数多の文字とその定義。 (あばおじ)
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妥協点の作り方

なんか描いてみた初めてですー


シリアスが大嫌いだ。

重い話しが嫌いだ。飯が不味くなるから。

重い空気が嫌いだ。息がしづらく話しづらいから。

悲いことがあって泣いたりする事が嫌いだ。だってつらいから。

誰かが泣くのも嫌いだ。見てて気持ちのいいものではないから。

だから逃げ続ける。

泣いてる声が聞こえない方へ

困ってる人がいない方へ

誰とも深く関わらずに

楽しい話題にくだらない遊戯に、

最もクソゲーである人生のプレイヤーなのだか、楽して何が悪い。

そんなボクが初めてシリアスに浸かった話。

 

 

 

 

 

 

8月1日

ブーブーと携帯のアラームに朝を伝えられ、イラつきながら俺、佐藤和義は布団から起こす。しっかりと土日休みで犯した夜更かしという犯罪の刑罰としてしっかりと寝不足である。

眠気とそれが原因で生まれる苛立ちを少しでも抑える為に、アイスコーヒーとタバコの準備を行い換気扇の下に向かう。到着後直ぐに100円ライターでタバコに火を灯し寝起きの声を上げる。

「フー・・アカマル最強」

煙を大量に吐き出しながら独り言をぼやく。これがないと朝が始まらない、大人のラジオ体操だ。問題は子供用と違い全く健康に悪いことだ。毎年健康診断で禁煙勧められている。人生クソゲーなのだからこれぐらい許して欲しいものだ。税金いくら払っていると??。

そんなことを考えている間に根本まで吸い終わり外向きのジャージに着替えてたりと朝の準備を行う。

ヤニとコーヒーでこれだけテキパキ動けるのだ。

「むしろ薬なのではないか?」

医療機関に対する小さい反抗を口にしながら家を出て会社に向かう。会社までは電車で15分である為ギリギリまで睡眠をとる。だって仕事つまんないだもん仕方ない。

数十円しか入っていないICカードをタッチし電車に乗り込みむ、電車の中は座りは出来ないがそこまで人はいない状態。優雅にスマホがいじれそうだ。

早速配信サイトをチェックする。あなたのおすすめにVtuberの面白そうな切り抜きが数多あり迷ってしまう。

数年前から爆発的に増えたVtuber。2Dや3Dのキャラを使い配信する方達。好きなゲームの動画をみている内におすすめにVtuber関連が現れ、それ以降は虜である。一切コメント・ギフト等はしてないが。無料コンテンツを無料で使って何が悪い。その中で暗い雰囲気のものが目に入った。

「夢咲花、体調不良により配信中断??」

夢咲花、その名の通り可憐な花々が衣装に振り付けられており、セミロングのピンク髪がよく似合うキャラのVtuberである。自分と同じゲームをよく配信しており、ちらちら切り抜きをみた感想は元気で大きな声だが不思議と不快感を与えないゲームの上手い少女、そんな感じ。

へーそんなことあったのかー程度に流し別の明るく面白そうな切り抜きを見る。朝からナイーブなものを見る気はない。ただでさえ朝起きて仕事に行くのがナイーブなのだからこれ以上のマイナス思考は困る。

 

その後は、いつも通り車を整備しほどほどにさぼり、昼寝をし、面倒くさい仕事をおやつの時間、までに終わらせ優雅にタバコとおやつ楽しみ、後輩に雑用を投げ捨て、先輩達と一緒に上司の機嫌を伺い、定時退社の許可を頂く。社会人4年目にてようやく年をとると月日が経つのが早いという文字を理解する。これが一年間の半分以上の続けるのだから当たり前だ。

「あがりまーす!!」

この一言に関しては会社で一番声がでかい自信がある。そしておはようございます。が誰よりも小さい自信もある。これで窓際じゃないあたり結局評価とは仕事の出来次第なのである。優秀でも天才でもないけどね。

先輩達と早着替え勝負をし、帰路につき寄り道せずに帰る。好きなタバコ・飲料は箱買いずみなのだよ。

そして飯家事は実家暮らしの特権でオートシステム採用済み。少し金を稼いでくる自宅警備員の完成である。最高。

「お帰りお坊ちゃまくーん」

家の扉をあけると母が声で出迎えてくれる。家で何もしていないことからお坊ちゃま扱いである。悪くない。

「たでーまー。今日の飯はなんぞや?母上ー」

「カレーだよー、もうご飯食べる?」

「食べます」

家帰っただけなのにカレー出てくるとか神かよ。一人暮らしとか無理ゲーじゃね?

「弁当箱と洗濯物だけ先だしてねー」

流石母上、面倒ごとは先に終わらせるらしい、親子を感じる。

とっとと弁当箱と洗濯物を提出しその間に温められた飯を自室に運びこむ。PCを起動し配信サイトを開き、部屋用の電子タバコの電源をつける。それを吸いながら今日の飯を食べながらみる動画を探す。

「ん?夢咲花重大なお知らせ??」

昨日の体調不良の件だろうか、今日配信するということは大したことではなかったのだろう。予想はゲームのやりすぎで寝不足。100円賭けれるな。

あと5分ほどで始まるようで丁度いいと感じ、今日の配信飯に決定。

カレーを食べて待っていると配信は始まった。開始直後数多くの[大丈夫?]等の体調不良に関する心配のコメントが流れ出した。ちらほらと[オープニングがない]などのコメントもあり、いつもと違うのかなーと他人事感覚が眺める。まぁ今日は野次馬やしなー。と考えていたら、とても大きな音がヘッドホン越し響いた。

                 「おっっっはなー!!!!!」

 

え~こんなビッグボイスだったっけー??耳痛いよー気合い入りすぎよー。絶対に変な声でたわ恥ずかしい。

コメントを見るとやはりいつもより相当大きな声だったらしい非難殺到である。そそくさと音量調整をし耳を傾ける  

「ごめんなさい、いろいろあって間違えちゃった、ははは」

そう言って横を見る彼女。恐らくコメントをみているのであろう、つられて俺もコメントを見る。Vtuberは動くからなにをしているか分かりやすい。

現在多く流れているのは体調不良の件についてらしい。まぁ気になるわなぁ。

 

                  「わたし、半年後に死ぬの」

 

画面越しの二次元絵の彼女はたいして表情も変えずに声だけ悲しそうに重苦しく言葉を発した。

そりゃそうだ彼女はVtuberなのだから。2Dモデルにそこまで表情を作る能力は無い、だからこそ…

 

              「これからわたし、どうやって生きてこう?」

 

途轍もないギャップだ、声と映像がまったくマッチしてない、いつも好きだったキャラ絵に酷く虫唾が走る

 

             「何して?生きればいい?諦めて死んだほうがいい?」

 

止まらない、彼女はVtuberとして顔を捨て去り、絶望を吐き続けていく。恐らくだが彼女は誰かに…

 

                 「誰か助けてくれない?」

 

そう言って通話アプリのIDを貼り付けた。割と配信者としてリスキーである行動をとるあたり本当に追い込まれているようだ。

 

             「あたしに!!希望をください!!」

 

一人称が変わるほどの激情、もうそこには限界を迎えた一人の少女しかいなかった。

五分がたっただろうか、俺は何も聞かなかったことにしてPCの電源を落とそうとした、今なら誰かの泣き声を聞かなくて済むから、あした仕事になんの気負いもせずに行けるから。

 

              「誰も・・いないの?・・・・」

 

残念ながら違う、配信サイトをの同時接続数を確認すると1000人前後の人間がこの配信を確認できる。

誰も通話を掛けていない現実がそこに鎮座している。

 

 「いつもっ!!あたしのこと好きっていってたじゃんっ!!!くれたコメントはギフトは!!」

 

      「全部噓だったのかっ!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

音割れするレベルの絶叫、デシベルで言えばただうるさいだけなのに、逃げられない。ヘッドホンを投げれば、プラウザバックすれば関わらずにいれるのに何故か逃げることができない。

ああ・・・これが追い込まれた人間の言葉か。

だがその重い言葉を受けてもこの場にいる1000人は動かない、いや動けない。なぜなら助ける方法など誰も持ち合わせていないのだから。

 

   「そっか・・・・・」

 

追い込まれ者から諦めた者の声が俺の耳を占領した。

 

   「あたしのこれまでの人生って間違いだったのかな・・・・・」

 

 

この言葉を聞いた時、何故か通話を掛けていた。。

ボクはなにをしていんだ。らしくもない感情的な行動に後悔が押し寄せる。何故今誰も通話を掛けていないのか、俺なら解るだろ!?

誰も助けられないのだ、既に詰んでる状態なのだから助かる訳がない、救える訳がない。現実にはヒーローも悪役もいないのだから。

無情にも、通話コールがなり続ける。軽やかな音楽に反して心臓が早い速度で鼓動する。そして何も出来ないまま、その時が訪れた。

「こんにちは。あたしを助けてくれるの?」

希望と諦観が混じった声だった。自分が助からない事を理解しながら、どこかで奇跡を願っている、そんな声。俺は今から奇跡を取り上げる事しかできない。

もうあきらめよう、ポイントオブノーリターンだここからは、現実を組み込んだ妥協点を作るしかないのだから。 

「こんにちは、まずなんで半年後亡くなってしまうのか聞いてもいいですか?」

いざ喋りだすと、思ったより冷静に口から音が出た。

「今まで誰もなった事のない心臓病らしいです。既存の治療法では効果がないと伝えられました」

思ったより冷静な声音と内容が帰ってきた。これは有り難い、情報が集めやすい。

「どこのお医者様や病院に診てもらったかお聞きしても?」

「最初は小さい病院でその後○○病院で診断を受けました。」

病院に全くいかない俺でも知っている大きな病院だ。やはり寿命の方はどうにもならないという情報を提示された。

泣きそうだ。だか彼女はもう泣いているのに自分が泣き声を上げる訳にいかない。冷静に冷徹に自分らしくない事を通話が終わるまで貫き通さないといけない。タバコに火をつけ深呼吸するように吐き出す。声をだせ俺。

「ぶっちゃけます、あなたが肉体的に助かることはほぼ100ありえないです。人を助けることに人生かけてるいい意味でイカれてるお医者様が単品ではなく複数人集まって出した答えだからです。絶対はないですがほぼほぼ無い可能性です。」

「・・・やっぱり?」

声音で解る。希望を絶やしてしまった事が・・・

ここで終れば本当にただその結果のみが残る。だからこそ次の言葉を紡ぐ。

「だから妥協点を作ります」

「妥協点?」

「そうです。取り敢えず理論値を作ります。死ぬまでにやりたいこと全部吐き出してください。全部。これがスタートラインです。」

ここを吐き出してくれなきゃ何も始まらない。煽り言葉を考えながら祈る。

「・・・いっぱいあるよ」

小さい声聞こえた。

「北海道の美味しい物を食べたい。箱根の温泉に入りたい。千葉の遊園地に行きたい。」

「長野のお蕎麦もいいな~四国のうどんも!!

Vtuberとしてもっと有名になりたい・世界一周したい・大学生になって勉強したい・・成人式で晴れ着を着たいっ、素敵な人と結婚したいっ!!!、子供に囲まれたいっ!!一人で死にたくないっ!!!!!」

「あたしは幸せになって死にたいっ!!!!!!!」

ダムが決壊した様に悲痛な言葉が溢れ出す。感情に流されないよう所詮他人事だと自分に言い聞かせて彼女のデータを蓄える。

「これから人生80年賭けれたら可能で大体可能だと思います。でもあなたが半年後死にます。」

「しってる「だから過程で満足しましょう。」

被せる様に声を出した。

「あなたが死ぬという結果は変わりませんだから、その過程で出来ることをしましょう。」

「ボクはあなたを助けられません、でも半年間で出来ることは提示出来ます。死ぬまでに何が可能で不可能か客観に判断出来ます。なぜなら赤の他人だから。

半年あれば北海道の美味しい物も食べれる。箱根の温泉も入れる。千葉の遊園地だって余裕で行ける。蕎麦もうどんもっ!!」

「100点満点優勝諦めて、60点の妥協点きっちり獲り行きませんか?」

我ながら意味のわからない事をしている。名前の知らないぽっと出の人間にとやかく言われて、挙句の果てに何も解決策を出してないのだから。こんな男の言葉に彼女はなにを思うのだろう。

「…あたし結構可愛いけど結婚は無理かな?」

「いや、顔も性格も知らんのに判断できねえっす」

やべ、急に顔自慢されて素で返した。

「あはっ!素でいいよどうせ直ぐにおっ死ぬし。」

話し始めて初めて笑った。内容は笑えないがこれっぽちも。

「なんで、つらいとねとかきっと何とかなる、大丈夫だよ的な優しい言葉使わなったの?」

唐突に疑問を投げられた。なんか悪い精神状態じゃなさそうな感じなので脳死ストレートで答える。

「君の事なんもしらんから、俺は別に余命半年後じゃねーし、君の気持ちを理解できる要素がない。

そんな耳障りのいい言葉なげてもなんの結果も変わらない。それは上からの目線の憐憫だぜ?。同情すら出来る立場にいないからさ。」

「大丈夫、きっと何とかなるは俺が使っても言葉にはならんよ。それは君と長い年月を重ねた人間しか言葉にならんよ。俺が使っても文字を読んでるだけ。」

突然知らん奴に解ってる風なこと言われも、多分言われた側は納得しないと思う。

「たしかに・・。あたしの事何が解るのっ!って言いたくなるもん。」

「その通り。だからキツイ言葉と出来る事を伝えるしかなかった。」

君が冷静な人で良かった。心が強い人で良かった。現実逃避しなくて助かった。

「うん・・決めたっ!」

言葉の節々に力強さを感じる。

「あたし足掻くねっ!死ぬ前にいっぱい遊んでやるっ!そしてワンちゃん花嫁!!」

本当に強いなこの人。多分何も言わなくても勝手に助かりそうだな精神のみだけど。

「んじゃぁ、その勢いでナンパして来てください。顔に自信があるんでしょう?旅行プランをいくつか提示しますんで。一緒に旅する旦那候補探してください。」

「え?先生じゃないの?」

「ん?」

こいつな~に言ってんだ?先生ってだれよ、二人しかいないから多分俺やけど

「いやいかんよ、仕事あるし。」

「はぁ!??」

結構怒ってる声が帰ってきた。えっこわ。年下女性怖っ

「ここまで焚き付けてじゃあバイバイは無責任すぎない?最後まで付き合ってよ!何で電話かけたのっ!?」

「それはボクも気になる何で電話かけたか自分でも解らない・・・」

何でこんなに彼女に関わっているのだろうか。

「関わりたくない理由ならしっかりと話せる。

ボクは泣きたくないんだ。

少し話しただけども解る、君はとてもいい人で、強い人だ。だから深く関わると君に必ず愛着が湧く。

悲しい結果が待ち受けてるのに立ち向えるほど俺は強くない。」

「うるさいっ!!いいかつきあえっ!!先生がいいのっ!!」

まだくるかこの少女、最後の手段だくらえ

ウェブカメラをオンにして自分を晒す。決してイケメンとは言えない微妙な顔立ちに、やや脂の乗った体

「これがボクだぜ?」

こんなザ・陰キャが最期に深く付き合う人間になるのはいやだろ?

「そんなブサイクでもないじゃん。良い服きればいけるよ。言い訳は終わり??」

何でもありかよ。何でボクにこれ程執着するんだ?

「じゃああたしのターンだね。あたし凄い感謝してるんだよ?誰も来てくれなくて寂しくて苦しかった時にきた通話音これだけで嬉しかった。

立ち止まって動けないあたしに妥協案っていう道標をくれた。

誰もが見て見ぬふりして当たり前の状況なのに声を掛けてくれた優しいさと、

出来る事を見つけて提示できる冷静なあなただからいいんだよ。

今あるお金とかあげれる物は全部あげるから、最期まで付き合ってよ先生。」

とんでもないエゴだ。力強く綺麗で思わず頷きたくなる、次の言葉が出ない黙り込んでしまう。

「うっうっ・・・ダメ?」

数分たつと泣き声が耳に届く、やめろそんな声きかせるな。どうやって泣き止ませる?

そんな方法一つしか思いつかなくて・・。

「はぁ~」

ため息をついて呼吸を整える。

「いいよ、ボクの人生半年あげる。好きに使っていいよ」

だから泣き止んでくれ。

「・・・ホントに?迷惑じゃない?」

さっきまでと言ってること違うじゃん。元気づけよう冷静に、こんな声聞くためにリスクを背負ったんじゃない。

「ボクの根負けだよ、仕事もやめる。

だから何したいか今すぐ考えて?他の人より時間が無いんだから。」

「ひぐっ・・・ありがとう」

「心に余裕ある?」

「うん・・大丈夫」

「幾つかの助ける条件話してもいい?」

「いいよ・・お金いっぱいあげるよ!!」

こいつ金自信ニキかよ。登録者五万ってそんな稼いでんの?

「金はこれから大量に使うから残して欲しいかなー?旅行って結構金飛ぶぜ?」

「え?じゃあなに?」

「一つはあまりに度が過ぎるお願いからは逃げますってことかなー?」

例えば一緒に死んでとか。限界間際の人間は何しでかすかわからんから。

「いいよ・・まだある?」

「もう一つが助けに行くから助かりきてほしい、しっかりと。」

「助かりにいく?」

「そう。どちらかの一方通行じゃなくお互い助け助かる。片方待ちぼうけなんて許せないし助かれないよ。」

人を救う事の最低条件だと思う事を話す。救けた事などないけどそんな気がする。

「ぜんっぜんオッケーだよ。しっかり先生に向かって走るよ、あたしからもいい?」

次は彼女からのお願いらしい。メモの準備をする。

「なんでも、いいっすよー」

「あたしVtuberで一番有名になるのが夢なの。だからあたしとしてじゃなくわたしとして生きたい。

あたしの人生使って夢を叶えたい。最期まで配信者として夢咲花として生きたい」

「本当っにかっこいいな君は。」

気が付けばそんな言葉を吐いていた。あまりイケメン過ぎる。二次元ならヒーローだよ。

ボクがいなくても他の誰かがいなくても勝手に助かれそうなぐらい強い彼女に尊敬と羨望の感情が芽生える

「ニシシっもっと褒めていいんだぞ?」

いたずら小僧のような笑い声、色々温度差すごいな君。

「じゃあ全部決定だね!仕事辞め次第作戦決行っ!!」

 

「ここに宣言します!!わたし夢咲花は残りの半年間で可能な限り努力して幸せに死んでみせます!!」

 

大きく息を吸い彼女は宣誓する。言い方を変えれば自分に呪いをかける。

必ず辛くて苦しい終わりのある旅が始まる。

幸せの定義なんて何もわからない二人が始める幸せになって死ぬための旅が。

 

                                      残り日数185日

 

 

 

 



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契約書

8月2日

 人生における転換期なる一日を終えた。昨日の出来事は本当にあったのだろうか?夢だったのではないか?夢に出来ないか?

布団の中で永遠と考えが回る。

そんな、妄想を断ち切る様にスマートフォンに通知が入る。

 

 

夢咲花【今日10時にこの場所に集合】

 

現実が届きました~熱々出来たての現実になります~。

「リアルはクソゲーですね~、本当に」

気が進まない中、朝自宅を行い夢咲の指定した場所に向かう。

 

 指定された住所に向かうとそこそこ値段の張りそうなマンションが現れる。

まさかの自宅へのご招待、ボク・キンチョウ・ヤバイ

彼女は知らない男性をお部屋に招待する生態系なのでしょうか。状況てきには最強の人だからおかしくなってんのか?

そんなことを考えながら待っていると一際目を惹少女が現れる。

「おはよう!」

背中あたりまで伸びた黒髪がよく似合う美人顔。純粋そうな笑顔のおかげか可愛くもみえる全方位最強の女性が現れる。

「げんきない?」

スーっと顔を覗き込まれて、そこで自分が呆けていることに気付く。

自分で可愛いっていう理由が解る。確かにやりおる。

「しつれー、寝ぼけてたわー」

「そんなんで大丈夫なのー?コキ使う予定なんだから!」

仕事辞めたのに仕事人生カスだな。

「契約書書いてからね?その後なら基本YESまんだよ」

「そんな紙いるー?口約束でいいじゃん?お金もてきとーで」

「それは出来ないね」

この子人生何年目よ。人間そんな出来よくねーでしょ。

「こうゆう完遂しきらないといけない、して欲しいことには絶対必要なんだよ」

「いまボクは君の境遇を聞いて感情的に助けに入った状態なんだよ、多分だけど。

人の感情は風化するものなんだよ。最初にあった熱なんて少しの怠慢や苛立ちで醒めてしまう。一回の睡眠不足とかでね。

だから縛るんだよ。感情的な燃料がガス欠になった時に理性的に体を動かす別の燃料として契約を交わすの。よく聞く言葉だと義務感だね。」

「・・・」

「お金もそう。聞いたことがない?【給料分の働きはする】って言葉。人は気に食わないことでも貰ったお金分は返そうとするんだよ基本的にだけど。

だから適切なお金を君は吟味しなければならない。体を本能的にさぼりたいときに体を操る材料としてね」

「つまるところ君はボクの責任感や義務感を購入するのさ」

実際に給料分だけ働いても利益ゼロだからゴミ扱いだけどねー

「・・先生結構ひねくれてるね」

「これに関してはガチなんだけどなー」

少々引かれたらしい。働きゃ解るんだがねー

「わかった書くよちゃんと、お金は直ぐに決めれないから後で決めるよ時間ないしね。でも先生のこと高値でかうよ!責任はたしてね?。」

「あらためて名乗るね?あたし高崎花17歳よろしくね?せーんせい!」

名前のように花咲く笑顔だ。この子本当に死ぬのだろか?これ程夢であってほしいことがあるのか?

その後、無事に契約を完了した。

これでボクは無事に逃げれなくなった。目を背けたくても出来なくなった。

書いた契約書を大事そうにファイルにいれてはにかむ彼女にこれからの要望を聞く。

「まずなにしたい?」

「ん~」

明後日の方を向きながら考え込む。

「温泉!!」

 

 

 

 思い立ったが吉日箱根に向かう。すぐさま温泉街付近の旅館に連絡・予約。元社畜をなめるなよー。

初任給にテンションが上がりローン購入したボロスポーツカーを使い下り高速道路を走る。

助手席に座る彼女は発進して直ぐに夢の世界へ飛び立った。

以外だずーっと口うるさく喋り続けると思ったのだが快眠無双とは、ボクの運転がヨイということでよろしいでしょうかねー?

割と寝相が悪いらしくもぞもぞしている。サイドブレーキに関わらないか不安である。

 

 出発した時間が悪いのかかなり渋滞にはまってしまい遅い時間に到着。眠り姫をやさしく起こす。

「ついた?」

寝ていたにしてはすこし疲れた声で返答が帰ってきた。体調不良か?

「今日はすぐ寝るか?」

「・・うん。、そうする」

なかなか衰弱しているらしい。理由は解らないが休んだほうがいいだろう。病院の先生にも連絡しなければ。

テキパキをチェックインを済ませてお布団を引く。部屋は別々の予定だったが高崎の状態が気になる為、今日は我慢してもらう。布団に入り直ぐに眠りについたのを確認して明日の予定を確認しながら医者に連絡しようとした時に突然とび起きた高崎に詰めよる。

「ハァ・ハァ」

汗をかき何か呆然として目を見開く彼女に慌てて声を掛ける。

「大丈夫か!? 救急車呼ぶかっ!?」

「んーん。大丈夫だよ?悪い夢見てるだけ」

慣れた様子で現状を話す高崎。

「悪い夢?」

「そう。お葬式してる夢。

周りの人みんな泣いていて、順番にお花を渡してってあたしの番。お花を置こうと棺桶を

覗くと、あたしが寝てるの、そこで起こそうとして・・・

いつもそこでとび起きる。」

エグイ夢だなそれはとび起きる。気になる点があるなら

「いつも?」

「診断をうけてからはずーっとだね。いつも寝れない

何かいい方法ないかなぁ?」

弱々しく声を震わせながら問いかけてくる。高崎は夢の中でまで戦っているのだ。健康体であるボクからは想像も出来ない・・いや冷静になれ、同情も想像もなんの解決にもならない。圧倒的な第三者視点それがボクの役割だということを忘れてはいけない。

確かにこれでは体調不良にもなる。高崎の希望通りの場所に連れていっても彼女が楽しめなければ、満足しなければ価値なんてないのだ。如何にして体を休めるか考え込む。

「睡眠薬でも買ってくるかい?」

物理的な方法ならばこれが最速だろう。今の彼女の体に負荷になるか要確認だが。

「試したんだ・・お薬、確かに寝れるけど結局起きるときに夢に見ちゃう。寝るのが怖くなるんだ・・」

失敗した。違う彼女の体調の話ではないのだった、今解決すべきは見てしまう夢の話なんだ。

精神的なキッカケなどでどうにかならないんだろうか。解らないボクは精神科医ではない。一般男性なんだ。やはり医者に連絡しようボクの引き出しにはこの数式を解く材料は無い。

「あたしまだ元気なのに酷いよね!こんなの毎回見させられて!」

・・・・

「はい?」

こいつ何言ってんだ?もう死に体の限界じゃないのか?

終わりの間近に妥協案もぎ取ろうって話じゃないのか?

ボクは全部捨ててきたぞ、仕事、家。それらから繋がる未来を・・

クソみたいなシリアスを見届ける為に覚悟と現実を確認してきたぞボクはっ!

恐らくだがこいつまだ

「自分が奇跡かなんかで助かると思ってんのか?」

「っ!」

息を吞み、目を見開く彼女。

その反応で確信するまだ彼女高崎花は夢をみたかがっているのだ。

数々の医者を巡り、自分の死が来ることを証明されたことを認めたくないのだ。

でも心のどこかでは感づいている理性的な部分が葬式の夢を見させる。

正直言って体調的に問題なければ睡眠薬でいい問題だと考えていたが話が変わった。

死の恐怖からの具現化なら精一杯の助け舟を出していた。

だが、そちらだけ覚悟せず現実逃避は違うだろ。

「ボクは最初に話したと思うんだけど、助けるから助かりに来てねって約束。

それ行使させてもらうよ?」

なんでボクを選んだんだよ。本当にイヤになる・・・

カバンからタブレットと高崎花のカルテを取り出す。

「ボクね?今いろいろ捨てて、覚悟してここにいるのよさ?

会社代行で連絡なしでやめたりね?大っ嫌いなシリアスのお風呂入ってんのさ、なうでね。

君にも覚悟して欲しいんだよ、片方だけ頑張るなんて時間のムダだし腹立つからさ。」

話しかけながらタブレットで検索を掛ける。

「・・・どんな覚悟?」

「自分が死ぬことを理解する覚悟」

そう言って葬儀プランまとめとカルテを彼女に見せつける。

「・・ッハァーエグイね~先生。本当に・・・」

苦笑いを浮かべ苦言を呈する。

本当にクソだよボクは、逃げれるなら逃げ出したい。やはり契約書書いておいて良かった。義務感責任感がボクを縫い付けくれる。

「聞きたいんだけど先生。現実逃避ってダメなの?

見たくないもの逃げてもダメなの?」

「本当に無理な時に逃げるのはアリだと思う。

だけどね、最後には現実に追いつかれる。現実の方が足が早いことは確定なんだ。だから多少無理やりでも現実と向き合う方が楽で早い。

ボクは君が心の強い人だという先入観をもっている。だからいまこの行動を起こしている」

「・・・・・」

ありがとうクソゲー。信頼は脅迫と同じ何だって気づかせてくれて。死にさらせや現実。

「期待には答えなきゃ配信者じゃないよね」

フンっと両頬を叩いて気合いをいれる高崎。

「ありがとう

あたしを逃がさないでくれて。少し甘えてた。

これからはちゃんと見るよ現実。ちゃんとささえてね」

そういって彼女はタブレットを真正面か操作を始める。

「・・っああ。最期まで助けるよ」

何とか声を出せた。

何に対する感謝なんだ。

こんな死体撃ちみたいな行為が、なぜ感謝されているんだ。

本当にシリアスは大っ嫌いだ。

最低な行為を行い、当たり前に最低な気分になる。

だが契約書という呪いがボクを現実に連れ戻す。

「お葬式ってこんなに高いのーっ!?」

「それだけ人に価値があるって話だよ」

「小さい家族葬がいいかな?」

「キミ人気者でしょ?人たくさんこない?」

「配信者魂が大きいのにうずくっでも高い」

 

 

そうして夜が更けてきた。

「うん・・これで準備完了・・」

全ての入力等を終わらせた

「あたしは・・・ッグス

 このお墓に半年後入ります・・っ」

 

泣きながら、辛い気持ちになりながら、戦いきった。

本当に強い人だ。

それに比べてボクはなんなんだろう。

また泣かせて、泣かせる様な行動をさせて。

 

「今日さこのまま一緒にねよ?」

「・・いいよ」

 

要望通り一緒に布団に入り眠る。

これ程小さく細かったのか。

初めて異性と布団に入ったが何一つ胸が高鳴らないんだな。

無き疲れたのか直ぐに寝入った彼女をみて少し安心して今日の行動を振り返る。

今日行った数々の最低な行為に、罪悪感の布団で潰されそうになった。

 

ああ。いま無償にタバコが吸いたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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感情の消費期限

 結局眠れなかった。

数ある二次元作品においてヒロインと同じ寝床につくと朝まで眠れないという表現を多く見てきたが、実際にその通りであった。

その時の心情は罪悪感で眠れないだ。もし誰か知り合いで漫画家や小説家を目指してい方がいらっしゃるならぜひ朝まで語りたい物だ。

自分の発言行動の後悔、辛いことを強要した結果泣かせ、傷つけた罪悪感。これからの不安感や、同じ境遇でないことからの他人事感。

「んっ・・・」

全てがクソだ。ただ一つ嬉しいことは。

「くあ~っ。・・・おはようセンセ~」

長時間高崎が熟睡できた事実。昨日に比べて確実によくなった顔色。それを見た瞬間いろいろこみ上げてきた。

考えてがまとまらない。感情を言葉に出来ないまま適当になにか言葉を返そうと絞りでた言葉は・・

「ありがとう」

感謝だった。

 

 

 それからは元気に一週間箱根を楽しんだ高崎であった。否元気過ぎた。

まず買い物。馬鹿みたいに金使う。本人曰く貯金を使い切ってやるとのこと。しかしあまり旅行をしてない人には分かりづらいかもしれないが長期旅行というのはお金が掛かるのだ。ホテル一泊にしても一人約五千円だ。それ以外にも美味しいご当地ご飯で一食千円越えを繰り返せば相当掛かる。それに加えて地方は車・バイクでの移動が無ければ楽しめない事が多い。景色巡りなどに必ず無いと困る。それらのガソリン代や高速代など、いろいろお金は掛かるだ。昔北海道に二週間旅行した際は20万近く溶かした。

そんな話を高崎にしたところ、何故かボクが財布を管理することになった。これでは先生ではなく保護者である。

次に車での移動。まぁ~ベラベラ喋る。音楽なんて要らないと体現するように音を出し続ける。その内話題なんて無くなるだろう、と考えていたがそんなこともなく通り過ぎる看板一つで5分は喋る続ける。高崎にとっては目の前広がる物全てが話題の種なのだろう。流石配信者だ。むしろこれが出来ないと始まらないのだろうか?

素晴らしい才能だと第三者視点なら感じる。しかしボクは当事者だ、当事者からすると。

「ヤン車のコールみたいだ」

「なに?急に?ここ茨城じゃないよ?」

「それはただの偏見だよ・・・」

確かに千葉の下とか茨城はそーゆの見かけるの多い気がするけど偏見だよ。珍走団とか友達言ってたなー。

「箱根だってヘンテコなのいるだろ。」

「ん-、スポーツ系の方が多くない?」

そんな他愛ない会話をし続けていると、おもむろにカメラをこちらに向ける。

「はい・チーズ!」

運転中なんで無理です。この車マニュアルなんで。

「なに?急に?」

「今日のSNSに上げる写真~。プフっ、先生数日間同じポーズなのおもしろーっ!」

なんだSNSかー・・・・SNS!?

「ちょいたんまで、ジャスタモーメントプリーズなんだけど。」

「頭痛が痛いねっ!」

本気でなにこの子頭ウイルス感染くらってんぞ。バスターしなきゃ半年もたねーぞ。

「え?ボク顔面等々全国に晒されてます?そこそこ有名なVtuberに?」

「イエスっ!!」

満面の笑み出すなよ。腹立ちすぎて可愛いじゃないか。許さんけど。

「ファンに殺されちゃうよー。ボクのこと考えてくんない?」

「先生その前に顔面晒してんじゃん。これがボクだって。」

やめろ恥ずかしい死ぬ、思い出させるな矢面苦手なんですボク。

「先生SNS見ない人?初めて通話してる時トレンド入りしてたよ?行動イケメン一般男性って。」

まじかよ、ボク顔バレしてんのかい。とんでもなく気分が落ちる。そうかこれが鬱か。ありがとう高崎許さない高崎。

「流石にそろそろ忘れられてるよね?」

「ぜーんぜんっ?あたし毎日SNSとショート動画上げてるもん。配信者は継続もいのちっ!」

優秀で健全で素晴らしいっ!前ばっかりでミラーが見えてねーぞー?巻き込み確認してくれー?

「あたしは"わたし”として生きて死ぬって約束したからね。

 最期まで曲げないよ」

普段の笑顔が似合う少女から凛とした女性の顔をする高崎。

そんな顔されたら投稿消せと言えないなーずるいなー可愛いは正義。

どうせ投稿を辞めないのであれば逆になにか利用できないであろうか。

まだ熱が残っている内になにか・・

「チャンネル登録者とかって急激に伸びてたりする?」

「そうとうだね、あたしデビュー当初が一番伸びてたけどその時より伸びてるね」

「・・・どんな客層が増えた?」

「ん~っ辛いけど頑張って的な感じがほとんどかな?

 先生風に言うと上から目線の憐憫てやつ?」

そいつは最高の情報だ。

「なぁ高崎。媚売るの得意?」

「別に・・・まぁVtuberだから猫被りは人より得意かも。」

「この前話した金銭面に繋がるんだけどさー

 定期健診もしたいし、一旦家戻って配信してくんない?」

「いいよ。なにかあるの?先生」

「前置きとして高崎が嫌なら構わないんでけど、

 現状の金銭面のお話しをして貰って遠回しにお金せびってほしーんだよね

 多分今現在が一番キミが悲劇のヒロイン状態に見えてるはずだからなる早でね。」

かなり大人げないことを言ってる気がするがお金が無ければ始まらないのだ。

基本的に精神に余裕のある人間はお金に余裕がある。

それくらいお金は大事なものだ、可能な限り手元あった方がいい。大体買えるし。

それに彼女には批判を受けずらい病気という大義名分がある。使える物は使うべきなんだ。

「・・・正直言って見てもらえるだけでなく、お金までせびるのは好きじゃない」

やはり高崎には、優しい彼女には難しいか。

「でもね」

意を決するように言葉を区切る。

「そんなこと言ってる暇はあたしにはない。使える物は使わないとね?先生」

まさか肯定的な意見だがそれ以上に自分と同じ考えをしたことに申し訳ないと思いながら。心のどこかで嬉しかった。

「でもどうしてなる早なの??」

複雑な心境を一旦置いて高崎の言葉に反応する。

「ぁーん~絶対じゃないし絶対はないんだけどぉー」

説明難しいんだよなー半分感半分偏見だし。

「約束破られたりしてー、その時滅茶苦茶イラつくんてソイツのことぶん殴ってやる!ってなってても何日か経つとそこまで怒ってないってこと、高崎はない?」

「あ、めっちゃある。いざ数日後あっても冷静に話すこと」

「つまるところボク的に感情には賞味期限があって時間が経つと風化するものって考えなんだよね。

 だからなる早。新鮮な感情に訴えかけて似非同情を貰おうって魂胆。」

「怒りが長引く人は賞味期限が長いんだね」

嫌な賞味期限だ。とっとと切れろ、どっちかというと消費期限だな。

「そうなるね。別口だと怒ってないといけないっていう強迫観念に乗っ取られた人もいるけど」

割と多い存在なのよねーこれ。

「消費期限切れて怒りなんて大して残ってないのにその人に対しては怒りを示した続けなければならないと自己暗示してしまう。そうゆう人はその人の行動全てに怒りを持つよ。とんでもなく理不尽に怒る。そしてこの自己暗示がから醒めれる人をボクはあまり見たこともないし、ぶっちゃけボクも掛かってると思う。」

面倒くさい生き物だよ人は。どうせなら飼い猫とか愛玩動物として生まれたかった。そーなれば面倒くさいこと考えなくて済む。シリアスにもならない。

「確かにあたしそんな感じの人割と見たことあるかも・・・

 でもね先生。怒りの自己暗示だけじゃないと思う。

 他の人がしてたら嫌なことでも先生がしたならしょうがないなぁーって好意的に感じちゃうもん。

 好意的な自己暗示も現在進行形であるよ?」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

やめろてれる

なんだその自己暗示やばいだろねぇー高崎さんー?

彼女のことをどんどん好ましく思ってしまう。ボクも暗示をかけられたらしい。

でもどうにかしてこの暗示をボクは解かなくてはならないそのままだと多分、

彼女が死んだときボクは立ちあがれなくなってしまう。

「・・・そうかい」

ぶっきらぼうにシラを切り運転に集中する振りをすることしかボクは出来なかった。

 

 

 その後、高崎家に到着。家の外で彼女の配信を見届けたのち久々に自宅で休もうかとしたが・・・

「なんで帰るの?うちに泊まればいいじゃん?」

と無慈悲な一撃を喰らい高崎家にお邪魔する事に。わーい初めての女子家だーっ!・・・

それまで一緒に寝泊まりしてるからなんやねんという話だが。高崎は帰宅早々に配信準備を始めた。切り替え早くない?問いかけに対して「なる早なんでしょ?」と返され、適当な部屋にあてがわれた。

家族用と思わしき家具が数多く見受けられたが、使用された形跡があるのは一人分。綺麗に整頓されているがやや埃が目立つ。そのくせ髪の毛等のごみが落ちてない事が生活感をかき消す。考えてみたら未成年が唐突に一週間お出掛けしたのに高崎は誰かと連絡を取る姿を確認はしていない。それは一般家庭であり得るのだろうか?余命宣告を受けた娘なのに?

「おっはなーっ!!久しぶりっ!元気してた~?」

配信を始めたのか声が小さくだがこちらに届く。高崎のボリュームでここまで小さく感じるとはなかなかいい防音施設らしい。それ程いい防音室的な物を彼女はどうやって用意したのだろうか。嫌な考えばかりが浮かぶ。そして体は答えを求めて部屋を徘徊しだす。

何故彼女は配信にて助けを求めたのだろうか?。

もっと近しい家族に相談をしなかったのか。

そして部屋の奥に特別、清掃がされた仏壇と二つの写真が飾られていた。

「誰にも相談出来なかったのか・・・。」

自暴自棄ではなく最も彼女に近しい人間がファンだったのだ。だから誰も反応しなかったことにあれほど憤りを感じていたんだ。

ボクも今現在に憤りを感じる。

「なんで・・・なんでっ!高崎ばかり・・っ。もう少し別の奴に不幸分けたっていいじゃないか・・・   

 理不尽過ぎるだろ・・。」

「ありがとう」

意識の外からの音に慌てて振り返る。

「ありがとう。あたしの為に怒ってくれて。

 人生で初めてだよ怒ってる人を見て嬉しくなるの。」

本当に嬉しそうに嚙み締める様に微笑む彼女。

彼女がボクの行動にどれだけ嬉しかろうが・・・

「怒っても叫んでも。結果なんて何も変わらないよ。なのになんで感謝?」

「この前の先生と同じだよ。なんでかありがとうが出たの♪

 先生こっちきて?」

こっちきてと言う割にボクの手を掴んで配信部屋に連れていく。

「今からお金せびるから勇気頂戴?先生」

「勇気なんて・・・」

どうやって渡すんだよ。勇気の定義を考え様とした時に突然手を握られる。

「あたしはこれで勇気でるよ?強い”わたし”になれるよ。」

目を閉じて温もりを感じる様に手を握る高崎。その姿勢のまま数秒が経ち・・・

「よしっ!みんなおまたせっ!わたしの今の現状をオハナシさせてねー?」

目を開き夢咲として語りだす。

暗い話なのに暗い雰囲気にさせず飽きさせずファンと交流する。

体の現状・財政状況・自分のやりたいこと。そして

「わたしね、両親とももう死んじゃってるんだ・・・

 お父さんはわたしが小さい時に交通事故で。お母さんは一年前に同じ病気で死んじゃった」

手を握り締める力が強くなる。

「その後わたしも病気になって余命宣告受けて、配信で助けてって言って誰も来なかった。

 その時もう全部嫌になった・・・配信じゃ言えないようなこといーっぱいしようかと思ってた。

 でもそうなる前に先生が声かけてくれた・・・生きる目標をくれたっ!

 バーチャルなんて飛び出してあたしの前に現れたっ!!

 結果だけみたらあたしの私利私欲だよ。

 でもここまでしてくれた先生の為にも・・・あたしはちゃんと助かりたい。

 だからっ!皆様からお金の援助頂けないですか?

 しっかりと助かりに行かせてください・・・。」

誰も見てないのにしっかりと頭を画面に向けて下げる高崎。

釣られる様に頭を下げるボク。この行動までに時間が人間性なのかもしれない。

 

ピロンッ♪

 

何かしら通知音が部屋に響く。それも連続して

 

ピロンッ♪ピロンッ♪ピロンッ♪ピロンッ♪ピロンッ♪ピロンッ♪ピロンッ♪ピロンッ♪ピロンッ♪

 

「なんの音?これ?」

高崎は泣きそうになりながら答える。

「ギフトの通知音・・・こんなにたくさんっ!

 ありがとうございます!大事に使います!」

どうやら思惑は成功したらしい。一人一人の名前を呼び上げ感謝をする高崎。

軍資金では無くその名の通りギフトを受け取る。

「ありがとうございます。本当に」

全員分読み上げるのには相当時間がかかりそうだ。

 

 

 

残り日数177日



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何故酒が存在し続けるのか。

 右腕に重みを感じながら目が覚める。目を向けると重みの原因である高崎が腕を、枕代わりにすていた。葬式準備後からの習慣である。

高崎を起こさないようにそっと腕を抜き取り、代わりに枕を差し込みベッドから起き上がる。  この寝起きに腕が痺れているのも慣れてしまった。これも買われた身として我慢するのだが、羨ましいと思う奴は一回やってみるといい。まるで幸せなんて感じられないぞ。感じるのは命だよ。

朝支度を簡素に終わらせる頃に高崎が起きてくる。

見た目は寝起きだが瞳や顔の表情はしっかりと起きている。朝も夜も強いとか何者?これが若さか・・・今じゃ徹夜麻雀なんてすっかりできないよオジサン。

「おっはな~」

プライベートでも仕事の挨拶を行う契約者に尊敬しながら挨拶を返す。

「ハヨザイマース・・・」

「先生朝よわすぎない?声聞こえないけど・・・」

これが限界だよ。朝だよ?朝。挨拶が最も小さくお疲れ様が最も大きいのが社会人だろ。生きる為に仕事してる奴限定だがな。

「先生ー今日ねー、あたし行きたい場所がね~?」

ニコニコで自分の欲求を伝えてくる高崎。しっかりと図太い。

「上機嫌なところ申し訳ないけど、今日病院だよ?」

「あ、忘れてた。定期健診だった・・・。」

「車持ってくるからここのコインパに移して待っとくよ?準備終わる頃につくと思う。」

「りょーかーい。いってらっしゃいー」

割とすぐ再会なんだが・・・まぁ乗っとくか。

「行ってきます。」

 

実家にいた時にはもう使わなくなった言葉を高崎に返して高崎家を後にする。

 

 

 高崎家に泊まることが決定した際に近くのコインパーキングに停めようとしたがお値段が割高だった為、高崎を家に送って自宅の駐車場に車を停めて電車で行くという、面倒くさい工程を踏んだ。その為現在自宅に車を取りにいくハメになっている。都会は高すぎよ駐車場。月極駐車場なんて車ローン代と変わらんぞ。

都会への文句を頭の中で考えながら、契約している駐車場に着く。ついでに何か持っていく物がないか契約している自宅に立ち寄る。両親は仕事に向かったようで家には誰もいなかった。

高崎を待たせるのも悪いと思い、そそくさと自分の部屋に行き、携帯の充電器や、予備の目薬等を持ち出し部屋を出て玄関に向かう際にリビングの机におにぎりが置いてあることに気付く。

サランラップをされて、まだ暖かさを感じる適当に海苔を貼り付けたおにぎり。週間2回は朝飯に登場する母親の十八番。

サイズ的に父親の分ではなく自分に向けて作られたことが解る。

車が置いてあるだけで朝飯作ってくれるとはボクはだいぶ甘やかされているらしい。高崎がVtuberであることから、今ボクが行っていることは誰にも説明していない。彼女は夢咲として最期まで生きることを望んでいるのだから。

何も言わず勝手に家を何日も開けているボクをまだしっかりと見てくれることに嬉しさが、こみ上げる。

「いただきます。」

高崎のが移ったかな?誰にも見られていないのに”いただきます”なんて言うの。悪いことではないからいいか。

かぶりついたおにぎりは、市販のおにぎりより少し美味しかった。

朝ご飯を済ませて自宅を出る。

「父さん、母さん行ってきます。」

独り言やはり移ったな・・・何という感染力。

Vtuber夢咲花は中毒性があるらしい。なら感染したのを理由に親に定期連絡でもするかね?。

スマートフォンは偉大だからね。

 

 

 少し遅れたと思ったが、無事に高崎より先にコインパーキングに到着。電子タバコをふかしながら高崎を待つ。本当は紙巻きがいいが未成年の前でそんなことしたら嫌われてしまう。健康にも悪い。喫煙族は基本肩身が狭いのだ。

待つこと数分で高崎が到着。朝食は完璧な時間調整だったらしい。待つも待たせもなくキッチリだ。母さんに拝。

「まった?」

「ぜんぜん」

言葉少なくコインパーキングの精算を終えて出発する。

「家の前で車とめればいいじゃん。そっとの方が良くない?」

走り出してすぐに高崎が話しかけてくる。これだから免許の無い奴は・・・。

「一応あそこ、法令上駐車禁止なのよ」

「えー?皆結構停めてない?」

これじゃ高崎を納得出来ないらしい。

「”皆がやってるから”は、ボクがやる理由にはならないよ。」

そもそも皆って誰だし。

「ぐっ・・。その返しは強いな・・・。

 でも先生ルール絶対主義じゃないよねー。どこで守るかきめてるの?」

高崎を渋そうな顔には出来たがまた難しい質問が返ってきた。

「あ~・・・・自分を守ってくれるルールは守ってる・・かな?」

「・・・どゆーこと?」

いやボクも説明むずいねん。っと赤信号だ。運転にも意識を割かなければ。

「ん~っと、今ボクが赤信号を無視して事故を起こしたらボクはどうなる?」

「えー?捕まえる?。」

当たり前だわな。

「そーだね。捕まえる。

 ボクと相手この事故はどちらが悪い?」

「先生だと思う・・・」

「そのとーり。ボクが悪い。細かくは法令上変わるけど第三者からしたら10対0でボクが悪いね。だから守る。ルールに守られる側に居たいから。

 無視をした方はルールから守られないんだよ。」

「うん・・・だぶんわかった。」

難しい質問故、答えも難しくなる。だが以外と納得している高崎が次の質問を投げかける。

「守らないルールはどうして守らないの?」

「さっきと一緒。自分を守ってくれないからだよ。

 割とあるんじゃない?ダメだよーってルールがあるけど一度もそれを破っても       

 罰せられてないやつ。大体ルールの出来が悪いけどね。」

そんな話をしていると病院に到着する。

「ほらついたよ。」

「ありがと、先生。また後で話そっ?」

まだまだ話足りないらしい。宥めるように返答する。

「うん、また後でね?いってらっしゃい。」

「っ!行ってきます!!」

声デカ・・・

何故かは知らんが嬉しそうに歩いていく高崎であった。

 

 病人に送った後、最初は車内で待っていたが遅くなるかもと、高崎より一方が届いた為、近くを散策することにした。散策中に小腹が空いたのでコンビニに立ち寄る事にした。

コンビニの揚げ物って中毒性あるよなー。と店内に入ろうとしたが。

「おいっ佐藤か?」

声を掛けられて振り返ると・・・

「よくも逃げやがったなー?」

ニヤニヤしながらこちらを見る工場長が居た。

まじかよ・・・そんなことあるー?職場遠いんだけど?噓やんねぇーリアルくんさぁー・・・

あまりにも気まずい状態に言葉が出ない。そんなボクに容赦なく言葉をかけてくる工場長。

「元気そう・・・では無いな・・・だいぶ痩せたな?

 取り敢えず飯と飲み物奢るから少し話そうや。外で待ってな」

ぱっぱと適当に食べ物や飲み物をカゴにぶち込む工場長。

逃げ場無くすの上手いですなぁー。伊達に長く社会人やってない、手際が違う。

入社した頃から大分可愛いがられた人だ。かなり助けて貰った。仲も良かった。数々の思い出が罪悪感に変わる。顔も見せずに辞めてしまったことを申し訳なく感じている。

「おっ!逃げずに待ってたか、ちゃんと律儀だよなぁお前。」

かなり買い込んだらしく、なかなか大きいビニール袋をもって工場長が現れる。

「まぁくえや、人は食いながら話せる生き物だ。時間は有効活用しないとな?」

手渡されるサンドイッチ。感謝した後、びびりながらも受け取り食事を開始する。

「すみません。いただきます。」

「いいよ。ちゃんと食え。チキンもあるぞ?よく仕事帰り食ってたろ?」

「すみませんこんなに・・・本当にすみません・・・色々・・・。」

帰り際の買い食いにも目を向けてくれていた上司に頭が上がらない。

「謝まんなよ。ありがとうの方が奢る甲斐があるんだよ。謝るとしてもメシだけにしな。

 娘がブイなんたらが好きでな、佐藤の状況はもう知ってるよ。

 誰も怒れねーよ、あんなん。お前は胸張っていい。」

突然の褒め言葉に驚いく。

しかし迷惑掛けた事実は消えない、易易とその言葉を受け取ることは出来ない。

「ですけど、かなりシフトとか迷惑掛けてしまいましたよね・・・?」

「かかったさそりゃ。そこそこ優秀なやつが突然消えたらな。それ込みで気にすんな。

 言い方変えるか、悪いと思っていてもお前あの子の手伝いやめねーだろ?」

「はい。もう辞めれません。」

それは確かだ。あの配信で彼女と通話した瞬間、すでにポイントオブノーリターンなのだから。

「なら気にしなくていいんだよ。仕事としてなら文句言わなきゃならないかもだけど、

 俺だって人間だぜ?他の奴らもな。あんなかっくいいこと応援以外する必要ないんだよ。 

 家庭を持ったオヤジには、なにも出来ないしな。」

本当にいい上司を持った。今のボクになれたのは工場長のおかげだ。

昔この人に教わったなー、これ懐かしくこれからも生き続ける考え方。すみませんより・・・

「ありがとうございます。工場長。ボクが出来ることをそこそこ行います。」

「いいよ。お前のそこそこはそこそこじゃないから、もっとテキトーにやれ。

 死なない程度に生きればいいんだよ。」

ニヤリと笑いながらタバコに火をつける。このオジサン、タバコ似合うなー。

「禁煙してたのでは?」

「ここで何本か吸ってお前にやるよ。今彼女から解放中だろ?女房がいる先輩からのアドバイスだ。

 酒とタバコはやれる時にやった方がいいぞ。」

タバコをこちらに向けながら悪いことを教えてくる大人。

「現実逃避ですか?逃げても結局・・・」

「一時的な逃げは遠回りなだけんなぁんだよ。別名休憩だよ。

 お前本当に顔色悪いぞ酒でも頼って休みな。」

”つまみにしな”と中身の入ったビニール袋を投げられる。中身はお酒と食べ物らしい。

嫁が待っているとコンビニを後にする工場長。しっかりと大人でありながらいたずら小僧が顔を覗かせている、いい歳のとり方した、かっくいいオジサンであった。

 

 その後、漫画喫茶等をプラプラして高崎を待っていたが連絡こず、日が落ち始めた頃にスマートフォンに着信が届いた。待ちくたびれね、正直。

スマートフォンをポケットから取り出し、画面を確認すると高崎ではなく、お医者の文字が映りだされていて、何事かと不安に思いなが通話に出る。

「はい、もしもし佐藤です。」

「こんにちは佐藤さん。大分遅い時間まで待たせてごめんなさいね?」

「いえ、全然構いませんよ。どうしました?」

当たり障りのない社交辞令を返しながら、返答を促す。

こうゆう時は大体悪い話が多い、と相場が決まっている。

だけど一週間過ごした時間が良い話を頭の中で想像し始める。ここ最近は元気そのものだった高崎が脳裏に浮かび、正常な方に向かっているのではと妄想が浮きそうになる。それを理解し、そんなことは無いと頭を振り、悪い話を聞く体制を整える。整えた気がしていた。

「まずは今日高崎さんは検査入院させたいんだけどいいかな?」

「医療面に関してはお医者さまに一任しますよ。ボクは何も出来ませんから。」

今日この後はフリーらしい。これだけの連絡だよな?

「えーとね・・・っ・・」

その電話越しでも解る何かある雰囲気やめてくれよ。

「・・・佐藤さんにだけ伝えるけど、高崎さん半年持つ確証なんてないんだよ。」

「は?・・・え?どうゆうこ・・・え?」

この医者が言ってることがまるで理解できない。あまりの衝撃に頭が回らない。

「これは私が悪い。彼女の病気は本当に未知なんだ。高崎さんの母親含めた今まで同じ病気になった人達の中で最も長生きした人が半年なんだ。

 最悪の事態を伝えなければならないのが医者なのに、彼女の精神状態を考えて・・・ 

いや、素直に逃げてしまった、私の落ち度だ本当にすまない・・・。」

・・・・・・・凄いな人って言葉で膝が抜けるんだな。

道端で膝をついてしまう。なんだろう空白というか、真っ白・・・

いやそんなの後にしろっ、頭回せ!声を出せボク!

「最短だと・・・どれくらい持った?平均寿命は?」

どうにかガラガラの声をスマートフォンに発する。

「・・・最短だと3週間。平均は三ヶ月だね。」

「延命処置は・・・」

「したよ、全力でその結果がこの数字だよ・・・本当に情けなくな」

そこで通話を切る。どうしても声を聞きたくなかった。

この人も全力を尽くしていることぐらい解る。悔しいであろうことは察する。少しも悪くない。

でもっ、高崎についた優しい噓に怒りが止まらない。

正しい処置なのだろう、初邂逅を思い返して納得したいのに・・・ぐちゃぐちゃだなぁ。ボク。

頭を冷やそうと公衆トイレの洗面台にたどり着く。

足に力が入らないのに、拳はこれでもかと握られてる。

誰も悪くないのだ。高崎もお医者さまも。多分ボクも・・・。

それなのに皆平等に傷ついている。おかしいだろっ!なにしたってんだよボク達がっ!

いいなぁ二次元は。倒せば終わりの敵がいるんだから、現実では戦いもさせてくれないのだ。

ただやるせない気持ちだけが残る。この拳はどこに向ければいいのだ。

洗面台の鏡を軽く小突いて、公園のベンチに腰掛ける。

なんか・・・疲れた。

すっかりぬるくなったチューハイを煽る。

一本あけてまた次の一本に手を伸ばす。大盤振る舞いしてくれたらしい。相当数の本数がある。

タバコに火を点け、深く吸い込み、吐き出す。

「これが、飲まなきゃやってらんないってやつですか?工場長・・・」

全ての酒を飲み切ったが、まるで酔えなかった。

 

 

残り日数平均84日

 

 



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人の価値

お気に入り感謝します。
励みになります。


瞼の裏側にまで届く光で目が覚める。

目を開けて体を起こすと、鈍い頭痛に襲われる。酔えなかった癖にアルコールはしっかりと入っていたようだ。

二日酔い特有の倦怠感と、鈍く響く頭痛がこれを証明している。

あの後、公園のベンチでそのまま眠ってしまったらしい。スマホで時刻を確認すると朝の6時過ぎを示している。このアルコール臭や、べたついた体で高崎を迎えにはいけない。取り敢えずシャワーを浴びようと近くの漫画喫茶に向かって歩き出た。

アルコールの効果か知らないが、ごみカス気分が最低な気分くらいにはなった。

これなら正常に動ける。感謝します。工場長。

 

 シャワーを浴び、水とブレスケアを大量摂取。服も着替えて、漫画喫茶を出た。癖でアカマルをくわえて火を点けようとしたが、高崎と会うことを思い出して辞める。せっかくのブレスケアを台無しにするところだった。危ない。

電子タバコに切り替えて車の横で、病院からの連絡を待つ。

30分程で連絡があり、迎えに行く。表情一つ変えずに。

 

 「おっはなー!昨日ぶり~」

元気にしか見えない高崎に挨拶を貰う。本当は苦しいのだろうか?

「ハヨ。元気そうだね」

そんなことおくびにも出さずに返答を返す。

「あれっ?今日なんか元気?朝なのに。」

「少し早起きしたんだよ。それだけ。」

隠す。感情と表情を連動させない。出来損ないでも行う。悲しい顔してたら見てる人も悲しくなってしまう。バレないように取り繕う。

「・・・そっかぁ~。珍しいね。

 今日から定期健診まで好きに動いていいらしいから、ガンガンいくよっ!」

昨日の分を取り戻す気満々な高崎を見ていると、少しだけ元気が出る。

かっこかわいいよ。キミ。

「ガンガン行こう。高崎。

 お医者さまに挨拶だけしてくるから、先に車で待ってて?」

車のキーを渡して高崎を行かせる。昨日の電話ぶち切りについて謝らなきゃ。

受付に向かおうとしたところ、丁度お医者さまが出てきた。

こちらを意識している様子から偶々ではないらしい。

「おはようございます。昨日は急に電話を切ってしまい、すみませんでした」

「謝らないでくれ。圧倒的に私が悪い・・・。すまなかった。」

深々と頭を下げるお医者さま。

「謝って済む事ではなが、佐藤さんに全て押しつけている事、本当にすまない。」

何度も謝られる。相当こらえていたらしい。

「・・・全てじゃないですよ。延命だってお医者さまにしか出来ません。

 あなたは謝らなくていいんじゃないかと思います。」

「謝るしか・・・出来ないんだ。人を生かすことを仕事にしている私が・・・、私たちが恥ずかしいよ。雁首揃えて助られない。」

悔しそうに眉間に皺を寄せ、懺悔するお医者さま。

そのままでバイバイは出来ない。別に誰も悪くないのだから。

「昨日色々考えてました。何が悪かったんだって。考えて、考えて・・・。

 考えて結果、誰も悪くないんですよね。何処にも悪役なんていなかった。

 病気にかかった高崎は勿論、未知の病を治せないお医者さま達も悪くない。

 解らないから未知なんですもん。無理ですよそりゃぁ・・・。」

「っそれを理由にしてたら医者なんてっ!」

「次に繋げてください。繋げなくちゃ、それこそ意味がない。

 ボク達の苦悩を価値にするにはそれしかない気がします。」

被せるように薄っぺらい文字を伝える。そう考えて取り繕えなくきゃ、今動けなくなる。綺麗ごとを絆創膏に心の傷を隠す。

「そうしなければならないよな。医者が一般人に心を診られるとはな、

 ・・・タバコ吸わないかい?」

唐突にどうした?この人。

「私も君に心のケアさ。同族はいた方が気が楽だろう?」

そうなのだろうか。よくわからないが・・・

「御随伴しますよ。」

矮小な人間二人で吸うタバコは、まぁ悪くなかった。

 

”佐藤さんも定期健診だよ”精神がおかしくならないように、高崎と同時にボクもメディカルチェックを義務付けられた。

確かにこんな生活だとそうだろうな。精神が病む要素しかない。

高崎に会う前の自分と今の自分を比べると何か変わっただろうか。

演技と現実を叩き付けることが上手くなった。物事の割り切りもか。

あと酒に酔わなくなった。永遠にタバコが吸いたい。

ちゃんと笑えてるかな?自分がどんな顔して笑っているか不安になった。

ボクはもうおかしいのでないだろうか・・・

 

 

「先生タバコ吸ってる!」

 

あい?

 

「待ちくたびたよ、センセィ~

 あたしのこと気にしないで目の前で吸っていいよー」

振り返ると不服そうに頬を膨らませた、高崎がいた。

「待たせてごめんよ。流石に非喫煙者兼病人に副流煙と臭いは出せないよ。」

「それ込みで、気にしないでっ!

 ・・・あたしね、へんなとこ好きみたいでさ。先生のタバコ吸ってる手すっごい好き。だからね?吸うならあたしに見せて欲しいな。」

ネタか?と思ったが、恥ずかしそうな表情を見るとガチらしい。手フェチ・・・でいいのか?

「ふふっ」

「あーっ!!先生笑ったでしょ!!乙女の秘密を!!!」

がなり立てる高崎。今の失笑は不満だったらしい。やはり高崎は凄い面白い。

自然に笑えていた。

「ごめん、ごめん。ふははっ!」

「笑いすぎーっ!!」

「ありがと。元気でた。」

高崎がいればまだボクは大丈夫らしい。こんなに楽しく笑えるんだから。

 

 

「次は何処行きたい?」

車に乗り込み高崎に次の要望を聞く。

「ンフフフ、フー。これなーんだ?」

ニヤニヤとスマートフォンの画面をこちらに向けてくる。内容はフェリーの予約済みらしい。場所は・・

「北海道?」

「でっかいどーっ!!。先生がバイクで行った話聞いて決めましたー。」

にっこニコですやないですか、姫。なら従者はご意向に沿わなくちゃ。

「一周ルート?」

「もちのろんっ!向こうの病院で定期健診も出来るようにしてもらったし、思う存分楽しめるよ。」

根回し完璧だなー、こいつ。入院中もたくさん調べてくれたらしい。

そんな中酒飲んで寝てたやついるらしいぞー。誰のコトカナー?

「やる気満々だな、高崎。」

「うん。ちゃんと助からなきゃね?皆に申し訳ないよ。

 いろいろ人に支えられて、今の生活だからね。時間ないよー?すぐに行こう!」

いつもより真面目な表情で語る高崎。

出来ることをする。簡単そうで難しいことをナチュラルにやるねー。キミ、凄いんだよ?。

「りょーかい。安全に飛ばすよ。」

高崎にせかされて出発した。

 

 

 そこからは北海道を楽しんだ。試されたことも多いが。

まず、八月の癖くそ寒い。意味わからん。着いて最初にした買いものが暖かい服になった。

札幌で美味しい物を食べ、函館山で虫に襲われながらも、見た景色は乙な物であった。

二日程札幌で過ごした後、キャンプがしたいと言い出した高崎の為、キャンプ道具を揃えて人気のキャンプスポットに移動。そこがまぁ標高の高いキャンプ場だったせいで、クソ寒かった。八月で白い息出るってなに?異常気象だろ。そこで半袖の地元民は何者なんだよ、戦闘民族かよ。そこでの星空は寒さに耐える価値があった。でもニセコは化け物です。ハイ。

その他景色巡りしていると、壮大な自然にも慣れてきて、そこまで感動しなくなる。

そんな贅沢な目でも感動させてくれたのが、7日目に走ったオロロンラインだ。

『・・・もう一回見たい』

高崎が往復をおねだりするほど美しかった。二回目でもちゃんと鳥肌でしたよ。

そんなこんなで北海道を満喫し、定期健診も問題なし。順調であった。

天気予報を確認して、ロケーション準備万端の”天まで登る道”に向かっている最中に異変があった。

 

「・・・え?うそでしょ?」

スマートフォンを弄っていた高崎が驚きの声をあげる。何事かと思い助手席をチラ見すると、驚愕に目を見開いた彼女が居た。何事かと思い声を掛ける。

「どうした?なんかあった・・・よね」

「・・・・・・・」

どうやら聞こえてないようだ。スマートフォンを凝視して、考え込む高崎。

「先生っ!ネット環境のある場所に向かって!いますぐ!」

なんだ、なんだ?なにがあった?

突然険しい表情でがなり立てる高崎に狼狽えながら、落ち着く為に車を一時駐車する。

「本気でどうした?高崎」

「・・・同時期にVtuber始めた友達が引退するらしいの。

 最近は凄く伸びてて、Vtuber楽しいって話してたんだ・・・。

 だからなんで辞めるか問いただしたい。」

真っ直ぐな目でボクに訴えかける高崎。問いただすって・・・。

「ここでも電話位出来ないか?」

「この辺、山奥だか何だか知らないけど電波悪い。

 大事な話中に電波のせいで言葉が届かないんなんて嫌だよ」

具体的に反論され、言い返し難い状況。

大事な友達なのだろか?。だがボクはそこまで動く気になれない。

「明日は雨なんだよ。一番の景色を見るのに二日かかってしまう。

 ボクは高崎の方が大事だ。仕事を辞める知らない人より遥かに大事。

 キミの一日は一般人に比べて相当重いんだよ?それでも・・・「いい!!」

力強い返答が返ってくる。そんなもん気にすんなと、表情で語ってくる。

「ここにいいネット環境の施設あるから出発!返事しながら運転して!」

キビキビとナビをセットされて、反射的に車を動かす。

よく見たら50キロありますやん。流石北海道。

「一時間後に引退配信が、リマインダーがセットされてる。間に合わせてね、先生。」

真顔でエグイことを伝える高崎。あの~北海道でも信号はありますよ?高崎さん。

「流石にギリじゃないか?」

「予定時間丁度に始める配信者なんて少ないよ。最悪配信中に凸る。

 取り敢えず、配信終わるまでに着けばいい。」

「出来ることをするけど、理由ぐらい教えてよ。」

アクセルを踏みながら問いかける。

「配信終了までに間に合わせる理由は、終わってから説得しても戻れないから。

 有名になったVtuberが今まで戻ってこれた人なんて一人しか知らない。」

一度出した解は変えられないのが人間だもんな。周りの空気、自分のプライドが問題の解きなおしを許せないのだ。ただ一つ気掛かりがある。いま起こしてる行動が、余計なお世話にならないように釘をさす。

「家庭の事情とかどうしようもない系じゃなのか?辞める理由。」

「多分違うと思う。ごめん。感だから説明出来ないけど。

 別に本気で辞めるならいいんだよ。寂しいけど、それは仕方ない。

 違う理由なら力になりたいんだ。」

・・・・・・・

「・・・そんなに余裕無いと思うけど?」

思わず本音が顔を出す。しまった・・・この発言は失敗だ。

「しってる。」

毅然とした表情で返される。

「あたしは彼女が笑ってないと幸せになれないよ。

 あたしに対して綺麗事が言葉になる、親友なんだ。」

 

 

 

 施設に乗り込み。先に高崎を送り出してから車を停める。所要時間1時間15分。間に合いはしただろう。高崎の後を追う。個室のネットワーク環境のある部屋らしい。そこで高崎が鬼の形相で通話をかけていた。

「つながれつながれつながれっ!」

スマートフォンは携帯番号、タブレットでアプリ。二刀流で通話をかけている高崎。

単調なメロディーが鳴り続け、終わる。

「もしもし夢ちゃん?今配信中だよ?」

繋がった。透き通った高い声の女性。

「先に言うっ!!迷惑掛ける!!」

大声で迷惑掛ける宣言をする高崎。文字だけみたら天上天下唯我独尊である。

「フフっ、いいよ夢ちゃんなら。」

思わず吹き出した。高崎の友人、返す言葉の節々に優しさを感じる。親友といえるだけの信頼性が垣間見える。

「なんでやめちゃうの?響ちゃん」

ストレートでいいな。

「ストレートだね、夢ちゃん」

感想被った。どちらかというと高崎の行動が真っ直ぐ過ぎるから、大体感想同じか。

「少し疲れちゃった・・・からかな?他人を気にするのに疲れちゃった。これだけだよ。」

いい理由だ。疲れた・怠い・飽きたは人間の裏三大欲求だ。

「・・・それで納得するとおもう?」

「あらら。やっぱりダメか。」

ダメなんだ。ダメ人間は納得なんだけどな。

納得いかない高崎の為に理由を深掘りする親友さん。

「疲れた、は本当よ?

 2年ぐらい活動してここ数か月まで全く人気でなかったし。」

「でも、出たよね?」

「うん。でたよ。凄い嬉しかった。

 配信中の同接が一人増えるだけで嬉しかった。なにか喋ると反応があるのが嬉しかった。

 生活できる位のお金も頂けるようになった。

 このままVtuberで食べていこう。夢ちゃんみたいにVtuberとして生きようって」

希望のある話だ。二次元ならそのままGOODENDだろう。

「たくさんあるコメントから悪意のある物が増え始めた。

 良い人の方が多いはずなのに、少ない悪い人が気になる。

 気にしないように心掛けても、つい目で追ってしまうの・・・」

「BANしたり、コメントに制限かけたらダメなの?・・・」

高崎が打開策を提案する。ボクもそう思う。別に見なくていいものは見なきゃいい。テレビと同じでは?

「・・・私もそう思う。しようとした・・・けどね、誰にも見られなくなる恐怖で出来なかった。

 誰もいない場所で一人で声を出したくない。反応がないなんて嫌だって。

 こんなこと考える時点でVtuber向いてないよ。だから今日辞めるの。」

苦しそうに胸の内を語りきった。

・・・現実のお出ましだよ。またシリアスだ。

これだけ他人に嫌な気持ちにされても、他人と関わらなければ生きていけない人間。さみしがりな生き物の性が彼女を苦しめている。

いいじゃないか、逃げても。自分が壊れる前に逃げる。この行動を批判出来ないだろ、むしろ彼女の聡明さを尊敬すべきだろう。

「そっかぁ・・・。じゃあなにも出来ないね。わがまま通るなら続けて欲しいけど。」

流石の高崎も観念したようだ。寂しそうに呟く。

「やめた後の方が笑えるなら、あたしはそれがいいな」

「私も正直言うとね?みんなの前で歌ってる時以上の楽しい時見つけられるか不安だよ・・・。」

しこりの残る終わりになりそうだ。人によっては”なら続けろよ”と思う人もいるだろう。

そんなに人に言いたい。未来に希望だけ持てる人ばかりじゃないんだよ。

ボクは怖いよ。高崎を失うことも。失った後も。

「先生は辞めるのと続けるのどっち派?」

そんな重要なことボクに投げるなよ。困るだろ。

社交辞令を発動、なぁなぁにする。

「えーと自分にはちょっと難しい話しかなぁーと、思いまして・・・」

「真面目にね?先生」

こっわ。そんな低い声出すなよ。

「あ~始めた理由しだいじゃないかな?」

「りゆー?」

アホズ・・・気の抜けた顔でオウム返しする高崎。可愛い。

「そう。自分の価値を認めて欲しいとかなら、アンチガン無視で続ける派だね。

 基本的に人の価値ってなんだと思う?生きてるだけで価値があるとか綺麗なのじゃなくて、現実的な価値の決まり方。」

「ん~頭のよさとか?」

「必要とされた数だよ。」

「どーゆうこと??」

わかりずらいのか、?を浮かべて首を傾げる高崎。

「そのままだよ。その人が必要だと思った人の数が価値だ。

 ちなみに10人いる現場で10人から必要ようとされたら相当優秀だね。」

「じゃあやっぱり、頭いい仕事できる人とかじゃないの?」

違うんだよなーこれが。

「出来が良くても人となりが悪いと求められないんだよ。逆に人の良さだけで求められる事もある。」

割と後者の方が多いけどね。

「配信者は尚更わかりやすい。登録者数でその価値が一目瞭然だからね。

 10超えて優秀だから、100超えたら天才?万超えたら現人神だよ。

 辞めた後に、それ程価値が上がる事なんてほとんどないんだ。絶対は無いけどほとんどね。

 価値の為に始めたんなら、しがみつくべきだと思う。」

「なるほど・・・、10万の価値は捨てがたいですね。」

・・・ん?声入ってんの?かなりタブレットから距離あるよ?なんで親友さんの返答返ってきた?

「え?聞こえてんの?」

「え?はい・・・しっかりと。」

高崎の方に首を向けると。ドヤ顔の娘がいた。

「イイマイクでしょ!?外で配信する用に持って来た!」

配信者さまぁー。やめてくれ~。一般人なんですボクぅ。

「恥ずかし・・・ネットに変なの流した・・・」

「そんなことありませんよ?あなたのおかげで助かりまたよ、私は。

 誰にも見られないかもなんて杞憂、教えてくれた価値観のおかげでなくなりました。」

「えっ?響ちゃん?」

嬉しそうに問いかける高崎。

「ええ、Vtuber響現役続行です。気に食わないなら見なくて結構ですよ。10万価値の女になります。」

お茶目な感じてアンチを煽る響さん。なんで悩んでたの?こいつ。

”お祝いだー”と何処かに消える高崎。

「なんだ?これ」

「本当に感謝します。助かりました。」

こいつ。少しうざいな。

「勝手に助かっただけでしょ。なんもしてないよ。」

少し言葉に棘が出る。なんの時間だったんだ。

「いえそんなことはないですよ。本当に「あんさー」

我慢できずに、つい言葉を被せてしまう。

「10万人分価値集めたいのはキミの力なんだぜ?それまで努力してきた結果なんだよ。

 そもそも人は言葉じゃ助からないんだよ、基本的に。言葉だけで助かるなら、最後には自分で助かるんだよ。」

時間の問題に過ぎない、そんなことに高崎の時間が使われたことが少しイラつく。同じ価値の一分一秒じゃねーんだよ。

「先生」

急に後ろから抱きつかれる。

「あたし、響ちゃんがVtuber続けてくれた方が幸せだよ。

 先生はちゃんと約束守ってくれてる。あたしはこの時間で幸せに近づけたよ。ありがと、先生」

そうか・・・、無駄遣いじゃないならいいか。

「悪い八つ当たりした。」

 

 

 

 

残り日数約77日

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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助けると救う


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 お転婆娘のドタバタに巻き込まれた。娘って歳じゃない?行動が子供なら何歳でも子供なんだよ。大きな子供多いよ?社会人なら解る。

小娘Vtuber継続祝い後、当初の予定通りに”天まで続く道”に来ていた。

雨が降り、そこまで景色は良くない。何故か高崎は今日ここに来たがった。

「なんで今日ここに来たがったの?晴れた時でよくないか?」

「午後には止むからいいの」

午後にはって・・・

「あの~、まだ9時だけど・・・」

「今日はここで車の中から楽しむの」

涼しげな顔で待機を命じる高崎。珍しい気がする。あまり留まるのが好きじゃない偏見だったが。

「そのために~じゃん!」

たっぷりと中身の入ったコンビニ袋を見せつけてくる。

「籠城戦の準備万端なのだーっ!」

ウハウハである。姫のご機嫌麗しく、とても喜ばしいです。

「だからさ、雨止むまでゆっくりはなそ?」

少し真面目な雰囲気で雑談を誘ってくる高崎。

そんな湿っぽい空気で、何を話すんだよ。

「いつも、喋ってるじゃん。」

「・・・言いにくいこと聞くよ?先生最近ナニに、焦ってるの?」

「ぁ・・何も?」

突然の事に言葉が詰まる。そんなに行動に出ていたか?

「アハハ。今回のウソはへただったね。

ちゃんと焦ってるよ先生。ちゃんと見てるもん。車の運転とか分かりやすかったよ?箱根の時より段違いで速いし。響ちゃんに怒ってるとこ見て、一回話さなきゃだめな気がしたの。」

かなり出ていたらしい。高崎にはお見通しか~。

「先生が今焦る理由なんてあたし関連だよね?入院した後だから・・・

あたしもしかして半年持たない?」

質問しながら確信している。そんな矛盾をはらんだ表情。

なんで気づいちゃうのかなー。なんで気付けるだけの頭もった奴がこんな運命なのかなー。元々神なんて信じてなかったけど、ホントにいないんだな。ありがとう現実。これからも無宗教だよクソッタレ。

「元々、半年持つ根拠なんて無いらしい。キミの精神に余裕がないから真実を言わなかった、お医者さまからそう言ってた。」

これまでのことをそのまま伝える。

「そっか・・・。やっぱりかぁ~。」

意外とすんなりと受け入れる高崎。納得の表情ですらある。

「・・・なんでそんなに受け入れられる?」

「ん~、お母さんのおかげ?・・かな、同じ病気だったから。

一か月くらいで急に倒れて死んじゃったから・・・、正直半年は長いと思ってた。」

なんて言葉を返せばいいのだろう。何も浮かばない。浮かぶ奴なんているのかな?いるなら変わってくれよ、頼むから。

ふと唇に何か当たる。目を向けると高崎がタバコを押しつけていた。

「なに?急に」

加えながら質問する。

「ごめんね?反応しづらいよね?だから誤魔化しように」

気遣いしてくれたらしい。なんでそんな状態で他人に優しく在れるのだろうか、ボクが逆の立場なら出来るだろうか?・・・この考えは辞めよう。もし誰かになれたらなんて最も無駄な妄想だ、結果の変わらない行動に価値なんて無い。

有り難く、高崎の優しさを受け取ろう。

「ハイッ火をつけますよー」

ニコニコでライターを近づける高崎。本当に良い女性だ。

「後、何日くらい残ってる?あたし。」

「お医者さま曰く、平均76日。詳しくは解らない」

「本当にお母さんといっしょだ。変なところ似たなー。いっぱいしゃべろ?先生

あたしがどんな人間か知ってほしいんだ。」

「いいよたくさん話そう。」

雨音をBGMにたくさん話した。これまでの生い立ちとか趣味とか好きなもの嫌いなもの、大体喋った。無言の時間もあったけど悪い時間じゃなかった。

 

「先生っ!みてみて!!」

急に高崎が騒ぎ出す。言われた通りに前を見る。そこには何処まで繋がる道があった。道の途中から霧がかかり本当に天まで続いているかの様。

「待ってた甲斐があったな高崎。」

「別に待ってないよ?先生といっしょなら、なんでも楽しいもん。」

素直な言葉を素面で言う高崎。だからだろうか、少し素直に返す。

「照れるからやめてくれ・・・」

「・・・かわいい。先生っ!あざといよー!!」

だらしない顔で肩パンしてくる。イタイイタイカワイイイタイ

「写真撮ったらいくよ。シートベルトして」

「はぁ~い」

その後は五日掛けて北海道制覇。長い北海道が終わった。

 

残り日数約71日。

 

 

高崎家に戻り、荷物の整理をしていると高崎の部屋からドサッと鈍い音が聞こえる。荷物でも落としたのかと様子を伺いにく。

「おーい高崎さーん、大丈・・・」

部屋を開けると高崎が倒れていた。

倒れている。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「おいっ!!大丈夫か!!?」

苦しそうに呼吸しながら倒れている高崎。

どうする・・・どうするどうするどうするどうするどうするっ!落ち着けボク!

「っフー」

一旦呼吸を挟む。酸素を回した頭で救急車を呼ぶ。

「頼む!生きてくれ!」

程なくして救急車が到着し、一緒に乗り込む。乗り込んだ先にお医者さまがいた。

「柳さん!高崎が!」

「大丈夫。まだ死なない死なせない。」

強い口調で落ち着かせる様に声を掛けてくる。

「素早い判断ありがとう。ここからは私に任せなさい。」

 

 

その後治療室に運ばれる高崎を見届け、外で待つ。

何か出来るわけでもないのに、何かしようと体が疼く。立っては座りを繰り返す。そんなみっともない真似を続けていると治療室の扉が開く。

「佐藤さん。大丈夫、まだちゃんと生きてるよ。」

「っありがとうございます!」

頭が上がらない。本当に上がらない。感謝の言葉が見つからないって本当にあるんだな。お医者さま、ありがとうございます!これしか出ない!。

「・・・高崎さん。少し心臓が弱まって来てます。」

「えっ」

「可能な限り遠出は避けて頂きたい。迅速な対応を・・・高崎さんを長生きさせる為にも協力してくれませんか?佐藤さん。」

下げる必要の無い頭を下げられる。そんなことされたら何も言えない。

「・・・はい、わかりました」

うどんと蕎麦・・食いそびれたな高崎。

 

 

そのまま高崎は入院。何もすることが無くなり。病院を出ようとしたところで何者かに声を掛けられる。

「あれっ?先生?」

誰だこいつ。肩位まである黒髪にメッシュ?かなんか入ったそこそこ遊んでそうな女性に声を掛けられる。

「誰ですか?」

「先日お世話になりました。坂口響です。一応初めましてかな?」

「どうも。それでは。」

小娘かよ。今話す気分じゃないんだ。逃げるよ。

挨拶だけして立ち去る。

「ちょっと!え?待ってよ!」

病院の外で捕まる。袖を捕まれがっつりと。

なんだよ。初対面だぞボク、離せよ。

「なに?」

「なに?じゃないですよ!」

ない?で済むだろ。お互い用事なんてないでしょ。

「なんかあったっけ?ボクら」

「なにもなくてもそんな顔してたら声かけますよ!顔色悪すぎです。死にそうですよ?大丈夫ですか?」

そうかい。そんな顔してるんのか。まぁ別にいいか。

「別に死なないよ。死にそうなのは・・・なんでもない。」

「夢ちゃん・・・何かあったんですよね?」

「倒れただけ、まだ死なないよ安心して。何日後ならお見舞い行けるだろうから行ってあげて。」

必要最低限の情報を告げて歩き出す。目指すはコンビニ、工場長と再会した病院から一番近いとこ。

「ちょっ!?先生!?」

何か聞こえたが無視して早歩きする。しっかりと逃げる。

コンビニにたどり着きアルコール類を手に抱えてレジに行き購入。店を出る。

「お昼からお酒ですか、好きなんですね」

まだいたのかこいつ。誰だっけ?まぁいいか小娘で。

無視してれば消えるだろうと高を括り、人気の無い公園に向かう。また嫌な思い出が増えそうだ。いや、増えるなこりゃ。

「スミマセン」

しつけぇな。いい加減空気読めよ。人が何時でも誰かと居たいと思ったら大間違いなんだよ。イラつきながら振り向くと知らない人がいた。

「は?」

50代位の薄汚れた、外国人のおばさまがいた。え?玉手箱開けた?

「スミマセン」

「はい、なんですか?」

カタコトの日本語で話し掛けられる。道にでも迷ったか?

「ココマデ、ナニモタベナイデアルイテキマシタ。オカネメグンデクレマセンカ?オネガイシマス・・・。」

なんだ、物乞いか。高崎と会う前なら少し考えたが。

「よく聞こえません。失礼します。」

ガン無視で立ち去る。追っては来ないようだ。助かる、走る気分じゃなかったんだ。ようやく公園にたどり着く。酔えない酒を飲みながら心の整理が出来る。

「なんで!おばあちゃんのこと無視したの!!!」

うるせぇな、まだいたのかよ。

怒り心頭な小娘がいた。まだ言い足りないのかこちらによってくる。

「なんで助けなかったの!?そのお酒買うお金、少しくらい別けてもいいじゃない!!そんな姿、夢ちゃんが見たら悲しむよ!!」

服を掴み、怒鳴る小娘。解らない、何が気に食わないのだろう?

「私を助けてくれた先生は何処に行ったの!!」

「うるせぇな、声下げろよ。ちゃんと聞こえてるよ。」

「うるさいですって・・・?」

ボクの返答が余程気に食わないらしい。確かに気は滅入ってるそれは認める。けどな、ボクは多分同じ行動を取るよ。自信がある。

「何が気に食わないのさ?」

「何って・・・おばあちゃんを助けてなかったことよ!」

「それが解らないんだ。あの場だけ助けて何になるんだよ。」

「今日を生きれるわ!」

睨みながら反論してくる。問題はそこじゃないんだよ小娘。

「今日は助かるな、じゃあ明日は?」

「え?」

戸惑いの声を上げる小娘。

ほら、なんも考えてないじゃん。

「明日は誰が、ばぁさんを助けるんだよ。キミが毎日面倒見るのか?」

「それは・・・」

「無理だろうなそりゃ。

 いいか、小娘。助けることと救うことは全然意味が違うんだよ。」

気付いたのは最近だがな。

「その場を助けていい気分になろうが最終的に救われなきゃ、意味ないんだよ。ボクはそこまで手出し出来ない。結果が変わらない行為になんの価値があるんだよ。お互い迷惑だろ。」

「それでも・・・助けようとするのは間違ってない」

いい文字だね。漫画なら名言さ、現実だと響かないけどね。

「キミ人を助けきろうとしたことある?」

「・・・無いです。」

「ボクも高崎と会うまでなかった。やると解るよ、救うってどれだけ難しいか。

何人も手出し出来ないよ、一人が限界だよ。ボクの頑張りが足りないのか?これでも?って不安になる。押し潰されそうだよ、ずっと。

それが解る人なら多分怒らないと思う。」

悔しそうな表情する小娘。素直に気が合いませんで終わればいいのに。

「お気持ちは解り「それだけは辞めろ」」

「本当に辞めてくれ、キレる。同じ境遇じゃないのに、どーやって解るんだよ。それは知ってるだけだよ、履き違えるな。」

情報を知ってると理解している、これは全然違う言葉なんだよ

全く関係ない人にそれを言われたら多分ボクはキレる。

戦ってない奴がガヤ出すな、関わる気がないなら傍観者でいろ。中間地点の奴らが一番邪魔なんだよ。

「っグス・・なんで私のこと助けてくれたんですか?」

泣きそうな小娘。ボクが悪いのか?これ

「前にも言っただろ、助けてないよ。勝手に助かっただけだよ、言葉だけで助かれる人はもう助かる準備が整った人だけなんだよ。整えたのはキミだよ。

言葉だけで助からない救えないからボクは今、このザマなんだよ。」

「・・・・」

考え込む小娘。言い過ぎなのだろうか?

目尻に溜まった涙を拭いこちらに手を伸ばす小娘。

「500円ください。おばあちゃんに1000円渡したんで半分で」

「は?」

どんな答えを弾き出したこいつ。

「先生が助かる準備です。」

「ボクが・・・?別に求めちゃないけど・・・」

「外から見たら本当に死にそうです。最初の顔出しと別人ですよ?」

心配そうにこちらを見る小娘。

そんなに酷いのかボクの顔。高崎にも心配されているのだろうか。

「私、まだ救うって解りません。だから理解しようと思います。

おばあちゃんのことは、まだ知ってるだけの私には許せません。だから500円預かります。理解出来たら返します。

だから先生を助けてさせてください。」

真っ直ぐな目でこちらを見る坂口。何処かの誰かによく似ている。流石親友だよ。心残りがあるとするなら。

「ボクはキミを助けてないのに、助けてくれるの?なんで?」

「先生にとってはそこまでのことなんでしょうけど・・・

言われた私は、救われましたよ。ちゃんと・・・

助けて無いなんて認めません!あの言葉と考え方は先生にしか出来ない方法で人を救ってます!!。だからただの恩返しですよ。」

そうかい。ボクは誰かの助けになれてたんだな。

少し高崎の気持ちが解った。誰かが助けにくるのは確かに嬉しい。最期まで救うってくれるかは知らないけど。

「ハイ」

500円玉を坂口に投げ渡す。

「人助け、承りました!」

嬉しそうに受け取り、口約束を交わす。

今日は乗せられよう。助かりに行かないのは性に合わない。

「まずは先生の体に悪いお酒を一緒に処理しましょう!一人で飲んだら早死にします。絶対。」

そんなに多いんだこの量。酔えなくなってわからなくなってしまった。

「先生?乾杯しましょ?」

今日は酔えそうな気がした。

 

 

残り日数???

 

 

 

 

 

 

 

 



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帳尻合わせ【上】

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 坂口と酒を飲み明かして数日後、高崎との面会が可能になったとの連絡を受けた。

可能な限りの速度で病院に向かう。駐車場に車を停めて走る。

運動不足にニコチンが心臓を虐めてくるが無視する。

もっと辛い人が待ってるから。

病院内に入り、受付を済ます。ここからは走れない。早歩きだ。

そして高崎のいる、扉の前に立つ。

深呼吸して荒い呼吸を整える。

ところでなんでボクはこんなに焦っているのだろうか。この前からも。

坂口との会話、どこが既視感を感じていた。初めて高崎と話した時を思い出していた。その時の心情もしっかりと。

ボクは泣きたくない、シリアスなんてとことん嫌いだ。だから入れ込み過ぎないよう、心掛けていたはずだ。

ならなんで、こんなにもボクは焦っているんだろうか?

なぜ、こんなにも彼女と会いたいのだろうか。

こんな展開になるなんて、最初から知っていたのに・・・

長く考えていたらしい。呼吸は整った。その答えを知る為に扉を開けた。

「先生!」

こちらの姿を確認した途端に大きな声を上げる。

元気そうだ。元気そうに見える。

「大丈夫か?高崎」

「うん!元気だよ!」

笑顔で返事をする高崎。

良かった。本当に良かった。

「まだ、やり残したことあるからね。死んでられませんよー。出来ることへっちゃったけどね。」

「・・・もう、聞いたのか?」

「うん。これからは車椅子だってさ。楽できるね~」

おどけて話す高崎。

なんでそんな風に話せるんだ。辛くなさそうに振る舞えるんだよ。

なんでボクは、見ているだけのボクがそんな風に振る舞えなさそうなんだよ。

拳を強く握る。痛い位に。

おくびにも出すな。暗い雰囲気が、シリアスが嫌いだから彼女はそう振る舞っているんだ。何も辛くないボクがなに甘えてんだよ。

「・・・うどんとそば、食い損ねたな。」

「現地ではね。通販で買って作ればいいよ。」

「作るよ・・・。美味しく出来るまで、何度でも。」

反射的に言葉を発した。考えなしに。

それを聞いて高崎は嬉しそうに微笑んだ。

 

 退院まで時間が掛かると思っていたが、今日の内に退院可能らしい。お医者さま曰く”ここにいても大した事が出来ない。”とのこと。遠出さえしなければいいらしい。退院準備が終わった高崎と再度合流する。

「先生、おまたせ~」

看護師さんに車椅子を押されながら高崎が現れる。

出会った頃より確実に白くなった肌と車椅子の組み合わせは、確実に終わりが近づいていることを感じさせる。時間が経つのはこんなにも早いのか。

そんなことを考えてながらも澱みなく返事する。

「待ってないよ」

「ほんとー?別にもんく言っても気にしないよ~?」

唇を尖らせる高崎。文句言って欲しいのか?この子。あざとい顔しよって卑怯者。

「本当だよ」

「ならいいや。先生おうち帰ろ」

「りょーかい。」

そこで看護師さんに車椅子を手渡されたる。

「あたし、全然車椅子の練習してないからよろしくね!まじで自分で動かせないから!」

「はい?」

なんで練習してないの?

「別に歩けないわけじゃないしね。あんまり動かないようにするのが目的だし。それに先生ずっと一緒に居るからいいじゃん!」

重い信頼だな。笑顔でそんな重圧かけないでよ。

「・・・今回は流されますよ。」

今回を強調させて車椅子を押す。次回なんてあるかわからないが。

人を乗せた車椅子は重かった。

本当に・・・重いよ。

重量だけではない重みにまた心が軋む。でも、投げ出さない。

そこまで取り柄の無いボクが約束まで守れないことは、嫌だから。

 

 

 高崎家に到着。車から車椅子を降ろし、高崎が座るのを待っていたが。

「センセィ~。車椅子までよろしく!」

両手を広げて、甘えてくる高崎。

別にキミ足は何の不具合もないよね?立てますよね??

疑問が頭の中を駆け巡るが、飲み込んでお姫様抱っこをする。

「先生、力あるね~。ごくらく、かいてき~」

だらしない顔で全てを委ねる高崎。

女性の体を始めて持ち上げた。

小説とかだと、香りにや感触にドキマギすると書いてあるが、現実は違うらしい。

軽くて重い。そんな矛盾が成立している。

これは文字に出来ないだろうなぁ。

重量的な軽いという感覚。それが逆に様々なネガティブな妄想を生み、結果重く感じる。

命とは、重いんだ。

車椅子に可能な限り優しく、降ろす。

命の重さから解放される。

「重くなかった。?」

「うん、大丈夫だよ」

体的には余裕だ。仕事で鍛えてる。

「・・・ありがとう」

含みのある感謝を頂く。

何か察せられてる気がするなー。

「いいよ。」

さあ、命を感じよう。

車椅子を押し始める。ゆっくりと。

周りから見たら高崎を労わってる様に見えるだろう。

実際はボクの限界速度だ。これ以上は無理だ勘弁してくれ。

同じ境遇、過程を行えばこうなると確信出来る。なれないならここまでこれない。

ゆっくりと高崎家に歩き続ける。一歩一歩、踏みしめながら。

 

 

家にたどり着き、彼女を椅子に座らせる。

「快適な安全運転かんしゃ!!」

満面の笑みで感謝を述べる。

この笑顔がお駄賃ならば体張った価値もあるだろう。

「お安いご用だよ」

「さすがですな、センセ」

パソコンの電源をつけながら話してくる。

「なんか、見る?」

「ううん。配信ネタを考えてる。家中心の生活になるしね」

手慣れた操作でパソコンを弄る高崎。

直ぐに出来る事を考えている彼女に尊敬の念を覚える。

「強いね・・・本当に」

「出来ることをする。先生の真似事だよ」

「ボクより正確に実行出来ているよ。本当に凄い。」

「えへへ。褒められちゃった」

少し照れ気味に笑う高崎。

ボクも少し照れそうになる。理由はわからないが。

「どんな配信する予定?」

照れ隠しに話題を振る。

「ん~、何をするか決める配信をしよーかな?」

「何それ最強ジャン。」

「視聴者に向けての配信だからね。何を見たいか直接聞いた方が早いよ。」

おおー。Vtuberベテランは違いまな。ベテランか知らないけど。

「何をするか決めて、それを行うで無限ループじゃん。優勝仕様この上ないね」

「それなりに視聴者いないと出来ないけどね。」

渋そうな顔で苦労を語られる。配信者も色々あるらしい。

「よし15分後に予約かんりょ!SNSにの拡散おk!」

どうやら準備が終わったらしい。邪魔者は去りますかね。

立ち上がり部屋を出ようとすると、袖を掴まれる。どうかしたかと振り返る。

「・・・となりいて?」

上目遣いで甘えてくる高崎。それはチートですよ?高崎さん。

「りょーかい。」

簡易的な椅子を引っ張り出して隣に座る。

「えへへ、ありがと」

弾むような声で感謝を頂く。

今日はたくさん感謝されてる気がする。

 

 

隣で一時間ほど、高崎の配信している姿を黙って聞く。

どうやらゲーム関連を主に、別のVtuberの方々と遊ぶらしい。一応仕事か。

Vtuberだけのゲーム大会に出場をしたいらしい。目標があるのはいいことだ。

黙って聞いた感想だが、こやつおしゃべり上手くね?である。

本当に隙間・澱みなくトークを進めて、かっこかわいいです。コメントも見ながらとか化け物ですか?

ボクは新聞すら読めねーぞ。活字よりアニメですよ。見てるだけでいいし。

「お手洗い行ってくるね?じゃあ先生よろしく」

椅子を引き、手を広げ、当たり前の様に訪ねてくるバカ。

「何を言ってんだ?」

「ほら、可能な限り動くの禁止じゃん?わたし」

一人称でふざけているのが解る。センシティブなネタぶっこんできやがって。

「トイレまでの歩行は運動ではありません」

きっぱりと断る。断じて嫌じゃ。

「流石にそーだよね」

笑いながらすくっと立ち上がる。

「センセィ~、適当につないどいて~」

扉に手を掛け、振り向きながら宿題をだされる。

「話すことなんかないんだけど・・・」

「コメントみて、何となく喋っておけば大丈夫!」

サムズアップをして、廊下に消えていく高崎さん。

キミ上司向いてないタイプね?わからん仕事投げて質問させないタイプね?ボクに効果抜群だよ

「えー・・・」

嫌々サブモニターに目線を向ける。

 

:先生だ!!

:めちゃくちゃいやそーで草

:元気ですか?

 

なんかいっぱい文字だ。

 

 

 

 

「あっ喋らないといけないのか」

忘れた。このままではハラスメント上司に怒らてしまう。

 

:そーだよ、喋ってよw

:忘れてたんかーーい

:無言で不安になったわ

 

不安にさせてごめんねー、ワタシコノシゴトワカラナイ

どうしよう。この場合は先人を真似るべきだ。

「・・・なにか聞きたいことある?」

完璧に真似たね。100点満点優勝仕様ですな。

 

:夢ちゃんは可愛い?

:それ気になる

 

どうやら高崎の容姿が気になるらしい。えー困るなぁ

「彼女はVtuberなので、お答えしません。サービスとして童貞の夢は現実にあると伝えます」

これでいい?面倒くさくなってきた。

なんで、顔も見えない文字に気遣いしてるんだボク。

ウソだ、この人達のお金で遊んだわ。むしろ神だ。スミマセン気遣いします。

 

:どーゆこと?w

:もしかしなくても可愛い?

:気になる!

:詳しく

 

文字多いよ。とんでもないスピードでスクロールしていくコメントに目が回る。

どんだけタイピング早いんだ。みんな役所仕事してんの?

よくよくモニターを凝視してみると、視聴者数が6千人ほどいた。え?バグ?

そりゃ文字多いはな、人が多いんだもん。ボクが最初見た配信は千人位だったのに。

 

 

:いいなぁ、見た目も声も可愛い子と一緒にくらせて

 

 

「は?」

なんだその言い分は。舐めすぎだろう。

坂口なんでVtuberを辞めようとしたか、今解った。凄いな、これ程の数の中でもきちんと目に付く。

素人なボクでも直ぐに解る。真っ白な紙に一滴墨汁を垂らしたように。

「気に食わないな」

 

:どうした先生

:アンチなんて無視だよ

:顔晒すだけでいいなら俺もやるわ

:気にしないで!

 

「・・・やめておいた方がいいよ」

これだけは言える。本当にやめておいた方がいい。

 

:・・・

:先生・・・

:なんで?

 

「彼女は、可愛くて綺麗だよ。本当に見た目もいい。

こんなクソみたいな状況でも、前向きで強くて・・・本当に凄い人なんだ

そんな人とずっと隣にいて頼りされてる姿なんて、外から見たら羨ましいよな」

一息入れる。こんなこと話してもなんの価値なんてない可能性高い。

でも、言わずにはいられない。

そんな軽いもんじゃないんだよ。ボク達のこの一か月、そんな薄っぺらくねーんだよっ。

「彼女が眠れる様に一緒に寝てる。朝起きてくれないかもと不安で眠れない。

彼女を助手席に乗せて運転する。事故しないか不安で冷や汗が止まらない。

彼女と旅行した。予定外の時間浪費に、苛立ちが止まらない。

彼女を乗せた車椅子を押していく。命の重さで足が前に出ない!

彼女が死ぬ。誰も悪くない状況にどうすればいいのかわからない。

泣きそうな時も苦しい時も、自分より辛い人が居るから我慢する。

これがこれから先、キミ達を待ち受けるんだよ?」

 

:・・・・

:・・・・

:・・・・

 

なんで無言なんだよ。文句あるなら目の前に現れろよ。

いいなぁ。第三者って。ボクはキミ達が羨ましいよ。

「人生が二度あったとしたら、ボクは同じ道を歩かない自信があるよ」

二度目なんてないがな。

現実はクソゲーだよ。リセット&セーブが出来ないなんてクソゲー過ぎるよ。

「ただいまー!あったかい飲み物作ってたら遅れた!」

空気を断ち切る様に、高崎の元気な声が響く。

いいタイミングだ。まるでヒーローだ。

本物のヒーロー。いないかな?全部救ってくれるヒーロー。二次元から飛び出て来ないかな?

来ないよな。

「何とか場繋げておいたよ。ちゃんと喋って」

噓は言ってない。

「・・・ありがと。交代でタバコ吸ってきていいよ?」

まーた察してそうだな。聡いことで。

その気遣いが嬉しかった。有り難い。

「お言葉に甘えて、失礼。」

部屋を出てベランダに行く。

ポケットからタバコを取り出し、箱を開けると最後の一本だった。

「タバコの本数が増えるの伝え忘れたな・・・」

深呼吸する様に紫煙をくぐらせる。

前は美味しくて吸っていたが・・・今はどうだろう?

溜息をする様に紫煙を吐き出した。

 

 

 

残り日数 ???

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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帳尻合わせ【下】

お気に入り感謝します。
励みになります。


 逃げ出して、タバコをベランダで吸う。社会にはタバコ休憩はクソだという風潮があるが、

今は勘弁して欲しい。流石に戻りずらい。

彼女の配信で話すことではなかった。寧ろイメージダウンになることを話してしまった。申し訳ないと思う。

何故か言葉を紡いでしまったんだろう。

頭では理解していた。この行動に価値なんて無いことに。

でも、止まらなかった。どうしてだろうか?

最近ブレーキの利きが悪い。中々止まれない。坂口の時もそうだ。

もうボクは壊れているのだろうか?気付いていないだけなのか?

定期健診サボって良かった。ボクまでお医者さまにお世話になったら。

高崎が悲しむ。

だからそれは出来ない。

たかが心の不調だろ?心臓止まりそうな奴が居るのに鬱程度で止まれと?

出来るわけ無いだろ。甘えるなボク。

人間は不便だよな。車と違って壊れた部品を交換出来ない。時間とお金を掛けて治療しないといけない。面倒臭いが、ボクには長いクソゲー人生が残っている。数年、床に伏せようが大丈夫だ。

時間はたっぷりある。贅沢に無駄遣いする。してやる。

ここまで頑張ったんだ。いいだろ?いっぱい休んでも。ふかふかのお布団と畳の臭い。家族が作ってくれる、自動で出てくる暖かいご飯。全部心ゆくまで楽しんでもいいよな?絶対に頑張った分、頑張らないでやる。

タバコが短くなってきた。現実逃避と反省会は終わりだ。

スマートフォンで高崎の配信をチェックする。

セミロングの赤い髪に、桜チックな髪飾り。大きな瞳の童顔のVtuber。

リアルの方が好みだな。

そんなくだらない感想抱きながら、配信が終わっている事を確認する。

そこそこ長い間、考え事をしてしまったらしい。手癖でチェインスモークしている事に気が付かなかった。タバコの火をもみ消す。

さぁ現実が追いついたぞ。

そう自分に言い聞かせて高崎の元に向かう。

 

 

部屋に戻ると、マグカップを片手に持った高崎に声を掛けられる。

「休憩出来た?少し冷めちゃったけどココアだよ」

少し心配そうにマグカップを手渡される。

「大丈夫だよ。ニコチン満タン給油で元気ハツラツだよ。」

心配掛けない様に、少し大きな声で返す。

「自分の心配だけでいいんだよキミは。そうゆう契約だろ?」

「・・・あまり言いたくなかったけど・・・」

困って顔で言いずらそうに言葉を止める。

さっきの配信での粗相を怒られるのかな?ボクのミスだ甘んじて受け入れよう。

「ごめんね」

「え?」

始めて聞いた言葉に驚く。高崎と会ってから謝られたのは始めてじゃないか?

「先生が辛いのあたしのせいだよ。本当にごめんなさい。」

なんで謝るんだよ。キミは悪くないだろ。悪いのは現実だよ。だから謝らなくていいんだよ。そんな顔するなよ。そんな顔見たくないから頑張ってるんだよ。

「全然辛くないさ!キミのこと軽々と持ち上げただろう?安心してよ楽勝だぜ?

ボク体は頑丈なんだよ」

心配させないように笑顔で話す。体を動かして少し大袈裟にリアクションしながら。

「あの後ね?みんなに凄い先生のこと心配されたんだ。

あたしのこと気遣って、演技してること。見て見ぬふりしてた。

そっちの方が嬉しいかなって、甘えてた。」

「それでいいんだよ。ボクはまだ先がある!安心して食い潰していいのさ!」

何も間違って無い。そっちの方が嬉しいよ合ってる。

「骨の髄まで脛齧りなよ。大丈夫。寝れば治るから。」

だから頼むよ・・・

「だから・・・笑っていてくれよ高崎。」

それが頑張る理由になる。頑張った結果として最高なんだよ。

キミが笑えないとボクはもう・・・笑えない。

多分それくらいキミに入れ込んでいる。

「我儘でごめんね・・・本当に。笑いたいよ全力で。楽しみたいよ。残りの人生。」

「楽しんでいいんだよ。」

安心させるように笑顔で「先生が!!そんな顔してるんじゃ笑えないよ!!」

大きな声を出して。スマートフォンをこちらに向け機械的な音が鳴る。

「こんな顔で”心配しないで”なんて無理だよ!」

悲しそうな顔で写真を見せつけられる。

そこには頬がこけ、死んだような目に具合の悪そうな顔をした誰かがいた。

髪も少し痛み始めて、まるで病人だ。

なのに口元だけは笑っていて。途轍もなく気持ち悪い。

「・・・そうか、これがボクか。」

これじゃ心配される。柳さんにも、坂口にも、高崎にも。

呆然としていると高崎に抱き着かれる。

「こんな風になるまで頑張らせてごめん・・・

これからも頑張らせること・・・ごめん」

背中に手を回されて。思いっ切り抱きしめられる。

「あたし泣かないから。あたしの顔みないでね。」

声を震わせながら抱きしめてくる。

「先生が泣いてないのに、絶対に泣かないから!」

ボクがよく使う言い訳だ。

そんなとこ真似しなくていいのに。泣きたければ泣いていいのに。

誰が泣せようとした?ボクだよ。

「ごめんな・・・高崎。上手く笑えなくて・・・ごめん。」

高崎を抱きしめる。

ボクだって泣かない。ボクより辛い高崎が泣いてないんだから。

似た者同士が縋りあった。

 

 

 

 

 

 どれくらい抱きしあっていたのだろうか。とても長く感じた。

長く感じようが一秒は一秒。いつまでも傷を舐めあっている場合では無い。

現実は今も変わらず秒針を動かしている。そろそろ動かないと。動けなくなりそうだ。

人間は一度座ると立ちたくなくなる。横になんてなったら一人じゃ起きられない。

今抱きしめている彼女を支えに動き出す。

「・・・落ち着いた?」

自分に言い聞かせているみたいだ。実際そうだが。

「うん・・・ありがと。」

小さな声が聞こえる。本当に小さな、普段からは想像出来ないほど小さな声が。

「先生あたしね?やりたいことが今、出来た。」

そう言って顔を上げる。

真っ直ぐな目を向けてこちらを見上げる。

強い意志がそのまま目力に現れていて、常人なら少し恐れるレベルの眼光。

綺麗でとても好きな瞳だ。

「デートしよう。今から。」

「いいよ、どこにでもいこう。」

NOなんて有り得ない。”YES”か”はい”か”喜んで”、それがボクの持つ選択権だ。

時計に目を向けると、現在時刻は16時を指している。

遠出も禁止されている彼女を何処に連れて行こうか。

「千葉の遊園地行こうよ。あそこなら病院も近いし。」

なるほど・・・いい案だ。しかし、

「ジェットコースターとか乗れない・・・よね?」

「うん。乗れない。パレードとかみるだけでも楽しいよ。目的はそこじゃないしね。」

何か含みのある言い方をされる。気にしないが。

「りょーかい。行こうか。」

「おめかし、してくる!」

スタコラサッサと歩いていく高崎。

走らないだけ自分を労わっている・・・のか?

ボクもおめかしと行きますか。

しかし洋服類のほとんどが自宅だ。長期旅行中の動きやすい服装しかない。

まぁ、なにしても無駄か。こんな顔じゃ、どんな高い服を着ようが亡霊にしかならない。

そういえば、車に伊達メガネが飾ってあった。それを付けて少しでも印象をよくしよう。

後は仮眠だ。顔色も良くしないと。高崎家のリビングにあるソファに横になる。

今出来ることをやる。少しで心配させないように休息を取る。

好きな瞳に汚いものが極力映らないように。

 

 

 

「先生。お待たせ」

肩を優しく叩かれる。ボクは眠れたのか?よくわからない。

起き上がり、目を開く。そこにはボクの知らない高崎がいた。

「待たせちゃってごめんね?」

見たことないお洒落な恰好に、気合いの入ったお化粧。

基本的に可愛いが目立つ少女から、美しいが似合う女性に。

「凄いな・・・。なんていうか・・・あれ・・・綺麗だね。」

「・・・えへへ。あたしだっておめかし出来るんだよ!」

顔を赤くしながら。笑顔を浮かべる高崎。

嬉しいと恥ずかしいがせめぎ合っているらしい。

「悪いね。ボクなにもおめかししてなくて。」

「ぜんぜん!あたしん家だし、しょうがないよ!」

手を大きく振りながらフォローしてくれる。優しいんだから。

「ありがと。じゃあ行きますかい?」

車椅子を引き、準備する。

「うん!いこ!デートに!!」

そこそこの勢いで座り込む高崎。本当に車椅子いるか?これ。

不思議に思いながら車椅子を押し始める。

こんなギャグみたいな状況でも、少しも軽くならなかった。

 

 

 

高崎を連れて千葉の遊園地、いや?テーマパークか?そんな感じのところに向かう。

学生時代に何度か足を運んだが、アトラクション類の脅威的な待ち時間に行くのをやめてしまった。

その待ち時間の長さのせいで、話すことがなくなり、別れるカップルも多いと噂では耳にするが。

初デートでは少々難易度が高い気がするのだが、高崎には関係無いだろう。お喋りマシーンだし。

時刻が19時台に乗った辺りで遊園地に入り込んだ。

入り込んで直ぐに伊達メガネを付けるのを忘れている事に気が付き、ポケットの中から取り出して装着する。これで少しはマシになったかな?

「センセ~。それなに?」

少し・・・じゃないね。大分嫌そうに高崎に尋ねられる。

「えーと・・・。メガネです。」

これしか言えんでしょ。メガネに油膜でもついてんのか?

「なんでつけたの?」

犬が威嚇してる感じで問い詰められる。コンタクト派でしたか。ソフト?ハード?

「自分の目が気に入らなかったんだよ。」

あんな暗い目誰が好きになんだよ。気持ち悪いだろ。

「・・・契約主として命令します!!メガネ撤去!!!」

ビシッと指を指して命令してくるお姫様。車椅子が玉座に見える。

「えー、そんなに似合わない?」

「いいから撤去!」

感想すら頂けずに出番がなくなった伊達メガネ君。可哀想に。

命令通りにメガネを撤去し、ポケットにしまう。

「ウム!それでよし!!」

大変満足そうな表情を浮かべる高崎。

余り外したくはなかったが、ご機嫌が取れるなら良しとしよう。

「さ!あそぼ!先生」

こちらに振り向きながら笑顔を浮かべる高崎。

こうしてデートが始まった。

 

 

 恐らくだが、一般的なデートを行えたと思う。

チュロスを頬張り。耳の生えたカチューシャを付け、ゆったりとしたアトラクションを楽しみ。

ポップコーン片手にパレードを見た。

カチューシャを付けるのは恥ずかしかったが、お姫様に問答無用で取り付けられた。

アトラクションの待ち時間が障害者扱いでまるで無かった。ゆっくりと進みながらのお喋りはお預けだ。

そんな時間来ないだろうが。

ポップコーンは限定ケースごと購入した結果、量が多かった。チマチマと二人で減らしていく作業に二人で笑ってしまった。

パレードでは車椅子の高崎の為に周りの人達が最前線まで道を開けてくれた。

ボク達を見る目が優しくてむず痒い。少し痛々しそうな目もあったけど優しかった。

パレードも見終わり、どことなく終わりの雰囲気が漂う。

「終わったな。高崎。」

次どうするか聞く為に話しかける。

「終わりじゃないよ。先生。」

何処か緊張した趣きでこちらを見上げる。

「まだ終わりじゃないよ。ここに連れていって先生。」

そうして場所を提示される。どうやら遊園地の外にある堤防らしい。歩きで行ける距離だ。

「りょーかい。行きますか。」

「お願い。」

指定された場所に車椅子を押しながら進む。珍しく高崎が喋らない。

ずっと緊張感を漂わせて、静かに座っている。どうしたのか。

遊園地を出て数分歩き、目的地に到着する。

到着した後も、中々喋り出さない。流石に心配になってきた為、声を掛ける。

「どうした?大丈夫か?」

声に反応したのか、大きく息を吸い車椅子から立ち上がる高崎。

「先生のことがすき!!!」

突然の大音量に驚く。いや、音だけじゃなくてその内容にも。

「お願い事に”りょーかい”の一言で叶えてくれるところが好き!

あたしが寝付くまで見守ってくれてるところが好き!

運転している時にあたしに空調を合わせてくれるところが好き!

気になったことにいろんな考え方を教えてくれるところが好き!

あたしの境遇や不運に怒ってくれるところが好き!

あたしのことを甘やかずに泣きそうな顔で ってくれるところが好き!

車椅子を優しく押してくれるところが好き!!

何処か見透かされてるような暗い目が好き!

タバコを吸ってる手が好き!ボロボロになっても頑張るところが好き!

あの時、あたしに誰よりも早く声を掛けてくれたこと絶対に忘れない。

あたしは佐藤和義が大好きだ!!!!!

途轍もなく愛の籠った告白だった。

肩で息をしながらも、強く、綺麗な、真っ直ぐな目を向けてくる高崎。

「これが今日の目的。死ぬ前にどーーーーしても伝えたかった。」

言葉が出ない。ボクの何処かいい?とか言えないレベルの告白に何も言えない。

「正直ね?旅行なんて行かなくても幸せだったんだあたし。

先生が隣にいて、生きてるだけで凄く幸せ感じてるんだ。」

とても綺麗な顔で語る。その顔はとても幸せそうで・・・

「先生のおかげで、こんな状態でもぜんぜん笑えるんだよ?だからありがとう。」

そうか・・・ボクは間違えてなかったのか。

彼女を幸せな方向に導けていたのか。

・・・少し報われた気がする。

そしてボクがなんで感情的になっていたか解った。

理性が感情にに負けるなんて怒り以外にないと思っていた。

「ボクは・・・キミが好きだったんだな。」

「え?」

呆然とした表情でボクを見ている。

「高崎。帳尻合わせだ。元々行く予定だった場所や見たい景色の代わりに

・・・・・・ボクと結婚してくれ」

 

 

 

時間が止まったのか?そう感じるほど長い数秒。

高崎の目から溢れる涙が時を動かす。

「いいの?あたしすぐ死んじゃうよ?」

「いいよ。今まで通りだ。」

「さらに追い詰めるよ?もうそうなにボロボロなのに・・・」

「仕事で鍛えた。安心しろ。」

「でも「うるさい」

始めてこちらから抱きしめる。

「帳尻合わせって大義名分があるんだ。今まで通り、ボクにお願いしてればいいんだよ。」

「ひぐっ・・・ありがとう。嬉しい。大好きっ!」

「嬉しいなら泣くなよ。」

「うれし涙はいいでしょ!!」

そう言い争っていると、空から爆発音が聞こえる。

「花火だ・・・あたし達のこと祝ってるみたいだね?」

「いいタイミングだなー。おい」

「実は時間狙いました!」

あざとい顔をこちらに近づける。え?計算済みですか?

「祝われついでに誓おうよ。」

そう言って更に顔を近づけてくる。そしてそのまま重なる。

始めてのキスだったが味なんてなかった。

ただ幸せを感じた。

その後の高崎の顔は、出会って一番の笑顔だった。

 

 

 

 

 

残り日数 ???



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普通【上】

お気に入り感謝します。

なんか区切り的にまたまた上下です。


 激動の夜を超えた。余りにも色々ありすぎて、頭が追いつかない。

解ることは嫁が出来たということ。書類を提出してない為、嫁【予定】だが。

人生で彼女なんて出来たことないのに嫁が出来る。これは中々珍しい事例なのではないかと思う。

あの後は疲れて帰宅後、直ぐに寝てしまった。

久しぶりに熟睡出来た。夢さえ見なかった。

いつも疲れていたのに寝れなかったが、今回は何故か寝れた。恐らくだが、

彼女を幸せに出来ていることを、教えてもらったからだと思う。

告白とはとても価値のある物らしい。

好きだけじゃなくて、抱えている物を吐き出す。

この行為に、敬意を持つことにした。

さぁ朝だ。お姫様の朝食を作らなければ。

隣に眠る高崎を起こさない様にベッドを出た。

 

 

 

 朝食を準備を終えてテーブルに広げた辺りで高崎が起きてきた。

「・・・お、オッハナー」

小さな声でモジモジとしおらしく挨拶してくる。

顔色が赤い。風邪か?そんなことは無いだろう。

単純に照れているらしい。昨日の行動で照れない癖に妙なところで照れている。

「フフっ。おはよ。」

おや、いけない。吹き出してしまった。こんな行動したらお姫様は多分・・・

「なんで笑うのよー!てかなんで普通でいられるのー!!」

ほら怒った。やはり失敗でしたか。ご機嫌取らなければ。

「新鮮でつい、ね?まぁ可愛かったからいいんじゃない?」

「んー。・・・可愛いなら今回は許します。」

やや不満な表情だが、溜飲は下がってくれた。チョロQです。

「冷めんうちに、食べよか。」

「うん!頂きます!」

そうして朝食を食べ始める。まぁ、パンとウインナーしかないが。

「実際先生、なんで普通なの?あたしは昨日のこと思い出してドキドキだったよ?。」

パンにマーガリンを塗りながら質問される。

「どうしてって言われても・・・」

自分でもわからない。

「なんか悔しい・・・。あたしだけ浮かれてるみたいじゃん。」

パンを嚙み締めるながら、こちらを睨んでくる。

おお、こわいこわいかわいい。

「浮かれることが悪いわけじゃないでしょ、高崎さんや。」

「あ!」

何か思いついたのか、そそくさと朝食を食べ始める高崎。ちゃんと噛んでるか?

「ヌグっ。先生!あたしお嫁さんになるわけじゃん?」

パンを飲み込んで、意気揚々と確認をとってくる。

「え・・・そうだけど。」

「じゃあさ!名前!名前でよんで欲しい!」

「花。」

「ほら?苗字変わるからさ?周に誤解が・・・あれ?呼んだ?」

困惑気味にこちらを見つめてくる。どうやら呼んだことに気がつかなかったらしい。声が小さかったかな?もう一度呼ぶ。

「花。」

「・・・」

口を開けて動かなくなる。どうした?

「花?」

確認の為に、もう一度声を掛ける。

「はっ!なんで簡単に呼べるのー!もぅっー!!」

口調と声は怒こってる風だが、口元がだらけているせいで、よくわからない表情になっている。怒ってるの?笑ってるの?どっちなの??

「呼び方で照れるとかあんの?」

疑問に思ったことを聞いてみる。

「あたしは恥ずかしいよ!!」

変なの~。よくわからん。

「漫画とかでさぁ、よくあるシチュエーションじゃん。男女の距離が縮まる時とか?同性でも名前で呼び合えば友達的なのあるじゃん。」

ああ。そういうのか。それについては自分の中で偏見を持っている。

「タメ口は親愛の証的なやつ?」

「そう!それ!」

「ボクには余り響かんかった考え方で、興味なかったわ。」

「ええー。なんでー?」

ご不満な高崎に自分の意見を言う。

「敬語だろーが、仲いい奴は仲いいでしょ。名前で呼び合っても、仲は進展しないでしょ。

名前呼びの、ため口バンザイな方々の方が仲いい振りしてることが多かったんだよ。」

俗に言う上辺の付き合いね。社会出たら当たり前のように行うが。

恨むんなら今までのボクの人生を恨んでください。それのおかげさまでこんな偏見が生み出されています。

「それなら、あたしも恥ずかしくないはず!」

息を吸い気合いを入れる動作を行う高崎。

「か・・和・・よ・・・・・」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「カズくんってよんでいい?」

顔を赤くして上目遣いをしてくる。

こいつは強烈な可愛いさだ。こんなんされたら、

「一番好き」

YESマシーンになっちまうよ。

少しだけ呼び方が変わった。

 

 

 

 その後はリビングでまったりと時間を過ごした。

まったりしてたのはボクだけで、たかさ・・・花は配信関係なのか、配信室で作業している。

何もすることが無い。これはこの一か月において始めてだ。大体何かしていた。次に泊まるホテルの予約や、食事関連の下調べ。あとは花のご機嫌取りに、お喋り相手。

工場長には、酒を飲めば何とかなると言われたが、実際に飲んで助かったのはエナジードリンクである。

不眠症に近い状態になってからは、カフェインが親友だった。基本運転中は眠気と集中力低下が難敵だ。

毎日親友を体に取り込むことで、無事故無違反でいま生きてる。助かったぜ。

まぁ、運転中は違う緊張感があったから飲まなくても大丈夫だった説はあるが。

量の少なくなった親友、通称コーヒーを飲んでいると、インターホンが鳴る。

来客なんてあるんだ。少し驚く。

夢は作業中の為、ボクが出るしかない。

親友をテーブルに置き、立ち上がる。

「はい。どちら様ですか?」

「坂口です。お久しぶり?です先生。」

嫁さんの親友が来ちゃったよ。一昨日は久しぶりじゃないでしょ。坂口さん。

 

 

 

 作業中の夢に声を掛け、二人で坂口を出迎える。

「響ちゃーん!会いたかったよぉー!」

坂口に抱きつき、再会を喜ぶ夢。あんま激しく動かないでよ?病人さん。

「私も会いたかった。夢ちゃん。」

強く抱きしめ返す坂口。良い光景ですね。

「ずーと、何処かにお出掛けしてたから、会えなかったじゃない。」

「えへへ~。ごめんってー。」

そういえば、余命宣告から会えてなかったのか。そりゃ全力ハグもしますわ。親友がそんな状態なのに会えないなんて。それら込みで精神的に参って、Vtuberを辞めようとしたのかもな。

この女、花の親友だけあって大分図太いから、アンチ程度でどうこうしないだろうし。

「元気・・・そうではないけど、幸せそうで良かった。倒れたって聞いて、面会しようとしたらもう居ないし。電話出ないし。」

少し恨めしそうに夢に視線を送る坂口。そいつはボクのせいだな。心配させたボクの・・・。

その後はデートしたりしてたから、電話に出るタイミングが無かったしな。

「ごめんね~。色々あって~。」

両手を合わせて謝る花。

「フフっ。いいよ。夢ちゃんに振り回されるのはいつものことだしね。」

優しく夢を抱きしめ直す。壊れ物を扱う様に。

「笑ってくれてる。生きて笑ってくれてるだけで、嬉しいよ。」

背中をゆっくりと叩きながら、言葉と行動で思いを伝える。

「ごめ・・・、ありがとう。響ちゃん。」

謝罪じゃなくて感謝を述べる花。それがこのタイミング出来る、キミは本当にいい人間だよ。

坂口がハグを終えて、こちらを向いてきた。第三者で鑑賞していたが、ここから当事者らしい。

ボクの目の前に立つ坂口。近い。え?何処までくんのキミ?

そのまままじまじと顔面調査された後に、手を掴まれる。何故か花と同じく壊れ物扱いで。

「先生も、少し元気になられたみたいで、良かったです。」

夢程では無いが、しっかりと美人な女性に手を握られている。

罪悪感って凄いな。まるでときめかないぞ。単純に気まずい。自分の状態を知ってからだと。

「心配させてごめん。」

”心配してくれてありがとう”なんてボクには言えなかった。弱いボクには言えない。

だから誤魔化す様に、笑ってみる。心配させない為に。

「っ!。無理に笑わないで大丈夫ですよ?どんな顔していてもちゃんと心配するんで。」

ボクの事を確かめる様に、手を強く握られる。

どうやらボクは笑顔が下手くそらしい。そんなに心配せんでも・・・。

「ムーっ!」

横を見ると、なんか饅頭みたなのがいるがどうしたのか。珍しく可愛くない顔をしたがボクと坂口の間に割って入る。

「なに人の旦那に色目つけてんじゃーい!!」

ボクに抱きつきながら、坂口をどかす夢。突然の行動に坂口は・・・

「え?旦那?」

呆然と口を開けていた。これもまた珍しい。いや新しい顔だな。

「そーですー!カズくんはあたしの旦那さんなんですー!!

もう決定なんで響ちゃんにもぜーーーったいあげない!!」

子供っぽさ全開で威嚇する花。まぁ可愛い。それと自分に入れ込んでくれている事が嬉しい。

「・・・おめでとう!。お似合いだよ。」

少しボクを見た後にお祝いの言葉を頂く。今の視線は一体どうしたのか。

「えへへー、ありがと!。お似合いなんて決まりきってるけどね♪」

考えごとは一度置いといて、ボクもお礼を言う。

「ありがとう、坂口。」

「カズくん。お似合いだってさ!お似合い♪ウププ。」

肩をぺしぺししてくる夢。なんか変な声出始めたぞ。大丈夫か?

「フフっ。本当に嬉しい・・・。お祝いしなくちゃね?」

誰がどう見ても嬉しいそうな坂口。ならさっきの視線は一体・・・?

「わーい!!パーティーだー!!」

部屋を飛び回る勢いで元気になっている。本当に走るなよ?

「婚約してから二人でどんな話をしてるの?」

「うーん。あんまりいつもと変わらな・・・、あ!呼び方が変わったよ!」

「カズくん呼び?」

「そう!で、あたしのことは・・・」

期待している目でこちら伺ってくる。名前一つで何が変わるんだい。

「花。」

「ウププ♪」

変な声出てますよ?花さん。

「先生照れないですね・・・。」

こやつもそこが気になるらしい。みんな初心なのかい?ボクが馬鹿なのかい?

「呼び方が変わっただけで、照れる要素ある?」

「親密度とかで普通は変わるかと・・・。」

困惑気味に返される。誰の普通ですかね?それ。後ろで花も頷いている。

「なるほどねー、親密度か~。」

嫁さん予定の花は確実に親密度が高い。なら坂口は?どれくらいの親密度だろう。

度重なる八つ当たりを気にせずに、ボクを救うと約束してきた彼女に、どんな気持ちを抱いてる?

感謝だ。心からの感謝しかない。

なら彼女にもかなり高い親密度を感じているのではないか?

・・・彼女らの普通に乗っといて呼び方変えるか。

「じゃあこれからは、響さんかな?」

「へっ!?」

「なっ!!?」

驚愕の声が重なる。言われた通りにしたのに、ダメですか。

「コラーっ!!なんで嫁の前で他の女に手を出してるんのー!?てかそんなに仲良しだったっけ!?

裏でなんかあっただろう!!吐けっーーー!!」

アッハッハッハ。怒髪冠を衝くとはこれのことだろう。物凄い面白い。

「何が面白いんだーっ!!」

その後、花を宥めるのに30分かかった。

 

 

 花の怒りをどうにか宥め、要約パーティーの準備となった。しかし三人分の食材が無い為、スーパーに買い出しに行くことに。花は部屋着だった為、外出準備中。坂口と二人で待つことに。あ、名前呼びはちゃんと禁止にされました。

「先生は・・・。」

二人になったのを見計らった様に、重い口調で話しかけられる。

「先生は、この先どうなるのですか?」

少し抽象的過ぎるが、何を問いたいのか何となく理解している。

「結婚は入れ込み過ぎたかな?」

あの時の目線はこれのことだと?坂口。また心配させるな、こりゃ。

「とても尊いことです。実際お似合いで、お互いが支え合っている。今の先生の顔を見れば、それがよくわかります。では、夢ちゃんが居なくなった後どうなるのでしょう?」

「それはボクも思っている。だから入れ込まない様にしていた。

でも、それ以上に花が好きになってしまった。止まれなかったんだ。」

その返答を聞き、苦しそうな顔をする。

「・・・折角、顔色良くなったのに。」

「彼女がいい女過ぎたね。どうなるかは、解らない。花が死んだ時に解るよ。」

現実は基本出たとこ勝負だからね。花が死んだらどうなるか。

入れ込まない様にしてた状態であのザマだ。髪の毛なくなりそうだなぁ。

「っ・・・。私!ちゃんと救い切りますから!だから、安心してください!!」

いつもより、やや大きな声で宣誓される。少し驚き、ちゃんと顔を見ると。

何処かで見た顔だ。いまにも泣きそうなのを我慢して、口元だけ笑っている顔を。

顔が良い分醜くも気持ち悪いわけでもない、ただ必死さを感じる。

「ボクらは笑顔が下手くそだね。」

「上手く笑えないですよ。こんなの・・・」

そうだな、無理だよな。解るよ安心させようと笑うって難しいよな。

最後は笑ったもん勝ち。この文字は本当かもしれない。

「カズくーん!響ちゃーん!おまたせ。」

お姫様の準備が整ったようだ。雑談は終わりだ。先ずは目先の事を考えよう。

パーティー楽しまないとな。

その後、スーパーに到着した直後に、人生で一番目にした顔があった。

「親父?」

「・・・和義?」

 

 

 

普通【下】に続く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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普通【下】

お気に入り感謝します。
励みになります。
誤字脱字チェックしてくれた方にも感謝しております。
お見苦しい所を見せて申し訳ございません。


 何度も見た顔だ。人生で最も多く見た顔。その人が今目の前にいる。

いや、母親もいるから同率一位か。”親の顔より見た”なんて文字がこの世にはあるが、そんなことはボクには無かった。お家大好きっ子であるボクには特に。

家族関係は良好だった。そこまで大きな喧嘩もしたことはない。

言いつけを破った記憶も、嫌がるような行動もした記憶も無い。なのに…

なのにどうしてそんなに険しい顔してるんだよ、親父。

そんな知らない顔で何でボクの事を見てるんだ。

いつもの目尻のさ下がった、薄毛の似合う親父はどうした?

「どうしたのさ?そんな顔して。らしくないよ?」

疑問をそのまま問いただす。家族にそこまでの気遣いはいらない。

「おまえこそっ、いやここで話すことじゃないな。」

何かを堪える様に言葉を飲み込む親父。その姿もらしくない。違和感がある。

「とりあえず、すこし待ってろ。」

買い物かごを手に持ちながら話してくる。

「えー?ボクもこれから用事あるんだけど?」

軽い気持ちで断りをいれる。いつでも話せるでしょ?別に。

その返答を聞いた親父は強い力で肩を掴んでくる。

「いいからそこの車椅子の子と待ってろ。」

怒りを感じる目でボクたちの事を睨み付けてくる。いや、違うな。

付き合いの長さで何となく解る。抑えているが睨み付けてる対象は…花だ。

何で初対面の花に怒ってんだ?親父。機嫌悪いのかなー?

「どうする?逃げる?」

めんどくさそうな為、逃げの提案を行う。

「…逃げない。」

どこか覚悟を決めた顔の花。そんな重い話になるか?親父だぜ?

「私もついていきます。」

同じ様な顔をしている坂口。もうよくわからん。

何故かシリアスな雰囲気になり、嫌な気分だ。

 

 

 会話すらない重い雰囲気の中で親父を待つこと数十分。大きな袋を抱えて親父が戻ってきた。

「待ってたけどなに?どーしたのさ?そんな不機嫌で。夜勤明け?」

「・・・家に帰るぞ。」

こちらの意見ガン無視で帰宅命令を受ける。何も言わないのはずるじゃない?

「家で話そう。ゆっくりと。」

どうやらここでは話せないらしい。仕方なくついて行くか。

「すまないな。キミには待たないで帰宅してもらえば良かったね。」

普段通りの言葉のトーンで坂口に話しかける親父。

「いいえ。私も行くので大丈夫です。」

「・・・キミには関係があまり無いと思うけど?」

「私は先生を救う約束があるので。付いていかせてください。お願いします。」

頭を下げてお願いをする坂口。オイオイ親父に頭なんて下げなくていいよ。

「そうか、こいつを・・・、ありがとう。」

何処か嬉しいそうな顔の親父。まぁ・・・ボクも嬉しいケド。

「分かった。来てくれ、五人分程度なら余裕だ。」

「家でなにすんのさ?親父。」

「飯だよ。」

さも当たり前と言わんばかりにボク達に言い放った。

 

 

 各々の車で我が家に着いた。車の中でも顔がこわばっている花に何度か声を掛けたが、効果なしだった。親父程度、適当でいいのにね。顔が怖い・・・のかな?確かにプライベートだと無愛想だが、客の前だと凄いんだぞ?笑顔。社畜エリートの営業スマイルはヤバいぞ?ボクは毎回笑ってるから。

家に着くなり、”タバコをでも吸ってろ”と部屋に押し込まれた。

いや、あのね?坂口もいる所でかつ、密室では吸えないよ?

そんな不満な心情を読み取ったのか、自前の電子タバコをぶん投げてキッチンに消えた。

「その行動カッコ良くないから。雑なだけだから。」

「ちゃんとキャッチしてるじゃないですか?息合っていますよ。」

「血は争えないっぽいな。」

こんな所で争う気もないがな。にしても、

「久々のマイルームだ。」

何も変わってない。重要書類が中途半端に散らばっている机。安い椅子。端に寄せられた敷布団。

埃被ってない所を見ると、掃除してくれていることが伺える。勝手に居なくなったボクの部屋を。

「綺麗だね。カズくんの部屋。」

部屋を一瞥した感想を頂く。

「自分で掃除した事ないけどね。」

「え?ホントに言ってる?」

「はい?先生??」

正気を疑う目でボクを見てくる二人。ちゃんと理由あるからまてよ。

「見ての通り、物が少ないから汚れないし。気が付いたら母上が掃除してるんだよ。」

リビングで昼寝してる時とかに。書類関連だけ触らないでくれてるから、机の上は晩年汚いが。

「ボクが寝てる時にも掃除するよ?掃除機は目覚まし時計に最適だよ。」

「結構エグイね。カズくんママ。」

「優しい・・・ですね?」

坂口いいんだぞ。正直にイカれてるでも。

「実際、母上に甘やかされてきたからな。親父には現実を教えてもらったよ。今の考え方になった原因は絶対親父。間違いない。」

可愛い子には絶対彼氏がいるだの、パチンコの当たる確率で数学だの、変なことばーっかり教えてもらったよ。おかげさまでモテないギャンブルアレルギー男子が生まれたよ。

「じゃあ、両方のいいところを受け継いだんだね?」

「え?ボク別に優しくないよ?」

「カズくんはちゃんと優しいよ。」

ハッキリと断言する花。ボクは自分にも他人にも甘いだけなんだが。

そんな雑談をしていると、ノック無しで部屋の扉が開く。絶対に母上だこれ。

「お坊ちゃまくん!おかえ・・・。」

元気な声で登場したかと思ったら、急に小さくなる。どうしたのか。

花は今は車椅子じゃないし、そんなに可笑しい所があるか?

「うん。ただいま?」

取り敢えず挨拶する。そんな固まってどうした?

ああ、女性とボクが居るからか。今までボクが異性といる時なんてなかったしね。

そんな風に納得していると、母上がゆっくりとボクに向かってくる。

そして優しく顔を両手で包まれる。

「ナニ?」

余りの意味わからん行動に変な声が出る。なんだその両手は。なんで悲しい目でボクを見る。

「・・・ご飯食べよっか?」

今までで、一番優しく声だった。

今までで、一番気遣った手だった。

今までで、一番辛そうな顔だった。

「・・・ん。」

何も言い返せないで、短い首肯だけ返す。そのまま手を引かれて食卓に連れていかれる。

ボクは何かしてしまったのだろうか。親父の反応も変だった。軽い気持ちで何も考えてなかった。

花も坂口も何か感じていたから、あんな空気が重かったじゃないのか?

家族だから何も気にしてないと勘違いしていたんじゃないのか?

色々な考えが頭を巡るが、食卓までなんて短い距離だ。答えなんて出ないまま、着席する。

目の前に親父と母上、隣に坂口と花が席についた。

食卓にはボクの好物が沢山並んでいた。ボクの分だけ食いきれない程大量に。

「まずは食うか、和義。」

さも、当然と食事を始めようとする親父。

「量多くないか?これ。」

「気のせいだろ。頂きます。」

「・・・頂きます。」

毅然としたまま食事を始める親父に、流される様に皆食べ始める。

久しぶりの家族飯に、自分の好物達。

食べなれた味がとても美味しく、黙々と食べてしまう。

しかし、好物といえど限度はある。三分の二程食べた所でお腹いっぱいになる。

「流石に多いよ親父。キツイって。」

少し苦言を呈する。あなたの息子はフードファイト出来ません。

「・・・お前がいつも食べてた量だぞ。」

「え?」

そんなに食べてたか?気のせいだろ流石に。

「何言ってるのよ、デザートまで食べてたじゃない。」

「マジ?」

母上までそう言うなら本当にそうなのだろう。あれ?前職フードファイターだっけ?

「いつも健康診断は肥満警告ギリギリで、面白かったじゃない。」

「肉体労働に救われたな。」

言われてみればそうだった。ここ一か月が濃すぎて忘れてた。

「そんな奴だったよお前。多飯食らいのぽっちゃりで、面倒臭がりで皮肉屋なお前が・・・

そんな姿になってまで!!何してる!!」

大きな怒りが感じられる叫びだった。こんな声、初めて聞いた。

「一か月、家出するのなんて構わん!好きにしろ!もう大人だ!

仕事を辞めたのもどうでもいい!別にまだ若いからどうにでもなる!

けどな・・・苦しむのは違うだろ。その姿はなんだよ、そんなに瘦せてっ!」

こうなる事を彼女達は予見していたからあの空気だったんだ。

これもボクの落ち度だな。家族だからって蔑ろにしすぎた。

家族だから、ここまで心配させてしまった。

「お前を最初見た時、お前だと分からなかった・・・。自分の息子をだぞ?親である俺が!!

・・・そのザマになった経緯を話せ、全部だ。」

 

 

 全て話した。この一か月の事を。

とても濃い一か月だったが、声に出すとそこまで時間はかからなかった。

それが、少し寂しい。

「・・・。」

喋ろうとしては口を閉じる。結果的に何も話さない親父。

それを見て、母上が優しく話し始める。

「取り敢えず、頑張ったね?和義。」

あの母上が真面目モードだ。名前で呼ばれたのなんて、いつぶりだろうか。

「和義らしくないけど、良いことをした事は事実だもんね?凄いよ和義。誇らしい。」

何処までも優しく暖かい言葉を掛けてくれる。

「でもね?お母さん的には、これ以上頑張らないで欲しい。」

「・・・どうして欲しい?」

母上の問に、解りきった答えを聞き出す。

「結婚まではしないで欲しい。高崎さんには悪いけど、これ以上関わらないで欲しい。」

・・・まぁそうなるよな~。関われば関わるだけ、疲弊していく奴に息子を関わらせたくないよな。

「知らない人から見たらさ、感動的なドラマなんだろうけど。

親からしたらそんな辛い事から逃げ出して欲しい。そう思っちゃう。

ごめんなさい。高崎さん。わたし親バカなの。

だから、黙認なんて出来ない。」

「俺もその意見だ。理性的に考えてみろ?お前、得意だろ?」

両親から反対される。さて、どうしたものかと。どう、高崎との結婚を丸く納めるかを考える。

悪いな、親父。ごめんなさい。母上。

ボクはもう、答えは決まっているんだ。

あの日自分から帳尻合わせした時から決めてある。契約だから、花と一緒に居るんじゃない。

一度周りを見渡す。

懇願する様に、ボクを見ている母上。

何となく答えが分かっているのか、苦い表情の親父。

心配そうにボクを見る坂口。

自分に膝の上で拳を握り、俯いている花。

キミが下を向くなよ。安心しろって、ちゃんとボクはキミが好きだから。

「で?いつ挙式する?」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

無があった。皆阿保ズラしていることが面白い。花も顔を上げた。

「フフっ。」

我慢できずに噴き出す。

「・・・笑い事じゃないだろ!お前話し聞いてたか!?」

聞いているとも。聞いた上でちゃんと答えを出した。

家族って大変だよな。お互い何となく考えてる事が解るもんな。

本当は気付いてたでしょ?ボクが親父と母上に賛同しないこと。ここからは出来レースだよ。

「どう?ボクの嫁。可愛いでしょ?」

花の肩に手を乗せて自慢する。

「今のお前の行動はカッコいいよ。誰からも褒められる行動だ。誇らしいよ。

和義。俺は別にお前が特別な人間になって欲しいわけじゃないだ。

お金持ちにならなくてもいい。かっこいい人間になんて別に求めてない。

普通に幸せになって欲しいんだ。普通に生きて欲しいんだ。

いつ死ぬか解らない子と結婚なんて普通か?辛いだけだろう?冷静に考えてみろよ?」

親父の説得に母上が援護する。

「そうよ。いいじゃない?こんなに可愛い子じゃなくても。普通の子じゃだめ?。

前みたいに。会社に行って定時上がりして夜はゲームして、残業したら怒って。休日は友達と遊んで・・・それじゃダメなの?今のあなたより・・・正直幸せそうだったよ。

前の生活に戻ろうよ?美味しいご飯、頑張って作るからさ?」

両親の説得に少し揺らぎそうになる。

今、花を見捨てて元の生活をしたら最高だろうなぁ~。

無職だから好きなだけ眠れて、好きなだけゲーム出来て。

自分の好きなタイミングでお風呂に浸かり、好きなご飯を好きなだけ食べて。

時間の合う友人と満足するまで遊んで、その内再就職して仕事の文句をSNSで発信する。

いいよなぁ~、最っ高だろうなぁ~。

けどそれ、今じゃなくても出来るよな。

「普通ってなに?」

だから、今を苦しもう。好きな人の為に。

「普通は・・・普通だろ。」

親父がオウム返ししてくる。オイオイらしくないなぁ。そんな文字使って。

「違うよ。普通ってのはさ、その場で一番多い意見の事を言うんだよ。

その時、その場面で変わる”普通”にボクは流されないよ。ちゃんと結婚する。」

難しいよな普通って。”普通こうするだろう!”が言葉になる事なんてほとんどない。

育ってきた環境や今そこにいるコミュニティで全然変わるからな。

家族であろうとそれは文字を音読しているだけなんだよ。

「・・・契約だから、じゃないのか?」

「最初はそうだった。契約だから、関わっていた。ずーと距離を置こうとしてた。深く関わりすぎると最期が辛くなるだけだから。ちゃんと距離と取れてると思っていたんだ。

・・・でもさ、花に気持ちを伝えられた時に、気が付いたら求婚してたんだよ。

理性を抑え込んで勝手にさ。それくらい、ボクは高崎花が好きなんだよ。」

「・・・やっぱりだめか。」

大きく息を吐き出しながら天井を眺める親父。

「・・・」

「すまんな母さん。止められないやつだ。」

無言の母上に謝りながら、席を立つ親父。

「高崎さん。息子が頑張った分ちゃんと生きろよ。もう文句は言わない。」

花に声を掛けた後にボクのポケットからタバコを奪い去っていく。え?なんで?

「理解不能なんだけど、やばくない?」

話しかけながら花の方向を向くと、花が声も出さずに泣いていた。

「ちょっ!?は!?大丈夫か?」

「大丈夫だよ。カズくんがあたしのことちゃんと好きだって知らなかったから・・・

ずーと契約だからだと思ってたから、嬉しくて泣いてるの。だから、大丈夫。」

涙を隠す様に目元を擦りながら喋る花。

「お母さんが見とくから、あなたはお父さんとタバコでも吸ってなさい。」

心配していると、母上が割り込んできた。

「女性同士の方が話しやすいこともあるしね?ほらっ!さっさとおいき!」

母上に押し出されて。ベランダに向かう。随分と強引だな。

てか、納得したのか?母上。何も言わないけど・・・。

ベランダに入ると、ボクのタバコを吹かす親父がいた。

「昔は俺もこれ吸ってたんだよ。」

「電子タバコばっかりだと、タールきつくない?」

「キツイ。倒れそうだよ。」

「吸わなきゃいいじゃん。」

「これが今吸いたいんだよ。」

美味しくなさそうにタバコを吸う親父。

「結局いいの?結婚。」

「止めてもするだろ?お前。」

「まぁ、そうだけど。」

「はぁ~。だよなぁ~。」

ため息をつく様に紫煙を吐き出す親父。

「高崎さんには悪いことをしたな。後で謝らせてくれ。」

表情を柔らかくして話し出す。よく知っている親父だ。

「あの子と、瘦せこけたお前を見た時にさ・・・、大人げなく怒ってしまった。

うちの息子に何させたんだってな・・・。

あの子は別に悪くないのに、何も考えずにお前の事を優先してしまった。」

「・・・。」

またこれだよ。悪者が何処にもいない。どちらも正しい。こんなの誰でも悩む。

大きくタバコを吸い、上に向かって吐く親父。そしてゆっくりとボクの目を見てくる。

「親戚共から金は巻き上げとく。挙式するなら早めに教えろよ。」

まさかのお言葉に驚く。援助まで受け取れるとは思ってなかった。

「いいの?」

「よくねぇよ。納得なんて出来ねぇよ。」

「じゃあ、なんで?」

「・・・俺も解らない。息子には無条件で甘くなるのが親なのかもな。」

「親だとそれが普通?」

「・・・普通だといいな。」

普通じゃないよ多分。こんなに甘やかしてくれる両親中々いないよ。

ボクの人生に運が無い理由が解ったかもしれない。この両親に息子として生まれたからかも。

生まれたことに幸運を使い切ったのかもしれない。しらんけど。

「ありがとう。」

この感謝の気持ちは本物だよ。親父、母上。

「ゆっくりと話そう。これからの事を。」

椅子を二つ取り出す親父。

「タバコでも吸いながらな。」

そう言ってタバコを差し出された。

 

 

 

 

 

side高崎

あたしはまた泣いてしまった。どうしても止められなかった。

ごめんなさいカズくん。好きって言われて嬉しかったけど、泣いた理由は違うんだ。

本当はずーと前に気付いていた。

カズくんが疲弊していく姿を、一番近くで見ていた。あたしのせいで傷ついているの解ってたんだ。

カズくんの優しさに甘えて、見て見ぬ振りをしてきた。できなくなって、告白した。

少し顔色が良くなって安心していた。

そして・・・カズくんの両親にあった。二人に関わらないでと言われ、納得したんだ。

今まで全部あたしのせいでこうなってる。あたしのせいで・・・じゃあこれからは?

カズくんはあたしが死んだら、どうなるのかと。

これ以上傷つける事を考えたら、涙がでた。そして今も止まらない。

「ごめんなさい。あたしの我儘で、カズくんを傷つけて・・・。」

そう懺悔していると、誰かに抱きしめられる。

「人と人だもん。しょうがないよ。」

カズくんママだった。背中を優しく叩かれる。

「じゃあ結婚辞める?」

「いやだ。一緒にいたい・・・。」

即座に返した言葉に、自己嫌悪する。また我儘だ。そしてまた、傷つける。

「納得は出来ない・・・けど、わたしだって人だよ。情で動いちゃう。一人で死んでなんて言えない。

それに誰かが悪いわけじゃない。でも言わずにはいられないかったんだ。

わたし親バカだから、高崎さんにいちゃもんつけちゃった。ごめんなさい。」

そんなの当たり前だ。自分の子が大切なんて親なら当然だ。

「お詫びに親公認よ。あなたは和義のお嫁さん。そしてあたしの義理の娘。

だから、好きなだけ泣いていいのよ。花ちゃん。」

懐かしい母の臭いに釣られて。泣き疲れて眠るまで、泣いた。

 

 

 

side坂口

沢山泣いた後、ソファーで寝かされている夢ちゃんを眺めている。眺めながら考える。

私は一体、何が出来るのだろうか。

救うなんて、豪語しておいて・・・本当に救えるのだろうか。

そもそも救うってなんだろう。何から救うのだろう。

救って欲しいなんて思ってないんじゃないか?

先生は私なんて居なくても、勝手に救われるのではないか?

あそこまで頑張れる先生に、私なんて要らないじゃないか?

あの日の500円玉を取り出して握り締める。約束に縋りつく。

「坂口さんは、どうして一緒に来てくれたの?」

先生のお母さんに声を掛けられる。

「・・・先生の”助け”になりたくて。」

”救う”なんて強気で言えなかった。言えなくなった。

ただ隣に居ただけの自分に自信が持てなかった。自分に何か出来ると勘違いしていた。

「・・・嫌なことから逃げてもいいのよ?あなたは。」

「え?」

「あなたは逃げれるのよ?あの子達と違って。それに逃げ出してもそこまで問題ないじゃない。」

淡々と言葉を投げかけられる。少し時間を置いて意味を理解していき、

「嫌です!」

反射的に否定していた。

「どうして?」

”どうして”・・・・どうしてだろう。何も返せない。

「・・・一番最初に助けたかった理由は何にかな?」

一番”最初”。

憔悴した姿を見たから?夢ちゃんを助けているから?

違う、助けてもらったからだ。

あの人は否定するだろうけど、私は助けられた。

あの人にとっては何気ない言葉なのかもしれないけど、私にとっては”救い”だったんだ。

「私が辛くて苦しい時に救ってくれた分、あの人が辛くて苦しい時に救いに行くんです。」

「お坊ちゃまくんは、恵まれてるね。こんなに優しい人達ばかりで。」

安心した顔で微笑まれる。

「優しくないですよ。何も出来ていません。」

「救いたい人を救いきる。それが出来るのは特撮ヒーローぐらいしかいないわよ。

何気ない行動や言葉で勝手に救われることがほとんどよ。」

「・・・。」

それでは、やはり私は先生を救えないのだろうか?

「揺れちゃった時はね?一番”最初”を思い出すのよ。」

両頬を優しく包まれる。とても暖かい。

「ゴールも大事だけど、スタートも同じぐらい大切なの。ゴールが見えない時に自分を支えてくれるとーっても大切なもの。ちゃんと覚えて、思い返して。」

「・・・はい。」

「安心して、傍に居るだけで助けになるわよ。人なんて最後は人肌が恋しくなるものよ。」

「何も出来なくてもですか・・・?」

「居るだけで十分よ。」

軽く私を抱きしめた後、に明るい顔でガラケーを取り出す。

「一緒に息子を見守るの手伝ってくれない?」

「私も・・・先生の事で相談してもいいですか?」

スマホを取り出しながら、問い掛ける。

「喜んで!!」

 

 

 

 

 

残り日数 ???

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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人生の価値

第一部かき終えれました。
誰かが見てくれたおかげです。ありがとうございます。


side花

 目を開く。体を起こして周りを見渡すと、考え込む響ちゃんがいた。

あたしの目線に気付いて声を掛けてくれる。

「落ち着いた?」

「うん。」

精神は落ち着いた。けど、何も解決してない。

結局、どう足掻いてもあたしは死ぬ。

この結果は変わらない。最初から最後まで変わらない。

「・・・自分の幸せばかりで、他人の不幸なんて何も考えて来なかった。」

残していく大切な人達に悲しみだけを与えるてしまうのかな?

「響ちゃん。・・・あたしは何がしたいんだろう?」

「・・・私もずーっと迷ってる。」

ベランダに見える背中を眺めながら、話し出す。

「私が居た所で何も変わらないんじゃないか、先生の助けになれないんじゃないか。先生のお母さんには傍にいるだけでもいいって言われたけど・・・。本当にそれでいいのか迷ってる。」

「あたし達、似た者同士だね。」

「親友だもの、しょうがないね。

でも、先生を助けに行く事に迷いは無くなった。」

真っ直ぐな目でカズくんの背中を見つめる響ちゃん。そのまま、ゆっくりとこちら向く。

「さっき教えてもらったんだけど、迷った時は最初を思い出すことが大事なんだって。何の為に、今ここにいるのかを思い出してみたら?

私は何となくだけど、これからどうするか見えてきたよ。」

”最初”

あたしは何の為に、ここにいるか。

 

『北海道の美味しい物を食べたい。箱根の温泉に入りたい。千葉の遊園地に行きたい。』

 

『長野のお蕎麦もいいな~四国のうどんも!!

 

Vtuberとしてもっと有名になりたい・世界一周したい・大学生になって勉強したい・・成人式で晴れ着を着たいっ、素敵な人と結婚したいっ!!!、子供に囲まれたいっ!!一人で死にたくないっ!!!!!』

 

「・・・ありがと、響ちゃん。」

「答え出た?」

「ううん。答えを出す為に、先生と話してくる。」

 

 

 

 

親父との長い対談を終えて、ベランダからリビングに戻る。

良い親父だが、息子のタバコを吸いすぎな所以外。

「カズくん。」

戻り次第花から声を掛けられる。真剣な声で。

「どうした?」

「少し外で話そう。二人で。」

目元を赤くしながらも強い意志の籠った真っ直ぐな目。

「いいよ。近くに公園があるからそこでいい?」

そんな目で見られたら断れない。最初から断る気なんて無いが。

「うん。ありがと。」

そう言って直ぐに身支度を整える花。ボクも直ぐに準備する。

シリアスが続くな。次はどんなクソな事が待っているのだろうか。

これから先を想像すると気分が憂鬱だ。

 

 

 

家を出て数分歩いた所の公園に辿り着く。市街地付近の癖に何故か人が寄り付かない不人気スポット。

真面目な話をするなら持って来いだろう。誰にも聞かれない。

ベンチの横に車椅子を止めて、ベンチに腰掛ける。

「ここでいいかい?」

「大丈夫。」

花は大きく深呼吸し始めた。大きく、大きく目を閉じて息を吸う。そのままゆっくりと息を吐き出して目を開く。

「これからの事、決めよう。カズくん。」

「なんの”これから”?」

「あたしとカズくんのだよ。」

「今まで通り、キミのやりたいことをするだけじゃないの?」

「うん。自分の我儘を死ぬまで続けて、他人に傷を残して死んでいくと思う。」

・・・それは違うだろう。傷以外だって残るだろう。

「そんな言い方しなくてもいいんじゃない?」

「結果はそうなるよ。」

確信している様子でボクを覗き込んでくる。少し怖い。

「あたしね?こうなる前は二つ夢があったんだ。

一つは普通の幸せを得る事。お母さんとお父さんが出来なかった事をしたかった。

家庭を作って、大きくなるまで子供を育てて長生きしたかった。一人で死にたくなかった。

もう無理だけどね。」

「ボクがいるから一人では無いだろ。」

反論出来る部分をねちっこく探して花を否定する。

「結局死ぬ時は一人だよ。お母さんは皆寝てる時に死んじゃった。誰にも気付かれないで。」

何も言い返せない言葉だ。経験からの言葉に何も言えない。ボクはその経験をしてないから。

「・・・もう一個は?」

苦し紛れに話題を変える。

「夢を魅せれる人になりたいんだ。

この人みたいになりたい、そう思われたいんだ。だから、Vtuberを始めた。

わざと何も知らない状態で初めて、これから始める人の助けになる様に一から何も知らないで活動した。

夢咲花の由来だね。」

夢を咲かせる花。確かにそのままで解りやすい。

彼女の行動原理は解ったが、解らない事もできた。

「何で今その話を?」

「カズくんを傷つけるのが嫌なんだ。」

「はい?」

益々解らない。この話と傷の深さに関係なんてあるのか?

「一つ目の夢は妥協点で満足することに出来た。結婚まで出来そうで凄い幸せ。

二つ目はまだ途中であたしを最期までネタにしてどうにか叶いそう。」

こちらの疑問を無視して、話を続ける。黙って聞けと言わんばかりに。

「進む方向は間違えてないんだ、あたし。このまま行けばやりたい事を出来る。

でも、それをすればカズくんに傷だけ残して死んでしまう。

それが夢を叶えたい気持ちと同じくらい嫌なんだ。」

立ち上がりボクの頬を包んでくる。とても優しい手付きで。

「夢を取るか、カズくんを取るかずーっと迷って・・・今、ちゃんと決めた。」

頬を触る手が震えている。安心させようとその手にボクの手を重ねる。

「・・・っあ、あたしの為に、傷ついてください。」

たどたどしいながらちゃんと言い切った。言い切ってくれた。

それだけでいいんだよ。花。

ボクの答えなんて等に決まっているんだから。

「いいよ。今回は流されるよ。」

キミの作った流れなら、ちゃんと流されるよ。

「ごめんなさ」

そこで言葉を止めて歯を食いしばる花。それだけでは足りないと、両手も口元に持っていき、上を向く。

数秒こらえた後に、震えた声を絞り出してくる。

「ぁりがとう。」

「凄いなキミ。本当に凄いよ。」

ありのまま感じた事を言葉にする。何でこれ程いい人間が早死にしてしまうんだよ。ふざけんなよ。

もっとゴミみたいな奴にしてくれよ。どうとか身代わりさせてくれよ。

この子と、一緒に生きたいよ。

なぁ神様居ないのかよ?お賽銭でもミサでも熱心にやるからさ。チャンス位くれよ。

「何処かに全部救ってくれる奴居ないのかな。」

「祈ってみたけど来なかったよ。誰も。」

経験者からの有り難い言葉に現実に戻される。

「やっぱり?」

「二回やったけど、ダメだったよ。だから三回目は行動に出たんだ。神様なんて来なかったよ。

来たのは人だったよ。あたしのヒーロー。」

嬉しそうに、誇らしく話す花。もしかしなくてもボクの事か?辞めて欲しいな、それ。

本物のヒーローなら何とかするだろ。ボクは今あるものを小賢しくやり繰りしてるだけ。

ただの小物なんだから。

「ヒーローなんかじゃないよ。ボクは人間だよ。」

「あたしにとってはヒーローだよ。あたしの目線からなら、絶対に。」

否定はさせないと、目で訴えられる。

その強い眼差しに怖気づいて言葉を飲み込む。

「それくらい助けてもらった。最期まで救ってもらう。その対価はちゃんと払わないとね。

覚えてる?契約書を書いた時に対価を決めてないの。」

 

 

『わかった書くよちゃんと、お金は直ぐに決めれないから後で決めるよ時間ないしね。でも先生のこと高値でかうよ!責任果してね?』

 

 

忘れていた。途中から契約なんて度外視で行動していたから。

「全部あげるよ。」

「え?」

「あたしのがあげれる物全部。家もお金も家具もチャンネルも、ぜーーーーっんぶあげる。」

両手を広げ、全部を表現する花。

おいおいちょっと待て、それは流石に計算が合わないだろ。お釣りがデカすぎるだろ。

「待て待て。ボクは行動に見合った額を対価にしろって言わなかったか?

全部なんて駄目だろ。数か月程度しか何かしてあげれないんだぞ?親戚とかにしろって、外からの見たら馬鹿だぞ?」

「馬鹿にしてるのはカズくんのほうだよっ!!!」

怒りを露わにして、怒鳴られる。

「いい?カズくん。人なんていつ死ぬか解らないんだよ?

病気以外にも、事故や災害とかですぐに死んじゃうんだよ?

長生きした分だけ価値が上がるなんて、ふざけないでよ!!

他の人に比べて短い期間かもしれないけど、ちゃんと生きてるんだよ!!

生きてから死ぬまでが”人生”なんだよ!!あたしの人生を安い価値で買うって?

・・・あたしの人生を舐めないで!!!!」

一息で多く言葉を語り、肩で息をしている花。

そうか。”生きてから死ぬまでが人生”・・・か。

「ごめん。ボクが間違えてた。」

「気付いてくれた?」

「うん。」

死に目でも夢を追い、誰よりも追い込まれた状態でも他人を気遣える彼女の人生だぞ。

高崎花の人生が安いわけないよな。安くなんて許せない。

「ボクはキミの全てを貰う事を対価に、キミを救うよ。」

だからボクの事を気にせず、ボロボロにしてくれよ。

後先考えずに、やりたい事を押し付けてくれよ。

やり残したことを少しでも減らしてからボクを置いて行ってくれ、花。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




第一部完


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