なあ、クリーク。子どもはどうやって作るんだ (妄想投棄場)
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なあ、クリーク。子どもはどうやって作るんだ

 練習の終わり、私は日ごろからトレーナーに抱いていた疑問を投げかける。

 

「トレーナー、一ついいだろうか」

「どうした、オグリ。質問なんて珍しい」

「どうして、トレーナーは、そこまで頑張れるんだ?……日ごろから、30後半になると体力が持たないなんて言うくせに、トレーナーは、誰よりも働いている」

 

 私は、もっと速く走りたい。たぶん、頂点というのは、驚くほど気持ちのよい眺めをしていると思うから。

 彼のエネルギーの源を知れば、私はもっと高みに行けるのかもしれない。そんな気がした。

 

「ほんとにどうしたんだよ。お前は」

 

 赤面しながらトレーナーは、頬を掻く。

 少しの沈黙の後、彼は言った。

 

「俺の帰りを待ってる家族のためだ。まだまだチビッ子なウチの坊ちゃんの笑顔のためなら、俺はたぶん、なんだって出来るんだろうなあ」

 

 しみじみと語るトレーナーを見て、私はすごく納得した。

 それが、トレーナーの力の源なのだと。ハッキリわかった。

 だから、私がすることは一つだ。

 

 

ーーーーー⌚ーーーーー

 

 

「クリーク、私に、子どもの作り方を教えて欲しいんだ」

 

「…………」

 

 トレーナーの力の源は、トレーナーの子どもだ。

 だったら、私も子どもを作ればもっと強くなれる。そう思った。

 そして、一番詳しそうな私のクラスメートのスーパークリークに聞くことにした。

 私は、あまり勉強や調べることが得意ではない。だから、詳しい人に聞いた方が手っ取りばやいと、そう思った。

 彼女は沈黙している。

 やはり、子どもをつくるのは、大変なんだろうか。

 お金は、今の私では難しいかもしれない。

 食事も、私と同じくらいの量が必要と言われれば、それはとても大変なことだ。

 でも、やはり、私は知りたい。

 

「……オグリちゃんの覚悟は伝わりました。私も深くは聞きません。だから、私の知っていることをお教えしますね」

「本当か!……ありがとう、ほんとうにありがとう」

「じゃあ、まずは赤ちゃんになってみましょうか」

 

 ???

 

「……よく分からなかった。もう一度、言ってくれないだろうか」

「まずは赤ちゃんになりきってみましょう!」

 

 ???

 

「それは、子どもをつくるのに、必要なのだろうか」

 

 パァーン!!

 ???

 

「……どうして、私はぶたれたのだろうか」

「子どもの作り方が知りたいと言ったのはオグリちゃんじゃないですか!!!」

「それは、そうだが」

「赤ちゃんになりきれば! 自然に、子どもの作り方が理解できると! 私は言ってるんです!!!」

 

 そうなのか。……本当にそうだろうか?

 パァーン!!

 

「どうして」

「オグリちゃんに、邪念が湧いていたので祓いました」

「!?」 

 

 そう、か。私は愚かだった。

 餅は餅屋。肉は肉屋。にんじんはにんじん屋。

 その道の専門家の言葉を疑うなど、本当にどうかしていたみたいだった。

 

「……すまない、クリーク。私がどうかしていたようだ」

「いいんですよ。オグリちゃん。誰にだって間違いはあります。必要なのは悔い改めることですから」

「……ああ! 私は、今から誰よりも立派な赤ちゃんになってみせる!!!」

 

 

ーーーーー⌚ーーーーー

 

「アイツら、どこほっつき歩いとんねん」

 

 ウチは、オグリとクリークを探しに、トレセン学園の校舎ん中を歩き回り寄った。

 もう練習はじまっとるちゅうんに、あいつらはなに道草食いっとんねん。

 

「…………あかん、あかん! オグリならほんまにやるかもなんて、なんちゅうことを考えとるんやウチは」

 

 どれだけ貪欲なアイツでも、そこまではないわ。

 

「いいこでちゅね~」

 

「!?……今の声は」

 

 近くから赤ちゃん言葉使いよるヤツがおった。

 こんな時間に学園内で、赤ちゃん言葉つこうてあやす奴なんか、一人しかおらんやろ。

 ウチの耳は、地獄耳や。どこらへんかもすぐわかる。

 自慢の足で、ウチは、扉を勢いよく開けた。

 

「おい! お前らなにしとんねん! もう、練習はじまって…………で」

 

 そこには、ようわからん光景が広がっとった。

 

「まあ、バブちゃん、ママがお迎えに来てくれまちたよ~」

「チュパチュパチュパチュパチュパチュパチュパチュ」

 

 ???

 

「ほ~ら、バブリオギャップちゃん、ママにご挨拶、上手に出来るかな~?」

 

「チュパチュパチュパチュパチュパチュパチュパ…………ンホンギャア!! ンホンギャア!!」

 

 ???

 

「きっしょ」

「タマちゃん!!!!」

 

 あの、オグリが死んだ魚の目えして指しゃぶっとった挙句、気持ちわるいほど、リアルな鳴き声あげとるんや、きもいやろ。

 そして、それになぜか、いや当然のようにクリークがブチギレとる。

 

「あなたの子どもなんですよ!!!! この! バブリオギャップちゃんは!!!!」

 

 パァーン!!

 ???

 

「え? なんでウチぶたれたん」

「我が子を無視しないでください! あなたはこの子の唯一の家族なんですよ」

「ウチの疑問、無視すんなや」

 

 パァーン!!

 ???

 

「タマちゃんに、邪念が湧いていたので祓いました」

「お前が邪念そのものやろ」

「この分からずや! このバブリオギャップちゃんがどれだけ泣き叫んでいたことか」

「いや、ウチ、こんなバカ食いするデカい娘しらんし」

「ねぇ、バブリオギャップちゃん!!!」

「ンホンギャア!! ンホンギャア!!」

「学園内では静かにしないといけないって何度言ったらわかるんですか!!!!」

「チュパチュパチュパチュパチュパチュパチュパ」

「わあ、静かに出来ておりこうさんでえらいでちゅね~……ほらね!」

 

 ほらね?とは?……なんや、このおぞましい光景は。

 ここがサバトの会場なんか?

 

「そうやって我が子から目を逸らさないでください!!!」

「情緒不安定やめてや」

「この芦毛! この瞳!」

「いや、瞳の色ちゃうけど」

「このバブリオギャップちゃんの目を! 見てください!!!…………タマちゃんには、言いたいことがわかるはずですよ」

 

 狂人が微かに見せた正気みたいな慈愛な表情でクリークはウチに訴えるんや。

 ほんま、意味がわからん

 

 

「チュパチュパチュパチュパ」『タマ、にんじんが食べたいな』

「!?」

「ねえ、タマちゃん。意地を張らなくてもいいんですよ」

 

 嘘や、嘘や嘘や嘘や。

 そんなわけあらへん。なんでや。

 

「チュパチュパチュパチュパ」『タマ、食べておいしい道草とは、どんなのがあるだろうか』

 

「認めへん、うちは認めたく……ないっっ!!」

「いいですよ、タマちゃん」

「…………クリーク」

「理解できなくてもいいんです。ただ共存はできます。許容はできます」

「それは……それはっっ!!」

「ねえ、タマちゃん。この子はあなたにとって、どんな子ですか」

 

 ひどいわ。ほんまに鬼みたいな女やで。このスーパークリークは。

 ウチは、目の前の子を見て、認めざるを得んかった。

 

「この! おば、おびゃ、ばびゃ、ばぶあ…………こん子はウチの子や!!!! ウチの子どもなんや!!!!」

「ええ……ええ……!!!!」

「あかん、あかんは、そう思た瞬間に、忘れとった記憶思い出してしもたわ」

 

 

『チュパチュパチュパチュパ』

『タマ、私は、ジャージー牛乳というのが、飲みたい』

 

『ンホンギャア!! ンホンギャア!!』

『タマ、おしめを変えてくれ。いや、それよりも先にご飯だ』

 

『チュパ ンホンギャア!! チュパチュパ ンホンギャア!!』

『タマ、離乳食、というものに私は興味がある』

 

 

 あかん、思い出しただけで、涙が止まらんわ。そうや、何を目え逸らしとったんや。

 ウチは、こいつのたった一人の家族なんや。

 

「ごめんな。ろくでもないオカンに堪忍したってや。……今日から一緒に帰ろう! バギャリボバップ!!!」

「ンホンギャア!! ンホンギャア!!」

「うっさいんじゃボケェ!!!!」

「チュパチュパチュパチュパチュパチュパチュパチュパ」

「ほんま、ギャバリビッビボはかわええなあ」

 

 この赤ん坊は、今まで知らんぷりしとった母親のウチのことも許してくれとる。

 ほんまにウチは、一番の幸せもんやな。

 

「キャッキャッ」

 

 この笑顔を見て、思うんや。

 

 

 

ーーーーー⌚ーーーーー

 

「なあ、バップ~。オカンやで~」

 

 本当に、クリークが言っていたことは正しかった。

 私が赤ちゃんになることで、二人とも普段では考えられないほどの強大なエネルギーを漲らせていた。

 これが、子どもが出来る、ということなのか。

 とても、良い勉強になった。

 だから。

 

「クリーク、タマ……そろそろ、いいだろうか」

「赤ちゃんが人間の言葉を喋らないでください!!!!」

「言葉を喋んのは三年早いんやこんボケェ!!!!」

 

 …………

 ……

 

「チュパチュパチュパチュパチュパチュパチュパチュパ」

「かわいい~」

「ほんま、天使みたいやわ~」

 

 

 ………………………………

 ………………………………

 ………………………………

 

 

 

 ………

 …

 

「ンホンギャア!! ンホンギャア!!」



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