表情筋が死んでる系女子の暗殺教室 (名無しの黒鴉)
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初日の時間

 東京の椚ヶ丘市に位置する私立中学の進学校、その名も椚ヶ丘中学校。3年生はA、B、C、D、Eと五つのクラスがあり、その中で私は通称『エンドのE組』なる椚ヶ丘中学校特別強化クラスに移動となった。特別強化クラスとは言うが、つまるところ成績不良と素行不良で構成された落ちこぼれクラスだ。

 

 だがそんなクラスには国家機密級の秘密がある。それは……

 

「き……起立!!」

 

 一斉に武器を構える。

 

「気をつけ!!」

 

 ターゲットへ標準を合わせる。

 

「礼!!」

 

 そして一斉に射撃を開始した。

 

 

 …………

 

 

 どうしてこうなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは突然のことだった。

 実のところ、私は中学3年生に上がる前に交通事故に遭っている。ただの交通事故なら良かったのだが、当たりどころが悪すぎたらしく治療に約一年程かかってしまった。その所為で出席日数が足りずE組へ移動となった訳だ。

 一応というか、私のお世話をしてくれてる人が中学2年生までの勉強範囲は教えてくれたので、おそらく3年生の授業にはついていけるだろう。いやおそらくでは困る。ついていけなかったら最悪退学も大いにあり得るだろう。義務教育に退学があるのかどうかは知らないが、あの理事長なら判子ひとつでやりそうだ。そんな目をしてた。

 そしてやっと治療期間を終えいざ学校へ……というより隔離校舎へ行ってみたら国の人と黄色い謎の生物が来た。

 

 いやどういうこと?

 

 普通に怖い。何の連絡もなしに訪れないでほしい。こっちはやっと治療期間が終わったとこなのだ。安静にさせてほしい。

 情報が上手く処理できずに困惑している間にもどんどん話は進んでいく訳で、あの黄色い謎の生物は月を爆った犯人で来年には地球も爆るという。

 

 いやだからどういうこと?

 

 やっと自由に動けるようになったのに来年には地球爆破? 人類というか地球上の生物のTHE・ENDな未来が待ち受けている? いや普通に嫌です。誰が得するんだそんなこと。

 そしてなんとその核爆弾級の生物が私たちE組の担任になるとのこと。

 

 いい加減にしてほしい。

 

 地球爆破の前に私の胃が爆破する。中学校テロが起こってしまうな。この理不尽な世界を誰か変えてくれ。

 さらに防衛省の烏間という人が言うには、その担任を暗殺してほしいと……

 

 誰か助けてくれ。

 

 ちょっと誰か普通の学校生活提供してくれる人いませんかね。その代わりと言っては何ですが、通常では味わえないであろう心臓が高鳴りそうな生活をお届けさせて頂きます。

 人生山あり谷ありとは言うけど山はエベレストで谷はコルカ渓谷とか未来に希望を見いだせない。いたいけな中学生の未来が潰えました。

 暗殺してほしいと言っても、国が殺せない超生物を中学生が殺すとか絶対に無理すぎる。いや国もわかっていると思うけど。

 まぁそんな無理難題というのもあり成功報酬はなんと百億円。なんかもう金額が異次元すぎて想像つかない。東京ドーム何個分って例えぐらい想像つかない。

 

 全くもって納得はできないが、黄色い謎の生物が私達E組の担任になった。それから朝の朝礼では先程の様にみんなで担任に向かって一斉射撃。私の席は一番後ろなので適当に撃っててもいいし、弾に当たる心配も少ない。そこだけは良かった。

 

 そんなこんなでこの意味の分からない暗殺教室が始まった。夢なら覚めてくれ。



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渚から見た彼女

 今日から復帰しクラスの一員となった彼女、露木呉芭(ろぎくれは)さんは一年生の頃のクラスメイトだった。僕との接点はほとんどなく、会話も一言二言しか交わしたことがない人だ。

 彼女は決まった人としかあまり会話はせず、内気な子という印象だった。けれどその決まった人との会話でも基本は相槌を打ってるだけで、あまり言葉は発しない様子から内気というよりかは無口なだけの人だと認識を改めた。

 それと特段変わったという訳ではないが……表情に変化が無く、何を考えているのかよく分からない人だった。それらを抜きにしてしまえば普通の生徒である。

 

 そして彼女は突然学校に来なくなった。

 

 最初は無断欠席だった。保護者からの連絡もなく、学校側から連絡をしても繋がらないとのこと。その日から彼女は姿を消してしまったのだ。彼女の友達も行方を知らず、何日経っても学校に連絡も来ない。

 

 そして程なくしてから警察から連絡が来た。先生経由なので詳しい話はされなかったが、どうやら交通事故に遭ったらしい。保護者から連絡が取れなかったのは彼女の家が事件に巻き込まれていてそれどころではなかったとのこと。

 

 自分は交通事故、家族は事件に巻き込まれる。こうも不幸な出来事が立て続けに起こるものなのか。同情せざるを得ない。

 幸い命に別状はないそうだが、当たりどころが悪かったそうで治療に時間がかかるらしい。

 

 僕はホッと息を吐いた。そこまで接点はなかったが仮にもクラスメイトだ、心配はする。

 

 そしてその出来事から大体一年と少し、彼女はE組へやって来た。

 交通事故の治療期間にしてはかなり長めな気もするが、家族が事件に巻き込まれたりしていたのできっと色々とあったのだろう。

 

 僕は彼女に話しかけようと席を立ち、なんて声を掛けようか迷ったが、取り敢えず無難に「久しぶり」と声を掛けた。

 でも、どうやら彼女は僕のことを覚えていないらしい。少しショックだった。

 僕のそんな様子を察したのか、表情では全く分からなかったが少し焦った様に交通事故で記憶が朧げなことを教えてくれた。

 

 いや結構重症である。記憶が朧げって大丈夫なのだろうか。

 そして彼女をよくよく見てみると、綺麗だった印象のある碧眼が、右目だけ少し黒くなっていた。

 彼女によると、事故で色が変わってしまったらしいとのこと。

 

 めっちゃ重症である。本当に大丈夫なのかこの人。心なしか……というか普通に目に光がないぞこの人。

 

 まぁ取り敢えず、彼女は僕のことを覚えていないようなので自己紹介から始めた。

 その様子を見ていたE組の人達も彼女の下へ集まって来て、それぞれ挨拶を済ませた。

 

 終始彼女は無表情ではあったが、これから分かるように……なれるのかな。

 

 これからよろしく、露木さん。



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更生の時間

 黄色い謎の生物、通称殺せんせーが担任になってから色々あった。

 簡潔に説明すると、自爆少年潮田君だったり、ハンディキャップ暗殺大会があったり、他にもそれぞれ殺せんせーに暗殺を仕掛けたりしていた。因みに私は何にも参加してない。

 別に友達がいない訳じゃないから。ほとんどの人と自己紹介も交わしたし、決してボッチではないのだ、決して。

 

「八方向からナイフを正しく振れるように! どんな体勢でもバランスを崩さない!」

 

 ところで今は烏間先生の体育の授業中。殺せんせーは体育の授業もやりたがってたけど、人間には不可能なスライド移動での反復横跳びをやり出したり、その途中であやとりをやり出す始末。人間技じゃない。

 

 というか本当にナイフの練習とか意味があるのだろうか。例え極めたとしても絶対に当たらない気しかしない。病み上がりということで授業をボイコットできないだろうか。そんな勇気を持ち合わせていたら今頃私の隣には友がいただろう。つまりはそういうことだ。

 

 その後は烏間先生が運動神経の良さそうな男子二人を相手に圧勝したり、殺せんせーは砂で大阪城作って茶を立ててたりして体育の授業は過ぎて行った。

 授業が終わった後、なんか赤い髪の……停学明けの奴が遅刻してやってきた。

 

 見たら分かる、絶対不良やん。一見爽やかそうな口調だがあの手に持っているジュース。中学生のくせに弁当と水筒以外の飲食持ち込む奴は絶対不良。私の目に狂いは無い。

 

 そう思い不良と殺せんせーのやり取りを見守っていると、二人が握手を交わしたその瞬間に殺せんせーの握手した触手が破裂した。赤い髪の彼はさっきの爽やかさとは一変して殺せんせーを煽りに煽りまくった。

 

 ほら見たことか、と予想通りの展開にやや得意げになる。みんなも学校にジュース持ってくる奴には気をつけよう。私も気をつける。

 

 ん?っておいおいおいおい、なんかあの人こっちに向かってくるけど。え、後ろに誰かいる……って誰もいない。私しかいない。どうした、もしかして声に出てた? いや出てない出てない。特技は心の声を外に出さないことです。

 

 心の中での無意味な抵抗虚しく、赤髪の不良少年は私に話しかけてきた。

 

「やぁ久しぶり露木さん。交通事故に事件って災難だったねー元気してた?」

 

 まさかの知り合いである。いやいやいや、背きたい、この現実。

 実のところ私、事故で記憶が朧げなんですよ。潮田君のときもそうだったんですよ。そして多分この人も私は覚えていない。

 いやそんなこと考えてる場合じゃなかった。どうしようこの状況、覚えてないとか言ったら絞められるのかな。誰か助けてくださいお願いします。

 

 その願いが届いてくれたのか、潮田君が駆け寄ってきてくれて私の代わりに事故で記憶が朧げということを説明してくれた。

 

「へぇめっちゃ重症じゃん。ま、これからよろしくね、露木さん」

 

 そう言って彼は校舎へと去って行った。

 

 救世主潮田君、君のことは忘れないよ。いやでも君達親しそうだな。友達なの? やっぱ近寄らないでください。

 そろそろ次の授業が始まるので移動するとしよう。さっさと体操着着替えないと間に合わないな。

 

 私は気持ち少し駆け足で校舎へと向かった……そういえば、結局あの赤髪の人って誰だったのだろうか。誰か教えてください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 席替えを所望したい今日この頃。なんと例の彼……じゃなくて赤羽君、私の隣の席だった。

 この人やばいですよ。テスト中に喋った挙句、ジュースだけじゃ飽き足らずジェラートも食べていた。先生のだけど。しかもそのジェラートを先生の服に塗りつけるとか……人としてやって良いことと悪いことがあるんだぞ、まずはジェラートに謝れ!

 

 そしてその翌日、教卓にタコが刺されていた。本物の。君は何か食べ物に恨みでもあるの?

 けれど昨日とは形勢逆転して赤羽君は殺せんせーに手入れをされまくっていた。教卓にあったタコでたこ焼きを作られたり、授業中ネイルされたり、調理実習の時エプロンを着せられたり、髪型を整えられたりしていた。

 

 これであの不良少年赤羽君を更生させることができるのか分からないけど、まず私が言いたいのは私の席を左に二つずらしたいということ。勇気を出した提案はもちろん却下された。

 

 またその翌日、何があったかは知らないけどなんか更生してた。本当に何があったんだ。



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新任の時間

「今日から来た外国語の臨時講師を紹介する」

「イリーナ・イェラビッチと申します〜皆さんよろしく!」

 

 あれから数日、なんかすごい先生が来た。何がすごいかってそれは……あの殺せんせーに好意を持ってるところだ。

 今までどんな風に生きてればアレに魅力を感じるのだろうか……まぁ世の中にはいろんな人がいるからね、しょうがないね。

 

 そんなことを思っていたら殺せんせーがいなくなった途端に態度がガラっと変わった。どうやら外部から来た殺し屋らしい。ふ、ふーん、そうなんだ。確かに不自然だったよね、私も見抜いてたけどね。

 

 通称ビッチ姉さんは一応この学校の教師だが、どうやら暗殺のことでいっぱいいっぱいらしく授業をしてくれない。強いて言うならVとBの発音の違いを教えてくれた。私としてはLとRの発音の違いの方が分からない。口の中の舌事情なんて誰がわかるんだ。

 

 烏間先生によると国からのお達しで来た先生らしく、プロの殺し屋としては一流らしい。というかそもそも殺し屋なんて存在したんだ。世の中怖すぎ引きこもりたい。そう易々と殺し屋とか呼ばないでもらいたい。いつも思うけど事前に何か連絡が欲しい。

 

「いやああああ!!」

 

 どうやらビッチ姉さんはもう殺せんせーに暗殺をしに行ったみたいだけど、案の定失敗してた。これ倉庫大丈夫なのだろうか。すごい銃声なってたけど、壁突き抜けてこっちに被弾してないよね? 大丈夫だよね?

 

 またビッチ姉さんの授業の時間となったが、どうやらまだ暗殺を諦めていない様子で前に見た余裕の表情は崩れてタブレットを強く突いて焦っている。ビッチ姉さん十八番のハニートラップは看破されたけど、他にあの先生に効く手があるのだろうか。諦めも肝心だということをビッチ姉さんにも是非知ってもらいたいものだ。

 相変わらずビッチ姉さんは授業をしてくれず、授業しないなら殺せんせーと変わってくれと反論したらガキがどうのこうのと煽ってきた。この学校には新キャラは煽らないといけないルールでもあるのだろうか。私煽ってないんだけど大丈夫かな。

 案の定それにキレたみんなが軽く学級崩壊を起こしてビッチ姉さんを追い出していた。これが大多数の力か。

 

 それから少し緊張が走る中、次のビッチ姉さんの授業がやってきた。前は学級崩壊のようなことが起きたし、もう来ないかと思ってたら普通に来た。プロはメンタルも合金製のようだ。

 

 ビッチ姉さんは前回のことを反省しているようで声は小さいが謝ってきた。みんなは普通に笑って受け入れていたが、日本語での会話もままならないのに英会話の授業がこれからあるということに軽く絶望。世界はなんと私に優しくないのだろう。授業中は絶対に当たらないように気配を消す練習をしておこうと心に決める。

 決心を固めた後、クラスの会話に耳を傾けるとビッチ姉さんって呼び方は先生に対して失礼とのことでビッチ先生と呼ぶことになったらしい。何も変わってないと思うのは私だけなんだろうか。

 まぁもちろんそれでビッチ先生はキレる訳で結局授業は進まなかった。我々にはまだ進歩は早かったらしい。

 

 そんなこんなで一件落着。ここのクラスは問題児の更生が早いですね、授業の進みは遅いですけど。



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愚痴の時間

 教室に謎の生物と暗殺が入り混じった所為で一日一日が濃い日々です。本当に謎な状況すぎる。転校したいけど中学生という身分では引っ越しは金銭面とかでかなり厳しいし、お世話してくれてる人に迷惑をかけてしまう。クラス替えまだでしょうか。テストで50位以内取れば移動できるらしいが、この偏差値66とか意味のわからない学校でどうやって取ればいいのだろうか。昔の私はよくここに受験したものだ。ふざけんな。

 

 ここ数日過ごしたが、私は未だにこの暗殺の混じった環境に馴染めずにいる。みんなの適応能力の高さには感心するばかりだ。これが友達のできる秘訣なのだろうか。

 そういえばこの前、同じようにクラスに馴染めていないであろう奥田さんが先生に直接毒を渡していた。全然馴染めているし、誰よりも殺意が高い暗殺方法である。同じとか思っていたのが申し訳なく感じた。

 馴染めない仲間を探すよりも私がさっさとこの環境に慣れればいいことに気づけたが、行動に起こすのはまた別の話である。私には一体何が足りないのだろうか。

 

 日頃の思いを吐き出したところでそろそろ移動を始める。今日は本校舎で全校集会があり、E組はどの組よりも早く着いて先に待っていなければならないらしい。昼休みを返上して。

 どこの誰だこんな理不尽な決まり事決めた理事長は。絶対にPTAとかに報告したら糾弾されると思う。マスコミに今の実情流してやりたい。しかし国家機密を背負ってるのでそんなことしたら自分の身が危ない。これが袋小路というのだろうか。

 なんでまだ社会にも出ていないのにこんな理不尽にかられなければならないのだろう。どんな魅力に惹かれてこの学校を選んだのだろうか。今すぐにでも思い直してほしい。

 

「はぁ〜〜〜やっとついたぁ」

 

 そんなこんなで文句を浮かべながら下っていると本校舎に着いていた。

 というか岡島君だけ凄いことなってる。一人だけ被害が尋常じゃない。君だけ違う山降りてきたの?

 

 その後はさっさと体育館に入って整列し、その数分後に本校舎の生徒達が疎らに入ってきた。

 今時の小学生普通に整列して入場してくるぞ。そんなんで大丈夫なのか。幾ら勉強出来ても常識を持ち合わせてないと人として終わってるよな。これを機に勉学関係なく常識が無い素行不良生徒だけE組送りに……あ、出席日数足りない私も素行不良か。

 

 数分かけて本校舎の生徒が整列し終え、校長講話が始まった。内容はE組の様にならないよう頑張れよみたいな、例の差別発言である。

 人を蔑んで笑って楽しいのかな、人間性に問題ありまくりです改善してくれ。この日本でこんなあからさまに人を貶すのこの学校の人だけな気がする。

 

 そんな話を長々と語った後、次は生徒会からの発表が始まる。

 生徒会の発表の準備中に烏間先生とビッチ先生が入ってきた。どうやら殺せんせーは来ていないらしい。あのタコ教師なら変装とかなんかしてやって来そうなものだけれど。いや変装してもあの体躯じゃ人って言い張るのは無理があるか。

 

「はいっ、今皆さんに配ったプリントが生徒会行事の詳細です」

 

 しばらくした後、生徒会の発表が始まった。何やらプリントを配ったとほざいているがE組だけプリントが配られていない。どうやらE組の分だけプリントを忘れてしまったらしい。本当に生徒会メンバーなのか疑うレベルの記憶力である。もしかして生徒会って雑用押し付けられてる集団なのかな、そう考えると可哀想になって……いや私たちの方が可哀想だな。

 

 少しばかり同情したが結局はそんな訳もなく案の定E組が馬鹿にされていたところ、突如来た殺せんせーがE組みんなにプリントを配った。結局はみんなについてきたようだ。というかその変装バレないのか。これが人に見えたら末期である。何故バレないのだろうか……

 

 プリントがあることを磯貝君が報告し、やっと話が進んだのだが……何故かE組の先生達がふざけあっている。それを見てE組のみんなが声を出しながら笑っている。馬鹿にしてきた人たちだが一応人が話しているのだから静かにした方がいいのでは。君たちまで非常識なことをしないでほしい。だからエンドのE組なんて呼ばれるんだぞ。大体集会中に笑うとかどうなってるんだ。どんな生活してたらそんな非常識な人間性が生まれるんだ。それに先生も先生だ。いい歳こいて恥ずかしくないのだろうか。ほんの数分静かに過ごすことはそんなに難しいことなのかな。勉強以前にまずは常識学んでこいやこの……………

 

 日頃のストレス故か文句を垂れ流しながら集会をやっと終えた。話が終わるまでずっと心の中で愚痴ってたので一切生徒会の話を聞いていなかった。人のこと言う前に自分のことをどうにかするべきである。



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勉強の時間

『さて、始めましょうか』

 

 学校の中間テストが迫ってきた頃、殺せんせーは更に速くなりマンツーマンで苦手科目を徹底的に教え始めた。私の苦手科目はというと、これといってない。ただし、得意科目もないのである。先生はそれぞれの苦手科目を書いた鉢巻をしていて、寺坂君は何故かナルトの鉢巻だった。そして私はスカウターである。ドラゴンボールの。因みに色は赤色である。ベジータなのだろうか?

 そんなくだらないことを考えながらテスト勉強に励むが、はっきり言って視界がうるさいし、舞い上がる埃も汚いし、処所で殺せんせーは喋っているのでなんかややこしい。勉強の集中が長続きしない私にとってこの環境は少々苦手である。

 

 そして翌日、殺せんせーはまた増えていた。

 なんで増えているのだろうか。というか増えたところでもっと視界がうるさくなっただけである。頼むからマンツーマンに戻ってくれ、もっと言えばテスト勉強なんかしたくない。誰が好き好んでこんなことをするのだ。

 そんなことを言いつつも私は着々とテスト勉強を進めていく。こんな状況で上手くサボるなんてそんな高度な技術は持ち合わせていない。変な声出して攪乱させようかな。

 

 授業終了のチャイムが鳴りやっと休憩が訪れた。殺せんせーは意外なことに疲れている。マッハ20の超生物なのに体力とかあるんだ。もっと素早さ落として体力つけたら? マッハ10でも全然殺せないからさ。

 

 最近は特にオアシスである休憩時間を最大限に有効活用すべく、何も考えずボケーっとしていたら何故か校庭に出ろと言われた。なんだろう、私それなりの理由ないと動きたくないけど。殺せんせーからの指示だが知らないが正当な理由持ってきたまえ。まぁ行きますけどね、空気翻訳できる系女子ですから。

 

「明日の中間テスト、クラス全員50位以内を取りなさい」

 

 校庭へ出て話を聞いたところで、はい、意味わかんない。話に脈絡がないぞどうゆうことなんだ。急に始まった説教、殺せんせーはクルクル回り出す、竜巻が起きる、竜巻が止んだ後に綺麗になっている校庭。そして明日の中間テスト、クラス全員50位以内じゃないと殺せんせーはここを出ていくと言う。

 一体全体どうしてこんなことになっているのか、先生の話を察するに暗殺があるから勉強はいいやみたいな考えに怒っているらしい。えっ君たちそんなこと思ってたの? 明らかにあの超生物殺す方が難しいでしょ常識的に考えて。やっぱりこのクラスの人達と感性が合わない気がする。

 

 それにしてもクラス全員中間テスト50位以内って、不可能に近いのでは? みんな出来るの? ここで私だけ50位以下だったらめちゃくちゃ申し訳なさすぎるのだが? 今のうち謝っときます、ごめんなさい。

 

 はぁ、憂鬱だな……でも殺せんせー出ていったら暗殺しなくていいってことなのでは? 原因が向こうから去ってくれるのはとてもありがたいが、そうすると来年地球爆破なんだよな〜それは嫌だな〜…………一応、家でも勉強しとくか……



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普段の彼女

 露木さんは大体いつも一人でいる。偶に誰かが話に行くけど、あまり会話が続かない。前もそうだったけどより続かなくなったように感じた。やはり事故や事件が関係しているのかな、まだ新しいクラスに馴染めていないだけだといいんだけど。

 

 そんな中、停学明けのカルマ君が学校にやってきた。どうやら露木さんと面識があるらしく話しかけに行ったのだが、露木さんはカルマ君のことも忘れてしまっているらしい。そのことをカルマ君に軽く説明したら少しは目を見開いたもののあまり気にせずに校舎へと戻っていった。

 その後、カルマ君は殺せんせーに嫌がらせを続けるも次の日には殺せんせーにすっかり手入れされてしまっていた。だけど崖から飛び降りるなんて無茶、いくらカルマ君と言えどもやめてほしい。

 

 帰りにカルマ君と食事をしている時、僕は露木さんについて聞いてみた。

 

「カルマ君って露木さんと仲良かったの?」

「仲良いってほど話したことはないかな。偶々小中と同じ学校ってなだけ」

「えっそうなの? だとしたらその、なんというか……」

「覚えてないってとこ気にしてんの?」

「いやまぁ……うん」

「ショック受けるほど仲良くないし、気にしなくていいよ」

 

 カルマ君は言葉通りあまり気にしていない様子で食事をしながら会話をする。

 まさかカルマ君と露木さんが同じ小学校出身だったとは……ちょっと意外だ。小学生の頃の露木さんはどんな感じだったのだろうか、ちょっと聞いてみよう。

 

「露木さんって、小学生の頃どんな感じだったの?」

「あんま変わんないよ。いつも無表情で何考えてるか分かんないとことか」

「あはは……」

 

 僕は乾いた笑みを浮かべる。確かに僕も思っているけど、まさか小学生の頃からだったとは。

 

 それから食事を終えた後、それぞれの帰路に向かって別れた。

 でもやっぱり、昔馴染みから忘れられるってのは結構寂しいものじゃないのかな。挨拶はするほどの仲だった訳だし……露木さんの記憶が戻ってくれればいいな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれから数日経って色々とあった。新しい先生のビッチ先生。本当の教師じゃなくて殺し屋だけど。それから奥田さんが殺せんせーと作った毒が実は殺せんせーを強化するものだったりと色々とあった。

 

 そして今日は全校集会がある。E組は他の組よりも早く着いていなければいけないので昼休みからの移動だ。

 本校舎への道のりには色々な障害物がある。橋が壊れていたり、ヘビがそこら中にいたり、大岩が転がってきたり、蜂の大群が襲ってきたり……とにかく大変だった。

 

 本校舎に着く頃にはみんな既にボロボロで、息が切れてもう動けない様な状況の人もいる。だけどそんな中、露木さんは全く疲れていない様子で佇んでいた。なんの障害にも合わずに平然と山を降ってきたかの様な……いや、普通に降ってきても息が切れる山だ。露木さんは身体能力が結構高いのかもしれない。体育ではあまりやる気を出していない様だったからよく分からなかったけど。

 

 一応大丈夫なのか聞いておこう。僕は疲れた身体を動かして露木さんの下へ向かった。

 

「露木さん大丈夫だった?」

「……あぁ、大丈夫」

「そう? それなら良かった」

「……そろそろ行く」

 

 そう言ってすぐに露木さんは体育館へと向かって行ってしまった。

 相変わらずそっけない言葉数だが、邪険にされているわけではない……と思う。

 

 そろそろ僕も移動しよう。まだちょっと疲れが残っている身体を動かして体育館へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 中間テスト前日、殺せんせーから校庭へ招集がかかった。みんな殺せんせーの声が届いたのか校庭へ移動し始めたが、どうやら露木さんは気づいていないらしい。声をかけようとしたが露木さんの隣の席のカルマ君が呼びかけてくれていた。

 

「露木さん、殺せんせーが校庭に出ろだって」

「……………分かった」

 

 いつもより間が空いたものの返事をしてくれていた。さぁそろそろ僕も校庭へ出ないと。

 僕はみんなの後を追って校庭に向かった。

 

 校庭に出て殺せんせーからの説教が始まった。

 第二の刃……明日の中間テスト50位以内に入るなんて僕達に出来るのだろうか。でもやってみないと分からない。殺せんせーは僕達を信じてくれている、それに応えないとね。

 

 そして中間テストの日を迎えたのだった。

 

 結果を言えば、惨敗だ。前半は殺せんせーに教わった通りにやったらスラスラと解けていった。でも、突然僕達は知らない問題に出会したのだ。その問題に太刀打ち出来るはずもなく、僕達はその問題に為す術もなくやられてしまった。どうやら出題する問題がテスト2日前に大幅に変わっていたようだ。僕達はそのことをテストの終わった後に知らされた。

 

 殺せんせーもどうやらこのことは想定外であるようで、顔向けできないと、かなり落ち込んでいる様子。

 だがそんな空気を打ち破ってくれたのは意外にもカルマ君だった。

 

「いいの? 顔向け出来なかったら、俺が殺しに来んのも見えないよ」

 

 そう言って教卓に中間テストの解答用紙を置いた。

 

「俺問題変わっても関係ないし」

 

 教卓に並べられた解答用紙には、全て90点以上で数学に至っては100点であった。

 

「おぉーすげぇ」

「数学100点かよ……」

 

 その教卓にみんなが集まって感嘆の声をあげる。教卓に並べられた解答用紙を見て殺せんせーも息を呑んで驚いていた。

 殺せんせーはカルマ君の成績に合わせて先の範囲まで教えていたらしく、出題範囲が変更されても対処が出来たとのこと。

 

「俺はこのクラス出る気無いよ。前のクラス戻るより、暗殺の方が全然楽しいし」

 

 そう言い切った後、カルマ君はくるりと後ろを向き「それと……」と言葉を続けた。

 

「学年ギリギリ50位の露木さんはどうするつもり?」

 

 その言葉に一斉にみんなが露木さんへと視線を向けた。

 露木さんの前の席の奥田さんが、机の上に置いてある解答用紙を見ると「えっ」と驚きの声をあげる。

 

「全教科……80点?」

 

 そう細々と奥田さんは口にする。その『全教科80点』という声に今度は露木さんの机へと集まっていき、その解答用紙を見た者から声をあげていく。

 

「全部ピッタリ80点じゃん!」

「えっ……普通にすごくね?」

 

 国、数、理、社、英、全ての解答用紙の点数欄には80点との数字が記されている。その異様な点数に皆それぞれ驚愕する。

 合計点数は丁度400点ピッタリ。それでギリギリ50位ということは本校舎への復帰の権利が手に入ったということだ。

 

 ……露木さんはどうするんだろう。ここ数日間、会話は続かなくとも前よりかは話をした。僕としては露木さんも行かないでほしい。けど露木さんが本校舎に戻りたいと言うならば僕に止める権利はない。話をすると言っても、僕達はそれほどの仲まで進展出来ていない。

 

「…………」

 

 一体どうするのか返事を待っているが、露木さんはずっと黙ったままだった。

 何を考えているのだろうか、表情からは何も読み取れない。ただじっと、椅子に座っているだけだ。

 

 なかなか返事をしない露木さんを一旦置いておくことにしたのか、カルマ君は殺せんせーの方へと向き直る。

 

「で、そっちはどうすんの? 全員50位以内に入らなかったからって言い訳つけて、ここから尻尾巻いて逃げちゃうの? それってさぁ……殺されるのが怖いだけなんじゃないの?」

 

 その言葉に殺せんせーはイラッとした様子を見せる。そこを皮切りに便乗して殺せんせーを煽っていく皆。それにイライラメーカーがブチ切ったのか触手を赤く染めうねうねとうねらせ、「期末テストで倍返しでリベンジをする」と決意表明をした。

 それに何故だかおかしくなってみんな笑い出す。そんな感じで場の空気がカルマ君のおかげで良くなったが、まだ返事を聞いていない生徒が一人いる。

 

「それで露木さん、あんたはどうする?」

 

 その言葉で皆露木さんの方へ視線を向ける。

 さっきとは一変して場に緊張した空気が張り詰める。露木さんの返事までが長く感じた。

 

「…………………………………………………………………ここに残るよ」

 

 小さな返事が辺りに響いた。やっと口を開けそこから出た言葉はここに残るという短くも嬉しい言葉だった。

 その言葉でまた一変してみんなの表情に笑顔が灯る。

 

 ここに残ってくれるってことは少なからずここに情が湧いてくれているということだろうか。相変わらず表情は変わっていないが、なんとなくそんな感じがした。感じがするだけで確証はないけど。

 

 緊張がとれたせいか、何故か妙にあの露木さんのテストの点数が気になる。

 全教科80点、もちろん80点も取るなんて凄いことだが全教科全て同じ点数を取るなんてもっと凄いことだ。

 ……もしかして、あれなのだろうか。所謂露木さんは『天才』というもので、『テストがつまらないから点数で遊ぶ』というやつをやっていたりするのかな。今回は全部同じ点数を取るとかいう遊びなのか?…………いや、考えすぎかな。

 

 とにかくまぁ、露木さんは只者ではないのだろう。僕はそう思った。



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後悔の時間

 やらかした、完全にやらかした。

 何をやらかしたって……はぁ、くそっもう本当にやらかした! 今までの人生でこんなにやらかした日はないだろう!! まぁ記憶が曖昧だから絶対とは言えないけど。

 一旦落ち着こう……スゥーハァースゥーハァー……くそが!!

 ダメだ全然落ち着けない……はぁ……いやほんとに……はぁぁぁぁ……なんでこうなったんだ……

 

 遡ること数時間前、今日はこの前に行った中間テストの返却日だった。

 自信ですか? 無かったですよそりゃ、ここの偏差値どのくらいか知ってます?後半の問題なんてもう授業の内容が思い出せないくらいに分かりませんでしたよ。まぁ実はテスト範囲が2日前に変わっていたらしいからまずテスト範囲の授業やってなかっただけなんですけどね。殺意。

 

 そんなこんなで帰ってきたテスト、私は恐る恐る点数を見た。

 

 一言、驚愕。

 

 まさかまさかのオール80点で総合400点の学年50位!

 

 死ぬほど喜びましたよ、思わず口から雄叫びが出るかと思った。だって50位ってことはE組から脱却出来るということだ。つまりこのイカれた暗殺教室からの脱却を意味する。…………オッシャオラー! ナイス私、ナイス私より点数低い人達! 地球の未来はお前達に託した! 後はよろしく!

 

 なんて、この時の私はまさかあんなことになるなんて微塵も思ってなかった。

 

 まずね、あの悲劇の先駆者の赤い髪した赤羽って奴が、殺せんせー元気付ける為かわからないけど高得点のテストを見せびらかしやがったんだよね。

 まぁこの点数ならE組脱却は確実だろうな、とか思ってたらなんか「このクラスの方が楽しいから出ていきたくなーい」的な発言をかましてきたんだよね。まぁそんなのは別にどうでもよかった。大事なのはその後の発言。

 

「学年ギリギリ50位の露木さんはどうするつもり?」

 

 いや出ていきたいに決まってる! でもなんかさっき君がこのクラスから出ていかない宣言しちゃったからここで私が「あ、私は出ていきまーす」なんて空気読めない発言易々と口に出来る訳ないだろ! なんで聞いてきたの? 君が聞かなかったら私は後で先生に出ていく旨を伝えてこっそり静かに出ていく予定だったんだよ!

 どっどどうしよう……いつのまにか人が集ってきてるし、テスト勝手に見られてるし、返事を迫られてるし、目線キツいし……誰かこういう時の対処法教えてくださいアイス奢りますから。

 

 とまあ返答を考えに考えていたらまた赤羽の野郎が話しはじめてなんとか話が逸らされた。

 話の内容的には殺せんせーもここを出ていかないらしい。ふんっ、まぁいいだろう。このままさっきの話は有耶無耶になって後でコーッソリ出ていくからな。というかもう今すぐ出ていきたい。

 

 だが現実はとてつもなく非情で無慈悲なものである。

 

「それで露木さん、あんたはどうする?」

 

 本日2度目の戦犯野郎こと赤羽君が、余計すぎる発言をして話を蒸し返しやがった。

 その発言を皮切りに皆の視線が一斉に私に向けられ、否が応でも答えなければならない状況に追い込まれた。

 

 スゥーーーッ……そうですかそうですか、そんなに聞きたいですかそうですか。

 ええ、ええ、わかりましたよ。言えばいいんだろ言えば! 君たちがどう思いようがどう感じようが私は言ってやる! ここを出ていくと!!

 ふっふっふ、今まで空気を読みに読んで空気の虫と自称できるほど読んできた私だが、そんな私とはもうおさらばだ。ここから私は生まれ変わる! そう! はっきり自分の意見が物申せる日本人にな!!

 

 私は決意を新たに、その問いの答えを紡いだ。…………決意したものと真逆の言葉を。

 

 そう言葉にした後、クラスのみんなの表情が一変して綻びその表情とは対極に私の心は荒んでいった。

 

 千載一遇のチャンスを棒に振るという暴挙を犯した私は、状況を飲み込むことができずに只々呆然と過ごした。

 復活したのは数時間後でもう既に家に着いており先程の言葉ももう撤回が出来ないと分かった瞬間、濁流の如く流れ込んでくる後悔に耐えられず熱を出して次の日学校を休んだのだった。



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旅行の時間

 はいどうも真の戦犯女です。この度は深く反省しておりますというとでも思ったか!

 確かに自分の意見をはっきり言えなかった私に非があるのは認めよう……けどあの空気感で言えるわけがなかったんです勘弁してください。

 そもそも? 赤羽の野郎が私に話を振ったのがいけなくないですか? というか何で点数と順位知られてるんだよ勝手に見るな!! プライバシーの侵害だぞ!!

 はああああぁぁぁ……今更何言っても遅いか……私は切り替えが出来る人間ですとても優秀ですE組にいるような人間じゃないですよ理事長ォ! 50位以上は強制的にE組脱却機能つけてくださいよォ!!

 まぁとにかく、全て理事長がいけないということがわかりました。いつか彼にはぎゃふんと言わせてみたいものです。

 

 そんな悲劇の中間テストは過ぎ去り、晴れやかな日差しのような日々を迎えていた。だがそんなテスト後の解放感に満ち溢れた学校生活に幸先の不安な黒雲が忍び寄り、私に第二の関門が立ち塞がる。

 

「班が決まったら学級委員の私か磯貝君に伝えてね」

 

 そう、その名も修学旅行。

 

 控えめに言って無理。大袈裟に言うと一日トイレ生活の方がマシである。……少し大袈裟に言いすぎたかもしれない。

 万人にとっては有頂天外だろうが一端のコミュニケーション弱者にとってはそのまんま地獄。たった一学期半ばの期間で友を作れぬものに幸福は訪れないのだ。尚、このまま班に入らず過ごしているとそのうち学級委員が私を訪ね、誘われることも誘うことも出来ない私に憐れみの視線を向け、一緒に空いている班にお願いをしに行ってくれる。きっと断られることなくその班に入り、浮いている私を気遣って場のテンションが下がる。さながら私は我が子とその友達のカラオケについてきた親そのもの。声を大にして言って邪魔である。

 

 しかもこの修学旅行、烏間先生が言うには国が狙撃のプロを手配したらしい…………聞き間違えたかな、私はそんな存在信じない。百聞は一見にしかずなので一目見るまでは絶対に信じないぞそんなこと! ここは平和の国日本なんだ!

 

 じゃあ修学旅行に行かなければいいのでは、という話なのだろうがそれは無理である。別に全然見栄を張ったわけではないんだけど、その、お世話してくれてる人に、その……と、友達はいるって、あのその……弁明の余地をください。

 友達いないって自分から恥晒す奴なんています? いや別に見栄を張ってるわけじゃないけどね。普段の生活で大変お世話になってるのに学校生活の方にも心配かけたくないだけだから。これは私の心から滲み出る優しさからくる嘘だから。

 そんな健気な嘘を信じてくれてお土産もお願いされているし、修学旅行の費用だって、行かなかったら返ってくるとはいえ既に払ってもらった。私はこの嘘を一生をかけて突き通す心算である。そんな悲しいことになる前に友達が欲しいです……

 

「よっしゃ決まり! どこを回るのか決めようぜ」

「さんせーい!」

 

 そうこう考えている内に私以外はもう既に班としてまとまりかけている。

 やっやばい! みんな早くない? 班できるの早くない? このクラス上手い具合にグループが分かれてるからか? 何故私はどこのグループにも所属していないんだよ。チーム無所属ってか虚しすぎた。

 

 悶々と頭を動かすだけで結局自分から行動の出来ない私。先程考えたカラオケについてくる母親になるのか……と半ば諦めていた。そんな私を救い出すかのように、空を覆い尽くす黒雲から一筋の光が差し込んだ。

 

「露木さん! よかったらなんだけど、僕達の班に来ない?」

 

 潮田君〜〜〜〜!! ありがとう……ありがとう!! それしか言う言葉が見つからないよ!!

 救世主潮田君はまごうことなき救世主だったのだ。今ならわかる、じゃいあんさんの言う心の友というものが。

 感動していて返事が一拍遅れたが誘いを取り下げられる前に参加の旨を伝えられた。

 

 なんとか班に入れてもらえたがその後のコース選びでは当然の如く私の口から意見は出なかった。時々賛同を求められて返事をするだけである。ほっ、コミュニケーション弱者に優しい人達だ。ここで逆に何か意見を求められてもこちらはなにも無いのでとても助かる。

 

 そんな潮田君率いる班のメンバーはまず潮田君、それから赤羽君、奥田さん、茅野さん、杉野君、神崎さん、そして私を入れた7人班だ。学校の心得として私の脳にはしっかりとクラスメイトの名前がインプットされている。コミュニケーション弱者には人の名前を間違えることは即ち死と同義である。ただでさえ愛想のない表情とぼそぼそと聞きづらい声というマイナスポイントを背負っているのに、人の名前を間違える失態を犯すなんてことがあったら学校という戦場で生き残れない。既に戦いの火蓋は切られているのだ。

 

 それにしてもこの殺せんせー作の修学旅行のしおりは置いてっていいのだろうか。このしおりには辞書以上の厚みを感じる……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ついにやってきた修学旅行。私は早々にピンチに陥っていた。

 

「むむむ、こっち? いやこっちだ!……またジョーカーだ!!」

「おいおい何回目だよ」

「だって表情変わらなすぎだよ! ポーカーフェイスにも程があるよ!」

「露木さんも頑張ってください!」

 

 現在、私達は電車での移動中に暇を潰すためトランプの代名詞ババ抜きを行っている。

 そこまではよかった。私でも知っているゲームだし特に喋る必要もない。だがしかし、最後の二人に残ってしまって彼此12回目となる白熱した一対一になるとは思わなかった。何故二分の一がこうも悉く外れるんだ! そして茅野さんも何故また外すんだ! 外れすぎじゃないか? どんな確率だよギネスがとれてしまうのでは。

 

 結局あの後もお互いになかなか当たりを引けずに合計28回続いた。最後は私が当たりを引いてなんとかこの試合を終わらせられたが、長い間注目されたせいで既に精神が擦り切れそう。

 

「うわっ! 何で窓に張りついてんだよ殺せんせー!」

「いやぁ……駅中スウィーツを買ってたら乗り遅れまして、次の駅までこの状態で一緒に行きます」

 

 そう言って体を保護色に変えて服と荷物が張りついてるだけに見える状態になったが、普通に次の駅に先回りしていればいいのではないかと思った。引率だから一緒にいなければいけないのか? というかスウィーツって買うのありなの? 持ってっていいの? 先生権限?

 

「私花札を持ってきたの。次はこれをやらない?」

「やる! 次は負けないからね〜」

「もちろんです!」

 

 先生による職権乱用の疑いを向けている間に、次は神崎さんの提案で花札をやるようだ。え、ルールよく知らない……猪鹿蝶しか知らない……

 だがしかしそうだからといっても否と唱えることなどできない私は、同じ様な絵柄を合わせて取れるぐらいの知識で勝負へと挑んだ。負けた。理由はよくわからなかった。

 

 勝負に一段落がついた頃、気の利く神崎さんの提案で皆の飲み物を買いに行くことになった。女子の皆さんで買いに行くようなので、ここぞとばかりに流れに乗って「私も」と名乗りを上げる。今日、頷くこと以外で初めての意思表示を発することが出来たと思う。コミュ力のレベルが上がった気がする。

 早速飲み物を買いに行こうとした矢先、車両の連結部で向かい側から歩いてきた見た目からして不良であろう高校生と神崎さんの肩がぶつかってしまった。幸い不良特有の当たり屋のような突っかかりは無かったため、一言軽い謝罪を述べてから自然に立ち去る。皆普通に会話を続けているが、一体どうゆうメンタルをしているのだろう。私だけなのか? 未だにビビってるの。

 いやだってぶつかったとき無言だったのに今はこっちをジッと見たかと思ったらなんか仲間内でしゃべりだしてるしこれ絶対なんか因縁吹っ掛けられたよね? フラグ立ったやつだよね?

 

 一抹の不安を背負ったまま、人生初? 記憶失ってから初? で車内販売を利用した。いやそんなことよりもクラスメイトとの初めての買い物ができたことが奇跡。今ある奇跡に感謝。

 

 それからしばらくして新天地、京都に到着した。

 なんとも趣のある旅館『さびれや旅館』にチェックインしたが、新幹線とバスで酔ったのか一日目にして殺せんせーは既に瀕死となっている。

 そんな先生を心配しながらもナイフで攻撃する岡野さんはなかなかに鬼畜だ。それをひらりと避ける殺せんせーだが枕を忘れたかなんだかで一度東京に戻るらしい。動きはバケモノじみているが、それ以外は人間らしい一面を見せる光景はなんだかアンバランスに思えた。

 

「どう、神崎さん? 日程表見つかった?」

「……ううん」

 

 ちぐはぐな殺せんせーを眺めていると、茅野さんと神崎さんの困った声が耳に入る。

 聞こえた情報によるとどうやら神崎さんお手製の日程表とやらをどこかに無くしてしまったらしい。力になってあげたいが、生憎と私には心配する声をかける勇気も持ち合わせていないようだった。

 

 心配していてもしょうがないので、私は一足先に飯食って風呂入って眠ることにする。もちろん一緒に行動する友達はいない。現実は冷たいが布団の中は暖かかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暗殺修学旅行二日目。現在各々行きたい希望コースを歩きながら観光中。

 

「でもさぁ、京都に来た時ぐらい暗殺の事忘れたかったよなー」

 

 心中で全くその通りだと思いながら、元々暗殺に非協力的だった私は杉野君の呟いたことそのまんま実行中である。かといって観光名所にも特に興味はないので、京都の甘い菓子についてでも考えていよう。なんだか唾液が増えてきた。

 

「ずっと日本の中心だったこの街は……暗殺の聖地でもあるんだ」

「なるほどな~、言われてみればこりゃ立派な暗殺旅行だ」

 

 菓子に意識を取られているとみんなは未だに暗殺について話し合っていたらしい。私がみんなの会話に混ざれないのってこういうのが原因な気がしてきた。改善の目処が立ったので良しとしよう。

 

 観光名所を見て回ったり、茅野さん一押しの抹茶わらび餅や赤羽君が飲みたがっていた京都の甘ったるいコーヒーを飲んだりと、ゆったりとした足取りで京都の街中を進んでいた。

 

「へー……祇園って奥に入るとこんなに人気無いんだ」

「うん、一見さんお断りの店ばかりだから。目的もなくフラッと来る人もいないし、見通しが良い必要もない。だから私の希望コースにしてみたの。暗殺にピッタリなんじゃないかって」

 

 暗殺にピッタリということはつまり……スナイパーが何処かで待ち構えているってこと?

 殺せんせーが来て不用意に動いたら被弾するかもしれないということか。途端に嫌な予感がしてきた。もしかして今日死ぬのか? 私が。

 

「ホントうってつけだ。なんでこんな拉致りやすい場所歩くかねぇ」

 

 ──いや嫌な予感ってこいつらの事かよ。

 

 背丈、制服から見るにおそらく高校生であろう集団……というより不良集団が不愉快な笑みを浮かべながら私達を取り囲んでいた。

 私もすっかり忘れていたフラグが今になって湧き上がってきたらしい。新幹線内での見覚えのある制服を見ながら神崎さんお手製の日程表はこいつらが持っていたのではないかと当たりをつける。

 

「……何、お兄さん等? 観光が目的っぽくないんだけど」

「男に用はねー、女置いておうち帰んな」

 

 瞬間なんの躊躇いもなく掌で顎を掴み上げそのまま流れるように近くの電柱に頭を叩きつける。

 流石我が中学一の不良生徒。年上の高校生相手にも引けを取らないどころか優っている。何があっても赤羽君を怒らせないようにしよう。捻りつぶされそうだ。

 

「ホラね渚君。目撃者いないとこならケンカしても問題ないっしょ」

 

 

 ──そーだねぇ

 

 

 ゴッと鈍い嫌な音が赤い頭から迸る。

 

「ホント隠れやすいなココ。おい、女さらえ」

 

 手に鉄パイプを握った男が赤羽君の背後の扉から出てきた。

 

 最高戦力である赤羽君が倒れ伏した今、此方はあまりにも非力だ。

 ここから生き残るためにも思考を切り替える。何をどう考えたって喧嘩じゃ敵わないので隠れる一択だが、既に目を付けられているため意味はないだろう。ではどうするべきか──

 

「へっ、大人しくするん──」

 

 

 バッッ!!

 

 

 ──逃げる一択である。



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無知の時間

「オイコラ待ちやがれェー!!」

 

 先頭を走るのは露木呉芭! その後方を追いかけるのは名も知らぬ若き不良高校生! 現在八馬身差! しかし更に差は広がるばかりだ!! 露木呉芭そのまま走り抜ける!! どこまで行っても逃げてやる!!

 

「……ッ待てやコラー!」

 

 捕まる寸前であの包囲網から抜け出したのはいいものの、先程捕まえようとしてきた奴が今でも後ろから追いかけてくる。

 

「クッソ!……ッは、早ェ!」

 

 しかし一人で逃げ出してよかったのだろうか。思いっきり一人だけ逃げ出してしまったから戻る時が怖い。いや、私にしては賢明な判断だ。あそこで捕まる方がみんなにも手間をかけてしまうだろうし……

 

「…………ッ……」

 

 というかみんなは逃げきれたのだろうか。まぁ私でもあの包囲網を抜け出せたし、なんやかんや大丈夫なんじゃないかなと思う。

 今は私の方が大丈夫じゃない。不意を突いて抜け出したはいいが、どこまで逃げればいいんだろう。相手は格上の高校生。体力的にもスピード的にも速く適切な場所に隠れないといずれ追いつかれる。

 

「…………」

 

 適当に走ってきたせいか、全く見知らぬところを走らされている気がする。いや気がするじゃない正しくそうだ。

 まさか追い詰められているのか?相手の方が京都の地理に詳しそうだし、袋の鼠になっていてもおかしくない。

 

 丁度見えた角を曲がりその角越しに後ろに追ってきている人物を確認する。

 右を見て左を見る。まさかと思い後ろを振り向くが件の人物は見つからず、もう一度当たりを一周見渡した。

 

 …………あれ、誰も追ってきてない?

 

 そこにあるのは必死な相貌で声を荒げて追いかけてくる不良ではなく、なにしてんだという顔でこちらに視線を送る通行人しかいなかった。

 

 何故と頭に疑問が沸いたが、終わり良ければすべて良し主義の私はすぐさま考えを放棄し一安心を決め込んだ。

 はてさて一体これからどうするかと辺りを見渡すが、本当に全く見覚えがないので早々に途方に暮れる。

 先生方と連絡が取れれば良いのだが、生憎と携帯も無ければ電話番号もしらないので解決には至らない。携帯を携帯しないとはこれ如何に。

 

 こういう時こそ楽観的に考えるんだ。あのハプニングのおかげで班行動から脱出することができて一人ゆっくりと旅行を楽しめると考えよう。

 そう考えるとなんだかあれだけ嫌がっていた修学旅行が途端に楽しく……楽しく…………だったら家帰りたいな。

 家の事を考えると、いつもたいへんお世話になっているお世話してくれる人が「修学旅行、楽しんでね」と声をかけながら見送る昨日の玄関での出来事が思い浮かぶ。今は仕事中だろうか。

 

 そうだ、今のうちにお土産を買っておこう。

 

 思い立ったが吉日、そこらへんにあるお土産屋を目指して歩みを開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おいあんた、その制服椚ヶ丘中のだろ。こんなところで何してんだ?」

 

 そう声をかけてきたのはニット帽を被った男だった。ギターケースとは違った何か長物(・・)を入れている鞄を背負っており、どこか火薬っぽい匂い──おそらく煙草の匂い──がする。

 

「他の班の奴らはどうした。……もしかしてはぐれたのか?」

 

 ゴーグル越しに目を合わせてきながら核心を突いた質問をしてくる。

 明らかに学校関係者には見えない風貌だが、椚ヶ丘中の制服を知っているあたりやはり学校関係者なのだろう。他の引率の方だろうか。

 少し警戒が解ける。質問に頷くことで答えを返す。

 

「……もしかしてトラブルのあった(とこ)の奴か。先生に連絡は?」

 

 していない、という意味で首を横に振る。

 

「わかった、俺が連絡してやる。ちょっと待ってろ」

 

 そう言ってすぐさま先生に電話をかける。簡潔に用件を伝えたらしく数秒足らずで電話は切れた。

 どうやら私の班がトラブったのを知っているらしい。つまり私が逃げた後に誰かが先生に連絡をしたということで、だとすると結局女子はさらわれてしまったのだろう。逃げたことに対する罪悪感がほんの少し募る。

 

「少ししたらここに迎えが来るそうだ。俺はもう行くが、ここから動くなよ」

 

 そう一言付け足して元々の進行方向に向かって去っていった。

 親切な人だったが、学校関係者の割には生徒をその場に残してさっさと行ってしまう。だが先生に連絡を取ったといっていたし、学校に関係のある人ではあるのだろうが……

 

 信じていいのか悩むが、もう私の力ではどうしようもないので言われたとおりにここで待つことにした。これで嘘でもまだ体力に余裕があるので全力で逃げればなんとかなるだろう。

 

「露木さん、大丈夫だったか」

 

 しばらく待つと背後から自分を呼ぶ声が聞こえる。

 声が聞こえる方に目をやると、心配した声をかけて烏間先生が迎えに来てくれていた。

 心の中でホッと安堵する。だとすると本当にあの人はなんだったのだろう。ただただ忙しい引率の先生だったのか……

 肯定の意を示すために頷きを返す。

 

「他の班員は奴が処理に向かったから大丈夫だ。それではついてきてくれ」

 

 こちらに向かってきた方向へと踵を返す背中についていく。

 殺せんせーが処理に向かったということはやはりあの後連れ去られてしまったのだろう。確証のある言葉を聞いて更に罪悪感が募る。帰るのが少し憂鬱に思えてきた。

 

「レッドアイが君を見つけてくれてよかった。追いかけられたと聞いていたが、逃げ切れたようで何よりだ」

 

 顔をこちらに向け安堵した声をもらす。相変わらず表情は一切変わっていないようだが、烏間先生なりに心配していたようだ。

 なんだかんだでしっかり先生だなと考えていると、今の発言に引っかかるところを見つける。

 

 レッドアイとは……先程の親切な人のことだろう。コードネームのような呼び名、学校関係者とは思えない風貌、背負っていた大きな鞄。そして修学旅行前に烏間先生が言っていた国が手配した狙撃のプロ……

 

 カチリとピースが嵌まる。

 

 さっきの人、もしかして──例の狙撃手(スナイパー)

 

 まさかの真実に身が震える。頭の中には何も知らぬことが幸福である、という諺が浮かんでいた。



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旅先での彼女

「アッ!? おいッ、待ちやがれ!」

 

 そんな焦った声に振り返ると高校生達の間を上手くすり抜けてこの場から上手く脱出していく露木さんの後ろ姿が見えた。その後ろ姿を追っていくように露木さんを捕まえようとしていた高校生もその場から飛び出していく。

 

 しまった、この場から上手く抜け出せたものの男子高校生から逃げ切れるだろうか。心配が勝りすぐに露木さんの後を追おうとするが……

 

「ちょ、何……ムググ!」

「オイ何すんだ──」

「っうわあ!」

 

 無慈悲にも女子が捕まってしまい、それを助けようとした杉野もあえなく腹に膝を入れられてしまう。膝を入れられた反動で丁度その後ろで見ていることしかできずに突っ立ていた僕と衝突して、その衝撃のまま二人で倒れこむ。

 

 僕等より一回り大きい身体、未知の生物の襲撃に成す術もなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「露木さーーん!! 無事でよがっだーー!!」

 

 烏間先生と共に帰ってきた露木さんを目にとめた瞬間、目にも止まらぬ速さで彼女の下に向かっていった茅野は勢いのまま抱き着いて感情をさらけ出していた。

 相変わらず表情はミリも動いていないがなんとなく困惑した雰囲気でおろおろとしている露木さんを見てほっと胸をなでおろす。

 

 だがそんな茅野が優しく見えるほど大げさに心配する人物……いや生物が一体。

 

「だだだ大丈夫でしたか露木さんッ!! 怪我はありませんでしたか!? 乱暴なことはされませんでしたか!? 烏間先生に頼みましたので無事だとは思いますが無事ですかッ!!」

「ちょっと殺せんせー! あまりの勢いに露木さん固まっちゃってるよ!」

「にゅやッ、すみません露木さん。つい……」

 

 殺せんせーのあまりの取り乱した様子に茅野も落ち着きを取り戻し逆に殺せんせーを窘める始末。茅野の声にすぐさま冷静を取り戻して先程の失態を取り繕う。

 

「本当に無事でよかった。しかし露木さん、連絡手段を置いていくのはいけませんねぇ。携帯はしっかりと持ち歩きましょう」

「……はい」

 

 そう軽く注意をして他の生徒の確認のために殺せんせーはその場を離れていく。

 班のみんなで一言二言話し合ってから旅館へと戻り、ひとまずは風呂に入って疲れを癒すことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 風呂に入ってそれぞれ娯楽を楽しんだ後、寝室となる男女で別れた大部屋へと戻っていく。

 そこではそれぞれ修学旅行の醍醐味の一つと言える恋バナというものに花を咲かせていた。ここはそんな乙女達が集っている部屋である。

 

「えぇ、好きな男子?」

「そうよ。こういう時はそういう話で盛り上がるものでしょ?」

 

 困惑した声を上げて片岡は問い返す。そんな片岡を余所に中村は立ち上がって話の中心として振る舞う。

 

「はいはーい! 私は烏間先生!」

「はいはい、そんなのはみんなそうでしょ。クラスの男子だと例えばってことよ」

「えー……」

 

 嬉々として挙手しながら答えた倉橋だが、中村に素気無くあしらわれて不満そうな声を漏らす。

 いくつかの男子の名前を出してそれに批評を交わしていくが、クラスの一番人気であろう神崎の好きな人が気になって吐かせようと茅野と中村が神崎をくすぐる。

 

「うーん、他に誰の好きな人が気になる?」

「標的が移り変わるのね」

「意外な人の恋とか聞いてみたいかも」

「意外な人か~」

 

 一通り神崎をくすぐりまくった中村が次の標的の定め始めた。速水は逸早く状況を理解し、矢田が一つ意見を出して岡野が言葉を反芻する。

 数秒思考してみんなが閃いたように声を揃えた。

 

「「露木さん!」」

「いつも寡黙だからこそ、何を考えているのか気になる……」

「いや喋ってても無表情で何もわからないけど」

 

 露木さんを除く女子全員の意見が一致し、どうやって吐かせてやろうかと手をワキワキと動かす中村と茅野だが、探した先にある光景が目に映る。

 

 そこには部屋の隅で布団が敷かれており、その上で一定のリズムで呼吸をする真っ黒な髪を持つ少女がいた。

 

「「「いや寝るのはやッ!!」」」

 

 みんなして同じ言葉を叫んでいる異様な光景を、一応もうすぐ就寝時間だからと声をかけにきた外国語講師が怪訝な顔で見ていたとか。



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