デート・ア・ライブ 蓮ディザイア (那由多 京)
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蓮リスタート
「――さようなら、士道。自分の、愛しい人――」
掠れ行く意識の中、自分を抱きしめる少年にその言葉を残した。
自分の名は蓮。
かつて世界に生まれ出でた最初の精霊から零れ落ちた、絶望と憎悪の化身。非道を為す
自らを生み出した始原の精霊からその存在を畏怖され、次元の狭間へと放逐されてからは、自らを閉じ込める
ある日、突如として発生した時の歪み。それにより自分は次元の狭間から解き放たれた。本来なら、永遠に続くはずだった孤独。それが何の因果か、打ち破られたのだ。
「――ははっ、あはははははははは!!」
自分はただ狂ったように嗤った。母によって与えられた拘束は未だに完全には解けてはいない。しかしそれでも、行動を起こすには十分だった。自分はただ、言葉を交わし、惑わし、誘うだけ。
そして自分はとある少年と出会った。精霊の力をキスという形で封印することが出来る特殊体質の持ち主。数多くの精霊と出会い、封印してきた彼の名は、『
早速、自らの目的のために彼を利用することにした。自分の天使『
甘い言葉で彼を誘いながら、その願望を聞き出す。さて彼はどのような願いを望むだろうか。山のような金銀財宝か、はたまた絶大な権力か、永劫に続く命か、気になる女性の心を奪うなんていうのも有り得るかもしれない。さて彼は、一体どのような浅ましい欲望を聞かせてくれるだろうか。そう思っていた。しかし……
「俺は……蓮をみんなに紹介したい」
は?
思わず固まってしまった。自分を他の精霊に紹介したい。それが彼の願いだというのだ。意味が分からなかった。どんな願いもたちどころに叶えて見せると言ったにも拘らず、その程度の願いを何故?
彼に問いかけると、何でも無ような表情でこう答えた。
「みんなと仲良くしてもらえたらって思っただけだけど」
意味が分からない。ただ彼は自分と他の精霊の中を深めるためだけに、自らの願いを使ったというのだ。
しかしながら、どんな願いであろうとそれは願い。叶えない理由にはならないし、むしろこの程度の願いの方が叶えやすい。少しばかり、他の精霊たちの認識を弄ればいいだけだ。
そして自分は彼の願い通り、他の精霊たちと会うこととなった。だけどどいつもこいつも、頭の中がお花畑なのかと思うくらいお人好しだった。何人かは警戒こそしていたものの、ほとんどは自分に対して好意的な反応を見せる。その姿に自分はひどく戸惑ったものだ。
そして全員と顔を合わせ、挨拶をしたことにより、自分の封印は一つ解けた。しかし、自分の中にあったのは歓喜ではなく、言葉に言い表せられない違和感だった。
第二の願いも理解しがたいものだった。
「俺と、学校に行かないか?」
ともに登校し、授業を受け、昼食を取る。そんな高校生活を共に送りたいと言ったのだ。
何故、自分なんかとそのような時間を過ごしたいと思ったのか。意味は分からないが、願いを拒む理由は無い。自分の服装が彼の通う高校の制服のものへと変わり、そのまま自分は彼と共に学校へと向かった。
瘴毒浄土により、他の人間からは自分は士道のクラスメイトとして認識されながら、自分は彼と共に学校生活を送った。やたらと騒がしいクラスメイト達が自分との関係を根掘り葉掘り聞き出そうとしてきて、士道が思わず慌てる。その姿を見て思わず自分は愉快だと感じた。
教師の言葉を聞きながらノートに纏める。わざわざ多数の人間を集めて、学ばせようとする意図が分からなかったが、どうやら知識を得ることで理論的な思考を構築し、将来の目標を達成する上での方法を増やすためらしい。ああ、確かに願いを叶えるうえでは努力は必要だ。何の労力も要さず願いを叶えようとすれば、必ずその代償は払わなくてはならなくなる。自分の瘴毒浄土のように。
そして昼食の時間。食堂で颶風の双子が持ってきた定食に舌鼓を打つ。こうして食事を楽しむのは初めてだったけれども、思いのほかこのエビフライという料理は美味だ。思わず、他の精霊のさらに乗っていたものも盗ってしまっていた。
そして放課後。精霊たちが学校に馴染んでいた姿に驚きを抱きつつも、第二の願いを叶え終えた自分の封印はまた一つ解けた。また学校に来て欲しいという士道の言葉をはぐらかしつつも、この生活も悪くないと考えてしまう思いが自分の中に芽生えていたのを、否定できなかった。
そして第三の願い。これを叶えてしまえば、彼の全てを奪い尽くし、自分の封印は完全に解ける。それは自分が心から望んでいたことのはずなのに、何故か少し怖くもあった。
彼は最後にどのような願いを望むのだろうか。そんな期待と不安を持ちながら、自分は彼に問いかける。
それに対して彼は、何か口にしようとしながらもそれを躊躇い、改めてこう答えた。
「真の意味で蓮を救いたい」
その言葉を聞いた瞬間、自分は思わず怪訝な表情で聞き返した。一体、どういう意味なのだろうか。
しかし、願いは叶えなくてはならない。それが自分の目的には必要な行動だからだ。
そして自分は瘴毒浄土を発動し、彼の願いを叶える。まあ、このような漠然とし、その上荒唐無稽な願いがまともに叶うわけが無いだろう。さっさと済ませて、彼の霊力を奪わせてもらう。そう考えていた。
しかし、その瞬間、自分達は白い光に包まれ、意識を失った。
気が付くと、自分と士道は人が誰も居ない、偽りの街に居た。いや、それは正確ではない。自分達以外にも、そこには存在していた。それはかつて、五河士道によって封印され消滅した、自分と同じ、意思を持った霊力の塊。いうなれば自分の妹とも言うべき、五人の少女達。『
この世界は士道の願いを基に瘴毒浄土の権能で形作られたもの。彼女達はその補助の為に実体化した存在である。そして街には異なる世界線で自分が叶えてきた精霊たちの願いの欠片が散らばっている。それを全て集めたとき、自分の願いを思い出せるらしい。
確かに自分は瘴毒浄土によって願いを叶えている。精霊に関わるすべての抹消。その目的を果たすために最も大きな障害となるのは、自分を生み出した母なる精霊であることは間違えようがない。故に自分はこう願った。『自分が何を為そうと、母に気付かれないようにして欲しい』と……。それ故に自分は母には一切気付かれず、行動することが出来た。これこそが自分の『二つ目の願い』。だけどもそこで自分は違和感を持つ。『一つ目の願い』とは一体何だったのだろうか……。
彼女達の言う通り、街中に散らばった願いを回収していくたびに、自分の中にはその願いを抱いた精霊たちの記憶と感情が流れ込む。そしてその願いを抱いた精霊たちもこの世界で目覚め、僅かではあるが賑やかになっていく。
そんなことを繰り返す度に、自分は漠然とした不安と恐怖を抱いていた。もし、全ての記憶の欠片を手にした時、そして自分の始まりの願いを思い出したとき、自分は一体どうなるのだろうか。
そんな未知の感情に目を逸らしながら、自分は士道と共に奔走し、全ての精霊の願いの欠片を手に入れた。しかし、それでも願いは思い出せない。そのことに落胆を覚えながら、自分は夜道を士道と共に歩いた。自分の目的は変わらない。五河士道を殺すことのはず。なのにどうしてこうも空しさが消えないのだろうか。
そんな自分に、士道はあるものを取り出す。それは自分が封じられていた箱。自分が解放された今、その箱は空っぽで何も入っていないはず。しかし士道はそんな自分の言葉を否定しながら、それを開く。すると中には確かにそれが有った。何者かの記憶の欠片。いや、それを見た瞬間、自分は心の奥底で理解していたのだろう。その答えを突きつけるように士道は口を開く。
「これは――おまえ自身が叶えた願いの欠片だ」
……その言葉に自分は困惑する。確かに自分が瘴毒浄土に願ったのなら、自分に対応する欠片が有って当然だ。その事実に自分は今まで気づかないふりをしていただけ。
士道の手の平で揺らめく欠片。それに自分は恐る恐る指を伸ばし、それに触れた。瞬間、自分は全てを思い出す。
長い時の封印の果てに、自分が忘却していた願い。母に封じられた瞬間、自分が心に描いた最初の願い。闇に閉ざされゆく中、瘴毒浄土に自分は確かに願っていた。ただ無垢に、ただ純粋に、自分はそれを願っていた。
『――どうかあの人に。心に浮かぶあの愛しい人に、会わせて――』
「ふ、はは……はははははは――」
それを思い出した瞬間、自分はしばらく呆然とし、すぐに気が狂ったように笑った。
そうだ、自分は
それがどうしたことか。悪辣なる毒の天使は確かに自分の願いを叶え、自分は彼と出会うことが出来た。彼の前に立ちはだかり、その命を狙う最悪の
溢れ出す感情のままに泣き笑うしかない。
「蓮!」
「……!」
そんな自分を彼は抱きしめた。自分を慰め、落ち着くように声を掛ける。全身で感じる彼の体温に自分の心は溶かされていった。
叶うことなら、彼と共に生きたい。彼の隣に居て、彼と共に悩み、泣き、喜びを分かち合いたい。しかしそれは無理な話だと、誰よりも自分が分かっていた。
――ッ!!
世界が、瘴毒浄土によって生み出された街が震えだす。それはこの世界が崩れる前兆。士道の願いが全て叶ったと天使が判断したのだろう。このまま世界が崩れれば、士道もこの世界で目覚めた精霊たちも、共に飲み込まれて消えてしまうだろう。脱出しようにも、この世界を形成する結界まで辿り着いたうえで、それを破壊しなくてはならない。それには時間が足りない。
しかし、この状況を解決する唯一の方法が有った。それは自分の霊力を封印すること。
この世界を形成している瘴毒浄土は自分の霊力によって動いている。もし霊力の供給が断たれれば、結界が弱まり、彼らが脱出する隙ができるだろう。何よりこの世界には凜祢たちが居る。彼女達なら上手くやってくれるだろう。
勿論、自分が封印されるということの意味は理解していた。通常の精霊は、体内に
かつて凜祢達を封印した士道もそれを理解しているが故に、自分の封印に躊躇いを見せる。そんな彼に呆れたように溜息を吐きながらも、自分のことをこれほどまでに思ってくれることを嬉しく思いながら、自分は最後に残った第三の願いを瘴毒浄土に願った。
「士道と、キスをさせてくれ」
その瞬間、士道の体の自由が奪われ、少しずつその唇が近づいてくる。そして崩れゆく世界の中、自分は静かに瞼を閉じ、彼と恋人のように淡い口づけを交わした。
それと同時に、自分の力が急速に失われていく感覚を感じる。士道の体内へ自分の霊力が流れ込んでいる証だろう。少しずつ霞始める意識の中、自分は悲しみで溢れた彼の顔を見て笑う。
「やれやれ、なんて顔をしているんだい。キスの後にそんな顔をされては、さすがの自分もショックだよ」
自分の言葉に彼は涙を堪えながら、笑みを浮かべ自分と目を合わせた。
「名残惜しいが、これにて終幕だ。短い間だったが、本当に――楽しかった」
世界はもうほとんど罅割れ、すぐに崩れ去るだろう。そんな中、自分は最後に士道に別れの言葉を述べる。
「――さようなら、士道。自分の、愛しい人――」
ああ、結局自分は自らの天使に踊らされるがまま消えていく。それでも決して不幸では無かった。何故なら、最期に誰よりも愛しい人からの口づけを貰い、看取ってもらえたのだ。これほど幸福なことが他にあるだろうか。
ああ、でも……もしもまた彼と会うことが出来るというのなら、その時は――
それを最後に自分の意識も消え去っていった。
「――うん?」
気が付くと、自分は士道と出会った神社に居た。一体、何故自分はこんな場所に……?
あれは夢だったのだろうかとも思ったが、すぐに頭を振りかぶる。いや、あれは幻ではない。間違いなく自分はあの時封印され、消滅したはず。
では何故、自分は身体を持っているのか……しかも不思議なことに、体の中に違和感がある。まるで何かが脈動しているように、胸の奥から霊力が流れているのを感じる。
「これは……霊結晶?」
自分は霊結晶を持たない疑似精霊と言うべき存在。それなのに、何故体内から霊結晶の感覚が有るのだろうか。
まさか何者かによって、蘇らせられた? しかしそれなら自分はどうしてこの場所に居るのか。
いくら考えても答えは見つからず、情報を得るために自分は、サイレンの鳴り響く街へと足を踏み出した。
「――まさか、こんなことが有り得るのか?」
そこで知った事実に、自分は呆然とする。
今、自分がいる場所は、間違いなく士道が居る天宮市だ。だが大きな問題が一つ。
「まさか、五年前とは……」
そう、自分が士道と出会った日からちょうど五年前。それが自分が現在いる日付だった。
何故、自分がこのようなことになっているのか。思い浮かぶのは『
では一体なぜ……
「――まあ、考えても仕方ないか」
今更、どうこう足掻いても仕方ないだろう。運命とは本当に儘ならないものだ。
どうせ既に失ったはずの命。それを二度の奇跡で拾ったのだ。それなら、叶うとは思っていなかった願望を自分の手で叶えよう。誰よりも愛しい彼と共に生きよう。
「居たぞ、精霊だ!」
「やはり新種。未知の存在だ、注意しろ!」
そんなことを考えていた自分の頭上で声がする。そこに居たのは、パワードスーツを纏って浮遊する何人かの人間。一応知識としては知っている。確か彼らはAST。精霊に対し武力で鎮圧することを目的とした特殊部隊だったはずだ。
そう言えば、こちらに来てから自分はまだ願いを言った覚えはない。つまり二つ目の願いである『母に気付かれないようにして欲しい』という願いも無かったことになっているのではないか?
とりあえず後で確認することにして、今は目の前のAST隊員たちを対処することとしよう。
「――まあ、少しばかり痛い思いはしてもらおうか」
誰にも聞こえないように呟く。少し前の自分なら容赦なく命を奪っていただろうが、今は違う。どこまでも甘い彼に絆された自分に自嘲しながら、目の前のAST隊員たちに笑みを浮かべた。
折角、新しい舞台が幕を開けるのだ。盛大に始めさせてもらおう。
「――さてさて、これよりご覧いただきますは、絶世可憐なる少女達と、一人の少年の数奇な物語」
「願いは常に美しけれど、その思いが如何な結果に結び付くのかは、誰にも知れません」
「しかしなれど、希望溢るる少年少女達の行く手に広がるのは、地の獄より楽土が似合いましょう」
「お相手仕りますは、わたくし、蓮。どうか皆々様、最後までお付き合いくださいませ――」
続きを書くかは現状未定です。
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