【異説ホロライブ】尾丸ポルカ エピソードゼロ (水無 亘里)
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エピソードゼロ①~始まりは陰鬱な黒~
あと、序盤だけ陰鬱な描写があります。ご注意ください。
テントの裏側で誰かの声が聞こえた。
「なんでも元々の生まれは良いとこのお嬢さんだったらしいな」
「戦時中の話だろ。今じゃとっくに廃れちまってる」
「丁稚奉公か知らねえが昔の名前も名乗れなくなっちまったってよぉ」
「にしてもポルカはダメだろ。女子に×××なんて名前、よく付けるよなぁ」
「そういや、お前の故郷じゃあそんな意味になるんだっけか」
「まぁ、あんな暗いツラのガキ、金もらったって××ねえけどな」
「ギャハハハハハ、違いねえ!」
こんな陰口、何度聞いたかもわからない。
いつの頃からだったか、ポルカは笑うことも怒ることもなくなった。
眉一つ動かさず、テントの掃除へと戻る。
何のことはない。
いつもどおりの光景だった。
いつもどおりポルカは、サーカス団の下働きで。
団員からはよく思われていなくて。
故郷も名前も捨てて辿り着いた新天地は、実家に恨みを持つような人たちばかりで。
陰口やらイジメやら人間の汚いものを大量に見せられ続けた結果。
尾丸ポルカという人物は、ただ生きるだけの空っぽの存在に成り果てていたのだった。
テントから出て広場に向かうと、そこには赤毛の可愛らしい少女がいた。
彼女の名はミュゼット。
芸の一つも覚えられないポルカとは違い、どんな芸もこなせる器用な少女だった。
「ポルカちゃんみてみてー!」
ミュゼットはボールの上に逆立ちして、足にはタイヤを2本も縦に乗せるというハイレベルな芸を披露していた。
「どう!? すごいー!?」
自信満々といった様子だが、生憎とポルカの表情筋は死んでいた。
笑うことも驚くこともできない。
ただ、呆然と眺めるだけだった。
「よーし、じゃあもっとハイレベルな技を見せるよー!」
そう言ってミュゼットは口に棒を加え、その上にお皿を縦に載せた。
思わず周囲の座員が足を止めていた。
そして更にもう一枚、お皿を積み重ねようとしたところで、ミュゼットはバランスを崩してしまう。
ドサァ、と大きな立てて転んだが、さすがはサーカス団員、きっちり受け身は取れていたらしい。
「あちゃー、失敗失敗! 次こそは成功させてやるぞー!」
そそくさと片付けをするミュゼットを淡々と眺めながら、ポルカはひとつおかしなことに気がついた。
何の関心もなかったはずなのに、ポルカは今、一歩足を踏み出していた。
それはまるで、ミュゼットを助けようとしていたかのようだった。
ミュゼットはその小さな変化に気づかなかった。
ポルカは一度首を傾げたが、さほど気にすることもなく、その場を立ち去った。
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エピソードゼロ②~心の萌芽~
ある日のこと。
ポルカはジャグリングの練習をしていた。
何度投げてもうまくできない。
ジャグリングが続くのはせいぜい一本までだ。
しかも10回も続かない。
二本目なんて夢のまた夢だ。
途端にわけがわからなくなって、気づけばピンを取りこぼしている。
――ひょっとしてわたしは、絶望的にセンスがないのでは……?
サーカス団員としての致命的な弱点に息を呑むポルカ。
そんなポルカをはげます声が届いた。
「だいじょうぶだよ、ポルカちゃん!」
何がだいじょうぶなのだろうか。
だいじょうぶな要素がどのあたりにあるのだろうか。
「諦めずに挑戦すればいつかきっとできるよ! ネバーギブアップだよ!」
そんな熱血的な応援は、もちろんミュゼットのもの。
なんだか無性に暑苦しい。
「がんばれがんばれもっと積極的にポジティブにがんばれがんばれ!」
なんだか逆に意欲が削がれてしまったポルカは、何とはなしにミュゼットのほうを見やった。
赤毛の明るい髪。ぱっちりした目元に、明るい笑顔。
今のポルカはどうだろうか。
ろくに整えていないボサッとした髪に、ぼうっとした目元。
そして、希望を見いだせない黒く沈んだ眼差し。
……まるで正反対だと、ポルカは思った。
「どうして、わたしに構うんですか?」
気づけばそんな疑問を口に出していた。
対するミュゼットは、「ふぇっ?」と素っ頓狂な声を上げると、顎に手を当てたあざとい仕草で考え込む。
「う~ん、好きだから、かな?」
その答えは予想外だ。
予想外過ぎて、意味を飲み込めなかったくらいだ。
「すき……ですか?」
オウム返しに問い返すと、今度は自信ありげにミュゼットは強く頷く。
「うん! ポルカちゃんが好きだからだよ!」
自信を持たれても困る……というのが、ポルカの偽らざる心境だった。
「なんでわたし、好かれてるんですか? わたし、ミュゼットさんに何かしましたか?」
「んーん! してないと思う!」
即答。
それは余計に困ってしまう。
「えっとね、うちのサーカス団で唯一年の近い女の子だし、それになんだか、気になっちゃうの」
ミュゼットがポルカの顔をまじまじと見つめてくる。
ミュゼットの顔は女の自分から見ても可愛らしい。
思わず、緊張してしまうポルカだった。
「ポルカちゃんって、きっと笑ったらもっと素敵だと思うの」
その声は、何故か心に深く響いた。
「だからかな、笑わせたいって思ってる。ずっと。あたしにできることってそれくらいだから」
ミュゼットは照れたようにはにかむと、すっと身を引いた。
後ろ手に手を組んで踊るようにくるくると回る。
「ほら、あたしって頭も良くないしさ! できることは、笑ってふざけて芸をするだけ。自慢の特技だけど、まだポルカちゃんを笑わせられない」
その物言いの割に、悔しそうではない。どこか楽しそうにも見える。
照れ隠し、だろうか……?
「ポルカちゃんの笑顔の種は、何処にあるのかなーって、ず~っと考えてるの。迷惑じゃない?」
そんなあざとい仕草で小首をかしげるが、記憶をさかのぼっても、ミュゼットに対して不快な思いは一切なかった。
「迷惑なんかじゃ、ないですよ……」
それは本心だった。
ミュゼットはそれを聞いて安堵のため息を吐く。
「……良かった。じゃあこれからはも~っとたくさん、励ましちゃうからね!」
どうやらこの関係は、まだまだ続くことになるらしい。
そう思うと、少し気が楽になるポルカだった。
どうやら自分自身、この騒がしい人物との関わりを、あしからず思っているようだった。
「……仕方ないですね」
諦めたように言ったが、もしかしたらそれは嬉しかったのかもしれない。
だって……。
「あ、今笑った!! ねぇ、もっかい見せて! ちゃんとこっち見て!」
「無理です」
「ダメ~~!! 減るもんじゃないじゃん! ちょっとだけ! 先っちょだけだから!」
「……意味がわからないです」
ミュゼットの猛攻を回避しながら、ポルカは自分の心が、再び脈動するような印象を覚えたのだった。
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エピソードゼロ③~陽だまりの色~
「ポルカちゃん! 見てみて! 最近キ○ナアイちゃんの動画がすっごく面白いの!」
ミュゼットが見せびらかすそれはスマートフォンの画面だった。
そこでは可愛らしい女の子が動き回っている様子が映し出されている。
バーチャル……チューバー……?
言葉の意味がわからず、ポルカは首を傾げるしかできない。
「ね、ねえポルカちゃん? ひょっとして、インターネットって知ってる……?」
何故だか少しドン引きした様子で尋ねるミュゼットだが、生憎とコミュ力ゼロのポルカには気を遣った応対など望むべくもない。
「まぁ……なんとなく……?」
その返答に一応の納得をしたのか、ミュゼットはほっと一息をつくと改めてポルカに向き直る。
「な、なんですか……?」
「ねえ、ポルカちゃん……」
その顔は少し強張っている?
しかし、まだコミュ力の育っていないポルカにはその心情までは想像できない。
ミュゼットは何をしようとしているのか。
何をしたいのか。
「スマホ、持ってる?」
何故冷や汗を掻くような表情をしているのだろう?
ポルカにはわからない。
何かまずそうな気配はするが、何が正解なのかはわからない。
ありのままの答えを返す以外に、何もできない。
「……持ってない、ですけど」
この瞬間、何故か時間が止まったような気がした。
否、止まったのはミュゼットだけかもしれない。
やがて唐突に時間が動いた。
ミュゼットが急に絶叫したからだ。
「ええええええええ~~~~~~~~~~~~~~~~????!!!!」
何か、いけなかったのだろうか。
ポルカはひたすらに首を傾げることしかできなかった。
――
……と、いうわけで。
数時間後、ポルカの手元には見慣れないスマホがある。
ポルカの使いみちのなかった給料は、一気に消費されることになったが、それが良かったのか悪かったのかはポルカにはわからない。
「良かったに決まってるよ!!」
ミュゼットが息巻いている。
彼女がそういうならそうなのだろう。
そういうことにしておこう。
ポルカにはわからないことなのだから。
「これでいつでもお話できるね!」
なんとなく、目をそらしてしまうポルカ。
時々、ミュゼットの笑顔が眩しい気がする。
太陽みたいだからかな、ポルカはそう結論づける。
ポルカの心境など知らんぷりで、手元のスマホは無骨なホーム画面を晒し続けていた。
――
それからポルカは一人の時間をインターネットの海に溺れて過ごした。
ミュゼットに教わった動画配信サイトをチェックしたり、流行りのVtuberを眺めたり、音楽を聞いたり、小説を読んだり……。
触れれば触れるほど、沈めば沈むほど、インターネットの世界は広がり続けてゆく。
そうしていくうちに少しずつ、日常が色づいてゆくような感覚に陥る。
もちろん視覚に影響なんてないのだけれど。
些細な風景にも意味があることを知った。
知らなかった娯楽の世界にも触れられた。
ありふれた音楽にも、原案者がいて作曲家がいて作詞家がいて、演奏者がいて歌い手がいて編集者がいて、売り手がいて買い手がいて聞き手がいて……。
広がり続ける世界に、ポルカは感動を覚えた。
ワクワクする気持ちを知った。
そうか。これだったんだ。
サーカス団の皆が求めていたものは、これだったんだ。
お客さんのキラキラした表情の源は、これだったんだ。
今更ながらにそれを知ったのだった。
死んでいた好奇心が息を吹き返し、それが感情を呼び起こした。
ポルカはようやく、笑い方を知ったのだった。
――
「と、いうわけで。私ホ□ライブに応募してみようと思う」
「ポルカちゃん……? 何が『というわけ』なのかさっぱりわからないんだけど……」
最近、ポルカの口数は異様に増えた。
今までのだんまりはなんだったのかというくらい喋るようになった。
急激にコミュ力を獲得していった。
とはいえ、まだ空気は読めない。
一方的に話せるようになった、という感じだ。
会話のキャッチボールにはなっていない。
相手からの普通の会話でデッドボールをくらい、自分からもド真ん中のつもりでデッドボールを投げるような、そんな大暴投ばかりではあるけども。
話すようになって、印象は大きく変わった。
何より、ポルカの声はよく通った。
「ミュゼットと話すようになって、やっぱり私は話すのが好きだなーって思って。だからやってみたいなーって。あれ……? ポルカ、ヘン……?」
「ううん! 全然ヘンじゃないよ! 突拍子がなくて驚いただけだから……。でも、企業勢の人っていっぱい人が見に来るでしょ? 何万人も見てる中で喋るなんて、怖くないの……?」
心配げなミュゼットだが、ポルカにはわからない。
今のポルカにはワクワクしかなかった。
自分の喋りでワクワクさせられるかもしれないと思うと、居ても立ってもいられないのだった。
「なんとかなるんじゃないですか……? この子達はやれてるわけだし……」
「それはこの人達ががんばったからで……。……でも、物怖じしない今のポルカちゃんだからこそイケるのかも……?」
ミュゼットは思案気な表情を浮かべたが、首を振ってニカッと笑う。
「うん、今のポルカちゃんならきっとなれるよ! 素敵なVtuberに!」
やがて何処かのバーチャル世界に外郎売を噛まずに読み上げたり、サーカス団員なのに芸ができなかったり、でも人を楽しませることだけは誰よりも大好きな大人気Vtuberが生まれることになるのだが、それはまた別の話である。
「いつかミュゼットがしてくれたみたいに、ポルカも誰かを笑顔にできてたら嬉しいな……」
お読みいただきありがとうございました。
この物語はすべて僕の妄想です。
実在の人物、企業、団体とは一切関係ありません。
ご了承ください。
本当に好き勝手書かせていただきましたが、楽しんでもらえてたら幸いです。
毎週ポル伝、楽しみにしてます。
ミュゼットちゃんも一緒に応援してくれてると思いますので、一緒に盛り上がっていきたいと思います。
それではまた、どこかで。
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