり』という創世記を描く絵本でこれを知り、読み終わるまでに三回くらい「は?」って言った。
ラグナロクの最中であるこの時代にも妖精が記したというこの物語は存在する。
普及している言語・文字については、恐らくは汎人類史にも存在するいずれかのもの。
一万年前から変わらずそれが使われてきたのか、どこかのタイミングで変化し、そちらにセファールたちが順応したのかは決めていないので自由に想像してほしい。


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第六幕『みにくい白鳥の子』-1

 

 

 別世界からやってきた五人を迎え入れて、五日。

 それだけで、少なくともこの巨神国内で守りの薄い場所の状況は劇的に変わった。

 

 まずは、ドーマン。

 彼は、ブリュンヒルデが一手に引き受けていたワルキューレの状況共有ネットワークについて、補佐を行っている。

 そもそも、彼女がどれだけ高い能力を持っていたとしても、世界中に散らばっているワルキューレたちを纏めることは負荷が大きすぎた。

 ドーマンはそのネットワークにアクセスし、その維持や伝達を自身の能力で効率化しているようだ。

 正直なところ、彼らの中で一番、何というか、血迷いそうだったのがドーマンであり、ワルキューレたちによる防衛の要であるブリュンヒルデを補佐させるのは大変不安だった。

 ところが、優秀極まりない補佐だというのが実情。

 ブリュンヒルデも十分に警戒してこそいるが、それでもドーマンが預かった負担と比較して楽になったようだ。

 流石にこのネットワークに何かあったら致命的だし、油断は出来ないけど――ブリュンヒルデの疲労が少しでも軽減されてほしい。

 あとはブリュンヒルデの癒しになるような時間が少しでも増えればいいんだけどな。友達の――()()()、シグくんも侵略種迎撃で中々戻ってこれないようだし……。

 

 次に、コヤンスカヤ。

 彼女は防衛機構の対空礼装を見た翌日には、大量の砲弾を納品してきた。

 形を保った砲弾は生産工房の真上に落ちてきた侵略種のせいで生産スピードが激減している。

 魔力だけを撃ち出すより確かな威力があるそれを、当面困らないほどに持ってきたコヤンスカヤはそれはもうありがたがられている。

 何処から調達してきたかは企業秘密とのことらしい。

 コヤンスカヤたちの世界からとかかな。だとしたら同じ規格の砲弾があるというのも不思議な話だが。

 

 ――そういえば、アルキメデス。

 彼もまた、着目したのは防衛機構についてだった。

 ネフェレの報告によると、ひたすら街を練り歩きながら――

 

 

「意味が分からん。計算式も無くこの構造・構築の結論に至る因果があるか? いや普通はあり得ない。そも、何故私はこの世界に召喚された? やはりセファールか? それもあり得――なくはないか。人の呼び声、人理の求めに応じるくらいなら、私であればそちらに応じるだろうが、断定するには不明点が多すぎる。どうなっている。汎人類史とは異なる世界であるとは認めよう。だが、そのような異例事態であれば抑止は何故人類悪など野放しにしている? 冠位の一騎も寄越さず私を先に召喚した理由は何だ? ――ええい、計算が纏まらん。何処もかしこもなんだこの景観は。汎人類史から着想だけをくり抜いてきたかのような……いや待て落ち着け。今の比喩は飛躍が過ぎる。ともかく計算式を見つけなければならん。幸いセファールのような外宇宙由来の知的生命体にも理解し得る式は存在すると見える。ならば、それが統べる世界もその式をトレースすることで……そもそもセファールの存在意義の変化を不具合と切って捨てて良いのか? そこに何かもっと大きな前提があったらどうする。推論に過ぎんが、この着眼点は悪くない。隠れたそれがその他の解に至る式となっているやも――」

 

 

 ――みたいなことを延々と呟いていたらしい。

 あまり口数の多くないネフェレがそれを記憶して棒読みかつ早口で復唱してきたのがちょっと怖かった。

 彼も(セファール)についての知識はあるようだ。何だろう、リツカたちは知らなかったみたいだけど、向こうの世界でもそこそこ知名度高いのかな、私。

 ともあれ、アルキメデスはその後、空に向けて展開された防衛機構の修復の様子を眺めてから、それを手伝い始めたとか。「無駄が多い。実に無駄が多い。不足はないがそれでは時間の浪費と採算が合わん」とか言いながら。

 当然、担当の人々は当惑していたものの、その初めて見たとは思えない術式捌きに感心し、一部の人々は早くも教えを受けているとのこと。

 サーヴァントってのは強い力を持った存在って認識だったけど、彼については知識と技術面でその能力を発揮するらしい。

 まだ彼からは回答を貰っていないけど――力を貸してくれるってことでいいのかな。

 

 

 ――そして、リツカとマシュ。

 

 二人は実働部隊として、オメガ地区の付近に落ちた侵略種の相手をしてくれている。

 ここは巨神国の中心地であるため、必然的にワルキューレを多人数配置しているのだが、おかげでかなり余裕が生まれた。

 今日もまた、防衛機構の砲撃で落下地点を調整し、普段アトリたち騎馬部隊を中心とした地上戦を担当するワルキューレが戦闘を行う、街から少し離れた平原で二人は戦っている。

 

 いや、二人というか、実際に戦うのはマシュと、リツカがこの場に呼び出している別のサーヴァントなのだが。

 彼は数多くのサーヴァントと契約を行っており、状況に応じて適切なサーヴァントを一時的にこの場に呼び出し、戦闘を代行させてそれに指示を出したり援護を行う役割らしい。

 で、マシュは唯一カルデアという組織からリツカに同行することが出来た存在なのだとか。

 サーヴァントは維持できて数分。アルキメデスたちよりも存在が薄い感じで、何だか影みたいだ。

 

「■■■■■■――!」

 

 ……存在が薄いとかはまあ良いとして、あれ、大丈夫なのかな。

 これまで見てきた剣士とか弓兵とかとあまりにも毛色が違い過ぎるというか。そもそも意思疎通出来ているの?

 確かに、今相手をしている大型の侵略種は砲撃の一斉射でも倒し切れない耐久力がある。

 突破するのにはそれを超える力――というのは正しいのだけど。

 

「――! 敵性体のチャージ攻撃を確認! こちらで受けます、マスター、呂布さん、隙を見て攻撃を!」

「任せた、マシュ! 突撃タイミングを合わせて――今!」

「■■■■■■■■――――!」

 

 直撃すれば私の戦闘用端末も一撃でぺしゃんこになりそうな突進を僅かにずらしつつマシュが受け止め、隙を作ったところに突っ込んでいく赤い猛将。

 唸り声にも怒号にも聞こえる咆哮を上げながら、二メートルを超える巨体はその長い得物を叩き込んだ。

 生粋の戦士ということなのだろうか。先程からリツカの指示を受けて真っ直ぐ突撃するばかりで、マシュとの積極的な連携は取れていない。

 どちらかというと、マシュが彼に合わせて、戦いやすいように動いている感じだ。

 指示への応答も叫んでばかりだし、会話という手段すら戦いの中では無駄だと断じているかのような戦いぶり。

 その一撃はアトリとエクリプスが息を合わせての突撃(チャージ)に匹敵するのではと思わせるほどだった。

 侵略種をよろめかせ、容赦なく追撃を加える彼に、本日特別に技術局から同行したワルキューレの一人、リラエアは興奮気味だった。

 

「凄いです、お母様。彼ただの人間じゃないです。体を外的パーツで補強して各部を最高効率で運用できるように作られています。凄い、凄すぎ、発想もコンセプトもひたすらイカレてる、非人道的過ぎて真似出来ねえ……!」

 

 マシュの代わりに私の小型端末を抱えながら息を荒げている。

 何だろう、リラエア、君そんな性格だったっけ。侵略種との戦いで飛ぶ力を失ってから百八十年くらい。技術局を引っ張り始めて長いけど、昔は今の言葉の前半が素の性格だった。

 ……良い変化なのだろうか。最近は技術局って割とこういう人多いらしいしなぁ。リラエアのこの性格が技術局全体に影響を与えたのか、リラエアが影響を受けたのかは知らないけど。

 

「っ、マスター! 向こうに次の侵略種が!」

 

 ――と、その時。

 連続して二体、誘導されて落ちてくる。

 この数を同時となるとリツカたちだけだとちょっと厳しいかな。

 近くのワルキューレを呼びつつ、防衛機構の支援を集めようとしたが――それを見たリツカはすぐに対応した。

 

「マシュ! 俺たちは向こうを相手取ろう! ――陳宮、呂布のサポートよろしく!」

 

 同時に複数人のサーヴァントを呼ぶというのも、負担は掛かるけど不可能ではない。

 そんな彼自身の説明を証明するように、リツカはこの場にもう一人サーヴァントを呼びだした。

 褐色肌の眼鏡の男が、私たちの近くに立つ。

 

「陳宮さん! ここをお願いします!」

「ええ、承りました。軍対軍の戦でない事は残念ですが、呂布殿を援けよと呼ばれて不満を言えよう筈もありません。では、異郷に我が飛将軍の武勇を刻みましょう!」

「■■■■■■――――!」

 

 リツカはマシュと共に、新たに落ちてきた侵略種の方に走っていく。

 なるほど。彼は支援を行うタイプのサーヴァントか。

 だが、今まで戦いを見ていたところ、あの赤い人は防御をほぼマシュに任せていたような。

 

『大丈夫なの? あの子、制御難しそうだけど』

「勿論。今の呂布殿は些かばかり思考力が失われており、その武を十全には振るえぬ状態。であれば――こうしてやればよろしい」

 

 男は何処からともなく取り出した弓を構え、矢ではない何かを放つ。

 そしてそれは侵略種ではなく、赤い人の方に突き刺さった。威力は無いようだし、撃った本人の表情からして誤射でもなさそうだが。

 ――次の瞬間、なんか赤い人の体から魔力を帯びた電気がバチバチと放たれ始め、突撃してきた侵略種を、得物を変形させた籠手で受け止めた。

 凄い防御力だけど、大丈夫かな。先程とは違う意味で。

 

『何したの?』

「彼の強化と同時に、思考回路にちょっとした刺激を与えました。肉体に染みついた戦闘技能をより直感的に発揮できる方向に。敢えて言えば、今の彼は大変に思考力が失われているが、その武は勢いで発揮できる状態ですな」

「人間。貴方、人の心って知ってます?」

「政ならまだしも、戦であれば目を瞑っておくべき余事、と心得ておりますが」

 

 突撃してきた威力そのままに侵略種を弾き返し、更にトンファーのような武器に変形させて反撃を始める。

 放つ電気の勢いは増す一方だ。凄い体に悪そうなんだけど。

 

「ご覧なさい。あれこそは乱世の梟雄が振るう可変超兵器。我が国に伝わる軍神蚩尤に準え六つの奥義を有する無双宝具!」

 

 どんどん武器を振るう速度を上げていく赤い人の勢いに圧され、遂に侵略種が体勢を大きく崩す。

 そこに矛の形に戻した武器を突き刺したところで、私は勝ちを確信する。

 今の速度であれば、ここからの追撃で侵略種を倒し切れる。

 そう考えたのは、傍の男もまた同じらしく――不敵に微笑み、思わずとばかりに拳を握り、指示を出した。

 

「――呂将軍! ここで自爆です!」

『え?』

「は?」

「■■■■■■■■■■■■――――ッ!」

 

 ――自爆命令。数秒、何が起きたか分からなかった。

 咆哮を上げた赤い人が一瞬輝いたかと思えば、彼の魔力が爆発的に増大し、実際爆発した。

 魔力を帯びた風が私たちを過ぎていく。

 恐らくは、戦いの終了した場。

 そこには侵略種の破片たる結晶が転がるばかりで、赤い人は残っていなかった。

 

「いけませんねえ。戦術無き敵は単純に過ぎる。私と呂布殿と戦うのであれば、我が策の一つや二つ崩してくれなくては」

「――失礼、理解が及びません。私の認識機能に障害がなければ、そのリョフ殿とやら、爆散したんですけど」

「ええ、爆散しましたね。相互理解の上、自爆していただきました」

 

 見間違いじゃなかった。

 しかも今の戦い、彼の策通りに進めたってことは最初からこの自爆が前提だった。

 

「此度は好例ではありませんが、戦とはこういうもの。敵方の将と味方の将が死力を尽くして相打てば、後は小兵の小競り合い。仮借なく、加減なく、温情なく、そして命の価値に区別なく――冷血非道と誹られようと、勝利するための苦渋の決断です。分かりますね?」

「いや分かんねえよ」

『リラエア、口調口調』

 

 そうか……凄いな、リツカたちの世界。

 残念だけど私たちの世界では合わないぞ、その戦法。人々にも娘たちにも、誰一人自爆なんて許可させないし。

 ……というか、ドン引きしつつもリラエアが興味持っていたの、なんか嫌な予感するなあ。技術局の子たち巻き込んで変なことしないといいけど。




■ユーリンボ・ドドーマン
下手を打つと自身の計画が崩れかねない状況であることから、リンボとは思えないほど真面目。
明らかに任せてはいけない仕事をしているが、一応真面目。ただし、“お姉様に寄りつく変なのが一人増えた”とワルキューレたちの士気は若干下がった。
ネットワークを通して呪術を用いてワルキューレたちの強化も行っており、それがやけに優秀なため世界を守る白鳥たちとしては至極複雑であった。
――――若干、割と、大いに血迷うつもりはあったが、ブリュンヒルデの居場所がセファールの御膝元であったこと、ブリュンヒルデの精神性と僅かなネットワークの乱れすら許容しない洞察力が式神リンボで介入出来る域を超えていたこともあって断念したという。

■アルキメデス
「だから――! ッ――、だからどうしてこういう結論になる! くっ、何が足りないどこを間違っているいつミスを犯した。分からない……確かに不明確な点はあるが、それらに配置した仮定はいずれも自然かつ論理的なもの。たとえ間違っていたとしても、最終的な結論は理解できるものに落ち着く筈だ。だのに、何故だ。何故、何処をどう計算しても“聖剣は電力で動く”などという訳の分からない結論に行き着く! どれだけ高次の計算を紡いでも、あたかも最後にゼロを掛けるが如く! ……落ち着けこんな戯けた解になる筈がないどこかの計算が狂っている、もしくは――召喚の不備、か? アルキメデスという計算機(れいき)を形作る歯車が足りていない……? ――――間違っているのは、私なのか――?」

■呂布
叫んでばかりだと売上が伸びないため、最近めっきり見なくなった正統派バーサーカー。
叛逆の暁星は均霑に輝いた。真昼間だけど。

■陳宮
ゲステラ。他人の命でやるステラ。スーパーアーラシュメーカー。アーラシュは間違っちゃいないがお前は間違っている。慈悲無き者。カムランの丘で高笑いする男。五百年の妄執で呪われる男。3ターンで12人葬る男。いざ尋常に射出。味方なら神様だって殺して見せる。フレンドガチャから出てくるのに友情を全否定する男。人権(無視)サーヴァント。宝具演出が本当に演出な男。「……おぞましや、汎人類史……」
侵略種の対応に追われる藤丸に代わり、呂将軍のPRを全力で行った超軍師。
自身の宝具に思考調節のコマンドを乗せ、モーション変更攻撃機能の拡張を行った。
ただその梟雄っぷりを喧伝するだけならまだしも、この世界において些か特別過ぎる意味を持つ“軍神”という単語を使ったことなどで――とある技術局のワルキューレに強く“刺さった”。
これがとんでもないやからしであったことなど、彼の知略をもってしても予測できる訳がなかった。
ちなみに、彼のFGOにおける初登場は中国異聞帯のため本来であればこの時点でカルデアとの縁はないが気にしてはいけない。

■シグくん
セファールがやたらにブリュンヒルデの『友達』と強調する謎に包まれた人物。


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第六幕『みにくい白鳥の子』-2

 

 

 ――嵐のような憎悪(ゆめ)から、息絶え絶えに這い出てくる。

 体を取り戻せば、感じ取れるのは自らの重み。

 何ともありがたいものだ。生きている、という感じではないか。暫く起き上がれそうにないな。

 

「あぁ……吐きそ。酔うってこういう感覚かぁ」

 

 そりゃあ当然か。体あっての魂なのだから、魂をそこから離して活動するなど、そもそも出来るようになっていない。

 恐ろしきは『寝台のモルペウス』。よくもまあ、知的生命体ならば分け隔てなくその夢に介入出来るなんて広い機能を持って生まれたものだ。

 あくまで私が行ったそれは疑似再現に過ぎない。

 だが、それだけでアイツの器用さは十分に伝わった。

 夢――ねえ。確かに凄い。自由そのもの。私たちが認識出来ない概念を理解しようとした神性は、凄い奴だったのだ。

 まあ、モルペウスは私たちの技術体系だけではなく、この星の文明と併合して誕生した同胞だから、不可能を可能にする土台は出来ていたのだろう。

 それを、末端機体ではあるがこの星に辿り着くより前に生まれた私が模倣するのが難題なのは当然だ。

 ……複雑ではあるが。私には、結局どれだけ経っても人間を完全に理解できないと告げられたようで。

 

 ――一応、倒れた状態でも魔術は行使できる。

 動けはしないが、私の魔術構築は内部で行うもの。一切の支障はない。

 視界を世界中のエーテルとリンクさせる。大気に満ちた魔力の一粒一粒を疑似神経として繋げ、世界を把握するための目とする。

 言わば、それは千里眼。

 まあ、この星の人間が時々生まれ持つ先天的な技能ではなく、先程までやっていた無茶と同じく魔術で再現しただけのものだが。

 

 ――よし、見えた。

 一手を打ち、後はどうなるか。その瞬間に立ち会うことが出来ない以上、こればかりは願うことしか出来なかったが。

 二人の人間と、あとは英霊たち。いずれもこの世界のために戦っているじゃないか。

 子供、か。まだ成人すらしていないくらいの、少年少女。

 ……悪く思わないでほしい。あんたたちにとっては、余計な試練だろうけど。

 

 視界を、より広げていく。今の世界を把握する。

 これまでの一万一千年。あの特殊な眼を持つ人間は数例見られた。

 ただ視力が良いというだけではない。大陸の向こう、世界の裏側にさえ視界に映す異常な能力。

 共通点といえば、魔術行使に高い適性を持っていたということか。然るべき――魔術の研鑽に努めていれば、私の足元くらいには及んだかもしれない面々だったが。

 そんな研鑽の自由は、この世界にはない。

 

 誰もかれもが空を睨み、侵略種の迎撃のために己の才を使い尽くさなければならない世界。成長の方向性が確定した歴史。

 

 ああ――なんとも。いいよ、他の連中はどうあれ、私は認めてやろうとも。

 いつか、どこかの神話体系。私たちの知らない人類史における、途轍もなくお節介な神の成り下がり――そっちの世界では神霊とでも呼ぶのだったか。

 あんたたちに言わせれば、こっちはさぞ“つまらない”人類史だろうさ。

 千変万化の試練、多様な成長なんてない。たった一つの試練と一万年以上向き合ってきた――向き合うための成長の歴史なんて。

 世界を分かつ可能性の枝は、そういうのは認めない。うん、理解は出来る。

 すべての人間がはじめから生きるための方向性を定められているよりは、自分で道を選べる方が良い。私だってそう思う。

 ――だから、切り捨てる、か。

 霊子記録固定帯(クォンタム・タイムロック)。そうだよな。遊星が収穫を行うほどの文明がある星だ。存在するに決まっている。

 宇宙のエネルギーは有限なのだから、こういう多様化の見られる星系になければおかしいというもの。

 あの神霊が、私に分かる程度の残滓を置いていったのも、勝ち残るべき人類史からの親切な宣告だったという訳だ。

 

「……負けるって思ってんのかな。ここで終わりだって。諦めろって」

 

 神霊から見れば、この世界が剪定されるというのは逃れようのない事実なのだろう。

 何を思って、わざわざ世界を超えてまでそれを教えてきたのかは知らない。

 だが、悪趣味にも嘲笑いに来たというのであれば、その報いは受けてもらう。

 詰んだ世界、か。余計なお世話だ。

 諦めないと人間たち(いのち)は抗っている。終わらないと聖剣使い(きぼう)は歩み続けている。そして――勝ち切るとセファール(せかい)は言い切った。

 そういう世界なんだよ、ここは。

 だからそれを教えてやる。あんたたちの命を、希望を、世界を利用し切ることで。

 

 ――あの神霊から摘み取った縁で、向こうの世界に触れた。

 あの神霊が知る大いなる終末を歪ませて、この世界とのパスを繋げた。

 今、私たちに齎されようとしている終末と向こうの終末をリンクさせ、向こう側の人類史に孔を開けた。

 こうすることで、人類史を修正しようという、向こう側の戦力がこちらに介入する。私たちの世界の危機を、修正対象と誤認した状態で。

 

 大きな賭けだ。それも、私の独断の。

 これはセファールにも聖剣使いにも、らむの後継にも告げていない。

 だって――私の中だけに仕舞いこんでおけば、セファールが“将来の終わり”を自覚せずに済むから。

 別に、彼女を慮ってのことではない。断じてない。

 ただ、終末を自覚した世界なんてものは、そこから先の存続が後ろ向きになると考えただけ。

 そして、セファールがネガティブになれば人々にもそれが伝播して、この危機を乗り越えたとしても結局、どうしようもなくグダグダになって終わることだろう。

 そういうのは駄目だ。この世界の終わりは決まっている。

 この世界は、そこに向かってひた向きに歩いていけばいい。この終わりは私だけがひっそりと知っていれば良いのだ。

 

 自分たちの世界を正すためにやってきた少年少女。

 彼らには申し訳ないが、神々の悪戯に巻き込まれた不幸だと思ってほしい。

 その神秘の薄さには驚愕した。もしかすると、神などとは縁のない存在なのかもしれない。

 それだけで、向こうの世界の忙しなさ、過酷さがある程度は伝わってきたが――いいや、同情はしない。

 同情して、罪悪感を抱いて、向こう側に悟られても嫌だからな。彼らが善人だろうと悪人だろうと。

 これさえ終われば、今後関わる訳ではない。また別の世界同士だ。どちらも真相は知らないまま、“世界を救う”ための今回ばかりの同盟。それでいい。

 ――いやはや、黒幕。まるで悪の親玉だ。

 私だけが秘密を知っていて、何もかもを利用している自覚がある。セファールにこんな役目務まらないしな。こういう事を背負える役というのも必要なのだ。

 

「あとは――それで戦力が足りるか、か。侵略種が絶えず降り注ぐ世界であと一つ、こっちの置き去りにした問題。それに対処する余裕があるかどうか」

 

 多分、こっちも……知っているのは私だけだろうな。

 感じ取れただろう聖剣使いやらむは本能的に無視していただろうし、セファールは感知出来なかっただろう。

 私も、可能であるなら放置しておきたかった。

 こっちについては、同情するし罪悪感もある。

 だが、今となって、まったく関係のない者たちがその災厄を浴びることになるのは許しがたい。

 ここはもう新天地。セファールと聖剣使い、それかららむと私が導いてきた、旧きを捨てた世界なのだ。

 

 だから堂々と言える。

 ――あんたたちの存在は間違いだ。ここに、あんたたちの居場所はない。

 最後まで悍ましい手を打ち続けたあんたたちに、私は味方しない。

 私は人間たちが好きだし、この世界が好きなのだ。セファールという個人は別に……うん、好きではないけど、それはそれとして。

 これが間違いだというのなら、私はこの間違いこそを愛すると決めたのだ。

 

 暫し休んで、起き上がる。

 久方ぶりの体がガシャガシャと音を立てるのが小気味よい。人間たちにも評判である我らが技術の賜物たる躯体は好調だ。そういえば、技術局の連中が軍神(アレス)の偶像がどうとか言っていたな。方向性が決まらんとかで揉めていたけど。嫌な予感がするしそのまま頓挫してほしい。

 ――それはともかく。

 見据えた視線の先。海はいつも通りの穏やかな風に凪いでいる。

 海と青空。それしか見えない景色が好きだった。だから私は、巨神国のはずれの岬を住居に定めたのだ。

 今や空は侵略種の黒と迎撃による多種多様な光の影響が何処かにあって、完全な青空を見られることは少なくなった。

 この空は、じきにもっと荒れる。

 今度は世界の外からではなく、世界の内に発生した災厄(あらし)として。

 新天地を脅かそうとする黒き外敵が侵略種の定義であるのならば――あれはこれまでで最強の侵略種となることだろう。

 そう――侵略種。あんたたちはその類なのだ。たとえ、自らが認めないのだとしても。

 

「――いつまでも、こうしちゃいられないか。セファールに伝えにいかないと」

 

 人間たちの旅立ちをいつ、とするかは解釈の分かれるところだろうけど。

 あくまでもこの世界の結末を人間たちが自らの終着点だと深層で考えているならば、“あれ”は弱かった人々の象徴でもある。

 もう、人間たちは強い。あんたたちが庇護すべき幼年期は終わりを迎えて久しいのだ。

 だから――抗わせてもらうぞ。私もまた、新天地の楔の一つとして。

 私が導く希望の先はそっちじゃない。人間たちがもっと強くなる未来なのだから。




■三叉路のヘカテ
空から落ちる黒い星の正体は断言できない。
だが、あの嵐の正体なら分かる。分かっていた。私であれば、理解できなければならない存在だ。
悲しく思う。確かに怒り狂っても仕方ない。理解するとも、同情もしよう。その上で、あんたたちは敵であると断言できる。
だけどまぁ――その根底だけは私だって変わらない。だから一度だけ、機会をくれてやる。他でもない、この世界の未来のために。新世界が千年の向こうを迎えるために。
……本当は、適度に弱体化させて、程よく導いて連れ出してやるつもりだったんだけど。
夢神の真似事など不可能。自分はその劣化版でしかない。言うなればそう――夢の魔女(サキュバス)ってところか。

■寝台のモルペウス
ギリシャ神話における夢の神で、眠りの神ヒュプノスの子。ギリシャ神話って本当になんでもいるな。
本作では後にギリシャ神話の体系となる機神船団が地球にやってきてから、人間の文明と習合して誕生した神性という設定。

■黒い嵐
其は憎悪。其は嚇怒。其は使命。其は救世。
本特異点の異常によって現れたものではなく、元々この世界にあったもの。

■大神
ギリシャ神話じゃないとある神話体系の主神。智慧を司る隻眼の神霊。
実は彼が行った、詰まないための三つの干渉に『ヘカテの気付き』は含まれていない。
彼の残滓は世界の感覚そのものであるセファールさえ感付かないレベルのものであり、事実上「彼が存在した痕跡はない」と判断できるものだった。
ゆえに別にこの時点で剪定の結末を教えるつもりさえなかったが、長年とある調査をしていたヘカテに捕捉され、その残滓を単純な魔術勝負で殴られて幾らかの情報を搾り取られた。
大神渾身のうっかりである。


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第六幕『みにくい白鳥の子』-3

 

 

「本日の侵略種討伐数、八十二体ですね。初日に比べてちょっと効率落ちてます?」

 

 その日の夜、記録用のコンソールを叩きながら、コヤンスカヤはリツカたちの仕事ぶりをやや辛辣に評価した。

 数だけで見ると確かに昨日までより少ないけど仕方ないんじゃないかな。

 今日来たの、格が上から数えた方が早い連中ばかりだったし。

 あの格の侵略種を一日でこれだけ相手に出来るの、この世界でもそんなにいないと思う。

 本来の力を発揮できないというのに、侵略種を倒し得るサーヴァントたち。

 リツカが召喚することが出来るのが、その総数から見ると一パーセントにも満たないというのだから恐ろしい。どんな世界だよ、リツカたちの世界。

 

「ま、それならそれで渡すものが減るだけですけど。はい、本日分です」

 

 コヤンスカヤがリツカたちに渡しているのは、サーヴァントを運用するのに必要な資材らしい。

 何処から持ってきたか分からない赤黒い骨だの紫色の心臓だの得体の知れない物体ばかりだった。

 これ使っているの? カルデアって組織大丈夫? これの性質を何らかの正しいリソースに変換しているならともかく、シグくんみたいな使い方していないよね?

 あと、別に気にしていないけど、空間魔力占有値(QP)だっけ? これ、この世界の魔力使って作っているよね?

 それでそっちの世界のサーヴァントの運用できるのだろうか。

 コヤンスカヤやドーマンが言うには、この世界の魔力と向こうの世界の魔力って厳密には違うものみたいだし、サーヴァントたちに変な影響とか出ない?

 ……大丈夫か。

 コヤンスカヤはそれを認識していたし、彼女がことビジネスに関して真摯であるというのは理解した。

 リツカたちへの正当な報酬も、まともなものなのだろう。

 

「――本日は運が悪かったと割り切って、明日挽回しましょう、先輩」

「――そうだね。黄金の果実を用意しておこう」

 

 あれ体に悪そうだからあまり食べない方が良いと思うんだけどなぁ。

 そうまでしてあの資材欲しいのだろうか。大変だな、リツカたち。

 資材の価値はよく分からないけど、ああして本気になるほど欲しいものなのだろう。

 強いていえば、あの魔力の活性に役立ちそうな金色の火、あれと似たようなのは知っているぞ。昔、本当にこの世界で生き始めて間もない頃に食べた記憶がある。

 今はもう食べてもまともに成長出来ないだろうけど、あれ美味しかったからな。あれに執着するのは少し分かる。

 

「意気軒高ですこと。それでは、セファール様、私どもの本日の業務はここまでとさせていただきますが」

『ん。お疲れ様』

 

 定時での戦闘終了、大いに結構。

 実際のところ、この時間以降の侵略種対応に余裕があるかと言えばそうでもないのだが、サーヴァントたちが戦うためにリツカの存在は必須であるとのこと。

 彼の気力が重要である以上、無理はさせられまい。

 コヤンスカヤが業務終了を宣言したのと同時、NFFサービス臨時社屋たるこの建物に入ってくる者が二人。

 アルキメデス、そして彼の監視役であるネフェレだ。

 

「あら、偏屈学士様。相変わらず不機嫌そうで」

「――不機嫌だ。実に不機嫌だとも。不自然、不可解、不愉快極まる」

 

 うわ、凄いイラついてる。眉間に皺が寄りまくってる。

 ネフェレが冷静な子で良かった。ちょっと気の早い子だったら敵意ありと判断して切り捨てていたかもしれない。

 

「えっと――アルキメデスさん。何かあったのですか? わたしたちは別行動でしたので、何がなんだか――」

 

 とっつきにくい雰囲気に負けず、マシュが問う。

 これまで何度か戦いを見てきたけど、この子たちの勇気、たいがい身の丈に合っていないな。

 頼っている身であまりこういう事を考えるのもどうかと思うが、もっと身体的にも精神的にも熟した適任者はいなかったのだろうか。

 

「……私は数学者だ。数式を用いてあらゆる術理の解を算出することが、この霊基に望まれた役割だ。そのような英霊もカルデアにいるだろう」

「は、はい。数学者のサーヴァントなら、召喚例がありますが……」

「さぞ偽りなき霊基、偽りなき姿、偽りなき力であるに違いない。――そうだ。我らは間違いがあってはならない。その式に過ちがあってはならない。その私が――!」

 

 どうしたんだろう、彼。

 興奮した様子で机を荒々しく叩いたかと思えば、途端に脱力してソファに腰を下ろす。

 

「――どうやら、霊基の不調のようでして。サーヴァントとして備わった能力、その殆どが十全に振るえる中、たった一つの計算式にだけ答えが出せないのですよ。このような事、あってはならない不具合だ」

「……その計算式って……」

「この世界の真実。何度計算し直そうと、理不尽な解にしか至らない」

 

 ――理不尽で出来たような世界だし、当然じゃないだろうか。

 正直、私も自覚があるぞ。客観的に見ればどうしてこうなったと言わざるを得ないようなことも多い。

 それを、どれだけ凄くても別の世界の、別のセファールという存在を前提として認識している彼がたった数日で理解することは出来ないと思うが。

 

「難儀ですねぇ。答えが出せないなら出せないで良いでしょうに。それは即ち“辿り着くには早い”ってことなんですから。今を生きる人間ならまだしも、英霊の身でそれより先に踏み込むのは無粋ってヤツですよ」

 

 煽りおる、コヤンスカヤ。

 どちらかというと今回の場合は“辿り着くには早い”というより“世界観が違う”という側面が強いと思うが。

 ところが向こうの世界としては正論であったらしい。リツカやマシュはまるでコヤンスカヤがまともなことに驚いたように顔を見合わせている。

 対して、アルキメデスはコヤンスカヤを一瞥した後、天井の照明装置に目を向ける。目、死んでない? その照明装置の術式、二百年くらい前にらむくんが組んだ死ぬほど飾り気のないものだし、見ていてもリラックス効果とかないよ?

 

「ふん、流石に玩弄対象のこと程度は理解していると見える。貴女にその性質があるように、私にも性質がある。私がこの世で唯一美しいと感じるものは、絶対不変の数式のみ。その解を求める機能に不備が生じるなどあって良い筈がない」

「どういう式で何処に至ったのかは興味もありませんが、私はどうも前提か認識が間違っているような気がしてならないんですけどね。ま、悩むのは良いですが、防衛機構の改造については、一度手を付けたなら途中で放り出さないでくださいね。こっちの手間が増えますから」

「言われずとも――この世界の方向性、人類という種の在り様は、少なくとも汎人類史よりは合理的だ。まともに物を考え、理解し、吸収する至極当然の事が出来ているうちは、その式の無駄を修正してやることも吝かではないとも」

 

 実際、凄い助かっているみたいなんだよね。アルキメデスによる術式改良。

 元々は修復の仕方を修正しただけらしいのだけど、それを基盤にして運用コスト削減を手掛けたところ、更に助言をしてくれたとか。

 たった数日で時代が百年は進んだ気分である。凄いなそっちの世界。

 コヤンスカヤが納めてくれた砲弾もまた、凄い。何かが凄い。

 技術局の子たちが調べた限り、この世界で作られているものと変わりないというのだが、これが使ってみると、妙に威力が高いのだ。

 コヤンスカヤ自身が監督している場合のみの現象らしいが。何かしてるのかな。

 

 本命の答えが出ていない様子のアルキメデスには申し訳ないが、手伝ってもらっている状況は本当にありがたい。

 誘導など知ったことかと術式を突き破って街中に落ちてくる侵略種というのも珍しいものではないのだ。

 そうなれば被害は甚大だ。全土のワルキューレを集め、私やセイちゃんもその場の用事を切り上げる事態になる。

 ――この数年、そうなってしまい、更に最悪の事態にまで行き着いたことだってある。技術の結集した、この巨神国の中でさえ、だ。

 それでも折れない。誰一人、もう駄目だと諦めた者はいない。

 ゆえに――

 

「っ、と……慣れないな、この感覚」

「は、はい……セファールさんが放つ世界を修復する波、ですね」

 

 世界の不和を修正していく。陥穽を埋め、亀裂を縫って補修していく。

 皆が生きるための、完全な世界へ。皆が戦っているのだから、せめて彼らが立つ土台だけは、あるべき姿を保たんと。

 その波の中で零れ出るように、戦禍から人々を守る使命を持った娘たちが生まれてくる。

 どうやら、私の思考は大体、生まれてくる時に共有されてしまっているらしく、彼女たちには――この決意だか強がりだか、自分でも判然としない感情を知られている。

 だからこそなのだろう。彼女たちが、この世界に命を賭してくれるのは。

 どうにもならない遣る瀬無さを覚え、それもまた感付かれているのだろうなと思っていると。

 

『――む?』

「何かありました?」

『……ん。なんだろう――ちょっとだけ、様子の違う子が、生まれてきたみたい』

 

 ワルキューレたちは生まれると、ひとりでに私のもとに集まってくるけれど。これは少し、見に行った方が良いかもしれない。

 私の娘であるのは間違いない。けれど、純粋なワルキューレとは違う。

 

 感じ取れる性質は、どちらかといえば――世界の敵となるものみたいだ。




■藤丸立香
金色で光沢のある果実を齧って戦う姿はセファールをドン引きさせた。
『色合いからして絶対に体に悪いので栄養補給ならちゃんとした料理を食べてほしい』

■マシュ・キリエライト
金色で光沢のある果実を齧って戦う先輩を全力で守る姿もセファールをドン引きさせた。
『リツカのブレーキ役と豪語していたマシュすらあの様子とかカルデアって組織が心配になる』

■コヤンスカヤ
殺戮技巧(人)――その時代にある人類の兵器を自在に使い、威力は『人類が使う場合より数倍のものになる』というスキル。
これにより自身の指揮下で防衛機構を運用している場合やたらと火力が上がる。
仕方のない契約上の話とはいえ、この能力を人類を守る側として使うのは如何なものかと思っていなくもない。

■アルキメデス
まるで月の王が赤子になった世界線の如くごちゃごちゃと捩じくれた理不尽なルートに辿り着いた苦労人。
サーヴァントには睡眠は必要ないし老化もないが徹夜業務に明け暮れ身も心も擦れ切った社畜のような雰囲気を醸している。
重要な点には答えを出せない一方で、防衛機構の修復や改良は物凄い勢いで進んでいる。誇張抜きで百年単位の進化を果たしており、素で異世界チートみたいなことをしている。実際“みたい”じゃなくて異世界チートである。
兵器を作成して運用している訳ではなく、あくまで改良案を提供しているだけのため、各種防衛機構に彼の殺戮技巧(道具)スキルは乗っていない。

■種火
FGOにてサーヴァントのレベルアップに利用する素材。
数名のサーヴァントの発言によると、実際に食べるし美味しいらしい。
第二部にてその正体が判明した。年代的に例のトリックスターがこの世界に生まれていたかどうかは不明だが、少なくとも似たようなものをセファールは食べた。
ちなみに、種火が通称となっており効率的に収集できるクエストの名称も「種火集め」だが、実際に素材の名称に「種火」と付くのは最低レア(イクラ)のみである。

■上位の侵略種をこれだけ相手に出来るこの世界の戦力
セファール(端末含む)、聖剣使い、アトリ、ブリュンヒルデ、へかてさま。
それから戦士としての道を歩んで数百年というレベルのワルキューレたち。あとちょっとおかしい人間約一名。
一騎当千のワルキューレたちは世界全土に派遣され、各所で戦っているが、それでも少ない。戦力が一人二人増えるだけでありがたがられるレベルで。

■数学者の英霊
身長250cm(鎧込み)、体重500kg超(鎧込み)。通称蒸気王。


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第六幕『みにくい白鳥の子』-4

もがいたヤツだけが生き残る。それ、カイジのポリシー。
そいつらもちょっと似てる。だから生き残ってもいいんじゃないかって思った。


 

 

 数千キロと離れた場所に移動する際、一番時間効率が良いのは転移装置の利用だ。

 端末を特定地点に下ろすのも、はじめに比べれば早くはなったが、それ以上にこの技術が発展する方が早かった。

 

 とはいえ、これも万能ではない。

 装置を構築している術式は非常に精密であり、特に座標を特定するための情報量は膨大となる。

 既存のものを模倣しても座標を変更することが出来ず、装置の構築に携われるのは魔術局、技術局に所属する中でも一握りだとかなんとか。

 私は魔術に明るくないため知識としてしか知らないが、少なくとも短期で組み上げられるものではない。

 往復を考えると二つの装置の構築が必要であり、未だ以てこの世界における大事業の一つと言える。

 地を駆け、海をも渡り、そして空は諦めた人々が編み出した、距離を飛び越える手段。

 それでも誰一人自在な技術としては独占出来ない、最高峰の術式。

 

 ――しかし、どんなものにも例外は存在する。

 

 座標を素早く特定し、短時間で術式として組み上げ、転移という結果を出力する規格外の業。

 多分、こればかりは向こう数千年経っても人間には手の届かないだろう魔術の極致。

 それを成せる者が、二人いる。

 この世界における魔術の頂点と、二千年間彼女の弟子として腕を磨いた愛娘。

 ――要するに、ヘカテとブリュンヒルデである。

 

「着きました、お母様」

『ありがと、ブリュンヒルデ』

 

 魔術の使用法としてナンセンスとされる、その場で組み上げたものを使用するという使い捨てによる行使。

 個人的に使うにしても、何かしらの道具に焼き付けて使用するのが基本的な中で、そんな即興使用は普通は行われない。

 戦闘の手段に魔術を選択したワルキューレたちも然り。その場で一つ一つ使い捨てで組むなど、侵略種を前にしている状況では悠長に過ぎるのだ。

 だからこその魔術礼装。

 魔術を仕込んだ礼装を携帯し、状況に応じて使い分けるというのが彼女たちの定石だ。

 礼装の方向性は多種多様。牽制用の魔弾を放つ銃砲やら、衝撃を与えることで過剰に込めた魔力を爆発させる爆弾やら、魔力の放出が齎す推進力によって自爆覚悟な突撃の威力を向上させるジェットやら。

 あまりにあまりな戦い方でなければ、私もそれを否定することはない。出来る限り危険の少ない、得意な戦い方をすべきだ。ジェットについてはその日の内に禁止させた。

 

 ――ともかく。

 ワルキューレだろうと礼装による魔術行使は当たり前のもの。術式一つを取っても構築に手間の掛かる魔術は、使い捨てに向いていないのだ。

 ヘカテは例外だった。元々魔術はヘカテに伝えられたもので、彼女はそれに特化した力を持っていた。

 複雑な術式でも数秒あれば組み上げ、即興で使用することが出来るために礼装を必要としない規格外。

 そんなヘカテの無形構築を、ブリュンヒルデは習得した。

 流石に師に速度で勝ることはないものの、それでも即興の魔術だけを武器として侵略種と真っ向から戦うことが出来るほどに。

 まあ、どちらかというと彼女は防御的な魔術の方が性格的に得意のようだが。些か過剰に過ぎる気もする防御性能はヘカテさえ引くほどだ。

 魔術の腕でヘカテの次点にあるブリュンヒルデならば、他の術式に比べれば時間や負荷は掛かれど転移を組み上げることも不可能ではない。

 数分間であってもワルキューレたちのネットワーク中枢という役割が疎かになるのは良くないため、ここ数年、それを行うことは殆どなかった。

 しかし今回は例外。

 ブリュンヒルデも、ワルキューレの誕生に異変が生じたことは察したようで、その場所に自ら赴くことを決定した。

 私も端末を回収して転移に同乗。

 この状況は出来るだけ早めに確認しておかなければならない。付近に転移装置はないし、その場に端末を出現させるより此方の方が早かった。

 

『――気を付けて、ブリュンヒルデ』

「はい、お母様も。いざとなれば、私が何としても守ります」

『それ逆。私が守る方』

 

 流石にそれは譲れない。

 この端末は極論何度破壊されてもいいものだけど、ブリュンヒルデに代えは利かないのだ。

 さて、転移で訪れたのは人気のない樹林。

 文明の手が伸びていない。そのような場所には侵略種も殆ど落ちてこないため、ワルキューレたちが近くを飛ぶこともない、秘境とも言うべき場所。

 荒れていない自然の姿を端末を通して視界に収めているというのは割と貴重な時間だった。

 余裕がない状況だと分かっていても、少しの間目を奪われてしまうほどに。

 いいな、この場所。落ち着いたらまたみんなと来たいものだ。

 だけど――今はそれどころじゃない。

 この光景に見惚れているばかりではいられない要因が、そこにいる。

 

「向こうも――気付いたようですね」

『ん。あの子凄いな。ワルキューレだけど、ワルキューレじゃない。単独で持っている力は、もっとずっと大きい』

 

 人の姿を取り、そこから姿が大きく変化することのないワルキューレの中でも、特別幼い容姿を持って生まれた彼女。

 それが、“元々は”ワルキューレではない、違う何かであることはすぐに分かった。

 その因果は不明だが、本来の――あの小さな身体に秘められた力は凄まじく大きい。

 今の姿であれば、全容を振るうことは不可能だろう。

 だが本性の大きさを見るに、それを十全に振るえたならば、勝てる者はこの世界でもどれだけいるだろうか。

 私の本体、セイちゃん、あとはアトリとエクリプスが勝てるかどうか、かな。

 そんなレベルの、一級の危険人物(ワルキューレ)

 ブリュンヒルデは警戒を隠さない。私も注意こそするが――何だろう。

 あの子に定められた“星の滅び”、少し歪んでいる。

 

 炎の如く赤い長髪と金の瞳。

 手足の先は黒く、目元に走る黄色い紋様は瞳と同じく爛々と輝いている。

 側頭部から伸びる黒い角。

 そして、左胸――心臓の位置に痣のように広がっているのは――霜?

 全体で炎を形作るような印象の彼女の中で一際異質な冷たいものが、体の最も温かい筈の部分を覆っていた。

 

『――体の調子はどう?』

 

 此方を怪訝な表情で睨め付けてくる彼女に、とりあえずは問い掛ける。

 どういう経緯があれど――その前提があったにしろなかったにしろ、あの体は彼女にとって初めて得るものである筈だ。

 生まれて、体を持つということに戸惑い、上手く手足を動かせない子も時々いる。

 彼女の場合、立って、動かすことは出来ているが……。

 

「……は?」

 

 私の問いに対して、意味が分からないとばかりに彼女は声を漏らした。

 少し掠れた、響くような声。

 発声はまだ慣れていなさそうだ。それでも、その力を誤って放出してしまうことがないのは凄い。あんなの、普通であれば持て余して暴走させてしまいそうだが。

 

「貴女はその姿を得てまだ間もないでしょう? 何か不都合や不具合はないですか?」

 

 ブリュンヒルデの声色は、普段妹たちと話す時のものより、少しだけ硬い。

 普段通りにしようと意識しているのが見て取れる。意識しないといけないくらい、あの子の異常性は大きかった。

 

「――――大いに。不都合も、不具合も、大いに。俺に起きたことは、理解している。俺が再び肉の身を持ち、よもやそれが矮小な星守の戦乙女の器だとは。しかも――」

 

 その視線は、私からブリュンヒルデに移る。

 驚愕、怒り、或いは別の何か。

 暫しブリュンヒルデにそれを向けていたが――にわかに左胸を覆う冷たさが強くなると、彼女は目を閉じた。

 

「……またも、お前か。お前が、俺の前に現れるのか」

 

 ――?

 まるでブリュンヒルデと面識があるような物言い。

 ブリュンヒルデは覚えがないようだが、彼女のその言葉には何かしらの実感が伴っている。

 人違いか、もしくは――。

 

「……本来、我々ワルキューレは世界の修繕に揺られ、ここに辿り着きます。しかし貴女はそうではない――そういうことですね?」

「直前に微睡む感覚があったことは否定しない。だが、然り。俺には異なる世界を生きた記録(きおく)がある。己が身命を賭した星の終末は叶わず、滅びた筈の魂がここに流れ着いた。そこに何の働きがあったかは知らないが」

 

 違う世界……最近多いね、そういうの。

 要するに、リツカやマシュ、ドーマンにコヤンスカヤ、アルキメデス――彼らと似たような存在、ということか。

 彼らと違うのは、彼女は別世界からの訪問者ではなく、あくまでこの世界で生まれたワルキューレと定義できること。

 その魂、その力の由来がどこにあったにせよ、私にとっては娘であることに間違いはない。

 

「異なる世界――そこにいた、私と似た誰かと縁があったと」

「然り。俺は貴様らに滅ぼされた。それが、よもや同質の星守に生まれ直そうとは。――――クク。やはり、俺は運命への叛逆もままならぬか」

 

 どういう訳か、この世界に流れ着いた、誰かの魂。

 それがワルキューレとして生まれた。その魂に根付いた力を、尚も有したままに。

 自嘲するように笑う彼女の言葉をひとまず、全て信じるならば、どこかの世界で彼女は己のやりたいことを成し遂げられず、道半ばで倒れたのだろう。

 つまるところ、運命というものに負けた。

 その望みがどういうものだったにせよ――そこには強い想いがあったというのに。

 なるほど――何かが縁になったというなら、この世界に来る訳だ。今もなお、滅びの運命に抗おうとしているこの世界に。

 

『――ねえ』

「なんだ」

『君の、元々の名前は? 覚えているんでしょ?』

 

 膨大な炎に、氷を包含した矛盾の力。

 それを以てどこかの世界に終末を齎そうとした誰か。

 そうであろうとも良い。気にすることはない。

 

「――俺はスルト。氷焔の巨人王であった者。古き時代の終わりを望まれ、それに抗い、星の終わりを望んだ者。己が見られぬ筈の明日を望まなかった者だ」

 

 ――この世界においては、過去の罪などどうでも良いことだから。




■セファール
自身の世界で発展している技術についてはだいぶふわっとした認識しかない。
ヘカテによって魔術が伝えられた当初、学んでみようとはしたものの、セファールという存在に理解出来るものではなかったのである。元女神の推測大当たり。
既に構築されたものに魔力を通して起動することは出来る。
新たに生まれたワルキューレの異常性を感知して確認に向かい、そこでかつて星を滅ぼそうとした者と出会う。
たとえ星の終末装置だろうと、ワルキューレとして生まれた以上は娘である。どこぞの姉より理屈は通っている。

■ブリュンヒルデ
ヘカテの独自技能であった魔術の無形構築を体得したセファールの次女。
魔術においてはヘカテの次点を行き、他のワルキューレたちでさえ及びもつかない技術を誇る。
戦闘能力もこの世界においてトップクラスだが、単純な戦闘では彼女の上を行くワルキューレもいる。
本領は守勢。特に彼女が携わったセファールの神殿の防備はセファールもドン引きするほどの強固な防衛力を持っている。

■魔術礼装
ミスティックコード。この世界において発展した魔術の形式。型月における同名単語とは異なるもの。
組み上げた魔術を焼き付けた道具全般を指す。
魔術の性質上、その場で組んで使うことは非常に稀であり、礼装を介して使用するのが一般的。
この世界では魔術は当たり前になった文化で、日常的に使われる。汎人類史における電化製品が此方では魔術礼装として発展している例は多く、一般人であろうと一日中魔術礼装に関わらない日がある人物というのはそうそういない。
道具全般と先述したように、用途は日用品から武器まで幅広い。防衛機構も魔術礼装の一種。
一部のワルキューレが戦闘に使う、己の戦法に則した専用の魔術礼装はそのワルキューレの象徴でもあり、本人とセットで語られることも。
例えば――技術局を長年支えてきたワルキューレ・リラエアが空で戦っていた頃に使用していた、複数の防衛機構を縮小して携帯し、敵に向けて弾切れになるまでぶっ放す重武装は彼女の象徴。魔弾の軌跡が複雑に絡み合いながら敵を追う光景に当時の技術局は湧いたそうだ。

■スルト
そこに性転換タグがあるじゃろ?多分ラグナロク編で最大のサプライズ。
北欧異聞帯において敗れ、どういう訳か性転換し幼女に転生を果たした誰得巨人王。大神「は?」
それにしてもこの世界、戦力の補充に見境が無さすぎである。
だいぶややこしい経緯を辿っており、とある事情からだいぶマイルドな補正が掛かっている。


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第六幕『みにくい白鳥の子』-5

 

 ――巨人王スルト。

 神々の時代を終わらせるために生まれた終末装置たる、炎の巨人。

 それまでの繁栄に黄昏を齎し、世界を焼却して新たなる人の時代へと作り替える役割を持ったもの。

 異なる世界の知識を持つブリュンヒルデは、そう説明してくれた。

 彼女――スルト自身の表情からしても、それは間違いではないらしい。凄く顔に出るな、この子。

 とはいえ、気になる点もある。

 

『今のブリュンヒルデの話と、実際の君は違う?』

「見られぬ明日のための役割なぞ、認められなかった。ゆえに叛逆し、結局はどっちつかずのまま敗北した身。それが俺だ」

 

 つまり、このブリュンヒルデの知識を肯定しておきながら、彼女の辿った道がそれとは違うというところ。

 終末装置としての自分は、“こと”が終わればその世界に存在する理由はなくなる。

 スルトはその、新たな世界に切り替わった後の結末に抗った。

 そうして負けたのだ。前の世界に生きる神か、後の世界に生きる人間か、或いはその両者に。

 

「とはいえ、“実際の俺”と言う言葉の解釈にもよるがな。そこの女の持つ智慧は汎人類史、ないし北欧神代のテクスチャはそれに近い終わり方をした人類史のものだろう。俺はまたそれとは違う、俺の行いによって決定的に世界の進展が停滞した世界のスルトだ」

 

 汎人類史――なんかコヤンスカヤたちもそんな言葉使っていたな。

 リツカたちの世界がそれで、スルトはまた別の世界からやってきたのか。

 終末装置として在るべきだった彼女が運命への叛逆を試みたことで、どうあれ世界は変わったのだ。

 ――この世界は討たれる筈だった私が生き残ったことで変なルートを歩んでいることはコヤンスカヤたちから聞いていたけど、それと同じ感じ。

 成否はどうあれ運命に対してそれではいけないと待ったを掛けて、明日を望んだ者。

 

「この世界も同じだろう。よもや遊星の尖兵たる――戦乙女の素体たる白い巨人が世界の理などと。原初巨人(アルビオン)の如し、か。詩人の絵空事も侮れんな」

 

 何のことやらではあるが、私という存在については彼女もまた知っている訳か。

 ワルキューレとして生まれた時点で私のことは知られてしまっている筈。それを、元々の知識と照らし合わせれば、そんな世界であることは推測できるのだろう。

 彼女の方が、少なくともこの世界の外から見たこの世界の理解は深いようだ。

 

「俺のことはもういいだろう。俺の過去を省みてお前たちに利があるとは思えん。それよりも、お前たちだ。俺を戦乙女の器なぞに収めて何をさせようと言うのだ?」

「ワルキューレの使命は、その躯体にインプットされている筈です。そして、“私たち”もお母様も、貴女に望むことを変えるつもりはありません」

「俺に星守を望むと? 星の終わりを望んだ俺に? ――クク、性質の悪い冗談だ。破壊は何処まで行っても破壊でしかない。それを知らんのか?」

 

 癖なのか、喉を鳴らすように笑うスルト。

 言っていることは分かる。その力は何かを守るためのものではないと――自己の限界を知っている身の発言。

 一度敗北し、終わったがための自己評価か。

 だが――それがどうしたという話だ。

 

『元々、私だって本質は大差ない。それが大元になったこの世界は、“守るための力”を選んでいられる余裕はないの』

 

 なんであろうと、それがこの星の人々を守る力になるのであれば受け入れる。そういう状況にあるのがこの世界だ。

 リツカたちだって、この緊迫した状況でなければ、もっとややこしい事態に陥っていただろう。

 

 持てる力を、才能を、アイデアを選り好みしていては、侵略種という脅威を退けることは出来ない。

 そんな世界が一万年かけて、人間一人という単位までが世界レベルで必要とされる巨大な防衛機構まで発展した――そんな風な人類神話が技術局を中心に広まっているレベル。

 人を部品の一つみたいに言いたくはないけれど、誰一人軽視できる人間はいないというのは私も同感。

 皆で明日という未踏を夢見て、そこに足を踏み出すことに尽力する。

 そのためには、他の世界というよそ者だろうと、力を貸してくれるならば構わない。

 

「――そうか。確かにお前も、元はこの星の大敵だ」

『でも、今は違う。ここは私の愛する世界。滅ぼそうというのなら許さないし、守ってくれるというのなら、差し出せるものはなんだって差し出す。明日を勝ち取るために』

 

 今や討伐した侵略種だって利用する者がいるのだ。

 ……いや、私としてはやめてほしいけど。

 選り好みしないとは言うけど、あの子の奇行についてはセファール本気で困惑である。ブリュンヒルデもよく心配しているし出来ることなら別の手段を選んでもらいたい。

 

「……この世界の明日など、どうでもいいが」

 

 少しの間、黙考していたスルトは、白の広がる胸元に黒い手を当て、呟く。

 

「――――そうか。おまえはそう諭すか。この俺に、星の終わりに、ならば次は星を守れと。氷焔に溺れた女よ、おまえは――」

 

 もしかすると彼女は、ただこの世界に流れ着いたというだけではないのかもしれない。

 もっと、別の――誰かの小さな想念が関わっているとか。

 この場にいない誰かに向けた言葉は、風に吹かれて消えていく。

 そして、彼女の胸の白色が少しだけ広がり、辺りに分かるほどの冷たさを放つと――答えを返してきた。

 

「使ってみせるがいい。俺のことを。加減はせんぞ。たとえ何千何万の人間どもを巻き込もうと、俺の知ったことではない」

 

 本来の性質の一端なのだろう。スルトは獰猛に笑い、そんな警告をしてきた。

 ワルキューレの体では、本来ほどの力は発揮できないだろうが、それでも“そのつもり”になれば可能だという確信があった。

 要は、使うならばうまく使えと、そう言っているのだ。

 

『ん。信頼する。よろしくね』

「新たなる姉妹機(ワルキューレ)の誕生を祝福します。スルト――この銘で呼んでも?」

 

 辺りを巻き込む戦い――彼女がそれを望むのであれば、それに沿う役割を与える。

 スルトの思惑が善にせよ悪にせよ、扱いは誤らないという、ある種の決意と覚悟がブリュンヒルデには見えた。

 ワルキューレを総括し、指示する身。

 たった一人でその立場を担う私の次女は、己の大事な役目をスルトに対して行う必要があるか、尋ねる。

 即ち、命名。

 ワルキューレは名を持たずに生まれてくる。ゆえに、空に輝く綺羅星の名を、ブリュンヒルデが与えるというのが習わしだ。

 だが、スルトは既に個人の名を持っている。それをこれからも使い続けるかという問いに対し、彼女は首を横に振った。

 

「その名は巨人王としての俺の名だ。新たな運命を受け入れた以上、この体である内にそれを名乗ることはない。好きに名付けろ」

「分かりました。では新たな銘を。輝く星を貴女に下ろし、新たなる願いとしましょう」

 

 生まれてくる姉妹の誰に対しても平等に、ブリュンヒルデは名を与える。

 この世界を守るための空の輝き。いつか誰もが希望を持って見上げる空を齎すための同志として。

 かつて、ヘカテたちが星の海を旅していた頃に発見した星の名。

 それらの意味を読み解いて、相応しいものをブリュンヒルデは妹たちに授ける。

 これはヘカテから直接、星々の輝きの“意味”を紐解く方法を教えられたブリュンヒルデにしか出来ないこと。

 

 新しい妹は、これまで生まれたワルキューレとは一線を画す、特殊な存在だ。

 であれば――命名は難航するか、或いはその存在にぴたりと合致する名がすぐに見つかるか。

 私には分からなかったものの、目に映る範囲で黒い流星が降り、防衛機構が迎撃する光の走る空を見上げていたブリュンヒルデは――すっと目を閉じ、微笑む。見つかったようだ。

 

「見つかりました。貴女にこれ以上なく、相応しい輝きの銘が」

「所詮、個人を識別するためでしかないものだがな。聞かせるがいい。何だろうと文句は言わん」

「はい。貴女の銘は――」

 

 氷と焔を内に宿す、別の世界から流れ着いたワルキューレ。

 新たな娘を迎え、この世界は降り注ぐ滅びに対して、また一つ強くなった。

 それを嬉しく思う。数としては増加傾向にある黒い星に勝ち切る希望に、なってくれる筈だと。

 久しぶりに、ただ純粋に喜んでいた。

 

 ――数日後にこの世界に吹くことになる、黒い風など知る由もなく。




■スルト→ワルキューレ・オフィーリア
元・消えぬ炎の破壊男児。ブリュンヒルデによって地雷なのか何なのか自分でも良く分からない部分を全速力でぶち抜く名前を与えられた。
本人はまったく無自覚だが、割と感情が顔に出る。
巨人王としての能力は基本的にランクが下がった状態で有しており、世界を焼き尽くす程の出力はこの姿では実現できない。
感情に昂ぶりが発生したり、ある種の迷いが発生した際、氷の属性が強くなって冷却することで“暴走を遷延”し、思考に余裕を与えるスキルを新たに獲得しており、これが幾分かスルトという存在を理性的にしている。
マイルドになっていれど一人称は俺だし基本的な性格もさほど変化がないため書いていて頭がバグりそうになるが、今の姿はあくまでロリである。
凍り付いた胸元の描写がそこそこ出ているのは現状全裸であるため。ワルキューレが生まれた際、裸であるか礼装を纏っているかは決めていないため定かではないため、彼女が例外かどうかは不明。
性別にはあまり頓着していない。有体に言えばどうでもいい。それはそれとして、人と大差ない身の丈になったことには割と困惑している。
ちなみにスルトという名の小惑星は存在しないが、土星の衛星に命名されている。

■セファール
別世界の存在に対しても、三人称には「あの子」を用いる。一万年ものの世界レベルの母性は伊達ではない。
スルトについては藤丸たちの世界とはまた別の世界からやってきたという認識。
また、ブリュンヒルデの持つ知識と藤丸たちの世界が同じという裏付けは取っていないため、これもまた別の世界だと思っている。自分たちの世界が並行世界モノのクロスオーバー作品の舞台になっている件。
カオスな状況ではあるが――滅ぼすためならばともかく、生きるために彼らが手を貸してくれるということは、つまるところ吉兆だろうと強く感じている。

■ブリュンヒルデ
セファールの次女にしてワルキューレの長。
ヘカテの弟子として数々の教えを受けており、オリュンポスの神々が見出した星々の名を紐解くすべもその一つ。
それを元に、生まれたワルキューレに相応しい銘を与える役割を持つ。
今回も新たなワルキューレの性質を見て取り、これしかないと判断した銘を与えた。
あくまで――あくまでこの世界の命名法則から偶然えらいところをぶち抜いただけであり、彼女に一切の他意はない。

■アルビオン
時計塔の地下に残る遺骸の主たる境界竜……ではない。
本話においてスルトが言及したアルビオンとは、十八世紀英国の詩人ウィリアム・ブレイクが提唱した独自の神話観における原初巨人アルビオンのこと。
世界の卵であり人類の祖――そこから広がる神話を、ブレイクは幻視した。
余談だが、ブレイクは後世に影響を与えた詩を多く残しており、例を挙げると、藤丸立香の精神セコムこと巌窟王エドモン・ダンテスの宝具の和名『虎よ、煌々と燃え盛れ』の元ネタの元ネタだったりする。


★ウルト兎様よりオフィーリアのシンボルイラストをいただきました!

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第七幕『レジスタンス』-1

 

 

『ヤバいかも、これ』

 

 ――それを感じ取って、最初に出てきたのがそんな感想。

 まともなものとは思っていなかったが、ここまでだというのも予想外。

 この世界に当然のようにある、けれども侵略種と比較すれば、どうとでもなる天災とはまた違う。

 それは、世界を滅ぼすに足る嵐だった。

 

 巨神国に程近い海の上で、予兆もなく空気が荒れたのが大体一時間前。

 侵略種たちとは違う、この世界に発生した異常。リツカたちとも違う、巨大な規模。

 何より、異常ではあるが異物感はない。どこか懐かしいような、それでいて悍ましい悪意を宿した風が吹き荒れていた。

 

「――これはこれは。“頑張ろう”、“負けるものか”と前向き一辺倒な世界において、この突き刺さるような憎悪。なんとも、なんとも、新鮮でありましょうや、セファール殿?」

『ちょっと静かに』

「ンン――」

 

 煽るドーマンを黙らせる。これがなければ文句の出ないほどブリュンヒルデの助手として優秀なんだけど。

 しかし、なんだろう。この痛いほどの気配は。

 侵略種であれば、このような悪意は感じない。ただそれが己の役割だとばかりに、私たちを害するためだけにその力を使い尽くす。

 けどこれは――その存在本来の役割とは違う悪意だ。

 そう作られただけでは出せない鋭さ。理由があり、実感があるからこその強い感情だった。

 

「どうします? 手っ取り早く片付けますか?」

「少しだけ、待ってください。今ヘカテ様がこちらに向かっているそうです」

 

 逸るセイちゃんをブリュンヒルデが止める。

 正直、その選択は間違っていないかもしれない。これは放っておいてはいけないものだし、下手を打てば手遅れという事態も考えられる。

 だが、それはヘカテに尋ねてからだ。

 ここ最近ずっと姿を見せていなかったヘカテが、久しぶりにブリュンヒルデに連絡を寄越した。

 そして、こっちに向かってきているということは、何か話があるということで、状況からして“これ”に関わることだろう。

 

「そうですか。――で、そちらはどうしてここに?」

『私が呼んだ』

 

 リツカ、マシュ、コヤンスカヤ。それから最近ここに居ついているドーマン。

 絶賛防衛機構の改良に手を貸してくれているアルキメデスを除く、別の世界からやってきた面々。普段はこの神殿の屋上庭園にやってくることはない異邦の客人。

 直近の異常といえば彼ら。私たちでは知らないことを知っているし、何か知恵を借りられないかということで集まってもらったのだ。

 対するこちらの世界のメンバーは私、セイちゃん、アトリ、ブリュンヒルデ。

 それから、リツカたちと同じ理由で来てもらった私の娘(ワルキューレ)の新顔、オフィーリアである。

 ――ところでどうしたんだろうね、オフィーリアと、それからコヤンスカヤ。

 苦虫を十匹くらい同時に噛み締めたような顔してるけど。

 

「……」

「……」

「……コヤンスカヤ? どうしたんだ?」

「…………いえ、既視感とかその手の類でお二人が何も感じないならそれでいいです。ただ、まあ。“この世界すげーな”って改めて感じただけで」

 

 よく分からないが褒められて悪い気はしない。

 多分、コヤンスカヤは彼女の世界にいたスルトと面識があったとか、そういう話だろう。

 紆余曲折あったがオフィーリアという名前を受け入れた彼女は既にワルキューレの一人だ。もう過去を詮索することはない。

 とはいえここに来てもらったのは、リツカたちと同じ理由。

 特殊な出自だ。もしかすると知っていることがあるかもしれない、と。

 

「――久しぶり。揃ってるわね」

 

 オフィーリアとコヤンスカヤが妙な睨み合いを続けているうちに、ヘカテが転移してきた。

 

『お帰り、なんか錆びた?』

「錆びたわ。もう本当、勘弁してほしいって感じ。私、万能艦じゃないってのに」

 

 肯定するのか。確かに、最後に会った時よりさらにくすんだ感じだけど。

 大丈夫かな、ヘカテ。あそこまで――あそこまで自分の体を重そうにしていること、今まで無かったぞ。

 こちらの心配を他所に、ヘカテは見知った面々を見渡した後、初対面の子たちに目を向け――

 

「……うわ」

「誰とも存じませんが、初対面でドン引きされる筋も無いのですけど」

 

 コヤンスカヤを見て止まる。ヘカテといいオフィーリアといいどうしたの?

 

「なんとも凄いのが来たって思っただけよ。けど、この世界じゃそういうのはウケないでしょ。人間の足掻き方が違いすぎて」

「……否定はしません。とはいえ私、今回は“そちら”ではなくビジネスとしてこの世界と付き合っています。契約分は真面目に働かせていただきますので、よしなに」

「そ。なら私からは何も言わないわ。それで、そっちのはいいとして――」

「拙僧の扱いが雑すぎでは?」

「喋らせると長いと判断したのだわ。今はそんな余裕ないの」

 

 何やらヘカテ、コヤンスカヤについて察したらしい。

 彼女の本質は私には表面くらいしか理解できないけど、ヘカテの場合はもっと深く把握できているだろう。

 まあ、この世界に何かするつもりでなければ、そういう“悪”であっても私は何も言うつもりはないのだが。

 コヤンスカヤの大したビジネスマンシップに頷いたヘカテの視線はドーマンを通り過ぎ、リツカとマシュに向けられる。

 話したことないのに、相変わらずヘカテは人を見る目があるな。確かにドーマンに喋らせておくと気が滅入るってブリュンヒルデからも苦言されているけど。

 そういう道化というか、狂言回しみたいな役割を気に入っているとか何とか。

 実際に自分の言葉の巧みさたるや、別の世界において唯一の王に幾度となく世界を作り替えさせているほどの領域にて――みたいなことを自信ありげに嘯いていた。碌でもないことになっていないか一抹の不安を抱く。

 

「そっちが本命ね。別の人類史からの人間たち。なるほど、大したものを背負っているじゃない」

 

 ともかく、コヤンスカヤとドーマンより、ヘカテが関心を持っているのはリツカとマシュのようだ。

 

「本命……? 君は――」

「物怖じは無し、と。セファールの前だからか、それだけの場数があるからか……」

 

 というかリツカたちが来てからヘカテはこちらに顔を出していなかった筈だけど。

 別の世界から来たとかそういう事情は既に把握しているようだ。こういうところに、時々彼女が元・女神だというところを感じさせる。

 

「私はティターン神族の裔。新月の魔女。冥府の案内人にして、星を照らす導きの一灯。そっちの人類史では残っているかしら、ヘカテの名は。貴方たちから感じられる神代の気配はあくまで後付けのものみたいだけど?」

「ヘカテ……それって――」

「はい――わたしたちの人類史では、ギリシャ神話にその名前があります。メディアさんやキルケーさんに魔術を授けた女神です」

「知っているなら良し。その二人が誰かは知らないけど、こっちの人類史では潰えた神々唯一の生き残りってことになってるわ」

 

 私がリツカたちの世界で倒されていた一方で、ヘカテは向こうでもしっかり魔術の師匠になっているらしい。

 凄いな、世界が変わってもやっぱりお人よしだ。ヘカテはヘカテだということか。

 弟子まで有名になっている辺り流石といえる。その子たちも魔術の腕は卓越したものなのだろう。ただ、ヘカテが世話を焼き過ぎて世間知らずになっていないか不安だが。

 ん? どしたのヘカテ。

 

「――普通は伝わるのよ、こういう風に」

『なんの話?』

「都合悪いこと忘れていると後で痛い目見るわよ」

 

 そして謎の恨み節である。

 疲れ切っているからといって機嫌を悪くするのは如何なものか。

 ほら、皆困惑しているぞ。誰もついていけてないじゃないの。

 

「――ともかく。貴方たちの事情は把握しているわ。この中心部の防衛に余裕ができる日が来るなんてね。まずはそこに礼を言っておきましょう」

「あ、ああ――けど、俺たちはとにかく、目の前の“出来ること”にぶつかっていっているだけだ。根本的な解決には何も――」

「そこは貴方たちに頼むところじゃないわ。だって――特異点、だっけ。それの解消に来たんでしょう?」

 

 どこから把握しているかは知らないけれど、ヘカテは実に話が早い。

 特異点のことを話題に出すと、リツカとマシュは目を見開いた。一方で、コヤンスカヤは怪訝な表情である。

 

「やっぱり……侵略種は特異点の発生による影響じゃないのか?」

「ええ。数が加速度的に増えているのは影響の一端かもしれないけど、存在そのものは関係ないと断言出来る。貴方たちの目的はあくまでこの世界の、この時代を歪ませているものでしょ? なら、思い当たるものがあるわ」

 

 マジでか。もしかして現状だと私よりヘカテの方がこの世界のこと、理解しているのかな。

 感覚としてこの世界を感じられると言っても、感覚そのものが鈍くなっている訳だし。

 

「以前――貴方たちより前に、別の人類史からこの世界に来た者がいたの」

『何それ知らない』

「あれだけ巧妙に存在を隠していたらセファールどころかヒルデも気付かないわよ、きっと。私が見つけたのはその残滓だったから、もうこの世界にはいないと思うけど、色々とこの世界に干渉していたみたい」

 

 リツカたちより前――やっぱり知らないな。

 ヘカテが見つけた段階で残滓であったということは、彼女が気付くもっと前からこの世界にいたのだろう。

 何をしていたのかも分からない。“それ”そのものがもういないということは――検証するのも、もう不可能か。

 

「干渉の内容で、分かったのは一つだけ。よりにもよって、今触れられたくない一番厄介なものを叩き起こしてくれたわ」

『厄介なもの?』

「ええ。適当に夢を操って安らかな方に導いてやろうとしたけど、流石に無理だった。この世界に在るだけだったそれを現界させる程の膨大な魔力リソースを受けたのだと思う」

「膨大な魔力リソース……聖杯、でしょうか。わたしたちが観測した特異点の異常は、これまで大半が聖杯の影響によるものでした」

「あれが貴方たちと同じ人類史から来たなら、それかもね。ともかく、本来目を覚ますべきでなかったものが目覚めた。それは立派な、世界の歪みと言えるものよ」

 

 細かい部分はよく分からないが、ともかくヘカテがこれまで姿を見せていなかったのは、その何かの対処に追われていたからか。

 そして、ヘカテの推測によれば侵略種が増えているのも――この世界が滅亡に向かっているのも、その何かによる可能性があると。

 では、その何かとはなんなのか。

 前置きが長いのは好きじゃない。目で訴えれば、ヘカテは呆れたように溜息をついてから、言った。

 

 

「――恨み、怒り、使命、希望――この世界が見捨てたものが、この世界に刻んでいった呪詛よ」




■ワルキューレ・オフィーリア
「……侵略種ポイント、累計報酬の管理はここで行っている。規定数に達したらここに来い。クク、落ちたものだ。この俺が店番などとはな」
・TS転生した
・ブリュンヒルデとかいた
・オフィーリアと名付けられた
・カルデア(あとコヤンスカヤ)と再会した←今ここ

■セファール
この世界を褒められるのは悪い気はしない。

■コヤンスカヤ
褒めてない。

■藤丸立香
この「異聞帯となる世界」において、彼は主人公ではない。
そのため、彼の視点では多くが不明なままに状況は加速する。

■三叉路のヘカテ
錆びた。
シリアスな状況だと知ってはいるが、それはそれとして元々の自分たちの名乗りのスタンスを理解してくれる人間たちが来たことは割と嬉しい。
ちなみにこういう前置きが好きじゃなかったり理解がないのはセファールと聖剣使いくらいである。
藤丸たちより先に来た、他の世界からの者――即ち大神によってこの時代に歪みが生じたと語り、大いなる災厄の目覚めを打ち明けた。

■大神
何もしてない。


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第七幕『レジスタンス』-2

 

 

 ――さて、と。ここは私が君たちに教える必要があるか。

 ラグナロク戦線。流星雨の如く降り注ぐ侵略種との戦い。

 その終局を飾るのは他でもない、この世界の“内”からの発生だった。

 セファールも聖剣使いも、詳しい事情は知らないからね。この部分を語るのは、こういう反則が必要だ。

 少しばかり話すのは躊躇われるけど、これも世界が今に至るまでに必然迎えるべき結末。

 悲しくて、悍ましくて、理不尽だけど、これから君たちが見るものの前提を知っていてほしい。

 

 侵略種というのは、この世界の外からやってきた敵だ。

 そういう意味でははじまりの侵略種というのはセファールになる。

 この世界で築かれていた秩序を破壊して、世界を作りなおしてしまったのだからね。

 ところが、世界そのものはその変革を受け入れた。

 人々もその変化で生き方を変えた訳でもなく、百年も経って世代が変わる頃には当たり前の世界になった。

 セファールは今の世界を愛しているし、その上で生きる命もまた世界を愛していた。

 だから侵略種という今や当たり前になった敵に対して抵抗を続けている。

 であれば――“前の世界を取り戻そうとするもの”もまた、彼女たちにとっては同等の敵となるのは必然だ。

 

 この新天地に生きることを許されなかった者たちがいる。

 いや、少し訂正。彼らは新天地が誕生するより前に討たれていたからね。どちらかというと彼らの行いが新天地のきっかけになってしまったというのが正しいか。

 つまるところそれは、かつての秩序。

 

 ――神と呼ばれる者たちだ。

 

 様々な巡り合わせの悪さによって、神々は選択を誤った。

 そのために、彼らは世界を奪われた。

 大半が軍神の剣によって滅ぼされ、残る者たちも己が秩序ではなくなった世界で大したことが出来る訳ではない。

 とはいえ、だ。

 神々の影響の一切が、この世界から消えたのかといえば、そうでもない。

 たとえば日輪神官の系譜は太陽神の祝福――執念ともいう――が現代に至るまで残っていたりする。

 軍神の剣なんて最たるものだ。

 巨神王の武器となり、多くの姿でこの世界を守っているけれど、結局はかつて最強を誇った軍神の得物であるのだから。

 そんな風に、ざっと今から三千年前、ラグナロクの終端にも、そうした神の影響が残っていた。

 別に、特定のこういう神がいた、とかそういう話じゃない。

 名のある神から名も無い神まで多種多様な神々の想念。

 

 分からなくもないだろう?

 彼らからすれば、何処かの誰か、まったくの別神(べつじん)がセファール相手に下手を打っただけ。

 それがきっかけで自分たちが諸共討ち滅ぼされるなんて、理不尽にも程がある。

 元をたどれば、そういう理不尽への怒りを生きている内に持って、セファールを討たんと奮起するべきだったのだろうけど、まあそれはいいか。彼らが怯えたからこその今の世界だし、もしそうなってセファールが滅びる結末なんて私は見たくないからね。

 

 実際のところ、“これ”がいつこの世界に刻まれたのかといえば、その発端はこの世界が新天地となるよりも前だ。

 敗北を悟った神々が後の世界を想った。

 軍神の剣が神々に振るわれるその刹那に抱いた強い感情。

 魔女と同じような理屈で新天地へと変わった世界に運よく生き残った神々が、意味を失って消える前に残した未練。

 ラグナロク末期。この時代に現れたのは、そうしたものが、募り募って、詰み上がって、膨れ上がったものだから。

 

 

 ――選ばれた二人は、なんてことのない、ただの少年少女だった。

 今の基準で言えば成年を迎える前の、同じ村から選ばれた二人。

 事を起こしたきっかけである神は自らの滅びを確信していて、それでも諦めきれなかった。

 そのままいけば、待っているのは侵略者の手に落ちた世界だ。

 人間を殺さず、文明を破壊せず、神々だけを手に掛ける壊れたセファールのことだ。自分たちが滅びた後に世界もまた滅びることは無いだろう。

 だが侵略者によって支配された世界で、生命がまともに生きていける筈がない。

 そうなってしまった世界を再び秩序の下に成る世界と出来るのは、神々をおいて他にあるまい。

 正義感と、それから義務感。

 そして、負けてなるものかという意地が始まりだった。

 こうなった神は厄介だ。何せ頑なだからね、人の一人や二人攫うし、その意思など聞かずに利用する。

 

 つまりだね、神は彼らをいつか目覚める逆転の駒としようとした訳だよ。

 自身の力を切り離し、それを少しずつ増幅させながら眠り続ける二人の人形。

 いつか彼らは目覚め、その時こそ世界を侵した侵略者を完全に討ち滅ぼし、再び神々の世を取り戻さんとする救世者。

 二人に与えられた役割はそれだ。

 ああもうこの時点で理不尽極まりない。神の世を取り戻すための戦いを、どうしてただの人間が押し付けられなければならなかったのか。

 ――そんな倫理観など、この時代にはなかった。この時代、誰より知られていた人間が、そんな役割を押し付けられた筆頭だったからね。

 そしてそんな代表がセファール打倒の使命を成し遂げられていないことを、この二人の人間は憂いていた。

 なんという巡り合わせ。“であれば自分たちの方が”――ごく僅か、細やかに思っていた感情に付け込まれてしまった。

 

 もしも、それだけであれば侵略種にも劣る、小さな災害に過ぎなかったことだろう。

 先程も言ったように、ラグナロク末期に起きたこの災厄は、募り、詰み上がり、膨れ上がったものだ。

 小さな正義感、小さな義務感、小さな使命感に突き動かされる大多数。

 そんなありふれた事態によって、この善なる神の計画は歪みに歪んだ。

 

 その二人は神々の想念の受け皿だ。

 セファール如きに滅ぼされたという恨み。聖剣使いが役割を全うしなかったという怒り。

 そうして変わった世界を受け入れた人間たちの愚かさに対する憐れみ。

 未練や無念は彼らを見つけた。感情を受け入れ、いつか目覚める、新たなる世界への災厄の萌芽を。

 さて、方向性が決まってしまえば、後はそちらに向けて突っ走るだけ。

 

 魔女以外の神がいなくなる頃には、それは世界規模の膨大な呪詛の卵となっていた。

 

 セファールは気付けなかった。

 何よりそれは、セファールが気付いてはならないものだから。

 神の願いは呪詛へと変わっても、世界を変えるに足る規模になるまでという前提は崩されていなかった。

 必ずや、セファールを討ちたいという意思だけは、怒りを抱いた神も、恨みを抱いた神も、世界を救いたがった神も変わりなかったんだ。

 

 聖剣使いは気付かないフリをした。

 彼女はあくまで、人々の先頭に立つ、人間の一人という立場を崩さない。

 等身大の思考を全うする彼女は、育っていくその感情の卵を“気付き”から外した。

 自身が気付くならば、相対するならば、それが顕現してから。目の前のことだけを考えるからこそ、自分は自分でいられるのだと、彼女は理解していた。

 

 魔女は知っていた。

 知っていて、しかし自分ではどうにもならないと確信し、それを乗り越えられる最善の手を打った。

 

 神官は気付いた。

 自身にある神の祝福からか、その異変を悟り、しかし死期が近かった彼には何も出来なかった。

 ただ、彼にも確信があった。

 魔女とはまた違う――この世界ならば必ず乗り越えられる程度の障害だという確信が。

 

 魔女がセファールに、その時まで伝えなかったのは何故だろうね。

 自身が元・女神であったことから、神々の呪詛に思うところがあったのは確実だけど。

 もしかするとそれは負い目かもしれないし、或いはそれが秘密ではなくなるまで伝えられないというような、神々の密約があったのかもしれない。

 ゆえに自身の中で対策を講じた。神々による世界の否定への尻拭いも兼ねて。

 結果として事前に対処することは出来なかったまでも、世界は他の人類史からの戦力を受け入れることで抗えるようになった。

 そう判断した魔女は、ラグナロクという災厄のピークたる今こそ――いつか激発するこの問題を解決すべき時と、二人の人形を目覚めへと誘導した。

 

 ――ところで。

 世界の資源に限りがあるのと同じように、一つの世界を滅ぼす災厄にも限度がある。

 一定を凌駕するほどの滅びを乗り越えてしまえば、引っ切り無しの滅びの連鎖というものはひとまず止むものだ。

 本来、そうした事象が発生するほどの滅亡を、人は乗り越えられはしない。

 その希少な例がここにある。

 侵略種の大量襲来で弱った世界に目覚めた嵐。それを乗り越えることで、この世界は一度落ち着いたんだ。

 そこからは現代まで、侵略種は不定期で襲来すれど、対処と発展が可能な歴史が続くことになる。

 ゆえに最大の戦い。ゆえに最大の世界の危機。

 この世界の上で目覚めて、そしてこの世界が救うことが出来なかった、罪なき災厄。

 世界に歯向かって、世界を超えた同盟によって、ラグナロクの終幕(フィナーレ)を飾る大敵として滅ぼされた二人。

 この世界が存続するために必然的に抱え込むことになった黒い歴史。

 

 

「――さあ、イル。目覚めの時だ。今こそ闇夜を切り拓く」

 

「うん。きっと世界(セファール)を殺して、世界(かみさま)を救おうね、ウル」

 

 

 神々の切り札。

 神々の妄念。

 神々の最後の希望。

 混沌を分かつ剣。天をも喰らう海。

 かつての天地との真なる訣別。

 

 世界の行く末を賭けた決戦――幼年期の終わりの話をしよう。




■破天海域
神々が自分たちの世界を取り戻すためにこの世界に刻んだ希望。女性。
名もない村から選び出された誰かであり、■■■■■■■■という海の名を受け入れた災厄。
ラグナロクの終末に目覚めた、侵略者たるセファールを討ち神々の世を取り戻さんとする“救世者”。

■黄金山脈
神々が自分たちの世界を取り戻すためにこの世界に刻んだ希望。男性。
名もない村から選び出された誰かであり、■■■■■■という巨人の銘を受け入れた災厄。
ラグナロクの終末に目覚めた、侵略者たるセファールを討ち神々の世を取り戻さんとする“英雄”。


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第八幕『私たちの革命』

 

 

「――ま、この世界にある、“どうにも”な気配。そういう理由でなければこうはなりませんよね」

 

 さもありなん、という風に頷いたのはコヤンスカヤだった。

 最初から、それ以外にはないと知っていたような表情。

 呆れと――それから、玩弄のような嘲弄のような、曖昧な感情が顔に表れている。

 

「ンン。神々の情、と。形も失くし、意味も失くしてなお、妄執で世に在り続けるなど、それは形代がなければ成り立ちませぬ。いやはや、残酷なもので」

「よくもまあ、そこまで悟れる存在がいて汎人類史はまともでいられるものね。……ところで貴方本当に汎人類史の英霊?」

「如何にも。汎人類史の未来を憂い、平穏を揺るがすこの特異並行世界の危機に身を投じた次第にて」

「……“身を投じた”、ねえ……ま、いいわ。貴方の技術を解析している余裕はないし、なんだろうと手を貸してくれるなら」

 

 ――どーの口がほざいてるんですかねえ。

 

 そんなコヤンスカヤの無言の視線が突き刺さってなお、ドーマンはブレていなかった。

 うん。何となく、ドーマンの性質も伝わってくるけど、私から指摘するようなことは何もない。

 少なくとも、今この子が自分なりの手段で手を貸してくれていることは間違いないし、別の世界の事情に口を出す気はない。

 ドーマンやコヤンスカヤが、リツカやマシュとどんな関係であれ、この世界のために協力してくれているなら、私としてはただ感謝する限りだ。

 

「えっと……つまり、神霊――いえ、真正の神々がこの世界に残した呪詛が、この世界の災厄として顕現した、ということですね?」

「そういうこと。単独の神のそれなら、セファールだけでも何とかなるだろうけど、これはそういうものじゃないわ」

 

 にしても、そうか。

 私が世界を変えたきっかけ。セイちゃんを助けるために実行したあの手段。

 もうこの世界にとっては当たり前の秩序になった、私の我儘。

 つまるところこれは、その負債なのだろう。遺恨というものは確かにあって、今、この世界に生きる人々まで巻き込むような災厄になってしまっているのだ。

 

「……まったく。とんだ取引に手を出してしまったものですねぇ。古今東西の神々のごった煮呪詛とか、この世界の尖りっぷりがよく分かります。正直これ、汎人類史を巻き込んだところで手に負えないですよ?」

「別の人類史ってのがアレのアキレス腱なのよ。つまり、呪詛が向けられるこの世界で生まれていない存在である貴方たちが」

 

 現在進行形で、吹いてくる風に乗る悪意は増している。

 これは多分、影響力が強くなれば、ただ浴びているだけで害になるような代物だ。

 その影響下に置かれない者こそ、彼らということか。

 彼らこそ、アレの最大の弱点。勝てる保障はないけれど、最も安全にアレに立ち向かえるという意味で。

 ……であれば。

 

『――別の世界から来てくれたみんな。ここにいない、アルキメデスも含めて』

 

 この世界そのものとして、今を管理する唯一の神として――この世界の『総意』として、決断しよう。

 

『今から私たちは、その呪詛を討つ。この世界の全部をかけて、この世界を守り通す。これから始める戦いで、昔この世界にいた神と袂を分かつ』

 

 即ち、私たちの世界より前にあったものの否定。

 リツカたちの世界では、未だ残っているかもしれないものの否定。

 この世界が本当の新天地(エクステラ)になるための、旧時代の否定。

 

『私たちは、私たちの明日を迎えたい。だから――今の、そして未来のこの世界のために、力を貸して』

 

 私たちだけでは難しい。彼らにはより高い可能性がある。

 そうだというなら、彼らの全力を貸してもらう。彼らの力を借りて、彼らと共に、この世界の未来を掴み取る。

 

「……先輩」

「勿論。やろう、マシュ。万が一、それが俺たちの目的じゃなくとも――」

「――! はい。短い期間ですが、この世界で多くを見せてもらいました。わたしたちの世界とは違うところは山ほどあって、けれど、わたしたちが見てきた多くの人々のように、誰もが今を精一杯生きています」

 

 ――彼らにとって、これは本当に成し遂げたいものとは関係がない事柄かもしれない。

 得られるものも、神々の呪詛を打ち払うという難題に比べて、小さすぎるだろう。

 ……だというのに。

 

「シグルドさんと共に、明日のために戦いました。パリスさんとは、望む平和な世界を語り合いました。リラエアさんの最後の研究が成就してほしい。ロココくんには立派なパン屋になってほしい。フリックさんとエマさんの間にもうすぐ生まれるという赤ちゃんが、元気に育ってほしい。もう二度と交わらない世界だとしても、悲しい終わりにはしたくないんです」

「俺も、まったく同じ気持ち。だから――セファール、この世界のために戦わせてほしい」

 

 ――ああ、なんて。

 なんていい子たちなのだろう。もう、それ以上背負う余裕なんて無いと、一目で分かるのに――

 

「お母様。その手で撫でようとしたら、みんな潰れてしまいますよ」

『……む』

 

 無意識のうちに、手を彼らの頭に乗せようとしていたらしい。

 危うく、始まる前に大惨事だ――いや、セイちゃんいるから大丈夫だったかな。

 代わりに、同じことを思っていたらしいブリュンヒルデがリツカとマシュを撫でていた。羨ましい。

 

「ありがとうございます、二人とも。貴方たちの強さ、頼りにしています」

 

 撫でられ慣れていないのか、新鮮な反応を見せる二人。

 実に微笑ましく思っている間に、コヤンスカヤはセイちゃんに近付いていた。

 

「撤退表明ならセファールに言ってほしいんですけど」

「いえ。あちらの二人の事情とは別に、私も契約ですので協力を惜しむつもりはありません。少しばかり貴女に確認をしても?」

「何か?」

「貴女は、どう思っているんですか? 神々が世界を脅かしている、現状について」

 

 確かに、セイちゃんは当事者である訳だし、何か思うところがあるのだろうと考えるのは普通だろうけど。

 そういうの、セイちゃんに聞くのは間違っているぞ。

 

「……どう思うって、これまでと何か変えるべきなんですか。侵略種と大差ないでしょう」

 

 彼女にとって、今回の敵は特別なものでもなんでもない。

 敵である時点で同列なのだ。過去に何があったとか、運命を捻じ曲げた元凶だとか、そういう事を考えない。

 ――煩わしいし、考えていたら余計に疲れるから。

 

「そういう思い入れ、こっちの世界に期待しない方がいいわ。そんな感受性があったら、人間が一万年も生きていられる訳ないじゃない。長く生きるほど無感動になるのが知的生命体なんだから」

「ヘカテに断言されるとなんかムカつきますね」

「盟友に向ける殺気じゃないわよそれ」

 

 セイちゃんにとっては、そういうものよりも、今繰り広げられているこうしたじゃれ合いの方が重要なのだ。

 

「……なるほど。ええ、それならそれで。狂った世界、大変結構でございます。足掻くところを助けるのなら、そういう世界でなくては」

 

 ともあれ、コヤンスカヤは満足したらしい。

 ドーマンも相変わらず、現在進行形でワルキューレのネットワーク維持を手伝ってくれている。

 最高の状況だ。

 みんながこの世界に力を貸してくれる。この世界の、今の在り方を認めてくれている。

 ならば今の世界が続くことになんの問題があるだろうか。

 過去の秩序は、もう不要なのだ。

 まだ旧い理が残り続けていて、私たちを否定するのならば、ここで完全にそれを排して終わりを告げる。

 言わばこれは、私たちの革命だ。

 

「――なら、始めるわ。世界中に触れは出し終えた。私が言うのもなんだけど、驕った神々を否定してやりましょう。宣戦布告は任せるわ、セファール」

『わかってる。衝撃は防いでね、ヘカテ』

「ええ。星が吹っ飛ぶほどの威力だろうとそよ風にしてみせるわよ。どうせそれじゃあ向こうも死なないだろうけど、思いっきりやりなさい』

 

 開幕の狼煙だ。盛大に燃やそう。

 これは私たちの意気込み。この世界を助けてくれる者たちも含めたすべてによる、最古にして最新の“侵略種”の否定。

 見せてやろう。これが、新天地の象徴。今の世界の在り方だ。

 

「――セファールさんの頭上に、何かが……」

 

 座標定着、仮想顕現。

 ただ、私はそれを想起するのみ。使わせてもらうぞ、かつての強敵。

 

『発射……『追想・軍神の剣(オペレーション/コード・マルス)』ッ!』

 

 私が知る中で、最も強い神。

 譲り受けた剣が今も世界を護っていることから、神としてその名が語り継がれている唯一の存在。

 その仮想顕現。私が持つ力の一つであり、この戦い最初の一撃。

 

 現れるは、真紅の鋼体。

 

 もう私の方が遥かに大きくなった。それに、その姿は半透明。魔力で構築された仮想体に過ぎない。

 だが、それでもなお――いつか私が死にかけるほどの武を振るったその威圧感は健在。

 寧ろ巨大に。より、巨大に。

 ヘカテ曰く。今の私が、なおも“強かった”と感じるそのイメージによって、さらに強くなった、空想の一振り。

 放たれた極光の流星は、大陸の外――濃さを増している黒い嵐のど真ん中に突き刺さった。




■セファール
やらなきゃセイちゃんが死んでいたのでかつての変革に一切の後悔も罪悪感もない。
今更それが呪詛という形で出張ってきても、ただ迷惑でしかない。
ゆえに、この時代で完全に神々とこの世界の縁を断つ決断をした。ただし軍神の剣と親友たるヘカテは例外とする。

■聖剣使い
神々からの重い期待や、それに対する裏切りなどとうに忘れた。
今の世界において、変革以前の世界から関わりのある存在はセファールと聖剣のみである。
ゆえにそのセファールが脅かされるならば躊躇いなく断つ、かつての世界の秩序を――侵略種と同等として、単なる外敵として斬るという道を選ぶ。
――否、そういう選択肢しかない。ただの人間が一万という年月を生きるために極端なまでに精神性を切り詰めた、彼女特有の狂気の形。

■シグルド、パリス、リラエア、ロココ、フリック、エマ
藤丸とマシュが巨神国での滞在中に出会ったという人々。裏で色々あったらしい。
リラエアは本編に登場したワルキューレで技術局のトップ。
ただ一人を除き、物語の大局を動かすような存在ではなく、歴史の中にか細く刻まれるだけの“誰か”に過ぎない。
しかしそうした無辜の人々との出会いを通して、人理を修復し、漂白に立ち向かう彼らは歩んできた。
此度の出会いもまた、彼らにとっては掛け替えのないものだ。
たとえ、もう二度と関わることのない並行世界の誰かであろうとも。

■『追想・軍神の剣(オペレーション/コード・マルス)
セファールが今もなお最大の強敵と認める軍神の仮想顕現。
指定した座標に魔力を集め、セファール自身のイメージの形を構築。
現れた軍神に攻撃を代行させ、直線状に破壊の極光を解き放つ。
簡単に言えば、衛星兵器ではなくセファールが召喚地点を指定するようになった『涙の星、軍神の剣(ティアードロップ・フォトン・レイ)』。
ただし、この仮想顕現した軍神はセファールを攻撃目標とは定めていないため、攻撃方向、攻撃対象は概ねセファールが決定することが出来る。
これは、軍神の剣がこの世界の面々の武器に転用されるようになったくだりでヘカテが軍神の名誉を残すために色々と頑張った結果、人々の軍神へのイメージがヘカテ同様、「この世界側の神であった」という形になったため。
それをセファールが肯定し、そのイメージを元に存在を構築しているため、この世界に好意的な形での権限となっている。
また、この世界で完全な軍神の剣を見ることが出来る唯一の手段でもある。
破壊規模が防衛機構の比ではなく、被害を抑えるにはヘカテの割と本気の防御術式を併用する必要があり、これまで侵略種との戦いで数回使用したきり。
最初にセファールが何となく使えることを自覚してぶっ放した時、ヘカテはその理屈を知って「やっちまったのだわ」と一ヶ月ほど頭を抱えていたのだが、軍神自体の印象が上向きになった証拠でもあるし結果オーライと半ばヤケクソで受け入れたという。


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幕間『人間/戦士』

 

 

 軍神の極光が、上空を駆け抜けていく。

 それを感じながらも、視界に収めることはなく、俺は目の前にいる侵略種と命を削り合っていた。

 牽制として放った散弾をものともせず突っ込んでくる大型の獣。

 肉体を影で覆ったようなそれは、影ではなく三次元の物質であることを意識しておかなければ、たちまち距離感を見失う。それは侵略種と戦う前提でもあった。

 とはいえ、単純。

 ただ真っ直ぐに駆けてくるというだけならば、目にも止まらぬ神速かセファール神体の如き巨躯でもなければ、対処出来ぬほどに思考力を奪う攻撃ではない。

 

「ふっ――!」

 

 最低限の動きで躱し、横面を殴り付けて体勢を崩す。

 引っ繰り返った図体の脳天に砲口を向け、砲撃機構の引き金を引く。

 放った“本命”は獲物の頭を貫き、体内でその威力を放出する。

 仕留めたという確信の一秒後、侵略種は絶命する。これでまた一度――凌いだか。

 

 砲撃機構に装填したものと、剣筒に入った残弾を確認する。

 まだ余裕がある。あまり持ちすぎても重量が増え、動きが鈍るため、弾数の制約は逃れられない課題だ。

 ひとまず問題ないことを確認してから、絶命した侵略種の解体に移る。

 

「……しかし、先の極光。巨神王直々の力だとして、やはりあの方角には何かがあるか」

 

 先程より海から吹き続けている悍ましい風。

 巨神国一帯を覆う防衛機構の罅から吹き込んでくるそれは、熱を持つ訳でも、雨を運んできている訳でもないが、肌をチリチリと焼くような感覚がある。

 この風については、魔女ヘカテより二度の通達があった。

 まずは朝。この風を感じ始めた頃に、海上に確認されている嵐から発せられる、特殊な呪詛を帯びた風である旨。

 同時に、人間に有害な可能性があるため、人々は家から出ず、各地の戦乙女は可能な限り風を防ぐよう防衛機構を維持し続けよと。

 

 それから二度目。今より五分ほど前のこと。

 あの嵐を、この世界で発生した特殊な侵略種と認定。この瞬間より巨神王と聖剣使いを含めた、この世界の最大戦力をもって討伐することが発表された。

 各地の防衛機構で侵略種の襲来は防げるが、限界はある。

 機構を連続して維持できる時間には限界があるし、今対応したもののように、機構を貫いて落ちてくるものもいる。

 

 空を仰ぐ――防衛機構が展開した障壁の向こう。

 黒い星が無数に落ちてきては障壁に激突して罅を入れ、その上に展開された空翔ける戦乙女部隊が迎撃する様子が遠目に見える。

 あの罅の修復が間に合わなければ、障壁の内部に侵略種が入り込む。

 機構の維持、修復に携わっていた人々も避難している以上、そちらも戦乙女のみで対応することになる。

 よって内部に侵入した侵略種を討つ戦力が現状不足しており、今、俺がいるような辺境は後回しにされていた。

 この辺りには人は住んでいないものの、放置すれば悲劇にもなろう。

 もっとも、俺も分類としては、避難すべき人間に当たるのだが。

 

「……だが」

 

 戦う術がある。やれることがある。

 巨神王に戦力の一つとして認められた身として、この状況で何もせずにいるという選択肢はなかった。

 たとえ“彼女”からの忠告を無視することになろうとも、これは戦士としての矜持、責任感によるものだ。

 聞いた話では、この数週間共闘し、背中を預けることさえあった友人もまた、最前線に赴くという。

 そんな中で何もせずにいるというのは、あまりに情けない。

 

 

 

 ――彼らは数週間前、突然に現れた。

 この世界とはまた異なる世界からの客人。巨神王はその出自を認め、侵略種との戦いにおいて力を借りることを宣言した。

 巨神王が認めたとはいえ、その奇妙な存在を疑う者は少なくなかった。

 だが彼らは、この世界と異なる技術により、見事侵略種を討伐して見せたことで、人々からの信頼を勝ち取った。

 俺もまた、信ずるほかなかった――何故ならば、彼らが扱う技術は俺が幼少より幻視していた異なる世界における技術そのままであったのだから。

 魔術という名は同じであるものの、発展の仕方が違ったのだろう。

 異邦の戦士を呼び出し、それに指示を出す少年と、大盾を用いて彼を守る少女。

 リツカとマシュは侵略種と戦える存在であり、ゆえに力を合わせる友となるのは必然であった。

 友といえる間柄なら他にもいるが、皆、侵略種と真っ向から戦えるような人間ではない。

 よって彼らは、俺としては初の、背中を預けられる人間の友という存在となった。

 

 

 

 多くの話をした。休息の折、加熱炉を囲みながら。

 

「なるほど。辛い出来事だっただろう。そんな中で心を折らず、立ち続けられた貴殿らは――強いな」

「俺だけじゃあ何も出来なかった。マシュや、ここにはいないけど、支えてくれる皆がいるから、俺は今ここにいるんだ」

「それは理想的な繋がりというものだ。人間とは元来支え合うもの。この世界における聖剣使いでさえ、巨神王という存在が支えているからこそ、人であり続けられているのだから」

 

 彼らの世界のこと。幻視する世界の遥か先の時代――彼らが生きる時代は、危機にあるらしい。

 戦える可能性を持った者さえ、それを対処する権利すら与えられず。命からがら逃げ延びた彼らのみが、世界を取り戻すために戦える存在だった。

 戦うことを選んだ訳ではない。戦う選択肢しかなかった、ただの一人の人間であり続けられた筈の子供たち。

 その不屈は、この世界では決して芽生えないものだった。

 

 

 

 多くの話をした。戦支度の折、砲撃機構の具合を確かめながら。

 

「時々、よく分からなくなるんだ。本当に自分の歩んでいる道が、正しいのかって」

「……先輩、それは……」

「うん。分かってる。一つしか道がないのは。マシュとシグルドしか聞いていないからぶっちゃけるけど……たまに、思うんだ。ここで楽になる(止まる)と、どうなるんだろうって」

「――その背負うものを、当方は想像することしか出来ない。貴殿が感じている痛みがどれほどなのかも。だが、和らげることは、或いは出来よう」

「え……?」

「リツカ。人は無限を背負えたとしても、保障出来る世界は狭く、小さい。先を視る瞳も無ければ、尚更。全てを背負ったとしても、その全てのために今を生きるな。己の、己の世界の明日のために生きる。それが、人が背負った全てを力に変えて歩む唯一の考え方だと、当方は思う」

 

 痛ましかった。

 彼らが背負っているものの大きさは、俺にも分かる。多くを守るため、多くを切り捨て、それらもまた背負ってきたのだろう。

 ゆえに、己の生き方を語って聞かせた。この世界の誰しもの生き方を聞かせた。

 それが彼らの世界の在り方に適したものかは依然として不明だが、未来が無色であることは何処の世界も変わりあるまい。

 背負う重みを感じたままに歩むならば、人は明日という一歩先を思うのが限界だ。だから、未来を必要以上に意識する必要はない。

 一日一歩である限り、人はどこまでも進めるのだ。

 

 

 

 そして、多くの話をした。共に侵略種を討ち、それを解体しながら。

 

「シグルドはどうして、“それ”で強くなる道を選んだの?」

「これが最適解であると、気付いてしまったためだ。倫理的、常識的でないことは理解しているが、この世界において一人の人間が戦士となるには、力も時間も決定的に不足している」

「……でも、その手段は……」

「在るべき“己”という形から離れるもの。無論、最初にその葛藤があった。だが、些末なことだ。当方の心が変わり、しかし当方の身が健在であった時に備え、既に信ずる者に介錯を任せている」

 

 人が侵略種と戦うことは不可能であるという前提を、異なる世界の自身に学ぶことで克服した。

 侵略種を討つ手段を、連中の肉体を利用することで手に入れた。

 爪や牙を剣と成し、砲撃機構に乗せて放つ戦術は、幸いにも有効だった。

 ――しかし、それでは足りないと判断するまでは長くなかった。

 体の強度そのものがどうしようもなく人間であり、どれだけ鍛えても、牙の衝撃には耐えられず、拳をぶつけても此方側が弾けることに変わりはない。

 

 

 

 それを解決する手段。体をより強靭なものへと変える手段。

 この身を本来は至ることの叶わない領域へと到達させる手段。

 

 

 思い付き、それを心に決めるまで、そう時間は掛からなかった。

 寧ろ、即決であったと言っても良い。出来るという確信があったがために。

 そして、それを可能とする技術を持つ友もまた存在した。

 許しを得るには相当の苦労を有した。だが、この選択は――この世界に生きる一つの命として、俺自身が選んだもの。

 そう宣言し、俺はこの技術を得た。

 

「――――」

 

 討った侵略種を解体していく。

 爪と牙は次なる刃とするため。一通り剥いだ後、最後にその胸を裂き、侵略種の存在としての核を摘出する。

 即ち、心臓。

 今も幻視する、異なる世界の英雄の姿。大欲の変じた災厄を討ち、その心臓を飲み干して叡智を得た剣士の王。

 あの者と同じ。黒く輝く重い心臓を己の糧として、我が内に取り込むこと。それが俺の至った、人より上にある者たちと並ぶ手段であった。

 

 この“黒”は世界を、そして人を侵すものだ。当然、このまま唇に触れればたちまち命にまで届こう。

 その呪いを無力化し、肉体を補強するための力とする術を――巨神王から。

 その術を肉体が受け入れるための手段を――我が友、ブリュンヒルデから譲り受けた。

 

 肉体に刻んだ圧縮術式(ルーン)により肉体の崩壊を遅延させ、同時に取り込んだ心臓をリソースに変換する。

 身体能力において侵略種と並び、超えるための、侵略種を取り込むことによる肉体改造。

 我ながら妙案だとこれを話したのは、過労を憂いた巨神王により、ブリュンヒルデが暫しの休養を命じられていた折だった。

 そんな中でも使命に強い責任感を持ち、世界を、巨神王を案じる彼女の気晴らしに付き添っていた折だった。

 

 一つ、駒が強くなることで、多少なりともその心は軽くならないものか。

 

 

 提案から十分も経たないうちに、俺は有無を言わさぬ“威”を伴った笑みを浮かべたブリュンヒルデにより巨神王のもとへと連行されていた。

 

「お母様。私よりもさらに疲労を溜めた人がいます。私は彼のように前線に出ている訳でもありませんし、まだ――」

『……とりあえず、休みが必要なのはブリュンヒルデもシグくんも同じ。比べている暇があったらその分寝なさい』

 

 

 ――疲労による妄言と取られたその時の一幕はともかく、今の俺はその術により、侵略種をより有効的に糧と出来ている。

 身体の強化は実際に侵略種の攻撃に対する耐性となっていた。

 無論、他の人間にも適用するようなことを、巨神王は許可しないだろうが。これは今回ばかりの特例と言えよう。

 

 これにより侵略種の討伐効率は飛躍的に上がり、戦乙女同様に巨神国を守護するための戦力として、扱われるようになって数年が経ち。

 空を翔ける極光と、それが貫いた嵐の災厄。

 異なる世界の戦士も含めた、強大な侵略種との戦いの始まりを予感する。

 戦力として、俺自身が一際強く輝く存在になることが出来たという自負はある。

 そして、この戦いへの招聘を受けなかった理由も、また分かる。

 

 ――或いはこの辺りもまた、戦場となるならば。

 

 根拠のない、しかし確信に近い仮定に思考を巡らせながら、心臓を嚥下する。

 戦闘態勢、続行可能。世界に及ぶほどの災厄でさえ、立ち向かう気勢は十分。

 魔剣の貯蔵も、また万全。であれば、その瞬間を待つだけだと、俺は彼方の海に向け戦意を新たにした。




■シグルド
自己改造のヤベー奴。
侵略種の再利用に定評がある。実のところ、数が多すぎてセファールが吸収する分を考慮しても飽和状態にあるため、さほど問題にはなっていない。
人々からすれば、聖剣使いのような神話級の存在ではなく、同じ時代を生き、それでいて侵略種と戦える希望の星。
ワルキューレたちからすれば、人間だけど割と自分たちより強い気がするバグ的な存在にして、お姉様を誑かす危険人物。
この世界にやってきた藤丸たちと出会い、何度か共に戦っている。前話でマシュから名前が出たのはそのため。
カルデアは北欧異聞帯での戦いを終えているため、戦闘スタイルのまるで違うシグルドと連続して出会ったことに混乱こそあったが、無事友人の間柄となった。

汎人類史のシグルドを模倣して肉体を鍛えたことで侵略種と戦えるほどに成長したが、それでは足りないと更なる高みを目指す。
その結果、侵略種の心臓を取り込んで肉体を改造するというとんでもない発想に至り、その術が欲しいとセファール及びブリュンヒルデに直談判した。
正気を疑われ、休養のため隔離施設に監禁されるだのなんだのといったドタバタにもめげない説得で彼女たちは折れ、幾つかの制約付きでそれは許可された。

ブリュンヒルデの存在は、出会う前から知っていた。
幻視する世界を、真に存在する別世界だと確信したのは、彼女がいたから。
とはいえ、あの世界のシグルドとこの世界の自分はまた別。
彼女もまた然り。ゆえに道は交わらないし、偶然があったとしても、それより先には至らないと思っていた。
だが――

――――一目惚れというのだろうな。

■ブリュンヒルデ
ワルキューレ・ネネッタの紹介によりシグルドと出会った後、上位の存在でも妹でもない、特別な/特別ではない知人となる。
基本的にセファールのもとでワルキューレたちの統制を行っているため、前線で戦うシグルドの戦いは妹伝手にしか知ることがない。
ゆえに、数少ない休息においてのみ直接関わる――プライベートな間柄になった。

別世界の知識で得た技術を応用した、文字に魔術としての意味合いを持たせ、それを刻むことで効果を発揮する『ルーン』という技法を考案した。
いわばこれは礼装を持たずとも、即席の構築に思考を使わずとも、強力な魔術の行使が可能な技術であり、その完成度は師たるヘカテも一目置いている。
ただ、「一つの文字に複雑な意味合いを構築する」ことがそもそも至難の業であるため、まともに扱える者が殆どおらず独自技術と化している。
これを――気乗りはしなかったが――受け継いだのは、気の触れた結論に至った仲の良い友人だった。

■セファール
最近別の時空のカルデアに世界規模の母性が降臨したことに危機感を抱くこの世界の母。
藤丸やマシュとはまた別の方面にヤバい人間がこの世界にもいる。不安。


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幕間『人理/学士』

 

「学士殿! 障壁術式三連装分の転換機構が組み上がりました!」

「無駄が多い。発動時に緊急事態が予想される機構において悠々と停止確認を行う暇があるか。転換後に回し、障壁を展開出来ない時間を極力減らすことを優先しろ」

 

「アルキメデスさん、牽制用術式の改良案です」

「これで構わない。後は出力礼装の量産に注力しろ。どうせこの戦いには間に合わんのだから、急ぐな」

 

「最高ですね。大破した術式の修復をここまで短縮できるなんて……いや待て、ここの作り必要か? 無ければより効率的な――」

「それに気付けるなら上々だ。私が見る限りあと六割は修復時間を短縮できる。宣言した以上、お前たちだけでやってみせろ。長期的に見て、その思考は時間の浪費にはならない」

 

「はははっ! やったぞ同志アルキメデス! 魔力炉臨界突破を安定させる基盤が出来た! 『赤い暁星計画』、偉大なる一歩だ! 人道のその先に真理が見えたっ!」

「誰が同志だ! 仮にも技術局トップであれば下らん趣味嗜好に時間を使うな! 機動軍神だか何だか知らんがこの世界にその技術はまったくもって不要極まる! というかそんなモノに手を出すとしてそもそも何故手始めが自爆機構の用意なのだ!」

 

 

 たった一つの結論に向けて歩む種族は、合理的である。

 召喚を受けて暫く経った私の目に、その“群体”は好ましく映った。

 

 なるほど道理だ。こういう世界であれば私が召喚に応じる可能性もあろう。

 汎人類史――人間たちが個々に己の命題を見出すところから生を始める、極めて非効率的な世界。

 私の見識は、その中に留まっていた。

 ゆえに、召喚に応じることは一度もない。幾度望まれようともその全てを拒絶する。

 それが理屈屋の人間嫌い、アルキメデスという英霊だった。

 

 そんな私が召喚されたということは、自然と状況は二択に絞られる。

 個々の英霊の主義主張など省みている場合ではない人理の緊急事態か、私の信条に則った状況下での召喚だったか。

 或いはその両方だという可能性もある。

 前者を組み入れるとなると、ある程度この異質な世界が齎す汎人類史の危機というのも推測できる。

 その上で――この剪定事象、否、遠からず剪定される運命にあるこの世界に肩入れするというのは損失だろう。

 だが、私は汎人類史が招いた非合理の清算には関心がなく、カルデアに指摘するつもりもなかった。

 編纂事象と剪定事象の重みの差は、現状この世界が剪定されていない以上度外視するとして。

 この世界が、少なくとも汎人類史より合理的かつ効率的な発展を生むことを確信しているがために。

 

 セファールに支配された世界、とすると聞こえは悪い。

 人理にとってはこの上なく都合の悪い世界だろう。

 地球外の知的生命体によって作り替えられた新天地。

 

 それによって、人間という種は可能性の幅を失い、可能性の強さを得た。

 安息を失い、平等な勤勉を得た。

 完全な世界を得て、世界の外を失った。

 

 歪な世界だ。

 いつ崩れてもおかしくない土台の上に成った強固な道。

 可能性の枝分かれはすれど、目的、方向性だけは定まった幹。

 閉ざされた世界。たった一つの、妄信する終わりのために邁進する世界。

 されど、決まり切った道程というものは合理性を生む。他の目的を持たないからこそ、最短で解に行き着く姿勢が確立される。

 

 皮肉なものだ。

 人外――外よりの降臨者が理を書き換えたことで、初めて人類は“美しい”と思える種族に近付くなど。

 このように成長性のある社会であれば、いずれ来たる終わりの際には汎人類史など比較にもならない、整った式を描いていることだろう。

 少なくとも、この世界は私をして、導く価値があると感じさせるものだった。

 

 私は汎人類史の英霊である。

 私の召喚にどういう意図が絡んでいたにせよ、それが汎人類史のためであるという事実に変化はない。

 それは理解しているとも。もしも、他の事象が分岐点となった並行世界であれば、私もカルデアを軸として動いていたに違いない。

 

 だが、決定的に汎人類史と道を違えた世界においては、別だ。

 ここまでこの世界と関わってきて、私は確信した。

 

 ――ああ、この世界は、美しくなる。

 粗の目立つ式さえ整えてやれば、その先を、更にその先をと高みを目指すことが出来る。

 今後の時代においても試練となるであろう侵略種なる存在との戦いは、平和という発展への最適解を脅かしてこそいれど、屈してなるものかという、愚かではあるが確かな意思がそれを補っている。

 心底から驚いた。人類とは、目に見えた終末を指し示してやることで、ここまで効率的になるのかと。

 であれば私は。この世界を理解し得る私は。この世界の不明に対する解を見出したいを思う私は。

 ――――この世界に在ることこそ、相応しいのではないか。

 

 

 腹立たしくはあるが、どうにも不明な点はある。

 

 セファールが人類の庇護を望んだ理由。

 この世界の成り立ちに深く関わっているそれは、今や答えが喪失しているといっても良い。

 そもそも遊星の尖兵たるセファールはこの星の文明を破壊し、収穫を終えれば機能を停止するという一種の機械に過ぎない。

 意思のようなものは存在せず、ただ文明に対して力を振るう理不尽の化身である筈だ。

 それが、何故人間を――発端を辿れば、聖剣使いという個人を認識し、天敵であるそれとの共存を望むようになったのか。

 曖昧ではあるが初めからそうだった。それがセファールの回答だった。

 そうである筈がないし、元より当てにはしていない。だが、セファールが“人間を模倣して出力している人格”が回答として出したものだ。全く異なるというのも考えにくい。

 

 そして、聖剣について。

 まず、あの聖剣の出自こそ不明ではあるが、伝承通り妖精が齎したというならば、今なおその輝きが保たれているのはあまりにもおかしい。

 星の内海は既に無い。世界には裏も表もなく、かつての星の意思は既に潰え、神々の加護も最早木っ端が残るばかり。

 そんな、神秘が形を変え切った世界で聖剣が輝きを保つのは、世界全ての人間の祈りを束ねたとしても不可能だ。

 これについては、有力な考察こそあるがどれも真実だと断言できるものではないというのが現状。

 人間の代表でありながら、人間の在り方とは隔絶した精神を持つ聖剣使い。

 彼女自身が聖剣に対して一切の疑問を抱いていないというのだから始末が悪い。

 神々が、そして妖精がいた時代に彼女が聖剣の解析を――担い手として当然の責務を果たしているだけで、この謎は消えていたものだというのに。

 

 これらに確たる解を齎したいというのは、自然な帰結であった。

 退去してしまえば、これらは解答のない問いになる。

 関わった身としてそれは許容できない。

 本召喚に命題を見出すのであれば、これらの数式だ。この世界を形作るセファールと聖剣というピースがどのように成立したか。

 いわばそれは私に対する挑戦という訳だ。実に不合理、かつ非生産的な問い掛けではあるが、この世界の人類の成長を待ちながら解き明かす題材としてはちょうど良い。

 導くべきものと、解くべきもの。

 これらが揃えばなるほど、私が意思に反して召喚されるのも納得できる。

 

 そう、自身の召喚の理由に行き着いた時、私は汎人類史を裏切ることを選んだ。

 探偵の真似事ではないが、この世界の行く末を想像し、カルデアという組織が介入したことを考えれば、いずれこの世界が汎人類史と本格的に敵対することは容易に分かる。

 だが、それになんの躊躇いがあろうか。

 己の功が成した汎人類史だろうと、未練はない。そも、それを齎したのは群衆に対する寛容の証。

 なんら価値など感じていない以上、別の人類史に手を貸すことに負い目など覚えようもない。

 来たるべき時、私がこの世界に齎した進歩が汎人類史に牙を剥く。至極どうでも良いことだ。

 

 ――さて、ひとまずは、ここを乗り越えてもらわなければ想定外となるが。

 神々の呪詛との決戦。旧き世界への清算。アレへの敗北は即ちカルデアの敗北であり、汎人類史の敗北。

 セファールさえ出陣する大一番とはいえ感慨など持てず、私の目は防衛機構の改修、修繕に勤しむ人間たちに向けられている。

 ごく一部、カルデアに所属するどこぞの英霊から理論の飛躍した非常識を輸入したらしく、計算式を失い始めた技術者こそいるが、大局に致命的な欠陥を生むほどではない。

 人々がここより先に進歩できるかどうか。それはこの新天地そのもの――つまりセファールがどれだけ旧き理に抗えるかに委ねられている事だろう。




■アルキメデス
頭のおかしい世界に放り込まれてそれなりに経つ。
理性の怪物である彼だが、それゆえに一つの方向性に対して邁進する、汎人類史とは異なる社会性に理解を得た。
その結果、見事洗脳され汎人類史との決別を誓う。
ついでに解答などない命題への遥かなる挑戦も始まった。エウレーカできる日は来るのか。

■セファール
人間を模倣し意思を出力している……とアルキメデスは考察している。
人間がセファールに憑依したという大前提に至るほど学士殿は未来に生きていないのである。

■聖剣
学士殿「なんで輝いているんだ……?」
セファール『なんで輝いているんだ……?』
妖精「なんで輝いているんだ……?」

■『赤い暁星計画』
プロジェクト・マルス。
技術局特別主任リラエアの晩年を飾る一大プロジェクト。
かくも赤き叛逆の暁星、乱世の梟雄が振るう中華ガジェットは、異なる世界の技術者に浪漫(ローマ)を与えた。
やけに仰々しい名称だが、始まろうとしている神々の呪詛との戦いとは一ミリも関わらない。
本筋と並行してなんか進んでいる、クリアするとちょっとお得かもしれないサブイベントのようなものである。


★ウルト兎様よりアルキメデスのシンボルイラストをいただきました!

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第九幕『旧き神話の終焉地(ラグナロク)』-1

 

 

 大穴の開いた嵐が最も近く見える、巨神国の端。

 荒れた波の打ち付ける断崖に、その存在は降り立つ。

 

 追想した軍神の一撃という招集に応じるように飛び出してきた黄金の輝き。

 その眩しさとは裏腹に世界を裂く脅威性をこれでもかと感じさせる、どこか懐かしい“強さ”がそこにあった。

 遠視を得意とするワルキューレによって共有された視界を、ドーマンが投射して映し出す。

 それは人型に――人間に見えてはいるが、人の身で届くとは思えない巨躯だった。

 落ちてきたと同時に大地に罅が入る。罅から更に広がるように、赤黒い紋様が大地を走る。

 そして、その文様が、文字通り世界の罅となって、たったそれだけで僅かに世界を傷つける。

 

「巨人種もかくや……力は比べるべくもありませんね。人にここまでの権能押し付けるとか、流石の私もドン引きです」

「成り立った世界、必ずや破壊せしめてご覧入れる――大方そんな意思表示でしょうな? なんとも無粋なものです。舞台から壊し始めても面白くないでしょうに」

 

 荘厳で煌びやかな光輝は、印象だけでは呪詛とは思えない。

 だが、その両腕は確かに、世界一つなど壊してしまえそうな力があった。

 

 三メートルは超えようかという威容を包む、黄金の鎧。

 自信に満ちた――固まり切った真紅の瞳は、迷いなく私を捉え離そうとしない。まるで、与えられた使命によってそれを強制されているように。

 嵐の巻き起こす暴風に、鎧と同じ黄金の長髪は靡く。

 右手に握られているのは、分厚い刃を持つ大剣。石板の如きその刀身には、かつての秩序が刻んだであろう古の規律が荒々しくも几帳面に刻まれている。

 人の子であった頃の面影など、その顔立ちくらいしかない。

 個性の大半を不要とされ、その分懐かしき神性を注がれた器が、そこにあった。

 

「ダレイオス三世に匹敵する巨体、それに、あれは――」

 

 何より異様なのは、その腕。

 不自然に露出した黒い両腕には、地を走るのと同じ赤黒い紋様が駆け巡る。

 その二本が、彼の呪詛にして権能の中心だった。

 確信する。あれは私を傷つけ、殺し得る。文字通り世界を引き裂くことが可能な代物だと。

 

「……間違いありません。乖離剣――ギルガメッシュ王が持つ、原初開闢の宝具と、同じ力を感じます」

「ははぁ、なるほど。汎人類史であれば、私たちの誰もの弱点となる黎明の一振りと」

『何か知っているの?』

「ええ。遥か原初、まだ天と地さえ定まっていなかった混沌を切り分け世界を創った剣。それゆえ世界に対して絶対的な優位性を持つ、開闢の言祝ぎ。大方その力をあれの基になった人間に注いだということでしょう」

 

 世界を創る。世界を支える。世界を壊す。

 いずれも、ただの人間が成すには耐えられない所業であることは分かる。

 如何に後天的にそれに足る力を持ったとしても、器そのものが世界との差があり過ぎるのだ。

 

 ――これを成したかつての神は。

 この人間ならば耐えられるという期待も、別に持ってはいなかったのだろう。

 そのようなこと、どうでもいい。興味の対象ではない。ただ、与えた力を解き放ち、上書きされた新天地さえ砕けば、それでいい。

 神とは身勝手なものだ。そんなことは知っている。

 そして、その決定こそが秩序となる。私が世界ではない頃はそれが当然だった。

 

 即ちこれは、そんなかつての時代が遺していった産物。

 旧き世界との訣別は、終わっていなかった。世界を取り戻さんとする神々の、最後の一手。

 切り札とするのに相応しい権能なのだろう。

 

 何となく、胸の奥に冷たさを感じてそれを見下ろしていれば、ヘカテに言葉を投げられる。

 

「……念のため言っておくけど、セファール。あの権能、かつての私より上のものよ。つまり、今の私だとまともに受け止められるかすら不安なくらいの」

『――だけど、私が受けるともっと危ないってことだよね』

「理解があるようで何よりだわ。アレは立っているだけで開闢の渦を起こし、世界(あなた)を挽いて傷つける。言わば、聖剣と同じくらい、貴女にとっては天敵なの」

「私なら一撃で世界真っ二つにできますが」

「マウントが世界規模で不謹慎だ……」

 

 確かに聖剣もあれも、私の弱点だ。だが、聖剣はまだ私を斬ることはない。それはもっと先の話。

 その終わりを、正しく迎えるために。私はあれによって終わる訳にはいかない。

 私とセイちゃんが決めたそれを、ヘカテが理解して、賛同を示してくれた時はあっただろうか。

 

 元・女神であって、だけど人の理解できる範疇で親身な彼女は、世界ではなく人類の味方だった。

 文明を教え、鍛える、霊長の師として、常に想定外に驚き、想定外に期待してきた。

 

 この世界の上に在りながら、ただ一人、価値観の隔絶した存在。

 世界の終わりに寄り添わず、世界の“イマ”を庇護する者。

 それが、ヘカテ。この世界で一番の過保護の名前。

 

『大丈夫。この世界の終わりは、まだ早い』

「――上等。全力で守られなさい、私たちの世界(セファール)

 

 何が言いたいかは分かっていた。

 これでも一万年以上の付き合いだ。時々よく分からないだけで、基本的には言葉の裏だってお見通し。

 この戦いが始まってから何度目か分からない、ヘカテの大きな決意。

 私はそれを、ただ受け止める。ヘカテの女神としての、そしてこの世界に生きる一つの命としての矜持だと知っていたから。

 

「今聞いた通り、敵は世界を切り拓く腕を持っている。だけど、アレは尖兵に過ぎない。本命はあの嵐の中。まだこの段階では、こっちの全力を出してはいけない」

 

 この場の全員に、ヘカテは言う。

 あれと嵐は別のもので、同様に脅威ではあるが、ゆえにあれを倒しても決して油断は出来ない。

 力を温存した上で、世界を裂く相手と戦わなければならない。或いは、カルデアの面々には馴染みが薄いかもしれない。

 だが、大丈夫。世界の脅威との戦いというなら日常茶飯事。今だって、世界中で繰り広げられている。

 それが今回は相手がとびっきりだというだけ。

 寧ろ、底が見えているだけ有情だとも言える。

 それに――この世界には、“細かいことを考えないことができる”プロフェッショナルがいるのだ。

 

「その先兵とやらも、本命も、全力を出し続けて斬れば良い。簡単な結論ですね」

「それが出来るのは貴女だけなのだわ」

 

 全力を使ってあれも嵐も両方斬る。そんな考えを当然に抱ける、この世界の希望が。

 

「貴女とアトリ、エクリプス、オフィーリアが出なさい。それから汎人類史の四人、貴方たちは待機。嵐の影響を受けない貴方たちは、本命が出て来てから尽力してもらうわ。ヒルデ、貴女はワルキューレの統制を続けつつ三人の援護。状況次第で私の防御術式を補佐してくれる?」

 

 手早く指示を出し、方針を確定させる。

 セイちゃん、アトリとエクリプス、そしてオフィーリア。

 この世界の戦力の最上位によって、黄金の呪詛を吹き飛ばす。

 NFFサービスの四人は、その後の嵐への対処に集中してもらう。彼らが何より、消耗を気を付けなければならない。

 私には特段、役割は定められない。

 私のすべきは生きること。無論、ここから幾らか手の出しようもあるが、極力それもせずに、壊されないことを第一とする。

 

「問題ない。いくぞ、(エクリプス)。セイちゃんはいつも通りだが――オフィーリア、お前は大丈夫か? どうも調子が悪そうだが」

「……いや。俺はいつも通りやらせてもらう。加減はせんぞ」

「それなら安心だ。私やセイちゃんが加減せずとも、お前ならば対応できる。期待しているぞ」

「……」

 

 うん、オフィーリアの活躍は目覚ましい。

 アトリにも勝る膂力と、珍しい炎を扱う力は、昔から戦い続けてきた娘たちにも劣らない。

 ということで、特に気負わないことで全力を発揮できる娘だから、アトリもセイちゃんもあまり圧を掛けないであげてほしい。

 

「それじゃあ、行きましょう。手早く終わらせて、本命に移りますよ」

 

 聖剣を引き抜き、セイちゃんが言う。

 何やらリツカとマシュが目を見開き、こそこそと話し始めたが、そんなことを気にも留めず、アトリとオフィーリアに近付いて転移術式をまとめて組みやすい位置に立つ。

 早くしろとばかりにセイちゃんはヘカテに視線をやり、ヘカテもまた向き直った。

 

「間違っても、死ぬんじゃないわよ」

「そういうのいいです。いつも通りに出立して、いつも通りに戦って、いつも通りに戻ってきて。いつも通り、明日を迎えるので」

「――そ。なら、いつも通り無双してきなさい。アトリも、オフィーリアもね」

 

 しっしっ、と追い払うように、ヘカテが手を振るう。

 その片手間で転移術式は瞬時に組み上がり、セイちゃんたちを嵐の最前線へと送り出した。




■黄金山脈
本イベントのボス一人目。
この世界における乖離剣を内蔵したクソデカ金ピカ黄金聖闘士。そのため通常攻撃で対界レベルの一撃が飛んでくる。
世界を力押しで壊せる神々の切り札であり、超が付くほどの新天地特攻。

■セファール
タワーディフェンスのタワーポジション。

■聖剣使い
アクティブスキルも宝具もないけどボスエネミーみたいなHPしたサポートNPC。

■アトリ
アクティブスキルも宝具もないけどボスエネミーみたいなHPしたサポートNPC。

■三叉路のヘカテ
彼女はこの世界の終わりを認めている。
趣味が良いと言える終わりではない。個人的には、正直言ってあたまがおかしい。
だが、人がそれを信じるのだ。彼らが見据える先へと導く自分が、それを認めてやらなくてどうするのか。

■ワルキューレ・オフィーリア
胃が痛い。ボスエネミーみたいなHPしたサポートNPC。サポート三騎でのイベント戦で一人だけスキルも宝具も使える。
新進気鋭のワルキューレとして活躍中。
個体差はあれど、世界を守るという存在意義から、ワルキューレはいずれも高い戦闘能力を備えて生まれてくる。
そしてこの時代。戦禍の中で多く生まれる同期たちの中で、特別小さい躯体ながらも、熟達した戦士たちを凌駕するほどの才覚を持ったのがこのオフィーリアである。
その膂力は巨人の如く。その気迫は太陽の如く。
終末に現れる勇者のようなチートっぷりなのだが、如何せん最上位の連中が集まっているこの場では戦力としてさほど目立たない。近接戦闘を得意としていないブリュンヒルデやヘカテから三秒譲られれば多分勝てるってくらい。
一応、持ち前の怪力スキルもあり、単純な筋力で言えばそれこそセファールの次点。
速攻で再会したカルデアのせいでずっと曖昧な表情で沈黙していたが、嵐の尖兵を討つ大役に聖剣使い(本世界第一戦力)とアトリ(本世界第二戦力)と共に抜擢。
アトリ(本世界第二戦力)からは自分たちの全力の戦いについてこられる者と信頼を置かれている。胃が痛い。

■藤丸立香
「あれって……エクスカリバー……?」

■マシュ・キリエライト
「はい……きっと、この世界での正当な所有者が、彼女なのでしょう」


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第九幕『旧き神話の終焉地(ラグナロク)』-2

以下の話の後書きに、ウルト兎様よりいただいた各キャラクターのシンボルイラストを挿絵として追加しました!
・アルキメデス:幕間『人理/学士』
・オフィーリア:第六幕『みにくい白鳥の子』-5
・ヘカテ:いつか、どこかの、アナタたち。-2


 

 

 相対した敵が何者であるか。

 未だ謎の存在である侵略種を究極の敵とするこの世界において、常に考慮しなければならない事柄だ。

 だが、それはヘカテやブリュンヒルデの仕事であると、ずっと昔にセイちゃんは言ってのけた。

 彼女にとって敵の何たるかなど、どうでもいい。

 聖剣によって“断つ”対象であるならば、やることはただ一つ。

 

 ドーマンが映し出した現場の映像に、セイちゃんたち三人が現れる。

 術式の展開、転移した三人の存在が確定するまでの、一秒の半分にも満たない時間。

 その時間で動き出すことが出来る者は、この世界には少なくない。

 経験を積んだワルキューレたちはそれよりも短い時間一つ一つに選択の猶予を持っている。

 それを知っている私が見て、強いと感じるあの黄金もまた、それが出来るだろう。コンマ数秒で何も出来ない存在ではない筈だ。

 

 しかし彼はそれをしなかった。

 

 転移が完了するまで、その威容を動かすことなく、見据え続けた。

 自らが相手取る、自らの世界の敵と、真っ向から対峙しようという意思表示か。

 あまりにも経験のない、理性のある敵との戦いだ。その真意は判然としないが、ともかく彼は普通の侵略種ですら当たり前にやることをしなかった。

 転移の完了をただ、泰然と待つ。ゆえに、当然のようにセイちゃんに先手を譲った。

 

 ――私たちの世界にとって、敵への対応というのは、こういうものである。

 

「――――――――ッ」

 

 まだ敵を視認すらしていないだろう段階で飛び出したセイちゃんが振り下ろした聖剣。

 予期できなかった者ならば気付く前に断つほどの一振りは、個人に掛けるには過剰なほどの守りによって防がれた。

 黄金を覆う神々の圧。本来は世界を守るために展開されるだろう最上位の加護。

 ヘカテやコヤンスカヤがドン引きするほどの守りによって剣を受け止められたセイちゃんは、ほんの僅かに息を入れ、さらに剣を押し込みつつも持ち前の剣気を叩き付ける。

 周囲一帯を一気に削り取る斬撃の檻。それにさえ怯むことなく、神々の執念は初撃として放った一連の攻撃を受け止めた。

 

「ク、ぉおお!?」

 

 誰かと共に戦うということを考慮しないセイちゃんの剣気は、標的を選ばない。

 一振りに伴って巻き起こる剣閃の嵐は残っていた転移の術式を細切れにし、間一髪で身をよじって躱したオフィーリアが悲鳴を上げる。

 無論、躱せると踏んでの任命である。彼女であれば、セイちゃんとの共闘は可能だ。

 そして何度もセイちゃんと共に侵略種を打ち倒しているアトリとエクリプスとしては勝手知ったるというもの。

 跳躍してセイちゃんの第一撃を躱し、思わずといった様子でへたり込んだオフィーリアをフォローするように傍に降り立つ。

 

「よくやったぞ、オフィーリア。セイちゃんのアレを怪我なく避けられる者はそういない」

「――待て。俺の価値観が正しい、常人寄りのものであるならば味方の攻撃とは本来避けるものでは」

「巻き込まれるぞ、こっちだ」

「おぉぉぉぉ――!?」

 

 言うまでもないが、これはセイちゃんと、アトリにエクリプスと、そしてオフィーリアの共闘である。

 斧槍を振り上げほんの一隙に檻の中に飛び込んだアトリたちにオフィーリアが続くと同時、それまで立っていた場所を斬撃が通り抜け、草木を捲り上げて更地にする。

 世界を守るためのコラテラルダメージ。

 傍に立つなら、それは当たり前に対応できる者ということ。

 一応味方がいるという考慮をしているだけ、セイちゃんも加減している。初手聖剣解放五連打とかはしていないし。

 

 セイちゃんの剣が受け止められたとしても、それ以上がない訳ではない。

 それがアトリたちを同行させた理由。

 世界を斬るとか――そういう特殊な状況が関わらないならば、単純な破壊力という側面においてアトリはセイちゃんの上を行くし、オフィーリアも負けてはいない。

 

「っ――――」

 

 セイちゃんが僅かに聖剣を輝かせ、一際強く叩き付け、その勢いを利用して下がる。

 その行動の意味するところは、より高い威力をぶつけろという意思表示。

 

「はぁ――!」

「っ、ォオオッ!」

 

 刺突が二つ。

 アトリの持つ斧槍の姿を取った軍神の剣と、オフィーリアの持つ燃え盛る枝が如き槍。

 純粋な破壊に乗って炎が逆巻き、小さなドーム状に広がっていく。

 内部に走る衝撃は相当のものになっているだろう。うん、よく即座に対応できたぞ、オフィーリア。

 

「……容赦ない」

「は、はい――映像越しでも衝撃を感じます」

 

 あ、ドン引きされてる。

 だがこうした方が後腐れがないぞ。

 リツカとマシュも、こうした世界の敵と戦う機会があったら参考にしてほしいものである。

 

 ――とはいえ、だ。

 向こうもしぶとい。最高火力という訳ではないものの、生半可な守りで耐えられるようなものでもなかったというのに。

 

 アトリたちが離れるのを追うように、風が世界を裂いていく。

 大剣を振るった黄金は、その加護を一部解れさせながらも健在だった。

 その肌の傷はどちらかというと、加護の砕けた破片によって付いたように見える。

 いずれにせよごく軽傷で三人の攻撃を凌ぎきった彼は、僅かに口内に溜まった血を吐き出し、セイちゃんに目を向けた。

 浮かんだ感情は――侮蔑、だろうか。

 この世界でセイちゃんに向けられるものでは決してない黒い感情が、その真紅の瞳の底にはあった。

 

「――ぁ――」

 

 僅かに口を震わせて、何かを喋ろうとする。

 その出だしを遮るように繰り出されたセイちゃんの刺突を、今度は石の大剣が受け止める。

 聖剣に突かれてなお罅一つ入らないその石に施された祝福は、やはり凄まじい。

 しかし、相手の手が塞がれば次に動くのはアトリたちである。

 

「……死合う前に、相手の理とか聞いたりしません?」

『セイちゃんそういうの苦手だから』

「多分あんたに言われたくないと思うのだわ」

 

 仕方ないじゃないか。この世界がずっと相手にしてきた敵というのは、言葉を交わすことのなかった存在である。

 降りてくればとにかく全力をもって討伐しなければならない、理性があるかも分からない何か。

 敵と言葉を交わすということ自体、文化として存在していないのだから。

 

「――おのれ――おのれっ!」

 

 周囲を巻き込み、破壊が広がっていく戦場の中で、しびれを切らしたらしい黄金が吠える。

 唸りを上げながら巻き起こる、創世の螺旋。

 広がっていく開闢の波紋を受け止めるのは、ヘカテとブリュンヒルデ。

 世界を裂く攻撃にさえ対応する、特殊な概念防御はこの世界の汎用的な技術として確立してはいない。

 ゆえに、魔術の頂点が紡ぐ結界こそが、唯一の防波堤となる。

 

「ッ! ヘカテ様!」

「正面は私が受け止めるわ。ヒルデ、貴女は周囲から和らげなさい!」

「はい!」

 

 人がいる場所へは届かせない。そんな意思が編み上げる、対粛正防御。

 その外――戦場の中心で一際強い輝きが放たれ、炎熱の壁が後に続く。

 世界の誕生さえ可能とする風を力で無理やり押し止め、破壊の残滓を一筋の極光が食い荒らしていく。

 結界によって守られることのなかった戦士たち。

 嵐を止めることで被害を免れた三人を乗せ、“軍神”を纏った日蝕が光の中から現れる。

 それまでよりも広がった敵との距離。回避と攻撃の中断を完遂させたエクリプスからセイちゃんとオフィーリアが下りる。

 その威力に向けた注意は、その時セイちゃんの戦闘続行を躊躇わせた。

 ゆえに、黄金の鎧の中心に罅を入れた旧き理との間に、ようやく交流が生まれる。

 

「――過ちの天地に成り立った新たなる理ならば、まだ解る。所詮神ならざるものが敷いた世界など不出来であったというだけの話」

 

 その外見に反し、どこか若々しい声だった。

 本当にその身から発されているのかという違和感は、他の皆にもあるらしい。

 

「されど、お前まで言葉を交わそうとしない獣に成り果てているとは。落胆する。見下げ果てた」

 

 視線は変わらず、セイちゃんに向けられていた。

 かつての世界を知る、取り残された誰かは。

 遥か古、神々の希望から反旗を翻した、“この世界の希望”を知っているようだった。

 

「――貴方の評価はどうでもいいんですけど」

「自己主張が薄く、自己肯定もか細かったお前が。聖剣に選ばれてなお変わらなかったお前が。これだけの長きを生きてようやく変わったか。何者をも理解しないという獣へ向けての退化だが」

「話聞いてます?」

「神々は歩み続ける。退きはしない。ゆえに、我らが此処に在る。お前のように、セファールの侵略に屈することなどなく」

 

 ――彼が、己の意思を言葉として出力していることは分かる。

 だが、セイちゃんの言葉を受け取るということを、機能として有しているのだろうか。

 理解を語りながらも、理解の機能を持たない柱。

 ああ――神とはそういうものだったと、ヘカテから聞いている。つまるところ彼もまた、紛れもなく神の形代ということなのだろう。

 

「我に与えられた銘は知らぬだろう。神をも凌駕す宿命の神敵の銘は――」

 

 興味ないです、そうセイちゃんが言う前に言葉は紡がれる。

 

 

 

「――黄金山脈、ウルリクムミ」

 

 その自己完結に辟易した様子のセイちゃんは、剣を構え直し、

 

「開闢を納め、お前を正す柩の銘だよ――アル

 

 

 

 確かに自分に向けられた名詞に、動きを止めた。




■ウルリクムミ
黄金山脈ウルリクムミ。セファールを討ち神々の世界を取り戻すために用意した希望。
その銘はヒッタイト神話において神すら及ばない力を持つ岩の巨人のもの。
神を脅かすために創られ、天に届く巨躯にまで成長したが、エア神の宝剣によって切り裂かれたという。
この時の宝剣こそ、創世の折に混沌を天地に切り分けた開闢の剣である。
セファールを討つべく現れた彼は本人ではない。
その銘と力を与えられた、“とある村”から見出されたただの人間だ。

■聖剣使い
戦闘前会話はスキップするタイプ。台詞を言うために会話ウインドウが出てきた段階で斬りに掛かる。先手とは即ち必勝と心得たり。
話さずとも剣をぶつけ合えば分かるとかそういうのではなく、単に敵を理解する必要性を感じていないだけである。

■ワルキューレ・オフィーリア
出撃から一秒経つ前にフレンドリーファイアにより本気で死にかけた。
遷延の氷の冷たさが背筋にまで至り、彼女に命の危険を悟らせたのだ。多分。
セファールとしては彼女が聖剣使いやアトリとの共闘が可能であると信じており、事実死力を超えて戦えば割と二人に追いすがれる。
どちらかと言うと敵より味方の攻撃に気を張っている。この世界で戦うと決めた時は「他人を巻き込んでも気にしない」というスタンスだったが自分がクソみたいな暴力の権化(味方)に巻き込まれるとは思わなかった。

■アトリ
普通に妹想いなのでちゃんとオフィーリアの隙をフォローした。
出陣前、「どうせセイちゃんはアレをやるだろう」と考え、オフィーリアを連れて回避に出ようとしていたが、エクリプスに「“彼女たち”ならば問題ない」と言われたのでそれを信じた。

■エクリプス
対界クラスの嵐の中を駆け回り、乗せた三人の攻撃で風を相殺した隙に中心に向かって突撃、ダイレクトアタックで攻撃を中断させるというムーブを即興で行っている。
忘れてはいけないが立派なセファールの長兄。たいがい意味の分からないことでもやってのけるガッツがあるのだ。

■地面
この戦いが終わったら結婚するんだ……!


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第九幕『旧き神話の終焉地ラグナロク』-3

はんなま!

★以下の話の後書きに、ウルト兎様よりいただいたらむくんのイラストを挿絵として追加しました!
・シンボルイラスト:『次代』
・イラスト:『日輪』

★また、表紙に同じくウルト兎様よりいただいた異聞帯をイメージしたステンドグラスを挿絵として追加しました!


 

 それは、セイちゃんと初めて出会ったのならば、出てこないだろう言葉だった。

 絶対的な敵意の中に、ほんの僅かに混じった親しみ。

 恐らくは彼自身にとっても無意識だろう小さな感情に、セイちゃんが動きを止めたのは、一秒弱。

 その間、彼は動こうとはせず。

 アトリやオフィーリアが、セイちゃんの隙を補おうと構え直すよりも先に、一時停止した戦況は再度動き出した。

 

「ッ」

「――貴方は、私を知っているみたいですね。なんだか、その“声”と“呼ばれ方”、体が覚えているみたいです」

 

 十、二十、三十と振るわれ、大剣に受け止められる聖剣は、ひとりでに輝きを強める。

 僅かな動揺をリセットし、調子を取り戻すための剣戟に対し、切り替えが遅いと担い手を窘めるように。

 それに応じ、速度を、精度を、元のものに数秒で戻したセイちゃんの解放した魔力が突き刺さる。

 あくまでも牽制の一撃――黄金の輝きは、僅かに霞んだだけだった。

 

「お前、まさか」

「あえて言っておきますが、私は貴方と違って、一万年間それなりに忙しかったんですよ」

 

 だが――牽制を牽制だけで終わらせるセイちゃんではない。

 大きく一歩踏み込み、聖剣の輝きをさらに強め、彼への拒絶と共に振るい抜く。

 

「――どうでもいいことを覚えているような余裕は、私にはないんです」

 

 咄嗟に放たれた黄金の嵐によって、聖剣は受け止められる。

 だが、世界を切り裂く風がそれ以上の影響を世界に与えることはない。

 

「……聖剣使いさんの、お知り合いなんでしょうか。そうだとしたら……」

 

 その猛攻に追従するように、再起動したアトリたちが挟撃を加える。

 相手の言葉に向き合おうとしないセイちゃんの態度は、別の世界では違和感のあるものなのかもしれない。

 ぽつりと呟いたマシュに、ヘカテが苦笑する。

 

「貴女たちがあくまで、人間としてその生涯を全うするつもりなら、あの価値観は理解できないでしょうね。けれど、アレが彼女なりの、世界の先頭に立つ心持ちなのよ」

「世界の、先頭……」

「ええ。付いてこられないものは置いていくことに決めた。あの形代は置いていかれた側。たとえそれが、元々本人がそうしたいと思っていようがいまいが、それを気にしていられるほど、一万年生きた人間は寛容になれないわ」

 

 未来に目を向けることも、過去を回想することも、人の身ではままならない。

 一万年という年月は、人間のままでいるには長すぎる。

 それでもなおも、人々の先頭であり続けるセイちゃんの、最適化された価値観がそれだった。

 たとえ、その昔――セイちゃんの存在を世界の誰もが知らない時代に、親しかったかもしれない相手であろうと。

 

「……大丈夫かしら? やっぱり味方できないって思うなら、無理にとは言わないけど?」

「……いや。俺たちは、この世界の明日に味方するって決めたから」

「――はい。この世界の、続いていく未来のために、この厄災を否定しないといけないというのなら、わたしたちもそれを全力でサポートします!」

「ふぅん……お人好しね、どうにも」

 

 理解の及ばない世界の中で、その世界に手を貸すことに慣れ切った子供たち。

 きっと、こういったことが幾度もあったのだろう。

 自分たちの世界を守るために、さして利益のないことであろうとも。

 それだけの余裕があるのではなく、そうしないと気が済まない、徹底的な善性であるからこそ。

 

「それなら、戦闘準備は済ませておいてちょうだい。いつでも大本命を相手できるように」

 

 セイちゃんが嵐を切り裂き、開いた穴をエクリプスが喰い広げ、アトリとオフィーリアによる刺突が黄金を削り取る。

 その膂力は神域の山脈という、一個人が持つには大きすぎる名に相応しいものなのだろう。

 だが、私たちが見送った彼女たちが背負っているのは、もっと大きい。

 

「お前は、神の決定に異を唱えるのか……?」

「だって従ったらこの世界が終わるんでしょう? それはちょっと賛同できないですね」

 

 山脈一つ、容易く粉砕できる戦士たち。

 それが――力を与えられただけで、その力の振るい方を知らない(いれもの)に負ける筈がない。

 

「セファールを斬るのは私です」

「お前はそれをしなかった。だから神々は滅び、我らに希望を託した!」

「その時が“世界が終わるべき時”でなかっただけでしょう。私とセファールの問題に、貴方たちの事情を持ち込まないでください」

 

 置いてきたものを、私も、セイちゃんも、思い出すことはできない。

 引っ繰り返した水は盆には返らない。私たちと、彼らは一万年もの昔、決定的に分かたれた。

 彼もまた必死なのだろう。それが、この日まで注がれた呪いを内に秘めてきた理由なのだから。

 

「そもそもですね。まだ神々がどうこう言っているとか――考えが古くて、今を生きるのに向いていないです」

「――――」

 

 残酷な言い分だろう。一方的な訣別だ。

 もっと他に、彼を納得させる言葉があったかもしれない。

 だが、その率直さこそがセイちゃんであり、それがこの世界の“敵”に対する態度だ。

 人の在り方も、世界の在り方も、とっくの昔に変わっている。それを知っていようがいまいが、理と違うものをセイちゃんは許容しない。

 

「合わせろ、オフィーリア!」

「オォ――――!」

 

 目を見開いた彼の感情が爆発する前に、二つの閃光が走る。

 旧きを喰らう日蝕が、旧きを灼く炎熱が、黄金の腕を――世界を切り裂く概念を粉砕した。

 原初の理は海へと落ちていく。祝福の根本を断ち切られ、黄金の輝きは薄れていく。

 

「では、我は――俺は一体、なんのために」

 

 それ以上何かを言う前に、聖剣は一際強く、光の奔流を放つ。

 か細い断末魔は溶けるように消えていく。

 

「――この時代で否定されるため。それも納得できないなら……貴方、侵略種にも向いていないですよ」

 

 光が通り過ぎ、何もなくなった一歩先に向け、言葉を残す。

 それが、セイちゃんの唯一の、彼への情だった。

 攻撃を終えてすぐ、聖剣の輝きから退避したアトリとエクリプス、オフィーリアがセイちゃんの後方に降り立つ。

 ほぼ無傷――オフィーリアは疲労困憊だが――で前哨戦を終え、この世界の希望はさらに大きな洋上の嵐に目を向ける。

 

「……黄金山脈ウルリクムミ。存在の消滅を確認しました。ただ、核となっていた剣は海に落ちています。“本命”を討つまで、回収は困難かと」

「なんとまあ……あっという間じゃないですか」

「最古の、とはいえ神宝一つを核にしているだけならね。神々がここまでを予想していたかは知らないけれど」

 

 そう、これで終わりではない。

 二つの存在に神々が与えた祝福(のろい)は等しくなく、今の先兵が神性の輝きを示したものであるならば、もう片方は暴威を示したもの。

 権能としての世界の破滅ではなく、呪詛をもって死滅へと導く、神々の怨嗟。

 

 

「――そっか。負けちゃったんだ、ウル」

 

 

 この場から観測しているセイちゃんたちの距離でも、届く筈のない声量。

 悲しみの籠った声は、海に広がる嵐の向こうから聞こえてきた。

 先手必勝、問答無用とばかりに、セイちゃんが聖剣を振るう。彼方までを真っ二つにする希望の斬撃は、嵐を少しの間二つに分けただけで消えていく。

 

「ひっどいなあ。いきなり斬ってくるなんて。こんなのが新しい世界だなんて、生きているみんなが可哀想」

 

 どくん、と嵐が脈動する。

 嵐を中心に巻き起こる風が、一際強くなった。

 

「――ヒルデ!」

「はいっ!」

 

 その風を、人の領域にまで届かすまいと、ヘカテとブリュンヒルデの二人によって展開される防御壁。

 展開されたそれを蝕み、溶かしていくのは風に乗って運ばれる呪詛の群れ。

 壁が限界を迎える前に展開し直し、ヘカテは並行してアトリたちとオフィーリアに呪いへの抵抗を張り巡らせる。

 

「ヘカテ、私の分はないんですか」

「貴女は元々呪い――というか神の懲罰には滅法強いでしょうに」

 

 周囲の様子を見ながら不満を訴えるセイちゃんに、ヘカテはバッサリと告げる。

 どうやらこの呪い、セイちゃんにはあまり影響がないらしい。

 私としては――微妙なところ。あの風が容赦なく吹いている障壁の外が、良くない状態であることは分かる。

 このまま風が吹き続けていれば、人のいる領域は守れても、“世界”として危険になるだろう。

 

「ふむ……肉体はともかく、魂への呪詛は加護なく防げるか。俺への守りは半分でいい。リソースを無駄にするな」

「それなら、遠慮なく。貴女もたいがい変な経歴持ってそうね……」

 

 世界規模での障壁を展開し、さらに個人を守ることが、ヘカテをもってしても至難の業であることを見て取ったのだろう。

 オフィーリアが自身への魔術を半分拒絶する。やっぱりいい子じゃないか、あの子。

 

「これはこれは。拙僧好みの大舞台になって参りました。淀む世界に満ちる呪詛――ンン、拙僧も少々、遊ぶ手管を整えましょう」

「楽しそうですね貴方……ですが、まぁ……こういう妄執の熟した姿が“好ましい”ことには同意しますが」

「……この二人、本当に“こっち側”なのかな……?」

「……ノーコメントです」

 

 脈動の度に強くなっていく風、巨大化していく嵐を眺めつつ、なんだか楽しそうに笑うドーマンとコヤンスカヤ。

 リツカとマシュの心配も分からないでもない。NFFサービスとやら、こんなトップで大丈夫だろうか。

 呆れている間にも、嵐は海を巻き上げて、その姿をはっきりと定めていく。

 纏う呪いは寄り集まって楕円を形作り、さらにそれが集い、重なって呪詛の鎧と成していく。

 この巨神国をも呑み込めるだろう、無数の黒い呪鱗に覆われた嵐の蛇竜。

 

 神々が権能を預けた訳ではない。

 かれらの無念が、無辜の呪いとして一つの怪物を覆った、莫大な怨念の集合体。

 先の黄金よりも遥かにシンプルな感情の群れとして、“救世者”はこの世界に姿を現した。




■ウルリクムミ
前座。筋力と耐久値が規格外を示す巌の巨人。
納められた能力は攻撃一辺倒であり、その扱い方を神々が示した訳ではない。
ゆえに精神攻撃が効かなかった時点で勝敗は決していた。

■聖剣使い
言葉責めされても困る。
かつて捨てたものが恨みをぶつけてきているので、会話できない侵略種より面倒だなという感想。
親しい誰かだったのかもしれないという憶測は、彼女が剣速を緩める理由にはならない。
だからこそ、本心から拒絶し、最後に送った言葉にだけ、ひどく遠回しに――本心からの憐憫と謝罪を乗せた。

■聖剣
担い手の再起動が遅すぎてとうとう勝手に光って「判断が遅い」と意思を表明した。

■ワルキューレ・オフィーリア
実はウルリクムミに向けて最後に聖剣がぶっぱされた時の断末魔は彼女のもの。
聖剣使いは共闘するなら自分に合わせて当然と考えているのでフレンドリーファイアは気にしないのだ。彼女は死に物狂いで避けた。
結果として肝も冷えて冷静になり、自分に掛かる余計な魔術を指摘する余裕も出来た。

■ユーリンボ・ドドーマン
楽しくなってきた。

■コヤンスカヤ
楽しくなってきた。

■藤丸立香、マシュ・キリエライト
「あの二人、本当に裏切らないかな……?」とか思っている。
多分大丈夫。

■破天海域
神々の大本命。分厚い呪詛の鱗が複層的に重なった呪鱗複合体。
現状のカルデアデータベースには存在しない性質の霊基を有している。


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