アンノウン・デストロイヤー (時雨 じう)
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prologue
搾取され続けた人生だった。
うちは貧乏で、物心ついたときから俺は働いていた。
地方の村のそのまた外れ。そこにボロボロの小屋があって、それが俺の家だった。
父と母は毎日出稼ぎをしに行った。俺は工場で働いていた。
明日食える飯がなく、その日飯が食えるかも怪しかった。食べられないことの方が多かった。それでも領主は金をとった。ことあるごとに税を搾取した。金は余計なくなった。
領主は金のなくなった俺たちを見て嘲笑い、また金をとって笑い、頭を踏みつけて笑った。
小さい兄弟の面倒を見る人は誰もいなくて、泣き止ませるために、親は少し酒を飲ませて家を出ていった。酒を飲めば赤子は寝る。
家から帰ってきたら、たまに誰かが死んでいた。長生きして4、5歳。俺は8歳。
ろくでもない人生だ。
俺が9歳と少しになったとき、家から少し離れたところに若夫婦が越してきた。その夫婦はそこそこ金があるらしく、だからこそなんでこんな貧乏な村に来たのかは謎でしかなかった。
奥さんにはまだ子供がおらず、俺たちの兄弟の面倒を見てくれると言った。特に何も考えずお願いした。普通に考えたら、おかしい提案なのに。
俺は立派な稼ぎ手だったから、世話にならずに働いた。そのとき確か兄弟は……6歳の弟と2歳の妹と弟。1歳の妹がいた。
彼らを預けて、俺と両親は働いた。
ある日のことだった。
一応1番早くに仕事が終わるのは俺だったから、若夫婦の家まで弟たちを迎えに行った。
ドアベルを3回鳴らして、それでも夫婦は出てこなくて。
もしかしたら外出しているのかなと思ってしばらく家の前に座ったけど出てこなくて。
疲れもあって、眠りかけたとき――
斧が振り下ろされる気配で目を覚ました。
どうにか受け身を取って避ける。確認すると夫の方。とりあえず弟たちをどうにかしようと夫婦の家に転がり込むと、地獄絵図だった。
皮を剥がされ筋肉が剥き出しになった1歳の妹。全身が切り分けられ、そして人形のように繋ぎ合わされた2歳の妹。たらいに入れられ、自身の血でお風呂に入ってるみたいになった2歳の弟。それに6歳の弟は……
ビチャ、と嫌な感触で足を掴まれて気づいた。
「お兄ちゃん」
悲鳴を上げそうになって、口を抑える。
6歳の弟は、上半身だけもぎ取られ、こぼれ落ちた腸で手足を拘束されていた。
地獄だ。ここは、地獄だ。
あの夫婦は、悪魔だった。悪魔でしかなかった。
奥さんの方が包丁を持って走ってきているのに気づいて、弟の手を振り払い、無我夢中で逃げた。
とにかく違うところへ。どこかへ。逃げて逃げて逃げて逃げて逃げなければ。
一日中走り続けて、走り疲れて倒れそうになったところを、変な爺に助けられた。
なんか日本っていう国から来たとかなんとか。
3日気を失って、意識が戻ってからこっそり家の様子を見に行った。中で両親が死んでいた。きっと、あの夫婦にやられたんだろう。
夫婦の様子もこっそり見に行った。てっきり捕まってると思ったのに、そうじゃないみたいだった。そういえば、あそこの奥さんは領主の愛人だと、どこかで聞いたことがある。
本当に腐り切った、ろくでもない社会だ。
俺はジジイの元に戻ってそれから4年間、そのジジイと過ごして、冒険者になった。自分で稼げるようにもなった。
それでも。
「それでも金さえあれば……」
思わず呟く。
剣同士が衝突して、ガキン、と音が鳴った。目の前の男の顔が歪む。
金さえあれば、金さえあれば、金さえあれば、金さえあれば、金さえあれば、金さえあれば、金さえあれば、金さえあれば、金さえあれば、金さえあれば、金さえあれば、金さえあれば、金さえあれば、金さえあれば、金さえあれば、金さえあれば――
「金さえあればっ、俺は、弟たちはっ、ちゃんと生きることが、普通に生きることができたかもしれないのにっ!!」
俺の剣が男の剣を押し返し、首筋を貫いた。
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いつかの日々
ハーメルでの執筆は初めてで色々不慣れですが、読んでいただけると嬉しいです。よろしくお願いします!
「最後になにか話してあげよう。最後の最後だよ」
「分かった。おじいちゃん。
「はいはい。ほんと、セーラはダンジョンの話が好きだねぇ。あっさりした話なのに」
暖炉の火がちろちろと燃えている。その明かりに照らされた部屋には、小さな少女と老人がいた。
少女――セーラは、ロッキングチェアに座った祖父の膝に乗り、お話をせがんでいた。彼女がもっと小さい頃からのお気に入りの話だ。
「じゃあ、始めるよ……」
「やったー!」
「昔々、この国には、ダンジョンがありました」
――ダンジョンには、魔獣、というこわーい動物が住んでいました。魔法を使い人々を襲って食べてしまうのです。近くの漁師や狩人たちは、ダンジョンに潜って魔獣を倒しました。しかし、漁師や狩人たちは、あまり強くありませんでした。たくさんの漁師や狩人たちが魔獣に食べられてしまいました。
『もしいつか、魔獣たちがダンジョンから出てきてしまったらどうしよう』
人々はそんなことを考えて、震え上がりました。だって、魔獣は人を襲って食べるんです。怖くって怖くって仕方ありませんでした。
そんなある日、街の中央にある協会の神父様が、1人の男の人を呼んできました。実はその男の人は違う世界から来た人で、神父様が魔法陣を作って呼んだのです。
男を見た街の人たちは喜びました。男の人の手には、"勇者"の紋章があったからです。勇者は、世界を救ってくれる人のことです。
きっと彼なら、ダンジョンを終わらせて、魔獣をみんな倒してくれるに違いない。
街の人たちは、そう思いました。
そして、その期待通り、勇者はダンジョンを攻略することができました。しかし、ダンジョンから溢れ出た魔力によって、外の動物が魔獣になってしまいました。
けれど、人々は喜びました。なぜなら、魔獣と共に魔人も生み出されたからです。魔人は魔法が使えて、とても便利でした。また、魔獣を倒す、冒険者、という職業ができて、職のないものも減りました。元が牛などの家畜だった魔獣は人間を襲うこともありませんでした。食べることだってできました。獰猛な動物には、元々人間は近寄らなかったので、関係ありませんでした。
「それで、勇者はたくさんのお金をもらって幸せに暮らしたんだよね」
「そうだねぇ。食べ物もいっぱいもらって、勇者は幸せに暮らしたよ」
「でも、異世界に来たからってそんな簡単に倒しちゃっていいの?」
「いいのさ。きっと彼は、努力だってしたんだろうし……誰が終わらせるにしろ、終わったことが重要なんだ。そして、いいかいセーラ」
老人が、セーラの肩をがしりと掴んだ。見たことのない厳しい表情に、びくりと体を震わせる。
「なぁにおじいちゃん?」
「もしかしたらもうすぐ、怖い人たちがここにやってくるかもしれない。おじいちゃんは……殺されてしまうかもしれない」
「え?」
「お前のお母さんとお父さんはもう……死んでしまっただろう」
「何言ってるのおじいちゃん……ボケちゃったの?」
「わしはまだボケとらん。セーラ。もし怖い人たちがこの家まで来てしまって、おじいちゃんが合図したら、棚に隠れるんだよ。棚の中には扉があるから、誰もいなくなったらそこから脱出するんだ。決して、出てはいけない」
老人は、背後にある棚を指した。中に隠し扉が仕込んであり、脱出できるようになっている棚だ。
「さっきのダンジョンの話の続き?」
「違う。現実の、今起こっていることの話だ。セーラ。お前には理解ができんだろう。けれど大人になったときに必ず、分かるはずだ。そのときお前がどうするかは分からない。戦うかもしれない。復讐するかもしれない。憎しみのあまり人を殺すかもしれないし、殺されてしまうかもしれない」
「おじいちゃん、だから何の話……」
「セーラ。今は話を聞いてくれ!」
肩にこもった力がギリギリと強くなる。セーラは息を飲んで頷いた。呼吸することさえ許されない気がした。
「今、外では、お前の家族が、友人が、色んな人がたくさん殺されている。お前を守るためだ」
「私を、守るため……」
「あぁ。お前を守るために。きっとお前が村に戻る頃には、もう……」
「つまりは、お前はそれほどの命がかかっておるんだ。お前は、わしたちの希望の星だ。ただ生きてさえいてくれればいい。無茶はするな。ただ生きてさえいてくれればいいから。まずはその瞳を変えるんだ。お前の魔法で、瞳の色を変えろ」
「おじいちゃん、さっきから何の話をしてるか分かんないよ」
「あぁ、そろそろかな」
老人は遠くなった耳を澄ませた。
そろそろ。そろそろきっと、
「セーラ。お前は、あのダンジョンの物語の勇者だ。生まれたときから特別な力を持った、選ばれし存在だ。もしセーラが将来全てを理解して、その上で終わらせたいと願うならば――終わらせてくれないか。この世界を」
「あの物語の本当の続きを話そう。しばらくして、勇者は元の世界に帰っていってしまった。それが、本当の最後だ。この世界で幸せになって死んだんじゃないんだ」
老人は、セーラから手を離した。今すぐ走れ! と棚を指す。少女は言われるがまま、棚に身を潜めた。
「最後に――言い伝えだけとはいえ、ちゃんと話せてよかった。時間がないなかでも。セーラには、故郷がある。今なくなろうとしているが、もう一度作ってほしいんだ。意志さえあれば。本当の物語の結末を話した意味があの子に分かるかどうか……」
老人が呟いたそのとき、部屋に銃声が響いた。血が吹き出し、脳の欠片が部屋に散らばる。
「ちっ。じいさん1人かよ」
「地下室にこもってると思ったら。忘れられてたんじゃねぇか?」
「ま、殺すことに変わりはないんだ。それが国からの命令でもあるしな」
「まぁな。それより上をもう1回探した方がよほど効率がいい」
「そうだな」
老人と少女がいた部屋に侵入した男3人は、しばらく部屋を物色すると出ていった。
部屋には老人の散らばった頭だけが微かに息づいていた。
☆☆☆
「じいちゃん、そんな運動とかして大丈夫か?」
「大丈夫だこれくらい」
「いくら化け物とは言え98歳で縄跳びするのは俺でも引くわ」
「良かったじゃねぇかその血を引き継げて」
「良かったけどさぁ」
ミンミンと蝉がうるさい。
東京のある住宅街。その一角では、老人が縄跳びをし、縁側に座っている孫がその様子を眺めていた。眺めていた、というよりも祖父が倒れてしまわないか見張っていた、の方が正しいが。
「なぁ
「ん?」
「俺、たぶんあと1週間で死ぬと思うんだわぁ」
「……は!? 何言ってんの? 蝉かよ。さすがにその歳でその冗談言うと笑えないぜ」
「年寄りの勘、というものだよ」
「はぁ!?……え、マジの話?」
「あぁ、大マジだ」
「嘘だろ。急に余命宣告されても……」
修二と呼ばれた青年が頭を抱える。そんな彼の後ろ姿を笑いながら、老人は軽々と縄跳びを飛んでいた。
「と、とりあえず病院に連絡して入院させたらいいのか……? それともど、どうしよ。え、こういうとき一体どうすりゃ」
「修二。そんな悩まんでいいぞ。お前はただ、看取ってくれたらそれでいい」
「看取ってくれたらって言われても……」
「それにな。ただ死ぬ、というよりも呼ばれている気がするんだ。違う世界から」
「呼ばれている?」
「あぁ。呼ばれている。魂だけが、その世界にある気がする」
「大丈夫かじいちゃん。本当にボケてないか?」
「ボケとらん。失礼な」
老人は眉を寄せると、縄跳びを畳んだ。修二は悩んでいるのか、目をぐるぐるさせている。老人は修二の隣に腰掛けた。孫と祖父。平和な光景だ。
――その一週間後、老人は死んだ。
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第1話 始まりのギルド
「で、なんであんたみたいな子供が冒険者になりたいって言うんだ。ここは女子供の来る場所じゃねぇぞ」
男が顔をしかめて言うと、目の前の少女は、はっきりと答えた。
「私には戸籍がない。戸籍がないから、働くことができない。ここなら戸籍が必要ないと聞いた」
「可哀想だが、このギルドに入れてやることはできねぇな。戸籍が要らねぇってことは、そのレベルだってことだ。入団してる俺が言うのもなんだが、かなりの無法地帯だぞここ」
「それでも構わない。母が病気で苦しんでいる。まとまったお金が欲しい」
「その前に殺されちまうかもしれねぇぜ、ここの誰かによ」
「私には運があると聞いたことがある。それに占いには、ここでは死なないと示してあった。だから大丈夫だ」
「はぁ……」
寂れたギルドの受け付け。そこで働いている男ははため息を吐いた。
理由は明白だ。目の前の少女が、このギルドに入ると言って聞かないからだ。自分も入っている身ではあるが、ここのギルドは危ない。窃盗は日常茶飯事。女が襲われた数だって1つや2つじゃないし、逆も然り。
真昼間に突然現れたこの少女は、どれだけ危険さを話しても理解しようとしてくれない。もう1時間も喋っているはずだ。むしろ、意固地になってきている気がする。
「そう言う女を何人か入れてきたが、みんな出てっちまったぞ。酷いことをたくさんされてな」
「構わない。死ななきゃそれでいい」
「潰れるぞ」
「潰れる潰れないの問題以上に、明日食える飯がない」
女は被っていたフードを上げた。深草色、とでも言うのだろうか。普通の緑色よりは濃く、暗い。そんな色のぶかぶかのローブを、少女は着ていた。
フードの下に隠れていたのは、青い髪に同じ色の目。細部まで整っていて美しく、人形のようだった。本当に同じ人間なのか、と言いたいような。
眼力に圧倒される。口元に湛えた笑みに、脱力した。
「ははっ。上等じゃねぇか」
男は思わずのけぞり、冒険者の証となるネックレスを渡した。
「明日からよろしく頼むわ」
「今日からだと嬉しいんだがな」
「んなこと言うなよ。けっこう大変なんだ。入団手続きするの」
大変、というよりかはめんどくさい。
ギルドに来てから女はずっとそわそわしていて、すぐにでもクエストを受けたいようだった。気持ちは分かる。せっかく冒険者になれるんだ。病気の母を持っているなら、早く薬を買いたいだろうし。
だけど、同情するほど男も優しくない。色んな人間を見てきたが、それぞれ大変そうだなという感じだ。何よりキリがない。自分も生きるのに精一杯だし。
「分かった。明日の早朝、ここに来る」
「早朝はまだ寝てるから、昼前に来てくれたら助かるな」
どう考えても早朝は早すぎる。ここのギルドの冒険者が働き始めるのだって、朝の10時からくらいだ。
「……分かった。簡単なクエストを残しておいてくれたら助かる」
「まぁ、初心者だしな。残しておいてやるよ」
「ありがとう」
女……というよりも小柄な少女は礼をし、去っていった。
「まったく……でもあいつなら、ここには長くいられるかな」
ただでさえ殉職率も高く、それ以上に争いの絶えないこの職業。国の中央に行けば、女性だけで結成されたギルドなんかもあるらしいが、ここには女性はほとんどいない。あまりにも治安が悪いためだ。
実際、何度か話を聞き、入団させてきたことがあるがみんなすぐに辞めていった。
「最近ダンジョンも復活したしよ。やっぱり、手軽に儲けられるってなったら、冒険者なのかね。ダンジョンの内部とかもっと治安悪いんだけどな」
お願いだから、理解してほしい。冒険者という職業の過酷さを。職にはぐれた者でもそれなりの給料がもらえるのが、どういうことなのかを。
いくらただのギルドの職員と冒険者という関係とはいえ、知り合いが死ぬのは辛い。
「ま、覚悟はできてるようだしな」
少女は本気だった。本気で、生きようとしていた。それを止める資格は男にはない。
「なぁ、マーベルさん。ぶつぶつ言ってないで金くれないか」
「あぁはいはい。今日は何が捕れたの」
「今日はな、イノシシ型の魔獣だよ。けっこう大変だったんだぜ」
受け付けに来た冒険者が片手で持っていた魔獣を上げる。
足を縛ってその部分を持ち歩いていたらしい。獲物は若い雄のようで、これなら肉も柔らかく上手いだろう。そこそこの値段で売れるはずだ。
「イノシシ型、な。銀貨4枚だよ」
「ケチだなぁ。まけとくれ」
「そうは言っても、こっちも赤字なもんでね」
不法労働者の多いギルドだから、当然といえば当然だ。まぁ、ギルド長はけっこう儲けてるらしいけど。
「はぁ……まぁ、いつも通りか。明日もよろしく頼むよ」
冒険者は魔獣を渡すと、手を振って去っていった。明日から少女に、これくらいのことができるかどうか……
見ものだな、とマーベルは口角を上げた。
久しぶりに暇つぶしくらいにはなるかもしれない。それに美少女だ。もし手柄を上げればもっとここに人が増えて、儲かるようにもなるかもしれない。
マーベルの脳内に浮かぶのは、このギルドの職員らしく金だけだった。
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