IS-Junk Collection-【再起動】 (素品)
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Epilogue 救われない夢

アニメ見てない、原作がない状態での発進。

大丈夫なんだろうか・・・・・・


その少年の夢は、正義の味方だった。

 

小さな子供の言う憧れだと大人は一蹴するが、彼にとっては何物にも代えがたい、もはや信念に近い願いだった。

 

少年がそう思うようになったのは、彼のただ一人の家族である姉の影響が大きく関わってくる。

 

二人に親はいない。事実上、少年を育てたのは彼女である。そんなただ一人の肉親である姉に感謝し、同時にその凛とした佇まいや冷静かつ勇猛果敢な姿に、少年は憧れていた。

 

 

「強さ」というものの規範のような人であった。

 

 

他者のために「強さ」を奮い、教え導くために「強さ」を示し、誰もが心を奪われる「強さ」を併せ持つ人物。完璧を詰め合わせたような超人。人の上に立つためにいるような人間であった。

 

人々は口々に賞賛の言葉を投げ掛け、のちに世界最強とまで謳われるようになる彼女を、天才として祭り上げた。

 

だが、少年だけは知っていた。

 

 

そんな彼女の「弱さ」を。

 

 

常に先駆けとなって走り抜け、世に荘厳な背中を見せながら、傷つき痛みに涙を流す顔をひたに隠し続けるその生き様を、人の上に立つのを強制されたかのような有り様を、少年は知っていた。

 

いつしか少年は思い始めた。

 

 

―――自分が強くなれば、それを代わってやれるのでは、と

 

 

子供ながらに、「誰かを気遣える心」の持ち主だった。自分に向けられる好意にはひどく鈍感なところがあったが、人の痛みを理解できる子供だった。

 

だからだろう、少年は幼くありながらも、大切な姉のために正義の味方になることを決意していたのだ。

 

今はまだ無理でも、そんな彼女を支えながら、いつの日かその肩に並び、その「強さ」を肩代わりできるようになることを夢見ながら。

 

 

だが、終わりは唐突に訪れる。

 

 

一人の、少年の姉とは違う「強さ」を持った天災によって、世界そのものが犯された。

 

絵に書き出されたような、ひたすらに惨たらしい悲劇によって少年はその思いを塗り潰される。

 

黒く、暗く、一欠片の光さえ許さぬ闇が、少年を深く深く呑み込んでいった。

 

そして、少年は「強さ」を手に入れた。かつての自分が切望したものとは真逆のものを。

 

 

生きることも死ぬことも許されない地獄

 

突きつけられた真実

 

切り刻まれる思いと希望

 

純然たる悪意によって産み落とされる子供たち

 

 

深淵の闇の果てで、諦めと絶望の中で少年は最初で最後の足掻きを行った。

 

使える「強さ」の全てを使い。

 

 

そして、その足掻きも無為に終わった。

 

 

だが、少年は心のどこかでこの結末を予想し、確信もしていた。

 

どうやろうと、自身が救われる道はないことを理解していた。

 

それでも、少年は足掻いた。足掻き、暴れ、破壊し、殺戮した。

 

 

―――生きたい、生きていたい、と

 

 

ただ、それだけを願いながら、あの温かな世界を夢想しながら暴虐の限りを尽くした。かつての自分さえ欠片も残っていないというのに、まさしく癇癪を起こした子供のように当たり散らした。

 

 

いつしか、動くものもいなくなり、少年らしき"ナニカ"だけが一人立ち尽くしていた。

 

 

―――まるで糸の切れた人形のように

 

 

―――打ち捨てられた廃棄物のように

 

 

―――コントローラーを抜かれたゲームのように

 

 

異形のソレは動くのをやめたのだった。

 

以上で、この少年の物語は終焉を迎えました。

 

これより先に始まりますのは、主人公という柱を欠いた人形劇にございます。

 

憎悪をもって己の正気とし、復讐を自らの存在証明と定め、狂気の赴くままに刃を振るう壊れた人形の物語にございます。

 

 

目には目を

 

歯には歯を

 

殺意には殺意を

 

外道な侵略には正道をもって復讐を

 

己の守るべき矜持もなく、貫き通す誇りもなく、自分を慰める涙を持たず、強く在るための執着すらない

 

 

虚ろな「壊人」は、粛々と世界の理を破断していくのみ

 

 

これはそんな歪な物語でございます。

 




いかがでしたでしょうか

次の更新はまったくの未定です!


・・・・・・スイマセン


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一節 A crybaby clown
第一幕 Who are you?


誰ですかお気に入り登録してくれた方は?

私の五体倒置が見たいならそう言ってくれればいいのに。

スイマセン、本当にありがとうございます

ということで入学式です


◆ ◆ ◆

 

世界は明るい光で包まれていた。

 

木々は青々とした葉で、地面は色とりどり多種多様な花々で彩られ、風は暖かさと仄かな甘さを含んだ空気を運んでくる。

 

上を見上げれば、気が遠くなりそうな程に澄みわたった蒼き空と、命に熱と光を与える太陽が燦々と輝いて見せる。浮かび流れていく雲も合わさり、眺めているだけで体が多幸感で満ちていく。

 

端的な言葉で表現するなら、天国というのに相応しい景色が眼前に広がっていた。

 

気づけば目の前に人が立っていた。数人、数十人、正確な数は判らない。ただ、しっかり判別がつくのは三人だけ。

 

一人は自身の最も敬愛する女性。

 

一人は自身の最も仲の良い少女。

 

一人は自身の最も■■■■■■。

 

彼女たちを含む、全ての人間が慈愛の笑みを浮かべている。慈しむように、我が子を抱きしめるように、深く深く何よりも深く、神の寵愛のような優しく蕩けるような愛で世界が・・・・・・

 

―――もういいよ

 

その一言で光がガラスのような、無数の欠片に変わって砕け散る。

 

これは夢だ。ひどく身勝手で、ご都合的で、自身には過ぎ過ぎた無惨で無様な無味夢想。今更こんなものは求めてない。求めようとなんかしていない。求めたとかころで叶わない。求めるには遅すぎる。

 

さぁ、そろそろ起きよう。

 

舞台は整った。

 

◇ ◇ ◇

 

「うぅ、どうすれば・・・・・・」

 

新春の訪れを告げる暖かな風が吹き抜ける中、この日とある学園の教室で一人の女教師が、困惑と悲壮の感情で身を震わせていた。

 

彼女の名は、山田 真耶。

 

本土より数km離れた海上に作られ、移動手段はモノレールという、とんでもない立地の学園の教師の一人だ。

 

とある『競技用パワードスーツ』の操縦者、及び専門のメカニックの育成を目的とした超特殊国立高等学校、というのがこの学園の肩書きだ。そのパワードスーツもかなり特殊なものであり、それが理由で通学する生徒は"一人"を除いて全てが女子。

 

加えてこの競技の教導を行う場所がここしかなく世界規模での受験激戦区となっているため、入学できるのは本当にエリートのみ。倍率なんてものは諦めを越えて悟りを開く水準を維持してなおも上昇中なのだから笑えてしまう。

 

話は戻るが、先述のとおりこの学園には男子生徒が一人だけ在籍している。大勢の女性の中で男一人なんていうサブカルチャーではドがつくほどの定番となっている展開だが、彼の場合入学に関する絶体条件を満たした、世界でもただ一人の男性という名目がある。

 

それ故に、ここに入学させられたのは彼自身の『保護』が目的である。

 

今だかつてない異例に世界が驚愕した。報道陣はこの事を一気に騒ぎ立て、研究職の変人たちは彼の遺伝子や体細胞の提出を求めたりした。そんな環境では、いずれ暗い意味でのニュースで世界を席巻することを危惧した政府は、特例として彼を学園に"隔離"したのである。

 

さて、その世界的有名人となった男は入学式終了後に貼り出された組分け表に従い、一年一組の教室にいた。そして、時間帯はホームルーム。入学式当日から授業があることもあり、時間を非常に圧している。そんな中でも無謀にも行われた『自己紹介』。勿論、ここ数日で一気に知名度を広げた少年のそれに期待が集まるのだが・・・・・・。

 

「・・・・・・・・・・・・んがっ」

 

「早く起きてくださーい!」

寝ていた。

 

教室の生徒と教師、総計三十名の質量さえ感じさせる視線の米字砲火を一身にあびながら、少年は腕を枕に爆睡していた。

 

「机はお布団じゃないんですよ? 今はホームルームの時間ですよ? 自己紹介してください!」

 

「ぐぅ」

 

「ぐぅ、じゃなくて!」

 

「がぁ」

 

「がぁ、でもないです! も、もう、こうなったら無理矢理にでも・・・・・・」

 

「ぐるぁ!!」

 

「ひぅぅぅ!?」

 

寝言に本気でビビる小動物系副担任山田 真耶。天然な雰囲気に成人しているのか疑わせる童顔さ、加えて小柄な体躯に一つの黄金率を完成させた豊かな母性の象徴を実らせ、そのアンバランスさと少しの背徳性が異様なエロさを醸し出している。そんな彼女の涙目になっている姿は、見ている者の嗜虐心をくすぐるように掻き立てる。事実、顔を俯かせて必死に何かを堪えている淑女が数人いる。

 

「スマナイ、遅れた」

 

そんな混沌とし始めた教室内に、新たな声が響いた。全員が反射的にそちらの方に視線を動かすと、切れ長の鋭い瞳に黒のスーツ姿の女性が立っていた。

 

「あっ、織斑先生!」

 

地獄で仏を見つけたかのように、真耶は暗い表情を一変させる。さっきまでのそれはどこへやら。

 

二、三言、織斑と呼ばれた女性は真耶と話すと振り返り、自分を羨望と恍惚の表情で眺める生徒に向けて話し始める。

 

「私は織斑 千冬だ。君たち新入生を教導し、次の学年までに世界に通用する操縦者に育てるのが仕事だ。授業では私の言うことをよく聴き、理解するよう努めろ。解らない者には解るまで教えてやる。この一年、よろしく頼む」

 

「「「「キャーーーーー!!!?」」」」

 

話が終わった瞬間、空気が爆発した。

 

「千冬様!? 本物の千冬様なの!!?」「夢? 夢じゃないよね!? もし、夢ならこのまま永眠してもいい!!」「誰か私を殴って! このままじゃ、このままじゃ私・・・・・・!」「誰ぞカメラを、カメラを持てぇい!!」「そ、そんな、放課後に先生と二人きりだなんて・・・・・・!」

 

再び教室が混沌と化す。轟く喜びの悲鳴と叫びが教室どころか学校中に木霊する。よく見れば窓ガラスもビリビリと震える程に。ちなみに先程の淑女たちは、一心不乱に『平常心』という単語を机に書き殴っている。

 

そんな状況を作り上げた女性、織斑 千冬はそちらに目を向けず、このソプラノの暴風の中でいまだに眠っている少年を視界の端に捉えた。そんな少年に千冬は溜め息を吐くと、おもむろに出席簿を右手に構え、振り上げる。すると・・・・・・。

 

「んぐ・・・・・・、あぁん?」

 

少年は目を覚ました。

 

「起きたか?」

 

「・・・・・・あれ、なんで砂漠の狼がここに?」

 

「まだ寝惚けているのか? さっさと立って、自己紹介を済ませろ」

 

だらしなく着崩した白い制服と青のネクタイが、寝起き感を加速させている少年は、頭がまだ覚醒しきっていないのか、ふらつきながらも立ち上がり、振り替える。それから勢いよく首を鳴らし、幾分かスッキリした笑顔で口を開いた。

 

「織斑 一夏です。これから一年間よろしくお付き合いを!」




学校の設定がうろ覚え

なんか姉さん丸くなってますね。何があったんだろ?(目そらし)

あと、淑女の皆様はメインキャラクターです。名前はないけど


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第二幕 Boy meets Girls

UCが素晴らしすぎて1から7を、気付けば三周くらいしていた

色々説明不十分なイギリスエンカウント


「答えろ」

 

静かな声が響く。

 

相手の僅かな反抗心さえ赦さない、絶対零度の音。空間を震わせ、耳を貫き、脳の動きさえも鈍らせるような圧倒的な何か。

 

無意識に頭が下を向き、力を抜きとられるように膝が折れ、気付けば五体全てが地に伏すような圧力が、世界を侵略していく。

 

「YESかNOかの単純な選択肢が、お前に残された唯一の自由だ。それ以外の言葉は、お前自身の首を絞める縄だと思え」

 

それを一身に受けながら、男の顔には笑みが浮かんでいた。それが強がりであるのは誰の目にも明らかだ。僅かに汗ばんだ額に人工の光を反射させながら、ひきつった笑顔で声の主を見据える。

 

「答えてもらおう」

 

世界最強と謳われ、世界の誰もがその姿に熱狂した、氷柱のような美しさと鋭さの黄金比を突き詰めた女が、言葉を紡ぐ。

 

「私の参考書と電話帳をすり替えたのはお前だな、織斑」

 

「本当にすいませんした!!」

 

□ □ □

 

一時間目が終了し、今は休み時間。けれど、この教室に限っては異様な雰囲気が包み込んでいる。

 

それもそのはず。この教室には織斑 一夏という、この学園唯一の男子がいるからだ。

 

女性というのは三人寄れば姦しいという言葉があるように、今現在この教室ではこの一人の人間の一挙一動で騒ぎが起きるような状態である。さらに上乗せするように他のクラスの女子も集まりだし、一夏を中心とした半径五メートルほどの円が出来上がっている。そんな状態の全員が彼に声を掛けるか掛けられるかを、互いに互いを牽制しながら構えているために妙な熱気が教室中に立ち込めている。

 

「あ〜あ、"姉貴"ならバレねぇと思ったんだけどなぁ」

 

かつてのアメリカとソ連を彷彿させるような冷戦状態の真っ只中で、一夏はそんなこと呟いた。バレない、というのは先程の授業の最初にあったことで、家から間違えて持ってきた古い電話帳と教師用の参考書をすり替えたことだ。ハッキリ言うが、参考書と電話帳の共通点は同じサイズの立方体というだけで、表紙も内容もまるで違う。百歩譲って間違えたとしても、どうしてバレないと思ったか、教職を嘗めているのかとツッコまずにはいられない。

 

「ねぇねぇ、おりむー」

 

「んー?」

 

「織斑先生って、おりむーのお姉ちゃんなの?」

 

「そーだよー、ってどちら様?」

 

そんな唯一の男子である一夏の元に、一人の女子生徒がいた。背丈が非常に小柄であり、余りに余った制服の袖がとても印象的な少女。今まさに間近で見ている一夏でも、とてもではないが、第一印象で高校生と見るには無理があるルックス。だが、彼はそこまで考えてある一点に視線が固定される。

 

「・・・・・・あるな」

 

何がとは言わない。

 

「おりむー?」

 

「ん? あぁ、おりむー、っていうのは俺のことか?」

 

一夏がそう聞き返すと、余った袖を振り乱して「そうだよー」と、なんとも間延びした返事を返してくる。

 

「織斑だから、おりむーなんだよ?」

 

「おぉ、素晴らしいセンスだな。それで、お宅はどちら様で?」

 

「布仏 本音だよー。よろしくねー」

 

そう言って少女、布仏 本音はバタバタと袖を振って見せる。このまま頭を撫でたらどうなるのか、などという邪な考えが一夏の思考をよぎるが抑える。そんなことをして、訴訟なんて起こされたら逃げ場がない。

 

「布仏ね。なら、これからは"のほほんさん"と呼ばせて貰おう」

 

「うん、いいよー」

 

何を張り合っているのか、『のほとけ ほんね』を縮めて、雰囲気も合わせて"のほほんさん"と呼び始める一夏。最後の"さん"はご愛嬌である。

 

そんな感じに本音と一夏が周りの人たちを無視して、和気あいあいとした空気を醸し出し始める。そんな光景を見て、勇気を出しきれなかったことを悔やんでいる者や二人の会話に耳を澄ます者、無言で無音カメラのシャッターをきりまくる者と、様々なリアクションをとっている。

 

「ちょっと、よろしくて?」

 

そんな二人に話しかけてきたのは、鮮やかな金髪を縦ロールにし、白人らしい白い肌、透き通るような青い瞳を若干高圧的に細めた、いかにもな貴族様だった。

 

「聞いてますの?」

 

「聞いてるよ。えーと・・・・・・」

 

「せしりんだよー」

 

「成る程。よろしく、せしりん」

 

「なっ!? ち、違いますわ! 私の名前はセシリア・オルコットです!」

 

本音のナイスセンスなネーミングに絶妙なツッコミを入れる貴族様、正式名称セシリア・オルコットである。

 

「せしりんはねー、テストが首席でイギリスの候補なんだよ?」

 

「入試が首席でイギリスの代表候補生なのか。スンゲーエリートじゃん」

 

「・・・・・・今ので判りましたの?」

 

「考えるな、感じろ」

 

「・・・・・・訳がわかりませんわ」

 

「まぁ、もともと知ってたし」

 

「〜〜〜馬鹿にしてますの!?」

 

「馬鹿になんてしてないよー」

 

「そうだ、コケにはしているがな」

 

「それは、おりむーだけ」

 

「なっ! 貴様、裏切ったな!?」

 

つい、大きな声をあげてしまったセシリアだか、エリートな彼女はすぐに理解できた。目の前の二人にどれだけ真面目に話そうとしても、こちらが疲れるだけである、と。思わず溜め息が溢れそうになるが、そこら辺は国家の代表の候補生、決して弱気なところなど見せたりしない。

 

「んじゃま、とりあえず。俺は織斑 一夏。イギリス代表候補であるアンタと違って、努力も誇りも信念も入試も無しにこの学園に入学した、ただのラッキーマンだ。一緒のクラスで不満タラタラかも知れんが、お付き合いのほどを」

 

そう言って、一夏はセシリアに向かって右手を差し出すが、その右手を訝しげにセシリア眺めるだけである。

 

「あら、男との握手はお嫌いで? もしかして潔癖性だったり? そもそも下々の者に触れるなど虫酸がダッシュしたりします?」

 

「・・・・・・貴方には色々と言うつもりでしたが、何だかどうでもよくなっしまいましたわ」

 

それだけ言うと、ひどく不快気にセシリアはその長い金髪を揺らしながら自分の席へと戻っていってしまった。

 

「・・・・・・おりむー、今のは駄目だよぉ」

 

「いいんだよ。お互い無理に好き好んで形式だけで仲良しこよしする必要なんて、毛の先程もないんだからよ」

 

どこか心配そうな声で言う本音に対し、一夏はどこまでも飄々とニヤニヤとした笑みを浮かべて、金髪を揺らす背中を眺めて笑っていた。




調べると91あるらしいです。何がとは言わないけど

ということで、オルコットさんとのエンカウントでした

なんか扱いが雑? 仕様です


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第三幕 Hira

学業で色々していたら遅れました。

ということで、またヒロインエンカウント回なのですが、今回は説明にもある黒サマー君が全面に出ています。

閲覧の際はご注意ください。


一夏が布仏と戯れている内に時間は過ぎていき、入学初日の全カリキュラムが終了、現在は放課後である。その間に起きたことと言えば、一夏がクラス全員から質問責めにあったことくらいなものだ。

 

HRの際に爆睡、織斑教師の参考書すり替え事件に、セシリアとの軋轢の発生など、彼の半日という間に起こしたことは善くも悪くもそれを見ていた全員に強烈な印象を残した。それ故に、当初こそ警戒心から距離を詰められずにいた彼女たちだったが、一夏が布仏を肩車して遊び始めた辺りからどうでもよくなり、一人、また一人と、最終的には一組ほぼ全員が一夏の元にいた。

 

女性というのは偏見を抜きにしても噂話を好む傾向にある。特に色恋などにおいては尾ひれが付くほどに。一夏にされた質問でもその手のものが多く、「彼女はいるの?」に始まり、好みのタイプ、苦手な性格、趣味に好物、果てはネコかタチか同性に興味があるかと、幅広く問いただされた。それらにヘラヘラと笑いながら受け答えしていた彼だったが、最後にいたっては真顔で否定していた。当たり前と言えば当たり前だが。

 

さて、そんな一夏は自分がこれからの生活拠点となる、学生寮へと向かっていた。事前に千冬から『1025』と書かれた鍵を渡されていたのだ。授業も終わり、部活動の見学に向かっていく少女たちとは逆の道を一人行く。ここで一つ言わせてもらうが、この織斑 一夏という人間は非常に子供じみた性格をしている。子供ということは、わざわざ真っ直ぐに寮に向かうわけもなく・・・・・・

 

「そうだ、探検に行こう」

 

そんな一言と共に、寮への道を90度曲げて駆け出した。

 

幼い頃に初めて行き着いた場所、建築物などに行くと妙な高揚感を感じたことはないだろうか。そこがどうなっているのか見て見たくなる、そんな未知への探求のような好奇心を。ただの風景が、知らない場所というだけで輝いて見える経験があるはずだ。今まさに一夏はそんな心理状態であった。まんま子供である。

 

「おぉっ!? この自販機、栄養ドリンク系全コンプしてやがる!!」

 

このようなことでも興奮してしまっている辺り、彼自身のテンションは最高潮に達しているのだろう。この後に無駄に買いすぎて後悔する辺りまでがオチである。修学旅行ハイでご当地グッズを買い漁る中学生によく似てる。

 

そんなこんなで、ようやく彼のテンションも沈静化され、幽鬼のような足取りで二桁にもなる茶色のビンをどうするか考えながらいると、ある教室の前で足を止めた。

 

「誰かいるのか?」

 

日も傾き、夕闇に染まり始めた校舎の中で、【整備室】と書かれたその教室の中から気づかなければ空耳で済ましてしまうような小さな声が聞こえてきた。

 

一夏は少しの好奇心に逆らうことなく教室の扉をくぐると、教室の奥手にあるその存在、人の形を模した鎧のような"ソレ"を視界に捉えた。

 

「・・・・IS、か」

 

正式名称 インフィニット・ストラトス。

 

十年前、一人の天才科学者が人類の宇宙進出を念頭に置いて作り出したマルチフォームスーツ。発表当時は誰もがその世紀の発明を否定していた。現存するどの航空機よりも速く飛び、外部からの如何なる衝撃からも搭乗者を守るエネルギーフィールド、物質を量子化し格納するシステム、稼働を続けることによって最適化され自己進化を行う『形態移行』。そして、"女性にしか扱えない"という欠陥。あまりにも荒唐無稽、作製者以外理解し得ないブラックボックスの塊と言える代物に誰もが批難と雑言を投げた。

 

それも後に起きた『白騎士事件』によって覆される。

 

この事件を機に、ISは一気に世界に浸透していった。宇宙開拓にでなく、核をも越える最強の兵器として。それに連なり、ISを扱える女性は増長し『女尊男卑』の風潮が社会に根付いていった。

 

そして、世界でも一ヶ所。ISの教導を行われている場所、それこそがここ【IS学園】である。

 

「これって"打鉄"だよな。にしては形が―――」

 

「その子に、触らないで・・・・・・!!」

 

"打鉄"と呼ばれた量産型ISに一夏が近づいていくと、悲鳴のような怒号が響いた。唐突な大音量の声に当てられながら、驚いた風もなく一夏が振り向くと一人の青い少女と目があった。

 

青いセミロングに内に向くように跳ねた髪。芳醇なワインを彷彿させるような紅い瞳、少し幼さの残るその顔には涙の痕が残っている。

 

「・・・・・・織斑、一夏」

 

「あぁ、俺のこと知ってんだ? ていうか、アンタってたしか日本の代表候補―――」

 

一夏の言葉が途中で止まる。抱えていた瓶が床に落ちる音が鳴り、空いた右手で痛みの走る頬を押さえる。殴られた。その答えは簡単に出てきた。

 

「あなたが、悪い訳じゃないのは、解ってる・・・・・・。けど、けど!!」

 

堅く固めた右拳を振り抜いた形で、肩で息をしながら静かに痕をなぞるように涙を流す少女は、その紅い目で一夏を睨みつける。

 

「やっと、ここまで来た。ここまでやって来た! なのに、いきなり出てきたあなたに、何の努力もしていない! 苦しんでもいない! ただ乗れるってだけの、あなたなんかに奪われた!! やっと、認めらたと思ったのに、あの人に近づけたと思っていたのに・・・・・・!!!」

 

鬼気迫る勢いで、一息で彼女は言い切った。言葉が途絶え、荒く吐き出される息と共に鳴る喉の音が、軽い過呼吸を起こしているのが判る。それでも視線を合わせたままに眼前の男を睨む。涙は溢れて止まらない。

 

「・・・・・・気は済んだ?」

 

そんな青髪の少女とは逆に、一夏はひどく冷めた調子で口を開く。詰まらなそうで、退屈しのぎついでのように語り出す。

 

「さっきから俺に敵意マックスだけどさ、さっきお前が言ったとおり俺は悪くねぇよ。悪いのは明らか仕事を途中で投げて俺なんかのIS作り始めた倉持の連中だし、強いて言うならアンタの運が悪かっただけだ」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

「しかも、認める認めないとか言ってだけどさ、結局それはアンタの事情じゃねぇか、八つ当たりするにもお門違いもいいとこだ」

 

どうせなら、と区切りをつけて、ゲラゲラと笑いながら一夏は言う。

 

「お前の『姉』にぶちかましてやればよかったのによ」

 

「――――っ!」

 

一瞬にして、少女の体が硬直する。目を見開き、呼吸すら止まる。それを見た一夏は頬を引き上げながら、床に散らばったビンを全て拾い上げ、用は済んだとばかりに出口ヘと歩いていく。

 

「あっ、そうだ。なんなら、アンタがこれ完成させれば良いんじゃねぇか? ガワは出来てるみたいだし、あとは中身を何とかすれば形になんだろ。ほら、お前の姉みたいにさ?」

 

「・・・・・・あなたはどうなの?」

 

「あん?」

 

「あなたの姉だって、『最強』でしょ・・・・・・?」

 

力なく立ち尽くす少女を通り過ぎようとしたところで、互いが背中合わせになり互いの顔が見えなくなったところで、さっきまでの気迫が嘘のような声音で、少女は一夏に言った。

 

もしかしたら、彼女なりの反撃だったのかもしれない。散々に言われたあとでの、ささやかな意趣返しだったのだろう。

 

「くはっ、かははははははははははははははははははははははは!!」

 

それを聞いた一夏はまた嗤う。

 

「なんだよ、殴った相手に今度は同情してもらおうってのか? 俺と傷の舐め合いなんていうプレイがお好みで? 朝までフルコースってか!?」

 

背中を合わせたまま、彼はまた笑う。その声を聞きながら、少女は奥歯を噛み締め、強く拳を握り彼が発する屈辱に耐える。ここでまた感情のまま殴れば、自分が本当に惨めな存在になってしまう。それだけは駄目だ。絶対にやってはいけないことだ。

 

「なぁ、更識 簪ちゃん。ハッキリ言うが、俺とアレは名字が同じで似たような血が流れてる、ってだけの他人だよ。判るか? あの人は俺の姉ではあるさ、だが、結局はただそれだけの他人だ。姉妹兄弟なんて言っても、結局はそんなもんなんだよ。俺も姉貴も、本心じゃ互いを兄弟なんて思っちゃいねぇんだろうからよ」

 

一夏はそれだけ言うと、青髪の少女、更識 簪が振り替える前に整備室から出ていった。




簪ファンの皆様、大変申し訳ありませんでした。

今後も続いていくであろうこの作品は、基本的に初対面のヒロインは主人公にこんなことを言われます。

文面での謝罪になりますが、どうかご容赦ください


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第四幕 Nice to meet you

仕様の追加なのですが行間の、▼というマークより下は一人称視点で話が進みます。

というわけで、やって来ましたファースト幼馴染みエンカウント回。


「はぁ・・・・・・」

 

大きく息を吸っては、口から息を吐く。今日、何回も繰り返される行程。高級ホテルを連想するような寮の一室で、枕に顔を埋めながら後悔に自分への不甲斐なさ、加えて先行きの不安さを思って溜め息を吐くその姿は、うら若き乙女がするにはあまりにも重すぎる。

 

彼女の名は『篠ノ之 箒』。

 

腰まで伸ばした長髪を一つに纏めた、いわゆるポニーテールという髪型に、長年剣道を続けることによって鍛えられた無駄のないプロポーションを持つ少女である。

 

普段は毅然とした姿に落ち着いた態度、大和撫子を体現したような雰囲気を持つ少女が、何故こうして一人自室で伏せっているのか。その原因たるのは、同じくしてこのIS学園の門をくぐった少年、"七年"もの間を思い続けた人間との久しぶりの出逢いが起因している。彼女は今でこそ学園の寮にいるが、IS学園への入学は本人の意思とは関係なしに決められたことであった。その理由というのが世界唯一の男、織斑 一夏と似通っており、彼女自身の保護。

 

彼女は、『篠ノ之 束』というIS《インフィニット・ストラトス》を作り出した稀代の天才の妹である。

 

行方不明の天才、束が姿を眩ましたことで、"六年"にも及ぶ政府からの尋問、警護という名の軟禁生活は十代の少女には非情なほどに辛いものだった。そんな箒を支え続けたのは一つに剣道、もうーつが織斑 一夏という幼馴染みとの思い出である。そして現在、偶然とも奇跡とも言い難い数奇な巡り合わせで、箒は七年越しに一夏に出逢った。ISによって別れ、ISによってまた出逢うというのも皮肉の効いた話ではあるが。

 

箒自身は一夏との再会を心の底から待ち望み、実際に一目視たときなど平静を装いながら内心では狂喜乱舞の大騒ぎだった。本来ならすぐにでも話しかけに行くはずだっのだが、それは布仏 本音に先を取られてしまった。それから帰りまで二人が離れることはなく、他の女子も集まりだし箒は完璧に話しかけるタイミングを失ってしまって今に至る。

 

「まったく、女子に囲まれてヘラヘラと鼻の下を伸ばして。 日本男子たるもの、もっと身なりを整えて、確りとした態度でいるべきだろうに! なのに、私のことを無視して、あぁも他の女子とベタベタと・・・・・・!」

 

目尻に薄く涙を浮かばせながら、箒は部屋で一人言葉を吐き出し続ける。嫉妬が九割を占めるその思いは、彼女にとって一夏という人間は重要な存在だったのかがよく分かる。

 

そんな部屋にコンコン、と扉を叩く音が響いた。もしかしなくても来客者が来たのだろう、そう思い箒は目元を拭い、寝ていて乱れた部屋着を整えるとすぐに扉へ向かった。

 

「すまん、今あけ・・・る・・・・・・」

 

徐々に弱くなっていく語尾は、彼女の脳の処理が目の前の現実に追い付かなくなっているから。それだけ、扉を開けた先にいた人物が意外だったのだ。

 

「よっす、箒ちゃん」

 

件の人間、何年も変わらず思い続けた男、織斑 一夏が気軽な調子でそこにいた。

 

▼ ▼ ▼

 

「んっぐ、んっ、ぷはぁー。あぁ、甘ぇ・・・・・・」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

部屋にあったテーブルを挟むように、お互いの顔が向かい合うように座って少し経つ。私の昔馴染みの男、一夏の話を聞くところによれば、私と一夏は部屋の空きが無いため暫く同室となるらしい。

 

男女七歳にして同衾せず。

 

年頃の男女が同じ部屋で寝食を共にするなど不健全極まりないが、目の前の男は一切気にしていないのか、五本目になるだろうか、顔を歪ませながら大量の栄養ドリンクを飲んでいる。無意識ではあるが、そのまま一夏の顔を仰視すると、左頬が赤く腫れている。

 

「一夏、その顔は・・・・・・」

 

「ん? あぁ、殴られた」

 

「だ、誰に!?」

 

瞬間、頭に血が駆け上がる感覚と、瞳孔が開くのを感じた。良くないことだというのは判っているが、私はそれを抑えずに声を荒げる。

 

そんな私に対し、一夏は笑みをを浮かべながら「まずは話を聞け」と言って、私に落ち着くよう言ってくる。

 

「倉持技研って知ってる?」

 

「日本の、IS企業だったか?」

 

「正解。日本で最も有名所の研究機関だ。そこで実は、俺専用のISが作られてんだよ」

 

調査用だけどね、と六本目を煽りながら一夏は言う。当たり前のように言っているが、私は一夏の言葉に驚き目を見開いた。

 

ISは世界に467機しかない。何故なら、"あの人"がその数までしか作っていないからだ。ISは元々機体を形作るうえでの《コア》が不可欠だ。それを作れるのは"あの人"だけ。つまり、個人専用機というのは、その内の一個を一個人に貸し与えるということ。いわば、目の前の男は国家の代表と同じ待遇を受けているということになる。

 

「そこってさ、俺が見つかる前には日本の代表候補の専用機作ってたのさ。だけど、俺のを作るってことでそっちは投げっぱなしでほったらかし。投げ出された方は怒り心頭、向ける先のない苛立ちは通りすがった俺に来たってこと」

 

「そんなの、ただの逆恨みじゃないか・・・・・・!」

 

「納得できないんだよ。あるだろ? 頭で理解できても、心が受け入れてくれないことくらい」

 

一夏は空いた左手で私の胸、心臓の位置を指さしより笑みを深くする。

 

「アイツはまさにそんな状態だったよ。そんな時は誰でもいいからぶん殴って喧嘩して頭空にして、今の自分否定して、また足掻くための足掛かり見つけなきゃなんねぇ。俺はそのお手伝いをしてやったのさ」

 

そう言って一夏は六本目を空にすると、椅子に全体重を預けて脱力する。椅子が軋む音が響いた。

 

「・・・・・・変わったな、お前は」

 

言葉が零れた。

 

時間は人を変える。変わるということは成長するということ。少なくとも、私が一夏の立場なら、そんな風には考えることは出来ない。

 

一夏は変わった。決して長い時間ではなかったが、私が一緒にいた彼は、私の知る一夏はもういない。それが悲しくもあり、同時に自分の有り様に一夏に指差された心臓が締め付けられるように痛みだす。私はあの頃のまま、子供のままだ。

 

「・・・・・・なんか神妙な顔してるけど、俺がやったのは散々に貶(けな)したことくらいだぜ?」

 

「だが、それも必要なことなのだろう? お前は変わった。私より、大きく・・・・・・」

 

最後まで言えず、俯く私の頭の上で溜め息混じりの呆れたような声音で、一夏は語る。

 

「変わらないのも良いことだと思うよ? でなけりゃ、俺はお前をすぐには見つけられなかった」

 

少し頭を上げて再び一夏を見る。私の知らない、あの頃とは違う、悪戯を考える子供のような笑いを浮かべる一夏はテーブルに少し身を乗り出しながら、私を見る。

 

「教室に入ってすぐに判ったよ。その髪型、その瞳、昔の写真と見比べても変わってない。俺としては、お前が変わってなくて嬉しかったよ」

 

・・・・・・私も単純な人間だな。

 

臆目もなく、まっすぐに私の目を見て言われた言葉に、さっきまでの気分も一変し、今は顔が赤くなるを抑えるので必至だ。

 

不意に自分の顔に笑みが浮かぶ。

 

やはり、一夏は変わった。随分な卑怯者に。

 

「その栄養剤はどうする気なんだ?」

 

「飲むに決まってんだろ。自分で買ってきたもんだ、最後まで責任は取らなければならん」

 

「いや、私が言うのは、今飲まなくとも冷蔵庫に保管してまた後で飲めばいいじゃないか、ということで・・・・・・」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

「っ!? おい、いきなりそんなに飲んだら体に悪いぞ!」

 

「うるせぇ! 今更良いも悪いもねぇ、糖尿病がなんぼのもんじゃあ!? 何がファイト一発だ、製薬会社風情が俺を嘗めんじゃねぇぞ。俺をヤリたいなら体を歩く死体風味にしちゃう素敵ウィルス持ってこいや! ついでに特殊部隊と人食い大サンショウウオの二つ三つ寄越せや! それでも俺は残りの八本を飲みきってみせるぜぇーー!!」

 

「落ち着けぇーー!!?」

 

一夏の暴走は、騒ぎを聞き付けた他の寮生が来るまで続き、その後これから生活を共にする仲間たちと、私は実に七年ぶりに心から笑った。




前回のように黒くない回。

細かい原作との変更点がありますが、こちらも仕様です。

疑問が有りましたら、可能な限りお答えいたします。


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第五幕 Sadist

現在育てているキュウリがカラスによってメチャクチャにされ、その始末に終われ今日この日

カラスに復讐を誓いつつ仕立てあげました

ギャグ回のような話数稼ぎ回


IS学園入学式から翌日。学生寮から、食堂へと続く廊下を二人の男女が歩いていた。

 

「なぁ、箒ちゃん」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

「いい加減、機嫌治せって。ありゃ、事故なわけなんだし」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

「たかだか、"俺の着替えを見たくらい"で、なに意地になってんだよ」

 

「〜〜〜〜〜〜!」

 

事件は朝に起きた。

 

現代の侍ガールこと、篠ノ之 箒の朝は早い。日の光が空を明るく照らし出す頃に目覚め、剣道着に着替えいまだ寒さの残る初春の空気の中、剣道場にて日頃の日課である素振りをしていた。毎日欠かさず、愚直なまでには行われてきた鍛練が、今の彼女を形作っているのは言うまでもない。

 

箒自身、その日の鍛練にはいつも以上に熱が入っていた。まず、間違いなく同室になった一夏が原因だった。何年も会えずにいた彼との再会で、表面に出さないながらも、箒の心は一睡も出来ないほどにに歓喜とその他諸々の感情で浮わついていた。当然、武士道を志す彼女がそんな自分のことを許せる訳もなく、内容も普段より大分濃密になる。

 

それ故に失念していた。

 

箒が自室に戻る頃、一般人が起き出すその時間帯に起きた織斑 一夏が、室内でパンツ一丁でいるような事態が起きうることを。

 

「う、うるさい! 大体、同室に異性がいるというのに、平然とし、し下着だけでいるお前が悪いのだ!」

 

「えっ、俺着替えもしちゃ駄目なの?」

 

「あっ、違う! いや、違うというか・・・・・・」

 

最初の勢いもしだいに小さくなり、顔も赤く染め上がっていき、ついには喋らなくなってしまった箒を眺めながら一夏は、漫画でなら頭の上に光る電球が浮かんでいそうな表情でニヤニヤと笑い出す。

 

「なぁ、箒」

 

「・・・・・・なんだ」

 

「見てどうだった?」

 

「そうだな、中々に鍛えられていて腕の辺りなど・・・・・・っ!?」

 

虚を突くように出された質問に、反射的に出てしまった答えに今度は首まで赤くなる箒を見て、腹を抱えて一夏は笑いだす。

 

「ひゃはははははは! 何、あなた筋肉フェチなの? ナイスカットみたいなこと言っちゃうの? く、黒光りした兄貴なポージング見ながら、な、ナイスカット! ハハハハハハ、シュール! 超シュール! ねぇねぇ、あの競技の判定基準と魅力を教えてくださいませんかぁ? てか、キャラと見た目を鏡で確認してからそう言うこと言えよ! って、おい。箒さん、その竹刀どっから出したん? いやいや、ちょっぴし待とうぜ、いや振りかぶんなって悪かった、謝るか がはぁ!?」

 

◇ ◇ ◇

 

IS学園は全世界各国から多種多様な人間が在籍する教育施設である。それは言語だけでなく、風習や文化にも大きな差が出るということでもある。

 

とくに食文化は決定的と言えるほどの差が生まれることは必至だ。

 

それを懸念した政府は、食堂に属する料理人を一流どころでどんな要望にも答えられる、超一流の人材と機材を用意した。話によれば、ISの整備や保持のために必要な器具や施設などの次に金がかかっているとかいないとか。

 

「あぁ、痛ってぇ」

 

そんな食堂で、一人お椀の納豆を箸でかき回している一夏がいた。

 

先の一件が相当頭に来たのか、それとも単純に気恥ずかしさから一夏の前にいるのが辛いのか、箒は昨晩の『リポD事変』で仲良くなったのであろう、ヘアピンを着けた女子に愚痴とも泣き言とも言えるようなことを言っている。

 

ちなみにだが、現在の食堂は緊迫した空気が流れている。一夏という唯一の男子が座るテーブルにどうにか座れないか、そのために皆が牽制し合い出し抜こうと策を巡らす。この男が行く先には事件しか起きない。

 

「つーか、頭腫れてコブになってるし。まったく冗談の通じないヤツはこれだから・・・・・・」

 

「おりむ〜!」

 

そんな空間にに間伸びした声が響く。視線が自然と集まる先には、三人の女子。約一名は一夏にとってはよく見知った顔である、布仏 本音の姿があった。

 

「朝から元気だなぁ、のほほんさん。てか、そのやたら愛らしい格好なに?」

 

「ふっふーん、可愛いでしょ! コンコン、狐だよ〜?」

 

そう言って、黄色の獣耳フードの付いた狐の着ぐるみを着た布仏は、朝食の乗ったトレイを一夏の左側に置いて自身も隣に座る。やはり、制服同様袖が余りまくっている。彼女なりにポリシーがあるのだろうか。

 

その後、不安気にに立っている残り二人に一夏が座るように勧めると、一転させて花が咲いたように笑顔を浮かべていそいそと一夏の隣に腰を降ろした。

 

周囲からタイミングを逃しきった多数の女子が、小声で嘆き声を上げているのに一夏は気づかないフリをした。

 

「わっ、織斑くんって朝から沢山食べるねー」

 

「・・・・・・まぁ、男って燃費悪ぃし。俺としてはお前らそれで足りるのかって感じだし」

 

「お菓子食べるからモーマンタイ!」

 

「太るぞ?」

 

「私って太んないんだー」

 

「・・・・・・なるほど、ウェストに行かず上に行くから、そうなったのか。趣(おもむき)深いな」

 

視線を布仏の一ヶ所に固定しながら、一夏はそんなことを呟いた。

 

それを聞いた横の二人は、それがどういう意味なのかを察したのか、赤くなりながら俯きがちに朝食の処理に集中し始める。

 

そんな視線に布仏も何かを感じたのか、一夏に向けて、強いては全員に向けての爆弾が投下された。

 

「おりむーの好きなタイプって、どんな人?」

 

食堂が凍りつく。

 

比喩的表現であるが、雑談に花を咲かせていた女子から一人黙々と食べていた青髪の少女まで、全員が息を飲み呼吸さえ止める。

 

だが、あくまでも一瞬のこと。

 

すぐに全員がなに食わぬ顔で食事を再開させるが、これから一夏が語るであろう言葉を一字一句聞き逃すまいと耳を澄ませ、偶然居合わせた報道部員はボイスレコーダーのスイッチを入れ待機する。

 

「それ、昨日も言ったろ? 気が強くって自分を通そうとするタイプ」

 

「だーかーら、なんでそーいう人が好きなのかーって」

 

ふむ、と布仏の質問に味噌汁を啜りながら一夏は考える。

 

そして、周囲も一夏の次の言葉を今か今かと固唾を飲みながら、平静を装いながら待つ。

 

そして、

 

「なんか、苛め甲斐がありそうだろ?」

 

再び食堂が凍りつく。あまりにも予想外と言えば予想外な答えに誰もが、布仏さえも思考をストップさせる。

 

「どうせなら最後まで抵抗して欲しいよなぁ。んで、プライドを底から崩していって、心底悔しそうな涙目で睨まれたいね。そこからさらに攻めにせめて、地べたに這いつくばってるのを上から眺めたい。あのイギリスさんとか正にだよ。犬耳と首輪がスゲー似合いそうじゃね? どうせならメイド服とか着せて、羞恥心一杯の顔で傅けさせたいよなぁ」

 

ハハハ、と一夏は一頻り笑ってから味噌汁を飲み干すと、空になった器を乗せたトレイを返却口に返し、食堂の出口から出ていった。

 

あとに残ったのは男子高校生のマジな妄想話を聞いて居たたまれない雰囲気になってしまった空気と、冷めていく朝食。

 

少しして、ポニーテールの女子が何処から取り出したのか、竹刀片手に食堂を駆け出していく姿があったとか。




ギャグを書きたいのに、コレを書いていて自分にギャグセンが無いのに気付かされました。

稚拙な内容で申し訳ない。

次はイギリスと黒サマーの出番です。


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第六幕 laugh,laugh,laugh

原作買いに行ったらトライガンを全巻衝動買い。
あ、原作も勿論買いました。

というわけで、イギリスと黒サマーの決闘宣誓回


「納得がいきませんわ!」

 

一年一組の教室に怒号が響いた。

 

机を叩きながら立ち上がったのは、金色の長髪に宝石のように輝く青い瞳の少女、イギリスが代表IS操縦者候補生、セシリア・オルコットはその端正な顔を憤怒に染めて周りを睨みつける。

 

唐突なことに皆が呆気にとられている中、飄々とヘラヘラと彼だけは笑っていた。

 

「クラスに一人はいるよなー、あぁいう空気読めないジコチューなヤツ」

 

ヘラヘラと、ニヤニヤと、嘲るように一夏は笑う。

 

◇ ◇ ◇

 

時は少し戻り、四時間目開始前の休憩時間のこと。

 

「クラス代表者? なんだよそれ、クラス委員の亜種?」

 

男がいるという環境に周りが慣れ始め、昨日よりも大分落ち着いてきた教室にて、椅子に座る一夏とその机に座る本音がとりとめのない会話をしていた。

 

「んー、ちょっと違うけどー、結構合ってる?」

 

「どっちなんだよ。もしかして、再来週の対抗戦とか委員会に出される不憫な奴のことか?」

 

対抗戦というのは、一つのクラスから代表者を選出し一対一でISによっての模擬戦を、リーグ戦方式で行う大会のようなものである。

 

と言っても、一年に限っては大会を通して個人の競争力や学業における向上心を上げさせる、といった意味合いがの方が強くある。

 

「なんでそんな話になったんだよ」

 

「だって、一組はまだ決めてないでしょー? きっと、おりむーが代表だね!」

 

「あぁ、ありそう。面白がって人の名前あげるヤツっているもんな」

 

はたして本音の予想は大当たりを引く。

 

授業開始の鐘が鳴ると同時に入ってきた真耶副担任の口から言われたのは、まさに話題としていたクラス代表者を決めるというものだった。

 

ここまでくれば展開は簡単に予想がつく。

 

「はい! 織斑くんを推薦します!」

 

案の定、まさに予定調和。容易にできた想像どおりの光景に一夏は顔をうつ伏せにベッタリつけて、「やっぱりね」と呟く。

 

ちらほら聞こえてくる会話から察するに、物珍しさから推薦する者がほとんどのようだ。

 

そして物語は冒頭へと戻る。

 

「このような選出、何より他の方ならいざ知らず、あんな男がクラス代表だなんて恥さらしもいいとこですわ!」

 

よほど一夏が代表者として名を挙げられたのが気にくわないのか、周りが追い付けていないなかセシリアはヒートアップしていく。

 

「あの男はこの場所にいるという誇りも、ましてや実力さえ持ち合わせていないような人間です。そんな人間を上に立たせるわけにはいきません!」

 

「おーい」

 

「そう実力もあり、エリートである私こそが―――」

 

「せしりん」

 

「誰がせしりんですの!?」

 

ほぼ反射的にセシリアがツッコミを入れた先には、やはりヘラヘラと笑う一夏がいた。

 

「まぁ、落ち着けよ。ちょうど担任も来たことだし、そこら辺はきっちり話し合おうや」

 

一夏がそう言い終える瞬間、見計らったかのように扉が開き、その向こうから織斑 千冬が現れた。

 

「・・・・・・何があった?」

 

入った瞬間に何か気取ったのか、怪訝そうな顔をし近場にいた一夏に事情を問いただした。

 

代表者を決めること、それで自分の名前が挙がったこと、そしてセシリアが激昂したこと。かいつまんで適当に一夏が説明すると、小さく溜め息を吐きセシリアに目を向けた。

 

「オルコット、お前はどうしたい。どうすれば納得できる」

 

「・・・・・・できれば模擬戦を。彼自身の実力も判りますし、わたくしの実力も示すことができます」

 

そうか、と呟くように千冬は答えると、次に一夏へと質問を向ける。

 

「他薦された者には拒否権がある。どうする、織斑」

 

「やりますよ。売られた喧嘩くらい買わなきゃ男が廃るというもんです」

 

「・・・・・・相手はイギリスの代表候補だ。わざわざ闘う必要はないと思うが?」

 

表情こそ変わらないが、その声はどこか勢いがなく、その内容は暗に闘うなと言っているようにも聞こえる。

 

「何も正面きってヤり合うわけないでしょ。紳士の国の方なんですから、ハンデくらい付けてくれますよ」

 

「勿論ですわ! 下々の者に施しをするのも貴族の責務。あなたに格の違いというものを教えてさしあげますわ!」

 

「そうそう、その方が互いに"都合がいい"ですしね」

 

「・・・・・・それはどういう―――」

 

「そこまでだ」

 

相も変わらずヘラヘラとニコニコと笑う一夏に、セシリアが再び食って掛かろうとするが千冬の言葉に中断される。

 

「模擬戦は一週間後の放課後とする。そこで好きなようにやり合え」

 

順に一夏、セシリアに念を押すように見ると、話に入れず涙目に成りつつあった真耶に代わり、静まりかえった教室で千冬は授業を始めた。

 

◇ ◇ ◇

 

セシリアは一夏を追っていた。

 

何とも言えない空気のまま授業は終了し、昼休みとなるとすぐに教室から消えた一夏に訊かなければいけないことがあったから。

 

多くの生徒で溢れた廊下で、奇異の視線に晒されながらもセシリアは人の波を掻き分けながら一夏を探す。

そして、見つけた。

 

不自然なほどに人がいない廊下で、背中を向けながらに歩いている男を。

 

「待ちなさい! さっきの言葉はどういう意味ですの!?」

 

「・・・・・・言葉どおりだけど?」

 

一夏はその声に足を止めるも、振り向かずに返事をする。

 

背中だけで顔は見えないが、それでもその声音からいつものように笑っているのが手に取るような感じられた。

 

「まぁ、判んないよね。つまんねぇ自己顕示欲と意味もねぇプライド掲げて生きてるアンタに、脳ミソなんて飾りでしかねぇもんな?」

 

「なっ!?」

 

「意味なら教えてやるよ。お前が勝てばハンデ付けても勝ったっていう箔がつくし、負けた俺も『やっぱり勝てなかった』とか言って笑ってれば事が済む」

 

逆に、とそこで一度区切りをつけ、振り向かず、両手を広げる。

 

舞台の役者のように、芝居がかった手振りで、一夏は言う。

 

「もし、アンタが負けても、言い訳ができるだろ?」

 

「わたくしが、あなたに負ける? そんなこと、万が一にも有り得ませんわ」

 

「万だろうが億だろうが京だろうが、有り得ないなんてことはねぇよ。その生き見本が目の前にいるだろ?」

 

一夏は続ける。

 

「ていうか、アンタ貴族とか言ってたけど、家の方は没落ギリギリじゃん。国の補助合ってなんとか存続してる感じだし」

 

「っ! な、なんでそんなことを!?」

 

「調べたから。やっぱ先代がアカンかったみたいだね。やたら、無能だったらしいじゃんアンタの親父」

 

一夏は笑う。やはり笑う。肩を揺らし、喉を震わせ、腹を抱えて嗤う。

 

愉快痛快極まりないといったように、嗤い飛ばす。

 

「な・・・・・・にを」

 

「バッシングひでぇぜ? オルコット家の不良債権、お飾り、無駄、無価値、中学生レベルの誹謗中傷の雨あられだねぇ」

 

「っ・・・・・・まれ」

 

「んで、母親もかなりのもんだぜ? 無能を家に連れ込んだ大馬鹿者だとよ。子供は優秀なのに親は・・・」

 

ふと、背中に何かを押し付けられた感触に、一夏は言葉を止める。

 

顔だけ振り向けば、俯いて息を切らすセシリアがいる。

 

だが、見るべきものはそこではない。群青色の金属がセシリアの左腕を包み込み、そこには長大な彼女の牙が握られ、一夏の背中へ構えられていた。

 

「おいおい、なんつーもん向けてんだよ」

 

彼女が握るはIS用エネルギーライフル《スターライトmk-Ⅲ》。

 

長距離から相手を狙撃するのを目的として作られたそれは、並みのものなら跡形もなく消し飛ばす代物であり、まず生身の人間に向けらるものではない。

 

「・・・・・・あなたがどのような人間か、再認識しましたわ」

 

引き金を引けば、音よりも早く殺せる状況の中、心の内に在るものを圧し殺すように、セシリアは声を絞り出す。

 

「あなたにハンデなんてつけません。全身全霊を持ってあなたを撃ち倒します」

 

顔を上げた二人の視線が合った。

 

一夏は兵器を向けなられながらも愉しそうな笑みを浮かべ、セシリアは涙で潤んだ瞳で射抜くように眼前の敵を見据える。

 

「あなたに決闘を申し込みます」

 

男は笑う。

 

少女は銃を握る。

 

人形劇は静かに動き出す。




原作読んでみたら、意外とこの場面が短いので驚きました

この二人って仲直りすると思います?

あと、千冬さんて意外と理不尽過ぎて高校時代の部活の顧問を思い出しました。どうでもいいですね。

では、また次の機会に。


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第七幕 Distrust and Fact

活動報告の方で色々とやりだした素品です。

気が向いたら見てみてください。

ということで、入れるか迷ったフラグ回


7/8 誤字と変な文章を修正しました


乾いた音が空間に木霊する。

 

多くの観衆の見守る中で、胴着の上から藍色の防具に身を包んだ二人の人間が、向かい合い、竹で作られた刀を振るう。

 

片方は大きく息を切らし、肩で呼吸をしながら、前のめりがちの姿勢で取り落としそうになる自身の得物を満身の力で握りこみ、ギラつく眼と今だ衰えぬ闘気は少しの隙も逃さぬ獣のように唸りをあげる。

 

片方に疲れはない。額からは汗を流してはいるが、呼吸に乱れのない自然体。凛とし、毅然と、泰然自若(たいぜんじじゃく)に竹刀を構え、矯めつ眇めつ相手を見やる。その様は熟練の武芸者ゆえの気迫に満ち、刃身一体の境地を体現する。

 

板張りの道場で、緊張は次に奏でる音を待ちわびる弦のように張りつめ、立ち込める空気は二人の奏者以外の者を押し潰すかのように重苦しい。

 

時はその流れを遅らせ、一秒が十秒に、十秒は一分に、一分は一時間、時は刹那へと集約され、刹那の一瞬は無限へと昇華されていく。

 

だが、時は移ろうもの。無限が在ろうとも永遠など有り得ない。

 

だから、動く。脚は敵を屠るために踏み出され、腕を一撃必勝の全霊を込め天に向かいて振りかぶり、喉は鬨の声をあげて咲き開く。

 

「ぜぇえああああああ!!」

 

「突き」

 

「げぶふぉおほぉ!?」

 

ただ突きだされた竹刀の先に自分から飛び込み綺麗に喉に刺さった片方は、反動で後ろによろけそのままの勢いで後頭部をしこたま強く床に打ち付けた。

 

「・・・・・・弱っ」

 

竹刀を放り出して後頭部の痛みに悶える様は地に落ちた蝉のよう。

 

そんな季節外れの蝉に観客の一人が投げ掛けた言葉は、失望と呆れの入り混じったひどく冷たいものだった。

 

◇ ◇ ◇

 

「なんださっきの様は!?」

 

一夏がセシリアと模擬戦をすると決まった日の放課後、箒は特訓と称して一夏を剣道場に連れ込み、試合形式の稽古をしていた。本来なら剣道部が使用しているのだが、一夏が来るということで快く受け入れられた。

 

箒が言うには、幼少時代に二人は同じ道場に通い切磋琢磨しあった仲であると。その時の一夏は箒よりも強かったと聞き、部員全員が期待に胸を膨らませていたのだが、結果は散々なものである。

 

「・・・・・・いや、だって」

 

「だっても、しかしもない! 摺り足どころか竹刀の構えに、防具のつけ方まで忘れているなど、今まで一体何をしていた!?」

 

現状、一夏はばつの悪い顔で床に正座し、対戦相手であった箒からのお叱りのようなものを受けていた。

 

箒からしてみれば、長年続けていた剣道は一夏との数少ない思い出を繋げるものだった。だというのに、その本人の今は素人同然のそれにまで落ちてしまっているのが非常に納得がいかない。一夏からしてみれば理不尽に感じられるが、彼女にとっては今までの自分を支えてきたものであり、今の一夏はそれを蔑ろされたと思っても仕方がないことではあった。

 

「いやいや、そもそも中学で全国大会を優勝してらっしゃるような方とタメを張ろう、なぁんていうのが土台無理な話なんでげすよ〜」

 

「・・・・・・・・・・・・知っていたのか?」

 

怒りに顔を染めていた箒だが、一夏の発言にひどく驚いたのかその勢いを減衰させる。

 

「調べたからね。お前のことは大体知ってる。もうちょっと誇ってもいいんじゃねぇの?」

 

「特に威張れるようなことでもないからな・・・・・・」

 

「おいおい箒ちゃん! 謙遜は日本人の美徳だがよぉ、度が過ぎれば嫌味どころか悪意だぜ? 今の言葉、日本一を目指してお前に負けた奴らが聞いたらどう思う?」

 

「っ! ・・・・・・そう、だな。すまない」

 

「謝るほどでもないけど、とりあえずシリアスな話は終わりにして、俺は退散するよ。お前は部活あんだろ? 特訓はまた明日にでも頼むぜ」

 

怒りから一転、一気に意気消沈としてしまった箒を見て、一夏は苦笑を浮かべながらに道場を後にしようとする。

 

「一夏っ!」

 

靴を履き替えようとしたところで、再び箒は一夏を呼び止めた。

 

その顔は不安げで、迷子の子供のような瞳が一夏を捉えている。

 

対して一夏はいつものようにニヤリと爽快に笑い、箒に振り向く。

 

「どうかしたか?」

 

「・・・・・・あぁ、いや。胴着は洗っておいてくれ。あとは私が干しておく」

 

その顔を見てか、何かを振り払うように頭を振り、少しの間を置いてから箒は口を開いた。

 

やはりその瞳には若干の憂いに似た光が見て見える。

 

オッケー、と後ろ手に手を振りながら歩いていく一夏を、自分の記憶より広く大きくなった背中を眺めながら、箒は自分の中の違和感と不安が心を濃い霧のように包み込んでいくのを感じていた。

 

「何があったというんだ、一夏・・・・・・」

 

その言葉は静かに、春先の喧騒の中へと溶けて消えていった。

 

◇ ◇ ◇

 

織斑 千冬は廊下を歩いていた。その様はまるで行進する兵隊のように厳然とし、周りに威圧感を放っている。

 

だが、それだというのに千冬の表情はいつものようなものでなかった。

 

焦る何かを堪えるように歯を食い縛り、きつく握られた拳は血の気が失せて青く変色している。彼女を知る者ならその変化にひどく驚くだろう。それだけ、今の彼女は普段の千冬とかけ離れていた。

 

「織斑先生〜!」

 

そんな彼女を呼びながら、パタパタと駆けてくる音が聞こえてきた。

 

一度深呼吸をし、表面だけでも取り繕いながらに千冬は声の主に顔を向けた。

 

「山田君。アリーナの予約は取れたか?」

 

「あっ、はい! 来週のこの時間に一時間ほど」

 

「・・・・・・そうか」

 

それだけ言うと千冬は再び歩き出し、真耶も慌てて小走りになりながらも着いていく。

 

「でも、今回の模擬戦、本当に大丈夫でしょうか?」

 

共に歩みを止めないまま、真耶は呟いた。

 

「大丈夫というのは、どちらのことを言っているのだ?」

 

「どちらもですよ! 本当なら、こんなことは止めるべきだと思うんです。織斑君だって、いくら専用機が用意されるからといっても相手は代表候補生です。一回しかISを動かしたことがないって聞きますし、もしもなにかあったら・・・・・・」

 

生徒のことを何よりも大切にする真耶にとって、一夏とセシリアの試合はあまり好ましくないのだろう。

 

その表情は悲しさに染まり、本気で二人の身を案じていることが窺える。

 

「少なくとも、アイツに関してはその心配は杞憂でしかない。むしろ、心配すべきはオルコットの方だ」

 

千冬の言葉に思わず真耶の足が止まり、二人の間に少し距離を作る形で千冬も止まる。

 

「それはどういう・・・・・・」

 

「言葉の通りだ。今回もっとも留意するべきはオルコットの安全だ。本来なら、織斑自身に何らかの拘束を用意すべきなのだろうが、それでは納得できないだろう。この際だ、織斑にはオルコットに世間を知らしめるための当て馬になってもらう。それと―――」

 

「ちょっ、ちょっと待ってください! どういうことですかそれは?!」

 

「言葉の通りだ。二度も言わせるな」

 

千冬の言葉の内容に、つい大声を張り上げてしまった真耶に対し、彼女の態度は眈々としたものだった。

 

背中を向けたまま振り向かず、千冬は言葉を並べる。

 

「今回のことに関して、私はオルコットのバックアップに回る。アイツには君がついてくれ、頼む」

 

「・・・・・・わかりました」

 

今だ納得のできていない真耶であったが、千冬の言葉に了解の言葉を告げて近場の階段を降りていった。

 

真耶がいなくなったところで、千冬は倒れるように壁に寄りかかり、ズルズルと背中を滑らしながら床に座り込む。

 

顔を両手にうずめる姿は、世界最強の人間には程遠く、まるでただの少女のように不安定で揺れていた。

 

「私は、どうしたらいいんだ、"一夏"っ・・・・・・!」

 

滴り落ちる水の音を響かせながら、まるで現実から目を塞ぐように、千冬は自身の眼を手で隠した。




はい、なんか色々書きすぎたような内容でした

文字制限もあって本格的な戦闘は次の次くらい

話進まねぇ


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第八幕 Duel

少々、駆け足ぎみな内容。やはり文字数制限がツラい

ということで決闘前編回


一夏に決闘を突きつけてから一週間、ついに約束の日が訪れ、アリーナの控え室にて制服でなく青を基調としたIS用のボディスーツに着替えたセシリアは、入念に自身の専用IS『ブルーティアーズ』のチェックをしている。

 

だが、そんな作業をしながら彼女の考えていることは別にあった。

 

あの日、一夏の背中に銃口を向けた日、自身の胸に渦巻いた感情は確かに『怒り』であった。ISの武装を生身の人間に使用すればどうなるか、それが判らない彼女ではない。それ故に納得できない。自分が"あの二人"のことを言われ、怒りを覚えるなんて有り得ないはずだから。

 

「・・・・・・・・・・・・なぜ?」

 

この一週間、何度となく繰り返してきた自問自答。単純明快な答えは既に頭に浮かんでいるのに、それを否定してまた問い掛ける。

 

思い起こすのは二人の姿。

 

母は強い人だった。ISが台頭するよりも前から女手で複数の会社を経営して、オルコットの名に恥じない成功を収めた実力者。

 

父は情けない人だった。いつも人の良さそうな笑みを貼り付けて、母の顔色を窺うばかりの意思薄弱で軟弱な人間だった。

 

そんな二人が、セシリアは"嫌いでしょうがなかった"。

 

「いるか、オルコット」

 

「ぅひゃい!?」

 

思考の海に埋没仕掛けていた頭が、突然掛けられた声により一気に引き上げられる。

 

慌てて声の方を見れば、黒いスーツの長身の女性、一夏の姉の織斑 千冬が仏頂面で立っていた。

 

「準備万端、といったところか。随分と気合いが入っているようだな」

 

「・・・・・・なぜ、ここに? 大切な弟さんのところに行かなくてもよろしいのですか?」

 

「皮肉のつもりか? アイツのところには山田先生がいる。それに、一人でもアイツは問題ない」

 

誤魔化すように強がってみるが、元世界最強に通じるわけもなく簡単にいなされてしまう。

 

「随分と信頼なさっているのですね」

 

「確信しているだけだ。信頼のような高尚なものじゃない」

 

「・・・・・・それで、ここにいらっしゃった目的はなんですの?」

 

「お前にアドバイスを、と思ってな」

 

セシリアが負けると暗に言われているよう言葉に、セシリアは先程までの苛つきもあり声を張り上げそうになるのを必死に抑えた。自分が素人に負けるのか、たかが男風情に負けるのか、と。

 

だが、千冬の雰囲気はやたらに重苦しい。

 

それに合わせて言われたアドバイスは、ある意味セシリアの予想通りであり、予想外のものだった。

 

「これから一時間、アイツを"殺すことだけを考えろ"。出来なければ、死ぬのはお前だ」

 

◇ ◇ ◇

 

ISの出撃ゲート付近で一夏は、ウェットスーツ型のISスーツを着て重厚な搬入口の前で立っていた。

 

その顔は彼には珍しく、目を細めて退屈そうに扉を眺めている。

 

「いざやるとなると憂鬱だねぇ」

 

「なにがだ?」

 

そんな一夏に背後から呼び掛けたのは、彼のルームメイトでもあり、この一週間剣道の師匠でもあった篠ノ之 箒であった。

 

「だってよぉ、緊張すんだろ。クラスの皆の前でやるんだぜ? 負けたら赤っ恥やん」

 

「・・・・・・・・・・・・お前は負けない」

 

ひどく巫山戯た調子で振り向くと、顔を俯かせた箒がか細い声でそんなことを言った。

 

「あら、意外と期待とかしてくれてんだな。そう言ってくれると俄然ヤル気が湧いてくるぜ!」

 

そんなことを言いながらカラカラと笑う一夏を視界の端に入れながら、箒は今の一夏の言葉を心中で否定する。

 

一夏には勝って欲しい。その思いは確かにある。だが、この一週間で素人同然の彼を教導していく内に強烈な"違和感"が彼女の中で根付いていた。

 

一夏は負けない。これは期待といった夢想を語るようなものではない。

 

それは『確信』だった。

 

この男は負けない。形容しようがない、もはや強迫観念のようなものが箒の中を占領していた。

 

「お待たせしました!」

 

そんな空間に駆け足で入ってくる女性が一人。一組副担任である山田 真耶は、息を切らしながらに一夏の元へ駆ける。

 

軽く手を振ってヘラヘラと笑いながら彼女を出迎え、一夏は再び搬入口の方に向き直った。

 

「では、織斑くん。これがあなたの専用機―――」

 

思い駆動音とともに、防御壁がその口を開いていく。

 

そこに現れたのは【白】。

 

目を逸らしてしまいそうに成る程の眩しい純白を放つISが、鎮座しその全容が三人の前に晒される。

 

「『白式』です。スイマセン、本当なら昨日の内にも、織斑くんにお見せすることができたのですが・・・・・・」

 

「姉貴に止められたんでしょう?」

 

「そうなんです。でも、なんで織斑先生はこんなことを・・・・・・」

 

白式の名前を告げてから、申し訳なさそうに謝罪する真耶に、一夏は白式へと笑いながら歩きだす。

 

「あの人は優しいんですよ。そのくせ、公平にやろうとして空回りしちゃう困ったさんではありますがね」

 

ケラケラと笑い、一夏は尚も白式へと距離を詰め、そしてその遂に機体へと手を触れる。

 

瞬間、空気が爆ぜた。

 

「キャアアアーーー!?」

 

「くっ、あぁ・・・・・・!!」

 

全身貫くような破砕音、鼓膜を突き破るほどの音の津波に箒と真耶の二人は、耳を押さえて痛みに床に蹲る。

 

男というイレギュラーがあって、何か起こるかもしれないと身構えてはいた二人だが、今はこの音に耐えるしかなかった。

 

「おーい、大丈夫ですか二人とも?」

 

少しして、人間の断末魔のような音が止み、かすかに聞こえてきた言葉に二人が恐る恐るに顔を上げると、白の装甲を纏った人形(ひとがた)がいた。

 

滑らかな曲線にシャープなラインの鎧。ただ、先程までのような白ではなく、まるで艶消しをしたかのように光を反射しない"くすんだ白"。目元にはカッターの刃を二枚直角に合わせたようなものがあり、その目と視線を隠している。

 

「そんな、『初期化』と『最適化処理』どころか、『一次移行』まで行くなんて・・・・・・」

 

真耶は眼前に起きたことに驚きを隠せないでいる。そんな彼女を見ず、未だ呆けたように見ている箒に対し一夏は笑う。

 

「んじゃ、行ってくる」

 

箒の返答も聞かず、その笑顔の真意さえ告げずに、一夏はアリーナへと飛び立っていった。

 

◇ ◇ ◇

 

円を囲むように作られたアリーナの中央の空中にて、二つの青と白がいた。

 

「それはどういうつもりですの?」

 

青、四枚のフィンアーマーを従えた機体『ブルーティアーズ』を展開したセシリアは、自分よりも遅れて来た白、『白式』こと一夏の突然の行動に疑問を呟く。

 

「これは決闘なんだろ? なら格式と様式美を尊重すべきじゃないか。まずは互いに挨拶しなきゃ始まねぇもんなんだろ?」

 

セシリアには心底理解できなかった。自分の中のイメージの一夏と、目の前で恭しく、まるで英国紳士のような無駄のない挙動で頭を下げている。

 

「俺は織斑 一夏。若輩の素人がこの場、そして貴女のような方と闘うなど不相応の極みですが、誠心誠意正々堂々とやらせていただきます」

 

すでに試合開始までのカウントは始まっている。それでも一向に頭を上げる気配のない一夏に、セシリアは困惑する。

 

《4》

 

だが、こちらがそれに応えないのは些か失礼に思えた。

 

《3》

 

千冬に言われたこともあったが、頭を下げている人間に返礼せずにいるのは淑女としての品が問われる。

 

《2》

 

セシリアは一夏にならい、同じように頭を下げた。

 

《1》

 

「私はセシリア・オルコット。これよ―――」

 

《0》

 

〔警告! 敵IS 武装展開し急速接近〕

 

「っ!!?」

 

セシリアが咄嗟に左へ向けスラスターを全開にして飛ぶ。するとすぐそこを巨大な剣が高速で通り過ぎていく。

 

「くふ、ふひひ、ひぃゃはははははははははははははははははははは!! あ〜ぁ、外しちまった」

 

だらりと腕を下げ、上下逆さまの状態で一夏は愉しげに笑う。

 

そんな一夏を見て、みるみる顔を憤怒で染め上げながら、セシリアはライフルを一夏へと向ける。

 

「この、卑怯者!!」

 

そんな言葉に一夏は、やはり笑う。

 

「卑怯、詭道に、鬼畜外道大歓迎! 最後に笑ったヤツが勝ちだ!」

 

笑う、笑う、一夏はどこまでも高らかに笑う。

 

「さぁ、人形劇の始まりだ」




内容としては、大分お粗末

本格的にPCを考えています

今更なんですが、UAとは何なんでしょうか?


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第九幕 The true true intention

祝 お気に入り50 UA5000突破!

そして、大破した俺の携帯!!

何故だ!!!

ということで、決着回。


二人の戦いは観客席の人間を、熱狂の渦へ巻き込んだ。

 

セシリアは自身のISを活かせる、ライフルによる長距離からの狙撃を続けている。蒼白い光芒が一夏を粉砕せんと疾走する。対して一夏の武装は近接用ブレードのみ。結果など火を見るより明らかだ。セシリアの前に無惨な様を晒すだろうと誰もが思った、が。

 

止まらない。

 

止まらないのだ。

 

ライフルが吐き出す弾は確実に白式にダメージを与えている。事実、彼の左肩の装甲は消し飛び一対の羽を模したスラスターも片方は煙を上げている。なのに一夏は特攻し続ける。途中で被弾しようと青を斬り飛ばすための進撃を止めようとはしない。

 

あまりにも荒々しく暴力的で向こう見ずな戦法に、最初の内は皆が呆れていた。だが、響く声はいつしか色づき、一つまた一つと数を増やして万雷の声援と変わっていく。

 

どれだけ不利な相手であろうと実力差が有ろうと、我武者羅に勝利しようとする様が一組の女子、しいては噂を聞きつけ興味本意に居合わせた全ての人間を魅了したのだ。

 

彼女たちには、この試合がそう見えていた。

 

◇ ◇ ◇

 

「ぎひっ、きひひひひひひひはははひゃははははははは!!」

 

唾液を飛ばし、凶笑を撒き散らしながら白が迫る。右手に持った刃は青い人形をその身に写し、空気を切り裂きながらに振るわれる。

 

「どうした どうした どうした どうした どうしたぁ!? 得物が下向いてんぞ!? そんなんで俺をヤれんのか!? ヤる気あんなら、ささっと俺を潰してみせろぉ!!!」

 

体を駆け巡る悪寒がセシリアの脳を鈍らせる。撃て、撃て、と気が焦るばかりに開始時より集中力もかなり落ちている。

 

それでも撃てば当たる。今まさに一発、白の右足に直撃した。そこだけ勢いが削がれ、空中にて前転するように体勢が崩れる。だが、

 

「ヒャッハァーーー!!」

 

止まらない。

 

止まってくれない。

 

どれだけ撃とうが、相手の男は止まらずに狂刃をセシリア目掛けて振り回す。

 

本当なら避けようとする。生物というのは自ら痛みを受け入れるようなことはしない。痛みとは警告だ。自身の生命の存続させるために、極力それを避けようとする。セシリアはそれを含めて撃つのだ。その絶対的な隙を予想し、狙い定め撃墜してきた。

 

「っ踊りなさい、ブルーティアーズ!」

 

青のスカート部位から四本の銃口が剥離し浮かび上がる。自身のISの名前の由縁ともなった自立機動型の特殊武装《ブルーティアーズ》。通称BIT(ビット)と呼称されるこれは、搭乗者の思考をトレースして動く移動砲台。

 

それが、一夏を取り囲み一斉に閃光が放たれ、白式のウィングスラスターの片方を完全に破壊する。それでも、

 

「ぃい声で啼けよ、オルコットォ!」

 

止まる筈がない。

 

推進力の急な半減で完全にバランスを崩し錐揉み状に回転しながらも、むしろ回転する勢いのままに残りのスラスターを噴かしてセシリアへ斬りかかる。

 

寸での所でライフルを割り込ませて斬撃を防ぎ唾ぜりの状態に持ち込むも、セシリアには最早余裕など欠片も有りはしなかった。

 

「俺をダンスに誘ってくれんのは嬉しいけどよ、生憎素人なんだよ。手取り足取りエスコートしてくれねぇと、ベッドより先に棺桶と寝ることになっちゃうぜ?」

 

耳まで引き裂くような笑みで顔を歪ませ、一夏はさらに力を加えてくる。金属が擦れ合う不快な音と火花が咲く中で、セシリアの頭に聞こえるのは千冬の言葉。

 

―――殺すことだけを考えろ。出来なければ、死ぬのはお前だ

 

「・・・・・・なんなんですの」

 

「あン?」

 

「あなたは一体、なんなんですの!?」

 

心が挫けそうだった。目の前の男は、大した経験も持たない成り上がりの素人だ。そんな相手に押されている。一方的に遊ばれている。それが我慢ならない。

 

「あなたみたいな人が、与えられるだけの人間がぁ・・・・・・・・・!」

 

掛かる力を右にいなし、その隙にセシリアは一夏の腹を一気に蹴り飛ばすと、すぐにライフルを構え直す。

 

狙う先に有るのはただ一人。もはやスコープさえ不要な距離で引き金が引かれた。

 

「落ちろぉーーーー!!」

 

一度に止まらず、幾度となく光が迸る。破壊の光が次々に一夏へ突き刺さり、そのまま地面へ墜落、盛大に砂が舞い上がり霧のように一夏の姿を隠した。

 

その光景に観客全てが息を呑む。オーバーキルと言える一瞬。さっきまでの猛攻が嘘だったかのようなアッサリとした幕切れに、誰もが息を吐く。

 

だが、試合終了のブザーは鳴らない。

 

「まさか、まだ・・・・?」

 

ISのハイパーセンサーをサーモグラフィに変え、四機のビットをそこに向けて放つ。

 

何故あれほどの弾雨の中で無事だったのか、疑問に思うことはあったが、それもこの試合が終われば意味のないこと。

 

未だに動かない標的に狙いを付け、ビットの銃口にエネルギーが集約され始める。

 

「これで終わ、っ!?」

 

霧の内から何かが飛び出した。

 

それを正しく視認する前に、セシリアの耳に一機のビットが破壊されたことを告げるコールが響く。

 

だが、それに意識がいかない。今度こそ脳が凍りつく。

 

突き刺すような敵意。ドス黒く纏わりつくような、対象を■■だけに向けられる圧倒的な意思が、セシリアの体に未知の恐怖を刻み付ける。

 

いつの間にかビットは残さず撃墜され、爆発音と衝撃波が彼女の元に訪れる頃には、一夏は完全に攻撃態勢を取り目の前の迫っていた。

 

もはや迎撃も回避も間に合わない絶対距離で、それは囁くように口を動かす。

 

「堕ちろ」

 

剣閃が瞬く。

 

一瞬の内に光った銀の軌跡が、セシリアにはひどく眩しく感じられた。

 

そう考えていられたのも、一瞬だった。

 

「いっ、ぎぁああああああああ!!?」

 

焼けた鉄を当てられたような痛みが、左肩から袈裟に走る。ISのダメージレベルが危険域に到達する程の一撃が、容赦なくセシリアを地面へと叩き落とす。

 

「グダグダうっせぇんだよ、オルコット」

 

痛みに身を捩り、ただ喘ぐしか出来ないセシリアに、一夏も地面に降り立ち、静かに言う。

 

「俺が何か聞く前に、テメェは何なんだよ。虚栄と見栄しか言えねぇ犬が一丁前に他人を語るんじゃねぇよ」

 

眈々と告げられるその言葉に、セシリアの体が僅かに反応する。

 

「やっぱり、無能の子供も無能か。お前の名前だって、明らかネーミングミスだろ。名前負けも甚だしい」

 

「・・・・・・うる、さい」

 

一夏のプレッシャーと痛みで、未だに満足な動きはしてくれない。

 

それでも、掠れるような声が漏れだした。

 

「じゃあ訊くけどよ、お前って、親のことをどう思ってるんだ? テメェに何もかも押し付けてくたばった不良債権に、そいつらの瞳と髪であることに何も感じねぇのか?」

 

体に力が入り始める。

 

「・・・・・・あの人たちは、確かに無能だったかも、しれません」

 

ギリギリと軋むような感覚を覚えながらも、セシリアは体を起こす。

 

「実の娘も見てくれない、一緒にいてくれない、相手にもしてくれない。最後には、わたくしを娘とも思っていなかったかもしれません。それでも―――」

 

太陽の光にブロンドの髪を輝かせ、青い瞳に確かな意思を持って一夏を睨む。

 

「わたくしは、二人を"愛しています"! 例え、周りがどう言おうが、この思いは変わりません!!」

 

セシリアの腰部のアーマーの突起が二本外れ、動き出す。

 

「ミサイルかよ・・・・・・!」

 

それを見て一夏は空中に向け回避行動を取る。

 

だが、スピードはミサイルの方が上なのは明白。徐々に迫る二本に溜め息混じりにブレードを構えるが、眼前で唐突に二本が"爆発した"。

 

「なっ、あぁ?」

 

あまりにも予想外なことに虚を突かれ、一夏の動きが止まった。

 

その時、炎の中から青が飛び出した。

 

「ぜぇああああああああ!!」

 

爆発の焔を裂きながら、唯一の近接武装『インターセプター』を振り上げ渾身の力で刃を一夏に降り下ろす。

 

それを見ながら一夏は反撃するでもなく、ただ笑う。

 

「なんだ、やればできんじゃねぇか」

 

鉄と鉄がぶつかり合う音が鳴ると同時に、セシリアの勝利を告げるブザーが響いた。

 

〈試合終了。勝者 セシリア・オルコット〉




未だ解らぬUAの意味。これって読んでもらった回数ということでしょうか。

あと、書いてて思ったんですが、この一夏って村正の雪車町 一蔵さんじゃね?

特に笑い方とか。性格なんか明らか雪車町よりだよ。

というか、雪車町さんって言って解る人いるんでしょうか。解る方は挙手!


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第十幕 An innocent laughter

なんか言われそうな展開

あと短い

フラグ回


「負けちゃた☆」

 

「「・・・・・・」」

 

「負けちゃったぜい☆」

 

「戻ったならISを解除しろ。アリーナの使用時間が迫ってる」

 

「流石姉貴華麗なスルー」

 

試合が終了し、ほぼ全壊に近い状態でピットに戻ってきた一夏のテンションは高かった。背景に花が飛び散るほどに高かった。

 

「いやー、負けるべくして負けたって感じだね! 流石はイギリスの代表候補、美人なだけじゃなく実力も心の強さも一級品。身心IS共にボロッボロにされちまった!」

 

「まったくだ、ここまで徹底的に破壊されおって・・・・・・」

 

「・・・はっ! そうです! 体は大丈夫ですか!? ケガとか骨折とか咳に熱とか有りませんか!?」

 

「少し落ち着け山田君・・・・・・」

 

ワタワタと慌てる真耶を制しつつ、千冬は再び一夏にISを解除するように促す。

 

それに従い、一夏は吐き出されるような形で白式から降りる。本来ISには待機形態という、いわばアクセサリーのような小さな状態にすることができ、今回一夏がそれをしなかったのは、白式の損壊が激しく、そのまま修理に出すことになると察し展開状態のままにしたのだ。

 

予想通りなのか、すぐに白式はハンガーに掛けられ、真耶と共に何処かへ運ばれていった。

 

「なぁ、姉貴」

 

不意に一夏が千冬に声をかけた。

 

まるで色のない、平坦で簡単な声で。

 

「あれって、白式っていうんだぜ?」

 

「あぁ」

 

「しかも、とんでもねぇピーキーな欠陥品」

 

「あぁ」

 

「あの"兎"、なに考えてんだろぉね」

 

「・・・・・・時間まであと十分だ。それまでにここを出ろ、いいな」

 

千冬はそれだけ言うと、一夏に背を向けてピットを後にした。

 

その背中が消えるまで眺め、一夏は自身に向けられている視線へと顔を向ける。

 

「さて、何かお話でも? 箒ちゃん」

 

▼ ▼ ▼

 

そう言って一夏は振り向いて私を見た。いつものように、ヘラヘラとした軽薄な笑みを貼り付けて。

 

「さっきの試合について?」

 

ISスーツの上からジャージを着ながら一夏が言う。

 

ある意味、予想通りなことではあった。ただ、試合結果を見れば一夏はオルコットに敗北している。私の『一夏が勝つ』という確信は、外れたということだ。

 

所詮は結果だけ。

 

あの試合、いや試合とすら言えないあの蹂躙劇。どちらが勝ち得たと言えばオルコットだろう。だが、どちらが相手を負かしたか、"殺し得た"かと言えば間違いなく一夏だった。

 

「・・・・・・お前はISを動かすのは二回目だったか?」

 

「まぁね。案外スルリと動くもんなんだなぁ、ISって。かのライト兄弟がさっきの見たら卒倒すんじゃねーか?」

 

「本当にか?」

 

「舌先三寸口八丁の大嘘は得意だが、意味のない嘘はつかないよ。公的にもそう発表してるしね」

 

ニコニコと楽しげに一夏は笑う。それは子供のように純粋で無邪気なもので、それ故にひどく残酷なものに見えるそれは、私の心胆に氷を落とすようだった。

 

そんな私の心象を知ってか、一夏はより一層笑みを深めた。

 

「なぁ、運命って信じる?」

 

「・・・・・・なに?」

 

「運命の輪、赤い糸。人間の生涯は予め決められた一本の道である。嫌になるよ。どれだけ頑張ったって結局は『世界』の予定調和。掌で踊ってはい終了」

 

唐突に一夏が語りだした内容は、意味が判らなかった。

 

脈絡も何もあったもんじゃない。あまりにも突然すぎる話に、無意識に全身に力が入る。

 

そんな私を尻目に、彼は謳うように続ける。

 

「この世は、言っちまえば豪華絢爛な大舞台なのさ。ただし、表だけを着飾ったハリボテの。その上で人間は糸に吊るされた人形でしかないのさ。アレをしよう、コレがしたいって考えて行動している全ては、糸を操る『世界』がそう仕向けているから。

今回の試合だってそうさ。大筋から外れない程度に俺はオルコットに負けた。偶然とかそんなんじゃない、これは確定事項なのさ。俺は負けていた。何もしなくても、あれ以上に何かしようともね」

 

「何を、言っているんだ・・・・・・?」

 

ここまできて、私は一切理解できないでいた。いや、むしろ目の前の男の正気さえ疑い始めている。

 

明らかに異常だ。もはやオカルト染みた話に頭痛すら覚える。

 

つまり、お前が言っているのはこういうことか?

 

「お前はこの世界が、誰かの筋書きで動いているとでも言いたいのか?」

 

干上がった喉から出る声は掠れていた。

 

自分の声であるか疑いたくなるほどに。

 

そんな私とは逆に一夏は笑い、真っ暗な瞳は少しの光も写さずに笑う。

 

「正解、大正解。中身なんて薄っぺらくて三流二流以下の駄文で埋め尽くした、中学生の妄想小説のような物語。『世界』はそんなのに沿って動いてんだよ」

 

笑う。

 

やはり、笑う。

 

私の知らない顔。再会してから気づいた新しい一夏の顔。

 

だが、違う。

 

新しいのではなく、まるで違うように感じらた。

 

考えれば考えるほどに噛み合わなくなる記憶と今の歯車が、私の中で引き付けを起こしたかのように呻いて蠢き始めている。

 

「・・・・・・本気で言ってるのか?」

 

「いや、冗談」

 

「本当か?」

 

「あぁ、勿論」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

「にひひ、そんな顔で睨むなよ。あいにく、俺はいま機嫌がいいんだ。誰かに晩飯を奢りたくなるくらい非常に機嫌がよくて仕方がないんだ」

 

そう言うと一夏は私の手を取って歩きだした。その足取りは軽く、遠足に行く子供のように浮かれていた。

 

それなのに私は、私の手を包み込むその手を握り返すことも出来ずに、ただ引かれ流されていく。

 

なぁ、お前は結局なにが言いたかったんだ?

 

お前の言うことが本当なら、私のこの想いも紙の上のインクでしかないのか?

 

なぁ、一夏・・・・・・

 

「腹減っちまったよ、さっさと行こうぜ!」

 

「・・・・・・あぁ、そうだな」

 

お前は一体、誰なんだ?



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第十一幕 BLUE TEARS

必要な伏線回なのですが、クオリティに自信なし

こういう展開は正直苦手です

特にガオガイガーとトップを狙え1・2を見た後では

ということで、セシリアシャワー(エロはなし)回


▽ ▽ ▽

 

―――おとうさまぁ! おかあさまぁ!

 

小さな女の子が泣いてる

 

青いドレスの裾を握り締めて、声を張り上げて泣きじゃくって父と母を呼んでいる

 

それを、空に浮かぶ雲を眺めるように見ていると、霧が集まるように二人の人の姿になりました

 

―――もっといい子になりますから、みんなより一番になりますから!

 

綺麗な金色の髪の女性は、憮然とし、眼下の自分と同じ髪の少女を見ているだけ

 

青い瞳の男性にいたっては、疲れきった笑みを貼り付けて、女性の方を見るばかり

 

―――ひとりはもう嫌です! ■■■■を見てください! ■■■■はここにいます!!

 

二人は歩き出しました

 

泣きながらも二人に追い付こうと少女は走りますが、距離は開いていくばかり

 

ついにその背中さえ消えてしまったとき、少女は座り込んでただ泣き続けました

 

ずっとずっと、泣き続けました

 

ずっとずっと、泣いています

 

◇ ◇ ◇

 

熱い水がシャワーから噴き出し、白磁の肌を流れ落ちる。白人としてはボリュームに欠けるが、それでも十分と言えるサイズの白い双丘に加え、腹部には無駄な脂肪など一切なく、腰から臀部、足首にまで至る流曲線は彫像のような美しさがある。

 

「いっ!? ・・・・・くぅ、あ」

 

そんな彼女、セシリア・オルコットに電流のような痛みが走る。

 

苦悶に満ちた声が喉を通って、食いしばった歯の間から漏れだし、不意の痛みから体が跳ねるように小刻みに痙攣する。

 

鏡に映る自分の姿を見れば、左肩から右の腰にかけて赤黒い"線"が引かれている。間違うことなく、先程の試合に一夏によってつけられた傷だ。常駐している保険医が言うには、ただの内出血であるらしいが、そもそも絶対防御の上からこれ程までのダメージを与えること自体が異常なことである。

 

セシリアは自身のソレを指でなぞりながら、自分の発した言葉を思い出していた。

 

「"愛しています"、か・・・・・・」

 

誰に向けたことかなど、もはや語る必要もない。

 

そんなことを思ったこともなかった。いや、思わないようにしていた、思い出さないようにしていた。そうしなければ、今の自分が、"優等生のセシリア・オルコット"が崩れてしまうから。

 

だが、限界だった。もう耐えられない。

 

溢れ出した思いが、堰を切ったように止まらない。

 

「お母様、お父様・・・・・・」

 

こうでもしなければ、とっくに心が潰れていた。

 

誇りある家名を底辺まで落とし、あまつさえ自身らの尻拭いさえ押し付けて逝った二人を、無能と罵り、愚か者として憎まなければいけなかった。

 

そうでもしなければ、生きていけなかった。

 

後釜を狙って這いよる下衆な輩から、家を守り、己を守るには、誰よりも強く誰よりも上に立たなければならなかった。

 

そのために、全てを押し込めた。

 

敵を払い、自身を高め、名を売って、己を殺す。過剰に主張をして印象を固定させ、誰も歯向かうことの出来ないような絶対的な存在にならなければならなかった。

 

だがそれも、あの"男"によって砕かれた。

 

「ぁ、あぁ・・・・・・」

 

涙が止まらない。

 

傷が痛むからではない。望んだ勝利を得られなかったのが悔しいからではない。

 

守るべきものを踏み台にするしか出来ない自分の不甲斐なさ、そうやって手に入れた強さも結局は無為に転じてしまった脆弱さ。何よりも、今の今まで愛する二人を貶し続けることでしか保てなかったセシリア・オルコットというものが、情けなくて憎くて仕方がなかった。

 

とどのつまり、彼女は一切強くなんてなれていなかった。

 

朝起きて両親がいないことに気づいては泣き、一人だけの食事に声を上げて泣き、振り向いてくれない二人の背中を見ては夜通し泣き 泣いて、泣いて、泣いて、泣き疲れて寝るような日々を過ごしていた、あの頃から。父と母を同時に亡くし、有無を言わせず当主になってしまって今に至るまで、何も変われてなどいなかった。

 

思えば彼女のISも、随分と皮肉の効いた名前である。

 

「『Blue Tears』、青い涙。今も変わらず、ただ泣き続けるだけのわたくしには、うってつけなネーミングですわね」

 

自虐的な笑みが頬を吊り上げるが、流れ出る涙は減るどころか増えるばかり。

 

いつもは青く光る左耳のソレも、今はくすんで煤けて見えてしまう。

 

―――お前の名前だって、明らかネーミングミスだろ。名前負けも甚だしい

 

「・・・・・・名前」

 

不思議と頭をよぎったあの男の言葉に、視線が上がる。

 

シャワーの放水を止め、結露できた鏡の露を手で拭うと温水で火照った肌に若干充血した青い瞳。水分で張り付いた金色の髪を絡ませた自身の姿が見える。

 

名前。

 

自分の名前。

 

名付け親は父らしい、その名の意味は判らない。彼がどのような願いをこれに込めたのか、もはや本人に聞く術はないからだ。

 

ただ、大体の察しはつく。

 

「織斑 一夏・・・・・・。彼は、知っているのでしょうか?」

 

―――知りたい

 

知っているはずがないと解りながらも、彼に問わずにはいられない。

 

―――知らなくては

 

言の真意を、最後の微笑みの理由を。

 

気づけばセシリアの涙は止まり、蛇口から垂れ落ちる水滴の音がやけに大きく響いていた。




原作とは大分変わりました。今更ですかね?

まぁ、見ての通りフラグは立っていません。うちのイギリスはチョロインだなんて言わせません。

こういった感じにフラグをバキバキへし折っていこうと思います。

チョロインと言えば更識妹も相当チョロイですよね。やはり、イケメンだからですかね主人公が。こっちは黒いですけど

一応、次回でイギリス編は終了になります。


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第十二幕 To dear me

驚異的早さで投稿

やればできるもんです

ということで、仲直り回


一夏主催の『セシリア祝勝会兼一年一組親睦会』が開かれた。

 

異様にテンションが高かった一夏は右手に箒を引っ張りつつ、一組全員に召集をかけた。金と責任は本人持ちらしく、それでも難色を示した何人かには一夏が懇切丁寧に説得し、いつの間にか教員たちにも許可を取り全員の了解と納得を得た状態でつつがなく準備は進められた。

 

途中、二年の新聞部副部長がケーキを多数持参し登場。インタビューするための出演料として一夏と交渉済みらしい。この男は無駄な方面に無駄にスペックが高い。

 

そして、遂にセシリアが会場である食堂へと足を踏み入れたその時、予想外の事態が舞い込んだ。

 

「申し訳ありませんでした」

 

クラッカーの紐に手をかけた所で、皆の動きが止まった。"あのオルコット"が頭を下げていたのだから。

 

曰く、自分の我儘で迷惑をかけたから。

 

それに加えて、試合の結果では勝ったが、その勝利は一夏から譲られたものであり、もし正面から戦った場合は負けていた。だから、代表を辞退する、と。

 

セシリアが言った内容に大半の女子が驚き、混乱し始めた所で一夏が動いた。床を靴で鳴らしながら未だに頭を下げるセシリアへと静かに歩み寄る様に、皆が少年漫画のような和解する光景を連想した。

 

だが、どうか忘れないで欲しい。

 

コイツに限って、そんなこと起きやしない。

 

「あんだけ下に見てたヤツに頭下げるってどんな気分?」

 

空気から温度が消し飛んだ。

 

零下直行血管に液体窒素を流し込んだような感覚を全ての人間が感じ取った。

 

セシリアも呆けた顔で一夏を見ている。

 

「ねぇねぇ、どんな気分? もはや、負け犬どころか噛ませ犬みたいな立ち位置になっちゃっくれちゃってるけどさぁ、今の気分てどんな感じぃ?」

 

ビシリッと、表情そのままにオルコットの額に青筋が浮かんだ。

 

「あれ? 返事がないなぁ。あ、ひょっとして犬語じゃないとダメかな? ワンワン、ワーン(笑)」

 

のちに一人の生徒が語る。

 

『百枚重ねのシルクのハンカチを引きちぎったような音がした』と。

 

「AAAAAAAaaaaaaaaaAAaAaaaaa!!!?」

 

セシリアはぶちギレた。そりゃもう盛大に理性が吹き飛んだ。

 

謝罪? 聞きたいこと? 知らん、いいから殴らせろ。そんな具合の咆哮をあげる。

 

「そうだ! 掛かってこいよオルコット! 銃なんて捨てて掛かってい!!」

 

対して一夏も煽る。その表情はいつもに増して楽しげに笑っている。

 

傷の傷みさえ忘れたセシリアが飛び、一夏がそれを受け止め掴み合いの取っ組み合いが始まり、慌てて一組全員が止めるために駆け寄っていったのは言うまでもない。

 

◇ ◇ ◇

 

一夏はベランダに背中を預け、片手にジュースが注がれたコップを持って、室内で好き勝手に騒いでいる女子を眺めながらニヤニヤとヘラヘラと笑っている。

 

真っ暗な闇の夜の中で、背後に満月を乗せたその姿は不思議と絵になっていた。

 

「ここにいましたの」

 

現れたのは両手でジュースのペットボトルを抱えたセシリアだった。少し髪や服装が乱れているが、それでもまだマシになった方である。

 

「主賓がこんなところに居ていいんですの?」

 

「別にいいだろ。そういうアンタはいいのかよ?」

 

「いえ、わたくしは・・・・・・」

 

「やーい、ボッチ」

 

「ぬっ、このぉ・・・・・・!」

 

ケラケラと一夏は笑い、そんな彼にセシリアは再びを声を上げそうになるが、小さく溜め息を吐いて隣に移動し同じように背中をベランダに預けた。

 

そんなセシリアを横目に見ながら、一夏は何をするでもなく喉の奥で笑いながら、コップの中身を胃に落としていく。

 

相変わらず聞こえてくる黄色い騒ぎ声の中で、この二人の間には静かな空気が流れていた。

 

それは張りつめているわけではなく、かといって居心地の良いわけではない重い沈黙。

 

「一つ、訊いてもよろしいですか?」

 

「一つだけな」

 

俯き、一週間前の彼女を知る者なら耳を疑うほどのか細い声。

 

セシリアの震える声を聞きながら、一夏はコップの半分を飲み干し、セシリアの言葉を待った。

 

「わたくしの・・・・・・。わたくしの、名前を知っていますか?」

 

今にも泣き出しそうな声でセシリアはそう質問した。

 

それに一夏はゲラゲラと笑いながら答える。

 

「あぁ、知ってるよ。『聖セシリア』。自分の夫と友達をカトリックに引きずり込んで、首を三回切られても三日間生きてたっつー伝説な聖人だろ?」

 

そう言って、一夏はまた笑う。

 

その答えが不満だったのか、キッと鋭く睨むセシリアに肩をすくませながらコップの中身を一気に飲み干す。

 

一呼吸置いて、一夏は明らかな嘲笑の含んだ口調で語った。

 

「目の見えない、神の威光と奇跡、何よりもその姿を見ることの出来ないヤツらのために、神のソレを歌にして聞かせた、『盲目』と『音楽家』の守護聖人だろ?」

 

そう言って、一夏はニタニタと笑う。やはり、ゲラゲラと楽しげに。

 

「・・・・・・きっと父も、わたくしにそうなってほしいと思って、この名前をつけたんだと思います」

 

小さな雫が、コンクリートに染みて跡を作る。

 

そしてまた一つ、また一つと数は増えていく。

 

「だけど、わたくしは"この様"でした。誰かを教え導くことなんて出来ない、現実が怖くて、自分で目を逸らして、目を隠してきたからこの"有り様"なんです。だから、だから・・・・・・」

 

次第に声が小さくなり、逆に滴る水の量が増えていく。

 

本当は知っていたのだ。だが、それから目を逸らした。目を隠した。光なんていらない、生きるために不要な光なら見ない方がいい。そう思って意地を張ってきた。

 

それでも、ここに至って涙は止まらない。

 

両親の死を聞かされた時には流れなかったくせに、こんな時に溢れ出てくる。大切な時に泣けず、こういう時、自分自身のためにしか泣けないでいるのが悔しく、惨めで、また涙の量が増える。

 

「わたくしは・・・・・・」

 

「なぁ、話終わった?」

 

そう言ってセシリアが顔を上げると、一夏は手元に視線を落としつつ声だけで話す。

 

一夏は、携帯でゲームをしていた。

 

「あっ、落ちた」

 

はぁー、とあからさまな溜め息を吐いて携帯をしまい、驚いた顔のまま固まるセシリアに向き直る。

 

「どぉでもいい。お前の過去なんざどぉでもいい。お前の決意なんか知るか、お前の名前とか欠片も興味ねぇ」

 

退屈そうに一夏は言葉を並べていく。

 

「そんなに苦しいなら捨てろよ。まっ更にして、さっさと逃げれば良かったんだ」

 

「そんなこと、出来るわけが・・・・・・」

 

「なら、やり遂げろよ。今更どうしょうもねぇこと言ってねぇで、自分の決めたことをやればいい」

 

セシリアは一夏を見た。

 

いつもと違う、気だるげな表情に覇気のない言葉。

 

それなのに、その言葉は彼女の心に確かに染み込んでいく。

 

「昔の自分に嫌われたくないなら、やってみせろ」

 

セシリアに笑みが生まれる。

 

―――あぁ、そうだった

 

涙を拭いながら彼女は一つ思い出した。幼き頃に、自分自身に立てた確かな誓いが。

 

―――大好きな父の瞳と、愛する母の髪に恥じない、立派な人間になる

 

「ん、あれ、そういえば全部飲んじまったんだっけか」

 

空になったコップの僅かな残りを舌の上に垂らし、一夏は面倒くさそうにそう呟いた。

 

さっきまで真面目な話をしていたわりには、もう興味がないらしい。

 

そんな一夏に、セシリアは蓋を開けたペットボトルの口を差し出す。

 

「ん? おぉ、悪ぃなオルコッ、と?」

 

それに特に疑念も抱かず、一夏は注いでくれると思ってコップを出すが、寸での所で引かれてしまい変な声が出てしまった。一夏が怪訝な目付きでセシリアを見ていると、少しの間を空けて彼女はコップに中身を注いでいく。

 

「セシリアです」

 

「はぁ?」

 

注ぎ終わるとセシリアは一夏に向けてそう言った。

 

「オルコットとはあくまで家名であり、わたくし個人を差す名ではありません。それにセシリアというのは父から戴いた誇りある名です。ですから、光栄に思って下さいまし、貴方にわたくしの名前を呼ぶことを許可してあげますわ」

 

そう言うセシリアの顔は、どこか幼く、いや年相応の少女の笑みで彩られていた。

 

そこから全てを察したのか、コップを口に運びつつ一夏も笑う。

 

「ありがとよ、"せしりん"?」

 

「・・・・・・ひねくれ者」

 

「お互いにな」

 

静かな夜に、二人の笑い声が響いていた。




こういう感じにイギリス編は終了です

正直、前半のあれをずっとやりたかった。

聖セシリアの部分は独自解釈が含まれていますのでご容赦ください

それでも何だかんだ綺麗に纏まった気がします。こういうセシリアはいかがですか?

次はリンリンです。


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第十三幕 The wish of the sister

イギリス回は終了といったな、あれは嘘だ。

いや、すいません。自分の見直したら歯が噛み合わないような違和感が合ったため、だめ押しなノリで書きました。

ある意味蛇足な締めの回です。


▼ ▼ ▼

 

夜は十時を回ろうとする頃、未だに食堂は熱の冷めない喧騒に包まれています。

 

幾らか和らぎはしましたが、時折思い出したように傷みだす胸の傷を抱えて、あの中に入る勇気は流石に持ち合わせていません。

 

隅の椅子に座りながら、眺める先にいるのは彼、織斑 一夏。今も性別の壁なんて関係なしに馬鹿騒ぎに興じる様を見ていると、先の試合の彼と同一人物か疑いたくなるほどにその表情は柔らかい。

 

でも、見ている方が『楽しそう』と感じているのだから、きっと今の彼もそうなんだと思います。

 

「存外に気分は良さそうだな、オルコット」

 

呼ばれ視線を動かすと、世界最強でありこの学園の教師、そして彼の姉でもある織斑 千冬がこちらを見ていました。

 

「そこそこですわ」

 

わたくしが短く端的に答えると、その鷹のような鋭い目を細め、一個離した席に彼女は座りました。

 

「・・・・・・いい顔をするようになったな」

 

「そうでしょうか?」

 

「ああ。少なくとも、一週間前のお前はそんな風に笑わなかったさ」

 

言われて頬に触れてみれば、なるほど、確かにわたくしは笑っているようです。

 

意識しだすと余計に頬がつり上がっていきます。胸の奥が温かくなるような、優しい感覚。今まで感じたことのない、それでいて少しも嫌じゃない嬉しい思いが溢れてくるようです。

 

「彼の所為、かもしれませんわね」

 

「惚れたか?」

 

「生憎、わたくしは両親より上に誰かを据えたことはありませんわ」

 

どの口が言うのだろう、そう思いながらも彼(か)の世界最強を言い負かしたことに満足しつつ、改めて目の前の馬鹿騒ぎに目を合わせます。

 

やはり、彼は笑っていました。

 

「・・・・・・織斑先生」

 

「なんだ?」

 

「なぜ彼はあんなにも強く、ああして笑い合えるのでしょうか」

 

思い返すのは、わたくしが見てきた彼の顔。

 

初めて会ったときは、嘲笑と自虐に満ちた陰気な笑みでした。ですが、普段の彼は楽しげで、悪戯を考える幼子のように笑っていた。

 

そしてあの試合。彼は狂ったように嗤っていた。身の毛もよだつような凶笑と共に、弾雨の中を突き進み、一国の代表候補である相手を、ただの力業で叩き潰した。傷が疼く度に、そのことを思い出す。

 

それなのに、さっきは二人で皮肉を言いながら共に笑いあえた。

 

ひどく不思議で不可解、人付き合いの上手い皮肉屋の好青年なのか、人を人とも思わぬ悪逆外道な卑劣漢なのか。

 

本当の彼は一体、どれなのでしょうか?

 

「・・・・・・・・後者から言わせてもらうなら、アイツの感性が子供だからだ」

 

「子供、ですか?」

 

ああ、と静かに首肯し彼女は語る。

 

「好きだから皆と笑って過ごし、嫌いだから皮肉と嫌味を付けて馬鹿にする、簡潔で直結的な思考回路をしているんだよアイツは」

 

「そう、なんですの?」

 

「よく言うだろ? 純粋だからこそ残酷。そう考えれば、わざわざ相手の粗を探し出して喧嘩を売るのも頷ける」

 

「いえ、わたくし的には一切頷けませんが・・・・・・」

 

「そもそも人の不幸が主食で安堵の涙なんざクソ食らえ、と公言するような男ではあるがな」

 

「台無しですの!? 最後のそれで今までの話が台無しですの!!」

 

彼女と自分とで、常識というものに壁を感じてなりません。やはり、天才と凡人では物事の感じ方が違うのでしょうか?

 

「だが、『芯』は持っている」

 

「・・・・・・芯、ですか?」

 

「性格こそ歪んでいるが、人に何かを示すだけの物をアイツは持っている。覚えはあるだろ?」

 

「・・・・・・・・・・・・えぇ、まぁ」

 

そう言われて思い返すのは、ベランダでの一幕。

 

彼から言われたことは正しく、その言葉に再び立ち上がるだけのものを戴いたのは確かです。

 

それでも、泣いている女性を横に置きながら、自分は携帯ゲームに興じているというのは如何なものなのでしょうか? ある意味らしい、と言えばらしいのですが、改めて思いますとただの最低な冷血漢に思えてなりません。

 

「最後に前者についてだが、オルコット」

 

「は、はい」

 

空気が変わった。

 

それはいつもの彼女、わたくし達に向かい教鞭を振る、教師としての姿でした。

 

「人が強いのに理由はない。ただ単純に、そいつが強いから『強い』だけだ」

 

とても遠回しな言葉に思えました。

 

強い方は強いから強い、意味が重複している、頭痛が痛いと言っているようで混乱してしまいそうになります。

 

そんなわたくしを余所に、彼女は話を進めます。

 

「強くなるには努力や才能が必要、という者もいるが、あくまでそれは"過程"だ。努力は実らぬこともあるし、才能は活かしきれねこともある。必要なのは"強い"意志だ」

 

それは人から言わせれば、とても非科学的で非論理的な答えでした。

 

「人は難題にぶつかれば折れて腐る者もいる。ならば、その逆はなんだ? 不屈の決意をもって歩み続ける者を、人は弱者と、愚か者と罵るか?」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

「答えは否だ。諦めを否定した者は、その時点で勝者だ。どれだけ虐げられようと、その心が挫けぬ限り本当の敗北はない」

 

彼女はそう言い切りました。

 

それは彼女の、織斑 千冬が掲げる唯一にして無二のマニフェストなのでしょう。

 

世界の羨望を一身に浴びながら、傲るでもなく厳然としたままで等しく隔てなく生きる、その生き様の現れなのだと、そう感じました。

 

「彼も、そうだと?」

 

だけど、それはあくまでも彼女の哲学であり、彼に対する答えではありません。

 

なるほど、彼女の言うことは真理なのでしょう。でも、果たしてそんな美しい人間がそうそういるものでしょうか?

 

ましてや、そんな尊い人間があんな嗤い方をするはずがありません。

 

「・・・・・・アイツは、その真逆だ」

 

此方の意図を察したのか、もともと話すつもりではいたのか判りませんが、彼女は静かに言いました。

 

教師としてでなく、一人の弟を持つ姉として。

 

「アイツは、昔"酷い事故"にあったんだ。それからアイツは、全てを諦めてしまった。行き着く所に、生き着いてしまった」

 

普段の彼女から想像もできないほどにか細い声。

 

その事故というのが何なのか、気にはなりましたが、とても聞き返せるような雰囲気ではありませんでした。

 

「・・・・・・オルコット、お前に頼みがある」

 

居住まいを正して、瞳を濡らした彼女はわたくしに向け、その頭を下げながらに言いました。

 

「アイツがこれ以上、壊れてしまわないよう、一緒に居てやってくれないだろうか?」

 

どれだけ最強であろうと、彼女とて人間です。今こうして、ただ一人の弟を思い、恥も外聞もなくただの一女子生徒に頭を下げる彼女の頼みを、無下にするような恥知らずなことができるでしょうか。

 

「このオルコットの名と、父と母の誇りにかけて、約束いたします。彼を、決して一人にしたりしません」

 

元より、そのつもりでしたし。

 

彼には借りもあります。いずれ返すときが訪れようと、よき友人として末永くお付き合いさせていただくつもりです。

 

なによりも、

 

「わたくしは、これでもオルコット家の現当主です。子供の世話くらい、難でもありませんわ」

 

そう言って、わたくしは席を立ちました。

 

もうすぐ消灯時間だというのに、騒ぎ続ける彼、一夏さんにガツンと言ってやるために。

 

◆ ◆ ◆

 

酷なことを言うよね、あの人は。

 

所詮、『世界』からすれば意思の強さなんて、そよ風に糸が揺らされた程度にしか思わないのに。

 

あの人こそが、一番に解っているはずなのに。

 

でも、あの女の子を動かすには良いことだったのかもしれない。

 

あの子は自身の運命に向けて、その引き金に指をかけた。それを引くのか、それとも降ろすのか、何を選ぶのかとても楽しみだよ。

 

ただ、あまり時間はないみたいだけど。

 

ほら、もう聞こえてくる。

 

『世界』が動き出すよ。

 

こんな自己満足と自己陶酔にまみれた劇に、ご都合主義なんていう余計な茶々を入れるために。

 

◆ ◆ ◆




文章的にわやわやなところがありますが、書いてて作者は楽しかったです。

これで心置きなく中国編に行けるんですが、一つ問題が発生しました。

この小説、エロがない。

非常に深刻です。


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幕外 外道と淑女の人情紙吹雪、犬耳ゆかなさんのコーナー

これはあとがきを書こうとして失敗したものです

メタとネタとキャラ崩壊に、悪ふざけと作者の趣味をぶっこんだようなものです

読まなくても本編に一切関係ありませんので読み飛ばしてください


「なんなんですのこれはーー!?」

 

セシリアの絶叫が響いた。

 

何を隠そう、普段は英国貴族で紅茶をボールにベースボールして過ごすような典型的なイギリス貴族な彼女が、こんなゲテモノな格好をしていたら本人でも叫ぶ。

 

「やっぱ似合うな、犬耳メイド服」

 

「えぇ、しかも原作第五巻のような正統派清楚なエプロンドレスでなく、白のビキニにフリフリを着けたエプロンの要素なんて股間部の半円のみ、加えて首と胸元には赤いリボン、下はよく見ると横をヒモで結ぶタイプ、しかも頭には確りホワイトブリム(フリルのついたカチューシャみたいなやつ)に代わって、垂れ耳タイプのケモ耳をつけた所為で異様にエロス溢れるアレな仕様です」

 

「何を冷静に分析しつつ説明していますの!!」

 

現在セシリアは上記のような格好をして、数人の女子から360度くまなく観察され、写生されて写真に撮られたりしている。

 

それから必死に逃れようと手で隠そうとしているがDIO様バリの無駄無駄ラッシュな努力である。

 

「ていうか、貴女誰ですの!?」

 

「あぁ、申し遅れました。同人サークル《淑女と紳士のロアナプラ》IS学園支部の長を勤めます、百舌鳥 伊流華(もず いるか)と申します。以後、お見知り置きを」

 

「ホントに誰!?」

 

「口調、崩れてますよ。原作に忠実にしていただかないと困ります」

 

「いきなりメタい!?」

 

「ほら、今回は作者の趣味と性癖がスプラッシュする回なんだから、気にせず乱れてろよ雌犬」

 

「一夏さぁあん!?」

 

ということでセシリアがエロいことをする回です。

 

「しませんわよ!?」

 

「モノローグに突っ込みいれんなよ犬。ていうか、本当にエロいし違和感ないな」

 

「挿し絵がないのが勿体ないですね。元より原作屈指のエロい体してますし(作者の脳内では)、行き過ぎなくらいの格好がかえって嫌味にならないエロさを引き出してます。だから同人も多いんでしょうね」

 

ちなみに依然としてセシリアはパパラッチされてます。個人的には下の布地は後ろの食い込みがベストアングル。

 

「本当に何の話をしてますの?」

 

「セシリアがエロいって話(真顔)」

 

「えぇ、無理矢理されたり、催眠されたり、対複数したり、堕ちちゃったり、今作未登場のフランスに次いでやたらに汚れ的なシチュエーションが多く、一番救われないパターンの多いセシリアさんの話です(暗黒微笑)」

 

「この外道!!」

 

「「It's 褒め言葉」」

 

「キーーーーー!!!」

 

そんなこんなで幕外編、始まります。

 

「そもそも、何でこんな格好を!?」

 

「いやほら、今作の中じゃ半端なエロなんて期待できないじゃん? ていうか、何処まで行こうと俺のイケメンフェイスがキチガイばりに爆笑してるだけっていう、もう読者の皆様はヘキヘキしてると思うんだよ。猛省しないと死にます。マジで。そういうわけで淑女代表である、百舌鳥さんに協力を願ったのさ」

 

「ネタが戴けると聞いて」

 

サービスショットなんて欠片も存在しない、現在のラノベの真反対を爆走することを目指してます by作者

 

「まずもって、別に満更でもないだろ、セシリア」

 

「な、そ、そんなわけありませんわ!」

 

「顔を真っ赤にして否定しても、逃げるような動作がないのはなんででしょうねぇ」

 

「嫌じゃないんでしょう。原作ではそういう描写は有りませんでしたが、今作のセシリアさんにはそんな感じになりそうなアレがありますしね」

 

Mというのは普段から上に立たされれことを強要されるような、言ってしまえば肩肘張った人がなりやすい性癖です。つまり今作のセシリアさん。

 

文字数の制限がなければ、シャワー回で傷を指でなぞってエロい声出すセシリアさんを書くつもりでした。

 

「ちょっと! 二人で何をボソボソと―――」

 

「で、今回夏コミでのネタ合わせなんですが、どういう方向でいきますか?」

 

「やっぱHappy ENDだろ。その手の暗い系は食傷気味だしよ」

 

「ちょっ、人のはな―――」

 

「案は有るんですか?」

 

「扉は開いちゃうけど、あくまで開いただけで堕ちない感じに」

 

「どういった具合に?」

 

「じゃあ、やってみるか」

 

そういうと一夏は、"ぬるり"と緩慢な動きでセシリアへと動き出した。

 

「あっ、やっと人の話を聞く気になりましたのね? だったら、早くこんなこ―――」

 

またもやセシリアの台詞が途中で切れたが、理由はひどく単純だ。

 

一夏がセシリアを押し倒したからである。

 

「ガタガタ喚くじゃねぇよ犬が」

 

未だに状況がよく判らず呆けているセシリアに、一夏は言葉をぶつける。

 

両腕を頭の上で押さえつけ、空いた右手はセシリアの喉の辺り抑えて、完全にその自由を奪い去る。

 

「なっ、何をっ!?」

 

「だぁかぁら、喚くんじゃねぇよ」

 

再び騒ごうとするセシリアの喉に軽く力を加え、押し込むようにして無理矢理黙らせる。

 

そして、セシリアは見た。

 

真っ暗で、そのくせ獣ようにギラギラとした目に、犬歯を剥き出しにして笑うその姿を。

 

本能的なものが頭の中で警告音を鳴らす。この先に何をされるのかを想像し僅かに身が震えてしまう。

 

「ん? なんだ、びびってんのか?」

 

「そっ、そんなわけ・・・・・・」

 

「ははっ、じゃあセシリアさん。君は一体、こんな皆が見ている前で何をされると思っちゃったのかな?」

 

「えっ?」

 

そう言われて周りを見れば、自分を含む二人以外の人間全員が、今の自分たちを見ていた。

 

そんな中で、自分は何をされるのか。

 

ナニを・・・・・・

 

「という感じにやろうかと」

 

「ふぇっ?」

 

そう言うと一夏はさっさとセシリアから手を離し、百舌鳥の元へと歩み寄っていく。

 

「もう少しイケたんじゃないですか?」

 

「いや、あれが限界だわ。主に作者の心のブレーキがあそこで限界だわ。あれ以上は、たぶん18禁コーナーでやらにゃアカンことになる」

 

「でも、他の作家さんのでもこういう描写はありますよ?」

 

「大体は事後か、ダイジェストだろ。流石に腹を撫で回して喘がせた上に、首筋を舌でなぶってから犬みたいに鳴かせるとこまで書くわけにはイカンやろ」

 

本当ならやるつもりでしたが、理性が先立ちました by作者

 

「ということで、次はこれで行こう」

 

「そうですね。最後はベッドの上で今さらにきた恥ずかしさからツンツンしちゃうけど、なんだかんだ次もおねだりみたいなノリで?」

 

「グッド。流石は百舌鳥さん」

 

「いえいえ、貴方ほどでは」

 

「「ハハハハハハッ!」」

 

「ふふっ、うふふふふふふ」

 

「「!?」」

 

ハハハ、と笑いあう二人に同調するようにセシリアが笑う。

 

目は半眼に、その背から藍色の靄のようなものが立ち上ぼり、さながら世界で虚空な情報統制機構の一番偉い人みたいなテイストになっている。

 

「なんだろう、何か黒い獣と同じくらいの何かを感じるんだけど」

 

「これはアレですね。マスターユニットも武っ血伐りそうなアレですね。ということで任せます」

 

「いや待てよ。蒼の魔導書どころかギアスもデバイスも無い俺に勝てるわけないだろ」

 

「頑張れ頑張れ出来る出来るやれば出来るって頑張れよもっと頑張れお米たべろ!!!」

 

「それ言いたかっただけだろ」

 

「はい」

 

「 あ は は は は は は は !!!!」

 

「逃げるんだよぉ!」「スモーキーー!!」

 

《終幕》




何がしたかったんだろ

そして、何故投稿してんだろ

深夜テンション明けの虚無感がある

感想待ってます


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一節までの人物名鑑

特に必要性はないですが、作者の趣味です。

作者は原作買わずとも、設定資料があれば満足できるタイプです。

本編の中で説明不十分な部分の補填的なものもありますが、ほぼただの纏めです


〇生徒

 

織斑 一夏(男性)

・年齢:16

・身長:172

・座右の銘『啼かぬなら啼くまでいたぶる』

 

・備考

世界唯一の男性IS操縦者。人付き合いが上手く、小粋なジョークに笑顔を絶やさない好青年。

 

ただ、生粋のサディストであり、ターゲットを見つければ徹底的にイジり倒す。さらに、自分に敵意を持つ人間に対しては過去、身内、あらゆる情報を引きずり出し、その達者な口先とニヤニヤヘラヘラと嫌味な笑みで相手を煽る。加えて相手の機微に敏感であり、その場その場で的確に精神を抉る言葉を吐き出すことができる。逆に友好的な人間には特に何かすることはなく、誠意には誠意を、敵意には悪意を持って応戦する性格をしている。

 

過去に『酷い事故』にあったらしく、それが原因か性格は激変しており、彼の幼少期を知る者にはかなりの衝撃を与えている。意味深長な発言をすることがあるが、その真意を量ることはできない。

 

IS自体は初心者であるが、暴力的かつ狂気的な戦い方で、代表候補であるセシリアを圧倒した。

 

専用機:白式

一夏の調査用に作られた短期決戦型超近接特化機体。元が欠陥機ではあるがスペック自体は高く、織斑 千冬が使用していた『暮桜』のブレード、『雪片』の後継型の『雪片弐型』のみの武装しかない。第四世代の技術が織り込まれている。

 

一夏が搭乗する際、本来なら『初期化(フォーマット)』と『最適化(フィッティング)』の行程があるのだが、それなしに『一次移行(ファーストシフト)』をする事態が起きた。その場に居合わせた者によれば、悲鳴らしきものも聞こえてきたらしいが機体には異常がなく、原因は判っていない。

 

セシリア・オルコット(女性)

・年齢:16

・身長:156

・座右の銘『父と母に恥じぬ生き様/一を積み上げ全と成す』

 

・備考

イギリスの代表候補生。長い縦ロールのブロンドに青い瞳が特徴。貴族の令嬢で、白人には珍しく均整のとれたスタイルであり、そこから生まれる流線美がちょっした自慢。

 

真面目な性格であり、努力のみによって登り詰めた努力家。ただ、家事などは経験がないため不得意。

 

幼少時代、両親から育児放棄同然の扱いを受けていた。それでも親の温もりを求め、自分を見てもらうために、褒めてもらうために必死で努力を重ねていた。だが、それも両親が列車事故により他界したことによって意味を成さなくなった。二人の死を悼む間もなく、ISの出現によって次々と経営不振になっていく母の会社によって、家は断絶の危機に瀕する。皮肉にもISの適正が高かったために、テストパイロットとして拾われ、自身を売り込むことによって家を守ってきた。だが、年端もいかない少女には地獄のような日々であり、何よりも愛していた父と母も、いつしか憎悪の対象として見るようになってしまった。

 

それも一夏との出会いによって、というより嘲笑同然の暴言からの反抗心により、自分の根幹にある両親への敬愛を思い出す。以降、一夏とは悪友的な関係にあり、本音と共に暴れる一夏のブレーキ役、になりきれない喧嘩友達のような関係を築いている。

 

専用機:ブルーティアーズ

イギリス技研の総結集と言える機体。自立駆動兵器であるBITの実験機であり、長距離からの狙撃が主な戦闘スタイルとなる。搭乗者であるセシリアの技量もあり、大型レーザーライフル『スターライトmk.Ⅲ』の銃撃は正確無比。

 

実験機ということもあり、様々な追加武装があるのだが、どれもが荒唐無稽なマキシマム兵器ばかりで、まともな武装が少ない。腕は良いが奇行が目立つ技術開発部に頭を悩ますセシリアである。

 

篠ノ之 箒(女性)

・年齢:16

・身長:160

・座右の銘『護るための刃と成せ』

 

・備考

切れ長の瞳に、長髪のポニーテールが特徴。年齢に対してプロポーションはモデル顔負けであり、本人としては少し気にしている。

 

一夏の過去を知る数少ない人間の内の一人。物心つく頃から剣道をしており、実力は全国レベル。小学三年までを一夏と共に過ごし、正義の味方を夢に見て、虐めを受けていた自分を助けてくれたことから淡い恋心を懐くようになる。

 

ある日、姉が世界を塗り替える『IS』を発表したために、国によって軟禁状態にされるも剣道と彼への思いを唯一の支えに生きてきた。だが、再会した思い人はかつての見る影もなく、多大な衝撃と共に彼との距離を測れずにいる。

 

料理が得意であり、意外にも家庭的。人付き合いが苦手であったが、一夏の奇行によって愚痴を溢せるほどの友人はいる。

 

専用機:なし

 

布仏 本音(女性)

・年齢:16

・身長:145~150

・座右の銘『皆で笑顔が一番の幸せ』

 

・備考

眠そうに伏せた目に、袖が余りまくる服装を好む小柄な女子。身長もあって色々と小さく見られがちだが、実際は着痩せするタイプであり、数字に表すとかなりのもの。

 

一夏と一番に友人関係になった少女。入学式当日に一夏に話しかけてから、時間を感じさせぬほどに親密な関係にある。その普段の二人の姿から、恋人関係にあることを疑わせるが実際そんなことは一切ない。単に仲が良いというわけではないのだろうが、その実態は本人たちしか知らない。

 

布仏の第二子であり、とある家に代々仕える家柄にあるためか、普段のマイペースな感じからは想像もつかせないほどに有能。手先が非常に器用であり、ISの整備も手掛ける。

 

人の思いや心の内に在るものを見抜く洞察力に長けている節がある。その為か、困っている人間や何かしらを抱えている者のもとに率先して現れる。その際、布仏 本音という少女の本当の姿を垣間見る。

 

専用機:なし

 

更識 簪(女性)

・年齢:16

・身長:150~155

・座右の銘『自分らしく在りたい』

 

・備考

赤い瞳に内に跳ねる青いセミロングの髪が特長。女性として十分なスタイルを維持しているが、周りに比べ見劣りしていることから若干のコンプレックスを抱いている。

 

かなり内向的な性格であり、交友関係もほとんどなく、彼女自身も他人との接触を避けている傾向あり。だが、別に一人でいることを好んでいるわけではないようである。

 

更識(詳細不明)という血筋に生まれ、常に優秀な姉と比べられるように生きてきた。そのため、姉や家事態にも多大な劣等感を抱き重荷に感じており、彼女自身の心を閉ざす大きな原因となっている。それでもひたすらに努力を重ね、日本代表候補まで登り詰めたが、一夏というイレギュラーの登場により専用機の開発が凍結される。自分の全てを否定されたも同然の扱いを受け、偶然出逢った一夏に八つ当たりと判りながらも殴りかかった。それによって彼女がIS学園最初に一夏の洗礼を受けることになったが、その言葉に思うことがあったらしく、今も一人で作業を進めている。

 

小さな頃から特撮やヒーローもののアニメが大好きであり、その界隈では玄人さえ唸らせるほど。ただ、同性でそれを解ってくれる人が居らず、日々画面に向かってDVDを再生するのがささやかな彼女の楽しみとなっている。

 

専用機:打鉄 弐式

未完成のIS。一夏の白式を開発するために途中で放り出されたのを、簪が回収した機体。

 

名前の通り、量産機である打鉄を改修、アップグレードさせた正当後継機となるはずだったIS。当初の予定では、打鉄の堅牢ではあるが鈍重な機巧を見直し、中距離からの高速戦闘を想定して作られていた。

 

〇教師

 

織斑 千冬(女性)

・年齢:二十代前半

・身長:166

・座右の銘『(記載なし)』

 

・備考

狼を思わせる鋭い目付きに、スーツの似合う引き締まった身体をしており、その姿は性別問わず魅了する。

 

ISの操縦技術において無類の強さを誇り、世界最強《ブリュンヒルデ》と呼ばれ全世界の女性の憧れの対象とされている。本人としては、それを好ましくは思っていないようではあるが。

 

IS学園の教師であり厳しくもあるが、生徒に対しては不器用な彼女なりの優しさを持って指導している。一年一組の担任である。

 

織斑 一夏の姉であり、千冬にとって一夏は唯一の家族である。だが、その関係は上手くいっていないようであり、一夏はフランクに接しているが千冬は腫れ物を扱うようで、どことなく距離感を感じさせる。彼曰く、『お互いに兄弟とは思っていない』らしい。それでも一夏を気遣うような行動はあり、セシリアとの騒動の際、言外に彼に模擬戦を辞退するよう進言していた。

 

五年前にIS競技においての急な引退表明をしており、その理由は公表されていない。

 

ISの開発者である篠ノ之 束とは古い交友関係を持っている。

 

 

専用機:暮桜

(詳細不明)

 

山田 真耶(女性)

・年齢:二十代前半

・身長:155

・座右の銘『日進月歩でも確かな一歩』

 

備考

かなりの童顔と巨乳を持つ、眼鏡の似合う温厚な女性。

 

ややドジで天然な性格。男慣れしていないためか一夏に対して非常に初な反応を見せる。加えて、少々妄想癖もあり時おり自分の世界にトリップすることがある。千冬を心から尊敬している。

 

鈍いとここそあるが、彼女にとって教師は天職と言える。授業は生徒にとって非常に分かりやすいものであり、彼女の温厚な性格や優しい雰囲気は多くの生徒から人気を博している。ISの操縦技術も相当なものであり、本人曰く候補生止まりだったらしいが、並の相手なら圧倒しきるだけの実力を持つ。ただ、やはり性格の所為か操縦に安定性がなく、たまに壁へと突っ込むような操縦ミスをする。案外、優秀な彼女が代表に成れなかった理由かもしれない。

 

千冬にとって、唯一の身近な友人であり、二人行きつけのバーもある。

 

専用機:なし



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二節 天真爛漫一途純愛少女
第十四幕 一期一会


中学の弟が鬼哭街買ってきた

どこで育て方間違えたのか

そんなわけで始まりましたリンリン編!

ということで二人の出逢い回です


「これよりISの飛行操縦の実践をしてもらう。オルコット、頼むぞ?」

 

「はい、お任せください!」

 

四月下旬、桜の花が散り行く中、春の終わりと夏の兆しを感じさせる陽気がIS学園に生活する生徒たちを照らし出していた。

 

現在、織斑 千冬率いる一年一組はIS起動訓練、普通高校でいうところの体育の授業中である。

 

そんな中で呼び出されたセシリアは、意気揚々と皆の前に出て自身のISである《ブルーティアーズ》を展開し、千冬の指示の通りに動いている。その動きは一つ一つに洗練されたものであり、それでも千冬は彼女に向けて改善点を指摘しているが、皆に代表候補たる姿を遺憾なく示している

 

本来ならセシリアともう一人、専用機持ちである一夏が前に出ているはずなのだが、今は他の生徒と同じ様にセシリアを見ていた。というのも、彼のISである《白式》は今も修理と調整が終わっておらず、まだ戻ってきていないのだ。

 

だが、そんなことは彼にはどうでもよかった。

 

「・・・・・・・・・・・・ハァ」

 

いつもは飄々と傲岸不遜にニヤニヤ笑っている一夏にしては珍しく、げっそりとした顔で溜め息なんて物を吐いている。

 

ここで一つ、例え話をしようと思う。

 

人はどのような時に幸福を感じるだろうか? 道端に落ちていた硬貨を運良く拾ったとき。スポーツの試合で勝利したとき。志望していた学校に合格したとき。人は長く続く幸福より、瞬間に起こる幸福の方が圧倒的に多い。

 

というのも、人は学習能力、そして適応力に長けた生物だ。これにより人たる霊長類は地球上で最も繁栄したと言っても過言ではないだろう。だが、それ故に人は一定のラインを越えれば物事に"飽き"を感じるようになってしまう。

 

今まさに一夏はそんな状態に陥っていた。

 

ISスーツというのがある。ISを効率的に運用するため、バイタルデータを検出するセンサーと端末が組み込まれており、体を動かす際に筋肉から出る電気信号などを増幅してISに伝達する特殊な"ハイニーソとセットのスクール水着"である。

 

そんな格好が学園指定の衣装であるためとはいえ、走れば何がとは言わないが揺れる、跳べば零れるほどに揺れる。何のとは言わないが、後ろのくい込みを直すようなことをしている者もいる。

 

その光景は男からしてみれば、楽園か天国と思って間違いないものだ。だが、想像してみてほしい。そんなものを前にして、手も出せずにただ眺めることしか出来ず長時間もいれば、とんでもない生殺しもいいところだ。それでもいいという猛者でも、こんな状態が続けば流石に精神が紅葉おろしである。

 

「『女子校スク水体育~ポロリもあるよ!~』みたいな? ・・・・・・アホらし、学園総出で企画モノのAVの撮影でもする気かよ」

 

皆がセシリアの急上昇からの急降下と完全停止、ライフルの展開などを見ている中で、一夏は周りに聞こえない程度にそう呟いた。

 

◇ ◇ ◇

 

翌日。

 

「おりむー、大丈夫?」

 

「無理」

 

朝の教室にて、一夏は机の上に突っ伏していた。

 

そもそも異性しかいない中の生活というのは、言うほど素晴らしいものではないのだろう。性別の違いというのは生活環境そのもの違いとも言える。

 

なにより、ほぼ女子校であったIS学園は、何から何まで女性が生活するための造りになっている。男性用のトイレが未だに一つしかないのがいい例だろう。

 

そんな中では流石の一夏も参ってしまっているようだった。本音が話しかけているというのに、それも生返事である。

 

「ホント漫画の主人公とか尊敬しちまうよ。こんな状況でよく理性がすり減んないもんだ。あのダークネスなのとか、黒衣の剣士様とか、どういう精神構造してんのか知りてぇくらいだ」

 

「ねぇねぇ、おりむー」

 

「んー・・・・・・んむぅ?」

 

ぐだぐだと闇に落ちかけていた一夏に、どういうわけだか本音は正面から抱きついた。

 

「のほほん様、朝から何故このようなことを」

 

「えへへー、元気ちゅーにゅー」

 

一夏の頭を自身の胸元に抱き込みながらも、ニコニコといつものように笑っている。

 

唐突なことに、教室全体が一瞬騒然とするが、やはりいつもの二人ということで周りは微苦笑を浮かべながらに視線を逸らしていく。

 

「・・・・・・エロい気分になるかと思ったが、睡魔がくるレベルで癒されるなコレ」

 

「相変わらず仲がよろしいようですわね」

 

そんな呆れたような声が二人の横から聞こえてきた。

 

そのままの状態で二人が声の方を見れば、金髪に青い瞳の少女、セシリアが腰に手を当てつつ、そんな二人の視線を静かに見返していた。

 

「あっ、せっしーだ! おっはー」

 

「それは朝の挨拶ですの? というか、また名前が変わってますし・・・・・・」

 

「別にいいだろ。可愛いじゃん? ネス湖の未確認生物みたいで」

 

「・・・・・・うふふふふふふ、一夏さん。実は破壊されたビットの予備が本日届きましたの。是非とも以前の試合のように的になって頂けませんこと? 今度は生身で」

 

「かはははははは! トーシロ一人にも苦戦するような代 表 候 補がなに言ってんだか。輪ゴムでも飛ばしてろネッシー」

 

「F**k you?」(約:死んでくれませんか?)

 

「上等だよ、表出ろや」

 

そう言って二人は(一夏は本音に抱かれたまま)メンチを切る。ちなみにこれがいつもの会話風景である。

 

あの試合から和解したはずの二人であったが、今は顔を合わせれば皮肉を言い合うような仲になっている。

 

周囲の人間もそれに当初こそ止めに入るような者もいたが、それが二人なりのコミュニケーションなのだと合点をつけ、生暖かい瞳で見守ることに徹していた。

 

それに、ブレーキ役になる人間はすでにいる。

 

「いい加減にしろ、お前ら」

 

「「あぁん?」」

 

「しののん、おっはー!」

 

長いポニーテール、日本刀のように鋭い目を気まずげに伏せながら、箒がそんな三人を眺めていた。

 

大抵この三人が騒ぎになれば、それを止めに入るのが彼女である。そういうこともあって、一組の面々は安心(?)して騒ぎを放置できるのであった。

 

「オッス、箒。今朝は遅かったな」

 

「別に、お前には関係はないだろ?」

 

「いや、そうかもしんねぇけどよ・・・・・・」

 

そして、箒と一夏の二人は"ある一件"以来、険悪とは言わないがどこか避けているような空気が流れるようになった。箒の一方的なものではあったが、原因が判らないため、一夏も箒自身も理由を話さないので周りも対処できないでいる。

 

「よいしょ」

 

「ん、なに むぐッ!?」

 

「おぶふ!?」

 

それも本音の前では無意味であるが。

 

腕を箒へと伸ばし、その手を掴んだ本音は勢いつけて彼女を自分の胸へと引き込んだ。その際に一夏と頭が衝突したのは必然と言っていい。

 

「ダメだよ、しののん。みんな仲良くー、だよ?」

 

「いや、別に私は ぐむっ」

 

「言い訳はききません!」

 

その光景は兄妹喧嘩を有り余る抱擁力で納める母の図であった。

 

バツの悪そうな顔でいる箒と、脳天をさする一夏を抱きながらニコニコ笑顔のその表情は、まさに子を抱く幸せに浸る母親のそれである。

 

そんな時であった。

 

「すいませーん。ここに織斑 一夏って奴が居るって聞いたんだけど、って!? な、なにあの和やかな一団・・・・・・」

 

教室の入り口に現れたのは、肩口を露出するように改造された制服に身を包んだ、小柄でツインテールが特徴的な少女が、一夏たちを見て驚いたように目を見開いていた。

 

「うーい、織斑 一夏ならここですぜぇ。なんか御用で?」

 

「いや、御用っていうか・・・・・・。何してんの?」

 

「いや、マジでヤバイってこれ。下手したら涙がちょちょぎれるレベルで癒される」

 

「そ、そう」

 

明らかに変なヤツに絡んでしまった、という感情が滲み出る引きつった笑みを浮かべながら、少女は一夏たちのもとに歩き出した。

 

「ていうか、お宅どちらさん?」

 

「あぁ、そう言えば自己紹介がまだだったわね!」

 

一夏たちのすぐ側までくると、少女は天真爛漫を絵に書いたような快活な笑顔と共に、自分の名前を告げた。

 

「あたしは凰 鈴音。二組に転校してきた中国代表候補生よ!」




はい、原作とだいぶ人間関係が変わりました。

セシリアが悪友。箒が知り合い以上友人未満。のほほんさんが母君。リンさんにいたっては初対面。

なんだこりゃ。

そして、のほほんさんの使いやすさが凄まじい。お陰でかなり強化されてます。これでもヒロインじゃないんですぜ?

今回の話は主に青春的学園ストーリーなノリが主で、黒サマーがゲスサマーになります。プラスの要素なんて欠片もないですね。


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第十五幕 昼食騒動

Phantomが売っていたので買いました。

今でこそ虚淵は何かと叩かれていますが、この時代の虚淵は本当に好きです。

ていうか、Phantomを知ってる人いるんすかね?

ということで、日常+フラグ回


「・・・・・・聞いた話とは何か違うわね」

 

箸の先で注文したラーメンの麺を摘まみながら、鈴音はそう呟いた。

 

時間は昼休み。昼食をとるため食堂へ来た一夏たちを待っていたのは、朝に出会った中国代表候補生の鈴音であった。

 

「ここのラーメンって何かしらあったっけか?」

 

「誰もラーメンの話なんてしてないわよ。まぁ、ここのは妙に美味しいけど」

 

一夏は鈴音の独り言に、ズルズル啜っていたラーメンを飲み込み、そう聞き返した。ちなみに一夏と本音はそれぞれ塩味と味噌のラーメンを、セシリアはサンドイッチといったメニューで鈴音の座るテーブルで食事を進めている。

 

「大方、『あの事』じゃありませんか?」

 

「ん? あぁ、俺がせっしーに代表を代わるように 脅 し た、ってやつか?」

 

セシリアが濁して言ったことに、一夏はニヤニヤと笑いながら『脅した』の部分をわざと周りに聞こえるように強調して話す。それに反応した数人の女子を視界の端に捉えると、より一層愉しげに喉を鳴らして笑うのだ。

 

ISの出現により、社会では行きすぎた女尊男卑の風潮が問題になっている。この学園も例に違わず、そういった思想を持つ女性が多くいる。

 

そして、件の噂というのはそんな者たちによる嫌がらせのようなものである。

 

「まぁ、本人はそれで楽しんでいるんですから、世話のない話ですわね」

 

セシリアはそう言って、紅茶のカップを置きながらに言う。

 

彼女の言うとおり、言われている本人は気にするどころか笑っている。別に一夏が誹謗中傷を受けて喜ぶ特殊な人間という訳ではなく、彼自身の性根が螺曲がっているため、彼にとってはそんな影口が賛美の声、尻尾を足に挟んで唸るだけの滑稽なチワワに見えているのだ。

 

言ってしまえば、『吠えるしかできねぇ犬なんだから、精一杯可愛がってあげないと』みたいなノリである。

 

「おりむー、悪い顔してるよ?」

 

「ハハッ! マジかよ、ちょっと写メってくんね? 新聞部脅して掲載してもらうから」

 

「もー! そういうのは、やっちゃダメなんだよー?」

 

「なーに、少しオハナシすりゃぁ誰であろうと―――」

 

「ダ メ だ よ ?」

 

「了解しました Sir」

 

「・・・・・・ホントによく判んないヤツ」

 

そんな会話をしている二人に渋面をつくりながら、鈴音は正面に座るセシリアに向き直る。

 

「ねぇ、せっしーって言ったっけ? アイツと戦ったんでしょ? ぶっちゃけどうなの?」

 

「セシリア・オルコットですわ。どう、と言いますと?」

 

「だぁかぁら! 勝ったのはアイツなのか、アンタなのかってこと!」

 

若干の苛つきも含めて、怒鳴るように質問をぶつける鈴音に、セシリアは優雅に残りの紅茶を飲み干すと少しの間を空けて、ゆっくり答えた。

 

「試合に勝ったのはわたくしですが、勝負に勝ったのは彼、というところですかね」

 

「はぁ?」

 

「噂に流されて質問してきた方々にわたくしからの答えですが、『身を裂かれるまで』ヤり合ってみれば、嫌が応にでもよく判りますわ」

 

「・・・・・・・・・・・・ッ」

 

その答えは曖昧で、結論にいたっては判断を相手に丸投げ、というものだった。

 

だが、セシリアには凄みがあった。

 

有無を言わさぬ真っ直ぐな眼差しは、鈴音に伊達や酔狂で言っていないことを理解させるには充分であった。

 

「そんなことより、貴女は何か一夏さんに用事があるんじゃないんですか?」

 

「えっ!?」

 

セシリアは鈴音に向けていた"圧"を納め、目を伏せながらにそう切り出した。

 

言われた方は核心を突かれた急な質問に、仰け反るように驚愕する。どういうわけだか顔も赤い。

 

「な、何で知ってんのよ!?」

 

「転校生の筈ですのに朝のホームルーム前から校内を彷徨き、他のクラスの人間の元に名指しで会いにきたことが一つ。まぁ、あの後すぐに織斑先生が来ましたから、うやむやになってしまったようですが」

 

「うっ」

 

「さらに、今。貴女は昼食時を狙って彼を待ち構え、一緒に食事をとるように話を運びました。加えて、朝から貴女なりに彼について調べていたような節もありますわ」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

「以上のことから、貴女が一夏さんに対して何かしらの目的あって接触してきたのは明白です。それに、言質も戴きましたしね」

 

「アンタって、探偵かなにか?」

 

「ただのしがないイギリス代表候補生ですわ」

 

そう言ってセシリアは二杯目の紅茶を自分でカップに注ぎ、食後のお茶を楽しんでいる。

 

「なぁなぁ、さっきから何の話してんだよ?」

 

そんな二人の間に割って入るように出てきたのは、話の人物である一夏だった。どうしてか、その膝の上には本音がニコニコしながら乗っており、一夏は本音の頭に顎を乗せてグリグリと遊んでいる。

 

そんな二人に視線を合わせながら、鈴音はちらりとセシリアの方を見る。それに気づいたセシリアは、口元まで持ってきていたカップを少し離すと、軽く顎をしゃくるような動作をする。

 

無言の『行け』という命令に他ならなかった。

 

そんなセシリアと一夏&本音ツインズに挟まれ少し躊躇いを見せるが、意を決したように一夏たちに問い掛けた。

 

「二人って、付き合ってんの!?」

 

「ぶふっ」

 

セシリアは紅茶を噴いた。

 

一夏と本音もキョトンとした顔をし、「え? あれ?」と戸惑う鈴音も合わせて何とも間の抜けた光景である。

 

「鳳さん? なぜそんな頓珍漢なことを?」

 

「だって朝は何か抱き合ってたし、今だって仲良さげに一緒に座ってるし・・・・・・。ていうか、鈴でいいわよ?」

 

そんな鈴音の言葉に、セシリアは思わず頭を抱えそうになってしまった。

 

よく考えずとも確かに彼女の言うとおりだった。四六時中一緒にいるのは当たり前。やたらに距離が近い、というかずっとくっついている。年頃の男女にしては距離感がおかしいという問題ではなく、二人がそういう関係でなきゃ問題な点がゴロゴロある。

 

あまりにも日常的なものであったためか、どうやら認識が麻痺してしまっていたようだ。

 

そして、言われた本人たちは・・・・・・。

 

「ついにバレちまったな、本音」

 

「・・・・・・そうだね、いちか」

 

悪ノリしていた。

 

「でも、いつかはこうなるって分かってたことだよ?」

 

「そうだったな。でも、バレたところで俺たちの関係は変わらない。そうだろ?」

 

「当たり前だよ!」

 

「本音・・・・・・」

 

「いちかぁ・・・・・・」

 

「はいはい、茶番はその辺にしてくださいまし」

 

二人の顔がワリと洒落にならないほどに大接近し始めたところで、セシリアが手を叩いて止めに入る。

 

「もー、せっしーノリが悪いよー」

 

「貴方たちが良すぎるだけですわ・・・・・・」

 

「ホントに空気読めよせっしー。そんなんだからネッシーなんだよオメェは」

 

「意味が解りませんが喧嘩売ってるんですわね? そうなんですわね?」

 

「っだよ、ヤんのかコラ?」

 

「えぇ、もちろん戦って殺りますわよ」

 

ある意味これも彼らにとっては日常風景なのだが、これも他の人から見れば険悪以上の何物でもないだろう。

 

「ちょ、ちょっと!? なに喧嘩してんのよアンタたち!」

 

「うるせぇぞ中華貧乳共和国第一名誉国民」

 

「そうですわ。もうちょっと謙虚な心を学んだら如何ですか? その慎ましげなお胸のように」

 

「おい、テメェら表出ろよ。久しぶりにプッツンきちまったわ」

 

それからしばらく、千冬が来るまで三人の乱闘が続いたそうである。

 

◇ ◇ ◇

 

放課後。一夏は一人で中庭のベンチに座っていた。

 

彼自身、別に一人でいることは珍しくなかったが、最近は同室の人間と上手くいっておらず、遅くになるまでこうして一人でいるのである。

 

「やっぱり、ここにいましたか」

 

そんな一夏に声を掛ける人間がいた。

 

振り返って見てみれば、そこには眼鏡と三つ編みという出で立ちの女子生徒がいた。リボンの色から、彼女が三年生であることが判ったが、一夏にとってはそれ以上にその顔つきに見覚えがあった。

 

「本音の、お姉さんですか?」

 

「・・・・・・はい、姉の布仏 虚です。いつも、妹がお世話になっているようで」

 

やはりか、と一夏は内心で納得する。

 

同時に軽く舌打ちをしそうになるのを堪える。彼の記憶が正しければ彼女は生徒会の会計である。加えてこの状況から、次に彼女が言うであろう言葉は容易に想像がついた。

 

「生徒会長があなたをお呼びです。一緒に来ていただけますか?」

 

彼にとって、IS学園初となる厄介事が舞い込んできた。




そう言えばUAが10000を越えました!

これからも皆様のご愛好に応えられるよう書いていきたいです。

欲を言えば感想なんか戴けたら作者は喜びます(チラッ


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第十六幕 狂痛裁判

閲覧注意
過去最長の文字数に、女性に対して非常に暴力的な描写があります。
楯無ファンの皆様は特にご注意ください。
会長敵エンカウント回


一夏は虚に連れられて歩いていた。

 

これから会う人間、更識 楯無はIS学園で生徒会長だ。それだけのことに思うだろうが、生徒会長という肩書きは『IS学園最強』を意味する。さらに彼女自身、国籍は日本でなくロシア。そしてロシアの"国家代表操縦者"でもある。

 

あくまでも外聞にして聞いたものだが、実力、人の上に立ち人を率いる才能とカリスマ性。どこを取ろうと非の打ち所がない、学生にしてすでに肩には国一つの責任を担ぐ人間、それが更識 楯無である。

 

そんな相手が何故一夏を呼び出すのか。世界初の男性IS操縦者だからか、『白式』のことでか、思い当たることは幾つか有るが、どれもいい内容ではない。ただでさえ学園内で特異な位置にいる一夏が、この呼び出しを警戒するなと言う方に無理がある。

 

「生徒会室はこの階段を登ってすぐです。会長がそこで待っています」

 

「一緒に来てくれないんですか?」

 

「私は別件での用事がありますので」

 

「・・・・・・そうですか」

 

そのまま真っ直ぐに廊下を歩いていく虚の背中をしばらく眺めながら、一夏はこれから起きうることを思う。小さく息を吐いて階段の一段に足をかけ上を目指していく。

 

そして、辿り着いた。

 

扉こそよく見るものだが、その先に彼女がいるだけで古城の正門のような物々しさを感じさせる。

 

「行くしかねぇか」

 

そんな諦めにも似た覚悟で一夏は扉を横に滑らせる。

 

そこには、

 

「いらっしゃい! 待っていたわよ、い・ち・か・くん?」

 

まず一夏の目に入ったのは外に向かって跳ねる青い髪と、ワインレッドの瞳に妖艶な笑み。

 

視線を下にずらしていけば、綺麗な首筋に鎖骨が見え、肝心の胸部は白地で周りをレースであしらった巨大なハートによって隠されていたが、それでも溢れんばかりの胸は下方部分がよく見えた。

 

さらに下にいけば、形のいいヘソとキュッと絞まったくびれ。腰にいたってはただ布を巻いただけのようなデザインで、しかも分け目が正面に来るようになっており、長さが足りないのか艶かしい太ももの内股がさり気無く自己主張している。

 

それをざっと見てから、再び顔を上げればさっきと同じ笑みが出迎えてくれた。

 

そんな笑顔に一夏は、反射的に感嘆の言葉が出てしまう。

 

「ひっでぇ・・・」

 

その一言を言い切ると同時に、目の前の彼女が床に崩れ落ちた。

 

◇ ◇ ◇

 

時間は少し進み、二人の男女が夕闇の明かりの中を歩いていた。

 

「つまり、俺の専用機を渡すために呼び出したんですか?」

 

「そうそう。引き渡す上で生徒会の承認と確認が必要なの」

 

「成る程、そういうことですか」

 

「・・・・・・ねぇ」

 

「何でしょう」

 

「何でそんなに離れてるの?」

 

現在、一夏と生徒会室で待ち構えていた女性、更識 楯無は修理された『白式』が格納されている場所へ向かっていた。

 

すでに楯無は先程の格好から着替え制服姿である。

 

「ねぇ」

 

「寄らないでください、露出が感染(うつ)ります」

 

「露出が感染るってなに!? 私が露出狂みたいに言わないでよ!」

 

「変態って深刻なほど自覚が薄いもんですよね」

 

「そんな達観した目で見ないで!?」

 

「それで痴じ、更識先輩、場所はここでいいんですか?」

 

「今痴女って言いかけたよね。おねーさん怒らないから正直に言ってみようよ、ね?」

 

「失礼しま~す」

 

「話を聞きなさい!!」

 

更識 楯無という人間性を理解したのか最初の調子は何処へやら、いつもの感じに戻ってしまった一夏は、騒いでいる楯無を放置し扉をくぐる。

 

入った先には地下駐車場のような、薄暗い空間が広がっていた。

 

壁に沿うように金網で仕切られた区画があり、そこには巨大なアームがぶら下がっている。その中で唯一明かりがある場所には、見覚えのある白があった。

 

「随分綺麗になったこと」

 

数週間前に乗り、見るも無残に破壊された一夏の専用機が新品同様な状態でそこにはあった。

 

「へぇ、これが一夏くんのISか」

 

見上げるように見ていた一夏の斜め後ろに、楯無が静かに現れる。

 

「とりあえず待機形態にしてみてくれる?」

 

「どうやるんで?」

 

「ISが小さくなるのをイメージして」

 

そんな簡単な説明だったが、一夏は白式に右手で触れるとそこから淡く光だし、光は白式を全て飲み込むと一夏の腕に纏わりつくように動き出す。

 

そして、鈍色の白が表れた。

 

「・・・ガチの手甲だなこりゃ」

 

光が落ち着き、形作られたのは指貫グローブのような、装飾の類いの一切ないガントレット。袖を捲れば肘の辺りまであることが確認できる。

 

手を開いて閉じ、手首を回してみるが特に私生活を送るに問題なさそうだ。

 

それを間近で見ていた楯無の静かな言葉が、伽藍堂の空間に木霊する。

 

「一夏くん。質問していい?」

 

「・・・・・・構いませんが」

 

楯無に向かい合うように一夏が振り向く先には、さっきまでのような和気あいあいとした空気は一切なかった。

 

ただ正面にいるだけなのに、鋭い刃を首に突きつけられているような圧迫感。

 

これが更識 楯無なのだろう。

 

ロシア代表操縦者にして、学園最強がそこにはいた。

 

「あなたの試合を見てたけど、ハッキリ言ってゾッとした」

 

「そうっすか・・・・・・」

 

「加えて、あなたの白式の損傷。資料で見たけど、あそこまで一試合で壊されたのは初めて見た」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

「逆に言えば、あんな状態でどうして試合が続けられたの?」

 

言葉がまるでナイフだ。

 

一言紡がれる度に、徐々に身の内に刺し込まれていく様さえ幻視してしまう。

 

「まぁ、あれっすよ。火事場の馬鹿力ですよ。内心じゃ、戦々恐々で下半身が決壊寸前でしたし」

 

「嘘ね。そんな人間があんな嗤い方はしないわ」

 

「・・・・・・よく見ていらっしゃるようで。もしかして、俺のこと好きだったりします?」

 

「すぐに話を逸らそうとするようなひねくれ者は嫌いかな?」

 

楯無は笑わず、一夏は嗤う。

 

その表情は相反するものだが、互いに突きつけているものは同種のもの。

 

言葉の端々に見える敵意が、擦れあい火花を散らす。

 

「正直、ISなんて壊れようがパッと直せるもんなんですから、別にいいじゃないすか」

 

「・・・・・・代表候補生になるために、専用機を手に入れるために努力をしている人たちもいるのよ?」

 

「だから喜べと? っんな恩着せがましい好意なんざ願い下げです。てか、やっぱり、"そうなんですね"」

 

一夏の頬がさらにつり上がる。

 

ゲラゲラとニヤニヤと、陰湿で嫌味な人でなしの笑みが、楯無へと向けられる。

 

「・・・・・・何が?」

 

「いや、呼び出されような理由は幾つかあったんですが、そんな中で一番に予想していたヤツが当たっていたみたいで、ちょっと嬉しくて」

 

そう言って、一夏は楯無に一歩近づき、前屈みになるようにして顔を至近距離にまで行き、囁くように言った。

 

「アンタ、妹のことで俺に因縁つけにきたんだろ?」

 

一瞬だが、楯無の表情が強張る。

 

それを見て、顔を離しながらに一夏は嗤う。

 

「ハッキリ言って迷惑ですよ。彼女は運が悪かっただけで、俺は悪くない。姉妹揃って傍迷惑なんだよ。たかだか、専用機の開発ポイされただけでギャーギャー泣いてんじゃ―――」

 

「黙れ」

 

一夏の右頬に衝撃が走る。

 

あの時と同じ感覚、ただ威力は比じゃない。殴られた痛みと共に、背中からコンクリートの床に叩きつけられる。

 

「あなたには心が無いの? 人の痛みが解らないの? あの子の涙を見て思ったことはそんなこと!?」

 

楯無の怒号が一夏に飛ぶ。

 

生徒会長としてではなく、ましてやロシア代表としてでもない、一人の妹を思う剥き出しの彼女がそこにいた。

 

「けひ、きひひひひひ・・・・・・。思うこと? あるわけねぇだろ、馬鹿馬鹿しい」

 

対して一夏は嗤いながら立ち上がる。

 

彼は嗤う、それがどうした、だからなんだ、俺には関係ない。俺は悪くない。

 

「まさかとは思うけどよぉ、他人の痛みなんて、本気で理解できると思ってんの? かははははははは! 傑作だ! ロシアの代表様は実力だけじゃなく、頭の方もよく出来上がっていらっしゃるようだ!」

 

「えぇ、だからあなたにも教えてあげるわよ!!」

 

楯無は身を屈め走りだし、自身を守る様子もない立っているだけの一夏の鳩尾に肘鉄を叩き込み、流れるままに右の掌底が顎をかちあげる。そして、数瞬の間に両腕を引き、ガラ空きの腹に双掌を叩き込んだ。

 

この光景を見れば、誰もが自分の目を疑う。大の男が、自分より背の低い女に殴り飛ばされているのだから。

 

事実、一夏は床に転がり、それを見るは楯無だ。

 

「ふふっ、しぃいひひひひひ、げほっ、がほっ」

 

だとしても、今まさに地べたに這いずり、それでも嗤い続けている人間が、果たして敗者と言えるだろうか。

 

「何を笑っているの? まさか、美人に殴られて感じちゃうような人なの?」

 

気色が悪かった。潰れた虫が蠢くような醜悪さ。

 

何より、加減はしているが予定よりやり過ぎている現状で、なぜ"意識があって動いている"のか。

 

「だってよぉ、妹が泣いてた理由、何でか知ってる?」

 

「そんなの、倉持の連中が―――!?」

 

彼女が言うより早く、うつ伏せの姿勢から一夏が走り出す。不意を突かれた楯無は考えるよりも体が動いた。

 

加減なしの膝が一夏の顔面に突き刺さった。

 

「!!」

 

肉の潰れる感触、奥の骨が軋みをあげる耳障りな音と血に濡れていく感覚に寒気が走る。

 

そして、楯無は初めて焦りを見せた。血を撒き散らしながら転がる一夏に、やり過ぎていることを自覚する。

 

楯無は万が一のことに駆け出す、が、

 

「ひっ、ぎひゅくフフフフはははは・・・・!」

 

踏み出された足が下がる。

 

動いている。

 

嗤っている。

 

白い制服を朱に染めながら、立ち上がる様は、B級ホラーの動く屍のよう。

 

周りの闇さえ吸い込むほどの黒々しい黒い眼が、楯無の赤い瞳を捉えていた。

 

「なぁ、先輩」

 

血で掠れた声。

 

それだけに、楯無の体が跳ねる。呼吸が乱れ、心臓は早鐘のように動きを速くする。

 

「ざっきの質問だけどよ、"動ぐから動ぐ"んだよ。今の、俺みだいに。動がないなら、動かせばいいだけ」

 

ぬちゃりと、血を踏みつける不快な音が鳴るたび、二人の距離が狭まる。

 

「先輩。どうして、泣いてる家族を、助けない?」

 

ぬちゃり。

 

一歩。

 

「それは、あの子が一人で、やるっていうから・・・・・・」

 

「それは、言い訳、だ」

 

ぬちゃり。

 

また一歩。

 

「アンタは怖いだけだ。嫌われるのが、避けられるのが」

 

ぬちゃり。

 

さらに一歩。

 

「大切なら、自分のことなんか、考えねぇよ。本当に大切なら、な」

 

ぬちゃり。

 

あと一歩。

 

「先輩」

 

ぬぢゃり。

 

「本当は、妹のことなんか、どうでもいいんだろ?」

 

「っ!!!」

 

ナニかが切れた。

 

相手が半死人だろうと関係ない、正真正銘の全力の拳が、一夏に向けて振るわれる。

 

「アンタも更識なら、ヤられる覚悟くらいはあるよな?」

 

だが、それは一夏の左手によって捕まえられる。

 

そして、右手の『白』が前に出る。鋼で纏われた、右拳が。

 

「お返しだよ」

 

一夏は楯無の腹を、何の躊躇も手加減もなくぶち抜いた。

 

「ーーーーーッ!!?」

 

声にならない悲鳴があがる。

 

男にとって股間が急所であるように、女にとって腹部の衝撃は致命的と言える。

 

「もう一発」

 

今度こそ耐えられない苦痛が突き刺さり、あまりの痛みに楯無の目から涙が零れだす。

 

「あっ、がああぁ!!?」

 

一夏が立ち、楯無が倒れる。

 

さっきとは、真逆の光景だった。

 

「・・・人にとって一番ツライことって分かりますか?」

 

胎児のように身を丸め、痛みに耐える楯無に静かに問い掛けた。

 

「一番苦しいときに、一番助けて欲しいときに、一番傍にいて欲しい人が、一番に自分の所に来てくれないことなんですよ」

 

一夏は楯無を置いて入ってきた扉へと歩いていく。

 

 

「アンタがそんなんだから、俺が殴られた。意味は、解りますよね?」

 

意識が遠のく中、その言葉だけが楯無の内に響いた。

 




はい、楯無ファンの皆様、申し訳ありませんでした。
唐突で急展開な内容でしたが、簪さんとのあれこれがありましたので、実は前々からこういう展開は考えていました。
ここで一応書きますが、こういう描写はもう一回あります。重ね重ね申し訳ありませんでした。
白式の待機形態ですが、この一夏にはガチの武器の方が合う気がしてこうしました。デザインは村正の一条が装甲する「山の守り石」をスマートにした感じです。


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幕外 天使確認で外道と淑女は司会進行 、腹痛に癒しをコーナー

この話は作者の腹痛の癒しのために書きました。

第十六幕とは真逆の雰囲気ですのでご注意を


「最近日和ってきたと思ったらこの惨劇だよ。織斑 一夏です」

 

「急遽駆り出された、百舌鳥 伊流華です」

 

「今回も始まったゲリラ的幕外編ですが、上の本編にて黒サマーがやらかしました。そんなわけでここで気分的なのをリセットしてもらおうという腹です」

 

「というよりは、作者のメンタル回復が主ですね。こんな作品書いてるくせに、腹パン書いていて勝手にストレスで腹痛起こしてますし」

 

ワリとガチです by 作者

 

「お気に入り増えたし、批判も今んとこ来ていないのに何してんだよ」

 

「作者は基本的にSよりの性癖してるのに、一定ライン越えると一気にヘタレますからね。半端にニトロ脳を拗らせてますから、よけいに酷いです」

 

「まぁ、そんなわけで今回は今作の唯一の癒しポイント、のほほん様の一日を描いた正統派スピンオフでがす」

 

「時系列はイギリス戦から数日後、彼女が過ごす優しく暖かい物語です。本編の雰囲気なんざ知りません」

 

「「では、幕開けでございます」」

 

◎ ◎ ◎

 

―――AM 7:30

 

「ほぉらぁ! 起きてよ、本音! 朝ごはん食べられなくなっちゃうよ!?」

 

某所、学生寮のとある一室にて朝早くから大声が響いていた。

 

どうやら中々起きないルームメートを起こそうと奮闘しているようだ。

 

「うにゅ~・・・・・・」

 

そして、狐のキグルミにに身を包んだ少女、布仏 本音は可愛らしい声をあげて寝返りをうった。

 

「もう、毎日毎日起こしても全然起きないし! 今日こそ先に行くからね!?」

 

「はう、みゅ~」

 

「ホントに置いてくからね!?」

 

「すひゅ~・・・・・・」

 

「ホントだよ!?」

 

「えへへ、おりむー♪」

 

「・・・・・・あぁ、もう可愛いなちくしょおおおお!!(若本調)男の名前呼びながら枕をぎゅっとしやがって、どこまでポイント抑えてくるつもりだよ、この天使様は! 765の天使と戦争する気か!? いいから早く起きてよ~!!」

 

―――AM 8:20

 

朝食後、本音は一年一組への道を歩いていた。

 

普段から彼女は袖が余る服装であるため、腕を振って歩く度にパタパタと袖が揺れる。

 

「らったったらっぱっぱっぱ♪ いぇい いぇい♪」

 

さらに微妙に違う歌詞で歌を口ずさみながらの姿は、道行きすれ違う少女たちの母性本能を無差別に辻斬りしていく。

 

「あっ、おりむー!」

 

そんな本音は目当ての人物、織斑 一夏を見つけると駆け出す。それを見ている辻斬りされた少女たちが、転ぶのではないかと気を焦らせてしまう。

 

そして案の定、

 

「うわっ!?」

 

躓いた。周りの女子全てが息を呑み、これから起きる悲劇と動けないでいる自分の不甲斐なさに悲鳴をあげそうになる。

 

「おっと」

 

「わぷっ」

 

それを屈んで受け止めるのは一夏だった。

 

ちょうど本音の顔が彼の胸に収まる形であり、端から見れば抱き合っているようにも見えた。

 

「おいおい、相変わらず朝から元気だな、のほほんさん! いつもの時間に朝飯に来なかったから、何かあったんじゃねぇかって ぐおっ」

 

「ん~~~~!」

 

訂正、抱き合っていた。

 

本音が一夏の首に手を回し、力一杯抱き寄せ、頭をグリグリと胸元に擦り付けている。

 

「うふふっ、おりむー」

 

腕の力を抜いて少し距離を空け、それでもかなりの至近距離で、本音は一夏に満面の笑みを浮かべる。

 

「おはよう!」

 

「・・・・・・あぁ、おはよう」

 

少し呆気に捕られながらも、ニッカリと笑って一夏もそう返した。

 

のちに一人の女子が語る。

 

『ブラックコーヒーが美味しい季節です♪』

 

―――AM 10:50

 

「ねぇねぇ、しののんって料理上手なのー?」

 

「・・・・・・まぁ、人並みには、な」

 

二時限目の休み時間、本音は箒もとに来ていた。

 

「何が得意なの?」

 

「最近は、唐揚げなどに凝ってるな」

 

「おぉー! 揚げ物できるんだー!」

 

純真爛漫に笑う本音に対して、箒の顔はすぐれない。

 

それを気にしてか、本音は覗き込むように箒を見ると、気まずげに目を逸らしてしまう。

 

「私なんかと話していて、いいのか?」

 

「・・・・・・しののんと話しちゃダメなの?」

 

「いや、そう言うわけじゃない! だから、泣きそうな顔をしないでくれ!」

 

本音の消えいりそうな声を聞いて、慌ててそう取り繕う箒であった。

 

「ほら、お前はいつも一夏と一緒にいるだろ? だから、な」

 

「なら、一緒におりむーのとこに行こうよー!」

 

「・・・・・・っ」

 

「?」

 

本音は箒の手を握って引っ張ろうとするが、箒は机から動こうとはしなかった。

 

「いや?」

 

「今は、あまり話したくない」

 

「そう、なんだ・・・・・・」

 

残念そうに項垂れる本音を見て、またやってしまったか、と少し青ざめる箒だったが、繋がれた手を強く握られたと同時にそれが杞憂であることを知った。

 

「じゃあ、いつかみんなで一緒にお弁当もって、どこかに行こう? しののんの唐揚げ食べてみたーい!」

 

「・・・そうか。じゃあ、その時は腕によりをかけないとな」

 

「うん!」

 

本音の笑顔に、少しだけ救われた気のする箒だった。

 

―――PM 01:10

 

昼休み、本音は四組の教室前にいた。視線の先には仮想ディスプレイを展開し何かを打ち込む、青い髪の眼鏡をかけた少女を不安げに見つめている。

 

「何をしていらっしゃいますの、本音さん?」

 

そんな彼女に声をかけたのは、長い金髪を揺らすセシリアだった。

 

「せしりん・・・」

 

「あれはたしか、日本代表候補の更識 簪さん、でしたわね。お知り合いですの?」

 

「うん、大切な友達。けど・・・」

 

「けど?」

 

「・・・・・・ケンカしちゃったの」

 

その言葉にセシリアは少なからず驚愕した。

 

あの人畜無害な本音が、誰かと喧嘩するなど想像もできなかったからだ。

 

「かんちゃんってね、たくさん頑張ってきた人なの。でも、皆は認めてくれなくって、やっと候補生になれたのに専用機作ってもらえなくって、それでね・・・・・・」

 

「もう、いいですわ、大体判りましたから」

 

そう言ってセシリアは本音の話を中断させた。

 

彼女には見ていられなかった。いつも花のように笑う彼女が、こんなにもツラそうにしているのを。

 

「きっと彼女は、一人で頑張らなきゃいけない、そう思い込んでいるのだと思います」

 

「・・・・・・うん」

 

「ですから、今すぐの仲直りは・・・・・・」

 

「待つよ」

 

「えっ?」

 

「今は、かんちゃんがとっても大変なのは判ってるの。だから、待ってる。いつか、かんちゃんのことを手伝えるの、ずっと待ってるんだ」

 

そう言い切る本音の瞳には少しの寂しさと、健気な簪に対する信頼の光があった。

 

「・・・・・・本当にいい子ですわね。一夏さんにも見習わせたいですわ」

 

「おりむーもいい子だよー?」

 

「貴女より不器用ですけどね?」

 

そう言って、セシリアは本音に苦笑いを浮かべたのだった。

 

―――PM 06:30

 

「おりむーは、そんなことしないもん!!」

 

廊下で本音の大声が響いた。

数名の女子が本音に向けて、"例の噂"の真偽について聞いてきたのだ。

 

そんなことを言われて許容できるような本音でもなく、非常に珍しいことに彼女は怒っていた。

 

「何を騒いでいるの?」

そんな場面に現れたのは青い髪に扇子を持った、生徒会長の楯無だった。

 

すぐに状況を理解した彼女は、本音に絡んできていた連中を追い払うと本音の方に向き直る。

 

「本音、私も織斑 一夏は危険な人物だと思ってるの」

 

「えっ?」

 

その言葉は、本音にとっては予想外のものであり、相手が楯無だっただけに一番言って欲しくなかったものだった。

 

「イギリスの代表候補との試合を見たけれど、あれは素人の動きじゃなかったわ。きっと、何かしらの裏がある。私にも伝えられないほどの何かが、ね」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

「・・・・・・まぁ、あなたと彼の仲は知ってるわ。でも、気を許し過ぎちゃ駄目よ?」

 

『注意』と書かれた扇子を広げ、睨むように見てくる本音に背をむけ、楯無もその場を後にした。

 

「おりむーは、そんなこと、しないよ・・・・・・」

 

一人残された本音の声が、寂しげに夜の校舎へと消えていった。

 

―――PM 07:25

 

本音は一夏を探していた。夕飯時なのに現れない彼を探し、校舎中を走る。

 

そして星明かりに照らされる中、中庭のベンチに座る一夏を見つけた。

 

「ん? あれ、のほほんさんじゃん。どうしたんだよ、こんな時間にこんな場所に」

 

本音がいることに気づいた一夏は、いつものようにヘラヘラと笑いながら、気さくに手を振っている。

 

「ていうか、あれ? もうこんな時間? ヤベー、晩飯食ってねぇじゃん」

 

「おりむー・・・・・・」

 

「うわぁ、早く行かねぇと食いっぱぐれちまうな。さて、今日はどうするか―――」

 

「おりむー!」

 

気づけば本音は一夏の手を、両手で握りしめていた。

 

普段から袖の中にある本音の手は小さく、二つでようやく一夏の片手を包めるくらいしかない。だが、握る力は強く、何より暖かかった。

 

「ずっと、友達だから・・・」

 

そんな本音の行動に驚くが、本音の瞳に涙が溜まっているのを見て、表情を引き締める。

 

「ずっと、ずっと友達だから」

 

「・・・・・・・・・・・・うん」

 

「ずっと、ずっとずーーーっと友達だから!」

 

本音の叫びに一夏は静かに頷くと、視線を合わせるように身を屈め、握られている本音の手を包むように手を重ねる

 

そして、彼は優しく微笑んだ。

 

「あぁ、ずっとずっと友達だ。こんな俺と友達になってくれて、ありがとよ」

 

それを聞いて本音の顔にいつもの笑顔が戻る。

 

一夏も、いつものように笑っている。

 

「さぁて、友達ついでに飯食おうぜ。何がいい? 今日は俺が奢るからよ」

 

「ホント? じゃあ、カレーがいい!」

 

「オッケー、カレーな。何だか今日は俺もカレーな気分だよ。一緒に食おうぜ?」

 

「うん!」

 

綺麗な月明かりが、手を繋ぎ笑い合う、二人の姿を優しく照らしていた。

 

◎ ◎ ◎

 

「いかがでしたでしょうか?」

 

「のほほんさんマジ天使」

 

「いや、アンタには聞いてねぇよ。批評でもいいので、感想を戴けると非常に作者は喜びます」

 

「というより、読者の皆様のリアクションがないと作者は疑心暗鬼で死にます。マジな話です」

 

個人的に今回の楯無事件は、かなり書いてヤバい部類だっため、批判でも何でもいいので何かしらのコメントが欲しいです。

 

これで良いのか悪いのか、どうかお願いします。by 作者

 

「んじゃあ、そろそろ締めますか」

 

「そうですね。ではコメントお願いします」

 

「しつけぇよ」

 

「「では、アリーヴェデルチ!」」

 

《終幕》




勢いで書きましたが満足しています。

感想の方でも、のほほんさんは人気でしたので、どうせですのでやらせていただきました。

では、感想とかお願いします!


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第十七幕 友情愛情

何でこうなった

本来ならリンリンをイジリ倒す予定だったのに

そんなわけで、のほほん無双回


人は善くも悪くも、変わりながらな生きる生物だ。

 

変わるというのは身体的な発育のことを差すわけではない。その内、人格、精神、思考といった内面のことだ。

 

これを物に例えるならば、生まれたての子供を何も書かれていない白い画用紙、生きていく時間の中で得られる経験、出逢い、苦難、成功、失敗などを絵具としよう。

 

赤ん坊は白い画用紙に向かい、座らせられるように生まれてくる。最初はそれが何なのか検討もつかないだろう。

 

そして、手元に転がり出てくる絵具たち。

 

それを赤ん坊は紙に向けてぶちまける。もしくは手に着けてベタベタと跡をつけるだろうか。どちらにせよ、それを絵と称するにはあまりに稚拙なものだ。

 

時が流れ赤ん坊はいつしか筆を使い、自身の絵を書き始める。自分の理想を描こうとする。だが、それは困難を極めることだろう。どれだけ絵具を上塗りしようと、本当の理想像を書き上げることは不可能に近い。

 

だからこそ、人は変わり続ける。

 

かつて、真っ白だった赤ん坊はいつしか世界を救う英雄となるかもしれない。

 

逆に英雄を目指す者が、いつの間にか世界を滅ぼす壊人と成り果てるかもしれない。

 

ただ一つ、変わらないことが在るとするならば、色とりどりな絵が描かれているその画用紙は、間違いなくその元赤ん坊本人であるということだ。

 

「・・・・・・・・・・・・一夏」

 

そして少女、篠ノ之 箒は考えていた。

 

ベッドに転がり、枕をその豊満な胸に押し付けるように強く抱きながら、自身の思い人であり変わってしまった少年、織斑 一夏のことを。

 

付き合いは言うほど長くはなかった。それでも、彼の正義を志す信念に憧れた。自分が振る刃の目指すべき到達点だと思っていた。

 

―――でも、再会した一夏は変わってしまっていた

 

「・・・・・・・・・・・・っ」

 

裏切られた気がした。箒は静かに、それでいて焼けつくほどの深い哀しみを覚えた。自分が心の柱にしてきた少年が、もう居ないとのだと思うと急速に心が渇いていく。

 

「それでも・・・・・・」

 

そう、それでも彼は"織斑 一夏"だ。

 

どれだけ変わろうと、それが変わることはない。

 

そして箒が昔の一夏を思い、今の一夏から逃げるように目を背けるのは、今の彼を否定することに繋がるのではないだろうか?

 

なんて、傲慢なのだろうか。

 

箒自身、そんなことにはとうに気づいている。だからと言って、そう簡単に切り替えが効くわけでもない。

 

だが、そんな同室の人間に気を使い帰りを遅くしている者に、一方的に拒否している人間に誠意を持って接する相手にはあまりにも失礼がすぎる。

 

「帰ってきたら、もう一度話してみよう・・・・・・」

 

それが今の箒の精一杯であり、大きな一歩でもあった。

 

未だに本心は納得できないでいる。なら、納得できるように話し合えばいい。

 

そう考えれば、少しは前向きになれる気がした。

 

「・・・・・・一夏か?」

 

不意に、扉を叩く音がした。

 

時間を見れば、いつもの時間よりかなり早い。だが、それも好都合だと思い扉に向かうが、指がドアノブに触れるより早く、ある臭いが鼻についた。

 

「血の臭い?」

 

部屋にある木刀へと手が伸びる。

 

相手が誰か判らない以上、用心に越したことはない。

 

そして、扉をゆっくり開けていくと・・・・・・。

 

「よっす」

 

腫れ上がり顔面判別不可で血塗れなナニカが立っていた。

 

「いやぁー、そこの階段で後方爆転三回転半捻りダイナミック土下座の練習してたらこんな―――」

 

「キャーーーーーーー!!?」

 

「あべし!?」

 

乙女な悲鳴と共に木刀が脳天にめり込んだ。

 

「来るな化物っ!! わ、私なんかを襲ったって何の得も、とく、も?」

 

「・・・・・・こんなの、人の死に方じゃ、ありません、よ」

 

「い、一夏? 一夏なのか!?」

 

顔は見るも痛々しいものだが、その声、髪型は紛れもなく一夏その人であった。

 

服も血みどろであるが、それを気にする余裕もなく、箒は一夏を抱き起こす。

 

「すまない! てっきり、化物が出たのかと思って、つい・・・・・・」

 

「箒、教えてけれ・・・・・・」

 

「な、何だ一夏!? 何でも聞いてくれ!!」

 

「俺は後何回、あの子とあの仔犬を殺せばいいんでがす・・・か ガク」

 

「一夏!? 一夏ーーーー!!!」

 

余談だが、それから騒ぎを聞きつけた他の女子が一夏の姿に悲鳴を上げ、それを聞いた他の女子、そしてまた女子と、負の連鎖が完成したとかなんとか。

 

◇ ◇ ◇

 

翌日、昼休み。

 

普段なら食堂にいる時間、一夏たちは屋上にいた。

 

今の一夏の姿は散々なものであり、顔のいたるところにガーゼが張られていたり、右目は腫れた瞼で塞がっている。

 

見るからに痛々しいそれを心配してくれる者は多くいたが、少なからず逆もいる。

 

「なぁ、せっしー」

 

「な、なんですの」

 

「そんなに俺の顔は面白いか?」

 

実に白けた目で一夏が尋ねると、露骨に顔を背けるセシリアだが、肩が小刻みに震えてるのがよくわかる。

 

「ねぇねぇ、おりむー保健室に行かなくていいのー?」

 

「一回は行ってきたから大丈夫だろ。強いて言うなら、まだ脳天の腫れが引かなくて痛い」

 

「・・・・・・それは、本当にすまなかった」

 

一夏の頬のガーゼを小さな手のひらで撫でる本音の表情は、普段の彼女しか見たことのない人間であるならば意外に思うほど慈愛に満ちている。元来、どこか抜けたような雰囲気がある彼女だが、その実は誰よりも母性溢れる性格をしている。

 

対して、申し訳なさそうに頭を下げた箒は昨日のことを深く後悔しているようだ。確かに、話し合おうとしていた相手の頭を、木刀で出会い頭にスイカ割りしたのだから気も引けるだろう。

 

「あぁ、いや、別にそう意味で言ったんじゃねぇよ。昨日のことは気にしてないし、そうペコペコ頭下げられたら俺まで申し訳なくなっちまうよ」

 

「だが・・・・・・」

 

「いいっていいっって、っんなことより人の面見て笑い堪えてる方が万倍ひでぇし。ていうか、あそこの腐れ金髪みたいに人の不幸見て笑うとか最低だぜ」

 

「そ、そうだな・・・」

 

お前が言うか、と反射的に言ってしまいそうになったが、寸での所で口を閉じる。

 

それからセシリアに向けて飛びかかっていく一夏を眺めながら、一人小さく溜め息を吐いた。

 

「しーののーん!」

 

「うぉっ、の、布仏か?」

 

そんな彼女の背中にぶつかるような重さが掛かる。

 

後ろから響く声にはよく知っている者のであり、振り向いてみれば本音がしがみついていた。

 

「うふふ~、良かったねしののん?」

 

「なにがだ?」

 

「仲直りできたんでしょー?」

 

「・・・・・・まだ、かな。そもそも、これは喧嘩ですらないんだ。私が、意地になっていただけなんだよ」

 

箒は首に回された本音の手を触れるように握る。

 

「単に、私が子供だっただけに話が拗れたんだ。私は・・・・・・」

 

「子供でいいと思うよ?」

 

えっ、と予想外な返答と共に背中の重りが消える。

 

慌てて後ろに体を向けると、優しい微笑みを浮かべる本音が自身を抱き締める瞬間だった。

 

「"箒ちゃん"は、もっと自分にワガママになった方がいいよ」

 

「ワガママ、に? だが、それは・・・・・・」

 

「ワガママって言葉が嫌なら、自分に正直に。あなたがそうやって悩む理由はよく解るよ。だけど、そればっかりになっちゃったら、いつか壊れちゃう」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

「だから、ちゃんと言葉にして伝えてあげないと、ね?」

 

腕の力がより一層強く箒を抱き締める。

 

優しく、包み込んでいくように。

 

その感覚は箒にとって久しく感じていなかった、人の暖かさと、古い記憶を思い出させていた。

 

物心がつくような小さい頃、家に帰ればこうやって迎えてくれていた大切な家族のこと。

 

「・・・・・・姉さん」

 

無意識に呟いた言葉は、消え入りそうなほどにか細い。

 

箒の姉、現在行方不明の篠ノ之 束はISを開発したということで、世界的に最も名を知られた女性である。

 

それと同時に、箒の今までの半生を狂わせた張本人と言ってもいい。

 

性格は自由奔放かつ唯我独尊。天は自分の上に人を作らずを地で行く人間だった。数少ない、箒と織斑兄弟以外は人として認識しないという徹底ぶり。

 

そんな姉でも、自分たち家族をメチャクチャにした人間だと判っていても、箒は束への家族の情を捨てきれないでいる。

 

「うぅ・・・・・っぐ」

 

箒は必死に耐えていた。

 

泣くまいと、他人に弱さを見せまいと。今までのように、強く在るために必死に涙を堪える。

 

だが、

 

「大丈夫だよ。私以外は見てないから」

 

何も言わずにそんな二人を見ていたセシリアと一夏、そしていつの間にか増えていた鈴音に本音がアイコンタクトを送ると、状況が読みきれていない鈴音を引き連れて屋上を後にする。

 

それを見送ってから、本音は優しく箒の頭を撫でる。

 

箒は背中に腕を回して、しがみつくように力を入れる。彼女なりの抵抗だったのかもしれない。誰にも聞こえないようにと、本音の胸に顔を埋めながらに泣きじゃくる。

 

「大丈夫。ずっと友達だよ、しののん」

 

それから、昼休み一杯になるまで、箒の涙が止まることはなかった。

 

今までの分を、全て吐き出すように泣き続けたのだった。




日常が書けない。非常に深刻なほどにシリアスしか書けない。

そして原作の面影が消滅し、もはやオリキャラの位置にいるのほほん様。誰だよこれ。

のほほん様の所為で、他のキャラが霞む霞む。もうこの子が主人公じゃね?

感想おなしゃす。


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第十八幕 恋愛表現

祝お気に入り100突破!!

誠にありがとうございます!

そして、今回ほどセクハラタグが機能する回は初です。

ということでセシリアにセクハラ、略してセシハラ回です。


箒と本音を残し、一夏、セシリア、鈴音の三人は食堂への道を歩いていた。

 

「ねぇ、あの二人はどうしちゃったのよ・・・・・・」

 

道行く途中で、片手に紙袋を下げた鈴音は先の状況を一夏に訊いた。自分が扉を開けた先の光景、本音が箒を抱きしめ、それを神妙な顔で眺める他二人。それだけを見て全てを察しろというのは酷な話だろう。

 

「おいおい、呼び出しておきながら遅れて来るようなヤツに、何でンなこと説明せにゃいかんのよ?」

 

そんな質問に真面目に一夏が答えるはずもない。箒の事情を考えて話さない、という風にも捉えられるが彼にかぎってそれはないだろう。

 

「うっ、それは謝るわよ。ていうか、あんたはあんたで顔怪我してるし、一体どうなってんの?」

 

「いいんじゃね? 毎日飽きることなくって。その内にテロリストでも攻めこんできて、学園全体が吹き飛んだりしてな。んで、次の日辺りは国家解体戦争が始まんだよ」

 

「なんでそんな物騒な話になるのよ・・・」

 

「バーカ、世の中じゃ何が起きるか分かんねぇもんだぜ? 俺なんてここに来てすぐ見知らぬ女子に殴られたり、どこぞの金髪に喧嘩吹っ掛けられたり、シスコンの姉に顔面フルコンボされたりしてんだぜ? いや、マジで退屈しようのない毎日のハーレム天国で気分最高っすわ!」

 

「どんだけ暴力に満ちてんのよ、あんたの周りは!?」

 

「まぁ、全部利子つけて抉って捌いて叩き潰したけどね」

 

「さらりと凄い発言したわよコイツ!?」

 

「いつものことですわ」

 

どこぞの悪の首領でもしないようなゲラゲラとした笑いを浮かべる一夏を、ドン引きした風に見る鈴音と、すっかり慣れてしまったセシリアはスタスタと歩いていく。

 

一夏としてはセシリアに向けての皮肉も込めていたのだが、彼女自身も言い返せば一夏が調子に乗ることを最近学んできたらしく、どうやらスルーを覚えたらしい。

 

それが一夏には面白くなかった。

 

「ねぇねぇ、せっしー」

 

「気持ち悪い声を出さないでください。・・・・・・なんですの?」

 

「いや、廊下の先にあるさ、あれ・・・・・・何だか判るか?」

 

いつになく自然な口調の一夏に少しの違和感を覚えながらも、彼の指差す方に渋々ながらセシリアは視線を動かす。

 

「? どこで ひゃう!?」

 

「ふむ」

 

唐突にセシリアが学舎に相応しくない、色のついた声をあげる。

 

簡単に説明するなら、一夏が後ろからセシリアの胸に手を回し、おもむろにワキワキと指をしているからだ。

 

「ふーむ」

 

「ちょ、にゃ、うン!!」

 

下から掬い上げるように、それでいて指の動きはハードでなくソフト。指が動けばその通りに形を変える。弾力性と柔軟さを兼ね備えた実に素晴らしいものであった。

 

数秒間の動きの後は迅速かつ迷いなく手をセシリアの腰に回し、すぐに彼女の尻へと手を滑らせる。そして距離をとるように一夏は後ろへ一歩下がり、こう告げた。

 

「86―60―85。うん、今度から『セ尻ン』って呼ぶわ」

 

「~~~~~~~~!!!!!」

 

声にならぬ叫びと共に顔を爆発的に赤く染めるセシリアは、あまりの事態に思考さえ吹き飛んだのかISを展開しようとし、鈴音によって取り押さえられた。

 

その間、原因となった一夏は終始爆笑していたのである。

 

◇ ◇ ◇

 

場所は変わり食堂。

 

少し前までは学園の生徒で賑わっていたが、今は他に生徒は居らず閑散としたものであった。

 

「なんであんなことしたのよ?」

 

そんな食堂で、爽やかな笑顔を浮かべ左頬に赤い手形をつけた一夏と、両目を潤ませながら拗ねた子供のように火照る頬を膨らますセシリアが隣り合わせに座り、二人の向かいに呆れ顔で座る鈴音がいた。

 

「だって、こっちがボケたのにツッコミも無しとかボケ殺しもいいとこだろ? 後悔もなければ反省もしてない」

 

「せめて反省くらいしなさいよ。セクハラもいいとこなんだから」

 

「イケメンだからできたこと。あの感触のためなら再犯も辞さ 痛ってぇ!!?」

 

あーぁ、と呆れ声をあげる鈴音の前で再びセシリアの平手打ちが一夏に炸裂する。

 

「貴方という人は・・・! ホントに、もう、貴方という人は!!」

 

「いい尻でした。安産型だぜ、尻りん」

 

「あぁ、もう! なんで、なんで、なんでこんな人なんかにーーー!!?」

 

「カハハハハハハ!」

 

それでも高らかに笑い続ける一夏が憎らしいのか、それともさっきのことが恥ずかしいのか、さらに赤みの増していく頬と一夏の胸をポカポカと叩くセシリアは、哀れを通り越して可愛さすら感じられた。

 

数分後。

 

「落ち着いた?」

 

「・・・・・・はい、たいへんお見苦しい所を、申し訳ありません」

 

「あぁ、いいっていいって、そういう堅っ苦しいのは。ちゃんと乙女の敵も撃滅したわけだし!」

 

「・・・・・・・・・・・・痛い」

 

鈴音の鋼の拳による制裁を受け、頭に特大のコブが出来ている一夏を尻目にセシリアと鈴音の友好度が急上昇していく。

 

今回のことに関しては、一夏にしか非がないために、当然といえば当然の結末である。それでも鉄拳制裁だけで済んでいるのだから、ある意味ではマシな方だろう。

 

「・・・・・・でさ、なんか背景に百合の花飛ばしてるとこ悪いけどさ、結局俺らを呼び出した理由って、なんなの?」

 

元々、昼食を抜いていたため空腹も頂点、さらに鈴音の一撃もあって軽く苛立ち始めている一夏である。

 

「あ、あぁ、そうね! ちょ、ちょっと待ってて」

 

そう言うと、鈴音はガサガサと音を鳴らしながら、持っていた紙袋から四角い箱状のものを出す。

 

それは世に言うところのタッパーというものであり、最大200度の熱に耐え長時間の保温も可能。上下逆さまにしようが振り回そうが投げ飛ばそうが、絶対に中身が零れないという完璧な気密性を保持する、幅広い家庭で重宝されている一品である。

 

「と、とりあえず、これの食べた感想を聞きたいの」

 

そして開かれたタッパーの中に見えたのは琥珀に光る料理・・・。

 

「酢豚?」

 

ラーメンや餃子に次いで日本人に愛されている中国料理である酢豚が、容器一杯に詰められていた。

 

「お前が作ったの?」

 

「そうよ。それと、勘違いしないでよね。別にあんたの為に作ったんじゃないんだから!」

 

「いや、んなテンプレなことを言われても」

 

それから鈴音は同じようなタッパーをもう一つだし、それぞれを一夏とセシリアの前にレンゲと共に置き、どこか落ち着かない調子で食べるように勧めてくる。

 

「「・・・いただきます」」

 

セシリアと一夏は同時にそう言い、ほぼ同時に酢豚を口に入れる。

 

そして、

 

「美味しいですわ!」

 

「本当っ!?」

 

セシリアの口から無意識にその言葉が出ていた。

 

タッパーのお蔭で作った直後の熱を保っているため、白い湯気から漂ってくる香り。空腹時の人間なら誰もが腹の虫と喉を鳴らしてしまうだろう。

 

いざ、実食してみれば最初に味覚を刺激するのは、酸味と甘味の利いた甘酢アンの旨味。それは、他のタケノコやピーマンと絡み合い、野菜たちの味を引き上げていく。そして、何よりはメインでもある豚肉であろう。一度、片栗粉と共に油で揚げることにより、調理の過程で肉の旨味が甘酢に移ってしまわないよう工夫され、それにより凝縮された肉の味は単品でも十分すぎるほど、甘酢の味が強い酢豚の中で、噛んだ瞬間に口一杯に広がる肉の美味さは食べる本人に飽きというの感じさせはしないのだ。

 

「あまり、こういうものを食べることはないのですが、こんなに美味しいものは初めて食べましたわ」

 

「少し褒めすぎよ! そんなこと言われても、何も出ないからね?」

 

「ふふっ、でも本当に美味しいですよ? ただ、少しだけ味が濃い気がしますわね」

 

「あぁ、それわね―――」

 

「おばちゃん! ご飯お代わり!!」

 

鈴音がセシリアに何かを説明しようとしたとき、一夏の声がはしゃぐような声が響き、二人でそちらを見れば凄まじい勢いで白米を平らげていく男がいた。

 

「やっべ箸が止まんねぇわ。味も完璧だし、何より飯との相性がパーペキ(パーフェクトと完璧の最上級)すぎだろ。リンリン! 酢豚お代わり!!」

 

口一杯に白米と酢豚を次々に押し込み、飲み込んでいく。食べ方は決して綺麗とは言えないが、一夏の笑顔とその全身から溢れる食の幸せを喜んでいる感じは、見ていて気持ちのいいものである。

 

「・・・・・・本当に、美味しい?」

 

「おう! こんな美味い酢豚は初めてだぜ!!」

 

「そ、そう! なら、しょうがないわね。本当なら他の二人の分だったんだけど、全部あんたにあげるわ!」

 

ガサガサと紙袋から残り二つのタッパーを取りだし差し出すと、まるで餓えた獣のように一夏は箸を伸ばして食していく。

 

そんな二人を見て、不意にセシリアの目がキラリッと光る。

 

「成る程、つまりは男性向けの味付け、ということでしたのね?」

 

「うぇ!?」

 

「あん? どういう・・・・・・あぁ、そういうことか」

 

セシリアの言葉に露骨に顔を赤くする鈴音と、それに全てを理解したのか一夏は三日月のように頬を吊り上げていく。

 

「この酢豚は誰かに食べてもらうための作ったもの。それも本命は一夏さんと同世代の男性、そうですわね?」

 

「すると、アレか? 俺はそいつに食わせるための実験台というわけか。つまり、この酢豚の美味さも愛情からか。いや~、こんな美味いもん作ってくれる女に好かれるたぁ、男として羨ましい限りだぜ」

 

「違う違う違う!! なに勘違いしてんのよ! 別に"弾"のことなんて、何とも思ってないんだから!!」

 

「成る程、弾っていうんだお前の色男は」

 

「羨ましいですわ、わたくしもそれだけ思えるような男性と出逢いたいですわね~」

 

「あれ? 俺は?」

 

「寝言は寝てから言ってくださいまし」

 

そんな感じに暖かな眼差しで談笑する二人に、何か言う度に墓穴を掘りまくる鈴音は顔を赤くしたまま黙ってしまった。

 

「つーかさ、中国からこっちに来たってことは、一年くらいは会ってないんだよな?」

 

「そうですわね。ビザやパスポートの関係もありますし」

 

「だよな。じゃあ、もしかしたら既に他に彼女が居たりするかもな?」

 

その言葉に鈴音の肩が僅かに揺れた。

 

「ちょっと一夏さん。それは流石に・・・・・・」

 

「でも、有り得るだろ? まだ付き合ってもいないみたいだし、距離が離れりゃ心も離れちまうもんだろ。もしそうなったら―――」

 

「そうなったら、殺すよ?」

 

ゾクリ、とセシリアと一夏の背中に言い知れぬ悪寒が走る。

 

声の発生源を見ると、目の光彩がストライキでも起こしているのか、淀んだ沼のようにドロドロとした目の鈴音がいた。そんな目でも顔は笑っているのだから恐ろしい。

 

「だって、そうでしょ? あたしが一年間ずっとずっとずっとずっと弾のことを思っていたのは、他の女なんかと一緒になるような弾のことじゃないもの。億が一でも、そんなことになったら殺して零にするしかないじゃん? でも、もし死んでも大丈夫。あたしがアイツをずっと愛してあげるもの! それに死んじゃえば他の女なんて見ない、あたしだけ見てくれる。あたしと弾だけに成れる。そうなったら他の人間なんて―――」

 

「ストップ!!! ストップですわ鈴さん!! 一旦、落ち着いてくださいまし!!」

 

何やらマズい方向にヒートアップを始めた鈴音を全力と全身で止めに入る。

 

一夏も肉を口先まで持ってきた状態のまま、ひきつった笑みで止まっている。

 

「どうしたのよセシリア? ただの冗談じゃない」

 

「冗談!!? 今のは完全に本気の顔でしたわ!! 本気と書いてマジですわ!!」

 

「・・・・・・愛情じゃなくて、愛憎で出来てんのかもな、この酢豚」

 

半泣き状態で鈴音に詰め寄るセシリアを見ながら、一夏はそっと肉と箸を置いたのであった。




リンリンさんがはっちゃけました。

日常を書くということは自重しないことと悟りました。

酢豚って美味いのにマイナーですよね、なんでだろう。


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第十九幕 自己理想

ちゃくちゃくと原作の原型が消えていくイギリスさん。貴女はどこへ行く。

ということで、インタビュー回


▼ ▼ ▼

 

放課後になって、専用機持ち同士でちょっとした模擬戦をやろうと切り出してみた。思いの外、セシリアは簡単に承諾してくれたけど、メインの一夏は気付けば行方不明。

 

男のIS乗りが、どんな風にやるのかを実際に見てみたかったんだけど、居ないならしょうがない。セシリアだけでもいっか、みたいな軽い気持ちだった。

 

でも正直、嘗めてた。

 

イギリスの代表候補なんて言っても、まだ一回しか動かしたことのないようなぺーぺーのド素人に負けたなんて聞いた時は、笑うこともできなかった。

 

だけど、あれが本当にその相手なの?

 

「どうしました鈴さん? 一旦、休憩にしますか?」

 

こうやって、相手を気遣うようなセリフ言っておきながら、あたしに向いてる五つの銃口が外れるようなことはない。

 

こちらが何をしようと、どんな策を巡らそうとも、それを始める前に蜂の巣にされてしまうかも。そんな、確信めいた危機感が、頭で赤いランプを鳴らして止まらない。

 

「ねぇ、セシリア。これって、ちょっとした練習試合みたいなのよ、ね?」

 

「えぇ、そのつもりですが」

 

「・・・・・・にしては、ガチすぎない?」

 

練習試合なんていっても、内容なんて単純なもので、セシリアが出力を最低にまで下げたレーザーライフルであたしを撃つ。対するあたしはそれを避けつつセシリアへ接近、攻撃という単調作業。適当にガールズトークに花咲かせながらやるもんだと思ってた。

 

でも、始まってみたらこれだ。

 

周りを飛び回る小さいのがあたしの進路を拒み、逃げ回るように旋回しながら意識の裏を舐めるように光が飛んでくる。

 

だけど、それ自体は問題ない。その程度なら避けきれる自信がある。

 

問題は本人が、あたしが"避けることを前提"に、狙撃してくるということ。

 

「よく言いますでしょう? 練習は本番であるように全力で、本番は練習のように落ち着いて殺れ、と」

 

「それが本当だったら、練習の時点でどんだけ犠牲者が出るのよ・・・・・・」

 

見た目から、プライドが高くて少し煽ればすぐに冷静さを無くすようなタイプだと思ってたけど、まるで真逆。

 

獲物を狙う鷹のように苛烈でありながら、その在り方は機械のように眈々と冷たいもの。

 

本当にあたしと同い年?

 

「ウサギを狩るのも獅子のごとし、って感じ?」

 

「あいにくと、わたくしは自分を獅子だなんて思い上がりはしていませんわ。ただ・・・・・・、まぁ、一昔前のわたくしはそうも思っていたかもしれません」

 

「今は違うの?」

 

ここに来て、ようやくセシリアがライフルを下げて、臨戦態勢を解き、ゆるゆるとあたしの方に近づいてくる。

 

「わたくしが素人に負けたのは聞き及んでいますね?」

 

「・・・・・・あぁ、分かった。つまり、ウサギに負けたから、どんな相手にも油断しないようにしてるわけだ?」

 

「ちょっと違いますわね」

 

あたしが自信満々に言ったことを、セシリアはあっさりと否定した。

 

さらに近づいてきて、一メートルもないような距離でセシリアは笑いながらにこう言ったの。

 

「ウサギだと思っていた相手が、単に化物だっただけですわ」

 

加えて、と静かに、不気味なほど静かにセシリアは続けてくる。そして、周りで駆動音が響いて、あたしが異常に気づいた時には全てが遅かった。

 

「いくら練習とはいえ、こんな距離まで相手の接近を許すなんて、危機管理が足りないのではないですか?」

 

あたしを取り囲むように並ぶセシリアのビットと、目の前の笑顔と一緒に向けられるライフルの銃口。

 

暑くもないのに汗が吹き出して、別に楽しくもないのに笑っちゃいそうになる。

 

この状況を簡単に言うとしたら、

 

「その"素人"さんとの出逢いで決めたことが有るんです。たとえ相手が生まれたての赤子であろうと、死にかけの老人であろうと、わたくしの敵として立つなら全霊を持って撃ち倒す。そこに例外はありません♪」

 

あー、これ詰んだわ。

 

◇ ◇ ◇

 

「へっくしょい!!」

 

IS学園の中、とある一年一組教室にて一夏と銀縁でアンダーリムの眼鏡に髪を左側で結んだ二年の女子、新聞部副部長の黛 薫子が一つの席を挟んで座っていた。

 

「風邪か?」

 

「きっと噂されてるんじゃない? 来週にはクラス対抗戦も始まるわけだし、日程表も出されて学園は大騒ぎよ! ということで、改めて取材に来たわけですよ~織斑君!」

 

そう言って薫子は、一夏の顔に押し付けるように紙を見せる。

 

表題には『クラス対抗戦日程表』とプリントされており、一回戦目には、

 

「一組対、二組か」

 

間違いようがなく、そう書かれていた。

 

「そう! 突如、世界の常識という名のガラスを突き破って現れた唯一の男性操縦者、織斑 一夏と前触れもなくお隣中国から遣わされた超新星、鳳 鈴音との決戦がまさかまさかの一回戦目から!! 少しは空気読んで、決勝でやって欲しいくらいのメインマッチなのよ!」

 

元よりテンションの高い彼女ではあるが、今回の一大イベントを前に様々な意味で学園を賑わす一夏に、独占インタビューをできるということで非常に喜んでいる。

 

仕事人というか、その類い稀なる好奇心からくる行動力は、文屋の鏡とも言えるだろう。

 

「ていうか、放課後の貴重な時間貰っちゃってゴメンね? 迷惑だったでしょ?」

 

「そんな、まさか。むしろ、俺としては都合がいいですし」

 

「ほう、何でかな?」

 

「黛先輩みたいな眼鏡美人と二人っきりなんて厚待遇は、願ったり叶ったりってことですよ」

 

「ぷっ、あっはははは! 残念でした、私の好みはクールなお兄さんであって、Sっ気な後輩は圏外なのよ?」

 

一夏の軽口に一瞬間が空いたが、そこは軽く流してみせる薫子に、ニヤニヤと笑いながらに一夏は肩を竦めた。

 

それから薫子は、自分の鞄中からボイスレコーダーにペンと手帳を取り出すと、席に座り直して一夏にを向き直る。

 

「それじゃあ、インタビュー始めてもいいかなーー!?」

 

「いいともーー!!」

 

「「year!!!」」

 

何やら二人の中で通じあうものがあったのか、笑顔でハイタッチしながら、薫子からの質問が始まった。

 

内容はいたって普通のものであり、世界初の男性IS操縦者になっての感想、これからの目標。少し変わって学園での日常に、昨今の世界情勢などなど、幅広く聞き出された。

 

「じゃあ、次は好みの女性について!」

 

「それって公開処刑じゃないすか」

 

「いいじゃんいいじゃん! 一度しかない学生生活、消えない傷の一つくらい残しとこーぜ!!」

 

ビシッ、と親指を立てて満面の笑顔を一夏に向ける。

 

そんな薫子に呆れ半分、愉快半分の笑みを溢しながら、一夏は答えた。

 

「気が強くって、自分を通そうとするタイプですかね」

 

「ほぉほぉ、それはまたなぜ? 苛めがいがあるとか?」

 

歯を見せながら、悪戯っぽく笑う薫子に対して一夏は笑わなかった。

 

「いや、そういうヤツが一番、人間らしい気がするんですよ」

 

どこか遠くを見つめるように、空虚で光のない眼が、薫子の一夏への印象を変える。

 

こんな顔もするんだ、と胸の内だけでそう呟いた。

 

「人間らしい、ってどういうこと?」

 

「・・・・・・自分らしく生きてるって言うんすかね。世界の常識を踏み倒して、自分の道理で突き進むような感じです。善人、悪人関係なく、俺はそういう人間が好きです」

 

「善悪関係なく?」

 

「はい。善か悪かなんて、結局は後のヤツが決めることですし、そんなことで折れるような半端な人間は逆に嫌いですね」

 

薫子は目の前の一夏を見定めるように、目を細めた。

 

彼の言うことは理解できる。だが、善悪関係なしというなには少なからず引っ掛かりを覚えるものがある。

 

人間というのは理性の生き物だ。もちろん、そこには善悪の概念が存在している。善となる行いは社会というコミュニティで生きる人間には必須となるものだ。

 

ならば、わざわざ逆の反社会的な悪行を進んで行う者はなんというのか。

 

『狂人』

 

そういった類いの人間は、ことごとくがそう呼ばれ、社会から抹消されていく。

 

「織斑君も、そういう人が目標?」

 

「まぁ、そんなところです」

 

「犯罪であっても?」

 

「古臭いモラル気にして自分を曲げるのは嫌ですからね。そもそも自分のやることを善だ悪だとか言うのって、かなり痛いじゃないっすか」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

「ただ半端な生き方はしたくないってだけです。中二拗らせた男子の戯言ってことで聞き流してください。思春期になると王道の英雄より、ダークヒーローに憧れるもんなんですよ」

 

「・・・ふーん」

 

メモも取らず、レコーダーの電源までも切り、薫子は一夏の話を神妙な面持ちで聞いていた。

 

端から聞けば彼の言うとおり、ただの妄想話かもしれない。だが、彼女の目に映るのは疲れきった笑顔と、何も無い真っ暗な瞳だった。

 

「他には?」

 

「じゃあ、もう一つだけいい?」

 

「もう最後ですか。なんか寂しいっすね」

 

感慨深げに頷き、一夏は薫子の言葉を待つ。

 

そして、薫子が口を開くより先に、教室に誰かが文字通り飛び込んできた。

 

「おりむーみっけー!」

 

「おう!? のほほんさん!?」

 

椅子の上では受け止められないと判断した一夏は、反射的に立ち上がり小柄な本音の体を抱き止める。

 

唐突な登場に二人が目を丸くしている中、本音だけが通常運転だった。

 

「あっ、まゆしぃ先輩だ!」

 

「のほほんさん、流石にそのアダ名は危ない。えーと、最後の質問ってなんすか?」

 

「えっ、あー・・・・・・、いいや。いい話が聞けたし。それよりも、アナタたち二人をモチーフにした四コマを、私たちの新聞に載っけたいんだけど、いいかな?」

 

「えっ!? マジっすか!!」

 

「おぉ、ついに私たちも漫画デビューだー!」

 

薫子の話に、一夏が本音を抱き上げながら、嬉しそうで楽しげに笑いあっている。

 

そんな二人を置いて、薫子は教室を後にしていく。

 

「結局、"たっちゃん"のことは聞けなかったな。色々聞けたからいいけど。とりあえず、百舌鳥に四コマのことを話通しておかなきゃ」

 

そんな一人言を言って、彼女は歩き出した。

 

◇ ◇ ◇

 

薫子が廊下を歩き出した頃。

 

「ねぇねぇ、おりむー。一つ訊いていいー?」

 

本音を背中に背負いながら寮への道を歩いていた一夏に、背中の本音が話しかけた。

 

「なんだよ改まって、一つと言わず幾らでも聞いてくれよ」

 

「さすがおりむー、太っ腹ー! でも、一つでいいかな?」

 

「オッケー。それじゃあ、なにが聞きたい?」

 

一夏は本音を背中から降ろし、視線が合うように自分も姿勢を低くする。

 

そんな面と向かった状態で、ニコニコと笑いながら本音の言葉を待つ一夏だったが、彼女の一言に入学してから一番の驚愕を覚えることになる。

 

「私に隠してること、ない?」

 

「――――――えっ」

 

普段から眠そうに伏せられた瞼は完全に開き、彼女のブラウンの瞳が一夏を捕らえる。そして、いつもの間延びしたような声でなく、何処までも透き通るような氷の刃のような響きに、一夏の全身から冷や汗が吹き出した。

 

―――あれ、誰だっけこの娘?

 

「えっと」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

「特に、思い付かないんです、が・・・・・・」

 

「そっか、隠してるつもりはなかったんだね」

 

「えっ、どういう―――」

 

「あと、少しの間だけ、しののんが私の部屋に泊まるから。先生は了承済みだよ」

 

「いや、だから―――」

 

「じゃあ、また明日ねー!」

 

パタパタと走っていく本音の背中を見ながら、何とも形容しがたい顔で固まる一夏がそこにいた。

 

「やっべ。これ死ぬかもしんねぇ・・・・・・」

 

近い内に、自分の一番の友人により何かされることを確信した、一夏であった。




意識してはいないのですが、ちゃくちゃくと雪車町に近づくサマー。ていうか、言ってることまんまアイツ。

そして、覚醒しつつある本音様。誰だっけこの娘。

あと、名前だけ番外のあの方登場。出番はあるのか。

次あたりは中国戦かな?


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第二十幕 接敵会敵

最近になって非常に忙しくなり、更新が遅れ気味。

今回が難産だったというのもありますが。

というわけで、中国激闘回

そして、敵


▼ ▼ ▼

 

チクタクチクタク、この学園内では不釣り合いな程に丸く安っぽい時計が、規則的な音と一緒に針を回してる。

 

円盤の上に在るのは三本の針。大きさも違えば、動く速さも違うそれは、全部が同じ場所を回っているのに重なるのは一瞬。ほんの一秒過ぎたら離れてしまう。

 

それをしばらく、時間を忘れて眺めてた。時間を知るための時計で時間を忘れるっていうのも、何か変な話だけど。

 

「お茶が入りましたよ、お嬢様」

 

「・・・・・・もう、お嬢様はやめてよ虚」

 

そう言って私の目の前にティーカップを置いたのは、生徒会で会計をしてくれている布仏 虚。歳は一つ上だけれど、家柄とかそういうのは関係なしに昔から私たち"姉妹"によくしてくれている。

 

「まだ、痛みますか?」

 

「ううん、ちょっと考え事」

 

花の香りを漂わせるカップから紅茶を口に含みながら、空いた右手は自然とお腹を押さえている。

 

あの日、少し御灸を据えるつもりで彼を呼び出しただけで。あそこまでやるつもりはなかった。なんて、ただの言い訳でしかないけど、まさか私がヤリ返されるなんて想像もしていなかった。

 

今でこそ痛みもないが、上着を捲ればうっすらと青い痣が残っている。

 

「まぁ、あの時のことは会長の自業自得でしたけどね」

 

「あなたは彼の肩を持つの?」

 

「あの整備室の始末をしたのは私ですよ? あの床一面の惨状を見れば、会長が一体なにをしたのか、それが報復されても仕方がないことだということも判ります」

 

「うっ・・・・・・」

 

そう言われてしまうと反論の余地がない。

 

でも、そうあの時の彼が私に向けていたのは、暴力への怒りだけであっただろうか。あの全身の肌が粟立つような、圧倒的でハッキリとした怒りの理由がそれだけのものなのか。

 

「ねぇ、虚。人にとって一番にツライことって、何だと思う?」

 

脳の奥に刻まれているのは、意識が途切れる間際の彼の声。

 

人にとって一番ツライのは、大切な人が隣に居てくれないこと。私の中の彼が言いそうにない言葉。

 

だからこそ、疑った。彼のような存在が、何故そんな人みたいなことを言うのか、と。

 

「・・・・・・私にとってツライことは、お嬢様や簪様に本音、クラスの級友たち、そして家族と離ればなれになることです」

 

彼女から返ってきた答えも、彼と同じものだった。

 

「お嬢様。あなたが彼に何を言われたかは分かりません」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

「ですが、人と人の繋がりを大切にする人間に、人としての道理を外れるような者がいるでしょうか?」

 

正論だ。

 

普段の彼は気さくな好青年。演技であるという可能性もあるが、いつも彼の傍にいる彼女たちといる姿は、年相応の少年にしか見えない。

 

「・・・・・・分けが分からないわね」

 

結局、あなたは何が言いたかったの?

 

人の痛みなんて理解できないと言っておいて、誰よりも痛みを知っているであろう君は、何を思って私にあの事を言ったの?

 

ねぇ、織斑 一夏。

 

あなたは、一体なんなの?

 

◇ ◇ ◇

 

第二アリーナ。

 

そこには二つの『赤銅』と『白』が、鎬を削りきる闘いを繰り広げていた。

 

「ぎゃはははははははは!! いいねいいねぇ! やっぱり喧嘩はガチで殴りあってなんぼだよなぁ!!?」

 

『白式』に乗る一夏は、右肩に担ぐように長刀の形をした物理ブレード、《雪片弐型》を携え相手へと突貫していく。

 

その構えは、剣の道を進む者なら『示現流』の基本形を想像するかもしれないが、この男にはそんな知識も経験も無い。相手を叩き斬る、それを突き詰めて自然にとったものであろう。

 

「だぁー、もう! 高笑いしながらじゃなきゃ戦えないの!? ハッキリ言うけど恐い通り越して不気味よあんた!!」

 

「楽しいから笑ってんだよ! 今からテメェをバラせると思うだけで、背筋が震えちまうよ!!」

 

「ただの変態じゃない!?」

 

対する鈴音の『甲龍(シェンロン)』は二刀で一本の青龍刀を模した大型ブレード、《双天牙月》を連結させて一夏を迎え撃つ。

 

現在、行われているクラス対抗戦第一試合である一組代表の一夏と二組代表である鈴音の試合は、話題性のある二人ということもあり、観客席は満席、通路に座る者さえいる程だ。

 

そんな彼女たちの視線を総取りする二人は、同じパワータイプの機体ということもあり、その戦いは熾烈を極めている。

 

「おぉうりゃあああああ!!」

 

「はぁああああああ!!」

 

白銀の刃と黒鉄の大剣が激突し、はじかれ、それでも相手より早く切り裂くために振るわれる剣閃は、火花を散らせながらに二人を彩る花弁となって瞬きを繰り返す。

 

視線を隠しながらも、その口は耳まで引き裂く程に引き上げる一夏に、多少の強張りは有りながらも確かに笑う鈴音たちの戦いは、次の段階へと踏み込んでいく。

 

「ねぇ、一夏。あんたのISって射撃武器は無いの?」

 

「あぁ? あるわけねぇだろ! ブレード一本で特攻するのに浪漫があるんだろぉがよ!」

 

「そう。じゃあ、これからは必死に逃げてね?」

 

どういうことだ、と一夏が聞き返す前に、鈴音の『甲龍』の両肩の横に浮かぶ棘の付いた装甲が稼働し、その内部を晒していく。

 

その光景は、一夏に龍が口を開いていくような印象を持たせた。

 

「言っておくけど、ISには絶対防御なんていうのが在るけど、あれって完璧じゃないのよ。だから・・・・・・」

 

そこで鈴音の表情が変わる。

 

極微細な変化ではあったが、さっきまでのスポーティな笑みでなく、嗜虐心を含んだ笑い。

 

そして、八重歯の光る小さな口から宣告されるのは、小悪魔のような悪戯心と残酷さが溢れていた。

 

「いきなり全力全開よ。耐えてよね?」

 

瞬間、一夏の腹部に衝撃が破裂した。

 

「ごっああああああ!!?」

 

一点から弾けた鈍痛が全身へと隈無く回る中で、一夏は頭を巡らせながらに原因を探っていく。

 

自分がこうなる前にあった予兆。

 

思い当たるのは一つだけであった。

 

「あの、龍頭か・・・・・・!?」

 

肩部大型衝撃砲《龍砲》。それが鈴音の肩に浮かぶ二つの、正式名である。

 

名前の通り、相手に衝撃を弾としてぶつけるものである。言えば簡単なものだが、これの最もなアドバンテージは、"砲身も砲弾も視認できない"ということにある。

 

第三世代の兵器であり、空間そのものに圧力をかけて砲身を作り上げ、その過程で生まれた衝撃を弾として飛ばしているのが《龍砲》だ。もちろん圧力の加減は可能であり、威力を考えないのであれば機銃のような連射もできる。

 

実弾のような弾切れを起こすこともなく、砲身斜角も無制限であるため如何なる角度にも対応できる。兵器としてはかなりの完成度を誇っている。

 

「ちくしょう、でん〇ろう先生みたいな武器を使いやがって!」

 

「誰よそれ?」

 

「はぁ!? でんじ〇う先生知らねぇとか、お前は今までどうやって生きてきたんだよ! 前世からやり直してこい絶壁まな板貧乳娘が!!」

 

「何でそこまで言われなきゃいけないのよ!? ていうか、今あたしの胸のこと言ったわよね? 挽き肉するけど良いわよね? 良いよねぇ!!?」

 

一見、バカみたいな会話をしているが、一夏は既に《龍砲》の一撃一撃を躱し始めている。

 

一夏が細かに身を翻すたびに、後方へと突き抜けていく大気の唸り声が鼓膜を振り動かす毎に、彼の笑みも深くなっていく。

 

「なぁー、鈴音さん。聞く話によれば、お宅って一年で代表候補の座をもぎ取った偉業があるらしいじゃないですか」

 

「あ゛あぁん? それがどうしたのよ!?」

 

「やっぱり、愛しの弾くんに会いたくって頑張ったの?」

 

「そんなの当たり前でしょうが! ・・・・・・にっ、にゃーーーーー!!!?」

 

「へぇぇえええええぇえぇぇ」

 

「な、なんてこと言わせんのよ!?」

 

「実に愉悦なり」

 

「絶対、絶対にぶっ殺す!!」

 

これが一夏であった。

 

どれだけ不慮の事態に陥ろうと、そのマイペースさが崩れることはない。

 

どんな実力者であろうと、どれだけ高位な人間でも、虚言戯言罵詈雑言を並べ立て、自分の間合いへと持ち込んでは喰い殺す。

 

それが一夏のヤリ方である。

 

「ほぉら、弾が当たらなくなってきてるぜ? 頭ん中の弾くんと少しの間だけバイバイしようねぇ~」

 

「なんで、あんたは、そうも的確に人を苛つかせっ!?」

 

「腹がガラ空きなんだよ、お嬢様ぁ!!」

 

空気の弾幕を突破し、一夏は《雪片弐型》の間合い、ひいては彼の絶対距離へと飛び込み、逆袈裟に刃をかち上げる。だが、鈴音とてただヤラれはしない。持ち前の反射神経によって、瞬時に《双天牙月》を分離し片方の一本で袈裟斬りを防ぎ、もう片方でカウンターを狙うがそれを起点の部分で一夏が掴み上げることで止める。

 

お互いの技量が拮抗し、完全な膠着状態に一夏も鈴音も、ひたすらに押し負けんと力を込め続ける。

 

「くっ、ひひひひ。あぁ、楽しいなぁ。そうは思わねぇか?」

 

「・・・・・・あいにく、楽しんでる余裕なんて、ないわよ」

 

「あら、そうかい。そいつぁ―――

 

◆ ◆ ◆

 

やぁ、久しぶり

 

元気にしてた?

 

◆ ◆ ◆

 

―――――――――ぎゃは」

 

唐突に一夏が力を抜いたことで、鈴音がつんのめるようにバランスを崩す。

 

いきなりのことに鈴音が一夏を問い質そうとする寸前に、"アリーナ全体に衝撃が走った"。

 

『織斑くん、鈴音さん試合は中止です! すぐにピットに戻ってきて下さい!!』

 

耳元に響く慌てた女性の声と、一夏の視線を辿り見つけた先にいたのは、明らかな異形の存在。

 

無骨なフルアーマーに、自身の胴体よりも巨大な両の腕。全身のいたる所に取り付けられた銃口は、その異形が兵器として運用されているものだということを理解させる。

 

そして、それが『IS』であるということも。

 

そして、唐突なことに。

 

「きひ」

 

一夏が嗤いだした。

 

「ぎひひひははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!! へゃひぎひゃははははははははははははははっははははははははははははははははははははは!! あっははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!」

 

『狂人』は喉を反らせて嗤う。

 

嬉しそうに、愉しそうに、イカれたように嗤う。

 

「―――よう、地獄が寂しくて迎えにきたのかよ、"兄弟"?」

 

◆ ◆ ◆

 

嗤う。

 

嗤う。

 

嗤う。

 

さぁ、嗤って、狂って、壊れた舞台の幕上げといこう。

 

嗤え。

 

嗤え。

 

嗤え。

 

役者は三人。吊るされた人形に、嗤う人形と、可哀想な女の子。

 

これより正道な展開なんて有り得ない、破綻した物語は『ご都合主義』を交えて回りだす。

 

さぁ、今宵の人形劇を始めましょうか。

 

◆ ◆ ◆




さてはて急展開。

加えて次の更新はいつになるのでしょうか。

なるべく早く出せるようにしたいです。


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第二十一幕 決意決着

二週間ぶりで、お久しぶりです。

稲刈りの合間を縫って書き上げました。

リンさん、マジリスペクト回


世界はいつだって予想外の事を抱えて待ち構えている。それは規模、低劣高尚関係なく唐突に始まり、時には常識の一切を否定し尽くす。

 

「なんなのよ、これ・・・・・・」

 

所在なさげに立ち竦む鈴音は、誰に言うでもなく、そう呟いた。

 

ISとは最も安全な兵器。それが世界の定説だ。代表候補である鈴音にとっても、わざわざ確認するようなことでもない事実。

 

そんな現実は目の前の惨劇によって、還付なきまでに破壊されてゆく。

 

そこには『異常』と『異形』がいた。

 

「なんで、こんなことになってんのよ・・・・・・?」

 

異形のISは、全身に幾つもの砲門を持ち、両肩部に二門、腕部に二連装のビーム砲が絶え間なく赤い閃光を吐き出している。そして、掌に存在するアリーナのシールドを破壊した二つの主砲。さらに不規則に並べられた砲口が暗い口を開けている。加えて、その全身にはアンバランスな機体を支える為か、複数のスラスターが見える。

 

異形は忙しなく飛び回る『白』を撃ち落とさんと、弾幕を張りつつ距離を詰めていく。

 

対する『白』は、真っ黒な■■を従えた笑みで嬉々として白刃を構えて光雨の中に身を投げ込む。

 

狂っている。

 

イカレている。

 

目の前の奴らは、互いを"殺し"、"殺そう"としている。

 

「ぅぐっ、ぁぁ・・・・・・!」

 

今にも胃の中身を吐き出しそうになる恐怖。

 

風景から色が消えていくような轟音と■■のぶつかり合い。

 

誰もが目を逸らしたくなる、あまりにも常軌を逸脱した最悪な最悪に、鈴音の心が音を立てて崩れようとしていく。

 

「いや、助けて。誰かぁ・・・・・・弾、助けてぇ・・・!」

 

『―――ん、凰 鈴音! 聞こえているか!?』

 

意識の飛びかける間際、鈴音の頭に響いてきたのは冷然とした女性の声。

 

「・・・・・・織斑、先生?」

 

『ああ、どうやら無事なようだな』

 

幾分か険の取れた声から向こうの千冬が、少なからずも焦っていたのを感じさせる。

 

そして、鈴音も知人の声を聞くことで冷静さを取り戻し、数度の深呼吸によって吐き気も落ち着きをみせた。

 

『ともかく現状の確認だ。話せるか?』

 

「・・・はい、問題ないです」

 

『よし、今お前たちが相手にしているのは、完全な所属不明機だ。あの兵装からすれば大方の目的に検討は付くが、推測の域は出ない』

 

「テロリスト、ですか?」

 

『さぁな、例えどのような目的が在ろうと、ヤツはこちらを脅かす敵には間違いない。観客席の生徒たちは、居合わせたセシリアが誘導し避難済みだ』

 

視線を周囲に回してみると、鉄製の扉の全てが無理矢理こじ開けられている形跡があり、彼女が何をしたのか想像させる。

 

『緊急用のゲートがあるはずだ。お前はそこから脱出しろ』

 

「あの、でも、一夏がまだ・・・・・・!」

 

千冬の進言に鈴音はこの場から出れることに安堵するが、すぐに一夏の存在を千冬に伝える。

 

既に教員たちもISで武装し、この場の鎮圧に来てくれるはずだ。

 

そう思っていただけ、次の言葉に織斑 千冬という人間の正気を疑った。

 

『放っておけ』

 

何の色も感情もない、何処までも冷えきった言葉に鈴音の思考が白く染まる。

 

「見捨てるんですか!?」

 

理解の追い付かない思考をギリギリと動かし、鈴音の震える声が糾弾するように千冬へと向けた。

 

千冬の発した言葉は、彼女にとって決して許容できないものだ。

 

仲間を置いて逃げる? そんなことをするくらいなら、自ら舌を噛み切る方がマシだ。それが凰 鈴音という少女だ。

 

そんな彼女の叫びに返ってきたのは、千冬の深いため息だった。

 

『お前の言い分は正しい。だがな鈴音、"善意だけで人は救えない"。理想家に人が導けないように、力を持たない人間がどれだけ騒ごうと、それはただの雑音だ。聞くに堪えない、幼稚な子守唄にすぎない』

 

それは鈴音を咎めるような言葉ではない。

 

ただ静かに、理解してもらおうと語りかける、母が子に向けるひたすらな優しい願い。

 

『お前では無理だ。あの戦争は、あの二人は止められない。だから、早く逃げろ!!』

 

その千冬の声が響くと同時に鈴音が視界の端に捉えたのは、武器を奪われ、地に転がり落ちる一夏の姿だった。

 

◇ ◇ ◇

 

まず感じたのは、喉にせり上がる焼けつくような胃液の苦味。

 

次に来たのは、痛みと衝撃。

 

「――――――ッ!!?」

 

『敵』の撃ち出す閃光の嵐を回避しながら接近、ついに彼自身の間合いへと到達する。セシリアのよりも濃密な弾幕を展開しているが、それも一方向から飛んでくるもの。砲口が見えている時点で、直線的な銃撃など一夏にとっては何の意味も成さないのだ。

 

そう、セシリアの時のような、"巫山戯た遊び心"は一切無い。

 

あくまでも真面目に、真っ直ぐに、嗤いながら剣を振りかざす。

 

それでも彼は自分の愉しみを優先してしまっていた。故に、今の様にいたる。

 

単純な話だ。

 

正面から斬りかかり、刃は右の手に受け止められ、返ってきたのは左の鉄拳であった。

 

「きぃひひひひぎきくくかかかかっ」

 

吹き飛び、砂塵を巻き上げ体が跳ね回る中で両手を地面に突き刺し勢いを殺しながら、一夏は喉を鳴らせるように嗤う。

 

相も変わらず、目を隠すようにある等間隔に斜線の引かれた、カッターの刃を思わせる鋭いバイザーを無視し、その口角は彼の心情を雄弁に語るように引き上げられる。

 

唯一の武器を奪われはしたが、『敵』はいまだに《雪片弐型》をその右手に握りこんでおり、アリーナの強固なシールドさえも破壊する主砲の一方が使えない状態にある。

 

それでも左が残っている。

 

一撃でも当たれば、ISの《絶対防御》の上からであろうとこちらを消し飛ばす必殺は、それだけで十分過ぎる脅威となる。さらには数多のビーム砲を備える『敵』に何処を差し引こうと、一夏には優勢なものなど存在しない。

 

だが、一夏はそれでも嗤う。

 

「ィヒヒヒヒヒヒヒヒ!!」

 

両手を地に着け、猫のように背を伸ばしながら構える。

 

『敵』も、全砲口を一夏へと向けて静止する。

 

どれだけ贔屓目に見ようと一夏に勝利はない。そう考えさせられながらも、彼に引き下がらない。不敵に不遜に不気味な笑顔を貼り付けて、対する無機質で無情な無貌に並べ侍られたレンズを見据えて嗤う。

 

ゲラゲラヘラヘラニヤニヤと、

 

笑い、嗤って、嘲笑う。

 

「さぁ、仕切り直しといこうぜ?」

 

『白式』のウイングスラスターから青白い焔が噴出され、『敵』も左の掌を一夏に向けてエネルギーを集約させていく。

 

二体の戦争は、第二幕へと動き―――

 

「何やってんの、あんたはーー!!?」

 

唐突に聞こえてきた甲高い声と同時に『敵』が左腕を空に向けてレーザーを撃ちだし、それを寸で回避しながら、赤銅色の鋼が一夏の横に降り立った。

 

IS『甲龍』を纏った、中国代表候補である凰 鈴音が息を切らしながらに現れ、張り詰めた空気が霧散していく。

 

「色々と訊きたいことはあるけど、あんたは早く逃げなさい!」

 

「・・・・・・はぁ?」

 

「いいから、さっさと―――」

 

一夏は鈴音の言葉を遮るように、彼女の後頭部を殴り付けた。

 

声すらあげさせず地面に叩きつけ、鈴音の頭を正面から掴み上げ、一夏は自分の眼前に持ってくる。

 

「えーっと、何だっけ。逃げろ? なにそれ、新手のギャグにしてはセンス無さすぎ。それとも、アレ? 俺を助けにきたよー、みたいなやつ?」

 

バタバタと暴れる鈴音を、さらに力を加えることで強制的に黙らせながら、淡々と一夏は独り言のように言葉を紡いでいく。

 

「いやー、格好いい。知り合い残して一人で逃げられるかー、みたいな? 吐きそうだ。テメーの『正義』はただの『ゲロ』だ。見てるヤツも思わず貰いゲロしちまう、綺麗で美しく素晴らしい鼻を摘まみたくなるような臭ぇ綺麗事だ。特に、そんなビビりまくってる状態で来てるって辺りが美談だね。涙が出るよ」

 

「あっ、ぎぃ・・・・・・!」

 

「なぁ、俺はテメェみてぇなヤツが嫌いだ。現実と理想の天秤がぶち壊れたような夢追い人が。その頭かち割って風通しよくすりゃ、少しはまともになるのか?」

 

そう言って一夏はさらに力を加えていく。それこそ、手の内のモノを握り潰さんとするように。

 

痙攣するように動いていた鈴音も次第に動きが小さくなっていく。

 

だが、

 

「・・・ふざ、けんじゃ、ないわよ」

 

鈴音の右手が、一夏の腕を掴み引き剥がしていく。

 

徐々に離れていく手の下には、溢れる涙の奥に、確かな意志の炎を孕んだ瞳があった。

 

「誰が、あんたを助けるなんて、言ったの。あたしは、あたしが"逃げたくない"からここに来たのよ!」

 

「・・・そんなにビビってんのにか?」

 

「五月蝿い! ホントはこんなとこ一秒だって居たくないわよ。だけど、あんたを、"友達"を置いて逃げたら、あたしは弾に会わせる顔がない!!」

 

完全に腕を離し、逆に一夏の首を掴んで引き寄せながら、鼻がぶつかり合う程の至近距離で鈴音は一夏に叫ぶ。

 

「あたしはあたしの為にここに来てるの。だから、あんたはあたしの為に助けられろ!!」

 

一夏は考える。

 

掴まれた首から伝わる腕の震え。血の気の失せた肌。焦点が合わず、開きかけている瞳孔に深い呼吸。

 

自分の所為とはいえ、そんな状態で啖呵を切る少女の姿に、言葉が詰まる。

 

「・・・お前の青竜刀、寄越せ」

 

「えっ?」

 

「アイツに得物取られてんだよ。貸してくれ、二本。あと、お前は下がれ。もう限界だろ?」

 

「・・・・・・あんたの所為なんだけど」

 

「だから任せな。お前は安心して死んでろ」

 

加害者であり騒動の原因である人間とは思えない物言いに眉を寄せながら、渋々に鈴音は《双天牙月》を手渡す。

 

「あと、殴って悪かった・・・」

 

そんな彼女から剣を受け取りながら、一夏が小さく言った言葉に一瞬呆気に取られるが、ニヤリと笑みを浮かべると背を向けてゲートへと移動していく。

 

再び二体だけの状況の中で、両手に下げた武器の重みを確認しながら、一夏は『敵』へ向き直る。

 

「・・・・・・いい女だよなぁ。あんな女を殴るたぁ、俺もヤキが回ったか? マジで弾くんが羨ましぃぜ。そう思わね?」

 

カラカラと軽薄に笑いながら、会話中も攻撃をしてこなかった『敵』に問い掛ける。

 

勿論、返事が返ってくるわけもなく、ただ左の掌の砲口を一夏に向けるばかりであった。

 

「まぁ、モテねぇ野郎同士、さっさとこの三文芝居に幕を引くとしようぜ」

 

その言葉と同時に、一夏の姿が"消えた"。

 

いや、そう見えただけだ。《瞬時加速》という、エネルギーを大量に消費する代わりに、瞬間的なスピードを急激にあげる技術であり、消費するエネルギー量で速さも変わる。一夏はそれを連続で使用、高速の多角的な軌道で『敵』の狙いを撹乱する。

 

『敵』も捉えきれないと判断したのか、当たれば御の字の全方位攻撃を開始する。

 

だが、それは悪手だ。今の一夏を抑えるには貧弱すぎる。

 

「まずは、一本!」

 

迫りくる紅い光線を掻い潜りながら右に回り込み、《雪片弐型》が握られている腕に目掛けて《双天牙月》を投げ込む。

 

大気を唸らせながら一本目がその剛腕に食い込み、それに二本目が激突、破砕音を響かせながら右腕が切断された。

 

腕が地に落ちるより早く『敵』の左拳が迫るが、鞘から抜き出すように《雪片弐型》を正面から叩き斬ることにより迎撃、破壊する。

 

「二本目、最後ォ・・・・・・!!」

 

一夏の叫びが轟く。

 

全身の力、ISのパワーアシストの全てを使った鈍色の白色が光り、『敵』の体内に刀身が吸い込まれていく。

 

そして―――

 

「先に地獄で待ってろ。"あいつら"土産に、すぐにそっち行くからよ」

 

『敵』の胴体が切り離された。

 

切断面から噴き出す機械特有のスパークを瞬かせながら、四肢を落とされた異形が地に墜ちていく。

 

「じゃあな」

 

一夏は静かに、自分を見詰める顔へと、剣を突き刺した。




貧乏暇なしと言いますが、この時期の一次産業はマジで大変です。

余談ですが、リンリンに言ったことですが、あれ原作の白サマーに言ってやりたいです。

これからも頑張っていきます。


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第◆幕 ◆◆◆◆、◆◆◆◆◆

邯鄲の枕っていう、古事記を知っているかな?

 

あるところに夢も何も無いくせに、自分の人生に不満ばかり溜めこんでいる少年がいたんだ。少年は代わり映えのない毎日に嫌気が差して邯鄲っていう場所を目指して故郷を出た。物語はある日ある所で少年が仙人に出逢う場面から始まっていくんだ。

 

少年は仙人に自分の不遇な日常についての不平不満と愚昧な愚痴を、憂さを晴らすように言ってやったんだよ。

 

仙人からしてみれば、たまったもんじゃないよね。唐突に見ず知らずな行きずりの少年にそんなことを言われてもハッキリ言ってどうでもいいし、ましてや怒りこそすれ同情なんてできるわけもない。

 

でも、やっぱりそこは仙人といったところなのかな? 最後まで話を聞いてやるだけでなく、使えばどんな願でも叶ってしまう枕、なんていう秘密道具を少年に渡してしまったんだ。

 

勿論、少年は枕をもらったよ。

 

自分で何をするかも考えないで、ひたすらに改善もしない現状についてグダグタ言うだけのこの手合いは、相手がどうゆう意図で好意をくれるのか考えもしないのさ。

 

さて、枕を使った少年の人生は見るも美事に激変していった。

 

美人なお嫁さんをGETできたり、あっという間に出世していったり。だけど、出世に目が眩んで欲が出てしまったうえに投獄されてしまって、獄中で自分の所業を後悔して自殺しようとしたりしてる内に無罪放免されたり。自分を見つめ直した少年は、義に立ち上がり動き出したり。そうやって頑張ってる内に王様になって臣民たちにも慕われる最高の王であり続けたり。そして、死の際には多くの子供や孫たちに囲まれ、誰もが彼の死を惜しみながら眠るように最後の刻を越えたんだよ。

 

そして、少年は目を覚ますんだ。

 

状況が掴めないでいる少年の目に入ったのは、寝る前に火にかけていた煮える前のお粥だったのさ。

 

実は少年が見た一生分の毎日は、お粥さえできない短い夢だったというのが、この物語のオチ。

 

そんな夢から少年は自分の浅ましさを痛感し、何故か枕元に立っていた仙人に礼を告げて故郷に帰るんだけど、『僕』が言いたいのはそこじゃない。

 

簡潔に言うならば、皆が過ごす現実が、夢でない確証は何処にもないってことなんだよ。

 

もし気になったんなら、今すぐ頬をつねってみたら面白いかもよ?

 

どうせだから言っておくけど、この世界は、『僕ら』が見続ける白夜の明けることのない夢なんだよ。ひどく夢見心地のいい、最悪な夢。

 

嫌な現実を、ひどい夢のようだと表現することがある。もし、その言葉を引用するなら、『僕』の毎日こそ悪夢の連続だ。早く終わって欲しいと思う反面、それでも生きていたいと思う自分がいるんだ。

 

―――閑話休題もここまでにして、そろそろ本題に入ろうか。

 

今回の成績についてだけど・・・・・・、うん、いいんじゃないかな。

 

正直に言えば、期待した通りにやってくれたし、ある意味では予想以上だったかな? ただ、あんなにペラペラと喋るのは戴けないね。誤魔化すのは面倒だったよ。

 

まぁ、それでこそだよ。

 

ハッキリ言えば、合格だ。お前は『英雄』の道へと踏み出した。『世界』に都合のいい、仕立てあげられる『英雄』の道を。

 

今は筋書通りの展開に、当たり障りの有りまくるような平凡の日々だけど、お前が周りに与えてる影響は彼女たちの中で確かな形になっていっているよ。まだ、時間はかかるけどね。

 

それまでは、『僕ら』が舞台装置として世界を回すよ。

 

じゃあ、またいつか。

 

それまでに、答えを用意していてくれよ?

 

なぁ、『一夏』くん。



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第二十二幕 涙染感渉

ようやく作業が落ち着きを見せてきました。

だからといって、更新ペース上がるのかと言うと・・・・・・うん。

ということで、リンさん流石リンさん回


▽ ▽ ▽

 

今でも思い出すのは、あの井戸の底のような毎日

 

暗く、固い石に囲われて、冷たい水は容赦なく体から熱を吸い上げてく

 

でも、底から見上げる空の青さは、言葉にできないくらい綺麗だった

 

―――だれか・・・・・・

 

そう、気絶しそうなくらい綺麗なくせに、底無しの青い空は、まるで牢獄のように重苦しかった

 

手を伸ばせば掬えそうなのに、手を伸ばせば届きそうなのに、爪の先さえ掠らない

 

当たり前だよね

 

手なんて、一度だって伸ばしたことなんてなかったんだから

 

―――だれでもいいよ・・・・・・

 

このまま自分がどうなるかを、ひたすらに考えてた

 

それ以外に、やることがなかったのが、正直なところだけど

 

日に日に増していく水かさに、自分の限界を感じながら、結局は何もしないでいる

 

―――・・・・・・・・・ッ!

 

水が体を呑み込んでいく

 

喉が塞がれる

 

苦しくても、死にたくなくても、これでいい、もういっかなんて諦めてる自分がいる

 

でも

 

それ、でも

 

―――だれか、助けてっ!!

 

・・・・・・・・・・・・・・・

 

きっと、一生忘れないと思う

 

溺れかけていた"あたし"を、空に引き上げてくれた、あの手を

 

冷えきった手を握ってくれた、温かかった"あいつ"の手を

 

▼ ▼ ▼

 

「・・・・・・ん。うーん?」

 

何だか、頭がボンヤリする。

 

まだ視界がハッキリしないけど、消毒液の臭いと白い布団の感じからして、たぶん保健室だろうか。

 

でも、どうして保健室なんかで・・・・・・。

 

「起きたか、鈴音」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

ようやく霧の晴れてきた視界の先にいたのは、彼(か)の世界最強である織斑 千冬先生だった。

 

えっ、なんで?

 

状況がまったく読めないんですけど。

 

「あまりに幸せそうに寝ているのでな、お前が起きるのを待っていたんだ」

 

「そう、ですか・・・・・・」

 

「それにしても、夢の中まで愛されるなど、相手もさぞ幸福だろうな」

 

「はぁ、そうで・・・・・・ん?」

 

一気に思考が回復していく。

 

今なにか不穏な発言があった気がする。そう、今後のあたしの学校生活において致命的とも言える情報が先生に露呈している可能性がある。

 

いや、きっと聞き間違いだよね。寝起きだから、「アイス食べる?」と「愛される」を間違えたんだ。

 

なぁんだ、先生も気が利くじゃない。最近暑くなってきたし嬉しいなー、アッハッハ・・・・・・。

 

「で? その弾少年とは、どこまでいったんだ?」

 

「・・・・・・なんでぇ」

 

バレている。しかも、名前まで知ってるし。

 

もしかして寝言でバレたのかな?

 

内容が思い出せない。もし"そうゆうの"だったら・・・・・・。うー、ちょっと勿体ないなぁ。

 

「とりあえず、録音したのがあるが?」

 

「なんで録音してんですか!?」

 

「なかなかな内容だったのでな、、面白半分に悪戯心が疼いたんだ。なんなら使うか?」

 

「何にですか! 何に使えって言うんですか!?」

 

「そりゃ、ナニに・・・・・・」

 

「なに言ってんのーー!!?」

 

あぁもう、何で起き抜けに叫ばなきゃならないのよ!

 

ていうか、織斑先生ってこういう人なんだ・・・・・・。イメージではこう、もっと厳格な人だと思ってたんだけど。

 

なんだか頭も痛いし、逆に一夏のお姉さんってことが納得できたというか。

 

あれ、一夏・・・・・・・・・っ!

 

「先生! あの馬鹿は、一夏はどうなったんですか!?」

 

◇ ◇ ◇

 

鈴音の悲鳴にも似た叫びが保健室に響き、それまでの空気を吹き飛ばした。

 

「あのテロリストは!? あいつはあの後に ぐッ!」

 

千冬に掴みかからんばかりに体を起こした鈴音だが、頭部に走る痛みにブレーキをかけられ、頭を抱えるように再びベッドに倒れこんだ。

 

そんな鈴音に小さく溜め息を吐きながら、捲れた布団かけ直しながら、千冬は静かに語りだした。

 

「まず、今回の事件についてだが、学園でもここ一ヶ所、つまり第二アリーナにハッキングが仕掛けられた。通信以外の全システムをフリーズさせるという巫山戯た内容のな。馬鹿にしているにも程がある」

 

あくまでも冷静に言う千冬に対し、鈴音は語られる言葉に驚きを隠せずにいる。

 

そもそもIS学園とはISを保持し運営していくうえで、絶対の防衛機構と兵器を備えた要塞だ。それは物理的であり、電子的なものであってもだ。

 

そんな場所に喧嘩を売り付けることもさることながら、あくまで今回の事件が相手側の"本気ではない"ことに鈴音は戦慄するのだった。

 

「お前がテロリストと言ったアレだがな、仮称《ゴーレム》というアレは、"無人機"だった」

 

「!! そ、そんな、だってISは人が乗らないと絶対に動かない筈ですよ!? それなのに、無人機だなんて・・・・・・」

 

ズキズキと苛む痛みに奥歯を噛むように、鈴音が千冬に言う。

 

事実、彼女の言うことは正しい。

 

ISの運用は有人が大前提だ。それはリモートで起動をしようにも、一機一機に命令を受け付けるようなアンテナとなる機関が一切ないからである。人間が発する電気信号を広い、それのみに反応するのがISだ。

 

よっぽど、人間に代わるような何かを組み込むならば話は変わるのだろうが。

 

「固定観念で物事を決めつけるな。既に、女性のみがISを動かせるという常識が崩れているのだ。今さら人の必要としないISが出てきて何の不思議がある?」

 

「それは、そうですが・・・・・・」

 

千冬のハッキリとした物言いに、鈴音は納得できないながらも素直に下がる。

 

たった数時間の内に信じていた常識が次々に否定されているのだ、受け入れ難いものがあるのだろう。

 

千冬も承知しているのか、追及はせずに続ける。

 

「そして、侵入してきた《ゴーレム》はお前たちに接触し戦闘状態に入り、帰還してきたお前は途中で限界に達し昏倒、ここに運び込まれている間にヤツが《ゴーレム》を破壊した。これが、この事件の顛末だ」

 

話が終わると、少しの静寂が二人を包みこんだ。

 

その間に鈴音は、自分の中の情報を整理していく。

 

自分たちに降りかかった未知なる敵。それの実体は闇の帳の向こう側であり、現段階ではまったく判らない。だが、相手がどうしようもなく強大なものであることは、容易に想像できてしまう。

 

学園の電子の壁を越えて荒らし回ることのできるハッカー。無人のISを造り上げる技術力と、それに搭載されたイキ過ぎた兵装を造り上げる技術力に財力。

 

本当に相手はテロを目的とした集団なのか。もはやどこかの国が送り込んできた斥候と考える方が理解できるような事件に、頭の痛みが輪をかけて増していく気さえしてくる。

 

そこまで考え、鈴音はこの議題を追い出すように頭を振る。

 

これは一個人が判断するような問題じゃない。ならば、簡潔に片がつくものから確認していけばいい。

 

「あの、織斑先生・・・・・・」

 

控え目な声に呼ばれ、普段よりも鋭さの増す瞳が鈴音に向けられる。

 

それに生唾を飲み込みながら、身を起こして鈴音は口を開いた。

 

「なんで、あたしに逃げるように言ったんですか?」

 

ハッ、と鈴音の言葉を鼻で笑い飛ばし、千冬は険しさと苛立ちの混じり始めた目で鈴音を見据えながら、吐き捨てるように言い放つ。

 

「決まっている。あの場に乗り込んでいれば、お前は死んでいたかもしれないからだ・・・・・・!」

 

千冬の表情と言葉に、心臓を握られるような圧迫感が、鈴音の全身に駆ける。

 

座っていた椅子から立ち上がり、伸ばした右腕で鈴音を引き寄せて、犬歯を剥きながら濁流のような言葉が向けられる。

 

「・・・・・・いいか、お前が生きているのは運が良かっただけだ。人を壊すことに抵抗のない人格破綻者であり、他者を人と認識しない猟奇的娯楽主義者を相手にして、未だに呼吸できていることが奇跡なんだよ小娘!!」

 

「・・・・・・・・・・・・先生」

 

「教師陣を送らなかったのだってそうだ。アイツは殺す。邪魔をする者なら泣く子さえ轢き潰す! 死体を積み上げ、血の雨を浴びながら嗤うのがヤツだ。それがお前の友と呼ぶ人間だ!! それが―――」

 

「織斑先生」

 

不意に握られた右手の感覚に、声が跳ねるように止まる。

 

「先生の言わんとすることは、たぶん判りました。でも・・・・・・」

 

その声はあまりにも対称的な色をしていた。

 

真っ直ぐな瞳は溢れ出る涙を止めようともせずに、立ち竦んで揺れる千冬の目を見詰める。

 

そして、花の花弁のような唇から言葉が紡がれた。

 

「・・・・・・そんな泣きそうな顔で言われても全然、説得力ないですよ?」

 

さながら化物をも屠る銀の弾丸のように、鈴音の言葉は千冬を貫いた。

 

椅子に倒れるように座る彼女の顔は、世界最強とは程遠い、迷子の子供のように追い詰められたものだった。

 

鈴音は思い出す。彼女にとって一夏という人間は、唯一無二の家族であるということを。何にも代えがたい、そんな存在であることを。

 

故に彼女の心は切り刻まれるような苦痛を感じ、無言の慟哭をあげているのだ。

 

姉として愛する者を守りたい、守らなければならように、彼女は組織の人間として全てを守らなくてはならない。

 

「織斑先生・・・・・・」

 

鈴音の頬に涙が伝って落ちていく。

 

強くあり続ける為に、弱さを晒さぬ為に、己を殺し続ける女の為に、その心から滴る血を押し流すように涙を流す。

 

「あいつと、あなたに何があったかなんて知りませんし、聞こうとも思いません。どんなことが起きて、どれだけ二人を苦しめて歪めたかなんて想像もできないです。でも、それでも・・・・・・」

 

ひた向きな心からの言葉。

 

少しでも伝わって欲しい。

 

背負い過ぎた、たった一人の不器用な傷だらけの英雄に届くように願って。

 

その表情は儚くも、輝く太陽のような、そんな笑顔。

 

「あいつって、笑うと意外に可愛いんですよ?」

 

鈴音は語る。

 

本音と遊ぶ、少年のような彼を。

 

セシリアをからかう、無邪気な彼を。

 

自分の料理を美味しいと言っては、幸せそうに笑う彼を。

 

ベッドの子供に話す寝物語のように、ゆっくりと、一言一言を噛みしめるように話してやる。

 

「あいつとあたしは、友達です。それを言い改めるつもりは、絶対にありません。だから、あいつのことはあたし達に任せてください」

 

繋がれた手をさらに強く、思いのありったけを込めて、包み込むように握る。

 

理想は、あの時の温かな手。

 

孤独の底から救い上げてくれた、優しくも力強い感触。

 

「姉だからって弟の世話を全部する必要なんてないですよ。だから、少しは周りに頼ってください。今度また暴れるようなことがあったら、"ドタマ"に一発キツイのくれてやりますよ!」

 

そう言って、鈴音はいつものように快活に笑ってみせる。

 

そんな彼女の言葉を聞く千冬にも、いつの間にか笑みがあった。瞳には確かな光を灯し、小さく微笑んでいる。

 

「・・・・・・・・・・・・ありがとう」

 

その言葉が何を差して言ったことなのかは、判らない。だが、そこから感じられたのは間違いなく"安心"であった。

 

そんな千冬により一層笑みを深くすると、鈴音はここ一週間の内にあった一夏に関することを話し出した。

 

内容こそ、半分は愚痴のようなものだったが、千冬は少しの頷きを交えながら最後まで彼女の話を聞いていた。

 

故に、鈴音は気づけなかった。

 

千冬の言葉の奥底、一瞬だけ見せた感情の片鱗、憐憫と苦渋に満ちた悲壮の塊に。




入れてて良かったキャラ崩壊タグ。あと、タグ少し弄りました。

リンさんの男気に全俺が泣いた。これ誰だよ、みたいな。

リンさんの過去については、キャラ紹介か幕外でやらせていただきます。

それではまた。


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第二十三幕 友罪判決

ギャグ回のつもりでしたが、「これってギャクで済ませていいの?」と、弟に真面目なことを言われ、中途半端でどっちつかずな内容に。

この作品、女の子泣かせてばっかだな。

のほほん無双 第二編


笑顔、笑っている顔。顔面の筋肉を動かし、主に喜楽や愉快な場面において自分の気分が高揚してる時などに、人が浮かべる表情のこと。

 

ただ、元を辿って見れば笑顔とは、相手に対する威嚇を用途として使われたらしい。

 

「・・・・・・・・そういえば、そうだったわね」

 

「・・・・・・・・こういうのって、唐突に思い出すもんなんだなぁ」

 

そんなことを同時に呟く、二人の男女の姿があった。

 

一人は青い髪に鮮やかな赤の瞳を曇らせた女性。言わずと知れたIS学園会長、更識 楯無。もう一人は黒い髪に彼らしくない影の差す表情で俯く男。IS学園に悪名轟かす無頼漢、織斑 一夏。

 

この二人、以前に血を血で染め上げるほどの殴り合いを演じ、ある意味で仇敵とも言える間柄にあるのだが、そんな二人がどうして一緒にいるのか。

 

どうして、寮の一室で"一緒に正座をしている"のか。

 

(何でこうなってんすかね、会長さん)

 

(私にも判らないわよ・・・・・・)

 

しかし、同じ問題を共有している現段階において、そんな確執は一度流すことにしたのだ。昨日の敵は今日の味方、使えるヤツは親でも使え。

 

一夏も楯無も互いに専用機持ちということもあり、待機状態のISを介した《思考通信》によって、ニコニコと笑う"目の前の彼女"に気づかれないように会話をしている。

 

「「・・・・・・・・・・・・」」

 

そう、ニコニコと笑う"布仏 本音"にバレないように、二人は密かに会話を続けるのだった。

 

◇ ◇ ◇

 

時を遡れば三十分ほど前のこと。

 

二人は特に説明もないまま部屋に来るように、と本音に言伝てされていた。呼んだ相手が相手なだけに特に疑問も懐かずに指定通りの時間、場所に集合し鉢合わせした。

 

その時の会話は以下のようなものである。

 

「いらっしゃ~い! 早く入って入って!」

 

「おい、何で会長がいるんだよ?」「何で彼がいるの本音?」

 

「いいからいいから! ほら、早く入ってよ~」

 

「だけどよ」「でもねぇ・・・」

 

「黙って入りなさい」

 

「「――――――!!?」」

 

そして、今に到るわけである。

 

その時の本音の表情を言葉として言い表すのは困難を極めるが、この二人の背中に氷を落とさせるような感覚を味あわせる程のもの、とだけ表記しておこう。

 

世の中、踏み込まなくてもよい領域というのは、確かに存在するものだ。

 

そんなわけで、つつがなく部屋へと通された二人は流れるように正座の姿勢をとっていた。三人とも制服姿ということもあり、かなりシュールな光景である。

 

正座組からすれば普段より輝く本音の可愛らしい笑顔も、突きつけられた8.8 cm高射砲の砲口にでも見えてることだろう。本音の趣味なのであろうキツネのヌイグルミたちも、愛くるしい見た目をしているわりには唾液を垂らす肉食動物の目をしている、ような気さえもする。

 

それでもベッドの上でパタパタと足を揺らしている彼女の姿は、万人の心を鷲掴むには十分なものではあったが。

 

(会長、のほほんさんが可愛すぎて正座がツライです)

 

(本音が可愛いのは解るし、正座がキツくなってきてるのも同感だわ。だけど、その二つに関連性は無いわよね?)

 

(あと、のほほんさんの背中に浅黒い肌で巨人なバーサーカーが見えるんですけど、これってスタンド?)

 

(それは間違いなく幻覚、のはずなんだけど不思議ね、私も見えてきたわ・・・・・・)

 

本音のプレッシャーは確実に二人の精神を削っていた。頭ごなしに怒鳴るわけでもなく、拳振り上げて向かってくるわけでもない。そもそも何かする素振りがない。だけども、向けられ続ける「私は怒ってますよ?」オーラが非常にしんどいのである。

 

とにもかくにも息苦しい。無言の圧力が精神的に、正座によって肉体的な責め苦も合わさり、理想的な拷問状態が完成していた。

 

(これはもう、のほほんさんの太ももで英気を回復させるしかないんじゃないすかね)

 

(なに言ってんの・・・・・・?)

 

(いや、のほほんさんて意外にあるじゃないすか。毎回遊んでるときとか、結構当たるんですよね、グレネードが。今なんて少し視線を上げりゃ、秘境の奥地が・・・・・・)

 

(あなた、そういう目で本音のこと見ていたの!?)

 

(しゃーないじゃないすか! 俺だって機能的に言えば真っ当な男なんですよ? ラノベとかのホモじみたハーレム系鈍感主人公とは違って健全なんすよ)

 

(だ、だからってそんなの・・・・・・! この変態色情下半身無節操男!!)

 

(ハァ!? 何でそこまで言われにゃならねぇんすか! 胸ハートパレオで出迎えた勘違い痴女がナマ言ってんじゃねーぞ!)

 

(うっ、五月蝿いわよロリコン!! 今まで甘い目で見てきたけど、もし本音に何かしたら去勢するわよ!?)

 

(鏡に向かって言えやアバズレが! 地味に初な反応してくれてますけど、これっぽっちも可愛いないんじゃい!!)

 

(・・・・・・その言葉、宣戦布告と判断するわ)

 

(ハッ、こっちはとっくに迎撃の用意はできてんだよ。白黒つけましょう―――)

 

「相談は終わった~?」

 

「「!!?!?」」

 

「終わった?」

 

「「・・・・・・はい」」

 

いつからバレていないと思っていた? そう言わんばかりに本音の眼光が二人を照らし出す。

 

さながら蛇に睨まれた蛙、通信内で一触即発まで行っていたのが一瞬で霧散させる冷気のような感覚に、二人の体が凝結する。

 

「ねぇ、おりむー。何で呼ばれたか分かる?」

 

「えっと、思い当たる節が有りすぎるのですが・・・・・・」

 

「そっか~。じゃあ、お嬢様はぁ?」

 

「私もそんな感じ、かな?」

 

ふーん、と小さく唸る本音の雰囲気がどんどん鋭くなっていく。

 

その姿は真剣そのものであり、いつもの彼女からは到底想像できないような、本気さが窺えた。

 

「なんで、喧嘩したの?」

 

ベッドから降り、二人の正面に座り目線を確りと合わせながら、本音は二人に問い掛けた。

 

「・・・・・・本音、まずは話を聞いて。今回のことだけど―――」

 

「そういうのは要らない。理由だけ話して」

 

楯無が何かしら言おうとするが、それを最後まで言い切る前に本音が遮った。

 

「お嬢様はいつもそうだよ? 周りを巻き込まないようにって、全部自分で抱え込んで皆を遠ざけようとしてる。それなのに生徒会とか学校でのことは全部お姉ちゃん任せ。矛盾してない? 何がしたいの? 馬鹿なの? 阿呆なの? それとも、ただの構ってちゃんなの?」

 

「・・・・・・ゴメンなさい」

 

「うん、いいよ。だけど、謝るのはあとでよかったんだよ? 今はなんで喧嘩したのか訊いてるんだよ? それぐらいは分かってるよね? ね?」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・ぐず」

 

「あぁっと、あれだ! 理由だろ? 俺が説明すっから、な?」

 

本音の猛攻に俯き気味に成り始めた楯無に助け船を出したのは、意外にも一夏だった。

 

彼からしてみれば、先程から続く本音の本音らしからぬ物言いに重くなっていく空気に耐えられず、つい口を出してしまったようなものなのだが、結果として見れば楯無をフォローしたように見えることだろう。

 

「まぁ、なんだ? つまりはだな」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・」

 

「こう、なんて言えばいいのかな?」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

「その、だね?」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

「すいませんでしたぁ!!!」

 

綺麗な土下座であった。

 

一夏の心算では、いつものような口先三寸の語り口で場を温め、徐々に話題を逸らしながら誤魔化しきるというものだったが、本音の無言の前に無残な完全敗北を喫した。

 

一夏自身も次に来るであろう追撃に内心で脂汗を垂らしながら、懲りもせずに言い訳を考える。

 

たが、そんな一夏の耳に聞こえてきたのは本音の怒号ではなく、批難の言葉でもなかった。

 

「・・・・・・なんで、なにも話してくれないの?」

 

頭が真っ白になる感覚と共に下げていた頭を上げると、さっきまでの剣呑な雰囲気が嘘であるかのようにグシャグシャに顔を歪めた、本音の姿があった。

 

一夏にとって、二度目となる本音の"泣き声"だった。

 

「二人が、人に話せない秘密があるのは、知ってる。お嬢様が、皆の為に頑張ってるのは知ってるよ? だから、これが私のワガママだってことも、わかってる・・・・・・」

 

「本音・・・・・・」

 

「だけど、やっぱりツライよ。ずっと待ってるだけなのは、寂しくて、ツライよ・・・・・・。でも、待ってた。いつか、ずっと前みたいに一緒にいられると思ってたから」

 

それなのに、と本音は俯きながらに続けて言った。

 

「お嬢様とおりむーが、喧嘩したって、お姉ちゃんから聞いた」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

「・・・・・・怖かった。お嬢様もだけど、おりむーがそんなことするなんて信じられなかった。けど、今日のおりむーで分かった・・・・・・」

 

―――おりむーは、そういうことができない人じゃなくて、『しないだけ』なんだって

 

「・・・・・・じゃあ、どうする?」

 

足を崩し、本音の肩が僅かに跳ねるのを見据えながら、一夏は言う。

 

彼の顔には、感情として分類するものはない。いつもの人を喰ったような笑みすらない、全くの無貌。

 

それはどこか、あの《無人機》によく似ていた。

 

「お察しの通り、俺は"そういう人種"だ。幻滅したろ? 裏切られた気分だろ。いつも一緒にいた人間は、その本人とは対極にいるような人格破綻者で、意外や意外にも噂以上の人間だったのさ。驚いたか?」

 

一夏は嗤わない。されど、口調はいつものようにヘラヘラと軽薄なものになっている。

 

そのまま、チグハグなままに一夏は続ける。

 

「お前の感情は大正解だ。誰だって自分と違う異常者に嫌悪感を抱くのは当たり前のことだ。お前が俺を怖いって思うのは至極正常なことだぜ? むしろ、近づいてくる奴の方が変なんだからよ」

 

「・・・・・・おりむー、聞いて」

 

「聞いて? 話すことなんてないだろ。結論は出てる。お前は俺から離れて、そっちのお嬢様と普通の生活に戻るんだ。そいで、俺はこっちで悠々自適にスクールライフとなる。全くの自然な―――」

 

一夏の言葉を途絶える代わりに、渇いた音が響いた。彼にとってはもはや、慣れてしまった頬への衝撃。

 

だけども、記憶の中にあるどれよりも、重くて痛い感覚。

 

目の前の本音は泣きながら、振り抜いた右腕を震わせていた。

 

「私の気持ちを、勝手に決めないでっ!!!」

 

思わず身がすくむ程の叫び声に、一夏どころか楯無さえも目を見開いていた。

 

その声を出した本音は、小さな手で一夏の胸ぐらを乱暴に掴み自分に引き寄せながら、なおも叫ぶ。

 

「おりむーに話すことがなくても、私にはある! 普通ってなに? 自然ってなに!? 巫山戯たことを言わないで!! 勝手に、逃げないでよ・・・・・・!」

 

視界全てに映る本音の声が一夏の鼓膜を震わせ、心を震わせる。

 

滴る涙は制服に染み込み、その思いの跡を作っていく。

 

「おりむーが、どこかに行っちゃいそうで怖かった・・・・・・。ずっと友達って言ったよね? だったら、どこにも行かないでよ!」

 

本音の腕が首に回され、二人の距離が零になるまで密着する。

 

鼻腔をくすぐる甘い匂いも、胸から伝わる体温も、しがみつく柔らかい感触も慣れ親しんだものだったが、今この時だけはひどく現実味のない空虚なもの。

 

聞こえてくる言葉も、耳を抜けていくだけだった。

 

「私の普通には、おりむーが必用なんだよ? 大切な友達がいない毎日なんて、絶対に嫌だよ・・・・・・」

 

一夏は嗤わない、笑わない、わらえない。

 

口は開くも音が出ない。腕に力が入らない。脳と体を切り離されたような虚脱感。

 

胸に抱く少女を突き放すことも、受け入れることもできないまま、何も言えないまま、一夏は纏まらない思考で疑問符を浮かべる。

 

一夏には、どうしても理解できなかった。

 

布仏 本音という少女が、どうして涙を流しているのか。




Fateのアニメが始まりましたね。UFO頑張りすぎでしょ。

エミヤさんと原作一夏では、目指してるものは同じなのにこうも不快指数に差が出るのか。単純に実行力と覚悟の差ですかね。

感想に批評待ってやす。


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第二十四幕 仁聖理論

まず一言

10/17金曜日に日間ランキングの堂々一位に輝きましたぁ!!!

もう何がなにやらわかんねぇでしたけど、これも皆様の御愛好あってのことです!

本当にありがとうございます!!

んな訳で、会長が生きる道回


世界を照らす陽が、橙の色に変えながら夜の幕を落としていく。

 

一夏は、そんな太陽の残り香を絡めるように手を伸ばす。

 

指の間から煌めく光が目に突き刺さる僅かな痛みに眉を寄せながら、さらに手を伸ばす。

 

この行動に意味なんてない。

 

ただ、どれだけ翳そうと、右腕を包む《白式》が、あの美しき暖かさを写すことはなかった。

 

「こういうの、泣ける夕日とでも言うんですかねぇ、会長?」

 

学園の中庭で、何もかもが夕焼けの色彩に染められる中で、一夏は背後の楯無にそう訊いた。

 

返答は返ってこなかったが、代わりに聞こえてきた金擦れの音に、露骨な溜め息を吐きながら静かに両手を上げる。

 

「さっき"本音"に怒られたばっかだろうに・・・・・・。っんな物騒なもの向けないでくださいよ」

 

破槌槍《蒼流旋》

 

楯無の専用機に装備されている近接武器であり牽制用に四門のガトリングを取り付けられた槍が、一夏の背中数センチの場所で構えられていた。すでに楯無の細い指は柄のトリガーに添えられており、指先を少し押し込むだけで人一人分の挽き肉を作るには充分過ぎる代物だ。

 

「あなたは、何をしようとしているの?」

 

一夏の言葉を無視し、楯無は冷淡な言葉を投げ掛ける。

 

さっきまで一人の少女に正座し、叱られ鼻を鳴らしていた同一人物とは思えぬほどの凛とした立ち姿。槍の穂先に明確な覚悟と意思を乗せて、二つの緋色な眼孔は冷徹な陰りに一夏を映し出す。

 

あの暗い空間、斑に汚す返り血を浴びながら拳を走らせた、あの時の更識 楯無が、そこにはいた。

 

「黙秘権って使えます?」

 

「・・・・・・あると思うの?」

 

「なら俺が喋ると思います?」

 

常人であるなら口を開くことさえ困難な重圧に晒されながらも、一夏はヘラヘラと軽口を叩く。

 

楯無が自分に危害を加えないと確信しているからか、もしくはこの状況さえ彼にとっては痛快な歌劇でしかないのか。どちらにせよ、真っ当な感性ではない。

 

「・・・・・・なら、質問を変えるわ。あなたは何を知っているの?」

 

元より予想の範疇だったのか、楯無は槍を一夏に向けながらに、早々と内容を変える。この場において最も回避すべきは、一夏のペースに呑まれることだからだ。

 

楯無は少なからず目の前の男の人間性を理解しつつある。

 

それを確信へと至らせる為にも、ここで退くようなことがあってはいけないのだ。

 

「知ってるも何も、俺は知ってることしか知りませんよ」

 

「白々しい言葉遊びに付き合うつもりはないわ。全てを話しなさい」

 

「・・・・・・・・・・・・きひっ」

 

上げていた手が下ろされ、一夏が振り替える。

 

その表情は、まさしく"あの時"のソレであった。

 

「では、何からお話いたしましょうか。対内外国暗部掃討を任された一族が『更識』の、十七代目当主として『楯無』を襲名いたした、"更識 刀奈"殿?」

 

ゲラゲラゲラゲラと狂笑を浮かべる一夏から吐き出された言葉に、楯無は内心が面に出ないように必死に堪える。

 

予想以上、いや現実は楯無の想定していたものよりも深刻だった。

 

以前の会話より、一夏が『更識』というものを既知であるようなことを言っていた。ただ、それも対外的なものであると思っていた。だが、あの"名前"が出てきた。

 

―――更識 刀奈

 

それは、まぎれもない彼女の本名である。

 

存在自体を隠匿し、悪意を持つ者たちの影より迫り現れる不幸で在るのが『更識』。その長となる人間は個であってはならない。その体を主柱とし、その命は余すことなく『更識』であり、咎人の首を切り裂く刃であるがゆえの『楯無』。それは脈々と受け継がれる御旗であり、当主を守る為の代わり身だ。

 

本来なら、更識の極一部でしか知られていないはずの名前。逆に言えば、それを知るということは当主の絶対な信頼を勝ち取ったという意味になる。

 

そして、まったくの部外者がそれを知っているということは、組織のほぼ全てを知られているのに等しいということだ。

 

「どこでその名前を・・・・・・?」

 

「んー、俺ってば意外にミーハーなんですよ。気になったことはついつい調べちゃうんですよ。そういう所もあって、新聞部の副部長さんとは、結構仲良くさせてもらってるんですよ?」

 

「!?」

 

一夏により語られた新たな情報。

 

自身の友人である、黛 薫子が一夏と接触していた? 何故、と思考を巡らす間もなく、一夏はゲラゲラゲラゲラと続ける。

 

「あら、もしかして知らなかったんですか? それはそれは、何とも不運なことで。ついに巻き込んでしまいましたねぇ?」

 

「あの子は関係ないでしょ・・・・・・!」

 

「そんな理由が"俺みたいなヤツ"に通じると思ってるんですかい? かの御大将は仰りましたよ、戦争にヤリ過ぎなんてもん有るわけねぇだろ!」

 

それは一瞬の閃きだった。瞼が閉じられ、開く瞬間には一連の動作は全て完結していた。

 

一夏の顔面にはカッターの鋭さを彷彿させるバイザーが、右腕は肩口までを鈍い白色の装甲が纏わりついている。さらに、手の内には長刀《雪片弐型》が。

 

そして、楯無の喉には鈍色の鋭利な凶器が据えられていた。

 

「俺みたいな手合いに喧嘩を吹っ掛けるのに、あんたは守るものが多すぎんだよ! そんなんだから身内から愛想尽かされんのさ。あれもこれもな浮気性のエゴイストに誰が着いてくるんだ? 力も無いアマチュアにぃ、何が出来るってんですかねぇ!?」

 

一夏はわらう、笑う、嗤う。

 

愉悦至極と言わんばかりに、声高らかに一夏は嘲笑う。

 

何がそこまで愉しいのか、本人さえ"解らぬまま"に、一夏は嗤い飛ばす。

 

「あんたはずっと一人さ! そうやって身勝手な善意振りかざして、いつまでも一人遊びに股濡らして喘いでればいいさ。周りに誰もいなくなって、それでも誰かを守れるってんならやってみろよ!! 」

 

▼ ▼ ▼

 

「・・・・・・あなたの言うとおりよ」

 

彼の嗤い声が途絶える。

 

認めたくはない。私のやってきたことの全てが、自己満足の延長線でしかなく、"あの子"を苦しめるだけだったなんて。

 

でも、認めるしかない。

 

「あなたは間違ってない。私には、自分の正義を自己満足と割り切る傲慢さもない、守りたかった家族が苦しむ姿を見ても逃げることしかできなかった、ただの臆病者。私はあの子の、簪の"正義のヒーロー"にも、姉にすらなれなかった・・・・・・」

 

その事実から、私は目を逸らし続けていた。自分を慰めるだけの甘い都合のいい結果論だけを求めて、本音や簪を泣かせてしまった。

 

ホント、酷いヒーローもいたものね。

 

だけど、例え一人になったとしても―――

 

「それでも私は、『更識 楯無』として生きなければならないのよ!!」

 

今まで逃げてきた。

 

だけど、自分からも逃げてしまったら、私は本当に駄目になってしまう。

 

それだけは駄目。そんなこと、"更識 刀奈"が許しはしないのだから。

 

「逆に訊くけど、あなたは本音のことをどう思ってるの?」

 

睨みつける先、世界唯一のイレギュラーにして、本音の大切な友達、織斑 一夏に向けて私は言い放った。

 

勘違いでないなら首筋に触れる剣の先が、少しだけ震えている。

 

「本音だけじゃない。イギリス代表候補のセシリア・オルコットは? 幼馴染みの篠ノ之 箒は? 最近なんかじゃ中国の代表候補とも仲が良いらしいじゃない。それに一年一組のクラスメイトとかは? その人たちとは―――」

 

「黙れ」

 

剣が持ち上がり、針を刺すような小さな痛みと一緒に、赤い血が流れ出て、白磁の刃の上を流れていく。

 

向けられる敵意は、今まで感じてきたもののどれよりも、荒れ狂う暴力のように激しい。

 

けれど、震えはさらに酷くなっている。

 

「あんたが何を言いたいかは判らねぇ。俺にとってアイツらは使い捨てられる人形さ。悲劇のヒロインほど、少し優しい顔してりゃ簡単―――」

 

「本当に?」

 

声が止まる。

 

彼の表情は見えないが、頬を伝う汗と震えが酷くなる。

 

それだけで、彼の心情が見えてしまう。

 

「どういう、こと、だよ・・・・・・?

 

「あなたにとって、この学園の人間は、もう使い捨ての他人じゃないんじゃない?」

 

「意味が、わからねぇな、意味がわからねぇよ!? 理解不能だよクソアマ!! テメェ、何が言いてぇんだよ・・・・・・!? この震えはなんだ!? 俺に何をした!!?」

 

「・・・・・・・・・・・・本当にわからないの?」

 

槍を消しながら、不自然に落ち込んでいく声で問いかけた。

 

あまりにも酷すぎる。もはや彼を表現しきるだけの言葉が見つからない。

 

どうしたらこんな人間が出来上がるの?

 

伊達に裏に生きてきたから、他者の懐に友人として潜り込む卑劣なニンゲンたちも、多く見てきた。でも、そんな鬼畜どもでも人と人の目に見えない繋がりを、人として極々当たり前な不可視の糸の存在を自覚できていた。むしろ、知っているからこそ、それ利用することがどれだけ有効な手段であるか理解してるからこそ、『絆』を下劣な目的に利用していたのだ。

 

そんな常識を、人として不可欠な感覚器官を、目の前の彼は知らない。

 

「本当にわからない? あなたの傍にいる彼女たちは、ただの他人でしかないの? 皆と一緒にいたときに感じたのは、利用する相手を見下す冷たい感覚だけ?」

 

「うるせぇ、喋るなぁ!! 何もあるもんかよ! 掃き溜めのゴミに情なんて湧くわけ―――」

 

「本当に?」

 

その一言で、彼は無様なほどに動揺してしまう。

 

見ていられない。あまりにも『歪』過ぎる。

 

頭では理解できているのかもしれない。友達という人間関係を、彼は知っているのかもしれない。だけど心は、その言葉の本質を識らないでいる。

 

彼を苦しめているのは『後悔』だ。

 

本音の涙で芽生えてしまった人として、当たり前な感情。

 

大切になってしまった誰かを、悲しませたことで気づいてしまった、確かな人の心が彼を苛んでいる。

 

もはや一週間前の怒りなんて無い。有るのは同情、それさえ越えて愛しさすら感じてしまう。

 

「・・・・・・でも、あなたを救うのは私じゃない」

 

剣は手で押しただけで簡単に離れてしまった。それどころか彼の手を離れて地面に刺さる。その本人も、膝から崩れるように座り込んでしまった。

 

血が出る首を手で押さえながら、俯く彼に聞こえるように姿勢を下げて、私は言った。

 

「苦しみなさい。苦しんで、苦しんで、答えを見つけなさい。そうすれば、いつか心から笑える日がくるわ」

 

我ながら酷い女だと思う。

 

年下の男の子をここまで追い詰めておいて、言えることがこんなことなんて。

 

だけど、あなたの苦しみは、やがてあなたの"心"になる。

 

―――それまでに、どうかあなたが壊れてしまわぬよう、自分じゃない誰かを心から愛せるようになるときまで、見守らせて欲しい。

 

大切な家族が愛した少年に背を向けて歩きながら、私はそう願わずにはいられなかった。




この会長は弄られるだけではありません。伊達や酔狂で最強を名乗ってません。

何かしら無理矢理感が否めませんが、私は満足だ!

では、また近い内に


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第二十五幕 相死相哀

前回からどう繋げるか構想を練ったり、なまにくATKの画集を買ったり、刑期百万年を完済したりしていたら遅れました。

とりあえず、最近空気気味な二人を出したかった。

ということで、セシリア 愛を語る回


世界が傾ぐように、軋みをあげながら歪んでいく感覚。

 

脳みそはレンジに入れたように頭蓋の中で液状に蕩けながら、目から溢れて滴り落ち、不快感を加速させていく。最悪以上に目を抉り潰したくなる衝動が、動脈の血液と共に体内を駆け巡り、幾度となく二つの眼球に指を突き立てそうになる。

 

心臓がイカレたように膨張と収縮を繰り返す度に、胸を裂いて肋骨を掻き分け引き摺り出せればどれだけ楽になれるか想像し、それにどうしようもなく憧れてしまう。

 

喉がひきつる。

 

鼻腔の鉄錆の匂いが脳幹を犯す。

 

真っ黒な"理解不能"がバケツを返したように、口から吐き出そうになる。

 

―――気持ち悪い

 

瞼に映された"彼女の涙"の光景に、思考の色が奪われていく。

 

自己が、朽ちていく。

 

―――気持ち悪い 気持ち悪い

 

頭をかち割れ。

 

首を落とせ。

 

髪を掴んで叩きつけろ。

 

そうすれば・・・・・・?

 

―――気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い

 

そうしたところで、何にもなりはしない。

 

何よりも、それを拒否する存在が自身の中にあることを、少年は理解していた。

 

◇ ◇ ◇

 

「こんなところで何をなさっていますの?」

 

声が一夏の頭上から響いてきた。

 

それは、ひどく聞き慣れたもの。

 

だから、それが誰なのかも、一夏にはすぐに判った。

 

「・・・・・・お前には関係ないだろ、"セシリア"」

 

日も落ちた闇の中で輝くブロンドの髪と青い瞳の少女、セシリアは座り込む一夏を見下ろすように立っていた。

 

「こういうときは、ちゃんと名前で呼んで下さるのですね。とりあえず、ISを解除したらいかがですか?」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・」

 

セシリアの言葉に、一夏は意外にも素直に従い、右腕を包む装甲と地面に刺さっていた《雪片弐型》を光の粒子に溶かし、《白式》に格納する。

 

剣も腕甲も、風に吹かれた灰のように消え失せていき、最後に顔のバイザーも消える。

 

そこから表れた相貌に、思わず顔をしかめた。

 

「・・・・・・っ!」

 

まるで死んだ人間のような眼だった。

 

普段の彼を知るなら、誰もが目の前の人間を同一人物かを疑うだろう。中身をくり貫いた人形のように生気が無い、廃棄物に溜まる汚泥のような色の瞳が、所在無く下を眺めている。

 

そんな様を目を細めながらに、セシリアは見詰めていた。

 

「本音さんとは、もう会いましたか?」

 

僅かに揺れる一夏の肩に、セシリアは既に二人の内で何かがあったことを確信する。

 

思い出すのは、眼下の男が主演の殺陣劇に、偶然にも観客席へと座らせられた少女の姿。

 

凄惨さと狂気に、悲惨な■■を乗せた見るも無惨で艶やかな劇。セシリアとの戦いが児戯であったのだと嘲笑うかのような過激で苛烈の中で、大切な友達の中にある深淵を覗き見た少女が、何を考え思ったのか想像するのは難しいことではなかった。

 

「きれいに泣くんだよ・・・・・・」

 

「・・・・・・?」

 

「あんな風な涙は、『二回目』なんだよ」

 

うわ言のような、ギリギリ聞き取れる声量で一夏が何かを呟いている。

 

それを聞き取ろうと、セシリアも一夏の前にスカートを畳ながら膝着いた。

 

「スゲー、きれいなんだよ。今の全部がどうでもよくなるくらい、キラキラ光ってんだよ」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

「どうして、あんなに泣けるんだよ? なんで"誰かの為"なんかに泣けるんだよ? わけわかんないよ。誰かの為なんて、どうせ言い訳でしかないだろぉがよ。なのに、どうしてそんなことが、本当にできるんだよ・・・・・・?」

 

悲痛。哀愁。どの言葉も一夏には役不足だろう。

 

ただ静かに、滲み出る感情は言葉になって零れ落ち、闇夜の冷めた空気の中を木霊する波紋となってセシリアの心を揺らしていく。

 

もうそこには彼女が知る、あの傲岸不敵に嗤う織斑 一夏は居なかった。

 

「一夏さん・・・・・・」

 

不意にセシリアの細く、冷たい指が一夏の頬を撫でる。

 

一夏からセシリアの表情は見えないが、その手は縋り付きたくなるような優しさがあった。いっそ手を取れば、縋ってしまえば楽になれる。だが、彼はそんなことをしないだろう。

 

「一夏さん」

 

それからセシリアは、一夏の両頬を包み込むように、それでいて"ガッシリ"と掴むと囁くように言った。

 

「歯を食いしばってください」

 

寸前、顔を上げた一夏の目に入ったのは、ニッカリと笑うセシリアが思いっきり頭を振りかぶっている姿だった。

 

そして、とびきり鈍い音が響いた。

 

「~~~~~~いったぁ!? どんな頭してますのこの石頭!! あぁもう、これ絶対に腫れてしまいますわよ!?」

 

涙目になりながら自分の赤くなっている額を手で押さえ、それこそ本気で痛かったのか、一夏に対してあまりにも理不尽なことを矢継ぎ早に言いまくる。

 

それに反応できないまま、呆けたような顔で一夏はセシリアを見ることしかできないままでいた。

 

「だいたい何なんですの今の貴方は? いつもの人でなしみたいでゲスな笑いはどこに置いてきましたの? もしや、ギャップ萌えというのを狙っていますの!?」

 

「えっ、別に・・・・・・」

 

「もしも確信犯だというなら、"あっ、ちょっと可愛い"、なんて思ってしまったわたくしの負けじゃないですか!? どうしてくれますの!! よくもわたくしの純情を弄んでくれましたね!?」

 

「は、はぁ?」

 

支離滅裂に脈絡の無さすぎる、頭突きをした際に頭のネジが数本吹き飛んでしまったのか、アルコールでも入っているのかと疑いたくなる程に乱れるセシリアに、一夏は追い付けずに目を白黒させている。

 

「そもそも、貴方は本音さんを泣かせたようじゃないですか? そこはどうなっているのですか?」

 

一夏の顔を覗き込むように、それこそ普段の彼女なら有り得ない程の急接近に一夏は、逃げるように再び視線を下げる。

 

だが、セシリアからの視線から逃げれるわけでもなく、なおも自身に注がれる視線が、本音のような眼差しは一夏にとって自分を糾弾する非難の言葉にでも思えているのだろう。

 

何も話そうとしない一夏に、セシリアは溜め息を一つ吐くと、ダラリと下げられた両手を束ねるように集め、自身の手で握る。

 

「貴方の言ったとおり、誰かの為なんていうのは自分の行いを正当化するための言い訳に過ぎません。友情や信頼も、全ては個人が他人に向ける、一方的な感傷です。貴方が本音さんの友人であることを重荷に感じるならば、拒絶するのも、やむなきことだと思います」

 

セシリアから出た言葉は、一夏を責めるものでなく、むしろ彼を擁護するものだった。

 

ですが、とそこまできて、セシリアは再び一夏に向けて、言い放つ。

 

「本音さんが涙を流したのは貴方を、一夏さんを"愛している"からではないのですか?」

 

あくまで友人としてですが、というセシリアの言葉を聞きながらも、瞳孔が開ききるような感覚が一夏の体を駆け抜ける。

 

「だからなんだ、と言えばそこまでです。受け入れるか否か、最後に決めるのは貴方だけにしかできないことです。でも、そんなのあまりにもあんまりじゃないですか。これじゃあ、貴方たちが不憫すぎます・・・・・・」

 

本音がではなく、貴方"たち"。

 

それが意味すること、つまりはそういうことなのだろう。

 

「・・・なんで、そこまで俺を、信じるんだよ?」

 

「そんなの、決まっているじゃないですか?」

 

セシリアは笑う。

 

悪戯心の混じった、はにかむように綺麗に笑いながら、セシリアは言う。

 

「貴方がわたくしの友人であるからです。まぁ、貴方がどう思っているかは、知りませんけどね?」

 

「・・・・・・・・・じゃあ―――」

 

一夏の顔が初めて、セシリアを正面から見た。

 

彼は、笑っていた。

 

楽しげに、楽しそうに、何よりも嬉しそうに頬をつり上げて、お節介焼きな友人を眺めながら、一夏は笑う。

 

実に彼らしく、一夏は笑った。

 

「お前もこんな俺のこと、愛してくれんのか?」

 

「はい!? いや、あの、それは・・・・・・わたくしとしても、貴方のことはそれなりに・・・・・・」

 

「ぶっ、カッハハハハハハハ!! 冗談だよ冗談。俺は"のほほんさん"一筋だからよ、お前の愛には答えられねぇんだわ! ゴメンねぇ、せっかくマジになってくれたのにな?」

 

「なっ、何を言ってますの!? あくまでも、友人としてですわ! 誰が好き好んで貴方みたいな愉快犯を!!」

 

「アッハハハ! そりゃ、そうだ」

 

いつものような口喧嘩。

 

目の端に涙を浮かべてからかう一夏、顔を赤くしながら肩を掴んで揺らすセシリア。

 

いつものように一夏は笑って、セシリアはいつものように怒ったように笑う。

 

「―――なぁ、"せっしー"。今の俺は今日だけだ。明日にはいつも通りの俺になってる。だから、今のうちに言っとくよ」

 

さっきとは逆に一夏は見下ろすように立ち上がり、一歩後ろに下がりながら、優しく微笑み慈しむように彼は言った。

 

「ありがとよ、セシリア」

 

それだけ言うと、セシリアに背を向けて一夏は校舎へと歩き出した。

 

「・・・・・・卑怯者」

 

そんな背中に向けて、拗ねたようにセシリアが静かに呟いた言葉に背を向けて、一夏は止まらずに歩いていった。

 

◇ ◆ ◇

 

コンクリートを蹴る音だけが廊下に鳴っている。

 

カツン、カツンと音が鳴る。

 

「いいのかねぇ、俺がこんなに幸せで」

 

彼の他に人はいない。

 

世界が切り取られたかのように、誰もいない真っ更な廊下を一人で、人身の得た幸福を皮肉りながら、少年は歩く。

 

悲しげに、寂しげに。

 

「愛、ねぇ」

 

月明かりの照明に照らされながら、少年は一人道を歩く。

 

向かう先には闇があり、歩いた後にも闇が続く。

 

カツン、カツン。

 

生きてきた道は短く、行く先にはあるのも大して長くはない真っ暗闇。見据えるものは未来か希望か、それとも見果てぬ絶望か。

 

「あの涙が愛の証明だっていうなら、あの人が、"織斑 千冬"が俺を愛してくれてるっていうのかよ?」

 

音が止まって、月も雲に隠れる。

 

耳障りな静寂と、肌に突き刺さる闇が歩みを止めた演者に、次を催促する。

 

「・・・・・・それこそ、有り得ねぇよ」

 

物語は進む。新たな役者を動かし、時を加速させるように事態を深刻化させていく。

 

『舞台』は要求する。

 

影が光り、現れた剣の眼を鋭く魅せる一人の少女に。

 

壊せる? 壊せない?

 

選び、戦えと。

 

「・・・・・・どうしたんだよ、箒ちゃん。こんな場所に何かご用で?」

 

「用はお前にだ、一夏」

 

右手に竹刀を、心には刃を。

 

触れれば切れる抜き身の刀のごとき覚悟を備え、少女がまた一人盤上の役者として身を乗り出す。

 

誰が望もうと、誰もが望むまいと、もう止まりはしない。

 

病んだ脚本は滲み出るインクで汚れきった。

 

人形劇は止まらない。

 

終わりの始まらない人類賛歌は、気が違ったように鳴り止まない。

 

「私と、果たし合いをしてもらう」

 

『世界』でさえ気づかぬ程に、小さく歯車が狂いだした。




さぁて、次回は遂に完全空気化していたモッピーの出番だ!!

ていうか、東京喰種が意外にも面白かった。人間読まず嫌いは損をするもんですね。

オマケ 弟にボツられた二十三幕のセリフ

(わかりませんか? 今まさに、少しでも視線を上げれば彼女のニーソックスに包まれた絶対領域がお見えになるんですよ。絶対領域、実にいい響きですよね。本来ならニーソックスとミニスカの間に見える肌色成分のことを言うのですが、のほほんさんのは"スカートに隠れた絶対領域"なんです。普段こそ隠されていますが、こういう状況になって初めて、覗き込むことによって見えだす新たな可能性の獣がカタパルトでフライアウェイするのを待ち構えているんです! そう、普段は隠れているからこその一瞬のエロさ! 覗き込むという背徳感から生み出される興奮! 何よりも奥に控える下着の存在も合わさり、もはやブラックホールのごとく俺を吸い寄せる魔性のトライアングルなんすよ! つまり、今この時点で俺のカレイドステッキがデストロイモードに成りかけているのも仕方がないことで、その秘境に顔をダイブさせねばならない義務が発生するのも必然であるわけなんです)



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第二十六幕 諸刃ノ心

まず、祝お気に入り四百、UA30000突破!!

だというのに投稿するのは、こんな感じの話。ほんとシリアスばっか。

ということで、箒さんと一夏くん回


「こんな時間にこんな場所使っていいのかよ?」

 

一夏はそう言って、制服の上着を適当に放りながら目の前の少女に問い掛けた。

 

「顧問には既に伝えてある。問題はない」

 

それに箒は、着こんだ胴着の襟を直しながらに答える。

 

二人は学園にある道場にいた。

 

板張りの床に防具や用具から漂う独特の香りが包む込み、建設されてからまだ幾ばくもしない施設だが、それだけで時代と雰囲気を感じさせる。

 

そんな中で、蛍光灯の光に当てられながらに竹刀を一振りずつ携えた二人が向かい合い、何気ない調子で会話を続けていた。

 

「ていうか、今日はイベントが盛り沢山過ぎて、結構お疲れモードなんだよ俺。明日とかじゃ駄目なの?」

 

「あぁ、"だから今日にしたんだ"。全ては予定通りだ、一夏」

 

「・・・・・・はぁ?」

 

「果たし合いだと言っただろ? こちらが有利になるよう、事を運ぶのは当然のことだ」

 

間抜けな声を上げて信じられないものを見るかのような表情をする一夏に対し、箒はシレッとした顔で現状を語る。

 

いや、そういうことではない。

 

あの武士道を煮詰めて固めたような堅物少女である篠ノ之 箒が、自分が有利な状況での戦いを、不平等な試合を自ら進んで行おうとしている。

 

「目的の為なら手段を選ぶな。君主論の基本思想らしいが、そもそも私のような未熟者に、手段を選んでいる余裕など微塵も在りはしなかったんだ」

 

ゆらりと、箒を取り巻く空気が色を変える。

 

未だに右手の竹刀を構えようとはしないが、静かに、どこまでも静かに、ゆっくりと抜かれていく日本刀の輝きのような容赦の無い気迫が道場内を満たしていく。

 

二人の視線が交差した。

 

「六年、いや"七年前"。お前に何があった?」

 

僅かに一夏は目を細めた。

 

それは箒の圧にか、投じられた問いに対してなのか。

 

「七年前、お前は私の前から唐突にいなくなった。次に姉さん、そして千冬さん、父さんの順に、私の周りから人が消えていった。どういうことだ? これは一体何なんだ? この世界で、何があったって言うんだ?」

 

箒が何かに堪えるよう強く竹刀を握ると竹同士が擦れ合い、軋む音が鳴る。空気が悲鳴をあげるように外から風が吹き込み、一夏の頬を殴り付けた。

 

彼は答えない。

 

ただ、睨み合うように視線が鋭くなる。

 

「・・・・・・まぁ、お前が馬鹿正直に吐くとは思っては、いないさ」

 

雰囲気が軽くなった。

 

両手で持ち直した竹刀を下げながら、階段を一段踏み外したような感覚を覚えさせるほどに、態度を軟化させる。

 

「だが、私にも意地がある。だから、だから・・・・・・」

 

小さくなる言い切れない言葉に、どれ程の思いが籠められていたかは、解らない。不審に感じながら、一夏は声を掛けようと口を開き・・・

 

―――違う

 

一夏の頭に、警告が響く。

 

人間の本能から告げられる絶対的な危機反応に逆らうことなく上半身を反らせば、寸前まで頭があった箇所を一迅の風が通った。

 

同時に、彼の頬から鮮血が宙に舞う。

 

「"無拍子"、やはり付け焼き刃では、この程度か」

 

「テメェ、箒・・・・・・!!」

 

背後の壁まで一気に飛び下がりながら一夏は前を睨む。

 

右に斬り上げられた竹刀の鋒(きっさき)を。

 

人間の思考の空白を打ち抜く、"無拍子"をもって一夏の首を苅りに迫った、箒の姿を。

 

冷淡かつ、蘭と一夏を穿つ黒曜石の瞳を。

 

「いくぞ、一夏」

 

死合いが始まった。

 

◇ ◇ ◇

 

噴き出す汗にシャツを濡らし、首を絞めるネクタイを緩めながらに、一夏は背後に立て掛けていた竹刀を握る。その間、片時も箒から視線を外さぬようにしながら。

 

「おいおい、ズルいじゃねぇか。剣道っつーのは正々堂々、尋常に向かい合って戦うもんじゃねぇのかよ?」

 

ヘラヘラと笑って見せるが、それが虚勢であることは素人目にも確かだ。

 

鳴り止まぬ鼓動が、脳裏に映った死の情景を燃料に冷たい血を全身に送り出していく。

 

「生憎と私が教え込まれた剣には、正々堂々や士道といったものはない」

 

竹刀を正眼に構え直し、同じように構える一夏を眺めながら独白する。

 

「篠ノ之流は、臆病者の剣だ」

 

構えが変わる。

 

中段に構えられた竹刀を自身の眼前に、水平に一夏へと突き出すという単純なもの。見るからに竹刀を振るに的さないような構えではあったが、一夏はそれに渋面を作る。

 

箒との間合いが一切判らなくなった。

 

剣道において間合い、距離感というのは重要な位置にある。それを判別するのは竹刀の長さが基準となり、竹刀同士が交差する点を取り合い、一足一刀の間合いに潜り込み相手より速く打ち込むことこそ剣道の基本にして最大の難関だ。

 

だが、現状にて一夏に見えてるのは竹刀の先端のみ、本身の線でなく先の点しか見えていない。

 

―――やりづらい

 

一夏は内心でそう毒突いた。

 

「こんな小手先の技法しかない、そんな篠ノ之が嫌いだった」

 

箒がそのままの構えで一夏へと動き出す。

 

"無拍子"のような特別なものではない、単純な摺り足による接近ではあったが、距離感の掴めない一夏にとって不気味以上の何ものでもない。

 

ならば、このままやられるのか? それこそ否だ。向かってくるなら迎撃すればいい。

 

それだけの単純な思考ではあるが、所詮は素人考えであった。

 

「私は、私が嫌いだ」

 

一夏と箒の間にあった空間が"消えた"。

 

「っ!?」

 

最大にまで力を込めた蹴り足による"縮地"は、二人の距離を零にする。

 

箒が一夏の持つ竹刀を叩き落とすように竹刀を振り下ろす。僅かに力を込め始めて強ばった腕に、上から叩かれた竹刀を再び持ち上げることなどできる筈もなく、下からうち上がる竹刀の軌道が逆袈裟にまた一夏の首を狙う。

 

どう足掻いても躱すことなどできない距離において、身を低くすることで紙一枚凌ぐ一夏という人間も大概であろう。

 

だが、未だに一夏は理解などできていない。

 

臆病者とは同時に、ひねくれ者でもあるということを。

 

「歯を喰いしばれ」

 

避けた筈だった。"左に体が飛ぶ"中で、上を向く視線の先には確かに箒が引き込むように胸元で抱える竹刀があった。

 

そこで頭が追い付いた。

 

蹴られた、のだと。

 

「ぐっ、くっそぉ・・・・・・!!」

 

右顔面に走った左足の衝撃に脳を揺らされる不快感と、全身に慢性的な虚脱感が襲い掛かる。仰け反る体を抑えず、むしろ勢いのままに左に飛び距離を開きながら、両手をついて立ち上がろうとする。

 

だが、唐突に一夏を照らしていた明かりが消え、暗がりがその全身を隠した。

 

それが自身の脱ぎ捨てた制服の上着によるものであること、そして誰が投げたのかを気づいた時には、全てが遅い。

 

木刀でなら扉さえも貫く、箒の突き技が一夏の胸に突き刺さった。

 

「・・・・・・私は、臆病者の私が嫌いだ」

 

白い上着の下で蹲りながら箒を睨み付ける一夏に、箒は告白する。

 

自身の胸の内。

 

心に燻る理想の残骸を。

 

「お前に憧れて、正義の味方を目指した。だが、悪となる者に木刀を向けたとき、打ち付けた感触に、血を流して倒れ伏す姿に、私はどうしようもない程の恐怖を覚えてしまった・・・・・・」

 

箒の力は本物であった。それは今床に這いつくばる一夏を見れば、一目瞭然である。相手がどんな者であろうと、負けることのない確固たる正義の条件。それに傲ることも溺れることもなく、彼女は使おうとしたのだろう。間違うことなく、誰かの為に力を行使したのだ。

 

唯一の間違いがあったとするなら、"相手に同情してしまった"ことなのだろう。

 

正義の味方が倒すべき悪を、"人の枠に入れてしまった"ことだった。

 

「・・・・・・なぁ、私は強くなっただろう? お前よりも、誰よりも強くなったんだ。次は、次はどうすればいい? 私は、どうしたらいいんだっ!?」

 

少女の慟哭が大気を揺らす。

 

彼女は既に気づいているのだろう。

 

正義というモノの限界を。

 

正義とは独善であり、悪という前提がなければ成立しない不安定な代物だ。悪人を打ち倒し、歩く背中に死山血河の地獄絵図を造り上げて笑うことが、正しい正義だということを。

 

そんな現実に、この優しい少女は耐えられなかった。

 

「―――ウゼェんだよ糞アマぁ!!!」

 

彼女の悲痛な叫びに返ってきたのは、侮蔑と嫌悪に満ちた怒号に、鋼を纏った拳による殴打だった。

 

「ぎぃ、ああぁっ!?」

 

「あぁ、気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い!! だからなんだよ? 正義の味方!? テメェごときが、そんな御大層な屑になれるわけねぇだろうが、ああ!!?」

 

盛大に鼻から血を流しながら、それでも竹刀を離さずに転がる箒を見ながらに一夏は言葉を吐きつける。

 

口からは血を垂らし、苦し気に箒に突かれた胸を押さえながら、一夏は彼らしくない、どこまでも"彼自身"の言葉を吐き出していく。

 

「どうすればいい、だと? じゃあ俺は、お前の前に立って手でも叩けばいいのか? あんよが上手ってか? 死ねよ、ゴミが」

 

「いっ、がぁ・・・」

 

「テメェの人生、全てで出来たのは俺への八つ当たりだけだ。つまんねぇ、カスみてぇな生き様だな。借り物の理想に依存して、お前っつーのはどこにあるんだよ!?」

 

「 ち゛ ・・・・・・いっ、が!」

 

「正義の味方なんて、いるわけねぇだろ。もし本当にいるんだったら、そいつは正真正銘のキチガイ野郎だ」

 

「い ぢ がぁあああああああああ!!!!!!」

 

獣のごとき咆哮をあげ、一夏へ向けて狂ったように駆け出す。止まらぬ血を拭いもせずに、全てを否定してみせた男へ遮二無二に突き進む。

 

振り上げられた竹刀は寸分の狂いなく一夏の頭へと堕ちるが、右手の腕甲がそれを防ぐ。甲高い音を響かせながらに、握った柄を手離して体を捻り踵蹴りが一夏の蟀谷(こめかみ)をぶち抜く。

 

フラつきながら一夏の拳が箒の顔面へ飛ぶがこれを潜り抜け懐に踏み込み、箒は左手を背に回すと同時に右の拳を鳩尾に叩き込む。息と共に血を吐きながらも、一夏は箒の脳天に肘を落とす。

 

もはや二人に容赦なんてものは無かった。

 

ひたすらに目の前の人間を潰す、それだけの思考のもとで潰し合う。

 

殴る。潰す。

 

斬る。潰す。

 

何時しか二人の手には再び竹刀が握られ、有らん限りの力をぶつけ合う。

 

何度も、何度も。

 

竹刀がぶつかり耳を貫く破砕音を奏でながら、殺人的な斬り合いが、互いを否定しながらに続いていく。

 

「「ああああああああああああああああああ!!!!」」

 

走馬灯のように巡る幼き頃の二人の光景。

 

額に汗を浮かべ切磋琢磨を重ねながら競い合い、幸福に満ちた皆がいる温かい日々が箒の心によぎる。

 

二度と戻らない明るい世界は、無惨な音を立てながら二人の竹刀と共に、砕けた。

 

「・・・・・・・・・・・・もう、いないのか?」

 

落ちた心が世界でただ一人、その思い人へと問い掛ける。

 

そうあって欲しくない、そんなことはない。あらゆる現実逃避を込めて、生ぬるい感傷を混めながら問い掛けた。

 

「私が好きだった、正義の味方はもう、いないのか?」

 

「あぁ―――」

 

現実は残酷だ。

 

一片たりとも、そこには優しい嘘なんて存在しない。

 

「―――正義の味方の織斑 一夏は、とっくの昔に"死んだよ"」

 

認めるしかないのだった。

 

受け入れるしかなかった。

 

変われなかった少女はこの日、変わり果てた少年はその日、誰にも知られぬままに殺しあった。




はい、こんな予定ではなかった。けど、気づいたらこうなってた。

篠ノ之流に関しては、原作に描写が少ないために全部勝手にやりました。

水平に構えたアレでピンと来た方は、私と文命堂のカステラを肴に冷やしたぬき食いましょう。

ヒント、獅子吼

では、また


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第二十七幕 存在正銘

とりあえず一言

やっと原作の一巻が終わりだ長かった様見ろ弓弦ーーーー!!!

ということで、千冬さんのフラグ回


IS学園の地下五十メートル。そこには世間一般っでは公表されていない、さらには学園関係者でも限られた人間のみが知る場所がある。

 

そこを彼女たちは、【処理室】と呼んでいる。

 

「山田くん、生徒たちは落ち着いたか?」

 

「はい、オルコットさんが気を配ってくれたお陰で、私たち教師が出る幕もなく・・・・・・」

 

「ふっ、それは重畳」

 

そんな空間の中に、千冬と真耶はいた。大量の電子機器に囲まれ、無機質で人の温もりなんてものを失った隔絶された場所で、千冬は皮肉げに笑う。

 

「それで、オルコットは今も?」

 

「いえ、織斑くんを探すと言って、どこかに・・・・・・」

 

「そうか」

 

真耶の答えに簡単に答えると、千冬は視線を強化ガラス向こうに横たわる異形に目を向けた。

 

所属不明機《ゴーレム》

 

大木を連想する二本の腕。その間に吊り下げられたように存在する、細身の女性を思わせる黒身がかかった肢体。アンバランスかつ、人のリビドーを抽象的に描き出したような異様なIS。単機にして学園のシールドを破壊し得る威力を有するビーム砲を複数持った、兵器。

 

安全なマルチフォームスーツという定説を根底から否定した、破壊工作を主眼に戦略兵器として造られたISなのは議を論ずるまでもない。

 

ただ、それも今ではこの様だ。

 

両腕は半ばから断ち斬られ、上半身と下半身も見事に切断され、頭部は刃で一突きされ風穴が開いている。

 

それらの異様な非常識を現実のものと受け入れる、追従するように真耶が思考を巡らす先にいるのは、一人の少年。

 

彼女はその存在を、無視できずにいた。

 

「・・・・・・織斑先生、一つ訊いていいですか?」

 

千冬の視線が、僅かにズレるのが気配から判る。

 

息を腹に飲み込みながら、意を決し真耶は問い掛けた。

 

「織斑くんは、何者なんですか?」

 

ほう、と感嘆に似たような息を吐きながら、千冬が顔だけを真耶に向ける。

 

彼女は何も言いはしなかった。

 

ただ振り向いただけ。答えもしなければ、やたらに誤魔化すわけでもない。静かに、視線だけが真耶に次を促していた。

 

「・・・・・・起動二回目で、代表候補生のオルコットさんを相手に善戦、というより弄んでいました。少なくとも、二回目の素人にできることじゃありません」

 

「火事場の、なんとやらというのは?」

 

「追い詰められた人間が、"あんな嗤い方"をするとは思えません」

 

とてもじゃないが、ここ一月程を現実逃避気味に少年と普段通りに接してきた人間の言葉じゃない。だが、踏ん切りがついた。今日の事件で、彼女の中に在る二つの疑問と仮定が、イコールで繋がった。

 

疑問は確信に変わり、仮定は答えへと変質する。

 

織斑 一夏は何者か?―――織斑 一夏は既知外の人間である。

 

織斑 一夏は異常者か?―――織斑 一夏は異常者である。

 

「それに、あの《白式》だって異常です」

 

「・・・・・・倉持の連中は異常なし、と通知してきたが?」

 

「それが、異常なんです! 今回の超連続の《瞬時加速》もですが、オルコットさんの時の状態から異常なしなんて有り得ません!」

 

非常に珍しいことに真耶は千冬に詰め寄るように言葉を飛ばす。

 

「あれだけ装甲を破壊されていながら、飛行を続けられるほど《白式》のエネルギーの絶対量は多くありません。例えあったとしても、ISの安全機能が機体そのものを強制停止させているはずです」

 

「なのに、それがなかった、か。なら、このことをお前はどう考えている?」

 

激昂したように叫ぶ真耶に対し、千冬の表情は変わらない。普段から変化の乏しい彼女ではあったが、今は感情そのものを無くしたかのような無表情である。

 

それとも、そう見えるほどに抑えなければならない、そんな感情があるのか。

 

そして真耶は数瞬の迷いを見せながら、彼女は己の最悪の推論を語った。

 

「―――《絶対防御》の無効化、だと思います」

 

ISの最強にして最硬の防衛エネルギーフィールド、《絶対防御》。

 

戦闘機よりも速く飛ぶ際に発声する慣性や風圧、如何なる衝撃や銃火器の弾丸の衝撃からも搭乗者を護る絶対の防衛機構。それは解除もできなければ、する必要性など一切ない搭乗者の命綱。

 

「装甲が破壊されてエネルギーが減退するのは、謂わばその箇所にも《絶対防御》が発動しているからです。なのにエネルギーの減少自体は少なかった。なら、装甲は"ただ破壊された"だけ、ある意味トカゲの自切のように使ったのではないでしょうか」

 

真耶の話した内容は聞く者ならば、イカレた妄想だと一蹴するようなものだった。

 

《絶対防御》の無効化など彼(か)の天災でもなければ不可能であるし、したところで利点など発生するわけがない。

 

ISが安全と言われているのは《絶対防御》の一転のみに集約されている。もし、それが無かったとするなら、ISが最初に殺すのは敵でもなく有象無象な生身の人間でもない、搭乗者である。

 

ISの高加速から産み出される慣性は容易に人の首をへし折り、撃ち出される大口径の弾丸は人を肉片に仕上げるだろう。

 

「それが正解だとして、君はどうする?」

 

「《白式》を取り上げます。そんな危険なもの、生徒に持たせるわけにいきません。織斑くんにも話を訊きます。もちろん、あなたにもです」

 

真耶はそう言って、千冬を強い意思を乗せて見据える。誰よりも優しい彼女だからこそ譲れぬ、勇ましい覚悟を持って言い放った。

 

「理想論だな。アイツが応じると思うか?」

 

「理想が無い教師が、子供たちに何を教えると言うんですか。応じないというなら、わかってくれるまで話し合います」

 

「無駄なことだとは思わないのか?」

 

「諦めるのは挑戦してからでも遅くはありません。それに無駄と決めるのは織斑先生ではなく、私です」

 

真耶の言葉に背を向けながら、千冬は目を伏せた。

 

何を言おうと退きはしないだろう。そう思わせる、無垢な願いを心から称える友人に少なからずの諦めと、羨望の息を吐く。

 

そんな千冬を見てか、真耶はさっきまでの勢いを潜め、労るように言葉をかけた。

 

「織斑先生は心配じゃないんですか? 織斑くんはあなたにとって、たった一人の弟さんじゃないですか・・・・・・」

 

「―――真耶、一つだけ言っておく」

 

ここで初めて真耶は千冬の顔を正面から見た。

 

同時に後悔もする。

 

いつもの冷然とした姿はなく、悲壮に顔を歪めた満ちた、千冬がいた。

 

「私はアイツを、弟と思えていない。きっとアイツも、私を姉とは思っていないだろう。私たちは同じ様な血が流れていて、名字が同じの薄い繋がりしかない、そんな薄い関係だ。私たちは互いに、本心では兄弟だなんて思っていない、ただの他人でしかないのさ」

 

▼ ▼ ▼

 

真耶は去っていった。特に何かを言うわけでもなく、ただ慰めのようなことを言っていた気がするが、私には聞き取ることもできなかった。

 

それも、どうでもいい。

 

「なにが、無人機だ・・・・・・」

 

再度、私の視界に入ってきたのは、死体のように転がる《ゴーレム》の姿。バラバラに斬られ、今も様々な機材に繋がれながら、その情報を搾り取られている。

 

機械のように。

 

本当に、ただの機械のように。

 

「やめろ、やめてくれ・・・・・・」

 

ガラスに赤い線が引かれていく。

 

それが押し付けた指が、私の力との摩擦で引き裂かれたことによる出血であることに気づけぬまま、掻き毟ように指を這わせる。

 

「何が『世界の恒久の平和と安寧』だ。これが、こんなことが、こんなものが何になるというんだ!!?」

 

不快な液体が、私の視界を曇らせていく。

 

全てを隠すように、逃げ出すように、都合の悪い全てが幻想だったかのようにボヤけて虚ろにしていく。霞に包まれ、私の思考さえも暗い穴へと貶める。

 

それも指の痛みが私の埋もれていく意識を、無理矢理に現実へと向かせる。

 

「殺すなら、殺せばいいじゃないか。どうして私を死なせてくれない。私が『人形』だからか? "お前たち"の御都合主義にまみれた人形劇に必要な、引き立て役だからか? ・・・・・・巫山戯るな、巫山戯るなぁ!!!」

 

力の抑制が効かず、打ち付けた拳はガラスに大きな亀裂を作る。

 

感情が暴走する。

 

惨めったらしく、私は泣き叫んだ。

 

幾度となく殴り付けるうちにガラスも砕け散り、止まらぬ慟哭だけが私の喉を引き裂いて溢れだしていた。

 

「"一夏"、私は、どうすればいい・・・・・・?」

 

答えは、返ってくるわけがなかった。

 

◇ ◇ ◇

 

死に果てた成り損ないがあった。

 

物を語らず。

 

動きもしない。

 

完全な死体に成ったそれの胸には、掠れながらも確かにこう書いてあった

 

『project_N 0893

 

Junk Collection 』




やっと一巻が終了しました。長かったです。

これを書いていて文章で飯を食っている人がいかに大変かが、よくわかりました。

今後ともよろしくお願いいたします。

あと、色々と気づいてしまってもネタバレはNGで。


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幕外 初恋継続中《上》

閲覧注意。

今回の話は本編からしばらく経過した時系列であり、三段編成を予定しています。

そして、これはまともに女の子と出歩いたこともないような野郎の妄想搾り百%でできています。

加えて、セカン党の方に不快な思いをさせてしまうかもしれませんので、そこを御容赦のうえで見てください。


六月に入り始めた今日この日、俺はコンクリートを蹴りながら体を前に跳ばしていた。

 

「うわっ、時間やべぇな・・・」

 

携帯の時計を見ながら、俺は足を早める。目的地は遠い場所ではないんだが、男の待ち合わせは三十分は前に到着して相手を待っているもんだ。特に相手が女の子なら、なおさらだ。

 

俺こと、五反田 弾は現在、一年ぶりになる友人と待ち合わせしている公園へと向かっていた。

 

中学の時に会ってから、あいつが国の方に帰るまでの約二年間は、ずっと一緒にいた気がする。そんなこともあって別れるときはツラかったし、あいつが帰ってきたと聞いたときは心が踊ったものだ。

 

そりゃもう、無意識であったが、妹の蘭がスゲーニヤニヤしていたのが印象に残っている。・・・・・・顔に出てたらしい、気を付けよう。

 

「よし、ここだ」

 

決意も新に軽く乱れた息を整え、車止めを横目に砂地の地面に足を踏み入れた。

 

~AM 10:30 【二人の公園】

 

青々とした葉に包まれた木々が、さざ波のような音を鳴らしながら風に枝を揺らしている。

 

思えば、あいつとの出逢いもここだった。

 

始まりはここで、再会もここで、俺たちには少しロマンチックがすぎるが、たまにはこういうのも悪くないんじゃないかな? ・・・・・・中二病、抜けねぇなぁ。

 

「あん時はたしか、一番奥のベンチに・・・・・・・・・?」

 

昔を思い出しながら視線をあのベンチに向けると、女の子が一人座っていた。

 

腰まである黒髪に白いワンピース、何故かその上には薄い青のデニムジャケットを羽織った女の子。一瞬そのアンバランスな組み合わせに首をひねりそうになるが、何とも言えない親和性があった。

 

それを何よりも引き立てている、あの女の子。軽く俯いた顔は若干の不安さが見えるが、笑えば相当の美人であるのが容易に想像できる。

 

そんなことを"つらつら"と考えていると、不意に彼女と目があった。

 

「「あ」」

 

そんな声を先にあげたのはどっちだったか。

 

ガッチリと目があったまま、二人とも止まってしまう。海外だとこういう状況を天使が通った後だとか言うらしいが、その天使様もさぞ苦笑いを浮かべていることだろう。

 

「ちょっと、弾!!」

 

数秒か数分か、停滞した空気を押し退けてワンピースの彼女が俺の名前を呼びながらズカズカと力強い足取りで俺に向けて歩いてくる。何故だか怒ったように、嬉しそうに。

 

そんな表情には見覚えがあった。

 

「女の子を三十分も待たせるとか、どうなのそれ!?」

 

「えっ、あれ・・・・・・?」

 

「ほんとに変わってないわね、あんたって。もうちょっと何とかならないわけ? せっかく、一年ぶり会えたのに・・・・・・」

 

そう言って、徐々に落ち込んでいく彼女の言葉を聞きながら、目の前の女の子の言ったことを反芻するように考えた。

 

「ちょっと、失礼」

 

もしも人違いだったら訴訟待ったなしだが、俺は自分の仮定に確たる答えを導くための行動にうって出た。

 

やったことは単純。

 

両手で彼女の頭にツインテールを作ったのだ。

 

「あっ、やっぱり鈴だ」

 

わざわざやっておいてなんだが、結果はアッサリしたものだ。ツインテールになって、ようやく見慣れた姿が見れた。

 

さて、ここまで来てなんだが、このキョトンとした顔を赤に染め始めているコイツをどうするか―――

 

「ふっ、ざけるなぁーーーーー!!!」

 

「あっぶねぇーーーーーー!!?」

 

寸でのところで髪から手を離し頭を下げてみれば、惚れ惚れするくらいの華麗なハイキックが俺の首を狩りにきた。

 

一度もろに食らったことがあるが、二度目は今生の内は御免被りたいものだ。

 

「何すんだよ!?」

 

「やっかましいわ! なに、あんたの中じゃあたしは髪型でしか判別できてなかったっていうの!?」

 

「違ぇよ!! いっつもツインテールだった友人が久し振りに会ってみたらストレートにクラスチェンジしてんだから一瞬判らなかったんだよ!」

 

「だとしても女の子の髪掴んで、『あっ、やっぱり鈴だ』はないでしょうが!? もっと別な確かめ方はないわけ!?」

 

般若の形相で今にも「フシャー!」とか威嚇してきそうな雰囲気で俺を牽制してくる我が旧友。

 

猫かお前は。

 

「・・・・・・まぁ、それは申し訳ないけどよ。なんつーか、髪型も服もなんか変わっててよ、誰か判んなかったていうか・・・・・・」

 

我ながらもっとハッキリ喋れないものかと思うが、どうにもむず痒い。中学生か俺は。

 

ここで言っておくが、中学時代、つまりは俺の知る彼女の普段の姿というのはツインテールにスポーティーな格好が主だった。ボーイッシュとでも言えば良いのか、とにかく動き易そうな丈の短い服装がほとんどだった。

 

そんな俺の頭の中のアイツと、目の前の彼女とはあまりにも違いが大きすぎる。

 

「・・・・・・変、だった?」

 

こういうところもだ。

 

ワンピースの裾を摘まんで、自信なさげに上目遣いで俺を見上げてくる。

 

調子が狂う。初めて会ったときみたいだ。

 

「変じゃねぇよ。むしろ似合いすぎ。・・・・・・ああ、可愛いよ、ぶっちゃけ」

 

「ふぇ?」

 

そう言ってやると、コイツは俺を呆けたように見ながら頬を赤く染めていく。たぶん、俺もそんな感じになっていることだろう。

 

「・・・・・・そ、そっか」

 

「そうだよ」

 

「・・・・・・そっかぁ、えへへ」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

「・・・・・・♪」

 

「あああぁぁぁぁぁぁ、なんだよこの空気ぃぃいいい!!?」

 

「っ!?」

 

堪えられなくなった俺は遂に叫んだ。

 

甘い。ひたすらに甘い。ここからさらに何かしらアタックしかけりゃ、別のドラマが始まりそうな予感を感じさせる、だいぶアレな空気だったよ。

 

判っているなら何故しなかったって?

 

彼女いない歴=年齢の俺には荷が重すぎで全身複雑骨折です。

 

「ていうか、何でお前は待ち合わせ時間の一時間も前に来てんだよ!?」

 

あろうことか女に八つ当たり気味に叫ぶ俺が最低なのは重々自覚できている。

 

確認はしていないが、俺の顔は未だに赤いままで不様極まりない暴言を吐いているんだろうが、俺もテンパってるいるんだ。

 

「い、いいじゃない、別にそんなこと!」

 

「だったら何でさっき俺に向かってキレたんだよ!? お得意の照れ隠しとかだったら食飽なんだよ!」

 

「て、照れてるわけないでしょ!! 弾のくせに生意気言うな!」

 

「っだと、このまな板娘!?」

 

「なにぃ!?」

 

「なんだよ!?」

 

「ぐぬぬぬぬぬ!」「にぎぎぎぎぎ!」

 

端から見ればどう見えるのだろう。ただの学生同士の喧嘩だろうか?

 

何であれ、ようやく俺たちらしくなってきた。

 

「・・・・・・・・・・・・ぷっ」

 

「・・・・・・・・・・・・ははっ」

 

言い合いもそこそこに、俺たちは思わず吹き出した。それから、懐かしむように笑い会う。

 

一年を長いと思うか短いと思うかは人によって違うだろう。俺にとって、コイツがいないこの一年というのは長かった。

 

だが、会ってみればこんなもんだ。

 

距離だの時間だのは、俺たちには関係ないらしい。

 

「―――お帰り、鈴」

 

「―――うん。ただいま、弾」

 

俺と久し振りに会った友人、凰 鈴音の再会はこうして始まった。

 

~AM 10:45【移動中】

 

「ここら辺って全然変わってないわね」

 

「たかが一年で、何が変わるっつーんだよ・・・・・・」

 

左を歩く鈴の呟きに、呆れを混ぜてツッコミをいれる。

 

ここら辺は、まだ俺と鈴が一緒の中学に通っている時によく放課後とかに遊びで寄り道していた場所だったりする。

 

あの頃は何かあってもなくても、鈴と一緒にいた気がする。それにしても、随分あっという間に過ぎてしまった二年間だったな。

 

「そう言えばよ、お前って今IS学園にいるんだっけか?」

 

ふと思い出したことを、俺は鈴に問い掛けた。

 

「うん、そうだよ? まっ、あたしは今じゃ中国の代表候補なんだからね!」

 

そう言って鈴は無い胸を張って 痛った!?「失礼なこと考えなかった?」 ・・・・・・なんで分かんだよ。

 

その代表候補というのがどれくらいスゴいのか、俺にはよく判らないが仮にも国の代表の候補であるというのは並大抵のことではないことは判ってるつもりだ。

 

それを一年という短期間の内でなってみせた鈴だが、一体そうさせた理由はなんなのだろうか。

 

「そっちはどんな感じ?」

 

「公立の高校で変わらぬ華の無い日常を謳歌してるよ」

 

「・・・・・・彼女いないの?」

 

「居たらお前と歩いてねぇよ」

 

「・・・・・・そう」

 

「なんだよ?」

 

「べっつにー!」

 

そのニヤニヤ顔はなんだよ。こっちの気も知らないで、男子高校生にとって彼女の有無がどれだけシビアな問題か理解してやがるのかこのチャイナ娘は。

 

「お前は友達できたのかよ?」

 

「あったり前じゃなーい! この私をなんだと思っているのよ?」

 

言ってやろうかとも考えたが、どうせ返ってくるのは中国三千年キックだろうからやめておく。

 

変に掘り返すべき話題でもないのも確かだし。

 

とりあえず話を聞いている限り、良好な友好関係を築けているようだ。

 

色々と気を利かせてくれるルームメイトのことや、クラスの級友。妙に黒い苦労人なイギリスの代表候補生とか、母性溢れる天然気質の小学生?などなど。

 

「あっ、あと一夏」

 

「一夏って、あのISを動かせる男っていう、アイツか?」

 

「そう、アイツ」

 

ニュースで見たことあったが、あのイケメン、まさか女子校同然のIS学園で男一人に女多数という夢のような生活を送ってやがるのか?

 

そりゃあ、なんとも羨まけしからんヤツだ。

 

「学園の中でもトップクラスの問題児なのよ。基本思考回路が誰かに対するイヤガラセとイタズラで埋まってるようなヤツね」

 

「へぇ~」

 

「て言っても、ほとんど構ってな悪ガキみたいなヤツなんだけどね。見ていて放っておけなくなるタイプ、っていうのかな?」

 

「・・・・・・ふーん」

 

「色々と溜め込んでるみたいなヤツだけど、不思議と離れる気にはなれないのよねぇ。母性本能っていうやつ?」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

「なによ、反応悪いわね・・・。人がせっかく説明してあげてるのに」

 

「別に頼んでねぇだろう?」

 

「・・・・・・はっはーん」

 

奇妙な声をあげながら、鈴は俺の前に回り込んで嗜虐心に富んだ笑みで俺を見上げてくる。

 

非常に嫌味で楽しげな顔で、鈴はこう言った。

 

「嫉妬してるんだ?」

 

その一言に一瞬、いやホントに一瞬だが思考の波が途絶えた気がした。

 

「はっ、はぁああああ!?」

 

途絶えた思考というのは、俺の常識的思考感覚だったらしく、天下の往来だというのも忘れて叫んでしまった。

 

「なんでそうなるんだよ!」

 

「えぇー、だって露骨に態度悪くなったしぃ~。まず顔が赤いわよ?」

 

「知るかよ! ていうか、それ言うならお前も顔赤いんだけど!?」

 

「も、元からそういう顔よ」

 

「言い訳にしても苦しすぎるぞ鈴さん!?」

 

叫びだけ叫んでしまって、ある程度スッキリしてしまった俺に新たに到来したのは、身を焼くほどの羞恥心と背筋が凍りつくような後悔でした。

 

そして余裕のできた思考で見えたのは、こちらに向かって走ってくる自転車の影だった。

 

「危ねぇ!!」

 

言うが早いか、俺の腕は目の前の鈴を捕まえると同時に、道路に面した生け垣の方に背中を倒した。

 

後ろからバキバキと枝が折れるような音が聞こえ、俺の前を他人を考慮しないスピードで自転車が疾走していった。

 

「ちっ、なんつー傍迷惑な。いや、俺も俺で邪魔だったよなぁ・・・・・・。おい鈴、大丈、ぶ、すか?」

 

前もって言い訳から始まる自分を恥ずかしく思うが、これは不可抗力だ。

 

俺は鈴を庇うためにやったんだ。その結果として、華奢で細身ないたいけ極まりない少女である鈴を力の限り抱き締めてしまっているのは人命救助のうえでしょうがなかったことなんだ。

 

「はう、だ、弾・・・・・・?」

 

俺の勇気ある行動が残したのは、涙で塗れ熱に浮かされたように見上げてくる鈴と、周りの通行人からの突き刺さるような視線だった。

 

あぁ、俺は今日死ぬのかもしれない・・・・・・。




(  ̄□ ̄)〈中編に続くよ


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幕外 初恋継続中《中》

大変遅れてしまい申し訳ありません。全て卒論が悪いんです。

というわけで、リンさんのデート編 やっちまったよ回


~AM 11:40【いつもの寄り道】

 

「いやー、快勝楽勝! 久し振りだったけど、感は忘れないもんねぇ!」

 

「・・・・・・そーだな」

 

多種多様な電子音が響く近所のゲーセンで、中学の頃によく鈴と通ったところ。ちなみに鈴は格ゲーが強い。今も惨敗したところだったりする。俺が弱いだけか?

 

「あっ、これ可愛い!」

 

センチメンタルに浸る俺を余所に、鈴はクレーンゲームの景品を見ながら何やらハシャいでいる。

 

勝ち気な性格であるが、こういう所は妙に可愛らしい。

 

「・・・このダイオウグソクムシみたいなの?」

 

「違うわよ!? その隣!」

 

女の子の可愛い発言は、政治家の大丈夫ですの次に信用できないもんだよ。ていうか、この深海生物は売れるのか? いくら価値観は人それぞれだからといって、流石にこれにはゴーサイン出したヤツの神経とセンスを疑わせる。無駄にリアルだし。

 

冗談も程々に、指差された猫みたいなぬいぐるみを見ると、もう落ちる寸前のがある。前の人が途中で諦めたのだろうか?

 

まぁ、これならすぐ取れる。

 

「ほら、どけよ。取ってやるから」

 

「えっ、いいの?」

 

「ちゃんとお前が持つならな」

 

まかり間違っても、こんなファンシーなもん持って衆目に晒されるのは勘弁願うところだ。

 

そんなこんなで、猫は三回のチャレンジで呆気なく落ちてくれた。

 

「とまぁ、こんな感じか」

 

取り出し口から、猫を引き出してしみじみと余韻を満喫する。

 

どういうわけか、昔からこういうのは得意だったりする。あまり誇れるもんでもないが。

 

「ホント、こういう細かいのは上手いわよね、弾って」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

「まぁ、何はともあれ、ありが―――」

 

「いや、誰もやるなんて言ってねぇよ」

 

えっ、という顔と共に、腕を伸ばしたまま固まる鈴を見ながら、手に持った猫を届かないように持ち上げる。

 

身長差もあって、鈴には絶対届かない。

 

「ちょ、ちょっと!?」

 

「ほーら、全然届いてねぇぞ?」

 

ハハハハ! 実に愉快! 人の気にしてること言いやがって、精一杯に飛び跳ねてる姿が愛らしくも弄らしいじゃないか!

 

・・・・・・俺って、こんなにちっせぇ男だったっけ?

 

「あぁもう、いい加減に寄越しなさい!!」

 

「ぐっはぁ!!?」

 

腹部に走る衝撃から伝家の宝刀である正拳突きが炸裂したことを理解する。

 

いくらなんでも、酷すぎやしねぇか、鈴さん?

 

~PM 2:35【忙しない喫茶店】

 

「はい、カップル限定メニュー『甘い一時! 魅惑の地獄盛りパフェ』でーす!」

 

「「・・・・・・・・・・・・」」

 

昼時を過ぎ、遅めの昼飯でもと思って立ち寄った喫茶店で事件は起きた。

 

夏特有の暑さを忘れさせる静閑な空気に、騒がしくない程度に響くジャズの曲が店内を清涼感で満たしていた。オマケにウェイトレスの子が可愛く、思わぬ当たりを引いてしまった。今度は数馬のヤツも連れて来ようか。

 

そんなわけで気分も上々に案内された席に座り、メニューの中から俺が注文を言おうとしたとき、

 

「んじゃあ、ミートソースと・・・・・・」

 

「それ却下して、この『カップル限定パフェ』をください」

 

そんな鈴の一言で全部消し飛ばされた。

 

内容も内容だったため、慌てて鈴にことの次第を訊いたりしたのだが、

 

「うっさいわよ、この浮気者!」

 

と言う始末。解せぬ。

 

加えて、先程の店員さんに再注文してみれば、

 

「そのような反人類的なものはメニューにございません!」

 

ニコニコ顔でそう返されるのみ。

 

俺が何をしたと言うのだろうか。

 

そして運ばれてきたのは、甘い一時に魅惑的な地獄を体現した、パフェという食品への宣戦布告を掲げたバベルの塔だった。

 

「スプーン一つしかないんですけど・・・・・・」

 

「申し訳ありません。当店の衛生管理の事情で唯今スプーンはそれ一本でして!」

 

「いや、洗ったヤツとかでいいんですけど!?」

 

「申し訳ありません!」

 

「あの、だから!」

 

「では、ごゆっくりどうぞ!」

 

パタパタ走っていく背中を眺めて、要らぬゴリ押しな気配りをこなした彼女がどんな表情をしているかを想像して、一人項垂れる。

 

そもそも、俺たちはカップルじゃない。

 

「なぁ、どうすんだ鈴?」

 

「ど、どうもしないわりょ!」

 

噛んでるし。どうにも先走って自滅する辺りは、一年前と変わっていないようだ。

 

「とりあえず、食ってみろよ」

 

「・・・・・・そうする。あっ、美味しい」

 

「そいつは良かった」

 

色々と納得できない点が多々あるが、いっそ今日はこういう日だということで諦めることにしよう。

ただ、鈴と一緒に騒げる日がこんなに早くもどってきたのは、素直に喜ぶべきことではあるのだろうが。

 

「はい、次」

 

「・・・いや、俺はいいよ」

 

「なに意識してんのよ。このくらい、別に何ともないでしょ?」

 

「別に意識なんてしてねーよ。だから、そのしたり顔をやめてくれ」

 

鈴が差し出してきたスプーンをやんわりと断るが、それを勘違いした風にニヤリと鈴は笑った。

 

別に意識していないわけではないが、親しき仲にも礼儀あり、なんて言葉もあるくらいだ。ヘタなことはしないに限る。

 

「もうお互い高校生だぜ? 変に噂とか立ったら面倒だろ? 店員さんに頼んでスプーン持ってきてもらうからよ、先に食っててくれ、な?」

 

「・・・・・・じゃあ、あたしが食べさせてあげる」

 

「よしよし、分かってくれて は?」

 

聞こえてきた台詞に、席を立とうとして浮かせた腰が途中で止まる。

 

今こいつは何と申しましたか?

 

そんなことを考えている内に鈴はバベルから一匙分のアイスを掬うと、こちらに向けて突きつけてきた。

 

「言っとくけど、これはしょうがなくなんだからね? こんなの一人で食べきれるわけないんだから、仕方なくよ!」

 

「あのさ、もし知り合いに見られて変な誤解されたらどうすんだよ?」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・弾とだったら、いいもん」

 

「あ? 今なんて―――」

 

「んっ!」

 

聞き取れなかった言葉を聞き返そうとした俺に帰ってきたのは、さらに突き出されるアイスの乗ったスプーンだった。

 

「んっ!!」

 

「・・・・・・・・・・・・食わなきゃダメか?」

 

「・・・・・・・ん」

 

小さく頷いて肯定する鈴にこそばゆい何かを感じながら、渋々、そう渋々ながらに俺は溶けかけたアイスを口に入れた。

 

「えっと、美味しい?」

 

「・・・・・・旨い」

 

味なんて判るかよ、馬鹿じゃねーのか。あぁもう、嬉しそうに笑ってんじゃねぇよ!

 

「鈴、次は俺がやってやるよ」

 

「え!? あ、あたしはいい!」

 

「いいから大人しくスプーン寄越せ!」

 

「待って、ちょっと待って! 目が怖いからー!?」

 

それから完食に到るまでの間に思ったことと言えば人間勢いでなら何でも出来るということと、この店には二度と来たくないということだった。

 

~PM 5:20【眼鏡じゃ見えないこと】

 

休みの日といえば、店舗の集中しているこの辺りなんかでは家族連れなんかを、よく見かける。

 

そんな中で俺たちが向かったのは何故か眼鏡屋。鈴たっての希望で寄ってみたが、今までの半生で眼鏡にお世話になることもなかったため、店内はあまり居心地のいい気はしない。

 

「これなんてどう?」

 

「あー、もうちょっと明るい色にしたらどうだ?」

 

「それじゃあ、これとか?」

 

鈴は取っ替え引っ替えに眼鏡を掛けているが、素が良いからか大して違和感はない。

 

これがいつものツインテールなら多少なりとも差は出るもんだが、今は髪を下ろしている所為か、普段の勝ち気な感じも鳴りを潜めて見事な文学系少女が完成している。

 

「はい、弾。これ掛けて?」

 

「あ? って、おい、何すんだよ!」

 

「あっははは! 似合ってるわよ、弾?」

 

押し付けられるように掛けられたサングラスが、ダイレクトに涙腺に突き刺さり痛烈に痛い。

 

それと、間違ってもこんなマッカーサーみたいなサングラスは似合わない。

 

「ていうか、なんで本気の眼鏡選びなんてしてんだよ。お前って、視力悪かったっけか?」

 

「んー、今度の"撮影"だとこういうのも使うみたいだから、ちょとね」

 

「撮影?」

 

「お仕事よ。代表候補のね」

 

「・・・・・・代表候補って、そんな読者モデルみたいなこともするのかよ」

 

「ふふっ、まぁね! それじゃあ、次に行こう? 時は金なり、ってね!」

 

それだけ言うと俺と鈴は店員に見送られながら、さっさと店を後にする。

 

変わってない。

 

人通りの少ない脇道を、二人で歩きながらにそう思う。

 

最初の一年は俺が鈴を連れ歩いて、最後の一年は鈴が俺を引き連れていたような、何気ないが代えがたいあの頃と何も変わらない笑顔がある。

 

だが改めて思えば、俺の友人は今をときめくISの中国代表候補生だ。

 

ISなんて、俺が男であるかぎり関わりなんて持つことはないだろうが、鈴はいつか国一つを背負って立つような人間になるのかもしれない。

 

それは、感慨深いというか、寂しいというか、何と言えばいいのだろうか?

 

「どうかした?」

 

不意に鈴が間近で俺を見ていた。

 

俺の胸までしかない小柄な身長。悪くすりゃ小学生にも間違われちまいそうな顔立ちに、真っ直ぐで意思の強そうな瞳を鏡に俺の冴えないツラが映っている。

 

変わってない。

 

変わってないけど、変わっちまったんだな。

 

一年前のようには、二年前のようには、もういかないのかもしれない。

 

「なんか、忘れ物でもした?」

 

「いや、こうやって会えるのも最後かもしれねぇなー、ってさ」

 

「―――えっ」

 

鈴の足が止まるのが見えて、俺は止まらずに追い越して足を止める。

 

最後は大袈裟かもしれないが、もしかしたら本当にそうなるかもしれない。昔とでは、あまりに二人の位置は違いすぎる。

 

あぁ、本当にガラじゃないが、そう思うだけで、心臓を握り締めるような息苦しさと痛みで軽く泣きそうになる。

 

男と女に友情は成立しないなんて偉そうに囃し立てるヤツもいるが、どんなものにだって例外はあるもんだろ? 俺こそその例外だと思っていたさ。

 

・・・・・・いや、"思っていたかった"の方が、合っているかもしれない。

 

傾き始めている陽の光りに目を細めながら、俺は俺の中の"こと"に明確な結論をつけた。非常に認めたくはないが、つまりはそういうことなんだろう。

 

俺は、鈴のことを・・・・・・

 

「おっと、どうした?」

 

不意に俺の袖を引っ張られた。軽く埋まりかけていた思考を奮い起こし、後ろに振り向く。

 

俺の服を引っ張っていたのは、顔を俯かせた鈴だった。

 

何も言わない鈴に違和感を覚えながら、俺が声をかけようとしたとき―――

 

「も う 会 え な い の ?」

 

―――空洞の瞳と目があった。

 

「イヤ、嫌だよ・・・、そんなの絶対にヤダよ。どうして? ねぇ、どうして? どうしてそんなこと言うの。あたし、何かしたっけ、何かした? ねぇ、ねぇ なんで、なんでなの? 気に入らないことがあったなら言ってよ、絶対に直すからさ、一緒にいてよ、ね?」

 

豹変した鈴の小さな手が袖から離れ、俺の胸を這うように登ってくる。

 

「ヤダ・・・・・・ヤダよ、お願いがだから、何でもするから、弾の言うことなら、あたし何でもできるから、ね? あたしの全部をあげるから、だから、だからさ、あたしを―――」

 

――― 一人にしないで

 

唇に何かが触れた。

 

思考がまったく追い付かない中で、柔らかさと温かい感触、目を閉じた鈴の顔だけが今の俺の世界を埋め尽くしていく。

 

「り、鈴?」

 

「っ!!」

 

僅かに離れた口から、俺は反射的に名前を呼び、鈴の瞼が大きく見開かれる。

 

暗い瞳が、傾き始めている陽の光に照らされた俺を見つけたとき、その瞳孔が狭まるのが見えた。

 

「・・・・・・ご、めん、ごめんな、さい・・・・・・!」

 

小さな雫が、俺の服に染みを作った。

 

「・・・・・・ごめんなさい!」

 

自身の顔を両手で覆い隠しながら涙を流す鈴に向けて手を伸ばしたが、俺はその手を取ることもできず、後悔に濡れた鈴の背中が小さくなるのを眺めるしかできなかった。

 

さっきまで何でもなかったはずなのに、"いつも通り"は一瞬で崩れていった。




(;゚д゚)<皆さん! 急展開ですよ! 急展開!!

( ´∀`)<結局、作者にイチャコラなんて無理な話だったんです

( TロT)<反省はしてるし、後悔もしてる! それでも後編にto be continue!


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幕外 初恋継続中《下》

誰かを好きになるのは簡単だ。その人の好きなところを見ていればいいんだよ。

誰かを好きでいるのは難しいぞ。その人の嫌いなところも見なくてはいけないからな。

by 作者の友人

ということで、重可愛い鈴ちゃん編 作者の限界回


▽ ▽ ▽

 

ありふれた人生さ。

 

普通で普遍的、特筆することもなければ特別なものもない背景同然の名無し君で、馬鹿なダチと口喧しい家族に囲まれながら、変わらない日常に少しの刺激を夢想しながら生きている人間。

 

正義の味方も他人任せに、生きる毎日を何となくに過ごすのが俺だった。

 

―――そんな時だ 気になるヤツができたのは

 

同じ場所にいるくせに、違う所にいるようなズレた女子。視界に入っても認識できない、誰かと話している姿も見ない、居ても居なくても気付けない影よりも薄いヤツ、部屋の隅こそ指定席の一人永久欠番。俺の認識と言えば、名無しの同級生程度。

 

―――そんなある日、あいつの涙を見た

 

地面の上にいるくせに、自分の流した涙で溺れていた。息継ぎの仕方も、自分の力で浮かび上がる方法も忘れて、誰にも何も言えずに、ただひたすらに底無しの井戸の底で沈んでいくのを待っていた。

 

―――その瞬間、俺はあいつの手を握っていた

 

救ってやりたい。助けてやりたい。守ってやりたい。そんなに泣く必要もないくらいに、世界は楽しいことで溢れてることを教えてやりたい。泣き顔なんかじゃない、誰もが羨むほどに心から笑顔にしてやりたい。

 

握った手から伝わる熱を確かめながら、呆然とした目を見ながら、俺の心はそう思った。

 

そうだ、この瞬間だ。

 

―――これが、俺の初恋だ

 

◇ ◇ ◇

 

~PM 6:10 【始まりは最初から】

 

見つけた。

 

額の汗を拭いながら、荒い息を吐き出す。視線の先にはあの馬鹿、鈴のヤツが待ち合わせにしていた公園のベンチで座っていた。

 

言っちまえばこの公園は、鈴にとっての逃げ場だった。

 

小学校で何があったかは知らないが、初めて会ったときの鈴は意思薄弱で常に何かに怯えているようだった。いつからか今のように快活で男勝りになっていたが、塞いだ傷は未だに深く残っていたらしい。

 

「・・・・・・こないで」

 

鈴へ向けて歩き出そうとした俺に、あいつは明確な拒絶の言葉を投げ掛けてきた。

 

「ゴメン、ごめんなさい。自分勝手なこと言ってるの、分かってる。けど、今はダメなの、今だけは駄目、絶対に、今は、今だけは・・・・・・こないで」

 

胸に取ってやった猫をキツく抱き締めながら、鈴はうわ言のように呟いている。

 

それはまるで俺にでなく、自分に言い聞かせるように、刻み込ませる言葉のようだった。目を逸らし、逃げるための言葉を並べ立てる。

 

「何が駄目なんだよ・・・?」

 

自分でも分かるほどの困惑した声と、理由不明の苛立ちを籠めた疑問符は、何故か妙に冷たかった。

 

暗がりに震える鈴の肩に、背中を刺されるような罪悪感を覚えながらも、俺は構わずに前に踏み出した。

 

「こないで!!!」

 

そんな俺に向けて悲痛な絶叫が響き、同時に空気を弾くような音が辺り一帯に木霊した。

 

視線の先、鈴の背後に二つの球体が浮かび上がっていた。明らかに鉄の塊であるそれは、重力を完全に無視して空中に停滞している。

 

とっさのことに俺は足を止めたが、当の本人である鈴は小さな体をさらに小さく折り畳むように丸め、ゴメンなさい、違うなど、涙まじりの声でより深く自分の中へ逃げていく。

 

「・・・・・・・・・・・・っ」

 

俺はまた一歩踏み出した。

 

あれが鈴のISだろうか。生で見るのは初めてだが、そんな感動に浸っている余裕はない。

 

だから、そんな程度のものに足を止める必要もない。

 

「何なんだよ?」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

「言ってくれなきゃ、わかんねぇだろ!?」

 

俺は本気だった。少なくとも、伊達や上っ面だけで鈴と一緒に居たわけではないし、こんなところまで追って捜したりしていない。

 

だからこそ、鈴のハッキリしない態度が気にくわない、許容できない、苛ついてしょうがない。

 

それが的外れな感情であることも承知で、俺は心のままに叫ぶ。

 

「お前言ったよな? 自分勝手なこと言ってる、て。なら、言えよ! 何があったんだよ・・・・・・、話てくれよ!?」

 

初めて会ったとき、鈴を守ってやりたいと思った。その思いは今でも篝火のように俺の中で火花をあげている。むしろ自分の本心に気づいた今では、内側から焦がすほどに勢いを増している。

 

だからこれは、俺の自己嫌悪の延長線だ。

 

鈴の力になってやれない、そんな身勝手で自己中心的な叶わぬ理想が、コールタールのような黒い不快感を煮詰めていく。

 

「―――だって、弾はまた、あたしを助けてくれるんでしょ?」

 

激情する俺とは逆の、朧気で掠れた鈴の声が耳に鳴り、緩慢な動きで持ち上がる悲壮な笑みに、涙を溜めた目と視線が重なった。

 

「だから・・・・・・、駄目なの」

 

零れる雫に乗って、鈴の思いが吐き出される。

 

なにが、と叫びより早く、突き放されるように鈴が言葉を結ぶ。

 

「今度、その手に縋ったら、あたしは―――弾を壊しちゃう―――」

 

俺が見たことのない笑顔で、彼女はそう言った。

 

~PM 6:15【初めてを最初から】

 

周りの世界の何もかもが怖かった。

 

知り合いの一人もいない場所で、言葉の違いと国が違うからといって排絶される残酷な無邪気さも、必死に誠意を見せても固まった思い込みに全てを封殺されてしまう、そんな静かな牢獄はあたしを押し潰すのに十分すぎるほどの時間を持っていた。

 

何もなかった。空っぽだった。生きている実感も感じない、薄っぺらな毎日。

 

それなのに、ここで弾に会った。

 

今でも瞼を閉じれば思い出す。春の陽気にぎこちない笑顔で手を差し出してきた弾。渋るあたしの手を強引に引いてくれた弾。慣れないゲームセンターで身振り手振りで教えてくれた弾。何時だって一緒に居てくれた弾。

 

知らないことが減って、知ってることが増えた。

 

怖かった誰かが、いつの間にか友達になってた。

 

独りで泣いてる時間が、皆で笑っている時間に変わった。

 

嫌いだった世界が、ちょっとだけ・・・・・・好きになれた。

 

―――でも、お父さんとお母さんが居なくなった

 

「・・・・・・・・・・・・あたし、弾に会えて、本当に良かった」

 

途端に、暖かった思い出たちから温度が消えた。全てが裏返って、手のひらから流れ落ちていく大切な宝物が、冷たい氷牙を突き刺さすような痛みに変わった。

 

あの慣れ親しんだ独りの暗闇が、懐かしい孤独に沈んでいく体が怖くて頭が壊れそうだった。

 

だから、あたしは壊れたように、毎日を必死に生きた。

 

―――弾に会いたい

 

あたしの中に在ったのは、それだけ。

 

そのために何でもした。ISの国家代表候補になったのだって、全てはIS学園に在籍し、弾のいる日本に行くため。弾の近くにいたかったから。

 

―――その為の"踏み台"にした

 

―――その為なら"他なんてどうでもいい"

 

―――その為だったら、何をしたって"構わない"

 

―――そう、その為になら弾だって・・・・・・

 

「弾と一緒にいれて、こんなあたしと一緒にいてくれて、ありがとう。あたしはもう、一人で大丈夫だから」

 

・・・・・・判ってた。

 

あたしの"これ"は好きとかそういう可愛らしいものじゃない。

 

これは『依存』だ。

 

一番、質が悪い、どうしようもない感情論。イカれた倫理観。個人に向けるべきじゃない、救われない劣情感。

 

こんなのは、間違ってる。

 

「だから、あたしは独りで、大丈夫だから、だからぁ・・・・・・!」

 

顔を猫にうずめながら、さらに強く抱き締める。

 

泣いても、泣き続けても、あたしは何も変えられないまま。ただそれが惨めで、不安で仕方なくって、怖くって。何にもないのに欲しがるから、いつだって後悔して逃げ出して。

 

だから、もういいよ。

 

同じとこに同じ傷が一つ増えただけだから。

 

それだけだから、ね?

 

「だから・・・・・・、放っておいてよぉ!」

 

足音が近づいてくる。

 

誰かなんて、分かりきってる。

 

分かってるから、その優しさがあたしの心に滲んで、痛くて、苦しいよ。

 

「こないで、来ないでよぉ・・・・・・」

 

止まらない足音が、あたしの前で止まった。

 

本当は心が踊るくらい喜んでいるのが判って、どんどん虚しくなる。

 

「・・・・・・鈴」

 

頭の上から、あたしの名前を呼ぶ声が聞こえる。

 

でも、答えたくない。弾の顔なんて見たくない。やっと諦められそうなのに、せっかくの決心が台無しになる。

 

また、縋ってしまう。

 

「なぁ、鈴。顔上げてくれよ」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

「少しでいい。それで、全部終わるからよ」

 

終わる、嫌いな言葉。今までの全てが意味の無くなる残酷な音。

 

嫌だ、でも終わらせてくれるなら、いっそ弾に任せてしまおうか、そう思って呼ばれる声の方に顔を向ける。

 

そこには、間近に迫った弾の顔があった。

 

「んっ・・・・・・」

 

カツン、って歯と歯がぶつかる硬い音に遅れて、唇を柔らかい感触が重なっていることに気づいた。

 

―――キス、されてる?

 

視界の端に映る真っ赤に染まった髪と、背中に回された力強い腕に確かな温かさと安心感を覚えながら、少しズレたことを考える。

 

「さっきのお返しだよ」

 

呆れたような苦笑をして、弾は少し離れてそう言った。

 

あたしはというと、無意識に離れる弾の服の裾を握りしめるだけ。

 

「なぁ、俺ってそんなに頼りねぇか? 泣いてるお前の傍に居てやることも出来ないくらい、頼り甲斐のないやつか?」

 

温かい指が溢れた涙を拭ってくれた。それが嬉しくて、また涙が流れ出すと優しく頬を包み込んでくれる。

 

「・・・・・・なんで?」

 

「ん?」

 

「なんで、あたしなんかと、一緒に居てくれるの?」

 

しゃっくり混じりの声で、あたしは弾に訊いた。

 

それに弾は笑いながら、それでいて淀まず真っ直ぐあたしに答えてくれた。

 

「お前のことが好きだからだよ」

 

簡潔で簡素な、飾らない本当の言葉。

 

抱えていた猫が地面に落ちて、あたしは倒れ込むように弾の胸に飛び込む。ぐしゃぐしゃに歪んでいく景色を擦り付けるように、力一杯しがみついた。

 

「・・・・・・あたし、面倒くさいよ?」

 

「嫌ってほど知ってる」

 

「・・・・・・あと、嫉妬深いし」

 

「今日も何回かあったな」

 

「・・・・・・り、料理だって、下手だし」

 

「初めて食わされた酢豚は、洗剤の臭いがしたよな」

 

「・・・・・・それに、それに、あたしは・・・!」

 

「―――なぁ、鈴」

 

声を遮るように、弾があたしの頭に手を置いて撫でてくれる。くすぐったいような、心地いい感じに弾を見上げる。

 

ねぇ、本当にいいの? きっと一杯迷惑かけるよ? それでもいいの? そんな不安がよぎるけど、弾の言葉で全部吹き飛んでしまう。

 

「面倒くさくったって、嫉妬深くったって、料理が下手でもいい。俺はお前が好きなんだ。これに嘘も偽りもねぇよ」

 

「ズルい・・・・・・ズルいよ、そんな言い方」

 

「それ言ったら、お前はいつもズルいだろ? 」

 

「・・・・・・バカ」

 

「馬鹿で結構。それで返事 っむぅ!?」

 

弾が言ってしまう前に、その口を塞いでしまう。

 

もちろん、やり方はさっきの弾と同じ。

 

正直、今も怖い。見えない明日が、いつか必ずくる別れの日が。でも今は、この幸福な瞬間だけを見ていられる。弾と一緒になら、どんなことも大丈夫だと思える。そう思えることが、嬉しくてしょうがない。

 

「あたしも大好きだよ、弾!」

 

やっと、言えた。

 

伝えることができた。

 

あたしは生まれて初めて、嬉しくて泣くことができた。




(  ̄ω ̄)<やっとできたけど、これが限界値

( ;゚_゚)<弾くん視点が後半に入ったら、もうちょっと形になるんすけどねぇ

(-_-;)<けど、体力とストレスヤバイ。企画倒れにならなかったのが奇跡です

とにもかくにも、ありがとうございました

( 猫)<俺の扱いが解せぬ


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幕外 『初恋継続中』は外道と淑女が撮影しました、高らかに鈴ちゃんなう!のコーナー

作者的三大ツンデレ

一位 有栖川 レナ(Word Embryo)正統派無乳嫁ツンデレイン

二位 藤林 杏(CLANNAD)元祖暴力系足技ツンデレイン

三位 遠坂 凛(Fate)うっかり腹黒ツンデレイン


これは作者の趣味と性癖の塊です。

なんか色々やらかしました。

見ても見なくても本編に関係ないので大丈夫です。


「えんだぁああぁああああ!?」

 

「YearraaAaaAaAaaaaaaaa!!」

 

「「will'o 愛! say! youuwwwWWWWRRRRRRRRRYYYYYYYYY!!!」」

 

「いやーーーーーーーーーーー!!?」

 

世界がはじけた。

 

それはさながら、コジマ汚染によって脳みそがエメラルドスプラッシュしている者たちによるソウル稼ぎのように淡々と、かと思えば月光の足にただならぬフェチズムを感じてしまった中坊のような激動の開幕だった。

 

なぜなら、今スクリーンに映し出されている『初恋継続中』という、とある男女の恋愛模様をピン子からキリコまで隠し撮りし、大胆な加工と効果を盛り盛りにしたショートムービーが上映されていたからだ。

 

「なんで、こんな映像があるのよ!? しかも、弾とあたしのモノローグまで再現されてるし!?」

 

「おや、これでも満足できませんでしたか、このいやしんぼめ。やはり、映像の縁取りに酢豚を使うべきでしたか・・・」

 

「酢豚の意味が解んないわよ!! ていうか一夏、奥で何してんのアンタは!?」

 

「えっ、要るだろ? 協会。あ、工事のサインしてくんない?」

 

「まだ要らないわよ!!」

 

「奥様、聞きました? まだですってよ」

 

「えぇ、しっかりがっちり聞きまし織斑の奥様。やっと一段階進んだのに、もうそのつもりですよ?」

 

「まぁ、中国さんですし(out of 眼中)」

 

「まぁ、鈴さんはエロい薄い本の方面でもほぼまったく見ることのないほど人気ない、もといファンが少ない、胸もエロも希少価値な方ですから(ゲス顔)」

 

「この変態!!」

 

「「It's 褒め言葉」」

 

「キーーー!」

 

ということで、作者的に正統派幕外編の始まりです。

 

「ていうか、あんた誰よ!? そして、あの映像はなに!?」

 

「申し遅れました。好きな棒歌ロイドはGUMI一択、本編参加はまだか百舌鳥 伊流華です。以後、お見(ry」

 

「そして、あの映像は俺たちが撮った」

 

淑女s「「「「ご馳走さまでした!」」」」

 

「ウッセーーー!!」

 

「おい、双海。そんな口調でトップアイドルになれると思ってんのか?」

 

「それ前世の話だから!」

 

「俺はお前を断じてツンデレとは認めん! 断じてだ!!」

 

「いや、なんの話よ・・・・・・」

 

「これは最近のラノベに大体通じることなのですが、皆がツンデレと思っているのはツンデレではなく、『キレツン』という亜種に入るわけです」

 

 

例えばISで言うところの、イギリスやモップに酢豚のことです。

 

『ツンデレ』というのは読んで字のごとく、ツンツンした後にデレデレする属性です。ですが、昨今の『ツンデレ』にはデレがない。皆さまも覚えが有るのではないでしょうか? 一方的にキレて、自分の非を認めないヒロインを。一人くらい絶対思い付くはずです。

 

作者は総じてそれらを『キレツン(キレてツンツンする)』と呼んでます。

 

ツンデレは両思いになってからが本気です。 by 作者

 

 

「イキ過ぎたハーレム文化がツンデレたちからデレを奪っていく。・・・・・・なんと因果なことでしょう。ヒロイン量産化が同時に、ヒロインたちの魅力さえも減衰させてしまうのです」

 

「質の低いハーレムなんて、悲劇しか生まねぇよ。どうせやるんならニセコイのレベルを要求する。あとの作家陣は全員 奈須きのこに弟子入りしろ。遅筆以外は優秀な作家だ。あとは鋼屋ジン」

 

「・・・・・・長々となに語ってんのよ?」

 

「「作者のツンデレ独自理論」」

「あっそ・・・」

 

不快に思われた方は申し訳ありませんでした。 by 作者

 

「ていうか、いつになったら気づくんだよリンリン」

 

「そうですね。端から見たら眼福の極みですし、もうしばらくこのままで良いんじゃないんですか?」

 

「はぁ? なに言って・・・・・・」

 

そう言って鈴が自分の装いに目をやると、そこには『Yシャツ』があった。

 

「やっぱり貧乳は裸Yシャツがよく似合うな」

 

「そうですね。髪はツインテール(怪獣にあらず)からストレートに。しかも湯上がり仕様で若干濡れているので、これからのことを想像させます。さらに男物のYシャツなのでダボダボで、征服感と愛護欲を楽しめます。さらにボタンを第2まで開けることで、鎖骨と首筋が理性を消し去る勢いでエロいです。そして、袖。袖が余ってます。袖が、余ってます。重要ですんで二回言いました」

 

「下着は?」

 

「上はパージ、下はオンです」

 

「パーフェクトだ、百舌鳥さん」

 

「淑女として当然の嗜みです」

 

「何よこれーーー!!?」

 

「騒がないでくださいよ、生娘でもあるまいし」

 

「どうせあれから、ギュッと抱き締めて、そのまま【銀河の果てまで!】したんたんだろ?」

 

「するわけあるか!!」

 

「「えっ」」

 

「えっ」

 

―――閑話休題―――

 

「とにかく脱ぐ!」

 

「「どうぞどうぞ」」

 

「ここでじゃないわよ! まともな服寄越して!」

 

「でも、いいんですか?」

 

「何が!?」

 

「それ、弾くんのだぜ? しかも使用済み」

 

「・・・・・・え?」

 

「いやー、よく盗み出せたよな俺。もう王ドロボウ超えたろ」

 

「それだけはありません。そんなことより次の作品どうしますか?」

 

「いい感じにリンリンが体張ってくれたし、ツンデレいこうぜ。リンリンはやたらに重かったけど」

 

「ヤンデレと正気の狭間で揺れ動くのを演出したかったんでしょうけど、少々空回り気味でしたしね」

 

「とりあえず・・・・・・」

 

「じゃあ・・・・・・」

 

 

そんな感じに外道と淑女が、あれよこれよと議論しているのを余所に、鈴は自らが纏っているYシャツを熱の籠った目で見つめていた。

 

(・・・・・・弾に包まれてるみたい。あたま、ふわふわする)

 

余った袖を指で摘まみ、おもむろに鼻の先に持っていく。

 

そのまま鈴が息を吸い込むと―――

 

「~~~~!?」

 

―――電流が走った。

 

身体の芯から溢れ出るようなゾクゾク感じる感じ、それでいて焼け付くような熱い火照りを疼かせる、甘い快感―――。

 

青少年特有の汗臭いクセのあるニオイが、鈴の小柄な体躯を呼吸するたびに駆け巡っていき、未だ知らぬ感覚を刻みつけていく。

 

(襟のニオイ、袖よりスゴイ・・・・・・)

 

意図せずに息が荒くなる。胎の奥から、うねるような熱が背骨に沿って鈴の身体を焼き上げる。

 

「ふぅ、うぅん!」

 

襟を口にくわえ、必死に声を押し殺しながら、鈴の右腕が徐々に下に伸びていき・・・・・・

 

 

「「じーーーーーーーーーー」」

 

「んぅ、うん?」

 

「「じーーーーーーーーーー」」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

「「ジーーーーーーーーーー」」●REC

 

「撮るなーーーーーーーーー!!!」

 

天性の反射神経を持つ鈴は一瞬の内にISを展開し、龍砲をぶっ破した。

 

「いや、だった勝手に始めたのそっちだし。ていうか、作者は今回結構食い込んだな」

 

「クンカー、ありですね」

 

「うるさいうるさいうるさーい! お前ら殺して、あたしも死んでやるー!!」

 

ところ構わずに乱射しまくる不可視の弾丸だったが、鈴自身は決して当てるつもりはなかった。

 

だが、その内一発が二人に直撃したのだった。

 

「えっ、ちょ」

 

「かかったな、鈴音! これが私たちの逃走経路だ! お前はこの外道と淑女の知恵比べに負けたのだ!!」

 

「この教室に見覚えはないのか? 転校してきたばかりのお前には、どこも同じに見えるのか!?」

 

「!?」

 

赤いトマトジュースを撒き散らしながら、二人の吹き飛んでいく先には例の映画を写し出していた映写機、そして既に企画発案として纏められた絵コンテがあった。

 

「「そう、『恋愛継続中』のラブコメ分を吸収するための逃走経路だぁ!!!」

 

《終幕》




綺麗に終わると思ったかい?

ありえません(確信)


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二節での人物名鑑

捏造設定集。

鈴さんなんか、オリジナル要素が強すぎです。一夏がいなかっただけで波乱万丈すぎる。


〇生徒

 

凰 鈴音(女性)

 

・年齢:16

・身長:150

・座右の銘『勿以善小而不為(小さな善も躊躇うな)』

 

・備考

中国の代表候補生。長い茶色のかかった黒髪を二つに分けた、いわゆるツインテールが特徴。小柄な体躯に猫のような敏捷性、なにより鋭敏な"感"を持つ少女。胸囲に対し絶大なコンプレックスを持つ。

 

男勝りでサバサバとした性格。人より正義感が強く、猪突猛進な面もあるが、内面は非常に純情。酢豚は絶品。

 

小学五年にあたる頃に家族と共に日本に来たが、日本語が不得意であったことと国籍の違いによりイジメにあう。もとより快活な少女であったが、長く続いたそんな環境により精神は屈折、塞ぎこむように。それも五反田 弾との出逢いにより本来の明るさを取り戻すが、両親の離婚、中国への帰国に連なり彼との離別という不幸の連続により、彼への恋心は彼女自身の無自覚の中で破綻していき、いつしか依存、もしくは執着へと変貌した。代表候補という肩書きさえ、彼女にとっては彼と再会するための踏み台でしかなかった。

 

紆余曲折あり彼と再会するも、自身の内にある闇を悟り一度は離れるが、その思いは最良の形で見事成就した。

 

一夏と彼女の思想そのものは相反するものだが、彼自身は鈴音を『いい女』と称している。やや一方通行な友好関係だが、仲は良好である。セシリアとも仲がよく、暴走気味な一夏一行の貴重なツッコミ役も務める。

 

専用機:甲龍(シェンロン)

 

一年で代表候補となった鈴音のために急遽製造された機体。

 

燃費と安全性をコンセプトとした第三世代だが、実際は未完成機といっても過言ではない。そのため武装は贔屓目に見ても、決して優良とは言えない。

 

だが、鈴音きっての要望により、極めて鋭敏な筋運動センサーに実駆動の追随性、演算機の予測が非常に優秀である。そのため機体の反応速度は熟練の者でも振り回されてしまう。ある意味、正しく彼女の専用機となっている。

 

この一点において、彼女は織斑 千冬と同等の天才と言ってもいいだろう。

 

 

更識 楯無(女性)

 

・年齢:17

・身長:155~160

・座右の銘『愛する家族に平穏を』

 

・備考

外側に向かって跳ねる短く青い髪に、鮮やかな赤い瞳が特徴。女性としてほぼ完成されたプロポーションを保持し、異性を容易く虜にする。ただし、男性経験はない。

 

明瞭快活で文武無双、加えて料理も完璧。異様に掴み所のない性格で、強引かつマイペースな言動で人を弄って遊ぶ小悪魔的面が目立つが、本来は思慮深く、常に学園の者たちを守るために奔走する人格者でもある。

 

ロシア国家代表、生徒会長など様々な肩書きを持つが、その実態は内外に存在する脅威を処理する暗部組織『更識』の十七代当主である。類い稀な戦闘能力とカリスマによって異例の襲名だったが、その非凡な才能は愛する妹との亀裂を生む。そのため、妹のことは静観しながらも過保護になりがちで、一夏とも壮絶な殴り合いを演じた。

 

のちに本音との一件から一夏自身の『歪さ』に気づき、今後の対応を要注意人物から保護・監査対象にまで引き下げる。だが、完全に気を許したわけでなく、今も彼についての情報を収集している。

 

自分の身体の魅力を自覚しており、扇情的な服装をすることもある。ただ変に狙いすぎているため、一夏には白い目で見られている。

 

真名は更識 刀奈という。

 

専用機:霧纒の淑女(ミステリアス・レディ)

以前使用していた機体を元に、彼女自身が設計、調整したフルスクラッチタイプの機体。

 

ナノマシンを含ませた水を自在に操作でき、バリアや拘束、水蒸気爆発など応用性に長けた機巧を登載している。武装も槍や蛇腹剣など複数あり、相手に手を読ませない、まさしく水のように形に嵌まらぬ戦闘をする。

 

 

布仏 虚(女性)

 

・年齢:18

・身長:155~160

・座右の銘『正しき心に清き思い』

 

・備考

眼鏡に三つ編み、加えてかなり豊満な胸を持つ三年生。

 

堅実かつしっかり者であり、職務放棄同然に失踪する楯無に代わり生徒会を運営する苦労人。だが、楯無のしていることに理解はあり、陰ながらに彼女を支えている右腕的存在。更識姉妹とは主従関係にあるが、幼馴染みという色が強い。紅茶を煎れる腕はかなりのもの。

 

名字で判ると思うが本音とは姉妹である。性格は対照的だが顔立ちはよく似ている。

 

なによりも二人の胸囲からは、血の繋がりを強く、とても強く感じさせる。

 

専用機:なし

 

 

黛 薫子

 

・年齢:17

・身長:150~155

・座右の銘『文屋魂!!』

 

・備考

サイドテールに眼鏡が特徴の二年生。元気ハツラツとした性格で、常にテンションが高い。

 

好奇心に手足が生えたような女性で、新聞部の副部長ということもあり、その行動力に際限はない。通称『文屋の烏天狗』。

 

色々な意味で容赦のない気質で、一夏とも馬が合う。楯無とも友人関係にあり、「たっちゃん」と呼んで共にいる。

 

専用機:なし

 

 

〇その他

 

五反田 弾(男性)

 

・年齢:16

・身長:175

・座右の銘『人生楽しまにゃ損』

 

・備考

普通高校に通う男子高校生。長く赤い髪をヘアバンドで留めた青少年。一見チャラついた印象を持たせるが、根はしっかりとしていて面倒見のいい性格をしている。

 

ゲーマーであるが、けっして上手いわけではない。妹に頭が上がらず、家庭内のカーストは低い。

 

鈴音と中学で出逢い、最初こそ気にしてはいなかったが、公園で一人いる姿を見てから何かと気にかけるようになる。のちのちに、この日の出逢いを初恋であったことに気づく。

 

鈴音とは正式に交際しており、性格的に声を荒げることが多々ある二人だが、端から見ればじゃれ合う猫のようにしか見えない。お似合いな二人。似た者夫婦。末長く爆発することを乞い願う。

 

専用機:搭乗不可

 

 

〇所属不明

 

【仮称】ゴーレム

 

・製造年月日:不明

・全長:約7m

・製造コンセプト『破壊工作』

 

・備考

突如としてIS学園に侵入してきた機体。巨木のような二本の腕に、女性の身体を吊り下げたようなデザインをしている。

 

全身に複数のビーム砲を持ち、両腕の掌に設置された高出力砲はISのバリアを容易く破壊する。

 

一夏によって破壊され学園によって調査されたが、証拠隠滅のためか自壊機能が存在し内部は技術的修理も出来ない程になっていた。ただ、切り離された右腕部は無事であり、僅かばかりの技術解析が可能だった。以下に纏める。

 

・この機体は紛れもなくISである。

 

・完全な無人機体である。

 

・ISコアは織斑 一夏との戦闘の際に破壊された。

 

・情報伝達系に有機素材、脊椎動物の持つような神経系らしき物を検知。使用した意図は不明。

 

・胸部に『project_N 0893 Junk Collection 』との表記を確認。製造番号と思われるが、それ以上は不明。

 

以上である。

 



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三節 被虐死願と哀玩人形と■■■■■
第二十八幕 男の事情と羞恥心と


インフルエンザがストライクフリーダムで急降下してきました(意味不)

遂に新しい節目ですが、熱の所為かこの作品の雰囲気忘れてます。

ということで、黒サマーだって漢の子回

1/30 少し文章直しました


とある真夏の放課後。

 

燦々と輝く太陽と絶え間なく鳴る蝉の声の二重奏が、季節の変化と憂鬱な熱気がIS学園を包み込んでいた。

 

「重い・・・・・・」

 

そんな気だるい空気も和らぐ完璧な空調の学舎の中を金髪の少女、ティナ・ハミルトンは手に大量の教本を抱えながら、廊下を歩いていた。

 

「あぁ~、本当にツイてない。こんなことになるんなら、大人しく鈴のノロケ話聞いてれば・・・・・・、どっちもどっちか」

 

若い身空の少女に似つかわしい深い溜め息を吐きながら、覚束ない足取りで歩を進めていく。

 

そんな彼女が廊下の角に差し掛かったところで、大きな人影とぶつかった。

 

「あぁもう、なんなのよ! 一体だ、れ・・・・・・」

 

重い教本を持っていた疲労とぶつかった衝撃で尻餅を着く。苛立ちもあってか、ティナが角から出てきた人物に文句を言おうと目線を上げた先にいた人物に、言葉を失う。

 

「あぁっ?」

 

烏の濡れ羽を思わせる黒々しい髪に苛立たしげに細められた三白眼。座り込む彼女を見下ろす長身の男は、様々な噂と悪名を学園に打ち立てる人間、織斑 一夏がいた。

 

(・・・・・・ホント、厄日よねぇ)

 

いっそ泣いてしまおうか、とも思ったが目に見えて不機嫌の塊なコイツに泣き落としが通じるとは到底考えられない。

 

乾いた笑いを浮かべながら、昨日までの自分を憂いてため息を吐く。

 

「―――はぁ、わかってるよ。だから、耳元で一々言わないでくれ」

 

そんなとき、どこか呆れたように疲れたような声で、落ちた本を拾いながらティナの様子を窺うように身を屈める一夏がいた。

 

「どこまで運ぶんだ?」

 

「えっ、手伝ってくれるの? あなたが?」

 

「・・・・・・置いていくぞ」

 

「あーっと、待った待った。こんなの乙女の細腕じゃ無理だって。だから、協力お願いします!」

 

ティナが焦りながら頭を下げると、小さく舌打ちしながらきっちり半分の量を集めると彼女が立つのを待った。

 

「で?」

 

「あっ、え~と、二階の資料室まで、です」

 

「オーケー、さっさと済ませちまおうぜティナさん」

 

「? 何で私の名前知ってんの?」

 

「リンリンと部屋一緒だろ? 知ってるよ」

 

適当に一夏はそう返すと、ティナを置いていくように階段を目指して歩いていく。少し遅れて集め終わった教本を抱えて、彼女も慌てながらに一夏のあとを追った。

 

ルームメートである鈴音から一夏の話は聞いていたが、ここまでツンケンした奴とは聞いていなかった。だが、こちらが何かを言う前に助けを買って出るあたり、まだ良心的といえる人間だと考えるべきか。どちらにしろ、彼女の一夏に対する第一印象はよくわからないやつで留まった。

 

そんなことよりも、ティナはさっきから気になってしょうがなかったものがある。

 

(なんでずっと女の子背負ってんだろ?)

 

一夏の背中、女性より広く大きなそこにはしがみつくように、頭の両横で髪を結った女の子がぶら下がっていた。

 

◇ ◇ ◇

 

翌日の昼頃。

 

「今日は、菷さんはいらっしゃらないようですね」

 

「そうみたいねぇ」

 

一組の教室でセシリアは未だ主の現れない空席を眺めながら、隣でストローから牛乳を啜る鈴音に話しかけていた。

 

IS学園が襲撃される事件が発生してからしばらく経ち、最初こそ慌ただしい日々も最近になって落ち着きを見せ始めていたが、生徒たちの心に確かな傷痕をつけていった。それこそ、自主退学するようなものは居なかったが、中には不登校気味になる者も少なからずいたのだ。

 

菷の場合、来るには来るのだが、来ても何処か身の入っていない印象をクラスの人間たちに思わせていた。

 

「まぁ、篠ノ之は違う理由でしょうけどね」

 

「えぇ、どうせ"あの方"が関わっているのでしょう。ね? 一夏さん」

 

二人が思い浮かべるのは同様の人物。軽薄な態度に底意地の悪い笑みを浮かべた、悪餓鬼のことを。

 

そして二人同時に視線を動かした先には、椅子の背にもたれ掛かる一夏の姿があった。

 

「それで? どうなのよ一夏」

 

「知るか」

 

「本音さん、クラッチ」

 

「・・・・・・えい」

 

「!? ちょっ、おまぁおおおおごぉ!?」

 

セシリアの号令と共に"背中に乗った本音"が一夏の首を締め上げた。

 

「なんか、すっかり見慣れた光景になったわよね、これも」

 

そう。例の事件から、どういうわけなのか一夏の背中には本音が取り憑いている。それもトイレやシャワーといった場面を除けば、朝食の時間から教室、寮の消灯時間までぴったりとくっついて離れようとしなかった。しかも、一夏の行動にも目を光らせており、彼がヘタなことをしようものなら今のようなチョークが一夏の首に回るのであった。

 

最初こそ一夏も温かい目でスルーしていたが、三日で笑顔が陰り、五日で逃避行動が始まり、一週間目には諦めきった彼がいた。そして、二週間に至った今では血色も悪くげっそりとした見るも無惨な有り様になっている。

 

「それで、いったい何をなさったんですか?」

 

「ぐぐっ、ろ、ロープ・・・・・・」

 

「隠すおつもりで?」

 

「タップ、たっぷぅ~・・・・・・!」

 

「セシリア、あと本音も。そろそろ落ちるわよ、そいつ」

 

もはや通例となってしまっている一連の流れにため息もそこそこ、鈴音が止めに入る。

 

本音が取り憑いてからというもの、主導権はすっかりセシリアのものとなっている。暴れようとすれば本音の絞首刑が控え、畏縮したところをセシリアが突く。

 

まさに阿吽の呼吸というやつである。

 

「で、何をなさったんですか?」

 

「・・・・・・意見の相違だよ。あっちはそっちで、こっちはこっち。そんな程度のすれ違いだ。お前らには関係ねぇんだから、気にするだけ馬鹿ってやつだぜ?」

 

「あっ、まーたそんなこと言うと・・・・・・」

 

「ぎっ!? しまったあああああ!!」

 

一夏の絶叫が教室中に響きわたった。

 

真面目な話をしているわりには締まらない、それこそいつものシーソーゲームのような掛け合いが繰り広げられているが、攻守が逆転され一方的に彼が組み敷かれている様は何ともシュールである。

 

「のほほん様! 理由こそ存じ上げませんが、いい加減私の背中から降りていただけませんか!?」

 

「やだ」

 

「いやいや、やだじゃねーんすよ! いくら男である俺だって、四六時中女の子背負ってるのは骨なんですぜ?」

 

「・・・・・・しらないもん」

 

「そんな可愛く言われても困るもんは困るんでがすよ! 最近になって、やっとこさ慣れてきたけど、最初の頃なんか一日終わる毎に体中ビキビキで大変だったんだぜ?」

 

それから一夏が、疲れる、流石に冗談キツイなど愚痴を言い始めた。内容とすれば所詮は日頃溜まっていた鬱憤晴らしのようなもので、如何に仲のいい二人でもここ最近のことは腹に据えかねるものがあったようだ。

 

「・・・・・・だって」

 

そんな一夏へ返事をするかのように、本音は腕に力を込める。

 

ほぼ反射的に一夏は身構えるが、それはいつもの制裁のような締め上げるものでなく、堪えられない何かを我慢しているような、どこか訴えかけてくるような感覚を彼に抱かせた。

 

同時に、耳元から流れてくる小さな旋律に身を震わせた。

 

「だって、まだ"ゴメンなさい"って、言ってもらえてないもん・・・・・・」

 

か細い、すぐにでも折れてしまいそうな小さな声が、本音から放たれた。

 

それを聞いた者の反応は二通りある。

 

一つは、ぐだぐだと垂れ流していた小言が止まり、ぎゅっと抱き締められる感触にだらだらと額から冷や汗を流し始める者が一人。

 

そして他の全員は、それぞれが思い思いに柔軟運動をしながら拳や首から破砕音を奏で、額には青筋を浮かべて一人の罪人に歩み寄っていく。

 

判決は有罪、死刑執行。

 

「・・・・・・皆さん。とりあえず、話をしようではありませんか。きっと僕たちは解り合える!」

 

もはや止まらない。

 

皆の心は言葉にせずとも既に一致し、決していた。

 

今さら捌かれるのを待つばかりの羊の鳴き声に、わざわざ耳を貸す者などあるはずがない。

 

「君たちは一つの視点でしか世界が見えていない! そうだろう!? 君たちの胸に宿るその赤い憤りはもっともなことだと思う。だがしかし! 一時の感情に捕らわれ、曇った瞳で視る事柄が本当に真実であると言うのか! 冷静になれ! 正すべきことを間違うな!!」

 

じわりじわりと距離が狭まっていく。

 

断頭台の刃を研ぐような音さえ流れてきそうな剣呑な空気。息をする度に入り込むのは、肺を焼き尽くさんとする零下の風。

 

虚しく哭くは男一人。

 

現れるは赤い三角頭の処刑人を筆頭に行進する執行者たち。

 

今宵の(とばり)を下ろすは、降り下ろす断罪の拳と共に。

 

「ああもう、ぶっちゃけるよ! 最初こそ戸惑ったよ俺だって! 喧嘩別れしたみたいな次の日の朝に、前触れもなく乗っかって来たときは! けどよ・・・・・・、"やっこい"んだよ。背中に当たって潰れて密着する二つのビッグマウンテンが。二つのOverdo Weapon(えろすのぼうりょく)が、俺の背中にパイルダーしてんだぞ!? 支える時に文句も言われずにパンストに包まれた桃源郷をキャッチできるんだぞ!? 受け入れるしかねぇだろ!? 散々々お預け食らって碌に発散もできねぇ寮生活の中で、これ以上ない千載一遇の合法的にお触りできるチャンスだったんだよ・・・・・・。これは普段から我慢してる俺に神様がくれたご褒美なんだ! それを享受してる俺の何処が悪いっていうんだよ?!」

 

「「「「「「「全部悪いわ、この変態が!!!!」」」」」」」

 

ごっちーん、という間の抜けた音を鳴らしながら、式典でよく見かける酒樽のようにカチ割られた頭を抱えて一夏がコンクリートの染みに変わる。

 

侮蔑と羞恥の入り交じった視線を一身に浴びながら這いつくばる一夏のもとに、制裁が始まる前に引き剥がされていた本音が"とてとて"と傍らに寄って膝を着く。

 

その顔は耳まで赤く染まっており、視線も合わないのに一夏を直視出来ずにいる。

 

「え、えっとね、おりむー?」

 

「なんでしょうか」

 

「そ、そのー・・・・・・。え、えっちなのは、"めっ"だよ!」

 

「・・・・・・・・・・・・はい」

 

今日もIS学園は騒がしくも平和である。




俺は悪くない(裸エプロン先輩風)

最近、頭の中でのキャラクターたちが全て八尋ポチさんの絵で再生されてる。これが末期か。

転校生は次の次くらい。次はクッソシリアルになる予定です。ちなみに今回から菷さんが動きます。

ではでは。


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第二十九幕 建前と理想と

皆様お久しぶりです。

かなり遅れてしまいましたが、8つくらいの没案の屍を越えて書き上げました。プラスして『君と彼女と彼女の恋』なんつーのにson値を核爆破された結果の話です。

ということで、会長と菷ちゃんの悪巧み回です


▽ ▽ ▽

 

 

 

―――後悔しない、悔いのないように生きろ

 

 

 

誰もが一度は聞いたことのある激励ではないだろうか

 

この言葉に対する感想は、十人十色といったところだと思が、きっと誰もが有意義な解答を示してくれるのではないかな?

 

けど彼は、『織斑 一夏』ならこう言うかもしれない

 

 

 

―――それは自分に向けて言ってんのか?

 

 

 

・・・・・・うん、まず間違いなくそう言うわね

 

でも、あくまでも私自身の意見ではあるけれど、こうやって上から目線に斜め客席視点で野次を飛ばしてくる人っていうのは、これまでに一杯後悔してきた愚者(おろかもの)か、後悔したことにも気付けない大虚けのどっちか

 

右を選んでも左を進んでも、勝負に勝とうが負けようが、最善を尽くそうと諦めようとも、人を救おうとして殺そうとも、今ここで生き着こうと自殺しようが変わらない

 

人は必ず後悔する

 

愚者は経験に学び賢者は歴史で学ぶらしいが、なら賢者は自分が戦うとなった時に武器を取らず死を選ぶのだろうか? 傷付き痛みを受けるのを知っているから、逃げるのだろうか? どちらにしろ本末転倒。本当の賢者なら、この世界に生まれることさえ望みはしないだろう

 

なら、後悔とはなんだと思う?

 

いつまでもどこまでも、執着して横着して追随して、どう足掻こうと抵抗しようと逃走しようとも、影のように離れない彼らのことを、人は何と形容するのか

 

後悔したくなくても、人は必ず後悔する

 

ならば「後悔」とは、"人が生きてきた証"そのものではないのだろうか?

 

少なくとも私は、そう思っている

 

そう思っていれば、少しは救われる気がするから

 

◇ ◇ ◇

 

荒れる呼吸が熱気に満ちた空気を押しやり、新たな流れと共に空間がかき混ざる。

 

「・・・・・・っ!!」

 

迷いの類いを、吹き飛ばす。

 

己の黒い後ろ髪を靡かせ疾走する。

 

手繰るように握り込む黒檀の木太刀(きたち)との境は既に消失し、1mの木片は腕の延長となり、文字通りの腕が剣の形に伸びたかのような感覚を支配する。

 

床を蹴り抜く筋繊維の伸収縮に合わさり猛り狂う心臓の脈拍は、五体全てへと激流のごとき血潮を流しこみ、通り道となる血管を破裂させんばかりに膨張させるが、それさえも爆発力に変換させて五体を前へと突貫させる。

 

見据える先。青い頭髪を揺らす女。

 

正眼に構えられた同長の木刀は寸分の揺れもないままに、燃える朱の瞳と共に年若き戦人(いくさびと)の闘気を受け止める。

 

「っあああ!!」

 

思考は黒々しい暗闇に傾き始め、それでも輝く確かな直感に食らいつきながらに、瞬速の一太刀が闘志を糧に振り抜かれる。

 

一合。

 

「!?」

 

「まだまだ・・・・・・!」

 

硬質同士のぶつかり合う高音が空間を震わせ、全力と全速を併せた一撃が正面から防がれたことが告げられる。

 

木刀伝いに流れてくる衝撃に神経が鈍る中での唾是りもままならぬ間に、打ち合わされた刀身を滑らされ後ろに流される感覚に少しの焦りを乗せながら二打目を放つ。

 

二合。

 

響く高音。

 

不発の号唱。

 

三合、四合、五、六、七合。

 

止まらぬ留まらぬ、黒刀の鳴らす甲高い旋律が耳を貫く針のような鋭さを持って轟き、世界を塗り替えていく戦慄がこの場この時この二人、殺陣の間合いにて迎合する剣劇を彩る諧調となって勇まく荒れ狂う。

 

八合。

 

九合。

 

十合――――――

 

「!?」

 

一刀の間合いにて波瀾する怒濤の剣閃の中で、上段からの一撃が振り下ろされる。これも当然の如く受けられるが、還る反動をそのままに体が一歩引かれ、一瞬の間もなく、下段からの一閃が相手の首目掛けて打ち上がった。

 

―――柳生新陰流が奥義【村雲】

 

活人剣を至上に掲げ、敵の不殺に"剣禅一致"を謳った流派。なれば、そこから生まれるは相手の意をの裏を突き破断する、二ノ太刀必中の一撃であった。

 

だが―――

 

「残念っ!」

 

―――剣は空を斬った。

 

あろうことか放たれた一撃は、半身を反らされたのみで回避された。出を気取られたか彼女自身の身体能力の賜物か。なんにしろ、こちらに向ける不敵な笑みは確固たる余裕と実力者ゆえの自信に満ちている。

 

あぁ、"だからこそ"であった。

 

これこそが、本領の内から出でる技の打ち所だ。

 

―――篠ノ之流兵法【影日】

 

「ッッッ!?」

 

強者の笑みが一転、その表情を驚嘆の色に染め上げる。

 

全身を捻り、死角から跳ね上がる黒地の袴より伸びる白磁の脚が高速の踵蹴りとなって、硬直した彼女へと唸りをあげながら迫る。

 

好機は十分。

 

威力は最大。

 

それでもこの一撃は、届かない。

 

「ちぃっ!?」

 

渾身の蹴りが穿ったのは、身代わりに据えられた木刀。舌打ちにありったけの悪態を込めながら、有る限りの力でその木刀を蹴り飛ばす。

 

ここに至って、彼女は勝つことに固執してしまった。

 

得物を奪い、千載一遇に生まれた好機が無意識に焦りと油断を先行させる。振り上げた足を板張りの床に戻し、勢いのままに矢継ぎ早な剣を上段より振り下ろしていく。

 

「はい、一ッ!」

 

伸ばされた腕に、細い指が絡み付く。剣先にあるはずの人間は居らず、右目に回り込まれ覇気を纏った掛け声と共に自身の身体(からだ)を意志とは関係なく前に誘導される。

 

「二の、三!!」

 

足が床から離れ、全身が緩慢な浮遊感に包まれ自分が投げられていることに頭が理解するも遅く、受け身も取れぬままに、ズガン!と、おおよそ人間から出るべきでない音で背中から叩きつけられた。

 

「~~~~~!!?」

 

肺から余すことなく酸素を排出させられ、急な絶息状態に喘ぐように身を捩ると、その腹の上に容赦なく馬乗りしてくる影があった。

 

「どう? お腹に乗られたら勝ち目ないでしょ?」

 

「・・・・・・・・・・・・今のは」

 

軍隊格闘技(マーシャルアーツ)。ロシア軍仕込みのね」

 

「・・・・・・流石です、"更識"会長。やはり、私では手も足もでない」

 

「そんなことはないわよ、"菷ちゃん"。純粋な剣技じゃあ、私はあなたに勝てないもの」

 

徐々に落ち着き始める呼吸に深呼吸を繰り返しながら、床に身を横たわる菷に跨がりながら、楯無は流れる汗を拭いながら力なく微笑んだ。

 

▼ ▼ ▼

 

「どう? 少しは気分転換になった?」

 

そう言って更識会長は、座り込む私にタオルを渡しながら朗らかに笑った。

 

私は未だに動くのも億劫だというのに、どうにも規格外な人だ。

 

「暗い部屋にいるよりは、ずっといいでしょ?」

 

「・・・・・・えぇ、まぁ」

 

彼女なりの気遣いではあるのだろうが、だとしても唐突にドアを粉砕して当人を簀巻き状態で連れ出す(拉致?)のは如何なものだろうか。

 

・・・・・・言ったところで、この人は「生徒会長権限!」の一言で済ませてしまうのだろうが。

 

そもそも更識会長との出逢いは、三週間前くらいか、布仏の部屋に寝泊まりしていた頃、彼女きっての紹介から色々と世話を焼いてもらっている。

 

知識、武術においても更識会長は私なんかとは一回りも二回りも違った。学ぶことは多く、それだけ自分の未熟さを痛感させられたのは、自然の理であった。

 

自惚れていたわけではない。

 

ただ、彼女の強さが、今の私には酷く眩しかった。

 

「ねぇ、菷ちゃん。一つ質問してもいい?」

 

・・・・・・声が聞こえる。

 

更識会長とはまた違う、脳を掻き回すような不快な音が内側から私を食らっていくような、首筋が焼けるような焦燥感と(はらわた)が裏返るような衝動が、眼球の奥で暴れだす。

 

「・・・・・・答えられることであるなら」

 

奥歯を噛み潰す。

 

理解しろ。

 

間違うな。

 

判りきっていることをわざわざ思考する必要なんて皆無だ。

 

だが、所詮は疑心暗鬼の被害妄想だと解っていても、その優しい声音の奥に潜む絶対強者の目が、私の理性を磨り潰していく。

 

伸ばされた手さえ、見ているだけで苛立ってしまう。

 

「後悔してる?」

 

提示された議題は単純なものだった。

 

後悔?

 

後悔ができたら、私だってこんな様にはならない。後悔ができたなら、自分を慰めることができるじゃないか。

 

私にそんなことは赦されない。

 

「あなたは、どうなんですか?」

 

人は自分の生き方を決められる。それ故に、自身の生き様に誇りを持てる。だというのに、私はなんだ? 他者に理由を求め、自身の理想に誰かを据えることでしか意味を見出だせなかった。

 

 

 

―――借り物の理想に依存して、お前はどこにあるんだよ!?―――

 

 

 

・・・・・・ならば私には、一夏(りそう)に否定された篠ノ之 菷(できそこない)の存在に、あとどれ程の"私"が残るというのだろうか。

 

だから、訊き返した。

 

「あなたには、後悔するようなことがありますか?」

 

私の"姉"は後悔と無縁の人種だった。自身の成すことに絶対の自身と確信を持って、唯我独尊に世界を切り開いた。

 

そんな姉と同種であろう彼女に、彼女自身の価値を私は問うた。

 

彼女の解答は―――

 

「・・・・・・私はね、後悔しかない自分に、悔いを遺さないように生きようと思ってる」

 

―――小さく悲哀な声だった。

 

それから更識会長は、有名な話だけどね、と言って静かに話し出した。

 

「『三つ与えます。一つは右手のテレビを壊すこと。二つ、左手の人を殺すこと。三つ、あなたが死ぬこと。一つ目を選べば、出口に近付き、あなたと左手の人は開放され、その代わりテレビの彼らは死にます。二つ目を選べば、出口に近付き、その代わり左手の人の道は終わりです。三つ目を選べば、左手の人は開放され、おめでとう、あなたの道は終わりです』」

 

突然な語り口に、それがどうかしたのか、と私が言い返すと彼女はやはり、辛そうに、それでも確かな決意を持って語る。

 

「私はね、ずっと『左』を選び続けてきた」

 

「・・・・・・・・・・・・!」

 

「だから、私は後悔しかしたことない。でも悔いることはしない。泣いてたら、置いてきた人に申し訳ないしね」

 

痛々しい笑みを浮かべながら、彼女はそう言い切った。

 

どこか困ったように、杜撰な自分の粗を誤魔化すような仕種であったが、それが強がりであったのは私でも容易に解った。

 

その話にどう返すべきか、私が答えられずにいると、どこから取りだしたのか更識会長はコピー用紙の束を渡してきた。それは所謂、履歴書のようなもので、添付された写真には長い銀髪に険のある瞳で左目を眼帯を隠した少女が写っており、書かれた文字群には、この少女がドイツ軍所属のIS部隊で少佐の地位にある軍人であることが記載されていた。

 

備考欄には、彼女が明日このIS学園に転校してくることも書かれていたが、何故これを私に見せたのか、その意図を量れずにいると更識会長が言った。

 

「一夏くんは、ドイツに居たの」

 

『一夏』、その単語一つで私の思考が凍結する。

 

「名目は語学留学らしいけど、その二年後に彼は軍属の病院に入院していたわ。病状は重度の心的外傷による心神の喪失。退院できたのは去年。これが公式の彼の経歴だけど、おかしな点が幾つかあったわ」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

「まず、彼には向こうでの通学歴があっても、彼自身を知る者が誰もいなかった。次に彼が入院していた病院は彼の退院と共に取り壊され、理由も明確じゃない。そして何より、彼の姉である織斑先生が日本に残っていたこと。そして、今の織斑 一夏という人間。この七年の間に何かがあったのは確か。加えて、それを隠滅しようとする何かがある。最後に、ドイツは世界で唯一ISを兵器として運用している国であること」

 

次々に明かされていく私の知らない一夏の過去。

 

話半分に聞いても漫画じみた突飛な内容はあまりにも眉唾物だったが、それは妙にストンと私の中に落ちていった。

 

「・・・・・・先に言っておくけど、私はあなたを利用しようとしてる。彼女、ラウラ・ボーデヴィヒという不確定要素に対する、斥候にしようとしてるの。だから、選んで。ここでの話を忘れるか、それとも―――」

 

答えは、すぐに決まった。

 

こんな私がもう一度、今度こそ自分の為に立ち上がれるのなら、やってみせよう。

 

次こそは、理想(あいつ)に勝つ為に。




Q、いつの間に師弟関係

A,十七幕くらいからです。二十六幕の無拍子も、会長が仕込みました。

Q,菷さん強くね

A,私たち兄弟での菷さんは化物です。剣道をやったことのある方なら、彼女の戦績がいかに化物染みているか分かってくれると思います

Q,篠ノ之流兵法 影日って?

A,吉野御流合戦礼法 逆髪みです。柳生新陰も六波羅式だったり。

ご指摘、感想お待ちしてます。


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第三十幕 教師の苦悩と友情(覇)と

8巻買ったら千冬さんが雷電になってたり、リンリンがセーラー服だったりセーラー服だったんです。久しぶりに空を飛びました。

あと、弟がマブラヴオルタを買ってきた。おい、未成年。

ということで、転校生(被害者)登場、再臨ののほほん様回


「皆さーん! 今日は転校生を紹介します。しかも二人です!」

 

そう言って真耶副担任はいつもの倍増しの笑顔、というより蕩けたような締まりのない顔で教室の扉をくぐった。

 

転校生が来る。しかも、二人。

 

もとより入試倍率が天元突破しているIS学園において、外部から転校してこれる人間というのは国家運営に関わるような位置付けの人間くらい。一組の大体が国家代表か、その候補生だろうと考えていた。

 

そんな中で真耶の呼び掛けと同時に、開いた扉から最初に入って来たのは背中まで伸びた銀髪に眼帯、白い制服を軍服のように着こなした小柄な少女だった。静かに目を伏せ"休めの姿勢"で制止した姿から、彼女がどのような場所に身を置いていたかを物語っていた。

 

そして次に入って来た人物に、彼女たちの想像した現実は容易に破壊されるのだった。

 

「フランスから来ました。日本は初めてで、不馴れなことばかりですが、皆さんとは仲良くなれたらいいなと、思っています」

 

"彼"が教室に入った瞬間、空気が鳴動した。

 

誰もが見惚れてしまいそうになる柔らかな笑み。立ち姿と言葉の端々から感じられる気品と、うなじの部分で束ねられた黄金に輝く濃い金髪。線の細い、華奢と言っても過言ではない肢体も合わせて、まさに貴公子(プリンス)と称すべき者がいた。

 

「シャルル・デュノアです。これからよろしくお願いします」

 

そう、そこには"男"が立っていた。

 

「きっ―――」

 

一夏はすかさず、用意していた耳栓を両耳に押し込み目を閉じる。それから溜め息混じりに呟いた。

 

「AMSから光が逆流するー」

 

「「「「「「「ギャァァァァァァァァァァ!!!」」」」」」

 

悲鳴、もしくは奇声、正しくは喜声。もしかしたらフラジール。

 

女性特有の高い音域の絶叫がアンサンブルを起こし、幾重にも重なった不特定多数の人間の声が音響兵器のごとき質量ある音波を教室に充満させた。

 

あまりの事態に真耶は目を回し、シャルルは驚き身を縮こませ、千冬は腕を組ながら渋面を作っている。銀髪の少女も変わらず仏頂面である。

 

「イケメン! 金髪のイケメンよ!」「織斑くんみたいな俺様系じゃなく、王子様系守ってあげねばならないタイプのウサギちゃん!?」「なんだ、二次元から私を迎えにきてくれたのね」「我が世の春が来たーーー!!」「ん? このクラスにイケメンが二人いない?」「ドSヤンキーと華奢な美少年!?」「アレ? 薔薇な予感?!」

 

「「「「「「これは薄い本が厚くなる!!」」」」」」

 

わーキャー好き勝手に騒ぎ始める貴腐人たちは次に、どちらが受けか攻めか、さらにはシチュエーションまで構築し始め、白昼夢堂々と退廃的な話題でヒートアップさせ、生産性皆無の腐海を広げていく。

 

 

 

―――瞬間、全員の頭に出席簿が突き刺さった

 

 

 

「「「「「「!!!!!???」」」」」」

 

生きている。

 

必死に刺さったと思われる部位を確認するが、どれだけ探しても出席簿はなく、出血もない。あまりにもハッキリと見えた幻覚、明確すぎる死の光景、そして見慣れた出席簿。

 

気づけば、織斑 千冬が出席簿片手にこちらを見ていた。目は口ほどに物を言うと言われているが、そこから見えるものは一切ない。

 

ゆえに、貴腐人たちは直感した。

 

―――次はない

 

理由だ、理論だ、なぜそう思ったかなんてどうでもいい。もし、次に騒げばさっきの幻が現実のものになる。

 

選択肢なんてない。

 

尊敬し、崇拝すらしている教師の本気の一端に触れ、ある者は恐怖し、ある者は羨望し、そして極一部は新たな扉が解放されたことを感じたようだった。

 

「え、えっと・・・・・・。そ、それじゃあ、次はボーデヴィヒさんに自己紹介してもらいましょう!?」

 

そんな一瞬の攻防についていけず、それでも必死に冷えきった空気を何とかしようと話題を先に進めようと、もう一人の転校生に視線を向ける真耶だったが、当人は彫像のように動かないでいる。

 

「あのー、ボーデヴィヒさん! 皆に自己紹介をお願いします!」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

「ボーデヴィヒさーん?」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

「・・・・・・ラウラ、挨拶をしろ」

 

「はい、教官」

 

と、千冬の声がかかって初めて口を開いた転校生、ラウラのあんまりと言えばあんまり過ぎる態度の変わりように、「どうせ私なんて・・・・・・」と静かに真耶が崩れ落ちた。そんな真耶に一組の誰もが(一夏は笑いを堪えていた)心の内で涙を流したのだった。

 

「ラウラ・ボーデヴィヒだ」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・以上ですか?」

 

「以上だ」

 

憮然とあっけらかんに言ってのけるラウラに、真耶の涙腺が決壊寸前まで追い詰められる。いったい彼女が何をしたというのだろうか。

 

「! 貴様が・・・・・・!」

 

教室中に冷え冷えとした空気が席巻していく中で、唯一人、声を死にもの狂いで抑えながら腹を抱えて爆笑している一夏(外道)を見つけると、ツカツカと、軍人のような足取りで歩を進めていく。

 

「貴様がぁ・・・・・・!!」

 

そして、何の躊躇いもなく、その顔に平手打ちを放った―――が。

 

「・・・・・・いきなり何?」

 

転校生の突然の蛮行に、誰もが呆気に取られている中で、白人特有の染み一つない白い細腕を左手で捕らえた一夏が、半笑いに目尻の涙を拭いながら言った。

 

「くそっ、離せ!」

 

「おいおいおいおい、離したら殴るくせに。そもそも? 確かに私様は素行も態度も悪い問題児であることに自覚はありますし、殴られてもしゃーないようなことも結構有るしヤッてやがりますよ? ですがね、身に覚えどころか見ず知らずな"初めましてさん"に殴られるなんつーのは流石にないでしょ」

 

ギリギリと腕に加圧をかけながら、睨むを越えて憎悪さえ滲ませるラウラの視線に実に愉しげに一夏は笑う。

 

一触即発な均衡の中であったが、一組全員からしてみればある意味いつも通りの光景でもあった。ラウラ自身の暴行に驚きはしたものの、相手が一夏となればこうなるのは目に見えていたことだった。

 

「つーか、俺ここに来て何回ボコられたんだろ。なぁ、俺の周りが危なすぎるんだけど、これが世に言うパワハラ?」

 

「知るか!!」

 

「んな冷てーこと言わねーでよー。同じクラスメイトになるんやから、拳を使った世紀末な肉体言語に頼らない文化的な会話を―――」

 

「くっ、誰が貴様らのような連中に がっ!?」

 

唐突と言えば唐突だった。一夏という人間を知る者なら彼の行動に、前振りなんてものがないのを理解していることだろう。

 

色の抜けた顔で、光り輝くことを知らぬ純白の鋼に包まれた右手が、突如としてラウラの口を塞ぐように掴み上げた。

 

「なぁ、ラウラ・ボーデヴィヒって言ったっけ? ちょっと聞きたいんだけどさ」

 

鼻先がぶつかり合う程の距離で、一夏の瞳にラウラの姿が納まる。さっきまでの勢いも疾うに失せ、彼女に沸き上がる不快感と背筋を毒虫が這い上がるような悪寒が喉の奥に滑り込んでいく。

 

そして一夏は嗤う。

 

ゲラゲラニヤニヤと。

 

楽しげに、酷く歪に、ガパリと牙を開き、二人にだけ聞こえる小声で囁いた。

 

「その眼帯の下って、どうなってんの?」

 

いつかのように、一夏は三日月のように嗤いながら言った。

 

◇ ◇ ◇

 

「ねぇねぇ、おりむー。私とおりむーは友達だよー? うん、ずっと友達! 友達なんだよ? だからねー、友達が悪いことをしたら怒ってあげるのも友達にとって大切なことだと思うんだー。おりむーもそう思うよねー? 思ってるよね? 思ってるでしょ? 思うでしょ? 思え。それでねー、何であんなことしたのかなー? ねぇ? 女の子はね、男の子と違って頑丈じゃないんだよ? 知らないなら教えてあげるから覚えていてね? 覚えてね。きっと知らなかったんでしょ? だから、お嬢様のときみたいにお腹を平気で殴っちゃうようなことしたんでしょ。したんでしょ? しちゃったんだよねー? さっきだってあの子が先に手を出して来たのは見てたよ? だけど、女の子の顔を物みたいに掴むのはどうなの? ねぇ、聞いてる? おりむーはいい子だから、ちゃんと私の話も聞いているよね? なら、ちゃんと答えてよ。ゴメンなさい? うん、いいよ。ちゃんと話を聞いてくれてたみたいで、私は嬉しいよー。でもね、私が聞きたいのはそんなことじゃあないんだ。何で、あんなことしたのかなーってことを聞いてるんだよ? 答えてよ。こっち向いてよ。謝ってないで顔上げて? 私を見て。ちゃんと私の目を見て話してよ。ほら早く。早くして。ねぇ」

 

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

 

それはあまりにも異様な光景だった。

 

さっきまで自分と一緒に転校生してきた女の子を鷲掴みにし、狂犬じみた笑みを浮かべていた男が、その子と同じくらいの背の子に正座させられ説教を受けているのだから。

 

この数分間に色々有りすぎた所為か、脳の処理機能が鈍り始めている転校生、シャルル・デュノアは軽く頭痛すら覚え始めていた。

 

「あれなら、別に放っておいても大丈夫ですわよ?」

 

背後からそんな声が聞こえ、振り向いてみるとそこには呆れを見せながらも、優しげな微笑みを浮かべる少女がいた。

 

「えっと、オルコットさん、でしたっけ?」

 

「えぇ。以後、お見知りおきをシャルルさん」

 

シャルルの質問に答えると、セシリアはスカートの端を摘まみ上げながら恭しく頭を下げた。

 

「彼はあんな感じに粗暴で乱暴で最低な人間ですが、彼女がいる限りは大丈夫ですわ。それに彼自身も分別はある程度持っていますから」

 

「そ、そうなの?」

 

「はい。基本、友好的な方には無害ですので。同じ男性ということもあって何かとご一緒なさることも多くあると思いますし、彼に振り回されないようにご注意ください? それでは」

 

それだけ言うと、セシリアは次の実習のために教室を後にした。

 

「あっ、しゃるるん! トゥットゥルー!」

 

「えっ、僕?」

 

「うん! 私は布仏 本音だよー。よろしくねー!」

 

「あっ、えっと、よろしくね」

 

ニコニコと、さっきまで一夏との一件を見ていたら想像すら出来ない程の、人懐っこい可愛らしい笑顔で本音に少々気圧(けお)されながらも、シャルルも苦笑を浮かべながら本音に挨拶を返した。

 

おそらく、これがこのクラスのカラーなのだろうと若干の諦めも合わせて、そう考えるようにしたのだった。

 

「HEY、色男!!」

 

「うぇい!? な、なに!?」

 

「何とは無粋なヤツだなブラザー! この場この時から俺とお前は一蓮托生の運命共同体だろ? 分からないことがあったら俺に聞け。ということで更衣室の場所分かんねぇだろ? 俺が案内してやるからさっさと行こうぜ。ほら、早く! Hurry Hurry Hurry!」

 

いつの間に移動したのか、ガッシリとシャルルの肩に腕を回して捲し立てるように早口で彼を連れ出そうと急がせる一夏。

 

その追い詰められるような表情からは、必死さと現状打開への執念が見えた。

 

「・・・・・・おりむー」

 

「おぉ、のほほんさん! さっきはすまなかった。だが、お陰で目が覚めた気分だよ! 実に晴れやかだ! ということで、俺はこのシャゴホッドを案内してやらねばならないのだ!」

 

「・・・・・・うん、それじゃあしょうがないねー!」

 

「だろ!? だから―――」

 

「続きはあとで、ね?」

 

「・・・・・・・・・・・・うす」

 

全ての希望に見放されかのように一気に脱力していく一夏を尻目に、本音はシャルルに袖を振ると教室から出ていった。

 

「はぁ、とりあえずさっさと行こうぜ、シャントット・・・・・・」

 

「えっ、あっ、うん」

 

「あと、廊下は学園非公認の同人サークル連中が出待ちしてるだろうから、強行突破するぞ・・・・・・」

 

「どういうこと?」

 

「お前が転校してきたのを嗅ぎ付けたんだろ。男同士の絡みに全命を賭けてる連中だからよぉ・・・・・・。マジで憂鬱」

 

「が、頑張ろ!」

 

「何をだよ・・・・・・」

 

すっかり意気消沈した一夏に連れられ、不安しか残らないシャルルのIS学園一日目が始まったのだった。




さて、どうなるやら。

基本的にヒロインが酷い目に会うスタンスは変わりませんが。

んでは、また。


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第三十一幕 教育的銃器と恣意的狂気と

撲殺天使ジェイムズが化物の死体を積み上げることで有名な静丘2を友人とやっていたら、所得弾数三倍の所為で千発越えたハンドガンがレッツパーリーしてしまい壊れたテンションのまま書き上げた今回。正気に戻ったのは最後らへん。

それと、新しい文体にも挑戦。

ということで、天使に■■■■■と呼ばせたい作者の欲望爆発回

そして、黒化箒編


「ああああもう!! やっりづらいぃぃいいいいいいい!!」

 

「喚かないでください鈴さん! 感情的になれば先生の思う壷ですわ!」

 

「わかってるけ、どぉおおおお!?」

 

「鈴さん!?」

 

三つの鋼が空を飛び回る。

 

【青】の『ブルーティアーズ』にはセシリアが、【赤】の『甲龍』に鈴音が。

 

時間は進み、IS起動実習。この時間では生徒たちが実際にISに搭乗することで、その身、肌を通して見地を広げることを目的とした、IS学園唯一の教目である。

 

そんな場で行われた代表候補二人と教員一名による二対一の模擬戦。

 

相手が相手なだけに誰もが無謀な試合だと断じたが、実状は違った。いや、皆の予想は的中していた。

 

ただ、逆の意味でである。

 

「今のはよく避けましたね。では、次にこういうのはどうですか?」

 

それだけ言うと【緑】のもう一機、山田 真耶の操る『ラファール・リヴァイブ』が構えた二丁の51口径アサルトライフル、レッドバレットが毎分九百発にもなる鉛弾を二人の若き代表候補へと叩きつける。

 

「「!?」」

 

顔を歪めるセシリアと鈴音を嘲笑うかのように迫る弾の群集は、その一つ一つがまるで意思を持つ蛇のごとく二人に食らい付いていく。

 

蝋燭の炎に炙られるようなエネルギーの減少であったが、逃げ場を潰すように放たれる弾道に二人は踊らされる。そして二人のが一点に集まったとき、真耶はその間にグレネードを投げ込んだ。

 

「―――っ、! セシリアぁああ!!」

 

鈴音は目の前に飛び込んだ爆弾に一気に心身が凝結するが、彼女とて代表候補、怯む戦意に活を入れ、一瞬のアイコンタクトをセシリアに光らせながら、グレネードを真耶に向けて"蹴り返す"。

 

そんな鈴音にセシリアも己の役目を全うするため、自身の最も信頼する相棒、《スターライトmk-Ⅲ》を返却されるグレネードをスコープに捉え、引き金を引く。

 

「お任せを、鈴さん!!」

 

真耶の眼前で、一迅の閃光に貫かれた爆薬が炸裂する。

 

その光陵、爆発音から二人が嵐のように過ぎ去った激戦にほんの少しであったが、集中の糸を弛めるように息を吐いた。

 

そう、それさえも"奏者"の指揮による采配であったことにも気づかずに。

 

―――唐突の轟音が響いた

 

「きゃあっ!?」

 

「なっ、セシりっ!!」

 

唸りをあげながら大気を切り裂き、三発の弾丸が飛来する。

 

一発はセシリアのライフルを弾き飛ばし、残りの二発は鈴音の構えた両手の青龍刀の柄のみを撃ち抜き、衝撃に耐えられなかった二人は自身の得物を取り落とす。

 

「駄目ですよ? コールさえ鳴ってないのに安心なんかしたら。相手の動きを止めても、最初にしなくてはいけないのは完全な無力化です。覚えておいてくださいね」

 

爆煙の中から聞こえてきたのは、硝煙を噴く一丁のライフルを抱えた真耶の優しげな声。

 

だが、煙の中から最初に姿を現したのは、おそらく真耶のような人畜無害と言っていい人間にあまりにも不釣り合い、それでいてその場に居合わせた人間全員をドン引かせるには充分すぎる圧倒的で異質な銃器。

 

対IS用72mm機甲化ライフル 《アッシャー(灰塵潰し)

 

トーチカや戦車といった装甲を粉砕するための鉄鋼弾を撃ち出す無骨極まりない砲頭に、亜音速で迫る一撃にセミオートによる連射はたとえISであろうと、という触れ込みの日本謹製の武装である。

 

ただでさえ高火力の逸品を背部から伸びるハードポイントに展開、しかも同時に二つという正気さえ疑いかねない容赦のない布陣。これも《ラファール・リヴァイブ》の大容量バススロットの恩恵あってか、真耶自身の天然から為せる御技か。

 

それとも、彼女の策略であったのか。

 

織斑 千冬という驚天動地の天才が現れなければ、日本で最も名を馳せていたであろう心優しき破壊屋。ひた向きで愚直なまでの努力の果て、傲りも慢心もなく純粋なままに強さを手にした人間の、確かな実力の片鱗が姿を見せた。

 

「さて、続きをしますか?」

 

そんな可愛らしい笑顔と問い掛けに、セシリアも鈴音も半泣きのまま全力で首を横に振るしかできなかったのだった。

 

◇ ◇ ◇

 

「それにしても、山田先生って実は凄かったんだねー」

 

「あの人、もともとは日本の代表候補だった人だし。しかも国内外全ての戦績は、自滅以外での負けはほとんどなかったって聞くぜ? はい右足前に」

 

「そうっ、なんだ。って、自滅?」

 

「授業開始五分」

 

「あー・・・・・・」

 

代表候補二人の降参から時は経ち、各専用機持ちを班長にし、五つのグループに分けられ実習が始まった。ちなみにこの班割りの際、シャルルの元に大半の生徒が集中する事態が発生し、千冬によって出席番号順に班編成がなされた。

 

余談だが、それでも本音は当たり前のように一夏の班に居るのだが、もはや誰もツッコミを入れないようである。

 

閑話休題。

 

現在一夏は、練習用である『打鉄』に乗る相川 清香の歩行練習に付き添いながら、さっきまで繰り広げられていた模擬戦のことを話していた。本来なら一夏も『白式』を展開しておくべきなのだが、本人が面倒臭がっているため、未着用である。

 

彼の言う"授業開始五分"というのは、ISを纏った真耶が一夏目掛けて墜落してきたことである。それも持ち前のドジっ娘スキルからなのだが、それだけにその後の戦闘にギャップを感じてしまうのだった。

 

「はいキョンシー、次に左足」

 

「ねぇ、そのキョンシーってアダ名さぁ・・・・・・」

 

「じゃあ、キョン」

 

「たぶんそれ一番駄目! 詳しくは判んないけど、私の前世でそんな人がいた気がする!!」

 

「じゃぁ芳香とか? 邪仙の下僕みたいな。いいじゃん、キョンシー。きっと似合うよ? あのダボっとしたチャイナ服に帽子なんか被って、額に御札貼ったりして。スッゲー可愛いと思う」

 

「か、かわっ!?」

 

不意を突かれ転倒しかける清香を見ながら、一夏は一夏で愉しそうに笑う。

 

彼は自分の顔がイケメンの部類に入ることを自覚しており、時折こういったことをして女子をからかう光景が目撃される。ワリとマジに最低であるこの男。

 

そんなことばかりしてるわけで、今回はその分のツケが返ってくるわけである。

 

「・・・・・・本音、ちょっと来て」

 

一通りの練習工程が終了し、清香は熱の抜けない顔で、対一夏用の最終兵器(リーサルウェポン)を召喚する。

 

端の方に本音を呼び寄せながら、作戦を伝える。その内容と自分の役割に疑問符を浮かべる本音であったが、面白そう、という単純な理由で承諾した。

 

目的はいたって単純。

 

一夏の慌てる顔を見る、ただそれだけだった。

 

「ねぇねぇー!」

 

二人目の練習を見ている一夏の背後から本音が声をかける。彼からは見えていないが、今も本音は林檎のように頬を朱に染めている。

 

「んー? どうした、のほほんさん」

 

「えっとー・・・・・・ね」

 

「ちょっと待ってくれや。リコリンがはしご三件目のリーマンレベルの千鳥足でよ―――」

 

 

 

 

 

「いちかお兄ちゃん!」

 

 

 

 

 

一夏の口から鮮血が迸った。

 

一瞬の内に自分のうずまき菅の中を駆け巡った甘美で官能的な旋律に、体の全機能が停止しかける。

 

何があった? これは新手のスタンド攻撃か? あぁ、そういえばバーサーカーが居たなぁ、とかそんなことを考えているときに、さらに衝撃が走る。

 

 

 

 

 

―――本音が一夏の背中に抱きついたのである

 

 

 

 

 

「ごふっ」

 

昨日の一件もあったというのに、未だ自分の身体の凶悪さに気づいていない本音は今ほぼ水着と言っていいISスーツのみであり、制服ごし以上に立体感を加速させる柔らかさと温もりが背中に密着したとき、一夏はあまりの突然かつ第一級緊急事態に全意識を爪先に集中させる。

 

というのも、それによって交感神経より副交感神経が優位になり、血の流れをある程度抑えることができるからだ。

 

つまりいくら本音の豊かな双丘を押し付けられようと、自身の"業物"が仁王立ちするような最悪を回避することができるのである。

 

そのはずだった。

 

 

 

 

 

「お兄ちゃん、だーい好き!」

 

 

 

 

 

「真山屋ティーチャー! 授業抜けていいっすかー!!?

 

「はい!? な、何でですか!」

 

「俺の社会的信用とこの場全員の精神衛生の保護のためです!! いいですね?! いいっすよね!? 手遅れになる前にぃ!!!」

 

「は、はい! どうぞ!?」

 

判断は一瞬だった。

 

人間の脊髄反射すら超えるような速さで本音を優しく振り払い、一夏はアリーナの出口へとF1カーのようなスピードで駆け込んでいく。

 

あまりの急展開に一番の被害者であろう本音は呆けた顔で、砂埃を上げて若干前のめりに走り去る友の姿を見送ったのだった。

 

◇ ◇ ◇

 

「貴様、なんのつもりだ?」

 

別所。

 

そこでは小さな小競り合いが起きていた。

 

涙目で膝を着く『打鉄』を装着した女子生徒に、班長であるラウラが自身のIS、『シュヴァルツァ・レーゲン』の両腕に装着されたプラズマ手刀を向けている。

 

ラウラの教導は苛烈を極めていた。もとが軍隊上がりであるためか、その言動、挙動につけられるナイフのような雰囲気は一般人である少女に陸で呼吸の仕方を忘れさせるほどのものだった。

 

「やり過ぎだと言っているんだ、ボーデヴィッヒ」

 

そしてもう一人、少女に代わりブラズマの間合いに身を滑り込ませたのは、切れ長の眼光を光らせる箒だった。

 

「どけ、指導の邪魔だ」

 

「指導? 私には一方的な私刑(リンチ)に見えたのだが?」

 

「はっ、それはコイツが貧弱な軟弱者だからだ。ISを扱う者としての自覚も覚悟もない」

 

「自覚?」

 

「ISは"兵器"だ。それだというのに、ここのヤツ等はファッションか何かと勘違いしている。それを軟弱者と言って何の違いがある?」

 

ラウラの瞳には嘲笑と侮蔑の色が浮かんでいた。

 

ラウラの言い放った言葉に、箒は明確な反論をすることができなかった。それどころか、脳の奥を探られるような共感さえ感じていた。

 

目を伏せながら思うのはかつての理想を捨て去った思い人と、家族を守るために人知れず戦う先輩の背中。新たな出会いと何もかもが変わり果てた環境の中で、箒自身もこの世界の当たり前に疑問と、"違和感"を覚えていた。

 

「なら、お前はどうなんだ?」

 

少しの間を開けて出された箒の問いに、意図が読めないラウラは見えている右目を僅かに細めた。

 

「お前の言うことは尤もだ。だが、そのISを使ってやることが、ただの憂さ晴らしとはな・・・・・・」

 

どれだけ聖人君子を気取ろうと、どんなに悪逆無道に振る舞おうと、それが心ある人間であるならば喜怒哀楽を持ち合わせるもの。喜怒哀楽、感情を持つなら言葉に"意味"を与えることができる。

 

 

 

―――言葉は癒す

 

 

 

―――言葉は動かす

 

 

 

―――言葉は統治する

 

 

 

―――言葉は、心を喰らう

 

 

 

きっと彼女にこの事を伝えたところで、最初から認めようとはしないだろう。逆を言えば認めない、否定するというのは本人自身が、一番その事を自覚しているということに違いない。

 

箒は笑っていた。

 

 

 

 

 

歪に

 

 

 

 

 

引き裂き

 

 

 

 

 

三日月のように、嗤っていた。

 

 

 

 

 

「"たかが"ISを使える程度で、もう選ばれた人間気取りか? いい御身分だな、軟弱者?」

 

 

 

 

 

 

「―――そこまでだ」

 

箒の首にプラズマの刃が降り下ろされる寸前で、凛とした千冬の声が響いた。

 

「状況が今一掴めないが、何をしている? いや、何をしていようと、それは授業よりも優先しなくてはならないことか?」

 

「・・・・・・いえ、少々行き違いがあっただけです織斑先生。すぐに再開します」

 

「そうか。なら"怪我の無いように"、な」

 

「わかりました」

 

「・・・・・・了解しました、教官」

 

ここでは先生と呼べ、とだけ告げると千冬は別の班へと去っていく。

 

千冬が背を向けた瞬間にラウラが箒を殺さんばかりの視線で睨んできたが、箒はそちらに目を向けず、忘れていた呼吸を繰り返すのに必死だった。

 

静かに、生まれた予感と、築いた手順を握りしめるように箒は息を吸い込んだ。




黒い一夏に影響受けて色々容赦がなくなる現象、略してイチ化。

そんなこんなで箒さんがアカン。彼女なら大丈夫だと信じていたい。

ついでになんですが、別の長編作品を書き始めました。勿論こちらがメインですんで、リアルで何かない限り完結まで邁進致します。

そんなわけで、もしよろしければもう一方もよろしくお願いします!

では、また


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第三十二幕 笑われ者と笑う者と信じる者

最近、前半はギャグで後半はシリアスみたいな型に嵌まってきた気する。

それと、自分の本棚に人外ものが増えてきた昨今です。

ということで、一夏の苦悩と箒の変質回

3/27 最後の部分を大幅修正


「はぁ・・・・・・」

 

ガツン

 

「はぁぁぁ」

 

ガツンガツン

 

「はぁぁぁぁぁぁぁああああぁぁぁぁああぁぁああああぁぁああああぁぁああああぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 

ガツンガツンガツンガツンガツンガツンガツンガツンガツンガツンガツンガツンガツンガツンガツンガツンガンツガンツガンツガツン

 

「うっさいわぁああ!!? どんだけ頭打ち付けてんのよ、溜め息も長くてウザすぎるわーー!!!」

 

一組と二組合同の実習はつつがなく終了し、時は昼休みまで進む。

 

学園のほとんどが利用する食堂では、今日も普段通りの賑わいを見せていたが、とある一角、普段でこそどこのグループよりも騒がしいはずの一団が、ボタンをかけ違えたような気まずさで静まり返っていた。

 

「・・・・・・はぁ」

 

「こっちチラ見して溜め息吐くな! いい加減見てるこっちがイライラするわよ!!」

 

「うるせぇ、フラットチェスト。70も無いヤツが話しかけるな」

 

「そ、それくらいあるわよ!!」

 

「・・・・・・鈴さん」

 

「なによ!? って、あう・・・・・・」

 

頭を等間隔でテーブルに打ち付ける一夏に業を煮やした鈴音が噛みつくが、一夏の誘導によって見事な墓穴を掘らされる。そして隣りのセシリアに窘められ一気に赤面、テーブルに撃沈する。

 

そんな鈴音も見ずに、一夏は深刻な面持ちでドラミングを再開、また規則的な打撃音と震動がテーブルに鳴り始める。

 

本来ならここでセシリアか本音のツッコミが入りそうなものなのだが、セシリアは視線を逸らして三杯目の紅茶を飲み干し、何故か居合わせたシャルルはどうすればいいか分からず右往左往するのみ。こんな状況に必要不可欠な存在である本音さえ居ないため、全てが救われない。シャルル目当てで集まったであろう女子たちも、ただならぬ気まずさの混沌に一歩も近づけずにいる。

 

ならば何故、こんな悲惨な事態になったか。

 

「・・・・・・ゴホン。えー、一夏さん。過去とは岩のごとく動かないものです。それに生物的にも、その、それは・・・・・・、いたって正常です。だから大丈夫ですわよ?」

 

「バレてる時点で既に大丈夫じゃないことに気づけよセッシー」

 

つまりはそういうことであった。

 

細かい描写は彼自身の名誉のために控えるが、実習中に突如として駆け出した一夏の全力な戦略的撤退を見ていた者の中で、察しがいいものが極少数であったがいた。そんな少数派の中で、極々少数であったが―――

 

「で、見たのか?」

 

「な、なにをでしょうか?」

 

「俺のデザートイーグル」

 

「~~~~~っ」

 

普段のセシリアからは想像もつかない初な反応、ついでに横の鈴音も爆発しているのを確認して一夏はかなり真面目に引き籠ることを考え始める。

 

とどのつまり"見た者"もいたのだ。学校の水泳の授業などで極稀に発生する悲劇が、こんな所でも猛威を奮っていた。

 

「いや、別に? ナニもしてないよ俺。そもそも未遂だし。個室に入りはしたけど、入っただけだし。紳士の生き見本で第二のブッタと自称してる俺が、よりにもよってのほほん様でなんて、ねぇ? やるわけないじゃん。致すわけねぇよ。全然まったく少したりとも致してねぇし。あれだよ、三十分くらいクールダウンつーか、M78星雲あたりの友人たちとLINEしてただけだし。ゾフィーの奴とはマブダチだし俺。ていうか、この学園自体が男に優しくねぇんだよ。360度どこ見ようと女しか居らんやないですか。空気は甘ったるいフェロモン的な香りが尋常じゃなくて脳ミソがスポンジになりそうだしよ。しかも皆さん俺のこと本当に男だって分かってんのか問い質したくなるくらいノーガード戦法だし。どこのボクサーだよ俺は力石か。寮に戻れば戻ったで皆誘ってんのかって言いたくなる薄着じゃん。せめてブラ着けろよ。上下横乳までは許せるけど、ポッチがポッチしてんだよ。巫山戯るなよ殺す気かよ揉みし抱いて押し倒すぞコラちくしょうが。それなのにようやく視線の安置が来たと思ったら、明らか受け専のヤツだしよ。ん? あぁ、そうか! いいことを思いついだぞ!!」

 

延々と続いた現実逃避と愚痴に聞いていた周りの女子たちが爆撃されていく途中、一夏は嬉々とした顔で勢いよく立ち上がりシャルルに視線をロックする。

 

えっ、僕? といった感じに周りを見回すシャルルに、冬木の外道神父ばりに光彩が殲滅された瞳の一夏が言い放つ。

 

「おい、シャガルマガラ!!」

 

「は、はい!」

 

「お前のケツをk」

 

「「オォラアーーーー!!!」」

 

度重なるストレスと自己完結の果て、ついにトチ狂った一夏にセシリアと鈴音の合体技が顔面と水月に炸裂する。

 

「危なかったですわね」

 

「うぅ、何であたしがこんなことまで・・・・・・」

 

「えっと、ど、どういうことなのかな?」

 

「いえ、気になさらなくて大丈夫ですわ。まさか彼がこんな狂行に出るとは、思ってもいませんでした」

 

「もしかして、弾もコイツみたくなっちゃうの? そ、そうなったら、あたしが何とかシてあげなくちゃ・・・・・・!」

 

「なんでお尻? あれ、もしかして・・・・・・あっ」

 

「鈴さーん? 鈴さん戻ってきてくださいまし。貴女までそちらに行かれたら、場の収拾ができません。というかシャルルさん? 何で貴方まで顔が赤いんですか? それと皆さんも写真を撮るのを止めてください! えっ、一×シャル? そんな不毛な話題を持ち込まないでくださいませんか!?」

 

セシリアは元来の苦労性もあってか、にわかに騒ぎが大きくなっていく周囲に落ち着くように声をかけて回る。

 

何故に自分ばかりが、と心では思いながら、トリップから帰ってこないシャルルと鈴音に舌打ちを打ちたくなるのを握り締める拳に込め、ここまでの騒ぎになった大元の原因である人間に文句の一つでも言ってやろうと一夏に視線を向けると、

 

「生まれ変わるなら、植物のような心で生活したい・・・・・・」

 

床に突っ伏しながらそんなことをブツブツと垂れ流している。

 

よくよく誰かしらに殴られ、地面との熱い抱擁している姿を見掛ける男に、膨らんだ苛立ちも空気の抜けていく風船のように萎み、余った分が苦笑となって口から溢れ出た。

 

「ほら、貴方も起きてください。いつまでも寝ていると、制服が汚れてしまいますわよ?」

 

「思っくそ殴っておいて、随分と優しい言葉をくれるんだな」

 

「あら、随分な物言いですわね? もしかして、わたくしたちが止めてしまった発言は本気でいらっしゃったんですか?」

 

「・・・・・・・・・・・・すんません」

 

「ええ、よろしいですわよ。それと、恥なんていうものは生きてる内に幾らでも晒すものです。さっさと笑い話にしてしまうのが吉ですわ」

 

「・・・・・・・・・・・・うっす」

 

そんなわけで、今日の昼食騒動は一応の収束を見せたのだった。

 

◇ ◇ ◇

 

ある目覚めた人は言った。形あるものは一瞬たりとも同形であることはなく、余すことなく全てが滅び去る運命(さだめ)にある。

 

一人の人間はそれでも良いかもしれない。

 

ならば、残された人間はどうすればいいのだろうか?

 

置いていかれた人間が、置いていった人間と出逢ったとき、変わっていく全てに置いていかれた人間は、どうすればいいのか。

 

「・・・・・・我ながら、面倒なことを考えているな」

 

「どうしたの、しののん?」

 

「いや、気にするな布仏。独り言だ」

 

脳内の思考に区切りを付け、私は隣を歩く本音に視線を落とした。

 

現在、昼休みの時間を利用し本音に"とある人物"との仲介人になってもらうため、本人がいるであろう場所へと向かっているところだ。

 

私の目的のためにも、彼女の協力は必要不可欠なものである。

 

「すまないな、せっかくの昼休みに付き合わせてしまって」

 

「うぅん、別にいいよ。でも・・・・・・」

 

最後まで言い切らず、布仏は前を歩く私の袖口を軽く掴むだけに留まった。

 

・・・・・・振り向かなくても容易に解る。

 

誰よりも優しい彼女のことだ、今の自分たちを見て考えることなど一つくらい。それでいて"誰か"ではなく、"皆を"心から思っているのが、布仏 本音という少女だ。

 

振りほどこうとすれば簡単にできてしまうであろう、そんな小さな手から伝わる体温が優しくて、思わず笑いそうになってしまう。

 

「なぁ、"本音"。一つ、訊かせて欲しいことがある」

 

どうして、笑ったのか。

 

意識とは関係なく吊り上がる頬は、自分自身を嘲るためのものなのだろうか。

 

それとも、今さら彼女に嫉妬でもしているとでも言うのだろうか。

 

「お前は、一夏のことをどう思っているんだ?」

 

何気なく出てきた言葉は、そんなものだった。

 

そんなもの・・・・・・、あぁ、一昔前の自分だったら思いもしなかっただろう。

 

答えの分かりきっている問いをするときほど、自分に余裕がないんだと思い知るものだ。

 

「大好きだよ?」

 

「・・・・・・そうだろうな」

 

即答だった。

 

考える素振りさえ見せず、布仏は極当たり前のように言ってのける。

 

私にもそれくらい、素直に自分のことを口に出せたなら、少しでも自分を好きでいることができただろうか?

 

いや、これも今さらか。

 

「私は、"好きだった"よ。今はむしろ、嫌いだがな」

 

強くなる袖を握る力から、彼女の中の痛みが判るような錯覚に陥る。

 

分かっているさ。

 

他人の苦痛なんて幻覚だ。

 

そうだとしても、布仏の心象で錯綜する感情と思索は見なくても判る。きっと彼女のことだ、どうにかして私たちが笑顔で終わる、そんな夢物語(ハッピーエンド)を描きあげようと苦心しているはずだ。

 

だが、あえて私はそれを、余計なお世話だと断じさせてもらおう。

 

今の私には必要なのだ。

 

正義や義務だとか耳障りの良い綺麗事で着飾らない、私自身が私だけのために(ぼうりょく)を振るう理由が。

 

「・・・・・・笑ってるの?」

 

まるで一夏みたいに、とでも続きそうな言葉尻に、私の頬は確かに自覚したうえで笑みを引き上げていく。

 

あぁ、そうだ。

 

そうだとも。

 

私は嗤っている。

 

仄暗い背徳的な歓喜が、沸き上がる源泉のごとく私を奥から焼いていくのだ。

 

誰かの為、何かの為と、他者に理由を求め続けていた限り見つけることの出来なかっただろう感情が、ギシリと軋みをあげながら歪に私の心に根を下ろし花を咲かせようとしている。

 

「怖いか、私が?」

 

「・・・・・・少しだけ」

 

その質問をしたのは何故だったろうか。

 

未だに私の頬はアイツのような笑みで裂けている。

 

彼女たちに対する罪悪感だろうか。私は布仏の善意と、彼女の友人の劣等感を利用しようとしている。

 

・・・・・・赦されたいのだろうか?

 

それこそ、唾棄すべき最低な願いだというのに。

 

「―――でもね!」

 

不意に強く引かれた腕に、倒れ込むように後ろを向かされる中、前にもこんなことをされたな、と場違いなことが頭を過る。

 

そうやって振り向いた先には、僅かな涙と怒気を孕んだ、何処までも真っ直ぐな瞳が待ち構えていた。

 

その視線と私の目が重なったとき、彼女は確かにこう言った。

 

 

 

 

 

「信じてるから!!」

 

 

 

 

 

それだけだった。

 

たったそれだけの、直情的な思いに私は気圧され、不思議と声をあげて笑っていた。

 

「な、何で笑うのー!?」

 

そう言って慌てたように私の服にしがみつく、可愛らしい友人の姿にくすぐったくなるような感覚が身の内を占領されていく。

 

どう足掻いても勝てやしない。

 

同時に、これで安心できた。

 

もう織斑 一夏の隣には、布仏 本音が居てくれる。

 

私は安心して、一夏(理想)と戦うことができる。

 

「・・・・・・ありがとう、本音」

 

笑ってしまった私にむくれた本音に非難の拳を当てられながら、残り少なくりつつある昼休みに背を押されるように、廊下を歩いていく。

 

私が一夏に勝ち、克つための、武器(IS)を手に入れるためにも彼女たちの力が必ず必要になる。

 

そしてあの転校生、ラウラ・ボーデヴィヒをどうやって"引き入れる"か。

 

・・・・・・・・・・・・時間はある。

 

やることをやるだけだ。

 

 

 

 

 

「あぁ、そうだ。やってみせるさ」

 

 

 

 

 

―――勝つのは私だ




作者「・・・・・・」

ヒロインなし「・・・・・・」

作者「お前要らなくなるかも」

ヒロインなし「!!」


皆さまの感想を拝見する度にヒロインなしを主張してきましたが、なんか意味がなくなって来てるような気がしてなりません。

予定表を見る限り、やはりヒロインの確立は最後まで無いのですが、それでもどうなるやら。

とりあえず、また次回に


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幕外 ・・・・・・えっ、会長? 知りませんねぇ。外道と淑女の究極接待のこぉうなぁー!!(最後に重要報告あり)

朝起きたら弟が、「バレンタインのチョコは食したか!?」とか言ってきて家出したくなった。

お姉さんキャラって、ゴッドイーターのジーナさんとデレマスの木場さん以上の方が現れない。

んなことで幕外。


「はい、みんな! いつもIS-Junk Collection-を見ていただき、本当にありがとうございます! 日頃のご愛好と日付もありまして、この更識 楯無! 一肌脱ぎまして、ネコミミとしっぽをつけてみたニャー!」

 

「・・・・・・鎌意外と使いやすいですね」

 

「服装は縦じまセーターなんだけど肩が見えちゃうヤツで、ちなみに下はスカートも何も穿いてないから結構ギリギリなの・・・・・。私でも少し恥ずかしいかニャン? だ・か・ら、今日だけニャンだからね?」

 

「捕食、ドーン。捕食、ドーン。うん。やっぱり、シユウはアサルト捕食弾が一番効率いいですね」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・ねぇ」

 

「なんですか?」

 

「助けて」

 

「嫌です」

 

 

ということで、幕外が始まっちゃいます。

 

 

「自分で掘った墓穴くらい自分で埋めてくださいよ、更識 痴女さん」

 

「私の名前は楯無! ていうか、さっきから何してるのよ伊流華。あなた幕外の司会進行でしょ!?」

 

「いえ、あなたの痴態を弄るより荒神狩ってた方が楽しいので」

 

 

レイジ楽しいです by 作者

 

 

「そもそも原作でもやたらに肌色成分強めのあなたを弄ったところで、面白いことなんてほとんど有りゃしないんですよ。エロいキャラにエロいことしても全然愉しくありません。しかも本編でも、あなたの扱い方が滅茶苦茶に面倒なんですよ。半端に裏知ってるだけに絡ませない訳にはいきませんし、だからといってキャラクター性が大分アレなんで使いづらすぎるんですよ。ブレイブルーで言うところのハザマさんです。でも、ハザマさんは格好いいので大好きです。愛してると言っても過言ではありません。でも、そこの痴女、お前は許さん」

 

「・・・・・・機嫌悪い?」

 

「べっつにー。機嫌悪くないですよー。本編出るチャンスを横取りされたから怒ってるとかー、全然そういうんじゃありませーんよー」

 

「・・・・・・そういうことね」

 

 

当初は二十九幕で菷さんにはオリキャラの伊流華さんをぶつけるつもりでした by 作者

 

 

「まぁ、それはそれとして・・・、一夏くんは? このコーナーは彼と二人で進めていくもんじゃないの?」

 

「彼なら凡矢理高校で十年前に貰った鍵を頼りにニセコイしてますよ」

 

「中の人!? それ中の人だから!!」

 

「まぁ、作者的には月刊マガジンの『金の彼女 銀の彼女』が来てるようですけどね」

 

「知らんわ!!」

 

 

納得できる理由でモテる主人公っていいっすよね。変態でも貫く意地を持ってる男だと色々安心できます。 by 作者

 

 

「さて、ここで一つ今回の痴女の格好について振り返ってみましょう。格好は肩が露出するタイプのセーターに猫耳と尻尾を生やしたヤツ。コンセプトは健全なエロスのつもりだったのですが、調子に乗った彼女がホットパンツを拒否したのでこの様です。パンツを出して喜ぶのは中学生と下半身に脳ミソ引っ付けた馬鹿までです。とりあえず、零かアルトネリコから入りましょう。次にドラッグオンドラグーンとニーア、最後にサイレントヒルのバブルヘッドナースの足にエロスを感じられるようになったら、ようこそこちら側へ」

 

 

指をワキワキ動かしながら、奇っ怪な構えを取る伊流華に楯無が本格的に身の危険を感じ始めたとき、唐突に鐘が鳴った。

 

 

「? 教会、婚礼の鐘?」

 

 

何となくに、聞き覚えがあった。

 

白い教会、二人の男女が愛を誓い合い、神に祝福される神聖な場所。

 

彼女にとっては、最も縁遠い場所でもあった。

 

 

「おや、準備ができたようですね。では、行きましょうか」

 

 

それだけ言うと、伊流華は楯無の手を掴む歩き出した。

 

もちろん、未だに見えそうで見えない、というか既に服の意味さえ成していないため薄い青の下着が完全に晒されている。

 

それを必死に隠そうと無駄な努力を続ける楯無をガン無視し、なおも直進していく。

 

 

「ちょ、ちょっと待ってよ伊流華! 準備って、というか何処に行くの!?」

 

 

楯無の訴えはもっともだったが、伊流華は何を今さら、といった風に面倒くさそう振り向く。

 

そして、至極当たり前といった感じに、彼女は言い放った。

 

 

「決まってるじゃないですか、貴女の結婚式です」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・はい?」

 

 

今世紀最大、そして彼女人生で最も間の抜けた表情だったのは、言うまでもないだろう。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「ね、ねぇ、伊流華!? なんで、ていうか、もう何がなんだか分かんないんだけど!! せめて説明くらいしてよ!?」

 

「あーもう、五月蝿いですねぇ。もうここまで来たんですから、さっさと行って、くだ さい!!」

 

 

半ば蹴り飛ばされるように入った先は教会。

 

大きな扉のその向こう、規則的に並べられた長椅子の間には純白の絨毯、バージンロードが祭壇へと伸びていた。

 

柔らかな光、澄んだ空気が楯無を包み込む。

 

 

「どういうことよ、これ。それに、この格好は・・・・・・・・・・・・」

 

 

楯無が視線を下げた先には青い布。

 

レースで彩られた青く薄い布地は彼女の全身を包んでいた。上半身のラインを写し出すチューブトップのようなデザインに、爪先まで隠すフレア型の大きなスカート。手には肘まで伸びた同色のオペラ・グローブあり、頭部にも淡い水色のベールが掛かっている。

 

それは間違うことなく、ウェディングドレスだった。

 

楯無は歩き出した。訝しげに、疑いながら。

 

後方に伸びる引き裾を引き摺りながら、慎重に歩を進めていく。

 

気づくと白かったはずの道が、うっすらと色づき始めていた。仄かな赤。その色は、かつての自分たち四人が見た、夕日の色に似ていた。

 

なおも続いていく赤色は徐々にだが、その色を冷ましていく。そして、楯無が瞬き(まばたき)をした瞬間、それは変貌する。

 

 

「・・・・・・・・・・・・!!」

 

 

こびりつくような赤黒い液体が、ぶちまけられていた。

 

楯無は疑問符を浮かべる間もなく理解した。

 

理解させられた。

 

それが、自分の罪業であることを。

 

 

「・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 

楯無は再び歩き出す。

 

それが自分の意志で行っている行動かも分からず、足下で鳴り続ける水の跳ねる音を耳の中に蓄えながら、ひたすらに歩を進めていく。

 

これまでのように、これからのように。

 

 

「一つ、思っていたことがあるんです」

 

「伊流華・・・・・・?」

 

 

声に誘われるように後ろを見ると、そこには見知った顔があった。

 

 

「誰にでも明るく気丈に振る舞う貴女ですが、それが自分のこととなると非常に覚束なくなる。まるで、二本の足で立ち上がる術を知らない赤子のように不器用で、不細だ」

 

 

自分に向けて進む伊流華を視線で追いながら、楯無は彼女の言葉に耳を傾ける。

 

彼女を意図を知るために、この場意味を知るために。

 

 

「バージンロードとは、歩く者の人生を差すそうです。いったい、貴女が自分の足下に何を転がしてきたかは、私の預かり知らぬことですが、そうやって下ばかり見ていては見るべきものも見えないでしょう」

 

「・・・・・・・・・・・・なにが、言いたいの?」

 

「貴女、自分が幸せになるべき人間でない、なんて考えていませんか?」

 

 

正面にきて伊流華は足を止める。

 

楯無は、何も言えずにいた。

 

彼女の後ろには、確かに自分が打ち捨てた存在たちがいたからだ。

 

ならば逆に聞きたい、自分は幸福で在るべき人間かそうでないかを。振り向けばいつだって雁首を揃えて鎮座し続ける彼らを前に、自分だけが幸福の端を齧る資格があるのかを。

 

 

「ふむ、何か言いたげなようですが、言わない所を見ると未練はあるようですね」

 

 

得心のいった、といった風に一つ頷きを見せながら、伊流華は楯無を追い越して歩いていく。

 

 

「さて、とりあえず前を向いて見てください。何が見えますか?」

 

 

伊流華の言葉、先へと進む彼女の背中に引かれるように視線をずらしていく。

 

前へ、前へ。

 

上へ、上へ、と。

 

 

 

 

 

 

そこには、何も在りはしなかった。

 

 

 

 

 

 

「何かありましたか? 私と貴女では視界を共有できないので憶測でしか言えないのですが、何もないでしょ?」

 

 

手を握られ、引かれるままに踏み出した一歩を中心に、また道が産まれていく。

 

これまでの絡み付くような赤黒い、鉄臭い泥ではない、彼女のドレスが溶け出したかのような美しい水の色。

 

 

「人は行き先の書いていない片道切符を片手に生まれてきます。そこに何を記すかを決めるのは、貴女だけにしかできないこと。だから、幸せになる努力は決して無駄ではありませんよ?」

 

 

世界は渦を巻き、視界には再び人の座らない長椅子と祭壇が現れる。

 

ただ、自分の足下の色は青く変わり、祭壇の下には男が一人立っていた。

 

 

「待ちましたか?」

 

「いや、俺も丁度来たところさ」

 

 

そこにいたのは、上から下までを白い燕尾服に包んだ織斑 一夏だった。

 

超展開の連続に追い付けずにいる楯無を無理矢理に一夏の前に立たせ、伊流華はさっさと椅子に座ってしまう。

 

 

「安直ではあるけど、幸せの象徴ってこういう場だと思うんだよ」

 

「えっ?」

 

「互いが互いに愛を告白しあう、それが人として一番に充足しあえる瞬間だとおもうのさ」

 

 

一夏はそう言って、どこか気恥ずかしそうに笑う。

 

つられてか、その意味を知ってか楯無も顔を赤く染めていく。

 

 

「所詮はゴッコ遊び。泡沫(うたかた)の夢で終わっちまうこの一瞬だが、あんたに人並みの幸福を実感してほしいのさ」

 

「幸福になるべき人間は幸福であるべきです。救われない物語は虚淵にでも任せて、ここでは素直に笑っていてくださいよ更識殿」

 

 

二人の言葉を聞きながら、彼女の中でようやく一つの答えが浮かぶ。

 

同時に目頭が熱くなる。

 

それこそ、涙を流さずにいるのがやっとなほどに、感情の奔流が溢れて止まらないのだ。

 

 

「えっと、死が二人を分かつまで、だっけか? やべ、台詞忘れた」

 

「ちょっと。ここからがクライマックスなのに、あれだけ予習しといて下さいと言ったじゃないですか」

 

「あっ、思い出した! えーっと、楯無さん。僕と ブッ」

 

 

グダグダに成り始めた空気を押し止めるかのように、一夏の開きかけた口を細い指が塞ぐ。

 

 

「要らないわ、一夏くん。言葉は無くならないけど、使う度に磨り減っちゃう。だから、それはその時まで取っておくわ」

 

 

驚く二人だが、楯無を見ることでそれも呆れ笑いとなって消えていく。

 

 

「ありがとう、二人とも。私は、しっかり幸せ者よ?」

 

 

青のドレスを輝く光に撮しながら涙混じりに笑う更識 楯無は、誰もが認める幸福者の顔で笑ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、ということで始めよう」

 

「終わりの始まりを」

 

「へっ?」

 

ガシャンガシャンガシャンズギャパピポーン、といった面白サディスティックなボイパと共に楯無が魔法少女みたいな全裸空間で鎖で拘束、そして衣装チェンジを済ませる。

 

「今回はエロウェディングです。全体的にアダルティな下着風に。スカートの長さをそのままに、前面を全体的に解放ガーターと下着が素晴らしいことに。詳しくは矢吹先生の画集見てください」

 

「えっ?」

 

「いつもにまして素晴らしい出来ですね、百舌鳥さん。どうしたんですか、楯無さん。鳩がRPG食らったような顔で」

 

「えっ、だって、さっき」

 

「ここからが本番です。さっきのは茶番です」

 

「んじゃあ、やりますか」

 

「な、何を?」

 

「「くすぐりプレイ」」

 

「私の涙返せーーーー!!!」

 

ワキワキワキワキワキワキワキワキワキワキワキワキワキワキワキワキワキワキワキワキ

 

さぁ、始めましょう。

 

俺たちがヤると言ったときには、既に行動は終わっているのだよ。

 

 

「やめて、近づくないで、私のそばに寄るなああーーーーッ」

 

 

【終幕】




突然なんすが、少々今作品に休暇をだそうと思います。

行き詰まったといいますか、いっぺん頭をリセットして行こうと思うんです。同時進行中の作品を書きながら、これからの話を練り直そうと考えてます。

まことに勝手ではありますが、どうかご容赦ください。

それでは


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第三十三幕 少女と最強と壊人

皆様お久し振りです。

覚えていますか、私です。

なんとかかんとか再起動。正直今年の異常気象で作物たちが軒並み殺戮されまして、悪くすりゃ廃業までいきそうになったここ最近です。

でも生きてる。これが一番スゴい。

ということで、久し振りの投稿もやっぱりこんな感じ、誰か千冬さんを幸せにしてあげてください回


▽ ▽ ▽

 

私は心臓の音を知らない。

 

私というモノが形として『世界』に産み出される前、つまりは母親代わりの筒の中、電気信号と胎盤要らずの人口子宮で管に繋がれながら細胞分裂を繰り返していた頃。

 

眼球は今のように風景を写すこともない黒い斑点。

 

頭より小さな胴体。

 

手足は特に粗末だ。こんなものでは、自分の力にだって耐えられはしないだろう。

 

よくよく表現のしようがない、形容しがたい未熟な桃色の肉は、同じ施設で見た毛も生えていないネズミの幼体に似ていたことだろう。

 

だが、私にはそのネズミたちが羨ましかった。

 

この左目がまだ右と同じ色をしていた頃、醜いと言っても差し支えのない姿で母の乳にしゃぶりついている姿を、眼帯で抑えつけた左がひたすらに脳裏へ映し出す。

 

幾度か考えたことがあった。

 

彼らと私の差を。

 

同じ量産品で、薬品と白衣の人間に囲まれて生かされ、最期を締めるのは注射器の針か銃口の鉛か。

 

違いは、生まれが母の胎か硝子の檻か、そして愛されたか否かだ。

 

・・・・・・私は、人の心臓の音を知らない。

 

だから、私は私以外の人間たちが本当に生きているのかも、分からなかった。

 

硝子越しに隔たれた私の内と外で、ひたすらに死人たちが歩いているこの『世界』で、私は言われるままに生かされた。

 

だから、私は惹かれたのだろう。

 

生きている中で初めて喜びをくれた、死人の波を掻き分けて凛と立つ、この『世界』でただ一人生きていた貴女に。

 

故に、私は嫉妬している。

 

貴女が私を透して見ていた、私を見ずに悲哀の双眸で眺めるヤツが。

 

だが、ヤツの眼を視て理解した。

 

あの黒い眼の奥の(ウロ)、あれは私の闇より深く、そして――――――

 

◇ ◇ ◇

 

「なぜこんなところで教師など!」

 

廊下に声が木霊する。

 

その声音を聞けば、声の主の想いと感情がどれ程に強く、そして張り裂けそうな真摯な願いを込めて発せられていることが肌で感じとることができるだろう。

 

ラウラ・ボーデヴィッヒ。

 

ドイツから、ここIS学園へと本日付けで編入してきた少女は、夕陽の柔らかな灯にも包まれぬ氷のように麗利な銀髪を振り乱し、塞いだ左目の分もと赤い瞳で眼前の女性へと懇願の視線を送り続けている。

 

冷淡で抜き身のナイフのごとき気迫で周りを圧迫していた彼女だったが、この時は年相応の、それよりも幼い子供のような必死さを滲ませていた。

 

「教官ッ!?」

 

「・・・・・・ここは教練場ではない。呼ぶときは先生で通せ」

 

まるで手を伸ばす子供を振り払うように背を向ける黒髪の女性、千冬は感情を潰した声で、逃げるように答えた。

 

「貴女はこんなところで埋もれてしまうべき方ではありません! なのに、こんな、辺境の極東などで何をしようと言うのですか!?」

 

「何度も言わせるな。私には・・・・・・私の役目がある。それだけだ」

 

「その役目とは何ですか!? ISを飾りが見栄を張るためだけの存在と勘違いした、無知な塵芥どものドブに沈むと同義の―――」

 

「いい加減にしろ」

 

そこで千冬が遂に振り返る。

 

その表情に崩れはない、しかし鋭く細められた眼は、彼女がラウラに向けて怒りを露にしていることに他ならない。

 

身の内から出る覇気、存在感。

 

コンクリートに囲われた籠を一息に満たし、刹那の迎合を埋め尽くす。

 

数瞬の内に質量が増したかのように重圧を放ち始めた千冬に、気圧されるよりも、畏怖を覚えるよりも先にラウラの感覚野が弾き出した感情は、歓喜だった。

 

喉を真綿で絞められるような息苦しさは彼女の中では一種の快感と確信に代わる。それこそ、今ここにいる彼女こそが憧れ、ラウラが盲信して心酔する織斑 千冬そのもの姿だったからだ。

 

それ故に歯痒い、だからこそ納得がいかない。

 

「・・・・・・なぜ、ですか」

 

「なにがだ」

 

「全てがです!!!」

 

思いのありったけを吐きつける。

 

強く握り締める拳からは爪の突き刺さった箇所から血が滴り落ち、彼女の命の溜まりを広げていく。

 

感情的になるなど、軍人でもある彼女にあるまじき行為であったが、表面を繕っただけの理性と排他のしてきた結果に対する愛着などもとより在りはしない。

 

「貴女は、貴女は! ドイツにて我らの指導をするべきなんです!! それでこそ、貴女の貴女という存在は十全なる輝きを持つのです。そうであるべきなんです!! このような、こんな無知蒙昧な者どもしかいないような場所では、貴女という稀有で尊いお方を腐らせてしまう! そんなことが許されるはずがありません!!」

 

そう、だから彼女が言う全ては言い訳だ。

 

己の本音の上に被せた、雑なコラージュでしかない。

 

事実、今も彼女の思いは臓府の奥から喉元まで競り上がり、このまま虚言虚構を語るようならその細く白い喉を縦に裂いてでも顕れることだろう。

 

そうなってしまいそうな程に、彼女はその感情を知らなかった。いっそ、致命的とも言える程に。

 

知らぬのだから言葉にしようがない。

 

理解していないのだから他人に伝えようがない。

 

求め焦がれ、どれだけ喉を枯らし、血の飛沫と共に知りうる単語の何もかもを晒そうと、ついにその言葉は見つからないだろう。

 

それも当然の結末だ。

 

彼女の人生、誰一人として"それ"を与えてくれるものなど居なかったのだから。

 

「・・・・・・あまり、私を買い被るな」

 

そして、酷く遠回しな告白は、虚しく空を切った。

 

「なぜ、ですか・・・・・・」

 

先までの怒りも消え、後悔と少しの諦感の入り混じった表情が、静かにラウラへの視線を脇にずらした。

 

ふつり、とラウラの心が泡立ち始める。

 

留まることなく、その勢いは増していき彼女の心を冷えて固まることのないマグマのように熱を持ち始める。

 

織斑 千冬にとっての逃げであった些細な行動は、ラウラにとってのこの上ない裏切りだった。

 

「あの男の、所為ですか?」

 

口内の唾液が干上がり目を剥きながら、千冬が再びラウラへと視線を戻すが、自分の失態を悔いる暇すらなく少女の中身が裏返る。

 

「あの男の、所為なんですね・・・・・・!」

 

俯き、ギリギリと歪に形を変えていく闇。

 

いやに量を増していく出血は、本来流れるべき涙の代わりと言わんばかりに泉の陣地を広げていく。

 

痛みを知れ。

 

この胸の内を。

 

こんなになってしまった、そんな自分を。

 

「違う・・・・・・、違うぞラウラ。それは違う。私は―――」

 

「ならば何故、貴女はそんなにも弱くなった!!?」

 

目と目が重なる。

 

不意に足が下がりそうになる。

 

暗い、冥い、血走った赤黒い瞳。憎悪と憎悪と憎悪の果てに生き着いた、悲劇を盛り立てるに必須な殺意の望情。

 

だというのに、あぁ、それだというのになんて―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――なんて、悲しそうな瞳なのだろう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ら、ラウ・・・・・・ラ?」

 

「ッッッッ!」

 

少女は駆け出す。

 

伸ばされた腕、欲して止まなかったはずのものを押し退けて、走り去る。

 

退けられた腕を伸ばしきり、彼女を追おうと動く思考と裏腹に、千冬の足は彫像か何かのように動かない。

 

心が残さず零れ落ちるようだった。

 

駆ける失意と絶望の少女。

 

血は流れようと、その瞳から涙が溢れることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ~ぁ、かっわいそう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

悪意が千冬の背筋を舐めあげた。

 

にちゃり にちゃり

 

まるで彼女の思いを踏みにじるように、ラウラの落としたら命の破片を靴裏で弄ぶ音がする。

 

さながら死神の足音のような陰湿さ、残酷さと邪気に満ちた気配が千冬へと近づいてくる。

 

「・・・・・・っ、ひぐっ」

 

喉が鳴る。

 

優しさなんてない。

 

悲しむ女の子のもとへ颯爽と現れる正義の味方とは正反対。

 

しゃくりを上げ、噛み締める奥歯の甲斐なく、一筋の雫が頬を伝い落ちていく。

 

「あいつが何を求めてるかくらい、もう判ってるだろうに。判りきっているくせに。残酷だねぇ、あんたは残酷だよ、姉貴」

 

背中にぶつかる、自分より大きな背中。

 

わざわざ視覚で確認するまでもない、密着した服越しの体温、鼓膜を擽る低めの声、僅かに香る彼の匂い。

 

会いたくなかった、こんなとき、こんな場面でどうして現れる。

 

ヘラヘラゲラゲラと、真っ暗な黒い影が千冬を闇へと呼び戻す。

 

「しっかし、随分と可愛くなってるなぁ。最初の"あれ"が"ああ"だもんなぁ。ケヒッ、イヒヒヒヒヒ! あれは酷いなぁ、あれは酷い! あそこまで半端だと、首吊っちまったほうが楽になれるだろうに」

 

「・・・・・・・・・」

 

「言っとくけど、自分で"ヤれ"よ? 『選ぶ』のは姉貴で、八つ当たり担当が俺だよ」

 

彼は嗤う。嗤う。嗤う。

 

千冬に向けて、二つのことを突きつけ、突き放す。

 

選べ、選べ。

 

掬うか、棄てるか。

 

「・・・・・・私なんかに、何が、できる」

 

「姉貴だからできるのさ。世界最強のブリュンヒルデにしかできねぇ。それこそあの首へし折るより簡単に、姉貴の一言でバタンキューよ?」

 

肌が密着する程の距離だというのに、背中合わせの距離がどうしようもなく広く縮まらない。

 

それなのに、徐々に暗がりを増し始める外の景色は、まるで背後から伸びる腕のように千冬の足へと絡み付く。

 

それは千冬の耳へと毒を注ぐ。

 

要らぬなら、殺せ。

 

見て見ぬフリをしろ。

 

それが自分を守る最善策で、人に要らぬ希望を与えない救済策だ。

 

半端な優しさの毒で今も苦しむ一人の少女に、安らかな鉛玉をくれてやれ。

 

世界最強のブリュンヒルデ。

 

その名、その(カルマ)こそが『英雄』の資質であり、世界を恒久の平和と安寧へと導く象徴の作り出す終末理論。

 

人工の神、オリムラ チフユが織り成した惨状だった。

 

「・・・・・・・・・・・・頼む、一度でいいんだ」

 

だが、"織斑 千冬"はそんなことを望んではいない。

 

そもそも、彼女は既に自分の命に何の価値も見いだしてはいない。

ただ良かれと思ってやったことが裏目に出る世界。救うべき人間も掬い上げられぬ、自分によって巣食われた世界に、彼女は苦痛しか感じていない。

 

「一言、私を呼んでくれ・・・・・・」

 

助けて欲しい、この闇から連れ出して欲しい、その為にと、彼女は懇願する。

 

例えそれが、死に果てた骸にだとしても。

 

「―――私を、千冬姉と、呼んでくれないか?」

 

答えは暫く返って来なかった。

 

だが、自分の背に迫っていた闇を退き下げながら、彼は千冬から離れていく。

 

「・・・・・・前に決めただろ。俺たちは、兄弟でも、家族でもない。そんな一時の妥協を、アンタがしていいと思ってんのか?」

 

「・・・・・・・・・・・・ッ」

 

聞こえる言葉は先までの毒が幻聴かと疑う程に、憐憫に満ちたものだった。

 

憐憫、いや、同情だろう。

 

「それに―――」

 

今にも泣き伏せようとする女の代わりに流すものもなく、それを慰める資格さえ持たない壊人はその場を後にする。

 

ただ一言を、千冬に残して。

 

「―――アンタだって俺を、"一夏"とは呼ばねぇだろ?」




今作ぶッッッッ千切りで幸せになってほしい人 第一位

千冬さん

いや、違うんです。俺も千冬様は大好きです。恨みなんてありません。ただ何故かこうなる。

誰か彼女に人並みの幸せをあげてください。

頼みました!!


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第三十四幕 一人と三人と二人

再起動とかいってこんなに間を空けるとかやる気あんのかと自問自答する毎日。

でも、この時期はマジで忙しいんです! 言い訳ですね。

そしてお贈りする話も山なしオチなしな話。すんません。

ということで、シャルルさんの波乱万丈回


転校生騒動から五日が経った土曜日。平穏とは程遠い、されど慣れてしまえば日常となるのが当たり前。要は皆毒されているわけである。

 

いつも通りの発破騒乱とした馬鹿騒ぎに、上から下へと駆け抜ける乱痴気騒ぎ。そんなところに新たな住人が二人加わったところで、一度渦を巻き始めた竜巻が止まるわけもない。

 

ただ一組の男女、一夏とラウラだけは違った。

 

元より険悪、というよりラウラの一方的なものが、日を跨いだ次の日には隠しもしない敵意に変わっていた。

 

これには周囲の者も只事でないことを悟るが自分たちの言うことなど聞くはずもなく、唯一の防波堤であった千冬さえも御せぬ程に彼女は変質していた。

 

現在、ラウラは半ば隔離状態にある。

 

両者を引き離すことで一応の決着は着いたが、結局は問題の先送りにしかなっていないのが現状だ。

 

「・・・・・・・・・はぁ」

 

そして、この一件で最も頭を悩ませているのは、一組副担任である山田 真耶であった。

 

不器用であれど人一倍生徒思いの彼女にとって今の状態は到底容認できるものではなく、必死に打開策を考えるも一夏という存在だけで全てがボツに投げられてしまう。

 

―――最悪

 

そんな単語が頭に過る。

 

教員歴はそれ程でないにしろ、今年の惨状は常軌を逸している。

 

それもこれも、

 

「織斑くんを中心に、動いてる・・・・・・」

 

セシリアの決闘騒動、無人機の乱入、織斑 千冬の不調、そして今回。噂には会長とも一悶着あったらしい。

 

まるで小説の主人公のように、彼の周りでは事件が絶えない。

 

拭えぬ不安が、加速度的に真耶の心を暗い影に引き摺っていく。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

職員室の自分に宛がわれた教務机に散乱する、数人分の個人情報。

 

それらはこの学園内でも、一夏と最も関係が深い者たちのもの。それらに本を斜め読みするように視界に入れては流していく。

 

そして最後の一人。

 

一際目を惹く風貌の少年。

 

容姿端麗、閉月羞花の美男子。

 

「相部屋にしましたけど、大丈夫でしょうか・・・・・・」

 

同性だからという安易な理由で同室にしてしまったこと、今では少し後悔していた。

 

悪い予感というのは、思い付いた瞬間に血液のように全身へと回っていくものだ。

 

山田 真耶、二十代にして吐き出す溜め息は非常に重苦しい。

 

余談だが、ここ最近の急務で彼女は五kgの減量に成功したらしい。

 

◇ ◇ ◇

 

土曜日の午後のことだった。

 

アリーナ、所謂ISの訓練場にて三人の男女がいた。内二人は鈴音とセシリア。各々、自身の愛機であるISに身を包み、自分で設けたノルマをこなしていた。

 

そしてもう一人、明るいオレンジと白の配色の機体『ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ』に搭乗する少年、シャルルの姿があった。

 

「ねぇ、一夏って練習に来ないの?」

 

目の前に映し出される仮想ターゲットの最後を撃ち抜き、アサルトライフルの弾装を交換しながらシャルルが問い掛けた。

 

「一夏? 一夏なら来ないわよ。絶対来ない」

 

「えっと、どうして? 皆より機動時間も圧倒的に短いし・・・・・・」

 

「そんな素人相手にわたくしたちは負けましたわ」

 

呆れたように答える鈴音に対し、切り捨てるように言ったのはセシリアだった。

 

シャルルの困惑の混じった目線が集中し、自分の言葉に刺があるのに気付いたセシリアはバツの悪そうに笑うと話を続ける。

 

「少なくとも、わたくしも鈴さんも彼によって敗北しています。現時点では、わたくしたちより彼の方が実力は上ということになりますわ」

 

「まぁ、そうなるわよねー。・・・・・・アイツのニヤけ面が浮かぶわ」

 

腹の底から吐き出すように息を吐く彼女たちの姿を見ながら、シャルルは静かに己の記憶野に思考を走らせる。

 

そこで見つけたのは彼の戦闘記録。

 

一言で現すならば、それは"暴力"だ。

 

経験や相性なんてものを始めからないかのように無視して押し潰す、自身が乗るISさえ捩じ伏せ隷従させたかのような強引で底冷えするような戦い方。

 

それも、ISを起動してから僅かに数度しか動かしていない人間が行ったもの。才能という"ご都合主義"な詭弁では騙れぬ異様。

 

今でもシャルルの脳にはこびりついていた。

 

ラウラと相対したときに見せた、母に聞かされた寝物語の怪物のような壊顔(えがお)を。

 

「―――ぇ、シャルルってば!」

 

「っ!?」

 

肩を掴まれるような呼び掛けられる声に目を覚ますと、心配そうに窺い見る鈴とセシリアの姿。

 

気分が悪いのかと気にかけてくれる二人の優しさにやんわりと否定の返事を返し、何でもないということを強調するようにシャルルは笑顔を作り直した。

 

「本当に大丈夫ですか?」

 

「うん、何ともないよ。えっと、何の話だっけ?」

 

「だから、普段は一夏とどんな話してるのか、って」

 

隠しきれぬ焦りを滲ませながら話題をすり替えるように話を聞き返せば、何とも何気ないものだった。

 

一夏との会話。そう考えて思い返すのは、かなり浮き沈みの激しい男の表情と笑い声だ。

 

「う~ん、別にこれといっては・・・・・・。好きな食べ物とか、あとは、女の子の話とか、かな?」

 

「あー、やっぱり男子だもんね。そういうエロ的な話はするわよね」

 

「ぼ、僕はしてないよ!? 一夏だけだよ!」

 

「そうやって必死に言う方ほど実は、という話はよく聞きますわね」

 

「ムッツリ、ってヤツね」

 

「違うってば!?」

 

何やらニヤリとした笑みと共にシャルルを弄りに掛かる二人に、慌てて自分の無罪を主張するがそれがより拍車をかけて彼女たちを愉しませる。

 

(まるで一夏と話をしているみたい・・・・・・)

 

口にこそ出しはしなかったが、人の悪い笑みを浮かべる二人はまさしく一夏のソレであった。

 

普段は一夏と本音という場を掻き回しまくる人間がいる為に影に回りがちだが、よく考えれば彼女たちもその問題児と対等に過ごしているのだから中々の傑物に違いない。

 

その後もワイワイと根掘り葉掘り聞き出そうとしてくる二人に、シャルルも羞恥なんてものは在るだけ無駄だと考え始めたのか、虚な瞳でYESマンへと成り下がる。

 

「他は他は!」

 

「他は、って言われても・・・・・・」

 

「彼のことですし、わたくしたちのことも何かしら仰ってるのではないですか?」

 

「・・・・・・・・・・・・言ってたけど」

 

「それ! それ聞きたい! アイツっていっつも好き勝手やる癖に、自分がどう思ってるかとか言わないのよ!」

 

犬歯を剥きながら催促する鈴だったが、元より小柄な彼女だからかどうにも可愛さしか感じらないのが愛嬌と言うべきか。

 

少し思巡するように視線を空に泳がせながら、シャルルは答えた。

 

「鈴に関しては」

 

「はいはい!」

 

「"いい女"って、言ってた」

 

「・・・・・・・・・・・・うん?」

 

ポツリと呟くような解答。

 

余さず思考が吹き飛んでしまった鈴音と誤爆を受けたセシリアに、シャルルは至って真面目に続ける。

 

「好みドストライク。自分の正義を持っていて、それを貫く覚悟もある格好いいヤツ。アイツに惚れられた弾君が心底羨ましくてしょうがない、とか。えっと、あとは・・・・・・」

 

「待って。ちょいと待ってください。それ誰が言ってたの?」

 

「え、一夏だけど」

 

増える瞬きで戸惑いを伝えるシャルルの倍増しに、典型的な文章では到底表現仕切れる筈のない奇異面妖極まる表情で鈴音が頭を抱える。

 

いい女? 誰が言った? 一夏? イチカって誰よ。

 

青くなればいいのか、赤くなればいいのか。喜ぶのとは程遠い、途方もない気味の悪さで、鈴音の自己討論は明後日の方向へ飛んで行くのであった。

 

「あのシャルルさん、ちなみに、わたくしは?」

 

おずおずと進み出てきたのはセシリア。

 

知りたいような知りたくないような、興味有りきの怖いもの見たさで問い掛けた。

 

そんなセシリアに鈴音から視線を外し、自身の記憶を探り始めるシャルルだったが、

 

「セシリアは・・・・・・あっ」

 

言葉は途中で切られた。

 

そして露骨に頬を真っ赤に染め上げながら、シャルルは自分の前髪に視線を隠してしまった。

 

「・・・・・・・・・・・・・・・」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・なんですか?」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・ゴメン」

 

「いえ、答えてください。あの野郎はなんと言っていたのですか?」

 

「僕、先にあがるね。今日はありがとう」

 

「お待ちなさい。待ってください。お話ししましょう? ねぇ、お願いですから待ってくださいませんか!?」

 

そそくさとアリーナを後にしようとするシャルルにセシリアがブーストをかけて行く中、思考のゲシュタルト崩壊に落ちていく鈴音が一人残されるのだった。

 

▼ ▼ ▼

 

シャワーのノズルを回すと、身を刺すような水が噴き出した。その冷たさは、慣れない日本の暑さに嬉しいものだったが、その温度は十分以上に僕を驚かせた。

 

慌てて水温を調整しようとするが、今度は火傷しそうな程の熱湯が降り注ぎ思わず絶叫をあげかける。

 

「・・・・・・はぁ」

 

漸く適温になった温水を浴びながら、ここに来て幾度目になるかも判らない溜め息を零す。

 

 

 

 

―――上手くいかない

 

 

 

 

僕の感情を一つに纏めて表現するなら、この一言からくるストレスに完結する。

 

自由奔放で無軌道な人かと思えば、周囲には彼と対等に向き合い巫山戯合う友人もいて、時には彼が叱られているような光景さえあった。

 

だけど、彼が"その気"になった瞬間の、あの影が入れ替わるような底冷えする眼はいつまでも僕の視界に刻まれている。

 

快活さと悪意が同時に有るような違和感は、せせら笑うようにゆらゆら揺れてはすり抜ける陽炎か煙のように掴むことが出来ず、かと思えば蛇のように音もなく傍に現れてはまた笑う。

 

「これじゃあ、【データ】なんて・・・・・・」

 

力なく正面の鏡に額をぶつける音が、骨を伝わって全身に響く。

 

そこで僕は見た。

 

自分の正体。

 

鏡面に写る僕の姿。

 

僕の身体(からだ)

 

少しだけウェーブのかかった金色の髪。男を自称するには頼りない細い腕と足に、括れた腰。

 

そして、男の人にある筈のない、本来なら"削られていた"かもしれない『胸』の上を、水滴が流れていく。

 

こうやって鏡を見たときは決まって、安心と不安が同時に現れる。

 

僕が"女"であるという事実を確認出来た、僕が僕だという安心。

 

僕は男でいなければいけないという脅迫、有り得るバレた後の末路。

 

「・・・・・・ッ」

 

暖かい筈のシャワーなのに、どういう訳だか震えが止まらない。

 

あの眼。

 

あの眼だ。

 

あの眼の中に僕が納まっているのを自覚した時から、時おり発作のように僕を縛り挙げる恐怖。

 

正直、僕は一夏が怖い。

 

嫌だ。

 

あんなのと少しだって一緒に居たくはない。

 

だけど、僕は逃げるわけにはいかない。逃げることができないから、ここにいる。

 

「・・・・・・・・・・・・ここに、居なきゃいけないんだッ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――すまない、■■■■―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・・・・・・・謝る、くらいならっ・・・・・・!」

 

不意に思い出した"あの人"の声。

 

荒げそうになる声を抑え、同時に過る虚しさに瞼の下が小さく震えた。

 

謝るくらいなら何で、いや、いくら想おうが叶う筈のない願いでしかない。なら、無為に無駄な希望は捨てるべきなのかもしれない。

 

そうすれば、きっと今より楽になれるから。

 

そうすれば、きっといつか―――

 

「あれ?」

 

ポディーソープのラベルが貼られた容器の頭を押すが、出てきたのは気の抜けた空気の音。

 

そう言えば昨日で使いきったんだった。

 

流石にシャワーだけで済ませるのは我慢できない。適当に水気を払い、バスタオルで体を隠して僕は脱衣場の扉を開ける。

 

たしか、クローゼットの中に予備があるって―――

 

「ん?」

 

不意に足が止まった。

 

そこにはベッドに寝転び、だらしない姿で漫画を読む黒髪の人影。

 

腕を枕にしながら視線だけを向けて、動けずにいる僕に向かって彼はこう言った。

 

 

 

「どうした、デュナシャンドラ。"男装はもういいのか"?」

 

 

 

彼、織斑 一夏はそう言って、また僕の名前を呼ばなかった。




次回予告!

シャルルくんの男装がバレていた!? まぁ、しゃあない。

そして、最近作者が親戚からベルセルクかっぱらってきたから悪い影響を受けまくってるようだ!!

次回 閲覧要注意

胸糞とか暴力あり。シャルロットさんが好きな方に全力で土下座したくなるお話しになりそうです


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第三十五幕 女優と脚本家と代役

明けてしまいました

お久しぶりです。私です。気づけば四か月、仕事とか洪水でてんやわんやでした。

折角の復帰戦もこんな感じ、しかも九千文字の大盛り

ということで、閲覧要注意、これでもマイルドになったフランスディスリ回

シャルロッ党の皆様、どうか私をぶん殴ってください


静かな一室で、二人の"男女"がいた。

 

一人は、織斑 一夏。

 

もう一人に背を向けるようにベッドの上で寝転びながら、自前の漫画を頭の上に数冊敷きながら頁を捲っていく。

 

そして、もう一人の少女。

 

湯気の立つ輝くブロンドのロングに、仄かに色づいた頬は未熟な色香を魅せる。淡いアメジストの瞳を逃げ場を探すように揺らしながら、ベッドの端に座る少女、シャルル・デュノアがいた。

 

「・・・・・・ねぇ、いつから気づいてたの?」

 

沈黙、いや、一夏のあまりにも無関心で冷めた態度に彼女は自分から問い掛けた。

 

何が、それは彼女が性別を偽っていたということ。

 

先程の自分の不注意から正体がバレることになったのだが、彼にとってそれは既知のことであった。

 

何故、知っていたか。

 

そして何故知りながら、何も言わなかったのか。

 

胸の内から這いずり出てくるナニかに急き立てられるように喉を震わせ、ある種の期待を混ぜながら一心に一夏の背中を見詰める。

 

「お前が転校してきた日」

 

「っ!?」

 

「だから、お前が転校してきた朝に肩をガッてやったじゃん。あん時。男と女じゃあ、骨の形って意外に違うんだすよ」

 

一夏は振り向かず淡泊に答える。

 

小物を片手間に押し除けるかのように、溜め息さえ聴こえてきそうな気だるい声音。

 

「じゃあ、どうして何も言わなかったの? 僕みたいな、その・・・・・・怪しい人のこと」

 

「わざわざ下手な猿芝居に胸まで潰して来てるヤツだし、何か理由があんだろ。て言うか、マジで胸デカくね? Cはあるよな、どうやって隠してたのそれ」

 

漸く視線がシャルルの方に向いたかと思えば、ジャージの上からでもハッキリ判る彼女の胸部を興味深げに視姦し始める一夏。生理的危機感から彼女も必死に腕で隠そうとしているが、その恥じらいが彼の嗜好そのものであることを彼女はまだ知らない。

 

「まぁ、要は同情みたいなもんだよ。テレビで戦地の子供を見て『可哀想だな~』って思う程度の、人間として当たり前な感情? そんな感じ」

 

そう言って、彼を知る者ならばどの口が語るのかとツッコむようなことを吐きながら、手探りに手繰り寄せた漫画を一夏は再び読み始める。

 

それをシャルルは、溜飲の下りない表情で見ていた。

 

彼の言葉、"当たり前"なんてものを使った薄っぺらな性善説。

 

彼女は迷っていた。

 

"もしかしたら"と、"ありえない"。

 

もしも。

 

もしも、という妄想。

 

"もしも"と考えるということは、それが叶わぬ夢想であるという自覚症状に他ならない。そう思う度に彼女は、自分が諦めているのだと分かり、どうしようもなく惨めな気分へと追い込まれる。

 

だとしても、そうだとしても、"もしも"と思う希望は、いっそ健気な程にその光の中へと人を誘い寄せるようだ。

 

「・・・・・・・・・・・・・・・ねぇ」

 

下唇を噛み締めるように、シャルルが声を洩らす。

 

―――もしも、もしも

 

―――もしも、"これ"がそうならば

 

―――そう思わせてくれるだけのものを彼が持っているなら

 

 

 

「ねぇ、聞いてくれる?」

 

 

 

「聞くだけなら」

 

 

 

万感の思いを込めた告白、一夏はそれを横目に見ながら聞き入れた。

 

「・・・・・・・・・・・・ッ」

 

生唾を飲み込み、彼女は語り始めた。

 

それは"彼女"が"彼"になる以前、『シャルル・デュノア』となる前の話。

 

ここでの物語が始まる以前の前日譚。

 

「僕はIS開発企業デュノアの社長、ローレンス・デュノアの妾の子供なんだ」

 

妾。つまりは本妻とは別の者との子供。

 

イキすぎた女尊男卑の風潮の中で育まれた認められぬ愛。所詮は一夜の間違いで済まされるべき出逢いだったが、その結末はシャルルという存在で答えは出ている。

 

本来なら切られていたかもしれない命。

 

疎まれ、認められず、否定され、この世で最も無力な存在は母なる胎内を最初で最期の寝床として、無垢な命は完成されないまま終わりを迎える筈だった。

 

だが、そうはならなかった。

 

女は男から離れ、自身の胎の内に宿った赤子を抱え街を去り、そして一人その子を護り続けた。

 

裕福なわけではない。訳ありの母子二人が生きていくのに、この世界はいっそ過酷と言っていい。

 

だが人の幸福が、必ずしも裕福のみから生まれるものではない。

 

シャルルは断言する。

 

母との二人の生活は、幸せであったと。

 

だが―――

 

「二年前、お母さんが・・・・・・」

 

何でもない風邪だった。

 

故の無理か油断であったか、母となった女は娘を護るための労働の果てに、肺を犯し尽くした病魔によって命の炎は吹き消される。

 

そして巡り合う父との初めての再会。

 

本当なら祝福に包まれ、愛する者の死という悲しみを分かち合う感動の一幕となる筈だった悲劇の一人と一人。

 

―――現実は違った。

 

その存在価値は"女の忘れ形見"としてでなく、会社の"備品"として。一切の希望を捨てる間もなく、彼女は地獄の門を潜ったのだ。

 

最初は、デュノア社のテストパイロットとして。

 

そして今は、世界で二人目の(シャルル)と偽り、世界で一人目の(一夏)の情報を盗み出す犯罪者。

 

自らが踏み外した階段は存外に高く、転がり落ちる先さえ見据えることのできぬ闇。要は自分がどうなるか、シャルルは疾うに予想出来ていた。

 

経営の傾いた会社を立て直すための消耗品。

 

役目を果たせない不良品と分かれば、人はそれをどうするだろうか。

 

「でも仕事はとっくに失敗してた。一夏は、"社長夫人"が思うよりもずっと、強かった」

 

声だけで笑う、中身の無い乾いた愛想笑い。

 

何かを誤魔化すように。

 

何かを隠すように。

 

そんなシャルルの在り方を影のような昏い瞳は、どこまでも静かに眺めていた。

 

「・・・・・・うん、こんな感じ。勝手な話だけど、話せたら楽になれた気がするよ。あと、迷惑かけてゴメンね、一夏」

 

これが最後なのだと言外に含ませたような柔らかくも痛々しい、小さく強がりな微笑。見る者の心を打つような酷薄の笑み。

 

今にも潰されそうで華奢な体を向けながら、シャルルは尚も笑っていた。

 

「一夏?」

 

不意に一夏が立ち上がった。

 

不思議そうに眺めるシャルルを見ずに、一夏は部屋に備え付けられたパソコンの下へと進み、(おもむろ)に右腕の鈍い白色の籠手に手を乗せ"スライド"させた。

 

中から現れる小さな端子を見つけると、既に起動しているパソコンからコードを伸ばし、突き刺す。そのまま一夏が操作していくと、液晶にインジケーターが表示され、大容量のデータが移されていくのが確認できる。

 

一夏が何をしようとしているか理解し、同時にその行動を信じられずに目を見開く。

そして件の男は振り向き、インストールの終わったパソコンを見せながら、花さえ霞むような輝く"笑顔"でこう言った。

 

「ほら、持ってけよ。白式のパーソナルデータだ!」

 

両手を広げ、爽やかな笑顔を顔に刻み、シャルルの全てを受け入れるかのような優しげな温かさを放つ抱擁の誘い。

 

シャルルの罪も独白も懇願も非業も不幸も悲愛も何もかも、彼女に関するそのどれもが"どうでもいい"と吐き捨てるように、彼は腕を左右に広げながらニコニコと、いっそ不気味なほどに明るく笑う。

 

「なぁに気にするこたぁねぇよ! むしろ、今までに二回しか動かしてねぇようなデータやる俺の方が申し訳ねぇくらいだしな」

 

「・・・・・・・・なん、で?」

 

「お前のお仕事のお手伝いさ。これ持ってけば、会社なんとかなるんだろ?」

 

「違う、違うよ! そういうことじゃない!」

 

ワザとらしい、彼のISのくすんだ白より白々しい、小首を傾げて戯ける存在に、シャルルの心は深く深く刻まれ瓦解していく。

 

彼女が求めてるのはそんなことじゃない。

 

暗い底で漸く見つけた蜘蛛の糸。

 

手を伸ばし、這いずり、欲して欲して欲して止まない最期の光明を掴もうと、シャルルは必死に混乱する頭から言葉を探り当てるために思考を巡らすが、どれだけ深くを覗こうと揺れる視界にいる一夏の姿しか見えなかった。

 

「んー、つまりはアレなのかな? 助けて欲しいのか? 囚われのお姫様みたいに」

 

ふと、そんな言葉が響いた。

 

その一言でシャルルの頭が一気にシャープな方向に変わる。

 

この感情を何と名称すればいいだろう。

 

安心?

 

安堵?

 

いいや、違う。これは―――

 

 

 

 

 

 

「まぁ、嫌だけどね」

 

 

 

 

 

 

一夏はニッカリ笑う。

 

笑顔の中に■■を忍ばせて。

 

呆然と自分を見る哀れな"人形"に、そっと歩み寄りながら彼は笑う。

 

「おいおい、何だよその面? まるで餌を取り上げられた猫みてぇな顔してるぜ? もしかして俺がお前の在り来たりな面白味皆無の身内話聞いて咽び泣くの期待してたのか? 残念ながら、俺ってば貰い泣きもしなけりゃ、空気を読んで黙るようなこともしない、CLANNAD糞つまんねぇとか言っちゃうような精神中学二年生なんだよねぇ」

 

ケタケタと一頻り笑いながら、一夏は再びシャルルの正面に座り、頬杖を就く。

 

「ハハッ、いいねぇその顔。理解できねぇってヤツだ。言ったよなぁ、お前には同情してる。画面の向こうの不幸人見てるくらいの哀れみはあるって」

 

シャルルは声を出さない。いや、乾ききった舌の根では、もはや僅かな音さえ鳴らさない。

 

だが、目は口ほどに物を語るという。

 

シャルルは訴えかけた。

 

―――なら、どうして、と

 

一夏を見る。

 

一夏は見る。

 

目の前の彼女の悲貌を見つめ、ギチリと顔を歪めて彼は言った。

 

「画面の前の俺にとって、向こうのお前は只の見世物だってことさ」

 

鼻先が触れ合えるような距離で、一夏はシャルルの思いを踏み潰す。

 

「川向こうの火事を見て、誰がそこに行きたがる。誰かの為に全てを投げ出すような聖人は、助けてもらう筈だった奴らが十字架に貼り付けてとっくに殺したよ。人が誰かに同情するのは、同情してる俺マジカッケ~って自己満足に浸る為さ。お前の為じゃない」

 

意気揚々と語る一夏の言葉に、シャルルは何も言えないでいた。語るべきものも、言い返すべきことも、僅かに開く口からは意味もない息だけが吐き出されるばかり。

 

ただただ無為に迷走する思考と、形にならない感覚とが、一夏の黒い眼球の中で渦を巻いていくような錯覚。

 

何故 どうして 何で こんなの違う

 

どれだけの現実逃避を積み重ねようと、眼前の虚に満ちた光は、彼女の眼球を絡めとり離そうとしない。

 

「助かりたいなら、それ相応の態度でいろよ。行動をしろよ。今時泣き落としなんて、白馬の王子様だって見飽きちまってるだろうさ」

 

シャルルの首を指先で撫で上げながら、どこまでも挑発的に彼女を突き放す。

 

彼女の耳に聞こえてくるのは、一夏の嗤い声。

 

ケタケタと、カラカラと。

 

中身の欠けた軽い声。

 

ケラケラと嗤う。ゲラゲラと嘲嗤う。

 

何時までも、何時になったら終わる?

 

「・・・・・・・・・・・・・・・僕は」

 

小さな反抗。

 

彼女の小さな、小さな、最後の些細な抵抗だった。

 

視線を切り、俯き加減に涙さえ滲ませて放たれた言葉、それこそが最後の引き金となるのも知らずに。

 

 

 

「僕には、選択肢なんて無かったんだ」

 

 

 

何が、そんなものは決まっている。

 

今に至る今までのこと全て、こんな様になるまでの何もかもは、自分の所為なんかじゃない。耳を塞ぎ、頭を抱えながら蹲る現実逃避。そんな些細で、人間なら誰でもするような責任転嫁。

 

自分は悪くない。

 

全部他のヤツの命令に従っただけ。

 

その程度のことだった。

 

その程度で済む筈の、そんなこと。

 

 

 

 

 

「巫山戯てんのか?」

 

 

 

 

 

一瞬のことだった。

 

喉元にあった指はその細い首を鷲掴み、勢いのままに自身の眼前へとシャルルを寄せる。

 

気管の総体でもある喉を掴まれる不快な圧力、サラサラと互いの前髪が触れ合う感触、両者の感情を乗せた息がぶつかり混ざり合いながら交わらぬ心の交錯、そして始まった、一方的な暴論。

 

「選択肢が無かった? 選ばなかったの間違いだろ。ただ場に流されて、自分を憐れんでくれる優しい馬鹿を待ち望むフリして道ずれ探してる、一緒の地獄に引き摺り降ろすのを待ってる心中願望のマゾヒストが。テメェはそういう人間なんだよ、"どこかの誰かさん"」

 

絞められることによる窒息の苦しみとは違う、相手を貶め、その心の一切を考慮せずに只ひたすら屈伏させる上から目線の、喉奥を直接靴の裏で踏み抉るような憐憫混じりの耳障りな失笑。

 

あぁ、とシャルルは確信した。することが出来た。

 

この全身の産毛が雁首揃えて焼けていくような異物感。自分の中身を別の何かで塗り替えて滅茶苦茶にしてしまいたくなるような気分を刷り込んだのは、これ迄に唯一人だけいた。

 

それは地元の学校の矢鱈に鼻の突く赤髪の餓鬼でも、下心の滲んだ少女嗜好の教師でも、近所にいた高慢な三足歩行の老害とは別物の、もっと彼女の腹の底に黒い感情を落としこんだ、自分というモノを否定するアレ。

 

「自分で股開いて男啣えんの待ってる売女が、被害者気取ったって萎えるだけだろーがよ。どうせなら吠えてみてくれよ。艶声の泣き言じゃなくて―――っと?」

 

力の限り突き飛ばし、背中から倒れこむ男の首に手をかける。

 

血走る瞳に写りこむ馬鹿にしたような男の笑い顔。

 

わらうな、笑うな、嗤うな、と。

 

他人を徹底して笑い物にする、画面の向こうを指差しながらに手放しで嗤うような糞ったれな視線。

 

見るな、見るな、そんな目で見るな。

 

舌を出して嘲る二つの眼球が、毛色は違えど向けられる不快感の質が"あの女"、『義母』のそれによく似てる。

 

「お前に、お前なんかに・・・・・・ッ!!」

 

 

 

 

―――お前に何が分かる

 

 

 

 

吐き出せない絶叫が目頭の裏で膿んでいく感触。もう幾度も味わった惨めな溝の泥の風味で脳が汚染されていく。

 

好きでこんなことをしているわけがない。上手くいかなければ貞操さえ差し出せと言われた女の絶望など、"破る"だけの側の人間に理解などされるわけないし、されたくもない。

 

これだけ蔑まれ、堕とされて、救われたいと思うことに罪がある筈がない。

 

「僕は、僕はぁ・・・・・・!」

 

媚びて縋ろうと、同情誘って善意に突け入ろうと、今さら悠長に方法など選んでいることなど出来るわけがないと、どうして判ってくれないのか。

 

どうして、どうして、自分がこんな目に遭わなくてはいけない。

 

助かりたい、報われたい、光が見たい。

 

優しい陽の下で、温かく柔らかな白いシーツにくるまり明日の希望を夢見る、そんな寝惚けた馬鹿みたいな願いを懐いて、そうなりたいと狂おしく渇望している心にどう抗えというのか。

 

そう、彼女は―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「救われて当然の人間か?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

臓物に指が割り込むような冷気が、シャルルの頬を撫で上げた。

 

三日月が裂けていく。

 

悪意が花を咲かせた。

 

「それで? それで、どうするんだよ? お前は、どうするつもりなんだよお嬢さん」

 

花弁が降り落ちるような、緩慢で振り払うことさえ忘れさせる手のひらが、優しく、つまりは情け容赦も同情もない雑な手付きが彼女の顔を鷲掴み固定する。

 

逃がさぬように、逃げられぬように。

 

「そこまではいい。問題は次なんだよ。そう思って、お前は"何かしたのか"? 俺に対して、何か出来たのか?」

 

剥き出しになった白い歯の奥で、溢れた毒をまぶす舌が妖しく蠢きながら、ソレを音に乗せて口移しに注いでいく。

 

どうやら即効性らしく、答えるべき言葉を探す思考は奪われ、脳の命令さえ狂わせ無為に体は震えだす。そのくせ、頭は冬の空気のように澄んだ透明さを保っているらしく、男の言葉だけが防波堤をかち割る勢いで心に押し寄せた。

 

「"そんなもん"なんだよ、お前は。半端だ、どこまでも半端だ。何もかもが半端で、何者にもなれない、半端な被虐趣味の名無し野郎。お前なんて、所詮は"そんな程度"だ」

 

自身を包む冷たい手。

 

無様な現実を、振り翳したナイフと共に突き立てられた感触。

 

自分の内で決定的なナニカに指を掛けられ、銃口から薬室に込められた弾丸を覗かされるような目に見えた終幕の光景。

 

「・・・・・・違う、よ。そんなの、違う・・・・・・」

 

掠れた声は、風に吹き飛ぶ砂塵のよう。

 

必死の弁明も言い訳も、曖昧で不定形なまま凪の狭間へと流されていく。

 

自制することを忘れた機械のように繰り返す現実逃避の自己肯定が延々と鳴り哭いた。

 

「ちが・・・・・・・う、よ」

 

違う。

 

そう、こんなのは違う。

 

自分というモノが否定されるわけがない。

 

自分には、ちゃんと名前がある。

 

名前が、ちゃんとあるんだ。

 

「僕の、名前は・・・・・・・・・」

 

 

 

 

そ れ で も 人 形 劇 か ら は 逃 げ ら れ な い

 

 

 

 

「じゃあ、こうしようか」

 

不意に響いた明るい声を出だしに、シャルルの体は"横合いに投げ出された"。

 

「ッッッづ、がぁ!??」

 

反射的に庇った手から伝わる衝撃が後頭部に拾われ、伝播する痛みが眼孔の球を弾き揺らした。

 

眼球を保護する為に分泌された液体が流れ出すが、それによって開かれた視界に写ったのは、悪夢だった。

 

「シチュエーションはこうだ」

 

壁により架かる肩を乱暴に踏みつけられる。

 

その犯人の目には、カッターの刃を合わせたような鋭角的デザインのバイザーが在った。

 

「『友達と思っていた女の子が自分を利用しようとしていたことを知って怒った悪者は、このことを皆にバラしてやると、女の子に向かって言いました。どうやら悪者は余程にご立腹らしく、貴女の説得も通じません。』」

 

グリグリと関節を爪先で弄りまわしながら、大仰に腕を広げて芝居の入った素振りで嘆いた。そして畏怖の瞳に揺れる少女を愉しげに見据えると、その手元に落ちるよう狙って何かを投げた。

 

「『ですが何と運の良いことでしょう、女の子の近くには、彼女にとって"大切なもの"を守る為の武器が転がっていたのです!!』」

 

それは小さなペティナイフ。

 

部屋に置かれた、刃物の内の一本だ。

 

果物の皮を剥くのに使われるような小振りの刃物に視線を落とす少女を尻目に、佳境へと上り詰める三文芝居は、どこまでも白々しい語り部によって紡がれていく。

 

「『あぁ、なんて可哀想な女の子・・・・・・! それに気づけさえすれば、きっとそんな男なんてやっつけてしまえるのに~』って感じなんだけどよ、どうする?」

 

バイザーの先端を叩きつけるように屈められた体は、二人の距離を馬乗りに近い形で縮めてみせる。

 

見られている。

 

硬質な鉄版に等間隔で斜めに引かれた溝は、まるで脈動するかのように赤く発光し、その残光は眼そのものに垂らされた血潮の如く彼女の視界を焼いていた。

 

「・・・・・・・・・・・・どう、いうこと?」

 

判らない、わけではない。これ迄の会話からの大詰めだと言うなら、容易とは言わないながらも想像できる。

 

だから、それは最悪の想像だった。

 

止めてくれ、言わないでくれ。

 

彼女の願いは届かない。

 

何故ならこの場において、彼女の救いは脚本に描かれてはいないから。

 

もとより、この男は誰かを救おうなどと考えているわけもない。

 

何よりも、元来、人が誰かを救うことなどできやしないのだから。

 

「親を見棄てて自由に成るか、義理を立てて腐るかを、"選ばせてやる"」

 

男は突き出した。

 

二つの結末。

 

まずは一つ。

 

彼女が自由になるための犠牲の道。

 

「その包丁を取るな。そうすればお前は名実共に悲劇のヒロインになれる。俺が、"そうしてやる"」

 

彼は断言した。明確で自信に満ちた口調で。

 

半端と言い切った少女に、男はある種のシンデレラストーリーを歩ませようと言うのだ。

 

男は言う。

 

ありのままをそのままで、下劣を斯くも高尚事であるかのように。

 

親を、強いては一企業の人間を『悪役』に仕立て上げ、それら総てを皆殺しにして、自分唯一人を幸福にする未来(バッドエンド)

 

男は言った。

 

震える少女の心を拐かす男娼のような甘言で言う。

 

これは人間一人が自由になるための、その人生を勝ち取るための正当な代償なのだと。

 

何故なら―――

 

「お前が幸せになって、誰かが不幸せになるのは当たり前だろ?」

 

―――世界は、そうやって廻っているのだから

 

彼は続けて、次の結末を提示する。

 

それは悲しいものではあるが、見知らぬ誰かが変わらぬ笑顔で居られる、そんな救世主(捨て石)の末路。

 

「一言、俺を脅して魅せろ。そうすれば、ビビった俺はお前の"親"を守る為に死んでやるよ。おっと、刃の向きは間違えるなよ?」

 

軽やかな笑い声と一緒に、男は賭けの天秤にその命を放り込んだ。

 

それだけの価値がある。

 

丘へ、自身の処刑道具を担ぎながら登り上げた男のように、お前もまた自身の苦しみを知らずに生きる有象無象のための積み石となる気概があるなら、この命程度は軽いものだと。

 

それだけの価値を、見せて、魅せてくれ。

 

恋の熱に浮かれ、蜃気楼に映る反転された景色に見果てぬ情景を夢見るような、あどけない狂気とその首を差し出した。

 

「さぁ、どうするよ?」

 

求める側と、求められる側。

 

立場は変わらず、被害者は一人で加害者も一人。

 

選べ。

 

選べ。

 

背中には壁、前には絶望。

 

振り向く先には少しの温もりが在ったが、もはや手は届かない。

 

「ッ!」

 

不意に、手元の刃に触れた指からつんざくような痛みが走り、生暖かい血液が溢れていた。

 

それには眼もくれず、少女の瞳は包丁を捉えて離さなかった。

 

選ぶ。

 

自分の為に誰かを殺すか。

 

誰かの為に自分を殺すか。

 

選ばなければ。

 

どちらが正しい。

 

どっちが間違い?

 

どちらも正しい?

 

二つの一つを選ぼうと、誰かが死ぬ。

 

「さぁ」

 

声が急かす。

 

選べ。

 

選べよ、と。

 

「さぁ、さぁ、さぁ!」

 

頭の中で蜂が飛び交うような、雑音混じりに掻き回されていく。

 

「あぅ、ぃ、あぐぅあ・・・・・・」

 

どうすればいい、包丁と男を見比べても、答えは降ってこない。

 

選んで、選び抜いて。

 

選べずに頭を抱えても、差し迫る悪意は彼女に時間の猶予は与えない。

 

腹を空かせた獣が肉に食らいつく様に、人工物のような白い顎に丸ごと呑み込まれていく閉塞感によく似た絶望の壁。

 

試しに握ったプラスチック製の感触さえも、彼女を責め立てる拷問具に錯覚してしまう。

 

潰れていく。

 

それでも選ばねばならない。

 

「さぁ、選んで堕ちろ」

 

選んで、選んで。

 

選んで、選んで、選んで、選んで。

 

選んで、選んで、選んで、選んで、選んで、選んで、選んで、選んで、選んで、選んで、選んで、選んで、選んで、選んで、そして―――

 

 

 

 

 

 

「あっ、あ”あ”あ”ぁああ・・・・・・・・・・・・」

 

 

 

 

 

 

脆く崩れた下から流れたのは、頬を伝う雫と嗚咽だけだった。

 

「・・・・・・・・・あっ、そう。あぁ、そう。お前は、それを選ぶのね」

 

提示されていない三つ目。

 

天を仰いで泣き喚く、選択の苦渋に堪えきれず、怖くて蹲る、そんな横路に逸れた逃避というオチ。

 

「まっ、それも有りっちゃあ、有りか」

 

止めどなく流れるものを必死に拭いながら、声をあげて喉を枯らしていく少女を無機質な金属越しに流し見て、一夏は適当に足を退けながら部屋の出口へ向かう。

 

彼女が何を思ってソレを流すのか、そんなことを欠伸一つに吐き出して。

 

「・・・・・・・・気が変わったら、いつでも来いや。助けてくれ、って言うなら助けてやるよ」

 

ドアノブに手を掛け、思い出したように振り向きながら飄々と言った。

 

扉が閉じる。

 

密閉された空間で一人、少女の声が木霊する。

 

その姿はどこか、童話にいる囚われの姫の在り様に似ていた。

 

王子様は、現れない。

 

いつでも出て行ける筈の牢獄の中で、彼女は唯一人で人を待つ。

 

今までのように。




新年一発目でこれだよ。エンドルフィンが変なとこに入ってるよこれ

気分的には喰種のヤモリ様が金木君でハッスルしてるアレです

残るドイツは、まぁ、うん!!!(白目)


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第三十六幕 克己と不屈と◆ ◆ ◆

もうね、シャルルさんの話って結構前からこうなるのは決めてたんですけどね、筆が重い

なんつーか、シャルルさんは救済します。鬱はありません

とりあえず、セシリアさんの立ち位置ってこういうのが一番栄えると私は思う回

あと、今回は後書きまで本編あります


▽ ▽ ▽

 

それはどんなおはなし?

 

小さな、小さな、絵本の表紙

 

紙に描かれたチープな絵、言葉たらず、舌たらず、頭たらず

 

―――わたしはだれ、どんなひと?

 

小さな、小さな、女の子

 

無邪気にはしゃいで聞くよ、お母さんに

 

―――あなたは愛しい子、優しい子

 

きれいな声、温い手で撫でてちょうだい

 

大好き、大好き、お母さん

 

―――私はだれ、どんな人?

 

泣かないで、声がかすれて、ちゃんときこえない

 

答えて、答えて、お父さん

 

―――あなたはいらない子、卑しい子

 

代わりに言うよ、怖い人

 

何でそんなこと言うの

 

怖い、怖い、怖いよ、お父さん

 

―――僕はだれ、どんな人?

 

嫌い、嫌い、嫌い

 

あなたが嫌い

 

自分本位で、身勝手で残酷なやつ

 

誰よりも自由で、自分のために全てを壊せる、最低なくせに強い人

 

そんな君が、少し羨ましい

 

―――お前なんか知るかよ、名無しちゃん

 

名前、名前、名前

 

僕の名前はなんだっけ

 

ぼくはなんだっけ

 

―――あなたはだれ、どんなひと

 

鏡の女の子が問いかけます

 

答えはない、答えはない、答えはない

 

つづきはない

 

▼ ▼ ▼

 

吐き出す息には、熱が籠っていた。

 

泣いたのはこれが初めてじゃない。涙も喉も枯らして、夜の底を呑み込んだようなこの感覚が、久し振りだった。

 

空っぽ。

 

真っ暗で、何もない。

 

頭もお腹も、人差し指の爪を剥がしてみれば全部が空気と一緒に抜けていっちゃう、ふとした瞬間に全部が全部壊れて砕けてしまいそうになるほど、体の内が"軽い"空虚な伽藍の堂。

 

それなのに、どこかが妙に"重かった"。

 

その重さがどこから来るのか、そんなの判らない。けれど、その重みのおかげで、今この瞬間もどうにか頭が動いている気がする。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

泣きすぎたあと特有の火傷みたいな火照った痛みで、僅かに血で汚れた手のひらを眺めれば、そこについた小さな傷。

 

視界をずらした先には、乾いた赤い血がこびりつく果物ナイフが一本、行き場を忘れたように転がっていた。

 

そんな光景がどこかシュールで、何だか笑えてきた。

 

さっきまでそのナイフで、誰かを殺すように脅されていたんだから。

 

「どうすれば、よかったんだろう?」

 

彼が言うには、僕がどうにかなるには"全て"が必要らしい。

 

つまりはお父さんを、デュノア社の全てを生け贄にするか、僕が彼らの敷石になるか。

 

首を傾げるように考えてみれば、自明の理というやつだ。僕の"僕"というものを晒せば、きっと全てが道連れになる。そして僕は救われる。"僕"のままで。沢山の死体に胡座をかいて僕は"僕"で終わる。

 

逆に頭を傾けて考えてみる。もし僕が仕事を完遂していたら、彼の望む一言を告げることが出来ていたら、何とかなっていたのだろうか。そこで、僕は"どうなっている"のだろうか。

 

・・・・・・・・・・・・嫌だ。

 

誰かを犠牲にする覚悟がない。

 

誰かの為の犠牲になる勇気もない。

 

ないない尽くしの、半端者。とどのつまり、僕はとっくにどうしようもない場所にいるのだ。

 

なら、今からでも彼を追おうか。助けてと言えば、助けてくれるらしいし。

 

「・・・・・・嫌だ、な」

 

どうすればいいだろう。

 

どうしたらいいだろう。

 

どうなればいいだろう。

 

どうやれば、楽になれるだろう?

 

そう思って、俄に右手のナイフの存在感が僕の中で膨れ上がっていったとき、

 

「一夏さん、シャルルさん? いらっしゃいますか?」

 

コンコンと叩かれる音に次いで、ゆっくりと扉が開き"金色の光"が部屋に降り注いだ。

 

◇ ◇ ◇

 

シャルルは全てを話した。

 

偶然にも彼女の元へと現れた金色の髪を靡かせる彼女、セシリア・オルコットへと。

 

部屋の様相とシャルルの有り様を見た瞬間に、その異様と既に事が起きた後の惨状、人間性を掠め取られたような瞳から大体のことを察したセシリアは直ぐ様に彼女へ駆け寄った。

 

当然、セシリアは何があったのかを問いかけた。

 

そんなセシリアに、シャルルは捨て鉢気味に話したのだ。

 

自分を守るように膝を掻き抱きながら、その生い立ちから身に起こったこと、今に至る経緯に、"あの男"に何を言われたかさえ包み隠すこともなく洗いざらいに垂れ流した。

 

「・・・・・・・・・・ごめんね」

 

何も言わず、正面に座る彼女に向けて溢れた言葉が尽きたとき、最後に喉から零れたのは捻りのない簡素な四文字だった。

 

それがどんな意味を孕んでいたのか、言った本人にさえ判らない。もはや、シャルルには自身の感情を言葉に乗せる気概なんて残っていなからだ。

 

ただ一つ、それを聞いたセシリアが、自分をどう思うのか、自殺にも似た期待の思いがあったのは確かだった。

 

行き場の無い、フラフラと浮わつく自分の墜とし処を、手に持ったギロチンの紐の所在を決める為の"きっかけ"を見つける為に。

 

「・・・・・・・・・シャルルさん」

 

不意に目の前の彼女が自分に向けて声をかけてきた。

 

唐突なことであったためか、ほぼ反射的に顔を上げることになったが途中で彼女の声音が変わっていることに気づいた。

 

今更になって浮き上がる頭を止めることなど出来ないシャルルは、視界に入った彼女の姿に思いっ切頬を引き攣らせることになる。

 

それは正に、"鬼の笑顔"だった。

 

「あの男、ぶッッッ殺しましょう?」

 

いつもの淑女然としたものではなく"地獄の底から響くようなドスの効いた声"、そのくせに花弁が飛ぶ光景すら浮かぶニコヤカな笑顔が混合する様は、ある意味でモネを思わせる絵画の一枚絵のような芸術性を彷彿させるものだった。

 

「とりあえず殺ってきますので、少々お待ちになっていてくださいな」

 

「いや、待って、お、落ち着こう・・・・・・?」

 

「ええ、まったくもってその通りです。心は細流のごとく穏やかに、一切の油断もなくヤツを闇に滅殺してみせますから、ご安心ください? ですので放してくださいあの糞ったれが殺せません」

 

「落ち着いてっ!?」

 

数分後。

 

肩で呼吸をしながら、最初とは別の理由で座り込むシャルルと憮然とした表情で向かい合うように座るセシリアの姿があった。

 

話の総決として、後日セシリアが個人的に彼を去勢、もとい調教するということで本人は一応の納得を見せたらしい。

 

「さて、先程のお話でしたが」

 

「ま、まだあるの?」

 

「いえ、貴女の"これから"について、です」

 

誇張抜きに、その言葉でシャルルの心臓は、鼓動のリズムを狂わせた。

 

肺に突き刺さった刃を無理矢理に捻られたかのような、不必要な量の酸素が気管を通って体内の空洞を埋め潰していく圧迫感が、視界を白く染める。

 

音が消えたような世界で、未だに左胸から聞こえる音さえ不確かになり始めている中で、じっとりと額を濡らし始めた汗の一滴が頬を伝っていく感触だけは、妙にはっきりしていた。

 

「え・・・・・・あっ」

 

言葉にすべき言葉も分からないまま口を開いても、出てくるのは未熟な音だけ。

 

視線が重なる。

 

波に揺れるような不安定な瞳が闇を見上げ、澄んだ水面の如き光で少女を見透かした。

 

そんな二人の間で、小さな呼吸音と共に声を発したのは、セシリアだった。

 

「―――貴女は、どうなさりたいですか?」

 

「・・・・・・・・・・・・え」

 

耳に届いたのは執行官の判決ではなく、牧師のような柔らかな質問。

 

真意の理解が追い付かない彼女だったが、その一言を区切りに蒼い瞳と静かな無言を向けるセシリアに、否応なしに理解させられる。

 

また、選べというのだ。

 

一夏と同じように、彼女もまた。

 

奥歯が鳴り始めた。

 

思い出したくもない、けれども焼き鏝のように押し付けられた強迫性障害がざわざわと浮き足立ち、その心に虫食いの穴を開け始めたのだ。

 

対してセシリアは、今にも溺れそうでいるシャルルの姿に、いつかの情景を思い出すように、尚且つハッキリと言った。

 

「一夏さんが言ったことを気にする必要はありません。彼の言葉は、"人殺者の兇器"でしかありません」

 

シャルルは文字通りに溺れる最中で底に足がついたような顔をして、彼女の顔を覗き込んだ。

 

そこには同情と憐憫、そして悲哀が満ちていた。

 

「彼は"独善"を讃え、"偽善"を嫌悪します。言ってしまえば彼の発する現実論は、総てがそれだけのことです」

 

「・・・・・・でも、間違って、ないよ」

 

「ええ、彼が言うことの大体に間違いはありません。そう、間違っていない"だけ"です。そこに人としての情も、優しさも、心さえもないのですから」

 

―――だからこそ、織斑 一夏は兇器そのものなのだ

 

そこに情なんてない。ただ気に入らない、目障りだ、お前は間違ってるから潰す。本当にそれだけなために、その言葉は容易に人の心を抉り出す。

 

その言葉は受けたからこそ理解できる。

 

彼の語る戯言は、いとも容易く人間の"本当"を曝し出す。

 

彼は言った。誰かの為なんていうのは自己を正当化する言い訳で、他人の痛みは幻覚に過ぎない。おおよそ人に向ける善性の全部は紛い物だと。

 

無遠慮で無作法で、他人の半端(弱さ)を許容しない。それが善くない事だと努めて理解しながら自分の悪性を肯定し、相手にまで強要する。

 

「・・・・・・・・・救われてはいけない人間なんて、この世に存在しません。ですが、その人を救い幸せにすることの出来るのは、結局その人だけです」

 

お前らしく生きろと彼は言う。

 

嘘で固めて、自分の何もかも空にして糞を詰め込んだ人生に価値はないと、一夏は言うだろう。

 

これ以上に残酷な言葉は、おそらく存在しない。

 

自分を知る、それこそ人間にとって一番の絶望なのだから。

 

「道を選ぶということは、安易なことばかりが選べるわけではありません。時には、安寧に至る為に荊の上を歩かねばなりません。酷な話では、ありますが」

 

セシリアはその極論を否定しない。かといって、積極的に肯定はしない。

 

何故なら、それを受け入れるということは、一人の少女を否定することになるからだ。

 

誰よりも誰かの幸福を願い、誰かの不幸に涙を流し、いっそ盲目と揶揄してしまう程に心から誰かを愛することの出来るあの小柄な少女のことを。

 

セシリアは肯定も、否定もしない。

 

双極にある二人の存在を、どこか致命的な何かが欠けた彼と彼女を、セシリアは否定しなかった。

 

「じゃあ、僕はどうすればいいの・・・・・・?」

 

涙に濡れた声が聞こえた。

 

「セシリアの言うことも、一夏が言ったことも、判ったよ。"だから"? だから、僕はどうすればいいの? 僕は、どうしたらいいの?」

 

質問ばかりの、哀れな弱音。

 

縋りつき、逃げ出そうにも逃げ場所もない。救われたくて、声に出して泣きながら助けを求めている。

 

そんな姿を、いつか何処かで見たことがある。

 

そんな姿が、いつかの自分に重なって見えた。

 

「《特記事項第二十一、本学園における生徒はその在学中においてありとあらゆる国家、組織、団体に帰属しない。本人の同意がない場合、それら外的介入は原則として許可されない》、というものがあります」

 

もはや、これしかない。

 

他に道はなかった。

 

形骸化し、只のお飾りとなってしまった特例事項。だが、こういうものはその能力、実現性よりも、"存在していることにこそ意味がある"。

 

これが有る限り、時間稼ぎ程度の悪足掻きはできる。

 

「ここにいる限り、貴女には"三年"の時間があります」

 

足掻くのも、死ぬのも彼女次第。

 

それでも、時間はある。

 

単純に苦しむ時が伸びただけなのかもしれない。

 

それでも今は、時間だけが彼女の最も信頼できる味方だ。

 

「選んでください」

 

這い上がるのか、また堕ちるのか。

 

ボロボロになった目の前の少女へと差し出せたのは、残酷な現実と右の手のひらだけ。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

シャルルは見た。

 

目の前の少女の瞳に映る苦渋の色と、小さくも気高い覚悟の色。それだけの光を魅せながら、自分に残ったものは何と不確かで心許ないのか。

 

「・・・・・・・・・ッ」

 

奥歯を噛み潰す。

 

キツく握り開かれた手には、閉じた傷から溢れる血で汚れていた。

 

その血を、彼女は再び握りしめた。




▼ ◆ ▼

肩にのし掛かるのは達成感なんかではなく、自分に対する失望と落胆でした。

「・・・・・・所詮、子供の気休め、でしょうか」

国の代表候補生なんて肩書きがあったところで、目の前で泣き伏せる友人の涙を拭うことさえできない。

だからと言って自身を憐れむのはお門違いというものでしょう。

今まさに辛いのは彼女なのですから。

「・・・・・・・・・・・・・・・」

時間的には夜の七時頃。学生寮の廊下を規則的な足取りで歩きながら、窓越しに見える先には、未だに声の響く食堂の明かりが見えました。

当初の目的、一夏さんとシャルルさんの二人を食事に誘うというのは、まさかの事態に頓挫しましたし、確かな空腹感がお腹の奥で訴えを強くしていますが、それらを押し退けて気になる事が一つあります。




どうしてシャルルさんは、転入することができたのでしょう?




ここIS学園はその性質上、情報の秘匿性が高いです。外部からの人間ともなれば審査の目も厳しくなります。

それは学園に通う"生徒"も例外ではありません。

『二人目の男性』が現れたというのにメディアの騒ぎがないのは情報統制という考えもありますが、自国の"研究者(変態ども)"が騒ぎ立てないの奇妙です。

わたくしの【ブルーティアーズ】専任の者たちは、性格、人格、行動共々に正常とは言えない彼らですが、技術屋の腕、こういった事に関する鼻はよく利きます。

そしてシャルルさんの事を、あの織斑 千冬が気づかないとは思えません。

もしくは、彼女公認の上で今回のような事が起きていると考えた方が自然でしょうか? そうだとしても、わざわざ男装などという手間をかけ、シャルルさんをここに潜らせた意味は? 一夏さんのデータを取ること自体が目的ではなかった?

ならば、だとしたら、

「この学園に入学させる、"隔離"することが、目的だった?」

いっそ、そう考えてしまった方が、まだ納得ができそうです。

でも、それに何の利益が発生するというのでしょう。

他人事とはいえ、現状のデュノア社では例え男性のデータを手に入れたところで経営が好転するとは思えないですし、よっぽど経営そのもの転換を図った方がまだ好転するような気もします。

・・・・・・もしかして、今回のことは―――

「・・・・・・・・・・・・ん?」

不意に懐に仕舞っていた携帯が、マナーモードの振動で通知を知らせてきました。

取り出した画面に映るのは例の技術屋たちのリーダーたる人間の名前。噂をすれば影が、というのは日本の言葉ですが、なかなか的を射ています。

何の用なのか、そういえば向こうは今何時なのだろうかと適当なことを考えて受話器を耳に宛がい
















キ ミ ハ ヤ サ シ イ ネ
















『・・・・・・い、聞こえているか"セリア"? 返事をしろ』

「―――え、はい」

『そうか、なら例の物が明日にはそっちに届く。トーナメントもあることだ、しっかり経験値稼いでこい』

「ええ、心得ていますわ」

『本当か? 何ならもっとイカしたヤツを贈るが?』

「何があろうと、それだけはやめてください。それと、セリアという呼び名も」

『フッ、そうか。ではな、セシリア代表候補生』

通話が切れる音が鳴り、力なく下ろされた手に握られた携帯端末からは無機質な電子音が喚いているのが聞こえてきます。

「・・・・・・・・・・・・今のは、なに?」
何を言っていたかさえ判別できないような程にか細い、でも微かでも確かに聞こえた加工されたかに思える電子音声。

彼の悪戯だというのなら納得できます。

ですが、聞こえてきたの受話器からではありませんでした。もっと近く、それこそ耳の中に直接囁かれたように感じられる程の至近距離で、誰かが何かを言ってきた。

夜の闇に呑まれていく校舎の中を見回しても犯人が見つかるわけもなく、ただ耳元に納まり吊り下がる【ブルーティアーズ】が揺れていました。


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第三十七幕 光の影と影の瞳と

皆様、お久しぶりです 私です

色々ありました。.hackとかハゲとかウィッチャーとかダークソウルとか村正10版とか塩とか凍京とか香辛料とベルセルクに新刊が出たりとか、もう色ッ々ありました。もうヤヴぇでござる。もうヤヴぇというかバヤいです

つまるところ遊んでましたスイマセンした!!

ということで、会長と楽しいお話回


夜は更けていく。

 

薄い雲の合間から零れて差し光る月の薄明かりは儚げで、地面に辿る光明は一層儚く、そして人の不安を駆り立てる程の脆さを孕んで道筋を空けていく。

 

一歩、踏み入れる。

 

影が生まれ、一足分、光が失せる。

 

二歩、踏み込む。

 

闇が這い出し、両足分、光は呑み込まれる。

 

一歩、深みに身を晒す。

 

遂に光は消える。それに代わり、五体の総てが明かりの中に浮き上がる。

 

世界とは常にこういうものだろう。

 

光を浴びる定員は既に満席。

 

そこに入り込む為には奪うしかない。

 

簒奪せよ、強奪せよ、略奪せよ。

 

一つの場所には一人のみ。

 

一人の場所に二人は入れない。

 

「つーことで、死ねや糞アマ」

 

右腕に装着された籠手、待機形態の『白式』を廊下の曲がり角へと向けて、有らん限りの全力の■■を込めて投げ入れる。

 

豪速球と化した白式。あまりにも突然すぎる暴挙、もしくは暴投とでも言おうか。

 

待機形態とはいえ個数限られる、一つ一つが国家の財産でもあるISで野球児ばりの全力投球をするという前代未聞の超珍事を平然とやってのけておきながら、特に何の感慨も湧かないのであろう少年は、風切り音を引き連れて飛翔する籠手の後を追い抜く勢いで駆け出す。

 

数刻の間を置くこともなく、白式が何かに激突する音が鳴るが、それは硬質な物同士がぶつかるもので標的が回避したことを暗に伝えてくる。

 

だが、それでいい。

 

最高加速と共に飛び上がり、その顔面目掛けて蹴りを放つ気分はまるで某改造人間のよう。

 

果たすことは悪を討つ正義の一撃ではなく、ただただ私的な憂さ晴らしではあったが、その威力だけは並外れていた。

 

そして予定調和のごとく、衝突。

 

「ず、随分いきなりなのね、一夏くん?」

 

「受け止めてんじゃねーよ、楯無会長」

 

肉と肉が打ち合う破裂音が響き、ある種の大鉈となった右上段蹴りを打ち据えるが、その暴力に対しては見劣りする白い細腕が止める。

 

黒髪に黒々しい目を月光で輝かす少年と、青海を敷いたような髪を揺らす紅い瞳の少女、一夏と楯無が再び会い見えた瞬間だった。

 

「こんな、場所で、何をしてるの? ていうか、私は何でいきなり襲われてるわけ?」

 

「うるせぇ黙れ疾く黙れ。テメェの存在そのものが俺の黒歴史なんだよ。分かったらさっさと俺の視界から原子レベルで消滅しろ」

 

「ちょっと、どういうことよそれ!?」

 

彼らの初邂逅は凄惨なものであったことは今更語る必要はないだろう。

 

互いが互いを許容することの出来ない水と油、視界に入れば即殺斬とまでいかないまでも二人の生き様は対極や対立の生き標本だ。

 

つまり出逢えばこうなる。

 

流暢かつ淀みない涼やかな罵詈雑言の(一方的な)舌戦が始まったのだった。

 

「貴女を見ていると不愉快極まりまくりなので迅速かつ早急に次元の彼方までそのミスジアオイロウミウシのような毛髪一本に至るまで遺さず滅尽滅相してくださいお願いします」

 

「丁寧に言って欲しかったわけじゃないし、むしろさっきより酷くなってないかなぁ? というか、あなたは私を何だと思ってるわけ・・・・・・」

 

「教育施設にてキッッツイ勘違いコスで待ち構えるという、下手に美人の自覚がある分に肌色成分だけは多分に含んだ先輩風吹かせて遊んでるリアル水龍敬な痴女」

 

「いい加減、その痴女痴女言うの止めなさいよ! しかも、言うこと欠いて水龍敬はないでしょ!?」

 

「うぅーわ、知ってんのかよ水龍先生のこと。もはや流石としか言わせて貰えない歪みない歪んだ性癖っぷり、ある種の感動とともに拍手と会長職の解雇嘆願を贈らせてください」

 

「あーもう、ああ言えばこう言う! そう言うあなたの他人を貶すことに関しての語彙力こそ変態的じゃない!」

 

「男が軒並み下着晒したり胸触らせれば鼻息荒くして顔赤くするラノベ脳程度の認識しかないような処女丸出し女がよく言うよ」

 

「だ、誰がしょ・・・・・・~~~ッ!! この馬鹿! 変態!! 鬼畜!! 女の敵!!」

 

「It's 誉め言葉」

 

「うがぁーーーーーー!!」

 

仮にも先輩であり生徒会長という立場にある相手にも一切妥協しない、どころか増し増しに絶好調な悪言を垂れ流す一夏の蹴り足、というより踵にて踏み潰すように力を込め始めている楯無も遂に根負けする。

 

この男におおよそデリカシーという高尚なものは存在せず、"抉る"ためなら何でも引き合いに出してくる真性の下衆である。

 

そしてこの状況は、楯無にとって非常に面白くない。

 

足蹴にされていることもだが、こうやって主導権が相手に握られているのが何よりも我慢ならない。

 

本来、楯無は悪戯好きの猫のような性格の女性であり、言動行動を持って周りを振り回して笑う狂言師(トリックスター)である。毛色は大いに違えど、一夏と彼女はある意味同属、人を弄る才能に関しては一家言持ちの、"いい性格"同士だ。

 

だから、彼女にはハッキリ見えていた。

 

冷徹に魅せる無機質な表情の奥で、まるで秋の空を眺めるがごとく穏やかな顔で愉悦に浸る外道の姿が。

 

しかし、このまま奴に言わせたままなのはあまりに癪というもの。

 

何としてでも仕返ししたい。

 

未だに足を乗せられているという事実も加算し、過去の自分が、そして未来の自分が応報せよと叫び狂っている。

 

だがしかし、今の楯無には一夏に対する有効な手札がない。

 

つまりは相手にとって突かれれば痛いところ、それでいて責められて激昂することなく的確に黙らせ恒久的に押し留め続けることができるような絶妙な塩梅の、さらに言うなら見れば胸が透くような悔しさ一杯に歪めた顔をみせてくれる、そんな決定的な一夏の"弱味"を楯無は未だに掴めずにいる。

 

・・・・・・何かないのか。

 

一度の失敗がその後の自分に大きな影響を遺す。一時の気の迷い、自惚れ、慢心、それが今の現状を造り出した原因なのだ。

 

このままでは永遠に『痴女』と『勘違いコスマニア』の黒歴史でネタにされ続ける悪夢が晴れることはない。

 

 

 

―――と、そこで楯無の思考が急停止した

 

 

 

「・・・・・・・・・なんスか、その顔」

 

「フフ、ウフフフフッ」

 

無論、手詰まりの打つ手なしの状況から宇宙に放逐された究極生物のような心境に至ったとかそういうわけではない。

 

この微笑は、彼女にとっての合戦の合図。

 

キーワードは『黒歴史』。それが楯無の灰色の脳細胞に電撃を走らせ、彼女だけが知る一夏の弱所を見いだしたのだ。

 

「一夏くん。今は月明かりが私たちを照らしていたけど、"あの時"は綺麗な夕焼けだったわね?」

 

一瞬、凝固した顔を、楯無は見逃さなかった。

 

一夏は最初、楯無そのものを『黒歴史』と称した。つまりは、彼にとって彼女自身をそう罵るしかないような案件が、二人の間にあったということ。

 

織斑 一夏という人間性から照らし合わせ、その果てに行き着く答えは一つしかない。

あの日、あの時、あの数分間。

 

一人の少女の涙が流れ、彼女が問いを投げ掛け、少年の矜持がぐずぐずに崩れたあの赤焼けの空での一幕が彼にとって―――

 

「あら、さっきまでの勢いはどうしたのかしら一夏く・・・・・・ん?」

 

"S"は打たれ弱い。その定説におよそ外れはなく、一度ペースを崩したら簡単には戻らない。

 

だからか、今の楯無には余裕が生まれつつあった。ここから一夏が持ち返してくることは、彼女であっても至難と言っていい。

 

しかし、だ。唐突に足を避け、俯き加減に懐から取り出した携帯端末を操作し始めた一夏の行動に静かな不安が芽吹く中、不意に手に持った携帯の画面を楯無に突き付ける。 

そこにはどこか見慣れた青い髪と白いエプロンらしき物を着た女性の姿があった。

 

というか、自分だった。

 

「ちょ、おま」

 

見間違いようがなく、それは彼によって散々ネタにされた楯無の"やっちゃったコス"の生写真。

 

いつ撮ったとか、なんで目に黒いモザイクが引いてあるのかとか色々あったが、一番の問題はソレが何かに使用されているということだ。

 

黒とピンクの入り雑じる如何にもな配色の低俗な背景。『HN:たっちゃん』と打ち込まれ、そこから数行に渡るこれまた頭の悪い、むしろ尻の軽い自己紹介文と連絡先と思われる十一桁の数字に、極めつけは最後尾の《登録》という吹き出し内の二文字。

 

どう見ても"その手"のサイトである。

 

「・・・・・・ねぇ、まさかそれ」

 

「してません。 "まだ"」

 

「じゃあ、その見覚えのあるケータイの番号は?」

 

「虚さんのケー番」

 

「こんなことに身内を巻き込まないでよォ?!」

 

泰然自若に余裕と冷静さを併せ持つ楯無ではあったが、今回ばかりは艶のいい肌を青ざめさせ目尻に涙すら浮かべて絶叫を響かせた。

 

"弄り屋"にも一線はある。

 

とかく、やり過ぎないことだ。

 

何事も冗談で済む程度、最後は互いが笑って終わる分水嶺を見極めて相手の"アラ"を笑う話術。

 

何処をどう好意的に見ようと下世話な類である彼らが人の輪を外れずに居られるのは、一重にこの術に長けていることに尽きる。

 

ならば、そんな彼らがその一線を越えたならば? 人間関係なんぞ鼻唄ついでに粉砕することも出来る者が、それの実行に踏み込んだことの意味することは?

 

何てことはない、遊び(悪意)本気(殺意)に変わっただけである。

 

こうなれば詰みだ。後手に回った人間に成す術は存在しない。

 

爆弾のスイッチに指を掛けた相手に、懐柔のための言葉すら封じられたなら素直に諦めるのが怪我も少く済むというものだ。

 

「なぁ、楯無会長。一つ、質問いいっスか」

 

ガックリと項垂れる楯無に一通り満足したのか、携帯端末からタグと履歴を消去するとそう問い掛けた。

 

力なく疲れきった頭を上げる。

 

もうここまで来たなら好きにしろや、などと投げ遣りな思いは存外に重く、その行程はひどく緩慢なもので鬱陶し気。

 

それでもどうにか上がりきった彼女が見たのは自分を包み込む、人型の影そのものであった。

 

 

 

「うちの同居人、アレ、あんたらも絡んでんのか?」

 

 

 

影から言葉が零れ落ちる。

 

月光を背後に従えた暗いソレは瞳だけを妙に光らせながら、小首を傾げるような仕草で声を紡ぎだした。

 

思わず、奥歯を噛み締めてしまう。

 

以前に打ち据えられた腹部が厭に熱を持ち始める錯覚が、楯無を内から苛んだ。

流れ落ちそうになる冷や汗を堪えながら思案する。

 

恐らく、彼女の秘密がバレている。

 

いや、既に判りきった上でこの男は彼女と共に生活していたと考えるのが妥当だろう。それが今夜、何かしらの進展があったのだ。

 

「・・・・・・ええ、彼女のことは、"学園長"から親子共々よく聞かされていたわ」

 

彼の目的がわからない。

 

何故にこんな形式をもって、自分たちのことを訊いてきたのか。

 

想像するのは簡単だ。存外に彼の価値観は簡潔で短絡的。

 

しかし、彼が何に理由と価値を見いだし、それに対しどのような行動をするのかはあまりに未知数でもある。

 

ならばもう、馬鹿正直に事実を語る他ないだろう。

 

学園側に何の思惑があって、こんな大それたことをしているのか理解に大体の予想はつくが、今ここでこの男に口先だけの虚言を聞かせる方がよっぽど恐ろしいというものだ。

 

楯無の言葉を聞いた影は、ゆらりとその輪郭を揺らす。

 

返るものは嘲笑か、激昂か、それとも―――

 

「―――っんだよ、結局ただの茶番かよ」

 

ふっ、と影が霞みように薄れ、呆れ顔の一夏が現れた。

 

瞬きすら忘れた調子で間の抜けた表情をする楯無など眼中から消し、口の端から愚痴ともつかぬ独り言を流しながらズルズルと壁を背に廊下へ座り込み、彼女へ向けてだらしなく両足を投げ出した。

 

「茶番って・・・・・・」

 

「そのまんまさ。主演を含めて見事に馬鹿躍りに付き合わされてんだよ、俺たちは」

 

盛大な溜め息と舌打ちを重ねながら、隠しもしない苛立ちを乗せて楯無の疑問に答えてみせる。

 

もともと品性を上等とは言えない彼だが、今は平時の倍増しに酷く、その様は抜き棄てられた刃よりも荒々しい。

 

だが不思議なことに楯無は、そんな一夏から"怒り"といった感情が見つけられなかった。

 

「魔法使いも王子もガラスの靴すら用意しといて、最初っからお払い箱とか脚本がイカし過ぎてんだろ。あーあ、マジにやってらんねぇー」

 

楯無からして、一夏が至った答えというものが何なのか、十全に理解することはできなかったし、一夏自身も彼女に全てを説明する気はないのだろう。

 

だからかといって、一夏の台詞からおおよそのことを推測するのは楯無には容易なことだ。

 

突然の転校生、その片割れである少女が此処に遣わされた本当の理由。

 

きっとそこにあるのは・・・・・・。

 

「んで、あんたは何かねぇの?」

 

楯無の思考を切るように、一夏が何やら問い掛けてきた。

 

相変わらずに、不機嫌と顰めっ面を隠しもせずに。

 

「何かって、なに?」

 

「だーかーらーよ、俺はあんたに一つ質問しただろ。あんたは何かねぇのかってことだ」

 

それはつまり、自分に対して何か質問はあるか、ということだった。

 

どうして唐突にそんなことを彼は持ち出したのか。もしかすれば楯無から情報を聞き出したのを"借り一つ"と考えてなのか、一夏という人間性を思えば有り得なくない話だ。

 

単純に負けず嫌いというのもあるだろう。

 

楯無に質問をし、それをそのままにしておくことがこの男にとっては我慢ならない、そこまで謂わずとも面白くはないのだ。

 

「訊けば、答えてくれるの?」

 

「答えられる範囲で、お応えいたしましょう」

 

腕を組み半眼で睨みを効かせつつも、一夏は了承の返事を返してきた。この男は人としての品格は低いが、自分の発言に反する行動はしない。

 

それにしても、だ。これは楯無にとってまたとないチャンスに違いない。

 

経歴、人格を通しても不審物の塊のこの男から、一回だけの質疑応答の機会を与えられたのだ。

 

愚問を提するわけにはいかない。

 

だが、何を訊く?

 

限られた権利はただの一回。

 

その一回を、何に使う?

 

「・・・・・・じゃあ、一つだけ」

 

一夏は楯無よりも背が高い。第二次成長期にある男女の差は、明確に二人にも現れている。

 

しかし、今の二人の目線は同じ位置にある。

 

窓の下で影の中にいる一夏と、光の中で彼を見据える楯無。

 

対極であり対立的である対律点、二人の人間がいる場所と世界がそこにはあった。

 

薄暗い闇の下で退けぬ壁を背に合わせながら大胆不敵に笑う彼と、光のを一身に浴びながら自らの影を後ろへ伸ばす彼女。

 

息を深く吸い、吐き出される息吹にある感情は、きっと決意と諦感の入り雑じり。

 

燐と紅く輝く瞳は僅かに天井を見詰めた後に目の前の彼へと、そして彼女はこう言った。

 

 

 

 

 

「あなたは本音のことをどう思ってるの?」

 

 

 

 

 

楯無の発した言葉に、一夏は暫し言葉を失う。

 

そして直ぐにそれが『あの日』の焼き増しであることに気付くと、血管が千切れんばかりに顔を歪めてみせた。

 

しかし、そんな様の彼に臆するどころか淀みなく真っ直ぐに睨み返してくる楯無に、確かに一夏は背後へ押し返されるような圧迫感に押し留められたのだ。

 

事実、一夏の大敗である。

 

自分が出した義理立ての譲歩は、見事に自身の首を括る縄に変貌してしまったのだった。

 

歯を軋ませながら上を向き、現実から目を逸らすように視界を右へ左へと動かしながら、必死に理性と意地をぶつけ合わせて歯噛みする苦渋の百面相は、彼がかつてない程に追い詰められている証拠に違いない。

 

そして。

 

本当に、本当の本気で、嫌々に嫌々を二乗したような屈辱と恥辱に塗れきった顔で、最後の抵抗なのか楯無から視線を逸らして呟いた。

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・考え中」

 

 

 

 

 

 

その答えを、楯無は大仰に頷きながら聞き届けた。

 

ある意味、前回より大した進歩と言えるだろう彼の答えに、微笑を浮かべて胸の内を満足感で満たしていく。

 

今も蛇蝎を踏み潰すが如く、喉奥で唸り声を上げる一夏に対し、楯無は勝利者の笑みを浮かべるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【おまけ】

 

 

「クソッ、むかつくからこの写真拡散してやる」

 

「やめてよぉ!!?」




龍水先生を知ってる方、誤解のないようにいっておきますが作者の趣味ではありません。

ホントですよ?


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第三十八幕 陽と陰と命の使い方

お久しぶりです皆さま。今回の話を見る前に、いくつか注意事項をば

・にわかSF知識によるセシリア魔改造
・ぼくのかんがえたぶるーてぃあーず
・ぐだぐだ展開
・酒の飲み過ぎ 以上です

もうアレです、悪ふざけが過ぎてキシリア様にバキューンバキューンされる勢い

ということで、女の子に変態武器を持たせると興奮する作者です回


 

ISを装着するというのは、濡れた服を着込むような感覚に近い。

 

重く冷たい金属のドレスは展開するとすぐに肌に吸い付く。この感触を濡れた服と例えるのだが、搭乗者との同調は一瞬、実際は不快感を感じる間もなく、鉄と電子部品の塊は血が通ったように動き出す。

 

そんないつもの感想を自身のIS、【甲龍(シェンロン)】を纏いながら鈴音は、こちらに歩み寄る友人を見た。

 

「それで、ソレが例の技術屋たちが寄越した装備なの、セシリア?」

 

アリーナにて非搭乗者用の出入口から歩いてくる金髪の少女、セシリアがいた。

 

いつもと同じ調った足取りに、彼女のイメージカラーと言ってもいい蒼いISスーツに身を包んでいるのだが、どうもいつもの様相と違っている。

 

「"ISスーツ"が新装備なんて変わってるわね」

 

そう言われたセシリアは、苦虫を噛み潰したような顔で今自分を包んでいるソレに目を移すと、首から下を包み込む群青があった。

 

通常、ISスーツとはレオタードに膝上まであるサポーターを履いたようなデザインだ。だが、現在のセシリアが着ているのは露出の一切ない、レーシングスーツのような姿である。

 

しかも、後頭部には蟀谷(こめかみ)までを包むヘッドギア、そこから延びるコードは背骨に沿うように設着された蛇腹状の外骨格に繋がっており、体の随所にはプロテクターのようなものも取り付けられている、およそ既製品とは似ても似つかぬ物々しいデザインだった。

 

「調査と実益を兼ねたものらしいです。それにスーツだけでなく、IS本体にも装備の追加はありますわ」

 

「ふーん。でも、妙にエロい、というかエロカッコいいわね。サイボーグ忍者・・・・・・いや、マブラヴ?」

 

「・・・・・・貴女も彼らと同じようなことを言うのですね」

 

どちらかと言えば感性が男寄りの鈴音にとってセシリアのISスーツは、何処か興味の惹くものがあるのだろう。かつて彼女が嗜んだ作品の影響もあるかもしれない。

 

そんな鈴音と対照的に、セシリアはテンションがだだ下がりである。

 

ビーム兵器ならばいいのだろうと一周回って喧嘩腰な馬鹿げた企画書を送り付け、いざ査察に行けば模造刀を振り回す奴に施設内で駄菓子屋を開いてる者、そして全員がジャパンロボの大ファンであるとかもうなんなのコイツらと枕を濡らす夜を幾度過ごしたことか。

 

そんな頭がナニカされている彼らのことを考えるだけで腹の虫が暴れだし、午後のお茶で胃薬が茶菓子代わりとなってしまう昨今。

 

そして、積み重ねるように現れた"例の彼女"のこともある。

 

「・・・・・・はぁ」

 

セシリア・オルコット、16歳。

 

まだまだ若い彼女だが、その背中は妙に煤けて見えるのだった。

 

「なーに湿気た顔してんのよセシリア。そんなんじゃあ、男だって寄ってこないわよ?」

 

「無駄に仕事を増やす奇人集団とひねくれド畜生が寄ってこなくなるなら―――」

 

不意に、セシリアは続けるべき言葉を遮り、鈴音へ向けていた視線を右側へとずらしていく。鈴音も感じ取ったのか同様に自身の左側にいるであろう者へと全身を翻した。

 

二人が感じた漆黒の感情。

 

それを表面化させたような黒い機体に乗り込み、片目の少女の視線が二人を捕らえて食らいついてきた。

 

「ラウラ、だっけ? ドイツの代表候補の」

 

「ええ、そう・・・・・・ですけど」

 

思わず顔をしかめた。

 

夜の闇に映えるような白い肌と銀の髪は荒れ、紅い瞳に走る充血と疲労を訴えるかのような黒い隈が色濃く浮かんでいる。なのに眼光だけはギラギラと油に浸かったような光を放っているのだ。

 

憐れみの言葉は出しはしない、それでも今のラウラの様はあまりにも悲惨過ぎた。

 

「何か用? 正直言うけど、IS乗らずに部屋で寝てた方がいいんじゃない、あんた?」

 

「うるさい、騒ぐな劣等」

 

鈴音がぶっきらぼうながらにラウラの体調を気遣うような節の言葉を投げ掛けるが、彼女のあまりにも冷えきった返しに開いた口が閉じぬまま瞠目する。

 

そんな鈴音の横でセシリアは、冷静にこちらへの道のりを縮めていくラウラを見据えた。

 

今のラウラは、おそらく正気ではない。

 

一目で判るその不健康な出で立ちから、睡眠どころかまともな食事すら摂っていないことが窺えた。

 

何があったか。軍人でもある彼女が自身の体調を自ら切り崩す

 

もとより気が長い方ではない鈴音が苛立ちを隠しきれなくなってきた時、IS【シュヴァルツェア・レーゲン】の右肩が動き出した。

 

「・・・・・・きえろ」

 

「はぁっ? あんた

 

顕れた巨大な砲身《レールカノン》から、一迅の閃光が迸った。

 

轟音が後を追うように、電磁加速によって亜音速にすら到達する88mmの弾丸は、眩い光となって鈴音の目と聴覚を通りすぎていく。

 

彼女は見た。

 

その弾丸が何処を通り、何を通過点として消していったかを。

 

「あんた・・・・・・、何してッ」

 

 

 

 

「―――いくらなんでも、唐突すぎるのではありませんか?」

 

 

 

 

煮え滾る熱血が鈴の理性を焼き切る寸前、その形のいい耳は確かに彼女の声を聞いた。

 

気品と高貴、厳かでありながら嫋やかな声。

 

二人が見上げる先、セシリアは"新たな翼"を広げたのだ。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

第三世代型IS【青い涙(ブルー・ティアーズ)

 

自律型思考誘導兵器の試験型機体として作られたこの機体は、第三世代型でありながら、性能そのものは第二世代より少し高い程度だ。

 

実験機、試作品でしかないこのISは、後の後継機たちの為の劣勢遺伝子でしかない。

 

つまりは引き立て役、彼女は元より期待などされていない、隅に捨て置かれるただの調度品(アンティーク)でしかなかった。

 

だが、この世が『世界』という轍に嵌まる鉄輪でしかなくとも、そこに生きる者たちの在り方までをも縛ることは出来ない。

 

時には、弾かれたまま空を疾走(はし)り、一面の青を切り裂く一発の弾丸にすら成り上がる。

 

搭乗者(クラダー)、セシリア・オルコット。これよりIS【ブルー・ティアーズ】試作兵装、NO.11、12の実地テストを開始、記録を始めます」

 

音声認識によって始動するプログラムが動きだすと、眼前に浮かび上がる仮想ディスプレイが忙しなく移り変わり、新たな装備の使用許可を表示する。

 

それを横目に確認すると、追従するかのように背中の一対の"蒼い翼"が慣らすように身震いし、大きく広がった。

 

「アレが、追加の装備? 武器じゃない?」

 

下から見上げるだけの鈴音の疑問の先には、セシリアの背後に配置された二基の猛禽類の羽を思わせる非固定浮遊部位(アンロックユニット)が浮いていた。

 

本来、セシリアのISにはBITを拘留しておくためのコネクタが有るのだが、それに代わり換装されたのがこのスラスターだ。機体そのもの機動力の向上と、BITのコネクタを兼ねた装備である。

 

「お前・・・・・・ら、―――まだ」

 

再び動き出したレールカノンの砲口がセシリアを捉え、砲弾を撃ち出す姿勢に入る。

 

充填されるエネルギーを感知した自身の機体の警告音に、セシリアも回避行動に移るため背部のスラスターに意識を向けると―――同時に機体が加速を始めた。

 

「―――グッ、あっんの技術屋(オタク)ども・・・・・・!」

 

セシリアが地を踏み外したように空中へ転げ落ちた。

 

新設のスラスターの性能は、過剰な程に優秀だった。瞬間的加速度、出力も一夏の持つ【白式】にすら追い縋るほどであり、新たな翼は吼え荒ぶ狂狼のごとき唸りをあげながらセシリアを前へと突き飛ばしていく。

 

問題が有ったのは、機体とのバランスが未だに未調整であることと、彼女が着込んでいるISスーツに連動する後頭部の"補助電脳"によってセシリアの思考・動作が過分にISへとトレースされていることだ。

 

搭乗者の生体調査用に使用される機器を流用した彼女の着用するスーツは、搭乗者の筋肉の動きを感知し増幅、より効率的に運用させる為の演算機をもってISの反応速度を脊髄反射並みに底上げさせている。

 

そのあまりの反応速度に、自国の技術屋たちへの悪態もおざなりにし、状態の安定化と最適化のためのプログラムを走らせる。

 

だが、遅い。

 

彼女に非があるわけではない。これは、ただひたすらに間が悪いとしか言えない不遇な巡り合わせであったのだ。

 

セシリアが悪いわけではない。

 

ただ()()にとって、なにもかもが"悪かった"だけだった。

 

「これが、そうなのですか?」

 

開きかけた瞳孔、それでも確かに此方を睨み観ていることを感じさせながら、底に魅せるのは憎悪や悪意とは別種の赤黒い色。

 

不意に首筋を駆け上がる汚泥を被ったような寒気が、眼下にある少女の変化をつぶさにセシリアへ見せつけた。

 

「お前のような者のために、教官は此処にいるのか? こんな、こんなものの為に、こんな、ことの為にかッッ!?」

 

迸る絶叫は、正しく正気ではない。ISに搭載された優秀な集音機が、セシリアの頭蓋へ"それ"を響かせ、喉が裂け散る寸前に黒い砲弾のごとくラウラが射ち上がる。

 

血走った瘴気、白濁する傍情、焼き果てた羨望。

 

やり場を失っていた、鬱屈とし腹の底へと堆積し続けた"あらゆるもの"が矛先を定めて噴き出した。

 

「・・・・・・クソッ」

 

ギジリと鳴る奥歯から、セシリアらしくない汚ならしい悪態を漏らしながら、彼女の背後から《BIT》が浮かび上がりラウラ目掛けて飛び掛かった。

 

大柄な機体にPIC(慣性制御システム)の恩恵に腰部のバーニアによって宙を翔ぶ【シュヴァルツェア・レーゲン】は、見た目に反し鈍重さを感じぬ機動力を持つが、その速度にも限界がある。

 

対してセシリアの《BIT》は補助電脳の影響力によりその動きは以前よりも遥かに機敏かつ鋭敏だ。

しかし正気でなかろうと相手は軍人、士官クラスのIS乗り。

 

思い通りに"動き過ぎる"四騎の動きに、脳漿が沸き立つ寒気を抑えながらに向けられる銃口など意に介さず、殲滅対象(セシリア)へ邁進する。

 

「・・・・・・・いやな、ものですわね」

 

 

 

―――まるで昔に捨てた鏡を見ているようだ

 

 

 

そんなラウラを、消え去りそうな藍の光に濡れて細められた青眼で見詰めながら、セシリアはそう呟いた。

 

どうしても、()()()のだ。

 

求めた先から心を伝って流れ落ちる、欲して止まずに泣き叫び吹き消されてしまった、その感情の名を知らずに拳を握って哭くこともできない彼女に重ね、写し見てしまう。

 

愚かで幼い、そんなかつての―――

 

 

「捕らえたぞッ!!」

 

 

掠れてザラついた声が、感傷の淵にあったセシリアの引きずり出し、同時に形よく括れた腰に毒々しく光る二本の紐、《ワイヤーブレード》が巻き付き勢いよく巻き上げらていく。

 

急速に縮まり詰められる二人の距離。

 

近づく交差点に首を狩り取る為のプラズマの手刀(リストブレード)を据え置き、ラウラは厭に突き進む。

 

もはや疑いようもない"詰み"の構図、彼女にとっての必勝と歪んだ蹂躙劇を始める前口上。

 

噛み合う破壊衝動と理性を打ち潰すような狂喜が、開いた口内から溢れる唾液と共に彼女の思考をより狭く、薄ボヤけた影の裏側へと沈めていく。

 

その先に何があるのかも知らずに。

 

その先が、どんなモノかも分からずに。

 

 

「ヒドい話ですわ」

 

 

二機がかち合う瞬間、ラウラの眼前で()()()()()()

 

「な、なにッ!?」

 

唐突な現状の変化に脳へ流れる血液にガンガンと鼓膜を叩かれ、覚醒する意識が最初に捉えたのは、自分へ向けられる()()()()()()()()()だった。

 

「歯を食いしばってください」

 

呆けるラウラの腹に、二基の間を滑りながら右足を据え付け、"打ち出す"。

 

「ぎぃ・・・・・・はァ!?!!」

 

腹部の一点から弾けた衝撃に吹き飛ばされ、引き伸ばされるワイヤーブレードが否応なく開かされた距離を物語る。

 

発動した絶対防御によるシールドエネルギーの減衰量から、先の一撃がどれだけ馬鹿げたものか推測できる。

 

そして見つけた。

 

青い装甲、踵の裏、ヒールのように伸びる鈍い銀で光る二本の杭。

 

「脚に、パイルバンカーだと・・・・・・!?」

 

「正確には()()()()()()()()()急制動用接地鉄杭(バカどもの狂気の沙汰)ですわ」

 

ISになんてものを、そう呟きながら二本の杭を仕舞い、これが必要になるような装備を造ろうとしている優秀不良人材どもの仕置きを考えてすぐに諦める。どうせ開発費を引いても大して響きやしない。

 

だが、と改めて自身の両脇に浮遊するニ翼に視線を這わせ、"機動"させる。

 

「成る程、こう使うのですね」

 

()()

 

思う通りに、想い描くように、自らの頭の中で敷いた(みち)を動き回る。

 

セシリアを基点に思考通りに動き、その命を忠実に遂行する機双旋翼(ウォーマシン)

 

 

試作12号(プロトナンバー)  半自立型可変式推進機翼(リモート・フレキシブル・スラスター)《メリュジーヌ》。

 

 

本体を中心に円運動するBITの形式的な7機目と8機目である。

 

遠距離一辺倒な【ブルー・ティアーズ】の機動力向上だけでなく、既存の非固定浮遊部位の常識に囚われない自在に可動するためより三次的な動きが可能であり、とっさのときは牽制用の"爆芯"に使うこともできる、ある意味でも優秀といえるこのISならではの装備だ。

 

「く、くだらぬ、小細工をォ!!」

 

吼える。

 

虚を突かれ畏縮した矮躯を激情で焚き付けるために。

 

疲労と空腹、磨り切れる体力に痺れ始めた全身を振り上げた。

 

後退はない。

 

敗走などない。

 

たとえ眼が焼けようと、腕が千切れようと、微塵にその身を散らそうと止まるわけにはいかない。

 

そう思えば思うほどに、深く軋みあげる胸の痛みに気づけぬままに。

 

激情の中でレールカノンが吐き出す閃光がセシリアを穿つ一瞬を、彼女は瞬時加速によって掻い潜る。

 

腹に巻き付く鎖で振られるままに下方へ加速、さながら振り子に乗るように上から下へ抜けのび、続けざまに鎖を()()、そして銃口を向け、―――撃った。

 

「ちぃっ! 次から、継ぎによくもっ!?」

 

向けられた二つの暗い穴。

 

天地逆転された姿勢で真っ直ぐに伸びる腕に納まる、二丁の青い鉄筒。

 

そして甲高い耳障りな異音を奏でなおも青く輝く、武骨と精緻さの矛盾を掛け合わせた曲線的刃(エッジブルー)

 

 

試作11号(プロトナンバー)  試験的対装甲用(アンチアーマー)TCVB(熱伝振動ブレード)搭載型光学拳銃(エネルギーピストル)《ナックラヴィー》。

 

 

近接戦(ドッグファイト)においての脆弱性を穴埋めするための銃剣(ブレードガン)。その構造上、ブレードの熱と振動により銃身そのものが歪む致命的な危険性を孕んだ欠陥品だ。

 

それでもその取り扱い易さ、あらゆる局面で使い回せる汎用性の高さは、充分に完成品といえる作品である。

 

「小細工と、言いましたね。この【ブルー・ティアーズ】を」

 

もはやセシリアは、まともな飛行を放棄した。PICのみでの移動すら儘ならないのが常態化しているこの現状で、まともな時の経験など役に立つ訳もない。

 

ならば、ヘタな試行錯誤など切り捨てるべきだ。

 

ときには頭の悪い、通り一辺倒なヤリ方も必要になる。

 

「事実だろう! 上っ面を張り合わせた、数合わせの三流機が!!」

 

飛び荒ぶ砲弾、役目を果たして地へ転がり落ちる薬莢の空洞音が響く度に、セシリアは更に速く翔ぶ。

 

動く的に銃弾が当たらないのは自明の理。

 

姿勢を変えずに様々な方向に進路を変え続けることのできるメリュジーヌを我武者羅に噴かし回し、ラウラへ向けた銃口は絶え間なく放たれる光弾で彼女を攻め立てた。

 

「・・・・・・まぁ、たしかに【ブルー・ティアーズ】は次世代への踏み台です。衰亡する家を体よく使った広告塔、それが"わたくしたち"です」

 

悲壮、悲哀、卑屈。彼女らしくない後ろ向きな言葉と、影に隠れる青い瞳。

 

()()と、空を仰ぎ見る。

 

いつ以来になるのだろうか、こうして自身より高い場所に心を向けるのは。

 

己よりも深く広がる紺碧の空。

 

かつては、この『青』が大嫌いだった。

 

青とは悲しみの色だ。憂い、絶望、敗北の失敗者が被る冠の色。

 

現実を弁えずに無様なまま抱えあげた夢とよく似た色は、膝を着き頭を垂れた者たちの遥か頭上で、まったく同じ様で夢想したままの姿でその身を横たえている。

 

ゆえに、再び見上げたときに思い知る。

 

この(あお)が、どれだけ広く自由なのか。

 

 

 

 

 

 

「それでも今は、この『(ブルー・ティアーズ)』がわたくしの『矜持(プライド)』です」

 

 

 

 

 

爛と燃え上がる焔が、青い瞳の奥、心臓の底から天へ立ち上るような熱で"轟"と音を立ててセシリアの背を熱く押し飛ばす。

 

想うのはかつての自分。

 

振り向けばいつもそこにいる。泣き晴らして座り込む、小さなあの頃から今は少しでも前へ歩けているだろうか。

 

自戒と自嘲の繰り返しは終わらない。

 

生きるためにISに乗なり、当主と国の代表候補としての務めを果たしながら、一癖二癖もあるような人物に囲まれ振り回されてながらもいつからかは笑い合い、今はドイツの少女に向けて斬りかかっている。

 

まったく、碌なもんじゃない。

 

そう口の端で笑い飛ばしながら、握り込む銃把(グリップ)からブレードを起動、絶対距離(キルゾーン)の先にいる少女へ振りかぶり―――

 

 

 

 

 

 

 

 

「馬 鹿 々 し い」

 

 

 

 

 

 

 

 

「なっ、これは・・・!?」

 

ラウラへ向けて走らせた剣穿が、到達する寸前で()()()()

 

止められたというものでなく、"100"有ったものを"0"に一瞬で差し換えられたかのような虚無感。

 

気付けば全身を虫針で留められた標本のごとく、セシリアは中空へと縫い付けられた。

 

「―――気が遠くなりそうだ。貴様は、無駄なものが多すぎる」

 

爛れて潰れた人間のような声が、セシリアの首の産毛を逆立てた。

 

重なる視線。

 

覗き込み、覗き見られるひび割れて赤く膿む眼光がセシリアの奥を刺し貫く。

 

矜持(プライド)、プライドだと。半端な成り上がりの英国人(ライミー)が、謳うなよ」

 

新たに射出されたワイヤーブレードがセシリアの首に絡み、気道を僅かに狭める程度に締め上げる。

 

肺が酸素を求めて動くも吸入されるものの量は細く、それ故に意識を途絶えさせることも出来ない苦しさが続く。

 

「友愛、信頼、お前たちはデコボコだ。だから、あの方の元にいながらその程度だ、その程度で居られる、そのまま終わっていける」

 

黒い趾がセシリアの頭を鷲掴み爪を立てる。

 

捻りあげ、その細い首から先を手折(たお)るように持ち上げていく。

 

そして再び重なる二つの視線。

 

握り潰さんとする指の狭間から垣間見るサファイアの先で、見下ろし見下げて賎しめる霞んだルベライトが声を発した。

 

「ただ()()だけが在ればいい。その為の兵士ですらいられないなら、ここで朽ち果てろ」

 

ISのパワーアシストをフルに使った握力が人の頭を掴めば、どうなるかなど分からないわけがない。

 

今もガリガリと削られていくエネルギーのが、その現状を脅迫的に刻み付けていく。同時に、彼女が如何に本気であるかも。

 

だというのに―――

 

「―――それが、貴女ですか」

 

歪まず、怯まぬ静かな声。

 

身動ぎすらできぬ中、明確な害意と悪意に取り憑かれた黒金に包まれながらも、その声は深層水のように澄み渡っていた。

 

「ちっ、減らず口を叩けるだけの容易が貴様にあるとでも・・・?」

 

「減らず口というより、独り言のようなものですわ。それと、()()()()()()()()()

 

明らかな含みの混ざったセシリアの台詞に、ラウラがその真意に気づくよりも速く、【赤銅】が小さな背を伐り裂いた。

 

「がっ、あ?!」

 

走る衝撃に、目を白黒させるラウラに、同時に不可視の網が破け拘束されていたセシリアが放り出される。

 

「・・・これ、あたしが出てきて良かったの?」

 

【シュバルツェア・レーゲン】の右腕を掴み、日本の柔道でいう"巴投げ"の要領で後方へ投げ飛ばし、入れ換わりに首のワイヤーを解きながら新たに駆けつけた者もとに飛び込む。

 

「むしろ、遅いくらいですわ鈴さん。もう少しで頭が火を通したトマトより酷いことに成るところでした」

 

「うげっ、グロいこと言わないでよ」

 

両手に下げる大振りの青龍刀『双天牙月』、赤銅色のIS【甲龍】を纏った、凰 鈴音がセシリアの冗句に呆れ半分嫌悪感半分の顔で舌を出した。

 

ISコアのネットワークを利用した秘匿通信(プライベートチャンネル)によって静観をセシリアによって強いられていた鈴音だったが、ここに来て響いた救難信号に、少なからずの"使われている感"に眉を寄せながら動きだし今に至る。

 

「それで、結局どういうわけなのよ。あたしたちは何に巻き込まれたわけ?」

 

「簡潔には八つ当たり、自己顕示欲といったところでしょうが」

 

「どう見てもそれだけなわけないでしょ、"あれ"。見てるこっちが泣きそうになるわよ!?」

 

それだけを言い切ると、鈴音はラウラへと飛びかかる。

 

既に体勢を整え憤怒の熱に顔を歪めるラウラは、そんな彼女をワイヤーブレードをもって迎え討つ。

 

ぶつかり合う【漆黒】と【赤銅】の二色。

 

宙空を這い荒ぶ鎖を鈴音の衝撃砲が撃ち払い、岩盤のごとき威容を放つ青龍刀の斬激を潜り手刀の光が赤い装甲へ新たな意匠を施す。

 

エネルギーも残り少なく、慣れぬ動きに熱をもった血液を冷ます必要もあったセシリアは、鈴音に任せて戦線から一時退避する。

 

激しく絡み合う二機から離れ、違和感の残る喉で軽く咳き込みながら、セシリアは使い慣れたライフルを呼び出し、そのスコープからラウラを"サイト"の中から逃がさぬよう細かに照準を動かす。

 

先の戦闘でラウラの使用した"動きを止める特殊兵器"。それはおそらく、自身のBITと同様に多大な集中力を費やすものだと当たりを付けたセシリアは、ライフルで狙いを付け続けることで注意力を分散させ兵器の使用を妨害する、謂わば"嫌がらせ"に徹することにしたようだ。

 

「"泣きそう"。ええ、貴女がそう言うなら間違いないのでしょう、鈴さん」

 

キツく吊り上げた翡翠の瞳で独楽のように大曲刀を振り回す少女を見やる。

 

きっと彼女は考えるより早く、その心で感じたのだろう。

 

人を思い、友を愛す。凰 鈴音という少女は、善くも悪くも"心"で動くことができる人間だ。敵意を向ける相手にさえ、何の苦もなく共鳴することができる感受性の高さは、"人の痛みに寄り添う"ことのできる彼女にとっての何よりもの美徳に違いない。

 

だからこそ、彼女が()()()()()()()()()、きっとそうなのだ。

 

ラウラ・ボーデヴィッヒの本質にはあるのは―――

 

 

 

 

「何をしているラウラ!?」

 

 

 

 

頭を横殴りされるような突き抜ける第三者の声に、演習場の三人の動きが一斉に止まる。

セシリアのセンサーが拾い上げたサブディスプレイに映されたのは、息を切らし黒いスーツを着こなす女性、織斑 千冬だった。

 

「トーナメント前の自主練習、のようなもの織斑先生。少々、熱が入りすぎてはいますが」

 

そんな千冬にセシリアがスピーカーを使って答えるが、彼女の視線がセシリアに向くことはない。

 

その目線を辿って行くと、やはりと言うべきか、行き着いたのは自分たちに凶行を行った少女ただ一人。

 

日本刀か狼のような、人によって畏怖を覚えるだろう彼女の鋭い目付き。

 

だがそれも、今このときだけは鳴りを潜め、”いつか"自身に見せたような濃い影の中にあるような色をしている。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

数瞬、ラウラはそんな千冬の姿を睨み返していたが、直ぐに踵を返し場外へと抜けていった。

 

何かを振り切るように、逃げ去るラウラの姿は、先までの獰猛さも凶気もただの虚勢だったかのように小さく、風に吹き消されそうなほど脆く見えた。

 

「鈴さん、とりあえず織斑先生の方へ」

 

「ん、あっち(ラウラ)はどうする?」

 

「わたくしの方で。とりあえず、それとなく、ですが。一応、クラス代表ですので」

 

「・・・・・・そう。困ったら言ってよ?」

 

額に汗を浮かべた鈴音に千冬へのフォローを頼み、セシリアは飛び去っていったもう一方へ意識を向ける。

 

「ゲーテ曰く ―――才能は孤独のうちに育ち、人格は社会の荒波の中で最適化される、でしたか」

 

かつての恩師と、その生徒。

 

一度は離ればなれになった二人が、今こうして再び同じ学舎の下にいるというのに、その距離はかつてよりも大きく開き、渓谷となって壁を築いている。

 

行き違い、すれ違い。

 

それとも、もっと根本的な何かか。

 

「もし本当にそうなら、世界はどれだけ残酷なのでしょうか」

 

手摺に身を乗せ、消えた少女の背中をなおも見詰めて悲壮に濡らす千冬に声を投げ掛けることもなく、セシリアはただ胸の内で燻る不安に飲み込むように、大きく息を噛みしめた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

―――■■■■■ ■■■―――

 

 

 

 

グラグラと揺れて沸き立つ地面。

 

世界が回り、色は混ざり、薄く白い幕を貼った視界が自分の限界を告げている。

 

アリーナから戻り、転げ落ちながらISを解除したラウラは、覚束無い足取りでコンクリートの床を進んでいく。

 

乱れた頭には砂嵐のようなノイズと裏返りそうになる眼球のおかげで、今にも臓物が口から溢れ出しそうになる。

 

何もかも上手くいかない。

 

ただ苛立ちのみが募っていく。

 

 

 

 

 

―――■■t■n ■■■―――

 

 

 

 

 

吐き気がする。

 

体調管理を怠った皺寄せが、自身の何もかもを苛んでいる。

 

 

 

 

 

―――■■t■n ■■e―――

 

 

 

 

 

脳を串か何かで突かれる、ジグジグと穴が開いていく感触。

 

思考が綻び、理性が溶けて、その下からナニカが覆い被さる、そんな感覚。

 

 

 

 

 

―――T■t■n ■ie―――

 

 

 

 

何かが消える、何かが欠ける、何かが陰る。

 

何かが潰れる、何かが折れる、何かが落ちる。

 

ナニカが離れた、ナニカが呑まれた、ナニカがシンデイク。

 

 

 

 

 

―――Tot■n ■ie―――

 

 

 

 

ナニ訶がキEタ、ナニカがカ桁、ナニカ画架ゲル。

 

ナニk亜がツブれタ、ナ仁かガオレタ、ナニカがオ知多。

 

ナニカハナレタ、ナニカNo.マレタ、ナ仁kA賀ガシン妥。

 

 

ミエナイ先de、誰花gアsok尾ニイru

 

 

 

 

 

―――Tot■n ・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ボーデヴィッヒ、少しいいか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

反射的に打ち出した拳が空を切り、代わりに顎に小さな痛みが走る。

 

視界の端で見知らぬ髪の長い女がいたが、傾ぐ体に逆らうことなく、意識が底についた。

 




イギリスオリ武器説明会
 
・新作のスーツ
 個人的にはエロ0の対Gスーツが燃える

・脚の杭
 マジンカイザーあたりに必要なブッパしたときに自分が吹き飛ばないようにするやつ。

・シナンジュ的な羽
 ただでさえ周りに比べて固定砲台なのに別パッケージで高機動やるくらいなら初めから動けるようにしろやゴラぁ!?と思ったのは私だけか? 名前の意味は空飛ぶ蛇女、ウィッチャーのセイレーンみたいなやつ

・FFではないブレードガン
 ロマン。替え刃も用意できたらなお良い。名前の意味はラヴクラフト製ケンタウロス。個人的イメージはパンタローネ

数ヶ月の時間をかけたが思うようにいかない。次はもう少し早く出したいッス

ではまた


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