ウマ娘ひとくち怪文書集 (物書き。)
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マンハッタンカフェって力の差実感するともっと重くなると思うんだけどお前どう?

朝ぼらけ、と言うには外は暖まっていない。

夏といえど、太陽が地平線からはみ出た程度では、少し肌寒い。

 

冷え込んだ外気を部屋に入れるように、窓を開け、外を見ながらボーッとコーヒーの匂いを纏う彼女を待つ。

 

コンコン、とトレーナー室の扉がノックされる。

 

彼女らしい、控えめなノックだった。

 

軽く返事を返すと、カチャリ、と音を立てて扉が開かれた。

 

「…おはようございます、トレーナーさん。」

 

「おはよう、カフェ。」

 

まだ少し眠いのか、虚ろな金色の瞳を手の甲で拭うようにして、カフェは現れた。

 

「眠いなら、まだ寝てていいんだぞ。」

 

「…いえ、この時間が…私は好きですから。」

 

毎日彼女は日が昇る頃にコーヒーを淹れにくる。

俺も時間の流れが緩慢になるような、静かな時間が好きだ。

 

彼女が楽しそうにコーヒーを淹れる背中と、こぽぽ、とお湯が注がれる音。

 

窓から入ってきた風が、カーテンを揺らし、コーヒーの匂いを運んだ。

 

---

 

数分後、コトリ、とカップとソーサーが目の前に置かれた。

 

「いつも悪いな。」

 

「先程言った通り…私は、この時間が好きなので…」

 

彼女の耳が、ピクリとこちらを向いた。

 

表情が余り変わらない、と言われる彼女だが、それを補うかのように耳やしっぽは感情豊かだ。

 

見分けが付くのはお前くらいだ、と同僚に呆れられたことはあるが、そんなこと無いと俺は思う。

 

一口。

 

いつもは美味しい、と一言で終わる会話。

 

「…いつもより酸味が強いな…浅煎りか?」

 

「よく、分かりましたね…。その通りです…今日はライトのキリマンジャロで、いつもはフルシティやフレンチ辺りの苦味が…ぁ…」

 

「続けて?」

 

「…その……。」

 

なんでもないです…と下を向いてしまうカフェ。

 

「カフェの喋ってる所、もっと見たいのにな…」

 

わざとらしく視線をチラチラと送ってみるも、いつもと変わらない…いや、少し早いペースでちびちびとコーヒーを啜っているだけだった。

 

いつものように、静寂が部屋を乗っ取る。

 

---

 

暫くして、コーヒーが残り半分になった頃。

 

さっきのことをまだ気にしてるのか、彼女はまだチラチラとこちらの様子を伺っているようだった。

 

「…どうした、カフェ。」

 

「いえ…」

 

「何か言いたいなら、遠慮なく言ってくれ。」

 

「その、迷惑じゃないか…と思いまして。」

 

普段表情に乏しい彼女にしては珍しく不安を顔に滲ませた。

 

顔を伏せるカフェの声は、いつもより震えていたと思う。

 

「そんなことはないが…どうした?」

 

「その…私ってよく気味悪がられるので…『お友達』のこととか…。それで、周りの生徒たちからあなたまで…。」

 

コーヒーを口に含み、嚥下する。

いつも質が変わらない美味しさに思わずため息が零れる。すると彼女はびくりと身体を震わせた。

 

「俺は…カフェと過ごす時間が好きだし、迷惑だなんて思わない。」

 

耳が動く。彼女の整った顔がこちらを向く。やっぱりわかりやすい娘だ、とつくづく思う。

 

俺はぐいっ、と残ったコーヒーを呷り、続ける。

 

「確かに最初は理解できなかった。でも今は同僚に呆れられるくらいカフェのことを理解してるつもりだよ。それに…」

 

「…それに?」

 

次の言葉を促すように、彼女は残りのコーヒーを口に含んだ。

 

「カフェがいる前から、気味悪がられてたしな。」

 

自虐的に笑うと、カフェはカチャ、と少し強めにソーサーにカップを置いた。

 

カップ内の揺れた水面が、俯いた彼女の顔を反射していた。

 

控えめに椅子が引きずられる音と共に、彼女は立ち上がる。

 

「…カフェ?」

 

言葉を投げかけるも、反応せずに近付いてくる。

 

「…そんな…そんなこと、言わないでください。」

 

「お、おい…どうしたんだよ。」

 

俺も立ち上がり、両腕を突き出して「落ち着け」と彼女に伝える。

 

それを気にした様子も見せずに、彼女の双眸は俺の瞳を捉えている。

ずんずんと距離が縮まる。それに気圧されて、少しずつ後退してしまった。

 

ソファの感触が膝裏に当たったところで、カフェは歩みを止めた。

 

「か、カフェ…?」

 

彼女は応えない。

ガシッ、と俺の両手首を掴むと、そのままソファの方向へ押してきた。

 

抵抗したら怪我をさせてしまう恐れがある。大人しく彼女に従うように力を少し抜いた。

 

すると簡単に押し倒されてしまい、ぼすっとソファは俺を受け止めた。

 

彼女は俺に跨り、その細腕は未だに俺の両手首を掴んでいる。

 

「…あは。」

 

彼女にしては甲高い笑い声が盛れる。

 

「ほんとに…どうしたんだ?」

 

「あなたは…あなたは、分かっていません。」

 

「カフェのことなら分かっているつもりだが…。」

 

どこか普段より生気の抜けた金色の瞳が、俺を映し出している。

 

「…全然わかっていません。私が、どれだけあなたを想っているのか。」

 

「それはただの…」

 

「勘違いじゃありません。一時の気の迷いでも、あなたに対する感謝の意の取り違いでもありません。」

 

「なんで…」

 

「あなたが言いそうなことくらい分かりますよ。」

 

虚ろな双眸が、俺の心を見透かしている。

感情で塗りつぶされた言葉が、退路を絶っている。

 

「そして…私が想っているあなたは…卑下するような人ではありません。」

 

「あなたは、私の全てです。」

 

「私、あのままトレーナーが決まらない、そう思っていました。」

 

彼女は徐々に言葉を紡いでいく。珍しく、流暢に。

 

「『お友達』なんて、そんなもの気にかけてる暇があるなら練習しろ、と。そう言われ、バ鹿にされてきました。」

 

「でも、あなたは…あなたは違いました。」

 

「そんな…」

 

「確かに…そんな単純なことで、と。そう…思うかもしれません。」

 

そんなの勘違いだ、と吐き捨てるのは簡単だ。

だけど…今の彼女は触れたら壊れてしまいそうで、表情は今にも崩れてしまいそうで…

 

「それでも…あなたは、私の全てなんです。」

 

「カフェ…」

 

「ええ、ええ。言いたいことは沢山あるでしょう…。」

 

「その前に、私からもうひとつ。」

 

掛かっている。傍から見てすぐ分かる程に。

彼女の瞳が淀み、頬が紅潮する。歪な三日月の様な口から漏れた荒いコーヒーの匂いが、俺の頬を湿らせた。

 

 

 

「あなたの動きを封じるのが…こんなに簡単だとは…思いもしませんでした。」

 

 

 

乾いた笑いが漏れたのは、俺からか彼女からか。

 

少なくとも彼女のしっぽは、上を向いていた。




馬のしっぽが上を向く時は「高揚」らしいです。

8/27:描写の追加・修正


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