トウカイテイオー転生もの (ふらんそすきぃ)
しおりを挟む

【序章】
プロローグ


初投稿です

何番煎じか分かりませんが自分が読みたいと思えるものを書こうと頑張ります


 "()"がこの身体に生まれ変わってもう十数年がたった。

 怪我で自分のいた世界を失い、そのまま海へと飛び込んだのが、前世最後の記憶だ。

 海に飛び込んだあと意識を取り戻したときは、死にそびれたかと思ったが、どうやらそうでも無いと気が付いたときには驚いた。

 

 しかしながら、今度こそは死ぬ気で向き合っても上に行けなかった勝負の世界と関わらず、普通の人生を楽しもうと前向きに生きようと考えていた。

 

 

 けれど、この考えは成長していくうちに、だんだん壊れていく。

 

 この世界には前世とは決定的に違うものがあった。

 それはウマ娘という存在だ。

 こっちの世界ではどうやら馬がいない代わりにウマ娘という摩訶不思議生物がいる。

 

 そして僕もそのウマ娘の一人だ。

 

 ウマ娘たちはウマソウルに刻まれた名前を持って生まれ、人間の数倍の力と人間にはない耳と尻尾を持っている。

 

 そしてウマソウルに刻まれた名前は僕に「走れ」「勝て」「頂点に立て」と本能を刺激してくる。

 

 一度自分の中から失った勝負の世界に、二度と関わりたくないと死ぬ間際に願った僕への神からの当て付けだろう。

 あんなにもズタボロになっても頂点に立てなかった僕に、(トウカイテイオー)がまたあの道へ進めと言っている。

 

 とんだ喜劇だと思った、しかし本能には逆らえなかった。

 走ることはとても気持ちが良かった。

 たくさん走り回った。

 前世とは違いこの身体には才能があったため、どんどん速くなった。

 前世では努力しても結果がついてこなかった分嬉しくて、とにかく走りまくった。

 

 

 楽しそうに走り回る僕を見て両親がレース場に連れていってくれた。

 レースを見てそこでウマ娘としての夢を見つけて貰いたかったんだと思う。

 

 そこでこの世界(ウマ娘)の頂点に出会った。

 

 いや、正確に言えばそのときは頂点では無かった。

 しかし頂点に辿り着けることは見た瞬間に分かってしまった。

 

 

 "シンボリルドルフ"

 

 

 (トウカイテイオー)が教えてくれるのだ。

 あれがあるべき姿、目指すべき標。

 レース場に君臨する《皇帝(頂点)》だと。

 

 レースが始まってみれば彼女の圧勝だった。

 レースの知識が無い僕でも彼女以外が勝つ姿を想像しようもないほどの圧勝だった。

 

 かっこよかった。

 底知れぬ力を持つ彼女に憧れを抱いた。

 でも、これはたぶん初めての気持ちではない。

 前世で勝負の世界に何故いたか思い出した気がした。

 ああいう人に僕はなりたかった……ただただかっこよく圧倒的に勝つような頂点に。

 前世でも子どものときに同じように憧れてその道に進んだことを思い出した。

 結局、なれなかった訳だが。

 

 もう一回勝負の世界に戻ってもいいかとも少し葛藤した。

 今度こそ目指したら、なれるのではないかと。

 そんな甘い世界では無いことは分かっている。

 でも、この才能を持ってすれば行けそうな気がした。

 

 だが前世の最期の誓いが僕を縛った。

 いいや違う、誓いだけではない。

 何度も思い出すあの頃の記憶。

 がむしゃらに強くなることだけを目指して自分のことが見えなくなるぐらい無理やり突き進んだあの日々。

 おそらく僕は進み出せば止まらないだろう。

 そして壊れてしまう前だとしても止まれないことも。

 

 

 シンボリルドルフさんのレースはまた見に行った。

 次に見たときには史上初の無敗の三冠ウマ娘になっていた。

 それからのレースも見に行った。

 見ている分には純粋に楽しめた。

 何度も見に行く僕に両親はレースの世界に興味があると思ったらしい。

 

 

「テイオー、トレセン学園に行ってみない?」

 

 

 以前トレセン学園に通っていたらしい母からの提案だった。

 即答は出来なかった。

 トレセン学園に行く。

 それは即ちレースの世界で勝負をするということだ。

 幸いこの身体は走りの才能はあるし勉強も前世パワーで余裕だ。

 入学は簡単に出来るだろう。

 しかし、もうあんな辛い思いはしたくなかった。

 

 

「……考えておくよ」

 

 

 僕は母からの期待の視線に耐えきれず、返事は保留にした。

 あんなに楽しそうにレースを見ていた僕が、断るとは思っていなかったのだろう。

 母は少し驚いた顔をしていた。

 

 

 提案された日の夜、僕は家を抜け出して走った。

 なぜ走ろうと思ったのかは、分からない。

 でも、とにかく走った。

 頭を空っぽにして満足するまで走った。

 息が切れたらスピードを落として、ある程度回復したらスピードを上げた。

 走れば何か見つかるんじゃないかと期待して、前へ前へ進んだ。

 途中でいつの間にか周りの景色が知らない場所になっていたから、来た道をそのまま戻った。

 

 

 家に戻ってくる頃には町から光は消え、世界が寝静まっているようだった。

 家につくと僕の家にはまだ光が灯っていた。

 鍵が開いていることを確認し玄関を開ける。

 

 

「……ただいま」

 

 

 悪いことをした自覚はあったので縮こまった喉からなんとか絞り出した。

 奥から僕が帰ってきたことに気が付いたのかドタドタと音が聞こえてきた。

 

 

「こんな時間になるまで何も言わずに家を出て、何処へ行ってたんだ?」

 

 

 怒りたいのを必死に我慢していることが僕でも分かる父が優しく尋ねてくる。

 

 

「……ごめん」

 

 

「別に謝って欲しいんじゃないんだ。何か悩みでもあったのか? いや、別に言わなくてもいい。お前が無事に帰ってきてくれたなら大丈夫だ」

 

 

 落ち着いたならまぁ風呂に入ってこいと言って、父は寝室に入っていった。

 

 僕は言われたとおりお風呂に浸かって考えていた。

 今、僕は、訳もわからぬ満足感に満ち溢れていた。

 走ることがこの身体になってからの一番の楽しみだ。

 今日これでもかと走ってみてもそう思える。

 本能でも理性でも走りたいと感じている。

 速く走りたいとも思うが今、比較する相手は自分しかいない。

 過去の自分より速ければそれはもう速く走れている。

 

 しかし、どうだろう。

 比較する相手がいる世界に行ってみたら。

 僕に刻み込まれた魂は勝てと叫ぶだろう。

 僕だってもともと(前世では)勝負師なのだ。

 負けるのは嫌なのは同じだ。

 勝てるまで努力するだろう。

 そしてまた壊れる。

 

 でもそれが()の宿命なのではないか。

 そう考えてしまった。

 

 ネガティブになってどうする! そんな考えを振り払うように風呂から飛び出て、髪もよく乾かさずにベッドにとびこんだ。

 不安になった気持ちを押し殺すように布団にくるまり、ベッドの上で小さく横になった。

 前世ではあんなに何も考えずに決めていけたのに、今の僕は沢山の鎖に繋がれているようだ。

 

 気がつけば朝になっていた。

 あのまま寝てしまっていたようだ。

 乾かさずに寝たから髪が酷い。

 

「おはぉぅ…」

 

 まだ頭が動き出してなくて呂律が回らない。

 

「おはようテイ……ってその髪どうしたの!? ほらこっちに来なさい! 直してあげるから!」

 

 寝起きの僕は、母に洗面所に連れて行かれぐちゃぐちゃになった髪を整えられる。

 

「昨日はどうしたの? 急に走りたくなっちゃった?」

 

「ぅん」

 

「そっか〜テイオーはホントに走ることが好きね。

……トレセン学園のことで悩んでたの?」

 

「え?」

 

「いや昨日ね。トレセンの話をしたときあんまりいい顔してなかったから、もし押し付けちゃってたらごめんねって思って」

 

 

「いや、押し付けられたなんて……」

 

 

「いいのよ気を使わなくて。テイオーの人生なんだもの、自分で決めなきゃ」

 

 

 そう言われて少し考えていたことを決心する。

 

 

「僕、トレセン学園行く。行ったらね、何か、何かが見つかる気がしたんだ」

 

 

「ふふっ、テイオーが決めたことだから応援するわ! それが母親ってものでしょ?」

 

 

 そうこう言ってるうちに髪は整え終わったようだ。

 

 

「はいっ! 今日もかわいいテイオーの出来上がり! 流石かわいい私の娘ね! もうちょっと愛想があればモテモテだと思うんだけどね〜」

「はいはい、愛想悪くてごめんなさいごめんなさい」

 

 母の親バカ発言を軽く流す。

 僕だって愛想が悪いのは少し気にしているんだ。

 でもあいにくどうやったら上手く話せるのか、前世の記憶でも分からない。

 

 取り敢えずトレセン学園には入ることにした。

 入ってみれば気持ちに整理がつくかもしれない。

 たとえそれが悪い方向でも今度の人生(ウマ娘生?)は受け入れて前に進んでみよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ()が頂点を再び目指す始まりのストーリーが幕を開ける。

 

 




 


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

選抜レース

 トレセン学園には予想通り簡単に入学出来た。

 面接で落とされないか心配だったが「この学校で走る意味を見つけたい」みたいなことを言ったら、通っていた。

 もしかしたら筆記と実技だけで通ったかもしれないが、入学してしまえば結局のところ関係無い。

 

 入学してから特に変わったことはこれと言ってない。

 毎日授業を聞き流して、放課後トレーニングを一人で黙々としたあと、学園外を走り回るだけだ。

 学園外を走り回っているときにふと見かけたウマ娘に人気らしいはちみつドリンクを飲んでみたが、美味しくてやばい。

 一度飲んでから毎日朝か夕に摂取している。

 あまり気づいていなかったがこの身体になってから信じられないほどの甘党になった。

 特に、最近前までより力がついてきてから、その傾向は高まってきた。

 そうでも無ければこのバケモノを飲むことはできないだろう。

 

 学校生活も慣れてきたもので友達が出来たかというと出来ていない。

 クラスの皆が周りの子に恐る恐る声をかけながら友達の輪を広げている中、僕は何もしなかったし話しかけられなかった。

 ちょっとさみしい気もする。

 こちらから話しかけようかと思ったこともあったが、皆レースへの意気込みというか、勝つために来ているため温度差を感じてしまって無理だった。

 まぁ、前世でもほとんど出来ていないので、特別なにか変わったようなことでもない。

 

 そんな僕でも唯一話すようになったのは、同室のマヤノちゃんぐらいだ。

 そのマヤノちゃんとも僕から話しかけることは少なく、だいたい向こうから話しかけてくる。

 

「テイオーちゃんは走ってるとき以外はいっつも悩んだような顔をしてるよね〜! 何かで悩んでるのか分からないけど……怖くて決心してないような目をしてる……かも?」

 

 マヤ分かっちゃったかも! と同じ部屋になってから少し経った頃に言われた。

 一瞬ビクッとしたが、そうだなと言ってこの話を終わらせようとする。

 う〜んなんだろう、過去になんかあった感じ? とボソボソ言いながら思考に耽るマヤノちゃんに心を見透かされていくようでなんだか怖くなり、ほらもう寝よ? と催促する。

 はーいと返事が帰ってきたので、部屋の電気を消してこの話は有耶無耶にしておいた。

 

 でも、あの天才ちゃんには有耶無耶にしたこともバレているだろう。

 幸いマヤノちゃんは、この日の後にこの類いの話は振ってこなくなった。

 

 

 

 

 そんなこともありながらある日、新入生全体で入学後初となる選抜レースがあった。

 レースがあると聞いたときは、そこそこの力で走って勝てなくても良いやと乗り気では無かった。

 勝つ気持ちで行って、負けてしまうのが怖かった。

 

 今回の選抜レースは左回り1600m

 スタートと反対側にあるゴールを目指す。

 1600m、トゥインクルシリーズの有名なレースばかりを見ていると短く感じるが、得意な距離が違い、まだ個人に合った距離がはっきりしていない段階でレースとして行うには丁度いい距離だ。

 係の人の案内で続々とスタートラインに並んでいく。

 僕も周りの様子を見ながら大外にある今回のスタート位置に行く。

 スタート前ということで緊張した空気が漂うなか、明らかに僕だけ集中力が無いというか気が抜けていた。

 なんだか僕だけ勝ちたいという気持ちが無いまま乗り組んだ、まるで戦場に周りのみんなは実銃なのに、ゴム銃で乗り組んで行ってしまったような感じだ。

 

 スタートの合図が出た。

 それに合わせてちゃんと前に走り出す。

 前に二人抜け出して行く。

 これが所謂逃げ戦術かと考えながら、僕は直感的に3番手集団の最後尾に付けていた。

 

 下り坂が始まりそのまま3コーナーに入る。

 先頭の二人のスピードはまだ落ちて来ない。

 僕がいる集団の隊列がコーナーに入った途端、だんだん縦長になってきた。

 スピードを落とすのが嫌だったので僕は外にずれて、ちょっとだけ集団内の順位が上がる。

 

 下り坂が終わって4コーナーに入る。

 先頭のスピードが少し落ちてきたようだ。

 それでもまだ3番手集団とは5バ身ほどある。

 コーナーも終わりに差し掛かり集団の前の方がスパートに入ったようで、集団の速度が上がる。

 僕もそれに合わせるようにスパートに入る。

 先頭の二人はスパートする余裕は残っていないのか、後方との距離はもう2バ身ほどだ。

 

 僕はスパートに入ったのは良いものの、周りと速度はそれほど変わらず、このままだと1着は無理だな。

 

 

 そう思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

『勝たなきゃ、(僕たち)は無敵のトウカイテイオーなんだよ?』

 

 

 ふと、(トウカイテイオー)からの声が聞こえた。

 

 

 その瞬間、身体が引っ張られた。

 

 

 一歩目を踏み出す。

 

 

 姿勢が切り替わった。

 

 

 二歩目を踏み出す。

 

 

 足と腕の動かし方も切り替わる。

 

 

 三歩目を大きく踏み出す。

 

 

 大地を大きく踏み締めて一気に加速した。

 

 

 今、()は身体を動かしていない。

 僕ではない(トウカイテイオー)が、この身体で走っていた。

 それは一歩一歩のストライドが大きく、足を高く上げた特殊な走り方だ。

 

 

 速度が一気に上がる。

 (トウカイテイオー)()が今まで見たことがない世界にいた。

 坂に入ったが勢いは衰えない。

 周りの娘たちを抜き去り先頭に立つ。

 坂が終わり残り300m全力疾走している。

 そしてゴールしていた。

 

 

 結果は圧勝だった。

 

 

 僕にはゴールした実感が全く無かった。

 ()では無い(トウカイテイオー)に導かれいつの間にかゴールしていた。

 何が起きたか分からなかった。

 突然、声がしたと思ったら、身体を乗っ取られて、動きが変わった。

 おそらくさっきのは、僕のこの世界に生まれてから走ってきた経験による走り方では無い、トウカイテイオー本来の走り方だろう。

 

 そんな呆然としている僕の周りで、レースに勝てず悔しがっている娘たちに申し訳無くなってきて、静かに観客席の方に移動する。

 

 客席に座ったところで、ポケットに入れておいた棒付きキャンディを咥えて糖分を少し補充して、さっき起こったことに頭を回す。

 

 少し足が痛む。

 今の自分の力を超えるスピードを出したからだろうか? 

 それともそもそも足に負担をかけるような走り方だったのだろうか? 

 前世の故障したときのトラウマから今日は足のケアをしっかりしよう、と思っていると、次のレースが始まった。

 

 お、マヤノが出ているようだ。

 なんでもすぐに分かっちゃう天才の走りはどんな走り方なのか気になるところだ。

 スタートは良かったと思ったが、どうやら後方で様子を見るつもりのようで、僕と同じように集団の最後尾につけている。

 

 3コーナーに入ったところでマヤノは動き始めた。

 どんどん抜かしていき4コーナーに入るころには、あとは先頭の逃げだけといったところまで順位を上げていた。

 そして、今まさにその逃げていたウマ娘も抜いて、先頭に立って直線に入った。

 

 凄い。

 いつもは子どもっぽいなぁとか思っていたが、走っている姿はとてもさまになっていた。

 

 マヤノちゃんはそのまま先頭を維持したままゴールした。

 ゴールしたあと何やらキョロキョロとして何かを探しているようだが、僕と目が合うと観客席に乗り込み僕の隣まで走ってきた。

 

「テイオーちゃん! テイオーちゃん! さっきの凄かったよ! ねぇねぇ、どうやったらあんなにバビューン! ってできたの?」

 

 いきなりテンションが高い状態で話しかけてくるものだから言葉につまる。

 

「ま、マヤノも凄かったよ」

「ぶ~ぶ~! マヤちんのレース(もう分かっちゃったこと)は今はいいの! それよりさっきのテイオーちゃんのレースだよ! 

 マヤはね、テイオーちゃんなんかやる気無さそうだからあのレース負けちゃうかも〜って思ってたのに、いきなりバビューン☆って飛び出して、ゴールまでシューって行っちゃったからびっくりしたよ!」

 

 僕にも分からないけど、分からないってそのまま伝えるか?

 自分じゃない自分が出てきたみたいなことを本気で言えばいいのか……? 

 うーん、なんか急に頭おかしくなっちゃったやばい奴みたいで、とても言いにくい。

 

「それでそれでっ! ……って、テイオーちゃんっ! 聞いてるの!? 今、テイオーちゃんのことを聞いてるんだから、ちゃんと答えてよ〜」

「ごめん、マヤノ。考えごとしてた」

「ほら〜! やっぱり聞いてないじゃん!」

 

 

 ごめんごめん……だからごめんってば、とマヤノの機嫌を直そうと謝っているといつの間にか最後の選抜レースも終わっており、今日はお開きのようだ。

 

 僕は足の様子を確認するために軽く走ろうと思い立ち上がる。

 

 

「マヤノ、僕はこれから少し走るけどどうする?」

「う〜ん……マヤはいいかな〜。

 その様子だとテイオーちゃんはいっぱい走りそうだから、先に戻ってるね!」

 

 誘ったのに断られたみたいな返しに、ちょっとさみしくなる。

 別に誘ったわけでは無かったけど、マヤノの練習嫌いは相変わらずのようだ。

 マヤノがトレーニングに出ているのは最初の一回しか見ていないような気がする。

 それでも選抜レースで勝っちゃうもんだから、やっぱり才能ってことなんだろう。

 マヤノが元気よくこっちに手を振って、じゃあね〜と言ってきたので右手を軽く振っておく。

 

 

 

 僕は一人でトレーニングコースに来た。

 選抜レースの後ということもあり、トレーニングコースにはダウンをするウマ娘たちはいても、本気で走るようなウマ娘はいない。

 僕も取り敢えず一周軽くジョグする。

 さっきの痛みはもう感じないが、ああいったことを無視していると、いつの間にか積み重なって痛い目を見るのだ。

 

 コーナーの終わりが近づき一周がもうすぐで終わる。

 ふと、さっきはここらへんで切り替わったなと思い、ちょっとした出来心で速度を上げる。

 そしてさっきの動きを思い出して、一歩二歩三歩と、あのときの動きをなぞって進もうとする。

 だが、そう簡単に成功はしなかった。

 二歩目で姿勢が崩れてスピードが落ちる。

 前傾姿勢になっていたのでそのまま転びそうになるが、なんとか転ばずジョグに戻る。

 

 練習中に転んで怪我をした日には、もう目にも当てられない。

 ウマ娘はどれだけ力が強くても、身体の強度は人間より若干強いだけだ。

 どれだけ調子が良くても、全力疾走のときに転んだらあの世に行ってしまう、なんてことはやはりあるらしい。

 死ななくてもトラウマになって走れなくなるウマ娘も多くいるようで、授業でもトレーニングでも散々気をつけろよと言っていたことぐらいは覚えている。

 

 しかし本当になんだったんだろうか。

 コースを外れてストレッチをしながら考える。

 うっすらと聞こえたときに言っていたことで頭に残っている"無敵のトウカイテイオー"。

 もしかしてトウカイテイオーは前世の世界の方では無敵の存在だったんじゃ無いのか? と思えてくる。

 しかしながら、その魂を受け継いだのがこんなので申し訳なくなってくる。

 

 その予想が正しいなら常に勝っていたトウカイテイオーが自分の魂を受け継いでいるのにも関わらず、不甲斐なく負けそうな僕を無理やり勝たせるために出てきたのでは無いだろうか。

 そのことがトリガーなら今の僕だったら毎回出てきちゃいそうだな。

 でもそれで勝ってもどうなんだろうか……それは勝負に対する侮辱じゃ無いのか? 

 

 う〜んモヤモヤする……

 こういったときは走るのに限るな。

 幸い今日はまだトレーニングコースが閉まるまで時間はある。

 足もレースが終わった後ほど痛まないので、そんな本気で走らなかったら大丈夫だろう。

 そう思って、僕はまた軽く走り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 _______________________________

 

 

 

 

 あれからかなり走っていたようだ。

 空も赤く染まり始めている。

 今日はもう充分走ったので練習は終わりにして、はちみーを買って部屋に戻ろう。

 

 最後にストレッチは忘れない。

 やるかやらないかでは次の日の身体の調子に関わる。

 ストレッチを終えコースをあとにし更衣室に向かう。

 更衣室で体操着から制服に着替えて鞄を持って外に出ようとする。

 ん? 外に人の気配があった。

 誰かを待っているのだろうか。

 いやでも、選抜レースのあとにこんな時間までいるやつなんて僕しかいないよな。

 取り敢えず悩んでいてもしょうがないので、扉を開け外に出る。

 

 

 

「ちょっと話をしても良いだろうか?」

 

 

 どうやら僕を待っていたようだ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

相談

「ちょっと話をしても良いだろうか?」

 

「あ……はい」

 

 更衣室から出てきた僕に声をかけてきたのは、この学園の生徒会長その人だった。

 なんかまずいことやらかしたかな?とか考えつつ憧れの人が目の前にいることで緊張する。

 話が出来る距離にまで近づく。

 

「良かった、知ってるかもしれないが私はシンボリルドルフという。

 まずは今日の選抜レース、観させて貰った。

 一着おめでとう。

 最後の直線、良い末脚だった」

 

「ありがとうございます……

 えっと、トウカイテイオーです」

 

 ちょっと堅く返してしまうが心の中ではめちゃくちゃ嬉しかった。

 でもそれって実際のところ、褒められてるのは僕なのか? 

 

「ふふっ、そう堅くならなくてよい。仲の良い友達のように話してくれると嬉しい」

「えっ…と、友達っていうのがいたことないので、よく分からないです……」

「おや? マヤノトップガンとはそういう仲だと思ったのだが……

 まぁ、ずっと立ったままというのもあれだ。時間があれば座ってゆっくり話さないか?」

 

 誘われてしまったら断れない、ましてや憧れの人でこの学園の生徒会長ともなれば尚の事だ。

 近くにあったベンチに2人、隣り合わせで座る。

 気になったことがあったので勇気を出して話しかける。

 

「あの……ルドルフさんはなんで僕なんかを待っていたんですか?」

「だからそう堅くならなくても……まぁ無理させるのは良くない。だんだんと慣れればいいさ。

 それで何で待っていたかだったね。

 テイオー……テイオーと呼んでもいいかい? ……そうか、ありがとう」

 

 僕は無言で頷く。

 

「テイオーは入学してトレーニングが始まってからずっと何かに取り憑かれたかの様にずっと走っていると聞いてね。

 授業もあまり集中して受けてないようだが、教師が当てても完璧に答えてしまうもんだからなかなか注意しにくいらしくてね。

 そんな訳だから生徒会長の私の耳にもいろんな声が届くわけさ。

将来有望なウマ娘(入試成績筆記実技トップ)がこんなところで潰れるのは勿体ない』『入学したてなのに思い詰めて精神状態が不安定なのは心配だ』ってね。

 ウマ娘にとって精神というのはとても大切だ。

 今日も選抜レースで一着を取ったすぐ後なのに、ずっと走っているという情報を耳にして、

 もしかしたら話が出来るんじゃないかと思ってトレーニングコースの様子を見にきてみると、ちょうど走っているのを見つけたので待たせていただいたよ」

 

 え、そんなに僕のことが噂になっていたのか。

 周りから評価が高いのは少し嬉しい。

 ルドルフさんは僕が話を聞いてることを確認したのか話を続ける。

 

「さっきの様子だと悩み事を周りには話さず、一人で抱え込んでいたのでは無いのか? 

 どうだ、私を何でも相談出来る友達だと思って話してくれないか?」

 

 憧れの人をいきなり友達だと思って話すのはハードルが高いが、口は思ったより簡単に開いた。

 まるで僕が他の人にこのことを打ち明けたかったかのように。

 

「誰かと競うのが怖いんです。

 ウマ娘なのに変な話ですよね、ルドルフさん。

 本気で勝ちを目指して勝てなかったときのことを考えると怖くなる。

 頂点に執着しすぎたら、また、たぶん、周りが見えなくなっちゃって僕は壊れちゃう。

 出来るだけ周りを見ないで走っているときだけが、僕は落ち着ける。

 走ってるときは何も考えなくても気持ちよくなれるから。

 だから、僕はずっと走っているんです。

 周りのウマ娘たちが勝ちを目指して頑張っているのに、僕は考えなきゃいけないことから逃げるために走っているんだ……」

 

 スラスラと言葉が出てきた。

 誰にも話していない。

 家族には心配させたく無かったし、話せる友達はいなかった。

 気が付いた人はいたとしても僕から話したことは無かったのに、だ。

 

「悪いことなのか?」

 

「え?」

 

「頂点に執着してしまうことも。

 敗北を恐れるのも。

 それはウマ娘として普通の思考だ。

 レースに勝者は一人しかいない。

 もちろんレースでは沢山の敗者も生まれる。

 だからこそ勝者も輝く。

 

 自分が道をハズレようとしたときも、それを止めてくれる仲間がいれば踏みとどまることが出来るはずだ。

 そういった経験が1度はあるだろう?」

 

 そうだ、()は仲間の制止を無視し続けてしまった。

 止めてくれる仲間はいたはずなんだ。

 それなのに振り払って前に進んだ。

 ()は仲間を信じることが出来てなかった。

 

 苦い顔をしていると僕の心情を覚ったのか、少し微笑んで子どもを啓すようにルドルフさんはまた話し始める。

 

「間違えてしまったものはもうしょうがない。

 次からは間違えなければいいんだ。

 同じ間違いを繰り返さないことのほうが大切だ。

 テイオーは間違いなく強くなれる。

 才能も努力もあるはずだろう?」

 

 その言葉に頷く。

 自画自賛だが本当にこの身体には才能は溢れんばかりある。

 努力と言うのは怪しいが、走ることは周りのウマ娘たちに負けないぐらいしてきたつもりだ。

 

「僕は……ルドルフさんみたいなウマ娘を超えてウマ娘たちの頂点になれるかな?」

 

「おっと……ふふっ、いきなり大きく来たね。

 私のようになれるかもしれないが、私もそう簡単に負けるつもりはないぞ。

 宣戦布告されるのも久しぶりだ。

 それでは私もテイオーと戦うときに負けないように頑張っておかないとな」

 

 ルドルフさんが右手をこちらに出してきた。

 

「ほら、約束の握手だ。

 私に勝つのだろう? 

 その時がきたら全力で闘おう。その約束だ。

 こういったシチュエーションをやってみるのに憧れていてね。

 悪いが付き合って貰えないかな?」

 

 右手に右手を重ねる。

 

「これで悩みは少しは無くなったかな? 時間を取らせてしまって申し訳ない」

 

「こちらこそ生徒会長だから忙しいはずなのに悩みを聞いて貰ってすみません」

 

「いいんだ。

 学園の生徒の悩みを解決するのも生徒会長としての役目だ。

 本当は学園の生徒全員と話したいと思っているがどうしても限度があるのでな」

 

 本当に生徒の皆のことを考えている人なんだな。

 僕の中の好感度メーターがぐーんと上がった。

 

「今日はありがとうございました、ルドルフさん。

 僕も頑張って勇気出して友達作ってみようと思います」

 

「いいじゃないか、もし困ったことがあったら生徒会室に来るといい。

 何でも相談に乗ってあげよう。

 こちらこそ今日は話せて良かったよ」

 

 ルドルフさんと別れすっかり暗くなった道を走って進む。

 もうはちみーは今日は飲めないかもと諦めモードだったが、ちょうど片付けし始めていたところだったので滑り込みで作ってもらう。

 店員さんにすみませんと謝っていると、

 

「お客さんいつも同じ時間帯に来るのに今日は遅いな〜って待ってたんですよ。

 流石に今日はもう来ないかなって片付け始めてたんですけど、待ってて良かったです!」

 

 いつもより遅くまでやっていたのは、どうやら僕を待っててくれたからのようだ。

 

「はい! はちみつ固め濃いめダブルマシマシです! いつもありがとうございます!」

 

 はちみーを受け取る。

 ひんやりしたはちみーだが人の温もりを感じたような気がした。

 

 

 

 

 はちみーをなめなめしながら部屋に戻るとマヤノは何やらドラマを見ていたようだ。

 

「あ! テイオーちゃんおかえり! ……あれ? なんか雰囲気変わったね〜、何かあった?」

 

「なんにもないよ、マヤノ」

 

「ほら〜やっぱり変わってる! なんか今まではボケ〜ってした感じだったのに、少しボケ〜ってしているのにシャキってしたのが混ざった感じ!」

 

 なんか喧嘩を売られている気がするが気にしないようにしよう。

 

「マヤノ、僕たちって友達なのかな?」

 

「何言ってるのテイオーちゃん? 頭おかしくなっちゃった? 

 マヤちんとテイオーちゃんはとっくのとうに友達でしょ! 

 急にどうしちゃったの? まさか……! 友達がいないって誰かに言われて傷ついてたの?」

 

「違う違う大丈夫だって」

 

「ホントにホント? もしホントに辛いことがあったらマヤはいつでも相談に乗ってあげるからね!」

 

「ありがとう、マヤノ」

 

 どうやらこんな僕にも素晴らしい友達がいたようだ。

 僕も少し周りからは遅いけど、これから頑張って友達増やしていくか!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう思っていた時期が僕にもありました。

 

 

 

 

 

 

 _________________________

 ___________________

 _____________

 

 

 次の日の昼休み、生徒会室の扉をノックする。

 

「入っていいぞ」

 

「失礼します……」

 

 重厚な扉を右手で引き、中に入る。

 

「なんだ、テイオーか。

 どうした?

 何か困ったことがあったか?」

 

 その言葉に僕は首を上下に振る。

 

「そうか……私で良ければ力になろう。

 それで困ったこととは、なんだ?」

 

「と……」

 

「と?」

 

「……友達ってどうやって作ればいいんですか……!?」

 

 

 そう、僕は今まで友達を作ろうとしてきていないコミュ障なので、友達をどうやって作ればいいのか分かっていなかったのである。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

チーム

 友達を作ろうと思ったが序盤も序盤で躓いた僕はルドルフ会長に相談に行った。

 結論から言うと、天下のトレセン学園の生徒会長様にもよく分からないらしい。質問した途端、困り顔になってしまっていた。

 どうもルドルフ会長は気軽に話してくれる人はとても少なく、話しかけても生徒会長としての立場もあるようでなかなか友達になるような感じにはならないそう。

 

 取り敢えずダメ元で僕以外にも友達がちゃんといるマヤノにも聞いてみた。

 

「友達の作り方〜? 

 いろんな人のことを見てね、

『あ!この人、気が合うかも?』って思う人に話しかけるんだよ! 

 そしたらだいたい仲良くなれるから!」

 

 ……??

 天才は友達の作り方も天才的だった。

 まず、気が合うか全く分からない。

 そして僕は自分から話しかけられない。

 残念ながらコミュニケーションスキルが0に等しい僕には参考になりそうも無かった。

 

 結局、僕には友達が増えなかった。

 いや、ルドルフ会長はもう友達と言ってもいいかもしれないほど、僕は仲良くなったつもりだ。

 

 別に作るのを諦めた訳ではない。

 何度も生徒会室に遊びに行ってルドルフ会長と友達作りの相談(おしゃべり)をしているときに言われたのだ。

 

「テイオーもトゥインクルシリーズに参戦するのなら、いつかチームに入るはずだ。

 その時にチームメイトと仲良くなるのでも遅く無いんじゃないか?」

 

 ルドルフ会長の言ったとおり、来年からトゥインクルシリーズに参戦するのなら、シリーズが始まる前までにチームに所属しなくてはならない。

 確かにそれなら今いなくても出来る希望が見えた気がしてきた(気がしているだけだ)。

 

 

 そういうことで、所属チームって何処がいいんですか?と相談しに行ったが、

 

「良ければ私の所属しているチーム(チームリギル)に所属してみないか? 

 テイオーが持っている実力ならば選抜テストを乗り越えられると思うのだが」

 

 と、ルドルフ会長からのお誘いを頂いたので、どんなチームなのか今度見に行ってみようと思う。

 チームかぁ……選抜レースや定期的に開かれる模擬レースに出ているが今のところ負けていない。

 そのことは、トレセンにいるトレーナーの耳には届いているだろう。

 負けていないのは、当たり前だ。

 もともと走りこんでいて力はあるし、最近ルドルフ会長に勧められてビデオでレース展開を勉強し始めた。

 色々な戦術を試してみたが、先行〜差しあたりがしっくりきた。

 途中までいいポジションをキープして、ここからならゴールまで全力疾走出来るというところで飛び出すのが、安定している。

 逃げなんて後ろが気になりすぎて気が気では無かった。

 

 それにあの最初の一回しか(トウカイテイオー)の力は使っていない。否、使えていない。

 何故かは分からない。

 でも、今の僕には、なんとなく理由は分かる気がした。

 

 走り方を真似たら僕にも出来るんじゃないかって思って練習してみたが、なんちゃってにしかならず、大したスピードは出ない。

 あれをやるなら元の走り方の方が現状速い。

 なんだかんだ生まれてからずっと変えていないフォームを変えるには、相当な意識と修整が必要だ。

 本当に必要になったときに()の助けに応じて欲しい。

 

 話を戻して、自惚れたことを考えてるが、トゥインクルシリーズに参加出来るようになって、選考レースが始まったら勧誘はいっぱい来るだろう。

 

 出来ればそれまでに入るチームを決めておきたい。

 大勢の人にうちに来てくれ! と話しかけられて囲われてるときに、何処のチームが良いのかなんてもう分からないだろう。

 チームなんて一度決めたら何かやばいことがない限り変えることは出来ないし、変えますなんて言うのに結構勇気がいるし、面倒くさい。

 やっぱり僕が過ごしやすく、強くなれそうなチームでやりたい。

 

 取り敢えず会長とリギルの見学にいつ行ってもいいのか決めておく。

 え、いつでも練習がある日なら見に来ても良いって? 

 

 ま、まぁ、そういうことらしいので、今日、練習はあるらしいので、今日の僕自身のトレーニング前に、どんな雰囲気なのか見に行ってみよう。

 善は急げ、だ。

 見てからでも充分時間はあるだろうし、そのまま練習に行けるように着替えてから行くか。

 

 

 

 午後の授業が終わって、更衣室で着替えてトレーニングコースに向かう。

 

 えっと、会長情報によると、ここらへんでミーティングしてるらしいので邪魔しないようにその様子を遠くから見ていよう。

 このウマ娘になって強くなった視力と聴力を使えばちょちょいのちょいだ。

 あ、ルドルフ会長がいた。ジャージでも風格があるなぁ……。

 今、目があったような気がする。いや、絶対見つかった。だってなんかこっちに歩いて来てるもん。

 

「ほら、テイオー。そんな遠くじゃなくて、もっと近くにこい」

 

 ほら、やっぱり。

 呼ばれてしまってはしょうがないので、このあと走る時のために持ってきていた蹄鉄付シューズを右手で持ち、ルドルフ会長の方へ向かう。

 おそらくリギルのメンバーであろう人たちからの視線を感じる。

 そんなに見つめられても何も出てきませんってば。

 

「そうか、お前が最近噂になっている一年のトウカイテイオーか」

 

 なんか眼力が強いトレーナーらしき人間のお姉さんに話しかけられる。

 返答に困るのでルドルフ会長に視線で助けを求める。

 

「そうです。この子が見学希望のトウカイテイオーです、おハナさん」

 

 ルドルフ会長! 

 僕の中の好感度メーターが上昇した。

 ルドルフ会長に感謝している僕をおハナさん?は見つめて言う。

 

「見ているだけではつまらないだろう、誰かと勝負してみないか?

 ちょうどシューズも持ってきているだろう。 

 ……そうだな、グラスワンダー! 

『はい!』

 今からこいつと走ってみろ。

 もうすぐでデビュー戦だ。その練習だと思って走れ」

 

 なんか見学するつもりだけだったのが、いつの間にか走ることになっているんだが。

 グラスワンダーと呼ばれていた先輩が分かりましたと落ち着いて返事をしている中、僕は全然落ち着いて無かった。

 

「え、えぇ……」

 

「テイオー、いきなりかもしれないが頑張るんだぞ」

 

「はい……頑張ります……」

 

 僕の困惑とやるしかないという諦めの混ざったため息を僕は深く吐いた

 

 ────────────

 ────────

 ────

 

 

 アップをして身体がだいぶ本調子になってきたところで、スタートラインに2人で並ぶ。

 

 今回は芝1800m左回りで戦う。

 正直言って負け戦だ。

 おそらくこの先輩は僕より1つ上。

 そして最強チームとして名高いリギルに入るということは、その代でも最強クラスってことだ。

 

 だが、たとえそれが負け戦でも、手を抜いて良いことではない。

 突然決まった勝負だが、全力で勝つつもりで行く。

 負けると最初から決め込むのは辞めた。

 僕は無敵のウマ娘(トウカイテイオー)だから。

 どんな相手にでも勝たなくてはならない。

 

「お互いにいい勝負にしましょう」

 

 隣にいる先輩がスポーツマンシップ溢れた挨拶をしてくる。

 ここは適当に僕も返しておこう。

 

「そうですね、いい勝負にしましょう」

 

 そっけないがこんなもんで勝負の前は充分だ。

 後は勝負の中で語り合う。

 

「二人とも準備はいいか?」

 

 ルドルフ会長の言葉に僕は頷き、先輩は「はい」と返事をして、スタンディングスタートの構えをとる。

 

「それでは行くぞ。よーい、スタートっ!」

 

 トが聞こえた瞬間、身体を前に倒しスタートする。

 そのまま2コーナーを曲がって向正面に入る。

 この状況はまずい。

 先輩は僕の後ろから様子を伺っているようだ。

 僕が前にいる状態では、相手は僕にプレッシャーを掛け続けながら、抜かすタイミングも決められる。

 それでも、ゴールまで抜かされる訳にはいかない。

 向正面が終わり3コーナーに入るが僕と先輩に動きはない。

 ちらっと後ろの様子を伺うがピッタリと後ろに付かれていて、プレッシャーがきつい。

 そのまま4コーナーに入り、4コーナーも終わり最終直線に入ったとき、先輩は動いた。

 

 僕から右にずれ、スパートに入った。

 非常に低い前傾姿勢で並んでくる。

 ここで抜かされてたまるかと僕もスパートに入るがジリジリと差が詰まってくる。

 ついには並んで、抜かされてしまった。

 差が少しずつ少しずつ広がる。

 坂に入り、坂が終わる頃にはその差は1バ身開いてしまった。

 

 まだだ、まだ諦めるな。

 もっと振り絞れ。

 残り300m弱で勝つ方法を探れ。

 自分を鼓舞しながら解決策を探るが出てこない。

 

 いや、1つだけあった。

 

 

 縋る思いで僕はその姿勢に入る。

 今なら行ける気がした。

 

 

「『僕は、(僕たち)は!無敵の、トウカイテイオーだ!!』」

 

 

 自己暗示するように、僕は()()であることを示すその名前を普段出さないような声で叫ぶ。

 

 

 流れる空気が変わる。

 

 

 空気が変わったことに気が付いた先輩が、一瞬、驚いた顔をしてこちらを振り返った。

 

 

 練習でいつも失敗しているときとは違い、あの時と同じように身体が引っ張られる。

 

 

 一歩、二歩、三歩! 

 

 

 大きく加速し、前に突き進む。

 開いていた差が縮まり始める。

 

 

 あと100m程。

 行ける、行ける! 

 

 

 そう思いこんで、腕を振り、脚を回す。

 後0.5バ身。

 その差がとてつもなく大きい。

 

 

 あとちょっと、あとちょっとなんだ。

 前に進め、ほんの少しでいい。

 差がハナ差でも大差でもどっちでもいい。

 勝つことが大切なんだ。

 

 

 もうその差はほんの僅かだった。

 

 

 

 

 

 

 しかし、僕が勝つ前にゴールラインは来た。

 

 

 

 

 周りの人からは分からなかったかもしれない。

 でも、走っていた僕たちにはすぐに分かった。

 

 

 そのまま軽く流したあと、先輩がこちらに近づいてくる。

 

 

「良い勝負有り難う御座いました。今の勝負、あと100mもあれば私の負けでした」

 

 

「いや、距離が変われば仕掛けるタイミングも変わる。それは言い訳には出来ない。あれは僕の負けだったんだ」

 

 

「……そうですか。改めて今日は有り難う御座いました。また勝負しましょう」

 

 

「あぁ、次は負けない」

 

 

 負け。負けだ。久しぶりの負けだ。

 この身体になってから走ることでは一度も経験していないが、とても慣れたことだ。

 久しぶりの感覚だが、やっぱり苦しい。

 

「ちくしょう…負けちまったか…」

 

 年齢だとかは勝負の世界で関係ない。

 力と力がぶつかり、より強い力を持つ方が勝つ。

 身体能力、戦術、運。その3つの総合力で殴り合うのが、ウマ娘たちのレースだ。

 今日の僕には先輩に勝つには足りていなかった。

 

 

「はぁ……鍛え直すか……」

 

 

「お疲れ様、テイオー。

 いい勝負だったぞ」

 

 

「ルドルフ会長……

 負けるのってやっぱり苦しいですね」

 

 

「そうだな。

 だが、負けることで得られることもたくさんあるはずだ。

 また次に活かせば良い」

 

 

 あのときと同じ会長の言葉に頷いた。

 足りなかったものを手に入れにいこう。

 大丈夫。まだ強くなれる。

 まずはさっきの感覚を掴もう。

 必ず勝つための強い武器になる。

 

 

「そういえばテイオー。

 チームリギルはどうだった?」

 

 

「あ」

 

 

 勝負に集中しすぎて本来の目的を忘れていた。

 また今度見に来ると約束して、今日はダウンしたあと、はちみーを買って部屋に帰った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ________________________________

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうでした? おハナさん、テイオーの走りは?」

 

 

「まるで可能性の塊だな。

 磨けば光る原石だ。

 だが、同時に危うさがある」

 

 

「どういうことですか?お聴きしても」

 

 

「お前も気が付いているだろう? 

 あの明らかに空気が変わった後の走り方。

 重心も、歩幅も、腕の使い方、ましてや呼吸の仕方すら、あの変わる前とは全く違う。

 まるで別人が走っているようだ。

 それぞれの走りが別々として区切られている今は上手くいっているようだが、もし混ざり始めたらどうなる?」

 

 

「おそらく走りとして成り立たなくなる……」

 

 

「そうだ。だから危うい。

 そもそも2つの走法を走っているときに切り替えられることが奇跡に等しい。

 もし、あのまま強くなることが出来たら、それはもう一種の芸術作品だな」

 

 

「貴重な意見をありがとう、おハナさん。

 それでも私は、どんなことがあっても乗り越えてきて、私との勝負に挑んできて欲しい。テイオーにはな」

 

 

「珍しいな。お前が特定の人物と勝負したいと言うなんて」

 

 

「ふふっ、約束したんだ。

 テイオーがウマ娘の頂点になろうとするときに、私が全力で戦おうってね」

 

 

 

「だから待っているぞ、テイオー。

 お前が強くなって私の前に現れるのを」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

趣味

 あのあとまたリギルに行ってみたが次は誰かと勝負するなんてことは無く、普通に見学させてもらった。

 良いチームだと思うが1つしか見ないで決めてしまうにはまだ時期も早いし、選抜レースまで時間もあるので保留にさせてもらった。

 

 練習では覚醒モードのときのことを練習し始めた。

 ちなみに覚醒モードっていうのは、その名の通りのあの状態に入ったときのことで、名前は、さっき適当に付けた。

 成果は少し真似したときの速度が速くなった程度にしか現れていないが、一度だけ使えたときがある。

 それはある模擬レースのときだ。

 

 

 その時の模擬レースは3000mだった。

 このレースで気が付いたが、僕は燃費があまり良くない。

 その燃費の悪さを補うスタミナが足りていない。

 僕と同じ程度の総合力の持ち主が戦ったら、1800〜2400mでは僕が勝てるだろう。

 有記念の2500mぐらいでもギリギリどうにかなるかもしれない。

 しかし、3000mを越えるとおそらく厳しい。

 だから頭で考えている速度の一段階落としてスタミナ消費を軽くして走らないとスタミナ切れでスパートに入る前に落ちていってしまう。

 

 つまりこのとき、そのことに全く気が付いていなかった。

 そんなスタミナ切れで身体が重く、前にいけない僕を引っ張ってくれるように、(トウカイテイオー)は直線に入ってすぐ()を覚醒モードに引きずり込み、身体を構成するもの全て駆使してどうにか勝ってくれた。

 ちなみにゴールしたあと、僕は反動で倒れて動けなくなり、救護班に保健室に運ばれた。

 しばらく休んだら動けるようになったが、次の日は全身が痛くてまともに動けなかった。

 

 このときの屈辱からプールでスタミナを鍛えはじめた。ちょっとずつでも今から始めていれば、たぶんクラシック唯一の長距離レースの菊花賞には間に合うだろう。

 三冠への道は遠い。

 

 そんなこんなで走ったり、プールで泳いだり、はちみーを舐めていたりしたら、いつの間にか夏休みに入っていた。

 走ることには変わらないが授業が無い分暇だ。

 課題は適当に終わらせてある。だから、本当に走ることしかやることが無い。

 

 両親に家に帰ってきたほうがいいか聞いたら、『無理に帰って来なくていいわよ、学校の友達と仲良くしてなさい。一人ぐらい出来たでしょ?』と、母親から来たのだが、その優しさで僕は傷ついた。

 マヤノはいつも何処かで誰かとふらついていたりして居ないし、会長もなんかいつもより忙しそうだったからかまってほしいなんて言えない。

 

 つまり、僕はどうあがいても暇なのだ。

 友達がいない弊害がここに来て明確に現れた。

 辛い……

 

 

 そんなわけで趣味を見つけることにした。

 一人で出来て楽しいもの。

 前にマヤノにも言われたのだ。走ってばっかで趣味とか無いの〜?って。

 大きなお世話だとその時は思っていたが、一日に走れる量にも限度がある。

 しかも日本の夏は暑すぎて、長時間走るといつか死にそうだ。だから、何か趣味を見つけてみよう、と思ったわけだ。

 

 手軽に始められそうなのはやっぱりスマホゲームかな。いつでも出来るところが魅力的だ。

 前世でスマホを初めて触ったときに少しやったきりやっていないが、何かやってみよう。

 そう思って家族と連絡取るために入れたLANE以外初期から何も変わらないスマホを開く。

 

 

 お金ならお小遣い兼生活費として両親から毎月中学生に送る額か?って量が送られてきているが、主な出費が朝夕のはちみーとたまに買うキャンディ以外無いのである程度の額が溜まっている。

 たぶん年頃の女の子としてオシャレとかに使ってほしい思いもあるだろう。

 だが残念かな。制服と体操着、ジャージ以外で今のところ出掛ける予定は無いので、一切買っていない。

 とんだ親不孝者の僕を許して下さい。

 

 アプリストアを見てみると、課金で強くなれる感じのゲームが蔓延っていることがなんとなく分かった。

 そんなに課金しなくても遊べそうな音ゲーで評価が高いものをインストールした。

 ダウンロードが終わりアプリを起動する。

 画面表示が横向きに切り替わったので両手に持ち変える。おっと、データのダウンロードがあるようだ。

 

 しばらく経つとダウンロードが終わったようで画面が切り替わる。

 チュートリアルか、上からノーツというのものが降ってくるので親指で押して、どうすればいいか学ぶ。

 それが終わるとストーリーが流れて始めて終わるとスタート画面に戻った。

 

 これから自由に出来るようだ。

 取り敢えずプレイを押して曲選択に移る。

 何も知らない初心者なので取り敢えず一番最初の一番簡単な難易度をプレイする。

 

 うん、思ったより出来た。

 チュートリアルの説明通りやったら、どうやらフルコンボがとれたらしい。

 難易度を一つ上げてプレイしてみる。

 前より難しいがまたフルコンボできた。

 もう一つ上げてその曲の最高難易度でやってみると、流石にフルコンボは無理だったが2ミスだ。

 

 これは結構楽しい。

 他の曲もやっていく。

 新しい曲が追加されたと思いやろうと思ったが説明が出てくる。

 どうやら曲を新しく解放するには課金で完全版にする必要があるらしい。

 価格は240円とはちみーより安いので、まぁこれだけ楽しめているから払っても良いだろう。

 午後の走りに行くときに帰りにコンビニでプリペイドカードを買うことにして、ゲームを閉じて食堂に昼ご飯を食べに行った。

 

 

 

 

 いつもよりちょっと早く走り終えた後、コンビニによって1500円分のカードを買い、毎度おなじみはちみーも買って部屋に戻る。

 

「テイオーちゃんおかえり!」

 

 マヤノがいつもどおり僕におかえりと言ってくるので、ただいまと返す。

 マヤノはベッドでスマホを見ていたようだ。

 只今絶賛趣味探し中の僕は、普段は気にしていないが何を見ているか聞いてみることにした。

 

「マヤノは何見てるの?」

 

「マヤはね〜今ウマスタグラム見てるの! ほらほら見てみて! 

 大人なウマ娘さんたちがこうやってオシャレな自撮りとか上げてるんだよ〜。

 はぁ〜、マヤもこんなふうになりたいなぁ〜」

 

 どうやらSNSを見ていたようだ。

 

「マヤノはSNSやってるの?」

 

「もっちろーん! ねぇねぇ、テイオーちゃんも始めよーよー!」

 

「……考えておくよ」

 

「ぶ~ぶ~、まーたそうやって逃げるつもりなんだね! マヤ分かってるもん!」

 

 いつものように適当に返したら、これまでの共同生活の中で学ばれてバレていたようだ。

 

 ま〜ま〜やるからやるから、と言いつつ買ってきたプリペイドカードの裏を十円玉を財布から取り出し削ってコードを打ち込んでいく。

 

「テイオーちゃんがプリペイドカード買ってる……! 大丈夫、テイオーちゃん? なにか騙されて無い?」

 

「大丈夫だって、僕が使うから」

 

「あのはちみつドリンクしか買わないことで有名なテイオーちゃんが……あわわわ……

 明日はいきなり雪が降ってくるかも……」

 

「今は夏だから流石に……」

 

「そういうことじゃなくてっ!

 も〜例えだって〜!」

 

 頭が固いよ〜と、マヤノに遠回しに悪口を言われている気がするが気にしない。

 上手く入金できたようだ。ゲームを起動しゲーム内で完全版を購入する。

 

「テイオーちゃん、ゲーム始めたの?」

 

「うん、音ゲーね」

 

「ふーん……マヤ分かっちゃった! 

 テイオーちゃん誰も遊ぶ人がいなかったから暇だったんでしょ? 

 しょうがないなぁ〜、テイオーちゃん! 

 今度マヤと一緒に遊びに行こっ!」

 

「え、別に行かなくてもいいんだけど……」

 

「も〜テイオーちゃん! そんな感じだから友達増えないんだよ! 

 ほらほらマヤと2人でカフェとかショッピングとか行くよ! 

 マヤ知ってるんだからねっ。テイオーちゃん部屋着以外の私服何も持ってないこと」

 

 ぎくっ……

 マヤノから放たれる言葉の槍がグサグサ刺さる。

 

「わ、分かった……行くよ」

 

「やった〜! 約束したからね! 

 じゃあね、じゃあね、うーん……。

 今週末の日曜とかどう?」

 

 まぁ、何時何時(いつなんどき)でも走ることしか予定が無いので、僕は行ける。

 

「いいよ。ってマヤノ僕が走ることしか予定に無いこと知ってるでしょ?」

 

「ふ〜んだ! マヤそんなこと知らないもん!」

 

 これは何時も僕が塩対応していることへの可愛い反撃だろう。

 

「予定はね〜まずは服買いに行くよ! テイオーちゃん制服しか外に出歩ける服無いでしょ? 

 そこで服買ってそのままカフェとか回ろうね!」

 

 無言で頷く。

 僕はこういうことはなんにも分からないので、もう全てマヤノに任せてしまおう。

 

「じゃあマヤはお風呂行ってくるね!」

 

 話にキリがつくと勢いよく部屋を飛び出して行った。

 全く人騒がせなやつだ。

 まぁそういうところがマヤノの良いところだろう。

 

 僕はというと風呂は空いてる時間帯に行きたいので入るのはかなり後だ。

 マヤノが戻ってきたらいつもどおりに、食堂で晩ご飯を食べてそのまま風呂に向おう。

 それまで音ゲーを楽しむとするか。

 

 そうして音ゲーを楽しんでいるとマヤノが帰ってきた。

 

「たっだいま〜!」

 

「おかえり」

 

 プレイ中なので適当に返事する。

 プレイしてなくても適当だが。

 

「わぁ〜! テイオーちゃんのその顔、走ってるとき以外で初めて見た! 

 少ししか顔に出てない、楽しそうな顔! 

 前から思ってたけど、テイオーちゃんは表情が固いけど、感情は豊かだよね〜」

 

 どうやら僕が思っている以上に楽しんでいたようだ。

 コツを掴んで上手くなっていくのは、ゲームに限らず何でも達成感があって良い。

 

「よし、AP(オールパーフェクト)

 

「テイオーちゃん、すっかりはまってるね! 

 走ること以外で楽しそうなテイオーちゃんが見れるなんて、マヤびっくりしたよ!」

 

「マヤノ……はぁ、まぁ良いや。

 じゃあ、僕は行ってくるね」

 

「はーい、いってらっしゃ~い!」

 

 ゲームのキリが良いので切り上げて、着替えとタオルをバッグに詰めて、食堂に向かう。

 

 食堂には、まだたくさん人がいた。

 そのほとんどは、既に食べ終わったり、風呂から出てきたりして、皆で仲良くお喋りしてる人たちだ。

 この時間帯は、殆どのウマ娘たちは今ここで話しているか、誰かの部屋に集まるなど、自由に過ごしている。

 僕はそんな人々を避けるように隅の方に座って、いつも一人で黙々と食べる。

 そして、食べ終わると食器を返却口に持っていき、そのまま大浴場に向かう。

 

 大浴場に人は今日はもういないようだ。

 たまにいるがいても一人か二人だ。

 

 だだっ広いところに僕一人。

 貸し切り感があって少し優越感が出てきそうでもあるが、人を避けて行動する悲しき存在の成れの果てなのでそんな気持ちは出てこない。

 

 身体を洗ったあと、一人で湯船に浸かってぼけーっと壁を眺める。

 学校と寮の生活にも慣れてきた。

 少しずつ目標も決まってきて、うじうじ悩んでいた頃とは大違いだ。

 友達は相変わらず少ないが。

 

 それに趣味も探し始めた。

 今までの僕なら考えられないことだ。

 トレセン学園に来て良かったなぁと母に感謝する。

 おっと……誰か来たようだ。

 そろそろ上がるとするか。

 

 新しく入って来た子と目が合うがすぐにそらして大浴場を後にする。

 脱衣場で新しい体操着に着替えてから、ドライヤーで髪を乾かして部屋に戻る。

 

「ただいま」

 

 返事が無い。

 どうやら電気を付けたまま、マヤノは寝てしまったようだ。

 マヤノは寝るのが基本的には早いし、起きるのはいつも遅い。

 

 マヤノを起こさないように気を使いながら荷物を整頓して僕も寝る準備を進める。

 スマホに充電器のコードを挿して、誰から来るはずも無いメッセージアプリを確認する。

 まぁ、当たり前のように何もない。

 両親からメッセージは来ない。

 来るときはいつも電話だ。

 僕の声を聞かないと安心出来ないとか言っているが、流石に心配性が過ぎるのでは無いだろうか……? 

 

 スマホに今まで無かったアイコンが増えていることに少し違和感と成長を感じつつ、スマホの電源を切って、部屋の電気も消す。

 

 布団に入り、寝るのに最適なポジションを探る。

 そして見つけた最適なポジで、僕は意識を落とした。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

お出かけ

「ほらほら、テイオーちゃん! ちゃんと付いてきて」

 

 

「はいはい、付いていくから手を離せ」

 

 

 マヤノに手を引かれながらショッピングモールを進む。

 まるで久しぶりの散歩に喜ぶ犬みたいだ。

 

 

「まずはテイオーちゃんの服買わなきゃね!」

 

 

 と、言って引っ張られたまま、僕は服屋に連れてかれた。

 服屋に入ったもののオシャレなんて知らない僕にどうしろと言うのかね。

 

 

「オシャレが分からないテイオーちゃんのために、マヤがコーディネートしてあげる☆」

 

 

 キラッと効果音のしそうな笑みで、マヤノが僕をお人形にしてやると伝えてくる。

 まぁ、仕方ない。

 どうせ僕が選んでもロクな服装にはならないだろう。

 それならマヤノに決めてもらおう。

 

 

「よろしく頼むよコーディネーター」

 

 

「アイ・コピー!」

 

 

 マヤノは元気よく返事してテイオーちゃんはここらへんで適当に見ててね、と言って僕に似合いそうな服を探しに行った。

 

 

 言われたとおりに適当に見て待つ。

 あまり気にしていなかったが、この世界にはやはりウマ娘用と人間用で違う服が存在するみたいだ。

 ズボンとかスカートとかはウマ娘用には尻尾を通す穴がある。

 ウマ娘用の帽子には、耳を通す穴がズボン同様空いている。

 懐かしくなって人間用の帽子を被ろうとしてみるが、耳が押さえつけられて不快感を感じたのですぐに外す。

 

 

「テイオーちゃん……何してるの……?」

 

 

 どうやらマヤノに見られていたようだ。

 変なものを見るような目で見ないでくれ……

 

 

「それより服は?」

 

 

 話をそらしてどうにか逃げようとする。

 マヤノはそれを聞いてばっちりだよ! と手に持っていた服やズボン、スカートなどなどの中から、白シャツワンピースをこっちに見せてきた。

 

 

「じゃじゃーん! まずはこれっ! 

 試着してみてみて!」

 

 

 そう言ってマヤノはワンピースを渡すと僕の背中を押して試着室の中に入れられた。

 制服を脱いでワンピースに着替える。

 着てみて鏡を見てみるとあることに気が付いた。

 

 

「マヤノこれインナー透けるんだけど……」

 

 

「開けなくて良いから! えっと……じゃあ次はこれ着てみて!」

 

 

 そう言って隙間から渡されたのは黒色のTシャツとジーンズだけど、ジーンズの丈が異様に短い。

 Tシャツには白字で英語のテキストがプリントされてるが、え〜っと『No Pain, No Gain(痛みなくして得るものなし)』……? 

 ……なんでこれを選んだのだろうか。

 取り敢えずさっきのワンピースはハンガーにかけ直して、Tシャツとジーンズを着てみる。

 

 

「ほら着てみたよ」

 

 

「おぉ〜〜流石、テイオーちゃん! 

 スタイルは良いから、すっごく似合ってる!」

 

 

 スタイル"は"って……

 

 

「マヤノ、なんでこのTシャツ選んだの?」

 

 

「う〜ん、特に理由は無いけど〜、なんかカッコイイ〜って思ったからだよ☆」

 

 

 意味が分かってるかは知らないが、なんとなく僕に合っている気もしてきた。

 

 

「じゃあ、これにしようかな」

 

 

「よし決定〜♪ 

 じゃあ、次はこれ!」

 

 

「え、でもこれだけでいいじゃん」

 

 

「そうじゃなくて〜……

 えーと、ほらっ! 一着だけだと不便でしょ? 

 テイオーちゃんのお財布はまだまだ余裕ある?

 あるなら二着は買おうよ〜」

 

 

「でも、今まで苦労しt……」

 

 

「そーゆーことじゃあないもん! 

 取り敢えず、次これ着て!」

 

 

 どうやらまだまだ付き合わされるようだ。

 マヤノに流されるように次のを渡される。

 ちょっとでもこれ良いなぁ、と思ったらこれにすると言って終わらせよう。

 

 

 結局その後色々着させられたが、さっきのと追加で色々合わせやすそうな無地の白シャツとベージュの短パンを買うことにした。

 

 

 つい今さっき買った白シャツと短パンを着て店を後にする。

 思っているより高かった。

 ファッションって金がかかると聞いていたので、ちゃんとお金を持ってきていて正解だったようだ。

 

 

「うんうん! テイオーちゃんもキラキラになったねっ! 

 それじゃあ、時間もちょうど良いからお昼食べよっ!」

 

 

 そう言ってマヤノが僕を連れていったのは、僕一人なら絶対に入らないような某喫茶チェーン店だ。

 

 

 夏休みの日曜ってこともあって店内は混み合っていた。

 列に並んでメニュー表を見て何を頼むか考える。

 やばい……メニューには知らない言葉が多い。

 どれ頼めばいいんだ……。

 え、マヤノ……先にテイオーちゃん注文していいよ〜、そうじゃないってば。

 僕がこういうところ来ないの分かってるよね。助けて。

 え、マヤがお手本見せてあげる? 頼んだよ。

 

 

「抹茶クリームフラペチーノのトールくださいな!」

 

 

 ちょっと待って、知らない言葉あったぞ。

 え、僕の番? 

 

 

「えっと……、じゃあ、キャラメルフラペチーノを一つ」

 

 

 メニューを指差しながら注文する。

 

 

「サイズはどうなさいますか?」

 

メニューを見るがそれっぽい表記は無い。

 

「…サイズって、何があるんですか…?」

 

「サイズは、トール、グランデ、ベンティーからお選び出来ます」

 

 

 あ、このTallとかってサイズのことだったんだ……。

 

 

「じゃあ、トールで」

 

 

 どれくらいなのか全く分からなかったのでマヤノと同じサイズを頼む。

 その後ケーキを頼んで、フラペチーノと一緒に受け取ってマヤノがいる席に向かう。

 ちょうどマヤノは注文した商品の写真を撮りおえていた。

 ウマスタ映えとかいうやつだろうか。

 

 

「いっただっきまーす! ほらテイオーちゃんも食べよっ」

 

 

「う、うんそうだな。いただきます」

 

 

 おいし〜と食べるマヤノだが、この空気感にどうも慣れない。

 僕がご飯を食べるとき、普段は食堂の隅に暮らす孤食の民だ。

 こういったキラキラしてるところは、落ち着かない。

 そう思いつつ食べているが、味は美味しい。

 ケーキは美味しいし、フラペチーノもはちみーには劣るがめちゃめちゃ美味しい。

 普段来ないが、たまに来るのはいいかもしれない。

 ケーキを食べ終え、マヤノのマシンガントークに相槌しながらフラペチーノを最後まで楽しむ。

 マヤノが聞いてる〜テイオーちゃん!? って言っている気がしたが、聞いているぞ。

 入店するときに思っていたよりも満足して店を出た。

 

 

 店を出てマヤノが「歩き回って気になったところに入ろう!」と提案したから、マヤノの後に付いて行っている。

 僕が気になるようなところは、靴も少し前に買い替えたばかりなので特に無いからだ。

 マヤノに連れられ、いろんなオシャレな店に入って陽の光に殺されかけられていると、人だかりを見つけた。

 どっかで何かイベントでもやってるのだろうか? 

 気になったマヤノが人だかりに向かっていった。

 しょうがないので追いかける。

 

 

「あそこで福引やってるみたい。

 えーと、1000円以上のレシートで一回回せるって! 

 マヤたちも引こうよ!」

 

 

 マヤノが人が集まっていた理由を見つけたみたいだ。

 どうやらレシートは何枚持っていても一人一回のようだ。

 賞品は特賞から6賞まであって結構豪華だ。

 

 

「おじさん! これでお願いします!」

 

 

「はいどうぞー、レバーを持って大きく玉が出てくるまで回してください」

 

 

 マヤノがレシートを係の人に見せて今から回すようだ。

 何が出てくるかなとガラガラ鳴る福引特有の音を聞いて待っていると黒色が出た。

 

 

「はい! 5等のお菓子詰め合わせだよ」

 

 

「わーい! ありがと〜♪ 

 テイオーちゃん、帰ったら一緒に食べようね!」

 

 

 頷いて僕もレシートを見せてレバーを回す。

 マヤノが当たったし、まぁ6等でもいいかと思う。

 6等でもティッシュの箱が5個貰える。

 白が出てくると予想していたが、出てきた玉は何故か黄色だった。

 黄色って何等だ? 

 

 

 チリンチリンと高くて響く鐘の音が、至近距離から伝わってきた。

 

 

「おめでとうございます! 2等のNint○ndo Switchです! 賞品用意するからちょっと待っててね〜」

 

 

 2等!?

 こういうのってちゃんと当たりが入ってるんだなぁ…都市伝説のように思っていた。

 近くを通った人からもおお〜、と声が聞こえてくる。

 係の人が賞品を取りに行ったようだ。

 少し待っているとちょっと大きめな紙袋を持ってきた。

 

「はい、おめでとう〜」

 

 

 渡された紙袋を受け取る。

 こういうので当たったのって初めてだ。

 

 

「すごいよテイオーちゃん! 2等だよ、2等!」

 

 

「なんか実感が湧かないな……。

 それより、寮でやっても大丈夫なのか?」

 

 

「多分大丈夫だと思うよ〜。

 先輩とかが、たまに集まってやってるみたいなこと聞いたことあるもん」

 

 

 どうやら寮でやっても大丈夫らしい。

 誰かに渡すのも勿体ないので、マヤノと楽しもう。

 それはそうと、手荷物がだいぶ増えた。

 僕は結構満足したんだが、マヤノはどうだろう。

 

 

「マヤノ、僕は満足したんだけどどうする?」

 

 

「ん〜マヤもそろそろ満足したかな〜。

 あっ、そうだ! 

 最後にゲームソフト買って帰ろうっ!」

 

 

「それもそうだな」

 

 

 最後におもちゃ屋のゲームコーナーに寄る。

 マヤノは提案してたものの、今日はもうお金に余裕は無いようで、僕が買うことになった。

 マヤノにどれが良いと思う? って聞いたら、自分で買うんだから自分で決めなきゃ☆(意訳)と言われたので、適当に目に入ったのを2つ選んで買った。

 

 

「テイオーちゃん! なんでぷよぷ○テトリスとスマ○ラ買ったの?」

 

 

「なんか対戦出来そうだったから」

 

 

「おお〜! じゃあ今夜はマヤと勝負だね! 

 負っけないぞ〜!」

 

 

 マヤノはいつも早く寝るくせに、今日いっぱい遊びまくって、夜まで保つのだろうか? 

 そんな心配もしつつ、おしゃべりしながら朝とは違う格好で、寮へと戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の夜、僕は一人でテ○リスでオンライン対戦をしていた。

 暗い部屋の中にカチャカチャとコントローラーの音が鳴り響く。

 マヤノと途中まで一緒に対戦していたが、疲れで寝落ちしてしまった。

 マヤノとの対戦は泥沼と化してしまった。

 

 

 初めの方は良かったのだ。

 二人ともまだ何も知らない状況だったから。

 でも好奇心からネットでテンプレートを調べ始めてからが駄目だった。

 マヤノも僕も頭の回転は速いし、ウマ娘特有の反射神経の良さもある。

 上手くなるコツやテンプレを覚えてぐんぐん成長していって、今日(正確には昨日)始めたとは思えなくなっていた。

 その途中で頭も使いまくったマヤノはもう無理〜と遺言を残してベッドに倒れ込んで寝てしまった。

 

 

 それまでマヤノと同様に頭を動かし続けて、脳が興奮状態の僕はなかなか眠れなかった。

 いつもと違って走っていないので、疲れてはいるが普段と比べるとそこまででは無い。

 身体が戦いを求めている。

 まだまだ対戦したいと。

 まぁ、要するに腕試しがしたくなったのだ。

 そうして今オンラインで画面の向こうの人間離れした人間なのか、それとも同類なのかよく分からない相手と戦っている。

 

 

 よし、この勝負も勝ち。

 レートが上がる。

 どんなことでも勝つことは気持ちいい。

 それが例えちっさなゲームの試合だとしても。

 

 

 ゲームは人間とウマ娘が同じルールに縛られて出来るからいいな。

 ゲームといえどもどうしても反射神経みたいな運動に関わる種族の違いはやっぱり出てしまうが、徒競走に競べればほぼ無いと言っても過言ではない。

 身体能力が反映されるようなゲームは……まぁ駄目だろう。

 ウマ娘が有利過ぎて人間とウマ娘で一緒にやることは無いだろう。

 

 

 あ、次のマッチングが始まったな。

 よし、次も勝たせてもらうからな。

 

 

 うわ、こいつ上手すぎでしょ。

 火力高すぎだってば。

 こっちも負けてられない、倍で返してやろう。

 それも耐えるのか、強すぎ。

 おいまじかよ……これでもくらえ!

 

 

 

 

 はぁ……危ない、本当にギリギリで勝てた。

 今の試合で体感10分近くあったぞ…。

 レートが上がるに連れて相手が強くなってきてだんだん勝ちづらくなってきた(負けるとは言ってない)

 これは努力が必要だな。

 もっと対戦して強くなろう。

 レースと同じで、相手が何をするか見ていれば色々と見えてくる。

 何でも大切な事は同じだな。

 

 

 疲れた。なんか腕が痛くなり始めた。

 今日はもう寝るか。時計をみたらもう3時すぎだ。

 こんなに楽しんでいたのか。

 流石にやりすぎだ。

 

 

 ゲームの電源を切って、僕はベッドに入って眠りに付いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝、僕はマヤノより遅く起きたら煽られたので、パワーアップしたゲーム力で黙らせた。




 筆者はこれを書くために初めてスタバに行ってキャラメルフラペチーノを飲みました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ストーカー?

 新学期が始まった。

 席替えとかもあったが何処でもクラスに友達がいない僕には似たようなものだ。

 授業も練習も一学期とあまり大きな変化はない。

 

 

 変わったことといえば、ついこないだ僕もSNSを始めた。

 ウマスタではなくて、ウマッターだが。

 ウマスタもアカウントは作ったが、それだけだ。

 始めたはいいものの、何を呟けばいいのか分からないので、取り敢えずゲームのこととか呟いてる。

 フォロワーも少しずつ増えているから多分呟くことは合っているはずだ。

 

 

 今日も今日とて走っていく。

 そういえば昨日、僕が練習しているとき、ストーキングされていることを確信してしまった。

 気が付いたのはつい最近だが実はもっと前から尾けられていたのかもしれない。

 トレーニングを遅くまでやっていると絶対にそいつも走っているんだ。

 僕が練習を止めると、その後にそいつも止める。

 怖い。

 

 

 何故気が付いたかというと、薄々一緒の時間帯にやってるやつがいるな、と分かってはいた。

 一昨日の練習は軽めの予定だったから早めに終わらせたのだが、そいつも早く終わっていて疑問に思ったのだ。

 そして昨日、カマをかけた。

 

 

 僕はいつも練習を終える前にスピードを落とした軽めのジョグをして、ストレッチをしてから終える。

 いつも僕の練習を見ていれば誰でも気がつくだろう。

 それで昨日は軽くジョグをしてストレッチをやって練習を終えるフリをした。

 そいつもダウンしようとしてペースを落とし始めた。

 それを見て僕は再び走り出した。

 どうなる? 

 ストーカーなのか、ただの勘違いか。

 出来れば勘違いであって欲しかったが、そいつもまた走り始めた。

 それを見て軽く恐怖した。

 

 

 "ガチ"だ。

 そう思った。

 

 

 実害は無い。

 だが何の為にそうしているか知らないため、ただただ怖い。

 僕の究極高性能な目(アルティメット・アイ)でそいつを見てみて僕の超絶高性能な脳(ハイパー・ブレイン)の記憶と照らし合わせるが、クラスにあの顔があったとは思えないし、同じ学年にもいた気がしない。

 もし先輩だったら、なおさら不安だ。

 

 

 あいにく自分のことをストーキングしている人に話しかけられるほどの度胸は無い。

「すみません、あなた僕のことをストーキングしてませんか?」って聞ける人が存在するのだろうか? 

 ストーカーだとしてもマズイし、ストーカーじゃないときなんて失礼すぎて、多分呼吸出来なくなりそうだ。

 

 

 昨日の夜、マヤノとゲームしているときに、

「ストーカーされてるかもしれない」

 って言ったら、

「大丈夫? 勘違いじゃない? 

 まぁ、テイオーちゃん見た目は可愛いからね〜。

 あんまり酷いなら警察とかに相談してみたら?」

 と、返された。勘違いされている気がする。

「男の人じゃなくてウマ娘にだよ」

「えっ!? う~んとね〜……あ! 分かっちゃったかも! 

 きっときっと、負けないぞってテイオーちゃんの研究をしているんじゃない? 

 キャ〜☆熱いライバル展開!」

「ドラマの見すぎじゃない?」

「絶対そうだって〜! 

 わっ、テイオーちゃんゲーム強すぎ〜。

 次こそは勝つからね……っ!」

 間違いを訂正したらなんか突拍子も無い妄想を言われた。

 そんなこと現実であり得るのだろうか? 

 そう疑問に思いながらゲームでマヤノをサンドバッグにしていた。

 

 

 あ、今日もいた。

 ちょっと待て、今無意識にそいつを探していたが、僕もそいつを意識し始めて行動したら実質僕もそいつのストーカーなのでは無いか? 

 自分のストーカーのストーカーなんてゲシュタルト崩壊しそうだ。

 止めだ止め、そいつは意識しないで決めたローテをやろう。

 無心になって走ろう。

 そうだ、いつもそうして来たじゃないか。

 

 

 だいぶ走ったな。

 そろそろはちみーを買って帰ろう。

 トレーニングコースを見渡してみると、今ここには僕しかいない。

 訳 で は 無 か っ た 。

 突如、僕の脳内を駆け巡る存在しないことにした記憶。

 やっぱり尾けられてるよなぁ……。

 まぁ見なかったことにして練習を終えてさっさとはちみーを舐めて忘れよう。そうしよう。

 

 

 そして次の日。

 普段通りコースに行くと目があってしまった。

 怖いので予定を変更してプールに行きます。

 プールにいたらもう終わり。

 流石にいませんでした。良かった。良くないけど。

 夏は外が暑いのでプールによく行っていたが、やっぱり走る方が好きなので走れるときはできるだけ走りたい。

 最近は来る回数が減ったが、スタミナも増えてきた気がする。

 微々たる量だが積み重なればいつか大きな差だろう。塵も積もれば山となるってやつだ。

 秋になりつつあるので、人も少ない。

 人が少ないほど練習に適した条件は無いだろう。

 ってことで今日は水泳で頑張る。

 

 

 疲れた。

 スタミナアップを目的にしているから当たり前だけど。

 今日は終わりにしてはちみー舐めよう。

 やっぱりはちみーを舐めることで1日の終わりを感じるからなぁ。

 

 

 そう思っていつものごとくはちみーを買いに行くと例のストーカーさんがいた。

 咄嗟に物陰に隠れてしまう。

 なんとかバレて無いはずだ。

 

 

「柔らかめ・薄め・少なめでお願いしますわ」

 

 

「はい、分かりました!」

 

 

 どうやらはちみーを注文したようだがそれは邪道だ。

 僕とお前は相容れない存在になったな。

 はちみーという時点で糖分の塊なのだ。

 薄くしようと、少なくしようとも、高カロリーには変わりない。

 そこで我慢しても無駄だ。

 飲むならやはり固め・濃いめ・ダブルマシマシの方がはちみつが沢山あるので美味しいに決まっている(早口)。

 ちなみに僕は固め・濃いめ・多めと固め・濃いめ・ダブルマシマシしか飲んだことが無い。

 

 

 そいつがはちみーを受け取って居なくなったのを見て僕もはちみーを買う。

 

 

 あ〜美味しい。

 やっぱり固め・濃いめ・ダブルマシマシが最強。

 異論は認めません。

 

 

 疲れた身体が回復していく、ほぼ僕にとっての回復ポーションのようなものだ。

 今日は走る気分だったが走れなかったから、一旦寮に戻ってご飯食べてから少し走ろう。

 

 

 

 

 

 

 結局、少しどころじゃ無くて、かなり走っていたら、現在時刻は門限まであと少しに迫っていた。

 汗だくになりながら全力疾走で寮までの道を走る。

 戻ることを気にせず好きに走っていたらこのザマだ。

 こんなことをするために鍛えてるわけじゃないんだが。

 それにしてもアスファルトは硬い。

 膝に負担が芝より掛かるので全力で走るなら、出来るだけ芝がいいな。

 華麗なコーナリングを決めて後は直線だけだ。

 よし、寮が見えた。

 もうこれは間に合っただろう。

 寮の玄関まで駆け抜けて勢いよく寮に入る。

 息を整えて時間を確認する。

 

 

「はぁ……はぁ……、あ」

 

 

 門限過ぎてた。

 

 

「こんばんは、ポニーちゃんこんな時間までどこに行っていたのかな?」

 

 

 寮長さんだ。

 

 

「あ、えっと、その」

 

 

「大丈夫、大丈夫。

 その様子で君のことだから走っていたのだろう? 

 次からはもっと早く帰ってくるんだよ」

 

 

「は、はい……」

 

 

 寮長さんにはなんとか見逃された。

 これも日頃の行いのお陰だろう。

 日頃の行いっていっても、適当に授業受けて、めちゃくちゃ走って、はちみー舐めてるだけだが。

 僕が人畜無害な優等生で助かった。

 これからはもうちょっと気をつけよう。

 

 

 はぁ……汗がベトベトして気持ち悪いので、早く風呂に入りたい。

 そう思って、すぐに着替えだけ取りに行って誰もいない風呂に入る。

 疲れた身体が癒やされる。

 今日はプールで泳いで、走り回った後に全力疾走してかなり疲れた。

 少し身体を酷使しすぎたかもしれない。

 明日から休日だし、明日は軽めにして何処か遊びに行ってみよう。

 ゲームセンターとか行ってみるか。

 クレーンゲームとか気になってたんだよね。

 あと、音ゲーもあるらしいから色々挑戦してみよう。

 

 

 

 

 翌日、でっかい会長ぬいぐるみだけを手元に残して、取りすぎたぬいぐるみをマヤノを通して色んな人に配った。

 取ることは楽しかったけど、どこに置くか完全に失念していた。

 

 

「テイオーちゃん、楽しいことになると先が見えなくなりがちだよね〜」

 

 

 うるさい。




短めですが新シナリオくる前に上げたかったのでここまで。

あと2〜3話ほど挟んでアニメ時空に近い時空に行くと思います


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ストーカー

「おぉ〜これが噂の末脚を生み出す均整のとれた日々鍛え上げられているトモ! 

 流石は練習の鬼と呼ばれるだけあるなぁ〜」

 

 

 どうもトウカイテイオーです。

 最近ストーカーモドキに困っていたら、遂には本当の変質者に出会いました。

 

 休憩のためにコースを外れて水分補給していたら、いつの間にか後ろから近づいていて僕の脚を揉み始めた。

 蹴り飛ばしたい気持ちもやまやまだが、人間はウマ娘の本気キックを当てると生死に関わるので理性でこらえている。

 表情があまり変わらないと言われている僕でも、だいぶ引き攣った顔をしているだろう。

 

 

「あの、そろそろ止めて貰っても……」

 

 

 よく見るとトレーナーバッヂを付けているので、こんな変質者でも超エリートのトレーナーってことだ。

 

 

「あぁ、すまん。

 ちょっと夢中になっちまったな。

 俺はチームスピカってところでトレーナーやってる沖野だ」

 

 

「はぁ……そうですか。

 僕は勧誘なら今は受け付けてませんよ」

 

 

「そこを何とか頼むよ〜! 絶対お前の才能を伸ばしてやるからよっ! 

 是非うちのチームに入ってくれないか?」

 

 

「頭下げられても…こんな変質者がトレーナーのチームには入りたく無いですね」

 

 

「変質者って何だよ! 変質者って……

 まぁ、ちょっと話いいか? 

 良くなくてもこっちで勝手に話すけどな」

 

 おい。

 

 その沖野とかいうトレーナーはトレーニングコースを指差し、あいつを見てくれ、と言った。

 指差した先には確かリギルにいたウマ娘たちがちょうど競い合って走っていた。

 

 

「あの二人の後ろにいる方、サイレンススズカって言うんだが、あの走りを見てどう思う?」

 

 

「どう思うって……」

 

 

「何でも良い。なにか気が付いたこと感じたことを言ってくれ」

 

 

 一見ごく普通に走っているように見えるがこの変質者が言うのだから何かあるのだろう。

 気になってみたので、そのサイレンススズカのことを観察してみて僕は答えを探す。

 

 多分レース形式で走ってる。

 あの感じ、調子が悪いのか? 

 脚の動きが重い。

 我慢するような走りにも見える。

 あ、加速し始めた。

 でも前のウマ娘も加速して届いてはいない。

 

 何か引っかかる。

 今は抑えて走っていない。

 でも脚の動きは重い。

 調子が悪いがそれだけでは無さそう。

 調子が悪いことを除いても、全力ならあれ以上の速度は出るとは思う。

 でもそこまで上がりきってない。

 

 どうしてだ? 

 スタミナが足りていないのか?

 いやそれならもっと明確に遅いだろう。

 スタミナではないなら?

 それは多分戦術が合っていない。

 

 それなのに何であんな走り方をするんだ? 

 たぶんそっちの方がいつか速くなれるかもしれないからだろう。

 2人で走ってるから分かりにくいが多分あれは先行か差しの走り方だ。

 僕はレースの流れが読みやすくて動きやすいいからそれをやる。

 でも、あそこまで走りにくそうにするならあの先輩には合っていないはず。

 結局1番走りやすい戦術が1番速く走れるはずだ。

 少なくともあの走り方が向いていないことは分かる。

 

 リギルに入ったってことはそれだけの実力があるはずだ。

 でもあの走りでリギルに入れるとは思えない。

 見学していたから分かるが、あそこは魔境だ。

 最強のチームと呼ばれているが、あそこは全員が最強だから結果的にチームとして強いのだ。

 あのチームのなかで弱くても他のチームならエースだ。

 そう思える走りが今のあの先輩には調子のことを除いても無い。

 

 もしかしてあの先輩は走り方を変えた? 

 その可能性ならあるはずだ。

 それならリギルに入れる辻褄が合う。

 前までの走り方の方が強いんだ。

 なら元々の走り方をしない理由は何だ? 

 

 そもそも、走り方を変える必要はあったのか? 

 いや、これは僕も色々変えて試しているから間違いとは言えない。

 あの伸び方を見ると先行か差しに合っているとは思うんだけどな。

 でもあれだと本人の脚質に合ってても、根本的に合ってないように思えるが。

 じゃあ先行か差しみたいな脚質なのに、元々何の戦術が得意なのかって話であって」

 

 

「あいつが昔使っていた戦術は、逃げだ」

 

 

「なるほど、それなら……って、あ」

 

 

 自問自答することに集中しすぎて気が付いていなかったが、どうやら声に途中から漏れていたようだ。

 沖野さんに僕が僕に投げかけた問の答えを告げられる。

 

 

「あいつの得意とするのは逃げだ。

 入学当初は逃げを得意としていたらしい。

 逃げとは思えない伸びで逃げなのに後半も伸びる凄まじい走りをしていた。

 

 おハナさんは多分その伸びに目を付けたんだろう。

 お前も言ってただろ? 先行か差しに合っているように見えるって。

 おハナさんも多分同じ考えで逃げを辞めさせて、先行に変えさせたんだろう。

 最近は逃げは勝ちにくいってよく言われてるからな。

 王道の先行の方が勝てると思ってたんだろう。

 でも、あいつにはそれがあってなかったんだ。

 

 俺はな、あいつがまた気持ちよく大逃げするところが見てみたいんだ。

 あいつが自由に走る姿を見てみたい。

 すごい才能があいつにはある。

 お前にも分かるだろ? 

 あのままで終わらせるには惜しい!」

 

 

 なるほど。

 それであの走りか。

 でも1つ腑に落ちないことがある。

 

 

「それで何で僕にこの話をしたんですか? 

 僕には何にも関係無いですよね?」

 

 

「確かにそうだな。

 ただ、お前とは単純に話してみたかったんだよ。

 ほら、キャンディーだ。よく舐めんだろ?」

 

 

「……取り敢えず貰いますけどこんなんじゃ買収されませんよ」

 

 

 この話をした理由でもあるのかと思ったが答えてはくれなさそうだ。

 ありがたく頂いた棒付きキャンディーをポケットにしまう。

 よく舐めてるの知ってるあたりストーカーなのかな。

 

 

「1つ気になったんだが、お前、走法を変えようとしてるのか?」

 

 

「え?」

 

 

 突然の質問に声が出てしまう。

 

 

「お前のことを初めて見た新入生最初の模擬レース。

 あそこで2種類の走法使ってただろ。

 初めて見たときあんなちぐはぐな奴がよくいるもんだなぁと思った。

 それからもたまに模擬レースでお前を見たが、そこでお前は片方しか使ってるのを見たことが無い。

 何でか気になってたんだが、ある時普段しないような練習をしていたのを見て確信した。

 片方しか使わないんじゃない。

 片方しか使えないんだろ?」

 

 

「……はい、そうです」

 

 

 鋭いな、この人。

 

 

「やっぱりそうか。

 練習を見たとき、あのときと同じ走法をやるのかと思ったが、重心や歩幅が若干違ってしかも何度も調整してるのか毎回それも違っていて、何だかとても奇妙なものを見たと思った」

 

 

「もう少しのところまでは来てるはずなんです。

 あとちょっと、何かきっかけが少しでもあれば完成する」

 

 

「お前はあの走りを何とか身につけたいんだな」

 

 

「当たり前です。

 速くなれる方法を知っていてやらないバカはウマ娘じゃない。

 あの走法は確実に僕を次のステージへ連れてってくれるはずなんです。

 そうしないと皇帝には勝てない、頂点には辿り着けないから」

 

 

「なぁ、トウカイテイオー。

 お前の夢って、何か聞いてもいいか?」

 

 

「僕の夢……。そうだなぁ……。

 夢……って言わないかもしれないけど、今の僕(トウカイテイオーとして)の目標はルドルフ会長だ。

 いつか必ず勝つって約束したから。

 そのためにはまず会長の功績には並ぶか超えないとね」

 

 

 ()の夢は1度消えているから(ボク)としての夢を答える。

 

 

「随分と大きい目標だな」

 

 

「うん、そうかもしれない。

 それでも僕は誰が相手でも勝ちたいんだ。

 今は無理な相手も沢山いる。

 でもね、いつか僕が頂点に立つんだ。

 ……って何か調子乗ったこと言ったなぁ」

 

 

「良いじゃないか。

 夢は掲げてなんぼ。

 そして俺のチームに入れば、俺はその夢の手助けをしてやるぞ!」

 

 

「……まぁ今度、練習見学ぐらいならしに行っても良いですよ。

 どんなチームなのか気になりますし。

 これだけ話もしちゃったし……」

 

 

 なんかいい人そうなのでどんなチームなのか見たくなってきた。

 そう言うと気まずそうに目をそらされた。

 

 

「あ〜それなんだが、俺のチームは今一人しかいなくてな……。

 そいつもまともに練習しないんだよ……」

 

 

 駄目じゃん。

 チームとしてトゥインクルシリーズに出走するには5人以上必要だ。

 僕は頂点を目指すにはやっぱトゥインクルシリーズに出なければならない。

 

 

「じゃあ5人集まってまだチームに所属してなかったら見に行きますね」

 

 

「お、言ったな! 

 はぁ、でも後4人……どうしたらいいもんか」

 

 

 話も一段落したし、休憩もだいぶ長くなってしまった。

 ここらへんで練習に戻るとするか。

 僕はコースに戻ろうとする。

 

 

「話長くなっちまってすまんな。

 チームに入る気になったら何時でも声をかけてくれ」

 

 

「……まぁ、考えておきます」

 

 

 曖昧に返事をしてその場を離れる。

 はぁ、気を取り直して今度こそ練習に戻ろう。

 

 それにしてもチームか。

 デビューは中等部の2年生から自分やチームで決めたタイミングでしていい。

 といってもだいたい皆同じような時期にデビューしており3年生の間にデビューすることが殆どだ。

 体格が良い方が有利だからそれぐらいの時期には成長が止まっているというのが理由の1つだろう。

 デビューした年度をジュニア期、次の年度がクラシック期、そのあとからがシニア期だ。

 僕としてはデビューする時期は決めていないが、覚醒モードを自由に使えるようになってからだろう。

 身体も僕はあと少しは成長するだろう。

 

 来年の間にチームに入って、時期を見てデビューってところかな。

 それまでにきちんと身体を仕上げなきゃ。

 気持ちを固めてコースへと走り込みに戻った。




沖野さん視点入れようとしたけど上手く書けなかったので入れませんでした。
フォローを入れると沖野さんストーカーっぽいですが、トレーニングコースには平日はほぼ毎日テイオーはいるので、行くとだいたい見つけられます。

ここまで学年とか書いてきたけど、これからは学年差だけ意識して書いていきます。
学年はちょっとウマ娘時空かなり歪んでいるんでやばいんで理解して書こうとしたら頭狂いそうなので。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

マックイーン

「そこの貴女、落としましたわよ」

 

 冬に入ったある日。

 昼休みに今から生徒会室に行こうとしていたが後ろから声が聞こえたので振り返る。

 声の主の手には棒付きキャンディーがあった。

 胸ポケットに入れていたが、何かの弾みで落としてしまったのかもしれない。

 

「ありがとうございます。あ……」

 

 顔を見てみればストーカー(仮)さんだ。

 即座に距離をとる。

 

「え、えっと……わたくし、べ、別に怪しい者ではありませんわよ!」

 

「え、でも僕のこと、ストーキングしてたのって……?」

 

「わたくしそんなふうに思われてたのですか!? 

 誤解です! 誤解ですわ!」

 

 言い方からして怪しい犯罪者のそれだ。

 キャンディーは惜しいが近くにいると危なそうなのでこの場を去る。

 

「し、失礼します……」

 

「ちょっ、ちょっと、待ちなさい! 

 貴女、わたくしのこと何か勘違いしてますわよね!」

 

 追っかけてきたので逃げる。

 無駄とも思える程にでかい学園内を駆け抜ける。

 周りから何だ? と思われてるに違いないが身の危険を感じたのでしょうがない。

 後ろを振り返って見てみるが、なかなか引き離せない。

 ギアを一段階上げて引き離そう。

 

「ちょっと、待ってください!」

 

 あっちも粘りやがる。

 僕の評価がただのストーカーから、やばいストーカーにランクアップした。

 

 はぁ……はぁ……、撒けたか? 

 後ろを振り返ってみるとまだ追いかけてきていた。

 しかも、こっちはもうヘトヘトなのに向こうは息が上がってない。

 スタミナの差が歴然だ。

 

 このままだと僕が先に体力切れで追いつかれる。

 どうにか隠れてやり過ごすしかない。

 校舎が影になっていて向こうから見えない角を曲がる。

 曲がった道に丁度良く腰の高さぐらいの並木があったから飛び越えて裏に隠れる。

 

 足音が近づいてくる。

 丁度すぐそこにいるようだ。

 上がった息を何とか潜めて見つからないようにする。

 スパイ映画みたいなスリルを感じるがこんなところで感じなくても良い。

 

「あぁ、もう! 見失いましたわ! 

 勘違いさせたまま変な噂にでもなったら……! 

 それにこのキャンディー、……まぁ良いですわ。

 次に会ったときにでも返しましょう」

 

 足音がゆっくり遠くなる。

 どうやら去ったようだ。

 いつまでも隠れててもしょうがないので息を整えてから助走を付けて飛び越えて来た道を戻る。

 はぁ、疲れた。

 咄嗟に逃げてしまったが何だか沖野さんより無害な気がしてきた。

 ストーキングされたけど。

 キャンディーでも舐めて考えるのはやめよう。

 そう思って胸元のポケットに手を突っ込むがいつもそこにあるはずのキャンディーは無い。

 はぁ……受け取ってから逃げれば良かった。

 仕方なく生徒会室に向かった。

 さっき来た道を戻る。

 

「捕まえましたわ」

 

 いきなり後ろから左腕を掴まれた。

 突然のことで頭が真っ白になる。

 

「……! ……っ!」

 

 必死に離させようと引っぱるが向こうの方が強くて離れない。

 

「ちょっ、ちょっと暴れないで下さい!」

 

「離して……っ! 下さい……!」

 

「ほら、キャンディー返すだけですから! 

 そんな声出さないでください!」

 

「何々、ストーカー?」

「あれって…ジロ………と……カイテ……じゃな…?」

 

 白昼の中堂々と騒いでいる僕たちに周りのウマ娘からの注目が集まる。

 

「あのとき貴方がちゃんと受け取っていてくれればこんなことにはならなかったのに……

 変な噂になったらどうしましょう……!」

 

 やってることストーカーだから噂では無く真実ですよとは口が裂けても言えない。

 抵抗しても離してくれそうに無いのでコミュニケーションに切り替える。

 

「どうして……ここで待ち伏せ、してたんですか?」

 

「貴方が急に居なくなりましたがそんなに遠くにはいないと思いましたので、近くを探せばすぐ見つかるんじゃ無いかと思いまして……」

 

「なんで待ち伏せしてたんですか……?」

 

「それは、貴方が私を見つけてもすぐに逃げてしまうと思ったからですわ」

 

 犯罪者ポイント高いぞこのお嬢様。

 

「ほら、キャンディーをお返し致しますわ」

 

「ありがとう……ございます」

 

「あとわたくしはストーカーではありませんのでストーカーなどと言わないでください」

 

 え? 

 

「え?」

 

「な、なんですの! その何言っているのか分からないみたいな顔と声は!」

 

「え、トレーニングのとk……」

 

「言わなくて良い! 言わなくて良いですわ! 

 ほ、ほら! もう用は取り敢えず済んだのでありがとうございました!」 

 

 そういうと何処かに行ってしまった。

 まぁどうせ今日もトレーニングコースにいるだろう。

 周りはまだざわついているが、気にせず受け取ったキャンディーを開封して口に突っ込んで生徒会室へ向かう。

 

 ストーカーじゃないなら何なんだろうな。

 マヤノが言ってたことを少し思いだした。

 

「ライバル……か」

 

 ライバルと言えるのだろうか。

 一緒に戦ったことはない。

 いや今、身の危険を感じて真剣な追いかけっこしたばっかりだが。

 

「そういうのもありかもな」

 

 でもなかなかストーカーっていう先入観は抜けない。

 さっきのことだってキャンディー拾ってくれたのはストーカーさんが優しかったからだろう。

 咄嗟に隠れたときにも後で渡そうとしてくれていた。

 

「あ、名前何だっけ」

 

 今度会ったときに聞けば良いのだがハードルが高い。

 向こうから名乗ってくれたら良かったのに。

 それにしてもスピードは少しこっちの方が上だったかもしれないが、スタミナ量は確実にあっちの方が多かったな。

 長距離とかで戦ったら勝てない可能性の方が高い。

 なんでこんなところでもスタミナ不足を感じなきゃなんないんだ。

 

 生徒会室についたので扉をノックして入る。

 

「会長、こんにちは」

 

「テイオーか、今日は随分と騒ぎを起こしたらしいじゃないか」

 

 ぎくっ……目に見えて動揺してしまう。

 

「校内で猛スピードで走り回っていたらしく生徒会にも苦情が入ってきたぞ。

 最初はテイオーがそんなことするのか信じれなかったが、何人も来たんでな。

 エアグルーヴなんて初めは『あのテイオーが信じれません』みたいな様子だったが、ちょっと前にカンカンになってお前のことを探しに行ったぞ」

 

「え、えーと。そのですね……。

 身の危険をあのときは感じていたというかなんというか」

 

 今、僕はなんとしても会長を味方に付けてエアグルーヴさんから守って貰う必要が出来た。

 エアグルーヴさんは怒るとヤバいことで有名だ。

 そのエアグルーヴさんを会長の言葉で怒るのを辞めてくれる可能性がある。

 責任を僕ではなくてストーカーさんに移そう。

 すまん。生き残るためなんだ。

 

「えっとですね。あの原因は僕では無くて追いk……(ドバンッ!)……っ!!」

 

 勢いよく扉を開ける音がしたので恐る恐る振り返る。

 そこには悪魔がいた。

 

「テイオー!! 

 自ら生徒会室に来るとは大したことだな」

 

 命の危機を感じて会長に視線を送って助けを求める。

 すると会長は目を合わせた後、首を横に振った。

 会長……信じてたのに……。

 会長はそのままエアグルーヴさんに程々にしろよと言い残して生徒会室を去ってしまった。

 救いはないのか。

 

「あ……あ……」

 

「テイオー、お前がまさかこんな騒ぎを起こすとは思えなかったが、その反応を見る限りお前が起こしたことで間違いないようだな。

 多少のスピードなら出してもいいがそれにも限度があるだろう。

 まさか、お前の出せる全力の力を使っていたんじゃないだろうな。

 お前はいつも会長のそばにいるんだからそういうことは駄目だって考えたらすぐに分かるだr……」

 

 駄目だ。

 始まってしまった。

 こうなったらもう気が済むまでさんざん言われるだろう。

 適当に聞き流して、頑張ってやり過ごそう。

 

「……って、テイオー! 

 聞いていたのか!? 私が直前に何を言っていたのか言ってみろ」

 

「あ、……えっと、そのですね……」

 

「お前のことだから授業のように聞き流そうとしたのだろうが、ちゃんと聞いておけ。

 あと、説教中にキャンディーは舐めるな」

 

「は、ハイ」

 

 地獄だ。

 

 

 ________________

 ____________

 ________

 

 

 

 

 

 

 結局昼休みいっぱいいっぱいまで説教されてしまった。

 なんであそこまで僕を責める言葉が出てくるんだ……。

 普段は優等生してるよって言ったら、貴様の授業態度でよく優等生なんて言えたな、とさらに怒られた。

 どうして……

 

 やっぱり授業は面倒だ。

 そもそも1度習っていることなので、教科書を見たら思い出してどうにかなるのだ。

 たまに忘れかけていることもあるが、新しい学びはないと言っても過言ではない。

 ただただ既に身に付いていることの復習を永遠にやる。

 それはまぁとても面倒なのだ。

 

 はぁ、気持ち変えてトレーニングするかぁ、とトレーニングに向かっていると、前に名前も知らないストーカーさんが見えた。

 向こうも僕に気が付いたようだ。

 こちらによってくる。

 

「あの……本当に申し訳ございませんでした」

 

「えっと……?」

 

 いきなり謝罪されたから驚いた。

 確かに困ってはいたがいきなりどうしたんだろうか。

 

「貴方がわたくしのことを怖がっていることを知らずに追いかけてしまったことですわ」

 

「いや、それは僕も悪かったというか……」

 

「それにわたくし勝手に貴女のことを意識して、練習で付き纏うように思われてしまうような行動を取ってしまったことも、申し訳ございませんでしたわ」

 

「えっと……じゃあ、なんでストーキングしてたんですか?」

 

 純粋に疑問なので聞いてみる。

 

「だから、わたくしはストーカーでは無いです! 

 ……ただ少しだけ貴女が気になっただけですわ。

 それだけです」

 

 なんかこの人も僕と同じで何かを手に入れるために頑張っているんだな。

 そんな感じがした。

 

「っ! そんなにじっと見てないで、何かちょっとは反応してください!」

 

「ご、ごめんなさい……」

 

「別に怒っている訳じゃないんですから謝らないでください。

 はぁ……貴女って練習の時やレースのときはあんなに堂々としているのに、こうやって話すとなんだかちっぽけに見えますわね」

 

「すみません……」

 

 僕が僕のことをコミュ障だと思っていて治したいと思っているから咄嗟に謝罪しか出てこない。

 

「まぁ、良いですわ。

 わたくしが一方的に貴女のことを知っているのもあれですし、何かの縁ですのでお互いに自己紹介しましょう。

 わたくしは、メジロ家のメジロマックイーンと申します。

 以後お見知り置きを。

 さぁ、貴女の名前もわたくしに教えてください」

 

 上品な振る舞いでかっこ良く自己紹介される。

 メジロマックイーンさんに促され僕も自己紹介をする。

 こういうところだけでも僕もカッコつけさせてもらおう。

 膨らみかけの胸を張って堂々と宣言する。

 

「僕の名前はトウカイテイオー。

 いつか、ウマ娘たちの頂点に立つ者。

 よろしくおねがいします、メジロマックイーンさん」

 

「えぇよろしくお願い致しますわ。

 それとわたくしのことはマックイーンとでも呼んでくださいまし。

 わたくしも貴女のことをテイオーと呼んでもよろしいですか?」

 

「良いですよ、マックイーン……さん」

 

 さんを付けずに呼ぶには流石にハードルが高い。

 この少しの間でストーカー→友達? になったばかりの相手には難しい。

 

「それではテイオー、わたくしはトレーニングに行くので。

 付いてきますか?」

 

「ずっと付いてきていたのは、マックイーンさんの方です」

 

 何カッコつけているんだこのお嬢様は。

 まぁ、なんか喋る相手がなかなか増えなかったが、冬になってやっと増えた。

 ストーカーと仲良くなるのは大丈夫なことだろうか? 

 そこらへんのことは気にせずトレーニングに励むとするか。

 マックイーンさんのことで何か忘れていたような気がするんだが……。

 

「あっ!」

 

「どうかしましたか?」

 

「マックイーンさん、はちみーは固め濃いめダブルマシマシしか認めませんよ!」

 

「急に何か言い始めたと思ったらそんなことですか……」

 

「そんなこととは何ですか?

 僕にとってはちみーは生活の一部なんですよ。

 それをそんなことなんて言うなんて……」

 

「なんですって!? 

 あのカロリーの塊が生活の一部!? 

 テイオー、何か特別な減量とかして無いんですか!? それがあったら早くわたくしに教えてください! さぁ、早く!」

 

「……僕はただ毎日走っているだけだって……」

 

「そんな訳が無いでしょう!? 

 どうしてわたくしは毎日のスイーツの量を我慢しながら生きているというのに……

 余りにも理不尽ですわ……!」

 

 

 

 

 僕にも今日新しく騒がしい話し相手が出来た。

 これがこの後、結構な間の付き合いになる僕のウマ娘生の中で最大のライバルとの出会いだ。

 

 

 因みにこの後、僕が練習終わりにしつこく固め濃いめダブルマシマシをオススメし続けた結果、マックイーンさんは固め濃いめダブルマシマシを注文したが、その日以降体重計とにらめっこしているマックイーンさんがいたとかいないとか。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

冬休み

日常回です。


「ポイント……62万! 

 よし頂点取った……!」

 

 

 冬休みに入った。

 世間は今頃クリスマスで盛り上がっているだろうが、僕はゲーセンで一人盛り上がっていた。

 

 ダンスゲームにハマった。

 色んな人に見られながらプレイするのが恥ずかしくてやっていなかったが、勇気を出してやってみたら思ったよりそのことは気にならなかった。

 僕はやるなら何事でも1番になりたい。

 そんな思いで、ダンスゲームを昨日初めてプレイしたときから、ずっとやり続けて遂に今、このゲームセンターのダンスゲーム内の曲の1つで頂点になった。

 

 実に長い戦いだった。

 昨日始めたとき、あれ? 思ったより出来るから練習したら頂点になれるかも? って思ってしまったのが駄目だった。

 途中までは色々な曲を試しては順調に点数を伸ばしていたのだ。

 しかし、それは初心者が初心者じゃ無くなるまでだった。

 点数が停滞し始めて諦めかけたが、1度目指すと決めたからには諦めきれなかった。

 

 そのまま中々点数が伸びないが着実にコツを掴み始めて昨日は腹が減ったところで終わった。

 部屋に戻ってからも、プレイのしすぎて頭の中で鳴り響く音楽を口ずさみながら脳内でイメトレを繰り返しする。

 マヤノに今度はどんなことにハマったの? って聞かれて答えたり、今度カラオケ行こうよ〜と誘われて了解したりして昨日は寝た。

 そして今日の朝、いつもどおり走り込みをしたあと、朝ご飯と朝はちみーを食べて、秋が終わる頃に買ったパーカーと、動きやすいように少し寒いが短パンとタイツに着替え、開店と同時に入店しダンスゲームと闘っていたわけだ。

 

 時間を確認してみると12時半前だ。

 今から学園に戻って食堂で食べても良いが、せっかくなのでダンスゲーム制覇記念ということで、外で何か食べよう。

 と言っても外で余り食べないので、こういったときにどこに行けば良いか分からない。

 しかも冬休みで人も多い。

 街中の店はお昼時でどこもいっぱいだ。

 

 やっぱり学園に戻って食堂で食べようかな、と思っていると通りに僕の数少ない知り合いがいた。

 

 

「こ、こんにちは。マックイーンさん」

 

 

「わぁっ!? ご、御機嫌ようテイオー」

 

 

 何かを集中した眼差しで見つめていたのは、僕のストーカー兼ギリギリ友達かもしれないマックイーンさんだ。

 ここ最近ではトレーニング終わりに少しずつ話すようになった。

 マックイーンさんが慌てているのでどうかしたのかと思っていると、『クリスマス限定☆90分間スイーツ食べ放題! ウマ娘の方でもOKです!』という看板を見つけた。

 それを見ていたことがバレたのを悟ったのか、僕が次に見たマックイーンさんの顔はとても焦っていた。

 

 

「マックイーンさん……前のはちみーで散々後悔してたのに、これに行こうとしてたんですか……?」

 

 

「いや、これは日頃のわたくしへのご褒美というか、何というか……。

 ってそもそも、あれは貴女がしつこく語ってきたのが悪いのですっ! 

 わたくしのせいでは御座いませんわ! 

 あぁ……この後のダイエットのことを考えると足が進みませんわ……。

 やっぱり、止めておきましょうか……」

 

 

 マックイーンさんの惨めな言い訳を聞きつつ、店中を見てみると混んではいるが席は少し空きがあった。

 ここなら今すぐ入れるし、僕の昼ご飯にちょうど良いかもと思う。

 こういった特別そうな店はダンスゲー制覇記念に相応しそうだし。

 

 

「僕、今からここで昼ごはんにします」

 

 

 そう高らかにマックイーンさんに宣言する。

 どうせこの先輩も付いてくるだろう。

 

 

「あ、貴女……人の心はあるんですの……?」

 

 

「え? マックイーンさんは行かないんですか?」

 

 

 てっきり行くものだと思っていた僕はコミュニケーションって難しいとつくづく感じる。

 

 

「さっきまでの話を聞いていたのですか!? 

 あぁ!! もう、分かりましたわ!! 

 これは日頃頑張るわたくしへのご褒美、これは日頃頑張るわたくしへのご褒美、これは日頃頑張るわたくしへのご褒美! 

 よし、行きますよテイオー」

 

 

「は、はい」

 

 

 何なんだろうこのお嬢様は。

 さっきまであんなに悩んでいたのに、今では顔がもうスイーツのことしか考えられていないような表情になっている。

 入店すると店員さんに席まで案内してもらい、メニューを確認したらスイーツを取りに行く。

 スイーツ以外も食べ放題らしいが、甘党の僕にはスイーツ食べ放題で入ったのにスイーツ以外は食べるつもりは無かった。

 

 取り敢えず大きな皿にケーキを一種類ずつ乗せていく。

 この後に美味しかったケーキをまた食べようという算段だ。

 それにしても種類が沢山あるな。

 直径25cmぐらいある大きな皿にぎっしりに詰め込んで、一旦席に置きに戻る。

 ウマ娘でもOKと書いてあったが赤字にはならないのだろうか? 

 ドリンクバーでオレンジジュースを注いで席に戻り、マックイーンさんが戻って来たら食べようと思っていると、幸せそうな顔をしたマックイーンさんが()()()一皿ずつ僕と同じサイズの皿を持って席に戻って来たのを見て目を疑った。

 

 

「テイオーすみません、素晴らしい空間が広がっていて選ぶのに時間がかかりましたわ」

 

 

「そ、そうですね」

 

 

 これ選ぶとかそういういうレベルの種類と量じゃないと思うんですが……。

 もう目についたスイーツ全て乗せるようなことをしない限りこんなことにはならないだろう。

 それを言わないのはお約束。

 さっきまで食べるかどうか躊躇していたウマ娘と本当に同じウマ娘なのだろうか。

 気にし始めたらきりが無いのでもうスイーツを楽しむことだけに集中しよう。

 

 

「それでは頂きますわ」

「頂きます」

 

 

 

 

 ________________

 _____________

 _________

 

 

 

 

 

 

「あぁ……先程までのわたくしは何をやっていたのでしょう……」

 

 

「美味しかったから良いじゃ無いですか」

 

 

「それとこれとは違いますわ……

 明日からまたダイエット頑張らないといけませんね……」

 

 

 僕らはスイーツ食べ放題を存分に楽しんだ。

 それはもう存分に。

 その結果がこれだ。

 僕には幸福感で満ち溢れ、マックイーンさんは後悔と絶望で打ちひしがれている。

 それにしても、僕もここまで満腹と言える満腹になったのは、いつも走れるようにと一歩手前で止めていたので久しぶりだ。

 晩ご飯はいつもより少なめでも良いな。

 

 あぁ、そうだ。

 これから軽く運動しようかな。

 マックイーンさんも一応誘っておこう。

 

 

「マックイーンさん、えっと、これから軽く、走りませんか?」

 

 

「あら、誘ってくるなんて珍しいですわね。

 もちろんよろしいですわ。

 ダイエットもしなくてはなりませんし、可愛い後輩の誘いですもの。

 快く承諾するのが先輩と言うものでしょう?」

 

 

 良かった。

 一応で誘ったけど、断られたらつらい。

 ふぅ……と安心しながら歩きだしていると、

 

 

「そういえばテイオーはわたくしと会う前までは、何をやっていたのですか?」

 

 

 と、向こうから質問してきた。

 

 

「ゲーセンでダンスゲームしてました」

 

 

「あら、テイオーにも趣味があったのですね。

 てっきり走ることと、はちみーにしか脳が無いと思ってましたわ」

 

 

 流石にそれは言い過ぎでは無いか? ……そうでも無いな。

 確かに僕には走ることと甘い物とゲームしか今のところない。

 

 

「僕はどーせ走ること以外の時間は、はちみーとゲームしかないつまらないウマ娘ですよ」

 

 

「あら、そんなことは無いと思いますわよ。

 貴女の走りは称賛に値するようなものですわ」

 

 

「え? あ、ありがとうございます…」

 

 

 突然褒められて何だか照れくさい。

 両親以外に面と向かって言われるのはこれまで経験してこなかった。

 しかし、あのストーカーだと思っていた先輩とこうやって昼ご飯を食べることになるとは思わなかったな。

 そもそも誰かとご飯を食べるということがあまり無い。

 ちょっとは僕も成長しているのかもしれない。

 こうやって街中で二人で歩くのも隣にいるのはマヤノだけで、しかもその回数も両手で数えられるほどだった。

 

 

「何感慨に耽っていますの?」

 

 

「いや、話し相手が増えたなぁ……って」

 

 

「増えたって……テイオー、友達とかいらっしゃらないのですか? 

 まぁ、普段の様子からどんな感じかは何となく察せますが」

 

 

 煽られた。許せん。

 どうせこのストーカーさんにもいないだろうに。

 

 

「マックイーンさんも少なそうですね。

 喋り方堅いしお嬢様すぎて近寄りがたい雰囲気ありますから。

 それに僕と同じぐらいトレーニングしてたら友達と遊ぶ時間なんて無いことぐらい分かります」

 

 

「わたくしにも友達ぐらいいますわよ? 

 少なくとも貴女よりは多い自信がありますわ」

 

 

 売り言葉に買い言葉。

 お互いの交友関係の少なさを使って言い合うが、それはどんぐりの背比べみたいなものだろう。

 

 

「マックイーンさん、戦う相手は選んだ方が良いですよ。

 こんなコミュ障に勝って喜んでたらもう人生負けてます……」

 

 

 僕の友達なんて、マヤノと会長、マックイーンさんとエアグルーヴさんで終わりだ。

 たったの4人だ。

 マックイーンさんやエアグルーヴさんも僕は友達だと思っているが、向こうが思っていなかったら怖いので「僕たち友達ですよね?」とは聞けない。

 コミュ障でこれを聞ける人はいないと思う。

 何だか虚しくなってきた。

 

 

「こ、これ以上この話をするのはやめにしましょう……! 

 クリスマスなのにこんなに虚しい思いをする必要は無いはずですわ……」

 

 

「そうですね……」

 

 

 その後も他愛もない話をしながら学園まで歩く。

 クリスマスということもあるのか、ウマ娘とトレーナーの二人でカップルみたいに出掛けてるのを多く見かける。

 皆幸せそうな顔をしている。

 僕たちだってスイーツ食べて幸せだから幸福度は負けてない(?)。

 余りにも多く見かけるのでふと、マックイーンさんに恋愛とか興味なさそうですねと言ってみたら、それは貴女も同じでしょう? と返される。

 僕に恋人が出来る未来なんて想像出来ない。

 目の前のことでいっぱいでそんな余裕がないからだ。

 

 僕たちウマ娘は線香花火みたいなものだ。

 今、綺麗に光り輝いていても次の瞬間落ちているなんてよくあることだ。

 だからこそ、今を、少し先の未来を、強く光れるように頑張る。

 誰の記憶にも残らない、弱い光だったとしても。

 特に僕は目標より後が見えていない。

 もし、目標が無くなったら死んでしまうのでは無いか? 

 そう思うこともしばしばある。

 今を生きることに精一杯だ。

 (ボク)には才能があるが、()には才能がやはり無かった。

 その矛盾からこの身体にある才能を最大限活かしきれなくなってきた。

 必死に必死に進もうと毎日もがいているが、じきに壁にぶつかる。

 このままだと僕は強くなれるかもしれないが、最強には、頂点には辿り着けない。

 

 

「マックイーンさん、もっと才能が欲しいって思ったことはありますか?」

 

 

「…えぇ。でもわたくしは満足しておりますわ。」

 

 

「僕はですね、もっと欲しかったです。

 ずっと昔から今までずっと欲しいと思って生きてきました。

 幸い僕にはある程度の才能は有りました。磨けば才能は育つ、そう思って今でも頑張ってます。

 

 でも、いつか来るんです。

 才能が足りなくて行き詰まる時が。

 多分、僕はもうそろそろです。

 今、周りの子たちよりも速く走れているのはただ僕の練習量が人より多いから。

 レベル99まで僕が周りより早く行っているだけで、僕より才能のある人もレベル99になったとき、きっと勝てない。

 絶対に誰にも負けたくないけどいつか負けてしまう。

 才能があれば。

 そう嘆くときが迫って来るんです」

 

 

「そうだとしてもテイオーは走り続けるのでしょう?」

 

 

「当たり前です。

 勝つ可能性がゼロでは無い限りどんなことをしてでも勝ちを狙う。

 それが、僕。

 それにまだ完全に負けた訳じゃない」

 

 もう分かっているんだろう()

 皇帝に届くためには現状のままでは無理だって。

 ねぇ、答えてくれよ。(ボク)

 

 

「ねぇ、マックイーンさん、僕が僕じゃなくなったらどう思いますか?」

 

 

「テイオー? 貴女何を言ってますの?」

 

 

「ごめんなさい、何でもありません。

 今言ってたことは忘れて下さい。

 あ、もうすぐで学園着きますね。

 着いたら寮に寄ってジャージに着替えるで良いですよね?」

 

 

「え、えぇ……」

 

 

 これは、マックイーンさんに言うことでも無かったか。

 勢いでどうにか誤魔化す。

 寮の玄関で一旦別れて部屋に戻る。

 マヤノは出かけるって昨日言っていたので部屋には誰もいない。

 

 もう()だけじゃ駄目なんだ。

 (トウカイテイオー)の走りが必要だ。

 なぁ、トウカイテイオー( ボク )

 

『どうしたの? トウカイテイオー()?』

 

 私は(ボク)のようになれるかな? 

 

『そりゃあもちろん! 

 なんだって(ボク)は無敵のトウカイテイオー様だよ?』

 

 良かった。

 僕はまだまだ強くなれるはずだ。

 良ければ君の走り方を僕に教えてくれないかな? 

 

『……』

 

 返答が無い。

 どうやら教える気は無いようだ。

 どうしてだ、勝つためには君の力が必要なのに。

 

『……ボクの走り方は極力使わない方がいい。

 君は君の走り方で勝つべきだよ』

 

 何でだ。何で。

 この身体に最適化されているのが君の走りだろう? 

 僕の走り方が燃費が悪いのだってそうだ。

 僕の走りでは長距離は天才たちには勝てない。

 

『そうだとしてもボクの走り方は使うべきじゃないよ。

 使うとしても最小限だ。

 最後の直線ぐらいは力を貸すからさ、ね? 

 ほら、そろそろ行かないとマックイーン待ってるよ? 

 中々来ないから心配してるかもね』

 

 話を終わらせられた。

 どうして使うべきじゃないんだろう。

 あぁ、分かってるよ。(ボク)

 何か僕には見えていない欠点がある。

 そうで無ければあそこまで拒否されることは無いだろう。

 

 でも、勝つためには。

 勝つためには使えるものは使わないと。

 今度、力を貸してくれた時に技を全部盗もう。

 僕自身があの走り方を身に付けるんだ。

 才能が無い僕が簡単に勝てるほど皇帝は弱くない。

 皇帝だけじゃない。

 他にも大きな壁は沢山ある。

 

 それはそうと(ボク)が言ってた通り、マックイーンさんを結構待たせてしまった。

 急いでジャージに着替えて寮の玄関に向かう。

 玄関にはマックイーンさんがちょっとムスッとした顔で待っていた。

 

 

「全くもう、遅いですわよ。

 テイオーが中々来ないので先に行ってしまおうかと思いましたわ」

 

 

「ご、ごめんなさい……」

 

 

「そんなに怒ってませんわよ。

 ほら、良いから行きますわよ」

 

 

 先に玄関から出る先輩をあとから追いかける。

 この日、学園に来てから誰かと初めて一緒に走った。

 現実から逃げるため、強くなるため、本能に衝き動かされて走っていた僕には新鮮なことだった。

 

 

 

『君の努力が報われる時は、いつか来るよ。

 君には()()は似合わない。

 これまで積み上げてきたものが君の背中を押すんだろうね。』




これにて1つ区切りです。
次回、又は次々回から物語が少しずつ進んで行く予定です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

転入生

切るところが分かんなくなって少し長くなってしまいました



 冬休みも終わり暫くしたある日

 僕は今、会長に仕事を任せられそうです。

 

 

「えっと、じゃあ明後日のこの時間帯に生徒会室の前で待って、会長に呼ばれたら入って転入生を案内したら良いってことですか?」

 

 

「あぁ、そういうことで合っている」

 

 

 何故か転入生の学校案内をしてくれとのこと。

 しかもその転入生は話を聞く限り先輩だ。

 コミュニケーション弱者に任せる仕事ではない。

 

 

「えっと……これって僕よりも適任者がいると思うんですけど……」

 

 

「テイオー、半年ほど前の友達を作ろうとしていた頃のお前は何処に行った?」

 

 

「うっ……」

 

 

 心に刺さるお言葉だ。

 

 

「何事も練習だ。

 別に上手く行かなくても良いさ。

 ただし……」

 

 

「ただし?」

 

 

「転入生からしてみればこれが学校の第一印象となるだろう。

 責任重大な任務だぞ」

 

 

「は、は〜い」

 

 

 へなちょこな返事をして生徒会室を後にする。

 困った。

 幸い時間は二日はある。

 何処を案内するかは特に言われて無いのでこれから考えていこう。

 確かあんまり気にして無かったけど、リギルの選抜レースもそれくらいにあったっけ? 

 まぁ、今回も見送りで良いだろう。

 リギルに入ったら練習を管理されて、今まで通りの練習量は駄目だと確実に言われるだろう。

 

 今の僕にはまだあの練習量は必要だ。

 おハナさんは凄い人だ。

 メンバー全員が選抜レースで勝ち抜いた元々の強さがあるが、それだけでは無くおハナさんの指導力が無いと最強チームとまでは言われなかっただろう。

 あの人なら分かる筈だ。

 今の僕は明らかにオーバーワークしていると。

 いつ崩れてもおかしくないボロボロの橋を全力疾走しているような状態であることを。

 

 リギルに入るなら当分先になるだろうなと、考えながら校内を歩き回る。

 紹介するところと、そのルート決めだ。

 紹介するところはだいたい限られてくる。

 紹介しなくても聞きたいことがあったら聞いて下さい方式にしたら重要施設だけ紹介するだけで済むのではないだろうか……? 

 ひょっとして僕、天才かも? と思いつつ、どうか話しやすいような落ち着いたウマ娘だと良いなぁ、とまだ名前も顔も知らぬ転入生に思いを馳せる。

 トレセンに来るようなウマ娘は基本的に闘争心が並大抵のウマ娘より高いことが多いので、落ち着いてても勝負となると空気が変わるやつが多いが。

 

 本校舎を紹介してから、周りのプールとかトレーニングコースとか辺りをぐるっと敷地を一周するように紹介するか。

 時間は結構使って良いって会長も言ってたし、次の日いきなり迷子になりました、ってなっても申し訳ないから丁寧に教えよう。

 トレセン学園はどうにも広い。

 新入生が迷子になったって話は毎年少しはあるらしいからね。

 

 それにしても改めて学園内を歩いてみると広い。

 歩いて回ったら流石に時間がかかりすぎるな。

 効率よく、駆け足ぐらいで回るのが丁度良いだろう。

 はぁ、全くこんなに単純なのに大変な仕事だ。

 生徒会の人たちはこういったことを色々やってもっと忙しいのだろう。

 それで自分たちの練習もやって時間はどうなっているんだろう……。

 僕には生徒会は向いてなさそうだ。

 僕は練習したいときに走ってそれ以外でゲームを楽しむような自由な生活が合っている。

 誰かの上に立つのは表彰台とスコアだけでいい。

 

 ________________

 ____________

 ________

 

 

「へぇ、あのテイオーが転入生の案内を」

 

 

「そうなんですよ。

 僕よりももっと良い人選あったと思うんですけどね」

 

 

 トレーニングが終わった後、マックイーンさんと寮に二人で歩いて帰る。

 お互いにヘトヘトの筈だが強がって疲れている様子は見せない。

 因みに僕の右手には、はちみーが標準装備だ。

 

 

「貴女にちゃんとこなせますの?」

 

 

「それは、えっと、まぁ、頑張ります!」

 

 

「威勢だけはありますわね……

 まぁ、貴女のことですし何とかなるでしょう。

 応援しておりますわ」

 

 

「プレッシャーかけるのをやめて下さい」

 

 

 相変わらずマックイーンさんはお嬢様感が強いウマ娘だ。

 僕も別に庶民な訳ではないのだが、前世のことやこの性格も相まってそんな雰囲気は出ない。

 何か話す話題はないだろうかと考えているとリギルの選抜レースのことを思い出した。

 

 

「そういえばマックイーンさんっていつデビューするんですか?」

 

 

「わたくしは来年度にする予定ですわ。

 それにはまずチームかトレーナーを見つけないとですわね」

 

 

 確かにマックイーンさんがチームに入ってたり、専属トレーナーがいたりする話は聞いていない。

 

 

「マックイーンさんぐらい速ければ何処かしらには入れると思いますけどね。

 ほら、もうすぐでリギルの選抜レースがありますけど出ないんですか?」

 

 

 トレーナーたちは自分たちが育成したウマ娘たちの成績で自分の評価も変わる。

 それならトレーナーたちは当然、強いウマ娘の方が欲しい。

 そしてウマ娘たちは実績があるトレーナーと組めば強くなりやすいので、今まで結果を残しているチームの方が新人トレーナーより遥かに人気だ。

 その2つのことから、どんどん二極化していくのが今の問題点だろう。

 強いウマ娘が強いトレーナーと組み、(トレセンにいる時点で強いが相対的に)弱いウマ娘と新人トレーナーが組む。

 新人トレーナーのうち、本当に才能があったり、運が良かったりして何とか結果を残せた者たちだけがチームを作り、その実績を目にしたウマ娘たちが入ってきて段々強くなっていく。

 サブトレーナーというのも一つの指標だ。

 例えば、最強チームのリギルのサブトレーナーだったら、リギルのノウハウがあるかもしれないと選んで貰いやすくなる。

 

 

「わたくしは今回は遠慮しておきますわ。

 まだ暫くは一人で頑張ろうと思いますので」

 

 

「そんなこといって、選抜レースの距離が自分の適性では無くて、負けるのが目に見えてるから出ないんじゃないんですか?」

 

 

 マックイーンさんは少し前に言っていたが、3000m前後が適正距離らしい。

 対して選抜レースは2000mなので、それぐらいが適正のウマ娘に負けちゃう可能性があるから出ないのではないか? と僕は思った。

 

 

「そ、そんなんじゃありませんし、仮に出たとしてもわたくしが一着でゴールするに決まってますわ! 

 

 そ、それを言うならテイオー。

 貴女こそ選抜レースに出ないのですか? 

 貴女の適正にも合ってますし、貴女なら勝てるでしょう?」

 

 

 そうかもしれないが。

 

 

「マックイーンさん、僕はしばらくはチームには入りませんよ」

 

 

「あら、それは何故ですか?」

 

 

「僕も同じですよ。

 トレーナーがいたら練習量を減らされちゃうので」

 

 

「それなら尚更、早くトレーナーを見つけるべきですわ」

 

 

 絶対心配してるんじゃなくて、僕が強くならないで欲しいから言ってそうだ。

 まぁ、一人だと限度があるし、トレーナーが必要なことも分かるから、いつまでもこのままってことはないだろうが。

 

 

「マックイーンさんも早く見つけた方が良いですよ。

 僕と練習量そこまで変わらないはずだから、身体に負荷かかり過ぎて怪我、なんてことはしないで下さいね。

 まぁ、僕は練習のローテを工夫してるんで疲労度は常に一定だから大丈夫なんですけど」

 

 

「あら、心配してくださって有り難う御座いますわ。

 しかし、わたくしにはメジロ家お抱えの優秀な者たちがおりますのでご安心くださいませ」

 

 

 お互いにプライドが高い者同士だから張り合うが、この会話が楽しい。

 今まで僕には無かったことだ。

 そうやって話をしているうちに寮に着いた。

 

 

「じゃあ、また明日」

 

「ええ、また明日」

 

 

 マックイーンさんと玄関で別れ部屋に戻る。

 寮のあちらこちらから賑わった声を聞きながら部屋まで進む。

 

 部屋戻るとマヤノはいなかった。

 マヤノのことだから誰かの部屋に遊びに行ってるんだろう。

 僕のことを気遣っているのか、マヤノは誰も部屋に呼ばない。

 別に一人でゲームしてるから大丈夫だよとは言っているが、それでも呼んだことはないし、正直助かっている自分もいる。

 そのこともマヤノのことだから、()()()()()のかもしれないな。

 

 今日も疲れた。

 晩ご飯早く食べて風呂に入ろう。

 最近は人が少ない時間帯とか余り気にしなくなってきた。

 人が沢山いても気にならなくなった訳ではないが、それよりも最近は疲れて気にする余裕が無くなってきたのが理由だ。

 

 最近は少しスランプ気味だ。

 僕が少しずつ強くなっているのは分かっている。

 スタミナも増えてきた、速度も上がっている。

 でも周りにものさしが無い。

 僕が前にどれだけ進めているのか。

 どれだけ上の世代の人たちに追いつけているのか。

 同級生たちも強くなっていて差が縮められてることだけが分かり、焦る気持ちだけが募る。

 その分、練習だけが増えていく。

 先の見えない暗闇の奥先にあるゴールめがけてがむしゃらに進んでいる。

 まだまだ出口の光は見えない。

 

 

『ならカイチョーと走れば良いんじゃない?』

 

 

 (ボク)か、それはいい考えだけど会長は応じてくれるだろうか? 

 

 

『大丈夫、大丈夫! 

 カイチョーなら絶対聞いてくれるって!』

 

 

 本当? 

 

 

『ホントにホントだってば!』

 

 

 負けちゃうだろうけどゴールの位置は分かるから今の僕には必要なことかもしれない。

 転入生の案内をしたらお願いしてみるとするか。

 (ボク)も走るときは手伝ってくれる? 

 

 

『もっちろーん! 

 ボクだってカイチョーと一緒に走りたいからね!』

 

 

 そうか、それは良かった。

 それなら大丈夫だ。

 

 

『ふーん、何か悪いこと考えて無い?』

 

 

 ないない大丈夫だってば。

 じゃあ晩ご飯食べに行くか。

 

 

『むー、怪しーなー』

 

 

 疑う(ボク)には悪いが、晩ご飯に逃げさせてもらおう。

 そろそろはちみーで耐えていた空腹に耐えきれなくなりそうだから、しょうがない。

 

 

 

 

 

 

 ________________

 ____________

 ________

 

 

 

 

 

 

 転入生を案内する時が来た。

 時間通りに生徒会室の前まで来たがまだ中では話している声が聞こえるし、もう少し時間がかかりそうだ。

 癖でポケットに入ったキャンディー取り出して包を取ろうとするが、取る前に流石に今舐めるのはまずいと理性が働き、何とか包は取らなかった。

 特にやることが無いので生徒会室の扉に寄りかかりながら、指の上でキャンディーをくるくると回す。

 どんな先輩なのかな〜と不安でドキドキしていると、何だか会話が終わったようだ。

 そろそろ僕の出番かとキャンディーをしまって心の準備をする。

 

 

「テイオー、入ってこい」

 

 

 合図があったのでノックして扉を開ける。

 

 

「失礼します」

 

 

 転入生と目が合う。

 思ったより話しやすそうなタイプで助かる。

 

 

「スペシャルウィーク、こちらはトウカイテイオーだ。

 今からこの学園内を案内してもらう」

 

 

 名前はスペシャルウィークって言うのか。

 会長の方を見ると、お前からも自己紹介しろと視線で語りかけてくる。

 

 

「どうも案内を担当します、トウカイテイオーです。

 よろしくおねがいします」

 

 

「こんな堅いやつだが仲良くしてやってくれ」

 

 

「よ、よろしくおねがいします!」

 

 

 凄く元気な先輩だな。

 明るすぎて僕は溶けそうだ。

 

 

「それじゃあ、行きましょう」

 

 

 そう催促して生徒会室の扉を開けて待つ。

 転入生さんは席を立ち上がると会長の方を向き、会長に「これからよろしくおねがいします」と礼をしてこっちに来る。

 会長に丁寧な対応をしているのは好感度高い。

 

 

「じゃあ学園内は結構広いので、駆け足で案内しますので、速かったら言ってください」

 

 

「はーい!」

 

 

 そう言って本当に軽いジョグぐらいのペースで走る。

 速かったら言ってとは言ったが、今の時期に転入してくるウマ娘がついてこれないはずも無いので、そこは気にしていない。

 まず向かうのは図書室だ。

 生徒会室から一番近くて、勉強するなら使うので、紹介するべきだろうという判断だ。

 中はめちゃくちゃ静かなので入る前に説明する。

 

 

「ここが図書室です。

 知りたいことがあったらだいたいここで探せばあります」

 

 

 そう言って扉を開けて中に入る。

 

 

「わ〜ぁ! 本がいっぱい!」

 

 

「し、静かにね」

 

 

 中ではそこそこ人が居たので迷惑にならないように言っておく。

 

 

「はーい!」

 

 

 転入生さんも小さな声で返してきた。

 反応があって、話しやすいタイプで助かる。

 それから図書室を一周ぐるっとして出たあと、廊下を駆け足で走りながらジムに向かう。

 僕は余り使わないが使う人も結構いる。

 一応紹介しておいて損は無いだろう。

 

 

「ここがトレーニングジムです。

 肉体強化をしたいときに使われることが多いです」

 

 

「おぉ〜! 色んな器具がいっぱい!」

 

 

 反応があって本当にやりやすいなぁ……。

 こういうウマ娘だって知ってて、会長は僕にやらせたのかもな。

 

 

「使いたいときはあそこで申請したら何時でも使えます」

 

 

「分かりました!」

 

 

 特に僕が使っている訳でもないので、紹介が適当なのはしょうがないだろう。

 僕は余り使わないので詳しいことは受付の人に使うときに教えて貰ってくださいと伝えて、次に行く。

 室内で僕がわざわざ教えるようなものはもう無いので外に出る。

 トレーニングコースかプールに行くか悩んだが取り敢えずプールで良いだろう。

 

 

「ここがプールです」

 

 

「おお〜! 魚とかは……」

 

 

「……流石にいません」

 

 

 転入生さんがプールサイドに近づいて行くが、そんなに近づくと足元濡れてるし滑ると危ないぞ。

 

 

「転入生さん、そんなに近づくと……」

 

 

 制止しようとしたが丁度、思っきし飛び込んで来たウマ娘からの水飛沫を受けていた。

 目の前でズブ濡れになった転入生さんが凄いことになってる。

 冬の時期にこれは流石にまずいんじゃないかな。

 

 

「ちょ、ちょっと待ってて! 

 タオルと替えの服持ってくるから!」

 

 

 えっと、多分ここからなら僕の下駄箱に鞄ごと入れてるタオルとジャージが一番近そうだ。

 前回の反省からギリギリエアグルーヴさんに怒られない程度のスピードで走って鞄を取ってUターンし、2分ちょっとで転入生さんの下へ戻る。

 

 

「はぁ、はぁ、タオルと、着替えのジャージです。

 僕ので、サイズが合うかどうか、分からないんですけど……。

 あと、流石に、下着までは用意出来なかったので、そこはすみません……」

 

 

「あ゛り゛が゛と゛う゛ご゛ざ゛い゛ま゛す゛〜゛」

 

 

 冬ということでプールも温水だが、だんだん温水が冷えてきた寒さでヤバそうだ。

 プールにある更衣室で僕の予備のジャージに着替えてもらって、制服は無駄に高いやつなので防水加工されており、思ったより濡れてなかったので、着替えている間に寮まで走って、少しの間寮の外で天日干しにしておくことにした。

 

 

「何から何まですみません……

 えっと、ジャージは何時返したら良いですか?」

 

 

「寮の浴場の脱衣場の籠の一番端に入れといてもらえれば勝手に取ってくので、今日脱いだものそのまま籠に入れておいてください」

 

 

 寮はさっき確認して同じだということは分かっているからこそできることだ。

 いちいち会うというのも面倒くさいだろう。

 しかし、何がとは言わないがきつそうだな。

 サイズが合ってなくて申し訳ない。

 

 

「そんな、流石に悪いですよ! 

 きちんと洗ってから返しますね!」

 

 

「ありがとうございます。

 それじゃあ、次に行きますか」

 

 

「はい!」

 

 

 わざわざ律儀なウマ娘だな、と思いつつも、人の厚意は拒絶するものでも無いので素直に諒解する。

 プールから出てトレーニングコースに向かって走る。

 トレーニングコースの外周にある小高い丘まで来て説明を始める。

 

 

「ここがトレーニングコースです。

 東京レース場と似たような作りになってます。

 今は授業が終わって熱心なウマ娘や、チームで練習をしているウマ娘が沢山いますね」

 

 

「えっと、チームって何ですか?」

 

 

 まだ授業とかで教えて貰って無いのかな。

 なら、僕が教えてあげるとするか。

 

 

「レースに出るためにはチームに入るか専属トレーナーが必要なんです。

 例えば、えっと、ほら、あそこでアップしてるのが学園最強のリギル。

 あれはアンタレスで、そこにいるのはベテルギウス、あっちはえっと、何だったかな……」

 

 

 この一年で色々なチームを見たので、だいたいのチームは分かる。

 

 

「確かあのチーm……「あの! サイレンススズカさんのチームってわかりますか!?」……サイレンススズカさん?」

 

 

「はい!」

 

 

 満面の笑みで質問してくる。

 どっかで聞いた名前だ。

 えっと、そう! あれだ。

 あのストーカーのトレーナー( 沖野 )さんにつけられてたウマ娘。

 あの先輩なんか有名になったのかな。

 

 

「サイレンススズカさんはチームリギルに所属してるはずです。

 因みにチームリギルには会長も所属してます」

 

 

 僕の会長贔屓が少し入った紹介をする。

 

 

「リギルってさっき言ってた学園最強の……」

 

 

「そのリギルですね」

 

 

「私っ! リギルに入りたいです! 

 どうやったら入ることが出来ますか?」

 

 

 おぉ、凄い決断力。

 僕には真似できないことだ。

 僕はどうしても慎重になってしまう。

 

 

「リギルは定期的な選抜レースがあって、そこで一着になると入部出来ます」

 

 

「それって、いつあるんですか?」

 

 

「確か明日か、明後日ぐらいにやるはずですね。

 選抜レースはいつも放課後に行われるので、明日の朝に確認しておくと良いと思いますよ」

 

 

 近々あるとは耳にしているが正確な時間は知らないので確認することを勧めておく。

 

 

「えっとトウカイテイオーさんでしたよね……」

 

 

「テイオーで良いですよ」

 

 

「はい! テイオーさんはチームに入ってないんですか?」

 

 

 先輩にさん付けされるのは何かムズムズする。

 しかし、その質問がきたか。

 

 

「僕は何処にも入って無いですよ」

 

 

「そうなんですか……色々詳しいのでチームでいっぱい活動してるのかと思いました……」

 

 

「そんなこと無いですよ。

 それに、これぐらいなら学園にいたら誰でも分かるようになります。

 僕は速くないので沢山練習する必要があるんです。

 目標があって、それをするにはチームに入って練習を管理されたくないから入ってないんです。

 身勝手ですよね?」

 

 

 あんまりにも真っ直ぐとした瞳で見られているので僕のことまで話してしまったが、こんなに話すことも無かったと後悔する。

 

 

「そんなことありません! 

 テイオーさんは自分の目標を定めて頑張っているんだから立派だと思います!」

 

 

「…あ、ありがとうございます。

 それで転入生さんも夢とか目標とか無いんですか?」

 

 

 とっても真っ直ぐだ。

 めっちゃいい人すぎる。

 マックイーンさんなんて今まで話してて、褒めるのにも少し棘があるし、こんな素直に褒めてくることなんて無かったぞ。

 だが、僕だけ喋ったのは少し不公平な気がするので転入生さんにも話させよう。

 

 

「あります! 

 私の夢は日本一のウマ娘になることです!」

 

 

 凄くビッグな夢だ……。

 でも僕の目標も負けてはいない。

 

 

「お母ちゃんと約束したんです。

 立派な日本一のウマ娘になるって!」

 

 

「なら、僕のライバルですね。

 じゃあ、転入生さんそろそろ次に行きましょう」

 

 

「それってどういう……

 あっ! ちょっと待って下さーい!」

 

 

 転入生さんの夢が日本一のウマ娘になることなら、僕はそれの上を行かないとね。

 僕はウマ娘の頂点になるんだから。

 

 その後も学園内を回り、色んなチームの部室があるところや、大穴の開いたトレセン名物の悔しい気持ちを叫ぶ謎の切り株など紹介して回った。

 

 

「今日は案内ありがとうございました! 

 ジャージ出来るだけ早く洗って返しますね!」

 

 

「こちらこそありがとうございます。

 ジャージに関してはあんまり急がなくてもいいので……」

 

 

「いえ! すぐに綺麗にして渡しますから! 

 本当にありがとうございました!」

 

 

 めちゃくちゃ感謝されて案内の仕事は終わった。

 とっても良いウマ娘だった。

 ちょっとドジなところはありそうだが元気で夢に真っ直ぐでキラキラしてた。

 新たな繋がりが出来たことに会長へ感謝しつつ、今日も練習に向かいますか。

 

 それにしても予備のジャージが役に立って良かった。

 普段は雨が急に降ってきた時に屋内で着るために持ってきていたが、こんな時に役立つとは想像もしてなかった。

 新しい刺激も感じながら練習に励み、帰りにははちみーを舐めながらマックイーンさんと帰った。

 

 

 因みに転入生さんは案内した翌々日の朝に、僕が朝練に行く前に玄関でジャージを返してくれた。

 なんでこの時間帯だって分かったのか聞いたところ寮長に教えて貰ったらしい。

 こんな早朝から凄いですね! と褒められたのが少し恥ずかしかった。




ここからアニメにちょっとずつ入って行きます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

見学

「会長、今度模擬レースしてくれませんか」

 

 

 生徒会室。

 寒さに震える日も減り、少しずつ春が近づいて来ることを感じる日々の中、僕は会長に模擬レースを受けてもらいに来ていた。

 

 

「ふむ、良いぞ」 

 

 

 会長は顎に手を当てて少し悩む素振りを見せたあと、そう答えた。

 

 

「え、良いんですか? 

 忙しかったりしませんか?」

 

 

 あっさり許諾してくれたので聞き返してしまうのはしょうがないと思う。

 中々失礼なことを言っているとは思っている。

 

 

「何だ? 

 テイオーがやらないなら私もやらないが……」

 

 

「やります、やります! 

 勝負させてください! 

 時間とかは会長の都合が良い時間なら僕はいつでも良いので、会長が決めてください!」

 

 

「ふふっ、何時に無く騒がしいやつだな。

 時期的にはそうだな……

 早くても一ヶ月後ぐらいだがそれでも良いか? 

 詳細が決まり次第、また後日伝えるよ」

 

 

「はい、分かりました。

 1ヶ月後でも2ヶ月後でも3ヶ月……はちょっと遠いけど、何ヶ月でも待ってます」

 

 

 まだ今年はデビューしないので焦る気持ちもあるがまだ余裕はある。

 会長は忙しいだろうし、勝負して貰えるだけでも凄いことだ。

 

 

「あぁ、予定を確認して早めに決めるよ。

 それにしてもテイオー。

 最近また練習量が増えてきたんじゃないか? 

 余り無理しすぎたら駄目だぞ。

 怪我になってからでは遅い。

 自分のことだから分かっていると思うが、休憩も大切にすることだ」

 

 

「ありがとう、会長」

 

 

「なんてことのない年長者からのおせっかいだ。

 やりすぎには気をつけて、これからもトレーニングに励むんだぞ」

 

 

「はーい」

 

 

 気の抜けた返事をする。

 会長の有り難いお言葉を頂戴したところで生徒会室を出てトレーニングに向かう。

 分かっているよ会長。

 無理は駄目だって。

 ()()()

 それは会長、貴女を超えるためなんだ。

 無理は承知。

 誰に止まれと言われようとも止まらない。

 いや、止められない。

 生憎、()はそうやって生きてきたのだ。

 それしか知らない。

 そうやって戦うしかないのだ。

 

 

 ジャージに着替え終わった更衣室で、バッグのポケットに入れておいたキャンディーの包を外して、トレーニングまでの道のりで楽しむ。

 1日のうちで4番目ほどに楽しいタイミングだ。

 因みに1番ははちみーを舐めながらマックイーンさんと寮に帰っているときだ。

 そんなふうに楽しみながら歩いていたときだった。

 

 

「「あ」」

 

 

 鉢合わせしてしまったのだ。

 沖野さん(ストーカー)と。

 

 

「よぉ、トウカイテイオー!」

 

 

「こ、こんにちは。不審者さん」

 

「だから不審者じゃねぇって! 

 なぁ、それよりも聞いてくれよ! 

 遂に俺のチームメンバー5人揃ったんだよ!」

 

 

 それは目出度いがどうしてこんな人の下にヒトが集まったんだろう。

 

 

「何か犯罪とかしたんじゃ無いんですか?」

 

 

「し、してるわけねぇだろ。

 ちゃんとした勧誘だっつうの」

 

 

 露骨に目を逸らされたので怪しすぎる。

 多分襲いかかって入らないとお前の命の保証はしないぜ、みたいなことを言って無理やり入れたのだろう。

 

 

「勧誘のポスターや看板があったので見ましたけど、結構酷かったんですけど本当にちゃんとした勧誘ですか?」

 

 

 そうなのだ。

 チームスピカの勧誘ポスターや看板は見るに堪えないような恐ろしいダサさのデザインをしていた。

 あれを見て入ろうと思うやつはまともな感性を持ってないだろう。

 確かにこの人のトレーナーとしての能力はありそうだが、そんなのは会ってから初めて知ることだ。

 

 

「お前はどうしてそこまで疑い深いんだよ。

 それで、どうだ。トウカイテイオー。

 うちに入らないか?」

 

 

「嫌ですし、前には見学()するって言いましたよ」

 

 

「お、じゃあ今から見学してくか? 

 丁度これからトレーニングするんだよ」

 

 

 逃れようとしたが揚げ足を取られてしまった。

 正直めちゃくちゃ逃げたいが僕が前言っていたことでもあるし、少しの間だけ見てこの約束を早く無くしてしまおう。

 

 

「少しだけですよ」

 

 

「よっしゃ、ならこっちだ。

 ついてこい……って言ってもお前もいつもいるトレーニングコースなんだけどよ」

 

 

 はぁ……まぁ少しだけだから良いか。

 自分をどうにか納得させて沖野さんに付いていく。

 今は何処のチームにも入るつもりは無いのに、ついてく原因になった過去の僕を恨む。

 まぁ、変質者ではあるがこの人も別に話してて辛い人ではないので、そんなに拒絶反応は無い。

 僕は別に話が出来ない訳ではなくて、話すきっかけが作れないのだ。

 向こうから話しかけてくれればちゃんと話せるし、話すことがあれば話せる。

 因みにクラスで話しかけられたことは無い。

 

 

「トレーナー、おせぇじゃねぇか! 

 ……って、おい! 

 何でこいつがここにいるんだよ!?」

 

 

 茶髪のボーイッシュなヒトが僕に指をさして出迎えてくれた。

 周りをよく見ると見たことある顔もある。

 

 

「あ、テイオーさん! 

 この前はありがとうございました!」

 

 

「こちらこそ先日はどうも」

 

 

 この前の転入生だ。

 名前は確かスペシャルウィークさんだったはずだ。

 近くにはサイレンススズカさんもいる。

 どうしてこんなところに入ってしまったのだろうか。

 さっきの茶髪のヒトと転入生とスズカさん、あと2人近くに集まっているので、それが今のスピカのメンバーだろう。

 ここで1つ恐ろしい真実へ僕の脳味噌は辿り着いた。

 沖野さんに近づいて周りには聞こえないようなボリュームで話す。

 

 

「沖野さん、サイレンススズカさんを脅してリギルから連れてきたんですか……? 

 やっぱり犯罪やってますよね。

 早く返してきた方が良いですよ」

 

 

「だから違うっつってんだろっ! 

 誤解を招くような言い方は止めてくれ……。

 それよりも……」

 

 

 いきなり背中を叩かれた。

 何をするんだ。

 

 

「紹介するぞ! 

 知ってるやつもいるが、こいつはトウカイテイオーだ。

 今日は見学希望で来たので、よろしく頼む。

 ってな訳で練習開始だ。

 お前ら今日も頑張って行くぞー」

 

 

「「「おー!」」」

 

 

 見学()()とは一言も言ってないんだが。

 まるで僕が見学したいみたいじゃないか。

 

 

「じゃあこの後のメニューは、スペとトウカイテイオーで勝負な。

 アップしたら始めるぞ」

 

 

「「え?」」

 

 

 ん? 

 この流れ前にもやらなかったか? 

 

 

「ちょっと待って沖野さん、僕は見学に来たんですけど……」

 

 

「まぁまぁ、そんなこと言うなって。

 俺のチームはまだまだ実績が無くて模擬レースを主催してもヒトは集まらないし、呼んでも貰えないからな……」

 

 

 悲しい現実を明かされ、同情しそうになる。

 

 

「可哀想ですけど、それとこれは別の話では……?」

 

 

「そうですよ! 

 いっつもいきなり何ですか! 

 デビューのときもいきなりで、もうちょっとどうにかしてくださいよ!」

 

 

 僕の言葉にスペシャルウィークさんも合わせてくる。

 

 

「あ〜お前らそんなかっかすんなって! 

 スペ、お前には戦った経験が少ないし、トウカイテイオーはどうせ同世代に敵なんていないから良い機会だろ!? 

 ほらほら、散った散った。

 さっさとアップしてこい!」

 

 

 なんか無理やり通された。

 いきなりだったから驚いてしまったが、別に悪い話では無い。

 予定には無かったことだが、丁度良い機会が回ってきたと思う。

 なぁ、(ボク)

 

『そうだね! 

 ボクたちが今どれくらい出来るかカイチョーと戦う前に試させて貰おー!』

 

 そうだな。

 せっかく貰った機会、存分に使わせて頂こう。

 

 

「わかりましたよ、沖野さん。

 じゃあ、アップしてきますね」

 

 

「お、テイオー。

 やる気があって良いことじゃねぇか。

 存分にアップしてこい! 

 それとスペ。

 お前はちょっとこっちに来い」

 

 

 そう言って、沖野さんはスペシャルウィークさんを手招きしている。

 どうやらあちらで作戦会議するようだ。

 ならその間、僕は勝負が出来る身体にしておこう。

 

 

 

 

 ___________________

 _____________

 __________

 

 

 

 

 

 

「スペいいか? 

 俺も正直あいつの実力を読み切れて無いが、お前と同じか、それより少し下だと考えている。

 でも、もしかしたらお前より強い……ってことも普通にありえる」

 

 

 トウカイテイオー、あいつは()()

 とにかく成長速度がえげつない。

 一学年、二学年上の奴らともある程度いい勝負が出来てしまうであろう仕上がりの早さだ。

 そして、元々のポテンシャルの高さも相まって、()()

 まだまだ伸びしろはあるので、どんどん強くなっていく。

 あいつの世代で勝てるやつは今の所考えられない。

 

 

「テイオーさんってそんなに強いんですか? 

 この前、私に『僕は弱い』みたいなことを言っていたんですけど……」

 

 

「スペ先輩、何言ってるんですか。

 あいつは学校側主催の模擬レースでは負け無し、一年の頂点にいるウマ娘っすよ!」

 

 

「そうよ、しかもリギルのグラスワンダー先輩といい勝負をしたって噂もあるんだし、弱い訳が無いじゃない!」

 

 

「えぇっ!? グラスちゃんと?」

 

 

 ウオッカとスカーレットがスペの言葉に反応する。

 あいつの自己評価は低い。

 それも当然だ。

 あいつは、全てシンボリルドルフを基準に強さを測っているからだろう。

 デビューもしてないウマ娘と皇帝で比べたらどちらが強いかは目に見えている。

 リギルのグラスワンダーと戦ったという話は俺も耳にしたが、その真偽は分からない。

 おハナさんに聞いても答えてくれなかったので真相は闇の中だ。

 

 

「いいか、スペ。

 お前から作戦勝負に出るな。

 あいつと作戦勝負をしたら必ずお前は負ける。

 落ち着いて普段通りの走りで勝て。

 あいつが仕掛けるのは、恐らく最終直線だ。

 そこで、お前の全力を出し切れ。

 あいつはここぞという時に伸びる。

 それに喰らいついていけ。

 分かったな? 

 それじゃスペ、お前もアップしてこい!」

 

 

「はい!」

 

 

 相変わらず、元気のいい返事だ。

 スペもコースに向かって走って行く。

 

 

「おい、トレーナー。

 何であのテイオーとスペで勝負させようと思ったんだ? 

 別に今日初めて会った訳ではなさそうだし、もしかして前から決めてたのか?」

 

 

「それは私も気になってたわ。

 それに、トレーナーさんとテイオーの接点が全く見つからないもの」

 

 

 ゴルシやスカーレットから質問が来る。

 確かにこいつらの疑問は真っ当だ。

 あんな一匹狼と俺に絡みがあることがそもそも周りからみたら有り得ないだろう。

 

 

「あいつとは一回話したキリだ。

 そん時に勧誘してたんだが、その時はメンバーがゴールドシップしかいなかったから、メンバーが集まったら見学するって約束をしたんだ。

 それで今日がその約束って訳だ。

 そして、あいつの実力も詳しく知りたいし、丁度スペには対戦相手が欲しかったんで、見学させるときに勝負に誘えば一石二鳥ってな訳だ」

 

 

「でも、それってテイオーに断られたらどうするつもりだったのさ」

 

 

「あいつは押しに弱いだろうから、勝負に乗らなかったらすぐに土下座でお願いする予定だった。

 それであいつは受けてくれるはずだ」

 

 

 なんだかんだ言ってあいつは良いやつだ。

 可哀想なやつが土下座してたら、ちょっとぐらいは話を聞いてもらえるだろう。

 案外早く引き受けてくれたのは、想定外だったが。

 

 

「プライドとかねぇーのかよっ!?」

 

 

「無ぇな! 

 それよりもお前らもあいつらの走りを見て、しっかり学べよ」

 

 

「分かってるわよ。

 何しろスペ先輩と()()トウカイテイオーの勝負だもの。

 目を離すわけ無いじゃない!」

 

 

 そうだ。

 ()()トウカイテイオーだ。

 テイオーがどれだけ強いのか、周りもよく分かっていない。

 それは同世代では圧勝してしまい、()()()()強いってことしか分からないからだ。

 唯一と言っても分かるのは長距離では圧勝というほどでもないことから、長距離適正が無い(と言っても中距離やマイルよりだが)ということだけだ。

 そうだとしても、長距離でも負けていない。

 

 あいつは皇帝を目指す過程で、絶対に3冠を狙っているはずだ。

 そして、自分の一番の壁が菊花賞であることも分かっている。

 だからこそのあの練習量だ。

 スタミナが無ければ増やすだけというシンプルな解決策を行っている。

 それが結局のところ、あいつの場合は根本的解決に繋がると分かっているからだ。

 

 

「……テイオーにスタミナも有ったらどうだったんだろうな」

 

 

 そんなことになったら手を付けられない。

 それこそ絶対王者(皇帝)のように。

 

 

「沖野さん、アップ終わりました。

 僕はもう何時でもいけますよ」

 

 

 噂をすればなんとやら、テイオーがアップを終えて戻ってきた。

 俺を見つめる深青色の瞳はさっきとは違い、明度が増しているように見える。

 

 

「おう、ちょっとスペが戻ってくるまで待っててくれ」

 

 

「分かりました。

 気になっていたんですけど距離はどれぐらいでやるんですか?」

 

 

 確かにそうだ。

 距離は長ければ長いほどスペに有利が向くかもしれないが、テイオーにリズムを崩されて上手く走れない可能性もある。

 無難に2000mぐらいが丁度良いだろう。

 

 

「あ〜今回は2000mでやる。

 スタートの合図はゴールドシップ、お前がやってくれ」

 

 

「……って、おいおい、アタシかよっ!

 別に良いんだけどよ。

 それじゃ、テイオー! 

 スタート位置まで競争しようぜ。

 もちろん全力な」

 

 

「すみません、僕、今から真剣勝負するんですけど……」

 

 

「なんだよ、ノリわりぃーな。

 まぁいいや、行くぞー!」

 

 

 そう言ってゴルシがスタート地点の方へ走り、その後をテイオーがスタスタと駆け足で行く。

 思ったよりもテイオーとゴールドシップとの相性は悪くは無さそうだ。

 そんなことを思ってからしばらくすると、スペも戻って来た。

 

 

「トレーナーさん、アップ終わりました!」

 

 

「おう、スペ。

 スタート位置はあそこに今、ゴールドシップがいるところだ。

 向こうに着いたときにゴールドシップには、準備が整ったら何時スタートしてもいいと伝えておいてくれ」

 

 

 スタートの位置を教えると共に、さっきあいつらが走って行ったので伝え忘れたことをスペに託す。

 

 

「はい、分かりました! 

 スズカさん、私頑張るんで観ててください!」

 

 

「分かったわ、スペちゃん。

 頑張ってね」

 

 

「はい! 

 それじゃあ、行ってきます!」

 

 

 俺の隣で静かにしていたスズカと少し喋ったあとスペがスタート位置に走っていく。

 ゴールドシップとスペが話し始めたがしばらくすると、ゴールドシップがこちらに手を大きく振ってきた。

 多分『合点承知!』ってことだろう。

 

 

 様子を見守っているとテイオーとスペがスタンディングスタートの構えを取り始めた。

 どうやら始まるようだ。

 ゴールドシップが手を大きく上げたのを見てズボンのポケットからストップウォッチを取り出す。

 振り下ろしたタイミングで計測を開始した。




次回は、勝負スタート。
沖トレ視点で始まります





目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

才能(レベル上限)

 

「スペとテイオー。

 スタートの合図は手を振り下ろしたらだ。

 良いな? 

 よしゃっ! じゃあ、位置につけ!」

 

 

 その声に、僕とスペシャルウィークさんはスタートの位置につき、構えをとる。

 

 

「よーい……」

 

 

 よーいでゴールドシップと呼ばれていたヒトが手を振り上げる。

 神経を研ぎ澄まして対応出来るようにする。

 

 

「どんっ!」

 

 

 そして、振り下ろした……っ! 

 思いっ切り加速するが、流石は先輩。

 スタートで出遅れることなく競い合う。

 駄目だ、ここでこれ以上のスピードを出して前をとっても、スタミナがゴール前には尽きる。

 このまま戦ってても無駄だと判断し、少し下がって、いつでも仕掛けられるよう先輩の右後ろにつける。

 しばらくは、ここで様子を窺おう。

 

 ペースが乱れるのを待つ。

 遅くなれば抜かせば良い。

 早くなれば垂れてきたところを差せば良い。

 

 そうならなかったら、よろしく頼むよ。

 

『任せて!』

 

 そうならないようになって欲しいな。

 僕だけの力が何処まで通用するか試してみたい。

 これは目標では無く、悪夢(前世)の続きだ。

 

 

 △△△

 

 

「スペ先輩、完全にマークされちまってるじゃねーか! 

 大丈夫か?」

 

 

 スペには、まずい展開になった。

 後ろを気にしながらとても走りづらそうに走っているが、それとは対照的にテイオーはとても馴れたように走る。

 スペがペースを崩さなければ良いが、崩されても仕方が無い。

 

 

「ちっ……、テイオーのやつ。

 ちゃんと、勝ちを狙いにきてやがる」

 

 

 そう悪態をついてしまうのも仕方ない。

 スペに経験が無いってことは、俺の発言でバレている。

 その経験を積むためにやるとも言っていたから、それにちゃんと乗っかってくれたのは嬉しいが、なんせ練度が違う。

 だいぶ不利な状況だが、テンポを乱さないように祈る。

 その祈りが通じたのか、2コーナーを抜け、向正面も抜け、3コーナーに入ったが、スペは普段通り走れている。

 その影響か、テイオーは常にスペが振り返るとすぐ見える位置から動きは無い。

 ひとまず安心する。

 

 

「このままいけば、最終直線勝負になるぞ」

 

 

「トレーナーの読み通りね!」

 

 

「あぁ、この様子だと4コーナー終盤までにテイオーが仕掛けなくても、スペは動くだろう。

 それに、スペに先に仕掛けられたらテイオーは間違いなく不利になる」

 

 

 そうだ。

 テイオーの末脚も凄いが、スペの後半の伸びは天才的だ。

 先手を取ってしっかり全力が出せるならスペが負けるとは考えにくい。

 

 

「スペのやつ、ペースあげやがった! 

 ちょっと早くねーか!?」

 

 

 さっき戻ってきたゴールドシップの声に意識を引き戻される。

 ここで速度を上げるにはまだ早い。

 ギリギリ持つか持たないか、まだ勝負は分からない。

 テイオーのやつは……冷静だ。

 しっかりと自分のタイミングでスパートし始めた。

 

 

 ▽▽▽

 

 

 先輩の後ろに張り付く。

 ここまでプレッシャーを送ってきたが、向正面をすぎてもペースを崩しては無い。

 うーん、これだけ圧かけてたら今までの模擬レースでは周りはひよってくれたが、流石に経験が無いと言っても先輩だ。

 そうやすやすと勝たせてはくれないか。

 スパートをかけるのはいつもと同じ、4コーナーに入ったあとだ。

 スタミナがあればもっと早く仕掛けられるが、あいにく僕にはスタミナがあまり無い。

 

 3コーナーに入ってからのことだった。

 後ろにずっと付かれるのに耐えかねたのか、先輩がペースを上げた。

 仕掛けたい。

 今からでも追いかけたい。

 差が広がる。

 

 でも、まだ待て。

 人間は全力を出し続けられる距離に限りがある。

 それはウマ娘にとっても当然同じだ。

 しかもあと800mほど残っている。

 当然スタミナはここまでである程度削られている。

 冷静になれ。

 ここで仕掛けても僕には走りきれない。

 最後の最後で垂れて来るはずだ。

 そこで差す。

 

 広がる差を感じながら、落ち着いてその時を待つ。

 まだ、まだだ。

 

 まだ、まだだよな……? 

 焦る気持ちが募ってくる。

 焦りは禁物、そう分かっていてもどうしても焦ってしまう。

 

 後少し……ここっ! 

 僕が今まで走ってきた経験で、スタミナが完全にゼロになった瞬間に走り終わるタイミングで飛び出す。

 先輩との差は3馬身。

 この差をゴールまでに取り戻す。

 

 さぁ、行くぞ。

 

 僕が駄目だったその時は分かってるよね(準備は良い)? 

 

『もっちろんっ!』

 

 

 △△△

 

 

 テイオーがスパートに入った。

 あいつがあのタイミングで入るってことは、あいつの中の最適解があそこなのだろう。

 だが、スペとの差は歴然だ。

 テイオーも速度を上げたため差は広がらなくなったが、依然としてスペが大きくリードしている。

 このままスペの体力が持てば勝てるだろう。

 

 

「「スペ先輩、ファイトー!」」

 

 

 だが何故かまだ、勝利を確信出来ない。

 テイオーが追い詰められているところを見たことが無いって言うのもあるだろう。

 しかし、それだけじゃない。

 

 何故かわからないが()()()があるのだ。

 こんな展開にはテイオーは今まで一度もなっていないはずだ。

 追い詰められたことなんて見たことが無い。

 それなのに何故……

 

 いや、有った。

 そして、何故確信が持てないか、その答えも分かった。

 思い出した。

 そして、これから嫌というほど思い起こされるだろう。

 

 

「おい、テイオー……

 お前まさか……

 いや、でもそれなら」

 

 

「どうしたんだ、トレーナー? 

 まさか逆転出来る方法があんのかっ!?」

 

 

「いや、まさかこの状況だったら流石のテイオーでも勝つのは難しいんじゃない?」

 

 

 お前らは知らないかも知れない。

 俺も実際見たのはあの一回きりだ。

 それにあいつは前に使えないとも言っていたはずだ。

 

 

「お前ら、ちゃんとテイオーを見ていろ。

 それが来るのは直線に入ってすぐのはずだ。

 それが、あいつが無敗でいる理由。

 あいつが練習による努力だけで強くなった訳では無いと言える切り札(JOKER)

 ()()の塊でもあることの証明。

 恐らく、有り得ない、考えられないことだが、スペは()()()

 

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 

 スパートに入る。

 

 前へ前へ、力を出せ。

 

 直線だ。

 

 最終直線までにもっと距離を詰めろ。

 

 ()には才能が無いって分かっているはずなのに、心では認めたくない。

 

 才能が無くても努力で差を埋めることは出来るって、そう思いたかった。

 

 

「くそっ、届かない……っ! 

 結局、私は駄目だったんだ……っ!」

 

 

 ちっとも詰まらない差に才能を嘆く。

 努力したはずだ。

 そこそこ強くもなれた。

 

 

 でも、才能(レベル上限)だ。

 僕はレベルが止まった。

 この身体にはまだ、上があることが分かるのに。

 僕では引き出せない。

 私には無理だった。

 

 だから、頼んだよ。

 

 

『分かったよ、()

 

 

 あぁ、そして学ばせてくれ。

 私が辿り着けなかった才能の向こう側を……っ! 

 

 

「『……っ! 行くよっ!』」

 

 

 ボクの合図で走り方が変わる。

 教えてくれ、その走り方全てを。

 

 脚の使い方、重心の位置、呼吸の仕方、腕の振り方、ピッチの速さ、ストライドの長さ、足の着く場所…………そして、()()()()()()()()()! 

 

 さぁ、答え合わせだ。

 今まで何が足りてなかったかの。

 次のレベルに行く方法を。

 

 

 

 △△△

 

 

「おいおい、何言ってんだトレーナー。

 あの状況からスペ先輩が負ける訳無いだ……ろ…………?」

 

 

「ウオッカの言うとおりよ。

 スペ先輩が何処からどう見ても有利じゃな……い…………」

 

 

 皆、テイオーの異常事態に声を失う。

 やっぱりだ。

 あいつの走り方が直線に入った瞬間、一瞬で切り替わった。

 スピードが上がる。

 そうすると開いていた差が目に見えて詰まり始めた。

 周りで見ていた他のウマ娘たちからもどよめきが起こる。

 詰める詰める、3馬身あった差が、どんどん詰まって行く。

 それはあまりにも残酷で、実力の差を物語っていた。

 そして、分かった。

 あれが皇帝の再来、帝王(トウカイテイオー)だと。

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 こんなにも違うものなのか。

 今まで気がついていなかったことが分かる。

 これが()()()の走り。

 僕はまだ結局のところ、生まれ変わっても()()の範疇に留まっていたようだ。

 この走り方は、人間では無理だ。

 

 身体を前に倒し、倒れながら進み、地面に倒れないように足で前に身体を押し出す。

 よく前世で巫山戯て言っているやつがいた

 “水面に足が沈む前に次の足を出して、その足が沈む前にその次の足を出せば水面を走れる”理論と同じだ。

 

 この走り方も人間では到底不可能な足の動かし方をしている。

 いや、そもそも他のウマ娘でも出来ないかも知れない。

 この身体の異様な柔らかさを余すところなく使い、バネのようにしなやかに跳ね、全てを前に進む推進力にしている。

 

 これを支えてるのは驚異的な体幹だ。

 どれだけ強い一歩を踏み出しても身体の重心はぶれない。

 僕も助けられてきたが、ここまで活用出来たのか……。

 才能の違いを感じる。

 身体のリソースの使い方が違う。

 

 でも、これで良いお手本を貰った。

 今、ボクだけが走っているが、僕も走りを重ねる。

 微力だけど、手伝うよ。

 

『っ! ……まったく……一緒に行くよっ!』

 

 更に一段階加速する。

 もう先輩との差は僅かだ。

 グラスワンダー先輩と戦ったときとは違う。

 今度こそ勝利をもぎ取ってやる。

 

 走ってみて分かる。

 (ウマソウル)をこの走りをしているとはっきり感じる。

 魂に刻まれた、この身体に最適化された、トウカイテイオーの走り。

 これなら行ける、次のステップへ。

 

 一歩、また一歩。

 踏み込む度に前へ進める。

 走ることが楽しい! 

 速くなれることが嬉しい! 

 進め、進め! 

 ゴールまであと100m! 

 

 そのまま先輩を勢いよく躱して、僕が先にゴールラインを通りすぎた。

 

 

 △△△

 

 

「テイオーが勝った……?」

 

 

「何よ、あれ……? 

 ちょっと、トレーナー! 

 あれが何なのか説明しなさい!」

 

 

 スカーレットに説明を求められるが、俺にも分からない。

 そもそも当の本人もあまり分かっていなさそうだった。

 

 

「俺にもよく分からん。

 ……が、あれがあいつの強さだってことだ。

 ますます、うちのチームに欲しいな」

 

 

 対戦していたテイオーとスペは息を二人とも整えた後、何か話をしているようだ。

 戦って芽生える絆ってところか? 

 それにしても、テイオーもあんな満足げな顔するんだな。

 今まで勝っても表情を変えないので、勝って当たり前って考えてるやつかと思っていたがそうでも無いらしい。

 多分それはあいつが前使えない、後一歩で掴めると言っていた走りを完成させて、それを使って勝ったのだからだろう。

 

 あいつらで話が終わったのか、最後に握手して、テイオーがこっちにやってくる。

 

 

「沖野さん、今日は勝負を用意してくれてありがとうございます」

 

 

 そう律儀に礼をしながら言ってくるもんだから、なんだか申し訳ない気分になってくる。

 

 

「お、おう、こちらこそ今日はありがとな。

 ……と、言っても特に俺が用意したものがあるわけでも無いが」

 

 

「でも、お陰様で次のステップへ行けたので」

 

 

 そう語るその目には確かに次が視えていた。

 その後、テイオーは疲れたので栄養補給してきますと告げてコースを後にした。

 レース前とは雰囲気が変わっていて、俺を見ているようで視ていなかったから、勧誘する気も引き止める気にもなれなかった。

 

 俺とテイオーの話が終わったのを見たのかスペが戻ってきた。

 

 

「うぅ〜、スズカさん、トレーナーさん、負けちゃいました……」

 

 

「スペちゃん、もうちょっとだったわね」

 

 

「いやぁ、惜しかったぞスペ。

 お前がスパートに入るタイミングは少し早かったが結果的にはあれぐらいで正解だったな。

 だが今回は、相手も強かったな。

 しかし、色々学べただろ? 

 マークずっとされてどうだった?」

 

 

「とっっっても、走りにくかったです!」

 

 

「だろ? 

 だからといって対策は出来ないんだけどな。

 対処と言えば今日のお前の中盤までの対応はとても良かった。

 マークされても怯まず、ペースを崩さず自分の走りに専念した上で力で勝利する。

 それが、思ったより難しいんだがな」

 

 

 今日のスペは結果的には悪い走りはしていなかった。

 マークされるのは馴れても走りにくいことが多い。

 それでも、ちゃんと途中までいつもと同じ走りを出来ていたスペはよく耐えたと言えるだろう。

 たが、今日のテイオーの走りは異常だった。

 

 

「そうなんですか……

 あっ、スズカさんならいつもどんなことを意識してますか?」

 

 

「えっと……私は、ただ先頭を走り続ければいいから、周りを気にしてないから……

 うぅ……ごめんなさい、何も良いアドバイスが出来なくて」

 

 

「いえいえ! とんでもないです!」

 

 

 スペが手を大きく振りながらスズカに自分は大丈夫だと伝えている。

 スズカみたいな独特な感性の持ち主は、アドバイスするには向いてないな。

 スペの質問に答えられなくてシュンとしているスズカを見てそう思う。

 

 

「テイオーさん強かったな〜。

 そういえばさっき、テイオーさんと約束したんですよ! 

 今度また走ろうって! 

 次こそは強くなって負けませんよっ!」

 

 

「そうかっ! 

 じゃあ、これから頑張っていくぞ! 

 スペはまずは、次の弥生賞に向けてだな。

 ウオッカとスカーレットはデビューに向けて、頑張っていくぞ!」

 

 

「「「おー!」」」

 

 

 チームも纏まったことで今日のチームとしての練習は解散とした。

 

 俺の右手に握られていたストップウォッチには2.01.4と刻まれていた。

 

 

 

 

 _________________________

 _________________

 ___________

 

 

 

 

 

 校外ではちみーを買い、校内のベンチで休憩していると、マックイーンさんが近寄ってきて、僕の隣に座った。

 

 

「テイオー、お疲れさまです。

 さっきの勝負、とても良かったですね」

 

 

「マックイーンも観てたんだ。

 ボク、ホントにギリギリだったから、勝てて嬉しかったよ。

 スペちゃん強かったな……」

 

 

 まぁ、あれだけやっていれば観ているだろう。

 しかし、本当にギリギリの戦いだった。

 垂れてくると思ったが、結局垂れてはこなかった。

 最初は僕だけでどれだけ行けるか試してみたが、やっぱり駄目だった。

 ()には、才能が足りなかった。

 でも、(ボクたち)にはある。

 そして、今回で掴めた。

 ボク()だけで出来るはずだ、(ボク)の補助無しでも行けるようになれる。

 これで、次のステップへ踏み出せる。

 

 

「……テイオー? 

 熱でもあるんですか?」

 

 

 マックイーンさんが顔を覗き込んで来るので、少し後ずさる。

 

 

「ど、どうしたんですか、マックイーンさん? 

 別になんともないですけど……」

 

 

「い、いえ……。

 何でも無いですわ」

 

 

 マックイーンさんの様子が少し変だが、まぁ気にしない。

 

 あぁ、才能が欲しかった。

 だが、手に入れれなかった。

 だけど、才能が有ったときに辿り着くゴールは分かった。

 まだ天才になれずとも、秀才にはなれる。

 僕を縛っていたレベル上限が1つ取り払われた。

 

 口元から鈍い乾いた音がした。

 どうやら舐めていたはちみーがいつの間にか切れていたようだ。

 

 

「マックイーンさん、ボクは練習に行きますね」

 

 

「あんなに走った後なのですから、少しは休んだらどうですの?」

 

 

「さっき掴んだ感覚を確かめたい、忘れないうちに走っておきたいんですよ」

 

 

 そんなことを言っているが、もう絶対に忘れない。

 情報は魂に刻まれている。

 それを引き出せるようになれば、自然と使えるはずだ。

 

 

「ま、テイオーならそう言うと思っていましたわ。

 貴女の走りを観てわたくしも頑張らないと、と思っていたので頑張るとしますわ」

 

 

 そう言って、二人でベンチから立ってトレーニングコースに戻る。

 

 

「ところでテイオー。

 ずっと気になってたんですけど、貴女って勉強しなくて大丈夫ですの? 

 いつも走ってて、それ以外でもゲームしかしていないような気がするんですけど」

 

 

 歩いていると質問が来た。

 ここは真面目に答えておこう。

 

 

「ふっふっふっ……マックイーンさん。

 僕はレースの才能は足りなくとも、勉強など走ること以外に関しては天才なんですよ。

 勉強なんてしなくても授業をうければ、学年トップなんて余裕ですね」

 

 

 どや顔で言うが、殆ど嘘である。

 確かに才能はあるが流石にそれだけでは学年トップにはなれない。

 そこに前世の知識と前世と少し違う歴史の勉強を加えれば最強だ。

 

 

「ふふっ、良かった。

 いつものテイオーですわね。

 あまり辛気臭い顔しないでください。

 考えこみすぎると視えるものも視えてこなくなりますわ」

 

 

 マックイーンさんは、僕のことを心配しててくれたのか。

 とても嬉しい。

 こんな友達がいて軽く感動してしまう。

 

 

「……でも、テイオー。

 貴女、授業態度は最悪だって噂で聞きましたよ。

 何でもずっと寝ているんだとか……

 そんな貴女が授業を受けるって変な話じゃありません?」

 

 

「え、えぇーっと……」

 

 

 前言撤回だ。

 何でそんなことを知っているんだよ……っ! 

 はっ……! 

 出会ったときの相手の印象は何だったか思い出せ。

 このヒトは、元ストーカーだ。

 いやそもそもストーカーでも無いのだが、僕の中での印象が強すぎる。

 

 

「テイオー? 何とか言ったらどうですの?」

 

 

「し、失礼しまーすっ!」

 

 

 こうなったら逃走だ。

 

 

「ちょっと待ちなさいテイオー! 

 逃げてはぐらかそうとは良い度胸ですねっ! 

 疲れているのに逃げ切れると考えるとは、何が走ること以外は天才ですかっ!」

 

 

 トレセン学園アスファルト∞mの競争がスタートした。

 僕が逃げで、マックイーンさんが差しだ。

 僕は初めて自分の意志でトウカイテイオーの走りを使って逃げた。

 

 勝敗はボクのスタミナ切れでマックイーンさんの勝利だった。

 捕まってしまって勉強はたまに教科書を読んでるだけで、まともにやってるのは歴史(それも少し)だけと正直に答えたら、嘘をつくならもうちょっとマシな嘘をつきなさいと言われてしまった。

 信じて貰えなくて少しショックだった。

 

 

 

 

 因みに次の日に今度はマックイーンさんも一緒にエアグルーヴさんに注意をうけた。

 マックイーンさんがいるおかげか、前回より遥かに短かったので、マックイーンさんに感謝を伝えると、そもそも貴女が逃げなければ……と言われたのが、なんだか出会った頃みたいで少し懐かしかった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

次へ

 走る、走る。

 だが、すぐに止まって、ジャンプを挟み、走りを一度リセットしてから、もう一度走り始める。

 走り方を変える練習をし始めたが、意識しないと前の走りにすぐ戻ってしまう。

 どうにかして身体に覚えさせて無意識的にやれるようにしなければ駄目だ。

 

『ねー、ねー! 

 そんなに熱心に覚えなくて良いんだよ? 

 使うときはボクが代わりに走るからさ?』

 

 いや、覚える。

 心配してくれてる(ボク)には悪いが、続けさせて貰う。

 これは選手としての死活問題だ。

 今までの走りでも勝てるときもあるかも知れない。

 だが、(ボク)の走りなら勝てたという場面。

 そんなときが来てしまったら僕はどうすればいい? 

 

『……』

 

 ごめん。

 僕は勝ちたいんだ。

 そのためにまずはこの走りを身につけて会長に挑む。

 そこでその先の道のりを知るんだ。

 闇雲に走り続けるのはもう限界だ。

 どんなに遠くともゴールが知りたいんだ。

 

『ホントに? 

 ホントのホント? 

 それが……それが、どんなに遠くても?』

 

 そうだ。

 それがどんなに遠くとも、殆ど見えないようなゴールでも、一筋の光が欲しいんだ。

 だから許してよ。

 今のままじゃ、光が射してくる位置まで行けないと思うんだ。

 

『しょうがないなぁ〜……。

 絶対に怪我だけは、怪我だけは駄目だよ! 

 それでも怪我するかも知れないから、怪我したと思ったらすぐ辞めること! 

 あとあと〜、チームも早めに決めようね! 

 それからそれから〜……』

 

 あ〜はいはい、分かりましたよ。

 怪我に気を付ければ良いんだよね。

 分かってるって……

 ……私は……私は、二度と、二度と間違えない。

 絶対に怪我はしないよ。

 

『ホント〜? 

 今でもかなりオーバーワークだから絶対に気をつけてね! 

 あと、チームっ! 

 誰かに見てもらわないと僕ったら本当に危なっかしいんだから、ちゃんと決めてよ!』

 

 分かりました、分かりました。

 あ、意識をしていなかったらまた走りが前までの方に戻ってる。

 まだまだ先は遠そうだ。

 走り方が分かっても、まだそれはレベル無しからレベル1になっただけだ。

 0から1にするのが本当に難しいことなのだが、僕の求めるゴールはそこで終わりではなく、使いこなせるようにならないといけない。

 少なくとも無意識でこの走りが出来なければならない。

 

 分かってはいたが、今まで生きてきてずっと走ってきた走り方はそう簡単には変えられない。

 なんせ十年弱、いや前世も足せばそれ以上か。

 それだけ使い慣れていたものをいざ変えようとしているのだ。

 例えるなら、生まれてからずっと右利きの人が左利きにしようとしているのと、恐らく似ている。

 

 なんにせよ根気よく行こう。

 こういうことは反復練習あるのみだ。

 とにかく走っているときは新しい世界を見ているようで楽しい。

 同じコース、それもどれだけ走ったか分からないようなもはや生活の一部となったコースでも新鮮だ。

 停滞していた世界に新たな風が吹き込んで僕のいる世界に輝きをもたらしてくれた。

 

『だからといって走りすぎて身体壊さないでよね〜』

 

 本当に心配性だな、(ボク)は。

 もうちょっと走るだけで終わるからさ。

 

『ねぇ、今の周りの様子見えてる? 

 とっくに暗くなってコースには誰もいないじゃん。

 また明日の朝走れば良いんだし、そろそろ帰ったほうが良いんじゃない?』

 

 周りを見渡すと確かにもう真っ暗で誰もいなかった。

 どうやら走ることを楽しみすぎて何も見えてなかったようだ。

 まぁ、あと一周走ってダウンして終わるか。

 

 一周だいたい2000mとちょっと。

 それを今できる最大限で走る。

 右手のストップウォッチの右上のボタンをスタートしてから少し後のゴール時に2000mぴったりになる地点で押す。

 

 速度が上がって出来るようになったことと出来なくなったことがある。

 単純に最高速度が上がったからタイムが縮まった訳ではない。

 むしろ前よりタイムは遅い。

 大きく問題は2つある。

 まずはただただ僕がこの走りに慣れていないという点だ。

 上手くいけば最高速度は上がったが、やっぱり走りが崩れることが多い。

 走りが崩れると元に戻すために少し速度を下げなくてはならず、平均速度は変える前を下回るはずだ。

 

 問題その2は、速度が上がってコーナリングが上手く行かないことだ。

 今までなら全力でも内に沿って走れたが、遠心力のかかる量が多くなり、体勢的に前より不安定なことも加えて今までの感覚ではよろけてしまう。

 これも練習したらいいのだが、こっちは最終直線しか使ってくれない(ボク)のせいで、お手本が無い。

 僕が自分でどうにかしなければならないだろう。

 

 一周が終わりストップウォッチを止めて少し流す。

 記録を見る。

 

「2.12.5……か。

 まだまだ伸びしろがあると考えたら良いのか。

 このままだとただの弱体化だな」

 

 前の僕なら調子が良いときは3秒台を切るのに後少しぐらいな記録だった。

 まずは今までの僕を超えよう。

 

 それにしても楽しい。

 こんなに走ることが楽しいのはいつぶりだろうか。

 あぁ、楽しいなぁ。

 

『ねぇ、ホントに大丈夫?

 疲れすぎて頭おかしくなっちゃってるし、早く帰って寝よ?』

 

 そうだね、早く帰って寝ようか。

 ストレッチとかも部屋に戻ってからやるとして取り敢えず帰ろう。

 寮に荷物全部おいてから練習にきた過去の自分に最大限の感謝を伝えつつ帰路につく。

 

 走ることを止め、気を抜いたら、ここまでの疲労が一気に来た。

 走っていたときは興奮していて気が付かなかったが溜まっていた疲労は尋常じゃなかった。

 立って歩くだけでも辛い。

 

……オー! ……イオー! テイオー!!テイオー!!

 

 何やら声が聞こえる。

 声の方を向くとそこにはマックイーンさんがこっちに走ってきていた。

 

 

「テイオー! 貴女、いったい何時まで走っていましたの!? 

 門限はとっくのとうに過ぎていますのよ!」

 

 

 あぁ、もうそんな時間なのか。

 

 

「マックイーンさんこんばんは」

 

 

「こんばんはですわ! ええ、こんばんは! 

 貴女、わたくしには『あと()()したら僕も終わるので先に帰ってて下さい』って言いましたわよね! 

 そのあと少しの少しが長すぎますわ!」

 

 

「ごめんなさい……」

 

 

 マックイーンさんがなんか怒っているが、内容が全部右から入り左から抜けていくので取り敢えず謝っておく。

 

 

「フジキセキさんからテイオーが戻ってきていないみたいだと同室の子に聞いて、わたくしに何か知らないかい? と聞きにこられたとき、本当に心配したんですからね!」

 

 

「ごめんなさい……」

 

 

「はぁ、全く……。

 無事なら良いのです。

 ほら、寮に帰りますわよ」

 

 

 マックイーンさんが促すので帰ろうとするが、一歩目で少しふらついてしまう。

 それをマックイーンさんが受け止めてくれた。

 

 

「ちょっ、ちょっと大丈夫ですの?」

 

 

「流石に、走りすぎた……

 肩貸してくれない……くれませんか?」

 

 

 いけない年上にタメ口でものを頼むのはまずい。

 それにしてもちょっと疲れすぎてて、脳が上手く回んない。

 

 

「全く仕方ありませんね……

 ほら、こっちにきなさい」

 

 

 ありがとう、マックイーンさん。

 マックイーンさんは優しいなぁ……

 僕より()()()()だけ身長の高いマックイーンさんが少し屈んでくれたので首に手を回す。

 

 

「ふふっ、貴女が弱ってるところは何気に初めて見るような気がしますわ」

 

 

 そりゃあ、そんなところは誰にも見せたくないからね。

 僕は強いボクでありたいんだ。

 

 

「貴女もわたくしも同じですね」

 

 

 そうかなぁ……。

 マックイーンさんは、いつも優雅で素敵だから。

 弱いところ何て想像出来ないよ。

 

 

「ほら、玄関まで着きましたわよ」

 

 

「部屋までお願い……」

 

 

「しょうがないですわね……。

 分かりましたわ、今日だけですわよ」

 

 

 優しすぎる。

 今まで生きてきてこんなにも優しくしてくれたヒトはいたかなぁ……。

 少なくとも僕は甘えることが少なかったから、こんなことしてもらえる機会は殆ど無かった。

 

 

「それならテイオーは周りをもうちょっと頼ってみてはいかがですか?」

 

 

 今でも結構周りに頼るようになったけどなぁ……。

 今までだったらこんなふうにはしてもらってないし、会長にも頼ってばっかだし、ボクにも色々助けて貰ってるし……。

 うん、思ったより成長してるかも。

 

 

「そうなのですね。

 ほら、部屋まで着きましたよ。

 そろそろ自分の足で立って下さい」

 

 

「ありがと、マックイーンさん」

 

 

 突然、前から大きな音がした。

 

 

「あっ! テイオーちゃん! 

 ホントに何処行ってたのっ! 

 マヤすっごく心配したんだからねっ!」

 

 

 部屋の扉が開きマヤノが出てきた。

 もーぷんぷんだよ! と頬を膨らませているので全然怖くはないが、とても申し訳ない気分になる。

 

 

「ごめん」

 

 

「そーゆーことじゃなくて! 

 最近のテイオーちゃんは楽しそうだけど張り詰めすぎだよ。

 昨日も疲れ果ててご飯とお風呂済ませたら倒れるように寝ちゃって。

 マヤ、テイオーちゃんが何処かで疲れすぎて動けなくなって倒れてるかホントに心配だったんだからね! 

 

 マックイーンさん、ありがとう! 

 テイオーちゃんったら全然ヒトに興味無いけど、会長さんとマックイーンさんのことはたまに話すんだよ。

 どうかこれからもテイオーちゃんと仲良くしてあげて下さい!」

 

 

 僕がかまってもらってるみたいな言い方止めてくれ。

 マックイーンさんの方が追っかけで僕がかまってあげてるんです。

 

 

「勿論ですわ、わたくしにとっても大切な友達ですもの。

 これからも仲良くさせて貰いますわ。

 

 さて……テイオーのことはマヤノさんに任せて、わたくしからフジキセキさんに伝えておきますわ。

 

 

 ……テイオー、少し休んだらどうですか? 

 わたくしから見ても最近の貴女は何処かおかしいですわ。

 練習に真剣に取り組むところが、貴女の良いところの一つとも理解してます。

 しかし、流石にここ最近は行き過ぎですわ。

 このままだとテイオー、

 ──デビューする前に身体を()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ……、あ、え…………、あ、」

 

 

 その言葉に()のトラウマが蘇る。

 

 必死に頭で否定する。

 違う、()()とは違う。

 まだ先がある。

 あの頃とは違う。

 そう否定したいが、否定出来ない部分が沢山視えてくる。

 何処までいけば良いのか分からないゴール。

 才能の限界を超えるための自分を肉体的にも、精神的にも追い込めるトレーニング。

 仲間からの忠告の数々を振り払って進んだこと。

 

 いや違う。

 変われたはずだ。

 現に結果はついてきている。

 ゴールもいずれ分かる。

 ボクたちには才能がある。

 仲間からの忠告も振り払って無いじゃないか。

 そう思っても分かっている。

 

 全部受け止め難い現実から逃げるための()()()()()()()()()()()()()だって。

 

 だってそうじゃないか。

 結果と言ってもまだ本番のレースでは無い。

 ゴールも会長と走っても、もしかしたら分からないかもしれない。

 才能があるのは僕でも無くボクだ。

 会長の言葉はどうした? 

 あんなに心配してくれていたのに練習は日に日に増えているじゃないか? 

 

『そうだよ、()

 やっと気がついてくれた。

 君は何も変われちゃいない。

 でも、変わろうとし続けてるよね?』

 

 そうだ、そうだよ。

 私は、ちょっと急ぎ過ぎている。

 前回(前世)の失敗から何も学んでいない。

 バカの一つ覚えのように同じことをやっても結果は変わったりはしない。

 

『そうだ、君は変われるんだよ。

 まずは落ち着いて一歩、またその後に一歩で良いから

 ……ついでにボクの走りは覚えなくても良いんだよ?』

 

 それはちょっと難しいかな。

 でも、張り詰めすぎてたかもしれない。

 ボクが言ってたようにチーム探しでもしようかな。

 少し落ち着こう。

 

 

「て、テイオー……? 

 どうしたのですかっ!? 

 ご、ごめんなさい、貴女がそんなに傷つくとは思わなくて。

 わたくしただ、ただ! 貴女が心配で……」

 

 

「テイオーちゃんっ? 

 大丈夫……っ?」

 

 

 心配してくれる声が意識の底に引きずり込まれていた僕を呼び起こす。

 

 

「ごめんなさい、マックイーンさん。

 僕はもう大丈夫です」

 

 

「本当ですか……? 

 本当に大丈夫ですか?」

 

 

「大丈夫だよ。

 心配かけてごめんなさい。

 マヤノもごめんね」

 

 

「ホントに大丈夫? 

 テイオーちゃん無理しなくて良いんだからね?」

 

 

 二人にこんなに迷惑をかけてしまって申し訳ない。

 表情と声色から本気で心配されてることが分かる。

 優しい友達に恵まれて僕は幸せだ。

 

 いつまでも座りこんだままではいけないので立ち上がろうとするが、力が上手く入らない。

 その様子を見て大丈夫?と、また心配されてしまう。

 

 

「あの……すみません。

 立つのを手伝って貰うことは出来ないでしょうか……?」

 

 

 大丈夫と言ったそばから情けないが仕方ない。

 マヤノとマックイーンさんが片手づつ引っ張って立たせてくれる。

 

 

「テイオー、心も体も相当疲れているでしょう? 

 今日はもう寝て下さい。

 見てるだけでハラハラしますわ。

 ……あと、さっきから心の声が漏れてましたわよ」

 

 

「え……?」

 

 

「そうだよ、テイオーちゃん! 

 テイオーちゃんなんかいつもより表情が顔に出てて、めちゃくちゃ疲れてる顔してるのにさっきまで少し笑ってるから怖かったよ! 

 今もなんか清々しい顔してるし、思ってたより情緒不安定だったんだね」

 

 

「え……!?」

 

 

 明かされた衝撃の事実。

 僕がギャグ漫画にいたら驚きのあまり目が飛び出ているだろう。

 それに追い打ちをかけるように僕のお腹からぎゅるるる〜と音が出た。

 恥ずかしすぎてこの現実を見つめることが出来ない。

 するとマヤノに手を掴まれる。

 

 

「テイオーちゃん! 

 ご飯、食べに行こっか!」

 

 

「ソ、ソウデスネ」

 

 

 ボロボロな僕には圧に耐えきれず、条件反射で頷く。

 

 

「じゃあ、わたくしはこれで失礼しますわ。

 テイオー、また明日、コミュニケーション力が弱くて元気ないつものテイオーを待っていますわ」

 

 

 全く、一言余計なお嬢様だ。

 僕も好きでそうなっている訳ではないんだぞ。

 でも、普段通りに振る舞って日常に戻そうとしている心遣いがとても沁みる。

 

「ありがとうございます、マックイーンさん。

 また明日」

 

「ええ、また明日。

 おやすみなさい、テイオー」

 

 

 

 因みに食堂に滑り込みギリギリセーフで晩ごはん食べていた僕は、食べ終わった後、待ち構えていた寮長にこれで2回目だよねと言われ、3回目は無いって圧をかけられてしまった。

 

 マヤノに助けを求めるも、悪いのは全部テイオーちゃんだから仕方ないでしょ! と、正論で返されてしまった。

 

 はい……おっしゃるとおりです……



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

1%

 僕は今日も今日とて生徒会室に遊びに来ていた。

 

 

「テイオー、私との模擬レースだが入学式や始業式が一段落してからでも良いか?

 その後なら私にも時間の余裕が出来る」

 

 

「はい、分かりました。

 それまでに頑張って仕上げますね」

 

 

 あと2ヶ月とちょっとぐらいか。

 長いようで短いので今からちょっとずつ仕上げていかないといけないな。

 

 

「そうか。

 ……テイオーがあまり練習していないと風のうわさで聞いたが、大丈夫か?

 何かあったのか?」

 

 

「大丈夫だよ、会長。

 逆に今までの量がおかしかったんだ。

 今はちょっと少なめだけど、

 マックイーンさんに言われちゃってね。

『このままだと貴女、身体壊しますわよ〜』って。

 僕もちょっと色々見直してるんだ。

 会長とはドリームシリーズで戦いたいからね」

 

 

「良い友達を持ったなテイオー。

 テイオーにもそんな友人が出来て私もとても嬉しい」

 

 

「ははは……」

 

 

 その言葉に思わず乾いた笑いが出てしまう。

 まるで僕の父親みたいだ。

 会長と話していると机に置いてあった新聞が目に入る。

 

 

「チームスピカ……レースに勝ってもこの有り様……ふふっ」

 

 

 ダメダメなスペ先輩を見て笑う。

 多分、デビューかな?

 ちょっと前に転入後にする案内をしたはずだから、そんなダンスを覚える時間は無かっただろう。

 

 

「テイオー、貴様もちゃんと踊れるんだろうな?

 仮にもこうやって生徒会室に居候しているのだから踊れてもらわないと困るぞ」

 

 

 さっきまで話に交ざってこなかったエアグルーヴさんが小言を混ぜてくる。

 きっと、授業のレッスンであんまり真面目に受けてないのがバレているのだろう。

 それにはこちらも対抗札がある。

 いかにも凄そうな実績で黙らせてやろうじゃないか。

 

 

「自慢じゃないけどダンスなら自信はあるんだ。

 ウイニングライブも勿論覚えてる。

 なんていったって僕は近所のゲーセンのダンスゲーのスコアトップを総ナメしている"TEIO"さんだからね」

 

 

 物語だったら"デデーン!!"と効果音が付きそうな感じで胸を張って言う。

 うーん、凄さが分かりにくかっただろうか?

 

 

「ダンスゲームのことは私はよく分からないが、テイオーなら大丈夫だろう。

 まぁ、何だ。

 少し大目に見てやってくれ、エアグルーヴ」

 

 

「はぁ、会長が言うなら……」

 

 

 凄さがあまり伝わらなかったようで少し悲しい。

 そしてこの言い方、会長にもバレてそうだ。

 でも助け舟を出してくれて何とか助かった。

 

 

「それにしても、この状況はいかんな。

 学園のウマ娘たる者、ウイニングライブを疎かにするなど言語道断、学園の恥だ。

 ウイニングライブは応援してくれた観客への恩返しでもあるのだからな」

 

 

「……おぉ〜!!」

 

 

 会長が皇帝らしいことを言ったので思わず声と拍手が出てしまう。

 さっきの僕のよりも威厳がある。

 

 

「こ、こらテイオー。

 私は真面目に言っていたのだからあまり茶化さないでくれ……」

 

 

 会長が照れくさそうにそう言う。

 別に茶化していたつもりは無かったが。

 

 

「いや、会長がとっても格好良かったので……」

 

 

「それは嬉しいが……いや、何でも無い。

 それはそうとそのウイニングライブの件でこれからここで会議なのだ。

 すまないが、テイオー……」

 

 

 会長が時間を確認すると何やらこの後、ここで会議の予定があるそうだ。

 何をすれば良いのか察す。

 

 

「じゃあ、僕は失礼しますね」

 

 

「あぁ、ありがとうテイオー。

 また、何時でも来い」

 

 

「言われなくとも」

 

 

 そうカッコつけて生徒会室を華麗に去ろうとするが、中に鞄を忘れていたことを思い出し、すぐに戻ると締まらないなと二人に苦笑されてしまった。

 カッコつけたいお年頃なんですから許してと思いつつ、次こそは退室する。

 

 

 

 

 それにしても生徒会に呼び出されて会議なんて凄いな。

 普通そこまで注意されることなんてないだろう。

 良くも悪くもスピカというチームが結果を残したからだろう。

 

 ウイニングライブは練習しても踊れないウマ娘の方が多い。

 結果が中々残せないと自分なんてどうせ踊れないなんて考えて練習しなくなってしまうウマ娘もいるらしい。

 因みにそうやってウイニングライブの練習をしなくなったウマ娘が勝った例はたったの1()()も無いという噂だ。

 残酷だが興味深い話の1つだ。

 恐らくだが、精神でパフォーマンスが変わるウマ娘にとって、そうなるともう満足の行くパフォーマンスは出せないのだろう。

 

 マヤノも練習してないっぽいが、あの天然天才ちゃんは何か目標やライバル、チームやトレーナーが出来ればすぐに化けるだろう。

 マヤノと僕は真逆だ。

 とにかく才能の暴力のマヤノと努力で基礎ステータスを上げている僕。

 僕はボクによって翼への手がかりを手に入れたが、マヤノには地を踏みしめる足が必要だ。

 それを手に入れるきっかけがあるだけでバケモノになるだろう。

 それにダンスは一緒にゲーセンに行ったときにちゃんと踊れていた。

 心配するのも野暮なことだ。

 

 ……ダンスゲームはちゃんと僕が勝った。

 流石に初心者には負けられないって。

 

 

 さて……自分で決めた練習開始時刻まで少し時間が出来てしまった。

 前までならさぁ走るぞーのテンションだったがどうしようか。

 ここまで学生らしいことはあまりしていないし何か挑戦するか?

 いやそもそも学生らしいことって何だ?

 伊達に今までどの人生でも私生活は諦めてきただけあって僕にそういうことは分からないぞ。

 ねぇ、ボク。君は分かる?

 

『え、いきなり聞かれても分かんないよ』

 

 そりゃそうか。

 ボクもそういうことは分からなそうだし。

 いや、ここはゲーセンに行って音ゲーのスコアを上げに行くか?

 ダンスゲーはトレーニングを減らしていた先週一週間、トレーニング後に通い僕の天下になった。

 そして次にってことで新しい媒体に手を付けてみたのだ。

 だがそれでも良いかもしれないが、トレーニングをする時間帯がズレてマックイーンさんに心配されるかもしれない。

 どうしようか……

 

『暇ならトレーニングコースで他人の走り見て研究しよ!

 ほらほら、ボク以外にも才能があるウマ娘は沢山いるんだから何か参考になるかもしんないでしょ?』

 

 そうは言っても、見ても自分の身体で上手く出来ないよ?

 だってまだ君の走りすら出来て無いじゃないか。

 僕にはそういう才能もあんまり無いと思うんだけどなぁ。

 

『も〜、ネガティブすぎ。

 もうちょっとポジティブに行こうよ!

 知識が増えればそれだけ良いってカイチョーも言ってたし!』

 

 そんなこと言ってたっけ?

 

『いーのいーの!

 それにチームもちゃんと入ってよ〜。

 僕、このままじゃ絶対に入らないでしょ?』

 

 痛いところを突いてくるなぁ。

 チームを探すと言ったは良いが、正直今から新しいところを見に行く予定は無い。

 だからといって何処に入るとも決めていないどっち付かずな状態だ。

 このままだと何処にも入らないままデビュー前になって焦ることになりそうだ。

 

 ん?それならマックイーンさんは大丈夫なのだろうか?

 まぁ、あのヒトは名門のメジロ家だし何とかなるだろう。

 普通に速いし、スカウトされても断っているだけだろう。

 そうであって欲しい。

 実はコミュニケーションに難ありっていう理由で避けられてたら可愛そうがすぎる。

 

 僕も思ってたよりスカウトが来ないのは自意識過剰だったのか、性格に難ありと判断されたのか、はたまた別の理由か。

 結局のところどんな理由でもしつこい勧誘は無いのは助かっている。

 

『助かっている〜じゃなくて、入ろうね!』

 

 だそうだ。『も〜』……はいはい、ちゃんと決めますよ。

 

『にっしっし……言質は取ったからね!

 入るまでボクは走るの手伝いませんよ〜っと!』

 

 地味に困りそうなことを決めてくるが、何処かに所属してしまえば良いだろう。

 

『てことで早速ウマ娘観察だ〜!いっくぞ〜!』

 

 何やら言い方が怪しい人だが、まぁ行きますか。

 たまには他のヒトのことを見るのも良いだろう。

 どうせなのではちみーを買ってからトレーニングコースに行く。

 学園生活を満喫するヒトたちを眺めながらドロドロで甘々なはちみーを、口の中で舌に絡ませる。

 はちみー、お前だけだよ。僕にいつでも幸福感を与えてくれるものは。

 僕も僕なりに学園生活を満喫しているはずだが何故か敗北感が胸の奥から湧き出てくる。

 

 

 トレーニングコースに行くと学園の正門付近とは周りのヒトたちの様子が変わってくる。

 楽しそうにしているがその目には狂気が少し混じっているように視える。

 何処かイカれているやつからこういう世界では勝ち上がっていく、そのことが良く分かる空間だ。

 練習量が成果に直結するとは限らないことは実体験しているが、成果は練習量が無いと表れない。

 そんな世界だからこそ途中で諦めるやつは五万といるし、そういう奴は元々その世界には向いていない。

 その世界に適応しているのは、ただただその世界で上を目指していることが楽しい馬鹿か、自分の才能を信じて止まず努力したら勝てると分かっている自意識過剰のナルシストの馬鹿か、才能なんて無いことはとっくに分かっているのに夢を捨てきれない救いようのない私みたいな馬鹿だ。

 勝負の世界では馬鹿にならないとやっていけない。

 この馬鹿は別に頭の良し悪しの話じゃない。

 勝負のために自分の全てを懸けられるか?って話だ。

 

 勿論いつでもそんな勝負をする訳ではない。

 そんなことをしていたら身体は()()()

 でも、絶対の大一番。

 ここぞという時に相手は当然のように全てを懸ける。

 こちらが何も失わずに同じ土俵に立てる……なんて甘い話は無い。

 ここにいるような()()()()達は、当然のように全てを懸けてしまう馬鹿で、救いようのないぐらいこの世界に入り浸っている狂人達だ。

 

 こういうやつらは()()

 そしてここまで来ると実力は努力が九割以上を占めている。

 そしてかの発明王も言っていた、とても残酷な世界の真理だといつも僕が信じてやまない言葉がある。

 

【天才とは、1%のひらめきと99%の努力である】

 

 凄い言葉だ。

 たったの1%で全てが変わる。

 その1%をどう埋めるか。

 才能、環境、師、運……などなど。

 何によって天才に変わるかはヒトそれぞれだが、努力だけではたどり着けないなにかがそこには存在する。

 どんなに努力を積み重ねてもひらめきさえ無ければただの努力家で終わりだ。

 

 努力家だって凄いだろう?そう思うやつらもいるかもしれない。

 

 

 

 だが努力しているやつらは、僕たちは()()になりたいんだ。

 なりたかったんだ。

 

 

 

 まぁ、いいや、ここまで色々と考えてきて思うことは一つ。

 

 牙を磨かない猛獣なんていない(努力していないやつは真の天才にはなれない)ってことだ。

 青空が広がるコースの外れの丘にポツリと座りはちみーを舐めながらコースを見る。

 普段周りなんて気にしていなかったが僕以外にもかなりの数のヒトが走ってるんだなって思った。

 見たことあるような有名なヒトもいる。

 あ、マックイーンさんもいる。

 あのヒトこんなに早くからやってたんだな。

 相変わらずあの人も努力家だ。

 名門(メジロ家)の名に恥じぬようにいつも必死で、優雅で、ちょっと抜けてるところもあるけど優しいヒト。

 だからこそかその目にはしっかりとした目標が視えている。

 いや、目標に縛られているのかな。

 そんな事は気にせずに自由に飛べるような翼があれば良いのに。

 まぁ、ヒトのことは言えないか。

 

 走り方は僕から見た感じではとても理想的だ。

 きっと小さい頃から厳しいトレーニングで教わってきたのだろう。

 なにか物凄く特徴的なことは無い、ごく普通でなんの面白味もないただただ理論的に良いとされる教科書どおりの走り方。

 だが、それをやるのは難しい。

 皆走っているとどうしても癖が出てくる。

 そのことがプラスになるかマイナスになるかはヒトそれぞれだが、あそこまで癖を減らしているのは間違いなく狂気の沙汰だ。

 ブレもなく規則正しい、長距離を走るのにとても大切なことだ。

 

「メジロ家の方針として天皇賞が最優先でございますので」

 

 前にそう言っていた。

 天皇賞は春と秋で2回あり、そのうち春はG1の中で距離が最も長い。

 間違いなくそれを取りに行くような走りを教えられてきたのだろう。

 

 生まれながらにレールを敷かれ、それに従って生きていく。

 辛くなったり止めたくなったりしなかったのかな?

 逃げてばかりだった僕とは大違いだ。

 

『僕も辛くても向き合っているでしょ?』

 

 そうかもしれないけどそうじゃないんだ。

 あのヒトは生まれたときから家柄でその道が決められていたんだ。

 後から選んで地獄に足を踏み入れた僕とは違う。

 

『ふーん、そんなものなんだ。

 でもボクはあんまりそうとは思わないけどね。

 やっぱり僕とマックイーン、結構似てるところあるんじゃないかな?』

 

 マックイーンさんも言ってたな。

 どうしてだろう。

 

『まぁ、そこは自分で見つけなきゃね。

 僕もボクだからいつか気づくと思うけどね』

 

 何だよ、その言い方は。

 

『ふーんっ!

 それよりもさっきからずっ────と、マックイーンのことしか見てないじゃん。

 ……もしかして〜、マックイーンのこと好き?』

 

 そりゃあ、好きだよ。

 会長と同じぐらい……まではまだ行かないけど、ヒトとして好き。

 面白くて優しいヒトだよね。

 あんなに優しくしてもらってて嫌いになるほど、性格ひねくれてないと思うけど。

 

『うーん、そーゆーことじゃ無いんだけどなぁ……

 まぁいいや!それより改めてマックイーンの走りを見て何か学んだこととかないの?』

 

 結構いつも見てるからそんな新しい学びはないかな……。

 でも、再確認したな。

 僕にとって長距離は今のままじゃシニアはともかくクラシックでも苦しいかもね。

 

『だいぶスタミナも増えてきたけど?』

 

 うん、それでもマックイーンさんみたいなステイヤーが出てきたら今の僕には勝てそうにない。

 走りの完成度を上げないと無駄にスタミナを使って、元々燃費の悪い僕なんて一瞬でスタミナ尽きちゃう。

 

『ホントに難儀な身体だよね〜。

 もうちょっと長距離に適正があれば良かったのに……』

 

 そう普段の僕のように嘆くボクには何処か思い出が詰まっているようだ。

 でも、そんなことを今更嘆いてもしょうがないじゃないかとも思う。

 今どうにか前に進むために頑張るしか無いじゃないか。

 

『ははっ、僕に励まされちゃった。

 と言っても頑張るのは君なんだけどね』

 

 本当だよ。

 寝転がり、一面に広がる青空に手をのばす。

 この大空を飛べるような翼が、どんなに泥水を啜っても、どんなに辛い地獄に行ってでも手に入れられるなら、僕は何でもしようじゃないか。

 まだ羽根の一枚も付いていない骨格しか無い翼だが、いつか飛び立ってやる。

 

『お〜!かっこいい、その言い回し!

 でも蠟で作るのは無しだからね!

 今は大丈夫でも太陽(皇帝)に近づけば溶けちゃうでしょ?』

 

 中々ユニークなジョークを言うなぁ。

 僕は前世の私(イカロス)のようにはならないようにしないとね。

 

 おっと、マックイーンさんが僕の方に向かってきた。

 客観的に考えると僕がストーカーっぽくて昔と立場が逆になっちゃったな。

 マックイーンさんがここまで登ってくると斜面に寝転がる僕の隣に座った。

 

 

「テイオー、今日は早いですわね。

 それにしてもこんな所に寝転がって何をしていたのですか?」

 

 

「今日は生徒会室から会議だからって追い出されちゃって……。

 今は……えっと……空!空を見てたんだ!」

 

 

 コミュ弱者な僕がマックイーンさんを見てましたって言える訳がない。

 それを言うのは流石に恥ずかしい。

 

 

「ふ〜ん、怪しいですわね。

 それにしてもテイオーが空を眺めていたとしたら、だいぶ変わりましたね。

 今までは空なんて眺める余裕なんてない様子だったでしょう?

 余裕を持つことは大切なことですわ。

 余裕がありすぎても駄目ですが」

 

 

 凄く良いことを言った後に毒を混ぜないと生きていけないヒトなのかなぁ。

 一種の照れ隠しかなんかだと思うようにしよう。

 青空の下、二人っきりでこうして坂に座っている、なんだか青春してるみたいだな。

 

 

「マックイーンさん、いつか勝負しましょう」

 

 

 そんなんだから青春っぽい、ちょっと前から考えていたことを言う。

 一年違いだから自然とレースで戦うことにもなるだろう。

 だが、自分から宣戦布告したかった。

 

 

「随分と突然ですね。

 ですが、良いでしょう。

 わたくしもいつか貴女とは戦いたいと思っておりました。

 いつかと言わず、今からでも良いんですよ?」

 

 

「ちょっと今からは遠慮しておこうかなぁ……って」

 

 

「ふふっ、分かっております。

 ちょっとした冗談ですわ。

 今の貴女は以前より弱そうですし、貴女が調子を上げてきたとき、わたくしのそのとき持てる全力で叩き潰してあげますわ」

 

 

 言葉遣いがなんかお嬢様から離れてきてる気がするなぁ……。

 

 

「もちろんこっちもそのときは全力で行きます。

 何ならマックイーンさんの得意な長距離でも良いです。

 まだ、模擬レースで長距離なら負け無しなんですよね?

 僕がマックイーンさんに勝つ一人目になってやりますよ」

 

 

「それなら私も貴女の得意なマイル中距離でも良いですわよ」

 

 

「……え、僕勝っちゃいますよ?」

 

 

「な、なんですの!?

 その"距離が短くなったら僕が勝っちゃいますけど良いんですか?"みたいな顔は!

 良いですわ!テイオーの言うとおり長距離で戦って正面からボコボコにしてやりますわ!

 貴女こそスタミナが足りなくていつも重点的にトレーニングしてたのは分かっております。

 距離が伸びれば伸びるほどわたくしの有利になることは自明ですわ」

 

 

 正論パンチをモロに受けるが関係ない。

 逆にそこで勝たなければならないのだから。

 

 

「それに勝ってこそ、頂点にまた近づくから。

 マックイーンさん、あなたは僕が超えなきゃならないウマ娘の1人です。

 しっかり勝ちますよ」

 

 

 さっきまでのおちゃらけていた雰囲気から一転、少し真面目に話す。

 それに合わせてマックイーンさんも顔を少し引き締めた。

 

 

「望むところですわ。

 その時にはわたくしももっと強くなっておりますので、覚悟しておくことをオススメしますわ」

 

 

 二人で固く握手をして、そう約束した。

 

 

 この日、ちょっとしたなんてことの無いような約束をした。

 ライバルだって自覚し始めたのはこのあたりからかもしれない。

 

 

 僕も走ろうと思いマックイーンさんに着替えてきますと伝え、更衣室に向かおうとしていると道端に人が倒れていた。

 

 そこにいたのは、恐らく会長たちに色々と言われてボロボロになった、今話題のスピカのトレーナーの沖野さんだった。

 

 

「えぇ……っと大丈夫ですか?」




宣伝
息抜きで書きました。こちらも是非良かったらどうぞ
超光速の粒子と黎明卿っぽい人【一話完結】
https://syosetu.org/novel/269846/

作者Twitter
https://twitter.com/Furansosky?t=uhe8mA1YbKNvDYcx3jWxdg&s=09


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

経験

「えぇ……っと大丈夫ですか?」

 

 道に倒れている沖野さんに声をかける。

 するとゾンビのように顔を上げてこちらを見てきた。

 軽くホラーだ。

 周りのウマ娘からも避けられているし大丈夫か?

 

「よ、よぉ……トウカイテイオー。

 どうした?」

 

 どうしたってこっちのセリフですけども……。

 倒れている沖野さんに手をのばす。

 

「ほら、立ってください。

 周りから迷惑がられていますよ」

 

「わりぃな。……よっと。

 それでどうした?」

 

「どうしたって……。

 たまたま知ってる人が倒れていたから助けただけですけども……。

 そんなにウイニングライブのことで言われたんですか?」

 

「お前何でそれを……って、お前は生徒会のやつらと仲良かったな。

 まぁ、そんなところだ」

 

「それで、どうして倒れていたんですか?」

 

「いやぁ……ちょっと精神的に参っちゃっててな。

 上向いて歩いてたらそこの段差に足引っ掛けちまったって訳だ」

 

 指で指す方には確かに段差があるが、なんとも信じがたい。

 普通それであんなに倒れるか?

 いや、実際なっているんだが(現実逃避)

 

「会長かなり怒ってそうでしたからね。

 でも教える時間とかなかったと思いますし、あんまり気にせず次踊れるように練習したら良いんじゃ無いんですか?」

 

「そうしたいところはやまやまなんだが、俺はダンスを教える事は出来なくてな」

 

『ねぇねぇ……ここで恩を売って後で返して貰おうよ!』

 

 ちょっとボク、それはヒトのやることか?

 困ってる人に一方的に恩を売りつけて後で返してねは流石に気が引けるっていうか……。

 

『じゃあ恩を売らなくても良いけど、助けてあげたら?』

 

 コミュ弱者の僕が人に教えられるかな……。

 

『も〜!勇気出さないと一生弱いままだよ!』

 

 そうなんだけどさぁ……。

 

「『それじゃあ、ボクがダンスを教えてあげましょうか?』」

 

 おい、おい……!おいおいおい!!

 人の身体で何やってくれてるんだよ!

 しかも僕に寄せるなよ、まるで僕が言ってるみたいじゃないか!

 

『だってだって〜、ボクの身体でもあるわけだし〜!

 じゃあ、頑張ってね〜!』

 

 え!え?えっ!?

 頑張ってね〜、じゃあ無いって!!

 

「えっと……そのですね……」

 

 何とかさっきの発言を誤魔化してどうにか無かったことにしようと咄嗟に考えるが、別に教えても良いのではないかと考える。

 ダンスは一応得意の部類に入るだろう。

 

「……良いのか、トウカイテイオー?

 お前、あんまりそういうの得意なタイプでは無いだろ?」

 

 沖野さんも僕のことはよく分かっているみたいなので、目では喜んでいるが顔と声は心配してくれている。

 どうしようか、下を向いて悩みこんでしまう。

 ここでやっぱ無しと言えばこの話は無しになるだろうが、そうしてはボクの言うとおり成長も無いだろう。

 

「うっ……えっと……やります」

 

 あー、言ってしまった。

 確認されて諒解したらもう引けない。

 顔を上げて沖野さんの顔をみたら、これまで見たことがないようなレベルの笑顔をしていた。

 

「良いのか!?本当に良いんだな!」

 

「え、えぇ……」

 

 小さく頷く。

 

「ありがとう!

 代わりに俺に出来ることがあったら何でも言ってくれ!」

 

 何でもなんて簡単に言うものじゃないんですけど……。

 まぁ、何か頼むこともあるだろうし

 

「その約束、覚えておきますね。

 じゃあ、日程とかは……

 

 

 ────────

 ──────

 ────

 

 

「テイオー、さっきは戻ってくるまで遅かったですが、何かあったんですか?」

 

 トレーニングを終え、夕陽に照らされた帰り道での会話で、さっきのことが話題に上がった。

 沖野さんと日程と場所を決めて連絡先を一応交換して、そこから着替えたので時間がかかった。

 

「人助けをしてました。

 知り合いだったので見捨てられなかったので。

 あと、そのまま話の流れでダンス教えることになったんですよ」

 

「へ〜、テイオーがダンスを。

 しっかりと教えられますの?

 貴女がダンスを出来るのは知っておりますが、ヒトに教えるところは想像出来ませんけど……」

 

「うっ、……何とか……なりますよね?」

 

「全く、何で貴女が疑問形なのですか?

 出来るから引き受けたのでしょう?」

 

 そうなんだけれども……。

 

「テイオーなら大丈夫、自信を持ってやれば絶対に大丈夫ですわ。

 堂々と自分が一番素晴らしい、どんな相手でも負けないと思いながらやれば良いのです」

 

 胸に手をあて、そう語るマックイーンさんはとても風格があった。

 

「自信……」

 

「ええ、そうです。

 自分が今まで積み上げてきた経験、実績、努力。

 その全てが自信へと繋がり、それが今を進むわたくしたちの背中を押すのです」

 

 僕を見るマックイーンさんの顔には確かな自信が見て取れた。

 多分、マックイーンさんもそうやって生きてきたのだろう。

 

「えへへ、なんかダンスを教えることっていう結構ちっぽけなことなのに、凄く良い言葉貰っちゃいました」

 

「皆にとってちっぽけなことでも貴女にとっては大きなことだと思ったからですわ。

 あまり自分から他者と関わらない貴女が誰かに物を教えるのは、とても大きいことになるのではないでしょうか?」

 

「うん、そうかも……。

 よし!僕は最強のダンス講師だ!

 素人だろうと僕が教えれば、誰でも全員踊れるように出来る!」

 

 夕日に向かって叫ぶ。

 なんか"青春"って感じがしていいな。

 喉に乾いた空気が通り、その後温かい空気が染み渡る。

 最近暖かくなったと思ったが、まだまだ春は遠そうだ。

 

「その意気ですわ、テイオー。

 貴女ならやれます、応援しておりますわ」

 

「ありがとう、マックイーンさん」

 

 僕ってば、マックイーンさんにはいつも助けられてばっかりだな。

 いつか僕が助けてあげれるときが来たなら、それまでの恩を絶対に返そう。

 

 ────────────

 ────────

 ────

 

 

 そんなこんなでダンスを教える当日になってしまった。

 場所は近くにある僕もたまにマヤノと来るカラオケで、部屋は沖野さんが予約してくれている。

 部屋集合ということになっているので、沖野さんから送られてきた部屋番号に店員さんに予約した沖野ですけども……と、言って案内してもらう。

 ドリンクバーも付けてくれていたようで、メロンソーダをコップいっぱい注ぎ、溢さないように気をつけながら部屋に入る。

 ダンスを練習するということもあり、予約してあった部屋は広い。

 そこに一人ぽつんと座っているのはどうも落ち着かない。

 なんか緊張してくるな……。

 

 取り敢えず沖野さんに着いたと連絡しておこう。

 メッセージを送るとすぐに既読が付いた。

 そしてちょっとすると向こうからもメッセージが来た。

 〘もう少ししたら着くのでからカラオケでも楽しんでおいてくれ〙……とのことだ。

 向こうのほうが人数も多いし、僕も集合時間より少し早めだからまぁそんなものだろう。

 緊張を薄めるためにも言われた通り、カラオケを楽しもう。

 

 曲は……適当にウイニングライブ曲から選ぶか。

 カラオケのメニューからジャンルを押し、前世には存在しないジャンルのウイニングライブを押す。

 えっと、どれにしようか。

 じゃあ【winning the soul】にするか。

 クラシック三冠レースのライブ曲ってこともあり人気曲の一つだ。

 予約してから採点を入れてなかったことに気づき、演奏終了して採点を入れてからもう一度履歴から予約する。

 ソファーから立ち上がり歌う体勢に入る。

 歌うときは座っててもいいが、やっぱり立ってたほうが上手く歌えると思う。

 前奏が始まった。

 カラオケをやっていて採点のときを超えて個人的に一番ドキドキするところだ。

 上手く入れるか本当に心配になる。

 いきなり歌い始める系の曲の前のほんの少しのところなんて特にそうだ。

 でも、練習する度にだんだん慣れていく。

 

 音程を画面に表示されるラインに合わせて歌う。

 自然と身体も動いてくる。

 音楽は世界を救うってよくテレビとかで言ってたけど最近なんとなく分かるようになったかもしれない。

 

 歌い終わって得点が表示される。

 点数は……93点か。

 一発目ってこともあり普通に凄いはずなのに、最近ではマヤノと歌いに来るときはお互い95以上を何事もないように出しちゃうので感覚がおかしくなってきてしまった。

 マヤノと二人で勝負すると何でも最初はお互い初心者なのだが、マヤノは一瞬でコツを掴んで上手くなるし、僕はマヤノを見て技を盗むので勝負のレベルが上がるのが早い。

 

 気を取り直してもう一回歌うか。

 メロンソーダを一口飲んでから再度予約する。

 このとき、一人カラオケの強みは何度も同じ曲を歌っても恥ずかしくないところだなと思った。

 マヤノと来ると、マヤノは色々歌うのでこっちも色々歌わないといけない気持ちになる。

 ……あれ?僕、今のところマヤノとしかカラオケ来てない……?

 ま、いっか!

 

 そんなことはさておき曲の方は進んでいき、ラスサビに差し掛かったあたりで後ろから扉が開く音がした。

 そっちの方を向くとスピカのメンバーたちが入ってきていた。

 賑やかなチームのはずだが静かにしているので、曲が終わるまで話しかけるのを待ってくれているようだから、最後まで気持ちよく歌い終わらせる。

 点数が出てくる。

 今回は……97点と、結構調子が出てきたな。

 後ろの方でおーと歓声が上がってくるのでなんだか恥ずかしい。

 

「と言うわけで、今日のダンスを教えて貰えることになったトウカイテイオー先生だ。

 今日はうちのメンバー達を宜しくお願いします!」

 

「「「「宜しくお願いします!」」」」

 

 沖野さんが僕が歌い終わったことを確認して練習開始の挨拶をする。

 

「え〜……僕は教えるのは慣れてませんが、ダンスでは最強だと自負しているので皆さんを人前に出しても恥ずかしくないレベルまで教えます!一応そういう約束なので……

 宜しくお願いします」

 

 なんとも締まらない僕の挨拶から練習が始まった。

 

 

 ────────────

 ────────

 ────

 

 

 プルルルル!プルルルル!

 

 部屋にカラオケ特有のあの電話の音が鳴り響く。

 ってことはそろそろ時間か。

 沖野さんが受話器を取ってくれる。

 

「おーい、お前ら。

 帰る準備するぞ〜」

 

 と、言ったので皆で帰る準備を始める。

 

 はぁ、慣れないことをして疲れた。

 僕はちゃんと教えることが出来ただろうか。

 一つ一つの曲を教えるのは流石に不可能だと分かっていたので、一番歌う機会が多くてリズムの取りやすい【Make debut!】で基礎を中心に教えた。

 これが出来れば他の曲を練習するときにも早く上手くなれるポイント的なところを重点的にやった。

 皆、練習をあまり出来てないだけで飲み込むのが割と早かったので、教えている側としては上手く伝えられている感がとてもあって教えやすかった。

 すると後ろから肩に手を回された。

 

「テイオー、今日はサンキューな」

 

 声の主の方を向くとゴールドシップさんがめちゃくちゃ笑顔でこっちを見ていた。

 

「僕、ちゃんと教えられてましたか?」

 

「おうよ!

 テイオー、アンタのおかげでゴルシちゃんはハイパーゴルシちゃんに覚醒出来たんだからな!」

 

 ハイパーゴルシちゃんがどれほど成長したのか全く分からないが、とにかく役に立てたようだ。

 

「なぁ、テイオー。

 うちのチーム入んねぇか?

 アタシが言うのもあれだが、案外いいチームだぜ?

 それにテイオーにも結構あってると今日見ててアタシは思ったけどな!

 無理にって訳でもねぇし、むしろ入りたくねぇならアタシからトレーナーにそれとなーく伝えておくから、ちょっと頭の片隅に置いといてくれねーか?」

 

 ゴールドシップさんからチームのお誘いがくる。

 このチームは良く纏まった良いチームだと僕も思う。

 このメンバーが集まったのは沖野さんと一番最初に会ったときより後ってことになるからかなり最近の話で、上手く纏まってるのは沖野さんの腕だろう。

 最初は入る気も一切無かったが、今はリギルじゃ無かったら?って聞かれたらスピカって答えるだろう。

 何より練習が自由な感じが僕がチームに入らなかった理由を打ち消している。

 

「おーい、テイオー!

 今はそんなに考えてないでさっさと行かねーと皆に置いてかれちまうぞ。

 真剣に考えてくれることは嬉しいけど、そんなにすぐに答え出さなくても良いんだからな〜」

 

 黙り込んでしまった僕にそうやって言ってくれる。

 このヒトも見かけによらず良いヒトだな。

 そう思ってるとゴールドシップさんが肩に回していた手で僕の腕を引っ張り、皆の下まで連れていかれた。

 

「よっ!今日の一番の功労者だ!

 皆、褒め讃えてくれてやってくれ〜!」

 

 そう言って僕を皆の前に放り出す。

 

「テイオーさん!今日は本当にありがとうございました!

 私、今までダンスなんてやったこと全然無くて……。

 でも、数時間でほんのちょっと形にはなったと思います!

 それは本当にテイオーさんのおかげです!

 ありがとうございました!」

 

「サンキューだぜ、テイオー!」「今日はありがとう!」

 

 皆から感謝されて恥ずかしくなって顔を逸らす。

 ふと、マックイーンさんの言葉を思い出した。

 自分が今まで積み上げてきた経験、実績、努力、その全てが自信へと繋がり、それが今を進む僕たちの背中を押す……か。

 こうして皆に感謝されるのもまた、僕の背中を押してくれているのかもしれないな。

 

「僕も今日はとっても良い経験になりました。

 本当にありがとうございました」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

スピカ

いつもより短めですが本編どうぞ


《勝ったのはスペシャルウィークだぁぁああ!!!!》

 

 もうすぐでまたレースの時期になるということでウマ娘たちやその関係者が盛り上がり始める中、僕は皐月賞の前哨戦、弥生賞を観に来ていた。

 凄い盛り上がりだ。

 皐月賞と同じコース、同じ距離であり、優先出走権も手に入れられるレースということもあるだろう。

 ここで皐月賞に誰を応援するか決める人もいると思う。

 

 僕が来ることとなったきっかけは、ちょっと前に食堂でゴールドシップさんと鉢合わせたときのことだ。

 

 ────────────

 ────────

 ────

 

「よぉ!テイオー!」

 

 午前の授業が終わり昼食を一人寂しく食べに行こうとしているときのことだった。

 食堂に入ろうとすると僕を待っていたと思われるゴールドシップさんがいた。

 

「あ、ゴールドシップさん、えっと、そのまだチームのことは……」

 

 前に貰ったチームの誘いの返事を聞きに来たのかと思い、まだ答えを出せていない僕はそのことを正直に伝えようとする。

 

「違う違う!今日はそのことじゃねぇんだ!

 週末にスペのレースあるんだけど、一緒に観に行かねぇか?

 スペのやつが練習の成果を見せたいって言っててな」

 

「それって僕も付いていって良いんですか?」

 

 今週末は特に予定は無い。(今週末どころか週末に予定などほぼ無い)

 スペ先輩のお願いでもあるので断る理由なんてないため、一緒に行けるなら一緒に行きたい。

 それにレース場で生のレースは入学してから観に行ってないので、レース場の雰囲気を感じてみたい……ってことも少しだけあった。

 

「あったり前だろ?

 じゃあ、テイオーも行くということで良いな!

 ほれ、アタシの連絡先。

 細けえことはここで後から伝えるからよろしく頼むぜ!

 じゃあな!チームのこと考えててくれて嬉しかったぞ〜!」

 

 何処からともなく取り出した紙にはQRコードがプリントされていて、それを手渡されると物凄い勢いで何処かに行ってしまった。

 多分、このQRコードを読み取ると何かしらの手段でゴールドシップさんと連絡が取れるんだろうなぁ……。

 そう思って昼食後に読み取ってみるとただただ普通にLANEの友達登録画面が出てきた。

 名前も"ゴール・D・シップ"とそのまんまだったので迷わず登録しておいた。

 この登録が学園に入ってから3番目だ。

 一番目はマヤノ、二番目は会長。

 ……マックイーンさんは持ってない。

 自分から連絡先聞くのって勇気の必要量が多すぎない?

 

 ──────

 ──────────

 ────────────────

 

 その後、夕方に集合場所と時間を伝えてもらったのでオッケーを出してスピカの面々と一緒に中山レース場に来た。

 観客もかなり入っていて、当たり前だが模擬レースとは全然違った空気だった。

 ウマ娘たちの真剣度合いも、観客からの声援も全く違う。

 もちろん模擬レースでも真剣に走るし、応援も少しはある。

 でも、やっぱり応援の量は段違いで、走る側の意識も明らかに違うように感じた。

 

 レースは終始逃げがペースを掴んで進んでいったが、最後の最後でスペ先輩が差し切って一着になった。

 差しとしての強みが出た完璧な勝ち方だった。

 持ち味を上手く活かした作戦勝ちと言ってもいい。

 

 スペ先輩のウイニングライブも良かった。

 ちゃんと一着の特権であるセンターとして踊りきって、レースの勝者としてステージ上で輝いていた。

 あの輝かしいステージの上に笑顔で立っている勝者の裏には沢山の敗者もいるんだよな……ってふと考えてしまう。

 実際、私はそちら側の一人だった。

 

「テイオー、これからスピカでスペの祝賀会やるが、お前もいっちょ付き合って行かねーか?」

 

 ウイニングライブも終わりスペ先輩が戻ってくるのを待つスピカ一同with僕だったが、ゴールドシップさんからお声掛けを頂いた。

 

「場違いじゃないですか?」

 

 行ってみたい気持ちはあったが、スピカに入ってない僕が行くのはなんだか申し訳ない気持ちになった。

 

「何だよ、冷て〜こと言うじゃねえかよコノヤロウ。

 せっかくのお祝いの場、人数が多いほうが楽しーに決まってんだろ?」

 

「そうよ、それにダンスを教えてくれたのはテイオーじゃない。

 無関係って訳じゃないんだし場違いでも何でもないわよ」

 

「そーだぜ、テイオー。

 お前のおかげでオレたちが踊れるようになったんだ。

 皆、お前に感謝してんだぜ」

 

 ゴールドシップさん以外にも、スカーレットさんとウオッカさんも受け入れてくれそうだ。

 

『ほらほら〜遠慮せず行きたいから行きまーす!って言えばいいじゃん。

 代わりにボクが言っても良いんだよ〜』

 

 流石にそこまで頼ったらヒトとして終わっちゃうから止めて欲しいなぁ……。

 ちゃんと自分の口で言うから。

 

『ボクが言っても自分の口だよ?』

 

 えーと、まぁ、そうなんだけど。

 

「じゃあ、お言葉に甘えて……」

 

「おい!トレーナー、聞いたか!?

 テイオーの分の飯も用意すっぞ!」

 

「はいはい、了解しましたよ」

 

 沖野さんも渋々って感じを出しているが、顔はとても嬉しそうだ。

 サイレンススズカさんもその様子を見て笑っている。

 

「みなさ~ん!お待たせしました〜!」

 

 するとこちらを呼ぶ声が聞こえた。

 声の方を向くと笑顔で手を振っているスペ先輩が走ってきていた。

 皆がお疲れ様とスペ先輩を労っていると沖野さんが「それじゃ、続きは部室に戻ってからやるぞ〜」と言って帰路についた。

 

 マヤノに〔今日は遅くなる〕と連絡するとすぐに〔アイ・コピー!〕と返ってきた。

 寮の方にはウイニングライブまで観るから遅くなるよ〜みたいな感じの届け出はしておいたので、たぶん大丈夫だろう。

 

 ワイワイガヤガヤとスピカの面々がスペ先輩を讃えながら帰る後ろで、ふとここになら入っても良いかも知れないって考えていた。

 それにこんな雰囲気の場所には一度もいたことが無いはずなのに、なんだかとても懐かしい感じがする気がした。

 

 □ □ □

 

「それでは、スペの勝利を祝って……

 かんぱーい!!!」

 

「「「「かんぱーい!!!」」」」

 

 沖野さんの音頭に合わせてみんなで乾杯をする。

 僕も小声で「かんぱーい」と言う。

 来てしまったが本当に来ても良かったのかという気持ちと、呼んでもらえて良かったという気持ちが混在している。

 こうやって楽しく会話しながらご飯を食べるのはいつぶりだろうか。

 いや、マヤノとたまに食べてたし、マックイーンさんとも食べたことがあったな。

 

 会話と食事は止まらず、話題がスペ先輩のウイニングライブの話になった。

 

「今日のスペ先輩のウイニングライブは、教えたことが全部ちゃんと出せていて良かったです」

 

「テイオーさんのおかげです!

 またダンス教えて下さい」

 

 

 あれ……?

 

 絶対に聞いたこと無いはずなのに。

 

 ()()に聞いたこと無いはずなのに。

 

 どうしてだ?

 

 どうしてこんなにも()()()があるんだ……?

 

 

「テイオーさん?」

 

 心配そうな顔つきでこっちを見つめるスペ先輩がいた。

 

「あ、ごめんごめん。

 分かりました、また練習しましょう」

 

 話の途中で止まってしまったから不審がられただろうか。

 別にスペ先輩と練習したくない訳ではない。

 むしろ頼りにしてもらえるのは凄く嬉しいことだ。

 

「ありがとうございます!」

 

「なぁ、テイオー!

 スペ先輩だけじゃなくてオレにも教えてくれ!」

 

「ちょっとアンタ!

 教えてもらう立場なんだから、もうちょっとちゃんとした態度でお願いしなさいよ」

 

「何だよ、そう言うスカーレットは教えて貰わなくても大丈夫なのか?」

 

「う、煩いわね!それとこれは別問題でしょ!」

 

「二人とも教えるから大丈夫ですよ」

 

 ふふっ、スカーレットさんとウオッカさんは相変わらず賑やかだなぁ。

 

「テイオー、おめーいっつも表情変わらねぇから表情筋がねえのかと思ってたが、そんな顔で笑えたんだな。

 何ていうか……あれだな、結構可愛い顔してんじゃねぇか」

 

「え?」

 

「ほらほら、顔顔。

 おめー自分が笑ってること気がついて無かったのか?」

 

 ゴールドシップさんにそう言われて顔に手を当てる。

 確かに少し口角が上がっている……気がする。

 しばらく手を当ててると肩を叩かれた。

 

「ほら、ぼーっとしてたら全部食っちまうぞ〜。

 食った食った!」

 

 その言葉に意識を戻され食事に戻るが、ここ最近の違和感は中々忘れられ無かった。

 

 

 

 ────────────

 ────────

 ────

 

 祝賀会の片付けも終わり、解散したあと僕は沖野さんに伝えたいことがあるから少しだけ時間をとってもらっていた。

 

「僕をスピカに入れてください」

 

 頭を軽く下げて沖野さんにそう伝える。

 今、入ろうと決めたのはただの直感だ。

 ここで決めなきゃ暫くの間、スピカかリギルか悩んだだろう。

 でも何か僕はこのチームの方が合っていると感じた。

 

「すまん、もう一度言ってくれ。

 どうやら俺の耳がおかしくなったみたいでな」

 

「……僕をスピカに入れてください」

 

 もう一度言えばいいのだろうか。

 結構勇気を出して言っているのだから、

そう何度も言わせないで欲しい。

 

「ちょっと、確認させてくれ。

 今テイオーはスピカに入るって言っているのか?」

 

「そうですけれど……」

 

「え、えぇぇ!!!!!?」

 

 自分から誘っておいて入ると言ったら驚かれるって少し失礼ではないか?

 確かにいきなりだったかもしれないが、少し関わったし入る可能性があるって思わなかったのだろうか。

 

 沖野さんが叫ぶとドアが勢いよく開かれそこからゴールドシップさんがやってきた。

 

「うるせぇぞ、トレーナー!

 テイオーが認知してない昔の女との間の子供だったり、実は人生3周目とかいう衝撃的な秘密でも持ってたりしたのか!?」

 

「んな訳あるか!

 テイオーがスピカに入るって言うから驚いていただけだ!」

 

「なーんだ、テイオーがスピカに入るだけか……って、えぇぇええ!!?」

 

 ゴールドシップさんも驚くのか……。

 貴女がつい最近誘ってくれたんじゃないか。

 

「テイオー、本当に良いのか?

 こんなトレーナーだけど本当に良いか?」

 

「おい」

 

「ここが良いんです。

 それに僕は沖野さんのことは少し苦手なタイプですけど嫌いじゃないですよ」

 

「こういうときは俺のこと褒めてくれるところじゃねえのかよ……」

 

「ギャハハハ!

 嫌われてなくて良かったじゃねーか!」

 

 そう、こういう会話が好きだ。

 この人は僕にとってあまり得意なタイプの人では無いが、何処か嫌いになれないものを持ってる人だ。

 

「そういうことなのでこれからよろしくお願いします、沖野さん。

 ……じゃなくて、トレーナーさん」

 

 僕は右手を沖野さんの方に出して握手を求めた。

 

「おう。これからよろしくな、テイオー」

 

 それにトレーナーさんは普段見せないような真剣な顔をしながら嬉しそうな声色で握手に応じた。

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

「僕は、()のはずだ」

 

 誰もいない浴場に僕の声が響く。

 鏡の奥にいる空色の目をした僕は、いつもどおりの僕のはずだ。

 

「大丈夫、僕は僕だ」

 

 そう言い聞かせた。




次回は会長戦の予定です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

僕とボク(ぼくたち)

 新学期が始まった。

 新入生が入ってきた。

 だが僕の生活に特に変わったこともない。

 練習もチームに入ったが、スピカは基本的に自由なのでたまにチーム内で併走することが出来たぐらいであまり変わっていない。

 それ以外も一人で三食食べ、帰りにはちみーを舐め、帰ってからゲームして……といったふうに通常営業だ。

 

 そういえばチームに入ったことを伝えたときのマックイーンさんの反応は面白かったな。

 最初のほうなんてドッキリだと思ってたみたいで、

「テイオーがチームに入る訳がございません。

 もうちょっと分かりにくい嘘をついたらどうですか」

 なんて言っていたのに、話していくうちに真実味が増していく中

「え、本当ですの……?でも、あのテイオーですよ……?」

 と信じられないものを見るような目に変わっていくのはいつ思い出しても面白い。

 

 マヤノに言ったときは過剰なぐらいに「すっごーい!」「良かったね!」と言われた。

「最近のテイオーちゃんは何だか初めて会ったときのテイオーちゃんとは別人みたいだね!」

 とも言われた。

 

 会長に言ったときも沢山喜んで貰えたけど、

「私はテイオーと同じチームで走りたかったよ……」

 としょんぼりされてしまったので「え、えーと、その〜……」とあたふたしてたら良い笑顔で、

「冗談だ。スピカで頑張るんだぞ」

 と応援してもらえた。

 

 さて、その快調な会長様との勝負の約束の時まであと少しだ。

 僕の方の調子は良い。

 調子は、だ。

 走りはまだまだ安定しない。

 一応、形にはなった。

 だからといって実際のタイムはほとんど上がっておらず誤差の範囲内だ。

 ボクの走り方なのにどうしてボクが走ってるときと違って格段に速くなっていないのか。

 

 それは"僕"は"ボク"では無いからだ。

 

 僕であっても練習し続ければ確実にタイムは少しずつ上がって行くだろう。

 でも、それだと会長との勝負に間に合わない。

 しかし、タイムを上げるには練習量が必要だ。

 でも、僕はもうこれ以上練習すると身体に負荷が掛かり過ぎる。

 

 つまり時間が足りなかったのだ。

 この勝負に挑むには早すぎて、皇帝の実力の欠片を感じることが出来ないかもしれない。

 そんな焦燥感が僕を襲う。

 

 最後の最後の一手は、一応()()

 まだそれはやりたくない。

 でも、時が来たら絶対にそのカードを僕は切る。

 結局それは遅いか早いかの問題で、いつかそうなる時は来るのだ。

 僕が強くなろうとする限り、避けては通れない。

 

 □ □ □ □

 

 時間は早く流れ、気付けば会長との約束の時はもう明日に迫っていた。

 

「明日、派手に負けるところを見に来てください。マックイーンさん」

 

「テイオー……貴女、いつもの絶対に負けないという強気の姿勢はどうしたのですか?

 まぁ、その目を見たら勝つことを諦めている訳ではないことは分かりますけども」

 

 スピカのみんなには明日リギルで模擬レースしてもらうってことだけ伝えて練習をしていた帰り、マックイーンさんにも模擬レースをやることを伝えておく。

 

「それで相手は……シンボリルドルフさんですか?」

 

「凄い、マックイーンさんにも分かるんだ」

 

「当たり前です。

 貴女があの方のことを重要視しているのは気付いておりましたし、それに少し学園内で噂にもなっていたので」

 

「噂?」

 

 僕と会長が戦うことは僕と生徒会メンバー、リギルのトレーナーのおハナさんしか知らないはずで、このメンツは基本口が堅いので情報は出回らなかっただろう。

 

「はい、シンボリルドルフさんが最近トレーニングの内容が違っていて、まるでレース前のようだ、と。

 何処かレースに出場する訳でもなく来たるべき戦いに備えているとしたら誰かと模擬レースでもするのではないかという内容です」

 

 確かに会長はトゥインクルシリーズを引退してから、レース前以外身体能力を維持し続けるための基本トレーニングしかしていないと言っていた。

 そんな会長が練習がいつもと違えば噂になるのも当然か。

 

「どうしてその相手が僕だと思ったの?」

 

「ほとんど勘ですわ。

 しかし、貴女に負けを確定させるような相手なんて数が絞れますわ。

 そして貴女の交友関係と照らし合わせたら自然と見えてきます。

 

 応援してますわよ。

 貴女が格好良く散るところをしっかりと目に焼き付けておきます」

 

「!……マックイーンさんは酷いなぁ。

 そこは普通、勝つように応援するところじゃないですか?」

 

「貴女が派手に負けるところを見に来てくださいと言ったのでしょう?

 もちろん勝てるように応援しますわ。

 しかし、そんなに簡単に勝てる相手ではございませんし、なにより貴女が勝ってしまえば貴女がもうこれ以上強くならなくなりそうで少し怖いのです」

 

 会長に勝てたらどうなるのか、勝てると一切考えていなかったので全く想像していなかった。

 マックイーンさんは、それに、と付け加えて

 

「次に負けるところが見れるのはわたくしとの勝負の後ですので、貴女の珍しい負け姿をしっかりと観に行きますわ」

 

 わたくし以外に負けないで下さいと伝えるマックイーンさんと僕は最高にライバル関係なのではないだろうか?

 

「マックイーンさんもあんまり僕以外に負けないで下さいね。

 僕が勝ったときにあのマックイーンに勝つなんて……って評価されるぐらい凄くなってて下さいよ」

 

「勿論ですとも。

 それに勝つのはわたくしですわ」

 

 少しずつ遅くなる日の終わりにこれからのお互いの活躍を誓い合った。

 全てはいつか来る約束の勝負の時のために。

 

 ──────────────

 ──────────

 ──────

 

 そして翌日の昼すぎ。

 昼食を軽く摂取して、会長との勝負に備える。

 勝負は3時からの予定なので、後一時間とちょっとある。

 足に疲労を溜めない程度のジョグをして身体をほぐす。

 ここのコース場はリギルが今日は貸し切っているようで周りにはヒトはいない。

 

 勝負は始まる前から始まっているとよく言うが、それはレースでも同じだ。

 体調やアップ、食事などレースで如何に全力を出し切れるかの調整が俗に言う始まる前の勝負だ。

 身体の動かし方を一つ一つ確認して動きが悪いところが無いか確かめる。

 この身体との付き合いはもうだいぶ長くなってきたが、ここ一年で何というかこの身体に僕が馴染んできた気がする。

 こうやって動きを確かめているときにも細部まで自分の意思のまま動かしやすくなっている。

 やはり()からボク(トウカイテイオー)にちょっとずつ近づいているのだなと実感する。

 人間としての感覚を忘れ、ウマ娘としての感覚になったとでも言うべきか。

 その時は近づいている。

 

 □ □ □ □

 

「よっ!おハナさん」

 

「……あなた、今日は何の用だい?」

 

 テイオーの応援にコースまで来たところ先客がいたようで挨拶する。

 

「そりゃあ勿論()()()()メンバーであるトウカイテイオーの応援よ。

 今日はうちのチームメンバーのためにありがとうございますねぇ〜」

 

「先に目を付けていたのは私だったんだけどね……。

 それにこの話を貰ったのはスピカに入る前だし、私はただ場をセットしただけだから感謝されるような事でもないわ。

 どう、あの子と上手くやってる?」

 

「まぁ、ぼちぼちって感じだ。

 基本的には今までの練習で上手く伸びていたからそれをやらせている。

 変に俺が縛るよりはテイオーのやりたいようにやらせた方が伸びそうだからな。

 時々テイオーはトレーナーに教えて貰うためのチームじゃなくて、レースに出るためだけのチームが欲しかったから入ったんだろうなって思っちまうよ」

 

 俺が今のところ何かしてやれたことは特にない。

 テイオーはチームに入ってからというもの、たまにあるミーティングや誰かに併走付き合ってと言われたら付き合う程度で入る前とは大して何も変わっていないだろう。

 スピカの自由な雰囲気が決め手の一つにはなっているんだろうなと思うと、嬉しくもあり、しかし同時に少し寂しくなる。

 

「あら、随分弱気ね。

 ──あの子のこと、ちゃんと見ておきなさいよ。

 誰だって一人で生きていけるほど強くない。

 それはあの子だって同じはずよ。

 貴方が目を離している隙にボロボロと崩れ落ちていることだって有り得るわ。

 特に今、ほとんどのことを自分一人で回しているとなれば余計に気が付きにくい。

 

 ……あんな才能の塊、私ならずっと手の届く位置に置いて完璧に育てたいのにね。

 それが多分、あの子には合ってなかったのでしょうね」

 

「忠告ありがたく承りましたよ。

 俺がたとえ今必要じゃなくとも、必要なときにはちゃんと手を伸ばしてやるのがトレーナーとしての役目だからな。

 まぁ、俺は俺らしいチームのやり方であいつらを支えていくさ」

 

 何時でも頼ってくれとはテイオーには伝えている。

 完璧なテイオーだからこそ何処か一つ崩れてしまっても別に耐えられてしまうだろう。

 そして少しずつ壊れていることに誰も気が付けないまま、いきなり堤防が決壊するように一気に全てが崩れてしまうことは容易に想像出来る。

 出来ればそうなる前に周りに頼って欲しいものだが……。

 

「相変わらず貴方らしいわね。

 それでこの勝負、貴方はどうなると思うのかしら?」

 

 おハナさんのその言葉にこの勝負の行く末を考える。

 

「普通に考えたらテイオーが勝つのは不可能だ。

 もとより本人たちもそれは分かっているだろう。

 問題は()()負けるかだ。

 トウカイテイオーという挑戦者がシンボリルドルフという皇帝に届く可能性を秘めているか。

 それを見つけに行くのだろう」

 

「そうでしょうね。

 それはルドルフからも聞いているわ。

『テイオーはいつか私を超えると言っていてね』と。

 あの子のあんなに楽しそうな顔を自分のレースのことで見たのは久々だったからとても印象に残ってるわ。

 私はリギルのトレーナーとしては届いて欲しく無いけど、ルドルフのトレーナーとして届いて欲しいわね。

 

 何時までも王座で一人きりは可哀想でしょ?」

 

「……そうだな。

 とにかくこれからのレースで分かるだろう。

 トレーナーとして見届けなきゃな」

 

 □ □ □ □

 

「ルドルフちゃん、今日は楽しそうね」

 

 そう皇帝に話しかける怪物も楽しそうだ。

 

「そうか?マルゼンスキー。

 いや、そうなのだろうな。

 私はどうしようもなく楽しみだ。

 今日、テイオーが何処までの輝きを魅せてくれるのか。

 そしてこれから私たちのいるところまで来てくれるのだろうか、とな」

 

 皇帝は嬉しかった。

 皇帝をいずれ継ぐのではないかと呼ばれる帝王の登場が。

 一時期は沢山いたライバルたちも落ち着いていた日常に現れた新しい風を。

 

「ルドルフちゃんはテイオーちゃんがここまで来てくれるって信じてるんだ」

 

「そりゃあそうさ。

 テイオーは才能も有り、努力もした。

 後は運が味方してくれさえすれば、いずれ必ず辿り着くはずさ」

 

 皇帝は臣下の頑張りは知っていた。

 その頑張りは報われるべきだとも思っていた。

 

「レースに絶対は無いわよ?」

 

「それはどうかな?

 どうやら私にはあるらしい」

 

 皇帝はターフに立てばそこには絶対があった。

 今では絶対の象徴は皇帝だ。

 

「ふふっ、そうね。

 楽しんでおいで、ルドルフちゃん」

 

「あぁ。

 君にも良き挑戦者が現れるといいな」

 

「えぇ、その時を私も期待してるわ」

 

 勝負の時。

 皇帝は挑戦者が待つターフへと舞い降りた。

 怪物は今日も来たるべき時を待ち望み爪を研ぐ。

 

 □ □ □ □

 

 お互いの準備も完了し、定刻となった。

 広いコースの上には今、僕と会長しかいない。

 

「会長、今日はよろしくお願いします」

 

「あぁ、テイオー。

 お互い良い勝負にしよう」

 

 そう握手を交わすとスタート役のエアグルーヴさんのいるスタートラインでスタートの合図を待つ。

 

「会長、テイオー、準備はよろしいですね」

 

「ああ」「はい」

 

「それでは、位置について」

 

 来るぞ。

 始まるまでのこの一瞬の間、空気が静まり、音が世界から消え、集中力は極限まで高められる。

 

「よーい、スタート!」

 

 その合図とともに静寂な世界から、自分の足音と呼吸音しか聞こえない音が遠い世界へと飛び込む。

 

 今回のレースの距離は2400m。

 どちらかと言うと僕にとっては長めの距離だ。

 距離が伸びれば伸びるほど日々の努力が物を言う。

 単純な実力差が勝敗を決める。

 短距離も努力が必要だが方向性が違うと思っている。

 短距離は才能を努力で磨き上げて、長距離は才能の上に努力を積み重ねる。

 

 つまり何が言いたいかと言ったら、たとえ僕の才能が皇帝と同じだったとしても、今の時点でまともに戦えば勝てるわけが無いということだ。

 後手に出たら勝負にすらならない。

 まずはハナをとって1コーナーへ入る。

 思ったより簡単にハナをとらせてくれたのは、会長が僕と勝負した上で叩き潰そうという考えの上だろう。

 

 後ろの圧を感じながら2コーナー。

 まだゴールは遠い。

 会長も仕掛けるのはまだ先だろう。

 仕掛けられる前に飛び出なきゃ駄目だ。

 

『今日のカイチョーなら多分4コーナーの入り……ううん、3コーナーの途中で仕掛けるんじゃないかな』

 

 なら僕は3コーナーに入る手前で……いや、それでも駄目だな。

 向正面に入ったらペースを上げてスパートに入るまでに徐々に最高速に近づけて行こう。

 

『体力は?』

 

 持たない、最後の坂でもう切れるだろう。

 そこからは気合いだ。

 そして最後の坂の時点で抜かされていなければ合格点だ。

 はは、僕らしくない逃げ戦術ってやつだな。

 

 コーナーが終わり直線になった。

 あと3分の2だ。

 ここから僕はペースを上げる。

 ピッチはそのままストライドを気持ち大きくして前へ前へと進む。

 後ろから聞こえていた足音が小さくなる。

 ここで出来る限り差を広げろ。

 練習によって増えた体力を惜しみなく、だが効率的に使い身体を突き動かす。

 脳内でリズムを刻みながらピッチが上がりすぎず、下がりすぎないように駆ける。

 直線もあと少しで終わる。

 ちらっと後ろを見て会長との距離を確かめる。

 だいたい2バ身ほどか……?

 まだ駄目だ。

 せめて向こうがラストスパートに入る前に7〜8バ身は無いと最終直線勝負にすらならない。

 さっきのアップの時のボクとの会話を思い出す。

 

 ────────────

 ────────

 ──────

 

『カイチョーと最終直線で勝負するためにはどうしたら良いかって?』

 

 うん、勝負にすらならなかったら僕がどれぐらい皇帝と実力が離れているか遠すぎて分からないからね。

 

『そうだなぁ……。

 まず最高速で現時点で負けているボク達が最終コーナーで会長より後ろにいる時点でもう無理だし、前にいたとしても少しぐらいの差なら一瞬で抜かされる。

 カイチョーが上がってくる前に5バ身ぐらい、いやもうちょっと必要だね。

 7バ身は欲しいかな』

 

 苦しいな。

 

『仕方ないよ、君はまだ成長過程。

 完成形と言っても良いカイチョーと勝負するにはそれぐらいの差が必要だね。

 もっともその差をどうやって創るのかっていう大きな大きな問題があるんだけど……』

 

 それは……本番なんとかするよ。

 

『くれぐれも身体を壊すぐらいのことは今回は止めてね。

 まだ、これは模擬レースなんだ。

 道は始まったばかりなんだよ』

 

 ────

 ────────

 ────────────

 

 ボク、道は始まったばかりって言ったよね。

 でもここで道が見えなくなるのは嫌だ。

 だから、()()()()()

 

『分かってるよね、覚悟は良いの?

 これで君は走り、皇帝を超える使命に縛られるんだよ?』

 

 当たり前だ。ここでやらなきゃ後悔する。

 

『なら、良いよ。

 それに今回はこの身体は君の物だ。

 君が進みたい道へ使って。

 でも、今限界は超えちゃ駄目だ。

 まだ身体に力が馴染みきってない。

 許容量を超えたらすぐに壊れるからね。

 でも、いつか大丈夫になるはず。

 

 ──ありがと、また会う日まで』

 

 そう言うと僕と()の繋がりが明白に分かるようになる。

 

 元人間だからこそ分かることがあった。

 ウマ娘の身体も本質的には人間とほとんど変わらない。

 でも決定的に違うのはここではない平行世界の馬の名を受けて誕生することだ。

 そしてその馬の名を冠した魂を通して前世にいた馬と同じレベルの力をウマ娘の身体で出力する。

 僕はトウカイテイオーという身体で動いているが、私自身はトウカイテイオーでは無い。

 恐らくトウカイテイオーは向こうの世界で物凄く強かったのだろう。

 私と言うフィルターを通しても周りと戦えるほどの力があった。

 

 ボクと初めて話した時、『君とボクの存在が少し近くなったからこうして会話出来るようになった』と言っていた。

 最近はボクも簡単に僕の身体を動かせるようになった。

 もうほとんど僕とボクという存在に差が無くなってきたってことのはずだ。

 趣味が増えるたび、走り方のマネが上手くなるたび、性格が明るくなるたび、僕はボクになっていく。

 

 ドッペルゲンガーはお互いに存在を歪め合う。

 ぼくたちは生きていく上で相容れない存在となり始めてきたんだ。

 

 さぁ、こっちにきて。

 すべてのちからをくださいトウカイテイオー。

 わたしは、ぼくは、ぼくたちは、いや、

──()()が!

 

 ボクは最強無敵のトウカイテイオーだ。

 だから力をもっと寄越せ!

 この身体はボクの物だ!

 

『──これからは君がボクだ。

 ボクは君の力であり続けるよ』

 

 あぁ、ありがとう。

 ボクは勝つよ。

 今は無理でも君の力を使いこなす。

 

 そして、今度こそ夢を。

 君の夢の分も背負って走るから。

 今までありがとう。

 そして、よろしく。

 

 僕は()(ボク)を混ぜて一つの魂にする。

 そして表面上の制御を全て()()が握った。

 

 一瞬、頭が痛くなり様々な情報が通り過ぎるように流れてくる。

 そして少しすると五感から来る情報が増える。

 足に込められる力も多くなったと直感的に分かる。

 今まで意識して走っていたフォームが無意識的に行えるようになっていく。

 行くよ!ともう一人のボクに宣言するが反応は、無い。

 でも分かる、ボクならもっちろん!勝ちを狙って行くよ!と言うって。

 勝利への歩みを進める。

 負けるなんて有り得ない。 

 

──ボクたちの最強伝説はここからだ。




次回ちょっと説明回&決着。
マックイーン視点は話が一段落したら計画してます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

イカロス

感想、お気に入り登録、評価、誤字報告ありがとうございます。


「はぁ……なんか最近力付いてきているのか分かんなくなってきたな……」

 

 夕日に染められ少しオレンジに染まったはちみーを片手に帰り道を歩く。

 どうもここ最近は伸びしろが減ってきたみたいで今まで感じていた強くなっている感覚が無い。

 

『どうしちゃったの?そんな暗い顔して?』

 

 いきなり声がした。

 僕に似た声だ。

 後ろを振り返るが誰もいない。

 前を見ても当然誰もいない。

 

『にっしっし、ボクはトウカイテイオーだから周りにいるわけないでしょ?』

 

「え、僕がトウカイテイオーなんだけど……」

 

『ボクもトウカイテイオーなんだってば』

 

 頭がおかしくなってしまったのだろうか。

 疲れすぎてどうやら遂に精神が分離しちゃったようだ。

 

『だ〜か〜ら〜、君とボクは同じようで違う。

 そう、まさに平行世界のトウカイテイオーってことだね!』

 

「????????」

 

 さらに理解が追いつかない。

 疲れすぎてはちみーが脳みそに回っていても理解出来ないレベルだ。

 どういうことなのだろうか?

 

『いや〜、これまでも一応いたにはいたんだよ?

 でも君とボクの位相が離れすぎてて上手くコミュニケーション取れなかったんだよね〜。

 最近は君がだいぶボクに似てきたからこうして会話できる程度には近くなったって訳。

 

 ほら、たまに走るとき手伝ってあげてたでしょ?

 あれはボクのお陰なんだよ〜!

 褒めてくれても良いんだよ?』

 

 よく分からないが取り敢えず手伝ってくれてたのは分かった。

 どうやら生まれ変わったのと同じぐらい不可思議なことが起きていることも分かった。

 

『あ、その感じ、あんまり信じてないでしょ?』

 

 ソ、ソンナコトナイヨー。

 

 □ □ □ □

 

『今、パフェ有ったよ』

 

 うるさい、こっちはそんなにすぐ見つけられないの。

 パフェ手順はよく分からないので適当にダブルダガー組んでBtoB付けて相手に火力を送る。

 置きミスを咎めて勝ちをもぎ取っていく。

 

 深夜、部屋の中にコントローラー音と最低限小さくしたゲーム音が響く。

 反対にぼくたちの脳内では騒がしくコミュニケーションが交わされる。

 マヤノは寝たがぼくたちは絶賛活動中だ。

 

 レートに潜っているが深夜帯は高レートと当たりやすい。

 僕もだいぶ上手くなった自信はあるが、ボクの判断が早すぎる。

 

『ボクは天才だからね〜♪』

 

 天才すぎるなぁ……。

 はぁ、次の相手はぷよか。

 中開けで良いかな。

 

『パフェ積みしようよ!』

 

 いや、弱体化入っちゃったし2回目以降僕は上手く繋げられないから脳死で出来るRENでいいの。

 

『ほらほら〜もっと脳使っていこうよ〜』

 

 やだ。

 君と話してると頭の回転が若干重い気がするからこれぐらいでいーの。

 

『そりゃあ、ボクが君の脳の一部借りてるからね』

 

 え?

 

 あ、間違えて発火しちゃった。

 なんか刺さったから良いか。

 衝撃的すぎる……。

 なんか違和感あると思ってたらそういうことだったのか。

 

『でも安心して!

 君の使わないところを使ってるから、君に支障は無いはずだけど』

 

 え?でも違和感……

 

『しーらない!

 さぁ、次はテトじゃなくてぷよで行こ!』

 

 あ、露骨に話をそらしやがった。

 はいはいぷよですね。

 対テトがきついからあんまやりたく無いんだよな……。

 ……ねぇ、ちょっと、レートカンスト来たよ。

 テトでやらないとすぐ負けちゃうからテトで良い?

 

『駄目!次はぷよって決めたの!』

 

 え、無理無理。

 即死しちゃう。

 

『無敵のテイオー様に不可能は無い!

 さぁ、行くぞー!』

 

 はぁ、仕方ないなぁ……。

 

 □ □ □ □

 

『ご飯一人で寂しくないの?』

 

 もうしばらくこれだからね……もう慣れちゃったよ。

 普段どおり食堂の隅で一人で学食を食べてるとボクは心配してくれていたようだ。

 

『たまには誰かと一緒に食べたら?

 誘えば今の君ならマックイーンとかマヤノあたりなら一緒に食べてくれると思うけど……』

 

 いや、いきなり頼みに行っても迷惑じゃない?

 なら、今まで通り一人で良いよ。

 

『むー……。

 そんなんじゃ、友達増えないよ?』

 

 痛いところ突いてくるなぁ……。

 ま、まだチーム入ってないし入ったらどうにかなるでしょ。

 

『どうかな〜。

 ボクは増えないに一票!』

 

 じゃあ増えるに僕はベットするよ。

 

 □ □ □ □

 

 君ってスピカ好きだよね。

 どうして?

 

『それはね〜……。

 ナイショっ!』

 

 ふーん。

 まぁ、いいけど。

 僕もあのチームまだ入ってから全然経ってなくて色々知らないけど好きだよ。

 

 スペ先輩は一緒にいて面白いし、ゴールドシップさんには色々親切にしてもらってる。

 スカーレットさんとウオッカさんも賑やかで一緒にいて楽しいし、サイレンススズカさんもたまに話すと不思議なヒトで楽しい。

 トレーナーさんも変な人ではあるけど良い人だよね。

 

『そうそう!

 スピカのみんなはね、個性豊かで面白くて楽しいけど、ここぞってところで力を発揮する凄いヒトたちなんだ』

 

 顔は見えないけど、今、君は凄く良い笑顔をしてそうだ。

 本当に楽しそうに言うね。

 僕もそんな思い出を作っていきたいなぁ……。

 

『そこにボクが入れないのは残念だなぁ……。

 あ、そうだ!

 ちょっと前にした賭け、君の勝ちだったね。

 それじゃあね〜、どうしようかな。

 あ、なんか教えて欲しいことある?

 答えられる範囲で答えてあげるよ!』

 

 うーん。

 じゃあ、君の夢は何だったの?

 

『ボクの夢かぁ……。

 えっと……最初はね、カイチョーみたいになりたかったんだ。

 それで全戦全勝、無敗の3冠を目指してたんだ』

 

 僕と似てるね。

 最初ってことはそれは達成して新しい夢が出来たの?

 

『達成したかどうかは質問の範囲外でーす。

 それに新しい夢にはそんなに関係ないから言わないよ。

 それでね、新しく出来た夢は、ライバルと最高のステージで最高の勝負をすること。

 

──ボクはね、走る中で新しいカケガエノナイモノを手に入れられたんだ。

 君にもそういうものが手に入ると良いね』

 

 ────────────

 ────────

 ────

 

 飛ばせ、進め。

 大きく大地を踏みしめ、遠心力に負けないように身体を傾けながらコーナーを進んでいく。

 後ろは見ない。

 もう何となく分かる。

 開いていた差は徐々に詰められている。

 

 結局稼げた差は最大のときで6バ身。

 目標には届いていないが妥協点だ。

 まだ直線も控えているのにコーナーが終わるまで異様に長く感じる。

 

 胸が苦しい。

 もっと大きく息を吸え。

 

 足が重い。

 もっと速く前に出せ。

 

 腕が痛い。

 もっと強く振り上げろ。

 

 頭が痛い。

 何も考えず前を見ろ。

 

 もう深く考える余裕は無い。

 ただ身体の悲鳴たちを脳が感じるたび、もっと動かせと機械的に命令する。

 もう勝利しか見えない。

 どうやって辿り着けば良いのか全く分からないのに、勝利が北極星のようにボクを(いざな)う。

 

 後ろから来るのは夜明けをもたらす太陽。

 ボクの進む道を照らす太陽は、勝利という北極星をその光で見えなくさせる。

 

 ボクは来たるべき黎明から醜くとも逃れようと抗っている。

 まだここはボクの夜だと、そう叫ぶように。

 

 長い長いコーナーが終わり長い長い直線に入る。

 目の前にはボクを今か今かと待っている処刑台(上り坂)がそびえ立っている。

 しかし、そんなことは関係ない。

 速度を維持し続けろ。

 速度を上げるのは無理だ。

 これ以上速度を上げたら処刑台の上でズタズタにされ完走しきれなくなる。

 せめてこの速さを維持するんだ。

 

 坂に入った。

 もうほぼ限界の身体がさらに重く感じる。

 日頃からボクを縛る重力はいつもよりボクに厳しいようだ。

 後ろからはもうボクでは無い呼吸音が聞こえる。

 日の出はもうそこだ。

 恐らく後ろを振り返ればすぐそこにいる。

 ほら、だって。

 

 呼吸音が()()()聞こえてくるから。

 

 え────

 抜かれたのは一瞬では無かった。

 僕もそれなりの速度を出していてジリジリと追い抜かされていった。

 その出来事はまるで時間の流れが止まったようにゆっくりで、だけどボクは時間が止まったようにその光景を眺めることしか出来なかった。

 

 "ああ、負けか"

 

 負けてばかりだった■■■■(前世の自分)だったら諦めたようにそう思う。

 

 "負けは許されない"

 

 だが、無敵という称号に自らを縛ったトウカイテイオー(今の自分)は現状を許さずそう思う。

 

 まだだ。

 まだゴールじゃない。

 坂はもう終わった。

 残り300m弱、体力はもうほぼ空。

 対してカイチョーは当然最後まで走りきれる。

 差はまだほとんど無い。

 仮に体力が残っていたとしても差が生まれないだけで、このまま負けることは必至。

 じゃあ、ここからどうする?

 余裕のない頭で考えるが答えは出ない。

 もう出来ることは限られている。

 

 残り滓を搾り取って最後に一矢報いることだけだ。

 足は疲労でガタガタだが、まだ動く。

 あと8分の1をギリギリ走れる体力も僅かながらある。

 それを全てゴールすることじゃなくて追い抜かすことだけに使え。

 

 視界が霞んできた。

 でもボクの目にはキラキラと強く太陽(目標)が照り輝いてる。

 行ける。

 極限状態の足に力を込める。

 初めて君の力を借りたときに君が使っていたよね。

 魂に刻まれた速度を上げるトリガーをインストールして起動させる。

 

 

 ──一歩。

 体勢をさらに前に倒す。

 

 

 ──二歩。

 倒れそうになる身体をスピードを上げて支える。

 

 

 ──三歩!!

 全身全霊全てを推進力に変えて前へs……っ!!

 

 

 三歩目を踏み込んだ瞬間、世界が()()()()

 霞んだ視界から色が失われ、身体は動かない。

 

 あぁ、これがボクの限界か。

 この身体に今出せる最大限のスピードの先に次の世界が待っているんだろうな。

 これを超えようとしようとすると直感が止めろと警告を出し、■■■■の経験からも絶対に行くなと言っている。

 反対にボクの心では超えたいという願望がある。

 これを超えれば皇帝に手が届く。

 

 白黒の世界の中でも色付いている皇帝はこのスピードの先にいるんだろう。

 今のボクなら身体を犠牲にこの先に行ける。

 そしたらカイチョーに追いつけるはずだ。

 

 だけどボクは()()()()にはならない。

 

 ──『でも蠟で作るのは無しだからね!

 

 今は大丈夫でも太陽(皇帝)に近づけば溶けちゃうでしょ?』

 

 大丈夫、ボクはダイダロスの忠告は守るさ。

 それにマックイーンともカイチョーとも約束したんだ。

 こんなところでゲームオーバーには出来ない。

 

 あぁ、無理だったか……。

 またレベルの上げ直しだな。

 引き上がったレベル上限まで辿り着いたときここにまた来よう。

 皇帝を超えるまでの道は遠いなぁ……。

 

 足に込めた力を抜くと世界に色が戻る。

 極限まで張り詰めていた集中力が切れ、身体に力が入らない。

 さっきまでとは違い、差はどんどん広がる。

 もう抜かす気力も速度を維持する集中力も無い。

 

 ここで倒れちゃ駄目だ、ゴールだけはするんだ。

 負けを認めてしまい闘争心の消えた身体を、尊厳を守らなくてはならないという使命感から無理やり前へ運ぶ。

 

 さっきまでの完璧なフォームは何処へやら。

 歩くことを覚えたての赤子のようにがむしゃらにふらつきながら前へ進んでゆく。

 ゴールが永遠に来ないように錯覚してしまう程に遠い。

 それでもあと少しだ。

 あと20歩。

 

 10歩、

 

 5歩、

 

 3歩、

 

 2歩、

 

 1歩、

 

 0歩……。

 

 どうにかゴールしたよ。

 あぁ、ごめんね、ボク。

 負けないって誓ったのに、すぐに負けちゃったよ。

 

 使命感から無理やり動かしていた身体は目的を失い、力なく横に倒れていく。

 すると地面に近づく前に誰かに支えられる。

 

「テイオー、お疲れ様。

 良い勝負だった」

 

 なんだ、カイチョーか。

 少ししかない視界でもその姿は格好良くてすぐに分かる。

 

「えへへ、カイチョー。

 ねぇ、ボクどうだった?

 頑張った、頑張ったんだ……。

 あと少し、もう少しで行けたんだ」

 

 疲れた頭から言葉が自然に紡がれていく。

 

「白黒の世界に行ったんだ。

 灰色の空の下でもカイチョーは明るく輝いててね。

 ボクもそっち側に行こうと思ったんだ、思ったんだよ……。

 でもね、ボクには、ボクには……行けなかったんだ……。

 昔の()なら行けたんだ……!

 でも無理だった、無理だった……!

 ボクは昔持ってなかった色々なものを手に入れちゃったんだ……。

 失うのが怖くなったんだ!」

 

 するとカイチョーに抱き締められる。

 

「そうか、テイオーは強くなったんだな。

 ……今はもう休め」

 

「……うん」

 

 あぁ……疲れたな。

 今は休むべきだと直感も告げている。

 カイチョーのその言葉でボクは意識を手放した。




次回、序章終焉。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

エピローグ

 夢を見ていた。

 

 ボクだけがそこにいない世界。

 白黒の、色の無い世界。

 ボク以外は走り、ボクだけが蚊帳の外。

 

 走りたい。でももう元のようには走れない。

 

 ボクは走りたいだけなんだ。

 走れるならどんなにきつく当たってくれても構わない。

 

 ねぇ、どうして?

 

 どうして皆、そんなにボクに優しくするんだ……。

 

 ねぇ、カイチョー。

 どうしてそんなに申し訳無さそうな顔をするの?

 カイチョーのせいじゃないのに。

 

 ねぇ、トレーナー。

 何でそんなに謝るの?

 ボクが悪かっただけじゃん。

 

 ねぇ、マヤノ。

 そんなに気を使わないで。

 いつもみたいにボクと話してよ。

 

 ……ねぇ、マックイーン。

 そんなに期待しないでよ。

 ボクはそんなに凄いウマ娘じゃないんだ。

 もう無理なんだ。

 約束は果たせそうにないや。

 ごめんなさい。

 ごめんなさい、マックイーン。

 

 景色が急に変わり、目の前に現れたのは深青色の目をした僕。

 地面にしゃがみ込んでマックイーンに懺悔していたボクを見下ろして言う。

 

「ほら、僕は止まれなかった。

 この世界に踏み入るべきじゃ無かったんだ。

 僕にはもっと色んな選択肢だってあっただろう?

 下手に()()が有ったからこうなったんだ」

 

 

 その言葉が終わると同時に意識が暗転した。

 

 

 ────────────

 ────────

 ────

 

 

 次に目を開けたときに見たのは見覚えのある天井だった。

 少し頭痛がする。

 ここは、ボクの部屋か……。

 病院では無くてひとまず安心、と言ったところだろう。

 うーん、どういう状況だ?

 

「あら、起きられましたの?

 どうですか、身体の方は」

 

 上半身を起こすと左から声が聞こえてきた。

 マックイーンだ。

 何やらコントローラーを持ってマヤノと仲良くマヤノのベッドに座ってテレビに向かっていたので、マヤノとゲームをやっていたのだろう。

 

「おはよー!ってもうほとんど夕方だけどね。

 テイオーちゃん大丈夫?

 走り終わったらすぐ寝ちゃったって聞いたから結構びっくりしちゃったよ〜」

 

「身体は……駄目かも。

 全身痛すぎて死んじゃいそうだ」

 

「はわわわわ!!!

 死んじゃ駄目だよ!テイオーちゃん!

 寝てて良いから横になって!」

 

「ははは、マヤノは大げさ過ぎるよ。

 大丈夫大丈夫、立って歩くことぐらい……

 ……っ!……ぁぁああ痛いぃぃぃ……!」

 

 マヤノに大丈夫なことをアピールしようと立ち上がり歩こうとすると、足が筋肉痛にやられていてまともに動かせない。

 

「何馬鹿なことやってるんですの?

 ほらマヤノさんの言うとおりに横になっていて下さい」

 

 その気遣いに甘えてベッドで横になる。

 身体を限界ギリギリまで酷使したから全身という全身が悲鳴をあげていた。

 これは明日も痛いままだろうなぁ……。

 自分の足を見ようとすると服がさっきまで着ていた体操服ではなく、寮で過ごすときの室内着になっていることに気づく。

 二人がやってくれたのだろうか?

 

「全く貴女をここまで運ぶのは結構大変だったんですよ。

 ゴールドシップさんから、会長様からの素敵なプレゼントだ、と貴女を手渡されたときは驚きました。

 どうしたら良いのかよく分からなかったのですが、取り敢えず貴女の部屋に運ぼうと思いましてここに」

 

「それでマヤが砂ぼこりだらけでベッドにいるのは嫌かな〜って思ったから、汗を少し拭いて服だけ替えておいたよ!

 細かいことは後でお風呂に入ってやっておいてね〜って言おうと思ってたけど、その様子だと無理そうだよね……」

 

 二人の他にもカイチョーやゴールドシップにも感謝しないといけないみたいだな。

 

「ありがとう、マヤノもマックイーンも」

 

「いいの、いいの!

 晩ご飯とお風呂どうする、テイオーちゃん?

 あ、起きた時用にはちみー買っておいたんだ!

 いつも頑張るテイオーちゃんへのマヤからのささやかなプレゼントだよっ!」

 

 そう言って普段アイスや飲み物を入れているちっちゃい冷蔵庫から出てきたのは、いつも舐めているはちみー極甘仕様だ。

 少し起き上がって壁に寄りかかるようにして胡座をかき、受け取る。

 普段と違ってほんのり冷たい。

 ありがたい。

 一口舐めるとドロっとしていて癖になるような甘さが……

 

「って、甘!!

 あれ、こんなに甘かったっけ?」

 

 普段と違うように感じる甘さがボクの舌を巡る。

 甘いのが好きだから良いけれど、これほど甘かったかな……?

 

「どうしたのですか?

 いつもテイオーが飲んでるトッピングの沢山付いた一番甘いものと同じですわよね?」

 

「うん、そうだよ。

 テイオーちゃんは超が付くほどの甘党だからいっつもはちみーといえばこれ!って言ってたからそれにしたけど、間違ってたかな?」

 

「いや、ちょっと疲れてて味覚が甘いものに飢えてただけ……だからまぁ、大丈夫だよ」

 

 自分の気の所為だと信じてマヤノとマックイーンにそう言う。

 ボクとの融合で全体的に少し五感の感度が上がっているのかもしれない。

 ボクの中で激甘から超激甘へとグレードアップしたはちみーを舐める。

 うん、やっぱり甘いけど少し甘すぎるかもしれない。

 

 ところでマヤノとマックイーンが仲良くやっているのは初めて見たので、何をやっているのか気になった。

 この二人は言わば友達の友達状態でだいぶ気まずいことになったんじゃないかと勘ぐってしまう。

 

「そういえば二人とも何やってたの?」

 

「マリカーだよ!

 この前テイオーちゃんが買ってきてたのをマックイーンさんと練習してたんだよ!」

 

「……と言っても、わたくしがマヤノさんに教えて貰っている感じですがね。

 わたくしはこういうことがどうにも慣れてなくて……。

 マヤノさんも初心者だと窺いましたがすぐに上手くなられるので凄いですわね」

 

 マリカーか。

 ってまだボクも数回しかプレイしてないから色々と慣れてない。

 どうやら二人とも楽しくやっていて心配事は杞憂だったようだ。

 だがマックイーンは一つ勘違いしているようなので訂正しておこう。

 

「マヤノが上手くなるのが早いのはゲーム慣れしてるからじゃなくて、マヤノがただただ天才だからだよ」

 

 その言葉に即座に反応したのは、もちろんマヤノ。

 ボクの方に前かがみになって睨みつけてくる。

 

「む、その言い方はなーに?テイオーちゃん。

 マヤ知ってるよ!

 そうやって対戦相手のことを上げてそれに勝てる自分のことも上げてるんでしょ!

 マヤが勝ってテイオーちゃんのそんな幻想終わらせてあげるよっ!」

 

 いざ勝負!という雰囲気のマヤノに、疲労困憊のボクに負けるわけないよね、とバチバチとやり合う空気を醸し出す。

 だが、そんな空気はすぐに霧散する。

 この部屋にはコントローラーはプロコンが2つしかないので二人しかプレイ出来ない。

 マックイーンもいるので、二人になってからまた夜やろうという話になる。

 

 あれ、ジョイコンはどうしたかって?

 テトリスやってたら何故か壊れちゃったよ。

 投げてもないし、叩きつけた訳でもないのにボタンが押してもないのに反応しだした時は驚いた。

 基本的にテレビでしかやらないから同じ値段ならプロコンかなって感じで、この部屋にはプロコンが2つ──ボクとマヤノがお互い自分で買ったやつ──存在する。

 

「マックイーンさんも来るなら3つ目買う?」

 

「そうだね~。

 マックイーンはいる?」

 

「いえ、わたくしもやらせていただけるのでしたらわたくしで買いますわ」

 

 マックイーンが遊びに来るなら予備としても使えるので追加で買っても良かったが、マックイーンは自分で用意するとのことなので、変に気を使われるよりかはその方が良いかと思い、この話は終わらせる。

 するとマヤノがふと疑問に思ったのか質問をしてきた。

 

「そういえばテイオーちゃんとマックイーンさんもしかして前より仲良くなった?

 テイオーちゃんってマックイーンさんのこと、前までさん付けじゃなかったっけ?」

 

「えっと……そうだったっけ……」

 

 意識してなかったが確かにマックイーンと起きてからそう自然と考えている。

 そういえば"ボク"はマックイーン呼びだったっけ?

 

「あら、確かにそうですわね。

 わたくしは特に構いませんが、なんだか慣れませんね」

 

「えっと、迷惑じゃなかった?」

 

「迷惑なんてわたくしが思うわけがございませんわ」

 

 マックイーンはそれにと付け加えて、

 

「わたくしは最初からマックイーンと呼んでくださいと言っておりましたわ、テイオー」

 

 とボクの目を真っ直ぐ見て言うので恥ずかしくなる。

 せめてもの見栄でなんとか誤魔化そうとする。

 

「そうだったっけ?()()()()()()

 

「ええ、そうですわ。()()()()

 

 なんだか面白可笑しくなってボクもマックイーンもクスッと笑ってしまう。

 たとえボクが変わろうとも変わらなかったこの関係を大切にしていきたい。

 その様子を見てマヤノも笑う。

 すると突然マヤノがベッドから立ち上がった。

 

「ねぇねぇ、二人とも!

 夜ご飯、一緒に行こーよっ☆」

 

 なんともいきなりの提案だが、時間的にはボク的には早いがちょうどそれぐらいの時間帯だ。

 

「良いよ、マックイーンも行く?」

 

 今までの僕なら悩み悩んだ挙げ句、結局付き合うことになる展開だが、生まれ変わったボクは即決する。

 

「ええ、そうですね。

 わたくしもご一緒させていただきましょうか。

 それにテイオー貴女一人だと今日は食堂まで行くのに朝までかかりそうですしね」

 

 マックイーンも話に乗っかって行くことになる。

 ボクとマックイーンの返事に顔がやったー!と、分かりやすく喜ぶマヤノが

 

「よーし、それじゃあ行っくよー!

 ユー・コピー?」

 

「アイ・コピー!」

 

 ユー・コピーにはアイ・コピー、糖分補給にははちみーぐらいここ一年で常識と化したことの一つだ。

 

「マックイーンちゃんもユー・コピー?」

 

「あ、アイ・コピー!……ですわ

 

「ははっ、マックイーンってば、"アイ・コピーですわ"だってっ!」

 

「な、なんですの!

 そんなに馬鹿にするなら食堂までは貴女一人で頑張って貰うことになりますけれど、良いですか?」

 

「ごめんごめん!

 言い過ぎたから助けてください」

 

 その言葉を聞いたマックイーンはボクの事を無視して「マヤノさん行きましょう」と、ボクを置いていく気で満々だ。

 

「あ──!本当にごめんなさい!

 愛しのマックイーン様、どうかこんな哀れで救いようのない産まれたての子鹿のようなボクを助けていただけないでしょうか!」

 

 本気で動けないボクはベッドの上でプライドを捨ててマックイーンに懇願する。

 哀れなものを見たようなときの慈悲深い聖女のような顔ではなく、街で厄介な客引きに絡まれて逃げられなくなりしょうがなく行ってやろうという人の顔でボクをマックイーンは見る。

 

「……はぁ、ほら肩を貸しますわ。

 全く、プライドの欠片もないお願いの仕方でしたわね……」

 

「あのー、マックイーン様……自分の足で歩くのが無理なので、出来れば負ぶって貰えないでしょうか?」

 

「はいはい、わかりましたわ」

 

 とても優しいマックイーンはボクのめんどくさいであろうお願いも引き受けてくれた。

 いつか返さないとそろそろ返し切れなくなりそうなので、ボクもマックイーンに優しくしていこう。

 腰を下げて催促するマックイーンの背に飛び込み首に腕を回す。

 

「二人とも、早くしないと置いてっちゃうよ〜!」

 

 ボクたちがモタモタしている間、マヤノのことを結構待たせてしまった。

 

「ほら、マックイーン頑張って!」

 

 と言ってもボクはマックイーンに身体を預けているので応援することしか出来ない。

 

「良いご身分ですわね……っ!」

 

 マックイーンの背中はとても頼もしかった。

 

 □ □ □ □

 

「テイオー、お前は強くなれたな」

 

 殆どの生徒は寮に帰り、静まり返ったトレセン学園だが、生徒会室にはまだ明かりが灯っていた。

 部屋の主、シンボリルドルフは椅子に深く腰をかけながら、先程のトウカイテイオーの言葉と初めて話した頃を思い出していた。

 

 ──「本気で勝ちを目指して勝てなかったときのことを考えると怖くなる。

 頂点に執着しすぎたら、多分、周りが見えなくなっちゃって僕は壊れちゃう」

 

 ──「昔の()なら行けたんだ……!

 でも無理だった、無理だった……!

 ボクは昔持ってなかった色々なものを手に入れちゃったんだ……。

 失うのが怖くなったんだ!」

 

「お前が踏みとどまって私はホッとしているよ。

 初めて話をしたときにお前が言っていたな、周りが見えなくなって壊れてしまうと。

 だが、今日のお前は周りも見て留まった。

 大きな成長じゃないか」

 

 正直な話、ルドルフはゴールした後のテイオーの嘆きを聞いたとき、とても焦っていた。

 だが同時に安心もした。

 今のテイオーなら大丈夫だ。

 必ず私のところまでたどり着いてくれるだろうというただの願いが、少しずつ現実に近づいてきたと感じられていた。

 

 しかし、安心してばかりでもいられない。

 まだ自壊することが殆ど無くなっただけだ。

 ウマ娘には故障が付きもの、自分の意志とは異なりどんなに注意していても壊れるときは壊れてしまう。

 出来ればそうはなって欲しくないと願うばかりだ──と、ルドルフは考えていると生徒会室の重厚感溢れる扉がノックされた。

 

「失礼します──会長、まだいらしたんですか」

 

 ゆっくり扉が開いて入ってきたのはエアグルーヴで、シンボリルドルフに声をかける。

 

「エアグルーヴか、ちょっと考え事を、な」

 

「もう遅いです。私たちも帰りませんか?」

 

「……もうこんな時間か。

 そうだな、私もそろそろ帰るとしよう」

 

 そう言って席を立ち上がる。

 その一連の動きに今絶賛悶えている挑戦者のようなぎこちない様子は無い。

 

「さて、今頃テイオーはどうしてるだろうか」

 

 きっと、負けて落ち込んでるということは無いだろうと皇帝は考える。

 もしかしたら疲労困憊で動けていないってこともあるかもしれないとも推測していた。

 

「テイオーなら疲れたら糖分補給と言って甘いものばかり食べているかもしれませんね」

 

 とのエアグルーヴの意見に、ルドルフの脳内では"はちみーこそ至高……"と度々言っていたテイオーの姿が脳内再生される。

 

「確かにテイオーなら言いそうだ。

 私も今日は()()の間していなかった()()補給をしようか」

 

「それはよろしいですね」

 

「お、そうかそうか。

 ありがとうエアグルーヴ」

 

「?」

 

 満足気な会長とよく分かっていない副会長。

 ……両者の間に何かすれ違いがありそうだが、こうして今日も生徒会室はいつもと変わらず静かに眠りについていった。




これにて序章終幕です。

 拙い文章ですが筆者の執筆Lv.もちまちま上げてより良い話を書けるようこれからも頑張ります。
 今後の更新はさらに遅くなるかもしれませんが、ゆっくり待って頂けると嬉しいです。

 いつも更新後にすぐに誤字報告される方々に作品を支えられ、感想を定期的に下さる方々にやる気を貰い、評価して下さる方々に自信を貰ってここまで書き進めてきました。
 結構名前は把握しております。 

 閑話としてマックイーン編の予定です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

閑話:不思議な後輩との出合い





 わたしはメジロ家に生まれ、メジロ家の一員として、大切に、厳しく、そして優雅で強くあれと育てられた。

 

 メジロ家のウマ娘たちはある程度成長し、それぞれの才能が分かってくるとそれに合った目標が与えられる。

 

 ある者にはクラシック三冠を。

 またある者にはティアラ三冠を。

 

 そしてわたしにはメジロ家の悲願である天皇賞の盾を。

 

 

□ □ □ □

 

 

 私はトレセン学園に入学してからというものの、住む場所が変わったこと以外大して変わらない日々を過ごしていました。

 家の名を背負っている者として勉学に励み、そして目標に向かい練習を重ねる。

 これまでと同じような、メジロ家のコーチたちによって組まれたメニューを参考にした練習を淡々とこなし、いつか来る天皇賞を目指して私自身を鍛え上げる日々を繰り返す。

 ただそれだけの日々。

 

 それでも学園生活というものは新しいもので、経験も沢山増えました。

 特に寮生活は大きな変化で慣れないことばかりで初めは大変でしたが、同室のイクノディクタスさんに支えられ、なんとか過ごしていきました。

 

 

 特に何も変化が無いまま学園に入ってから一年が経過しました。

 新入生も入ってきてわたくしも先輩になったと思うと早いものだと感じられました。と言っても、わたくしには後輩との関わりはございませんが。

 唯一後輩の存在を感じ取ったのは、練習のときです。今まで知らなかったヒトたちが練習するようになっていたことで、なんとなく感じ取りました。

 その中でも異質な程練習をする後輩も現れました。

 いつも最後まで残って走るその姿は、何かに取り憑かれたように、わたくしには見えました。

 

 ある程度時間が経つと新入生たちも模擬レースを行うようになり、速い子がいると学園で噂されるようです。

 わたくしのときもそこそこ話題になっていたと同室のイクノさんが教えてくれました。

 しかしながら、わたくしはメジロ家のものとして期待されていたのを裏切ってしまった形となりましたが。

 わたくしは下の学年にはあまり興味はなく、どんな子がいるのかも全く覚えておりません。

 周りはもしかしたら後輩に負けちゃうかもと話しておりましたが、そんなことを気にしている暇が有れば、自分自身のことを磨けば宜しいのでは?と、思ってしまいました──が、言葉にしないように心がけました。

 

 

 夏、二回目の選抜レースがあったときのことでした。

 わたくしのレースは終わり、結果は一着。

 去年までのわたくしとは違い、着実に結果を残している。メジロ家のものとして不甲斐ない結果は残せません。

 

 レースの終わった後、普段は気にしていませんが、後輩のレースを見てみようと思いました。

 そうして丁度観ようとしたとき、後輩たちの中距離レースが始まるところでした。そのレースの内容はとても変なものでした。

 一人のウマ娘が最終直線でヌルっと抜け出してそのままゴールしました。

 熱い展開など何もない、ただ予定調和のように。周りとの差が卓越していて、出る学年を間違えた小学校低学年の徒競走のような、そんな印象を覚えました。

 ふと、近くにいた名前も知らぬトレーナーたちの会話が耳に入ってきました。

 

「また、あいつか……トウカイテイオーだったか?」

「あぁ、あの世代の注目株だよな。

 前回の選抜も授業の一環でやる模擬レースもマイルと中距離で全戦全勝。多分あの感じだと長距離も行けるだろ。

 あ〜、うちのチームに欲しいなぁ……」

「お前のところじゃ無理だって。

 ああいう才能がある奴らは強いチーム──実績のあるトレーナーが独占するんだ」

 

 トウカイテイオー、それが彼女の名前。名前は聞いたことがありませんでしたが、その外見は何処かで見た記憶があります。

 あぁ、確か練習場にいつも最後まで残って走っているヒトですわね。周りとは雰囲気が違う後輩だったはずです。

 

「テイオーってやつ、普段は教室の隅で一人ぼっちで暗いやつってイメージが強いけど、レースではキラキラしてるんだよね〜。

 走る才能ってやつかな?」

「如何にも才能マンって感じだよね〜。

 私にもちょっと分けてほしいなぁ……」

 

 少し聞こえてきた声は、恐らく彼女と同じクラスの後輩たちでしょう。

 どうやら彼女はヒトとの交流には興味が薄いようだということを感じ取り、少し親近感がわきました。一応、同じ寮の筈ですが、寮内の共有スペースで見かけたこともございません。

 しかし周りの方々が言っているのを聞くに一つだけ疑問に挙がる点があります。

 彼女は周りが評価するほど才能だけのヒトなのかと。少なくともわたくしには、彼女は才能だけではなく努力で強いのだとそう感じました。

 毎日毎日一人で限界まで走り、成長し続ける。並大抵の精神なら一週間保たない。

 わたくしはメジロ家を背負いその誇りにかけて毎日走っている。何れ来たるレース、天皇賞に向けて。

 

 では彼女、トウカイテイオーはどうなのだろう?

 夢、誇り、約束、はたまた何でしょうか?

 同世代相手に難なく勝ち、それでも尚足りないことを目指しているからこそのあの練習量なのでしょう。

 ──気になる。私と同じように必死になる彼女が。

 わたくしにはただ純粋な興味が湧きました。

 そこからだったのでしょう。私の中でトウカイテイオーという存在が生まれたのは。

 

 気にするようにしてすぐに分かりました。

 彼女は曜日でルーティン化された練習をしているようです。

 練習開始も終了も殆ど毎日同じ時間。

 わたくしは始まってすぐにメジロ家の方に帰ったので多くは見ておりませんが、夏休みになろうとも、コースに行けば彼女はおり、相変わらず同じ時間に走り続けていました。そして、ほぼ最後まで。

 

 見ているだけじゃ、分からない。そう思ったわたくしは彼女に話しかけようと思いました。が、なんの接点も無いのでどうしたら良いのか分からず、彼女の後ろをちらちらと見ているだけで時間は過ぎていきます。

 練習を同じタイミングで終われば話せるかなと思ってみたり、帰りにいつもはちみつドリンクを飲んでいたのを見て同じタイミングで買いに行ったら話せるかもと実行してみたりしました。

 しかし、避けられているのか、運が悪いのかどうにも上手く行きませんでした。

 

 ところが冬になりかけてからのことです。運が良いのか悪いのか、学園内でたまたま見かけた彼女がキャンディーを落とすのを見ました。

 拾って追いかけます。

 

「そこの貴女、落としましたわよ」

 

 言葉遣いで内面を覆い、わたくしなりのメジロ家として相応しい姿でヒトと接します。

 

「ありがとうございます。あ……」

 

 受け取ろうとしてわたくしの方を向くと彼女は少し引き攣った顔で後ずさった。

 

「え、えっと……わたくし、べ、別に怪しい者ではありませんわよ!」

 

 咄嗟に言い訳が出てしまいましたが仕方のないことだと思います。

 しかし、話の流れはわたくしの想像を超えて行ってしまいました。

 

「え、でも僕のこと、ストーキングしてたのって……?」

 

「わたくしそんなふうに思われてたのですか?

 誤解、誤解ですわ!」

 

 あらぬ疑いをかけられていたので、咄嗟に否定してしまいます。

 どうやら声がかけられず、機会を探っていたことがバレていたようですが、ストーキングまではいっていないはず……ですわ。

 

「し、失礼します……」

 

「ちょっ、ちょっと、待ちなさい!

 貴女、わたくしのこと何か勘違いしてますわよね!」

 

 逃げられてしまったので、胸ポケットにキャンディーを差し、追いかけます。

 ここで誤解を解いておかないと、今後話しかけられなくなると思ったからです。

 流石は新入生トップということもあり、速いですが周りに人もいるので向こうも全力は出せないでしょう。

 ……と、思っていたらこちらを振り返ると速度を上げました。

 

「ちょっと、待ってください!」

 

 声をかけますが彼女は振り返らずそのまま走り去ってしまいます。

 

「は、はや……」

 

 ヒトの隙間を縫って速度を上げていく彼女に距離を空けられてしまう。

 すると彼女はスピードを維持したまま急カーブを曲がって見えなくなってしまいました。

 急いでわたくしも後を追いかけるとかなり先に姿が視えましたが、またすぐに曲がった後、完全に見失ってしまいました。

 

「あぁ、もう!見失いましたわ! 

 勘違いさせたまま変な噂にでもなったら……! 

 それにこのキャンディー、……まぁ良いですわ。次に会ったときにでも返しましょう」

 

 少し感情的になってしまい声を荒げてしまったので、一旦落ち着きましょう……。

 まさか硬い地面であそこまでのスピードを出すとは思っていませんでした。おかげで綺麗に撒かれてしまいました。

 

 気を取り直して、歩きながらこれからどうするべきか考えていきます。今後、一番の問題になるであろうことは、どうやって会うかですわ。

 恐らくトレーニング時では逃げられてしまう。

 できればそれまでに捕まえたいところですが……。また逃げられたらまた同じようなことになるでしょう。

 なので一撃必殺ですわ、気付かれていないうちに捕まえるのが正解な気がします。

 恐らくそこまで遠くには行っていないでしょう。それにトレセンがどれほど広かろうと、皆が通る場所は一握りです。

 そうと決まれば早速作戦行動に入りましょう。

 校舎近くに進路を変え、ヒトの多い通りに出ます。すると幸運なことに少し先に彼女が視えました。

 すぐに学園の地図を脳内に広げ、彼女の進行方向とそこに先回り出来るルートを考え、移動しはじめます。歩いているので駆け足で先回り出来るでしょう。

 ドンピシャですわ。配置につき、暫くすると目の前に右から彼女が現れたので、すかさず左手を掴む。

 

「捕まえましたわ」

 

 達成感のあまり声を出してしまいました。そもそも捕まえることが目的になっていましたが、元といえば何を目的としていましたっけ……。

 そう本来の目的を思い出そうとしていますと、止まっていたトウカイテイオーさんが動き始めました。

 わたくしの手を振り払おうと必死になって動かしています。

 

「ちょっ、ちょっと暴れないで下さい!」

 

 そう言うが彼女は抵抗を止めない。

 

「離して……っ!下さい……!」

 

 必死に抵抗する彼女を見て、ようやく本題を思い出せました。

 

「ほら、キャンディー返すだけですから!

 そんな声出さないでください!」

 

 彼女を掴んでいない方の手でしまっていたキャンディーを取り出し、返そうとします。

 すると周りから「何々、犯罪?」「あれメジロマックイーンとトウカイテイオーじゃない?」と声が聞こえてきました。直感が何かまずい流れになってしまったことを察します。

 

「あのとき貴方がちゃんと受け取っていてくれればこんなことにはならなかったのに……

 変な噂になったらどうしましょう……!」

 

 全く、面倒なことになりましたわね……。

 どう収束させようかと悩んでいると、彼女の方から話しかけてきました。

 

「どうして……ここで待ち伏せ、してたんですか?」

 

「貴方が急に居なくなりましたがそんなに遠くにはいないと思いましたので、近くを探せばすぐ見つかるんじゃないかと思いまして……」

 

 特に隠すことでも無いので正直に話します。

 

「なんで待ち伏せしてたんですか……?」

 

「それは、貴方が私を見つけてもすぐに逃げてしまうと思ったからですわ」

 

 現にこうやって捕まえていないと逃げられてしまいそうでしたので。

 

「ほら、キャンディーをお返し致しますわ」

 

「ありがとう……ございます」

 

 お互いに落ちついて渡せると思ったので彼女に渡します。彼女にも今度は素直に受け取って貰えました。

 

「あとわたくしはストーカーではありませんのでストーキングしたなどと言わないでください」

 

 周りへのアピールと彼女の認識を改めるため、そう伝える。

 

「え?」

 

「な、なんですの!その何言っているのか分からないみたいな顔と声は!」

 

 わたくしから見ても分かりやすいぐらい『このヒト何を言っているのだろう』という顔と声を出してこちらを見てくるものですから、声を出さずにはいられません。

 

「え、トレーニングのとk……」

 

「言わなくて良い!言わなくて良いですわ!

 ほ、ほら!もう用は取り敢えず済んだのでありがとうございました!」

 

 わたくしはこれ以上誤解を生まないよう急いで切り上げてその場から去ります。

 結局、特に何か話すことも出来ず、初めての会話らしい会話は終わりました。

 

 しばらく走って人があまりいないところまで来てベンチに座ります。落ちついてくると、先程の行動は色々と問題が有ったのではないのでしょうかと思ってしまいます。

 はたしてわたくしはメジロ家らしい行動をしていたでしょうか……?

 相手のことを考えず、わたくしのことを押し付けていませんでしたか?

 

 ……次に会ったら謝らないとですわね。

 今までのわたくしはメジロ家としてでは無く、そもそもヒトとしてあまり褒められるべき行動をとっていなかったのは事実。ですのでそのことはしっかりと謝罪をしなくては。

 はぁ……、次話せるでしょうか。彼女はわたくしにあまり好感触を持っていなそうですし、また逃げられてしまうかもしれません。

 

「はぁ……」

 

「よぉ、マックイーン!

 ため息なんてついてどうしたんだい?

 悩みならこのゴルシ様が聞いてやっても構わねぇぜ!」

 

 物思いに耽っていると、いつの間にかわたくしに纏わりつくようになったゴールドシップさんがわたくしの隣に座っていました。

 

「何もありませんよ、ゴールドシップさん」

 

「そうか?

 てっきりゴルシちゃんは最近マックイーンがお熱の子に嫌われちまって落ち込んでるもんだと思ってたんだが。

 ま!気のせいってことにしておいてやるよ。

 じゃあなっ!」

 

 嵐のように落ち葉を巻き上げながら走り去るゴールドシップさんに困惑してしまう。あの方と関わるときはいつもこんな感じです。そして、妙に鋭い。

 

「……結局、ゴールドシップさんは何がしたかったのでしょうか?」

 

 何がしたいのか常に分からない方ですが、そんな彼女に少し元気を貰えました。深く考えすぎてても駄目ですわね。

 次に会ったときのことは会ったときに考えましょう。メジロ家の者としてウジウジばかりしていられませんので。

 

 そうですね……。会ったときのことは会ってから考えるのでどうやって会うか、これが一番の問題ですわね。

 無難なところですが練習前が良いのではないでしょうか。練習後となると彼女はいつもヘロヘロなので、わたくしの都合で拘束してしまうのは申し訳ないですわ。それにわたくしとしても練習後にそんな体力は残っていませんわ。

 

 

 ──────────────

 ──────────

 ──────

 

 

 いました。昼休みも終わり、練習に出てくるヒトも増え始めたころ、わたくしは彼女のことを見つけました。

 彼女もこちらを見つけたようで目が合います。ですが、わたくしが事前にした予想とは異なり、彼女は逃げようとはしませんでしたので、彼女に近づき声をかけます。

 

「あの……本当に申し訳ございませんでした」

 

「えっと……?」

 

 流石にいきなり謝罪は意図が伝わらなかったでしょうか。

 

「貴方がわたくしのことを怖がっていることを知らずに追いかけてしまったことですわ」

 

「いや、それは僕も悪かったというか……」

 

「それにわたくし勝手に貴女のことを意識して、練習で付き纏うように思われてしまうような行動を取ってしまったことも、申し訳ございませんでしたわ」

 

 貴女に悪いことなんて一つもありませんでしたわ、なんてはプライドから言えず、何処かあんなに逃げ回らなくても良かったのではと思ってしまう自分を恥じる。

 

「えっと……じゃあ、なんでストーキングしてたんですか?」

 

「だから、わたくしはストーカーでは無いですわ。

 ……ただ少しだけ貴女が気になっただけですわ。それだけです」

 

 本当はどうしてそんなに頑張るのですかとか、貴女を突き動かす原動力はなんですのとか聞いてみたかったですがグッとこらえます。……が、中々反応を返さないでわたくしの目をじっと見つめてくるので恥ずかしくなりました。

 

「っ! そんなにじっと見てないで、何かちょっとは反応してください!」

 

「ご、ごめんなさい……」

 

「別に怒っている訳じゃないんですから謝らないでください。

 はぁ……貴女って練習の時やレースのときはあんなに堂々としているのに、こうやって話すとなんだかちっぽけに見えますわね」

 

 このちょっと気が弱い娘がメンタルも重要になってくるレースの世界で強いのだから不思議なものです。

 

「すみません……」

 

 また謝って……。全く、変なヒトですわね。

 少し話の流れが暗くなりつつあるので明るくしましょう。

 

「まぁ、良いですわ。

 わたくしが一方的に貴女のことを知っているのもあれですし、何かの縁ですのでお互いに自己紹介しましょう。

 わたくしは、メジロ家のメジロマックイーンと申します。

 以後お見知り置きを。

 さぁ、貴女の名前もわたくしに教えてください」

 

 わたくしの在り方。メジロ家のメジロマックイーンとしての在り方の籠った自己紹介。

 さぁ、貴女の在り方はどうなのですか?と暗に伝えることで少しでも貴女のことを見てみたいのです。

 

「僕の名前はトウカイテイオー。

 いつか、ウマ娘たちの頂点に立つ者。

 よろしくおねがいします、メジロマックイーンさん」

 

 頂点。その言葉を簡単にいう者はこの世に沢山いらっしゃいますが、彼女の言葉には覚悟が視えました。それに伴った努力も。

 

「えぇ、よろしくお願い致しますわ。

 それとわたくしのことはマックイーンとでも呼んでくださいまし。

 わたくしも貴女のことをテイオーと呼んでもよろしいですか?」

 

「良いですよ、マックイーン……さん」

 

 呼び捨てしてもらうのは少しテイオーにはハードルが高かったのでしょうか。そもそも先輩を呼び捨てするのは難しいことでしたっけ。まぁ、このことは時間が解決してくれるでしょう。

 

「それではテイオー、わたくしはトレーニングに行くので。

 付いてきますか?」

 

「ずっと付いてきていたのは、マックイーンさんの方です」

 

 なんとも痛快な皮肉を言ってくるテイオーに背を向け、コースへと向かう。

 すると突然テイオーが何かに気が付いたように声を上げました。

 

「あっ!」

 

「どうかしましたか?」

 

「マックイーンさん、はちみーは固め濃いめダブルマシマシしか認めませんよ!」

 

「急に何か言い始めたと思ったらそんなことですか……」

 

 よく学園のヒトたちが買っているはちみつドリンクのことでしょう。わたくしもテイオーがよく飲んでいるのを見て一度だけ買ってみたことがありますわ。

 

「そんなこととは何ですか?

 僕にとってはちみーは生活の一部なんですよ。それをそんなことなんて言うなんて……」

 

「なんですって!? 

 あのカロリーの塊が生活の一部!? 

 テイオー、何か特別な減量とかして無いんですか!?それがあったら早くわたくしに教えてください!さぁ、早く!」

 

 あんなものを毎日取れるなんて有ってはなりません。そんな方法があるなら是非知りたいですわ。

 

「……僕はただ毎日走っているだけだって……」

 

「そんな訳が無いでしょう!? 

 わたくしは毎日のスイーツの量を我慢しながら生きているというのに……。

 余りにも理不尽ですわ……!」

 

 この世の理不尽を噛み締めながらやった練習の後、テイオーと一緒に濃いめダブルマシマシを楽しみましたわ。

 

 もちろん、結果は分かっていましたわ……。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

【第二章】
第二章:プロローグ


今年最後の投稿です。


「スペの野郎、大丈夫だと思うか? テイオー」

「何とかなりますよ。スペちゃんは強いんで」

 

 皐月賞の行われた中山レース場からトレセンに帰る途中、ボクとゴルシは皆より少し後ろのところで話していた。

 前で固まって歩いているスピカのメンバーたちの中にいる話題の主、スペちゃんは、誰から見ても明らかに元気がから回っていた。無理していることがもうバレバレだ。

 

「はぁ……負けるってのは辛いね。レースでは殆どが敗者だけど」

「そりゃそうよ。負けるのは辛え。

 でも勝ったときはそれ以上に楽しい。だから辞められねぇ。だろ?」

 

 口角を上げ、にっこりと笑うゴルシにボクも釣られて笑う。勝利の味を知ってしまった猛獣(勝負師)たちは、もう二度とあの興奮を忘れられない。

 

「生憎、負けることには慣れてるから走ることはいつも楽しいよ。負けてちょっぴり楽しいか、勝ってすごく楽しいか、だ。」

「ちょっと前まで無敗だったくせに、負けることに慣れてるなんて変な奴だな。やっぱ、人生繰り返してたりするのか?」

「ないない。繰り返してたら()はリギルに入ってたよ」

「それもそうか。でも、アタシはテイオーがスピカで嬉しいぜ」

 

 ここ数ヶ月、ゴルシと仲良くしてるが普段は巫山戯ているのに、時折意味深なことを言ってくるからどんなヒトなのか未だに掴みきれていない。

 まぁ、こうやってスペちゃんのことを心配したり、一人でいることが多いボクのことを気遣ってくれたり仲間思いな良いヒトってことは伝わってくる。

 

 ……口が寂しい。キャンディー舐めようか。ヒトと話してるときにも考えるって、救いようのない中毒者かもしれない。

 バッグのポケットから1個取り出し、包装を捲り、咥える。やっぱり口に何かあると安心するな……。

 そうやってキャンディーを楽しもうとしていると、ふと視線を感じた。視線の方を向くとゴルシがこっちを凝視していた。

 何かを訴えかけるような……多分欲しいのかな? よく分からないけどゴルシにキャンディーあげるか。そう思い、鞄からもう1個取り出してゴルシに見せつける。

 

「ゴルシもいるならあげるよ」

「え! 良いのか! 

 マックイーンのやつに自慢してやろっと!」

 

 思ったとおり欲しかったのか、その言葉に喜びながらマックイーンに自慢しようとするゴルシに苦笑しながらキャンディーを渡す。

 それにしてもマックイーンとゴルシって顔見知りなのは知っていたけど、仲良かったんだ。あの真面目そうにしているお嬢様と破天荒な不思議ちゃんが仲良くしていることを、まず想像出来ない。

 ゴルシの学年もいまいち分かってないけど、多分マックイーンと同じ学年では無いだろう。何繋がりだ?

 

 そう考えているとトレセン学園の敷地内に入った。敷地に入ったところで、トレーナーの「解散だ。今日はしっかりと休めよ」との言葉でスピカの皆は解散していった。

 その時、あることを思い至ったボクはゴルシに声をかける。

 

「ねぇねぇ、ゴルシ。これから走ろうよ」

「どした、急に? いつも一人で走ってるじゃねーか」

 

 不満げに言いながら、暗にお前一人で走ってこいと伝えてくる。つれないなぁ……と思いながらも次の一手を繰り出す。

 

「……キャンディー」

「──しゃーねーな。一回だけだぞ?」

 

 こうかは、ばつぐんだ。一瞬で気を切り替え走る気満々になったことを感じ、あのときの選択は正しかったとキャンディーを上げたときのボクを称賛する。

 

 

 空の雲だけがほんの少しの光を受ける、夜に移ろいつつあるトレセンでコースの方に向かっていた。

 

「それにしてもお前もやっぱ皐月賞見て興奮するタイプか」

「ウマ娘で興奮しないやつはそうそういないよ。特に三冠を夢見るウマ娘はね」

 

 そしてボクもそのうちの一人だ、と正直に答える。

 それだけクラシック三冠という肩書きは大きい。いや、クラシック三冠だけではない。トリプルティアラ、春や秋のシニア三冠。どの三冠でも手に入れることは難しく、そしてその難易度に見合った肩書きを手に入れることが出来る。

 

「そういやお前の夢は三冠だったか」

「ふっふっふっ……甘いね。ボクは三冠で終わらない、ウマ娘たちの頂点に立つんだから」

 

 最近は癖になりつつある、腰に手を当てて胸を張り、えっへんという感じにポーズを取りながら言う。

 するとゴルシから返ってきたのは、想定外だがある意味正解の返答だった。

 

「お、言ったな! じゃあまずはアタシを超えてみやがれ!」

 

 つまり、勝負だ! ということだろう。

 今から本気で走ることは想定していなかったが、まぁ良い。脳は皐月賞を見てからずっと興奮しているのだ。

 これは、スペちゃんが走っていたからではない。

 ボクが、()()()だからだ。

 

「ゴルシ、いつも構ってくれてありがとう。でも負けないよ」

「お、ゴルシちゃんに勝てると思うとは、あと2年2ヶ月ほど早いぜ。

 こてんぱんにしてやるから、覚悟しとけよ」

 

 そう言って、お互いに走る準備をし始めた。

 お天道様すら見ていない、観客ゼロの勝負が始まろうとしていた。

 

────────────

────────

────

 

 勝負はついた。

 

「ざっとこんなもんよ!」

 

 ボクの負けとして。

 ゴールラインを越え、息を全く乱さずにこっちを振り返ってゴルシがそう言う。

 負けました。いや、ね? 油断はしてなかったんだ。勝ちを確信したらあり得ない速度で伸びてきた。そして気がついたときには抜かれてた。

 

「はぁ……はぁ……も、もう一回……!」

「テイオー、一回だけって約束だよな」

 

 啓すように、煽るように。ゴルシの顔はそれはもう嬉しそうだった。完全勝利宣言をされてしまい、負けを認めることしか出来なくなった負け犬のボクの悔しそうな顔を見て。

 

「それにゴルシちゃんはまだまだ走れるが、それに比べお前さんは疲労困憊、そんな状態じゃ勝てっこねーぜ。もう一度、強くなってから出直してくるんだな」

 

 全くその通りだ。興奮しすぎて視野が狭くなってた。

 実力差が誰が見ても明らかだった。多分、様子見で少し手は抜かれていたからこそ最後で拔かれたのであって、全力だったらこんないい勝負にはなっていなかった。

 

「次は、負けないから」

「そうだな、アタシに勝てると思ったときに勝負を挑んで来るが良い。ゴルシ様との約束だぞ?」

 

 その言葉に無言で頷く。次は()()()負けるなよってエールかな。勝負をしなければ無敗とは誰が言ったか知らないが、面白い言葉だ。逆を言えば、負けは挑んだ証拠って考えられなくもない。

 

「おーい、テイオー! 早くしねーと置いてっちゃうぞー!」

 

 帰る支度をしようとしていると、声が少し遠くから聞こえる。どうやら思ってたよりだいぶ先にいる。ゆっくりしていたら、置いてかれてしまったようだ。……いや、それにしても早くないか?

 

「待ってー、今行くからー!」

 

 ボクらしくもないが少し声を張って待つように頼む。荷物を取り敢えず鞄に押し込むように詰めて、ゴルシの方に走る。

 

「おせーぞ」

「ごめんって」

 

 すっかり暗くなってしまい、街路灯に照らされた道を征く。昼が長くなっていたとはいえ、まだまだそこまで長くはない。

 

「今日は飲まないのか?」

「朝舐めたから大丈夫」

 

 十中八九はちみーのことだろうと予想し、そう返す。ある程度ボクと仲が良いヒトならテイオー=はちみーの方程式が出来ていてもおかしくはない。

 

「それにしても、さっき言ってた負けても楽しいってのは間違いじゃねーみたいだな」

「何、煽り? 今は次どうやって勝つか、ボクの何が弱かったか考えるのに忙しいの」

 

 全くそんなことは考えてないけど悩んでるふりをする。いや、考えた方が良いな。

 

「悩め悩め。ま、その答えはアタシとの勝負の前から分かってると思うけどな。

 じゃ! 良い夢見ろよ!」

 

「……行っちゃった」

 

 ゴルシは毎度の如く意味有りげなことを言い残し、ボクを捉え切ったときと同じぐらい凄い速度で消えていった。

 

「答えは分かってる……ね」

 

 ゴルシのさっき言っていたことを反芻する。

 恐らく勝負の前から分かっていることなら、だいたいカイチョーとの勝負の敗因と同じだろう。うーん、素の能力不足? なら、解決策は練習しか無い。

 他にもレースの経験不足っていうのもあるかもしれない。結局、これもすぐに解決する手段は無い。

 

「そう簡単に強くなれたら、三冠なんて誰でもすぐに取れちゃうか。……いや、みんな強くなるならもっと強くなる必要があるから結局同じか」

 

 なんの生産性もないバカな呟きは、綺麗に咲いていたのにすぐに散って緑になりつつある桜と、上に広がる闇に吸い込まれていった。

 

 

────────────

────────

────

 

 

「ただいま、マヤノ」

「おかえり〜、テイオーちゃん。生の皐月賞どうだった? キラキラしてた?」

 

 部屋に戻ってマヤノに今日の感想を聞かれる。マヤノにも一緒に観に行かないか誘ったが、チームの皆で楽しんで来て! と、言われていた。

 

「うん、やっぱりレース場で見るのは違ったよ。あの興奮は映像では味わえないって思った」

「やっぱり、やっぱり!? マヤもそう思うよ!

 目の前で理解(わか)らないことが起こるとすっごくワクワクするし、キラキラしてるよね!」

 

 この様子だとマヤもやっぱりレース場行きたかったのかな。次行くときには一緒に行こう。次のG1は……天皇賞春かな?

 

「次は一緒に行こうね、マヤノ」

「もちろん! 一緒に行こうね!」

 

 何観に行こうかなー、やっぱりG1の天皇賞春かなぁー、あっ! このヒト出るんだ! などと、ベッドの上で足をパタパタさせながらスマホで情報収集を始めたマヤノを傍目にボクは風呂の準備をした。

 

 

 

 □ □ □ □

 

 

 

 次の日。

 

「皆さん、私! ダービーに勝つために頑張ります!」

 

 スペちゃんは昨日の空元気が嘘のように、目に炎を宿してボクらの前に現れた。

 隣にいたゴルシが肘でこっちを突いてくるので目だけ向けると、目があった。

 

「めちゃくちゃ元気になったな、スペのやつ」

「当たり前ですよ、スペちゃんですから」

「なんだそれ、理由になってねーぞ」

 

 距離を少し詰めて、耳をゴルシの方に向けて小声で話す。こういうときにウマ娘の耳が役に立つ。絶対にこんなことをするためにこの耳が発達した訳では無いだろうが。

 

「よーし、それじゃ気持ちを切り替えて、今日からまた頑張ってくぞ!」

 

 トレーナーの掛け声に皆それぞれ、おーとか、はいっ! とか、バラバラの反応を返す。少しまとまりが無いのがスピカらしいかな? 

 ボクも遅れながらも、おー! と声を出してみた。

 




 感想、お気に入り登録、高評価ありがとうございます。
 新章始まりました。この章では、できるだけサクサク進んで行く予定です。
 それでは来年もよろしくおねがいします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

参戦!

 短めですが、生存報告を兼ねて。



「チームスピカに入らせていただくことになりました、メジロマックイーンと申します。どうぞよろしくおねがいします」

 

 ボクたちのチームに新メンバーが増えました。

 

「……と、いう訳で今日から新メンバーだ。仲良くやってくれ。

 それじゃ、練習始めっぞー!」

 

 まぁ、なんともトレーナーらしい雑な紹介だ。と言っても、マックイーンはメジロってこともあって、学園中に名が知れ渡っている……って程ではないが、デビュー前にしてはそこそこ有名人なので紹介は無くても大丈夫だろう。

 そして、何事も無いかのようにいつもどおり練習が始まる。

 

「ほら、何してんだマックイーン?

 早くしねーとおいてくぞ?」

 

「え、えぇ。そうですわね」

 

 特になんの説明もなく、いつもどおりに始まる。

 

「マックイーン、一緒に行こ?」

 

「ありがとうございますわ、()()

 

「……なんか気持ち悪いですわ、マックイーン()()

 

 めちゃくちゃ寒気がする。ボクが不快そうな顔をしていたのか、マックイーンがそんな顔しなくても……みたいなことを言っているが、仕方ないことだろう。

 ここ最近のボクはチームとして練習することがだいぶ増えた。一匹狼(■■■■)から少し群れるよう(トウカイテイオー)になったのだ。そしていつの間にか日常になったチームでのアップを新たな群れの仲間に教える。まぁ、下っ端の役割だ。

 

 まずは走る速度も軽めなので話す余裕ぐらいはある。少し疑問に思ったことでも話そう。

 

「そういえばどうしてここ(スピカ)に入ったの?」

 

「え? テイオーが入って欲しいって聞いていたので、仕方なく入ったのですが」

 

「え?」

「はい?」

 

 何か噛み合わない。

 

「ボクがそんなこと、いつ言ってたっけ?」

 

「いいえ、しかしゴールドシップさんが『テイオーがお前に入って欲しいらしいんだが、中々素直に言えないからちょっと気を利かせて入ってくれよ〜』と、おっしゃっていましたが……」

 

「ゴルシにそんなこと言った記憶無いけど……」

 

 入って欲しいか欲しくないかと聞かれると、多分欲しいと答えるが一切言ったことは無いはずだ。

 

「ま、まぁ! 良いですわ! (わたくし)もそろそろチームには入らなくてはなりませんでしたので、丁度良かったですわ!」

 

 そんなことを言うマックイーンの顔は少し引き攣っていた。恐らくゴルシが適当なことを言って、ここに入れられたことに気がついてしまったのだろう。

 ちょっと空気が悪い。ここは話題を切り換えよう。

 

「マックイーンってデビューはいつ?」

 

「今年度の冬のどこかかと考えてます。テイオーはどうですか?」

 

「ボクもクラシック目指すからセオリー通り秋か冬かな」

 

 学園に入ってから初めて知ったが、クラシック狙いなら秋か冬にデビューするというのが風潮になっているらしい。

 特に拘りがある訳でも無いのでボクもそうしようと思っている。世間の流れに合わせておくのが、あまり苦労しないコツなのだ。

 

「マックイーンはクラシック出るの?」

 

「私はクラシックはあまり想定しておりませんわね。……と言っても興味が無いという訳でもございません。

 出させて頂くとしたら菊花賞でしょうか。一番早く挑戦できる長距離G1ということもありますし、空気を感じ取ってみたい気持ちがございます」

 

「あ、そうか。マックイーンの目標は──「天皇賞」……ボクに言わせてくれても……」

 

 今はお互いのことちゃんと分かってますよ、って相互確認して関係性を確かめるところでは無いのか? と思ったが、結局ボクはコミュ弱者なのでこういうとき何が正しいのかは分からない。

 

 少し話の流れが止まる。それとは真逆に、普段から何も変わらない景色は流れ続ける。

 足音が響く。二人で軽く走ったりするとき、歩幅とか普段は絶対に違うのに、何故か足を踏むタイミングが揃ったりする。足音が揃うと妙に意識してしまって更に揃ってしまい、ちょっと楽しくなってくる。

 

 そんな楽しい時間もアップの軽いジョグなのですぐに終わりを迎える。

 

「次はなんですの?」

「えっとね……次は……」

 

 頼られることなんて今まで殆どなかったけど、こうやって少し頼ってもらえるって良いことだな。そう思った。

 

 

 □ □ □ □

 

 

「おーい、二人とも手伝ってくれ」

 

 練習も終わり、部室に戻ろうとしているとゴルシの声がした。

 

「どうしたの?」

 

「ちょっとテイオー、どうせろくでもないことですわ。

 気にしない方が良いに決まっております」

 

 ボクは何があったのか聞いてみるが、マックイーンはチームに入るきっかけで嘘をつかれたゴルシに少し怒っているのか、素っ気無い態度で逃れようとしている。

 

「どうしたどうした、つれねーなマックイーン。

 ほらテイオーこっち来いよ。二人で楽しいことしようぜ」

 

 右側から肩に腕を回されこっち来いよといつの時代か分からないヤンキーみたいなことを言うゴルシ。

 

「え……えーと……」

 

「テイオー、貴女が行く必要は有りませんわ。早く行きましょう」

 

 ボクの左手を引き、帰るぞというマックイーン。

 

 これはあれか? ボクのために争わないでー、というやつか?

 実際に争われると対応に困る。どっちの味方をしたら良いのかも分からないある意味地獄だ。

 でもボクのことでこうやってなっているのは自分が必要とされているって思えて良いな。

 

「おいおい、マックちゃん。さっきからアタシに冷たくねぇか? なんか嫌なことでもあったのか? 何でも聞いてやるぞ?」

 

「えぇ、言われなくとも言いますわ! ゴールドシップさん、貴女私に嘘をおっしゃいましたね! 

 テイオーから聞きましたわ。テイオーが入って欲しいなんて一言も貴女には言ってないって」

 

「おいおい、そりゃねぇぜテイオー。

 お前、どこからどう見てもマックイーンに入って欲しい顔してたじゃねぇか?

 それにアタシもテイオーが言ったことは一回も言ってないぜ。あくまで"テイオーが入ってほしそうにしてた"って言っただけだからな」

 

 適当に流そうと思っていたら、いつの間にかボクの方に矛先が向けられていた。そんな顔してても自分じゃ分からないって……。

 どうしたのマックイーン。こっちをそんなに見つめて。ボク、こわいよ。

 

「テイオーは、私が入ってきて嬉しいですか」

 

 無言で首を縦に振りまくる。横に振ったらお腹に穴が開きそうだ。わざわざ殺されるようなことは言わない。

 

「それでは、早く私と行きましょう?」

 

 間髪入れずに頷く。

 ゴルシには後で謝っておこう。

 

「では、お先に失礼しますわ」

 

 マックイーンはゴルシの腕を軽くどけて、ボクの左腕のジャージの裾を引っ張る。後ろを向いたらゴルシと目があった。口パクで後でね、と伝える。

 

(か く ご し と け) 

 

 ひぇ……。背筋が凍る。

 ゴルシのことだから虚無感に苛まれる償いをさせられそうだ。

 

 いつまでも引っ張られているのも歩きにくいので、スピードを上げマックイーンに並ぶ。

 

「別にマックイーン一人で逃げても良かったんじゃないの?」

「貴女が居なかったら誰がスピカの部室まで案内してくれるのですの?」

 

 ボクとマックイーンの間に静寂が広がり、風でさざめく新緑の音が響く。

 

「……あれ?」

 

 脳の理解が追いつかない。

 

「チームにどうやって入部したの?」

「ゴールドシップさんが、勝手に進めて『この時間に練習場まで来い』と言われただけでして……」

「えぇ……」

 

 思わず困惑の声が漏れる。

 スピカってそんなに適当なチームだったっけ……でした。

 チームの特色はトレーナーによって決まると言っても過言では無いが、ボクらのトレーナーは基本的に雑だ。なので、そこらへんも適当になってしまったのだろう。その雑加減がこのチームの良い雰囲気を出していると思うので、それはトレーナーの長所だと考えている。

 長所と短所は表裏一体って、この前ネットで見たからな。

 

「それでどれがスピカの部室ですか?」

「あ、えっとこっち。ついてきて」

 

 さっきと異なりボクがマックイーンを先導し、部室が立て並ぶエリアを進む。ここらへんの部室街──勝手にボクがそう呼んでるだけ──は、たまに建て替え工事をしたり、増築されたりするので風景がちょくちょく変わる。建設業者さんはいつもありがとうございます。

 チームが新設されたり、無くなったりと結構変動が多いので、お隣のチームが次の年度には変わっていたなんてこともあるにはあるらしい。

 

 そうしてある程度進むと我らがスピカの部室が見えてきた。と言っても外見は近くの他の部室と比べても看板以外差はない。

 

「着いたよ」

「どうもありがとうございます」

 

 扉を開けて中に入る。

 暗いので電気をつけた。中には当然誰もいない。

 きっとスペちゃんはスズカさんと一緒にダービーに向けて頑張っているのだろう。この前のタイキさんとの勝負だったりと、ここ最近のスペちゃんの頑張りは凄まじい。

 ゴルシはさっき会ったし、ウオッカ&スカーレットも二人で切磋琢磨してるのだろう。

 

「では帰りましょうか」

「あれ、なんかすることあるから来たんじゃ無いの?」

「いえ、ただ場所が知りたかっただけですわ。

 明日からは私だけでも来ることが出来そうですので、もう満足ですの」

 

 本当に場所確認だけだったみたいだ。

 さっき点けたばかりの照明を落とし、部屋を後にする。

 そういえば、ここの施錠は門限後にトレーナーがしているようだ。この前、忘れ物を取りに行こうと寮長の目を盗んで部室に行ったときに、閉まっていたのでしっかりと仕事はしているんだなと感心しつつ、少し恨んだ。

 

 帰る途中、思い出したかのようにマックイーンがふと呟いた。

 

「そういえばはちみーはよろしいので?」

「何言ってるの? 今から買いに行くに決まってるでしょ?」 

 

 毎日はちみー生活のボクだもの、当たり前だ。

 マックイーンも舐める? と聞いたが要らないらしい。うめき声を上げながら断られた。残念だ。

 

 

 

 

 次の日、ゴルシに会おうとしたが学園内におらず、何処に行ったのだろうと気になり、連絡してみたらどうやら海の上だそうだ。

 昨日は釣りの準備を手伝ってもらいたかったらしい。後で捌くの手伝えと言われた。

 

 いや、無理だが?




※急なタイトル変更すみません。
 感想にてご指摘頂きまして、有識者の知人に尋ねたところ、これは転生との回答を頂きましたので変更させて貰いました。
 これからもよろしくおねがいします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

弁当販売

 大変おまたせしました。


「ゴルシちゃん特製、謎弁当だぞ〜。

 中身は開けるまでのお楽しみ! お一ついかが〜」

「……いかが〜」

 

 日本ダービー当日の昼。何故かボクはゴルシに付き合わされて弁当販売をしております。

 

「ちょっとすみません、何が入ってるんですか?」

 

 欲しいのだろうか? ボクに内容物を聞いてくる。

 この弁当を買うというのは、あまり良い選択では無いぞ。

 

「カレーやたこ焼き、海鮮丼、カツ丼などなどです」

「などなど……?」

 

 そりゃあ、反応もそうなる。他にも、()()唐揚げ弁当や日の丸弁当もある。

 因みにゴルシの決めたお値段は低めに設定されている。儲けより娯楽寄りなのだろう。

 ……安くてもこんなに怪しいやつ買う人居るのか?

 

「因みに何が欲しいですか?」

「えっと、カツ丼です」

 

 ゴルシにバレないように裏取り引きだ。売上が出るなら良いことだろう。

 それじゃあ、カツ丼か。じゃあ……多分これかな。

 入れ物を揃え、外見を完全に一致させるのは、コスト削減とガチャ要素を高めるのに大いに貢献している。

 

「どうぞ、恐らくカツ丼です」

 

 かごの中から一つ一つ探ってお目当てのものを渡す。

 殆ど直感に等しいが、9割ぐらい合っているはずだ。何故か最近、()()には優れている。

 

「開けて確認して……じゃなかった。開ける前にお駄賃頂くのが一応決まりでして……」

 

 そう言うとお客さんは財布から百円玉を3枚取り出し、ボクが受け取ったので開けても大丈夫ですとアイコンタクトで伝える。

 開けるとそこにはちゃんとカツ丼が有った。良かった。

 しかも湯気が立ってる。どういう技術だ? 

 中身を確認してお客さんは嬉しそうな顔で食べ始めた。美味しそうに食べていたと後でゴルシに伝えておくか。

 

「すみません! 僕にも一つ」

 

 その様子を見ていたのか声をかけてくれる人がいた。そっちに駆け足で行き、注文を聞き、探し当てる。

 何が入っているかは謎だが、味は美味しいし、安いので中身が知れるとなると飛ぶように売れた。

 

 ……本当に何故普通に売らないのだろうか。

 

 □ □ □ □

 

 完売したのでスピカのメンバーの下に戻ってきた。

 

「ただいま〜」

「お疲れ様ですわ」

 

「げ、テイオーまさか、あの闇弁当を完売させちまったのか?」

「やるじゃない! 全然売れないかと思ってたら案外売れるものなのね……」

 

 褒められまくって自己顕示欲がどんどん満たされる。

 

「おっ、テイオー、ゴルシの手伝いは終わったのか? 

 ……って売り切っちまったのか。いやー余ってたら頂こうと思っていたんだが、これは失敬失敬」

 

 ボクも完売できるとは思ってなかったよ……。多分この感じだとトレーナー、今日の昼売れ残りで済ませようとしてたな。

 ここ最近のお財布都合はあまりよろしく無いのだろう。パーティーとかを自腹で全て済ませようとしてるから厳しくなっているに違いない。

 多分、今日もこの後スペちゃんが勝つことを予想してお金を用意しているのでカツカツなので、こうして売れ残りを頂こうとしてたと思われる。

 

 流石にゴルシの方も売り切れたなんてことは無いだろうし、お昼ごはんにはありつけないことは無い気がする。

 

 ────────────

 ────────

 ────

 

「テイオー! どうだった!? 

 アタシは売り切ったぜ!」

 

 売 り 切 れ て ま し た。

 あのートレーナーさん。口からキャンディー落ちましたよ。開いた口が塞がらないとはこういうことなのだと実感できる開きっぷりだ。放心状態で閉まる様子がない。

 

「あの、トレーナーさん。良かったらどうぞ」

 

 そんなトレーナーに思わぬ所から助け舟が来た。スズカさんがボクとゴルシがさっきまで売りさばいてたあの外見の箱を持っていた。

 そういえばボクから一番最初に買ってくれたのはスズカさんだったな。

 

「スペちゃんの気持ちを理解しようと思って2つ買ったんですけど、一つでお腹いっぱいになったので良かったら……」

「恩に着る! スズカ!」

「ひゃいっ!」

 

 物凄い勢いで弁当と箸をスズカから受け取り、蓋が開けられるとそこには見覚えのある海鮮丼があった。

 

「お、あれはテイオースペシャル海鮮丼じゃねぇか!」

「ゴルシ、言わなくて良いから!」

 

 ボクなりに精一杯やったんだぞ。形は少し歪でも、素材が美味いから多分美味しいはず……はずさ! 

 

 トレーナーはというと、頂きますと一言言うと、弁当に貪りついていた。

 自分が作ったものを食べてもらえるのはちょっと言葉にしにくい感情だな。こう……嬉しいような、恥ずかしいような、少し怖い気持ちもある。

 

「へぇ……テイオーが作ったんですの。中々上手ですね」

「マックイーン、そう思うだろ? 

 でもな、テイオーのやつ最初はほんとに全然ダメダメで、指切り落とすんじゃないかってヒヤヒヤしたんだぜ」

「あー!! 言わなくて良い! 言わなくて良いから!」

「まぁ、結局怪我せず終われて良かったじゃねーか」

 

 それはそうだが……。実際ボクが一人で全部やったわけではなく、ゴルシが付きっきりで教えてくれた。

 そもそも料理は前世でも全くやったことが無いし、転生してからも触れてない。本当に調理実習ぐらいでしか包丁を持ったことのない初心者の中の初心者だ。

 慣れるのが早いタイプなので教えてもらう中で少しずつ様になっていって、どうにか形となった。

 

 とはいっても商品にしても良いのか? と思い、質問したが、ゴルシに「元々何入ってるか分かんねーしへーきへーき」と言われてしまったので5個交ぜて貰った。

 ある意味激レアだ。

 

「いやー、それにしてもテイオー。売れたのはお前のおかげだな。アタシのやつを買ってくれたやつ、お前が売ってたのと同じやつか? って質問してきたからな。

 

 おい、────ひょっとして、中身明かして無いよな? 

 

 耳元で囁かれて背筋がゾッとする。

 

「そ、そんなわけ、無いじゃん……。ボクとゴルシの約束だよ? 

 だ、だいたいボクが中身分かる訳無いじゃん。ゴルシも分からないでしょ?」

「いや、分かるぞ。テイオーも分かったんじゃ無いのか?」

「え?」

 

 なんのことやら……。あのブラックボックスに違いなんてあったのか。

 

「スズカ食べ終わったやつくれねぇか?」

「良いけど……」

 

 ゴルシがスズカさんから受け取った中身の無いブラックボックス(食べ終わった弁当箱)を見せてきて、底に指をさす。

 

「ほら、ここ。点があるだろ? これの数で何か分かるようにしてるんだよ」

 

 それ気づいてもどれが何個なのか知らないんだよね……。

 

「あれ? ほんとに知らなかったのか?」

「え、そうだけど……」

「マジか……疑ったアタシが悪かった。すまん」

 

 ……なんだろう、この罪悪感は。

 実際にその見分け方は知らなかったんだが、約束を破ってたのはボクなんだよね。それなのに頭を下げられて謝られているこの状況、違和感も罪悪感もそれはもう込み上げてくる。

 

「えーと、ゴルシ……実はね……?」

「あ、さっき言った見分け方は嘘だぞ」

「……え?」

 

 これってもしかして誘導尋問に嵌められる寸前だったのでは? 

 ……セーフ、なんとか助かった。

 

「アタシが適当に言った冗談だっつってるの。

 もしかしてあれか? 渡す前に中身確認したわけじゃねーよな? もしそうだったら……」

「もしそうだったら?」

「今日のスペの祝賀会は、テイオーに全部片付けをやってもらうことになるぜ」

 

 地味にキツイ。いや、地味どこかかなりきついぞ。

 スピカも結構大所帯になったし、何より今日のお祝いをすることになるならば祝うのはあのスペちゃんだ。

 しかもマックイーンも結構食べる。自腹で払うかもしれないトレーナーが、こんなに節約しているのも無理もない状況だ。

 

「中身は確認してないよ」

「中身()確認してねーのか。

 ────命拾いしたな

「ぴぇっ」

 

 耳元で囁かれて、変な声が出てしまった。腰が抜けて後ろに倒れそうになると、マックイーンが支えてくれた。

 

「ほら、テイオー。そんな悪い人の近くじゃなくてこっちにおいで下さい」

「マックイーン……お母さん……?」

 

 ふと優しい顔をするマックイーンを見てそう思う。

 

「誰がお母さんみたいですか!」

「確かにマックイーンの胸じゃ、ママは無理だな」

「そういうことではありません!」

 

 マックイーンのボディは相変わらずスラーと……えっと、スレンダーな体型でかっこいい……かっこいい? です。いや、やっぱり可愛いです。

 

「マックイーン……気にするな。いつかおっきくなるもんな」

「そんな哀れみの目を向けないでくださいまし。それを言ったらテイオーだって……」

「ボクはまだまだ成長期だから……」

「私だってそうですわ」

 

 不毛な争いが一瞬始まろうとしていた。戦いの火種になりそうであったゴルシはデカい。それはそれは。

 ボクとマックイーンの争いなんてレベルが低すぎるぐらいには違った。

 この話は止めよう。

 

「あー、スペちゃん大丈夫かな……?」

 

 ふと思考を変えようとレース場の方を見ると不安が募ってきた。もうちょっとしたらパドックにダービーの出走バたちが集まる。

 それから出走するまでも、ある程度時間はある。

 早く結果が知りたいという気持ちと、永遠に結果が知りたくないという矛盾がせめぎ合う。

 

「おいおい、まだまだ時間はあるぜ。そんなんで大丈夫かよ?」

「やれることはやったんだし、私達は応援するだけよ」

「ウオッカとスカーレットの言うとおりだぞ、テイオー。

 後、俺たちに出来ることは、日頃の練習の成果を見届けるだけだ」

 

 とても良いことを言っているトレーナーだが、弁当を食べながらそう言う姿はなんとも締まらない。

 だが、あんまりにも美味しそうに食べるので料理した者としてはとても嬉しい。

 

「トレーナー、美味(うめ)えか? それ」

「おう」

「だってよテイオー、良かったじゃねぇか」

「……良かった」

 

 作ったものを良かったと伝えられることは、作って良かった一番実感できる瞬間だと思った。

 でも自分から感想を求めるのはちょっとハードルが高い。コミュニケーション強者なら出来るのかな? 

 

「そーだ! スペのやつにちょっと会いに行こうぜ!」

 

 何の脈略もないいきなりの提案がゴルシからなされる。

 

「ちょっと! さっきここで見守りましょうってなったじゃない!」

「分かってねーな。こういうのはちゃんと近くから伝えることに意味があるんだっつーの。

 つべこべ言わずさっさと行くぞっ! 善は急げ! 

 てことで、スズカに続けぇ〜〜!」

「えっ、私?」

「何ボケ〜ってしてるんだ、行くぞっ、スズカっ!」

「え、えぇ……」

 

 半ば強制的だったがスズカさんを仲間に引き込み、スピカの皆で行くぞという流れになる。

 

「じゃ、トレーナー位置取り頼んだぜ!」

「しょーがねーな……レースが始まるまでにはもどってこいよ」

 

 ──ただし、トレーナーはお留守番だが。

 

 




 感想、評価、誤字報告ありがとうございます
 不自然なところで終わってすみません……。
 次は一週間以内に投稿したいです。

 あと、アンケートよろしくおねがいします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

スペちゃんのダービー

毎日投稿!?
※明日は無理です。


 スペちゃんを探して三千里。実際はそれほど歩いていないが、長くて先の見えない地下通路をスピカの皆でぞろぞろと歩く。

 さっき控室に行ってみたが空室だったので、アップしていると判断したからだ。

 

 そして歩くこと数分、真剣な面持ちでジョグをするスペちゃんを見つけた。

 ……話しかけにくい。皆で顔を見合わせ、誰が声をかける? という雰囲気になり、スズカさんの方に視線が集まる。

 スズカさんもそうなることはなんとなく想像していたようで軽く頷く。

 

「スペちゃん」

 

 そう一言。足音ばかり鳴り響く地下通路に声が広がる。

 すると真剣な表情から一転、笑顔でこちらに走ってくる。

 

「スズカさん! それに皆も! どうしたんですか?」

「ふふっ、スペちゃんが心配で皆で来ちゃったわ」

「スペっ! お前なら出来る! 全員ぶっ潰してやれ!」

「スペ先輩! オレ、先輩が先頭でゴールするって信じてます!」

「スペ先輩、一番を取ってきて下さい!」

 

 皆ここに来るまでに言うことを考えていたのだろう。思い思いの言葉を一言ずつ伝えていく。

 

「スペちゃん、夢を叶えてね」

 

 そして僕も。

 

「ほら、マックイーンも」

「え、えっと……応援してますわっ!」

 

 少し間が空いてしまったので肘で突いて次だよと伝える。まぁ、馴染みもまだまだ少ないからこれからもっと仲良くなるだろう。

 

「私、頑張ります! だから、見てて下さい!」

 

 胸をピシッと張ってはつらつと答えるスペちゃんに、あ、今日は勝つなと何の根拠もない勘が働く。

 

「ええ。ゴールするところを楽しみに待ってるわ。

 ごめんね、時間取っちゃって。

 頑張ってきてね、スペちゃん」

「はいっ! 行ってきます!」

 

 そう言ってスズカさんとの会話を終えると、走りながら後ろを向きながら元気よく手を振り、しばらくすると前を向いてアップに戻っていった。

 

「さて、アタシたちは急いでトレーナーの元に戻るぞ! 

 あんまり場所取りさせんのは、周りのやつらにも迷惑だしな」

 

 行きと違い、ボク達も走って戻っていった。

 

 □ □ □ □

 

「おっ、帰ってきた。

 思ったより早かったじゃねぇか。

 ちゃんと応援出来たか?」

「ええ」

「そいつは良かった」

 

 スタンド席に帰ってくると、もうすぐダービーが始まるということもあって、大勢の人たちが出走を今か今かと待ちわびていた。

 

 周りでは今日は誰が勝つのかという話が白熱していた。そこでよく出てくる名前が、スペちゃんとエルコンドルパサーさん、あとはセイウンスカイさんやキングヘイローさん辺りだ。

 正直、他にも日本のクラシック級における最強バたちが集っており、誰が勝つかとは簡単には予想できない。だからこそ、この中で勝つことで日本一のウマ娘に近づける。

 

 だが、ボクはスペちゃんが勝てると思ってる。

 過去の僕が競馬をやっていたなら単勝一万円入れちゃうぐらいには、勝つと思ってる。……一万円だと、どれぐらい勝つと思ってるか分かりにくいな。

 

 まぁ、それだけ信じているのだ。我らがスペシャルウィークが勝つということを。

 それは人気にも表れた。並み居る強豪の中、堂々の一番人気。ボクの一押しのウマ娘です(実況解説)。

 

 わぁぁあああ!! と歓声が上がった。

 

 その声たちに釣られ、コースを見ると遂に入場が始まったようだ。

 一人一人出てくるたびに大きな声が上がるが、一際その中でも目立っていたのは、やはりエルコンドルパサーさんとスペちゃんだ。

 今回、二人の人気は皐月賞バのセイウンスカイさんを差し置いて1番と2番だ。

 

「仕上がりは見る限り、皆さん良好ですね」

「スペも完璧の完璧。あとは運が味方するかだ」

 

 レースのシステムが安定してきたあたりから言われ続けていることがある。

 皐月賞は、最も()()()ウマが勝つ。

 ダービーは、最も()()()()ウマが勝つ。

 菊花賞は、最も()()ウマが勝つ。

 このことを知ったのは学園に入ってからしばらくしてからのことだが、知ったときに三冠バが物凄く強いんだということも改めて分かった。

 

 クラシック三冠の冠は毎年必ず3つ用意される。

 ただしその3つ全てを冠するには、才能も、努力の成果も、勝利の女神も、全てを味方にしなくてはならない。

 

 今日は日本ダービー。勝利の女神は誰に微笑むのか……なんてね。

 

『ゲートイン完了、スタートの準備が整いました』

 

 アナウンスとともに、ざわついていた空気が少し静かになる。

 

『スタートしました!』

 

 だが、スタートと同時に周りの熱気がどんどん上がる。

 ちょっと耳にきついな……。感覚が上がったことで不便になったことの一つだ。

 ウイニングライブも客席側だとそこそこきつい。

 

 そんなボクはさておき、レースは澱みなく進む。

 先頭はキングヘイローさん、続いてセイウンスカイさんとなっており、我らがスペちゃんは中団につけている。

 そしてその後ろにぴったりとエルコンドルパサーさんがマークしている様子だ。

 

 先頭も変わらず、中団に大きな動きもないままレースは進む。

 スタンド席でみんな自分の応援する子が何処にいるか必死に目を凝らしながら、今後の展開に注目する。

 

 するとエルコンドルパサーさんが仕掛けた。

 スタンドから、大きな歓声が上がる。

 それを見たスペちゃんも仕掛けた。

 一人、また一人、どんどん二人は追い上げあっという間に先頭集団も追い抜き、事実上の二人の対戦となる。

 

 周りからは「スペ」や「エル」と言った悲鳴にも近い声があちこちから聞こえるが、情報が多すぎてきついので耳からの信号をシャットアウトする。

 状況としては先に仕掛けたエルコンドルパサーさんが前にいてスペちゃんが不利な状況だ。

 

 まずい。

 エルコンドルパサーさんはNHKマイルに勝ったりなど、スピード面で優れている。

 いくらスペちゃんと言えどこのままじゃ、追いつくことは出来ない。そう思いかけていた、次の瞬間だった。

 

 ──世界が、止まった。

 

 白黒の世界。一度だけ来た世界。

 だが、すぐに引き戻され、時は流れ出す。

 

 あの世界で今、色があったのは──スペちゃん? 

 

 そこから何が起きたのか、あまり上手くは言えなかった。だが、あれは今まで見たスペちゃんの中で一番速かった。

 勝利の女神さまは、居るような気がした。

 

『ゴール!!!! 

 最後、スペシャルウィークがならんだぁ!!!』

 

 実況の興奮した声でボクの世界に音が戻ってくる。

 勝ったのはどっちだ? 

 皆そう思っているようで、ソワソワしながら判定の文字から着順が出るのを待つ。

 今のはどっちが勝ったに決まっているという論争が激化するが、その結論は中々現れない。

 

「写真判定でこんなに出るの遅いことってあったっけ?」

「有るには有る。めちゃくちゃレアケースだが同着か疑わしいときだ。

 G1で一着同着はまだ無い。でも、皆が注目してる中でこの遅さは相当入念にチェックされているはず。

 俺としてはスペに勝っていて欲しいが……」

 

 もちろんボクだってそうだ。スペちゃんには勝っていて欲しい。

 皆その気持ちは同じようで浮ついた感じになっている。

 でも一番この結果が待ち遠しいのは、ターフの上で掲示板を見つめるスペちゃんとエルコンドルパサーさんの二人のはずだ。

 

『大変長らくおまたせしました』

 

 実況でも解説でもない人のアナウンスが入る。

 そのことに全員が、今から結果が発表されることを察する。

 

『審議の結果、只今のレースは()()となりました』 

 

 同着という言葉が聞こえた瞬間に大地が割れるような歓声が響き渡る。

 慌てて耳を塞いで周りの様子を見ると、皆凄く納得した顔で二人の健闘を讃えている。

 

 G1、それも日本でとても重く見られている日本ダービーで一着同着。

 勝利の女神が作ったにしては都合の良い話だが、こんなことも有っても良いのだろう。

 

 

 □ □ □ □

 

 

「「「「カンパ~イ!!!!」」」」

「さぁ! どんどん食え! 今日はどれだけ食っても良いぞ!」

 

 日が落ちてからだいぶ経ったが、スピカの部室は大盛りあがりだった。

 

「皆、応援ありがとうございました!! 

 最後、諦めそうになったけど、皆さんの声を頂いてなんか力がぐわーって上がって一着取れました!」

「最後のスペ、ホントにヤバかったぞ。

 ほら肉食え、肉。お前のためにトレーナーが身銭を切って奮発したんだから、食ってトレーナーの思いを引き継げ」

「ありがとうございます!!」

「いや、俺死んでねーよ!」

 

 笑い声が飛び交い、楽しくスペちゃんの勝利を祝う。

 このチームに入って良かったとつくづく感じる。

 

 ふと静かだなーと思い、マックイーンを見ると端っこでこちらの様子を微笑みながら見ていた。

 

「マックイーン、こっちに来ないの?」

「いえ、(わたくし)はここでこの空気を楽しんでおりますの。

 それにまだ入ってから日も浅いですので、少し輪に入っても良いものかと……」

「なんだ、そんなこと気にしてたの?」

「そんなことって……」

「そんなの誰も気にしてないって。

 まぁ、そんなに言うなら気にしないけどさ。ほらボクとは仲良く食べようよ」

「えぇ、ありがとうございますわ」

 

 少しボクも輪から離れてマックイーンと二人で話しながら食べる。

 ボクやマックイーンが勝ったときには、こんなふうにボク達が中心でパーティしてくれるかな? 

 

 その後もパーティーは楽しい雰囲気が続き、

 

「テイオー! なんか一発芸やれ!」

「えっ? ボク!?」

 

 ゴルシの突然の無茶振りに密かに練習していたルービックキューブを15秒で6面完成させてみせて変な空気にさせたり、

 

「スズカさん……もう食べられませんよ〜〜」

「はいはい、スペちゃん」

 

 スペちゃんが食いだおれてスズカさんに介抱してもらったり、

 

「スペ──っ!! ホントにお前は凄いやつだ!! 俺が認める!! お前は日本一のウマ娘だぁぁ!!!」

「……すぴー」

 

 一人酒に酔ったトレーナーさんが号泣しながらスペちゃんを褒めまくっていた。本人は寝てたが。

 

 そんな楽しいパーティーも終わりを迎え、絶賛片付けをしているわけ何だが……。

 

「テイオー、お前一人だけの予定だったが二人増えたぞ! 良かったな!」

「ゴールドシップさんは口よりも手を動かしてくださいまし」

「ひぇー、マックちゃんが怖いよー。テイオー助けてー(棒)」

「えぇ……」

 

 成り行きでゴルシとマックイーンとボクの3人で片付け中だ。

 スペちゃんはそこでお腹を膨らませてなんとも幸せそうに寝てる。

 スズカさんはトレーナーさんの介抱をしている。

 ウオッカとスカーレットの二人と言えば、二人も大食い勝負の激戦の上、腹を大きくしてノックアウト中だ。

 

 という訳で隅っこで食べてたボクとマックイーン、それに加えてゴルシの3人ってことだ。

 

「全く……皆さんはしゃぎすぎですわ」

「良いじゃねぇか、チームメンバーの喜びを分かち合うことは大切だぞ?」

「そうですけれども、流石にこの惨状はどうかと思いますわ」

 

 確かに地獄だ。まだ誰も吐いていないのが救いなレベルには。

 

「でも、楽しかったね」

「ああ、そうだな」「そうですわね」

 

 また、こんな機会があると良いな。

 出来ればボクの勝利によって。

 

 




 感想、高評価、誤字報告ありがとうございます
 
 現在、アンケートを行っておりますので真剣にやらなくてもよろしいので、是非ポチッとお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

逃げ

 おまたせしました。
 私事でございますが、晴れて受験が終わり入学手続きも済みましたので更新再開します。

 


「……すごい……すごい、凄い、凄い!!!」

「て、テイオー?」

 

『セイウンスカイ、向正面を抜けてリードは8バ身差ほどだ!』

 

 秋の京都レース場。芝3000m、G1菊花賞。

 

「勝つよ、セイウンスカイが! 

 強い! なんで逃げ切れるんだ? しかもレコードにこれは絶対に行く! 

 全部自分のことを分かってるんだ。どのスピードでどのペース配分で行けば勝てるって、はっきり分かってる。

 全てが自己完結してる。あそこまで行けば相手なんて関係ないんだ。

 ただストップウォッチとの対話だ……!」

 

 興奮しすぎたのか周りが褪せて見えるが、セイウンスカイだけははっきり見えた。

 

 皐月賞を勝っていた頃なんて、こんなにこの先輩に注目していなかった。ただ強いな、スペちゃんとのライバルになるんだろうなとしか思っていなかった。

 

 ボクは魅せられていた。いつになく興奮していた。

 カイチョーを初めて見たあのときのように。

 

「ここまで来たら、後ろが頑張ろうとセイウンスカイがペースを下げない限り、長距離でウマ娘の出せるスピードで追いつくことは出来ない。

 皆スパートをかけているとはいえ、それはセイウンスカイも同じ! 

 

 ──出来るんだこんなことが。

 逃げで勝って、しかもレコード!」

 

『最後の直線に入った! 先頭は依然セイウンスカイ! 

 大外から懸命にスペシャルウィークが上がってくる!』

 

 まだゴールはしていない。

 丁度、最終直線に入った頃だ。

 もちろんここからペースが落ちることもあり得る。

 でもそんなことは起らず、そのまま走りきれるという確信があった。そしてレコードが出ることも。

 

 過去のクラシック三冠レースの映像は山程見た。

 特に不得意な長距離の菊花賞は。

 菊花を勝ったほぼ全員の脚質は先行で、差しと逃げは僅かだ。

 これは逃げを目標として先行が仕掛けやすいからだ。

 逃げは先手で動けているように見えて、実のところ後出しジャンケンをやらされているのと似たようなものだ。

 

 それを真正面から力で捻り潰しているのが今の状況。

 先行や差しが届かない位置まで先に逃げ、仕掛けたときにはもう駄目でしたね、と嘲笑うような展開。

 それはもうあの世代で、今この瞬間に最も強いウマ娘と言っても過言ではないだろう。

 

「ははっ、逃げもここまで来ることが出来たなら強いんだな」

 

 最近は逃げが強いのか? と思う場面も沢山ある。

 スズカさんの走りなんて特に顕著だ。

 あの勝ち方は小学生の頃に誰しもが考え、諦める、"実現不可能な最強戦術(ぼくのかんがえたさいきょうのはしり)"を具現化したような、まさに()()()の逃亡者といったところだろう。

 

『セイウンスカイが逃げ切った! 

 タイムは3.03.2! レコードです!』

 

 そして、これだ。

 こんなもの()せられたら、逃げで走ってみたくなるに決まってる。

 

「ははっ、強すぎ……完璧だ。逃げでレコードはタイムアタックと変わらない。全てが自己依存で、自己完結。

 

 ──あぁ、超えたいなぁ……」

 

 ポンポン。

 

 肩を叩かれ振り返ると、呆れ顔のマックイーンがいた。それで察した。

 

「あ、……ごめん、スペちゃんの応援に来てたのに一人で勝手に盛り上がって……」

「全く……別に私に謝らなくても良いですわ。

 興奮する気持ちも分からなくないですが、貴女も一応スピカなのですから少しは空気を読んでください」

 

 スピカに関しては後輩のマックイーンにチームのことで諭されてしまった……。 

 まぁ、これに関しては全面的にボクが悪い。

 

 ……それはそれとして、今度また逃げに挑戦してみようかな。

 でも逃げをやるとするなら作戦も何もない、肉体勝負だって思っているけど何かコツとかあるのだろうか? 

 ……マヤノは逃げもたまに使ってた気がするな。帰ったら聴いてみよう。

 

 

 

 □ □ □ □

 

「逃げのコツ?」

「うん」

 

 お互いにベッドの上に座りながら向かい合って話す。

 実のところ、そこまで期待していない。感覚派で天才肌のマヤノの言っていることがボクに理解できるか怪しいからだ。

 

「マヤもテイオーちゃんと同じで、先行策ばっかり取るから逃げ専門じゃないけどそれでも良い?」

「もちろん……じゃなくて、アイ・コピー」

「ありがとっ☆ テイオーちゃん! 

 えっとね、逃げにもマヤは二種類あると思うんだ」

「二種類?」

「そうっ、"先頭を走り続ける"逃げと"その後ろを付ける"逃げの二種類だねっ」

 

 スズカさんみたいなタイプか、先行っぽい逃げってことか。

 

「テイオーちゃんでも逃げは単逃げが有利っていうのは知ってるよね?」

「うん、自分の思う通りのレース展開にしやすいからでしょ?」

「そうそうっ! 逃げを走るときはお互いにそれを分かってるから、逃げが他にもいるときはお互いに沈むことを避けたいから、先頭争いはそんなにしないんだよ」

「……何で避けるの? 前にいた方が有利じゃないの?」

 

 先頭にいた方が自分のやりたいことをやれるのではないのか? 

 

「テイオーちゃん、スパートをかけるときに例えば同じスタミナ、同じ走力があって、同じタイミングで仕掛けたら誰が有利か分かるよね?」

「あ……そうか。スローペースの方が有利なんだ」

 

 セイウンスカイさんのレコードを見たばかりで忘れていたが、基本的なことだ。

 マヤノがジト目でこっちを見つめてくる。

 

「も〜、テイオーちゃん? 授業聞いてたの?」

「マヤノだって真面目に受けてないじゃん」

「マヤは全部分かっちゃうから別に良いもんっ。

 それより、それよりっ! だから逃げは最初から飛ばしていくのは戦術的にはダメダメなんだよ! 

 ──圧倒的な力の差が無ければね」

 

 今回のスカイさんは皆落ちてくると読んで追いかけなかったこともあるかも? と付け足しつつ、こちらを鋭い眼差しで見つめてくる。

 マヤノに見透かされているような、なんだか変な気分になる。

 

「マヤ分かってたよ。テイオーちゃんが今聞いてくるってことはセイウンスカイさんでしょ? 

 マヤだってキラキラしてたのこの目に焼き付けたもんっ! それにスズカさんとかも気にしてるでしょ。

 テイオーちゃんは強さが好きだもんね〜。漫画とかに出てくる求道者みたいな感じ! 

 

 テイオーちゃんでも相手を選べば、あんな感じに出来るんじゃないかな。

 でもマヤはあんまりオススメしないよ? テイオーちゃんは……」

「マヤノ、コツを教えて?」「……しょうがないなぁ」

 

 話が脱線しそうになるマヤノに釘を刺す。

 マヤノは姿勢を変えてまた話を始める。

 

「でもテイオーちゃんに教えるようなコツなんてほとんど無いよ? 

 逃げを走るときは相手に気が付かれないようにペースを落としておいて、スパートに余力を残しておくことぐらいかな。

 後、スタートは遅れちゃぜったい駄目だよ! 

 ……マヤにはこれぐらいかな。テイオーちゃんのところにはスズカさんがいるし、スズカさんに聞いたら?」

 

 うーん、スズカさんはマヤノより感覚派そうだからな……。

 全力疾走をずっとしてたら勝てますよ? とか言いそうだ。……流石に失礼か。

 

「それもそうだね。

 スズカさんにちょっと聞いてみるか」

「スズカさんなんてザ・逃げ! って感じだし、きっとマヤより良いこと教えてくれるはず!」

「ありがとね、マヤノ。付き合ってくれて」

 

 思ったよりちゃんと答えてくれたマヤノに感謝だ。

 良いの良いのマヤとテイオーちゃんの仲でしょ? って、嬉しいこと言ってくれるじゃん。

 

「そういえばさっき切っちゃったけど、ボクは逃げじゃなくて何やれば良いと思ってたの?」 

「なーいしょ! マヤはもう言わないもん☆

 あ、そうだっ! 新作スイーツが出たらしいから、一緒に食べに行かない?」

「……何処の新作スイーツかによるかな」

 

 少し悪態をつきながらも、前向きに新作スイーツを検討した。

 

 

 □ □ □ □

 

「えっと……逃げのコツですか?」

「はい、スズカさんなら分かるんじゃないかって」

 

 マヤノに聞いた次の日。

 スピカのチーム練習の休憩中、ボクはスズカさんと話していた。

 ボクは普段スズカさんとはあまり話さないので、ちょっと話しかけるのに勇気が必要だった。

 スズカさんは顎に手を当てて下を向いていると、少ししてからこちらを向いて話し始めた。

 

「ごめんなさい、前を走ることしか考えてない訳じゃないのだけど、これといったアドバイスは出来そうにないの……」

「いえいえ、とんでもないです! 考えてくれてありがとうございます!」

 

 真剣に悩んでくれていたため、謝られるとこっちからお願いしたのにと申し訳なくなる。

 

 ……話が止まった。

 いつもだったらゴルシとかが騒がしくしてくれるのに今は何故かいない。

 何か話題を振らなきゃ……。

 

「え、えっと、スズカさんは今週末天皇賞ですよね。頑張ってください」

 

 ボクのばかばかばかばか! 何、部活にあんまり来てない先輩の卒業アルバムに書かされる寄せ書きみたいなこと言ってるんだよ。

 ぱっとそれしか出てこない自分が恥ずかしい。

 

「ありがとう。

 次のレースは何だか良いレースに出来そうなの。

 テイオーのことを興奮させられるようなレースに出来たら嬉しいな」

 

 でもそんなボクの応援に対し、とても優しく返してくれた。ウマ娘の鑑だ……。

 

「次も大逃げですか?」

「うん、その予定。

 先頭から見えるあの景色を私はずっと見ていたい。

 誰も見たことの無いスピードの向こう側。

 それがあの景色の先で見える気がして……」

「見えたら……どうするんですか?」

「……そうね。

 さらにその先に……かしら? 

 ふふっ、最近走るたびに速くなっていく感じがして毎日が楽しいの。

 次のレースが楽しみで楽しみで。

 次は見えるんじゃないかな……って。

 それにスピカの皆とも仲良く出来て、私は幸せ者ね」

 

 聖母のような笑みをボクに向けながらそう語ったスズカさんを、ボクは忘れていたはずだ。また同じような顔で向こう側を見たときのことを話してくれると信じていた。

 

「そうだ、テイオー。

 そろそろ走らない?

 話していたら何だか走りたくなってきちゃった」

 

 走ることが大好きな無邪気なスズカさんをずっと見ていられると信じていた。

 

 そう──あの悲劇さえなければ。




 次回、14日の21時予定です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

沈黙の日曜日

「え」

 

 誰の口から漏れた言葉だったろうか? 

 自分か、周りの人か、あるいは両方だったかもしれない。

 それはあまりにも衝撃で、信じたくなくて、考えたくなくて、そして悲劇的だった。

 歓声に溢れていた東京レース場がか細い悲鳴しか聞こえなくなる。

 

 色が、薄れていく。

 

 誰よりも美しく、輝いて見えたスズカさんの色が。

 

 それはどうしようもなく今起きている悲劇を、ボクの脳に伝えてきた。

 

「あ……え……? 嘘……だよね……?」

 

 無意識に出た疑問に誰も答えない。

 否、答えたくない。答えられない。

 だってそれは、皆、嘘だと思いたかったはずだ。

 

 駄目だ。

 このままじゃ命が危ない。

 

 スズカさんの出していたスピードはウマ娘の限界に迫るような速度だったはずだ。

 そんなスピードのまま地面に衝突したら、原形を留めているかすら怪しい。

 いくら減速しようと思っても、故障した足で身体を支えられるとは思えない。

 最悪の可能性が、そこには広がっていた。

 

 そのことに考えが至ったのか自然に動いていたのか定かではないが、スペちゃんが勢いよく飛び出し、その後をトレーナーが付いていく。

 その光景をただ見守ることしか出来なかった。

 

 どうして動かなかった、ボクの体。

 今から行ってももう遅い。ボクがたどり着く前に救急車が着くはずだ。

 

 分かってる。

 駄目だ。考えるな、思い出すな。

 

 あの頃──体が駄目になってしまった後の日々を。

 

 ボクはただ──ただ、スズカさんが、もう走れなくなってしまうかもしれないと理解したくなかっただけだ。

 

 あるとき、走ることが生きることと同義になりやすいウマ娘が走れなくなってしまうのは、死んだことと同じなんじゃないか? と言った人がいた。

 そんなことは無い、というのが一般論だ。

 それなら引退したウマ娘たちは全員死んだってことか? という反例が存在するからだ。

 元から走らないウマ娘たちは生きていないのか? とも。

 

 でも、あくまでそれは──悪く言ってしまえば走れなくなってない(怪我で希望を奪われたことのない)人たちの答えだ。

 ボクが一生走れなくなったとき、正気でいられるのか? 

 多分、廃人みたいになるかもしれない。まぁ、多分では無いか。確実に、だ。

 

 

 だって、昔はそうなったじゃないか。

 

 

 スズカさんがそうなる姿を見たくない。決してそうなると決まったわけじゃないけれど、そうなる可能性も十分ある。

 あぁ、あの笑顔を見せてくれたスズカさんはもう見れない気がした。

 

 ────この時ばかりは勘が鋭くなったことを恨み、どうか外れてくれることを願った。

 

 □ □ □ □

 

「どうしたんだ、テイオー? 

 早くスズカのところに行こーぜ」

 

「ボクは……会えない、見たくない、────耐えられない」

 

「……そっか、気持ちが整ったら会ってやれよ」

 

 □ □ □ □

 

 スズカさんが運ばれてから3日が経った。

 ボクは今日も病院に来ていた。

 待合室までだが。

 

 

 学校は行けていない。気分ではなかった。

 マヤに見つからないように朝早く出て、適当に歩き回って時間を潰し、昼ごはんも適当に取って午後の面会可能時間になったら病院に行くという生活をしていた。

 

 会おうとは何度も思っている。

 でも、あと少しの勇気が出なかった。

 

 こうしてボクがうずうずしている間にも、見知った顔を病院内で見かける。

 ボクは目立たないように耳を帽子で隠し、尻尾も窮屈だが隠してウマ娘であることを隠してここに来ているので、向こうからばれる事は無い。

 

 ──と、思っていた。

 隣に人が座った。

 珍しいことでは無い。だが座った相手が問題だった。

 

「テイオー」

「私のこと? ……人違いじゃないかな」

「いえ、(わたくし)が間違えるとでもお思いですか?」

 

 どうやら誤魔化しは無駄のようだ。

 帽子を外して顔をマックイーンの方に向ける。

 だが、マックイーンは正面を向いたまま顔を合わせようとはしない。

 マックイーンも制服では無く、学校には行っていないようだ。

 

「マックイーンは学校どうしたの?」

「サボりましたわ。どこかの誰かさんと同じで」

「うっ……」

「ここで話すのもあれです。

 少し外で話しませんか?」

「……分かったよ」

 

 いまいち乗り気では無かったが、ここ最近誰ともまともに話していなかったので、心の中のどこかで生まれた少し会話がしたい気持ちに逆らえなかった。

 

 立ち上がったマックイーンの後ろをついていき、近くの公園に入る。

 公園は平日の昼間ということもあり、親子で来ている人が若干いる程度で空いていた。

 マックイーンがベンチに腰を下ろすとボクもそれに倣って横に座る。

 

「はぁ……それで貴女はスズカさんに会ったのですか?

 まあ、その様子を見れば何となく察せますが」

「……無理なんだ。

 怪我しているのはボクではないのにどうしてもボクに重ねて考えちゃう。

 ボクが走れなくなったらどうするのか、そればっかり考えてしまうんだ」

「走れなくなったらどうするんですの?」

「はは、マックイーンてば残酷だね。

 分かって聞いたよね?」

「いえ、私にはテイオーのことは分かりません。

 教えて貰えますか?」

「……良いよ、マックイーンには教えとく。

 走れる可能性があるなら頑張るよ。でも二度と走れなくなったら生きていけるか怪しいね」

「……」

 

 上を見上げながらそう言うボクをマックイーンがただ見つめる。

 

「だから……」

「ん?」

「だから、あのとき身体を壊すということに過剰に反応したのですね」

 

 そんなこともあったっけ。

 

「今言ったことはマックイーンは気にしなくて良いよ」

「えぇ、貴女が怪我をしなければ私も思い出すことはないでしょう。

 なのでくれぐれも気を付けて下さいね」

「もー、分かってるって」

 

 ちょっと暗かった会話が少し明るくなって、ボクの心も少し明るくなった気がした。

 

「……スズカさんは元気?」

「……それは貴女が自分で見る必要があると思いますわ。

 スズカさんは貴女にも会いたがっていましたよ。

 私はこんなことを言う立場ではありませんが、早めに会いに行った方が良いと思いますわ」

 

 それを聞いてベンチから立ち上がる。

 

「じゃあ、行ってくるね」

「私がついて行かなくて平気ですか?」

「……流石にボクをバカにしすぎじゃない?」

「いいえ、3日も通っているのに会う勇気が出ないテイオーには正当な評価ですわ」

 

 何も言い返せなかったので、黙って病院に足取り軽く戻っていった。

 

 □ □ □ □

 

 息を吸っては吐き、何とか落ち着かせる。

 病室の前に立って自分の行けるタイミングで行こうとするが、中々入れない。

 やっぱり、マックイーンについてきて貰ったほうが良かったかもと弱音も吐きそうになるが、それではいつまでも自分は変われない。

 

 スポーツをする上で怪我は付き物。

 自分がならなくてもまたチームの誰かがなるかもしれないのに、その時に僕はまた目をそらすのか?

 

 勇気を出せ、■■■■。

 

 コンコンコン。

 扉を3回叩く。

 

「はい」

 

 中から綺麗なスズカさんの声が聞こえてくる。

 ここまで来たらもう引けない。

 勇気を振り絞って扉を横にスライドした。

 

「こんにちは……スズカさん」

「テイオー……!」

 

 やっと会えた。

 ベッドの上で上半身だけを起き上がらせているスズカさんを見てそれをつくづく実感する。

 だが、その左足は包帯で包まれ、怪我の悲惨さを物語っていた。

 目頭が熱くなるが何とか我慢して、スズカさんに話しかける。

 

「ごめんなさい。

 中々会いに来ることが出来なくて」

「こちらこそ、ごめんなさい。

 私の怪我でテイオーまで辛い思いを……」

 

「それは違います」

 

 これははっきり言えた。

 

「それは違います。

 怪我したのはスズカさんで、ボクは歩けるし走れるけど、スズカさんは自分の足で立てない。

 一番辛いのはスズカさんに決まってます。

 だからボクのことは気にしないで下さい」

「……ありがとう、テイオー。

 でもテイオーも私のことでそんなに深く考えすぎなくても良いのよ。

 私はまだ走ることを諦めてないもの」

 

 そうやって微笑むスズカさんは以前には無い不安の表情があるような気がした。

 

「この足が治ったら前までの絶好調のときの私のように走ることは出来なくても、色んなところを走りたい。

 まだまだ走っていないところがあるのに走らないのは勿体ないでしょ?」

 

「リハビリは苦しいかもしれない。

 でもそれでまた走れるならいくらでも出来るわ」

「スズカさんは……強いですね。本当に」

「そうかしら……私はただ走りたいだけだわ」

「今走れなくなるかもしれないのに前を向けてる。

 僕には無理だ」

「テイオーは不安? 怪我して走れなくなること」

「もちろん」

「私もそう。

 でも、こうやって皆が会いに来てくれて、応援してくれて、また会いに来てくれた皆と走りたい」

 

 ここを見てと言われ、ボクが目を向けないようにしていた包帯に包まれた足を見る。

 そこには色んな人がらの寄せ書きが書かれており、病室の殺風景な内装とは反対に賑やかな雰囲気だった。

  

「テイオー何か書いてくれないかしら。

 ゴールドシップが絶対にテイオーが来たら書かせろって言ってたから」

 

 マッキーペンをボクに差出しながら、ここはどうかしらと空いているスペースを指差す。

 何を書くべきだろうか。

 『怪我に打ち勝て』? なんか違う。

 『元気になったら一緒に走りましょう』? 重石にならないか……?

 

「書いてくれてるときにごめんなさい。

 でもどうしても今喋りたいことがあるから言わせて貰っても良いかしら?」

 

 そう言われ外していたキャップをはめ直して、スズカさんの話を聞く体勢になる。

 

「先頭の景色の向こう側は、見れたの。

 でも、そこはとても静かで、孤独だった。

 スピカでの日々が大切になっていた私には合わなかったみたいだわ」




 次回更新予定:一週間後ぐらい。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

されどウマ娘は芝を駆ける

 一週間以内と言って遅れてすみません。
 最近はここ好き機能でみんながどんなところが好きなのか知るのが趣味です。
 それでは本編どうぞ。

 ー追記ー
 投稿時に有り得ないミスをしていました。
 ご報告ありがとうございます。


「あら、お久しぶりですわね、トウカイテイオーさん」

「うっ、悪かったってば……」

 

 スズカさんと会えた翌日、ボクはいつも通りの生活に戻るべく登校していた。

 学園内の木々は葉を落とし、ボクたちは反対に厚着になっている。

 

「チームの皆も貴女のことも心配してましたわ。

 スズカさんのことでヒリヒリしているのですから、ちゃんと大丈夫なのであれば元気であることをアピールしてくださいまし」

「……分かったよ。皆に迷惑かけちゃったもんな」

 

 はぁ……とため息がこぼれる。

 昨日、寮に帰ったときのことを思い出す。

 

 □ □ □ □

 

 それまではマヤノと会わないように可能な限り遅く帰っていたが、心が少しスッキリして何も考えず"スズカさんと会えて良かったなー"と思いながら寮に帰った。

 

 ガチャッという音を立てて部屋の中に入ると、

 

「あっ!!! テイオーちゃん!!

 どこ行ってたの!?」

 

 と、元気いっぱい……ではないか、怒りに満ち溢れたマヤノに迎え入れられ、床に座らせられる。

 

「何かマヤに言っておくべきこととかないの?」

「えっ……と、ごめんなさい?」

「そんな気持ちの籠ってないごめんなさいはいらないもん!

 ねぇ、テイオーちゃん? 朝起きても寝る前にもいなくて、マヤがどれだけ心配したか分かる?」

「……ないです」

「テイオーちゃんのそういう素直なところは尊敬出来るけど、今はそうじゃないでしょ!」

 

 マヤノからの純粋な心配の気持ちが伝わってきて胸が苦しい。

 

「じゃあテイオーちゃんには、今日マヤが寝るときの抱き枕になってもらいまーす☆」

「えっ」

「それじゃあまずは抱き枕が汚かったらやだから、一緒にお風呂入ろ!」

「えっっ」

「そうと決まったら行くよっ!

 混んでるところテイオーちゃんあんまり好きじゃないでしょ?」

「そうだけど……」

 

 早く行こ! っていう目で床に伏せる臣下を見つめる女王様に、しょうがないな……と生意気な思考をしながら立ち上がって期待に応えようと準備を始める。

 

 

 ────────────

 ────────

 ────

 

「……イオ―、テイオー?」

 

 ちょっと昨日のことを思い出しているとマックイーンが心配そうに見てきた。

 

「あ、ごめん。

 ちょっと昨日のこと思い出してて……」

 

 けっこう大変だったのだ。

 お風呂でもみくちゃにされ、夜も抱き枕にされこっちは中々寝付けず、朝は逆にマヤノが起きず全力で起こさないといけなかった。

 でもそれがいつも通りでは無いのに、どこか日常に戻ってきた気がした。

 

「全く……ぼんやりし過ぎてると危ないですわよ」

「そんなに心配しなくて大丈夫だって、ばっ──と。

 ……気を付けます」

 

 気を付けろと言われたそばから普段は躓かないような軽い段差で躓いた。

 自分で思っているよりも今のボクは不安定なのかもしれない。

 

「そんな様子で授業は大丈夫ですの?」

「何言ってるの、マックイーン。

 授業は前から寝てるよ」

 

 自信満々にそう言うボクにマックイーンはジト目でこちらを見てくる。

 なんだよ、いつものことなのに。

 

「まぁ今に始まったことではないですがある程度真面目に受けてくださいまし」

「善処します」

 

 そんなつもりはないけれど。

 マックイーンもそれは分かっているだろう。

 

□ □ □ □

 

「おや、テイオー。久しぶりだな」

「か、カイチョー……。お久しぶりです」

 

 授業を睡眠で乗り越え、ボクが真っ先に教室を出て向かった先は生徒会室だった。

 スピカの練習の前に誰に顔を見せておくかと考えた時に、パッと思い浮かんだのがカイチョーだったからだ。

 かといって特に何も考えずに来たため、何を話せば良いのか分からない。

 そんな部屋に入ってから何も話さないようなボクに、取り敢えず座ったらどうだとカイチョーに勧められたので素直に従った。

 

「私からテイオーに言うことは特にはない。

 テイオーの人生だ。悩み、迷い、一歩一歩前に進めば良い。

 今回の行動はあまり褒められたことではないかもしれないが、私は仲間のことを大切にしているのだなと感じ、少しほっとしたよ」

「別に学園に来ていなかったことは怒っていないさ。

 こんなことを生徒会長として言うのはよろしくないが、テイオーの成績ならテストさえ受ければ教師たちも目をつぶってくれるだろう。

 

 私としてはそれよりも誰にも見つからないように行動している方が心配だった。

 入学当初の頃のテイオーが思い出されてな。

 どこかへ消えていってしまうのではないか……とな」

 

 カイチョーからも純度100%の心配の言葉をうけ、胸が締め付けられる。

 少しだけ甘えて弱音を吐こうとする。

 

 コンコンコン。

 ノックの音が鳴り響く。

 

 ……が、ボクが口に出そうとした言葉はのどを通ることは無く、すっと胸の奥に戻っていった。

 扉が開いて出てきたのは副会長のエアグルーヴだった。

 

「失礼します。

 ……すまない、テイオー邪魔したか?」

「大丈夫、大丈夫!

 何でもないから、ボクは昼食食べて来るね。

 じゃあね、カイチョー!」

「あ、あぁ。

 またいつものように遊びに来るといい」

 

 そう言われボクは逃げるようにソファーから立ち上がり、勢い良くエアグルーヴの横をくぐり抜けて、生徒会室を出ていった。

 逃げ適性が少し増えている気がした。

 

 

 □ □ □ □

 

「トレーナー」

「テイオーか。

 ……どうだ調子は?」

「平気平気……ってほどでは無いけど大丈夫だよ」

「そうか……なら良かった」

 

 昼飯を食堂で食べ、スピカの部室に行くと丁度トレーナーと会った。

 トレーナーの顔はげっそりとしていたが、ボクを見ると安心したように微笑んでくれた。

 

「その……ごめんなさい。

 迷惑かけて」

「謝らなくていいんだ。

 精神的にきてたのはお前だけじゃない。

 スぺを筆頭にチームの奴ら全員きていたさ。

 ……もちろん俺もな」

 

 それは言葉以上にトレーナーの目が語っていた。

 

 トレーナーのことだ。

 怪我したのは俺のせいだ、と考えていたのだろう。

 でもあんなに絶好調だったのだ。

 実際()()()()に行けたと言っていた。

 どう考えても誰もがあんなことになるとは予想出来るわけがない。

 

 シーンと音が聞こえるほど静かな部屋だったが、いきなりドカンと大きな音を立ててドアが開かれた。

 

「おーっす、テイオー。練習いこーぜー」

「ちょっとゴールドシップさん! 今、トレーナーとテイオーが話してるみたいだから入るのは少し待ってからにしろ、って言ったのはなんですの!」

「別に良いだろ? どうせ会話ももうすぐ終わるとこだったんだ。

 この空気読みマスターのゴルシ様が言うんだから間違いねーはずだ」

 

 しんみりとした空気感が漂う部室に騒がしい風が流れてくる。

 

「あのなぁゴールドシップ。

 

 ……ま、それもそれでいっか。

 早くこいつ(テイオー)連れてけ。

 どうせ、ここ数日走ってないんだ。

 たっぷりしごいてやれ」

「合点承知! マックイーンも手伝ってくれるよな?」

「もちろんですとも。

 ビシバシと、たとえテイオーの心が折れそうになったとしても(わたくし)は練習をさせると誓いましょう」

 

 ボク抜きでどんどん話が進んでいき、このままではマズいと勘が告げている。

 ひっそりと逃げようと、ゴルシが勢い良く開けたため若干開いているドアを音をたてないように慎重に開けていく。

 

「おい、なに勝手に逃げようとしてるんだ……?」

「私から逃げようなんて100万年早いですわ。

 さあ練習しますわよ」

 

 後ろから声が聞こえたと思ったら、身体が浮遊感に包まれる。

 下を見て状況確認をするとゴルシがボクの身体を持ち上げていた。

 

「相変わらずかっるいなーお前。

 ちゃんと食ってるか?」

「……食べてるよ。マックイーンほどでは無いけど」

 

 完全に逃げることを諦め、なすがままにされるがマックイーンに些細な弄りを入れる。

 

「テイオー……。

 私と貴女、どっちの方が多く食べていますって?

 毎日のようにはちみーを摂取している貴女と、泣く泣くスイーツを我慢して体重維持に努めている私のどちらが食べているかなんて……。

 比べるまでもありませんこと?」

 

 しかしその弄りは想像を絶するほど簡単にマックイーンを沸点まで加熱した。

 やばい。しかもさっきより。

 

「おい、テイオー。マックのやつ滅茶苦茶怒ってるぞ」

「言われなくても分かるってば」

 

 ボクを持ち上げていたゴルシはボクを降ろして、耳打ちしてくる。

 

「えーっと、ゴルシちゃんはこれで失礼しまーす」

 

 流石空気読みマスター。逃げるタイミングが完璧だ。

 ボクという足手まといは置いてさっさと逃げるつもりだ。ずるい。

 

「ゴールドシップさん? 貴女もテイオーの練習に付き合って貰いますわよ」

 

 だが、そこにいる鬼は許さなかった。

 テイオーすまん、と一言だけ言って後ろからボクの肩を掴んだ。

 

「ま、マックイーン?

 話せば伝わるとボクは思うんだ。

 この前みたいにゆっくり話そう?」

「いいえ。まずは芝2000mを20周して来てから話しましょう。

 そうしたら反省する気が湧くのでは?」

 

 ほぼフルマラソンじゃん……! と戦慄し、助けを求めるがゴルシは逃げない方がマシだと伝えてくるし、トレーナーは意外と合理的だなと感心して助ける気はないようだ。

 

「安心してください。

 私も一緒に走りますのでペースが落ちてきたりしたら何時でも教えてあげますわ」

「……」

 

 そうじゃないだろ。ボクはとてもそう言いたかった。

 ゴルシもついでに走らされていた。不憫だ。

 

 

 因みに帰ってからへとへとすぎて、この日もマヤノとお風呂に入ったとさ。




 次も一週間後ぐらいに出します。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

よくあるような休日

 にゅーれこーど、らんくとりぷるえすぷらす。

 様々な音が鳴り響くゲームセンターの雑音の1つとして、今のプレイ結果が表示される。

 

「取り敢えず一番(頂点)は確保出来た……」

 

 なにもない休日。普段使っているSNS(ウマッター)で音ゲーに新曲が追加されたという告知を見て、ボクは行きつけのゲームセンターに遊びに来ていた。

 難易度がかなりあったため、理論値がまだ誰も出ていないことが話題になっていると少し見たその曲を、ボクがこうやって一番乗りで取ってみたというわけだ。

 スマホでリザルト画面を撮影し『理論値出しました』と一言添えてウマッターに上げる。するとすぐにいいねがつきはじめ、『!?』『すごい!』『流石です!』とコメントがついていく。

 やっぱり褒められることは気分が良くなる。

 

 マヤノにやってみたら? と言われはじめてみたウマッターだが、今ではそこそこのフォロワーがついていた。未だに何を投稿したらいいのか分からないので、ゲームのリザルトばっかり載せているアカウントになってしまったが。今では音ゲーが上手いやつとしてネットでは名をはせている(ボク調べ)。

 1クレジット分消費し終わり、後ろを確認すると人がいたのでコンティニューせずに別のゲームに行くことにする。しかし、休日ということもありどこも人でいっぱいで、すぐにやれるようなところがないようだ。

 

 仕方がない、クレーンゲームの方にいこう。そう思いクレーンゲームのスペースのところに行くとあるものが目に留まった。

 スズカさんのぱかプチ(ぬいぐるみ)だ。とても欲しい。

 ほとんど無意識的に財布を開け、小銭入れのところをじゃらじゃらと音を立てながら探すも、そこには百円玉はなかった。おそらくさっきの音ゲーで使い切ったみたいだ。両替してくるしかない、そう思い千円札を百円玉に両替して戻ってくると、ちょうどボクより一回り小さいウマ娘の子がプレイしているところだった。

 あー落ちた。けっこうアームの強度が低めだな……、確実に取るにはどっかに引っ掛けるしかなさそうだ。そう思っているとまた百円玉を入れてクレーンを動かし始めた。横に回って位置を見て狙ったりするもまた落ちてしまった。そしてもう一回プレイするもまた失敗してしまった。すると今のが最後の百円玉だったのか、なごりおしくしながらそこを離れていった。

 少し残酷なものを見てしまった気分になったがしょうがない。クレーンゲームは恐ろしいゲームだ。ボクも慣れるまで大量のお金を吸われた。

 百円で決める、そう意気込み百円玉を1枚入れる。狙うはカチューシャのところだ。ボクの予想が正しければ、あそこには隙間がある。そこにアームをねじ込めばあのアームの弱さでもいける可能性がある。その可能性にかけてレバーを倒す。そして狙いを定めてボタンを押した。アームはボクの狙い通りスズカさんの頭に当たり、クレーンが押し付ける動作のときに頭とカチューシャの間に滑り込む。そのまま引っかかり、受取口に流れるように吸い込まれていった。

 かがんでスズカさんを受取口から取り出すと、少し後ろの方から視線を感じた。さっきの女の子だ。

 

「欲しいの?」

 

 少し離れたところにいる女の子に対し、スズカさんのぱかプチを見せ、問いかける。本当はボクも欲しいけど、一回で取れた分余裕があった。──攻略法が見つからず十回もやってたら話は別だっただろう。

 

「……いいの?」

「良いよ、また一回取ればいいからね!」

 

 ボクにおそるおそる近寄って確認をとるその子は申し訳ないとは思いつつも嬉しい様子を隠せておらず、顔が笑顔になっている。

 

「あ、でも1つだけ約束してもいい?」

「やくそく?」

「スズカさんは戻ってくるって信じていてほしいな。絶対にね」

「わかった!」

「じゃあ、これは君のものだ。大切にしてね」

「うん! ありがとおねーちゃん!」

 

 ばいばーいと手を振って楽しそうに歩いていく女の子に手を振り返して再びクレーンゲームにのぞもうとする。

 

「百円百円……。

 ……? あっ」

 

 お、お一人様1個まで……? これもしかして駄目なやつか? 店員に聞くのはちょっとあれだし、どうしようもないな……。

 しょうがない、めんどうだけど別店舗行くか。財布から取り出した百円玉を戻し、マップを起動してゲームセンターで検索して行き先を決める。

 走ってもいいが、今日はのんびり行くとしよう。そう決心して行きつけの店を出た。

 

 □ □ □ □

 

 上を見上げれば空は快晴、風もなく素晴らしい天気。……少し寒いけど。もう冬であることを嫌でも感じさせられる。

 

 少し視線を落とせば街は人で溢れていて、休日だなぁ……と何とも言えない感想しか出てこない。賑やかなことは良いことだ。

 知り合いと会うこともありそうだなと思いつつ、逆に人が多いから少し身長の低めなボクは見つかりにくそうとも思う。……もうちょっと大きくなってカッコよくなりたいな。せめてマックイーンには並ぶんだ。出来ればカイチョーぐらいに……。

 実のところ身長は本格化──人間で言う成長期みたいなものだ──のときに一番成長して、その後身長の伸びはあんまり無いらしい。つまりボクの身長は……。

 やめたやめた、ボクは希望に満ち溢れた中学生なのだ。まだまだレースも身長も成長の余地は残っている、いや残っててくれ。

 

 少し悲しい気分になって下を見つめる。……そこにあるのは特に変わったこともない、いつも見る自分の足だ。今日も今日とてボクの身体を支えてくれている。でもスズカさんの足は……。

 何でこんなに暗い気分になってるんだろう、バカバカしくなり上を向く。こんなに空も綺麗で充実した休日じゃないか。きっと大丈夫なはず。悩んでいたって始まらないって学んだばっかりだ。

 ひとまずスズカさんのぱかプチを取りにいこう。部屋の中で御神体(お守り)にするんだ。

 ……部屋のぱかプチの量が多くなってきたからそろそろ置き場所考えなきゃ。前にマヤノにあきれられちゃったからな。

 

 □ □ □ □

 

 目的地の別のゲーセンに入り、スズカさんを3回でお迎えしてから音ゲーエリアを回ってみたが、どこも次まで時間がかかりそうだったのでゲーセンを出た。お昼時だったため、少しご飯を食べたくなったからだ。

 何を食べるか決めていないので、適当なすいているところを探して入ろうとした時だった。

 

「テイオー、ちゃんっ!」

「……マヤノ?」

「テイオーちゃんがここら辺にいるなんて珍しいね、どうしたの?」

 

 道の真ん中で後ろからマヤノに話しかけられた。休日に外で会うことは珍しい。

 こっちまで来た経緯を説明する。説明を終えるとご飯一緒に食べる? ……あ、でも大丈夫かな、と何とも歯切れの悪い返事をもらった。

 誰かと一緒に来ているのだろうか、気になったので質問してみる。

 

「えっとねー……。

 あっ、カレンちゃん!」

 

 どうやらそのお相手さんが来たようだ。見たことあるようなないような……。多分今まで会ったことはないだろう。

 

「マヤノちゃんお待たせ~。えっと、そっちの子が確か~」

「その、トウカイテイオーです……」

「そうそうテイオーさん! マヤノちゃんから聞いてるよ? 

 私はカレンチャンっていうの。カレンって呼んでねっ。

 テイオーさんとは仲良くなりたいな?」

 

 首を少し傾けてこっちを見つめてくるそのしぐさはとても洗練されていて、もうなんかすごい。

 やばい……すっごくキラキラしてる……! ボクと次元が違う……!

 強すぎる光に当てられて、直視することが難しい。これが、強者か……。どちらかと言うと()()もそっち側のはずなのだろうが。

 ……そうか、ウマスタの人か! 前にマヤノに見せてもらったことがあったはずだ。何でもウマ娘のインフルエンサーとしてめちゃくちゃ有名だとかなんだとか。謎の既視感の理由を理解する。

 

「じゃあお昼食べにいこっか! テイオーさんもいく?」

「じゃあお願いします」

「……敬語じゃなくてもいいんですよ?」

「テイオーちゃんはいつもこうだから気にしなくて良いよ」

 

 

 そうして2人に連れられてきたのは、ボク一人なら絶対に入らない──マックイーンとなら入ったかもしれない──ようなスイーツ店だった。休日なので混んではいるがあと20分もしたら入れるだろう。

 

「テイオーさんはさっきまで何してたんですか?」

「えっと、ゲームセンターで色々と……」

「あ、ウマスタに上げてたのかな? たくさんいいねとウマイート貰えてたよね!」

 

 監視されてる!? いや、ボクのが結構拡散されただけか?

 ……会話が続かない。なにか話題を……。

 

「えっと、こういう店って結構来るんですか?」

「うんうん、カワイイを探して色んなところに行くよ♪

 テイオーさんはくるの?」

「えっとマックイーン……ボクの友達がこういうところが好きなので、たまに一緒に食べに行きますね」

 

 マックイーンとは本当に学校の帰りとかにたまにくる。でもマックイーンってボクと食べるときぐらいしかいっぱいは食べてなさそうだからな……。少し毎日のようにはちみーをなめていることに罪悪感がわく。

 

「もーマヤとも一緒に来ることあるでしょ?

 テイオーちゃんは大がいっぱいついちゃうぐらい甘々な甘党なんだから、一人で来たりとか……してなさそうだね」

「テイオーさんってやっぱりそういう人なんですね~。

 なんか噂通りって感じです」

「……噂?」

「テイオーちゃん噂とか気にしなさそうだよねー」

「気にしてるつもりなんだけど……」

「じゃあじゃあ、テイオーさんのこんな噂が回ってること知ってます?

 『実はカンニング常習犯だけど、生徒会に近いから許されてる』って」

「……初めて聞いた」

 

 めちゃくちゃひどい噂だな。どうせいつも勉強もしてないくせに、いい点数取るボクが羨ましいんだろう。 

 

「マヤノはなんか言われないの? マヤノだって授業中よく寝てるじゃん」

「マヤは先生から呼び出されるから不真面目な天才ちゃん☆って思われてるよ?

 テイオーちゃんのその噂は噓だよねー。テイオーちゃんっていつもテストを一番最初に解き終わって寝てるもん」

 

 天才ちゃんって自分で言うなよ……。確かに天才だけど。

 確かにテストもすぐ寝てるのに。

 

「……テイオーさんってもしかして走るときと遊ぶとき以外、ずっと寝てるの?」

「マヤノほどじゃないけどね」

「テイオーちゃん? 絶対マヤの方が寝てないけど」

「?」

「あはは、二人ともすっごく仲が良いんだね」

 

 こう考えるとマヤノとボクってめちゃくちゃ似ているな……。でもやっぱ全然違うわ。ボクは経験と貰い物の才能でマヤノは自分の純正品だから。

 そうこうしているうちにお次でお待ちの3名様~と席に呼ばれる。連れていかれた席は何ともオシャレな……いやメルヘンチックな席だった。カワイイ。

 マヤノとボクの2人とカレンチャンという分け方で席につく。

 

「じゃあ、どれ頼もっかな~。

 えっと~、カレンはこれっ」

「ボクもそれで」

「あれ? ちゃんと選んでいいんですよ?」

「どれも美味しそうだったし、選べないからどうせなら同じやつ食べて味を共有したいな……って」

「じゃあじゃあ、マヤもそれにしよっかな!」

「店員さーん!」

 

 そうして注文を全部任せ、10分ほど待つとパフェが来た。

 マックイーン以外と一緒にこういうのを食べるのは初めてだな。

 

「あっ、テイオーさん! カレンと一緒に写真、撮ってくれませんか?」

「別にいいけど……」

「ありがとうございますっ!」

 

 そう答えるとじゃあポーズこうしてとか指示され2ショットを撮る。ピースとか久しぶりにしたな……。

 

「『今日は有名なウマッタラーのTei0さんとパフェを食べに来ました~!

 #カワイイカレンチャン #お揃いパフェ』っと♪」

 

 ボクはそっと無言でパフェの写真を撮って、パフェ食べに来たと一言添えてウマートする。

 これがウマスタグラマーとウマッタラーの違いか……。

 

「どうして……どうしてそんなに頑張って投稿してるんですか?」

 

 少し気になったことだ。パフェを食べていると何も話さない気まずい空気になりかねないので、話題の提示を込めて言う。

 ボクは凄いと思ったことしかウマートしない。基本的に週1で更新するかしないかのペースだ。昔マヤノに聞いたとき、1日に3回は投稿していると言っていた。

 

「うーん、カレンは楽しいからこれぐらいぜんぜん余裕ですよ?

 みんなにカレンのカワイイが届くことが一番うれしいからっ♪」

 

 ボクにとってのゲームで上を目指すのと似ているのだろうか? いやゲームに限ったことではないか。ボクにとって頂点を目指すことが、彼女にとってSNSを通してカワイイを伝えるってことなのだろう。

 

「じゃ~あ~、テイオーさんはどうしてウマッターをやってるんですか?」

「ボクは……。

 多分実績をみんなに知って、褒めてほしいから……かな?」

「なんだか素敵ですね」

 

 知ってほしい、褒めてほしい。褒めてもらえたら自分が上の方にいることが分かる。ボクは相対評価しかできないから。上しか見えない不器用なボクを見てくれるSNSのみんなには感謝している。

 

 ────だけど、レースは。レースだけは。ボクが決めたところまで行く。

 上が見えなくなったところがゴールだ。

 

 その後も少し話しながらパフェを食べ、一緒に買い物の続きに誘われたが断った。少し学園に戻って走りたくなったからだ。カレンチャンとマヤノには申し訳ないが別れを告げ、学園へと小走りで向かった。

 走っている間、さっき食べたパフェの後味がどこか今も頑張っているであろうライバルを思い浮かばせた。パフェとイコールのイメージが脳内にあるようだ。

 ……マックイーンはもうすぐデビューなのでとても頑張っている。ボクも気を取り直して頑張らなくては。

 

 

 

 

 因みに後日談だが、ウマッターのフォロワーがたくさん増えた。なんか悔しかった。




 大変遅くなってしまいまして申し訳ございません。
 次回はGW中に何とか……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

動き始めたストーリー

「マックイーン改めておめでと」

「ありがとうございます、テイオー。

 これでまずデビュー……。一勝目ですわ」

 

 年が明けてしばらく経った2月。まだ冷え込みは酷く、手袋が欠かせないような寒さの中、ボクはレース場にマックイーンのレースを見にきていた。

 ボクだけではなく、トレーナーとゴルシとも一緒だが。

 

「緊張した?」

「……えぇ。(わたくし)はメジロ家として……いえ、チームスピカの一員として負けるわけにはいきませんもの」

 

 マックイーンにもそんな意識があったなんて……って真面目なマックイーンのことだ。チームに所属したらどこでも頑張っていただろう。

 ……いやこんなことを考えるのは野暮だろう。だって今マックイーンが所属しているチームはここ(スピカ)なんだから。

 ボクも走るころにはそんな心になっているのだろうか。いやそうでもなさそうかな。このチームは好きだしトレーナーにも感謝しているが、ボクはボクが目指すところに向かって走っていくんだろうなという謎の確信がある。

 

 結局、僕はひとり自分の道を進んでいくんだ。ボクのたどり着く先は王者という孤独なのだから。

 ……カイチョー(今の頂点)はさみしいとか思ったことあるのかな。

 ボクが宣戦布告したときにすこし嬉しそうだったのはそういうこともあるのかも……っていうのは流石に調子に乗りすぎかもしれない。

 

「スピカも強くなったね、トレーナー」

「そうだな。おまえと初めて会った頃とは大違いだ」

「スぺもこの前のアメリカJCCで勝って、マックイーンもデビューを華麗に決めて、流れに乗ってていい感じじゃねーの?」

 

 スぺちゃんは去年日本ダービーを勝ってから負けつづき──と言ってもほとんど掲示板にのっているのでふつうに凄い結果──だったが、ついこの前のG2で勝っていて非常にいいスタートを決めていた。

 

「もちろん私はこの調子で勝っていく予定ですので、さらにスピカは活躍していきますわね」

「おう、マックイーンの次は『若葉ステークス』だったな。メニューはだいたい見させてもらったがあれで構わない」

 

 マックイーンの次走もすぐそこだ。スぺちゃんも春の天皇賞に向けて、トライアルの阪神大賞典が控えている。スピカはどんどん進んでいく。

 

「ボクも今年の秋にはデビューするから皆見といてよ?」

 

 そしてボクもやっとデビューする。

 

「あったりまえだろ? マックちゃんとでっけー横断幕持って応援しに行ってやるよ」

「応援には行きますが、私は横断幕を持ちませんよ?」

「なんだよつれねーな」

「応援に来てくれるだけで嬉しいから、そんなにしてくれなくてもいいんだけど……」

「だってよマックイーン。絶対なんか驚かせてやろうぜ」

「できるだけ私を巻き込まないでくださいまし……」

「じゃあテイオー応援巨大うちわで我慢しとくわ」

 

 いつもの騒がしい3人組って感じだ。だがもうマックイーンはデビューしてボクももうすぐ──といっても半年以上は後だが──デビューする。

 今までのように笑いあえるとは限らない。もしかしたらボクが未勝利を勝てなくて学園を去るってことも……まぁ多分ないが、ある可能性だって存在する。

 

「そっか、マックイーンもこれからどんどん走っていくんだよね……。

 ボクは絶対に応援しに行くからね」

「ありがとうございますわ」

「分かってねーな、マックイーン。

 テイオーは『ボクが応援に行くんだからマックイーンもきてね!』って言ってるんだよ」

「あら、そうでしたか。

 安心してください、私もちゃんといきますので」

 

 別に無理してこなくてもいいんだよ? と言おうか迷ったが、来てくれるのは嬉しいから黙っていよう。

 ボクの最近学んだコミュニケーションテクニック──無駄なことは話さない、だ。相手の厚意に甘えられるときはとことん甘えておこう。

 

「ついにテイオーもデビューか……」

「そうだぞ、トレーナー! 来年のクラシックが楽しみだな!」

「ちょっとゴールドシップさん? 私のクラシックをお忘れですか?」

「痛ぇ痛ぇ! だってマックイーンは菊花賞しかでねーじゃねーか!」

「あら言ってませんでしたか?

 

 ────私もクラシック三冠を目指してみることにしましたので」

 

 

 

「はぁ!?」

 

 真っ先に驚きの声を上げたのはトレーナーだった。

 

「おいおいトレーナー、お前なんも知らねーのかよ」

「ってことはこの前、次の出走を若葉ステークスにしろってそういうことだったのかよ!?」

 

「えぇ。若葉ステークスで勝って優先出走権を手に入れて皐月賞に出ますわ。

 

 私もウマ娘の頂点というのを見てみたくなりましたので」

 

 そう言うマックイーンの目がボクを突き刺していた。

 

 

 □ □ □ □

 

 

 マックイーンのデビューの次の日の朝。ボクはマックイーンに誘われ、まだ明るくなり始めた空の下でふたりしかいないトラックを走っていた。

 

「マックイーン、思い切ったことを選んだね」

「そうですわね。まだ家の者にはじいやにしか伝えてませんの」

「……大丈夫なの、それ」

「別に大丈夫でしょう。私は天皇賞の盾を手に入れることができれば良いのです。

 しかし今年のクラシックにはメジロ家の者がもう一人いますから、少し向こうの方の関係者(メジロ家の本家寄りの方々)からなにか言われるかもしれませんね」

「ライアンさんだっけ。すごいみたいな話聞くよね」

 

 学園内はライバルが日常生活の中に絡んでくることが多い。そのためうわさは広まりやすいのだ。それは少し前に実感を持って理解した。

 

「えぇ、私もメジロ家の中でも今年は行けるぞという声を結構聴きますわ」

「……マックイーンって最低だね」

「あらそうですか? 私が勝ってもライアンが勝ってもメジロ家が勝つことには変わりありません。それにそもそも私たちが勝つと決まったわけでもございませんの。

 レースに絶対はない。誰しもが聞いた言葉のはずですが……「()()はあるよ」……そうですわね、けれどそれは例外中の例外ですわ。

 

 ともかく、私にこの道を選ばせるように背中を押したのはあなたですのよ?」

「ボクは何もしてないんだけどなぁ。

 それで勝算は?」

「それは……分かりません。ライアン以外にもライバルも多いですわ。

 そもそも私にはレース経験が他の方々よりも圧倒的に不足しています。なにしろ天皇賞を目指して基礎トレーニング多めでやっていたので。

 けれど、やってみないと分かりません」

 

 マックイーンはそう簡単に諦める人じゃないことは分かってる。だけど負ける可能性の方が客観的に考えて高いレースに、自らの感情のために出るような挑戦家だとは思わなかった。

 

「私は三冠ウマ娘に憧れは持っていますが、テイオーほどはこだわりはございません。その気持ちの差で負ける……ということがあるかもしれません。

 ですが戦うのならば、負けるわけにはいきません。

 メジロ家の……いえ違いますね。

 ()()()()()()()()()としての誇りをかけて」

「……!」

「メジロ家のメジロマックイーンとして。

 チームスピカのメジロマックイーンとして。

 トレセン学園に所属するメジロマックイーンとして。

 一人のウマ娘としてのメジロマックイーンとして。

 

 何より────トウカイテイオーのライバルのメジロマックイーンとして」

 

 ひとつひとつに誇りが詰まっている気がしたが、最後のひとつだけは誇りとは少し違った気がする。

 

「あなたは来年の秋には三冠ウマ娘になっていると私は思っていますの」

「わかんないよ、マックイーン。もしかしたら……」

「いえ、私はほとんど確信していますわ。

 だからこそ私はあなたを最強のウマ娘として迎え撃ちたいのです。

 自惚れ甚だしいことを言いますが、私はステイヤーとしてなら今のまま行けばいずれ最強と名乗れる日がくるでしょう。

 ですが最強のステイヤーでは満足できなくなってしまいましたの」

 

 そこで一息つくとマックイーンはボクの方を見てこう言った。「テイオー、今から2000mで勝負してくれませんか?」と。

 ボクは良いよと言うと、会話が消えた。

 

 そうしてゴール板まで2000mになったところで声もない中、ふたり仲良く駆け出した。

 

 

 結果はボクの勝ちだった。直線で躱してそのままゴール。後ろを見ていないから正確には把握していないが、おそらく1.5バ身ぐらいか。

 まだ朝起きたばかりでお互い本調子ではないだろう。しかもマックイーンは昨日レースをしたばかりだ。しかしそんなことは関係ないとマックイーンは言うはずだ。

 これは適正距離の差と言えるだろう。レースの経験はほとんど変わらない。本格化はお互いにほとんど終わった。トレーニングもやっている量はだいたい同じで、質も同じトレーナーだからほとんど同じ。

 

「これが……今の、素の私の力です。

 テイオー、私はまだデビューしていないようなあなたの前にいることすらできない。

 ですので策を使いたいのです。ここからあと一ヶ月、私は何としても勝つ可能性を上げていかなくてはならないのですから」

「……ボク以外から聞いた方がいいんじゃないの? 例えばトレーナーとか」

「もちろん後で聴きますわ。ですが意見は1つでも多い方がいいということです。

 それに、一緒に走ってくれた仲間からの意見が聞きたいのです。トレーナーさんにはウマ娘の感覚はないでしょう?」

「……トレーナーだったらウマ娘の気持ちを理解するためだったらなんでもしそうだけどね」

 

 ボクたちのトレーナーは少しおかしいと少しクスッとしてしまう。

 

「あ、もしかしてボクの手の内を探るつもりだった?

 別にボクは手の内を見せても良いんだけどね。

 見せても勝つから」

「……大した自信ですね」

「もちろん。ボクは勝つよ。

 誰一人例外なく、ね」

 

 それが、僕がボクであることの証明だから。

 

「策か……。レースの乱し方とか? 無意識的にペースをぐちゃぐちゃにさせて相手のスタミナを削ることができたり、仕掛けるタイミングを見失わせることができて強いってカイチョーが言ってたな」

「それは、ちょっと難易度が高そうですね……」

「だよね」

 

 だからとりあえず相手の情報を集めることにした。やばそうな相手を個別に対策していこうという話だ。

 

「弥生賞は見に行く? ライアンさんとか出るんでしょ」

「いえ、私は確実に次の若葉ステークスで勝たなくてはならないので、調整しておきたいのですが……」

「じゃあボクが見に行くよ。来年の役に立つとも思うからね」

 

 ゴルシも連れて行こうと思いながら、今年の皐月賞に出そうなメンバーをリストアップしていく。

 そんなボクにありがとうございますわと言ってくるマックイーンだが、そんな大したことはしていないんだけどなぁ……。

 

 レースは情報戦だ。マックイーンの言葉を借りるなら偵察にもトレーナーとウマ娘で差が生まれるだろう。トレーナーは数値というものを分析するタイプが多く、ウマ娘ならば肌で相手の強さをなんとなく理解するような感覚派がほとんどだ。

 だからトレーナーとウマ娘の関係が良好で情報をやり取りできると好ましいと言われている。たまにいるウマ娘のトレーナーさんとかは感覚のすり合わせとかが人間のトレーナーに比べたら上手くいきやすいのだろうか。

 ウマ娘でデータを分析しまくる人がいたとしても、トレーナーと見る視点は変わってくるに違いない。

 それだけ『走ること』を中心にしているウマ娘は違うということだ。

 

 皐月賞の優先出走権の手に入る3つのレースのうち、弥生賞もスプリングステークスも皐月賞同様の中山レース場で行われるので比較的近めで行きやすくて助かる。若葉ステークスはマックイーンについていくので、トライアルは全部見ることができる。

 中山という皐月賞と同じコースで走ることは本番前に試走できるというように捉えることもできる。

 反対に若葉ステークスは阪神レース場で行われるため、そこがマックイーンにとって不利になる可能性がある。

 ただそんな不利で勝敗が決まるようなレースにならないことは明らかであろう。

 

「それにしても若葉ステークスでマックイーンが勝ったら大騒ぎだろうね」

「何を言ってるんですか? 皐月賞を勝つのですわ。そのぐらいで驚かれても困りますわ」

 

 それもそうだねと答え、これから荒れていく今年のクラシックに思いをはせた。




 物語は動き始めた。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

進みだしたストーリー

昨日も投稿してます


「スズカさん」

「テイオー。こんにちは、いつもありがとうね」

「ボクは話にきてるだけじゃないですか」

「それでもよ」

 

 平日の午後。ローテで決めた軽めの練習を済ませ、練習場の隅でリハビリをしていたスズカさんに話しかけていた。

 

「もう少しで走れそうですね」

「えぇ、トレーナーさんやスぺちゃんが協力してくれたおかげね。……あ、もちろんテイオーや他のスピカのメンバーにも感謝してるわよ」

「いいですって。スズカさんのことを一番支えていたのはその二人なんですから」

 

 スズカさんの足はもう日常生活をするだけならば、気を付けていれば大丈夫のところまで回復していた。あれだけ走れない可能性があった足だが、今は長い間動かしていなかったことによる足の衰えを取り戻す段階であり、これが終われば昔のようにとは完璧には言えないが、走れるようになるはずとトレーナーは言っていた。

 ボクがスズカさんにしてあげれたことはほとんどない。強いて言えばスぺちゃんもトレーナーさんもいないときの話し相手になることぐらいか。

 

「走れるようになりそうということが分かってきて、リハビリも精神的に楽になってきたわ。

 ふふっ、早く走りたいな……」

「きっともう少しですよ。その時はボクと走ってくれませんか?」

「もちろん。誰でも走る相手は募集してるわ」

 

 走るのが大好きなスズカさんはあの頃から変わっていないようだ。スズカさんも戻ってきて、きっと数か月後には昔のような、昔とは少し違うスピカに戻っているだろう。

 

「テイオー、ちょっとい……すみません、お邪魔しました。スズカさんと話してましたのね」

「キリが良かったし別に大丈夫よ。それに今頑張ってるのはマックイーンさんの方でしょ?」

 

 マックイーンがボクを呼びに来たので、会話が中断される。とは言ってもスズカさんが言った通り、キリが良かったのでタイミングとしてはちょうどいい。

 

「それでどうしたのマックイーン」

「併走してもらいたかったのですが、駄目でしょうか」

「うーん……いいよ。ダウンまで付き合ってよ?」

「もちろんですわ」

 

 練習を済ませてアップも終えたが、マックイーンの頼みならいくしかないだろう。

 1回ぐらいローテがずれてもいつもちゃんとやってるから大丈夫だろう。

 しかし最近のマックイーンの鬼気迫る勢いは凄いな。

 

「じゃあね、スズカさん」

「テイオーも頑張ってきてね」

 

 スズカさんに別れを告げ、コース内に向かう。少しでこぼこしていて、足が悪いのならばこれはまだ無理だなと感じてしまう程度には荒れていた。

 

 

 □ □ □ □

 

 

 練習を終え、寮に向かって歩く。

 

「テイオー、はちみーはいいんですの?」

「レース前のマックイーンの前で飲むほど鬼畜じゃないし、最近は寮の冷蔵庫に入れるようにし始めたから大丈夫だよ」

 

 マックイーンの前で飲むのは、目が怖いので飲みたくない。何というか、こう……殺意が。糖質制限しているからか恨みを感じる。

 

「マックイーンどう? 行けそう?」

「行けそうでは……ありません。2000mの間ライアンから逃げ切れるビジョンが見えないのです。

 ですが、やるしかありません」

 

 マックイーンは手を握りしめてそう言う。もう皐月賞を意識し始めているようだ。先日あった弥生賞を見たことも関係してくるだろう。そこでマックイーンのライバル筆頭のライアンさんは勝利をおさめていた。

 

「ライアンだけではありません。アイネスさんもライアンの対抗バとして名乗りをあげています。

 ふたりは切磋琢磨してあの舞台に立つのでしょう。互いに意識して高いレベルにあると思われます」

「……マックイーンにもボクっていうライバルがいるでしょ?」

「そうでしたわね。

 ……ごめんなさい、少し弱気になっていたかもしれませんわね」

 

 ライバルとして名乗れるぐらいはボクたちも切磋琢磨してきたはずだ。そう考えるとなんだかんだ長い付き合いになってきたな。カイチョーに友達の作り方を相談しに行ったこともあったっけ? その後初めてできた友達のようなものがマックイーンだった。

 

「何とかして私の得意なフィールドに持っていくしかないですわね」

「それならレースを高速化させるしかない」

「え?」

「アイネスさんっていう強い逃げと前で競い合ってレースを高速化させてスタミナ勝負にさせるんだよ。

 ライアンさんが冷静に後ろで控えていたら仕掛け時にはもう追いつけないところまで前に出てればいいんだ。アイネスさんが乗ってこなくてもマックイーンが大きく前にいれば焦って前に出てくる子もいるはず。その人たちにアイネスさんを飲み込ませて上がりにくくすればいい。焦って出てきた人たちはスタミナが削られてスパートの伸びが弱くなる。マックイーンもラストスパートの伸びがダメになるかもしれないけど……」

「それは、体力でどうにかしますわ」

「さすが。

 後は皐月賞に向けて体をさらに仕上げるだけだね」

 

 早口でつらつらと言っていってしまったが、結局のところ力が決める。作戦は補助だ。カイチョーが強いのだって作戦を駆使することもあるが、そもそも単純なスペックも他とは違うのだ。策を行使しなくても安定してとは言えないが、ほとんどすべてのウマ娘に勝つことは可能だろう。

 策で持っていけるのは自分が有利な条件までだ。不利条件を覆すような力量差があったら当然勝てない。

 

「まだ若葉ステークスが控えていますがね」

「何言ってるの、マックイーン? 勝てる前提で話してるのはマックイーンの方だったじゃん」

「あらそうでしたか?」

 

 本気でそう思っていたような返事をするマックイーンに、精神的にまいってはないなと少し安心した。精神だけが空回りするのは困るがマックイーンにそれはないだろう。

 

「マックイーンなら勝てると信じてるよ」

「そう、だといいですね」

 

 少し濁った返事に流石にマックイーンもかなり緊張しているのかなと思って、それ以上の期待をぶつけるのはやめた。

 

 

 ■ ■ ■ ■

 

 

 練習を終え、お風呂を済ませて洗面台の前に座りドライヤーで髪を乾かしていく。

 鏡に映った自分の顔が疲労具合をまじまじと伝えてくる。

 

「中距離は捨てて、長距離だけに専念するつもりだったのですがね……」

 

 ふと吐き出すように言ったその言葉。その言葉には私への呆れと脳裏に浮かぶ()()()()への感謝と尊敬の意が込められていた。

 肩までかかる髪を丁寧に乾かしていると隣に座る人がいた。誰か確認する前にその人物は声をかけてきた。

 

「あっ、マックイーン。遅くまで頑張りすぎじゃない?」

「大丈夫ですわ。それにそれはライアンにも当てはまるのでは?」

「あはは……。次からのレースは負けられないから」

「えぇ、私もそうですわ」

 

 メジロライアン、私と同じメジロ家のウマ娘。そして──現状私の最大の敵になると予想される相手。

 ライアンとは子どもの頃は同い年ということもあり仲良くしていたが、トレセンに入ってからは昔のように話すことは少なくなった。

 ほとんど入浴可能時刻ギリギリということもあって私たちふたりしかおらず、会話はスラスラと出た。

 

「マックイーンって次のレースって何だっけ?」

「特に何でもないオープン戦ですわ。まだクラシックに向けて調整している段階ですので。

 けれどどんなレースだとしても負けたくない。そうでしょう?」

 

 ふと噓をついてしまった。絶対にバレる噓をついてしまった。何でもないことなんてない。私は皐月賞の切符を手に入れるために、そのオープン戦に出るのだから。

 なぜ噓をついてしまったのだろうか。ライアンにどこか申し訳と思っているところがあったのかもしれない。むしろこの発言が原因でもっと疎遠になる可能性だってあったのに。

 

「わかるよ。あたしだって負けたくない。それにマックイーンはあたしよりも努力家だからね」

「私はあなたがずっと努力しているのも知っていますわ。そんなに自分を蔑むようなことを言わないでください」

 

 ライアンはこうして私と比べるところがある。ライアンと私は全然違っていて、得意なことも苦手なことも、レースの仕方も何もかも違うのに、同じ"メジロ"として見てしまうせいで比べてしまう。

 私としてはライアンには自分の強いところをもっと認めて、胸を張って過ごして欲しい。少なくとも誰にもできないぐらい体を仕上げてきたのですから。

 

「あはは……。マックイーンは強いね。相手の強さを認めることができて」

「……」

「あたしは弱いからできない。だからクラシックで勝って自信をつけたい」

 

 

「……────ライアン、私は皐月賞に出るつもりです」

 

 だから言うならここしかないと思った。私を特別視するようなライアンのプライドを守るために。何よりも私の矜持を守るために、不意打ちのようなことはしたくなかった。

 

「え、でも次の出走って……」

「若葉ステークスです。そこで優先出走権を手に入れて皐月賞に出ます。

 最高の頂き(クラシック三冠)を手に入れるために」

「……っ!」

「あなたの弥生賞での走りを見ました。

 私の知っていたライアンより遥かに成長していましたが、それは私も同じです」

 

 そう一区切りつけると、髪を乾かす役割を終えたドライヤーを置き、ライアンの方を向き立ち上がる。

 

「ライアン、あなたが私をどう思っているのかは関係なく、私はあなたに全力で()みます」

「……望むところだよ、マックイーン。あたしがマックイーンに追いつけるようになったことを証明してみせるから」

「楽しみにしていますわ」

 

 そうして私物を手に持ち自室に戻ろうとする。

 

「マックイーン!」

「……どうしたのですか?」

「ありがとう、今日は話せて良かったよ」

「なんですか、そんなことでしたか。これぐらいお安い御用ですわ。

 どちらが勝っても恨みっこなしですわよ」

「もちろん!」

 

 威勢よくこんなことを言ってしまったが、私には未だにライアンに勝てるビジョンが想像できていなかった。

 

 

 ■ ■ ■ ■

 

 

「テイオー、朝からすみません」

「ふぁあああ~。大丈夫、いつもよりちょっと早いだけだから気にしないで」

 

 早朝。まだ太陽も昇ろうと頭を出そうとしているころだ。昨日寝ようと準備しているころにマックイーンからLANEで『明日の朝走るのですが、来てもらえないですか?』と。別にいいと思ったからいいよと返事したら、返ってきたのは想像よりも早い時間に集合しろとのこと。

 めちゃくちゃ眠い。

 

「それにしてもどうしてこんな時間から?」

「もちろんできるだけ多く練習したいからですわ」

 

 だろうとは思ったけど……。それにしても早い。

 

「あんまり詰めすぎて怪我するのも駄目だから朝は軽めにだよ、マックイーン」

「それぐらい分かってますわよ」

 

 故障でよくあるパターンの1つだ。本番前に詰め込みすぎて痛めるも、あと少しで本番だからと我慢して本番後に検査すると悪化しすぎて手遅れになっているというケースだ。

 若葉ステークスの後が本当の本番なのだ。ゆっくり過ぎては駄目だが、焦りすぎても駄目。常日頃の積み重ねが重要になってくる。

 

「いきなりこんなことするようになって昨日何かあったの?」

「……ライアンに宣戦布告をしてきました」

「宣戦布告?」

「えぇ、皐月賞に出ることとそして全力で挑むと」

「それで気持ちを再確認したってことか……」

 

 理屈は分かった。それにしても呼んだ理由が割と本気で走るからストップウォッチ係をやってもらうことだったので、現在ボクは無職だ。そんな寝起きの朝から本気で走ることはとてもじゃないが推奨されたものではない。少しのミスで命取りの速度を寝ぼけているときには出したくないというのはボクの考えだが、確かそんな理由も少しはあるはずだ。あと温まりきってない脚を使うのは、単純に膝に負担がかかる。

 

「勝とうね、マックイーン。できるだけ手伝うからさ」

「えぇ、やってやりましょう」

 

 そうして軽めの速度で時間いっぱい走って、フォームの確認をしつつ膝を温めて授業へと向かった。因みに授業は眠かったので沢山寝れた。




 勝者はいつもひとり。敗者はいつもおおい。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

道化師

昨日も投稿してます
マックイーン視点がこの先続くかもしれません


 (わたくし)が若葉ステークスで勝って、皐月賞への出走を発表してから世間は大盛り上がりだった。

 それはおそらくメジロvsメジロとわかりやすい名家の勝負となったからだ。しかもどちらもメジロ家として元々期待されていた二人。こうなってくるとあまりデビューしたばかりのウマ娘を知らない人たちも分かるだろう。『あ、今年の皐月賞は熱いレースになるだろう』と。

 

 私の周りにも話しかけてくる人が増えた。応援の言葉をもらうことも増えた。今までやってきて結果を残してこれなかった人からしてみれば私はとても妬ましいでしょう。急に出てきて皐月賞に出ると言い始めた瞬間から注目され、今や世間の皐月賞の話の6割は私とライアンの二人で占めているだろう。

 

 それだけメジロという名は強く大きかった。今までのメジロ家のウマ娘が残してきた輝かしき功績に舗装された道の上を歩いているだけで注目されるのですから。

 

 だから私はおばあさまに呼びだされた。

 

「デビューと先日の若葉ステークス、大変見事でした」

「ありがとうございます、おばあ様」

「さて、マックイーン。皐月賞に出るということはどういうことですか?」

 

 単刀直入で呼び出された原因の話を聞いてくる。そして当然その言い訳は考えてきていた。

 

そういう(クラシックに挑戦するという)ことでございます」

「……天皇賞のことはどうお考えで?」

「クラシック路線で経験を積むことが、今後のレース──天皇賞のためになるという判断のもと、トレーナーと決定しました」

「ではあくまでも最終的な目標は天皇賞だと」

「そうですわ。私の目標は天皇賞なことは今も昔も変わりませんわ」

 

 ぜんぶ真っ赤な噓。決めたのは私自身。ただの私のわがまま。

 テイオーという太陽を見ていて焦がれてしまっただけの哀れなウマ娘が私。分家ですがエリートとして本家に迎え入れられ大切に育てられたのに、外の世界に触れた途端夢にくらんでしまった箱入り娘。

 

「わかりました。……そういうことであれば目をつぶりましょう。

 ただし、あなたはメジロという看板を背負っていることをゆめゆめ忘れぬよう」

「それも分かっておりますわ」

 

 おばあさまもそれは分かっているのかもしれない。けれど私がメジロを捨てず、誇りに思っていることも分かっています。だから許してくださったのでしょう。天皇賞を取るのならば、という条件を付けて。

 無論天皇賞を落とすわけにはいかない。

 そもそもこれはメジロ家としての目標が無かったとしてもですが

 

 おばあさまとの話が終わり、部屋を出て廊下を歩いているとドーベルがいました。どうやらドーベルもこちらに気が付いたようで、こちらに寄ってくる。

 

「あっ、マックイーン。聞いたよ、皐月賞出るんだって?

 えっと、その、なんていうか……頑張ってね! 応援しに行くから」

 

 ドーベルからの言葉は応援の一言でした。

 

「ありがとうございますわ。ライアンの方の応援はいいんですの?」

「え、えっと……ふたりとも応援してる……よ?」

「私ではなく、ライアンを応援してあげてください。

 私はあくまでも本命ではないようですから」

 

 言ってから少し間違えてしまったと耳をパタンと倒すドーベルを見て後悔する。

 ドーベルは純粋に応援してくれているというのに。少しいじわるしてみたいという気持ちと、先ほどの会話によってやはり本命と思われているのはライアンだと自覚してしまったことからの自虐的な発言は私らしくなく、その場の空気の面でも良くなかった。

 

「……そんなこと言ってもアタシは応援するから」

「……ありがとうございます。

 でも、ライアンには少し気が引けますね」

「絶対ライアンはそんなこと気にしてない、この前はマックイーンに勝つんだってずっと言ってたんだから」

「それは……期待に応えなくてはですね」

 

 ドーベルの優しさに甘えてしまう結果になってしまいました。ライアンとドーベルには落ち着いたときに謝りたい気持ちでいっぱいになる。

 

「では私はこれで失礼しますわ」

「あ、うん。……じゃあね」

 

 逃げるようにドーベルに別れを告げて、トレセンに戻るために玄関へ向かおうとする。

 

「……でも、今のマックイーン。今までで一番楽しそうだよ?」

 

 そのとき私は後ろから聞こえたドーベルのその吐き出すような微かな言葉を、聞こえないふりをしてその場を去った。

 私はメジロでなくてはならないのだから。家のことを忘れて楽しむために走ることは許されない。

 

 外に出ると門で爺やが迎えてくれた。後部座席に乗り込み、肩の力を少し抜いた。

 

「爺や、トレセンまで飛ばしてください」

「わかりました、お嬢さま。安全に、なおかつ迅速にお届けします」

 

 少しでも早く走って周りとの差を埋めたかった。今の私は挑戦者だから。

 ふと外の景色を見ようとした窓に、口角の上がった私の顔が反射していた。

 

「こんなに、楽しそうにしていたのですね……」

「どうされましたか?」

「いえ、なんでもないですわ」

 

 思った以上に楽しんでいそうな顔をしていたため、これではおばあさまにばれてしまう訳だと納得する。

 すると運転席から声が聞こえた。

 

「マックイーンお嬢さまは最近楽しそうに走っていて私は大変うれしく思います」

「……爺や?」

「これはただの独り言です。

 マックイーンお嬢さまはいつもメジロのことを考えておられて、そんな中で自分の目標を自分で決めなさって頑張っていらっしゃる。ですので私はもっと楽しんでもいいと思います」

 

 私は返事はしなかった。

 そしてそっと人差し指で頬を下に引っ張った。

 いつものようなクールな雰囲気を纏いなおし空を見上げると、太陽が雲1つない空を焼いていた。その光は少し私には強かった。

 

 

 □ □ □ □

 

 

「トレーナーさん、メニュー終わりましたわ」

「おう、じゃあダウンして今日は終わっとけ」

「わかりましたわ」

 

 トレセンのスピカの割り当てられている練習場で今日も決められたメニュー通り走る。

 今使っているメニューはいつもやっていたメニューをトレーナーさんが皐月賞前だからというアレンジを加えたものだ。

 ベンチに座って水分補給をしていると、よぉ! とゴールドシップさんが後ろから声をかけてくる。

 そのまま横に座ると会話が始まった。

 

「マックイーン、どうよ? いけそっか?」

「調子は申し分ございませんわ。しかし、勝てるかは不安です。トレーナーさんやテイオーは勝てると言いますが、そんな実感はございませんの」

「まっ、そんなもんなんじゃねーの?

 結局結果が無いと実感なんて湧いてこねーからな。マックちゃんが思っているよりも周りに評価されているのかもしれねーし、それが過小評価かもしれねー。

 つまり走り終わるまでわかんねーつーことだ」

 

 いつも破天荒で周りを見ているのか見ていないのかよくわからない彼女は、ときどきまともなことをいう。そのときどきはこういった誰かが困っているときがほとんどだ。

 

「そうですわね。まずは皐月賞で勝つ、それだけを見据えてそこまでにできることをやるのみですわね」

「そういうこった! ってことで今日はしっかり休むんだぞ?」

「分かっていますわ」

 

 そのことはトレーナーにもテイオーにも口酸っぱく言われている。前にオーバーワークしそうになっていたことをふたりにゴールドシップさんが告げ口したからのようだ。

 量より質だよ! とテイオーに言われたときに説得力が無いと思ってしまったことは黙っていようと思います。

 

「マックイーンもゴルシもおつかれ~」

「テイオーもお疲れ様です」

 

 そうやって会話に途中参加してきたのは先ほどから脳内で登場していたテイオーだった。その手にはスポーツドリンクが3本あり、それを1本ずつ私たちに差し出してきた。

 

「ありがとうございます、テイオー」

「気が利くじゃねーか」

「ゴルシはマックイーンのおまけだよ?」

「あ!? 喧嘩か!?」

 

 言っとくけどボクはまだゴルシとは走らないからね!? と喧嘩を回避しようとしているテイオーを見て笑ってしまう。このふたりも私の知らない繋がりがあるのだろう。でなければまだゴルシとは、なんて会長さんと走ったテイオーがいうはずありませんから。

 

「はー、マックイーンのレースまであと少しか……。なんか緊張してきたなぁ」

「分かるぞ、テイオー。ま、ゴルシちゃんはマックイーンの勝利を疑っていないから、マックイーンの勝ちにはちみー代かけてやってもいいぜ」

「ボクもマックイーンの勝利にかけるから賭けは不成立だね」

「それもそうだな!」

「ちょっとふたりとも。それほど期待されても困りますわ」

「何言ってんだマックイーン。友達の勝利を信じてくれる良い仲間だろ?」

「ゴルシ、それは自分で言っちゃだめだよ」

 

 ちょっといつもとは違うであろう私の前でも普段通り接してくれるふたりは私の精神を大変落ち着かせてくれた。

 

「ふたりにはいつも感謝しておりますわ」

 

 だから一呼吸を入れて目を開き、ふたりに堂々と宣言する。

 

「だから見ていてください。メジロマックイーンというウマ娘のスタートを」

「へへっ、しょうがねえな」「当たり前でしょ?」

 

 私はここからメジロ家を背負っていくメジロマックイーンという役だけではなく、トウカイテイオーという太陽に魅せられて最強に憧れたただの上を目指し続けるウマ娘のメジロマックイーンという道化としてのストーリーを進めよう。

 

 

 

 

 

【メジロマックイーン先頭だ! メジロライアンも上がってくるも届かない!

 マックイーンだ! マックイーン! メジロでもマックイーンの方が今一着でゴールインした!!!】

 

 だから勝てたとき、私は確実にさらに上の世界が見えていた。これがテイオーの見たかった世界なんだとも理解した。

 

 そんなことを考えるタイプでもないと思っていたのですが、あと2つと思う私がそこにはいた。




挑戦者が挑戦者で無くなったとき、あの時の情熱はどこへ行ったのだろうか。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

勝つということ

少し遅れました。
明日の更新はお休みです。



 どんなに準備していたことだって終わるときは一瞬だった。結果がどうであれそれは一瞬で終わることが多い。

 テストが始まるまでは緊張して今までの勉強は大丈夫だったか心配しているが、テストは始まればすぐに終わってしまうように。

 限定のスイーツを手に入れるために朝早くから列に並んで手に入れても、食べるときはいくら味わったとしても一瞬でなくなってしまうように。

 今回もスタートしてからの記憶がほとんどなく、いつの間にかゴールしていた。

 

 私が勝ったという情報は、アナウンスでも掲示板でも、そして手応えでも感じていた。しかしあまりにもそれは一瞬の出来事のように思え、実感はできていなかった。

 

「マックイーン……」

「……ライアン」

 

 勝てたことにはっきりと脳が気が付いたのは、悔しそうなライアンの顔を見てからだった。

 

「マックイーン、おめでとう。

 ……ごめん」

「ライアンっ! ダービーで、また戦いましょう」

「……っ!」

 

 おめでとうだけを告げて去ろうとするライアンを呼び止めて、再戦の約束をしようとするが逃げられてしまう。その背中に以前から抱いていた罪悪感の存在感が増す。

 どこからすれ違ってしまったのだろうかと考えるが、その答えは持ち合わせていない。

 

「ライアン……」

「マックイーンちゃん、今はそっとしてあげて欲しいかも」

「……アイネスさん」

 

 そんな私に声をかけてきたのは、ライアンの親友──今のレースでは3着であった──アイネスさんだった。

 

「あはは、ライアンちゃんはずっとマックイーンちゃんのことを意識していたみたいだから、少し落ち着くまで待っていて欲しいの」

「……わかりました。ライアンが強いのは分かっています。私の前に必ず現れますわ」

 

 ライアンは強い。このレースで二番人気だったことからもその強さが評価されていることは容易にわかるだろう。因みに一番人気は目の前にいるアイネスさん、私は三番人気だった。

 

「それにあたしも今回は負けちゃったけど、次も負ける気はないの」

「えぇ、私も譲るつもりはありません」

 

 次というのはもちろん日本ダービーだ。クラシック路線で一番重視されるレース……いや、一生でダービーさえ勝てればいいと考える方もいるほどには重要視されているレース。皆さん血眼になって勝ちにくるだろう。そしてそれは私も同じ。

 そうして日本ダービーに思いをはせているとアイネスさんがこちらに左手を突き出してきた。その顔は非常に獰猛で、いつもの爽やかな印象とは離れている。確実に首元に食らいついて噛みちぎってやるという闘争心の剥き出しの顔だ。

 

「握手だよ、ライバルとしてのね!」

()()()()……ですか。いいですわ、乗りましたわ」

「うん!」

 

 左手の握手は敵対の意。仲良しこよしではなく、本気でやり合いたいという思いでしょうか。

 そしてそれを私は正面から受け止める。そのときの私の顔も笑っていたに違いない。

 

「では、アイネスさんもまたダービーで」

「マックイーンちゃんもね! 次は負けないよ!」

 

 その風格は次戦うとき、絶対に強敵になるという確信があった。

 

 

 そうしてアイネスさんと別れ、私の控え室に戻ろうとしている時にそれは聞こえてきた。

 

「ぜんぜん駄目だった! 観客の皆はメジロの二人ばっか見てたし、結果を残したのもその2人!

 私なんか誰にも注目してなかった!」

 

 扉越しに聞こえてくるその声は、聞こえてくる音量とは裏腹に物凄い思いを感じられた。中でトレーナーと思われる人がなだめようとしている声も微かに聞こえてくるが、彼女ほどの声量はないので内容までは聞き取れない。

 

「勝てると思って挑んだ! トレーナーもそう言ってくれたよね? 勝てるって。

 でもこの結果は!? 実際は相手にもされてなかった! 私が勝てる要素なんてあったの……?」

 

 すると泣きながら扉を勢い良く開け、通路に出てきたところで私と目が合ってしまった。顔をすぐにそらされ、私が来た方向にかけていった。扉から出てきたトレーナーが申し訳なさそうにこちらを見つめてきた後、一礼してさっきのウマ娘を追いかけていった。

 それは完全な事故でしたが、あの悲痛な叫びと苦しそうな顔が脳裏にこびりついて離れなかった。私はあの人の名前も知らない。どこで走っていたのか、何着だったのか、枠も人気もすべて知らなかった。ですが、あの人も確実に全身全霊をかけてこのレースを走っていたことは伝わってきた。

 そんな彼女の夢か目標かを奪い取ったのは────私だった。

 

 

「どうした、マックちゃん?」

 

 控え室に戻るとゴールドシップさんだけがいた。パイプ椅子にもたれ掛かってリラックスしている普段通りの彼女は、まず私の勝利への祝いよりも先に気持ちの変化の方に問いかけてきた。そんな彼女だからこそ少しならさらけだしてもいいと思えてしまうのでしょう。

 

「……勝つということは、誰かを負けさせるということなのですね。分かっているつもりでしたが、こんなに皆さん真剣に向き合っているとは思いませんでした」

「そりゃあそうだろ。G1に出てくるような奴なんてエリートもエリート。ずっと走ってきて努力をしていない時期などほとんどないようなやつらだ。負けたことはほとんどねぇし、負けたとしても掲示板には入ってくる。そんな奴らが勝てないと思い知らされたらおかしくなっちまうのは道理よ」

「いえ、私は私の浅はかさを言っているのです。三冠を目指すということ、上を目指すということ。

 それは多くの人の夢を潰しながら進んでいくことだと気がついておりませんでした」

 

 何も知らずに自分の目標だけを見て勝ってから気がついた、それは周りも同じだったという事実。

 それは純粋に喜ぶことができなくなるほどまではいきませんが、喉に魚の小骨がつっかえたようなそんな感覚を生み出していた。

 

「テイオーは……」

 

 だから真っ先に思い浮かんだのはこの道を選ぶきっかけになった彼女のこと。

 

「テイオーは、分かってこの道を選んだのですかね」

「あいつは分かってる。それを分かっていても自分の夢を、目標を捨てることができない。あいつは思っている以上に自己中心的な奴なんだろうぜ」

 

 なんてったってウマ娘の頂点になるなんて言ってるんだからな、というゴールドシップさんの言葉にやはりテイオーは強いなと再確認する。私はそこまで自分を中心に考えることはできなかった。

 

「で、マックイーンは諦めんのか? 皆の夢を守るために走るのをやめるのか?」

「私がそんなことをするとお思いで?

 

 ────それならばその者たちの思いを侮辱することになりますわ」

 

 これだけは自信をもって言えた。

 

「分かってるじゃねーの」

「私は多くのウマ娘たちの夢をたたき割ることがあっても、その壊してきた数だけそこに私の道が刻まれますわ。

 そうすると決めたら最後まで突き通すのみ。

 いきなり夢を壊した相手がこれからはそんなことがないように走るのをやめる……なんて許されていいはずがありませんもの」

 

 私はこれから多くのレースを勝とうと道を歩んでいく。そしてそこで勝つたびに何人ものウマ娘たちに敗北を突きつけることになるのですから。

 だからこそ、私は負けた相手のことを振り返らず前に進む。私は気にしなくとも、負けた人たちはまた相手として現れるのだから。

 

「それにゴールドシップさん、私はメジロ家を背負っていくのです。たった十数人のウマ娘の思いだけでへこたれるわけにはいきませんわ」

 

 メジロ家のものとして勝つことは家のためになる。家の発展と栄華のために走っている私にとって避けて通れぬ道。

 

「マックちゃんのことを心配したけど、なんか損したぜ。ま、次も頑張っていこーぜ。

 ダービーはすぐそこだ」

「えぇ」

 

 ダービーは待ってくれない。残りの1ヶ月半、全力で備えようと気持ちを入れ替えた。

 

 

 □ □ □ □

 

 

「マックイーンおめでとう」

「ありがとうございますわ」

 

 学園に戻って祝賀会を終え、私とテイオーは寮の近くに設置されているベンチに腰掛けながら話していた。

 

「それにしてもマックイーンが皐月賞ウマ娘か……」

「どうしたんですの? まだ1つ目じゃないですか」

「本気で三冠ウマ娘になるつもりなんだ」

「えぇ、やるからにはそのつもりですわ」

「マックイーンは……菊花賞はなんか行けそうな気がする」

「お得意の勘ですか?」

「うん。

 でもダービーはよくわかんないな。やっぱり一番運のいいウマ娘が勝つって言われているからかな」

 

 テイオーの勘は結構当たる。たまに外れるので安心はできないが、1つの指標とはなるだろう。

 

「運だろうと引き寄せてみせますわ。それに私、運ならある方だと思いますので」

「あっ、確かに。この前スイーツのなんか抽選の限定品当てて美味しそうに食べてたらしいし」

「どうしてそれを!?」

 

 あれは誰にもばれないようにわざわざ他のメジロのトレセンに通っているメンバーがいない時を狙って、本家の屋敷で食べてきたのに。

 すると思わぬところから犯人が分かった。

 

「じいやさんに教えてもらったんだ。

 マックイーン嬉しそうだけど、何かあったの? って聞いたら教えてくれたんだ」

 

 主人の秘密を平然と言って……いや、いつの間に仲良くなったのだろうか? 話したい話題はそれではないのだ。

 

「……まぁいいですわ。だから今私がすべきことは手の中に勝利が転がってきたときに離さないような力を付けること。

 運のいいウマ娘が勝つといわれますが、運だけでは勝てませんもの。

 ですので明日からまた練習に付き合ってくれませんか?」

「いいよ。……って言っても、言われなくてもやるつもりだったけどね」

「ありがとうございますわ」

 

 私もテイオーならいいよと答えてくれると信じていました。いままで断られたことがないので、断る様子が想像できないだけかもしれないけれど。

 

「ボクもマックイーンみたいに頑張らないとね。

 ……デビュー早めてジュニアG1狙ってみようかな」

「ちゃんと目標で定めたレースに向かって整えていった方がいい……と言いたいところでしたが、私が言えた立場ではありませんでしたわね」

 

 天皇賞を目標にもともとクラシック路線はおまけだったのですから、こうして全力で今取り組んでいることは昔では想像もしなかった……いえ、想像しても実現するとは考えていませんでした。

 

「これでクラシック路線に出たせいで故障なんかしちゃったら、なんて言われちゃうんだろうね」

「大丈夫ですわ。オーバーワークの時はあなたやトレーナーさんが止めてくれるでしょう?」

「あんまり過信しすぎないでよ……。別にボクはトレーナーってわけじゃないんだし、トレーナーに見てもらって……ってあの人も結構放任主義だからなぁ」

「自己管理もできるようにしていきませんとね」

 

 頼らないようにと言っているがテイオーはオーバーワークだけは過剰に反応する。過去の色々な会話からそれに少なからぬトラウマを持っていることは確かだ。だというのに当の本人はオーバーワークを繰り返しているのに、医者の不養生みたいなものでしょうか。

 

「なんかはちみーが飲みたくなってきたな。この時間だと店もあいてないし、冷蔵庫から取ってくるか。

 マックイーンもいる?」

「……少しぐらいはいいでしょう。今日は飲んでも大丈夫でしょうし」

「! 急いで取ってくるね」

「急ぎすぎて怪我しないようにしてくださいよ」

 

 普段なら絶対に飲まない時間帯の、しかもカロリーの塊のはちみーだが今日ぐらいはいいでしょうと甘えてしまった。

 明日からのトレーニングで消化しきれるだろうと楽観的な希望を胸にテイオーが戻ってくるのを待った。

 

 ふと見上げた空には星がかかっているわけでもなく、ほとんど丸な月だけがその存在感を示していた。

 ────それがまるでレースの世界のようで、少しだけ私に重ねた。

 




 たとえ月でさえも太陽がある時はほとんど見えなくなってしまう。
 


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ダービーまであと少し!

「あら」「おっとっと」

 

 早朝。朝日が顔を出し終えて、さらに上に行こうとするぐらいの時間帯。

 テイオーを誘うのは少し可哀想と考え、ひとりで学園の外周を走っていると最近よく見る顔があった。

 

「おはようございますわ、アイネスさん」

 

「おはよ~、マックイーンちゃん。

 随分と早いね。まだレースが終わってから1週間も経ってないのにこんな時間から練習なんて大丈夫?」

 

「お気遣いいただきありがとうございますわ。ですが、私は次のレースがすぐそこに控えているので仕方ありませんわ。

 そういうあなたこそこんなに朝から大丈夫ですの?」

 

「へーきなの! ちょっと次のレースに向けてやらなくちゃならない量が少し増えたから心配だけどね?」

 

 ああ言えばこう言う。ライバル……というよりも古くからの友人のような会話のようにも聞こえる。

 こんな関係の──バチバチしていると表現したらよいのでしょうか──人は今まで存在しなかった。こういった会話はテイオーとたまにすることはあったが、どちらかというと仲間という意識があったため、これとは少し違う気がした。

 

「ふたりとも朝から早いね!」

 

 そんな早朝からバチバチとしていた私たちの会話に参加してきたのは、これまたライバルのライアンだった。

 

「ライアンも朝から早いですわね」

 

「もちろん! 今度こそ二人には負けないよ!」

 

 皐月賞のことで心配に思っていましたが、そんな様子が見えないため大丈夫でしょう。

 ……なんて傲慢な考え方をしているのでしょう。1回勝ったぐらいで、まるで自分の方が上だと考えているなんて。

 

「じゃあ、またっ! ダービーで勝つのはあたしだから!」

 

 なんてよそ事を考えていると、呼吸を一通り落ち着かせたアイネスさんは帽子をかぶり直し、来た方向とは逆に走り始めた。

 考えるのは今ではありません。意識を変えてやっていかなくては。

 

「私たちも練習に戻りますか、ライアン」

 

 そうやって走り出そうとしたときのことだった。

 

「……マックイーン」

 

 ライアンから神妙な面持ちで声をかけられたのは。ライアンから聞いたこともないような声色で声をかけられたため少し緊張が走る。

 

「……どうしたのですか?」

 

「その……前はごめん。逃げ出しちゃって」

 

「なんだそのことですの。

 私はぜんぜん気にしておりませんわ。

 もし気にしていると思うならばダービーで」

 

「……うん!」

 

 ダービー、ダービーです。

 ()()()()()()()()()()

 

「……ふふっ」

 

 ふと声が漏れてしまった。

 天皇賞だけを目指し、クラシックなんて興味を持たないようにしていた私の変化に。

 

 

 □ □ □ □

 

 

 スピカの部室に集まってトレーナーさんの作戦会議が開かれようとしていた。

 トレーナーさんはマンツーマンと言っていたが、おそらく冷やかしで来たゴールドシップさんと無理やり連れてこられたテイオーがいた。

 けれど、トレーナーさんは気にせず始めるようだ。

 

「マックイーン、お前に弱点らしい弱点はない。だが、敢えて言うとするならばそれは爆発力の少なさだ。

 安定していることはとても良いが、ここ一発とかけてきた奴に差し切られる可能性がある」

 

「えぇ。それはわかっております」

 

「あとは単純に力の差が大きい時だな。皐月賞のときのように少しの差なら、作戦勝ちでどうにかなるはずだ。

 ……と、言ってきたが何が伝えたいかわかるか?」

 

「……いえ」

 

 想像ができない。ですが、私の弱い点はよくわかっている。

 例えばテイオーのタイプに私は弱い。テイオーは頭を使って作戦を練っていますが、本質的にはどこで自分の力を解放するか考えているだけ。本人の力が強いから基本的に爆発した力を使わなくても良いのですが、ここぞというときに──例えば少し前にルドルフさんとやったときのように──有り得ないぐらいの力を絞り出してくる。だから、テイオーにはあの力を使わせてからが本番なのだ。

 反対に私には爆発力がない。展開によって力の強弱はあれど常に一定。出せる力の全てを出すことしかできないから、全力のさらに上を出すことができない。だから格上には勝てない。

 

「つまりだ。俺の考えたお前が一番勝てる方法は爆発力を身につけることではない。

 周りが全力以上を出してきたとしても、策でどうにかできるぐらいの差をつけるために強くなることだ」

 

「それって今まで通りやっていけということでしょうか?」

 

「そうだ!」

 

 よくわかっているじゃないかとに言うトレーナーさんに場が凍る。私を含め三人とも全員が「今何でここに集められたのか」と、疑問に思っているはずである。そんなことは別に今更言われても……という感じである。

 

「おーい、長ったらしく言うような内容でもないじゃねーかよ」

 

「そうだよトレーナー。それなら早く練習はじめよーよ」

 

「おいっ、俺が本当にいいたかったことはこれからなんだ」

 

 回りくどいトレーナーさんに嫌気がさしたのだろう、テイオーとゴールドシップさんがトレーナーさんを急かす。と言っても、ふたりは聞く気は満々のようだが、急かすことで早く結論を言ってもらいたいようだった。

 あと一押しという雰囲気に、ふたりは私に目配せをしてくる。……まぁ、ふたりの作戦に乗ってもいいだろう。

 

「テイオーもゴールドシップさんも行きますわよ」

 

「うん」「さんせー」

 

 ふたりとも私の意図に気が付いたように外に行く準備をするふりをする。

 

「おいおいおいおい! 悪かった! 手短に済ませるから、頼む!」

 

「なら早く言えって」

 

 急いで私たちを止めるトレーナーさんから欲しい言葉が聞けたので元の位置に戻る。

 トレーナーさんは咳払いをして会話を再開する。

 

「それでだ。マックイーンのスタミナはもう十分と言っていいほどある……ってわけでもないが、このままなら適当に何をやっていても菊花賞を勝てるぐらいにはスタミナは成長する……はずだ。

 てことで、スタミナが足りてるから今度はパワーだな。そういうわけでマイラーのような練習するぞ」

 

「おい、さっき爆発力は鍛えないって話じゃなかったのかよ?」

 

「何言ってんだ。安定してスパートでマイラーの力が出せれば強いだろ?

 ……おい、なんだよその目は?」

 

 トレーナーさんの言いたいことは分からないこともない。だが少しこじつけな気もする。

 

「まぁ、トレーナーさんの言うことにも一理ありますわ」

 

「だろ?」

 

「いや、ないと思うけど……」

 

「スズカを見ればわかる。スズカが中距離でも強いのは爆発力じゃなくてマイルの速度を常に中距離でも出しているからだろ?」

 

「たし……かに?」

 

「おい、テイオー騙されるなよ。

 スズカの戦法ができるなら誰でもやってるんだ。机上の空論がなんかのいたずらで実現しちまったのがスズカなんだよ。

 やったら強いとやれるかは別だぞ?」

 

 スズカさんの走り方は最初から最後までずっとスパートと言っても過言ではない。そんなことが短距離はまだしも、マイル、さらには中距離でやられてしまっては勝てるはずもないだろう。

 私にあれをやれと言ってるのでしたらもちろん不可能でしょう。

 

「まぁ、あんなにうまくいくことはないだろうな」

 

 だが、と置いてトレーナーさんは続ける。

 

「その練習をしていく中でマックイーンなりの道が見つかるんじゃねえのか……と、俺は読んでいる」

 

 走り方は十人十色。それを見つけるのは私次第。

 ……なかなかに放任主義らしいトレーナーさんの考え方ですね。

 最終的な選択や判断をウマ娘に任せることはあの家ではありえなかったことで、このチームで初めて知ったこと。

 別に今までに不満があるわけではない。一人一人最高の人材が集められているメジロ家で走ることに関しては最高の教育を受けてきた自覚があり、感謝もしている。

 

「物は試し。駄目でしたら別の方法を考えましょう」

 

 けれど、今はこの自由が

 私も随分とこのチームに慣れてきたということでしょうか。以前なら駄目かもしれないことなど、挑戦しようとはしなかったのに。

 

「さぁメニューを出してください。行きますわよ、トレーナーさん」

 

「よしっ、それじゃ行くか。

 ついでだしお前らもついてこい」

 

 えー、と言いたげなふたりもしぶしぶ出ていき、新しい練習が幕を開けた。

 

 □ □ □ □

 

「すみません、イクノさん……」

 

「私がやりたくてやっていることなので大丈夫です」

 

 大きく変わった練習内容に、体が上手く動かせないぐらいへとへとになってしまったので、私はベッドの上で寝る前にイクノさんに髪の毛や尻尾の手入れしてもらっていた。

 

「マックイーンさんは凄いですね」

 

「……? どうしたのですか、イクノさん」

 

「いえ、ただ私の不甲斐なさを嘆いていただけです。マックイーンさんはずっと努力なさっていて、その成果をデビューしてからずっと発揮なさっていますから」

 

「イクノさんが頑張っているのは知っていますわ。いえ、これを私が言うのは嫌味のようでしたね。

 なんと言ったらいいのでしょう……」

 

 イクノさんは私の後ろにいるためその表情は見えない。

 こういったときに何を言ったら良いのか分からなくなる。

 

「いえ、言葉にされなくても十分です。マックイーンさんがそう考えてくれているだけで嬉しいです」

 

「……すみません」

 

「謝らないでください、マックイーンさんが悪いわけではないのです」

 

「……そうかもしれません。しかしレースで勝っても周りを傷つけているばかりなのではないかと思ってしまうのです」

 

 疲れているからだろうかちょっとした弱音を吐いてしまう。メジロマックイーンとしては駄目なのに。

 

「貴女の活躍する姿から勇気を貰っている方は沢山いると思います」

 

「そう、ですの?」

 

「はい。中距離は苦しいと言われていたステイヤーである貴女がレースの主導権を握って一着を取った姿に、私ももしかしたら諦めていただけなのかも頑張ってみよう、という声を学園内で聞きました。

 他にも多くのファンがついてきたということも聞いています」

 

「ふふっ、そうだったんですの」

 

「どうされましたか?」

 

「いえ、私は近くしか見えていなかったのだなと思っただけですわ」

 

 視界が狭まりすぎていたのかもしれない。

 駄目ですわね……。これからメジロ家を引っぱっていく者としてもっと視野を広げなくては。

 

「マックイーンさん、何か悩んでいたらいつでも言ってください。

 ほとんど聞くことしかできないでしょうが少しでもお力になりたいです」

 

「ありがとうございます。

 あっ、ではあまり悩みとは関係ないのですがいいでしょうか?」

 

「ええ、勿論です」

 

「実はですね……」

 

 

 

 




 『自由』は難しい。
 手に入れることも、その中で行動することも。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

つぎへ

 あれは(わたくし)が子どものころだったでしょうか。メジロ家の親戚一同が介してまだ小学生になったばかりの子どもたちで小さなレースをしていた。

 私はその中で勝てず、苦しい思いをさせられていたのを今でも覚えている。

 

「マックイーン、貴女にはステイヤーの才能がありそうですね」

 

「すていやー?」

 

 そんな中、私を気にかけてくださったのがおばあ様だった。

 私には私にあった距離があることを教えてくださった。

 

「長い距離を走るのが得意な人たちのことです」

 

「? それっていいことですの?」

 

「えぇ、メジロ家は天皇賞に重きを置いています。春と秋の2回行われる天皇賞はどちらも3200mと長いのです。

 マックイーンの才能はこれからのメジロ家をいい方向に導いてくれるでしょう」

 

 おばあ様は優しく私の頭を撫でながらそう言って下さった。

 私は嬉しかった。家族の皆さまのために活躍できるかもしれないと期待されていることが。

 

 

 

「天皇賞秋の距離短縮!?」

 

「少し前から話自体は上がっていたようですわ」

 

 小学生も高学年になったころ。ライアンとテレビを見ていたとき、URAの会見で衝撃の発表がされていた。

 

「でもマックイーン!」

 

「関係ありませんわ。たとえ中距離になったとしても勝てばいいだけですの」

 

 納得がいっていないようなライアンに対して、強気に言う。

 

「私が中距離でも勝てるような強いウマ娘にならなくてはならないのです。

 それが、メジロ家の看板を背負っていくメジロマックイーンなのですから」

 

 最近の日本のレース界では中距離が重視されがちだ。そういった背景もあり、天皇賞の距離短縮ということが引き起こされたのでしょう。

 そのこれからさらに中心となっていく中距離という距離で戦えないのはプライドが許せなかった。

 

 

「タイムが……伸びませんね……」

 

 トレセン学園に入学してというもの、スランプに陥っていた。

 中距離でも走らなくてはならないという使命感と、その努力とは裏腹に伸びないタイムへの苦しみで板挟みされていた。

 

「マックイーンお嬢さま、そろそろお休みになっては……」

 

「いえ、まだ走りますわ。

 ――――これでは駄目ですもの。これではまだメジロを名乗れない」

 

 

 

「あぁ。今年もそんな季節ですか」

 

 学年が1つ上がり季節が移ろっていく中で、テレビである特集が組まれていた。春になると皐月賞の前に必ずあるクラシック三冠特集だ。

 それはミスターシービーさんとシンボリルドルフさんらが2年連続で三冠ウマ娘になったときから、三冠は現実で起こりうることだと理解し、今年も三冠ウマ娘が出てこないか? と期待を寄せる番組であった。

 

「無敗のクラシック三冠という偉業は今後出てくることはあるのでしょうか」

 

 そんな疑問に答えは返ってこなかった。

 決して私がそれになろうという考えはなかった。

 

 

 ですが、その偉業を達成できるかもしれないという存在に出会う。

 

 

「僕はウマ娘の頂点になりたいんだ」

 

 トレセン学園に入学して出会った一個下の後輩(トウカイテイオー)

 人間関係など気にせずに、ただただ上を目指しトレーニングだけをする姿が気になって出会った人。

 

 ──こういう方が三冠ウマ娘になるのでしょうか。

 

 こういったような何かに狂える方がどんどん上にいくのだろうと感じた。

 

 

「マックイーンさんは夢とかあるんですか?」

 

 練習の合間の休憩での会話。

 専属トレーナーはおらず、チームにも所属しないはぐれウマ娘たち同士の何気ない会話。

 

「夢……ですか? 天皇賞制覇ですわね。まぁ、これは目標……いえ、使命といった方が正しいですわね」

 

 考えてみれば夢というものを抱いたことが無かったのかもしれない。

 全て家のため、周りのため、趣味などは私自身のために色々なことをしていましたが、レースという場面で自分の意思を出したことが無かった。

 

「テイオーの夢はウマ娘の頂点になることでしたか?」

 

「うん。まぁこれもマックイーンさんと同じように目標みたいなものだけどね。

 その世界にいるならばどんなことでも頂点を目指したくなるんだ。

 でも僕みたいに最強になりたいとかそういうことをいう人ってどうして少ないんでしょうか」

 

「みんな思っていたとしても言えないのでしょう。

 成長して自分の力を知っていくと高い目標を掲げるのは難しくなっていくのです」

 

「そんな感じなんですね」

 

 生きにくそうですねと言外に語るテイオー。

 出る杭は打たれるような社会だということを学び、そういうことは言えなくなるようになっていく。だが他人を気にしない彼女ならそんな障害など障害とも思わずやっていけるのだろう。

 彼女の強さの一端はこういった自分を中心に考えられるところにもあるのかもしれない。

 

 

「テイオーの考える一番素晴らしい称号ってなんですの?」

 

「うーん、やっぱりクラシック三冠かな」

 

「それはどうしてですか?」

 

「どうしてって言われてもね……。

 うーん、そう言われるとはっきりとした理由はない気が。

 でも、挑戦できるチャンスは一度きりで、皆そこに目がけて頑張っているからじゃないかな」

 

 ボクはカイチョーに憧れているからもあるけどねとテイオーは付け足す。

 

 一度きり。

 それが大きく関係しているのだろうとテイオーはいう。

 そしてこうとも言った。

 

「三冠ウマ娘の次ならばダービーウマ娘だね」

 

 ダービー。

 憧れなかったことがないわけではない。ウマ娘になったからには一度は憧れる日本ダービー。

 ですが、それだけではテイオーの目指しているところを理解することはできない。

 

 それならば────────

 

「じいや」

 

「はい、何でしょうかお嬢さま」

 

「家の方針としては天皇賞の盾を取ることができれば、何をしても構わないという話でしたわよね」

 

「私はそう伺っております」

 

「ならばそれまでの天皇賞までに出るレースも天皇賞に向けていれば良いですわよね」

 

「はい、お嬢さまの裁量に任せると命令させております」

 

「たとえそれがクラシック路線だとしても良いでしょうか?」

 

「……もちろんでございます」

 

「それは良かったですわ」

 

「ではダービーを?」

 

「いえ────スタートは皐月賞からですわ」

 

 私も目指してみようではありませんか。

 一度きりのチャンス。やらなくて後悔したくはありませんもの。

 

 

 

 

 

 

 

「マックイーンはどうして三冠ウマ娘を目指したくなったの?」

 

「純粋な興味ですわ。

 私が、私としてレースに挑めるのかどうか。

 

 メジロマックイーンがどこまで通用していくのか、それを見に行くのですわ」

 

 ――――――――――――

 ――――――――

 ――――

 

 

 

「『メジロマックイーン、二冠なるか!?』だってさ。注目されてるね、マックイーン」

 

 どこかで買ってきたのか貰ってきたのであろう新聞を広げながら、記事を読んでいる。

 

「おうとも。何しろ我らがマックちゃんは距離が伸びれば伸びるほど有利と言われているからな!

 期待されんのは当然だぜ」

 

「『メジロマックイーン、あと2回』……強気だねぇ」

 

 相づちを打ちながらテイオーに反応するゴールドシップさんと、どこからともなく2冊目を取り出しまた見出しに感想を付けて行くテイオー。

 

「……ふたりとも私は今レース前ですのよ?」

 

 そう、ふたりがいるのは私の控え室。そして今日は日本ダービー当日です。

 

「なんだよマックイーン。お前はいつも通りの力を存分に発揮すればいいからこうやって日常を提供してやってるんだぞ?」

 

「マックイーン緊張してる?」

 

「えぇ、してますわよしてますわ」

 

「結局いつも通り頑張れってことになったんだから、そんなに焦んなって」

 

 マイラーのような練習をしても特に何かを手にすることができたわけではなかった。ですが意味が無かったわけでも無かった。

 少しだけスパートが早くなったような、なってないような……気持ち程度は成長した。

 

 そんな騒がしくしていた部屋にノック音が鳴り響く。ゴールドシップさんがどうぞ~と言った後に入ってきたのはトレーナーさんだった。

 

「よお、マックイーン。そろそろパドックに入場の時間だが、調子はどうだ」

 

「それがよトレーナー、マックちゃんめちゃくちゃ緊張してるっぽいぜ」

 

「緊張していて結構!

 緊張してるってことはそれだけ本気になれてるってことだ。

 一度きりのこの舞台。頑張ってこい、マックイーン」

 

「言われなくてもそのつもりですわ」

 

 サムズアップしているトレーナーさんの目を見つめ覚悟を伝える。

 頑張れと言われてから頑張るような気持ちでここには来ていない。

 出せる全力――気力、体力、全身の細胞ひとつひとつすべてを使うつもりで臨む。

 

「マックイーン、楽しんでこいよ」

 

「見てるからね」

 

 ふたりの言葉に「えぇ」とだけ返して部屋を出る。

 

「ふふっ、最後までふたりらしい」

 

 頑張れではなく、楽しめ。(破天荒で我が道を征くゴールドシップさん)

 応援ではなく、静観。(互いの努力を知っているテイオー)

 

 ふたりの期待に応えるためにも、胸を張ってパドックに向かった。

 

 

 □ □ □ □

 

 

「マックイーンちゃん!」

 

 

 パドックに入って一番最初に声をかけてきたのはアイネスさんだった。

 

 

「アイネスさん、調子はどうですか?」

 

 

「絶好調なの! マックイーンちゃんは?」

 

 

「それは言うまでもありませんわ。是非レースで確かめてください」

 

 

「! お互いに準備万端だね。今から走るのが楽しみなの!」

 

 

 じゃあレースで! と手を振りその場を立ち去り

 

 

「ライアン」

 

 

「っ! ……マックイーン」

 

 

「この前私が言ったこと、覚えていますか?」

 

 

「もちろん! あたしだってメジロ家のウマ娘だってところ、見せてやるんだから」

 

 メジロ家であることを背負う私とライアン。似たようで違う私たちの勝負も今から始まろうとしていた。

 

 

 □ □ □ □

 

 

 私の日本ダービーは至って普通に始まった。

 

 アイネスさんが逃げ、私がそれに付けていく形で。

 これは誰もが想像していた展開だ。そしてアイネスさんをマークする私をマークするように私の後ろで集団が形成されている。

 集団の中にはライアンもいるのだろう。

 

 特に特筆するような争いもないまま向こう正面をすぎ、コーナーへ入っていく。

 アイネスさんは射程圏内、レースは残り800m弱。最高速は確実に向こうが上、そして私が勝てるのは持続力のみ。

 

 だから私はここを仕掛け時だと判断した。ちょうど最終コーナーにかかり始めたところで一気にスパートをかけてアイネスさんを交わし、前に出る。それに続いてアイネスさんも追ってくる。

 

 後ろからの圧は強いが、()()。事実上私とアイネスさんの一騎打ちのように思える。

 

 東京レース場特有の長い直線に入り、坂を駆け上る。

 

 じりじりと坂で後ろ――アイネスさんとの距離が開いていくのを感じる。

 私の仕掛けるタイミングが早かったため、アイネスさんは自分本来のペースを崩されたからだろう。

 

 これであとは全力でゴールするのみ。

 

 これまでのレースで荒れに荒れたターフを踏みしめ、坂を駆け上る。

 私の勝利が坂を登るほどどんどんと近づいていった。

 

 そうして登り終えたとき、後ろからの────アイネスさんの放つ空気が変わった。

 

(何が起きていますの……!?)

 

 私の知らないことが起きているに違いなかった。

 どんどん足音が近づいてくる。

 視線を後ろに向けて確認する余裕はない。

 

 負けられない。

 

 その一心で前へと体を進ませる。

 

 足を、腕を、肺を、心臓を。

 頭以外のすべてを使って、ただ前へと進むことだけに力をかけた。

 

 重い。

 

 体力の限界ではない。ですが、時間の流れに置いていかれるように感じた。

 極限状態の集中力でスローモーションになった世界で、私は遅かった。

 

 必死に前へともがくが距離は確実に詰まっていった。

 

 最高速は出していた。

 

 もしかしたら逃げ切れるかもしれないとも、ほんの少しだけ思った。

 

 

 

 だがゴール板の前を先に通ったのは半身分、アイネスさんだった。

 

 

 

 

 

 勝ったときは実感がわかなかったが、負けたときはすっと負けたという実感が胸にしみわたっていった。

 肩で息をしながら、掲示板を見上げる。

 

「あぁ……負けたんですね」

 

 掲示板に着差はまだ出ないが順位が表示されている。

 一着がアイネスさん、二着が私。そして三着がライアン。

 そしてレースを振り返るが、思い返されるのは先ほどのアイネスさんの走り。

 

「あれが……領域(ゾーン)

 

 存在自体は聞いていたがどんなものか全く知らなかった。だが、今肌で感じて理解(わか)った。

 ()というものが違うと。

 ゲームがよくわからないので聞き流していた、テイオーの言っていたレベル上限というものはこういうことだったのでしょう。

 

 そうして掲示板から視線をその勝者に移したときが、今で良かった。

 その勝者は────今、目の前で倒れようとしていたのだから。

 

「アイネスさん!?」

 

 全力疾走で悲鳴をあげている足に無理を言わせてアイネスさんの体を支えに入る。

 アイネスさんの体を見ると左足が痙攣していた。

 

「あはは、ちょっと疲れちゃったの」

 

 顔を歪ませながら言うアイネスさんの言葉に、私にはそのようには全く見えなかった。

 顔も疲れただけの表情ではなく、そんな痛そうな顔をしていたら説得力はない。

 

「担架を早く呼んでください!」

 

 その呼びかけに周りのウマ娘たちは反応できない。

 それもそうだ。まだ走り終えたばかり、誰しもが全力を出し切って体力などほとんど残っていない。

 ですが、異常に気が付いた係の人がいたため、すぐに呼びますと言って無線で連絡してくれた。

 

「マックイーンちゃんいくらなんでも大げさだよ。ちょっと(くじ)いちゃっただけだって」

 

「でも万が一がありますので……」

 

 挫いただけだとしても、あんな速度を出しているときに挫いたらただでは済まないだろう。

 だから今は左足にかける体重を私にかけてもらい、救護の人に来てもらうまで大人しくしてもらうことにした。

 

 そんな中、観客席からはアイネスコールが巻き起こっていた。

 

「そっか……あたし、ダービーで勝ったんだね」

 

「えぇ、そうですわ。しかもレコードで……」

 

 掲示板のタイムの前に大きく表示されているR(レコード)。それがアイネスさんが今まですべてのダービーウマ娘の中で最も早くゴールしたことを表していた。

 

『ア・イ・ネス! ア・イ・ネス! ア・イ・ネス!』

 

「皆~~~!!! 応援ありがとう~~!!!!!」

 

 アイネスさんは肩に手をまわしていない右手を大きく上に突き上げ、観客たちのコールに答えた。

 

『マックイーンも良かったぞ~~!!』『アイネスおめでとう!』『熱い戦いをありがとうな~~!!』

 

 観客席の近くのウィナーズサークルまで出てくると観客の声がより聞こえてくる。ほとんどがアイネスさんに向けたものだったが、たまに聞こえてくる私への声で応援されていたことを実感した。

 

 19万人もの観客たちがアイネスさんの勝利を、私たちの戦いに大量の声援を送っていた。

 

 

 □ □ □ □

 

 

「アイネスさん、入りますわよ」

 

 ダービーが終わった翌日。私はアイネスさんが入院しているという病院まで面会に来ていた。

 

「いいよ~、マックイーンちゃん」

 

「起き上がらなくてもいいんですよ」

 

「ううん、やっぱ面と面で話したいから。

 ほら、マックイーンちゃんもそこに座って欲しいの」

 

 アイネスさんに指さされた椅子に座る。

 そうしてアイネスさんの方を向くころにはアイネスさんもベッドに腰掛けて座っている姿勢になり、向き合った。

 

「その足……」

 

 彼女の姿を正面から見て最初に気になるのは左足。直接聞くのが怖く、足としか言えなかった。

 

「しばらくは走れないっぽい」

 

「……っ!」

 

 その一言は分かっていたはずなのに直接言われると来るものがあった。

 昨日痙攣していた左足を指差して続ける。その足は包帯で覆われており非常に痛々しいものだった。

 

「ちょっと炎症が酷いみたいで、それが引くまでは走れないっぽいの」

 

 だからしばらくって言ってもどれくらいになるかは分かんないや、と言う。

 

「マックイーンちゃんが悲しい顔しなくていいの。

 あたしが全力を出しすぎちゃったから駄目だったの」

 

「マックイーンちゃん、次の菊花賞も頑張ってね」

 

「えぇ、言われなくともそのつもりですわ……!」

 

「あんまり気にしちゃダメだからね。これはマックイーンちゃんのせいでもあたしのせいでもないの。

 ただダービーで勝つために運を全部使っちゃっただけ。だからあたしの分までとか考えなくて良いの」

 

 気にしないことなんてできなかった。

 私に勝つために領域に到達して、足に炎症を起こした。

 意識しないようにするにはしばらくかかりそう──恐らくアイネスさんがターフに戻ってくるまでは。

 

「そんな顔しちゃダメだよマックイーンちゃん。

 あたしは今年のレースは走れないけど、治って……うーん、たぶん来年ぐらいからはまた戻ってくるつもりなの」

 

「次また勝負したいな。これは約束なの」

 

 ()()を伸ばしてきた。

 

 私はその手を掴んだ。

 

「えぇ、ですがそのころには私はもうあなたの届かないようなところまで羽ばたいている予定ですが」

 

「あはは……手厳しいね。でも大丈夫! あたしは逃げられても差し返すよ。

 ……ダービーみたいにね」

 

 にやりと笑うアイネスさんの目に闘志はまだ宿っていた。

 

「えぇ、復帰するためならできる限り協力いたしますわ」

 

「協力してくれるの? ライバルが一人増えるかもしれないのに」

 

「何を言っているのですか? ライバルが一人減るのを防ぎたいのですわ。

 私にダービーで勝ったということをお忘れなく。

 

 その時点であなたは今後私がレースに出続ける限りライバルであり続けますわ」

 

「……あたしったらダメダメだなぁ。こんなにいいライバルたちと戦える機会を1回失っちゃうなんて」

 

「そう思ってくれるなら私としても嬉しいですわ。

 菊花賞、私とライアンの戦いをしっかりと見ていてください」

 

「もっちろん! 足も歩けるようになっていたら現地まで見に行くから」

 

「ありがとうございますわ。

 では、また次はレースで会いましょうと言いたいところですが、定期的に会いに行きますわ。お大事になさってくださいね」

 

「うん、今日はありがとうなの。マックイーンちゃん」

 

 そう締めくくると私は立ち上がり、部屋から出ようとする。

 

「あっ、ごめん。最後に1つだけ伝え忘れてたことがあるの」

 

 だが、アイネスさんからの待ったが入る。

 

「なんですの。1つと言わず何個でも大丈夫ですわ」

 

「あはは……流石に1つだけでいいかも」

 

 

 

 ────誰かと本気でぶつかり合うって、こんなに楽しかったんだね。

 

 

 その言葉はウマ娘にとっての本質を捉えているような気がした。

 

 私も応えなくては。その熱量に。

 進まなくては。新たなるステップへ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……テイオー。領域について教えてください」

 

 だから、私は次のステップ(領域)へ進む。

 

 

 次こそは──勝つために。




 負けることは、ときに人をさらに成長させる。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

領域(ゾーン)

「テイオー、領域(ゾーン)について教えてください」

 

 水分補給のためにコースを離れ、ベンチに座っているテイオーに声をかける。

 

「それは……領域がどういうものか聞いてる? それとも……」

 

「領域への入り方の方です」

 

 こちらに目を合わせていたのを下にそらし、大げさにため息をつく。そんなに教えるのが嫌なのだろうか?

 

「ボクも入り口までしかいけてないんだけどね……。それでもいい?」

 

「えぇ」

 

「他にもスズカさんとかスペちゃんとかも分かると思うんだけど……」

 

 どうしても伝えたくないという意志をテイオーから感じ取れる。

 ペットボトルを右手、左手と交互に転がしながら「他にあたってくれないかな?」という雰囲気を醸し出している。

 

「いえ、テイオーに教えて貰いたいのです」

 

 しかし、私はテイオーに教えてもらいたい。

 いや、テイオーが挙げたふたりは今とても聞きには行きにくい。スズカさんはリハビリの真っ最中、スペシャルウィークさんは宝塚記念へ向けて調整中だ。

 

「……しょうがないな。じゃあまず走ろっか」

 

 そう言うとテイオーは重い腰を上げ……る前に靴ひもを固く結びなおしてから立ち上がってコースに入った。

 

「マックイーン、そろそろ良い?」

 

「いつでも良いですわ」

 

「じゃあマックイーンが前に逃げてくれない?

 そっちのほうがわかりやすいと思うから」

 

「わかりました、わっ!」

 

 テイオーの指示に従いスタートダッシュを決めて、本気とまではいかないが9割ほどの速度を出して前に出る。

 足音からテイオーもスタートしたことを察する。

 本当にこれで分かるのかと疑問に思うが、アイネスさんから感じたもので何も言われずとも領域だと分かったことからそういうものだと納得する。

 

 テイオーから「行くよ」と合図がきて1秒程で、空気が、――世界が揺れた。

 圧が強くなり、その緊張感によって胸が引き締められる。

 きっと標的にされていることから圧を一身に受けているからだ。

 

 そしてそこからはやく逃げたいという気持ちで前に進もうとしたとき、テイオーからの圧が────消えた。

 

 後ろを振り返るとテイオーは膝から崩れようとしていた。

 その姿が、どこか、なぜか、見たような気がして……。

 

「ゴホッ……! ガハッ」

 

「テイオー!?」

 

 前にそのまま倒れ、うつ伏せの状態からなんとか2本の腕で上半身を持ち上げ、立ち上がろうとするテイオーの腕をかがんで無理やり首に回させて、立ち上がるための杖代わりになる。

 

「ごめんごめん……まだ無理だったっぽい。

 役に立てなくて、ごめんね。マックイーン」

 

 芝の緑と少し抉れて見える土の茶色とは全く違う、赤黒いものが私たちの後ろの地面に飛び散っていた。

 口元を少し赤く染めてそう言うテイオーはとても弱々しく、明らかに大丈夫そうではなかった。

 

「脚とかどこか痛いところはないですか?」

 

「大丈夫……って、言いたい、けど……ちょっと息を、整えてもいい?」

 

「無理して喋らなくて良いですわ。ほらあそこに座って落ち着いてください」

 

 少し歩いてコースから離れた壁にもたれ掛かれさせる。

 

「いやー、結構練習してたんだけどね……」

 

 こんなことを練習していたのかと糾弾したくなる気持ちが生まれるが、同時にこの力がとても強大なことを知ってしまった身として反対できない。

 

「領域……は、」

 

 そんな中1回大きく息を吸うとテイオーは説明を始めた。

 

「……領域は、本来の力以上の力を出すための行為ってのはだいたい分かってるよね?」

 

 その言葉に頷く。

 

「本来の力以上の力はそう簡単に出せない。

 まぁ簡単に出せたら授業で使いどころとか出し方とかを教えてくれるだろうけどね」

 

 もしそうだったら授業聞いていたかもと冗談っぽく言うテイオーの呼吸は、だいぶ落ち着いてきていた。

 テイオーの授業態度の悪さはわりと有名だ。その割に勉強ができることも。

 

「だから何か自己暗示して領域に入りやすくする。

 例えばボクはステップのリズムを変えるときに」

 

「それはどうしてなんですか?」

 

「切り替えるっていう意識があるからかな。今はやらないけどこれでフォームの切り替えをしてたから」

 

 昔のテイオー特有のスパートの入り方が頭に思い浮かぶ。

 最近はやらなくなったのですっかり忘れていた。

 

「自己暗示以外にもただただレースの中で極限状態に入ればいけることもある」

 

 そう言われあることが思い浮かぶ。

 

「マックイーンも分かるでしょ? あれは勝ちたいという気持ち、負けられないという執念で領域に入ったんだ」

 

 テイオーも考えていたことは同じだったようだ。

 

「トレーナーの言い方を借りるといわゆる爆発力ってやつだね」

 

「私にはそれがないらしいですがね」

 

「本当にそう?」

 

「え?」

 

 テイオーの言葉に思わず声が出る。

 

「トレーナーを疑うわけではないけど、マックイーンもないわけではないんじゃない?」

 

「それは……どうしてそう思うんですか?」

 

「だって皐月賞も日本ダービーも今まで練習で出してきたどんなタイムよりも早かったでしょ?」

 

「あ……」

 

 言われてみればそうだ。日本ダービーはアイネスさんがいなかったらレコードだったらしい。もちろんそんなタイムは練習で出せてはいない。

 

「本番に強いタイプって言えるのかもしれないけど、それもまた1つの爆発力っていうか、意志を力に変えられるってことじゃない?」

 

「そうだと、いいですね」

 

 それならばもしかしたら領域をつかめるのかもしれないと思う。

 

 そういえばと露骨に話題を変えながらテイオーが話し始める。

 

「マックイーンがダービー負けて落ち込むかなって思ってたけどまったくそんなことなかったね」

 

「これでもけっこう落ち込んでいますのよ?」

 

「でも次を見て前に進んでる」

 

「負けたことばかり気にしていては、次勝てるかもしれない勝負も落としてしまいます。私は一度負けたくらいでは止まりませんわ」

 

「マックイーンのそういうところ尊敬できるよ」

 

「ありがとうございますわ」

 

 私が感謝を伝えると会話が途切れる。お互いに口下手なところが少しあるので話題があるうちは良いが、無くなると話に詰まってしまう。

 今度は私が話題を振る番だとなんとなく理解していますが、なかなか思い浮かばない。

 そして思い浮かんだ質問があったが、聞いて良いか迷う。

 

「……そういえばテイオーはどうして領域に入ろうとしたときに急に吐血しましたの?」

 

 ですが、無言の時間が辛かったので質問してしまう。

 

「……なんか体が拒絶するんだよね。もしかしたらボクには一生使えないのかもね」

 

 たぶん領域にちゃんと入ったら足が木っ端微塵になるんじゃないかな? と冗談っぽく言うテイオーの顔はどこか達観したような、そうなる確信的なものが見えている気がした。

 

「よしっ! マックイーンまだまだ走ろうよ。会話のネタも詰まってきたし、休憩も取れたからね」

 

 会話が少し暗い方に行きそうだったのを感じ取ってテイオーが話を変えてくれる。

 

「えぇ。やはり私たちは走っている方が合いますわね」

 

「勝負は2400mでやっていい?」

 

「ダービー想定……ってことですね。もちろんですわ」

 

 そう言ってスタート地点まで軽いジョグで移動すると、合図などせずにスタートした。

 軽い勝負だ。そんなものはいらないという判断の下だろう。けれどスタートのタイミングはほとんど同じだっただろう。

 

 テイオーは私の後ろをぴったりとつけてマークしている。ペースはタイムを計っていないので正確には分からないが、だいたい平均程度だろう。

 何事も起こらずそのままゴールへと近づいていく。私の長所は体力量でテイオーの短所は体力量だ。

 スパートは早めに仕掛けた方が私の有利になるのは間違いない。

 

 けれど流石に疲労もあったので残り600m――直線に入る少し手前からスパートを始めた。

 テイオーに対してそれは遅いかもしれないが、向こうも先ほどのことから疲れているだろうし、何よりお遊びという点も大きい。

 

 決して遊びだからといって譲るつもりはございませんが。

 

 そしてスパートをかけたが、足音の距離からテイオーとの差はほとんど開いていないことに気がつく。

 想定していたよりテイオーの状態が回復していたのか、スパートをもっと早めにかければ良かったと後悔する。

 

 上り坂で差を詰められているような気がする。最高速は向こうの方が上ですね。

 ですが、この距離ならぎりぎりもつでしょう。

 

 そして坂を上り終えた後、――――後ろから圧が来て今までの一連の流れに既視感を感じた。

 そう、まるでこの前のダービーの再現のように……。

 

 思考をすぐに戻し思い出す。テイオーは領域に入ったら駄目だったのでは?

 不安を覚え、とっさに後ろを振り返るがテイオーの気配は消え、姿も消えていた。

 

 さきに行っているね。

 

 そう至近距離で言われた気がして前を向くとテイオーは既に私の前にいた。

 領域では、ない……気がする。ですが、テイオーは完全に前に私の前に出てしまい、今から追いつくのは無理……

 

 ……――無理? 誰がそうやって決めたのですか?

 

 その気持ちでは一生テイオーに勝つことはできませんの。

 ()()()()。いや、()()()()

 

 だから前に進まなくては……――――

 

 

 

 

 

 

 あれ、音が聞こえない……?

 

 

 

 

 

 

「……イーン、マックイーン?」

 

「……? テイオーどうしたのですか」

 

 テイオーが私の顔を覗き込んでいて様子をうかがっていたようだ。

 何をしていたのか良く思い出せない。確か走っていたような……。

 

「マックイーンこそボーっとしてどうしたのさ。まっ、とりあえず勝負はボクの勝ちだね!」

 

 その言葉で勝負していたことを思い出す。そしてどうして負けたのかも思い出す。

 

「テイオー!? やったら体を壊すって言ってたじゃないですか!」

 

「入力キャンセルだよ~。領域には入れないって言ったけど、手前に行くことぐらいはできるんだから」

 

「また倒れたらどうしたんですの!?

 もっと体を大事に使ってください」

 

「マックイーンってばボクのお母さんより世話焼きだね。

 大丈夫だって大丈夫。自分の限界もわからないぐらいバカじゃないからさ」

 

 すごくない? と自慢してくる珍しく年相応の態度にもっと体を大事に使ってほしい気持ちが出てしまう。

 実際あれに踊らされてペースを崩されたのは確かだ。あの戦術は非常に有効でレース本番でももしかしたら使えるかもしれないポテンシャルがあった。

 

「でもマックイーン本当に強くなったからさ、こうやってイカサマ使わないと勝てないんだよね。

 最後、少しは見えてたはずだよ────あの世界が」

 

 どんどんマックイーンにおいてかれちゃいそうになるからボクも頑張んないとねと言い残してテイオーはまた走りに行った。

 あれだけ本気で走っていてその前には文字通り血反吐をはいていたのにまだ走る。

 

「テイオー、あなたはどこまで自分を追い込むつもりですの」

 

「だれにも負けなくなるまで────じゃないか?」

 

「……トレーナーさん」

 

 テイオーの様子を見ながらコースから外れたところで柵に腕をつき休憩している私に話しかけてきたのは先ほどまでは様子の見えなかったトレーナーさんだった。

 隣でトレーナーさんも柵に体重を預けると少しばかり柵が揺れる。

 

「あいつは明確に駄目なラインは避けている。そのラインの手前にいくことがあっても、その前で絶対に止まる。

 もうだいぶ前だがあいつとルドルフとの勝負覚えているか」

 

「もちろん」

 

 あの勝負は私以外でも見ていた者には衝撃を与え、記憶に残っているウマ娘やトレーナーは多いでしょう。デビュー前のウマ娘が最強に手が届くかもしれないという可能性を示した戦いなのだから。

 

「ラストスパート、テイオーには鬼気迫るものがあった。

 それで……だ。何であそこで減速した?」

 

 その答えは今なら分かる。テイオーはあそこで領域(駄目なライン)の手前まで来ていた。あれを超えたら駄目だと分かっていた。

 

「……領域に入ったら体が壊れるから」

「――おそらくな。レースにおいてもあいつは怪我しないことを第一に置いている……はずだ。ウマ娘らしくないけどな」

 

 それを聞いて思い返すのは先日のアイネスさんの走り。

 結果論だがあれは足を壊す走りだった。それにすべてをかけられるぐらい本気だったとも言える。

 テイオーにはそれが――ない。いつでも本気、真剣に走っているが、優先度が勝負より自分の選手生命の方が高いのではないだろうか。

 練習量を考えるとそこは少し疑問に思ってしまいますが。

 

「もし……だ。もしあいつが怪我なんてどうでもいいぐらい勝ちたいレースがあったとき。

 あいつが領域に入ったとき……いや、これ以上はやめておこう」

 

「トレーナーさん。私はテイオーが絶対に領域へ入るときがくると思いますわ」

 

 領域に入ったときのことを話そうとするがその話を止めるトレーナーに対し、私はその話題を続ける。

 トレーナーの言いたかったことは分かる。テイオーはそのときに今のままなら確実に体を壊してしまう。

 ですが、私はテイオーが確実に領域に入ると確信している。

 

「ほう。それはどうしてだ?」

 

「私と戦うころ――2年後ぐらいには私に領域なしで勝てると思いますか?」

 

 さっき掴みかけた感触を反芻(はんすう)しながらそう言う。

 次はいける。そんな感触が確かにそこにはあった。あと1年もあれば確実に自分のものとできているでしょう。

 

 勝つことに、最強にこだわるテイオーが負けてはならない大一番というのは確実に存在します。

 そういったところで対決する相手は領域を使ってくるような相手ばかりでしょう。

 そこでテイオーがまさか勝てる可能性はあるのにそれを使わないとは思えない。確実に入る、たとえ体を壊してしまったとしても。

 

「ははっ、それもそうだな。

 あいつのことだ。きっと何か見つけるさ」

 

 あの驚かされてばかりのテイオーだ。

 領域も何度も練習していると言っていた。何かを模索しているのは間違いない。

 

「ところでトレーナーさんはどうしてここに?」

 

「おっと、忘れるところだったぜ。マックイーン、菊花賞の前にレースなんか出るか?」

 

「……ちなみにトレーナーさんとしては?」

 

 急に来た話題にすぐに判断することができない。

 何か1つでも意見が欲しいので質問で返してしまう。

 

「質問を質問で返すなよ……。

 ま、出なくてもいいと思えるが、出てもいいとも思える。今のお前ならこのまま菊花賞に出てもなんとかなりそうな予感があるが、不安な点があるのもまた事実。

 完全にマックイーンの自由だ。お前がしたいようにしてくれ」

 

「私は……出ません、おそらく」

 

 自由と言うならば恐らく出ない判断をレース前の私なら取るでしょう。

 理由は特にはないですが、あえて言うなら食事制限が……。

 

「了解、その方向で行くか。

 ……まぁ、答えを今すぐに出す必要があるってわけでもない。考えが変わったら教えてくれ」

 

「不安な点を教えていただいてもいいですか?」

 

「これからお前が領域に入れる力を手に入れたとする。……それでお前の強みが無くなったときにどうなるか心配ってだけだ。俺としては歓迎するべきことなんだけどな」

 

 先ほど言っていた不安な点は至極当然のことでした。

 私のこれまでの強みは安定した出力で自分の有利展開を相手に押し付けて勝つという動き。ですが、領域に入れるようになるとそれに頼った戦い方は有利展開など関係しづらい、力と力のぶつかり合いになることが予想できる。

 

「いつまでも同じ場所にとどまっていては上にいけませんもの。今の強さがそれ(安定感)だとしても、明日の強さが違う可能性はいつだってございますわ」

 

「そりゃ、いい心がけだ。どんな奴だって今の強さに縋ってしまいがちだ」

 

「いえ、私も縋りたい気持ちはありますわ。でも、それでは勝てない――勝てなかったのです」

 

 思い返されるダービー。勝ちを確信してからの抜かした相手に差し返されての敗北。

 

「あの日本ダービーの負けの半バ身差には半バ身で語れない差がありますわ」

 

 私は圧倒的に有利な展開を押し付けていた。それを力だけで弾き飛ばされてしまった。あれは力不足。あの作戦に縛られていたら未来永劫勝つことは不可能。

 だから新たなる(領域)を手に入れなくてはならないのです。

 

「それじゃあ私は練習に戻りますわ」

 

「おう、頑張ってこい。俺は夏合宿の予定でも組んでおくさ」

 




次回、別視点。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。